アリスラビリンスのどこかにある、オウガの支配下に置かれた国――。
そこでは、お茶会の準備の真っ最中だ。
メイドはテーブルにカトラリーを並べ、コック衣装のねずみたちは大急ぎでスコーンとクッキーを焼いてお茶会の準備。テーブルとキッチンの中間あたりに寝転ぶダウナーキャットはねずみたたちの邪魔になっているが、ダウナーキャット自身は気にした風もなく寝返りを打った。
「そこ、クロテッドクリームはもっと多い方がいい」
大きくてもふもふしたクッションに寝転びながらも、指示だけは的確なダウナーキャット。
そんなダウナーキャットの後ろから、紅色のドレスを纏うミストは声をかける。
「そう思うなら、ご自分でやったらどうなの?」
「んー、気が向いたら」
ダウナーキャットは瞳だけはミストに向けたが、クッションから立ち上がろうという気配はまったくない。
それどころか再び寝返りを打って、ミストに背中まで向ける始末だ。
いつものことながらダルそうな雰囲気にやれやれとミストが首を振ると、二叉に分かれた黒髪が妖しく揺れた。
「全く……貴方はいつもそうなんだから」
溜息をつきつつ、ミストは整えられたお茶会の席に目をやった。
支度をしていたメイドやねずみたちは、ミストの
権能によるものたち。
彼らによって揃えられたお菓子やケーキはミストの好みの通りで、紅茶のポットに添えられた砂時計はまもなく最後の砂を落とそうとしている。
「完璧ね」
満足げに言ったミストが歩き出すと、椅子の後ろに控えていたメイドはミストのために椅子を引く。腰掛けると同時に紅茶がカップに注がれて、香り高い紅茶は湯気を膨らませる。
ダウナーキャットもゆっくりとクッションから起き上がると、空いている椅子に座る。テーブルに用意されたクッキーをつまみ、もそもそとかじり始めるダウナーキャット。
香る紅茶の湯気に、ミストの頬には微笑が浮かぶ――シャッテンドルヒが姿を見せたのは、そんな時のことだ。
「……この国にアリスがやってきた」
フードをかぶったシャッテンドルヒはいつもどおりの無愛想さで二人に報告する。
シャッテンドルヒの言葉にミストはカップから顔を上げる。
ダウナーキャットはスコーンにクロテッドクリームを山盛りにしてかじりつくが、耳だけはシャッテンドルヒの方に向けていた。
「ここに向かう道を歩いてる。……じゃ、報告はしたから」
言うだけ言ってミストとダウナーキャットに背を向けるシャッテンドルヒだが、その背後にはミストが配したメイドの姿。
「うわ」
「どうもありがとう、シャッテンドルヒ」
鈴を転がすような声で言って、ミストはメイドにもう一席用意させる。
「貴方もいかが?」
「食ってけよ、美味いぞ」
ミストの誘いにダウナーキャットもうなずくが、シャッテンドルヒはかぶりを振る。
「いや……」
ぼそぼそと断り文句を伸べるシャッテンドルヒだったが、ぴたりと後ろについたメイドは聞こえないふりで空席へ彼を案内する。
無理やりに等しい形で腰掛けさせられたシャッテンドルヒの前、ティーカップにはなみなみと紅茶が注がれた。
「……じゃ、頂きます」
こうなってしまっては仕方ない、と溜息をついて、お茶をすするシャッテンドルヒ。
そんなシャッテンドルヒの隣、ミストは目を細めて微笑し、まだ見ぬアリスに思いを馳せる。
「早くお茶会に来ないかしら? 可愛いアリス」
愉悦たっぷりの暗い笑い声が、お茶会のテーブルいっぱいに広がる。
ダウナーキャットもシャッテンドルヒも何も応えず、周囲には甘すぎる香りが満ちていた……。
成功
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