●恩讐策士
いっそ風にでもなれたら。
蹄が土を蹴る音は、ただただ耳のそばを流れていく。どれだけ馬を速く走らせようと、距離は一瞬では縮まらない。自分の無力を、止まらない時間に突きつけられているかのようだった。
立ち昇る黒煙。視界の奥、建物の密集する地域から、何本も重なるように生じていた。夜を遮る靄の群れが、心にまで染みてくる。
火災だ。
異様な光景から、事態を察するのは容易だった。打ち鳴らされる警鐘だけが聞こえてきて、聞こえるべき悲鳴は届かない。それがいっそう焦燥を掻き立てる。
被害状況は、怪我人は、消火の手立ては。思考が高速で回転して、感情が放り出される。
俺は何をしている?
恩にも報えず、見殺すしかできないのか?
あちこちから火の手が迫る。蒸せる空気の中でも、村民たちは構わず声を張った。
「おい、こっちにも逃げ遅れだ! どう逃がす!?」
「水が足りない! 供給経路はどうなってる!?」
「怪我人の処置も追いついてない!」
飛びかう怒号、逃げ惑う人の叫び。突然発生した火炎と、もたらされた混乱が村を包んでいる。
不始末の残り火が、煽られて焔に化けた。炎は人の気づかぬ間に家から家へと燃え移り、村を覆うような大火へ変貌した。未曽有の火災へ、冷静に対処できるはずもない。
慌てる村民たち。追い詰められた誰かが、ある名前を零した。
「こんなとき、法正さまがいれば……!」
その言葉を契機に、名前は人々を伝播していく。
「そうだ……。あの方のお知恵さえ、借りられたら……!」
「ああ、我らにかわって、この炎を消してくれたろうに……!」
まるで、神か仏にでも縋るように。
だが、その法正という人物はここにはいない。数日前に、この村を経ったからだった。
●グリモアベース
第二次聖杯戦争の決着からしばらくが経過した。瞬く間に戦場を制圧した猟兵たちの成果が、あちらこちらで現れ始めるころだ。
金沢市・卯辰山公園。戦争後のその場所を調査していた者たちにより、自転車のような痕跡が発見される。辿った先には、精神を集中させたときだけ見える時空の渦があった。
「これがおそらく、『ハビタント・フォーミュラ』が使った次元の門……逃走経路、消せなかったみたいですね」
集合した猟兵たちを前に、木鳩・基(完成途上・f01075)が推測を話す。
名称を『
全能計算域限界突破』。異世界との接続点であり、この門をくぐってハビタント・フォーミュラは逃げた。
ならば早速、追跡だ。そう意気込む猟兵たちは、基により呼び止められたのだった。
「この先、敵がいるようです。しかも、かなり強敵らしくて……そこに自分から飛び込んでいくわけですから、危険度はかなり高いと思います」
待ち受けるは『禁軍猟書家』。書架の王を守護するため編成された近衛兵たち。腕が立つのは間違いない。
「そんな敵とぶつける算段ができてるってことは、ハビタント・フォーミュラは追跡も見越してるんでしょうね。だからこれはある種の――」
罠、と基は呟くが、どこか自信はなさそうだ。顎を手でさすり、何かを思案している。
どうしたと問いかける猟兵たちに、基は「大したことではないんですよ」と応じる。
そこに、でも、と逆接を置いた。
「禁軍猟書家関連の予知情報は私もいくつか確認してるんですが、これはどうも様子がおかしいんですよね……」
敵の罠に突っ込むわけでも、敵の本拠地に飛び込むわけでもない。
「場所は封神武侠界の小さな山村なんですが……火事が起きてるんです」
告げてから差し出したのは、簡易的な村の地図だった。手描きで書き起こされた地図には村の家々と、赤いインクで書き足された炎の記号がある。炎は村のほとんどを包んでいる。
「被害は甚大。炎がというよりは、火災の混乱でどう動くべきか、わからなくなっているようです」
転送されれば、火災真っ只中の山村へと出る。見過ごしてはおけない。
しかし。
「この火事……オブリビオンの影響ではなさそうなんですよね」
代わりに聞こえたのは、『法正』という名前だった。
基は巻物と歴史書の冊子を取り、巻物を猟兵たちへ示した。縦に展開した掛け軸式の絵巻物には、とある男が描かれている。絵の中で、男は人の悪そうな笑みを浮かべていた。
「法正……過去の武将の一人ですね。禁軍猟書家の可能性があるとすればこの人でしょうか。なになに、性格は……」
げっ。苦そうな声を発し、冊子を読んでいる基が顔を歪めた。
「陰湿、怨みを忘れない、加虐趣味、最悪の性格……こんなに言います!?」
暴言の満漢全席。こうまで書かれるとは、よっぽどの性格なのだろう。
うへぇと弱った声を吐き出した基だったが、少しして疑問を零した。
「なら、村の人たちに慕われていたのは……なんだったんでしょう?」
予知で村人たちは、しきりに法正の名を呼んでいた。怨みを籠めるのではなく、頼るように。
考えながら基は冊子を流し読みする。おっ、と呟き、新たに見つけた箇所を読み上げた。
「『法正の基本思想は、報復報恩である。怨みには報復、恩義には報恩を』……うーん?」
繋がるような、繋がらないような。
考え続ける基だったが、ぱっと口を開いて思考を放棄するに至った。
「とにかく、まずは火事をどうにかしましょう。それと……もし法正が見つかって撃破できれば、猟書家の壊滅だってありえます」
長きにわたった猟書家との戦い。終止符を打つ、その足掛かりに。
助けを呼ぶ世界への救世の言葉、ユーベルコードを手に取って。
「頼みましたよ」
短い言葉で、基は締めくくった。
堀戸珈琲
どうも、堀戸珈琲です。
お久しぶりです。
●最終目的・シナリオ内容
『恩讐の策士・法正』の討伐。
●シナリオ構成
第1章・冒険『火災救援!』 発生した火災を鎮火します。
第2章・ボス戦『恩讐の策士・法正』 禁軍猟書家・法正との対決です。
●第2章について
キャラクターが第1章に参加していると、戦闘時の法正の行動が変化します。
●プレイング受付について
各章、断章の追加後に送信をお願いします。
制限については、マスターページにて随時お知らせします。基本的には制限なく受け付けますが、状況によっては締切を設けます。
なお2月中の完結を目指すため、場合によっては完結優先に切り替わる可能性があります。
それでは、みなさまのプレイングをお待ちしています。
第1章 冒険
『火災救援!』
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POW : 水をたくさん運ぶ!
SPD : 民の避難誘導!
WIZ : 術で水を降らせる!
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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●渦中
熱された空気が頬を撫でる。
転送された猟兵たちを出迎えたのは、赤々とした火炎の景色だった。
「おい! 早く離れろ!」
村民たちは突然現れた猟兵に気がつかない。噴き上がる炎。その対処に手いっぱいで、来訪者に注意を払う余裕などない。
釣鐘の鳴る音がやかましく響いている。
逃げ惑う者、助け出された状態で土に寝かされた者。水桶を担ぐ者、破壊の道具を持つ者。逃げるか消火するかに頭を支配され、統制は取れていない。
幸い、水源となる川や井戸は近くに存在し、道具も余っている。迅速に火を消せる体制は偶然にも整っていた。逃げ遅れがいるかは不明だが、鎮火しないことには始まらない。
「法正さま……どうか我らにお知恵をお授けください……!」
経文のように唱える村民の脇を、猟兵たちが走り抜ける。
「あなたたちは……?」
村民の顔に、驚きが加わる。次第に、炎に挑もうとする姿勢から勇猛さを見出した。
この炎を、鎮めてくれるかもしれない。
新しい希望として、猟兵たちは鎮火作業へと向かった。
荒珠・檬果
たしかに…法正殿って性格最悪ですけど…。私刑とか。
ですが、どこかで『恩の循環』はあったんでしょう。
でなければ…史書にも『報恩』とは書かれないはずですし。
陳寿さん、そこはわりと厳しい気がしてる…。
さて、まずは消火ですか!
カモン【バトルキャラクターズ】!今回は体力の多い方々。
ええと、128ですから…4人ずつ合体の32人にしまして。
さらに8人の4グループにして…3グループは水桶によるバケツリレー開始です!
あっ、動ける人で体力自信ある方。バケツリレー参加したらいいかも…ですよ?
残り1グループは、負傷者を保護ですね。
私は水源近くに水結界展開…医術にて治療を。
紺郷・文目
【WIZ】
……動揺しつつ認識します。早く火事を鎮めなければいけません。人間たちが、助けを必要としています! 何とかしてやらねば!(困ってる人間達は何とかしてやりたい竜神様
行動を開始します。七支刀を掲げ、【天候操作】をします。降らせるのはもちろん雨。これでどうにか、火を消せれば良いのですが……
推奨します。今のうちに逃げれる者は逃げた方が良いかと。
……もしも混乱が落ち着いて機会ができたなら、村の人間たちに質問してみましょうか。法正という人物は、あなた達にとってどのような方なのですか、と。
意味があるかは分かりませんが、対峙する時の手がかりにならないかと思いまして。
●遊戯鳥と雨竜、馳せ参ず
夜闇には眩しいほどの火炎が、家を巻き込んで燃え盛っている。
叫喚する人々の声で溢れ、山村は地獄を思わせるような様相だった。
「これほどの炎が……!」
動揺しながらも、紺郷・文目(癒し雨の竜・f39664)は人間たちの危機を認識する。熱い風を顔に受けながらも、手を握り締めた。
「人間たちが、助けを必要としています! 何とかしてやらねば!」
雨を呼ぶ竜神として。あるいは、ただの人好きとして。
人間が困っているならば、危機から逃してやりたい。忘れ去られても変わらない性が、文目の内側から訴えかけている。
「そうですね……めちゃくちゃ炎上してますけど――」
その言葉に同意したのは荒珠・檬果(アーケードに突っ伏す鳥・f02802)だ。
つぶらな瞳で火炎を見上げる。何件もの家を飲み込む炎に冷や汗を垂らしながらも、持ち前の明るさが負けることはない。
「消せるはずです! 絶対に!」
宣言と同時に掲げたのは、黄色の携帯ゲーム機。
画面からはカラフルな色が放出され、色に紛れて何かが空へ飛び出した。
「カモン、体力自慢!」
現れたのはゲームキャラ。100体を超える大群が空中で合体を繰り返し、最後にはどさどさと着地する。32体のキャラクターが、檬果の前に整列した。さらに列を整え、8人体制を4組に。
「火事です、以上! バケツリレー、始めちゃってください!」
説明を一言で終え、檬果はうち3組に指示を出す。指示を受けた直後、キャラたちは迅速かつ正確に動き出した。
桶が集められ、村近くを流れる川から火元へ列が形成される。えっさほいさと水桶が川から運ばれていくのを確認し、檬果は戸惑う村民たちに呼びかけた。
「動ける人で体力自信ある方~! リレーに参加したらいいかも……ですよ?」
明確な指示に、無事だった男衆が振り向く。まごついている場合ではないと、桶をリレーする3組に加わる。水の供給速度はさらに上昇していく。
「残りの方々は私と来てください! 怪我人を川の近くへ!」
残った1組を連れ、檬果は走る。後ろには負傷者を担いだゲームキャラが続いた。
現場を去るシャーマンズゴーストを捉え、文目も火炎へと向き直る。
自分に何ができるか。空気まで焦げたかのように、灼熱が伝わってくる。
なら、大気ごと冷ましてしまえ。
「鎮火を、開始します」
七支刀を、文目は天高く突き上げた。
七つに分岐した刃に、ぽたり、粒が落ちる。ぽた、ぽたと雫は次々降り注ぐ。
掲げた刀越しに、文目は空を眺める。集合した雲が黒煙を飲み込んでいく。
雨の権能はまだ生きている。弱かった雨脚が、次第に本降りへ。辺りを占めていた熱っぽい空気は急速に冷やされていった。透き通った角に雨粒が当たり、粒が顔へと流れてくる。
恵みの雨。そんな単語が、村民の頭によぎる。
混乱も覚ましていく雨に驚く村民へ、文目は無機質に告げる。
「推奨します。今のうちに、逃げられる者は逃げた方が良いかと」
降雨により、火の勢いは抑えられた。屋内の発火まですべて消火とはいかなかったが、延焼は起きないだろう。見れば、桶を運ぶゲームキャラが火の発生源にばしゃばしゃ水を掛けている。
その光景を観察していると、文目の瞳が不可解を捉える。
鎮火した家の瓦礫。そこから手が覗く。
人間の危機。
理解より先に、駆け出していた。瓦礫に手をかけ、発声とともに持ち上げる。埋没していた村民を、文目は引き上げた。意識はあるようだ。
「救護します。こちらへ」
村民を背負い、文目は檬果の元へと急いだ。
「これで大丈夫ですね」
文目が運び込んだ村民に、檬果は優しく語りかける。
水源近くに設営した水結界。ひんやりとした空間で、負傷者たちの火傷は冷やされていく。背後ではゲームキャラがカクカク動いていた。
完全鎮火には至っていないが、状況はひと段落。
腰を下ろし、文目も冷涼な領域で涼む。あの空気に煽られていたのに比べれば、ここはいくらか過ごしやすい。ふぅと息を吐きつつ、抱えていた疑問を吐き出すことにした。
包帯の巻かれた村民に、文目は問いかける。
「法正という人物は、あなたたちにとってどのような方なのですか?」
気がかりだった名前。意味があるかはわからないが、対峙した際の手がかりになるかもしれない。情報は多いに越したことはない。
咳込みながら、村民が答える。
「法正さまは……いい人です」
ある日、武人がこの川に流れ着いた。彼を助けるかでひと悶着あったが、助けることにした。不安はあった。目覚めたら支配されるのではないかと。
「でも、法正さまは違ったんです。恩には報いねばと言って、様々なことを教えてくれたんです」
字の読めぬ者には読み書きを、農耕の改善策を、解のない悩みの答えを。
孔子のような人だった。
村民がそうまとめたのを聞きながら、檬果は黙って考え込んでいた。
かの史書を推している者として、法正についての知識が彼女にはあった。
思い出すのは、怨んでいた人物らを私情で処刑したという逸話。完全な私刑だ。性格の悪さを特記されるほど、性根が腐っていることで有名でもある。
「たしかに……法正殿って性格最悪ですけど……」
誰にも聞こえないよう呟く。
だが、どこかで恩の循環はあったのだろう。でなければ史書に『報恩』とは書かれない。何より、目の前にいる村民の人物像とも矛盾する。
聖人君主ではないが、ただの悪人でもない。他者に理解されない徹底した二面性。それは後付けされたものではないだろう。
「陳寿さん、そこはわりと厳しい気がしてる……」
なんにせよ、実態は会うまでわからない。
聞いた情報から想像を膨らませつつ、文目も立ち上がる。
まだ完全に火が消えたわけではない。直面する問題への対処へと、各々が取れる方法で猟兵たちは再び動き始める。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
琳・玲芳
アドリブ連携◎
これは一大事です!
火の手を見過ごすわけには参りません!
さっそく【指定UC】を発動!
普段は戦闘用のものですが、この高圧水流でもって燃え盛る火種の消火をしていきます!
出来れば優先して消火すべき場所を『窮地での閃き』『第六勘』で探し当てます!
現代的にいうと消防車のようなイメージで走り回るとしましょう!
●熱血乙女消火術
瞳に反射するは赤の情景。
多少なり抑えられつつあるが、家屋からの出火は未だ絶えない。
「これは……一大事です!」
熱気にも顔を背けず、琳・玲芳(熱血乙女純情派・f39479)は事態を直視する。
この炎を、このまま見過ごしてはおけない。
腕と足首をぐるぐる回す。準備運動をそれだけで済ますと、自身の得物『龍顎』を手に取った。
「参ります!」
はつらつな言葉に迷いはない。
飛び出し、焼け焦げた土を駆ける。踏み切って、逃げる人々の頭上を飛び越えていく。宙を通り抜ける乙女に、驚嘆の声が上がる。聞く耳持たず、彼女は先を急ぐ。
目的の家屋に到着するや否や、玲芳は龍顎の柄を蹴った。武具は回転し、刃先は燃え盛る炎へ向く。
「その炎、撃ち払わせてもらいます!」
刃の先端から放たれたのは、荒く渦巻く激流だった。発射された高圧水流が、熱に占拠された空間ごと炎を撃ち破る。住居を覆う炎は水に圧し潰され、隅にも残らない。
「次! どんどんいきます!」
玲芳の目線は隣家へと移る。走りながら龍顎を構え、激流――流激槍で火炎を撃ち抜く。
脚は止めない。ただ一拍、呼吸する時間で周辺を観察。優先度に目星をつけると、すぐさま行動を再開する。
消火をしては素早く移動。発する掛け声が響くのも相まって、彼女は他の世界でいう消防車のようだった。
その玲芳が、異変を捉える。
他に混ざり込む、微弱な音。人の発声に似ている。
半ば直感的に、玲芳は音のした家屋へと突っ込んでいた。
「大丈夫ですかー!?」
大声で叫ぶ。炎に揺れる景色で目を凝らせば、すぐに気づいた。
子どもが残留する炎に囚われ、逃げ場を失っている。
「いま向かいます! しばしお待ちを!」
発動した水流で即座に炎を揉み消し、子どものいる場へひとっ飛び。
「もう安心ですよ!」
にっこり笑い、玲芳は手を差し出す。
だが、子どもは茫然としたままだ。しかも視線が合わない。自分の上を見ているように思う。
目線を合わせないまま、子どもが「あっ」と零す。
「あ、あ、あぶない――」
危機を知らせる言葉を、玲芳が聞いた瞬間だった。
炎で脆くなった天井から大量の瓦礫が、二人へと落下する。
瞬間的に身を翻し、玲芳は瓦礫へと向く。声色は、彼女らしい熱血さを保っていた。
「教えてくださり、ありがとうございます!」
どこか場違いな感謝とともに、自信に満ちた笑みを携えて。
龍顎を、玲芳は祈るように突き上げる。もとより流激槍は戦闘用。
この程度の瓦礫など――。
「敵ではありません!」
噴き上がる水流が、迫る瓦礫を迎え撃つ。押し返すどころか、粉々にしてしまう。技のあとで、微かな塵がぱらぱらと玲芳に降り注ぐ。
「危なかった……あ、今度こそ安心ですね!」
笑いながら再度差し出された玲芳の手を、子どもは安堵して掴んだのだった。
成功
🔵🔵🔴
アリエル・ポラリス
燃えろ~、燃えろ~~!!
ユーベルコードを発動、燃え盛る地獄の炎でできた腕を振り回しながら村を練り歩くわ!
怖いか人間よ! 己の無力を嘆く……必要はないのよ!!
燃え盛る瓦礫もこの炎の腕なら平気で持てるわ! 邪魔なものはどんどん退かして、村人さんを助けるの!
逃げ遅れた人がいたらこの炎で鷲掴み! 大丈夫、アリエル印のぽかぽかフレイムは火傷なんかさせないわ!
人狼の嗅覚で助けられる人を探しながら、もちろん消火活動も平行よ!
この炎の腕で、燃え盛る場所をガバッと覆っちゃうの!
すると、炎に閉じ込められた炎は酸素が無くなってって……はい、消火完了!
このアリエルの前で無辜の人々を焼こうとはふてぇ炎、見逃さないわ!!
●愛を抱く炎で
家々からの出火は続く。
頬を赤に照らされながら、村民は近くに熱源を覚えた。振り返ると、己の目を疑った。
「燃えろ~! 燃えろ~~!!」
炎の腕を伸ばした人型が、傍らを駆け抜けていく。人型は獣の耳を立て、燃え盛る腕を快活に振り回す。
畏怖が、人型へと集まる。視線を察してか、それは「フハハハ!」という高笑いを発した。
「怖いか人間よ! さあ、己の無力を嘆く――」
腕を広げ、身構える。村民らが息を飲んだ直後。
「必要はないのよ!!」
彼女は家の入口を塞ぐ瓦礫へと、堂々と掴みかかった。
まだ炎が焼きつく巨大な木片を、炎の腕で包み込む。炎が木片の火を覆い尽くせば、火は燃焼するための酸素を失う。焦げた残骸と化した瓦礫が、軽々しく路に放り投げられる。
「私が来たからにはもう大丈夫! こんな炎、全部消してあげる!」
アリエル・ポラリス(焼きついた
想いの名は・f20265)は高らかに呼びかけ、炎の残る住居へ飛び込んだ。
まとう猛火の恐ろしさと反比例するような、活力全開なアリエルの挙動。怯えていた住民たちも、正体を知ってぽかんと間抜けな顔をする。怪物かと思えば、可憐な人狼少女。
だが、決して空回りな突撃ではない。
火炎の広がる室内を睨み、アリエルは炎の腕を展開。伸長する炎は膨らみ、部屋の空気ごと一気に火災を叩き潰す。数秒して持ち上げるころには、既に鎮火は終わっている。
「はい、消火完了! 次は――」
家屋を出た瞬間、アリエルの耳がぴんと立った。
被災した住居群から嗅ぎ取った、人の気配。走り出し、匂いの元を探り当てる。
二階建ての家、上階の窓辺。女性が身を乗り出し、漂う煙に激しく咳込んでいた。
「見つけた! 待ってて、すぐ助ける!」
発見と同時に、アリエルは走る速度を高めていく。地面を蹴りつけ、彼女は大きく跳び上がった。
中空で体勢を整え、救助対象を捉える。アリエルから伸びる二本の腕が、逃げ遅れの女性を鷲掴みしようと迫る。
めらめら揺れる地獄の炎。到達の直前、彼女は身構えた。
熱くない。
「大丈夫。これはアリエル印のぽかぽかフレイム……そこらの炎とは違うのよ! 火傷なんかさせないわ!」
自慢気に、アリエルは鼻を鳴らす。腕を縮めて女性を直接抱え、地面へ降り立った。
炎の腕の内側で、彼女は温かい温度に包まれる。こてん、と彼女は眠りについた。
その様子に笑ってから、彼女を周辺の村民に任せ、アリエルは火災へと向き直る。
この火事と、自分の炎。ただ焼く火と、想いを包み込む火。
質の違いは一目瞭然。
アリエルは駆け出し、家の壁を蹴ってまた宙へ。
自分の前で、無辜の人々を焼こうする炎。許せるはずもない。
「そんなふてぇ炎……見逃さないわ!!」
出力された紅蓮の腕が、火炎を砕く。
アリエルの炎に勝てず、火はまた一つ、その存在を絶やしていく。
成功
🔵🔵🔴
ティオレンシア・シーディア
※アドリブ掛け合い絡み大歓迎
うーん…そんなに悩むようなことかしらぁ?
あたしからすれば、性格が終わってることと報復報恩の行動指針が両立してることは別に不思議でもなんでもないんだけど。
とにかく、まずはこの火事をどうにかしないとねぇ。
●必殺を起動、描くのは
神聖文字。表音文字であると同時に象形文字だから、その分種類がすごく多いのよねぇ。
こういう状況で必要なのはとにかく人手。元が魔術文字だから人が入れないとこでも活動できるし、どんどん人員召喚して救助と消火するわよぉ。
あとは何体か回して救護所建てさせましょうか。治療にしろ避難にしろハコがあったほうが格段に楽だものねぇ。
●裏と表
ぱちぱちと弾ける火の粉を、片手で払う。
炎を薄目で眺めるティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は、この非常時でも普段のペースを崩さない。
「猟書家に遭う前に……まずはこの火事をどうにかしないとねぇ」
人間が突入するには無謀な火炎。
なら、とティオレンシアは口角を緩ませる。
「人間じゃない人手がたくさんいればいいのよねぇ」
群れる人々に紛れ、彼女はペン――ゴールドシーンを構えた。
虚空を壁に見立て、その筆記具で文字を綴る。黄の水晶が光を放ち、ペン型の鉱物生命体は呼応する。
ペンの軌跡が輝く線となる。記された線は、人間の男を表しているかのようだ。
描き切ったティオレンシアがペンを離せば、その線がさらに輝きを増していく。
門をくぐるようにして、やたら直線的な人間が召喚される。
描いたのは
神聖文字。古代エジプトにおける、表音文字にして象形文字。
「象形文字って、形がそのまま意味を取るから便利ねぇ」
もっとも、今回は言語的用途ではないが。
くすりと笑いながら、ティオレンシアはペンを走らせ続ける。次々と文字を描き、文字の表象を召喚し続ける。
人間、鳥、動物、神々。
似た記号でも違う意味を取る。それだけ被らず、数が多い。魔術文字に長ける彼女が記述するのだから、当然果てだってない。
喚び出された表象は、その瞬間に行動を開始する。
鳥の記号が宙を舞い、水桶を掴んで生存者を探す。発見すると鳴き声を発し、それを聞きつけた人型記号が走り出す。
道具を持った人型たちが、まだ燃え盛る家屋へと突入する。一体が逃げ遅れを連れ出して戻れば、人型が突っ込む数はますます増える。怒涛の勢いで、家の内側から炎を潰していく。
「いいわねぇ、じゃんじゃん突っ込みなさい」
その様子を流し見しつつ、ティオレンシアは別方向にも目をやる。
救護対象を運ぶ牛が向かう先。瓦礫の端材などから、一部の人型が小屋を建築している。彼らの本領ともいえる建築も、着々と進行しているようだ。
事態は解決に向かい始めていた。
文字を描き殴りながら、ティオレンシアは思考を整理する。
事の発端である、禁軍猟書家の行動について。
最悪な性格と噂されながらも、住民には慕われている。それはなぜか。
しかし彼女からすれば、別に不思議な現象ではなかった。
「うーん……そんなに悩むようなことかしらぁ?」
性格が終わっていること。報復報恩の行動指針が両立してること。
その二つは相反しない。
裏と表が別々で成立しながらも、二つが繋がっている物事は多い。音と記号が結びついた文字のように。自分の身の上も踏まえ、彼女は考える。
「まぁ、続きは遭ったときにしようかしらぁ」
すぐに声は聞けるだろう。彼が報恩に準じるのならば。
消え失せていく炎を、ティオレンシアは緩く見つめていた。
成功
🔵🔵🔴
第2章 ボス戦
『恩讐の策士・法正』
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POW : おのれ……覚えたぞ……
自身が【恨みや怒り】を感じると、レベル×1体の【顔を布で隠し近接武器を持った戦闘用の分身】が召喚される。顔を布で隠し近接武器を持った戦闘用の分身は恨みや怒りを与えた対象を追跡し、攻撃する。
SPD : この数の矢雨、避けきれますかね?
【木簡を広げると彼の頭上】から、戦場全体に「敵味方を識別する【夥しい数の矢】」を放ち、ダメージと【トラウマを見せたり、毒や麻痺や眠りなど】の状態異常を与える。
WIZ : 怨みには報復を恩義には報恩を…当たり前でしょう?
戦場内を【かつての蜀の美しい風景が広がる】世界に交換する。この世界は「【報復報恩】の法則」を持ち、違反者は行動成功率が低下する。
👑11
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●鎮火のあとに
「き、消えた……!」
猟兵たちの消火活動により、村の炎は鎮められた。散乱する瓦礫には熱が残っていたが、しばらくすれば消えていくだろう。残り火一つ、見当たらない。
死者はいない。救出された逃げ遅れや怪我人も、猟兵らの処置により回復に向かいつつある。いまは無事だった家屋や建設された仮設小屋で眠っており、命に別状はない。
一件落着。
空を見る。夜は明け、朝がやってくる。朧な太陽が、空に橙を差し込む。
ただ、村の大部分は燃え尽きた。考えるのは、これからの生活。
生き残ったが故の閉塞感が村を飲み込む中、後方から蹄の鳴る音が聞こえた。
「法正さまぁ!」
暗い空気を打ち壊す、村民の明るい声。振り向けば、馬に乗った人物がそこにいる。
禁軍猟書家、その一員。グリモアベースで見たのと同じ顔が、ぜぇぜぇと肩で息をしている。彼は素早く馬を降りると、猟兵を無視して村民たちへと駆け寄った。
「無事でしたか」
「えぇ! こちらの方々が、火を消してくれたんです!」
村民に指し示され、法正が猟兵を向く。ぎろりとした鋭利な視線が、猟兵たちの身を刺した。
「ですが法正さま、今後我々はどうするべきでしょう。家も備蓄もほとんど燃えてしまって……」
「安心しなさい。策ならあります。まず……」
木片を拾うと、法正は刃物で何かを書き始めた。暮らしの手立てを教授しているらしい。
一通り書き終え、法正は村民たちに背を向けた。
「法正さま、どちらへ?」
「俺は改めて目的地へ。滞在して貴重な食料を消費するわけにもいきません。ああ、それと」
法正が猟兵たちを一瞥する。
「こちらの方々にお礼を言わなければ」
乗っていた馬の手綱を掴み、法正は歩き出す。猟兵たちにだけ聞こえる声量で、彼は囁く。
「猟兵。場所を変えましょう」
罠にも思える言葉だったが、法正の声色は重かった。
●報復報恩
「あなたたちの目的は、俺でしょう?」
法正が足を止める。だだっ広い平原には何もない。彼は手綱を手放し、馬を平原へと解き放つ。
体の向きを転換し、法正はこちらに相貌を見せた。人を舐めたような微笑が、顔に貼りついている。
「あの村には、俺もひとつ恩義がありましてね」
いくらか前のこと。
部下を連れた行軍中のときだった。大きな河川を渡るとなって、法正も川へと入った。何の不運か、鉄砲水が押し寄せた。対応できず、そのまま押し流された。
目覚めたのは寝具の上だった。川岸に漂着した法正を担ぎ込み、手当をしていたのだという。体を動かせば、脚が腫れていた。川底にでもぶつけたらしい。
脚が癒えるまでの数日、法正は村で過ごした。ただぼけっとしていたわけではない。字の読めぬ者に読み書きを教え、農耕の改善策を提示し、解のない悩みに答えを授ける。
自分が孔子にでもなったかのようだった。
報恩。恩義には、感謝で報いる。
「あなたがたは、見返りもなくあの村を助けた。俺も恩で応えなくてはならない」
法正は右手で剣を持ち、左手で木簡を構えた。
「誠意を持ってお相手いたしましょう。それが俺の報恩です」
宣言すると、法正は片手の袖で口許を隠し、噴き出した。
「えっ、戦うんだ、って思いました? ただで首を差し出すわけにはいきませんからね」
俺は禁軍猟書家ですよ。皮肉るように零す。
身勝手にも世界を侵攻する組織、その構成員。
「赦されるのだとしても、ただ赦されてはいけないのです」
報復。怨みには、清算を求める。
自分に向けられた怨みであっても。
「いま一度、お忘れなきよう。かの村を助けた者には、卑劣な手を使わないと約束します。ただし、たったいま転移してきた方々はその限りではありません。俺も生き延びたいのでね」
卑劣な手。例えば変わり身や、状態異常をもたらす矢は放たないのだろう。その代わり、近接攻撃や矢雨の召喚自体は行うと考えられる。
手を縛ったところで強い。それが禁軍猟書家だ。油断はできない。
「阿呆ですね、俺も。だったら仲良くすればいいのに」
薄っぺらな愚痴を吐いて、法正は手招きする。
「きなさい」
鋭い目が、敵として対峙する猟兵たちを睨んだ。
琳・玲芳
アドリブ連携◎
法正殿……ええ、そのお名前は存じ上げておりますとも!
性格はどうあれ、その知謀はかの劉備殿にも認められしもの。油断は禁物ですね!
【指定UC】を発動させていただきます!
歴史上においてあなたは蜀のためにその身を粉にして働き、命を落としました。過労死、というやつですね。
その天命は揺るがぬもの。あなたを縛る過去。
動きを封じたところで一気に踏み込みます!
降り注ぐ矢は『見切り』、法正殿の身体に私の『功夫』を叩き込みましょう!
『気合い』を込めたこの一撃は重いですよ!いかがでしょう!
●天命は逃がさない
「法正殿……ええ、存じておりますとも! お名前から、過去の戦歴に至るまで!」
正面に立つ法正に向かって、玲芳は声を張った。
性格はどうあれ、その知謀はかの劉備にも認められた、孔明とともに蜀を支えた軍師の一人。
油断は禁物。龍顎を掴む手に、自然と力が籠る。
「だからこそ、全力で!」
槍斧を携え、玲芳は飛び出した。草を踏む音以外は何も聞こえない。ふらりと構える法正との距離が縮まっていく。
向かってくる玲芳を捉え、法正はため息をついた。
「気合十分。その意気や良し、ですが――」
淀んだ目が突然冴える。彼の手元で、からんと木簡が鳴った。
「気合ではどうにもならないことが、この世には多いんですよ?」
玲芳は視線を空へと投げる。金属が光を弾くのが見えた。
飛来する、矢の群れ。何十本どころではない。平原を刺す雨のように、大挙して降りかかる。
さあ、どうにかしてみなさいな。
法正からの出題めいた矢雨に、玲芳は笑みを返す。
「なら、どうにかなったら凄いことですね!」
迫りくる矢から目を背けず、寸前で身を反らして矢を回避した。
卓抜した反射神経で玲芳は次々と矢を見切る。躱す。龍顎を振り回して弾く。素早く正確に、雨の降る限り繰り返して。接敵の速度を落とさず、法正へと着々肉薄する。
矢雨が止んだころだった。
玲芳が、法正の目の前に躍り出る。龍顎を構えたまま、敵へ飛びかかる。
玲芳の正面突破に目を見張りつつ、法正も回避行動を取ろうとした。だが、身体が思ったように動かない。何かが身体を掴んでいるかのようだ。
「逃がしません! 法正殿の天命――揺るがぬ過去が、あなたを縛ります!」
飛び出す直前に展開したのは
天命八卦陣。定められた天命により、相手の肉体を拘束する技だ。
法正の、かつての天命。主君と国に尽くした法正は高官となるも、その後まもなく病死した。俗にいう過労死。その過去は変えられない。
そうした死が蘇り、揺るがぬものとして法正の肉体を縛っている。
龍顎の刃が、どうにもならない事象が、法正へ迫る。
その瞬間。
「舐めてくれるなッ!」
振り下ろされた龍顎の刃を剣で受け止め、法正は刃の到達を退けた。身に受けた衝撃で後方へ転がり、再度距離を取る。転がった先で、法正はまた木簡を広げようとしていた。
瞬間的に防御策を導き出した。一転して危機に陥りながらも、玲芳は感嘆する。
噂に違わない、劉備を支えた智将。
龍顎を掴む手に、再び力が宿る。
「舐めてなど、いませんよッ!」
返答とともに、玲芳は龍顎をぶん投げた。
象徴的だった武器が単体で迫り、法正の表情が凍る。天命による拘束はまだ効いている。避けようとして身体を捻じるが、槍斧が腕を掠める。木簡を取り落とした。
拾おうとして察知する。
玲芳が、間合いに飛び込んできている。
「てりゃああああああッ!」
掛け声を発して、玲芳は拳を叩き込む。鉄を砕くほどの強烈な功夫が、法正の鳩尾に突き刺さる。重い一撃に法正は白目を剥き、吹っ飛ばされて野原を転がった。
「いかがでしょう、この一撃は!」
最初から油断はない。相手が誠意を持って戦うなら、全力で挑まないのは無礼。
法正を見据える。胸を押さえながらも、立ち上がろうとしている。
再起を待ち、玲芳は構え直した。
大成功
🔵🔵🔵
荒珠・檬果
村から離れて安心しました。私とて、あそこは巻き込みたくないですからね。
しかし…ま、そうなるでしょう。いえ、そうでなくては…法正殿ではない感じがします。
戦いましょう…私は、猟兵として。
七色竜珠を合成、白日珠[剣形態]へ。
【その者、木目細かなり】。あなたが誠意を持っていくならば、こちらは真っ直ぐに。
恩には報恩を…でしょう?ここは、あなたがかつて見た世界ですか…。
時間経過とともに私は強化されますが、それはそちらのを凌ぎ続けたら、なんです。
戦闘知識から来る第六感で見切って避けて、そしてそれから斬りかかる。
村を助けたのは、私が助けたかったから。ただそれだけですよ。
●報恩の正体
後ろを振り向く。消火を終えた村が遠くに見える。
ほっ、と檬果は安堵の息を吐いた。自分としても、あそこは巻き込みたくない。その意思は敵も同じらしい。
ならば一時休戦という択も取れるだろうに、あくまで彼は決着をつけるつもりのようだ。
檬果はその選択に、どこか納得していた。
「……そうでなくては、法正殿ではない感じがします」
伝え聞く、義理堅い性格。最悪の裏。
こちらが逃げるわけにはいかない。
「戦いましょう……私は、猟兵として」
手に握った七色竜珠が眩く輝く。七色の光は入り混じり、混色の果て――白へ変化する。純白に化けた珠が剣の形を取ったところで、檬果はその柄を握り締めた。
「徐晃さん! お願いします!」
活気に満ちた声とともに、剣を天へ。檬果の身体へ、何者かが呼び出される。
憑依したのは、謹厳将・徐晃。曹操配下にして、蜀を苦しめた一人。
「どうしてか……懐かしい気配がしますね」
正体を察したか、法正が驚嘆を零す。言いながらも剣を構え、檬果を迎撃する体勢を取った。
その姿勢を認識した上で――檬果は愚直に、真っ直ぐに仕掛ける。
接敵し、剣を振り下ろす。防御姿勢を取った法正が自身の剣で防ぎ、受け流した。何度か剣の打ち合う音が鳴り、互いに弾かれ合って距離が生まれる。
「いいんですよ? そちらは真正面から突っ込まなくても」
「いえ。この場においてはこれで正しいんです。恩には報恩を……でしょう?」
飾り気なく返した檬果に、法正が笑いを漏らす。
「良い心掛けです」
返事と同時に、彼が左足を踏み出す。幕に包まれるように、別世界が展開する。
直感的に、檬果は悟った。
「ここは、あなたがかつて見た世界ですか……」
豊かな自然から目を移せば、国に暮らす人々が見える。並び立つ建築に賑わう群衆。
美しき蜀の世界。今は亡き場所。
「ご名答」
剣を構え、今度は法正から檬果へ仕掛ける。
透き通った殺意を、檬果は感じ取る。身体を反らすと、剣が顔のすぐそばを過ぎった。何かを背負ったかのように、相手の力は増幅している。
焦りが、檬果の内側で湧き立つ。憑依させた徐晃の力は、即時発揮されるものではない。慎重に、堅実に。謙虚な彼らしく、力は培われる。
問題は、それまで耐えられるか。
自身に芽生えた弱気を、檬果は吹き飛ばす。
「法正殿……! あなたが村の人々を助けたのは、なぜでしょう?」
問いかけを発して、自らを法正に向かわせる。些細なことで、戦闘とは無関係。
それでも、互いに卑劣を封じたこの場でしか問えないことだ。
「報復報恩と呼べば法則のようですが、あなたが助けたいと願ったからですよね?」
無言のまま、法正が迫る。
予備動作から剣の方向を察知し、直前で躱す。連続で振られる剣の猛攻をなんとか回避する。至近距離で、檬果は言葉を発し続ける。
「私も同じです。見返りなど、最初から不要だったんです」
善き人に善き運命を。そうあるべきと、誰もが考える。
檬果の言葉と疲弊に引かれ、法正の動きが一瞬止まる。抜け目のない徐晃は見逃さない。
横薙ぎの一閃が、法正の脇を裂く。辻斬りのように檬果が法正を通過して、数歩。苦悶を漏らして、法正が地面に崩れる。
「村を助けたのは、私が助けたかったから。ただそれだけですよ」
自らを貫く武人に、檬果は優しい声をかけた。
大成功
🔵🔵🔵
アリエル・ポラリス
なるほど……法正さんの流儀は分かったわ
つまり――この私に『恩返し』バトルを挑む、そういう事よね!!
いいわ、皆まで言わなくても大丈夫。私も恩返しに一家言を持つ身として、貴方の恩返しをしたい気持ちはちゃんと受け止めてあげる
その上で喰らいなさい、必殺恩返しパンチ!!!
この戦いで地獄の炎は使わないわ。貴方を骸の海へと還すのは、この恩返し力に満ち満ちた我が拳!
それっ、恩返しパンチ! フック! チョップ! キック!!
貴方が恩返しの為に卑怯な手を使わないのなら! それに私も恩を感じてパワーアップよ!!
今わの際の手向けとして知るといいわ……貴方が大切にした報恩の精神……その偉大なるpowerを……!!
●勃発、恩返しバトル
「なるほど……法正さんの流儀は分かったわ」
戦闘開幕時の宣言とこれまでの戦いを、アリエルは振り返る。
村を助けた恩から、その猟兵には正々堂々と。
戦いで恩を返す。戦い、恩、返す。つまり――。
「この私に恩返しバトルを挑む。そういうことよね!!」
「……は?」
「いいわ、みなまで言わなくても大丈夫」
反論ありげな法正にうんうんと頷くアリエル。
こちらも恩返しには一家言ある身。受けた恩を返すと嬉しいのはよく知っている。
「あなたの恩返しをしたい気持ちは、ちゃんと受け止めてあげる!」
勢いよくアリエルが肉薄する。突発的な突撃に、法正は対応できない。
「必殺――恩返しパンチ!!」
そのままのネーミングで繰り出されたストレートが法正の頬を打つ。
親指を握り込んだだけのアリエルの拳が――なぜか途轍もなく重い!
「がッ!?」
「さぁ、まだまだ恩返しは足りてないわよ!」
再度拳を握り、アリエルが畳み掛ける。
「恩返しパンチ! 恩返しフック! 恩返しチョップ! 恩返しキーック!!」
数々の直球ネーミングとともに連撃が繰り出される。一打一打が肉体に響き、確実に法正を削っていく。
だが、喰らううちに耐性はできる。攻撃の間隙を法正は見抜き、剣を振るう。アリエルが怯んだ瞬間に、法正は間合いから脱した。
「なんなんですか、その拳は……!」
姿勢を整えながら問う法正。
よくぞ聞いてくれた。いかにも自信たっぷりな表情で、アリエルは答える。
「我が拳に満ち満ちるは、恩返し力! この拳で、私はあなたを骸の海に還す!」
ふーっと息を吐いて、彼女は恩返し力の満載された拳を構えた。
「でも、法正さんの恩返し力もなかなかだと思うわ」
突然敵から褒められ、法正が戸惑った顔を浮かべる。
アリエルからすれば、からかいではなかった。
「だって、本当に卑怯な手を使ってないじゃない。それ、私たちへの恩返しよね!」
あの連撃の最中にも差し込める技はあったはず。しかし剣での切り払いにこだわったのは、彼なりの誠意に他ならない。
報恩を紐解いて、恩返しになる。
アリエルの論理を理解して、法正は諦めたように笑う。
「であれば、勝負といきましょうか。その、恩返しバトルとやらで」
「そうこなくっちゃね!」
アリエルがニヤリと笑い返すと同時に、両者は駆け出した。
剣が来る。半身で躱し、アリエルがその勢いのまま殴りかかる。殴打を受けながらも、法正が果敢に反撃する。危機を察知し、アリエルは後ろへ飛び退く。
法正が手を封じたように、アリエルも手を封じていた。
彼女の身に宿る地獄の炎。それを封じ、恩返しの力だけで立ち向かう。
それでも、過熱していくものがある。
法正が言葉を裏切らないことへの恩。誠意を持って恩返しをすることへの恩。
積み重なった恩の連鎖が、アリエルを高める。
「知るといいわ、今わの際の手向けとして……!」
仰々しく法正に呼びかけながら、アリエルは接近する。対する法正も距離を縮めていく。
振り下ろされた彼の剣をギリギリで避ける。がら空きの胴に狙いを定め、ぎゅうと拳を固めた。
「あなたが大切にした報恩の精神――」
拳に籠った恩が、拳を通じて相手へ返る。
「その偉大なるpowerを!!」
直接突き刺さった衝撃が、法正を大きくぶっ飛ばす。
震える自分の手を、アリエルはもう片方の手で包み込んだ。
大成功
🔵🔵🔵
ティオレンシア・シーディア
うーん実に一貫した行動指針。ここまで徹底してると流石に感嘆を禁じ得ないわねぇ。
――まあ、敵だから殺すんだけど。
状態異常を縛ってくれてるとはいえ、矢玉を雨霰と降らせられたんじゃ遠距離戦はちょぉっと不利よねぇ。
エオローで〇オーラ防御を展開して●轢殺を起動、
ラドと
韋駄天印で機動力を底上げしたミッドナイトレースの○騎乗突撃で一気に○切り込みかけるわぁ。
…これだけじゃ多分防ぎきれないし、さらに一手。
ソーンで●黙殺・砲列を起動、○弾幕の屋根の下を最短距離で駆け抜けて流鏑馬ブチかますわよぉ。
…ホント、いろんな意味で真似できないわぁ。
そこまでの信条、アタシにはないもの。
●そして、風に消える
連戦により、法正は深く負傷している。
「そんな状態になっても、報恩だなんて言ってられるのかしらぁ?」
傷ついている敵に、ティオレンシアは甘い声で問いかけた。半ば、煽りに近い。本性を現すことを期待してすらいた。
しかし予測とは裏腹に、法正は口の端を吊り上げる。
「俺が死のうと、恩は残るのでね」
ククッと笑いながら咳込む彼を前に、ティオレンシアは指で頬を掻いた。
「うーん……ここまで徹底してると、流石に感嘆を禁じ得ないわねぇ」
実に一貫した行動指針だ。呆れを通り越し、褒め称えたくなる。
だが鳴るべきは拍手ではなく、銃声だ。そこに変わりはない。
「まあ、敵だから殺すんだけど」
ホルスターに収まった愛銃――オブシディアンを、軽く撫でる。
些細な呟きは、どうやら相手まで届いたらしい。
「殺せるものならね」
静かな殺意を合図に、法正の握る木簡が開く。その挙動を認識したティオレンシアは、傍らに停車させた二輪車へ飛び乗った。
燦々と降り注ぐは、大量の矢。チッ、と舌打ちが口から転がり落ちた。
「予想できてたけど……ちょぉっと不利よねぇ、遠距離戦」
ティオレンシアの得物は銃。戦場全体に矢玉を雨霰と降らせられたのでは勝負にならない。
「なんにせよ、できることはやらないとねぇ」
エオロー、
ラド、
韋駄天印。
立て続けに印を展開し、自身と車体に重ね掛けしていく。
さらに重ねて起動するはユーベルコード『轢殺』。
車体の速度と耐久性は飛躍的に向上。ティオレンシアに降る矢雨が弾かれていく。
「でも……時間の問題かしらぁ」
現状は強化により無理を通しているだけだ。このまま突っ走っても矢だらけになるだろう。
なら、さらに手を重ねればいい。
「雨には雨。解法は単純な方が強いのよねぇ」
お願いねぇ、とティオレンシアは握ったペンに囁いた。祈るように、彼女は魔術文字を描く。
記述したのは
ソーン。
妨げを意味する記号は空中に張りつき、無数の弾を発射した。弾幕が矢雨を打ち消し、一本道のような晴れ間を形成する。
道は法正までを、最短距離で繋いでいた。
「あとは……心配無用ねぇ」
ペンを片付け、ハンドルを両手で握る。
一気に速度を上げ、爆速で弾幕の屋根の下を走り抜ける。その到達に、法正は反応できなかった。
ホルスターからオブシディアンを引き抜く。彼女の薄い目が開かれる。
横向きに構えた銃。そのトリガーを、ティオレンシアは惜し気もなく引いた。
シリンダーに籠められた弾丸が空になる。発射された弾は全弾、法正を貫いていた。
法正が仰向けに倒れる。矢雨が止む。
二輪車を止めたティオレンシアがそばへ歩み寄ると、法正の身体からは黒い靄が生じていた。
「自分の信条くらい、捨てればよかったのに」
生死より先行させて、何になるのだろう。独り言として、彼女は零す。
しかし、返答は返ってきた。
「捨てれば、死ぬのと同じではないですか……」
その一言が最期だった。法正の全身は靄となり、平原の景色に混ざる。
靄がすべて消えたころ、ティオレンシアは嘆息した。
「……ホント、いろんな意味で真似できないわぁ」
何と出会っても、自分の哲学は変わらない。
命以上の信条などない。命を失えば無意味だ。
だからこそ、彼の報恩とやらが奇異に映る。
「そこまでの信条、アタシにはないもの」
本当の独り言が、今度は平原の風に溶けていった。
大成功
🔵🔵🔵
●終劇
禁軍猟書家・法正を撃破した猟兵たち。
各々が対峙した記憶を引き摺っていると、突然目の前がぐにゃりと歪んだ。
不可避の歪曲に巻き込まれ、猟兵たちは――未知の場所に転移していた。
木々の生い茂る山。周辺の情景から察するに、ここは封神武侠界のどこかだろうか。ひとまず、敵の気配はない。待機していればグリモア猟兵が回収してくれるだろう。
不可思議な現象に巻き込まれたが、自分たちはあの村の危機を救い、禁軍猟書家を破った。それ自体は事実で、確信を持っていいはずだ。
猟兵たちのそばを、封神武侠界の風が通り抜けていく。
冷たくも優しい風は、まるで見知った誰かのようだった。