はると思い出の揺り籠
アリスのはるは、今日も不思議の国を巡る。
思い出せた辛い過去の欠片を受け入れ、乗り越えて。
元の世界に戻るための『自分の扉』を探して。
また不思議の国へと辿り着く。
そこは、どこか懐かしい感じのする花畑だった。
見覚えがあるわけではない。初めて来る国のはず。
けれども、上手く説明できない懐郷の気持ちが沸き上がってきて。
はるは琥珀色の瞳を怪訝に曇らせ、鈴飾りのついた長い小麦色の髪を揺らす。
「何だろう……すごく、懐かしい……」
それは隣にいるオウガブラッドのロゼも同じようだった。
硝子の国で出会って、一緒にアリスラビリンスの国を彷徨うようになった、はるの新しい友人。相変わらず右目と右腕に包帯を巻いて、肩までの青い髪と左しか見えない青い瞳を美しい硝子のように輝かせている、はると同じアリス。
アリスであるがゆえに、はるにもロゼにも過去の記憶は完全にはない。
それでも、懐かしい、と感じるのはどうしてなのか……?
不思議な感覚に戸惑っていると。
「あっ、見て見て。誰かいるよ」
「新しく孤児院に来た子かな?」
「それとも、先生のお客さん?」
わっ、とやってきたのは子供達。
はるやロゼと同年代らしき子もいるけれど、ほとんどが年下の小さい子のようで。
揃いの、というか、質素な服を着ている。
そして、どう見ても、アリスラビリンスの国々にいる愉快な仲間達ではなく。
普通の人間の子供だったから。
状況が分からず戸惑っていると、子供達が笑いながら喋り出す。
「この花畑はね、すごいんだよ」
「遭いたい人に遭えるんだ」
「遭って、幸せな時間を過ごせるんだ」
「先生が、アリスを救うために創ったんだよ」
「すごいでしょ」
子供達に手を引かれ、花畑の先にある質素な建物に誘われながら。
その笑い声を聞くうちに、はるの、ロゼの、視界が歪む。
先を行く子供達の姿が薄れ、見えてくるのは2人それぞれの……幸せな思い出。
「大丈夫。思い出すのは幸せな過去だけだよ」
「だからゆっくり過ごすといいよ」
「逢いたかった人と、幸せに」
「思い出に囚われていくといいよ……」
りりん。
「はるとロゼは、あれからも一緒にアリスラビリンスを巡っていたようだね」
馴染みのアリスの姿を見たという九瀬・夏梅(白鷺は塵土の穢れを禁ぜず・f06453)はその近況を猟兵達に告げ。そして表情を曇らせた。
それもそのはず。グリモア猟兵である夏梅がその姿を見たということは、大抵の場合、オウガがらみでアリスが大変な時なのだから。
「2人が行き着いたのは……『思い出の花畑の国』とでも言おうか。
訪れた者は幸せな過去の思い出に囚われて、オウガの餌食になってしまうんだよ」
はるもロゼも思い出に囚われて、オウガの傍にいるという。
「オウガの名は『揺り籠の母』地籠曼樹。
その名の通り、慈悲深く優しい笑みを湛えた母のような女性で、アリスにも猟兵にも心から親切に穏やかに接してくれるようだ」
だがそれでも、その存在はオウガだから。
地籠曼樹自身はアリスのため猟兵のために救いの手を差し伸べているつもりでも。
無意識のうちにアリスを喰らい猟兵を排除しようとしてしまっているという。
思い出の花畑も、その本質を表す一端。
幸せな過去を見せて、辛い経験をしたアリスを癒そうとしながら。
幸せな過去に捕らえて、その存在をいつしか喰らってしまう。
「悪意がないからこそ『美しき地獄』なんだろうね……」
夏梅は苦々しく緑瞳を細めながら。
アリスラビリンスへの道を、開いた。
佐和
こんにちは。サワです。
きっと皆、誰かの幸せを願っている。
第1章は『思い出の囚われ人』。
幸せな過去の思い出を見せて来る花畑です。
ここを通り抜けないと、オウガやアリス達の元へは辿り着けません。
どのような幸せが見えるのか、どう対応するのか。
好きなように思い出と向き合ってください。
第2章は『揺り籠の母』地籠曼樹とのボス戦です。
アリスや猟兵を優しく出迎えますが、本質はオウガなので、その慈しむような優しさは攻撃となってしまっています。
地籠曼樹のそばには質素な建物があり、その中に、幸せな思い出に囚われてしまった2人のアリスがいます。建物に入ると、2人のアリスそれぞれの幸せな思い出の中に入れます。そこからアリス達が自身で思い出と向き合い、抜け出ることを手助けできれば、2人を無事に救出することができます。この場合、地籠曼樹と戦うことはできず、他の人に戦いを任せることになります。
尚、地籠曼樹を倒せば、2人のアリスは解放されて現実へと戻ってくることはできますので、あえて対処しない選択も可能です。
今作に登場するアリスは以下の2人。
はる:10歳程の少女。辛い過去を思い出し、猟兵のおかげで乗り越えています。
歌声で癒す『シンフォニック・キュア』のような力が使えます。
ロゼ:17歳の少女。オウガブラッド。過去に立ち向かおうと奮闘中。
自身に憑依するオウガを戦わせる『オウガ・ゴースト』が使えます。
はるのこれまでを知りたい方は、タグを利用して過去の登場作をご確認ください。
ロゼは『はると硝子の天使』からの登場です。
尚、未読でも当シナリオの参加には問題ありません。
はるとロゼにお声がけしたい方だけどうぞ。
それでは、歪んでしまった優しさを、どうぞ。
第1章 冒険
『思い出の囚われ人』
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POW : 根性論で過去に打ち勝つ
SPD : 過去にはない今が持っている経験で過去に打ち勝つ
WIZ : 当時は動揺していたが、今なら冷静に知識をもって過去に打ち勝つ
👑7
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「あっ、見て見て。また誰かいるよ」
「今日はいっぱいお客さんがくるね」
不思議と懐かしい花畑に足を踏み入れると、わっ、と子供達がやってくる。
質素な服を着た、幼く小さく純粋で無垢な子供達。
「この花畑はね、すごいんだよ」
「遭いたい人に遭えるんだ」
「遭って、幸せな時間を過ごせるんだ」
「先生が、アリスを救うために創ったんだよ」
「すごいでしょ」
口々に『先生』を褒め称えながら、花畑の奥へ奥へと引き寄せて。
だんだんと、景色が変わる。
花畑が、子供達の姿が薄れて。
見覚えのある、でも今ここに見えるはずのない、光景が広がっていく。
「大丈夫。思い出すのは幸せな過去だけだよ」
「だからゆっくり過ごすといいよ」
「逢いたかった人と、幸せに」
「思い出に囚われていくといいよ……」
子供達の声は、いつの間にか遠く、遠く。
そして『幸せな過去の思い出』が、貴方を出迎える。

フリル・インレアン
ふええ、私もアリスなんですよね。
懐かしいのに、思い出せない。
アヒルさんも何か思い出しているのでしょうか?
ふえ?アヒルさんも思い出せないんですか?
喉のあたりまで出かかってるのにって、きっと何かのヒントになりますよ!
思い出してください。
ふえ?その後、私を突いたのは思い出したのにって、……それ絶対に関係ないと思いますので思い出さないでください。
そういえば、アヒルさんもある意味アリスなんですよね。
はぁ、私達はとにかくまっすぐ進むしかないんですね。
そこは、どこか懐かしい感じのする花畑だった。
見覚えがあるわけではない。初めて来る国のはず。
けれども、上手く説明できない懐郷の気持ちが沸き上がってきて。
フリル・インレアン(大きな
帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は赤い瞳を不安気に揺らし、大きな帽子の広いつばをぎゅっと引き寄せた。
説明されていた、思い出の花畑。訪れた者を幸せな思い出に引きずり込む甘美な罠。
ゆえに、フリルの周囲も、いつの間にか、花畑から一変していたのだけれども。
「ふええ、私もアリスなんですよね」
先ほどとは違う困惑に、フリルはおどおどと赤い瞳を左右に彷徨わせた。
「懐かしいのは懐かしいんですけど、思い出せないんです」
じわりと胸を満たすのは、懐郷の思い。
広がる景色は、確かにどこか温かく、幸せで、心地よいと感じるもの。
それでも、アリス適合者であるフリルは、まだ過去を思い出せていないから。
その『幸せな思い出』を完全には理解できず。
ゆえに、囚われる程に心を寄せられない。
幸せなはずの過去を、幸せだと感じられず。むしろ、思い出せない、知らない景色に、困惑が深まるばかりで。
「アヒルさんも何か思い出しているのでしょうか?」
フリルは縋るように、両手の上のアヒルちゃん型ガジェットを見下ろす。
すると、ガジェットは、黄色いくちばしでガア、と鳴いた。
「ふえ? アヒルさんも思い出せないんですか?」
その鳴き声を唯一正確に理解できるフリルは、その言葉に驚き。
「喉のあたりまで出かかってるのに、って……
きっと何かのヒントになりますよ! 思い出してください」
ガジェットを顔の前まで持ち上げて、くちばしと顔を突き合わせて頼み込む。
しかし、必死なフリルに、ガジェットは変わらぬ声色でガアと鳴き。
「ふえ? その後、私を突いたのは思い出したのに、って……?
いえ、それ絶対に関係ないと思いますので思い出さないでください」
手掛かりにならなさそうな、むしろ自身の情けない姿だけを思い出されているかのような言い方に、あわあわとフリルはガジェットを揺らした。
結局、ガジェットからそれ以上の情報は与えられず。
フリルも、自身の過去を思い出せないままで。
「……そういえば、アヒルさんもある意味アリスなんですよね」
ふと、ここにきて気付いた、というか思い至った事実を、ぽつりと零す。
アリスラビリンスに迷い込んだアリス適合者。その側に転がっていたのがこのアヒルちゃん型ガジェットだったから。
別の世界から別々に迷い込んだとしても、過去の記憶を失って違う世界に召喚された、という境遇は同じだったのかもしれない、とフリルは考え。
でも、だからといって、今できることが変わるわけでもなく。
フリルの、そしてガジェットの、失った記憶と『自分の扉』を探すしかないのだから。
「はぁ、私達はとにかくまっすぐ進むしかないんですね」
導き出された変わらない結論に、フリルはまたとぼとぼと歩き出した。
ガア。
大成功
🔵🔵🔵
夜鳥・藍
ごめんなさい。
私には純粋に幸せだと言える過去がないの。
だって物心ついた時には両親の愛と弟がいる幸せは確かにあったけど、同時に一人だけ彩が違う私に対しての、特に遠縁の親戚からの嫌な視線があったから。
あの頃の幸せは不躾な視線との裏表だった。
(今はもうあの感情が籠った視線はないけれど、代わりに「猟兵となった私」への打算的な感情は感じるからそれもどうかとは思うけどね……)
でもね、だからこそ家族の想いは確かだった。今だってそう。
戦う事に心配げなでも気遣ってくれる両親の瞳の色と、跡継ぎとしてしっかりしつつも時折憧れのような輝きを見せてくれる弟の瞳の色。それがあるからいつだって私は先に進めるの。
どこか懐かしさを呼び起こす花畑。逢いたい人に遭えると誘い込む子供達。
夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)は静かにそこを進み。
気付けば、かつて出た家に、いた。
愛してくれる両親と、大好きな弟が、藍を笑顔で迎えてくれる。
大切な家族と共に過ごした、幸せな家。
確かにあった、藍の『幸せな思い出』。
でも。
「ごめんなさい。私には純粋に幸せだと言える過去がないの」
呟いて伏せた瞳は、宙色。俯き気味になったことで、さらりと肩からこぼれた真っ直ぐな長い髪は、星々が連なる銀河のような銀色。
それらは、両親とも弟とも違う色だった。
クリスタリアン。宝石の身体を持つ、人型の鉱石生命体。
ほとんど人間と変わらない外見を持っているものの、藍はその少数種族で。瞳や髪の色や輝きは、それゆえのもの。
家の中で唯一、違う彩。
両親は笑っている。弟も笑っている。
幸せだけが再現された家の中だけれども。
藍は感じてしまう。思い出してしまう。
幸せと裏表であるかのように、常にあった不躾な視線を。
特に遠縁の親戚からの嫌な視線を。
(「今はもうあの感情が籠った視線はないけれど」)
開いた瞳に映る、幼い頃の弟の姿。
彼の成長を機に藍が家を出たことで、周囲の見る目は変わった。
(「代わりに『猟兵となった私』への打算的な感情は感じるから、それもどうかとは思うけどね……」)
口の端で小さく小さく苦笑して。そっと首を左右に振り、星を煌めかせるようにさらりと長髪を揺らして。
藍は改めて、家族を宙色の瞳に映す。
「でもね、だからこそ家族の想いは確かだった」
愛に満ちた優しい瞳。花畑に見せられた『幸せな思い出』に、それを確信して。
藍はしゃがみ込むと、幼い弟に手を伸ばし、抱きしめた。
顔を上げれば、両親が藍を見つめている。
戦う事に心配げな、でも気遣ってくれる両親の色。
腕を緩め、身体を離せば、弟が藍を見つめている。
跡継ぎとしてしっかりしつつも、時折、憧れのような輝きを見せてくれる弟の色。
藍は、それらをしっかりと受け止め。そして見つめ返して。
立ち上がる。
「この色があるから、いつだって私は先に進めるの」
確かな輝きを胸に、藍は足を踏み出した。
大成功
🔵🔵🔵
南雲・海莉
義兄さん(f19432)と
義兄さんの手をぎゅっと握り
リンデンの頭を撫でつつ
見える景色はつい先日
『義兄さん…寝台特急に乗るだけの依頼で
なんで気絶してくるの?』
『わ、悪い
その、自分でも知らないうちに…』
あぁ、そっか
今が十分幸せってことなのね
『…それで、その幽霊くんを召喚しちゃったってこと?』
『幽霊…って言うか、「七不思議」って言うらしい
「もう1人の俺」の記憶によると』
サクミラでのお土産話
その時のUCと怪談話の実演
テーブルの上にはアップルシナモンティ
足元ではリンデンが遊んでる
笑顔と驚きが溢れてる一時
握る手に力を込める
幸せの続きを見る為に
何よりこの先で待ってる友達の為にも
サクッと抜けちゃいましょ!
ユウ・リバーサイド
海莉(f00345)と
差し出される海莉の手を握り返して
電車の中で揺れる感覚
『もうすぐ宇治か。乗り換えだぞ』
大きな手が『自分』の頭を撫でる感覚
見上げると優しい笑顔の男の人
…え?
『今日はお父さんと一緒にいてね
お母さんは実家のお手伝いで忙しいから』
『自分』は男にぎゅっとしがみつく
母さん…?!
じゃあこれ、4歳よりも前の記憶か…!
『…くん達も来てるはずだ
ちゃんと挨拶するんだぞ』
…『あの日』より前の
父さんが優しかった
母さんが生きてた頃の
俺がたくさんの間違いを犯す前の…
ここからやり直せたらなんて
…いや、違うよな
今の幸せが、義妹たちが隣にいるんだ
父さんとだってこれからやり直す
だからまた、ね
母さん
うん、行こう
ティーセットの乗ったテーブル。漂う香りはアップルシナモンティ。
足元ではレトリーバー種を思わせる褐色大型犬が遊んでいて。
向かいの席ではユウ・リバーサイド(壊れた器・f19432)が苦笑している。
(「これは……」)
状況が掴めずに南雲・海莉(With júː・f00345)は一瞬混乱するけれども。
「義兄さん……寝台特急に乗るだけの依頼でなんで気絶してくるの?」
その心とは裏腹に、海莉の口から勝手にそんな言葉が零れていた。
「わ、悪い。その、自分でも知らないうちに……」
バツの悪そうな、困ったような、苦い笑顔を見せるユウ。
そのやりとりに、思い出す。
これは、つい先日のこと。
サクラミラージュで『寝台列車怪談ツアー』に参加してきたユウのお土産話を聞いていた時の『思い出』だ。
足元にいる大型犬は、キャスケット帽の下で円らな瞳を嬉しそうに輝かせ、背中の小さな翼をぱたぱたさせて、主と同様、ご機嫌な様子。そう、これも見覚えがある。
だから海莉は、意識せず、あの時と同じ言葉を続けて紡いでいた。
「……それで、その幽霊くんを召喚しちゃったってこと?」
「幽霊……って言うか、『七不思議』って言うらしい。
『もう1人の俺』の記憶によると」
笑顔と驚きが溢れている一時。何気ない歓談。
それを繰り返している自身を、海莉は自覚して。
思い出す。
ついさっき、ユウと共に花畑へ足を踏み入れたことを。その花畑は『幸せな思い出』を見せてきて、気を付けないと囚われてしまうと説明されたことを。
海莉は思い出し。
(「あぁ、そっか」)
その口元に柔らかな微笑みを浮かべる。
(「今が十分幸せってことなのね」)
つい先日の出来事。今と変わらない日常。
それを繰り返しているということは……
アップルシナモンティが満ちたカップを、思い出の中と同じタイミングで持ち上げて、海莉はくすりと笑い。しばし、思い出通りの言葉を続けた。
――その頃、ユウは。
電車の中で揺れる感覚に、目を瞬かせていた。
見覚えのある、でもどの路線かは上手く思い出せない、そんな車内。過ぎ行く外の景色にも、覚えがあるようなないような。
それに、どうも見えている景色の高さが低い気がして。
違和感に首を傾げる。けれども、すぐに思い至った。
これは『幸せな思い出』なのだ、と。
それを待っていたかのように、ぽんっと頭の上に感じる優しい感触。
「もうすぐ宇治か。乗り換えだぞ」
続けて降ってきた声に見上げると、優しい笑顔の男の人が、ユウの頭を撫でていた。
(「……え?」)
知っている。覚えている。
この男の人は……
「今日はお父さんと一緒にいてね。お母さんは実家のお手伝いで忙しいから」
そこに後ろから柔らかく穏やかな声がかかって。
ユウは、自分の身体が勝手に動いて、男の人にぎゅっとしがみついたのを感じる。
そう、この人は父さん。
そして、振り向いた先で微笑んでいる女の人は……
(「母さん
……!?」)
男の人よりもおぼろげな記憶。でも、知っている。覚えている。
(「じゃあこれ、4歳よりも前の記憶か
……!」)
あの日より前の。
父さんが優しかった、母さんが生きていた頃の。
幸せな過去の思い出。
(「俺がたくさんの間違いを犯す前の……」)
ぎゅっと、男の人にしがみついた手に力が入る。
小さな小さな掌が、必死に思い出にしがみつく。
「……くん達も来てるはずだ。ちゃんと挨拶するんだぞ」
男の人の優しい声。女の人の微笑む顔。
それにじっと聞き入って。それにじっと見入って。
(「ここからやり直せたら、なんて」)
思ってしまう。
けれども。
男の人にしがみついていた手に、温かな感覚が伝わってくる。
小さかった手のひらが、いつの間にか大きくなっている。
(「……うん、違うよな」)
淡く苦笑して、ユウは男の人から離れた。
気付けば視線が高くなり、見上げていたその顔を真っ直ぐに見ることができている。
「今の幸せが、義妹たちが隣にいるんだ。
父さんとだってこれからやり直す」
今の自分の姿となったユウは、過去の父親の姿に決意の笑みを見せて。
後ろに立つ、過去に失った母親の姿に、少し悲し気ながらも微笑むことができた。
「だからまた、ね。母さん」
そして、温もりを感じる手に、力を込めて。
花畑に足を踏み入れる前に差し出され、握ったままだった手の先に、義妹の――海莉の姿を見つけて。
過去の思い出にはないその心強い笑顔に、頷く。
「幸せの続きを見る為に。何よりこの先で待ってる友達の為にも。
サクッと抜けちゃいましょ!」
「うん、行こう」
そして2人は、手を繋いだまま歩き出す。
その後を、背の小さな翼と尻尾を揺らして褐色の大型犬が追いかけた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヘザー・デストリュクシオン
しあわせ。
そうね。わたしは今、毎日が幸せなの。
だからわたしが見るのは、恋人がいて妹がいて友だちがいて仲間がいる、いつもの毎日なのね。
これは壊れない?わたしが生きてるかぎり、ずっといてくれるの?
だれも、わたしより先に死なないの?
そう……。
でもこのままだとはるちゃんとロゼちゃんを助けられないんでしょ?
わたしが帰らなかったらきっとアリスも彼も、悲しんでくれるから。
わたしの幸せはまだあるからまだその時じゃないの。
なくなったら、また来るの。
まあ、わたしはみんなより長く生きるつもりなんてないけどね。
(もう生きることに疲れてしまったから、幸せすらいらないのよ。わたしはただ、妹の一番でいられればそれでいいの)
「しあわせ」
ぽつり、とヘザー・デストリュクシオン(白猫兎の破壊者・f16748)は呟いた。
懐郷の花畑。そこには訪れた人の『幸せな思い出』が映し出される。
その説明を思い出し、言葉にして繰り返して。
ヘザーは、景色を変えた花畑を見渡すと。
「そうね。わたしは今、毎日が幸せなの」
恋人の姿があった。羽織った赤褐色の外套の上で漆黒の長髪が揺れる。
妹の姿があった。垂れたウサギ耳と柔らかな白い長髪がふんわり広がる。
そして、数多の友の笑顔が、頼もしい仲間の姿が、ヘザーを囲む。
特別なことは何もない。
いつもの毎日。
それが、目の前に映し出されている。
ヘザーの『幸せな思い出』。
幸せだけを与えてくれる世界。
だから。
「これは壊れない?」
ヘザーは問いかけていた。
「わたしが生きてるかぎり、ずっといてくれるの?
だれも、わたしより先に死なないの?」
そうだ、と恋人が答えた。
わたしは、長生き、する、です、と妹が答えた。
ずっといるよと友が答え、誰も死なないと仲間が答えた。
「そう……」
ぽつりと頷いたヘザーの顔に、じんわりと嬉しさが滲む。
それは確かにヘザーの幸せ。
望む未来の一片。
現実にはそれが叶うかは分からない。
でも、ここなら。幸せだけを生み出す、この花畑の世界でなら。
確実に叶う幸せ。
ずっとずっとここに居れば。
ヘザーは、幸せ。
「でもこのままだとはるちゃんとロゼちゃんを助けられないんでしょ?」
それでもヘザーは、夢から顔を上げる。
ヘザーが幸せでいることで、助けられない友がいる。
「わたしが帰らなかったらきっとアリスも彼も、悲しんでくれるから」
ヘザーが幸せでいることで、悲しむ人達がいる。
だって。
この幸せは、まだ、思い出の中だけのものじゃないから。
「わたしの幸せはまだあるからまだその時じゃないの。
なくなったら、また来るの」
だから、ヘザーは花畑を抜け出る。
幸せな思い出を、もっともっと作るために。
未来へと、進んでいく。
(「まあ、わたしはみんなより長く生きるつもりなんてないけどね」)
心の片隅に、昏い本心を抱きながら。
もう生きることに疲れてしまったヘザーは、幸せすらいらないのだから。
恋人よりも、妹よりも、友や仲間よりも、先に死ぬ。
それこそが本当の、ヘザーの幸せ、だったから。
(「わたしはただ、妹の一番でいられればそれでいいの」)
純粋で真っ直ぐで、でも根本が歪んだ昏い願いを抱いたまま。
ヘザーは幸せな世界を後にした。
大成功
🔵🔵🔵
ヴァレーリヤ・アルテミエヴァ
(アドリブ・連携歓迎)
…そうですわね、
ヴァレーリヤにとってのそれは生前の日々でしょう。
お父様にお母様、産まれて間もない弟…そしてわたくしの可愛い
飼い猫。
愛しい家族と従者達がいたあの屋敷がわたくしを出迎えることでしょう。
忘れる訳ありませんわ?目覚めた
ヴァレーリヤは、家族の待つ屋敷に戻りたい一心で荒野を歩き続けたのですから。
ふふっ、戦車の操縦どころか拳銃すら手にとったことのない…そんな子供だったのに。
…ええ、わたくしはその旅の果て…全てはとうの昔に失われた後だったことを知っています。
痛いほど衝動を訴えるこの首もとが証。
ならこの熱と痛みを糧に進むのみですわ。
「……そうですわね、
ヴァレーリヤにとってのそれは生前の日々でしょう」
幸せな思い出、と言われてヴァレーリヤ・アルテミエヴァ(アルテミエフの残滓・f24433)が思い至ったのは、戦禍の中で幼き命を散らす前、デッドマンとして改めて目覚める以前の記憶だった。
お父様。お母様。産まれて間もない弟。
懐かしい屋敷に『帰ってきた』ヴァレーリヤを、愛しい家族が出迎え、従者達が恭しく世話を焼いてくれる。
慣れ親しんだ空間に、いつも通りに対応すれば。
その足元にするりと寄り添う小さな影。1匹の猫。
(「わたくしの可愛い
飼い猫」)
そっとその身体を抱き上げ、抱きしめ。逆にお父様に抱きしめられ。弟を抱いたお母様が傍に寄り添い、頬を寄せてくれて。従者達が見守ってくれる。
幸せな――幸せだった、日々。
「忘れる訳ありませんわ?」
デッドマンとして目覚めたヴァレーリヤは、この温かく愛しい家族の元へ戻りたい一心で荒野を歩き続けたのだから。
しかし、歩けども歩けども、ヴァレーリヤが望む場所へ戻ることはできなかった。家族も、従者も、屋敷も、愛猫も……一族はとある国に滅ぼされていて。そして、復讐すべきその国も、
暗黒の竜巻に壊された後だったから。
「……ええ、わたくしはその旅の果てを……全てはとうの昔に失われた後だったことを、知っています」
だからこそ、この光景は幸せそのもので。
だからこそ、囚われることはない。
極端に白い肌に映える黒いチョーカーを巻いて隠した首元が、今も痛いほどの衝動を訴えているのだから。
この衝動がある限り、デッドマンは蘇生し続ける。
この痛みがある限り、ヴァレーリヤは在り続ける。
「ふふっ。
戦車の操縦どころか拳銃すら手にとったことのない……そんな子供だったのに」
お父様とお母様から離れ、弟の頬をそっと撫で。腕の中の愛猫を手放して。
優雅で華麗なお嬢様は、幸せから離れていく。
思い出の光景に、銀瞳を愛おし気に細め。
それでも、足を踏み出して。
愛用する
全高約5mの二足戦車を脳裏に描きながら。
「この熱と痛みを糧に進むのみですわ」
ヴァレーリヤは、迷うことなく、花畑を抜けていった。
大成功
🔵🔵🔵
広いホールに、白いクロスが綺麗にかけられたテーブルが点在している。
その中央には華やかな花が飾られて。花瓶を囲むかのように、ティーセットと、テーブル毎に違う種類のケーキが色とりどりに並んでいた。
陽気な旋律の音楽が小さめに流れ、楽し気な会話が弾む、パーティー会場。いや。
「お茶会……」
ぽつり、と。アリスのはるは呟いていた。
集まった人達は、皆、仮装をしていた。シンデレラに赤ずきん、人魚姫に茨姫、かぐや姫や桃太郎、ピーターパンからアラビアンナイトまで。他にもいろんな童話を混ぜたようなメルヘンな装い。
ふと気付けば、はるも『不思議の国のアリス』の水色のエプロンドレスを着ていて。小麦色の頭には、大きな青いリボンがついたカチューシャを揺らしている。
そして、赤の女王様やらチェシャネコやら、同じ物語の別の配役の仮装も見えれば。他にもアリスの仮装が何人もいた。
知らない場所。知らない景色。知らない人達。
でもどこか懐かしくて……心が温かく、楽しく弾む光景。
不可思議な感覚に、はるはふらりと人々に近付く。
すると、仮装した皆が、はるに気付いたように振り向いて。
「お誕生日おめでとう」
口々に、告げる。
はるは驚きながらも、皆に誘われるまま、お茶会に入っていった。
集まった中に大人はいない。いや、成人していそうな人もいたけれど、それでも大学生のような若々しい感じだから。学生の集まり、といった印象か。
そんな、学生の童話仮装なお茶会の主役が、はる。ということらしい。
琥珀色の瞳をぱちくりさせながら、でもはるは、優しい雰囲気に包まれて。次第に、自然に、その場に溶け込み。互いの仮装を褒め合い、お茶やケーキを分け合って。
祝福される、幸せな時間を紡いでいく。
笑顔ばかりの童話なお茶会の思い出に、囚われていく。
りりん。
木元・杏
まつりん(祭莉・f16554)と
また、はるの鈴の音が聞こえた
それにロゼも
まつりん、わたし達も行こう
双子の兄と共に花畑に足を踏み入れる
夏梅の説明だと、幸せな過去が見れるって
んん、わたし、何時だって幸せだから囚われる程の過去って何だろう
見れるならそう、はるとロゼとの記憶がいいな
ふわもこに埋もれたはるを探し、お茶に帽子の思い出に、プリンセス(笑)
はるの辛い過去も幸せな過去も垣間見て
色んな所を旅するはる
そしてロゼと出会い
沢山の色を眺めて、苦しい気持ちを乗り越えて
ああ、わたしが見る過去は、はるとロゼの未来へと向かう軌跡
そしていつも傍にはまつりんとわんこ連れの友人がいた
ね、まつりん
過去の幸せは今と同じ
木元・祭莉
アンちゃん(f16565)、はるちゃんどこかな?
ロゼ姉ちゃんにも会うの楽しみ!(危機感がない)
あれ、愉快な仲間じゃない子たち。
なになに、先生がいるの?
ついていきながら、アンちゃんの手をぎゅって握っておくね。
幸せかー、たまこのいない今はとっても幸せ♪
まあ、いたらいたで、別にね、とか言ってると……
あれ、おばちゃん。髪短くなった?
ね、アンちゃん……あれ。アンちゃん、小さくなってる?
あ。これ、木元村に初めて来たときだ。
村長さんが、今のおうちに食べ物や着物を揃えてくれて。
そして、外に出て、運命に出会った。
白くて丸い。たまご。
拾って懐に入れたら、目が合って。
うっわ!(正気に戻る)
……うん、今も幸せ。だね!
「また、はるの鈴の音が聞こえた」
ふと顔を上げた木元・杏(ほんのり漏れ出る食欲系殺気・f16565)は、聞こえたその音を探すかのように耳を澄ませた。
「はるちゃん、どこかな? ロゼ姉ちゃんにも会うの楽しみ!」
しかし聞こえるのは、わくわくした木元・祭莉(これはきっとぷち反抗期・f16554)の声だけで。空耳だったのかな、とも思う。
でも、友達が困っていると聞いたから、杏はアリスラビリンスに来たわけで。
アリスのはるやロゼのために、猟兵達が集まっているのだから。
杏はぐっと両手を握りしめ、しっかりと頷いた。
「まつりん、わたし達も行こう」
「うん、アンちゃん」
双子の兄に声をかけ、2人は花畑へと向かっていく。
すると。
「あっ。新しく孤児院に来た子かな?」
「こんにちは。いらっしゃい。さあ、こっちに来て」
「この花畑はね、すごいんだよ」
「幸せな時間を過ごせるんだ」
「逢いたい人に遭えるんだ」
「先生が、アリスを救うために創ったんだよ」
「すごいでしょ」
質素な服を着た子供達が、杏と祭莉を取り囲んだ。
「愉快な仲間……じゃない子たちだね。なになに、先生がいるの?」
祭莉は、その話を聞きながら、誘われるままに花畑に足を踏み入れて。
その横に、たたたっ、と追いついた杏が並ぶ。
「夏梅の説明だと、幸せな過去が見れるって」
こっそり囁くのは、花畑の前情報。懐郷の念を呼び起こす不思議なそこは、既にオウガの手の内だと聞いていたから、杏はさり気なく視線だけで花畑を観察する。
「幸せかー」
一方の祭莉は、相変わらず緊張感のない様子だけれども。
隣の杏の手をぎゅっと握っていた。
「んん、わたし、何時だって幸せだから……囚われる程の過去って何だろう?」
「たまこのいない今はとっても幸せ♪
……まあ、いたらいたで、別にね……」
そんなことを言い合いながら、花畑を進むうちに。
景色が一変する。
祭莉の前に広がっていたのは自分達の住む木元村。
サムライエンパイアによくある農村の風景は、見慣れたものだったけれども。
「あれ、おばちゃん。髪短くなった?」
挨拶と笑顔をくれた隣の家のおばさんの、ちょっとした違いに首を傾げ。
「ね、アンちゃん……」
手を繋いだ双子の妹に振り返れば。
「あれ。アンちゃん、小さくなってる?」
今よりも幼いその姿に、更に首を傾げた。
でも、気付けば祭莉の視線は、妹のそれと同じくらいになっていて。
繋いだ手もどこか小さい感覚。
「あ。これ、木元村に初めて来たときだ」
ようやく、祭莉は思い至った。
これは、過去の幸せな思い出なのだ、と。
おばさんが笑顔で迎えてくれて、行く先を教えてくれて、村長さんの所に行く。村長さんが、今のおうちに案内してくれて、そこに食べ物や着物を揃えてくれる。
覚えている。木元村での幸せが始まった日の記憶。
懐かしく、そして嬉しい、出会いの思い出。
妹と2人、家の中を探検して。部屋を割り振ったり、荷物を置いたりして。
そして、外に出て。
運命に出会った。
「たまごだ」
白くて丸いそれを見つけた祭莉は、笑顔で駆け寄り。ひょいと拾って懐に入れる。
それから顔を上げると。
こちらをギロリと睨んでいる雌鶏と、目が合った。
「うっわ!」
「まつりん?」
驚き、転びかけ、繋いでいた手を引っ張ったことで。
祭莉は思い出から抜け出ていた。
杏としっかり握った手。
その感覚を再確認して。
尻もちをついた体勢から、思い出の中から少し成長した、今の杏の姿を見上げて。
雌鶏の姿がなく、鋭く黄色いくちばしも向かってきていないことを確かめて。
ふぅ、と安堵の息を吐く。
でもまあ、この緊張感も祭莉の幸せの一欠けらではあるのですが。
そしてようやく落ち着いた祭莉は、立ち上がりながら、杏に問いかけた。
「アンちゃんは、どんな思い出だった?」
「わたしは……はるとの思い出」
ふんわり微笑んだ杏は、祭莉に説明しながら、先ほど見た光景を思い起こす。
ふわもこのクッションの海に沈んでいたはるを助けた、出会いの日。はる、というあったかい名前を始めて聞いた時のことを。
眠りの茨に囚われたはるを助けて、愉快な帽子達とお茶会をした日。はるの王子様の座を賭けた、楽しいもふもふ争いのことを。
ふわふわクッションに誘われた夢の世界で、はるの失った過去を始めて垣間見た日。祭莉がはるに初めて会った時のことを。
過去の記憶を無理矢理引き出されて、はるがオウガになってしまった日。はるが辛い過去を乗り越えて、一歩踏み出した時のことを。
それからもいろんな国を巡った。女装農夫なプリンセスが治めるうるさい花の国。プリンセスの残滓が漂う白黒の国。愛で蕾が花開く平和な花畑の国。その間にも、鏡だらけのウサギ穴を彷徨ったり、聖夜のマッチに惑わされたり。
そして、硝子の森で、もう1人のアリス・ロゼと出会った時のことを。身の内のオウガに苦しみながらも先へ進むロゼと、助け合って支え合ってきたことを。
杏は、思い出して。
「はる、色んな所を旅してきた」
辛い過去も、幸せな過去も。
沢山の色を眺めてきたことも、苦しい気持ちを乗り越えてきたことも。
杏はずっと見てきたから。
祭莉とわんこ連れの友人と一緒に、いつも傍に寄り添ってきたから。
「だから、わたしが見た『幸せな思い出』は、はるとロゼの未来へと向かう軌跡」
杏はそう、断言する。
はるとの出会いは幸せだと。
はるの進んできた道も幸せであると。
そして、はるの進む先も……
「ね、まつりん。過去の幸せは今と同じ」
「うん、今も幸せ。だね!」
隣の祭莉に笑いかければ、にぱっとおひさま笑顔が返ってきて。
ぎゅっと握る互いの手の温もりを感じながら。
杏は、花畑の先へと進む。
兄と共に、はるとロゼの元へと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
地籠・陵也
【地籠兄弟】アドリブ歓迎
……ああ。変わらないな。この光景。
昔のあの時と、何も、変わらない。
この子たちも、あの時の姿のままだ。
先生――あんたは、オブリビオンになっても根は変わってないんだな。
けど、もう全部過去になってしまった。
……なって、しまったんだ。
そうだろう、凌牙。
俺たちは――前に、進まなければ。
【指定UC】で空間そのものを【浄化】の力で弱められないか試みる。
ちびたちをこれ以上無理にここに留めておきたくないから。
――ごめんな、俺たちもできるなら一緒にいたい。
でも、俺たちもお前たちも、帰るとこに帰らないといけないから。
その為に先生に会いにいかなきゃいけないから……通してくれるか?
地籠・凌牙
【地籠兄弟】アドリブ歓迎
……ああ、本当に。
あの時と何も変わらなさすぎて逆に怖くなるぐらいだ。
ちびたち、元気にしてたか?
そうか、それならよかった。あれからずっと心配してたんだ。
ああ……俺たちもずっと会いたかったよ。
お前らのいない孤児院は、俺たちだけで住むにゃ広すぎる。
(兄の言葉を聞き)
……安心したぜ、陵也がこの空間に囚われてなくって。
お前は俺よりもあの時のことを引きずらざるを得なかったから、さ。
そうだな、ちびたちもここに歪んだ状態で呼ばれちまったなら、ちゃんと正しい場所に還してやんねえと。
大丈夫だよちびたち。また会えるから。
そう、いつかまた――な。
この祝福の標は、その約束の印だよ。
不思議な懐郷の念を呼び起こす花畑。
訪れた人が囚われるよう、過去の『幸せな思い出』を見せる地で。
地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)と地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)の兄弟は、本当に懐かしい景色をそこに見ていた。
花畑はそのまま。その先に見える質素な建物もそのまま。
変化しない光景を、兄弟は共に目を細めて眺め。
「変わらないな。この光景」
「……ああ、本当に」
質素な建物を――孤児院を、ただただ見つめる。
「昔のあの時と、何も、変わらない」
「何も変わらなさすぎて逆に怖くなるぐらいだ」
親のいない2人が引き取られた孤児院。子供の頃から暮らしていた場所。
見間違うことなどない、故郷。
そしてそこから、子供達が現れる。
「あっ、見て見て。誰かいるよ」
「新しく孤児院に来た子かな?」
「それとも、先生のお客さん?」
わいわいと話しながら、こちらをちらちら見ながら集まってくるその姿は。
これも、見間違うことなんてない。
兄弟の家族……孤児院で一緒に過ごした子供達だった。
だから凌牙は、かつてそうしていたように、子供達へと声を張り上げる。
「ちびたち、元気にしてたか?」
その声を聞いて、子供達の顔がぱあっと輝いた。
「お兄ちゃんだ!」
「おかえりなさい、お兄ちゃんたち!」
「元気にしてたよ」
「ちゃんと先生の言うこと聞いてたよ」
わっと駆け寄って来る子供達。嬉しそうな笑顔にあっという間に囲まれて、服や手を引っ張られたりぎゅっとしがみつかれたり。全身で表される親愛を、2人は受け止める。
(「この子たちも、あの時の姿のままだ」)
それは、かつての日常。
兄弟が孤児院に戻る度に繰り返された光景。
慣れ親しんだやり取りに、陵也はぎゅっと拳を握りしめ。
「そうか、それならよかった」
凌牙は、しがみつく子供の頭をぽんっと優しく撫でながら、悲し気に告げる。
「あれからずっと心配してたんだ」
「心配してたのは僕たちの方だよ」
「ずっとずーっと待ってたんだよ」
「そうだよ。みんなで、早くお兄ちゃんたちに会いたいね、って言ってたんだ」
口々に、甘えるように言う子供達。
その姿に、凌牙は泣き笑いのような複雑な笑みで顔を歪めた。
「ああ……俺たちもずっと会いたかったよ。
お前らのいない孤児院は、俺たちだけで住むにゃ広すぎる」
そう。この子達はもう孤児院にはいない。
孤児院がオブリビオンに襲われたあの時に、皆殺されてしまったから。
子供達も。兄弟を迎え入れてくれた先生も。
皆、死んでしまったから。
だからこれは『幸せな過去の思い出』。
兄弟が、取り戻せるなら取り戻したいと願う、失われた『幸せ』。
でもそれは、叶わぬ願い……
「会いたかった。ずっと一緒にいたかった。
けど、もう全部過去になってしまった。
……なって、しまったんだ」
陵也は、そのことを確かめるかのように。目を逸らさないように。口にして。
「そうだろう、凌牙」
双子の弟を、失わなかったただ1人を、しっかりと見つめる。
生き残ったのは2人だけ。
だからこそ。
「俺たちは――前に、進まなければ」
陵也は思い出の先の、未来を見据えた。
「……安心したぜ、陵也がこの空間に囚われてなくって」
ほっとしたように、凌牙は笑みを柔らかいものに変える。
オブリビオンに家族だけでなく心も奪われた陵也は、凌牙よりもあの時のことを引きずらざるを得なかったから。凌牙よりもさらに、失うことを怖がっていて。だからこそ、幸せな過去に引きずられやすいと思っていたから。
しっかりと今を受け入れ、思い出を思い出として受け止めた陵也に、凌牙は力強く頷いて見せた。
「そうだな。ちびたちもここに歪んだ状態で呼ばれちまったなら、ちゃんと正しい場所に還してやんねえと」
凌牙の言葉に、陵也はユーベルコードで光の十字架を召喚する。
その浄化の波動で、花畑と共に作り出された空間そのものの力を弱めようと試み。
そこに無理に留められている子供達を、解放してやりたいと、願う。
「お兄ちゃんたち、またどこか行っちゃうの?」
「ずっと一緒にいようよ。ずっとここにいようよ」
「先生もお兄ちゃんたちも、みんなで一緒に、幸せに暮らそうよ」
そんな陵也に、子供達は寂し気にすがりついてきた。
陵也の心を揺らすように。思い出の中の幸せに引きずり込もうとするかのように。
「先生はね、アリスのために花畑を作ったんだよ」
「辛い思いをしているアリスが救われるように、頑張ってるんだ」
「だから、お兄ちゃんたちも手伝ってよ」
「一緒に先生を手伝おうよ」
訴えて来る子供達の言葉に、陵也は奥歯を噛み、瞼を閉じた。
(「先生――あんたは、オブリビオンになっても根は変わってないんだな」)
「――ごめんな、俺たちもできるなら一緒にいたい」
再び目を開けて、陵也は子供達に告げる。
本当の心を。
そして、やるべきことを。
「でも、俺たちもお前たちも、帰るとこに帰らないといけないから。
その為に先生に会いにいかなきゃいけないから……通してくれるか?」
優しく、哀しく、諭すように。
伝える。
子供達は顔を見合わせ。寂し気に微笑む陵也を見上げてから。
すがりつき、引き留めていた手を、ゆっくりと離した。
「大丈夫だよちびたち。また会えるから。
そう、いつかまた――な」
だから凌牙は、子供達の頭をぽんぽんっと順に撫でて。その際に、ユーベルコードで吉兆の刻印を与える。
1つ1つ。全ての子供達に。
「この祝福の標は、その約束の印だよ」
向けた笑顔はかつてと同じ、優しく憂いのないものだった……と思う。そう、できていたと、思う。
子供達は、刻印を握りしめ。それぞれに頷き合うと。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃんたち」
「また会おうね」
「いつかまた、だよ」
陵也と凌牙を昔と同じ晴れやかな笑顔で送り出した。
先生の待つ、孤児院へと。
「がんばってね、お兄ちゃんたち」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
木霊・ウタ
心情
はるとロゼの危機を見過ごせるか
オウガを倒して二人を助けるぜ
行動
俺の過去は曖昧だけど
きっと幸せな思い出は見えるんだろうな
それはUDCアースでの
小学校での友達と笑い合った日々かも知れない
或いはキマイラ達との馬鹿騒ぎして
やっぱり笑っていた思い出かも知れない
もしかするとダークセイヴァーでの
圧政に苦しむ過酷な生活の中
親が祝ってくれた誕生日が本当に嬉しかった、
その光景かも知れない
真実の思い出の光景なのか
偽りなのか
俺にはわからない
けれど
その光景から湧き上がる思いは本当だ
だからこそ
俺の胸に猟兵としての想いが灯る
俺が守りたいもの
俺が猟兵である理由を
わざわざ見せて
再確認させてくれたってワケだ
だから胸の想いは
熱く輝く炎となって
俺の内から迸り
拡がり荒ぶって
思い出を光に包んで消去し
脱出
これ以上やるってんなら
容赦しないぜ?
と花たちを脅しつける
本当は
オブリビオン以外は相手にしたくない
けどオウガの頸木から抜け出せないんなら…
可哀想だけど燃やして灰にする
ここは通させてもらうぜ
待ってろ、二人とも
すぐに行く
幼い子供達が集う学び舎にチャイムの音が鳴り響き、授業が終わる。
同時に始まる中休みに、友達が集まるや否や、すぐに教室から外に飛び出して。
飛び交うのはボールと笑顔。
短い休み時間に詰め込む、小さくも楽しい遊び。
毎日繰り返される、なんてことない時間。
UDCアースの小学校での、平穏で幸せな日常。
――景色が、切り替わる。
ビビッドでサイバーパンクな街並みに集うのはキマイラの子供達。
ネコの耳を生やした者や、背に鷲の翼を広げる者、四肢に鋭い爪と深い毛を持つ者がいれば、爬虫類らしき尾を揺らす者も。
姿形が個性的すぎる程に違う彼らは、だが皆、揃って楽し気な笑顔を浮かべていて。
手近な壁をコンコン叩いて何かを手にする度に、馬鹿みたいに騒いでいた。
キマイラフューチャーのとある街での、平穏で幸せな日常。
――また景色が、切り替わる。
質素というにも簡素な、寂しく寒々しい家に、小さな蝋燭の火が灯った。
常闇を照らすための照明ではなく、誕生日の祝いの灯火。
食べる物を選べない、食べられるというだけでやっとの生活の中、目の前にあったのは自分の好きな料理。量は人数分としては少ないけれども、それ以上の温かい気持ちがお皿の上に満ちている。
おめでとう、と伝えてくれる親の言葉も嬉しくて。
薄暗く淡い灯りの中で、ささやかな笑顔が交わされる。
ダークセイヴァーの圧政の下での、僅かな、でも確かにある幸せな一時。
「これは、俺の過去……なのか?」
足を踏み入れた花畑が次々と見せてきた光景をじっと眺めていた木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)は、ぽつりと呟いた。
幸せな思い出。それは間違いない。
でもそれが、真実の思い出の光景なのか、偽りなのか、ウタには分からない。
ウタの過去は曖昧だ。
頭部にある、弾丸を掠めたような傷跡。それが原因で記憶を失ったとかなのか。それすらも分からないから。
UDCアースで平凡に小学校に通っていたのか。
キマイラフューチャーで面白おかしく遊んでいたのか。
ダークセイヴァーで苦しくも懸命に生きてきたのか。
どれが本当の『ウタの過去』なのか、もしくはどれも偽りでしかないのか。
判断できないけれども。
ウタは、ぐっと握った右手の拳を、左胸に当てた。
幸せな思い出の光景。
(「この光景から湧き上がる思いは、本当だ」)
心に灯る、猟兵としての想い。
「俺が守りたいもの……
俺が猟兵である理由を、わざわざ見せて再確認させてくれたってワケだ」
にっと浮かべた笑みと共に、炎が生み出されていく。
それは、ブレイズキャリバーたる『地獄の炎』。
そして、ウタの内から迸る、熱く輝く想いの炎。
噴き出した紅蓮は、ウタを中心に一気に辺りへ広がって。
笑い合う小学生達を、馬鹿騒ぎするキマイラ達を、誕生日を祝う親を、包み込み。
消し去る。
気付けば、ウタは花畑に立っていた。
どこか懐かしさを呼び起こす、不思議な花畑。
そして、目を見開いてウタを見つめている、質素な身なりの子供達。
ウタはそれらを、『幸せな思い出』に引きずり込まれる前に目にしていた光景を、改めて見回すと。
「これ以上やるってんなら、容赦しないぜ?」
また、にっと笑いかけた。
本当は、オブリビオン以外は相手にしたくない。
オブリビオンが創り上げたという花畑も、オブリビオンではない子供達も、できればそのままにしておいてやりたい。
でも、ウタは、花畑のその先へ進まなければならない。
オブリビオンを――オウガを倒さなくてはならない。
そして……友達を、助けなくてはならない。
だから。
(「この子供達がオウガの頸木から抜け出せないんなら……」)
ウタは覚悟を決めて、両手に力を込めた。
だが、その手に再び炎が生み出されるよりも前に。
戸惑い、顔を見合わせていた子供達は、誰かに呼ばれたかのように振り向くと。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃんたちが、かえってきた!」
ウタに背を向け、嬉しそうに走り出した。
花畑の広がる先へ。幸せな思い出へ向かって行くかのように。
笑顔で走り行き、そしてその背が1つ、また1つと消えていく。
少し驚きながらウタはその様子を見送って。
花畑に誰もいなくなってから。
「……ここは通させてもらうぜ」
誰にともなく告げると、足を踏み出す。
子供達が走っていったのとは別の方向……元々ウタが目指していた、花畑を抜けた先に見える質素な建物に向かって。
そこに囚われていると聞いたアリスを助けるために。
「待ってろ、2人とも。すぐに行く」
ウタは迷わず進んで行った。
大成功
🔵🔵🔵
さほど広くない、L字型の店内には、幾つものテーブル席があった。
学生を中心とした客のほとんどは女性。それぞれが他の席のことなど気にせずに、それぞれのグループでおしゃべりに花を咲かせている。
そんな喧噪の中で、6人座れる席に、アリスのロゼは座っていた。
目の前には、小さなケーキが8種類も乗った皿と、青色のサイダーが満ちたプラスチックのコップ。袋に入ったままのストローと、デザート用のフォーク。
それだけしか乗っていないテーブルは、広々としている。
手元に落ちていた視線を再び上げれば、店のL字型の壁に沿って、ケーキやゼリー、プリンにアイスなどの様々なスイーツが、1つ1つは小さく分けられ、1種類1種類がかなりの数を揃えて、ズラリと並んでいて。その横には皿が積み上がっていた。
好きなものを選んで好きなだけ取って食べられるシステム。
「スイーツバイキング……」
ぽつり、とロゼが呟くと。
「あ、ロゼ。お待たせー」
「相変わらず選ぶの早いね」
ロゼに声をかけながら、4人の少女が笑顔で席に戻ってくる。
その手には、ロゼの前にあるのと同じ皿とコップが持たれていて。
「見て見て、リリーってばチョコばっかり」
「何よ、いいでしょ。好きなんだから」
「そういうデイジーは、種類も数も多すぎない?」
「ジャスミンが少なすぎるのよ。そのくせ時間かかったし」
「悩むくらいなら取ればいいのよ。どうせ後で食べるんだから」
「うー。ほっといてよ」
うちの3人が、わいわい騒ぎながら、ロゼの向かい側に座った。
そして、ロゼの右隣の席へ、残る1人が座りながら。
「ロゼ、これ見た? バラの花びらが入ってるんだって」
ロゼに差し出されたのは、小さなプラスチックカップに入った透明なゼリー。確かにその中には赤い花びらが2枚、閉じ込められていた。
「ロゼが好きかな、って思って、持ってきちゃった」
そのままゼリーはロゼの皿の横に置かれて。
見つめると、少女は少し照れたように、ふわりと微笑む。
「おー。アイリスは気がきくねー」
「デイジーが気にしなさすぎなのよ。今日はロゼの誕生日なんだから」
「誕生日を理由にケーキ食べようってなっただけだけど」
「それは否定しない」
「否定しないんだ」
また騒ぐ3人と、隣の少女とを見回して。
(「ああ、そうだ……」)
ロゼは、思い出す。
いつも5人で遊んでいたことを。
何気ない、でも幸せな毎日を、5人で過ごしていたことを。
そして、もう5人が揃うことがないことを。
思い出して。
「ロゼ、誕生日おめでとう!」
4つの声が紡ぎ上げた幸せな響きに、泣き出しそうになりながら。
もう現実には見る事ができない4つの笑顔を、失いたくないと願いながら。
「さあ、食べよう」
「いっただきまーす!」
話を弾ませ、甘さを分け合い、幸せな時間を紡いでいく。
笑顔ばかりだった頃の友達との思い出に、囚われていく。
葛城・時人
幸せな過去、か
何がと考えつつ
何を視てしまうかは最初から分かってる…
ほら
マンションのリビングだ
前に依頼で視た時は、惨劇後だったけど
もうあの頃には色々険悪だったはずの
家族が揃って座って
両親が笑顔で俺を呼ぶ
「おかえり時人、ケーキあるわよー」
「甘いカフェオレで食べたら良い」
余りにも当たり前の
俺が永遠に失ったそれ
本当に夢で見た事すらある
家族との団欒
呑まれそう
呑まれない訳がない
俺の慟哭を癒す為だけに象られた
此処は俺だけの夢の世界
でも
兄貴が押し黙ったままただ俺を見た
それだけでも『此処は違う』のが分るんだ
だから
「ごめん、今日もまだ用事があるから征くね」
と、背を向ける
目の前にはリビングの扉
住んでいた時は此処を開けて廊下直ぐに
俺の部屋
今はもう存在しないとはっきり解るのは
俺が能力者で猟兵だから
「それにね…」
後ろは見ずに言葉を紡ぐ
「俺が甘党なの知らなかったでしょ?」
両親は言葉を発さない
ドアノブを回して出る時、兄貴の声が最後に聴こえた
「時人はホントに馬鹿だなあ…気を付けて」
うん
ちゃんと誓いは護る
大丈夫だよ
ありがと
「幸せな過去、か」
それは何だろうと考えながら、葛城・時人(光望護花・f35294)は花畑を歩く。
初めて見るはずなのに、不思議な懐郷の念が沸き上がってくる中で。
過去の記憶が幾つも頭を過る。けれども。
(「何を視てしまうかは最初から分かってる……」)
「ほら」
時人の目の前に広がった景色は、とあるマンションのリビングだった。
きちんと掃除はされているけれど、生活するがゆえの汚れや乱れが見え、それがとても懐かしく温かく感じる――時人が暮らしていたかつての家。
「おかえり時人。ケーキあるわよー」
4人がけのテーブルに4つの皿と4つのカップを並べていた母が笑顔で声をかける。
「甘いカフェオレで食べたら良い」
先に座っていた父も、時人の席を示しながら笑顔を向けてきて。
黙ったままの兄も笑顔で、時人を待っている。
あまりにも当たり前の光景。
特別なことなどない、家族との団欒。
それは。
時人が、永遠に失ったもの。
ゴーストに襲われた家族は、今はもう亡い。
以前の依頼で視せられた惨劇の光景こそが現実で。
家族が揃って笑顔で時人を呼ぶ。
ただそれだけのことを、本当に夢で見た事すらある。
もう一度だけでもと何度も願った時間。
――幸せな過去。
吞まれそう……いや、呑まれない訳がない。
だって此処は、時人の慟哭を癒す為だけに象られた、時人だけの夢の世界なのだから。
呑まれていく。
囚われていく。
(「でも……」)
リビングへ、笑顔の家族へと、足を踏み出しかけた時人は。
押し黙ったままただ自分を見ている兄を、見た。
笑顔で、時人を迎えてくれている。
けれど、黙ったままの、兄。
それだけでも。
(「此処は違う……」)
分かる。分かってしまう。
だから。
「ごめん、今日もまだ用事があるから征くね」
踏み出しかけた足を後ろへ引いて。
時人はくるりと家族に背を向けた。
目の前には、懐かしいリビングの扉。
何度も開けたそれに、手を伸ばす。
開けた先には廊下があって。すぐに時人の部屋があった。
それが今はもう存在しないとはっきり解るのは。
時人が能力者で、猟兵だから。
家族を失ったことで覚醒し、力を得てしまった存在だから。
時人は、ドアノブを握り。
「それにね……」
回す前に、振り向かないまま、言葉を紡ぐ。
「俺が甘党なの知らなかったでしょ?」
甘党だと知らない母は、ケーキを用意してくれたりしない。
甘党だと知らない父は、甘いカフェオレを勧めてくれたりしない。
そうであればいいと時人が望んだ『幸せな過去』だからこそ。
違うことが、生まれてしまう。
夢の世界だと、分かってしまう。
両親からの答えは、ない。
時人は、言葉を待たずに、ドアノブを回して……
「時人はホントに馬鹿だなあ」
兄の声が、聞こえた。
呆れたような、困ったような。
でも、きっと笑顔で言っていると思える程、優しく温かい声が。
「……気を付けて」
時人を、現実へと送り出す。
(「うん」)
ゆっくりと、でも迷わずに、リビングのドアを開けて。
時人は、廊下ではない扉の先へと、今度こそ足を踏み出した。
(「ちゃんと誓いは護る。大丈夫だよ」)
幸せな過去とは違う、家族のいない現在へ。
辛さも哀しさもある、でもそれだけではない未来へ。
時人はしっかりと進んでいった。
――ありがと、兄貴。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『『揺り籠の母』地籠曼樹』
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POW : だいちのゆりかごのおうち
小さな【孤児院の玄関相当のサイズのドア 】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【懐かしさを感じさせる家で、一晩泊まる事】で、いつでも外に出られる。
SPD : 安らぎの楽園
【心が安らぐ懐かしい香り 】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
WIZ : 「疲れたでしょう、ゆっくりしていってね」
【手作りのお茶菓子(毒はない) 】を給仕している間、戦場にいる手作りのお茶菓子(毒はない) を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
👑11
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花畑を抜けた先、質素な建物の中。
幾つか並ぶ簡素なベッドのうち2つに、アリスが2人、眠っていた。
小麦色の長髪に鈴を揺らすアリス・はる。
青髪の下で右目を包帯で隠したオウガブラッドのアリス・ロゼ。
その傍らには、赤いリコリスの花が咲く長い髪を1本の三つ編みにゆるく纏めた美しい女性が、オラトリオの翼を背に、慈悲の微笑を浮かべていた。
柔らかなその表情に、悪意は欠片もない。
垂れ目気味の瞳にも、ほくろのある艶やかな口元にも、穏やかな笑みだけが湛えられていて。アリスの髪を撫でる繊手も、とても優しいもの。
けれども。
オラトリオの白い翼の先は、血のように赤く染まり。
アリスたちは、目覚めない。
幸せな夢に囚われてしまっているから。
このまま眠り続け、幸せなままに……死んでしまう。
それを理解していないかのように。いや、理解していないから。
女性は、眠るアリスの頭を優しく撫で、穏やかな笑みを浮かべている。
――『揺り籠の母』地籠曼樹。
自身がオウガになってしまったことすら気付かずに。
アリスの寝顔を、嬉しそうに見つめている……
そんな静かな時の中で。
ふと、地籠曼樹は顔を上げ、建物の入り口である扉を振り返る。
「ああ、あの子達が帰ってきたのね。それも、沢山お客様を連れて」
嬉しそうに微笑んだ地籠曼樹は、すぐに外に出ようとして。
でも一度、ベッドへと向き直る。
「大丈夫よ。安心して、アリス」
小麦色のさらりとした長い髪を、鈴を鳴らさずに優しく撫でながら。
「貴女は怖かったのよね。貴女自身が自分の両親を殺してしまった事実が知られたら、周囲の人達に軽蔑されるのではないかと。
この温かなお茶会はもう二度とできないと、恐れたのよね」
青色の少し癖のある短い髪を、包帯を乱さないように優しく撫でながら。
「貴女は辛かったのよね。貴女が友達を殺してしまったから、他の友達から恨まれて。
5人が揃って遊ぶことはもう二度とないから、哀しかったのよね」
地籠曼樹は、2人のアリスに微笑む。
「私が『幸せな思い出』を見せ続けてあげる。
思い出の中でなら、怖がることも辛いことも恐れることも哀しいことも、何もないわ。
幸せなままでいれるように、助けてあげる」
そして、地籠曼樹は、はるとロゼの眠るベッドから離れると。
建物の――孤児院の外へと向かって、歩き出す。
質素な扉を開けてから、子供達に先生と呼ばれていた女性は、一度振り返って。
「私が救ってあげるわ。可哀想なアリス」
そうして『揺り籠の母』地籠曼樹は、猟兵達と対峙する。
フリル・インレアン
ふええ、あの人がオウガさんですね。
優しそうに見えるけど……私たちアリスを食べてしまうんですね。
ふえ?あれはお菓子の魔法では?
しかも、(毒はない)って、まるで私のお菓子に毒が入っているみたいじゃないですか!
こうなったら、挑発の魔法です。
私もお菓子を作ってきたんです。
あなたのお菓子よりとーってもおいしいですし、毒なんて書かなくても当然入ってませんよ。
あの人が本当に悪い人でないのなら、この魔法は不発で終わります。
ですが、あの人はオウガさんですから、私に敵対心を向けて襲い掛かってしまいます。
はるさんやロゼさんに向けていた優しさがオウガさんの本性に変わる前に終わらせましょう。
アヒルさん、いきますよ。
孤児院の質素な扉を開けて、オラトリオの女性が姿を見せる。
「ふええ、あの人がオウガさんですね」
フリル・インレアン(f19557)は、極度の人見知りだから、という以上にびくっと身体を震わせて、現れたその存在を恐る恐る赤い瞳に映した。
「優しそうに見えるけど……私たちアリスを食べてしまうんですね」
柔和な笑みを浮かべる温厚そうな女性。しかしその正体がオウガであると、思い出の花畑を創り出した『揺り籠の母』地籠曼樹だとフリルは聞いて知っていたから。
大きな帽子の下から、怯えと警戒たっぷりな視線を向ける。
しかし、地籠曼樹は、そんなフリルの様子に気分を害することすらなく。
変わらぬ穏やかな微笑みを向けて。
自身の元へ集まってきた猟兵達を招き入れるように手を広げ、その場にお茶菓子の並んだテーブルを出現させた。
「疲れたでしょう、ゆっくりしていってね」
孤児院を訪れた客を歓待するような動き。その表情にも言葉にも、来客を喜んでいるような、嬉しそうな感情だけが溢れていて。猟兵に対する敵対心は欠片も感じられない。
子供達を優しく迎え入れる母親のような。
温かく穏やかな雰囲気が広がる。
それでも。
「ふえ? あれはお菓子の魔法では?」
地籠曼樹はオウガであり。お菓子はユーベルコードだと。
似たユーベルコードを使うフリルは、それを見抜いて首を傾げた。
両手で持ったアヒルちゃん型ガジェットが、同意するように、があ、と鳴く。
フリルは油断なく、地籠曼樹のユーベルコードを見て。
それが『手作りのお茶菓子(毒はない)を給仕している間、戦場にいる手作りのお茶菓子(毒はない)を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする』効果を持つものだとしっかり理解して。
「何ですか、あの(毒はない)って。
まるで私のお菓子に毒が入っているみたいじゃないですか!」
があ。
「私のお菓子も(毒はない)ってちゃんと説明すべき、って……
そんな説明しなくても、毒なんて入れませんから!
アヒルさんはどっちの味方なんですか!」
ガジェットの鳴き声を唯一正確に理解して、ぷんぷんと可愛く抗議するフリル。しかしガジェットはすぐにふいっとそっぽを向いて、フリルの怒りは素知らぬ顔。
むぅ、と怒っているような困っているような顔で、ガジェットを頑張って睨むフリルだったけれども。ガジェットの様子に半ば諦めて。
「こうなったら、挑発の魔法です」
それならばと地籠曼樹へ向き直り、フリルもずらりと手作りお菓子を並べた。
ユーベルコード『
空気を読めない少女の挑発の魔法』。
「私もお菓子を作ってきたんです。あなたのお菓子よりとーってもおいしいですし、毒なんて書かなくても当然入ってませんよ」
それは『自身の技能を披露した指定の全対象に、敵対心や対抗心等の感情を与える』ものだから。
「あら、私の作ったお菓子も美味しいわよ。子供達が大好きなの」
対抗するように地籠曼樹が自身のお茶菓子をフリルに勧めてくる。
しかしそこから敵対心を持って襲い掛かってくる、と予想したフリルに反して。
「でも、お菓子が沢山あると、子供達が沢山食べられるわ。
私のお菓子も、あなたのお菓子も、皆で食べましょう」
地籠曼樹は変わらぬ柔和な笑みで、自身のお茶菓子もフリルのお菓子も、共にテーブルに並べて給仕する。
(「不発……ではない、のですけど……」)
その様子に、フリルは大きな赤い瞳を瞬かせて。
不思議そうに首を傾げた。
「あの人は本当に悪い人ではないのでしょうか……」
本質がオウガであることは間違いなく。アリスを食べてしまうのも本当だろうけれど。
地籠曼樹に、自身がアリスを食べてしまうオウガであるという自覚が全くなくて、アリスを食べてしまっていることに気付いていないならば。心の底から、アリスの助けになろうと思っているのならば――
フリルはじっと、地籠曼樹を見つめて。
があ。
ガジェットの鳴き声に、ハッと我に返る。
「確かに沢山食べられる、ってアヒルさん!?
とってもお菓子を楽しんでるじゃないですか!」
そして、並べられたお菓子を食べ散らかすガジェットにも困惑しながら、あわあわわたわたしていくのでした。
大成功
🔵🔵🔵
夜鳥・藍
私にはお二人へのきっかけの言葉をかけられない。お会いした事もなく、そして「そう」だと感じるのは自分自身ですから。
ですから私は今目の前にいらっしゃる地籠曼樹を倒します。
鳴神を投擲、一投目を避けられても念動力で操作し確実に当てていきます。
そして竜王さんを召喚して雷撃による追撃を。
ドアには近づかず触れず。触れてしまっても最大の抵抗をします。
懐かしい思い出はもう十分。それに猟兵になった事でいつだって私は実家に帰れるようになったの。
もう10代の頃の誰かの目におびえてた私じゃない。
孤児院の質素な建物から姿を現した『揺り籠の母』地籠曼樹に、夜鳥・藍(f32891)は宙色の瞳を微かに細めた。
懐郷の花畑を創り上げたという存在。
そして、幸せな夢に囚われたアリスを喰らってしまうオウガ。
事前に聞いていた説明を脳裏で反芻し。
藍は、それと悟られないように視線を彷徨わせる。
地籠曼樹に捕らわれているという2人のアリスを探して。
それは藍以外の猟兵も同じだったのだろう。他の視線も辺りを探り、そして狼耳の少年が無邪気に地籠曼樹へと問いかけた。
「アリスは孤児院の中にいるわ。
ドアの向こうで『幸せな思い出』を見続けて、幸せなままでいるわ」
あっさりと返ってきた答えに、藍は示されたドアを見る。
地籠曼樹の後ろ。質素な建物と同じく質素な玄関のドア。
ユーベルコード『だいちのゆりかごのおうち』。
触れるだけで孤児院の中に入ることができ、アリスの元へ行けるだろう。
けれども。
(「私にはお2人へのきっかけの言葉をかけられない」)
藍はドアへは向かわなかった。
(「お会いした事もなく……そして『そう』だと感じるのは自分自身ですから」)
幸せとは、本人の価値観でしかないと分かっているから。関わりのない初対面の相手の『幸せ』を肯定することも否定することも、藍にはできない。
だからこそ『幸せな思い出』に囚われているアリスを助けることは、できない。
そう、判断して。
(「ですから私は、今目の前にいらっしゃる地籠曼樹を倒します」)
優しい微笑みで藍達を出迎える地籠曼樹に、改めて向き直った。
お茶菓子を並べて猟兵達を歓待する様子を。
その誘いに乗って、それぞれの思いを伝えていく仲間を。
お茶会の席につかず、ドアにも近づかないまま、見続けて。
会談から戦闘へ。その場の空気が変わったのを感じると同時に、握りしめていた黒い三鈷剣『鳴神』を投擲した。
咄嗟ながらもギリギリで回避した地籠曼樹だが、藍は避けられたそれを念動力で操作して、間髪入れずに背後から狙う。今度はさすがに躱しきれずに、鳴神は地籠曼樹の腕に突き刺さる。
痛みに驚いたかのように、こちらを見つめてくる地籠曼樹へと、藍は、長い銀髪を揺らしながら宙色の藍晶石の瞳を向けて。
「懐かしい思い出はもう十分。
それに、猟兵になった事でいつだって私は実家に帰れるようになったの」
視線に怯えることなく、しっかりと相対し、告げる。
「もう十代の頃の、誰かの目におびえてた私じゃない」
しっかりと未来へ向けて踏み出したクリスタリアンは。
その覚悟を示すように。思い出から先へ進めたことを証明するかのように。
嵐の王たる竜王を召喚すると。
黒竜の電撃を地籠曼樹へと放った。
大成功
🔵🔵🔵
ヴァレーリヤ・アルテミエヴァ
(アドリブ・連携歓迎)
貴女が地籠曼樹。アリスを優しく受け入れながらも、いずれ喰らってしまうオウガ。
ですがその親切は噓も悪意もない心からのもの、そういう話でしたわよね?
いいですわ。ならば…ええ、わたくし避けも防ぎもしませんわ。
ですが…眠るつもりも止まるつもりもさらさらなくてよ!
眠りへの誘いを『ヴァレーリヤ』を突き動かす電流に。
我が身を焼け焦がそうが<継戦能力>で突き進みますわ!
『ミーシャ』!嘗ては飼い猫として、今は鉄の乗機としてその名を冠した愛しきあなた!
わたくしと共に進みなさい、携えた『ヴァロータ』を突き立てるために!
人は、わたくしは、自分で立ち上がり歩いていけるのだと彼女に告げるために!
「貴女が地籠曼樹」
質素な扉を開けて姿を見せたオラトリオに、ヴァレーリヤ・アルテミエヴァ(f24433)はぽつりとその名を呟いた。
柔和な微笑みや楚々とした姿、お茶菓子を勧める優雅な所作は、どこか貴族社会を思い出すけれども。
(「アリスを優しく受け入れながらも、いずれ喰らってしまうオウガ」)
名と共に聞いていたその真の姿を反芻し。
油断なく、ヴァレーリヤは『揺り籠の母』地籠曼樹を見据える。
(「ですが、その親切は噓も悪意もない心からのもの……」)
自身のものだけでなく、大きな帽子を被った猟兵の少女が用意したお菓子も受け入れ、並べ勧める姿は、慈愛そのものでしかなく。一切の敵意も悪意も感じないから。
「いいですわ」
それならば、とヴァレーリヤは真っ直ぐに、地籠曼樹と相対する。
「ええ、わたくし避けも防ぎもしませんわ」
甘く優しいお茶菓子の誘い。
拒絶どころか歓迎する孤児院のドア。
それらを横目に、ヴァレーリヤは地籠曼樹へと近づき。
途端、心が安らぐ懐かしい香りに包まれた。
花畑で視た光景が蘇り。その温かさが眠りを誘う。
ここで休んでいきなさい、と。
先へ進むのは辛いこと。思い出の中に留まって、ゆっくりしていきなさい、と。
安らぎの楽園がヴァレーリヤを引き寄せる。
けれども。
「避けも防ぎもしませんけれど……眠るつもりも止まるつもりもさらさらなくてよ!」
その甘美な誘惑を、誘いをはねのける程の『衝動』を、ヴァレーリヤは、デッドマンである自身の身体を突き動かす力に――強い電流に変えていた。
美しき躯を保ち続ける想像と意志の力は、この程度では揺らがないと。
見せつけるようにヴァレーリヤは立ち。
長く美しいピンク色の髪を、魅せるように払い広げてから。
「『ミーシャ』!」
愛しきその名を呼ぶ。
嘗ては飼い猫として。今は鉄の乗機として。
ヴァレーリヤの傍らに在り続ける存在。
「わたくしと共に進みなさい!」
声に応えて現れた、全高5m程の
二足戦車は、主を包み込むように受け入れ。その心のままに付き従うことを示すかのように。ヴァレーリヤの想いを体現した。
そしてヴァレーリヤは地籠曼樹へ『
雷火の応報』を放つ。
「人は、わたくしは、自分で立ち上がり歩いていけるのだと彼女に告げるために!」
過去の思い出に留まらず。
現在をしっかりと踏みしめて。
愛機と共に未来へ進んでいくのだと。
ヴァレーリヤの想いのように強い電流が、地籠曼樹へ示された。
大成功
🔵🔵🔵
木元・杏
まつりん(祭莉・f16554)と
あの人が地籠曼樹
まつりん、行こう
こんにちは、先生
お茶菓…お茶会してると聞いてお伺いしたよ
少しゆっくりお話したいな
地籠曼樹へと語りかけつつ
はるとロゼの居る建物をちらり
…ん、2人へ声掛けに向かう人を確認
お任せしよう
ケーキにクッキー、先生の手作り?
ん…程良い甘さにさくさく感。美味しい
先生は幸せな思い出を見せてくれるね
花畑でわたしも見た
そうね、楽しくて幸せだった
だけど、違和感もあった
だって、夢は夢で、現実(本当)ではないから
本能でわかる、わたしは現実と向き合って生きて行くのだと
でなければ、幸せな夢を「幸せ」と認識出来なくなる
だから、夢をありがとう
じゃあね
木元・祭莉
アンちゃん(f16565)、コッチの方からいい匂いがするよ!
やほ、せんせー。
おいらたち、はるちゃんとロゼ姉ちゃん探してるんだ。
鈴がりりん、って鳴る子と、片眼が巻き巻きされた人なんだケド。
あ、アッチにいる?
ありがと……あれ、アンちゃんはまだココにいる?(お菓子を見て)
うーん。じゃあおいらも残ろうかな。
お菓子くれないと、泣いちゃうゾ♪(がぉう)
幸せかぁー。
そこにあるときはわからなくて、失くなってから気付くモノ。
なんか母ちゃんがそんなコト言ってた。
時は戻らないから、大事なんだって。
(過去の映像)
せんせーにはわからないかー。
仕方ないよね、オブリビオンだもん。
幸せは、遠くにありて想うもの、だよ!
(拳)
「アンちゃん、コッチの方からいい匂いがするよ!」
「待って、まつりん」
狼耳をぴんっと立て、狼尾をふりふり揺らしながら、狼というより犬のようにくんくんと、香りに釣られて花畑を抜けた木元・祭莉(f16554)。ずっと手を繋いだままの木元・杏(f16565)が、その勢いに引きずられて、ちょっとあわあわしていますが。
それでも目指す場所にちゃんと辿り着いたから。
「あの人が地籠曼樹」
杏は、お茶菓子を並べる優し気なオラトリオの姿に、ふっと金瞳を曇らせた。
悪意なく、無自覚に、アリスを喰らってしまうオウガ『揺り籠の母』地籠曼樹。
杏たち猟兵の来訪すらも喜んでいるような様子を、じっと見据えて。
「まつりん、行こう」
「うん、アンちゃん」
繋いだ手はそのままに、今度は2人並んで進み行き。
双子の兄妹は地籠曼樹と対峙する。
「やほ、せんせー」
陽気に声をかけたのは、祭莉。
警戒の欠片もなく、無邪気なほどの笑顔に、地籠曼樹は穏やかに振り向き。
「おいらたち、はるちゃんとロゼ姉ちゃん探してるんだ。
鈴がりりんって鳴る子と、片眼が巻き巻きされた人なんだケド」
「ああ、可哀想な2人のアリスのことね。
大丈夫よ。アリスは孤児院の中にいるわ。
ドアの向こうで『幸せな思い出』を見続けて、幸せなままでいるわ」
笑顔の成果か、それとも元々隠す気はなかったのか。祭莉が助けに来た2人のアリスの居場所をあっさりと教えてくれた。
「ありがと!
アンちゃん、あっちだって」
祭莉は、にぱっとまた笑顔を返して。
杏を促し、アリスたちの元へ行こうと思ったけれども。
「こんにちは、先生」
その杏は、地籠曼樹が示した質素な建物へ向かうことはなく。
「お茶菓……お茶会してると聞いてお伺いしたよ。少しゆっくりお話したいな」
地籠曼樹を真っ直ぐに見つめながら、出現させたテーブルへとついた。
「……あれ、アンちゃんはまだココにいる? お菓子食べたいの?」
きょとんとした祭莉は、食いしん坊だからなー、なんて言いながら杏を覗き込み。
一瞬、本当にお茶菓子に心を奪われていた杏が、ちょっとだけ目を逸らす。
ほら一瞬。ほんの一瞬だけでしたから。
それに、杏はちゃんと見ていた。
2人のアリスの居場所が示された直後、褐色の大型犬を伴った長い黒髪の少女が、任せてと伝えるかのように、杏を真っ直ぐに見つめて頷いたのを。短い黒髪の青年と共に、孤児院の扉へ走り出したのを。
ちゃんと確認していたから。
「ん。お任せしよう」
双子の兄に頷いて、杏はお茶会の席に留まり。地籠曼樹と対峙する。
祭莉は、そんな妹の様子に、狼耳をぴこぴこさせて。
「うーん。じゃあおいらも残ろうかな。
お菓子くれないと、泣いちゃうゾ♪」
狼らしく、がぉう、なんて可愛く吠えて見せながら、杏と並んだ席に着いた。
「疲れたでしょう、ゆっくりしていってね」
振舞われるのは沢山のお茶菓子。素朴で、ゆえに温かみのある、優しい甘味。
「先生の手作り?」
勧められるままクッキーを手にした杏は、警戒することなくあっさりと口に運び。
「ん……程良い甘さにさくさく感。美味しい」
「おいしー。あ、杏ちゃん、ケーキもあるよ」
「それもいただく」
祭莉も一緒に、次々とお茶菓子に手を伸ばす。
美味しいと喜ぶ2人に、地籠曼樹は、温かく優しい慈愛の微笑みを、見せた。
お茶会を楽しんでいる笑み。
いや、お茶会を楽しんでくれているものがいることを喜んでいる笑み。
誰かの幸せな姿を見て。
その幸せを自身がもたらせたのだと感じて。
嬉しく思っている、心からの優しい笑顔。
それが分かったから。
「先生は幸せな思い出を見せてくれるね。
花畑でわたしも見た」
杏は、クッキーを口に運び続けていた手を止めて――ケーキはしっかり食べ終わって、充分な数のクッキーも頂いた後だったから、もう心を奪われることなく――地籠曼樹へと話しかけた。
「楽しかったでしょう? 幸せだったでしょう?」
お茶菓子と同じように『幸せな思い出』を楽しんでくれたと、地籠曼樹はまた嬉しそうな笑顔を見せたけれども。
「そうね、楽しくて幸せだった。
だけど、違和感もあった」
杏は、少し哀し気な顔で、首を左右に振って見せる。
「だって、夢は夢で、
現実ではないから」
杏が花畑で見たのは、2人のアリスとの思い出。
アリス達に会うことができたこと。
アリス達を助けることができたこと。
アリス達と楽しく過ごすことができたこと。
アリスラビリンスでの幾つもの思い出。
それは間違いなく杏の幸せな時間。
けれども。
本当の幸せは、
そこから未来に進んでいく、これから紡ぐ軌跡にこそある。
杏はそう信じて、不思議そうに首を傾げる地籠曼樹を、じっと見据えた。
「幸せかぁー」
隣で祭莉も、クッキーを摘まみ上げ、それを見ながら言葉を紡ぐ。
「そこにあるときはわからなくて、失くなってから気付くモノ。
なんか母ちゃんがそんなコト言ってた」
ぱくんっとクッキーを口に入れ、手から失くして。
空っぽになった手を、ひらひらさせて地籠曼樹に見せながら。
「時は戻らないから、大事なんだって」
にっと笑ったその身体から、白楼炎が生みだされる。
地籠曼樹を包み込んだ白炎は、蜃気楼による幻影を見せるその能力で、幸せな家族の映像を映し出した。
杏と同じ黒髪を短く切り、祭莉と同じ銀瞳を細めて見守る父。
祭莉と同じクセのある茶髪を揺らして、杏と同じ金瞳で微笑む母。
その陰に、柔らかな銀髪が隠れ、低い位置からおずおずと琥珀色の瞳がこちらを見る。
双子が駆け寄っていく、大切な両親と弟。
今は揃うことのない『幸せな思い出』。
でもその隣に。
サムライエンパイアのある村が映し出された。
隣の家の優しいおばさんや、親切な村長さんや、村のいろんな人が助けてくれて。
村の恵みを抱えた杏の前で、凶暴な雌鶏に祭莉が追い回されているのを。
柔らかな銀髪を長く揺らし、高い位置になった琥珀色の瞳が眺め、苦笑する。
両親と離れてしまった寂しさはあるけれども、笑顔で楽しい時間。
未来へ進み、軌跡を紡いでいったからこその、
現実の幸せ。
それを祭莉は見せるけれども。
地籠曼樹は不思議そうに首を傾げるばかり。
「せんせーにはわからないかー。
仕方ないよね、オブリビオンだもん」
オブリビオン――それは過去から染み出た存在。
だから地籠曼樹には過去の『幸せな思い出』が至上のものであり。
そこに留まることこそが、辛さや寂しさのある現実よりも、幸せだと信じている。
祭莉は、杏は、それを感じ取って。
だからこそ。
先へ、進んで見せる。
「わたしは現実と向き合って生きて行く」
理屈じゃなくて本能で、そうすべきだと理解して。
杏は真っ直ぐに地籠曼樹を見つめて、宣言した。
「でなければ、幸せな夢を『幸せ』と認識出来なくなる」
そして、席から立ち上がり。
お茶会の終わりを示して。
地籠曼樹に優しく笑いかける。
「だから、夢をありがとう」
心からのお礼と共に。
杏は、その手を、指先を、そっと地籠曼樹へ向けた。
そこから桜の花弁を思わせる白銀の光が放たれる。
美しく優しい『華灯の舞』は、言葉と一緒に、真っ直ぐに地籠曼樹を射抜いて。
「幸せは、遠くにありて想うもの、だよ!」
光の軌跡を追いかけるように飛び込んだ祭莉の真っ直ぐな拳も命中した。
さらに、他の猟兵たちの攻撃も重なって。
幾つもの言葉が重ねられて。
地籠曼樹の姿が、消えていく。
杏と祭莉は、それをちゃんと見届けると。
「じゃあね」
「ばいばい!」
短く別れの言葉を贈った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヘザー・デストリュクシオン
友だちでもなんでもないあなたに、はるちゃんとロゼちゃんの何がわかるの?
救う?あなたなんかに救われなくたって、二人は自分で自分の幸せをみつけられるの。
いい人のふりをしているだけで、けっきょくあなたは他と同じただのオブリビオンよ。
他の人たちもいるし、はるちゃんとロゼちゃんは強い子だからだいじょぶ。
いい人のふりをしているこの人を他の人は壊しにくいかもしれないから、わたしが殺すの。
この人の言葉は聞かずダッシュで近づいて早業でUC。
ドアごとあなたを殺してあげるの。
迷わない。だってその笑顔はお父さんにそっくりだもの。
死ぬまで攻撃はやめない。
壊す事しかできないわたしはきっと二人に怖がられるから近づかないの。
ヘザー・デストリュクシオン(f16748)はぐっと我慢していた。
まずは、2人のアリスを助けに行くことを。
孤児院のドアの向こうにいることは分かったけれど。
(「他の人たちもいるし、はるちゃんとロゼちゃんは強い子だからだいじょぶ」)
ドアに向かった黒髪の少女と男性を確認して。
これまでに関わって知ったアリスたちの心の成長と強さとを思って。
(「壊す事しかできないわたしはきっと2人に怖がられるから」)
ヘザーはドアに近付かず、孤児院の外に留まった。
その代わりに、ヘザーは自分のするべきことを考えて。
猫のような金瞳で、お茶菓子を並べる地籠曼樹をぐっと睨む。
(「わたしはこの人を殺すの」)
優しく温かな慈愛の笑みを浮かべたオラトリオ。
その翼の先が血に染まっていることに気付いていない『揺り籠の母』。
(「いい人のふりをしているこの人を他の人は壊しにくいかもしれないから」)
ここに集まった猟兵達も優しい人達。だからきっと、地籠曼樹がオウガと分かっていても、倒すことに迷いがあると思う。
でもヘザーには、ない。
迷わない。
だって。
(「あの笑顔はお父さんにそっくりだもの」)
医者として、いい人のふりをしながら、ヘザーと妹とを虐待し続けていた父親。
笑顔が優しいから本当に優しい人だとは限らないと、ヘザーは実感していたから。
地籠曼樹の笑みに迷うことはない。
(「わたしが殺すの」)
でも、地籠曼樹と話したいと願う猟兵もいたから。
ヘザーは、殺しに向かうのを一旦は我慢する。
けれども、地籠曼樹の話を聞いているうちに、だんだん我慢できなくなって。
キマイラの兎耳が怒りにぴんっと立ってきて。
「私は、アリスを救うために『幸せな思い出』を……」
「救う? 幸せ?」
ヘザーは低い声で繰り返す。
「友だちでもなんでもないあなたに、はるちゃんとロゼちゃんの何がわかるの?」
ヘザーは2人のアリスの友だちだ。
2人をずっと見てきて、その悲しみも苦しみも辛さも知っている。
そして、2人がそれを乗り越えようと頑張っていることも。
過去を受け止めて、現実を見つめて、未来へ進もうとしていることも。
傍で見て、知っているから。
「あなたなんかに救われなくたって、2人は自分で自分の幸せをみつけられるの」
ヘザーはアリスたちを信じている。
その弱さを見て来たからこそ、強くなろうとする心を信じている。
だから、ヘザーは地を蹴って、地籠曼樹へと飛び込んだ。
「いい人のふりをしているだけで、けっきょくあなたは他と同じただのオブリビオンよ」
放たれた蹴りは、迷いなく真っ直ぐに、地籠曼樹を捉える。捉え続ける。
その姿が、消えるまで。
大成功
🔵🔵🔵
葛城・時人
アリスたちは知己に任せようと思った
過去の夢にいない新しい友の呼びかけは
夢を破る助けになり届くはず
彼女たちは必ず救われる
だから俺は
真っ直ぐ地籠曼樹に相対すると決めた
倒す結末は変わらなくても
会話が出来る相手ではあるから
一度は言葉を尽くしてみたいと、思ったから
彼女は最早オウガでありその慈悲は
アリスの命を奪う死の顎に他ならないと
真剣に真摯に伝えよう
純白の翼の赤変は
既に事切れ彼女の糧となった
無数のアリスの命で
購われたものだという事も
救いたいという願いは本当だったと信じて
供されたらお茶菓子もちゃんと食べるよ
だけど…
もう言葉が通じないなら
そして通じたとしても
これからアリスたちを二度と夢で死なせない為に
「俺は貴女を倒すよ揺り籠の母」
起動し真の姿を解放し、大人の全盛の能力者の姿で戦いを挑む
どれ程悪意が無くても
どれ程慈悲にあふれていても
「アリスが貴女によって結果的に死ぬ事を座視は出来ない」
俺の渾身のアークヘリオンで
ただ助けたかっただけのはずの
彼女を光へ還そう
必要なら幾度でも
護るべき者を護る為に
倒せたら瞑目を
「疲れたでしょう、ゆっくりしていってね」
猟兵達を優しく出迎える『揺り籠の母』地籠曼樹の誘いに、葛城・時人(f35294)は、出現したテーブルへとついた。
並ぶのは、質素ではあるけれども温かみのあるお茶菓子。勧められるままにそっと摘まみ上げれば、素朴で優しく、どこか懐かしい味が口の中に広がる。
それはまるで地籠曼樹の心のようで。アリスを救いたいという慈愛をじんわりと伝えてくれているかのようだった。
(「アリスたちを助けに来たのだけれど」)
時人は青い瞳に地籠曼樹の穏やかな笑みを映す。
最初はアリスの元へ向かおうと思っていた。そのために来たのだからと。
でも、地籠曼樹の姿を見て。その微笑に出迎えられて。
時人は、決めたのだ。
(「俺は真っ直ぐ地籠曼樹に向き合いたい」)
アリスの元に知己が向かっていくのを見たからというのもある。過去の夢にいない新しい友の呼びかけは、夢を破る助けになるはず。友となれた者だからこそ、その声はきっと届くはず。だから、彼女たちは必ず救われる。そう信じられたから。
だから時人は、今感じた自分の思いに従い、足を止めた。
地籠曼樹がオウガである以上、倒す結末は変わらない。
けれど、会話が出来る相手ではあるのだから、一度は言葉を尽くしてみたい。
嘘偽りない慈愛の笑みを見て、そう、思ったから。
時人はテーブルにつき、お茶菓子を口にして、地籠曼樹と相対する。
大きな帽子の少女がお菓子を増やし、双子の兄妹がわいわいとお茶菓子を食べ進め、そしてその光景を地籠曼樹が嬉しそうに眺めているのを、じっと見据えて。
「楽しかったでしょう? 幸せだったでしょう?」
「そうね、楽しくて幸せだった。
だけど、違和感もあった」
双子との会話も聞きながら。
ゆっくりとお茶菓子をまた口に運びながら。
時人は、語らいから困惑し始めた地籠曼樹へ、真っ直ぐに向き合った。
「貴女の想いは……アリスを助けたい、救いたいという願いは本当だと、信じる」
純粋な慈愛の微笑を本心から認めて。
だからこそ起こってしまう悲劇に、少し哀し気に表情を曇らせて。
「でも今の貴女はオウガだ。
アリスを喰らうオブリビオンに、貴女はなってしまった。
その慈悲は、アリスの命を奪う死の顎に他ならない……」
今の地籠曼樹の在り様を、真摯に伝える。
信じられないとばかりに驚き、目を見開く地籠曼樹は、だがしかし、真剣な時人の青瞳を見て、反論だったであろう言葉を飲み込んだ。
伝わる動揺に、時人は問いを重ねる。
「貴女の純白の翼が赤いのは、何故?
アリスを救った貴女の傍にアリスがいないのは、何故?」
オラトリオの翼を濡らす血のような赤色を指摘して。
地籠曼樹と共にアリスが存在できていない事実を諭して。
「無数のアリスが貴女の糧となった」
問いへの答えを待たず、時人は、伏目がちに告げた。
だから翼が赤いのだと。
だからアリスがいないのだと。
真っ直ぐに伝える。
「私は……」
地籠曼樹は自身を抱くように両腕を引き寄せ、俯いて。
「私は、アリスを救うために『幸せな思い出』を……」
子供達の幸せな寝顔を見れて嬉しかった。
子供達を救えていると思っていた。
信じて来た『正しさ』に縋るかのように、ぎゅっと手に力を込める。
その様子に、言葉が通じたのだと時人は息を吐き。
しかしすぐに、地籠曼樹を見つめる瞳を哀しみに曇らせた。
地籠曼樹はオウガだから。
自身の行いを自覚しても、アリスを害する存在であることは変えられない。
倒す以外の結末は選べない。
だから。
「これからアリスたちを二度と夢で死なせない為に」
哀し気な青瞳に、揺らがぬ決意を灯して。
時人は真の姿を――全盛の能力者である大人の姿を現して。
宣言する。
「俺は貴女を倒すよ。揺り籠の母」
その心にアリスへの悪意が欠片もなくても。
その心を優しく温かな慈悲で溢れさせていても。
……いや、悪意なく慈悲に溢れた『母』だからこそ。
「アリスが貴女によって結果的に死ぬ事を座視は出来ない」
その手をこれ以上罪で染めてほしくないから。
その翼をこれ以上血で濡らしてほしくないから。
時人は、始まりの刻印を召喚した。
キマイラの少女が蹴りかかり。黒竜の雷撃が、二足歩行戦車の電流が、向かった先で、白銀の光が地籠曼樹を貫いて。更なる蹴りと共に、狼少年の拳も放たれるのを見て。
「光へ、還すよ」
時人も『アークへリオン』の創世の光を、刻印から放つ。
どんなに辛くても。
どんなに哀しくても。
護るべき者を護る為に。
(「それが貴女の心を護る為でもあるはずだから」)
幾度も。幾度でも。
その覚悟で。
時人は、刻印を輝かせ続けた。
大成功
🔵🔵🔵
木霊・ウタ
心情
オウガを海に還して
はるとロゼを助けるぜ
はるやロゼへ呼びかけもしたいけど
まずはオブリビオンを海に還してやらないとな
本人が気づいてないってんなら
尚更だ
行動
あんたの思いは本物なんだろうけど
上から目線なのが気に入らないぜ
救ってやる、だって?
何様のつもりだ
二人が
辛い思いや過去を乗り越えられない
って決めつけている
二人の成長を
二人が進む未来を信じていない
ひとときの夢は見ていい
けれどそこに留まっていては
未来へ進めない
いつまでも過去を乗り越えられない
過去の後悔も
そんなことをしでかした自分も
全部自分なんだ
そんな自分自身を許すからこそ
未来へ進んでいける
成長し変わることができる
未来へ歩み続けることを否定し
過去に縛り付けようとしている
そんなことをするのはオウガだけだ
俺の足元から紅蓮が地を走り延焼し
揺り籠の母を包み込む
揺籠はもう必要ない
二人は自分の足で進んでいけるからな
ほら二人が出てきたぜ
オウガを焼却して海へ還す
事後
鎮魂曲を奏でる
優しさの余りオウガになっちまったんだよな
海で安らかに
二人ともお疲れ(ぐっ
木霊・ウタ(f03893)はその足元から地獄の炎を噴出させた。
立っている場所を、足を中心に地面に円を描くかのように紅蓮の炎が広がり、ウタの周囲を激しく燃やす。
「あんたの思いは本物なんだろうけど、上から目線なのが気に入らないぜ」
ウタの怒りに呼応するかのように。
炎は燃え盛り。
「救ってやる、だって? 何様のつもりだ」
鋭い視線は『揺り籠の母』地籠曼樹を睨み付けた。
ウタは、はるのこともロゼのことも知っている。失くした過去に向き合おうとして、何度も何度もつまずきながら、それでも前を見て進んできた姿を見ている。
だからこそ。
幸せな過去に留まらせようとする地籠曼樹は、2人が辛い思いや過去を乗り越えられないと決めつけて、2人の成長を、2人が進む未来を信じていない。
そう感じたから。
ウタは怒りを見せる。
「ひとときの夢は見ていい。
けれどそこに留まっていては、未来へ進めない。いつまでも過去を乗り越えられない」
はるとロゼが囚われていると聞いて。
過去から助け出したい、と思った。助けに行きたいとも。
でもきっと2人なら、戻って来れると信じているから。
「過去の後悔も、そんなことをしでかした自分も、全部自分なんだ」
もうそれを言葉で伝えなくても、2人は分かっているはずだから。
「そんな自分自身を許すからこそ、未来へ進んでいける。
成長し変わることができる」
オブリビオンを海へ還す。
それこそが猟兵としての使命だと考え。
ウタは2人の元へではなく、地籠曼樹が招くその場にとどまっていた。
(「未来へ歩み続けることを否定し、過去に縛り付けようとしている。
そんなことをするのはオウガだけだ」)
アリスへ向けた慈愛は本当だろうけれども。
アリスを喰らっている自覚がないのも分かったけれども。
幸せな過去にアリスを留まらせ、それがアリスの幸せだと信じているのは。
オブリビオンだからこその歪み。
「優しさの余りオウガになっちまったんだよな」
だからウタは、優しく哀しい微笑を口元に少しだけ浮かべて。
でも、足元に燃え上がる紅蓮はそのままに。
しっかりと真っ直ぐに地籠曼樹を見据えた。
「揺籠はもう必要ない。2人は自分の足で進んでいけるから」
声を追いかけるように炎が走る。
ウタの、そして他の猟兵達の想いを届けるかのように。
「あなたなんかに救われなくたって、2人は自分で自分の幸せをみつけられるの」
ウサギ耳のキマイラの少女も。
「夢をありがとう」
「幸せは、遠くにありて想うもの、だよ!」
双子の兄妹も。
ウタと同じように2人を知り、2人を信じているからこそ、地籠曼樹に向かい続ける。
そこに紅蓮も加わって。
驚愕に表情を強張らせ、戸惑うように視線を彷徨わせるオウガへ。
攻撃が、想いが、重なっていく。
そしてその最中に、ウタはそれに気付いて。
そちらを指し示しながら、地籠曼樹へとにっと笑って見せた。
「ほら、2人が出てきたぜ」
言いながら、ウタも少しだけそちらへ……孤児院の入り口へと視線を向ける。
質素なドアを開けて姿を現していたのは、長い黒髪の少女と、苦笑気味の微笑を浮かべた黒髪の青年、それと。
小麦色の長髪と共にりりんと鈴を揺らす、琥珀の瞳のアリスと。
硝子のように美しい青瞳の右側を包帯で隠した、青髪のアリス。
過去から戻ってきた2人の姿に。
信じた通りの結末に。
ウタは、片手をぐっと握りしめ、掲げて見せた。
大成功
🔵🔵🔵
南雲・海莉
義兄さん(f19432)と
真っ先に家の中へと飛び込むリンデンを追うわ
寸前に第六感でどちらかにしか行けない事に気づく
(迷いを見透かすタイミングでの義兄の言葉と
オウガと向き合う友人達の姿に)
信じてる
(頷いてロゼさんの夢へ)
これが彼女の幸せ…
景色に一つ頷いて気合いを入れる
誰かの心に踏み込むことは怖い
でもロゼさんはきっと頑張りすぎちゃう人
「助けて」を言うのが少し苦手な人
だから私は何度だって我が儘を貫く
助けに行くわ
ロゼさん、お久しぶり
ごめんなさい
夢の中にまでお邪魔してしまって
ここはオウガが見せている夢ってこと、分かるかしら
そしてずっと居られるわけじゃないのも
私達、迎えに来たの
(そっと手を差し出して)
目覚めても
この景色はあなたの中で失われる事は無いわ
大切な幸せなら尚更、ね
ロゼさんに無理には会話を促さない
でもできるだけその想いに寄り添いたい
幸せである程に辛い、取り戻せない事実に押し潰されそうになる
…そんな過去もあるって義兄さんも言っていたもの
目覚めるまでの少しの時間だけでも
貴女を一人になんてさせない
「アリスは孤児院の中にいるわ。
ドアの向こうで『幸せな思い出』を見続けて、幸せなままでいるわ」
そんな『揺り籠の母』地籠曼樹の声を聞くより早く、キャスケット帽を被った褐色の毛並みの大型犬は、南雲・海莉(f00345)の傍らから走り出していた。
海莉も反射的に、小さな翼がついた相棒の背を追う。
言葉よりも直感的に、2人のアリスの居場所を察して。
立ち止まったままの黒髪の少女の、お願いするような金瞳に、任せてと頷いてから。
迷うことなく、質素な建物の簡素なドアを開け放ち、隙間が開くや否や飛び込んだ大型犬に続いて孤児院の中へと飛び込んだ。
そこには建物と同じくらいシンプルなベッドが並んでいて。うち2つに、小麦色の髪の少女と青髪の少女が眠っている。
それを認識した直後、心が安らぐ懐かしい香りが海莉を包み込み。
理解する。
ベッドに眠る2人のアリス――はるとロゼのどちらかにしか歩み寄れないことを。
漂う香りに身を任せれば『幸せな過去』の『夢』に入ることができる。けれども、2人が囚われている『幸せな過去』は別々のもの。だからこそ、どちらかの『夢』にしか行くことができないのだ、と。
理解して。
海莉の漆黒の瞳に迷いの光が揺れた。
はるもロゼも、その旅路を見守ってきたアリスで。助けにいくと約束した友達。
けれども今の海莉には、どちらかしか助けることができない。
どちらか1人を選ばなければならない。
2人とも、大切で、護りたい、のに。
海莉は迷いに足を止めて……
その手に、つん、と少し湿った柔らかな感覚が伝わる。
はっとして見下ろすと、傍らに寄り添う褐色の大型犬が海莉を見上げていた。
優しい瞳で、心配するように。そして、何かを教えるかのように。
(「……リンデン?」)
疑問を声にして問いかけるより、前に。
「未春さんは俺に任せてくれ」
響いた声に海莉は振り向く。
(「義兄さん」)
傍に立つ短い黒髪の青年が、その黒瞳に決意を込めてアリスを見つめているのを見て。
海莉の迷いを見透かしたかのように、行くべき道を示してくれたのを感じて。
リンデンが、海莉は1人じゃないのだと教えてくれていたと、察して。
義兄の口にした名への違和感を感じられないまま。
「海莉はロゼさんを」
続けて告げられた言葉に、海莉はしっかりと頷いた。
「信じてる」
任せてくれと言った義兄を。
そして、大丈夫と頷いてきた旧知の黒髪の少女を。
信じて。海莉にできないことを任せて。
海莉は、青髪のロゼの元へと、向かった。
一瞬にして景色が変わる。
質素な孤児院は、明るい色合いの華やかな飲食店に。誰も居ないベッドは、おしゃべりに花を咲かせる女子学生が囲むテーブルに。そして辺りに漂うのは、テーブルやL字型のカウンターに所狭しと並べられたスイーツの甘い香り。
UDCアースで暮らしたことのある海莉は、スイーツバイキング、という店の形態がすぐに分かった。
初めて見る店だけれど、海莉の知るスイーツバイキングと大きく変わるところはない。見た事のある光景ゆえに、興味はそこそこに、海莉はすぐにその人物を探す。
助けに来た青髪のアリスを。友であるロゼを。
探して。
見つけた少女は、見た事のない程に楽しそうな笑みを浮かべていた。
右目と右腕を隠す包帯はなく、オウガに取り憑かれている様子もない。4人の友達とテーブルを囲み、スイーツを食べて会話を弾ませる、UDCアースなどではごくごく普通の女子学生の姿。
(「これが彼女の幸せ……」)
憂いのない笑顔に、海莉の足が止まる。
でも、留まってはいられないのは理解している。
幸せな光景に、1つしっかりと頷いて、気合いを入れて。
海莉は、一瞬止まっていた足を1歩、踏み出した。
誰かの心に踏み込むことは、怖い。その心を踏み躙ってしまうかもしれないから。
でも。それでも。
(「ロゼさんはきっと、頑張りすぎちゃう人」)
そう思うから。
(「誰かに『助けて』を言うのが少し苦手な人」)
そう感じたから。
(「だから私は何度だって我儘を貫く」)
海莉は、そう決めたのだ。
ロゼが未来へ進むために、何度でも助けに行くのだと。
「ロゼさん、お久しぶり」
声をかけると、振り返ったロゼは不思議そうな顔を見せた。
誰だろうと訝しむような、困惑したような表情。
海莉は、ロゼの過去の中にいないはずの存在だから。幸せな過去に囚われているロゼの青瞳には、初対面の相手として映ったのかもしれない。
でもその反応は海莉には予想の範囲内。
躊躇うことなく、引くことなく。ロゼの傍へと進んで。
「ごめんなさい。夢の中にまでお邪魔してしまって」
「……夢の、中?」
続けた言葉に、ロゼの困惑が深くなる。
海莉は頷くことで肯定を示し。
次にロゼに見せたのは、自身の掌。そこに転がる、ハートの形をした朱い硝子。
「心の硝子。ロゼさんも持っているわよね?」
それは『硝子の国』の森で、ロゼと出会った時に海莉が得たものだった。芽吹いたばかりの硝子は、触れた者の心から形を得る。だからこれは、海莉の硝子。
そして。驚いたように見下ろしたロゼの掌にも。いつの間にか、橙色と黄色がぐるぐる渦を巻いた太陽みたいな硝子と、どこか優しく柔らかな光を宿した尖った星の形の硝子が現れていた。
ロゼがもらった、そして自身で得た硝子。壊れることなく、誰も傷つけることなく、ロゼの手に渡った不思議な煌めき。
青瞳を見開き、2つの硝子を凝視するロゼに、海莉は自身の朱い硝子をしまってから。
「ここはオウガが見せている夢ってこと、分かるかしら?
そして、ずっと居られるわけじゃないのも」
空いた手を、そっとロゼのそれに差し出して。
触れた途端、びくっと反射的に引かれた右手を、優しく追いかけて。
「私達、迎えに来たの」
思いを伝えるように両手で包み込んだ。
「迎え、に……?」
じっと見つめ続ける海莉の黒瞳を、そして柔らかく握られた右手と、硝子を持ったままの左手を、ロゼは順に見て。
不意にその表情が強張った。
「……カイ、リ?」
恐る恐る紡がれた海莉の名に、重ねた手から伝わる動揺に、でも無言でゆっくり頷いて見せるだけに留めて。海莉は、ロゼを待つ。
現実を思い出したなら。これが夢の中だと分かってくれたなら。
きっとロゼは抜け出せると信じて。
困惑の青瞳が、今度は過去の景色に向けられていくのを、海莉はじっと見守った。
「どうしたの? ロゼ。ぼーっとしてると、そのケーキ食べちゃうよ」
「うわっ。酷っ。鬼っ」
「そこまで言う?」
「まあほら、また取りに行けばあるわけだし?」
「私、取って来るよ」
「やーん、アイリス優しいー」
「それ、また私が酷いって遠回しに言ってるよねー?」
「そうそう。酷い酷い」
「言ったなぁー」
ロゼと同年代の4人の少女が、楽し気に目の前で笑い合う。
ついさっきまで、その輪の中にロゼもいて。
一緒に楽しく笑い合っていた。
これが、ロゼの幸せ。
ロゼが失ってしまったもの。
心の奥底で、戻りたいと願っていたであろう過去。
オウガに囚われてしまう程に。
望んだ、景色。
「私、は……っ」
「いいのよ。無理に言葉にしなくても。
すぐに動けなくても、いいの」
泣き出しそうな顔を見せたロゼに、海莉は、重ねていた手に力を込めて、握る。
迷っていてもちゃんと側にいると、伝えるために。
優しく、でもぎゅっと力強く、握りしめると。
ロゼは、笑い合う友人達から目が離せないまま。
でも、海莉の手を少し、握り返してくれた。
だから海莉は、静かに1つ頷いて、告げる。
「目覚めても、この景色はあなたの中で失われる事は無いわ。
大切な幸せなら尚更、ね」
ロゼの想いに寄り添って。
ロゼのその背をほんの少しだけ支えるように。
大丈夫だよ、と。
海莉は、紡ぐ。
戻りたい、でも戻ることのできない、過去の幸せ。
「幸せである程に辛い、取り戻せない事実に押し潰されそうになる……
そんな過去もあるって義兄さんも言っていたもの」
複雑なロゼの胸中を思い。
現在を見つめ、未来へ進んで行こうと決めた『アリスの想い』を信じて。
海莉は寄り添い、待つ。
ロゼが夢から目覚めるのを。
辛い現実に戻ってくるのを。
待つ。
「アイリスは……もう、いないの……」
ぽつり、とロゼの口から思い出せた過去が零れ出ても。
「……うん」
海莉は頷くだけで。
「私が……私が、殺してしまった……から」
「……うん」
その罪を初めて口にしても。
「もう、皆……笑って……くれない……」
「……うん」
具体的な辛さを初めて聞いても。
「もう二度と……私には……っ」
「……うん」
海莉は問いかけることも、聞き返すことも、しないで。
ただただ、ロゼの傍で、待つ。
硝子のように綺麗な青い瞳からついに零れ落ちた涙も、拭うことも止めることもせず、じっと見つめるだけで。
ただ、繋いだ手は決して放さずに。
その右腕に包帯が現れ、右目がまた隠れてしまっても。
握りしめた左手を抱くように、その中の2つの硝子に縋るように、身を竦めても。
青瞳が辛苦に揺らぎ、顔を俯かせてしまっても。
(「ロゼさんは、目を逸らさないで向き合うと決めていたから」)
海莉は、ロゼが目覚めるのを、再び自分で進み出すのを、待った。
(「大丈夫よ」)
だから、海莉が抱いた思いは、ただ1つだけ。
(「貴女を1人になんてさせない」)
辛い過去の中でも、荊に覆われた未来への道行きでも。
そして今、この時。目覚めるまでのほんの少しの時間でさえも。
(「傍にいるわ」)
――貴女も、1人じゃない。
大成功
🔵🔵🔵
ユウ・リバーサイド
海莉(f00345)と
入り口から見える姿にはっとする
海莉から聞いてた時から予感があった
俺は…『もう一人の俺』は、この子を知ってる
(迷う海莉に)未春さんは俺に任せてくれ
海莉はロゼさんを
(夢の中のアリババ少年に目を伏せ)
きっと『もう一人の俺』は二度とこの景色の中に戻れない
だから代わりに俺が行って伝えないとな
『イード・ミラード・サイード』
生まれて来てくれてありがとう、はるさん
ユウって言うよ
(先に来ているリンデンの頭をそっと撫でた後)
海莉の
義兄なんだ
いつも妹と仲良くしてくれてありがとう
はるさん、迎えに来たよ
君はここまで立ち止まらずに歩き続けて来れたんだ
すごいな
(眩しげに目を細め)
えっと、これは俺がそう思うってだけなんだけど
(自分の事情を伏せようとして一瞬、言葉を濁し)
ここにいる全員(童話姿の人々を示し)が
胸の中に『別の心』を、或いは罪を抱えて歩き続けてる
君の事情だってきっと理解してくれる
そしてみんな、扉の向こうで待ってる、君を
次は夢の中じゃなく、本当の誕生日に学園で祝って貰おうよ
突然走り出した義妹の、迷いなく流れる漆黒の長髪に導かれるように、ユウ・リバーサイド(f19432)も足を踏み出していた。
質素な建物。孤児院だと聞いた気がする。
その入り口が、まるで開けられるために存在しているかのような、中へ招かれている気すらする簡素で古びたドアが、義妹の手で開け放たれて。
黒瞳に映った姿に、ユウははっと息を呑んだ。
家具の少ない寂し気な部屋に並ぶのは、建物と同じくらいシンプルなベッド。そのうちの1つには、青髪の少女が眠っていて。もう1つに、長い小麦色の髪の少女が、いる。
(「この子は……」)
髪飾りについた2つの鈴の音が、りりんと聞こえた、気がする。
眠りに誘われ、閉じられた瞼の向こうの琥珀色が、自分を見つめていた、気がする。
(「俺は……」)
現実と幻視が、重なる。
(「俺は……『もう一人の俺』は、この子を知ってる」)
義妹から少女の話を聞いていた時から予感があった。
彼女は並行世界で自分に関わった存在だと。
ならば、ユウにとっては初対面でも、きっと助けることができる。
いや、助けてみせる。
そう、決意を抱いて。
「未春さんは俺に任せてくれ」
自然とその名が口から零れ出ていた。
2人の少女のどちらかにしか歩み寄れないと、どちらを選ぶこともできないと、迷い立ち止まっていた義妹へ。自分が出来ることを伝える。
「海莉はロゼさんを」
義妹に任せたいことを伝える。
「信じてる」
返ってきたのは、お願いではなく、信頼の眼差し。
ユウならばきっとできると。アリス適合者であり、まだ記憶が不完全で本当の名前も取り戻していない『
川沿いに住む誰か』であっても、過去と向き合い今を生きるユウならば大丈夫だと。
義妹は、信じてくれたから。
ユウは小麦色の髪のアリスの夢に――はるの過去に、吸い込まれるように入った。
そこは、白いクロスがかけられたテーブルが点在する広いホール。花が飾られ、ティーセットと色とりどりのケーキとが並べられ。陽気な旋律の音楽と、そして何より、楽しそうな学生達の騒めきが満ちている、賑やかなお茶会会場。
賑やかなのは音だけでなく、集った者達の装いもだった。童話から抜け出たような、思い思いの仮想に身を包んだ様子は、とてもメルヘンで。
ユウにとって、懐かしくて心が温かくなる光景、だった。
初めて見るはずなのに、見覚えのある景色。
(「やっぱり『もう一人の俺』は……」)
その既視感に確信して。でも、ここに来た理由を思い出して。すぐに、ベッドで眠っていた小麦色の髪の少女の姿を――はるの姿を、探す。
シンデレラに赤ずきん、人魚姫にいばら姫、かぐや姫や桃太郎。不思議の国のアリスの一団もいて、ゴツい赤の女王様とにやにや笑いの白の女王様が賑やかな仲間に囲まれていたりもする。ピーターパンに星の王子様と、本当に様々なお話が入り混じる中で。
ユウはアラビアンナイトに目を留めた。
黒いブラトップとレヘンガスカートでアラブの踊り子に扮した銀髪の少女が、シフォンアームの飾られた腕を優雅に舞わせて。白シャツにチョッキ、ターバン風羽飾り帽子でシンドバッドになった赤茶髪の少年が、陽気にレプリカの短剣を振り回している。ピンク色の髪に合わせたように、ピンク色のベールにハーレムパンツにブラトップで可愛らしいランプの精になった少女も、踊りを真似るように楽し気にはしゃいでいた。
そして。派手なベストにサッシュベルトというアラブの民族衣装に、金属のアクセサリーをいっぱいつけてお金持ちっぽさを演出した、黒髪の少年は。
(「アリババ……」)
その役名を胸中で思い返し。
そして、仲間達と嬉しそうに楽しそうに笑うその笑顔を、見つめて。
ユウの面影を持つ少年の『幸せな過去の思い出』に、目を伏せる。
(「きっと『もう一人の俺』は二度とこの景色の中に戻れない」)
理解できてしまったその事実に、悲し気に表情を曇らせて。
でも、ユウは、すぐに顔を上げて真っ直ぐに前を見た。
(「だから、代わりに俺が行って伝えないとな」)
憂いと迷いを晴らした黒瞳に映ったのは、不思議の国のアリス。小麦色の髪に鈴のついた飾りをりりんと揺らす、アリスのはる。
その本当の探し人の元へ、褐色の毛並みの大型犬が走り寄っていく。
義妹の相棒・リンデン。彼が、義妹の傍ではなく自分の方へ来てくれていたことに、今更ながらに気が付いて。
少し苦笑を浮かべてから、ユウは、リンデンの後を追うように、はるへ歩み寄った。
「『イード・ミラード・サイード』
……生まれて来てくれてありがとう、はるさん」
口にしたのはアラビア語での『誕生日おめでとう』。
アラビアンナイトの彼らが、そしてアリババの少年が、かつてはるへ贈った言葉。
それに、自身も望む祝いの言葉も添えて。
不思議そうにこちらを振り向いたはるに、ユウは微笑む。
「ユウって言うよ。海莉の
義兄なんだ」
名乗ると、それを証明するかのように、リンデンが傍に来てくれた。
どこか心配するようにこちらを見上げて来るリンデンの頭をそっと撫でてから、ユウは改めてはるに笑いかける。
「いつも妹と仲良くしてくれてありがとう」
「南雲さん、の……」
はっとしたように見開かれる琥珀色の瞳。
口にしたその名は、はるの過去には居ない友人のものだから。戸惑い驚くはるが、ゆっくりと、でもしっかりと、現実を思い出しているのだとユウは確信して。
その動揺が治まるのを、じっと待つ。
でもさほどの時を経ずに、はるは、ユウを真っ直ぐ見つめたから。
過去に囚われていた心が、現実を見てくれたと感じたから。
「はるさん、迎えに来たよ」
ユウは、義妹がここにいたらきっと言っていたであろう言葉を紡いだ。
そっと右手を差し出して、共に戻ろうと伝えると。
はるは、その手に自身のそれを重ねようとして。
途中で躊躇うように、その動きを止める。
惑う琥珀色がちらりと逸れた先にあるのは、賑やかなお茶会会場。華やかな仮装に彩られ、笑顔と優しさが溢れる『幸せな過去の思い出』。
(「そう、だよね……」)
ユウも、そんなはるの視線を追うように、メルヘンなお茶会を見つめた。
もう二度と戻れないと理解した、アリババの少年の姿も、視界の端にそっと捉えて。
はるもそう感じているのかもしれない、と思う。
でも。それよりも。
「君はここまで立ち止まらずに歩き続けて来れたんだ」
ユウが見つめたのは、ここまで辿り着いた、はるの旅路そのもので。
現実に向き合い、どんなに辛くても過去を取り戻そうと頑張って、前に進んできたからこその、今この時だと思ったから。
「すごいな」
ユウははるに視線を戻すと、眩し気に黒瞳を細めた。
心の底から尊敬し、称賛するように。
そして、こうあれなかった自身を思い、憧れるかのように。
呟きのようなユウの声に、はるもまた、ユウを見上げ直して。先ほどとは少し違う、でも不思議そうな視線を向ける。
どうしてそんな顔をするの?
貴方にも何かあったの?
そう問われているような気がして、ユウは、あっ、と気まずそうに笑う。
自身の事情を話したくはない。まだユウの中でも現在進行形のものであるし、助けに来た少女に助けを求めるようなことはできない。それにユウの『有り得たもう一人の自分』のことを急に話しても信じてもらえないだろう。
そんな様々な思いが一瞬にしてユウの中を駆け巡り。苦笑と共に、口ごもって。
「えっと、これは俺がそう思うってだけなんだけど……」
動揺を押し込めながら、慌てて話を戻しながら、何とか穏やかな笑みを取り戻す。
自分は、はるを助けに来たのだから。
「ここにいる全員が、胸の中に『別の心』を、或いは罪を抱えて歩き続けてる」
仮装した学生達の笑顔を視線で示して、ユウは語る。
――己の闇を恐れよ。されど恐れるな、その力。
その言葉に集いし者達には、それぞれの事情がある。哀しみがあり、後悔があり、癒えない傷がある。ユウはその全てを知るわけではないけれども、それでも笑い合い、誰かを守り、助けようとする姿を
幻視てきたから。
「君の事情だってきっと理解してくれる。
そしてみんな、扉の向こうで待ってる、君を」
確信をもって、告げる。
それに、そんなことを例え知らなかったとしても。はるという少女が……義妹が助けたいと思った存在が友達だと思う人達なら、きっとはるを理解してくれると、何があっても待っていてくれると、思えたから。
(「海莉はそうするだろう? だったら、きっと……」)
ユウは大丈夫と安心させるように微笑んだ。
「次は夢の中じゃなく、本当の誕生日に学園で祝って貰おうよ」
はるはそんなユウの笑顔を見上げ。
そして、差し出されたままだったユウの右手に視線を落として。
でもまだ迷うように琥珀色の瞳が揺れたけれども。
わふ。
優しく響いたのはリンデンの鳴き声。
びっくりしたはるは、寄り添うその茶褐色の姿と見上げる真っ直ぐな瞳を見下ろし。
ふっとその顔をほころばせると。
「……ありがとうございますです」
ふんわりと嬉しそうな笑みと共に、ユウのそれに自身の右手を重ねた。
大成功
🔵🔵🔵
りりん。
地籠・凌牙
【地籠兄弟】アドリブ歓迎
◯行動
【指定UC】の使用、攻撃がきたら【かばう】で引き受ける
っ……くそっ、我慢するって決めたのに涙が出て……っ……
先生……ごめん。
俺たちが護れなかったばっかりに。
昔。
陵也が死にかけて、助けを求めて。
でも不幸の呼び水になってた俺に手を差し伸べる奴なんていなくて。
その中で先生だけが迷わず手を取ってくれた。
俺たちがここにいるのは全部先生のおかげだ。
――なのに、あんたの手はこんなに血塗れになっちまった。
羽もあんなに綺麗な白だったのに。
俺たちが、俺が無力だったばっかりに……
あんたにもらったもの、何一つ返せてないままだったのに!
なのにこんな……こんな……っ……
ごめん、先生。ごめんなさい……!
せめて、せめて、もうこんなことしなくていいようにする。
悪いのは先生を利用したオブリビオンだ。
先生が自分を責めてしまわねえように……その穢れは持っていく。
これが終わったらもう泣かない。振り向かない。
約束する。
だから、笑顔で……戻ってやってくれ。
ちびたちがあんたを待ってるんだ……!
地籠・陵也
【地籠兄弟】アドリブ歓迎
◯行動
攻撃は【結界術】で防御
会話の終わり際に【指定UC】使用
……ダメだな、泣かないと決めたのに。
でも、やることはやらなきゃいけない。
――先生、還ろう。
もうわかってるんだろう?
自分がもうこの世にいないことも、何でここにいるかも。
なあ、昔俺たちに言ったよな。
「もし、私が間違ったことをしていたら止めて欲しい」って。
何も親孝行してやれなかったけど――せめて、その約束を果たすよ。
これ以上先生が、知らないまま、望まないままアリスたちを殺してしまわないように。
先生の優しさを、オブリビオンにこれ以上利用されないようにする為に。
みんなの仇は取った。
心の支えになる存在もできた。(肩に乗ったエインセルが鳴く)
好きな人だって、できた。
泣くのはこれで最後にする。
……もう絶対に振り向かない。
だから……だから、安心して、休んでくれ。
死にかけてた俺を助けてくれたこと。
今の名前をつけてくれたこと。
先生から教えてもらったたくさんのこと、絶対に忘れない。
――ありがとう、先生。
穏やかで優しい微笑みを浮かべた『揺り籠の母』
地籠曼樹は、猟兵という子供達を出迎えるように両腕を広げ、お茶菓子を並べたテーブルを指し示す。
「疲れたでしょう、ゆっくりしていってね」
かつてと変わらぬ慈愛に満ちた姿に、思い出の中と同じ懐かしい声色に、
地籠・
陵也(f27047)と
地籠・
凌牙(f26317)の兄弟は、どちらからともなく足を止めていた。
弟妹達のように2人がもっと幼かったなら駆け出していただろう。真っ直ぐに駆け寄って大好きな先生へ抱きついていただろう。
でも、陵也は分かっている。自身の心のほとんどを喰ったオブリビオンに、弟妹達と共に先生も奪われてしまったと。
凌牙は分かっている。孤児院を襲ったオブリビオンから、兄の心も、弟妹達も先生も、護ることができなかったと。
ちゃんと分かっているから。
「楽しかったでしょう? 幸せだったでしょう?」
弟妹達がいる孤児院は『幸せな思い出』であり、先生が目の前で微笑んでいるのも、素朴で懐かしいお菓子が並んでいるのも、失ってしまったもう二度と戻れない過去だと。
理解してしまっているから。
「っ……くそっ、我慢するって決めたのに……っ……」
凌牙の緑色の瞳から、嬉しさと悔しさが溢れ出る。
「……ダメだな、泣かないと決めたのに」
陵也の緑色の瞳から、懐かしさと切なさが零れ落ちる。
大好きで大切で護りたかった、先生。
オブリビオンに殺されて、オブリビオンになってしまった、恩人。
双子の兄弟の揃いの緑瞳に、その姿が映って、揺らいで。
「でも、やることはやらなきゃいけない」
それでも。涙越しにだけれども、陵也は決意を紡ぎ。凌牙も、止まらない思いを何度も何度も拭いながら、しっかりと頷く。
その間にも地籠曼樹は猟兵達と言葉を交わしていた。
「楽しかったでしょう? 幸せだったでしょう?」
「そうね。だけど、違和感もあった。
だって、夢は夢で、現実ではないから」
穏やかなお茶会に少しずつ、現実を見つめ前へと進む猟兵達の想いが示される。
「時は戻らないから、大事なんだって」
過去に留まることを幸せとしない、未来を望む姿が見せられる。
「貴女の純白の翼が赤いのは、何故?
アリスを救った貴女の傍にアリスがいないのは、何故?」
加えて、指摘された自身の歪みに、地籠曼樹の紅い瞳が戸惑い、揺れた。
「私は、アリスを救うために『幸せな思い出』を……」
「揺籠はもう必要ない。2人は自分の足で進んでいけるから」
「あなたなんかに救われなくたって、2人は自分で自分の幸せをみつけられるの」
そして、救おうとした2人のアリスの友人達から、その慈愛は不要であると告げられ。
「懐かしい思い出はもう十分」
「『ミーシャ』! わたくしと共に進みなさい!
人は、わたくしは、自分で立ち上がり歩いていけるのだと彼女に告げるために!」
花畑で『幸せな過去の思い出』を見せた猟兵達が、幸せであるはずの時間を、そのまま留まっていたいはずの過去を振り切って、現実を進む姿を見せつけてくる。
その言葉に、その姿に。地籠曼樹は、驚き、迷い、考え、俯いて。
攻撃によるダメージ以上に、心を揺さぶられているのが見てとれた。
だから。陵也は、戦いの中をゆっくりと真っ直ぐに地籠曼樹へと歩み寄る。
「ああ、お帰りなさい。私の大切な子供達」
黒髪の白い姿に、そして陵也に続くように歩きその後ろに立った白髪の黒い姿に、顔を上げた地籠曼樹は嬉しそうに愛おしそうに微笑み、手を差し伸べた。
傷だらけになっても変わらない慈愛の姿。
何よりも子供を大切に思う『揺り籠の母』。
でも。
「――先生、還ろう」
その手を取った陵也は、悲痛な微笑で、告げる。
「もうわかってるんだろう?
自分がもうこの世にいないことも、何でここにいるかも」
大きく温かく、いつも自分達を包み込んでくれた手を、両手で包み込むように握り。
陵也は、地籠曼樹のために、現実を突き付ける。
そして凌牙も。反対の手を、陵也のように両手で握りしめて。ぼろぼろと涙が止まらないぐしゃぐしゃの顔で、それでも必死に地籠曼樹を見つめて。
「先生……ごめん。俺たちが護れなかったばっかりに」
ずっとずっと言いたかったことを、伝える。
兄弟が地籠曼樹と出会ったのは、まだ幼かった頃。死にかけていた陵也を抱え、凌牙は助けを求めていた。でも、その時の凌牙は不幸の呼び水になってたから。災厄を恐れ疎んだ人々は、手を差し伸べたりはしなかった。唯一人、地籠曼樹を除いて。
「俺たちがここにいるのは全部先生のおかげだ」
あの時、迷わず自分の手を取ってくれた、その優しい繊手を凌牙はぎゅっと握り。
「なのに、あんたの手はこんなに血塗れになっちまった。
羽もあんなに綺麗な白だったのに」
見た目は白い手が、数多の命に汚れたのを感じ。
真っ白だったオラトリオの翼が、先から赤く染まっているのを哀し気に見つめて。
「俺たちが、俺が無力だったばっかりに……
あんたにもらったもの、何1つ返せてないままだったのに!
なのにこんな……こんな……っ……」
凌牙の緑瞳から、思いが溢れ出る。
子供の頃に戻ったかのように。
泣きじゃくって。
「ごめん、先生。ごめんなさい……!」
地籠曼樹の手を握った両手に、俯き、その額をつけた。
そんな凌牙を見下ろしていた地籠曼樹は、握られていた手をそっと振りほどいて。
「泣かないで。謝らないで。
貴方は悪くないわ、私の愛しい黒き竜の子」
優しく穏やかに、凌牙の白い髪をそっと撫でる。
良い子、良い子と褒めるように。優しく思いやりのある心を慈しむように。
かつて凌牙にしていたように。
「なあ、昔、俺たちに言ったよな。
もし、私が間違ったことをしていたら止めて欲しい……って」
懐かしい光景の中で、陵也は地籠曼樹の言葉を思い出す。
人は誰しも間違うもの。だからこそ、間違った時に止めてくれる人を大切にしなさい。そして、大切な人が間違った時に止められる人になりなさい。
穏やかに、でもしっかりと説かれた教えと、そして交わされた約束を思い起こして。
「何も親孝行してやれなかったけど――せめて、その約束を果たすよ。
これ以上先生が、知らないまま、望まないままアリスたちを殺してしまわないように。
先生の優しさを、オブリビオンにこれ以上利用されないようにする為に」
涙を湛えた悲痛な面持ちで、それでも目を逸らさずに真っ直ぐ地籠曼樹を見つめて。
陵也は、地籠曼樹の手を握る両手に力を込めた。
そんな陵也を見上げていた地籠曼樹は、握られていた手をそっと振りほどいて。
「悲しまないで。苦しまないで。
ありがとう、私の愛しい白き竜の子」
優しく穏やかに、陵也の白い鱗が見える頬をそっと撫でる。
良くできましたと褒めるように。難しいことに挑む勇気ある心を慈しむように。
かつて陵也にしていたように。
地籠曼樹は、双子の兄弟を撫でながら。
ふっと一度目を伏せて。
そして、慈愛に満ちた笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫よ。私が『幸せな過去の思い出』を見せてあげる。見せ続けてあげる。
私も、貴方達も、あの子達も、みんなみんな『幸せ』な思い出の中で、ずっとずっと一緒にいましょう。ずっとずっと『幸せ』でいましょう」
オブリビオン『揺り籠の母』地籠曼樹の歪んだ――歪まされた微笑。
その姿に、凌牙は、頭を撫でてくれていた繊手から逃げるように後ろに下がる。
地籠曼樹が『悪くない』と言ってくれても、こうなってしまったのはやはり自分のせいなのだと。自分が護れなかったから、地籠曼樹は歪まされてしまったのだと。
後悔に凌牙は胸を痛め、表情を歪ませる。
本当に優しかった先生は、もういない。
でも、せめて。
(「せめて、先生がもうこんなことしなくてもいいようにする」)
ここで終わりにすることが、護れなかった自分の役目なのだと決意して。
「悪いのは先生を利用したオブリビオンだ。
だから、先生が自分を責めてしまわねえように……その穢れは持っていく」
離れた繊手をもう一度、両手で包み、握りしめて。
今度は縋るのではなく、すべきことする、その覚悟を伝えるために。
凌牙は、強く強く、手を握り。
ユーベルコード『
希望を齎す黒き竜手』を発動させる。
地籠曼樹に纏わりついた穢れを洗い流すかのように。
呪いや不運を引き寄せ喰らう凌牙の力で、地籠曼樹を、終わらせる。
陵也も、頬を撫でる地籠曼樹の手から離れるように後ろに一歩下がり。
「みんなの仇は取った。心の支えになる存在もできた」
静かに語り、伝えれば、ずっと静かに肩に乗っていた白い子猫が、羽根と尻尾をパタパタさせながら、任せてと言うかのように、にゃーん! と元気に鳴いた。ふわふわな白い毛並みに手を近づけると、子猫は兄弟と同じ緑色の瞳を嬉しそうに細めてすりすりと甘えてみせる。
「……好きな人だって、できた」
その温かさに背中を押されるように、そっと、それを加え伝えて。
それから陵也は、潤む瞳で、真っ直ぐに地籠曼樹を見つめる。
「死にかけてた俺を助けてくれたこと。今の名前をつけてくれたこと。
先生から教えてもらったたくさんのこと、絶対に忘れない」
頬を伝う雫を感じながら。
それでも目を逸らさずに。
陵也はその手に『
解放を刻みし聖光の楔剣』を作り出した。
「泣くのはこれで最後にする。
……もう絶対に振り向かない。
だから……だから、安心して、休んでくれ」
「俺も、だ。これが終わったらもう泣かない。振り向かない。
約束する。約束するよ、先生」
凌牙も、涙に濡れた顔で無理矢理笑みを浮かべて、振り絞るように言葉を繋ぐ。
「だから、笑顔で……戻ってやってくれ。ちびたちがあんたを待ってるんだ……!」
兄弟が――大切な子供達が自身に向き合う姿と、語られた言葉に込められた数多の想いに、地籠曼樹の微笑が、本当に穏やかで嬉しそうなものに変わっていった。
そして地籠曼樹は。自身の片手を握る凌牙の両手に、もう片方の手をそっと重ね、優しく優しく撫でてから。その手を今度は陵也に差し出すように向ける。
求めるように。導くように。
最後を、促す。
にゃーん。
少し心配そうな子猫の声。そして凌牙の視線もちらりと向けられたのを感じながら。
陵也は、浄化の力を籠めた剣をぐっと握りしめて。
地籠曼樹の胸に飛び込むように一撃を放った。
――今なら、分かる。凌牙がユーベルコードを使う直前、地籠曼樹が見せた歪んだ微笑は、語られた『幸せ』は、わざとだと。オブリビオンであることを分かりやすく2人に示して、迷わず最後を選べるようにしてくれたのだと。こんな時までちゃんと『先生』でいてくれたのだと、思い。信じて。
「ありがとう、先生」
贈るのは、感謝の言葉。
陵也の声はとてもとても小さかったけれど。
母の腕の中にいるかのような距離では充分な大きさだったから。
地籠曼樹は、微笑と共にゆっくりと頷き。
そして、崩れ落ちた。
兄弟の前で『揺り籠の母』が、終わる。
消えて、いく。
「ほら、2人が出てきたぜ」
そこに、様子を見守り、決着を任せてくれていた猟兵達の1人から声がかかった。
示されたのは孤児院の入り口。そこから姿を見せた2人の少女。
苦笑気味の青年に手を引かれ、りりんと鈴の音を鳴らす小麦色の髪のアリスと。
黒髪の少女に寄り添われ、泣きはらした顔を包帯で半分隠した青髪のアリス。
何とかそちらに顔を向けた地籠曼樹は、過去に囚われず戻ってきた2つの姿を愛おしそうにほっとしたように見つめて。
「じゃあね」
「ばいばい!」
幼い双子の兄妹が屈託のない笑顔で別れの言葉を告げ、黒髪の青年が祈るように青色の瞳を閉じるのを順に見て。
最期にもう一度、白髪の黒竜と黒髪の白竜を、赤い瞳にしっかりと映してから。
安らかな微笑みと共に消えていった。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2024年02月21日
宿敵
『『揺り籠の母』地籠曼樹』
を撃破!
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