1
特別なあたりまえ

#UDCアース #ノベル

早乙女・翼




 今日も当たり前の一日がやってくる。けれど、それは一年に一度の『当たり前』の一日。
 いつものように、しかしどこか忙しなさそうな一日の始まりを予感した翼はいそいそと支度を整え奉仕活動へと向かう。
 見慣れた風景に見慣れた石造りの建物……教会。良く言えばシンプルな、悪く言えば殺風景な十字架だけの祭壇を前にして日常となっている朝のお勤めを果たすと翼は箒を片手にして真っ先に飛び出していく。
 その姿を咎める者もいるが、それは使徒たる彼に期待を寄せればこその行い。思いやり……というよりは『神よりの愛』から発せられるもののように思われた。
 しばらく敷地内外を掃き清めていく間にも彼の実家でもある教会へ参拝客が訪れ始めている。
「もうそんな時間? これは急ぐしかないさねえ」
 そう思いながらも彼の担当範囲はすっかりと掃き清められており、いつものように軽い足取りで堂内へと足を向ける。その間にも翼は見慣れぬ訪問者を案内し、毎日礼拝に来る熱心な信者を相手に会話を弾ませたりとさりげない様子であった。
 堂内へは裏口から入ると普段よりは倍以上の席の埋まり具合。説教台の人物からゴホン、と一つ咳ばらいをされると慌ててパイプオルガンへと向かう。
 そう、今日は12月24日。クリスマス・イブとあって教会内は信仰と熱気の坩堝であった。
 通り一遍と言えば聞こえは悪いが、抑揚のある張りのある声でどこか牧歌的な説教が終わると翼は調律の具合を確かめるように鍵盤を一つ叩く。それを合図に一人のシスターが指揮棒を片手にして壇上に現れ、翼へ目配せをする。
 その指揮棒を手にしたシスター……聖歌隊の一員の指揮棒に合わせ翼はゆっくりとパイプオルガンを奏で始める。
 翼の落ち着く伴奏に合わせて各所から堂内へ一人、また一人と燭台を捧げつつ(火傷や火事の恐れがあるため火は灯されていないが)シスターが歌声を上げながら現れる。
 聖歌隊全員が壇上へと揃えば、指揮に合わせて曲調は一気に変貌をする。激しい指揮に合わせて伴奏をすれば聖歌隊の歌声も落ち着いた雰囲気から一転、陽気に激しいものへとなる。
 教会内の参拝客もノリ始め、手拍子などを合わせるものが多くなる。もちろん、最初のころは顔をしかめる者のほうが教会内には多く非難を受けたがあまりにあまりな聖歌隊を変貌させたのは今指揮棒を手にしているシスターとそれを庇った翼だ。
 主や聖母を讃える聖歌を5曲ほど聖歌隊とともに終えると、万雷の喝采を受けながら裏手へと回る。だが、その途中で肩を叩かれ聖歌隊とは別の場所へと連れ立って行く。
 シュボッとマッチに火を点けた音とともに葉巻の煙が上がる。
「アンタがいなけりゃアタシに居場所なんてありゃしないよ、こんなところ」
「さあ、どうさねえ……。俺も実家とはいえ、いなかったかもなあ」
 翼は目の前の人物とは目を合わせず、空を見上げる。ちらちらと白いもの……雪が舞い始めている。
「アタシが流れ着いたのも鉛色をした空の日だった……。それよりも神のお恵みだ! アンタも急ぐんだよ!」
 慌てて葉巻の火を握りつぶしたシスターが駆けていく。敷地内に特設されたテントの下でお菓子やお茶が、希望する成人者には預言者の血を模した赤ワインが振舞われるからだ。その手伝いを礼拝が終われば総出でしなければならない。
 翼も当然その一人だ、だが。
 賑やかな敷地内とは反対に、静寂を取り戻した教会内へゆっくりとした足取りで翼は向かう。
 そこで翼は跪く。この一年を無事に過ごせたこと、教会で奉仕に努めるみんなが健康に過ごせたことを主に感謝と報告をするため。
 早くもうっすらと雪の積もり始めた、ある冬の日に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2022年12月24日


タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース
🔒
#ノベル


30




挿絵イラスト