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もういちど

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●もういちど、あなたと
 その場所へたどり着いたのは、季節外れな蛍の姿を目にしたから。
 導くような光に、ふらり、呼びこまれたそこには、ブラウン管のテレビがいくつもいくつも並んでいた。
 積み重なったり寄せ集められたり、ひっくり返ってひび割れたものから新品みたいに陳列されたものまで、沢山のテレビがそこにはあった。
 砂嵐が映るテレビに囲まれているのに、不思議と静かな空間。
 幽世では、知らない場所にたどり着くなんてよくある事だから、不思議だなぁ、なんて思いながら眺めていたのに。
 砂嵐ばかりのテレビの中に、懐かしい姿を、見つけてしまった。
 地球にいたころの、友人だ。
 まだ力のない、幼い神だった自分を見つけて、一緒に遊んでくれた少年。
 あぁ、そういえばあの子とは喧嘩して別れたきりだった。
 謝ろうと思って、仲直りがしたくて、叶わないままで。
 だから、惹かれた。焦がれた。楽しく過ごした日々を映すブラウン管に手を伸ばし、切ない声を、響かせる。
「そちらに、連れて行って」
 ――そうして、世界は滅びを迎えるのだった。

●もういちどと、願う声
 日夜、些細な事でカタストロフを呼び起こしているカクリヨファンタズム。
 此度もまた、その世界の崩壊を引き起こしかねない事象が起こったのだと、グリモア猟兵は緩く語る。
 切っ掛けは、一人の妖怪が、地球にいた頃の友人との記憶を見つけたこと。
 懐かしいものを見る内に、友人との再会を願った。たったそれだけのことだけれど。
 その妖怪は記憶の中に飲み込まれ、周囲を漂っていた骸魂と融合し、オブリビオンと化してしまった。
「妖怪達は、倒せば骸魂との融合から解消され、助けられる。それによってカタストロフを阻むこともできるから、気兼ねなく、倒してきておくれ」
 勿論、行って倒してはいおしまいと簡単には収まらない。
 オブリビオン化した妖怪の周囲は、その妖怪と人間の『思い出の光景』が具現化し、侵入者を阻んでいるのだ。
 まずはそこを突破しなければならない。
「その場所は、ブラウン管のテレビが沢山存在している場所だ。そこを突破する条件はね、妖怪の子と同じように、大切な誰かとの懐かしい記憶を見ること」
 いま隣にいる誰かとの出会いでもいい。もう二度と会えない人との思い出でもいい。
 ブラウン管のテレビがごろごろと転がる空間で、懐かしい思い出に浸る事で、道は開ける。
 ――もっとも、それはオブリビオンの罠のようなものだとも、言う。
「対峙するオブリビオンはね、元々は恋慕や愛情を守護していた神様のような存在だ。けれど今は、骸魂の影響で、愛情を打ち壊すような試練を与える存在になってしまっている」
 愛、とは。恋愛に限らず。大切だと思う存在全てを、愛とみなす。
 大切な誰かとの思い出に浸り、明確にその姿を思い起こさせたうえで、その存在との絆を否定するような試練を与えようとしてくるのだ。
「まぁ、逆にね、確かな絆を見つけた後だから、惑わされずに済むという可能性もあるだろう。なんてことはない。倒せば、しまいだ」
 難しく考える必要はないよと笑って、それからね、と微笑む。
「オブリビオンを倒して、骸魂から解放した後も、彼女とその人間の記憶は、そこに残っている。まるで、その人間がそこにいるかのようにね」
 それは無数の蛍が飛び交う、幻想的な川辺の情景。
 その中で、彼女は件の少年と最後の再会を果たし、きちんと、別れを告げることだろう。
「誰かの思い出に立ち入るのも無粋だ。彼らを見守りがてら、蛍の光が作り出す幻想を存分に楽しんでくるといいんじゃないかな」
 解決したご褒美という事で。そう告げて、ぱ、と掌に浮かべるのは空箱を重ねたようなグリモア。
 どうぞ静かな旅路をと、道を開いて促すのであった。


里音
 カクリヨファンタズムでの一幕をお届けです。
 冒険、ボス戦、日常の三章構成でお送りいたします。

●第一章
 時刻は夕暮れ。ブラウン管テレビがそこかしこに存在している空間です。
 その中の一つが、貴方と誰かとの思い出を映し出します。それを見ることで、オブリビオンの元に到達できます。
 幸せな思い出に限らず、因縁の相手との苦い記憶などをご指定頂いても大丈夫です。
 ただし見たいものでも、見たくないものでも、見なければ進めません。
 また、ブラウン管テレビは何をしても、壊れません。
 映像は、その場にいる誰でも見ることができるものですので、グループ参加の方などはお互いの思い出を見ることができます。逆に見せないという指定も可能です。
 この章ではソロの方の連携等はなく個別で描写予定ですので、『意図せず知らない誰かに見られていた』という状態は発生しません。

●第二章
 ボス戦です。オブリビオンは第一章で思い出を見た誰か、もしくはシナリオ同行者との絆を試すような攻撃をしてきます。
 詳細は断章にて投稿予定ですので、参考にしていただけますと幸いです。

●第三章
 蛍の光がちらちら飛び交う幻想的な川辺で、のんびりと過ごしてください。
 カタストロフの原因となった妖怪と少年との思い出に言及する必要はありませんし、逆に声を掛ける等していただいても問題ありません。
 日常章なので、お声掛け頂けたなら、グリモア猟兵が顔を出すこともあります。

 戦争に食い込む予定なので、執筆はのんびりと参ります。
 第一章プレイングは【4/30の8:31~受付開始】です。締め切りは受付後に各所ご報告させていただきます。
 皆様のプレイングお待ちしております。
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第1章 冒険 『追憶電波』

POW   :    追憶の映像から目を逸らさない。

SPD   :    背を向け、追憶の映像から逃走する。

WIZ   :    映像から自身の過去を顧みて、精神負荷を軽減する。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

冬・鷙灰
見えるものなど解っている。
曾て供にあった兄弟――
血の繋がりはないが、共に育った相手の記憶。

多くの徒弟と修行に暮れる日々。
寝食を共にし、取るに足らぬ事で笑い技を讃え合う。
食べ物をくれてやったり貰ったり……
どちらが兄か弟と解決しない問答をした記憶。

虐殺からただ二人で逃げ果せ、やむなく離れるまで。
俺にも安寧はあった。

欠かせぬ半身のようなものになっている。
あれが生きているのは感覚でわかる。
ただ……会いたいのか、自分でも解らない。

記憶を懐かしむ、その裏で。
俺の裡に根付く、破壊衝動に……気付く。

破壊される前に俺の手で……
この爪で掻き裂いて、嗤ってやりたい――と。

マァ――それは。掌の傷に爪立て、堪える、が。




 居並ぶブランう管テレビの一つ。不思議と、それが己の思い出を映すものだと悟りながら、冬・鷙灰(忍冬・f32991)はその前に立った。
 見えるものなど、初めから解っている。
 鷙灰の予想通り、テレビの中には曾て共にあった兄弟の姿が、映し出されていた。
 兄弟と言えど、血の繋がりなどはない。それでも、かつて同じ星を競い合い、共に育ってきた存在であることに、変わりはない。
 多くの徒弟と共に修行に明け暮れる日々を送り、寝食を共にし、取るに足らぬことで笑って、技を讃え合う。
 分けてもらった食べ物をくれてやったり、貰ったり。
 どちらが兄か弟かと、解決しない問答をしたこともあった。
 きっと、恐らくは理想的な兄弟としての過ごし方を経てきただろう。
 仲がいいのねと微笑ましく見守られることもあった、安寧の日々。
 ――それが、崩れ去った瞬間にも、二人は共にいた。
 虐殺者の手から逃れるように身を潜め、息を殺して身を寄せ合う。
 恐怖に震える体ろ励ますように回した腕こそ、震えてはいなかっただろうか。
 今更思い返しても仕様のない話だ。その虐殺の中から逃げ果せた後に、やむなく、彼とは離れてしまったのだから。
 突き付けられるような映像は、今の鷙灰の隣に彼がいないことを、知らしめてくる。
 欠かせぬ半身のようなものになっている存在が、欠けている。
 それはたまらない空虚感を鷙灰に与えたが、けれど、悲嘆はしていなかった。
 彼は、いまだ生きている。それが、感覚で分かっていたから。
 ただ――。
 鷙灰は、己の掌を見た。
 拳法『虎釖拳』の伝承者となった己の手は、あの時よりも確かな力を得た掌。
 それを差し伸べるべき相手の姿を思い起こして、きゅ、と。握りしめる。
 ――別れた兄弟に、会いたいのか。自分でも、解らなかった。
 己の感情が懐かしさに晒されているのは事実だろう。今はどんな姿をしているのだろうかと思い馳せる気持ちも、確かに存在しているのがわかる。
 けれど、その裏に、異なる衝動が存在しているのだ。
 握りしめた手を、少しだけ開く。指先から伸びる爪をピクリと蠢かせれば、その爪が、猛虎のごとく獲物を裂く感覚が、鮮明に浮かび上がる。
 嗚呼、例えば誰かが、あれを破壊しようとするならば。
 その前に、この手で、この爪で、搔き裂いて――嗤ってやりたい。
 この感覚は、まぎれもなく破壊衝動だ。
 暴力の中に身を置いてきたが故か、己の爪は、引き寄せて守る事よりも、引きずり倒して仕留める事を、望んでいる。
 気付いた鷙灰は、掌を強く握りしめた。
 血を流すほどに食い込む爪が、気持ちを少しだけ、落ち着ける。
「――、……」
 ブラウン管の中に映る姿を、ぽつり、呼んで。
 鷙灰は堪えるために握った手を、ゆるり、解く。
 いまは、まだ。
 会うべきでは、ないのだろう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

秋山・小夜
アドリブ歓迎

懐かしい思い出を見せられる、ということですが、まぁ、わたしの場合は父に関する思い出が全くないので、主に病死した母親との思い出になるのでしょうかね。

わたしが生まれたとき、六歳で初めて愛刀になる妖刀夜桜を握らされた時、七歳ぐらいの時に二人で海に行っておぼれかけたとき、そして、わたしが十歳になったころに母親が旅立っていったとき、まぁ、いろいろつらいこととか、楽しかったこととか見せられるのでしょうけれど、過去があっての今の自分ですからね。目をそらすことなくすべて見届けるとします。

本当は、母と会って話ができたらいいのですけれどね……。




 ふむふむ、と興味深げにブラウン管テレビを覗き込むのは秋山・小夜(歩く武器庫・f15127)。
 懐かしい思い出を見せられるという事は聞き及んでいるが、果たしてどのような映像が映るというのか。
「まぁ、わたしの場合は父に関する思い出が全くないので……」
 きっと、主に映し出されるのは、病死した母親との思い出だろう。
 予想が出来ていれば、いざその姿が映っても、あぁ、本当に映った、としか思わない。
 小夜の目線より、少し上。見上げる位置で映し出される画面を見つめて、小夜は自身の記憶をたどった。
 記憶に残ってすらいない、己の生まれた瞬間。腕の中の赤ん坊に、慈しむような眼差しが向けられる。
 父は、この時傍にいたのだろうか。母の瞳がずっと赤子の小夜を見つめているから、判じられないけれど。
 鞘と鍔に桜の文様があしらわれた愛刀たる妖刀夜桜。それを初めて握らされたのは、六歳の時だったか。
 妖刀と言うだけあって、意識を奪わせて戦う事も出来る代物だと聞かされたが、そんな危険な品であるにも関わらず幼い時分に触れさせてくれたのは、小夜への信頼か、それとも、死期を悟った焦りだったのか。
 今となっては、確かめることもできないことだけれど。
 七歳ぐらいの頃には、二人で海に行った。その時には、小夜が海で溺れかけ、母に助けてもらった記憶がある。
 海は泳ぐのが難しい。足が付かないところはまだ危険だ。色んなことを学んだが、母との優しい思い出ある事に、変わりはなかった。
 思い返してみれば、そうか、そんな頃だったかと懐かしい思いに満たされる光景。
 楽しい思い出ばかりではない。病に伏せる母を影ながら見つめていた頃などは、母に何もしてやれない無力感に打ちひしがれたこともあったし、幼い子供同士の喧嘩に負かされて母に泣きついたこともあった。
 けれど、何より一番小夜の胸を打ったのは、思い出の締めくくり。
 十歳になった頃、母が、旅立ったのだ。
 いつかは、そんな時が来ると分かっていた。母が笑顔を絶やさなかったから、小夜も泣きじゃくるのは我慢して、ずっとそばに寄り添った。
 あれから年を経たとはいえ、まだ、たったの六年。思い起こせば、寂しさと悲しさに胸が一杯になる。
 それでも、小夜は目を逸らすことなく見届けた。
 楽しいことも、辛いことも、全ての過去を経ての、いま。
 いま、ここに立つ小夜を形作った思い出から、目を逸らすことなんてしたくなかった。
 そ、と。前髪を一房結っている髪飾りに、手を触れた。
 母の形見となったのは、妖刀夜桜と、この髪飾り。触れて、改めて母との思い出を振り返って、小夜は笑みこぼし、砂嵐に戻ってしまったブラウン管テレビを見つめる。
「色んな思い出が、映りましたね」
 今は亡き母に語り掛けるように、静かに、小夜は言葉をこぼす。
 その言葉に、決して、返事は返ってこないと知っているけれど。
(本当は、母と会って話ができたらいいのですけれどね……)
 残念ながら、このテレビはそれを叶えてはくれないのだ。
 少しだけ眉を下げて、小夜はせめてと、懐かしさに浸るのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴェル・ラルフ
【もういちど】

ブラウン管テレビが山と積まれた空間

映るのは、ふたりの親友と出会ったばかりの頃
サムライエンパイアの旅館のこたつでのんびりしたり、日向ぼっこしたり
ふふ、そうそう
こたつのテーブルの一辺に、3人でぎゅうぎゅうになりながら座ったっけ

最初はただの仕事の拠点としか思っていなかったけれど
サムライエンパイアの旅館、見慣れぬ文化
あたたかい同じ年頃のともだち
冷たい常闇の世界とはあまりにもかけ離れて
温かくて

もしふたりと僕が喧嘩してしまったら
そのまま会えなくなったら
きっと、すごく寂しい
話に聞いた妖怪の彼女も、きっと寂しいんだろうな

仲直りする機会を、早くつくってあげたい

★アドリブ歓迎




 見上げるほどに積まれたのは、ブラウン管テレビの山。
 どこからこんなにかき集めたのだろうと言いたくなる量の前に立ち、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)は自身の思い出が映るというその画面を、探す。
 ざぁざぁと聞こえる砂嵐は、不思議と静かで、けれどその中で一つだけ、引き寄せるように明らかな音を立てているテレビを、見つける。
 覗き込めば、周波数があったかのように砂嵐が消えて。映し出されるのは、ヴェルの大切な、二人の親友の姿。
 あぁ、これは、出会ったばかりの頃だと、懐かしさにふくよかな気持ちになる。
 サムライエンパイアの旅館で、こたつに入ってのんびりしたり、日向ぼっこをしたり。
 他愛もない話をして、何でもないことで笑い合って。
 ただただ穏やかな時間を共有していた。
「ふふ、そうそう、こたつのテーブルの一辺に、3人でぎゅうぎゅうになりながら座ったっけ」
 明らかに狭苦しかったはずなのに、一人で一辺を使っている時よりも暖かかったような気がした。
 見える光景全てが優しくて、微笑ましくて、温かくて。見つめるヴェルの表情も、同じような柔らかさに、満ちていく。
(最初はただの仕事の拠点としか思っていなかったけれど……)
 見慣れぬ文化に塗れたサムライエンパイアの旅館。
 そこで、共に過ごしたあたたかい同じ年頃のともだち。
 冷たい常闇の世界とはあまりにもかけ離れていて。
 温かくて。
 その感覚は、ヴェルにとっては不慣れなものだったけれど。
 それでも、居心地が悪いとは、一度も感じなかった。
(もし……ふたりと僕が喧嘩してしまったら)
 そのまま、会えなくなったら――。
 もしもを想像しただけで、今の今まで胸の内にあったはずの温かさが急激に冷えていくような、そんな恐ろしさに身が震える。
 きっと、すごく寂しい。そう思うけれど、果たして寂しいという言葉で済むのかも、分からなかった。
 ふるり、首を振って最悪の思考から浮上して、ヴェルはこの仕事を受ける時に聞いた話を思い起こす。
 今回のカタストロフの元凶となってしまった神様的な存在である彼女も、先ほどの想像のように、仲の良かった少年と喧嘩したまま別れてしまったのだという。
 寂しいだろう。寂しかったのだろう。画面越しの姿に、思わず縋りついてしまうほどに。
 だけれど、幸いなことに、取り憑いてしまった骸魂を剥がしてカタストロフを収めれば、その少年と再会を果たすことが出来るのだとも、聞いた。
 だから、ヴェルはほんの少し眉を下げつつも、笑み湛えて言うのだ。
「仲直りする機会を、早くつくってあげたい」
 ごめんなさいを紡ぎ合って微笑みあえた後ならば、さよならもきっと、またねと同じになるだろうから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

春・鷙呂
……不可思議な地だな
何処を見てもテレビばかり
思い出、か。あの日の惨状に、積み重なった骸に恐怖を抱いた私が見るものなど知れたこと

身構えるように深く息を吸えば
テレビに映ったのは鮮やかな緑
見覚えのある木々、あそこは——……

……かい

長く口にすることの無かった名前が滑り落ちる
同じ星を競った相手
手合わせの度に勝者は変わり、昼寝に身を隠すあいつを探しに行くのは私の役目だった

木漏れ日の下、眠る白虎に手を伸ばす
起きているか起きていないか、そうして確かめるのが幼い私の常だった
穏やかな時間
未だ平穏であった日々

私の、思い出はあの日の惨状ではなく…
マスクを外して、呼べぬ名の代わりにあの日のように小さく鳴いた

……にゃぁ




 右を見ても、左を見ても、ブラウン管テレビの見えない場所はない。
 けれど、砂嵐の映るテレビに囲まれていながら、酷く静かな空間で。
「……不可思議な地だな」
 ぽつり、呟いて。春・鷙呂(春宵・f32995)は一つのテレビの前に立つ。
 無数のテレビの内、何故だかこれが、自分の思い出を映し出すもののようだと、感じ取って。
「思い出、か」
 そう口にした鷙呂の脳裏に、ある光景が過る。
 それは、惨状。積み重なった骸の山と、その中を必死に逃げる姿。
 自身の内側に何よりも強くこびりついている恐怖は、思い出などと呼べたものではないが、その記憶が、あまりにも根深く鷙呂の中に存在してしまっているのだ。
 砂嵐が、晴れる。一瞬白んだテレビ画面に、鷙呂は身構えたように強張った体を宥めるように、深く息を吸う。
 息を呑んで見つめたそこに、映し出されたのは。
「……かい」
 鮮やかな緑。見覚えのある木々の連なり。柔らかに漏れる、木漏れ日の光。
 予期していたものとはまるで違う、穏やかな光景。それに纏わる存在を、鷙呂は思わず、口にした。
 この場所は、『あいつ』が昼寝に身を隠す場所だ。
 同じ星を競った相手。多くの徒弟に囲まれていながら、それでも特別だった一人。
 手合わせをする度に勝者は変わり、次は負けないの言葉を有言実行する繰り返し。
 勝ち負けの度に純粋な嬉しさと悔しさを感じながら、互いに高め合う事が出来ている喜びを分かち合っていた相手。
 その人が昼寝をしている時は、いつだって、鷙呂が探しに行っていた。
 木漏れ日の中を駆けて、穏やかな時間の中で眠る白虎を見つけて。そうして、そぅ、と手を伸ばす。
 瑞獣である白虎の柔らかな毛が、木漏れ日を受けてふくよかな温かさをはらんでいて。浸るように、数度撫でる。
 起きているのか、いないのか。そうして触れて確かめるのが、幼い鷙呂の常だった。
 起きていれば、ちろりと視線を向けて、そのまま起きたり、昼寝に巻き込まれたり。
 眠っていても、どうせ急ぐわけでもないのだからと、隣で少し、丸くなってみたり。
 そうして過ごした、穏やかな時間。
 今は遠い昔となってしまった、平穏であった日々。
 ――また、息を呑んだ。
 自身の中に、そんな穏やかな光景が残っていたことに、鷙呂はわずかに戸惑って、マスクに覆われた口元に触れる。
 ついぞ感情らしいものを表すことのない口元を隠すそれを外した鷙呂は、一度口を開いて――閉じた。
 今頃どこで、何をしているのか。無事で、生きているのか。
 知りえぬ行く末を案じた鷙呂の唇は、その名を紡ぐことはできない。
 呼んでも、応えはないのだから。
 だから、鷙呂は代わりに、小さく鳴く。
 眠る白虎に、瞳を伏せるその人に、窺うようでいながら、自身の存在を主張するように。
 ……にゃぁ。
 聞こえてくるのは、映像の途切れたテレビが吐き出す砂嵐。
 さっきまでは静かだと思っていた、それが、いまはひどく、耳障りだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

弓削・柘榴
ひさびさに帰ってきてみたがあいかわらず壊れかけじゃの。

それにしても『思い出の光景』とな?
さてさてなにが出てくることか、楽しみではあるの。

ほぅ……主殿とはまた懐かしい。
しかもテレビに映っているとは、なかなかに貴重な感じじゃな。

まだあちきが使い魔で、人型になることもできなかったときじゃの。
あの頃はまだ『いつか寝首を掻いてやろう』とか『逃げ出してやろう』と思っていたものじゃ。
主殿に敵うと思っていたのじゃから、あちきも身の程を知らなかったの。

結局あちきは主殿を越えられないまま、見送ることになってしもうた。
……なぁ主殿。あちきもすこしは主殿に近づけておるかの?
人の役にはあまり立てていないかもしれんがな。




 弓削・柘榴(月読さんちの猫又さん・f28110)が幽世へ帰ってきたのは、随分と久しぶりの事だった。
 いつ訪れてもこの世界は崩壊の危機に瀕していて、いつだって、不安定。
 相変わらずだと肩を竦め、柘榴はぶらり、ブラウン管テレビの群れを横目に歩いていく。
「それにしても『思い出の光景』とな?」
 映し出すという意味ではお誂え向きな画面をちらりちらりと眺めながら、ふと、一つのテレビの前に立つ。
 きっと、これだ。自分の思い出を映し出すテレビは。
「さてさてなにが出てくることか、楽しみではあるの」
 言葉通り楽しみな様子を口元に乗せて、柘榴は砂嵐が晴れるのを待った。
 そうして、そこに映し出されたのは――。
「ほぅ……主殿とはまた懐かしい」
 遠い昔、柘榴がただの悪戯好きの白猫だった頃の記憶だ。
 テレビなんてない時代を生きた陰陽師である主人がテレビに映っている姿とは、なかなかに貴重な感じがする。
 自分を捕まえた陰陽師の使い魔となった柘榴は、当然ながら、主人と使い魔と言う枷を与えた陰陽師を憎んでいた。
 渋々傍に従いながら、『いつか寝首を掻いてやろう』とか『逃げ出してやろう』と思った瞬間は数知れない。
 しかしそれが一度として叶わなかったのは、単純に、柘榴の力が主人に到底及ばなかったせい。
 実力差がある事を理解せず、主人に敵うと思っていたのだからあの頃の柘榴は、ほとほと身の程知らずという奴だった。
(今にして思えば微笑ましくもあるか……)
 くす、と笑みこぼし、柘榴は懐かしい姿に瞳を細めながら画面を見つめる。
 いまは、もう、会う事の出来ない存在を、改めて思い起こすように。
 結局、柘榴は主人を越えられなかった。
 悪戯好きの猫がいつの間にか猫又になって、ただの使い魔から妖怪らしい存在になっても、柘榴の思惑は果たされないまま。
 そうして、そのまま、主人を見送った。
 床に臥す主人を見つめる白猫の姿に、柘榴は「あぁ……」と短くこぼす。
 この白い猫又は、もう主人以外には見えていなかった。それでも見つけてくれる主人が居たから、何も問題はなかった。
 けれど、ついに、猫又を見つけてくれる存在が居なくなってしまったから。幽世へと渡ることになったのだ。
「……なぁ主殿」
 ゆらり、画面の中で寂しげに揺れる尾を見つめながら、柘榴は語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「あちきもすこしは主殿に近づけておるかの?」
 今の自分は、主人に胸をはれるくらいに成長できただろうか。
 人の形を取れるようになったのだから、少なくとも、あの頃よりは成長しているはずだと、柘榴は小さく笑む。
「まぁ、人の役にはあまり立てていないかもしれんがな」
 今ならもしかしたら、主人の寝首を掻こうとして慌てさせることくらいは出来るかもしれない、なんて思うくらいには、悪戯好きの性分は変わっていないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
アドリブ◎

面白ェ空間
俺が見る思い出は果たして

(主やお嬢のコト?
弟?常春桜?
どれでもござれだ
覚悟は出来てる)

見たのは去年のバレンタインに馨子の想いを手折る所(馨子のベスプレ
去年の夏に馨子と魚の流星群を見た時の事
予想外の光景に硬直

あァ…今の俺に見せてくるか(悲痛の表情

(護りたかった
でも彼女は其れだけを望んじゃいなかった
俺が
俺の手で
壊れてしまうかと思うと怖かった
馨子に応えられない自分が厭だった)

その後、縁は新たに結ばれ
廻りて昇華した
筈だった
最近カイと酒を飲み相談に乗った時に発覚した疑惑

違うかもしれない
でも
もしも、まだ…彼女の想いが途切れてねェなら

夏以来逢ってねェが
顔合わせる時が来たら俺は、

視れない




 今では見かける事の無くなったブラウン管のテレビに思い出の光景とは。随分と面白い空間だ。
 その空間を歩く杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)の足取りは軽く、砂嵐ばかりのテレビを横目に見ては、はてさてどんな思い出が映るだろうと仄かな期待に口角を釣り上げる。
(主やお嬢のコト? 弟? 常春桜? どれでもござれだ、覚悟は出来てる)
 自分にとって大切な縁は幾つもある。良い思い出も辛い思い出も、どれも己にとって大切な記憶であるという自覚だってあった。
 だから、何が来ても揺るがない。そう思っていた。
 見えたのは、柔らかな黒髪に紫色の瞳。並べられた錦玉羹と、穏やかな微笑み。
 ――それが紡ぎだした想いを、手折った瞬間。
 その、後に。新たに紡ぎなおしたはずの縁を供に、流星群を見たひと時。
 映し出された光景は、クロウにとって、あまりに予想外で。思わず、硬直してしまった。
(あァ……今の俺に見せてくるか)
 表情が、悲痛に歪む。今見るには、この記憶はあまりに重い。
 未だ昇華しきれていない淀みのように、胸の裡で、どろりと燻っている。
 その人に抱いた思いは、今でも忘れていないし、変わっていない。
 護りたかった。
 ただ、それだけだった。
 だが、彼女はそれだけを望んではいなかった。護られる『だけ』を、望んだりはしていなかった。
(俺が――俺の手で、壊れてしまうかと思うと怖かった)
 彼女に応えられない自分が、厭だった。
 苦いばかりの出来事は、思い出と呼べる程度には互いの中で昇華されて、また新しく縁として結ばれたのだと、思っていた。
 だからこそ、共に流星群を見に行ったのだ。
 ――けれど、そうではなかった。
 いいや、そうではないかもしれないという疑惑を、抱いてしまったのだ。
 弟分と酒を飲み相談に乗った時に、それは発覚した。
 己の思い込みかもしれない。そうであったなら、きっと心は軽くなれた。
 けれど、どうしてもそうだと思えないのは、彼女が優しくて誠実で――想いを、容易く乗り換える人だとはどうしても思えなかったから。
(もしも、まだ……彼女の想いが途切れてねェなら……)
 己が取るべき行動を、クロウは未だ見つけられていない。
 流星群を見て以来逢っていないせいだろうか。折々に顔を合わせていたら、今更気付くなどという事にはならなかったのだろうか。
 たらればの話など、思い描いたって意味がない。ただ、一つだけ。己の中で理解できていることと言えば。
(顔合わせる時が来たら俺は――)
 その顔を、視ることが出来るとは思えなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
…もしかしたら私も、小さな神様と同じ運命を辿ったかもしれないですね

テレビ画面はサムライエンパイヤで「彼」と花見酒を飲み交わした時の姿
主に会えないと寂しがる自分に「俺が思い出つくってやる」と言ってくれた。その後も色々な思い出ができた
こんな風になれたらいいなと憧れた

けれど先日知ってしまった
知らない事が、悪意なく人を傷つけてしまう事があるのだと
繋いだ縁も、ある日突然すれ違い失われてしまう事があるのだと

だから手を伸ばさないと
自分の背中を押してくれた兄のような「彼」に
振り向いて欲しいと願う大切な「彼女」へ

自分の意思で選ばないと。離れたくないと願うなら。
「頑張りますね…クロウさん、馨子さん」




 自分を見つけてくれた友人と、仲違いして、そのまま分かれて。
 小さな神様と、もしかしたら同じ運命を辿ったかもしれないと、桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)はわずかに眉を下げた。
 ひととひとは、存外簡単なことで喧嘩をする。子供だろうが大人だろうが、それは変わらない。
 すぅ、はぁ。少しの緊張をほぐす様に深呼吸をして、カイはブラウン管テレビの画面を見つめる。
 画面には、サムライエンパイアで花見酒を飲み交わす『彼』と自分の姿が映し出された。
 妻と息子を失い姿を消した主を探していたカイは、探せど探せど見つからない主に会えない寂しさに打ちひしがれていた。
『俺が思い出つくってやる』
 あの時にかけられた言葉は、カイの寂しさを取り払い、不安な心を励ましてくれた。
 言葉通り、『彼』は自分と沢山の思い出を作ってくれて。その度々に、こんな風になれたらいいなという憧れが募っていた。
 だから、だろう。自身の中に湧いた淀みのような感覚への戸惑いを打ち明ける相手に『彼』を選んだのは。
 『彼』ならきっと真っ直ぐな言葉で応えてくれるだろうという期待が、あったのだろう。
 けれどそれは、何も知らないまま、悪意なく『彼』の傷に踏み込む行為だったのだと、気が付いてしまった。
 同時に、繋いだ縁も、ある日突然すれ違い失われてしまうことがあるのだとも、知ってしまった。
 ブラウン管に、手を伸ばす。古びた四角い画面を、静かに撫でる。
 その中で笑み湛える『彼』は、傷に踏み込まれてなお、カイの背を押してくれた。
 大切に思う人が笑う姿を見られれば充分だと思っていた感情のごまかしを取り払って、自分自身の思いを気付かせてくれた。
 そんな、優しい人。
 『彼』へ真っ直ぐに顔向けするためにも、手を伸ばすのだと、カイは決めた。
 自分の背中を押してくれた兄のような『彼』に。
 振り向いて欲しいと願う大切な『彼女』へ。
 自分にとって大切な人達を、素直になれないまますれ違って、失うのは絶対に嫌だったから。
 いつの間にか、テレビの画面は砂嵐になっていた。
 それに気付かぬほど、自分の中の大切な存在へと思い馳せていたことに気が付いて、カイはほんの少し、唇を緩めて微笑んだ。
「頑張りますね……クロウさん、馨子さん」
 ポツリとこぼすように名を紡ぐだけで、心が温かくなるような気がする。
 人形を本体に持つヤドリガミである自分に、どこまでも本質は人形であると認識していた自分に、こんなぬくもりを抱かせる人達と、離れたくなんてない。
 顔を上げたカイの瞳は、真っすぐに前を見据えている。
 自分の意思で、選ぶのだという、強い決意を、滲ませて――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

紫丿宮・馨子
その映像から
香りが聞こえた

白い貴族服の男性は紫の薔薇を手にし薔薇の飾りをつけ
その顔は以前見た、戯れに狩衣を着た姿と同じ
香りはアルダワの迷宮でメッセージと共に香ったもの

でもわたくしは
彼との記憶がない
彼がわざと封じたのだという

「申し訳ございません…何度乞われても
「私を愛することは出来ない、と
「申し訳、ございません…

玻璃の大きな鳥籠内のわたくしは泣いている
彼はそんなわたくしを愉しそうに見ている

「君がここから出る時は私が死んだ時
「君のなかに私を深く刻んで忘れられないようにしてからだ

彼の紫の瞳に執着が燃えるのを見て
頭痛と共にじわりと滲み出したのは封印されていた記憶

保琳と同じ執着の炎

…カミュ様

封印が解ける




 ざぁ、と。音を立てていた砂嵐が晴れる。
 その瞬間、紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)はブラウン管テレビから香りを聞いた。
 同時に映し出されたのは、白い貴族服の男性。
 紫色の薔薇を手にし、薔薇の飾りをつけた男の顔に、馨子は見覚えがある。
 以前、見たのだ。戯れに狩衣を着た、同じ姿を。
 香りは、アルダワの迷宮で、メッセージと共に香ったもの。
 知っているはずの存在。けれど、馨子の記憶の中に、その男性の存在は、見つけられない。
 馨子が香りに関して忘れることがあるはずなどないと思いながらも、頭の端に奇妙な違和感だけを残して燻っていた。
 今また蘇る。何かが足りないままでいるような、そんな焦燥感。
 もどかしい感覚を払ったのもまた、彼だった。
「記憶を、封じた……?」
 それは、決して善良な思いで、馨子を慮ってした行いではない。
 忘れようとする努力すら奪い取って、心根の深く深くに己の存在を刻み付けて。
 そうして、馨子の深層心理をいつまでも縛り付けるためのこと。
 彼はどうしてそんなことをしたのだろうか。瞳を逸らすこともできないまま、まるで引き付けられるようにして見つめ続けた画面の中で、はらり、はらりと涙をこぼす己を見つけた。
『申し訳ございません、何度乞われても――』
『私を愛することは出来ない、と』
 玻璃の大きな鳥籠の中で、馨子は泣いている。
 器物としての己ではなく、ヤドリガミとして、人の姿を得て。
 そうして、涙をこぼす馨子を、彼は、愉しそうに見ていた。
『申し訳、ございません……』
 頑なに拒み、泣き続ける馨子に、胸を痛めるでもなく、憤るでもなく、ただ、そうだろうともとでも言うように、笑うのだ。
 鳥籠に触れ、逃げることも出来ずに囀る小鳥を満足気に見つめて、彼は言う。
『君がここから出る時は私が死んだ時。君のなかに私を深く刻んで忘れられないようにしてからだ』
 ――それが、現実になったのが今だというのだろうか。
 であれば彼は、死んだのか。けれど、死んでなお、その執着が途切れているようには思えない。
 だって、そうだろう。彼の紫色の瞳に執着の炎が燃えるのが、画面越しにだってわかるのだ。
 それとも、これは。
 馨子の中に刻まれた、記憶なのだろうか。
 頭が痛い。じわり、じわりと滲み出てくるものは、テレビの画面に映るのとは異なる映像。
 香りが、強くなる。記憶と現実が混同するような感覚に、めまいを起こしながら、それでも馨子は、記憶の先端を、手繰り寄せた。
「……カミュ様……」
 名が、零れて。
 封印が、解ける――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

徳川・家光
僕は幼い頃、武道に専念していました。活人剣という「相手を不具にして尋問するための剣技」を習得すべく、来る日も来る日も、木剣を持って稽古に励み、稽古相手や僕自身も何度も傷つき、時には絶命の危機も頻繁にありました。

でも、それが救いになるほど、僕にとって耐えられなかったのは、愛されるべき親に、疎まれていたこと。
それは、全てを克服した今であっても、決して思い出したいものではありません。
なぜなら、それを克服するために、僕はその人達を陥れたから。

せめて、目は逸しません。心の痛みは体の痛みを凌駕する事を知りながら、愛する人達にそれを与えた僕の責任が、この痛みで人の役に立てるのならば




 ブランう管テレビに、覚えのある姿が映し出される。
 それは、徳川・家光(江戸幕府将軍・f04430)に痛みを与える存在。
 ――愛されるべき、親の姿。
 じっと見据える家光の表情は、決して明るくはない。それでも、家光は目を逸らさない。
 無意識に、指先が己の刀を握りしめていた。まるで、何かに縋るように。
 すぅ……と吸い込んだ息を、ふぅ、と柔らかに吐き出して。家光は思い馳せる。
 自身がまだ、幼かった頃の、思い出へと。
『殿、忘れめさるな――』
 師の声が、どこか遠くに響く。握りしめた木剣を、幼い家光が幾度も幾度も、振るっている。
 幼い頃は武道に専念していた家光は、剣術の師匠より、ある剣技を習得すべく日夜鍛錬に励んでいた。
 その技は、『活人剣』と呼ばれるもの。
 刃を用いながらも殺すことなく相手を打ち負かし、人の命を守るための剣技――だと、思っていた。
 少なくとも、家光が学んだ活人剣は、相手を不具にして尋問するための剣技だった。
 殺してはならない。生かして、情報を吐く達磨に仕立て上げることが、この剣技の肝なのだから。
 そのような剣技の習得は、勿論、並大抵のことではなかった。
 来る日も来る日も木剣を持って稽古に励む家光は、何度も稽古相手を打ち負かし、己もまた打ち負かされ、数えきれないほどの傷を負う。
 時には絶命の危機に瀕する事さえあっただろう。それでも、家光は剣を手放さなかった。
 ――誰も、家光自身さえ、そうする事を認めなかったから。
 家光は、見つめる。幼い頃の己を。
 剣の稽古は確かに辛かった。けれど、辛い稽古が救いになるほど、幼い心がそれ以上に耐えられなかったのは、愛されるべき親に疎まれていた現実。
 家族を慮る家臣の姿を見る度に、どうして自分の親は自分を疎むのだろうと思い悩んだ。
 勉学に励み、武道を収め、治世者としてあるべき振る舞いを身に着けても、一度だって褒めてはくれない彼ら。
 それどころか、そうやって成長するほどに、彼らの瞳は疎まし気に家光を見るようになった気さえする。
 彼らにとって自分は邪魔な存在なのだろうか。望まれずして生まれた存在なのだろうか。
 不安や疑念を払うように打ち込んだ稽古で、命に危機に瀕した時、このまま死んでしまえば彼らは喜んでくれるのだろうかなんて、考えたこともあったかもしれない。
 けれど、それを思いとどまらせたのは、家光の将軍となるべく者としての矜持。
 それが、生まれた時から己に課せられた使命だというのならば――。
(そう、使命ならば、僕は克服しなければならなかった……)
 家光は、目を、背けない。
 己の宿命からも、国を託された責任からも、愛する人達を陥れた現実からも。
 心が軋む。悲痛な声が、恨みがましい瞳が、呪詛のような怨嗟の言葉が、家光の心に爪を立て、癒えない傷を刻もうとしてくる。
 心の痛みは、体の痛みを凌駕する。そんなことは、充分すぎるほどに理解していたけれど、家光はその光景から目を逸らさなかった。
 愛する人達に、それを与えたのは、他ならぬ己なのだから。
 せめて、この痛みが人の役に立てるのならば。少しは報われるだろうか。
 ――そう信じなければ立ち上がれないほど、江戸幕府将軍たる徳川家光はもう、幼くはないのだけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜
【アドリブ改変・連携大歓迎】

まいったね、まるで走馬灯だよ。
ブラウン管のテレビなんて、
今までドラマの中とかでしか見た事ないよ。
ま、映してくるのは多分あの追憶だろうね。
ダチとの、準との思い出だろ。
幼馴染で、いつもつるんで笑って過ごして……
そして、行方が知れなくなって。
オブリビオンになっちまって。

楽しい思い出も、最期の悲しい想い出も、
全部全部忘れる訳にはいかないからね。
一つ残らず、見逃さぬように真っ直ぐブラウン管を見据え。
そこに映る光景を今ひとたび網膜に焼き付けるよ。
そうした所でアイツが還ってくるわけじゃない。
でも、それでいい。
それがアタシが進む先に必要となる筈なんだ。
そのまましっかり歩んでいくよ。




「まいったね、まるで走馬灯だよ」
 ブラウン管のテレビなんて、一世代前を舞台にしたようなドラマの中などでしか見たことがないものだと、数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)は興味深げな眼差しを向ける。
 砂嵐ばかりのこのテレビのどれかに、自身の思い出が映し出されるのだと、言うけれど。
「ま、映してくるのは多分あの追憶だろうね」
 多喜には、察せていた。こんな場面で映し出される思い出など、一つしかないと。
 それは友人との思い出。
 頭に思い描くのとテレビ画面が映し出されるのはほとんど同時のようなもので。あぁ、やっぱり、と胸中だけで呟いて、多喜はその画面を、見つめた。
 多喜の友人、本見準は、いわゆる幼馴染と言うやつだ。
 幼い頃から何をするにも一緒だった二人は、成長していく過程でもいつだってつるんでは、共に笑って過ごした。
 このまま大人になっても続くと思っていた日常は、ある日突然、準の失踪で消え去った。
 いつか帰ってくるかもしれないなんて曖昧な可能性は信じられず、多喜は自ら駆けだした。
 おんぼろな宇宙バイクに乗って、文字通り世界を股にかけて、探して、探して――。
 やっとの思いで見つけた準は、オブリビオンとして多喜の前に現れた。
 そうして、この手で……送ったのだ。
 ぐ、と。唇を噛みしめる。
 思い返してみれば、共に過ごした日々は楽しい思い出ばかりだった。
 喧嘩らしいこともしたけれど、仲を違えることなく済んだのは、お互いに掛け替えのない存在だという認識があったからだと、信じている。
 その最期が、自らの手で幕を引く結末だなんて、あまりに辛い。
 辛い、けれど。多喜は決して、目を逸らさなかった。
「全部全部忘れる訳にはいかないからね」
 どれもこれも、準との大切な思い出なのだから。ひとつ残らず、見逃さぬように。
 多喜は真っ直ぐ、ブラウン管を見据えて、全ての光景を今ひとたび網膜に焼き付けようと、見つめ続けた。
 これは、自己満足かもしれない。そんなことは分かっている。
 思い出をなぞって感慨に浸ったところで、準が還ってくるわけではない。それも、分かっている。
 だが、少なくとも多喜が前に進むためには必要だった。
 大切な人を、大切だと改めて確かめる、この一時は。
 画面の中、多喜があふれる涙を拭うことなく、友を抱きしめ最期を看取ったところで、映像は終わって。
 もう、何も映さなくなって。
 名残惜しいような気持ちがないと言えば、嘘にはなるけれど。
 促されるような心地に、多喜は一つ、息を吐いて。しっかりと、己の脚で、歩みだした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】

カフカの想い出は自分も知る姿
小さくてか弱くて愛らしい幼子
ふふ、久々に見ると可愛いですよねぇ

私の想い出?
見ても面白くないと思いますよ



大人姿の己の着物に縋る青年
嘗て気紛れに拾い育てた孤児のひとり

行かないで、捨てないで、はふりさま
どうか、どうか

親に向ける愛を乞うようなそれに混ざって、青年の瞳にはどろりと煮詰まった恋慕と肉欲の情念と熱が篭っていた
けれど、今も昔もこの妖にはそれが分からない
貴方が欲しいと傍に居てと叫ぶそれを見返す鏡面の眼は無感情
何の興味もなさそうに美しく笑って見せた

「だって、君に飽きちゃったんですもの」



……嗚呼、そういえばこんなことありましたねぇ
すっかり忘れてました


神狩・カフカ
【彼岸花】

長く生きてるからなァ
なにが映るやら

映し出されたのは真紅の翼を揺らす少年
瑞兆の赤烏――それが人の身を得たのが元々のおれ
手にすれば大いなる力や巨万の富を得られるだの
その手の逸話は数多
おまけにこの見てくれじゃァ
欲しがる輩はそりゃ多く
人はおろか妖や神にも狙われてたもんサ
当時はまだ神通力の扱い方を知らず弱い存在で
簡単に掴まっちまうこともザラで
事あるごとにはふりに助けてもらってたっけ
あいつの腕の中、安堵で号泣する姿が映し出されて顔が熱くなる
わざわざこんな恥ずかしいとこ映すか!?
見んなって!画面を隠すも今更の話

深い溜息を吐いてはふりの画面を見れば
見覚えのある男
あらましを知れば
隠せぬ嫌悪感が面に出た




 ブラウン管テレビの中に映し出されるという、思い出。
 何が映し出されるかは見てみるまで分からないようだが、神狩・カフカ(朱鴉・f22830)にとっては特に、長く生きた分、想像が難しかった。
 それは隣に並ぶ葬・祝(   ・f27942)にとっても、同じこと。
 二人揃って並んだテレビを覗き込みながら、砂嵐が晴れるのを、待って。
「……おや」
 祝が目をやった画面の中に、見覚えのある幼子が映し出される。
 真紅の翼をぱたり、頼りなげに揺らすのは、幼い頃の、カフカだ。
 瑞兆の赤烏。手にすれば大いなる力や巨万の富を得られるだとか、数多ある逸話はもっぱら幸福を齎す方向に振り切れている。
 それが人の身体を得て、見目麗しく御しやすそうな幼子ともなれば、自然、悪意ある手に求められたもので。
 身の程知らぬ人の子から、妖、果ては神にまで狙われる日々を送っていた。
 幼いカフカはまだ神通力の扱い方も知らない弱い存在であったゆえ、簡単に捕まってしまうこともよくあった。
「事あるごとにはふりに助けてもらってたっけ」
「そうでしたねぇ」
 小さくてか弱くて愛らしい幼子。
 怯える体を抱き上げれば、安堵に号泣したりして。
「ふふ、久々に見ると可愛いですよねぇ」
 などと、祝にとっては微笑ましい一幕も、いまや成長してすっかり大人になったカフカにとっては、晒されるのはたまったものではない映像。
 うわ、と思わず声を上げ、ばっ、と祝の視界から遮るようにテレビ画面を隠した。
「わざわざこんな恥ずかしいとこ映すか!? 見んなって!」
 当事者同士なのだから今更だと言われればそれまでだが、真っ赤になって慌てふためくカフカに、祝がくすくすと微笑まし気に笑うものだから、なおのこと恥ずかしい。
 幸いにも、カフカの映像はそこで終わったようだから、これ以上こっぱずかしいエピソードを見なければいけないような心配はなさそうで。
 安堵と疲れを含んだような溜息をこぼして、ちらり、祝の傍らにあるテレビを見た。
 そっちは一体何が映っているのだと、言うように。
「私の想い出? 見ても面白くないと思いますよ」
 ちろり。視線だけを向ける祝。テレビは、それを待っていたかのように、映像を映し出す。
 聞こえるのは、悲痛な声。
『行かないで、捨てないで、はふりさま。どうか、どうか――』
 縋るような声と共に、青年が蹲るようにして着物の裾を引く。
 それを纏う男は、大人姿の祝だ。
 必死の形相で祝を見上げる青年は、かつて祝が気まぐれに拾い育てた孤児のひとり。
 それを、感情のない顔で、見下ろしている。
 はふりさま。幾度も繰り返される青年の声は、親に捨てられるのを恐れる子のようでいて。けれど、見上げる瞳には、あまりに明確な熱があった。
 どろりと煮詰まった、恋慕と肉欲の情念。
 あなたがほしい。
 そばにいて。
 重ねられる声に、画面の中の祝は緩く首を傾げる。
 そんなことを言う意味が心底理解できないというように、ただ、興味のない顔で、微笑む。
 ひどく美しい笑みは、けれど、どこまでも無感情なのだと、誰の目にも明らかで。
『だって、君に飽きちゃったんですもの』
 優しく響く声と共に踵を返せば、青年は力なくその手を離すよりほか、なかった。
「……嗚呼」
 そういえば、と。祝は微笑む。美しい銀色をした鏡面の眼は、いまも、むかしも、何も変わらない。
 変わらないまま、同じように柔らかな形だけを、作る。
「そういえばこんなことありましたねぇ」
 すっかり忘れてました。そう言った祝の笑みと画面とを見るカフカの表情には、隠せぬ嫌悪感が滲んでいる。
 見覚えのある男だ。そう気が付いて抱いた興味は、次の瞬間には吹き飛ぶように消えて、代わりに不快さばかりが滲んできた。
 忘れていたと笑った祝の、その記憶は。
 そこに映し出されるほど大切な思い出だとでも、言うのだろうか――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メルメッテ・アインクラング
キャバリアには乗らず、自らの足で参りますね
「……では、拝見します」

映ったのは、主様に助けられ、”廃墟と化した”研究所から離れ、別な地下施設へ移ってすぐの、10年前の私。「名前を頂いた時の思い出、ですね」
メイドとなった幼い私はまず主様に名前を聞かれましたが、それまでは使い捨ての実験体だった私に特定の個体名はなく返答に困っておりました
『名前がないのか』と問われ、素直に頷き……主様は見兼ねたのか、名前を下さったのです
『メルメッテ』。『メルメッテ・アインクラング』と。
確かめるように「メルは、メルは」と口にする幼い私の、表情の明るいこと。微笑ましくなります

主様から頂いたこの名も、命も。大切にして進みます




 今日は、キャバリアは要らない。この地へは、己の脚で訪れた。
 そうして、メルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)は一つのブラウン管テレビの前で、立ち止まる。
 ざぁ、と不思議と静かな砂嵐を見つめていると、不意に周波数が合ったように、画面が晴れて。
「……では、拝見します」
 改まったように告げたメルメッテへ伝えようとするかのように、映像が映し出された。
 そこは、かつて己がいた場所。実験体だったメルメッテが、逃げ出した場所。
 あの時、自らに爆弾が埋め込まれるということを知ったメルメッテは、無我夢中でカードキーを奪い、逃げ出して、そうして、主となる人に、助けられた。
 その後は、”廃墟と化した”研究所から離れ、主に付き従って別な地下施設へ移ったのだ。
 あぁ、そうだ。十年前のこの時、メルメッテは生まれて初めて、名前といういものを与えられた。
 メイドとして主に仕えることになった時、主はまず、幼いメルメッテに名を問うたのだ。
 けれど、実験体であったメルメッテに、名前と言う概念はない。
 使い捨てられる運命にあった実験体には、管理用のナンバーが振られていれば、充分だったのだから。
 識別番号の事かと問えば、違うと言われ。それ以外に己を示すものを何も持たなかった幼い少女が、返答に困ったように俯いている。
『名前がないのか』
 問う声に、素直に頷く。それから、長い沈黙。
 幼い少女にはその沈黙は重かったことだろう。今でこそ、それは一つの思い出として昇華されるが、当時は――。
『メルメッテ』
 想い馳せるメルメッテに、聞き馴染んだ声が聞こえる。
 その声は決して優しくはなかっただろう。見兼ねただけの、仕様がないと呆れる声だったことだろう。
 それでも、メルメッテにとっては、何にも代えがたい、幸せを与えてくれる声だった。
『メルメッテ・アインクラング』
 それが、お前の名前だ、と。告げられた幼い少女は、何度も瞳を瞬かせ、口元で呟くように繰り返す。
 その表情が、徐々に明るくなっていった。
『メルは、この名前を大切にします』
 幸せそうに微笑んだ少女は、『メルは、メルは』と幾度も口にしては嬉しそうに笑う。
 その名が自身の物であることを自分自身に教え込むかのようで、明るい表情に、見つめるメルメッテも微笑ましさに表情が緩んだ。
「主様」
 背筋を伸ばして、ぴんと立つ。目の前に、敬愛するその人が居るかのように。
「メルは、主様から頂いたこの名も、命も。大切にして進みます」
 幸せそうに笑ったメルメッテは、深く、深く、画面の向こうのその人へ向けて、頭を下げるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神棺・伊織
これは…すごい量のテレビやね
この先に倒すべき相手がいる、という事かな


あぁ、懐かしい
あの人が生きていた時の―

《映し出される、銀色の小さな仔狐と青藤色の髪の青年》
戯れたり、一緒に寝たり、遊びと称した修行をしたりといつも一緒で
きっと、一番の幸せと言っても過言ではない程の時を過ごしてた

途端
ぽたり、ぽたりと血がシミを作る様に落ちて赤く染め上げていく


あの時の事は、忘れません…何があっても
まだ、仔狐だった私があの人を守る事など出来んくて
ただただ揺れる赤い糸に爪を立て
額に貼られた札を睨みつける事しか出来なかった

でも
今は何も出来んかったあの頃とは違います
手足の出せない仔狐(こども)の頃とは
だから、目は背けません




「これは……すごい量のテレビやね。この先に倒すべき相手がいる、という事かな」
 見渡す限りテレビの山。文字通り山となって積まれている光景さえ目に映るほど。
 圧巻の光景だとでも言うように眺めて、神棺・伊織(聖帝のΨευδαίσθηση・f03960)は一つのテレビの前にたどり着いた。
 覗き込めば、砂嵐が晴れて。古びた映像が、映し出される。
(あぁ、懐かしい。あの人が生きていた時の――)
 思わず、と言うように。顔がほころんだ。
 画面に映し出されたのは、銀色の小さな仔狐と、青藤色の髪をした青年だ。
 一人と一匹は仲睦まじく、共に戯れ、隣り合って眠り、遊びと称して、修行をしたり。
 いつも、一緒だった。
 柔らかな表情で、伊織はそれを見つめる。伊織が記憶する中で一番の幸せと言っても過言ではない瞬間が、そこにはあったのだから。
 けれど、それが最後まで続かないことを、伊織は知っている。
 唐突に、ぼたり、と。地面に赤が滴った。
 滴っては染み込んで、また滴っては、広がって。
 赤色が、画面の内側を染めていく。
 かすか、眉を顰める伊織。この光景は、こうして映し出されずとも、伊織の中に鮮明に残っている光景。
 忘れたくても忘れられない、苦い記憶だ。
 ゆらりと揺れる赤い糸が、青年を傷つける。その度に、糸は赤を深くして、周囲の赤も広げていく。
 その糸に、仔狐がいくら爪を立てようとも、引きちぎることはおろか、遮る事さえできない。
 このままでは青年が殺されてしまうと分かっていても、仔狐には何もできない。それだけの力が、無い。
 蹴散らされ、転がされ、取るに足らないと言わんばかりに、見向きもされないか弱い存在。
 その存在ができたことと言えば、糸を操る存在を――その額に貼られた札を、睨みつける事だけだった。
「あの時の事は、忘れません……何があっても」
 仔狐は――あまりに幼かった伊織には、守ることが出来なかった。
 でも、今は違う。何もできなかったあの頃とは、違うのだ。
 大きく育った。人の姿を得た。力をつけた。いつまでも、手足の出せない仔狐(こども)ではないのだ。
 今、この場で出来ることは、画面の向こうの札を、再び睨みつける事だけだけど。
 知らずの内に握りしめていた拳に、一層、力が籠る。
 あの瞬間の光景を見せつけられて、何もできなかった無力を突き付けられて、ただ、それだけで。
 心が軋まないはずが、無かった。
 けれど、いつか相まみえる時が必ず来るから。その時に真っすぐに立ち向かえるように、伊織は深く、脳裏に刻み込む。
 決して、目を逸らすことをせずに――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
音海・心結(f04636)と共に



――俺は絶対に君のことを忘れたりはしない。
――君の魂が還りたいと望む場所まで、必ず連れていくから。

それが、美しくも残酷な世界に羽搏く――蝶の本懐なればこそ。


……戦友に向けて銃爪を引いた。

在りし日の自分に取っては、何も珍しい出来事ではなかった。
その戦場は、予知と転移にお膳立てされた『綺麗な戦場』ではないのだから。

故に多くを備えていようと、不測の事態は起きるものだ。
神様は、さも当然という顔をして地獄を用意するのだから。

何のことはない。死に掛けの友に慈悲を与えただけのこと。
――魂を還す、蝶としての役目を果たしただけだ。


……心結、あまり見ていて面白いものじゃないよ。


音海・心結
緋翠・華乃音(f03169)と想い出に浸る

映し出されたのは幸せな想い出
みゆのたった一人の家族
肉親であるパパ
何時も傍に居て笑ってくれて
勉強が好きになったのもパパのおかげ
友達がいない寂しさを感じずに済んだのも全部
時に厳しい場面もあったけれど
其れを優しさの裏返しだと知ったのは、

……懐かしいですね
猟兵になる前のみゆの想い出です
ダークセイヴァーに住んでた頃ですよ
あの頃はこれ以上の幸せなんてないって思っていました

ナイト?
見せてくださいよー
ナイトの想い出も気になるのです
きっと素敵な――

制す彼を無視し
画面に映った事実を覗き見る

……え?

頭が追い付かない
だって、今、彼は、ナイトは――
……嘘ですよね?




 ――俺は絶対に君のことを忘れたりはしない。
 ――君の魂が還りたいと望む場所まで、必ず連れていくから。
 記憶、思い出、回想。纏わる何かが見られるという、不思議なブラウン管テレビ。
 その群れの中を、緋翠・華乃音(終奏の蝶・f03169)と音海・心結(瞳に移るは・f04636)は二人で進む。
 夥しいと言っても過言ではないほどのテレビがある中で、自身の思い出を映し出すものは不思議と悟れた。
 並んで陳列された、二つのテレビ。その前に立った心結は、どことなく浮足立った気分で。対照的に、華乃音は少し、冷めた心地だった。
 それでも、何が映るのでしょうねと期待に笑む心結に返すのは、穏やかな笑み。
 二人の記憶が、それぞれに、砂嵐のモザイクを解かれて、映し出された。
(あ……)
 心結は、少しだけ驚いたように目を見開いた。
 画面の中には、心結のたった一人の肉親である父親の姿が映し出されたのだ。
 あぁ、これは、幸せな思い出だと、心結の表情がほころぶ。
 父は、何時も傍に居て、笑ってくれる人だった。
 教え方が丁寧で、身につけばちゃんと褒めてくれる父のおかげで、勉強だって好きになれた。
 友達という存在には恵まれなかったが、それでも寂しいと感じずに済んだのも、全部、父が傍に居てくれたからだ。
 そんな父は、時折厳しいこともあった。叱られたことも、勿論あった。
 幼い頃の心結は、それなりに不満を覚えていたのだろう。画面の中でふくれっ面をしているのがいい証拠だ。
 だけど、それは優しさの裏返し。心結が大切だからこそ、甘やかすだけではいけないのだと、父は認識していたのだろう。
 それを知ったのは、心が少し、大人になってからだけれど。
「……懐かしいですね」
 胸中が、温かいものに満たされて。幸せな心地で、心結は胸元に手を添える。
 そんな心結に、ちらり、と。華乃音の視線が向けられて。心結は彼を見上げて、ほわり、柔らかな笑顔で、微笑んだ。
「猟兵になる前のみゆの想い出です。ダークセイヴァーに住んでた頃ですよ」
「そう……」
「あの頃はこれ以上の幸せなんてないって思っていました」
 二人きりでも、それで十分。大切に育てられたという幸福を改めて嚙みしめて、心結は嬉しそうに華乃音に向き直る。
 真っ直ぐに、真剣な目をして見つめている華乃音の思い出は一体何だろうと、心躍らせて。
 けれど、画面を見ようとする心結を、華乃音は掌で制する。
「……心結、あまり見ていて面白いものじゃないよ」
「ナイト? 見せてくださいよー」
 恥ずかしいのだろうか、なんて。無垢な笑みで小首を傾げて、心結はそっと華乃音の掌に触れる。
 そうして、そのままぐいと視界を遮る掌を避けて、画面を覗き込んだ。
「ナイトの想い出も気になるのです。きっと素敵な――」
 心結の笑みが、その形のまま、固まった。
 画面の中には、柔らかな木漏れ日も、暖かな部屋も、綺麗なお花畑も、晴れやかな笑顔も、何一つない。
 崩れた建物、焼け落ちた何か、飛び散った何か、何か、何か――戦いに身を置く存在としては見たことあるけれど、一切の判別が出来ない何かの群れ。
 それは、在りし日の華乃音にとって、何も珍しい光景ではない。
 猟兵として世界を渡り歩く最中で、華乃音はつくづく、予知と転移は有効で便利な、敵にとっては脅威な能力だと感じたものだ。
 それらを持たない戦場は、多くを備えていようと、不測の事態に常に晒され、誰がどれだけ命の危機に瀕しても、己以外に誰も助けてはくれない。
 幾度も、地獄を見た。だって、神様はさも当然という顔をして、それを用意するのだから。
 忘れたりはしない。
 必ず連れていく。
 ――それが、美しくも残酷な世界に羽搏く――蝶の本懐なればこそ。
 そう語る、画面の中の華乃音は、誰かに、銃を向けている。
 その誰かは、血に塗れ、苦し気に息を荒げ、虚ろな表情で、華乃音を見上げていた。
 目を瞠る。信じられないものを見たというような心結の前で、過去の華乃音は、躊躇いなく、その銃爪を、引いた。
「……え?」
 頭が、追いつかない。心結の混乱をよそに、華乃音は画面の中で銃弾を撃ち込まれた青年が、ほんのかすかに笑んだように見えたことに、瞳を細めた。
 死に掛けの友に慈悲を与えただけの事。それだけのことだと思っていたけれど……。
 彼は、それを、受け入れてくれたのだろうかと。今更ながら、そう思えて。
 砂嵐に戻るまでを見届けてから、華乃音は心結を見た。
「……嘘ですよね?」
 あんな、無感情にひとをころす華乃音なんて。
 絞り出すような問いかけに、華乃音はほんの少し、眉を下げた。
「……言っただろう」
 見ていて面白いものではない、と――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラルス・エア
【記憶視】
濃紺色が映る
私は、都度満月の日。その凶暴性を抑える為、他者に迷惑を掛けぬ為に、家の鉄扉まで用意した地下牢に自ら閉じ籠もることを己に課していた
テレビに映っていたのは、その映像だった。可能な限り強固に。満月を狂乱のままに抜け出さぬよう
私は誰にも近寄らせず。一人過ごす
だが、テレビは衝動に暴れ狂う私が見る事のない、鉄扉越しに、一人の人影を映していた

「レア――」
見られたくはない
来るな、と言ってもレアは言葉を聞かない
「せめて、分かち合えないならば、傍らに居ることは許して欲しい」と、告げられた

我に返った時、尋ねられた

「…居て、欲しくはなかった」と
呟いた声は無事友に届かずに
俺はただ無言で頷くに留めた


ガルレア・アーカーシャ
【記憶視】
一つの罅入ったテレビに、映像が映った
…同じ夕暮れの麦畑の中に起きた、約束…古いものだ
忘れる事は決してない、幼少、私がラスにした『共に生きて欲しい』という、何も知らなかった頃の純朴な願い
――今となっては自分より短命な相手を縛る呪詛と化した想いを、テレビは改めてこちらの心に刻むように見せつける
それは、目の前で映像を映す、壊れかけたテレビのように
そのまま果たされずに壊れゆくものを示唆するように

だが私は尚も願うのだ『当時のように深く寄ることが叶わずとも、今在るようにこれからも…せめて尽きるまでは共に居たい』と

だが親友は、己の内容を語らない
不安になり思わず口にした「…お前の中に私はいたか?」と




 ラルス・エア(唯一無二の為だけの・f32652)の視界に、濃紺色が映った。
 幾つも転がるブラウン管テレビの一つ、その中に、あまりに見慣れた光景が映し出されたのだ。
 人狼であるラルスは、病の影響で、満月の日には、己の内側から溢れ出るような凶暴性に苛まれていた。
 理性を無くして誰かを傷つける事の無いよう、満月が来る度に、家の地下牢に自ら閉じ籠る。
 それが、ラルスが己に課した生き方だった。
 鉄扉を備えた地下牢の中で、己が暴れる姿は、見るに堪えない。
 だが、この孤独のなかに、一体誰との思い出があるというのだ。
 そう感じたラルスだけれど、ふと、気付く。重く閉ざされた、鉄扉の存在に。
 その向こうに、誰かが、いる可能性に。
 暴れ狂うラルスには、知る由もないことだった。いや、そんなはずはない。知っていた。そうでなければ、こうして映し出される『思い出』とはならない。
 我を無くした己が気付かない――いいや、気付かないふりをしているだけで、意識の中では、その気配を感じ取っていたのだろう。
「レア――」
 幼馴染である、ガルレア・アーカーシャ(目覚めを強要する旋律・f27042)の存在を。
 あぁ、そうだ、そうだった。
 ガルレアは、閉ざされた鉄扉をこじ開け、満月に狂うラルスの姿を見たのだ。
 見られたくなかったのに。
 彼を、傷つけかねないのに。
 来るな、と言っても、ガルレアはそれを聞き入れてはくれない。
 いつも隣に居るのと同じ姿で、同じ顔で、哀れむでもなく憤るでもなく、乞うのだ。
『せめて、分かち合えないならば、傍らに居ることは許して欲しい』
「――ラス?」
 はた、と。気が付いた。
 画面の中に引き込まれたかのように集中していたラルスは、傍らから向けられた心配そうな表情に、緩くかぶりを振る。
 問題ないと言うラルスは、動揺を収めるのに必死で。だからこそ、気が付けなかった。
 ガルレアの表情に、いつもにはない憂いが、過っていることに。
 ――ガルレアの前に佇むテレビには、罅が入っていた。
 今にも壊れそうなテレビの中に映し出されたのは、夕暮れ時の麦畑。
 幼い少年二人が、無垢な顔で佇む光景。
 少年の一人――ガルレアは、幼馴染である少年、ラルスに、一つ、約束をねだったのだ。
『共に生きて欲しい』
 と。
 それを聞いたラルスの表情は、決して、明るくはない。
 ラルスは、自身を理解していたのだ。ダンピールであるガルレアよりも、人狼であるラルスの方が、ずっと、早くに死んでしまうだろうという事を。
 幼いガルレアは、それをまだ知らない。知らないまま、純朴な気持ちで願ったのだ。
 それが、自身より短命な相手を縛る呪詛と化すことも、理解しないままで。
 なんと忌まわしい呪いだろうと、理解を得たガルレアは感じた。
 その光景を映し出す壊れかけのテレビは、まるでこの約束の行く末を示唆するようではないか。
 果たされぬまま、壊れゆくのだと――。
(だが……)
 それでも、ガルレアは願うのだ。
 当時のように深く寄ることが叶わずとも、今在るようにこれからも――せめて尽きるまでは共に居たい、と。
 改めて感じた思いを、しかしガルレアは、口にすることが叶わない。
 ラルスが、既に砂嵐と化した画面の前で、沈痛な顔をしていたから。
 開きかけた口を一度閉じ、ガルレアは、改めて口を開く。
「……お前の中に私はいたか?」
 その、語らぬ思い出の中に、己は――。
 問う声に、ラルスはわずかにだけ向けた視線を、逸らす。
 そうして、無言のまま、頷いた。
 肯定のはずなのに、安堵が湧かないのは、何故だろう。
 思えど、問い質すことなどできなくて。ガルレアは「そうか」とだけ答えて、自身もまた、砂嵐に戻ってしまったテレビを見つめた。
 ガルレアを見るに見れないラルスは、自身の唇に、触れる。
 届かなかった。
 届かずに、済んだ。
 ――居て、欲しくはなかった。
 胸中から零れ落ちた、その呟きは。虚空にさらわれ、消えた振りして、燻ったまま――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桃・皓宇
「にぃに」
不意に懐かしい声
振り向いた先
テレビに映る妹の姿

「どこいくの?おつかい?」
これは
欣姐さんの頼みで里端に荷物を届けに行ったときか

確か俺が7つで妹の小鈴は5つ
遠いからお前は留守番って言ったのに
「やだ!あたしもいく!」
って聞かなくて
「ひとりであるけるもん」
なんて張り切ってた癖に
帰り道ではぐずって
「おうちかえりたい…」
そう、こんな風に座り込んで泣いた
どうしようもなくて
苦肉の策
小物屋で鈴の髪飾りを買い
お前に似て可愛いぞって渡したら
「…ありがと」
うん…漸く機嫌を直したけど
最後は俺が背負って帰ったっけ

「りんのこと、ぜったいおいてかないで」

…ごめんな
結局、俺だけが残ってしまった

無意識に胸元の鈴に触れた




 ふらり、彷徨うように、桃・皓宇(守り人・f32883)はブラウン管テレビの群れの中を歩いていた。
 その背に、不意に、懐かしい声が聞こえた。
『にぃに』
 振り返れば、そこにはぽつりと佇むテレビが一台鎮座していて。
 その中に、皓宇のよく知る、妹の姿が映し出されていた。
『どこいくの? おつかい?』
 無邪気な顔で、興味深げに兄を見上げる少女に、あぁ、と皓宇は記憶をたどり、思い起こす。
 これは、欣姐さんの頼みで里端に荷物を届けに行った時の光景だ。
 この頃の皓宇は確か七つで、妹の小鈴は五つだったはず。
 小さな妹を連れて歩くには遠い場所への使いゆえに、妹に留守番を頼んだのだけれど。
『やだ! あたしもいく!』
 そう、聞かなくて。絶対についていくのだと皓宇にしがみついて喚いていた。
 途中で疲れても抱えてなんてやれないぞと言えば、胸を張って『ひとりであるけるもん』と意気込んで。
 折れてくれた兄の隣で、にこにこ笑って歩いていた。
 けれど結局、帰り道で疲れ果て、歩みはとぼとぼと遅くなり、しまいに道端で座り込んで泣き出してしまったのだ。
『おうちかえりたい……』
『歩かないと帰れないぞ』
『だって……あしいたいもん……』
 ぐずる妹は、手を引いて促しても、励ましても、動き出そうとしない。だから言ったのになんて溜息をこぼそうものなら、だって、と繰り返して泣いてしまう。
 困り果てた皓宇が見つけたのは、小物の店。
 苦肉の策で、見かけたその店で鈴の髪飾りを買ってきた。
『お前に似て可愛いぞ』
『……ありがと』
 拗ねたように俯いていた妹は、渡された鈴の飾りを髪につけて、ちりん、響く音に、ようやく、笑みを取り戻した。
 差し伸べた手に素直に捕まって立ち上がり、また少しずつではあるが歩き出した二人は、最後には兄が妹を負ぶっての帰宅となった。
 七つの少年が背負うには、五つの少女は決して軽くはない。
 疲労感から思わず零れた小さな溜息に、妹はぎゅっと兄にしがみついて、鼻声で縋る。
『りんのこと、ぜったいおいてかないで』
 その時は、置いて行ったりなんてしないよと。しっかりと背負いなおして歩んだけれど。
「……ごめんな」
 記憶の中の妹に、皓宇は小さくこぼす。
 里を襲った妖獣から妹を庇って、兄は、命を散らした。
 置いて、逝ったのだと思ったけれど――結局残ったのは、兄の方。
 己だけが残ってしまった。
 そうして、命を賭して護りたかった妹は――。
 ちりん。胸元の鈴が、音を立てる。
 音色が響いて、ようやく、皓宇は自身の指先がそれに触れていたことに、気が付いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
黄昏時の学校からの帰り道
どうしてそれが映し出されているの?

同級生の度胸試しだった
暗い道を通って行ってみようって声が聞こえてきて
それは駄目って言っても聞いて貰えなかった
嫌われ者の私の言葉なんて届かない
真面目ぶって、って火に油を注いでしまって
走り出した背を待ってって、追い掛ける

暗闇の中には何かがいる
ヒトなのか、それともこの世のならざるモノなのか
それは分からなかった

でも
追い掛けた先に居たのは
カメラを構えて笑う男と倒れた同級生

生まれ持った大きな声は恐怖で出なくて
一歩近づいてくる度に体が震えあがって

指先が触れる寸前に
王子様と足の無いお姫様が助けてくれて

…二人がいなければ今の私はいないけど
嫌な、思い出だな




 琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)の目の前に佇むブラウン管テレビの中には、黄昏色が映し出されていた。
 それを、琴子は目を丸くして見つめている。
(どうして――)
 どうして、大切な誰かとの記憶をたどるはずのテレビに、それが映し出されるのだろう。
 それは、学校からの帰り道だ。
 寄り道なんてせずに、真っすぐに帰宅しようとする琴子の耳に、声が聞こえてくる。
 度胸試しに暗い道を通って行ってみよう。そんな、好奇心に満ちた無邪気な声。
『それは駄目!』
『は? 何なのいきなり』
『いつもそうやって真面目ぶって――』
 やっかむ声は、今に始まったことではない。清く正しい道を歩み、警戒心が強い琴子は、それに加えてはっきりとものをいうタイプでもあったため、教室では厄介者扱いされていた。
 そんな琴子の忠告なんて、誰も聞かない。危険なことを危険だと知らない小学生は、なおのこと、そうやって面と向かった注意に反発するばかり。
 構ってられないとばかりに踵を返し、さっさと駆け去ってしまった背を、琴子は追った。
『待って!』
 聞き入れてもらえなくても、放っておくことなどできなかったのだ。
 暗闇の中には何かがいる。ヒトなのか、それともこの世のならざるモノなのか。それは、琴子にもわからない。
 けれど、そこには確かに何かが居て、いつでも、こちらに牙をむいてくる。
 ――そういうものだと、思っていた。
 でも、追い掛けた先に居たのは、カメラを構えて笑う男と、倒れた同級生。
 人だ。明確に、人だと分かる形をしていて、悪意を持ってその場に立っている、人間。
 それが、琴子に気付いて近づいてくる。
 生まれ持ったはずの大きな声は、こんな肝心な時に、恐怖に引き攣って出てきてくれない。
 一歩、また一歩と近づいてくる度に、幼い体が震えあがる。
 そうだ、この時だ。
 男の指先が触れる寸前に、助けてくれた人が居た。
 王子様と、足の無いお姫様。
 琴子の恩人で、尊敬する人で、憧れている人。
 この出会いがあったからこそ、琴子は変わらず真っすぐで、凛と立つことが出来ている。
 この人のようになりたいと願う指針が得られたことは、琴子にとってかけがえのないことだけれど。
「嫌な、思い出だな……」
 ぽつりと呟いた琴子の表情は苦い。
 引き留めることも、助けることも、助けを求めることも、何もできなかった口先だけの無力な自分を、突き付けられたようで。
 物寂しい暗がりに、久しく感じていなかった恐怖を思い出したような、気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メール・ラメール
どういう原理か知らないけれど、覗き見なんて趣味が悪いわ!
見るものだって、分かり切ってるもの

誕生日お@でとう、愛しい愛シいヴィ■※リ▼
うん、わたしもパパとママがだいすきよ
ななつの誕生日、プレゼントはテディベア
そんなどこにでもある、何の変哲もない幸せないちにち

パパとママがだいすきだから、認められたかっただけなの
研究の材料としてでも、ふたりの為になるならそれでよかったの
なのに、どうしても忘れられない
このときみたいに優しいふたりを、ずぅっと夢に見てる

でもね
勝手に見ないでよ、触れないでよ、アタシの、……わたしの、大切なものに
壊したいけど、何しても壊れないんでしょ?
あは、やっぱり趣味が悪い。吐き気がするわ




 メール・ラメール(砂糖と香辛料・f05874)は憤慨していた。
 この、夥しいまでのブラウン管テレビ達は、どういうわけか訪れた者の思い出を映し出すと言う。それは、つまり――。
「どういう原理か知らないけれど、覗き見なんて趣味が悪いわ!」
 そう。心の中で大切に大切に抱えているものを勝手に暴かれて、晒されているのと大差ない。
 頬を膨らませたメールは、それでも一つのテレビの前に立ち止まる。
 メールが画面を見つめた途端、砂嵐はふつりと途切れ、何かが、映し出される。
 その内容は、メールにとっては、分かり切ったものだった。
『誕生日お@でとう、愛しい愛シいヴィ■※リ▼』
 優しい笑顔がふたつ、少女を覗き込んで、口々に祝いの言葉を述べてくる。
 そんなふたつを見上げて、少女もまた、満面の笑みを湛える。
『うん、わたしもパパとママがだいすきよ』
 パパと、ママ。二人の前で微笑む少女は、ななつになったばかり。
 贈られた箱のリボンを解けば、中には可愛らしいテディベアが鎮座していて。
 少女はそれを抱え上げて、くるくると嬉しそうに回っていた。
 そんな、どこにでもある、何の変哲もない幸せないちにち。
 ――大好きだった。
 パパとママが、大好きだから。メールは、ただ彼らに認められたいと思っていた。
 それはどんな形でも。それこそ、研究の材料としてでも良かった。
 自身が材料として最適であると認められれば、それはふたりの為になる。だから、それでよかったのだ。
 ……なのに。
 メールは瞳を細める。眉間に、皺が寄る。
 画面に映るふたつの笑顔は、メールが夢に見るのと同じものだった。
 どうしても忘れられない、しあわせな時間。
 今更テレビに教えられなくったって、メールには理解できていた。
 このときみたいに優しいふたりを、ずっと、ずぅっと、メールの記憶は覚え続けているのだと。
 ――でもね。
「勝手に見ないでよ、触れないでよ、アタシの、……わたしの、大切なものに」
 ぎゅぅ、と刻まれた眉間の皺が、次の瞬間にはパッと消える。
 テレビの画面の、少し上。指先で小突いて、メールは声をあげて笑った。
「壊したいけど、何しても壊れないんでしょ?」
 知ってる。そう聞いたもの。腹立たしいけど、無駄なことはしたくない。
「あは、やっぱり趣味が悪い。吐き気がするわ」
 その上、この思いを、絆を試そうだなんて。ああ、なんて気分の悪いこと!

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

不思議な箱だ

覗き込んだ箱に映り込むのは─
幼く美しい桜龍

きみだ
まだ小さな龍であるサヨの前に女人が…
その後の光景を唯見つめる
噫、その呪は斯様に生まれたのか
子を救う為に己すら贄にする─母の愛

辛かったろう
きみを想うと泪が止まらなくて抱きしめる
きみをしりたいと願ったのは私だ
サヨの全てを受け止める
畜生なんかじゃない
サヨの厄はきっと私のせい

ごめんね
次は必ずきみを救う

ノイズの後に映る前の『私』

必死だった
サヨを呪から解放したい
親友でサヨの前世たる始祖龍の力が必要だ
でも私は始祖を起こす為の約を無くした
だから
きみに旅に出ると告げ
彼と交友あった神達から愚かにも奪おうとした
彼との約束を

嫌いになるかな
私は唯の厄災だ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

何だか不気味ね

何か映って

母上
此処は儀式の部屋
桜龍の前に縛られ転がされているのは
愛呪への人柱…贄

泣いて助けを求めている

母は告げる
お食べなさいと

促されるまま
龍は私は贄を喰らう
大好きなひと
お腹に妹を宿したもう一人の母のような存在

之で呪が完成すると褒める母に笑って
次にこの母を喰らえといってきた
私は、それに従って

あーあ
あなたには見られたくなかったのに

穢らわしいと思ったでしょう
美しくない
唯の畜生と同じ
こんなのが巫女だなんて─え?

どうして泣いているの?
なぜ謝るの?
救うだなんて

神の肩口から覗くてれびに映る黒い神
私の師
必死に何かを探し
他の神すら斬り殺す厄災の姿

師が旅に出た理由は─
嬉しい
あなたは私の災愛よ




 夕暮れ時の空は、鮮やかなのに、昏い。
 その光に照らし出されるブラウン管テレビは、光を返すでもなく、ただ己の画面に砂嵐を映し出すだけ。
 なんだか、不気味だ。誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)の感覚は、この場所にそんな印象を抱いている。
 共に歩む朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)も、見慣れぬ、映像を映し出すという不思議な箱に、興味と警戒とを半分ずつ抱いたような顔で、見渡している。
「あら、何か映って――」
 櫻宵の声に、カムイもそちらへと視線をやって。二人の視線が交わる先で、砂嵐の代わりに、人の姿が映し出された。
 画面に映るのは、一人の女性と、小さな龍。角に桜を宿した幼い龍は、櫻宵だと、カムイはすぐに気が付いた。
 そして、もう一人は――。
 母上。櫻宵の唇が、かすかに、そう紡いだ。
 画面の中で、母たる女性は、龍に何かを示している。
 それは、人だった。縛られ、転がされたその人は、女性を見上げ、龍を見上げ、どちらにも泣きながら助けを求めていた。
 けれど、女性はそれに見向きもせずに龍へと真っ直ぐ視線を向けて、告げるのだ。
『お食べなさい』
 と。
 龍は促されるまま、それを食らう。
 それがいったい誰なのか、龍は知っていた。
 大好きなひと。お腹に妹を宿したもう一人の母のような存在。
 そして同時に、愛呪を完成させるための人柱――贄であった。
『之で呪が完成する』
 よくやりましたね。龍を褒めた女性は――母は、微笑んでいた。
 だから、龍は――櫻宵は、そんな母に笑みを返して。
『次にこの母をお食べなさい』
 笑顔が吐き出すその言葉に、櫻宵は、したがって――。
「あーあ」
 血なまぐさい光景を前に、櫻宵は大げさな溜息のような声をこぼした。
 カムイの視線が、テレビの画面から、櫻宵に移る。その顔は、苦笑していた。
「あなたには見られたくなかったのに」
「サヨ……」
「穢らわしいと思ったでしょう」
 どこか自嘲を滲ませた響きで、櫻宵は瞳を細めて笑う。
 大切な存在だと、大好きな存在だと理解して、それでもなお、言われるままに食らったのだ。
 本能のままに他者を貪る、ただの畜生と同じようなものではないか。
「こんなのが巫女だなんて――え?」
 眉を下げて笑った櫻宵は、振り返ったカムイが泣いていることに気が付いて、目を丸くした。
 カムイ、と声を掛けるより早く、カムイの腕が伸びてきて、櫻宵を抱きしめる。
「どうしたの、カムイ。どうして泣いているの?」
 戸惑うような櫻宵の声に、カムイは一層腕の力を強くする。
 辛かったろう、と。涙に震える声が紡ぎだした。
「きみをしりたいと願ったのは私だ。サヨの全てを受け止める。サヨは畜生なんかじゃない」
 だって、そうだろう。櫻宵が、櫻宵の母がそうさせたのは、その身に刻まれた呪いから櫻宵を救うため。
 そして、その呪は……厄は――。
(きっと私のせい)
「カムイ……」
「ごめんね。次は必ずきみを救う」
「なぜ謝るの? 救うだなんて……」
 戸惑う櫻宵は、けれど、不意にカムイの肩口から覗いたその向こうに、見知った姿が映るのを認めて、目を奪われた。
 それは、カムイだ。それも、今の朱を纏う姿ではない、黒き神であった頃の。
『旅に出るよ』
 そう告げたカムイの視線の先には、櫻宵がいた。どうして、と不安げに紡ぐ櫻宵に、カムイは何も言わずに姿を消した。
 それから先、カムイは何かを探し続けていた。わき目も降らず、藻掻くように。
 その過程で、幾人もの神を斬った。
『彼との約束を、渡してもらおう』
 同族を斬り、カムイが奪おうとしたのは、約束だ。
 親友で、櫻宵の前世でもある始祖龍を起こすための力。
 それがあれば、櫻宵を呪から解放して、救ってあげられたから。
 あげられる、はずだったから――。
「嫌いになるかな。私は唯の厄災だ」
 神々を斬り、力を奪って、その結果、自身は一度オブリビオンにまでなってしまった。
 櫻宵に救われ生まれなおすまで、正しく災厄を振りまく存在となっていたのだ。
 愚かなことをしでかしたこの神に、巫女は、首を振る。そうして、柔らかに微笑んだ。
「嬉しい」
 あなたは私の災愛よ。
 それ以外に、称する言葉は。とても、とても、見つからなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】
うわぁ、ブラウン管テレビだ
本物は初めて見たよ俺
確かこれ、横や上を叩いたら砂嵐が直るんだよね~
えいえいっとテレビをバシバシ叩いてみたり

テレビに映し出されたのは…俺と梓の出会い
ほんの1年前…ああ、まだ1年しか経ってないんだ
俺が猟兵のお仕事に行ってた時のこと
一人でオブリビオンと戦っていたら
突然「お前のお守りに来た!」とか言って現れた梓
何だか態度デカイしこの人誰??と訝しんだけど
不思議と初対面とは思えないくらい戦いの息は合っていたね

そういえば、あの時は気にしていなかったけど
どうやって俺の居場所を突き止めたの?
え…そんな地道な探し方してたんだ
そんな梓の姿を想像したら何だか面白くてプッと笑い


乱獅子・梓
【不死蝶】
まず俺たちの故郷にテレビ自体が無かったしな
UDCアースで目にするテレビも
薄いタイプのやつがほとんどだし
コラコラ!本当に叩く奴があるか!
綾のパワーだと壊しかねない

なんか、自分の姿を映像で見るって
妙な恥ずかしさがあるよな…
出会った頃の綾は戦いに目をギラつかせて
とても近寄りがたい雰囲気があった
まさに「戦闘狂」という言葉が相応しかった
1年でここまで丸くなるとはなぁ…
テレビに映る綾と、いま隣にいる綾を
交互に見比べて感慨深い気持ちに

…あー、それな
親父から綾の面倒を見てくれと頼まれたものの
所在については知らんと無責任なことを言われ
僅かな情報を頼りにグリモアベースで
片っ端から聞き込みして調べ上げた




 うわぁ、と。はしゃいだような声がブラウン管テレビの群れの中で沸いた。
 灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は、知識としては一応知っている、けれど実際には見たことのない形のテレビを見て、感動したような声を上げた。
「本物は初めて見たよ俺」
「まず俺たちの故郷にテレビ自体が無かったしな」
 UDCアースに出てくればテレビ自体は見かけることもあるが、乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)もまた、知っているものは薄型で画面が横に長いタイプの物ばかりだ。
 こういったものは、懐かしの時代を振り返るなどと言った番組や、時代の色を展示する博物館のような場所ぐらいでしか見たことがない。
「確かこれ、横や上を叩いたら砂嵐が直るんだよね~」
「あぁ、よくわからんが仕組み的にそういうもんだと……」
「えいえいっ」
「コラコラ! 本当に叩く奴があるか!」
 このテレビはどうだろうと実際にバシバシ叩き出した綾に、梓はお前の力だと壊しかねないだろう、と止めるが、そもそもここのテレビは何をやっても壊れないものだという事を、ふと、思い出す。
 それはそれとして心情的に誰の物とも知れない物品を叩くのは止めたい。
 さておき。
 本当にこれに映るのかと訝し気に覗き込んだ梓の目の前で、唐突に砂嵐が途切れた。
 同時に、隣に並んだテレビにも映像が映し出される。
 綾の前のテレビには、梓の姿が。
 梓の前のテレビには、綾の姿が。
 二つ並んだテレビのそれぞれに、まるで前に立つ者の視点を再現したかのような映像が映し出されていた。
 その姿と光景には覚えがある。一年前、二人が出会った時の姿、そのままだ。
(……ああ、まだ一年しか経ってないんだ)
 梓に出会う前の綾は、一人で猟兵としてオブリビオンと戦っていた。
 特に大義名分なんてない。戦いを任される立場を利用して、一人で楽しく戦場を渡っていただけだ。
 梓にとっても覚えがある。あの頃の綾は、正しく『戦闘狂』という言葉が相応しい男だった。
 全身を濡らす血は返り血のように見えていたが、自身の傷にも含まれていて。
 しかしそんなものには頓着しないまま、瞳をギラつかせた綾は、まるで獲物を探す獣のよう。
 近寄りがたい。そんな印象にたじろいだ視線がそのまま反映されていて、梓は気恥ずかしさに苦笑する。
『お前のお守りに来た!』
『……は?』
 こいつは何を言っているのだろう、と言うような綾の顔。
 護るとか助けるとかではなく、お守り? と、訝る眼差しが懐かしい。
 何だか態度デカイしこの人誰?? という感想がしっかりと顔に出ているのがよくわかって、つい、吹き出してしまった。
「なんで笑ってるのさ」
「いや、懐かしくてな」
「それは、確かに。この時も、不思議と初対面とは思えないくらい戦いの息は合ってたよね」
 相性が良かったって事かな。
 疑問を抱いたような台詞だけれど、呟いた綾の声は、どこか嬉しそうで。
(一年でここまで丸くなるとはなぁ……)
 当時の綾だったなら、その言葉は本当の疑問になっていただろう。
 画面に映る昔の綾と、いま隣に立つ綾とを見比べながら、梓は感慨深い気持ちになった。
「そういえば、あの時は気にしていなかったけど、どうやって俺の居場所を突き止めたの?」
「……あー、それな」
 画面が砂嵐に戻るまでを見届けた後、ふとした質問に、梓は頬を掻く。
 父親から綾の面倒を見てくれと頼まれたものの、所在については父も知らぬときたもので。
「仕方がないから、お前の僅かな情報を頼りにグリモアベースで片っ端から聞き込みした」
「え……そんな地道な探し方してたんだ」
 あまりに想定外だった出会いの真実に、綾は一度目を丸くして。それから、地道に聞き込みをする梓の姿を想像して、思わず、吹き出した。
「何笑ってるんだよ」
「なんだか面白くて」
 それに、これでお相子でしょう、と。綾はむくれたような梓に、にっこりと笑うのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎

この箱にうつんのか…?
覗きこんだ先に映ったのは小さな頃
冬の日の思い出
凍えないようにアレスの家で一緒に過ごした時のこと
ああ…懐かしいな
秘密基地にみたてて二人で毛布にくるまって
色々話をしたっけ

『会えなくなるなんてやだ』
『川なんか飛びこえてあいにいく!』
『アレスと遊ぶためなら羽だってはやすぞ!』
ふんすふんすと気合いを入れて
鳥は痛くなさそうじゃんなんて言いながら
『アレスも来てくれるなら2倍早く会えるな』
なんて笑いあう
早く寝なさいって怒られるくらい楽しくて…

今は、アレスにも羽生えたりするよな
アレスらしい羽
ふたりともホントに羽はえたりしてさぁ
あいたかった、から
だから…きっと今、あえたんだ


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

一緒に覗きこんだ画面には、子供の頃の記憶
父さんと母さん、それとセリオスとセリオスのお母さん
皆で僕の家で冬を超えた時
夜には色んな物語をふたりで読んだね
これは…一年に一回、天の川で会うふたりの物語を読んだ日か
読んだ後、僕は「もしも僕達だったなら」って考えたんだ
『セリオスと一年に一回しかあえなくなるのは…寂しいな』って
でも、彼の言葉に
君なら本当に飛んできちゃいそうだって思えた
きっと羽だって…でも、生やすのは痛そう…
それに、君だけ頑張ってもらう訳にはいかないから
『僕も君に絶対あいに行く』
そう決めたんだ
…懐かしいね

僕の光翼は…
―君に早く逢いたかったからかな
うん。…君にまたあえてよかった




「この箱にうつんのか……?」
 見慣れない箱だ。ブラウン管テレビと言うらしいが、セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)にもアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)にも、馴染みはない。
 砂嵐ばかり映す幾つもの箱の内、いま目の前で並ぶこの二つが、どうやら自分達の『大切な人との思い出』を映し出す仕組みになっているらしい。
 だが、セリオスもアレスも、映る相手が誰であるか、分かり切っていた。
 隣に立つ相手しか、いないだろうと。
 だから、きっと同じものが映るだろうもう一つは放っておいて、二人で一つの箱を、覗き込む。
 ぱ、と。映し出されたのは、幼い二人の少年。
 一目でわかる。セリオスとアレスだ。
 長い冬を迎えた折、セリオスとセリオスの母は、凍える事の無いよう、アレスの家で一緒に過ごしていた。
 アレスの父母も交えて、暖かな家の中で過ごす、団欒の時。
 夜になれば、二人で過ごした部屋の中に組み立てた秘密基地に飛び込んで。
 ランプの灯りだけを頼りに、ひっそりと隠れん坊をするように、並んで毛布にくるまっていた。
 アレスの家にあった色んな物語を二人で読んで、沢山の事を語らいながら、眠りについて。
 満たされた毎日の中の、一幕。
「これは……一年に一回、天の川で会うふたりの物語を読んだ日か」
 読み終えた後、幼いアレスは不意に考えてしまったのだ。『もしも僕達だったなら』と。
『セリオスと一年に一回しかあえなくなるのは……寂しいな』
 それは、寂しさがこぼした呟きだった。
 それに対し、セリオスは大きな瞳を一杯に見開いてから、きゅっ、と唇を噛み、毛布を跳ね上げるようにして身を起こして。
『会えなくなるなんてやだ』
『だって、大きな川のはんたいにいるんだよ?』
『川なんか飛びこえてあいにいく! アレスと遊ぶためなら羽だってはやすぞ!』
 今度は、アレスの方が目を丸くする番だった。
 めくれた布団から冷たい冬の風が入り込んでくるけれど、そんなのが気にならないくらい、胸の内側が、温かくなったのだ。
『そうだね……』
 ふんすふんすと意気込むセリオスは、本当に飛んできてしまいそうだと、思えて。途端に、寂しい気持ちなんて、吹き飛んでしまっていた。
 でも、羽を生やすのはなんだか痛そう、と眉を下げるアレスに、鳥は痛くなさそうじゃん、と小首を傾げて笑うセリオス。
 確かにそうだ、と瞳を瞬かせ。ふふ、とアレスは微笑んで、少し冷えたセリオスの手を、決意を込めて両手で包んだ。
『君だけ頑張ってもらう訳にはいかないから……僕も君に絶対あいに行く』
『アレスも来てくれるなら二倍早く会えるな』
『ふふ、本当だ』
 笑いあっていると、早く寝なさい、なんて声が飛んできて。
 慌ててランプの灯を消して、毛布にすっぽりと潜り込んだのも、楽しい思い出の一幕だ。
「……懐かしいね」
「今は、アレスにも羽生えたりするよな」
 アレスらしい羽、と笑うセリオスが脳裏に思い描くのは、光り輝く二対の翼。
 セリオスにもまた、黒い翼が生えるようになった。
「ふたりともホントに羽はえたりしてさぁ」
「僕の光翼は……、――君に早く逢いたかったからかな」
 銀河の星々よりも輝く翼で、一番に見つけてもらえたなら。君の元へ、真っすぐに飛んでいけるだろうから。
 ――君の羽は?
「あいたかった、から」
 待っているばかりではいられない。何を飛び越えてでも会いに行きたいと願った、幼い頃の気持ちは変わらないのだ。
 だから……。
「きっと今、あえたんだ」
 うん、と。頷いて。アレスはセリオスを見つめた。
 もぐりこんだ毛布の中で、ぱちりと合った眼差しに、小さく微笑みあっていた時のように。柔らかに笑みを湛えて。
「……君にまたあえてよかった」
 幸せを噛みしめるような声が、夕暮れ時の寂しげな雰囲気を、溶かして、和らげた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『『絆の試練』アナスタシア』

POW   :    疑心の罪
【滔々と語られる愛の説法】を披露した指定の全対象に【己に向けられている愛情に対する、疑いの】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    煌々たる失翼
【慈愛と歓喜の感情】を籠めた【飛ばした羽根の乱舞】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【持つ、大切な者との様々な関わりの記憶】のみを攻撃する。
WIZ   :    真偽不明の愛
自身が【愛する者同士の深く強い絆】を感じると、レベル×1体の【両者の、極めて精巧なニセモノ】が召喚される。両者の、極めて精巧なニセモノは愛する者同士の深く強い絆を与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠御形・菘です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●もういちど、試しましょう
 猟兵達が己の記憶と向き合うことで、道は開けた。
 ブラウン管テレビの群れはいつの間にか姿を消し、夕暮れ時の草原がどこまでもどこまでも続く中、ふわり、佇む女性が、恭しく首を垂れる。
「お待ちしておりました」
 幾つもの絆を見つめてきたのですね。
 幾つもの思いを見届けてきたのですね。
 それは幸せな充実だったのでしょう。
 それは凄惨な後悔だったのでしょう。
「いま、皆様の中には、一体誰が、いるのでしょう」
 果たしてその人は貴方にとって本当に必要な方でしょうか。
 その人が居なかったとして、貴方の何が変わるのでしょうか。
 どうぞ想像してみてください。その存在と、その事件と、その幸福と出会わなかったご自分を。
「きっと、変わりません。皆様は、その人がいなくても、きっと、違う答えを見つけて貴方になっていたのです」
 微笑む女性が語る声に、耳を貸す必要などはない。
 けれど、彼女の声が呪いのように響いてしまえば、己に向けられている愛情に対して、疑いの感情を抱かずにはいられないだろう。
 声が届かずとも、彼女が生やす羽根が、慈愛と歓喜の感情を込めて放たれれば、それは大切な者との様々な関わりの記憶を断ち切る一撃となってしまう。
 また、彼女は知っている。猟兵達が、誰を愛し、誰に愛されているか。ゆえにその姿を模した、極めて精巧なニセモノを作り出すことだって、出来るのだ。
 愛とは、恋愛のみにあらず。親へ、友へ、兄弟へ、仇へ、あらゆる対象へ向けられた強く思い感情をこそ、愛と呼ぶ。
「さぁ、皆様の愛を、試させていただきましょう」
 骸魂に飲み込まれた西洋妖怪アナスタシアは、『絆の試練』を強いる存在と化して、襲い掛かってくるのであった。
秋山・小夜
アドリブ・絡み歓迎

別に、あんたなんかにいろいろ試される筋合いはないんですけどね、試してやるってんなら遠慮なくクリアして見せますよ。

おそらく、母の姿を模したものが出てくるでしょうからね、油断せずに行きますよ。
右手に妖刀夜桜、左手に二〇式戦斧 金剛を展開して射撃も織り交ぜた近接戦で対抗します。

(可能なら金剛を利用してUC【千本桜】を使用できたらと思います)

わたしは、母から言われた「生まれてきてくれて、本当にありがとう」という言葉と「くじけるな、空を見上げろ、前を向け、前だけを向いて走り抜け」という言葉だけを信じます。惑わせるような言葉を言われたって、意味がないということを示してやりますよ。




 いま、目の前にいるものは、天使の皮をかぶった醜悪なもの。
 少なくとも、秋山・小夜の眼にはそう映っていた。
 だからこそ、その天使のような何かが吐く言葉には、感慨の一つも覚えない。むしろ抱くのは、呆れだ。
「別に、あんたなんかにいろいろ試される筋合いはないんですけどね、試してやるってんなら遠慮なくクリアして見せますよ」
 さぁ、何でも寄越して御覧なさい、と。小夜は右手に母の形見である妖刀夜桜を構える。
 対の手には、二〇式戦斧 金剛。小夜の華奢な体躯には不釣り合いにも見える巨大な戦斧は、砲弾を備えた遠近両用武器。
 何が来ても、捌ききって見せるという表情が、真っすぐに敵を――『絆の試練』アナスタシアを見据えた。
 (母の偽物を出してくるのでしょうか。それとも、母の記憶を消そうとする?)
 どちらにしても、小夜のやることは変わらない。アナスタシアがそれを試練と呼ぶならば、打ち払って、乗り越えてやるだけ。
 身構える小夜に、アナスタシアは慈愛に満ちた表情を向ける。
 そこには歓喜が宿っていた。臆せず、迷わず、立ち向かわんとする強い意志を歓迎する感情が、ふるり、背の翼を震わせる。
 ――来る。そう察知した小夜目がけて、無数の羽根が、舞い散った。
「わたしから母の記憶を消そうなどと……そうはいきませんよ」
 未だ遠い羽根ならば、打ち込んだ砲弾とその余波で蹴散らし、近づくならば、ふたつの刃で切り裂いていく。
 母との記憶の象徴でもある髪飾りに触れ、夜桜へと呼びかければ、さらり、小夜の髪が、白から黒へと転じ、なびいた。
 ふうわりと舞う羽根が落ちるより先に、斬って、払って、駆け抜けて。
 爆発的な速度を宿した小夜を、記憶を断ち切る羽根が捉えることは、叶わない。
 舞う羽根を全て退けた小夜へ、アナスタシアは喝采を贈る。
 それは元の西洋妖怪である彼女の心根であり、試練を与えるものとしての褒賞なのだろうけれど。まるで、掌で踊らされているようで、気に入らない。
「わたしは、母から言われた「生まれてきてくれて、本当にありがとう」という言葉と「くじけるな、空を見上げろ、前を向け、前だけを向いて走り抜け」という言葉だけを信じます」
 それだけが、小夜の指針足りえるもの。
 何も知らない第三者の、惑わすような言葉に唆されてやる義理はない。
 そんなものに意味はないのだと、証明するかのように。
 小夜は振るう。母に託された刃を、真っすぐ、前だけを向いて。
「――夜桜」
 呼ぶ、声に。愛刀となった刃は応えてくれる。
 迷う事は無いのだと、背を押されるような心地が、小夜をまた、速くさせたような気がした。

成功 🔵​🔵​🔴​

桃・皓宇
…きれいだ
素直に零れた言葉は場所へか相手へか
自分でも分からない

(真面目な性格ゆえ律儀に言葉受け)

俺の心にいるのはいつだって妹だ
命を賭して俺を繋ぎとめてくれた
妹が居なかったら
なんて、想像も…

ああ
だけど

妹にとって“俺は”必要な存在だったのか?

あの時連れ出さなければ
足の痛みに泣かずに済んだかもしれない
あの時庇わなければ
一思いに絶命し
死の覚悟を二度もせずに済んだかも

俺がいたから…

鈴が鳴る
触れれば死人では感じない筈の温もり

そうか
…そうだな

俺を鼓舞するのはきっと

UC発動
硬度上げた躰で立ち向かう
陰る太陽に焼かれても
俺の覚悟は鈍らない

二度と失わないために俺はここにいる

貴女が秘めた絆もまた
護るべきもののひとつだ




 ――きれいだ。
 音を紡がない桃・皓宇の唇は、思わず、と言った風にそう動いた。
 それは、この黄昏に照らし出される無限の草原に対してか、そこに佇む、天使のような女性に対してか。
 己でもわからない。けれど、素直に、そんな言葉が漏れるほど、皓宇にとってその対峙は印象的だったのだ。
 心に響く情景と、皓宇の真面目な性格とが相まってか、彼は、女性――アナスタシアが紡ぐ言葉をも、素直に律儀に、受け止めてしまう。
 耳を、貸してしまう。
「俺の心にいるのはいつだって妹だ」
 妹が、命を賭して繋ぎ止めてくれたからこそ、今の皓宇がいる。
 妹が居なかったらなんて、想像もしたことがない。
 そう、皓宇は、想像したことがない。
 ――けれど。
(妹にとって“俺は”必要な存在だったのか?)
 過ってしまう。疑問が。
 例えばあの思い出の時に、駄々をこねる妹を窘めて、連れだすことをしなければ。
 妹は、足の痛みに泣かずに済んだかもしれない。
 例えばあの悲劇の時に、小さな妹を庇う事をしなければ。
 一思いに絶命し、死の覚悟を二度もさせずに済んだかもしれない。
 どちらも、皓宇の判断が招いた結果だ。あの時も、あの時も、あの時も。
 己が、妹の傍に、居なければ――。

 ――ちりん。

 鈴が、鳴る。聞き覚えのある、涼やかな音は。まるで語り掛けるように、皓宇の意識に滑り込んでくる。
 引き寄せられるように、指が触れる。そこには、生ける屍である皓宇には感じられないはずの、温もり。
 その温かさに、渦を巻くように燻っていた疑念が、さらり、溶けていくような気がした。
「そうか……そうだな」
 妹にとって、必要だったのか、なんて。得られぬ答えに惑わされる必要などなかった。
 泣き出した妹を幼い身でありながら背負うことが出来たのも。
 恐怖に竦む足を奮い立たせて妹の前に飛び出すことが出来たのも。
(俺を鼓舞するのはきっと――)
 迷う必要なんてない。己の口が告げただろう。
 妹が、命を賭して繋ぎ止めてくれたからこそ――今の己が居るのだと。
「何度でも……俺は、俺を越えてみせる」
 不安は要らない。疑念も払いのける。皓宇は、ただ己が心に決めた覚悟のために、ここに立つ。
 必ず『護る』という誓い。二度と、失わないために。
 黄昏時の草原は、魂の超越状態に至った皓宇の唯一最大の弱点たる太陽をまだ残している。
 けれど、それがどうした。そんなもの、皓宇が挑まぬ理由には程遠い。
 アナスタシアへと肉薄し、その肉体に叩き込むのは、己が極めた武道の一撃。
 苦悶の声を漏らす彼女へ、皓宇は真っ直ぐ、瞳を向ける。
「貴女が秘めた絆もまた、護るべきもののひとつだ」
 だから、護って見せよう。骸魂に歪められたその身から、本物の、天使を――。

成功 🔵​🔵​🔴​

メルメッテ・アインクラング
思念銃を向け『殉心戯劇』を発動
けれども敵の言葉で疑念が生じ、力が巡りません
私は主様のお邪魔なのでしょうか?主様にとって、私は――

「……『アインクラング』という語をご存知ですか?
『同じ音』『ユニゾン』などの意味がございます
主様の名は『ラウシュターゼ・アインクラング』
主様は私に、同じ音を下さったのです」
主様がいなくては、私は名もないままに消えていたでしょう

危うく見失う所でした
「そうです。見返りは要りません、只のメイドで構いません
私が敬信し、お慕いしている、それだけで良いのです
この御恩をお返ししたいのですから」
心を確認して【落ち着き】、【奉仕】の気持ちを高めて熱を込め【限界突破】させた光弾を放ちます




 ――メルの鼓動が聞こえますか? 永遠のような一瞬を、あなた様と共に。
 メルメッテ・アインクラングは、対峙する存在――絆の試練アナスタシアへ、油断なく思念銃を向け、ユーベルコードを発動する。
 それは、装備を含むメルメッテの全身を高熱の念力で覆うもの。触れれば熔ける程の高熱の塊となったメルメッテは、信じているものをさらに信じる力の大きさで、その戦闘力を増強する。
 はず、なのに。
 ――どうぞ想像してみてください。
 アナスタシアの言葉が、メルメッテを惑わせる。疑念が生じる。信じているはずの主人への信頼が、揺らぐ。
 もしも主人が居なかったら?
 メルメッテはきっと、研究所から逃げ出そうとしたあの時に死んでいただろう。
 でも、そうなれば主人は、メルメッテと言う『荷』を負うことなく、粛々と己の役目を全うしていたに違いない。
(私は主様のお邪魔なのでしょうか? 主様にとって、私は――)
 得られるはずの戦闘力が、飛翔能力が、感じられない。目の前で微笑む女性が、また何かを言おうとするのを聞きたくなくて、ぎゅっ、と目をつむって。
 ――ふと、思い起こす。先ほど見たばかりの光景を。
 メルメッテ・アインクラングが、その名を与えられた瞬間を。
「……『アインクラング』という語をご存知ですか?」
 問いかける声は、誰へ向けての物だろう。
 小首を傾げるアナスタシアを、メルメッテは、見ていない。
「『同じ音』『ユニゾン』などの意味がございます」
 説くような声。諭すような声。どれも、これも、メルメッテが主人に与えられた声。
 メルメッテが、唯一無二のその人を、心の内に思い描くための、音。
「主様の名は『ラウシュターゼ・アインクラング』。主様は私に、同じ音を下さったのです」
 与えられたこの音は、メルメッテの宝物。
 そして、メルメッテという存在を形作るもの。
 想像してみた。そうして、確信した。変わらないはずが、ない。
 主人と出会わなかったならば、メルメッテは名もないままに消えていただろうから。
 危うく、見失うところだった。けれど、揺さぶられたことで、より強く芯を保つことが出来た。
「そうです。見返りは要りません、只のメイドで構いません。私が敬信し、お慕いしている、それだけで良いのです」
 これは、盲信ではない。メルメッテが決めた、生きる道だ。
「この御恩をお返ししたいのですから」
 ふわり、と。メルメッテは自身が得た飛翔能力に身を任せる。
 これほど軽い気持ちで宙を舞った事は無かったかもしれないと思うほど、メルメッテは軽やかに飛ぶ。
 向けた思念銃は、真っすぐにアナスタシアを捉えて。
 主への奉仕の気持ちを熱に変え、放たれた光弾が、天使の姿を、撃ち抜いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ガルレア・アーカーシャ
(ラス(ラルス)と/f32652)
オブリビオンから謳われる愛、そして宣告される愛の否定
「――で」
ここまで心に響かないとは

しかし、敵の精神攻撃なのは確かであろう…一応ながらも心にゆるりとした影が滲み出す
だが今はそれすら無為であろうと思うのだ

――疑念?
私は既に昔から、
『私が、愛を向けられる――そのものに何も期待していない。
 己への愛を疑う前に――
私は恐らく……そもそも、誰にも愛されてはいないのだ』

障翳・黒夜で、日常に脳裏に刻みこまれたピアノの音を伝い流し、指定UC発動
「――ラス」
…一声、掛ける

もし――親友のその行動こそが『こちらへの愛』であったとしても――今の私には、恐らく気付くことすら侭ならない


ラルス・エア
(レア(ガルレア)と/f27042)
今、滔々と説法として告げられる愛の概念
耳を貸す理由はなかった、しかしそれは確かな敵の攻撃なのであろう
心に疑念が蟠る
テレビに映った光景――あの時の、そして今のレアは。何を思い、私と共にあろうとするのだろう
本当は嘲笑っているのだろうか。本当は、私に嫌悪を抱いているのか。
――それでも
愛しい親友の紡ぐ音色が、名を呼ばれた合図が響く

…そう、なのだろう
『たとえ、そこに私への『愛』がなかろうと。
――私のすべき事は、何も変わらない』

指定UC発動、オブリビオンの細い片足を掴んでそのままに振り上げる
「滅びよ、天使――この化生が」
呟きと共に、力一杯オブリビオンを地面へと叩き付けて




 天使のような風貌をした女性の語る言葉に、ガルレア・アーカーシャは不思議な心地を覚える。
「――で」
 何一つ、響かないのだ。
 にも拘らず、わずかばかりの疑念が過る。あぁ、これは、精神攻撃なのだと察するに容易く、だからこそ、不思議な心地になるのだ。
 隣に立つラルス・エアも、快い表情はしていない。彼が何を思い、その顔を顰めているのかまでは悟れないけれど、陰りのようなものに浸食されているのは、多分、同じなのだろうと思う。
 それでも、ガルレアにとってみれば。その陰りこそ無為なものにしか感じられない。
 それもそうだろう。ガルレアにとって、愛を向けられるそいうその行為を、信じたことがない。
 己を生んだ親? 共に過ごした人々? 隣に立つ、親友?
 彼らから愛されたことなどあったのだろうか。わからない。不可視の物を確かなものだと判ぜられるほど、ガルレアは己を肯定的には受け止めてなどいなかった。
 そもそも、期待をしていなかったのだ。
(己への愛を疑う前に――私は恐らく……)
 誰にも愛されてはいない。
 あぁ、そちらの方が、余程、確信を持って言えるではないか。
 自分の中で、その理解がとうに済んでいるガルレアには、惑うほどに信ずるものなど、無かったのだ。
 ――ちらりと見たガルレアは、涼しい顔をしているように見える。
 こんなにも不愉快な気持ちを抱かせる言葉を、聞き流しているのだろうか。
 ぐ、と。胸元を抑える。心に蟠る疑念を、押さえつけるように。
 誰にも見せたくない姿を、ガルレアは知っている。こちらの制止を聞き入れず、踏み込んできて。
 あの時、そして今も、ガルレアが何を考えているかなんて、分からなかった。
 共にあろうとするその言葉に伴った思いを、ラルスには理解しきれないのだ。
(本当は嘲笑っているのだろうか。本当は、私に嫌悪を抱いているのか)
 この疑念は、果たして、『絆の試練』アナスタシアの言葉が齎したものなのだろうか。
 ガルレアと出会わなければ、ラルスは己の病にだけ脅かされ、こんな、恐ろしい疑念に振り回せることもなかったのだろうか――。
(――それでも)
「――ラス」
 心地よい、ピアノの旋律と共に、ガルレアがラルスを呼ぶ声が響く。
 ガルレアが手元の杖を掲げれば、そこからピアノの美しい旋律が響き渡るのだ。
 ラルスの蟠りを解してくれるような旋律は、日常的にガルレアと共に在る音。
 導かれるように視線を向けて、交わらせて。
 頷き合う事はしない。そうするほど、交わる思いは、存在していない。
 ――解って、いた。
(たとえ、そこに私への『愛』がなかろうと。――私のすべき事は、何も変わらない)
 今は、目の前の敵を排除するために、ガルレアの声を合図に駆けるだけ。
 響くピアノの旋律が、ラルスの行動を後押しする。
 抵抗する様子を見せないアナスタシアの細い足を、ラルスの腕が掴んで、振り上げた。
 その瞬間、微笑む天使と、目が、合って。
「滅びよ、天使――この化生が」
 忌々し気に吐き捨てて、ラルスは力の限り、アナスタシアの身体を、地面にたたきつけた。
 杖を掲げ、ラルスの姿を見つめていたガルレアは、変わらず涼しい顔のまま、けれど思考だけは、どろり淀んだ心地に侵されていた。
 ラルスは、何を思ってその顔を顰めていたのだろう。
 ラルスは、何を感じて空気震わす旋律に身を投じるのだろう。
 そこに、どんな想いが――愛かもしれないものが――存在しているのか、なんて。
 淀んだ思考のままのガルレアに、気付くことは出来なかったけれど。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

メール・ラメール
うるさい、うるさい、うるっさいなあ
記憶を覗き見したくらいで、知ったような口をきかないで
求められて、望まれたから、努力したわ
それでもわたしにはダメだったの
だってだって、こわいんだもの

そうあるように望まれたから
だから、アタシがうまれたの
そうよ、アタシは愛されてる
アタシだから、愛されてる
だから、揺らぐことなんてないわ
……わたしを愛してくれるパパとママだなんて、そんなの、それこそニセモノよ!

ずっとずぅっと、しあわせなゆめをみているの
邪魔しないで、どこかへ行って
疑うのなら、アナタも見てみる?
あはははは! しあわせなゆめにようこそ!
出たいだなんて言わないわよね?
そんなこと言ったら喰らってやるわ!




 うるさい、うるさい、うるっさいなあ!
 メール・ラメールの気持ちは、最初っから荒れていた。
 だって、そうだろう。ちょっとレトロでおかしなブラウン管テレビで垣間見た、たったあれっぽっちの記憶だけで。
 愛の行方を紐解いたような口ぶりをするなんて。
「求められて、望まれたから、努力したわ」
 知らないくせに、知らないくせに。
「それでもわたしにはダメだったの。だってだって、こわいんだもの」
 だから、そう、だから。アタシがうまれたの。
 そうあるように望まれた。パパとママはこの『結果』を喜んでくれる。
「そうよ、アタシは愛されてる」
 わたしのことは見てくれなくても。
 アタシのことは、愛してる。
「アタシだから、愛されてる」
 生まれた時から解っていた事ではないか。それを今更ほじくり返して何の意味があるというのだろう。
 揺らぐことなんて何もない。
 例え、そう、例え、優しい笑顔の両親が、抱きしめるような素振りで近寄ってきたって
 二人の間で、嬉しそうにテディベアを抱える少女と目が合ったって。
 なぁんにも心に響かない!
「……わたしを愛してくれるパパとママだなんて、そんなの、それこそニセモノよ!」
 突き放すように声を荒げたメールの前に、お菓子やぬいぐるみが現れる。
 甘いもの、可愛いもの。幼い少女が好きそうなものだけぎゅっと詰め込んだ中には、真っ白な生クリームのイチゴのケーキも、くりっとした瞳が愛らしいテディベアも、勿論、含まれている。
「ずっとずぅっと、しあわせなゆめをみているの。邪魔しないで、どこかへ行って。疑うのなら、アナタも見てみる?」
 それらは瞬く間にあふれかえり、渦高い山のように積み上がり、あるいは整然と、雑多に立ち並び。
 カワイイものでいっぱいに満たされた迷路を作り上げた。
 アリスが逃げ惑うために作る迷路は、並大抵の攻撃では壊れやしない。おまけに出口は一つだけ。
 甘くてカワイイ、とびきりしあわせなゆめだけを閉じ込めた、とってもステキな空間だ。
「あはははは! しあわせなゆめにようこそ!」
 ニセモノのパパとママは、ゆめしか見れないかわいそうなお嬢さんを抱きしめて、ずぅっと彷徨っていればいい。
「出たいだなんて言わないわよね? そんなこと言ったら喰らってやるわ!」
 吼えるような声は、迷路の中に届いているのか、居ないのか。
 そんなのはどちらでもよかった。見たくもないものを纏めて閉じ込めた誰かさんの悪夢の中で、どうぞ楽しく過ごしてちょうだい。
 ――ああ、いやだ。
 ねむりの邪魔する、わるい子だあれ?

成功 🔵​🔵​🔴​

紫丿宮・馨子
彼に出会わなければ
執着され長いこと軟禁されることがなければ
わたくしは
愛や執着=罪というこの認識を変えることが出来た

ふふ、ふふふ
以前のわたくしならば
そう考えたかもしれませぬ

彼の眼差しは
わたくしに罪を刻み込んだあの男と同じものでした
つまり彼との出会いをなかったことにしても
わたくしの認識は変わらないのです

むしろ今となってはこう思うのです
愛や執着を罪だと思い
人と一線を引いて生きてきたからこそ

それをいだいてしまうほどの人に出会えた
まだ完全に愛や執着を受け入れられたわけではありませぬが
それらを罪だと感じ恐れていたからこそ
今があると思えるようになってまいりました

朱雀の炎で翼を燃やし
彩鳴琴からの衝撃波で攻撃




 紫丿宮・馨子は、時折こう思うのだ。
 彼に出会わなければ、と。
 彼に執着され、長く、軟禁され続けることがなければ。
 そうすればきっと、馨子は愛や執着を罪だと思うその認識を、変えることが出来たのではないかと思うのだ。
 ――思って、いたのだ。
「ふふ、ふふふ」
 おかしそうに、馨子は声を漏らす。
 泣いて過ごしたあの日々が、己を歪めてしまったのだ、なんて。
 以前の己ならば、そう考えていたかもしれないと思うと、あまりに浅はかで、おかしくてたまらない。
 よく考えなくても、すぐに、思い起こせたはずだ。
 馨子を鳥籠に捕え軟禁した彼の眼差しは。
 馨子に罪を刻み込んだあの男と同じものだったではないか。
「つまり彼との出会いをなかったことにしても、わたくしの認識は変わらないのです」
 愛や執着は、変わらず罪なことだ。抱くことは、相手の心を壊すほどの過ちを犯しかねない。
 そう思って、一線を引いて生きてきた。
 人の形を持って生まれてきた時からずぅっと、それは、馨子の中で違えようのない事実なのだ。
 ――だからこそ、今。馨子はこう思う。
「それをいだいてしまうほどの人に出会えた」
 まだ、完全に愛や執着を受け入れられたわけではない。それは罪だと魂が訴えるのだから。
 だが、それでも求めずにはいられないほど心が震えるという事を知ってしまった。
 恐れ、遠ざけてきたからこそ、抱いた思いが確かなものであるのだと認識できるのだ。
 だからと言って感謝をするほどお人よしではないけれど。刻まれた罪の意識があるからこそ今がある、と。
「そう、思えるようになってまいりました」
 ――であるならば。
 その大切な大切な、ようやく見つけた思いの記憶を、消されるわけにはいかないのだ。
「現れよ現れよ、香炎纏いし朱(あけ)の鳥よ。応えよ応えよ、その身の星宿。我が香りしるべとし、疾く現れよ」
 真っ直ぐに前を向いた馨子の眼差しは、慈愛と歓喜とを抱く天使――アナスタシアの瞳と交わり、ぶつかりあう。
 アナスタシアはその決意にも似た瞳を歓迎するように微笑んで、背に負う翼から羽根を乱舞させた。
 自身の記憶を抉り取ろうとするその羽根を、馨子は呼び寄せた朱雀に騎乗し、焼き払う。
 迫る羽根の処理は全て朱雀に任せ、馨子自身は古めかしくも色鮮やかな音を奏でる七弦の琴を響かせた。
 迸る衝撃波は、燃え散る羽根を蹴散らし、アナスタシアを吹き飛ばしたけれど。その表情から笑みは消えない。
 それでいいのだと言わんばかりの顔に、馨子は僅かにだけ眉を顰め。
 再び、その音色を奏でるのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

琴平・琴子
貴女に私の何が分かるの
私は私の事すら分からないのに
少なくとも私はあの人達に出会わなければ、今の私じゃなかった

勝手に、変わらないなんて言わないで
私のことなんか何一つ分からないくせに

――ねえ、貴女には私はどう映ってる?
(帽子と少しだけ幼い制服姿)

喪失する理性と共に流れ落ちる涙は勝手に流れてくるもの
――悲しくない、痛くない
(でも、本当は怖い。それが本当の、私)

貴女に記憶は奪わせない
奪えるものなら、この糸、裁ち切ってみせて
絶対に切れないでしょうけど

糸で羽根の乱舞を切り裂いていく
羽根が落ちて
天使に祝福されたみたい、ね

けど
祝福ならば
私は――帰りたい、よ
お家に、帰りたい




「貴女に私の何が分かるの」
 きつく、きつく、眉を寄せたまま。琴平・琴子は突き放すようにそう言った。
 これが初めての相対だと言うのに訳知り顔をして。諭すように宥めるように柔らかに微笑む天使の見た目をした女性。
 その言葉が、ただひたすら耳障りだった。
「私は私の事すら分からないのに」
 琴子が理解しているのは、少なくともあの暗がりの中であの人達に出会わなければ、今の自分ではなかったという事。
 真っ直ぐな自分をどこかで押し込んでいたかもしれない。弱き者へと手を差し伸べられるような勇気を持てなかったかもしれない。
 誇れる自分では、無かったかもしれない。
「勝手に、変わらないなんて言わないで。私のことなんか何一つ分からないくせに」
 憤りのままに紡ぐ言葉を、アナスタシアは否定しない。肯定もしない。
 ただ微笑んで、それならば貴方はどうするのかと問うように、見つめてくるだけ。
 きっ、とその視線を睨み据えて、琴子は自身の上着を脱ぎ棄てた。
「――ねえ、貴女には私はどう映ってる?」
 いない いない ばぁ
 上着の下から現れるのは、小さくてか弱い女の子。
 視線だけは強く前を向く今の琴子のままだけれど、その眼差しだって、悪い大人が見つけてしまえば、加虐心を煽るような生意気なものに映るだろう。
 では、この女には――?
 アナスタシアの瞳にあるのは、慈愛と歓喜。けれどそれは、琴子へ対する攻撃を予期させるものであって。
 白い羽根が、辺り一帯に、舞い散った。
 それが記憶を奪うものであることを、琴子は理解していた。けれど、その理解を掻き消すように、理性が蝕まれていく感覚を覚えてもいた。
 ほろりと零れ落ちる涙は、理性の喪失と共に勝手に、流れてくるもの。
 まるで、涙の中に理性を溶かして吐き出しているかのように。
(――悲しくない、痛くない)
 でも、本当は。
 ――怖い。
 それが、本当の琴子なのだ。
 立ち上がれ、前を向け。憧れが、目標が見えているならそこへ向かえ。
 鼓舞する心で焚きつけて、理性を削ってごまかして。琴子は自身の前に、見えない糸を展開する。
「貴女に記憶は奪わせない。奪えるものなら、この糸、裁ち切ってみせて」
 絶対に切れないでしょうけど。
 それは、触れれば切れる不可視の糸。断ち切ろうと手を伸ばそうものなら、その手を刃ごと断ち切ってしまうことだろう。
 琴子を守る糸は、羽根の乱舞を切り裂いて、ふわり、ふわりと、その羽根を落としていく。
「天使に祝福されたみたい、ね」
 呟く琴子は、涙の零れる瞳を細め、ぎゅ、と眉を寄せる。
 これが本当に祝福だったなら。
 願いや望みを叶えてくれるような魔法の力があるのなら。
「私は――帰りたい、よ」
 迷子のアリスは、未だ扉を探している。
 探して、探して、見つからなくて。どれだけ前を向いても、たどり着けなくて。
 ――お家に、帰りたい。
 少女の本音が、ぽつり。寂しげに零れた。

成功 🔵​🔵​🔴​

冬・鷙灰
……無くて構わない、記憶、か。
否定はしない。
アレと出会わずとも、俺は俺であっただろう。

しかし、過去があるからこそ今の俺だ。
そこに悔いはない。違う己など、不要だ。
刻みつけられた傷も全て。

そして、何より。
俺は愛される必要などない。
ゆえに、無駄だ。

――答えは、この武で示す。

獣の如く真っ直ぐに敵へと向かい、爪を払う。
当たる分には構わないが、当たらなくても構わない。
幾度か、爪で斬りつけることで相手の動きを確認することで、
退路を誘導し、指突を狙う。
敵ならば、女が相手でも加減はしない。

お前の身を操るつもりはないが、叶うことなら――口を閉ざせ。
霊魂ごときに干渉される謂れはない。

試されるのには、もう飽きた。




 天使のような風貌をした女性――『絆の試練』アナスタシアは告げた。
 どうぞ想像してみてください――と。
 その言葉に、冬・鷙灰はほんの少しだけ思考を巡らせた。
 そうして、至る結論は。
「否定はしない」
 鷙灰の中では大きな存在足りえる『兄弟』は、例えば出会わなかったとして、鷙灰の存在そのものを消すほどではない。
 出会いだけを削ぎ落したとして、修行に励み、事件に遭遇し、生き延びて猟兵となる結末をなぞった可能性は十分にあるのだ。
 アレと出会わずとも、己は己であっただろう。疑念でもなんでもなく、そう思えてしまう。
 だが、今の鷙灰は、兄弟との出会いも含めた過去を経てこそ。
 何一つ悔いのない、悔いようもない純然たる積み重ねの果てに得た今の己。それと違うものなど、不要だ。
 指先がピクリと動く。その指から続く腕にも、それが繋がった体にも、幾つも幾つも走る傷。
 それさえも、鷙灰を鷙灰足らしめるもの。
 そして、何より――。
「俺は愛される必要などない」
 ゆえに、無駄なのだ。
 必要だとか、想い合うだとか。そんな、図りようのない問答自体が。
 さぁもういいだろうと言わんばかりに、鷙灰は己の爪を翳す。
「――答えは、この武で示す」
 鋭く研ぎ澄まされた爪が、獣の如く、さりとてただの獣とは異なるさまで獲物を掻き捌くのもまた、鷙灰が培ってきた過去あってこそ。
 払いのけるように振るわれた腕の間合いから逃れるように、ふわりと翼を羽ばたかせ飛び退いたアナスタシアの動きを、鷙灰は観察する。
 柔らかな動きは見た目通りと言うべきか。それでも間合いを的確に見極めて触れぬぎりぎりで躱すさまは、試練を与える者を自称するゆえの驕りか、慢心か。
 不確かな感情を推察するのはやめ、鷙灰はその動きの観察にのみ注力する。
 そうして、がむしゃらに振るうように見せかけた爪で相手の退路を誘導していった。
 ふわり、ふうわりと退くその体が、真後ろに飛んだ瞬間。鷙灰は即座に踏み込み間合いを詰めて、指先を相手の体躯へ突き立てた。
 それは刺し貫くための攻撃ではなく。秘孔を正確に捉えた指突から、闘気を流し込む。
 部位を即座に爆発させることも可能な闘気を送り込みながら、鷙灰はちらとだけその顔を見やる。
 相手は敵だ。華奢な女の身とて、仕留めねばならぬならば容赦の必要などはない、けれど。
「お前の身を操るつもりはないが、叶うことなら――口を閉ざせ」
 闘気による操作によって、アナスタシアの唇は引き結ばれる。
 しかしそこには、笑顔が残ったままで。薄ら、瞳を細めた。
「霊魂ごときに干渉される謂れはない」
 見ないふりをするのは簡単だけれど。敢えて、真っすぐに見据えたまま、鷙灰はその身に、今度こそ敵意を込めた爪を振るう。
「試されるのには、もう飽きた」
 白を赤く染める飛沫に、あのブラウン管テレビの向こうに抱いたような破壊衝動が湧き起らないのは、辟易したような感情ゆえか。
 それとも――。

成功 🔵​🔵​🔴​

桜雨・カイ
【払暁】私の…贋物?
クロウさんへ
「馨子さんを傷つけて泣かせたのはクロウさんじゃないですか」「それなのに都合のいい事言うんですね…見損ないました」

違っ…そんな事考えた事も……!

自分へ
「支えてくれるなんて言ってただ甘えてるだけだ。隣でクロウさん辛そうにしているのに……」
「それでも手を伸ばす?さらに苦しめるかもしれないのに…」

隣のクロウさんの顔を見るのが辛い
自分だっていっぱい傷ついているのに、傷つけたのに
なのに彼は…いつも私を支える言葉をくれる

だから……
手を伸ばして
想いを伸ばす
この絆は断ち切りたくはないから
【想撚糸】でクロウさんと贋物の間に結界を発動

私の顔でこれ以上クロウさんを傷つけないでください


杜鬼・クロウ
【払暁】黄昏時
一章の光景の所為で彼の顔を見るのが気まずい
感傷に浸る暇無くカイの偽物と遭遇

相談を受けたあの日
覚悟していた言葉
そう思われても仕方ないと
絆の結びつきは強くもあり
簡単に崩れる
俺はよく知っている

…その通りだよ
情けねェな
俺は結局、泣かせてばっかだった
(思い返せば…泣き顔の方が多い)
カイ、お前にもそんな顔させた

お前に芽生えたその感情は今後カイがもっと羽搏く為の糧となるハズだ
大事な人を守るだけでなく─

俺も
終わらせたくねェンだ(彼へ手伸ばし掴む

UC使い言葉を放つ
自らの剣(ちから)で揺らぎを断つ
残るは信ずる者同士

偽の俺が現れなくて良かった
(恐らく更に酷い言葉を浴びせてただろうから
傷付けずに済んだ)




 愛の説法を紡ぐ女性、『絆の試練』アナスタシアは、桜雨・カイと杜鬼・クロウ、二人の姿を交互に見て、にっこりと微笑む。
 より、深い試練をお望みなのですね。
 でしたらこのような趣向は如何でしょう――。
 ふわりと翻った手のひらが元の位置に収まれば、そこにはまるで鏡に映したかのように精巧な――カイの姿があった。
「私の……贋物?」
 少なくとも彼らにはそう見えた。幻視の類? それとも、形ある偽物がそこにいる?
 どちらの可能性も否定できなくて、けれど、それは最早どうでもよかった。
『馨子さんを傷つけて泣かせたのはクロウさんじゃないですか。それなのに都合のいい事言うんですね……見損ないました』
 冷めた瞳が、クロウを見つめて、淡々と紡ぐ。
 侮蔑を込めたその言葉に、カイは目を剥いて、クロウを振り返った。
「違っ……そんな事考えた事も……!」
 本当に? 本当にそう?
 例えば貴方がそうだったとして、隣の人は……貴方が『そう』であることを、望んでいるのではありませんか?
 クロウの視線が、偽物と、本物のカイの間を彷徨い、どちらの顔も見れぬと言うように背けられる。
 そこにあるのは、自責だろう。
 『カイ』の言うように、泣かせたのは己だ。相談を受け、全てを詳らかにした時に、こんな言葉を覚悟していた。
 ――そう、言ってほしかったのかもしれない。
 結ばれた絆と言うものは時に強くもあるけれど、一つのきっかけで簡単に崩れるものだと、クロウは知っているから。
 あの切っ掛けで、崩れて、しまえばよかったのだと、思ってしまっていたのかもしれない。
「クロウさん!」
『どうしてそんなに平然と呼べるんですか』
 びくり、と。カイの肩が震えた。
 本心ではありえない言葉を紡がれて、それがクロウの心を惑わすなんてあってはならないから、カイは必死に声を上げた。
 それを遮るような声に振り返れば、冷めた瞳が、今度はこちらを見つめている。
『支えてくれるなんて言ってただ甘えてるだけだ。隣でクロウさん辛そうにしているのに……それでも手を伸ばす? さらに苦しめるかもしれないのに……』
 頑張るなんて、容易い言葉で傷に踏み込むつもりでいるのか。
 そんな資格が自分にあるのか。
 同じ顔が紡ぐ言葉は、カイの自問そのものだ。
 寄りかかって重荷になって、それに気付かぬふりをしているだけではないのかと、心の内が、責め立ててきて――。
「……その通りだよ」
 ばっ、と。聞こえてきた声に、カイは弾かれたように振り返った。
 寂しげに、苦し気に眉を寄せ、それでも柔らかな瞳でカイを見つめるクロウと、ようやく、目が合った。
「情けねェな。俺は結局、泣かせてばっかだった。カイ、お前にもそんな顔させた」
「クロウ、さん……」
 泣き顔を見ることの方が多かった。その理由は様々だけれど、そんな顔をさせるようなことばかりだったという事実は、変わらない。
 重ねられる自責の言葉に、カイはぎゅっと眉を寄せる。
 心が苦しい。クロウの顔を見るのが辛い。
 泣かせたと、そう言ったって、それは一方的な仕打ちではなかったはずだ。悩んで、苦しんで、傷つきながら選んだ結果ではないのか。
 カイだって、クロウを傷つけたのだ。
 それなのに、クロウはいつも、カイを支える言葉をくれるのだ。
 そのまま前に進んでいけばいいと、背を押してくれるのだ。
 ――だから、手を伸ばしたいのだ。
 きっ、と。カイは目の前の偽物を睨み据える。
 迷わない。決めたのだ。手を伸ばし、想いを伸ばし、尊い絆を、繋ぎ止めるのだと。
「私の顔でこれ以上クロウさんを傷つけないでください」
 真っ直ぐに紡ぐ言葉を聞いて、クロウは、その力強さに、しみじみと感じ入る。
 人形のヤドリガミであり、人形であることを自称するカイが、そうやって強い感情を露にするようになった想いが、感じ取れるような気がした。
「……お前に芽生えたその感情は今後カイがもっと羽搏く為の糧となるハズだ。大事な人を守るだけでなく――」
 共に、歩む道を拓くための、礎に。
「俺も、終わらせたくねェンだ」
 伸ばした手が、カイを掴む。振り返り、交わった視線はもう、気まずさも苦しさも孕まない。
 後はもう、自分達の力で敵を、迷いを、払うだけ。
 ――ああ、それにしても。
(偽の俺が現れなくて良かった)
 恐らく更に酷い言葉を浴びせていただろうから。
 傷付けずに済んだ。そう安堵する思いは。
 ――『己』が吐き出し得る言葉に、心当たりがあるせいだろう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

数宮・多喜
【アドリブ改変大歓迎】

なるほどね。
友愛も「愛」のひとつって事かねぇ?
アタシの「絆」、
そこまで強いとは思わなかったけれど。
それでもこうして抜け出してきている以上は、
アタシの中にその気持ちが残っていたんだよな。
……ま、当たり前か。
嬉しいやら悲しいやら、複雑な気分だよ。

けどな。
親愛の情を覚えているからこそ、
信頼をしているからこそ。
アタシはアイツを、今一度『送らないと』いけねぇんだ。

あくまで冷静に、冷徹に。
『衝撃波』を放って足を止め、電撃の『属性攻撃』で追撃し。
周囲を静電で満たしつつ、【超感覚領域】を築き上げる。
ああ、そうさ。
アタシが、やったんだ。
だからこそ、アタシが今一度。
葬らなきゃ、いけないんだ。




「なるほどね」
 目の前に並べられた姿に、数宮・多喜は合点がいったというように頷いた。
 多喜が抱いていた友愛も、試練とやらに適応される『愛』のひとつという事らしい。
「アタシの「絆」、そこまで強いとは思わなかったけれど」
 愛し、愛されるその両名の姿で作り出されるという精巧な偽物。
 それをこうして知らしめられたのなら、少なくとも彼女――『絆の試練』アナスタシアにとっては、そこにまぎれもない愛が存在したという事なのだろう。
 それほど、多喜の中にまだその気持ちが残っていると、いう事だろう。
「……ま、当たり前か」
 失って、見届けて、それでおしまいで何もかもなかったことになるようなものではないのは、分かっていた。
 二度と逢えない、思い出の中の姿と寸分違わぬ親友と対面したことに、それを成しえるほどの友愛があったことに、嬉しさはある。
 同時に、悲しさも湧いてくるのだけれど。
 突き付けられるのだ。この人は、もういないのだという事を。
 多喜は深く息を吐く。複雑な感情を宥め、冷静な気持ちを取り戻すために。
 そうすることで、気持ちは少し、解けてくれる。
 嬉しい。悲しい。だからこそ、その気持ちを賭けて、対峙するのだ。
「親愛の情を覚えているからこそ、信頼をしているからこそ。アタシはアイツを、今一度『送らないと』いけねぇんだ」
 忘れるためではない。利用されないために。
 そう、偽物の姿に惑わされて手を控えるなんてことをしてはならない。
 サイキックエナジーを強化し、多喜は襲い掛かろうとする偽物の姿へ、衝撃波を放つ。
 足を止め、その隙に素早く距離を詰めた勢いを乗せて、電撃を見舞ってやる。
 人が帯びるわずかな電気をかき集め、増幅し、周囲を静電で満たしながら、多喜は鋭い眼差しで偽物の親友を捉える。
 本当によくできた偽物だ。記憶の中にしかないはずの仕草をし、表情をするその人は、まるでそこに生きているよう。
 だが、それは明確な敵意を持って多喜に襲い掛かってくるのだ。
 悲しくないわけがない。辛くないわけがない。
 けれど、友として愛しているからこそ、目を逸らすわけにはいかなかった。
「ああ、そうさ。アタシが、やったんだ」
 迸る電撃が、『敵』の死角から狙い撃つ。
 あの時と――親友を見送った時と同じように、鋭い電撃が、その姿を穿つ。
 そう、本見準に最期を与えたのは、数宮多喜だ。
 だからこそ――。
「アタシが今一度。葬らなきゃ、いけないんだ」
 本物の親友を送り届けたあの時にした覚悟を、ないがしろにしないためにも。
 電撃が収まる頃には、その姿は搔き消えていた。
 その現実に、寂寞を覚えても、多喜は涙を流さない。
 それはもう、とうに捧げつくしたのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

神棺・伊織
そう、貴女が…
懐かしい“夢”を見せてくれたんやね
お陰で、自分の無力さを思い出せてくれた様で…おおきに(無感情・無表情に冷たく言い放ち


おや、まぁ…
こんな所で会えるやなんて
莉織さ、んに…

思わず足を止め、上がりかける手
この手を伸ばしたとしても、あの人はもう居ないはずなのに…

私は、貴方にならこの命預けても構わないと思っています
共に在りたいと
しかし…それは貴女ではない

確かに、あの時の私は無力でしたが今は違います
人の姿を、力を、知識を得たんですから

しかし、想う相手をすぐに攻撃出来るほど、私はできた人じゃない
1度は受け止めなければ、後悔してしまいそうで…

貴方の事を慕っています
過去も、今も

『ジャッジメント』




 微笑む女性は、試練を与える者として、それを乗り越えるさまを尊いものと受け止めているのだろう。
 そんな風に感じながら、神棺・伊織はその女性――アナスタシアを見つめた。
「そう、貴女が……懐かしい“夢”を見せてくれたんやね」
 その、感謝を告げるような言葉には、皮肉が込められていることを。アナスタシアは理解しているだろう。
 懐かしい、愛おしい時を垣間見たのは事実だけれど、伊織にとっては、それ以上に――。
「お陰で、自分の無力さを思い出せてくれた様で……おおきに」
 守れなかったとか、そんな次元ではない。何も、何もできなかった。
 まざまざと突き付けられた現実に、感情も、表情も、削ぎ落されたかのような心地だ。
 だが、そうであるからこそ戦えるだろう。何にも惑わされずに、手を下せる。
 愛する誰かの姿を模した偽物を出されたって、きっと。
 伊織の望んだとおり、恭しく礼をしたアナスタシアが差し出すように差し向けた偽物の姿にも、動揺は抱かなかった。
 ――それも、ほんの、一瞬だけだったけど。
「おや、まぁ……こんな所で会えるやなんて。莉織さ、んに……」
 瞳が、見つけてしまった。思わず、その人へ向けて、手を伸ばそうとしてしまった。
 もういないはずの人が、形を得て、目の前に立っている現状に、心が揺さぶられないわけが、無かった。
 だが、伸ばしても意味がないことを、誰よりも伊織が知っていたから。諫めるように強く拳を握り、唇を噛みしめて、目の前の人を、見据える。
「私は、貴方にならこの命預けても構わないと思っています。共に在りたいと」
 真摯な思い。でも、それを向けるのは――このひとでは、ない。
 一歩、踏み出す。寄り添うためではなく、対峙するために。
「確かに、あの時の私は無力でしたが今は違います。人の姿を、力を、知識を得たんですから」
 この手足があれば、大切な人の手を引き逃げ出すことも、抱きしめて守ることもできる。
 この力があれば、一方的な蹂躙などさせはしない。
 この知識があれば、窮地に立たされたって、それを打開するすべを考えることができる。
 もう、震えて泣いたりはしない。あの頃よりも成長した己が、ここに、居るのだ。
 ――しかし、想う相手をすぐに攻撃できるほど、心は凪いでくれてはいない。
 そこまでできた人じゃないと苦笑して、伊織は迫る姿を見据えた。
「貴方の事を慕っています。過去も、今も」
 だから、一度だけ。その攻撃を、無防備に受け止めた。
 それが証になるとは思わない。ただ、自分が後悔したくないから。
 迸る痛みに歯を食いしばり、伊織は指先を、その人へ――敵へと、向ける。
 ――ジャッジメント。
 刹那、天罰を下すかのような光が降り注いだ。
 その光は神々しくも激しく伊織が指示したものを穿ち、灼熱で以て焼き払う。
 自らが差し向けた光に焼かれたその人が、残骸さえも残らなくなるまで。伊織は決して、目を逸らさなかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

葬・祝
【彼岸花】

私が人真似人格でも“はふり”になったのは、カフカに出逢ったからですもの
他のどんな道を通ったってこの子が居なければ始まりませんよ
誰ぞに向けたものとは大違い
千年以上共にしても飽きるなんて思いもしない

……っ、ぁ、あ……だ、め、駄目、止めろ……ッ!
掻き消えるカフカとの記憶に背筋が粟立つ
己の根幹を無理矢理揺るがされる感覚
知らないこんな感情知らない
こわい
頭を抱え、生まれて初めて悲鳴を上げた
嫌、嫌だ、やだ!忘れたく、な、……ッ!
ぁ、わ、すれて堪る、か、これは、この記憶だけは私の……!

息が整わない
声が出ない
「嫌」も「怖い」も知らない
縋るようにカフカの手を掴む
この熱しか、この声しか、感じたくなかった


神狩・カフカ
【彼岸花】

ははっ、そりゃ極論が過ぎるぜお嬢さん
おれがはふりに出逢ってなけりゃ
神にも大天狗にもなれてねェし
おれを欲した輩に手篭めにされて
自由を奪われた籠の鳥だったろうサ
…今のおれにはならねェよ

はふり?
おい、大丈夫か!?
こんな風に悲鳴を上げるはふりを見るのは
千年一緒にいても初めてのことで
背に滲む嫌な汗
くそっ!面倒くせェ真似しやがる!
はふりの身体を支えながら

へェ、そういうこともできるのかい
偽物に吐き捨てる
そんなに沢山作ったら余計偽物臭ェだろうが
胸くそ悪ィ
偽物も羽根も全部吹き飛ばしてやる
消えろ

怖かったな…もう大丈夫だ
宥めあやすようにはふりの背を撫で
おれはここにいるから
お前の中からいなくなったりしねェよ




 思い出に見た存在と、出会わなかったとして。何も変わらない、なんて。
「ははっ、そりゃ極論が過ぎるぜお嬢さん」
 神狩・カフカは愉快気に笑う。そんな話があってたまるかと言うように。
 幼いカフカは、葬・祝によって育て上げられたようなものだ。
 祝が居なければ、今頃神にも大天狗にもなれていただろうか。
 祝が守ってくれなければ、今頃、どこかの誰かに自由を奪われていただろう。
 籠の鳥となって、吉兆の証たる己を欲しがる誰かの元で縛り付けられていたことだろう。
 断じて、今のカフカにはなりえなかった。
 吐き捨てるように言い切って、カフカは祝を見やる。
 千年、共に生きたこの妖も、きっとカフカと同じことを言うだろう。
 その予想通り、祝はカフカをちらりと見上げ、ことり傾げた首に笑みを添えて、おかしそうに言う。
「私が人真似人格でも“はふり”になったのは、カフカに出逢ったからですもの」
 例えばカフカと出会わなかった道があったとしたって、そのどの道でだって、祝という存在が始まることはなかった。
 カフカだから、今がある。
「誰ぞに向けたものとは大違い。千年以上共にしても飽きるなんて思いもしない」
 それぞれの言葉に、『絆の試練』アナスタシアはにこりと微笑む。素晴らしいことだと言うように、慈愛と歓喜を込めて、翼を打ち震わせるのだ。
 それが放つは柔らかな羽根の乱舞。切り裂くでも貫くでもなく、柔らかに舞い散るその白を、二人は身軽に飛んで躱した。
 怖い怖い、とくすり笑って、祝は敵を食らうべく、死せる大神を呼び寄せる。
「喰らうなら綺麗になさいな」
 応えるように唸りを上げて、駆けていく大神。その背には乗らず、見送って。
 瞬間、祝はふと、視界が陰ったことに、気が付いた。
「あ……」
 ふわり、軽やかな風の流れに乗ったような羽根が、祝の額をくすぐるように撫でおろす。
 その瞬間、祝の中に確かにあったはずのカフカとの記憶が、搔き消えた。
「……っ、ぁ、あ……だ、め、駄目、止めろ……ッ!」
「はふり?」
 祝の異様に、カフカは即座に気付いた。
 気付かないわけがない。千年一緒にいて、祝がそんな風に声を上げるのは、初めてのことだったのだから。
「おい、大丈夫か!?」
 祝の身体に傷はない。むしろ傷ごときで取り乱すようなことなんてないだろう。
 それなのに、祝は何かを守るように頭を抱え、がたがたと震えるようにして、蹲った。
「嫌、嫌だ、やだ! 忘れたく、な、……ッ!」
 カフカの手が、震える体を支えるように添えられたのにも、気が付いていない。
 いいや、気が付いていて、それでも、祝はそこにいるのがカフカであるという認識を、得られなかった。
 カフカと言う存在が、祝の中から、消えようとしていたために。
「ぁ、わ、すれて堪る、か、これは、この記憶だけは私の……!」
 ぎゅぅ、と。カフカの腕に縋りつく。引き寄せ、手繰り寄せるようにして、必死にカフカを見上げた。
 苦し気な祝の視線がカフカを捉えれば、ほんの一瞬安堵したように揺れて、けれどすぐさま、動揺に戦慄く。
「はふり!」
 呼ぶ声に、カフカ、と応える事すらできなかった。
 果たしてそれが正しい呼称なのか。果たしてそれは呼ぶことが許されたものなのか。
 掻き乱され、抉り取られた記憶の断片を、祝はかろうじて繋ぎ止めて、カフカに身を寄せた。
 祝の異常な姿に、カフカの背に嫌な汗が滲む。
 一声、たった一声応えてくれればこの焦燥を払いのけられるだろうに、祝はそれが出来ぬと言うように、震えるばかりなのだ。
「くそっ! 面倒くせェ真似しやがる!」
 その身を支える事しかできないのがもどかしい。
 けれど、今はそれ以上に――目の前にこれ見よがしに並べられた自分と祝の偽物の姿に、言いようのない怒りが沸いた。
「へェ、そういうこともできるのかい」
 よく出来たまがい物だ。どこをどう見ても、本物そっくりの瓜二つだ。
 だが、些か数を揃えすぎだ。同じ顔が幾つも幾つも並んでいれば、違和感しか感じられない。
 何より――今の祝は、カフカと共に過ごす祝の、その銀色をした鏡面の瞳は、そんなに薄っぺらなものではないのだ。
(胸くそ悪ィ)
 祝をこんな目に遭わせた羽根も、それを前に悠々と笑って見せる偽物達も。
 全部全部、吹き飛ばしてしまわなければ。
「巻き起こせ」
 そして、消えろ――。
 力の限り振り払った天狗の羽団扇が、突如として吹き降ろす激しい風を巻き起こす。
 それは偽物を、羽根を、纏めて吹き飛ばし、原型なんて残さないくらいに斬り刻み続けた。
 全ての敵が風に巻かれたのを見届ければ、もう、カフカはそれに構う気がなかった。腕の中の祝の背を撫で、息の整わぬ彼を、優しく宥め続けた。
「怖かったな……もう大丈夫だ」
 こわい。
 カフカが告げたその感情を、祝は知らない。どうすればいいのかわからないまま、ただ、自分を呼ぶ声と、触れてくれる熱だけに、身を委ねる。
「おれはここにいるから。お前の中からいなくなったりしねェよ」
 疑いようのない、その言葉に、ただ、頷く。
 今の祝に信じられるものは、これだけなのだから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

春・鷙呂
…変わらない、か
確かにそうかもしれない
安寧は他所で得ることも出来ただろう。

だが、あの惨劇の日に得た恐怖は、兄弟と共で無ければ得ることは無かった
我が身にある傷も全て

己の半身というものを、感じたことはあるか?

皮肉げに笑い言ってやろう

この確信こそあんたが与えたものだからだ
これは『絆の試練』なのだろう?

……在りし日の姿とて
幼い頃の私と兄弟の偽物程度で、この剣が鈍るとおもったのか?

レギオン達が、影から溢れ出す
追いかけるのはあんただ、絆の試練

偽物が迫ってくるだろうが、私の剣で切り裂くさ
己を斬るに憂いは無い。占術を扱う身だ
偽物程度—そう思いはするが

あんたが狂気に沈むのであれば、先にこの手で
思う己に薄く笑った




 想像してみてください。その言葉の通り、春・鷙呂はほんの少し、想像を過らせる。
「……変わらない、か」
 過らせてみた結果、確かにそうかもしれない、とわずかに呟いた。
 陽だまりが似合う白虎と出会わずとも、子猫はまた違った形で安寧を得ていたかもしれない。
 それは麗らかな陽気を共に過ごすようなひと時ではなく、共に囲む団欒だったかもしれないし、星空を仰ぐ静寂の瞬間だったかもしれない。
 人が焦がれるような安寧は、存外、どこにでもあるものなのだ。
 だが、鷙呂が兄弟と共に逃げ延びた惨劇。その時に感じた恐怖は、兄弟と共で無ければ得ることは無かったものだ。
 す、と。自身の顔、マスクの下に走る傷跡に触れる。
 この傷も、共に生き延びた証。
 彼が、いなければ。間違いなく自分はこうして立ってなどいなかっただろうと、鷙呂はそう、確信していた。
「己の半身というものを、感じたことはあるか?」
 切っても切れぬ縁で以て結ばれた存在。
 欠けてしまうことが許されない存在。
 鷙呂にとって、兄弟はそういった存在だ。
 そして、その確信はほかでもない、『絆の試練』を自称する女性、アナスタシアに与えられたものだった。
 過去を見、過去に思いを巡らせ、今のその人を思う。
 その過程を経たからこそ、鷙呂は迷いも憂いもなく、絆の試練に真っ向から立ち向かえる確信を得たのだ。
「試してみせてもらおう。これは『絆の試練』なのだろう?」
 皮肉を交えた言葉は挑発めいて響いたけれど、アナスタシアはそれを受け止め、恭しく頭を垂れて、鷙呂の前に『試練』を並べる。
 在りし日の、共に安寧を過ごした幼い姿の、二人の少年。
 そうだろうとも、と呟いて、鷙呂は笑みを湛えた。
「幼い頃の私と兄弟の偽物程度で、この剣が鈍るとおもったのか?」
 その程度だと思われているなんて。試練を名乗るならば、もっと心を抉るような存在を選べたのではないか。
 猜疑心にも似た鷙呂の感情が、バロックレギオンを呼び出す。
 それは、感情を抱かせたアナスタシアへと真っ直ぐに向かい、偽物達とすれ違っていった。
 偽物の群れとレギオンの軍団。互いに見向きもしないままそれぞれの敵へと襲い掛かる光景に愉快気に喉を鳴らし、鷙呂は自らの刃で、偽物達を切り裂いていく。
 躊躇いはない。公言したとおり、剣が鈍ることはない。己の姿を斬るだけならば、殊更簡単にその首を落とせる。
 ただ、ただ少しだけ、幼い兄弟を斬る瞬間には、心の端が疼いた。
 しかしそれは、罪悪感に憂うものではなくて。
(あんたが狂気に沈むのであれば、先にこの手で――)
 その思考こそ狂気のそれだろうかと、鷙呂は薄く、笑うのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

弓削・柘榴
さて、どうじゃろうの?
あちきはあちきということには同意じゃが、今と同じあちきかどうかは解らぬな。
なにより、そんな意味のない『たられば』につきあう気はないしの。

久しぶりに主殿の姿を見せてくれたことには感謝するが、
その主殿はもちろん、親も、友も、兄弟も、仇も、時間の彼方の存在よ。

あちきの愛する人、あちきを愛する人とやらを知っているというなら、教えて欲しいくらいじゃ。
その姿をみせてくれるのなら、褒美にその姿のまま骸の海に還してやるぞ。

誰が出てくるのか、楽しみにしながら待っていても、姿は変わらず……。
やはりだれも出てこぬか。ま、そうじゃろうの。

興を削がれたな。
ならばもう試すこともあるまい。疾く還りや。




 語る言葉には興味深げな顔をして。けれどそれを飲みこむことはせず。弓削・柘榴は小首を傾げ、天使のような姿をした女性を見つめた。
「さて、どうじゃろうの? あちきはあちきということには同意じゃが、今と同じあちきかどうかは解らぬな」
 関わる人間一人変わるだけで、受ける影響は大きく異なる。
 それを、何も変わらぬと言い切るには些か説得力に欠けるのではないかと口角を上げて。
「なにより、そんな意味のない『たられば』につきあう気はないしの」
 そう、柘榴は切り捨てた。
 感謝、というものを感じてはいるのだ。久々に見ることのできた主の姿。
 こんな機会でもなければ、易々と見られたものではなかったのだから。
 けれど、その主を含め、柘榴の親も、友も、兄弟も、仇も、とうに時間の彼方に置き去られた存在。
 今更、柘榴を愛し、柘榴が愛する人とは、いったいどのような存在だというのだろう。
「知っているというなら、教えて欲しいくらいじゃ」
 それを見せてくれるというのなら、褒美としてその姿のまま骸の海に還してやってもいい。
 ゆぅるりと弧を描く口元で、さぁ、と促す柘榴の前に、彼女と瓜二つの存在が置かれた。
 これは、己。見ればわかる。
 それでは、この己が愛する存在とは?
 この方ではないのですかと言うように、天使――『絆の試練』アナスタシアは、柘榴のかつての主人の姿を映し出す。
 若く健在であった頃の、主人の姿に。柘榴は、ああ、と愉快気な声を漏らす。
「それは、ただの――受け売りと言う奴であろう?」
 つい、先ほど。ブラウン管テレビの中に映った存在だから。ただ、それだけの理由で選ばれたのだろう。
 勿論、映るほどなのだから相応の思い入れがあるのは間違いではないのだけれど。
 だからと言って、そこに愛を結び付けて、ただ単純に写し取るだけだなんて。猿真似もいいところだ。
「他にはおらぬのか。他には」
 首を傾げ、楽しみにするように待てども、アナスタシアがそれ以上のものを出してくることはなかった。
「やはりだれも出てこぬか。ま、そうじゃろうの」
 天使だろうが、神だろうが。人の心を完全に暴くことなどできはしない。
 まして、自身の中でも明確ではない『愛』の行方なんて。
「興が削がれたな」
 ふ、と。柘榴の表情から笑みが消える。つまらないものを見たものだと言わんばかりに、ゆるゆると首を振って。
「ならばもう試すこともあるまい。疾く還りや」
 ――五陽霊神に願い奉る……。
 唱え始めた柘榴の声に呼び寄せられるように、アナスタシアと、彼女が生み出したつまらない偽物達を、四神の霊が取り囲む。
 それらは各々の各々の属性攻撃を用い、囲いの内側に存在する敵対者を悉く打ち払っていくのだ。
 偽物が、まがい物が、消えていく。
 それを見届けながら、柘榴は薄ら、瞳を細めた。
 『愛』という感情と合致する存在など、柘榴には思いつかなかったけれど、例えばそれが、あの偽物の己の傍らに据えられた、偽物の主人なのだとしたら。
 本当に、こちらの関係性を暴いたのだとしたら。
 少なくとも、あの主人には、愛されていたのだろうか、なんて――。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴェル・ラルフ
もし、僕がふたりの親友と出会わなければ
想像しても、僕のふたりへの気持ちは揺るがない
だって、今よりしあわせな夢は、描けないから

猟兵になる前
あの常闇の世界で身を堕として
命を命とも思わないで
僕はねえさんを殺した奴を探して血眼になりながら
その目的を果たすために、金のために、生きるために
屠って、屠って
太陽の存在なんて、気づきもしなかったんだ
そのままでいたら
きっと僕はただのかなしいばけもの

あのふたりと仲良くなれたのは
ふたりも、かなしいひとだったから
僕らは、どこかが似ていたから

だから、別のモノがふたりの姿をとってもわかるよ
けど、ちょっと殴りたくはないから
ふたりと揃いのペンダント
この炎は、温かい

★アドリブ歓迎




 もしもの話は、改めて問われずとも、想像したことくらいはあるのだ。
 もし、ヴェル・ラルフがふたりの親友と出会わなければ。
 想像しても――いや、想像するからこそ、ヴェルの二人への気持ちは、揺るがないのだ。
「だって、今よりしあわせな夢は、描けないから」
 きっぱりと言い切ったヴェルの表情は、晴れやかで。迷いのない瞳が、『絆の試練』アナスタシアを見据える。
 例えばなしとして想像せずとも思い起こせる、猟兵になる前の記憶。
 常闇の世界で、生きてきたヴェルは、自身の姉を殺した存在を探して血眼になっていた。
 命を命とも思わずに、目的を果たすため、金のため、生きるため、あらゆる命を屠ってきた。
 きっとそのままでいたら、ヴェルは太陽の存在なんて気づきもしなかったことだろう。
 中天に座す、誰にも等しく光を注ぐ遠い存在ではなくて。
 傍らで温もりを与えてくれる、優しい存在に。
 気付くことが出来たから、ヴェルはひとになれた。ひとに、戻れた。
 報復のために命を食い荒らす、かなしいばけものにならずに済んだ。
 出会えて、仲良くなれたふたりの姿を、思い起こす。
 あのふたりも、ヴェルとは形の違うかなしいものを抱えている。
 似た者同士は、惹かれ合うのかもしれない。彼らが例えば、何不自由なく幸せに満たされた中で生きてきた存在であったなら……今みたいに笑い合えていたかどうかは、分からない。
 だけれどこれは、傷の舐め合いなどではない。
 皆、それぞれの足で立とうとしている。前を向こうとしている。だから、助けはしない。折れそうな時に、支える掌だけが、ここにはあるのだ。
 そう、在りたいと、ヴェルは願う。
 心を許したふたりの姿は、かけがえのない形だ。
 まがい物がその姿かたちをなぞったところで、ヴェルの心を惑わせるには至らない。
 ――だけど、積極的に殴りたいとも、思えないから。
 ヴェルは胸元のペンダントに触れる。ふたりと揃いの、大切な宝物。
 青い石があしらわれたペンダントは、同時にアミュレットでもある。そのお守りを通して、ヴェルの体内から青い焔が、吹き出した。
(この炎は、温かい)
 ――僕の、星。
 吹き出した一瞬だけ包まれた炎の温かさに、ふ、と笑みを浮かべたヴェルは、捧げるように炎を親友の姿をしたものへ差し向ける。
 幸福な幻影に包まれた偽物の親友達は、ヴェルに襲い掛かろうとしていた手足を止めて、そのまま戦意を削がれ、消えていく。
 彼らの幸福は、何だろう。
 自身の命のカウントダウンが始まってしまうから、長く夢を見せることは出来ないけれど。
 彼らにとっての幸福が、例えば、共に過ごした日々であったなら――。

成功 🔵​🔵​🔴​

緋翠・華乃音
音海・心結(f04636)と共に




『お前は、孤独を愛しているのか?』

先の光景の前日。
命の灯が明日消えてしまうことも知らず、君は俺に問い掛けた。

――いいや、孤独は嫌いだ。

何故そんなことを問うのか分からなかった。
当時の俺には兄も妹も、戦友も居た。
だから、今感じているような孤独に苛まれることもなかった。

『……そうか』

彼は憐れむような視線を寄越した。
……気付いていたのだろう。
俺の在り方が、いつか破綻を迎えることを。

――蝶が魂を還しても、蝶の魂は誰も還してくれない。

置いていかれるだけの存在。
そんなもの、最初から孤独が決まっているようなものなのに。

気付いた時には何もかも遅かった。
孤独なんて――嫌いなのに。


音海・心結
緋翠・華乃音(f03169)と

先程見た光景が頭から離れない
疑心を持っても、敵が現れれば聴く術等なく
時折彼を見遣りながら戦闘が始まる

愛する者同士、ですか?
パパから愛されてる自覚はありますが
みゆはパパを愛してるのでしょうか
勿論、好きですけどね

「愛す」という感覚が未だに分からない
幼い頃から「愛」に触れ生きてきた当たり前の感覚

ふぅん
まあ、パパにはきつく当たっても怒られないでしょう

同居してる時は鬱陶しくも感じたパパの愛
それが離れて「愛」を恋しいと感じようになった

偽物のパパはこれで喜ぶのでしょうか?

自身のことより彼の方が気になるのはもはや性
過去に始めて触れた今日
何も知らなかったあの頃には戻れない




 ――お前は、孤独を愛しているのか?
 ――いいや、孤独は嫌いだ。
 問いかけられた言葉が蘇る。迷う間もなく、首を振って淡々と答えた記憶も、過る。
 それは凄惨な記憶の前日。
 命の灯が明日消えてしまうことも知らずに掛けられた問いの意味を、緋翠・華乃音は理解できなかった。
 当時の華乃音には兄も妹も、戦友だっていた。
 それを突き放すことはしなかったし、孤独に苛まれるようなこともなかったというのに。
 ――……そうか。
 華乃音に向けられたのは、憐れむような視線。
 彼は、きっと、気付いていたのだろう。華乃音の在り方が、いつか破綻を迎えることを。
 ――華乃音がどこか上の空であることは、音海・心結も気付いていた。
 それがきっと、先ほど見た華乃音の思い出のせいである事も、なんとなく理解できていた。
 けれど、心結はそれ以上に、未だに信じられないという思いが強かった。
 華乃音がどうして、どういった経緯であんなことをしたのか。聴きたかったけれど、敵が表れてしまえば、悠長にそんな話をしている暇などなくて。
 自身の心の整理すらままならないまま、心結は無理やり、目の前の敵――『絆の試練』アナスタシアへと意識を向けた。
 試練を与えるというその存在は、心結を見て柔らかく微笑み、彼女の前に、心結自身と、心結の父親の姿を模したものを並べて見せた。
 それを見て、ぱちり、心結は瞳を瞬かせる。
「愛する者同士、ですか?」
 心結の父親は、確かに心結を愛しているだろう。親が子を愛するというのは、ごく自然で当たり前な感情だろうし、心結自身も愛されている自覚があるのだから、疑う余地はない。
 では、自分は?
 果たして心結は、父を愛しているのだろうか。
(勿論、好きですけどね)
 その好きが『愛』に分類されると言われても、心結には今一つピンと来ない。
 そもそも愛するという概念が、心結には上手く理解できないのだ。
 幼い頃から『愛』に触れて、満たされて生きてきた心結にとって、改めてそれを定義されると、違和感しか抱けない。
 親が子に優しくすることも、将来を思って厳しく叱ることも、自立できぬ間に援助をすることも、悩んだ時に相談に乗ることも、それは、当たり前のことではないのか。
 よく、分からないけれど。アナスタシアにとって、それは『愛』なのだろう。
 それだけは理解できたから、ふぅん、と一つ呟いて。心結はハートを作る。
 愛されているのならば。まあ、少しくらいきつく当たっても怒られはすまい、と。
「みゆの想い、受け取ってくれますか?」
 作り出したハートが飛べば、心結と父の偽物へと命中し、その身にダメージを与える。
 受け取ってもらえずとも、幾つもの『想い』を飛ばせば、自然と、戦場は心結の力を高めてくれるだろう。
 ハートを食らって悶絶する父を、ちらと見る。同居している時は父の愛を鬱陶しくも感じたけれど、離れた今は、それを恋しいと感じるようになっていた。
 父も、同じなのだろうか。
 偽物の父は、形ばかりのハートで、喜んでくれるだろうか。
 首を傾げつつも、心結は目の前の偽物よりも傍らで朧げな目をしている華乃音のことが気になって仕方がなかった。
 何が映るか知らなかったとはいえ、見てしまった現実は変えられない。
 触れてほしくはなかっただろう過去に触れてしまった心結は、もう、何も知らなかった頃には戻れない。
 その事が、心結と華乃音の関係性にどう影響するか、なんて……。
 心結がそんな風に考えていることを、華乃音は知らない。
 ただ、孤独感に苛まれるようになった今になって、かつて彼が告げた言葉の意味を理解したのだ。
 ――蝶が魂を還しても、蝶の魂は誰も還してくれない。
 蝶は、置いていかれるだけの存在なのだ。
 そんなもの、最初から孤独が決まっているようなものだと言うのに、気付かぬままで。
 置いていかれてから、初めて、その現実に目を向けた。
 この記憶も、在り方も、忘れてしまえば楽になれるのだろうか。
 思えど、華乃音の身は舞い散る羽根を攻撃として認識してしまうから、自らそれに晒されることを避けてしまう。
 染みついたものは覆しがたいのだと、つくづく、痛感して。
(孤独なんて――嫌いなのに)
 かすかに、眉を顰める。
 共に居るはずの心結の視線が幾度も向けられている事にも、気付かないまま――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

私の中には何時だってサヨがいる
私達の魂が巡り会ったあの花火の夜からずっと

きみと出逢う以前にどの様に生きていたかなんて忘れてしまった
君に出逢えたから
厄災(私)は心を得られた
きみが居ない世界でどうやって生きればいいのか、なんて

サヨ、きみが私を愛していなくたって
私の愛は変わらない
一方的に齎される厄災のように

厄災はそういうものだ

私は厄である己が嫌だったけれど
サヨという存在が私自身を愛させてくれた
だから私の存在によって
きみが自らを愛せるようになればいい

例え偽物のきみだって受け入れるけれど
サヨはきっと嫌がる
結界を張り守り
約されていないのだと神罰と共に虚構を斬る

私はサヨに再び逢う為に廻り還ってきたのだ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

嘘なんかじゃ無い
紡がれる言葉に震える声で否定する

カムイは私を愛してくれる
あんな過去をみせたのに
変わらずに愛してくれる
それは、本当に「私」への愛なのだろうか?

私の師匠であった前のあなた
前のあなたと出逢い御魂の絆で結ばれた前の私

過去から紡がれた縁が今の私達のあいを…
疑いは真剣なカムイを見れば解けていく
それでもいいの
前を引っ括めて、私なんだもの
ずっと見ていてくれた私の神様を─その愛を
誰にも渡さない

もう声は震えない
私はカムイを
あなたの愛を信じる

あなたの愛してくれる私をもっと信じて
あいしたい

…厄は試練なの
試練は超えるためにある
生命喰らう桜罰巡らせ衝撃波と共になぎ払う
私の愛を否定も穢しもさせないわ




 ――嘘なんかじゃ無い。
 滔々と語られる説法は、誘名・櫻宵の心を明確に蝕んだ。
 声が、震える。それでも櫻宵が紡ぎだすのは、否定だ。
「カムイは私を愛してくれる」
 あんな、悍ましい過去を見せたのに、変わらず愛してくれる。
 ――愛していると言ってくれるのでしょう?
 縋るような眼差しは、けれど朱赫七・カムイへ向けられる前に、思いつめたように逸らされた。
 カムイの抱く『愛』は。
 本当に、『私』への愛なのだろうか?
 カムイは櫻宵の師匠であった存在だ。けれどそれは、輪廻転生を経て生まれ変わる以前の黒衣の姿。
 そして、前のカムイと出逢い、御魂の絆で結ばれたのは、前の櫻宵。
 今、カムイと対峙している櫻宵と同じものだけれど、カムイの真実の愛は、かつての櫻宵に向けられたものでは、無いのか。
 疑念が増すほどに、櫻宵はカムイを見られなくなっていく。
 交わらせた視線の中に、昔の己を垣間見ようものなら、その疑念に確信を抱いてしまおうものなら――。
「私の中には何時だってサヨがいる。私達の魂が巡り会ったあの花火の夜からずっと」
 真摯な声が、俯き逸らされた櫻宵の視線を呼び寄せる。
 恐る恐る見上げたその人は、柔らかくいとおし気に、櫻宵を見つめていた。
「きみと出逢う以前にどの様に生きていたかなんて忘れてしまった」
 沢山の華が打ち上げられる中での対峙。そのさなかに、ただの厄災であったカムイは、人の心に触れ、それを得ることが出来た。
 櫻宵が、教え説いてくれたから。
 あの瞬間に、カムイは生まれたようなものだ。輪廻をめぐる時を挟み、再び出逢えたその瞬間をかけがえのないものとして喜べたのだって、櫻宵が、心をくれたから。
「きみが居ない世界でどうやって生きればいいのか、なんて」
 こんなにきみに溺れてしまった神を、愚かだと笑ってくれてもいい。
 微笑んで、カムイはかすかに震える櫻宵を宥めるように、そっとその頬に手を触れた。
「サヨ、きみが私を愛していなくたって、私の愛は変わらない。一方的に齎される厄災のように」
 止めどもなく、抑えようもないままに、この愛は注がれ続けるものだ。
 厄災とは、そういうものであろう。
 そこには過去も今も関係ない。櫻宵という存在そのものに、カムイは愛を捧げているのだから。
「私は厄である己が嫌だったけれど、サヨという存在が私自身を愛させてくれた」
 だから、と。紡がれる声は、殊更優しくて。
 殊更、愛おしげで。
 愛を求める櫻宵の心根に、すぅ、と染み入る。
「私の存在によって、きみが自らを愛せるようになればいい」
 真摯な声。真剣な眼差し。
 交わる瞳の中に映る櫻宵は、呆けたような顔をして。それから、とろり、蕩けるように綻んだ。
 過去から紡がれた縁が、今のふたりのあいを結んでいることは、間違いなかった。
 カムイの中に以前の櫻宵が生きていることも、きっと。
 それでもよかった。カムイの真剣な思いは、櫻宵に櫻宵自身の姿を思い起こさせる。
 過去も、今も、引っ括めての『私』なのだと。
(ずっと見ていてくれた私の神様を――その愛を……)
 誰にも、渡さない。
 迷いは晴れた。晴らしてくれた。
 もう、声は震えない。櫻宵はカムイを見上げ、蠱惑の唇を笑みに変える。
「私はカムイを、あなたの愛を信じる」
「噫――」
「あなたの愛してくれる私をもっと信じて」
 あいしたい。
 紡がれるその言葉に、カムイはただ、噛みしめるように頷いた。
 櫻宵が望むなら。櫻宵が望まずとも、この愛は、きみだけのものなのだからと。
 愛を紡ぎ合う二人の姿を、アナスタシアは見つめていた。そうして、更なる絆の試練を与えるべく、二人の姿を精巧に模した存在を、解き放つ。
 よくできたお人形だわと囁いて、櫻宵は地を蹴り駆けた。
 その背を見送りながら、カムイは櫻宵の道を拓くべく、神罰を築き上げる。
「―― 人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は」
 約された結果は、書き換えられる。敵の技を相殺する再約の神罰が、櫻宵の駆ける道から、まがい物を消し去っていった。
 カムイとしては、偽物と言え櫻宵である以上、それを受け入れることは吝かではないのだけれど。
 それは、櫻宵が嫌がるだろうから。彼に斬り捨てられる前に、お暇願うことにした。
 一つの憂いも過らぬ道を駆け、櫻宵はアナスタシアへと肉薄した。
「……厄は試練なの。試練は超えるためにある」
 厄を約へと昇華するために、櫻宵は試練を与えようとする存在へ、決別の一撃を放つ。
 抱きしめられるほどの傍らから放たれた不可視の斬撃は、アナスタシアの身を大きく裂いて、のけぞらせた。
「私の愛を否定も穢しもさせないわ」
 凛とした眼差しに、桜花弁が、ひらり、映る――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

灰神楽・綾
【不死蝶】
もしも梓が居なかったとしたら?
…どうなってたんだろうねぇ
彼女の言うことに真面目に答える必要はないと分かっていても
ふと考えてしまう

春にはお花見したり、夏にはキャンプや花火をしたり
秋にはお月見したり、冬にはクリスマスケーキを食べたり
そんな、穏やかな日常は
俺ではない「普通の人」が過ごすものだと思っていた
かつて戦いにしか興味が無かった俺には
どれも程遠いものだと思っていたのに
梓と出会ってから、たった一年で見事に全部制覇しちゃった
俺ほど何かが変わった人も居ないと思うよ?

梓との特別で大切な、「普通」の思い出たち
一つたりとも持っていかせないよ
UC発動し炎のナイフで
向かってくる羽根を迎撃、燃やし尽くす


乱獅子・梓
【不死蝶】
綾と出会うことが無かった俺か…
綾は丸くなったものだと思ったが
俺自身は何が変わったのだろうか?

綾と出会わなかったとしても
俺は焔と零と共に旅を続けていただろう
ガキの頃に「こんなクソみたいな世界を変えてやる」と
家を飛び出した、あの時の想いを変わらず抱いて

綾と出会わなかったとしても
他の猟兵、そして故郷の人たちの力で
世界は変わっていったことだろう

だが、綾と出会わなかったら
変わりゆく世界を共に喜べる相手は居なかった
それは、小さいようで大きな違い
喜怒哀楽を分かち合える存在が隣に居る、
その尊さを覚えてしまった
綾と出会ったからこそだ

綾が敵の羽根の対処を担っている間に
UC発動し、零の咆哮で攻撃




 例えの話を想像して、灰神楽・綾は首を傾げた。
「もしも梓が居なかったとしたら? ……どうなってたんだろうねぇ」
 『絆の試練』を自称するアナスタシアの言葉を、真面目に取り合ってやる必要なんてないのだと、綾も理解していた。
 けれど、その問いかけには、ふと思案を過らせてしまう。
 それは乱獅子・梓も同様に。綾と出会う事の無かった……出会う必要性の無かった自身を想像して、首を傾げる。
 梓から見て、綾は出会った頃より丸くなっていると思う。
 だが、梓の方はどうだろう。何か、明確に綾と行動を共にすることによって得た変化などはあるのだろうか。
 多分、きっと。綾と出会わなかったとしても、梓は焔と零という大切な相棒を得て、彼らと共に旅を続けていただろう。
 綾を探す必要がなければ、もっとがむしゃらに、子供の頃に抱いた願望を果たすべく邁進していたかもしれない。
 こんなクソみたいな世界を変えてやる。そのための力を得て、いただろうか。
 いなかったかもしれない。綾を探すためでなければ、生まれ育った世界を飛び出して別の世界にまで足を運ぶことはしなかっただろう。
 あるいは力を得ていても、あの世界のために尽力しているほかの猟兵や、故郷の人たちの力で、世界は自然と変わっていったことだろう。
 綾と出会っていようといまいと、梓の周囲の世界はきっと、変わらない。
(そう考えるのは冷めているだろうか……)
 ちらと、梓は綾を見る。その視線に気づいたのか、綾は梓を振り返った。
 へらりと浮かべられるのは、常と変わらない緩い笑み。だけれどそれが、様々な装いに変わる瞬間を、梓は幾度も見てきたのを、思い起こす。
「梓と出会ってからさ、春にはお花見したり、夏にはキャンプや花火をしたり、秋にはお月見したり、冬にはクリスマスケーキを食べたり……色々したよねぇ」
 四季の催しを指折り思い起こして語る綾は、嬉しそうだ。
 自身には無縁だと思っていた穏やかな日常。自身とは異なる、『普通の人』が過ごすものだと思っていた平穏。
 それを思い起こしてはしみじみする綾の表情に、梓もまた、表情を緩めて頷いた。
 そうだ、綾と出会ったからこそ、梓は共に喜びを分かち合うことが出来た。
 理不尽に虐げられるばかりだった世界に少しずつ革命の芽が生まれてきたことも、綾の語る穏やかな日常を共にすることも、どちらも、分かち合える幸福に満たされてこそのものだ。
 喜びの大きさは関係ない。喜怒哀楽、どんな感情だって分かち合える存在が隣にい居る、その尊さを、梓は覚えてしまったのだ。
「……綾と出会ったからこそだな」
「うん、梓と出会ってから、たった一年でイベント全制覇しちゃったしね」
 楽し気に語る綾の手には、炎の属性を纏ったナイフが握られている。
 語る中でも、綾の意識が敵から逸らされる事は無い。アナスタシアの眼差しが、慈愛と歓喜に満ち、背の翼が緩やかに羽ばたいている事も認めたまま、綾は彼女に、真っすぐに告げるのだ。
「俺ほど何かが変わった人も居ないと思うよ?」
 ――それは、なんと素晴らしいことでしょうか。
 歓喜が溢れるように、無数の羽根が舞い散る。
 それが放たれるや、綾は炎のナイフで次々と焼き払い、あるいは切り裂いていった。
「梓との特別で大切な、「普通」の思い出たち。一つたりとも持っていかせないよ」
 絆を抉り取らんとする羽根を、一枚たりとも近づけさせはしない。
 炎の熱に満たされていく中、梓は相棒の一人である氷の竜、零を呼び寄せた。
「歌え、氷晶の歌姫よ」
 焼き払う炎が羽根と共に舞う中を、零の咆哮が迸った。
 アナスタシアを真っ直ぐに穿ち、羽根諸共吹き飛ばす咆哮は、アナスタシアの瞼をわずかにさげ、眠りへと誘おうとする。
 それが容易く聞くほど相手が弱いわけではないと理解はあるが、わずかでも動きを鈍らせることが出来たのを見て、梓は自身の――共に戦ってきた零の成長を、感じたものだ。
 それと同様に、己を顧みず真っ直ぐ敵へと向かうばかりだった綾が、纏わる記憶とはいえ、守るための戦い方をしている事にも、ひそり、笑みを浮かべるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
歌で身体強化して
ごちゃごちゃうるさい口を塞ぐために先制攻撃だ
アレスがいなくても俺になってた…?
ハッ、何も知らねぇヤツが適当なこと言ってんじゃねぇよ

鳥籠の中、狂気の中
それでも屈せずにいられたのは
俺の1等星が生きていたからだ
…アレス本人には、言わねぇけど

チラッと疑念が過っても
だからなんだ
いいんだよ、アレスが誰を見てようが
俺が、アレスを好きなのは変わらねぇ
アレスが笑ってくれるなら、それだけで…

…って思ってアレスを見れば
疑念自体も吹っ飛んだ
いや、気持ちの種類は知らねぇが
やっぱアレスが俺のこと好きじゃねぇなんてねぇだろ
アレス、ふたりの力
見せてやろうぜ?
アレスと共に剣を構えて【彗星剣】!


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

光属性の衝撃波でセリオスの援護を
…同感だね

僕が滅び逝く故郷の中で
奪われたものを取り戻そうと生き延び、立ち向かえたのは
これ以上、誰かの大切なものが奪われることのない夜明けを願ったからだけではない
…もう一度逢いたかった光が
僕の1等星があったからだ

疑念の影を感じた気がしたが
彼を見ればすぐに吹き飛んだ
大事だと思ってくれてるのは知っているし、実感もしているよ
セリオスからの感情を疑う所なんて一つもないし
…大切なものを守るという誓いは決して破れない
(最近はいとおしくも、微かに胸の辺りが切なくなるような、不思議な心地も…)

ああ、勿論!
ふたりで剣を構えて
【彗星剣・『熾天赤星』】
受けてもらおう!




 鳥の囀りは心を震わせる天性の声。
 深淵の旋律が紡がれれば、セリオス・アリスの体を、魔力を、全身を奮い立たせる。
 惑う心を諫めるための歌ではない。それは、ごちゃごちゃと煩い口を塞ぐべく、真っすぐかけるためのもの。
「アレスがいなくても俺になってた……? ハッ、何も知らねぇヤツが適当なこと言ってんじゃねぇよ」
 前を見据えるセリオスの表情に垣間見えたのは、苛立ちだ。
 唯一無二の、絶対的な大切を貶めようとする言動へ対する、率直な怒り。
 振るう刃をひらりと躱し、柔らかに微笑むアナスタシアを見ればなお、セリオスの表情は険しくなる。
 アレスが――アレクシス・ミラがいなければ?
 閉じ込められた鳥籠の中、染み入るように蝕んでくる狂気の中、それでも屈せずにいられたのは、まぎれもなくアレクシスが居たからだ。
 心の中に、いつでもセリオスの一等星が輝いていたからこそ、生きてまた会える日が必ず来ると信じていたからこそだ。
(……アレス本人には、言わねぇけど)
 気恥ずかしさが飲み込ませた言葉は幾つもあったけれど。
 それでも、アレクシスと共に生きることを望む思いだけは、飲み込むこともごまかすこともせずに、ずっと、伝え続けてきた。
 それを、容易く覆せると思われていることに、腹が立って仕方がない。
「……同感だね」
 セリオスの剣戟を追うように、アレクシスから光の衝撃波が放たれる。
 黄昏を切り裂く眩い光に焼けた裾を翻したアナスタシアは、きつく表情を歪めているアレクシスと、視線を合わせる。
 ふたりが、同じ思いに同調しているのを見つけて。柔らかく微笑んだ。
 対比するように、アレクシスは眉間に皺を刻み、剣の柄を強く握りしめる。
 アレクシスにとって、セリオスは指針だ。
 滅び逝く故郷の中で、アレクシスが奪われたものを取り戻そうと生き延び、脅威に立ち向かうことが出来たのは、何も騎士たる矜持だけで成せたわけではない。
 誰かの大切なものが奪われることのない夜明け。それを願った事実は間違いなく存在するが、何より、己の大切なものが――セリオスが、生きてそこにいると分かっていたから。
 もう一度逢いたい。願った光が、とびきりの一等星が、心の中でいつでも煌いていたから。
「僕の中にセリオスが存在しない現実なんて、あり得はしないんだ」
 憤りは、苛立ちは、彼らを強く奮い立たせるけれど、同時に心の隙となって、疑念を呼び寄せる。
 ただの依存ではないか。義務感ではないか。いつか道は分かたれるのではないか。
 他の誰かと、寄り添う未来が彼にはあるのではないか――。
「だから、なんだ」
 吐き捨てるように言い切って、セリオスは一度だけ唇を噛む。
 そんなことどうだっていい。アレクシスが誰を見ていようが、セリオスがアレクシスを好きなことに変わりはない。
 どんな未来だって、アレクシスが笑ってくれるなら、それだけで――。
「セリオス」
「……アレス」
 目が、合って。呼ぶ声が響き合えば、セリオスの中の小さな疑念が、綺麗に吹く飛ぶのを感じた。
 気持ちの種類なんてわからないが、アレクシスがセリオスのことを好きじゃないなんて、そんなことがあり得るとは思えなかった。
 だって、ほら。かすかに目を剥いて、すぐに柔らかく緩められたアレクシスの表情は、どこまでもいとおし気なのだから。
 そんな顔をしたアレクシスもまた、視線の合った瞬間に疑念が確信に置き換わっていた。
 大事だと思ってくれているのは知っているし、実感もしている。
 その感情を疑ったことなど一度だってない。
 大切なものを守るという誓いも、決して破られたりはしない。
 ――それ以前の、自身が抱くいとおしさや、胸の辺りが切なくなるような不思議な心地にも、気が付いてはいるけれど。
 頷き合えば、迷いなんてつけ入る隙もない。
「アレス、ふたりの力、見せてやろうぜ?」
「ああ、勿論!」
 セリオスの剣と、アレクシスの盾が、光を放ち、交わる。
 帯びた魔力が紡ぎあげた聖なる剣を、二人で、構えた。
「見せてやるんだ。僕ら二人が――無窮の剣と盾が揃うということが、何を意味するのかを!!」
 独りでは、駄目だ。いつだって二人で、乗り越えてきたのだから。
「――燃えろ、彗星剣!! 赤星の加護と共に!!」
 空さえも断つ剣が、真っすぐに、アナスタシアを捉えて。
 その身に張り付いた骸魂に、最後の一撃を与えた。
 しん、とした静寂が過り、それから少しの後。満たされた安堵に誘い出されるようにして、無数の蛍が、姿を現すのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『蛍火』

POW   :    蛍を愛でる

SPD   :    蛍を愛でる

WIZ   :    蛍を愛でる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●もういちど、伝えましょう
 ひと時の静寂の後、黄昏色の草原はふつりと光を無くし、闇色に包まれた。
 けれどそれは、暖かな闇。
 穏やかな空気に誘われるようにして、無数の蛍がどこからともなく現れたから。
 猟兵達は、気が付くだろう。夕暮れ時に見つけたブラウン管テレビ達は、この蛍が姿を変えていたものだと。
 この蛍の明滅する光は、鎮魂の力を、持っているのだと。
 もう会えない人。いま隣にいる人。全ての記憶を優しく照らし、昇華するべく、蛍達はその光でちらちらと、夜闇を照らしていた。
 広い、広い草原に、どこまでも伸びる清水の小川。その冷たさに手足を浸すのも悪くはない。
 蛍の光を眺めながら誰かと語らうのも、一人思い馳せるのもいいだろう。
 猟兵達が各々に過ごしているならば、彼らも――事の発端となってしまった、未熟な神の少女といつかの日に喧嘩別れした少年も、穏やかな時を、過ごせるだろうから。
 ありがとう。
 さようなら。
 夜の更ける頃には、そんな言葉を告げて、分かれることが出来るだろうから。


*****
【MSより】
戦争の最中でもありますので、再送前提としてプレイングを募集いたします。
一次受付期間は【5/18の8:31~5/21の終日】
二次受付(再送)期間は【5/26の8:31~5/28終日】です。
二次受付期間に再送でないプレイングを頂いた場合でも、余裕があれば採用する方向でおります。
※仮に一次受付期間内に一章・二章に参加くださった方が全員揃う場合は、そのまま再送なく執筆する可能性があります。(前章参加者の参加を強要するものではなく、参加人数の目安として、これ以上は増えないだろうと見込んで執筆を開始するためです)
上記の場合、二次受付を設けずに完結に至る可能性がありますので、この章のみ参加をしたいという方がいらっしゃった場合は、一次受付の間にご参加頂きますと幸いです。
ヴェル・ラルフ
あの子は、無事に会えたのかな
ごめんねって、言えたかな
声をかけるのは憚られるから
仲直りができているかだけ、こっそり見守って
うん、心配無用だったね

蛍の飛び交う水辺で岸に腰下ろして
疲れた足を浸す

…僕の中で燻る炎もこれで冷えるかな
最近、自分の中の炎の力が制御しきれないことがあって
そのうち、自分を呑み込んでしまいそうになる
そんなときに親友の二人を想えば、心を落ち着けてくれる

──僕は、吸血鬼だ
紛れもない事実
背けられない現実
かつては二人を襲うこともあるのかと恐れてばかりだったけれど、今は、自分を信じられる
きっと、二人に危害を加えることはない

酷くなるこの炎も
きっと乗り越えていけるはず

★アドリブ歓迎




 遠く、少し、見えづらいくらいの位置で、天使の少女が、少年と言葉を交わしている様子が見えた。
 それを、ヴェル・ラルフは静かに見守る。
 喧嘩別れをして、それきりだった幼い記憶。永い長い時を経て、いま、彼らは再び相対した。
 最後の言葉となるのを分かっていたから、真っすぐに、ごめんなさいと告げ合って。
 あの頃のように、笑い合ってさよならを。
(……うん、心配無用だったね)
 寂しい心地くらいはあるのだろう。それでも、仲違いしたままだったという気がかりを払える方が、ずっと、大切だったのだろう。
 少なくとも自分は、そちらの方が重要だと、思う。
 安堵に息を吐いて、ヴェルは蛍の飛び交う水辺に足を運んだ。
 そうして、少し疲れを感じる足を、ひやりと冷たい水に、浸した。
 夏にはまだ早く、陽の沈んだ後はまだ肌寒さも感じないではないけれど、その冷たさは震えあがるほどではなく。不思議と心地よい。
 まるで、この冷たさが、己の内側で燻る炎を、冷やしてくれているようで。
 そ、と。胸元に手を触れる。そこにある、地獄の炎を宥めるように。
 最近、この炎の力を制御しきれないことがある。燃え盛る勢いのままに、自分自身をも呑み込んでしまいそうなほど。
 けれど、そんな時には、親友の二人を想うのだ。彼らはいつだって、自分の心を落ち着けてくれるから。
「――僕は、吸血鬼だ」
 自身の在りようを、確かめるように。ヴェルは呟く。
 それは紛れもない事実であり、目を背けられない現実。
 自身の中の、人の血を欲する衝動は覆しようもなく存在しているし、かつてはその衝動が二人を襲う事もあるのかと、恐れるばかりだった。
 離れるべきだと考えたことも、一度や二度ではない。
 それでも、いまは。彼らと共にある自分を思い描くことが出来る。
 自分を、信じることが出来る。
 きっと、二人に危害を加えることなどない、と――。
「……心配しないで。僕は、大丈夫だよ」
 気が付けば、蛍が二匹、ヴェルの傍に止まっていた。
 ぎゅぅ、と胸元を握りしめるばかりだった手を宥めるように。暗く淀みそうな思考を、照らし出そうとするように。
 それを見ていると、ふ、と笑みが浮かぶ。ブラウン管テレビの中に見えた二人が、そこにいるようで。
(大丈夫……)
 酷くなる炎だって、きっと乗り越えていける。
 生まれ持った性ですら、制御できると確信できているのだ。だからきっと、大丈夫。
 今はまだ言い聞かせるような言葉かもしれない。けれど、ヴェルが挫けることは決してないだろう。
 並び立ちたい存在と、共に生きる未来を思い描く限り――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ガルレア・アーカーシャ
【愛とは如何な】
思考が濁ったまま揺蕩い続けて止まらない
私が、愛されることはないであろうと思っていた

私は――腹違いの弟を、愛している
(だが、弟はこちらを好いてはいないであろう)
私は――私が幼い頃死んだ母君を、愛しく恋慕にも近しい想いで愛していた。
(だが母君は、憎いヴァンパイアの子であった私を憎んでいただろう)

親友は――分からない
愛という言葉も知らない時分に
ただ…私は、傍にいて欲しいと願った
それでも、愛されてはいないであろう
親友には、杞憂がある

親友の言葉に、あの時を思い出し静かに紡いだ
「今際の際に、お前に向けて見せた母君の微笑みな
あれだけの幸せそうな微笑を
母君は、私に一度も向けられた事はなかった」


ラルス・エア
【愛とは如何な】
テレビと、化生が沸き立たせた感情に
冷静となった私は、ただ過去を振り返る

親友に似たその母は
私にも、とても良くしてくれた
大して時経たず――人狼病により狂化した俺が
この手で殺めた、その瞬間まで

私は己の邸の地下牢の意味を知り、自らの意志で籠もった
もし親友へ想いがあったとして
『また殺すかも知れない』不安を抱え
どうしてそれを募らす事が出来ようか

蛍火に、テレビに見た光景を告げ親友へ
「もうあそこには来ないで欲しい」と

親友から初めて聞いた事実に愕然とする
だから、と
『感謝こそすれ、恨む理由は何処にもない』と

親友が微笑んだ
『あれと同じ想いが抱けるのであれば
お前に殺されることはやぶさかではないのだ』と




 敵を倒して、幻想的な風景の元へ赴いて。
 後はもう、心穏やかに過ごすはずなのに。ガルレア・アーカーシャの思考は、濁ったまま揺蕩い続けて、止まらない。
 愛とは、一体如何なものなのだろう。
 誰かを愛するとは。愛されるとは。その定義は。基準は。どのようにして、理解すべきものなのだろう。
(私が、愛されることはないであろう――)
 少なくとも、ガルレアはそう思っているのだ。
 ガルレアは、腹違いの弟を愛している。
 だが、弟は決してガルレアを好いていないだろう。
 ガルレアは、幼い頃に死んだ母君を、恋慕にも近しい想いで愛していた。
 だが、母君にとって憎いヴァンパイアの子であったガルレアもまた、憎む対象だろう。
 聞いたことなんてない。面と向かって「私のことが憎いだろう」なんて問いかけたことは、無い。
 それでも、そう思えてならなかった。
 親友のラルス・エアに対して抱く感情は、よく、分からなかった。
 愛と言う言葉も知らないような、幼い頃に、ガルレアはラルスに、傍に居てほしいと願った。
 それが愛からくる感情だと言うのなら、ガルレアは親友を愛しているのだろう。
 だけれど彼もやはり、ガルレアを愛してはいないだろう。
 彼には――ラルスには、満月に脅かされる、短命の病があるのだ。
 その憂いがある以上、その憂いを土足で踏み荒らすような己を、愛するなどとは到底思えなかった。
 考えては霧散して纏まらない思考は、否定に始まり、否定に終わるばかり。
 視界を横切る蛍の光も、朧げで。ぼんやりとしているガルレアの横顔が、明滅する光の元で、どこか儚く、見えていた。
 そんな親友を横目に、ラルスもまた、思考に耽る。
 ブラウン管テレビ越しに見た光景と、骸魂に取り憑かれた彼の妖怪とが与えた試練に沸き立たせられた感情。それがラルスを冷静にさせ、過去を振り返るだけの猶予を与えた。
 親友と、その母。彼の母は、彼によく似ていた。親子なのだと一目でわかる程度には。
 その人は、ラルスにも良くしてくれた。優しい人だと言う記憶が、残っている。
 けれど、その人を。ラルスは、人狼病によって狂ってしまったその手で、殺めてしまったのだ。
 邸の地下牢の意味を知ったのは、その時だった。この狂気をやり過ごすための場所は、人を――親友の母を殺してしまったラルスにとって、唯一の安息を得られる場所であった。
 思い起こせば、蘇る感触。眉をひそめ、己の手をじっと見つめて。ラルスは大きく息を吐いた。
 今は、何事もなく時を重ねていられるけれど。
 あの時のように、今度は親友を手にかけてしまうかもしれない。
 どうしようもない不安を抱えながら、誰かを――親友を想う気持ちを募らせることなど、出来ようはずが、無かった。
「――レア」
 長い、長い沈黙が二人の間にはあった。それぞれの思考に陥る、長い間。
 それを破ったのは、ラルスの方。蛍の舞い飛ぶ光景に、あのブラウン管テレビで見た光景を重ねる。
「俺は、レアが地下牢に訪れた時の光景を見た」
 ずっと、寄り添われていたことを知った。
 意識の中に入ってこないだけで、きっと、ずっと知っていたはずの事実を。
「もうあそこには来ないで欲しい」
 気付いてしまったら、独りでないことを理解してしまったら、もうあの場所に安息はなくなってしまう。
 いつも、いつでも、ガルレアを手に掛ける恐怖に怯え、過ごさねばならなくなる。
 そんなラルスの意思は、ガルレアにも伝わっているのだろう。
 それでも、ガルレアは頷かなかった。
 ただ、頭の中に浮かんだ光景。親友が己の母を殺める瞬間を、思い浮かべながら、ふ、と短く笑う。
「今際の際に、お前に向けて見せた母君の微笑みな。あれだけの幸せそうな微笑を、母君は、私に一度も向けられた事はなかった」
 それがどういう意味か。聡いお前ならわかるだろうと言うように。
 穏やかな表情のまま、ガルレアは続ける。
「だから、感謝こそすれ、恨む理由は何処にもない」
 愕然としているラルスの顔は、暗がりの中とて蛍の光に照らされてよく見えているだろうに。
 それでもガルレアは言うのだ。
「あれと同じ想いが抱けるのであれば、お前に殺されることはやぶさかではないのだ」
 それは、あまりに残酷な告白で。
 微笑むガルレアに、ラルスは何も言えなかった。
 想い慕われているのか。突き放されているのか。
 それすらも、理解できないまま――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】
梓、ちょっとこっち来て
焔と零も並んで並んで
彼らを呼び寄せてその隣に並び
そしてスマホカメラを自分達に向けてカシャッ
蛍達と一緒に自撮り
最近のスマホカメラって夜でも綺麗に撮れるからすごいよね~
今日の出来事も大切な思い出のひとつになるからね
形に残しておきたいなって

ねぇ梓、今年の夏休みはどこ行こうか?
今日は昔のことを色々思い出したからね
敢えて未来のことを語り合うのもいいなって思ったんだ
でも去年の夏はやってないこと無いんじゃないかってくらい
色んなことしたからなぁ…
自分で話題振っといてなかなか思い付かない
ふふ、梓ってばいいこと言うー
それじゃあね、縁日とー海水浴とーバーベキューとー…


乱獅子・梓
【不死蝶】
綾に呼ばれて何だ何だと近づいてみれば
不意打ちに写真を撮られて
突然過ぎて変な顔になってないか俺…!

綾は最近写真をよく撮るようになったと思う
昔は、過去は振り返らない、今さえ楽しければそれでいい
「刹那主義」という言葉がよく似合う男だったのに
これも綾の変化のひとつだろうか

また突然だなお前??
しかも夏休みって随分と気が早いな…
別に、新しいことを探さなくてもいいんじゃないか?
同じことをしたからといって全く同じ思い出にはならないし
昔の思い出が消えてしまうわけでもない
何度だって楽しめばいいさ
行きたいところ、やりたいこと、遠慮なく言え
全部付き合ってやるから
…綾に負けないくらい俺も楽しみなんだろうな




 辺りに飛び交う蛍の群れに気が付いて、暫くそれを眺めていたと思っていたのに。
「梓、ちょっとこっち来て」
 灰神楽・綾が、唐突に乱獅子・梓を呼んだ。
 何事か、と言うように招く手に従えば、蛍の飛び交う小川を背景に立たされて。炎と氷の子竜である焔と零も一緒に並んでと呼び出して。
 ひょこ、ひょこ、と梓の両肩からそれぞれが顔を覗かせて、梓と共にきょとんとしているのを見届けた綾は、満足気に頷いてから一人と二匹の隣に並び。
 カシャッ!
 携帯端末を取り出して、仲良く自撮り撮影。
「うん、良い感じ。最近のスマホカメラって夜でも綺麗に撮れるからすごいよね~」
 満足気な綾に、梓は数度瞳をぱちくりとさせてから、ハッとしたように綾の端末を覗き込もうとする。
「突然過ぎて変な顔になってないか俺……!」
「そんなことないよ。いい感じいい感じ」
 綾的いい感じが梓的いい感じと同じ基準とは限らない。
 だが、そう言ったさりげない表情の方が、綾の好むところなのだろうか。満足した様子の彼に、撮りなおせとは、言い出せずに。
 代わりに、そういえば最近綾はよく写真を撮るな、と。そんな風に考えた。
 昔は……出会った頃は、それこそ『刹那主義』という言葉がよく似合うような男だった。
 いまが楽しければそれでいい。過ぎたことなんて気に留めないし、未来のことだって気に掛けない。
 そんな綾が、思い出として形に残る写真を、頻繁に撮るようになったのだ。
 これもひとつの変化だろうか、なんて首を傾げてみる。
「ねぇ梓、今年の夏休みはどこ行こうか?」
「また突然だなお前??」
 さっきの写真と良い、その切り出しと良い。
 雰囲気が丸くなったり視野が広がったりと色々と変化の兆しが見える綾だが、そんな彼に梓が振り回されがちな所は、全然変わらない。
 そんな梓に、だってさ、と。綾は語る。
「今日は昔のことを色々思い出したからね。敢えて未来のことを語り合うのもいいなって思ったんだ」
「なる、ほど……? しかし夏休みって随分と気が早いな……」
 春の終わりを感じる頃。夏の前に梅雨が待っているだろうこんな時期に、夏の事を考えるなんて。
 梓の突込みが入るが、綾はお構いなし。だって放っておけば季節なんてあっという間に廻ってしまうのだ。まだ早いなんて言っていると、すぐに目の前に迫ってしまう。
 とはいえ、去年の夏は『夏と言えば』と言うようなことを一通り満喫したようなものだ。
 やってないことが無いのではというくらい色々なことをしたおかげで、今年は何をしようかなんて、ちっとも思いつかない。
 自分で話題を振ったのに、例えば、なんて案も出てこないなんて。
 蛍と戯れながら、そういえばこの虫も季節的には夏が合うのではなかったか。蛍を見てみたいという夏目標が一つ達成されてしまっては、ますますなにも思いつかない。
 うーん、と悩む様子の綾に、梓はくすり、笑みをこぼす。
「別に、新しいことを探さなくてもいいんじゃないか?」
 きょとん、とした様子の綾が振り返り首を傾げてくる様子を、少し、微笑ましい心地で見つめる。
「同じことをしたからといって全く同じ思い出にはならないし、昔の思い出が消えてしまうわけでもない」
 何度だって楽しめばいいさ、と梓は笑う。
 去年は、初めてのことにわくわくする気持ちの方が強かったかもしれないけれど、今年は一度経験した分、より深く楽しみ方をできるだろう。
 何なら、そうしている内に新しくやってみたいことと出くわすかもしれないのだから。
「行きたいところ、やりたいこと、遠慮なく言え。全部付き合ってやるから」
 一緒に、満喫しよう。
 告げる梓の表情も、楽しそうで。きっと綾に負けないくらい、梓も今年の夏を楽しみにしているのだろう。
 夏だけではない。雨が風情を齎す梅雨も、美味しい食べ物が沢山ある秋も、雪と戯れる冬も、みんな。
 表情から読み取れるのだろう。はじめはきょとんとしていた綾も、ふふ、と笑みこぼし。
「梓ってばいいこと言うー」
 それじゃあね、と。綾は指折り考える。
 縁日に行きたい。海水浴も勿論したい。バーベキューだって外せない。
 花火も見ようか。大きいやつも手持ちの奴も楽しもう。ふわっふわのかき氷も食べてみたい。
 あれも、これも、挙げだせばきりがないくらいの楽しみを語り合う二人を、両肩の子竜と、沢山の蛍達が、見守っているのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

秋山・小夜
最初、ブラウン管テレビで思い出を見させられましたが、そうですか、まだ六年だったんですね。

とりあえず、蛍の光を眺めながら思いを馳せるとしましょうか。

思い出を振り返ったせいか、なんだか母が恋しくなってきてしまったような感じがしますね…。
懐かしい、という思いが沸き上がる反面、恋しい、寂しい、そして何より「逢いたい」という思いが強く湧き上がってきて……。

いやぁ、少し、つらいですね。

ですがまぁ、母から「前を向け、走り抜け」と言われてしまってますからね、母へ今回のことを報告して、また前を向いて明日を迎えるとしますかね。




 ――まだ、六年しかたっていない話だったのか。
 蛍が転じたというブラウン管テレビで、小夜は母に纏わる幾つもの思い出を見たが、母を喪ってからまだ、それくらいしか経っていないのだと、改めて思い至る。
 その六年を、長いと思うべきか、短いと思うべきか。それは、自身の受け止め方次第だから。
 一先ず、小夜は蛍の光を眺められるよう川辺に腰を下ろして、ゆっくり、思い馳せる。
 独りきりで座る川辺は、物寂しくて、母が隣にいてくれたら、なんて。そんなことを、ふと思ってしまう。
 思い出を振り返ったせいだろうか。少し、母が恋しい気がしているのだ。
「懐かしい……」
 ぽつり。呟くと同時、懐かしさに伴う温かな気持ちが沸き起こる。
 だが、その懐かしさの裏側に同じくらい、恋しさと寂しさ、何より『逢いたい』という思いが強く湧き上がってきていることにも、小夜は気付く。
 気付いてしまえば、いよいよ抑えることが出来なくなってしまって。
 涙だけは堪えられたが、小夜は痛む胸を、ぎゅぅ、と抑え込む。
「……いやぁ、少し、つらいですね」
 零れたのは、苦笑だ。やはり、六年という時間は短いものだったようだ。
 未だに、母を恋しく思って胸を痛めているのだから。
 あるいはこの痛みは、何十年経っても変わらないものかもしれないとも、思うけれど。
 抑え込んでいた胸元の力を緩め、ふぅ、と息を吐いて。小夜は顔を上げる。
 蛍達は、そんな小夜を見守るように、ふわり、ひらりと辺りを舞っていて。見つめていると、少しだけ、気持ちが安らいだ気がした。
「ですがまぁ、母から「前を向け、走り抜け」と言われてしまってますからね」
 遺言でもあるその言葉は、小夜の矜持でもある。それを違えるわけにはいかないのだ。
 今日の事は、墓前の母に報告しよう。いっそ、恋しく寂しい気持ちも、逢いたいと言う本音も、素直に吐露してしまおうか。
 けれど、それで小夜が過去に縫い留められることはない。
 今日の気持ちは、今日のもの。一つ積み重ねたことで、小夜は明日への力を手に入れたも同然なのだから。
「また前を向いて明日を迎えるとしますかね」
 物寂しげながらも穏やかな笑顔が、真っすぐ、真っすぐ、前だけを見据えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
すっげぇぞアレス!光ってる!
初めて見る蛍に目をキラキラさせて川沿いを歩く
水にもうっすら光が反射して、星の中にいるみたいだ
…これ、川に入ればもっとそんな感じになるんじゃねぇか?
ほらざぶーんと

ざぶーんとはとめられて
かわりに足を浸すことに
ふふん、これはこれでいいな
蛍が逃げないように静かに水を遊ばせて
…気持ちいいけどじっとしてたらだんだん寒くなってきた
アレスの招く手ににじりよったらマントをかけられたけど…
俺が寒いならお前も寒くなるだろ
だから…こうしよう
ぴったりくっついて暖をとる

ふはっ、ホントだ!
二人だけの秘密基地だな
そんじゃ何の話する?
あの時みたいに少し潜めた声で笑いながら問いかけた


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

これが蛍…見るのは初めてだ!
本当に星の中にいるみたい…え、川に?
(流石にざぶーんというのは…それに暗いし)
…そうだ。座って見ないかい?
天の川に足を浸すようで悪くないと思うんだ

それはよかった
…光と水が心地いいな
ふと、セリオスを見ると少し寒そうにしていたので
おいでと手招き
僕のマントを彼の肩にかける、と
(水から出ればいいかもしれないけど…傍で感じる温度が、嬉しくもあって)
…こうするのもどうかな
彼の腰を引き寄せ、マントに一緒に入る
はは、こうしていると一緒に毛布に包まった時みたいだね

そうだな…また星の物語の話はどうだろう
…ふふ、嬉しいな
君と物語を語り合う時間は…僕の好きな時間だったから




 その光景は、目にした事の無いものだった。
 満天の星空とも違う。イルミネーションとも違う。生き物が、誰に指示されるでもなく自ら光を放ち、辺りを飛び回っている。
 その幻想を落とし込んだように、セリオス・アリスの瞳はキラキラと輝いていた。
「すっげぇぞアレス! 光ってる!」
「これが蛍……見るのは初めてだ!」
 アレクシス・ミラもまた、セリオスと同じように、無数の光が作る光景を前に感嘆をこぼす。
 川沿いを揃って歩けば、地上に飛び交う光達が、薄っすら、水面にも反射しているように見えて。
 まるで、星の川辺を歩いているかのよう。
 暫し眺め歩いていたセリオスは、ハッと気が付いたようにアレクシスを振り返る。
「……これ、川に入ればもっとそんな感じになるんじゃねぇか? ほらざぶーんと」
 どう? と小首を傾げるセリオスに、アレクシスは思わず川を見た。
 ざぶーん、といける程深いのだろうか。いや、その前にまだ水に浸かるには早い季節。暗がりの中で水に入るのも危険だし。
 何より、この『星』達は生き物だから。あまり派手に振舞うと、逃げ出してしまいそうで。
「……そうだ。座って見ないかい?」
 天の川に足を浸すようで悪くないのではないか、と。代わりにそう提案すれば、セリオスは言外に止められていることを素直に察し、それでも意を汲んでくれる提案に笑みこぼして、川縁に腰を下ろした。
 そっと足先を浸した水は、思ったより冷たくて。けれど、どこか心地よさを感じる冷たさで。
 蛍が逃げないように静かに水を遊ばせながら、これはこれでいいなとセリオスは楽し気に微笑んだ。
 気まぐれに水面の上に伸ばした足に、ふわり、蛍が寄ってきて、辺りの水草と同じように一瞬止まって、またふわりと飛んでいく。
 そのくすぐったいような心地を楽しそうにしているセリオスを満足気に見やり、アレクシスもまた、目の前の光景をゆっくり、眺めていた。
(……光と水が心地いいな)
 随分と穏やかな時間だ、なんて思いながら、暫しの間、さらさらと流れ、時折跳ねるような水の音を聞き、その上を舞う光を眺めていた。
 と、不意に、風がひやりとしたように感じて。小さく震えた後、隣のセリオスを見やれば、彼もやはり、少し寒そうにしていた。
「セリオス、おいで」
 手招けば、きょとんとしながらもにじり寄るようにして隣に寄ってきたセリオス。その肩へ、アレクシスは己のマントをふわり、掛ける。
 寒いなら、水から出てしまえばいい話なのかもしれないけれど。傍で感じる温度が嬉しくもあって。
 セリオスもまた、水に浸した足を引き上げることをしないのだから、同じように思っているのかな、なんて。
 思いながら、マントできゅっとくるんでやるも、その温かさに浸るような顔をしたのは、一瞬だけで。
「俺が寒いならお前も寒くなるだろ」
 だから……こうしよう。
 そう言って、セリオスはぴったりとアレクシスに寄り添って、温もりを分け与えるようにして暖を取る。
 共に温まれるようにと寄り添ってくれる姿に眉を下げて微笑んで、じゃあ、それなら、と。セリオスの腰を引き寄せた。
「こうするのもどうかな」
 ふわり、身を寄せ合って、一つのマントの中に二人で収まる。
 そうしていると思い起こすのは、ブラウン管テレビの中で見たばかりの、幼い日の思い出。
「はは、こうしていると一緒に毛布に包まった時みたいだね」
「ふはっ、ホントだ!」
 それならここは、二人だけの秘密基地。
「そんじゃ何の話する?」
 叱られて毛布に潜り込んだあの時のように、声を潜めて。
 夜更かしの内緒話を提案するセリオスの声に、アレクシスも懐かしそうに微笑んで。
「そうだな……また星の物語の話はどうだろう」
 物語を想像しただけの星の川が、よく似た形で目の前にある。
 隔たれることなく、傍らで。その光景を、眺めている。
 星の海も、こんな風に煌びやかで美しいのだろう、なんて。幼い日に戻ったように、語り合った。
「……ふふ、嬉しいな」
 ぽつり、アレクシスからこぼれたのは、たまりかねたような声。
 滲む、幸せな心地。
「君と物語を語り合う時間は……僕の好きな時間だったから」
 蛍が灯す光に照らし出された、共に過ごせる幸せを噛みしめるような表情に。
 セリオスもまた、満面の笑みで応えるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
小川の畔に腰を下ろして緑の光を見つめる
緑の光はいつか見た光景によく似ていた気がする

「蛍の光は人の魂なんだ」
そう言ったのはあの人(王子様)だった気がする
どうしてそれを今思い出したのかは分からないけれど
この光が魂だと言うのなら、会いたい人に会いに行くために飛び立つんでしょうか

彼等が会いたい人のところに会えたら良いけれど
私の分まで会えたらいい、なんて願うのはエゴでしょうか

だって私の会いたい人は未だ会えないから
あの人に会う為には帰らなきゃいけない

――ああでも
今この光景や、数多の人との別れが惜しいと思うなんて
変な話だと思ってしまう

だから今この目に
忘れない様に焼き付けてしまわないと




 小川の岬に腰を下ろして、すぃ、と目の前を横切っていく緑の光を、視線で追い掛ける。
 琴平・琴子の視界の中でちらちらと明滅している光の群れは、いつか見た光景によく似ていた気がする。
 いつの、どんな記憶だったのか。朧げなそれを、手繰り寄せた。
 ――蛍の光は人の魂なんだ。
 そう、言ったのは。あの人だった気がする。
 琴子を助けてくれた、王子様。
 確かではないけれど、同じように緑の光が幾つも明滅する中で、あの人が、そう言ったのを覚えているような。
 記憶の中に潜り込むように半ば伏せていた瞳を開いて、琴子はふと、どうしてそれを今思い出したのだろうと、ほんの少しだけ首を傾げた。
 似ているからだろうか。それとも、もっと大事な繋がりがあったのだろうか。
 考えても、それを確信できるものは浮かんでこなくて。
 けれど、もし、あの人が言うように、この光が魂だと言うのなら。
 あちらへ、こちらへ。好き好きに飛び交うような光達も、誰かの魂が姿を変えて、その儚い光を誰かに伝えようとしているのだろうか。
「会いたい人に会いに行くために飛び立つんでしょうか」
 どこかの、誰かに会いに。小さな体で、必死に瞬いて、輪廻と呼ばれる繰り返しの輪の中に飛び込むことを、告げに行くのだろうか。
 だとすれば、彼等が会いたい人のところに行けて。その光の存在に、気付いてもらえたらいい。
「――私の分まで会えたらいい、なんて願うのはエゴでしょうか」
 ぽつり、と。零れたのは、少しばかり寂しげにも聞こえる声。
 だって、琴子の会いたい人は、どんなに願ったって、会う事は出来ない。
 その人に会う為には、帰らなければいけないのだから。
 世界を渡る力を持ったって、自分の扉の向こう側を思い出せなければ、どうしたって帰ることは叶わない。
 いつか、いつかを夢見て、彷徨うアリスのままなのだ。
(――ああでも)
 いつか、いつかの夢見た時に。扉の向こうに消えたなら。もう、今見ているようなこの光景も、出会ってきた沢山の人とも別れなければいけないのか、なんて。
 それが惜しいと思うなんて、変な話だ。
 帰りたい、はずなのに。
 ――本当は、帰りたくない?
 ふるりと頭を振って、琴子は真っ直ぐに、顔を上げる。
 帰る時には、忘れない。
 そのために、琴子はその目に、焼き付ける。
 別れを惜しむくらいの、美しいこの光景を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
【払暁】
カイの顔見れず蛍の光見て

もし俺の偽だったら…

(カイを抉る辛辣な言葉の数々
奴が俺達の絆を試してくるなら
偽の俺に言わせてくるか)

其れは、自分勝手とは言わねェよ
…カイ、お前が考えてるコトは何となく分かるぜ
アレはお前の偽物
お前が憂うこたァねェンだ(苦笑気味で慰め
ンな顔するな

…俺はお前が思う程、イイ奴じゃない
お前以上にこれまで俺がどれだけ人を傷つけてきたか(同時に救ってもいた、と思うが

俺だって、お前に助けられてるぜ
危うくなったらカイにちゃんと言う
(けれど
俺が全部抱えられンなら
お前にまで背負わせる必要はねェだろ
俺は俺を曲げられない)


お前はもう十分、…(ホント、成長したなァ
なら
もっともっと
強くなれ


桜雨・カイ
【払暁】
もしさっきクロウさんの贋物がいたら、何て言ったでしょうね…
「お前が抱いた感情は、誰をも不幸にしちまうのに」とか
「身勝手なその感情で、この先大切な人を傷つけるコトになる」とかかな
…でも事実ですよね
自分勝手な感情で、傷つけてしまったのは事実なのだから

弱音を吐けば慰めてくれる優しい言葉に泣きそうになる
そうやってこの優しい人は多くのものを背負おうとする
せめて自分の分だけでも軽くすることができたら…

ねぇクロウさん。一つだけ信じてくれますか
私は弱くてすぐに倒れてしまいますが
…でも最後には必ず立ち上がりますから

クロウさんが背中を押してくれれば、頑張れるから
だから、背負われるのではなく隣に立ちたいです




 蛍の群れが織りなす幻想の光景。それを、杜鬼・クロウはじっと見つめていた。
 美しさに見入ったわけではない。ただ、隣の桜雨・カイの顔を見ることが出来なかったためだ。
 愛の試練を謳った対峙で、クロウはカイの偽物が吐く心無い言葉を聞いた。
 それそのものは、その通りだと受け止められるくらいなもので。むしろ自身の顔で傷つける言葉を選び吐かされたカイの心情の方が気になるけれど。
 例えば、あれが。
 己の偽物だったなら?
「もしさっきクロウさんの贋物がいたら、何て言ったでしょうね……」
 ふと、語り掛けてくるカイの言葉が耳に届いて、クロウは思わずびくりと肩を跳ねさせた。
 見られないと思っていた顔を、思わず、見てしまう。
 そこにあったのは穏やかな表情だった。そんなことを考えているんでしょうと言いたげな、苦笑。
「そうですね、例えば……『お前が抱いた感情は、誰をも不幸にしちまうのに』とか『身勝手なその感情で、この先大切な人を傷つけるコトになる』とかかな」
 カイが選ぶ言葉は、カイ自身の自責も籠っているのだろう。
 だが、だからこそ現実味を帯びて響いてしまう。
(もし俺の偽だったら……)
 カイを抉ると分かっていて、想いを否定する言葉を紡ぐだろう。
 支えると言ったのと同じ顔で、突き放すのだろう。
 容易に想像できた。出来てしまった。
 その言葉を受けたカイの表情まで思い描けてしまって、また、顔を背ける。
 クロウのそんな様子に気が付いているけれど、カイはその視線を追う事をせずに、穏やかな表情のまま、視線を下げた。
「……でも事実ですよね。自分勝手な感情で、傷つけてしまったのは事実なのだから」
「其れは、自分勝手とは言わねェよ」
 口を開けば、胸の奥に燻る苦いものがせりあがってきそうで、少し、息が詰まる。
 だが、放ってはおけなかった。ようやく芽生えた感情を、自ら抱いた想いを否定する言葉を思い描くカイの、その中にある自責の理由を理解して、口をつぐむことは出来なかった。
「……カイ、お前が考えてるコトは何となく分かるぜ。アレはお前の偽物。お前が憂うこたァねェンだ」
「クロウさん……」
「ンな顔するな」
 穏やかだった表情が、くしゃりと歪められる。
 やっぱりやせ我慢だったかと言うように苦笑して、クロウはほんの少しだけ、カイとの距離を詰めた。
 紡ごうとする言葉が、きちんと、届くように。
「……俺はお前が思う程、イイ奴じゃない。お前以上にこれまで俺がどれだけ人を傷つけてきたか」
 傷つくと、分かって吐いた言葉は幾つもある。
 そうして突き放す必要があったのだと、思っている。
 だから……傷つけると同時に、少なからず、救いになっていればいいとは、願うけれど。
「私は……クロウさんに助けられてばかりです」
「俺だって、お前に助けられてるぜ。危うくなったらカイにちゃんと言う」
 ぽん、と背を撫でてくれる手のひらは優しい。クロウはいつだって、そうやってカイを慰めて、支えて……カイだけではない、多くの物を背負おうとする。
 抱えられるだけのものを抱えこんでしまうのは、誰にも、重荷を負わせたくないからだろう。
 それが杜鬼クロウという男の矜持であり、曲げられない部分であるのだろうけれど。
 だからこそ。せめてと願う。
(せめて自分の分だけでも軽くすることができたら……)
 背負うものが、一つでもなくなるなら。
 カイは、俯きがちだった視線を上げて、クロウを見た。
 蛍が、ひぃらりと周囲を飛び交っている。その淡い光に照らされたクロウは、どこまでも優しくて、温かくて……少し、遠い。
「ねぇクロウさん。一つだけ信じてくれますか」
 触れてもらうことが出来る距離を、触れ合える距離にしようと、カイは、泣き出しそうだった顔に笑顔を作る。
「私は弱くてすぐに倒れてしまいますが……でも最後には必ず立ち上がりますから」
 独りでは、無理かもしれない。けれど、カイは独りではないと、実感しているから。
「クロウさんが背中を押してくれれば、頑張れるから。だから、背負われるのではなく隣に立ちたいです」
 引っ張り上げてくれなくていい。抱えてくれなくていい。
 ただ、頑張れと、そう言って背を押してくれれば、それで十分だから。
 先へ行ってくれていい。必ず追いつく。並び立てるだけの誇りを携えて、必ずだ。
 真っ直ぐな眼差しに、クロウは一度、目を瞠り。それから、一度だけくしゃりと表情を歪めた。
(ホント、成長したなァ)
 もう十分だと。そう、言おうと思ったけれど。今はまだ背伸びかもしれないその志を、押さえつける必要なんてないのだ。
「なら、もっともっと強くなれ」
 ちゃんと見届けてやるから。
 そう告げた瞬間、初めて、互いの顔をまともに見れたような気がして。
 苦笑を浮かべたのは一瞬。顔を見合わせて、破顔するのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冬・鷙灰
【春冬】

闇は良い。呼吸が楽になる。

しかし、この蛍が。
ああして余計なモノを見せてくれた、のか……或いは、感謝すべきなのか。
鎮魂ついでに、未練を断ち切ってくれれば、無心で修羅と落ちようものを。

昔、こうして蛍を追った事もあったか……。
わざと獲らせてやっただの、なんだのと。
星よりは余程掴みやすい。
同じく容易に、星を掴んでやろうと、笑ったものだ。

俺は……羽虫を見れば、ただ払い除ける、そんな詰まらぬ男になったが――
あれは光の尾を追う心を持つ侭か?

お前は虫のように摘み取られず、
生きているのだろう?

光に問い掛けようとして、ガラでも無いと自嘲し。

(そして蛍を眺めながら川縁を歩く。すれ違う黒猫に、気付かぬまま)


春・鷙呂
【春冬】
——この地は、常闇にはいないのだな
お前達が、あの幻を見せたものでもあるのであれば
魂とは、鎮魂とは……

私の占術は当たらずにあるのか
この心に迷いがあるのか

私以外の誰もが確信していたとしても…
私だけは、認める訳にはいかない

もう、この声が二度と届かぬ場所にいるだろうと
容易い言い訳にすぎん
占術に身を染めた私が、言っては終わりだ
——あぁ、それは分かっているのに

水辺に指先を沈める

……そういえば、あの頃、共に蛍も見たな
目指す星とは違えど、どちらかが捕まえられるかとそんな遊びもした
鼻についただ、耳についただとそんな話をして

お前の魂には、この光では柩が小さすぎるだろう

——にゃぁ

指先に届かぬ光に、そう鳴いた




 闇は、良いものだ。冬・鷙灰は、息の詰まるような感覚から解放されたというように、短く吐息をこぼす。
 ちらりと舞う蛍は、あのブラウン管テレビだったもの。
 そう感じて、鷙灰は視線で追いながら、かすか、眉を顰める。
 余計なモノを見せてくれたものだと思う気持ちと、それを見せてくれた感謝の気持ち。
 どちらもがないまぜになったようで、言い表しようのない感覚ばかりが、胸中に燻っていた。
(鎮魂ついでに、未練を断ち切ってくれれば――)
 そうすれば、無心で修羅と落ちようものを。
 ふいと蛍から視線を背け、鷙灰はどこからともなく流れて、どこかへと続いていく川を、見やる。
 どこまで続くのか、なんて興味はなかったけれど、そうして眺めていると、昔、共に蛍を追ったこともあったと記憶がよみがえる。
 なかなか捕まえられない様子を見て、気まぐれに伸ばした手でパッと簡単に捕まえて。
 そうしたら、わざと獲らせてやっただのなんだのと、強がる言葉と軽くじゃれる程度に言い合ったり。
 地上を舞う光は、空に瞬く星よりは余程、掴みやすくて。
 同じく容易に、星を掴んでやろう、なんて――。
 地上から空へと視線を映した鷙灰は、交わした言葉を思い起こしながら、けれど、あの頃と同じように手を伸ばすことは、しなかった。
 蛍を見ても、あの頃のような感慨はない。羽虫と切り捨て、寄らば払いのける。それだけだ。
(詰まらぬ男になったものだな)
 自嘲に口元を緩め、視界の端を横切る蛍を、視線だけで追い、振り返った。
 自分は、こうなってしまったけれど。
 兄弟は、光の尾を追う、無垢な心を持つままだろうかと。
「お前は……」
 ――虫のように摘み取られず、生きているのだろう?
 そんな問いかけは、口元にまで出かかったけれど、すぐに飲み込んだ。
 ガラでもない。それに、鎮魂の力を持つ蛍に問いかけるなんて。それではまるで、あれが、死んでいることを願うようではないか。
 自嘲を湛えたまま、鷙灰は川縁を歩き出す。ゆるり、のんびり、蛍を横目に眺めながら。

 ――この地は、常闇にはいないのだな。
 月は煌々と照り、星の瞬きと同様に、明滅する光が地上を舞う。
 その光景に踏み入って、春・鷙呂は蛍の一匹に、指を伸ばす。
「お前達が、あの幻を見せたものでもあるのであれば。魂とは、鎮魂とは……」
 すい、と。蛍が鷙呂の指先に近づき、そのまま止まる。
 その仕草が、まるで鷙呂のよく知るものであることを示すようで、鷙呂はわずかに瞳を細めた。
 この地に、居るような気がした。占術の結果が、そう、示していたから。
 けれど、その姿はなく。代わりに見つけたのは、過去を見せる、鎮魂の蛍。
 それでは、まるで――。
 ふるり、と。鷙呂はかぶりを振る。
 その予感を、鷙呂は、鷙呂だけは、認める訳にはいかないのだ。
 他の誰もが確信していたとしても。
(もう、この声が二度と届かぬ場所にいるだなんて……)
 そんなものは、容易い言い訳にすぎない。
 占術に身を染め、未来を視る鷙呂がそんなことを言っては、終わりだ。
(――あぁ、それは分かっているのに)
 過ってしまった予感を拭い去るように、鷙呂は指先の蛍をそっと逃がし、その指を水辺にそっと沈めた。
 冷たさに、思考が冴える。記憶が、ゆっくりと蘇る。
 あぁ、そうだ。昔、共に居た頃に、一緒に蛍を見た。
 目指している星とは違う光だったけれど、どちらが捕まえられるかと競うように遊んだものだ。
 指先から逃れるそれを追い、鼻についただ、耳についただ、そんな話をして、最後には共に光を手に収めた。
 あの頃から、兄弟には強く惹かれるような輝きを見出していた。
 その、輝きを持つ魂が。こんな小さな存在に、収まるはずがあろうか。
「お前の魂には、この光では柩が小さすぎるだろう」
 そうだ、これは、違うものだ。確信を得て、鷙呂は顔を上げる。
 満天の星空に、手を伸ばす代わりに。小さく、小さく、声を上げた。

 ――にゃぁ。

 その声は、そこに留まるばかりで、どこにも響かず、届かない。
 川縁を歩いた白虎にだって、勿論。
 気付かぬままのすれ違いを、見守るように。蛍はただ、小さな光を瞬かせていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
人の居ない場所を探し、ひとり
蛍も景色も他人の声も要らない
あの子からも逃げて来てしまった
自分の衝動が理解出来ない
どうして良いかも分からない
小さく小さく蹲った
喉に詰まったように言葉なんて出ないまま
小刻みに震える己の手が、身体が、理解出来ない

「こわい」「いやだ」なんて今まで知りもしない
感じたことすらなかった
厄災として土地神に追い回された昔も、去年、四肢を裂かれ拷問もかくやと殺された時も、痛かったけれど「こわい」なんてなかった

何時も分からない人の心を教えてくれるあの子は此処に居ない
これは、知らなくて良いことだ
気付かなくて良いものだ

蓋をして、深く沈めてなかったことにしてしまおう
……ほら、これで何時も通り




 蛍が群れている。それだけの、静かな景色。
 けれど、葬・祝にとってはその淡い光さえも、邪魔な光景だった。
 人の居ない場所へ。何も聞こえない暗がりへ。ひとりで、逃げてきたのだ。
 ずっと寄り添ってくれたはずのあの子すらも、突き放して。
 己のそんな衝動が、理解できなかった。
 だからこそ、どうしていいのかもわからない。どこで足を止めればいいのかすらわからなくて、隠れるように小さく蹲った。
 喉の奥で、何かがつかえている。息を苦しくさせるような、そんな言葉達が、ぐちゃぐちゃに絡まって、詰まっている。
 頭を抱える己の手は、小刻みに震えていた。いや、身体ごとだ。
 どうしてこんなことになったのか。どうすればこれが収まるのか。祝には、何一つ、分からなかった。
 ――これは、初めて得た感情だ。
 大切な存在の記憶を消されて、目の前にいるその人すらも分からなくなってしまいそうなその感覚に、生まれて初めて、『こわい』と言う感情を得た。
 こわい。
 いやだ。
 言葉でだけは聞いたことがあったけれど、それがどういうものかなんて、祝は今まで知りもしなかったし、感じたことも当然ない。
 千年と生きれば色々なことがあって然るべきで。その中には厄災として土地神に追い回された記憶もあれば、新しいところではつい去年、四肢を裂かれ、拷問もかくやと殺されたこともあった。
 その時だって、痛いという感覚だけはあったけれど、『こわい』なんて、感じなかったというのに。
 今も、昔も、祝は人の心と言うものがとんと分からない。
 それを教えてくれるのは、いつだって、大切なあの子だった。
 けれど、今ここに、あの子はいない。祝が、逃げ出してしまったから。
 そうだ、誰も教えてくれないものは、知らないままで良いことだ。
 これは、気付かなくて、良いものだ。
 祝は、己の感情に蓋をする。
 それでいい。祝と言う生き物は、人の心がわからぬ妖なのだから。
 蓋をしたものは、深く、深く。見えないところに沈めてしまえばいい。二度と浮き上がってこないように。
「……ほら、これで何時も通り」
 震えも止まったではないか。
 顔を上げて、祝は暗がりの中に一匹、頼りない明かりを灯して祝を追い掛けてきたような蛍を振り返る。
 何も映さぬ鏡面の瞳は、浮かべる笑みの上でいつも通り。
 緩やかな笑みに合わせるように細められた瞳は――少し、曇って見えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メール・ラメール
ルシルちゃん(f03676)と
ホタルですって、見たことある?
あら、エルフってやっぱり物知りなのね

なんて話をしつつ、靴とタイツを脱いで小川へ足をばしゃり
風情がない?
そんなこととか言って、本当はルシルちゃんもしたかったりして
大人になるとこういうのって出来ないでしょ、ルシルちゃんはおじいちゃんだし!
おじいちゃん、はしゃぎすぎると風邪引くわよ

…どんな…。…なんでも知ったような口聞く、不愉快なヤツかな…。
ルシルちゃんはさー、長生き種族だからお別れだって多いでしょ?
そういうときに乗り越える方法教えてよ、後学の為に
うえー、時間薬…。いちばんしんどいやつじゃないですか、やだあ
ルシルちゃんもなんかある?教えて!


ルシル・フューラー
メール(f05874)に呼ばれて

蛍、カクリヨにもいるんだね
うん?見たことあるよ
蛍がいる川は水がきれい、つまりいい釣り場もあるものだからね
伊達に53年生きてない(ドヤ)

川に近づくメールを何をするのかと見送れば、水音が聞こえる
蛍の方を見るところじゃないのかい?
風情がないというかなんと言うか
……おじいちゃん?
よろしい、まだまだ若くて元気なとこ見せてやる(ブーツとマントぽーい)

ところで、どんなオブリビオンと戦ったのさ?
乗り越える方法、ね
いつか別れるものと、頭の隅に置いとくくらいかな
別れた後は、何でもない顔して長生きするしかないさ
残念ながら、忘れられるものじゃないんだよ、そう言うのはさ
私の話?高いよ?




 メール・ラメールにとって、蛍と言う生き物を見るのは初めてのこと。
 一見すればただの小さな虫だけれど、こうして暗がりの中、淡い光の明滅を携え群れを成して飛び交うさまは、どこか幻想的で。
 なんだか、不思議。
「ホタルですって、見たことある?」
 傍らに立つルシル・フューラー(新宿魚苑の鮫魔王・f03676)へと問いを投げかければ、ルシルはもちろん、と言うように頷く。
「うん? 見たことあるよ。蛍がいる川は水がきれい、つまりいい釣り場もあるものだからね」
「あら、エルフってやっぱり物知りなのね」
「伊達に五十三年生きてない」
 どや顔で胸を張るルシルに、メールはふぅんと呟く。
 興味はもう、ルシルの話よりも幻想を宿す小川の方に移っていたのだ。
 ぽい、と脱ぎ捨てた靴の上に、タイツも乗せて。素足になったメールは、小川へぱしゃり、足を踏み入れる。
 その様子を見ていたルシルは、おや、と瞳を瞬かせ、それから、肩を竦めて嘆息した。
「蛍の方を見るところじゃないのかい? 風情がないというかなんと言うか」
 まだ足をつけるには早い時期だろうに。蛍も逃げてしまうのではないか。そんな色々が含まれたような言葉に、メールは振り向いて小首を傾げる。
「風情がない? そんなこととか言って、本当はルシルちゃんもしたかったりして」
 水を跳ね上げるのは、蛍を散らしてしまいそうだから控えて。
 ここから踏み出せば少し深くなっているかな、などと足元で確かめながら、先ほどよりも近い位置になった蛍を眺める。
「大人になるとこういうのって出来ないでしょ、ルシルちゃんはおじいちゃんだし!」
 そう言って振り返ったメールの、にまりと笑うような顔が、蛍の光に照らし出され。
 む、と思わず、ルシルは口をへの字にした。
「……おじいちゃん?」
 五十代なんてエルフ的にはまだまだ若い方だろう。むしろ人間だってまだ現役世代。
 メールが孫のような年齢ならいざ知らず、精々親子程度の差でしかないというのに。
 いや歳の差は関係ない。こういうのは本人の心構えの問題だ。
「よろしい、まだまだ若くて元気なとこ見せてやる」
 ぽい、ぽーいとマントとブーツを脱ぎ捨てたルシルは、メールの隣までずんずんと歩み寄る。
 足をつけた水は、やっぱりちょっと冷たかった。少しばかり眉をひそめたのを目ざとく見つけて、メールが体を傾げて覗き込んでくる。
「おじいちゃん、はしゃぎすぎると風邪引くわよ」
「私はまだ若くて元気だから大丈夫」
 大事なことなので。
 そうして二人で小川の水に足を浸していると、ふわり、蛍が寄ってくる。
 人を怖がらないこの小さな存在が、あのブラウン管テレビと同じものだと気が付いたメールは、ふと、テレビが見せた光景を脳裏に過らせる。
「ところで、どんなオブリビオンと戦ったのさ?」
 見透かした、訳ではないのだろうけど。問いかけてくるルシルに、メールは少し、ふてくされた顔をする。
「……どんな……。……なんでも知ったような口聞く、不愉快なヤツかな……」
 試練だ何だと嘯いて、大事な部分に土足で踏み込んでは、人の気持ちを逆撫でしていく。
 そんな敵だった。
 思わず水を跳ね上げようとして、足元に滑り込んできた蛍を見つけて、ぐ、と堪えたメールは、代わりに頬を膨らませてから、ルシルを振り返る。
「ルシルちゃんはさー、長生き種族だからお別れだって多いでしょ? そういうときに乗り越える方法教えてよ、後学の為に」
「ふむ?」
 確かに、人の子と比べればそういう機会は多いだろう。
 けれどルシルは、それを辛く耐えがたいもの、とは思っていない。
 感情が乏しいわけではない。ただ、いつか別れるものという意識を、頭の隅にいつでも置いているからだ。
「別れた後は、何でもない顔して長生きするしかないさ。残念ながら、忘れられるものじゃないんだよ、そう言うのはさ」
「うえー、時間薬……。いちばんしんどいやつじゃないですか、やだあ」
 言葉通りの苦い顔をして。メールは自身の胸にそっと手を触れさせてみる。
 蟠り。燻り。色んなものが残っているこの胸の裡も、このまま抱えて、時が解いてくれるのを待つしかないのか。
 それは、なんとも。
 重たすぎて、その重みが解消される日が来るなんて、想像もできないほど。
 今はまだどうしようもできないものだと割り切って、メールはまた、先達の顔を覗き込む。
「ルシルちゃんもなんかある? 教えて!」
「私の話? 高いよ?」
 聞き出そうとするからには対価をくれるのだろうと首を傾げて見せるルシルの表情は悪戯気。
 ケチ、と唇を尖らせつつも、じゃれるような言葉を重ねて。
 そうやって、時間は過ぎていくのだろう。他愛もないやり取りも、いつかは出来なくなるのだと、心のどこかで、理解しながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
音海・心結(f04636)と共に




蛍は、どこか蝶に似ている気がした。
心や記憶――魂に寄り添う、その静かな光が。

君たちの魂は、君たちの誰かが還してくれるのだろうか。
孤独でないというのは、何とも素敵なことだ。


――心結、どうして君が泣いている?

君が涙を流すべきは今じゃない。
謝る必要も、俺を気に掛ける必要も無いというのに。

……大丈夫だよ、俺は平気だから。
誰かの涙を見る方が、過去の記憶を見せられるよりも辛い。


……君なら、どう思うか教えて欲しい。

進むべき道がたった一つしか無かったとして。
その道を進めば必ず孤独になってしまうことを知ったとして。
……そんな時、人は何を感じるのだろう。


音海・心結
緋翠・華乃音(f03169)と

小川の傍、幾多の蛍たち
仲間に反応するようにちかちか灯る
眩い光はこの心を明るく照らす

……ね、ナイト
テレビに映った光景のことですが

悲惨な戦場にいたこと
命を懸けて戦っていたこと
何も知らなかった
その一言で許されるのだろうか

――涙が、零れる

ごめんなさい
事情なんてみゆには分かりません
でも、……でもっ!
これだけは分かります
ナイトは理由なしに人を殺すなんてしません

今までの信頼感、彼の本質
今更あんな光景を見せつけられたところで崩れやしない

……寂しい
寂しいしか思いつきません

溢れ出す想いは泡となって消えゆく
貴方自身が化け物だと言うのならば
その度に言おう
それでもみゆは傍にいたいです、と




 蛍の飛ぶさまは、どこか、蝶に似ているような気がする。
 そんな風に、緋翠・華乃音は感じていた。
 心や記憶――魂に寄り添う、その静かな光が。
 小川に沿って無数に飛び交う姿は、まるで仲間を呼び合うよう。
 蛍達が、誰かの魂だと言うのなら。彼らの魂は、誰が還してくれるのだろうか。
 誰かが還し、その誰かをまた別の誰かが還す……そんな、循環を得ているのだろうか。
(孤独でないというのは、何とも素敵なことだ)
 少し、羨ましいくらい。
 そんな華乃音の横顔を、ちらり、見る。見ては、逸らす。
 探している言葉がなかなか見つからなくて、紡ぐ切っ掛けを見いだせない音海・心結に、ふわりと蛍が寄り添う。
 ちか、ちか、と。幾度も明滅を繰り返すさまに、ここにいるよと囁かれているような心地になって。
 心結は、沈みそうになる心が、明るく照らされているように、感じた。
 蛍に感じる思いは、それぞれだった。
 それと同じくらい、それぞれが、それぞれの事を、思っていた。
「……ね、ナイト。テレビに映った光景のことですが」
 切り出すならば、ここから。
 止められていたものを無理に覗き見て、そうして勝手にショックを受けて。
 その光景の意味と、受けたショックの意味を、心結はずっと、考えていた。
 華乃音がかつて悲惨な戦場にいたことも、そこで命をかけて戦っていたことも、心結は知らなかった。
 当たり前に家族と過ごす温かい日常を送っているのだと、思っていた。
 何も、知らなかった。
 その一言で、許されるのだろうか。
 華乃音が、ずっと、どんな思いでいたのかを思うと。
 勝手に、涙が零れてしまう。
「――心結、どうして君が泣いている?」
 華乃音の声が、ただ心底不思議そうに響いた。
 その声に、心結の涙は一層溢れてしまう。
「ごめんなさい。事情なんてみゆには分かりません。でも、……でもっ!」
 華乃音の過去にあったことを、心結はまだ知らないまま。ほんの一端を垣間見ただけ。
 分からないことだらけだけれど、一つだけ、はっきりと言える。
「これだけは分かります。ナイトは理由なしに人を殺すなんてしません」
 今まで共に過ごしてきて得た信頼感。心結が知る、華乃音の本質。
 心結の中で、それだけははっきりしているから。だから、今更あんな光景を見せつけられたところで、何も、崩れやしないのだ。
 心からの主張を、華乃音は静かに聞いて。けれど、ゆるり、首を振る。
「君が涙を流すべきは今じゃない。謝る必要も、俺を気に掛ける必要も無いというのに」
 それは、柔らかな拒絶。傍に居ることを拒むわけでもないのに、一つ隔てたものを頑なに取り払おうとしない。
 変わらず涙をこぼし続ける心結に、華乃音は困ったように首を傾げて。大丈夫だよ、と。囁きかける。
「俺は平気だから。誰かの涙を見る方が、過去の記憶を見せられるよりも辛い」
 どちらも、辛いのに。
 それは、大丈夫なんて、言わないのに。
 唇を噛む心結に、華乃音は触れようとしてやめて、少しの思案を挟んだのちに、問いかける。
「……君なら、どう思うか教えて欲しい」
 ふわり。視界の端を過った蛍を視線で追い、華乃音は羨望に似た顔で、瞳を細める。
「進むべき道がたった一つしか無かったとして。その道を進めば必ず孤独になってしまうことを知ったとして」
 ……そんな時、人は何を感じるのだろう。
 そうして問われる意味は、何か。心結は震えるように揺れる瞳を真っ直ぐに華乃音に向けて。
「……寂しい」
 縋るような声で、こぼす。
「寂しいしか思いつきません」
 そう感じるのが人なのだ。そして、きっと貴方も、それを感じているはずだ。
 言い募る言葉は口から紡ぎだされはしない。寄り添うことを拒まれて、溢れ出す想いはどこにもたどり着けず、泡となって消えていく。
 まるで、自分が何も感じない化け物だとでも言いたげな、横顔。
 それを真っ直ぐに見つめて、心結は、一言だけ告げるのだ。
「それでもみゆは傍にいたいです」
 貴方が、自身に『人』を見い出せないのならば、その度に、何度でも――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜
【アドリブ改変大歓迎】

これは…蛍?
まだ季節にゃ早い筈、って世界が違うか。
なるほどそれならこいつらもただの蛍じゃないよな。
アンタ達が、あの想い出を見せてくれたなら。
鎮魂の力が、あるのなら。
どうかひとつ、祈りの想いを届けちゃくれねぇか。

どうにもアタシは、準の全てを見送った気がしないんだ。
あの時のアイツは、まるで抜け殻みたいだった。
魂が、こころが。そこに無かった気がしてならねぇ。
じゃあそのこころは、どこにある?

どこにあるかと教えてくれるなんざ、
流石にアタシでも烏滸がましくて言えねぇよ。
ただ、これだけは。
その魂がどうか安らかにある事は。
この草原の蛍たち、アンタらに祈ってもいいだろう?




 気が付けば一匹、また一匹と、蛍が増えていた。
 今の季節にはまだ少し早いはずなのだけれど、なんて数宮・多喜は一瞬思ったが、ここはカクリヨだ。カタストロフと隣り合わせの不思議な世界は、UDCアースの季節感とはそもそもが違うのかもしれない。
 あるいは、そう、この蛍達の方こそが、季節に沿うものではない特別な存在なのだろう。
 ぐるり、いつの間にか群れを成している蛍達を見渡して、多喜は乞うように紡ぐ。
「アンタ達が、あの想い出を見せてくれたなら」
 ――鎮魂の力が、あるのなら。
「どうかひとつ、祈りの想いを届けちゃくれねぇか」
 聞き届けると言うように、光が幾度も明滅する。
 その光に促されるまま、多喜は記憶を過らせた。
 親友を自らの手で『見送った』あの瞬間を。
「どうにもアタシは、準の全てを見送った気がしないんだ」
 見届けたはずだ。それは、確かに間違いない事だ。けれど、あの時対峙したあの『準』は、まるで抜け殻のようだった。
 魂が、こころが。そこには無かったような……そんな気がして、ならない。
 『準』の体にこころがなかったというのなら。
 それは、どこにある――?
「どこにあるかと教えてくれるなんざ、流石にアタシでも烏滸がましくて言えねぇよ」
 もしかしたらただの予感で、あの時一緒に見送ることが出来ていたのかもしれない。だとしたら取り越し苦労だ。
 苦笑して、寄り添うような蛍の一匹に、そっと指先を差し出してみた。
 多喜の指に止まった蛍は、指先をくすぐるように動くでもなく、ただ多喜の目線の前で、ちか、ちか、と淡い光を瞬かせている。
 本当の願いは何かと、促すように、光っている。
「……その魂がどうか安らかにある事は」
 体から置いていかれて、どこかで彷徨ってしまっているのなら。導いてあげてほしい。
 もうすでにこの光の群れに伴われているのなら。どうかそのまま、優しく包み込んでやってほしい。
 そうして、いつか、こころと体が一緒になって、また新しい始まりに繋がってくれることを、願ってやまないのだ。
「それくらいは、この草原の蛍たち、アンタらに祈ってもいいだろう?」
 微笑む多喜に、ちか、ちか、と変わらず明滅を繰り返した蛍が、ふわりと飛んでいく。
 聞き届けてくれたのだろう。なんとなくそんな気がするから、多喜は安堵にも似た心地で、蛍の群れを眺めていた。
 広がる幻想に、暫し、心を浸すように――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

弓削・柘榴
「ふむ。主の姿はおぬしらが見せてくれたものじゃったか。なつかしいものをありがとうな。」
と、ふわふわと飛ぶ蛍を両手に乗せるようにして、礼を言うぞ。

しかしあちきにもまだ、感傷に浸る、などという気持ちが残っておったとはの。
とうの昔に置いてきたと思っておったのじゃが、自分に驚いておるところじゃ。
……主殿の前では、あちきもまだまだ使い魔ということじゃろうか。

次に会うことができるのは、100年後か200年後か解らんが、そのときには陰陽師として会えるといいのだがな。

そしていつかは、あちきが式神として主殿を喚び出すというのもいいな。
あちきに喚び出されたら主殿はどんな顔をするじゃろうか?
少し、楽しみじゃの。




 ふわり、ふわりと蛍が飛ぶ。あちらへこちらへ、移ろうように飛び交う光景を目線で追い、弓削・柘榴はそっと、その群れの中へ両手を差し伸べた。
「ふむ。主の姿はおぬしらが見せてくれたものじゃったか。なつかしいものをありがとうな」
 語り掛ける柘榴の声に応えるように、蛍が一匹、掬い上げるような手の中に止まる。
 明滅する光は、今はただの緑色の光だけれど。
 それが、あのブラウン管テレビになつかしいものを映し出してくれたと思えば、不思議と、感慨深いものに見える。
 そうだ、随分と不思議な心地だ。
「あちきにもまだ、感傷に浸る、などという気持ちが残っておったとはの」
 過去を懐かしみ、憂いのような慈しみのような複雑な気持ちを抱くなんて。そんな気持ちは、とうの昔に置いてきたと思っていたのに。
 今更それを感じる胸の裡に、自分でも驚いているほどだ。
「……主殿の前では、あちきもまだまだ使い魔ということじゃろうか」
 どこまでも大きな存在と、それに仕える小さな存在。
 柘榴の中で、別れた主人と己は未だに、そんな関係性なのかもしれない。
 少しは並び立てただろうか。今なら役にも立てるだろうか。
 今はまだ小さな使い魔のままだとしても、次に会う時には――。
「次に会うことができるのは、百年後か二百年後か解らんが、そのときには陰陽師として会えるといいのだがな」
 共に過ごしたあの頃とは見違えるほどだと胸を張れたなら。
 そのくらい、誇りを持てた時が、あるいは相まみえる時なのかもしれない。
 そんな風に思案して、柘榴はふと、思いついた考えに、悪戯気な笑みを浮かべる。
「いつかは、あちきが式神として主殿を喚び出すというのもいいな」
 蛍よ、どう思う。そう尋ねるように、手のひらで大人しく明滅を繰り返す光に問いかけて。
 あぁ、きっと愉快なことだと、楽しげに笑う。
 いつかそんな未来が来た時、主人はどんな顔をするだろうか。
 驚いた顔を見られたなら愉快な心地になるだろう。分かっていたというように微笑まれたら誇らしげな気分になるだろうか。
 どちらだって、心が躍るような気がして。そんな予感が、胸を温かくさせるような気がした。
「少し、楽しみじゃの」
 その時を思うなら、百や二百の年月など、大した長さではないだろう。いいや、案外もっと短くなるかもしれない。
 掲げた手のひらから飛び立つ蛍を見送って、柘榴は待っておれよと笑みを湛えるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

蛍……?
サヨ、見てご覧
綺麗だね

きみと手のひらを繋いだままに弔いの光を見送る
この光のひとつひとつが御魂なのならば、彼らを待つものたちの元へ、巡りかえれればよいと願う

サヨ、私はひとつだって嘘は言ってないよ
だから信じてもらえて嬉しい
愛してる、なんて口が裂けても言うつもり無かった
秘めて隠しておこうと思ったのにな

…きみにより
思ひならひぬ世の中の
人はこれをや恋といふらむ

この想いをくれてありがとう
きみの戀は烈しい春嵐のようだ
嬉しいな

私もまたまだ未熟な神だけどね
きみへの想いは負けないつもりだよ
何度だってその心に伝えよう
頬を撫で笑む

サヨ、愛するよ
きみがずっと笑っていられるように
私はきみの甘い災いであるから


誘名・櫻宵
🌸神櫻

まぁ!綺麗ね……星が泳いでいるよう
蛍──瞬く魂たちは、如何なる場所に辿り着き、巡るのかしら
カムイに願われるなんて幸福な魂達ね
繋がれた手に心が綻ぶ

……うん
信じているよ、私の神様
こんなにどうしようも無い私を掬ってくれる唯一の神様
……いいえ、私の神はあなただけ
昔からずっと結ばれている
だから隠しても無駄なのよ?隠さないでもっと頂戴
カムイの甘くて熱い愛を

冷たい川の水に足をひたそうと、熱く火照るこの熱は覚ませない

頬に触れる手のひらに熱を重ねる

……私だってもう、戀なんてしないと思ったのにな
悲劇にしかならないから
私の戀は血の味がするから

あなたが悪いわ、カムイ
カムイはとんだ厄災だわ
私だけの甘い災いでいて




 ふわり。どこからともなく現れた蛍が、朱赫七・カムイの傍らを過って。
 導かれるような視線が、小川と、そこを行き交う無数の光を見つけた。
「サヨ、見てご覧」
 誘名・櫻宵も視線も導けば、桜霞の瞳もまた、幻想を捉える。
「まぁ! 綺麗ね……星が泳いでいるよう」
 あちらにも、こちらにも。ふわりと好き好きに飛ぶ蛍達。その瞬きは、鎮魂の光だと聞く。
 誰かを、何かを、弔い見届ける光達を、二人は、手を繋いだまま見つめていた。
「蛍──瞬く魂たちは、如何なる場所に辿り着き、巡るのかしら」
 いつでも桜の舞う世界では、桜の精に癒されることで、転生を果たすと言う。
 カクリヨにそのような言い伝えがあるとは聞かないが、このような美しい光を放つ存在ならば、幸福な巡りに導かれれば良いと、思う。
 櫻宵の呟きに、カムイもまた頷いて。
「この光のひとつひとつが御魂なのならば、彼らを待つものたちの元へ、巡りかえれればよいと願う」
「カムイに願われるなんて幸福な魂達ね」
 ふふ、と零れる笑みは、カムイの優しい言葉だけではなく。繋ぐ手のひらもまた、優しく温かい心地を伝えてくれるから。
 不意にその手が、きゅ、と少しの力を込めて、握りしめられる。
「サヨ、私はひとつだって嘘は言ってないよ」
 カムイが櫻宵に嘘を吐くことなど、これまでも、これからもない。
 いつだって真摯に、誠実に、言葉を紡いできた。
 それを、信じてもらえたことが。たまらなく嬉しいのだと、カムイは微笑む。
「……うん信じているよ、私の神様」
「愛してる、なんて口が裂けても言うつもり無かった。……秘めて隠しておこうと思ったのにな」
 くすぐったい心地と同時に、本当に告げてよかったのかという気持ちもわずかにあった。一方的でしかない気持ちだと、分かっていたから。
 けれど、信じてくれるのだと。櫻宵はそう言ってくれる。その言葉だけで、何もかもが報われるのだ。
 本当に幸せそうに笑うカムイに、櫻宵は眉を下げて微笑む。
 この神は、こんなにもどうしようもない己を掬ってくれる、唯一の存在。そう、櫻宵は感じていた。
 この世には八百万の神が居り、幾多の信仰が存在するけれど、櫻宵の神は、カムイだけ。
 昔からずっと、そうして結ばれているのだと。今なら、確信が持てるのだと。そう告げる櫻宵の表情は、少しばかり悪戯気。
「だから隠しても無駄なのよ? 隠さないでもっと頂戴。カムイの甘くて熱い愛を」
 乞うような声に滲む幸福感に、本当に求められているのだと感じて。
 十分だと感じていたカムイの胸中にも、熱が灯る。
「……きみにより 思ひならひぬ世の中の 人はこれをや恋といふらむ」
 静かに語り、柔らかに見つめる。その瞳にちらちらと蛍の光が瞬いて。まるで、星を見つめているよう。
「この想いをくれてありがとう。きみの戀は烈しい春嵐のようだ。嬉しいな」
 秘めようとしても、巻き上げて暴き出されてしまう。
 けれどそれを包み込むように、暖かな心地を齎してくれる。
 それはきっと、櫻宵も同じ。けれど、戀の熱を知ったばかりのカムイより、ずっと、熱くて。
 冷たい川の水に足を浸そうと、その熱は強く火照り、さますことなどできはしなかった。
「私もまたまだ未熟な神だけどね。きみへの想いは負けないつもりだよ」
 何度でも、もう十分と言われたって、その心に伝えたい。
 その言葉で熱を帯びてくれるのを、感じたい。
 そ、と。触れた頬が、そこに重ねられた手のひらが、愛しい熱を帯びているのが、ただ、嬉しかった。
「……私だってもう、戀なんてしないと思ったのにな」
 櫻宵の戀は命を伴うもので。
 愛しいから、ぜんぶ、ほしくて。
 血の味のする悲劇にしかならないものだと、ずっと、思っていたけれど。
「あなたが悪いわ、カムイ」
 こんな私を知りながら愛すると言った、あなたが。
「カムイはとんだ厄災だわ」
 ――だから、私だけの甘い災いでいて。
 囁くような声は、甘やかで。うん、と頷いたカムイは、櫻宵の瞳を、真っすぐに見つめる。
「サヨ、愛するよ。きみがずっと笑っていられるように」
 求める前から、告げる前から、ずっと、知っていただろう。
 私はきみの甘い災いであるのだと――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神棺・伊織
暗闇の中に浮かぶ光を見つめ
傷よりも胸の方が痛く苦しくて、思わず握りしめる
何度も何度も思う、あの時に今の姿があればと
しかし、過ぎてしまったものはどうしようもない、と言うのも分かっています

ですが、片時も離さない形見の着物と、莉織さんの思念が籠った相棒のうさぎのぬいぐるみが傍にある限り
私は前を向いていきます…
いえ、向くしかありません

あの人に…"神棺"の名に恥じぬ姿を、想いを、行動を、直接見せることはできなくとも、見せられればと思います

貴方の姿がなくても、心は共にあると信じてます

助けくれて、ありがとう
傍にいてくれて、ありがとう
守れなくて、ごめんなさい
貴方の事を慕っています
過去も、今も
どうか、安らかに…




 暗闇の中に、一つ、また一つ、浮かんだ光が泳ぐように漂っていく。
 それを見つめながら、神棺・伊織は胸元を握りしめていた。
 絆の試練を謳った敵が呼び寄せた、大切な――愛する人のまがい物。
 例えそうだと理解していても、その人を一方的に蹂躙することなどできずに、受けた傷。
 それは、確かに痛むけれど。それよりも、胸の奥が痛くて苦しくて、知らず、握りしめる手に力が籠っていた。
 悔しいのだ。悔しくて、たまらないのだ。
 何度も何度も、あの時に今の姿があれば良かったのにと思った。思わぬ時などなかった。
 だが、それと同時に、『あの時』はもう二度と戻らない、過ぎてしまったどうしようもないことなのだという事も、分かっていた。
 傷が、痛む。強く握りすぎたのだろうか。
 短く息を吐き出した伊織を案じるように、蛍が寄り添っていたことに、ふと気づく。
 もう一度、今度は深く、息を吸って、吐き出す。
 そうしてから、伊織は胸元から手を離し、形見として身に纏う着物の襟に、優しく触れる。
 同時に、対の手で持ったうさぎのぬいぐるみ――『莉織さん』の思念が籠った相棒の存在も、確かめるように少しの力を込める。
 そうする事で、気持ちが少しだけ落ち着いた。
(私は前を向いていきます……)
 言い聞かせるような言葉は、そうするしかないという事を、自覚しているため。
 俯いている暇はない。顔を上げて、前を向いて。
 そうして、『神棺』の名に恥じぬ姿を、想いを、行動を、示していく。
 それを直接見せたかった相手は、いないけれど。
 心が共にあるならば、見せることが出来るのだと、信じているから。
 すぅ、と。また息を吸う。
 夜気に晒された小川の気配は、ひやりと冷たく、それでいながら、光の漂うせいか、ほの温かい。
「助けくれて、ありがとう」
 伝えられなかった言葉を、紡ぐ。
「傍にいてくれて、ありがとう」
 力のない子狐のままでは得られなかった言葉で、告げる。
「守れなくて、ごめんなさい」
 いつまでもこの後悔は途絶える事は無いのだろうけれど。
 全て抱えて、伊織は前を向く。
「貴方の事を慕っています。過去も、今も――」
 舞い飛ぶ蛍が、鎮魂の光を放つなら。
 この光に導かれて、あの人の魂もあるべき場所へ至ってくれればいいと、願う。
「どうか、安らかに……」
 誰が答えてくれなくったって、伊織はそう願う。
 静かな闇が満たす夜は、カクリヨにカタストロフを招きかけた天使達の思い出が昇華されると同時に、幻のように、搔き消えていく。
 それを見送るように、伊織はゆっくりと礼をするのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月29日


挿絵イラスト