滴る血雨の哀歌を
●
――ポツリ、ポツリ。
滴り落ちる様な雨音が、幻朧桜に彩られし廃墟を叩いている。
その雨音の中で、悲しきそれを湛える青年が彼の地を彷徨していた。
(「あの子は、何処に行ってしまったのだろう……」)
――我が、あの愛しき彼は。
そんな私に深き同情を抱き、共にその道を征こうと誘ってくれたあの者は。
「何処にいるのだ……? 我が愛しき者達よ……」
虚空に向かって小さくそう呟き、『青年』は暗雲に垂れ込め始める空を見る。
――自らがこの地を廃墟と化させたその罪と、その痛みから静かに目を背けて。
彼は只、探し求め流離い、迷う。
もう遙か昔に喪われた愛する者と。
自らの境遇に深く同情し、その者を共に探すと誓い。
けれども……彼の見果てぬ夢を叶える前に死なせてしまった、慈悲深きその契約者を。
●
「愛情の形は人其々。まあ、彼の愛の形は情とも言えるだろうが……」
グリモアベースの片隅で。
双眸を閉ざし、瞑想していた北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)が、誰に共なくポツリと呟く。
その暗闇の向こうに見えた光景に気がつき、その双眸をそっと開いた時、彼の双眸は何処か哀しい深き蒼穹を纏っていた。
その蒼穹の双眸で、何時の間にか自らの周囲に集まっていた猟兵達を見つめながら。
「やあ、皆。サクラミラージュを放浪する1体の影朧の存在を視る事が出来たよ」
そう呟いた優希斗の言葉の端々に刻まれたそれは、何処か儚く、切ない。
「サクラミラージュの悪魔召喚士達の多くが契約している悪魔が影朧だという話は皆も聞いたことがあると思う」
そう告げて。
一拍軽く息をついた優希斗が今回はね、と言の葉を紡ぎ続ける。
「その魂の契約をした召喚士を喪った青年の影朧が、とある場所を彷徨う姿が視えた」
その影朧は、名を
雨鶴と言うらしいが。
「元々、遙か昔に亡くなった、誰かを探す様に世界を放浪していた影朧だそうなんだけれど。彼のその彷徨の理由に同情したとある悪魔召喚士が、彼と共に彼の探している者を探そうと言う事で契約したそうだ」
とは言え、雨鶴が探すモノは、今世にはもう存在していない。
その悪魔召喚士が気付いていたのかいなかったのか。
「多分、前者だろうね。でも雨鶴の哀しみは、慈悲深きその悪魔召喚士には、十分契約に値する想いだったのだろう。故に彼は雨鶴と契約し、彼の捜しものを探す約束を果たすため、共に世界を旅していた」
――その中で育まれていた絆は確かにあった。
「同情から始まり、それが友誼になる、と言うのは珍しい話でも無い。この悪魔召喚士と雨鶴の間には確かな絆が存在していた。友愛という名の絆がね」
――然れど。
「けれども、とある影朧との戦いで、雨鶴は自らの契約士を守り切れずに死なせてしまったのだそうだ。それは共に自らの探すモノを探してくれていた親友を、自らの手で殺めてしまった事に等しい」
それ故に、彼は絶望した。
その絶望が彼に『悲嘆の瘴気』を纏わせて影朧達を引き寄せている、と優希斗は言う。
「彼が引き寄せるのは、修羅にその身を委ねる事を願った影朧達。その者達は誰かを斬り殺す事を望む影朧だ。……元々は、人々の生み出す世界によって斬られた者達が、今度は自らが全てを斬り捨てる。そんな憎しみの感情と共に……ね」
それは人が、人である限り、逃れ得ぬ
業。
「幸い……と言うべきかな。今は、この影朧達は、廃墟を作り上げたけれども、未だ人里に到着していない。正確に言えば、幻朧桜満ちる廃墟から彼等が出る直前に、皆が接触できるタイミングがある」
それは、今にも雨が降り注ぎそうなその場所だ。
だが、戦うには十分以上の広さがある。
「だから、皆にはそこに強襲を掛けて、この影朧達を倒して欲しい。彼等がこれ以上の罪を重ねるよりも前にね」
そう告げて。
優希斗が軽く溜息を1つ漏らした。
「……雨鶴を如何するかは皆次第だろう。その場で倒してそれで終わりでも良いし、彼等を転生させる様に努力する。それを如何するかは、皆が判断してくれて構わない」
いずれにせよ、今一番大事なことは。
「彼等が人里に現れるよりも前に、彼等を止めることだからね。どうか皆、宜しく頼む」
その優希斗の言の葉と共に。
吹き荒れた蒼穹の風に飲み込まれた猟兵達が、グリモアベースから姿を消した。
長野聖夜
――その雨が降り注ぐその前に。
いつも大変お世話になっております。
長野聖夜です。
サクラミラージュのシナリオをお送り致します。
概要はオープニングの通りです。
戦場は、現在は、人のいない廃墟となるため、人々に被害が出る可能性はこのシナリオ中ではございません。
また、影朧達が最終的に転生するかどうかの結末は、第3章次第の部分もございます。
この辺りは1章、2章の判定の結果次第でもありますので、お気軽にご参加下さい。
プレイング受付期間及び、リプレイ執筆期間は下記の予定です。
プレイング受付期間:オープニング公開~8月14日(日)9:00頃迄。
リプレイ執筆期間:8月14日(日)10:00頃~8月15日(月)一杯迄。
変更がございましたらタグ及びマスターページにてご連絡致しますので、ご確認下さいませ。
――それでは、最善の結末を。
第1章 集団戦
『切り返す者』
|
POW : 切りまくり
【二本の刀と戦輪による連続攻撃】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
SPD : 切りはらい
【呪い】を籠めた【二本の刀】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【殺人行為への忌避感・嫌悪感】のみを攻撃する。
WIZ : 切りとばし
自身が装備する【戦輪】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
御園・桜花
「悪魔が転生モラトリアムの方々なら、少しでも出来るお手伝いをしてお助けしたいと思うのです」
「雨鶴さんが他者を傷付けたら、雨鶴さんとお友達だった悪魔召喚士さんも悲しむと思います。そうなる前に、お止めしないと」
「ごめんなさい、貴方達よりも雨鶴さんを優先して。雨鶴さんを止めたら、貴方達とも向き合いますから」
UC「幻朧桜召喚・桜死」
転生願わず生命力と思考能力と行動速度が半減した敵の間を全速力で駆け抜ける
進行ルートは第六感で選択
敵の攻撃は第六感や見切りで躱し足を止めない
どうしても躱せないと思った攻撃はタイミング合わせ桜鋼扇でカウンター
敵を弾き飛ばして進む
「また後で」
包囲抜けたら一瞬振り返りまた雨鶴目指す
館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
…召喚主を失った悪魔が、影朧に
あり得ない話では…ないよな
だが
たとえ雨鶴の瘴気に引き寄せられたのだとしても
影朧が全てを斬り殺すことを望むのであれば
俺は容赦なく影朧を斬り捨てるだけ
…雨鶴も斬り捨てる気かって?
それはまだわからないさ
この影朧たちは雨鶴の絶望が引き寄せた存在だ
雨鶴の本心は…会ってみないとわからないからな
指定UC発動
「地形の利用、ダッシュ」+高速移動で意図的に集団内に突撃し撹乱しつつ刀を「武器受け」で弾きながら
「属性攻撃(聖)」を織り込んだ「衝撃波」や黒剣の「2回攻撃」で片っ端から切り捨てていこう
既に修羅と化しているなら話は通じないだろうからな
肉体にダメージが行かないのであれば
切りはらいはされても怖くないな
念のため漆黒の「オーラ防御」だけ纏いわざと受けよう
…俺は既にこの手で己が意を貫いた将校を斬っている
あの時は絶望に囚われた故の行動だったが
今は必要あらば人を手にかける覚悟もある
…必要なのは、絶望じゃなくて覚悟なのさ
…雨、か
この雨は、誰かの涙なのだろうか
藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎
…言われてみればそうだな
召喚主を失った悪魔は、影朧に戻るしかない
当然の摂理なんだが…どうにもやるせないな
雨鶴とやらが何を探しているのかは気になるところだが
絶望に囚われたままにはしておけぬな
本心を知る為にも接したいところだが
…この修羅たち、果てしなく面倒だぞ
指定UCでもふもふさん召喚
全猟兵に1体ずつもふもふさんをしがみ付かせて
「リミッター解除」できるよう「鼓舞」させつつ傷を癒させよう
我々が修羅排除に時間をかければかけるほど
雨鶴は絶望に囚われてゆくのでは?
彼が外に出る前に止めなければならないのなら
あまり時間はかけたくないところだな…
…あ
切りとばしはガンバッテ回避します
森宮・陽太
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
俺も悪魔召喚士の端くれだ
死んだ召喚士や雨鶴に思うところはありすぎるが
今は修羅たちを排除するのが先だ
…後のことは後で考えるさ
仮に斬られて殺人行為への忌避感・嫌悪感を失くしてしまったら
俺は…「陽太」は俺じゃなくなっちまう
切りはらいは受けたくねぇな
指定UCでブネと悪霊たちを召喚
「闇に紛れる」ように修羅たちに接近させ
一気に纏わりつかせて動きを封じよう
それでも封じきれなかったら「残像」を囮に回避を試みる
凌いだら「破魔、浄化」の魔力を宿した二槍を伸長「ランスチャージ」で1体ずつ確実に浄化
…もし
俺が死んだり俺じゃなくなったりしたら
今、契約している悪魔たちは…俺を想ってくれるのか?
ウィリアム・バークリー
影朧とはなかなか縁が切れないものですね。今回は桜學府の諜報部とは関係の無いお仕事のようですが。
七百年を閲するこの帝都に、人斬りなどの居場所はありません。とりあえず、斬って捨てます。輪廻の輪に戻すにも、行動できないようにしなければ。
「全力魔法」氷の「属性攻撃」「範囲攻撃」でIce Blast!
地面から突き上げる氷柱に貫かれれば良し。残った人斬りも永久凍土の環境にどこまで耐えられますか?
ぼくは「氷結耐性」で問題なく動けます。
後は、刃には刃。『スプラッシュ』を抜刀して、人斬りたちの身体を貫いていきましょう。ほら、足下が危ういですよ?
「オーラ防御」で反撃を受け止め、可能なら攻撃を「見切り」ましょう。
ネリッサ・ハーディ
契約した悪魔と召喚士、ですか・・・確かにどんなものであれ、長年付き合いがあるうちに、情愛が生まれてくるのは想像に難くありません。とはいえ、今回の相手は影朧。結果的に良からぬ者達を呼び寄せてしまうのであれば、看過はできません。とはいえ、その雨鶴という影朧に対する処分は、我々の手に一任されています。ですので、まずは対象と接触してみてからどうするか判断するべきかと。
戦闘時、G19で応射しつつ隙を見てUCを放ち迎撃。
この様な者達が呼び寄せられるところを見ると・・・その悲嘆は、相当なものなのでしょうね。これは早急に雨鶴の捕捉し、接触する必要がありますね。話はそれからです。
アドリブ・他者との絡み歓迎
司・千尋
連携、アドリブ可
心があるヤツって色々大変なんだな
見てる分には面白いけど
濡れるの嫌だし
雨が降る前に終わらせようぜ
装備武器も使いつつ
攻撃は基本的に『空華乱墜』を使う
範囲内に敵が入ったら即発動
味方がいる場合は当てないように調整
範囲攻撃や2回攻撃など手数で補う
囲まれないよう立ち位置に気を付ける
二本の刀で攻撃してくるなら
武器破壊も狙ってみようか
無理なら止める
敵の攻撃は結界術と細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
オーラ防御を鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
割れてもすぐ次を展開
回避や防御する時間を稼ぐ
間に合わない時は双睛を使用
俺、『モノ』だから忌避感も嫌悪感もないんだけど
両方ありそうな『ヒト』だとどうなるんだ?
神宮時・蒼
……別離、とは、どのような、ものにも、等しく、訪れる、もの、ではありますが……
……此れは、あまりにも
……出来るならば、報われてほしい、と、思うのは、我儘、でしょうか
【WIZ】
とは言え、まずは、目の前の怨敵に集中せねばなりませんね
「結界術」を展開し、防御姿勢
相手の攻撃は、「属性攻撃」「範囲攻撃」にて叩き落としましょう
可能であれば、叩き落した武器は「弾幕」で破壊を
幾ら武器を複製しようと、壊れてしまえば意味をなさないでしょうから
壊せなかった攻撃は「見切り」と「受け流し」で対処を
多少の怪我は厭いません
常に、憎しみを抱く、と言うのは、どのような感情、なのでしょうか
「全力魔法」「魔力溜め」それと、「浄化」を織り交ぜて「冬花庇護ノ舞」を
貴方たちの、憎しみが、少しでも、祓われますよう
そんな「祈り」と願いを込めて
もし、転生する事があるのならば
次の生は、望むように進めますように―
馬県・義透
四人で一人の複合型悪霊。生前は戦友
戦国時代生まれ
第一『疾き者』唯一忍者
一人称:私 のほほん
武器:漆黒風
…守れなかった後悔、というのはわかりますよ。ええ。
だからこそ、人里にたどり着く前に。
基本は、UC使用した漆黒風の高速投擲攻撃ですねー。
この影朧たちも、人里に近づけてはいけませんしー。
反撃されたとして…私は忌避感とか嫌悪感とか持ってないんですよ。使えるもの全て使って暗殺(たまに護衛)してましたから。
それにそもそも…悪霊に呪いは相性悪いですよ?
そう、斬られるのは私でいいのですよ。それは、今を生きる人へ向けてはならない。
でなければ、手遅れになってしまいますからねー。
スリジエ・シエルリュンヌ
…グリモアベースで話を聞いたとき、お養父さまの形見である石榴剣が、震えた気がするのです。
その謎を解くためにも。桜色の文豪探偵、推して参ります…!
『悲嘆の瘴気』に集まった者たち…ええ、これ以上は進ませません。誰かを斬り殺す、ということはさせてはいけませんから…!
集まっているのならば好都合、【桜火乱舞】で範囲攻撃です!
って、その戦輪は厄介ですね… 。と思っていたら、しずりさんが出てきて、結界によって弾き飛ばしてます…!?
しずりさんも元は影朧ですから…何か思うところがあるのかもしれません。
そう、人里を守るためにも。カクリヨのあの橋で、お養父さまに告げたように…『守るために戦う』私ですから。
●
――その廃墟の入口で。
「影朧とは、中々縁が切れないものなのですね」
廃墟の奥の方から漂う黒く澱んだ瘴気の気配を感じ取りながら、ウィリアム・バークリーがそっとそう溜息を漏らす。
「まあ、今回は桜學府の諜報部とは関係の無いお仕事の様ですが」
「そうですね、バークリーさん」
そのウィリアムの呟きに軽く同意して見せたのは、ネリッサ・ハーディ。
それにしても……とネリッサは軽く顎に手を置き、静かに頭を横に振った。
「契約した悪魔と召喚士、ですか……」
「……ああ、そうだなネリッサ」
そのネリッサの呟きに、深い沈痛と共に憂鬱な溜息を吐いたのは、森宮・陽太。
(「俺も悪魔召喚士の端くれだ。とてもじゃねぇが、他人事とは思えねぇんだよな……」)
その陽太の内心の呟きを聞いていたのかいないのか。
ゆっくりと奥に進みながら、腰に帯びた黒剣の柄を握りしめた、館野・敬輔が軽く頭を横に振る。
「……召喚士を喪った悪魔が影朧に、か。有り得ない話では……無いよな」
「ええ、そうですね。どんなものであれ、長年付き合いがある内に、何らかの情愛が生まれ来るのは想像に難くありませんから」
敬輔のその呟きに、軽く頭を縦に振るネリッサのそれに。
「やれやれ。心があるヤツってのは大変だな」
と皮肉げに肩を竦めて口の端に笑みを浮かべるのは司・千尋。
まるで全てを分かっていると言わんばかりの笑みを浮かべる千尋を見て、少し呆れた様に藤崎・美雪が軽く米神を解していた。
「……千尋さん。それではまるで、千尋さんに心が無いと言っている様に聞こえるんだが」
「まあ見ている分には面白いけれどな。只、それはそれ、これはこれってヤツだ」
そう飄々とからかい混じりの微笑を零す千尋のそれに美雪が深く溜息を吐く。
そんな美雪の方を一瞥した千尋が、それに、と。
「あいつだって色々と思う所があるみたいだぜ?」
そう何処か面白がる様な口調で告げながら、視線を向けたその先には……。
「お養父様……」
何かを願う様に、何よりも強い、自らの想いを再確認するかの様に。
ぎゅっ、と細見のシンプルな黒剣……石榴剣を胸元で大事そうに握りしめる、スリジエ・シエルリュンヌの姿。
「……あの、大丈夫、です、か?」
その何かに祈りを捧げる様に。
強く石榴剣を抱きしめるスリジエを気遣う様に神宮時・蒼が訥々と呼びかける。
その赤と琥珀のヘテロクロミアには、深く哀しい……けれども、何処か気遣いと優しさを彷彿とさせる憂いの光が称えられていて。
その蒼の瞳と呼びかけに吸い寄せられる様に、スリジエがそっと顔を上げた。
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ええと……」
「……あ、ボクは、神宮時・蒼、と、言います。シエルリュンヌ様、と、お呼び、すれば、宜しい、で、しょうか……?」
訥々と、でも人見知りをするでもなく確認する様に尋ねる蒼にはい、と頷くスリジエ。
それから改めて自らの石榴剣を大切そうに握りしめ、誓いの様に言葉を紡ぐ。
「……グリモアベースで話を聞いた時、この石榴剣……お養父様の形見が、震えた気がするのです。その謎を、如何しても解きたくて……!」
そのスリジエの言の葉に。
「……そう、だった、の、ですね」
小さな首肯の後、その何処か哀しくも優しき光を湛えた色彩異なる双眸を、『悲嘆の瘴気』が溢れる方へと向ける蒼。
スリジエの、死別した養父。
契約士を死なせ、永遠の別離を経験した、悪魔|《ダイモン》。
そして――氷晶石と琥珀のブローチに想いを込めて作り上げてくれた彼と、幸せになる筈だった彼女と別離した『自分』
「……別離、とは、どのような、ものにも、等しく、訪れる、もの、では、あります、が……」
(「……此は、あまりにも……」)
そう蒼が想いを馳せた、丁度其の時。
「いずれにせよ、悪魔が転生モラトリアムの方々なら、少しでも出来るお手伝いをして、お助けしたいと思うのです」
御園・桜花が完爾と笑いながら蒼とスリジエに水を向けるのに、微かに困惑した様に顔を見合わせる2人。
そんな蒼とスリジエと、桜花の間を取り持つ様に。
「まー、そうですよねー。……守れなかった後悔、と言うのは分かりますよねー。だからこそ私達は、雨鶴殿を止めなければなりませんからね-」
馬県・義透――それを構成する四悪霊が1人――『疾き者』、外邨・義紘――がそう告げると。
「……ああ、そうだな。先ずは、修羅達を排除するのが先だ」
思わず眉根を寄せて酷く複雑に入り乱れた胸中の動揺を押し殺す様に陽太がそう義透の後を引き取り頷いた所で。
「では、行きましょうか。いずれにせよ、七百年を閲するこの帝都に、彼等の居場所はありませんから」
ウィリアムのその言葉に、そうだな、と美雪が静かに頷いた。
「……雨鶴とやらが何を探しているのかも気になるし、何よりも絶望に囚われたままにしてはおけないからな。行くとしよう」
その美雪の言葉を皮切りに。
タタタッ……と一息に戦場に向かって駆け抜ける様に走り出した桜花達の背を追って走り出しながら。
「……全く。これだから見ていて飽きないし、面白いんだよな」
シニカルだが、嫌味のない笑みを浮かべ、千尋が心底面白がる様に呟いた。
●
奥に進めば進むほど、澱んだ瘴気がある種の臭気を伴ってそこにこびり付いた『それ』を晒し出す。
――それは、『死』の気配。
それと……。
「……この気配、何処か以前戦った彼女達が纏っていた気配に似ているな」
そう……『理不尽』に晒され、自身に濃厚な死を齎されたと言う……。
「……負の想念の連鎖ですか。それは人の世の性であり、決して拭うことの出来ないものではありますが……」
美雪の呟きに、愛銃G19C Gen.5の撃鉄を起こしながら、軽く溜息を漏らすネリッサ。
「それでも……似た様な気配と幾度も対峙し、その因縁を終わらせた身としては、やはり慣れきりたくないものですね、藤崎さん」
『……自ら切られに来たのか、生ある者達。お前達は、我等の細やかな望みすら奪おうというのか』
そう呟き姿を現したのは、無数の戦輪を身に纏い、双刀を構えた、無数の影朧。
人々の理不尽に斬り捨てられ、今度は斬り捨てる側となる事を、自らの意志で選び取り、悪霊と化した影朧達。
その影朧達の、呪詛の籠った叩き付ける様な言の葉に。
「……そうですか。あなた達が、『悲嘆の瘴気』に集まった者達ですか」
養父の形見……石榴剣を大地と水平に構えながら。
「ええ……その通りです。これ以上、あなた達を進めさせる事なんて出来ません!」
叫ぶスリジエの、その隣に。
「例え貴様達が、俺達によって自分達の望みを踏み躙られた者達だったのだとしても」
そう告げながら、黒剣を抜剣し、刀身を赤黒く光り輝かせた敬輔が続ける。
「貴様達影朧が、人々の全てを斬り殺すことを望むのであれば……俺は容赦なく、貴様達を斬り捨てるだけだ」
その敬輔の言の葉に。
「……」
まるで蛍の様に儚く、短い限りある命と、時の中で。
懸命に小さく、馨しき香と共に咲く儚き幻想、雨に薫る金木犀の名を賜ったその杖を握りしめる蒼。
唇を噛み締める様にして、優しさと哀しみを称えた色彩異なる双眸を、茫洋と彷徨わせながら、ポツリ、ポツリと小さく呟く。
「……雨鶴様、だけ、では、ござい、ません。……この方達、にも、出来る、ならば、報われて、欲しい、と、思う、のは、我儘、でしょうか……」
その蒼の囁き掛ける様なそれに。
「はは……さぁな。別に、良いんじゃねぇの?」
からかう様な笑声を上げ。
結詞を戦場に張り巡らし、その先端に取り付けた鳥威を展開するのは、千尋。
「……司様」
「そもそも俺達は、ヤドリガミ。『モノ』ってやつだ。だから、どんな事を望もうが選ぼうが、そんな事は俺達の自由だろ」
その千尋のからかう様な物言いに。
あらあらとでも表すべき笑顔を浮かべた桜花がそもそもですね、と言葉を続けた。
「蒼さん。あなたの気持ちは私にも良く分かります。この世界の影朧達全てに転生を。そう願い、望む今の私であればこそ、尚更です。ですから、私としてもこの方達と向き合うのは吝かではありません。勿論、転生させる事も必定です」
ですが……と笑顔の儘に軽く頭を横に振る桜花。
「其の為には、雨鶴さんが他者を傷つけたら、雨鶴さんとお友達だった悪魔召喚士さんも悲しむと思います。そうなる前に、お止めしませんといけませんよね。そもそもこの『悲嘆の瘴気』の根源を浄化できなければ、全てが水泡に帰してしまうことでしょう」
そう告げて。
ばさりと桜鋼扇を開き、同時に戦場を包み込む幻朧桜達をざわめかせる。
……否。
それは……。
「……幻朧桜の幻影の召喚か。一気に片を付ける為の布石だな、桜花さん」
その状況を見据えた美雪の其れに、はい、と桜花が完爾と笑った。
「美雪さんだって、薄々気がついているのではありませんか? この『悲嘆の瘴気』の根源……雨鶴さんをこのままにしておけばどうなるか」
その桜花の問いかけに。
眉根に皺を寄せ不味い珈琲を飲んだかの様な渋い表情を浮かべた美雪が、ああ、と微かに頷いた。
「私達がこの修羅排除に時間を掛ければかける程、雨鶴は絶望に囚われるのでは? とは、な」
その言葉と共に。
美雪が呼び出したのは121体のもっふもっふの毛皮で自らを覆った愛らしい子猫やリス、オコジョと言った小動物達。
その小動物達の中に紛れる子猫達の姿を見て。
「……ね、猫……か」
千尋が口元に浮かべた皮肉げな笑みを引き攣らせ、ついでに仮初めの人間の肉体から冷汗を垂れ流し。
「……こ、こねこさん……です、か……!」
赤と琥珀のヘテロクロミアを何処かキラキラと輝かせた蒼がそわそわと何となく落ち着かない様を見せ。
「まあまあ! お猫さまではございませんか! 後は全て、この下僕めにお任せ下さいませ!」
桜花が常日頃以上にやる気に満ち溢れた力強い叫びを上げた。
(「えっ……ええ~……。私はただ、小動物達を呼んだだけなのだが……」)
「ま……まあ、もふもふさん、子猫のもふもふさん。蒼さんと桜花さんを存分に励ましてあげてくれ。千尋さんは……もふもふオコジョさん。そっちが癒し、励ましてあげてくれ」
何となく遠くを見る様な眼差しになった美雪の其れに、蒼と桜花に其々12体のもふもふ子猫がくっつき。
「なー、なー」
と愛らしい鳴き声を上げた、その刹那。
『切る、切る、切る……! 貴様達を1人も生かすこと無く叩き斬り、我等が受けた屈辱を晴らしてやる!』
半ば雄叫びの様な叫びを上げて。
修羅達が自らの身に帯びた戦輪の模造品を数百個作成し、一気阿世に解き放った。
子猫さん達に甘えられ、思わず頬を緩めていた蒼だったが、その無数の戦輪の攻撃に気がつき、己が杖を天に掲げる。
「……と、取り敢えず先ずはいつもので行くか、神宮時!」
12体のオコジョに群がられて、明らかに安堵からか肩の力を抜いた千尋が、蒼の意図を汲み無数の鳥威を戦場を覆い尽くす様に展開。
その表面に焦茶色の結界を張り巡らすや否や、蒼の雨に薫る金木犀の先端から緋の憂い纏いし美しき蝶達が空を舞う。
まるで彼岸の灯の如くその翅から零れ落ちた鱗粉が、千尋の鳥威と焦茶色の結界と重なり合い……。
「ありがとうございます、千尋さん! 蒼さん! 桜色の文豪探偵、推して参ります……!」
緋の憂いたる蝶の鱗粉と、鳥威の結界に守られたスリジエがタン、と大地を蹴って飛翔した。
腰まで届く桃色のツインテールを風に靡かせ、千尋達に守られたスリジエを襲う戦輪の間を駆け抜けながら、石榴剣を一閃。
「これだけの数が集まっているのであれば、好都合ですね……!」
叫びと共に、轟、と石榴剣を一閃し、桜の花弁の形をした炎剣を射出する。
放たれたそれが戦輪を展開し、続けざまに高速移動で肉薄してくる修羅達の一糸乱れぬ動きの中で舞う様に踊るのに。
『散開せよ!』
修羅の1人の迷い無き号令が轟くと。
修羅達は、ぱっ、と散開し、ある者は二刀を振るわんと肉薄し、またある者は戦輪を前面に押し出した。
――だが。
「あなた方の好きな様にはさせません。ましてや雨鶴によって良からぬ者達として呼び寄せられたあなた達には」
――パーン! パーン!
その言葉と共にネリッサが、G19C Gen.5の引金を引き、その銃口から撃ち出した弾丸で修羅達の動きを阻害して。
「そうですよー。雨鶴殿もそうですが、それ以上にあなた方の様な影朧達を、人里に近づけるのはもっと頂けませんしね-」
そう、のほほんとした口調で軽口を叩きながら、目にも留まらぬ速さで着物の裾に隠していた漆黒風を抜剣、投擲する義透。
それは正しく、神速としか言い表すことの出来ぬ速度。
1秒の間に放たれた128本の漆黒の棒手裏剣が突き立ち、瞬く間に修羅達の何体かが射貫かれ、その場で崩れ落ちる。
「さて……まだまだいきますよー」
続けて漆黒風を連続して叩き込む義透と、ネリッサの掩護射撃で身動きを取れなくなった修羅達へと。
「あなた方を輪廻の輪に戻すその為にも今、此処で食い止めます! Ice Blust!」
ルーンソード『スプラッシュ』を抜剣し、その先端を大地へと突き付けていたウィリアムが叫んだ。
無駄な詠唱を省き、契約した氷の精霊達の力を大地に収束させてすかさず白と緑の綯い交ぜになった魔法陣を構成。
明滅した大地に描かれた魔法陣から生み出された氷刃が、大地に氷の針山を作り上げ、次々に修羅達を串刺しにしていく。
『この程度で、我等を止められると思うな!』
義透の漆黒の手裏剣と、ネリッサの銃弾、そしてウィリアムの氷刃と言う遠距離からの猛攻を辛うじてすり抜け。
防御の要である蒼と千尋に肉薄し、その双刀を振り上げる数人の修羅。
だが……蒼も、千尋も、一歩も退かない。
それどころか、千尋は口元に皮肉げな笑みすら浮かべて……。
「馬鹿が。遅いぜ」
その背後に密かに回り込ませていた暁を巨大化させ、同時に、自らの懐から烏喙を投擲。
『悲嘆の瘴気』の宵闇に紛れ込んだ漆黒の短刀が弧を描いて自らを切り裂こうとした修羅の胸を貫き仰け反らせ。
――轟!
そこに巨大化した暁が、同様に巨大化した鈍器……鴗鳥を回転しながら振り回す。
問答無用で振り回されたその巨大な槌が千尋と蒼に肉薄していた修羅を打ちのめし、その上半身を刈り取り。
欠けた穴を埋める様に他の修羅がそこに滑り込み、千尋に二刀を跳ね上げるが。
「……ブネ!」
微かな苦渋の表情を滲ませていた陽太が咄嗟に自らの銃型のダイモン・デバイスの銃口を其方に向けて引金を引いた。
銃口の向こうに描き出された小竜姿のその悪魔が魔法陣を潜り抜け、千尋と義透の漆黒の刃の影から姿を現し。
――そのまま自らの配下の精霊と悪霊達を散開させ、修羅達に纏わりついている。
『ぐっ……?! これは……!』
「ごめんなさい。必ず貴方達とも後で向き合いますから。今は……!」
体に纏わりつくブネによってそのユーベルコヲドを封じられた修羅の1体の呻きに答える様に桜鋼扇を振り下ろす桜花。
瞬間、自らの周囲に展開していた幻朧桜達が桜吹雪を巻き起こす。
巻き起こされた桜吹雪の中に籠められた概念、それは――。
『転生を、願え』
本人達の意志に関係なく、強制的に幻朧桜による転生を受け入れよと命じる言の葉に、修羅達は……。
『ふざ……けるな!』
怨嗟と呪詛の籠った言の葉を叩きつける様にして、その呪縛を、概念を否定する。
瞬間、修羅達の体がまるで鉛の様に重くなり、その場にある重力に押し潰されているかの如く動きを鈍らせた。
『ぐっ……これは
……?!』
「今ですね」
行動速度を半減させられた修羅達の状況を見て取ったネリッサが呟きと同時に、懐に納めていた小さな結界石をピン、と弾く。
――グルアアアアアアアアアッ!
その瞬間に姿を現したのは、巨大な忌まわしくも不気味な猟犬の如き奇怪な生物。
その猟犬の如き獣が口を大きく開いて、動きを鈍らせた修羅達の4分の1を纏めて食らい尽くした。
「道が開いた……! 桜花さん、今だ!」
その状況を後方から見て取った美雪が叫ぶと、桜花がその美雪の声に押し出される様に開いた空間に向けて疾走する。
『悲嘆の瘴気』の更に暗く淀んだ瘴気の向こうへと駆け抜けていこうとした桜花を逃がさない、とばかりに修羅が戦輪を解き放つが。
「この先に待つ真実を知る為にも……そして、何よりも人里を守る為にも。絶対にそれはやらせません!」
スリジエが叫びと共に、その戦輪の前に立ちはだかり石榴剣を縦に構えて無数の戦輪を受け止めようとするが。
そんなスリジエを嘲笑うかの如く、その死角から別の修羅が放った戦輪がスリジエを捕らえんと奇襲を……。
――バッ!
しようとした刹那、不意にスリジエの竹筒から、何時の間にか彼女の影に移動していたしずりが飛び出した。
「しずり
……?!」
その白い管狐に思わずスリジエが呼びかけると。
しずりが、千尋の鳥威と蒼の緋の憂いの鱗粉に重ねる様に迷いなく純白の結界を展開し、その戦輪を遮断した。
「逃がすか!」
そこに風を切る様にして肉薄した敬輔が赤黒く光り輝く黒剣に纏っていた白き靄を三日月形の斬撃の波と化させて解き放つ。
解き放たれた斬撃の波が戦輪と其れに続けて二刀でスリジエの背後から切りかかろうとしていた修羅を真っ二つに斬り裂いた。
「スリジエさん! 無事!?」
女性の様に裏返った敬輔の咄嗟の呼びかけに、スリジエが微かに怪訝な表情を浮かべながら、はい、と首肯。
「しずりが助けてくれましたから。それにしても……この戦輪、厄介ですね……!」
呟くスリジエの其れに、確かにね、と敬輔が小さく頷きを1つ。
その黒剣を突き出す様にして刺突の衝撃波を波紋の様に戦場に広げ、修羅達を牽制しながら、でも、と軽く頭を横に振った。
「大丈夫だ。皆はその厄介さがどういうものなのか分かっている。そして……」
その敬輔の言葉を引き取る様に。
「……邪を、祓う、鋭系の葉。……甘い、花香は……」
祈る様な訥々とした、そんな調子で。
口ずさまれるその呪に導かれる様に微かに巻き起こされつつある旋風を認め、敬輔は頷いた。
「……こういう時に、皆でどうやって対処すればいいのか。その方法も、ね」
敬輔の其れにスリジエが小さく頷く。
そんなスリジエの耳朶を、蒼――人でもなく、物でもない……『モノ』たる少女の歌う様な詠唱が叩いた。
●
その蒼の詠唱が完成するのを、まるで恐れたかの様に。
修羅達の何人かが蒼に肉薄し、呪詛を籠めた二刀を振り上げ、或いは抜き打つ様に解き放とうとする。
「おっと、神宮時が面白そうなことをやろうとしているんだ。邪魔はさせねぇぜ」
そんな修羅達から突き付けられた刃を千尋が嘲笑し、グイ、と宵を先端に付けた結詞を振るう。
振るわれた糸の先端の暁が、千尋が蹴り上げる様にして寄越した月烏を受け取り、巨大化し、修羅達を横薙ぎに一閃。
青白く光り輝く閃光と共に解き放たれた斬撃に上半身と下半身を泣き別れにされた修羅達に向けて。
「まだまだ……! あなた方を救うためにも、この場に1人残らず食い止めて見せますよ! Ice Blust……Blizzard!」
ウィリアムが咆哮と共に地面に突き付けていた『スプラッシュ』を振り上げた。
氷刃がウィリアムの言の葉を受けて砕け、先行した桜花の残した桜吹雪と重なり氷嵐と化して、戦場を見る見るうちに凍てつかせる。
それは、永久凍土の世界。
全てを凍てつかせ、凍えさせるその世界に桜吹雪が余韻の様にひらひらと花弁を舞わせて散っていく。
――ポツリ、ポツリ。
空中から少しずつ落ちてくる滴が永久凍土の大地に当たって霜を張り、修羅達の体を凍てつかせていく。
「さて、この永久凍土の環境に、あなたがたはどこまで耐えることが出来ますか?」
『こ……この……!』
その憎悪の呻きと共に。
幾度目になるかわからない数百の戦輪を生成し、解き放つ修羅達。
だが……それには。
「加護と、也て。……」
あの彼岸の憂いを、幽世を思わせる蝶達を羽ばたかせた蒼の詠唱を耳にして。
「私は……」
その美しい、鳥威と共に、自分としずりを守る様に張り巡らされた緋の結界を見つめ。
記憶に焼き付いているあの場所……己が養父と再び巡り合うことの出来た場所――カクリヨのあの橋を思い出しながら。
「お養父さまに告げたのです……『守るために戦う』と!」
叫んだスリジエのその声に鳴動する様に石榴剣がその刃先を震えさせ、1090本の桜の花弁の形をした炎剣を生み出し。
「行って……下さい!」
スリジエの命に応じて、不可思議な幾何学紋様を描き出しながら複雑に数百の戦輪に向けて炎剣達が飛び出した。
それは瞬く間に距離を詰めて戦輪達とぶつかり、次々に爆ぜ、消えていく。
そう……その間に。
「……ああ、分かっている!」
敬輔が滑空する様に永久凍土の大地を滑りながら大地を擦過させた黒剣を跳ね上げた。
跳ね上げられた黒剣が生み出した斬撃の波が、割れた隕石の欠片の様に飛び、二刀を振り下ろそうとする修羅達を斬り裂いた時。
「……奔れ、風と、共に」
蒼が鈴の鳴る様な声で歌う呪を完成させ、雨に薫る金木犀を天空に翳す。
翳された雨に薫る金木犀が、既に吹き始めていた旋風を捉え、邪を祓う鋭い葉の旋風となりて、凍てついた修羅達を飲み込んだ。
同時に、ハラリ、ハラリと小さな白い冬花が雨と混ざり合う様に降り注ぎ、陽太達の力を増していく。
(「この白い花……こいつは、柊か?」)
そう陽太が内心で呟く間に、ネリッサが確か、と誰に共なく小さく呟いた。
「柊の花の花言葉は……」
その呟きと、共に。
格段に強化された攻撃力を持ったG19C Gen.5の引金を引き、旋風に飲み込まれた修羅達を撃ち抜くネリッサ。
「……保護、か。……守りたいけれど、守れなかった。その想いへの解として、これ以上の花言葉もない……か」
美雪のその呟きに、微かに躊躇いを見せつつ頷いて。
「ああ……そうかも知れねぇな」
陽太が自らに纏わりつく12体のもふもふリスさん達にその肉体を改造されつつ、二槍を一気に伸長させた。
濃紺と淡紅色の輝きを纏った二槍が螺旋の軌跡を描いて伸長され、蒼の旋風とウィリアムの氷嵐を免れた修羅を貫く。
そんな陽太を叩き斬らんと、生き残った僅かな修羅が上空から肉薄し、陽太を切り裂かんと刃を振り抜いたが。
「ああー……どうやら、間に合った様ですねー」
そう呟いた義透が陽太が何かを言うよりも早くその間に割り込み、二刀を敢えてその身に受けながら漆黒風を投擲する。
修羅のその切り払いは、本来殺人行為への忌避感・嫌悪感を破壊し、殺戮衝動を斬られた者に沸き起こさせるモノだ。
だが……。
「すみませんねー。私、そもそも殺人に忌避感とか、嫌悪感自体持っていないのですよー。そもそも私、悪霊ですし……元々、使えるものすべて使って暗殺(偶に護衛も)していましたからねー」
そう淡々と告げて着陸し、体に食い込んだ二刀を平然と引き抜く義透の姿に、陽太がごくり、と反射的に唾を飲む。
瞬間、『陽太』の背筋に悪寒が、死を齎す刃を突き付けられた様な圧迫感が襲う。
(「俺は……俺には……義透みたいな、そんな覚悟は……」)
――ある筈が、ない。
そんなものがあれば、俺は……『陽太』ではなくなってしまう……。
そんな気がして、仕方ないから。
そう陽太が無意識に戦慄する、その間に。
「……悪いな。俺のこの手は既に血に塗れている」
その呟きと、共に。
敬輔が陽太を突き飛ばす様に肉薄し、義透が討ち漏らした修羅を赤黒く光り輝く剣閃で切り捨てた。
「……必要なのは絶望じゃなくて、覚悟だからな」
その脳裏に、嘗て自らが斬ったとある将校の姿を思い出しながらの、敬輔の呟き。
その敬輔の言葉を最後に、生き残っていた最後の修羅が、どう、と音を立ててその場に崩れ落ちた。
その顔に未だ貼り付いている他者への憎悪の表情を見て、蒼が祈る様に雨に薫る金木犀を握る。
「……常に、憎しみを、抱く、と、言う、のは、どの様、な、感情、なの、でしょうか……?」
その祈る様な、修羅達への蒼の問いかけは、薄れゆく旋風に飲まれて消えた。
●
敬輔が止めを刺した、修羅がウィリアムの永久凍土に凍てつかされる姿を見て。
「一先ず、この修羅達の食い止めは……此処迄か?」
戦況を後方から監視していた美雪のそれに、そうですね、とウィリアムが頷く。
「桜花さんは既に雨鶴の所に向かっています。ぼく達も先を急いだほうが良さそうですね」
そのウィリアムの何気ない言の葉に。
ビクリ、とスリジエが軽く体を震わせて、石榴剣を再び強く握りしめた。
そんなスリジエを気遣う様に。
白い管狐であるしずりが姿を現して、スリジエの肩に乗ってその体を頬に擦り付ける様にするのに彼女は思わずそっと微笑む。
「……しずりさんも、やっぱり気になりますか?」
そうしずりに問いかけるスリジエの其れには答えず、体を擦り付け続けるしずり。
(「ええ……そうですよね。しずりさんも元は影朧ですから……何か思うところがあるのかもしれませんね」)
そんなスリジエの思考を遮る様に絶え間なく震える石榴剣。
それが、この先にいる雨鶴に対する何かを示しているのではないかと考え、表情を引き締めていると。
「……スリジエさん、大丈夫か?」
そう美雪が問いかけてきた。
その問いかけにスリジエが美雪の方を振り向き、大丈夫です、と気丈に微笑む。
(「これは……」)
それがまるで何かに気を遣っている様にも見え、美雪がそっと頭を横に振った。
「……失礼だが、スリジエさん。もしかしてあなたは、雨鶴の事を知っているのではないか? 例えば、何を探しているのか等を……」
問いかける美雪の其れに、いいえ、と寂しげに頭を横に振るスリジエ。
「……私は、何も知りません。只、お養父さまの形見のこの石榴剣が、呼んでいる様な気がするのです」
そのスリジエの返答に。
「『呼んでいる』、ですか……」
愛銃をしまい、結界石の残りを確認したネリッサがそう溜息を静かに漏らした。
スリジエの頭に生えている、2本の桜の枝。
そして、その体から溢れている様に感じられる、優しい桃色の光のヴェール。
(「……何処か、似ていますね。紫蘭さんと、纏う気配が」)
今もこの世界の何処かを旅しているであろう桜の精の少女と其れに纏わる戦いに思いを馳せながらネリッサがそっと息をつく。
けれども、口をついて出た言葉は、自らの胸中にある想いとは異なるものだ。
「それにしても……この様な者達が呼び寄せられているところを見ると……雨鶴の悲嘆は、相当なものなのでしょうね。一体、どれ程の絶望を、闇を抱えているのでしょうか?」
と……其処で。
――ポツリ、ポツリ。
黒雲に覆われた空から、再び雨が降り出している。
自らの鎧を打ち据え、弾けるその滴を見て、敬輔が密かに溜息を漏らした。
「……雨と雲、か。この雨は誰かの涙で、この雲は、その心を表わしているのかな」
「……舘野様。そう、なの、かも、知れま、せんね……」
鎮魂と弔いの祈りを捧げていた蒼が、敬輔のそれにそっと言の葉を返す。
(「……せめて、貴方達の、憎しみが、少しでも、祓われますよう――」)
その優しき思いを灯の様に胸に抱き、静かに祈る様に呟いた蒼の胸中に気が付いたのであろうか。
「……そうですね。この戦いの真相を突き止めたら、必ずこの人達の魂も転生させましょう」
そうスリジエが蒼に応えるのに、蒼がはい、と静かに首を縦に振る。
そんなスリジエと蒼の様子を一瞥しながら、陽太がその場で瞑目した。
(「……もし」)
もし俺が、不慮の事故や何かで死んだり、俺が『陽太』……俺ではなくなった時。
「今、契約してくれている悪魔達は……俺を想ってくれるのか?」
そう誰にともなく呟いた陽太を。
「おい、森宮」
何処か興味深げな光を翡翠の双眸に湛えた千尋が呼ぶ。
「……何だよ?」
それに対してやや不機嫌そうな声を上げる陽太にいや、と千尋が軽く肩を竦めた。
「少し、聞きたいことがあってな。俺は、『モノ』だからよ。誰かを殺す事に別に忌避感も、嫌悪感もないんだが……両方ある様な『ヒト』……つまり、お前みたいなヤツがあの刃を食らっていたら、どうなるんだ?」
その千尋の問いかけに。
陽太が大きく目を見開き……続いて首を静かに横に振った。
「そんなの、分からねぇよ……いや、知りたくねぇ……」
忌々しげに軽く頭を横に振り、俯く陽太の姿が見るに堪えなかったのだろう。
「……千尋さん」
咎める様な口調で敬輔が千尋に少し殺気混じりに言葉を向けると、千尋はおいおい、と軽く溜息を漏らした。
「まあ、答えたくないなら別に良いんだよ。だが、単に面白そうってのもあるが……きちんと森宮には森宮なりの答えを持つ覚悟がいるんじゃないのか? って感じがしただけだ」
――少なくとも……。
「……俺は『モノ』で、馬県は『悪霊』だ。神宮時は……俺と同類だが、『心』に関して、俺とはある意味で異なる答えを持っている。そういう意味では、御園やシエルリュンヌもそうだ。その上で……そう言った奴らは『自分』があるから、えてして強い。……舘野。復讐鬼だったお前にだって、其れはよく分かっているだろう?」
その千尋の言の葉に。
「それは……」
絶句する敬輔を一瞥する千尋。
それからもう興味はない、とばかりにスリジエ達の後に続いてその奥に向かっていく千尋の後姿を見送って。
「……行こう、陽太」
敬輔が慌ててそう呼びかけると、陽太が無表情に頷き、先行する美雪達の後を追って歩き始めたのを一瞥し。
「司さん、でしたね。中々厳しい事を言いますね」
前を歩く千尋に、ネリッサがそっと近付き囁き掛けると、いや、と千尋は皮肉げに肩を竦めた。
「気になるから聞いただけだ。そもそ、雨鶴がどんなヤツなのかはっきりしない以上、相応に覚悟は決めておく必要があるだろう?」
その千尋の言の葉に。
「……確かに、この様な者達を呼び寄せる相手です。ましてや私達に雨鶴という影朧の処分の是非は委ねられています。となると、接触する前に雨鶴と向き合う覚悟、と言うのは確かに必要ですね。其の時、足下が揺らいだ儘なのは確かに危険なのかも知れません」
成程、と軽く同意の首肯を返すネリッサのそれに、そう言うことだ、と千尋が軽く首肯を返すその間に。
哀しき修羅達への鎮魂の祈りと願いをそっと胸中で呟き終えた蒼が、赤と琥珀色のヘテロクロミアを開き、千尋達に歩み寄った。
「よう、神宮時。もう、お祈りは良いのか?」
「……はい。あの人達が、もし、転生する事が、あるの、ならば、次の生、は、望む様、に、進めます様に――と」
その千尋の呼びかけにコクリと静かに首肯する蒼。
蒼の純粋な願いと祈りに千尋が微苦笑を零し、ネリッサがそうですね、と粛々と頷いた。
と……其処で。
「今を生きる人へ、彼等が刃を向けてはならないのですよー」
義透が忍ぶ様にふと姿を現し、のほほんとした好々爺の笑みを浮かべながら戦闘能力を奪われた修羅達をちらりと見る。
無残な屍の様な姿を晒している修羅達であったが……彼等の魂は今のままでは、骸の海に還る事も、転生する事も、出来ぬ。
「全ては、雨鶴殿を私達が止めて、この『悲嘆の瘴気』の影響を晴らしてから、になりますからねー。まあ、今を生きる人に手を出すよりも前に止められたのは、手遅れにならず良かったと思いますが-」
「ええ……そうですね、馬県さん」
義透のそれに、静かに頷くネリッサ。
程なくして見えてきた人影に気がつき……そして小さく溜息を漏らした。
「……あれが、雨鶴なのでしょう。さて、私達は、どの様な答えを、あの者に差し出すことが出来るのでしょうか……」
そのネリッサの呟きに応えられる者は、この場には未だ、誰もいなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『彷徨いし者『雨鶴』』
|
POW : 雨龍召喚
【瞬発力を強化。太刀や尾】が命中した対象に対し、高威力高命中の【雨粒でできた召喚龍】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD : 光鶴召喚
【結界を構築し防御力を強化。五秒の集中】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【光でできた召喚鶴の羽】で攻撃する。
WIZ : ……はどこにいる?
【完全竜体】に変身し、レベル×100km/hで飛翔しながら、戦場の敵全てに弱い【防御力・攻撃力低下を与えつつ、強力な雷】を放ち続ける。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
●
――ポツリ、ポツリ。
空を覆う黒雲から、粛々と滴が……雨が滴り落ちている。
廃墟を淡々と叩いては弾け、叩いては弾けと水飛沫を上げる雨の様子を見ていた彼は、嗚呼……と嘆じる様に頬杖を突いた。
『……何処に、何処にいるのだ、我が、愛しき者達よ……』
雨鶴の脳裏に最愛の者達の姿が浮かんでは、儚く消える。
それは、家族。
『……思えば、お前がいなくなったのも、こんな、雨の時であったな……』
――その『あめのひ』
降っては止み、降っては止みを繰り返していた……そんな日だった。
『我は、今でも分からぬのだよ。如何してお前は、あの時、我の前からいなくなった……?』
彼は、知らない。
如何して、自分の最愛の『家族』が、『雨鶴』の前から姿を消したのか。
その理由を知らない。
――いや……。
知りたく無かったのかも知れない。
だが、その理由を知らぬ儘ではいられなかった。
だから彼は、その胸中に思いを抱いた儘に、その者を探すべく放浪を続けていた。
その途上で、自らを『鬼』と呼ぶ者がいた。
この一角の角がある故に、『鬼』と呼ばれ忌まれる事があった。
だから彼は、そんな自分に『禍』を齎す者達をその手に掛けた。
そうして、自らの手が、想いが、血と罪に塗れることを知りながらも、尚……。
『我は、お前を探しているのだ。我が愛しき者……我が弟よ』
自分が『影朧』と呼ばれる様になったのは、何時のことからだったろう。
多くの者達を血に染めて、この手は罪に塗れていたのだと、気付くことが出来たのは、何時からであっただろう。
――嗚呼……そうだ。
『全ては、あの時だ……。貴殿が……我と共に在ろうとしてくれた其の時だ……』
――その頭部に、桜の枝を生やしたあの男。
我が、我の最愛の者を、探し、求めながら、この手に、抱えきれない程の罪を抱えている事を見抜き、それでも尚我を……。
『赦してくれた貴殿は、今、何処にいる? 我が最愛の者を共に探すと誓ってくれた貴殿は今、何処にいる?』
赤黒く染まったその両手を、空から降り注ぐ雨で清めながら。
『我は……探している』
あの時、我が殺した影朧と共に、何処かへ行ってしまった貴殿の事を。
我の想いに共感し、我と共に歩むと契約してくれた貴殿の事を。
『――お前達は……何処に行ったのだ?』
そう呟き、人里を目指すべくこの地を後にしようとした、其の時。
――ザッ。
と言う足音が『雨鶴』の耳を叩いた。
『……嗚呼、そうか。そこに……そこにいるのか、我が友よ』
――目前に現れた猟兵達の姿を見て。
何処か感慨深げに、漸く探し求めていた者達に出会えたという様に、滴る雨に全身を濡らした『雨鶴』が安堵の息を吐く。
『さあ……また、共に行こう。また我と共に探しておくれ。我の最愛なる者……我が弟の事を』
その『雨鶴』の言の葉に。
猟兵達が出した、その答えは……。
*第1章の判定の結果、第2章の『雨鶴』は戦闘と説得両方が可能になりました。
『雨鶴』を転生させることも撃破させることも判定次第で可能となります。
但し、説得だけしても敵を撃破する事は出来ません。
この説得と戦闘による撃破の結果によって、第1章の影朧共々、どの様な道を選ぶことが出来る様になるのかが決まります。
その結果は、第3章の内容に影響します。
必要であれば、『雨鶴』及びその悪魔召喚士について情報を探ることは可能です。
此は、会話の仕方次第です。外部組織に調査依頼などは不可能となります。
――それでは、最善の結末を。
ウィリアム・バークリー
「礼儀作法」で敬意を持ち接触。
『雨鶴』さんですね。あなたの長い彷徨も、ここで終わりになります。
終わりの挨拶をする前に、よく思い出してください。『あめのひ』に何があったかを。
もしかして、その時既に、手は血に塗れてはいませんでしたか? あなたの前に、誰か倒れていませんでしたか? よく思い出して。
戦場において、弱さは罪。そう考えるなら、友を守り切れなかったあなたは
罪人でしょう。ですが、自分自身を受け入れられる強さもあなたは持っているはずです。
『スプラッシュ』を抜刀し、後の先の要領で彼の攻撃を「受け流し」ます。
それで出来た隙にルーンスラッシュで一太刀浴びせましょう。
何か思い出せましたか?
御園・桜花
「探し求めて、縁有る方を見つけられないのはお辛いでしょう。私は…新たな縁を結ぶか、探し方を変えられるのをお勧めします」
チラッと周囲眺める
「其の方も転生途上なら、此の地に顕現されて居ない可能性はありますもの。強い願いは、必ず縁を引き寄せます。私は転生をお勧めしますけれど…もしかしたら、貴方は此の地で新たな縁を結ぶのかもしれません」
チラッと眺め
「何方にしても、貴方が其れを選べるよう…今の貴方を、叩き折らせて頂きます」
UC「幻朧桜召喚・桜嵐」
敵の攻撃が当たり難く味方は攻撃されてもダメージが大きくならないようにする
味方が接敵するなら敵の制圧射撃で行動阻害
接敵しないなら吶喊し桜鋼扇で太刀の叩き折り狙う
スリジエ・シエルリュンヌ
弟さんを、探しているのですね。でも、それなら…どうして(石榴剣が震えるのか、と問おうとしてUC発動)
えっ。えっ!?お義父さま!?
石榴剣はお義父さまへ渡して、私はキセルパイプと桜手袋での殴打に。
…はい?ええ、お義父さまを見習った、私の戦闘スタイルです
※超前衛型バリツ探偵※
あの日の一端を知りました。でも、『雨鶴』さんにも転生はしてほしいのです。
ですが、戦うのも必要。ならば、拳やキセルでの殴打、足技による蹴りもいきます!
集中なんてさせません!
・グルナード(言葉少なな武人肌な守人)
『雨鶴』は…確かに『私を殺した』が。恐らくあの時、里の入口に現れたのは偶然だろう。
しかし、彼の者も…守るものを得ていたか。
ああ、すまない、スリジエ。驚かせた。
うん、石榴剣は私のだが…スリジエは…そうか。
(育て方間違えたかな、と思った。近接しか見せてなかった)
スリジエとともに、集中させぬように斬りつけ…ときに立ち位置を入れ替わりついでに尻尾での薙ぎ払いもな。
…個人的に気になるは、『雨鶴』本人のこと。お前は、他に何を得た?
ネリッサ・ハーディ
さて、雨鶴を捕捉できたのは重畳ですが…問題は、彼がこちらの話を聞いてくれるかですね。やはり、ある程度力技になってしまうのも致し方ありません。最悪、撃破する手もありますが…可能ならば、それは避けたいものです。
G19で牽制射をかけつつ雨鶴に話掛ける。恐らく、彼はある意味絶望の虜になっています。こちらが上手く会話を続ければ、何かしら引き出せる筈です。根気強く会話を続けるのは、
交渉術の基本です。抵抗が激しい場合、UCを発動して一時的に動きを封じ、その間に説得を試み、また何故そうなったのか、悪魔召喚士とやらは何者なのか聞き出します。特に背後事情はしっかり確認した方が良さそうです。
馬県・義透
引き続き『疾き者』にて
なるほど、探し人は弟でしたがー。
ですが、私たちは『あなたの相方』ではないのですよー、残念なことに。無念でしょうけどねー…。
この世界の影朧なのです。転生を…とは思っていますよー。
ですが、まずは戦わないと…といった気配ですね。いつも通りですー。
たとえ防御を固められたとして、UCによる漆黒風の投擲はやめませんよー。
集中させてはならない、そんな気配がしますのでー。
『鬼と呼ばれ続ければ、その人を本当の鬼にしてしまう』
私の故郷に伝わる呪術の話ですけどー…。もしかして、似たようなことがあったのではー?
あ、私は言われ続けて堕ちるところでしたよ?
※自分のことなので、あっけらかんと話す
館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
宿縁主様の方針優先で
…なるほどな
雨鶴に縁がある猟兵がいるのか
でも如何なる縁かはわからないんだよな…
説得なんて器用なことは俺にはできないから
説得が通じるまで漆黒の「オーラ防御」を纏い防御優先
必要あらば宿縁主様を「かばう」よ
光鶴召喚は集中開始を「見切り」、投擲用ナイフを一気に「投擲」し集中阻害
もし光鶴召喚を許したら「武器落とし」で斬り捨てよう
そういえば、雨鶴の探し人や召喚主の情報はないな
纏っている魂たちの力を借りて引き出せるか?
俺自身も完全に呑まれるのは覚悟の上で「闇に紛れる」で死角を取りつつ
「祈り、優しさ」を持った魂たちを雨鶴に触れさせ「読心術」で読み取ろう
森宮・陽太
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎
宿縁主の意向優先で構わねえ
…雨鶴
てめぇにこれ以上罪は重ねさせねえ
おそらく、主もそれは望んでいねえんじゃねえか?
雨鶴を説得する前に『悲嘆の瘴気』を晴らすか
「高速詠唱」から指定UCでマルバス召喚
戦場全体に「浄化、破魔」の魔力を織り込んだ黄水晶の雨を降らせ
味方の状態異常を打ち消しつつ
完全竜体に変身した雨鶴の強化と共に『悲嘆の瘴気』を弱められれば…
雨鶴の絶望を晴らす方法が不明なうちは説得は他者に任せるが
もし、晴らすために1度止めを刺す必要があるなら
「浄化」の魔力を纏わせた二槍伸長「ランスチャージ、暗殺」で一突き
…わかっている
人を手にかける覚悟があろうがなかろうが
俺の手は既に血塗れだ
真相は記憶の彼方にしかないとはいえ
俺は…どうしようもなく血と罪に塗れた大罪人だ
罪に塗れている挙句、今は償う方法を持たねえし
償う方法すら、わからねえから
…ただ、罪を背負って生きるしかねえ
…俺は
いつまで俺であり続けられるんだ
怖えぇよ…俺が俺でなくなるのが
司・千尋
連携、アドリブ可
これが影朧か…
初めて見たぜ
と、いうか話出来るのか?
会話不能感あるんだけど
近接や投擲等の武器も使いつつ
攻防は基本的に『翠色冷光』を使用
回避されても弾道をある程度操作して追尾させる
範囲内の敵の攻撃は可能なら迎撃
敵の攻撃は結界術と細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
オーラ防御を鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
割れてもすぐ次を展開
回避や防御、『翠色冷光』で迎撃する時間を稼ぐ
太刀や尾には当たらないように細心の注意を払う
間に合わない時は双睛を使用
説得も邪魔もせず傍観
転生させたいなら止めないし好きにしたら良いんじゃね?
転生する事が良いのか悪いのかわからないけど
心があると影朧になっても大変なんだな
藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎
宿縁主様の意向と齟齬ある場合は宿縁主様優先で
うーん、どうにも情報が足りぬな
かといって外部機関に調査を依頼する余裕はない
なんとか雨鶴自身から聞き出すしかないのだが
…下手な言い回しをすると地雷踏む気がするぞ
私は歌で回復に専念したいところだが
もふもふはシリアスブレイクにしかならないので
ここはいつもの「歌唱、優しさ」+指定UCで回復に回ろう
もし狙われるようならガンバッテ回避します、はい
…雨鶴はなぜ、愛する者を探し続けているのだろうか?
影朧となり、さらに契約して
悪魔となったということは
愛する者は既にこの世にいない可能性は高いぞ
…一応、その理由だけは聞いてみようか
神宮時・蒼
……此の雨は、雨鶴様の、悲しみを、体現して、いる、の、でしょうか
……ボク個人と、しては、雨鶴様を、彼の方と、再会―共に、転生、して、いただきたい、と、思います、が……
……雨鶴様は、どう、なりたい、のでしょうか……
【WIZ】
……雨鶴様、本当は、全部、分かって、いらっしゃる、のでは、ない、でしょうか
……家族も、友も、もう、傍には、いない、事を
考察は後にして
相手が攻撃姿勢に入ってから戦闘行動開始
【魔力溜め】で【結界術】を増強します
落ちてくる雷は、杖を避雷針に【受け流し】ます
防ぎきれぬ物は【弾幕】に当てて相殺します
会いたくて
会えなくて
でも、忘却へ到ってしまったら
全部が無かったことになってしまう
其れはきっと、弟様も、友と呼ばれた方も、望んだ結末では無くて
だから、ちゃんと思い出すべきなのです
最期の言葉を、彼の方々の心を―
状況に応じて【幻花追想ノ舞】を
もし転生を望むというのであれば
【天候操作】で雨を祓いましょう
其の旅路が、迷う事の無いように【祈り】を込めて―
●
――ポツリ、ポツリ。
天空を染める黒雲。
太陽を覆い隠す様に、或いは、何処か濁った何かを現すかの様に空を覆う黒雲から、滴が滴り落ちてくる。
1滴、2滴……。
最初は本当に礫程度にしか降っていなかった雨が次第に勢いを増し、間もなく大雨になり始めた。
その雨を体で受け止め、着物をそれに濡らしながら。
『さあ……また、共に行こう。また我と共に探しておくれ。我の最愛なる者……我が弟の事を』
そう囁く様に呟いて、刀を抜いてその手を差し伸べる『雨鶴』の姿を見て。
――バシャリ。
と水溜まりを踏みしめ、水飛沫を周囲に飛散させながら。
「探し求めて、縁ある方を見つけられないのは、お辛いでしょう。私は……新たな縁を結ぶか、探し方を変えられるのをお勧めしますよ」
その雨の中で、完爾とした笑みを浮かべ。
その手に握った桜鋼扇をバサリと開いた、御園・桜花が囁く様にそう呟く。
(「この御方……私を見て、何か勘違いをしているのでしょうか?」)
そんな桜花の胸中を読み取ったかの様に。
その焦点定まらぬ双眸を巡らしながら、『雨鶴』が言の葉を紡ぐ。
『ハハッ……何を言っておるのだ、我が友よ。思えば貴殿はいつもそうだった。契約した我を時折からかい、我の困惑する様を見て、楽しそうに、しておったな……』
それはまるで旧き友の事を思い、懐かしそうに目を細める朴訥な青年の様で。
けれども水溜まりを踏みしめて近付く『雨鶴』の気配から溢れる瘴気の前には、その懐旧すらも、悲嘆に塗れている。
と……此処で。
目前の桜花へと『雨鶴』が突きつけた太刀の切っ先に、目にも留まらぬ速さで何かがぶつかる。
ガチン! と鈍い音と共に揺らぐ剣先に、軽く唸りを上げる『雨鶴』に向けて。
「なるほど、探し人は弟でしたか-」
のほほんとした、そんな口調で。
静々と足音を殺して桜花の背後に立つ様に姿を現したのは、馬県・義透――それを構成する四悪霊が1人。
――即ち『疾き者』、外邨・義紘と……。
「……弟さんを、探しているのですね」
震える様な、そんな声音で。
全身をも戦慄かせ、桜色の唇をカラカラに乾かさせながら。
「でもそれなら……どうして……!」
呻く様に呟くスリジエ・シエルリュンヌの其処には、瘴気に勝るとも劣らない悲痛な思いが籠められている。
けれども……『雨鶴』は。
「嗚呼……貴殿はまた、その様な戯れを。思えば、貴殿はいつもそうだった。そうして何時でも楽しそうに、様々な手品を我に見せてくれていたな」
自らの友との過去に想いを馳せる様に、懐かしそうに呟いている。
と……此処で。
「『雨鶴』さん、ですね?」
桜花とスリジエを見つめ、懐かしそうに目を細める『雨鶴』に対して、恭しく拝する様に問いかけたのは、ウィリアム・バークリー。
そのウィリアムの問いかけに。
『……如何にも、我は『雨鶴』だが。汝は何故、我のことを知っている? 嗚呼……それとも汝も我が友の同胞か? 何処か懐かしい気配を感じるな』
そう確認する様に問いかける『雨鶴』の様子を見て。
「此が影朧か……。初めて見たぜ。と、言うか話出来るのか……。何か会話不能感在るんだけど」
口元に慣れ親しんだ皮肉げな笑みを浮かべ、興味深そうな司・千尋の言の葉に。
「……千尋さんは、影朧と接触したことが無いのか?」
意外そうに目を瞬く、藤崎・美雪の其れに、千尋が軽く肩を竦める。
「まあ、麻雀やりに来たことはあるけれどな。確か、あの時対決したのは、
随遊院・茫子とか名乗っていた奴だな」
当時を思い出した様に呟く千尋のそれに、何となく頭を抱えて溜息を漏らす美雪。
「……多分、その麻雀打った相手も影朧だぞ、千尋さん。そもそも影朧は死した人々の不安定な心が未練を残して世界に残っていることも多いのだ」
「へぇ……成程な」
美雪の説明に軽く頷きながら、無数の鳥威を戦場に展開する千尋。
そんな千尋の脇から姿を現し、桜花とスリジエ、ウィリアムと向かい合う『雨鶴』を藍色の瞳で冷静に観察するネリッサ・ハーディ。
「さて、雨鶴を捕捉できたのは重畳ですが……彼は果たして何処まで此方の話を聞いてくれるのでしょうかね。今はまだ聞いている様にも思えますが……あくまでも彼と契約していたという悪魔召喚士と誤認しているから、に見えます」
(「御園さんと、シエルリュンヌさんを自らの死した契約主と誤解する元
悪魔、ですか……」)
そのネリッサの思案げな胸中での呟きに。
「……なるほどな。雨鶴に縁がある猟兵……スリジエさんがいて、そのスリジエさんを、契約主だった悪魔召喚士と誤解している……か」
ネリッサの想いに被せる様にそう呟き黒剣を抜剣、刀身を赤黒く光り輝かせるは、館野・敬輔。
(「ただ……如何な縁かは、僕達には分からない……んだよな」)
それでも『雨鶴』の縁者であろう、スリジエの方へと歩み寄る様に突出する敬輔。
今にも飛び出して如何ばかりのスリジエの様子をちらりと横目に流した桜花が、敬輔と入れ替わる様にすっ、と一歩後ろに下がる。
と……その間に。
「……此の、雨、は、雨鶴様、の、悲しみ、を、体現して、いる、の、でしょうか……?」
訥々とした儚くか細い、ともすれば消えてしまいそうな、そんな声音で。
神宮時・蒼が赤と琥珀色の色彩異なる双眸を茫洋と彷徨わせながら、雨に薫る金木犀を握りしめる。
蛍の如く限りある短き時の中で、懸命に咲く儚くも、小さく、馨しき香を纏う花の名を冠した杖の先端の琥珀が淡い燐光を放っていた。
その蒼の囁き掛ける様な、呟きに。
「うーん……どうにも情報が足りないな」
美雪がグリモア・ムジカに譜面を展開、シンフォニックデバイスを調整しながら首を傾げた。
(「こう言う時、竜胆さん達のサポートがどれ程手厚いものだったのかを実感させられるな……。スリジエさんにとって『雨鶴』がどう言う存在なのかは、輪郭は掴めそうだが」)
内心で美雪がそう呟いていた、其の時。
「……雨鶴」
何処か、押し殺した様な、そんな声音で呼びかけながら。
左手に銃型のダイモン・デバイスを、右手に淡紅のアリスグレイヴを握りしめた、森宮・陽太がキツく唇を噛み締めた。
『……この気配。汝はもしや、我が友の同胞か?』
何処か、訝しげな表情を浮かべつつ。
それでも友が、『雨鶴』との契約の証とした書物と同種の匂いを陽太のダイモン・デバイスに感じた『雨鶴』が呼びかけるが。
「……いや、違ぇ。まあ、同業者って意味では間違いで無いかも知れないが……」
その陽太の回答に。
『成程。我が友の同業者が、何故、我が前に立ち塞がるのだ? 我が友は今、如何している? あの者の事だ。さぞや忙しい時を送っているに違いない。なればこそ、我もまた急ぎ追いつき、守ってやらねばならないのだ……』
その『雨鶴』の言の葉に。
「いや……そんなんじゃねぇよ。俺達はただ、これ以上の罪をてめぇに重ねさせたくないだけだ。てめぇの主も、それは望んでいねぇんじゃねぇのか?」
そう陽太が何かを堪える様に目頭を押さえ、問いかけた時。
『何を言っているのだ、汝等よ。我が友たる貴殿は今、正しく我が前にいるぞ?』
そう『雨鶴』が桜花とスリジエと順繰りに目をやり、何処か哀れむ様な表情を、陽太に向けて見せた、其の時。
「いいえー、私達も、御園殿も、シエルリュンヌ殿も、『あなたの相方』ではありませんよー、残念なことに」
そう義透が残酷ながらも伝えねばならぬ現実を『雨鶴』へと告げた時。
『何の冗談だ、我が友よ。貴殿は今、正に我が前にいるでは無いか』
そう哀しげに『雨鶴』が頭を横に振ると、ほぼ同時に。
叩き付ける様に天空から雨が滝の如き勢いで降り注ぎ、それが、戦場にいるスリジエ達の衣服を濡らしていく。
濡れた髪を微かに煩わしげに振るいながら、ネリッサが重苦しい溜息を1つ。
「……やはり、只、話をするだけでは埒があきませんか。認めたくないものを認めない……少々頑なではありますが、あなたの境遇を鑑みれば、それもある程度やむなしなのでしょうね」
G19C Gen.5を抜き、素早く新しい弾倉を送り込むネリッサが諦めた様にそう呟いた、その刹那。
「……えっ?!」
スリジエが思わず、と言った様に小さな悲鳴を上げる。
小さな悲鳴の様なそれに思わず敬輔とウィリアムがスリジエの方を向いた時。
先程から何かを訴えかけるかの様に震えていた柘榴剣から……。
「お……お養父さま!?」
スリジエの驚愕と動揺が綯い交ぜになったそれと共に、白きコートと漆黒の装束に身を包んだ白銀のドラゴニアンが姿を現した。
「ああ、すまない、スリジエ、驚かせた」
そう微かに目尻を和らげ軽く言の葉を紡ぐ『グルナード』
けれども程なくして、その金色の瞳が『雨鶴』を射貫く様に見つめるのに、スリジエが思わず息を呑んだ。
「……『雨鶴』……お前は、確かに『私を殺した』」
その白銀のドラゴニアン……スリジエの養父である、『グルナード』の言の葉に。
『……我が……汝を?』
何処か現実味の感じられない声と表情で、『雨鶴』が呆然と問いかけるのに、そうだ、と『グルナード』が静かに首肯した。
――幸いにも、里は、まだ続いている。
けれども……この目前にいるこの鬼……『雨鶴』が。
「あなたが、お養父様を……!」
スリジエが怒気と微かな憎悪をその翡翠の瞳に陽炎の如く揺らめかせるが。
『グルナード』はそれを押しとどめる様に軽く頭を横に振った。
「怒りに囚われるな、スリジエ。そもそも、今までの話から察するに……『雨鶴』。お前が里の入口に現れたのは、その悪魔召喚士に会うよりも前であり……偶然であろうからな」
『……汝。何を……言って……』
呆然と呟く『雨鶴』
だが……自らの手で殺めてしまった者が目前に現れたその事実は、『雨鶴』が怖気に震える程の絶望を齎した。
――それはさながら、『罪深き刃』の如く。
『違う……! 違う……! 我は……我は……!』
悲哀と絶望の雄叫びと共に瘴気を戦場に振りまき水飛沫を上げ、肉薄する『雨鶴』
『雨鶴』の、その悲痛と絶望に彩られた表情。
同時に怨嗟の嘆きの様にも聞こえた咆哮と共に、『雨鶴』の全身が見る見るうちに『グルナード』の様な竜の鱗に覆われていく。
ビタン! ビタン! と鋭く尾を叩き、己が一角の角と其の背の双翼、全身を竜体と化させた悲嘆の獣の姿を見て。
「……お養父様」
何かを決意するかの様に、養父の形見である胸に抱いた石榴剣を『グルナード』に手渡すスリジエ。
その上で、自らはその両手に桜手袋を嵌め、キセルパイプを右手に握り、『雨鶴』に合わせてタン、と水溜まりを蹴る。
完全な肉弾戦を望むスリジエの様子に。
(「育て方、間違えた……かな」)
微かにそんな後悔を脳裏に過ぎらせながら。
同様に水飛沫を蹴って『雨鶴』に肉薄する『グルナード』を追う様に、敬輔とウィリアムもまた、『雨鶴』に肉薄した。
●
――パーン! パーン!
スリジエや敬輔、ウィリアムの動きに合わせる様に。
両手遣いに構えたG19C Gen.5の引金を引きネリッサが掩護の射撃を放つ。
ボタボタと全身に叩き付けてくる様な冷たい雨に打たれ、その滴の積み重ねで衣服が濡れ、重くなるのを感じながら。
「まっ……説得だけで、話を終わらせられるんならば世話ねぇよな。取り敢えず、この雨が邪魔だ。お前等……俺の周りからあまり離れるなよ?」
皮肉げに肩を竦めて見せながら。
千尋が無数に展開していた鳥威をスリジエやネリッサ達の動きに合わせる様に傘の様に空に展開。
悪天候による悪影響を最小限に留められる様に結詞をも幾重にも重ね合わせる様にして組紐を編み上げ、二重の傘にする。
千尋の編み上げた鳥威と結詞の組紐による二重傘の、その下で。
「……司様。ありがとう、ございます
……。……シエルリュンヌ様、は……」
猫耳フード付の純白の外套――それは仄かに月光を思わせる薄い青みを含んでいる――月白を身に纏った蒼が呟く。
赤と琥珀のヘテロクロミアは、茫洋と……けれども、慈愛と哀しみを湛えたその瞳は降りしきる雨の中の光を見つめていた。
「……ボク個人と、しては、雨鶴様、を、彼の方と、再会――共に、転生、して、いただきたい、と、思い、ますが……」
その蒼の囁く様な、か細い、祈りの声に応える様に。
雨に薫る金木犀の先端から羽ばたいた緋の憂い抱く赤と青の幽世蝶が、彼岸の憂いを想起させる鱗粉を撒き散らした。
編み上げられた緋の憂いの鱗粉が結界の様にスリジエ達の回りに張り巡らされ、『雨鶴』に振るわれる太刀や尾を受け止める盾となる。
その緋の鱗粉に漆黒の横凪の一閃と、尾による攻撃を防がれた『雨鶴』に向けて。
「行きます……!」
左手に嵌めた桜色の手袋で掌底を放ち、雨鶴の鳩尾に一撃を叩き込むスリジエ。
続けざまに右手のキセルパイプを槍の様に『雨鶴』の目に向かって突き出すスリジエのそれを『雨鶴』は竜の爪と化した左手で受け止める。
――バサリ! バサリ!
そのまま飛翔せんと其の背の竜翼を羽ばたかせて、宙を舞おうとするが。
「させません」
ネリッサが冷静に呟き、右翼と背の付根に狙いを定めて、愛銃の引金を引いた。
放たれた一発の銃弾に翼を撃ち抜かれぬ様に、と咄嗟に太刀でその銃弾を真っ二つに斬り裂く『雨鶴』
(「……我は……」)
どれ程の時を経て、この太刀の技を磨いてきたのだろうか。
悠久の時を思わせる、痺れる様な己が思考に、『雨鶴』自身が微かに自嘲の笑みを浮かべるのを見て取って。
「はぁ!」
敬輔が黒剣に白き靄を纏わせて、上段から袈裟に振り下ろし。
「……ふむ」
スリジエがキセルパイプによる殴打で自ら作った死角を塞ぐ様に『雨鶴』の進路を遮った『グルナード』が石榴剣を一閃。
漆黒の光を伴う横一文字の斬撃をバックステップで飛んで躱す『雨鶴』に向けて。
「……よく、思い出して貰えませんか?」
側面を取ったウィリアムがルーンソード『スプラッシュ』に氷の精霊達を纏わせて刺突を解き放つ。
解き放たれたウィリアムの刺突の勢いを風を巻き起こして殺しながら、自らの周囲に翡翠色の結界を展開する『雨鶴』へと。
「あなたに、『あめのひ』に、何があったのかを」
そうウィリアムが言葉を投げかけるのに、たじろぐ様に微かに息を呑む、『雨鶴』
そんな刹那の攻防を目前にしながら、そっと誰かに祈りを手向けるかの如く、己が胸に手を当てる蒼のその姿に。
「奇遇でございますね、蒼さん」
桜鋼扇を開いてバサリ、と風を巻き起こし、自らの周囲に幻朧桜の幻影を召喚した桜花が完爾と笑う。
「……御園様?」
小首を傾げ、赤と琥珀の色彩異なる双眸に、問う様な光を称える蒼に頷いて。
「お猫さまが好きな者同士気が合うというのもあるのかも知れませんね。私も、あの方には可能であれば転生して頂きたいと思っているのですよ」
――その言の葉と、共に。
桜花が召喚した幻朧桜が上空から降り注ぐ雨に負けじとばかりに美しく舞う様に桜の花弁を散り舞わさせ。
同時に、轟と風が唸る様に桜花と蒼の背を叩き、その風を背に受けた幻朧桜の花弁達が吹雪となりて、『雨鶴』に迫った。
『何……?! 何故だ、何故我に貴殿が牙を向ける、我が友よ……!』
吹雪いた桜吹雪から咄嗟に目を庇う様に左手を翳す『雨鶴』
そうして自らの手で視界不良を招いてしまった『雨鶴』へと、千尋が右手の人差し指を突きつけた。
「行くぜ」
その呟きと、共に。
千尋の手から青白い光弾が解き放たれ、『雨鶴』の太刀を握りしめる右手に叩き付けられる。
じゅっ、と肉が焼け焦げる様な音が響き、その表情を苦痛に歪めながらも尚、『雨鶴』は咆哮した。
それは、天空より雨を降り注がせている黒雲に紫電の雷を纏わせて……。
『嗚呼。……は、何処にいる?』
嘆ずる様な嘆きが雷の嘶きと共に、荒れ狂う雷雨が戦場を包み込まんと……。
「……悪いな。それはさせられねぇよ。そんな事、誰も望んでいやしないんだ」
何処か哀しく寂しげな呟きを孕んだそれを、『雨鶴』に叩き付けながら。
陽太がダイモン・デバイスの銃口を天へと翳して引金を引くと。
――ガォォォォォォーン!
耳を劈く様な咆哮と共に、強壮なライオンの姿をした悪魔――『マルバス』がその姿を顕現させ。
今、この戦場を包み込む暗雲を覆わんとした黄水晶雲を生み出し、地上に向けて温かな滴の群を降り注がせた。
それは、黒雲から降りしきる雷雨とガップリと組み合う様にぶつかり合っては弾け、大地に着弾するそれらの量を減らしている。
「雷雨と、浄化の雨が互いに喰らいあい、相殺し合っている感じでしょうかねー」
のほほんとした好々爺の笑みを浮かべながら。
義透が再び目にも留まらぬ速さで漆黒の棒手裏剣を抜き打ち、『雨鶴』に投擲。
放たれた漆黒風が、風を切って漆黒の残影を残す様に『雨鶴』に迫り、スリジエを斬り裂かんとしていた太刀の軌跡を僅かにずらした時。
「あなたも、この世界の影朧なのです。この世界で転生と言う名の救済を……と私も思っていますが-。スリジエ殿は、如何なのでしょうかー?」
そう義透が誰に共なく呟いたそれに、僅かにずれた太刀を石榴剣で受け流した『グルナード』がスリジエを見つめ。
「……それを決めるのは、私では無い。全ては、お前が決めることだ」
言葉少なに告げられたそれに、応える様に肘鉄を『雨鶴』に叩き込むスリジエ。
「……あの日の一端を、私は今、知りました」
――あの日。
『雨鶴』に里を襲撃され、そして養父が命を落とした日。
あの時の自分は、養父が、誰に、如何して、殺されたのかを知らなかった。
けれども……今は、違う。
殺した相手は、目前の『雨鶴』
だがその理由は、決して殺したかったからではない。
ある種の偶然であり、不幸な事故だったのかも知れないと思えばこそ。
「私は、『雨鶴』さんにその罪を償う為にも、転生はして欲しいんです……!」
その言の葉と、共に。
肘鉄に続けて華麗に一回転して桜織衣の裾を翻し、ムーンサルトキックを放つスリジエ。
三日月を思わせる猫の様なしなやかな動きで弧を描いて放たれたその蹴りを、『雨鶴』は咄嗟に見切り、頭を捻るが。
『ぐっ……!』
蹴りの勢いを殺しきれずに肩に叩き込まれ、鋭く鈍い衝撃が、『雨鶴』を襲った。
その隙を見逃さぬ様に、桜花が左手に構えた軽機関銃(LMG)の引金を引くと。
――Brum! Brum!
その桜花の銃口から無数の弾丸が、『雨鶴』の逃げ場を遮る様に吐き出される。
『畳みかけてくるか……』
如何に『雨鶴』と言えども、その全てを斬り裂ききることは出来ぬ。
故に何十発かの銃弾を斬り捨て、辛うじて確保した後退路を……。
「逃がさない!」
断つ様に全身に白き靄を纏った敬輔が叫び、黒剣を大地に突き立て撥ね上げた。
瞬間、三日月型の斬撃が波と化して周囲の大地と雨を抉りつつ『雨鶴』に迫り、其の体を斬り裂き、半身から血飛沫を舞わせる。
――半……身……?
自らの体の左半分から流血する赤き液体。
その液体が降り注ぐ雷雨に流され、鮮血の溜まり場を作り出した、その時。
「……雨鶴様」
その赤と琥珀の色彩異なる双眸に、憂いと、切なさと、優しさを湛えながら。
金木犀の名を冠する己が純白の杖を地面に突き立て避雷針とし。
そして……千尋の鳥威と組紐の隙間を縫う様に降りしきる黒雲から降る雨に、月白を濡らし、水を地面に滴り落としながら。
「本当、は、全部、分かって、いらっしゃる、のでは、ない、でしょうか……?」
囁き掛ける様に。
痛ましくて見ていられないという胸に宿った灯火の温かさとひたむきに向き合いながら。
そう蒼が問いかけ、雨に薫る金木犀にそっと接吻し、己が想いを、祈りを籠めるその姿に。
『……我が、分かって、いる……?』
一瞬、呆けた様に動きを止めて。
茫然自失の表情で言の葉を紡ぐ『雨鶴』のそれに、こっくりと蒼が頷きかけた。
「……ボク、には、そう、思え、ます。……家族も、友も、もう……」
――『今』の貴方様の、その傍には。
いないのでは、と言う考察は、蒼には口に出すことが出来なかったけれども。
――然れど。
『……我が愛しの弟よ。お前は、今――』
その蒼の言の葉が引金となったのか。
まるで、全ての風景が巻き戻っていくかの様に。
自分の周囲の風景が、セピア色に色褪せていく。
まるで今、自分の目前で流れる鮮血の川が上から下へと流れ落ちていくかの様に。
――そのセピア色の、色褪せた光景の向こう側で……。
●
――上。
誰かが、我を呼んでいる。
――。
その、今にも消えてしまいそうな声を求めて、我も又、呼びかけている。
……上。どうか――を。
……嗚呼。
この滴溢れる『あめのひ』は……。
――ぬ。
そう我は、あの時、頭を横に振った。
それに対する――の応えは……。
●
(「……何だ? 今のは
……?!」)
今、微かに見えた光景が、忌々しくて、仕方なかった。
嗚呼……弟よ。
愛しき弟よ。
お前は今、何処にいる。
そして……貴殿よ。
弟を共に探してくれると言った、我が友たる貴殿よ。
貴殿は一体……何処にいるのだ?
時が戻ってきたかの様に色褪せていた光景が元に戻り、目前のスリジエと『養父』だという竜人に無機質な視線を向ける『雨鶴』
放たれたスリジエの左の裏拳を左腕で受け、続けざまにグルナードが下段から放った柘榴剣の一閃を機械的に太刀で受け止めた。
そうしてスリジエの拳に腕を絡める様にして、左腕を極めて彼女の華奢な腕を折らんとするが。
「それはさせられないよ!」
白き靄を纏った敬輔に憑依しているも同然の魂が、叫びと共に懐に納めていた投擲用ナイフを抜き放つ。
放たれた投擲用ナイフがスリジエの拳を押さえていた左腕に突き立ち、その痛みに思わず彼女から手を放した。
「……今、あなたは何を見ていたのですか?」
その様子を見て取ったウィリアムが氷の精霊達を纏った『スプラッシュ』を頭上で旋回。
生み出した小風で黒雲から降る雷雨を引き寄せ氷の精霊達の力を借りて凝縮し、氷結させた氷の礫と共に真っ向両断に振り下ろす。
断罪の刃の如き『スプラッシュ』の切っ先が、先程グルナードに斬られた箇所を凍てつかせ、そこから霜が体に張っていく。
『ぐっ……!』
ウィリアムの振り下ろしが、『雨鶴』に再びセピア色の光景を幻視させしめた。
……そう。
その手に持つ太刀を、頼まれて大上段から振り下ろそうと……。
『違う……違う……! 我が愛しき弟は……未だ……!』
――あの日。
今の様な、『あめのひ』に、我が愛しき弟は我が元を離れた。
我が一族の家を、自らの手で離れ。
「もし、其の方も転生途上であれば」
そんな『雨鶴』の思考の全てを、まるで、見透かしていたかの様に。
軽機関銃の銃口から漏れる白煙にふっ、と息を吹きかけて。
降り注ぐ雨でマガジンがやられないよう、千尋の鳥威で覆い尽くして貰いながら、桜花がちらと周囲を見やって完爾と笑う。
「此の地に顕現されて居ない可能性はありますね。更には未だ転生途上のかの方達ともう一度出会いたいと貴方が願うのであれば、或いは引き寄せることも出来るかも知れません」
――その桜花の言葉の真意。
それは……。
『……我が愛しき者達は……』
――死んだ、のか、
それとも……我と同じく、影朧と化しているとでも言うのか、我が友は。
その動揺が、『雨鶴』の表情にはっきりと表れていたのであろう。
動きを止めた『雨鶴』に向けて、桜花がはい、と首肯した上で。
「私は、あなたに転生する事をお勧めします。……もしかしたら、貴方は此の地で新たな縁を結ぶことが出来るかも知れませんが」
――或いは。
「……あなたが今も尚、執念の様に追い続けている愛する者の魂が、瘴気と化して此処に澱んでいるか……だな」
『心を奮い立たせ、鼓舞する』――
詠嘆曲を奏でながらの美雪の其れ。
その言の葉に籠められた重味を『雨鶴』に突きつける様に、美雪が続ける。
「雨鶴。あなたが既に影朧と化し、更に契約して
悪魔となっているのであれば、気の毒な話だが、お前の愛する者はもう、この世にいない可能性の方が高いぞ」
――彼の愛する家族……『弟』は既に今世を去り。
――彼の境遇に同情し、契約を選んだ悪魔召喚士も、影朧と戦い果てたと言う。
その知りたくも無い現実から『雨鶴』は目を背けて此処に立っているのでは無いか。
その美雪の質しを引き取る様に。
「会いたくて、会えなくて。……それは、夢の果て」
その見果てぬ夢の果てにあるそれに対する深き想いを、哀しみを。
『物』でありながらも、『ヒト』の心を解さん事を欲する、1人の『モノ』……氷晶石と琥珀のブローチのヤドリガミの少女は告げる。
「……ですが、雨鶴様。それが、忘却へ、至って、しまえば、全部、が、無かった、ことに、なって、しまう、のです……」
――それは、終焉。
奇跡を宿すことも無く、果たす事も無く、迎えられてしまう、悲劇。
でも……それを。
緋の憂い抱く彼岸の蝶達が羽ばたき戦場に撒き散らす鱗粉が、永遠に別たれし者への生者の想いの慰めになる様、願いながら。
「……その、終極は、きっと、弟様、も、友と、雨鶴様が、お呼びする方、も、望んだ、結末、では、無い、筈、です……」
――だから、それを為して欲しい。
「……雨鶴様、が、皆様、の、事を、ちゃんと、思い出す、事を」
――弟様の、最期の言葉を。
そして……彼の方々の心を――。
その静かで優しき祈りと願いを込めて。
赤と琥珀色の色彩異なる双眸持つヤドリガミの少女は、その願いを――。
「……空の花。……開け、望みの儘に」
籠めた蒼が、育生は不可能とされていた、青薔薇の花の蔓で編み上げた冠を作り上げ、自らの身を包み込み。
続けて自らを包み込んだ青薔薇の蔓で編み上げた冠から、毒を孕んだ鋭い無数の棘を、『雨鶴』に向けて解き放った。
――青薔薇の花言葉。
――奇跡と言う名のその花言葉を、『雨鶴』の為に顕現させる、其の為に。
●
毒を孕むその鋭い棘に貫かれながら、『雨鶴』は再び青き色混ざりしセピア色の光景を視る。
その光景は……。
――兄上。
それは、我を呼ぶ愛しき弟の声。
――。
その、今にも儚く消えてしまいそうな愛しき弟の名を、我は呼ぶ。
溢れ出す涙を止める事も出来ず、己が無力さに歯痒さを感じながら。
――そうだ。
この『あめのひ』。
弟は、生命燃え尽きる最期の時を、迎えようとしていた。
彼は、決して、快復することの無い……緩慢な『死』を齎す病に掛かっていた。
その病で息も絶え絶え、ぜい、ぜい、と喘ぎながら、やっとの思いで弟は告げる。
――兄上。どうか、私に介錯を。
……嗚呼。
如何してお前は、たった1人の我の肉親であるお前を、我が手に掛けろとそう言うのだ。
故に我は、この時、頭を横に振ったのだ。
――出来ぬ。
……と。
それに対するお前の応えは。
――申し訳ございません、兄上。ですが、兄上の介錯が無ければ私は……。
――この世に未練を残して世界を彷徨い、禍を齎す『影朧』となってしまうでしょう。
ゲホゲホ、と。
喀血しながら喘ぐ最愛の弟の、最期の願い。
そこにあるのは、どうしようもない現実で。
そうしなければ、我が最愛の者が世界に禍を齎してしまうのは本能的に理解していた。
だから、一族に伝わる業物の太刀を、弟に振り上げ介錯を為そうとしたけれども。
――やはり、出来ぬ。
それは、我が臆病故か。
それとも……肉親を手に掛ける罪の重さを、己が手に背負いたくなかったからか。
今では、その記憶は虫食いの様になっていて、結論を出すことは出来ぬけれども。
だが、そんな我の想いと、言の葉に。
弟は、儚げに微笑んで。
――本当に、どうしようもない兄上でございます。
そう告げて。
まるで、今際の時を見られることを拒み人から隠れる様に姿を消す猫の様に。
最期の力を振り絞って、病床から抜け出して、我が前から姿を消した。
――だから……我は。
我は、弟を探したのだ。
生ある者として救う事の出来なかった、その弟の事を探して……探して――。
――そして……。
●
『くっ……ああっ……! 我は……我は……!』
青薔薇で編まれた冠から生育された毒を孕んだ鋭い棘に、その体を貫かれながら。
『雨鶴』は喘ぐ様に呻きながら、結界を展開しようとする。
一方で、冠から放たれる青く零れる様な花弁達は、スリジエ達を包み込み、その傷を癒していく。
その瑕疵を癒す花弁に己が体の傷を癒されながら。
「……雨鶴」
スリジエを守る様に柘榴剣を油断なく構え、バシャリ、と大地を踏みしめ、水飛沫を上げた『グルナード』が問いかけた。
「……私を殺した後……守るものを得ていたお前は……」
鋭い棘に貫かれ、何かを思い出す様に涙を零す『雨鶴』へと。
スリジエを守る様に側面に回りこみ、石榴剣を突き立てながら、彼は問う。
「生きていくその中で、お前は、他に、何を得た?」
その『グルナード』の問いかけを拒む様に。
その翡翠の瞳をギラつかせ、太刀を横薙ぎに一閃する『雨鶴』
「まだ、抵抗するのですね」
その太刀をG19C Gen.5で横合いから撃ち抜く様にしながら、重苦しい溜息を漏らすネリッサ。
蒼が呼び出した奇跡の花言葉持つ青薔薇に包み込まれ、その心の奥底に刻み込まれた記憶の回想に喘ぐ『雨鶴』
(「『雨鶴』は間違いなく、今、過去を思いだしている」)
その『雨鶴』の様子を見ながら、敬輔は思索に耽る。
それを不用意に覗かれる事……口に出すことは、恐らく彼にとっては耐え難い苦痛に違いないだろう。
それでも、その苦痛にのたうち回りながらも、尚、結界を張り巡らし、精神集中を図ろうとする『雨鶴』
その『雨鶴』に向けて。
「それはさせてはいけなさそうですねー」
ヒュン、とスリジエとグルナードの間隙を拭う様に空白の5秒を練り上げようとした『雨鶴』に向けて漆黒風を投擲する義透。
「……長き彷徨の理由を思い出した様ですね。ですが……その長き彷徨の時も、もうすぐ終わりを迎えることになるでしょう」
そう告げて。
ウィリアムが『スプラッシュ』で地面の水溜まりを叩く様に撥ね上げる。
その水飛沫は氷の精霊達の息吹に捕まって氷塊と化して、『雨鶴』を叩いた。
叩き付けられた氷の礫によろめく『雨鶴』に、静かに一瞥をくれるウィリアム。
「……戦場において、そして弟を想う兄として、その心の弱さは罪。その罪を犯した自分を、あなたは彷徨の中でずっと背負い続けてきたのでしょう。あなたと契約した悪魔召喚士も、恐らくそのあなたの弱さと優しさは見抜いていた……筈です」
そのウィリアムの容赦の無い言葉と氷の礫の殴打に続けて、スリジエがパイプキセルに火を灯して……。
「まだまだです!」
叫びと共に焼鏝の様にそれを突き出し、『雨鶴』に火を……『喝』を入れる。
「私は、あなたに転生して欲しいと願っています。ですが、其の為に必要なのは、この世への未練を捨てることです。其の為に、あなたの過去の記憶が必要だというのであれば、私達は幾らでも『鬼』となりましょう」
桃色のツインテールに吸い付いた水滴を払う様に右手で軽く自らの髪を梳いて。
告げるスリジエのそれに、そうですねー、と義透が頷きを1つ。
「鬼と呼ばれ続ければ、その人を本当の鬼にしてしまう。私の故郷に此の様な話が呪術として伝わっておりますけれどー……」
その義透のあっけらかんとした物言いに。
『鬼……我が、鬼……。嗚呼、確かにそうであったのかも知れぬ』
――結局、我は弟の最期の願いを叶えてやることは出来なかった。
あの時、我が心を鬼にして、最愛の弟に自ら介錯をしていれば……また異なる結末が生まれたのであろうか。
今となっては、無意味な問いだ。
――然れど。
『我は……』
もし、あの時に戻れたとして。
我は、『人』の頃の弟を斬ることが――。
(「……?」)
何か、奇妙な思考が『雨鶴』の脳裏を駆け抜けていく。
それは『雨鶴』自身が目を背けていた1つの過去。
(「やるなら……今しかないか!」)
混濁する意識。
その混濁は『雨鶴』のものか、それとも自分と『彼女』達との同調の副作用故か。
自分でも答えの出せぬままに、敬輔が自らの全身に纏った白き靄……『彼女』達に、力を貸して、と静かに囁き掛ける。
――分かったよ、お兄ちゃん。
その敬輔の魂に流れ込む『彼女』達の感情がそう囁き。
白き靄……『彼女』達の魂が、赤黒く光り輝く剣閃に導かれる様に、動揺を隠せぬ『雨鶴』と同調した時。
「……っ?!」
脳を揺さぶらんばかりの情報が敬輔を襲い、グラリ、と敬輔の体が傾いだ。
突然の大量の情報量が、脳に飛び込み、処理しきれずに凄まじい反動を敬輔に与えたのだ。
「がはっ……!」
あまりの衝撃に思わず喀血する敬輔を癒す様に、美雪の歌と、蒼のうみだした青い花弁が、敬輔を支える。
「敬輔、お前……! おい、マルバス!」
その敬輔の様子に一瞬茫然自失した陽太がマルバスに呼びかけ、慈悲深き癒しの雨の勢いを強めさせた。
だが……黒雲から降り注ぐ雨の勢いも又、緩急激しい強弱を示し、それに何処までマルバスが耐えきれるのか最早分からない状況になっている。
愈々、切迫してきたその状況を、ネリッサは冷静に見極めていた。
「仕方在りませんね。時には多少の荒療治は必要でしょう。束の間、あなたの身を拘束させて頂きます」
その言の葉と共に。
過去と向き会う事への恐怖に苛まれる『雨鶴』に向けて、左掌を上げるネリッサ。
ネリッサが腰に帯びている小型情報端末MPDA・MkⅢの画面には、『邪悪なる黄衣の王』と言うコードネームが映し出されている。
それは……。
「The Unspeakable One,him Who is not to be Named……さぁ、貪り尽くしなさい」
ネリッサの使役する黄衣を纏った不定形の名も無き魔王。
その魔王が射出するのは無数の禍々しき触手。
解き放たれた言葉では形容できない程の恐怖を他者に与える魔王の触手が、青薔薇の棘に包み込まれた『雨鶴』を締め上げた。
『ぐっ……ぐう……っ!』
「今、貴方は神宮時さんのユーベルコヲドで何を見ることが出来たのでしょうか? それとも、何かを思い出すことが出来たのでしょうか? 私達は、あなたを、その魂を救済したいのです。其の為にも、私達はあなたに聞かなければなりません。今、あなたが見ているものが何であるのかを」
そう淡々と問いかけるネリッサ。
それに『雨鶴』が微かに唇を歪ませたその瞬間を狙って敬輔が白き靄と共に、もう一度『雨鶴』に接触する。
接触しようとしてきた敬輔を、邪魔せんと、辛うじて動いた尾で敬輔を打ちのめそうとする『雨鶴』であったが……。
「おいおい。野暮なことはなさんな」
呆れた様にそう溜息を漏らして。
組紐と鳥威の傘で雨よけを作り上げていた千尋が、懐から1本の漆黒の短刀を抜いて、投擲した。
同時に青い光弾を指先から放出し、それが『雨鶴』の尾の付け根に当たる部分に向けて直撃する様に細かい操作をする。
――ずきり。
(「……細かい命令を出すと、頭痛がするのが欠点なんだよな、これ」)
だが……千尋がした頭痛には十分すぎる程の報酬でその行動は報われた。
放たれた青い光弾が『雨鶴』の尾を打ち据えて、『雨鶴』の体を振るわせたから。
そしてそれは……敬輔が『彼女』達と共に、もう一度『雨鶴』に接触する最大の好機を齎している。
「まあ、転生させるさせないは、お前等の自由だし、別に興味は無いけれどよ、森宮」
そう、皮肉げな笑みを浮かべて、そう告げて。
マルバスを呼び、黒雲と黄水晶の雲を相殺させている陽太の方をちらりと見やり、その口元に笑みを浮かべた。
「本当の覚悟を決めた奴の戦いだけは……きちんと最後まで見届けろよ?」
「……千尋……」
そう肩を竦め眉を吊り上げる千尋のそれに、唖然とした呻き声を上げる陽太。
(「……だが……俺は……」)
その陽太の胸中が吐露されるよりも先に。
「……そうか。そう言う……事か……!」
遂に『彼女』達の力を借りて、その情報を読み取った敬輔が、呻く様にそう呟く。
「……館野様。雨鶴様、は、やはり、気付いて、おられる、の、でしょうか……?」
その敬輔の呻きに、か細く問うたのは、蒼。
その蒼の呼びかけに、敬輔が、ああ、と相変わらず脳を揺さぶられる感触を堪えながら首肯した。
「彼の弟は……病に倒れ、生き続けることの苦しさに耐えられなくなって、影朧と化した。其の時には、既に彼の弟の肉体は、病に完全に蝕まれ弟にとってそれは無念に尽きた」
もしその時に『雨鶴』が弟を介錯すれば、その無念の一端は晴れたのかも知れない。
けれども、心優しく、同時に臆病でもあった兄……『雨鶴』には、家族を自らの手で屠る事が出来なかった。
そして、その未練が影朧になり得る可能性があることも、当時、『雨鶴』は理解していた。
『雨鶴』は……。
「弟の願いに答える事が出来なかったが故に、その事を罪として背負った……のか」
美雪が重苦しい溜息と共に、そう呟くのに、そうだ、と敬輔が頷き1つ。
「でも……その影朧は、既に『死んで』いる。骸の海に還っている。『雨鶴』と悪魔召喚士との戦いで……」
だが……それで、『雨鶴』の契約者である『桜の精』は影朧と化した『雨鶴』の弟と差し違えることになってしまった。
――そうして、今、此処に居るのが……。
「……その戦いで、手に入れた者を守れなかったお前なのか……『雨鶴』」
何処か苦渋を滲ませる、重苦しいグルナードの、その言の葉に。
『ああ、そうだ……。我は……何も、守れず、何も、与えることが、出来なかった……!』
彼が齎したのは、災厄であり、疫病。
――成程、此は正しく『鬼』の所業だ。
『我は……! 我は……!』
ぼとり、と太刀を取り落とし。
喘ぐ様に息を吐きネリッサの黄衣を纏った魔王の拘束を解かれた『雨鶴』がぜぇぜぇと、肩で激しく息をつく。
そんな『雨鶴』の様子を見て、義透が成程ねーと軽く頭を横に振った。
「鬼と呼ばれ続けて、本当に鬼になる。それと似た様なことかとも思いましたがー。それとは違う、と言う事でしょうねー。……どちらかと言えば、自らが背負った罪の重さを苛まれ続けて、影朧と化してしまった、と言う事なのでしょうかー? まあ、私の場合は、鬼と言われ続けて、本当に堕ちるところでしたけれどねー?」
そうあっけらかんと己が過去を告白する義透のそれに、肩で激しく息をついていた『雨鶴』が思わず息を呑む。
――ザー……ザー……。
降り注ぐ黒雲に覆われた雷雨に滅茶苦茶に叩かれ、自らが乗り越えることの出来なかった絶望に、益々打ちのめされた表情を浮かべた儘に。
そんな、『雨鶴』に向けて。
「……人間であった弟を殺すことが出来ず、けれどもそれを罪として受け入れたあなたは、友と呼ぶ悪魔召喚士と契約した。……そう言う事、ですよね」
何かを、確認するかの様に。
そうウィリアムが静かに問いかけるのに、そう言う事になるな、と『雨鶴』の代わりに敬輔が応える。
その敬輔の捕捉に軽く頷き返しながら。
「……そうして契約した友と、協力して『雨鶴』さん。あなたは影朧と化した弟さんと邂逅し、倒すことは出来た。けれども……友を守り切れなかった。そう言うことでしたら、間違いなくあなたは、
罪人なのでしょう」
ですが……と、ウィリアムは頭を横に振った。
「その自らの罪を受け入れられる強さをあなたは、本当は持っている筈です。少なくとも、逃げたと言う罪から、決して目を背けぬ心の強さは」
粛々と告げるウィリアムの其れに無言で呻く様に唸る『雨鶴』
その雨鶴の無音の慚愧の念を肌でヒリヒリと感じ取りながら。
「成程。そう言うことでしたら、何も問題ありません」
完爾とした笑みを浮かべた桜花が、何処か溌剌とした口調でそう告げた。
『……何……?』
思わぬ桜花の言の葉に、瞠目する『雨鶴』
桜花はそれに構わず完爾と笑ったままに言の葉を紡ぎ続ける。
「何故ならば、今の状態ですと、貴方の弟も、契約していた悪魔召喚士も、未だ転生の途上の可能性が高いからです。それは即ち、貴方が貴方の意志で自らの道を選ばねば、これ以上の何かを生み出すことも、その想いを繋げていくことが出来ないと言うことでもあります」
キッパリとした、桜花のそれに。
『雨鶴』がノロノロと顔を上げるのに、そうですね、とスリジエが……自らの養父を『雨鶴』に殺された縁ある者が、静かに頷いた。
「今のままでは、お養父様が望んだ……『何かを得る』と言う事を、あなたが出来た、と胸を張って言う事は出来ません。そしてそれは、きっと……」
「……弟様、も。お友達様、も、望む、ところ、では、ない、でしょう」
そのスリジエの言葉を引き取る様に。
赤と琥珀色の色彩異なる双眸を空へと彷徨わせながら、訥々と言葉を紡ぐ蒼。
「……そして。その様に、貴方様、が、彷徨い、続ける、旅路は、誰も、望み、ません。……ならば、ボク達に、今、出来る、事は、1つだけ、です……」
――そう、それは。
「……森宮様。力を、お借し、下さい」
そう陽太に蒼が告げ。
その手に抱く雨に薫る金木犀を天へと掲げ、其処に嵌め込まれた琥珀を輝かせる。
そして、自らの手の中に収まる、創世の知恵を解き明かす為の魔導書の1頁を開き、歌う様に言の葉を紡いだ。
「……その、謎を、解き明かす為、に、多くの、時間と、犠牲が、払われ、ました。ですから、かの想いの、結実を、今、此処に、お見せ、したい、の、です……」
――次は迷う事の無い様に……。
その蒼の祈りの意味を悟り、陽太が上空のマルバスに呼びかける。
「マルバス……頼む」
その陽太の呼びかけに彷徨したマルバスが、黄水晶の雲で、黒雲を覆い尽くさんと、その力を解放する。
――けれども。
『出来ぬ……! させられぬ……! それは……! 我が希望を、残された者の哀しき想いを……!』
『雨鶴』が必死になって陽太と蒼の動きを阻止せんと雷速の集中と共に、光鶴を召喚しようとした、其の時。
「……未だ、気持ちがはっきり整理されたわけではありません。ですが……それだけは、させてはいけないのは分かりますから! この……文豪探偵の名に掛けて!」
その叫びと、共に。
『雨鶴』の物語を悲劇の儘では終わらせたくないという願いと共に、桜色の手袋を嵌めた左手で正拳突きを放つスリジエ。
瞬間――スリジエが全身に纏う優しき桜色の光が後光の様にその全身を照らし出し、『雨鶴』に眩いばかりの光を解き放つ。
「……スリジエ。お前は……」
後光の様な光を見て、声を上げるでも無く息を飲み、義娘から借り受けた……自らの死後、義娘が引き継いだ石榴剣を振り抜いた。
(「もう……お前は……」)
それ以上を、言葉にするでも無く。
グルナードが無言で柘榴剣を振り抜くのに合わせる様に、陽太が淡紅色の光を纏ったアリスグレイブを伸長させた。
伸長された淡紅色の輝きが、螺旋の如き光を伴い、『雨鶴』の体を貫いて。
串刺しにしたその瞬間に、スリジエの転生を請い、願う優しく強き想いと、そんな義娘にある感情を抱いたグルナードの漆黒の剣閃が走り。
そのまま、どう、と『雨鶴』が倒れた瞬間を狙って、蒼が、魔導書に描かれた呪を歌う様に口遊み、黒雲に向けて緋の憂いを解放した。
解放された幽世蝶達の群れが、マルバスの黄水晶の雲と混ざり合い光と化して、その黒雲を撃ち抜いた時。
「……ヤレヤレ。取り敢えず戦いは此で終わり……で良いんだよな」
(「まあ……未だ何かありそうだが」)
転生したいのならば、それでいい。
けれどもしたくないならば、それでも構わないのでは無いか?
そんな皮肉げな考えが千尋の脳裏を過ぎり、それに微苦笑を思わず零す千尋。
「まっ……心があると、影朧になっても大変なんだな」
そんな酸味の混じった皮肉げな千尋の呟きは、戦場に揺蕩う様に消えていった。
●
自らの過去の真実と再び対面し、苦しげに呻く『雨鶴』
その『罪』を償う為の彷徨の中で、多くの者達の命を奪った事実がある事を思い出し。
『ああ……そうか。あの時、我がお前をこの手で介錯できていれば、それ以上、誰も不幸になる事はならなかったのだな……』
そう悟った様子で言の葉を紡ぎ、今にも消えかからんばかりの『雨鶴』の姿に陽太が何も言えずに硬直する。
……それは、カクリヨのあの橋で、『陽太』……否、『暗殺者』がその手で殺めた者達から突きつけられた一欠片の真実。
――自らの記憶に無い、けれどもそうだったのだろうという確信を抱かせる、そんな光景。
今の『雨鶴』の姿は、まるで鏡に映った自分の過去を見ているるかの様。
(「……分かっている」)
其の時、人を手に掛ける覚悟が自らにあろうと、無かろうと。
己が手は、既に血に塗れている筈だという事は。
(「真相は、記憶の彼方にしか無いが……」)
――でも……だからこそ。
「テメェは……俺と、同じ……。どうしようもない、罪と血に塗れた大罪人……なんだよな?」
何処か重苦しい、そんな口調で。
告げる陽太に、『雨鶴』は疲れた様に溜息を吐きスリジエとグルナードを見つめ。
『どうやらその様だな。少なくとも我は、影朧と化した最愛の弟と、そこの桜の精の娘の養父を、この手で殺している。それ以外にも最愛の弟を探す道程の中で、多くの生ある者達を我は……』
――この手で殺め、或いは守り切れずに死なせながらも、彷徨し続けていたのだ。
そんな『雨鶴』の、疲れた様な言の葉に。
「……そうかい」
陽太が重苦しい溜息を吐いて、淡紅のアリスグレイヴとダイモンデバイスを握りしめた両手を黙って見つめる。
『雨鶴』の臓腑を抉り、貫いた生暖かい感触が、其の背に怖気を呼び起こさせた。
(「……そんな罪に塗れた挙句、今は償う方法を持たねぇ。償う方法すら、今の俺には分からねぇ……」)
ならば、その『罪』を背負い、生き続けるしかないではないか。
頭では分かっている。分かっているのだ、けれども……。
「……でも俺は、いつまで、俺で在り続けられるんだよ……」
――怖いのだ。
何時か、自分が自分で無くなってしまうのでは無いか……そう思える今の自分自身が。
そんな陽太と、『雨鶴』がその胸に抱く其々の感傷を現すかの様に。
黄水晶の雲と黒雲が微かに揺らぎ、気がつけば、土砂降りだった雨が……少しずつ、少しずつ止み始めていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『たのしい雨宿り』
|
POW : 雨が止むまでとにかく全力で楽しむ
SPD : 雨が止むまで効率よく色々と楽しむ
WIZ : 雨が止むまでじっくりと楽しむ
👑5
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
●
――ポツリ、ポツリ。
黒雲の隙間から陽の光が零れ落ちるその場所に。
雨が、止め止め無く降っている。
勢いも、濃厚な瘴気の気配を纏っていたその匂いも、柔らいではいたけれども。
それでもシトシトと降り続ける小雨に打たれながら、猟兵達に敗れた『雨鶴』は何もかもを投げ捨てたかの様に大の字になっていた。
『貴殿はもう、我が傍にはいないのだな……我が友よ』
独白めいた嘆きの様な、その呟き。
その言の葉に薄くちらつく寂しさと、哀しさが、『雨鶴』の胸中を満たしている。
(「……此の雨が我に見せてくれたのは、我の心だったのか」)
それとも――。
そんな事を、ふと思いながら。
ふわりと何かを漂わせる様に衣を翻し、自身の過去を思い出させ、その『罪』から逃げかけていた自分を繋ぎ止めた猟兵達を見て微笑む。
その体が、光と化して、少しずつ透き通り始めていた。
『よくぞ、我が記憶を取り戻させてくれたな、汝等よ』
自らの臆病故に、介錯を出来ず、影朧にさせてしまった我が愛しき弟と。
その弟を探して彷徨い続ける我に同情し、契約と友誼を結んだ我が友にして、契約主たる桜の精。
『我が友と我の想いが重なり合ったからこそ……影朧と化した弟を、我は遂に見つけ出し、そして介錯をすることが出来たのであろうな。……代償として、我は、我が友を喪ったが……』
――否。
それだけじゃない。
そこに至るまでのその道で、一体どれだけの生ある者達の命が断たれた事か。
『……やはり、我は罪人なのだ。人々に禍を齎す『鬼』なのだ。で、あれば……』
――あの者達の魂と共に、我は死すべき定めであろう。
『あれは我に斬り刻まれて奪われた者達や、理不尽に他の人々に命を奪われた者達の魂だ。彼等の嘆きを、悲嘆を受け止めた我は、罪なきあの者達に『罪』を背負わせぬ為に、我が命を使う必要があるだろう』
――ポツリ、ポツリ。
その結果がどの様な事を齎すのか、それは分からないのだけれども。
だが、自らが抱いた『罪』に対する『償い』……死した者達の死後に『責』を取ることが……我のすべき事なのであろう。
『だが……我に出来るのは、あの者達の魂を斬り裂き、喰らう事のみ。それが終われば、我が命も潰えるだろう』
――最も、それが……。
『……我が友と、我が弟が望む道なのかは、分からないままではあるが……』
――いずれにせよ、だ。
『我は、我なりに我が呼び寄せた者達への『責』を取る。その先に待ち受けるものが何なのかは分からぬが……もしも、叶うのであれば』
――汝等にもまた、協力して貰うことは出来ないだろうか?
恐らく此が……『雨鶴』の最期の願いになるのだから。
縁抱きし者と戦い。
その命を絶たれた今、今際の際を乗り切れば、『雨鶴』の魂は骸の海へと還るからこそ。
『だから……あの者達が安らかに眠れる其の時を、我は汝等と共に探したい。……我に記憶を思い出させてくれた汝等よ。どうかその力を貸しては頂けないか?』
その『雨鶴』の呼びかけに。
――猟兵達が出した、その答えは……。
*第1章、第2章の判定の結果、第3章は下記ルールで運営致します。
1.『雨鶴』は、自らの『悲嘆の瘴気』に引き寄せられた魂達を自らの死出の旅に連れ出そうとしています。これは影朧による世界への被害の拡大を止めるためです。
2.ですが、『雨鶴』は『桜の精』ではありません。其の為、自らの意志で彼等の魂と、自らの魂を転生させることは出来ません。
3.また、『雨鶴』の契約主の『悪魔召喚士』の死後の魂と、弟の魂もまだ、この世界に残留思念として残っている可能性がございます。
4.『雨鶴』と何らかの交流を果たして、此の無念や思いを晴らしてやっても構いませんし、協力せずこの雨を適当にやり過ごして頂いても構いません。
――それでは、最善の結末を。
御園・桜花
「頑張り屋さんですね、雨鶴兄上は」
横に座り頭を撫で
「私にとって影朧は、叶わぬ願いに身を焦がす人で未来の私です。願いを叶える手伝いをしたいと思って当然です」
「何方を選んでも後悔する選択はあります。弟ぎみを介錯しても、雨鶴兄上の後悔は残ったでしょう…もっと早くに何か出来なかったかと。最期の弟ぎみの願いは叶えられなかったけれど、友を得て、弟ぎみと最後にきちんと向き合えたでしょう?全ての願いが叶う訳ではありません。其れでも1つ、願いが叶った。其れで良いじゃありませんか」
「雨鶴兄上は友を得て人を信じる事を覚えられたのでしょう?彼方の影朧達は、私達が必ず転生させましょう。私達も友と思い、信じて託して頂けませんか」
手を引き起こそうとする
「数多の願いは在れど、叶う願いは唯1つ。雨鶴兄上の…雨鶴さんの願いを教えて下さい」
UC使用
「お待たせしました、切りたがりの方々。さあ転生を始めましょう」
吶喊し桜鋼扇連打
「此処に居ても、只斬る願いは叶いません。強い願いを持つならば…願いを叶える為に、さあ転生をなさいませ」
ウィリアム・バークリー
『雨鶴』さん、長い間お疲れ様でした。ようやくその波瀾万丈の旅が終わり、新しい旅立ちを迎えられるわけですね。
影朧の救済はこの世界の理。あなたも、修羅の沼地に身を浸したあの方々も、等しく輪廻の輪に還ることが出来るでしょう。桜花さん、よろしくお願いします。
友たる悪魔召喚士さんのお名前、伺って構いませんか? 名前が分かれば、帝都桜學府の情報力で、影朧となっていた場合の追跡調査が出来るかもしれません。
そろそろお別れが近いようですね。雨が上がって、日差しが差し込んできました。
あなたの来世が幸いに満ちたものであることを、微力ながら、この“
聖願”たるぼくが念願させていただきます。
館野・敬輔
他者絡みアドリブ大歓迎
指定UCは演出
ふと思ったんだが
そもそも雨鶴の契約主と影朧と化した弟が差し違えた場所ってどこだ?
もしここか、あるいはここから近い場所なら
皆が雨鶴と交流している間にちょっとひとっ走りして
残留思念探して黒剣に吸収して来るけど
一応これでも魂喰らう黒騎士だから
その力の応用でできるかも
あ、もちろん吸収する際は同意を取り付けるよ
うまくいったらふたりの魂を「降霊」で僕の身体に宿らせて
雨鶴や宿縁主様と自由に話してもらおうかな
想いは残してほしくないから
最後には黒剣から解放して
転生の流れに乗せられれば
もしうまくいかなかったら
香草茶片手に事の成り行きを見ているさ
…皆の方がうまくやってくれそうだし
藤崎・美雪
他者絡みアドリブ大歓迎
指定UCは演出
廃墟の中で話すのも何だし
とりあえず指定UCで地面をログハウスに変えておくか
雨鶴たちの想いが干渉して別の風景に変わるかもしれんが
変わっても何の問題もないよ
とりあえず皆、飲み物はどうだ?
珈琲に紅茶、果実ジュース等
お求めあらばなんでも出すぞ
これでも一応、カフェーのオーナーだからな
ただし、アルコールだけはナシだ
罪は自覚した時から罪というが
何を持って償ったとみるのか
明確な答えは誰も持っていないだろう
だから、如何なる償いをするかは雨鶴の意思次第だ
…ただ
弟さんに介錯してくれと懇願され
しかしできなかったのは
ヒトとしては至極真っ当に思えるよ
たとえ、弟さんが影朧になったとしても
スリジエ・シエルリュンヌ
縁ある者として、最後まで関わるのが桜色の文豪探偵。そして、それが『雨鶴』さんの望みならば
お義父さまも話したいことがあるようなので、UCを使用してここにいます
私も桜の精の一人ですから、転生への祈りは任せてください!
…私自身の気持ちの整理は、後でもいいのです。人を探す影朧が、人のいる里に来るのは、自然なことだったんですから
そう割り切ることが、できるように
・グルナード
…一つ問おう。お前は弟の名を思い出したか?
私はあの日の交戦時に、微かに聞いた気がする。たしか、『しづる』とか…。聞いただけなので、当てる漢字はわからないが
名前は大切なものだ。思い出したのならば、呼ぶがいい。その声は、届くであろうから
司・千尋
アドリブ他者との絡み可
折角の機会だし
影朧相手に親睦を深めるのも
悪くないかな
『桜の精』じゃないと自らの意志で転生出来ないのか…
見てみたかったんだけどなぁ
協力するのは構わないけど
安らかに眠れるって何すれば良いんだ?
話を聞くとか戦うとか?
殴って解決するなら楽だけど無理だろうな
俺こういう難しいの苦手なんだよな
得手不得手は『モノ』にもあるんだぜ…
で?
契約主の『悪魔召喚士』の死後の魂と
弟の魂もまだこの世界に残留思念として
残ってるかもしれないけど
お前はどうしたいんだ?
他の人の邪魔はしないよう言動に気を付ける
邪魔になりそうなら少し離れて
からくり人形と遊んでるかな
雨に濡れるの苦手だけど
これが水も滴る…ってヤツか
馬県・義透
引き続き『疾き者』にて
んー…放っておけないんですよねー、彼。
私だって忍の仕事だったとはいえ、『血ぬれの鬼』と言えるのですからー。私は割り切ってますけどね?
だからこそ、今になっても話したいというかー。
…最後なのです。彼の契約していた悪魔召喚士の青年と弟の降霊、試してみますかねー。
縁ならば『雨鶴』殿がいますからー、そちらから辿れるはずですしー。
それに、二人とも心配していそうな気がするんですよねー。それこそ『放っておけない』というかー。
転生するなら、未練なく。本当に綺麗さっぱりとねー。
その方がいいってもんです。一悪霊としての意見ですけどねー?
神宮時・蒼
……生前の、憂いを、記憶を、取り戻せて、良かった、です
……其れが、彼の方にとっての、最良かは、未だ、分かりません、が
……雨鶴様が、決めた事ならば。其の決断を、尊重、いたし、ましょう
過去に行ってしまった事、其れは取り消しようのない事実
ですが、其の罪と向き合う事が出来るのが
心在るものだからこそ、出来る事でしょう
償う、という事は、ヒトにしか出来ない事、ですから
ならば
其の責を、ほんの少し、軽くするお手伝いをしても、良いと、思うのです
何より、ボクが、そうしたい、と。そう、思うので
死した者たちの無念が、僅かでも祓えるように―
旅立つ者たちへの手向けとして【浄化】【破魔】の気を乗せたUCを
願わくば、安らぎの時は、訪れますように、と
叶うならば、長年求め続けた、探し人に出会えますように、と
【祈り】を込めて
希望有る来世が、貴方たちに訪れますように
森宮・陽太
アドリブ大歓迎
他者絡みは状況次第
雨鶴は全ての罪を背負って逝くつもりなんだな
それが償いになると思っているから
だがよ、雨鶴が呼び寄せた者達の無念は何一つ晴らされてねぇ
出来ればそっちも晴らしてやりてぇが
…両手が血塗れの俺に何ができるんだ?
ダメだ、頭がクラクラする…
…何故だ、意識が保てねぇ…
(ぐらりと身体が傾いだ後、真の姿解放「暗殺者」に)
…驚かせて済まない
「陽太」は自分自身が罪と血に塗れていると言ったが
その罪は全て俺が犯した罪
陽太が背負う必要は何一つないのに俺が背負わせてしまった
戦闘人形で感情の無い俺自身に罪の自覚はなく
それどころか殺しに多幸感すら得ていたからだ
だが、感情を得た今は
俺自身が大罪人だという自覚がある
己の罪は何らかの形で償わねばと思っている
どのような形で償えるかはまだわからないが…
雨鶴たちの転生は俺も陽太も望んでいる
だから、今は転生の手助けをしよう
指定UCで「破魔、浄化」に特化したアスモデウス召喚
浄化の炎で雨鶴たちを包み込み
無念を全て晴らした上で転生の輪へと乗せたい
●
――ポツリ、ポツリ。
滴り落ちる様に振り続ける雨をちらりと見やりながら。
「……まあ、何はともあれ、だ」
己が目的を、想いをゆっくりと口にして出す雨鶴の様子に軽く息を吐いてから。
藤崎・美雪が取り敢えず、と話し続ける。
周囲の切り返す者達の無念の想いが周囲に漂うのをヒシヒシと感じながらも、尚。
「此処を廃墟の儘にして、話をするのも何だな。未だ、解決されていない問題はあるが、一先ずは……」
その言葉と、ほぼ同時に。
雨降り注ぐ廃墟が瞬く間にログハウス調のオープンカフェへと変貌を遂げようとした、其の時。
――周囲がセピア色に包み込まれた、落ち着きと、微かな諦念に包み込まれた、素朴な囲炉裏のある家内へと姿を変えた。
(「……これは、雨鶴達が生前に住んでいた家を再現しているのだろうか?」)
内心で軽く小首を傾げている美雪と異なり。
「……此はまた、いきなりだな……」
興味深そうに口の端に笑みを浮かべ、加えて微かな驚きを現す様に軽く周囲を見回す司・千尋のその言葉に。
「まあ、未だ全ての問題が解決しているわけでは無いが、一先ず場所だけでも落ち着いたところを作っておく方が良いだろう、と思ってな」
そう呟いて、美雪が囲炉裏で火を起こすその様子を、雨鶴が何処か茫洋とした眼差しで見つめている。
その口元に寂しげな、何処か懐かしそうな微笑みを浮かべて。
『嗚呼……そうか。その様な事も出来るのだな、汝等は。何ともまあ器用なことだ』
何処か儚く拙い口調で言の葉を紡ぐ雨鶴の姿を見て。
「……生前の、憂いを、記憶を、取り戻せて、良かった、です……雨鶴様」
そうそっと安堵の表情を浮かべて、赤と琥珀のヘテロクロミアで優しく雨鶴を見つめるのは、神宮時・蒼。
その間に、囲炉裏に入った火が陽炎の様に頼りなさげに揺らぐ様子を茫洋とした表情で見つめながら。
「……雨鶴は、全ての罪を背負って逝くつもり、なんだな」
森宮・陽太が誰に共なく呟くのを一瞥した馬県・義透――を構成する四悪霊が1人、『疾き者』、外邨・義紘が、んー……と呻いた。
「放っておけないんですよねー、彼」
そう呟いて雨鶴の方を、腕を組んで見ている義透のそれに、陽太が微かにぎくりと身を強張らせる。
義透の言う『彼』が自分では無い事は分かっているつもりだが……何となく居心地の悪い何かを感じてしまうのは何故だろうか。
そんな陽太の方をちらりと見やってから千尋が軽く肩を竦めた。
「まっ、影朧と折角だからこういう所で親睦を深めておくってのも悪くないな。とは言っても、何をすりゃ良いのか分からないが」
皮肉げな笑みを口の端に刻む千尋に軽く息を吐いて玉露を渡しながら美雪が軽く頭を横に振る。
「普通に話をしたり、雨鶴さんの話を聞いてやれば良いだけだぞ、千尋さん」
「まあ、そうなのかも知れないが。殴って解決する様な問題でも無いだろ? 得手不得手ってのは、『モノ』にもあるもんだぜ……?」
美雪から貰った玉露を軽く啜りながらの千尋の言葉。
其の後、熱、とばかりに軽く舌を出す千尋の其れに、猫舌なのか? と思わず美雪が小首を傾げた、丁度其の時。
「頑張り屋さんですね、雨鶴兄上は」
そっと、雨鶴の傍に足を揃えて正座をして。
労る様にその頭を抱き、撫で始めたのは、御園・桜花。
思わぬ労りに驚いた様に目を瞬かせる『雨鶴』が微睡んでしまいそうな微笑を浮かべ、桜花が静かに話続ける。
「私にとって影朧は叶わぬ願いに身を焦がす人で、未来の私の姿の1つだと思っています」
その思わぬ桜花の言の葉に。
「桜花さん……」
同じ種族であるスリジエ・シエルリュンヌが思わず、と言った様に息を呑むのは、ある程度仕方の無い事でもあったろう。
「ああ、そういや、御園もシエルリュンヌも桜の精だったな。『桜の精』でなければ、自らの意志で転生させる事って、出来ないんだっけか?」
茶化す様な、確認する様な千尋の問いかけに、そうだな、と美雪が腕を組む。
「例外はあるかも知れないが、影朧は桜の精の癒やしを受けることで転生出来る。魂の輪廻の輪に戻ると言う様な言い方になるのかも知れないが、まあ、その事実は変わらないな」
(「とは言え……」)
影朧が未来の私の可能性の1つという桜花の言葉の意味に、美雪が全く無頓着でもいられないが。
そのまま束の間沈思黙考する美雪を、千尋が興味深げに一瞥するその間に。
『……そうか。我が頑張り屋……か。我は臆病と罵られるに過ぎない『罪人』かと、そう、思っていたが』
呆けた様な調子で雨鶴がそう呟くと。
「そんな事はありませんよ」
それにスリジエが強く頭を横に振った。
「何よりも『雨鶴』さん。私達は、私達に力を貸して欲しいと願うあなたを、私達には見捨てることは出来ません。それに私も、『桜の精』の1人です。もしあなたが、あなたの『悲嘆の瘴気』が呼んでしまった彼等の魂も含めて転生を望むのでしたら、その為の祈りは惜しみませんよ! ……お養父様も、話したい事がある様ですし」
そのスリジエの言葉通り。
スリジエの隣では、白銀のドラゴニアン『グルナード』が石榴剣を納剣、スリジエに返しつつ『雨鶴』を静かに見つめていた。
――否。
『雨鶴』の翡翠の瞳に湛えられているその光を、と言うべきであろうか。
そうしてじっと『グルナード』が『雨鶴』を見つめ返しているその間に。
「……そう言えば」
館野・敬輔がふと何かを思いついたかの様に言葉を漏らしたのに、『雨鶴』がその意識を敬輔の方に向ける。
『……如何した?』
「いや……雨鶴。もし覚えているなら教えてくれ。そもそも、雨鶴の契約主と、影朧と化した弟が指し違えた場所って、何処なんだ?」
その敬輔の問いかけに。
「……成程。縁ある地であれば、その魂が周囲を漂っている可能性もありますね」
成程、とばかりにそう首肯を返したのはウィリアム・バークリー。
そのウィリアムの言の葉に、敬輔が無言で頷いた、正に其の時。
『嗚呼……そうか。だから、我は此処に居るのか……』
得心がいった、と言う様に微かに首肯する、彷徨える竜人のそれに、やはりか、と敬輔が頷き1つ。
(「だとしたら多分、影朧と化した弟さんと、雨鶴と契約した悪魔召喚士の魂は……」)
「未だ、この辺りにいるのでしょうねー」
そんな敬輔の思考を読み取り、のほほんとした口調で義透が我が意を得たりと言う様に首肯する。
「……雨鶴さん。本当に、お疲れ様でした。あなたの長い彷徨の旅ももう、時期に終わりを迎えることが出来そうですね」
義透と敬輔の表情を見て取り、何をするつもりなのかを何となく察しながら。
ウィリアムが気を引く様に、安心させる様にポン、と『雨鶴』の肩を叩くのに、『雨鶴』が微かに笑みを浮かべた。
(「……憂いを、記憶を、取り戻せた、事。……此が、彼の方に、とっての、最良かは、未だ、分かりません、が……」)
雨鶴の笑みを見つめ、自らの胸の中に灯る火を……仲間達が教えてくれた『ヒト』の『心』を、そっと胸を押さえて意識しながら。
蒼がそっと口元に何処か幼さの残る愛らしい微笑を浮かべ、赤と琥珀のヘテロクロミアで優しく『雨鶴』を見つめている。
敬輔や義透が其々に算段を立て、行動を開始するその様子を少し距離を離して見やりながら。
「……ふむ」
と玉露を飲み干した千尋が軽く唸りを上げる。
「如何しましたか、千尋さん」
その千尋の唸りが気になったのか、ウィリアムがそれとなく水を向けると。
「いや……館野や馬県が雨鶴の魂を呼び寄せようとする事は構わないが……」
と、此処まで告げたところで。
その翡翠の瞳を鋭く細め、千尋がわざとらしく肩を竦めて見せた。
「仮に、そいつらの魂を呼び寄せられたとして、だ。……雨鶴。お前はそいつらと何を話したい? 如何したいと言うのはあるのか? 多分、それが解決できなければ、そいつらを首尾良く呼び寄せたとして……あの切られし者達だったか? お前の『悲嘆の瘴気』に引き寄せられてきた影朧を転生させられるのかね?」
その千尋の歯に衣着せぬ物言いに。
『……分からぬ』
自分でも驚く程に、率直に。
朴訥とした口調で、雨鶴がそう応え、だが、と軽く頭を横に振った。
『我としても、また我が愛しき弟と友の魂と会えるのであれば、会いたいが……だが、其の時に如何したいのかは、我にも未だよく分からぬのだ』
そう何処か重苦しい溜息を吐く雨鶴の姿を見て。
(「……流石に、このままでは……駄目なんだよな」)
陽太の脳裏にふと浮かんだのは、そんな想い。
だって、『雨鶴』の『悲嘆の瘴気』に呼び寄せられてしまった者達の無念は、何一つ晴らされていないから。
歯に衣着せぬ千尋のそれだが……だからこそそれは一理あるとも陽太は思うのだ。
「只、雨鶴を転生させるだけじゃ駄目なんだ。それが本人も分かっているから、アイツらの魂を殺して、共に連れて行く事で償おうとしている訳だし……」
そんな陽太の想いを、無意識の内に察していたのであろうか。
「大丈夫です、雨鶴兄上」
ゆっくりと『雨鶴』の髪を撫でる桜花が、まるで子供を寝かしつける母親の様に、柔らかい口調で言葉を紡ぐ。
「何方かを選んでも、後悔する選択はあります。例えば、弟ぎみを介錯しても、雨鶴兄上の後悔は残ったでしょう……」
――もっと早くに、何か出来なかったのか。
他に方法が、あったのではないか。
何よりも……。
「まあ、桜花さんの言う事も一理ある。……ただ、弟さんに介錯してくれと懇願されても出来なかったのは、ヒトとして至極真っ当な事で有ろうな」
そう溜息をも吐く美雪の其れに。
「そう言うものか?」
やはり分からない、と言う様に軽く頭を横に振る千尋の其れに。
「……ああ。元来、ヒトというのはそういうモノなのだよ、千尋さん」
微かに感傷めいた表情を過ぎらせながらそっと美雪が言葉を漏らした。
それは、感傷に過ぎないかも知れない。
けれども……。
(「同時にそれは……真実の一面でもあるんだ」)
それを知っているからこそ……。
そこまで思考を進めたところで、美雪が自らの口を湿らすべく珈琲を一口飲む。
「それで例え、弟さんが影朧になるかも知れないと分かっていたのだとしてもな。それがヒトの性だ」
――それは、今煎れたこの珈琲の様に何処かほろ苦さすら感じられるモノ。
其れこそが……。
「……ヒトの『心』ってヤツなのか?」
その美雪の言葉に軽く眉を顰めつつ、小首を傾げる千尋。
どうもこういう事は、自分が『モノ』であるが故か、イマイチピンとこない。
もし、自分が介錯をしてくれと頼まれれば、それこそ躊躇無くそうしていただろうとも、結詞……飾り紐のヤドリガミは思う。
そんな美雪と千尋の会話を断ち切る様に。
「ですが……最期の弟ぎみの願いは叶えられませんでしたが、友を得て、弟ぎみと最期にきちんと向き合えたのも事実でしょう?」
そう粛々と小首を傾げて問いかける桜花のそれに。
『嗚呼……そうだな』
こっくりと頷く『雨鶴』に、美雪の煎れた茶を勧めつつ、でしたら、と桜花が完爾と笑う。
「つまり1つ願いが叶ったというわけです。其れならば其れで、良いではありませんか。その願いを叶える過程で雨鶴兄上は、友を得て、人を信じることを覚えられたのでもありますから。だからこうして、私達に力を貸して欲しいと……そう願ってもいられるのではありませんか?」
その桜花の問いかけに。
『……そうかも知れぬ』
そう雨鶴が呻く様に呟いたのに、では、と正しく満面に咲いた桜の如き笑顔を浮かべ、桜花が軽く桃色の髪を風に靡かせるのに。
「……成程。やっぱりそのつもりなんですね、桜花さん」
そうウィリアムが問いかけてくるのに、はい、と力強く桜花が首肯した。
「そう、雨鶴兄上が呼んでしまったあの魂達。あの魂達は、私達が必ず転生させます。私もスリジエさんも桜の精。その心を癒やし、彷徨える魂を輪廻の輪に戻す事こそ、私達の役割ですから」
その桜花の言の葉に。
「……ボクは、桜の精、では、ありま、せんが……」
水濡れになった『月白』の端をぎゅっ、と絞って水を落とし。
限りある短き時の中で、懸命に咲く儚き、小さく、馨しき香を纏う花……金木犀の名を賜った白杖を握りしめた蒼が続く。
「……ですが、雨鶴様が、決めた事、で、あれば、その、決断を、尊重、し、ボクも、その、お手伝いを、致し、ましょう」
その色彩異なる双眸に慈愛と決意と言葉通りの尊重の光を湛えながら。
告げる蒼の言の葉に、では、と雨鶴が軽く口を綻ばせた。
『汝……否、貴殿等に、あの者達の魂の事を、お任せしよう。あの者達が幸福な結末を迎えることが出来るのであれば、少しは、私の贖罪にもなるであろうから』
――影朧にとって、転生は救済。
それは、サクラミラージュの住民達にとって常識として根付いた考えで。
当たり前であるが故に、ついつい見落としがちになってしまう、そんな事実。
(「あの魂達を転生させる、か……」)
成程、確かに其れは、魂の救済になり得るであろう。
其の為には、彼等の抱えた無念を晴らしてやる必要がある。
――けれども。
「……両手が罪と血で塗れている俺に、何が出来るってんだよ?」
この手は、血に塗れている。
数多の人々を『暗殺者』として貫いた……朧気な過去の向こうにある為、記憶としては曖昧模糊とした形ではあるが……。
と……此処で。
「……森宮様? どうか、致し、ました、か?」
陽太の、その動揺を無意識に感じ取ったのであろうか。
赤と琥珀の色彩異なる双眸で微かに怪訝そうに、蒼が陽太を見つめた時。
――ドクン。
陽太の心臓が跳びはねる様な音を立てると同時に、陽太が無意識に体を傾がせた。
その陽太の様子に気がついた蒼が驚いた様に息を飲んでパタパタと其方に駆けていった、其の時。
――陽太の其の顔に、白のマスケラが被せられ、何時の間にか全身がブラックスーツに替わっていく。
(「……何故だ、意識が、保て……」)
「……森宮様?」
その蒼の声が、『陽太』が薄れゆく意識の中で最後に聞いた言葉だった。
●
(「……この仮面。以前、お見受けした事が、ありますね……」)
その陽太の様子を見つめながら嘗ての戦いの記憶に束の間、蒼が想いを馳せる。
けれども、あの時の『陽太』とは、何となく纏っている気配が異なっている様にも思えた。
そんな気遣う様な赤と琥珀のヘテロクロミアで茫洋と見上げてくる蒼を見て。
「……どうやら俺は、驚かせてしまった様だな」
陽太……否、嘗ては『無面目』と名乗っていた『暗殺者』が大丈夫だ、と言う様に蒼を制止した。
「……? 何だ? 森宮の気配が変わった? アンタは……誰だ?」
その様子に気がついた千尋が陽太……否、『暗殺者』に呼びかけると、俺は、と小さく『暗殺者』が言葉を紡ぐ。
「俺は、『暗殺者』と名乗っておこう。先程の、『陽太』の言葉を訂正する為に、俺が現れたのだと思って貰えれば、それでいい」
「……血と、罪に、塗れ、ている、と言う、話、の、こと、ですか……?」
驚いた風でも無く、焦点の捉えどころが分からない双眸を彷徨わせる蒼の問いかけに、そうだ、と『暗殺者』が首肯した。
「元々その罪は全て、俺が犯した罪なのだ。『陽太』が背負う必要は何一つ無いな」
淡々と告げる『暗殺者』の其れに。
「……へぇ」
微かに眉を吊り上げる様にして微笑した千尋が軽く相槌を打つのに、『暗殺者』が淡々と話を続ける。
「……『俺』は当時戦闘人形で、感情が全く無かった」
「ってことは俺と同じ、『モノ』、だったって訳かい?」
そう軽く問いかける千尋の其れに、いや、と『暗殺者』は軽く頭を横に振る。
「そう言う『モノ』という自覚すら無かったよ。俺は只、命令1つで数多の人々を殺した『暗殺者』だ。……その事に、雨鶴が忘れていた様な罪の自覚は愚か、殺しに多幸感すら得ていた位のな。此を、お前は『モノ』と呼ぶか?」
その『暗殺者』の問いかけに。
「まあ、それだと『モノ』では無く、『物』って言った方が良いかも知れねぇな」
「……貴方様、は、森宮様、ではなく、何と、お呼び、すれば、宜しい、の、でしょうか?」
軽く肩を竦めて笑う千尋と、小首を傾げ、『暗殺者』に問いかける蒼。
それは『モノ』として、『人』の心など非ずと公言する青年のヤドリガミと。
1人の『モノ』として胸の裡に宿る、護りたいと言う『灯』を以て、『ヒト』の心を解しようとする少女のヤドリガミの異なる反応。
その反応に、ふむ、と淡々と唸る様に頷き、同時にある種の驚愕を得た『暗殺者』がこう応えた。
「一先ず今は『暗殺者』と俺を呼べ。俺と『陽太』は異なる人だからな」
そう『暗殺者』が蒼の問いに応えたところで。
「その暗殺者さんが急に出てきたのは、何かございましてでしょうか?」
手櫛で自らの髪を整えながら腰の桜鋼扇に手を掛けて、完爾と笑う桜花の問いに。
「……雨鶴という影朧の想いに思うところがあってな。其れで『陽太』には悪いが、表に出てきた……それだけだ」
『暗殺者』が告げるのに、桜花がそうですか、と完爾と笑ったままに首肯した。
「雨鶴兄上に何をあなたが思っているのかは、私には分かりません。ですが、其れが切っ掛けであの影朧達を転生させたいと願っているのであれば、協力して貰えませんでしょうか?」
そうさらりと言ってのける桜花の其れに、『暗殺者』が微かに息を飲み、その白いマスケラの奥の翡翠の眼光に驚愕を滲ませる。
「……俺が転生の手伝いをするつもりで現れたのだと、お前は信じるのか? 俺は、多くの人々を殺めてきた大罪人……なのだが」
「はい」
それを隠さず唖然と問いかける『暗殺者』の其れに、間髪入れずに首肯する桜花。
「大罪人であろうとなかろうと。あの影朧達を転生させたいと願う心があれば、私にはそれでいいのです。そもそも、これから私がする事は、あの影朧達を転生させたい。その願いを1つにする事で、叶えられるものですので」
何を分かり切ったことをと言わんばかりの桜花に、『暗殺者』が思わず言葉に詰まる。
(「……確かに雨鶴達の転生は、俺も、『陽太』も望んでいる以上……」)
そう言われてしまえば否やは無いのだが、ある程度の覚悟を持って姿を現したある意味では胡乱な自分を如何してすんなり肯定出来るのか。
自分の中に最近になって育まれつつある感情を戸惑わせる『暗殺者』へと。
「……雨鶴様、も、暗殺者様、も、己の、罪と、向き合おう、と、している、と、言う事で、よろしい、の、ですよね?」
蒼が拙い口調で問うと、『暗殺者』は気を取り直してそうだ、と首肯した。
「最も、俺が重ねてきた数多の罪を、何らかの形で償わねばならぬとは思えど……どの様な形で償えるのかは未だ分かっていない、がな……」
「……それ、でし、たら、貴方様、を、ボク達、少なく、とも、ボク、が、信じる、事が、出来る、理由、は、簡単、です」
訥々とした、けれども何処か確信を持った蒼の微笑と共に告げられた其れに。
へぇ、と千尋が愉快そうに眉を動かし、『暗殺者』がその白いマスケラの奥で戸惑いを深めて問いかける。
「何故だ? 何故、お前には俺が信じられる?」
「……それは、罪と、向き合う、事が、出来る、のが、心在る者、だから、こそ、出来る、もの、だと、ボクは、知って、いるから、です。償う、と、いう事、は、ヒトに、しか、出来ない、事、ですから」
――其れは蒼がヤドリガミとして、『ヒト』の心を解そうとしているが故の答え。
そんな蒼と、桜花の呼びかけに。
「……分かった。それでは、あの影朧達を転生させるために、俺も浄化を手伝おう。……『陽太』も彼等の無念が浄化され、転生されることを望んでいるのは間違い無い事からな」
そう陽太……『暗殺者』が頷きかけるのに。
「では、雨鶴兄上の転生は、スリジエさんにお任せして、私達は、雨鶴兄上の想いを叶える為に、彼等に転生を齎しに行きましょう、皆さん」
完爾と笑って桜鋼扇を構え、その場でピクリとも動かず、憎悪と怨嗟に囚われた其れを叩き付けてくる影朧達の方を見た桜花の其れに。
「……そう、ですね、御園様。参り、ましょう……」
蒼が首肯して、その手の雨に薫る金木犀を握りしめ、破魔と浄化の力を蓄え始めるその姿に。
「……分かった、行こう」
『暗殺者』が粛々と頷き掛け。
「折角の機会だ、転生ってのがどうやって行われるのか、この目にしっかりと焼き付けさせて貰うぜ」
軽い口調で言ってのけた千尋に、桜花は完爾とした笑いで返して、『切り返す者』達の所へ向かって行った。
●
――その一方で。
「影朧の救済は、世界の理です。桜花さん達があの調子で動くならば、修羅の沼地に身を浸したあの方々も、あなたもあ等しく輪廻の輪に還る事が出来るでしょう」
『切り返す者』達の所に向かって行った桜花達を見送りながら、ウィリアムが雨鶴を安堵させるかの様にそう呟く。
「ましてや、此処にはスリジエさん……正確にはお養父様であるグルナードさんかも知れませんが……と、あなたと縁ある方がいらっしゃいます。であれば、貴方が心置きなく転生する事が出来るのは必然でしょうね」
そう続けるウィリアムの其れに、そうか、と静かな溜息を『雨鶴』が漏らした。
そこには彼等が無事に転生されるであろう事への、深き安堵が籠められている様に見えて、スリジエがそんな雨鶴の手を思わず握る。
その胸中には養父を殺された恨み辛み、憎しみや怒りが皆無という訳ではない。
激しく胸中に漂う複雑な感情でもある其れは、決して簡単に整理できる様なものでも無いけれども。
(「でも……私自身の気持ちの整理は、後でも良いのです」)
『雨鶴』は、人を探す『影朧』
その影朧が人の居る里に来るのは、自然で、極当然のことなのだから。
――ポツリ、ポツリ。
小雨に、己が桃髪のツインテールが濡れるのを、拭う様に軽く頭を振るスリジエ。
其処に佇むであろう複雑な感情の機微と、其処にあるであろう想いを、敬輔は知っている。
(「でも、スリジエさんは……」)
それを押し殺し、或いは乗り越えるためにも、『雨鶴』の魂を転生させ、輪廻の輪へと戻そうとしているのだ。
その事に同情を禁じ得ない。
嘗て復讐鬼であった自分であれば、尚更だ。
そんな敬輔の感情の機微を敏感に感じ取ったのであろうか。
まあですねー、と敢えてのほほんとした口調で義透が引き取る様に話を続けた。
「……私だって忍びの仕事だったとは言え、『血塗れの鬼』と言えるのですよねー。まあ、私は割り切っていますけれどね?」
――だからこそ、手がかりを見つけたいのだ。
『雨鶴』の愛する弟と、友として友誼を刻んだ悪魔召喚士の魂を降霊させ、そして彼等と束の間『雨鶴』が語れる其の時を。
と……此処で。
「……1つ問おう」
感に堪えぬと言う様子を見せた『雨鶴』に向けて、ずっと口を閉ざしていたグルナードが静かに問いかける。
『……何だ?』
そのグルナードの問いに、静かに首を傾げる『雨鶴』
今の自分がもし、この者の義娘であるスリジエの転生の祈りを受ければ、自分は転生し、輪廻の輪に還ることが出来るだろう。
(「だが……心残りが無い訳では、無いのだ……」)
そう胸中で、『雨鶴』が呟くその間に。
「私はあの日、お前と交戦していた時、微かに聞いた気がするのだ。確か、『しづる』とか言う言葉を……な」
そのグルナードの問いかけに。
『雨鶴』がはっ、とした様に目を瞬かせ、『グルナード』へと視線を向ける。
『おお、それは……その名前は――』
――我が、愛しき弟の……。
その『雨鶴』の様子を見て、やはりか、とグルナードが首肯して。
同時に、好々爺の笑みを浮かべていた義透の瞳が、微かに鋭く細められた。
(「しづる殿、ですかー。それが雨鶴殿の弟君のお名前なのですね-」)
その義透の内心の呟きに気がついているのかどうかは分からないけれども。
グルナードが『雨鶴』の方を見つめながら、淡々と話を続けていく。
「……聞いただけなので、当てる漢字は流石に分からないが、な。いずれにせよ、大切な者……お前の弟の名前であろう。ならば、呼ぶがいい。その声は、きっと届くであろうからな」
『ああ……そうだな。しづる……『紫鶴』……。我が、最愛の弟よ……』
そう感極まった様に、静かに其の名を……愛しき弟の名を呼ぶ『雨鶴』
――と、其の時。
「私の方で、『紫鶴』殿のことは捕捉できそうですねー。……ただ、悪魔召喚士の青年……桜の精の方については、未だ少し手がかりが足りない気もしますがー」
そう義透が、静かに言の葉を紡ぐと同時に。
――パチリ、パチリ。
光輝く様な何かと共に、義透を構成する四悪霊達の呪詛が周囲に居るであろう『紫鶴』の魂の爪痕を探る。
その爪痕を掴み取り、義透が此の地に『紫鶴』を降霊させようとする様子を見ながら、ウィリアムが『雨鶴』に問いかけた。
「それで、雨鶴さん。結局先の戦いでは聞けずじまいでしたが……あなたと契約した悪魔召喚士の名前は何というのか、伺って宜しいでしょうか?」
と、ウィリアムが問いかけると。
『何故だ……?』
『雨鶴』が確認する様に問いかけるのに、いえ、とウィリアムが軽く頭を横に振った。
「別に変な意味ではありません。ですが、その名前が分かれば、敬輔さん達の力で、口寄せの様にその魂と会えるかも知れないと思うからです」
(「もしも、影朧になっていた場合、帝都桜學府の情報力で、追跡調査が出来るかも知れませんが……」)
そう言う考えと言葉を口に出すのは、『雨鶴』の魂を動揺させてしまうので、流石に控えたのだけれども。
そんなウィリアムの胸中の呟きに。
『我が友の名は……『神無月』。確か、その様に呼んで欲しいと言っていたと記憶している』
何処か茫洋とした様子を隠さぬままに、そう『雨鶴』がその悪魔召喚士の名を告げた時。
「……皆、力を貸してくれ」
誰かが何かを言うよりも早く、敬輔が黒剣の中の『少女』達にそう呼びかけた。
白き靄と共にその姿を現した『彼女』達が、そんな敬輔の呼びかけに応える様に周囲を揺蕩う魂達の中に溶け込み、探し始める。
(「これでも、一応俺は、魂喰らう黒騎士だから……」)
その力で『神無月』の魂を喰らって吸収すれば、降霊させることが出来るかも知れない。
その微かな希望に縋って、敬輔と義透が、其々の方法で『雨鶴』と縁深き魂達が周囲に居ないかどうかを探した時。
「……灯せ、不屈の光」
不意に、桜花達と共に、切り返す者達を浄化し、転生させる手助けをするべく姿を消した蒼の歌声の様にか細い声と。
「希望を齎せ!」
『暗殺者』の轟く様な叫びが、義透達の耳を叩いた。
その2人の声に重なり合うかの様に。
淡色の白きアネモネの花々が蒼の周囲に咲き乱れ、花信風が吹き荒れ。
更に空中の黒雲を晴らすかの如く白き光に満ちた獄炎が、雨の如く降り注ぎ、魂達を浄化する。
――その白き花々の花言葉は、『希望』
希望を齎す想いの籠められた風と焔が踊る様に黒雲を祓い、そこから差し込む陽光に導かれる様にして。
「兄……上……」
何処か、か細く消え入る様な、儚げな男性の声と。
「……やぁ。久し振りだね、『雨鶴』」
まるで陽だまりの様な暖かさを感じさせる青年の声が、敬輔の口から漏れ、それが『雨鶴』の耳に届いた時。
『……『紫鶴』……そして、我が友、『神無月』よ……』
為された奇跡に……彼にとっての心残りにして、希望たる其れを目の辺りにした『雨鶴』の震える様な声が、その場に響いた。
●
「ふう……何とか出会わせることが出来て良かったですねー。館野殿」
希望齎す花信風と獄炎の手助けもあって。
無事に降霊することを完了させた義透が額を拭いながらのその言葉に、敬輔は直ぐに声を上げない。
代わりに敬輔の口から漏れ出したのは……。
「君らしいと言えば、君らしいよ。何処までも『兄』として自分の罪と向き合い、戦い……彷徨い続けていた、なんて」
そう揶揄する様に飄々とした調子のその言の葉。
『……吐かせ、我が友よ』
親しみの籠った軽口……揶揄めいた『神無月』の其れに、思わず唇を綻ばして、『雨鶴』が軽口を叩いている。
其の体にスリジエの祈りが染み渡っていっているのか、其の体は少しずつ朧気に、光と化しつつあるけれども。
けれども気安い口調で軽口を叩く『雨鶴』の其れは、本当に、本当に楽しそうで。
「……兄上」
それを少し困った様に宥める『紫鶴』の言の葉に、義透が好々爺の様に目尻を和らげた。
(「まあ、こうなりますよねー。どうにか再会できて良かったのですー」)
『そう目くじらを立てるな、弟よ。我は、永きを生きた罪人だぞ』
最後の方は、少しばかり暗い語調だったけれども。
誰のせいだ、などと責めるでも無くそう告げる『雨鶴』の其れに、兄上と、『紫鶴』が思わずと言う様に溜息を漏らす。
「……神無月殿。申し訳ございません。我が兄が、貴方様にご迷惑を……」
「いやいや、迷惑処か、一緒に旅をしている時は、本当に楽しかったよ? ついでに言えば、君の兄上殿が如何に弟君である君を愛していらっしゃったのかは、良く分かったからね」
――だから、契約を結んだのだ。
自らが弟に介錯を出来なかった事を、『罪』と自らに責として追わせ、その『責』を晴らす為に彷徨する、哀しくも優しい影朧と。
「まあ、申し訳ないな、とは思っていたんだよ。君の探し人を見つけ出して、その魂を転生させる為に鎮める迄は良かったんだけれど」
――その戦いで力を使い果たし、自らも死んでしまったその事実は。
桜の精でもあるその悪魔召喚士……『神無月』がそっと重苦しい溜息を漏らした。
『……いや、あれは貴殿のせいではあるまい、我が友よ。あの時、我は貴殿を守りきることが出来なかった……只……それだけの……』
と、『雨鶴』が悔しげに呻き声を上げた時。
「……いいえ、兄上。今、最も詫びなければならないのは私です」
そう詫びの声を上げたのは、『紫鶴』だった。
『……『紫鶴』。お前が、何を詫びるというのだ? お前は只、我に介錯をと……』
「ええ、あの時私は、確かにそう兄上に願いました。ですが……それは、私の我儘なのです。私は、何時果てるとも知れぬ我が身が朽ち果てていくのを想い、患った儘に生き続ける事に、耐えられなかった……」
――それ程までに、心を病に蝕まれていた。
だからこそ、死を望み、彼の兄に、介錯を願ったのだ。
「ですが、其れがどれ程兄上を傷つけ、苦しめることになるのか……私は、その事に全く思い至ることが出来ませんでした。その魂の不安定さが、私や兄上の様な影朧、人に禍を齎す存在と化させてしまった。そして私は、その罪を兄上1人に押しつけてしまいました」
そう自責の念に苛まれる様に告白する紫鶴の其れに、『雨鶴』がいや、と軽く頭を横に振る。
『我は、お前に何かを押しつけられた等とは露ほども思っておらぬよ。我は最初にお前の願いを聞き届けるのを拒んだ。お前と、お前の病と、向き合うことを、我もまた恐れたからだろう……』
その雨鶴の言の葉に。
「いや、そうじゃ無いだろう」
微笑すら口元に浮かべた神無月の呼びかけに、兄弟は同時に瞬きする。
「それはどちらを選んだとしても、どちらも苦しんだだろうし、後悔しただろう。そう考えれば、今回の結果は、誰かが君達を責めていい問題でも無い。特に、雨鶴。今の様に君が自分を苛め抜き、自分の『罪』として、『責』を追い続ければ良い話じゃ無い。君達兄弟がお互いにすまないと思うのであれば、その罪は共に分かち合い、許し合って、次の段階に僕達はもう行くべき時に来ているんだ。僕が死んだのは、偶然では無い。ある意味では必然であり……不幸な事故にしか過ぎなかったんだよ」
――そしてそれは、グルナードも同感なのだろう。
全てが本当に些細なボタンの掛け違いから始まってしまったすれ違いにして、悲劇だったのだと、割り切る事に関しては。
「でも、其れを君達が起こした事を僕は知っても尚、君達の事を赦したい。そうして、共にもう一度新たな生を歩んで生きたい……少なくとも、僕はそう願い、思っているんだ」
――それは、『神無月』の魂の細やかな願い。
その願いを叶えられぬ限り、彼も又輪廻の輪に戻ることは出来ないのだろう。
と……此処で。
「雨鶴殿」
義透が、囁き掛ける様に呼ぶと、『雨鶴』は義透の方を振り向いた。
『何だ……?』
「要するにですねー。2人とも雨鶴殿の事が心配なのですよー。このまま放っておいたら、雨鶴殿がまた、彷徨える魂になってしまうのでないか、とですねー」
――折角転生できるのであれば、未練無く。
「本当に綺麗さっぱりした状態で、転生してこそ、なんですよねー。まあ、1悪霊としての意見ではありますが-」
「……そうですね」
その義透の言葉に同意する様に。
雨鶴の手を握りしめ続けていたスリジエが静かに首肯して、ギュッ、と雨鶴の手を更に強く握りしめる。
「転生のためには、精神と肉体……其々の抱える不安を、心残りを無くす必要があります。そうして今世から未練を消して、もう一度新たな生を歩んでいくこと……それこそが、私達桜の精が望む転生のあるべき形です」
「うんうん、彼女の言うとおりだよ。良かったよ……漸く、僕も此で、心置きなく逝く事が出来そうだ」
そのスリジエの言の葉に、そう目尻を下げて深く頷いたのは、揺蕩う魂として、未だ現世に留まっていた『神無月』
――『雨鶴』と契約した、桜の精にして、悪魔召喚士であった、その青年。
『……我が友……』
そう言の葉を紡ぐ雨鶴に対して、兄上、と『紫鶴』が手を差し伸べた。
「もう、兄上1人で『責』を背負う必要は無いのです。此からは、私も兄上と、兄上の友と共に参ります。共にその罪を償う其の為にも……」
――私達と共に、輪廻の輪へと還りましょう。
そう言の葉を紡ぐ『紫鶴』の其れに、首肯して。
『ああ……そうだな』
そうゆっくりと告げた『雨鶴』がずっと自らの手を握り、転生の儀を執り行っていたスリジエへとその視線を向ける。
『……娘よ。我と縁持ちし竜人の娘にして、桜の精たる汝よ。厚かましい願いかも知れぬが、我等を輪廻の輪へと戻して貰えないだろうか? 我には、もうこれ以上、今世に心残りは無いのだから』
そう優しく謝罪と頼みを願いをこめて言の葉を紡いだ『雨鶴』の其れに。
「……勿論です! 縁ある者として、この桜色の文豪探偵、最後まで関わり、あなた方を転生させて頂きます!」
その言葉と、共に。
スリジエが全身に纏う優しき桜色の波動が静かに『雨鶴』達を包み込んでいく。
その光に包み込まれ……『雨鶴』は優しく微笑んだ。
『ありがとう。心優しき桜の精よ。いつかまた、貴殿に出会えることを願っている』
「きっと君なら、良い文豪探偵になれるだろうね! 期待しているよ、未来の文豪さん!」
冗談めかした温かい口調で、そう告げてバイバイ、とその手を振る『神無月』
そして、黙って感謝の念と共に一礼する『紫鶴』の姿を見て。
「……はい!」
その桜色に染めた唇に朗らかな笑みを浮かべて。
周囲の幻朧桜達に語りかけ、桜吹雪を撒き散らしたスリジエの其れを受け取って。
――『雨鶴』達は、今世に束縛された魂を脱ぎさり、輪廻の輪へと還っていった。
「あなた達の来世が、幸いに満ちたものであることを、微力ながら、この
聖願たるぼくも、念願させて頂きますね」
そのウィリアムの呼びかけに、深く、深く頷きながら。
●
――雨鶴が、弟と、親友と再会し、心残り無く転生していくその間に。
桜花達は、その場に縫い止められていた『切り返す者』達と対峙した。
「……雨鶴兄上の願い、皆さんの願い、私が叶えて差し上げましょう。さあ、切りたがりの方々。転生を始めましょう!」
桜花がそう啖呵を切った、その刹那。
周囲の囲炉裏のある室内の様になっていた光景の中に、淡い桜色の輝きを伴う、幻風が吹き荒れた。
吹き荒れる幻風が、切り返す者達の体に叩き付けられ、その周囲を覆っていた瘴気に呼び寄せられた原因を力尽くで吹き飛ばしていく。
「……此が、御園様の、力、なの、ですね……」
そんな桜花の鎮魂の風を見つめながら。
蒼が歌う様に言の葉を紡ぎ、雨に薫る金木犀の先端から緋の憂い抱く彼岸の蝶達の群を飛び立たせた。
飛翔する赤と青の幽世蝶達がその翅から零す鱗粉が、桜花の呼び出した幻風にのってひらひらと宙で踊っている。
「へぇ……随分と綺麗な光景だなぁ。転生ってのは、こういう風に行うものなのか?」
そう興味深げに桜花に問いかけながら、まるでその儀式を執り行う祭司の様に、宵と暁、2体のからくり人形を念波で操る千尋。
千尋から命じられた祭儀の踊りを彼岸の憂いを現す緋の鱗粉と、幻風の中で舞う宵と暁の姿に忽ち幻惑される切り返す者達。
古来より、死した者達の魂を慰めるべく祭や舞踊はよく行われていた。
それらの舞や歌を神々に捧げる事で、魂達の鎮魂を願っていたと言う話もある。
(「まあ……そもそも俺の本体が呪術の道具として扱われていたらしいしな」)
自分にその記憶が無かったとしても、結詞に刻まれた記憶は本物であろう。
死した人々の魂を慰める踊りを宵や暁といった人形達が執り行うその間に、蒼が、雨に薫る金木犀を天へと掲げた。
「……粛々と、燃える、希望の、炎」
(「これは、ボクが、したい、事」)
死した者達の無念が、僅かでも祓える様に――。
本当は自分が幸福にし、ならなければいけなかった大切なあの人達が、自分に笑って託してくれた想いを継ぐ、その為に――。
嘗て、カクリヨの橋で出会った自分の作り主と、その愛する人の事を脳裏に思い浮かべ、蒼がそっと目に滴を浮かべる。
それは……感謝。
あの時自分を赦し、幸せだったよと言ってくれたあの人達に報いたいという想い。
(「だから、ボク、は……」)
「……希望を、齎す、其の為に。……困難に、負けず、運命に、抗え」
その蒼のユーベルコヲドの詠唱を聞いて。
陽太と自らの想いが同じ方向に向き、それ故に白く光輝くダイモン・デバイスを構えながら、『暗殺者』が思わず息を飲んだ。
(「困難に負けず、運命に抗え……か」)
今、蒼がその意識を向けているのは、目前の影朧達。
だが、籠められた想いが、今の自分の心中に宿る感情と共に、困難を乗り越えよ、と言う意味を含んでいる様にも思えたから。
「……其の為にも、今は……」
その言葉と共に。
『暗殺者』が自らの中の『陽太』の意志と自らの意志が同じ方向を向いていることを再認識し、それからダイモン・デバイスを天に掲げ。
その銃口の先に光輝く白色の魔法陣に向けて、その引金を引いて。
「……その炎で魔と闇を打ち砕き……」
――そして。
「……灯せ、不屈の光」
「希望を齎せ!」
蒼と同時に詠唱を完了させるや否や、ダイモン・デバイスの銃口から、光輝く悪魔が魔法陣を潜り抜けた。
祈りを籠めたダイモン・デバイスからその姿を現したのは、己が最も付き合いの長き契約した悪魔『アスモデウス』
自らの相棒とも言うべき『アスモデウス』が『暗殺者』と『陽太』の想いを汲み取り、咆哮を上げ。
――その咆哮と共に、戦場全体に白色の獄炎を降り注がせた。
降り注いだ白色の獄炎が、蒼の呼び出した『希望』の花言葉持つ白き花々達を受け止めた花信風と重なり合い、切られし者達に降り注ぐ。
浄化と破魔の力籠められたその白光の獄炎の風が瞬く間に、切り返す者達の魂を澱ませる負の感情を吹き飛ばし。
「此処に居ても、只斬る願いは叶いません。強い願いを持つならば……願いを叶える其の為にも、さあ、転生をなさいませ」
そう言の葉を叩き付け。
桜花が桜鋼扇と、桜織衣の裾を翻し、桃色の髪を風に靡かせながら、切り返す者達の周囲を舞う様に飛ぶ。
千尋の操る宵と暁……2体の人形の神々に奉納する舞の間隙を拭う様に花の精の如く軽やかに飛び回り、次々に幻を桜花が直接叩き込むと。
その幻達に飲み込まれた影朧達が瞬く間に光の粒子と化し、蒼の巻き起こした花信風に巻き込まれ、次々に幻朧桜に吸収されていく。
「へぇ……こいつが転生って、やつなのか」
その幻朧桜の中に飲み込まれる様に消えていく光の粒子を見て、千尋が興味深そうに口の端に笑みを浮かべると。
「はい。全てのものに転生を。これが私の願いにして、所業でございます。此度の皆様も、これによって魂を輪廻の輪に還され、新たな命として、また生まれ落ちることでしょう」
――スタリ、と。
何気ない様子で桜織衣の裾を風に靡かせながら華麗に大地に着地して完爾とした笑みを浮かべる桜花の其れに、千尋が成程、と相槌を打った。
「桜の精達によって行われる転生。この目にしかと焼き付けさせて貰ったぜ。良い勉強になった」
ニヤリと笑いかける千尋の其れに、光栄です! と笑顔で応える桜花。
影朧達がその心の澱みと瘴気を払われて、強き意志持つ魂として再び輪廻の輪に戻っていったその様子に、蒼がそっと双眸を瞑った。
「願わくば、安らぎの時が、皆様に、訪れ、ます、様に。……叶う、ならば、旅立つ、皆様に、希望有る、来世が、訪れ、ます、様に……」
そう小さく囁く様に深々と頭を垂れて、雨に薫る金木犀を両手で握り、祈りと祝福を訥々と捧げる蒼。
「……そうだな。此であの者達の無念が全て晴れ、転生の輪に乗っていると良いな」
そう『暗殺者』が『ヒト』の心と共に紡いだその言葉を、誰も否定しなかった。
――かくて1つの戦いが終わり、猟兵達はこの場を後にした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2022年08月22日
宿敵
『彷徨いし者『雨鶴』』
を撃破!
|