●少女は笑う
「わたし、今日はね? 逃げてきたの!」
そう言ってエヘヘと笑う。少女の笑顔は文字通り花が咲く様で。
「あ! あのお店! ファミリーレストランよね!? あそこでお話しましょ!」
年の頃は10代前半位だろうか、それにしたって世間擦れしていない無邪気な態度。ただの街の風景をまるで夢の国を見る様にキラキラ輝いた目で見回し、踊る様なウキウキとした足取りで駆け回る。その様子は丸で妖精か何かの様で、ついついその言う事を聞いてしまった。
「ねえねえねえ! わたし知ってるのよ! あれってカラオケよね!!」
普通に考えたら直ぐに連絡先を問い質し、保護者に連絡を付けるべきだったのだ。それが無理ならいっそ交番に届けるべきだったろう。
なのに求められるままに付き合って遊ぶなど、今の御時世では未成年略取の現行犯で逮捕されかねない愚行だ。それは分かって居た。
「ほんとうはもっと一杯いた方が楽しいのだけど。贅沢は言わないわ。だってこれでも十分とってもとっても楽しいもの! ほんとよ?」
だと言うのに、そのあまりに楽しそうな、幸せそうな笑顔。『逃げてきた』等と自分から言ってしまう彼女の笑顔。それをどうしても曇らせたくないと思ってしまって。
「楽しいわ。楽しいわ! 夢みたい!!」
大した事でも無い、どうと言う事も無い一時に大仰に喜ぶ彼女との一日。
だからだろうか。
「あら? ……あら? 何この。ドロドロ……あれ、からだ……」
少女の身体から悍ましい粘液状の何かが溢れ出した時、咄嗟に逃げる事が出来なかった。
「ぁ……ぁぁ……」
化け物としか言い様の無い姿に変わり果てた、その巨体に捻り殺されながら。
恐怖と激痛に染まりながら。それでも、本当に何故だろうか。
「………と……」
不思議と、後悔だけはしなかった。
●嫌な仕事
「三つ編み黒髪ロリっ娘とキャッキャウフフデートをして下さいませ」
ハイドランジア・ムーンライズ(翼なんていらない・f05950)の第一声はそれはもう酷い物であり、依頼内容を聞きに集った猟兵達は一様に半眼となる。
「説明をしろ」
代表した一人が投げた当然の要求に対し、グリモア猟兵は如何にも渋々と言った風な顔をする。このエセ淑女、まーたしたくない説明を勢いで端折ろうと目論んでいたらしい。
「先日繋がったシルバーレインと呼ばれる世界。そこでかつて猛威を振るい、そしてこの度蘇ったゴーストと呼ばれるオブリビオンの起こす事件ですの」
今回現れたのはサナトリウムホラーと呼ばれるゴースト。本来は地縛霊と呼ばれる分類に属し、その姿は少女の身体から悍ましい異形の巨体が顕れている物なのだが。
「何でか異形だけが無い普通の少女の姿で街をうろついていますの」
そもそもゴーストの分類は、かつて2012年7月に一度の決着を迎える迄の物。オブリビオンとして再び過去より滲み出る様になった彼らはその枠組みを逸脱する事も多い。
「本来その身を縛る鎖もこの姿の時点では見えず。言動は寧ろリリスの挙動に近いですわね……境界が曖昧になって居るのかも知れませんわ」
放っておけば、ゴーストは何も知らぬ一般人を誘う。デートコースはファミレスでのお食事、それからカラオケで遊ぶ……何とも健全かつ平和な内訳だが……。
「その最後にゴーストは本性を顕し、一般人を殺してしまう訳です。彼の世界の只人は『世界決壊』なる魔術防護によって神秘を認識できなくされていますから、抵抗の一つも出来ませんわ」
だから、猟兵達にオブリビオンのエスコート役を変わり、少女とのデートをして欲しいのだとハイドランジアは説明する。
だが此処で猟兵の一人が挙手をした。
「理屈は分かった。だが、それなら一緒に遊んだりせずに直ぐ人気のない所にでも誘導すれば……」
発せられた疑問は至極尤もな物で。問われたグリモア猟兵は少し困った様な顔で頭を掻いた。その仕草は到底上品な物では無くて、以前にも彼女と接した事のある猟兵は『ああ、御嬢様ぶったネコを被るのを止めたのか』と気づく。
「……その。なんつーか、一緒に遊ぶとな。弱体化するんだよこのゴースト」
この女が素の口調を出すのは本音を零す時、或いは気まずくなった時が多い。
表情を見れば、今回は後者なのだろう事が一目瞭然で。
「正確には、楽しませれば楽しませるほどっつーか……幸せにする程。かな」
寄せられた眉根と、泳ぐ視線。それから低くなった声音が、その事実に余程の気まずさと……罪悪感が伴っている事を表している。
「素のまんまだと滅茶苦茶強ぇんだよこのゴースト。だから、出来るだけギリギリ迄引っ張ってさ。仲良く遊んでから……」
殺してくれ。
最後の言葉は辛うじて絞り出した様な声で。けれど不思議と、はっきりと聞こえた。
ゆるがせ
可愛らしい少女と楽しく遊ぶ依頼ですよ。やったね!
嘘ですごめんなさい。ゆるがせです。
割と酷い話ですが宜しくお願いします。
ゴーストの『少女』の外観は黒髪三つ編みの白肌痩せ気味です。服装はゴースト不思議パワーで少女服っぽく取り繕ってますが、どうも本来はパジャマの様です。
●第1章:『ファミレス会議』
少女とファミリーレストランで駄弁りましょう。
おしゃべりが盛り上がれば盛り上がるほど少女は楽しみ、比例してボス戦が楽になります。が、ぶっちゃけお喋りするだけでもめっちゃテンションの上がる良い子です。
好奇心旺盛なので、話題は何でも構いません。
単に食事するだけでも構いません。誰かと一緒に食べるだけでも楽しいそうですので。
また、メニューの殆どが初めて食べるらしく、何を進められても喜んで食べますし美味しいとはしゃぎます。ゴーストだからか、他の理由か、ほぼ無限に食べ続けれる様なので、食べ過ぎとかは気にしないで構いません。
尚、店は普通の店ですので暴れたりとか派手なユーベルコード使用とかはあんまりしない方が良いです。
ゴーストに接触する部分のプレイングは必要ありません。入れても良いですが回想や振り返る形でサラッと描写されるだけになりがちなので御注意下さい。
●第2章:『怪しげな店』
少女のリクエストによりカラオケ店にINします。歌え。
少女はカラオケも初体験らしく、入った時点でテンション青天井です。何をしてもめっちゃ喜ぶレベルなので兎も角楽しむ事を優先してやって下さい。
歌の知識は妙な位広いので、プレイングに出して頂いた歌は基本聞いた事がある事になります(マイナーだからとか異世界の歌だから少女は知らない筈。と言う場合はプレイングに御明記下さい)
店は少女のゴーストとしての力に影響を受けている状態です。具体的には注文が異様に早く届くしどんな曲(それこそ異世界の曲でも)でも入ってる夢の様な仕様。
個室なのも合わせて多少のヤンチャはOKとお考え下さい。
但し当たり前ですが実在の歌詞は絶対禁止です。御注意下さい。
●第3章:『サナトリウムホラー』
ゴーストを殺して下さい。それだけです。
第1章 日常
『ファミレス会議』
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POW : がっつりボリュームのある料理を頼む
SPD : サラダバーやドリンクバーでオリジナルブレンドを作る
WIZ : 甘いデザートを楽しみ尽くす
イラスト:乙川
👑5
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●一緒にお食事を
少女が選んだのは、全国チェーンのファミリーレストラン。個性付けの為に多少は変わった料理もあるけれど、基本的にはスタンダートでな料理が安価で食べられるだけの。何と言う事の無い普通のお店。
「わ、わ、わ! あれってドリンクバーよね!? 注文したら幾らでも貰って良いってほんと!?」
だと言うのに、少女は両手を打って歓声を上げる。
「これってまちがい探し? メニューにこんなオマケまでついてるの! すごいすごい! 見ててね? わたし絶対すぐに全部見つけるんだから!」
見る物全てが新鮮だと言う態度。こんな極当たり前の風景の中で、嘘偽りなく心底の喜びを溢れさせ、輝かせている。
「お料理もこんなに沢山。ねえねえねえ、これって本当に何でも選んで良いの?」
余りに楽し気にはしゃぐその様子に、隣の席の客がクスクスと微笑まし気に笑った。
何せ大衆向けの店だ。満席とは言わぬまでも利用客は多く、店内は賑わっている。ワイワイガヤガヤと、端的に言えば騒がしい。
「こんなにたくさん、たくさん。皆みーんな楽しそう!」
それを寧ろとても良い事の様に笑うのだ。このゴーストは。
「……あ」
いや、その目が不意に見開かれる。
何かに気付いた様に。何かを思い出した様に。束の間その表情から感情が消えて。
「いけない。ちがったわ、皆だけじゃないわよね」
そしてその目を細める。そして柔く、その顔をほころばせる。
「今は、わたしもその中にちゃんと居るんだわ……」
噛み締める様な、いっそ愛し気な呟き声。
幸せそうなその顔。
カツミ・イセ
僕の神様は言ったよ。『この子に幸せな夢を』って。
…かつて、僕の神様もこの世界でやってたことだからって。
よーし、まずは食べる!何食べる?ミートドリアとか美味しいよ。大きなサラダはシェアしようか?
あ、この間違い探しは新作だね。だから、僕もどこがどう違うのか知らないよ(本当のこと)
間違い探しは一旦、頼んだ料理が来るまでにしよう。冷めると味が落ちちゃうからね。
そうそう、ドリンクバーの醍醐味に『飲料を混ぜる』ってのがあるよ。僕かい?僕は『オレンジ+炭酸水』っていう美味しいやつがお気に入り。
なかなかないんだよね、炭酸オレンジジュースって。
●誰の、そして誰が為の
少女がゴーストであれ、オブリビオンであれ、此処はファミリーレストラン。
「よーし、まずは食べる! 何食べる?」
であればこそ、席に付いて最初のカツミ・イセ(神の子機たる人形・f31368)のその言葉は正しく。自信に溢れたそのっ表情と相まって、宴の始まりを宣ずるに相応しい風格だった。
「そうねそうね! 最初は何が良いかしら……!」
少女もまた歓声を上げながらメニューを見やる。
ゴスト故か無尽蔵に食べれるとは聞いている物の、例えそうであっても最初の注文と言うのは矢張り一番心躍るし悩む物だ。ムムムと唸り真剣そのものの顔でメニューと睨めっこを始めた少女を眺め、カツミは己が目的を思い返す。
『僕の神様は言ったよ。『この子に幸せな夢を』って』
カツミの神。それはシルバーレインと銘打たれたこの世界にかつて存在した能力者、そして生命の根源にして種の巻き手たるディアボロスランサーと共に新たな世界へと旅立ち、超越者への階梯を登った存在。
故郷たるこの世界の異変に気付いた『彼女』が創り出し、送り込んだミレナリィドール。それがカツミ・イセなのだ。
『……かつて、僕の神様もこの世界でやってたことだからって』
それは、在りし日に水練の忍として活躍した『彼女』の活動全般の事か、南天の星座の銘を持つ医院の跡地にて為した事か。あくまで『子機』であって当人ではないカツミには与り知れぬ事。
けれど、でもだからこそ幼い魔王は全力を尽くそうとする。
人の醜も美も弱きも強きも知る造物主の意を受けた人形として。或いは、カツミ・イセと言う名の猟兵として。
「ミートドリアとか美味しいよ。大きなサラダはシェアしようか?」
定番のメニューと付け合わせを提案すれば、少女はキョトンと小首を傾げる。
「……しぇあ?」
その言葉は、近年定着した新しい表現だ。彼女が2012年の一度の決着の以前の過去より蘇ったゴーストなのであれば、なるほど知らぬ事も道理ではあるだろう。
……可能性はもう一つある、が。
「一緒に食べるって事? 良いの!? 素敵! そうしましょ!」
そう言うのってずっと憧れだったの。と、少女は大喜びだ。
カツミはその紫色の瞳を細める。親機に当たる彼女の神が人であった頃の、海の様な青色とは違う。彼女の色の眼差しが、おぼつかない手つきで箸を弄っている少女を見る。
九年しか無い人生経験でも、知る事は出来る。察する事が出来る。ミートドリアを注文してスプーンに触ろうともしない様子。明らかに日本人の見目で箸をろくろく使った事が無い様子。
かつてのこの娘は、一体何なら食べられたのだろう。
「あ、この間違い探しは新作だね。だから、僕もどこがどう違うのか知らないよ」
季節のメニューごとに変わる子供向けメニューに描かれた間違い探し、冬季版に更新されたらしいそれを指さしてカツミは笑い掛ける。
今は、楽しいお食事の時間。余計な事は言うまい。
「あらそうなの? じゃあ勝負ね。ぜったいわたしが先に全部見つけて見せるんだから!」
フンスとやる気満々の少女。
別にゴースト相手だから嘘を言ったわけでは無く。本当にカツミはこのミニゲームの答えを知らない。だからその挑戦を受けて立っても良いのだけど。
「間違い探しは一旦、頼んだ料理が来るまでにしよう。冷めると味が落ちちゃうからね」
一応そう釘を打っておく。
それは、本願である『ファミリーレストランでのお食事』を台無しにしない為の気遣い。後、もしかするとこの店の間違い探しが大人でも頭を抱えるレベルの理不尽難易度だと知っているからかも知れない……
「そうそう、ドリンクバーの醍醐味に『飲料を混ぜる』ってのがあるよ」
最初の注文を終え、じゃあ先ずお飲み物をと席を立った少女に魔王からそんな提言。
「え、え、ええ!? 良いのそんな事して!? ……お、怒られない?」
少女とはと言えば跳び上がる様にして吃驚顔。禁断の御業を享受するとは、カツミの扱うもう一つの力たる魔女の面目躍如か。
いや、ドリンクバ-カクテルは別に何一つ禁じられた遊びじゃないのだが。ちょっと物怖じしていた少女も説明を受けて直ぐに乗り気に。
「僕かい?僕は『オレンジ+炭酸水』っていう美味しいやつがお気に入り」
例えば貴女はどんな風にするのと問われて、そう応える。
「美味しそうね!」
手を打って歓声を上げる、花開く笑顔。まあ、今だけでは無くさっきからずっと咲き乱れているけれど。
「なかなかないんだよね、炭酸オレンジジュースって」
「あら、そうなの? とっても美味しそうなのに……」
少し不思議そうに残念そうに口を尖らせる。
コロコロと表情が動くその様子は、少女が心底からこの場を楽しんでいる事を如実に表している。
「じゃあ私はブドウジュースに炭酸水を入れようかしら。全く同じじゃつまらないもの……あ、リンゴもあるのね。すりおろしりんごなら食べた事あるしこっちの方が……」
と、また真剣に悩み出して。けれどその顔とてキラキラと輝いていて。
けれど神の子機たる人形は尚考える。
この子に幸せな夢を。その目的を見据え自分が為すべき事を。
『それが僕に出来ることだからね』
己が神の為に。或いはもしかしたら、ゴーストと成り果てた一人の少女の為に。
成功
🔵🔵🔴
●少女は笑う
ジュースはとても美味しい。こんなに甘い飲み物を幾らでも飲んでも良い何て信じられない! ただでさえ色んな種類があるのに、お姉さんに教えてもらった方法でもっといっぱいの種類。いくら飲んでも飽きないわ。
ああ、それに。それにミートドリア。どんな味なのかしら。どんな歯応えなのかしら?
楽しみだわ。本当に楽しみだわ。
ちゃんと自分の歯で食べ物を噛んで、食べれるだなんて!
朱酉・逢真
【白夜】
会話)知らねェな。招かれれば入れるさ、そォでなきゃ入らん。病毒のカタマリだからな。ああ、どォも。ホレ・お先にどうぞだ、お嬢さん。結界で幾重にも宿(*からだ)を覆い、軛をキツく締め上げて。いつもより青ざめて参りますってな。俺はさっき食ったばかりでね、嬢ちゃんの分はおごってやっから好きに頼みな。いまは俺、役に立たんからな。しっかりやれよ白いの。
行動)ソファーにぐったりもたれて、ふたりを眺めている。表情はいつもの笑顔でいるさ。相槌くらいは打つとも、無視だけはしないよ。俺のシゴトはもっと後だ。
茜崎・トヲル
【白夜】
リリスってなんだろ?
つーかつーか、かみさまってさ、こーゆーところ入れるの?
あーね、たしかにー。ならおれが先に入るよ
んで、どーぞお二人さん!ってゴーストの人とかみさまを招き入れます!
ゴーストの人……って呼ばない方がいいかな?
おっけい! おじょーさん、おじょーさんはごはん何食べるー?
おれはねえ、ぜんぶ!(メニューにあるの全部頼みます)
全部食べられるよ!なんでか体型も変わんないから、おいしく頂けるよ!
ねえねえおじょーさん、このカレーおいしいよ!
あっポテトいーな、一本ちょーだい!代わりにグラタン一口あげる!
ふふっ、かみさまはその目で見ていてくれたらいーよ!
雨野・雲珠
言葉の端々に滲む過去の仔細が、
気にならないと言ったら嘘ですが…
彼女から話したがらない限りは
『普通』を満喫することを優先します。
何を隠そう、俺も初ですし!
どりんくばー?…は、先ほど経験者になったばかりの
お嬢さんにお頼みしてみましょう。
ティラミスを一口どうぞしながらすまほの写真を一緒に眺めます。
友達とするみたいに。
この間俺ね、はじめて水族館に行ったんです。
すごいんですよ、歩いているのに海の中みたいで…
このイルカがうんと賢くて。
…お嬢さんは?
どこに行ってみたいです?
えっと、そうですね。三つまで!
未来の話をしましょう。
…きっと、彼女は全部ご自覚があると思うけど…
だからこそ、当たり前に来るかのように。
●憧れの場所へ
時は少し遡り、店に入る際の事である。
「リリスってなんだろ?」
茜崎・トヲル(Life_goes_on・f18631)がふと零したのは、グリモア猟兵の説明の中に在った単語についての疑問。
「りりす? うーんと、わたしは知らないわ?」
けれど、当事者とも言える少女の形をしたゴーストは小首を傾げるだけ。
リリスはシルバーレインの世界に置けるゴーストの分類名。だがトヲルはその辺りの知識に詳しくないのだろう、そして少女の方はと言えば……嘘を吐いている様には見えない。必要の無い知識を持たぬのか、或いは今この時は忘れているのか。それとも……
「まあまあ、そんな事よりふぁみれすですよ」
今は重要な事じゃないと、そんな風に取り成したのはトヲルの兄貴分たる雨野・雲珠(慚愧・f22865)だ。実の所、2人はこの世界に来た時は一緒では無かったのだけど、ゴーストと接触する段になって互いに気付き、そうしたら同道しない理由なんて無い。
何せこれから同じ店で一緒にご飯を食べるのだし。
「あ、そうね! そうよ! ファミレスよあのファミレス! 憧れの!」
途端、テンションの上がる少女の様子に、雲珠は桜と空の色を想わせるその目を少し細める。
ファミリーレストラン。雲珠の住む世界で言うならば、彼自身が勤めているパーラーが一番近いのだろうか。何処にでもある様な大衆向けの店の事を憧れと言い。楽園に辿り着いたが如く喜ぶ。
『その言葉の端々に滲む過去の仔細が、気にならないと言ったら嘘ですが……』
けれど、彼女から話したがらない限りは。そのままに。
心優しき桜の精は、ただ少女が『普通』を満喫することを優先する。
「つーかつーか、かみさまってさ、こーゆーところ入れるの?」
その一方で、トヲルはと言えばその身を翻してまた別の同道者に顔を向けていた。さっきまでの会話はうっちゃりさて置きフラフラリと気ままに自由、死なないキマイラは今日もマイペースだ。
「知らねェな。招かれれば入れるさ、そォでなきゃ入らん」
返されたのは青年の声。或いは中性的にすら聞こえる少年の声。もしくは年経た大樹を思わせる老紳士の……混ざり合っている様にも不協和音の様にも聞こえ。それで居て至って普通にも聞こえる。それは朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)の言葉。
そして言葉は『病毒のカタマリだからな』と続く。
「あーね、たしかにー」
トヲルは気にしない。凶星とも謳われる病毒の神を、けれど彼はただ自然体のまま仲良しだと言うのだ。
「そうですね……」
雲珠も気にしない。どれ程昏い闇にせよ、どれだけ恐ろしい朱にせよ、彼にとっては親愛なる『かみさま』。
「お兄さん、入れないの? 困ったわ、せっかくみんなで来たのに……」
そして少女もまた気にしない。或いはオブリビオンである彼女には逢真の正体が理解できていないのかも知れないけれど、でも多分、この娘は今この時、相手が何であるかよりも『仲間外れなしに皆でお食事をする』事が大事なのだ。眉根を寄せた難しい顔がそう言っている。
「ならおれが先に入るよ」
言うが早いかトヲルは扉を開き、踊る様な軽い足取りでその白と赤の奇抜な衣装を靡かせヒョイと店内へ。それから振り返って二人を手招き。
ある意味で飲食の場に最も相応しくないこの稀人(マレビト)は、けれど招かれる事で客人(マレビト)となり得る。それは多分、逢真だけの話では無く。
「んで、どーぞお二人さん!」
向けられるのは底抜けに明るくて、無防備で、優しい笑顔。
「ああ、どォも」
朱ノ鳥の陰気な笑顔が僅かに深くなった様にも見えた。気のせいかも知れないけれど。
「まあ素敵! お姫様見たい!」
ゴーストの笑顔は、誰の目にも明らかに満開の花の如く咲き誇った。
稚気に満ちた言動は子供より子供っぽい彼だけど、少女からすればれっきとした大人の男性だ、紳士にエスコートされた気分で嬉しいらしい。
「ホレ・お先にどうぞだ、お嬢さん」
その様子を見てとったのか、『かみさま』はゴーストを促し先を譲る。
「はーい、それじゃお手をどーぞ!」
キャーと小さく歓声を上げつつ招き入れられる少女の後姿を眺めるその宿(※からだ)を、シュルリと蛇体が巻く。……いいやそれは錯覚で、蛇では無い。それは軛だ。逢真自身が逢真に施し縛る結界。
自ら語った通り彼は病毒の塊。その身体は比喩抜きに、彼の権能である毒と病に拠って出来ている。そのまま何の縛りも無ければ、溢れ出た災禍は周囲の生命全てを死に絶えさせかねないのだ。
「用心だ。もう少しやっとくか」
だから軛を。枷を。普段より嵌められている結界を、更に何重にも幾重にも巻き付けその宿を覆い。キツく締め上げる。万一にでも漏れると事だ、もう一重。ついでにもう一巻き。
「か、かみさま。あの、ちょっと、その辺で……」
冬枝の桜がちょっと引き攣った声で諫めるけれど、聞きやしない。
「いつもより青ざめて参りますってな」
冗談めかしつつ、気遣わし気に見上げる少年を伴って店内に向かうその顔は。冗談では済まされない顔色の悪さなのだが……
「じゃあ席行こーね!」
招くトヲルはこれも気にしない。いや、内心では心配しているのかも知れないけれど、少なくともとやかくは言わない。それは彼の神の行動と判断を信ずる信頼か、或いはその結果がどうあろうとも受け入れると言う受容か。
「ええ、早く行きましょ!」
そして少女もまた……いいや、これは違う。逢真はほんの少しだけその目を常より細める。
正しくはあの少女は、過大な圧迫により真っ青を通り越して浅黒くなった逢真の顔を『異常』だと認識して居ない。それは彼女にとっては『普通の事』なのだ。
「……へぇ」
興味深げな様にも退屈そうにも聞こえる呟き。
病を司る神である彼にだけは見えている。パジャマと同じ様に、ゴーストとしての力で取り繕われた少女のその顔色が、本当はどんな物なのか。
●少女は笑う
手を取って招かれるだなんて、まるでおとぎばなしのお姫様。ううん、良家のおじょう様もそうなのかしら? どっちでも良いかな。どっちにしたって本の中の世界みたいでワクワクするもの。
お兄さんたちは優しいわ。……何だか、その、ちょっとだけ、怖いけど。
でもでも、皆で連れだってお店に入れたの。わたしも一緒。一緒よ!
わたし、皆と一緒にお店に入れたの!
●何を食べるかよりも誰と食べるか
「ゴーストの人……って呼ばない方がいいかな?」
席に付き、少女に声を掛けようとした所でトヲルは言葉を少し止めた。諸般の事情で精神退行している彼だけど、別に思考その物が滞っている訳では無いのだ。……いや、むしろ幼い心にこそそう言った機微は詳らかに映る物なのかも知れない。それまでの少女の言動から、どうも『自覚』が無いか、薄いか、或いは無視している事をトヲルは察している。
「呼び方? 何でも良いけど……さっきお嬢さんって呼ばれたのはうれしかったかも」
少し考えた少女がそんな風にはにかめば、結論何てもう一つしかないだろう。
「お嬢さんですね。俺も良いと思います」
「おっけい! おじょーさん、おじょーさんはごはん何食べるー?」
呼ぶ方も呼ばれる方も、一様に柔らかく破顔する。
「エヘヘ……ええとね、ええとね。私はまずオススメしてもらったミートドリアとサラダを頼んだわ。お兄さん達は?」
両頬を抑えて照れてから、自分の最初の注文を答えた少女に返す刀で問われたトヲルは。
「おれはねえ、ぜんぶ!」
それはもう元気よく答える。周囲がちょっと固まった。……全部て。
まあ、逢真と雲珠は普通の顔な辺り。普段からそうなのだろう。
「……ええと、お兄さん。食べきれるの?」
元より親しい二人とは違い、冗談なのか本気なのかの判断に苦しんだ様子の少女だったが、一切曇らずニッコリニコニコほややんなままのその笑顔を見て『あっこれ本気だわ?』と気づいたらしい。少し慌てて確認をして来た。
「全部食べられるよ!」
そっかー。流石は猟兵、生命の埒外。
「なんでか体型も変わんないから、おいしく頂けるよ!」
「!!」
「チッ!」
今、何か周囲の他の客の席から嫉妬のオーラとか殺意が飛んで来ましたけど……とばっちりを受けた雲珠がちょっとビクッとしたものだ。まあ、食べても食べても太らない、それはそれで夢のような話である。そりゃあやっかみも呼ぼうと言う話で。
……まあ尤も、比喩抜きにそれを実現するトヲルの身体の仕組みや事情を知ったとして。それでも尚彼ら彼女らが嫉妬を感じれるかどうかは、分からないのだけれど。
「まあ、良いわねそう言うの。わたしも負けてられない! 他の注文も考えなきゃ」
少女は対抗心を燃やしだしたりもしたけれど、彼女もまたグリモア猟兵の情報によれば底無しの健啖家であるとされている。それは、果たしてどう言った仕組みか。彼女がゴーストである事を考えれば色々と想像は付くと言う物だ。
「俺はさっき食ったばかりでね、嬢ちゃんの分はおごってやっから好きに頼みな」
一方で、逢真と言えばソファー席にぐったりともたれたままそんな調子だ。宣言通り注文を出す様子もなく、ただただ二人を眺めている。
どうでも良いが、値段帯の安いこのファミレスでも、少女の分を全部奢ると相当な値段になりそうなのだけど……この世界のお金に持ち合わせとかあるのだろうかこの神様(ひと)。
閑話休題。
「いまは俺、役に立たんからな。しっかりやれよ白いの、坊」
横柄と言えば横柄な態度にも見えるだろう。けれど先の通り、己が権能による害毒と病の蔓延を防ぐべく自身を圧迫している身を慮れば当然でもある。
「ふふっ、かみさまはその目で見ていてくれたらいーよ!」
だからなのか、それ抜きでもなのか、白いのと評されたキマイラは笑顔で請け負う。
なるほど、神は衆生を見守る物だ。上天や地の底から……或いはすぐ横のソファーから?
「そう言えば。何を隠そう、俺も初なんです」
逢真から注意を逸らし、休息を取らせようと言う意図もあったのか。そこで不意に投げられたのは坊こと雲珠の告白。
何が初と言うにファミレスがである。
「そうなの!?」
驚きに目を丸くした少女の意識は容易く少年に集中する。言われて見れば先にファミレスと言った際の発音からして不慣れだったのだけど、憧れのお店に夢中だった彼女には気付けなかったのだろう。
そう、桜舞う帝都の世界サクラミラージュの住人である彼にとってもこの店は初体験。いわばファミレス初心者、汚れ一つない新雪の如き純白の花弁である。
……ちょっと何言ってるんだかよく分からなくなってきたが、兎も角それはつまり。
「わたしと一緒なのね!?」
と言う事で、少女の目がキラリと輝く。
「ええ、ですからどりんくばー? ……は、先ほど経験者になったばかりのお嬢さんにお頼みし
「任せて!!」
めっちゃ食い気味に請け負われた。
「うふ、うふふふ! 任せちゃって! わたしがドリンクバーの何たるかを教えて上げる!」
この小娘、今さっき自分も教わったばっかりの癖に……!
等と言う道理は、その満面のドヤ顔……と言うか純粋に嬉しくて仕方ないと言う顔の前には無意味だった。
「はい、よろしくお願いします」
だから少年も礼儀正しく笑う。
空を舞う雪の様に白い花弁を思わせる、それはとても優しくとても柔い笑顔。
●少女は笑う
仲良しさんとのお食事!
とっても楽しい。とっても嬉しい。今日初めてあったのだけど、そう言うのって時間が大事じゃないわよね。ずっと一緒でも、それが返ってつかれさせちゃったりするのだもの。そうよね。ずっと、ずっとは。
だから今日会ったお友達と一緒のお食事! 皆でお食事!
そう、お友達! お友達よ! ……お友達で、良い……のよね?
●明日の話を
「ねえねえおじょーさん、このカレーおいしいよ!」
トヲルが無邪気に笑い掛ければ。
「あら、わたしのお芋さんだってサクサクしておいしいわよ?」
少女は対抗してツンとして見せる。直ぐにエヘヘと笑み崩れるのだけど。
「あっポテトいーな、一本ちょーだい!」
だから代わりにグラタン一口あげるだなんて言われれば。
「良いのっ!?」
寧ろその目をキラキラ輝かせて食い付く。
躊躇なくフォークに刺したポテトを差し出して、はいアーンとやるし、して貰う。聖者の優しさに懐いたのか、退行した故に純心なその性質と気が合ったのか。
「俺のティラミスも一口どうぞ」
「ほんとっ!?」
雲珠の態度も、それこそ友達とするみたいな距離感で。
少女は時折、噛み締める様に笑う。こう言うのを求めていた。望んでいた。そして……
「あ、ちょっと口もとよごれてるわ! 拭いたげるからこっち来て」
「ありがとー……っておじょーさんも汚してるよ?」
口元を拭いてやり合ったり、料理を食べたり分け合ったり、そうしている彼等の様子は到底敵同士には見えない物で。
「ねえねえ、このオリーブオイルと言うの。ドリアにかけても良いのかしら? 良いと思う?」
けれど少女は、見物に徹している逢真にもちょこちょこと話しかける。最初は少しだけ怖がっていたのもどこ吹く風、既にもうスッカリ慣れてしまった様で。いっそ仲間外れになっていないかちょっと気にかけてすら居るのかも知れない。
「ああ、良いんじゃねェか? 好きにしろよ」
逢真もまた、話し掛けられればちゃんと相槌を返す。質問には返事もだ。
「ねえねえ! このプチフォッカってなあに? パンじゃないの?」
だから少女も物おじせず声をかける。
「ねえねえねえ! このチーズの粉。本当に幾らかけても良いの?」
鷹揚なその態度に甘える様に、どんどん気になる事を聞く。
「……ねえ、ホントに何も食べなくていいの? えんりょしてない?」
それはもう次々話しかけて来る。子供と言うのは応えてくれる大人は質問攻めにする習性でもあるのだろうか。
流石に今は役に立たんと言ったろうがと零す物の、それでも表情はあくまでいつもの笑顔。それから無視だけはしない。
ただしあくまでも何かをする事は無く、博愛と親愛の目で眺めるだけ。
『俺のシゴトはもっと後だ』
そう定めて。
それは一体どの様な仕事か、役割か。それは正に今は未だ神のみぞ知る。
「この間俺ね、はじめて水族館に行ったんです」
一通り食べてちょっと食休み。
次は何を頼もうかしらともう考え始めている少女に対し、桜の精が差し出したのはスマートフォンの写真画像。一緒に眺めようと、身を寄せて。そんな仕草も仲の良い友達とのそれそのもので、少女はまた頬を緩める。
「なになに? わ、綺麗!」
画面の中の青色に、少女の歓声が一つ。
「でしょう? すごいんですよ、歩いているのに海の中みたいで……」
ね。と、ソファーの上のメンダコ……もとい、いっそ軟体生物の如くくってり力なく座ったかみさまに同意を求めれば、「おお、にゅっとなァ」と相槌も返って来る。
合ってるけど微妙に合ってない返事に、むくれれば良いのかそれほどの疲弊なのかと心配すれば良いのかと少年は一瞬悩むけど、今は少女の方だ。
「わ、わ、わ、この写真。イルカショーっていうやつかしら!?」
操作方法が分からないらしい少女の代わりに写真を展開してやれば、さらに興奮した様子でイルカの戦隊を指さす。
「ええ、このイルカがうんと賢くて」
「イルカ! おれも見たよー! 他にもタダタダタダヨウガニとかー」
オリーブオイルマシマシにしたパスタと格闘していたトヲルも手を上げて笑う。
「へええ、すごい。すごいなあ。……皆、良いなあ」
そして少女は更に興奮して。
けれど最後にほんの少し、ちょっとだけ、ゴーストは眉根を寄せる。
良いなあと。いいや、それだけではなくて。それから……
「……お嬢さんは?」
「えっ?」
その思考を、雲珠の言葉が止めた。
けれど意味を掴みかねて首を傾げる少女に、守り桜の少年は言葉を重ねる。
「どこに行ってみたいです?」
それは丸で、次遊びに行く場所の相談の様に。
「え……え!?」
そのつぶらな目が見開かれて、雲珠は内心で『やっぱり』と思うけど。今は其れより大事な話をしている。
「えっと、そうですね。三つまで!」
次は何処に行きましょう。一緒に。
未来の話をしましょう。どこに遊びに行きたいか。
「……………」
言葉に詰まった様子の少女の顔。
少年は知っていた。きっと、彼女は全部『自覚』があるのだろうと。そう思っていた。
「ね、お嬢さん」
でも。だからこそ、その機会が、当たり前に来るかのように。
「わたし……わたし」
少女は見回す。おそろしいやさしい神様。明るく無垢なキマイラ。その心の手を広げる桜の精。それから、それから、その場に色んな人が居た。皆、猟兵達。でもそんな事は重要では無い。
重要なのは今、一緒にいると言う事。ひとりぼっちじゃないと言う事。
「わたしね、その、水族館と……カラオケは今日行くから。動物園と……それから……」
その声は少しだけ震えていたけれど。
けれどとても幸せそうで、嬉しそうな、温かい響きに満ちていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●少女は笑う
どうしてそんな事を言うの? どうしてそんな事を聞いてくれたの?
悲しい。でも嬉しい。すごく嬉しかった。
ねえ、約束よ。きっと、きっと約束よ。守れないけど、約束よ?
やぶったらひどいんだから。
だから、ね? おねがい。約束をやぶるわたしの事、ずっとゆるさないで。
ダフネ・ヴエナ
可哀想、などとは申しませんわ
だって彼女は楽しんでいらっしゃるもの
今この瞬間は、彼女の笑顔に嘘はないのだと思いますわ
でしたら、それを曇らせたくはありませんわね
あなた、ファミリーレストランははじめて?
そう、わたくしもですわ
あまりこういった所には縁が無くって
ですからとても楽しみですの
あなたもではなくて?
何を召し上がりますかしら
チキンステーキはいかが?
あら、エスカルゴもありますのね
(食べてみて)これは、貝……ですわね
あら、デザートもありましてよ
迷うなら全部頼んでおしまいなさいな
食べながら雑談でも致しましょうか
相手を知ることは肝要ですわ
殺すことは背負うこと
今こうして食べているもののようにね
●宴に美しき花が咲く
『可哀想、などとは申しませんわ』
美しい琥珀の双眸が、睦まじく食事を楽しむ少女達を見つめている。
『だって彼女は楽しんでいらっしゃるもの』
視線の主は一人の女性、青薔薇の髪を真珠の肌に纏ったドラゴニアンの魔女、ダフネ・ヴエナ(バラと真珠・f33558)。長き時を生きる竜種たる彼女もまた、既にゴーストと成り果てている少女の身の上を察しているのだろう。
けれどダフネは、それでも、その上で少女を憐れんだりはしない。
『今この瞬間は、彼女の笑顔に嘘はないのだと思いますわ』
ハンバーグを美味しそうに頬張る笑顔。骨付きチキンでベトベトになった手をちょっと困った顔で見下ろす顔。美味しさの合間のお喋りにクスクスと笑う顔。それは『今』少女が幸せであると言う証明で。過去がどうあろうとも、その事実に変わりは無い。
『でしたら、それを曇らせたくはありませんわね』
野暮な事や余計な事は言うまい。そう決めた竜の乙女へと、不意に当の少女から声が掛かった。
「……お姉さん、どうしたの?」
不思議そうに小首を傾げて見上げるその視線に、僅かながらの心配の色が見えた。無言のままの自分を見て、何かあったのかと思われたらしい事に気付き、ダフネは思わず微笑を零す。
口数が少なく、独り言は脳内で済ませてしまうのが常な彼女からすれば、少女のその懸念は全くの杞憂なのだけど……真っ向からそのままそう言うのはこれも聊か野暮と言う物だろう。
「あなた、ファミリーレストランははじめて?」
宝石細工の様なその美貌から零れるしとやかな声。少女は少しドギマギした様子だったけれど、直ぐにコクコクと頷き返す。
そのいとけない仕草にダフネは今一つ微笑みを深くする。実の所、彼女自身はこう言う愛らしい生き物より武器の類の方が好きと言う真性のコレクターなのだけど。だからと言って別に、目前の少女を邪険に暑かったり疎ましく想ったりする理由だってありはしないのだ。
「そう、わたくしもですわ」
あまりこういった所には縁が無くって。と続けるその言葉に少女の表情がパアッと華やぐ。自分と同じな人がまた一人居た! と。憧れのお店とは言えやっぱり始めてと言う事実には物怖じする気持ちもあったのだろう。仲間が多いのは心強い物である。
「ですからとても楽しみですの」
まして、気持ちも同じであるなら尚の事だ。一人より二人、二人より三人。そう言う物だ。
「あなたもではなくて?」
だから気高き薔薇の如き美女のその言葉に返って来たのは、元気一杯の返事と。
「うん!」
それから野に咲く花の様な笑顔。
「何を召し上がりますかしら」
食べて。食休めにお喋りを楽しみ。それからまたメニューを開く。
前もって説明にあったとは言え、小さなその身体からすると中々驚きを禁じ得ない大食いぶりの少女なのだけど、ダフネは少なくとも表に出して戸惑ったりはせず、楚々とたおやかに注文を促す。
「うーん、うーんと……ハンバーグはさっき食べたし……」
だが、幾らでも食べれるからって片端から一気に頼むと言う訳にもいかない。……いやそうする人もいるけれど、兎も角この少女はそう言う頼み方では無く。少なくとも続けて同じ料理を頼まない等、順番に悩無拘りを有しているらしい。
「チキンステーキはいかが?」
「! わかったそうするね!」
ならばとその繊手の先で指差し薦めれば、直ぐに色よい返事。
「あら、エスカルゴもありますのね」
少女にだけ食べさせるのでは片手落ちと、ダフネ自身もメニューを眺め琴線に触れた注文を一緒に出したりもする。
そして料理が届けば。
「おいしいー! このパリパリしてるのが皮なのね!」
外れる事の無い大好評。笑顔は花咲き歓声は踊る。
「これは、貝……ですわね」
ドラゴニアンの方は何かちょっと直球な感想を零したりもしていたけど、それもまた御愛嬌と言うもの。まあ、同じ腹足綱ですしね。
シルバーレインの様な世界のその国に置いては少し珍しい料理が、他の世界の物からすれば良くある味。等と言うのもある種、猟兵には良くある話と言えば良くある話だ。まあ、尤も謎に満ちた過去を持つダフネがどの様な世界の出身であるのかは分からないのだけど。
気を取り直しメニューをまた開き。
「あら、デザートもありましてよ」
最後付近のページで見つけた甘味に、思わず水を向ける。
「デザート! ……わ、わ、色々ある……!」
女の子が甘い物に目を輝かせる。それは逆にどの世界でも共通の事なのだろうか。少女はメニューを見つめる首を何度も巡らせて目移りさせる。
「迷うなら全部頼んでおしまいなさいな」
デザートにそんな事を言われてしまえば、先とは違いその誘惑は相当に抗しがたい。
「……う。で、でもこのセットとこのセットは同じアイスみたいだし……」
おっと意外と結構頑張っていた。今にも陥落しそうだけど。
『決めたらまた雑談でも致しましょうか』
煙を出しそうな位に悩んでいる少女を前に、竜は次はどんな話をするかと考える。勿論、デザートが来てからも食べながら話せば良い。
それまでも既に、彼女はそうして少女との対話を幾重にも重ねていた。
『相手を知ることは肝要ですわ』
内心でそう呟く。何時もの通りの口には出さぬ独り言。けれどそれに限っては、そうで無くても口に出して言って良い事では無かっただろう。
『殺すことは背負うこと』
だって彼女は、既に覚悟をしている。
『今こうして食べているもののようにね』
命を奪う覚悟。その重みを耐える覚悟。生命の血肉を調理し饗される料理も、幸せそうな笑顔を浮かべる世界の敵(ゴースト)も、そう言う意味に置いては等しく同じなのだから。
成功
🔵🔵🔴
●少女は笑う
甘い物はやっぱりとっても美味しい!
歯応えが無いのはちょっと残念だけど、それでもやっぱり幸せなお味。
甘い物はあのころも楽しみにしてたもの。めったに食べられはしなかったけれど。でもだからこそ!
美味しいな。嬉しいな。
ずっとずっと、このままだったら……良いのにな。
丸越・梓
アドリブ歓迎
_
はしゃぐ様子に穏やかに瞳を細めてみせ
彼女が疑問を浮かべたなら一つ一つ丁寧に答えていく
お腹が空いたなと言葉にして
彼女が頷いたなら、彼女の気になるものを好きなだけ頼もう
俺自身も常はゼリー飲料で済ませがちだが、よく食べる方である為料理が余ることは無く
職業柄か、染み付いたお節介な兄心故か
この子の生い立ちが気になった
眼前の彼女を見ながら
殺してくれ、と絞り出すように言われた言葉を思う
──何故、この子はゴーストなのだろう
この幸せそうな顔のまま、どうして生かしてやれないんだろう
悔しさも無力さも全て飲み下して
おいしいねと笑う彼女の口元についたクリームをそっと拭って
そうだな、と微笑った
●悲しみに寄り添う花
男は少なからず周囲の客の耳目を集めていた。それはその彫刻の様な……いや、彫刻だったとしたらそれは歴史に名を刻む名作だろうほどの美貌のせいだ。190cmを超える長身の美丈夫ともなれば尚の事、そりゃあ目立つ。
「見つけた! 見つけたわ8つめの間違い! 見て見てここよここ!」
そんな美男子が、歓声を上げはしゃぐ少女を見やり穏やかに目を細めている。優し気な表情にはしかし何処か物憂げな色も見えて……絵になると言うか、最早絵画の世界である。……もしくはイベントスチル。何のかは聞くな。
「……そう言えばここに描かれてるの、メニューを見たらプロシュートと言うのね。……ハムじゃないの?」
剰え少女がふとした疑問に小首を傾げれば。
「ああ、それはイタリアの言葉でハムと言う意味なんだ。それで、日本ではイタリア式の生ハムをそう呼ぶ」
そんな風に答え教えてやる。一つ一つの疑問に対して少女に合わせてかみ砕いて丁寧にだ。
その卒が無くかつ優しい態度は、幼い年の頃の子供を相手する事への慣れと親しみを感じさせる。子供にやさしい超美人と言うスーパーダーリン適正の高さを見せ付ける彼は丸越・梓(零の魔王・f31127)。UDC機関員の顔を持つダークヒーローだ。
「イタリアの言葉! 知らなかったわ。わたし、外国の言葉はぜんぜんだし、料理もあんまり食べた事無くて……味は違うのかしら?」
メニューを開き直し、該当の料理写真を見てむむむと唸る。只のハムと思っていたからだろう、これまでには注文しないまま何度目かの食休めに入っていたのだ。
「…………」
チラッと、少女が猟兵達をこっそりと上目遣いに見て直ぐに目線をメニューに戻す。
オブリビオン故か、或いはその存在の根幹にある特性故か、少女は明らかに己が体積を無視して幾らでも食べれる様ではあるのだけど……それはそれとして当人自身が自分ばかり只管食べ続ける事に気兼ねし始めて居る様で。
「お腹が空いたな」
だから言葉にしてやる。低い、けれどどこか優しい声を耳にした少女がガバリと顔を上げ、声の主である梓をキラキラした目で見つめる。
「ほんとっ? え、ええとそれじゃそれじゃ。注文、する?」
渡りに船と大喜びの少女に、それとなく船を用立ててやったも同然の梓はまたその目を細めた。その深い黒色の瞳に映るのは慈愛か、それとも……。
少女が頷いたなら、彼女の気になるものを好きなだけ頼もうと。甘やかしているとすら言えるその態度。既に普通に食べた後なのに、少女が気まずくならぬ様にと追加で自分の注文もしてしまう。
『俺自身も常はゼリー飲料で済ませがちだが……』
しかし実際、彼は良く食べる方でもあるのだ。だから料理が余る心配は無い。体格が良くてかつ剣士としても鍛え抜かれたその身体は、エネルギー補給に関し相当な優秀さを誇るのだろう。
「じゃあじゃあ、ほんとはこれも気になってて。あ、後……その、デザートももう一ついいかしら?」
ちょっと遠慮がちに問うて来るその顔に、即座の肯定を返してやる。
さながら娘に甘いお父さん……いや、親戚のお兄さんだろうか? そんな様子を例えばかつて彼と共に在った部下達が見たならばどう言っただろう。普段の魔王とすら呼ばれる振る舞いと無愛想さからのギャップに驚いたか……いや、元より知って居た顔で笑っただろうか。
『──……』
UDC機関に籍を置いているが、彼本来の職業は刑事だ。其処から過去に遡るなら、生まれ育った孤児院での子供達の中での長兄役でもあった。そりゃあ子供に優しく、そしてその扱いに慣れがあって当然と言う物。
「じゃあ、料理が来るまでのあいだに9つめを見つけちゃうんだから!」
職業柄の考えと、染み付いたお節介な兄心か、間違い探しに再び没入しようとする笑顔の奥。……その生い立ちを考えてしまう。気になるのだ。
刑事としてもUDC機関員としても様々な案件に関わった彼だ。大体の推察は付くし、少女の節々の言動からそれらが恐らく間違いないのだろう事も分かる。
「これ、これじゃないかしら? ……ちがうわね折れ目でちょっとズレて見えただけね」
むうとむくれてから、けれど直ぐにころころと笑い出す眼前の少女を見ながら。
出発前に受けた指示。殺してくれ、と絞り出す様に言われたその言葉を思う。
『──何故、この子はゴーストなのだろう』
ゴーストだから、救えない。誰もそれを望んで居ないのに。
「あ、先にティラミスが来ちゃった……はやくけど、食べないと、溶けちゃうわよね?」
オブリビオンだから、殺さねばならない。こんなにも嬉しそうに笑うのに。
『この幸せそうな顔のまま、どうして生かしてやれないんだろう』
口には出さない。その優しさは献身に、その思いやりは自己犠牲に、伸ばす手は縋る為では無く常に人の為に。群生せず単独で自生する花が如く、孤高のまま全て独りで背負い込んでしまう彼の強さ。
……本当は、強がりなのかも知れないけれど。上着の内ポケットが少し重くなった気がした、確か其処に入っているのは亡き友の……きっと、気のせいだろう。
「おいしい! おいしいね!」
悔しさも無力さも全て飲み下して、笑う少女にそっと手を伸ばす。
そうして口元についたクリームをそっと拭う。この手は届く、今出来る事はこの程度だけれど。けれど、届く。
「そうだな」
その微笑が途方も無く美しかった理由はきっと、ただ彼の容貌が優れているからだけでは無い。
大成功
🔵🔵🔵
●少女は
本当に皆優しいわ。みんなみんな、やさしいの。
嬉しい。嬉しいけれど……良いのかな。わたし、こうしたかった。ずっとこうしたかったの。ずっとずっとこうできなかったの。だから、だからね? 今日くらいって。
でも。でもね。ほんとはね、ほんとは、少しだけ……
……ううん、少しじゃない。すごく。すごくね。
ごめんなさい。
白幡・修理亮
「ふぁみりぃ・れすとらん」でござるか!
いや承知仕ってござるとも。
家族……そう、一族郎党挙げて宴を楽しむ店でござろう?
ゴースト殿を歓待してみせようとも。
そう、家族!
今だけは家族が如き楽しさを味わうが宜しい!
まあそれがしも、あまり会食には慣れておりませなんだが……
おお、甘味!
娘ごよ…はて、なんとお呼びすれば良いのかな…ともあれ娘ごよ!
それがし猟兵になって何が楽しいかと言うて、この甘味よ!
特に「ぱんけーき」は好きでのう、見よやこのフワフワ!
おお、おお、すぐに切って差し上げよう程にな。
それがし薪割りだけは得意なのよ。
さてもこの甘き蜜よな!
のう、心が躍るではないか!
ははは、よいよい!
口元に蜜が付こうと、咎める者とておりはせぬ!
さよう、まるで妹がいるかのような……おったならば……かような仕儀であったかな。
なにせ末っ子ゆえな。
新鮮極まりない!
いや、それがしの方がはしゃいでしまいましたな。失敬!
甘味が過ぎたら、「どりんくばー」にて茶など所望しようかな。
使い方は、お主の方が心得ていよう? のう、娘ごよ。
●家族であっても
「『ふぁみりぃ・れすとらん』でござるか!」
作戦の概要を聞いた際、白幡・修理亮(薪割り侍・f10806)が示したのはそんな。明らかに言いなれていない、ともすれば意味を理解しているか少し心配になって来る様な調子の第一声だった。
尤も、仮にそうだとしてもそれを不見識と詰るのは聊か理不尽だろう。
薄っぺらい単衣に袴、足元ではカラコロと下駄が鳴る。そんな風体から瞭然な通り、彼はサムライエンパイアは武蔵国橘樹郡の出身。彼の世界にはそも存在からしない『異国』の言葉に諳んじていないとしても、それは当然の事ではある。
「いや承知仕ってござるとも」
まして修理亮は直ぐに手を前にかざし、説明をするべきかと口を開きかけた同僚の言葉を遮った。ちゃんとその意味を知っていると。
そう、元は地方を修める地侍の家の末子として。正直に言って物を知らぬ方だった彼も、猟兵に覚醒し複数の世界を渡り歩く様になって数年を経ているのだ。世間知らずと言う不名誉な看板はそろそろ下ろし時と言う事なのだろう。
「家族……そう、一族郎党挙げて宴を楽しむ店でござろう?」
そんな大掛かりな大宴会を催す店では無いなあ……!?
ごめん前言撤回、ちょっと待って看板下ろすのストップ。うん、それ元の位置に戻しといて。
ともあれ度合いは兎も角内容に関しての理解は正しく、仕事には支障があるまい。説明をしかけていた猟兵もまあ良いかと流す事にする。
「そう、家族!」
そんな仲間の様子に満足げに一つ大きく頷いた修理亮は、再度改めてファミリーと言う言葉の意味を確認する様に言葉を反芻し。
「今だけは家族が如き楽しさを味わうが宜しい!」
この時は未だ相まみえぬオブリビオンに対し、そう言い切った。
それが例え、一時の夢に近しい物であったとしても。その先にあるのが、彼我何れかの死によって別たれる立ち合いであったとしても。その寂寥と覚悟をしかと背負って。
「まあそれがしも、あまり会食には慣れておりませなんだが……」
後頭部を掻き掻き、微妙に不安になる言葉も零しはするけれど。
「しかし委細問題なし! ゴースト殿を歓待してみせようとも」
けれどやる気は充分だ。
例えノミの心臓のヘタレと言われ様とも。斬れるのはせいぜい薪位と侮られようとも。しかし彼は猟兵であり、侍だ。世界を喰らう過去からの浸食を前にしたならば、胸すわって進むのみ。恵まれた体躯の胸板をドンと叩き、気合を入れて店へと臨む。
けれど、いや……だからこそ食事の席で、修理亮は不意にその顔を険しく顰める事となった。190cm近い長身ながらその容姿幼い童顔である修理亮は、その表情を多少険しくしたとて場の空気を悪くしたりはしない。寧ろ誰も気付いてはいないだろう。
寧ろ米大好きな彼がそれまでに頼んだ米系料理の数々の方にインパクトがあり過ぎて、顔に迄は余り目が行くまい。
「こら! ちゃんと野菜も食べなさい」
「やーだー、これきらいー!」
それは隣の席の家族連れのやり取り、修理亮が味あわせると言った楽しみの実例だ。それを少女が見ている。
好き嫌いをする子供を母親が叱り、子供は駄々を捏ねる。良くある風景で、良くある幸福の形。騒がしいやり取りに目線を向ける者の大半は微笑まし気な顔をしていて。少女の顔もまた一見そう見える。
「おお、甘味!」
出し抜けに修理亮が上げた大声に、少女がビクリと肩を跳ねさせた。
「えっ?」
それからキョトンと浪人の青年を見やる。その黒い瞳を見返して、戸惑った様に声を漏らす。
「だから甘味じゃ!」
修理亮は俗に言う『部屋住み』だった。地方有力者と言える立場の家に生まれるも、その立場は先代当主が愛称に産ませた末子。家督相続の目等無い冷や飯食らい。
……いや、甘やかされていたとは思う。寧ろそれなりに恵まれた立場だったとも言えるかもしれない。けれど、剣豪である彼の剣は我流だ。まともな道場に通った事が無いから。様々なオブリビオンが跋扈する様になったエンパイアの世情の中で、なのに戦う術を学ばせようとすらされなかった末子。剰え、彼は家伝の霊的動甲冑の封印を解いてしまった事でアッサリと放逐された。
「頼んでおいたでざーとが来たのでござる!」
そんな彼だから気付いた。そんな彼だから見落とさなかった。見落とせなかった。
家族連れを見ていた時の少女の目。その目に映る風景に理解が及ばないとでも言うような目。玻璃玉の様に空っぽの目。
修理亮は知っている。あれは、捨て置かれた者の目だ。
●少女の
『あの個室、またFMラジオが大音量だわ』
『ああ、今日は操作できる程度には元気なんでしょうね……仕方ないわよ、あの子、他に出来る事なんて無いんだから』
『え、他にもあるでしょ? ゲームとか、玩具とか……』
『……忘れたの? もう長い間、あの子にお見舞い何て来て無いじゃない。誰がそれをあの子に差し入れするって言うのよ』
うるさい。
『でも、だからってあんな音量にする必要なんて……あ、やだもっと大きくなったわよ?』
『構って欲しいのかしら? まあ、家族に迄見限られてるのは可哀そうじゃあるけど……正直迷惑ね』
うるさい。うるさい……!
●家族の様に
「それがし猟兵になって何が楽しいかと言うて、この甘味よ!」
はしゃぐ様に殊更に大きな声で、そして早口で語る修理亮の言葉。その勢いが少女の目に色を戻した。
「特に『ぱんけーき』は好きでのう」
何かを振り払う様に少し首を振っている少女に見せる様に、侍の青年は皿を少し傾ける。
「……ええと、パンなら普通だからたのまなかったんだけど」
どうもまたパンケーキ未体験らしい少女は、少し小首を傾げる。
「何と浅墓な!? ええい、見よやこのフワフワ!」
修理亮はその浅慮をいっそ叱責する様な勢いで皿を一層近づける。
「え、ええ? ……あ、本当。思ってたのと全然ちがう! すごく美味しそうだわ!?」
間近で見た人気デザートの柔さに魅了され、丸く開いた少女の目はもうすっかりキラキラ輝き直している。先ほどまでの売りにこびり付いていた記憶何て、きっともう何処かに飛んで行ってしまっただろう。
「おお、おお、すぐに切って差し上げよう程にな」
修理亮が破顔したのは、パンケーキの魅力がちゃんと伝わったから。……だけではあるまい。
「それがし薪割りだけは得意なのよ」
自慢げにケーキナイフを振るうその仕草はなるほど手慣れたものだ。
その技術に薪割りとの共通項があるかどうかは別としてだが、その鼻高々な調子に少女も思わずクスクスと笑う。
「娘ごよ……はて、なんとお呼びすれば良いのかな……」
メープルシロップを掛けながら、侍が少し思案。少女の顔がパッと花咲いて。
「わたし、さ
「ともあれ娘ごよ!」
そんな事よりパンケーキだ! とばかりに前のめりの修理亮である。
キャンセルされた少女がちょっとむくれてるけれども。
「さてもこの甘き蜜よな! のう、心が躍るではないか!」
けれど目前のスイーツの魅力の前にはその程度の不満など無力なのだ。アッサリ押し流されてその目が更に輝き、共に食べようぞと言われれば「良いの!?」と再び笑顔が咲く。
「ははは、よいよい! 口元に蜜が付こうと、咎める者とておりはせぬ!」
甘いパンケーキは頬張れる幸せ。
夢中で食べる少女を前に、薪割り侍は優しく目を細める。子供の目は輝いていてこそだと、そう思って居るのか。
「さよう、まるで妹がいるかのような……おったならば……かような仕儀であったかな」
夢想せずには居られない。
もしもこの娘と自分が兄妹であったなら、睦まじく甘味に舌鼓を打ち、共に遊興に出かけ。領民には『まーたバカ様が姫様と一緒に遊び惚けて居られるわ』と生暖かく見守られただろうか。……うん? 今バカ様って言わなかった? 若様の誤字だよね? あれ?
ともあれそんな暖かいもしもの風景が、目前に広がっているかの様で。
「なにせ末っ子ゆえな。新鮮極まりない!」
いや、それがしの方がはしゃいでしまいましたな。失敬!
と、そんな風に笑う修理亮の呟きが聞こえたのだろう。パンケーキの山の大半をやっつけ終わった少女が顔を上げ上目遣いに「なあに?」と聞く。何でも無いぞと首を振って店の一方を指さし「甘味が過ぎた故、『どりんくばー』にて茶など所望しようかな」と続ける。
「使い方は、お主の方が心得ていよう? のう、娘ごよ」
先にもあったやり取りだ。教わり覚えたドリンクバーの使い方を披露するのが嬉しくて、きっと少女はまた笑顔の大輪を咲かせるだろうと。そう言う狙いだったのかも知れないけれど。
「……むすめごじゃない。わたし、さなだもん」
帰って来たのは意外や意外むくれ顔。パンケーキの魔力が切れたらさっき名乗れなかった不満が復活したらしい。
「なるほど、さなと言うの
「あなたは? 名前」
お返しとばかりに遮って聞いてくる。何とも稚気めいた復讐は寧ろ微笑ましい。
「武州浪人、白幡修理亮じゃ。……修理亮お兄様と呼んでも良いぞ?」
先の夢想の感傷もあって、少し悪戯っぽくそう言ってやれば。
「しゅりのすけ」
……えっ、呼び捨て?
「え、ええとさな殿?……しゅ、修理亮様とか……あ、修理亮殿でも良いでござるよ?」
子供の物怖じしなさパワーである。もしくはこれも仕返しか、或いは言動を見ての判断か。
と言うか子供に押し負けてるのは弱すぎるぞヘタレ侍。
「しゅりのすけ」
「何でそこで不退転なんじゃあ!?」
つっこむ顔は寧ろ半泣きで、そうしてギャアギャア言い合いながらドリンクバーに向かう二人。仲間達も店内の他の客も、それこそかつての彼の領民達の如く生暖かい目で見送っている。
何故と言うに。二人のその様子がまるで仲の良い兄妹だと、そう思ったから。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『怪しげな店』
|
POW : 実力行使で店主に情報を吐かせる
SPD : カモを装って店に入り、情報を引き出す
WIZ : 店に出入りする人々を観察する
イラスト:乙川
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●一緒にお歌を
「きゃーー! カラオケよ! わたしついにカラオケに来たんだわ!!」
天竺に辿り着いた時の三蔵法師だって、此処までは喜ばなかったんじゃないだろうか。そんな勢いの少女……さなと名乗った娘の歓声が店内に響き渡る。
カラオケ雨弓。勿論天竺などでは無く、安さとフードメニューの豊富さが売りの全国チェーンのカラオケ店だ。
「わわわ! 此処にもドリンクバーがあるのね! わたしもうすっかりマスターしちゃったのよ! ……えっ、ええ!? ゼリーやアイスクリームもあるの!?」
受付前からもう大はしゃぎである。
と言うかさっきまでアレだけ食べて未だ食べるのか。そう聞いたら『カラオケは別腹なの!』と言う、力強くもちょっと意味の分からない返事が返ってきた。
「マイク! ビニールかぶせてあるのはなぜかしら! 廊下がちょっと薄暗いのはどうして? きゃあ! 部屋の中はもっと暗いわ!?」
嬉しいのは分かるがもうちょっとボルテージを下げれない物か。
なんて、内心は兎も角、誰一人として口には出さなかった。
「すっごい広い部屋だわ! これなら皆一緒に歌えるわね! ステキ!!」
その笑顔が余りにキラキラと輝いていたから。
とても、とても、信じられない位に嬉しそうだったから。
カツミ・イセ
うん、こうしてはしゃげるのはいいことだね。
よし、僕がやりたいことを続けてしよう。
そうだ。歌の予約前に、ドリンクバーで飲み物とってこようか。
予約して歌い出すとね、意外と取りに行く時間がないんだよ…。歌うと、喉も乾いちゃうしね。
(オレンジ+グレープとかやりながら)
なに歌おうか?(電子目次本かこかこ)
あ、まずはこれ(電子目次本)触ってみる?面白いよこれ!
のびのび歌うから…今は採点機能は外しておこう。
僕は日曜朝にあるテレビの主題歌っぽいもの歌ってるよ。最近、見てるからね。ふふ、ばっちり曲も買ってたから、二番以降もばっちりさ!
…本当。彼女…さなさんが楽しめるのは、いいことだ。たとえ、仮初めだとしても。
ダフネ・ヴエナ
これがカラオケ、ですのね
始めてまいりましたわ
あなた、カラオケの使い方はおわかりになって?
ええ、そうだと思って聞いてまいりましたわ
どなたにですって?
もちろん、受付の方にですわ
まず、このマイクはビニールを外すのです
そして、歌いたい歌のタイトルをこの箱に入力して
予約すると書かれた丸を押すと……やりました!
曲が入りましたわ!
さあ、あなた、お歌いになって
あら、声が響きませんわね。おかしいですわ
ああ、スイッチを忘れていましたわね
これですわ
お名前でお呼びしましょうか
お上手でしてよ、さなさん。とても素敵ですわ
では、わたくしはGreensleevesを歌いましょう
同じリズムの繰り返し、さなさんとも歌えますわ
●共に宴の準備を
「これがカラオケ、ですのね」
始めてまいりましたわ。と、そう呟いたのはダフネだ。
平素は寧ろ静かな場所を好む彼女である。はしゃぎ大騒ぎする少女に比べればずっと静かで、変わらず淑やかな態度。けれどソレでも矢張り好奇心から来る多少の高揚はあるのだろう。楽曲が流れ、別室からは微かに歌声も聞こえるこの賑やかな店内を。柔らかな微笑と共に見回す。
「わあ、わあ! この部屋の中で自由に歌って良いんだよね! 夢見たい!」
そして最後に大はしゃぎのゴースト……さなの笑顔に視線を定め、声をかける。
「あなた、カラオケの使い方はおわかりになって?」
「えっ? ……え、ええと。歌を歌うのにまずたしか……なんだっけ」
途端その視線が泳ぐ。年端も行かぬ少女の初めてのカラオケ、そりゃあ滞るのも無理はないだろう。
「ええ、そうだと思って聞いてまいりましたわ」
そして当然、竜の魔女もそれを予見していたのだ。備えあれば憂いなしと優美に微笑む。
「やったあ! あ、でも誰に聞いたの?」
この場にもっと詳しい人がいるならば、その人に聞いた方が良いとも思ったのだろうか。キョロキョロと他の猟兵達を見回す少女に対し、ドラコニアンの美女は慌てず騒がず鷹揚な態度で頷き答える。
「どなたにですって? もちろん、受付の方にですわ」
超正攻法だった。考えて見れば当然である。その為の店員だし。
「!!! ……そ、そっか! そっかあ! うけつけの人はお店の人だもんね!?」
それはそれとしてさなは滅茶苦茶感心してるけど。
異世界から来たダフネを遥かに上回る世間知らずぶり。最初から薄々分かっていた事ではあるが、目の当たりにする事に確証が重なる。この娘は生前、外の世界と言う物に殆ど触れていない。
「まず、このマイクはビニールを外すのです」
「わああ、これで歌えるんだね!」
先程興味を引いていた保護ビニールを外してやれば、さなは早速マイクを握り締める。
ソッと押し留めて未だですよ諭し、手に取るのはタッチパネル式の予約機……正式名称を電子目次本と言う奴で。
「これに歌いたい歌のタイトルをこの箱に入力して……」
「ちょっと待った!」
だが其処にストップが掛かる。振り返ればさなよりもう一回り幼い容姿のカツミだ。
年若いと甘く見てはいけない。カツミは己が造物主たる元能力者と繫りがある故か、或いは単に経験があるのか、少なくともカラオケに関しては初めての二人よりずっと把握しているのだ!
「ど、どうしたの? 歌っちゃいいけない?」
戸惑った様に聞くさなにカツミは笑顔で違うと返す。そもそもハイテンションに騒ぐ少女を前に『うん、こうしてはしゃげるのはいいことだね』と、口を出さずに見守って居た彼女である。詳しい者に手取り足取り教わるより、慣れぬ者同士で手探りする方が往々にして楽しいものだ。
けれど一つ見逃せなかったのは。
「でも歌の予約前に、ドリンクバーで飲み物とってこようか」
水分補給である。受付でもらった人数分のプラスチックコップの一つを手に取り、少女に差し出す。
「え、でもまだのどかわいてないよ?」
先のファミレスで散々飲み食いしてから然程時間も経っていないしと、少女はキョトンと小首を傾げる。それでもちゃんと受け取るのは、ファミリーレストランから此処に至るまでのやり取りでスッカリ仲良くなれているからだ。
それはともあれカツミは更に首を横に振る。
「予約して歌い出すとね、意外と取りに行く時間がないんだよ……」
歌うと、喉も乾いちゃうしね。と、続けてそう補足する言葉に、ダフネがああと頷いた。
「入れるとすぐに曲が始まるのですものね」
例えばもっと遡った時代の文明の音楽で有れば伴奏は人力、必然的に曲と曲の間に準備の時間が挟まるのだけど。此処はカラオケ、文明の利器という奴は大した物で、入れた端からスピーカーより次々と旋律が流れ出すのである。
「そう言う事。だから先に用意しといた方が良いよ」
我が意を得たりと、神の子機は首肯する。
勿論、この部屋に居るのは彼女達だけではない。他の猟兵達を合わせて結構な大所帯故に、次に自分の曲が来る迄の間に席を外す時間が無いわけでは無いのだけど……自分が歌うだけがカラオケの楽しみ方では無い。感想を言ったり合いの手や拍手を投げたり……少なくともこれ迄も折々に『皆で一緒に』を喜んでいたさながそれらを望まないとは余り思えず。
「では先ずは飲み物をいただきに参りましょう。さあ、あなた……」
洗練された所作で己がコップを手に取り音もなく立ち上がった人派のドラコニアンは、少女を促すべくかけた言葉をけれどふと留め。
『お名前でお呼びしましょうか』
極短い思案の後、浮かび上がるは薔薇の笑顔。
「参りましてよ、さなさん」
「あ……」
一緒に。と、そう微笑む淑女に少女は、その事に気付くのに本の少しの時間を要したのだろう。
ちょっとだけキョトンとしてから。
「……うん!」
花咲く様に笑った。幸せそうに。
● 未来に望みをかけること
『直ぐに良くなるよ』
小さな頃は、よく言われていた。
でもいつからかな、言う時に目がわたしを見なくなって。そのうち言われなくなった。
それから誰もおみまいに来なくなった。
だから、自分で考えるようになった。
良くなったら、どうしようかな。何をしようかな。何になろうかな。誰に会いに行こうかな。
たくさん思いえがいて。たくさん夢を見て。その日が来るのがワクワクして、まちどおしかった。
●幸せな宴の始まり
「なに歌おうか?」
オレンジジュースとグレープジュースのカクテルを決めてドリンクバーから戻って来て後、電子目次本をカコカコと操作するカツミの手つきは慣れた物で。手早く操作感やオプション設定を弄ってから少女に差し出す。
「まずはこれ触ってみる? 面白いよこれ!」
「う、うん。ええと、このペンを使うんだ……」
恐る恐る、けれどそれ以上に胸をときめかせた顔で触って見るさなを前に、カツミは内心でだけ呟く。
『……本当。彼女……さなさんが楽しめるのは、いいことだ。たとえ、仮初めだとしても』
仮初め。彼女はそう考えている。
誰も否定は出来まい。今この場で真剣な顔で機械を操作し、知っている曲を探している少女はオブリビオンだ。最早正しい意味での命ではない。種別はゴースト、更に小分類に絞るなら地縛霊……その在り方の線引きが曖昧となり、地に縛られる事は無くなっているようだが、さりとて彼女がとうの昔に命潰えた死者であると言う事に違いはない。
最後には殺すのだ。……寧ろ殺すと言う言葉すら相応しくなく、滅ぼすと言うべきか。
「採点機能オフ?」
「ああ、うん。のびのび歌うから、今は採点機能は外しておいたよ」
そんな内心をおくびにも出さずカツミは笑いかける。少女もまた、その説明に納得してエヘヘと笑い、直ぐに機械の操作に戻る。
『よし、僕がやりたいことを続けてしよう』
この店に入る時、神に作られし人形はそう決めている。
恐らくは、彼女が『僕の神様』と呼ぶ存在の主命を受諾してではなく、この世界に生まれ落とされて9年の歳月を経たカツミ・イセと言う存在として。仮初めと思っていても、それでも少女に優しく接する。或いはもしかしたならば、それこそが彼女の創造主の意にも沿う事なのかも知れない。
「お姉さん……分かる?」
一方、ゴーストの少女はギブアップ宣言をしていた。飲み物を取りに行く前、受付からやり方を聞いたと言っていた事を覚えていたのだろう。ダフネにタッチパネルの画面を差し出し、上目遣いに見上げて人頼みの構えだ。
「良いですわよ。先ずこ箱のここに曲名を……」
細く美しい指先で入力する手つきは流石に慣れておらず辿々しい。けれど迷わず着実に前に進む操作をさなは『あ、指でも操作できるんだ!』と感心しつつ興味津々で見つめている。
「……で、予約すると書かれた丸を押すと……やりました!」
「やったあ!!」
ピッと音を立てて送信完了の表示、上がる歓声。
「曲が入りましたわ! さあ、さなさん、お歌いになって」
そうしてようやく歌の宴が始まる。
「うん! めーんたーいーこー♪ ……あれ?」
「あら、声が響きませんわね。おかしいですわ」
と思ったが始まらなかった。
「マイクのボタン、横にあるヤツ見て!」
「ああ、スイッチを忘れていましたわね。これですわ」
カツミのフォローに直ぐ気づき、今度こそ宴が始まる。色々と滞ったり失敗もあるけれど、それもこれも皆で楽しんでいる証拠。歌い出した少女の声は伸びやかで、とても楽しげに響き渡るのだ。
「ねえねえねえ今の曲って!」
「日曜朝にやってるテレビ番組の主題歌だよ! 最近、見てるからね」
明るい曲、楽しい曲。安息日の朝は愛と勇気の物語が良く似合う。
……いや、そうでもない時もあるけども。割とめっちゃあるけども。兎も角主題歌は前向きなものが多いし、カツミが今歌ったのはそう言う曲だったからそれで良いのだ。
「ぜんぶ歌えるんだ!?」
「ふふ、ばっちり曲も買ってたから、二番以降もばっちりさ!」
まして完璧に歌い切れるなら、盛り上がるのは鉄板と言うものだ。
「お上手でしてよ、さなさん。とても素敵ですわ」
「エヘヘへ、何回も番組で流されてたの! だからかんっぺきに覚えたよ!」
さなはどうやら、それが大流行した曲だとは知らない様だけど。けれど少し難しい音程のそれをキチンと歌いきって得意満面である。
「では、わたくしはGreensleevesを歌いましょう」
「グリーンスリーブス?」
とある異国の伝統的な民謡は、どうも深読みするとちょっとセンシティブな解釈もある様だけど大丈夫。さなは日本語しか分からないし、ダフネに『愛の歌ですわ』と説明されたら素直に納得してくれるので。
そしてそんな事より。
「同じリズムの繰り返し、さなさんとも歌えますわ」
ロマネスカとか固執低音とか、そんな小難しい用語はそれもどうでも良い。大事なのは『一緒に歌える事』。
「そうなんだ! じゃあすぐ覚える! わたし聞いて覚えるの得意だもん!」
そして少女の目がキラキラと喜びに輝く事だ。
華やかに和やかに、楽しく幸せに。終わりの事など考えず、歌声は響き渡る。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
● 小さな望み
もう『だんわ室』に行っちゃいけないんだって。
うつらないんだけど、それでも怖がる人もいるって。変なの。
それに、体力を使うと危ないから。これは、あなたのためなのよって。
……それなら、しかたないね。わたしのためだもの。
体が元気な日だったら使わせてくれるって約束の、カラオケ。一度もできなかった。
皆、楽しそうだったのにな。
朱酉・逢真
【八重】
心情)猟兵は違和感与えねェって便利よなァ。こォやってデケェ犬に運ばれてカラオケ入っても素通りできる。深山の旦那を呼んだ顔色死人太郎だよ。機械とも相性最悪だから、ぶっ壊さねェよに結界ギチギチ継続さ。しにそう。俺の分の飲みモンは白いのに渡してくれ。一息だろうさ。どちらさんも上手いねェ。白いのが歌ってンの、黒兄さんの歌かい? 旦那はなんでもそつがないねェ。坊も上手、上手。俺の扱いに草なンだが。こォ見えて歌はうめェ方なンだぜ? 2行も歌ったらムセて死ぬが。ああ、なんだい名乗るのかい。かみさまだよ。よろしくだ、さな嬢。
行動)歌うなんて無謀はせず、皆を見ている。ついでお嬢をよォく観察する。
深山・鴇
【八重】
縒を通して呼ばれたんだが、逢真君顔色死んでないか、し、死んでる…(死んでない)
こういう所はあれだろう、ワンドリンク制じゃなかったか?ああ、ドリンクバー
ついでに食べたい物を頼むといい、ファミレス?俺は行って無いから知らんな
(定番のポテト大盛りを頼む)
さなちゃんって言うのかい?俺は深山というよ、よろしく
(目線を合わせるようにしゃがんで挨拶)
カラオケ、カラオケか…さなちゃんが好きな歌はあるかい?なければ、こういう歌が好きとか。
うん、これか。流行りの歌だな
(無難にそつなく歌い、他の人の番ではしっかり聞いて渡されたタンバリンを鳴らす)
雲珠君も茜崎君も上手いな、逢真君は…だめだな、顔色死人太郎だな
茜崎・トヲル
【八重】
一人増えてカラオケでーす!
さなちゃん好きな歌なんかあるー?
あ、おれはトヲルだよ!とーちゃんって呼んでくれてもいいよ!
おれはねえ、あるんだけどお……あっあったー!
この歌ねー、おれの大親友が作ったんだよー!じまん!
あ、メニューははしから頼みます!
いらっしゃい!みゃーさん!あっ歌うまだ!ステキぼいす!
きょうは兄ちゃんもスター!いいよいいよーハモリがとてもよい!
かみさま……は……あっだめだねこれね よろしくねワンちゃん!
あっタンバリンある!さなちゃんさなちゃん、いっしょにたたこ!
ともだちだからタンバリンたたこー!
ね、たのしい?おれもー!
みんなの番になったら、ソーダにアイスのせて持ってくね!
雨野・雲珠
【八重】
何故か手慣れている深山さんと、
ふしぎでもなく盛り上げ上手のトヲルくんと、
かみさまは…かみさまは、はい(そっとしておく)
すごいすごい、皆様光の中でマイクを持って、
自動で伴奏が流れて…スタァみたいです!
俺は歌うのは好きですが、全部歌える曲ってないかも…
あ、そもそも歌の名前もよく知らない!
それに比べて、さなお嬢さんはいっぱいお歌を知っているご様子
覚えやすくてサビを繰り返す歌。これなら…
もう一回とリクエストして、次は一緒に歌っていいですか?
危ういところのリードはお願いします
最後の頃には音も声も揃うはず
君に教えてもらった思い出を、俺の中にも。
どういう結末になろうと、今君が笑ってることは確かだから
●友達の友達は友達
「邪魔をするよ」
キイと微かな音を立て扉が開くと同時、深い月の香りがふわりと薫った気がした。
月の匂い何て誰も知りやしないのに、不思議とそう思える。そんな夜色の香煙の染み付いたその男は、眼鏡の奥の鴇色の瞳を細め部屋の中を見回した。長身の身体に卒なく着こなした三つ揃えのスーツ、その上からすら見て取れる均整の取れた筋肉。腰に差された赤と黒の刀と落ち着いた物腰が相まって、丸で何らかの星期の筆頭幹部の如きその風情。至って友好的で穏やかな態度にも拘らず、独特の緊張が室内に満ち……
「いらっしゃい! みゃーさん!」
そんな空気をトヲルが盛大に叩っ壊した。
「縒を通して呼ばれたんだが、雲珠君と茜崎君も居たんだな」
そう言って友人達を見やった深山・鴇(黒花鳥・f22925)は、実際の所ある種の貫禄に満ちているだけで、勿論ヤベー組織の幹部などでは無くて煙草屋の店主兼探偵だ。
「一人増えてカラオケでーす!」
元気一杯に彼の参加を歓迎するキマイラの青年に笑い返し、桜の精の少年に『で、逢真君は?』と問う。
鴇が連れている縒と言う名の白蛇、冬の神のかけらとも四神のかけらとも見れる雪色の使い魔。それは雲珠の傍らと贈り主たる逢真の元に在る白蛇達と『ちいさな冬』同士でつながっている。
「かみさまは……その」
少年が少し言い難そうながらも指し示した先、そこに鴇は自分を招いた逢真の姿を認めた。
黒毛皮のソファーに力無く臥し、血の気のすっかり失せたその貌は……
「し、死んでる……」
「死んでません」
ブンブン首を振って否定する雲珠である。
「どォも、深山の旦那を呼んだ顔色死人太郎だよ」
当の逢真はと言えば、今後とも宜しくとか言いそうな風情でお道化て見せるのだけど。でもやっぱりその様相は酷い物で。
「……にしたって逢真君顔色死に過ぎじゃないか」
「何せ顔色死人太郎だからなァ。機械とも相性最悪だから、ぶっ壊さねェよに結界ギチギチ継続さ。しにそう」
半ば呆れた様な煙草屋に、病毒の神はヨロヨロと手を振りそう応えた。ゴーストの影響を受けているとは言え……と言うか受けて居るからこそ尚の事、その権能に触れたらどんな影響や害が出るやら分かったものではない。ファミリーレストランの時と同じく、或いはそれ以上にその軛を厳重にしているのだ。
かんばせこそ普段通りに陰気な笑顔のままながら、最後にボソッと零した一言が中々生々しい。
「事情は分かったがもうちょっと何とか……顔色悪太郎位にならないか? 此処は個室だから、救急車呼ばれたりはなさそうだが……」
「顔色悪太郎………」
語感が琴線に触れたのか、ちょっと思案する様に呟いてる雲珠はさて置き。
『バフッ』
体裁と言う物をもう少し整えた方が良いのでは。と、道理と言えば余りに道理な社会人の物言いに応えたのは神では無く、その神体を預けられたソファー……いいや、ソファーではない。カラオケ個室の薄暗さに惑わされただけで、それは四肢と顔を備えており。何よりも生きている。
「猟兵は違和感与えねェって便利よなァ。こォやってデケェ犬に運ばれてカラオケ入っても素通りできる」
それは黒色の巨犬。疫病を媒介し得る獣、逢真の使い魔。つまり、彼はその言葉通り馬鹿でかいわんこの背に乗ってこの店に入って来たのである。
猟兵に与えられた加護に加え、この世界の場合世界結界による認識阻害もある。何も問題はないだろう。
何も問題は無い、が……何と言うか、絵面が凄い。
「……なるほど、顔色以前の問題な訳か」
然しもの八重の主も苦笑するしか無かった。
愛おしくも手強い朱ノ鳥の事は取り合えず諦めるとして、それで終わっては来た甲斐が無いという物。
「それじゃあ件のお嬢さんはどこだろう?」
気持ちを切り替え、他の猟兵達に質問を向ける。そもそもの仕事の『対象』であるゴーストの少女。その姿が先ほど見回した時見当らなかったから。
御花摘みにでも出ているのかとも思ったが、それを口に出して確認するほど彼は野暮ではない。
「あ、さなちゃんはそこだよー!」
やんわりとしたその問いかけに、返った答えはトヲルの明るい声。それからソファーじみた黒犬を示した指。
「……ふえ? あっ! 人が増えてる! こんにちわオジさん!」
毛皮の合間から顔を出した少女が、今ようやく気付いたと言う風情で楽し気に挨拶をして来た。
どうも、彼の来訪にも気付かず先程からずっと毛皮と戯れていたらしい。
まあ……往々にして子供は動物を好んだり興味を感じたりする物である。まして常ではあり得ぬ程のサイズのわんことも鳴ればまあ、無理もない。その正体が人と命に害を齎し得る病毒の眷属である事等、その精神はただの子供であるらしい彼女には分かる筈も無いのだし。
所で鴇は未だ20代である。年端も行かぬさなからすれば、子供故の大雑把さで纏めれてしまうのだけど。世間的には未だオジさんではない。
ないったらないのである。
● 些細な望み
本を借りるのをひかえなさいって。
としょ室に行ける元気のある日がほとんどなくなって来たから、返して来てもらうの、お願いするのが多すぎるって。
それに、どうせあんまり読めてないでしょって。
そうだね。ベッドから身を起こすのも出来なくて、読めない日が多くなってきたものね。しかたないね。
あの話の続き、読みたかったな。……ああ、でもどんな話だったっけ。
何か、思い出せないや。
●友達の名前
「さなちゃんって言うのかい? 俺は深山というよ、よろしく」
初対面なれば、先ずは挨拶から。
鴇はしゃがんで、目線を合わせるようにしてそう話しかける。敵手であるゴーストの少女にだ。
「みやまさん!」
そして返って来たのは輝く笑顔。
「あ、おれはトヲルだよ! とーちゃんって呼んでくれてもいいよ!」
やり取りを前に、キマイラの青年がハイと手を上げそう名乗る。少女に負けじと輝く笑顔は彼の性質であると同時に魅力だ。
「とーちゃん!」
当然、元気の返事を返したさなはエヘヘヘとはにかむ様に笑った。
「俺は雲珠です。あらためてよろしくさなお嬢さん」
「うず君!」
桜の精は平時パーラーの店員として働いている。丁寧で柔らかい物腰と親しみが両立するその言葉に、少女は少し照れたように笑ってから大きく頷いた。
「ああ、なんだい名乗るのかい」
この流れであれば、逢真とてくたばっているだけでは居られないと身を起こし。
「かみさまだよ。よろしくだ、さな嬢」
直截的なのに曖昧な名乗り。
名は言霊であり、それを交換する事は繋がりを結ぶ事でもある。ゴーストとしての命名と節々から読み取れる情報から、病の神である己が名を彼女に示すべきではないと、そう言う心配りなのかも知れない。
「…………かおいろしにんたろうじゃないの?」
だったとしても少女側が盛大に台無しにしやがったけども。
モフモフに夢中だった筈の癖に、何でそんなとこだけピンポイントでちゃんと聞いて覚えてるのかこの子は。
「こういう所はあれだろう、ワンドリンク制じゃなかったか?」
「ふっふっふ、ちがうよー。ここは好きなだけもらえるの!」
メニューを探そうとする鴇の手を、少女は得意満面で遮った。どうも、人に何か教えれる事が嬉しくて仕方ないらしい。中々のドヤ顔だ。
「ああ、ドリンクバー」
けれどそこは大人の鴇である。直ぐに察してカウンターに一人増えた旨と自分の分のコップの件を聞く。その手際の良さにさなが一瞬むくれて、そのままシームレスに尊敬の眼差しになってキラキラ見たりしていた。
「ついでに食べたい物を頼むといい」
コップを持って来て貰った時に注文すれば丁度いいだろうと、メニューを開きながら言えば。
「えっ良いの!? ……あ、でもわたしさっきも……」
お店で沢山ご馳走になったからと、遠慮がちに逢真を見やる。人ならざるものに成り果てても、どうもその辺の感覚は当たり前の所がある様で。あの世にゴロゴロしてる物を眷属に両替えさせれば幾らでも賄える。とアッケラカンと言ってのけたかみさまの言い分を鵜呑みにできないで居るらしい。
「ファミレス? 俺は行って無いから知らんな」
それはそれとして鴇はその遠慮を一刀両断にした。こう言うのも流石の剣豪……なのだろうか。
「え、でも……」
「デモもモガも無い。取り敢えず定番のポテト大盛りを頼むか……何種類かあるな」
ちゃっちゃと話を前に進めつつ、どれが良いとメニューを突き付ける。
実の所この男、剣呑な腰の物に反して基本的には気のいい性格だったりする。しかも身内にはダダ甘である。親しい者が3人もおり、そこにいとけない少女が加わったこの布陣で、遠慮出来る等夢にも思ってはいけない。何でだって思わなくもないけども。
「希望が無いなら……俺はクリスピー系のカリカリしたのが好きだから、これを選ぶが」
「ハイハーイ! 細くてしなしな~ポテトもべつのおいしさ!」
鴇の言葉に食いついたのはトヲルの方で。ちょっと視線を交わす二人を前にさなは『えっ? えっ?』と少し慌てだす。次々意見が出てくると、返って何か言わなくてはとなるのが人情だ。
「じゃ、じゃあ私はこのチョコレートがけって言うのが……」
「よし分かった全部頼もう」
一発受領、クーリングオフは認めませんとばかりの即決だった。
「楽しみだねーさなちゃん!」
「う、うん……うん!」
そして笑顔と向かい合えば、程なくもう一つ花が咲く。ずっと望み、楽しみにしていたこの時間に遠慮なんて似合わない。
ノックが響き、店員が顔を見せれば注文だ。
「あ、店員さん。メニューのはしから頼みます!」
所がここでトヲル、まさかの全注文。
「さっきまでの相談はなんだったの!?」
ワイワイギャアギャア宴は賑やかに盛り上がり。
『何故か手慣れている深山さんと』
歌の準備の方をしていた雲珠は、結果的に一歩引いた位置から友人達を見る。自分と同じサクラミラージュに店を構えて居る筈なのに、あの誦じ振りは異世界を渡るグリモア猟兵故か、或いは大人の男性の人生経験の賜物か。
『ふしぎでもなく盛り上げ上手のトヲルくんと』
ちょっとした事でも楽しみはしゃぎ笑う。ある意味で少女と同じで、良い意味で少女とはまた違う彼の存在は。さなのそれと相乗して場を明るく照らす。
『かみさまは……かみさまは、はい』
はい。
そっとしておこう。それが良い。
何かちょっと違う感じのを挟んだけどそれはさて置き、冬桜の少年は頼もしげに微笑む。これならば、きっと少女も。
● 僅かな望み
ラジオにはFMとAMがあるんだって。
しゅーはすうはよく分からないけど。だいたい音楽とお喋りって考えたら良いって。
横になったままで聞けるから。元気のない日でも大丈夫。
ずっと聞いててくれれば、わたしたちも楽でうれしいわって。それならそうするね。
音楽の方が良いな。お喋りの方は良いや。だって、知らなくて分かんない話ばっかりだもの。
学校、スポーツ、遊園地、家族、友達……
知らないし、分かんない。
●今日の友達
犬(ただしサイズは巨大とする)を一通りかまい終われば、歌の時間の再開である。
「カラオケ、カラオケか……」
途中参加の立場である黒花鳥の男からすると、自分一人が初対面である少女に先ずお伺いを立てるのが順当だと言う判断らしい。メタルフレームのスクエア型眼鏡をキラリと光らせ、どうしたいかと促す様にさなの方を見やる。それで特に何かしらが無い様であるなら、なら好きな曲でも無いかと聞くのが妥当だろう。
「さなちゃん好きな歌なんかあるー?」
その言葉を引き継ぐ様に、トヲルが言葉にして聞く。
「なければ、こういう歌が好きとか」
そこに更に補足を入れれば、聞き取りとしては完璧。心和む相手、凄いと見上げる相手、互いに気心の知れた親しさ故にこその阿吽の呼吸と言う物か。
具体的な曲か、ジャンルか、雰囲気か。絞っていけば何時か一曲に絞られる。けど。
「えと、ええと……好きな歌はいっぱいありすぎて……」
ずっと、歌いたいって思ってたからと。困った様に笑う少女は、けれど勿論嬉しそうでもあって。部屋いっぱいに散りばめられた宝石の、まずどれを手に取ろうかと悩んでいるかの様な幸せを顔いっぱいに浮かべている。
「茜崎君はどうかな?」
これは急かすより先陣を切った方が良いと判断した鴇がトヲルを促せば。
「おれはねえ、あるんだけどお……あっあったー!」
目当ての曲が入っているのを見た時と言うのは、誰だってテンションが上がるものだ。
それが普通なら入っていなさそうな曲なら尚の事。何せこの歌、実はUDCアースでコアな人気を誇る歌い手の歌だ。逆に言うとこの銀の雨の降る世界にはそもそも存在していない。なのに入っているのだから……詠唱銀と残留思念の力は、此処のカラオケ機器に一体どんな影響を及ぼしたのやら。
「お、白いのが歌おうとしてンの、黒兄さんの歌かい?」
「そう! そうだよー!」
顔色……もとい凶星の神が掠れた声で確認すれば、元気よく肯定。そうして始まった伴奏を後ろに輝く大輪の笑顔をさなに向ける。
「この歌ねー、おれの大親友が作ったんだよー! じまん!」
「イラル……え、ええっ!? とーちゃんこの歌作った人とお友達なの!? すごいすごい!!」
当然、さなが聞いた事のある筈もなく。小首を傾げて表示された歌手名を読み上げようとしていた少女は、トヲルの無邪気な自慢に対し全力の驚きと大興奮を以ってリアクションとした。
「わたしねわたしね。こんな歌詞のね……」
「それは……うん、これか。流行りの歌だな」
少女の求める歌を、歌詞から調べてやったり。
「みゃーさん! あっ歌うまだ! ステキぼいす!」
「ほんと! カッコいい歌だね!」
歓声を上げたり、感想を言ったり。
「すごいすごい、皆様光の中でマイクを持って、自動で伴奏が流れて……スタァみたいです!」
「ほんと、すごいよねカラオケって。こんなにすごいなんて思ってなかった!」
カラオケ初体験同士で感動したり笑い合ったり。
「きょうは兄ちゃんもスター! いいよいいよーハモリがとてもよい!」
「うず君、声キレイ! なんだかずっと聞いてたくなるよう」
次のステージに上がるのは君だってしたり、歌声に聞き惚れたり。
「どちらさんも上手いねェ」
「かみさま……は……あっだめだねこれね。よろしくねワンちゃん!」
かみさまも歌って見る? と聞きかけたトヲルが(トヲルが!)即廃案にしたり。眷属の犬が静かに首肯したり。
「旦那はなんでもそつがないねェ。坊も上手、上手」
「雲珠君も茜崎君も上手いな、逢真君は……だめだな、顔色大地に還り太郎だな」
鴇の判断は更に容赦なく即断だったり。
「俺の扱いに草なンだが。こォ見えて歌はうめェ方なンだぜ?」
「かみさまさん、そうなの? 声が不思議な感じだけど……それじゃあ次のを歌ってみる?」
逢真のそれはどう考えても残念でもなく当然だが、さなは何だかんだ皆で歌いたいらしく。
「ちょっと声量が絶望的で2行も歌ったらムセて死ぬが」
「死ぬなら駄目です!? お願いですから大人しく休んでてください!」
雲珠による緊急インターセプトが発動したりもする。
と言うか何だこの『かみさますぐ死ぬ』っぷりは。もうちょっとだけでも丈夫で居れないものか。
「俺の分の飲みモンは白いのに渡してくれ。一息だろうさ」
「せめて水分補給位はしましょうよ……」
いや、それもこれも自らの存在と力で害を及ぼさない為で、そう考えると大変慈悲深い話なのだ。
なのだが絵面はでかいワンちゃんの上でぐったりしてる兄ちゃんだか子供だか中年だか老人である。しかも本人が陰気ながらもずっと笑っている物だからいまいち深刻さもない。
「……ねえねえ、かみさまさん。本当に大丈夫? 良いの? ちゃんと楽しい?」
ただ、少女だけは合間合間に少しだけ心配そうな顔で確認に来て。
皆で一緒に楽しむと言う事を心から望んでいるからか。或いは、何時かの自分と重ねているのか。
「なァに気にすンなって。そもそもマイクも触れンしな」
一方の逢真は、弱弱しくも飄々とそんな風に返すばかり。
ただ、少女を見る目は酷く平穏で、優しくは無く冷たくも無い。それは公平なる神の浄眼。
● 微かな望み
咳が止まらなくて。息ができなくなって。
むりをするからだってすごく怒られた。ごめんなさい。
もうしません。怒らないで。悪いことしてごめんなさい。おしごとふやしてごめんなさい。
わたしのために、注意してくれてるのに。守らなくて、ごめんなさい。
……でも、でもね。むりだって思わなかったの。本当よ。思ってなかったの。
歌も歌えなくなってるなんて。
●明日もきっと
「ね、たのしい? おれもー!」
楽しいひと時と言えば陳腐だが、それは陳腐化される程に広く求められる物だからだ。
所で、昨今のカラオケは歌うだけでは無く、様々なもう一工夫が準備されているもので。
「あっタンバリンある!」
例えば楽器何かがあったりする。
「わ、良いな良いな!」
一つしか無いと思ったのだろう。ちょっと羨ましそうな少女の目が、ハイと差し出されたもう一つを前に丸く見開かれる。
「さなちゃんさなちゃん、いっしょにたたこ!」
好意のまま凡そ裏表の無い笑顔。子供じみた言動と合わせて、ある種の危うさを感じる者も居るだろう。けれど、少女の思念を残したこのゴーストに取っては何よりも嬉しいもの様で。
「やったあ! 一緒! 一緒に叩こうね!」
飛び跳ねる様にしてはしゃぐ。笑う。
「ともだちだからタンバリンたたこー!」
「きゃー! ともだちー!!」
シャカシャカシャンシャンと打楽器は鳴り響き、漣の様な笑い声を彩る。
「こらこら、折角のカラオケなんだから曲に合わせな」
「「あっ」」
事程左様にトヲルはさなに程近い目線で一緒にはしゃぐ。
対して鴇は言うなれば紳士だ。
落ち着いた物腰で、はしゃいだり騒いだりはしないけれど、逢真に評された通り卒なく歌い場を冷まさない。
自分以外の人が歌っている番でも、しっかり歌声を聞いて渡されたタンバリンを的確に鳴らす。
「強く叩き過ぎるとアザになる。こうやって叩くと良い」
その洗練された言動は信頼と安心感を感じさせるのだろう。さなも素直に言う事を聞く。
逢真はまあ……さて置く。歌うなんて無謀はせず、大人しく皆を見ている様だし。
「俺は歌うのは好きですが、全部歌える曲ってないかも……」
しかし雲珠だけが一人、少しだけ弱っていたりした。
ゴーストに影響を受けたカラオケ機器は、幻朧桜咲き乱れる帝都で流行の歌等も入っている。だから彼も選曲に困る事は無いのだけど……生憎、彼が諳んじているのは勤め先の店でかかっている歌謡曲。それこそ音楽メインの番組でも無い限り、そう言った放送でフルコーラス流れる事は余りない。結果、困った事に全ての歌詞が分からないのだ。
「あ、そもそも歌の名前もよく知らない!」
電子目次本を手に驚愕の新事実に気付いたりもする。
接客を熟しながら聞くと話に耳に入って来るだけなのだから、そりゃあ題名なんてキッチリ聞いている道理は無いのである。なまじ就業態度の良い勤勉な彼だからこその穴だった。
「それに比べて、さなお嬢さんはいっぱいお歌を知っているご様子」
「そ、そう? そう……そうかなあ!」
歌う合間、聞きつけた評価を褒め言葉だと認識したゴーストが、照れて→噛みしめて→ドヤ顔をすると言う美しい三段活用(?)を披露して見せていたがそれはそれ。
「覚えやすくてサビを繰り返す歌。これなら……」
歌に戻った少女と、歌う歌の歌詞表記を見比べながら少年はウムムと考える。
「坊」
不意に、その耳朶を朱色の声が打った。
「かみさま? ……大丈夫なんですか?」
ソファー(犬)の上でくったりと潰れていた筈の逢真が傍に気付けば居て、桜の精は驚くよりも先に心配をする。
その気質に口の端を少し引き上げ、言葉を続けるかみさま。
「俺は先からずっとお前さん達を見ててな。ついでお嬢をよォく観察してたのさ」
他にやる事無かったからなァお冗談めかす声。子守歌の様に優しい声。恐ろしい声。無機質な声。
「匂いの“古さ”からしてお嬢と病は生まれてこの方の付き合いだ。つまり稚いのは単なる人生経験不足だァな」
その身の上の事情から明白に精神を退行させているトヲルが傍にいる為目立たないが、さなの言動もまた10代前半程と思しきその見目からすれば少々幼い。けれどそれは彼女がゴーストだからではないと断じる。今此処に居る彼女の心は本来の彼女の物だと。
「今の自分が何なのかは良く分かってねェな。だが」
自分が今日にも『終わる』って事は、ちゃあンと分かってンよ。
「うず君、どうしたの?」
ふと見れば、歌い終わった少女がキョトンとした顔で見ている。かみさまは……巨犬の上に居る。ずっと其処に居ましたよと言う風情で、或いは実際にそうなのかも知れない。でも……病の神の見立てだ。数え切れない程の生き物の最期を看取って来た存在の言葉だ。
疑うべくもない。
「さっきの歌、もう一回リクエストして、次は一緒に歌っていいですか?」
危ういところのリードはお願いしますと言い添えれば、返って来たのは当然嬉しそうな快諾。
その笑顔も声も、本当は死者の残響に過ぎない。
けれど。
「飲み物どーぞ! ソーダにアイスのせて来たよ!」
「わあ! すごい喫茶店みたい!」
トヲルのサービスに歓声を上げる少女は本当幸せそうだけど。
これはとうに喪われ、残留思念と成り果てた少女の。おまけの一日。
それでも。
「最後の頃には音も声も揃うはずです」
だから一緒に歌いましょうと誘う少年に、少女はキラキラと輝く笑顔を咲かせる。
この時、この日は、確かに此処に。
『君に教えてもらった思い出を、俺の中にも』
どういう結末になろうと、今君が笑ってることは確かだから。
大成功
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● 全ての望み
行きたいところを考える。やりたい事を考える。なりたいものを考える。会いたい人……は、もういないかも。
目を閉じて思い浮かべれば、どこにだって行けるし何だってできるし何にだってなれる。
夢に見るだけだったら、疲れないし、迷惑はかけないし、怒られないし、それに……ぜんぶ叶う。
寝返りもなかなかうてなくて、背中が痛いから。夢の方に気持ちを集中するの。
だから大丈夫。きっと大丈夫。それに、いつか本当になるかも知れないんだもの。
今は、本当じゃないけれど。
白幡・修理亮
では、さな殿。
これより修理亮は修理亮にあらず。
即ち、「絶叫・からおけ侍」でござる!
守護ろう、著作権! とおっ!(マイク装備)
さよう、歌は心にして宝!
遥かなる夢が煌めく星!
(勢いのある歌を好む)
さあさあ、さな殿も遠慮せずどんどん入力しなされ!
不肖からおけ侍がたちどころに歌い上げてみせましょうぞ!
……いや、その。当世の歌をあまり知らぬというのが本音じゃが。
それがしは……そう、少しく遠いところから参った田舎者でな!
さな殿であれば、こちらで流行りの一曲など良く存じていよう?
なに、入力の方法に自信が無い?
ははあ、さてはおぬしも田舎者じゃな?
はははいやいや、隠さずとも良いよい!
それがし指南仕るゆえ、さよう、よっく見ておられよ!(ふんす)
……おっと。いかん、すっかり「まいく」を握りしめておりましたな。
これを離さねば話すこともままならぬ、とはからおけ侍も良く言うたものよ。
ほれ、さな殿もお好きに歌われると良い。
うむ。良い声じゃ。美しい響きよ。
この時が永遠に続けば良い、などと、まさに歌の文句の様な話よな……
丸越・梓
アドリブ歓迎
学生時代からUDC機関員だった俺は学生らしい遊びには殆ど縁もなく
カラオケは一度部下達と来たくらいだ
彼女の様に声を上げてはしゃぐことはないものの
共に色々なものを見ては楽しみ
曲の知識が広い彼女に感心しながら
音楽が好きなのかと軽く話をしたい
クラシック等は知識として解れど
俺自身がJPOP等はあまり知らないことに気付き
仕事ばかりで娯楽も観ない
マイクを受け取るも曲に悩んだが
かつて部下である女性が好きだと言ったとある一曲に目が留まる
…子守唄以外の歌なんて久し振りだ
_
(低く凛々しくも艶があり
同時にひどくあたたかで心解すような優しい声
耳によく馴染む歌声で
かつ壮絶に上手いことなど
梓本人には自覚もなく)
●楽しい時間
「……では、さな殿」
順番が回って来た時、修理亮はいっそ静かな……しかし決意と覚悟に満ちた声でさなに語り掛けた。
「どしたの?」
怪訝そうに小首を傾げる少女に笑顔で答え。
「これより修理亮は修理亮にあらず。ただ一人の修羅……とおっ!」
撥ね上げたマイクを追いシュタッと小さく跳び、見事中空でタシッとキャッチ。
そして着地と同時に決めポーズ。
「即ち、『からおけ侍』でござる!」
ババァーーン! とかそんな感じの効果音が鳴り響きそうであった。
……いや、何してるのあなた。
「すごいすごーい!」
しかし幸い少女には大好評である。
「守護ろう、人の世とその権利!」
キュピーンと目を光らせて更にポーズを取る。さなは更にやんややんやと拍手喝采だが、取り合えずどうしたサムライエンパイア出身者!? 異世界で見た番組にでもドハマりしたんだろうか……。
「さよう、歌は心で歌うもの! 紡ぐその精神は黄金の宝!」
何か良く分からん決め台詞かまし始めたし。
「カッコ良い! しゅりすけのくせに!」
しかし、肝心のさなが大喜びの大絶賛なのだからそれで良いのだろう。
……いや、絶賛かは微妙だな今さり気なく酷い事言ってたな!?
「遥かなる夢の先へ向かう煌めきのほ……あ、取り合えず勢いのある歌を入れたいのう。どんな曲があるでござるかな」
台詞の途中から電子目次本の方に意識がシフトしてるし。
「あ、しゅりすけしゅりすけそれとね」
「いやあの、さな殿、拙者はからおけ侍だと言ったはずでござるよ? ……言ったよね?」
余りにナチュラルに変わらぬ呼び方に、早くもちょっと自信無くなって来たらしい。泣く子と地頭には勝てぬとは良く言った物で、どうにも少女に弱い修理亮。或いはだからこそこう言うイニチアシブ関係から脱却する為の『からおけ侍』なのかも知れない……いや、そこ迄深い事は考えてないか。
「しゅりすけ、あのね。お部屋の中でジャンプしちゃダメ」
「…………あ、はい。すいません」
そしてからおけ侍も弱かった。
『睦まじいな……』
キャッキャと(或いはギャアギャアとかヒギィとか)騒がしくも微笑ましい二人のやり取りを見る梓の宵色の瞳。
彼は学生時代から既にUDC機関員として勤めていた。多忙を極め危険と隣り合わせだったその青春に学生らしい遊びとの縁など殆どなく、そんな梓に彼らの様子は少しだけ眩しい。
『いいや、カラオケは一度』
部下達と来たかと、そう思い直す。あの時、自分はどんな風にしていただろう……十や二十の年月が経った訳でもないのに、何処か遠い昔の事の様に曖昧だ。
護りたかった筈の彼らは、もう居ないのだから。
「何を見ているんだ?」
けれど、今は己の後悔と感傷に浸る時ではないと前へと歩み、何やら修理亮に言い募っているさなに声をかける。……あんな風に快活に騒ぐのには向いて居らずとも、彼には彼のやり方で少女と同じ時を共有する事ができる。それが今この時、己に出来る為すべきなのだからと。
「服をかしてくれるんだって!」
「服を?」
それは貸衣装……もっと端的に俗な言い方をするならコスプレ衣装だ。パーティの余興として場を盛り上げる為のオプションの類。
なるほどと頷き、差し出されたラミネーター加工のカタログを覗く。
「からおけ侍なのに格好が変わらないのはおかしいでしょ? なのにしゅりすけったら嫌だって!」
「……いや、これは」
常に冷静沈着な梓が、しかし稀有な事に少し口籠った。何せ開けていた頁の写真がメイド服だったので。
顔を上げると修理亮と目が合う。さなの視界に入らぬ位置で激しく首を横に振った後、拝むような仕草をして来る。……助け舟が欲しいらしい。まあ、当然か。
「これは、女性の衣装だ」
「でもしゅりすけって顔かわいいから似合うと思う」
やんわりと噛んで含める様に言うが、何故か少女は不退転の構えである。
不味いな……と内心呻く。孤児院で年少の子らの面倒を見ていた梓には分かる……これは当人に拒否されてちょっと意固地になって来ているパターンだ。
こう言う場合の解決方法は二つ、子供扱いであしらったりせずきっちり理路整然と説得するか、或いは……
「……お兄ちゃんもすごくキレイだし似合いそう」
「他の衣装も見よう」
即断即決。無拍子が如き素早さで無理矢理押し切る方にシフトした。
それぞれ童顔と超美人とは言え、約190cmの長身かつ引き締まった肉体を持つ剣士系成人男性メイドコンビ爆誕はちょっと避けたい。……需要はありそうな気もするが。
「わっ、これ、この服もかわいいねえ!」
幸い、多少強引にでもページを進めた事でさなの興味は移ってくれた様だ。
ホッとした様子の侍に目配せで『今のうちに曲を入れてしまえ』と促せば、程なく始まった曲の方に更に少女の意識はスライドする。子供の興味は移り気な物と言うのもある。けれどそれ以上にこの少女には目に映る全てが新鮮で楽しいのだろう。
「キレイなお花畑だね。行ってみたいなー」
PVの中女優が踊る花畑に歓声を上げたり、ファミレスとはまた違う所帯じみたフードメニューに目を丸くしたり、からおけ侍の歌に野次を飛ばしたり、少女はクルクルと表情を変えて笑う。
「ああ、綺麗だな」
そして梓も。彼女の様に声を上げてはしゃぐことはないものの、共に色々なものを見ては楽しみその美貌に微笑みを零す。
たった一人の刑事部特殊事件捜査課……孤高の魔王と迄評された男は、けれど人が嫌いで独りなのではない。大切な者を喪い続けた責を己に向け、もう喪いたくないからと他者との間に一線を引いているだけ。多分、孤独が好きな訳では無いのだ。
「楽しいね! とっても楽しいね!」
だからだろうか。
幸せそうにはしゃぐ笑う少女の笑顔の下に。己が知る何かに似た陰を見た気がしたのは。
●望みの一切が無いと言うこと
ねむい。体が動かない。目があかない。最近はずっとそう。いつからだっけ?
クダのついたとこがかゆい、聞こえるのはラジオの歌じゃなくてへんな音。わたしいま、おきてるのかな、ねてるのかな。なにもかもとけてくみたい。とろり、とろり……ひろがって。
ほんとはね。しってたよ。いつからだったかはおぼえてないけど、しってたよ。
ねむい。わたしはもう、だれにもあえないし。なににもなれないし。なにもできない。
しってる。ねむい。わかってる。ねむい。ああ、しかたないね。
もう、いいや
●幸福な時間
「さあさあ、さな殿も遠慮せずどんどん入力しなされ!」
修理亮ことからおけ侍は分かり易く盛り上げ屋だ。お祭り男と言っても良いかも知れない。
「不肖からおけ侍がたちどころに歌い上げてみせましょうぞ!」
だからさなも懐くし、気のおけない距離感に納まるのだ。
「それじゃあそれじゃあ、この歌!」
「ほ、ほほう……なるほど?」
そもそも、子供を楽しませようと変身ヒーローかまして見せる時点で相当な好漢である。
「~♪ 雨の~↓♪ 空が~~↑♪ ソーダ割り~→♪」
「音程がぜんぜんちがうよしゅりすけ!?」
子供の目から見ても好ましいのは当たり前だろう。親しいからこその容赦のなさはあれど、さなは間違いなく彼を慕っている。
「……いや、その。正直? 当世の歌をあまり知らぬというのが本音じゃが……」
「からおけ侍なのに!? 失格じゃん!?」
ええと……多分、慕っている。多分……
「そ、そんな酷い……それがしは……そう、少しく遠いところから参った田舎者でな!」
実際、先にも言った通り修理亮はサムライエンパイア……つまりカラオケのカの字も無い世界の(いや、猟兵とオブリビオンの兼ね合いで普通にあるかも知れないのが油断ならない所だけど)住人である。そりゃあ曲を知らないのも当然ではあるが。
「じゃあなんでからおけ侍なんてやろうと思ったの!」
本当にな。
「それはその……」
まあ少女を喜ばせようと思っての事だと思われるので、情状酌量の余地はありまくるのだが。
「失格だよしゅりのすけ失格! さむらい失格!!」
「失格なのそっちー!? そそそれはどうかご勘弁あれ!?」
けれど少女の辞書に情け容赦と言う言葉は無いらしい。
「さ、さな殿であれば、こちらで流行りの一曲など良く存じていよう?」
「くわしくないけどしゅりのすけよりは知ってる自信ある」
何とか話題を逸らそうとしても逃さず追い打ちを叩き込んで来る有様だ。
「えーと、この曲の番号が……選ぶボタン、これだっけ?」
でも言われた通り素直に流行の曲を入れようともする辺り、矢張り好意はあるのだろう。
けれど少女は、まだ慣れていない入力に少し四苦八苦している様子で。
「なに、入力の方法に自信が無い? ははあ、さてはおぬしも田舎者じゃな?」
そこでそーやって要らん事を言うから扱いが酷くなるんじゃなかろーか。
「……しっかくのすけうっさい!」
「はははいやいや、隠さずとも良いよい! それがし指南仕るゆえ、さよう、よっく見ておられギャー!?」
と、そこで。
「しかし実際、曲の知識が広いな」
少女に髷を引っ掴まれ頭を齧られてる失格亮(ルビ:しっかくのすけ)を見かねたのだろうか、梓から助け舟が来た。
「そう? そっかなー……エヘヘ」
終始少女に寄り添う様に優しく接している梓だ。懐いているという意味では同じでも、修理亮に対してのそれとはまた違う距離感。褒められた少女は慌てて侍(失格審議中)から手を放し少しはにかんだ様に笑う。
「音楽が好きなのか?」
と、軽く話を振れば、頬に指先を当てた仕草も幼げにウーンと少し考える。
「好き……だと思う。ずっとずっと聞いてたし」
それしかなかったし。とは、言葉として続けなかったけれど。
「俺が分かる曲は……これは恐らく知っているな。店で流れていた」
「えーと、じゃあこれは?」
話をすればこの美貌の刑事、知識としてクラシック等への造詣は其れなりにあるのだがそれだけだ。JPOP等は余り知らないという事に彼自身気付く。それこそ日常生活の中で自然に耳に入る情報が全てなのだろう。何せ仕事ばかりで娯楽もろくろく観ないし嗜まないのだ、このワーカホリック王は。
「歌えそうな曲は無い?」
出来れば一緒に歌いたいのだろう。おずおずとマイクを差し出すさなを前に、『詳しくないから止めておくよ』と言えるほど梓も無情ではない。絶対零度なのは意志であって心では無いのだ。
「……これは」
だがマイクを受け取りはするも曲に悩む男の目に、一つの題名が映る。偶然、偶然だ、手元がずれて捲れたページに偶然あり、梓の目に偶然留まったその曲は……かつての部下が好きだと言っていた一曲。
その女性の記憶と共に旋律が脳裏に蘇り、これならば歌えるだろうと。
「……子守唄以外の歌なんて久し振りだ」
前奏が始まり、室内を美しい歌声が満たす。
「……おっと。いかん、すっかり『まいく』を握りしめておりましたな」
テンションの高く激しい勢いの歌に熱を篭め、まさに絶唱と言う勢いで歌い切った修理亮が頭を掻く。
「これを離さねば話すこともままならぬ、それがからおけ侍の心構え。良く言うたものよ」
その設定未だあったんだ。
コホン……言葉こそマイクを独占していた様な物言いだが、正確には違う。先に梓が一曲歌ってからこっち、場が盛り上がりに盛り上がりマイクの奪い合いと譲り合いが交互に勃発していたのだ。
何故と言うに、絶世の美男の歌声が滅茶苦茶凄かったからである。
基盤は普段通り低く凛々しく、けれどその芯に蕩ける様な艶がある声質。それを更にひどくあたたかで心を解す様に優しく歌い上げるのだ。所謂プロの磨いた技術とは違う、それなのに壮絶に上手く耳に良く馴染むその歌声は、そりゃーもう聞いた物達の心を滾らせたのだ。『負けてられるか!? マイクを貸せ!』って奴である。
「……?」
尚、肝心の梓本人には自覚が無い。今も『何でか分からないけど盛り上がってるのは良い事だ』って感じの顔してる。
お前のせいやぞ。いや、実際良い事だけれども。
「ほれ、さな殿もお好きに歌われると良い」
「しゅりろうに言われなくてもそうするもん」
一連のやり取りで更に遠慮の無くなった少女がもぎ取る様にマイクを受け取り、一つアッカンベーをしてからヒラリと身を翻す。
侍の男は直後こそ情けない顔をするけれど、少女の視線がPV画面側に向いたならその眉尻を下げ微笑んだ。
「うむ。良い声じゃ。美しい響きよ」
衒いなく三枚目に回る事が出来る好漢は、流れる歌声をそう評す。
技術が高い訳では無い。特別美声と言う訳でも無い。けれど修理の言葉を否定するものは居ないだろう。
少女の楽しそうな笑顔、幸せそうな目、歌声が踊り、皆と共に一緒に居る。ひとりぼっちではない。
何て幸せな一時だろう。
「この時が永遠に続けば良い、などと、まさに歌の文句の様な話よな……」
心の底からのその言葉。けれどそうはならないと、知っている言葉。
●例え余計だとしても
カラオケには時間の区切りと言う物があり、往々にして終了の少し前に連絡が来る。『帰るか、それとも延長するか』と問う連絡がだ。それは店のシステム上絶対に必要な仕様であり、ゴーストに影響を受けたこの店とて其処は変わらなかった。
「……もう、おわり?」
花が萎れた様な顔だった。
けれど、此処で絆されるのは不味い。グリモアからの情報が示す『時間』はもう少しだけ後だが、ズレ幅が生じる可能性を考えれば余裕を持って移動したいのが当たり前なのだから。
「そっか……じゃあ、しかたないね」
さなは、もうちょっとと口にする事なく頷いた。聞き分けの良い子だと、棘の様な罪悪感に心の柔い部分を刺されながらも猟兵達は帰り支度を始め……。
「待て」
それを押し留めたのは、凡そ誰も予想し得なかった人物。
規律を守る側の職責を負う身だ。それでなくとも過剰な労働を己に課すような男だ。実の所彼自身、自分でも驚きを感じている。けれど少女のその言葉を聞いた瞬間、反射の様に声が出た。
「もう少し位なら、良いだろう」
梓は、無敵の呪文の様に『大丈夫』と唱えては、無理を重ね続けた男は。そうして、かつて大切な人達に痛まし気に手を伸ばされ……なのに、結局その手を取れなかった男は。
「『しかたない』何て言うな」
なるほど、彼や彼らはあの時こんな気分だったのかと思った。自分を棚に上げて良く言うと呆れれているだろうかとも思った。けれど、それでも尚、少なくともこの少女にそんな『呪文』なんか要らないと。
「……うん。うん!」
だって、再び咲いた花はこんなにも美しい。
そうして今一度、ほんの少しだけだけど、少女の時間はもう一時だけ続く。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
第3章 ボス戦
『サナトリウムホラー』
|
POW : サナトリウムナックル
単純で重い【『霊体の鎧』の拳】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : インクリーズホラー
自身が装備する【『霊体の鎧』】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
WIZ : 深き絶望の鎧
対象の攻撃を軽減する【外装強化形態】に変身しつつ、【腕を振り回すこと】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
イラスト:黒邑モト
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●絶望の定義
知ってるわ。知ってた。わたしはもうね、死んでるの。
あの日終わった事をおぼえてる。あの時あきらめた事をおぼえてる。
でも、それでも、それでもね。
夢でしかみたことのない事、見たかった。見せて欲しかった。
お月さま。わたし、ずっといい子にしてたよね。だから。だから。
そしたら。いつの間にかまだわたしがいて。ここにいて。
夢が夢じゃなくて。とても。うれしくて。たのしくて。しあわせで。
でもわたし知ってるわ。わたしはもうね、死んでるの。
夢じゃない日は今日だけ。うれしいのもたのしいのもしあわせなのも今日だけ。
力がぬける。入らない。うすれてなにも見えなくなってく。立ってられない。
なにかがあふれる。あふれて出てっちゃう。
むりなことできないことかなわないことあきらめたこと。ぜんぶぜんぶ出ちゃって、わたしがその中にしずんで行く。こうやって終わるんだわ。平気よ。二度位目だもの。知ってる。知ってるの。
ただ、一つだけ。あと一つだけやりたい。やらなくちゃ。さいしょから、きめてた。わたしの今日、この日、いっしょにいてくれた人。うれしいのとたのしいのとしあわせをわたしにくれたあなた。あなたに。さいごに、お礼を。『ありがとう』って。そういえたら。
わたし、それでもういいや。いいよ。いいわ。だって、しかた……
…………
…………
…………
……………………やだ。
●夢みたいに幸せな
サナトリウムホラー。
それは、絶望の末に死んだ少女が変異するゴーストとされる。悍ましい粘液状の『外装』は少女の絶望が生み出した霊の鎧。それは本体である少女が滅ぼされない限り無限に再生し、そして少女を外界のあらゆる全てから守り抜く。全ての大元である少女の心の内に絶望の虚無がある限り、なるほどそれは恐ろしく強力で堅固な無限機構となり得る。
そんなゴーストが、地縛霊としての境界が曖昧になった影響だろうか。絶望から浮かび上がったただの少女として……或いは、絶望の中に沈んだまま、それでもただの少女の様に振る舞うゴーストとして、世界に零れ落ちた。それをチャンスであると、その判断は正しいだろう。決して救われる事のない筈の精神の虚無を、一欠片の希望も持ちえぬ絶望の世界を、僅かにでも減じることが出来たなら。それはそのまま、その霊の鎧の大幅な弱体化に繋がる。
少女……『さな』は、夕刻頃にはもう心の底から猟兵達に心を許していた。だから行く先を聞きもせず疑いもせず……或いは心の何処かで知った上で逆らわず、人気のない広場に着いて来た。そうして、それは始まる。
ふらつく身体。力無いうめき声。とろりとろりと溢れ出る粘液染みた霊質。洋服を着た痩せ気味の少女は、気がつけばパジャマ姿に痩せ衰えた死相の浮かぶ姿に。虚ろになって行く目。ただ、猟兵達の方を見て何事かを……喘ぐ様に喉を震わせながら、たった一言の言葉を紡ごうとして……そうして、それが終われば目を閉じ、眠りにつき、もう二度と目覚めない。そう聞いている。そう、事前に説明されている。
だから、これは話が違う。
「……やだ」
枯れ木の様なその身で、そこに踏み留まる等。
「やだぁ……!」
眠る事を、終わりに逆らう等。
「やだ、やだ……わた……し……」
自分を守る筈の霊の鎧を邪魔だと押し退け払い除け、這いずり進む等。
「……や、なの。いや……わたし……」
ボロボロと涙を流し、猟兵達へと手を伸ばす等。
従順で物分かりのいい子だった。わがまま一つも言わず潔かった。そう見えた。
間違いだ。ただ諦めていただけだ。望んだ全てが叶わない事が当たり前だっただけだ。
そんな彼女が今日、望んだ事を叶えられた。
何処にも行けず、誰にも会えず、何にもなれず、何も出来ないと思っていた。
行きたい所に行けた。友達が沢山できた。独りぼっちじゃなくなれた。したい事を、思う存分に出来た。
だから、それで、急に命が惜しくなった。
その命がもう無いと知っているのに。今更嘆いても無駄だと知っているのに。どう足掻いても無意味だと知っているのに。それなのに何の結果も伴わない悪足掻きを始めた。決して逃れられない絶望から、逃げようと。
それは、我儘だろうか。滑稽だろうか。愚かだろうか。間違いだろうか。
霊の鎧は本来のスペックより明確に弱体化した事に加え、本体である少女に拒否された事で半ば暴走状態にある。大枠の人型すら崩れ千々に乱れるその様子は、ある意味攻撃性を増しているとも言えるが……しかし、最も重要な役目である『少女の守護』に関しては、大凡全く機能しなくなっているのが見て取れる。
つまり、今であれば少女を殺す事は容易そうだ。狙い討てば、呆気無い早期決着を望めるかも知れない。
或いは逆に、少女を傷つけずその身に纏わり付く霊の鎧のみを全て滅ぼせば……
そんな事に意味は無い。それで何が変わるわけでは無い、オブリビオンとしての力の具現を失った彼女は結局滅ぶ。さなと言う少女はとっくに死んでおり、今ここに居るのはその残留思念から生まれたゴーストだ。其処だけは覆らず、運命は決して変えられない。ただ、終わり方がほんの少し変わるだけだ。そんなことに何の意味があるのか。どうせ、終わるのに。
「わたし……」
ただ一つだけ。たった一つだけ、紛れもない事実を確認するならば。
「……わたし、ね」
少女が望んだこの夢の様な一日は、夢では無い。
確かにこの日、この世界、この場に在った。或いは、今も未だ
ダフネ・ヴエナ
がんばったあなたに、敬意を持ってカーテシーを
終わり方が変わるのでしたら、注力する価値もありますわ
ハッピーエンドとバッドエンドでは、受ける印象は大きく異なりますもの
一度目がバッドエンドだったとしても、
二度目までバッドエンドである必要はなくてよ
そう、こちらを狙っていらっしゃるの
いいですわね 攻撃を当てやすいですわ
手袋から盾を展開して、威力の減衰を狙います
その上で、月砕を正面から全力で叩き付けます
吹き飛ぶ? いいえ
『初撃が当たれば』コードは発動するのですわ
弧絆を使って、さなさんから『霊体の鎧』を切り剥がします
この鎌は肉ならぬ、魔を断つ刃
主人の意に反して暴走する霊体なんて、魔以外の何者でもありませんわ
カツミ・イセ
僕は僕ができることをする。なれは僕の意志、考え。
僕は、さなさんのことを友達と思ってるよ。
だからなんだろうね。より良い『終わり』を願ってしまう。
UC発動して。皆、水流燕刃刀で攻撃するのは『霊体の鎧』の方。さなさんには向けないで!
その鎧に集中攻撃だ!
咄嗟の一撃とて、鎧に加えるさ。
『霊体の鎧』にとって、増えた僕(浄化の水)は毒とでも言えるんだけどさ…。それに、増えた僕は潰されても戻る。
そして、僕も神様の加護(水の聖印+肉体改造+医術)で治っちゃう。
ところでね、増えた僕って…中身空っぽなんだよね。僕は神様に叱られるかもしれないけど…さなさんが宿る先にはなれると思うんだ。
※
やったら神様『一週間、ラジオ体操第二までやること』な叱りがくる
白幡・修理亮
泣くまい。涙は見せるまい。
従順で物わかりの良い子を演じてきた娘が、最後に見せる我儘。
これを受け止めずして、何が猟兵か。
全てはさな殿の魂の平安の為に。
彼女を覆う霊の鎧を、全て取り除く!
そして彼女の成したい事を、残らずさせてやるのじゃ!
その為ならばこの身など惜しくは無い!刀も要らぬ、徒手じゃ!
『洩矢』!力を貸せ!この娘を包む絶望の鎧を、全て引き剥がす!
さな殿には決して傷をつけず細心の注意を払い、
同時に不安がらせぬように笑顔のままで…やれる!からおけ侍ならば!
のう、さな殿。
遊び疲れた子供は眠るものじゃ。
眠って、また目覚めて、遊ぶのじゃ。
そなたを苛む物は、これこのように、全て我らが取り除いてしんぜる。
じゃから、そなたは安心して眠るがよい。
何も怖い事は無い。ただひととき、眠るだけ。
なに、すぐじゃ!
目覚めたら、次はどこへ行こうな?
そなたは何がしたい?
おっと、良い子ぶった礼の言葉等は要らぬぞ?
そなたが良い子である事は疑いもせぬが、しかし子供は我儘で困らせるものじゃ!
こは夢にあらず。修理亮は嘘を吐かぬ。
丸越・梓
アドリブ歓迎
_
──どうして、俺は、この子を生かしてやれないのだろう
たった一人、生きたいと泣くこの子を、…俺は、
「……っ」
いつだって俺の手は大事な人を救えなかった
孤児院の弟妹たちも、部下であり親友であった者たちも
今だってそうだ
俺はこの子を助けられない
…けれど
「……さな」
名を呼ぶ
伸ばされたその手を躊躇いなくとる
攻撃だって全て受け止めよう
彼女の心も叫びも、小さな声だって
全て拾い上げて彼女の心に寄り添いたいから
「さな」
どんな攻撃が来ても決して屈さず
彼女の傍にいる
その涙をそっと拭う
ゴーストとなったその姿に彼女の生前を想う
最期に、彼女の傍に誰か在れただろうか
孤独ではなかったか
「大丈夫」
これは呪文ではない
真実だ
せめて今この瞬間には
君は決して独りではないと
君を大事に想う人はいるのだと
伝えたくて
やがて眠りゆく君に安息の願い込め
寄り添い子守唄を
君が好きだと言った歌で送ろう
……この歌の名前は、
「──おやすみ、」
『夢みたいに幸せな』
●ハッピーエンドを求めて
『どうして、俺は、この子を生かしてやれないのだろう』
そう思わずには居られない。
梓に取ってそれは、最初にあのファミリーレストランで飲み下した筈の無力と悔恨。けれどそれが再び心の芯から漏れ出してくる、さながら目前の少女から溢れ出るその『絶望』の発露の様に。
「……ぁぁ」
さなと言う少女だったそのゴーストの口が喘ぐ様に戦慄き、けれど言葉にはならない。苦しいのか、或いは際限なく滲み出続ける霊体を抑えようとして居るのか。ただその身体はよろけふらつき、半暴走状態の霊体の鎧に纏わりつかれる事で辛うじて未だ立っている。
視線は揺らいでいる。最早正気が残っているかも分からない。けれど、それでも手を伸ばす。泣きながら。
『たった一人、生きたいと泣くこの子を、……俺は』
ずっと、一人ぼっちの病室に囚われて居たのだろう。仕方ないから、仕方ないからと自分に言い聞かせながら……それが少女の望む物では無かった事。彼女が本当に求めて居たものは何だったのか。それを、伸ばされたその手が余りに雄弁に語って居る。
「……っ」
ギリと、強すぎる歯噛みの音が低く響く。またか、またなのか……と。
『いつだって俺の手は大事な人を救えなかった』
その手は届かなかった。愛をくれた人、愛を向けた人。孤児院の弟妹達、部下であり親友であった者達。それは貴方のせいでは無いと、恐らく余人は言うだろう。詳細なる事情を知らずとも、彼自身の言動と生き様を見れば10人中9人以上が『己に咎の無い事まで己の責任だと背負い込んでいるのだ』と判ずる。そうとしか見えぬ様な道を歩んでいる。
『今だってそうだ。俺はこの子を助けられない……』
業火の如き憤りは、その手の無力に。ゼロの魔王はその無慈悲さを自分自身にばかり向け、悪逆の刃を己が心臓に突き立てる。贖罪と言うにも余りに強い自責は、彼を愛した彼ら彼女らが最も悲しむ有様であり……もしかしたら、彼自身もそれを分かっているのに。
「がんばったあなたに、敬意を持ってカーテシーを」
一方でダフネは讃える。嘆きや悲しみの前に、先ずは成した事への評価を……それは力持てし竜種だからこその誠実さか。竜の淑女の美しい所作は、修羅場へと変わり行くこの場の中に置いても凛と青薔薇の美しさを香らせる。少女の尊厳と心を、誰にも不当に蔑ませはしないと。
「終わり方が変わるのでしたら、注力する価値もありますわ」
ハッピーエンドとバッドエンドでは、受ける印象は大きく異なりますもの。そう何時もの様に心の中で独りごち、己が得物を構える。
戦槌《月砕》。その名の通り上天の月をも打ち砕きそうな重量と硬さを誇るその槌を、丸で木の枝か何かの様に軽やかにヒョイと振るい。
「一度目がバッドエンドだったとしても、二度目までバッドエンドである必要はなくてよ」
上品なその声で、今度は口に出してそう言う。
悲しい結末を否定する為。そんな結末にはさせぬと、そう宣言するかの様に。
「その通りじゃ」
言葉を継ぐは、決然たる声。弓矢取る身のおのこの言葉。
「従順で物わかりの良い子を演じてきた娘が、最後に見せる我儘」
これを受け止めずして、何が猟兵か。何が侍か。
断言する修理亮の面差しは、先までさなに冷たい言葉を受けては見せていた情けない顔とは全く違う物。口の端は震えぬ様に引き結び、眉尻をキリキリと引き上げ様相を保つ。泣くまい。涙は見せるまい。武蔵国一の泣きみその汚名、今だけは返上せよ。
「全てはさな殿の魂の平安の為に」
それが武士の矜持、薪割り侍の一分であると。
「……おね……ん……しゅ……り……」
少女の茫洋とした目が声の方を見る。宝石の竜鱗を、覚悟の黒瞳を、そして神の娘たる人形……いいや、ただ一人の少女の紫瞳を。
「僕は僕ができることをする」
それは彼女……カツミの意志であり考え。『僕の神様』が言ったから、では無い。造物主の御心に適うか、適わないかじゃない。
「僕は、さなさんのことを友達と思ってるよ」
遠き別の宇宙より故郷を想う超越者ではなく、今此処に居るカツミ・イセと言う存在としての心。友情。
「……ぁ」
一瞬だけ、少女の瞳に光が戻る。カツミ達をその目で見る……友達の姿を。
「だからなんだろうね。より良い『終わり』を願ってしまう」
ダフネの言う所のハッピーエンド。孤独と絶望の中では無い、温かで幸せな最期。
その為に出来る事。したい事。
「僕と似た者たちをここに」
言葉と共に周囲に幾つもの水柱が上がり、揺らめいた水流は間も置かずその全てがカツミに瓜二つの人型を形作る。其れは彼女が彼女の神から賜った力、ユーベルコード【水の権能、二『似姿』(ニスガタ)】。清浄なる水によって形作られた数多の水人形達は、その全てがカツミと同じ蛇腹刀《水流燕刃刀》を握っている。
「皆、攻撃するのは『霊体の鎧』の方。さなさんには向けないで!」
その言葉に頷いたのは彼女の分身達だけではない。ゴーストを屠ると言う本来の目的のみを見た時、『少女』を屠ればそれは容易く最も楽に済む。けれど、その場に居る猟兵達の全てがそれを望まない。それは何故か……等と、確認する方が野暮と言う物だろう。
その鎧に集中攻撃だとカツミの号令が響き渡り。猟兵達は一斉に動き出す。
●手を引いてくれる事
カツミはちょっぴりふしぎなの。私と同じくらいか年下か位なのに、なぜかしら時々大人びて見えるから。でもでもやっぱり一緒におしゃべりしたり歌ったりしてるとね、元気で可愛いの。
それ以外だとねどんどん前にすすんで、すすんだ分だけわたしに教えてくれる。これ楽しいよ、これ美味しいよ、こレ面白いよって。それでわたし、彼女が言ってくれるどれもこれもがステキで目うつりしてしまうのだけど。それが、とっても、幸せだわ。
後ねさっきね、カツミはわたしを友達だって言ってくれたの! ううん、他の皆ももちろん皆お友達よ?
でも、ハッキリ言ってくれたのはやっぱり嬉しかったな……友達だって、むねをはって言えるもの。
●ハッピーエンドへの道程
「心得たり! その身を覆う霊体の鎧を、全て取り除く!」
号令に力強く答えた侍は、己が愛刀《霊的寸断刀『建御名方』》を……しかし抜かなかった。
数打ちとは言え武士の戦いの要たる筈の表道具、それに触れもせず取るは徒手空拳の構え。
「そして彼女の成したい事を、残らずさせてやるのじゃ!」
その望む事を成させる。希望を叶える、それは絶望の真逆となる所業。ゴーストと化した少女を縛る汚泥を砕こうと言う覚悟。
──パンッ!
乾いた音が響いた。得物を抜かぬその姿を御し易いと思ったのか偶然か、彼へ向けその巨大な腕を伸ばしたサナトリウムホラーの掌。それが、爆ぜた様に砕け散っている。刀は抜かれて居ない。目に見えぬ速度で抜刀し納刀した等と言う事でも無く、本当に使っていない。
「その為ならばこの身など惜しくは無い! 刀も要らぬ、徒手じゃ!」
ユーベルコード【薪割り殺法『有情』(ナキムシサッポウ・ウジョウ)】。堪え零さぬ涙を拳へと籠め、その血肉ではなく無念と悲憤のみを殺す『涙を払う為』だけの武技。薪割りばかりの……逆に言うならば、命を奪う事を好まぬ有情を持ったままに剣の頂への道を登る彼だから開眼し得た刃持たぬ剣(拳)は、絶望から漏れ出たその霊体の鎧のみを過たず砕く。
「今!」
その隙を逃さず、カツミ達の数多の刃が四方八方から振るわれる。蛇腹状に並べられた刃の連なりは変幻自在の太刀筋を見せる上、それを振るう全てがある意味で彼女自身の分身故にその連携は一糸乱れぬ動きとなる。半ば暴走状態のサナトリウムホラーに防ぐ手段などありはしないのだ。
だが。
──ブブズズズ……!
鈍く不気味な異音が響く。それは霊体の鎧が膨らんだ音。砕かれた筈の掌が、切り刻まれた筈の前身が、その欠損を埋める様に膨張し、戻った時には全て元通り。そして元に戻ったその腕を振り上げ。
──ブォン!!
風を切る轟音。それは巨大な霊体がその拳を大上段から振り下ろす音。至極単純な一撃、だが余りに重く強力な一撃。
ビシャリと、鈍い水音が鳴り響いた。それはカツミの指揮する水分身の一体が呆気なく潰された音。その威力は人間大の存在一つを圧壊させるだけに留まらず、その下の地面にすら深い陥没の痕を穿つ。
……『滅茶苦茶強い』と言うグリモア猟兵の雑な説明が脳裏を過ぎった。そう、本体である少女を狙わぬ限りに置いて、弱体化しても尚このゴーストは紛れもなく強敵。
「…………ぁ……や」
少女が引き攣った声を漏らした。朦朧としつつも、今目前で四散したそれがどんな形をしていたのか。それを薄っすらながら認識してしまっているのだろう。
──ゴゥンッ!
そしてゴーストの攻撃は止まない。止む道理が無い。
次に向かうのは、巨大な槌を振るうダフネだ。粘液状の霊体の鎧に取っては、線で斬る攻撃よりも面で潰す攻撃の方が有効な様で、鈍器によるその威力の脅威を疎んだのかも知れない。振り下ろされた一撃は質量の暴力としてドラコニアンの乙女を狙い……
「そう、こちらを狙っていらっしゃるの」
だがその反応はいっそ牧歌的で、繊手を差し出すその仕草は優雅だった。
──ガゴゥオッ!!
轟音が響き渡る。それは青薔薇の魔女の五体が砕け散った音……では無い。超重量の一撃が、瞬時に展開された魔法陣状の盾によって遮られた音だ。
ダフネの不壊魔具《真珠の華》、一見手袋にしか見えないそれに格納された武具は多岐に渡る。その内の一つが、ゴーストの一撃を受け止め、その威力を減衰させた。
「いいですわね 攻撃を当てやすいですわ」
完全な相殺は出来なかったのだろう。その身は少なからず揺らぎ、衝撃としてのダメージを受けてはいる。けれどその上でその唇から紡がれる言葉は優雅なまま。どの様な状況であれ、淑女は淑女であると言わんばかりに。
そして真っ向真っ正面、少女の身に当たらぬ様高い位置のその『顔』目がけ戦槌が叩き付けられる。
──ドッグォッ!
超重量の鈍器による全力の一撃。そのベクトルに晒された巨体は普通であればこのまま吹き飛び、霊質で繋がって居るさなを引きづり倒す結果になってしまったかも知れない。だが。
「吹き飛ぶ? いいえ。『初撃が当たれば』コードは発動するのですわ」
──ヒュッ ガゴガゴゴゴゴガゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
風切り音の一瞬後、轟音が立て続く。サナトリウムホラーの巨体の上部、そのあらゆる位置か次々と砕かれて行く。前から後ろから右から左から上から下から斜めのそれぞれから! ユーベルコード【大波小波(オオナミコナミ)】。初撃を起点にあらゆる角度と方向から襲い来る高速大連撃は、その全方位からの打撃であるが故にそのベクトルを相殺し合い、対象に吹き飛ぶ所か倒れる事すら許さない。
「……まだ続きますわよ」
そのしなやかな四肢と翼を閃かせ、四方八方へと目にも留まらぬ高速戦闘。にも拘わらず気合の声を放つでもなくただ青薔薇色の髪を靡かせる。その幻想の如く非現実的な姿は正に飛翔する魔女と言うに相応しい。
「…………ぁ……」
その戦舞を見上げる少女の目に、意識の光が明滅する。共に笑い、食を共にした相手の凄絶の美。其れに感じるのか畏怖か、それとも。
●真っ直ぐに見てくれる事
ダフネお姉さんは、すごくカッコいいお姉さんで、口数は少ないんだけど、何時もちゃんとわたしを見てくれてる気がする。なんとなく、なんとなくなの。目がね、合う気がするわ。背の高さがぜんぜん違うし、しゃがんで合わせて来る訳でもないのに。
子供だからとか。かわいそうだからとか。そう言うのがない。ような。気がして。なんだかすごくうれしい。
それとね、キリッとしてて美人なんだけど。でもね、時々なんだかかわいいんだよ。曲を入れれた時、すごくうれしそうな顔してた。
きっとね、カッコいいのはそうしようとか、そう見られようとかしてるわけじゃなくて、そのままのお姉さんで。そのままわたしを見てくれてると思ったの。
●ハッピーエンドを掴むため
──ズズズズ……ズズ
湿っぽい音を立て、サナトリウムホラーが己が身の欠損を再構成する。
際限の無い再生、終わりの無い補充。絶望の虚無から生まれる霊質に底と言うものは無いのか、真に無限だとでも言うのか。
だが勿論、猟兵達もさるもの。
「よし、やっぱり遅くなって来てる」
そう言って不敵に笑ったのは幼き魔王。
水で出来た数多の分身は戦いの中何度も叩き潰されており、彼女自身も何度かその一撃を喰らっている。人形であるその身を覆う偽装皮膚の一部が痛ましく剥がれていた。
けれど、それでも笑う。いいや、だからこそ笑う。
「『霊体の鎧』にとって、増えた僕は毒とでも言えるんだけどさ……」
大丈夫? とでも聞く様な挑戦的な顔。
彼女の分身は只の水人形では無く、清浄なる浄化の水から出来ている。そんな存在を叩き潰し、結果的にその身に直に浴びているのだ、この亡霊は。当然、無事で済む訳がない。彼女の指摘通り、その再生速度は明らかに鈍重な物となっていた。
「それに、増えた僕は潰されても戻るんだよね」
そう言う彼女の背後の水溜まり、先に潰された残骸が涼やかな水音を立てて立ち上がった。人型を取り戻し、水流の一部が変じた蛇腹刀を握るその姿は元通りのカツミそっくりの分身。
何度も何度も潰されながら、その実『彼女の群』は全くその数を減らしていない。不定である水で出来ているからこその強み、無限の再生と言う意味で彼女の分身達はゴーストに負けていない。
「そして、僕も」
その背から両手の甲にかけ、印が現れる。平時は隠されている≪水の聖印≫。その癒しの力が顕わとなり、その肉体を思う様に変容成さしめる。ある種の医術とも言えよう、その改造はカツミの身体を元通りの傷の無い姿にするものなのだから。
「この通り神様の加護で治っちゃう」
つるりと綺麗になった己が白肌を撫で微笑む。
さなは朦朧とした様子で、霊体の方は声すら出さない。故に狼狽や動揺をする訳では無いのだが……それでも明らかに、その軍勢はゆっくり着実にサナトリウムホラーの余裕を削り圧倒しつつあった。
「頃合いですわね」
先陣を切ったのはダフネだった。何時の間に持ち替えたのか、その手に握るが戦槌では無くなって居る。
「さなさんから『霊体の鎧』を切り剥がします」
コレクターである彼女が備える武器は多い。大小の戦槌、大剣、妖刀に大型拳銃や強弓。変わった所では隠し刃やハイヒール等多岐に渡る……その中から此度彼女が選んだのは大鎌≪弧絆≫。
「この鎌は肉ならぬ、魔を断つ刃」
透き通る刀身は主たる竜種の剛力の元、閃光の如く高速で振るわれ。その言葉の通りさなの身体を素通りしサナトリウムホラーの霊体のみを切り裂く。なるほど『切り剥がす』事にこれほど向いた武器はそうはあるまい。
「主人の意に反して暴走する霊体なんて、魔以外の何者でもありませんわ」
当然だと微笑む淑女はあくまでもたおやかに煌めく。
「『洩矢』! 力を貸せ! この娘を包む絶望の鎧を、全て引き剥がす!」
次いで動いたのは修理亮だ。
覚悟の叫びと共にその身に纏われるは≪霊的動甲冑『洩矢』≫。それは彼の生家に長らく封印されていた鎧であり、故郷から放逐さる理由となった因縁の品。だが、だから何だと言うのだ。この少女の絶望と苦痛を打ち払えるならば、何の力であろうと躊躇なく借りよう。それは白幡家の武士の矜持では無く、修理亮と言う名の一人の男の矜持。
「さな殿には決して傷をつけるな! 細心の注意を払うのだ!」
動甲冑は赤き焔が如き闘気を放ち、その霊力を際限なく燃やしている。振るうが無手の業であろうとも、過大な力の宿ったその暴威は少女の身に掠めただけで容易に壊しかねない。故に侍は叫ぶのだ。己が鎧に向けて。
『いくさ場で夢物語を吹くで無いわこわっぱが』
果たして、重く恐ろしい声が響く。《洩矢》に憑いた何か。持ち主である修理亮自身より格段に強き意志と殺意を持つ修羅の意志。それこそ怨霊や悪霊の類と思しき存在だが、その性質を男前と評される甲冑でもある。或いは少女の救いを求める事自体に否やは無いのかも知れないが……だが、恐らくは数多の修羅場を潜り抜けたのだろうその人格は、現実を見ぬが如き行動と指示に重く厳しい言葉を吐き。その甘さを戒める様に寧ろ出力を上げようと……
「ど喧しい! 黙って従え我楽多細工が!!」
それは、修理亮と言う武士の啖呵だった。
薪割り侍と蔑まれ、冷や飯喰らいとして放置されながらも、良く言えばニコニコと、悪く言えばヘラヘラと笑い続けた付和雷同著しい『若様』の。恵まれた体にノミの心臓を持つヘタレと迄言われた。すぐに喜怒哀楽の感情に翻弄される、その童顔に良く似合った泣き虫小虫の。そんな男の叫びだった。
『…………』
呪われし動甲冑が、数多の血を浴びたのであろうその装具に憑いた怨霊が、黙った。
その快挙を、しかし彼は一顧だにしない。
「さな殿。ほれ、からおけ侍でござるよ! ちゃあんと言われた通り専用の甲冑を着てやった故な」
不安がらせぬ様に笑顔のまま優しく語り掛ける。同時に、その総身を暴風として邪を祓いながらだ。
今、男が求めるのは己が手柄ではなく、ただ少女が心安らぐ事のみ。
●受け止めてくれる事
しゅりのすけはね。しゅりのすけはねーウフフー……おもしろいの!
おっきなお兄ちゃんなのに、おしゃべりしてたら全然こわくないわ? ちょっとなさけない位。ツーンッて冷たくしただけでアワワってなっちゃうのよ? それにしっぱいのすけとかしゅりろうとかしゅりすけとかしゅりこちゃんとか変な風に呼んでもね。困った顔はするくせに、けっきょく返事してくれるの!
ヒエエって泣き顔になるの見るとね。なんだかちょっとドキドキするし……え、そこはそいれいじょう進まない方が良い? そうなの?
ほんとはね、やさしいからだって知ってるよ。とってもやさしくて、とっても楽しいお兄ちゃん。わたしの、エヘヘ、ちがうけど。でも、わたしの……
●ハッピーエンドに手を伸ばし
疑うべくも無く、猟兵達は出来得る事を全てしていた。けれどそれでも尚、サナトリウムホラーの霊体をさなから切り離す事に本腰を入れた今、一つの問題が浮かび上がる。
「……ひっ……!」
少女の肉体を傷付けない事への備えがどれだけ万全でも、或いはその身をすり抜けるとしても。その目前を破壊に通り抜けられる側からすれば、それは恐怖なのだ。
朦朧とした意識の中でも恐れは積み重なる。そしてそれは絶望にほど近い感情。修理亮の笑顔とて万能では無い。
……結果、霊体の鎧を解体するその攻撃その物が、絶望の虚無を強化しゴーストその物の強化に繋がってしまっていた。
「不味いなこれ、ジリ貧じゃ……」
鈍った再生速度が元の勢いになりつつある事を見やり、カツミがその細い眉根を寄せる。
その時だ。黒い影、或いは一輪の竜胆が前に出たのは。
丸越梓……何かを考える様に無言のまま、或いは何かの痛みに耐えるかのように粛々とその絶剣を以ってサナトリウムホラーの霊体のみを刻んでいた男。その彼が今、愛用にして常に共にあるともがらでもある妖刀を鞘に納めている。
「……さな」
呼びかける。その名を呼ぶ。
護りたい物を喪った男は、掛け替えのない者達を守れなかった彼は、今尚少女を救えぬ事を嘆き……けれどただ嘆き続けるだけでは無かった。
分かっている。自分にはこの子を助けられない。
『……けれど』
「…………ぅ……ぁ」
少女の目が僅かに焦点を結ぶ。
その声の美しさもあるのだろう、耳に心地良い音は恐怖も苦痛も和らげる。けれど何より、梓はずっとさなにそっと寄り添っていた。慈しむ様に、守ろうとする様に、その彼が自分の名を呼んでいる。
きっと、必要な事なんだと。そう、感じたのかも知れない。
「さな……」
もう一度。いいや、何度でも呼ぶ。
おずおずと伸ばされたその手を躊躇なく取る。
──ズオッ!
霊体の拳が振り下ろされた。無視する。
衝撃が来ないのは仲間が打ち払ってくれたのか。後で感謝しなければならないが、けれど今は彼女だ。
「……ぅぅ……ぅ」
何かを言おうとしているのか、ただ苦痛を感じているのか。少女の顔が歪む。
けれどその目に映るのは絶望だけではない。そう信じる。
──グォンッ!
衝撃が来た。振り払われた一撃に右の上腕がメキメキと音を立てた。興味ない。
「一人で泣くな」
語り掛ける。そして耳を澄ませる。
向かい合い、その手に触れて。彼女の心も叫びも、小さな声だって全て拾い上げ様と。
──ガオッッッ!!!
視界が歪んだ。きっと脳震盪だろう、頭に直撃した様だから。どうでも良い。
彼女の心に寄り添いたい。その為にはこうして触れ合ってさえ居れば視界等は最低限で良い。
──ドゴッ! ガゴッ!! ガギャ!
鈍い音、重い音、何かが砕ける音。ああ、この感覚は覚えがある。折れた肋骨が肺に刺さったんだな。別に構わない。
どんな攻撃が来ても決して屈さないと決めたのだから。
彼女の傍に居ると、決めたのだから。
「さな」
へし折れた腕をそっと上げ、ねじ曲がった指先でその涙をそっと拭ってやる。
ゴーストとなったその姿に彼女の生前を想う。共にある事で得た断片的な情報を。
『最期に、彼女の傍に誰か在れただろうか』
孤独では無かったか。……答えは残念ながら、否だろう。
けれど、
──ドゴグォン!!!
五月蠅いな。気が散る。まあ良い、無視しよう。
「大丈夫」
その一言。ずっと唱え続けていた言葉。けれどこれは呪文ではない。言い訳でも自己欺瞞でも無い。
真実だ。
懐かしい面々が頷いた気がした。愛しい顔が苦笑した気がした。
「…………お……兄ちゃん」
せめて今この瞬間には、君は決して独りではないと。
君を大事に想う人はいるのだと伝えたくて。伝えるのだと。そう決めて。
「大丈夫だ」
それは一つの荘厳なオブジェにも見えた。
少女を守る様に、支える様に抱擁する男。どれだけ壊され様と離れようとせず。どれ程の怪力を叩き付けられ様とも小動もしない。ユーベルコード【君影(キミカゲ)】……願いを込めたその行動はオブリビオンの根源のみを損ない。その想いを徹させる。
「…………」
少女はその目を閉じている。まだ眠っている訳では無いのだろう。だが、振るわれる刃や拳をその視界に入れぬ様にしているのだ。それは一つには信頼、そして安心。きっと、あなた達がしてくれる事がわたしに悪い事なはずがないもの。
その身を使っての献身は、少女の心をそこ迄持ち直させ。故にゴーストは最早強化されず、絶望は減じ、見る見る内にその力は削がれてつつある。
「のう、さな殿」
今ならば、きっと届く。最早動かぬのか動けぬのかも分からないダンピールの青年に、感謝と経緯の目礼を一つ向け。その上で修理亮は少女に向け言葉を紡ぐ。
「遊び疲れた子供は眠るものじゃ」
眠って、また目覚めて、遊ぶのじゃ。
だから、もう頑張らなくても良いんだよと。そうしても、きっとその後先は在るのだと。
それは正に先ほど《洩矢》に喝破された夢物語かも知れない。けれど甲冑はもう、何も言わない。
「そなたを苛む物は、これこのように、全て我らが取り除いてしんぜる」
少女の目が薄っすらと開き、おのこの目を見る。
真っ直ぐに見返して、言葉を続ける。負い目など感じない。感じてはいけない。
「じゃから、そなたは安心して眠るがよい」
何も怖い事は無い。ただひととき、眠るだけ。と笑いかける。
そんな筈はない。彼とてグリモアの情報を忘れた訳ではない。けれど、それでも。
●寄り添ってくれる事
あずさお兄さんものすごく……なんだろう、怖いくらいキレイなのに、すごく安心するの。
やさしい目で見て、やさしい声で話しかけてくれて、なんでかな……ちょっとかなしそうだからかな。あんなに強そうであんなに大きいのに、そばにいてもぐわーって押されてるみたいな感じがちっともしない。すぐ横にいて、わたしに影までかかっていてもよ?
それで、それでね。なんだかずっとそこに居てくれる気がするの。そんなわけないのに、ずっとそこに居てくれた見たいに感じるの。そう思えるの。
お月さま見たい。……ううん、ちがうわ。お月さまはなにもしてくれなかったし、あんなに遠い。でもね、あずさお兄ちゃんは、そばに居てくれたのよ。
●ハッピーエンド……ではない
「なに、すぐじゃ! 目覚めたら、次はどこへ行こうな? そなたは何がしたい?」
そんな修理亮の言葉に、少女は薄っすらと、けれど確かに笑った。
「……しゅりのすけ」
「おっと、良い子ぶった礼の言葉等は要らぬぞ? そなたが良い子である事は疑いもせぬが、しかし子供は我儘で困らせるものじゃ!」
言葉を矢継ぎ早に重ねる。殊更朗らかに元気よく、大きな声で。
ひょっとしたら少女が何を言うのか、どう答えるのか、少し怖かったのかも知れない。
「……しゅりのすけ。あのね。声、うるさい」
エヘヘと、悪戯っぽい笑顔。
「……っ」
やっぱり、しゅりのすけは泣き虫だね。そう笑って、静かにその目を閉じる。
未だ戦いが続くその場に、不意に子守歌が流れ出した。
最早意識が無くともおかしくはないズタボロの男の、けれど優しく美しい歌声。
その男のその歌を、少女は綺麗だと言った。素敵だと笑った。だから。
『やがて眠りゆく君に安息の願い込め、君が好きだと言った歌で送ろう』
この歌の名前は、『夢みたいに幸せな』。それは奇跡の様な偶然か、それとも必然か。
一人の少女におやすみと言う為の曲。虚無の零に消え行く少女を慰撫する為の歌。
童話の様に美しく、歌劇の様に悲しく。けれど寄り添い続けた梓の献身は、間違いなく少女の心を救った。
だが。
その一枚の絵画の様な二人を前に、神の子機たる娘はその口を引き結ぶ。
これで良いのか。これで終わりで良いのだろうか。
「…………」
少女の安らいだ顔を見れば、今この時幸せを感じて居る事は間違いないだろう。
それはカツミ・イセが願った『より良い終わり』と言える。
「けど……」
より良くと言う言葉には上限が無い。
此処まで来れたから満足と言うのは、一面ではこれ以上は無理と言う諦めだ。此処まで来れたのだから『もっと』、より良く。そんな強欲もまた生き物の性。
何せ、彼らは生きているのだから。
「ところでね、増えた僕って……中身空っぽなんだよね」
未だ暴威を振るう霊体の鎧と戦いながら、けれどその目は『その先』を見る。迫る霊体を切り刻み、時に叩き潰され、それでも尚直ぐ再構築して戦い続ける己が水分身達。
「僕は神様に叱られるかもしれないけど……」
もしかしたら。もしかしたならば。
「その『空いた身体』をさなの宿る先に出来ないかなって思うんだ」
賜り物である権能を敵手の保持に応用する……創造主の怒りを買うだろう事は想像に難くない。けれど、例え作り主の意に背こうとも。……まあ実の所、彼女の親である神は己が子のそう言った暴挙に対しては例えば『一週間、ラジオ体操第二までやること』等と言う厳罰(当社比)を下すだけなのだけど。
ともあれ、問題はそれが可能であるか否かだ。
普通に考えれば、妄言だろう。それでも尚、順を追って思案する。
『さなさんは残留思念で、ゴーストで、オブリビオン』
オブリビオンである点からすれば、それは不可能ではない様に感じる。事実、猟兵に使役されているオブリビオンの例は枚挙に暇がない。
ゴーストと言う観点からすれば分からない。未だ猟兵達によって知覚されて間もないこの世界の理、まして恐らくはオブリビオン化したと思われる世界結界が包む今、此処が故郷である彼女の神様に取ってすら把握の外だろう。
残留思念である事から考えると……難しそうだ。『残留』思念、それはつまり完品の思念……魂では無いという事。例えて言うなら砕け散った宝石の残骸の一部分でしか無いと言う事。別の箱に入れ直した所で元の形に戻る道理はない。
「……それでも」
その可能性がどれだけ低く僅かであろうとも。
どうやって『さな』を移動させるのか、そしてどう宿らせるかの算段は未だ無い。神の御業である浄化の水製の球体関節人形が器としてどれ程の適性かも模索したい。そもそも暴れる霊体をどうにかして不活性化するか潰えさせるかせねばならない。
だからカツミは考える。分身達を指揮しながら、刃を振るいながら、攻撃を避けながら、受けた損傷を治しながら、あらゆる事を熟しつつ思考を回す。
……いいや、違う。
カツミだけでは無い。彼女の呟きは、諦め切れぬ想いの発露は。どうしてか他の全員の耳に届いていた。
彼らは少女の絶望を削り虚無を減じ、その心を救った。それ故に、だからこそ今ここから新たに出来る事があるのではないか。ある筈だ。
「……」
命すら危ぶまれる状態の筈のゼロの魔王が、力なく俯かせて居たその顔を何時の間にか上げている。
「……何か、使えそうな物は」
様々な武具を所蔵する武器コレクターの竜乙女が、記憶を漁り思案する様にその目を細める。
「こは夢にあらず。修理亮は嘘を吐かぬ」
侍がボソリとそんな言葉を零す。先の言葉は嘘では無い。嘘にはしない。改めてそう誓う様に。
己が願いと望みの為、出来得る最善を模索する。可能か不可能かではない、どうしたいかどうするかを考える。限りの無いその意志と、その先に目指す地点。
それを希望と言う。
信じられない事に。我儘な事に。滑稽な事に。愚かな事に。例えそれが間違えであろうとも知った事では無く。
猟兵達は未だ諦めていなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
茜崎・トヲル
【八重】
さなちゃーん!聞こえるー?!おれだよー!とーちゃん!
今日は楽しかったねえ!
ファミレスも、カラオケも、おいしかったね!楽しかったね!
だからね!また遊びたい!そのために、助けさせてほしいんだ!おれの勝手で!
いいひとは!のんびり、楽しく笑ってるのがいいんだ!おれは!
みゃーさん、あのまわりだけ切ってさ、さなちゃんから切り離してほしいよ!
できれば注意も引いてほしいんだ!かみさまの仕事をじゃまさせないで!
かみさま、さなちゃんの魂だけ結晶化して、取り出して!
残留思念っていうけど、ちゃんと自我もあって、記憶も取り戻したいまならいけるよね!
兄ちゃん!取り出した、さなちゃんの魂を浄化してほしいよ!
こう、癒やす感じで!影朧もゴーストも元は人間!ならできるって!
おれはねえ、さなちゃんの体を作るから!生きてる、健康なやつをね!
細胞をガーッと増やして、骨も血も肉もしっかりつくって!このための爆食いカロリー!
命と魂は別だって、かみさまが言ってた。だから出来るはず!
頼むよ生きたいって言ってくれ!
朱酉・逢真
【八重】
心情)運命をヒトは"さだめ"と読む。定まったこと。変えられないことってワケだ。だがヒトってなァ面白いモンで、自分で決めたことを自分で破るのさ。運命は変えられる…と叫んでな。困りモンよなァ。だが神ってな、頼まれっと張り切っちまうモンさね。
それに〈運命(*ルール)〉は《あの女》の領分。崩すなら喜んでチカラを貸そう。
行動)真っ向からぶっ壊すは無謀、上手ァくすり抜けるさ。
旦那がうまいことやってくれりゃア、俺が嬢ちゃんに呼びかける。タマシイの結晶化は同意がいる。ダメならダメでいいが、頷いたならシゴト開始さ。魂石を坊に浄化してもらって、いちど〈黯(*影)〉をくぐらせる。ンで白いのが用意したカラダに突っ込んで解凍だ。
彼岸(*影)を通し、擬似的な"転生"をさせたってワケさ。《過去》のままじゃア世界の敵だからな。一般死者と同じ道を通ってるから条件的には問題ないはずだ。眷属どもも旦那につかせる。他は任せる、余裕ねェ。有能な仲間ばっかで助かるぜ。
金は任せな。少し前の戦争で集まった黄金も溢れてるでな。
深山・鴇
【八重】
さて仕事だ、俺を呼んだのはこの為だろう?
(美濃の柄に触れ)
茜崎君の思うようにしていい、逢真君に近寄らせなきゃいいんだな?
なら俺はさなちゃんの、サナトリウムホラーの相手をしよう
逢真君の眷属を盾に、囮に、足場に、遠慮なく使い、さな本体を取り込む霊体部分を斬る
何度再生しようが構わない、それを超えて斬ればいいんだろう
さなちゃん、本当の願いを言いな
死にたいのか生きたいのか、生きたいなら逢真君にそう言って、茜崎君の手を取るんだ
俺は手を取らせる為に刃を振るおう
もう誰にも遠慮することなんてないだろ、自分の望みは自分で選んで、叫べ!
死にたいのなら、そうせざるを得ないなら、俺がその願いを叶える為に君を斬るよ
…他の三人にはさせたくないからな、それも俺の役目さ
上手くいくかは一か八かだ、勿論上手くいく方を願っているがね!
上手くいったなら、羽織をさなちゃんの肩に掛けよう
彼女の今後は銀誓館に頼む、あそこなら彼女を受け入れる度量も甲斐性もあるだろ
金の心配は無用さ、そこのかみさまが全額前払いしてくれるそうだからな
雨野・雲珠
【八重】
はい!──えっ。ええっ!?
断固とした指示に、返事してから二度見します。
いつになく食べるなぁとは思ってましたけど、
トヲル君、そんなこと考えてたんだ…!
せめて優しい終わりをと思って参加を決めましたけど
俺だって嫌です、
今泣いてる子を無視して「どうぞ安らかに」なんて言うのは!
病で亡くなった果てに、こんな姿でまだ
苦しまなきゃならない理由が「運が悪かった」のなら、
今日あの二人が居合わせたことも運。
創造できるトヲルくんと、魂に触れられるかみさまが揃ってるんですもの。
さなお嬢さん、一緒にあがきましょう。
君を独りにはしませんから!
『檻』ではなく『鎧』…
ひょっとしたらあれも彼女の一部で、
もともとは必死で心を守ろうとした結果なのでは。
魂石の浄化と同時に、
彼女を包む絶望の鎧に対しても鎮撫と癒しを試みます。
──御霊よ、鎮まりたまえ
もういいんです。君は役目を果たしました。
お嬢さんは俺たちが助けます。
…深山さん、お願いします!
ね、今日、楽しかったですね。
夢じゃないですよ。
次はね、幸せを掴みに歩いていくんです。
スキアファール・イリャルギ
……こっそり来てしまいました
あなたの想いが痛い程分かってしまったから
存在感を消して影に紛れ目立たずに
まぁ、それでも見知った方は気付くでしょうが
初めまして、さなさん
私は――「イラルギ」と言えば分かるでしょうか
私が作った歌を親友が歌ったと聞きました
どう……だったでしょうか
自分の創った物の感想を伺うのは……あまりしたことがなくて
辛かったでしょう
やりたいことがあったのに、仕方ないと諦めてしまうのは
私も沢山のことを諦めました
"もういいや"、と……無理矢理笑って
その儘命を終えてもいいとすら思ってました
でも、
あなたは今"諦めたくない"と必死に抗っている
痛い程分かるんです
……不思議ですね
楽しくて、やりたいことが増えると……
どうして人は、生きたいと願うのでしょうね
その想いは無駄じゃない
無駄になんかさせません
歌しかない私ですが……歌だからできることを、します
歌うのはあなたが今日知った私の歌
「イラルギ」が作った歌
あなたに共感してもらえるかは分かりません
でも少しでも長く、さなさんの命が長らえることを祈って歌う
● 共に笑い合える事
とーちゃんはね、楽しいよ! いっしょに笑うとね、とってもあたたかくてとっても楽しくてとっても幸せだわ。
ワクワクするのウキウキするの。いっしょに遊べるのってこんなにうれしい事だったんだね。
それにねなんだかすごく安心だわ。とーちゃんはね、いつだって笑ってるの。分からないけど、きっと笑っててくれるってそう思うの。わたしが遊ぼうって言ったらうんって言ってくれる。そんな気がするの。だから、わたし、いつだって遊べるんだわ。いつだって笑えるんだわ。こんなにうれしい事ってあるんだね。
何があっても、どうなっても、きっときっと笑ってくれる。とーちゃんといっしょに。いっしょよ? そう信じれる。それだけで、こんなに……
●そして人生は続くと
「さなちゃーん! 聞こえるー?!」
目を閉じた少女に対する呼び掛けは、心幼きキマイラの青年トヲルの物。
少女の絶望が未だ深くその心と意識が半ば蒙昧に沈んだままであれば、サナトリウムホラーの霊体が激しく暴れるままの状態であれば、或いは他の誰かが止めたかも知れない。だが猟兵達の活躍と献身により、今やゴーストの霊体の鎧はその大半を削り取られ、未だその暴威を振るいはすれど明らかにその勢いを減じつつある。そして本体であるさなは先程、僅かなやり取りながら意思疎通を成立させた。
そして何より今、猟兵達の思考を占めるのはゴーストの単純な撃破では無い。
「おれだよー! とーちゃん!」
まして今日一日ずっと少女と睦まじく過ごしていた彼が、何の理由も無くその安らかな時間を邪魔しようとする等とは誰も思わない。何か意味と、算段と、もしかしたら勝算があるのだろう、と。
「……うん。うん、聞こえるよ。とーちゃん」
果たして少女は目を開ける。地に座り込んでいた身を少し起こし、『友達』に返事をする姿には明らかに明確な意識が取り戻されていた。
「今日は楽しかったねえ!」
白の青年は朗らかに笑いかける。全てを明け渡すかの様に純粋な笑顔。
「うん! 夢みたいだった」
だから少女も笑い返す。
花咲く様な笑顔は相変わらずで、けれど少しだけ悲しげに見えるのは、今この場においては己が身の上を直視せざる得ないからか。
「ファミレスも、カラオケも、おいしかったね! 楽しかったね!」
けれどトヲルは怯まない。何処までも真っ直ぐに思い出を語る。
僅かに滲むその哀の色に気づいていない訳ではないだろう。その心幼くとも、寧ろだからこそ相対した心の機微には聡い位かも知れない。けれど、それでも尚今日の幸せを語る。少女にとって、今日だけと分かっている幸せを。
「エヘヘ、シュワシュワオリーブオイルコーヒーはおいしくなかったけど、他のはおいしかったね! 歌もたのしかった!」
そしてさなも悲しみを圧倒的に上回る喜色で答える。
寂しいけれど、それ以上に幸せだと。そう伝える様に。例え、これからそれが過去形になるのだとしても。
「だからね! また遊びたい!」
けれど流石に、その一言には目を瞬かせる。
即座の返答が出来ず、少しだけ沈黙する。勿論嫌な訳ではない。嫌な筈はない。けれど、それはどう考えても無理な事で。事実今この会話とて二人は少しの距離を置いて多少声を張り上げてのやり取りだ。何せ、サナトリウムホラーとしてのさなの霊体の鎧が未だ暴れているから。
さなはゴーストである。事この後に及びそれは余りにも明確な事実で、現実。
「そのために、助けさせてほしいんだ! おれの勝手で!」
その言葉が理解できない。それは余りに荒唐無稽で、現実味の無い言葉だったから。
「え、えっ……でも」
戸惑ったように眉根を寄せた死せる少女に、死なないキマイラは尚も言い募る。
「いいひとは! のんびり、楽しく笑ってるのがいいんだ! おれは!」
それは恐らく。彼の信念であるとか、人生哲学であるとか、誓いであるとか、そう言う、常に己の中に携えた考えなのだろう。少なくともそう思わせるだけの力が、その言葉にはある。
「さて仕事だ」
そうしてその言葉に応える声。
ジャリと、空の色を写す艶やかな革靴が地を踏みしめる音。
「俺を呼んだのはこの為だろう?」
鴇の夜色の手袋に覆われたその手が、指先が、そっと己が刀の柄に触れる。
それまでの猟兵達と霊体の鎧との戦い。それに彼が積極的に参加しなかった事は決して怠慢ではない。自分の役割を把握し、その為の温存が必要と判断したからだ。
「みゃーさん、あのまわりだけ切ってさ、さなちゃんから切り離してほしいよ!」
それ自体は他の猟兵達もしていた事で、半ば迄は成している事でもある。
だが今この時点で、それは完全では無く。少女の絶望を大元とする霊体の鎧は、未だジュクジュクと再生され続けても居た。
「完全に切り離す。或いは最低でも君達の企みが終わるまでの間は無力化するってことか」
心得たよとばかりに鯉口をチキリと鳴らす。
しかし未だ抜かれず、赤い鞘に納められたままのその太刀の銘を《美濃》と言う。
「できれば注意も引いてほしいんだ! かみさまの仕事をじゃまさせないで!」
一歩一歩とゴーストに歩み寄るその背に、トヲルは更なるリクエストを飛ばす。
「かみさまは準備して! 兄ちゃんもおねがい! あの浄化するやつ!」
そして更にお願いを。それは実質テキパキとした采配だ。
それだけ明確に、彼が己が頭の中でこれからの絵図を引いていると言う事。
「はい! ……えっ。ええっ!?」
なので桜の精もまた遅滞なく返事を返し……でも直ぐに戸惑いの声を上げ、弟分のその断固とした指示ぶりを二度見した。
何せ彼は初耳だったので。
「運命をヒトは"さだめ"と読む。定まったこと。変えられないことってワケだ」
一方で病毒の神はと言えば平然とした物で、その足元の影を蠢かせ出す。恐らくはその権能の発露の準備……彼の方は前もってこの話を聞いていたのか、或いは察していたのか。
「だがヒトってなァ面白いモンで、自分で決めたことを自分で破るのさ」
運命は変えられる……と叫んでな。
そう語るその顔は、呆れて嗤って居る様にも見えたし、慈しみ笑っている様にも見えた。
「困りモンよなァ。だが神ってな、頼まれっと張り切っちまうモンさね」
病も毒も、そして暗い終わりも、それらは全ての命を区別せず平等に扱う。だが面と向かい願われればそれはそれ。人の子の祈りに応える事もまた、神の御業。
「それに<運命(ルール)>は《あの女》の領分。崩すなら喜んでチカラを貸そう」
其処には何やら別の理由もある様だけど。それは己が対極への愛憎か、私怨か、もっと違う何かか。
その足元の影がゾロリと膨れ伸びた。瞬く間に鴇の背後に迄迫ったそれは次の瞬間には元に戻って……いいや、元のままではない。剣豪の男の足元に、背後に、ぞるぞると蠢くそれら。鳥類、虫類、獣……動けぬ筈の草花や水の生き物迄も。それらは全て毒と病を媒介し得る生命。逢真の眷属達。
「茜崎君の思うようにしていい、逢真君に近寄らせなきゃいいんだな?」
援軍を寄越した神に流し目一つで感謝を伝えながら、鴇はトヲルに一声かける。
それは先の指示への返答であり、『任せて置け』と請け負う意志表明。彼の事を日頃よりすごい凄いと思っているキマイラの青年に取って、それはきっと百人力の言葉。
──ズォゥン!
だがそこに重く湿った風切り音。
男はゴーストに歩み寄りながら、後方にいる友人達を振り返っていたのだ。そうして今、視線を前に戻すより早くその身体は霊体の腕の間合いに入ってしまっていた。暴威が迫る。削がれ削られ弱りはしても、それでも尚強大なその腕が振り下ろされる。
病毒の眷属達も今は未だ彼の背後に配置されており、救いの一手は届かない。が。
──キンッ
しかし、男は只無造作に愛刀を鞘に納めた。
……そう、それは納刀の音だ。抜いた刀を仕舞った際に鳴る鐵具の声。
ベシャリと湿った音が響く。それは両断され宙を舞っていた霊体の腕が地に落ち、その形が崩れ砕ける音。
「じゃあ俺はさなちゃんの、サナトリウムホラーの相手をしよう」
改めてそう宣言するその顔は何と言う事も無い平然とした物だった。
ユーベルコード【剣刃一閃】、それは剣豪の技術を修めた猟兵達の尤も基礎的な業。ただただその斬撃が命中した部位を物を切断する、神も仏も魔も区別なく全て斬る究極の一。
──キンッ
男の修めた技は居合。
一説に立ち合いの対義語と言われるその技は、つまり『臨戦態勢でない平時全ての戦いの心得と技』である。ならば目を逸らしていようが後ろを振り返って居ようが問題が無いのは当然だ。何せ、そもそもそう言った時と場合の為の術理なのだから。
──キンッ
振るわれる太刀の、華やかな乱れ刃の刃文がしかし殆ど見えやしない。
その抜刀が余りに鮮やかで、納刀が余りに迅速で。
──キンッ
そしてその度、ゴーストの霊体が切り落とされる。斬り払われる。
勿論サナトリウムホラーとて無抵抗な筈はない。生え変わった腕が、其処からはみ出た触腕が、正常な生物ではあり得ぬ軌道と数を以て男に襲い掛かる。
──キンッ
けれど納刀の音は止まず、その一瞬前に音も無い両断を伴った。
見やれば、ゴーストの放った一撃を巨大な亥の子がその身で受けて居る。その巨体を盾とし、目晦ましとして使った鴇がその長い足を踏み切って跳躍し、抜刀の一閃を放ったのだ。
──ズオッ!
そこにゴーストの追撃が迫る。中空に居る彼に軌道を変える手段は無い様に思えた。
──キンッ
それでも尚、その音は変わらず響く。
其処にあれと命じた鷲と思しき怪鳥の身体を足場に使い、一撃を躱した上でのカウンター。
──キンッ
逢真に寄越された彼の眷属達。それを盾に、囮に、足場に存分に遠慮なく使い倒しての立ち回りは敵手を見事なまでに翻弄している。さなの身体を包む霊体部分を猛烈な勢いで切り落としていく。
──キンッ
ゴーストが万全であれば此処までは行かないだろう。だがそれ迄の猟兵との戦いで、その霊体は既に多く喪われ、再生速度が損傷速度を下回って久しい。
逆に鴇が疲弊していたとしてもこうは行かなかっただろう。だから温存したのだ。長く細く戦い続ける利より、短く爆発的な威力を以て『その状態に持って行く』目的を見据えた戦略。
「何度再生しようが構わない、それを超えて斬ればいいんだろう」
飄々と言うその言葉は今やハッタリや大口ではない。実際に可能な事で。そしてその時は最早決して遠く無い。
鳥が鳴き獣が吠え。虫が蠢き草花が騒めく。
──キンッ
けれどもう少し。もう一歩だろう所で。
「……いいひと。いい子だから。わたしをたすけるの?」
肝心の少女がそんな事を言い出すとは。誰が予想し得たか。
それ迄さなは無言のまま戦いを見ていた。意識もハッキリし、その心を慰撫された今では怯える事もなく。ただ、何かをじっと考え込んでいる様子だった。
「それなら……ごめんね。むりかも」
だからって、どうして今更この子がそんな事を言うのだ。自分から。
「さなちゃん……?」
トヲルの顔から何時もの笑顔が消える。自分の事であれば何であっても『だって変わんねーの』と流してしまう笑顔が、けれど人の事であればこうして消え得る。その言葉が、その声が、余りに乾いていたから。
「いい子にしてたらね。すぐ元気になるよって。みんな言ってた」
絶句した猟兵達を見回してさなは言葉を続ける。
それは病気の快癒、幸運、聖夜の贈り物……様々な事柄に置いて、大人が子供に提示する尤もシンプルな因果応報。『良い子には良い事が、悪い子には悪い事がある』と言う勧善懲悪の思想。
だから。
「わたし、いい子になろうって、いい子でいようって。ずっとそうしてた」
元気になりたいから。病気を治したいから。やりたい事が一杯あったから。
だからおねがい。いい子でいるから。だから。
「けどね、病気、よくならなかったよ?」
少女の病は癒える事なく、その命は尽き果てた。それは現実。最早起きてしまい決して覆らない事実。
それを少女の知る因果応報に準えるならば。
「だからきっとね、『そこまで』いい子じゃなかったんだわ」
その瞳の奥に、暗い暗い絶望が巣食っているのが見えた。
「そんなわけ
「でもわたしは死んじゃったよ?」
遮る様に。今日一日の言動からは信じられない位にピシャリとそう言って捨てる。
……いいや、実際遮ったのだ。心の何処かでそれが屁理屈であると言う自覚があるから。何でそんな理屈を捏ねるのか。折角救いの手が来たのに。
「今日はね楽しかった。うれしかった。きっとね、特別にこの一日だけもらったんだって。『そこまで』だったらいい位には、いい子にできてたんだわ。わたし」
エヘヘと零したその声は断じて笑い声ではなかった。形だけそれまでと同じに整えた、ただの音。或いは……病室でずっと寝ていた少女が日々その口から零していたのは、寧ろこっちの音だったのかも知れない。
『いい子にしていたのにどうして死んじゃったの』
『なんであのころ、だれもわたしをたすけてくれなかったの』
『死にたくなかった。生きていたかった。なのに』
そんな言葉、少女は口が裂けても漏らすまい。そんな我儘を、そんな癇癪を、今日と言う幸せな一日をくれた猟兵達には、友達には絶対ぶつけちゃいけないと。そう思って居る。
それでも。或いはだからこそ。貰った輝きが余りに眩く温かいから、猟兵達から受け取った幸せがその心を救った今だから尚の事。それ迄の暗く冷たい病室が……その心を身動ぎ一つ出来ない程に縛り上げた過去が。その背に覆いかぶさり心を圧し潰し切った絶望が。再びその頭を擡げ絡み付いている。
「……だからね。きっとむりだよ。わたしに、そんなの……」
かつてその絶望を飲み込むのに、その不幸を受け入れるのに、『理由なんてない』のは辛過ぎたから。『仕方ない』の前に、せめても納得出来るような理屈を求めて。そのせいで『今日一日だけの奇跡』から外に踏み出す事を躊躇してしまった。怖くなった。欲をかく事で手にした今の幸福すらまた取り落とすのでは無いかと言う、無根拠な恐怖。あの頃の虚無には絶対に戻りたくない、それならいっそ幸せな今のまま……。
そんな感情が邪魔をして、差し出された救いに伸ばした手を今になって止めてしまった。その有様の何と愚かで……悲しい事か。
「さなちゃん……おれ、あんたが」
幸せならそれで満足。少女に対してだけではない。それがトヲルの優しさで、献身で、心の形。
その裏表のない好意は、己自身を蔑ろにしている危うさはあっても。それを補って余りある程に人を救い得るだろう。聖者の適性は伊達ではない、不幸に喘ぐ者、幸福を見上げる者に取って彼は比喩抜きに救世主になり得る。
でも、絶望に委縮し不幸に逃げ込みそうになっている心。それに対してはどうすれば良い。
「……!」
退行したトヲルの精神には、それはもしかしたら負担かも知れない。
けれどそれでも青年は思考を回す、考える。どうすれば彼女のその恐怖を打ち砕ける? それが出来ねばきっと、自分の目論見は上手く行かないしこれ以上進まない。どうすれば。どう言えば。
けれどその懊悩は長くは続かない。誰も彼もを自分より優先し続けた彼だからこそ、その苦境に救いが来ない道理が無い。それもまた、シンプルな因果応報。
「どうしたんですかトーさん」
少し心配げな声。どことなく芝居がかったその口調は、けれどトヲルには聞き馴れた声。その真意を測り間違える何て事は無い。何よりも親しい友、何よりも大切な絆の声。
けれど、おかしい。
「え?」
それは、今ここで聞こえる筈の無い声だ。
●その心で包んでくれる事
みやまさんは、さいしょちょっとね。ちょっとだけね? 怖かった。
すごく落ちついててね、あわてたりしなくて。そう言う人って。おいしゃ様とかもそうだけど。ときどきすごくこわいの。
でもね、みやまさん怖くなかったわ。やさしいのもそうだけど、ちゃんとね見ててくれるしちゃんと話を聞いてくれるの。こうだって決めつけなくて、どうかなどうしてかなってちゃんと考えてくれる。そんな感じがする。わたしの事だけじゃないのきっと。皆にそう。
あのね。みやまさんは嫌がるかも、だけど。わたし知らなくて。かってにそう思っただけなんだけど……。
きっとね。たぶん。お父さんってああ言う感じなのかなって。そんな風に、思ったわ。
●歌と言うもてなしを
「……あーさん何でいるの!?」
トヲルが驚愕の声を漏らした。その視線の先、長身痩躯に黒い包帯を巻いたその男性は彼の親友だ。白と黒でモノクロフレンズ。楽しいイベント事や共に肩並べ戦う鉄火場であれば同道を誘う事も多く、だからこそ……そのどちらでも無い此度、白の聖者はこの黒の歌い手に声を掛けていない。なのにその相手がいきなり現れればそりゃあ驚きもすると言うものだ。
「……こっそり来てしまいました」
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)のその少しおどけた口調と激しめの身振り手振りは何時もの通り。逆にその猫背と生気のない顔色や光の灯らぬ目も矢張り何時も通り。
けれど違和感一つ。同時に彼は人の多さが苦手で目立つのが嫌いだ。トヲルを始め、今回【八重】を合言葉に行動している共に 4人は見知った相手だ。けれど他の猟兵達はそうではなく……であればこうして前に出てくる事自体が珍しい。
「あなたの想いが痛い程分かってしまったから」
その答えは視線の先、過去と成り果てながら今過去の虚無に怯え縮こまる少女。
実の所、スキアファールは実際ずっとこの場に居たりしたのだ。それこそ何時も通りにガッツリと存在感を消し、影に紛れ目立たぬ様に同道していたのである。怪奇『影人間』の面目躍如とでも言うべきか、そもそも悪意がないので警戒対象外だった事もあるのか、面識の無いものは気づかないか気付いても単に猟兵の援軍だろうと流していたし、面識のあるトヲルはさなの事とこれからの算段に意識が寄っていて気付けなかった。
「スーさん、なんでさなちゃんの事知って……」
そこ迄言って、キマイラの青年は友人達の顔を見回す。そんなの考える迄もなく誰かが伝えたに決まっているからだ。大きな目を更に大きく丸くしている桜の精は違いそう。陰気に笑うかみさまは多少怪しいが、余りそう言う能動的な介入をしそうには無い。そもそも店ではそんな余裕なかったろうし。となると容疑者は……
「……おっきい人。だあれ?」
そんな思考をさなの声が遮った。
そりゃあ気になるだろう。幸い、今日出会った猟兵は何でか背の高い者が多く、すっかり慣れてしまったらしい少女はスキアファールの長身には特に怯えてはいない。ただ純粋に興味と不思議を感じて小首を傾げている。
「初めまして、さなさん」
ぼさぼさの髪に着古しヨレた服、お洒落に全く興味の無さそうな出立ちだけどよく見れば整ったその貌。
そんな顔で笑いかければ少女もおずおずと笑い返して頷いた。
「あーさん? スーさん?」
トヲルの呼び方を反芻してもう一つ首を傾げる少女。それは、二つの名を持ち気分で使い分けているスキアファールが相手故のブレ幅なのだけど、そんな事情をさなが知る筈も無く。何より、それ以前の話として今この場に置いてはもっと相応しい名前がある。
「私は――『イラルギ』と言えば分かるでしょうか」
それは所謂芸名だ。故郷であるサクラミラージュでも一度迷い込んだアリスラビリンスでも無く、猟兵となってから訪れたUDCアースにて音楽活動をする彼が使っている名義。それなりにコアなファンを持つ歌い手にして。それから……
「え、えっ!? それってそれって……」
「はい。私が作った歌を親友が歌ったと聞きました」
先のカラオケにて、トヲルが歌った曲の作り手だ。
これもまた俗に言う『本人登場サプライズ』の亜種だろうか。その顔に理解と驚きの色を広げ、すごいすごいと興奮する少女。
「どう……だったでしょうか」
一方で俄に少しトーンを落として印象の程を問うその様子は、情報露出の少ないクリエイター『イラルギ』と言うより何だか『普通の兄ちゃん』と言う風情で。少女はちょっとキョトンとする。
「どうだった? お歌が?」
「自分の創った物の感想を伺うのは……あまりしたことがなくて」
実の所彼の目立つのが嫌という性質は、創作活動に対しても一貫している。情報露出が少ないのも単に身バレ防止だ。そんなだからコアな人気に収まってるんであって、もっと宣伝したらもっと人気出るんではって話だけれど。自分が悍ましき怪奇……後天性ながらも怪奇人間である事を忘れぬべきと己を戒めている彼からすれば、それは出来ぬ相談なのかも知れない。いや、単に元々そう言う性格なだけかもだが。
ともあれそれ故に彼は作品への言葉を受け取った機会自体が少なく、親友の歌声を通してとは言え初めてその音楽に触れた少女が目前に居るのなら。先ずはその言葉を聞きたいと言うのは当然の人情と言えるが……。
「すっごくすてきだった! なんで今までラジオでながれなかったのかなって思ったよ!」
キラキラ輝く笑顔でそう言われた時、スキアファールの顔に浮かんだのは喜色や照れだけではなく、何らかの手応えを感じた顔。
生きたいと願いながらも、親友の差し伸べた手を握る勇気を持てないでいる少女。その様を見て彼は『すみっこ』から出てきたのだ。親友に手を貸す事、少女の為に出来る事があると。『イラルギ』のその歌が、少女の心に届いたのならば、きっと。
「あーさん……!」
任せて下さいとばかりに親友へと一つ頷き、それから少女に向き直る。
絶望の海からプカリと顔を出した少女。けれど未だその身の殆どは海の中、届きやしない天に手を伸ばしてまた身体が沈んだらどうしようと。理屈抜きの恐怖を感じて動けなくなったその子。であれば今必要なのは理では無い。
「辛かったでしょう。やりたいことがあったのに、仕方ないと諦めてしまうのは」
同情、それは情を同じくすると書く。
不思議と昨今は悪い意味にも使われがちだが、要するに其れは人の想いを我が事の様に共感し寄り添う事。悪い意味の筈は無い。
「私も沢山のことを諦めました」
まして、彼のそれは実を伴ったもの。
ただの平凡な人間だった筈だった。切っ掛けはどうと言う事はない事だった。何かを見てしまった、ただそれだけの理由で怪奇に侵食され始めた。隠して耐えた。隠しきれず耐えきれなかった。そのせいで大勢が死んでしまった。捕らえられ、調べられ弄られ尽くした。
理不尽も多く、罪も重く、何よりも苦痛と悲嘆に満ちていたその半生。
「"もういいや"、と……無理矢理笑って」
明るい光の灯らぬ目で、おどけた仕草で笑って見せる。その笑顔は、病室でのさなが讃えていた笑顔によく似て。
「その儘命を終えてもいいとすら思ってました」
その言葉に嘘はあるまい。他ならぬこのゴーストの少女であれば尚の事、その顔と目を見て自分と同じだと。そう感じて、その目を見開く。その耳を欹てる。彼の表情よく見ようと、その言葉を聞き漏らすまいと。ねえ、あなたはそれで、どうしたの。どうするの。
「おれはねえ、さなちゃんの体を作るから!」
仲間達に向けそう宣言したのはトヲルだ。さなの恐怖は未だ消えていない、けれど今対話しているのは他ならぬ親友だ。彼を信じない等あり得るものか。邪魔をせぬ様にと一歩を引き、己の仕事を、最も重要な仕事の一つに力を注ぐ。
──めきベキゲめきギギョメキギギぎ……
大凡尋常ではない、鈍く重く恐ろしい音が鳴り響く。それはトヲルの体が捩れる音、砕ける音、混ざり合い絡み合い流転し続ける音。
「生きてる、健康なやつをね!」
常人であればショック死は免れない激痛と不快感だろう。猟兵であっても耐え切れるかどうか……けれど『痛み』そのものを根本から喪って居る彼にだけはそれが出来る。出来てしまう。なんでも直ってなんにも痛くない、だからいーよーと。良い筈が、無いのに。
ユーベルコード【万能器の創造(アクマノソウゾウ)】。その血肉臓腑骨全てを使う事と引き換えに願望を叶える万能の道具を生み出す、正に悪魔の神真似。であればその罪禍は一体誰が精算するのか……きっと彼自身だろう。それが例えどれ程恐ろしい罰であっても笑って背負おうとするのだ。してしまうのだこの男は。
「細胞をガーッと増やして、骨も血も肉もしっかりつくって! このための爆食いカロリー!」
少女の全てを救うならからず必要となるのは健康だ。病に侵された所か、既に死した本来の肉体でそれは適わない。
であれば別で作るのだと言う暴挙。
「いつになく食べるなぁとは思ってましたけど、トヲル君、そんなこと考えてたんだ……!」
丁寧に丁寧に己が役目の準備をしていた雲珠が、思わず手を止め呆れとも驚愕とも付かぬ声を漏らす。
だってそうだろう。であればつまりトヲルはファミリーレストランで楽しくお食事していたあの時点から、こうすると決めていたと言う事だ。
「いいや白いの。まんまは諦めなァ、もっと融通の効くカタチにしとけ」
ただ、そこに一言待ったがかかる。こちらも己が仕事の準備に専念していた筈の病毒の神。前もって『他は任せる、余裕ねェ』とザックリ断言してい彼が、恐らくは無理をして迄嘴を挟んだ。
「失敗しちゃ元も子もねェだろ? 運命(ルール)を真っ向からぶっ壊すは無謀、上手ァくすり抜けなァ」
それにと、その細く美しい(柔く幼い)(節くれだった)(皺くちゃの)指先で他の猟兵達を示す。
最初に少女を救えないかと声を上げた者、その言葉に頷いた者、顔を上げた者、誰も彼もが生命の埒外と称される異能者達、その協力と提供を得れば成功率は更に上がるし……何より、彼らもまた己が手を貸す事を望むだろう。寧ろ無理にでも押し付けて来るかも知れない。
「ひ、ひ、ひ……全く有能な仲間ばっかで助かるぜ」
病毒に戯ぶ神、つまり死と言うものに限りなく近い位置に鎮座する凶星の言葉だ。親しさや信頼以前に軽んじれる筈はない。
頷いたキマイラはいよいよを以てその身を捧げ、猟兵達の力を合わせ『それ』は顕現する。トヲル自身にだけは使えぬ、願望の実現器。
「せめて優しい終わりをと思って参加を決めましたけど」
ハラリハラリと、桜の花びらが舞う。桜の木なんて近くには生えていない。それは桜の精が呼んだもの、出来るだけの精度の高さを以て行うべく時間を掛け他準備が、後少しで完了する。
「俺だって嫌です、今泣いてる子を無視して『どうぞ安らかに』なんて言うのは!」
礼儀正しく丁寧な言動、人に寄り添うその心。見目の若さとは裏腹に、雲珠もまた『良い子』だ。気遣い、時に物分かり良く遠慮する……だから、言わなかった。口にしなかった本音。
彼とて桜の精だ。影朧を見送った経験は多いだろう……けれどそれは先の転生を信じての事。影朧とは違う在り方のオブリビオンであるゴーストに期待できる事では無い。それでも尚、出来る事を出来る限りと願ってこの場に立っていた。けれど本当は嫌だった。
そりゃそうだろう。そりゃあそうだろう。だから今、『その更に向こう』に手が届きえるのなら。そう信じれるのなら。少年とてこう言うのだ。願うのだ。
「……深山さん、お願いします!」
承った。とは言わなかった。剣が走る。抜刀一閃……いいや百閃!
少女が恐怖と躊躇を発露した影響か、その再生速度を持ち直しつつあった霊体の鎧が。けれどその一息でバラバラに刻まれその総量を激減させる。有言実行、少年の願いに行動で答えた大人は、ただその眼鏡の奥の目を少し細め涼やかに笑いかける。
──ぞ、ゾ、ぞ、ゾ
その再生は緩やかに、霊体の暴威は風前の灯と。
だから猟兵達は力を振り絞る。此処が押し込み所であると、疲弊も傷も無視し得物を振るう。
「でも、あなたは今"諦めたくない"と必死に抗っている」
外装の排除を脇に、歌い手の男は少女だけを見て言葉を紡いでいた。それが自分に出来る事だからと。
「……うん」
最初に死にたくないと泣いたのは君だと、そう指摘されればさなは頷くしかない。
今になって怖くなってしまった。今更になって怯え出した。けれどスキアファールはそれを責める訳では無い。
だって、それは言葉を覆した訳ではないと。死にたく無い、生きていたいと泣くその心は今も変わりがないのだと、そう確信しているから。
「痛い程分かるんです。……不思議ですね。楽しくて、やりたいことが増えると……」
どうして人は、生きたいと願うのでしょうね。
その言葉は優しくて、さなは俯かせたその顔を思わず上げる。
「その想いは無駄じゃない。無駄になんかさせません」
目が合った。ハイライトの無い、暗い瞳。けれどそれはとても優しい目。何度も幾重にも傷付いたからこその、深く深く万色の影を重ねた黒の瞳。
「歌しかない私ですが……歌だからできることを、します」
歌歌いに出来る事。それは当然、歌う事。
それは『イラルギ』が作った歌、少女が今日知った彼の歌。天性の美声とか、絶世の歌声とか、そう言うのでは無い。ただ歌を望み、歌を愛し、何処であろうと何があってもその唇に歌を乗せ続けた積み重ねの塔。その結実の様な歌。
『あなたに共感してもらえるかは分かりません』
でも、少しでも長く彼女の命が長らえることを祈って。
絶望の中、苦痛の果て、それでも生きたいと口にした少女の本当の願いが叶う事を祈って。男は歌う。
●尊重してくれる事
うず君、大人っぽいね。なんかちょっとステキだわ?
ちょっとだけね、冷たいのかなって思ったけど、すぐちがうって分かったよ。ていねいなんだね。ああ言うの、ていねいって言うんだわ。
やさしいんだけど、ちょっとだけちがうの。わたしがしたい事はなにかなと、わたしがしたくない事はなにかなを、すごくすごくいつも考えてくれてる気がするのよ。聞いてくれたら良いのにって思ったりもしたけれど。でもね、すごいのよ、聞いたらちがうこと言っちゃうかも……ええと、えんりょ、そうえんりょして本当じゃない事言っちゃうかもってわたし。うず君はそれがわかってるから、聞く前に考えてくれんだわきっと。
なんだかね。すごくね、すごくうれしい。
●その声に応えるために
歌が終わると同時、示し合わせた様にサナトリウムホラーは崩壊を始めた。
無限の如き再生であっても当然、本当に無限そのものではない。一定以上削ってから一気に押し進めると言う策が上手く回ったのが一つ、もう一つはその補給元である少女の絶望が……多分、相応に減じたから。それだけの成果を、猟兵達が上げたからだ。
「すごい、すごいすごい!」
優雅に芝居がかったお辞儀をする歌い手に向け拍手をする。今のさなの顔に翳りは殆どない。
勿論、ゼロでは無いだろう。けれど今さっきまでその心を縛っていた恐怖が今影を潜めた事だけは間違いない。
「どうだったでしょうか?」
スキアファールはおずおずと、しかし先ほどよりはもう少し躊躇なく感想を問う。
何せカラオケでの友人の歌唱しか知らぬ娘に聞いかせた、今度は本人による歌唱。使っている音響だってカラオケの安いマイクではなくてゴツい鈍器……もとい暦とした蒸気機関式拡声器である《シンフォニックデバイス》だ。
「とーちゃんよりうまかった!」
満開の笑顔でこの感想である。褒め言葉ではあるけどコメントに困るその評価に、ちょっと歌い手は苦笑したりもしたけれど。
──ペキッ
そこで不意に、そんな音が響いた。ひどく軽々しい音。
「……」
興奮した様子で拍手続けていた筈のさなが、俄に無言になって己の手を見下ろしている。
いや、正確には手首から先がポロリと落ちた右腕を見下ろしている。
──パキ パキリ
サナトリウムホラーと言うゴーストの本体はさなだ。つまり、サナトリウムホラーが崩壊を始めたと言う事は、少女の仮初めの命もまた終わりを迎えつつあると言う事で。幸少女は痛みや苦痛を感じてはいない様子なのがせめてもの救いだが……。
──ピキ ペキリ
硬く脆い何かがゆっくりと砕ける音がしている。それは周囲に散らばり山と積まれた霊体の鎧が高速で劣化を始めている音で……同時にさなと言う少女の身体もまた、徐々にそうなって行っている音。
ただ、少女のそれは霊体のそちらよりも明らかに速度が遅く。それはスキアファールの歌のお陰だ。サウンドソルジャー でありシンフォニアでもある彼の歌声は芸術であると同時にユーベルコードでもある。【シンフォニック・キュア】はその歌に共感したものを癒し治療するのだから。
けれどそれも時間稼ぎでしかない。少なくとも今のままであれば時を置かずさなと言う少女はこの世界から消えてなくなるだろう。
「かみさま、さなちゃんの魂だけ結晶化して、取り出して!」
トヲルが少し焦りながらそう願う。その為の準備であり、その為の器の作成だ。
「残留思念っていうけど、ちゃんと自我もあって、記憶も取り戻したいまならいけるよね!」
それは希望である。確証や理論がある訳ではない。けれど、しかしかつてのシルバーレインの世界でのゴースト達は生前の記憶など殆ど保持していないのが当たり前だったと聞く。その素地となる残留思念の限界なのかどうか……何にせよ、オブリビオンとなったゴースト達が過去の枠組みからはみ出ている事も事実。そしてこのさなと言う少女もまた、接触時の姿からしてもその枠組みの外側に出ている事もまた事実。それが、良い方向に働いたならば。
そう信じて。
「旦那がうまいことやってくれたからなァ。だがタマシイの結晶化は同意がいる」
神の影が……いや、影の様に見える暗がりがジワリと広がる。その拡張に乗る様に、スルスルと少女に近づいた病毒の神は滅び行くゴーストに呼び掛けた。
「サテ、同意するかい嬢ちゃん。ダメならダメでいいが」
決めるのはお前さんだと、促すでもなく否定するでもなくただ真っ直ぐに問い掛ける。
神は選ばず、自らの命運を決める選択は人の子の役目。
「さなちゃん、本当の願いを言いな」
けれどそれは神の話。人である鴇は当然言葉をかける。促す。
「死にたいのか生きたいのか、生きたいなら逢真君にそう言って、茜崎君の手を取るんだ」
彼はその手を取らせる為に刃を振るった。それを口にし恩を着せる事も出来ただろうが、それはしない。気遣いや遠慮で選んでも意味がないし、それではきっと意味がないから。必要なのは心からの願いだろう。
「病で亡くなった果てに、こんな姿でまだ苦しまなきゃならない理由が『運が悪かった』のなら」
桜の精もまた、言葉を紡ぐ。人と人を繋ぎ心を伝えるのが言葉であれば、彼が伝えたい心は明白で。
「今日あの二人が居合わせたことも運」
キマイラとかみさまを示す。それを天の思し召し等とは言わないけれど。
「創造できるトヲルくんと、魂に触れられるかみさまが揃ってるんですもの」
けれど、これだけ好都合な偶然なのだ。それを必然の様に感じて悪くい事なんてきっと無い。
「…………みやまさん、うず君」
じっと何某かを考え込んでいた様子だったさなの目が、ゆっくりと二人を見る。
「もう誰にも遠慮することなんてないだろ、自分の望みは自分で選んで、叫べ!」
決めるのは君だと、己で背負って表明しろと、鴇の言葉は厳しくて優しい。
『死にたいのなら、そうせざるを得ないなら、俺がその願いを叶える為に君を斬るよ』
口に出したりはしない。ただ、未だに太刀の柄に触れるか触れないかの距離を保っているその手の先が、明に暗に彼のその覚悟を表している。
『……他の三人にはさせたくないからな、それも俺の役目さ』
それもまた彼の厳しさで優しさ。それ気づくぬ迄も、何かしら感じる所はあったのかも知れない。さながゆっくりとその首を横に振る。
いらないよと言う様に。けれどでは一体何がいらないのかは未だハッキリとはせず。
「さなお嬢さん、一緒にあがきましょう。君を独りにはしませんから!」
一緒に居るからと、誓う様にそう言う雲珠を見て。少女は少し俯いて。
「頼むよ生きたいって言ってくれ!」
トヲルのその叫びが届いた時、上げた顔は泣き笑いだった。
「……エヘヘ」
はにかむ様に、ポロポロと溢れる涙を拭い。
けれど咲き溢れる様に笑って。
「ほ、ほんとはね、ありがとうって言わなくちゃって思って、たの。い、いい子だから、いい子な、ように、そうしなきゃって」
ちょっと悪戯っぽく、再びエヘヘと。
「わ、わたし、わるい子だね。わがままで、かってだわ。きっとお月さまも、怒っちゃうね」
でもね。
「…………………………たすけて」
たった4文字のその言葉が、涙に濡れた小さな声が、運命を動かし得る。
そう言う時とてあるのだと。そして今がそれだと、誰もが信じた。
ユーベルコード【凶星の異面(プタハ)】。それは逢真の神としての権能をコードに落とし込んだもの。非物質を物質化する奇跡の神威、同意した存在の魂を結晶化する調律。
「へェ、こんな姿になるのかい」
ほんの少しの興をのせた様にも聞こえる声音で、かみさまはその澄んだ無色の結晶をその御手に乗せる。
此処までは呆気なく成功した。それはそうだ、サナトリウムホラーはゴーストでオブリビオン……そう言った存在を封印したり保管したりする行い自体には幾らでも実例があるのだから。寧ろ使役しないだけ容易いとすら言える……だからこの段階までは寧ろ良くある話。
つまり、運命(ルール)を打ち破らなければいけないのは、此処から先なのだ。
「兄ちゃん! 取り出した、さなちゃんの魂を浄化してほしいよ!」
こう、癒やす感じで! 影朧もゴーストも元は人間! ならできるって!
そんなトヲルのポジティブな言葉に雲珠は頷き、桜の精として丁寧に繊細に準備したその力を発動させる。
ユーベルコード【花吹雪(サクラ)】。それは全てを癒す桜の力、雪の様に美しく白い桜吹雪がその場を舞い踊り、少女が変じた結晶を慰撫するようにサラサラと撫でる。
いや、違う。桜の花弁が慰めるのは結晶だけではない。
「『檻』ではなく『鎧』……」
ポソリと呟きを溢し、少年が二色に変じる美しいその瞳に映すのは戦場となった地に積み上がる霊体の残骸達。散々に暴れ、猟兵達を襲い害した絶望の発露。
けれど。
「ひょっとしたらあれも彼女の一部で、もともとは必死で心を守ろうとした結果なのでは」
絶望とは希望がない状態を言う。さなと言う少女の事情の根幹を見るなら、そこにあったのは明らかに諦めで……それしか無いのなら、確かに、暴れる事自体が不可解と言える。
そう考えるなら、彼のその言葉を間違いとは誰にも言えまい。
「──御霊よ、鎮まりたまえ」
だから桜は魂石の浄化と同時に、彼女を包んで居た絶望の鎧に対しても鎮撫と癒しを試みる。サナトリウムホラーと言うゴーストを、さなと言う少女から発生した全てを慰め。荒御魂を和御霊へと。
「もういいんです。君は役目を果たしました」
お嬢さんは俺たちが助けます。そう誓う。独りにしない、助ける。
容易くはない、寧ろ恐ろしく難しい。それを分かった上で、あえて口にする。それもまた彼の誠実か。
白の花弁が舞い、全てを癒す少し古く懐かしい子守唄の様な一時。それはその場全ての穢れを払う。さなが影朧であったなら、きっとこれだけでその魂を転生せしめただろう。だが彼女は世界結界に影響を受けたゴーストであり、彼に出来るのは口惜しくも此処まで、
「坊が魂石を浄化してくれたンだ、シゴトの続きさ。いちど《黯》をくぐらせる」
トプンと、魂石と呼ばれたその結晶が逢真の足元に沈む。影、暗がり、未知なる災禍の気配……凶星と不吉の象徴の様なそれを潜らせる事にどう言った意味があるのか。4人は疑う素振りもなくその作業の終わりを待つ。そこにあるのは信頼、神を相手とし、縋るでもなく祈るでもなく、ただ信じ頼みを置くだけの。上下の無い心の繋がり。
「命と魂は別だって、かみさまが言ってた。だから出来るはず!」
トヲルの顔は自信満々で。
「ええ、きっと」
スキアファールも穏やかに笑い、その傍らの《ひかり》が丸で同意する様にパチパチと火花を散らす。
「行けます、参りましょう!」
雲珠だって力強く。
「上手くいくかは一か八かだ、勿論上手くいく方を願っているがね!」
鴇の顔はいっそ穏やかだ。
「……ンで白いの達が用意したガワに突っ込んで解凍だ」
神はこの後の工程を説明しながら、少し破顔した様にも見えた。何時も通りの顔だった様にも見えた。
その足元でトポトポと、少女の結晶が沈む、沈む。今は沈む。後の目覚めを信じる様に。
●見守っていてくれる事
かみさまって、神さまだよね。本当は知ってたよ。かみさまさんなんて言って、知らないふりしてたの。
だって神さまは好きじゃなかったから。神さまは助けてくれなかったから。
でもね、なんとなくだけど分かったんだわ。よくわからないけど、むりをしてそこにずっといてくれたの。それで、わたしが話しかけるとかならずちゃんとこたえてくれるの。ぐったりしててつらそうだけど、いやそうな顔は一度もしなかった。
やさしくないけど、やさしいんだって思ったよ。近くじゃないけど、そばじゃないけど、でもいてくれるんだって思ったわ。見てくれてるんだって、思ったんだ。
ありがとうね。見ててね、神さま。きっと、わたしがどうなっても。
●あなたに会いたい
『上手くいくとは限らンぞ。寧ろ目は低いだろうなァ……』
暗がりの中、昏くて赤いそれは少女にそう言い切った。
「……かおいろしにんたろうさん?」
そう確認したならば、それは笑った様に感じた。何と無くだ、むしろこの時本当はさなには何も見えていない。そこは上も下も右も左も無い、何もない空間の様で、逆に全てがある様でもあって。視覚も聴覚も触覚も大凡の全てが機能しない。曖昧の中。少なくとも少女にはそう感じられたと言う事。
『ひっひっひ! そりゃア意趣返しかい?』
その笑い声で確証を得る。それから、何をしに来たのかも何とはなく理解する。
形も見えぬ、ただ黒い気がして赤い気もするそれに確認する様に少女は問いかける。
「わたしをたすけるの。むずかしいの?」
別に動揺はしなかった。むしろ分かっていた事だから。
『そォだな』
それでも矢張り。そう返されれば背筋に嫌な感じを覚えた。
まあ尤も、そもそも現状の少女には背筋どころか身体もないのだけれど。
『出来る事は全部したぜェ? 此処、彼岸(影)を通し、くぐらせる事で擬似的な“転生”をさせるってワケだ。オブリビオン(過去)のままじゃア世界の敵だからな』
その説明は難しかったけれど、何となくの意味合いは理解できる気がした。
素直に頷く。体の無い今それにどれだけの意思疎通効果があるかは分からなかったけれど、どうも伝わりはしたらしい。
『一般死者と同じ道を通ってるから条件的には問題ないはずだ。条件はな』
揃えられたのは最低条件。
死者であるさなの前に並べるにはそれだけでも十分破格の待遇と言えるけど……だから確実に助かりますと言える訳でも無い。
そもそもの話、正常な意味での生命の誕生とて相当なリスクを孕むのが生き物の現実なのだ。
『なのに無理矢理こじつけた再誕が、安全確実に成功しますって道理はねェだろ?』
残留思念は良く言っても魂の破片だ。記憶と意識が揃っていても尚未だ万全とは行かない。大負けに負けて劣化品であるそれが生命に上手く定着する確率は如何程のものだろう。
定着したとして、新造の命と身体が正常に機能し続けるかどうかも誰も保証できるまい。
『良い材料に良い水を使ってンだしなァ。最善に近い条件じゃアあるだろォが』
文字通りの産まれ直し、赤ん坊からやり直しならいっそ良い方かも知れない。人の形を保てない結末だってあるだろうし、生前よりももっと酷い肉体の不具合で苦しむ可能性だって無いわけじゃない。更に身もふたもない事を言えば、次の人生は数秒で終わる事すら有り得る。
「……だから、やめとけって?」
最初、脅しをかけてるのかと思ったけど。すぐに違うと気づきもした。
『そォ言う選択もあるって事さな』
決めるのはお前さんだと。そう言ったので、やっぱりと思う。このかみ様は優しく無いけど、優しいと。
きちんと伝えて、ちゃんと決めさせてくれる。自分で選べと、自分で歩けと任せてくれる。かみ様と言うのはつまりそう言うものなのかなと、そんな風に
納得して。改めて今は本当は存在しない顔を上げる。
「ここにいれば、また死なずにすむの?」
『おォよ』
帰って来たのは肯定で。ほらやっぱり優しいと思う。さっき怖気付いた自分が選びかけた選択と殆ど変らない様に見えて、死なずに済むなら実はずっと良い条件だ。彼岸(ここ)でずっと揺蕩って居続けると言うのは、ただ死んでないだけで、生きているとも言えないけれど。
『で、どォする嬢ちゃん』
けれどその答えは、もうとっくに決まっている。
「あのね。わたしね」
歌い手の歌を聴きながら、今日一日の事を思い返した。
自分と同じか、ひょっとしたらもっと辛い目にあったのだろうあの人の、その歌声の揺籠の中。今日出会った人達の事を一人一人思い出した。
それを言葉にして一つずつ伝えて行く。
手を引いてくれる人。
真っ直ぐに見てくれる人。
受け止めてくれる人。
寄り添ってくれる人。
共に笑い合える人。
その心で包んでくれる人。
尊重してくれる人。
それから、見守っていてくれるあなた。
それぞれが全部、大切な大切な今日の思い出。夢じゃなくて実際にあった事。そこに存在してくれる友達。
黒くて赤いそれは、その全部を黙って聞いた。それから促すでもなく無言で続く言葉を待った。だから少女は、じっくり考えて。それでハッキリと答えることが出来た。
「わたしね、今日は生きてたよ」
病室にいた頃の自分は、自分が生きているのかどうか分からなかった。
でも今日は違った。全然違った。自分で決めて、自分がいて、それで皆が居た。
「だからね、大丈夫だよ。わたしはちゃんと生きたもの」
ゴーストだとか、残留思念だとか、そんな事はどうでも良い。
自分は今日、今、確かに生きた。生きている。そう胸を張って言える。
「でも、イラルギさんの言うとおりだね。楽しかったから、嬉しかったから、やりたいことがいっぱい増えちゃったから」
それから。
「……皆が大好きだから」
もっと生きたい。
身体が無い筈なのに、なんでか目元が滲んだ気がした。
涙なんて出る筈ないのに。溢れて止まらない気がした。
「苦しくたっていいよ。一秒でも良い。だから、もう一度……」
皆に。
「……そうかい」
神様の声は、その時どんな風だったか。分かった筈なのに、分からなかった。
歌い手が歌っている。
さっきとは違う歌。先よりも優しい歌を、楽しい歌を、切ない歌を、様々な歌を。他の歌も聞かせて上げようよとトヲルが言ったのもある。白いキマイラは本当に彼のファンを増やそうとする事に躊躇いが無い。
けれど多分、それが無くても彼は歌ったのでは無いだろうか。歌。とにかく歌。未だ目覚めぬ『さな』の為に彼に出来ることは第一にそれだけなのだから、出会って少しの話の後に歌を聞かせ、ただそれだけの関係。
少女は彼の正体が怪奇人間だと知らないし、目と口がゾロリゾロリと並んだ姿も、異形の口から出る性も種も定かでない声も知らない。逆に、ただの青年としての彼の事だってろくに知らない。好き勝手に喋る時異様に早口になって延々喋り続ける彼も知らないし。影絵の君の末の愛しい光と、睦まじく寄り添う彼も知らない。
歌う彼だけしか知らないのだ。歌う彼とだけ彼女は繋がっているのだ。少なくとも今は未だ。
だから彼は歌う。スキアファール・イリャルギではなく、真境名・左右(まじきな・あてら)でもなく、イラルギが歌う。
込める思いは変わらず、ただ少女の生がどうかまだ続く様にと。
「はやく起きないかなーさなちゃん」
親友の歌声を聞きながら、トヲルは待ち遠しいと言わんばかりにそう言う。
必ず起きると信じている調子で。当然起きると決めている心で。
「彼女の今後は銀誓館に頼もう」
だから鴇も、上手くいったならとは言わなかった。
絶対に上手く行くと決めてかかって。それを前提に今後の相談をする。
「あそこなら彼女を受け入れる度量も甲斐性もあるだろ」
何時も肩に掛けている粋な羽織を、今は着ていない。それは今眠り姫に掛けてやっているからだ。
冬のこの寒い中、風邪など曳いたら可哀相だから。必ず目を覚ますのだから、大人として当然の気遣いだろうと。
「金の心配は無用さ、そこのかみさまが全額前払いしてくれるそうだからな」
容赦なく遠慮なく必要資金を人(神)に集って笑う。
「任せな。少し前の戦争で集まった黄金も溢れてるでな」
とは言え逢真の方も鷹揚な物だ。
その裏で人の子自身に行く末を決めさせて居るだ何て噯にも出さず、随分と景気の良い返事を返す。
他の猟兵達とて皆そうだ。内心の不安はあれど、口に出すのは皆明日の話、これからの話。
信じる事が力になるのなら。いいや例えならないとしても。それでも今は信じるのだと。
「ね、今日、楽しかったですね」
そんな仲間達を見回して、雲珠はさなに語りかける。
今にも返事が帰って来るかも知れないし、なに、そうでなくても後でまた言えば良いだけだ。
「夢じゃないですよ」
夢の様だったけど、夢ではなかった。本当の話。
そしてこれからの話もきっと、必ず。
「次はね、幸せを掴みに歩いていくんです」
これからは何処にでも行ける。だから歩いて行こう。明日へと。どこまでも。
一緒に。
●今日になった明日の話
帰還した猟兵達は、依頼の首尾の程を問われた事に対しハッキリとこう返したと言う。
「サナトリウムホラーと言うゴーストは間違いなく、完全に消滅した」
それは真実だ。
此度過去より浮き上がったかのゴーストは確かに滅し消えて失せた。
再度また同じ名のゴーストが現れたとして、それは別の過去から浮かび上がった同じ形のオブリビオンであり。実質は別物だろう。
さなと言うなの少女の絶望から生まれたサナトリウムゴーストは、絶対に、決して、二度と現れはしない。それは紛れもない事実で、猟兵達の手による成果だ。
だから、この話はそれで終わりである。
グリモア猟兵の依頼は、ゴーストの処理。それ以上でもそれ以下でもない。
それが為された以上、それ以外の何を語れと言うのか。全てが蛇足である。不要である。これはもう終わった話だ。
故に。
例えば直ぐに学舎から逃げて遊びに来てしまう子供が居たとして、誰もそんな事は気にしない。
もしも仮に、悪戯っぽくエヘヘと笑う少女が居たとして。それはもう関係のない話なのだ。
別に、さして邪魔では無いだろう。だから、好きな様にさせれば良い。
これからは。
大成功
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