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人造の思惟は移ろい何処へ彷徨う

#クロムキャバリア #ノベル #日乃和 #人喰いキャバリア

カフ・リーメ
シナリオ『日乃和西州奪還』における暁作戦終了後、
308平野周辺の残敵掃討作戦を支援するカフ・リーメを書いていただきたいです。

描写については日乃和のキャバリアパイロット(暁作戦に参加していたか否かはお任せいたします)から、
決して肯定的なだけではない言葉を投げかけられ自身の存在意義を疑い迷いながらも支援を遂行する、
戦うことでしか役に立てない、と信じている強化人間の新米猟兵としての様子が見られたら幸いです。

上記以外についてはこれまでのリプレイや今後予定されているシナリオに差し障りのないように、
塩沢たまき様に自由に書いていただきたくお願いいたします。



 百年にも及ぶ戦乱が続く世界、クロムキャバリア。
 アーレス大陸の東洋に位置する島国、日乃和は、人喰いキャバリアと呼ばれる無人機群の襲来に曝され続けていた。
 日乃和西州の最西端。かつて在りし地名は人類が脈々と築き上げた文明と共に貪り喰われ、荒廃した国土が308平野の仮称に取って代わられたのは既に数年前まで遡る。
 暁作戦――西州を席巻する人喰いキャバリアから人類の生存圏を奪い還す戦いは、作戦上の最終制圧目標地点である308平野の都市部に出現した超大型種の撃破を以って一旦の終着を迎えた。
 しかし周辺には未だ多くの人喰いキャバリアが残存している。種を賭けた生存競争に決着を果たすべく、日乃和軍は暁を越えて尚も今暫く戦い続けていた。
 308平野周辺に潜む人喰いキャバリアの掃討作戦に協力して欲しい。
 それが当時の東方面軍司令官の後藤宗隆から猟兵達へ提案された追加の要望。
 暁作戦を終えた猟兵の中には依頼を受諾した者が居たかも知れないし、居なかったかも知れない。彼女――カフ・リーメ(支援戦闘員・f38553)は前者のひとりに属していた。
 11月下旬。比較的温暖とされる西州でも、この時期の北風は肌に冷たく鋭い。蒼空の直上に登った太陽が照らす都市は砕けたコンクリート片の灰色に煤けている。
 銃創を穿たれて倒壊した高層建造物。ハッチを喪失したコクピットから赤黒い汁を滴らせ擱座したキャバリア。路上を埋め尽くす薬莢。深緑の体液を垂れ流してそちこちに横たわる半生体材質の遺骸。それら全てがこの場で起きた戦闘の惨状を示す。そして戦闘はまだ終わっていない。大気を震撼させる号砲が轟き、都市のどこかで黒煙が昇る。
 網目の如く都市中に張り巡らされた車道を少女の華奢で小柄な身体が飛び跳ねる。浅く日焼けした肌に黒く短い髪が揺れた。人体の可動域を最大限に確保しつつ装飾を削ぎ落とした装いの意匠は、まさしく戦闘用のそれと言い表す他に無い。軽やかな着地から跳躍に移行する度に、足元から推進装置の噴射炎と思しき翡翠色の光が迸る。空中に描かれる光の放物線はさながらオーロラのようだ。
 されど推進噴射の虹彩とは対照的にリーメの面持ちが宿す色味は希薄だった。感情という振れ幅を殆ど見せず、一個の戦闘単位に徹する事しか知らない者の顔。通り過ぎた建築物の狭間から人喰いキャバリアが顔を出し、背後を追走されても表情の色は揺らがない。
 リーメの双眸の中で瞳が横に流れる。視線の隅に深緑の巨人を捉えた。宙を跳びながらも身を捻り、姿勢を反転させる。人喰いキャバリアを真正面に捉えた。全高は最低でも5mはあるだろう。対するリーメの背丈は140cm弱が精々といったところだ。獅子と兎ほどに圧倒的な体格差。相対距離が詰まればリーメの華奢な身体は伸びる腕に容易く捕えられ、白面に開かれた顎に放り込まれて噛み砕かれるのは必然。しかしそうはならない。何故ならリーメは狩られる兎ではなく狩る猟兵なのだから。
 フィルムスーツの左腕に内臓された多目的情報端末が、視界の中央に捕捉した人喰いキャバリアの細事をリーメの網膜へと投映する。合わせて右腕に組み込まれた火器管制補助機能が照点を表すマーカーを人食いキャバリアの白面へと重ね合わせた。MCS-T8が得た観測情報を元にLSCS-3Bが照準補正を行う。そしてEFS-X2Kがリーメ自身の筋肉や四肢の動きを補助し、最適解の挙動へと導く。
「発射」
 リーメのほんの細やかな呟き。右手で掌握するLCB-06の引き金に乗せられていた人差し指を押し込む。反動を受けた腕が激しく跳ね上がり、銃口から明度の高い緑色の光軸が走った。その光軸は全高5m程度の人喰いキャバリアからしてみればか細い糸ほどにも満たなかったであろう。しかし何ら過不足は無い。リーメは結末を確信した上でマグナムレーザーを撃ち放っていたのだから。
 真っ直ぐに伸びた光線が白面の額に突き刺さり、後頭部から抜け出る。すると生餌目掛けて全力疾走していた人喰いキャバリアの姿勢が足元から崩れ落ちた。アスファルト固めの路面に頭から倒れ込む。慣性のままに滑り、地べたという卸し金で全身を覆う表皮を削り落としながら全ての挙動を停止した。人喰いキャバリアを倒すのに過多な火力は必要ない。人体で言うところの脳器官を撃ち抜けば活動を停止する。降着したリーメは眼前の物言わぬ遺骸との戦い方を既知しているのだ。
 暫しの間を置いてLCB-06が貫いた小さな孔から緑色の液体が噴出する。霧状に拡散したそれはリーメの身にも降り掛かった。人喰いキャバリアの体液は生物の血液と同様に脂分のぬめりを含んでいる。身体をまんべんなく濡らす不快な汁を拭うところなのだろうが、リーメは何食わぬ様子で踵を返す。圧し、閉じ込められた自我は、気持ち悪いという概念を抱く事さえ許さない。
 血濡れの少女は身を深く屈めると、両脚の筋肉と関節をバネとして跳び上がった。足元で翡翠色の光が水飛沫のように弾けた。幾らか背丈の高いビルの屋上に降着するや否やまたしても跳躍する。だが今回は連続しての跳躍走行では無い。両足底と腰部に仕込まれた推進機関、STG-5Cが光を焚いてリーメの身体を前へと突き動かす。星の彩色を尾に引く疾風となったリーメが向かう先は、東南方面軍の混成キャバリア部隊と人喰いキャバリアの交戦区域。
「……命が消されていくのは、許容しない」
 大気を切り裂いて滑空する最中、無意識に言葉が溢れた。頭の中で反芻してみれば、少し前にも同じような言葉を紡いだような気がする。命……自分は言葉の意味を理解しているのだろうか。或いは使い処を理解しているのだろうか。
 リーメが交戦区域に辿り着いた時には日乃和軍側は劣勢に立たされていた。敵梯団の規模は中隊程度。暁作戦を通して交戦した人喰いキャバリアの梯団規模としては物の数ですら無い。しかし相対する日乃和軍のキャバリア部隊の数はほんの数機と非常に少ない。恐らくは戦闘行為に集中するあまり友軍から離れてしまった集団なのだろう。足場とするのに手頃な高層ビルの屋上に着地したリーメは状況を俯瞰視点で見下ろす。人喰いキャバリアを追う瞳が双眸の中で忙しく動き回る。
「全目標捕捉完了……リミッター解除、最大稼働」
 撃破の優先順位付けと頭部への攻撃照準補正を終えたリーメが高層ビルの屋上を発つ。オーロラを想起させる翡翠色の軌跡を引いて宙を疾走る。LCB-06がアステリア・モンスーンの閃光を放つ。標的ひとつに対して降る光軸は一本。一切の無駄が無い精密な射撃が人喰いキャバリアの脳天を貫く。糸が切れた操り人形の如く姿勢を崩して倒れた深緑の巨人達。数秒にも及ばない短時間で脅威の全てを撃滅せしめたリーメが路上へ着地すると、地に身を沈めた白面から緑の噴水が上がった。
『あの……えっと……あり、がとう……』
 通信装置越しに聞こえた辿々しい少女の声に振り返ると、日乃和軍のグレイル達が立ち尽くしていた。声音には言葉上の意味よりも重い畏怖が籠もっている。されどリーメにとっては与り知らぬところだ。自分は戦術上必要かつ適切な行動を取っただけに過ぎない。それが生まれる前より割り振られていた自分の役割――存在意義なのだから。
『あの子って確かリーメって子だよね?』
『うちらと同じ位の歳らしいけど、何度見てもバケモノだよね……あれ……』
 パイロット達の囁きは開いたままの通信回線を介してリーメの耳朶にも届いていた。救援したキャバリア達から視線を外して背を向ける。どうしてかと聞かれれば無意識にとしか答えられない。人の心の移ろいに疎くとも彼女達の言わんとしている所は解る。猟兵とは生命体の埒外にあるもの。そう聞けば響きは良いだろうが、言い換えてしまえば常軌を逸脱した化物なのだ。それもとびきり戦闘に特化した化物。生身で平然とキャバリアを屠るリーメのような猟兵ならば尚更だろう。
 感情の色味を映さない緑色の眼差しが、死後痙攣を繰り返す人喰いキャバリアへと落とされた。脳裏に細やかな疑念が過ぎる。ひょっとしたら戦いだけが存在意義である私の本質は此等とさして変わらないのではないかと。
 闇より暗い宇宙の虚空を流離う船の中で保管されていた自分は、戦う為だけに生み出された人造の兵士。外見の形こそ少女だが、肉体の中身は人の心など無い機動兵器だ。狂わぬ時針の如く正確に戦術を刻み、常に最適解の行動を選択する。そのように教育を受け、鍛え上げられていた。他の猟兵に発見されて休眠装置から開放された今でも自分の役割は変わらない。戦い続ける事だけが存在意義。それ以外に何もない。何かを感じる心さえも。
 人なら心で動く。
 人なら喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。
 人の身体を持ちながら、人を人たらしめる原動力が自分にはよく解らない。人喰いキャバリアと同じく、戦闘行動を繰り返して敵を倒し続けるだけが行動の規範。だから猟兵でなかったとしても彼女達が言う通りに、自分は人喰いキャバリアと同類の化物なのだろう。でもだからといって、自分が戦う他に何が出来るというのか。何も出来はしない。なら自分の存在意義とは出来る出来ないだけの問題で、自己が生きる根拠とする由縁では無いのではないか。だったら自分は何者なのだろう。
『もう終わってたか……アンタが片付けたのかい?』
 小さな背中に強烈な風圧と推進装置の主機が奏でる喧しい稼働音が吹き付ける。片手で目元を庇いながら振り返ると、背負うフライトユニットを閉じたイカルガが地表に両脚を着けていた。リーメと同じく友軍の救援に駆け付けてきたらしい。通信装置が出力した声音には心当たりがある。記憶に誤りが無ければ声の主は灰狼中隊の伊尾奈の筈だ。
「周辺区域に敵反応無し」
 状況を報告するだけのリーメの語り口は至極事務的だ。
『らしいね。手間を掛けた礼は言っとくよ』
 礼を言われる理由は解らない。自分は役割を果たしたに過ぎないのだから。かといってどう応じていいのかも解らない。否定すれば良いのだろうか。喉奥に空気の球がつかえた様な感覚に眉を潜めながら「謝意に及ぶ必要無し」と返すと伊尾奈が鼻を鳴らした。
『随分小難しい言い回しじゃないか。人が感謝してるんだから素直に受け取りなよ』
 感謝――リーメは視線を横に逸して言葉を反芻した。役割を果たしただけの自分に彼女は何故恩義を感じるのだろう。もし自分が皆と同じく只の人間であれば理解出来ていたのかも知れないが、今の自分には解せない。随分小難しいと表現していた辺りから推し量るに、彼女が言う感謝とは極単純なものなのだろうか。思い返せばいつぞやに他の猟兵達からも似たような言葉を投げかけられた覚えがある気がする。その時の自分はどう応じたのか。そしてどう感じたのか。
『さて……手間ついでにアンタの手を借りたいんだけど、頼める?』
 伊尾奈の要求に対するリーメの答えは決まっている。
「条件付きで了承。概要の説明を要求」
 自分の本質がどこにあれど、戦闘単位として運用される事でしか役に立てない。
 それ以外の役割など解らない。
 だから戦場だけが自分の在処。
 人ならば信念や誇りを柱に支えているであろう存在意義は、自我を有した時からそれしか知らないからという曖昧な根拠で定義付けられている。
 或いはもっと人の心を深く知ることが出来れば、異なる定義を見付けられるのかも知れないが、その為にはまだ多くの時間が必要なのだろう。
 自分は何者なのか、どこへ行き着くのか、何を以て存在する意義を見出すのか。
 答えは何処かにあるのではなく、誰かが教えてくれるものでもなく、自分の中で作り組み立てて行くしかない。
 今は求められるがままに力を振るい戦い続けるのみ。
 きっとそれだけは誤ちではないと思うから。
 小さな手が額を拭う。掌に付着した液体はもう熱を帯びていない。だがリーメの身体は確かに体温を放っている。心臓は拍を打ち、全身の脈には赤い血が通う。双眸に宿る緑の瞳はまだ光を失ってはいない。肺の中身を全て吐き出し、呼吸音を立てて肺を満たす。コンクリートと火薬の臭いが鼻腔を通り抜けた。
 私は生きている。
 存在している。
 だから戦う。
 人造の少女が地を蹴り出す。
 移ろい彷徨う風を伴って翡翠の軌跡を宙に描いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2022年12月23日


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