あなたが、幸せでありますように
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季節は寒さが深まっていく折。アックス&ウィザーズの路地裏にある、魔術関連の品々を扱う店。
知る人ぞ知るそこを、ロザリア・メレミュールは訪れた。
決して広くない店内には各種魔導書や杖、魔力を込めた石などがぎっしりと並び、嗅ぎなれない薬草か何かの香りが立ち込めている。きょろきょろ辺りを見回す彼女に、ロープを着た店主が「何かお探しで?」と声をかけた。
「“痛みを引き受けるお守り”なんてありますか?」
「いくつかあるよ。どんなのがいい?」
「そうですね……肌身離さず持ち歩けるようなものがいい、かな」
おや、と店主が目を瞬かせる。
「誰かへのプレゼントかい?」
「……どうして」
「長く生きていると勘も鋭くなるもんさ」
店主の耳は長く尖っている。なるほど、彼はエルフであるらしい。
「良ければ少し話を聞かせてくれないか?」
プレゼント選びの参考になるかもしれないからと促す店主に、ロザリアはどこから話したものかと思案しながら。
「……その人も、店主さんみたいに長命なんです。本人曰く、私の十倍以上生きてるって」
「ほう」
少なくとも、ロザリアが少女だった頃から彼は見た目が変わっていない。
「でも、あんまりそんな感じがしないんですよ。すぐ調子に乗るし、子供みたいに自信満々だし、好奇心でなんにでも首を突っ込むから見ててヒヤヒヤするんです。……だからその、何かあったら、嫌じゃないですか。いくら恋人だからって、いつも一緒にいられるわけじゃないですし」
あれ、と微かな違和感を覚えた。初めて出逢ったひとに、なんでこんなことまで話しているのだろう。でも、溢れ出る言葉は止まらない。
「近くにいない時も、何か力になれたらって思ったんです。ここなら欲しいものが見つかるだろうって、風の噂で聞きました」
「うん。うん。なるほど」
ロザリアの言葉を受け止めた店主が頷いた。
「皆、しっかり聞いていたかい?」
「え? 皆って……?」
ロザリアは問いかけようとして、言葉を失った。魔術品が並べられた壁から、何かが微かに光りながらロザリアの手元に舞い降りてきたのだ。
「その子が君の力になってくれる」
光が徐々に消えていく。ロザリアの手元にあったのは、銀のカフスだった。左右一対、それぞれに紫の石と薔薇色の石があしらわれている。
「え? え――」
「いい品は、自分で持ち主を選ぶものさ。きみの話を通じて相手の事をを少し覗かせてもらったよ」
小さなカフスをランプにかざすと、石がきらりと瞬く。ロザリアと、彼のいろだ。
「ひとつで一度だけ、命を脅かすような危険から護ってくれる。ふたつあれば命がみっつあるようなものだ。でも――自信満々な人は、そのせいで却って無茶をするかもしれないからね。ひとつは君が持っていた方がいいかもしれない」
「ええ、そうね……そうかもしれません」
お揃いのかたちを、ふたつのいろを、ロザリアは愛しそうに手で包み込んだ。
「それに、その子は君の事も心配しているみたいだから」
「私を?」
「君は無鉄砲な恋人さんの事を心配しているけれど、君も同じくらい無理をしがちだってさ」
「……そう、でしょうか」
確かに「もっと力の抜き方を覚えろよ」といわれることはある。
「だから、二人なんだろうね。支え合って生きて行けばいいさ」
店主の言葉は相変わらず飄々としていて、どこまで覗かれているのか分からない。けれど不思議と嫌な気持ちは湧かなかった。
――さて、何て云って渡せばいいだろう。
目下素直になれないロザリアにとって、それが一番の問題なのだった。
成功
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