あの森には、魔女が棲んでいる。
絶対に、足を踏み入れてはいけないよ――。
あれほど言われていたのに、なぜ言い付けを守らなかったのだろう。黄昏に沈みかけた森の中、少年は後悔に暮れていた。
最早どこから来たのか、どこへ行けばいいのかも分からないのに、世界は刻々と冷えてゆく。心細さに泣きそうになりながら草むらを分けていくと――。
「……あれは」
木立の中に、光り輝く蝶が見えた。虹の七色に絶えず移ろう翅に目を奪われ、少年はその後を追っていく。
ややあって木々の向こう側に、丸太を組んだ小屋が見えた。その戸口に、一人の少女が立っている。
とても美しい少女だった。夕映えに赤らむ雪膚と、外套の肩に蟠る白銀の髪。そしてそれ以上に、斜陽を映す宝石のような瞳が目を引いた。その佇まいに思わず見とれていると――ぱきりと、足元で枯れ枝の折れる音がした。
「誰!?」
鋭い声を上げ、少女は弾かれたように外套のフードを被る。少年は慌てて逃げ出そうとしたが、既に遅かった。
「あなた、近くの村の子ね。……どうして、森に入ったの」
ここは忌まわしき魔女の森。子供が一人足を踏み入れる場所ではないだろうと彼女は言う。
返す言葉に窮しつつ、少年はやっとのことで応じた。
「おばあちゃんが病気なんだ。でも、薬を買うお金がなくて……」
病によく効く薬草を探していたのだと、少年は続けた。すると娘はしばし考え、近くの木陰を指し示す。
「薬草って、あれのこと?」
「! そう――それだよ!」
少年は瞠目した。そこが花壇だとは気付かぬまま、青い花のついた草を夢中で摘み取り、ありがとうと少女を振り返る。しかし少女は極めて素っ気なく、別に、とだけ返した。
「……迷ったのなら、森の外まで案内してあげる」
こっちへおいでと誘うように、光の蝶が飛び回る。だけど、と付け加えて少女は言った。
「ここへはもう、来ない方がいいわ」
その声には、静かながら有無を言わせぬ迫力があった。少年は小さく息を呑み、無意識に後退りして蝶の翅を追いかける。その脳裏には、いつか母から聞いた言い伝えが再び渦を巻いていた。
あの森には、◼︎色の瞳をした『嫉妬』の魔女が棲んでいる。
奇妙な気持ちに襲われて、少年は足を止めた。しかし振り返って見てももう、丸太の小屋は樹々の枝葉に隠れて見えはしない。目深に被ったフードの下の、彼女の瞳が何色であったのかも――もう、思い出せそうになかった。
成功
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