埋め尽くせ、食い尽くせ、豊穣と豊満の宴
グリードオーシャン座標S02W01、島名『カリコシャ島』。その島の本島近くにごく小さな無人島があった。島と言っても海中から突き出た巨岩のようなもので利用価値はなく、かといって邪魔になるわけでもないのでそのまま捨て置かれていたが、大きめの嵐によってそれが崩れた時に事件は起こった。
崩れた岩の中から顔を出していたもの、それは巨大な四角いオブジェであった。前面についた無数のボタンには字が書かれ、下には大きな穴が開いている。
「何だこりゃ……棚か?」
「お頭、迂闊に触らない」
調査に訪れた島の顔役である海賊が手を伸ばそうとするのを配下が抑えていると、その前で『それ』がひとりでに動き出した。
それは重い音とともに振動し、その開いた穴から何かが転がり出てくる。それを手に取って二人が調べようとすると、まるで堰を切ったかのように同じものがその穴から大量に吐き出されてきた。
「……で、それがこれって訳だ」
そう言って海賊『サバカン団』団長ミズリー・マッカレルが差し出したのは、香り高い茶色い液体と白い粒の料理……カレーライスだ。
「最初は良かったよ、これで島全部が食うに困らなくなるってな。ただとにかくこいつは止まらねぇんだ。ボタンを押せば出てくるものは変えられるが、ハコのでかさなんか無視していくらでも中から物が出てきやがる。しかも腐りも汚れもしねぇ代わりに食う以外で処分ができない。海に沈めても土に埋めてもいつの間にか島に戻ってくるんだよ」
例え生きるのに必要なものであっても、制御もできないまま無限に湧き出てくるのであってはそれは災害と変わらない。
「で、あれが何なのか調べたよ。どうやら昔この島の奴が作った蒸気装置の失敗作らしい。『ケンバイキ』を参考に『ガクショク』を再現しようとしたが、組み込んだメガリスが暴走して制御不能になったんだと。どういう意味かは分かんねぇけどな」
この島は元はアルダワ魔法学園にあった。今はその文明は失われているが、ミズリー自身がそうであるようにその再現を試みる者はしばしばいたようだ。
「こいつは今外に出てる食料を全部食い尽くせば止まるらしい。だが、もう既に島全部でかかっても食い尽くせない量が出ちまってる。それであんたに頼んだわけなんだが……」
既に自分たちの手には余る事態。だが、そういう時に頼れる者の存在を彼女は知っていた。それを元に伝手を頼って協力を依頼したのだ。
「ええ、今回もよろしくお願いします。せっかくですので仲間も連れてきたいと思いましてぇ」
まず挨拶するのは、夢ヶ枝・るこる(豊饒の使徒・夢・f10980)。彼女自身は何度かこの島に訪れたこともあり、その際人知を超える健啖ぶりを見せてもいたため、グリモア猟兵を通して指名を受けていた。
だがその後ろに控える集団はカリコシャ島へ来たことも、ミズリーとの面識もない一団だ。
「【豊饒の使徒】でございます。此度はよろしくお願いします」
その中でのリーダー格である豊雛院・叶葉(豊饒の使徒・叶・f05905)が進み出て挨拶をした。
「ご丁寧にありがとうございます。サバカン団副長のキンメ・レッドスナッパーです」
それに応えたのはケットシーのキンメ。副長の彼が挨拶する横で、団長のミズリーは初対面の相手の挨拶に返す言葉もなくただ茫然としていた。
だがそれを彼女の非礼と誹るのは余りに酷というものだろう。何しろその【豊穣の使徒】たちは、ミズリーが持っていないもの……『豊かな胸』を、全員が溢れ零れんばかりに持ち合わせていたのだから。
「……お頭、こちらの皆さんは俺が案内します。後からゆっくりついて来て下さい」
普段口うるさいはずのキンメの優しい言葉に心を(鞭)打たれながら、ミズリーはとぼとぼと圧倒的集団の最後について港へ向かうのであった。
「……ま、そういうわけで、あんたらのお仲間にゃこの島を何度も助けてもらったって訳だ」
件の装置がある島へ向かう船の上、どうにか気を取り直したミズリーがカリコシャ島で起こった事件と猟兵との縁、そしてそこでのるこるの活躍を豊穣の使徒たちに聞かせていた。
「なるほど、さすがはるこるさんね」
感心したように言うのは華表・愛彩(豊饒の使徒・華・f39249)。使徒の中で最も猟兵としての経験が浅い彼女は、過去の事件の話を積極的に聞き少しでもその差を埋めようとしていた。
「そのお祭りにもいずれ参加してみたく思いますの」
また話の中でも事件ではなく、解決の礼として招かれた夏祭りの方に興味を示したのが絢潟・瑶暖(豊饒の使徒・瑶・f36018)。
「桃姫さんのお話も合わせまして、とてもおいしいものがたくさん食べられたようですし」
「ええ、まあ、それは……はい……」
名前と実態にいい意味で大きな隔たりがあるその祭り。過去のティーチングでその話を瑶暖にした、魔法少女ミルケンピーチの一人である花園・桃姫が目を逸らしながら答える。この一件は彼女を通して使徒たちに伝えられたこともあり、その要請を受けて彼女もこの場に来ていたのだ。ちなみに彼女の胸部やその他の部分も大変豊満であり、部外者でありながらその肉体は豊穣の使徒たちに完全に溶け込んでいた。
「おう、いつでも来てくれ、歓迎するぜ! 金はとるけどな!」
ミズリーが笑いながら言うと、桃姫は瑶暖に以前の祭りでも同じことを言われたと耳打ちする。
「お金、困ってるのかなぁ?」
それを聞いて甘露島・てこの(豊饒の使徒・甘・f24503)がキンメに尋ねてみた。
「まあ、楽じゃないですな」
それを聞かれるのも慣れたことなのか、特に気を悪くした様子もなくキンメも答える。
「なんかいっぱいお金のある島に行ったことがあるけど……」
「こちらの方々はそういうことはなさらないでしょう。あの連中と一緒にするのは失礼ですわ」
過去に訪れたことのある金に満ちた島を思い出してこのが言うが、同じくそこへ行った艶守・娃羽(豊饒の使徒・娃・f22781)がそれを窘める。
「そうじゃなくて、交易とかそういうのだよぉ」
「他所に気を回してる余裕がしばらくなかったのと、あとはまあ、俺がしばらくここを離れちまってましたからねぇ」
「色々な役を持ってらっしゃいますのね、ご苦労様です」
やはり細かいことや勢いだけではどうにもならないことは彼が責任を持つ形になっているのだろう。娃羽は自身も企業経営者としての英才教育を受けてきたこともあり、そう言う立場の苦労や一人に役目が集中することの危険さもよく分かっていた。
「あ、何か見えてきたんだよ」
「あれがその島ですね」
そう話をしているうちに、甲板前方にいた鞠丘・麻陽(豊饒の使徒・陽・f13598)と鞠丘・月麻(豊饒の使徒・月・f13599)が何かを見つけた。その先に全員が目を向ければ、そこにあるのは様々な色が混ざったような山と、それと同時に強く漂ってくる食欲をそそる匂い。
「おお、これは色々楽しいことが待ち受けていそうでぇす」
まずリュニエ・グラトネリーア(豊饒の使徒・饗・f36929)が二人を抑え、舳先に飛び出す。トンデモ世界筆頭のデビルキングワールド出身である彼女をしてそう言わせるその光景。そしてそれを見た全員のその目は、緊張でも恐怖でもなく純粋な期待に満ち溢れていた。
目的の島にたどり着いた一行は、船にサバカン団を置いて島の中へと向かう。そして外から見えていただけあり、それはたいして進むことなく見つかった。
「これはまた凄い状況なんだよ」
麻陽が見上げる先には、大量に積まれた丼の山。一つ取って中を見てみれば、その中身はカツ丼だ。いつからここに放置されていたかもわからないそれだが、それは暖かく品質も一切劣化していない作り立てのようにも見える。
「こっちは天丼、ですね」
月麻が別の丼の中身を確認し合い方の持っている者と見比べる。そして二人は顔を見合わせ、箸を取り出し一切の躊躇なくその中身を口に入れた。
「……おいしい!」
その味は上等。如何な秘術か衣はサクサク、卵は適度に柔らかさを残し、タレも今かけたばかりの様。そのまま丼一杯をあっという間に二人は食べきってしまった。
「なるほど、話に聞いていた通りの様ですね」
瑶暖の想像通り、間違いなくこれは件の装置から出てきたものだろう。ならば味と品質については一切気にする必要がないはずだ。
「それでは、夢ヶ枝様」
「えぇ」
叶葉に促され、るこるが前に出る。そしてそれに続くように、他の使徒たちも一歩進み出た。
「桃姫さんも、よろしいですね?」
その問いに桃姫は一瞬何かを躊躇うような表情をしたが、やがておずおずと首を縦に振った。
「それでは……」
全員が何か祈るような姿勢をとると、そこを中心に場の空気が徐々に塗り替えられていく。そしてそれが周囲を満たすと、さらに重なるように別の力が辺りに溢れ出す。それが幾度となく繰り返され、通常ではありえないほどの『何か』がその場の全員に行き渡った。
それは目に見えるような変化は今のところ何もない。だが、その身に変化が起きたことはその場の全員が分かっていた。
「さて、それではいただきましょうか」
叶葉の号令の元、全員が目の前の丼をとり食べ始めた。
「おぉ、これは確かに中々……親子丼ですね」
「こっちは牛丼なのでぇす。定番は抑えてる感じなのでぇす」
丼をとって、一瞬にしてそれを平らげ、また次に行く一同。比喩表現ではない。丼一杯を食べるのに要する時間が本当に一瞬なのだ。空いた丼はその辺に置けば消えていくので、後片付けを心配する必要もない。
「特に海鮮系の素材にこだわりがありそうはやはり土地柄、ですかねぇ」
「そう聞くとますます行ってみたくなりますの」
実際に島で行われた祭りでも余りにもガチすぎる『鯛焼き』などが出てきた故に、この辺りの海産物の質を知るるこる。その話を聞いて、瑶暖は先に聞いた祭りにさらなる期待を膨らませていた。
そうして丼を食べ道を開くことしばし。突如として周囲の景色が変わる。
「あれ、これは……」
丼がより大きく重い。中を覗いてみれば、今度はそこにあったのはラーメンだ。
「醤油、味噌、塩……よくあるやつなんだよ」
「あ、でもやっぱりおいしいです」
すでに全員が丼飯を複数杯食べ終えていることを感じさせぬ勢いで、それも食べ始める一同。また同じようにラーメンを食べて進んでいたが、愛彩が次の一杯をとろうとしたとき隣に添えられたものに気が付く。
「あれ、なんかちっちゃいご飯が付いてる」
それは茶碗一杯分のライス。上には刻み海苔や小さなあられも乗せてあってお茶漬け風にも見えるが、肝心のお茶がない。
「あ、それは多分こういう風にするんだよ」
それを見て麻陽がその茶碗をひっくり返し、麺のなくなったラーメン汁の中に入れた。いわゆるラーメンライス、あるいはラーメン茶漬けというやつである。
「なるほど、こんな食べ方もあるんだね」
「ラーメンだけじゃ足りない人がやる食べ方です」
同じ使徒とはいえ、出身世界によって食べ物に対する知識や意識の差はある。その辺りを埋めながら食べ勧められるのも、大勢いるが故の利点だろう。
「丼の次がラーメンでしたが、他にはないのでしょうか?」
桃姫が飯入りラーメンを食べきって厚かましく言いながら辺りを見回す。聳え立つラーメンの壁を片付ければ恐らく次が出てくるのだろうが、それを待てないのがこの意志薄弱娘なのだ。
「あ、それならちょっと探して来るんだよぉ。甘いものもあるなら見つけたいし」
それを受け、こちらも希望するものがあったてこのがふわりと浮き上がり、そのまま食べ物の壁を越えて島の反対側へと飛んでいった。
突然の飛翔に、この場で驚く者は誰もいない。それどころか他の何人かも、空中を飛んで違う方向へ探索を始めた。
先ほどの祈り……全員で合わせたユーベルコード、その効果の一つがこれである。その上でめいめいに島の各所へ散り、全体に何があるかを確認しはじめた。
「お肉! お肉とってきてください!」
下では唯一ユーベルコード非使用の桃姫が飛び跳ねながら要求を出している。その勝手な要求を受け、使徒たちはそれぞれに自分の求めるものを島から探し始めた。
「こちらは焼き魚ですね。鮭、鯖、𩸽……鰻もあります」
叶葉が見つけてきたのは焼き魚。どれも身が厚く、脂ものっている。小骨も少なく食べやすいのもありがたい所だ。
「こちらはおそば、だね」
「おうどんもありました」
麻陽と月麻はそばとうどん。きつねやたぬきなどの定番はもちろん、にしんそばやおかめうどんなど店で出るようなもの。さらには全体的に温暖なこのあたりの気候に合わせてか、冷やしとろろそばなど冷たいものも完備されている。
「探してみるものなんだよぉ」
てこのが持ってきたのは各種ケーキ。サイズはあまり大きくないものの、四角く切られた取りやすいサイズのショートにチョコ、フルーツや紅茶クリームなど。ビュッフェでありそうな軽い感じのものが多いようだ。
「桃姫さん、お肉がありましたよぉ」
そしてるこるが発見してきたのが、ハンバーグやとんかつ、から揚げなどの肉料理。これもまたどういう原理なのか、揚げ物は揚げたて、ハンバーグは鉄板までアツアツだ。
他にもめいめいに好みの食事を見つけてきて、それぞれ並べていく。今まで一種類ずつの料理しかなかったその場に様々な料理が揃い、その光景は実に華やかだ。
「それでは、いただきましょう」
叶葉の号令の元、改めての食事が開始された。
「オムライス……の割になんかサイズのバランスがおかしいですの?」
「あ、それはこうやって切るんじゃないかな」
瑶暖の前に置かれたオムライスはライスの上に大きな卵焼きが乗ったような形状。その中央を愛彩が切ってやれば、半熟の中身がこぼれだし卵を押し広げて広がっていく。
「お肉でぇす。やはりお肉は全てを解決するのでぇす」
「ええ、その通りです!」
フォークに大きな一枚肉のグリルを刺してかぶりつくリュニエに、それに同調してから揚げを山盛り乗った丼をかき込む桃姫。ちなみにから揚げ丼には中央に半熟卵が落とされ、味わいとカロリーがマシマシとなっている。
「デミグラスに和風おろし、それに塩だれなんかもあるです」
「グレイビーソースや中華あんかけもあるんだよ」
月麻と麻陽はハンバーグを受け取って食べ比べてみるが、そこにかかるソースも多種多様。もちろんハンバーグ自体も割れば中から肉汁あふれる絶品だ。
「飲み物は……やっぱりこれかなぁ?」
てこのが口を付けたのは瓶の牛乳。有名でありながら意外と普段見る機会はないそれを飲みつつ、てこのは首をかしげる。
「確かにこれがあるから学食っぽいけど、でも料理はそれっぽくないのもあるかなぁ?」
「一部の大学には普通の食堂とは別に、高級レストラン風の高い食堂も備えられていることがありますので、その要素も取り入れられているのでは」
そう説明する娃羽の周りには多数のメイドたち。彼女たちは娃羽がユーベルコードで召喚した存在だが、料理のあるエリアをメンバーから聞いてそこからおかわりをとってくるなど、使徒たちが食べることに集中できるよう懸命に働いていた。
その姿を見てるこるが呟く。
「やはり、戦いがないとこういうことができていいですねぇ」
メイドたちの召喚は先に全員が使った飛行のユーベルコードとは別のもの。オブリビオンとの戦いなら複数のユーベルコードを使うことは基本不可能だが、日常の延長であるこの場ならそう言った制限もない。
そしてそれの最大の恩恵、それは彼女らの食べる勢いにあった。
「場所が開きましたね、少し移動しましょうか」
山積み料理が減っていき、崩落への警戒も兼ねてまた島中央に少し移動する一行。この場にいる誰も疑問を持っていないが、冷静に考えてみればとんでもないことである。
それを成すは、彼女たちが最も力を入れて発動したユーベルコードの種類。『姫』の名のもとに統一されたそれは、分かりやすく言えば全員の大食い能力を乗算で強化するもの。さらにそれに加え別方向の能力強化や技能付与、さらに食欲強化の秘薬の効果増加を持つものまで重ねに重ねて、そのレベルはついに億の世界まで届いたのだ。
そんなわけで、島一つがみるみるうちに食い尽くされて行くこの状況。そんな中で、叶葉がぽつりと呟いた。
「やはり付け焼き刃では限界がございますね」
それに応じ、娃羽も言う。
「仕方ありませんわ。わたくしなどサイズも一番下でございますし」
この二人は、実は食べている量がこの中では最も少なかった。彼女たちは元々そこまで大食いを得手としていたわけでなく、今回の出張に向けて軽くトレーニングをした程度。まさに叶葉の言う通り付け焼き刃の技術であった。
それ故に、彼女たちがここまで食べられたのは僅か二階建て住宅一件程度。
……そう、『僅か』それだけである。
では、最大級の者がどうなのかというと。
「あら、メイドさんが進むに困っておりますねぇ。少々お待ちください、道を開きますので」
るこるが給仕役メイドが移動に難儀しているのを見ると、邪魔になっていそうな部分を食べて『整地』し始めた。既にラーメンエリアはとうに抜け、そこに聳え立っているのはレバニラや肉野菜炒めなどの炒め物定食。それをあっという間に取って食べ、るこるは真っ直ぐ道を開いていく。
やがて聳えるものが定食から太巻きやいなり寿司などの軽い和食に代わり、見事エリア開通工事が終わる。壁を崩し、地を均し、道を開く。最早これは土木に類する作業と言っても否定されることは無かろう。
そして一仕事終えたるこるは仲間の元に戻り、今自分が拓いた道から運ばれて来た巨大握り飯を食べている。肉体労働の後は腹が減って飯が美味い。何の不思議もない光景(この場に限る)である。
そうしてどこまでも尽きぬ飽食の宴が続き、食物の山を抜け一行はついに島中心部にたどり着いた。すると、そこはどんな状況であろうと食欲を強引に湧きたたせる香ばしい匂いが立ち込めていた。
「あぁ、なるほど、やはり最後は定番ということですねぇ」
それは出発前、サンプル品としてミズリーが見せてきたのと同じもの……学食メニュー定番中の定番、カレーライスであった。
「それでは、最後と参りましょう」
「締めの一杯でぇすね」
そのカレーをとり、食べ始める使徒たち。
カレーは何にでも合うと言うが、それは何が入っていてもそれをカレー味に染め上げてしまうということでもある。様々な味を味わった口をカレーに一本化するという行為は、まさに食事の締めとして相応しいと言えるかもしれない。
その様子は、優雅なディナーの後のディジェスティフ、あるいは宴会の最後に一息ついて一杯の烏龍茶でも飲むかの如し。カレーは飲み物。その表現がここまで合うさまも中々ないだろう。
その茶色の海を流し込み、とうとう辿り着いた島のど真ん中。そこには巨大な四角い物体が鎮座していた。
「なるほど、券売機ですの」
それはある程度以上の文明を知る者なら一目でわかる、まさに学食の券売機。ボタンが異常に多いが、どうやらそれを組み合わせて押すことで出てくる品を変更できるらしい。一部のボタンはAとかBとかしか書いてないが、もしかしたら日替わり担当なのかもしれない。
それを見る一行の前で、機械の取り出し口からまた一皿カレーライスが吐き出された。
「あ、桃姫さんまだ終わってなかったんだ」
どうやら桃姫が最後のカレーを食べきっていなかったらしく、それに反応して次が出てきてしまったらしい。それをてこのが拾ってさっと食べる。
「リンゴと蜂蜜、甘口なんだよ」
彼女の好みに合わせた甘口カレー。
「なるほど、もしかしたらあの絡繰に近い性質があるのかもしれませんねぇ」
るこるが思い出すのは、以前封神武侠界で目にしたとある絡繰。それは利用者の好物を自動で感知しカロリー爆盛りで無限に出して来るものであったが、もしかしたら同じような装置を違う原理で目指したのがこれかもしれない。
今しがた出てきたもの、そして桃姫が持っていた最後のカレーも食べきられ、ついに島を覆っていた食べ物は全て10人の腹の中に消えた。そのまましばらく待ってみるが、もう装置から何かが出てくる様子はない。
カリコシャ島を襲った危機は、ここに全て平らげられたのだ。
「とうとう何にも見えなくなっちまった……」
島の外縁部、一行を乗せてきた船に残ったサバカン団からは、山と積まれた料理が見る間に消えていくさまが遠くからよく見えていた。そしてそれはついに完全に消え、島は元のただの岩場としての姿を取り戻す。
「よし、後は帰ってくるのを待って……」
帰り支度でもしようとミズリーが思った時、突如として轟音と激震が島を揺るがした。
「なな、なんだ!?」
ミズリーが島の方を見ると、平らになったはずのその場所に何かが膨れ上がっていく。装置がまた再起動してしまったか。否。
「な、何やってんだあんたら……」
空に聳える10の肉玉。それは料理を食べ尽くし、そのカロリーが一気に吸収された使徒たちと桃姫であった。
「どうやら反動が最後に纏めてきてしまったようで……」
ユーベルコードには反動を伴うものも多い。そしてそれを種類が選べるなら体の膨張にするのは、るこるを始めとする彼女たちの常套手段であった。彼女たちが今回複数のユーベルコードを用いたのは先述の通りだが、当然それは効果だけでなく反動も多重に積まれるということ。
何しろトップ平常サイズが全員三桁超え。そこに島一つ分のカロリーが行った上『発育の才』を持ってそれが余すところなく肉に変えられているのだ。胸が、腹が、尻が、一つ一つが玉となり山となり、押し合いへし合い触れ合っている。その様、その柔らかさは最早極上の心地よささえ感じさせるものだ。
「こういう場合に備えメイドたちには別の食事をさせておきましたので、ご心配なく」
そういう娃羽の下ではこちらは普通体系のメイドたちが色々頑張ってはいるが、流石にこのサイズを10人はいかんともしがたいらしい。
「ミズリーさん、そこにいるですの?」
「キンメさんはちっちゃいからよく見えないね」
結果として横だけに収まらず縦にまで伸びてしまった一同。瑶暖や愛彩はサバカン団を探すが、自分の肉が邪魔で二人を見つけられないようだ。
「ところでこの装置、持ち帰ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……俺たちじゃ手に負えねえからそうしてくれると助かるけど……つかそもそもあんたら戻れるのか?」
叶葉の問いにミズリーがそう答えるが、流石にこれは同意なのかキンメもつっこまない。
「たまにあることですし、何とかなるかと」
「申し訳ないけど最悪またるこるさんにおねがいするんだよ」
使徒の中でも比較的経験が長い方の麻陽と月麻は、この状況でも特段慌てない。
「これでも明日になったらお腹はすくのでぇす」
「人生って無情なんだよぉ」
むしろそんなことまで言うリュニエやてこのに、ミズリーはただあんぐりと口を開けることしかできなかった。
一方一人だけ自分の巨大肉に顔を突っ伏し、さめざめと泣くものが一人。
「また……結局またこうなるんですか!」
桃姫である。彼女は自分の紹介した依頼で誘われてはどか食いし、その都度オーバーカロリーに泣いているのだが、今回に関してはむしろなぜこうならないと思ったのかという感じであるので同情は出来ない。
その張り出した巨大肉に寄り添っていた一際巨大な乳肉……るこるがゆさっとゆれて彼女を気遣う。
「【瀾粮】や『三千符印』ならご用意できますが……」
「いりませんそんなオチ!」
るこるに依頼を紹介し、何度となく彼女の能力を見た桃姫は知っていた。それカロリー増すやつじゃんと。それを提案してくるあたりるこるも意外とSなのか、ある意味で桃姫の『素質』を信頼しているのか。
「と、とにかく、ありがとうな。礼は言うよ。自分でできるんなら悪いけど帰りは自分で何とかしてくれ。流石に船に乗せらんねぇからさ」
「すみません、お世話になりました」
頭を下げるキンメと船を出すミズリー。それを使徒たちはのんびりと、桃姫だけは絶望の表情で見送る。
「さて、帰ったらこの機械の研究が必要ですね」
「もっと甘いもの出るようにしたいんだよぉ」
「学校っぽくないメニューも入れられるかな?」
自分たちの体型を気にすることもなく、今後の展望について話し合う使徒たち。
「桃姫さんも、よかったらいかがでしょうかぁ?」
「う……その……」
その問いに固まる桃姫。だがその首が僅かに縦に揺れたのを、るこるは見逃さなかった。
肉の宴、本日はここまで。
成功
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