魔女に願いを〜ウィッチクラフト・ショコラトリィ
「……なんなの、これは」
アックス&ウィザーズのどこかにある森の中。寝ぼけ眼をごしごしと擦って、ハノア・シュルストロップは眉根を寄せた。早朝、外で物音がした気がしたからのそのそ起きて来てみたら、滅多に物の届くことのない郵便ポストに手紙が入っていたのである。
『森の魔女様
突然手紙を差し上げてごめんなさい。
お願いがあってご連絡しました』
差出人不明の手紙は、曰く。
大好きな人がいるのだが、なかなか気づいてもらえない。だからその人を振り向かせるような、魔女の秘薬を作ってもらえませんか、と。
厳重に包んだ封筒には代金のつもりなのか、淡い花色の猫目石がついたペンダントが同封されていた。これも大切な物だろうに、顔も名前も知らない魔女に差し出してまで叶えたい恋があるのだろうか?
困ったものねと吐息して、ハノアはペンダントを封筒に戻した。
「魔法だって、万能じゃないのよ」
風を起こし、雨を降らせることができても、人の心は操れない。このまま無視して、放っておこうかとも思ったが――。
「……仕方ない」
呟くように言って、小さな魔女は封筒を握ったまま、小屋の中へ取って返した。指を一振り、散らかったキッチンを整頓し、鍋に水を張って火に掛ける。ぱちんと指を一つ鳴らせば、ネグリジェは質素なエプロンドレスに変わり、長い髪はサテンのシュシュで高いポニーテールに結い上がった。
(「せっかく取り寄せたのだけど」)
まあいいわと一人ごち、開いた戸棚から浮遊魔法で呼び寄せるのは紙袋いっぱいの板チョコレート。パキパキと小気味よい音を立てて割れたそれは、銀色のボウルにひとりでに収まり、温まった湯の上で蕩け出す。融かして固めるだけとは言うなかれ、この工程が肝心なのだ。
(「形がなくなるまで、しっかり融かして――隠し味に、カメリアの蜜を」)
最後に真珠の粉を加えて艶が出るまで練り、砂糖漬けのローズペタルを敷いたハートの型に流し込めば、後は窓辺で冷やし固めるだけだ。
「ここから先は、あなた次第よ」
チョコレートは魔女の媚薬。けれど本当のところ彼女にできるのは、どこかの誰かの意気地のない背中を押してやることだけだ。恋の魔法が強まる日にこのチョコレートを渡したなら、少なくともその想いは伝わるはず。
お代は結構と書きつけた手紙を封筒に入れ、ハノアは結った髪をほどいた。ハートのチョコが固まったら、後はポストの中へ戻しておくだけだ。
成功
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