理想郷は遥か遠く
●捧げよ
悪臭が満ちている。
思わず吐き気を催すような、そんな悪臭。
生命の危機……そう、死を連想するような悪臭が、その場所には満ちている。
そして悪臭満ちる、その場所に何者かが近づいてくる。
靴音を鳴らして階段を降りる音に続いて、重い鉄の扉を開く音が聞こえる……と、その何者かは悪臭の元凶たるものの前まで迷わずに歩いてくる。
悪臭の元凶。それは縛りつけられ、無残な最期を遂げた子供の死体だ。
狂ったように暴れたのか、縄で縛られた手足には酷い痣と擦り傷が残っているが、それ以外の外傷はない。
しかし、やせ細った体に、からからに乾いた唇と肌……それらを見れば、身動き取れないように縛り付けられ、長期間放置されたのだと理解できるだろう。
「また、駄目でしたか」
酷い有様の死体を前に、それは本当に残念そうに息を吐く。
「この子は、母親想いのとても良い子でした」
少し頭の足りない娘だったが、足の不自由な母のために献身的に働く良くできた娘だったし、そんな姿を村の誰もが暖かく見守っていた。
だからこそ生贄に相応しく、それだけに残念な結果になってしまったと、それは息を吐く。
「いつも通りに死体を片付けてから、次の子供を用意してください」
息を吐いた後、それは気持ちを切り替えるように手を叩いて、傍らに控えていた男に指示を出す。
「しかし……」
「そうですね、あなたの子供など良さそうではないですか? 生まれたばかりの子供ならば相応しいかもしれません」
指示を出された男はうつむいて唇を噛むが……それが冷ややかな声で告げると黙るしかなかった。
愛する者のために他者を手にかけるなど、許されることではない。
「それだけはご容赦ください……」
だが、それでも男は愛する者のために己の手を汚す道を選ぶ。
「ならば相応しい子供を用意してください。そうすれば加護は与えられるでしょう」
意を決した様に口を開いた男に、それは淡々と命じるとここには用が無いとばかりに踵を返した。
残された男は、拳を握りしめながらも足音が完全に消えるのを待って……哀れな子供の死体を降ろしてやるのだった。
●理想郷
「あまり楽しい話じゃないのだけれど。聞いてくれるかしら?」
グリモアベースに集まっていた猟兵たちに、八幡・茜が話しかける。
楽しくない話をわざわざ持ち込んでくる理由など限られている……どこかで事件が起きたのだろう。
暫し顔を見合わせていた猟兵たちが自分を見つめ、話を聞く気になったことを確認してから茜は話を始める。
「ダークセイヴァーのある村で、子供たちが次々に消える事件が起こっているの」
子供の行方不明事件。
残念なことにダークセイヴァーであれば、珍しい事件とも言えないが……、
「消えた子供たちは、神の御許に呼ばれた幸運な子供たちで、その子供たちは神の加護を村にもたらす……と信じられているわ」
それが神だの加護だのと言われているとなれば話は別だ。
神を名乗るオブリビオンに都合の良いように事実を捻じ曲げられている、という可能性もある。
「そう。実際のところ子供たちは生贄に捧げられているわ。それも神ですらない、理想郷という名の何かにね」
状況を理解した様子の猟兵に、茜は頷く。
茜が見た光景は、生贄に捧げられる子供。それを実行している何者か。そして協力している何者かの姿だ。
「相手の正体は不明。村に潜伏している何者かとしか分からなかったの。ただ、子供たちが消える事件が起き始めたのと同時に、突然村に教会が出来たみたい」
それ故に、相手の正体は不明。
分かっていることは偶然としては出来過ぎている時期に、教会が出来たということ。
「みんなには教会や事件が起こっている村で調査をして、オブリビオンの正体を暴き、これを打倒してほしいの」
分かっている情報は少ないが、順を追って情報を調べて行けば必ずオブリビオンに辿り着くことができるだろう。
一通りの説明を終えた茜は、説明を聞いてくれた猟兵たちを見回し、
「子供たちの未来を守るために、どうかお願いね!」
後のことを託すように頭を下げた。
八幡
舞台はダークセイヴァーのどこかの村。
●話の流れ
第一章では、村と教会に潜入してオブリビオンと思わしき人物と、その協力者にあたりをつけます。
第二章では、一章の流れ次第ですが、オブリビオンの協力者を捕まえて生贄の居場所を吐かせたり、こちらに協力するように説得(脅迫)します。
第三章では、オブリビオンと戦います。一章、二章の流れ次第で戦闘場所や状況が変わりますし、もしかしたら逃げ出すかもしれません。
一章、二章は数日間をかけた行動となります。
話の流れ次第では、生贄にされている子供が死んだり、新しい犠牲が生まれたりします。
各章、個別ではなくなるべくまとめてリプレイを返せればいいなと思っております。
●傾向
皆様のプレイング次第ですが傾向としてはダーク系だと思います。
探索や戦闘などについては、以下のシナリオで雰囲気が掴めると思いますので良ければ参照してください。
https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=2219
戦闘描写は血みどろなことが多いですのでご注意ください。
フラグメントの行動はあくまで参考ですので、やりたいことをご自由に指定されるのが良いかと思います。
●その他
あまりに活躍させられないなと判断した場合、プレイングを採用しない可能性があります。
最初のプレイングをもらってから二日後くらいに手を付けるので、タイミングによっては返却が早い場合と遅い場合があります。
結果に対して、結果に至る過程をアドリブで作る事が多いので、アドリブが多くなる傾向があります。
それでは皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 冒険
『異形の神』
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POW : 街の人に扮して教会に入り込む
SPD : 教会に忍び込み、教会関係者や建物内を調べる
WIZ : 行方不明事件を調査して次の事件を予測する
👑11
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●教会
二十人程度の人が住む村……その村の外れにある日、教会が出来ていた。
最初にその教会を見つけたのは誰であったか、それは忘れられてしまったが、日々の生活に疲れた村人たちにとって、その教会は救いそのものだった。
その教会には一人の司祭と、一人の修道女が居て、日々村の人々の懺悔を聞いたり相談に乗っていたりした。
「お疲れ様です。司祭様……今の女性はどうなされたのでしょう」
暗い面持ちで、脚を引きずりながら教会を後にする女性を見かけた修道女が、胸に手を当てて心配そうに訊ねる。
「娘が消えたと相談に来たのじゃ。幸運であると、信じたいところじゃがのう」
「まぁ、いけませんよ。司祭様。消えた子供は加護を村にもたらす……そうでしょう?」
訊ねられた司祭は小さく頭を振るが、それを聞いた修道女は司祭を咎めるように頬を膨らます。
修道女は村で信じられている噂話を本当に信じているのだろう。
「そうじゃったそうじゃった。いずれにしても役割が終われば帰って来れるじゃろうて。今はそれを祈ろうではないか」
そんな修道女を見て、司祭は自分の頭をぺしぺしと叩くと……子供たちを御許へ呼んだという、神へ祈りをささげるのだった。
●村
また子供が消えた……何人目……? 幸せものね……これで神の御加護が……。
女性が村に帰ると、女性の様子を遠巻きに見つめる村の人々の声が聞こえてきた。
「おい、大丈夫か?」
現実のできごとではないかのように、どこか別の世界のできごとであるかのように、その声を聴いていた女性の肩を、何者かが力強く掴む。
女性が虚ろな目で掴まれた肩を見やれば……そこには屈強な体をした男の姿があった。
男は木材を積んだ台車を横に置いており、この男が木こりであることがすぐにわかる。
「うちも先日子供が生まれたばかりだ……お前さんのことは他人事じゃない」
「どうすれば……もう二日も……」
しばらく呆けたように木こりの男を見上げていた女性だが、気遣うような声を掛けられた途端、堰を切ったように涙を流す。
子供が二日も帰ってきていないとなれば心配して当然だろう。
しかも、子供が消える事件がすでに何件も起こっているこの状況ではなおさらだ。
木こりの男は女性の背中を優しくさすってやるが、
「だが、これでご加護が得られる……そうだろう?」
そこに通りかかった大きな壺を背負った男が、何かを諦めたように……女性を諭すかのように声をかける。
「お前のところも子供が生まれたばかりだろう!」
壺を背負った男の言葉を聞いた、木こりの男は激昂するが、壺を背負った男は小さく息を吐いただけでその場を後にする。
その背中を見つめて、木こりの男はやり場のない怒りに拳を握りしめ、女性はただ泣き崩れるだけだった。
白波・柾
この世界には残酷なことが多いが
今回のこれは……痛ましいというレベルじゃないな
可能な限り、この手に届く範囲のものを
掬い上げて助けだしたい
そのためには、できることをやるしかない
『目立たない』技能を使って忍び込み
村や教会の内部調査をしてみるか
何か怪しいものが見つかるかもしれない
祭壇などがあるなら、そこに人が集まると思うので
その辺や、懺悔室……
あるいは教会の地下に部屋があるかもしれないな
雛河・燐
子供を生贄にする…か。糞野郎が…。
一度吐き捨てるように言ってから軽い雰囲気を取り戻す
さて、予知からして壺の男じゃないかなって思うんだよなー。
なんとなくって感じではあるけれど、俺一人でどうにかするわけじゃないからそれでいいでしょ。
【影の追跡者】を壺を背負った男に付けて動向を探る。
その間に町の人から聞き込み聞き込み。
【変装】でぼろを纏った放浪の旅人みたいに扮して
【コミュ力】で聞き込む。
聞くのは「理想郷の噂」と「最近生まれた子供」
こんなところに来た理由としてはその「理想郷」の噂を聞いて流れてきた。と
ベガ・メッザノッテ
確かに子供は活き活きしていて元気よネ、生命の象徴と言っても過言でないのはわかるワ。
でモ、加護だの言ってないデ、幸せは自分の力で手に入れるモノって気づかせてあげないとネ!
【POW】&【SPD】
村人としテ、「お祈りに来た」ってことで忍び込むヨ。教会に人がいたら【コミュ力】で何か聞き出せないか試みテ、UCの死霊蛇竜には一般人が入れないような部屋の探索を任せるワ。なんか見つけてきてくれたら「いい子ネ」って撫でてあげるヨ〜
もしリアルタイムで子供が連行されかけてたら助けてあげたいネ、いざという時は死霊騎士を護衛を喚ぶワ!
●口調プレイングに合わせて下さい。
改変アドリブ連携、歓迎です。
ジェット・ラトリオック
【POW】で判定。村内部に旅人を装い、潜入。村人から噂話についての詳細を聞き出す。「コミュ力」「情報収集」
噂が流れ始めたのは何時からか。神の御加護とは何なのか。実際にその御加護とやらを見た事、受けた事はあるのか。
俺も神の存在を信じる身だ。だからこそ、この村の信仰に興味が尽きない。
話は聞くだけでいい。今は少しでも取っ掛かりが欲しい。
(※自由にお任せします)
ピオニー・アルムガルト
行動【WIZ】
私の故郷も過酷な環境だから子供が亡くなるって事はあるけども、それは自然の摂理の中での事。こんな故意的に子供を苦しめ、殺す事は許せるものではないわね…。
幸い穀物や野菜など植物に関してはそれなりに分かっているつもりなので、村へはたまたま立ち寄った流れの商人として立ち入るわね。
村人から怪しまれぬ程度に【情報収集】、教会の人間は特に念入りに調べた方が良いと思うので、旅の安全を祈りに来たという体で【深緑の隠者】をつけて調べてやりましょう!
尊い犠牲はもう出したくはないけど、悲しみの連鎖は必ず断ち切らなくてはいけない。情報か犠牲か、天秤に掛ける場面があるとしたらシビアに見極めようと思うわ…。
アーレイラ・モンクスフード
何かに縋りたいのが人なのでしょうね。
縋り付いた先が毒を持つなど、考える余裕も無いほど。
それでは、教会に直行しましょう
「もし、旅の修道女ですが、数日の宿を貸して頂けませんか?」
自身の教会を将来的に持ちたいので、最近建ったばかりとお見受けするので、学びたいと。
心付け渡し、司祭とシスターに話を聞きます。
奉ずる神の話、熱心な教徒の方はどんな方なのか
聞けたら、外にも情報集めに参りましょう。
教会設立に寄与した者、樽、壺、荷車など子供を隠して運べる物を持ち歩いても不自然で無い者などに当たりをつけます。
ユーベルコードは、怪しいと目星が付く存在がいるか、
他の猟兵の方が目星つけて、追跡方法が無い場合に使用します。
トリテレイア・ゼロナイン
子供が消え、それが神の加護をもたらすと讃える…これでは子を愛していた者達は悲哀を叫ぶことすら許されない
騎士と振る舞うものとしてこのような状況は許せるはずがありません
機械馬に「騎乗」し、「礼儀作法」と騎士道物語から模倣した「優しさ」を用いて遍歴の騎士を名乗り教会に一夜の宿を求めましょう
首尾よく約束を取り付けたら、消えた子供達と神の加護についての噂話を耳にしたと言って神父や司祭に詳細を尋ねます
同時にセンサーで相手の体温の変化を「見切り」動揺するか調べます。
夜になったら「暗視」を使いつつ教会を調べようとする他の猟兵を中から招き入れたり、手に入れた情報を渡したりして援護しましょう。
ニィ・ハンブルビー
神だか何だか知らないけどさ~…
子供を生贄とか物凄くむかつく!
黒幕見つけたら絶対ぶん殴ってやる!
てことで、教会に忍び込んで調査するよ!
まずは空いてる窓とか侵入できそうな所を探して、
周囲に人がいなくなったタイミングで【フワフワの魔法】で空から侵入!
屋内に入れたら魔法は解除して、こそこそと【忍び足】で移動だね!
フェアリーの小さな体を駆使して、
人の入れなそうな物陰やら棚の上やらランタンの裏やら、
とにかく見つからなさそうな所を縫って移動するよ!
探すとしたらどこがいいかな~
こういう場合、地下か屋根裏が怪しいかな?
どっちも外れだったら総当たりだね!
よーし頑張るぞー!
シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎
これ以上の犠牲を出さない為にも
生贄にされた子の共通点を(情報収集、世界知識)で調べ
それを演じて囮になります
危険を伴う為他の猟兵と協力重視
推測すると恐らく
心優しく他者に対して献身的な子
でしょうか?
教会の周辺や中で旅の巡礼者を装い
(医術、コミュ力、歌唱、鼓舞、掃除、料理、祈り、救助活動、優しさ)
を駆使して困っている村人さん達の役に立ちます
いつも私が行っている事ばかり…普段通りにしていれば良さそうね
物が無くても工夫一つで…ほら♪
誰でも分け隔てなく接しますが怪しい方には(礼儀作法、おびき寄せ)で
生贄に選ばれるよう印象付ける
招かれたら要所で花弁をこっそり落として味方への目印にする
グリツィーニエ・オプファー
《WIZ》
はて、生贄に御座いますか
私も贄として『母』に捧げられた身で御座います
贄となった事を、私は決して後悔しておりませぬ
…果して『神』の御許に呼ばれたとされる子達は死の間際、何を思ったので御座いましょう
先ず行方不明事件の情報を集めましょう
…斯様な事を聞くのは酷で御座いますが
子が神の御許へ向かう際、何か変わった事はありませんでしたか?
子の様子、家の様子、何でも構いませぬ
教会の祀る『神』なる存在にも興味が御座います
一体教会はどの様な甘言を教えと騙っているのでしょう
得られた情報は全て猟兵方に開示
世には『三人寄れば文殊の知恵』なる言葉があるとか
ならば、更に集まれば気付かぬ事も見えてくるやも知れませぬ
●森の中
枯草を撫ぜる風は冷たく、この世から全ての熱を奪ってゆくようだ。
人々から熱を奪った風は、木を揺らし、木の葉を巻き上げながら森の中を駆けてゆく。
そして、どこか虚ろな森の中、木こりすら入らぬ獣たちの領域へ迷い込んだあたりで……奪えぬ熱量を持つ集団と出会った。
長く美しい黒髪を乱された、アーレイラ・モンクスフードは駄目ですよと口元を綻ばせて、去り行く風を見送る。
上空へ消えた風を暫しの間見送った後、アーレイラが視線を落として集まった仲間たちを見やれば、
「では、役割を確認しましょう」
丁度、トリテレイア・ゼロナインが各々の役割を確認しているところだった。
村で起こっている事件。
それを解決することが今回の最終目標となる。
そのためには、事件を起こしている張本人とその協力者を探す必要があるのだが……効率的に情報を集めるためにも、集まった仲間で協力し合うのが良いだろう。
そう、効率的に集めなければならない、そうでなければ攫われた子供を救えないし……何より失われた命が報われないのだ。
子供が消え、それが神の加護をもたらすと讃える……これでは子を愛していた者達は悲哀を叫ぶことすら許されない。
騎士と振る舞うものとしてこのような状況は許せるはずがありませんと、トリテレイアは天高く聳え立つ霊樹の紋章を右手に握る。
「ボクは教会に潜り込むつもりだよ!」
祈りをささげるようなトリテレイアに、まず応えたのは、ニィ・ハンブルビーだ。
神だか何だか知らないけどさ~……子供を生贄とか物凄くむかつく! 黒幕見つけたら絶対ぶん殴ってやる! と素直に怒りを表す。
それからトリテレイアの目の高さに浮かんで、小さな手で二、三回空を殴り、こんな風に! と、やる気を見せる。
「アタシも、教会に潜り込もうかしらネ」
ベガ・メッザノッテは鼻息の荒いニィに笑顔を向け、一緒に行く? と、どこからか取り出した飴玉をニィ渡してやる。
飴玉を渡されたニィが嬉しそうにくるくると回り宙を舞う姿を、変わらぬ笑顔でベガは眺め……、
(「確かに子供は活き活きしていて元気よネ、生命の象徴と言っても過言でないのはわかるワ。でモ、加護だの言ってないデ、幸せは自分の力で手に入れるモノって気づかせてあげないとネ!」)
消えた子供たちと村人たちを思う。
何かを犠牲にして手に入れた幸せに何の価値があろうか。
結局のところ幸せなど自分の手で掴まなければ、掴むだけの力が無ければ、意味がないのだ。
そうでなければ、その幸せはすぐその手から零れ落ちてしまうのだから。
「俺も付き合おう」
飴玉を砕きながら頬張るニィに子供の姿を重ねたのはベガだけではないだろう。
白波・柾もまた、ベガたちとともに教会へ忍び込もうと言う。
それから聞かされた予知の内容を思い出して、
「この世界には残酷なことが多いが今回のこれは……痛ましいというレベルじゃない。可能な限り、この手に届く範囲のものを掬い上げて助けだしたい」
今正に起こっている事件を何とか解決したいのだと、捕らわれている子供を掬い上げたいのだと、柾は己の掌を見つめ……そのためには、できることをやるしかないと拳を握る。
拳を握る柾に、ピオニー・アルムガルトは大きく頷く。
ピオニーが育った故郷も過酷な環境で子供が亡くなることもあった……しかし、自然の摂理の中で起こることだ。
だから、命が奪われてしまう結果は同じであっても、今回のように故意的に子供を苦しめて、殺すようなこととは決して違うし、そんなことを許せるはずもない。
「私は、村で軽く情報収集した後、教会の人たちを調べることにするわ」
ピオニーはもう一度大きく頷き、教会の人間が怪しいと思うからそれを調べるわと言うと、
「教会での聞き込みでしたら、私と同じですね」
「私も教会でお話を聞きたいと考えています」
同じく教会の人間を調べようと思っていたアーレイラとトリテレイアも手を上げる。
突然できたという教会……そして、そこに住む司祭と修道女。
この二人が怪しいと思うのは当然のことだろう。
ピオニー、アーレイラ、トリテレイアの三人はお互いの意思を確認するように顔を見合わせてから……頷き合った。
「それでは、私たちは村人から、お話を聞きますね」
シホ・エーデルワイスは、教会へ行く仲間たちから残った仲間たちへ視線を向ける。
これ以上犠牲を出さないために生贄にされた子供たちの共通点を調べ、それを演じて囮になろうとシホは考えているのだ。
勿論それには危険が伴うので、仲間たちの協力が必要である。
異論ありませんよね? とシホが高鳴る胸を押さえながら周囲を見回せば、バケツをひっくり返したような鉄兜を被った男……ジェット・ラトリオックは賛成を示すように頷いた。
ジェットの様子にシホは少し安堵したように息を吐いて、今度はグリツィーニエ・オプファーを見つめれば、
「……果して『神』の御許に呼ばれたとされる子達は死の間際、何を思ったので御座いましょう」
グリツィーニエは思考の海を泳いでいた。
自身も贄として『母』に捧げられたと言うグリツィーニエだが、グリツィーニエ自身は贄となったことを後悔していないのだ。
故に、子供たちが死の間際に何を思ったのか……何を恨み、何に縋ろうとし、何を伝えようとしたのか、それをグリツィーニエは知りたいと考えるのかもしれない。
完全に自分の世界に入ってしまっているグリツィーニエに、シホが小首を傾げていると、その肩を軽く叩かれる。
「おっけーおっけー、俺も村でやりたいことがあるから一緒に行こうぜ」
反射的に叩かれた肩の方へ振り向けば、そこにはにこやかな笑顔を浮かべる雛河・燐の姿があった。
「あ、ありがとうございます」
唐突に話しかけられたシホは礼を述べながらも吃驚した様子で胸元を抑える。
お仕事だからと頑張っているシホであるが、もともとは引っ込み思案気味なところのある女性だ。
不意打ちは心臓に悪い。
「それじゃ、確認も終わったことだし、そろそろ行こうぜ」
驚いた様子のシホに燐は笑顔を崩さず、その肩から手を離すと仲間たちを促すように声を掛ける。
そして、燐の言葉に仲間たちは頷き……各々の目的地へ散っていった。
去って行く仲間たちの背中を見送ってから、燐は空を見上げる。
曇天の空は今にも泣きだしそうで、これから向かう村の人々の心の中を表しているようだ。
「子供を生贄にする……か。糞野郎が……」
そんな空に向かって燐は小さく吐き捨て、重い空気の空を暫しの間見つめていると、
「燐さん?」
燐の足が止まっていることに気付いたのか、シホが振り返って声を掛けてきていた。
「すぐ行くよ」
燐は一度大きく息を吸い込んでから、シホに軽く手を振り……軽快な足取りで仲間たちと合流したのだった。
●教会にて
教会の入り口は開け放たれており、自由に出入りが出来るようになっていた。
トリテレイアは機械馬から降りると、アーレイラとピオニー、それからベガと共に入口を抜けて教会の内部へと踏み込む。
教会は厳かな石造りであり、突然できたとは思えないほどに、広く頑丈にできているようだった。
「これがある日突然できたっていうの?」
「そういうお話でしたが、本当にそうだとすると人間ができる領分を超えていますね」
よくよく観察すれば、作りだけではなく随所に意匠も凝らされている……とてもある日突然できるような代物ではないとピオニーは唸り、アーレイラは物珍しそうに周囲を見回しつつ頷く。
「神の奇跡ってやつかしらネ」
祈る者たちの為に用意されたのであろう長椅子の間を歩きながらベガは、見える範囲で内部を確認する。
奥には立派な祭壇があり、その手前では司祭らしき老人が祈りに来たであろう村人たちに教えを説いている。
司祭と村人から離れて、壁際に司祭たちを見守る修道女の姿がある。
その修道女が立つ壁伝いに奥へ視線をやれば、そこんは上に行く階段と、下へ行く階段の二つが見えた。
おそらく上は寝室、下は懺悔室か何かだろう。
「旅のお方かのう?」
説教が終わったのだろうか、村人たちが立ち上がり、司祭が近づいてくるトリテレイアたちへ笑顔で話しかけてくる。
「はい、司祭様。私は遍歴の騎士。彼女たちは旅の途中で出会った仲間たちです。長旅で疲れ、宿に困っているところで、この教会を見つけ立ち寄らせていただきました」
「どうか、数日の宿を貸して頂けませんか? それに、私は旅の修道女なのです。よろしければ、皆様のお手伝いをさせてください」
トリテレイアが紳士的に話しかけ、アーレイラが勉強の意味でも数日ここに置いて欲しいと司祭の手を取る。
「それはそれは、大変じゃったのう……これも神の御導きに違いない。空き部屋ならある故、ゆっくり疲れをとっていくと良いじゃろう」
アーレイラの手から渡された袋の重みを確認した司祭は、一行の宿泊を快諾する……宿代としては十分と判断したのだろう。
壁際で待機していた修道女を招いて、部屋の用意をするように指示を出した。
何ごとかとトリテレイアたちと司祭の様子を伺っていた村人たちだが、何も問題がなさそうだと判断したのかその場を後にしようとする。
「どうしたのかしラ? 元気ないわネ?」
しかし帰ろうとする村人に、ベガが声を掛ける……気遣うように、友人であるように、あるいは頼りがいのある母のように。
「私は旅の商人なの。もしかすると何か役に立てることもあるかもしれないわ」
そしてベガに続いてピオニーが何かあるのであれば相談に乗ると話しかけると、村人たちはお互いの顔を見合わせて、
「実は、村の子供たちが神の御許へ導かれまして……どうか無事に帰ってくるようにと。村に加護が与えられますようにと祈っていたのです」
その話はすでに知っている。
だが、当の村人から直接聞くとやはり衝撃を隠せない。
なぜこうも素直に、そんな話を信じているのか……、
(「何かに縋りたいのが人なのでしょうね。縋り付いた先が毒を持つなど、考える余裕も無いほど」)
アーレイラは何かに縋りたいからこそだと考えているようだが、はたして本当にそうだろうか? ベガとピオニーは視線を絡ませて、
「皆さん。お部屋の用意ができましたよ」
さらに情報収集を行おうとしたが、二階から降りてきた修道女が微笑みながら声を掛けてくると思わずそちらを振り返り……それを見た村人たちは一礼をして教会を後にした。
「司祭様。先ほどの村人たちの話なのですが、詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
夜になり、質素な食事を終えた後、トリテレイアは先ほどの村人について司祭へ訪ねる。
騎士と振る舞うものとして困っているものは見捨てられないと語るトリテレイアに、司祭は好意的な視線を向ける。
「私はここに来たばかりでのう。あまり村の者たちのことは詳しくないのじゃが……それでもあの農家の夫婦が、どうか貴方の元で子供を幸せにしてくださいと祈りに来ている姿は胸に来るものがあるのう」
それから村で起こっている事件について詳しく説明した後に、毎日祈りに来る農家の夫婦を思い出したのか天を仰いで両の手を重ねる。
「消えた子供たちはどんな子たちだったのかしラ?」
「居なくなった子供たちは、どの子供もとても信心深い良い子たちでした」
涙を見せないためにか、天を仰ぐ司祭にベガが子供たちのことを聞けば、司祭に変わって修道女が消えた子供たちの記憶を語る。
「居なくなってしまったのは寂しいです。しかし、選ばれた子供たちはとても幸運です」
そして、居なくなったことを幸運だと、本当にそう信じ切っているかのように笑顔を見せた。
「幸運?」
「神の御許であれば、幸せに暮らせるであろうからのう」
居なくなって何が幸運なのか? そんな当たり前の疑問をピオニーが口にすれば、司祭は溜息交じりに答える。
「農家の夫婦は信心深い方なのですね。他にも熱心に祈りを捧げている方はおられるのでしょうか?」
溜息交じりの司祭に、手伝いをする上で熱心な人は覚えておきたいのでとアーレイラが訊ねると、
「パン屋は何時も無言で祈っておるよ……娘が早く帰ってこれるように祈っておるのじゃろう」
「彼女たちのおかげで加護は与えられるのですから、きっと皆救われます」
司祭はパン屋も熱心だと答え、修道女はまるで決定事項のように加護が与えられると断言した。
修道女の自信が何に裏付けされているのかは分からないが……信仰心の強さ故の自信だろうか。
「わしに出来ることは、神の教えを説き、彼らが心穏やかに過ごせるように導いてやることくらいじゃ」
だとすると己の力の無さを嘆くように天を仰ぎ続ける司祭は、信仰心が薄いのだろうか。
いずれにしてもこの場で判断できることでは無さそうだ。
ピオニーとアーレイラは頷き合うと、司祭と修道女の両方にそれぞれの自然に溶け込む者と薄暮を歩く者を付けて監視することにする。
そして、二人の様子をずっと観察していたトリテレイアは、二人ともに動揺した様子が無いと判断する。
ただ、修道女はあまりにも心の揺らぎが無いように思え……得も言われぬ違和感を感じていた。
●深夜の教会
誰もが寝静まり、時折風に揺らされた木々がこすれる、乾いた音ばかりが聞こえる夜の時間。
「飛びあがれー!」
風の魔力で自分を包むことで空中移動を可能にしたニィが、二階から教会内部へ侵入する。
内部に侵入したニィは、空中移動を解除してこそこそと移動する……目指すは屋根裏。
秘密の何かを隠すのであれば、人の出入りが無いところに隠したいと思うのが心情と言うもの。となれば地下か屋根裏が鉄板だろう。
ニィは体の小ささを活かして、とてとてと石造りの廊下を走り、物陰から物陰へ素早く移動しては屋根裏へと続く道を探す。
教会の内部はとても静かで、足音を立てないようにしても僅かばかりの音が響いている感じがして……気が気ではないが、今のところ誰かが起きてくる気配もないようだ。
(「どこかな?」)
とは言え長居は無用。なるべく早くに仕事を片付ける必要がある。
ニィはきょろきょろと左右を見回しては上に続く階段が無いかを探すが……二階の全ての廊下を回っても、上に続く階段など無かった。
(「外から見た感じだと、絶対もう一つ上があるはずなのに!」)
構造的にもう一階あるはずなのに! と、ニィが首を傾げて……ふと頭上へ視線を向ければ、そこに人一人が通れそうな大きさの不自然な穴が開いていることに気付く。
暗視の力を使ってその穴をよくよく見つめれば、その奥に空間があることが分かる。
なるほど、屋根裏にははしごか何かでしか行けないようにしているのだろう。
それはそうだ、簡単に行けるところにあったらそこに何かを隠せるはずもない。
ニィは一人頷いて、もう一度空中移動でその穴を目指す……と、不意に真横の扉が開く音がした。
桃色の羽をびくりと震わせたニィは、全速力で穴の中に飛び込み身を隠す……それから扉が閉まり、足音が遠退いて行くのを確認してから穴の中から顔をのぞかせて、
(「見つかるかと思ったー!」)
口の中から聞こえそうなほどに高まった胸の鼓動を抑えながら、どこかへ向かっていく修道女の後ろ姿を確認した。
(「どこへ行くのかな?」)
修道女の後ろ姿を見送ったニィはその行先を気にするが……まずはこの部屋の調査が優先と思いなおして、あちこちを調べ始める。
しばらく調べていると、壺の中に鉄の鍵束を見つけ、
(「隠してたってことは重要なものなのかな?」
その鍵束を前に首を傾げる……使用頻度の高い鍵であれば持ち歩いているはずだ。
手の込んだ隠し方をしていると言うことは、使用頻度が少ないが重要なものと言うことだろう。
ただいま持ち出しては何者かが侵入したことに気づかれる。
ニィはその鍵束の位置を覚えて……その場を後にした。
教会の裏口をベガが空けると、柾が周りを警戒しながら中に入ってくる。
それから二人で地下へ向かうと……地下独特の臭いだろうか。
すえたような、生臭いような、そんな臭いと湿気が充満する、何とも居心地の悪い空間が広がっていた。
そして、そこには幾つかの牢屋らしき部屋と、懺悔室のような部屋があった。
教会に牢屋と言うと異様な気もするが、不信心なものを懲罰することもあるのだろう。
(「もっともここが、本当に教会であるのならば、だが」)
不穏な想像に向かった頭を横に振って、柾は牢屋の中身を覗こうとするが、牢屋そのものが施錠されており中に入ることはできない。
それならばと、柾はまず懺悔室へ向かおうとすると……その途中でベガが、呼び出した死霊蛇竜を牢屋の中を調べていた。
(「なるほどな」)
戦闘用の死霊蛇竜が何か細かいことをできる訳では無いが、何かを見つけたら知らせるくらいは出来るだろう。
柾はベガに頷きながら、懺悔室に入る
その懺悔室は、懺悔をするものが座る場所と、司祭が座る場所を仕切りで分けた一般的な懺悔室だった。
(「普通だな」)
柾は正面の布をめくってみたり、司祭が座る側を調べたり床を叩いたりして見るが、特におかしなところはなく、本当にただの懺悔室のようだ。
何もないのか? 柾がそう思い始めたころ、ベガが慌てた様子で懺悔室に飛び込んできた。
どうしたと訊ねようとする柾の唇に人差し指をあえて、ベガは地下室の入り口付近へ目をやる。
釣られて柾がそちらを見やれば……丁度修道女が地下室に降りてくるところだった。
感づかれたのか? と、狭い部屋でお互いの顔を見合わせながらも柾とベガは息を潜める。
修道女の足音に耳を澄ませば、牢屋の中を一つ一つ覗くように確認しているようすだ……そして一通り確認し終えたのか、次は懺悔室へ近づいてくる。
徐々に近づいてくる足音に、柾たちの鼓動は跳ね上がり……、
「どうかされましたか?」
いよいよ足音が目の前まで来たというところで、不意に階段の方からトリテレイアの声が聞こえる。
「騎士様こそどうなされました?」
「何者かの気配があったものですから」
声を掛けられた修道女は穏やかな声で聞き返し、トリテレイアはさも不審者の可能性を考えたのだと言わんばかりに返す。
実際不審者はこちら側なのだが……騎士と言う立場を謡っているものであれば自然な流れだろう。
「いえ、探し物をしていたのですが……もう大丈夫です」
トリテレイアの回答に一瞬考えるそぶりを見せた修道女は、変わらず穏やかな声で大丈夫と返答し……すぐに二つの足音が階段を上がっていく音が聞こえた。
「ピオニーとアーレイラがトリテレイアに知らせてくれたのだろうか」
「心臓が止まるかと思ったワ」
完全に足音が聞こえなくなってから、柾とベガは懺悔室から出て胸を撫で下ろす。
そしてふと懺悔室の裏側へ目をやればそこには、妙な隙間がある。
不信に思った柾が、その隙間を覗くと……懺悔室に隠されるように鉄の扉があるのを見つけた。
だが、その鉄の扉にも鍵がついており、簡単には開かなそうだ。
柾とベガは頷き合うと、その場を後にした。
●村にて
どこか寂しい村だった。
何かに怯えたような、それでいて何かを期待しているような……そんな漫然とした廃退を感じさせる村だった。
その村の中央付近から歩いてくる壺を担いだ男が、目の前を通り過ぎるのを眺め……燐は影の追跡者を男につける。
「理想郷について知っているかい?」
それから燐は昼時の休憩をしているのか、井戸の周りに集まっている村人たちへ軽い調子で話しかけた。
「理想郷? ああ、もしかして神様のご加護のことかい?」
話しかけられた女性は一瞬首を傾げるが、村で噂になっていることと言えばそれくらいしかないなと思い至ったのか、ご加護のことかと聞き返してくる。
「その神様のご加護のことを知りたい」
聞き返してきた女性に、ジェットが頷く。
しかし、何故そんなことを聞くのかと疑問を持った様子の女性に、ジェットは立て続けに話しかける。
「俺も神を信じる身だ。その加護がどのようなものか興味があってな」
ジェットも神を信じる身だ。だからこそ、この村の信仰に興味がある。
それは事実であるので、真剣さが伝わったのだろう、それならと女性はこの村で噂されている神のご加護と、消えた子供たちについて詳しく説明する。
「不躾に失礼しました。私たちは旅の巡礼者なのです。それで、消えた子供たちはどんな子たちだったのですか?」
噂については既に知っている内容……だが、消えた子供たちについては不明な部分も多い。
シホは自分たちが旅の巡礼者だと説明し、子供たちについて聞こうとする。
女性は何時の間にか集まって来ていた村人たちと顔を見合わせて……話すべきか迷っているようだ。
「巡礼に必要なことかもしれませぬ。何でも構いませんので話してください」
しかし、グリツィーニエが巡礼に必要なものかもと伝えると、やましいこともないしと村人たちは話を始めた。
「最初はパン屋の娘だったねぇ。変わった娘だったけどねぇ。可愛い女の子だったんだよ。父親っ子で、いつも父親について回っていたねぇ」
「なるほどね。でも、そんなに父親にべったりだった娘が消えて、父親はどうなってしまったんだい?」
最初の被害者はパン屋の娘のようだ。
可愛がっていた、何より懐いていた娘を失ったパン屋の親父はどれほどの悲しみを背負ったのだろうか。
そのことについて燐が減給すると、
「あぁ……娘が居なくなって以来、呆けたようになっちまてねぇ。焼き過ぎでパンがほろ苦くてしょうがないさ」
話していた女性は少し鼻をすすって、苦くてしょうがないと言う。
例え苦くてもそのパンを買い続けているあたりに、この女性の人の好さがうかがえるなと燐は目を細め、次は誰だったんだい? と促す。
「次は大工の息子だったなぁ、神様なんて信じてねぇとんでもない悪ガキだったよ! ……でもなぁ、なんて言うかなぁ。居なくなっちまうと寂しいもんだなぁ。早く帰ってくると良いなぁ」
燐に促されると、女性ではなく近くに居た他の男性が話を始める。
二番目に消えた子供は大工の息子のようだ。
大工の息子に信仰心などなかったようだが、悪戯好きな子供は大人から見たら可愛いものだろう。
その子供について語る男性は本当に辛そうに言葉を紡いだ。
その子の親はどうなったのか? とジェットが促すように見つめると、
「両親は兄弟を連れて村を出て行ってしまったよ。他の子どもまで取られるのが嫌だったんだろうな」
その視線を感じた男性は、肩をすくめた。
良くわからない子供の失踪事件が続く村……そんなところからは早々に立ち去るという判断はまともに思える。
「その後が、今回の事件でしょうか?」
「いや、その次は農家の息子か。朝から晩まで働かされている可哀そうな子だったな。あの子は……神の御許へ誘われて幸せだったかもしれんな」
その次が今回の失踪事件なのか? と問うシホに、村の男性は首を横に振る。
今回の事件の前に、もう一人消えているのだと……だが、その子はあまり幸せだったとは言い難く、もしかしたら連れていかれたのは幸せかもしれないと、その男性は語る。
村人の話を聞いたジェットは腕を組む。
村の子供、と言う以外に特に共通点が見当たらない……シホが想定していたように、心優しく他者に対して献身的な子というわけでもないようだ。
「……斯様な事を聞くのは酷で御座いますが、子が神の御許へ向かう際、何か変わった事はありませんでしたか?」
「どの子供も自分から進んで消えたかのように、手荷物と共に忽然と消えていたんだよ、争った後も無ければ連れ去られる姿を見たものも居ないんだ」
ではと、グリツィーニエは子供が消えた時の状況を聞いてみると、村人は子供は自分から進んで消えたかのようだと答えた。
争った形跡があれば、連れ去られた可能性もあるが、それがない……しかも三人連続でとなれば神の軌跡と信じたくなるのも頷ける。
だが、これは神の軌跡などではなく、誰かが起こしている事件に過ぎない。
そのことを知っているグリツィーニエが何とか糸口がないかと思考していると、
「神の御加護の噂を最初に言い出したのは誰なんだい?」
燐が神の御加護の噂を広めた人物について質問する。
燐に問われた村人たちは暫しの間視線を宙に彷徨わせ……そうだそうだと手を叩く。
「一番最初に言い出したのは、ほらパン屋の娘だよ」
「そうそう、確か神様から啓示をもらったんだよ~って嬉しそうに話して回っていたわね……そのすぐ後くらいに、例の教会が見つかって」
「そのすぐ後にパン屋の娘が消えてしまってね……いよいよ、本当に神のご加護があるに違いないってなったんだよね」
それからその噂はパン屋の娘が広めたのだと口々に言い始めた。
最初に噂を広めた人物、そのすぐ後に発見された教会、そして神の御許へ導かれた娘……何もかもが出来過ぎているなと燐は肩をすくめ、グリツィーニエはさらに思考を深める。
グリツィーニエは教会の甘言で村人を惑わせているのかと思っていたのだが、噂の出所が被害者だとすると……敵は思った以上にしたたかなのかもしれない。
「ご加護は得られたのか?」
グリツィーニエが思考の海に沈んでゆくのを横目に見つつ、ジェットは結局加護とやらは受けられたのかと村人に問うと、
「何も変わらないさ……だが、実際に子供が消えているんだ。ならそのうち神のご加護が得られるってもんだろう?」
そうでなければ子供たちは何のために消えたのさ……と、村人たちはどこか自虐的に答えたのだった。
●そして再び森の中
「壺の男は黒だった」
猟兵たち森の中に再び集まると、燐がいきなり本題から切り出した。
「言いきれるのか?」
「うん、あの壺の中に大量の虫と汚物が詰まっているのを確認したんだ。彼が協力者で間違いないよ」
そんな燐に、念のためと言った様子で柾が問えば、燐は再びはっきりと言い切った。
燐が影の追跡者で見た光景……それは壺を担いだ男が、村はずれの砂場で壺を逆さにし、中身を捨てていた光景だった。
捨てられていたものは……死体ではなかったが、壺の中に死体が入っていたと証明するには十分な代物。
燐の話では、男は壺の中身を砂で洗ってから再び村に帰ったという……どんな手段を使って子供をさらっているのかは不明だが、犯人である可能性は非常に高いだろう。
「こちらは教会の地下に怪しい扉を発見した」
「扉は鍵がかかっていて開かなそうだったワ」
柾はふむと唸った後、ベガと共に自分たちが何を発見したのかを報告し、
「ボクは屋根裏で鍵を見つけたから、それの鍵かも!」
その報告を聞いたニィが両手を上げて扉の鍵かも! と主張する。
回りくどい隠し方をされていた扉と鍵だ。
同一人物が隠したとしても不思議ではないだろう……となれば、やはり子供は教会に監禁されているとみるべきだろうか、そして教会に監禁されているのならば、黒幕は教会関係者と考えるのが筋である。
「司祭については、特に怪しい動きはありませんでした」
「修道女も、怪しい動きはしていなかったわ」
筋ではあるのだが、アーレイラとピオニーが追跡した限りでは二人とも怪しいとは言えなかったようだ。
修道女については一度、柾と接触しかけたが、あれは泥棒を警戒して見回りに出たとも見えるので微妙なところだ。
「村人をお手伝いしながら、さらに教会の情報を集めてみましたが、みな一様に教会に感謝していました」
掃除や料理などの技能を駆使して村人を少し手伝っていたシホも、教会については何も怪しい噂を掴めなかったと言うが、
「あの修道女には少し違和感がありました……いえ、違和感がなさすぎるのが違和感と言った方が正しいでしょうか」
トリテレイアは少し考えこむ。
言語化するのは難しいのだが、強いて言うなら美しくあれと望まれて生まれてきた絵画のようだとトリテレイアは言う。
「いずれにしても黒幕は断定できていない、ということでございますね」
トリテレイアの言葉に、断定できないのであればさらに情報が必要ですねとグリツィーニエは頷き、ジェットもまた同意を示した。
一通りの情報は集まった。
後は次の段階に向けて情報を整理することが必要だろう。
一行はお互いに頷き合うと、再びそれぞれが手に入れた情報を精査し始めたのだった。
成功
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第2章 冒険
『内通者』
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POW : 怪しい者を締め上げるなど強引な捜査を行う
SPD : 聞き込みや尾行など足で情報を稼ぐ
WIZ : 占いや推理を駆使して捜査方針を決める
👑11
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●暗闇の中
『それ』は考える。
「あの娘を生贄に捧げて三日。あと二日もすれば儀式は完成するでしょうか」
体力のない子供であれば三日も捧げれば十分だが、念のために二日ほど余裕を見るのが良いだろう。
意外と生き残りたいと願う力は強いものだ……だからこそ、生贄に相応しいとも言えるが。
「今度こそ、加護が与えられるとよいのですが」
そしてどうか加護によって、平穏な世の中になりますようにとそれは祈る。
生贄を捧げた先に求めるもの、それは平穏な世界。
誰もが楽しく笑って、誰もが苦しまず……それが永遠に続く世界。
「素晴らしいです」
夢想するその世界に、それは満足そうな笑みを浮かべる。
ユートピア……その世界に辿り着くまで、命を捧げ続け、ただ待とう。
●夕暮れを背に
重い足を引き摺って帰路へ着く。
背中の重みは何の重みか……空になったそれを背負いなおす。
約束の日まで後二日。
あの娘はきっと死ぬだろう。
皆と一緒に理想郷へ案内すると伝えたときの、あの娘の顔が忘れられない。
こんな僕でもみんなの役に立てるんですねと笑った少年の顔が忘れられない。
パン屋の娘を連れ戻しに行くんだと正義に燃える少年の目が忘れられない。
何の疑いも持たず、ただ言いなりに動いたあの娘の笑顔が忘れられない。
――あの子供たちの死に顔を、苦痛に歪んだあの顔を決して忘れない。
犯した罪を償う術などもうないだろう。
それでも……それでもだ、この役割を担う限り、自分の子供だけは守ることができる。
男は自分の腕から血が出るほどに爪を立て、
「何がユートピアだ。ばかばかしい」
吐き捨てるように言い捨てた。
ベガ・メッザノッテ
やっぱり鍵があったのネ。怪しい扉…開けられるとなれバ、行くしかないワー!
念の為に『リザレクト・オブリビオン』の騎士を護衛ニ、蛇はアタシたちが屋根裏に鍵を取りに行く/扉を開ける時に先陣をきってもらうノ。
屋根裏は確定デ、恐らくその部屋も暗そうネ?なら【暗視】で蛇に続いてガンガン行くワ〜!
もし鍵で扉が開かないようなら【封印を解く】で侵入できないかしラ?
子供が消えてゆく原因の手がかりや情報が手に入ればミンナと共有、怪しい影があれば警戒しつつ着いていくヨ。
●口調プレイングに合わせてください。改変アドリブ連携、歓迎です。
ピオニー・アルムガルト
行動【SPD】
私は引き続き教会で【情報収集】をしてみるわね。
自身の【追跡】とユーベルコード【深緑の隠者】を併用して、成果の是非は分からないけど――どちらかというと怪しいと個人的に思う修道女の方に監視の意味も込めて探りや追跡を試みようかしら。
懺悔室の方を調べに行く方もいると思うので、足止めも視野に入れておきましょう!
ユートピアなんて見た事もない夢物語にこれ以上犠牲を出させてたまるもんですか!みんな絶対にオブリビオンを見つけ出すわよ!
白波・柾
猟兵の第六感は侮れない
図星ではなくとも、何らかの解決の糸口が見つけられたと思っていいだろう
今度は村の者に聞き込みをしてみようか
怪しい物言いをする者が居れば物わかりよく聞き込みを終えた振りして
【目立たない】を利用して尾行を試してみたい
そうそう、可能なら壺の男にも話を聞いてみたいが
壺の男をもう一度尾行してみるのもありかも知れないな
そして隙があれば、屋根裏で見つけたという鍵と、懺悔室の裏の扉を確認してみよう
この先に何らかの手がかりがあるハズだ―――そう信じたい
トリテレイア・ゼロナイン
教会に客人として潜入し、ある程度は信頼されている(ように見える)以上、壺の男への尋問は他の方に任せ、引き続き教会内部から味方を支援します
件の扉に潜入、あるいは強硬突入する際には教会関係者の足止めや下準備も行っていきましょう
それにしても最初の行方不明者の少女の見た啓示が気になります
オブリビオンの『ゼラの死髪黒衣』は少女の精神を乗っ取り行動します
これとはまた違った形でしょうが、この件の黒幕は何らかの精神干渉を村人に行っているのではないでしょうか?
あの修道女の落ちつきよう、気になります。オブリビオン、または操られている犠牲者の両面の線を考慮し、騎士として女性を気に掛ける体で動向を注視していきましょう
ニィ・ハンブルビー
ん~
屋根裏に一番近い部屋を使ってる辺り怪しいような…
まあいいか!頭脳労働は仲間に任せよう!
折角鍵が見つかったことだし、ボクは扉の向こうを確かめに行くよ!
子供が捕まってるなら、早めに助けてあげたいしね!
忍び込み方は、前回と同じく夜陰に…
いや!時間をかけすぎると犠牲が増える予感がする!
仲間に気を引いてもらうよう頼んで、昼間から最速で侵入しよう!
物陰を縫って、【忍び足】でこそこそ忍び込むよ!
仲間に貰った情報も駆使して、最短ルートで鍵を確保して扉へゴー!
子供が捕まってたら可能な限り助けたい!
縄や鎖で縛られてたら、【怪力】で引きちぎる!
動けないようなら、【フェアリーランド】で連れてこう!
さあ頑張るぞー!
シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎
急がないと…
壺の男性の協力を得る為(コミュ力、優しさ、覚悟)で説得
もし怪我をしていたらUCで治癒
従うしか選択肢が無い事は
他の村を見てきて分かります
でも
本当に従っていれば自分のお子様を守れると思いますか?
村の他の子達を捧げても足りなかった時は?
私はこの村の子全員を助けたいです
そしてお子様の為にあなたにも生きて償って欲しいです
後悔が少しでもあれば私達に全て話して頂けませんか?
もし私が今捧げられている子の代わりに生贄になる事で
その子が助かるのなら喜んで代わります
その際は(勇気と覚悟)と【贖罪】で耐える
生贄の子が生存時
医術とUCで手当て
脱水症状用に塩を少し混ぜた水も用意しておく
雛河・燐
さて。じゃ今度は修道女に【影の追跡者】付けとこうかねぇ。
動向を知るにも、ちょいと後ろ暗い覗きにも、ね?
ふむ?鍵穴があるなら【鍵開け・早業】しちゃおっか?鍵持って来るの面倒でしょ?開かなかったら笑って済ませるけど
侵入の際には【変装】で村にあわせた服装にして【目立たない・忍び足】で入っていく。
誰か来た場合には【地形の利用】や【クライミング】【ロープワーク・ワイヤー付きフック】で隠れて相手を見る。
壺男単独であれば、壺をちゃんと下ろしたタイミングで【騙し討ち・暗殺】。ああ殺さないよ?気を失わせるだけさ。
その後は拉致拉致。
修道女の場合? うーんスルーで。一般人なのかも分からないし、黒いけど灰色だし
アーレイラ・モンクスフード
ふむ、どうにも教会自体に突ける綻びを見つけられなかったようですし、村内の協力者から突く方が良さそうですね。
先ずは皆さんの捜査方針の人手として動きアドリブ効くように動きましょう。
主に協力者の説得にウェイトを。
ユーベルコードも
メインは超常の力を見せて
我々に賭ける説得力を上げるために使用。捜査に数が必要ならそちらに使います。
「貴方は化け物に賭けるのですか?化け物は反故にする気などなく、彼等の善意で裏切りますよ?」
「それに、万に一つ貴方と大切な方が助かったとして…その手で触れるのですか?その顔で笑いかけるのですか?」
「罪は無くなりません。ですが、まだ濯ぐ方法があるのですよ?全てを洗い流せずとも。」
グリツィーニエ・オプファー
《WIZ》
はてさて皆様の話を整理すると
最も怪しいのは壺の男で御座いますが現時点で断定出来ませぬ
とはいえ彼との接触は決して無駄にはなりますまい
彼が内通者であれば犯行を止めさせる為に、皆様と彼の説得致しましょう
それが叶えば黒幕の元へ向かう手立てが見つかるやも知れませぬ
何よりも今回のの黒幕へと繋がる何よりもの手掛りなのですから
――ハンス、如何でしょう
純粋なまでに神を、そして理想郷を信じた子ども達
その子達の顔が、絶望で歪む場面を幾度と見てきたのでしょう
貴方は己の子を守る為に、これからも罪を重ねていかれるのでしょう
…我々は力を持つ者
この悲劇を終らせる事が叶うやも知れませぬ
――御協力を願えませぬでしょうか
●決意を新たに
葉を落とした木々の下。
まるで尖った槍でお互いをけん制し合うように枝を伸ばす木々の合間から、わずかばかりの光が零れてくる。
その光を掬い取るように掌で受け止めれば、光は優しく……冷え切った掌を温めてくれた。
自分たちは村人にとっての光となれるでしょうか? と、シホ・エーデルワイスが掌の光を見つめる中、
「やっぱり鍵があったのネ。怪しい扉……開けられるとなれバ、行くしかないワー!」
ベガ・メッザノッテはまとめていた情報にあった、鍵の存在に扉を開けるしかないと拳を握る。
ベガ自身が発見者の一人となった怪しい扉。
前回はそれを開けることができなかったが、仲間が見つけた鍵があれば開けられるに違いない。
その鍵を見つけた功労者である、ニィ・ハンブルビーは屋根裏に一番近い部屋を使っていた修道女が怪しいような……と、ふよふよと浮かびながら頭を両手で押さえていたが、
「折角鍵が見つかったことだし、ボクも扉の向こうを確かめに行くよ! 子供が捕まってるなら、早めに助けてあげたいしね!」
頭脳労働は他の人に任せよう! と割り切ったのか、ニィも両手を握って拳を作り、それを空へ掲げる。
「それなラ、一緒に行動ネ」
「絶対助けるよ!」
そんなニィにベガが笑みを浮かべると、ニィはベガの目の高さでくるくると回りやる気を見せた。
「ふむ、地下の扉の先には何か手掛かりがあるはずだ」
協力関係の印かお互いに飴玉を交換し合うベガとニィを見つめながら、白波・柾は考え込む。
あるはずだ……と言うよりも、そう信じたいと言うのが本音だろう。
それは、柾自身も地下の扉を見つけた一人だからと言う理由ではなく、囚われた少女を早く助けたい想いからだろうか。
「俺は、今度は村の者に聞き込みをしてみよう」
しかし、その想いがあってなお、柾は村へ行くことを決める。
地下の扉が外れと言う可能性もある、その可能性を潰しておく意味でも村へ聞き込みに行くことは無駄ではない。
「では、地下の扉はニィさんたちにお任せして、村内の協力者から突くとしましょう」
柾に同調するように、アーレイラ・モンクスフードが首を縦に振る。
前回の行動では、教会自体に突ける綻びが見つけられなかった……教会の人間が尻尾を見せる気配がない以上、別の角度から突いてみるのも良いだろう。
「頼りにしていますね」
もっとも、柾にしてもアーレイラにしても地下の扉に直行しない選択ができるのは、ニィたちの行動方針のおかげだろう。
「はてさて皆様の話を整理すると、最も怪しいのは壺の男で御座いますが現時点で断定出来ませぬ」
頼られて、やる気を表現するようにアーレイラの周りをぱたぱたと飛ぶニィを眺めつつ、グリツィーニエ・オプファーは腕を組んで考える。
「えー、黒だと思うよ?」
そんなグリツィーニエに、雛河・燐が首を傾げる。
燐が見た光景は壺の男が黒だと判断するに十分なものだったが……確かに、断定できるかと言われれば疑問の余地はある。
「そうでございますな。とはいえ彼との接触は決して無駄にはなりますまい」
それに前回は黒だと疑って接触できたわけではない。
「直接言葉を交えれば、伝えられることもありましょう」
「それもそうだね」
情報を得られた今だからこそ伝えられることもあるし……何より彼が内通者であれば犯行を止めさせる為にと、壺の男と会うことを決めた様子のグリツィーニエに、燐はそれもそうかと軽く頷く。
「さて。それじゃ俺は地下室を調べるついでに修道女を見張るとしよう」
軽く頷いてから燐は、自分の行動を宣言する。
修道女の行動には不可解なものがある……それに、動向を知るにも、ちょいと後ろ暗い覗きにも、ね? なんて悪い顔を見せる燐を、
「あの、悪いことはいけませんよ」
シホがおずおずとたしなめるが、そんなシホの顔を覗き込みつつ燐は冗談だってと軽く手を振る。
「あの修道女の落ちつきよう、気になります」
燐の言葉がどこまで冗談なのか分からずシホが、トリテレイア・ゼロナインの後ろへ隠れると、トリテレイアは修道女が気になることには同意だと燐に頷く。
「客人としてそれなりに信頼を得られていると思いますので、私は皆様を支援しましょう」
「あ、私も何かあった時には足止めとかするわね!」
堂々と正面から教会に入って足止めをする役割が必要だろうと言うトリテレイアに、ピオニー・アルムガルトが自分も、と手を上げ、
「あとは、引き続き教会での情報収集もしようと思ってるわ」
さらに何か情報が無いかを集めると、ピオニーは言う。
前回の様子だと教会の人間が何か尻尾を見せるとは思えないが……話を聞くこと自体が、足止めにつながるだろう。
「オブリビオン、または操られている犠牲者の両面の線を考慮し、騎士として女性を気に掛ける体で動向を注視していきましょう」
トリテレイアはピオニーに頷きつつ、犠牲者であるのならば助けねばと己が騎士道を示し、
「これ以上犠牲を出させてたまるもんですか! みんな絶対にオブリビオンを見つけ出すわよ!」
ピオニーが決意と共にウィザードロッドを高々と掲げると――その言葉に頷いてから、一行は各々の目的地に向かって散っていった。
●協力者
「そういえば司祭様より先に修道女様がいらっしゃったんだよなぁ……どらくらい前だっけ?」
村での聞き込みを開始した柾は、何か怪しい動きをするものが居ないか注意深く観察していたが……今のところ特に怪しい人物はいないようだ。
これ以上、村人たちから新しい情報は引き出せないなと柾が考えていると、村の外れから教会の方向へ向かう壺を担いだ男を見つけた。
「あの教会について聞きたいのだが」
「ん? ああ、司祭様と修道女様がおられるが、興味があるならあんたも祈りを捧げに行くかい?」
どこか疲れ切った顔をしたその男は、人の好さそうな笑顔を柾に向けてくるが……柾にはそれが緊張を隠しているための笑顔だと分かる。
「いや、変わっている場所なら見に行きたかったのだが、そうでないなら止めておこう」
そんな壺の男の言葉に、柾は教会への興味を失ったふりをすると、男はそうかい? と、肩をすくめて再び歩き出した。
(「これで良しっと」)
村人に紛れ込んで説教を聞いていた燐は、二階へ上がる修道女の後に召喚した影の追跡者をつける。
影の追跡者は燐と五感を共有する上に、発見されにくい……故に、シホにたしなめられたような使用方法も勿論あるが、燐は小さく肩をすくめる。
「そのご加護についてなのだけれど――」
それから、説教に夢中な司祭と村人たちに、ピオニーが質問をぶつけている隙をついて……柱を背負いながら、地下室へと移動した。
地下室は相も変わらず、すえたような、生臭いような、そんな臭いと湿気が充満するしている。
(「こんなところに長居はしたくないってね」)
燐は素早く懺悔室の裏に回り、隙間から鍵開けを試みる。
危険を背負って屋根裏から鍵を持ってくるより、直接開けてしまえれば簡単だと思ったのだが……そう簡単な鍵ではないようだ。
(「ま、分かってたけど――」)
内心無理だろうと思っていた燐が小さく舌を出したところで、階段を下りてくる音が聞こえてきた。
修道女は……二階でトリテレイアと何かを話している。
燐はワイヤーフックを天井に投げて隙間に引っ掛け、ロープを体に絡ませながら飛び上がる。
それから指の力で上半身を、引っ掻けたフックで下半身を固定して、蜘蛛のように天井に張り付くと……丁度張り付いたところで地下室に壺を抱えた男が入ってきた。
(「お?」)
天井から壺の男の様子を見ていた燐は、男が壺を降ろすのを確認して……音も無く男の後ろに降り立ち、ロープで首を絞める。
たっぷり十秒ほど締め上げたところで、燐がロープを緩めると気を失った男はゆっくりと膝から折れた。
膝から折れる男の体を、目立たないように追跡していた柾が支え、不意に現れた柾に燐がびくりと肩を震わせるが……男をこのまま拉致するのであれば人では多い方が良い。
(「やはり鍵が必要か」)
柾は先に燐が居たにもかかわらず扉が開いていない事実に、鍵の必要性を悟り……その後は黙々と男を壺の中に押し込み、二人で運び出した。
「ここは?!」
目を覚ました男が飛び起きる。
それから慌てて周囲を見回せば、丁度男が寝ていたあたりで驚いたように自分を見つめるシホの姿があり……どうやらその膝に頭を乗せて眠らされていたのだと理解すると、男はシホから目をそらして頬をかく。
「お前が誘拐犯だな?」
そんな男を木の陰で見守っていた柾が、無駄な時間などないとでも言うかのように直球をぶつける。
「何を根拠に――」
直球をぶつける柾を男は鼻で笑おうとするが……、
「巡り廻る星の子ら、数多にして独りなる者よ、その一握を我が前へ」
柾の横に居たアーレイラが百十五の星界精霊を呼び出し、周囲に漂わせる。
「――ハンス、如何でしょう」
唐突にアーレイラが呼び出した大量の異物に男が言葉を失っている間に、グリツィーニエがカラスの姿をした精霊ハンスを腕にとまらせる……ハンスの姿こそよく見るものであるが、その瞳には言い逃れを許さぬ圧力があるように男には思えた。
「嘘をついても意味はないよ? 分かっているでしょ?」
超常の力を見せつけらえて奥歯を噛み締める男の様子に、燐がみなまで言わせないでよとばかりに笑いかけると、
「だとしたら……?」
男は諦めたように、その場に座り込んだ。
「私は……私は、今捕まっている子供を助けたいです。それだけではありません。私はこの村の子全員を助けたいです」
座り込んだ男の手を握って、シホは訴えかける。
全員助けたい、それはシホの裏表のない、切なる願いだ。
「もし私が今捧げられている子の代わりに生贄になる事で、その子が助かるのなら喜んで代わります」
自分の身を犠牲にしてでもと、手を握ったまま身を乗り出して訴えかけてくるシホの目を真直ぐに見つめられなくなった男はシホから視線をそらし、
「純粋なまでに神を、そして理想郷を信じた子ども達。その子達の顔が、絶望で歪む場面を幾度と見てきたのでしょう」
今度はグリツィーニエの揺らめく花天蓋の瞳と目が合う。
シホの優しさや健気さは男が連れ去った子供たちと被るものがある……故に男はシホから視線をそらしたのだが、それをグリツィーニエに指摘されては逃げ場がない。
「……っ」
そして、その健気さや純真さが……絶望と死に包まれて、見る影もなくなってしまった様を思い出し、男は胸元を押さえる。
「貴方は己の子を守る為に、これからも罪を重ねていかれるのでしょう」
だがそれでも守らねばならないものがあったのだ。
グリツィーニエの言葉は我が子を守るためにと、手を汚し続ける男の心に現実を突きつける。
「本当に従っていれば自分のお子様を守れると思いますか? 村の他の子達を捧げても足りなかった時は?」
「貴方は化け物に賭けるのですか? 化け物は反故にする気などなく、彼等の善意で裏切りますよ?」
そしてシホとアーレイラが口々に本当に子どもを守れると思っているのかと問う。
幾ら手を汚そうが、あの化け物から子供は守り切れないと、気づいていたに決まっている。
特にアーレイラの言うように、あれはそういう装置だ。
故に、約束を反故にしたなどと言う悪意すらなく、自分の子供を奪うだろう……否、そもそもそんな約束すらされてはいないのだから。
「万に一つ貴方と大切な方が助かったとして……その手で触れるのですか? その顔で笑いかけるのですか?」
息を荒くして俯く男の肩にシホが手を置き、その姿を見ながらアーレイラはさらに問う。
子供の命が助かったとしても、すでに男は子供に笑いかける笑顔を失い、その手に触れることを許される手も失ってしまった。
「罪は無くなりません。ですが、まだ濯ぐ方法があるのですよ? 全てを洗い流せずとも」
ならばせめて何時か笑えるように……ほんの少しでも自分を許してやれるようにとアーレイラは男に道を示し、
「お子様の為にあなたにも生きて償って欲しいです。後悔が少しでもあれば私達に全て話して頂けませんか?」
男の肩に優しく手を置いたまま、シホが祈る様に話しかける。
「……我々は力を持つ者。この悲劇を終らせる事が叶うやも知れませぬ」
暫しの沈黙……その沈黙を破る様にグリツィーニエが話しかけ、
「――御協力を願えませぬでしょうか」
腕に乗ったハンスと共に男を見つめると……男はまっすぐにグリツィーニエを見返す。
「……どうせ先の無い身だ。アンタらに賭けよう。この村を、救ってくれ」
それから自らの脚で立ち上がると……神に祈る様に目を閉じた。
●神の御加護
「おや? どちらに行かれていたのですか?」
トリテレイアとピオニーが教会に入ると、修道女が迎えてくれた。
「近くの森を散策に行っていたの」
そんな修道女にピオニーがにっこりと答え、修道女は特に深入りはせず、そうですかとだけ返してきた。
それから教会の中に入れば、奥の祭壇の前で相変わらず司祭が集まった村人たちへ教えを説いている。
あの司祭の様子だと暫く村人以外は目に入らないだろう。
「先日の地下の件。泥棒が入ったのやもしれません。不要かとは思いますが暫く貴女様を護衛しましょう」
ピオニーと視線を交わしたトリテレイアは、修道女の前に立ち貴女を守ると宣言する。
唐突なトリテレイアの宣言に、修道女は騎士様の手を煩わせる訳にはと笑みを浮かべて断ろうとするが、私は騎士だからと断固引かずの構えを見せるトリテレイア。
(「いまー!」)
どうしたものかとトリテレイアに意識を集中させる修道女の後ろを通ってニィとベガが足音を立てないように駆け抜けて、そのまま二階に上がって行く。
「そこまで言われるのであれば、お願いしますね」
何を言っても護衛するの一点張りを続けるトリテレイアに折れたのか、修道女は変わらない笑顔のまま頷いたのだった。
「どきどきしたワ」
前回と同じように夜陰に紛れて忍び込もうかとも考えたが、ニィが時間をかけたくないと主張したため、昼間から忍び込むことにしたのだ。
そのため最初から修道女の目をごまかす必要が出てしまったのだが……トリテレイアが上手く惹きつけてくれたため、無事に忍び込むことに成功した。
とは言えやはり心臓には悪かったけれど。
「最短ルートで鍵を確保しに行くよ!」
そんなベガの様子を知ってか知らずか、二度目の侵入となるニィはぱたぱたと一直線に屋根裏を目指す。
昼間なため森から聞こえる雑音などもあるし、夜ほど慎重に動く必要もない……またピオニーやトリテレイアが教会の人間を惹きつけてくれるとの信頼もあるため、ニィとベガは多少の物音は気にせずに移動し、あっという間に屋根裏の下まで辿り着く。
「ここネ? で、どうやって登るのかしラ?」
天井に空いた穴……そこまでの距離はベガの身長の二倍くらいだろうか? フェアリーなら飛んでいけるのかしラ? と考えたベガだが、ニィがえ? と言う顔をしているところを見ると駄目なようだ。
「肩車で行けるかしラ?」
「やってみよー!」
そして一瞬だけ思考したベガはニィを両手で支えれば届かないかしラと人差し指を立てて、ニィはその指を掴んでとりあえずやってみようと答える。
そんなニィにベガは笑顔を向けて両手を差し出すと、その上にニィが乗る。
ニィを乗せた手をベガは、森へお帰りとばかりに屋根裏に向かって差し出し……差し出された手を足場にニィはふよふよと浮かんで、何とか屋根裏の入り口に手をかけた。
「ロープをとってくるね!」
屋根裏に入ったニィはベガにそう声をかけると姿を消して……その時丁度、誰かが階段を上がってくる足音と、誰かが話している声が聞こえてきた。
「どうかなさいましたか?」
「服が泥で汚れてしまいましたので、部屋で着替えようかと」
後ろをついて歩くトリテレイアの問に、修道女はにこやかに答える。
「念のため私が前を歩きましょう」
にこやかに答える修道女に、念のためとトリテレイアは前に出る。
どう考えても必要の無いその行為……しかし、先の問答で言い出したら聞かないと学んだのか、修道女は笑顔のままトリテレイアが先行できるように道を開けた。
それからトリテレイアは慎重にゆっくりと、廊下を歩き……修道女の部屋の前まで到着する。
「騎士様、ありがとうございます。ですが流石に部屋の中まではご容赦ください」
部屋の前につくと修道女は変わらぬ笑顔でトリテレイアに礼を述べる。
トリテレイアとしても着替えをすると言っている修道女の部屋の中まで入るわけにはいかず……部屋の前で待つことにした。
「危なかったー!」
「少しだけ身を隠してから動いたほうがよさそうネ」
トリテレイアの時間稼ぎのおかげで何とか、屋根裏に入り込んだニィとベガが胸を押さえながら小声で会話をする。
見つかっても力づくで突破するという手もあるが、修道女がオブリビオンだった場合に何が起こるか分からない。
なるべく穏便に済ませるのが得策と言えるだろう。
「飴をあげるかラ」
早く行こうよ! と頬を膨らませるニィに飴玉を与えて、ベガは暫しの間息を潜めるのだった。
「そのご加護についてなのだけれど、司祭様は誰から聞いたのかしら?」
修道女が二階に上がるのを見た燐が、移動し始めたのを見たピオニーは司祭に向かってそんなことを問う。
「敬虔なる修道女がもたらした話じゃ」
「俺は、最初に消えた子から聞いたなぁ……」
問われた司祭は迷うことなく修道女だと答え、村人たちは最初に消えた子供から聞いたと答える。
なるほど、二方面から同時に話を聞いたとなれば、その信憑性も高まるということだろう……だが、この話には何か落とし穴がないだろうか?
心を擽る正体不明の違和感に、ピオニーが狼の尻尾を揺らしていると……今度は地下から壺を抱えた柾と燐が上がってきた。
「か、神の御加護って具体的にどんなものなのかしら?」
どういう状況? と首を傾げそうになったピオニーは、その疑問を押さえて神の御加護はどのようなものかと司祭に問う。
「色々な話は聞くが……死者が蘇った。空一面に花びらが舞ったなど、起こりえない奇跡じゃのう」
ピオニーの問に司祭は答えるが……それは一般的な伝承や、空想の世界の話のように思えた。
●地下神殿
修道女とトリテレイアが部屋から去っていくのを確認してから数分、ベガとニィは素早く廊下に降りると、そのまま地下室へ向かう。
それから、地下室に誰もいないことを確認し……懺悔室を横に動かした。
「やった!」
「開いたわネ!」
懺悔室の裏にあった扉は、屋根裏の鍵であっさり開き……ベガとニィはお互いに顔を見合わせると、ベガが呼び出した死霊蛇竜を先頭に、その奥へと足を踏み入れた。
「司祭様、懺悔の準備をしましょう」
しばらくの間雑用をこなしていた修道女が、司祭に話しかける。
「懺悔をする人が居るの?」
「はい、もうすぐ到着される予定ですので、先に準備をしなければなりません」
懺悔と聞いたピオニーが思わず問いかけてしまうが、修道女はいたって普通に返答してきた。
地下に向かったベガたちが戻ってくる気配はまだない……どうしたものかとピオニーがトリテレイアを見やれば、
「私たちも同行して構いませんか?」
もはや足止めは不可能と、同行を申し出る。
「構いませんが面白くもないところですぞ」
司祭は朗らかに笑い、同行を許可したのだった。
「これは?!」
地下に降りたピオニーたちの目の前には、本来あるべき場所からずらされた懺悔室と、その後ろにある扉だった。
もっとも扉は開いており……それは、ベガたちが先に進んだことの証明でもある。
「さらに下へ続く階段がある見たいね」
明かりを手に驚いた様子で固まる司祭を他所に、ピオニーはその扉の向こうを確認して、扉の向こうに更なる階段があると告げる。
「こんなものがあるとは……この先に何があるのか、確認せねばなるまいて」
突然現れたという教会。
その全容を知らなくても不思議はないが、まさかこのようなものが隠されていたとはと、司祭は零しながらも先へ進むことを決める。
暫くの間、階段を降りる……何かが腐ったような臭いが強くなり、思わず鼻をふさぎたくなるが、一行はトリテレイアを先頭に黙々と階段を降りる。
そして下りきったところに、大きな鉄の扉があり……その向こうには、手にした明かりでは照らし切れないほどに広大な空間が開けていた。
「まだ息があるよ!」
「よかっタ、助けられるわネ」
その中央……祭壇のような場所にニィとベガが集まり、祭壇に捧げられるように固定された少女の様子を確認していた。
「キャァ!」
二人の姿を明かりで照らし出したところで、修道女が小さく悲鳴を上げる。
それから顔を掌で覆って、信じられないものを見たとばかりに一歩二歩と後ろに下がって、
「ああ……なんと言うことでしょう、皆様がこのようなおぞましい行為をしていたなんて!」
動揺のあまり、泣き崩れるように膝を折った。
「なっ?! 違――」
「なんじゃと! お主たちがやったのか!」
一瞬言葉を失っていたピオニーが、慌てて否定しようとするも、その時には修道女を庇うように司祭が杖を構えていた。
「やられましたね」
司祭と修道女の姿を見てトリテレイアは唸る……この時点で修道女は黒だと確定したわけだが、このままでは司祭を戦闘に巻き込んでしまうだろう。
或いは司祭を盾に逃げる気か、いずれにしても自分たちが司祭を傷つけたとなれば、村での活動は難しくなる。
どんな女性にでも憑依しその精神を侵するオブリビオンのように、精神に干渉する系かと思えば……とんだ女狐だったようだ。
「……お芝居はそこまでだ」
何と伝えれば司祭は自分たちの言葉を信じるのか……ピオニーが奥歯を噛んでいると、壺の男を連れた柾が姿を現す。
「司祭様、どうかこの者たちの言葉を聞いてください。私は……」
「ご加護の噂を広め、子供たちを攫うように指示したのはそこの修道女ですよ」
壺の男が罪を告白するより前に、アーレイラは事実のみを突きつけ、
「なんて、酷いことを……」
シホは祭壇に縛り付けられている少女に視線を向けて、祈るように両手を重ねると聖なる光を作り出す。作り出した光は少女の体に降り注ぎ、その傷を幾ばくか癒していく。
「この方が貴女の正体を教えてくださいました。もう言い逃れは出来ませぬ」
そしてグリツィーニエが修道女の前に立つと、その言葉を聞いた司祭はわずかに修道女から離れる。
「そんな! 私に罪を着せようとするなんて!」
司祭はまだどちらを信じるのかきめかけている様子だ。
修道女は司祭に訴えかけるように、見上げるが……、
「それじゃ、君の神の名を言ってみなよ」
からからと笑って燐が言い放つと――修道女は、ニタリと口の端を釣り上げて立ち上がった。
大成功
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第3章 ボス戦
『完全教典『ユートピア』』
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POW : 戒律ノ一「安寧」
自身の【争いを好まない性格 】の為に敢えて不利な行動をすると、身体能力が増大する。
SPD : 戒律ノ二「誠実」
【教典から飛ばした紙片 】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
WIZ : 天啓
対象の攻撃を軽減する【共鳴神霊体 】に変身しつつ、【平和を紡いだ時間に応じて強くなる光】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
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●教典
立ち上がった修道女の様子のおかしさに、司祭は後ずさる。
自分から離れた司祭など気にも留めずに、修道女はふらふらと頭をまわして……手にした教典に祈りを込めるように、大切そうに胸元に抱えると――それは語り始める。
『子供を神殿に捧げよ。亡くなったら次の子を』
男のような、女のような、性別も年齢も判別しかねる声。
『村の誰も同情してはならない。さすれば加護は与えられん』
明らかに常軌を逸した存在……声の出所を探れば、それは修道女ではなく、彼女が手に持つ教典から聞こえてくるのが分かっただろう。
「ああ、あと一歩。あと一歩でユートピアへの道は開かれるのです」
そして、声が聞こえなくなると同時に、修道女はまわしていた頭をかくりと横に傾けて、教典を愛おしそうに抱きしめる。
「だというのに、どうして邪魔をなさるのですか? 誰もが幸せになれる道が開けるというのに」
それから恨みがましく見つめて来て、
「平和で、美しい世界、誰もが笑って過ごせる世界のために、その子は渡せません」
今度は本当に、本当に残念そうに頭を振った。
「できれば穏便に済ませたかったのですが……ああ、とても残念です」
そして最後に、優しく、愛しむような笑顔を見せて――教典を持つ手を差し向けた。
ピオニー・アルムガルト
亡くなった子供達の痛みを理解できていない貴方が本当に誰もが笑って過ごせる世界を作れるのかしら?人は日常の小さな幸せでも笑いあえるの、その小さな幸せをも壊した人が。
貴方の言うユートピアがどんな美しい理想郷だとしてもしょせん人の不幸の上で成り立っている砂上の楼閣よ!
戦闘はまずユーベルコード【黒の花装】で力を強化。
で、室内で魔法も使いづらいし拳で殴るわ!
【戦闘知識】や【野生の勘】とかあるしなんとかなるでしょう。
子供達を犠牲にした事は私としてはとても許せない事なので、ぶん殴ってやらなきゃ気が済まないのよ!
子供たちの痛み、しっかりその身に刻んであげるから覚悟しなさい!
シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と積極連携
違う…
これじゃ誰も幸せになれない!
怨嗟と悲嘆が残るだけです!
村人(少女>男性)の安全確保を優先
<先制攻撃、ダッシュ>で祭壇前に立塞がり
敵から<かばう、オーラ防御、武器受け、覚悟、勇気、優しさ、鼓舞>で少女を守る
この子はもう傷つけさせません!
もう少し頑張ってね
必ず助けます
私に攻撃が集中するなら【贖罪】で耐える
男性の村人に少女の拘束を解き連れて逃げるよう願う
拘束の解除が難しければ男性だけ避難させる
入り口からの脱出が不可なら
ニィさんのUCに隠せないか相談
村人の安全を確保したら【生まれながらの光】で味方を回復
敵の逃走に注意
戦後
少女を改めて<医術>とUCで手当
他負傷者がいれば治療
トリテレイア・ゼロナイン
ああいう狡知に長けた相手は苦手ですね。
ですが正体を現した以上遠慮なく戦えるものです
理想に至るための手段について問答する気もありません、「自らが正しいのに勝てない」という屈辱を胸に骸の海にお帰りいただきましょう
あの教典の破壊を最優先で戦っていきましょう
攻撃を「見切り」紙片を「武器受け」、放つ光を「盾受け」で対処しつつ味方を「かばい」攻撃に集中してもらいましょう
現場の司祭や一般人に危険が及びそうなら脚部スラスターを点火して床を「スライディング」するように急行、護衛します
隙があれば格納銃での「スナイパー」「だまし討ち」で教典を吹き飛ばしてあげましょう。先の演技の意趣返しです、私の演技は如何でしたか?
雛河・燐
真の姿の開放
周囲と服に霜が降り、息は白く凍る。
持つ杖はだんだんと氷に覆われ斧槍の形をとる。
はぁ……開かれないよ。
この村は、とっくに同情と諦めに満ちてる。
本当に馬鹿馬鹿しい。
まぁいいや。どうでもいい。
あんたの理由も境遇も原因もどうでもいい。
ただ、
幸福を知らないなら、幸福を知らなければいけない。
幸福になれるのなら、幸福にならなければいけない。
それが、俺が幸福じゃないと言う奴らに押し付ける我侭だ。
あんた等はそれをどれだけ奪った?
初めから加減無しで【全力魔法】【属性攻撃】【UC】でぶちかます。
他の猟兵が教典欲しそうなら
上の攻撃を目くらましに【二回攻撃】で【武器落とし・早業・盗み攻撃】で
ニィ・ハンブルビー
ああもう!
妄信系の宗教家はこれだから面倒なんだ!
ユートピアだの何だの知るかー!!
アンタの理想に他人を巻き込むな!!!
もう頭にきた!炎の精霊と一体化して、真の姿で全力戦闘だ!
【炎の精霊の祝福】を使って、地下室丸ごと炎で包みこむよ!
そのまま司祭と子供と仲間達に活力を与えて!
オブリビオンは滅ぼす!
そんでもって、仲間や自分が攻撃されたら炎でガード!
紙は燃やして!光は陽炎で屈折させて逸らす!
は?争いを好まない?
知るか!!!だったら無抵抗で殴られてろ!!!
…一応念のため
彼女は洗脳されてるだけかもしんないし
炎の精霊に『オブリビオンだけを滅ぼす』ようお願いしておくよ
あ!建物も燃やしすぎないようにお願いね!
アーレイラ・モンクスフード
何も動かなければ、声は聞こえず何も見えない
「完全、完璧…言い換えれば停滞、袋小路。」
動かぬ笑顔しか無い世界を幸福と呼んでいるのでしょう。
「知らぬのでしょうね。人の美しきも醜きも愛しいと思う気持ちなど」
UC発動
大鎌に焔を灯し、周りを薙いで
亡骸に、汚穢に、火を灯し
掻き上げ燃やし
魂を、情念を、意思を燃やして
刃を燃やす
「神父の驚嘆も、彼の男の悔恨も、少年少女の悲哀も、統べて私が抱えよう。理想のためにそれらを顧みない書を焚する為に」
ダッシュで近付き、足下の汚れ蹴り上げ目つぶしのフェイント
本を全力で叩き斬ります。
終わって可能なら、子供たちどったモノも焼いて浄化しましょう。残された者が見る必要ないはずです。
グリツィーニエ・オプファー
成程、全てはその教典の仕業で御座いましたか
誰もが幸せな世界――それは紛れもない理想郷に御座いましょう
いやはや然し、未来の希望たる子等を生贄へ捧げる時点で
――子等が、両親が絶望に打ち拉がれた時点で
その教義は破綻しているでしょうに
鳥籠より解放するは青き『母』の残滓
呪詛で高めた蝶達の魔力にて、彼女の拘束を図りましょう
…何より、彼女の口から平和等という戯言、聞きとうございませぬ
共闘する猟兵方と行動を合わせられそうならば、積極的に我が力を御貸し致します
精霊たる鴉にも援護を頼みましょう
宜しいですね、ハンス
御安心を――彼は大層賢う御座います故
戦闘終了次第、子等の救出と弔いを
…彼等の向かう先に楽園があらん事を
本性を現した修道女にたじろいだ司祭が後ろに下がると、背中に何か固いものがぶつかる。
その感触に司祭はびくりと肩を震わせ、ぶつかったものの正体を恐る恐る確かめるように振り向くと……そこには壁のように立つトリテレイア・ゼロナインの姿があった。
司祭と目が合ったトリテレイアはすぐさま司祭の体を片手で抱えると、脚部スラスターを点火して床を滑る様に修道女から距離を取り……壺の男の横まで運ぶ。
「離れていてください」
そして、司祭たちへ離れているように指示してから再び仲間たちのもとへ戻れば、
「はぁ……開かれないよ。この村は、とっくに同情と諦めに満ちてる」
差し向けられた修道女の教典を前に、1メートル程度の木の棒に見える杖で床を叩いた、雛河・燐が溜めた息を吐く。
呆れたように、それでいて自分を落ち着けるように吐かれた燐の息は冬の朝に吐く息のように白く、その周囲と燐自身の服に霜が降り積もり、
「諦めの先に縋るものがあれば、人は簡単に縋ります」
そんな燐に向けて修道女は目を細め、動かないでくださいと燐に向けて教典の紙片を投げつける。
投げつけられた紙片に向かって燐は右足を踏み込み、紙一重で避けると……そのまま修道女へ向かって突っ込む。
踏み込んだ燐の足元には氷のような炎が燃え盛り、それが一瞬のうちに十数個ほど修道女の元まで作られていく。
「っ!」
修道女が、その氷の炎が燐の移動の軌跡だと気づいた時にはもう遅い、修道女の体は駆け抜けざまに振るわれた木の棒……氷に覆われ氷の斧槍と化した杖で裂かれていた。
そしてさらに修道女の真横で燐は教典を跳ね上げるように氷の斧槍を切り上げるが……それを修道女は教典そのもので受け止める。
「亡くなった子供達の痛みを理解できていない貴方が本当に誰もが笑って過ごせる世界を作れるのかしら?」
燐の二撃目を防いだ姿勢の修道女へ向けて、ピオニー・アルムガルトが駆け込む。
一歩一歩修道女へ近づくごとに黒と赤の炎が宿る鎧ドレスが、漆黒の花吹雪で覆われ黒と赤を綯交ぜにした旋風のようで、そのままの勢いで修道女を呑み込んだ。
「人は日常の小さな幸せでも笑いあえるの」
修道女の体を呑み込んだ黒と赤の旋風ことピオニーは、氷の斧槍を構える燐を警戒してがら空きになった修道女の右わき腹へ左の拳を捻じ込む。
「その小さな幸せをも壊した人が……貴方の言うユートピアがどんな美しい理想郷だとしても――」
それから拳を捻じ込まれた衝撃に鋭い息を吐く修道女の腹へ、左手を振りぬいた反動を利用した右の拳を叩きこむと、修道女は腹を押さえて多々良を踏む。
「しょせん人の不幸の上で成り立っている砂上の楼閣よ!」
そして右の拳を捻じ込んだ勢いで腰を捩じり、ばねを利かせた左拳を、がら空きになった右頬へ叩き込んだ。
渾身の一撃は修道女の顔面を捉え、水風船を割ったかのような音を響かせる……が、にこりと笑った修道女がピオニーの胸に掌を当てる。
「なっ――」
「ええ、ですがそれで多くが救われます」
危険を察知したピオニーが床を蹴るのと同時に修道女はかかとに力を籠め、床にひびが入るほどの力で踏み込まれた一撃を受けたピオニーが後方に吹っ飛ばされる。
吹っ飛んだピオニーに追撃をかけようとする修道女の目の前で、宙を舞うピオニーの体をトリテレイアが掴み、脚部スラスターでスライディングをするように三回転して受け止める。
それからトリテレイアは流れるような動きでピオニーを立たせてやると、追撃に来た修道女の拳を見切って片手で受け止め……お返しとばかりに、儀礼用長剣・警護用を振るうが、これは逆に修道女が教典で受け止めた。
「騎士道に鑑みれば言語道断なのですが」
だが、修道女と取っ組み合いの形となったトリテレイアの牙を剥くように開く騎士兜から機関銃が突き出て……次の瞬間には修道女の顔面に向けて乱射された。
近距離からの不意打ちに修道女は咄嗟に首を曲げるも完全には反応しきれず、トリテレイアの機関銃は修道女の左の頬から耳までをごっそりと抉った。
ああいう狡知に長けた相手は苦手ですね、などと言っていたトリテレイアであったが、どちらが狡知に長けているのか……否、所詮トリテレイアもウォーマシンと言うことだろうか。
「私はただ皆様の幸せを願っているだけなのに、そう、あの子さえ生贄になればきっと」
こちらもまた人の皮を被った化け物か、顔の左からあふれ出る大量の血液で修道服を赤色に染めながらも平然と微笑む。
「違う……これじゃ誰も幸せになれない! 怨嗟と悲嘆が残るだけです!」
その視線の先に、祭壇に縛り付けられ身動き一つしない少女の姿を見たシホ・エーデルワイスは少女に向かって駆ける。
もう誰も失わせないのだと、村の子供たちすべてを救いたいのだと、血を吐くような叫びと共に。
シホの気概が通じたのか、トリテレイアによって抉られた顔の傷のせいか、修道女が掌を少女に向けるよりも早くにシホは祭壇へたどり着き、
「この子はもう傷つけさせません!」
掌から放たれた光線を少女に変わってシホが両手で受け止める。
受け止めた光線は、シホの手に弾かれて霧散するが……シホの両手は無理やり剥かれたトマトの皮のように、皮のはがれた状態となっている。
「もう少し頑張ってね。必ず助けます」
両手に走る激痛に意識が遠のくが……それでもシホは、その痛みなどおくびにも出さず少女へ微笑んだ。
「ああ、なぜ邪魔をされるのでしょう」
シホの行動が本当に理解できないとばかりに困ったような声を上げ、修道女が再び掌を向けると、
「ああもう!」
その修道女の目の前を炎の壁が遮る。
「妄信系の宗教家はこれだから面倒なんだ!」
炎の発生源はニィ・ハンブルビー。
動きやすさと可愛さを両立したお気に入りの服を犠牲にしてまで作り出した炎は、ニィの体を炎で包み込み、ニィの姿を炎の精霊そのものとしていた。
「ユートピアだの何だの知るかー!! アンタの理想に他人を巻き込むな!!!」
怒り心頭に発した様子で吠えるニィに呼応するように炎は地下神殿全てに広がり、修道女の体を焼くと同時に味方に活力を与えるように優しく灯る。
「全ての人に関わることなのです。他人事ではありませんよ」
全身を燃やされながらも修道女は床を蹴り上げ石の塊を剥ぐと、それをニィに向かって投げつける。
「そんなこと知るか!!!」
だが、ニィの体よりも大きな石の塊は、ニィの前に展開された炎の壁に触れると蒸発して消える。
「完全、完璧……言い換えれば停滞、袋小路」
興奮のあまりに肩で息をしているニィを横目に、アーレイラ・モンクスフードは小さく息を吐く。
何も動かなければ、声を聞こえず何も見えない。
そんな動かない笑顔しかない世界を、あの教典は幸福と呼んでいるのだろうとアーレイラは考える。
「知らぬのでしょうね。人の美しきも醜きも愛しいと思う気持ちなど」
だから知らないのだろう。
完全ではないが故の美しさなど。
揺らぐが故の……危ういが故の愛しさなど。
いつの間にか纏われたアーレイラの外套は背から生え、それは星々を覗かせる銀河の翼のようで……さらにその外套の銀河を切り取ったような大鎌を、アーレイラはその手に握る。
「開け! 天界の門!! 来たれ邪悪なる者を滅ぼす陽光の力よ! 黎明たる雛菊の名の神よ、汝の正義を執行する熾烈なる焔を我が手に顕せ!!」
詠唱と共に大鎌に焔を灯し、周りを薙げば、ニィが作り出した炎の中に紅い炎が混じって行く。
紅い炎は亡骸に、汚穢に、火を灯し。
アーレイラが頭上で大鎌をまわすと、炎は渦を巻くように掻き上がり、魂を、情念を、意思を燃やして、刃を燃やす。
「神父の驚嘆も、彼の男の悔恨も、少年少女の悲哀も、統べて私が抱えよう。理想のためにそれらを顧みない書を焚する為に」
そしてアーレイラは大鎌に紅い炎を纏いながら修道女に向かって駆ける。
「私たちが目指す世界こそ皆様が望む世界なのです」
赤い炎を従える夜そのもののようなアーレイラに、修道女は待っていたかのように焼けただれた掌を向けるが……アーレイラは修道女の目の前で、足元の汚れを蹴り上げる。
不意を突かれた修道女だが、そのまま構わずに光線を放つも、汚れで一瞬視界が奪われた隙にアーレイラは身を屈めて大鎌を引いていた。
そして光線を放った修道女が持つ教典へ向けて、引いた大鎌を全力で振りぬく。
修道女は大鎌から教典を守る様に体を捩って……教典を守る代わりに、自らの太腿を大きく裂かれた。
「誰もが幸せな世界――それは紛れもない理想郷に御座いましょう」
教典をかばった修道女をみてグリツィーニエ・オプファーは、すべては教典の仕業で御座いましたかと大きく頷く。
「いやはや然し、未来の希望たる子等を生贄へ捧げる時点で」
しかしとグリツィーニエは大きく息を吐き……、
「――子等が、両親が絶望に打ち拉がれた時点で、その教義は破綻しているでしょうに」
修道服を裂かれ太腿を露にし、どす黒い血を床にまき散らす修道女に頭を振る。
誰もが幸せになる世界、その世界のために生贄を必要とする矛盾。
なぜそんな単純なことにも気が付かないのか、盲目的に何かを信じるものの目はこうも曇るものなのか。
グリツィーニエに修道女の心は理解できないが、ただ一つはっきりしていることがある。
「――お往きなさい」
この修道女の口から平和などと言う戯言を聞きたくないということだ……グリツィーニエは、青き蝶の歎きを詰めた籠を差し出すと、そこから『母』の残滓を解放する。
呪詛で高めた青い蝶の魅惑の呪いは修道女の視線を惹きつけ、その動きは一時的に封じる。
「今で御座います」
呆けたように、グリツィーニエの青い蝶を目で追ってしまった修道女に対して、アーレイラは再び大鎌を振り下ろし、
「くらえー!」
ニィが身の丈よりも大きな斧を振り下ろすと、二人の武器は違わず修道女の両肩に突き刺さった。
「私の言うとおりにすれば皆――」
「本当に馬鹿馬鹿しい。まぁいいや。どうでもいい。あんたの理由も境遇も原因もどうでもいい」
全身を炎で焼けれ、両肩を抉られ、脚を切られてもなお修道女は倒れず、相も変わらず張り付いたような笑顔で理想郷を語る。
そんな修道女に対して燐は白く凍るような息を深く吐きながら近づく。
不用意に近づいてくるように見える燐に、修道女は紙片を投げつけるが……次の瞬間には、氷の炎だけを残して燐は修道女の目の前に移動する。
幸福を知らないなら、幸福を知らなければいけない。
幸福になれるのなら、幸福にならなければいけない。
それが、燐が幸福じゃないと言う奴らに押し付ける我侭だ。
「あんた等はそれをどれだけ奪った?」
子供から、親から、友人から、過去から、未来から……奪われたものの大きさは計り知れない。
喜びも、悲しみも、後悔すらも奪い取った。
「あんたも報いを受けろ」
修道女の目の前に移動した燐はそのまま、氷の斧槍を修道女の腹へ突き立て、
「子供たちの痛み、しっかりその身に刻んであげるから覚悟しなさい!」
トリテレイアの横を駆け抜けたピオニーが再び修道女へ突撃する。
ピオニーの接近に気づいた燐は、修道女の後ろへ回り、真正面から突っ込んだピオニーは子供たちを犠牲にしたことは許せないと、渾身の力を込めて修道女の顔面へ拳を叩きこむ。
燐に刺された腹を茫然と見つめていた修道女はピオニーの拳をまともに受けて……横に一回転して地面に叩きつけられる。
だが、修道女は叩きつけられた勢いを利用して、右手で自分の体を跳ねると、そのままピオニーに向かって蹴りを放つ、
「お行儀が悪いですよ」
「奪われる気持ちを少しは知れよ」
だが放たれた蹴りは、トリテレイアが身の丈ほどもある縦長のシールドで防ぎ、伸ばした足を燐が氷の斧槍で切断した。
「人の! 痛みを! 知りなさい!」
トリテレイアの肩に手を置いて飛び上がったピオニーはそのまま空中で反転して、今一度拳を修道女の顔面に叩き込む。
「先の演技の意趣返しです、私の演技は如何でしたか?」
そして床に顔を強かに打ち付ける形となった修道女に、トリテレイアは問答無用で腕に格納された銃火器を撃ち込んだ。
「騎士様はそちらが本性ですか」
もはや顔の形も変わりはて、全身を赤く染めながらも修道女の目は笑っていた……そして掌を向けると、でたらめに光線を放ちまくる。
ピオニーは修道女の顔に押し当てていた手を軸にそのまま宙を舞い、燐は素早く距離をとり、トリテレイアは己が盾で身を守るが……祭壇で少女を守るシホにも光線が飛んでいることに気づくと、スラスターでスライディングをするように素早く移動し、シホをその背に守る様に陣取った。
「私は大丈夫です……それよりもこの子を早く何とかしないと」
女の子を守る様に光線を弾いていたシホの手は痛ましい姿になっていたが……それよりもとシホは少女のことを気にかけている。
「もう、許さないからな!」
その姿を見たニィは光線の中をくるくると器用に旋回して避け、或いは炎で軌道を歪めて修道女の真上まで接近すると、ニィにとっては巨大な人間用の斧を、光線を放つ修道女の手に振り下ろす。
そして同じくひらりひらりと、蝶のように光線を回避し、避け切れない光線を赤い炎纏う大鎌で弾いていたアーレイラはニィが斧を振り下ろすのに併せて、大鎌を切り上げ……交差するように交わったニィとアーレイラの大鎌によって修道女の手は刈り取られた。
「宜しいですね、ハンス」
腕を飛ばされ、顔も原形をとどめず、それでもなお息のある修道女を見下ろし、グリツィーニエは己が精霊であるハンスに確認するように声をかける。
それから再び青い蝶を呼び出して、修道女を魅惑の呪いにかける。
そうして完全に動きが止まったことを確認したアーレイラは、修道女の教典を持つ手を大鎌で刈り取ると……教典は煙のように消え去ったのだった。
後に残されたもの。
それは平和を願った聖職者の成れの果てと、犠牲になった無垢な子供たちの欠片。
「これで、もう大丈夫です」
せめてもの救いは、最後の子供を救えたことだろうか。
聖なる光で治療し、持ち前の医術を活用して少女を治療していたシホは、少女の状態が安定したことを確認すると立ち上がる。
「よかったよー!」
立ち上がろうとしたところで、シホ自身も疲労困憊していたのか、ふらりとよろめいてしまうが……心配そうにふわふわと覗いていたニィがシホの体を支えてやった。
ニィにシホが疲れをにじませながらも微笑みを返す様子を眺めていたグリツィーニエは、自分たちの足元へ視線を向ける。
「こんな……!」
グリツィーニエと同じく、足元を見つめていたピオニーが拳を握りしめる。
それはかつて子供たちだったものの残滓……思わず目をそむけたくなるようなそれを、せめて弔ってやろうとトリテレイアたちと協力して集めてきたのだ。
「それでは、浄化します」
そして集め終わったそれにアーレイラが火を灯して焼いてやる。
これは残された者が見る必要ないはずのものだ。
「……彼等の向かう先に楽園があらん事を」
だが、せめて浄化してやりたいと……子供たちの向かう先にこそ楽園があらんことをと、トリテレイアは呟き、仲間たちも灰となっていく残滓を思い思いに見上げる。
「あとのことはお任せくだされ……」
その様子を見ていた司祭は、隣に居た壺の男と共に猟兵たちに頭を下げ、
「ああ、頼むよ。ほんと」
燐はひらひらと手を振ってそれに応える。
事実をすべて知った司祭ならば、村人を上手く言いくるめられるだろう。
それがどれだけの罪かは言うまでもないが……時に人は嘘を必要とするものだ。
そうして騙し騙しでも前に進んでいけば何時かきっと本当に笑える日が来るだろうと、そう信じて一行は帰路へとついたのだった。
大成功
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