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螢火と雨

#カクリヨファンタズム #幽世蝶


●世界の価値
 淡く光る幽世蝶が飛んでいく。
 群青や薄花色、青藍に黒紅、東雲色に紫紺。月白、桜鼠色。
 それぞれの魂のひかりを宿した蝶々の群れは、降り頻る雨の中に羽ばたいていた。
 雨は永遠に降り続くかのように滴り続ける。
 細く棚引くような雨は決して強くはない。しかし、不可思議な力を孕んだ雨は大切な何かを洗い流し、或いはその雫に記憶を閉じこめていく。
 それは世界崩壊の兆し。
 異変の徴を察知した幽世蝶達はそれを報せていくように舞う。
 崩壊を引き起こす骸魂の元へ。その根源を目指して飛んでいく蝶々達は雨の小路を越えて、年中蛍が飛ぶという里の川辺に向かっていく。
 淡く舞う蛍火の中、彼女――崩壊の元となっている悪華の女王は佇んでいた。

「全ては必然。凡ては無価値。総ては虚ろ。すべては……滅びるべきもの」

 彼女は全てに等しく価値を見出し、全てに等しく慈悲による滅びを与える。
 生も死も、過去も未来も、善も悪も、記憶も忘却も、何もかもが等しく愛すべき無価値であるが故。彼女が齎す滅亡の刻は、淡い螢の光と共に訪れる。

●悪因の雨と蛍
 ぽつ、ぽつ。しと、しと。
 其の領域に降る雨は、雫を受ける人の心次第で在り方を変える。
 たとえば、過去を忘れてしまいたい者が通れば大切な記憶と共にそれを洗い流す。
 たとえば、忘れたくないものがある者が通れば記憶ごと雨の中に閉じ込めてしまう。
 雨の中には永遠がある。
 落としていきたいもの、大切に持っておきたいもの。

 ――あなたは、この雨に何を想う?

「……なんてね、少しノスタルジックでメランコリーな気分になる場所があるの」
 カクリヨにて、新しい兆しが現れた。
 幽世蝶の群れが世界崩壊の予兆を察知して、元凶となる者の元へ導いてくれるという。不思議だけど助かるわね、と語る花嶌・禰々子(正義の導き手・f28231)は微笑んだ。
「幽世蝶達が教えてくれたお陰で、まだカクリヨの世界崩壊は起こっていないの」
 蝶が連れゆく先の妖怪を見つけ、異変が起こる前に倒す。
 それが今回の猟兵としての役目なのだと話した禰々子は状況を説明していった。
「淡く光る蝶々ちゃん達は骸魂が宿る妖怪のもとに連れて行ってくれるわ。まずは異変の兆しである雨が降る小路に行って。そこを抜けたら、一年中ホタルが舞う里があるの」
 首魁である女妖怪は其処にいる。
 しかし、里につく前に少し厄介な領域がある。それこそが雨の小路だ。
 降りゆくのは普通の雨ではない。
 過去の記憶を呼び覚まし、その人の記憶を忘却させたり閉じ込めたりするという。
「思い出したのが嫌な記憶だったら、忘れさせてくれるわ。ただし他の大切な記憶も一緒に洗い流されちゃうの。反対に良い記憶だったら、大切なものを絶対になくしたくない気持ちに呼応して記憶の主……つまり君達自身が雨の中から出られなくなっちゃうの」
 即ち、その雨は永遠を叶えてくれる。
 苦しみを永遠に忘却すること。永遠に記憶を抱いて朽ちぬままいること。
 どちらも蠱惑的ではあるが、代償が大き過ぎる。
「でも心配しないでいいわ! 異変はまだ完全には起こっていないから効力は弱いの。雨の中には幽世蝶が飛んでくれているわ。忘れそうになったり、閉じ込められそうになっても、幽世蝶をさがして」
 蝶を見つけて手を伸ばせば、外へ導いてくれる。
 そうすれば永遠の雨からの脱出が叶う。
 後は蛍の里に行き、川辺で蛍火を楽しんでいればいい。里には他の妖怪達もいて蛍の川辺を歩いているが、此方が良い雰囲気でいれば空気を読んでいつしか去ってくれる。その後は川の奥にいる女妖怪――悪因悪華と呼ばれる敵と戦うだけ。
「相手は少し厄介よ。こっちの記憶を忘却させたり、意志を揺らがせたりしてくるの。雨の小路の力も得ているらしくて、記憶を読んでくるかもしれないから気を付けて!」
 そういって禰々子は導きの幽世蝶が舞う先を示す。
 幽世の崩壊が起こる前に悪華の女王を止めて欲しい。強く願った禰々子は信頼の宿った眼差しを仲間達に向け、その背を見送った。


犬塚ひなこ
 今回の世界はカクリヨファンタズム。
 世界の崩壊を察知した幽世蝶を追い、異変を起こそうとしている骸魂を倒すことが目的となります。

 プレイング受付状況や期間などは、タグやマスターページにて行っております。
 お手数ですが、ご参加前にご確認頂けると幸いです。

●第一章
 冒険『雨の中の永遠』
 時刻は宵。蛍火の里に行く為に必ず通らなければならない道です。
 雨があなたの記憶を呼び起こします。記憶の内容は自由です。
 それを忘れて生きたいと願うか、覚えて生きたいと願うかで、記憶が消えるか、雨の中に閉じ込められるかが決まります。
 効力は弱め。
 記憶を想いながら舞う幽世蝶を見つければ、永遠の雨から逃れられます。見つける蝶々の色はこちらにお任せください。あなたにあった色の蝶を描写します。

 此方は記憶の回想フラグメントだと思って頂ければ大丈夫です。
 記憶喪失の方や前世持ちの方の断片的な記憶回復、大切な記憶を失わないための決意の回想など、お好きにどうぞ!(第六猟兵のサイト内に記憶に纏わる設定スレッド等がある場合は参考にさせて頂きますが、プレイングから読み取れるものが描写の主体です。プレイングから回想内容が読み取れない場合、主語がなくて誰のことかわからない場合、不採用とさせて頂く場合がありますのでご了承下さい……!)

●第ニ章
 日常『蛍火』
 時刻は夜。一年中、蛍が飛んでいる不思議な里。
 雨は降っておらず、妖怪達が飛び交う蛍を眺めてのんびりしています。川辺の奥に三章のボスである女が佇んでいます。他の妖怪達が近付かないよう注意しつつ、女に気付かれぬよう蛍の夜を楽しんでください。
 恋人同士で戯れていたり、カップルのふりをしたり、友情などの良い雰囲気を出していると他の妖怪達は空気を読んで離れてくれます。その他、純粋に楽しむことでボスに気付かれずに近付く事ができます。気負い過ぎずイベシナ気分でどうぞ。

●第三章
 ボス戦『悪因悪華』
 例えるならば悪華の女王。カクリヨを忘却の世界にするために蛍の里に現れましたが、まだ異変は起こる前です。
 大切なことを忘却させる力、強い意志を崩す力、対象を自壊させる力を使います。一章に参加されている場合、彼女がその記憶を読み取って何かをする可能性があります。
 詳しい状況などは三章開始時に序文を追加します。
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第1章 冒険 『雨の中の永遠』

POW   :    雨具など使わず駆け抜ける

SPD   :    雨具を使い抜ける

WIZ   :    廻り道して雨を避ける

👑7
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小結・飛花


しとしとと降る雨の美しきことかな。
此れが厄介な雨と云ふのですね。
あたくしには、ただの冷たい水としか思えません。

澱んだ記憶の欠片さへ、あたくしには掴む事が叶わぬのです。
幽世にうまれおちたこの命。
あたくしが何者であるのかも、分かりはしないのです。

あゝ、此の雨の力が弱くて良かった。
あたくしの記憶はあたくしの物で御座います。
雨になど翻弄されて良い物では無いのです。

桜の景色と水の中。
悔しきかな、雨に翻弄されて蘇る物はなんとも美しき景色ばかり。
あゝ、なんと美しきこと。

あたくしは花喰らいの飛花

花のある場所は好きですよ。
けれどもねぇ、矢張り

あたくしの手できちんと思い出したいじゃぁないですか。



●水中花
 青と紺が混ざった宵色の世界。
 其処に雨が降っていた。細く糸を引くように、振りゆく雨は地面を濡らしていく。
 あゝ、しとしとと降る雨の美しきことかな。
 天を見上げながら掌を差し伸べ、指先に雫を受けた飛花は冷たい心地を確かめる。
「此れが厄介な雨と云ふのですね」
 何も変わらない。ただ、ぽつぽつと降っているだけのもの。そのようにしか感じられず、飛花はぽつりと呟く。
「あたくしには、ただの冷たい水としか思えません」
 その言葉もまた、雨滴の如く。その聲は静謐な空気の中に落とされていった。
 此の雨は記憶を呼び起こすという。
 されど飛花には何も齎されない。澱んだ記憶の奥には何も見えない。過去に在ったはずの、記憶の欠片さえ掴むことが叶わないのかもしれない。
 しかし、飛花はそれはそれで構わないと思う。
 分からないまま、何かを視せられても今の自分には意味のないことだ。
 幽世にうまれおちた、この命。
「そうですね。あたくしが何者であるのかも、分かりはしないのです」
 おそらく怪異の力が宿る雨にも、はっきりとした記憶が見つけられないのだ。もし、此の雨が自分を水に鎮めてしまうようなもっと強い力を持っているとしたら、どうなるかは解らなかったけれど。
 あゝ、と飛花は天を振り仰ぐ。
 此の雨の力が弱くて良かった。此の雨が総てを晒すものではなくて善かった。
 何故なら、と花唇をひらいた飛花は再び言葉を紡ぐ。
「あたくしの記憶はあたくしの物で御座います」
 其れは雨になど翻弄されて良い物では無い。此れは誰かに視せていい物ではない。それゆえに、と飛花が願ったからだろうか。
 不意に、辺りに僅かな記憶の欠片が浮びあがった。
 桜の花弁がひらひらと舞う。
 枝いっぱいに花をたたえた樹が夜空の下で咲き誇っている。水面に映った木々と花の光景があり、時折雲から顔を出した月の光が反射していた。梟の鳴く声が、まぼろしの中から聞こえている。
 その中で花弁のひとつが沈み、透き通った水の中で淡い色がくるくると踊っていた。
 桜の景色と水の中。
 あゝ、悔しきかな。静かな雨に翻弄され、蘇ったのは麗しい景色ばかりで――。
「……なんと美しきこと」
 雨を受けた水角から、ちいさな雫が滴った。
 それと同時に落とされた言の葉は偽りのない景色への思いだ。そうして飛花が緩く頭を振れば、黒髪が波打った。それから、飛花はそうっと手を伸ばす。
 行く先に羽撃く光が視えた。
 揺らめく水の色を映すような透き通った幽世蝶がその先で舞っている。その翅の模様として浮びあがっているのは滲んだ黒。まるでインクで物語が描かれていくような模様だと思えた。飛花は自分の存在を確かめるように、己の今を言葉にしていく。
「あたくしは花喰らいの飛花」
 花のある場所は好き。
 いつか何処かの記憶にある桜の花も、とても美しいけれど。
 愛とは、心とは。
 何処か遠くで誰かに問うような声が聞こえた気がしたが、気には留めない。
「けれどもねぇ、矢張り」
 独り言ちた飛花は雨の中をひらり、ひらりと飛んでいく蝶々に向かって歩いていく。
 桜の景色を背にして、水中から抜け出すように。
 そして、飛花は続く思いを声にした。
「あたくしの手できちんと思い出したいじゃぁないですか」
 雨になど頼らずとも、花喰らいの己として。
 屹度まだ蕾でしかない此の心も、少しずつ綻ばせて往けばいいのだから。
 そして、飛花は雨の領域から離れた。
 前は雨上がり。後ろは降り頻る雨。まるで其処に境界線があったかのようで、見つめる先には違う景色が広がっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
降り頻る雨のつめたきこと
頬を滴る雫が宿した微熱を攫うかのよう
嗚呼、なんてつめたい

ぼうと浮かび上がる景色は何かしら
忘れていた?……いいえ、ちがう
思い起こさぬように沈めていただけ
こうして呼び起こされるのは何故でしょう

眸を瞑れば思い出す
彼岸の花を飾る姉に手を引かれ
白きバラの“妹”と歩んだこと
あたたかな場所
微笑む両親の姿
これはかつての無し色の記憶

眞白き彼のひとを求めて喰らったあの日
全て、全て、奪ってしまった

突き刺さる憎悪を憶えている
嘆き悲しむ温度を憶えている
街の人々は、彼のひとを愛していた

ぬくもりとこころを得たからこそ理解る
これから先も抱えてゆくもの
わたしの冒した罪の重さを

わたしに、かえる資格などない



●蝶の導き
 頬を伝う雫は冷たい。
 細く静かに降りゆく雨は、七結の身体に宿っている微かな熱を攫っていく。
「嗚呼、なんてつめたい」
 降り頻る雨を見上げる七結の口許から思わず声が零れ落ちた。
 この雨は恵みを齎す慈雨とは程遠いものだ。
 ただ、此処を通る者を逃さんとして閉じ込める檻のよう。細い糸めいた雨の一本一本が鉄格子であるかのようにも感じられ、七結は立ち止まった。
 霞の如く白く烟る雨。
 その向こう側に何かが見えた気がした。
 ぼうと浮かび上がる景色。あれは何かしら、と感じた七結は無意識に一歩を踏み出す。
 この雨は記憶を連れてくるという。
 忘れ去った記憶、忘れようとは思っていなかったのに奥底に沈んでしまったもの。
 どの記憶が呼び起こされるのか、興味がないと云えば嘘になる。七結は進む先に見えてきた光景に向け、双眸を細めた。
(忘れていた? ……いいえ、ちがう)
 あれは自分の記憶に、確かに残っているものだ。
 そう感じた七結は瞼を閉じた。このような雨になど呼ばれずとも、あの日の光景が蘇ってくる。これまでに敢えて思い出さなかった記憶が、此処にある。
 それは思い起こさぬように沈めていただけのもの。だというのに、こうして雨に呼び起こされるのは何故なのか。
 眸を瞑る七結はゆっくりと記憶を手繰る。
 彼岸の花を飾る姉に手を引かれている自分。あの日も何も変わらず、そう――何にもおかしなところなんてない。白きバラの“妹”と歩んでいるのだから。
 其処はあたたかな場所。
 行く先には微笑む両親の姿があって、姉妹達は駆けていく。
 彼岸の花と白い薔薇とで手を繋いで――ああ、そうだ。これはかつての無し色の記憶のなのだと気付いて、七結は深く俯いた。
 瞼はひらかぬまま。さあさあと降り続く雨の音だけが耳に届いていた。
 記憶は更に巡り、進んでいく。
 気が付けばまた七結は歩みを止めており、足元で跳ねた雫が小さな音を立てた。
 思い返すのは、あの日。
 眞白き彼のひとを求めて、喰らったあのときのこと。
 ――全て、全て、奪ってしまった。
 それを思い出したとき、背筋が凍るような感覚が走った。雨が体温を奪っているからかもしれない。しかし、それだけではないことも解る。
 突き刺さる憎悪を憶えている。
 嘆き悲しむ温度を憶えている。
 この感覚はあの日のそれと同じ。街の人々は、彼のひとを愛していたのに。己の感情のままに、ただひとつきり、ひとりきりにしたかったから。
 彼の人は其れを赦してくれたけれど、街の人々はきっと――。
 今の七結はぬくもりとこころを得たからこそ、理解った。
 赦されても、許されぬことがある。
 これから先も抱えてゆくものなのね、と七結は呟く。雨の中に落とされた言葉は誰に聞かれることもなく消えていった。
「わたしの冒した罪の重さを……」
 忘れたい? それとも、此の雨に閉じ込めたい?
 答えは出ない。七結は閉じていた瞼をひらき、浮かんだ言葉を音にする。
「わたしに、かえる資格などない」
 しかし、其処にやさしく包み込むような光が訪れた。雨の中でも迷わずに飛ぶ蝶々は真白く、くれなゐを纏っている。
「……ラン」
 その名を呼ぶと、幽世蝶は七結の頬にすり寄るように飛び、先を示しながら舞う。
 おいで。
 きみが歩むべきは此方だから。その瞳に、ほんとうを映して。
 声が聞こえた気がして七結は幽世蝶を追う。今は導かれるままに、先へ。
 そして――いつしか雨は、已んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
この記憶を、私は知らない
忘れたのではなく、元々無かったものなんだろう
私の知る頃のように、花が咲き街は賑わっていないけれど
この土地の地形は忘れるはずがない
ココはかつての私の国の姿

私の先祖、国を拓いた初めての王 アルブライトの記憶だ

それじゃあ、赤い髪のどこか寂しげな緑の瞳の彼女は
物語に聞く、“赤バラの女神”なのかな
美しいひとだ
初めて見るけれど、不思議と初めて見た気がしない

女神がアルブライトに多くを与えるうちに
かれもまた、彼女を愛してゆく
それからアルブライトは死んで、それから……
それから?

*

これは私があの国の王になるために必要な記憶だとおもう
雨に閉じ込められたって忘れたくない
早く蝶を探さなくっちゃ!



●記憶の王と女神
 雨の中に見えたのは、とある国の景色。
 エドガーはこの国をよく知っている。しかし其処には彼が知っているような花は咲いておらず、未だあの日々のように賑わってもいなかった。
 知らない記憶だ。
 それでも、エドガーには此処が何処であるかよく分かった。
 形は違っても土地の雰囲気は一緒。地形も同じであり、間違いなく其処だと思えた。
「忘れていた? いいや……」
 雨の中に朧気に視えている世界を見つめながら、エドガーは首を傾げた。
 この記憶自体を知らないと直感したように忘却していたものではない。おそらく元々、自分には無かったものなのだと感じた。
「そうか、ココは――」
 かつての自分の国の姿なのだと気付き、エドガーは周囲を見渡す。
 雨の向こうにあるからか、国にも雨が降っているように見えた。しかし、そうではなくて国の景色は晴れ晴れとしている。
 エドガーが一歩を踏み出すと、記憶の視点と自分の視線が重なった。
 花が咲いていない国の中を歩く。すると通り過ぎていく誰かが記憶の主の名を呼んだ。
 ――アルブライト王。
 薄々とは気が付いていたが、これは先祖の王のものだ。
 エドガーの祖先。あの国を拓いた初めての王、アルブライトの記憶なのだろう。
 場面は次々と移り変わる。あるとき、アルブライトは記憶の中で国政に関することを語っている。まるでそれを自分が口にしているようだが、エドガー自身が自由に言葉を操ることは出来なかった。
 自分であり、自分ではないような不思議な感覚。
 そんな中でエドガーはふと理解した。
 己が見ている記憶がアルブライトのものだとしたら。
(それじゃあ、赤い髪のどこか寂しげな緑の瞳の彼女は……)
 物語に聞く、“赤バラの女神”なのだろうか。
 アルブライトの傍に佇む彼女はとても美しく、見惚れてしまいそうなほど。初めて見るひとだというのに、不思議と知っている気もした。
 記憶は更に進む。
 国は少しずつ賑わいはじめる。
 その中で赤バラの女神はアルブライトに多くを与えた。
 そのうちにかれもまた、彼女を愛してゆく。王が抱いた愛おしいという気持ちが繋がり、エドガーにも女神への想いが伝わってくる。
 国は繁栄しはじめ、暫くは幸せな日々が続いたように思えた。
 しかし、やがてアルブライトは死を迎えて、それから。
(――それから?)
 はっとしたエドガーの左腕に痛みが走った。
 腕全体を締め付ける痛みは死を悼むような、奇妙な感覚となって巡る。
「レディ?」
 エドガーは無意識に彼女の名を呼んでいた。そうすれば痛みは収まり、視えていた記憶の幻影も消え去っていく。
 その代わりに、赤いバラのような色をした幽世蝶が目の前に現れた。
 光の耀きを纏う蝶々はエドガーの周囲を回っている。
「そうか、あれは……」
 エドガーは確信する。これは自分があの国の王になるために必要な記憶だった。それならば雨に閉じ込められることも、忘れることもしたくない。
 あの蝶が導いてくれるというならば、自分が進むべき道はただひとつだ。
「蝶々くん、案内を頼めるかい?」
 エドガーが呼び掛けると、赤の幽世蝶はひらひらと飛んでいく。
 そっちが出口だね、と微笑んだエドガーは雨の外を目指して駆けていった。雫が跳ねようが、足元が濡れていようが構わない。
 王が王であった記憶を。赤バラの女神の記憶を。
 大切な欠片が洗い流されぬように、決して取り落とさぬように――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴァーリャ・スネシュコヴァ
俺の鼻の頭にぽつ、と雫が落ちる
わっ…!
キュッと目をつぶる

この雨が、俺の知らない記憶を?
胸を高鳴らせながら、目を閉じて—

「あにさま、無理だよぉ、滑れないよ」
『大丈夫、僕の手を取って。そうすればお前も氷の上をスイスイ滑れるさ』
大きな手を恐る恐る取ると、目の前の誰か…兄はしっかりと“私”の手を取り、支えながらスイスイと滑っていく
まるで二人風になったみたいで、目を輝かせて凍った湖の上を一生懸命滑る
二人あの《地獄》から外に出て、初めて得た経験
兄はとてもスケートが上手で、その滑りは美しくて…

そうか
俺は、あの人からスケートを教わったんだ!

きっとこれは大切な記憶だ
忘れたくない記憶
絶対に、絶対に忘れるもんか…!



●氷の兄妹
 糸のような雨が降り頻る領域。
 水に烟る世界はまるで大きな檻のよう。少し怖いな、と感じたヴァーリャはその気持ちを押し込める為に唇を噛んだ。
 大丈夫。あのときのような狭い檻ではなくて、ただの雨だ。
 少女が踏み出そうとした時。雨の中でひとつ、大きな水滴がぽつりと鼻先に落ちた。
「わっ……!」
 ヴァーリャは思わず目を瞑り、ふるふると首を振る。
 ぱちりと瞬きをすれば、水滴が髪の先から散って地面に落ちた。雫の行方を目で追ったヴァーリャは、さあさあと降りゆく雨が水溜まりを作っていることに気付く。
「この雨が、俺の知らない記憶を?」
 水面に映る自分の姿は雨によって歪んでいた。
 けれどもヴァーリャは胸を高鳴らせ、思い出せない過去の記憶への思いを馳せる。そして、少女はゆっくりと目を閉じていき――。
 ぴちゃん、と雫が跳ねた音が印象的な響きを生む。
 そうして先ず、声が聞こえた。

「あにさま、無理だよぉ、滑れないよ」
『大丈夫、僕の手を取って。そうすればお前も氷の上をスイスイ滑れるさ』
 最初は幼い少女の声。
 次に続いたのは別の声だった。優しい声に安堵したのは、それが聞き覚えのあるものだったからだ。幼い少女の声は自分で、もうひとつは誰かのもの。
 彼が語った通り、此処は氷上。凍った湖の上だ。
 スケート靴を履いた少女の脚は震えており、立っているのもやっとの状態だ。
『ほら、おいで』
「う、うん……!」
 促されて、大きな手を恐る恐る取った。
 すると、目の前の誰か――兄はしっかりと“私”の手を握り返してくれる。
 そのように感じたとき、ヴァーリャの視点は少女のものに移っていた。
『最初はゆっくり。少しずつ速くしていくから、気を付けて』
 兄は自分を支えながら、言葉通りに氷の上を滑っていく。ヴァーリャも最初こそは腰が引けていたが、兄のように滑ってみたくて背筋をぴんと伸ばした。
 そうすれば、すいすいと景色が進む。
「わっ、すごい!」
『上手だ、そのまま……。そう、出来たじゃないか!』
「やった! やったよぉ!」
 それが初めて、ヴァーリャが思い通りに氷上を駆けた日だ。まるで二人で風になったみたいで、少女は目を輝かせて兄の隣を一生懸命に滑っていく。

「懐かしいな……」
 気付けばヴァーリャは無意識の言葉を口にしていた。
 そうだ、少しだけ思い出した。二人であの《地獄》から外に出て初めて得た経験。兄はとてもスケートが上手くて、その滑りは美しくて憧れた。
 記憶の幻とはいえ、兄の姿がはっきりと見えたことが嬉しい。それにどうして記憶のない自分がスケートの技術を覚えていたのかが分かった。
「そうか。俺は、あの人からスケートを教わったんだ!」
 ――あにさま。
 記憶の中の自分がそう呼んでいたので、ヴァーリャもそっと声にしてみる。
 雨の中だというのにほんのりとあたたかい気持ちが胸に宿った。そうして、ヴァーリャは掌を強く握り締める。
 きっとこれは大切な記憶だから。
 大事だと思えば雨の中に閉じ込められてしまう。断片的に思い返した地獄のことを忘れたいと思えば、この記憶ごと雨に洗い流されてしまう。
 忘れたくない記憶。失くしたくない想いが、いま此処にある。
「絶対に、絶対に忘れるもんか……!」
 雨を払い除けたヴァーリャが先を見つめると、其処に薄青色の翅を持つ蝶々が現れた。それはまるで氷上を滑る兄のように、美しい動きで以てヴァーリャを先導していく。
 あれが道標だ。
 そう確信したヴァーリャは蝶を追い、疾き風の如く駆け出していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

天霧・雨吹
昔は乞われて降らせることもあったのだし
雨は馴染み深いものなのだけれど
それでも、雨中の蝶というのは希有なもの

きみとは、そんな風景を見たことがあったろうか
神器に沈んだ、八重雷神
きみは小さきものを、近くに寄せることはあまりなかったけれど
それでも
きみが戦う理由の一つであったことを僕は知っている
だからこそ僕は沈んだきみとの誓いを手にした
護る為にあること、果てまできみと戦い続けると

記憶失えど
幾許か、神器に飲まれようとも
決して忘れ得ぬ誓い

嗚呼、ゆえに僕は雨中の蝶に手を伸べる

きみとの酒宴に朽ち得ぬ僕を
振り返るまでもなく
きみならば、笑って見送ってくれるだろうと
知っているのだから



●記憶と誓い
 ――雨。
 まるで霧雨が満ちているかのように烟る景色の中、雨吹は天を見上げた。
 糸のように降りゆく雫の軌跡によって、空のいろは覆い隠されている。雨吹の名にその文字が刻まれているように、雨は馴染み深いものだ。
 竜神として、昔は乞われて降らせることもあった。
 時折、社を手入れに来てくれていた人の子も雨が降るように願ったこともある。
 荒れ狂う暴雨、雷を伴う雨、静かに降る慈雨、恵みを巡らせる雫に至るまで、雨吹は雨というものをよく知っている。
 それでも、雨中を迷わずに飛ぶ蝶というのは希有なものだ。
 魂が蝶の形を取ったものだからか、あちこちに導くように飛ぶ蝶の羽撃きが見えた。
 雨吹は己が携える剣に視線を向ける。
「きみとは、そんな風景を見たことがあったろうか」
 ねぇ、八重雷神。
 それは鳴神の果て。神器に沈んだ、きみ。
 雨と蝶の軌跡を瞳に映した雨吹は、神器に呼び掛ける。そうすることで昔を懐かしむように、雨音と共に君を呼ぶ。
「きみは小さきものを、近くに寄せることはあまりなかったけれど、それでも――」
 知っている。
 それもまた、きみが戦う理由のひとつであったことを。
 解っている。
 世界が壊れゆくと知っていて、何もしないきみではないと。
 だからこそ、と雨吹は八重雷神の柄を撫でた。雨に濡れた剣から何かが返ってくることはなかったが、それでも分かっている。
「そうだね、僕は沈んだきみとの誓いを手にした」
 護る為にあること、果てまできみと戦い続けることを、今此処に抱いている。
 そのとき、ふと雨吹の前に朧気な景色が浮かびあがった。
 深山幽谷の滝底が見えた。
 其処から次々と様々な光景が巡り、八重雷神の嘗ての姿が見えた。
 晴れやかに笑うきみは以前にも見たものだ。ひとつも欠けていないきみ、気付いたときには半分も残っていなかったきみ。
 神器となってからも一緒に戦ってきた。そういった記憶が次々と見えるのは屹度、どれもが雨吹にとっての大切なものだからだ。
 ――最後まで、共に。
 誓った心と言葉を思い返した雨吹は蝶の光を追っていく。
 たとえ記憶を失えど。幾許か、神器に飲まれようとも、此れは決して忘れ得ぬ誓い。
「ゆえに僕は……」
 雨の中に舞う蝶へと手を伸べる。
 その幽世蝶は稲光のような輝きを纏う、水のように透き通った蝶々だった。何処で聞いたか、幽世蝶には一時的に他の魂が宿ることがあるという。
 その蝶々はどうしてか、雨吹にこう呼びかけているように思えた。
 ――此方へ、共に往こう。
 頷いた雨吹は蝶が進む方向に歩を進めていく。記憶を閉じ込め、洗い流すという雨の雫などもう気になりはしない。
「嗚呼、翔けよう」
 蝶々の羽撃きに応える言葉を紡ぎ、雨吹は垣間見えた過去を思う。
 どれも落としたくない。失くしたくはない思いだから。
 きみとの酒宴に、朽ち得ぬ僕を。
 過ぎ去った日々を振り返るまでもなく、今はただ前に進み続ければいい。導きは此処にあり、それに――。
 きみならば、笑って見送ってくれる。
 そうであることを確かに知っているから。雨の向こう側へ、往こう。
 そのときに首元の装飾がチリリ、と鳴いた。
「そうだね、淡墨も一緒に」
 雨を抜ければ美しい里があり、清らかな川もあるという。首元にそっと触れた雨吹は双眸を細め、自分達が行く先を見つめた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
POW

幽世蝶って綺麗で不思議だ。
どこかの国で蝶と魂は同じ言葉で表されるし、蝶は魂の化身とされる話もあるけれど。
この世界でもやっぱりそういう感じなんだろうか。

好きだって想いをずっと黙っていようと、心の奥底に沈めておこうと思ってた。
だけどそのままじゃ何も進まないって気が付いたから、過去にするにしろどうするにしろ自分の気持ちを認めてしまおうと思った。
だから俺は忘れたくない。でもそれを抱えて永遠を生きるなんてできない。
抱えたままいつか静かに朽ちていきたい。
だからこの場所にずっといるわけにはいかないんだ。
想いを過去にする時がいつか来るかもしれない。けど、完全に忘れたいわけじゃない。



●失いたくない心
 細い糸を引いて降り続く雨の最中。
 髪を、肌を、そして刃を濡らしていく雫を受けた瑞樹は立ち止まった。
 それそのものが物質ではない魂の欠片だからだろうか、幽世蝶は雨などものともせずに飛んでいる。その光景を見つめた瑞樹は思いを声にした。
「幽世蝶って綺麗で不思議だな」
 風が吹いて、雨の軌跡が棚引いた。それと同時に蝶々達が雨の中に紛れていく。
 まるで生死を示しているようだと思った。
 どこかの国で蝶と魂は同じ言葉で表されるという。それに、一説によれば蝶は魂の化身とされている。
「この世界でもやっぱりそういう感じなんだろうか」
 独り言ちた瑞樹は静かに頷いた。
 きっとそうだ。こうやって幾つもの魂が舞い、世界の危機を報せてくれる。一羽ずつは弱いものであっても、こうやって善良な魂達が集うことで力になってくれようとしているに違いない。
 道標となってくれている蝶の思いを無駄にせぬよう、瑞樹は歩き出す。
 されど此の雨は記憶を呼び起こすもの。
 そっと封じ込めていた思いも、雨の雫によって心の奥から連れて来られるのだろう。
「……こんな思いまで、呼ばれるのか」
 瑞樹は自分の胸に浮かんだ思いを確かめ、雨の中で肩を落とす。
 ――好きだ。
 そのように感じた想いをずっと黙っていようと思っていた。誰にも言わないまま、心の奥底に沈めておこうと決めていた。
 それなのに、自分は認めてしまったのだ。
 このままでは何も進まない。そのように気が付いたから、過去にするだけには出来なかったのかもしれない。それをどうするにしろ、自分の気持ちに嘘をついたまま、ひととして生きることは違う気がした。
「忘れてしまったら、どうなるんだろうな」
 この雨は願えばそうさせてくれるのだということを思い出した。
 呟いた瑞樹は天を仰ぐ。
 しかし、この奇妙な雨に記憶や心を洗い流して欲しいとは思えなかった。だからといってこの想いを大切にしすぎて雨に閉じ込められるのも御免だ。
 そうか、と頷いた瑞樹は再び思いを言葉にしていった。
「だから俺は忘れたくない。でもそれを抱えて永遠を生きるなんてできない」
 失わないままで。
 記憶を抱えたままで、いつの日か静かに朽ちていきたい。
「この場所にずっといるわけにはいかないんだ」
 想いを過去にする時がいつか来るかもしれない。けれども、完全に忘れたいわけではないのだから――。
「導いてくれ、幽世蝶。俺の行くべき先へ」
 瑞樹が手を伸ばすと、澄んだ青色の幽世蝶がひらひらと舞ってきた。
 それはまるで自分の瞳の色のようだ。自分の思いに呼応して来てくれたのだと感じた瑞樹は蝶の後を追っていく。
 いつか、何処かで満足できる死が訪れるだろうか。
 その未来が何時になるかはわからないが、今はただ、成すべきことを。
 幽世蝶が導くままに進む瑞樹は真っ直ぐな眼差しを向けている。そうして、幾許かの距離を進んだとき。雨があがり、新たな道が瑞樹の前に現れた。
 更にその先を示すように、蝶々は更に羽撃いてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
倫太郎と手を繋ぎ、進む
記憶は異なれど辿り着く所は同じ

静かに雨音が響く
共に呼び起こされるのは……遠く、遠く
それでいて、今も鮮明に焼き付いた記憶

私がまだ人の体を得ていない頃
懐紙に包まれ、人の懐の中で走る動きに合わせて振動する
軈て動きは止まり、男女の話し声

別れを惜しみ、悲しみ
それでも想いを伝え、交わされる約束
約束と共に渡されたのは……私

店で飾られるだけの私に再会を約束する証という意味を与えた
渡した男性こそ、今の私の姿の元である暁彦様
渡された女性こそ、主の小夜子様

あの日の御二人の顔を忘れたことはない
悲しみ、喜び、様々な感情を抱いた

全ての始まり
終わりの始まり

蝶を見つけ先へ往く
過去から今はその先へ


篝・倫太郎
【華禱】
夜彦と手を繋いで進む
雨が呼ぶ記憶は異なるだろうけど
それでも選ぶ先は同じだろうから

雨が呼ぶ記憶
過去と呼ぶにはまだ新しくて
それでも、それが始まりだからなんだろう

妖刀を手にした少年を説得する
その為に、愛刀を手にする事が無かった、夜彦
初めての共闘、その筋の通った佇まいに
酷く惹かれたのは自分

その後の手合わせで
どれだけわくわくしたのかも、薄れる事はなかったけど

真っ直ぐな太刀筋
覚悟を持って振るわれる夜禱
不器用で優しい、その在り方を護る
俺の生き方を揺さぶった、あの日の記憶

盾として生きる事に始まりがあるなら
確実にあの日のあの時間がそれだから
憶えて生きる、夜彦の隣で

蝶を見つけたら繋いだ手を引いて、先へ――



●繋がるもの
 雨は降り続ける。
 糸のように、格子のように真っ直ぐな線となって地面を濡らしていく雨。
 その最中を夜彦と倫太郎は手を繋いで歩いていく。
 この雨は過去の記憶を呼び起こす。それが良いものであれ、悪いものであったとしても、連綿と続く記憶の果てにあるのは、今このとき。
 それゆえに心配などない。
 記憶は異なれど辿り着く所は同じだと夜彦は知っている。
 倫太郎もまた、雨が呼ぶ記憶が違うことを分かっていた。それでも、選ぶ先は同じだろうと確信している。
 そして、雨を受けた二人にそれぞれの記憶が巡っていく。

 静かに雨音が響く。
 音と共に呼び起こされるのは――遠く、遠く、果てない過去のもの。
 それでいて、今も鮮明に焼き付いた記憶だ。
(あれは……)
 夜彦は自分が見ているものを確かめるように、その光景をじっくりと眺めた。
 其処に今の自分の姿はない。
 夜彦がまだ人の体を得ていない頃のことなのだとひとめで分かった。自分は懐紙に包まれており、人の懐の中で走る動きに合わせて振動する。
 軈て動きは止まり、男女の話し声が聞こえはじめた。
 再び耳にすることになった彼らの言葉はやはり切ない。あの頃には感じられなかった思いが今の夜彦には手に取るように分かる。
 二人は別れの言葉を交わしていく。
 別離を惜しみ、悲しむ声色は切実な色を孕んでいた。行って欲しくはないという心と、別れを見送ろうという心が交わっているのが理解できた。
 それでも想いを伝え、交わされる約束。
 約束と共に渡されたのは――。
(……私)
 店先で飾られるだけの自分に再会を約束する証という意味を与えたのは彼だ。
 渡した男性こそ、夜彦の姿の元である暁彦様。
 渡された女性こそ、主の小夜子様。
 あの日から、夜彦は二人の顔を忘れたことはない。様々な思いが自分に込められていった。約束が果たされずとも、約束の証として其処に在った。
 悲しみ、喜び、様々な感情を抱いた。
 それが全ての始まりであり――終わりの始まりだった。

 同時に、倫太郎にも記憶が廻っている。
 雨が呼んだ記憶は夜彦とは違って、別段古いものではなかった。
 倫太郎にとっては過去と呼ぶにはまだ新しく、それでいて始まりと示すに相応しい記憶の一部だった。
 妖刀を手にした少年を説得する。
 その為に、愛刀を手にする事が無かった夜彦の姿を、倫太郎は今もよく覚えていた。
 それが初めての共闘だった。
 彼が見せた筋の通った佇まいに酷く惹かれたのは自分だ。
 剣を取り、力で解決することも出来ただろう。夜彦ほどの手合いならばきっと、上手くやれば傷付けずに少年を救うことだって叶ったかもしれない。
 だが、彼はそうしなかった。
 剣を握らないという選択を取れる夜彦が誇らしかった。あのときから、倫太郎は彼の芯の強さを感じ取っていたのだ。
 その後の手合わせで、どれだけわくわくしたのかもよく記憶している。
 感情が薄れることはなく、彼と居ると嬉しい気持ちや楽しい思いばかりが浮かんだ。
 真っ直ぐな太刀筋。
 覚悟を持って振るわれる夜禱。
 今だって、その姿勢に惹かれ続けている。不器用で優しい、その在り方を護ると誓ったのはあの日の出来事があったからだ。
 己の生き方を揺さぶった記憶は大切なもの。
 それからもずっと共に戦い、日々を過ごしてきた。始まりを思えば想いはいっそう強くなり、今の自分に力を与えてくれる。
 盾として生きることに始まりがあるなら、確実にあの日のあの時間がそれだから。
 憶えて生きていく。
 他の誰でもない――夜彦の隣で。

「だから……」
「ええ、それゆえに」
「忘れたくないんだ、この想いを」
「閉じ込められるのも勘弁ですね」
 過去を視た二人は同時に顔を上げ、自分達が抱く思いを言葉にした。
 やはり最初に思った通り、記憶と感情が行き着く先は同じ場所だ。彼と共に進む道を選び、そのために動く。
 どのような過去や経緯があったとしても、此処に居る自分達こそが真実。
 こんな雨に記憶を消されたり、雨の牢獄に閉じ込められるならば拒絶するだけ。
 すると、二人の前に二羽の蝶が現れた。
 倫太郎の傍にふわりと舞ったのは、夜めいた空色を映したような蝶。
 夜彦に擦り寄った蝶々は、凛とした光を纏う琥珀色の蝶々だ。
「行こうぜ、夜彦」
「案内をしてくれるのですね」
 蝶を見つけた二人はもう一度、手を繋ぎあった。幽世蝶が導いてくれる先は、今の自分達が向かうべき場所だ。
 倫太郎は夜彦の手を引き、迷わず進んでいく。
 過去から今はその先へ――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】

ルーシーちゃん?
手を繋いでだはずの小さな手が居ない?

雨音が聞こえる
記憶…浮かぶ

あの子が心配そうに僕を見つめる
僕の言葉が行動があの子の心を揺さぶって

伝えたいのに伝えらない事が沢山ある
大切な娘、家族と思えば思うほど

君は僕のとの約束をちゃんと護ってくれているのに
ずっと娘として傍にいて欲しいと
我儘なパパを許してくれた優しい子
ダメだよ、あの子にまだ伝えれてない
伝えると約束した
それは忘れてはいけない記憶

嗚呼、君を迎えに行かないと
父親して君がいつでも笑ってくれるように
蝶がヒラリと舞いそっと触れる


ルーシー・ブルーベル
【月光】

ゆぇパパ?
手をつないでいたはずのあなたが居ない

雨がうつし出す
無くしたくない大切な記おく
ええ、あるわ

ゆぇパパと
常夜に佇む白館
あの楽園の様な部屋で交わしたお約束
額を合わせて
瞳を合わせて

「わたしはゆぇパパを覚えていて、決してわすれません」

永遠に
そしてパパも同じ約束を

本当に大切な約束は目を見て
心で結ぶものだと
その時識ったの

雨音がつよくなる

大事な約束
確かにここにずっと居たら
永遠に思い出を抱きしめていられるのかもしれない

でも、だめ
ここはパパが居ないもの
ずうと傍にいるってワガママを叶えるとも、お約束したから
今はまだお約束の途中なの

ここから出て
全てを抱えて
パパと共に生きていくために
ふわり舞う蝶に、手を



●我儘
「ルーシーちゃん?」
 気付けば雨の中で、繋いでいたはずの手がなくなっていた。
 ユェーは自分の手の中にあった温もりが急速に冷えていくことを感じながら、辺りを見渡していく。やはり、先程まで居たはずのルーシーが見えない。
 呼んだ声に返答する声も聞こえなかった。その代わりに雨音だけが響いている。
(記憶が……浮かぶ……)
 いつしかユェーは熱に浮かされたように、虚空を見つめていた。
 其処には彼だけにしか見えない過去の光景がある。
 ユェーの傍にはルーシーが居た。だが、其処に現実感はない。ああ、と言葉を落としたユェーはこの景色が昔のことなのだと理解した。
 過去の記憶なので、彼女に何かを伝えることは出来ない。
 パパ、と呼ぶ声だけが聞こえる。
 それは何故か不安そうで、どうかしたのかと問うているようだ。
(――あの子が心配そうに僕を見つめている)
 自分の言葉が、そして行動が、あの子の心を揺さぶっている。こんな顔をさせてしまった一瞬があることがユェーには悔しかった。
 伝えたいのに伝えらないことがたくさんある。
 彼女は大切な娘だ。
 家族だと思えば思うほどに、言葉にできない感情が募っていく。手を伸ばしても過去のルーシーには届かない。これは雨が見せている幻なのだから。
(君は僕との約束をちゃんと護ってくれているのに……)
 ユェーは項垂れ、雨に打たれるがままだ。
 ずっと娘として傍にいて欲しいと願った我儘なパパ。そんな自分を許してくれた優しい子だから、大切にしたい。
 だが――。
(ダメだよ、あの子にまだ伝えられていない)
 伝えると約束したのに。
 雨が記憶を奪い去っていくように思え、ユェーは頭を振った。或いは、大切だと思えば思うほどに記憶ごと自分がこの雨に閉じ込められてしまう。
 それは忘れてはいけない記憶。この外に出て、いつか伝えなければならないこと。
 だから、とユェーは雨を睨み付けた。
 こんな雨の中にいつまでも居たくはない。居てはいけない。
 記憶が消えることも、洗い流されてしまうことも絶対に拒絶してやるのだと心に決め、ユェーは巡りゆく過去の記憶を見つめ続けていた。

●約束
「ゆぇパパ?」
 気が付いたら、ひとりきりで雨の中に佇んでいた。
 手を繋いでいたはずのユェーが居ないことを知り、ルーシーは彼を探していく。
 しかし、降りゆく雨はそれを阻んでいた。
(雨が……うつし出す、これは?)
 ルーシーの目の前にもまた、彼女だけにしか見えない記憶の欠片達が浮かんでいる。
 此処では失くしたくない大切な記憶が巡るという。
(ええ、あるわ。たくさん)
 その記憶が映し出されていくことは止められないらしい。それならばこの眼で見ていこうと決め、ルーシーは前を見据えた。
 視えたのは、ユェーの姿。
 そして常夜に佇む白い館がはっきりと映し出されている。
 あの楽園のような部屋で交わした約束が、記憶の光景の中で再び廻った。
 額を合わせて、瞳を合わせる。

「わたしはゆぇパパを覚えていて、決してわすれません」

 ――永遠に。
 そうして、彼も同じ約束を交わした。
 本当に大切な約束は目を見て、心で結ぶものだとそのときに識った。そうして初めての大事な約束は言葉通りに永遠にしたいものとなった。
 そのとき、雨音が強くなった。
 約束を守りたい。
 そう思うほどに雨は強くなるらしい。細く降る雨の線が鉄格子のように思えた。閉じ込められかけているのだろうとルーシーは理解する。
 確かに、ここにずっと居たら。
 そう考えたルーシーの中に蠱惑的な思いが浮かんでいった。
(あの永遠に思い出を抱きしめていられるのかもしれないわ。でも……)
 ルーシーは考えを振り払う。
 約束がたとえ永遠になっても、だめ。だってここにはパパが居ないから。
「ずうと傍にいるってワガママを叶えるとも、お約束したから。今はまだお約束の途中なの。だから、それだからね――」

●未来
「嗚呼、君を迎えに行かないと」
「ここから出て、全てを抱えて、パパと共に生きていくために」
 雨の最中、二人の言葉が重なった。
 それまで傍に居ないと思っていたはずの彼らは、本当はすぐ隣にいた。雨から抜け出したいと思った心が過去を押し込め、今という現実に引き戻してくれたのだ。
「ルーシーちゃん」
「ゆぇパパ……」
 ユェーが微笑むと、ルーシーも笑みを浮かべる。
 父親として君がいつでも笑ってくれるように、と願ったユェーの思いはすぐに叶ってしまった。けれどもこの願いは今だけではなく、これからも続いて欲しいものだ。
 そのとき、二人の前に幽世蝶が現れた。
 ひらりと舞うのはブルーベルの花のような翅を持ったちいさな蝶。
 そして、月の色を宿したような淡い彩を宿した大きな蝶だ。
「進みましょう、パパ」
「ええ、一緒に……」
 幽世蝶を追う二人は手を繋ぎあう。其処にそれぞれの思いを籠めて――。
 過去から続く今を、大切にするために。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
傘をさして、のんびり雨の中で歩く

暗い空は、まるで生まれた世界のよう
まるで、あの時の歩いた道に戻ったよう
どこに行っても暗い、暗い、青空を見たこともなかった
小さい身で必死に足掻いてじたぱた生きていて、気が付いたら、どうやって生き抜いたかも覚えなくなった
…というか、覚えたくなかった
顔に掠ってきた雨の粉が、僅かだけど少しずつ洗い流してくれるよう、
歩くほど歩ければ、あの時のことを、思い出せなくなって、傘も捨ててしまう
悲しいことも、少なかった楽しいことも、全て捨てられてしまう
…こんなの、本当にいいの?
薄くそう思う時に、なぜか蝶が見えた気がする
思わず傘を拾い、それを追いかけていく



●忘却の雨と導きの光
 幽世に異変を起こす先触れ。
 それがこの雨なのだと感じながら、レザリアは雫が跳ねる道を行く。
 その手には傘。滴る雨はぴちゃんと音を立てて足元を濡らしていった。崩壊の危機を齎す異変であれど、未だ効力は弱い。
 それゆえにレザリアは傘をくるくると軽く回して、のんびりと雨の中を歩いていた。
 傘越しに見る暗い空。
 曇天と夜が織りなす真っ暗な様子は、自分が生まれた世界のようだ。
 まるで、あのときに歩いた道に戻ったようで落ち着かない。今と過去は違うというのに、どうしても思い浮かべてしまう。
 そんなとき、レザリアの中に過去の記憶が巡っていった。
 何処に行っても暗い。
 ただ暗い闇が広がるだけで、青空というものを見たことがなかった。
 あのときはそれが当たり前で何も疑問を覚えなかった。今思えば、何も知らなかったのだと感じられる。
 あの頃のレザリアは必死だった。
 小さな身ひとつで必死に足掻いて、もがいて、じたぱたするように生きていて――。
(気が付いたら、どうやって生き抜いたかも覚えなくなっていた、のに……)
 寧ろ覚えたくなどなかった。
 この雨はそんな記憶まで連れてきていた。余計なお世話だと言ってやりたかったが、雨という意思のないものに告げるのも違う気がする。
 辿ってきたのは汚れた世界だ。
 真っ暗で、一寸先すら見えない闇だと表すに相応しい。
 思い出したけれど忘れてしまいたい。そう思ったとき、微かな風が吹いた。傘の横合いから入ってきた雨の雫がレザリアの頬に触れる。
 雨が、僅かだけど少しずつ忘れたい記憶を洗い流してくれるようだ。
 傘がゆらりと揺れた。
 レザリアは歩いて、歩いて、歩き続けていく。歩を進める度に、あのときのことを思い出せなくなっていった。
 いつしか傘も捨ててしまって、雨にすべてを攫って貰いたくなった。
 傘が地面に落ちた音が響く。
 その瞬間に、悲しいことが消えた。
 きっと、少しだけあった楽しいことも一緒に全て捨てられてしまうのだろう。
 けれども雨に身を委ねれば楽になれる。忘れてしまえば、その忘れたこと自体も記憶からなくなってしまうだけなのだから。
(……こんなの、本当にいいの?)
 全てが洗い流されていく直前、レザリアはふと疑問を覚えた。
 ――いけない。違うよ。
 誰かの声が聞こえたきた気がして、レザリアは辺りを見渡す。いつの間にか傍に出てきていたらしい死霊がふわふわと浮いていた。
 そうして、レザリアの視線を導くように死霊が先へと飛んでいく。
 その姿が一瞬、蝶々のような形をとった気がした。しかし、すぐにそれは幻だと分かった。何故なら、死霊が進む先には本当の幽世蝶が羽撃いていたからだ。
「……行かないと」
 レザリアは落ちていた傘を拾いあげ、真白な蝶々の後を追う。
 その蝶々の白い翼は昔を思い出させるものだったが、今は気にならない。
 追いかけていけば、こんな憂鬱な気分からも解放されるはず。過去に背を向けたレザリアは死霊と共に歩いていく。
 忘れたいこと。忘れたくはないと感じたこと。
 どちらも抱いたまま、先へ、先へと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
雨滴る天を見る。

――“あの日”の俺は、
こんな雨を望んで空を仰いでいたのだろうか。
焔に包まれた村。
息絶えたひと。
全てを洗い流す雨を。
血に塗れ、
涙は毀れず、
死を待つだけだった子供。
あの男が差し出した手を取った――
己の、最初の記憶。

…三つに届くか届かぬか、そんな幼さ。
覚えて無くて当然だったかもしれないけど…
忘れていてもよかったのだと思う。
けれど再び忘れたいとは思えない。

さぁて、困りました!
これって、出られないパターンですよね?
故に。
当然の様に幽世蝶を探して、
手を伸ばす。
あの日、男の手を取った様に。

あぁ…これも忘れてた。
ずっと、あの男が付けた名だと思っていたけど。
この名は、問われて…
俺がそう答えたんだ



●伸ばした手
 雨が滴る天を振り仰ぐ。
 そうすれば、雫が頬を濡らして滴っていった。
 幽世に起こり始めている異変の兆しである雨は細い糸のように降りゆく。
 其処に佇むクロトの中に生まれたのは、過去への思い。雨が連れてくるという記憶に意識を向ければ、今の情景と昔の光景が重なり合っていく。
 ――“あの日”の俺は。
 考えを巡らせると同時に、クロトの周囲の景色が歪んでいった。
 それは彼にしか見えない幻だが、本人にとっては今まさに起こっている出来事のように感じられる不思議なものだ。
 焔に包まれた村が見える。
 あのときの自分は、こんな雨を望んで空を仰いでいたのだろうか。
 現在と過去。
 両方の情景が重なっているが、互いに影響を及ぼすことがない。燃えている村の炎を雨が消し去ることもなければ、熱さが伝わってくることもなかった。
 クロトは辺りを見遣る。
 息絶えたひとがいる。其処に滲む血の色が炎に焼かれていく。地面を、建物を、或いは空まで焦がしていくような焔は収まりそうにない。
 黒い煙が立ち上っていく。
 烟る白い霧めいた雨が煙を重なって不可思議な光景を作り出している。
 あの日、このような雨が降ればどれだけ良かったか。
 全てを洗い流す雨を。
 全てを忘れさせてくれる雨を。
 嘗てのクロトは血に塗れて立ち竦んでいる。ただ、じっと空を仰いでいる子供を現在のクロトが見つめていた。
 子供から涙は毀れず、いずれ訪れる死を待つだけだった。
 だが、子供は或る選択をする。
 そう――クロトの瞳に映っているように、あの男が差し出した手を取った。
 それが己の、最初の記憶だ。
 当時のクロトは三つに届くか届かぬかの年の頃だった。それゆえにこれまで、思い出さず――否、覚えていなくても当然だったのだろう。
 されど、こんな記憶など忘れていてもよかったのだと思えた。
「けれど……再び忘れたいとは思えないな」
 一度思い出したのならば、自分の胸に抱えていくだけ。
 クロトは消えゆく光景を少しだけ見遣った後、息を吐く。零れ落ちた言葉には少しばかり寂しげな色が宿っていた。
 しかしクロトはすぐに表情を切り替え、敢えて軽く笑う。
「さぁて、困りました! これって、出られないパターンですよね?」
 さあさあと降り続く雨は自分を閉じ込めているらしい。
 まるで檻のようだ。
 無意識にでも大切だと思った記憶だったからこそ、こうなっているに違いない。
 そういった雨なのだから仕方ないか、と独り言ちた彼は視線を動かした。ひとりで出られないのならば頼ってしまえばいい。それくらいの考え方はこれまでに培ってきたし、学んできた心算でいる。
 もう、あの頃の力のなかった己ではない。
 故にクロトは当然のように幽世蝶を探して――そっと、手を伸ばした。
「見つけた」
 橙色の目映い蝶々は、あの日に燃え盛る炎の色だろうか。いや、違う。きっと太陽の色だと感じたクロトは幽世蝶に触れた。
 たとえるならばあの日、男の手を取ったように。
 そのとき、クロトはふともうひとつの出来事を思い出した。
「あぁ……これも忘れてた」
 ずっと、あの男が付けた名だと思っていたけれど違った。この名は、問われて――。
「俺がそう答えたんだ」
 クロトの裡で蕾から花になるように、過去がひとつ綻んだ。
 そして、クロトは幽世蝶を追って先に進んでいく。今の自分が見つめるべきものを、この瞳に映し出す為に。ただひたすら、真っ直ぐに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

虹川・朝霞
【神杜寺】
カクリヨの聞きとあらば、俺は黙ってはおれませんので!
…檬果さんもありがとうございます。

記憶。檬果さんの前世である嫁御殿との記憶。
建前上、捧げられた生贄。対面して一目惚れして、嫁にと望んで。
いつもと違い、帰さずに手元において、夫婦となった記憶。
むろん、人々が必要とした知識は授けました。
…『虹川』はね、本来は嫁御殿の名字だったんですよ。

忘れたくない大切な記憶です。
行きましょう、檬果さん。進みましょう。
永遠は、望みませんから、俺。


荒珠・檬果
【神杜寺】
いえいえ、放っておけないのは私も一緒なので。気にせずに。

この記憶は前世のでしょうか…?
戦巫女として修行をしていたところ、竜神の生贄に選ばれて。
生贄といえども、実際は知識を貰い伝達する役割で。
でも、その竜神に嫁になってくれと言われて、面食らいつつも了承して夫婦になった、と。
どうも前世も一目惚れしてたみたいですね。

前世とはいえ、他人事のようで。朝霞さんも、その前世と私を区別して接してくれていますが。
忘れたくないですよ。
というか、荒珠って名字は自分でつけたんですが、荒魂から閃いた説。

私も永遠を望みません。蝶を見つけて、朝霞さんと一緒に走り抜けます。

※前世の姿は『真の姿』を参照願います。



●大切な記憶
 異変の先触れとして現れた雨の領域。
 其処は細い雨が糸のように降り続く、白く烟った不思議な空間だ。見るものが見れば雨の牢獄のようにも感じられるだろう。
 それほどに酷く寂しい雰囲気の雨だが、朝霞と檬果には何のことはない。
 二人は雨の領域に足を踏み入れ、足元や身体を濡らす雫の妙な心地を確かめる。
「なるほど、これがカクリヨの危機の前触れですか!」
「雨、止みそうにないですね」
「怪異の雨なのでしょうね。こんな状況は黙ってはおれませんので! っと……檬果さん、ついてきてくれてありがとうございます」
 拳を握りしめた朝霞はふとはっとして、檬果に礼を告げる。
 すると檬果は幾度か首を振り、礼には及ばないのだとやさしく伝え返した。
「いえいえ、放っておけないのは私も一緒なので」
 気にせずに、と離す檬果は雨を見つめた。長い睫毛の先に雫が溜まっている。その横顔をちらりと見た朝霞は静かに笑った。
 彼女の優しい声も、こうして協力してくれることも、やはり好ましい。
 それから二人は雨の奥へ進んでいく。
 この雨は過去の記憶を呼び起こし、すべてを洗い流すか閉じ込めるかしてしまうと聞き及んでいる。たとえどのような過去が見えたとしても、忘れさせられるのも囚えられることも御免被りたい。
 幽世を救うためにも、と気合いを入れた朝霞は何でも来いと意気込む。
 そして、彼らの目の前に現れた景色はというと――。
「この記憶は前世のでしょうか……?」
 檬果には髪の長い人影が見えていた。額に赤い文様があることから、シャーマンズゴーストの元となった人物であることが分かる。
 檬果は前世にて、戦巫女として修行をしていた。そんな生活の中で竜神の生贄に選ばれた。生贄といえども喰らわれるような役割ではなく、実際は知識を貰って後世に伝達していくという御役目だ。
 生贄の役割を与えられ、竜神のもとに向かうまでの記憶が檬果の中に巡った。
「檬果さん……いえ、嫁御殿」
 朝霞が見ているのも同じ時期の光景らしい。
 その記憶は、後に嫁御殿と呼ぶことになる相手と出会ったときの記憶だ。竜神たる朝霞に建前上、捧げられた生贄。対面するや否や、一目惚れをした瞬間。
 そんな光景が次々と浮かんでいる。
「懐かしいですね……」
 あの記憶が蘇ってきたことで、朝霞はしみじみと呟いた。
 其処から先、雨が見せる光景は二人の共通記憶となっていく。
 ぜひ、嫁に。
 そんな風に生贄でしかなかった相手に強く望んだ朝霞。竜神に嫁になってくれと言われて、面食らいつつも了承した檬果。
 いつもの生贄と違って帰さずに手元において、夫婦となった記憶はよいものだ。
 檬果は不思議な気分を懐きながら、その光景への感想を言葉にする。
「どうも前世も一目惚れしてたみたいですね」
「そうでした。あの後に人々が必要とした知識は授けて……。嫁御殿との日々は楽しかったです。そう、こんな風に」
 二人の前には微笑みあう夫婦の姿が映し出されていた。
 水神竜と戦巫女。
 彼らが過ごした時間のひとつひとつが、流れるように巡っていった。
 檬果には前世とはいえ、他人事のようにも思える。朝霞も前世と自分を区別して接してくれているので、辛い気持ちになったことはない。
 それでも――。
「この記憶は、忘れたくないですね」
「大切な日々でしたから」
 時代に年月、人々の生活。魂の在り方。たくさんのことが変わっていっても、あの日々の記憶だけは変わらない。
 そうして、彼らの記憶は次第に終わりに向かっていく。
 そんな中で二人はそっと語り合う。
「というか、荒珠って名字は自分でつけたんですが、荒魂から閃いた説です」
「……『虹川』はね、本来は嫁御殿の名字だったんですよ」
「大切にしてくれているんですね」
 ありがとうございます、と檬果が双眸を細めると、朝霞もそうっと頷いた。
 これは忘れたくない大切な記憶と感情。
 そう思えば思うほど、二人を包む雨は強くなっていった。この雨の中でならば、あの記憶の日々が永遠になるのだろう。
 朝霞と檬果も閉じ込められることになるが、雨は永久に優しい思い出をみせてくれる。
 だが、二人はそれをよしとしない。
「永遠は、望みませんから、俺」
「私も永遠を望みません。蝶を見つけて、朝霞さんと一緒に走り抜けます」
 同じ思いを交わしあった二人は先を見据えた。
 其処にはひらひらと舞う蝶々の姿があった。仲睦まじい夫婦のように寄り添う幽世蝶は静かな虹色に光る翅を持っている。
 過去の色でありながら、今を映す色でもある翅が力強く羽撃いている。
「行きましょう、檬果さん。進みましょう」
「はい、この雨の向こう側に」
 蝶々を追った朝霞と檬果は導かれるままに進んだ。
 過去の思いだけに留まるのではなく、目指すのは新しい未来。そうするべきなのだと信じて、二人は共に歩んでいく。
 いつしか雨は止み、その向こうには淡い光が揺らめいている。
 そうして――二人の前に新たな道が現れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
カグラの静止を振切り
落とした記憶求め駆ける

私だけが知らない

サヨのことなのに
愛しい子を救うのに必要なのに

前の私『硃赫神斬』の記憶に手を伸ばす
カラスが私の元へ降る

何を抱えていた?
何を斬ればいい

私達の境は曖昧
取り戻せば私が『私』で無くなりそうで怖かった
私は選ぶ

あの子の為なら
立場もこの身も何もかも投げ出せる
惜しむことなど何も無い
それできみを守れるのなら
構わない

砕け散りそうな激痛
しっている

愛呪
魂を穢し堕す神殺し
八岐大蛇の呪
神に至った呪詛の念
呪を宿したまま死ねば魂ごと消滅する
もう廻ることもない

祓えず勝てず
櫻宵の中に戻し
私だけ救われた
いや
彼は私を望んでくれた
嬉しくて
だからこそ
悔しい

蝶が舞う
きみを守る

今度こそ



●神の威
 其処に行ってはいけない。
 近付いてはいけない。知らずとも構わないことがある。
 そのように伝えてくるカグラの制止を振り切ったカムイは、雨の中を駆けていた。
 自分ではない自分。『今』と『前』の狭間にいるような感覚が今も渦巻いている。現在と過去は違うというのに、どうしても思ってしまう。
 ――おとしてしまった、なくしてしまった。
 悔いているような前の思いが今のカムイの胸をざわつかせた。カグラも、カラスも、そして櫻宵やリルも知っていることがあるようなのに。
「……私だけが、知らないんだ」
 この感覚の正体を知りたいと願ってしまった。いとしい巫女のことだというのに、あの子を救うのに必要なことが欠けている。
 硃赫神斬。
 それが以前のカムイの名だ。
 降り頻る雨に縋るように、カムイはその記憶に手を伸ばした。その途端、カラスが自分の元へ降ってくる。教えてくれ、とカムイはカラスに願った。
 ――何を抱えていた? 何を斬ればいい?
 自分達の境は曖昧で、もしそれを取り戻せば自分が『私』でなくなりそうだ。とても怖かったが、恐怖などカムイを止める枷にはならない。
「私は選ぶよ」
 あの子の為なら、立場もこの身も何もかも投げ出せる。
 惜しむことなど何もなくて、それできみを守れるのなら。そうだ、あのときだって痛みも苦しみも抱えたまま進めたではないか。
 身を尽くしてもいい。身を滅ぼしたって構わない。最期に、きみに。
 刹那、華火の光景がカムイの中に巡った。
「カグラ……いや、イザナ」
 あの日、光に驚いて落とされた。けれども君に逢うことが出来た。
 それから長い時間を過ごして、君を見送って、廻り来る時をずっと待ち続けた。
「サヨ……」
 それから、きみとまた巡り逢った。師匠と呼ばれて、穏やかな日々を過ごした。
 一度は別れを告げ、きみをすくうために旅をした。
 思い出した次の瞬間、砕け散りそうな激痛が走る。
 愛が齎す呪の痛みだ。
 それは魂を穢し堕とす神殺しの呪い。八岐大蛇の力が神に至った呪詛の念。
 呪を宿したまま死ねば魂ごと消滅する。もう廻ることもないのだと知って、最期に逢いに向かった記憶が、次々とあふれてきた。
 記憶の中で桜が舞って旅路に向かう自分達の幸先を願ってくれた。あの桜が呪いの矛先だったことも、自然に蘇ってくる。
「私が……。いや、そうか。私は……」
 祓えず、勝てず、呪いは櫻宵の中に戻っていった。
 自分だけが救われた。否、彼が己を望んでくれたからこそ、巡ったのだろう。
 そのことが嬉しくて、だからこそ悔しかった。記憶はまだ断片的で、すべてが自分のものだと認めるには少しだけ何かが足りない。
 自分だけで抱えてはいけないことのような気がした。
 はっとしたカムイの身を打つ雨は強くなっている。この雨は記憶に作用するという。忘れたいのか、永遠に閉じ込めておきたいのか。そのどちらでもない。
 顔をあげ、天を仰いだカムイは蝶を探す。
「……見つけた」
 桜色の翅を持つ幽世蝶がひらひらと雨の中を舞っていた。
 あの色はいつだって自分の心の中にある彩だ。あの色彩が導いてくれるのならば、こんな雨からも抜け出せる。
 蝶々の羽撃きに信頼を抱いたカムイは前に進む。
 雨があがった先では、カグラが肩を竦めた様子で待っていた。仕方がないな、とでも語るような彼の様子に微笑んでから、カムイは気を引き締めた。
 そして、誓いの言葉を声にする。
「きみを守るよ」
 
 ――今度こそ、必ず。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
こんな雨に私の桜は散らせない

忘れていい記憶なんて何も無い

苦しい過去
逃げたかったあの時
苦い暁の初恋
人魚の甘い愛の歌に優しい神の抱擁
重ねた愛しい人達との日々と

始祖に託された祓いの願い
桜と共に迎えた大好きな師匠との想い出
私が落としたら無くなってしまう

私が歩んだ全て私のもの
何も渡さない

捕らえられなどしない
雨にも
…呪にも

大蛇一族の巫女姫たる母の愛
今も這いずり囁く
少々私には手に余る位強い
呪神と化した愛の呪

イザナの想いが蘇る
友を救いたい
守りたい
愛している
私も同じ

あなたの記憶に大蛇を祓える何かはない?
…愛が根源である呪
それを上回る愛でしか祓えない、

イザナ
私達は護龍

私は私からも何者からも
愛する彼らを守ってみせる



●護りの龍
 雨が降っている。
 細い糸めいた軌跡を描いて、記憶という花を散らす雨だ。
「こんな雨に私の桜は散らせない」
 櫻宵は雫を払い、掌や頬を濡らす雨を拭う。そうしても次々と降る雨が櫻宵を濡らしていくが、そんなことは構わない。
 大切な記憶はあれど忘れていい記憶なんて何もない。
 何だって見てやるのだと言葉にした櫻宵は雨が映し出す光景に目を向けた。
 苦しい過去が巡る。
 幼い頃、家から逃げ出したかったあの日々。
 師匠と過ごした時間。取り繕って何とか過ごしていたときに訪れた、苦い暁の初恋。
 檻に囚われるような、ただ流れていくだけの生活。身請けという形で自由を得た時。衝動に取り憑かれていた戦いの軌跡。
 しかし、記憶は苦しいことばかりではなかった。
 人魚の甘い愛の歌。愛を語り、戀を知ったときのこと。
 優しい神の抱擁と逢いに来てくれたことへの喜び。そして、また巡り会えたこと。
 重ねた愛しい人達との日々が櫻宵の中にある。
 宣言した通り、それらは決して失くしてはいけないものだ。自分がこの世に生きている限り、覚えておかなければならないこと。
 雨に打たれながらも、櫻宵は巡っていく不思議な力に抵抗した。
 始祖に託された祓いの願い。
 桜と共に迎えた、大好きな師匠との想い出。そういったものすらも自分が落としたらなくなってしまう。
「これは私が歩んだ全て私のもの。何も渡さない」
 すると、雨の強さが急に変わった。
 苦しいならば忘れようと誘う雨が、突然かたちを変えてしまったかのようだ。洗い流せないのならば、大切だと語るのならば閉じ込めてしまえばいい。
 そのように語る雨の筋は牢獄の鉄格子のように真っ直ぐに降ってきていた。
「捕らえられなどしないわ」
 雨にも。そして、この身に宿っている呪にも。
 これは大蛇一族の巫女姫たる母の愛の結晶だ。人を喰わせ、力を増した呪は今も櫻宵の身を蝕んでいる。愛というものはときに、こうして枷になりうることを示しているような有り様だ。愛呪は今も這いずり、囁く。
 自分の手には余るほどに強い、強すぎる程の呪神と化した愛。
 雨に囚われずとも、放っておけばいずれはこの力に囚われてしまうだろうことが櫻宵にもよく分かっている。
 そのとき、櫻宵の裡にイザナの想いが蘇った。
 友を救いたい。守りたい。そして、愛している。呪いとは別の愛の形を思い出した櫻宵は、そっと声を紡いだ。
「私も同じ。あなたの記憶に大蛇を祓える何かはない?」
 問いかけに言葉は返ってこない。
 だが、櫻宵の中には或る確信が生まれていた。
 愛が根源である呪なら、きっとそれを上回るほどの愛でしか祓えない。その愛を見つけることがこれからの指針だ。
 母の愛情に勝るものを示し、呪を祓う。それは一筋縄ではないかないだろう。
 しかし櫻宵は不安など見せない。
「ねぇ、イザナ。私達は護龍よ。だから――」
 この呪に幸せを壊させはしない。
 私は、私からも、何者からも愛する彼らを守ってみせる。そう誓ったとき、櫻宵の目の前に一羽の蝶々が現れた。
 暁色の翅がひらり、ひらりと、此方を導くように羽撃いている。
 はじまりの恋の色だと感じた櫻宵は、その後に付いていく。ああ、そうだ。きっと愛のかたちはひとつきりではない。
 あの蝶々はそれを教えてくれているのだと悟り、櫻宵は歩き出す。
 世界を閉ざす雨霞の向こうを。呪さえも越える、あらたな未来を目指して――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
雨が呼ぶ記憶

微睡む稚魚の僕に歌う白い鳥の男
ノア様がいない時だけ
偶に遊びにきて
御伽噺を歌う

今日は
『黒薔薇の聖女』

ある所に英雄がいた
世界の敵を倒した彼等は名声を財を手に入れ幸せになりました

めでたしめでたし

ある所に幼い姉弟がいた
人目を忍び暮らしていた彼女等の金瞳に映る
串刺しにされた両親と
焼け落る家

私達が生きることは悪なのか
唯咲いているだけの黒薔薇を
踏みにじる事が正義なのか

皆が笑っていられる
幸せが
享楽が満ちた街をつくる

幼い弟を抱えた少女は心を決める
両親の故郷、黒曜の都の領主となり
理想を築くと

どれ程憎まれても

お前もあいつを憎むのかな
苦笑う白

あの時の僕は理解できなくて

悪ってなんだろう


揺蕩う蝶に手を伸ばす



●白から黒へ
 滴る雫が記憶を呼び起こす。
 それは今まで思い出すことのなかった、遠い記憶の欠片。
(あれは……僕?)
 黒曜の都市の最中。整えられた水槽の中には微睡む稚魚が揺蕩っている。
 その子を見つめ、歌っている影があった。
(白い鳥の男だ)
 リルはふと思い出す。彼はノアがいない時だけに偶に遊びに来る。そうして、この記憶の光景のように御伽噺を歌ってくれた。
「今日の物語はどうしようか。そうだ、『黒薔薇の聖女』がいい」
 鳥は歌う。
 幼い人魚に歌い聞かせていく。其処に意味があるのか、ないのかは当時の稚魚にも今のリルにもわからないが、彼は謳った。

 ――ある所に英雄がいた。
 ――世界の敵を倒した彼等は名声を、そして財を手に入れ幸せになった。

「めでたしめでたし」
 まずはそう締め括った男は何とも言えない表情をしている。ぱちり、と記憶の中の稚魚が瞼をひらいて男の方を見た。
 彼は話の続きをせがまれているのだと判断したらしく、続きを語り歌う。

 ある所に幼い姉弟がいた。
 人目を忍び暮らしていた彼女達の金瞳に映るのは残酷な光景。
 串刺しにされ、壁に磔にされた両親。滴る血。家が焼け落ちると同時に、千切れかけていた身体もごとりと地面に落ちた。
 嘆く声が響く。
 私達が生きることは悪なのか。唯咲いているだけの黒薔薇を、このように踏みにじる事が正義だというのか。
 姉は弟を守るように抱えながら心を決める。
『――皆が笑っていられる幸せが、享楽が満ちた街をつくる』
 両親の故郷、黒曜の都の領主となって理想を築く。
 どれほど憎まれても。

「これが黒薔薇の聖女の話さ」
 彼の歌はとても心地よくて、稚魚はまた微睡みはじめた。目を瞑った稚魚に向けて、苦笑いする白い鳥。
「……お前も、あいつを憎むのかな」
 そうして、幼い人魚が眠ってしまったところで記憶は途切れた。
 雨に打たれているリルは、はっきりと見えた過去の光景に思いを馳せる。あのときの自分は彼の話も歌も理解ができなくて、ただの子守唄のように思っていた。それが今、少しずつ分かりかけている。
「悪。……悪ってなんだろう」
 正義も悪も、その他の事も生まれながら決まっているものではないのかもしれない。
 何かを経て、何かを志して、その結果が悪であり正義であるならば。
「考えなきゃ」
 自分がどうしていくのか。何を成していくのか、何も成さずとも良いのか。
 リルが顔をあげると、その先に黒い蝶々達が舞いはじめた。
 ――お前は何も見ずともよい。
 ――かこではなく、みらいを。すすむさきだけをみてください。
 そんな声が聞こえた気がして、リルはハッとした。
「カナン? フララもいるんだね」
 リルは二羽の蝶々に手を伸ばす。雨の中でも迷わずに飛ぶ幽世蝶達に触れれば、ほんのりとあたたかな心地が巡った。
「ありがとう。どうするかは自分で決めるよ」
 二羽が抱く心はリルを想うやさしいものだと分かっている。それでもこの先にどうするかは己が判断することなのだと伝え、リルは游ぎ出した。幽世蝶は頷くように飛んでからリルを導いていく。
 雨の先には何が待っているのか。
 それが自分にとっての光であると良いと考えていたとき――。
 雨上がりの先に朱桜の神と護龍の彼の背が見え、リルは大きく手を振った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
(アドリブ、マスタリング歓迎)

_

…──雨が、降っている。

_

髪先から滴が垂れ、雫が顎を伝う。

忘れたい記憶など一つもない。全て俺が背負っていかねばならないからだ。
幼い頃に離れ離れになった幼馴染みの少女のこと。
やがて孤児院に拾われ、血の繋がらない弟妹たちが出来て、護ると決めたのに。
…子どもだった俺は、弟妹たちを喰らったオブリビオンを前にして無力だったこと。
警察官となり、刑事になって、けれど救えなかった命があったこと。
全て俺の力不足ゆえだ。だから忘れてはならない。
彼らの願いを、意思を、全て背負って生きていく。

…──雨が降っている。
その中を蝶が舞っていた。

迷うなと、惑うなと、

足を止めるなと、言う様に。



●記憶と共に
 地面に出来た水溜りに自分の姿が映っている。
 ――雨が、降っている。
 梓は自分の髪先から滴が垂れて地に落ちていく様を見つめていた。降りゆく雨は頬に触れて雫となり、顎まで伝っていく。
 糸のように細い雨はまったく降り止むことがなさそうだ。
 怪異の力が混ざっている雨なのだから、抜け出さない限りは降り続くのだろう。そうして、梓の記憶は不思議な雨によって呼び起こされていく。
 思い出させて、忘れさせる。
 考えてみれば残酷なことをするものだと感じて、梓は首を振った。
「忘れたい記憶など一つもない」
 梓は雨に向かって宣言する。何故なら、たとえ悪い記憶であっても全て自分が背負っていかねばならないものだからだ。
 そのとき、梓の前に過去の記憶が蘇ってくる。
 それは幼い頃のこと。
 幼馴染の少女が梓の前を駆けていく。懐かしい、と感じた途端に少女は梓の視界から消えていった。そして、あの頃に離れ離れになった幼馴染みの姿が完全に見えなくなる。
 やがて景色は孤児院に移る。
 其処に拾われた梓は長兄役として、血の繋がらない弟妹たちの面倒を見ていた。
 おにいちゃん、と呼ぶ彼らの声が間近で聞こえた。いつしか梓の視点は幼い頃の自分の視界と重なっており、今まさに弟妹たちが其処にいるような錯覚を感じた。
 これは忘れたくない記憶だ。
 かといって、それを永遠のものとはしたくない。この雨の中で永遠を願ってしまえば、幻想の中に自分が閉じ込められてしまうことになるのだろう。
 だって、そうだ。この後に悲劇が起こる。
 兄として皆を護ると決めたのに。
 子どもだった梓は何も出来なかった。弟妹たちを喰らったオブリビオンを前にして無力な幼子でしかなかった。
 後悔と絶望。そんなものまで永遠に此処で視続けることになる。
「俺は、それから――」
 梓の記憶は少年時代から青年時代へと変わっていく。
 警察官となり、刑事になった。救いたいと願って選んだ職だが、手が届かずに救えなかった命もあった。
 雨は揺らぎ、それならば忘れてしまえと語るように降り続いていく。
 されど梓は惑わされず、その記憶すべてを確かめていった。
「そうだ、全て俺の力不足ゆえだ。だから忘れてはならない」
 彼らの願いを、意思を。
 全て背負って生きていくと決めているゆえに揺らぎはしない。雨に降られても、たとえ泥に足を取られても、何度でも立ち上がると誓った。
 ――雨が、降っている。
 空は曇天だが、梓の眸は何も曇ってはいない。過ぎ去った記憶を背にした梓は、此処ではない場所に向かうために歩き出す。
 降りゆく雨の中、一羽の蝶が舞っていた。
 それは漆黒の翅をもった闇に溶け込むような幽世蝶だ。しかし、纏っている光は白く柔らかなやさしいものだった。たとえるならば月の光にも似ている。
 迷うな。惑うな。
 そう告げるような幽世蝶は梓の周囲を一度だけまわり、羽撃いた。彼方を目指して飛んでいく蝶々の後を追いながら、梓は静かに頷く。
「足を止めるな、か。分かってる」
 魂の蝶が伝えてくれたであろう思いを受け取り、梓は歩を進めていった。
 決して忘れない記憶と共に、未来という先を目指していく為に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

壱織・彩灯
煉月(f00719)と

しとしと、流るる雨
掌に水溜りを作るように
天へと掲げ
恵む大地の雫に馳せた想いは表裏一体と
何とも云えぬ心地よ
靜かな雨の中、緋き狼の気配にゆるりと振り返り
噫、月下で杯を交わした、…憶えているとも
息災だったか?レン、

途切れた会話、支配し飲み込むのは記憶の残骸
純血故の引き継がれた先代からの業
恨むがよい、呪うがよい
忘れぬために此処に在るのだ

…レン、心が枯れてしまわぬように
代わりに涙で潤すのだ、と、俺は思う
忘れなくともよい、其方の想いは其方だけのもの
濡れた頬の雫を指先で掬って
…ほら、美しき雫じゃ

ふわり舞う幽世蝶の道標に委ね
相棒、そうだな、愛い仔なんじゃろ?
では、俺の鴉にも挨拶させようか


飛砂・煉月
彩灯(f28003)と

宵の刻
零れ落ちる静かな音だけが耳へと届く
映るはいつかの時、月の下で杯を交わしたキミ
――彩灯、
覚えてる?なんて、

色々語ろうとした矢先
じわり滲んだのは
呼び起こしたのは
――逃げた狼の記憶
狼の…違う、
オレの、はなしだ

ずっと隣に居たかった子から逃げて
二度と
逢えない
逢わない
呪子として牢に居た時より深くて悲しい
そんな想いはいつかの時に海に棄てたのに
忘れたく、無いんだよね
雨に混じり一筋眸から流れたのは、

枯れない様に流して潤す…
あっは、それは棄てても流れる筈だ
噫、掬う指も紡ぎも優しい
キミは安心する妖だね
くしゃりと笑う

幽世蝶に触れては
彩灯、此処を出たら相棒を紹介するね
キミの仔にも会わせて



●雫
 その日、しとしと流るる雨の中で二人は再会した。
 彩灯が掌に水溜りを作るように天へと掲げれば、其処に雫が溜まっていく。
 恵む大地の雫に馳せた想いは表裏一体。
「何とも云えぬ心地よ」
 靜かな雨の中で彼がそう言葉にすれば、近くに気配を感じた。緋き狼だ、と気付いた彩灯がゆるりと振り返れば、其処には煉月が立っている。
 雨降る宵の刻。それまでは零れ落ちる静かな音だけが耳へと届いていたが、其処からは二人の言の葉が重なっていった。
「――彩灯、」
「噫、月下で杯を交わした……」
「覚えてる?」
「憶えているとも。息災だったか? レン」
 良かった、と煉月が穏やかに微笑んだそのとき、二人の視界が歪んだ。この雨が過去を呼び起こすものだと気付いたときには、彼らはそれぞれの記憶に飲まれていった。

 会話が途切れた矢先、彩灯が感じたのは何かに支配されているという感覚。
 己を包み込んでいるのは記憶の残骸だ。
 酒呑の妖として、純血ゆえの業。先代から引き継がれたものは強く己を縛る。
 ――恨むがよい、呪うがよい。
 忘れぬために此処に在るのだと語っていく記憶の欠片たちは、彩灯を蝕むように巡っていった。されど彩灯はただそれを見つめているだけ。
 過去は過去。今は今。
 遥か昔から繋がっていることであれ、業が此処にあることすらも今を構成するもののひとつだ。彩灯は享楽を啜るかのように、過去の光景を受け入れている。
 忘れなどしない。
 この雨がたとえ記憶を洗い流すものであったとしても、抗う力を持っているのだから。
 そうして、彩灯は煉月の方を見つめる。
 彩灯には視えないが、彼もまたまぼろしを見せられているらしい。

 じわりと滲んだのは過ぎ去った日々。
 雨に呼び起こされたのが違う誰かの思い出のように思えて煉月は目を見開く。そうだこれは、と感じたのは――逃げた狼の記憶。
「狼の……違う。オレの、はなしだ」
 思わず呟いた言葉は、降り続く雨の音に紛れて消えていく。
 煉月の記憶はゆっくりと巡っていった。
 ずっと隣に居たかった子から逃げていた。
 二度と逢えない。否、逢わないと決めた心がふたたび蘇ってくる。
 呪子として牢に居た時より深くて悲しい気持ちが煉月の胸を支配していく。そんな想いはいつかの時に海に棄てたというのに、思い出さずにいようとしていたのに。
 そうか、と煉月は妙に納得してしまう。
「忘れたく、無いんだよね」
 雨に混じり、一筋の雫が眸から流れた。その理由を知ってしまった。理解しようとしなかったものが解ってしまった。
 その間にも記憶は巡り続け、煉月の心に突き刺さっていく。

 彼の様子を見守っていた彩灯は、涙の雫が雨に紛れたことを察していた。
 そうして、煉月に呼び掛ける。
「……レン」
「彩灯?」
 その声に反応した煉月がはっとして顔を上げた。雨の雫が頬を伝っている。彩灯は煉月に向け、そと語りかけていく。
「心が枯れてしまわぬように代わりに涙で潤すのだ、と、俺は思う」
「枯れない様に流して潤す……」
 煉月は彼から告げられた言葉を繰り返した。すっと染み込んでくるような声と思いが煉月の心に宿っていく。
「忘れなくともよい、其方の想いは其方だけのもの」
「あっは、それは棄てても流れる筈だ」
 彩灯は手を伸ばし、濡れた頬の雫を指先で掬った。ほら、と示した彼は双眸を細めて笑ってみせる。
「……美しき雫じゃ」
「キミは安心する妖だね」
 煉月は彩灯の行動に対して快さを覚えた。掬う指も紡ぎも優しくて、つられてくしゃりと笑う。そうしていると、二人の間に二羽の蝶が待ってきた。
 ふわりと訪れた蝶々はそれぞれに別の色を宿している。
 彩灯の方に寄ってきたのは夜を照らす灯火のような光を放つ、漆黒の蝶。
 煉月の傍で翅を羽撃かせたのは赤い光を纏う真白な蝶々だ。
 蝶々に向けて笑みを浮かべた彩灯はそっと頷く。煉月も自分を導いてくれるらしい蝶々に触れ、明るく笑った。
 舞う幽世蝶は彼らの道標になってくれるようだ。進む方角を蝶に委ねた二人は歩き出し、先程に途切れた会話の続きを言葉にしていく。
「オレは元気だったよ。彩灯も変わってないようで良かった」
「息災なら何よりじゃ」
 雨は降り続けているが、二人の記憶は洗い流されてなどいない。雫の冷たさが気にならないほどに今は心があたたかい。
「彩灯、此処を出たら相棒を紹介するね」
「相棒、そうだな、愛い仔なんじゃろ?」
「もちろん! キミの仔にも会わせてよ」
「では、俺の鴉にも挨拶させようか」
 そんな言葉と思いを交わしながら、彼らは幽世蝶が飛ぶ方へ歩を進め――。
 やがて、雨の領域の終わりに辿り着いた。
 その先に続いているのはあらたな道。光が揺れる穏やかな里を見つめてから、彼らはそうっと頷きを交わしあった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
菫(f14101)と

宵に降り頻る雨音は
そうだ、菫と出逢った空模様、憶えているよ
雫が規則的に身を濡らせば
どろりと記憶が混ざり合う
優しいものと残酷なもの

幼子に結んだ縁の女の子
無邪気な笑顔、耳元で擽る甘やかな名を呼ぶ聲
指を絡めた約束
雨音に木霊する悲鳴もきみが最期に残した言葉も
――きみを、葬送ったこの手も

忘れたくない、流さないで
だって此れは罰
永久に続くなら
ねえ、菫、雨の世界に閉じ込めて欲しい、と虚ろ
頬に触れた指先の熱に俺はまだ縋るから
違う、違うよな


霞む視界に淡く宿る幽世蝶へ
手を伸ばすことが出来たのは
もうきみを独りで泪を流させたくないんだと
あの日、手放してしまった、諦めたものを
二度と失くしはしない為に


君影・菫
ちぃ(f00683)と

宵の雨――ああ、これはキミと出会った日の光景
懐かしいなあと雫を受ける、濡れる
染みてゆく雫は簪の裡をゆうるり暴く

誰かが“すみれ”をつくって
誰かが“すみれ”をおくった
そうして、
誰かが“すみれ”で――誰かの心の臓を貫いた
ああ、うち
もう誰かを殺めとったの

忘れちゃアカンね
流したらアカンね
これはうちが記憶し直さなあかん

ちぃ、キミといっしょなら
うちもこのままでと思いかけたけど
違う、違うわ
――ねえ、ちぃ
ゆびさきで拭うは雨に隠れたキミの泪
うちらが背負うものが罪でも
向き合うのが罰でも
居場所は此処やないよ
覚えて生きてゆくとこはきっと此処やないの

幽世蝶へ手を伸ばす
うちはちぃとこの先へゆきたいから



●ふたりの居場所
 宵に降り頻る雨音。
 それは奇妙な響きを孕んでいたが、糸の如く降る雨は繊細だ。
 この景色が何かに似ていると感じた千鶴は隣を歩く菫を見遣る。彼女も同じことを考えていたらしく、二人の視線が重なった。
 宵の雨――ああ、これはキミと出会った日の光景。
 これは、菫と出逢ったときの空模様だ。
 言葉にはしなかったが、互いに考えていることも自然に分かった。
「懐かしいなあ」
「そうだ、憶えているよ」
 雫を受け、濡れる心地を楽しんでいる菫。千鶴も雫が規則的に身を濡らす様を確かめる。すると二人の間に何かが滲んでいった。
 不思議な雨の力によって記憶が浮かんでいるのだろう。
 それがどんなものであっても越えてみせる。越えられるのか、と浮かんだ思いもあったが、菫も千鶴も目の前に現れはじめた其々の記憶に眼差しを向けた。
 そうして、染みゆく雫は簪達の裡をゆうるりと暴いていく。

 ふわりとした感覚が巡った。
 気が付けば菫の裡には過去の記憶が浮かんでは消え、蘇っては消失していく。
 そう、そうやったね。
 声にならない言葉が胸裏に生まれた。これまでに思い出さなかったこと、或いは思い出せなかったことが次々と溢れていく。
 それは――。
 誰かが“すみれ”をつくって。
 誰かが“すみれ”をおくった。
 そうして、誰かが“すみれ”で――誰かの心の臓を貫いた。
「ああ、うち……もう誰かを殺めとったの」
 無意識の言葉が零れ落ちる。雨が呼び起こしたのは鎮めていた思い。忘れてしまいたいと思っていたものなのか、今の菫にはわからない。
 それでも、あらたに胸に浮かぶ思いがあった。
「忘れちゃアカンね」
 菫は唇を噛み締め、はっきりと言葉にする。
「流したらアカンね」
 この雨は思い出した記憶と大切な思い出を一緒に洗い流してしまう。そんなことはさせない、したくないという考えが強くなる。
「これはうちが記憶し直さなあかん」
 けれども、ちぃ。
 キミといっしょなら、自分もこのままで。そう思いかけた、けれど――。

 同時に千鶴の方にも、どろりと記憶が混ざり合っていた。
 巡るのは優しいものと残酷なもの。
 それは幼子に結んだ縁の女の子。無邪気な笑顔と、耳元で擽る甘やかな名を呼ぶ聲が聞こえた。懐かしくて思わず泣きそうになる。
 それもきっと、この雨が感情を運んできているからだろう。
 そうして続いていくのは、指を絡めた約束。
 雨音に木霊する悲鳴も、きみが最期に残した言葉も、鮮明に蘇っていく。
 そうだ――きみを、葬送ったこの手も。
 忘れたいわけではない。忘れたくないから、流さないで。雨は徐々に記憶を消していくように降り頻っている。
 そんな雨に打たれる千鶴はそっと願っていた。
 だって此れは罰だから。もしこれが永久に続くなら、と考えた千鶴の脳裏に或る考えが浮かんでいった。されど思いを打ち消すような心もある。
 ああ、でも――。

 その瞬間、二人の声が雨の中で重なった。
「違う、違うわ」
「違う、違うよな」
 記憶から視線を外し、二人は互いの姿を確かめる。それは今という時が此処にあるのだと実感するための行為にも似ていた。
「――ねえ、ちぃ」
「ねえ、菫」
 ゆびさきで拭うは雨に隠れたキミの泪。
 彼女の名を呼んだ千鶴は、雨の世界に閉じ込めて欲しい、と虚ろに思う。頬に触れた指先の熱に、自分はまだ縋るから。
 すると菫が緩く首を振り、雫を払った。
「うちらが背負うものが罪でも、向き合うのが罰でも、居場所は此処やないよ」
「……此処以外の、場所」
「そう、覚えて生きてゆくとこはきっと此処やないの」
「わかった。それじゃあ……」
 菫の声を聞き、千鶴は記憶に背を向けた。忘れるわけではなく、閉じ込めるわけでもない。この雨はあの人は違うから。
 たとえ同じであっても、あの日のように次に進んでいくことが正解なのだろう。
 そのとき、二人の傍にひらひらと何かが訪れた。
 霞む視界に淡く宿る幽世蝶。
 菫を導くのは静かな夜の色を映す蝶々で、千鶴を先導してくのはスミレ色の蝶々。どちらも淡い光を纏いながら、誘うように飛んでいく。
 其処に千鶴が手を伸ばすことが出来たのは、傍に菫が居てくれたからこそ。
 もうきみを独りで泪を流させたくない。
 あの日、手放してしまった、諦めたものを二度と失くしはしない為に。
「行こ、ちぃ」
「そうだな、菫」
 菫はそうっと呼び掛け、幽世蝶へ手を伸ばす。そうすることで不思議と雨が弱まっていき、進むべき道が見えてきた。
「うちはちぃとこの先へゆきたいから」
「俺も、菫と――」
 留まるべきは此処ではないから次の居場所を探しに行こう。雨の外にあるはずの新しいみちゆきを目指して、二人で。
 蝶々達はそんな彼らを導き、未来へ続く道筋を示してゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
心結(f04636)と!
アドリブ歓迎

浮かぶ記憶があった
最強を夢見る切っ掛けになった本を初めて見た日

最初は偶然手に取った絵本…、絵だけじゃなくて文章も多かったけど
それをお母さんに読んで貰ったっけ

本には色んな登場人物がいて
その中に
天地を己の意思の元に従え
人々を助け
知恵を授ける
そんな偉大な魔術師
最強の魔術師が其処に居て!
憧れた
凄くかっこよかった!

夢見るには十分だった

何度も本を読んだ
…この辺りから肌色がだんだんと変わった気がするな?

決して消えない想い出
忘れない記憶
彼の核として常に有る、夢の始まり

そうだな、止まない雨なんてないもんな
いつかは絶対晴れるもんさ!
おう、がんばろーっ!

…あ、蝶!其処に居たのか!


音海・心結
零時(f00283)と

浮かぶ記憶は幼き頃の心結と父
唯一の肉親にして血の繋がりを持つもの
これは小さい頃の心結の記憶
一度だけ聞いたことがある

どうして、みゆにはパパしかいないの?

寂しいわけではありませんが、
ママがいないことに自然と興味を持ったのでしたっけ

ママはね、お空の上にいるんだよ
今でもきっと見守ってくれてる

心結は知らない
誕生の代償に母が命を失ったことを
父が心結を母に重ね合わせて成長を楽しみにしていることを

今のみゆには何となくわかります
でも、みゆはこの事実に悲観していません
こうやって、零時に会えたのですから
止まない雨などありません
ふたりで頑張りましょうっ

愛し合ったふたりに生まれた子
その名も、心結



●憧憬
 雨は記憶を連れてくる。
 楽しい記憶か、それとも苦しい記憶か。何であっても構わないと意気込んだ零時は雨に向かって腕を伸ばす。
 そのとき、不意に浮かぶ記憶があった。
「おお、懐かしいな……!」
 思わず零時が声をあげた理由は、目の前に見え始めたものが『はじまりの日』とも呼べる日の記憶だったからだ。
 自分が最強を夢見る切っ掛けになった本。それを初めて見た日のこと。
 最初は偶然。何となく手に取った絵本があった。
 絵だけではなく、文章も多かったので当時の零時は母に絵本を読んで貰った。
(お母さんの声、やっぱり優しいな)
 記憶を見つめる零時はあたたかな気持ちを覚えている。一度読んで貰ってから随分と気に入って、何度も何度も読んでとせがんだものだ。
 その本には色んな登場人物がいた。
 そして、その中でひときわ零時の心を掴んだのが、とある魔術師だ。
 天地を己の意思の元に従え、人々を助けて知恵を授ける。
 そんな偉大な魔術師に憧れて、自分もそうなりたいと自然に思うようになっていた。
(そうだ、最強の魔術師が其処に居た!)
 見れば、初めて絵本を読み終わった幼い自分がはしゃいでいる。あの頃の思いが今の自分にも蘇ってくるようで今の零時の胸も弾んでいく。
『凄くかっこよかった! もう一回読んで!』
 記憶の中の自分が母に絵本を差し出している。もう一度、あの魔術師が活躍するところを、と願う自分は真っ直ぐな視線を向けていた。
 それほどに強くて熱い思いがある。夢を見るには十分だった。
 時は経ち、いつしか自分だけでも本を読めるようになった。そうだ、と思い出したのは自分の変化だ。
(……この辺りから肌色がだんだんと変わった気がするな?)
 これは決して消えない想い出だ。
 忘れない、忘れたくない記憶。少年の核として常に有る、夢の始まりなのだから。
「――で、雨はこれを忘れさせるんだっけ?」
 零時は記憶に重なるように降り続ける雨を見上げた。
 本当ならばこの雨は記憶を失わせてくるか、思いを雨に閉じ込めるのだが――。
「そんなもん効かねえ!!」
 異変が始まりかけであることに加えて、零時の強い意志はそんな効力など最初からなかったかのように、雨の力を跳ね除けていた。

●父と母と
 同じ頃、心結の中に記憶が次々と浮かんでいった。
 少女の裡に巡る記憶は幼き頃の自分と父の姿。懐かしくて、あたたかいけれど不思議な気持ちが大きくなっていく。
 父は唯一の肉親にして、心結との血の繋がりを持つもの。
 これは自分が小さい頃の記憶なのだと感じていると、幼い心結が父を見上げた。
 そうだ、一度だけ聞いたことがある。
 次に続く言葉は――。
『どうして、みゆにはパパしかいないの?』
 当時の心結は別に寂しいわけではなかった。父がいるだけで幸せだったけれど、他の子達には当たり前にいる母という存在がいないことが不思議だった。
 そうして、自然と興味を持ったのだ。
 すると父は少しだけ表情を変え、その後にそっと微笑む。返ってきた答えはとても優しい声色で紡がれた。
『ママはね、お空の上にいるんだよ』
『お空に?』
『そう、今でもきっと見守ってくれてる』
『見てくれてる……』
 そのときの心結は父と一緒に空を見つめていた。それから、遠いところいるという母へと思いを馳せた。いつかお空に会いに行けるかな、と話した心結の言葉に曖昧に頷いた父の心境に、当時の心結は気付けなかった。
 心結は知らない。
 自分が誕生した代償に母が命を失ったことを。
 そして、父が心結を母に重ね合わせ、成長を楽しみにしていることを。
(……これは、)
 心結は記憶の欠片を見つめながら、胸をそっと押さえた。あのときは理解できなかったことが今になって伝わってくる。
(今のみゆには何となくわかります。そうだったんですね。でも……)
 この事実を知っても、悲観などしていない。
 自分の中にある思いを確かめた心結は顔を上げた。記憶を連れてくる雨はまだ降り続けているけれど、何にも怖いことなどない。
 だって――。

●こころ
「こうやって、零時に会えたのですから」
 心結は裡に浮かんだ思いを言葉にした。記憶から視線を外した先には零時がいる。
 ん? と何でもなかったように心結の方に振り向いた零時は笑みを浮かべていた。つられて心結も微笑み、こくりと頷く。
 この雨は悪いものだというけれど、こんなものすぐに抜け出せるはず。
「みゆは思うのです。止まない雨などありません」
「そうだな、止まない雨なんてないもんな。いつかは絶対晴れるもんさ!」
 雨の出口はまだ見えていないが、迷ったとしても心配はない。伝えた言葉こそが心結の気持ちそのものであり、零時の存在が更なる力を与えてくれる。
「ふたりで頑張りましょうっ」
「おう、がんばろーっ!」
 少女と少年が大きく拳を振りあげたとき、ひらひらと蝶々が舞ってきた。それは透き通った翅を持っており、きらきらと青い光と纏っている。
「……あ、蝶! 其処に居たのか!」
「ほんとうです。案内してくれるのでしょうか」
「みたいだな、いこうぜ!」
 透明な二羽の蝶々はきっと、自分達の心を映しているのだろう。駆け出した零時を追った心結は先程の記憶を思い返す。
 寂しい思いも、悲しい気持ちも少しもない。何故なら――。

 愛し合ったふたりに生まれた子。
 その名も、心結。
 結んだ心の先にはきっと、素敵なことが待っているはずだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・六架
ルーファ(f06629)の声が雨音に消えていく

この身体を宿した瞬間から左の薬指に嵌り続ける銀の蔦の指輪

『えっと…こういうのは望んでないかもしれないし、本当は、名前も言葉も形だってなくてもいいと思うんだけど、わたしたいと思ったから、わたしますっ…受け取ってくれますか』

真っ直ぐな黒髪から覗く強い意志の雨雲色の瞳
忘れてはいけない
名前は?
あの時、確かに泣いた。嬉しくて。大切で。
頰に伝う、雨
「……六……」
連れて行かないで
腕に抱いた黒猫が嗤う

おい、と声を掛けられ我に返る
彼の優しさに甘えそうになるのを笑顔で誤魔化す
俺はちゃんと笑えてる?

赤い双眸を見つめ頷く
指に止まる蝶を見つめ
ルーファ、ありがとうと微笑んだ


ルーファス・グレンヴィル
六架(f06485)と

見事な雨だな
傘も面倒で持ってきてないけど
ちゃんと居るか、六架…──

共に来た彼に話し掛けた矢先
身体に触れた雨粒が
過去の記憶を呼び覚ます

肩に乗る悪友との想い出
幼い頃、戦場で出逢い
時に喧嘩して殴り合って
それでも最後には笑い合い
この十数年を共に過ごしてきた

止めろ、
それはオレの大切なモンだ
ナイトの想い出だけは渡さねえ
それだけは忘れちゃいけねえんだ

ゴン、と頭突きをされた
振り向けば悪友の姿
は、と安堵の溜め息を一つ

おい、六架、無事か?
早く此処から出ようか

雨へ囚われた彼に声を掛け
妙な笑顔に何も言わず
唯ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す

共に探して見つけた幽世蝶
六架に視線を移し頷いて
蝶々へと手を伸ばす



●雨は連れゆく
 それまで隣にいた人影が消えた。
 聞こえていたはずの声も雨音に掻き消されて遠くなっていく。こんなにも細い雨なのにどうして、と疑問が浮かぶ。
 六架は同行者の姿を探したが、見えたのは糸めいた雨と自分の影だけ。
 否、目に入ったのはそれだけではない。
 過去の記憶らしきものが浮かびあがり、六架の瞳に映っていく。
 この身体を宿した瞬間。そのときから左の薬指に嵌り続ける、銀の蔦の指輪。
『えっと……』
 声が聞こえた。おずおずとしているが、しっかりとした声だ。
 其方に意識を向けると、真っ直ぐな黒髪が見えた。
 その声の主だと察した六架は移り変わる光景に目を凝らす。そうしていると声の主は懸命な思いを言葉にしていった。
『こういうのは望んでないかもしれないし、本当は、名前も言葉も形だってなくてもいいと思うんだけど、わたしたいと思ったから、わたしますっ』
 差し出された手。
 覗き込むような、少し不安そうな声が其処に続いた。
『……受け取ってくれますか』
 黒髪から覗くのは強い意志が宿った雨雲色の瞳。
 その瞳の中にある想いはとても真っ直ぐだ。この記憶は、と六架が考えたとき、胸が締め付けられるような感覚が巡った。
 記憶とは別に辺りには雨が降っている。この記憶も思いも、雨に流されてしまうような不安が襲ってきた。
 ――忘れてはいけない。
 六架は雨に抗うように強く思う。そして、声の主のことに思いを巡らせた。
 名前は?
 あの時、確かに泣いた。嬉しくて。大切で。
 頰に伝う雫は雨か、それとも。
「……六……」
 六架は無意識に言葉を紡いでいた。
 同時に距離に巡ったのは、連れて行かないで、という思い。
 雨と記憶を見つめ続ける六架。その腕に抱かれた黒猫が嗤っていた。

●出逢いから是迄
 雨の領域に訪れてすぐ。
「見事な雨だな。傘も面倒で持ってきてないけど、ちゃんと居るか、六架……――」
 ルーファスは同行者を呼んだが、返事はなかった。まさかすぐにはぐれたか、と視線を巡らせてみたが、周囲の景色が奇妙に歪んでいる。
 雨が妙に冷たかった。ルーファスは頬を掻き、拙いな、と呟く。
 そのとき不意に、ぽつり、と大きな雨粒が身体に触れた。其処から更に周辺の様相が変わり、過去の記憶が呼び覚まされていく。
「……ナイト?」
 ルーファスの前に広がっていったのは、肩に乗る悪友との想い出。
 黒炎の竜との出会いは幼い頃。
 或る戦場で少年と竜出逢った。地面に突き刺さる槍を手にした後、それはいつの間にかドラゴンに変じていた。互いの視線が重なったときが全てのはじまりだ。
 ――なあ、オレと一緒に遊ぼうか。
 暫し困惑はしたが、少年は後に相棒となる竜にそう告げた。
 しかし互いの主張は強く、時に喧嘩をして殴り合うこともあった。
 それでも、不思議と縁が切れることはなかった。戦いの後に別れても良かったし、どちらがそれを選んだとしてもおかしくはなかった。
 だが、結局は最後にふたりは笑い合っていた。あれからずっと、ルーファスとナイトはこの十数年を共に過ごしてきた。
 その思い出が浮かんでは消え、次に移っていく。
 大切な記憶だ。しかし、だからこそ怪異の雨はこれを思い返させているのだろう。
「止めろ、」
 ルーファスは記憶に手を伸ばす。掴めないと知っていても伸ばさずにはいられない。
「これはオレの大切なモンだ。ナイトの想い出だけは渡さねえ」
 それだけは忘れてはいけない。
 止めてくれ、ともう一度紡ごうとした、その瞬間。
 ゴン。
「……っ、痛ってえ!」
 頭突きをされたのだと気付いてルーファスは振り向く。其処には過去の記憶ではない、今のナイトが居た。悪友の姿を瞳に映した彼は、安堵の溜め息を落とす。
 そして、雨を振り払うように駆け出して――。

●微笑みの先へ
「おい、六架、無事か?」
 記憶の幻から抜けた先には六架の姿があった。
 ルーファスから掛けられた声に、はっとした六架も現実に引き戻される。おかげで我に返れたのだと気付いた時、先程までの記憶は雨の中に沈んでいた。
 洗い流されても、忘れてもいない。
 ましてや雨の牢獄に囚われているようなこともなかった。
「……大丈夫」
「それなら良いが、無理すんなよ」
 ルーファスが掛けてくれる言葉が優しくて、甘えそうになるのを笑顔で誤魔化した。六架を誘ったルーファスは多分こっちだ、と先を示す。
「早く此処から出ようか」
「俺はちゃんと笑えてる?」
 すると六架が不思議な問いを投げ掛けてきた。雨へ囚われかけていたからだろうか、六架は妙な笑顔を浮かべていた。ルーファスは敢えて何も言わず、彼の髪を唯ぐしゃぐしゃと掻き乱すように撫でる。
 そのとき、六架とルーファスのもとに幽世蝶がふわりと舞い降りた。
「何だ、蝶々か。導いてくれるのか?」
 片方は稲妻のような鮮烈な金色。もう片方は炎のように強い赤の翅。ルーファスが向けてくれる赤い双眸を見つめて頷き、六架は指に止まる蝶を見つめた。その蝶は彼のように力強い光を宿している。
「ルーファ、ありがとう」
 次に微笑んだ六架の笑顔は、もうぎこちないものではなかった。
「それじゃ行こうぜ」
 共に見つけた幽世蝶の導きに従い、ルーファスは翅が舞う方に踏み出していく。
 この雨があがるのはきっと、もうすぐ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
雨に濡れるのは嫌いじゃないが


とてもあいたい人がいた
だって俺達はずっと一緒にいたんだ
だけど突然引き離されたから

腕を折られても躰を削がれても、構わなかった
あの人が自由になれるなら、俺なんてあげる。
俺はあの人の様に美しくはないけれど

なのに、あの人は
俺を見て“あいたかった”と言った
知らない名前を呼んで
そして…目の前で割れたんだ

話したい事たくさんあったんだけど…な
俺、友達ができたんだ
白くて柔らかくて俺の事「小僧」なんて呼ぶけど、温かくて物知りなんだ
それから…

俺もあいたかった。だけど貴女があいたかったのは俺じゃない



あの人の最期の記憶 忘れてしまえば楽になるだろうか

…だけど忘れてはいけないのだろう



●煌めきの先は
 細い雨が降っている。
 雨とは緑にとっては恵みであり、地を潤す佳きもの。それゆえにユヴェンは雨に濡れることも嫌いではない。だが、この雨は知っているものとは違う。
 薄い糸のような弱い雨ではあるが、慈雨とはまったく別のものだ。
 記憶を呼び起こすもの。
 そして、それを洗い流すか、永遠に閉じ込めてしまう怪異の雨だという。
 ユヴェンは手を伸ばし、掌に雨を受けた。
 其処からゆっくりと煙が舞っていくかのように記憶が浮びあがっていく。
「……」
 顔を上げたユヴェンは其処に懐かしい景色が広がっていることに気が付いた。
 とても、あいたい人がいた。
「そこにいるのか?」
 ユヴェンは思わず問いかけたが、これが記憶の中のものだと思い直して首を振る。
 しかし、そのように言葉を掛けてしまうのも無理はなかった。
 ――だって俺達はずっと一緒にいたんだ。
 胸中で独り言ちたユヴェンは目の前に映し出された景色を見つめる。平穏な日々が流れていき、その中で過去の自分とあの人がいる。
 だけど突然に引き離されたから、ずっとあいたいと願ってしまっていた。
 過去の光景に重なるように雨が振り続けている。思い出の景色が晴れであっても、雨はそれを洗い流すように視界に入ってきた。
 まるで哀しみの雨のように。
 この平穏の後に訪れる別離の記憶を呼び起こしていくように。
 静かに俯いたユヴェンは其処から巡りゆく記憶から目を背けた。忘れたいのではない。見たくないわけではない。だが、もう一度あの気持ちを感じるのだろうと思うと、心を落ち着けておきたかった。
 腕を折られても躰を削がれても、構わなかった。
 あの人が自由になれるなら、俺なんてあげる、と本気で思っていた。
(俺はあの人のように美しくはないけれど)
 映し出されている過去のユヴェンと、今のユヴェンの思考が重なる。記憶の中の自分と己が同じものになっていくような感覚の中、彼は考えていく。
 それなのに、あの人は――。
 自分を見て“あいたかった”と言った。知らない名前を呼んで、そして。
「そうだ……目の前で割れたんだ」
 記憶の光景があの瞬間を映し出した。抗えない別れが其処にあった。
 もう一度、このときを視ることになるなんて。二度目の別離を体験したかのような気持ちが雨と共に心の奥に沈んでいく。
「話したい事たくさんあったんだけど……な」
 割れた残骸を見下ろすユヴェンは、拳を握り締めた。それが記憶のものであるからか、あの人の欠片はきらきらと光りながら消えていく。
 記憶の残滓に向け、ユヴェンはあのときのままの気持ちで語りかける。
「俺、友達ができたんだ」
 白くて柔らかくて、自分のことを『小僧』なんて呼ぶけれど、温かくて物知りだ。
 それから、それから。
 ああ、それから――。
「俺もあいたかった。だけど貴女があいたかったのは俺じゃない」
 そうだろう、と呼び掛けた時には割れたあの人の記憶は跡形もなく消えてしまった。
 ユヴェンはふと思う。
 あの人の最期の記憶。これを忘れてしまえば楽になるだろうか。
「……だけど」
 俯いていた顔をあげたユヴェンは思い直す。けれども忘れてはいけないのだろう。あの別れや、あの日の感情があるからこそ今の自分が居る。
 そう思いたいと考えたとき、彼の目の前に宝石のような輝きを宿す幽世蝶が現れた。
 ついてきて、と言っているような蝶々を追ったユヴェンは歩き出す。
「そうだ。進まないと、な」
 そして――彼は煌めく蝶々と共に、雨の向こう側を目指してゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふえぇ、雨です。
アヒルさん、どこかで雨宿りをしましょう。
あれ?アヒルさん、どこに行ったんですか?
そういえば、あの時も誰もいなくなって・・・。
ふえぇ、きっとこの先は思い出してはいけないんです。
私達、アリスがいた場所アサイラム、多分そこの記憶です。
まだ、その時じゃないと思います。
アヒルさん、助けてください。
私はまだ猟兵でいたいんです。



●アサイラムの記憶
 しとしと、ひたひたと雨が降る音が耳に届いている。
 フリルは不思議な雨の見上げながら曇天の空を瞳に映した。それは何だか奇妙な妖力に満ちており、いつまでも晴れ間が訪れないもののように思える。
「ふえぇ、雨です」
 これまでは帽子が雨粒を防いでいてくれたが、ずっと立っているだけでは帽子が重くなってしまうだろう。
 少しでも雨を凌げる場所がないかと思い、フリルはきょろきょろと周囲を見遣る。
「アヒルさん、どこかで雨宿りをしましょう」
 いつものようにアヒルさんに呼び掛けてみるが、何処からも反応がない。あれ、と首を傾げたフリルは自分以外の気配が周りにないことに気が付く。
「アヒルさん、どこに行ったんですか?」
 しん、と静まり返った空間。雨滴はなおも地面に向かって落ちているというのに、いつしか音も聞こえなくなり、暗い世界にひとりぼっちになったような感覚が巡る。
 じわじわと闇から何かが這い出てくる。
 恐ろしい化け物だろうか。それとも、と考えたフリルの背筋に冷たいものが走った。
「ふぇ……違います、何もないのですね」
 暗い雨の中から湧き出ているのは何かではなく、妙な感情だ。これから何も無くなってしまうという不安と恐怖。そんなものが雨の闇から滲んでいる。
「そういえば、あの時も誰もいなくなって……」
 そのとき、フリルの中に妙な既視感が生まれた。あの時、と自分で口にしたことではっとした少女は目を瞑る。
 きっと目の前には過去の光景が映し出されているはずだ。しかし、フリルはその景色を見ようとはしなかった。
「ふえぇ、きっとこの先は思い出してはいけないんです」
 お願いします、消えてください、と願ったフリルはその場にしゃがみ込む。
 見ていないけれど分かる。
 それはフリル達――アリスがいた場所アサイラムの光景だ。多分、と震える声で紡いだフリルは記憶を振り払うように首を横に振った。
 忘れてしまった過去を思うこともあったが、この雨の中では思い出したくない。
「……まだ、その時じゃないと思います。だから、」
 きっとアサイラムに戻ってしまうと自分が自分でいられなくなる。今、此処で猟兵として戦っているフリルという存在が元に戻ってしまうだろう。
 フリルは唇を噛み締めた後、とても大切なものの名前を声にした。
「――アヒルさん!」
 この場において、フリルが取れる最善策は頼りにしているガジェットを呼ぶこと。
 その瞬間、傍にいつもの気配が現れた。
 目を開けたときに見えたのはアヒルさんではない。だが、それはガジェットと同じ色を宿した幽世蝶だった。
「助けてください。私はまだ猟兵でいたいんです」
 手を伸ばしたフリルは幽世蝶に触れる。
 刹那、真っ暗だった世界から雨があがり――いつのまにか、アヒルさんがフリルの大きな帽子の上に乗っていた。
 助けてくれた、と感じたフリルはそっと微笑む。
 きっとまだこの先には苦難が待ち受けているけれど、アヒルさんと一緒なら大丈夫。
 そんな思いが少女の中に生まれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
雨…
あの子と出逢った日の天気は
どうだったかしら

一見、男の子にしか見えない子
緋の名を持つ一族では珍しい
銀に紅を抱き、藍の瞳をした子

私もあの子も郷の守護を担う一族
友となるまで時間はかからなかった

共に笑い、泣き
時に喧嘩もして
暫くすると互いに甘味を持ち寄り、仲直りのひとときを
我儘を言えば“千織は仕方ないな”と笑って折れてくれた
満月の夜は私といれば発作が出にくいのだと笑っていた
唯一無二の証とピアスとカフスを贈りあった

いつも隣にいた“傍にいる”と約束したあの子との
…あの満月の夜までの記憶


つい数日前までなら
悩んだかもしれないけれど
認めると、決めたから

涙の海でも想ったように
これは…いえ、これも
私の大切な宝物



●緋と藍
「雨……」
 降り続ける雨の領域に入り、千織は掌を差し伸べた。
 髪を濡らす雫が手の上にも跳ね、指先や肌の熱を奪っていく。ぼんやりとするような不可思議な感覚をおぼえながら、千織は思いを馳せる。
 今は雨だけれど、あのときは――。
「あの子と出逢った日の天気は、どうだったかしら」
 思い返すのは或る子のこと。
 雨のせいか、それとも自分が思い出してしまったからか。あの子のことばかりが胸裏に浮かんでいく。
 あの子は一見、男の子にしか見えない子だった。
 緋の名を持つ一族では珍しい銀に紅を抱き、藍の瞳をした子。
(私もあの子も、郷の守護を担う一族で……)
 そうだった、と千織は懐かしさに目を細めた。何故なら、あの子と千織が友達になったときの光景が目の前に現れたからだ。
 この雨が記憶を映しているのだろうと分かり、千織は頷く。
 初めて逢ったあの日から、二人が友として認めあうようになるまで然程の時間はかからなかった。たくさんのことがあった。様々な思いを感じた。
 懐かしいと感じていた千織は暫し、流れていく光景を見つめる。
 記憶に重なるように糸のような雨が降り続いていた。いつまでも見ていてはいけないと分かっているのだが、思い出に浸るだけならば、と思ってしまう。
 あの子と過ごした時は宝物のよう。
 共に笑って、共に泣いたこともある。時に喧嘩もして、もう会いたくないなんて一時的に思ったこともあった。
 けれども暫くすると仲直りの証に互いに甘味を持ち寄る。
 あの仲直りのひとときは今でも忘れていない。否、忘れられない時間だった。
 ひとつ我儘を言えば、あの子の方が笑って折れてくれた。
 ――千織は仕方ないな。
 その声と、優しい微笑みがまた見られた。そのことが嬉しくて、同時に寂しくも感じられる。そうして記憶は更に巡っていった。
 あれは満月の夜。
 あの子は自分といれば発作が出にくいのだと笑っていた。それなら一緒に居たいと願った思いと気持ちが今もはっきりと思い起こされる。
 そうして、二人は唯一無二の証としてピアスとカフスを贈りあった。
 千織は耳元に触れながら、雨が映す景色から目を逸らす。こうやって巡りゆく記憶が何処に行き着くかは想像できた。
 いつも隣にいた、“傍にいる”と約束したあの子との思い出の終わり。
 それは――。
「……あの満月の夜までの記憶」
 想像通り、やはり最後の光景はあの日のものだった。千織は唇を噛み締めながら再び視ることになったあの夜を思う。
 しかし、其処から千織は目を背けたままではない。
 つい数日前までなら悩んだかもしれない。けれど認めるのだと決めたから。
 涙の海でも想ったように――。
「これは……いえ、これも私の大切な宝物」
 それゆえに忘れ去ったり、雨の牢に閉じ込めさせたりもしない。
 千織が天を仰ぐと、其処に藍色の蝶々が見えた。月光のような淡く白い光を纏っている幽世蝶は千織の元に降りてくる。
 数度、彼女の周りを回った蝶々は先に導くように羽撃いてゆく。
 千織はそうっと頷いてから、幽世蝶の後についていき――認めた過去と共に、此処から巡る未来に向けて歩き出した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
目深に被ったフードの端を雨が滑り落ちて
サァサァと静かに振る雨の中
立ち止まれば独りきり

いつものことだ

宵の暗闇に雨音が吸い込まれる静けさは
どこか寂しくなるというのに心地良い

……雨、か。

思い出した雨の記憶は
アズーロと過ごしたある日
森の傍にある小さな家
季節は梅雨だったろうか
朝、薄いシーツの中で目が覚めて
俺はまだぼんやりした思考のまま窓の外を覗いたんだ
霧が立ち込める森は本当に静かで
雨の音だけがぽつぽつサァサァと部屋の中へ響いてくる

俺はシーツを羽織ったまま雨空を眺める
肌寒い空気も嫌いじゃなかった
世界に自分だけしか存在しないんじゃないかと錯覚してしまう頃

おはようと告げるお前の柔らかな声がきこえるんだ…ほら。



●梅雨の日の朝
 降り止まぬ雨音が耳に届き続けている。
 纏わり付くような糸雨を受け、ジェイは目深に被ったフードの端を見遣った。其処から雨が滑り落ちていく様を見ていると妙に心が騒ぐ。
 怪異の力が宿っているという雨滴のせいだろうか。
 音は静かだ。サァサァと降りゆく雨の中で、ジェイは天を振り仰いだ。
 そうしてふと或る一点で立ち止まる。
 此処には自分が独りきりでいるだけ。雨という線に己だけが切り取られて置いていかれたような感覚に陥り、ジェイは肩を竦めた。
 宵の暗闇に雨音が吸い込まれる。
 されどこの感覚は、どこか寂しくなるというのに心地良いものだ。
 独りであるのはいつものこと。
 置いて逝かれることだって、いつも。
 そう考えたとき、ジェイの頬に雨の雫が触れる。フードの端から溢れたものが、ぽつりと落ちてきたのだと分かった。
「……雨、か」
 それによってジェイの記憶の底から、或る光景が浮びあがってくる。
 普段に思い起こすよりも鮮明に。はっきりとした形で雨の日の記憶が蘇った。
 ジェイが思い出すのは魔術師アズーロとして、今も傍に居てくれる彼のこと。
「ああ、そうだった。あの日は――」
 アズーロと過ごした或る日。
 まるで今、自分自身が其処にいるかのような感覚があり、ジェイは双眸を細めた。笑っているわけではない、切なげにも見える瞳は家の中を映している。
 その場所は森の傍にある小さな家だ。
 雨がしとしとと降っているから季節は梅雨だったろうか。今此処に降っている雨と、窓の合間から見えた雨が重なって見えている。
 時刻は朝。
 薄いシーツの中で当時のジェイは目が覚めた。まだ少しだけぼんやりした思考のまま、ジェイは窓の外を覗く。
 そのときの自分が見た景色と今の光景は何だか似ていた。
 記憶を呼び起こす雨も、梅雨景色の雫も、霧のような白く烟る世界を作っている。靄が立ち込める森は本当に静かで、雨の音だけが聞こえていた。
 ぽつぽつ、サァサァ。部屋の中に響いてくる音は少しばかり寂しい。
 ジェイはシーツを羽織ったまま暫し雨空を眺めた。
 息を吸う。未だ肌寒い空気が肺を満たしたが、この心地も嫌いではなかった。
 世界に自分だけ。
 ひとりしか存在していないのではないか、と錯覚してしまう静けさだ。雨に切り取られて、雨に隠されて、たったひとりきり。
 けれども、静寂はあたたかな声によって幕を閉じることになる。
 ――おはよう。
 柔らかな笑みを浮かべて告げてくれるアズーロの声があらたな朝を報せてくれる。
「……はよ」
 短く言葉を返して、アズーロに手を伸ばしかけ――ジェイは首を振った。思い出に浸りすぎたと気付いた彼は幻ではなく、雨に視線を向ける。
 放っておけばこの記憶ごと自分は此処に閉じ込められてしまう。
 そんなことはさせないとしてジェイは周囲を見渡した。此処から出る切っ掛けを、と考えていると、其処に金の光を纏う幽世蝶が羽撃いてくる。
 青い翅を持つ蝶はジェイを誘うように雨の向こう側へ飛んでいった。
「光の方へ、か」
 蝶々がそう告げているような気がして、ジェイはその後を追っていく。
 これも彼も導きなのだろうか。そんなことを考えながら、ジェイは巡っていた思い出を胸の奥深くに仕舞い込んだ。
 誰にも渡さない。落としもしない。
 すべて抱えて生きていくことこそが、今の自分の在り方なのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
眼前には光る天使の姿
光で世界を灼く破壊の神
でもこれは違う
本来は“そう”ではなかった

あわい笑みは狂気の欠片もなく
神のことばで祝福を紡ぐ
世界に愛された創造と再生の神の卵

“欠け”があって不完全だった私たちきょうだいを
憐れんで助けようとしたのに
失ったものを嘆き滅びを望む人間たちの手で
“欠け”を混ぜられて穢れて
その手に司るものは“反転”した
―だから私は人間が大嫌いで大好きで憎くて可愛い

魂が裂かれるようだった
また忘れてみようか、なんて嘘でも云えない
思い出したのがこの記憶ならば
絶対に忘れてはならない
『私』がかつて善き神であったことを
私だけは《過去》にしてはならない

蝶を探す
両の手で掴み取ろうとするぐらい必死で



●永遠に背を向けて
 この雨の中には、永遠がある。
 永遠なんて言葉だけのもので未来永劫に続く何かがあるわけではない。神様だって叶えられやしないのだから。
 そんな風に考えながら訪れた怪異の雨の中。
 ロキの眼前には、神々しく光り輝く天使の姿があった。
「……」
 無言のまま、ロキは天使を瞳に映している。
 その天使は光で世界を灼く破壊の神。それは今のロキもよく分かっている。でも、とロキは首を振って肩を竦めてみせた。
 これは違う。
 本来は“そう”ではなかったのだということも理解していた。
 ロキのすぐ傍では淡い笑みを浮かべる天使が、穏やかな雰囲気を纏って羽を広げている。これは過去の記憶。破壊の神ではなかった天使の嘗ての姿だ。
 その笑みには狂気の欠片など見えない。
 神のことばで祝福を紡いで、人々の幸いを願っている天使。
 世界に愛されていると表すに相応しい姿と心が其処にある。創造と再生の神の卵は、ロキの目の前で微笑み続けている。
 いつの記憶だったかな、と思い返すロキは天使を見つめた。
 ああそうだ、と至ったのは自分たち、きょうだいがまだ揃っていた頃のことだ。
「“欠け”があって不完全だった私たちを――」
 天使は、きょうだいを憐れんで助けようとした。それなのに、失ったものを嘆き、滅びを望む人間たちの手によって“欠け”を混ぜられた。
 穢れた天使は聖なる属性を失ってしまった。
 文字通りに欠けたから当たり前だ。その手に司るものは“反転”して、創造が破壊となることで天使の存在は変容した。
「――だから私は、」
 人間が大嫌いで大好きで憎くて可愛い。そう思うのだとロキは独り言ちる。
 あの日、あの時。
 まるで魂が裂かれるようだった。
 雨が連れてくる記憶を前にして、また忘れてみようか、なんてことは嘘でも云えなかった。思い出したのがこの記憶ならば、やはりそうなのだろう。
 “そう”に違いない、と頷いたロキは雨に濡れた手を強く握り締める。
 絶対に忘れてはならない。
 この雨は思い出させたことは、降り続く雫によって洗い流されてしまうという。或いはロキが見ている祝福の天使の幻影と共に永遠に閉じ込められる。
 そんなことはさせない。
 必ず此処から出るのだと決め、ロキは踵を返した。天使の記憶はまだ雨の中に浮かんでいるが、敢えてそれに背を向ける。
 あれは幻で、今見つめるべきものは此の胸の中にある。
 思い出す。『私』がかつて善き神であったことを。
 忘れない。私だけは《過去》にしてはならないから。
 ロキは蝶を探した。
 薄暗い闇の中には白い天使の翼めいた翅を持った幽世蝶が羽撃いている。
 君が導いてくれるの、なんていつもは飛び出すはずの軽口も出ないほど、ロキの心は揺らいでいた。その蝶を両の手で掴み取ろうとするくらいに必死に、腕を伸ばして――。
 彼の手が蝶々に触れた瞬間、世界は光に包まれた。
 翼が散ったような感覚が訪れた後、ロキは傍とする。気付けば雨の世界の外に辿り着いていたことを確かめてから、蝶々に触れた掌を見つめた。
 幽世蝶はいつの間にか遠くへ飛んでいっている。
 まだ掴めない。
 そんな予感を覚えながらも、ロキは蝶々が羽撃く先に向かって歩き出した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
あゝ此の雨の中
呼び起こされるという事は
妾はまだ
忘れたいと思うているの?
その事実と共に、呼び起こすの

聖女様、と皆が呼ぶ
ちがうのよちがうの
私は聖女なんかじゃなかった

僕の小鳥、と彼が呼ぶ
ちがうのよちがうの
妾はもう其方のモノじゃない

繋ぐ為に造られた聖女など
血招く為の愛玩の鳥など
もういないのに
もうそうではないのに
どうしてまだそうよぶの
もういない者が妾をそう呼ぶの

鎖とてこの身にはないのに
裡は未だ繋がれているの?
外す為にはまた忘れるしかないの?

あゝ違う
嫌だと願ったじゃろう
過去も今も忘れぬと誓ったじゃろう
どうかどうか導いて
護っていて

身纏い誓う花に触れ
蝶を頼りに駆けてゆく
絡む鎖が解かれたか
まだ、わからないけれど



●常夜の雨から、彼方へと
 細く降りゆく雨が幽世の地を濡らしていく。
 ティルはしとしとと降る雨に打たれながら、蝶々を探していた。けれども薄い闇の中には糸のように線を引く雨の軌跡が見えるだけ。
 徐々に景色は揺らいでいき、ティルの裡から或る記憶が滲み出した。
 此の雨の中で呼び起こされるということは、この思い出はよくないものなのか。怪異の力が宿った雨の話を思い返したティルは頭を振る。
(妾はまだ、忘れたいと思うているの?)
 そう感じた事実と共に目の前に巡っていくのは、嘗ての記憶の欠片。
 ――聖女様、聖女様。
 皆が呼んでいるのは自分のことだ。崇め奉られて、歌うことを求められた。
 本当は墓場鳥の雛だというのに。聖なるものなどではないというのに。
(ちがうのよちがうの)
 記憶の中の人々に告げようとしても、記憶は変わらない。当時の自分の視点で過去を見ているティルにはどうすることも出来ない。
 私は聖女なんかじゃなかった。
 そういう名前であっただけで、ただの幼子だったに過ぎない。それでも彼らは自分を聖女と呼んでいた。それがとても、とても苦しい。
 続けて記憶が揺らぐ。
 ――僕の小鳥。
 そう、彼が呼んでいる。愛おしそうに、或いは執着を込めて。
(ちがうのよちがうの)
 妾はもう其方のモノじゃない。
 ティルは彼に向けた思いを声にしようとした。けれどもまた、言葉が紡げない。記憶の中の自分と今の己が繋がっているようで歌うことしか出来なかった。
 繋ぐ為に造られた聖女など、血招く為の愛玩の鳥などもういないのに。
 記憶の中には残っている。
(もうそうではないのに、どうしてまだそうよぶの)
 此処にはいない者が、ティルをそう呼ぶ。
 鎖とてこの身にはないのに、裡は未だ繋がれているのか。
 外す為には、また忘れるしかないのだろうか。
 少女の中に迷路のような思考が生まれていく。何処を辿っても行き止まりで、忘却という甘い誘いが雨の雫と共にティルへと降り掛かってくる。
 あゝ、違う。ちがう。
 しかし、そのとき。一瞬だけ記憶が途切れた瞬間、ティルは心を強く持つ。そのまま強く瞼を閉じた少女は今の自分を思い出した。
 この手を優しく繋いでくれる人がいる。見守ってくれるひとがいる。
 だから、過去になど囚われたりはしない。
「……嫌だと、願ったじゃろう」
 紡いだのは己に言い聞かせるような言の葉だ。
 ひとつひとつ、しっかりと思いを繋げていったティルは更に花唇をひらく。
「過去も今も忘れぬと誓ったじゃろう」
 だから、どうかどうか導いて。
 護っていて。
 ティルは身纏い誓う花に触れ、いとしき彩を想う。髪に揺れる沈丁花だけではなく、添い咲く心の色彩が自分を強くしてくれる。
 そして、ティルはあのリラの傍に戻りたいと願った。
 このような雨の中で忘れたりはしない。ましてや、雨が作り出す牢獄のようなところに閉じ込められたくもない。籠の鳥であることから抜け出しきれていなくとも、自ら檻に閉じこもる選択などは出来なかった。
 少女は過去の記憶を抱いたまま、ちいさな翼をはためかせる。雨の雫を振り払って、幻に背を向けたティルは遠くに光る蝶を見つけた。
 その輝きは淡い紫で、落ち着いた白の翅が導くように羽撃いている。ティルはリラの花めいた彩光を頼りにして、雨の外に辿り着く為に駆けてゆく。
 未来はきっと其の先にあると信じて。
 絡む鎖が解かれたかはまだ、わからないけれど――少女は唯只管に光を目指す。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 日常 『蛍火』

POW   :    蛍を愛でる

SPD   :    蛍を愛でる

WIZ   :    蛍を愛でる

👑5
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●蛍火の里
 幽世蝶の導きを追い、記憶を揺り起こす雨の領域を抜けた先。
 其処にあったのは蛍火の里と呼ばれる妖怪達の都邑だ。様々な色彩を宿す蝶々達は里の中心を通り、街外れにある清流の川辺に向かっていく。
 未だ異変を知らぬ街の妖怪達は、わあ、と感嘆の声をあげて蝶々の訪れを喜んだ。
 そして、妖怪のひとりが猟兵達を見つけ、気さくに話しかけてくる。
「やあ! 君もこの里に蛍を見に来たのかい?」
 化け狸の青年は人の良さそうな笑みを浮かべ、この里について語ってくれた。

 現世では初夏しか見られない蛍だが、この里では一年中、蛍が舞っている。
 その理由は蛍たちが魂の欠片だからだ。
 清らかな川辺を好む蛍達は一説によると、満足な死を得た魂のやさしい心だけが具現化したものだという。言葉を話すことはなく、ふんわりと漂っているだけなのだが、見るものに安らぎを与えてくれる。
「魂蛍達は人懐っこくてね。寂しい人には寄り添ってくれるし、楽しい気分でいるなら傍で楽しげに揺れてくれるよ。指や手を差し出せば近付いてきてくれて、何なら気に入った人がいれば自然にくっついてくるんだ」
 可愛らしいよ、と笑う化け狸は自分も魂の蛍達が大好きだという。特に蛍達の光が水面に映る様は、水底に星が瞬いているようでとても綺麗らしい。
「今夜は幽世蝶達も訪れているからね。川辺はさぞかし綺麗だろうさ!」
 中には酒盛りやお茶会をする妖怪もいるらしく、あまり騒ぎ過ぎなければ自由に過ごして良いらしい。蛍火の里の街中には菓子店や酒屋、様々なものが揃う商店街もあるので何かを調達するのも良い。
 ぜひ楽しんで、と告げた青年は手を振って去っていく。

 そして、猟兵達は蛍が舞う川辺に訪れた。
 夜なので辺りは暗いと思いきや、蛍火のおかげでほんのりと明るい。
 周囲にはちらほらと妖怪達がいるようだが、気にせずに此処でゆっくりと過ごしていくのがいいだろう。良い雰囲気を出していると、気を遣った妖怪達は「後は皆さんでごゆっくり」とばかりにそっと帰ってくれるはず。
 そうしていれば、上流にいるという骸魂妖怪からひとを遠ざけられる。
 骸魂が本格的に動き出すまでは蛍火の景色を大いに楽しむこと。それこそが今、猟兵達に求められていることだ。

 ふわり、ふわりと魂の光が舞う。
 其処に重なるように羽撃く幽世蝶もまた、夜を彩る光となっていた。
 戦いの前に巡る静かなひとときが今、此処からはじまっていく。さあ――きみ達は、穏やかで美しい蝶と蛍火の川辺でどう過ごす?
 
虹川・朝霞
【神杜寺】
カクリヨに住んでいた頃、ここの噂は耳にしていましたが。
噂以上の綺麗なところですね…!

店で温かいお茶を二つ、調達しまして。
片方を檬果さんに渡して、蛍火観賞。導いてきた虹色の幽世蝶も相まって、より幻想的に。

嫁御殿の名は…『藤乃』でしたよ。
…そう、お察しの通り、嫁御殿はUDCアースで生を終えました。寿命だけはどうしようもなかったんです。
まさか、シャーマンズゴーストとして生まれ変わってるとは思わなかったんですが…不思議なものです。

でも、もしかしたら。魂の欠片といいますし。この蛍火の中に、嫁御殿のもあるかもしれませんね。

!俺も檬果さんと来れて、よかったですよ。


荒珠・檬果
【神杜寺】
おお、蛍火。UDCアースの都会部分に近いですから、滅多に見られないんですよね、蛍。

本当に綺麗です。
あ、お茶ありがとうございます。あったかい。

『檬果』という名は、シャーマンズゴーストの略称(?)なマンゴーからつけたんですが…なるほど、『藤乃』。奇しくも植物繋がり。
私がUDCアースで発生したということは、そういうこと…なんでしょうね。
…生まれ変わってゲーマーになってるとか予想外にも程がありそうです。

ああ、たしかに。ありえそうです。私の前世、その欠片も蛍火になって『三人』でここにいる。カクリヨを救うために。

…朝霞さんとここに来れて、よかったですよ。



●遥かな巡り逢い
 深く巡る夜の始まり。
 宵色の世界に飛び交う蛍は光の軌跡を残しながら、それぞれ自由に舞っている。
「おお、蛍火ですね」
「すごい、たくさん飛んでいますね」
 朝霞と檬果は目の前を通り過ぎていった魂蛍の群れを目で追い、感嘆の声をあげた。朝霞の方はカクリヨに住んでいた頃にこの場所の噂は耳にしていたが、やはり実際に目にするとなると印象も変わって見えた。
「噂以上の綺麗なところですね……!」
「今の住処が都会に近いですから、滅多に見られないんですよね、蛍」
 光を追う形で歩を進めていく二人は、蛍への思いを馳せていく。ふわふわと飛んでいる蛍からは優しい雰囲気が感じられた。
 そうして、二人はたくさんの蛍が舞う川辺に辿り着く。
「本当に綺麗です」
「そうですね。そうだ、あの辺に座りましょうか」
 朝霞は適度な場所で立ち止まり、行き掛けに調達したお茶を取り出した。竹で作られた昔懐かしい雰囲気の水筒からは、ほんわりと湯気が立っている。
 彼はふたつあるうちの片方を檬果に渡し、先程に示した大きめの岩の方に進む。
 どうぞ、と告げられたことで其処にちょこんと座った檬果は蛍火を見上げた。朝霞もその隣にそうっと座る。此処まで自分達を導いてきた虹色の幽世蝶の彩も相俟って、辺りの景色はより幻想的に見える。
「あ、お茶ありがとうございます。あったかい」
 橙色の爪手でぎゅっと水筒を握った檬果は、ゆっくりと蛍を見つめている。
 その瞳には揺れる光が映っていた。
 朝霞も自分の筒をあけ、一口分だけお茶を飲んでみた。身体に温かさが染み渡っていくのはお茶のおかげだけではない。
 隣にいる彼女が一緒に、美しい景色を見てくれているからだ。
 先程の雨景色の中に見えた記憶を思い返し、朝霞は静かに語りはじめる。
「嫁御殿の名は……『藤乃』でしたよ」
 彼が檬果に話したのは前世の名前のこと。
 今こそ違う名前だが、かつての魂の名はそうだった。なるほど、と神妙に頷いた檬果も、自分の今の名前について語る。
「今の名前、『檬果』はシャーマンズゴーストの略称からつけたんですが……以前は『藤乃』。奇しくも植物繋がりなんですね」
 檬果は不思議な共通点を思い、思わず笑む。
 そうして、檬果は舞い飛ぶ蛍へと指先を伸ばした。すると一匹の蛍が其処に止まり、ゆっくりとした光を明滅させる。
 檬果は暫し何かを考え、ぽつりと呟く。
「私がUDCアースで発生したということは、そういうこと……なんでしょうね」
 はっきりとは語られなかったが、朝霞には分かっていた。
 今の彼女が何を思い立ったのか。過去の何に気が付いたのか、その横顔を見るだけで理解できてしまう。
 朝霞は檬果を見つめ、頷きを返す。
「……そう、お察しの通り、嫁御殿はUDCアースで生を終えました。寿命だけはどうしようもなかったんです」
 きっとその魂は同じ世界で廻り巡って今のかたちになった。
 朝霞と檬果は自然に視線を合わせていた。二人がそれぞれに持つお茶の筒からは、変わらぬあたたかな湯気が立ち昇っている。
「まさか、シャーマンズゴーストとして生まれ変わってるとは思わなかったんですが……不思議なものです」
「生まれ変わってゲーマーになってるとか予想外にも程がありそうです」
 不可思議な縁で繋がった前世と現在。
 双方から揺らめく湯気がふわりと交差していったように、今の二人の関係も緩やかに重なりあっている。
 朝霞はちいさな感情を抱きながら、檬果の指先に止まった蛍を見た。
 この光は魂の欠片だという。それなら――。
「もしかしたら。魂の欠片といいますし。この蛍火の中に、嫁御殿のもあるかもしれませんね。たとえば、その子とか」
 違うかもしれないし、そうかもしれない。
 指先で休んでいた蛍火はそっと浮かびあがり、朝霞の周りを回った。檬果は蛍が彼を好ましく感じているのだと察し、幾度か瞼を瞬かせる。
「ああ、たしかに。ありえそうです。私の前世、その欠片も蛍火になって『三人』でここにいる。カクリヨを救うために」
「そうだと嬉しいですね。嫁御殿に檬果さん、それから俺も……」
 もしそうならばどれほど心強いか。
 この後に控えている戦いに思いを馳せた朝霞は密かに気合いを入れた。そんな中でふと、檬果が蛍火の川辺を見つめながら告げる。
「……朝霞さんとここに来れて、よかったですよ」
「!」
 彼女が宿していた笑顔は可愛らしく、心からの言葉を送ってくれたと感じた朝霞は少し驚きながらも穏やかに笑った。そうして、彼も嘘偽りのない思いを伝え返す。
「俺も檬果さんと来れて、よかったですよ」
 二人の思いは同じ。
 ささやかでも、大切な思いが此処にある。そう感じた朝霞と檬果はやさしい蛍火の揺らめきを瞳に映す。水面に映る数々の光は、二人を見守るように瞬いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

小結・飛花
そう。魂蛍。

この者たちは魂だと云ふのですね。
今にも消えてしまいそうな儚き輝きですこと。
あたくしを導いた蝶々もまた、不思議な羽ですね。

川の傍は好きですよ。
あたくしは水鬼ですから。

そなたらは、満足をしているのでしょうか。
とても優しい光を放つのですね。
あたくしは解りません。
けれどもこの風景が美しき事は、あたくしにも理解は出来ます。

袖の下に隠した水鬼のゆびは、そなたらの光を潰してしまうのでしょうか。
あゝ、かなうことならもう少し、もう少し。
あたくしに美しき景色を見せておくれ。

そなたらの美しき話をあたくしに聞かせておくれ。
人の生は、楽しかったのでしょうか。



●水の傍で
 この里では、ちいさな魂の欠片が蛍のかたちを取っている。
「そう。魂蛍」
 飛花は周囲に舞う蛍火を仰ぎ、幽かな光を其の瞳に映した。揺らいでは消えて、火を灯しては揺らめく。それはまさに魂の在り方のように思えた。
「この者たちは魂だと云ふのですね」
 今にも消えてしまいそうな儚い輝き。そのすぐ傍を飛んでいるのは、此処まで飛花を導いてきた幽世蝶だ。
 インクの滲みのような翅が淡く光っている。何とも不思議で、美しい。
「あら、あたくしをまだ導いてくださるのでしょうか」
 蝶々は飛花を誘うように途中で止まっては羽撃いて、付いてきていると分かれば先に進むということを繰り返した。
 そうして、飛花が辿り着いたのは夜の川辺。
 さらさらと水が流れる音がする。その心地は妙なもので、このまま爪先を水に浸してみようかととも思えた。されど飛花は川辺に留まる。
 蝶々は水中に誘いたいわけではないと、何とはなしに悟っていたからだ。
「川の傍は好きですよ。あたくしは水鬼ですから」
 ありがとう、という意味合いを込めた言葉を蝶々に告げ、飛花は川を見つめた。其処には水上を飛ぶ蛍の火が映り込んでいる。
 例えるならば星空。
 瞬く光が水面で揺らいでいるので、足元に星があるように錯覚した。
 飛花は水鏡の中の蛍達を暫し眺める。
「そなたらは、満足をしているのでしょうか。とても優しい光を放っていて、あたくしには解りませんが――」
 彼、或いは彼女達の心。
 今の飛花には、満足して死した魂の気持ちは分からなかった。どうすれば満足などと言えるのか。何を以て死に救いを見出すのか。本当に、満足だったのか。
 遠くで梟の鳴き声がする。
 気が付けば思考が深く巡っていた。
 しかし、それは云うなれば過去に思いを馳せるようなもの。飛花は思いを余所に遣り、蛍に手を伸ばしかけてから、止めた。
 そうして、飛花は代わりに言の葉を落とす。
「けれどもこの風景が美しき事は、あたくしにも理解は出来ます」
 先程、袖の下に隠した水鬼のゆび。
 其処に蛍や蝶々を止まらせてしまえば、もしかすれば彼らの光を潰してしまうのかもしれない。綺麗だと思う心が、きっと濁った水に滲んでしまう。
 それでも、あゝ。
 かなうことならもう少し、もう少し。この夜を、この世界の光景を。
「あたくしに美しき景色を見せておくれ」
 蛍達に呼び掛けた飛花は双眸をゆるりと細めた。口許が僅かにしか緩められておらずとも、其処にはやさしい魂達に向ける彼女なりの思いがある。
 さあ、さあ。この思いが叶うのなら、赦してくれるのならば。
「そなたらの美しき話をあたくしに聞かせておくれ」
 人の生は、楽しかったか。
 何を満足として魂の欠片が幽世に漂うことになったのか。明確な声は聞こえずとも舞う蛍達はそっと語りかけてくれている気がした。
 明滅して揺らめく彼らから何を感じ取り、どのような物語を聴き取るか。
 其れは、水遣りの鬼の心次第。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
🌸🐣

君が呼ぶ音、聲、凡て聞き逃さないように
結ぶ掌は其のままに
舞う優しい蝶々達に惹かれて

…蛍だ、
噫、等しく穏やかな魂の欠片
俺は、…きっと、
此処には還れないんだろう
(先に逝った彼女は、此処に来れないのだから)

…、すみれ、
じゃあ、俺の手も赫く染まった血塗れの親なら
きみは俺を軽蔑する?隣に居たくない?
きみが其れを否定することを
識っているから
狡いと云われても
俺も、同じなんだよ
寄り添い指先に止まった蛍を菫の元へと渡して
ふわり愛し雛の双眸が淡い光に滲んで
今は、唯ぬくもりに触れて

ああ、そうだな、
導きの蝶たちにお礼を伝えよう
雨が降り止んだなら
あとはもうきみと進んでいくだけ


君影・菫
🌸🐣

ちぃ、とキミの名前を呼ぶ
繋いだ手は離さず一度は優しい蝶を見送って
視線の先は蛍
ここの子らは満足に死んだ魂のやさしい部分なんやってね
…うちが貫いた誰かはきっとここにおらんのやろな
(相手を、簪を、恨んでしまったやろうから)
ふふ、ちぃが還れなかった時は
キミの子のとこ来たらええよ

…ね、もしうちが――
血に濡れた簪でも娘でいてええ?
ううん、せえへんよ
赫くても何でも、うちには優しい手やもの
…そやね、おんなじ
狡くていいのだと腑に落ちるのはキミのお陰

渡された蛍に咲えば
楽しげに揺れ始めるから
みてみてって、ちぃへ

ね、さっきの蝶たちにお礼言いに探そて
手を引くのはいつもの娘の顔
これからも、
――キミといっしょなら、



●きみとキミ
 ちぃ、と呼ぶ声が聞こえる。
 千鶴は声の主である菫の方に身を寄せ、繋いでいる手を握り返した。
 君が呼ぶ音、聲。
 凡て聞き逃さないように。凡てを覚えておくために。結ぶ掌にそうっと力を込めれば、菫の宿す温度が伝わってきた。
 ひらり、ふわりと舞う優しい蝶々達は二人の前を進んでいる。
 菫は此処まで導いてくれた優しい蝶を見送り、視線を蛍の光に向けた。
「……蛍だ」
 千鶴も菫と同じ方向に瞳を向け、二匹で戯れるように飛ぶ蛍を見つめる。
 噫、と声が零れ落ちたのは其の光景がとても平穏だったから。等しく穏やかな魂の欠片は、蝶の代わりに千鶴と菫を導くようにふわふわと舞い上がった。
「ここの子らは満足に死んだ魂のやさしい部分なんやってね」
 菫は聞いた話を思い返し、繋いでいないもう片方の手を蛍火に伸ばす。指先にすり寄るように光がそっと落ちてきて、菫に触れた。
「……うちが貫いた誰かはきっとここにおらんのやろな」
 ――相手を、簪を、恨んでしまったやろうから。
 菫が言葉にしたことや、その様子を見ていた千鶴はぽつり、ぽつりと呟く。
「俺は、…きっと、」
 その声が先程の雨のようだと思いながら、菫は続きが紡がれるまで待った。
「此処には還れないんだろう」
 ――先に逝った彼女は、此処に来れないのだから。
 声にしなかった思いは胸に秘め、千鶴は菫に止まった二匹の蛍を見た。菫は千鶴の方に指先を向け、蛍火を示してみせる。
「ふふ、ちぃが還れなかった時は、キミの子のとこ来たらええよ」
 自分を頼って欲しい。
 そう告げるような菫の言葉を聞き、千鶴はありがとうと伝えた。しかし、次に考え込んだのは菫の方だ。
 ゆっくり、一歩ずつ。川のせせらぎが聞こえる方に歩む二人。
 その最中に菫が再び口をひらいた。
「……ね、もしうちが――」
「すみれ?」
 彼女の声が消え入りそうだったので、千鶴は思わず名を呼ぶ。
「血に濡れた簪でも娘でいてええ?」
 指先から離れた蛍を視線で追いながら、菫は静かに問いかけてくる。千鶴は首を横に振り、それなら、と言葉を告げ返した。
「じゃあ、俺の手も赫く染まった血塗れの親なら、きみは俺を軽蔑する? 隣に居たくないと、思う?」
「ううん、せえへんよ。赫くても何でも、うちには優しい手やもの」
 菫もまた、千鶴と同じように頭を振った。
 千鶴には彼女が自分の問いを否定することが解っていた。識っているから、敢えて問い返していた。たとえ狡いと云われても構わない。
「俺も、同じなんだよ」
「……そやね、おんなじ」
 腑に落ちるのはキミのお陰。菫はゆるりと瞼を閉じた。近くを舞っていた蛍の光が目の裏に残っている。ぱちりと瞬きをして隣を見遣れば、次は千鶴のもとに蛍が寄り添っていた。指先に止まった蛍を菫に寄せる彼の仕草は、先程の彼女と同じ。
 愛し雛の双眸が淡い光に滲むから、千鶴の瞳にも煌めきの残滓が宿った。
 今は、唯ぬくもりに触れていたい。
 千鶴は静かに、けれども何処か寂しそうに笑う。
 菫はその笑みに重ねるようにして、渡された蛍と一緒に咲ってみせる。蛍はそんな二人の間で、まるで励ますように楽しげに揺れはじめた。
「みてみて、ちぃ」
 幼子のように蛍の動きを喜ぶ菫は暫し、灯の揺らめきを眺めていく。
 いつしか二人は川辺に到着する。其処には水面の上で星を散らすようにして、何匹もの蛍が好き好きに飛んでいた。
 せせらぎの音。夜の色を写し取っている水。
 その揺らぎや水に映った光を見ると、不思議と穏やかな気持ちになれた。
 蛍火に混じって蝶々が羽ばたいている。菫はその中に先程の蝶がいないか探してみたが、どうやらこの辺りにはいないようだ。
「ね、さっきの蝶たちにお礼言いに探そて」
 菫は千鶴の手を引き、更に奥の方に進みたいと願った。その口調も表情も、いつもの娘の顔に戻っている。千鶴は頷きを返しながら菫の申し出を受け入れた。
「ああ、そうだな。導きの蝶たちにお礼を伝えよう」
 もう雨が降り止んだから。
 大丈夫、この先に進んでいけるよ。そう伝えるために。二人は繋いだ手を離さないように互いの掌を握り、蛍と蝶が織りなす景色の中を歩いてゆく。
 この先のみちゆきは心配ない。
 
 あとはもう、きみと進んでいくだけ。
 これからも、――キミといっしょなら。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

ゆぇパパと手を繋いで
月色の蝶と共に

優しい光がこんなにたくさん
言われるままに指を出し
わあ、キレイ……!
ありがとう、とてもステキね

この光は亡くなった人の心なのね
死した後も人に優しく沿えるなんていいな
あら
最初に止まったのはパパにでしょう?
もしルーシーが魂だけになっても
この蛍の様にパパの傍に行くわ

解った事があるの
ずっと傍にというワガママの事
あのワガママに
わたしは支えられていたみたい
パパ
ワガママ言って下さって
たくさん約束を下さってありがとう

ふふ
もしもよ、もしも
ルーシーも一緒の方がいいわ

うん!川辺のホタル見たい!
水面に映って
世界が光に満ちて
パパ、すごいよう!

とてもとても幸せな時間
望めるなら、ずっと


朧・ユェー
【月光】

蝶の誘われた先に里
妖怪達の愉しげにしてる雰囲気にここは大丈夫なのだと安心する
ルーシーちゃん、綺麗な蛍達ですね
手を繋いだまま蛍達の舞を眺めて

蛍を一匹指にとまり
ルーシーちゃん指出してと
そっと彼女の指に乗っける
ふふっとっても綺麗ですねぇ

えぇ、この蛍は魂のカケラみたいですね
きっと優しいルーシーちゃんの傍に寄り添いたいのですね
ルーシーちゃんの魂が僕に?
有難うねぇ、嬉しいよ
でも君が先に魂になっちゃうなんて考えたくないな
こうやって一緒に居てくれる方が嬉しい
ふふっもしもでも
我儘を聴いてくれて有難うねぇ

川辺で沢山居るみたいですよ
行ってみますか?

楽しそうにする彼女と穏やかな時間にこのまま続けばいいと眺めて



●光の行先
 いつものように手を繋いで、いつもとは違う道を行く。
 ルーシーとユェーは月色の蝶と共に都邑に入り、蛍が舞う地に向かっていた。
 蝶に誘われた先。里で妖怪達が愉しげにしていることや、穏やかな雰囲気を感じたことから、ユェーは此処は大丈夫なのだと安心する。
「ルーシーちゃん、綺麗な蛍達ですね」
「本当ね、優しい光がこんなにたくさん」
 二人は蛍が飛び交う様を眺め、手を繋いだままかれらの舞を堪能していった。先程の妖怪に言われた通りに指を差し出せば、ユェーの方に蛍が近付いてくる。
「ルーシーちゃん指を出して」
「こう?」
「ほら、蛍が遊びに来てくれましたよ」
「わあ、キレイ……! ありがとう、とてもステキね」
 ユェーから蛍を受け取ったルーシーはぴかぴかと光る魂の欠片を見つめた。ユェーも彼女と視線を合わせ、明滅する光を瞳に映す。
「ふふっとっても綺麗ですねぇ」
「この光は亡くなった人の心なのね」
「えぇ、この蛍は魂のカケラみたいですね」
 不思議な光を放つ蛍は普通のものとは雰囲気が違った。魂なのだと聞いていたように、其処には何かの意志がみえる。
 言葉はわからないが、蛍達は何処か優しい存在であるような気がした。
「死した後も人に優しく沿えるなんていいな」
「きっと優しいルーシーちゃんの傍に寄り添いたいのですね」
 ルーシーが思いを言葉にすると、ユェーは穏やかに微笑んだ。するとルーシーもくすりと笑って、自分の指先にいる蛍を示す。
「あら、最初に止まったのはパパにでしょう?」
「そうだったでしょうか」
 ユェーはとぼけてみせながら、蛍を見つめ続けた。
 暫し、静かで平和な時間が流れていく。蛍はふわふわと明滅し続け、少し離れたところからはせせらぎの音が聞こえてくる。
 夜が深まっていく最中、ルーシーは両手で蛍をそうっと包み込んだ。
「もしものお話、していい?」
「えぇ、どうぞ。ルーシーちゃんのお話なら何でも」
 ルーシーが問うとユェーは頷く。
 そうして少女は蛍の光を掲げて、ユェーに近付けてみせる。
「もしルーシーが魂だけになっても、この蛍のようにパパの傍に行くわ」
「ルーシーちゃんの魂が僕に? 有難うねぇ、嬉しいよ」
「それからね、解ったことがあるの。ずっと傍にというワガママのことで――」
 少女は語る。
 あのワガママにわたしは支えられていたみたい、と。
「……パパ」
「何だい、ルーシーちゃん」
「ワガママ言ってくださって、たくさん約束をくださってありがとう」
「どういたしまして」
 その言葉と思いに礼を告げたユェーだったが、ふと首を横に振った。でも、と口にして続けたのは蛍となった魂のこと。
「君が先に魂になっちゃうなんて考えたくないな。こうやって今のように一緒に居てくれる方が嬉しいよ」
「ふふ。もしもよ、もしも。ルーシーも一緒の方がいいわ」
 ぎゅう、と少女がユェーの手を強く握った。
 本当に霊になって寄り添いたいのではなく、それくらいの気持ちがあるということを知って欲しかっただけ。
 これもワガママかしら、と口にしたルーシーはユェーを見上げた。
 そうすれば、彼からも視線と笑みが向けられる。
「ふふっ。もしもでも、我儘を聴いてくれて有難うねぇ」
 もう一度、しっかりとお礼を告げたユェーは川が流れている方に目を向けた。蛍と少女と過ごす時をもう少し特別なものにしたい。そう考えた彼は先を指差す。
「川辺で沢山居るみたいですよ。行ってみますか?」
「うん! 川辺のホタル見たい!」
 ぱっと花が咲くような笑顔が彼女から見えたことで、ユェーも更に笑った。そうして、二人はたくさんの蛍が飛び交う水辺に辿り着き――。
 水面で光り輝く星のような光の揺らぎ。その光景を幼い瞳に映したルーシーの胸はとても高鳴っていた。
 世界が光に満ちて、まるで幸せの欠片が散らばっているかのよう。
「パパ、すごいよう!」
 はしゃぐ少女の声を聴き、ユェーは安堵を覚えた。
 楽しそうに瞳を輝かせる彼女と過ごす、穏やかな時間。こんなひとときがこのまま続けばいいと願って、ユェーは歩き出す。
 隣を進むルーシーも、彼の傍に居られることが嬉しいと感じていた。

 とても、とても幸せな時間。
 望めるなら、叶うなら、ずっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK

商店街で適当に温かい飲み物を調達、川辺に腰を落ち着ける。
ちょっとばかり酒には心惹かれるが、これからまだ仕事があるからやめとこう。
また機会があったら来ればいい。まだ俺に時間があれば。

蝶と螢と映る水面を眺めながら、先程の事をぼんやり思い出す。
青い蝶。話が本当なら、さっきの蝶は誰だろう。縁者だったりするのかな。
そしてあの時何となく願望希望だったようなものが、決意に似たものになっていくような気がする。…俺の性格上、思ったときにはもう決めてるのかもしれない。
大事なものは抱えていきたい。過去にできないなら、忘れられないならそのまま抱えて未練も持たず。
そして俺もいつかこんな蛍のようになりたい。



●寄り添う光
 夜空を幽かに彩るように、ちいさな蛍が飛んでいる。
 瑞樹は頭上を振り仰ぎながら、街で調達した温かい飲み物をそっと握った。
 立ち昇る湯気が夜の色に混じって消えていく。手にしたぬくもりがすぐに消えていきそうな感覚に陥りながらも、瑞樹は川辺に腰を落ち着けた。
「酒も良かったか……」
 少しばかり里の商店街で売っていた酒の瓶も気になっていた。
 心惹かれなかったかというと嘘になってしまう。しかし、いくらまだ平和だからといっても、これから仕事が待っている。
 やはり止めておいて正解だったと考えながら、瑞樹は深い息を吐いた。湯気がそうだったように白く染まった吐息も夜の狭間に滲んでいく。
 それらが空気の中に消えていく様は何だか不思議に思えた。
「また機会があったら来ればいい。まだ俺に時間があれば――」
 吐息が目に見えるほどだというのにそれほど寒くは感じない。その理由は魂蛍のお陰だろうと考え、瑞樹は水面に視線を向けた。
 其処には蛍火だけではなく、幽世蝶の姿も見えている。
 ふわりと舞う蛍。ひらりと飛ぶ蝶々。
 どちらも淡く光っているので、夜の暗さを怖いだとか寂しいと思う気持ちはない。
 しかし、瑞樹の思考は先程の雨中の出来事に移っていく。冷たい雨のことを思い出すと気持ちは少しばかり揺らいでしまう。
 ――青い蝶。
 聞いた話が本当だったとしたら、さっきの蝶は誰だったのだろうか。縁者であったりするのか。それとも、もっと別の何かだったのか。
 瑞樹は暫し考えたが答えは出ない。
 されど、ふと思ったことがある。あのとき、何となく願望希望だったようなものが、決意に似たものになっていくような気がした。
「……俺の性格上、思ったときにはもう決めてるのかもしれないな」
 なんて、と口に出した瑞樹は、いつの間にか俯いてしまっていた顔をあげた。
 大事なものは抱えていきたい。
 過去にできないなら、忘れられないならそのまま抱えて。未練も持たずに。
 そうすることが出来たなら、否、そうしたい。
 そのとき、一匹の蛍が瑞樹の膝にふわりと降り立った。どうしてそんなところに、と思ったが蛍の灯す火を見ていると何となく解ってしまった。
「お前……そうか、俺の傍が良いのか」
 この蛍はきっと誰でもない。
 瑞樹を見つけて降りてきただけの通りすがりなのだろう。しかし、今の瑞樹にとってはそれこそが心地良かった。
「俺も、いつか――」
 こんな蛍のようになりたい。
 続く言葉は声にせず、瑞樹は蛍が明滅するちいさな光を見守っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
この前に街に買ったお菓子を出して、
例の骸魂から少し離れて、人の無い所に座ってのんびり過ごす
ハンカチにお菓子を置き、死霊ちゃんを出して、一緒にお菓子を食べる
近づいてくる妖怪がいれば、眼差しで注意する

これは…すごく、幻想的な光景ですね
夜は夜でも、違う世界の夜も、こんなに違うんです…
猟兵になって、数々の世界へ訪れて、本当に良かったのね
世界は、世界の外は、こんなに広いから
まだ見たことのない風景は、どれぐらいあるんですか

蛍や蝶が近づいてきたら、驚かせないようにじっとする
こうして何もせずに見ても、なぜか心も落ち着いてきたんです
まあ…あと少しでまた騒いでしまうけれどね
骸魂をちらっと見て小さくため息する



●世界の色彩
 川の流れる音が聞こえる。
 ちらほらと見えるのは川辺の奥に羽撃いていく蝶々の微かな光。
 この川の奥に骸魂を宿す妖怪がいるのだと悟り、レザリアは敢えて其処から離れた場所に移動していく。まだ周囲に別の妖怪が見える現状、不用意に近付いてしまえばどうなるかわからない。
 それに、レザリアは少しの間だけひとりきりになりたかった。
 人気のない岩場の裏が丁度いいと感じたレザリアは、その影に腰を下ろした。周囲には蛍が舞っているのでそれほど暗くはない。
 レザリアは取り出したお菓子をハンカチの上に置き、傍に死霊を呼び出す。
 ひとりきりとはいっても、この子だけは別。
 死霊ちゃん、と呼べばお菓子の方に寄ってくる。一緒にお菓子を食べようと示したレザリアはゆっくりとした時間を過ごしていった。
 もし川の奥に近付く妖怪がいれば、眼差しで注意しようかと思っていたが、幸いにも危険な動きはなさそうだ。
 代わりに寄ってきたのはたくさんの蛍。
「これは……」
 お菓子に興味を示しているのか、それともレザリアと死霊の方が気になっているのかは分からないが、集まった蛍達はまるで星の欠片のようだ。
「すごく、幻想的な光景ですね」
 素直な思いを言葉にすると、魂の蛍達は喜ぶようにふわふわと舞った。
 それに合わせて死霊もふんわりと丸くなっている。レザリアは蛍と死霊が何となく共鳴しているのだと感じ取っていた。
 自分に蛍達の言葉はわからないが、何かをお喋りしているようにも思える。
 夜の狭間で浮かぶ魂と霊。
 これまでも様々な夜を見てきたが、この世界の夜は何だかやさしい。
「夜は夜でも、違う世界の夜も、こんなに違うんです……」
 レザリアはふと思いを巡らせる。
 猟兵になって、数々の世界へ訪れて、本当に良かった。
 暗くて冷たいだけだと思っていた夜の深さと美しさを知れたから。忌むべきものだと思っていたことや心が、少しずつ解けていったから。
 そして、世界は――。
「世界の外は、こんなに広いから」
 レザリアは胸に手を当て、清流の音や遠くから聞こえる梟の声に耳を澄ませた。
 この夜だけではない。
 まだ見たことのない風景は、どれぐらいあるのか。心があたたかくなったり、感銘を受けられる景色に出会えるのか。
 想像を広げている間に、いつしか多くの蛍と蝶がレザリアの傍に集まっていた。
 驚かせないようにじっとしている彼女の頭や肩、お菓子を摘んでいた指先にも蛍が止まってぴかぴかと輝いている。
 こうして何もせずに見ていても、何故か心が落ち着いてくる。
「まあ……あと少しでまた騒いでしまうけれどね」
 不意に骸魂のことを思い出したレザリアは、上流の方をちらりと見遣ってから溜息をついた。すると死霊や蝶々達が心配するように寄り添ってくる。
 大丈夫、と告げたレザリアは頷いた。
 この夜の穏やかさを守るためなら、少しの騒がしさくらい許されるはず。
 そうして――レザリアは暫しの静かなひとときを、彼女なりにそっと楽しんでいく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
雨に濡れてしまいましたし、お洗濯の魔法で乾かしますね。
別にずぶ濡れになったわけでもないのですが、あの雨で濡れていると思うとあの時の記憶が蘇りそうで怖くなってしまいました。
服が乾けば少しは気がまぎれるかと思いましたが、そうもいかないみたいですね。

ふぇ、アヒルさんいきなり突かないでください。
ふえ?周りを見ろって・・・。
ふわぁ、蛍です。
きれいですね。

あれ?私の心を覆う雨雲がどこかに消えていったような気がします。



●過去と今
 雨に濡れて進んだ先。
 ぼんやりとしているが、あたたかな光が灯る蛍火の里にて。
 フリルは自分が扱えるお洗濯の魔法で服や帽子、アヒルさんを乾かしていた。
 妖力で作られていた雨はすぐ消えていったが、こうして魔法を使ってすっきりすることで次の戦いにも備えられる。
 それに、とフリルは少しだけ俯く。
「……アヒルさん」
 無意識に呟いたのは相棒ガジェットの名前。
 先程も別にずぶ濡れになったわけではないのだが、少しでも雫が残っていると思うとあのときの記憶が蘇ってしまいそうだ。
 あの瞬間、フリルの目の前にはアサイラムが見えていたはず。
 目を瞑ってはいたが、やはり雰囲気だけで解ってしまう。そのことを思い出すと怖くなってしまい、フリルは全てをお洗濯しまいたいと考えていた。
 でも、とフリルはちいさな溜息をついた。
「服が乾けば少しは気がまぎれるかと思いましたが、そうもいかないみたいですね」
 いくら雨雫を払っても、起こったことは消えてくれない。
 これがあの雨の厄介さなのだろうかと考え、フリルは歩き出した。周囲には蛍が舞っているが、今のフリルの目には映っていない。
 未だ雨の中にいるかのような感覚が巡り、宛もなく歩くだけ。
 しかし、そのとき。
「ふぇ、アヒルさんいきなり突かないでください」
 急にガジェットがフリルの頭をぺちぺちと攻撃してきた。痛くないような、ちょっとだけ痛いような絶妙な突き方だ。
 それが徐々に強くなっていったので、フリルは思わず帽子ごと頭を押さえた。
「ふえ? 周りを見ろって……」
 アヒルさんが伝えたいことを察したフリルは顔を上げてみる。
 そうすると、先程までは気付かなかった蛍の光が見えた。過去に思いを巡らせていたから視界には入っていなかったが、フリルのまわりには心配するようにふわふわと舞う蛍がたくさん集まっている。
「ふわぁ、蛍です」
 そっと手を伸ばすと、指先に一匹の蛍が止まった。
 きれいですね、とフリルが告げると蛍は何処か嬉しげに淡く明滅した。そんな中でフリルはふと気が付いた。
「あれ? 私の心を覆う雨雲がどこかに消えていったような気がします」
 少しずつ、けれども確かに。
 蛍火が心まであたためてくれる気がして、フリルはそっと微笑んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
魂の、欠片。
『満足な死』を得られた者が、やさしさが、世にこんなにも満ちていたなら。
成る程。その事実だけで、心安らぐには十分…と。

終焉を撒く者。無情な破綻者。顔の無い毒
…散々な言われ様(まぁ事実ですけど)の己が、
そんな風に思う様になるなんて。
お天道様も吃驚だ。

此処まで導いてくれた、陽の色の蝶を見遣る。
理由なんて、考えるまでもなく、きっと――

いつからか…いつだって、手を伸ばしてた。
天へ届きやしないのに。
今宵も、川辺に佇み、手を伸ばす。
唯一無二のひかりが、此処には居ない事
…うん。さびしいのかもしれない。ちょっとだけ。
年甲斐の無い…吃驚の変化。

蛍。こんな己にでも、来てくれますかね?
まるで、
幼い期待の様



●ひかり
 ――魂の、欠片。
 淡い灯が舞い踊るように飛ぶ都邑にて、クロトは空を見上げていた。
 もう雨は降っておらず、夜の色が広がっている。其処に飛び交う蛍達は穏やかで、何の懸念もなく舞っているように見えた。
 あの光は『満足な死』を得られた者の証だという。
 そんなやさしさが、世にこんなにも満ちていたなら、とクロトは考える。
「成る程。その事実だけで……」
 心安らぐには十分。
 この魂がたとえ嘗ての魂の欠片だとしても、過去を憶えて光となっているのなら。それはどれほど救われる事実だろうか。
 そうしたものが存在すること自体が、クロトにとっての安堵だ。
 そして、思考は己の裡に巡っていく。
 終焉を撒く者。無情な破綻者。顔の無い毒。
 そのように過去に呼ばれていたことを思い返す。散々な言われようだが、事実であると認められるほどにはその通りだった。
 そんな己が、この魂の光を見ることでそんな風に思うようになるなんて。
「お天道様も吃驚だ」
 飾らぬ口調で思わず呟いたのは、本当にそのように感じていたからだ。ふ、と薄い笑みが零れた。自嘲だったのか、自然なものだったのかは本人にしか分からない。
 そうしてクロトは視線を先に遣る。
 其処には此処まで導いてくれた、陽の色の蝶が羽撃いていた。
 どうしてあの蝶々が彼の色をしているのか。理由を突き詰めたいわけではなかったが、そんなことは考えるまでもなく。
 きっと――。
 胸の中に満ちていく感情を想い、クロトは蝶々と蛍が舞う路の先に歩いていく。
 いつからか、いつだって、手を伸ばしていた。
 そんなことをしたって、天には届きやしないのに。分かっていながらも、理解していながらも、ずっとそうしていた。
 手を伸ばすことを止めれば、本当に何も掴めなくなってしまうから。
 だから、今宵も。
 クロトは導かれた川辺に佇み、そっと手を伸ばしてみた。
 唯一無二のひかりが、此処には居ないこと。それを実感すると、どうしてか胸の奥がつきりと痛んだ。その感覚をクロトは否定しない。
「……うん。さびしいのかもしれない。ちょっとだけ」
 年甲斐の無い、とも思ったが変わらぬものなどないということも知っている。
 それが自分にも当てはまるのだと思うと、吃驚の変化だと感じた。そんなとき、クロトが伸ばした手に淡い光が触れる。
 一匹の蛍が指先に止まったことで、クロトは双眸を緩やかに細めた。
「蛍。こんな己にでも、来てくれたんですね」
 指の先で明滅する蛍は何も語らないが、寄り添ってくれるつもりで来たようだ。クロトはその光を見つめ、ふと思う。
 まるで、幼い期待のようだ、と――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
川のほとりへと歩みを寄せましょう
舞い踊るこがねの色を眺めていれば
身に染むつめたさなど忘れてしまう

嗚呼、見事ね
なんとうつくしい光景かしら

ランの……『あなた』の聲がきこえた
この景色は、あなたの云うほんとうのもの?

煌めくホタルたちが良き魂なのならば
あなたと共に見送った人は
幾つものひとの魂たちは
この光景を生み出す、ひかりたちなのかしら
此処に、『あなた』の識るひとはいる?

ひいらり踊る蝶の溢すあかいひかり
じわり、とこころに滲むかのよう

ホタルを眺むのは久方ぶりなの
ずうと、ずうっと前のこと
朧げだけれど、憶えている
先ほどの雨の影響かしらね

静かなひと時を共に過ごしましょうか
決して語らわぬあなたのいろが、心地よいの



●あかの軌跡、しろの導き
 歩む先に見えるものは、川のほとり。
 せせらぎの音は優しくて、清流の行方が穏やかなものなのだと分かる。そうと歩みを寄せていけば、水面に映る蛍の光が七結の瞳にも映った。
「嗚呼、見事ね」
 舞い踊るこがねの色。
 その光を眺めていれば、身に染むつめたさなど忘れてしまうほど。
「なんとうつくしい光景かしら」
 水面に宿った星の欠片。それはやさしい瞬きで以て夜を彩っている。
 夜の表情は様々で昏く寂しいものや、酷く冷たいだけの日もあった。けれども今宵はそうではない。確かな死の先でありながらも、悼むだけではない思いの欠片が此処にある。
 七結は蛍から少しだけ視線を外し、傍を飛んでいる幽世蝶に目を向けた。
「ラン……」
 その名を呼んだ七結は、雨の中で聞こえた言葉を思う。
 あれは『あなた』の聲。聞き違えるはずのない彼のひとの聲を思いながら、七結は静かに問いかけてみる。
「この景色は、あなたの云うほんとうのもの?」
 答えは返ってこない。
 代わりに幽世蝶は七結に寄り添うように飛んでいる。過去と現在が混ざりあった雨の内。あの不可思議な雨の中だったからこそ聴こえたのかもしれない。
 しかし、七結にとってはその羽撃きこそが答えの証に思えた。
 聞いて、答えを貰って、是とするだけであるのは違う。己の目で見て、こころで確かめて感じ取ることこそが『ほんとう』のもの。
 蝶々はそのように伝えたがっているのだろう。
 七結は川辺に視線を戻す。
 煌めくホタルたちが良き魂なのならば、あなたと共に見送った人は――。
「幾つものひとの魂たちは、この光景を生み出す、ひかりたちなのかしら」
 水面の光から空の光にゆっくりと眼差しを向けていく七結はふとした疑問を言葉にしていく。ただ答えを得たいのではなく、共に在る蝶々と語るためのものだ。
「此処に、『あなた』の識るひとはいる?」
 すると蝶々は光のもとに飛ぶ。
 ひいらり踊る蝶の溢す、あかいひかり。それがじわりとこころに滲むかのようで七結は双眸を細めた。
 そうして、彼女は記憶の欠片を言の葉にしていく。
「ホタルを眺むのは久方ぶりなの」
 ずうと、ずうっと前のこと。朧げだけれど、憶えている。思い出したのは先ほどの雨の影響なのかもしれない、と感じた。
 幽世蝶は暫し、数匹の魂蛍と一緒に水面の上を飛んでいた。
 あかとしろ。淡く明滅するひかりの舞は、七結の目を楽しませてくれる。やがて、幽世蝶は彼女の肩に止まった。
「おかえりなさい」
 七結が告げると、蝶々は応えるように翅を幾度か揺らす。
 此処から暫し、静かなひと時を共に過ごそう。ちいさな羽撃きで応えるだけで、決して語らわぬ『あなた』のいろ。今はそのいろこそが、心地よいものだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

天霧・雨吹
水辺に長くいたのだけれど
僕のいたところは音と飛沫が凄かった、らしい
何せ滝壺
僕にとっては子守歌のようなものだったけれど
小さきものにとっては、違ったと……言っていたのは誰であったか
まぁ、もう思い出せないほどの昔話

さて、だから
実は蛍は……話に聞くのみで見たのは初めてなのだ

幽世蝶の導きのままに来たれば
幽玄な煌めきの群舞
まるで地に瞬く星のような
いや
それよりも淡く儚く
そう、寄る辺のない祈りのような

世界も種族も、隔てなく
懸命に祈りを抱く命はこうも美しく愛おしい

なればこそ
この先の華は手折らねばならないね



●幽かな祈り
 ゆっくりと川辺を歩く。
 飛び交う蛍の光が灯となってくれているので、暗さはあまり感じない。そんな中で雨吹が思い返していたのは嘗ての深山幽谷のこと。
 水辺に長くいたのだが、この景色は記憶の中のあの場所とは随分と違う。
「僕のいたところは音と飛沫が凄かった、らしいからね」
 何せ滝壺だったから、と語った雨吹の視線の先には数匹の蛍が舞っていた。この里に入ったときから傍についている彼らは、どうやら雨吹に懐いているらしい。
 それゆえに雨吹は時折、こうして自分のことを語った。
 言葉は返って来ずとも、ふわふわと飛ぶ動きで彼らが応えてくれている気がする。
「僕にとっては子守歌のようなものだったけれど、小さきものにとっては、違ったと……言っていたのは誰であったかな」
 忘れてしまったよ、と雨吹が話すと蛍達はくるくるとその場で回った。
 すごいね、どんなところかな、と言っているのだろうか。少しだけではあるが、雨吹にはちいさき魂の思いが感じ取れた。
「まぁ、もう思い出せないほどの昔話だ」
 僕のことはさておき、と話を区切った雨吹は改めて川辺を見遣る。
 里の入り口からついてきていた蛍の他にも、此処には数多の光が瞬いていた。
「さて、だから」
 暫し水面に映る光を見ていた雨吹は、実はね、と言葉にする。嘗て居た滝壺も清らかな水が満ちていたが、あの環境では蛍が生息できないだろう。
「蛍は……話に聞くのみで見たのは初めてなのだ」
 それゆえに物珍しい。
 蛍達がずっと傍に居てくれたことで見慣れてはきたが、初めて出会うものへの興味は尽きない。雨吹が手を伸ばせば、其処に一匹の蛍が寄ってきた。
 指先に止まった魂蛍を見つめ、雨吹は感嘆の思いを抱く。
 周囲には蛍だけではなく、自分を此処まで導いてくれた幽世蝶も羽撃いていた。
 導きのままに来たれば幽玄な煌めきの群舞が見えた。
 それらはまるで、地に瞬く星のような――。そう考えた雨吹だが、ふと思い直して首を横に振った。
 星の輝きにも似ているが、それよりも淡い。儚くて、ちいさきもの。
「……そう、寄る辺のない祈りのような」
 雨吹には、蛍や蝶が纏うひかりがそのように思えていた。それぞれの瞬きと、輝きの中に宿っている感情や思いはそれぞれ。
 されど世界も種族も隔てなく、懸命に祈りを抱く命はこうも美しく愛おしい。
「なればこそ、だ」
 雨吹の視線は幽世蝶が舞っていく川の上流に向けられていた。
 今暫しは平穏でも、其処に居るという骸魂が動き出せばどうなるか分からない。刻々と近付くそのときを感じながら、雨吹は決意にも似た言葉を紡ぐ。
「この先の華は手折らねばならないね」
 けれども――それまでは、このちいさな祈りの灯を見ていよう。雨吹の瞳に映り込んだ光の欠片は、優しい瞬きとなって輝いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
川辺を歩きながら、光を眺める
蛍というのはこんなふうに光るんだねえ
初めて見たよ。オスカーも気になる?

オスカー、さっきのタヌキ君の話は聞いていたかい
この光のひとつひとつが、死者の魂なんだってさ
私の国での考えとすこし似ているかもね

私の国ではねえ
死者の肉体は大地に眠り、血は土地を潤し
魂は天を昇り、星となって輝くんだ
伸ばした指先にひとつ、光が止まる

オスカー
キミには本来、死の可能性とは無縁な、平穏な暮らしがあったハズだ
私と出会っていなければ、暖かい国で家族を作っていただろう
初めてちゃんと言うよ。ゴメンね

今後もキミには危険なコトを頼むかも
でも私は、オスカーのことだって守ってみせるから
これからもよろしく頼むよ



●燕の幸福
 あたたかな光の道標が見える。
 里を飛びまわる小さな灯を追っていくと、その先には穏やかな川があった。
 エドガーは肩に乗っているツバメのオスカーと共に、蛍火の里に満ちている光の景色を眺めていった。
「蛍というのはこんなふうに光るんだねえ」
 川に流れる水が奏でる、せせらぎの音は穏やかだ。星が瞬くように明滅する蛍達の姿が水面に映っており、辺りは明るく照らされている。
「こんな景色、初めて見たよ。オスカーも気になる?」
 エドガーが語りかけるとツバメは彼の頭の上に移動した。こうすればもっと景色が見えると示しているようだ。
 ふわふわと舞う蛍の方もエドガー達に興味を持ったらしく、何匹かが近寄ってくる。
 彼らの周囲を回った魂蛍は実に楽しげだ。可愛いね、と蛍達に言葉を向けたエドガーは、頭上のツバメにも声を掛けた。
「オスカー、さっきのタヌキ君の話は聞いていたかい」
 彼の言葉に対してオスカーが小さな鳴き声を響かせた。うん、と頷いたエドガーは自分達を迎えてくれた妖怪の言葉を思い返した。
「こうやって瞬いているこの光のひとつひとつが、死者の魂なんだってさ。私の国での考えとすこし似ているかもね」
 魂の欠片が形を持って、生前の煌めきを映している。
 それはエドガーの国にある死者への謂れと通じるものがあった。そうして、エドガーはオスカーや蛍に語りかけていく。
「私の国ではねえ――」
 死を迎えた者の肉体は大地に眠り、その血は土地を潤す。
 肉体に宿っていた魂は其処から離れて天に昇り、星となって輝くと云われていた。
 今、目の前にいる蛍達は星にも見える。
 もし自分の国と似ているのならば、かれらの肉体も大地に還った後なのだろう。そして、天というのはこの幽世だ。
 エドガーが何気なしに手を伸ばすと、指先にひとつの光が止まった。
 明滅している光はやさしい。頭の上に落ち着いて座っているオスカーもエドガーの指で休む蛍をじっと見つめている。
 そんな中で、エドガーはオスカーへの思いを言葉にしていく。
「オスカー」
 名を呼べば、どうしたのかというような様子でツバメが首を軽く傾げた。エドガーは蛍が乗った指先をそっと掲げる。
「キミには本来、死の可能性とは無縁な、平穏な暮らしがあったハズだ」
 もしエドガーと出会っていなければ、或いはこの旅についてくる選択をしていなければ、今頃はオスカーも暖かい国で家族を作っていただろう。
 しかし、今はその未来が閉ざされている。自分のせいであると自覚しているが、これまで言わなかったことをこの機に伝えたかった。
「初めてちゃんと言うよ。ゴメンね。今後もキミには危険なコトを頼……」
 だが、エドガーの言葉は途中で遮られる。
 オスカーによって、ちゅん、と頭が突かれたのだ。まるで、野暮なことは言わなくとも良いと告げるような行動だ。
「分かったよ、分かった。でも私は、オスカーのことだって守ってみせるから」
 啄みが少しだけ痛かったのもご愛敬。
 これからもよろしく頼むよ、と伝えたエドガーは微笑む。オスカーは彼の腕を伝って見える場所に降りてきながら、そっと囀った。
 そんな彼らの姿を、ちいさな蛍が何処か微笑ましげに見守っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

真実かどうか俺には知る術はないが、
妖怪の言う通り満足な死を経た、やさしい心の具現だと思うとどこか救われる心地がした。
それは、俺が警察官だからか、猟兵だからか──『満足な死』というものが、この世に存在することにか。
理由はわからない。けれどこれだけははっきりしている。
『この蛍となった魂が、幸福であったこと』。
名前も顔も知らないけれど、この子が幸福であったことが、純粋に嬉しいのだ。

不意に追いかけてきた小さな蛍は、まるで孤児院のときに俺の後ろをついてきていた弟妹のようで。
──俺はその場で立ち止まり指を一つ差し出す。
自然と口元には慈しむよう笑みが浮かんでいた。



●未来への灯火
 この里に飛び交う蛍達。
 それらは本当の蛍とは違って、魂が変化したものだという。
 里に訪れたときに迎え入れてくれた妖怪の言葉を思いながら、梓は空を見上げる。
「真実かどうか俺には知る術はないが……」
 もし、本当なら。
 あの妖怪の言う通り満足な死を経た、やさしい心の具現が此処に在る。梓を歓迎するかのように周囲に集まってきている蛍達は決して悲しいものではない。そう考えると、どうしてか不思議と梓自身も救われる心地がした。
 死というものは恐怖の象徴でもある。
 それまで続いていたものが、あっけなく終わりを迎えてしまう。命あるものあならば死を忌避して怯えることは当たり前だ。
 死に満足を覚えるということはなかなか出来るものではない、と生きている自分は考えてしまう。それでも、梓はこの蛍を見て安堵した。
 その理由は己が警察官だからか、猟兵であるからか――。それとも『満足な死』という概念が、この世界に存在することにだろうか。
 はっきりとした理由はわからない。
 けれども、これだけは明確だと分かることもある。
 それは――『この蛍となった魂が、幸福であったこと』。
 梓は何気なく手を伸ばしてみた。あの妖怪がそういっていたように、人懐っこいらしい魂蛍達が何処かに止まりたがっているように思えたからだ。
 そうすれば数匹の蛍が梓の掌に乗った。
 この魂の欠片達が、どのような生を送ってきたかはわからない。何故かほんの少しだけ、弟や妹達に懐かれていたときのことを思い出した。
 きっと違う。そうではないと分かっているが、梓は蛍達を可愛いと感じた。
 名前も顔も知らない魂の光。けれども、この子達が幸福であったことが、梓にとってはただ純粋に嬉しかった。
 ちゃんと皆が揃っているか、と孤児院で弟妹を数えた時を思い返す。
 梓は無意識に、自分に寄り添ってくれている蛍の数を確かめようとした。
「……、……――」
 しかし、途中でそうすることを止める。
 皆と同じ数だったとしても、きっと偶然に過ぎないのだろうけれど。偶然だと思えなくなったならば此処で立ち止まってしまいそうだったからだ。
 もう大丈夫だ、と告げて手を掲げれば、掌の中にいた蛍達が飛び立っていく。
 だが、梓が歩き出すと蛍達はそっと追いかけてきた。ちいさな蛍はずっと後ろをついてきていて、やはりあの頃の懐かしさが滲んだ。
「仕方ないな、おいで」
 気付けば梓はその場で立ち止まり、もう一度だけ指を差し出した。
 蛍達は指先に降り立つと、梓の行く先を照らすように幾度も明滅する。梓は双眸を細め、その口許は自然と緩んでいく。
 其処には、かれらを慈しむような幽かな笑みが浮かんでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
食べ歩きも良いですが、今日は景色を楽しみましょう
幽世蝶が見せてくれたものが倫太郎にとっても悪いものではなかったと
彼の横顔を見て少し安堵しながら川辺まで案内してくれた蝶を見送る

寒いですか……?それならば私の外套に
渡してしまえば、きっと返してしまうでしょうから
一緒に入りましょうと外套を片手で広げて手招き
照れ笑いを零しながら入る彼に釣られて笑い、軽く包む

えぇ、大丈夫ですよ
手を繋ぐ時よりも、近くに居るので温かいです
寒い時はこうする方が良いのかもしれませんね?

川辺に舞う蛍と蝶は美しく、幻想的で
そして蛍は魂の欠片だと言われて、優しきものの心の具現化と言うのだから
この世界の特色を改めて感じますね


篝・倫太郎
【華禱】
街中で何か食べるもの買っていこう
普段ならそんな風に言うトコだけど
今日はいいかな……

この風景がご馳走みたいなものだし
川辺まで案内してくれた幽世蝶を見送って
そんな風に言えば、夜彦が笑うから
なんだか嬉しくなって俺も笑って返す

雨に濡れたからだろか?
ちょっと冷えたかも……
なんて言い訳をして夜彦に寄り添えば
外套の、というか……夜彦の腕の中にご招待されて
嬉しいような照れるような
くすぐったさに笑う

あったかい
気遣う夜彦の言葉に頷くとそう返して
あんたは大丈夫?
問い返せば、夜彦の応えに笑う

ん……そだな
いつもは掌だけだけど
こんな風に熱を分け合うのも悪くない

幽世蝶と魂蛍の儚い灯りを眺めながら
そう、小さく囁いて



●二人分のあたたかさ
 明滅する蛍の光に照らされた里。
 夜の空気が満ちている其処は、不思議とやさしい雰囲気が広がっていた。夜だと云うのに暗さを感じないのは蝶と蛍の光が辺りを照らしてくれているからだろう。
 少しばかり寒いが寂しくはない。
 街の明かりは賑やかで、夜でも開いている店々からは活気も見えた。しかし、いつもなら軽く提案していたことを倫太郎は押し込める。
 街中で何か食べるものを買っていこう。
 普段ならそんな風に言っていたところだが、今日は何だか気が引けた。倫太郎の隣を歩いていた夜彦も同じことを考えていたらしく、先を示す。
「普段なら食べ歩きも良いですが、今日は景色を楽しみましょう」
「だな、この風景がご馳走みたいなものだし」
 頷きを交わした二人は幽世蝶が導いてくれるままに進んだ。商店街を抜け、街の通りを越えた先には、妖怪が言っていた川辺があった。
 その最中、夜彦はふと倫太郎の横顔を見遣る。
 あの雨が見せたもの。それが倫太郎にとっても悪いものではなかったのならば、良かった。彼の顔を見て少し安堵しながら、夜彦達は川辺に立つ。
 そうすると、これまで同道していた幽世蝶が上流に向かって飛んでいった。
 おそらく骸魂を宿した者の方に行くのだろう。蝶々は兎も角、今はまだ自分達が向かうそのときではないとして、二人は立ち止まった。
「ここでお別れでしょうか」
「ありがとな」
 多分、また後で。
 そのように告げた夜彦と倫太郎は幽世蝶を見送り、軽く手を振った。
 今のひとときはゆっくりと過ごす時間だ。
 倫太郎が不意にちらりと夜彦を見れば、彼は穏やかに微笑んでいた。その表情を見ればなんだか嬉しくなってきて、倫太郎も笑って返す。
 川の水面には舞い飛ぶ蛍の光が映り込んでいた。その煌めきはとても綺麗で、覗き込めば吸い込まれてしまいそうなほど。
 揺らめく水が見せてくれる景色はとても良いものに見える。
 しかし、そのとき。
 寒気が襲ってきた気がして、倫太郎の身体がかすかに震えた。
「雨に濡れたからだろか? ちょっと冷えたかも……」
「寒いですか……? それならば私の外套に」
 そういって、夜彦は倫太郎に向けて外套を片手で広げて手招く。此処に、と示されたのは夜彦の腕の中。彼がそうした理由は、外套を倫太郎に渡してしまえばきっと気を遣って、要らないと返されてしまうから。
「良いのか?」
「ええ、一緒に入りましょう」
 聞き返しながらも照れ笑いを零し、自分に寄り添ってくれる倫太郎。彼につられて夜彦も再び笑い、その身を軽く包んでやった。
 外套の――もとい、夜彦の腕の中。其処に招待された気分はとても良いものだ。
 けれどもやはり照れてしまう。
 嬉しいような、それでいて少しだけ戯れに逃げてしまいたいような。そんなくすぐったさを感じながら、倫太郎は夜彦の温もりを感じた。
「……あったかい」
「そうですね」
「あんたは大丈夫?」
 倫太郎が問いかけたのは、夜彦は寒くはないのかという意味合いの言葉だ。
「えぇ、大丈夫ですよ。手を繋ぐ時よりも、近くに居るので温かいです」
「そっか。良かった」
 その返答に嘘がないことを確かめ、倫太郎はほっとする。幸せそうな雰囲気が感じられたので夜彦も穏やかな気持を覚えた。
「寒い時はこうする方が良いのかもしれませんね?」
「ん……そだな」
 倫太郎は夜彦にそうっと寄りかかった。
 いつもは掌だけだが、たまにはこんな風に熱を分け合うのも悪くない。そうして暫し、夜彦と倫太郎は蛍火が飛び交う景色を眺めた。
 川辺に舞う魂蛍。
 そして、揺らめきながら飛ぶ蝶達。
 それらが織り成す光景は美しく、とても幻想的に見えた。
「この蛍は魂の欠片なのですね」
「ああ、そうらしいな。きらきらしてるのが綺麗だ」
「しかも優しきものの心の具現化と言うのだから、この世界の特色を改めて感じます」
「……そうだな、見てると心が洗われるみたいだ」
 倫太郎は、そう、と小さく囁く。
 二人は幽世蝶と魂蛍の儚い灯りを眺めながら、身を寄せ合った。
 そんな彼らの姿を、やさしい魂の光がそうっと照らしている。そして、二人は暫しの静かな時を共有しあう。
 いつまでも、このぬくもりを確かめていたい。そう感じながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
静かに眺める景色に
舞う蛍火に魅入り乍ら
この地で聞いた一説を思い出す

蛍火は
満足な死を得た魂の
やさしいこころ

寄添うように集う優しい光へ
手を伸ばしかけて
やめた

せめて満足な死を
与える事が出来ていたかと
そんな風に過る其れがまた
独り善がりに胸を締め付けたから

満足な死、など……

きゅうと締まる裡を
そっと押さえて
蛍には伸ばせなかった指先を
雨降る地で己を導いた蝶へと伸ばす

蝶々殿
道行を照らしてくれて有難う
ねぇ、もう少し
其方の色と輝きに
頼らせて頂いて構わない?

蝶々殿は蝶々殿で
彼でないのは解っているの
其れでも
今この時巡り逢えた
其のお色に重ねさせてと
そう願う妾の我儘を許してね

帰ったならばその時は
約束通り彼自身へと頼るから



●いとしき彩に
 この地には穏やかな空気が満ちている。
 嵐の前の静けさ。或いは平穏な明かりが、風前の灯火になっているのか。
 ティルはぼんやりと蛍火と蝶々が織り成す光の景色を見つめていた。舞う蛍火に魅入りながら、少女は先程に聞いた一説を思い出す。
 此処に舞う蛍火。
 それは満足な死を得た魂の――。
「やさしい、こころ」
 そっと言葉にしたティルは淡く明滅する蛍を瞳に映し続けた。
 ゆらり、ふわりと舞い続ける灯火はとてもあたたかそうだ。寄り添うように集う優しい光へ、ティルはふと手を伸ばしかけて――やめた。
「……、……」
 何も言葉が出てこなかった。
 無理もない。あの雨に呼び起こされた記憶が今も残っているからだ。今の自分にはやさしい魂に触れる資格はないように思えた。
 せめて満足な死を与える事が出来ていたか。最期は苦しみから救ってやれていただろうか。聖女の名の下に、偽りでも聖なる光を与えられたのか。
 そんな風に過る其の思いがまた、ティルの心の奥にちくりと刺さった。
 独り善がりでしかない。自分にしろ、誰かにしろ。そのように思う度に、胸が締め付けられるようだ。
「満足な死、など……」
 きゅうと痛む裡をそっと押さえ、ティルは俯いた。
 水辺には宙に舞う蛍の灯が映り込んでいる。星が大地に落ちてきたようだとも錯覚する煌めきはやはり美しい。綺麗だからこそ、手を伸ばせない。
 しかし、ティルはそっと腕を掲げた。
 蛍には伸ばせなかった指先は、雨降る地で自分を導いた蝶に差し向けられている。そうすれば蝶々は彼女の手にそっと舞い降りた。
「蝶々殿、道行を照らしてくれて有難う」
 そういえば告げていなかったと思い出し、ティルは礼を伝えた。幽世蝶は少女に応えるように翅を揺らしている。
「ねぇ、もう少し其方の色と輝きに、頼らせて頂いて構わない?」
 ティルが問うと、蝶々はもちろんだと言うように淡く輝いた。
 解っている。
 蝶々は蝶々でしかなくて、きっと自分のいとおしい色を纏ってくれただけ。彼でないのは明白で、縋ってはいけないと知っているけれど。
 其れでも、とティルは蝶々に頬を寄せた。
 今この時に巡り逢えた色彩に彼を重ねて、想わせて。そう願う我儘を許して欲しいと伝え、ティルは目を閉じた。
 瞼の裏に光が残っている。花の色をした、やさしいいろ。
 今だけは。
 帰ったならば、そのときは。
 約束通りに彼自身へと頼るから。どうか、このひとときだけは。
 静けさが満ちる夜の最中でティルは暫し水の音を聴いていた。澄み渡るような音と、緩やかな熱を宿してくれる光の傍で、そっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
魂の欠片の蛍火…
……優しい光
周りを舞う蛍に見とれてぽつり

あら、お酒があるのですか?
甘いお菓子に合うお酒はあるかしら?
この後向かう予定のお菓子屋さんを告げて店主にお勧めを聞きましょう

此処が良いですかねぇ
お菓子とお酒を手に川辺へ
腰掛けられそうな場所を見つけたなら、舌鼓を打つとしましょう

なんとも幻想的な景色…
蝶と蛍が舞う景色を眺めて想うのは
雨の中で見た記憶

ああして見るのは…初めてね
獣耳をぱたりと揺らせばピアスの揺れる音がする
いつの間にやら持っていた
あの子に貰った物とよく似た…紅の彩

…もっとしっかりしないと
あの終りを繰り返さないために…

今生で縁を結んだ彼らの彩を
護りたいものを必ず護りきれるように



●水面に煌めく
 此処は賑わう夜色の街。
 妖怪達が営む店々の並びを歩けば、ちらほらと小さな光が見えた。
「あれが、魂の欠片の蛍火……」
 千織は都邑の最中に飛び交う蛍達を眺めていく。
 ふわふわと自由に舞う彼らは魂が顕現したものなのだという。どれもがあたたかな雰囲気を宿しており、満足な死を得て巡ったという謂れも信じられるほど。
「……優しい光」
 自分の周りを舞う蛍に見とれた千織は、ぽつりと言葉を落とした。
 これまでに見えたのは数匹だが、商店街の先にある川辺にはこれ以上の数の蛍が飛んでいるらしい。どれほど美しい景色なのだろうかと考えていると、商店街の或る店の看板が千織の目に飛び込んできた。
「あら、お酒があるのですか?」
 其処が酒屋であることを確かめた千織は、暖簾をくぐる。
 いらっしゃい、と告げた店主が座る勘定台に歩み寄り、千織は問いかけてみた。
「甘いお菓子に合うお酒はあるかしら?」
 千織はこの後に向かう予定の菓子屋のことを告げ、店主にお勧めを聞いていく。だったら、と返されたのは純米吟醸の『あやし火』という酒。
 菓子屋にある花型の練り切りと合うはずだと伝えられ、千織はその勧め通りにしてみることにする。そうすれば酒屋の店主が御猪口をおまけしてくれた。
 そうして、暫し後。
「此処が良いですかねぇ」
 入手した菓子と酒を手に、千織は川辺の一角に腰を下ろす。ちょうど小さな岩場があり、宙に舞う蛍達がよく見える場所だ。
 千織は小花型の餡が飾られた求肥菓子をそっと頬張る。
 それからお勧めの酒を口にすれば何とも言えない味わいが広がった。
「本当によく合いますね」
 菓子と酒に舌鼓を打つ千織は、のんびりと景色を堪能していく。なんとも幻想的な景色の中で感じる味わいは絶品。
 水面に映るのは蛍だけではなく、幽世蝶の光も一緒に揺らめいていた。
 蝶と蛍が舞う景色を眺めて想うのは雨の中で見た記憶。
「ああして見るのは……初めてね」
 山猫の獣耳をぱたりと揺らせば、幽かにピアスの揺れる音がする。いつの間にやら持っていた、あの子に貰った物とよく似た――紅の彩。
 あの記憶が蘇ったとき、千織の胸の内には或る思いが浮かんでいた。
「……もっとしっかりしないと」
 もう二度と、あのような終わりを繰り返さないために。
 きっと、覚えていることは悪いことではない。何も知らぬままであるよりも、知っていた方が出来ることだってあるはずだ。
 だから忘れぬように。記憶の檻に閉じ込めてしまわぬように。
 そして――。
 今生で縁を結んだ彼らの彩を、護りたいものを、必ず護りきれるように。
 手にした御猪口は鮮やかな紅。
 この色を宿しているのも縁だと感じた千織は、そっと清酒の水面を覗き込む。其処には星の瞬きのような蛍の煌めきが映り込んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
この蛍…、魂の欠片なんだと。
誰かに聞かせるかのような言葉は
姿は見えなくとも共にある彼へ

川辺が見渡せる場所に腰を降ろして
目の前の景色を眺めている
闇に紛れるのは得意だから誰も気付きはしない

水面に映る蛍や幽世蝶の光が幻想的で
こんな美しい世界もあるのかと思った
飛び交う淡い光がふわり傍に来たなら
止まり木にでもなってやろうかと指を近づける

幼少過ごした故郷には
命は巡るものだという伝承がある
この魂蛍たちは命となって巡るのだろう

ならば自分の魂はどこへ行くのだろうか
どこへも行けないのかもしれない
地獄に行き場があるならまだマシとすら思える生き方だ
別にそれを悲しいとは思わない

いつまでも離れない蛍に
もう行けよと苦笑した



●魂が巡る場所
「この蛍……、魂の欠片なんだと」
 せせらぎが聞こえる川辺の片隅にて、ジェイは静かに語りかけた。
 ジェイは独り言ちているわけではない。誰かに聞かせるかのような言葉は、いつも共にある『彼』に向けられていた。
 ――なぁ、アズーロ。
 姿は見えなくともジェイには彼の存在が感じられる。
 蛍は自由に飛び交っており、ジェイ達の傍にもふわふわと舞ってきた。こっち、こっち、と呼ぶように先を示す蛍はとても優しい光を宿している。
 ついていきましょう、とアズーロに告げられた気がして、ジェイは蛍が飛んでいく方に歩みを寄せていく。
 すると、その先には川辺が見渡せる広い一帯があった。
 腰を降ろすのに最適な岩場に背を預け、ジェイは川の流れを見つめる。
 目の前の景色は静かで綺麗だ。
 周囲には誰もおらず、まるで自分ひとりが世界に残されたようで――否、闇に紛れるのは得意だから誰も気付きはしないのだろう。
 情景は違うのに、どうしてか先程の雨中の景色が脳裏にちらついた。
 されど今は穏やかに過ごすべき時。
 緩くかぶりを振ったジェイは水面に映る蛍に視線を向ける。先程に自分を導いてくれた幽世蝶の光も見え、水の世界に色を宿していた。
 幻想的な光景はつい見とれてしまうほど。
 こんな美しい世界もあるのかと思った。この情景は、夜が昏くて冷たくて寂しいばかりではないのだと教えてくれる。
 そのとき、水上の蝶々と戯れていた一匹の蛍がジェイに近付いてきた。
 どうやら先程の蛍と同じ子らしい。淡い光がふわりと傍に来たことに気付き、ジェイは手を伸ばしてやる。静かな場所に連れてきてくれた礼代わりに、止まり木にでもなってやろうかと考えたのだ。
 指先に蛍がそっと降り立ち、淡く明滅する。
 熱はないはずなのに、其処からぬくもりが感じられた。ジェイはふと、幼少時に過ごした故郷に伝わっていた話を思い返す。
 命は巡るもの。
 そのような伝承があったと記憶している。それならば、この魂蛍達も此処で過ごした後に新たな命となって巡るのだろう。
 そうだとしたら自分の魂はどこへ行くのだろうか。
 ジェイは指先の蛍を瞳に映しながら、考えを巡らせていく。
「どこへも行けないのかもしれないな」
 自然に零れ落ちた言の葉には諦観めいた感情が入り混じっていた。地獄に行き場があるならまだマシだとすら思える生き方をしている。
 諦めているというよりも、そうあるだろうと自ら認めているのかもしれない。
 別にそれを悲しいとは思わないし、改めようとも考えなかった。
「……もう行けよ」
 指に止まった蛍はいつまで経っても離れない。しかし、手を振って追い払うことも出来なかった。それから少しの時間が流れる。
 もういいだろ、と苦笑したジェイは肩を竦めてから、指先を天に掲げた。
 其処から静かに飛び立った蛍の行く先は――。
 きっと、未だ誰も知らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
魂の蛍か…前に「和歌や物語で魂を蛍に見立てる事がある」と聞いたことがあったが、この蛍こそがまさにそうなのか
どこかほっとする光だから、好きなんだろうな

此処まで連れてきてくれた幽世蝶の輝きも何処か懐かしく心が揺すぶられる。
手を伸ばせば…傍に来てくれるだろうか

ん?起きたか。
フードから勢いよく顔を出したミヌレは、蛍が珍しくて目を輝かせている。その姿を微笑ましい
折角だから皆で楽しもうか
ロワ、それからタイヴァス、テュットにクー。
UC「piilo」によって庭園水晶の中にいた彼らを呼び、共に過ごそう

タイヴァス、怖くないよ。優しい光だろ?
ロワの頭の上で蛍に喜ぶクーに寄り添うテュットに心が和む

優しい時間を有難うな



●灯火の彩
 蛍とは魂の代名詞でもある。
 そんなことを思い出したのは、この里で舞う蛍が魂の欠片だと聞いたからだ。
 ユヴェンは川辺に佇み、水面に映り込む蛍の光を眺める。
「確か、以前に……」
 聞いたことがあった。和歌や物語では、魂を蛍に見立てることがあるという。喩えのようなものであると思っていたが、この蛍こそがまさにそうなのだろう。
 普通の蛍とは違う雰囲気を持つ光達は自由に飛んでいる。
 水面に反射した煌めきは瞬いており、流れる水の中で揺らめいていた。その光景は星が息衝いているかのようで美しい。
 手を伸ばせば届く星が此処にある。そんな思いがユヴェンの中に宿った。
 この魂蛍達は好ましい。
「そうだな。どこかほっとする光だから、好きなんだろうな」
 ユヴェンが思いを声にすると、テュットも同意する形でそっと揺れる。
 此処には今、蛍だけではなく幽世蝶も訪れているようだ。蛍と蝶、それぞれが纏う光が織り成す情景は綺麗だ。
 その中に自分を導いてくれた蝶が居ることに気付き、ユヴェンは手を振った。
 あの幽世蝶の輝きも何処か懐かしくて心が揺さぶられる。
 気付けばユヴェンは無意識に腕を伸ばしていた。そうすると彼の蝶はゆっくりとユヴェンの傍に羽撃いてくる。
 そのとき、フードの中からミヌレが顔を出した。
「きゅう!」
「ん? 起きたか」
 なにこれ、すごい。そんな風に鳴いたミヌレの瞳には蝶々や蛍の光が映っていた。そのまま勢いよくユヴェンの頭に乗った仔竜は目を輝かせている。
 近付いてきていた幽世蝶はミヌレの鼻先に止まった。
 代わりにユヴェンの手には数匹の蛍が集まり、ぴかぴかと瞬いていた。ミヌレと蝶、そして蛍の姿を微笑ましく見守っていたユヴェンはふと思い立つ。
「折角だから皆で楽しもうか」
 彼の言葉にミヌレも同意するように頷き、蝶々と一緒に腕の中に滑り込んで来た。ユヴェンは仔竜を抱きながら他の仲間達にも呼び掛けていく。
「ロワ、それからタイヴァス、テュットにクー」
 己の力のひとつである庭園水晶の中に居させていた彼らを呼べば、傍に金獅子と大鷲、真白の狐が寄り添う。ちなみにテュットは既にユヴェンの傍に居た。
 暫し一緒に過ごそう、と告げると彼らは嬉しそうな反応を見せる。ロワはユヴェンの隣に座り込み、クーはミヌレと一緒にユヴェンの腕の中に収まった。
 テュットはひらひらと揺れて水辺の景色を楽しんでいる。唯一、タイヴァスだけはほんの少しだけ戸惑っていた。
「タイヴァス、怖くないよ。優しい光だろ?」
 ユヴェンに声を掛けられたことでタイヴァスも徐々に心をひらいていく。
 何も心配はないのだと示したユヴェンは暫し、蛍と蝶が作り出す情景に目を向けた。やがて仲間達もそれぞれに動いていく。
 クーはロワの頭の上に移動して蛍と戯れはじめた。タイヴァスも岩場に止まって水面を見つめており、テュットとミヌレもロワの背に乗って蝶を見上げている。
 心が和んでいくことを感じながら、ユヴェンは魂の欠片達に微笑みかけた。
「優しい時間を有難うな」
 対する蛍達はまるで、どういたしましてと語るようにふわりと浮かぶ。
 そうして、ちいさな夜のひとときは廻り巡ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
素足がひやりと冷たさを感じて
川辺に辿り着いたと気付く
随分ぼうっとしていたと思う
道中で妖怪たちとすれ違っても上の空だったに違いない
ちょっと悪いことしたかなぁ
なんて思えるぐらいになったのはこの蛍のお陰かもね
手を差し出して指先で蛍を遊ばせて
ぼんやり考える

自分が猟兵になった理由はなんとなく解っている
《過去》となった神を斃すため
同じ力と因果を持つ者を選んだだけ
おそらくそれだけのこと

代われるものなら自分が《過去》になっても構わないのに
元は同じものだったのに
行き着く果てはどうしてこうも違うのだろう
誰かひとりでもきょうだいが残っていたら良かったのに

果たさなければいけないことは解っているのに
未だどこにも進めない



●波紋
 羽撃きが見えて、揺らめく軌跡を追い掛けた。
 蝶々が残していく鱗粉のような光の跡についていけば、不意に素足にひやりとした感覚が巡る。はたとしたロキは此処が川辺なのだと気が付いた。
 いつの間に、と見下ろす足元は浅瀬。
 さらさらと流れる水が肌の熱を奪い取っている。
 きっと随分とぼうっとしていたのだろう。思い返せば、都邑の入り口で妖怪が迎え入れてくれたように思う。
 その話が思い出せないわけではないのだが、上の空で聞いていた。
「ちょっと悪いことしたかなぁ」
 彼の妖怪のことを考えたロキは片足で水面を軽く蹴り上げた。跳ねた雫が別の水面に落ちて波紋を作る。しかし、それもすぐに川の流れに紛れて消えていった。
 それは雨の雫が落ちる様にも似ている。
 自分の思考をなぞってみると、相当にあの雨の中で見えた景色に心を囚われていたことが分かった。されど今、彼方に向かっていた意識がこうして現実に引き戻されたのは、周囲に飛ぶ蛍達のお陰かもしれない。
 おいで、と言葉にしたロキは手を差し出した。
 指先で招くように蛍を遊ばせれば、幾つかの光が傍で瞬きはじめる。明滅するやさしい煌めきを眺めながら、ロキはぼんやりと考えていく。
 自分が猟兵になった理由。
 それはなんとなく解っているし、そうあって良いことだと感じていた。
 理由なんて単純で、《過去》となった神を斃すため。
 同じ力と因果を持つ者を選んだだけで、そうなるべくしてなったというもの。おそらくそれだけのことで、深い意味も宿命もないのかもしれない。
「そこにいるだけ……ううん、いただけなのにね」
 もしかすれば、その偶然こそが最大の理由なのだろうか。自分達の過去を思い返したロキは掌を広げた。それまで指先に止まっていた蛍はロキの手の中に移動して、ふたたび光を宿らせていく。
 その輝きはちいさくとも確かなものだ。
 魂の光を瞳に映し込み、ロキは更に考えを巡らせた。
 代われるものなら自分が《過去》になっても構わないのに。寧ろ、そう在れたならどれだけ良かっただろう。
「元は同じものだったのに」
 続く言葉もない思いが声になって溢れた。
 すると、ロキの声を聞いた蛍がふわりと舞い上がる。頬に触れるほどに近くまで寄り添ってきた蛍はロキの心配をしているようだ。
 大丈夫だよ、と伝えたロキはふわりと舞う蛍に視線を向けた。
 きっと、この魂と同じようなものだ。
 同じであっても、ひとつ道を違えればそれだけで行き着く果ては変わってしまう。どうしてこうも変化したのだろうとも考えたが、それこそが因果というもの。
 誰かひとりでもきょうだいが残っていたら良かったのに。
 果たさなければいけないことは解っているのに。
「――未だ、」
 どこにも進めない。
 夜の狭間に零れ落ちたロキの思いと言葉を、ちいさな蛍達だけが聞いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
心結(f04636)と!
アドリブ歓迎

この蝶も凄いけど蛍もいるのか…!
そういや蛍火の里だったもんな
そうだな!一緒に見ようぜ!
駆け寄りつつ

ん?さっきのか?
…子供の頃の記憶さ
俺様が夢見るようになったきっかけのな
絵本に乗ってた魔術師に憧れて…で、今の俺様があって

そんな風に夢の話を彼女にだけ聞こえるように
内緒話でもする様に耳元で囁き

小さい頃はどうだろ…絵本は故郷の方あるし…
なら今度俺様の艇行こうぜ、心結!

心結のパパと…ママの記憶
…どんな人たちなんだろ
そりゃ恋しくもなる…ん?

続こうとした言葉は
彼女の手と行動で止まり
そっか、そんなら嬉しいけど…
…勿論、俺で良けりゃ傍にいるくらい構わねぇさ

そう、笑顔で返すのだ


音海・心結
零時(f00283)と

わぁ
ちょうちょだけではなく蛍もいますよ
一緒に見ましょうよっ
おいでおいでと手を振り

すごく幻想的なのです
こんな風景見れるなんて思ってなかったですよ

……ねっ、零時
さっきどんな記憶を見ましたか?
彼にだけ聞こえる声で囁き

子供の頃の夢ですか?
小さい頃の零時、とっても気になります
きっと可愛かったのでしょうね
絵本もいつか見せて欲しいのです

みゆはね、パパとの想い出
……いや
パパとママの優しい記憶
えへへ
凄く懐かしかったですよ
考えたら、ちょっとだけ恋しくなってきました

彼に身を委ね、手を重ね
でも、寂しくはありませんよ?
零時が傍にいるので
これからも、傍にいてくれますか?

――もうっ
こっち向いてください



●傍にいること
 羽撃く蝶々は、先へ先へと導いていく。
 光を残して飛ぶ軌跡を追う少年と少女が辿り着いたのは、蛍の舞う川辺。
「わぁ、ちょうちょだけではなく蛍もいますよ」
「この蝶も凄いけど蛍もいるのか……! そういや蛍火の里だったもんな」
「零時、一緒に見ましょうよっ」
 先んじて蝶についていっていた心結は零時に向け、おいでおいでと手を振る。もちろん、と答えた少年は心結が立ち止まった川のほとりに駆け寄っていった。
「そうだな! 一緒に見ようぜ!」
 そうして、二人は共に頭上を振り仰いだ。
 其処には様々な彩を宿した幽世蝶が舞い、やさしい光を湛えた魂の蛍達がふんわりと飛び交っている。
 まるで星の海のようだと感じて、心結は穏やかに双眸を細めた。
「すごく幻想的なのです」
 こんな風景が見られるなんて思っていなかったと心結が語ると、零時も頷く。そして少年は興味深そうに蛍達を見回した。
 すげえ、綺麗だ、と感嘆と驚きの声をあげる彼はとても楽しそうだ。
 心結はそっと彼の横に歩を進め、先程から気になっていたことを問いかけてみる。
「……ねっ、零時」
「ん? どうかしたか」
「さっきどんな記憶を見ましたか?」
 心結は彼にだけ聞こえる声で囁き、雨の中で見たことについて訪ねた。零時は少女の方に振り返り、雨が見せたものついて語っていく。
「さっきのか? ……子供の頃の記憶さ」
「子供の頃の夢ですか?」
「そうだ、まずこっちに座ろうぜ!」
 零時は心結を手招き、腰掛けるのに丁度いい岩場に歩いていった。よいしょ、と岩場に登った零時はその中心に腰を下ろす。心結も落ち着いて話すのが良いと感じて隣にぺたんと座った。
「小さい頃の零時、とっても気になります」
「あの記憶は俺様が夢見るようになったきっかけのな。絵本に乗ってた魔術師に憧れて……で、今の俺様があって――」
 零時は先程にそうして貰ったように、夢の話を彼女にだけ聞こえるように話した。
 まるで内緒話でもするように耳元で囁く夢のはじまり。心結はくすぐったさを覚えながら、こくこくと首肯して零時の話を聞いた。
「きっと可愛かったのでしょうね」
「小さい頃はどうだろ。色も違ってたからなぁ」
「そうなのですか? その夢の絵本もいつか見せて欲しいのです」
「絵本は故郷の方にあるし……なら、今度俺様の艇行こうぜ、心結!」
 零時が思いついたことを提案すると、心結は口許を綻ばせた。彼の夢と理想を見ることが出来て、故郷の様子も見られるとあればわくわくが募っていく。
「いい考えなのです。ぜひ行きたいのです!」
「それじゃ決まりだ!」
 そうして、約束を交わした二人は微笑みあった。そんな中でふと、零時は心結が見ていたという記憶のことが気になる。
 零時が話してくれたから次は心結が語る番だ。そのように感じていた心結は、そうっと言葉を紡ぎはじめる。
「みゆはが見ていたのはね、」
「あ、話し辛いことなら無理には聞かないからな!」
 彼女が少しだけ言い淀んだことで零時がはっとする。しかし、心結は大丈夫だと伝えて話を続けていった。
「パパとの想い出。……いや、パパとママの優しい記憶」
「心結のパパと……ママの記憶?」
 どんな人たちなんだろ、と零時が興味を持つと心結はふわりと笑ってみせる。
「えへへ、凄く懐かしかったですよ。考えたら、ちょっとだけ恋しくなってきました」
 嬉しそうに、それでいて少し切なげに語る心結。
 両親を思えばそうなる気持ちも分かった。零時は幾度か瞼を瞬かせ、寂しくなるような気持ちも分かるのだと伝えようとする。
「そりゃ恋しくもなる……ん?」
 だが、続けようとした言葉は彼女の行動で止まった。
 隣に座っていた心結が零時の肩に寄りかかり、手と手を重ねたからだ。ぎゅう、と握られた掌から少女が宿す熱がじんわりと伝わってくる。
「でも、寂しくはありませんよ?」
 ――零時が傍にいるので。
 雨の中でも少しだけ感じたことを胸に抱き、心結は静かな笑みを浮かべた。零時は手を握り返せばいいのか、彼女が居やすいように身体を寄せてやれば良いのか迷いながらも、そのままの体勢を保つ。
「そっか、そんなら嬉しいけど……」
「これからも、傍にいてくれますか?」
「……勿論、俺で良けりゃ傍にいるくらい構わねぇさ」
 心結からの願い出を聞き、零時は笑顔で返す。そうしていると、二人の傍にたくさんの魂蛍達が集まってきた。
 揺らめく水面に映る光だけではなく、頭上にも煌めく光の欠片達。
 その光景があまりにも美しく感じられたので零時は思わず視線を巡らせた。
「あ、蛍! おお、キラキラして綺麗だ!」
 彼の興味が明滅する光に完全に移っていったことで、心結は頬を膨らませる。
「――もうっ、こっち向いてください」
「え? でも見てみろよ心結。手が届く星だぜ!」
 少し興奮気味な零時は屈託のない笑みを浮かべて天を示した。其処には次々と蛍達が集まってきていて――。
 こんなところも彼らしいと感じて、心結はそっと息を吐いた。
 見上げれば数多の魂の欠片が瞬いている。ゆらり、揺らめく光は彼が語った言葉通りにとても綺麗で、不思議と快いものだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル
六架(f06485)と

金と赤の蝶に導かれ
辿り着く蛍火の里

六架、何食べるか決まったか?
酒はお前が成人してからの約束だし
棒付きキャンディだけを買った
肩の上に座る黒竜へも分け与えて
けらり笑いながら川辺に向かう

水面に映る蛍は、きらきら輝く
星みたいな煌めきに息を飲む
へえ、キレイじゃん
指を立てれば蛍が止まる
ふ、と優しく笑みが溢れた

蛍たちは魂の欠片だったか
戦場であんなに殺してるオレなのに
やさしい心が具現化したお前らが
近付いてくるとか変な話だろ

哀愁に流されそうになって
ガリッと音を立てて
キャンディを噛み砕く

不意に頭を撫でられて瞬きひとつ
お返しとばかりに
また髪をぐしゃぐしゃ掻き乱す
──優しいのは、お前だろ、六架


栗花落・六架
ふわりひらり、蝶の後を追う

ルーファ(f06629)の問いかけに
思い付く物もなかった
ルーファと同じ物が良いですと微笑む
買い与えられた物をみて
煙草も我慢しているんだなと思う
気にしなくて良いのに、律儀な人
と苦笑した

蛍を見るのは初めてだ
呼吸をするように光り消えてまた、ひかる
この光ひとつひとつは命だった
確かに、綺麗ですね……
隣に立つ君の笑顔がひどく優しい
不思議な気持ちでそれを眺めて
優しい魂の瞬きが眩しくて目を細めた
腕の中の黒猫が
『蛍、食っていいかえ?』と訊ねる
目を伏せ首を振りそっと口を塞ぐ
駄目、我慢してね


飴は甘い筈なのに苦虫を噛み潰した様な顔をするから
辿々しく頭を撫でてみる
ルーファはやっぱり優しいですね



●甘くて苦い心
 導きの蝶が宿す色は金と赤。
 ふわりと静かに飛んでいく幽世蝶を追い掛け、辿り着いたのは蛍火の里だ。
 ルーファスと六架が歩いているのはちいさな商店街の中。夜ではあるが、まだ活気付いている街並みには幾つかの店が見えた。
「六架、何食べるか決まったか?」
「何を……?」
 ルーファスからの問いかけに対し、六架は首を傾げる。菓子や屋台がちらほらと見えたが、特に思い付く物もなかった。
「決まってないならどうするか。酒はお前が成人してからの約束だし……」
「でしたら、ルーファと同じ物が良いです」
 微笑む六架はそれがいいのだと伝える。そうか、と頷いたルーファスは彼を手招きながら或る店の方に進んでいった。
 そうして、ルーファスが購入したのは四本の棒付きキャンディ。
 まずは肩の上に座っている黒竜のナイトに飴を分け与え、次に六架に二本分を渡す。最後の一本は自分のものだと言って軽く掲げ、ルーファスは先を示した。
「そっちは自由に分け合えよ」
 けらりと笑いながら川辺に向かう彼の背を見つめ、六架はそっと呟く。
「気にしなくて良いのに」
 律儀な人、と六架が言葉にした理由はひとつ。ルーファスが煙草を我慢しているのだと分かったからだ。苦笑した六架は、黒猫にもキャンディを買ってくれた彼に好ましさを覚え、その後ろについていった。
 そうして、二人が歩みを止めたのは蛍が舞う川辺。
 街の中でも数匹の蛍を見かけていたが、此処には数多の光が見えた。良い場所だと語られているように、里の中で一番多くの蛍が集っている場所なのだろう。
「へえ、キレイじゃん」
 ルーファスは頭上で光る蛍を眺めてから、水面に視線を落とした。
 其処に映る蛍はきらきら輝く星のよう。夜空が落ちて揺らいでいるかのような煌めきに息を飲むルーファスの傍らで、六架も感嘆の思いを抱いていた。
「これが蛍……」
 実際に見るのは初めてだったので、六架にとっては不思議なものに思える。
 呼吸をするように光り、消えてはまた、光り輝くもの。
 六架も蛍の煌めきに見とれていると知り、ルーファスは薄く笑む。戯れにそっと指を立てれば其処に蛍が止まった。
 ふ、とその口許に優しく笑みが溢れたことで、六架は顔をあげる。
「この光ひとつひとつは命だった、そうですね」
「魂の欠片だったか。それがこうして――綺麗なのも頷けるな」
 六架が自分の指先にいる蛍を見ていると知り、ルーファスは更に笑みを深めた。隣に立つ彼の笑顔がひどく優しくて、六架には何もかもが眩しく思えてしまう。
「確かに、綺麗ですね……」
 不思議な気持ちで蛍と彼を眺めれば、静かな時間が流れていった。
 そんな中でルーファスは手から離れない蛍に向けて、少し複雑な気持ちを抱く。
 これまでに戦場であれほどに命を奪ってきているというのに、やさしい心が具現化した蛍達は構わず自分に近付いてくる。変な話だよな、とルーファスが独り言ちると、蛍はやや速く明滅した。
 何も関係ない、とでも言っているのだろうか。
 言葉も分からず、何だか哀愁に流されそうになってしまう。ルーファスは敢えて音を立ててキャンディを噛み砕き、考えと思いを振り払う。
 六架は黙ったまま、一連の光景を見つめていた。
 優しい魂の瞬きが眩しくて目を細めていると、不意に腕の中の黒猫が『蛍、食っていいかえ?』と訊ねてきた。
 目を伏せた六架は首を振り、そっと猫の口を手で塞ぐ。
「駄目、我慢してね」
 代わりに飴を、と告げた六架はルーファスから貰ったキャンディを黒猫に押し付けた。そうして、彼をもう一度見つめる。
「ルーファ」
「ん?」
 飴は甘い筈なのに、ルーファスは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。だから、六架はその名を呼びながら辿々しく頭を撫でてみる。
 不意の出来事に対し、ルーファスは不思議そうな瞬きを返した。
 そして、六架の意図を感じ取った彼はお返しとばかりに、また髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。その心地は悪くないもので、やはり何処か安心した。
「ルーファはやっぱり優しいですね」
「――優しいのは、お前だろ、六架」
 六架とルーファスの眼差しが交わり、ちいさな笑みが蛍火に照らされる。
 羽撃く二羽の蝶々は二人の周囲をふわりと舞い続け、魂の欠片達も心地好さそうに夜の世界を飛び交っていた。
 今このときだけは暫しの休息と安らぎを。
 すべてを優しく覆っていくような夜の帳は、蛍火の里を包み込んでいく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

桜蝶が舞う
過去は未だ不十分
でも想い出の欠片をみつけた
変わってしまうと思ったが私は私のまま
カラスとカグラは一緒に螢をみるよう

櫻宵!リル!
飛びついてきたサヨを見つめ
笑み優しく撫でる

―また逢えた
君の隣
共に世界を旅できる
一緒に生きていける
今になって歓びが込み上げる

…ねぇサヨ
有難う
何がって?秘蜜

三人並んで螢をみる
リルの黒蝶達はリルを心配してる
大丈夫?
三人なら出口もみつかる

イザナと重ねた想い出は神斬のものなら
櫻宵と重ねた想い出は私のものがいい
何度でもきみに出逢ってきみをあいする
守るよ
私はきみの神なんだから

君が笑っている、倖

魂光に祈りと決意を重ねる

笑うきみ
歌う人魚
ふたりといる、世界は
この上なく美しい


リル・ルリ
🐟迎櫻

櫻宵!カムイ!
名を呼ばれて大好きな彼らの元へ

抱きついてきた櫻をぎゅと抱き返す
桜の香りに満たされて安堵する
カムイの笑顔に心も和んで
僕はひとりじゃない

ヨルはカグラに抱っこして貰ってご機嫌
螢をぺんってしたら駄目だよ
櫻の蝶は暁…君は本当に愛されてるね
少し唇を尖らせる
でも嫉妬なんてしない

…白い鳥が話してくれた
黒薔薇の聖女
あれはきっと本当の物語
とうさんの姉さんならば
僕と血の繋がった
もうひとりの家族は―

僕はかあさんを殺した彼女を
どうしたいんだろう

カナンとフララが、僕を?
ありがとう
三人一緒だもの
怖くない
僕は平気だよ
大好きな皆がいるんだ

前を見るよ
考えて進む
僕の舞台を

静寂に小さく
心を歌うように
あいを歌おう


誘名・櫻宵
🌸迎櫻

リル!カムイ!
笑顔であいする2人に駆け寄ってぎゅうと抱きつく
逢いたかったわ
だいすきよ

人魚の抱擁に、神の笑顔に
撫でられれば猫のように甘えたい

暁纏う蝶が踊り桜彩纏う蝶と戯れて
桜雨はやみ
愛しい存在達の手を握る
懐かしい光宿す螢を眺め

雨の中の記憶達
この手があったから、私はこうしていられるの
咲き誇るように笑って寄り添うわ

カムイ?急にどうしたの
有難うだなんて
柔い眼差しが心地いい
…あなたが雨の中で
イザナを思い出して
私より彼を選んでしまったらと思うと
本当は少し怖かった

黒蝶達は人魚が心配そうね
リル
優しく手を握る
一緒よ
どんなに迷っても
三人なら出口を見つけられる

ぬくもりに笑みが浮かぶ
幸に桜咲き、舞う

噫、綺麗ね



●流転する命
 桜色の蝶が舞い、都邑への道筋を導いてくれていた。
 カムイの足取りは僅かに重い。思い出した、否、雨に思い出させられたのは自分ではない自分の過去であり、未だ不十分なことも多い。
 しかし、想い出の欠片をみつけた。
 知れば変わってしまうと思っていた己は、己のままで居られた。
 カラスとカグラも心配していたようだったが、懸念されるような大きな変化はなかったことで一緒に蛍をみている。
 そんなとき、カムイの背後から白の人魚がふわりと泳いできた。
「カムイ!」
「……リル?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、リルが手を振っている。其処から少し遅れて櫻宵が訪れ、二人の名を呼んだ。
「リル! カムイ!」
「サヨも来たんだね。噫、良かった」
「櫻宵!」
 途端に人魚と神に笑みが咲く。櫻宵も笑顔で二人の傍に駆け寄って、ぎゅうと強く抱きついた。名を呼ばれたことでリルは嬉しくなり、カムイも櫻宵を迎え入れる。
「逢いたかったわ」
 だいすきよ、と伝えた櫻宵を撫で、カムイは優しく笑む。
 ――また逢えた。
 きっと皆、それぞれの過去を視てきたのだろう。其処に何が見えたのか、何を思ったのかは敢えてまだ聞かない。
 しかしあの過去を視てきたからこそ分かる。逢えたことが何よりも嬉しい。
 君の隣に居られて、共に世界を旅できる。
 一緒に生きていけるという、当たり前のことに対して歓びが込み上げた。カムイが深い感慨を抱いているのだと気付き、リルは思う。
(そっか、繋がったんだね)
 これでまた深い縁が巡るのだろう。以前の自分なら櫻宵を刺すほどに嫉妬していたけれど、今はもうそんな気持ちはない。
 抱きついてきた櫻宵をぎゅと抱き返して、リルはカムイにも腕を伸ばした。
 ふたつの桜の香りに満たされ、安堵の気持ちが浮かんだ。リル、と名を呼び返してくれたカムイの笑顔に心も和んでいく。
 ――僕はひとりじゃない。
 そう、強く思えるようになったことでリルも成長していた。
 櫻宵は二人が抱き締めかえしてくれる感覚を強く、強く確かめていく。
 人魚の抱擁に、神の笑顔。どちらも大切だ。そっと撫でられれば猫のように甘えたくなり、櫻宵は眸を細めた。
 暁を纏う蝶は宙に踊り、桜彩を纏う蝶と戯れている。其処に黒い蝶々達が近付いていく様は、まるで今の三人のようだ。
 きっと、どの蝶も彼らを見守っている者の化身めいたものなのだろう。
「櫻の蝶は暁の色……君は本当に愛されてるね」
 ほんの少しだけリルが唇を尖らせたが、それもまた彼の辿ってきた路の証だ。認めることを決めた人魚は尾鰭を軽く揺らした。
 桜を散らす雨は止んでいるから、冷たさはもう何処にもない。
 櫻宵は愛しい存在達の手を握り締め、離さない、と喩えるようにぬくもりを重ねた。そして、何処か懐かしい光を宿す蛍を眺める。
 雨の中の記憶達は目を逸らしてはいけないものだった。
 この手があったから、自分はこうしていられる。もう一度、だいすき、と二人に伝えた櫻宵は咲き誇るように笑って彼らに寄り添った。
 それから暫し後。
 一行は魂蛍が集まっているという川辺に辿り着く。
 そんな中でヨルはカグラに抱っこして貰ってとってもご機嫌。蛍もふわふわと周囲に浮かんでいるので、カラスも何だか楽しそうだ。
 抱き合う身体を名残惜しそうに離したリルは、ヨルに注意を告げる。
「螢をぺんってしたら駄目だよ」
「きゅ!」
 びし、と敬礼をしたヨルは勿論だと答えるような仕草をした。カグラはというと、ヨルをいいこいいこしている。微笑ましい光景を見守っていたカムイは、蛍と蝶が織り成す光を見ていた櫻宵に呼びかける。
「……ねぇサヨ」
「何かしら、カムイ?」
「――有難う」
 彼は櫻宵への感謝を伝えた。それは心からのもので、少しくすぐったいくらいに気持ちが込められたもの。
「急にどうしたの、有難うだなんて今更よ」
「秘蜜だよ」
 笑って答えた櫻宵だが、カムイから向けられる柔い眼差しが心地良かった。在りし日の師匠に見つめられているような感覚だ。
 櫻宵は安堵を抱いている。その理由は、彼が雨の中でイザナを思い出してしまったら、と考えていたから。カムイが自分より嘗ての親友を選んでしまったらと思うと、本当は少し怖かった。
 されど、違うと分かった。
 カムイもまた、自分なりの思いを抱いている。
 イザナと重ねた想い出が神斬のものなら櫻宵と重ねた想い出は己のものがいい。
 カムイはそれを敢えて言葉にはせず、秘密とした感情を思い返す。
(何度でもきみに出逢ってきみをあいする。守るよ。だって、私は――)
 きみの神なんだから。
「ねぇ、カムイ」
「何かな、サヨ」
 すると次は櫻宵がカムイに呼び掛けた。
 礼を告げられたなら、お返しをするのが道理だと考えたからだ。
「出逢ってくれて、探してくれて、有難う」
「僕からもお礼を言わないと。カムイ、櫻を見守ってくれていてありがとう」
「リルにも同じくらい感謝しているわ」
 続けてリルもカムイへの思いを言葉にした。櫻宵はそんなリルが愛おしくなり、おいでなさい、と人魚をそっと腕の中に招く。
 すると、周囲を飛んでいたカナンとフララも一緒にリルの傍に舞い降りた。
「リルの黒蝶達はリルを心配してるのかな。大丈夫?」
「何だか不安そうだわ。どうしてかしら」
「カナンとフララが、僕を?」
 カムイと櫻宵は蝶々達の異変を感じ取っている。首を傾げたリルだったが、そのことには心当たりがあった。
 記憶の中で白い鳥が話してくれた聖女の話。
 あれはきっと本当の物語で、黒薔薇の彼女がとうさんの姉であるあの人なら。
(僕と血の繋がった、もうひとりの家族は――)
 自分はかあさんを殺した彼女をどうしたいんだろう。考えるべきことはそれだと感じながら、リルはカナンとフララを見上げた。
 櫻宵とカムイは人魚を見つめ、物憂げな瞳を覗き込む。
「リル、いつだって一緒よ」
「何だって大丈夫だとは云えないけれど、三人なら出口もみつかるよ」
 優しく手を握った櫻宵に続き、カムイも頷いてみせた。
 たとえどんなに迷っても、どれほどに苦しいことがあったとしても傍に。リルは鱗の一部が痛み出すような感覚をおぼえながらも微笑んだ。
「ありがとう。三人一緒だもの。怖くないし、僕は平気だよ」
 大好きな皆がいるから。
 前を見て、考えて進んで、游ぎ続ける。
 僕の舞台を。静寂に小さく心を歌うように、あいを歌うことができるから。
 そのとき、三人の近くに数多の蛍が飛んできた。まるで星が流れていくかのような美しさに感嘆の思いを抱き、櫻宵は手を伸ばす。
 廻る魂の火。其処から感じるぬくもりに笑みが浮かび、幸に桜が咲いていく。
「噫、綺麗ね」
 櫻宵の声を聞き、カムイも双眸を穏やかに緩めた。
 君が笑っている、倖せが此処に在る。
 魂の光に祈りと決意を重ねて、カムイは蛍火に照らされる二人を大切に想う。
 笑うきみ、歌う人魚。
 ふたりといる、此の世界は――このうえなく美しいものだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エミール・シュテルン
私の騎士様…ソフィリア(f00306)様と一緒に、蛍を愛でに。

蛍は夏という印象でしたが…こちらでは、一年中みられるのですね。
川辺ということなので、滑ったりしないようにエスコートしようと
手を差し出し
「水面に映る蛍が、素敵だと聞きましたので…」
水辺へ誘うよう幽世蝶の群れが目に入り
騎士様の瞳によく似た蒼い蝶に視線を奪われふと足を止めてしまいました。
「蛍だけでなく、蝶も色とりどりで美しいですね」
騎士様の方が麗しい、だなんて思ったけれど、それは心の内へそっとしまうも、蛍にはばれちゃったみたいです。
称えるよう騎士様の周りを揺られながら飛んでいます
「騎士様…あ、ソフィリア様は蛍にも好かれるのですね」


ソフィリア・ツイーディア
エミール(f11025)と一緒に、蛍を見に
川辺の光に誘われながら歩いていきましょう
手を取られながら――ふと。
「いつもありがとう、エミール。こうしていると――貴方の方が、私の騎士様みたいね?」
慌てるエミールの手に引かれながら川辺に降り、ゆっくり過ごしましょう
暖かい光。人のやさしさ。
…とても素敵なものね。
「ええ、とても綺麗ね。人の温かさがあふれていて、見ているだけで心が暖かくなって」
周りに集まってくれた蛍。
人の暖かさに好かれるのなら―騎士としての道は、間違ってないと信じて良いのでしょうか
でも、何より。
「貴方という暖かさがいてくれるから、来てくれているのだと思うわ」
ほら、貴方の上も見上げてみて?



●優しさと信念と
 辺りは静けさに満ち、夜の帳が下りていく。
 蛍の光に導かれるように宵色の世界を歩く二人は天を振り仰いだ。其処には穏やかな夜空が広がっていて、平穏そのものな空気が感じられる。
「綺麗ね、この里」
「ええ、この季節に蛍がみられるなんて素敵ですね」
 ソフィリアが双眸を細めると、エミールは頷きを返した。自分にとっての騎士様である彼女が何だかとても嬉しそうにしているので、エミールの心も浮き立つ。
 他の世界で蛍が見られるのは夏。
 しかし此処に舞っている蛍は魂が形になったものらしく、この景色が一年中眺められるのだという。妖怪の都邑も賑わっており、あたたかな街の灯も心地良い。
 あちらこちらに見える蛍だけでも美しいと思えるのに、一番たくさん蛍が集まるという川辺はどれほどに綺麗なのだろうか。
 行きましょう、と告げたソフィリアは期待を抱きながら川辺の方を指差す。その様子に気付いたエミールはそうっと手を差し出し、彼女のエスコートを担うことを示した。
「お手をどうぞ」
 水辺であるゆえに滑ったりしないように。
 伸ばされたエミールの手を取り、ソフィリアは穏やかに微笑んだ。
「いつもありがとう、エミール」
「水面に映る蛍が、素敵だと聞きましたので……」
 此方へ、と川の流れがよく見える方に誘っていくエミール。その手がとても優しいと感じながら、ソフィリアは彼の隣を歩く。
「こうしていると――貴方の方が、私の騎士様みたいね?」
「そんな……でも、ありがとうございます」
 ふと思ったことを言葉にすると、エミールは少し照れたように目を細める。そうやって、二人で進んでいった先には蛍が飛び交う明るい光景があった。
 其処に舞うのは数多の蛍だけではない。様々な色を宿した幽世蝶も一緒になって水面の上で羽撃いていた。
 ゆらり、揺らめく水面には淡い光や目映い彩が映り込んでいる。
 エミールは水中の光に目を奪われそうになった。何故なら、足元に星空が生まれているかのように思えたからだ。
 それだけではなく、水辺へ誘うように現れた幽世蝶の群れの中に目を引く印象的な色を見つけた。その蝶は騎士様――ソフィリアの瞳の色によく似た蒼い色をしている。
 蝶に視線を奪われ、足を止めたエミールは暫し、蒼き光を瞳に映し続けた。
「エミール?」
「はい、どうしましたか」
 暫く彼が黙っていたので、首を傾げたソフィリアが名前を呼ぶ。蝶から彼女に視線を戻したエミールはさりげなく蝶と瞳の蒼を見比べてみた。
 その眼差しを受けたソフィリアは不思議なくすぐったさを覚える。
「ふふ、何でもないの。そうね、見とれるほどの光景だから気持ちは分かるわ」
「蛍だけでなく、蝶も色とりどりで美しいですね」
 エミールが示してみせたのは、やはりあの蒼い蝶だった。
 ソフィリアは頷きを返し、蛍と蝶が織り成す情景をじっくりと眺める。
 あたたかい光。人のやさしさ。
 蝶も蛍も、そういったものを感じさせる素敵なものに思えた。
「ええ、とても綺麗ね。人の温かさがあふれていて、見ているだけで心があたたかくなって――それから、楽しいわ」
 賑やかさはないけれど、二人で一緒に過ごせる時間が良い。
 エミールは微笑み続ける彼女の方が麗しい、と思っていたが、それは心の内へ仕舞い込んだ。けれども近寄ってきた蛍にはばれてしまったらしい。
 秘密ですよ、と片目を瞑ってみせたエミールは不意に或ることに気が付く。
 ソフィリアの周囲に少しずつ蛍が集まってきていた。
 まるで彼女を称えるように揺れている蛍達は、愛らしく明滅している。
 周りに集う蛍は人の優しさやぬくもりを感じているのだという。そやって好かれるのならば、ソフィリアの騎士としての道は――。
「私の選んできたものは間違っていない。そう信じて良いのでしょうか」
「騎士様……あ、ソフィリア様は蛍にも好かれるのですね」
 ソフィリアが落とした言葉を聞き、そうに違いないと頷き返したエミールもまた、何となく誇らしげだ。
 そうして、指先に魂蛍を止まらせたソフィリアは口許を緩める。
 騎士道への思いの正しさを確かめられたことは嬉しかった。
 でも、何より。
「貴方という暖かさがいてくれるから、蛍も来てくれているのだと思うわ」
「ボクの?」
 思わず素の口調に戻ってしまうくらいに驚き、不思議そうな顔をしたエミール。そんな彼に或ることを教えるために、ソフィリアは指先を天に向ける。
「ほら、貴方の上も見上げてみて?」
「――!」
 彼女の指と蛍の灯火を追ってエミールが視線を移した先。
 其処には、これまた多くの蛍が飛んでいた。きっと貴方に惹かれてきたのよ、と笑うソフィリアは悪戯っぽく片目を眇めてみせる。
 集う光は少しだけ眩しくて――そして、とても優しい光を灯してくれていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『悪因悪華』

POW   :    因果応報
【自身に武器】を向けた対象に、【忘却】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    身口意断ち
【慈悲】を籠めた【装備】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【意志】のみを攻撃する。
WIZ   :    授け三毒
攻撃が命中した対象に【過剰な癒し】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【自壊】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

●A Queen Acca
 時刻は真夜中。
 深く巡り落ちた夜の帳の最中、蛍が舞う川の上流に其の女は佇んでいた。
「――全ては必然」
 誰も居なくなった川辺には数多の幽世蝶も飛んでいる。女は蝶々達を一瞥すると、冷え切った声で何かを呟いた。
 そして、彼女の眼差しはこの地に訪れた猟兵達にも向けられる。
「凡ては無価値。総ては虚ろ」
 誰か特定の者に呼び掛けるわけでもなく、彼女――悪華の女王は言葉を紡いだ。何かを見定めるように巡らされた金の瞳が蛍の光を反射して静かに光る。
 悪華の女は双眸を鋭く細めた。
「そして、すべては……滅びるべきものであり、再生すべきものでもある」
 意味深な、或いは意味すらない言葉が落とされる。
 そう、彼女にとっては全ての物事が愛すべき無価値なもの。生も死も、過去も未来も、善も悪も、記憶も忘却も、希望も絶望も。
 それゆえに何もかもが等しくなる滅びを呼び込んでいるのかもれない。
 此の彼女はどうやら口数が多くはないようだ。此方から呼び掛けても答えすら返ってこないこともあるだろう。
 しかし、猟兵達がやるべきことは決まっている。
 このままでは彼女が起因となり、カクリヨの世界が滅亡に瀕してしまう。此処に来るまでに通ってきた雨の路に巡る力がそうだったように、大切な記憶がなくなり、やがてカクリヨに存在する魂ごと、忘却の中に閉じ込められてしまうことになる。
 されど、未だそのときは訪れていない。
 幽世蝶達は戦場となる此の場を彩り、猟兵達の姿を淡く照らしている。

 相手に武器を向ければ、忘却の力によって大切な記憶が薄れる。
 雨で記憶を視たものが対峙すれば、あのときに見えた記憶が真っ先に奪われていくだろう。そして、悪華の女王が武器を振るうと、抱いている意志が削られる。時折、彼女が齎す癒やしの力が巡れば、身体そのものが壊されていく。
 猟兵達は悪華の女王が振るう力に、それぞれの力で対抗しなければならない。
 記憶が奪われるならば、強く思って忘れないように。
 意志が削られるならば、更にそれを上回る意志を重ねる。
 身体が壊されるならば、自壊する前に動くしかない。
 もしも押し潰されそうになったならば、傍に舞う幽世蝶に願えばいい。たった一度だけではあるが、君に寄り添う蝶は忘却や滅びを抑える力をくれるはずだ。
「……皆に等しく、滅びを」
 悪華の女王は携えた武器を静かに構えた。
 そうして此処から、滅びと因果と記憶を巡る戦いが始まっていく。
 
天霧・雨吹
等しく滅び再生する
それだけ聞けば異国の神の如き言葉だけれど
同じ口で全ては無価値と断じるのならば
意味は全く異なるだろう
無価値を滅ぼし再生するなんて
一人遊びは頂けないな

そもそも無価値という理を
僕は決して認めることは無いのだから
その理ごと、手折らせて貰うよ

翔けよう、八重雷神

意思を挫かれるというならば
残像と見切りを駆使して、まずは当たらぬように
そして、相手を上回る速さで叩き斬ってくれようとも

全ては護るべき価値ある世界だと
きみと共に、護っていく世界なのだと

僕一人きりなら
意思を削られ、心折れていたやもしれない
でも
果てまでと誓ったきみが手にある限り折れはしない

ね、そうだろう
きみの色を宿した幽世蝶



●きみのひかり
 命あるものなら、或いは形有るものであるならば。
 それはいずれ等しく滅びて再生していくもの。それだけを聞けば、悪華の女が語ったことは異国の神の如き言葉だと感じられた。
 だが、彼女が齎す滅びは違うものだ。
 同じ口で全てが無価値なのだと断じるのなら、意味は全く異なる。
「無価値を滅ぼし再生するなんて、一人遊びは頂けないな」
「…………」
 雨吹が言葉を紡いでも、相手はただ金の瞳を此方に向けているだけ。語り終えたゆえに何からも興味がなくなったのか。会話すら無価値だと思っているか、交わす言葉も無意味だとしているのだろう。
 刹那、悪華の女王が鞘から刃を抜いた。
 その鋒が向けられた瞬間、雨吹の身に衝撃波めいた一閃が解き放たれる。痛みが走るかと思いきや肉体に傷はつけられなかった。
 代わりにこれまで抱いていた意志が不安定なものになった気がする。
 だが、雨吹は未だ怯みなどしなかった。
「そもそも無価値という理を僕は決して認めることは無いのだから」
 雨吹は胸の前に腕を差し伸べる。其処から現れ出た神器の剣がその手の中に収まった。
 地を蹴った彼は悪華の女王に、その刃――八重雷神を向ける。
「その理ごと、手折らせて貰うよ」
 宣言と共に刃を振り上げた雨吹は剣に呼び掛ける。
 ――翔けよう、八重雷神。
 きみと共に在るゆえに戦う意志など幾らでも湧いてきた。己の思いだけではなく、此処には鳴神の思いも重なっている。
 悪華の女は何も語らぬまま、雨吹の刃を受け止めていなした。
 其処から再びあの一閃が解き放たれ、雨吹の心を穿っていく。身体に痛みがない分、胸の奥が軋んでいくような感覚が巡った。
 されど、意思を挫かれるというならば対抗のしようもある。
 残像を纏った雨吹は次の一撃は必ず避けると決め、因果と悪華の女王を見据えた。戦う意志は決して削られたりしない。相手を上回る速さで以て叩き斬ってやるのだとして、雨吹は戦い続ける。
「……総ては無価値」
 すると、不意に悪華の女王が一言だけ言葉を落とした。
 その声を聞いた雨吹は否定する形で首を横に振る。
「違う、全ては護るべき価値ある世界だ」
 此の刃――きみと共に護っていく世界なのだという思いを胸に抱き、雨吹は果敢に八重雷神を振るい続けていく。
 きっと相手と自分の思いは何処までも平行線だ。
 価値と見出した者と、無価値と断じる者。そんな双方が決着をつけられるとしたら刃と力の応酬だけしかない。
「すべては、滅びるべきもの」
 悪華の刃が雨吹に迫る。しかし、彼の意志は尽きてなどいなかった。
「その攻撃、僕一人きりならどうだったかな」
 おそらく意思を削られ、心折れていたやもしれない。
 でも、と顔をあげた雨吹は八重雷神を強く握った。其処からもうひとつの意志が感じられるようで、きみの存在がはっきりと感じ取れる。
 共に、果てまで。
 誓ったきみが手にある限り、雨吹の思いも心も志も折れはしない。
「ね、そうだろう」
 雨吹が次に呼び掛けたのは、きみの色を宿した幽世蝶だ。緩やかに飛んでいた蝶々はその言葉に呼応するように雨吹の傍に舞い降りた。
 そして、淡い光が彼に宿った瞬間。
 悪因と悪華の女王に向け、これまで以上の鋭い神速の閃撃が振り下ろされていく。
 其処に在る因果を断ち斬るかの如く――雷を纏った刃は戦場を眩く彩った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】

蛍と蝶が舞う川辺
ルーシーちゃん、とても綺麗だね

嗚呼、彼女は僕と同じだろう
全てが無価値、生も死も善も悪も何もかも興味無かった僕…
でも矛盾している愛しているから?
ルーシーちゃんの手を握る
今は違う、無価値なモノだと思った中にも必要ないモノ
大切なモノがあるはずだ。
そう、それは今だ

美喰
暴食グールが食らいつく
貴女の行動、知識、習慣…そして内なる心
やはり貴女と僕は違う
今は傍に大切な娘がいるから

ルーシーちゃんの側に居る月の色を宿す蝶よ、彼女を護って
ブルーベルの君は傍に居てね


ルーシー・ブルーベル
【月光】
ええ
此処もキレイな所ね、パパ

すべては無価値
そうかもしれない
ほんの少し頷く自分がいるの
かつて愛してもムダに終わった思い出がよみがえる
どうせこの命だって、いずれ

でも今
なぜこの手はあたたかいの
なぜこの手を放せないの
愛しているからでしょう
愛する事を止められないからでしょう
誰かの価値は関係ない
わたしにとっては必要で、大切な

視界一杯に月色が満ちる
蝶々さん、パパ
ありがとう

パパの側にいる青花の様な蝶さん
お願い
力をかして
パパを護って

思い出せ
想い直せ
あなたを忘れない
その約を果たす為に
手を握り返して意志を貫く
『およぐ友だち』

大丈夫、ルーシーは負けるわけにはいかないわ
大好きなパパの傍に居続けるためにも、ね?



●愛と志
 蛍と蝶が舞う川辺はとても美しい場所だと思えた。
 此処は優しい魂が集うところ。都邑の妖怪達も蛍のかたちをした魂も、危機を報せるために集った幽世蝶も、すべてが良き存在に見える。
「ルーシーちゃん、とても綺麗だね」
「ええ、此処もキレイな所ね、パパ」
 川辺に佇む女を前にして、ユェーとルーシーは現状を確かめあった。美しいと思えるがゆえに、此処から滅亡が広がっていくことは阻止したい。
 悪華の女王たる者を見つめ、二人は踏み出す。
 周囲には様々な色の蝶が舞っているが、敵はそれを気にしていない。おそらくは先程に語っていた通り、すべて無価値だと断じているからだろう。
「嗚呼、彼女は僕と同じだろう」
「すべては無価値……」
 ユェーが落とした声を聞き、ルーシーは同じ言葉を繰り返した。
 そうかもしれない、と呟いた少女の傍らで身構えながら、ユェーは思いに耽る。
 以前、ユェー自身も全てが無価値であると思っていた。生も死も、善も悪も、何もかもに興味が無かった自分を思い返している彼の表情は仄かな暗さを孕んでいる。
 でも、と首を振ったユェーは或ることを口にした。
「矛盾しているのは、愛しているから?」
 そういってルーシーの手を握ったユェーは、今は違うのだとかぶりを振る。
 総てが無価値なモノだと思っていた。当時はそれらを必要のないモノだと切り捨てていたが、その中にも大切なモノがあるはずだと知った。
 そう――それは今だ。
 ユェーが握ってくれる手の感触を確かめながら、ルーシーも思う。
 あのひとの言う通り。そんな風に、ほんの少しだけれど頷いてしまった自分がいた。同時に裡に巡っていくのは、かつてのこと。
 愛しても無駄に終わってしまった思い出が蘇り、ルーシーの胸を締め付ける。
(どうせこの命だって、いずれ――)
 いつか終わりを迎えるならば意味のない、価値すらないものと断じられるのかもしれない。されど、それだけなのだと思えない気持ちもあった。
「でもね、今……」
 なぜ、この手はあたたかいの。
 なぜ、どうしてこの手を放せないのか。
 握られた手から彼の思いが伝わってくるような気がした。ついさっき、疑問の形で零れ落ちたユェーの言葉に応えるように、ルーシーは思いを声にする。
「愛しているからでしょう」
 そして、愛することを止められないから。
 悪華の彼女がすべてに意味を見出せないことも、誰かにとっての世界の価値なんてきっと何も関係がない。
「わたしにとっては必要で、大切な……」
 ルーシーが思いを紡いでいこうとしたとき、悪華の女王が動いた。
 抜き放った剣が振り下ろされたかと思うと衝撃波が周囲に満ちていき、鋭い斬撃がルーシーとユェーを襲う。
 だが、身体に痛みはない。はっとしたルーシーは自分の中の思いが掻き消されてしまったのだと感じた。言葉を続けることが出来なかったのも敵の力のせいだろう。
 ユェーも同じように感じていたが、怯むことはなかった。
 暴食のグールの力を発動させたユェーは敵に向かって駆けていく。
「これ以上は何もさせません」
 宣言と同時にグールが食らいつき、悪因の女を穿った。其処に合わせてルーシーは一角獣を模した宙を泳ぐヌイグルミを呼ぶ。
 更にユェーは敵の情報を分析していった。
「貴女の行動、知識、習慣……そして内なる心。やはり貴女と僕は違う」
 今は傍に大切な娘がいるから。
「…………」
 対する女は何も答えない。返答すら無意味で無価値だということを無言で語っているのだと知り、ルーシーは唇を噛み締めた。
 意志を削がれる攻撃は肉体を傷付けられるよりも、或る意味で厳しいものだ。
 強く思った感情が消えていく。
 しかし、その瞬間。ルーシー達についていた幽世が眩く光った。視界いっぱいに月色が満ちていき、少女の瞳に光を宿す。
 それだけではなく、ルーシーの前ではユェーが果敢に戦っていた。
「ルーシーちゃんの側に居る月の色を宿す蝶よ、彼女を護って」
 彼がそのように告げたからこそ、蝶々は力を発揮したのだろう。ルーシーはこくりと頷き、削がれた意志も取り戻してみせると決意した。
「蝶々さん、パパ……ありがとう」
 思い出せ。
 想い直せ。
 あなたを忘れない。その約を果たす為に。
 彼が戻ってきたら絶対に手を握り返したい。その意志を貫くのだと決め、ルーシーはお友達へと自分の力を注いでいった。
 そうして、ルーシーもそっと願いを蝶々に込める。
「パパの側にいる青花の様な蝶さん、お願い。力をかして。パパを護って」
「えぇ、ブルーベルの君は傍に居てね」
 ルーシーの声を聞いて羽撃く蝶。淡く優しい光が傍に来たのだと知り、ユェーも静かに微笑んだ。互いの色が傍にある。それだけで意志はとても強く巡った。
「平気かな、ルーシーちゃん」
「大丈夫、ルーシーは負けるわけにはいかないわ」
「あぁ、良かった」
「大好きなパパの傍に居続けるためにも、ね?」
 激しく続いていく戦いの最中、二人は視線と一緒に想いを交わす。
 どれほどに意志を削がれようとも、どんなに無価値だと示されようとも、何度でも。幾度だってそれは違うと否定する。
 大切なものは此処に――すぐ傍にあるのだから。
 そして、ユェーとルーシーは強く意志を持ち、戦い続けてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

わからないような、でもわかるような。
俺にとっては、世のすべていつか壊れるものである意味無意味だとは思う。でも俺以外のすべては価値あるもので大事だと思う。

今の俺を作る大事なものだから記憶も意志も奪われたくない。
でも強く想う事も難しい。だからUC月華で真の姿に。
自分のUCの代償を相手の過剰な癒しで相殺できるとは思ってないが、そもそも本体だって摩耗しいつか折れ朽ちる物。肉体ならなおさら。今更気にしない。
二刀でマヒ攻撃を乗せた攻撃をしかける。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは武器受けで流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らうものは激痛耐性で耐える。



●意味と価値
 川辺に敵が佇んでいる。
 その姿を察知したとき、瑞樹は普段通りに身構えた。
 全てが無価値だと語ってから何の言葉も発さない悪華の女は、周囲に飛んでいる白い鳥に指先を向けている。
 そんな女に対し、瑞樹は右手に構えた胡を差し向けた。
 左手に携えた黒鵺が辺りに舞っている幽世蝶の光を鈍く反射している。
「無価値か」
 ――わからないような、でもわかるような。
 瑞樹は敵との距離を測りながら、悪華の女王が言葉にしたことの意味を考える。
 ぼうっと佇んでいるだけに見える相手だが、その実はまったく隙がなかった。下手に踏み込めば斬られることは分かっているゆえに瑞樹もすぐに駆けたりはしない。
 その代わり、瑞樹は静かに言葉を紡ぐ。
「俺にとっては世のすべていつか壊れるもので、ある意味では無意味だ。でも……そうだな、ひとつ言えることがある」
 少し自嘲気味に双眸を細めた瑞樹はぽつりと零した。
 それは自然に心の奥から溢れた思いであり、何気ない自分への感想でもある。
「俺以外のすべては価値あるもので大事だと思う」
「…………」
 そう、と頷くような視線だけが相手から返ってきた。きっと彼女にとっては会話をすることすら無意味なのだろう。
 瑞樹相手にだけではなく、この周囲にいる猟兵すべてに等しく同じ態度だ。
 そして、女は光る鳥を遣わせてくる。
 瑞樹は即座にあれが攻撃なのだと察した。鋭く翔けた翼が瑞樹の肌をかすり、癒やしの力を齎してくる。
 それは一見、慈悲のように思えた。
 されどその力は過剰な癒やしで以て此方を自壊させていくもの。それにこれ以上の攻撃に晒されれば記憶や意志が削がれるのだろう。
 素早く身を引いくことで鳥の追撃を避けた瑞樹は身構え直す。
「今の俺を作る大事なものは、渡さない」
 記憶も意志も奪われたくはない。
 だが、強く想うことも難しい。それなら――月華の力を解放した瑞樹は真の姿になっていく。この代償で相手の過剰な癒しを相殺できるとは思っていない。
 しかし、そもそも本体も摩耗するもの。いつかは折れ朽ちる物であるのだから、肉体ならばなおさら。今更そんなことなど瑞樹は気にしない。
 胡と刀に形を変えた黒鵺の二刀を振り上げ、瑞樹は反撃に入っていく。
 麻痺の攻撃を乗せた攻撃を仕掛け、次に飛んでくる鳥は跳躍して避けた。更に続く敵の動きは見切り、次々と回避する。
「……無意味なのは、いや、無価値なものなんて、」
 無意識に言葉が零れた。
 しかし、自分がどのようなことを続けようとしたのかはっきりと分からず、瑞樹は敢えてそれ以上の言葉を口にしなかった。
 敵を見据えた瑞樹は己の力を存分に揮い続けていく。
 大切だと感じたものを決して奪われぬよう懸命に。そして、果敢に――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

篝・倫太郎
【華禱】
世界はいつだって
そこに住む総ての人のものだ

だから、往こう……夜彦

盾誓使用
詠唱と同時に吹き飛ばしと鎧無視攻撃を乗せた華焔刀でなぎ払い
刃先返してフェイントを入れつつ2回攻撃

敵の物理攻撃は見切りと残像で回避
回避不能時はオーラ防御で凌ぐ

今の俺の始まり、その記憶
今、こうして……このUCを使うに至る、俺の根源

強く強く、想い描く
彼の盾、その在り方を通すその為の盾という生き方

それは奪わせないという覚悟をもって、忘却を拒む

抗い切れない程の忘却なら
それを上回るだけの想いで何度でも繰り返す
何度だってなぞって辿る、その記憶

それでも揺らぐなら彼の名を呼ぶ
尚も揺さぶられるなら、蝶に願う
矜持を貫き通す力を、一度だけ


月舘・夜彦
【華禱】
何故、滅ぼすのか、再生しなければならないのか
その意味の有無は知らずとも奪うのならば刃を向けるのみ
この世界に生きる者達が、奪われぬように

往きましょう、倫太郎

祷誓使用
刃に破魔と浄化の力を付与
2回攻撃を基本とし、隙が出ないよう倫太郎と連携して攻撃

敵の攻撃は可能ならば視力にて剣、または術を判断
剣ならば武器受けにて防御、術ならばオーラ防御にて軽減
激痛耐性にて耐え、いずれも凌いだ後カウンター
倫太郎が防ぐ時には、防御せずそのまま攻撃に向かう

刃を向ければ忘却が始まる
始まりを忘れ、初めて人を想った意味を忘れ
その中でも残るのは共に戦う彼
名を呼ばれれば応え、それすらも失いそうな時は蝶に願う
……私は刃、彼の刃



●矜持は此処に
 無価値だと断じられたのは世界そのもの。
 しかし、倫太郎と夜彦は決してそうは思っていなかった。
「世界はいつだって、そこに住む総ての人のものだ」
「何故、滅ぼすのか、再生しなければならないのか。きっと貴女に聞いても答えては頂けないのでしょうね」
 二人は敵として佇む悪華の女を見つめる。
 その意味の有無は知らずとも、奪うのならば刃を向けるのみ。倫太郎が語ったように――この世界に生きる者達が、奪われぬように。
 夜彦が敵を見据えた気配を感じ取り、倫太郎はそっと呼び掛ける。
「だから、往こう……夜彦」
「往きましょう、倫太郎」
 彼らは名を呼びあい、それぞれの意志を強く抱いた。
 そして――。
 盾誓と祷誓。ふたつの力が幽世の世界で同時に発動していく。
 矜持に基づき行動する者の盾となる。
 無辜なる命、その在り方を護る。
 倫太郎と夜彦の思いは確かな力へと変わっていき、この世界に崩壊を齎すものを屠るためのものになっていく。
「――其を護る盾に」
「――其は矜持也」
 倫太郎は詠唱と同時に敵を吹き飛ばす勢いと鎧すら無視する力を乗せた華焔刀を薙ぎ払った。更に夜彦は刃に破魔と浄化の力を付与していく。
 彼らは同時攻撃を基本として、隙が出ないよう連携していった。
 倫太郎は刃先を返すことでフェイントを入れ、夜彦も持ち前の視力を駆使して連続攻撃を仕掛ける。
 悪華の女はそれらを剣で受け、何事もないかのように流していった。
 刹那、相手が二人に刃を向ける。
 それは斬撃ではなかった。倫太郎に物理攻撃が来たならば、見切りと残像で回避も出来たし、回避が不可能であった場合でもオーラの防御で凌げただろう。
 夜彦とて、剣撃か術かを判断して動けた。
 剣であるならば武器で受けて防御して、術ならば倫太郎と同じく軽減が出来る。凌いだ後カウンターを叩き込む準備だって出来ていた。
 だが――。
 彼女はただ、武器を向けただけで二人の心に入り込んでいた。それはきっと彼らがあの雨を受けていたからだろう。
「…………」
 女は無言で此方を一瞥するだけに留め、別の猟兵に向き直る。
 そのときにはもう、倫太郎達は忘却に囚われていた。
「これは――」
「今の俺の始まり、その記憶が……」
 夜彦と倫太郎は胸元を押さえる。今、こうしてこの力を使うに至る己の根源が消えていく気がした。否、実際に消えていっているのだろう。
 始まりを忘れ、初めて人を想った意味を忘れていく。
 何もかも無かったことになってしまう。そう感じた倫太郎は奥歯を噛み締めた。
 夜彦もまた、強く拳を握ることで耐える。
 忘却が巡る中でも、残るのは共に戦う彼――互いの姿。
 だからこそ倫太郎は強く強く、想い描く。
 彼の盾であることを。その在り方を通す、その為の盾という生き方を。
 それは奪わせないという覚悟をもって忘却を拒み続ける。
 たとえ抗い切れない程の忘却であっても、それを上回るだけの想いで何度でも、幾度だって繰り返す。
 何度だってなぞって辿る、その記憶こそ己を形作るものだから。
「夜彦」
「はい、倫太郎」
 彼の名を呼べば、確かな答えが返ってきた。忘れるはずなどないこの声が、この言葉が大切だ。自分の名前をやさしく、それでいて力強く呼んでくれる。
 それだけでこの忘却に抗っていけると思えた。
「……蝶々も、忘れるなって言ってる」
 顔を上げた倫太郎達の傍には光り輝く幽世蝶が舞っている。倫太郎が語ったように強く光った蝶は二人に力を与えてくれているようだ。
 それゆえに倫太郎は願う。
 ――矜持を貫き通す力を、一度だけ。
 その思いに呼応した幽世蝶は大きく羽撃いた。倫太郎と夜彦の周囲に漂う光の粒は忘却の力を和らげてくれているらしい。
 夜彦は倫太郎と蝶々から受けた心強さを胸に抱き、しかと言葉にする。
「ええ……私は刃、彼の刃」
 盾で在る彼が傷付かぬよう、刃は行く手を阻むもの斬って進んでいくもの。
 ゆえに負けない。
 この心を抱くに至った記憶も想い出も奪われたりなどしない。凛とした意志が掲げられた瞬間、夜彦は敵の元へ駆け出していく。
 そうして、何も失わぬための戦いは其処から更に激しく、深く巡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、あの人が崩壊の原因ですか。
あ、アヒルさん、あの人を見ちゃダメです。
ふえぇ、やっぱりです。
アヒルさんはガジェットですから、武器になってしまうんです。
幽世蝶さんが守ってくれたから失われずに済みましたが
嫌な記憶でも私が元の世界に戻るための手がかりですから忘れるわけにはいかないんです。

とりあえず、アヒルさんにはアヒル船長(装飾:オウム)になってもらって
サイコキネシスで攻撃しましょう。
サイキックエナジーそのものは武器じゃないからきっと大丈夫なはずです。



●大事な記憶
 蛍と蝶々が飛び交う川辺。
 薄暗く静かな場所に、彼女――悪因悪華の者は佇んでいた。
 フリルは相手から感じる不思議な敵意を感じ取り、そうっと身構える。
「ふええ、あの人が崩壊の原因ですか」
 先程に彼女が語っていたのは、全ては等しく滅びるべきものだということ。彼女にとってはそういうものなのかもしれないが、フリル達にとって世界は簡単に滅びていいものなどではなかった。
 たとえその先に再生があったとしても、今を尊ぶ者もいる。
 だから絶対に彼女の思い通りにさせてはいけない。しかし、フリルは不意にはっとしてアヒルさんを呼んだ。
「あ、アヒルさん、あの人を見ちゃダメです」
「…………」
 されど、アヒルさんは既に悪華の女に視線を向けていた。フリルがさっと目隠しをしたが、時既に遅し。女は無言で力を解き放ってくる。
「ふえぇ、やっぱりです」
 何かが消えていくような、不可思議な感覚がフリルの中に巡っていった。
 思った通り、アヒルさんはガジェットであるゆえに彼女に武器を向けたということになってしまったのだろう。
 フリルはアヒルさんをぎゅっと抱き、零れ落ちていく記憶を強く思い直す。
 アサイラムの記憶はまだ思い出したくはないと思っていたが、すべてが消えて無になってしまうのと、思い出さないのでは意味が違う。
 それに今、アヒルさんと過ごす日々や冒険の記憶まで忘却に囚われかけていた。
「ダメです……お願いします、蝶々さん」
 フリルは思いを強く抱き、自分の傍についてくれている幽世蝶に願う。そうすれば蝶はふわりと浮き、フリルから忘却の呪縛を取り払っていった。
「ふぇ……幽世蝶さんが守ってくれたから失われずに済みました」
 ほっとしたフリルは、嫌な記憶でも奪われたくないと実感する。自分が元の世界に戻るための手がかりを忘れるわけにはいかない。
 そして、フリルは反撃に入る。
「アヒルさん、船長さんになってください」
 オウムを伴った格好いいアヒル船長になったガジェットと共に、フリルは戦っていくことを決意した。
 腕を伸ばし、解き放つのは不可視のサイキックエナジー。
 忘却することは必ずしも良いことではない。悪華の女王がそれを是とするならば、フリルは否という思いと力をぶつけていくだけ。
 そして、少女とアヒルさんは果敢に戦い続けていった。
 記憶と世界。
 誰かにとって大切なものを、無意味で無価値などと断じさせないために――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

レザリア・アドニス
滅び…そんなに欲しかったら、
まずは自分自身の滅びから始めれば、どうでしょうか

敵はどんなものであれ、こちらにとっても、滅びるべきもの
淡々と炎の矢を織り上げ、【全力魔法】と【鎧無視攻撃】で強化して投げ出す
可能の限り敵の攻撃を回避するけど、
万一に命中されたら、ヴェールをさらに深くかぶり、自壊の激痛を耐えつつ、宝玉で死霊から力を借りて、自壊まで少しだけでも時間を稼ぐ
むしろ、この過剰の癒しをいいことに、傷つかれても気にせずに、全力で攻撃
蝶に願うのもいいけど、まずは、自分と自分の相棒の力…、絆を、信じるわ
こんなものに、負けるわけなんて、ない、わ



●因果と証明
 悪因悪華の彼女は語る。
 何もかもが等しいものだと。そして、それら全てが滅びるべきものだ、と。
 再生を語ってはいるが、この世界そのものが壊れればいいと話す悪華の女王。
 レザリアはそんな彼女を見つめ、幾度か瞼を瞬かせた。
「滅び……それが等しく、訪れればいい?」
 問うように言葉にしたのは、レザリアにはそのような考えがなかったからだ。悪華の女王たる女は此方を一瞥してから、ぽつりと言葉を落とす。
「凡ては無価値で、総ては虚ろ」
 先程に話していたことと同じ単語を繰り返し、女はレザリアから視線を外した。誰に対してもこの態度であることから、彼女にとっては会話すら無価値なのだろう。
 レザリアは身構え、相手に告げていく。
「そんなに欲しかったら、まずは自分自身の滅びから始めれば、どうでしょうか」
 そうすれば全てが滅びるのと同じ。
 それに敵がどんなものであれ、こちらにとっては滅ぼすべきもの。結果が同じなら過程がどうであれ同じものということにも出来る。些か暴論でもあるが、相手も全てに価値を見出していないのだから構わないはず。
 レザリアは魔力を紡ぎ、指先を敵に差し向ける。
「お望み通りの、滅びを……」
 淡々と炎の矢を織り上げていくレザリアは悪華の者に狙いを定めた。そして、其処から全力を込めた焔を解き放つ。
 その身を炎で貫き、世界すら巻き込む崩壊を起こさない為に。
 レザリアが放っていく焔の矢は敵に鋭く突き刺さっていった。すると悪華の女はその矢を振り払い、代わりに光の鳥を形作る。
 それは彼女の傷を癒やすと同時にレザリアの方に飛び立った。
 来る、と察知したレザリアは可能な限りそれを回避しようと試みる。だが、旋回した光の鳥はレザリアにも癒やしを与えようとしてきた。
 やがて白い羽根がひらひらと舞い降り、レザリアの肩に触れる。
 その瞬間、とてつもない癒やしの力が巡っていった。それは一瞬だけは安らぐものだったが、瞬く間に苦痛を伴う過剰な回復となっていく。
 レザリアはヴェールを更に深くかぶり、自壊しそうなほどの激痛に耐えた。
「……少しだけ、助けて」
 何とか声を紡ぎ出したレザリアは宝玉に宿る死霊から力を借りる。己の身体が自壊しないよう、ほんの少しだけでも時間を稼ぐことが目的だ。
 そのとき、レザリアがはたとする。
「むしろ、この力を――」
 逆に利用してやればいい。過剰すぎる癒しをいいことに、疲労なども気にせずに攻撃に転じてしまえばいい。危険ではあるが、踏み止まっていて勝てる相手ではない。
 一瞬、蝶にも力を貸して欲しいと願おうかとも考えた。
 けれども、まずは自分と相棒の力を――絆を、信じたかったから。
「こんなものに、負けるわけなんて、ない、わ」
 癒やしと痛みが交互に襲い来る中でレザリアは宣言する。この想いも力も、自分達が歩んできた路を証明するものだから。
 忘却にも、滅びにも屈したりはしない。
 己の意志を強く抱いたレザリアの瞳は真っ直ぐに敵を貫いていた。寄り添う死霊はレザリアから決して離れないと示すように、傍に在り続ける。
 其処から新たな炎の矢が紡がれ、戦いは正しき終わりに向かっていく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

クロト・ラトキエ
貴女ににとっては全てが“Acca”であろうと…
その意味は、価値は、必然か否かなんてのは、僕が決めますので。
慈悲?あは、ご冗談を!
そういうのは…
余計な世話って云うんだよ。

武器――敵意に応じ、忘却を与えるというなら…
…いつも通りにやるだけ。
何とまぁ皮肉な事。
視線、体運び、手足の挙動、
速度に攻撃・回避の動作の癖…
凡ゆるを見切り、躱し、距離を殺してUCを放つ。

記憶の始まり、初まりの記憶。
今、己を己たらしめる礎。
…故に、忘れ得ぬ。
此処が戦さ場である以上は。
蝶には頼りませんよ。
“俺”を形作る根幹――
えぇ。忘れるものか。
死にでもしなきゃあね。

因果応報。
それでは、この果に因る報い、貴女にも応じて頂きましょうか



●現在を生きる意味
 ――Acca.
 それは言葉としては発音しないものとされ、無いものとして扱われる。
 転じて、無意味。
 存在してはいても意味を見出せないもの。即ち、無価値だと語るべきもの。クロトは悪華の女王が持つ意味を悟り、川辺に佇む彼女を見つめた。
「貴女にとっては全てが“Acca”であろうと……」
 眼鏡の奥の双眸が細められる。
 他者が歩んできた道程は知ることが出来ず、女王がどうしてあのように考えるに至ったかも分からない。
 その意味は、価値は、必然か否か――。
「なんてのは、僕が決めますので」
 クロトは敢えて笑顔を浮かべながら、表情とは裏腹な拒絶の意志を示した。
 悪華の女王は表情を変えぬまま白い光の鳥を飛ばす。どうやら、あの鳥は癒やしを与えるらしい。他の猟兵が過剰な癒やしを与えられ、慈悲という名の一閃を受けている様を見遣り、クロトは頭を振った。
「それが慈悲? あは、ご冗談を! そういうのは……」
 身構えたクロトの口許から笑みが消えていく。
 そして、暗器を解き放つ準備を整えたクロトは鋭く言い放った。
「余計な世話って云うんだよ」
 刹那、繰糸が戦場に走る。暗い夜を照らす蛍や幽世蝶の光を受けた鋼糸が薄く煌めき、標的に絡みついた。続けて駆けたクロトは糸を手繰るように接敵する。
 一瞬で間近まで迫った彼は、女王に刃を向けた。
 武器――即ち、此方の敵意に応じて相手が忘却を与えるというなら。
 別に何も変わらない。ただ、いつも通りにやるだけ。それが最善であり、最適な一手であることをクロトは導き出している。
「何ともまぁ皮肉な事」
 自嘲か、それとも諦観か。どちらともつかぬ感想を落としたクロトは刃を放ち、波状の理を歪めながらの多重襲撃で以て相手を貫いた。
 手応えは返ってきたが、女は僅かによろめくのみ。
 彼女にとっては痛みすら無価値なのか。だが、衝撃は与えられたはずだ。クロトは身を翻し、彼女を注視する。
 緩やかにしか動かされぬ視線。無駄のない体運びや手足の挙動。
 其処から繰り出される速度が乗った攻撃や、此方の攻撃を見切る動作。所作の癖まで把握するべく、一挙手一投足すら逃さぬ心算でいた。
 凡ゆるを見切り、躱し、距離を殺して――そして、クロトは再び力を解放する。
 されど相手から向けられる力も強かった。
 あの雨を受けて訪れたからだろうか、記憶が徐々に薄れていく。
 記憶の始まり、はじまりの記憶。
 それは今、己を己たらしめる礎であり失くしてはいけないものだ。
 故に、忘れ得ぬ。
 此処が戦さ場である以上は、あれを忘れてしまえば何にも無くなってしまう。しかしクロトは蝶には頼らない。
「これは“俺”を形作る根幹――」
 裡に浮かぶ言の葉を声にして、クロトは前を見据えた。
 蝶は何もせず、ただ寄り添うように舞っているだけ。それでいい。それがいいのだと感じながら、クロトは思いを言葉にした。
「えぇ。忘れるものか。死にでもしなきゃあね」
 但し死ぬのは此処ではない。
 齎される力が因果応報だというのならば。
「それでは、この果に因る報い、貴女にも応じて頂きましょうか」
 静かに告げたクロトは続けて攻撃を叩き込んでいく。糸と刃達が織り成す鋭い連撃は、刻も道理も、凡てを捩れさせていくように巡った。
 忘れない。覚えている。
 彼のひとを、あなたを、君を。そして、己を。
 クロトが抱く意志は確かな力へと変わり、更なる一閃が戦場に疾走っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
いいや、無価値なんかじゃあない
存在するものすべてに意味があるハズさ。私はそうおもう
決してなくさない、忘れさせやしない

今日得た記憶は私にとって、とても価値のあるものだ
私の先祖、アルブライトの記憶
尊敬すべきはじまりの王が見た景色
それに女神の寂しげな緑の瞳だって気になるんだ
彼女は何が悲しいんだろう
忘れてばかりの私だけれど、今日だけは忘れやしない

女王へ剣を向け
“Hの叡智” 攻撃力を重視する
剣を振るいながら、記憶を刻むように何度も先ほどの光景を思い出す
赤いバラ色の蝶の力も借りて

ねえ、悪華のキミ
キミに私の記憶を奪う資格なんて無いんだよ
もしそんな資格を持っているものがいるとするならば
それは、ただひとりだけさ



●叡智と記憶
 全ては必然。凡ては無価値。
 総ては虚ろ。そして――すべてが無意味。
 悪華の女王と呼ぶに相応しい彼女は、先程にそのように語ったまま黙っている。きっと猟兵達と交わす言葉にすら価値を認めていないのだろう。
 エドガーは周囲に飛ぶ白い光の鳥を見て、警戒を強めた。川辺に舞う幽世蝶や蛍は無害だと分かるが、悪華の女が従える鳥はそうではないようだ。
 エドガーはレイピアを抜き、静かに身構える。
「いいや、無価値なんかじゃあない」
 敵が語ったことについて述べたエドガーは、己の意思を示してみせた。
 彼女は何にも価値がないと断じたが、自分や他の者にとっては無価値な物の方が少ないはずだ。相手も何かがあってそう思うに至ったのだろうが、すべてを同じく等しいとすることは違うはず。
「存在するものすべてに意味があるハズさ。私はそうおもう」
 価値がないなら落としていいのか。なくしてしまってもいいのか。
 エドガーの答えは否。
 決してなくさない、忘れさせやしない。王子として、いずれは王となる者としての矜持を抱いたエドガーは剣を女王に向ける。
 形は違えど、或る意味では王とされる彼女はエドガーを一瞥した。その瞬間、雨に起因する忘却の力が襲ってくる。
「……! 何も、失いはしないよ」
 心が抉られるような感覚があったが、エドガーは首を横に振った。
 降り続く雨の中で得た記憶。あれは自分にとって、とても価値のあるものだった。
 先祖である、アルブライトの記憶。
 彼に寄り添った女神の姿や、王としての責務を全うした者の最後。尊敬すべきはじまりの王が見た景色も、その終わりの光景も尊きものだ。
 それに、と記憶を思い返したエドガーは女神の寂しげな瞳を懐う。
 憂う緑の瞳がずっと気になっていた。彼女は何が悲しいのか。王の最期を見送った彼女は、それから――。
 あのことを忘れてしまえば、続きを見ることも知ることも叶わない。
 忘却とはエドガーにとって身近なものだが、これだけは失ってはいけないと思えた。
「忘れてばかりの私だけれど、今日だけは忘れやしないさ」
 記憶は胸に。
 そして、矜持も共に。
 己の力を高めていくエドガーは深呼吸した。敵を映した瞳を瞬かせれば、みっつめの動作はすぐに浮びあがってきた。
「ほら、何も忘れていやしない」
 ――輝く者の国“アルブライト”。
 祖国の名を心のなかで唱えたエドガーは地を蹴る。
 勢いに乗せて剣を突き付け、彼は記憶を刻むように刃を振るった。何度も先ほどの光景を思い出して、忘れぬように。忘却の力すら斬り裂いていくエドガーの傍には、赤いバラ色の蝶の力が舞っている。
 剣を抜いて対抗する悪華の女は表情を変えず、淡々と攻撃を受け止めていた。
「ねえ、悪華のキミ」
「……」
 そんな彼女にエドガーが語り掛けたが、返ってくるのは視線だけ。彼女は誰に対しても大きな反応を見せないという、等しき態度を取っているようだ。
 それでも構わず、エドガーは言葉を続ける。
「キミに私の記憶を奪う資格なんて無いんだよ。もしそんな資格を持っているものがいるとするならば――」
 彼は左腕に一瞬だけ視線を落としてから、鋭い一閃を女王に見舞う。
「それは、ただひとりだけさ」
 刹那、振るわれる刃。
 その鋒は正確無比に、悪因を断ち斬るかの如く骸なる魂を貫いた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

虹川・朝霞
【神杜寺】
カクリヨの滅びを回避するためにも。いきましょう、檬果さん!

…といっても、檬果さんと共闘するのは初めてでして。どうでるのか…おお、召喚。なるほど、応用が効きやすいんですね、それ。
ならば、こちらも【鉄雲】使用して、俺を強化して。紫雲刀で打ちすえて斬りましょう。
近くに来たのならば、鉄下駄(鉄に似たUDC圧縮体)で蹴り飛ばします。

意志を削られようと。俺は、俺たちは諦めませんし、引きませんよ。
ましてや滅びなど、呼ばさせはしませんから!
ここは俺の第二の故郷。愛しき世界にですからね!

…久々に嫁御…藤乃殿の話ができて、嬉しかったんですよ。


荒珠・檬果
【神杜寺】
そうです。滅ぼさせはしません。私はそのために、朝霞さんとここにきたんですから!

先輩猟兵として恥ずかしくないようにせねば。
カモン【バトルキャラクターズ】!支援系である魔術師キャラですよ。わりと好きなの呼べるので…。
私自身は、紅紋薙刀でのなぎ払い攻撃を。

そう、ここも誰かの故郷に間違いはなく。今回は、とても身近な人の故郷だったんです。
それに、私自身、カクリヨ好きなんですよ!
私たち、絶対に負けはしませんからね!

…真の姿とか、たまに無意識で出て来る言葉に首かしげてたんですけど。
それの意味に少し、近づいた気がします。



●故郷を懐う
 静寂が満ちた川辺は穏やかに見えた。
 しかし今、此処からゆっくりと崩壊の気配が広がっている。川辺に佇む悪華の女王は全てが等しく滅ぶべきものだと語っていた。
 されど、朝霞と檬果は彼女の思想を肯定することなど出来なかった。
「カクリヨの滅びを回避するためにも。いきましょう、檬果さん!」
「そうです。無価値だからといって滅ぼさせはしません。私はそのために、朝霞さんとここにきたんですから!」
 記憶を懐い、蛍と蝶を眺める穏やかな時間も良いものだったが、本来の目的は戦い。
 悪華の女は朝霞達を軽く見遣ると、連れていた白い鳥を宙に飛ばした。
 檬果はあの鳥にも不可思議な力が宿っていると悟り、朝霞の隣に確りと立つ。
 先輩猟兵として恥ずかしくないようにせねば。
 そう誓った檬果は身構えた。
 朝霞も彼女に頼もしさを覚える。檬果と共闘するのは初めてであり、彼女がどのように打って出るかは興味があった。
 彼からの視線を感じた檬果はこくりと頷き、携帯ゲーム機を掲げる。
「カモン、バトルキャラクターズ!」
 呼び掛けと共に横長の黄色いゲームデバイスから現れたのは、支援系の力を持った魔術師キャラクターだ。
 その様子を見た朝霞は感心する。
「……おお、召喚」
「はい、わりと好きなの呼べるので……」
「なるほど、応用が効きやすいんですね、それ」
 キャラクター達が戦場に布陣していく中、朝霞も力を紡いでいった。
 ――鉄も雲も、俺の思うままに。
 そうすれば己の力が強化され、彼が踏み出したことで鉄下駄がからりと鳴る。朝霞が手にした紫雲刀を敵に差し向ければ、檬果も紅紋薙刀を構えた。
「参ります!」
「援護しますね」
 朝霞はそのまま駆け、紫雲刀にて打ち据えるような斬撃を放つ。対する悪華の女は表情を変えず、その一閃を自分の刃で受け止めた。
 バトルキャラクター達が支援魔法を解き放つ中、檬果本人も薙刀で斬りかかる。
 対する悪因悪華も二人に力を巡らせた。
「――等しく慈悲を」
 悪華の女が小さく呟いたと同時に、先程に警戒していた白い光の鳥が羽撃く。一気に飛翔した鳥は朝霞と檬果の頭上を飛んだ。
 滑空でもしてくるのかと思いきや、二人の元に羽根がひらりと落ちてくる。
「これは……?」
「朝霞さん、触れては駄目で――」
 不思議そうな顔をする朝霞の隣に駆け寄り、檬果が手を伸ばした瞬間。檬果の言葉が途切れ、ふたつに分かれた羽根が二人に触れる。
 はっとした時には既に敵の攻撃は始まっていた。
 慈悲と呼ばれたのは意志を削る力だ。ふわりと触れただけの羽根は朝霞にも檬果にも肉体的な痛みは与えなかった。
 だが、此処に戦いに来たという思いが削がれていく。
 それだけではない。互いを大切に思っている、或いは想っていた過去の記憶までもが押し潰されていくようだった。
「う……なかなか、ですね。でも、意志を削られようと。俺は、俺たちは――諦めませんし、引きませんよ」
 朝霞は胸を締め付けるような苦しさに耐え、敵を見据える。
 更に白い羽根が舞い落ちてきたので、抵抗するように鉄下駄で蹴り飛ばした。朝霞が果敢に宣言した様子を見て、檬果も気を確かに持つ。
「そう、ここも誰かの故郷に間違いはなく……。今回は、とても身近な人の故郷だったんです。それに、私自身、カクリヨ好きなんですよ!」
 言葉をひとつずつ、しっかりと区切ることで思いを保っていく檬果。
 この敵を放っておけば幽世の崩壊が引き起こされる。未だこの程度で済んでいる現状で止めなくてはならない。
 カタストロフが起こっていないのならば、食い止めるのが猟兵の役目。
 周囲を舞う蝶々は教えてくれた。
 この先に異変がある、と。懸命に飛んで自分達を連れて、導いてくれた幽世蝶達の思いや行動を無駄には出来ない。
 忘却の力を向けられ、意思を削がれて何もかも失ってしまう。そんなことは誰も望んでなどいない。
 朝霞は檬果に手を伸ばし、大丈夫です、と告げた。
 そうして彼は更なる思いを言葉にする。
「ええ! ましてや滅びなど、呼ばさせはしませんから! ここは俺の第二の故郷。愛しき世界にですからね!」
「そうです。私たち、絶対に負けはしませんからね!」
 檬果の声が其処に重なり、力強い意思が紡がれて束ねられた。
 故郷とは尊いもの。
 此処に住む妖怪達だって滅びなど受け入れないはずだ。楽しく仲良く、或いは静かに生きようとしている魂を守る。
 そう決めた檬果と朝霞は悪華の女王を見据え、其々の力を振るっていく。
「無意味だなどと言わせません」
「無価値なものなんて、ここにはありませんから!」
 彼らは思いを強く持ち、敵へと紫雲刀が振り下ろされる。其処から紅紋薙刀の一閃が走り、魔術師達の魔力が飛び交った。
 その中で、朝霞はそっと思いを声にする。
「……久々に嫁御……藤乃殿の話ができて、嬉しかったんですよ」
 嬉しそうに、それでいて少し切なげに語った朝霞。その声を聞いた檬果も懐かしそうに目を細めた。
 これまでは今の自分とかけ離れた真の姿や、たまに無意識で出て来る古めかしい言葉に首を傾げていた。けれども今、こうして過去を知れたことで何かが変わった。
 ほんの少しだけれど、きっと。
「転生して巡り巡ったことの意味に少し、近づいた気がします。だから!」
 今も昔も大切にしていきたい。
 再び朝霞の隣に立った檬果は真っ直ぐに悪因の女王を見つめた。意志と想いは此処にある。それを無価値だと断じさせない為に――。
 必ずこの戦いに勝利する。
 二人の思いと気持ちは重なり、悪華が齎す名ばかりの慈悲を打ち破っていった。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宵鍔・千鶴
🌸🐣

雨が穿つあのとき
垣間視たもの、大切なもの
忘れられたら、楽なのにと願った自分は捨てた

薄れゆきそうな記憶を必死に手繰って抱えて
駄目だよ、触るな
凡て心に、記憶に仕舞って生きてゆくと決めたから

――エトランゼ、俺の人形、力を貸して
菫を守れ、と願うように紡いで
癒の力が巡り壊れ行く前に
きみの聲、聴こえたから
行こう、すみれ

もしも、記憶が抜け落ちてしまったなら
それは、俺で在って、俺じゃないから
けれど、菫を失ってしまう方が怖いから

ねえ、幽世蝶
願うのはただ、ひとつ
今度こそ、護れるように失くさぬように
助けて、菫を

喩え赫に染まろうとも
ごめんな、俺だって我儘だから
ふたりで共に、往かせて


君影・菫
🌸🐣

身体の軋んでく音がする
過剰な癒やしも毒なんねえ
この体は壊れても平気やけど
本体に行くのは少しアカンかなあ
他の誰でもない隣のおとーさんと約束したもの
アインを手にジャックを呼んで不意打ちの先制攻撃
簪を使わんのは無意識に、裡に蓋をしたから
不意に薄れかけた記憶――せやけど、
うちはもう
忘れないって決めた
記憶してくて決めたんやから
ねえ、ちぃ
行こって、招く

幽世蝶に願う時は自分の為やない
雛だって親を守りたいから
ちぃを、護って
心も、身体も、降り注ぐ災と厄から
娘はね、きっとキミが思うよりずっとワガママなんよ

雨が暴いた裡と血に濡れた身でも
蛍の中でもう決めたんよ
――キミといっしょなら、て
だから、
ふたりで往くんよ



●親の想い、雛の心
 全てが虚ろ、すべては滅びるべきもの。
 悪華の女が語る言葉の後、千鶴と菫達にも忘却を齎す力が巡っていった。雨の小路を抜けて此処まで来た故か、悪因の能力は否応なしに襲い掛かってくる。
 雨に穿たれたあのときに垣間視たもの。
 それは大切なものだった。
 忘れられたら、楽なのに――。そう願った自分はもう捨てていた。
 けれども、それすら忘却に沈みかけている。千鶴が意志を抱いて力に抗う中で、菫も何とか耐えようとしていた。
 其処に白い鳥が飛んでくる。
 光を纏って羽根を散らすそれは悪華の女が遣わせたものだ。ふわりと舞い降りた光の羽根が菫に、そして千鶴にも触れた。
 一瞬、癒しの力が二人の身を癒す。されどそれは始まりに過ぎない。
「……これは、少しアカンかなあ」
 菫は自分の身体から軋むような音がしたことで、この攻撃の意図を知る。千鶴も薄れゆきそうな記憶を必死に手繰って抱え、大きくかぶりを振った。
「駄目だよ、触るな」
 凡て心に、記憶に仕舞って生きてゆくと決めたから。
 自らが壊れることも、ましてや記憶が失われることも望んでいない。
「過剰な癒やしも毒なんねえ」
 菫は現状を確かめる形で呟き、己の身を押さえた。この体は壊れても平気ではあるが、羽根から齎される癒しは無視しておけない。きっと、いずれ本体にまで力が巡ってしまい、崩壊が始まるだろう。
 それに記憶まで軋むようで、菫は意思を強く持つ。
 他の誰でもない、隣のおとーさんと約束したから負けられない。マリオネットのアインを手にした菫はジャックを呼んだ。
 簪を使わなかったのは無意識に裡に蓋をしたから。菫自身はそのことを意識しないまま、戦いに集中していく。
 解き放つ無数の惨殺ナイフが戦場に躍る最中、不意に薄れかけた記憶。
 手放しても良いものかもしれない。忘れてしまっても、千鶴はそれだって受け入れてくれると信じられる。でも、と顔をあげた菫は記憶を引き止めた。
「せやけど、うちはもう――忘れないって決めた」
 記憶していく。
 そのように誓った菫は刃を更に放つ。
 このままやられてばかりもいけない。そう感じた千鶴は少女の依代に呼び掛けた。
 ――エトランゼ。
 力を貸して、と告げれば金糸に霄を映す少女人形が二人の前に立つ。続けて、菫を守れ、と願うように紡いだ千鶴は前を見据えた。
 癒しの力が巡りゆき、壊れ行く前にあの悪華の女王を止める。
 それが今の自分達がすべきこと。それに――きみの聲が、聴こえたから。
「行こう、すみれ」
「ねえ、ちぃ。……うん、行こ」
 互いに招くように名を呼びあい、千鶴と菫は共に戦っていった。
 もしも、記憶が抜け落ちてしまったなら。
 それは自分で在って、自分ではない違うものだ。けれど、菫を失ってしまう方が怖いから決して忘却の力に屈したりしない。
 白い光の鳥が舞う中で、千鶴は桜の花を散らせていく。
 そして、傍で羽撃いていた蝶に視線を向けた。
「ねえ、幽世蝶」
 ひらり、ひらりと翅を揺らすものへ願うのはただ、ひとつ。今度こそ、護れるように。失くさぬように――。
「助けて、菫を」
「ちぃを、護って」
 同じように菫も幽世蝶に願う。寄り添う蝶に守って欲しいと伝えたのは自分のことではなく、互いのことだ。
 親が雛を守るのは当然。けれども雛だって親を守りたいから。
 心も、身体も。降り注ぐ災と厄から。どうか、と願いを込めた二人の思いは幽世蝶に届いた。翅が更に輝いたかと思うと、それまで身体を蝕んでいた忘却と過剰な癒しが止まる。
 蝶の力だと気付いた菫は淡く笑む。
「娘はね、きっとキミが思うよりずっとワガママなんよ」
 千鶴はその声を聞き、静かに微笑み返した。
 喩え赫に染まろうとも。その言葉は胸の奥に仕舞い込み、同じだと告げ返す。
「ごめんな、俺だって我儘だから」
 ――ふたりで共に、往かせて。
 我儘であることだって、二人が認め合えば当たり前に変わっていく。
 雨が暴いた裡と血に濡れた身でも、蛍の中でもう決めた。それは揺るがぬ意志となり、菫の裡でちいさな力となっていく。
 ――キミといっしょなら。
 この先に続く道を迷わずに、否、たとえ迷ったとしても進んでいける。
 視線を交わした千鶴と菫は其々が抱く思いと心を確かめあった。此処までの道程は無意味でも、無価値なんかでもなかった。
 そのことを証明するために、桜と刃は戦場に迸ってゆく。
 ふたりで。
 往く先を然と見つめる千鶴と菫は、自らが抱く記憶と共に生きることを誓った。
 そして、悪華へと因果が廻っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
心結(f04636)と!
アドリブ歓迎

この世に無価値なものはない

それを決めるのはお前じゃない
己自身が其々決める事だ!

蝶は心結につかせる

記憶は奪わせない
心結の大事な記憶も奪うんなら、覚悟しとけ

俺は護ると約束した
なら、全て護るが道理だろうよ…!

UC
体を光に変え
攻撃当たろうが気合で耐える

パルには援護お願い

心結には傷一つ!つけさせねぇ!

敵に〖輝光閃〗…光線をぶつけつつ
更に全力で避けながら己と敵を繋ぐ【光の線】を描き
その線に道を創る様に自己強化の『過剰付与〖輝光〗』の魔術、その魔法陣を魔導書から幾重も展開

ぶち込むぜ…!
【リミッター解除×限界突破×地形の利用×踏みつけ】

輝光踏脚!

あの時以上に、よく聞こえるさ


音海・心結
零時(f00283)と
アドリブ歓迎

みゆたちの記憶は奪わせません
例え忘れようが、思い出して見せます

絶対に、絶対に負けません

蝶を守るように立ち回り
この子たちも守って見せます

護ると誓われたあの日
今でも思い出せます
ふたりの約束を守るように
邪魔するものは許しません

注射器にダガーを構える
例え攻撃回数が少なくとも
一撃一撃に込めた状態異常力(マヒ効果)で相手の動きを封じて
【スナイパー×闇に紛れる】武器が飛んでゆきます

零時、援護しますよっ

【優しさ×歌唱】で零時への応援歌を
相手の攻撃意思を削げればよいのですがっ
邪魔するものなら、【催眠術】を込めた歌に変更してやるのです

……あの時より、うまく歌えていますか?



●輝きと歌声
 女は静かに語った。
 何故にこの世が滅びるべきなのか。すべては無意味だということ。世界は等しく崩壊すべきなのだ、と――。
 だが、零時達はそのような端的な理由など到底受け入れられなかった。
「いいか、この世に無価値なものなんてない!」
 零時が宣言したのは、悪華の女王への反論となる思いだ。力強い少年の声を聞き、心結もしっかりと頷きを返す。
「みゆたちの記憶は奪わせません」
 悪華の女王は忘却を齎すという。それが世界崩壊のはじまりであるというならば、此処で抗って止めるのが心結達、猟兵の役目であり使命だ。
 たとえ忘れようが、思い出してみせる。
 心結が強い決意を抱く中、零時は悪華の女王に向けて指先を突き付けた。
「平等に滅ぶべき? それを決めるのはお前じゃない。己自身が其々決める事だ!」
「そうです、絶対に、絶対に負けません」
 零時は勝手に決めつけられたくないと示し、心結も思いを声にしていく。
 それから零時は自分の傍にいた幽世蝶に心結を守って欲しいと願った。ひらひらと舞う蝶々が隣に訪れたことで、心結は一歩前に踏み出す。蝶そのものを守護するかたちで身構えた少女は、決意を抱いていた。
「ここまで導いてくれた、この子たちも守ってみせます」
 護ると誓われたあの日。
 今でも思い出せる。
 ふたりの約束を守るように、心結は掌を握り締めた。零時も光を纏い、悪華の女王から滲む敵意を受け止める。
「誰も、何も傷付けさせねぇ! 記憶だって奪わせないぜ!」
「邪魔するものは許しません」
 心結は剣めいた小さな注射器と桃色のダガーを構えた。その動きに合わせて零時は身体を光に変え、敵に言い放つ。
「そうだ! 心結の大事な記憶も奪うんなら、覚悟しとけ」
 護ると約束した。
 心結があの日を思い出していたように、零時もまた記憶を辿っていた。この思いまでも消されてしまうならば、絶対に抗う。
 それに――約束をしたのなら、全てを護るのが道理。
「…………」
 対する悪華の女王は無言のまま、少年と少女を一瞥した。その瞬間、深い忘却の力を孕んだ妖力が二人を穿つ。
 心そのものが抉られ、削られたかの如き衝撃が走った。
 あの雨の中で思い出した記憶が薄れる。
 大切で、大事なものだったと感じた想い出が忘却に呑まれそうになった。されど零時は気を強く持ち、はじまりの記憶を思い返す。
「負けるか……! パル、援護を頼む!」
 紙兎に呼び掛けた零時は忘却を気合いで耐えていた。
 心結も呼吸を整え、父が語ってくれた言葉を思い返すことで記憶が薄れて消えることを避けていく。其処から少女は反撃に入っていった。
 解き放った注射器とダガー。その一撃ずつに込めるの麻痺の力だ。
 これで少しでも相手の動きを封じられれば、記憶の忘却も止められるはず。次々と武器が飛んでいく最中、心結は少年を呼ぶ。
「零時、みゆも援護しますよっ」
「おう! 心結には傷一つ! つけさせねぇ!」
 パルは絶え間なく飛び回って敵の気を引いてくれていた。その間に力を紡いでいく零時は、敵に輝光閃をぶつけることで目を眩ませる。
 忘却の力は巡っているが、零時は止まることなく己と敵を繋ぐ光の線を描いた。その線に道を創るように、自己強化魔術を重ねる。
 過剰付与――輝光。
 そのための魔法陣を魔導書から幾重にも展開していく零時は真剣だ。少しでも気を抜けば戦う意味さえ忘れさせられてしまいそうだ。
 しかし、其処に心結が歌う零時への応援歌が響き渡った。
 歌声は可憐で、自分の存在を肯定してくれているかのような響きとなって巡る。
 これで相手の攻撃意思を削げればよい。もし今まで以上に邪魔されるのならば、この歌を催眠術を込めた歌に変更してやればいい。
 零時は心結の歌を聞き、ありがとな、と告げて笑ってみせた。
 そのときには既に彼の光は限界を突破していた。彼の光は強く輝き続け、暗い夜を眩く照らしている。
「ぶち込むぜ……!」
 輝光は望む果てまで加速する力をくれる。さあ、輝ける勝利を刻め。
 ――輝光踏脚!
 パルの力を借りて一気に跳び上がった零時は、空中で魔術を巡らせた。その勢いのままに蹴撃を振り下ろした零時はひといきに敵を穿つ。
「……、――」
 刹那、悪華の女王の身が揺らいだ。
 確かな手応えを感じた零時は着地しながら、更なる光を纏う。僅かでも勝機が見えたのだから手を止める理由はなかった。すぐにでも次の一撃を見舞おうと決めた少年に向け、心結は歌い続ける。
 そして、少しだけ問いかけてみた。
「……あの時より、うまく歌えていますか?」
「あの時以上に、よく聞こえるさ」
 返答は笑顔と共に。
 光の中で零時が明るく双眸を細めたように思えて、心結も微笑む。
 やがて、歌と光は重なりあった。忘却すら越え、過去から連綿と続いていく『今』を勝ち取るために――少年と少女は戦い続ける。
 そんな二人の姿を、光り輝く蝶々達がそっと見守っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
望まなくとも人はいつか死ぬものだ
そして巡り、再び生まれるんだと。
…神々の伝承によるとな。
それは自分の知る二人の女神による死と再生の物語

お前がわざわざ手を下さなくとも
滅びと再生はこれまでもずっと起きてんだよ。
そんでお前もその一部だ

なぁアズーロ、お前もそう思うだろう?

防御魔法はアズーロに任せ
自らは黒剣『絶叫のザラド』を手にする
重量級の一撃から放たれる衝撃波が盛大に敵を抉る
同時に記憶から霞むように消えていく光景

奪うならば私が再現しよう。
魔法により空気は澄み、雨の幻影が降り注ぐ
さぁ、これで君は何も恐れることはない。
霞む記憶は魔法によって補強される

…ふはっ、さすが魔術師様
なんでもアリかよ
降る雨に手を翳し



●いつか朽ちるなら
 等しき滅びを求める悪華の女王。
 表情を少しも変えぬまま、淡々と語られた彼女の言葉はとても静かだった。
 ジェイは暫しその声に耳を傾け、そうか、と一度だけ頷く。
「望まなくとも人はいつか死ぬものだ」
 そして巡り、再び生まれる。
 それゆえに滅びは望まずとも、いずれ訪れる。それが神々の伝承による話なのだと返したジェイは悪華の女王を一瞥した。
「…………」
 相手は何も答えず、視線すら返さないままだ。
 きっと全ては無価値だと語ったように、彼女は返答することにも意味がないとしているのだろう。ジェイだけではなく、彼女は皆に等しく同じ態度を貫いているようだ。
 それなら構わないとしてジェイは思い返す。
 自分の知る二人の女神による、死と再生の物語。滅んだ後に再び巡ることを望むのならば、自然の摂理に任せておいたっていい。
 そんな風に示したジェイは悪華の女に言葉を向けていく。
「お前がわざわざ手を下さなくとも、滅びと再生はこれまでもずっと起きてんだよ」
「……」
「そんでお前もその一部だ」
 ジェイがそのように告げてみても、やはり女は何も答えなかった。
 そんなことも分からないのか。それともこれまでとは違う別の何かを求めているのかは、彼女の様子から読み取ることが出来ない。
 ジェイは片目を軽く閉じると、傍にいる魔術師の名を口にした。
「なぁアズーロ、お前もそう思うだろう?」
 その通り、という凛とした言葉が返ってくる。すぐさま訪れる滅びなど願わずとも、形あるものはいつか朽ち果てるだろう。
 それだというのに悪華の女王は忘却と滅びを呼ぶ。
 相容れない存在同士であるのだと悟り、ジェイはアズーロに防御魔法を願った。
 護りは彼に任せ、ジェイ自身は黒剣――絶叫のザラドを手にする。罪人の魂が宿る刃を差し向け、一気に敵との距離を詰めるジェイ。
 相手も刃の軌道を見据えている。しかし、この刃が届かずともただ振り下ろすだけで良い。喰らえ、と言葉にしたジェイが絶叫のザラドを振るう。
 重量級の一撃から放たれる衝撃波が戦場に走り、女王の身を盛大に敵を抉った。
 だが、その攻撃に対抗する因果応報の力が放たれる。
 悪華の女王の視線がジェイに向けられた刹那、同時に記憶から光が消えゆく。霞むような感覚は忘却の力によるものなのだろう。
 このままではジェイの裡にある記憶が薄れて、やがて失われてしまう。されど刃を振るい続けるジェイは目に見える抵抗はしなかった。
 そのとき、彼の傍で穏やかな声が響く。
 ――奪うならば私が再現しよう。
 魔法によって淀んでいた空気は澄み渡り、其処に雨の幻影が降り注いでいった。ジェイはアズーロの力が巡ったのだと知り、近くで羽撃く幽世蝶にも目を向ける。
 きっとあの蝶も力添えをしてくれたに違いない。
 すると更に声が聞こえた。
 ――さぁ、これで君は何も恐れることはない。
 霞んでいくだけだった記憶は魔法によって補強され、蝶の翅が美しく揺らめいた。
「……ふはっ、さすが魔術師様」
 なんでもアリかよ、と零したジェイは手を翳す。
 降りゆく雨は不思議と優しくて、あの日のような感覚を与えてくれるもので――。
 これなら戦える。
 無価値だと断じられた滅びなど此の刃で斬り捨ててしまえるはず。傍に居てくれる彼の存在を強く思いながら、ジェイは赤い血が滴る剣を振るい続けた。
 因果は間もなく、幕を下ろす。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
解釈お任せ

_

彼女の言葉を否定はしない。
だがそれは俺の中に受け入れたわけではない。
彼女自身の心を否定するつもりはないというだけで、
彼女の説く『滅び』を受け入れることは絶対に出来ない。
故に俺は彼女に抗う。

彼女に刃を向けるたび記憶に靄がかかっていく。
幼馴染のあの子のことも、弟妹たちのことも。

けれど、俺はその記憶の糸を意地でも手放さない。

あの子たちを過去の中へ置き去りになんてしない。もうこの手を離さない。

あの子たちの想いも何もかも背負って、全て連れて明日へ進むと決めた。

…傍に舞う幽世蝶に微笑む。
俺は、大丈夫だと。

_

(──抜刀。
その軌跡、流星の如く。)



●明日を拓く一閃
 彼女は全てに等しく価値を見出していた。
 それは何も無いという意味合い。即ち、無意味だという価値の付け方だ。
 生と死も。過去と未来も。善と悪も。
 何もかもが等しく愛すべき無価値。いずれ全てが終わってしまうのならば、今すぐに終焉が訪れようとも変わらない。
 梓は悪華の女王が抱く意志をそのように捉えていた。
 彼女の言葉を否定はしない。
 しかし、梓自身が滅びや崩壊を己の中に受け入れたわけではなかった。彼女の心を否定するつもりはないというだけ。
 つまり肯定することもないという意味合いになる。
 彼女の説く『滅び』は荒唐無稽にも思えた。相手があれ以上多くを語らぬゆえ、真意は計り知れない。それを受け入れることは絶対に出来ないと感じられた。
「故に、俺は――」
 彼女に抗う。忘却が齎されようとも、抵抗し続ける。
 そのように決めたのだと示した梓は妖刀を敵に差し向けた。
 彼が桜と呼ぶ刃が向けられることで、悪華の女王から因果の力が巡ってくる。それは此方の身体を傷つけるような力ではない。
 だが、徐々に記憶に靄がかかっていく感覚に陥った。
 まずは幼馴染の声が思い出せなくなった。確かに知っているのに、あの雨の中で思い出したというのに、断片的に記憶が消えていく。
 あの子と過ごした記憶が抉られていくような妙な感触が胸の裡に深く沈む。頭を振った梓は記憶を手繰り寄せる。
 きっと次は孤児院の弟や妹たちの顔や、笑い声が消し去られていくのだろう。
 雨の最中に見た記憶が奪われていく。
 されど、梓は決意していた。記憶を忘れさせられてしまう前に思い出して、思い返して、辿って取り戻していく。
 それゆえに梓は決して何も忘れなかった。
 忘却に沈めば、それこそ相手の思う儘。梓は相手を否定こそしないが、同じ思想に染まる心算は微塵もない。
「俺はこの記憶の糸を意地でも手放さない。……価値は、自分で決める」
 其処に静かな宣言が落とされた。
 救えずに終わってしまったあの子たちを過去の中へ置き去りになんてしない。己が忘れてしまったらあの子たちが本当の意味で死んでしまう。
 もう、この手を離さない。
「あの子たちの想いも何もかも背負って、全て連れて明日へ――」
 進むと決めた。止まらないと誓った。
 梓の佇まいと凛とした意志を悟ったのか、悪華の女王は茫洋とした瞳を向けてくる。対する梓はそれまで向けていた刃を一度、鞘に収めた。
 それは想い出を今一度、己の中に仕舞い込むような動作だ。
 梓の傍らにはやさしい色をした幽世蝶が舞っている。平気かと聞いているような羽撃きに気付き、梓は蝶に微笑んでみせた。
「俺は、大丈夫」
 己の在り方を確かめるように、裡に浮かんだ言葉を音にする。
 そして――。
 抜刀。桜の刃は再び悪華の女王に向けられ、願いを籠めた一閃となっていく。
 その軌跡は宛ら、流星の如く。
 此の先に忘却の終わりなど、決して訪れさせない。
 世界を無価値だと断じるに至った因果を断ち切るべく、梓の刃は悪華の志を斬った。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

小結・飛花
左様ですか。

その言葉を否定することは出来ません。
あたくしもそうだと思ふからです。

あたくしが忘却の中へと消え行き
幽世に漂ふ藻屑と成るのならば、それはそのような運命だった。
それだけのことで御座います。

あたくしの意思を奪いますか?
奪いたいのであれば奪えば良いでしょう。

奪ったとて
そこにはあたくしと云ふ存在しか残らないのです。
滅ぶのなら、次には再生をする。
ひとは幾度も滅び、そして再生を繰り返してきた。

世も末。

意思とは幾度も生まれ出るもの。
あたくしが存在する限り、何度でも芽生えるのです。

蝶よ。物語を綴る一片よ。
そなたの力を借りるまでも御座いません。

藤に杜鵑。卯月の君よ。
花合わせと相成りましょう。



●華と花
 この世の全てに価値がない。
 ただそれだけを主張する女に対して、飛花はたった一言だけを返した。
「左様ですか」
 悪華の女王自身がそう思っているのならば、彼女の裡にある思いは変えることが出来ない。言葉を交わす意志のあるものであればまた違ったかもしれないが、相手は会話すら無意味だと示しているきらいがあった。
 それに――。
「その言葉を否定することは出来ません。あたくしもそうだと思ふからです」
 飛花は何でもないことのように答えた。
「…………」
 女は何も話すことはなかったが、代わりに飛花に視線を向ける。何も映されていない瞳の奥から感情は読み取れない。
 嘆いているのか、憂いているのか、それとも別の感情があるのか。それを探ることはすべきではないとして、飛花は言葉を続ける。
 そう、たとえば。
「あたくしが忘却の中へと消え行き、幽世に漂ふ藻屑と成るのならば、」
 それはそのような運命だった。
 此処で塵と消えるのだとしたら、そうあるべきとして世界の流れがつくられており、その後も何事もなかったかのように時が過ぎていくだけ。
「――それだけのことで御座います」
 ゆっくりと、されど警戒は緩めぬまま思いを語り終えた飛花は女を見つめる。
 悪華の女王は剣を抜いていた。
 その姿から目を逸らさぬまま、飛花は問いを投げかける。
「あたくしの意思を奪いますか?」
「……」
「奪いたいのであれば奪えば良いでしょう」
 無言の女はやはり一言も答えなかった。周囲の者すべてにそうであるように、飛花の言葉に対しても何も反応しないという等しい行動を貫いている。
 すべてが無価値。
 彼女はまさにそれを体現しようとしているのかもしれない。そうして、此方に向けられた悪華の剣が振り下ろされる。衝撃波めいたものが散った。
 それは身体を傷つける効果はなく、心の深い部分に染み込むようなもの。だが、飛花は慌てる素振りなどひと欠片も見せない。
 奪われたとて、失くなったとて、はじまりに戻るだけ。
「……?」
 そのとき、はじめて悪華の女王が不思議そうな反応を見せた。確かに記憶も意志も忘却させているというのに飛花は何も変わらない。
「そこには……いえ、ここにはあたくしと云ふ存在しか残らないのです」
 雨の中で何を見てきたのか思い出せずとも構わない。
 何処かで、何かを自分で見つけたいと思った気がするが、それも遠い果てに沈むのみ。
 滅ぶのなら、次には再生をする。
 ひとは幾度も滅び、そして再生を繰り返してきた。
 それゆえに――。
「世も末。それに意思とは幾度も生まれ出るもの。あたくしが存在する限り、何度でも芽生えるのです」
 飛花は思うままの言葉を紡いだ。
 忘却の力はたしかに強いが、魂まで押し潰してしまうものではない。飛花は指先を宙に掲げ、優しく羽撃いていた蝶を呼ぶ。
「蝶よ。物語を綴る一片よ。そなたの力を借りるまでも御座いません」
 だからどうか、あなたはあなたの物語を。
 インクの滲む翅を持つ蝶々は飛花の声を聞き、見えないところまで飛んでいった。いずれ誰かの物語と交差するかもしれない。けれども、それはまたいつかの話。
 飛花は忘却と崩壊を止めるべく、己の力を顕現させてゆく。
 ――藤に杜鵑。卯月の君よ。
「さあ、さあ。花合わせと相成りましょう」
 夜に咲くのは悪華と卯月の藤。
 花弁が戦場に舞い散る中で、飛花は戦いの終わりを見据えていく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

蘭・七結
この夜に溶け込んだ黒きひと
あなたは、終いを求めるのかしら

かくりよの世にも、わたしたちにも
あなたが齎す滅びの力は不要よ

差し向けるのはあかく刻む秒針
途端になにかが巡りくる
嗚呼、霞んでゆく
浮かべた光景が薄れてゆくかのよう

沈めた記憶は要らないもの?
宿したこころも不要なのかしら
いいえ、ちがうわ

忘れない、忘れないわ
彼岸の花を飾るあなたを
白バラを揺らすあなたを
眞白の『あなた』が愛した街を
かつてのわたしが身に受けた想いたちを
忘れて、たまるものか

意図を編んだ糸を込めて
偽りを、記憶を塗り替える忘却を穿つ

罪を冒し、罰を刻んで
血染めの鬼は常夜へと堕ちた
罪過を知り得たからこそ、往かなくては
『あなた』の愛した、あの世界へ



●みちしるべ
 静かな夜に溶け込む黒。
 彼女を称するならば、そのように呼ぶのが相応しい。
 蛍と蝶が舞う景色の中で夜風が吹き抜け、悪華の女王の髪を揺らがせた。静謐な風は七結の頬も撫でていく。
 幽世の川辺に立つ七結と悪華の女。
 ふたりに共通するのは、どちらも印象的な赤を宿していること。
「あなたは、終いを求めるのかしら」
「…………」
 七結が問いかけてみても、悪華の女は答えることはなかった。
 誰にも返答しない。彼女が口をひらくのは徐に何かをするときだけであり、発するのも会話にすらならない一方通行の言葉だけ。
 しかし、七結はそれにも構わず語り掛けていく。
「かくりよの世にも、わたしたちにも、あなたが齎す滅びの力は不要よ」
 聞いていないというわけではないだろう。
 こうやって宣言することが出来れば十分だとして、七結は戦意をみせた。雨の小路で記憶を見せて引き出し、それを忘却させる。あの雨は未だ崩壊には至らぬ異変ではあったが、あの雨も悪華の女王が齎したものなのだろう。
 まるで、そう――大切な記憶にさよならを告げさせるかのような所業だ。
 それが慈悲なのか。それとも違う意志によって巡らされたのかは、今は知れない。
 七結が差し向けるのはあかく刻む秒針。
 だが、途端に其処から何か不可思議な感覚が巡り来た。眩むような光が見えたのは、悪華の女が飛ばした白い鳥が羽撃いたからだ。
 ――嗚呼、霞んでゆく。
 思い出したはずの過去が、あの記憶が、浮かべた光景が薄れてゆくかのようで意識が揺らいでいった。割れた砂時計から小さな欠片が零れていくような奇妙な心地だ。
 沈めた記憶は要らないもの?
 宿したこころも不要なのかしら。
 記憶が自分から離れて落ちていくだけの感覚が巡る中で、七結はそんなことを考えていた。頭がぼうっとして、自分が自分ではなくなるような――。
 されど七結は気を確かに持つ。
「いいえ、ちがうわ」
 はっきりと言葉にしたのは今の己が抱く思い。思い出さないでいたら、忘れたことと同義なのかもしれない。それでも、失くしてよいものではないはずだから。
 ひらり、ひらりと幽世蝶が舞う。
 傍に寄り添う蝶々は七結のまわりをそうっと飛び続けていた。淡く棚引く光が七結に触れれば、其処から記憶の欠片が蘇ってくる。
「忘れない、忘れないわ」
 彼岸の花を飾るあなたを、白バラを揺らすあなたを。
 眞白の『あなた』が愛した街を。それから、かつてのわたしが身に受けた想いたちを。
 忘れたくない。
 忘れてはいけない。
 忘れて、たまるものか。
 遺志に意志を重ねて、意図を編んだ糸を込めて、七結は力を巡らせていく。
「あなたに、終わりを」
 七結は記憶を塗り替える忘却を穿った。
 少女はかの女王にこそ、滅びを齎すべきだと感じていた。彼女のように慈悲を持って。そうすれば、悪華の女にだけ求めるものが訪れる。
 罪を冒し、罰を刻んで、血染めの鬼は常夜へと堕ちた。
 それゆえに七結は忘却に抗う。罪過を知り得たからこそ、先へ往かなくてはならない。
 蝶々はただ舞い続ける。
 少女を連れゆくように。更に先へ導いてゆくかの如く。
 あかく刻まれる秒針が偽りを貫ければ、戦いは終幕に近付いていく。
 
 さあ、もっと先へ。此処から――『あなた』の愛した、あの世界へ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
俺の意志。とは…何だろうな…。
俺は何の為に此処に居るんだろうか。
…わからないな。

だが、
ロワに触れると安心するんだ。
ミヌレが居れば俺は何にでも立ち向かえる。
タイヴァスが寄り添ってくれるなら強く前を向いていられる。
テュットが傍らにいれば何度でも立ち上がれる。
クーが共にいれば優しく強くあろうと思い続けていられる。

滅びなど、させる訳にはいかねぇんだ。

過去の自分は悔しい想いも辛いと言う感情もたくさんあったが。それでも、それが、俺の一部だから。
俺も、俺の仲間も、全てを失わせる訳にはいかない。
だから俺は此処に居るんだよ。
だから俺と共に滅びを止めて欲しい。

皆、いつも有難う。
また力を貸してくれ。さぁ、行くぞ。



●何処までも一緒に
 夜の暗闇の中で、悪華の女王が振るう刃が鈍く煌めいた。
 剣から放たれた衝撃波は記憶に作用していき、猟兵達の意志を削いでいく。
 本来なら痛みを伴うはずの一閃はユヴェンの身を傷付けたりはしなかった。代わりに心の奥深くに何かが無理やり染み込んでくるような感覚に陥る。
「俺の意志。とは……何だろうな……」
 巡るのは奇妙な気持ち。
 ユヴェンは先程まで敵に刃を向けていたが、今はミヌレの竜槍が下ろされていた。戦意は元よりあったはずで、今だって戦わなければならないという気持ちもある。
 しかし、そういった思いが揺らいでいた。
「俺は何の為に此処に居るんだろうか。……わからないな」
 ちいさく呟いたユヴェンの意志は、悪華の女王によって断ち切られていた。
 無気力になったわけでも、力に屈したわけでもないが、槍からミヌレの心配そうな意志が伝わってきた。ふらつきそうになったユヴェンは槍を握り直したが、その手に力は入っていない。
 だが、そのとき。
「……ロワ?」
 黄金の獅子がユヴェンに寄り添った。獅子は彼の身を支えたかったらしい。その柔らかな毛並みに触れるたユヴェンは、不思議と穏やかな気持ちを覚えた。
 それまでの虚無めいた思いは消え去り、安堵が胸裏に巡っていく。
 意志を削がれたことで、何も意味がないと思いはじめていた。しかし今、すぐ横にロワが居てくれたことで己を取り戻す切っ掛けを得た。
「すまない、ミヌレ」
 元気をだして、そのきもちは違うよ、とミヌレが懸命に伝えて続けてくれていたことに気が付き、ユヴェンは一度だけ瞳を伏せる。
 それから瞼をひらいたユヴェンは、いつもの表情に戻っていた。川辺に佇み続けている悪華の女に竜槍を差し向け、彼は己なりの言葉を紡いでいく。
「ミヌレが居れば俺は何にでも立ち向かえる」
 槍の柄を握り、空を見上げた。
 高く飛ぶ大鷲が一声、鋭く鳴く。そして、ひらひらとクロークが揺れた。
「タイヴァスが寄り添ってくれるなら強く前を向いていられる。テュットが傍にいれば何度でも立ち上がれる」
 少し離れたところでは真白な狐がひっそりとユヴェンを信じて待っていた。
 一番近くにはロワもいる。
「クーが共にいれば優しく強くあろうと思い続けていられる。ロワと一緒にいると、勇気を貰える。だから――」
 戦場には忘却の力も巡っているが、ユヴェンは惑わされない。
 そして、ユヴェンはひとつずつの言葉を噛み締めるように強く宣言していく。
「滅びなど、ここには要らない。世界を崩壊させる訳にはいかねぇんだ」
 過去の自分には様々な思いがあった。
 悔しい想いも辛いという感情も抱いていたことは否めない。しかし、それこそが己の一部だと考えられるようになった。
「俺も、俺の仲間も、全てを失わせる訳にはいかない」
 ゆえに此処に居る。
 だからこそ、共に滅びを止めて欲しい。
 ミヌレにロワ、タイヴァス、テュット、クー。仲間の名を呼んでいったユヴェンは心からの思いを声にした。
「皆、いつも有難う。また力を貸してくれ」
 ――さぁ、行くぞ。
 敵を見据えたユヴェンは意思を強く持つ。己の声に応えてくれた仲間達を思えば、戦いへの志は新たに生まれていく。
 地を蹴ったユヴェンの瞳は悪華の女王を捉え、竜槍が鋭く振り下ろされた。
 そうして悪の因果は貫かれ、戦いの終わりが近付いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
SPD

女王の言葉に笑う
自分と違うのかたまにわからなくなるんだよね
かれらの齎す滅びを否定して気紛れに邪魔して
その滅びが気に入らないのは確かだけど
ひとにとってはきっとどちらも変わらない

ああ
削られる意志なんかもうないのに
膝をついて蹲って
ひとつも動けないのは何故だろう
救いとは、神とはなにか
永い生で積み重ね考え続けてきたことも
どうでも良くなってきて
ぽっかりと奈落がくちを開けて
芯が冷たくなって―

その終わり方は厭だって
蝶に手を伸ばしたのはたぶん無意識
指を噛み切り流れた血をもって
意志を確かにもつ

きょうだいたちのように
きれいに諦めてしまえないから
どこにも進めないのなら
この醜い自我を抱くまま
ここに居るしかないんだ



●自我
 すべては愛しきもの、すべては滅びるもの。
 みな等しく同じ価値しかない。つまりはすべてが無意味であると語る女。静かに佇む悪華の女王は、忘却から始まる破滅を望んでいるようだ。
 ロキは彼女の言葉を聞き、可笑しそうに笑った。
「自分と違うのかたまにわからなくなるんだよね」
 戯れに呟いたのは自身とオブリビオンという存在の差異について。かれらの齎す滅びを否定して、気紛れに邪魔をして。そうやって今まで歩んできた。
 私が齎そうとした滅び。
 かれらや、目の前の彼女が望む滅亡。
 双方の違いはどんなものなのだろう。ロキ自身がこの滅びが気に入らないのは確かであるけれど、きっとひとにとってはきっとどちらも変わらない。
 今まで敢えて意識はしていなかったが、ロキには分かっている。
 滅びは慈悲だ。
 おそらく根本にある思いは悪華の女王と似ていた。相手はロキを軽く見遣ると、抜き放った刃を振り下ろす。
 其処から戦場に巡った衝撃波は多くの猟兵を巻き込む慈悲の一撃となった。
(ああ、削られる意志なんかもうないのに)
 それは身体を傷つけるものではない。心が抉られ、意志が削られるような痛みのない衝撃はロキの中に巡った。そのままロキは膝をついて蹲る。
 痛くはない。
 けれど、ひとつも動けないのは何故だろう。
 胸を押さえたロキは暗い足元を見下ろしていた。其処には影があるだけ。近くの水面に映っている、蛍や蝶々の光は目に入って来ない。
 救いとは、神とはなにか。
 永い生で積み重ねて、考え続けてきたことがぐるぐると胸裏で渦巻く。
 だが、それも次第にどうでも良くなってきた。
 まるでぽっかりと奈落がくちを開けているように、芯が冷たくなっていって――。
 そのとき、誰かが囁いた。
 ――だめ。
 それはロキの声ではなく、別の誰かが紡いだものだ。はたとして顔を上げると、目の前に幽世蝶が羽撃いてきていた。蝶の聲だったのか、それとも違う存在が発したものなのかは今のロキには判断できない。
 その終わり方は、厭だ。
 ロキは無意識に蝶々に手を伸ばす。蝶が纏う幽かな光の残滓がその指先に触れた。
 ほんの僅かだが、削られた心が戻ってきたような感覚が満ちる。
 口許に指を運んだロキは、そのまま指先を噛み切った。ちいさな痛みがあったが、流れた血をもって意志を確かに抱く。
 ぼうっとしていた感覚が次第にはっきりしていった。
 視線を悪華の女王に向けたロキは、きょうだいたちのことを思い出していく。
 かれらのように、きれいに諦めてしまえないから。
 今の自分がどこにも進めないのなら。
「この醜い自我を抱いたまま、ここに居るしかないんだ」
 零れ落ちた言葉は誰に向けられたものでもない。
 自分に言い聞かせるが如く、そう口にしたロキは態と静かに笑った。すると悪華の女王が虚空に向けて何かを呟いた。
「滅びの後には、再生が訪れる。それは、」
「それは?」
「…………」
 ロキが問い返すも、女はそれ以上なにかを語ることはなかった。そっか、と片目を閉じてみせたロキは反撃に入っていく。
 足元から迸る影は鋭く、そして深く――悪因の君を穿っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
蝶々殿、そのお力を借りる折
其方に負荷はかからぬの?
その身に辛さは及ばぬの?
もしそうならば
添うてくれるだけでいいから
其れだけで妾の力になるから
御身をどうか大切になさって

今も嘗ても変わらず
この身傷つくのは怖くないの
癒しに伴う痛みとて
大なり小なり
聖痕より齎される其れと何が違おう

けれど
壊されるわけにはゆかぬから
滅びを享受するわけにはゆかぬから
そう、優しき蛍火舞うこの地をも
そうして、この身をも

齎される其れに抗い翼を振るう
今は帰りたき場所がある
永遠にと紡いだ約束も。
そこに帰る為なら
掛け替えなき約束を守る為なら
多少の無茶くらい乗り越えねば

それに、対するはひとりではないもの
集う皆の力も信じ己の力も助力に変えて



●花ひらく福音
 抜き放たれた剣閃。夜の狭間に飛ぶ白い光の鳥。
 慈悲としての忘却を齎す悪因悪果の女王の力が、ティルの身にも襲ってくる。
 心が削られ、意志が消えていく。胸を貫かれるような感覚に耐え、ティルは傍に寄り添ってくれている幽世蝶に手を伸ばした。
「――蝶々殿」
 その力を借りることで、其方に負荷はかからないのか。いくら身体への痛みがないとはいえ、今のティルが感じているような苦しさは、その身に及ばないのか。
 問うように視線を向ければ、蝶々は力強く羽撃く。
 まるでそれは平気だと告げるような仕草だ。
「……有難う。添うてくれるだけでいいから、其れだけで妾の力になるから」
 御身をどうか大切に。
 静かに微笑んだティルは周囲を舞う蝶々に願いを向けた。そうすれば幽世蝶は彩を満ちさせていくように光の軌跡を描いていく。
 大切にするならば、君も一緒に。
 まるでそのように語る蝶々はティルの周囲に淡い光を巡らせた。
 その光はたしかな力になってくれる。胸を貫いた心への痛みや、悪華の女王が齎す忘却の力を和らげているようだ。
 ティルは凛と前を向き、全てが無価値だと語った女王を見つめる。
 今も嘗ても変わらず、この身が傷つくのは怖くない。
 悪華の女王は片手を掲げ、呼び出した白い光の鳥を羽撃かせた。あの鳥はどうやら癒しを与えてくるようだが、過剰な力が重ねればどうなるかはティルにも分かる。
 刹那、鳥の羽根がティルに舞い降りた。
 齎されたのは最初こそちいさな癒しだった。されどそれは徐々に強くなり、痛みを伴う力となっていく。それでも、ティルは怯まなかった。
 身体を巡る痛みが大なり小なり、聖痕から齎される其れと何が違おうか。
 けれど、と首を振ったティルは思いを言葉にする。
「壊されるわけにはゆかぬから、滅びを享受するわけにはゆかぬから」
 そう、優しき蛍火を。
 光が舞うこの地をも、そうして、この身をも。
 ティルは決して女王から視線を逸らさなかった。彼女がどうしてあのような意志を抱くようになったのか、問いかけても答えてはくれないだろう。
 それゆえにティルは力で以て対抗する。
 そうすることこそが彼女への応報となると信じて、齎される過剰な癒しに抗うように翼を振るった。白い鳥の羽根と、沈丁花を宿す少女の羽根。
 戦場を飛び交うふたつの白は、深く昏い夜の世界を彩っていった。
 花の魔法陣が広がっていく最中にティルは強く想う。
 今は帰りたい場所がある。
 永遠にと紡いだ約束も、忘れてなどいない。これだけは落としたりしない。
 そこに帰る為なら、掛け替えなき約束を守る為なら――。
(多少の無茶くらい……)
 乗り越えねば、と思った瞬間、彼の幽世蝶がティルの肩に止まった。
 はっとしたティルは蝶に頬を寄せる。懸命に戦おうと決めたけれど、周囲にはちゃんと志を同じくする仲間がいるから。
 悪因に対するはひとりではない。集う皆の力も信じて、己の力も助力に変えて。
 少女は両手を重ねた。
 未だ心が鳥籠から抜け出せていなくとも、この祈りは大切なものを護る為に。
 そして、ティルは白き羽根と蝶に想いを託す。
 女王が何もかもが等しく無価値だというならば、己はみなに価値を認めて祈ろう。

 願わくは、全てのものに安らぎを――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
確かに
いずれは滅びるかもしれない
再生もするかもしれない
静かに告げ、糸桜のオーラと破魔を纏う

けれど

無価値かどうか
虚ろかどうかを決めるのはお前ではない
握る刀・藍焔華に火の属性を宿す

ソレは渡さない
私の記憶
大切なあの子のこと
ソレは私の一部であり
世界を超えて尚
忘れることを許されぬ
罪だから

マヒを誘発する攻撃で敵の傷口を抉り
鎧を砕くがごとくなぎ払う

同じ罪を、終りを繰り返す訳にはいかないと
術のみでは足りぬと刃を手に取った

失った物は多くあれど
忘れるわけにはいかない

力を、貸して
舞う蝶へと祈る

いとおしい彼らの彩をこの手で護るためにも
認めたばかりの記憶を忘れることも
此処で滅ぶわけにもいかない

私はこの記憶と共に生きるの



●生きる意志
 等しき滅びを望む者。
 千織が対峙するのは、悪因悪果を体現するような一人の女だ。彼女が語ったことは端的ではあるが、何に対しても価値を見出していないことがよく分かった。
「確かに、いずれは滅びるかもしれない」
 そうして、再生もするかもしれないだろう。
 千織は悪華の女王に向け、静かな言葉を向けた。それと同時に糸桜のオーラと破魔を纏った千織は凛とした眼差しで敵をみつめる。
 滅びに関しては、形あるものならばいつかは訪れるものだと思えた。けれど、と首を横に振った千織は藍焔華を強く握る。
「無価値かどうか、虚ろかどうかを決めるのはお前ではない」
 刀に火を宿し、千織は地を蹴った。
 藍焔華を向ければ敵がどう動くかは分かっている。それが因果応報なのだと語るかの如く、女王は忘却の妖力を千織に差し向けた。
 心を穿つような衝撃が襲い来る。
 身体への痛みはなくとも、あの雨の中で思い出した記憶が薄れていった。欠片が零れ落ちてしまうような感覚が千織の中に巡ったが、足は止めない。
 ――剣舞・柘榴霹。
 一気に肉薄しながら刃を振った千織は、強く宣言した。
「ソレは渡さない」
 私の記憶。大切なあの子のこと。
 時代や世界が違っても、あれは自分の一部だと思っている。果てを超えて尚、忘れることを許されぬもの。それは、即ち。
「……罪だから」
 千織は独り言ちるように呟き、麻痺を誘発する攻撃で以て刃を振り下ろした。他の猟兵が付けた敵の傷口を抉り、そのままの勢いで鎧を砕くがごとく薙ぎ払う。
 今も忘却は巡っていた。
「…………」
 悪華の女王はただ無言で、忘却の力を振るっていく。
 彼女は誰に対しても殆ど無言を貫いていた。それこそが全てが等しいと語る、彼女なりの矜持なのかもしれない。
 千織はそのように感じ取り、女王を見据える。
 気を抜けば、雨に洗い流されるような感覚に記憶がさらわれてしまいそうだった。
 されど、同じ罪を、終わりを繰り返すわけにはいかない。
 術のみでは足りぬと刃を手に取った。失った物は多くあれど、今はなにひとつ忘れるわけにはいかないと強く想う。
 千織は身体や心を蝕んでいく力に対し、抵抗の意志をみせた。
 そして、傍に舞う蝶々に願う。
「力を、貸して」
 祈りにも似た思いが紡がれたとき、幽世蝶は力強く羽撃く。其処から広がったのは一筋の光。翅から振り撒かれる光は千織を包み、巡る忘却の力を弱めていく。
 蝶の援護を感じた千織は刃を握り直す。
 いとおしい彼らの彩。
 それをこの手で護り、大切に抱いていくためにも負けられない。
 認めたばかりの記憶を忘れることも、此処で滅ぶわけにもいかないから。
 敵の神経と回路のみを断ち切る一閃が振るわれ、悪華の女王は徐々に追い詰められていく。その姿をしかと確かめながら、千織は強く宣言した。
「私はこの記憶と共に生きるの」
 紡いだ言の葉は、何処までも、果てしなく続く決意のはじまりとなっていく。
 其処から戦いは激しくなり――因果は、巡る。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸迎櫻

私は未来へいくの
なぎ払って進むのよ

呪いになった愛はこの身を苛む
神の血と籠で封じ閉じ込めた呪なる大蛇
次の狙いは…カムイ
リルの事だってきっと傷つける
愛を喰らうものだから

抱えたまま死ねば…私はきっともう転じない
自分で祓えってそういうことね
イザナ

駆けた日々を重ねるよう斬撃這わせて桜咲かせる

等しい滅び?私だけの特別じゃなきゃ嫌
暴れる暁の蝶に笑む
だから貴方は駄龍だと言うんですって声が聴こえてきそう

カムイの赫に意志が鼓舞される
流石は私の神ね!
…師の背を思い出す

リルの歌に光を抱く
何時だってあなたは眩しいくらい
暖かく寄り添ってくれる

滅ぼさせなどしない
私の愛は私のもの

私は護龍
愛を守り咲かせ
愛と共にいきるの


リル・ルリ
🐟迎櫻

悪華の女王――君が悪なの?
滅ぼすことは悪で
忘却も悪…
奪うことが悪?

語られる虚ろな言葉に
思い出す
白い鳥の御伽噺と黒薔薇の聖女

カナン――僕にこれを見て欲しくないんだね
聖女のことなど忘れて欲しいんだね
フララ――仇など考えずに憎しみなど抱かずに
白いままに生きて欲しいんだね

そんな気がして

匣は開いてしまった

僕は見つめて寄り添うよ
正義と悪に答えなんてない
だから僕は僕の答えを歌うよ

自壊するなんて
まるで幸福な楽園の舞台のよう
大丈夫
歌いきる
そう《何も無かった》

カムイ…君は、立派な神だよ
その背中をみる
櫻、強くて綺麗に咲いてる

例えいつか滅びるのだとしても
僕はリルルリ・カナン・ルー
今この時
この名に恥じぬ歌を歌う


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

過去の事など忘れ
新たに拓かれた路を
前だけ向いて進む
其れが転じた私の在るべき姿
歩むべき正道

忘却とは死
神の死は忘却だ

忘れるものか
硃赫神斬としての生も
隣同士のかけがえない桜竜神も
いつも泣いていたちいさなサヨも
…約束を落した私を迎えてくれた櫻宵を

忘れない
全てを抱えて私は生きる

噫、桜の蝶が―桜姫
私を赦してくれるのかい?

凡てを無価値と断じるならば
私は凡ての価値を約結ぶ
其の様な因果は断ち斬る
きみと過ごした日々の欠片を握り抗う
絶対に守ってみせる

あいしているから

愛は呪いになると
神斬が頑なに口にしなかった言葉を紡ぎ
切り開き示す
櫻宵の意志を穢させない
リルの身を傷つけせない

守るよ
過去も愛し抱き私は生きるのだから



●舞う桜
 忘却と意志を削ぐ力が戦場に巡っていく。
 櫻宵は自分の裡にある何かが奪われゆく感覚をおぼえ、胸元に掌をあてた。
「私は未来へいくの」
 もう片方の手は屠桜の柄に添えられている。
 邪魔するものがあれば、薙ぎ払って進むのだと櫻宵は決めていた。しかし、悪華の女王から齎される忘却の力は強い。
 刀の柄を強く握り締めた櫻宵は、記憶を思い返していく。
 失くさぬよう、忘れぬように。
 この身に宿るものを忘却してしまえば、何が起こるかは想像に難くない。
 呪いになった愛はこの身を苛んでいき、神の血と籠で封じ閉じ込めた呪なる大蛇が大きくなろうとしている。
(次の狙いは……カムイ。それに、リルの事だってきっと傷つける)
 其れは愛を喰らうものだから。
 されど、この呪を抱えたまま死ねば櫻宵はきっともう転じることもない。今になってやっと彼が告げたことの意味が分かった。
「自分で祓えってそういうことね」
 イザナ、と魂の欠片の名を呟いた櫻宵は瞼を閉じる。胸を貫くような痛みは消えてくれない。それでも、忘れ去ることは許されないから。
 櫻宵は忘却に抗うように、これまでのことを思い返していく。
 幼き頃の想い出。
 駆けた日々。巡りを迎えた日。
 それらを重ねるように強く抱き、櫻宵は屠桜を抜く。その勢いに載せて斬撃を這わせて桜を咲かせれば、悪花の女王の身が揺らいだ。
「……――!」
「等しい滅び? 私だけの特別じゃなきゃ嫌」
 櫻宵が駆けると同時に鬼の如く暴れはじめた暁の蝶に向け、櫻宵は笑む。
 ――だから貴方は駄龍だと言うんです。
 そんな声が聴こえてきそうだったが、櫻宵はそれすらも懐かしく感じる。そして、蝶々から巡った力を受け、櫻宵は更に刃を振りあげた。

●揺蕩う詩
「悪華の女王――君が悪なの?」
 三人で敵に対峙したとき、リルは思わずそう問いかけていた。
 滅ぼすことは悪。
 忘却も悪で、奪うことが悪なのか。
 疑問が浮かんだが、それに答えてくれる者はいなかった。全てが等しく、何もかもに価値があって無意味だ。語られる虚ろな言葉を聞き、リルは思い出す。
 それは白い鳥の御伽噺と黒薔薇の聖女のこと。
 リルの傍にはいつものように黒の蝶々達が寄り添っている。
「カナン――僕にこれを見て欲しくないんだね」
 聖女のことなど忘れて欲しい。
 あの記憶だけは失っても良いのだと語るような幽世蝶は静かに羽撃いていた。
「フララ――仇なんて、いらない?」
 過去のことなど考えず、憎しみなど抱かずに白いままに生きて欲しい。
 穏やかな幽世蝶は何処か不安気に翅を揺らしている。ふたりからはっきりとした言葉が紡がれることはないが、そんな気がした。
 でも、匣は開いてしまった。
 其処にあるのは絶望か。ひとかけらの希望か。黒曜に彩られた匣の中身を知るものは未だ、何処にもいない。
「僕は見つめて寄り添うよ。正義と悪に答えなんてない」
 だから僕は僕の答えを歌う。
 リルが蝶々達にそっと語りかけると、其処に白い鳥が飛んできた。はっとしたリルは、これが悪華の女王が飛ばしたものだと知る。
 舞い落ちた羽根がリルに触れた途端、人魚の身に過剰な癒しが齎された。
「まるで幸福な楽園の舞台のようだね」
 グランギニョルを思い返しながら、リルは花唇をひらく。
 大丈夫。歌いきる。
 そう――《何も無かった》かのように。
 人魚が紡ぐ薇の歌は戦場に響き渡り、破滅と破壊の力を巻き戻していった。

●神の愛
 因果は巡り、応報として返ってくる。
 カムイの身にも今、忘却の力が襲いかかっていた。折角思い出したというのに、あの雨の中で視た記憶が薄れかけていく。
 過去のことなど忘れて、新たに拓かれた路を前だけ向いて進む。
 其れが転じた己の在るべき姿で、歩むべき正道。
 だが――。
 カムイはかぶりを振り、ただしさにも正解などないのだと断じた。
 忘却とは死。
 信仰がそうであるように、神の死とは忘却そのものだ。それゆえに過去を無視することも、振り返らずに進むことも出来ない。ただ前だけしか見ない歩みならば、それこそ盲目的でしかない。
「……忘れるものか」
 硃赫神斬としての生も、隣同士のかけがえない桜竜神も、なかったことにして生きていく選択は取れない。前も今も、すべてを含めての己だ。
 カムイは思い出す。
 いつも泣いていたちいさな彼を。約束を落とした自分を迎えてくれた櫻宵を。
「忘れない」
 全てを抱えて生きるのが今の自分の在り方。カムイが己を強く持とうとしたとき、傍に舞っていた桜色の蝶が傍に舞い降りた。
「噫、桜の蝶が――」
 桜姫、と気付けば呼んでいた。その声に答えるように肩に止まった蝶はカムイに忘却に抗う力を宿していく。
「私を赦してくれるのかい?」
 与えられた力が、問いかけへの答えに思えた。わかったよ、と告げたカムイは喰桜に手を掛けた。其処から見据えるのは悪華の女王。
 彼女が凡てを無価値と断じるならば、己は凡ての価値と約を結ぶだけ。
「其の様な因果は断ち斬るよ」
 決して失くさない。忘れ去ることに抗い続ける。
 きみと過ごした日々の欠片を握るように、カムイは喰桜を構えた。そして、自分の中に宿った強い思いを言葉に変える。
「絶対に守ってみせる」

 ――あいしているから。

●生きる意味
 愛は呪いになる。
 嘗ての神斬が頑なに口にしなかった言葉を紡ぎ、カムイ達は刃を振るった。
 戦場にはリルの歌が響き渡り、駆けたカムイと櫻宵が剣閃を重ねていく。切り開き、刃に乗せるのは大切なものへ想い。
 櫻宵の意志を穢させない、リルの身を傷つけせない。
 身を以てカムイが示す思いを感じ取り、櫻宵は確りと頷いてみせた。
 その赫に意志が鼓舞される。
「流石は私の神ね!」
 師の背を思い出すのだという言葉は胸に秘め、櫻宵はそっと振り返った。その視線の先には懸命に謳い続けるリルの姿がある。
 こくりと首肯した人魚はふたりを見つめていた。
「カムイ、櫻……」
 君は立派な神だから。櫻は強くて、とても綺麗に咲いているから。ふたりを彩る歌と詩を紡ぐのが、今の自分の役目。
 リルは更に歌声を響かせていく。その聲に光を抱き、櫻宵は身構え直す。
 何時だって眩しいくらいにあたたかく寄り添ってくれる白の人魚。深い愛と想いで包み込んでくれる赫の神。
 そのふたつの色が交われば、桜の彩になる。
「これが僕達のあいで、いろだね」
「ええ、滅ぼさせなどしない。私の愛は私のもの。私達の色彩よ」
「守るよ。絶対に」
 リルと櫻宵、カムイは想いを重ねあった。三人でいるならば忘却も滅亡も、破壊すらも乗り越えられる気がする。

「――私は護龍」
 愛を守り咲かせ、愛と共にいきるもの。

「僕はリルルリ・カナン・ルー」
 たとえいつか滅びるとしても。今この時は、この名に恥じぬ歌を歌うもの。

「私は、約の神」
 災厄を再約として、過去も今も愛して、生きるもの。

 そして、三人は其々の意志を強く抱いた。
 悪因と悪華が齎す滅びを退けるため。其処から、想いと力が解き放たれていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

壱織・彩灯
煉月(f00719)と

成程、其方と相見えれば
記憶丸ごと奪われると
其れは面白いのう、なあ、鬼灯よ、
使いの鴉に目配せ送り
俺が忘れてもお前が憶えてはくれているのだろうが
其れでは俺の矜持が赦さぬ
幾星霜と膨大に繋げたものは決して忘却など
…するまいよ
紅影を背負いて靜か説いて重く、冷たく
先制攻撃と振り下ろす

俺の身体が一寸壊れたとて
なあに、我慢強い方じゃし。へーきへーき。
レンも強いのはわかっておるけれど、
傍らの狼へ互いの彩持つ幽世蝶を誘導し
レン、抑え込むのは今は無くてよい
痛み、衝動に怯える其方を
蝶へと委ねてしまえ
此方にも優しい蝶が返れば
其方の秘する雫は預かるから

次逢うときも屈託無く笑う貌を
俺に魅せておくれ


飛砂・煉月
彩灯(f28003)と

ふぅん? 大切な記憶が、ね
隣に同じく肩の白竜を見遣って
積み重ねた物も秘するものもオレだけの物だ
出来るもんならやってみなよ
雨は振り返らない、見据えるは元凶お前だけ
ハクと名を呼び手に握る白き槍
ダッシュで掛けて勢い良く槍投げ
竜牙葬送、
――奏でて、やんなよッ!

一寸、彩灯?
オレだって痛いのは割と平気な方なんだけどー?
鬼から渡された彩の蝶を見れば
ならオレのはキミにって鬼の方へと
お互いの彩を持つ蝶ならどっちに行っても力を貸してくれるでしょ
秘した泪はキミが隠してくれたんだから
オレは笑うよ
前を見て進むさ
だから貸し借りはナシ、なんてね

次会うときも、そうやって
オレの秘密を預かってよ
ね、彩灯?



●秘密は雫に
 滅びを、再生を。
 世界にあるのは無価値なものばかりで、すべてが等しき愛すべきもの。
 悪華の女王は忘却を齎す。語られた言葉から彼女が行いたいことの全容は知れなかったが、煉月と彩灯が戦う理由にするは十分な事情が感じられた。
 世界が滅ぼされようとしている。そして、大切なものが奪われかけているのなら。
 それだけでも阻止すべきことになる。
「ふぅん? 大切な記憶が、ね」
「成程、其方と相見えれば記憶丸ごと奪われると」
 煉月は悪華の女王を見遣り、彩灯は彼女が連れた白い鳥の方に目を向けた。どうやらあの鳥も忘却や崩壊を齎すものらしい。
「其れは面白いのう、なあ、鬼灯よ」
 彩灯は使いの鴉に目配せを送り、煉月も彼と同じように肩の白竜を見遣った。
 戦う準備は万端。
 煉月は頭を振り、女王に宣言してみせる。
「積み重ねた物も秘するものもオレだけの物だ。出来るもんならやってみなよ」
「…………」
 対する悪因悪果の女は何も答えなかった。先程にぽつり、ぽつりと語った言葉だけで十分だとしているのだろう。
 されど、煉月達にとってもこれ以上の答えは要らなかった。
 両者の視線が交差する。
 刹那、悪華の女王は白い鳥を羽撃かせた。
 即座に彩灯が紅影を構える。同時に煉月が、ハク、と白竜を呼んだ。そうすればその手に白き槍が収まる。
 だが、武器を向けることで敵から忘却の力が巡りはじめた。
 不穏な空気が満ちて、二人の心の奥が奇妙に軋んでいく。記憶が蝕まれているのだと察した煉月は、どうしてかあの雨の光景を思い出していた。
 だが、今な雨など振り返らない。見据えるのは元凶である女王だけ。
「ほら、相棒!」
 ハクの槍を強く握り、煉月は一気に駆けた。彩灯も紅影を振り上げ、同時攻撃に移る。記憶は少しずつ欠けているが、今は戦いに集中するのみ。
 だが、何も抵抗しないわけではない。
「俺が忘れてもお前が憶えてはくれているのだろうが、其れでは俺の矜持が赦さぬ」
 それゆえに彩灯は誓う。
 幾星霜と膨大に繋げたものは、決して忘却などするまい。行くぞ、と彼が告げると同時に紅影が振り下ろされる。それは靜かに説くが如く重く、冷たく――悪花の女王に送る一閃となった。
 煉月も駆けた勢いを乗せ、ひといきに竜槍を投げる。
「――奏でて、やんなよッ!」
 風を切る槍は、戦いの音色を紡ぐような鋭い音を響かせながら女に迫った。その一閃は宛ら、竜の牙で葬送を彩るかの如きもの。
「……」
 悪華の女王は痛みを受け、僅かによろめいた。大きな反応はみせないでいるが、徐々に弱りはじめていることは見て取れる。
 彩灯と煉月は其処から更なる攻勢に入った。
「俺の身体が一寸壊れたとて、なあに、我慢強い方じゃし。へーきへーき」
「一寸、彩灯? オレだって痛いのは割と平気な方なんだけどー?」
「レンも強いのはわかっておるけれど、それでもなぁ」
 彩灯は傍らの狼へ、互いの彩を持つ幽世蝶を誘導していく。鬼から渡された彩の蝶を見た煉月は、自分に添う蝶を彼の方へ向かわせた。
「ならオレのはキミに」
 互いの色を宿しているならば、きっと二人とも守ってくれる。ああ、と頷いて答えた彩灯は薄く笑んだ。
 そうして蝶々達は交差していく。その羽撃きは不思議とやさしい。
「レン、抑え込むのは今は無くてよい」
 痛み、衝動に怯える其方を蝶へと委ねてしまえば良い。
 其方の秘する雫は預かるから。
 彩灯からの言葉を聞き、煉月も双眸を緩く細めた。秘めた泪をキミが隠してくれたのならば、自分は笑うのみ。
「大丈夫。前を見て進むさ。だから貸し借りはナシ、なんてね」
 蝶々達が忘却の力を和らげながら光る。頼もしい力を感じながら、煉月は明るい笑みを浮かべて告げた。
 やはり、彼にはその表情が似合う。
 彩灯は片目を眇め、煉月と共に戦い続けることを決めた。
「次逢うときも屈託無く笑う貌を俺に魅せておくれ」
 呼び掛けに対して煉月はもちろんだと答える。それなら、と思い立った煉月は彩灯に語りかけていく。
「次会うときも、そうやって」
「うむ?」
 その間にも竜の咆哮と劈く葬送曲が響き渡り、閻魔の力を宿した断罪撃が敵を穿っていく。それぞれの力と言葉を交わした二人は視線を合わせ、思いを重ねた。
「オレの秘密を預かってよ。ね、彩灯?」
「望まれるならば、そうしようか」
 少し悪戯っぽい笑みと共に願われた言葉を受け、彩灯は快さを感じていた。
 忘却はもう退けられている。
 ならば後は全力を賭して、この戦いを終焉に導くだけ。女王に対して何もしてやれないが、彼女にだけは望んだ滅びが与えられるはず。
 彩灯と煉月は心を強く持ち、巡りゆく因果の果てを見据える。
 そして――女王の身は穿たれ、終わりが近付いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・六架
召喚した金獅子の背に座り顰める声
腕の中の黒猫は体躯を獣化し悪華を睨む
ねぇ。アレを滅した後、標本に再生するのも悪くないと思わない?
『クク、悪趣味じゃなぁ…』
素体が残れば良いなぁと新雪の様なやわからさで微笑む
黒い魔獣が駆け出し爪を振り翳す

稀薄な記憶が霧散しそうになる
これは渡せない
代替えなんてないから
ひらめく蝶に願う
ここにいて
銀の指輪が鈍く輝く

ルーファ(f06629)の声がした
ふふ、良い顔してる
本当に血が大好きなんだから
全力で愉しめるよう傷を癒し
魔獣が連携を取り追撃する
悪華の視界を遮る様に鈴蘭が爆ぜる
さぁ、隙は作りましたよ
後はルーファ達のお好みで
崩れても形成縫合は得意なので全力で壊しましょうね


ルーファス・グレンヴィル
六架(f06485)と

滅びてなんかやらねえよ

は、と鼻で笑って
黒竜の頭を撫でれば
彼は一鳴きし武器へ変ずる

それを向けると
途端に薄れ行く記憶
悪友の名が、声が、
大切な思い出が溢れ落ち

隣を見遣って六架の姿を確認する
あの時、雨の中へ囚われかけた
けれど、抜け出せたのは、

ひらりひらり、
金と赤の灯りが見える
力強い翅の動きに頬が緩んだ

──嗚呼、分かってるよ

ナイトの事は忘れない
オレの、たったひとりの、

すうっと息を吸って
敵を見据え得物を構える
血が好きだ、戦いが好きだ

さあ、行こうか、六架!

お前も行けるだろ、と
自信ありげに口角が上がる

傷を癒され隙も作られて
この信頼に応えられねえなら
男じゃねえな!

最期の一撃、決めてやるよ



●終幕は此処に
 水面に数多の光が映っていた。
 真夜中の色と淡い軌跡を宿して揺らめく水。その傍に佇む悪華の女王は、滅びを求めている。自分自身だけではなく、世界そのものを巻き込む意志が其処にあった。
 全ては等しき愛すべきもの。
 総ては等しく滅びるべきもの。
 そのように語った後、何も言葉を発さなくなった女王は猟兵達を見つめるのみ。
 忘却の力は戦場となった此の場に巡っており、意志や記憶を歪めて削いでいく。
「滅びてなんかやらねえよ」
 は、と鼻で笑ってみせたルーファスは敵の主張を一蹴した。
 何かが心に無理矢理に染み込んでくるかの如き妙な感覚はあったが、そんなもの笑い飛ばしてしまえばいい。ルーファスが傍らのナイトの頭を撫でれば、黒炎の竜は一鳴きしてから武器に変じていった。
 身構えたルーファスの隣で、六架も召喚した金獅子の背に座っている。それまで腕の中にいた黒猫は獣化しており、悪華の女王を睨み付けていた。
「ねぇ。アレを滅した後、標本に再生するのも悪くないと思わない?」
『クク、悪趣味じゃなぁ……』
 顰める声。
 六架は、素体が残れば良いなぁ、と独り言ちる。其処に宿るのはまるで新雪のようにやわらかな笑みであり、紡いだ言葉とは裏腹だ。
 そして六架は、ルーファスが軽く視線を寄越したことに気付いて頷く。
 言葉はなかったが、油断せずに行こうと告げられているのが分かった。其処から黒竜の槍を構えたルーファスが駆け、同時に魔獣が地を蹴る。差し向けられた槍と共に獣の爪が振り翳された。
 だが、女王の力は敵意や戦意に呼応して更に深まる。
「……、……!」
 身体に痛みはなかったが、どうしてか息が出来ない。
 ルーファスは声にならぬ声をあげながらも凛とした視線を向け返し、槍を強く握り締める。記憶は途端に薄れていったが、一度振り上げた刃は引かない。
 悪華の女王に一閃を見舞いながら、ルーファスは記憶を裡に止めようと試みた。
 悪友の名が、声が、零れていく。
 あの日から重ねた大切な思い出が溢れて消えていきそうだ。何で此の槍を握っているのか、何故に戦場を駆け巡ったのか。どうして、一緒に――。
 記憶が虫食いになっていくような感覚は不愉快でしかなった。
 同様に、六架にも忘却の力が働いていく。
 稀薄な記憶が霧散しそうになる。もしこのまま塵と消えてしまえば、もう拾い上げることも叶わなくなるだろう。
 だから、これは渡せない。
 代替えなんてないから。この代わりなど、もう手に入らない。
 それゆえに六架は手を伸ばした。
 ひらめく蝶に、此の力を退けて欲しいと伝えるように願う。
「ここにいて」
 その言葉が紡がれたとき、銀の指輪が鈍く輝いた。瞬く間に蝶から淡い力が溢れ出していき、光の軌跡が六架を包み込む。
 確かな輝きが瞳に映り、ルーファスも顔をあげた。
 隣にいる六架の姿を確認すれば、削られていた記憶と意識がはっきりとしてくる。
 あのとき、雨の中へ囚われかけた。
 けれども抜け出せたのは――そうだ、ひとりではなかったからだ。
 自分達は元からふたり、竜と己とでひとつだったが、其処に彼がいてくれた。六架を見つめたルーファスは視線を頭上に移す。
 ひらり、ひらりと金と赤の灯が羽撃いていく姿が見えた。力強い翅の動きに自然と頬が緩み、ルーファスは蝶々から齎される加護を受け止める。
「――嗚呼、分かってるよ」
 失いかけていたナイトの記憶が鮮明に蘇ってきた。
 忘れない。
 オレの、たったひとりの――。
 竜槍を強く、慈しむように握り直したルーファスは息を吸う。あの息苦しさはもう何処にもない。改めて敵を見据え、彼は得物を構えた。
 血が好きだ、戦いが好きだ。それゆえに傍らの彼にもこう呼び掛ける。
「さあ、行こうか、六架!」
 名を呼ばれたことで、六架は首肯した。蝶々の加護に加えてルーファスの力強さが感じられる今、何も憂うことなどない。
「ふふ、良い顔してる」
「お前も行けるだろ」
「勿論、ルーファ」
 ルーファスの口角が自信ありげに上げられる。
 本当に戦いが好きなのだろう。闘争を前にして笑むルーファスを見つめる六架は、そっと笑みを浮かべた。彼が全力で愉しめるよう、六架は光の癒しを施していく。
 魔獣を遣わせ、聖なる光を戦場に満ちさせる。更に六架は悪華の視界を遮るようにして鈴蘭を爆ぜさせた。
「さぁ、隙は作りましたよ」
 後はお好みで、と告げて一歩後ろに下がった六架は敵を見据える。
 崩れても形成縫合は得意だ。それゆえに全力で壊しても構わない。六架からの支援を受け、ルーファスも一気に打って出た。
 傷は癒され、隙も作ってくれた。この信頼に応えられないのならば男ではない。
 忘却も滅びも、全て貫いて崩壊を止める為に。
 完全で完璧な最期を飾る準備は既に整っている。鋭く駆けたルーファスと、迎え撃つ悪因悪果の女王の眼差しが真正面から交錯した。
 其処から齎されるのは慈悲とは名ばかりの忘却と、はじまらなかった崩壊の終焉。六架は最後の光景を瞳に映し、幕引きを見守っていた。
 そして――。
「最期の一撃、決めてやるよ」
 ルーファスの紅蓮の瞳が鋭く細められた刹那、竜槍が全力で振るわれる。
 彼らの一閃によって終わりが導かれ、悪華の女王はその場に伏した。


●螢火と雨
「……、――全ては、必然」
 黒と赤を纏う女は最初と同じ言葉を口にして、静かに膝をつく。
 たった一言だけを紡いだ彼女は、自分がこうなることすらも必然だと語ったのかもしれない。水面は揺らぎ、辺りにはせせらぎの音が響いている。
 彼女に宿る存在が此処で消え果ててしまうのは誰の目にも明らかだ。
 飛び交う魂蛍は、そんな悪華の女王にも寄り添っていく。ああ、と小さな声を零した彼女は蛍火に手を伸ばした。
 幽かな光がその指先に触れる。
「此処で、終わりか」
 その瞬間、骸魂としての意識が静かに消えていった。抜け出た幽かな光は天に昇り、後に残されたのは骸魂に乗っ取られていた罪なき妖怪だけ。
 妖怪は気を失ったが、これで骸魂からは解放された。いずれ目を覚まし、何事もなかったように里に帰っていくだろう。
 猟兵達は空に浮かぶ蛍達をそっと見上げた。
 骸魂の行方を見送り、天に寄り添っていく蛍の火はとても儚くて美しい。
 きっと、蛍達は滅びの後に再生したものの証。天を振り仰いでいた猟兵達は、水面にちいさな波紋が出来たことに気が付いた。
「……雨だ」
 誰かがぽつりと呟いたとき、静かな雨粒が幾つも、幾つも降ってきた。
 蛍と蝶の光が映る水面に降り注ぐ雫。それは不思議とやさしいものに感じられ、まるで弔いの雨のようにも思えた。

 螢の灯火と雨の雫が交わり、揺らめく。
 大切な記憶や想いを慈しむかのように、世界に光が満ちていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年12月26日


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#カクリヨファンタズム
#幽世蝶


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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠納・正純です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト