●哀逢い傘
「来たよ」
穏やかな雰囲気を纏った壮年の男は、森中に建てられた小さな家を、何時もの様に訪れる。庭先には、名前も彫られていない無縁仏の前で足を止め、墓と言うにはあまりにも簡素な小さな岩の前に、屈んで花束を添える。
「こうして花を添えるのも、何回目だろうか……君が逝ってしまってから、随分と経ったものだ」
小屋には、埃こそ積もっているが、蔓一つ巻き付いておらず、彼が、この場所を定期的に訪れているのが窺える。
「居るのかな」
彼は黙して、彼女との日々を思い出す。
彼女は、物語を書くのが好きだった。物語を通して、誰かが喜ぶ顔を見るのが、好きだった。同好の士として、明るく微笑みかけてくれた日々を、今も鮮明に思い返す事が出来る。力になりたかったし、事実、力になろうと努力した。長く、傍に居たいと思った。
二人一緒に、とは行かなかったが、賞を取った時は、世間に努力が認められたのだと、互いに自分の事の様に喜んだ。
その時から、ゆっくりと歯車が狂って行く。作家として、執筆を始めてから暫くは問題無かった。2作、3作と連ねて行く内に、彼女の心は蝕まれていった。
「もっと、別の雰囲気で書けないだろうか?」
「前のとあまり、変わらないよね。好きなのは分かるけど」
編集も担当も、きっと悪気は無かっただろう。幾度とも繰り返される言葉が彼女の心に少しずつ、少しずつ、孔を穿つ。泣いて、追い詰められた顔ばかりするのを、何度も慰めた。言葉の暴力と言って差し支えなかった、心の無い言葉を幾度も幾度も、受け止めて、助言もした。
「彼は君と比べて、器用だよね」
携帯電話が取り零された音が何故か、硝子が罅割れて砕ける音に聞こえた。ゆっくりと振り向いた、絶望と悲哀、壊れてしまった時の顔を、忘れる事など出来る筈も無い。壊れて、悲哀だけを綴るようになってしまった君に、何も言えなかった。
「何処が器用だったんだろうね。出来るのは、それだけだったのに」
救急車のサイレンが鳴り響く場所で、注ぐ霧のような雨が、銀色に揺らめいていた様な覚えが有る。そして、今も。
(ジャア、ゼンブ、ゼンブ、チョウダイ。アナタノ、スベテ)
懐かしい声が聞こえて、顔を上げる。仄かに灯る蒼い蒼い魂の残り香、在処を忘れた懐かしい残滓。それに、男は一瞬だけ驚いて、すぐに首肯した。
「……いいよ。どうか、君の元に、連れて行っておくれ」
何時かに交わした遠い遠い日の約束を、彼はもう、忘れてしまっていた。
懐かしい姿に身が変わり、小屋の掃除をする。自分でも驚く程若い声で、業者に連絡を入れ、電気と水道を再び通す様に依頼する。
少しずつ、彼女に心を喰われていく事すら、あの時の贖罪だと、彼は受け入れた。小屋の周りには見慣れない生物が徘徊し、身体を、彼女の好きにさせる。尊敬し、愛していた、懐かしい意味の有る言の葉の列。惜しむのは、そこに綴られるのが、涙と嗚咽に濡れている事だけだ。
●グリモアベース
「新しゅう見つかった世界で事件が起きるみたいじゃけー、解決を依頼するな」
海神・鎮(ヤドリガミ・f01026)はそう言って、猟兵達に資料を配り、自身も帳面を捲り、まずは新しく見つかった世界について説明を始めた。
「もう行った人とか、儂より詳しい人、銀誓館学園の所属しとった当事者の方が多いかも知れんけど、まあそういう人等は本題に入るまで、のんびり寛いでな」
新しく見つかった世界の名前はシルバーレイン。その名の通り、銀の雨が降り注ぐ世界であり、文明は現代地球のそれに近い。
「地球は世界結界ってのに覆われとって、普通の人等は超常現象を覚えられん。敵対するオブリビオンはゴースト。或いはそのまま、オブリビオンでも良えかもしれん。2012年に銀誓館学園の皆が協力して勝利した筈じゃが、2016年頃に何故かまた世界結界に覆われたみてえじゃな。今度は予知能力者が現れんかったのが差異、か」
その上で、この世界のオブリビオンは過去の戦争を再現しようとしている。また、猟兵に覚醒した能力者達は未だ少なく、現場での直接的な支援は難しい。
「能力者ってのは詠唱兵器を使用出来る人等の事で、銀誓館学園はその育成組織じゃ。どうも、世界結界の所為で未成年以外が戦うと、精神がやられとったみてえ。見えざる狂気って言うらしい、この辺、今はどうなんじゃろうな? 事件にも関わるけど、運命の糸症候群ってのもあるみてえじゃし」
資料を捲ると、見えざる狂気を無効化する手立てが幾つか見つかって実用されていたと言う記述を見付け、鎮は胸を撫で下ろした。
「ちょっと逸れたな。支援は銀誓館学園が行ってくれるよ。猟兵は来訪者になると思う。入学とかも出来るらしいけー、興味ある人は入学するのも良えと思う」
この位だろうと、鎮は資料に見逃しが無いか一通り確認し、首肯してから、猟兵達に向き直った。
「本題じゃな。誤って人の中でリビングデッドが受肉化した。被害が拡がる前に、このオブリビオンだけを祓って欲しい」
何らかの要因で、死者に憑依する筈のオブリビオンが、生きている人間に憑依しその中で、受肉化を果たした状況だと鎮は語る。
「作家じゃったらしい。仲の良かった人に宿っとる状態じゃな。オブリビオンとしては、それなりに地位を築いた個体らしゅうて、周囲に配下を20体ほど呼び寄せとる。こっちは遠慮要らんな」
先ずは此方との戦闘になるだろうと告げて、鎮は次の説明に移る。
「それで、肝心の人の方じゃが……縁が深えから、オブリビオンを庇う……出来れば傷付けん様に戦ってな。ただ、死んでも良えと考えとる事は伝えとく……そんな事しても、誰の幸せにも繋がらん事もな。場所は森中に有る小屋、大分早うに駆け付けられるけー、時間の余裕は有るよ。どうか、宜しく頼む……」
最後に丁寧に頭を下げ、鎮は猟兵を送る準備をし始めた。
紫
●挨拶
紫と申します。
今回は銀の雨が降る新世界、シルバーレインのご案内となります。
宜しくお願い致します。
●シナリオについて
・シナリオ目的
リビングデッド型オブリビオンのみを倒し、被害者の運命の糸症候群を治す事、です。
一章は集団戦、数は20体ほど。森中なので、人払いの必要も有りません。
・章構成
集団戦→ボス戦→日常です。
・一章ギミック
【森中】
森中です。視界が悪く、障害物が多いです。
周囲に人は居ません。
●その他
・1章毎にopを制作します。
・psw気にせず、好きに動いてみて下さい
・途中参加;歓迎
●被害者NPC
【壮年の男性】
穏やかな雰囲気を持つ壮年の男性ですが、リビングデッドを宿した事で、運命の糸症候群を患い、見た目は10代後半に若返っています。身体の主導権をリビングデッドに明け渡しており、心を喰われる事も容認しています。
●最後に
なるべく一所懸命にシナリオ運営したいと思っております。
宜しくお願い致します。
第1章 集団戦
『マワセホリック』
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POW : 回転する竜巻
【高速回転で生じた竜巻】を纏わせた対象1体に「攻撃力強化」「装甲強化」「敵対者に【ありえない確率の事故】を誘発する効果」を付与する。
SPD : 高速回転モード
【魔法のカードを燃やすことで】、自身や対象の摩擦抵抗を極限まで減らす。
WIZ : 高レア演出の光
【レア度の高い演出の光】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
👑11
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シーザー・ゴールドマン
生きている人間に受肉したオブリビオンか。他にも多様なパターンのオブリビオンが確認されている様だしこの世界は面白いね。
今回の件は……まあ、自分の命だ。好きにすると良いと思うがね。
とりあえず見物に行くとしようか。
森中の小屋に向かいます。道中のオブリビオンは『ヤーヌスの双顔』にて対処。まったく興味がありません。
◎
村崎・ゆかり
何だか重そうな話ね。彼の元へ至るまでに「覚悟」を固めましょう。
そう、このくるくる回る小動物を虐待しながら。
これ、回し車ごと突っ込んでくるのかしら?
まあいいけど。
「全力魔法」炎の「属性攻撃」「高速詠唱」「浄化」くらいで、延焼しないようにした不動明王火界咒。
さっくり燃えてくれる?
アヤメはあたしの死角のフォローをお願い。お互いに死角をカバーしあいましょ。
それでなくても、晩秋の森の中は枯葉を踏む音が響く。近づいてきたらすぐに分かるというものよ。
ありえない確率の事故も、「ありえないなんてありえない」って種が割れてたら、なんの問題にもならないわ。
これで片付いたかしらね。じゃあ、事件の大元へ向かいましょう。
●魂の使い方
「生きている人間に受肉したオブリビオンか……他にも多様なパターンのオブリビオンが確認されている様だし、この世界は面白いね」
シーザー・ゴールドマン(赤公爵・f00256)は、銀の雨が降りしきる、人気の無い森中に足を踏み入れる。瞬間、ざわつき始めた気配を、特に気にする事も無く、愉快そうに切れ長の黄金瞳を僅かに細め、独りごちた。
「今回の件は……まあ、自分の命だ。好きにすれば良いと思うがね」
舞台劇染みた悲壮、機械仕掛けの様に精緻に組み上げられた不幸。一介の作家には荷が勝ちすぎる役回りだ。だが、そうして重荷に耐え切れず、互いに壊れ行く必然も、良く出来た見世物には変わりが無い。
「そうだね。往復切符と、見料分くらいの価値はあるだろう。見物に行くとしようか」
シーザーは、なんとはなしに指を弾く。
「君達の様なエキストラに興味は無いよ。大人しく、楽屋裏に戻りたまえ」
●彩重ね
「何だか重そうな話よね。どう思う、アヤメ?」
「編集の方に少々、殺意を抱いてしまいますね……?」
村崎・ゆかり(《紫蘭(パープリッシュ・オーキッド)》/黒鴉遣い・f01658)は傍らの忍装束を着た長身の女性を紫色の瞳で見上げ、柔和な笑みの下に、明確な殺意を感じ取り、軽率だったと一度、口を噤む。
「ごめん、上に故郷が滅ぼされたの、忘れてたわ」
「お気遣い有難う御座います。以前申しました通り、私は然程気にしておりません……彼女に同情は致しますが、死後も頼って、甘え続けるのは違うでしょうね」
微笑みは崩さず、雰囲気だけを崩し、ゆかりに非は無いと、アヤメは否定して、一歩下がり、ゆかりを抱き留めた。
「でも、何だかんだ、故郷の仲間達の八つ当たりには付き合ったんでしょ? その辺り、今回の彼とそっくりじゃない?」
「それは、とても、痛い所では有りますけれど……!」
珍しく、表情を崩したアヤメに、ゆかりは抱き留められた腕の中で、気分の良い笑みを浮かべた。
「追求はこの位にしておきましょう。彼の元へ至るまでに、覚悟を固めましょう。このお出迎えを片付けて、ね。もう始めてるのが一人居るみたいだし。死角のフォロー、お願いね?」
「お任せ下さいませ」
●悠然
「観客は一先ず、彼女達だけの様だね」
夥しい量の血色のオドの収束。不可視化を施された魔力が、シーザーの意思に従い、森中の一部を覆う。渦巻くその領域の一部に触れた小さな齧歯類が、分子レベルまでに分解されていくのを、当然だと、森中を悠然と歩む。所々で虹色の光が輝くのは、舞台の演出の様だった。
「不幸な事故が起きても、此方でどうにかする事は出来るがね」
●小倶利迦羅
「それは流石に、余計なお世話よ」
赤いスーツと切れ長の黄金の瞳が、尊大に呟いた様な気配に、ゆかりは溜息を吐いた。消滅再生自在の傲慢とも言える真紅の法陣、弾ける虹色の光は、携帯端末内のアプリケーションでは馴染みの有る光彩だった。
「って言っても、レア度が高いのは滅多に引けないんだけど。ハムスターみたいに周回する事の皮肉じゃ無くて、そっちの事なのね」
「触った事が有るのですね」
「あまり面白いとは思えなかったからすぐ消したわ。映像演出が豪華なのは、良い事だと思うけど」
従者に背中を預けながら耳を澄まし、ゆかりは真言を唱えながら、九字を切る。52枚の白一色の霊符が淡い紫の霊力光を帯び、浮遊する。
「アヤメ、音だけで方向と数、分かるわよね?」
「付近の展開ならば、既にある程度は判別出来ております」
「十分よ。不幸な事故が起きない内に祓いましょう」
霊力の集中に伴い、じっとりと汗が頬を伝う。伝えられた範囲に、五芒星の陣を敷き、それを基礎として、ゆっくりと拡大させていく。
「ノウマク、サラバタタギャテイビャク、サラバボッケイビャク、サラバタタラタ、センダマカロシャダ、ケンギャキギャキ、サラバビギナン、ウンタラタ、カンマン」
何度目かの重ね真言、紫色の霊力光が変質し、五芒星に炎が上がる。散った火の粉が、小さな倶利迦羅竜の姿を象り、穢れを威嚇する様に咆吼する。樹木の間を縫って、落ちた枯葉を燃やし、小さな竜の群れが解放の時を待つ。
「祓い給えと、此所に願い奉る!」
解放の呪に、陣中に顕現した炎の小竜が、獰猛に森中を這いずり回る。変質し、齧歯類の姿を象ったストレス塊に、滑車をすり抜けて巻き付き、牙を突き立て、その身を灰と化し、吠え猛る。法陣に踏み入れたゴーストが、違い無くそうして灰燼となって喰われていく中で、竜巻が生じ、ゆかりが何も無い所で躓きそうになるのを、アヤメが確りと支えた。巻き上がる炎の竜巻に、小さな倶利迦羅竜が集り、耐久力の上がった個体の身体を次々と食い破る。
「ありがと。本当に有り得ないような事を起こすのねえ。一先ず、陣はこのままにしておいて、事件の大元へ向かいましょうか」
進行方向に残った個体が居ないかどうかを確認し、二人は森中の小屋へと向かう。
大成功
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布施・命
旅団 『隠家「狸々亭」』4人で参加
●アドリブ
OK
●意気込み
猟兵初心者と甘えてはいられない
さあ、戦の感覚を取り戻せ
一般人は心配不要なら、先ずは素直に各々が力を発揮すれば大丈夫だ
●役割
回復・支援、戦況把握に徹する
皆、攻撃は任せた!
●具体的行動
自身が皆の中心となる位置取りを続け、皆の攻撃が終わる頃を見計らってユーベルコード(以下「UC」)を放つ
勿論、深手の仲間がいればその回復目的でのUCを最優先
相手のUCには、自身のUCで展開している符を操作・集約し光の遮断を試みる
UC以外では戦況全体を見渡し、死角から襲い来る敵を仲間へ警告、トドメを刺せる敵の通報、森の中で仲間同士が離れないよう陣形維持の連絡を行う
リンカーベル・ウェルスタッド
隠家「狸々亭」で参加
アドリブ◎
おじ様方、この世界は私より大先輩なんですよね?
こういう場合はどの様に対処なされていたんで?
など雑談しつつ敵の様子を探ります。
森の中の戦闘はやりづらいですねー。この世界って余りハデにやると駄目なんでしたっけ?
森ごと薙ぎ払うとかは駄目ですよね。
仕方ないので各個撃破。
主よ、いと気高き万軍の王よ、どうか私たちを喜びの歌と共に朝を迎えさせて下さい――。
と言う訳で! アーメン、ハレルヤ、デストロイです!
武器はその場で有効に使用できる物を使用。
相手のUCで回復されないよう集中攻撃し、仕留められそうな相手はUCや銃・弓で狙い撃ち。
こんな愉快なネズミと遊んでいる時間はないのでっ!
更識・恵治
団 『隠家「狸々亭」』のメンバーで同時参加
アドリブOK
俺が昔戦ったのって説得とか出来ない奴らばっかで大体「こんにちは、死ね!」みたいな感じだったからなぁ……
ま、今回は人目気にしないで戦闘出来るからまだ気楽な方だな
それに猟兵と能力者、呼び名は違えどやる事は一緒だ
森の中だから射線通りにくくて飛び道具は若干使い難い感じか
それと木の影とか頭上から不意打ち食らわないよう気をつけつつ応戦
【戦闘知識】を駆使して、迂闊に突っ込んできた敵に『黒影剣』を食らわしてやる
あとはアサルトライフルで【貫通攻撃】による【援護射撃】で仲間と攻撃タイミング合わせて火力を集中、とどめを刺せそうな敵を優先して攻撃し早期撃破を目指す
御門・儚
隠家「狸々亭」で参加
【心情】
戦闘久し振りだなー
皆の足を引っばらないよう頑張らなくちゃ!
さぁ、行くよ!
「イグニッション!」(昔の癖)
【戦闘】
森の中だから、皆と離れすぎないように戦うよ
あと少しで倒せる相手から、皆で連携して確実に、だね
激烈ツッコミで相手を掴んだら、振り回すときに周りの敵や障害物にぶつけて効果的なダメージを狙うよ!
ありえない事故には、むしろその事故をツッコミの力に変えるつもりでどーんと来い!と耐えきる気持ちで!
●リ・イグニッション(再起動)
「猟兵初心者と、何時までも甘えてはいられない」
布施・命(非日常との再会を憂う卒業生・f35378)は、幾分か若返った事を確認する様に掌を見つめ、漆黒の生地に白雲の描かれた長羽織を翻す様に羽織り、嘗ての戦いの記憶を掘り起こす様に、アンダーリムの眼鏡を指で軽く押し上げた。
「戦闘久し振りだなー、皆の足を引っ張らないよう、頑張らなくちゃ!」
御門・儚(銀雪の梟(もりのふくろうちゃん)・f35472)は、命とは対照的に、のんびりとした口調で、自身の姿が描かれたカードを、抓んで取り出した。
「おじ様方、この世界は私より大先輩なんですよね? こういう場合は、どの様に対処なされていたんで?」
森中の様子を探り、今なお残る炎竜の結界と、紅色の魔力を感知し、リンカーベル・ウェルスタッド(ルーベル・アニマ・f01718)は、事情に通じている、銀誓館学園出身の、嘗ての能力者達に、興味の儘に問い掛ける。
「俺達が昔に戦ったのって、説得とか出来ない奴らばっかで大体、こんにちは、死ね! みたいな感じだったからなぁ……」
更識・恵治(軽装甲戦闘猟兵・f35487)は、当時の状況を思い返し、溜息を吐く。
「そんな状況だからな、軍隊の様な連携が必要だった。集まった者達が各自、どの役割をこなすか、現地に急行するまでに、明確に提示する必要が有った。簡単に前衛、後衛、治療役に攪乱役、避難誘導役辺りだな。そうでないと……」
「そうでないと?」
「比喩抜きで誰かが死ぬ。学園生徒や教師だって例外じゃない。死と隣り合わせの青春に違い無しだ。と言う訳で攻撃役は任せた! 俺は回復、支援、戦況把握に徹する」
「ま、今回は人目気にしないで戦闘出来るから、まだ気楽な方だな。呼び名やら多少の差は有るが、やる事は大概一緒だ。任された。奇襲、遊撃に回る」
「それでは、私は前ですね。森の中の戦闘はやりづらいですねー。この世界って余りハデにやると駄目なんでしたっけ? 森ごと薙ぎ払うとかは……」
「悪いが、その案は却下だ」
「ですよね。仕方有りません。各個撃破と参りましょう。主よ、いと気高き万軍の王よ、どうか私たちを喜びの歌と共に朝を迎えさせて下さい――と言う訳で早速、イグニッション!」
二指で挟んだ、収納機構を備えたカードに、合言葉を告げる。瞬時に幾つかの武装が、然るべき場所へと装着されていく。掌中に鈍色に光る大口径のオートマチック。背には棘付きのメイスとロングボウ、腰には質素な打刀。祭祀服の袖の内側には、ホルダーと共に諸刃の短剣が仕込まれる。
「凄い便利ですよねー、これ!」
「便利では有るが、人として生活する為の能力封印機構だった側面も、心に留めておいて欲しい所だな。イグニッション!」
命は少し説教臭くぼやきながら、俄に呼び覚まされた戦の記憶と覚悟を、更に鮮明にする様に、取り出したカードに向かって合言葉を唱え、愛用の霊符一式を取り出した。
「さあ急げ、それ急げ。式の友よ、頼み事を聞き入れては、くれまいか」
印を切りながら、一枚の霊符を軽く咥え、息を吹き込む。宙空に舞うそれが、小気味の良い炸裂音を生じさせ、丸っこい狐の姿に変わる。仲の良い式鬼の姿を確認し、偵察を願い出ると、式鬼は快くそれを聞き入れ、森中を駆けて行く。それを見送ってから、通信用の霊符を皆に手渡した。
「カード、学園生以外にも普及したんだね。皆と離れすぎないように前に出ようか。さぁ、行くよ! イグニッション!」
遠く旅立っていた儚は、現在の学園の技術と体制に驚きながらも、癖の様に呟き、同じ様に一つ、武装を取り出した。電気を帯びた鞭を、感触を確かめる様に、地面に向けて、軽く振るい、手応えに納得した様に、首肯した。
「懐かしいな、再起動と行こう。イグニッション!」
古ぼけた遠い思い出から、愛用の自動小銃と、無骨な長剣を掌中へと引き寄せ、恵治は静かに呼吸を整え、臨戦態勢を整えた。
「成る可く中心を保つ。ある程度、わしを目印にしてくれ。各人の位置は適宜伝える。離れすぎるのは良くないが、場合によっては思い切って良いからな」
「了解」
「アーメン、ハレルヤ、デストロイです!」
「本当に色々、帰って来たって感じだねぇ」
無慈悲に銀の雨が降りしきる森中を、能力者達は称号を改めて、駆け抜ける。
●開戦
主立った情報収集は命が召喚した式鬼、おキツネ様が駆け回る形だ。
リンカーベルも捉えていた、森中に残る二種の殲滅陣が有る方向を気にする必要が無いのは有難かった。猟兵と能力者の一番の違いは、この非同期制だ。銀誓館学園が軍隊で有れば、猟兵は傭兵部隊、或いは戦闘機に例えると分かり易い。
傍に居ずとも、事件に対して行動を起こして状況を進行させ、痕跡を残す。状況把握を今の様にカット出来る反面、協力を仰ぎ難いという点を、どう捉えるべきか、命は思案しつつ、コンから伝わってくる敵の位置を皆に滞り無く伝達して行く。容易く視界から消えていく味方の立ち位置と、移動方向を頭中で常に整理し、陣を保ちながら、自身も従って中央を維持。緊張と昂揚に思わず、懐かしさか過り、笑みが零れた。
「残りの敵の位置も粗方割れましたし、そろそろ開戦と行きますか!」
作られた陣形に注意を払いながら、リンカーベルは付近の敵へ、指先を向ける。銀雨を縫って天から差し込んだ光が、滑車の中で回り続ける齧歯類に似た化生に降り注ぎ、その身を焦がす。直ぐに腰に提げていた質素な打刀を抜き、怯んだ所へ、上段から大仰に振り被り、振り下ろす。頑丈な刀身による打ち下ろしは、切り裂くと言うよりも、打ち付ける用法に近く、滑車ごと小さな身体が擦り潰れ、気付いた付近の敵が、駆け寄り、七色の光を浴びせようとした所に、命の霊符が割り込み、光を遮断する。ほぼ同時、齧歯類を漆黒が穿つ。
恵治は闇色に包まれた愛用の得物を引き抜き、手慣れた動作で刀身の血を払う。付近で発生した竜巻を確認し、木々を縫って影の様に駆け回る。有り得ない事故は、存在を感知出来ない彼では無く、敵の近くに居た儚が被る事になり、何故か有った自然の落とし穴に嵌まりそうになった所で、鞭を枝に巻き付け、逃れた。
「そうは、ならんやろっ!」
ただの森に自然に落とし穴が出来るとしても、それはどう言った確率であるのか、自然の法則や運命線をねじ曲げている可能性すら有る等と、理不尽に思う事は幾つもあるが、万感の思いをその一言に集約し、滑車ごと齧歯類の足を鷲掴み、手近な幹に叩き付けた。次は叩き付けた幹が割れて、何故か儚の方へ倒れて来る。
「えーかげんに」
少ない時間の間に、滑車が地面にめり込む力で叩き付ける。
「しなはれっ!」
倒れ来る幹から逃れる様に横に飛ぶ。めり込んだ地面に両サイドから、45口径の咆吼と、自動小銃の小気味の良い咀嚼音を響かせた後、樹木が周囲に重苦しい倒伏音を撒き散らした。
「さあ癒えよ。それ癒えよ。元気になれば足も自然と軽くなる……事故の所為で事が大きくなるな」
残った10体の内、近くの3体を撃破したのを確認し、命は呪を唱えながら、指で軽く五芒星を描き、展開した霊符で味方を囲むように治癒と浄化の陣を整える。儚に齎された不運を祓う。
「こんな愉快なネズミと遊んでいる時間はないのですがっ!」
「そうだな、少し速度を上げていく。協力を頼む」
「はーい。少し勘が戻ってきた感じもあるし、大丈夫だと思うよ」
闇に身を隠した恵治が次の敵の不意を突く。一体を得物で処理し、治癒のために寄って来た仲間の光を命が霊符で遮断し、リンカーベルが棘付きのメイスで潰す。嵐が起こった場所に、儚が率先して盾として急行し、不幸を凌いで、滑車を掴み、敵の位置を固定する。命の座標指示を聞き、即座にリンカーベルと恵治が照準を合わせ、放たれる一矢と正確に吐き出される弾丸が、齧歯類を骸の海へと送り返す。2セット目の終了に、儚は一度、命が敷いた治癒陣に戻り、二人を追って合流する。
「一匹だけです。どうしましょうか」
「わしも少し勘が戻ってきた。誘い出してくれ」
「分かりましたー」
付近に居た一匹にリンカーベルが肉薄し、諸刃の短剣を滑車の隙間を利用して、位置を固定し、残りを誘い出す。
「光を通さぬ様は、まるで地下深くに築かれた牢獄。さあ閉じよ。それ閉じよ」
警戒しつつも駆け寄ってきた3体を、命が光ごと土の気を用いた結界で光ごと遮断し、閉じ込める。ナイフで固定された個体に、リンカーベルは指を向け、天から降り注いだ光雷で焼く。
「一網打尽だな」
纏う闇色で命を削りつつ、恵治がセミオートで弾丸を撒く。三度響いたリズミカルな音が、齧歯類に似た生物を、その身体ごと、骸の海へと送り還した。
「アーメン。状況終了、ですね!」
リンカーベルが、胸元で十字を切ると、丁度、命が同じタイミングで、安堵した様に息を吐いて、眼鏡を押し上げた。
「久し振りだからか、ちょっと肩凝るねぇ」
「俺は何時も通りだな」
「幸い、小屋はそう遠くない。歩きながら向かうぞ」
一先ずの脅威を退け、4人は再び、足を進めて行く。
大成功
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第2章 ボス戦
『悲哀綴りのルクレルク』
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POW : 積み上げた言葉の屍
自身の【悲哀の涙】を代償に、【書き連ねた悲劇の登場人物】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【相手と差し違える物語に沿った展開】で戦う。
SPD : 逃れえぬ悲劇の鎖
自身の【涙を灯した羽ペン】が輝く間、【悲しみを具現化した呪詛の鎖】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ : 飲み干せぬ涙の海
【悲哀の涙を材料にした青白いインク】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を涙の海に変え】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
👑11
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●なきがら
共に居る彼女が、不意に操る手を止めて、また一筋、頬から雫を伝わせる。外から度々聞こえて来る轟音が関係しているのかも知れない。ぼんやりとそう考えている内に、戸を開く音と、幾つかの足音が響く。
頭を抱え、嫌だ、嫌だと言う彼女を宥めながら、その心境へと辿り着けない事に、彼は心中で歯を噛んだ。あの時の彼女の想いを、想像する事しか出来なかった。
(だからきっと、これは、仕方の無いことだ)
同じ様に、どうしようも無くなる他に、彼女の絶望を知る事が、出来ようか。他ならぬ彼女の手で、そうしてくれるのならば、長く患った贖罪に、言い表せぬ程の後悔に、漸く、手が届く。
(だから、言い訳を重ねよう)
本当は、ただ、彼女が書いて描き出す世界を、もっと見たかった。それだけだった。誰がどう言おうと、世間からの評価が、どうであっても。
(……愛おしかった)
欲する儘、望む儘に心を逸しても、捧げても、惜しくは無いと思える程に。
「だからね、お客人、どうか、助けようなんて、考えないでおくれ」
訪問した客人達に、無理に笑顔を作って見せた。悲哀に耐えかねて、外へ出て来て泣き腫らす、彼女の貌を脳裏に描くだけで、胸が痛む。誰よりも終わってしまった人間であると、自覚が有った。
「此所に居るのは、魂の亡骸、屍人だけだからね」
星の数ほどに有る、小さな不幸話のエピローグ。何故生き残る事が出来たのか、何故生きているのか、分からなくなった男の元に訪れた、ちょっとした御伽噺。
ただ、彼はその様な有様でも、生きて来た。今日まで生き延びた。失意に飲まれながらも、歩みを止める事は無かった。
●状況進行
猟兵達は脅威を退け、小屋の中へ入ることに成功した。どうやら間に合った様で、被害者の心は喰われる前だ。邂逅した際に、敵であるリビングデッド型オブリビオンは宿主の中から出現した。
ただし、被害者はオブリビオンに命じられる迄も無く、その事情から、敵を庇う様に動く。攻撃を当てないよう、配慮する必要がある。
小屋の中は机が二つあるだけの小さな空間だ。最低限の物が有るだけの簡素な造りは、作品制作に集中する際に、彼、或いは彼等が利用していた事が簡単に窺える。空間に然程余裕は無い。此方への対応も必要になる。森中で戦う様に誘導する事も視野に入れる方が良いだろう。どの道、敵オブリビオンも、被害者も動きは遅い。猟兵達が此れ等に手間取る要素は無い。
問題は、被害者の男性に、別離をどの様に納得させるかだ。その糸口を掴む必要がある。彼がその様な心境な中、何故、今日まで生きる事が出来たのか。
それは恐らく、彼が忘れてしまった約束に由来する事だろう。
そして、彼女が失意に飲まれ、共に歩み、信頼していた者に当たる程、絶望し、壊れてしまった自分と同じ様になって欲しいと、考えている訳では無い。
オブリビオンは、感情を欲しているだけであり、結果的に、被害者が望む様に振る舞っているに過ぎない。
彼女の絶望を知りたいと望んでいるのは、被害者だけであり、そこに彼女の願いは一欠片も含まれていない。
こう言った事を並べるだけでも、ある程度の理解は得られる筈だ。
勿論、これに固執する必要は無く、独自解釈でも構わない。
また、当然ながら、猟兵個々人が推測する事柄や、自身の思い、感情を加えても構わない。特に、想い人がいる者達は、彼の境遇に自身を置いてみて、自由に思案してみるのも良いだろう。
被害者は職業が作家である為か、この様な状況でも、その人柄は一切損なわれていない。そして、客人である猟兵達の話に耳を傾ける理性も、きちんと残っている。
猟兵達は、無理に笑顔を作り、言葉を並べる被害者を救出する為に、或いはオブリビオンの打倒の為に、行動を開始する。
村崎・ゆかり
ふう、難題ね。
その『彼女』はあなたの心を喰らいたいだけなのは分かるかしら。
それはあなたの想いに反応して変化した亡霊に過ぎないわ。あなたが『彼女』を思い描くから、そういう形で現れる。
『彼女』は、あなたを犠牲にしてでも楽になりたいと思うような人だった?
そろそろ目を覚ましましょう。そこにいるのは、魂を喰らうただの怪物。
あなたのことは餌としか見ていない。
それでも、あなたは魂を捧げたいと思うかしら?
彼が納得するのを待って、魂喰召喚でオブリビオンに攻撃。実体があろうとなかろうと、魂に効くわよ。
抗うことなく、素直に滅びなさい。
終わったかしら? これから先の方が難しいんだけどね。さて、どこから話そうか?
シーザー・ゴールドマン
やあ、こんにちは。
ふむ、誤解があるようだね。私はそこの彼女を退治しに来ただけだ。君を助けに来た訳ではないよ。だが、そうだね、一つ質問があるかな。
そこの彼女が死んで今日まで君は生きてきた。それは何故かな?
死ぬ理由がなかったから? それなら今もそうだろう。
そこの彼女は君の感情を欲してるだけだ。別に命や絶望を欲しがっている訳ではないのだからね。
なぜ、生きてきたのか、それを教えてくれたまえ。
分からないかね。よく思い出すことだ。
死んだ女より悲しいのは忘れられた女。そんな詩もあることだしね。
では、そろそろ幕引きだ。
私は君を殺さない。生きるか死ぬかは君自身が選ぶことだね。
『ヤーヌスの双顔』で彼女のみに消滅を
●迂遠
「……随分と辛そうね、大丈夫?」
村崎・ゆかり(《紫蘭(パープリッシュ・オーキッド)》/黒鴉遣い・f01658)は、運命の糸症候群を患い、若返った男性の作った無理な笑顔を見て、放っておけないと、気遣った。
彼の肉体から霊体として顕現するも彼の後ろに隠れて悲哀を綴るリビングデッドは、敵対の意思を示しながらも、積極的に動く事は無かった。動きが思った以上に鈍く、被害者を盾にする方が合理的だと考えたのかも知れない。
持っていたハンカチを取り出し、拭おうとした手を途中で止め、彼に手渡した。
「お気遣い痛み入るよ。有難う、お嬢さん。本当はお茶も出せれば良かったんだけどね。その手の専門家だろうと予測は付くよ。分かっては居ると思うが、あまり長居はしない方が良い」
差し出されたハンカチを受け取り、汗の滲んだ手と、頬を伝っていた冷や汗を始めて自覚し、品の有る所作で、それ等を拭い、ゆかりへと、穏やかに退去を促した。
「そう言うあなたも優しい人ね。仕事の取材で、本物と会った事が有るのかしら?」
「彼等が本物かどうかは、分からないけどね。でも、何となく、君達は良い意味で、世間からズレていると思ったからね」
「誉めるなら、もっと素直な表現の方が良いと思うわ。それにしても……」
「気難しいだろう?」
「思ってないわよ。でも、遠くも無いわ。難題ね、と考えただけよ」
「……諦めては、くれないのかな?」
「生きて欲しいと、願ってくれる人が、本当に居ないと思っているのかしら?」
「それでも、なくしたものを追い求めるのは、そんなに悪い事かな」
「魂を捧げてでも?」
「勿論だ」
「それは、あなたが引き摺っているモノが見せる亡霊に過ぎないわ。そう思い描くから、歪んだ形で現れるのよ。単刀直入に聞くわ。彼女は、あなたを犠牲にしてでも、楽になりたいなんて、考える人だったのかしら?」
「そんな……事は」
「そろそろ、目を覚ましましょう?」
きっと彼はとっくの昔に、違う形で、彼女と同じものを抱えている。だからこそ、どうしようもない程に、彼の目は曇ってしまうのだろう。
●見料
「問答は一区切り、と言った所かな?」
「済まない。君を待たせてしまっていたね」
沈黙していた男性に、シーザー・ゴールドマン(赤公爵・f00256)が言葉を投げ掛けると、彼は気を取り直す様に軽く顔を上げ、改めて、姿を認識した。
「突然の来客だ。気にする必要は無いよ。それに、私の用は多くはないからね」
血色を連想させる赤のスーツ、何処か人間離れした、整いすぎた顔立ち、鍛えられた長身の偉丈夫、大凡、揺らぎの見えない切れ長の黄金瞳を見て、彼は、悲嘆を嘆く彼女よりも、この偉丈夫の方が、悪魔と言う物に近いと考えた。
「君がどの様に振る舞うのか、見物のついでに、彼女を排除しに来ただけでね、命の扱い方は、君が決める事だ。好きにすると良い」
男性の抱いた印象を知ってか知らずか、シーザーは続けて言葉を紡ぐ。命の主は自分自身だ。悲嘆に暮れようと、それは自身が決める事だ。目的の主眼は、彼の救出では無い事を、無慈悲に告げた。
「まあだからこそ、一つ、質問があるかな」
突然、舞台に立たされた主役に、観客が興味を持つのは当然だと言う様に、彼に問う。
「そこに居る彼女に先立たれても、君は今日まで生きてきた。何故かな?」
果たして、その活力の源が、何処から湧いてきたのか。シーザーの好奇はその一点に集約された。精緻に作られた不幸、それでも、彼は自身の意思で舞台を降りる事は無く、立ち続けた。
「死ぬ理由が無かったから? それは今もそうだろう。彼女は感情を欲しているが、命を欲している訳では無いのだからね」
一つ、逃げ道を潰される。先程の問答とはまた別の目線。結果的に廃人になって屍の様になろうと、彼女は、人命自体に興味は無い。エネルギーの補給として、最後の最後はそうなるかも知れないが、それは飽くまで副次的な物だ。
「なぜ、生きてきたのか、それを教えてくれたまえ」
動機など、男はもう、忘れてしまっていた。日々に忙殺されていたと言うのは簡単だが、それにしては失った物が大き過ぎる。どうにか、錆び付いてしまった記憶を辿る。脳裏に有る記憶はノイズに塗れていて、最早、浮かび上がるのは鼠色の砂嵐と、不確かな声ばかり。大半は意味の無い、他愛の無い物ばかりだ。掛け替えのない日常は、積もるほどに有る。
「分からないのかね。良く思い出す事だ。死んだ女より悲しいのは忘れられた女。そんな詩もあることだしね」
「忘れてなど、居ないよ……片時も」
詩人と深く関わりの有る、著名な女性画家の詩だと、男は記憶を辿りながら認識した。ざあざあと雑音に塗れて、口唇のみを映した、セピア色の古ぼけたフィルムが飛び飛びにそれを動かした。
「……たし……ね。……だから。……も、……ね。……く……って……から……やくそく」
その先をまだ思い出せず、吐き気に似た、気持ち悪さを覚えて僅かに呻く。もう朧気になってしまった、褪せた思い出だった。
「ふむ、十分かな。では、そろそろ終幕と行こう」
まるで男の懊悩を覗き見た様に、満足げに首肯して、シーザーは指を弾く。
●状況構築
「まだ掛かりそうだけど……少しは納得出来たのかしら? 早い気もするけど、一先ず動きましょうか」
シーザーが指を弾くと同時、集約され、凝縮され、展開される血色のオドが小屋を覆う。ほぼ同時、涙色の青白いインクが室内に飛散する。膨張し、周囲一体を涙の海に変えようとしたそれを、シーザーのオドが絡め取り、跡形も無く消滅させた。
「とは言え、まだ役者が揃っていないからね。手段を封じる程度にしておこうか。君は好きにすると良い」
「あなたに言われなくてもね……急急如律令! 汝は我が敵の心を砕き、抵抗の牙をへし折るものなり!」
ゆかりは、話の最中に開けたドアから外に出る。
直ぐに白一色の霊符から、愛用の薙刀を取り出し、空いた片手で軽く印を結ぶ。呪によって憑依した魂喰らいの式神の存在を示すように、鮮やかな紫色の光輝を宿す得物を、ゆかりは、軽々と片腕で横薙いだ。
一閃と共に生じた霊光が、懊悩する男性をすり抜け、背後で悲哀を紡ぐオブリビオンの意思を削ぐ。彼女から零れ落ちる涙が、紡いだ悲劇の登場人物を再現しようとするも、その悉くをシーザーの魔力が、端から消滅させて行く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
布施・命
※隠家「狸々亭」4人で参加
●方針
小屋の外にオブリビオンを誘い出す
その後すぐに撃破せず、一度攻撃を耐えながら被害者の説得を試みる
それから説得の成否に関わらず、敵への本格的な攻撃を開始
●個人行動
「この小屋をなるべく荒らしたくはない。外に出ては貰えぬか」
と、誘い出しを行う
聞き入れる様子無く、被害者も危険なら【式神使い】で式を相手周辺に飛翔させ攪乱し、被害者とオブリビオンを離す隙を作る
説得・戦闘時は被害者をわしが預かり、ユーベルコードで仲間の支援を行える範囲内で敵から距離を取る
そして仲間には回復を
被害者に対しては流れ弾から庇い、あるいは敵を庇う行動を抑える
●説得の言葉と心情
此度のような状況は幾度となく立ち会ってきた
気持ちの良い終わり方なんて当然なかった
だが、生きて欲しい。貴方が逝けば、彼女を良く知る者が逝けば、人々の記憶としての彼女も死んでしまう。それは哀しい
彼女との約束を思い出して欲しい。その約束が、今のこの状況を赦すものではないのならば、どうか彼女を在るべき場所へ還すことを、共に見送ってくれ
リンカーベル・ウェルスタッド
隠家「狸々亭」で参加
価値観が異なる相手の心を救うというのは難しすぎますね…。
ここは狭いですし、オブリビオンは猟兵を敵と認識している訳で。
いつ襲われても不思議じゃないので、外へ出ることを提案しましょう。
どうしても出ないと言うのであれば、仲間に男性を押さえてもらった上で相手を外へ吹き飛ばし。
説得が済むまで、オブリビオンに張り付いて持久戦。盾受け、武器受け、継戦能力、激痛耐性、時間稼ぎ、かばう、これら技能をフル活用して耐え忍びつつ声をかけます。
年齢が随分若返ったという話ですし、その年齢の時に何か彼女との間に大事なことがあったのでは?と聞いてみます。
そもそも今の彼女は彼が勝手に想像したもの。これは彼のダイナミック自殺であって、死者の誇りを汚す愚行に他なりません。
UCの準備はしておき、説得が出来たら容赦なく撃ち込みます。
自身の生み出した彼女をどう見送るのか、それは自分で決めて頂きましょう。
説得が無理、もしくは仲間がやられそうになったら、男性を気絶攻撃で寝かせて攻撃。
そうならないよう頑張りましょう。
更識・恵治
隠家「狸々亭」で参加
アドリブOK
先に逝った相方を想いながら、緩やかに自分の死を待つか
気持ちはわからんでもないが、果たしてそれは彼女が望んでたことなのかね?
そもそも、そこにいるのは貴方の相方じゃない
ガワだけ借りた別のナニカで紛い物だ
そんなモノの言うことに耳を傾けるのか?
仲間が男性と敵を小屋の外に誘い出すのでしばらく様子見
もし説得失敗で男性が敵から離れない場合は、少々強引だが男性を引き剥がしにかかる
また男性が敵を庇おうとするなら阻止し、近づかせない
戦闘時は基本的に銃で援護射撃
その際、味方や男性への誤射をしないよう細心の注意を払う
男性が敵に合流する心配がなければ、黒影剣を発動させつつ長剣で切り刻む
御門・儚
※隠家「狸々亭」で参加
相手を外に誘い出して、ボスの攻撃を耐えながら説得する時間を少し作るよ。被害者さんが納得してくれるかは難しいけれど、頑張る。
ボスに攻撃を始める時は、苦しい時間が少しでも短くなるように、ユーベルコードを全力で!
彼女(偽)が消えるのが見たくないなら目をつぶってもいいんだよ。
●説得、心情
……約束の記憶の手がかりになるような物が小屋の中に残ってないのかな?さりげなく周りを見て探してみるよ。
気になる約束って物書きに関すること?
苦しいばかりじゃ無かったよね?
楽しかった時のこと教えて?そこに手がかりあるかもだよ?
えとね?自分が苦しいからって死んだ人に責任を押し付けて楽になるのは、その人に甘えてるように思うんだよ。それってちょっと違うよね?
彼女に「あの世から恋人を呼んで自殺させた怨霊」とか言う都市伝説まて付けて困らせるつもりなの?
●対面
「少し遅れてしまったか。もう始まっているな」
先客二人の様子を伺い、状況を聞いた後、布施・命(非日常との再会を憂う卒業生・f35378)は、状況を理解し、頭痛で顔を青ざめさせている男性に近付いた。
「こんな姿で迎える事になってしまうとはね……申し訳ない。然し……」
「此度のような状況には、幾度となく立ち会ってきた。結果が付いてきた事など、一度も無い」
眼鏡の下で表情を僅かに曇らせ、命は彼の両肩を抱く。そうして一瞬だけ、力を込め、今も尚、涙を落とす敵を見つめ、言葉を投げ掛けた。
「この小屋をなるべく荒らしたくはない。外に出ては貰えぬか」
「君は……随分と、辛い事と向き合ってきたのだね」
遣り切れない表情、黒瞳に宿った真摯な光、言動が合致した行動と、願両手に込められた力が、祈りにも似た行動である事に、男は気付いてしまった。
自身に投げ掛けられると思わず、落涙を続けるオブリビオンは、身を焦がす痛みから逃れる為か、多くの猟兵の来訪を警戒したのか、宿主の男を抱いて、小屋の外に出る。
(思惑は分からぬな……)
「戦略的撤退と言う感じでしたけど、一先ず、誘導には成功、ですね!」
念の為、傍で控えていたリンカーベル・ウェルスタッド(ルーベル・アニマ・f01718)は、安心した様に息を吐いた。両袖に忍ばせていた短剣の柄から、指を離す。
「流石に、宿主は簡単に手放さないか」
更識・恵治(軽装甲戦闘猟兵・f35487)は、愛用の自動小銃の弾倉を物陰で交換し、軽い手入れを行いながら、経緯を見守っていた。
「任せるよ?」
その隣で、御門・儚(銀雪の梟(もりのふくろうちゃん)・f35472)は小屋から出て行く影と入れ違う様に、仲間達に告げてから、中へと足を踏み入れた。
「任された」
「暫くは此方で持ち堪えますよー、ご安心下さい」
恵治は了承の意を短く伝え、立ち上がり、小屋の入口を塞ぎ、リンカーベルは率先して森中に出た敵を追う。
「何度向き合おうと、慣れる事は無い。さあ急げ、それ急げ。友の頼みを、聞いてはくれまいか」
霊符を口元に寄せ、呪を紡ぐ。囁かれた紙片が、螺旋を描いて宙を舞い、虚空に染み出す墨が、ゆっくりと輪郭を描き出す。白黒で浮かび上がる曖昧なそれが陽気に動き、宿る意思が自身の色を補完する。
角の取れた丸っこい狸の式鬼は、召喚されると同時に、目の前で忍者の様に印を結ぶ。既に呼び出されていた狐の式鬼が寄って来るのを見て、嬉しそうに元気良く手を振った。
「早速で悪いが、彼女から、宿主を引き離せる様、隙を作って欲しい」
2体の式鬼は命の考えを理解し、確りと頷いて、空を切って森中を駆け抜ける。
●家捜し
小屋中の通電はまだされていないのか、開け放たれた扉と、窓から差し込む陽光のみが、部屋中を照らしている。儚は、俄に埃の積もる、机があるだけの、簡素な部屋を見渡した。
一目で目に付く物は無かったが、外観と同じく、長期間放置されている様には全く見えない。彼自身かどうかは分からないが、少なくとも、良く気に掛けていた事が見て取れた。
「……封を切るのが怖いのに捨てられないとか、サプライズとか狙うなら、この辺だよね?」
或いは儚自身も経験が有るのかもしれない。机下を手で探ると、木とは違った柔らかな触感を見付け、覗き込む。張り付けているのでは無く、金具で固定された、宛名の無い封筒。
「うん、有ったよ。扱いは任せるね?」
儚は探索を切り上げ、符を通して仲間達に意見を仰ぐ。封筒の扱いは、命に預ける事にした。
●救出
オブリビオンは変わらず、落涙を止めず、男をかき抱いて悲劇を謳う。散らかる言の葉は美しくも儚く、決まり切った結末に踊る。
かき抱く腕に、言の葉を綴り、制御する器官を、デフォルメされた狐が宙を駆け、引っ掻いて、じゃれる様にかじり付く。同じく、デフォルメされた狸が見た目とは裏腹の怪力で、細い片腕を拘束し、掴み掛かる女性と楽しそうに組み合いを始める。
「それでは、救出と行きましょう」
その間に、抱かれていた男を狐が剥がし、近くに居たリンカーベルが担ぎ、命の元まで連れて行く。追おうとするオブリビオンを、狸が食い止め、隙が有れば、牙を立てる。
「君は、そう本意では無いのだろう……?」
「あ、心外ですねー。私は歴とした聖職者見習いです。身投げする様な方を、放って置ける訳ないでしょう。死者にも誇りは有るのです……先に来ていた方にも言われたでしょう、愚行ですよ?」
「手を伸ばせば、届いたんだ」
「……今の外見って、随分と昔の時の物、なんですよね? 貴方にとって、とても大事な出来事、有ったのでは無いですか?」
価値観が違う人物の心を救うのは、ほとほと難しいと、戸惑いを含んだ溜息。担ぐ背から聞こえてきた、絞り出すような声に、正論、聖職者の言葉にも、きちんと耳を傾けていることは、リンカーベルにとって、救いだったと言える。
「本当に、昔の事だからね……」
思い浮かぶ励ましは、どれもこれも気休めばかりだ。これに関しては、彼自身でどうにかして貰う他ない。
「無事、奪還成功です。今は命さんの式神が抑えてくれていますので、すぐに折り返しますね!」
「有難う。彼の事は予定通り、此方で預かる。儚も合流だな。時間稼ぎ、宜しく頼む」
「役割や指示が確りしてると、動きやすくて助かりますねー」
「でもまあ、行く前にちょっとねー。約束って物書きに関すること? 苦しいばかりじゃ無かったよね? 思い出したら、思い出した分だけ、楽しかった時の事、此所に居る誰かに喋ってみて。そこに手掛かり、有るかもだよ? もうちょっと言いたい事も有ったりするんだけど、そっちは時間稼ぎながら、ね」
軽い感じで手を上げて、儚はリンカーベルと共に、進んで前へと躍り出る。
●陣構え
「さあ癒えよ。それ癒えよ。元気になれば足も自然と軽くなる」
周囲一帯に陣を敷き終えて、呪を紡ぐ。淡い霊光によって描かれた五芒星が界を区切り、味方の肉体のみを賦活させて行く。
「わしはただ、貴方に生きて欲しいと願っている。貴方が逝けば、彼女を良く知る者が逝けば、人々の記憶としての彼女も、死んでしまう。それは……哀しい」
忘れ去られる事が、何よりも哀しい事だと、彼に語り掛けた。それはきっと、誰よりもこの世界の歴史の影で戦って来た者達が良く、理解している事だ。学園での出来事を共有出来るのは、学園で所縁の有る者達だけだった。今も、この事件を解決したとして、彼が覚えていられる保証は無い。
「今日までずっと、無かった事にはしなかった。だから、約束を思い出して欲しい」
強く何度も願い、乞われて、男は、朧気な記憶の海に潜り、褪せた色を思い返す。その時は本当に、何でも無い日だった筈だ。夕暮色に染まる、放課後だった。
あの本が良かったとか、こう言う表現が良かったとか、あれは下らないし、それは好みでは無いと、全て同じでは無かったし、不満として口に出すのも、日常だった。互いの作った物語の話になると、何方も全く容赦が無くなるのは、いっそそう言う物だと、何方も笑い飛ばした。そんな日々に差し込まれた、何の変哲も無い、小さな告白だ。
「私……ね。好……だから。でも……とね。躓く……って。有ると思うから、約束」
小指を結ぶ。当時は熱情の儘、針千本どころか、閻魔に舌を抜かれても良いと、考えた覚えが有る。
(いや、今もきっと、変わっていない)
それは何よりも、己が己自身で有る証明だった。
●時間稼ぎ
「それじゃあ、張り切って時間稼ぎですよー!」
「張り切らないとダメかな?」
「盾役ですからねっ、と」
式鬼達が丁度振り払われ、オブリビオンは青白いインクを周囲に振り撒く。だが、目論んだ涙の海は、周囲一帯を包み込む血色の魔力によって霧消する。リンカーベルはそれを把握すると、距離を詰める。小回りの効く二振りのダガーと、腕に装着した盾で、徹底的に防御を固め、密着距離で武骨とも言える剣術で、敵に正面から分かり易く重圧を掛ける。
「うわー地味にいやらしい……殴っても退きそうにないと、怖いんだよね」
のんびりと闘法を観察し、自身は遠間から、目標の挙動を見極め、四肢の挙動を低電圧、軽度の麻痺毒を付与した鞭で器用に絡め取り、注意が此方に向きそうになれば、歩法と体術ですり抜け、リンカーベルの時間を稼ぐ為の攻撃を徹底的に補助していく。そうしている間にも、手が空いた式鬼にリンカーベルは通信符で助力を乞い、四方に十字の刻印を刻んで行く。勿論範囲からは逃さない様に時には背後に回り、儚と合わせて、突進を当てて押し戻す。
「えとね? 自分が苦しいからって、死んだ人に責任を押し付けて楽になるのは、その人に甘えてるように思うんだよ」
鞭を自在に振るい、森中を滑るように移動しながら、時折、枝から枝へと次々に鞭を巻き付け、猿の様に高所を行き交いながら、彼が目を逸らしている事を指摘していく。
「それって、ちょっと違うよね?」
本人すら盲目となりがちな、半ば無意識的に根付いてしまう被害者としての意識。誰かの所為と咎める訳でも無く、ただ嘆くだけ。貴方が逝ってしまったから、こう考える様になってしまったのだ、と。
(そう考えると、良く似てるんだよね)
「ねえ、彼女に ”あの世から恋人を呼んで自殺させた怨霊” とか言う都市伝説まて付けて、困らせるつもりなの?」
そんなことは本意では無い筈だ。起こってしまっている事実から、目を背けないで欲しいと、儚は呼び掛けた。
男は、聞こえてきたそれに、黙したままだった。聞いた表情から、呼び掛けと真摯に向き合っているのが分かり、儚は少しだけ、笑みを深めた。
●ともがら
「先に逝った相方を想いながら、緩やかに自分の死を待つか。気持ちはわからんでもないが、果たして、それは彼女が望んでたことなのかね?」
戦闘の本格化の報せを受け、恵治は愛用の自動小銃と無骨な長剣を提げ、同意と疑問を同時に口にした。
「そもそも、そこにるのは貴方の相方じゃないだろう? そんなモノの言う事に、まだ耳を傾けるのか?」
表情を読み、返事はそう遠くない内に返って来るだろうと考え、恵治は闇色を纏い、静かに地を蹴った。
(彼女の……望み?)
「君が好きな様に、私もね。好きだから、でもきっと……躓く事だって有ると思うから」
懐かしい声音だった。鮮明に思い起こされる。記憶では無く、想いとして刻まれた、他愛の無い、遠い日の約束事。夕暮色の空の下、幼いなりに現実と向き合って紡がれた、遠い未来への展望。
「 一緒に居られなくなっても、どうか、沢山の物語を紡いで下さい。貴方の紡ぐ物語が大好きな、私の心からの願いです。破ったら、針千本、だからね?」
心に留め、何時の間にか忘れていた、当たり前の約束。
彼が愛して、彼女が愛していない道理など、何処にも無い。そうで無ければ、長く連れ添うことなど不可能だ。どんなに壊れても、彼女の作品を彼が愛した様に、どんなに壊れても、彼の作品を、彼女は最期まで、愛していた。
(そう、か)
だから彼は、生きて来た。愛した人を失って、心に穿たれた空洞も、残された者の失意と絶望も、全てを抱え、熱情と意思を絶やさず、今日まで生きて来た。、
(まだ、彼女に甘えてしまっていたのか)
あれは魂の残り香に宿った、自身の破滅願望と絶望と、失意によって編み出された空想なのだろうか。
(全てがそう、と言う訳では無いだろう。書き出された作品は、悲劇では有ったが、紛れもなく彼女の作風だ。満足に成仏させてもやれないとは……本当に、甲斐性が無い)
「彼女には、甘えてばかりだったね。今更、頼める事でもないが、還す為の手伝いを、願い出ても、良いだろうか……」
「良かった。それじゃあ最期。消える瞬間にね、辛かったら、目をつぶっても、いいんだよ」
●シルバー・レイン
銀の雨は悲劇の訪れ。人ならざる者と、邂逅の前触れ。
銀の雨は戦いの訪れ。人ならざる者の、襲来の報せ。
銀の雨は、忘却の足音。人々は全てを忘れて、日常(常識)に帰る。
誰のことも、覚えていない。
世界の端で描かれた、悲しい悲しい御伽噺。
「主よ、憐れみたまえ。恐るべき御稜威の王よ、慈悲の泉よ、その大いなる光をもって、この魂をお救いください――マグヌス・ハスタ・ルーキス」
リンカーベルの解放の言葉と共に、周囲を覆う様に仕掛けておいた十字印が淡い光を宿し、法陣を描く。上下左右から構成された数多の光槍が、敵に収束して放たれ、全身を串刺しにし縫い付ける。
「好機だな」
恵治は縫い付けられた敵の背後から、長剣を薙ぐ。一刀の後、落涙から形成された登場人物達が、差し違えようとするのを経験と勘で読み切り、片端から剣閃を重ね、身体の切られた感覚を置き去りにした鋭利な軌跡が無数に描かれ、後に断面から崩れ落ち、光となって消えて行く。
「いや、ハーレムじゃあるまいし」
多人数から痴情の縺れや複雑な人間関係を構築され差し違えられる展開に思わず、儚は真顔を晒しながら、炎を纏わせた拳で、腹部を的確に抉る。肉の焼け焦げる音と共に、骨の砕ける嫌な音と、内蔵に打撃を与えた確かな手応え。悲嘆も、落涙も消えて、銀の雨が降りしきる。
「今度こそ、安らかに眠っておくれ。それから、少しの間でも、会えて嬉しかった……有難う」
彼は若い姿の儘で、胸に手を当て、黙祷する。運命の糸症候群はまだ、完治していない様だ。
大成功
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第3章 日常
『今日は観光日和』
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POW : ご当地グルメを満喫する
SPD : 街中や自然の中を散策する
WIZ : 神社仏閣を巡ってみる
👑5
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●こわれもの
「どうすれば、良かったんだろうね」
無縁仏の前で手を合わせ、男は独りごちた。事件を終えても、あの日までの道程に、後悔は募るばかりだった。彼は、この場で初めて、他人に心情を吐露したのかも知れない。
「あの時は、残された手紙を見る勇気も無くてね。怖かったんだ」
あの時、彼女だけでは無く、自分の心も、砕けていたのではないか。彼女が居なくなる直前に、もっと上手く言葉を掛ける事が出来ていれば、この様な未来は無かったのではないか。穿たれた空虚を後悔で繕い、解れた当て布の隙間から、乾いた風が寂しげな声を上げて、心をどうしようもない程、削り取る。記憶と共に風化して、残っていたのは、約束の一欠片。
「悪い事ばかりでは無かったよ……だから、あの日のことを知りたいとは思う」
サイレンの鳴り響く現場で、肉親では無い彼に、詳細な事情が説明される事は無かった。遺骸が見つからなかったのにも関わらず、彼女は行方不明として扱われる事は無く、死亡だと断定されていた。
「あの日もね、銀の雨が降っていた気がするんだ。君達は、何か知っているかな。認知を歪ませたり、記憶を曖昧にする様な現象なのかも知れないと、推測は出来るが。だとしたら、事が済めば、誰にも口外は出来ないだろう? 良ければ、もう少し付き合ってくれないか」
国内で有れば、好きな所に行ける資金を出すと告げて、丁寧に頭を下げた。
●状況進行
猟兵達は未だ運命の糸症候群に羅漢したままの彼を治す必要が有る。今のままでは、彼自身も、以降の生活に支障を来すだろう。
一彼が抱えているものは二つ、擦れ違いの末に彼女を救えなかった事の後悔と、その結果、彼女が去ってしまった日への執着となる。
一つ目は、思ったままの言葉を掛けるのが良いだろう。特に無い場合は、彼が手紙を開ける様に、手を尽くすのが良い。
簡単に思い付く事は、思い出の場所を彼と共に巡る、等だ。また、飲食を始めとした娯楽や、会話で純粋に交流を図るのも良い。資金は、彼が礼代わりとして提供してくれる。
また国内であれば、ちょっとした小旅行程度ならば許容してくれる。行きたい場所が有るならば、提案してみるのも良いだろう。
二つ目、銀の雨が降っている場所で彼女は亡くなり、遺骸は見つかっていない。銀誓館学園にコンタクトを取り、資料を漁れば該当の事件について、調べは付く筈だ。これを機に、足を運んで見るのも良いだろう。
(※シルバーレインのコンテンツ【図書館】【依頼(履歴)】等とは全くの無関係です。其方を探る必要は有りません。念の為)
最期に、彼が口外する事は無い。判明した真実を告げても、全てが終わった後、彼は程なく、今回のことを忘れてしまう。その事を、どう捉えるかは猟兵個々人によって違うだろう。また、忘れ去ったとしても、全てが無かった事になる訳では無い事を、留意して欲しい。
猟兵は各々の解答を示す様に、行動を開始する。
村崎・ゆかり
理不尽な話よね。示された道の先は行き詰まりのどん詰まり。八方塞がりだった。
人の世は、楽園でも極楽浄土でもないから、理不尽なことだって起こる。
もう一度言うわ。これは理不尽なこと。
でも、世界の理不尽に普通の人は何も出来ない。だから、あなたが彼女を救えなかったのも仕方のないこと。
今回見聞きしたことを未来の自分に宛てた手紙にして、彼女の遺した手紙も同封しておくのはどうかしら?
これだけのことがあっても、あなたは遠からず今日の出来事を忘れてしまう。それなら未来の自分に手紙を出して、その時、彼女を忘れたあなたにその残された手紙を開けてもらいましょう。
手遅れもいいところだけど、今回は先手の打ちようがなかった。
シーザー・ゴールドマン
ふむ、彼女に何があったのか知りたいかね。
まあ、そうだろうね。
当時の資料は銀誓館学園にあるだろう。
私か、誰か猟兵が同伴すれば調べられるだろう。行くかね?
君も察している通り、それを覚えておくことはできないだろうがね。
(後悔と執着に関しては特に関与する気がない。それらの感情は別に悪いものではないというのがシーザーの考え。後悔に沈み、過去に執着しつつ生きるのも一つの人生だろう。件の彼女がそれを望んでるとも思えないが、彼女の望みを叶えるのが男の人生でもあるまい)
ただ、君が彼女を尊重したいのであれば手紙は読むべきだろうね。
何せ彼女の考えを知れるかもしれない今となっては唯一の手掛かりなのだから。
布施・命
隠家「狸々亭」で参加
わしは手紙を開けて貰うのを最大の目的に
被害者の体調や疲れは気遣いながら、不要な言葉となるものは口にしない
叶うなら、彼が周囲を気にせず感傷に浸れる場所で見守りたい
彼の思い出の地が見渡せる、高台の公園等があれば是非そちらで
なあ世界結界よ。どうか、どうか彼らの約束だけは奪わないでくれないか、とは、都合が良すぎるかね……
●彼女が去った日のこと
メンバーに名案ありとのことで、任せたい
必要となれば、元能力者として銀誓館学園に問い合わせるよ
●かける言葉
推測の正否は言えないが
きっとその現象は、手紙の存在をも忘却の彼方へ追いやって不思議ではないものだ。心の隅で遠ざけたいと燻れば尚更。だからこそ、今の内に。忘れてしまう前に勇気を出して手紙を開いて欲しい
強い想いは良かれ悪しかれ、何らかの形で残る。あの日の違和感を覚えている、それが証拠だ
その手紙が、あなたの後悔を解く切っ掛けに。そしてあの現象ですら引き裂けない絆の証となることを願う。
もしも答えが出なければ、出るまで前に進もう。それもひとつだ
リンカーベル・ウェルスタッド
隠家「狸々亭」で参加
事の全体像は銀誓館の資料を確認しないと分りませんね。
会話や食事、調べ物にお付き合いした後、話を切り出します。
資料にない事やその時の彼女の言葉等は、現場と日時が分れば私が教えることが可能と提案。調べた資料でその辺りは分るでしょう。
後は現場で事件の瞬間が視えるまで、自分にUCを使用。
場面を確認できたら私が言葉で伝えるか、本人が望むなら視れるようUCを使います。
この世界の一般人が視たらキツイ内容でしょうし、愛した人であるなら尚更でしょうから、私としては気が進みませんが。
言葉で伝えるなら酷い表現は避けて伝え、彼女の言葉があればそれは確実に伝えます。
これが手紙を読む切欠になればいいのですが。
あなたが私たちのことを忘れても、あなたが歩み出した事実は変わりません。
いつか読ませて下さい、これからのあなたが綴る物語を。
その日を楽しみにしていますね。
最後にせめて彼女へのレクイエムを。
宗教は違えど、死者への祈りは同じ筈ですから。
主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください――
更識・恵治
隠隠家「狸々亭」4人で参加
手紙は彼に読まれなければならない、と個人的には思っている。
その人のことを誰も思い出さなくなった時、人は完全に死亡する、みたいな言葉があった気がするが……さて正確にはどうだったか。
一つだけ言えるのは、その手紙をこのまま読まなかったら、銀の雨の影響で彼女の最期の想いは誰にも知られず消えることになる。俺達以外貴方を含めて誰にも、だ。
それは、彼女にとっても貴方にとっても本意ではないだろう?
それと、彼女が亡くなった日の事は銀誓館学園OBという立場を利用し、学生時代の伝手とスマホを駆使して情報収集しておく。便利な世の中になったものだ。
無論、彼が望むなら情報は提供するつもりだ。
御門・儚
【狸々亭】で参加
【心情】俺個人としてはね?手紙を開くのは別に今じゃなくてもいいのかなとか思ったりもするんだ。
君の痛みは君自身の物で俺たちは想像するしか無いものだから。
それでも君が望むならお付き合いするよ。
【行動】ごく最近の記憶から始めて遡って行くように思い出せる場所を廻ってみよう。
何だかこれって、若返って行くみたいで運命の糸症候群の追体験て感じだよね。
その観光中に、も少し彼女との思い出を聞いて行こう。あと、君の事も。上手く最後(or最初?)に彼女にあった場所に行けたなら聞きたい事があるんだ。
もしかしてさ…君は引退した能力者だったのかもねって。
でもこれは確証も無いから言わないかも。
その場合は皆の後ろで地味に色んな名物をモシャモシャ食べる係に徹するよ。
●摺り合わせ(戦闘終了後)
「加勢の必要は無かったみたいね」
送り返されたオブリビオンを見て、薙刀の刃を下げ、残心の動作を終わらせ、村崎・ゆかり(《紫蘭(パープリッシュ・オーキッド)》/黒鴉遣い・f01658)は、集まった4人に声を掛ける。
「此方の世界の能力者、いや、来訪者と呼ぶべきかな。流石に、手慣れているね」
「……あたし達と何が違うのよ、それ?」
「まあ、似た様な物だよ」
近くで様子を伺っていたシーザー・ゴールドマン(赤公爵・f00256)が、意味深な言葉を呟き、ゆかりは怪訝な表情を浮かべ、率直な疑問を口にした。返答は、更に疑問が深まるばかりだ。
「銀誓館学園に行けば、分かることさ」
「そう言えばまだ、先輩方にお伺いしていない部分が色々有りますねー。勿論、今は彼のことが最優先、ですけれど」
リンカーベル・ウェルスタッド(ルーベル・アニマ・f01718)は、事の全体像の調査のついで、時間が許せば、彼等の素性について資料を漁る事も視野に入れた。
「血色のスーツか。その自然体もだが、良い趣味をしている。ま、そっちは今の言葉が全てだろう。それ以上でも以下でも無い程度の情報しか出て来ないと言っておく」
更識・恵治(軽装甲戦闘猟兵・f35487)はリンカーベルの思考を読んで釘を刺し、シーザーを一瞥する。何となく、どう崩せるかを思考し、初手から数十パターン程考えた所で面倒になって切り上げた。
「お褒めに預かり光栄だよ。君の様に実用性を重視した装いも、好ましいがね」
目立たない色で染め上げられた実用性一辺倒の上下、恵治の装いは、戦場を思い起こすのに十分な要素が揃っている。
「二人には取り敢えず御礼をしないとね。最期までフォローの準備とか、合わせてくれて、ありがとうだよ」
本当に久し振りだったしね、と付け加えて、御門・儚(銀雪の梟(もりのふくろうちゃん)・f35472)は、のんびりとした口調でシーザーとゆかりに、軽く手を振った。
「どういたしまして。一段落だけど、まだ終わって無いのよね」
「あの様子ではな」
黙祷を終えた後、ふらりと無縁仏の方へと歩みを進めるのを見て、布施・命(非日常との再会を憂う卒業生・f35378)は一度、彼と距離を取り、仲間達と合流した。
「今回は世話になった。出来れば縁は大切にしたい。名を聞いても、良いだろうか?」
命の提案に、断る理由も無く、皆は軽く自己紹介を済ませ、改めて、手を合わせている彼の元に向かう。
●時々の、どうしようもないこと
「理不尽な話よね」
無縁仏の前で独りごちていた彼に、声を掛けたのはゆかりだった。
「示された道の先は行き詰まりのどん詰まり。八方塞がりだった。人の世は、楽園でも極楽浄土でも無いから、理不尽なことだって起こる。世界の理不尽に人が抗うには、あまりにも大きいの。だから、あなたが彼女を救えなかったのも、仕方の無いこと」
人生を歩んでいれば、誰しもが感じるものだ。どうでも良い事にすら、時に理不尽は付き纏う。
「もう一度言うわ、これは、理不尽なこと」
一個人でも、或いは、何人居ても、抗うのは難しい。一人で背負うには身に余る。
「そう、か。どうしようも、無かったのだね」
「あなたなりに、手は尽くしたんでしょう。それ以上の薬なんて、何処にも無いわ」
「……ありがとう」
優しい言葉だった。燻っている感情が、遠退くのを自覚した。恐らく、この物語の結末は、どの様に振る舞っても、変わることは無いのだろう。
「ふむ、知りたいかね?」
顔を曇らせ、口を噤んだのを見て、シーザーは僅かに首肯した。彼がどの様な道を選ぼうと、それもまた、一つの在り方だ。例え、それが、くすんだ様な色合いでも、芸術性を見出す事は出来る。
「そうだろうね。当時の資料は銀誓館学園にあるだろう」
黙ったままの彼を、黄金の瞳が見据える。魂の底まで鑑賞されている様な錯覚を覚えながらも、不思議と、目線を逸らす事は出来なかった。
「来るかね?」
手を差し伸べられた様な問い掛けに、言葉を失ったまま、男は確かに、頷いた。
「決まりだね。それじゃ、少し寄り道しながら行こうか。君の事も、彼女の事も知りたいからさ?」
儚の提案は、直近で思い返せる場所から二人で過ごした場所を巡って行こうと言う単純な物で、柔らかな雰囲気に、緊張を解して、彼は提案を受け入れた。
●ピックアップ
「……ああ、暫くしてから命と一緒に其方に出向く。事件としてはリビングデッドになった作家の女性だ。処理の際に男が一人、立ち会っている。これだけで絞れるか? ある程度絞れれば、後は此方でどうにかする。それから、彼の社会生活に支障が出ないよう、担当やら出版社やらにフォローを頼む」
皆のやり取りの間に、恵治は銀誓館学園のOBという立場を利用し、伝手を頼り、手早く携帯端末で諸々の申請を終わらせた。
「便利な世の中になったものだ」
端末に順次送られて来るデータに暇を見付けては目を通し、情報の絞り込みを続けて行く。
●巡り始め
「直近からと言えば、この小屋からだね」
辛い事も多かった場所だったが、此所は彼が知人から借りている物件らしい。
「不便な場所で、借りる人も居ないから、物件の管理を小まめにしてくれるなら、安くても構わないと言われて、借り受ける事にしたんだ。作業に集中するには丁度良かったんだ。今はもう、使っていないから、気分転換を兼ねて、手入れをしに来たりする位だね」
何よりも、彼女が好きな環境だったと語って、制作を協力して行った時の事を幾つか語ってくれた。修正事項を上げ過ぎて、割と本気で頬を叩かれた事も有る。憔悴していった時も、彼女が修正をしてくれていた事も有った。
「色々が詰まっている場所だったから、ささやかだが、此所でも弔う事にしたんだ。さて、街の方に戻ろう」
蔦に絡まれた、脇道のバス停をで、日に数本通るバスを捕まえて乗車する。高齢の運転手が、のんびりとハンドルを操作しているのが分かる。
「バスに揺られている間は、大抵二人とも、物語のことばかり考えていたね。騒がしくする訳にも行かないから。偶に気遣って、飲み物を渡したりしていたかな」
「青春ですねえ。こう言うのって情緒は有りますが……」
「誰かと語らいながら、乗り物に揺られる時間というのは、一寸した贅沢だろうね。機会が有るなら、大切にね」
「その意見には同意しよう。旅行の楽しみの一つだからね」
シーザーが同意したことに、少々驚きながらも、彼は穏やかに微笑んだ。森中の曲がりくねった細い道路を、緩やかな速度でバスが走る。
●喫茶店
街中の駅で下車し、付近に有る和菓子屋のどら焼きを人数分買って手渡した。さらりとした、良く練られた漉し餡と、ふんわりと焼かれた生地は、飽きが来にくい良い味だ。
「これは何方が?」
「これは私が良く食べていたね。今でも好きだよ。彼女は良く、呆れていたね」
差し入れる頻度が高くなると、またそれかと呆れていたのを、今でも良く思い出せる。
「少し歩こう」
彼女との思い出の場所は、実はそう多くない。殆どが他愛の無い場所ばかりで、遠くに行くことは、そう多くなかった。今も変わらない馴染みの喫茶店に立ち寄る。
「好きな物を頼むと良いよ」
木製造りのカウンターと、黒飴色の丸テーブル。店主が好むジャズが、店内で静かに響いている。店主が置いたメニューには、パスタやグリルなど、上品な物が並ぶ。ドリンクメニューも、珈琲豆の種類やブレンドが豊富で、紅茶もそれなりに種類が揃っている。
「先程頂いたばかりだからね。紅茶だけに留めておこうかな」
「あたしも飲み物だけで良いかしら……葡萄ジュースにしておきましょう」
「少しお腹に詰めたいですねえ……鶏肉のグリルを頂きましょうか。先輩方はどうされます?」
「纏めて同じ物にしておこう」
「一緒に提供してくれそうだしね」
「それで構わない」
オーダーを通し、料理を待つ間に、命は宛名の無い封筒を差し出した。
「持ち出していたのだね……」
「それについては謝罪しておく。勝手に持ち出してしまって済まない。だからこそ、返却の機会を伺っていた」
「ああいや、持ち出したことを、咎める気は無いんだ……此方こそ、済まないね」
頭を下げた命に、男は慌てて訂正した。
「俺個人としてはね? それを開くのは、別に今じゃ無くても良いのかなとか思ったりもするんだ」
「わしは、開くべきだと考えている。あなたの推測した事の成否は伏せるが、その現象は、手紙の存在をも忘却の彼方へ追い遣っても、不思議では無い物だ。遠ざけたいと燻れば尚更。だからこそ、事が終わるまでに」
「だけどね、君の痛みは君しか抱える事が出来ない物で、俺たちは想像するしか出来ないものだから」
思い人は儚にも居るが、その様な別離は経験していない。彼女の心境も、彼の無念と執着も、実感を伴って猟兵達の心を抉る事は無い。
「一つだけ言えるのは、そのままにしておけば、彼女の最期の想いは誰にも知られず、消えることになる。俺たち以外、誰にも、だ。それは、彼女にとっても、貴方にとっても、本意では無いだろう?」
恵治が投げ掛けた所で、ランチメニューが運ばれて来る。男は静かに言葉を聞き入れながら、頼んだサンドイッチに手を伸ばした。
「……折衷案だけど、今回見聞きした事を、手紙に認めて、彼女の手紙を同封しておくのはどうかしら? 未来の自分に任せるのも、良いと思うのだけど」
「まあ、彼女を尊重したいのであれば、読むべきだろうね。今となっては、彼女の考えを知ることの出来る、唯一の手掛かりだ」
「ま、ちょっと難しい話ばかり続いちゃったけど、此所も、思い入れのある場所だよね。食事の間、聞かせてくれない?」
「……そうだね。良く来て、一緒に食事を摂っていたよ。食事の時も、殆ど話題は変わらないが、調子が悪い時は、進んで此所に行かないかと誘うと、調子が戻り易かった。互いに好きな場所だったよ。逆を言うと、他は本当に、ささやかな物ばかりで、思い付く場所が、あまり無いんだ」
ゆっくりとサンドイッチを口に運び、手を拭ってから、丁寧に頭を下げ、手紙を懐に入れた。
●小さな幸福
他愛の無い思い出を欠片でも良いと巡る。愛用していた物品の小売店。良く巡った本屋、欠片が徐々に縫い止められて、はっきりと記憶が形を為す。色褪せた記憶のフィルムが補完され、随分と鮮明になった。
「最後に残しておいて良かったね」
今も学生が通う校舎を遠目に眺め、教室、部室、図書館にアタリを付け、長く思えた学生時代を細かに思い出す。有ったこと、やり遂げた事、彼女と共に歩めた、小さな幸福を。
「長く付き合わせて、済まないね。銀誓館学園へ向かおうか」
●銀誓館学園
「先行で調査して貰った。ある程度まで絞れたが、後は、あなたの協力が必要だ。要は、彼女の生前の人相だな。時期の候補が有るが疎らだ。基本的には総当たりを頼みたい」
普通の学校と変わらないが、生徒達は今も遽しい。卒業生の中でも教師を務めている命には声を掛ける生徒も多かった。絞られた資料を受け取って、資料室の中で該当事件を洗い出す作業となった。
必然的に手の空いた猟兵達は、それぞれ銀誓館学園を見て回ったり、個々で気になる事柄を図書館で閲覧する。
彼はこの手の作業に手慣れており、予め絞り込まれた資料から、特定に然程、時間は掛からなかった。学園創立前、1996年以前、90年代に起こった事件。丁度、能力者連続殺人事件が頻発した時期と重なっている。
「大雑把に年齢を考えても、やはり、その辺りか」
事件概要は創立前という事も有り、単純な物だ。ただし、記述は自害による変異では無く、明確に、他者による意図的な変異、つまり被害者として扱われ、記述されている。
「……これは」
「知る方法は、あります。ですがそこには、目を背けてしまいたくなる様な、凄惨と悲痛、悪意に満ちている可能性が高いです。それでも、知りたいですか?」
声を漏らした彼が持った資料を覗き込み、リンカーベルは内容を読み、彼が動揺した理由を把握し、己の出来る事を提示した。
「……お願いするよ」
「分かりました。それでは、書かれた現場に向かいましょう」
●追体験
「と言う訳で、忘れなイタチさん、出番です」
イタチの妖怪が描かれたメダルを取り出し、リンカーベルは、自身の額に張り付けた。道中に、今から起きる事象は説明を終えている。メダルを張り付けた対象に、指定された日付の、過去の事象を見せる。彼は真実が見れるならばと、追体験を了承した。
脳裏で風景が急激に遡行し、当時の面影を残した風景が拡がって行く。行き場を無くした、と言うよりも疲れ切ったと言う印象が強い、顔色の悪い女性が、吐き気を抑える様に口元を掌で覆い、歩いている。目的は分からないが、高層建築の屋上を目指していた。
時折苦しそうに嘔吐くが、身体は少々痩せすぎている位で、健康体だった。心因性の吐き気だろうと、簡単に予測が付く。
救いを求める様な歩みの果て、屋上に辿り着き、彼女はどうにか息を整えて、安堵の溜息を漏らした。墨色の空の一面に輝く星月夜が、彼女の瞳に少しだけ光を取り戻させ、すぐに表情が曇る。
「すぐに……る、ら」
何時も側に居てくれて、支えてくれた彼に甘えてばかりな自分が嫌だった。心の無い言葉を何度も吐いて、辛くても笑顔を浮かべる彼に、惹かれてばかりで、何より、彼が綴る物語は今でも大好きだった。だから、どうしようもなく壊れてしまった心を持って、少しだけ、あの温かい人から、離れていたかった。何時までも、彼の負担になるのが嫌だった。森中で葉の擦れ合う音も、夜中に響く鈴虫の声も、一面に拡がる色取り取りの木々も、心を癒やしたが、今日は澄んだ星月夜に身体を預けていたかった。
彼の方が器用だなんて、当たり前のこと、誰に言われずとも、自身が一番良く知っている。それでも、弱い心は軋んで、歪んで、ぎぃぎぃと悲鳴を上げて、驚く程呆気無く、砕けてしまった。何時もと違う時間が欲しかった。
「か……る、か……」
情けなくて、ふと涙が溢れた。彼はあんなに強く居てくれたのに、どうして、自分はこんなに弱いのだろうか。もしかしたら、居なくなっても、困る事など無いのでは無いだろうか。支離滅裂な感情に気持ち悪くなって、胃液が込み上げた。彼の傍に居たいと思った。彼が忘れてしまえば良いと思った。彼に覚えていて欲しいと思った。彼に、同じ思いを抱いて欲しいと思った。箍が外れた感情がばら撒かれて、残った冷静さで、悲しいくらいに壊れている事を自覚してしまう。おかしかった。
「叶えて上げる」
無邪気に嗤う誰かの声がとても甘やかで、最後に、壊れた心が会いたいと悲鳴を上げた帰りたいと涙を零した。悲しさばかりが溢れて、銀の雨が降り注ぐ。この世界で求めたのは、優しい人の心だけ。
(ゼンブ……ゼンブ……チョウダイ)
「……助けられなくて、ごめん」
誰かの悔やむ声と共に、彼女は終わる。
それでも、リンカーベルに伝わるのは、息絶え絶えの彼女が、何者かに襲われ、変質し、当時の能力者に討伐された。それだけだ。悪意によって歪められた事だけは、彼女の表情変化から察する事が出来るが、最後の能力者に至っては、情報すら曖昧で、何者か判然としない。
事前に了承を得た彼に、妖怪メダルを張り付け、追体験を行わせると、彼は顔を青ざめさせながらも、彼女の行動の意図を理解して、少しだけ安堵した。
「空が、見たかったんだね……そうか、そうか……」
「強い想いは、良かれ悪しかれ、何らかの形で残る。あの日の違和感を覚えている、それが証拠だ。その懐に抱えた手紙が、あの現象ですら引き裂けない絆の証になることを、願う」
命は、理屈や真実を知っていても、世界を覆うそれに約束を奪うなと、訴えずにはいられなかった
「最後です。あなたが私たちのことを忘れても、あなたが歩み出した事実は変わりません。いつか読ませて下さい、これからのあなたが綴る物語を。その日を、楽しみにしていますね」
「君達に、心からの感謝を。御陰で漸く、遠かったあの日に、手が届いた」
静かに、宛名の無い封筒が切られ、白い便箋が顔を見せる。
●置き手紙
愛する君へ
一杯当たってごめんなさい。我慢強く聞いてくれる優しい君の事を、誰よりも愛しています。どんな言葉も受け止めてくれる君に甘えてばかりで、後悔ばかりが募る日々でした。私の作品が大好きだと言ってくれる、君が見せてくれる原稿は、私にとって、お店で売られているどんな宝石よりも価値のある、掛け替えの無い物でも有りました。
大好きな作品に関われる時間は、至福の時間でも有りました。
それなのに、君の事を傷付けてばかりでした。
だから、少しの間、君の傍を離れようと思います。今晩は星と月が綺麗みたいなので、高い場所へ行ってみようかなって、少し心が軽くなったら、すぐに戻ります。
ごめんなさい、それから、ありがとう。
●夢現の境界
壮年の男性の姿を取り戻した彼は長い夢から覚めた様な心地だった。良く覚えていない。高層建築の屋上に何故か放り出されて、持っていた便箋に目を遣った。
「この封筒を、開けた覚えは無いのだが」
見覚えのある封筒に掛かった指が震えるばかりだが、記されている文面に、また目を丸くした。
「そうか……それじゃあ、あの時の事は、不幸な事故だったのか。それじゃあ、遺骸は……」
どうやら、無かったと言うのは勘違いだったらしい。それでも、あの土地の無縁仏はそのままにしておくのが良いだろう。
「随分と、遠回りをしてしまったね……私も、愛していたよ。照れ臭くて、弾にしか言えなかったけど……記念に花を添えに行こうか」
●レクイエム
「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください――」
小屋近くにある無縁仏で、十字を切る祭祀服姿の少女を見付けて、壮年の男は近付いた。
「見ない顔だけど、彼女の知り合いかな」
「はい。少々ご縁が有りまして、宗教は違えど、祈りは同じですからね」
「ありがとう。どうも、ずっと開けられなかった手紙の封を切る事が出来てね。花を添えに来たんだ」
壮年の男は、しゃがんで手を合わせ、黙祷し、墓前で話し掛ける。
「何とか、やってこれているよ。辛い事は沢山合ったけど、君が逝ってしまったこと、それから、君の作品が読めなくなってしまったことが、何よりも辛かった。でも、この年になって漸く、靄が晴れたみたいでね。前向きに、作品を作っていけそうだ。君が愛した作品を、これからも綴っていくよ。巡礼者の様だと、笑ってくれて構わないよ。君は、それ程に私にとって大事な人だったんだ。これ位は許しておくれ」
●鷹の目
「結局、思い出の地は此所か。事件に関わっていない事は、覚えている様だし、何よりだ。心に刻んだと言うのは嘘では無いか」
森中から視力強化の霊符を額に張り付けた3人が、様子を見守っていた。記憶が無い以上、素性が分からない一般人が大勢押し掛けるのは不自然でも有る。
「俺も見たけど、あの人、表で作家やってた、引退した古い能力者だったのかもね」
「んん?」
「学園創設前だって言うのに事件発生から討伐までの対応が早過ぎだったからね。言ってることも似てるし。ま、どっちにしても、本人はもう思い出せないからねえ……」
「落ち着くべく所に落ち着いて良かったじゃないか。一先ず、復帰後の一仕事終わりだ。何か食べに行かないか。勿論、命の奢りでな」
「あ、それ良いね!」
「どうか……手加減してくれると嬉しい」
●舞台の終わり
「壊れてしまいそうなほど、深い共依存だね。深い愛情には違いない。事実壊れてしまったのは中々、面白い事例だったね。中々、良い舞台だった。評価を訂正しよう、君にしか出来ない役所だった」
幾つか、彼の書いたと思しき著書を本屋で買い上げて、シーザーは目を通す。多芸な文面は、読者を満足させる能力には長けていた。
「あの横槍は咎めるべきかな。無くても面白かったと思うがね。関わる切っ掛けとなった事には感謝するが、頂けないね」
●遊興
「陰陽術よねあれ。陰陽術だと思うんだけど……系統が違い過ぎるわ。何から何までアレンジしすぎ……今度機会が有ったら聞いてみましょう。それはそれとして、先手の打ちようが無いと、結末が渋くなりがちよね」
「まー、結果良ければ全て良しって事で良いんじゃない?」
「アンタは自分が面白ければ何でも良いだけでしょ」
「うん。まあね!」
「突っ込む体力が無駄だったわ。気分転換に何処か行きましょ、アヤメ。案内してくれた喫茶店、良さそうだったし、改めて一緒に食べましょう」
「あ、ズルい。僕だけ札の中でお留守番?」
「あーもう、しょうがないわね。なら、羅睺も一緒に行きましょうか」
三人で暫く、付近を散策し、遊んだ様だ。
猟兵達の日常は轍を刻み、先へと続いていく。人の記憶が途切れても、足跡は人知れず、積み重なり、世界の形をゆっくりと変えていく。
大成功
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