鷲生・嵯泉
とある冬の日
https://tw6.jp/gallery/?id=174225
寒椿の咲く雪の垣根
二人寄り添うように散策しているけれど、彼女は実は幻の姿に過ぎない
彼女の吐く息が白くけぶる事は無く、其の出で立ちも到底冬のものではない
残る足跡は1つきり。視線の交わる事も無い
上記の基本状況を基に自由に書いて頂いてOKです
それは雪と白椿が混ざり合った日。
水の滲む重い雪はサムライエンパイア特有のもの。
春が近づけばいずれ消えるものだが、今はまだその時期ではない。
雪と共に白の寒椿が一輪、二輪と舞い落ちる。
その白で覆われた垣根の中を男と女は歩いていた。
「……寒くはないか」
柘榴の如き赤い隻眼はただ向こうを見つめる中、男の唇が動く。
肌を刺すような空気。
隣にいる女の身を案じ紡ぐ言葉。
だが返事はない。
「――そうか」
答えが無いのは知っていた。
さく、と雪を踏む音が一つ響く。
「……冷たくはないか」
男が問いかける。
自分の足は厚手の足袋に守られているが女の足は薄い絹に覆われ、畳表の草履のみ。
とても寒さをしのげない。
少しの沈黙の後、枝に積った雪が零れて音を立てた。
「――そうか」
答えは聞かずとも分かっていた。
そう、男は分かっているのだ。
傍らにいる女はもうここには居なくて、ただ幻を連れているという事を。
喪ったものだった。
護れなかったものだった。
それでも男は死を選ぶ事は無かった。
果たされた約束と、違えられぬ今生の約束。
この二つが男に途を示し、歩みを止まらせない。
だが彼女は居る、幻となりてなおも。
それは弱さなのか。
それは生来の生真面目さ故か。
答えは未だたどり着けない。
だが、寄りかかることだけは良しとしなかった。
男はその資格は無いことを知っていたし、幻に寄りそう弱さも持っていなかった。
だけど……だけど……。
今だけは……この時間が続けば……と惑う時はある。
雪と共に舞う白い寒椿。
女にはそれが眩く映った。
目を細めているとあの人の唇が動いた気がした。
「はい……温うございます」
このような時は決まって言うのだ「……寒くはないか」と。
そして如何様に答えても「そうか」と返し、共に歩き、時には襟巻を巻いてくれた。
あの人の足が雪に沈む。
歩みが少しだけ止まる。
こんな日は決まって問いかけてくださるものだ「……冷たくはないか」と。
「大丈夫です。 様」
積もった雪の重さに耐えきれず、音を立てて枝が白いものを零し、女の言葉を遮った。
女には分かっていた。
自分はもう此処に居ないという事を。
共に歩けるのはあの人か、それとも女自身が望んだ夢なのかもしれない。
夢幻だからこそ、吐く息は白くもならず、足元も濡れる事は無い。
そして、あの人の言葉は私には届かず、私の言葉もあの人には届かない。
それでも、あの人は決して私を見て振り返ることはしないだろう。
一度決めたことには生真面目だ。
そういうところが私には眩しくて、あの柘榴の中に映りたいと願ったものだ。
けれど、それはもう叶わない。
私はもう居なくて、あの人はそれでも護るべき約束を護り続け、果て無き途を往くのだから。
でも、それでいい。
まだあの人はやるべき事があるのだから。
現在はただ疲れ、惑ってしまっただけ。
こちらからは呼びかけてはいけない。
こちらには引き込んではいけない。
だから……だから……今はあの人の隣を共に歩くだけでも望ませて……と。
白の中に赤が一つ混ざった。
男に横を通り過ぎるようにゆらゆらと落ちていくのは赤の寒椿。
釣られるように男が振り向くとそこにあるのは赤の花一つ。そして白の垣根に刻まれた自分の足跡のみ。
何も無かった。
誰も居なかった。
ただ、それだけのみだった。
男の顔にただ一つある柘榴に椿が映り込む。
琥珀の髪が風を浴びて少しだけ乱れた。
「…………」
男は無言で髪を整えると踵を返して前へと進む。
もう話すべき相手はいないのだから口を開く必要はない。
今はまだ途を往く時。
もし会えるとしたら、それは途を終えた時か……自らがやり残した何かがある時だ。
後悔はしていない。
もうそんな頃でもない。
けれど、時には迷い、戸惑う事はある。
それもまた自分自身だと男は知っているのだから。
鷲生・嵯泉は雪の幻を潜り抜け、現世へと戻っていった。
赤の寒椿を純白の大地に残して……。
成功
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