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双視相逢

#クロムキャバリア #ノベル #ラウシュターゼ #GW-4700031

メルメッテ・アインクラング



キリジ・グッドウィン




 状況だけを切り取るなら別段特筆するほどの話しではない。
 某国が出す傭兵の募集に相乗りしたオブリビオンマシンの駆除。クロムキャバリアにおいて、キリジ・グッドウィン(what it is like・f31149)を含む猟兵の多くが日常的に行う稼業の一環だ。今回の案件には考慮するべき政治問題は無く、キリジの暫定的な後援の第三極東都市も、所属する人員が個人として依頼を請け負う分には干渉しない。
 頭上一面を覆う重たい雲の隙間から心許ない陽光が滲む。灰と硝煙に汚れた市街を黒鉄の機体が紫電を引いて駆け抜ける。GW-4700031――セフィラの両脚に備わるロケットブースターが噴射光を炸裂させた。同時にアスファルト製の路面を蹴り出して跳躍。一拍子遅れて殺到した小銃の弾丸が残光を撃ち抜いた。
「ノロマがァ!」
 キリジが八重歯を剥く。頸椎の端子に差し込まれた脳神経接続装置を経由して機体制動のイメージを流し込む。セフィラは放物線の軌道で敵機のオブシディアンmk4に飛び掛かる。突撃銃の応射が浴びせられるも装甲は尽くを跳弾した。豆粒が肌にぶつかって跳ねるような感覚がキリジの神経を苛立たせる。
「うるせェな……!」
 飛び付いた敵機に機体重量をかけて地面に押し付けた。機体が拳を打ち据えれば伴う衝撃さえも自身の腕に跳ね返ってくる。紫電を纏うマニピュレーターが装甲に食い込む。両腕部に備わる銃口が荷電粒子を連続して吐き出した。至近弾を受けたオブシディアンmk4は何度かの痙攣の後、センサー類の発光を消失させた。途端に背後で殺気が膨れ上がる。
「オレはまんまと喰い付いちまったってか!」
 セフィラが敵機の骸を片腕で掴み上げて機体の向きを反転させた。強烈な衝撃を伴う黒と赤の爆炎が拡がる。敵機が発射した榴弾の直撃を受けたオブシディアンmk4は原型を留めないほどに粉砕されてしまった。
「いよいよ温まってきたな……!」
 不敵に嗤うキリジの眼が周囲を一巡する。同じ様な顔ぶれのキャバリアが建造物の影や屋上から続々と湧き出てきた。自身に集束する明確な敵意と殺意が、神経の一本に到るまでを静電気の如く刺々しい痛みで逆撫でる。
「久々の雑魚狩りだ! もっと来やがれよ!」
 黒鉄の猛獣が弾かれるようにして眼前の獲物へと飛び掛かる。全方位から伸びる火線を歯牙にも掛けない様子はさながら狂戦士だった。装甲厚を盾に小銃弾を弾き返し、質量弾と化した自機を敵機に激突させ、ランブルビーストで捕らえて握り潰す。噴出する機械油が装甲を赤黒く濡らした。
 切り裂く風、敵を殴り倒した際の衝撃、返り血の熱。それらが全て神経接続回路を通じてキリジの義体に逆流する。この感覚こそが紛れもない存在の証。機械部品と生体部品の化合物識別番号Q-57が自己という個体を認識できる瞬間。
「こんなもんで終わりじゃねェだろ?」
 キャバリアの死体を存在証明と共に叩き付け、次なる獲物に食らい付く。敵陣の只中で狂気乱舞する黒鉄色のキャバリアを何としても押し留めるべく、多くの敵機が吸い寄せられるように集結する。キリジは尚更昂る戦闘本能に任せて我が四肢となったセフィラを振り回す。そして吸い寄せられるのは必ずしも敵だけとは限らない。

『まるで獣だな』
 単独で暴れ回るセフィラの戦い振りはひとつ隣の区画からでも十分に認識出来る程度だった。重量物体が衝突し合う騒々しい音にラウシュターゼが気付かない道理も無い。
「こちらに展開している敵機まで誘引されているようです」
 胸中に座すメルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)が遠慮がちに状況を報告する。彼女もまたキリジと同じく依頼を請け負いこの戦場へ馳せ参じていた。メイドとして仕える主君と共に。
『これでは出向く他あるまいな』
「仰せのままに」
 浅く頭を下げた。機体制動のイメージ通りにラウシュターゼの背面から紅の双翼が広がる。両脚が砕けた路面から離れた途端、生じた推進力が機体を押しやった。羽根状の光を置き去りにして加速し、獣と称されたキャバリアが敵勢力と交戦している区画まで急行する。
「……キリジ様?」
 戦域を俯瞰できる程度まで高度を確保したところで、メルメッテの淡い瞳孔が黒鉄の機体を捉えた。得られた照合情報にも相違ない。あの機体は間違いなく彼の――。
『戦場で余所見とは、随分と余裕が出来たものだな?』
 多分な皮肉を滲ませた主君の声が頭に響く。
「申し訳ありません、集中いたします」
 GW-4700031に搭乗している者が何者であろうとも優先すべき事は別にある。友軍機が激しい格闘戦を繰り広げて敵機の注意を引いている状況を見過ごすのは愚か者だけだろう。
『さて、どうするべきか……解っているな?』
 メルメッテは「はい」と短い頷きを返す。
「想音色を使います」
『当然だ。やれ』
 ラウシュターゼが双翼を羽ばたかせる。すると小羽根のように舞い散った光が蝶の形状を成し、色味までもが赤から青へと移り変わった。往けと片腕を薙ぎ払う。無数の蝶達は各々に散開して戦場へと降り注ぐ。幻想的とさえも思える光景に多くの者達が思考を停止させられた。
「あ? なんだコイツ?」
 当然ながらキリジの視界の中にも蝶の姿は映り込む。開いたランブルビーストの中に一頭の蝶が舞い降りて、人の息遣いのように羽根を開いては閉じる。無意識の内に自らの手を見詰めていた。掌の中で蝶が羽を休めている。オレはコイツを知っている――記憶の中でも同じ蝶が踊っていた。
『戦場を染め替えてやれ、我が畏怖の元に』
「仰せのままに」
 白磁の機械騎士が眼前に翳す片腕のマニピュレーターを握り込む。すると敵機のオブシディアンmk4の周囲で戯れに舞っていた蝶達の彩色が真紅へと転ずる。直後に巻き起こる発火現象。敵軍のキャバリアが鉄塊から灼熱の火柱へと変貌した。
「派手にやりやがって……!」
 市街を緋色に照らす火炎がセフィラの装甲を炙る。IFF曰く友軍らしいが、こんな器用に味方撃ちを避ける芸当が出来るのは猟兵しかいないだろう。キリジの視線がレーダーとモニターを忙しく錯綜した。

 そういえば、キリジ様にお見せした事があるのは蝶だけで――恐らくは蝶の出処を探しているのであろうGW-4700031の様子が乳青色の目に映る。彼との面識はあるが、彼自身は主君の事を断片的にしか知らず、姿も知らない筈。だがひょっとしたら蝶を見て気付いたかもしれない。そして気付かれる事を望んでいる自分がどこかにいるような気がする。だけれど気付かれてしまえば主君から仰せつかっている秘匿命令への背信にもなりかねない。漸く迂闊を自覚したが、既に遅かった。
「ぐっ……!?」
 突如生じた脊髄が操縦席へ引き寄せられる感覚。メルメッテは思わず呻いて身を丸めた。
『やはり余裕があるようだな? それともまだ眠り足りないのか?』
 聴覚野に伝播するラウシュターゼの声音は重い。
『またしても多大なご迷惑とやらを掛けるつもりなら構わんがな』
「申し訳……ありません……」
 背骨を掴まれたような圧迫感が次第に和らぎ始める。メルメッテは首を振って余計な意識を払い落とす。
『口だけか? 同じ失態を繰り返すほど愚かではないと証明しろ。お前は、このラウシュターゼ・アインクラングの……メイドなのだから』
 主君の言葉の一字一句を胸中で反芻した。自分の役割に集中しなければ。私にはこの鼓動が続く限り忠義と恩をお返しし続ける義務がある。改めて唱えた誓いが、淡く灯り掛けた想いを塗り潰した。
「心得ております」
『この場はあの獣にくれてやるがいい。次へ向かえ』
 命じられるがままに機体を反転させる。視界の隅にこちらを発見したらしいGW-4700031が見えた。センサーカメラ越しに互いの視線が重なり合う。彼ならきっと大丈夫。そしてこれが最後ではない。いずれまたどこかで会うのだから。互いが戦い続ける限り。
 ラウシュターゼが光の翼を押し広げて大げさに羽ばたいてみせる。衝撃波を背後に残して急加速した機体は、真紅の小羽根を散らして隣接する区画へと飛び去った。
『なるほどな、あれがお前の客人か』
 果たしてメルメッテはラウシュターゼの呟きをどう受け止めていたのだろうか。そして想音色の使用の許諾が含んでいた意図を読み取れていたのだろうか。ラウシュターゼはメルメッテに対して何も問わない。だがGW-4700031に向けられた四つの眼差しには、品定めにも類似した警戒の念が明確に籠められていた。

「行っちまいやがった……」
 残されたセフィラの中でキリジが呟きを零す。露骨にこちらを探っていた猜疑の視線。その奥に既知の眼差しを見た気がする。淡い瞳孔に乳青色の目が脳裏に浮かんだ。
 自分の手に視線を移す。光の胡蝶は既に消えていた。あれは脳神経が生んだ錯覚だったのか。記憶の中の彼女の面影に想起させられた幻――そもそも何故自分は戦場で彼女の姿を探しているのか。或いは感情をより正確に認知できたのであれば、この歯痒さにも似た違和感を処理出来たのだろうが……キリジにとっては自覚の外にある話しだった。
 とうに動きを止めたキャバリアの火達磨が黒い煙を立ち昇らせる。キリジが見上げた空は今も尚一層仄暗い。瞑目と共に視線を前へと戻す。誰に言われるでもなく口を閉ざして前に進もうとすれば、搭乗者に変わってセフィラが足を踏み込む。
 そこで視界の外で何かが煌めいた。キリジの双眸が反射的に跡を追う。宙に散りばめられた細かな青い光を辿った先で、光の胡蝶が踊っていた。
「メルメっち……?」
 孤独なコクピットの中で誰かが彼女の名を呼んだ。
 キリジは静かに手を伸ばす。
 五本の指がゆっくりと包み込むようにして閉じられる。
 風に揺れる蝶はマニピュレーターの隙間をすり抜け、そして燐火となって消えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年01月15日


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