大祓百鬼夜行㉑~夕暮に君を望む
●夕暮の襲撃
白い壁に囲まれた建物。
此処は人類防衛組織アンダーグラウンド・ディフェンス・コープが所有する施設だ。
友好的なアンディファインド・クリーチャー、即ち『UDC-P』が保護されている建物には特に危険なものや事件などはなく、これまではとても平穏な場所だった。
しかし、或る日の夕暮れ時。
突如として見えない何かが訪れ、施設を破壊しはじめた。
「どうなってるんだ!?」
「何かがいるようですが……駄目です、捉えられません!」
混乱する職員達は何とか対応しようとして駆け回っているが、灼熱の光が次々と建物を貫いていく。彼らには見えていないのだが、其処にはフェニックスの骸魂に飲み込まれた竜神の少女がいた。
為す術もなく職員達が避難していく中、骸魂妖怪は建物の奥に進む。
其処には逃げ遅れた女性職員とUDC-Pの『ポピーちゃん』と呼ばれる球体がいた。姿は見えずとも、迫りくる何かを察知した女性は身構える。だが、そのとき。
「……ぴ!」
「ポピーちゃん!? 待ちなさい、君は戦えないはずじゃ――」
夕暮れの色を纏ったUDC-Pが職員の前に飛び出した。
その子は以前、猟兵によって保護されたUDCだ。浮遊するポピーちゃんは普段から世話になっている職員を守るように見えない存在に向かい、力を巡らせた。
だが、不可視の妖怪も襲い掛かってくる。
次の瞬間。目映い橙色の光が周囲に満ちたかと思うと、職員が驚きの声をあげた。
「うそ、お父さん……。どうして……?」
彼女の前には十年前に亡くなった父の姿があった。弓術の心得がある父は妖怪を弓矢で射っており、娘を守ったらしい。その力は僅かではあるが妖怪に効いていた。
彼はUDC-Pが作り出した幻だ。
どうやら職員から生前の父の記憶を読み取って具現化したらしい。はっとした職員はUDC-Pが能力を使って守ってくれたのだと知り、涙をこらえる。
「ありがとう、ありがとうポピーちゃん……。大丈夫よ、私達は負けない!」
「ぴ!」
夕陽が差し込む部屋の中、ポピーちゃんは強く鳴いて応えた。
だが、ふたりはまだ知らない。骸魂妖怪がこの場に訪れた真の目的は、UDC-Pを取り込むことだったという事実を――。
●もう一度、黄昏に君を呼ぶ
「拙いことになった」
状況を短く告げたUDCエージェント、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)の声には焦りが滲んでいる。しかし、すぐに呼吸を整えた彼は冷静に語っていった。
「UDC-Null……つまり骸魂と合体した妖怪が、UDC組織に乗り込んできたんだ」
猟兵とは違い、一般のエージェント達は妖怪の姿を見ることが出来ないので現場は混乱に陥っている。事態の対処が必要だと伝えたディイは詳しいことを説明していく。
「エージェント達は優秀だ。猟兵が向かえばすぐに状況を理解してくれる。協力や避難を願えば応対する力もあるぜ」
だが、問題は妖怪の狙いだ。
組織の拠点のひとつである研究施設に侵入した妖怪は、その奥へ進んでいる。
どうやら此処に保護されているUDC-P、つまり人間の害にならないUDCを自分の中に取り込もうとしているようだ。
「施設にいるのは『ポピーちゃん』という名がつけられた黄昏色のふわふわした球体だ。ぴ、とだけ喋れるようになったくらいで人間の言葉は話せないが、こっちの意思や意図は理解してくれるぜ」
ポピーちゃんは死者の幻影を作る力を持っている。
現場に猟兵が訪れれば、かれは力を使って援護してくれるだろう。此方の記憶が読み取られることになるが、ポピーちゃんはそれを悪用などしない。
「本物じゃないが、記憶から読み取られた限りなく本物に近い故人と共闘できるってことだ。力を合わせて妖怪を撃退すれば、UDC-P本体を守ることにも繋がるぜ」
妖怪は手強いが、猟兵なら姿をしっかりと捉えられる。
いつものように倒せば骸魂だけを滅ぼして妖怪を助けることが出来るので、全力で戦えばいい。そう告げたディイは転移の準備を整える。
「次に目を開けた時には件の施設の中だ。そのまま奥に進んだ先に広い部屋があって、其処に妖怪やポピーちゃん達が対峙してる。出来るだけ急いでくれ」
後はUDC-Pと共に戦うだけ。
頼んだぜ、と仲間達に願ったディイは意識を集中させていく。そして、戦場と化した施設への転送陣がひらかれていった。
犬塚ひなこ
こちらは『大祓百鬼夜行』のシナリオです。
骸魂妖怪がUDC組織を襲っています。狙われているUDC-Pを守るため、協力して戦いましょう!
今回は『おひとりさま』でのご参加推奨です。
採用数は決めず、元気が続く限り頑張ります。戦争の進行重視でもあるため再送は行いません。そのため少数採用になってしまったり、何も問題がなくともプレイングをお返ししてしまうこともあります。ご了承いただけると幸いです。
●プレイングボーナス
『UDC-Pやエージェント達と協力して戦う』
今回、登場するUDC-Pは『ポピーちゃん』というふわふわした黄昏色の球体です。
死者の幻影を呼び出す力を持っており、あなたの大切な人の幻影を作って援護を行います。幻影は生前のその方が得意だった戦い方で応戦します。戦う力を持っていない方や、攻撃方法が不明な場合は念力を用います。(いずれも強さはポピーちゃんの能力依存です)
ポピーちゃんは過去作『黄昏に君を呼ぶ』というシナリオで登場して名付けられた子ですが、内容を知らなくとも問題はありません。
●共闘
あなたの大切な故人と一緒に戦えます。
故人を呼び出して貰う場合は必ず、『名前、または呼び名』『どんな関係の相手なのか』をお書き添えください。故人の口調が分かる情報や、あなたをどう呼ぶか、攻撃方法等も明記してあると💮です。
(プレイング例)
あなたは……△△お兄ちゃん!?
『久しぶりだな、○○。一緒にあの敵を蹴散らそうぜ!』
といった感じで大丈夫です。上記に限らず、書きやすい形でどうぞ。
●おまかせ要素
プレイング末尾に『🔥』を明記してくださった場合、
故人の台詞や戦闘行動をお任せ頂いたものとして受け取ります。
イメージに合うよう尽力いたしますが、完璧に再現できない場合もあります。お任せの場合、どんな反応が来ても大丈夫! というお気持ちでお願いします。
第1章 ボス戦
『フェニックスドラゴン』
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POW : 不死鳥再臨
自身が戦闘で瀕死になると【羽が燃え上がり、炎の中から無傷の自分】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
SPD : フェニックス・レイ
レベル分の1秒で【灼熱の光線】を発射できる。
WIZ : 不死鳥の尾
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【炎の羽】で包囲攻撃する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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雲烟・叶
お久し振りですねぇ、ポピーちゃん
もう一度、君を助けに来ましたよ
終わったらまたお話しましょうねぇ
……おや、君もご一緒してくださるんです?
嗚呼、なるほど
………… お爺さま、お婆さま、あなた方が、
……感傷に浸ってる場合じゃないですねぇ、あんまり優しい顔されちまうと都合の良い夢みてぇで困っちまいますよ
大丈夫、君のせいじゃありませんよ、ポピーちゃん
うちのUDC組織も何時襲われるか分かんねぇですから、勝手は分かるんで職員たちには非戦闘員の避難を頼んでおきましょう
【誘惑、恐怖を与える】で敵の攻撃タイミングを調整し誘発
【カウンター、呪詛、生命力吸収、継続ダメージ】+UC
他の方の手助けくらいにはなるでしょう
🔥
●二人の微笑み
白い壁を背にして破壊された建物内を進む。
雲烟・叶(呪物・f07442)は周辺を巡り、職員に声を掛けていく。
「うちの組織も何時襲われるか分かんねぇですからね。大体の勝手は分かるんで手を打っておきましょうか」
建物内に残っていた職員達に非戦闘員の避難を頼み、亀裂が走っている長い廊下の先に急ぐ。その先の扉を開けば、其処には黄昏色のふわふわとしたものが浮かんでおり――その前にはフェニックスめいた炎を纏う妖怪が居た。
叶は即座に妖怪と黄昏の仔の間に割り込み、その名を呼ぶ。
「お久し振りですねぇ、ポピーちゃん」
「ぴっ」
以前に会った時よりも成長しているらしく、黄昏の仔はぴぴっと鳴く。叶はポピーちゃんを背に庇いながら、妖怪を見据えた。
「もう一度、君を助けに来ましたよ。終わったらまたお話しましょうねぇ」
「ぴ!」
しかし、ポピーちゃんは叶の横に回り込んだ。
どうやら自分も戦うといっているようだ。言葉は分からないが、かれがそう伝えてくれているように思えた。
「……おや、君もご一緒してくださるんです?」
嗚呼なるほど、と叶が頷くと目の前に影が現れはじめる。
靄のようなものから形になっていった人影はふたつ。
「…………」
『私達の出番のようねえ』
『どうやらお前のために揮える力があるらしい』
叶の傍に姿を見せたのは、穏やかな顔をした老人達だ。彼らにはあの日の黄昏に見た恨みにまみれた感情は見えず、叶を育ててくれた時の優しい雰囲気があった。
「お爺さま、お婆さま、あなた方が、」
『いけない、構えて』
『火の鳥が来るぞ』
「……感傷に浸ってる場合じゃないですねぇ」
二人に呼び掛けられた叶がはたとする。幾枚もの炎の羽が舞ってきたことで、彼は素早く身を翻した。
あまりにも彼らが優しいものだから、都合の良い夢を見ているだけだと錯覚してしまいそうだ。困っちまいますよ、と呟いた叶は妖怪への攻撃をはじめていく。
「ぴ?」
「大丈夫、君のせいじゃありませんよ、ポピーちゃん」
途中で黄昏の仔が不安そうな声を出したが、叶は首を横に振る。
嘗て父母代わりだった老人達は腕を掲げ、念力を用いて叶を援護していった。その間に叶は誘惑の力を巡らせ、相手に恐怖を与えようと試みる。
これで敵の攻撃タイミングを調整していけば上手く戦えるはずだ。
骸魂に支配されたフェニックスドラゴンは何も語らず、ただ淡々と邪魔者を排除しようとしてくる。叶は老夫婦と共に立ち回り、カウンターからの呪詛、更には生命力吸収による継続ダメージを与え続けていった。
そして、叶は敵を惑わせていく。
平衡感覚の欠如、眩暈、頭痛、酷い焦燥感。そういったものを次々と付与していけば、後続の猟兵の力に繋がるはずだ。
「これで他の方の手助けくらいにはなるでしょう。ねえ、お爺さま、お婆さま」
叶が振り向くと、不意に夕暮色の光が揺らいだ。
『時間のようだ』
『ふふ……逢えて嬉しかった』
老人達は静かに微笑みながら叶の傍から消えていく。僅かな邂逅だったが、彼らはあの最期のときのように呪詛に理性を削られてはいなかった。
そのことがほんの少しだけ救いになった気がして、叶は双眸を細める。
「――本当に、夢みてぇでしたよ」
大成功
🔵🔵🔵
縁襾・徠樹
心境
初めての戦闘なので
父親に指示と手ほどきされながら戦います
共闘
歴戦の戦人武侠の父親
柔和な表情に月にも似た優しい眼差し
だけど鋭い銀の瞳をもつ精悍な躰
鋭く研ぎ澄まされた蒼雷の如く闘気を纏い禍々しい槍をもって戦う
・槍の妖気を「冷気のつらら」に変換し撃ち出す
・槍に螺旋の如き捻りを加えて突き出し敵を穿つ
・両手に集中させた闘気を敵に目掛けて放出する
・闘気を癒しの力に転換し息子のHPを回復する
『…徠樹、来るぞ。構えろ』
え、父さま?
(まるで父親に共鳴するように
僕と同じ色合いの長い髪の女性(精霊)が現れて
父親寄り添うと、そのまま魔法の杖に変身した)
…母さま?
僕は漆黒の刄の大きな裁ち鋏『ヤドリギ』で攻撃
『🔥』
●父の言葉と巡る力
妖怪に襲撃された施設内。
今まさに危機に陥らんとしている現場に踏み入り、縁襾・徠樹(夜香月光・f33348)は身構えた。されど炎を放つ妖怪に対してどのように対処すればいいのか。僵尸として目覚めた徠樹には戦った経験がない。
それでも、この場所に呼ばれるように訪れたのは何かの予感を覚えていたからだ。
「ぴ!」
ポピーちゃんと呼ばれるUDC-Pが徠樹の到来を察し、力を巡らせる。死者の幻影を作り出す力によって呼び寄せられたのは――。
『……徠樹、来るぞ。構えろ』
「え、父さま?」
気付けば隣に立っていた精悍な躰をした人影。徠樹が父と呼んだ彼は確かに幻影だ。しかし、我が子に向ける銀の瞳はとても優しい。彼は歴戦の戦人武侠であり、佇まいは凛としている。そして、柔和な表情に月にも似た視線はすぐさま敵の方に巡らされた。
『右だ、床を蹴って跳べ』
「……っ」
父の声に反応した徠樹はその通りに動く。躰は自然に軽やかに動き、敵から飛ばされた炎の羽を避けることが出来た。
そのまま身を翻した徠樹は父が攻勢に入る姿を見つめる。父はまるで息子に手ほどきをするように、鋭く研ぎ澄まされた蒼雷の如き闘気を纏った。
彼の禍々しい槍が差し向けられた先は骸魂に操られた竜神の少女。
徠樹も漆黒の荊棘の闘気を巡らせ、殺戮刃物を構える。父が槍の妖気を冷気のつららに変換し撃ち出すと同時に、徠樹も裁ち鋏で以て攻勢に出る。
『いいか、こう動けばこのような軌跡になる』
「わかったよ、父さま」
父の幻影が槍に螺旋の如き捻りを加えて突き出し、敵を穿つ。更に両手に集中させた闘気を敵に目掛けて放出していく最中、徠樹も追従した。
その強さは彼を形作っているポピーちゃんの力に比例しているが、それであっても父はとても強いと思えた。
そして、まるで父親に共鳴するように徠樹と同じ色をした長い髪の女性が現れる。どうやら精霊であるらしい彼女は、父に寄り添う。
そして、女性はそのまま魔法の杖に変身していく。
「……母さま?」
彼女が杖になる一瞬前、穏やかな微笑みが見えた気がした。徠樹の呼び掛けに応えてくれたかのようで、不思議とあたたかな心地が巡る。
だが、その間にも不死鳥の尾が振るわれていった。
徠樹は先程に父から教わったように床を蹴りあげて跳躍する。次はもっと簡単に体が動いたように思え、自分が父の動きをしかと学べていることが実感できた。
『いいぞ、そのまま回避して攻撃だ』
父の言う通り、徠樹は鋏を振るって敵に対抗していく。
危ない時があれば、父は闘気を癒しの力に転換して息子を癒やした。
「ありがとう、父さま」
徠樹が礼を告げる。そうすれば父は銀の瞳に息子を映した。その姿は消えかけており、彼も幻影として現れる力が弱くなっていることを悟っているようだ。
『これからも強く進め。あの子の為にも――』
微笑んだ父は静かに消えていく。
後に残された徠樹は少しの寂しさを感じたが、戦いは未だ巡っている。彼から教わった戦い方を礎にすることを決め、徠樹は骸魂妖怪を見据えた。
(あの子……?)
父が語った言葉に疑問は浮かべど、きっとあれは大切なことだ。
あの言葉の意味をしかと考える為にもこの戦いに勝たねばならない。そして、徠樹は妖怪に立ち向かっていく。彼が揮ってゆく漆黒の刄には確かな意志が宿っていた。
大成功
🔵🔵🔵
榎本・英
あの日君が見せた、祖父の幻影。
名前は榎本優。
彼は立派な文豪だった。
私の記憶の中の祖父は無口で、タバコの良く似合う男だったよ。
嗚呼。懐かしい感覚だ。
祖父のお願いを聞いていた、あの日と同じ光景だ。
片手に筆を、片手に原稿用紙を
この唇には言の葉と云う刃を
やり方は簡単だった。
私を見せず、私を残さず、たったの一瞬。
瞬きの間に全てを終わらせる。
祖父の情念は、もはや執着にも似ていた。
やはり私は、何処までも祖父に似ているのだ。
祖父の本にはいのちが宿っていた。
獣すらも激しく、いのちを魅せてくれる。
今の私は、貴方が指示をせずとも
私の意思で動くことが出来る
嗚呼。ナツ。
あれが私の祖父だよ。
私はあの人を、誇りに思う。
🔥
●筆と著
思い返すのは黄昏の色。
あの日、怪異が見せた祖父の幻影。そのときの記憶を辿り、榎本・英(優誉・f22898)は眼鏡の奥の眸を軽く眇めた。
まぼろしであった彼が、今も此処に新たなまぼろしとして現れている。
『……そうか』
妖怪との戦いが巡っている現在、英の祖父である幻影はたった一言だけ呟き、事態を理解した。彼の名は榎本優。立派な文豪だった人だ。
彼は英の記憶そのままに無口だった。咥えたタバコはよく似合っており、片手に筆、もう片手に原稿用紙を携える様はまさに祖父そのもの。
「嗚呼。懐かしい感覚だ」
見てご覧、と傍らに控える仔猫に呼び掛けた英は、双眸を細めた。
窓から射し込む夕陽が妙に目映い。これは祖父のお願いを聞いていた、あの日と同じ光景だと思えた。
祖父は英の前に立ち、唇に言の葉と云う刃を宿していく。
彼のやり方は簡単だった。
言葉にすれば単純明快。私を見せず、私を残さず、たったの一瞬。瞬きの間に終わらせるという方法で全てに幕を下ろす。
妖怪による灼熱の光線が英達に迫ってきたが、床を蹴った彼らは一閃を躱した。
炎の羽が舞い散る部屋は激しい攻防が巡る戦場と化している。されど妖怪の狙いは猟兵達に絞られているので建物が壊れることはないようだ。
それに黄昏の仔に攻撃が集中してもいけない。これでいいと感じた英はナツにポピーちゃんを見て貰うように願い、自らも攻勢に入っていった。
最初に言葉を発しただけで祖父は何も語らない。しかし、英には解っていた。敵に向けられた彼の眼差しが、共に戦えと示してくれていることを。
祖父の情念は、もはや執着にも似ていた。
そして己の情念もまた同じである。やはり自分は何処までも祖父に似ているのだと改めて思った英は、筆を振り上げた。
同じ響きの名を持つ故か。それとも、意志を継いだからか。
その理由を言葉にするのは無粋である気がして、英は戦いに集中した。迫りくる炎の羽を切り裂き、断ち切った英は敵を見据える。
同時に懐うのは祖父の本のこと。彼の著書にはいのちが宿っていた。開かれた頁から放たれる獣すらも激しく、いのちを魅せてくれるものだ。
「今の私は、貴方が指示をせずとも私の意思で動くことが出来る」
『そのようだね』
英が思うままに言葉を紡ぐと、祖父は僅かに目を細めた。そして、筆の一閃は不死鳥の翼を貫いた。祖父が巡らせる力も同時に妖怪の中にある骸魂を穿ってゆく。
そのとき、二人を見ていた仔猫がにゃあと鳴いた。
「嗚呼。ナツ。あれが私の祖父だよ」
妖怪に立ち向かう彼の背を見つめ、英は仔猫に呼び掛ける。
そうして、英は心からの言の葉を声にした。
――私はあの人を、誇りに思う。
大成功
🔵🔵🔵
月水・輝命
◎
WIZ
五鈴鏡は複製を。
エージェントの皆さんや、ポピーさんと協力しますわ。ポピーさんを守る事も忘れず。
『鏡の人。こうして話すのは久しぶりですね』
っ、姫巫女様……。
最初の持ち主の姫巫女様。
当時、名前は特に無かったので、必要な時だけ鏡の人、と呼ばれていましたわね。
彼女が亡くなるまで五鈴鏡を持っていたから、わたくしは破魔や浄化を行う力がある。
お姿は、姫巫女様が最盛期だった若い頃。
『民を守る為に、共に力を合わせましょう』
えぇ、勿論です……!
今度こそ、わたくしは姫巫女様を守りますわ。
第六感が強く、的確な指示を下さると共に、破魔の力で援護して下さります。
UC発動。姫巫女様には指一本触れさせませんわ。
🔥
●輝く命という名前
骸魂を宿した妖怪が暴れる施設内。
戦いの余波が激しく巡る中に訪れた月水・輝命(うつしうつすもの・f26153)は、周囲を見渡した。既に多くのエージェントは避難しており、後は妖怪が訪れた部屋に残されているUDC-Pと女性職員だけだ。
「エージェントさん、ポピーちゃんさん、大丈夫ですか?」
「ええ!」
「ぴ!」
職員は邪魔にならないよう部屋の隅に退避しており、ポピーちゃんは彼女を守るように立ち塞がり、もとい、浮き塞がっている。
フェニックスドラゴンは炎の羽を飛ばしてくるが、輝命と同様に此処に駆けつけた猟兵達がそれらを防いでくれていた。輝命はエージェントに声を掛け、ポピーちゃんを落ち着かせることに注力した。
「わたくしも協力しますわ。ポピーちゃんさんも無理はなさらずに」
「ぴぴ!」
凛と告げた輝命がUDC-Pを守るために前に立つと、背後から不思議な力が渦巻いていく気配がした。おそらくポピーちゃんが能力を使ったのだろう。はっとした輝命が振り向こうとすると、隣に誰かが歩み寄ってきた。
『鏡の人。こうして話すのは久しぶりですね』
その声を聞いた瞬間、輝命は懐かしさで胸がいっぱいになった。
確かに今、隣にはあの方がいる。
「っ、姫巫女様……」
『どうしたのですか、鏡の人』
彼女は輝命の最初の持ち主。輝命が姫巫女様と呼ぶ大切な御方だ。
輝命には当時、今のような名前は特に無かった。それゆえに彼女からは必要な時だけ鏡の人と呼ばれていた。
今の自分がいるのは彼女の存在があったからだ。
彼女が亡くなるまで五鈴鏡を大切に持っていた故、輝命は破魔や浄化を行う力を持つことが出来ている。つまりは、今の全ては彼女のお陰。
「とても懐かしい姿だと思いまして……」
『ええ、若い頃に戻れるなど思ってもいませんでした。貴女のお陰ですね』
姫巫女の姿は、彼女の最盛期だった若い頃のものだ。穏やかに笑った彼女の顔を見るのも久方振りで、輝命の心にふわりとしたあたたかい気持ちが宿る。
その間にもフェニックスドラゴンの攻撃が激しく巡った。
姫巫女は真っ直ぐな眼差しを妖怪に向け、輝命に呼び掛ける。
『民を守る為に、共に力を合わせましょう』
「えぇ、勿論です……!」
現れたばかりだが、彼女も理解しているのだろう。この妖怪を放置すれば此処に住む人々にも被害が出るという事実と未来を。
輝命は強く身構え、鏡映しの力を発動させた。
「今度こそ、わたくしは姫巫女様を守りますわ」
『ふふ、守るのは此方の方ですよ。鏡の人……いえ、輝命』
素敵な名前ですね、と微笑む姫巫女。
名を告げた記憶はないのだが、彼女は輝命の今を知っているようだ。UDC-Pの力のあらわれなのか、それとも本当の彼女が輝命を見守ってくれたのか。
「姫巫女様……。はい!」
輝命は呼ばれたことへの返事をしてから、攻勢の光を巡らせた。第六感が強い姫巫女様は此方に合わせ、的確な指示と共に破魔の力で援護に回っていく。
『全てを護りましょう』
「姫巫女様にも指一本触れさせませんわ」
勝利を導くように光り輝く軌跡は、まるで命の結晶であるかのよう。
そして――二人が解き放っていく破魔の光が重なり、炎の化身は貫かれていった。
大成功
🔵🔵🔵
百鳥・円
さらりと風に靡く淡い髪色
その白金の色が大嫌いだった
隻眼に嵌る赤紫
わたしが宿す異彩の片側とおんなじ色
黒衣に咲き誇る曼珠沙華
薄桜咲く黒扇子を遊ばせるのは、
『円』
……あまね。
父に当たる名を、“周”を呼ぶ
パパ。父さん。そんなの、言いませんよ
可愛げがねえな、って笑うんでしょ
うるさいな。アンタなんて大嫌い
……そう、だいきらいですよ
けれど。理解っているんです
切望する母ではなく、この人を呼んだ理由
よく似た色の髪を撫でられる
舌打ちだって、振り払う事だって出来るけれど
今だけは大人しくしましょう
協力、してくれるんでしょ
炎の扱いはアンタの方が上だって知ってます
とびきり鮮明な玉髄のように
咲き誇る焔を見せてくださいよ
🔥
●咲きゆく焔
いま此処に、死者が再び訪れる。
UDC-Pの力が巡り、戦場と化した施設内に新たな人影が現れはじめた。
さらりと風に靡く淡い髪色、隻眼に嵌る赤紫。
形を成していく人影を見据え、百鳥・円(華回帰・f10932)は思う。あれは彼だ。その白金の色が大嫌いだったことを思い出し、円は頭を振った。
円が宿す異彩の片側とおんなじ色をしたもの。
黒衣に咲き誇る曼珠沙華に、薄桜咲く黒扇子を遊ばせるのは――。
『円』
「……あまね」
彼から名を呼ばれ、円も名前を口にする。
それは彼女の父に当たる名。“周”という響きをただ音にしただけの呼び方だ。パパ。父さん。普通であれば呼ぶような形で彼を呼んだりしない。
『そっけないな、円』
周は何かを言いたげな視線を向けてきたので、円は先を読んだ。大方、父さんとでも呼んでくれという意味合いの眼差しなのだろう。
「そんなの、言いませんよ」
『変わらず可愛げがねえな』
言葉に反して、彼は笑っていた。
彼に自分の言葉が予想されていたことを知り、円はそっぽを向く。言葉を読んで先回りした心算だったが彼の方が一枚上手のようだ。
「うるさいな。アンタなんて大嫌いです。さっさと戦ってください」
ほら、と示したのは炎の羽を撒き散らす不死鳥の妖怪。UDC-Pを狙っているようだが、今は訪れた猟兵を蹴散らすことに注力している。
『分かった』
ふっと笑った父は敵に向き直り、円の横に並び立った。
わざわざ隣に立った彼は少しばかり娘を揶揄っているようだ。円は自分の心を確かめるようにして、敢えて彼に聞こえるように呟いた。
「……そう、だいきらいですよ」
けれど、理解っている。
切望する母ではなく、この人を呼んだ理由は――。
円はもう一度、頭を振って気を取り直す。其処から戦いは巡り、父親たる夢魔と円の放つ炎が敵に迸っていった。
夢を糧に咲き誇る曼珠沙華の炎は見事に不死鳥妖怪を捉え、羽を焼き尽くす。
『強くなったな』
「…………」
周は自分によく似た色の娘の髪を撫でた。その掌の感触はくすぐったいというよりも少しばかり邪魔ったらしいと思ってしまう。舌打ちだって、振り払うことだって出来たが、円は無言でいるだけ。
今だけは大人しくしていようと決め、円は抵抗しなかった。
そうして戦場には炎と焔、火がそれぞれに激しく飛び交う。されど相手も炎を操る妖怪だ。当たっても掻き消されてしまう一撃もあった。円は周をちらと見遣り、機を合わせるべきだと告げた。
「協力、してくれるんでしょ」
『そうか、合わせてくれるのか』
「炎の扱いはアンタの方が上だって知ってます。仕方なく、ですよ」
『素直じゃねえな。まぁいい、それじゃ行くぞ』
周の呼び掛けに頷き、円は焔を紡ぐ。彼も炎を巡らせながら円に視線を送った。
とびきり鮮明な玉髄のように、咲き誇る焔を魅せて。
その焔を越えて、わたしは先に進むから。
言葉にしない円の思いを感じ取ったらしい周は全力の炎を放った。その瞬間、ふたつの炎が不死鳥を鋭く穿つ。焔が迸る最中、父の声が隣から聞こえた。
『――じゃあな』
おそらくUDC-Pの能力効果の終わりが来たのだろう。円は別れの言葉を告げながら消えていく父の姿を黙って見送った。
放った炎が完全に消えたとき、彼の姿は何処にもなかった。
さよならなど決して言わない。それこそが円なりの、彼への思いの示し方だった。
大成功
🔵🔵🔵
朱赫七・カムイ
◎
故人といえばそうなるのかな
神斬
嘗ての私(厄災)よ
三つ目が私を見下ろす
私より背が高い
なんか嫌
駄目だよ神斬…!喰桜はもう私の刀だ
─私は刀が無くとも戦える
まさか素手か?
違うと首を横に振る仕草に腹が立つ
私にも出来る
神斬に出来たことが私に出来ないわけがない
サヨだって私が守る
愛呪だって…
─ポピーチャンはいいの?
ハッ
ポピーちゃんが危ない!
神斬に遅れはとれない
先制攻撃だ
ポピーちゃんを結界を張り守り斬撃派で妖をなぎ斬る
不運齎す神罰を、
お前は神罰の使い方がなってないね
こうするんだよ
笑う厄災が問答無用に捻じ曲げ圧殺するよう叩きつける
滅絶ノ厄華
荒ぶり爆ぜて地が揺れる
之は厄災だ
黒い背は前にある
私だって負けられない
🔥
●櫻喰いの厄神
彼を故人と表すには些か不釣り合いかもしれない。
されど、目の前に現れているのは己の記憶――過去から読み取られた幻。
このような邂逅が在っても構わないと感じた朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は傍らに立つ人影を呼ぶ。
「――神斬」
彼は嘗ての己。厄災の神たる存在だ。
神斬はカムイより幾分も背が高く、三つ目が静かに此方を見下ろしている。
『なんか嫌だ、と思ったね?』
「それは、噫……思った」
神斬はカムイが考えていたことを見抜いた。突然の指摘に取り繕うことも出来なかったカムイは素直に頷いた。しかし、今もこの戦場では戦いが巡っている。神斬はカムイが携えた喰桜の刃に目を向けていた。はたとしたカムイは首を横に振る。
「駄目だよ神斬……! 喰桜はもう私の刀だ」
『分かっているよ。私は刀が無くとも戦える』
「まさか素手で?」
『……』
カムイが問うと、彼は違うと首を横に振った。
戦場に飛び交う炎の羽を察知した二人は、其々左右に跳んで避ける。殆ど同じ存在であるからか、その仕草にも腹が立ってしまう。カムイは今の自分と昔の己の力量を如実に感じ取っていた。それゆえにこうして苛立ちを覚えてしまうのかもしれない。
「私にも出来る」
神斬に出来たことが己に出来ないわけがない。彼以上に櫻宵を守ると誓っている。
それに愛呪だって――と考えたとき、神斬がカムイに後ろを示した。
『ポピーチャンはいいの?』
「……! ポピーちゃんが危ない!」
カムイは身を翻し、いま守るべき存在の元に駆ける。神斬が示した先には迫る焔の羽があり、カムイは即座に喰桜でそれを切り裂いた。
もしカムイが動かなければ神斬がポピーちゃんを守っていただろう。そのことに気付いたカムイは神斬に対抗心を燃やした。
更に攻撃をされる前に、ポピーちゃんを中心にした結界を張る。いつもは補助を担ってくれるカラスがいるのだが、今日は見当たらない。カグラも部屋に入る前に姿を消しているが、きっとエージェント達を護りに行ってくれたのだろう。
カムイは床を蹴り、妖を薙ぎ払うと同時に不運を齎す神罰を巡らせた。
滅絶の神罰が妖怪に流し込まれていくが、抵抗されてしまう。すると神斬が静かに双眸を細めてみせた。
『お前は神罰の使い方がなってないね』
こうするんだよ、といって神斬は厄災を巡らせた。三つ目に映す全てを桜に変じる櫻神の権能が、炎の羽を花に変えた。そして、問答無用に焔を捻じ曲げ圧殺するよう叩きつけるのは厄華。瞬く間に花が荒ぶり爆ぜて、地が揺れた。
(――之は厄災だ)
未だ敵わない。悔しくも実感してしまったカムイだが、前は向いたまま。
黒い背は前にあるが、カムイは神斬の横に並び立つ。
赫と黒。どちらも色濃く強い色だ。そして、赫は黒よりも巫女に近い彩でもある。
「私だって負けられない」
『……それで良い。あの子を守るために、強くなろう』
厄神に僅かに認められた気がして、カムイはそっと彼を見上げた。其処で幻影の効力が切れたのか、神斬は舞い散る黒桜と共に消えていく。
消えゆく間際、どうしてか神斬は幽かに微笑んでいたように見えた
喰桜を構えたカムイは決意を固める。手が届く限り、今は総てを守るのだと――。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
◎
神斬ししょ…イザナ?
師匠だと思ったのに
─また彼奴に甘えきる気だろう
デコピンされたわ
私と同じ姿同じ声
なのに私とは全然違う
桜龍の尾が不機嫌に地を叩く
破魔の桜纏う清廉で美しい桜竜神
前の私、始祖
常の人形姿とは違う本当の姿
イザナの様にあれれば…痛いわ!
何故頬を摘むの
今はポピーちゃんを守る
行くわよ、おじいちゃん
並び立ち
妖をなぎ払い斬り裂いて
太刀筋を合わせていく
イザナの剣戟は迷いなく舞うようでありながら真っ直ぐ
悔しいけど綺麗で
まだ私にだって救えるはず
呪だって
祓える筈だったのに絡め取られる
怖い
愛は甘いものではなかった
このままの私では居られない
本当は独りでいるべきなのに
そう出来ないのはきっと、私が弱いから
🔥
●輪廻の巡り
「神斬ししょ……イザナ?」
戦いが巡りゆく戦場の最中、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)の目に入ったのは扉から普通に入ってくる人影だった。他の幻影はUDC-Pの力が放たれた後に各人の隣に現れているというのに、イザナの登場は少し変わっている。
師匠だと思ったのに、と櫻宵が零すとイザナは肩を竦めた。
『また彼奴に甘えきる気だろう』
「ひゃう」
隣に並び立った彼はそういって、櫻宵の額をぺしんと叩く。思わず変な声をあげてしまった櫻宵は額を押さえた。
彼はイザナイカグラ。櫻宵の一族の始祖。つまりは遠い祖父にあたる人物であり、魂を同じくするもの。同じ姿で同じ声ではあるのだが、櫻宵とは全然違う。
『しょげていないで構えろ。――来る』
「ええ!」
イザナが呼び掛けた瞬間、不死鳥妖怪から灼熱の光線が放たれた。櫻宵とイザナは左右に散開して飛ぶことで光を避ける。
その際にイザナの桜龍の尾が不機嫌に地を叩いた。
『これがぽぴーちゃんの力か』
彼は破魔の桜を纏う桜竜神の姿へと変化している。常の人形姿とは違う、清廉で美しい本当の姿だ。彼が呟いたようにUDC-Pの力がイザナに力を与えているのだろう。
その姿を見つめた櫻宵は、ぽつりと零す。
「私もイザナのようにあれれば……」
『愚か者』
「痛いわ! 何故頬を摘むのよ! いたっ!」
するとイザナは櫻宵の両頬を摘んだ後、ぺちっと叩いた。
『私と同じになれば誰も救えぬまま死んでいくだけになる。神斬を救ったときのお前の心は何処に消えた? 怖いからといって、目の前の事態からも瞳を逸らすのか』
「…………」
イザナの真剣な問いかけに対し、櫻宵は何も答えられなかった。
しかし、その間にも妖怪の攻撃は激しく迸った。はっとした櫻宵は、今はポピーちゃんを守ることが一番大切だと気付き、身構え直す。
「行くわよ、おじいちゃん」
『その意気だ』
櫻宵とイザナは並び立ち、妖を薙ぎ払いに駆けた。イザナの剣戟は迷いなく、華麗に舞うようでありながら真っ直ぐだ。敵わぬことが悔しいが、とても綺麗だと思えた。
櫻宵達は放たれる光すら斬り裂き、太刀筋を合わせていく。
(まだ私にだって救えるはず。呪だって、祓える筈だったのに……)
絡め取られる。怖い。
櫻宵の裡には振り払えない恐怖が宿っている。イザナもそれを分かっているのか、敢えてあれ以上は何も言わなかった。
愛は甘いものではなかった。
このままの自分では居られないとして、櫻宵は刃を振るい続ける。
(本当は独りでいるべきなのに。そう出来ないのはきっと、私が弱いから)
『私も、そうだった』
「イザナ?」
櫻宵が思いに沈みそうになった時、不意にイザナが短い言葉を落とした。名を呼んでみても彼は何も答えず、首を横に振るのみ。
妙な不穏を感じながらも戦いは巡り、やがて――。
『噫、刻限か。後は任せた。櫻宵……桜を、枯らさないでくれ……』
――もう繰り返すな。
そう言い残してイザナは消える、と思いきや来た時と同様に扉から出ていった。残された櫻宵は屠桜を握り直し、あの言葉の意味を考える。
「イザナ、貴方は何を……?」
胸裏に渦巻く思いは消えない。されど、今は戦いに決着をつけるべき時。
半ば無理矢理に気を強く持った櫻宵は床を蹴り、更なる一閃を与えに駆けた。
大成功
🔵🔵🔵
リル・ルリ
◎
ノア様
とうさん!
とうさんがいる!
とうさん!僕ねあの頃より強くなったよ
色んなのをみて、歌って……のろのろでも進んでる
鰭だって伸びて魔法も使えるんだよ!
とうさんのまわりをくるくる泳ぐ
とうさんは呆れるかな?
でも逢えて嬉しいんだ
また一緒に舞台に立てるね
いくよ!ノア様!
開演時間だ、阿鼻叫喚の喝采を!
僕が歌って、とうさんを支える
今度は傷つける為でなく
誰かを救うためにだ!
水泡のオーラでノア様を守るよ
本当はとうさんの前で戦いたいけど僕が得意なのは後衛だ
歌う「望春の歌」
二人の舞台を彩って
魔を倒して救っていく
僕は僕の隣にいるひとを幸せにする
歌を聴いてくれるひとも皆!
だからとうさん
見ててよね
歌いきってみせるよ
🔥
●満ちゆく胸の内に咲く花は
『――リル』
その声は、黒耀が沈む深い闇を思わせる響きを宿していた。
振り向いたリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は、声の主の名を呼び返す。
「ノア様」
黒髪に黒尽くめの衣装、黒の鞭を携える吸血鬼。もうこの姿では会えないと思っていた彼。リルの父としてのノア・カナン・ルーが其処にいる。
「とうさん! とうさんがいる! とうさん!」
リルは綻ぶ花のような笑みを浮かべ、彼の傍に泳ぎ寄った。本当は勢いのままに抱きつきたかったが、戦いの最中なので我慢する。その代わりにリルは彼の周りを泳ぎ、今の自分について報告していく。
「とうさん! 僕ね、あの頃より強くなったよ。色んなのをみて、歌って……のろのろでも進んでるんだ。鰭だって伸びて魔法も使えるんだよ!」
『……そうか』
するとノアは傍を泳ぐ息子に向けて腕を伸ばした。
不意にリルの身体が引き寄せられ、すぐに離される。それはたった一瞬のこと。されど、確かな抱擁でもあった。
そうして、ノアは何事もなかったかのように敵に向き直り鞭を構える。
『さあ、始めようか』
「うん!」
嬉しくなったリルは口許に更に笑みを咲かせ、父と同じように身構えた。
父は呆れたりなどしなかった。きっといつもリルを見守ってくれているからだ。
「また一緒に舞台に立てるね。いくよ! ノア様!」
『ああ、リル』
「開演時間だ、阿鼻叫喚の……」
『いいや、違う』
リルが嘗てのグランギニョールでの台詞を語ろうとすると、ノアが言葉を遮った。首を傾げたリルに向けて幽かに微笑んだノアは、これまでとは違う言葉を紡いだ。
『愛歌い、こい咲かす――』
「開演時間だ、有頂天外の喝采を!」
リルはノアが続きを促しているのだと気付き、声を合わせて宣言する。それは享楽ではなく、櫻沫の匣舟としての舞台台詞だ。
そして、リルは歌いはじめる、
形も関係も変わっても、舞台の巡りあの頃と同じ。人魚が歌い、彼が指揮をする。撓った鞭が戦場に飛び交う炎の羽を散らしていった。
頼もしいその背を見つめたリルは望春の歌を謳いあげていく。
「僕は歌うよ、ノア様がくれた歌を。今度は傷つける為でなく、誰かを救うために!」
水泡が人魚と吸血鬼を包み込み、更なる炎を防いだ。
本当はとうさんの前や隣で戦いたい。けれどもリルが得意なことは歌。
二人の舞台を彩るにはこの形が一番良い。魔を倒して救うのだと決めた時、鞭を高く振り上げたノアが号令を掛けた。
『――歌え! 私の歌姫達よ!』
歌姫、達。父の言葉に違和を感じた瞬間、それまでノアの傍に寄り添っていた黒い蝶々がリルの傍に飛んできた。はっとしたリルは隣で黒い尾鰭が揺らいだことに気付く。
『リルルリ、リルルリルルリ――』
「かあ、さん……」
ノアの能力が発動したらしく、リルの傍には漆黒の人魚が現れていた。リルの手を握った母、エスメラルダも歌を紡いでいく。涙を堪え、その手を握り返したリルは声を合わせて歌い続けていった。
僕は僕の隣にいるひとを幸せにする。
歌を聴いてくれるひとも皆、みんな。
「だから、ふたりとも」
見ていて。
最後まで。いつか遠い日に訪れる最期の時まで、歌いきってみせるから。
忘れないよ。いつまでも、いつだって胸に咲く此の花の色を。
だいすき。とうさん、かあさん。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
◎
ポピーちゃん!
お久しぶり
だいじょうぶよ
絶対にお守りするからね
現れたひと
ええ、そうね
共に戦い進むのなら
背を預けるのなら
金の髪
青の双眼
ルー、本当のルーシー
わたしはあなたの代わり、でも今は
大事な半身
わたしを何て呼んだら良いかって?
ふふ!好きに呼んでいいよ
ふたいろの花を咲かせましょう
ルーが受け継ぐハズだった色と、もうひとつ
ルーに出会わなければ見つけられなかった色
ポピーちゃんやエージェントさん、ルーを守って
災いの羽を焼き祓う
ルーも花弁を舞わす
あなたの花は、その色なのね
とてもキレイよ
さあ、いっしょに!
繋いだ手
幻かもしれない、けれど
とてもあたたかい
ずっとこうして
仲良くしたかった
ね、ルー
見守っていて、ね
🔥
●ふたりのルーシー
「ポピーちゃん!」
ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)が一番に駆けていったのは、懐かしくも感じるUDC-Pの元。名付け親でもあるルーシーの到来に気付いたポピーちゃんは、ふんわりと跳ねて応えた。
「ぴ!」
ルーシーはこの施設に訪れるのは久しぶり。本当はゆっくりと再会の言葉を交わしたいが、この場所は戦場になっている。お久しぶり、と告げたルーシーはポピーちゃんの傍について身構えた。
「だいじょうぶよ、絶対にお守りするからね」
「ぽぴ!」
ルーシーの声に元気よく答えたポピーちゃんは、すぐに力を巡らせる。
少女の記憶が読まれることで現れた人影。それは――。
「ええ、そうね」
共に戦い進むのなら。背を預けるのなら、彼女しかいない。
『……ここ、は?』
金の髪がさらりと揺れ、青の双眼が周囲を見渡した。其処に現れているのは本当のルーシー。少女がその名を与えられる前にルーシーだった少女だ。不死鳥の羽を飛ばす妖怪の動きに注意しながら、今のルーシーは彼女を呼ぶ。
「ルー」
すると、その視線が此方に向けられる。
『あなたもルーシー?』
「ええ。わたしはあなたの代わり、でも今は大事な半身だと思っているの」
『そっか……』
少女はきょとんとしていたが、やがて納得したように頷いた。そして、此方をじっと見つめてきた。その視線の意味が理解できたので、少女はふわりと微笑む。
「わたしを何て呼んだら良いかって? ふふ! 好きに呼んでいいよ」
『じゃあ、ルーシーだから……ルーと、シィ』
「まあ、素敵。行きましょう、ルー」
『がんばろうね、シィ』
よく似た色を宿す少女達は手を重ね、きゅうっと掌を握りあった。こうして一緒に戦うのは初めてだというのに、どうしてか互いの動きが分かる。
「ふたいろの花を咲かせましょう」
シィと呼ばれた少女が巡らせるのはふたいろ芥子の怪火。
ルーが受け継ぐはずだった色と、もうひとつの彩。自分がルーに出会わなければ見つけられなかった色だと伝え、少女は力を更に強くしていく。
「ポピーちゃんやエージェントさん、ルーを守って」
呼び掛けながら、少女は災いを齎す炎の羽を焼き祓っていった。シィの動きを見ていたルーも片手を掲げ、同様に花弁を舞わせる。
煌めく金色の花が戦場に咲き、フェニックスドラゴンを穿っていった。
「あなたの花は、その色なのね」
『……うん、そうみたい。変かしら?』
「いいえ、とてもキレイよ。さあ、いっしょに!」
少し不安そうに問いかけてきたルーに対して、シィは微笑んでみせる。ふたりで繋いだ手は離さないまま、ちいさなぬくもりを確かめていく。
これは幻かもしれない。
けれど、絆ぐ心も力も、この手もとてもあたたかいから――。
「ね、ルー」
『なあに、シィ……ううん、ルーシー』
戦いが巡る最中、二人は名を呼びあった。途中で彼女が呼び方を変えたのは、少女こそがルーシーだと認めてくれたからなのかもしれない。
少し涙ぐみそうになりながら、ルーシーは明るい笑みを湛えた。
「ずっとこうして、仲良くしたかった」
『だいじょうぶ。わたしとあなたは、ずっと一緒』
ブルーベル家の名のもとに。
それは時に重く、痛みを齎すものだけれど。それでも、大切なものだから。
この戦いが終わればルーともお別れ。けれどもこのひとときは、ずっと忘れない。
だから――。
「見守っていて、ね」
『うん、約束ね』
同じ名を宿す少女達の確かな誓いが今、此処で交わされた。
大成功
🔵🔵🔵
キリジ・グッドウィン
◎
UDC-Pね…この丸々としたのに力借りるのも不思議な感じだ。こういうの現象はまだ慣れねぇ
大切な人なんざいるわけ……って手前ェかよジジイ。
『ほっほ、元気そうじゃの キリジ』
……いつまでもガキ扱いすんじゃねぇよ
ラタン翁。壊滅した研究所から放り出された何もかも言葉すら覚束ない15のオレを拾い、一人前の傭兵にした連中の一人。飄々としたガンスミスで、この「カラゴズ」を寄越したのもジジイ
カラゴズとワヤン・クリにて応戦
クイックドロウでの早撃ちで敵を撹乱、急接近しナイフで切り結び零距離射撃
ジジイは後方よりライフルで。オレはそっちが欲しかったんだがな
『これは相手の動き、そして心を読んでこそ。お前には早い』
🔥
●銃と志
不死鳥の炎が飛び交う戦場。
其処から、ぴ、ぴぴ、という真剣な鳴き声が聞こえた。
あれが件のUDC-Pだと察したキリジ・グッドウィン(proscenium alexis・f31149)は其方に駆け寄り、大丈夫か、と問いかけた。
「ぴ!」
「コイツがUDC-Pね……この丸々としたのに力借りるのも不思議な感じだ」
キリジが軽く首を傾げる中、ポピーちゃんがふわりと揺れる。
「ぴ?」
「いや、こっちの話だ。戦いの状況も激化してるし、早いとこ頼む」
キリジは戦場と化した施設に飛び交う炎の羽を避けながら、UDC-Pに願う。正直を言えばこういった現象にはまだ慣れていないが、今は状況に応じていくしかない。
されどキリジにとって思い浮かぶ大切な故人などいない。最悪、助けがなくとも戦う気概はあった。しかし――。
「大切な人なんざいるわけ……って手前ェかよジジイ」
『ほっほ、元気そうじゃの。キリジ』
其処に現れたのは、ラタン翁と呼ばれる老人だった。
キリジは彼が訪れたことで軽く肩を竦めたが、すぐにいつも通りの調子に戻る。
「……いつまでもガキ扱いすんじゃねぇよ」
その言葉に対してラタンは双眸を細めてみせた。来るぞ、と敵を示したラタンに頷き、キリジも身構える。
構えたのは大型拳銃、カラゴズだ。
この銃は今回に現れたラタン翁にも深い縁がある。
壊滅した研究所から放り出された後。何もかも分からず、言葉すら覚束ない十五歳のキリジを拾ったのは彼だ。そして、ラタン翁はキリジを一人前の傭兵にした連中の一人でもあった。飄々としたガンスミスだった彼は過去、このカラゴズをキリジに与えた。
「これを寄越したのもジジイだったよな」
『どうじゃ、使いこなせているか?』
「この通りだ」
確かめるようにキリジが拳銃を構えれば、翁は静かに笑う。
そして、キリジはカラゴズとワヤン・クリを用いてフェニックスドラゴンに応戦していく。その動きはラタン達と共に居た時よりも鋭く、力を増している。
彼の姿を見守る翁はどこか嬉しそうに微笑んでいた。
そうして、キリジはクイックドロウでの早撃ちで以て敵を撹乱する。激しい炎の羽が何枚も迫ってきたが、そんなものになど動じはしない。
敢えて大きな力は使わず、キリジはフェニックスドラゴンに銃弾を撃ち込み続けた。ラタンはというと、後方からライフル銃を使って援護に入ってくれている。
「オレはそっちが欲しかったんだがな」
『これは相手の動き、そして心を読んでこそ。お前には早い』
「そうかい」
ジジイは変わらねえな、と呟いたキリジは床を蹴り上げ、一気に敵に向かった。
相手が捉えられないほどの速さで駆ける中、ラタンが敵の翼を撃ち抜く。其処に生まれた一瞬の隙を突き、急接近したキリジはワヤン・クリで相手を切り結んだ。
「その身体、いい加減に解放してやってくれよ」
妖怪を操る骸魂への言葉を向け、キリジはそのままカラゴズの銃爪を引く。零距離から解き放たれた射撃は見事に骸魂を貫き、その力を大きく削った。
『達者でな、キリジ』
彼の背を見つめていたラタン翁は音もなく消えていく。
振り返ったとき、其処にはもう誰もいなかった。しかしキリジはしかと感じ取っていった。此処にああして現れた翁が残した、最後の意志を――。
成功
🔵🔵🔴
影杜・梢
UDCアースは父さんと母さんが生きた世界だから、何が何でも護らないと
ポピーちゃんとは初めましてだけど、可愛いね
……父さんも母さんも、久しぶり?
いや……いつも見守ってくれてありがとう、かな
この5月に成人したよ
『すっかりアイラ(※母の名)に似たね。僕の要素…』
種族からして母さんの方だから……ね?
父さん、なんかゴメン…
母さん、A&Wから飛ばされる前は冒険者してたんだっけ
魔法使えるんでしょ?
頼りにしてるよ
『久しぶりだけど、任せて頂戴』
でも、父さんって戦えな……
羽には矢で対抗、かな
攻撃はUCで召喚した影の矢を複雑に飛翔させて【だまし討ち】を狙うよ
敵の攻撃は影による【オーラ防御】で、軽減できたら
🔥
●家族という絆
――UDCアース。
此処は影杜・梢(月下故蝶・f13905)にとって、父と母が生きた世界。
「父さんと母さんのいた大切な場所……。だから、何が何でも護らないとね」
事件が起こっている現場に駆けつけた梢は静かな意気込みを抱く。そして、梢は妖怪が押し入っている施設の部屋に到着した。
其処にはふわふわと浮く黄昏色の球体めいたUDC-Pが見える。
「ポピーちゃん?」
「ぴ!」
「初めましてだけど、可愛いね」
「ぴぴ!」
梢が話しかけると、ポピーちゃんは力強く鳴いた。
既に他の猟兵達が戦闘に入っており、フェニックスが繰り出す炎の羽や光線が戦場に飛び交っている。梢はUDC-Pを護りながら、かれの力が巡るのを待った。
刹那、死者を呼び出すというポピーちゃんの能力が発動する。
そして――其処に現れたのは、先程にも思い浮かべていた梢の父と母だ。
『……梢?』
『ああ、梢か』
懐かしい声が聞こえ、梢は少しだけ胸の奥が熱くなることを感じた。涙ぐみそうになりながらもぐっと堪え、梢は二人に呼び掛ける。
「……父さんも母さんも、久しぶり?」
『ええ、本当に』
母が穏やかに微笑み、父もそっと頷く。梢は照れくさいような、何だか恥ずかしいような不思議な気持ちを抱きながら二人を見つめた。
「いや……いつも見守ってくれてありがとう、かな。あのね、この五月に成人したよ」
『すっかりアイラに似たね。僕の要素は……』
父に成人の報告をすると、彼は僅かに項垂れた。愛娘が妻に似たことは嬉しかったが、自分にも似てほしかったらしい。
「種族からして母さんの方だから……ね? 父さん、なんかゴメン……」
『ふふ、父さんのことは気にしないで』
本当に落ち込んでいるわけではないから、と母が告げる。彼女の方に向き直った梢は身構えつつ、問いかけてみた。
「母さん、前は冒険者してたんだっけ。魔法使えるんでしょ?」
『久しぶりだけど、任せて頂戴』
「頼りにしてるよ。でも、父さんって戦えな……」
『う……』
娘の指摘に再び項垂れる父。母はそんな彼を見てもう一度、同じことを告げる。
『父さんのことは気にしないで行きましょう』
『そんな、アイラ……!』
「母さんも父さんも、相変わらずだね」
ちいさく笑った梢は胸があたたかくなっていく感覚をおぼえていた。そして、母と並び立った梢は機械仕掛けの弩を敵に差し向けた。
飛び交い続ける炎の羽には矢で対抗していく。母が巡らせた魔法の援護が更に羽を貫き、UDC-Pへの攻撃を弾いていった。
「これでいける、かな」
『合わせて、梢』
『二人とも、頑張れー……』
梢とアイラがタイミングを合わせて敵を穿つ中、父は応援に回っていた。一応はUDC-Pを守ってくれているらしい。そうして、家族は力を合わせて戦っていく。
「逃がしはしないさ。決してね」
梢は召喚した影の矢を複雑に飛翔させ、敵の動きを遮っていった。たとえ炎が迫ろうとも、巡らせた影で以て威力を軽減していく。
隣を見て、後ろを見れば母と父がしっかりと見守ってくれている。
たったひとときであれど、家族が揃った時間。たとえ記憶の中の存在であっても彼らは確かに、梢の中で生きている。
この瞬間を忘れないでいようと決め、梢は更に矢を解き放っていく。
戦いが終幕を迎えるまで、きっとあと少し。
大成功
🔵🔵🔵
花厳・椿
なぁに?椿を手伝ってくれるの?
ふわふわのまんまるに首を傾げる
でも、次に姿を表した人影に目を丸くする
大きな背中、濡羽色の髪、切長の黒曜石の瞳
手に持つ刀よりも、彼自身が研ぎ澄まされた一振りの刀のような男
恭しく着物が汚れるのも厭わず、彼は跪く
「姫様、どうぞご命令を」
死してもどこまでも愚かで憐れな男
そう思ったのは椿がいつか取り込んだ一人の女
椿に体と名を与えた本当の椿
男が姫と呼び、殺した女
「斬って」
男に告げる
それは椿の言葉では無く、その男の本当の主人の言葉
男の瞳に光が灯る
言葉も無く男は刀を振るう
椿の中の彼女が怒っていた
何も語らず、顔に出さず
命令に従うあの男のそういう所が嫌いだと
怒りながら泣いていた
🔥
●揺蕩うこころ
戦場となった部屋に炎の羽が舞い、赤い軌跡が奔っている。
襲撃という危機を迎えている施設に訪れた花厳・椿(夢見鳥・f29557)が先ず見たのは、黄昏の色を宿したふんわりとした球体だった。
「ぴ?」
「なぁに? 椿を手伝ってくれるの?」
それはポピーちゃんと呼ばれているらしいUDC-P。ふわふわのまんまるに向けて首を傾げた椿は、ぱちぱちと瞼を瞬いた。
ぴ、と再び鳴いたポピーちゃんは椿のために能力を発動させていく。
そうすれば、瞬く間に椿の前に人影が顕現していった。姿を現した人影に目を丸くしてしまった椿は、じっとその姿を見つめる。
大きな背中に濡羽色の髪。切れ長の黒曜石の瞳は妙に懐かしいと思えた。
その理由は椿の裡に秘められている。
男の手には刀が携えられていた。しかし、手に持つ刀よりも彼自身の方が研ぎ澄まされた一振りの刀のようだ。
鋭い雰囲気を纏った男は椿の前に膝を付き、恭しく礼をする。
着物が汚れるのも厭わず、跪いたままで彼は椿に言葉を掛けた。
『姫様、どうぞご命令を』
「……」
椿は彼の声を聞き、僅かに俯く。
死しても、どこまでも愚かで憐れな男だと思ったことは言の葉には乗せない。そう思ったのは椿がいつか取り込んだ一人の女の方だからだ。
椿に体と名を与えた、本当の椿。それは男が姫と呼び、殺した女だ。
「斬って」
今の椿は何も語ることはせず、男に短く告げる。
それはこの椿の言葉ではなく、その男の本当の主人としての言葉でもあった。刹那、男の瞳に光が灯っていく。先程以上の言葉を発することなく、男は刀を振るった。
不死鳥の尾が揺れ、炎が戦場に飛び交う。
男はそれらを切り伏せることで椿に被害が行かぬよう立ち回った。そうして、隙を見て不死鳥妖怪へと一気に刃を振るった。
椿は白い蝶の群れを解き放ち、不死鳥が宿す温度を奪っていく。
少女達の戦いは淡々としていた。
とうにこの世を去った死者が形になっていても、真白の蝶々達が炎に向かおうとも、ただ静かに巡りを与えるだけ。
その最中で、椿の中の彼女が怒っていた。
不満のひとつでも零せばいい。それが出来ぬなら何かを語ってもいい、と。何も語らず、顔にも出さず、忠実に命令に従うだけのあの男。彼のそういう所が嫌いだという彼女は、怒りながら泣いていて――。
今の椿は何も言わないまま。彼女達の心模様にも、裡に秘めた言葉にも口を出すまいと決めたからだ。
『…………』
やがて、男を構築する力が消えていく。おそらくUDC-Pの力はこれ以上、長くもたないのだろう。そのことを悟ったらしい男は恭しく礼をしてから消失していった。
ひとときの邂逅。
ふたたび訪れる別離。
そのことに彼女は何を懐い、何を感じていたのだろうか。怒りと涙の果てにある感情。その先にあるものを未だ椿は識らない。或る意味では、もしかすれば識っているのかもしれないが――やはり、言の葉にはしなかった。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
NG:味方を攻撃
_
避難する者たちの盾になる
己の血が地を汚す
だが
誰一人傷付けさせない
幻とは言え大切な人を戦場に呼びたくなかった
然し不意にどこからか桜が吹雪く
『まぼろしの橋』で共に見た桜によく似た
部下であり、親愛なる友
「──汐種」
愛しさ滲む声で彼の名を呼べば
彼はその深いあいの瞳を細め
汐種
お前を護るよ
今のお前が俺の記憶を映したものだとしても
もう二度とお前を喪いたくない
このUCの代償を彼は知らない筈なのに
俺を見て険しい顔
だが俺は不敵に微笑い
「大丈夫」
汐種に胸の内で謝りながら
彼の銃弾が闇に煌く
_
(お前が自身を大事にしないから
俺はお前を護りたかったんだ
なあ、梓)
_
黄昏に君を呼ぶ
夕暮れに──君を望む
_
🔥
●重なる想い、すれ違う思い
職員の避難は既に終わり、残るはUDC-P達のみ。
されど、ポピーちゃんと呼ばれる黄昏の仔は逃げようとしない。此処に集った皆と共に戦うために能力を行使し続けている。
丸越・梓(月焔・f31127)は、その姿に自分と似たものを感じた。
黄昏の仔と己を重ねているわけではないが、志を同じくするものだと思ったのだ。
「そうだ、誰一人傷付けさせない」
「ぴ!」
梓が無意識に呟いていた言葉を聞きつけたのか、ポピーちゃんは鳴いて答える。
その声はまるで、大切な人を思い描けと語っているようだった。梓は一瞬だけ目を閉じ、彼のひとの姿を思い返す。
幻とはいえ、大切な人を戦場に呼びたくなかった。だが、不意にどこからか桜が吹雪いてきた。まるで、まぼろしの橋で共に見た桜によく似た――。
『また逢えただろ、梓』
その声はついこの間にも聞いたばかりのもの。部下であり、親愛なる友。
「――汐種」
もう一度、愛しさが滲む声で彼の名を呼ぶ。そうすれば彼は深いあいの瞳を細めて笑った。遠慮はするな、と語るような眼差しが梓に向けられている。
「汐種、お前を護るよ」
『別にいい。今日の俺はお前を守りに来たんだ』
「それでも――」
『相変わらずだな、梓は』
返ってきた言葉に彼は苦笑したが、梓らしいと感じているようだ。
梓は想う。今此処に現れている彼が自分の記憶を映したものだとしても、誰かに傷付けられるなど言語道断。
「もう二度とお前を喪いたくないんだ」
『喪われてると思っているのか?』
梓が思いを言葉にすると、汐種は腕を伸ばした。とん、と梓の胸元に触れた彼は『ここにいる』と囁く。その意味を梓が考える前に、不死鳥妖怪から炎が解き放たれた。はたとした二人は床を蹴り上げることで跳躍して炎を避ける。
対する梓は夜の領域を展開した。
この力の代償を彼は知らないはずなのだが、汐種は梓を見て険しい顔をする。
しかし梓は不敵に微笑い、真っ直ぐに告げた。
「大丈夫」
同時に汐種に胸の内で謝りながら、梓は攻勢に入る。
前に出て応戦する梓を援護するように、汐種は銃を構えた。銃弾が闇に煌く様を感じながら、梓は全てを守るために戦っていった。その背を見つめる汐種は悲しげな顔をして、誰にも聞こえないほどの幽かな声で呟いた。
『お前が自身を大事にしないから、俺はお前を護りたかったんだ』
――なあ、梓。
「……汐種?」
呼び掛けが聞こえた気がして、梓は一度だけ振り返った。しかし、彼の思いまでは聞こえておらず――。祓うべき骸魂に向き直った梓は容赦なく魔を穿っていく。
背に大切な者からの眼差しを感じながら。
強く、何処までも強く。ただ、守りたいという願いを抱いて。
黄昏に君を呼ぶ。
闇が訪れる前の夕暮れに――君を望んだのは、きっと。
大成功
🔵🔵🔵
夏目・晴夜
◎
…別にいいですがね。所詮は幻影との事ですし
それに、残さず食らったからには貴女もハレルヤのものです
なので今日はこの私を手伝って頂きますよ
リリィ様
私の気分を害さなければ何をしても構いません
その美貌とやらで敵を惹きつけても、悪霊どもに助けて貰うのでも
そうして敵を引き付けさせている隙に背後へ回り、敵を切り裂き蹂躙します
その光線、どこから放っているのですか?
そこを串刺してしまいましょうか
リリィ様
貴女という存在はハレルヤが生き延びる為の力でもありました
なので私にとって間違いなく大切な故人なのでしょうが
やはり私はお前が大嫌いでもあるみたいです
何なのでしょうね、この感情は
まあ、心底どうでもいいんですけど
🔥
●花と共に
炎が舞う戦場に、紅い百合の花が咲き乱れた。
よく知っている白の花ではないそれを見下ろし、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は深い溜め息をつく。
「……別にいいですがね。所詮は幻影との事ですし」
『――ハレルヤ』
晴夜が落とした感想めいた声の後、其処に現れている幻影は静かな言葉を紡いだ。相変わらず、此方の名を呼んでいるのか賛美の言葉なのか分からない物言いだ。
「それに、残さず食らったからには貴女もハレルヤのものです」
『ええ、ハレルヤ』
「……今、普通に私の名前を呼びましたね。まぁいいですけど。本当にどうでもいいですけれど。とにかく今日はこの私を手伝って頂きますよ。――リリィ様」
晴夜の傍らに顕現したのは純白のリリィと呼ばれていた吸血鬼だ。
しかし今、彼女のヴェールに飾られている花は白ではなく、赤。これこそが晴夜の力の一部となった証なのだろう。オブリビオンとして存在していた彼女の禍々しい気配はもう、何処からも感じられない。
静かに微笑むリリィは先程から紅い百合の力を巡らせていた。
「いいですかリリィ様、やりすぎはいけませんよ」
『どうして? ここを花でいっぱいにしたら、素敵でしょう?』
「どうしてもこうしてもありません。私の気分を害さなければ何をしても構いませんが、建物が花だらけになると不都合なんです。後始末とか」
不思議そうに首を傾げるリリィに対し、晴夜は注意を促す。
外の世界を識らない彼女に加減を教えるのは少し大変そうだ。まるで保護者にでもなったような気分を抱きつつ、晴夜は悪食の刃を構えた。
『ほどほどに……』
するとリリィは巡らせる花の量を少しだけ抑える。上出来です、と告げた晴夜は彼女に敵を引きつけるよう願い、地を蹴った。
花の他に、リリィは美貌を披露することで骸魂の動きを僅かに封じている。もし彼女に危機が迫ったとしても、リリィに纏わり付いている悪霊達が身代わりになるだろう。
(彼処が良さそうですね)
その間に晴夜は不死鳥妖怪の背後に回り込む。
相手の背には大きな炎の鳥翼が見えていた。其処から放たれる炎の羽や光が厄介なので、翼ごと敵を切り裂いて蹂躙する狙いだ。
「その光線、どこから放っているのですか?」
「……!」
晴夜は敢えて声を掛け、不死鳥妖怪の驚きを誘う。そして、相手が振り返る前に鋭い一閃を見舞った。暗色の怨念が燃える炎を押し潰すように巡る中、リリィが放った紅百合が不死鳥の骸魂を穿つ。
「リリィ様」
『大丈夫、加減はしました』
「今は手加減してはいけなかったのですが……ああもう、面倒ですね!」
やはり上手く意思の疎通ができないと感じながら、晴夜はリリィを見遣った。
彼女という存在はこれまでの晴夜が生き延びる為の力でもあった。リリィが居たからこそ命を繋げた。食べられなかったからこそ、今という時がある。それゆえに晴夜にとって間違いなく大切な故人なのだろうが――。
「やはり私はお前が大嫌いでもあるみたいです」
『構いませんよ。私は今も、あなたや皆を愛していますから』
対するリリィは穏やかに微笑んでいた。
こうして幻影として現れている時間にも限りがある。間もなく彼女も消えてしまうのだろうが、晴夜の裡には妙な気分が残り続けるのだろう。
「何なのでしょうね、この感情は」
――まあ、心底どうでもいいんですけど。
そういって晴夜は再び地を蹴り、骸魂を滅ぼすべく駆けた。その軌跡を追うように百合の花が咲き乱れていく。
そして、戦いの終わりに続く道は花によって彩られていった。
大成功
🔵🔵🔵
ユヴェン・ポシェット
黄昏色の…「ポピーちゃん」だったな。元気にしていた様で何よりだ
しかし今はこの状況如何にかしないとな
現れたのは紅髪の騎士
…マドレーヌ。
嫌そうな顔するなよ、手を貸してくれないか?
ミヌレもそう望んでいる
槍の使い手マドレーヌ、俺の手のミヌレ…2つの槍が目の前の相手へ向かう
腕鈍っているだと?言ってくれる。お前だってもっと動けるだろ
お互い憎まれ口を叩きながらも、自然と息は合う。
お前とは毎日手合わせしていたからな
だが突然『ミヌレ此方へおいで』などと言うから俺の手からミヌレがすり抜ける
…は?
『ユヴェン、お前はこれでも使っておけ』
と出されたのはアイツの槍。
…仕方ねぇ
嬉しそうなミヌレを見たら何も言えないしな
🔥
●竜と魂
骸魂を宿した竜神の少女は炎を解き放ち続けている。
不死鳥の焔を巡らせる彼女は何も語らず、ただ淡々と攻撃に転じているのみ。おそらくは骸魂に意識の全てを奪われているのだろう。
ユヴェン・ポシェット( ・f01669)は炎の動きに注意しながら、久方振りに出会ったUDC-Pを見つめた。
「黄昏色の……今はポピーちゃんだったな。元気にしていたようで何よりだ」
「ぴ!」
「きゅ!」
ユヴェンが黄昏の仔に声を掛けると嬉しそうな声があがる。同時にミヌレも楽しげに鳴き、ふたつの声が重なった。何とも和やかだが、此処は既に戦場と化している。
「しかし今はこの状況を如何にかしないとな」
「ぽぴ!」
身構えたユヴェンがミヌレを槍に変じさせようとしたとき、ポピーちゃんが能力を巡らせた。はたとしたミヌレはユヴェンの腕から跳躍すると、目の前に現れた紅髪の騎士の元に飛び込んでいった。
『ミヌレ!』
騎士は喜色が交じる瞳を仔竜に向け、その身を抱きとめる。
「……マドレーヌ」
しかし、ユヴェンがその名を呼ぶと一気に彼女の表情が不機嫌そうなものになった。
『お前か』
ミヌレに対しての態度とはうってかわり、槍榴鬼マグダレン――否、想竜姫マドレーヌはユヴェンを睨み付けた。以前にあのような別離をしたというのに、ユヴェンの記憶の中のままの姿と態度をした彼女が其処にいる。
だが、それこそマドレーヌらしい。
「嫌そうな顔するなよ、手を貸してくれないか?」
ミヌレもそう望んでいる、とユヴェンが告げる前に彼女は頷いた。
『分かっている。久々の共同任務というわけか』
「そういうことだ。やるぞ」
マドレーヌとユヴェンの視線が交差し、二人は静かに笑いあった。そうすればミヌレは彼女の腕から抜け出し、ユヴェンの手の中に槍として収まる。
黒槍と竜槍は倒すべき骸魂妖怪へと差し向けられ、炎を映した刃が鈍く光った。
ユヴェンが先んじて一閃を振るうと、続いたマドレーヌがふっと笑う。
『腕が鈍っているな。あの頃の鋭さはどうした?』
「言ってくれる。お前だってもっと動けるだろ」
『これで私が本気だとでも思ったのか。付いてこい、ユヴェン』
「ああ」
お互いに憎まれ口を叩きながらも、自然に連携しあう二人。言葉を掛け合わずとも息を合わせることの出来る彼らは、毎日のように手合わせをしていた頃を思い返していた。そうして、其処から攻防が巡る。
マドレーヌはフィナンシェとカヌレを召喚し、氷雪と極炎を敵に浴びせていった。
炎を弾き、光を避けていく中で不意にマドレーヌが腕を伸ばす。
『ミヌレ、此方へおいで』
「……は?」
その声を受けたミヌレの槍があっさりと手からすり抜けたことで、ユヴェンは思わず疑問を零した。するとマドレーヌは自分が使っていた槍を放り投げてきた。
『ユヴェン、お前はこれでも使っておけ』
「……仕方ねぇ」
竜槍のままであってもフィナンシェとカヌレと一緒に戦える。ミヌレが嬉しそうにしていることが分かるので、そのまま彼女の槍を受け取った。
そして、マドレーヌとユヴェンは並び駆ける。
『最後の仕上げだ』
「終わらせよう、俺達の手で」
この一閃で骸魂を滅ぼして全てを救う。強い意志と共に、鋭く解き放たれた極熱の黒槍は不死鳥を蘇らせる間すら与えず――其処で、決着がついた。
●夕暮色にお別れを
貫かれた不死鳥の炎が消え、戦いは終結した。
その場に倒れた妖怪は意識を失ったようだが、骸魂の影響はもうない。竜神の少女も暫くすれば目を覚まして幽世に戻ることだろう。
「ぴ! ぴぴ!」
戦いに勝利したことを悟ったUDC-Pは嬉しそうにふわふわと飛び回っていた。
どうやら猟兵にお礼を言っているらしい。次第に残っていた幻影も消えていき、各々は別れの時を迎える。
いつしか夕暮空も宵の色に変わりはじめており、邂逅のひとときは終わりを告げた。其々が想う人と言葉を交わして、姿を見られたのは僅かな間だけ。まさに黄昏という短い時間の中のみだった。
しかし、確かなことがひとつだけある。
想う人が此処に現れたこと。
それは――其々の心の中には未だ、そのひとの記憶が生きているということ。
大成功
🔵🔵🔵