第二次聖杯戦争の終幕から後、銀色の雨の世界は未だ、死と隣り合わせの面構えで在った。揺籠の君の白濁が猟兵の脳内からこぼれ落ちる頃、オマエ、サフィーナ・エストは如何してなのかリベンジに燃えていた。この日の為に努力し、努力し、重ねて努力を続けてきたのだ。ある日は渦眩く錯視に集中し、ある日は蜻蛉の如くに己の指先と睨めっこ、ある日は事務椅子に坐して只管にサイクロンの園へと投身した、そうして最後の試練、否、慣れている相棒との錐揉み回転後、愈々舞台へと足を運んだのだ――それは悪夢の名を冠するテーマ・パーク、借り切りと謂うのは本当、まったく有難い限りだ。そう、私は遂に『つよつよ三半規管』を手に入れたのです。オマエの科白そのものがご立派な旗に思えて仕方がないが、兎も角、改めての「再戦」だ、艱難辛苦。意気揚々と最初に目指したのは地獄の門と解せた。
コーヒーカップ――絶叫系が得意な人間でも蒼褪める、脳味噌シェイク――に辿り着いたオマエは一切の躊躇なく座り込んだ。うにゅると生えた触手のようなものは安全装置か何かの類だろう。あの時は負けましたが、今度こそ、胸を張って真直ぐに歩いてみせましょう。さあ、回しなさい。ハンドルを握る拳に力が入る。ぎっちりと座席に根を張ったが如く姿勢を正して――動き始める暴風、何もかもがバグっていた。
最初は余裕を持って回されていた。汁椀に盛られた具材どもと同化した気分だ、とける、とろける、そんな湯舟感覚から瞬、シュルルルルとカップが嗤わせに来た。正直に謂ってしまえば気分は『良かった』。ちょっとしたハイテンションの術中に嵌まり理解不能な大笑いが聞こえる。これは誰の声だ、これは私の雀躍とした音だ。腹の底から猿のように、傘の上で滅茶苦茶にされる球体のように――終了のベルが響き渡ったと同時、くるり、くるり……ごくり。気付けば猛烈にフラッフラ、止まっているのか回っているのか。
め、目が回ります。ですが、マトモに歩けない程度です。これは実質私の勝ちですよ。コーヒーカップの把手部分に縋りつきながらプルプル、眼球振盪にやられる。いや、このグルグル具合であれば数分ほど耐えれば治まる筈――よし。問題はないです、私はつよつよ三半規管ですから……直立からの一歩、次のアトラクションへ。
これは、その、舐められているのでしょうか?
私はつよつよ三半規管。
どんな回転にだって負けません。
ちょっと斜めになってる独楽を想像してほしい、それが地面に突き刺さっている。アトラクションはアトラクションでも公園の遊具ではないか。手を独楽の棒部分に添えてヒョイと足を乗せる。無意識だろうとは思うが額が棒と手にひっついた――自然と、超自然と、ただの遊具が円を描いていく……ところで貸し切りなのだ、誰も回転を止める者はいない。
あとでオマエはこの遊具が絶滅危惧に陥っている事を把握しただろう。特に日本では数個ほどしか存在しないとされている。その名はクネプフェ、一度乗ったら中々降りられない、恐ろしいもの――ま、まだまだ、大丈夫です。なんだかどんどん早くなっている気がしますが私はつよつよ三半規管、ぐるぐるバットだって耐えてきたブラックタールの女……。
め、目が回ります……顔色が少し白っぽいのは仕方のない事だ。吐きそうで吐きそうで、それでも呼吸を小刻みに、こらえる。大丈夫です、次のアトラクションに行きましょう。私はつよつよ三半規管……? ぐるぐる、滅裂な視界に映り込んだ、巨大脳髄を露出させたマスコット。そっと伸びてきた『うで』がオマエの身体を揺らす……。
頭部が前後、左右、ぐわん、ぐわん。
……ひぐっ。
成功
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