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リモナータで乾杯を

#エンドブレイカー! #ノベル

ラウム・オラージュ




「久しぶりだなー、ラッドシティ!」
 紫煙群塔ラッドシティ・外周。茜色の空に突き立つ巨大な時計塔を塀の上から望んで、エルフの少年は一人口にした。あれから実に十五年の月日が流れたが、堂々としたその佇まいに変わった様子は見られない。
 身のこなしも軽く石畳の道へ飛び降りて、ラウム・オラージュは長い耳をひくつかせた。広がり続ける世界は今やさまざまな『外世界』ともつながって、風に乗って聞こえる街の声も随分と様変わりしたように思う。
(「でも――大丈夫」)
 この街の歩き方は、ちゃんと覚えている。口を絞った麻の袋を背に負って、少年はいつか来た道を歩き出す。
 向かったのは、中層の市街地に位置する年季の入った酒場だった。集合住宅の一階にある広くも狭くもない酒場。扉を開けばドアベルの鳴る音と共に、酒の匂いが軽やかに漂う。尤もその良し悪しは、ラウムには未だよく分からないのだが。
 昼下がりの酒場は外の眩しさに比して薄暗い。猫のような金眼を何度か瞬きして見回すと、テーブルと椅子が雑然と並ぶ室内に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
 おい、と呼び掛けそうになった言葉を飲み込んで、少年は一つ呼吸を整えてから口を開いた。
「……ロズヴィータ?」
「? ああ――誰かと思えば」
 ラウム、と名を呼ぶ声は昔とまるで変わっていない。灰色がかった花色の髪、妙に鋭い紫水晶の瞳――彼らエンドブレイカー達の『情報屋』だった女の姿がそこにあった。よ、と気軽に挨拶をしたつもりがどこか気恥ずかしさを拭えずに、少年ははにかむような笑顔で言った。
「ひさしぶり。元気してたか?」
「……久しぶり、か」
 そんな気がしないんだけどね、と、女は笑った。時の玉座の崩壊、そして外世界との邂逅は、多くのエンドブレイカー達に影響を及ぼしたが、見た目がまるで変わらない所を見ると、今日に至るまで彼女にもまた紆余曲折があったのだろう。
 それで、と続けてロズヴィータは言った。
「何の用だい。わざわざこんなとこまで出向いてくるなんて、珍しいじゃないか」
「用がなかったら来ちゃいけないのかよ。……まあ、用はあんだけど」
 これ、と下ろした麻袋から取り出したのは、一本の酒瓶だった。旅の途中でちょっとした人助けをしたところ、その御礼にと貰った品だ。
 瓶のラベルの見慣れない文字を怪訝な顔で辿りながら、ラウムは続けた。
「十年物の蒸留酒だってさ。貰いもんだけど、俺まだ飲めねえから。やるよ」
「へえ、気が利くじゃないか?」
「ま、伊達に十五年間あちこち飛び回ってないからな!」
 ラウムにとって、この十五年は流浪の旅路そのものであった。貴族として領地に戻った姉の元に顔を出す勇気はついぞ出なかったが、見果てぬ夢を追い、自分だけの『宝物』を探して多くの世界を渡り歩いた長い旅路は、エルフとして人とは違う時を生きる少年に時間がもたらす『別れ』の概念を教えてくれた。人と人が出逢えば、別れはいつか必ずやってくる――そう理解した時、無性にかつての仲間達に逢いたいと想ったのだ。
「で? 宝物ってのは見つかったのか?」
「そりゃあもう色々と! 最近のイチバンはなー、天馬の抜け毛! 見る?」
 嬉々として開く鞄の中には、旅の途中で手に入れた大切なものがぱんぱんに詰まっている。そこらの鳥より大きな一枚羽などは、道中何度も譲ってくれと頼まれたが、『かっこいいから』というだけの理由で手元に置くことにした。物好きだねと笑う無礼な女の顔を覗き込んで、ラウムは悪戯に問いかける。
「ロズヴィータならどうする?」
「さあ、とっとと売ってその金で一杯引っ掛けるかね」
「うわあ、駄目な大人……」
 引き気味に口にすると、うるせえと笑う声がする。それはまるで、十五年前の日常がそのまま時を超え帰ってきたかのようで――。
「……なあ、あのさ」
 テーブルに身を乗り出して、ラウムは言った。
「俺、一度やってみたかったことがあるんだ」
 カウンターから取ったグラスにレモン水を注げば、テーブルの上に煌めく影が落ちる。それを見るや、ロズヴィータは自分のグラスを一息に空け、同じレモン水を注ぎ足した。
「これ、酒じゃねえぞ?」
「知ってるよ。アタシがアンタに付き合いたいのさ」
 そう言って、女はいつもの――『かつての』いつものように不敵に口角を上げた。時間の隔たりを感じさせないやりとりは懐かしくも自然で、大魔女を倒したのがまるで昨日のことのように思われる。エリクシルの動向は気がかりではあるが、それゆえに旧友と再会を果たし、また共に冒険に挑むことができるのだと思うと――不謹慎かもしれないけれど、わくわくとした高揚を抑えることができそうにない。
 へへ、と照れ臭そうに笑ってラウムはグラスを掲げた。
「それじゃ、かんぱーい!」
 逢いたいと願う想いは、再会の日を連れてくる。打ち合わせたグラスの縁の鳴る音は、今までに聞いたどんな音よりも澄み渡って響いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年01月07日


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