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銀河帝国攻略戦⑬~傷痕の輪舞曲

#スペースシップワールド #戦争 #銀河帝国攻略戦

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「やあ、来たね」
 それは、戦況を見守っていたグリモア猟兵の口から発せられた。振り返った彼が日中に行動しているのは珍しい。イェロ・メク(夢の屍櫃・f00993)、その人だ。
「なに、少し緊急事態でな。やつがれに力を貸してほしい」
 低姿勢の言葉ではあるが、拒否権を与えている風には聞こえなかった。否という声が上がる前に、イェロはグリモアの羽根ペンを宙に浮かせる。聞く者は多い方が良い。そこから、きっとふるい落とされることだから。
 曰く、オロチが派遣した艦の残骸周辺に、『実験戦艦ガルベリオン』を秘匿する為の『ジャミング装置』が存在する事が判明した。
 『実験戦艦ガルベリオン』を発見する為にはこのジャミング装置を破壊しなければならないが、そう簡単に近付ける訳ではない。ジャミング装置に近付くと、防衛機能が発動するのだ。
「これが、中々厄介でな。皆の覚悟が問われる事になろうよ」
 防衛機能は『近付いた対象のトラウマとなる事件などを再現し、対象の心を怯ませる』というものだ。
 いかに自らの心を包み隠して挑んだとて、そのジャミング機能の前で赤裸々にされる事だろう。心が怯んでしまうと、その度合いに応じてジャミング装置のある場所から離れてしまう――防衛機能としては、これ以上ない装置だ。
 悪趣味だ、と誰かが零した。イェロは苦笑でそれに応じる。まさしく、と。
「如何にして近付くか……賢明な君達はもう想像がついているだろうな」
 そう、つまり、強い心で『過去のトラウマ』を克服する。
 怯む程に遠ざかるというのなら、その逆を実行するしかないのだ。トラウマに立ち向かい、進んでいく。
 イェロは先ほど、覚悟が問われると口にした。このジャミング装置の破壊なくしては、進む先の障害を越える事は出来ないだろう。
 仲間の救援は、恐らくない。同じ過去のトラウマを抱いているのであれば共に進むことも可能ではあろうが抱く気持ちに差異があればそれも難しいだろう。
 基本的にはたった一人、孤独に立ち向かう事になる。
「潰されるでないよ」
 気遣う言葉を、イェロは淡々と口にする。弧を描いた口元は変わらず、常の依頼と同様にしてそこに在った。
「自信がない者は去ると良い。自ら傷を作ることはないのだからな」
 送り出す準備はとうに出来ている。

 後は、君達の覚悟だけだ。


驟雨
 驟雨(シュウウ)と申します。
 以下のコメントをご確認の上、ご参加ください。シナリオ構造、執筆可能人数について言及しております。

●お知らせ
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、「銀河帝国攻略戦」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。

 このシナリオでは、ドクター・オロチの精神攻撃を乗り越えて、ジャミング装置を破壊します。
 ⑪を制圧する前に、充分な数のジャミング装置を破壊できなかった場合、この戦争で『⑬⑱⑲㉒㉖』を制圧する事が不可能になります。
 プレイングでは『克服すべき過去』を説明した上で、それをどのように乗り越えるかを明記してください。
『克服すべき過去』の内容が、ドクター・オロチの精神攻撃に相応しい詳細で悪辣な内容である程、採用されやすくなります。
 勿論、乗り越える事が出来なければ失敗判定になるので、バランス良く配分してください。

 このシナリオには連携要素は無く、個別のリプレイとして返却されます(1人につき、ジャミング装置を1つ破壊できます)。
 『克服すべき過去』が共通する(兄弟姉妹恋人その他)場合に関しては、プレイング次第で、同時解決も可能かもしれません。

●ご注意
 先着順ではありませんが、全員を描写する事は難しいかと思います。
 採用についてはお知らせにある通りですので、皆様の思うがままにプレイングをかけて頂ければ幸いです。
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第1章 冒険 『ジャミング装置を破壊せよ』

POW   :    強い意志で、精神攻撃に耐えきって、ジャミング装置を破壊する

SPD   :    精神攻撃から逃げきって脱出、ジャミング装置を破壊する

WIZ   :    精神攻撃に対する解決策を思いつき、ジャミング装置を破壊する

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

リーゼ・レイトフレーズ
血溜まりに沈む彼
寄り添い倒れる彼女
彼がいつも身につけていた白いマフラーは赤く染まっていた
彼女の暖かい笑顔は恐怖に歪んでいた
見下ろす少女の慟哭だけが世界に響く
その声は、叫びは、誰の口から発していたか

これを見るのは2度目か
何度見ても気分のいい物では無いな
記憶のない私が持つ私の記憶
近しい者の死はそれこそ身を裂く思いだろう

少女の体は切り傷だらけ
全ては愛しい人を守る為
守る為に愛しい彼と斬り結ぼう
大切な彼女の首を落とそう
「愛してます、兄さん」
何度繰り返しても貴方を愛します

狂ってる
けど、どうしてか分かってしまう
目的の為なら手段を選ばない
それはまるで私と同じで
自分の過去すら撃ち砕いて進む先に
何があるというのか



●誰がために此処に在る
 ふわり、地につかぬ足が宙を掻いた。僅かの後に、硬い地面を踏みしめる。
 錆びた鉄のような臭いが鼻につく。リーゼ・レイトフレーズ(Existenz・f00755)はただ一人、そこに立っていた。
 眼前で繰り広げられる過去は、どこか他人事で。けれど、確かにリーゼの持つ記憶だ。
 臭いの元は、血溜まりか。その中に沈んでいる「彼」は、息も絶え絶えで今にも死にかけだ。
 その傍に、寄り添い倒れる「彼女」がいる。いつも陽だまりの様に笑っていたその顔が、リーゼの方を見やって恐怖に歪んでいた。
 落ちた白いマフラーが彼の血を吸い赤く黒く染まっていく。もう、どこにも白かった名残など残ってはいなかった。
 リーゼは、ただ、立っている。
 頽れる人達の傍で、見下ろしている。ぶれる影は、この過去に存在する私だろうか。ぽつり、ぽつりと何かが零れて、アスファルトを黒く染めた。
 声は、誰のものだっただろうか。
 慟哭は、誰のものだっただろうか。
 ぐちゃぐちゃに砕けた過去を前に、リーゼはころりと口の中で飴玉を転がした。この過去を見るのはこれが初めてではない。二度目という事実が、多少耐性を付けていた。
 光の宿らぬ緑の双眸が事を見守る。逃げるという選択肢を、リーゼは最初から持ち合わせていなかった。
 胸が裂ける心地がする。いくら割り切っていたとしても、近しい者の死は慣れない。
 二人を見下ろす少女が一歩を踏み出した。もう体は切り傷だらけで、流れる血は止まる所を知らず、――それでもなお、愛しい人を守るため、少女は進む。
 ああ、ああ、愛しいあなた。
 ああ、ああ、愛しい――。
「愛してます、兄さん」
 守るために、斬り結ぼう。刹那の痛みはこの時だけだから。私が、貴方を、愛します。大切な彼女の首を落として、血だまりの中で愛を唄おう。
「愛してます、兄さん」
 何度繰り返しても、貴方を愛します。

 ――ああ、なんて、狂ってる。

 リーゼの指がぴくりと跳ねて、手にしたライフルを持ちあげる。酷く緩慢な動作は、浅く繰り返される呼吸は、目の前に広がる記憶の所為か。
 無意識に、リーゼはゆるく微笑んだ。それはどこか泣きそうに、くしゃりと皺を作って微笑んだ。
 狂ってる。それなのに、どうしてか分かってしまう。目的の為なら手段を択ばない。
「同じだね、私たち」
 だって、――――。
 かちりと狙いを付けた銃口は、少女と、彼女と、彼を貫く一直線。
 その先に、きっと壊すべき装置があるのだろう。漠然とそう感じられた。そしてそれは、正しい。
 この先に何があるというのだろう。
 分からない――けれど、たがために。リーゼは全てを貫かんと、トリガーにかけた指先に力を込めた。

成功 🔵​🔵​🔴​


●神躯――実験体番号XXX
ジング・フォンリー
痛い、痛い、痛い。体が痛い。
悲鳴、鳴き声。機械音。耳を塞ぐ。心が痛い。
となりの檻のあの子はもう帰ってこない。
この実験が成功するまでは終わらない。
明日も明後日も続く。
成功。早く、成功してくれ。
体も心も痛いのは嫌だ。

かくして俺はその成功作となった。
痛いな…心が痛い。心がこんなに痛いのは久しぶりだ。
俺は成功作なのだから実験中に死んだ彼らのぶんも生きて苦しまないとな…だからこそトラウマが役に立つなら願ってもない機会だよ。
ジャミング装置を壊そう。誰もがトラウマを歓迎するわけじゃない。他の人にはこんな想いはさせたくはない。
念入りに壊しておこう【鳳凰天昇撃】



 きしりと身体が悲鳴を上げる。
 無意識的に行われるはずの呼吸すら今は困難で、大きく口を開いては酸素を求めた。体中を激痛が奔る。
 痛い。
 痛い、痛い、体が痛い。
 眼前に立ち塞がる鉄の檻は、ジング・フォンリー(神躯108式実験体・f10331)がどれだけ抗おうともビクともしない。隙間からは悲鳴だけが轟いて、ジングは両手で耳を塞いだ。けれども、薄い手のひらの壁を切り裂いて泣き声が届く。合間に漏れ聞こえる機械音はあまりに無慈悲で無機質だ。
 心が、軋む。
 空っぽになってしまった檻の横で、ジングは一人蹲った。目が合わなくともそこにいた存在が、ジングの心に穴を開ける。となりのあの子はもう帰ってこないのだ。
 この実験が成功するまでは終わらない。
 来る日も来る日も、悲鳴と鳴き声と機械音で満たされる。明けない夜はないと誰かが言ったが、そんなものは嘘だ。永久に続くとも思える時間が、続く。明日も明後日もその先も。未来永劫終わらないのではないかと思えてしまう。
 だから。
 だから早く、成功してくれ。
 そうすればきっと、ここの全てが解放され、自由になれるはず。それは望んだ自由ではないかもしれない。それでも、今以上の地獄が広がっているはずがない。
 身体も、心も、痛い。そんなのは、――嫌だ。
 ジングの身体を激痛が襲う。どこも傷付いている訳ではないのに、そのトラウマが体と心の痛みを再生させる。これは、ジングの記憶だ。これは、ジングの過去だ。
 地獄の果てに、ジングは成功作となった。それでもなお、抱くトラウマは消える事無く心の中に蟠る。失くした存在を得る事は永久に出来ないのだ。
「痛いな……」
 そっと胸に手を当てる。穏やかに生きて来たとは言い難いが、それでも、今以上の痛みを感じた事はなかった。あの日、あの時間に起きた出来事を越える痛みはそう起きない。起きてはならない。
「俺は、成功作――だから、彼らのぶんも生きて、苦しまないとな……」
 奥歯を噛みしめ、ジングは檻の中から顔をあげる。あの日越えられなかった世界を、自らの手でぶち壊すのだ。
「この過去が役に立つなら、願ってもない機会だよ」
 鉄格子を掴んだ手のひらが、熱く燃えるように痛い。熱された鉄がジングの肌を焼くが、手は離さない。
 これがトラウマだというのなら、これを越えた先に例の装置がある筈なのだ。
「俺は……誰にも、こんな想いはさせたくはない」
 ――だから、自分が進む。
 ばぎ、と鈍い音がした。爛れた手は実験体を収納する檻をひん曲げ、人ひとり分の隙間を作る。その先にある、機械音。無慈悲に響く機械音の根源へ歩み寄れば、ジングは拳を振り上げる。
「また会う日まで、さよならだ」
 誰もいない檻へと向けられた言葉と共に、舞い降りた鳳凰が全てを焼いた。

成功 🔵​🔵​🔴​


●YOUR
ユア・アラマート
…ああ、私のトラウマか。そんな気はしていたんだが、そうか
やっぱり、私の中では「傷」なんだね。「あなた」

私を定義づけたもの。私を世界につなぎ留めたもの。そして、私を長らく閉じ込めていたもの
あのお屋敷に住んでいる間、私には自由意思がなかった。意思をもつことすら封じられていた
私に、本当なんて一つもない。どれもこれも、後付で、その後付けはあなたが決めた

逃げ出した私を怒ってるだろうね。でも、安心して?
まだ怖いけれど、いつかあなたに返しに行こう
あなたがくれた名を、この刃と共に。そしてあなたを、過去へと再び送ってやる

だから今は、仮初のあなたの胸を切り裂くとしよう
いつかまた。…それまでに顔を思い出せればいいな



「ああ、やっぱり」
 それが、ユア・アラマート(セルフケージ・f00261)が最初に発した言葉だった。

 目の前に「あなた」が立っている。

 なんとなく、そんな気はしていた。ユアが抱く過去において、その大部分を占めるもの。それが、「あなた」。
 やっぱり、私の中では「傷」なんだね。
 ユアは心の中で語り掛ける。あなたは勿論、応えてはくれないけれど。細めた緑の双眸は、真っ直ぐにあなたを見つめていた。
 それは、私を定義づけたもの。
 それは、私を世界に繋ぎ留めたもの。
 そしてそれは、私を長らく閉じ込めていたもの。
 一歩進んだユアの足元から風が巻き起こる。肌を伝う艶色の刺青にも似た花弁が舞い、辺り一面を覆い尽くした。煌きが空に踊り、あまりにチカチカするものだから、ユアは一瞬目を閉じる。
 そうしてゆるりと目を開けた。ユアは、あの日のお屋敷にいた。
 ああ懐かしいな、なんて想う間もなく、あなたがゆるりと腕を持ちあげる。撓んだ指先がピンと伸び、真っ直ぐにユアを指差した。
 私の意思を決めつけるもの。その指先で、私の未来を自由に描いた。反面、私に自由はなかった。
 流麗な唇から溜息が零れ落ちる。刺青走る左手首をそうっと掴んで、身を守るように手を組んだ。あなたの唇が開かれて、ユアの指先がぴくりと跳ねる。
 その口先で、私を定義づけるんだ。
 本当なんて、何一つ存在しない。どれもこれも後付けで、その後付けはあなたが決めた。私には、逆らう事なんて出来なかった。怖くて、怖くて、仕方なくて。だから全部頷いた。――頷いてきた。
「逃げ出した私を、怒ってる?」
 その答えを、ユアは知らない。
「でも、安心してね」
 まだ怖いけれど、いつかあなたに返しに行くよ。
 花の香を振りまいて、ユアは優雅に笑んで見せる。そこにいるのが幻でも、これが踏み出す第一歩だ。
 あなたがくれた名を、この刃と共に。
 そうしてあなたを、過去へと再び送ってみせる。
「いつかまた、会いましょう。地獄の底でも、どこへでも」
 閃いた刃があなたの胸を切り裂いて、幻想は闇に溶けていく。あまりにも手応えがないものだから、どこか肩透かしではあるけれど。仮初のあなたを切り裂くだけでは、今は何にも変わりやしない。
 薄れゆく景色の中、目的のものへと歩み出したユアは刃に眸を映して目を閉じた。
 ――結局、あなたの顔は思い出せないまま。

成功 🔵​🔵​🔴​


●もうどこにもないそのせかい
シャルロット・クリスティア
POW

……。
やはり、見逃してはくれませんか……。

えぇ、解っていますよ。
あの時、私は逃げました。戦う力はありませんでした。
見殺しにしたんです。……パパも、ママも……村の皆も。
あの時、少しでも戦う力があれば……少しでも救うことができたならと、何度思ったことか。

ですがね。あの世界では……いえ、ダークセイヴァーだけじゃありません。
今も、同じ思いで震えている人が居ます。

許してくれとは言いません。
皆さんの無念、私の無念……その味を知っているからこそ、私はそれを味わわせないために、銃を取ります。

……そこを、退いて頂きます。たとえ力ずくでも。



 零れ落ちたのは、溜息。
 予想はしていたけれど、こうして目の前に現れるまでは確信を持てずにいた。――否、持ちたくなかった。
 シャルロット・クリスティア(マージガンナー・f00330)の眼前に、燃え盛る村が映っている。その青い瞳にてらてらと炎が揺れて乾かした。
「……。えぇ、解っていますよ」
 細身のライフルを持つ手に力が籠る。未だトリガーには触れず、シャルロットは歩み出す。崩壊の一途を辿っていく我が故郷の町並みは、もはや見慣れたものではなかった。
 この村は、幻想だ。
 だってここに、シャルロットはいなかったのだから。
 あの時、シャルロットは逃げ出したのだ。ヴァンパイアに対抗する良心を置いて、戦う力がないからと尤もな理由を付けて、我先にと逃げ出した。
 ――そう、見殺しにしたのだ。
「パパ、ママ。村の皆……」
 飛び交う悲鳴は幻想のもの。こんな声を聞いてはいない。全て、全て、シャルロットの幻想だ。あの時きっと、こうだった。
 "シャルロットが想像するあの日の景色"は、小さな違和感を見つける度に自分がここにはいなかったのだと見せつけられて苦しかった。進む足を止めようと、何度も思った。
 逃げ惑う、顔見知りの姿が隣を駆け抜けていく。瞬間、隣で血が舞った。
 青い双眸が見開かれて、緩慢な動きで振り返る。
 そこにいたのは、あったのは、怪異に胴を食い千切られて息絶える知人の姿だった。
 ひゅっと喉が音を鳴らす。呼吸が詰まり、手足が震える。辺り一面の風景が齎す幻は、いつしかシャルロットにとって現実のものへと近付いていた。
 シャルロットがそうと思う度、シャルロットが奥へと進む度、炎は温度を増して頬を撫で、悲鳴は鼓膜を揺さぶり、目の前を知った顔が血塗れで通り過ぎていく。
 ああ、少しでも戦う力があれば。
 少しでも救う事が出来たなら。
 腕に抱くライフルで、かたきを穿つ事が出来たなら――。
 薄く開いた唇が、酸素を求めて息を吸う。今自分がすべきことを振り返る時間さえ、シャルロットには与えられなかった。
 そこに、私の家がある。
 そこに、動かぬ骸がある。
「私は――……」
 見殺しにした。
 足が止まり、顔を俯かせる。劈く悲鳴は止むことがなく、楽し気な嗤い声が耳に届いた。ここで一緒に死ねたなら、どれだけ良かっただろうか。
 苛まれる心が脈動する。駄目だ、それは駄目だと奮い立たせる。逃げようとする足で地を踏みしめて、シャルロットは銃を擡げる。
「許してくれとは言いません」
 声は、震えていた。
 強がりだ。今にも逃げ出したい心が、あの日と同じように逃げ出してしまえと足を促す。
 けれど、ちゃんと、知っているから。
 引き金に触れる指先は震えているけれど、シャルロットはこのトリガーを引かねばならない。
 顔をあげたその瞬間、シャルロットの目の前には笑い合っている両親が見えた。
 ――ああ、なんて。
「そこに、あるのですね」
 私に撃てと、言ってくる。逃げ出した代償。貫かねばならぬ過去。一緒においでと伸ばす手のひら目掛けて、シャルロットは銃を構えた。
 轟音と共に景色が変わる。煙をあげる装置の手前、両手から銃が滑り落としたシャルロットは顔を歪めて頽れた。

苦戦 🔵​🔴​🔴​


●それは赤く染め上げられて
ベルゼ・クルイーク


◆じじぃの記憶は血と死でいっぱい
誰も彼も血と腐臭にまみれて。
こちらを恨めしい目で見てくる
いやあ、嫌な記憶を突いてくれる

「おお、お前さんたち…久しぶりじゃのう」

痛む気持ちをそのままに
ズカズカと進んでいく
襲ってくるならなぎ払おうぞ

◆一番のトラウマ
「…おや、母様。ご機嫌麗しゅう」
儂のこの手で殺した母様
民のためにと殺した母様
ああ、そんな綺麗な顔で笑ってくれるな

「…何度でも、この手で送って差し上げよう」
かつて殺したように
腹を突き破り
払い捨てて
そのまま突き進む

「母様がおるんなら近いじゃろ」

◆乗り越える気合の理由は…
若いもんにこんな思いをさせるのは
じじぃは嫌じゃからの
儂がやる。

こんな物とっとと壊すに限るの



 誰も彼もが腐臭に塗れ。誰も彼もが血に塗れ。
 そこは一見して地獄だった。
 鼻につく臭いはあまりに強烈で、眉を顰めてしまうのも仕方がない。届く音はあまりに悲惨で、耳を塞いでしまいたくもなる。
 ぱしゃり。
 血だまりを踏んで、ベルゼ・クルイーク(暴食の牙・f13004)は前へと進む。裾はとうに血に濡れてどす黒く染まっていた。跳ねる血液が何層にもなって脚を染め上げる。
 真っ直ぐ前へと進んでいく。
 その道中に、いくつもの人影があった。既に歩んできた道にも、これから歩む先にも、ベルゼを見つめる双眸があった。そのどれもが恨みがましくベルゼをねめつける。
 嫌な記憶を突いてくれる。
 ヴェールに隠れた口元は皮肉気に釣り上げられた。
 かくり、足が何かに引き寄せられて、ベルゼは一度歩みを止める。こちらを見つめる不気味な光をひとつひとつ視界に収めながら、ベルゼはゆるりと振り返った。
「おお、お前さんたち……久しぶりじゃのう」
 ベルゼを足を掴む、見覚えのある顔。既に言葉にもならない怨念を口にして、進ませまいと足を掴む。
 心が痛む。しかし、それ以上に為さねばならぬという決意があった。
 細めた赤い双眸を以て、足を掴む男を見やる。撫ぜるように伸ばした手で頭に触れれば目尻に皺を寄せた。
 瞬間。
 何が起こったか、そこに誰かがいたとて理解できなかっただろう。男の頭が、肩が、胸元が、二の腕が、何かに抉られるように吹き飛んだ。足を掴む手の指がぴくりと跳ね、ベルゼが再び歩み始めれば容易く落ちた。
 心が痛む。しかし、それ以上に若い者にこんな想いをさせてはならぬという意志があった。
「これは、これは……」
 進んだ先に、佇む女。ベルゼの進む道を初めて塞ぐその女は、それはまあ見事に微笑んだ。
「母様。ご機嫌麗しゅう」
 恭しく頭を下げて、ベルゼは一度腰を折る。顔をあげたその時に見えた母様の顔は血に濡れていた。
 儂がこの手で殺した母様。
 民のためにと殺した母様。
 ――ああ、そんな綺麗な顔で笑ってくれるな。
 傷付けられたわけでもないのに、胸が痛い。知らずと胸元に寄せた手に力が籠る。服に皺を作るがお構いなしだ。ずきずきと、心臓が血を送り出す度に痛むよう。
「母様がおるんなら近いじゃろ」
 平常を見繕ってベルゼは笑う。釣り上がる口の端はぴくりと痙攣して、それが作り笑いである事を示していた。気丈に振る舞ったとて、過去は己を苛んでいく。
「何度でも、この手で送って差し上げよう」
 かつて、殺したように。
 その手順をベルゼは何だか懐かしく思う。ひとつひとつ、過去の自分と重ね合わせて腹を喰らう。あの日も、こうしたっけ。
 逃げ出すような覚悟ではない。耳の奥に蟠る嘆き声を聞かぬふりでやり過ごして、転がる頭を見下ろした。
 ああ、これか。
「再び帰るその時は、呼んでくだされ。母様」
 振り下ろした拳が母様の頭蓋骨を砕き、――ばちり、破損を示して火花が爆ぜた。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●ツギハギ
ルフトゥ・カメリア
……トラウマ、ね
まあ、大体何が来るかなんて分かってんだよ

拷問されて、ひとりひとり丹念に殺された仲間たち
拘束された身体
最後が、俺
両手首が、両足首が、両肩の付け根が、両足の付け根が、翼の付け根が、
戯れに、延命されながら徐々に斬り落とされて行く
悪夢
そうして、首に鋭い歯を立てられて、一滴残らず啜られる
生命が、消える
熱を、失う
視界が暗くなる
首が、落とされる

ごとん。

……ああ、そうだろうと思ったぜ
ぶわりと、嘗て斬り落とされて失った其処から、瑠璃唐草色の煉獄が噴き出す
最期まで殺意だけは手放さなかった。それが俺だ。……はッ、この俺に今更そんなもん効くと思うなよ
武器に炎を纏わせ、【鎧砕き、2回攻撃】で叩っ斬る!



「……トラウマ、ね」
 足元に捥がれた誰ぞやの手首を見下ろし、ルフトゥ・カメリア(Cry for the moon.・f12649)は呟いた。
 何が来るかなんて、分かっていた。その上で進むことを決意したのは、抱く想いの行き場を求めての事だ。
 血の臭いが充満する。咽返るような鉄の臭いの中で、ルフトゥはほうと溜息を零した。
 真っ暗闇の最中に呻く声が沸き上がる。ぽ、ぽ、と幾箇所に淡い光が灯れば、転がる肉片が見えた。拷問され、ひとりひとり丹念に殺された仲間達。もはやその原型を留めていない。
 く、と身体を引かれる心地がして、ルフトゥはその力に従った。逃げるのは易い。しかし、迎え撃たねばならぬというのなら、先に起こる過去の出来事から目を逸らしてはならない。
「       」
 何者かが声をかけるが、その内容はノイズがかって聞き取れなかった。きっと、あの日、あの時に、ルフトゥに吐き捨てた言葉と同じだろう。
 拘束された身体。
 最後が、俺。
 痛みが走る。ギイ、と錆びた刃が手首に触れ、嫌にゆっくり肉を裂いた。研がれていない刃は切れ味も悪く、何度も何度も前後に引かれ時間をかけて肉を断つ。零れ落ちる血は止まる所を知らず、ルフトゥの足元を赤黒く染めた。
 次は、両足首。
 次は、両肩の付け根。
 次は、両足の付け根。
 次は、翼の付け根。
 戯れに延命されながら、徐々に切り落とされていく。まるで豚でも解体するかのように、乱雑な手つきでルフトゥを扱った。
 喉で空気が振動する。呻く声は、誰のものだっただろうか。意識が朦朧として、今が現実か幻か分からなくなってくる。
 悪夢だ。
 ぴくりと口の端がひくついて、ルフトゥは意識を保つためにも唇に歯を立てた。この程度、痛くもない。――が、丁度良い。沸々と込み上げる熱がルフトゥの身体を満たしていく。
 ふ、と、影が覆ってルフトゥの顎先に指が伝う。抵抗も出来ぬ体ではされるがままだ。無理に喉を逸らされれば、その行き付く先を思い出す。
 つぷりと、鋭い歯が突き立てられた。色白の喉に血が伝い彩られる。もうどれだけ零したか分からぬ赤が、最後の一滴まで残らずルフトゥから啜られた。
 生命が、消える。熱を、失う。視界が、昏くなる。首が、――――。

「そうだろうと、思ったぜ」

 轟と瑠璃唐草色の煉獄が噴き出した。それは拘束具を焼き、切断された筈の四肢を覆い、空っぽの躰を行き渡る、地獄。満たされた熱は身体を奔り、ルフトゥは自在に動くようになった四肢を繰って嗤い声をあげた。
 全てを失ってなお、ルフトゥが失わなかったもの。
「悪ィな――これが、俺だ」
 骨の髄まで満たす、殺意。今更泣いて媚びると思った大間違いだ。この殺意の在処を求めて、自ら飛び込んだのだから。
「はッ、この俺にそんなちゃちなもん効くと思うなよ」
 古傷を引き裂き溢れる地獄の炎が渦巻いていく。爛々と輝く赤の双眸が凶悪に歪められ、辺り一面にネモフィラが咲いては焼き斬った。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●ワンコイン・ライフ
塩崎・曲人
…へっ
トラウマとなりゃ、まぁコレが来るわなぁ

『アルダワ貧民街で浮浪児やってた頃の暮らし』
食料盗んで追いかけられ
小銭を仲間と奪い合い
大人からは二束三文の端金でヤバい橋を渡らされる
ああ、本当に―毎日糞溜めに浸かって生きてる気分だったな

彼処じゃ子供なんてのは一番弱い立場でさ
いつ消えても誰も気にしちゃ居ねぇ
そして何より
その生活から抜け出して這い上がる展望が何もなかった
絶望ってやつで皆死んだ眼で生きてた

毎日踏みつけられて生きてた記憶はオレの中に確かに残り続けてる
でもな
あそこから抜け出す希望があると知っている今のオレが
踏みつけられたまま大人しくしてると思うなよ!
(ジャミング装置に鉄パイプを振り下ろしつつ)



 眼前に広がる光景を前に、塩崎・曲人(正義の在り処・f00257)は鼻で笑った。
 あまりに、予想通り。あまりに、そのまま。
「トラウマとなりゃ、まぁコレが来るわなぁ」
 しみじみといった風に零す言葉を置き去りに、曲人は一歩を踏み出す。過ぎて往く景色はどれも見た覚えのある灰色の壁で無機質なもの。
 アルダワ魔法学園の、その片隅。誰の目にも留まらない掃き溜め。
 曲人の足は進んでいくのに、周りの景色は同じものばかりが繰り返される。まるでメリーゴーランドだ。しかし、起こる現象は全て違う。
 怒鳴り散らした大人が、幼い少年を追いかける。歩幅の違う大人は容易く子供をひっつかみ、遠慮容赦なく頬を殴った。
 積み上げられた荷の影で、少年たちが殴り合っている。その足元には金ぴかのコインが転がっていて、喧嘩する二人の隙を見て誰かが拾い上げた。
 進めば進むほどに、過去のとある情景が浮かび流れては消えていく。
 ずんぐりむっくりの太った大人から見下ろされた子供たちは、その手のひらに小さな硬貨を乗せて走り出す。端金だと分かっていても、危ない橋を渡らなければ生きてはいけなかった。――勿論、橋から蹴落とされる命だってある。
 ああ、本当に――。
「肥溜めのがマシだよなぁ」
 生きるか死ぬか、日々死神の足音が耳に届く。飢餓との戦い。感染病との戦い。ライフラインが保証されていないその糞溜めは、あまりに悲惨だった。
 彼方では、子供なんてもの小さくちっぽけで、一人で生き抜く力もない、一番弱い立場の生物。野良猫の方がまだマシとさえ思える。
 いつ消えても、誰も何も気にしない。路地裏でのたれ死ぬ子供を見ては、その懐を漁って足蹴にするのだ。群れる鼠を見つけては、今日も誰かの命が尽きたのだと噛みしめる。
 これが童話ならまだいい。綺麗な童話ならば、きっとここから大逆転劇が起こって一目浴びるきらきらのお姫様や騎士様だ。
 現実で、そんなものはありやしない。
 この生活から抜け出せる希望なんてなかった。誰かのケツに敷かれて息をする未来しか見えなかった。
 それは、絶望。
 言葉を覚える前から、その感情を知っていた。誰もが皆、死んだ眼で生きてきた。
「ああ……そうだったよなぁ、昔のオレ」
 曲人の前に、地に転がる少年がいる。灰色の瞳は泥に沈み光を燈さない。汚れた手足で必死に足掻き、口にした雑草で生を繋ぐ。
 毎日踏み付けられて生きてた記憶は、曲人の中に確かに残り続けている。こうして悪夢として見るぐらいに。
 でも。
 それでも。
「人生、何が起こるか分かったもんじゃねえぜ?」
 ここから抜け出す希望があると知っている今の曲人が、踏み付けられたまま大人しくしてる筈もない。
 転がる少年を見下ろす、恰幅の良い大人。曲人を散々手のひらの上で転がして、踏み付けて来た絶望の象徴。
 能面のように表情が欠落していた曲人の唇が釣り上げられる。その瞳に爛々とした光を宿して、スゥと大きく息を吸った。
「百億倍返しだぜ、オッサンッ!」
 少年を踏み付ける大人を目掛け、鉄パイプをこれでもかとフルスイングした。ガァン、と鳴り響く音は人間というにはあまりに硬く、周囲一帯に雷電が走ればブツリと悪夢が消え去った。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●やさしいかいぶつ
御伽・柳


……トラウマ、か
俺は忘れてなんかいません、忘れてたまるものか

昔話をしましょう
それは俺が才能を渇望して、UDCをこの身に受け入れたばかりの頃の事
たった1つの属性と言えども魔術を扱える姉を、一族の中で1番魔術の才能があった従妹を、あの頃は心のどこかで妬んでいた

……でも、そんなつもりはなかった、2人とも俺にとっては大切だった
それなのに俺は力を制御できなくて、この感情に付け込まれて、2人を、家族を、傷つけたんだ


今でも従妹の前で力を使うのは避けてる、けれど
きっと、乗り越えるなら今なのでしょうね

分かってる、理解している、今目に見えている全てはまやかしだ
だから【自傷癖】を利用して、俺の手で、全てを壊します



「……トラウマ、か」
 テレポートの最中、御伽・柳(灰色の渇望・f12986)がひとりごちた。
 この先に待ち受けるものが何か、柳は悪夢が始まる前から分かっていた。
 そしてそれは今、柳の前で朗らかに笑っている。その顔が血に濡れて、弾けて、柳の胸を確かに傷付けた。

 忘れてなんか、ない。
 忘れてたまるものか。

 昔々ある所に、三人の人間がおりました。
 ひとりは、たったひとつの属性と言えども魔術を扱えるひと。
 ひとりは、一族の中で一番魔術の才能があったひと。
 ひとりは、平凡なひと。
 姉と、従妹と、俺。そんな三人。
 才ある中に囲われれば、そうと意識しなくとも蟠りは胸に籠るもの。じわりじわりとそれは柳の心を蝕んで、いつの日か昏い感情へとなり果てた。
 いうなれば、それは嫉妬だ。
 どうして自分にはないのだろう。
 どうして自分には齎されなかったのだろう。
 どうして自分だけ――。
 隣同士に並んで歩いていた。二人とも大切で、そんな気持ちなどどこにもないと言い包めて、しかし確かに劣等感を抱いていた。
 それは、渇望に繋がる。
 才能の渇望。なきものを得るには代償がつきものだ。そんな簡単な事も忘れ、渇望が故に盲目になり、UDCを自らの身に受け入れた。
 これがあれば、俺も。
 そうだ、見劣りしていた中で、これさえあれば俺だって――。
 気付かなかった。気付けなかった。
 受け入れたものは狂気に満ち、今か今かと柳の腹で餌を待っていたというのに。妬んでいた心に付け込んで、柳に才が欲しくはないかと囁いて、――いつしか、身体を乗っ取っていた。
 結局は、身に余る力だったのだ。
 制御できない力は暴徒と同じく災いを振りまく。柳が抱いた昏く重たい感情が引き金となり、二人を、家族を、傷付けた。
 一度起こってしまった事は取り戻せない。
 柳が、家族を、傷付けた。その事実だけが現在も残る。
「……きっと」
 柳の足元に、傷だらけの二人が蹲っている。その瞳は驚愕と悲哀と恐怖に染まり、ひとかけらの怒りを交えてねめつけていた。
 力を使えば、こうなるぞ。
「分かってる」
 身体を受け渡せば、こうなるぞ。
「分かってる……でも」
 乗り越えるなら、今なんだ。
 柳の口から呻きが漏れた。それは徐々に音を増して、叫び声へと変わっていく。じわじわと内に秘めたUDCが身体を侵食し蝕んだ。
 傷だらけの従妹が柳を見る。変わり果てた姿の柳を、見る。
 まやかしだと分かっていても竦みかける心を奮い、今や邪神と混じった柳は手をあげた。
 まやかしの従妹がきゅっと目を閉じる。振り下ろした柳の怪物の手は、軌道を変えて従妹の前に落とされた。もう、二度と、傷付けやしない。
「         」
 バチバチと音を鳴らす装置が悪夢を掻き消していく。ノイズがかった声が聞こえ、呆然とした柳が顔をあげれば、――柔らかく微笑む従妹がいた。

成功 🔵​🔵​🔴​


●赤きいのち、継がれるおもい
ジロー・フォルスター
「ああ…『ここ』だろうな。趣味は悪いが、悪く無い手だ」

ダークセイヴァー
菜園付きの庭にそこそこ立派な聖堂のある孤児院
敷地の至る所に散った血
『味見』され転がされた年若い兄弟達
使いに出てた見習い聖者は、義母と一緒に34回考えた名前を呼ぶ…ってな

初めて対峙した(半人前の)吸血鬼は強かった
だがもっと早く引き下がらせる事はできただろう
気息奄々の義母と共に戦ったのが、自身を人間と思いこもうとして本気すら出せない愚かな聖者見習いじゃなければな

「早く認めてりゃ、義母さんだけは救えたんですけどね」

死んだ家族みんなの血で繋いで貰った体に、一度は狂った心だ
ここで歩みを止めたら叱られる
嗤って『血統覚醒』を使い先に進むぜ



 夜と闇に覆われ、異端の神々が跋扈する世界。仄暗い闇が世界を塞ぎ、昏き霧が立ち込める。
 今やヴァンパイアの支配がない場所など存在しなかった。人類は敗北し、完全な支配下に置かれる事となる。
 その、片隅。菜園付きの庭に、そこそこ立派な聖堂のある孤児院があった。
 朗らかな笑い声に満たされる。穏やかな表情で見守る母がいる。走り回る子供たちの声がそこかしこから聞こえ、昏い世界において陽だまりに満ちている。
 ――なんて、平穏な日々が眼前に広がる筈もなく。
 敷地の至る所に散見する血は古いものから新しいものまで様々だ。一人目の子供を囮に、次から次へと貪り喰らった事が見て窺えた。
「ああ……『ここ』だろうな」
 趣味は悪いが、悪く無い手だ。
 敵方ながら天晴れとでもいうかの如く、しかして口調は殊更平坦にジロー・フォルスター(現実主義者の聖者・f02140)が口にした。
 進む先に、転がる兄弟たちの姿が見える。『味見』され、その評価の如何に関わらず放棄され、地面に転がる兄弟たち。
 ジローの足が血だまりを踏む。兄弟たちから溢れ落ちた命の源を踏む。辺り一帯に広がる赤は、血の雨でも降ったのかと思える程に踏まぬことさえ難しく、地面をしとりと濡らしていた。
 目の前に、見習い聖者と義母の影。
「成程、ここから始まるってのも、悪くない手だな」
 嫌でも記憶を引き出される。
 使いに出てた見習い聖者は、義母と一緒に34回考えた名前を呼ぶ。
 その声に応じたのは――皮肉にも、名を持つ子を討つ吸血鬼。
 ぴりと身体に痺れが走って手足の自由が利かなくなる。ああ成程、黙って見ていろと言うのか。
 初めて対峙した吸血鬼――これでもなお半人前のヴァンパイアは強かった。
 しかし、見習いの目から見た視点での強さだ。義母の前では、まだ可愛いものだったのかもしれない。
 もっと早くに引き下がらせることは出来ただろう。出来た、筈なんだ。
 ――気息奄々の義母と共に戦ったのが、自身を人間と思いこもうとして本気すら出せない、愚かな聖者見習いでなければの話だが。
 血飛沫が空を舞う。仄暗い世界を切り裂いて、余りにも鮮やかな血が振りまかれる。薄暗闇の中でそれは、命の燈火を灯してきらきらと輝いて見えた。
 失われる熱。
 弱まっていく鼓動。
「早く認めてりゃ、義母さんだけは救えたんですけどね」
 血だまりの中で自嘲する。
 人間という枠にこだわって、自らをその枠に押し込めて、大切な家族を失った。ちっぽけなものに囚われて、本当に大事だったものを失ったのだ。
 鉛のように重たい四肢を動かして、半人前へと足を進める。
 死んだ家族皆の血で繋いでもらったこの躰。一度は狂い、それでもなお生きると決めた心がここにある。
「ここで歩みを止めたら、みんなに叱られちまうよな」
 喉の奥で自らを嗤って目を閉じる。再び開いたその双眸は、より紅く、より鮮やかに、――よりヴァンパイアに近付いて、輝いた。
 囀る言葉は僅かに震える。みんなの血を踏みしめる度、幻だと分かっていても手足が竦んだ。それでもなお、進まねばならない。
 今にも逃げ出そうとするヴァンパイア。今なおここに留まっているというのなら、過去の唯一の違和感たるそいつがきっとあの装置そのものだ。
「俺は、もう惑わない」
 例え滅ぼした仇と同族になろうとも。
 その心に、決意を宿して。

成功 🔵​🔵​🔴​


●ふたりを描く螺旋花
イデア・ラケル
【SPD】
アタシってなんか過去のトラウマあったっけ。変なのが出てもデコヒーレンス起動してブチ抜けばよくない?どうせ出て来るのでっかい敵の幻っしょ。
んでとにかく強い敵がいる方に最大速度でぶっ飛ばす!


アタシはアタシが生まれる前と対峙する。
狂気の怪物UDCが選んだ家族、一方的な破壊。
か弱くて死んでしまったイデア、無慈悲に殺されてしまったラケル。
アタシはイデアでもラケルでもない、別の造られた命。
戦う力を願った悪魔の花だ。



「アタシって、なんか過去のトラウマあったっけ」
 それは、イデア・ラケル(螺旋の花・f03935)が世界に訪れる前に零した言葉だった。
 変なのが出てもデコヒーレンス起動してブチ抜けばいいし! どうせ出てくるのでっかい敵の幻っしょ?
 んで、とにかく強い敵がいる方に、最大速度でぶっ飛ばす!
 ふわふわの耳をスキップで揺らし、猫の口は笑みを湛え、ぽんと足軽に歩み行く。
 そうして出会った敵をぼこぼこにして、見付けた装置をオーラでドーン!
 はい、完了。アタシ、やればできるじゃん!

 ――なんてものは、まやかしで。

 イデア・ラケルたる何者かは、イデア・ラケルが生まれる前と対峙した。
 それはアタシであって、アタシではない。
 悪魔の顔が能面のように固まって動かない。見開かれた竜の瞳はただ真っ直ぐに眼前の光景に向けられ、紫の中に景色を映しこんだ。
 轟く音は破砕の足音。狂気の怪物が戯れに選んだ家族を弄ぶ。抵抗なんてあってないようなものだ。一方的な虐殺がそこにはあった。
 悪魔の顔に血飛沫が飛ぶ。頬を濡らして涙のようにたらりと落ちた。
 UDCが選んだ家族。
 か弱くて死んでしまったイデア。
 無慈悲に殺されてしまったラケル。
 ラケルの両の腕を、まるでおもちゃで遊ぶかのように怪物が無遠慮に鷲掴み、容易く身体を引き裂いた。赤黒い贓物がぼとぼとと降り注ぎ、イデアはその雨の下で悲鳴をあげた。音の根源はほどなく、何百キログラムもあろうかという足によって踏み潰された。
 その様を、悪魔が見ている。
 イデアでもラケルでもない、少女が見ている。
 ああ、そうだった。
 アタシは、別の造られた命。
 イデアとラケルを名乗るだけの、戦う力を願った悪魔の花だ。
 忘れていた訳ではないのだろう。その名に、ふたりの名を抱くのだから。しかし、重すぎる過去は時として記憶から消去され、あるいは改竄され、その後に積み重なる新たな記憶に呑みこまれる。思い出さなかっただけ。
 引き裂いて。くっつけて。要らない所はポイ捨てて。
 その末に、生まれた悪魔。
 イデア・ラケルは怪物を見上げる。煌々としたバランスの悪い瞳を持つ怪物はなおも破壊を繰り広げ、満たされぬ心をその衝動に乗せて吐き出した。
 どくりと心臓が脈打って、イデア・ラケルはにたりと笑う。
「なーんだ。やる事、変わんないじゃん」
 変なのが出てもデコヒーレンス起動してブチ抜けばいい。出てきたでっかい怪物の幻を、この身ひとつでぶっ飛ばす。
 イデア・ラケルは歩み出す。
 ふわりと後に残るのは、黒紫の残像だ。一瞬表情が欠け落ちたイデア・ラケルが怪物の眼前へと現れる。今やまやかしではなくなったその怪物の頭を狙って、イデア・ラケルは目を細める。
「じゃ、さよーなら」
 手応えは、あった。
 それは怪物の見た目とは違って、硬く無機質な音を立てる。バキ、と音を鳴らした暁に、イデア・ラケルの見る景色が揺らいでいった。
 あるのは、現実。あるのは、アタシ。
 にぱっと笑顔で取り繕って、イデア・ラケルは過去にする。
 ここにいるのは、誰にでも優しく明るく気さくに接する可愛くて格好よくてすげー感じのJKだけだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●神はいない、もういない
雪月花・深雨
こわい…。けど、殺し合うわけじゃないなら…。


炎が、森と家を焼きました。

怒号を引き連れた騎士の群れが、大人たちを飲み込みました。
戦いの音が静まった後、炎が絶叫を覆い尽くしました。

神様が子供たちを木々に隠してくださいました。
けれど、蹄の音が甲高い悲鳴を踏みつけました。

血の匂いの中を、這う様に進みました。
夜が明けるころには、何も聞こえなくなりました。
鉄の音も、蹄の音も。
木々の騒めきも、小鳥の囀りも、神様の声も、誰の声も。

たださむくて、おなかがすいて、なきたくなりました。


【SPD】

逃げ切った瞬間が、一番恐ろしかった気がします。
だから、あの時のように逃げ切れば、仕掛けの元へ辿り着けるのかもしれません。



 こわい。
 けど、殺し合う訳じゃないなら……。

 その覚悟が、浅はかだったことを雪月花・深雨(夕雨に竦む・f01883)は悟った。
 走る、走る。黒い布で身体を覆い隠してみても、その幻影は深雨に絡みついては離れない。
 景色が後ろに過ぎ去り、深雨は再び同じ景色の中を走っていた。何度も何度も繰り返す。
 ぱちりと爆ぜた火の粉が頬を舐めて、深雨は短い悲鳴をあげた。こわい。こわくてこわくて、仕方がない。
 青々とした木々を炎が包み込んでいく。身長を競って傷をつけた幹も、秘密基地を作ろうなんて持ち寄った枝も、暖を取るために集めた葉も、揺らめく炎が喰らい付いては呑みこんだ。
 深雨の耳に届く怒号。ひゅっと息を詰まらせて、蹲ってしまいそうな足を動かす。数々の景色を後ろに捨てて、逃げて逃げて逃げ切れば、きっと仕掛けの元に辿り着けるのだと信じて。
 けれども怒号は近付いて、地を蹴る蹄の音が近付いて、深雨を騎士の影が貫いた。実際に蹴られた訳でもないのに、深雨はその勢いに呑まれて地を転がる。けほりと咳をひとつして、地面に手を付け懸命に顔をあげれば、眼前に血濡れた大人達の姿が見えた。
 母親が、首を斬られて死んでいる。
 父親が、母を庇うようにして胸を貫かれ死んでいる。
 近所のおばさんが、武器を握った手を断たれて死んでいる。
 少し怖かった先生が、恐怖の表情で顔を固めたまま死んでいる。
 言葉にならない声が深雨の口からあふれ出た。嗚咽にも似たそれを少しの後に呑みこんで、深雨は自らの足で再び立つ。
 走って、走って、走り抜けて。
 その足が小枝を踏んでぱきりと音を鳴らした時、視線はそちらへと逸れて息を呑む。
 子供たちが、木々の合間に隠れていた。神様が騎士から隠したその子たちは、どれも見た顔をしていて、――そして、その中に幼き日の自分もあった。
 立ち竦む。
 その瞬間、深雨の頭上を越えて飛び跳ねた馬が駆け抜けた。あ、と声をあげる間もなく、蹄は子供を貫いて潰す。深雨の声を掻き消して、甲高い悲鳴が耳を劈いた。
 耳を塞ぐ。蹄の音が鳴るたびに、ぎゅっと心臓を掴まれるような心地がしてうまく呼吸が出来ない。振り切るように進む足と同じくして、血の臭いの中を這うように進む過去の自分がそこにある。
 日差しがさして、夜が明ける。
 一歩、二歩、進んだ足が日向を踏んだ。その頃には、何の音も聞こえなくなった。
 鉄の音も、蹄の音も、木々の騒めきも、小鳥の囀りも、神様の声も、――誰の声も。
 深雨の瞳が閉じられる。体は冷たくなっていくようで、あの時の心地をこれでもかと知らされる。
 何も、聞こえない。たださむくて、おなかがすいて、なきたくなった。
 無音の中を深雨が進む。もう少し、あと少し。ここを逃げ切れば、きっと――。
 ぱっと弾けた灯りは瞼の奥を明るく照らす、双眸を覗かせた深雨が見たものは、ジ、ジ、と音を鳴らして駆動する装置だけだった。
 ――結局、向き合うのはまだこわいけれど。
 装置へと伸ばした腕は、ぱちりとその心臓部を破砕した。

苦戦 🔵​🔴​🔴​


●すべてを背負い進み往く
マヤ・ウェストウッド
【POW】忌まわしき過去と真っ向から向き合い、力強く克服する。
・マヤは解放軍の義勇兵として闘争に身を投じていたが、帝国のスパイである上官の策略によって部隊は全滅し、マヤだけが生き残った経緯をもつ
・マヤが猟兵として闘争を続けるならば、仲間達の死を克服しなければならない
・焼け爛れた部下や同僚たちの幻影が、生き残った戦友を嫉む様に、護りきれなかった事を恨む様に、マヤを苛み続けるだろう
「チッ、何とでも言えばいいさ。それでも、アタシは生きる。お前たちの分まで。詫びなら地獄でしてやるよ」
・恫喝で心の闇を吹き飛ばす
・(心の激痛も激痛耐性の効用に入りますか?)
・野生の勘、騎乗技能で装置を見つけて破壊を試みる



 忌まわしき過去と言えば、これしかない。
 マヤ・ウェストウッド(宇宙一のお節介焼き・f03710)はかつて解放軍の義勇兵として闘争に身を投じていた。正義故の行動が、仲間の自由を広げていって正しきことをしているのだという実感があった。
 このまま進んで行けば、きっと勝てる。
 このまま尽していけば、きっと勝てる。
 そしてそれは、まやかしだった。
 火の手が上がる。突如耳に届いた轟音は火薬庫の方から聞こえて、緊急事態を示すアラームが数秒遅れて鳴り響いた。煙が立ち込め、義勇兵たちは一様に逃れるためにその場に伏せた。
 何者かが、火薬の扱いを取り間違えたか。全くこの世界で何年生きてると思ってるんだ。
 初めは、誰もがそのような軽い気持ちを持っていた。
 何故ならここは、マヤの本拠点。
 その日、マヤの所属する部隊だけが残っており、他の部隊は次の時の為に周囲に出ていた。敵が入り込むとして、本拠点に辿り着くまでにどれほどの障害があると思っているのか。
 ――そう、何かが起こるとしたら、内側から食い破られるぐらいしかない。
 マヤの耳が悲鳴を捉えるまで、数秒。
 マヤの耳が無慈悲な足音を捉えるまで、数秒。
 あの人は、今日この日を狙っていたのだ。
 一部隊しか残らず、内側から食い破る事が出来る、絶好の裏切り日和。
 煙の中から踵を鳴らし現れたその人を見て、マヤは驚愕に目を見開いた。
 コンバットブーツを仲間の血に濡らし、手にした銃の口からは煙をわずかにあげて、血が内側から滲み出ているポーチを腰に引っ提げた、上官。仲間を探すその瞳が、目的のものを見つけた途端に爛々と輝いて、這いつくばる仲間へ銃口を向けて引き金を引いた。
 ドン、と。
 ただそれだけで、ひとつの命が尽きた。
 火の手が増し、動く手段を奪われた仲間達が燃えていく。酸素を求めて口を開いた端から一酸化炭素が入り込み、逃げようともがく頭をくらくらさせた。
 地獄だ。
 這いつくばる過去のマヤを見下ろしたマヤが、煙を裂いて歩を進める。不自然にも煙は徐々に薄れていき、マヤの目の前には上官が平然と立っていた。
 その足元に、転がる仲間。
 焼け爛れた部下や同僚たちの幻想が、ア、ア、と不気味な声をあげてマヤへと手を伸ばす。唯一生き残ったマヤを妬むように、護りきれなかった事を恨むように、皮膚の溶けた手で床を這った。
 嗚呼、痛い。
 心だけでなく、身体も痛む。その時の幻想を身に映して、本当に傷付いたわけでもないのにキリキリ痛む。
「なんで……どうして……」
「あ、あ……あつい……くるしい……」
 嘆く声が耳に響く。そのどれもこれもが、お前が、お前だけが、と続けてマヤを苛んだ。お前の代わりに俺が生きるのだとでもいうかの如く、ゾンビのように地を這ってはマヤの足を掴んだ。
 引き摺り、こまれる。
「――何とでも、言えばいいさ」
 舌打ちでそれを跳ねのけて、自らを奮い立たせマヤは言う。
「それでもアタシは生きる。お前たちの分まで!」
 眼帯に手をかけて、マヤは眼前の上官をねめつける。逃げ出す過去の自分ではない。瀕死になって、それでも生き延び、再び立ち上がったのだから。
 直感的にマヤは悟る。
 眼前の上官の幻が、あの装置そのものだと。手を出せぬまま、帝国のスパイに弄ばれ終わった過去とは違うと示せと。
 仕込んだ義眼がキュイと短く音を鳴らす。重力子射出装置が活性化し、眼帯の奥で蠢いた。親指で引っ掛けそれを晒す。一瞬脈動した義眼が、眼前の上官を穿って啼いた。
 穴が開く。股下しか残らぬ人間が揺らめいて、倒れると同時にパキリと硝子が割れる音がした。
 煙をあげる装置を中心に崩れていく景色の中で、マヤは未だ蟠る仲間達の影を見る。
 溶けた眼球は多かれど、そのどれもが最期の時までマヤを見ていた。
「……悪いね。詫びなら地獄でしてやるよ」
 ぱっと光に消えるそれらが、砕け散るその時まで見つめていた。

成功 🔵​🔵​🔴​


●胡蝶の悪夢
セイス・チェイナー
【SPD】

トラウマ

本人は理由は分かっていないが、自身の記憶(人格含め)全てを奪った存在が蝶の形をしていたため、本能的に忌避している

解決
「うわっ!…よりによってこいつかぁ」
蝶を見て嫌そうな顔をする
なんで嫌いなのかわからないんだよなと呟きつつ、威嚇するルゥルゥを回収する
「ほら、ルゥルゥいくよ。真面目に向かうことないって」
逃げるが勝ち、嫌なものからは心の平静を保つために全力ダッシュで逃げる
なりふり構わず走り続ける
近づかないようにはするが、群がられたら全力で振り払う
後ろは振り向かない、なんてったって見たくないものが目に入るからね!

装置はハッキングツールでハッキングし、自爆させる



 ひらり、蝶が舞う。
「うわっ!」
 頬をかすめるようにして飛んだ蝶を見付ければセイス・チェイナー(バーチャルキャラクターのバトルゲーマー・f09751)は飛びのいた。不安定な足場がバランスを崩そうと地獄の口を開けているが、何とか堪えて立ち直る。
 セイスの眼前には、花畑が広がっていた。髪色に似た薄い緑の花弁が開き、辺り一面に咲き誇っている。所々に起伏が見られ、トラウマに追われたセイスを今か今かと口を開けて待っている底なしの穴も散見していた。まるで、失った記憶を象徴するかのよう。
 セイスは蝶が苦手だ。
 理由は分からないが、蝶が苦手なのだ。こうして精神世界に影響を及ぼすまでに、本能的な所で忌避している。
 ――実際のところ、自身の記憶すべてを奪った存在が蝶の形をしていたのだから、忌避するのも分かるというもの。が、記憶を人格諸共失ったセイスが知る由もない。
 鱗粉を散らして飛び交う蝶は一匹や二匹に留まらなかった。歩む進路を遮るようにして、セイスの前を飛んでいく。
 蝶を避けるようにして、偶然にも後ろを振り返れば、まるで帰り道はこちらですよと言っているかのようにすべての蝶が消失していた。逃げ出そうと思えば、すぐに逃げ出せた。
 それでもそうしないのは、進む先に壊すべき装置があるからだ。
 ふうと唸り声をあげて威嚇するルゥルゥを宥め、掴みあげれば腕で抱える。
「いくよルゥルゥ。真面目に向かうことないって」
 こういうのは、逃げるが勝ちだ。
 嫌なものからは逃げ出して、見ないふりをして、心の平静を保てばいい。実際にそうしてトラウマを乗り越えた人々はごまんといる。
 全力ダッシュだ。なりふり構っていられるものか。花を蹴散らし、蝶の群れを器用に避けて、奥へ奥へと進んでいく。
 進む度に道は狭まり、ぱくりと口を開ける穴が大半を占めていくが構いやしない。眼前に群がる蝶の塊を見つけては足がすくみそうにもなるが進まねばならぬ。
 こうまで進むと、今度は真後ろから聞こえる羽搏きの音が耳についた。始めはそれこそ、逃げ出すならば逃げ出せばよいよと謳い消えた蝶の群れが、今度は逃がすまいと背後に迫っている気配がした。振り返りはしない。振り返ったら、きっとそこに、この羽搏きの主がいる。
「ほんっと、意地が悪いよね!」
 眼前に崖が見える。足を止めれば蝶がいる。選ぶ道はただ一つ。
 淵で膝を撓ませれば、躊躇うことなくセイスは跳ねた。ルゥルゥが高く声をあげるが、踏み切ったセイスに迷いはない。
 分かっていた。
 ぽかりと開いた穴は、作り物だ。
 眼前に広がる崖も、作り物だ。
 全てが全て作り物で、例の装置が作り出した幻想だ。
 だから、セイスは迷わず飛び出した。周囲の景色が途端にぼやけ、霞がかって消えていく。
 ほらね、とばかりに口の端を釣り上げて笑えば、どこか不満そうなルゥルゥの声がした。
「はー、久し振りに動いた」
 ぽんとルゥルゥを自由にして、セイスは装置へと一歩を進める。残酷な程に綺麗な花畑も、呑みこまんとする崖も、何処にも存在していなかった。
 よいしょと腰を下ろしたセイスが装置を弄り、構造を分析する。ピピピ、と電子音を鳴らせば、途端にぼかんと自爆した。
「ミッションコンプリート、ってね」

成功 🔵​🔵​🔴​


●愛もあなたも胎の中
エレアリーゼ・ローエンシュタイン
気付けばあの冷たい部屋
毎日あの魔女…ママに髪を掴んで引き摺り出され、鞭で打たれて
食事は貰えない
時々放られる残飯を必死に口に入れてた

ママには兄だけ居ればよかった
私は要らない子だった
ごめんなさいと、いいこにするからと
どれだけ叫んでも無意味だった

…ふふっ
ああ、でも気付いてしまった

私、本当は嬉しかったの
兄はいつも私だけ案じてくれた
母がどう手を尽くしても得られなかった彼の愛は
私だけが得ていたんだもの!

そして今も彼の魂は私の中
私だけのもの
そうでしょ?…エルくん
『語弊あるだろその言い方』
あは、そうかもね?
でも魔女はもう居ない、2人で生きられる
エル達は、きっとこれでいいの

ジャミングは拳銃で同時に破壊するわ



 何処からか水滴が落ちて、小さな水たまりをひとつ打った。反響する音は部屋の中に満ちて、エレアリーゼ・ローエンシュタイン(花芽・f01792)は目を覚ます。
 気が付けば、エレアリーゼはあの冷たい部屋の中にいた。温まらない手足を擦って、昼夜関係なく日差しの入らない一室の片隅にすり寄る。
 トラウマを見せるという装置。それを目指して踏み出したエレアリーゼは、過去を追体験していた。
 毎日毎日あの魔女に引き摺りだされては鞭で打たれて放られる。髪を引っ張る力は強くて、止めてと拒絶の声をあげても振りほどかれる事はなく、かえって逆上させては強く鞭で身体を打たれた。
 いつしか反抗する気力もなくなって、ただただ魔女に、――ママに、暴力を振るわれる日々。時折放られる、飯とも言えぬ残骸を床から掬い上げては必死に口に詰め込んだ。
 どうして、なんて分かってる。
 ママには兄だけいれば良くて、エレアリーゼは要らない子だったのだ。
 ごめんなさい。いいこにするから。
 どれだけ言い募って、どれだけ叫んでも、全部全部無意味だった。
 夜更けと夜明けが分からぬ部屋では、時間の感覚を失って久しい。追体験の中でそう時間は経ってもいないのに、エレアリーゼはもう数日とこの地獄を過ごしたような気がしていた。
「……ふふっ」
 けれども、ああ、エレアリーゼは気付いてしまった。
「ふふ、ふふふふ……」
 私、本当は嬉しかったの。
 兄はいつだって私だけを案じてくれた。
 どれだけママが愛をこめても、どれだけママが尽くしても、得られなかった彼の愛は。
 ――そう、私だけが得ていたんだもの!
「エルくん」
 まるで愛の言葉を囁くように、エレアリーゼが名前を呼ぶ。大事に綴られたその4文字が示す在処が、エレアリーゼに全てをくれた。
 立ち上がる。ふらふらと幻の部屋を歩き、本当は開かない筈のドアを引く。あの日鍵のかかっていた扉は容易く開かれ、エレアリーゼの前に一人の影が現れた。
「ママ」
 私を閉じ込めた、ママ。意地悪な魔女。
「今も彼の魂は私の中。私だけのもの。そうでしょ?」
『語弊あるだろその言い方』
「あは、そうかもね?」
 動かぬ魔女に近付いて。
 もう、ここにはいないもの。エレアリーゼの過去を象徴する魔女に向かって、何気ない動作で拳銃を向けた。
 躊躇いはない。だって、魔女は、もういないんだもの。ここにいちゃいけないの。
 発砲音が6発響いて、澄んだ金属音が足元から届く。撃たれた魔女は頽れて、黒い液体となって蕩けて広がる。闇はどんどんと周囲を包み、――その中で、エレアリーゼは微笑んでいた。
「エル達は、きっとこれでいいの」
 真っ暗闇の中で唇が弧を描く。ぱっと弾けた暗闇は、エレアリーゼをどこか知らない宇宙の世界へと送り出す。
 目の前には、銃痕を刻みばちりと弾ける装置があった。

成功 🔵​🔵​🔴​


●きみと俺は相いれない
桜庭・英治
●トラウマ
UDCアースの事件で何も知らない無抵抗の泥人の少女たちを炎で焼いたこと
『助けて』って泣く女の子を殺したことと、殺せなかったこと(過去に参加したシナリオです)

邪神の餌用に生かされてるってなんだよ
ほんと理不尽だよな
意味わかんねぇよな

俺だって助けたかった
でもそうしちゃいけなかった

ああ、周囲でぐずぐず焦げる骸の匂いがする
臆病な泥人の女の子が見える
助けて、助けてって言ってるのが聞こえる、嗚咽が聞こえる
怯える瞳が見える、涙が見える


俺はもう一度、今度こそ彼女を殺せるのか?

…。
……。
殺せるよ、殺せるさ

俺は猟兵なんだ
いつまでもパンピーじゃいられねぇんだ



 業と炎が少女を焼いた。

 始まりがそれだったものだから、桜庭・英治(NewAge・f00459)は今から繰り広げられるものが何かを即座に察した。あれは、あの日、あの時と、全く同じ光景だ。
 猟兵たる者、事件を知らされればすぐに駆けつけ対処にあたる。それがどんな事件であっても、"正しい方に"処理していく。
 だから、その日の正しさは、少女を殺す事にあっただけ。
 無知は、罪だ。何も知らない事は罪なのだ。自らが異端の存在である自覚もない少女達は無抵抗だった。例え『助けて』と叫んだとしても、その存在はあってはならないものなのだから、英治は殺さねばならなかった。
 英治の意志と関わらず、パイロキネシスの着火座標があちこちに定められ燃えていく。過去の現象をなぞっているのだから、現在を生きる英治が抑えた所で火の手はあがった。
 そうして歩み、辿り着いた先。
 目が合った、少女。
 殊更臆病なその少女は、怯えた眸で英治を見た。少女の黒い瞳には、立ち尽くす英治の顔が映りこんでいた。
「たすけて」
 少女がか細く泣いた。
 ――ああ、なんて。
 あの時と全く同じシチュエーションで、全く同じ言葉を吐くものだから。そこにある英治が過去に選んだ道は、猟兵としてはあってはならぬもの。
 殺せなかった。
 少女の頭部が八つに砕け散るその時まで、英治はパイロキネシスの炎を放つ事を躊躇った。
「たすけて……」
 これが、乗り越えならねばならぬ過去と言うなら、英治は今ここで殺さねばならない。
 時間は止まってくれやしない。少女の眼からははらはらと粘液の涙が溢れ落ちていく。それが攻撃手段なのだと知っていた。
「邪神の餌用に生かされるってなんだよ」
 俯いた英治の口から怒気が漏れる。
「意味わかんねぇよな。ほんっと、理不尽だよな」
 これが普通の少女だったなら、どれほど良かったことだろう。いつもみたいに、一般人なら救ってあげられたのだから。
 助けたい。でも、そうしちゃいけない。
 零れ落ちた涙が、少女の頬を伝い顎に溜まる。張力が負けて、零れ落ちたその瞬間。
「たすけてぇ……!!!!」
 叫び声と共に、涙が攻撃の意図を以て放たれる。それが彼女たちの自衛だと知っている。

 ――俺はもう一度、今度こそ彼女を殺せるのか?
 
 その答えが、眼前に繰り広げられた。
 八つに砕け散る筈の頭部にぽっと小さな火が灯る。それはたちまち膨張して、少女の口の中で破裂した。途端に燃え上がる炎は怯えた少女をまるまる包む。涙は、届く前に勢いを失い地面を濡らした。
「殺せるよ」
 桜庭英治は、猟兵だ。
「殺せるさ」
 いつまでも、パンピーじゃいられない。
 燃え尽きたその場には、少女の代わりに焦げた装置だけが遺された。

成功 🔵​🔵​🔴​


●その名は
イトゥカ・レスカン
“過去”のトラウマ
ならば、過去を忘れた私には何が見えるのでしょう

進む程に視界が歪んでいく
ここは……どこ、だったでしょうか
先程まで見えていた無機質な艦内からは程遠い景色
森…? 砂漠、湖の、畔。街、荒野、墓所…
進むほどに変わる脈絡ない風景
どれも私の知らないもの
なのに不安になるのは何故?
時折すれ違う知らない人たちの幻影
どれもこれも、顔がない
見てしまう度にぞくりと身が竦む
思い出したいと思う裏側に恐ろしさが付き纏う
もしそれが、忘れたくて忘れてしまった事なら――?

煩い鼓動を抑え込んで
止まりそうな足を強引に前へ進める
それが私のトラウマだと仰るのなら
……ええ、怯みません。向き合いましょう
花よ、お往きなさい



 "過去"のトラウマが見えるという。
 ならば、過去を忘れた私には、一体何が見えるのでしょう。
 イトゥカ・レスカン(ブルーモーメント・f13024)は歩いていた。驚くほどに障害がなく、ただ真っ直ぐに歩いていた。進む先に装置があるのだと、そんな予感だけはする。
 ようやく視界に変化が見えて、どこか安堵すら覚えた。
「ここは……どこ、だったでしょうか」
 無機質な艦内からは一転、広大な自然がイトゥカの前に広がっていた。
 始めは、森。
 茂る木々が風と共にさざめいて、木漏れ日をイトゥカの上に落とす。網目模様を描く日差しはイトゥカの身に心地良く、トラウマというにはどうにも優しい。
 進めた足は雑草を踏み、もう一歩先で砂を踏んだ。
 次は、砂漠。
 荒れ狂う風がイトゥカの歩みを妨げるものの、それといって脅威ではない。砂埃から顔を守り、イトゥカはまだまだ先に往く。
 次は、湖の畔。
 陽の光を反射して、きらきらと眩く輝いた。ちちちと囀る小鳥の声が耳に届いて、イトゥカは柔く唇を撓ませる。
 次は、街。
 次は、荒野。
 次は、墓所――。
 進むほどに変わる、脈絡のない風景。
 最初こそ穏やかな気持ちに浸れたものの、変わっていくその景色を見る度胸中に昏い感情が落っこちた。
 これは、不安だ。
 形の無いもやもやとした霧がかかり、イトゥカの心を曇らせる。
 どれもこれも、知らないもの。
 時折すれ違う知らない人達の幻影を見やり、イトゥカはひゅっと息を呑んだ。
 見る度、見る度、彼らの顔に刻まれた虚無がイトゥカの心を鷲掴む。
 ――どうして、誰も彼もに顔がない?
 これは知ってる風景なのだろうか。
 これは知ってる人間なのだろうか。
 思い出したい。思い出し――たく、ない。
 願う気持ちに張り付いた恐ろしさが、イトゥカの心を裏返す。

 だって、そう。もしこれが、忘れたくて忘れてしまった事ならば……。
 
 煩い鼓動を抑え込んで、止まりそうな足を強引に前へと進める。ここで立ち止まってしまっては、もう二度と足を動かせる気がしなかった。
 だから、前へ、前へと進んでいく。
「ええ、怯みません。怯みませんとも」
 これが私のトラウマだと仰るのなら。
 止まってしまいたいと願う心に逆らって、忘れてしまいたいと逃げる心を叱咤して、ブルーアンバーの瞳は前を見据える。
「向き合いましょう。それが、私の――」
 続く言葉は青琥珀のブルーエルフィンが呑みこんだ。無数の花びらが空へ舞い、イトゥカの景色を青く染め上げる。
 見えるこの全てが、イトゥカの抱えるトラウマなのだというのなら。
 きっと、どこかに、それがある。
「花よ、お往きなさい」
 全てを裂いて、咲いてくれ。
 ぱちりと一点爆ぜた火花へ向けて、イトゥカはそうと手を伸ばした。装置がそこにあるのだろう。狙い穿てはこの景色ともお別れだ。
 ぽっかり空いた虚の正体はまだ分からない。それでも確かに、第一歩。まみえた景色と、まみえた人々を、忘れぬように。
 ありがとう。そして、さようなら。
 ――大切な何かは、まだ見えない。

成功 🔵​🔵​🔴​


●編む架け橋、君といま
ソラスティベル・グラスラン
気付けばわたしたちは、幼い姿で花畑にいました


9年前、故郷の花畑で真っ白な男の子(f05727)と出会った
奇跡のような力で猫を癒した彼
わたしは彼を将来の勇者パーティの一員、僧侶に決めた
興奮しつつ楽しくお話して、

「これからナイくんとわたしで、いろんな冒険をするんです!」

そう振り返ると
彼はどこにもいなかった


村の人に訊いても誰も彼を知らない
信じてすらいない

村の中も外も探し、いつしか深い闇の中
それでも一心不乱に探し回り…
涙が溢れて
体は疲れて
「ナイくんはいたもん、夢じゃないもん、いたんだもん……」


いつの間にか目の前には成長した真っ白な彼が
ああ、ナイくんは
わたしの小さなパートナーさんは、ちゃんといたんですね


ナイ・デス
9年前。私の外見は6歳
花畑で出会ったソラ(f05892)との思い出
勇者について語って、勇者になると、その時は私をパートナーにと
そう言ってくれたソラとの、突然の別れ
神隠し。暖かな花畑から、夜と闇に覆われた世界へと放り出された
これと、それからの9年間が、私のトラウマ

9年間。神隠しが何度も。世界が次々変わる
その度に斬られ、撃たれ、爆破され、窒息しと
様々な形で私は、傷ついて、傷ついて……
……死ねなかった
私は死ねない。どこかにある本体が壊れない限り、再生してしまう
再現された生き地獄
自分が何かも、わからなくなって
私は……

ソラの声が聞こえる
私の名前は、ナイ・デス
再会が、私の希望

見つけた……!
再会(克服)する




 気付けば、二人は手を繋いで花畑を歩いていた。その背丈は子供じみて幼く、あどけない表情で純に笑う。
 ソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)は9年前、故郷の花畑で真っ白な男の子と出会った。
 奇跡のような力で猫を癒した彼。
 その力を目の当たりにして、興奮するようにソラスティベルは君に決めたと声をあげた。将来の勇者パーティの一員。まさしくその僧侶に相応しい。
 勇者について語られ、自分は勇者になるのだとソラスティベルから聞かされた時、ナイ・デス(本体不明のヤドリガミ・f05727)はぱちりぱちりとその赤い双眸を瞬かせた。
 あまりにソラスティベルが嬉しそうに語るものだから、ナイもなんだか嬉しくなって聞いてしまう。話はどんどん熱を帯び、いつの間にかパートナーになっていた。
 ふたりは意気投合し、どんな冒険をしようかなんて話し込む。ソラスティベルが身振り手振りで一人劇を始めて、ナイはそれにくすくす楽し気に笑う。
「これからナイくんとわたしで、いろんな冒険をするんです!」
 きっとふたり揃ったなら、それはそれは楽しい冒険だ。
 ソラスティベルが満面の笑みで振り返り、――ぽつりと、孤独に残された。



 暖かな花畑が、そこにあったはずなんだ。
 ナイは突如眩んだ目を閉じて、再びゆっくり瞼を押し上げた。

 ああ、そうだ。あの日、私は夜と闇に覆われた世界へと放り出されたんだ。

 繋いだ手のぬくもりだけがナイの手に僅かに残る。それも冷たい世界が身に馴染むにつれ消え去っていった。忘れたくなくて握りしめてみても、冷気が全てを奪っていく。
 出会った日から、9年間。
 始めの世界はここだった。それから、何度も何度もナイは神隠しにあって世界を渡る。いい思い出なんてひとつもない。
 白い髪はさやかに目立つ。赤い瞳は反感を買う。斬られ、撃たれ、爆破され。挙句には窒息し、様々な形でナイは深く傷ついた。
 神隠しの度に、何度も、何度も。
 それこそ死に至るほどの傷だってあった。流れる命の結晶はあまりに多く、今度こそ息絶えるのではないかと幾度と思った。
 ――でも、死ねなかった。
 ナイ・デスはヤドリガミだ。ナイの本体が無事でどこかにある限り、ナイの身体は否が応にでも再生してしまう。
 それは、傍から見たら異端だった。
 それは、傍から見たら異形だった。
 世界の異端者は、世界に住む大多数から裁かれる。彼らの畏れを一身に受け、ナイは幾度と壊された。
 再現された、生き地獄。
 自ら終わる事さえも許されないその地獄で、ナイは知ってしまったかつての希望の光に縋りながら生き続けた。
 しかし、年月というのは残酷だ。
 かつて過ごした日々が、積み重なる地獄に塗りつぶされて霞んでいく。本当にあったのか分からなくなる程に、ナイは絶望の淵に立っていた。
 私は。
 私は……。



 風が吹く。
 ひとり取り残された花畑で、ソラスティベルは必死にナイの姿を探した。
 かくれんぼ? どこにいるの。
 おにごっこ? どこにいったの。
 泥が跳ねても構わずに、ソラスティベルは彼方此方を駆けまわる。村の人に訊いたって、誰もナイを知らなかった。あんなに真っ白な子を知らない筈なんてないのに。言い募るほどに、大人の顔は曇っていった。ああ、信じられていないんだ。そう悟るに易かった。
 村の中も、外も、駆けずり回って探したのに。
 どこにも、どこにも、彼がいない。
 いつしか暖かな日差しは消え去り、深い闇が舞い降りて、ソラスティベルの足元を暗くした。それでもなお、一心不乱に探し回る。だって、きっと、あの子も暗闇の中で惑っているはずだから。
 走り、転び、起き上がってはまた走る。
 涙でぐしゃぐしゃに顔を濡らしながら、ソラスティベルは諦めなかった。体は疲れ、足が縺れようとも走り続けた。
 だって、だって。
「ナイくんはいたもん」
 誰もがその存在を否定しようとも。
「夢じゃないもん、いたんだもん……」
 ソラスティベルは、忘れない。
 ふわりと風に揺れた真っ白な髪。陽の光に晒されて少し赤くなった色白の肌。なにより、あの印象的な赤を忘れる筈がない。
 いつしか足は歩みを止めて、ソラスティベルは涙を拭って蹲る。疲れて、疲れ切って、もう少しも動きたくない。
 だけど。
「ナイくん」
 わたしは、諦めないから。
「ナイくん……」



 ソラの声が聞こえる。
 私の名前は、ナイ・デス。
 再会が、私の希望。



「見つけた……!」
 伸ばした手が幻を裂く。
 いつしか二人は成長して、あの花畑で再開した。
「ナイくん……?」
「ソラ」
 見上げたソラスティベルが、青い眸を目いっぱい開く。そこに映る少年は、確かに真っ白な彼だった。
 手を引かれ、ソラスティベルは立ち上がる。繋いで手は温かかった。
 幻じゃない。あんなにも探して、見つからなかったナイくんが、いま目の前に立っている。

 ――ああ、ナイくんは。
 わたしの小さなパートナーさんは、ちゃんといたんですね。

 実感と共に、ソラスティベルは泣きそうに笑う。困ったように眉を下げたナイは、ソラスティベルの手を引いて遠慮がちに先へと進んだ。
 悲しみの涙はもういらない。
 涙は、嬉しい時にも流れるものだから。
 胸に刻まれた傷は大きいけれど、繋いだ手が先へと進む力をくれる。こんなちっぽけな熱が心を満たす。
 移り変わる景色。神隠しと同じくして、あの時の花畑は消え去ったけれど。それでもここは陽だまりの様に暖かい。
 幻が晴れ、装置を抱いた無機質な艦内が出迎える。ナイひとりだけではない。隣には、確かにソラスティベルが立っていた。
 未来へ、二人で。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●終わらないエンディング
静海・終
トラウマ、はて、そんなものありましたでしょうか
こんな世界で生きています故、まあ何かあった気もします

見たものは
電車内、満員電車、散らばる肉片、血の匂い
真っ赤な血、生きる者はみな死にたくないと合唱する

その中で私に手を伸ばすあの人はとても苦しそうで
けれどどこか安堵したような
そんな顔をしないで

なるほど、これが私の超えるべきもの
そうであれば答えは一つで

ねえ、僕はまだ、生きたいんだ

その人を、槍で貫き息の根をとめる
一緒に居たかった、でも僕は一緒に生きたいだけだった
一緒にそちらに行きたいわけじゃなかった
だからごめん、僕は生きるよ
ここじゃない終わりを見つけるね
バイバイ、もう、泣いてあげられないよ



 こんな世界で生きていれば、トラウマのひとつやふたつは生えるもの。
「はて。私にも、そんなものありましたでしょうか」
 ある日突然、隣の人間が消え去った。
 ある日突然、気紛れな吸血鬼が村を襲った。
 そんな出来事が起こる世界で、静海・終(剥れた鱗・f00289)らは生きている。
 まあ、何かあっただろう。
 そんな軽い気持ちで踏み込んだ艦内は、気付けば小刻みに揺れていた。
 たたん、たたん、と音が鳴る。
 その軽快な音は実によく耳にする音で、ああ自分は今電車の中にいるのだなとすぐさま理解した。
 あれ、と思う間もなく吹きかかる血飛沫。頬を濡らすそれは生温かく、顎を伝って靴を濡らした。
 鼻腔を擽る血のにおい。一歩後ろに後退れば、なにか柔らかいものを踏んだ。
 それが何か、知っている。
 わざわざ確認するまでもない。そうと元の位置へ足を戻して、電車の床に血を付けた。
 満員電車、地獄逝き。
 血に満たされた車内は異様な雰囲気を放っていて、生きる者はみな死にたくないと口にした。悲鳴の合唱が車内に響く。
 そんな中で、嫌に耳につく呻き声を聞いて赤い瞳が蠢いた。その視線の先には、あの人がいた。
 私に、手を伸ばす。
 とても苦しそうなのに。
 どこか安堵したような。
 ――どうか、そんな顔をしないで。
「なるほど」
 その声はひどく平坦だった。
 自分が出したのかと惑う程に他人事めいた響きを持って、終ははたりと瞬いた。しかし、他に冷静に言葉に表すことができるような人間はこの車内にいない。
 トラウマを見せるという装置。
 そして、広がるこの光景。
 これが、終の越えるべきものだというのなら、答えはひとつに決まっていた。
 
 ねえ、僕はまだ、生きたいんだ。

 どこかあどけなさも含んだ、柔らかい声で紡がれる。普段の彼を知る者ならば、どうかしたかと疑ってかかるだろう。
 過去は過去。現在は現在。
 するりと手元に仄かな温度を感じて、終はそこへ力を送る。ぽっと燈った光と共に、終の手には槍が握られていた。
 狙いは、終に手を伸ばした、その人。
 一緒に居たかった。一緒に生きたいだけだった。
 一緒に、そちらに行きたい訳じゃなかったんだ。
「だから、ごめん。僕は生きるよ」
 諭すように優しい旋律が紡がれて、赤い瞳が閉ざされた。
 終わりを求めるその人に、終焉を。
 終わりを拒む僕に、新たな結末を。
 あなたと、エンディングを共にはしてあげられない。
「バイバイ、もう、泣いてあげられないよ」
 眼前のその人が何かを紡ぐ、その前に、槍は喉を貫いた。
 爆ぜる風が景色を消し去る。肉片も、血のにおいも、あの人も。
 別の終わりを求めた終には、もう関わりの無い世界。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●消せぬ傷痕、犯した罪
パーム・アンテルシオ
本当、悪趣味な装置だね。
…私が、何を見る事になるか、なんて…わかりきってるけど。
だったら尚更、逃げるわけにはいかないんだ。

●POW
克服すべき過去。
私が、家族みんなを、死なせてしまった事。
いや…私が、殺してしまった事。
考えるまでもない。抜けない棘。消せない過去。

みんな、大好きだった。ずっと一緒に居たかった。
…旅に出たくなんて、なかった。猟兵になんて、ならなくてもよかった。

どうやって、乗り越えるか…?
…わからない。わからないけど。
乗り越えないと、みんなに顔向けできないから。
立ち止まるわけには、いかないから。
がむしゃらにでも、進むしかないから。
私は、抱えたままで、前に進むよ。
進めないと、ダメなんだ。



 悪趣味な装置。
 依頼内容を聞いた時、パーム・アンテルシオ(写し世・f06758)は素直にそう思った。
 確かに防衛機能としてはこれ以上のものはないだろう。他人のトラウマを可視化し、当人に見せつけ、遠ざける。実に悪辣な人間が考えそうなものだ。
「……私が、何を見ることになるか、なんて……わかりきってるけど」
 きゅっと胸元で拳を作る。震える指先に力を入れて誤魔化して、パームは進むことを決意した。
 だって、ここで逃げてしまったら、ダメだから。
 分かりきっていて、そこから身を引くのは簡単な事だ。そうして忘れて、見ないふりで日々を過ごせば痛むものなんて何もないだろう。
 でも。
 でも、それは、許されない。
 パームは踵を鳴らし歩み往く。進む度にあたりに霧がかかり、後悔を見たあの時のように景色が変わる。見た覚えのある光景が、パームの胸を苛んだ。
 克服すべき過去。
 ぽっと足元に灯りが灯れば、ふわりと一面に広がった。思わず目を閉じ、現象が収まるのをひとり待つ。再び眼を覗かせたその時に見えた光景は。
「ああ……」
 亡骸が転がっている。
 気付けばパームの掌は血に濡れて、ぽたりぽたりと地面に染みを作った。もはや肌の色を探す事の方が難しい。だらりと血が垂れ、落ちていく。
 私が、家族みんなを、死なせてしまった。
 私が、家族みんなを、殺してしまった。
 じんわりと胸を刺す棘が、過去を見つめて存在感を増していく。常より刺さったままのそれが、過去に触れる度に痛みを増していく。
 消せない過去だ。
 みんなみんな、大好きだった。
 ずっと一緒に居たかった。
 旅になんて、出たくなかった。
 猟兵になんて、ならなくてもよかった。
 望みをすべて否定して、今のパームがここにいる。離別し、旅に出て、猟兵になったパームがいる。
 血のにおいが濃くなって、幻がリアルに近付いていく。パームがそうと意識する度、それは鮮烈に過去を想起させた。
 どうやって、乗り越える?
 それは、最初から抱いていた課題だ。逃げてはならない。立ち向かっていく。けれど、どうやって――?
「わからない。わからないよ……」
 ふらつく足で一歩を進む。視線は揺れて、眼前に倒れ伏す家族を見れずにいた。逃げちゃ駄目だと言いながら、逃げたいと叫ぶ心がある。
 息を吸って、長く吐く。
 意識して呼吸を繰り返して、パームは確りと右足で地を踏んだ。
「でも、そうだよね。……だいじょうぶ」
 乗り越えないと、いけない。
 立ち止まる訳にはいかないから。
 がむしゃらにでも、過去を腕に抱いたままに、ただひたすら前に進むしかない。
 ねえ、みんな、苦しかった?
 ねえ、みんな、悲しかった?
 ねえ、みんな、――私を恨んでる?
 重たい足を、一歩また一歩と引き摺り歩く。泣きそうに歪めた表情で、真っ赤に染まった手のひらを伸ばし、先を求めた。
 
 開けた光はパームを包む。
 血の臭いはすっかり晴れて、現実ではなかったのだと容易く報せる。
 幻想から抜け出したパームは、自然に溢れた涙と共に頽れた。眼前に、未だ稼働する装置を残した侭、すぐさま動く事は出来なかった。

苦戦 🔵​🔴​🔴​


●空虚な真円
月舘・夜彦
宇宙の世界へ来るのは初めてですが、緊急とあれば往かねばなりません
じゃみんぐ装置の話は受けております
私の前に現れるものが何であるのかも
其は私の弱さであり、受け止めなければならないもの
必ずや装置を破壊してみませます

私の闇を映すのはやはり貴女なのですね……我が主、小夜子様
私の始まりであり、決して消える事の無いもの
死に際の貴女に何をすべきだったのか、今でも私には分かりません
何も出来なかったからこそ、貴女と同じ「人」を知る為に旅をし
人々を守る為に戦う術を学んだ

未だ道は見えずとも、答えを見つける為に私は足を止めるわけにはいかないのです
例え幻が貴女を作ろうとも、刃を向ける覚悟は……疾うに出来ている



 降り立った月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)が見たのは、紛れもなく想像の主と相違なく。
「私の闇を映すのはやはり貴女なのですね……」
 予感はしていた。けれど、現実として突きつけられると、一層心が浮き彫りになる。
 しゃんと佇むその女性。誰よりも永く共に過ごし、夜彦が初めて姿を見せた、彼女は――。
「我が主、小夜子様」
 夜彦の始まりであり、決して消える事のないもの。
 恋人の手で贈られた簪は、約束と共に置き去りになった。恋い焦がれ、待ち続けてははや数十年。主となった女性はとうに老い、約束を綴った恋人は消息も分からない。
 人間とは、儚いものだ。
 もう残りわずかな命と悟った夜彦は、気付けば恋人の姿でこの世の中に生を受けた。物に宿る神様――ヤドリガミ。
 しかし、ヒトの姿をとったとて、人の心をすぐに理解できるとは限らない。所詮はヒトの形を持っただけの、物だったのだ。
 死に際の主を前に、夜彦が何をすべきだったのか、今でも答えが見つからない。腕に抱き、愛を囁き、出で立ちを見送るべきだったのか。ただ静かに傍に寄り添い、最期の時まで見守るべきだったのか。その答えを未だ得ていない。
 夜彦の前に立ちふさがる、若かりし頃の我が主。夜彦の弱さの象徴だ。
「私は、貴女に何が出来たのでしょう」
 ただ物としてあった時、寂しさに袖を濡らす主を慰めてはやれなかった。
 しかし、ヒトの身体を得た今でも、同じようなシーンに遭遇したとて慰めてやれるかは分からない。
 夜彦は、「人」を知らなかった。
 散る桜を見てあはれと詠む、その心を持たなかった。
 別れを惜しみ涙する、その心を持たなかった。
 死ぬ間際、人が何を望み散るのか、心を持たぬからこそ動けなかった。
 何もできなかったからこそ、貴女と同じ「人」を知るために旅に出た。人々を守るために戦う術を学んだ。
 未だ道は見えずとも、いつか、この手に答えを得る。その為にも、こんな所で立ち止まっている場合ではない。
「例え幻が貴女を作ろうとも、刃を向ける覚悟は――疾うに、出来ているのです」
 すらりと奔った銀閃は、惑う事なく佇む女へ向けられた。夜彦の直感が告げている。これを斬る事は、即ち例の装置を斬る事になる。
 ああなんと愚劣な装置か。
 抜刀術が虚空を切り裂く。神風は、その先にある女を容易く切断した。

成功 🔵​🔵​🔴​


●溶けて混ざればそれは灰
レイブル・クライツァ
過去を振り返る事が最近とても多くて
背けるように、力に綺麗な思い出だけを籠めていたわ

その罰が目の前に広がって、元から笑ってないけども笑えない冗談ね。
私は”呼んで”いないのに、二人が立ってる。
余計な手間を割かせて、私が奪ってしまったのに。
あの時振り下ろした刃の、酷く鈍った感覚がこびりついて
あの時被った鮮やかな鮮血で染まって、色づく事が怖くなった。
”ほら、お前は未完全過ぎて当てに出来ない”

だから、簡単に壊れる事は許されない
奪ってしまった分まで、私は動かなければならないの。
沢山学んで、ずっと背中を追ってたから
いつか、貴方達の本当の強さのまま一緒に立てる様
無様でも良いの。さいごのひとかけらまで、足掻くの



 過去を振り返る事が最近とても多くて、背けるように力に綺麗な思い出だけを込めていた。
 思い通りにいく事なんてひとつもない。レイブル・クライツァ(白と黒の螺旋・f04529)は眼前の光景を認め、目を閉じた。
 これは、罰だ。
 振り返るべき過去を偽り、騙ろうとした自分への罰だ。
「笑えない、冗談ね」
 レイブルが"呼んで"いないのに、二人が立っている。
 例の装置は、綺麗に取り繕った表面だけの過去を貫いて、レイブルの過去を抉りだしていた。
 金色の双眸を覗かせて、レイブルは二人が幻であり幻でないことを認識する。勘違いであったのなら、どれほど良かったことだろう。
 余計な手間を割かせて、私が奪ってしまった。
 あの時振り下ろした刃の、ひどく鈍った感覚がこびりついて。
 あの時被った鮮やかな血で染まって、色付く事が怖くなった。
『ほら、お前は未完全過ぎて当てに出来ない』
 幻の唇が綺麗に動いて、レイブルの心を責め立てる。持ち上げられた指先が、ぴんと真っ直ぐレイブルを指差した。
 機械仕掛けのお人形。
 未完成の、お人形。
「……分かってるわ」
 動かぬ足を奮い立たせ、懸命に一歩を紡ぐ。どれだけ体が重たくとも、どれだけ心が竦んでしまおうとも、レイブルの選ぶ先は決まっていた。
 私は、簡単に壊れる事は許されない。
 奪ってしまった分まで、動かなければならないから。
 沢山学んで、ずっと背中を追ってたから、幻でも追い抜いてしまうのは少し怖いけれど。
「無様でも良いの」
 いつか、貴方達の本当の強さのまま一緒に立てるように。
「さいごのひとかけらまで、足掻くわ」
 それが、私に出来る唯一のこと。
 近付くほどに色付いて、鮮やかになればなるほどレイブルの足は重たくなった。
 灰色の女が鮮血を踏み、赤い足跡を残していく。
 引き結ばれた口元はそれ以上を語らない。ただこの足を前へと進ませるぐらいしか、今のレイブルには出来なかった。
 背中を追いかけ、ふと気づく。埋まらない距離に確信を得た。
「ああ……そうだったのね……」
 この世界の終わりは、この二人が握っていて。泣きそうに顔を歪めながら、レイブルは螺旋(げんそう)を呼びだした。
「お願い。壊して」
 佇む二人を指差して、レイブルは震える声で指示を出す。翻った刃は二人を穿ち、あの日見た鮮血にも似た赤が咲く。
 目を、逸らしてはいけないから。
 二人が消え去るその瞬間まで、レイブルはじっと見つめていた。それが装置そのもので幻影なのだとしても、そこにあった二人は、紛れもなくレイブルの過去の象徴なのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​


●よだかの星
四・さゆり


「お前は、一緒にいけないよ。」

ある男の声が脳裏を過った。
あれにもう一度会えるのなら。

悪くない機械ね、

ぶち壊してあげる。

ーーー

黒い外套が揺れていた。
あの人だ。

瞬きの後、

それは、自ら首を落とした。
それは、美しい死とは言えぬものであった。
それを、私は傍らで見ていた。

ずうとずうと一緒だったのに

さいごはつれていってくれなかった

顔はみえない。
首は遠くに転がって行った。

ねえ大丈夫よ、
また直してあげるから、
ねえ、起きて、
起きてよ、

男を揺らすわたしの
てのひら、まっか。

あれがわたしを置いていく?
ゆるさない、

「また顔が、見えないじゃない。」

真っ赤な傘が、
ゆらりと宙を浮かぶ。

「しになさい、役立たず」

傘の雨が降る。



 
「お前は、一緒にいけないよ」

 話を聞いて、四・さゆり(夜探し・f00775)の脳裏にはある男の声が過った。
 ああ、そうか。
 あれにもう一度会えるのなら。
 ショートブーツの踵を鳴らして、蜂蜜色の雨合羽を翻し、さゆりはずんずん進んでいく。コツコツと硬い物同士がぶつかる音は、いつしかその響きを変えた。狭い通路はぱたりと斃れ、一面に真っ暗闇が広がった。
 その中に、溶けるように黒い外套が揺れていた。
 あの人だ。
 ぱちりと瞬き、視線を塞ぐ。刹那の後、灰色の隻眼は再びあの人を捉えた。――頭がズレた、あの人を捉えた。
 それは、自ら首を落とした。
 ぽっかりと、身体の上に穴が空いて頭が落ちる。直立していたのはほんの数秒。僅かの後に、さゆりの目の前でぐらぐらと身体が揺れ、音を立てて血に伏した。
 それは、美しい死とは言えぬものであった。
 広がる赤はさゆりの足元まで流れ、光をその内に灯しているのかと疑う程に、闇の中でうすぼんやりと輝いていた。
 いのちのともしびが、流れ出る。
 それを、私は傍らで見ていた。
 ただただ血だまりが広がっていく。呆気なく最期を迎えた男の、残り香がさゆりの周りに蟠る。
 ずうとずうと一緒だったのに。
 さいごはつれていってくれなかった。
 身長ぶんの高さから落っこちて、首はどこか遠くへ転がっていった。さゆりの曇り眼に顔は映らない。
「ねえ大丈夫よ」
 膝をつき、男へ触れる。溢れ出た血がぬらりとさゆりの指先を濡らした。真っ赤なマニキュアが五指を染める。
「また直してあげるから」
「ねえ、起きて」
「起きてよ」
 男を揺らすわたしのてのひら、まっかっか。
 あれがわたしを置いていく?
 ずうとずうと一緒にいたのに。

 ゆるさない、

「また顔が、見えないじゃない」

 ゆるさない。

 真っ赤な傘がゆらりと宙に浮かんだ。先端から男の血を零してぽたりと落ちる。血だまりの中へ、赤い珠が波紋を作って微かな音を立てた。
「しになさい、役立たず」
 血にも似た色の雨が降る。真っ赤な傘が描く、真っ赤な雨が降り注ぐ。
 それは全て突き立てられて、さゆりの世界に違和感を齎した。ばちりばちり、爆ぜる音。さゆりとある男の世界に存在しない、異なる音。
 傘の雨にうたれながら、今なお幻想を作り出そうと駆動する装置が男と重なるようにしてあった。
「悪くない機械ね」
 傍らで、血に濡れたさゆりが零す。
「ぶち壊してあげる」
 唇は、ややに弧を描いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●のろい含めて腹の底
クロウ・タツガミ
過去

そこは暗く冷たい場所だった

1組の骨と自分だけの在る暗い牢獄、迷い込んだ鼠を、蟲を咀嚼する幼い自分
骨と皮だけのような身体、不思議と死ねない身体と生き汚い自身を呪う日々

今は骨となった母が自分に言った言葉はまるで呪いのようだった

「いつかお父さんが助けに来てくれるから」

数年がたった、『骨1つ無い』牢獄に光が差す。差し出された父親の無骨な手

ボロボロになった歯で少年はその腕に噛付いた




嫌なものを見た、生きるために何を喰らい、何をしゃぶったかなど改めて見るまでもない、生きる事以上の目的が無いとはいえ元より忘れ得るわけは無いのだからな

故に之は只の八つ当たりだ、【三位龍来】サカホコ、マガホコ、好きに暴れろ



 そこは暗く冷たい場所だった。
 クロウ・タツガミ(昼行灯・f06194)が檻の向こうから幼い少年を見つめている。蠢く者はそれだけで、時折檻の中に迷い込んできた鼠はすぐに、それに捕まって息絶えた。
 1組の骨と、幼子だけが在る牢獄。
 自分だ。
 そうと気付くのは容易くて、その隣にある骨が何か悟るのも容易くて、クロウは短く息を吸う。
 ああそうか。これが、自らを蝕む闇なのだな。
 頑丈な鉄格子の向こう、骨と皮だけのような体を晒して幼子が虚な眸を宙に泳がせる。食べられるものを。腹を満たせる熱を。どうか、どうかと願いながら地獄に生きる。
 不思議と死ねない身体だった。
 死臭に釣られて飛び込んできた蟲ですら、細こい手で掴んでは口に運ぶ。節くれだった足が舌を撫ぜるが構わない。
 失ってなお、生きようとする心。生き汚い自身を呪い、明くる日も明くる日もただ無為に時間を過ごした。
 今や骨となった母が、クロウに放った言葉は呪いの様にまとわりつく。

「いつかお父さんが助けに来てくれるから」

 何度も何度も繰り返し、ただそれだけを譫言のように口にする。
 もうすっかり、母の声を忘れてしまった。
 もうすっかり、母の姿を思い出せなくなってしまった。
 それでもなお、その言葉の羅列だけは幼きクロウの中に反響し続けた。
 それから、幾許の年月が過ぎただろう。
 鉄格子の傍で見下ろすクロウが瞬きをするごとに、幼子の傍らに落ちていた骨が減っていく。僅かに伸びた髪の毛の長さで、時間の長さを仄かに感じた。
 一本一本、骨が減っていく度にクロウの胸に痛みが走る。
 生きる為に何を喰らい、何をしゃぶったかなど改めて見せられるまでもない。
 生きる事以上の目的が無いとはいえ、過ごした年月の長さを忘れようとも、これだけは忘れられる筈もない。
 ガチリと施錠が外れる音がして、クロウは緩慢に振り返る。逆光で掠れて見えぬ人影は、ぬらりと檻に近付けばその手を差し出した。無骨な手。肉の付いた、血の通った手。
 もはやボロボロになった歯で、彼の息子はその腕に噛みついた。
 その先がどうなったか、クロウは知っている。それを経て、クロウは今ここにいる。
 嫌なものを見た。
 沸々と胸の奥底から沸き上がる熱はクロウを焦がす。過去を弄り映す装置など、悪趣味以外の他にない。
「サカホコ、マガホコ」
 差し込む光を引き裂いて、龍の翼がクロウの背から広がった。人の影はいつしか異形のそれへと変わり、クロウは蛇に呼びかける。
「好きに暴れろ」
 この世界に、その装置に該当する何かがどこかにあるのだろう。それがどれかなんて、今は検討もつかない。
 それでも、全てを壊せば終わる。
 これは只の八つ当たりだ。今や龍と化したクロウは過去を打ち破るべく、声をあげた。
「今更、見せられなくても分かってる」
 これを抱えて、進むのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年02月14日


挿絵イラスト