大祓百鬼夜行⑥〜薄紅に幸
終わることのない春の丘。
雪のようにちらちらと花弁が舞い落ちれども、頭上の桜はいつだって満開だった。
その大きな幻朧桜の木々を眺める一角に、ひっそりと佇む小さな屋台。重ねられた蒸篭からもくもくと湯気が立ち上っては、おだやかに消えていく。腹が鳴りそうないい匂いがするそこから、つられた人影がひとーつ。ふたーつ。
切り盛りするのは一匹の猫。真っ白い毛に覆われた頭に、薄紅がひとひら乗った所で気付かぬのんびり屋。けれど注文を受ければささっと白い左手で蓋を開け、手袋はめたように黒い右手で饅頭を取り出すのだ。
熱いから気をつけな、と笑う化け猫大将が開く小さな店。何の変哲もないけれど、注文の仕方だけは少し風変りなのがこの饅頭屋の特徴で。
「た、大将……猫の手、一つ!」
「はじめましてだなおチビさん、右手左手どっちほしい?」
「ええと、白いの……黒いの……ううん……」
「種類あると悩むのわかるぜ。よし、じゃあ今回の縁にちなんで左手やるよ」
「!」
「で、金がない事にゃはじまらねえからな。右手も食っていきな!」
「!!」
いいの? と首を傾げた小さな猫の前足の上に、いいんだよと蒸したての小さめのお饅頭が二つ乗せられた。
片や真っ白、片や真っ黒。どちらも桜の花びらが、肉球のように愛らしく並んでいる。湯気立てるそれを見て、子猫は緊張したような顔ぱくりと齧った。
まずは白の方から。中に入った桜餡のやわらかな甘みが、緊張した心をほぐしてくれる。
「……おいしい!」
「なら良かった」
「毎日でも食べたいかも」
「はは、そいつは嬉しい事言ってくれるねぇ。そっちの黒いのもうめえんだ」
食ってみな、と勧められるままにもう片方も齧ったなら、胡麻の香ばしいにおいが口いっぱいに広がった。薄紅の餡は白いものと同じで、花の優しい香りが染みる。
喉つめんなよと差し出された熱いお茶も一緒にググっと飲んで。そうすればもう、緊張感なんてどこか遠くへすっ飛んだ。甘いものを食べたからなのか、それとも願掛け饅頭の効能か。
けれど旨いものを食えば、誰だって少し幸せになってしまうもの。また来るね、ゴチソウサマ! と声に出せば、大将もにんまりとその青い目を細めた。
「お粗末様でした――今後とも、化け猫招きの『にくきゅう饅頭』をどうぞ御贔屓に」
●猫の手を拝借
異世界から流れついた幻朧桜が咲き乱れるその丘。魂と肉体を癒す効能があるおかげか、憩いの場のようになっているのだと一文字・八太郎(ハチ・f09059)は言う。
「未だ戦いは続いているが、貴殿らにはそこで花見をしてきてほしい」
疲れを取ってほしいという事もあるが、もう一つ重大な理由がある。
桜の下で楽しい時間を過ごせば、その感情は樹が持っている力を強めることになるらしい。そしてもし、その力を借りることができるのならば――舞い散る桜吹雪が他の戦場までその力を届け、敵の力を抑え込んでくれるのだ。
「猫の手ならぬ、頼もしい桜の一枝だ。借りない手はなかろう」
他の戦場を無視ししてゆるやかなひと時を楽しむ、それが今回の要。
だからゆっくりのんびり。饅頭屋で一休みといこう。
「ちなみに饅頭屋で買えるのは二種類だ。白い饅頭が縁招きの『左手』、黒いごま入り饅頭が金運を招く『右手』……招き猫と同じでござるな」
白い店主の、色違いの両手を真似た『にくきゅう饅頭』、それの中身はどちらも同じ桜餡。上には花弁が肉球のように並んでいるのが愛らしい。元々は桜の形で並べようとしていたらしいが難しかった為に、えいやと花弁を開き直って適当に置いたものがはじまりだったとか。
「それでは猫の手借りて花見と参ろうか。皆様どうぞよろしくお頼み申す」
砂上
はじめまして、こんにちは。
砂上(さじょう)です。
今回の舞台はカクリヨファンタズム。大祓百鬼夜行での一幕。
一章のみで完結するシナリオです。
戦いの息抜きです、花見をしましょう。
● プレイングボーナス……よその戦争を無視して宴会する!
化け猫屋台で、幸運招きの肉球饅頭が売られています。願い事を思い浮かべながら食べると叶うとか叶わないとか。右手が金運、左手が縁。お任せでくれ、と言うと大将が適当な事を言いながら、どちらかをくれます。
その他、お茶やお酒等の飲み物もよほど変わったもの以外は用意されています。ご自由に。
八太郎も居ますので、ご用のある方はお声掛け下さい。
●受付等
OP公開後から受付ております。「大祓百鬼夜行⑥〜薄紅に掌」にてプレイングを戻してしまった方優先で、20日の集計までに終わらせたいなと思っています。
※先着順ではありません。
●それでは素敵なプレイングをお待ちしております!
第1章 日常
『桜の下で宴会しよう!』
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POW : 美味しい料理や飲み物を提供する
SPD : 巧みな芸を披露する
WIZ : 桜の下で語り明かす
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都槻・綾
薄紅の葩舞う宵の苑
静穏のひと時に身を置いてみようかと
逍遥に繰り出せば
甘やかな香気が漂い来るものだから
惹き寄せられるがままに
ふらりと屋台へ
花より団子とは此の事か
浮きたつ足取りに
なぁに、其れもまた一興と
ふくふく笑う胸の裡
いと愛らしき肉球饅頭
左右決めきれず彷徨う指先
勿論どちらも、と言いたいところだけれど
縁も金も
人のいのちを模しただけの己には
過ぎたるものとも思うから
欲張りはきっと罪の味がしてしまう
ならば、と
大将にお任せして選んで貰おう
米の香り豊かな甘酒も一緒に贖い
両手に甘露
饅頭を頬張れば
忽ち花爛漫
…ねぇ、大将
やっぱり罪深いですよ
此の味わい
此の温もり
一度覚えたらやみつきになるもの
なんて
悪戯な笑みが零れる
●罪深き甘露
通り過ぎし春の静寂。不思議と、それが心地いい。
薄紅の小さな葩が舞う中で、当て所無く都槻・綾(絲遊・f01786)は一人行く。月明かりの中では桜の花が散る姿が、まるで雪か、それとも空からの涙か。はらはら落ちゆく姿を眺める穏やかな時間。時折吹く風が、黒い髪と少し遊んで通り過ぎていった。
どれぐらいそうしていたか。ふ、と男の鼻に届く、花とは違う甘やかな香り。少し疲れた足を休めようと其方に手を引かれるように、ふらりと向かってしまうには十分だった。
花より団子とは此の事か。自然、進む先にあるであろう美味しい何かに足取りはふわふわと軽い。
(なぁに、其れもまた一興)
ふくふくと、期待に胸の裡で笑みは溢れるのだ。
さて、辿り着いたはオンボロ屋台。蒸気上がる蒸籠を覗けばなんとも愛らしいお饅頭が行儀良く並んでいる。
白い左手、黒い右手。説明を聞いたとて、選ぶ綾の指先はどちらがいいかと迷ってしまう。
勿論どちらもなんて、言い切ってしまえれば良かったのだけれど。他者との縁も、日々を楽しむ為の金銭も。人のいのちを模しただけの、香炉の己にはなんだか過ぎたような気もするのだ。
それを両方だなんて、きっと罪深いばかりの味がしてしまう。過ぎたる毒の盃を傾けるのは、さて。あまりよろしく無いような。
「悩むねぇ、お兄さん」
「いやぁ、困りました。ねぇ、もし宜しければ選んでくださるかしら?」
「お、なんだなんだ。そうだなぁ、じゃあ」
大きな猫の手がひょいと拾い上げるのは、縁の左手、白い方。
「またいつか、お前さんが悩んでいる時にこうして選んでくれる誰かに繋がりゃいいな」
ほいどうぞ。
蒸し立てのお饅頭を渡された綾の目がぱちりと瞬いて。ゆるり、柔らかに微笑んだ。
まだ夜は少し冷え込むからと渡された甘酒からはほんのりと、あたたかな湯気とともに甘味ある米の香りが漂った。
両手に甘露、なんて贅沢な春の宵。
頂きますとにくきゅう饅頭を齧れば、口いっぱいに広がる桜模様は春爛漫。それが胸の奥にまで、ひらひらと花びら届くかのよう。
「……ねぇ、大将。やっぱり罪深いですよ」
此の味わい。此の温もり。
常春の木々の下、一度でも覚えてしまったのならきっともう戻れない。やみつきになるのは運勢手招く、薄紅の甘さ。
なんて――悪戯に笑う綾に、こいつは一本取られたなと大きな声で化け猫大将はからりと笑う。
「あっはっは、じゃあ今後とも、どうぞご贔屓に! また来なよ兄ちゃん」
「ええ、是非」
その時は右手を頂きに参ります。
穏やかな約束は手の中に。ひらり舞う桜の花がひとつ、甘酒の中にぽつりと浮かんだ。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
【黒】#
(ちょこニャンを肩に乗っけ)
食べて遊んでのびのびごろごろ~、なんてさせりゃちょこニャンは最強だもんネ
(花弁に伸びる手をちらりと見て)
あ、オレにもちょっとそのぷにぷに貸してくんない?
ご無体な~!
(普通の猫肉球ならある種ご褒美かもだケド
ゴッドハンドぱんちは洒落になんない…!
なんてふるりとおどけつつ
屋台の様子序でに鼻やひげの様子も見れば思わずまた笑い)
コホン
んじゃ大将、オレも猫の手一つ!
ああ、ちょこニャンは可愛い顔して食欲お化けの食中り知らずだもんネ(ニャごみつつ)
っと、オレは左で何卒!
この景色みたいな癒しの花との良縁を~!
可愛いおててに饅頭に
華やかな景色と
ホント心身満ちる癒し尽くしだな~!
鈴丸・ちょこ
【黒】#
(戯れに花弁をちょいちょいしつつ)
自由気儘に楽しめとくりゃ、猫にゃ誂え向きの話だ
一つ俺の手も貸してやろう――おいやめろ、てめぇの頬にも肉球印を咲かせてやろうか
(肩をぺしりつつも
屋台の香に鼻やひげをぴくぴくと)
よう大将、繁盛してるな――猫の手一つ頼むぜ(右手を招猫の如くあげ)
何、俺も突然変異の化猫仲間みてぇなもんだ
何でも美味くぺろりといけるクチだからな
ほくほくあつあつ上等だ
んでこんな風に美味いもんをたらふく頂く為にゃ、金運も重要だからな(右手くいくい)
で、てめぇはまたそれか
ったく上手く美味く大将に肖れよ
(美味と佳景に包まれれば
上機嫌に尾をゆらり)
満開満腹
こりゃあ思わず喉も鳴るってもんよ
●観桜一夜
見渡す限りに淡き春。
おお、すげえと思わずつぶやいた呉羽・伊織(翳・f03578)の赤い目に、桜の花弁が遊び踊るように映って過ぎ去る。彼の肩に乗った黒い猫、鈴丸・ちょこ(不惑・f24585)も大きく欠伸をしてすっかり寛ぎモードだ。
「食べて遊んでのびのびごろごろ~、なんてさせりゃちょこニャンは最強だもんネ」
「おうとも。自由気儘に楽しめとくりゃ、猫にゃ誂え向きの話だ」
見た目に反して渋みのある良い声。そんな猫の黒い前脚が戯れに、目の前をひらりと落ちゆく薄紅の一枚にちょっかいをかける。その足裏のぷにぷにとした肉球を目敏く見つけた伊織が思わずと指先をそちらに伸ばして。
「あ、オレにもちょっとそのぷにぷに貸してくんない?」
「おいやめろ、てめぇの頬にも肉球印を咲かせてやろうか」
ぎらつく爪を見てすごすご引っ込んだ。普通の猫の肉球ならば、そりゃもうご褒美だけれど。この小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほどに、ちょこのゴッドハンドぱんちは大変に強烈なのだ。こんな至近距離で繰り出されては肉球印どころか首を痛めてしまう。
洒落になんねぇよ、御無体な~! と叫ぶ男の方を、けれど黒猫はふんと鼻で一息に飛ばして尻尾で肩を強く叩くに終わる。真剣味に欠けるのだ、この男は。そう言わんばかりだが、まぁいつものやり取りだ。
だからちょこも深くは気にせず、穏やかな風に乗って流れてくる何やら甘い香りに鼻をひくつかせるだけ。ついと向ける金の視線、オンボロ屋台の湯気を見つけたならばぴくりと髭も動く。それを見て、伊織が小さく笑えば再び尻尾の一撃がお見舞いされた。
「おい伊織、屋台だ。行くぞ」
「はいはいちょこニャン、仰せのままに」
どうせ男も腹に何か入れたいと思っていた所だ。ひょいひょいと軽い足取りで向かえば、大きな白い化け猫がいらっしゃいと声をかけてくる。
一人と一匹が蒸籠の中を覗き込めば、もくもくと立ち上る蒸気と共にお饅頭が行儀よく並んでいる。にくきゅう饅頭だと称されたそれは、桜の花弁が確かに猫の足そっくり。
湯気の温かさと、ふんわりした形。それに仄かな甘みのある香りと来れば、こりゃ旨そうだ。そう呟いたのは果たしてどちらか、それとも両方か。
けれど先に声をかけたのはちょこの方。ちらほらと買いに来る客の姿を一瞥して、彼らに倣って注文をする。
「よう大将、繁盛してるな――猫の手一つ頼むぜ」
「おかげさんで。右と左どっちが良いんだい?」
その問いには右手を上げて。こいこいと招く真似をすれば即席黒招き猫の出来上がり。
「はいよ、っと。ああお前さんは熱ぃの平気かい。知ってると思うが、オイラ達みてえなのには猫舌も多いだろ?」
「何、俺も突然変異の化猫仲間みてぇなもんだ。何でも美味くぺろりといけるクチだからな」
ほくほくもあつあつも、全てまるっと上等だとも。
そう返せば頼もしいねぇと、からり大将が笑って黒い右手のにくきゅう饅頭をつかみ上げる。なるほど、色も良くちょこに似合いだろう。
「んでこんな風に美味いもんをたらふく頂く為にゃ、金運も重要だからな」
「ちげえねぇ。金儲けしたらまた食いに来てくれや」
再度ちょこが右手をくいくいと動かせば、なんとも運が招けそうだ。大将も真似て手招いて、二匹揃ってわははと声をあげて笑う。
――コホン
猫トークに置いて行かれた。咳払いをして存在を主張する伊織に、お? と猫の瞳が二対向く。すっかり黒猫の土台扱いをされていた。
金と青、じっと見られる事なんてなんのその。
「んじゃ大将、オレも猫の手一つ! っと、オレは左で何卒!」
はい、と手をあげて元気に注文。が、へらりと笑って大将を拝むように両手を合わせて頭を下げた。
「この景色みたいな癒しの花との良縁を~!」
「てめぇはまたそれか……ったく上手く美味く大将に肖れよ」
「はっはっは、良い人見つかったら兄ちゃんもまたその人食いに来てくれや」
ぱしん、と尻尾が三度目。伊織の肩を叩く。
良い縁繋げよ! と渡されるにくきゅう饅頭だけが、ほかほかと伊織の掌で温かかった。
流石に肩の上じゃあ食いづらいと移動した先。大木の根元に二人で腰掛け頂きます。
同時に齧り付く白黒饅頭は、そのどちらからも桜のやわい香りが彼らの口いっぱいに広がった。
そして、上を見れば。
桜が満開に咲き乱れ、その向こう見える宵の月。そこまでくれば、もう文句無しの春の佳景。落ち行く花弁が、彼らの黒い頭に着地するのだってご愛敬。
上機嫌にちょこの尾がゆらりと揺れる。体躯が小さければ饅頭一つの満足度は高いのだろう。はー、と長く溜息は幸せの色をしていた。
「満開満腹! こりゃあ思わず喉も鳴るってもんよ」
「ホント心身満ちる癒し尽くしだな~!」
ゴロゴロと音を鳴らすちょこの隣、大きく伸びをした伊織の赤い瞳に踊る花弁、桜吹雪。
かわいい、まぁるい猫の手に柔らかな甘み。華やかな、観桜一夜は穏やかに過ぎていく。
大成功
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