諦念未満のテレフォニスタ
●諦念未満のテレフォニスタ
お腹の底から響くようなベース、キュインと甲高く走ったギター、速く打ちつけるドラムのリズム。かすれ気味にがなり立てられる男の声は何処か命を削っているようで、魂ごと叫びだしてしまったような歌詞。
僕のナカにあるネットワークを通して、この音楽を、この街の至るところへ。皆に活力を、皆に希望を、皆に意地を。
――けれど、そんな毎日も今日でおしまい。
クラシックともエレクトロとも判別のつかない、僕も皆も知らない音楽は、あっという間に拠点を魅了した。
だけど、僕のラジオが要らないなら、それでもいいと思う。皆の生きる糧が別の音になっただけで、それはとってもいいことじゃない。
「お前の伝えたい音楽を、皆に届けろ」
君の言葉を胸に続けてはいたけれど。一番聴いてほしい君も、もう居ないのだし。機械に詳しくない僕でも、この機材達はかなりガタが来ているのがわかる。
何百枚と音源が収納され、うず高く積まれた宝の山を眺めて、電源をオフにする。
「お疲れ様、僕」
――これからは、一人でこの音楽(ロック)と生きていくのよ。
●遠吠ロックのメロディアス
「はじめまして、ですかね。今回、俺が皆さんの案内役です」
猟兵達がグリモアへと集えば、顔や身体に縫い目が這っている青年が立っていた。自分を無間・わだち(泥犂・f24410)と名乗ったグリモア猟兵は、すぐに事件の説明に入る。
「アポカリプスヘルのとある拠点(ベース)で、ラジオ放送を行っているソーシャルディーヴァの女性が居ます。とにかくロックを四六時中流していて、特にトークもない、ただそれだけのラジオだったんですけど、拠点の人達に愛されてたみたいです」
過去形で告げられた猟兵達の表情を見て取り、わだちはすぐに頷いた。
「何故か、彼女はラジオを辞めてしまうんです。理由はわかりません。本人はやけにすっきりした顔で明るく振る舞っていて。でも、その拠点にはどうしても彼女のラジオが必要なんだって、俺は不思議と思ってしまうんです」
不慣れな予知によるものなのかもしれないと、青年は続ける。
「彼女にラジオ放送を辞めさせないでほしい、それが今回の依頼です。ただ、彼女が本当に辞めたいのであれば、その意思を尊重していいとも思います」
ソーシャルディーヴァの名前はツカサ、年の頃は20代辺りに視えたという。彼女の家に行って説得する、拠点の人々に話を聞いて情報収集など、方法は猟兵達に一任すると告げた後、異なるふたつの瞳がふと伏せられる。
「すみません、もっとはっきりわかればいいんですけど。……多分、何かと戦うことになります。拠点の人々を巻き込む可能性もあります、十分注意してください」
歯車型のグリモアが、かちりかちりと音を鳴らして噛み合っていく。ゴォン、と低い鐘の音が響くと同時、猟兵達は荒廃した世界へと導かれる。
その最終回は、君達の選択にゆだねられていた。
遅咲
こんにちは、遅咲です。
オープニングをご覧頂きありがとうございます。
●成功条件
全てのオブリビオンを撃破する。
再送前提の遅い進行となります。
どの章からのご参加もお気軽にどうぞ。
皆さんのプレイング楽しみにしています、よろしくお願いします。
第1章 日常
『やめるのやめて!』
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POW : 物理的な危機から守ってあげる
SPD : 放送を続ける為の機材や、インスピレーションを補給する
WIZ : 元気づけて、放送を続けられるように励ましたりする
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善哉・鼓虎
初めましてでいきなりこんなこと聞くんは失礼やとは思うんやけど。
ラジオやめてしまうん?
なんでやめてしまうん?
うちは…うちもソーシャルディーヴァで自分のネットで音楽を流したりしてる。
ロック最高やん?
その気持ちに変わりはないんやろ?
ここの人達はあんたが流す曲が好きなんやと思うんや。
だから…できれば続けて欲しい。
でもアンタがどうしても止めるんやって言うんなら。
うちにも止めることはできんのやろ。
もし良かったら。アンタの好きなロックを教えて。
それ、うちのネットでも流すから。
もっと沢山の人に聞いてもらうから。
ソーシャルディーヴァの家は、拠点(ベース)の中心部から離れた片隅に在った。コンクリート造りのそれは真四角で、大きなアンテナが屋根に突き刺さっている。まるで、ケーキに一本だけ蝋燭を立てたようだった。
押してみたインターホンは壊れかけているらしく、調子っぱずれのメロディーが流れだす。暫くすれば、はぁい、と若い女の声がした。
「今日は早いね、さっき頼んだばっかりなのに……あら」
予想していた来訪者とは違ったらしく、ドアを開けた家主は不思議そうに目を丸くしている。善哉・鼓虎は人懐っこい笑みを浮かべて明るく挨拶した。
「こんにちは、あんたがツカサさん?」
「え、うん。ごめんね、ランチの宅配かと思ったから」
「うちは奪還屋さん。ソーシャルディーヴァのツカサさんに聞きたいことがあるんよ」
奪還屋と聞いて、ツカサはあら、と再び声をあげた。自分でよければ、と少女を自宅へ招き入れる。リビングと仕事場は同じらしく、古びた音響機材と、壁一面にうず高く積まれた音源の山が鼓虎を圧倒する。CD、レコード、カセットテープ――音楽好きの少女の胸は高鳴った。
「うわぁ、これ全部ツカサさんが集めたん?」
「ちょっとだけよ。殆どはこの辺の廃墟とか、放棄された拠点から奪還屋が持ってきてくれたの」
ツカサはふふ、と笑って鼓虎をソファに誘う。テーブルに置かれたマグカップを見れば、中身はホットココアらしい。向かい合って座ると、さて、とツカサは鼓虎に尋ねる。
「それで、僕に聞きたいことって?」
「うん。……初めましてで、いきなりこんなこと聞くんは失礼やとは思うんやけど――ラジオ、やめてしまうん? なんでやめてしまうん?」
少しだけ悲しそうに眉を下げた鼓虎に、ああ、と女は優しく笑む。
「不思議。君は此処の人じゃないのよね。なのにわざわざ、それを訊きに此処まで来てくれたんだ」
こくりと頷いて、鼓虎は言葉を続ける。
「うちは……うちも、ソーシャルディーヴァで自分のネットで音楽を流したりしてる。ロック最高やん? その気持ちに変わりはないんやろ?」
「うん、ロック最高。今も大好きよ」
沈黙ひとつなく、すぐ返事を返した女の姿に、じゃあ、と少女は訴える。
「ここの人達はあんたが流す曲が好きなんやと思うんや、だから……できれば続けて欲しい。でも、アンタがどうしても止めるんやって言うんなら、」
うちにも止めることはできんのやろ。まっすぐに、それでいて相手を思いやった鼓虎に、女はありがとう、と返す。
「皆が僕の流す音楽を嫌いになった訳じゃないと思うの。でもね、最近めっきりラジオが聴かれなくなったのは本当。此処に来るまでに、街中を通ったでしょう? 不思議な音楽が流れなかった?」
クラシックのような、けれどどこか電子音じみたキーが入った不思議な曲。そんな音楽がどこからともなく流れ始めて、一気にブームになったという。
「僕のラジオ以外、此処には娯楽が無かったの。だから僕がその役目を一手に引き受けてたって感じなのよね。でも、もうそれを頑張る必要がなくなったっていうのかな」
だから、これでおしまい。にこにこと笑って話すツカサの陰を、鼓虎は見逃さなかった。けれど、それ以上を問うことはできなくて。
「もし良かったら、アンタの好きなロックを教えて。それ、うちのネットでも流すから」
「勿論! 君の好きな曲も知りたいわ」
そうして二人は、互いのお気に入りの音楽を交換する。ココアの甘い匂いが、部屋中を漂っていた。
大成功
🔵🔵🔵
鳴宮・匡
俺にはあんまりピンとこない話だけど
音楽には“好み”ってのがあるらしい
それなのに全員が、型に嵌ったように一斉に
この音楽に夢中になる、なんてことがあるんだろうか
拠点内を歩いて少し話を聞いてみるよ
一番気になるのは、……そうだな
今流れてるこの曲が何処から流れてるもので、誰が流しているのか
わかれば御の字だけど、わからないとしたらそれも立派な情報だ
まあ、あとは、判別できればだけど
【六識の針】で強化した聴覚で聞き分けて
一定の指向性を持たせた――いわゆる、催眠とか
そういうパターンが音楽に含まれてないか調べるよ
ただ平和に、新しい流行に移ろったならいい
だけど、そうでないなら
多分それは、解決すべき“異常”なんだろう
霧島・絶奈
◆心情
曲であれ演説であれ、耳触りの良い音で人心を掌握するという手法は、古来より民衆を扇動する魔術です
もしも其れがオブリビオンの手によるものであるのなら、碌な結末は迎えないでしょう
◆行動
私は拠点の人々から情報収集を行います
例の「不思議な音楽」とやらが何時頃から流れ始めたのか、何故その曲に惹かれるのか?
主に聞きたいのはこの二つですが、ラジオを聴かなくなった理由も併せて確認しましょう
単純にツカサさんの流す曲が流行では無くなったのであれば其れも仕方のない事です
ですが此処は娯楽に乏しいアポカリプスヘルです
例の不思議な曲「も」好まれるなら判りますが、其のみに傾倒すると言うのは作為的な何らかの要因を感じます
その拠点(ベース)は、取り立てて言うほどのことはない、この世界ではありきたりな街のように思えた。オブリビオン・ストームによって奪われた文明の残り香をかき集めて、半壊状態の建物を家屋として使用し、旧時代の自動車をなんとか動かしながら、少ない食糧を分け合う。けれど、怒鳴り散らす喧嘩の声もなければ、幼子がひとりぼっちで泣いている姿も見えない。身を寄せ合って、懸命に日々を生きている人々の日常がそこには在った。
そんな街並みを彩っているのは、ヴァイオリンめいた弦楽器達を主役とした楽曲。鍵盤楽器や金管楽器、木管楽器とクラシックじみた中に、妙に異質な電子音が絡み合っている。この街には少し不釣り合いなほど壮大なメロディーが、先程から途切れることなく流れていた。
「少しいいかな」
「なんだお前さん、見ない顔だな」
怪訝そうに中年の男に問い返されたものの、鳴宮・匡が奪還屋だと告げてやんわり笑えば、彼もご苦労さんと表情を朗らかなものに変える。匡はちらと周囲を見渡して、宙を指差す。
「この曲は何処から流れてるのかと思ってさ。色んな拠点を渡り歩いているけど、初めて聴くから、珍しくてね」
「おお、良いだろ? こう、心が穏やかになるというか、とろっと眠たくなっちまう。なに、嫌な気分じゃないのさ」
自動車の点検をしていたらしい男は作業の手を止めると、古びた電灯に括りつけられたメガホン型のスピーカーを指差した。
「この拠点にはこういうスピーカーがあちこち付いててね。自分達で手元にあるラジオを調節すると、こっから自由に流れるんだよ」
ほら、と男が旧式の小型ラジオを匡に見せる。へぇ、と相槌を打って、どことなく幼い貌は不思議そうにした。
「じゃあここら辺に、この曲を流してる放送局があるのか?」
「さあねぇ。前に俺達が聴いてたラジオがあるんだが、ある日突然それを遮って流れだしたんだ。その日はそれっきりだったんだが、暫くしてからまた時々割り込むようになってな」
それ以来、むしろこの曲が聴きたいという人間が増え、あえて周波数を切り替えてこの曲を探して聴くようになったという。
「まぁこのスピーカーも、それまでラジオを流してたツカサちゃんが、あいつと一緒に設置してくれたんだけどな」
――今はロックより、こっちのほうが気が休まる奴が多いのさ。
「さて、と」
自動車の男と別れた匡は、右耳に一度だけ指をあてる。きぃん、と、僅かな痛みが奔った。
するりするりと街並みをゆく蒼白の外套。ちいさな少女がその姿をじっと見つめれば、外套の女は口元だけで笑みを返す。
「もし、」
霧島・絶奈が声をかけたのは若い二人の男女。この街では見慣れぬ衣服を着た女に、若い彼らはむしろ興味津々の様子だった。
「おねーさんなんか用? 旅人?」
「うわっじゃあめっちゃ強いんだ。こんななんもないとこまでよく来たね~」
絶奈はそっと首を横に振る。瓦礫に座り込んだ二人の間に置かれた小型ラジオをそれ、と呼んで。
「素敵な放送局があるのでしょう? 日夜、騒がしいけれど情深い音楽を流し続けているとか。旅人の間でも評判なんですよ」
「まじ? ツカサさん有名人じゃん」
「あーでも、おねーさんちょっと来るのが遅かったかも。今はさ、街のどこでもこれだよ」
青年がラジオのボリュームを上げれば、それは彼らに出会うまでの道中にもさんざん流れていた壮大な楽曲。目深に被ったフードで見えぬ表情を変えずに、絶奈は静かに問う。
「この曲は何時頃から?」
「大体三ヶ月くらい前かな~、なんか間に入るピコピコした音とかおしゃれじゃん? ちょっとリラックスできるっていうか」
「クラシックって言うのに近いってツカサさん言ってたよな。でけぇ音だけど全部が合わさっててすごい感じがする」
少ない語彙力ながらも、音楽の良さを楽しそうに語り合う二人に、絶奈はもうひとつだけ、と問いを紡ぐ。
「ツカサさんのラジオは聴かなくなったのですか?」
すると二人は何処となく気まずそうに、互いの顔を見合わせる。
「別にロックが嫌いになったワケじゃないんだけどさ、こっちのほうがいいな~って」
「気持ちいいんだよな、無理しなくていいって思える」
――だってこんな暮らし、ほんとはみんな無理してんだもん。
人影のない路地で、二人の猟兵は顔を突き合わせる。
「どうだった」
「やはり皆さん、例の楽曲を自ら好んで聴いているようですね」
同意の頷きを返して、匡はふむと口元に手を遣る。音楽というものに疎い彼にはあまりピンとこない話だけれど、音楽には“好み”というものがあるらしい。だのに全員が型に嵌ったように一斉に、たった一曲に夢中になる、なんてことがあるのだろうか。
「まぁ、あったんだけど」
絶奈はそっと首を横に振る。単純にツカサの流す曲が流行でなくなったということなら、致し方のないことだけれど。
「此処は娯楽に乏しいアポカリプスヘルです。例の曲『も』好まれるなら判りますが、其のみに傾倒すると言うのは、作為的な何らかの要因を感じます」
「同意見だよ。それに――当たりだ」
再び奔った痛みが、聴覚の限界特化終了の合図。とん、と右耳を軽くたたいて、男は拾った音声を識別する。
「同じ曲を延々とループさせてるとはいえ、メロディーなんだからキーやリズムの強弱はある。けど確実に、最初から最後まで、ずっと流れ続けてる妙な音がいくつかある。」
それが催眠のような指向音であることは、絶奈にもすぐに理解できた。
「ただ平和に、新しい流行に移ろったならいい」
――だけど、そうでないなら。それは猟兵が解決すべき“異常”なんだろう。
ふと物音がして、二人がその方角を見れば。そこには先程絶奈を見つめていた少女が立っていた。
「お嬢さん、私達に伝えたいことがあるのですか?」
低い身長が屈んでやれば、隠れた眼差しが少女と視線を合わせる。もじもじと口ごもった少女は、ぽつぽつと言葉をもらす。
「あたし、あの音楽気持ちわるくてきらいなの。友達もみんな、いやなんだって。でもママもお兄ちゃんも、みんなあの曲ばっかり聴いてるから」
ねぇ、と少女は言葉を続ける。
「ツカサお姉ちゃんのラジオ、また聴きたいの。やめないでほしい」
「あなたの言葉、ツカサさんに伝えておきますね」
駆けていくちいさな背中を見送って、女は呟く。
「曲であれ演説であれ、耳触りの良い音で人心を掌握するという手法は、古来より民衆を扇動する魔術です」
――もしも其れがオブリビオンの手によるものであるのなら、碌な結末は迎えないでしょう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
柊・はとり
ツカサって女に会いに行く
あんたが流してる曲、誰のなんて曲だ
少なくともあんたの歌じゃないよな
いや…単に良かったから
終わる前に聞いとこうと思った
何か思い入れあんのかなって
俺はただの出稼ぎ奪還者で
偶然あんたの放送を聞いて
懐かしくなった
まだ高校に通えてた頃
電車の中で聴いてた音楽に似てる
ロックってうるせえけど聴いてるとスカッとすんだよな
怒りやら悲哀やらを飾り立てて叫んでは
負けるかよこの野郎っていつもがなってんだ
いい歳の連中が恥ずかしげもなく
正直痛い、でもそこが格好よくて
俺は多分ずっと無意識に憧れてた
放送、やめんのか?
…やめんなよ
好きなんだろ、ロック
今のこの世界にぴったりだ
あと俺にも
思い出せた、ありがとな
壊れかけのインターホンが再びおかしなメロディーを流したものだから、女はすぐに立ち上がった。ロック好きの少女はとっくに出て行ったし、直後にランチのデリバリーは届いている。
「お客さんが一日に二度も来るのは珍しいな」
ドアを開けてそう笑って迎えれば、制服姿の少年が居た。汚れてあちこち擦り切れた衣服を気にかけると、出稼ぎ奪還者なのだと名乗った彼をツカサは快く招き入れる。
「此処に来るまでの間に、あんたの放送を偶然聴いたんだ。で、DJが此処に居るって聞いて」
「あら、こんなところまで。お気に召したかしら」
女が甘いココアを二つのマグカップに注いでいる背中を見ながら、柊・はとりは、ああ、と頷いた。女の振り向きざまに、氷色の瞳が静かに彼女に問いかける。
「あんたが流してる曲、誰のなんて曲だ」
少なくともあんたの歌じゃないよな、と続けて、少し不器用な鼻歌を口ずさむ。すぐにツカサはタイトルと歌い手の名前を伝えると、音源の山ではなく機材の傍に飾られた一枚のCDを取り出した。
「昔は僕も歌手になりたかったんだけど、そんな夢が叶う状況じゃないし、そもそも才能もなくってね。どうしてこの曲?」
「いや……単に良かったから」
ふふ、と眉を下げて笑いながら尋ねた女に、はとりはぽつりと返す。
「結構頻繁に流れてたから、終わる前に聞いとこうと思った。何か思い入れあんのかなって」
少年がラジオの終幕を知っていることを察したように、ツカサはくすんだ金髪を耳にかける。ホットココアをひと口飲んで、やわらかな表情で相手を見る。
「これはね、とっても大切な人との思い出なの。その人も君とおんなじ奪還者だったんだけど、五年前に死んじゃった。まぁ、よくある話じゃない? そういうこと」
ちらと女の視線が自身の頸に注がれたことに、はとりは気付いていた。動く死体とは似て非なる、死から蘇った者。恐らく彼女は、そうはなれなかった人物との思い出を電波に乗せ続けていた。
「――俺は、ただの出稼ぎ奪還者で。でもあんたの放送を聞いて、懐かしくなった」
高校生探偵は、それ以上探偵として女の素性を探ろうとはしなかった。その代わり、高校生としての言葉が口をついたから。
「まだ高校に通えてた頃、電車の中で聴いてた音楽に似てる」
ガタゴトと小刻みに揺れる朝の電車。大学附属の高校は少しばかり家から距離が遠くて、途中の駅から乗り込む少女は、自分の顔を見つけるといつも楽しそうに近寄ってきた。
「ロックってうるせえけど、聴いてるとスカッとすんだよな。怒りやら悲哀やらを飾り立てて叫んでは、負けるかよこの野郎っていつもがなってんだ」
いい歳の連中が恥ずかしげもなく音色に乗せて。正直痛い、でもそこが格好よくて、俺は多分、ずっと。
「――無意識に、憧れてた」
「うん。わかるよ、君の気持ち」
レンズ越しの氷色が、女のやわらかな顔を見る。過ぎ去った日常を覚えていた学生の顔をして。
「……やめんなよ。好きなんだろ、ロック」
今のこの世界に、それに俺にもぴったりだ。そう語るはとりの言葉を、ひとつひとつ頷いては聞いていたツカサが席を立つ。機材の前に座った女は、思い出だと言ったCDのケースを開ける。
「折角だもの。最後に、君のために流そうかなって」
機材の電源をオンにしようとしたところで、ガタガタと家中を地鳴りが走った。
大成功
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第2章 集団戦
『大砂ネズミの群れ』
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POW : 踏み荒らすネズミたち
【更に大量の大砂ネズミの群れ】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
SPD : 突進するネズミたち
【大量の大砂ネズミの】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【もっと大量の群れ】の協力があれば威力が倍増する。
WIZ : 喰い荒らすネズミたち
戦闘中に食べた【物】の量と質に応じて【大砂ネズミたちの細胞が活性化し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑11
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突如家全体が震えだし、ツカサは反射的に一枚のCDと小型のプレイヤーだけを持って家から飛び出す。
「まさか、ストーム? 街の皆はっ」
「――いいや。異形の嵐などではないさ」
駆けだそうとした女の耳に、聞き覚えのあるメロディーが届いて。聞き覚えのない優雅な男の声が届く。
足場が悪いはずの瓦礫のてっぺんに立つ男は、ツカサと猟兵達を見下ろして笑んだ
「私の傑作を市民が聴き続ければ、君も猥雑な音を垂れ流すのを辞めてくれるだろうとは思っていたのだがね。決意を固めるのに些か時間がかかりすぎだ」
「じゃあ、この曲を流してたのって、」
十中八九、この男に間違いない。そして彼がこの世界の異物であることも、猟兵達にはわかっていた。その証拠とでもいうように、巨大な鼠の群れがツカサの家を囲んでいる。
「なんなの、こいつら……なんで僕の家を……」
「待つのにも飽きてね。所謂実力行使という奴だよ。彼らは私の音楽に夢中でね、どんな命令にも従ってくれる。この粗雑な放送局を破壊することも、君を殺すことも簡単さ」
男は楽器の弦をきゅるりと鳴らすと、それが合図とばかりに鼠の群れが襲いかかる。
「私が破滅の音を奏でるには、ここは不協和音なのさ」
レパイア・グラスボトル
家族と一緒に到着すれば、音楽どころの騒ぎではなかった。
鼠は衛生面から駆除対象。
レパイアとしては音楽よりもそちらの方が心情的、本能的に優先となる。
【SPD】ハーメルンの笛吹き男
鼠を誘導する駆除用音源を用意する。
※崩壊前害獣駆除業者だったレイダーが。
レパイア自身は前に立たない。後方支援に徹する。
敵が【突進】してくるのは渡りに船。
【後退】しつつ建物に害を無い所まで誘導する。
【受けたダメージ】はレパイアが【医術】によって治療する。
この世界に川は少ないであろうから代わりに扉絵にもある地割れに落とす。
この世界に水は貴重なので火炎放射器で鼠を駆除する。
鼠の被害を受けた者には治療と消毒をする。
施術自体は真摯。
ちうちう鳴き声をあげる鼠の群れは、お世辞にも可愛いとは言えない巨大さと数でツカサの家を囲む。ぞくりと背筋を震わせた女の耳を、拠点の住人達を酔わせたあのメロディーが責め立てている時だった。
「「ヒャッハァー
!!!」」
「ひっ!?」
土煙を巻き起こし数匹の鼠を派手に轢き飛ばした車両は、鋭い棘やチェーンで幾重にも武装されている。ツカサがその車を救急車だと気付くには、多少時間が掛かった。
「放送局ってココだよな! なんだよあのドブネズミ共はよぉ!」
「オレ達より先に来てたってことは、あいつらも公開収録の客かァ!?」
「レイダー
……!?」
車内からぞろりと吐き出された男達は、間違いなくこの世界における略奪者。奪われる側の女が怯えるのも無理はない。そんな男達の背中を蹴り飛ばすように、白衣姿の人物が現れる。
「全く、音楽どころの騒ぎじゃないね」
プラチナゴールドの長髪をさらりと流して、レパイア・グラスボトルはまさに汚物を見る眼差しで鼠の大群を射抜く。実験用の二十日鼠ならまだしも、衛生管理を徹底する医者にとって彼らは駆除対象でしかない。
「アンタ達、ラジオ見学は後にしな! 鼠駆除の時間だよ!」
「「ヒャッハァー
!!!」」
レパイアの言葉を合図に、二度目の雄叫びがあげる。一人の男がてきぱきと機材を動かすと、レイダー達が抱えたスピーカーから爆音が響き渡った。きゅいんと走った甲高い音色は、まるでエレキギターのイントロじみていて。
高音域の誘導音に誘われるように、鼠の群れはスピーカーを持つレイダー達へと突進していく。全速力で走りながら後退する男達は、ごくありふれた世紀末のはぐれ者。猟兵達のように頑丈ではないのだから、当然オブリビオンの攻撃を受け止めきれはしない。
「おいなんだこいつら結構速ぇぞ!!」
「痛ってぇええ!?」
漫画のように突き飛ばされ宙を舞う幾人ものレイダーを、レパイアの隣でツカサははらはらと見守っていた。
「あの人達大丈夫なの!?」
「その為にワタシが居るんだ」
とん、と素早く駆けた白衣の女は、目にもとまらぬ所作でレイダーを治療していく。鼠に触れた者には徹底的に消毒を。この世界では、衛生を怠ることこそ致命傷になりえるのだから。
車で急行する最中、この地域に川が少ないことは把握している。此処まで来てみろと囃し立てる男達に狙いを定めた鼠の群れが、一気に地割れの底で雪崩れ込んだ。
「「汚物は消毒だァ
!!!」」
火炎放射器を持った残りのメンバーが一斉に叫びながら、地割れを焔の海へと変えていく。肉と毛皮と骨の焼ける嫌な匂いがしようとも、彼らは鼠の駆除をやめなかった。
遠くに見える煙を視界に入れたまま、ツカサはレパイアに問う。
「ねぇ、なんで助けてくれるの? 君達、レイダーでしょう?」
「そうとも。そしてあいつらは、アンタのラジオを気に入ってるんだ」
それに、此処に来ることのできなかった幼い家族達も。
「ま、ワタシは音楽なんてどうでもいいけどね」
――家族のつまらない顔は、見たくないだろう?
大成功
🔵🔵🔵
善哉・鼓虎
はっ、辛抱できらんで向こうから尻尾出してきたわけやな。
確かに人の気分も嗜好さえも左右する曲や歌はある。それが自然に流行るんやったらええ。
せやけどあんたのそれはただの洗脳、催眠。
そんな曲何が楽しいん?
それってただの調節した音の羅列や。
音楽とは言わへんよ。
はぁ、せやけどまずはこのネズミをなんとかせなやな。
ほな、いくで。
まずはUC【コールアンドレスポンス】
ツカサさんにも戦闘力のお裾分けや。
安全なとこおってや。
後はサブマシンガンで【一斉掃射】や!
霧島・絶奈
◆心情
音楽で鼠を従える…
まるで『ハーメルンの笛吹き男』ですね
◆行動
ツカサさんを護りつつ戦闘
可能な限り本人だけでなく、持っているCDとプレイヤーも護ります
回りくどい真似をして迄「ツカサさんの流す曲」を排除しようとした…
つまりは彼女の曲と黒幕を気取るオブリビオンの曲は相性が悪いのでしょうから
『暗キ獣』を使用
屍者の槍衾で迎撃しつつ屍獣が遊撃する鉄床戦術にて敵を殲滅
特に槍衾を形成する屍者はツカサさんの護衛を優先
私は【罠使い】の技を活かし「魔法で敵を識別するサーメート」を複数設置
設置しつつ【範囲攻撃】する【マヒ攻撃】の【衝撃波】で【二回攻撃】
負傷は【各種耐性】と【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復
焼却された鼠の集団の一部を見て、男はほう、と言葉を洩らす。ツカサを自身の後ろに置いて、霧島・絶奈はちらと男へ視線を向ける。音楽で鼠を従える、それは古い童話のよう。
「まるで『ハーメルンの笛吹き男』ですね」
先程飛翔していったレイダー達も、ある意味笛吹き男のような活躍ぶりでしたが。そんなことを思い出した絶奈の隣、小さな身体で瓦礫を見上げて、善哉・鼓虎も男を強く睨みつける。
「はっ、辛抱できらんで向こうから尻尾出してきたわけやな」
言いたいことは山ほどあれど、今はこの鼠の大群を退けなくては。ちう、と鳴いた鼠の群れが仲間を呼び込む前に。尖った耳のヘッドフォンのマイクをオンにして、少女は絶奈に声をかける。
「お姉さん、ツカサさんのこと任せてもええ?」
「ええ、必ずお護りましょう」
その一言をきっかけに、鼓虎がピックひとつで弾いた弦が、古びたエレキギターの音色を周囲に響き渡らせる。少女の高い声が濁音めいた叫びを一発がなって、テンポよくギターをかき鳴らす。
「ロックンロールの邪魔なんてさせへんよ! うちもツカサさんも、魂が叫びたりひんもん!」
さぁ大声で、うちと一緒に、あんたも叫んで! この世界の果てに届くくらい――Say Oh Yeah!!
拳を高く振り上げ飛び跳ねながら、味方を鼓舞するちいさな獣の叫びに、ツカサは自然とCDとプレーヤーを抱きしめる手に力が入った。振り返って、そんな女へ少女は笑顔を向ける。
「ツカサさんとお姉さんにもお裾分けや」
例え猟兵ではなくとも、ソーシャルディーヴァとして拠点で戦うツカサの身体を、確かな高揚感が包んだ。ふわりと笑んだ絶奈の中で巡る魔力にも、燃えるように温かいものが馴染む。鼓虎の分けてくれた力を使わない手はない。ふぅ、と吐息を洩らした女を青白い燐光の霧が包みこめば、絶奈は異端の神に似た姿を模す。
煌々と輝きながらも、その彩は決してやわらかいものではなかった。主の前に群れを成した屍者の軍勢の姿は、鼠達どころかツカサさえも恐怖を覚える。けれどツカサがそれより恐ろしいのは、救急車両に轢死させられた仲間の骸に群がろうとする鼠の群れ。
う、と吐き気を催した女の視界から共食いの光景を隠すように、女神は屍者の軍勢を片手ひとつで動かす。みっちりと隙間ない陣をつくるそれらは、手にした槍でツカサに近付く鼠達を次々に刺し貫いた。
「仲間を食べて元気になろうなんて、これやからオブリビオンって嫌いやわ!」
未だ食事に勤しむ鼠達に吠えた鼓虎が、機関銃を撃ちっぱなす。弾薬が火花と共にばらばらと跳ね落ちると同時に、神に従う屍獣の群れが鼠の喉元を食い千切る。鼓虎の銃撃の合間を縫って獲物を仕留める屍獣達に、少女は小さく口笛を吹いて。
ふいに自身の背中を狙った鼠達の存在に、鼓虎は気付くのが僅かに遅れる。目を閉じた瞬間、爆発音が予想したダメージをかき消した。
「間に合いましたね」
鼠を吹き飛ばしたのは、絶奈の設置したサーメート。敵味方を識別し、敵のみに反応する魔法の力は絶大なものだった。少し離れた距離、大声で感謝を叫んだ少女に女神は笑みを返して、白銀の槍を振るいながらツカサの様子を確かめる。
屍者に護られ、絶奈の背後から決して離れぬ女の手元。可能な限り、彼女の音楽も護りたい。回りくどい真似をしてまで、男は『ツカサの流す曲』を排除しようとした。
「つまりは、彼女の曲と黒幕を気取る彼の曲は相性が悪いのでしょうから」
それが、黒幕への何かしらの決定的な一撃になりえると絶奈は思案する。ああもう、と鼓虎は指を差して男へ再び噛みついた。
確かに、人の気分も嗜好さえも左右する曲や歌はある。それが自然に流行るんやったらええ。
「せやけどあんたのそれはただの洗脳、催眠。そんな曲何が楽しいん? それってただの調節した音の羅列や! 音楽とは言わへんよ!」
言っても聞かないのであれば、鼠退治の後に笛吹き男を懲らしめるまで。再びサブマシンガンが火を噴いて、神による殲滅の舞踊が進む。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
まあ、そういう話だろうとは思ったよ
そういうことなら遠慮はいらないな
ツカサにはできれば下がっててもらいたいけど
離れるほうが逆に危ないなら、近くにいてもらったほうがいいか
大群なら、数を減らすのが第一
ネズミの頭を狙って一撃で仕留める
直感と反射にあかせて、先頭の敵から次々に数を減らしていく
死骸が増えれば障害物になって、突進の足も鈍るだろうしな
家にもツカサにも危害を加えさせないように食い止めるよ
誰かが“好きだ”と思えるものを、その“誰か”の為に続けていく
そういう誰かの気持ちを、今は少し理解できる気がするんだ
――俺にも
そうして“誰かの為”にしたいことがあるから
だからお前に、彼女の音は壊させない
柊・はとり
うわ何かいる
うわ…引くわ
すげえナルシストっぽい
今いい話してたんだが空気読めよ
奪還者ってのは嘘じゃない
片付けてくるからツカサは隠れてろ
…平気だ、俺は死なない
あんたさ…水より食料より音楽が大事なんだろ
咄嗟の時に持ち出すのが何よりの証拠だ
あんなのに負けたままでいいのか?
俺は嫌だ
鼠共は腹ペコだな
傷んだ食料を投げ家から遠ざけるよう誘導
気を逸らしている間にUC【第一の殺人】発動
氷の【属性攻撃/全力魔法/範囲攻撃】で纏めて凍らせる
近づいてくる奴がいたら偽神兵器の【なぎ払い】で対応
コキュートスが今の俺から奪うのは…
『眼』だろうな
元々ないような視力だが
おい変態
自分で傑作って言ったよな
ハードル上げた分期待してるぜ
弾丸と屍物達が飛び交う戦場を見下ろす男の姿に、少年はうわ、とげんなりとした表情で呻く。
「引くわ……すげえナルシストっぽい。今いい話してたんだが空気読めよ」
「ああいうタイプは空気なんて読まないだろ」
顔をしかめる柊・はとりに鳴宮・匡はそう返して、いまだ殲滅には至らぬ鼠の大群を一瞥する。
「まあ、そういう話だろうとは思ったよ」
そういうことなら遠慮は不要、オブリビオンによる策略は全て猟兵が駆逐するまで。匡は拳銃を構え、身に纏った深影を露わにしながら、はとりに呼びかける。
「この数なら、残りは俺達でこなせるな」
「ああ――奪還者ってのは嘘じゃない、片付けてくるからツカサは隠れてろ」
頷くついでに女へ指示するも、やはりツカサから不安そうな表情は抜けていない。だからはとりは、薄氷色をしっかりとそちらへ向けた。
「あんたさ……水より食料より、音楽が大事なんだろ。咄嗟の時に持ち出すのが何よりの証拠だ」
しっかりと抱えられたCDとプレーヤーは傷と汚れが端々に見えていて、随分と古いものに見える。それが何年前の物なのかは知らないけれど。
「あんなのに負けたままでいいのか?」
俺は嫌だ、とそれだけ告げて。少年は男と共に鼠の群れのひしめく戦場へと駆ける。ツカサがその姿を見送りながら物陰に隠れたのを気配で確かめ、匡は少しばかり笑みを浮かべた。
「多分さっきよりもっといい話しただろ」
「大人がガキをからかうなよ」
そんなつもりはなかったものの、悪い、と小さく謝って。予備動作もなく拳銃の引き金を引く。先頭をゆくはずだった鼠の額にめり込んだ弾丸が、赤黒い飛沫を噴き出させる。大群に対する数減らしなら、経験によってこの身体がすっかり慣れている。男は前に並んだ鼠から順に仕留めることで、淡々と死骸を増やしていく。
屍が増えれば増えるほど、突進するには鼠達にとって大きな障害物となった。思うように動けぬ汚獣の群れが次に出た行動は、仲間の骸を貪ることだった。
「戦力増加に戦場の再形成とはね」
一石二鳥のつもりか、と呟きつつ、『異邦人』の引き金を引く手を止めない匡の頭上を飛んでいく物体がある。ぼとりと墜ちたそれは痛んだチキンのようで、まだやや生温かい匂いを漂わせていた。屍に纏わりついていた鼠達が、一斉にそちらへ群がる。
腹ペコだな、と嗤った探偵が、手にした魔剣の能力を起動させた。
『――発動、【第一の殺人】。消費エネルギーとして 柊はとりの左眼が コキュートスに提供されます――』
左の目にずきりと走った激痛も、氷色の刃から吹き荒れる冷たさで誤魔化される。細身の身体には大きすぎる刃を振るった瞬間、爆発的な魔力が鼠達へと放たれた。やけに青く晴れ渡った世界の真下、ひゅるりと凍てつく猛吹雪が姿を現し、ごうごうと真白い竜巻が獣達を襲う。
先程までちうちうと鳴き声をあげていた鼠の群れの絶命を確かめて、はとりは近付く個体を薙ぎ払う。
「全滅にはあと一発必要か……悪い、もう片目もじきに視えなくなる。元々ないような視力だが」
「安心してくれ、っていうのも変か。でも大丈夫だ」
――俺には、死神の目がある。
深影がひゅるりと伸びて、はとりの真横に迫った鼠を捕らえて地面に縫い留めた。少年が代償とした両眼の代わりにはならずとも、傭兵の能力はそれを補う以上のものがあった。
一撃で、確実に一匹を。幾度もの戦線で培われた直感が、匡の代わりに倒すべき敵を勝手に判断してくれる。意識せずとも、殺すことが出来るようになってしまったけれど。
誰かが“好きだ”と思えるものを、その“誰か”の為に続けていく。そういう誰かの気持ちを、優しいやわらかな何かを心に持てる幸いを、今は少し理解できる気がしていて。
――俺にも。そうして“誰かの為”にしたいことがあるから。
「だからお前に、彼女の音は壊させない」
脳髄を吹き飛ばした鼠の向こう側、いまだ不敵に笑うオブリビオンを匡が見据える。視えぬ両目であろうとも、はとりも確かに男を睨みつけて再び猛吹雪を生む。
「おい変態、自分で傑作って言ったよな」
ハードル上げた分、期待してるぜ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『『戦乱へと誘う者』エーリッヒ・ロート』
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POW : 「さあ、この狂騒を君自身も楽しんでくれたまえ。」
【脳に直接響く、ヴィオラによる狂気の旋律】を披露した指定の全対象に【奏者以外を無差別に死傷したいという狂乱の】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD : 「君が抵抗するならば、どちらにせよ彼らは死ぬ。」
戦闘力のない、レベル×1体の【催眠音波とナノマシンで洗脳された一般人】を召喚する。応援や助言、技能「【かばう】【捨て身の一撃】【奉仕】【恩返し】」を使った支援をしてくれる。
WIZ : 「さて…、こう言う趣向はどうだろうか?」
自身の装備武器を無数の【洗脳効果のある『万色の罌粟』】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
👑11
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巨大鼠の群れを殲滅した猟兵達に、男はわざとらしく肩をすくめて大きなため息をつく。
「いやはや、流石の奪還者と言ったところか。君達には私の邪魔をして貰いたくはなかったのだけどね」
仕方がない、と続けた男は、さして困った顔を見せることもなく笑みを浮かべたまま。拠点を魅了するあのメロディーが先程よりも大きく響いているのは、決して気のせいではない。
現に、男が目の前で邪悪な音色を奏でるほどに、スピーカーから流れる音楽は、うねるように猟兵達の脳髄へと入り込んでいた。堕落と狂乱を誘う音波に苦しげな表情を浮かべる猟兵達へ、男は笑みを深くする。
「歴戦の戦士である君達がそれほど苦悩しているなら、今同じ曲を聴いている凡庸な人々はどうなるだろうね? そうさ、狂気と不安に苛まれ、お互いを恐れ殺し合うだろう! 嗚呼、それはなんて甘美なことだろうか!!」
恍惚とした表情でうっとりと酔う外道の音が、高らかに絶頂を迎える寸前――ズン、と低いベースが響き渡った。
「――こんな曲、うんざりよ」
速いドラム、かき鳴らされるエレキギター、味のあるキーボード、かすれ気味の太い歌声とシャウト。スピーカーからは、壮大なオーケストラを遮るようにロックンロールが叩き込まれて混線している。
ただの一度もトークを流さなかったツカサの声が、唸りをあげる歌と共に猟兵達の耳に届く。
「皆の信頼と思いやりを、意地を奪うような音楽――僕は許さない」
初めて苦々しい顔を見せた男が、いやにうつくしい音色を鋭くすればするほど、張り合うように女の愛した曲の群れが爆音で怒鳴る。
「僕がこいつの周波数に合わせてありったけの歌を捻じ込む! 街の人全員の目を覚まさせるのは無理だけど、少し抑えることはできるから!!」
――お願い、あの曲を終わらせて!!
善哉・鼓虎
本性出しよったな。
うん、うちもそんな音楽、許さんよ。
【楽器演奏】でツカサの流す曲に合わせるようにエレキギターをかき鳴らして。
ロックって言うんは抗うための音楽やからな!
どこまでもこの音でこの心で抗う。
さぁ、うちとソーシャルネットを繋いでる人は音楽好きが多い訳やけど…ジャッジといこうか。
みんなうちらの音楽とあいつの洗脳音楽。
どっちがええと思う?
もし、うちらの音楽がええんやったら賛同したって!
ハッピーエンドのための力を分けて!
(【コミュ力】【パフォーマンス】)
「本性出しよったな、ひっどい音の羅列並べよって!」
尖った八重歯で噛みつくようにオブリビオンへと吠えた後、善哉・鼓虎はスピーカーから流れたツカサの本音に頷いた。未だ頭の隅に遺る不気味な音色をものともせず、鈍くかがやく金の三角ピックをびしっと弾いて、勝ち気で懐っこい笑みを浮かべる。
「うん、うちもそんな音楽、許さんよ」
――だから、あんたとうちで、みんなに届ける。ラジオから流れる楽曲に即興で合わせて、少女はエレキギターをかき鳴らす。それに気付いた男の眼差しは、鼓虎を品定めするように居心地が悪い。
「君もあの女と同じく、そんな低俗なモノに命を賭しているようだね。全く――その精神は理解しがたいよ」
怪訝な表情を向けられようとちいさなロッカーは、は、と一笑してみせた。
「そんなん当たり前やろ、ロックって言うんは抗うための音楽やからな!」
どこまでもこの音で、この心で抗う。それは荒廃した世界で鼓虎自身が決めた道で、自分と約束した曲げたくない生き方だから。
「ならその雑音を鳴らす楽器ごと、君の心も預からせてもらおう」
楽士がきゅるりと奏でたチェロの音色が、実体を伴って宙を舞う。彩鮮やかな無数の罌粟の花弁の吹雪は、少女の身体を包み込んだ。咽るほどの花の香りは、途端にどろりとした眠気にも似た衝動を鼓虎の心に植えつける。
「(あかん、)」
ぐらりと崩れる脚を辛うじて立たせながら、止まりかけている指へ動けと強く念じる。ここで負けるつもりはないから、痛いほど歯を食いしばる。持っていかれそうな少女の意識を奮い立たせたのは、スピーカーから新たに聴こえた楽曲だった。
少女のような若い女のハイトーンボイスを、速弾きのピアノと二本のギターが追いかける。やり直せない人生を、後悔せずに燃え尽きるまで走ろうとするまっすぐないのちの詞。
ツカサの歌声ではないのだろう、けれどこの曲は、間違いなく鼓虎に捧げられたものだとわかったから。少女はギターを支えていた左手で、思いっきり己の頬をはたく。
「――ッ! っし、効いたで!!」
ひりひりと痺れる痛みはあれど、もう先程までの重たい感情は微塵もない。再びピックを素早く走らせれば、軽やかでいて激しい獣の唸りがひかってさえいた。
「ち、これのせいか……ッ」
洗脳し損ねた楽士の顔は、あちこちから響くスピーカーの混線を苦々しく思っているのが見て取れた。すぐさま音色を奏で始めれば、万色の罌粟が咲き乱れる。さぁ、と鼓虎はちいさなツインテールを揺らして飛び跳ねた。
「うちとソーシャルネットを繋いでる人は音楽好きが多い訳やけど……ジャッジといこうか」
『みんな、うちらの音楽とあいつの洗脳音楽。どっちがええと思う?』
すぐさま、世界中に鼓虎のメッセージと共にこの戦いの映像と音声データが一斉送信される。溢れんばかりの笑顔と魂、それにありったけの愛を込めて、二人のソーシャルディーヴァが吼えた。
「もし、うちらの音楽がええんやったら賛同したって! ハッピーエンドのための力を分けて!!」
どんなに壊れてしまった世界でも、ハッピーエンドで終わりたい。そんなどうしようもない願いに、少女の音楽に乗って人々は応える。
無限に押されるハートとサムズアップのアイコン、拡散されるコメントの数が体の回路を瞬時に巡っていく。咲き乱れていたはずの罌粟は花弁どころか、香りすら跡形もなく霧散していた。
「おおきにみんな! 大好きや! ハッピーエンドにしてみせるから、このあとも見とってや!!」
――鼓動は鳴り続ける、内なる虎が吼える限り。
成功
🔵🔵🔴
レパイア・グラスボトル
タフな少年な詩
【POW】
レパイアの家族はバカである。
聞きたい曲は敵の物ではないので突撃。
故に曲自体では心は震えにくい。
所詮一般人ではあるが、家族同士のいざこざは日常茶飯事。
一般人の妨害も無視する。
レパイアは彼等を盾にしつつ、怪我人の治療に奔走。
治療するという本能が感情を上回る。
レパイアと家族は終わったら曲を奪って帰ろうか等と目的がずれ始める。
多分、子供達も喜ぶ。
そんな事を言ってしまう。
UCにより、レパイアと家族共のみが生身の砲弾となって敵に撃ちだされる。
洗脳も何も関係のない第三者による武器扱い。
洗脳されてようが関係なし。
彼の詩で謳われる様に子悪党の勝利期限は過ぎ去っているのだから。
アレ絡歓
すっかり消え去った花弁の彩を悔しがるのもつかの間、楽士はヴィオラの弦を持ち直す。
「たかが少女一人を捕まえ損ねたとしても、いまだ私の音に人々が酔いしれているのは変わらないさ。その証拠に――さぁ、」
途端、男の手が超絶技巧を激しく奏でる。スピーカーから流れる狂気の旋律がツカサの音を押しのければ、猟兵達には遠くから大勢の人々が近付いてくるのが、その喧噪と気配でわかった。
「だめ、皆! この人達は僕達を助けてくれるのよ! お願い、やめて!!」
不安と疑心に満ちた住民達を抑えようと訴えるDJからは、焦りの声が滲んでいる。このままでは、と必死に次の曲を叩きこむ女の耳に、先程聞いた粗暴者達の雄叫びが届く。
「「ヒャッハァー!!」」
錯乱し斧を振りあげていた初老の男が壁に押しつけられる。豹変した若い母親が手にしていた包丁を取り上げられる。互いに殴り合う青年達が鳩尾を殴られ地面に昏倒する。
「なんだ……?」
次々に無力化されていく人々を怪訝そうに見下ろせば、彼らに対抗するのは世紀末の厄介者達。どこから湧いた、とその発生源を探す楽士を嗤った声がした。
「アンタ達、思う存分暴れな! ただし殺すんじゃないよ、それ以外はワタシが全部治す」
レパイア・グラスボトルの家族は馬鹿である。彼女が『家族』だという略奪者達は、襲い奪うことでこの世界を生き抜いている。この街に来た理由も、楽しみにしていたラジオが突然聴けなくなったから、自分勝手な文句を垂らして直に音楽を聴かせてもらおうとしただけのこと。ところがスピーカーから流れるのは、ロックとは程遠い、彼らには理解しがたい荘厳な音色のハーモニー。聞きたい曲ではないのだから、心が震えることもない。
「なんだよあの小難しい奴! あくびが止まんねえよォ!!」
「俺達ゃ子守歌を聴きに来たんじゃねえんだぜェ!?」
「ふ、ふ……私の音色が理解できないとは、随分と低能な屑の群れのようだね。だが所詮はレイダー、互いに殺し合うがいい!」
再び勢いを増した楽士のメロディーが、レパイアの家族の脳を貫く。思惑通り、手にした武器で互いを傷つけ始めた姿に男は歪んだ笑みを浮かべたが、レパイアの表情は変わらぬまま。
「……? 君の配下が仲間割れしているのに、随分と余裕だね」
「アンタどうかしてるんじゃないかい? ――ただの『家族喧嘩』を、仲間割れだなんて」
「な……ッ」
「それに、あいつらはワタシの子供だ」
我が子が殺し合っているのだ、どうかしているのはこの女の方ではないか。楽士の異常者を見る目も気にせず、レパイアは暴動の中を駆け回る。骨が折れた者の腕を逆方向に無理矢理伸ばし、裂傷には消毒液をぶっかける。一見無茶苦茶に見える行動は、激痛と共に的確な治療を施していた。
これほどの数の患者が蠢く戦場で、女の意識は全ての人間を治療することに費やされる。感情の欠片もない、本能がそう叫ぶ。
ふいにレパイアの脳を揺さぶるのは、生きることへの渇望に満ちた少年の歌。どこか哀愁がありながらも、深い二本のギターの音色。挫けることを知らないような男の声が、音楽に興味のない女にとって妙に気に入るものだった。
「あいつの始末と患者の治療が終わったら、あの女からこの曲を奪って帰るのもいいね」
「そりゃあいい! そしたらラジオをつけなくても毎日聴けるぜ!」
レパイアの提案に嬉々としてはしゃぐ略奪者達の背後、ゆらりと土煙が巻き上がった。
「ん?」
子供達と共に振り返ったレパイアの目に映るのは、いつまで経っても切れぬ腐れ縁。
「なんでアンタが此処に居るんだよ!!」
この拠点にやってきて、今までで一番動揺を見せる女の姿に楽士は首を傾げる。さては新たな仲間か、と身構えた瞬間――生身のレパイアと家族が、砲弾の如く此方へ撃ちだされた。
「なっ」
「「ギャアアアアア!!」」
女と家族は、オブリビオンと共に派手に吹っ飛ばされる。悪を挫き弱者を救う拳の技は、恐ろしい程冴え渡っていた。宙を舞う羽目になった者達の姿はスローモーションのようで、ツカサの流す歌がよく映えた。
そう――彼の歌のように、小悪党の勝利期限は過ぎ去っているのだから。
成功
🔵🔵🔴
鳴宮・匡
脳裏に直接響く音を防ぐすべはない
意思に関係なく叩き込まれる音は、酷く不愉快で
――だけど、それだけだ
音楽、なんていうものに揺さぶられるような“こころ”を
もう、とっくになくしてしまったから
そういうものに感慨を懐けない、壊れた人間だ
ツカサが流す曲にだって、心を動かすようなことはなくて
……でも、今はそれを“悪いこと”だとは思わない
そういう自分だからこそ、できることがあると知っている
銃を向ける
音の源がその楽器だっていうなら
それを壊せば、もうお前は何もできないよな
最初に、足場を狙撃する
何度かそれを繰り返して、バランスを崩させたら
足を削り、腕を穿ち、体勢を整えられないように仕向けてから
本命、楽器を狙うよ
柊・はとり
眼は視えないがお陰でよく聴こえる
クラシックみたいな何かじゃなく
ツカサの魂の叫ぶ声が
ああ、俺もうんざりだ
お前もだろコキュートス
『すみません、よく聞こえませんでした』
ほらうるせえってよ
思い通りにはさせない
そろそろ【エピローグ】だぜ
意識をコキュートスに明け渡す
これなら眼が見えなくても問題ない
理性も感情もない剣があんたの音楽をどう評価するかな…
…
『ホームズ』柊はとりがログアウトしました。
高速で演奏する物体E=敵性反応を検出。
【切り込み】からの【なぎ払い】による攻撃を行います。
それはチェロですか?
【部位破壊】で破壊します。
精密採点AIによる表現力評価は計測不能。
直ちに演奏を中止してください。破壊します。
ごぷりと口から血を吐き出して、楽士は瓦礫の山から這い出る。その姿が随分と無様なものだから、視えぬ両眼にも関わらず、柊・はとりはにやりと笑ってやった。
「今のあんた、相当みっともない姿晒してんだろうな――そうだろ、コキュートス」
『すみません よく聞こえませんでした』
機械仕掛けの魔剣は、無機質な声で愛想のない回答を告げる。その代わりとでもいうように、鳴宮・匡のブロンズの双眸は冴えたままで楽士の動きを注視していた。二人の態度が気に入らなかったのか、オブリビオンは声を荒げる。
「それ以上私を愚弄する言葉と視線を向けてみろ! 簡単には殺さん――ああそうだ、二人揃っているならちょうどいい!」
男は猟兵達から距離を置くように体勢を立て直し、再びうず高い瓦礫を足場にしてヴィオラを構える。すぐにスピーカーから溢れでるのは、先程多くの略奪者達を家族喧嘩へと駆り立てた狂乱の音色。
「悪い、あいつ今どの辺りだ」
「十一時の方向、距離は約十メートル。瓦礫の上で楽器を弾きだした」
視界を喪ったはとりの問いに、匡が敵の様子を端的に返す。馬鹿は高い所に登りたがるもんな、なんて思い浮かべた探偵の頭脳が、暴力的なまでにうつくしい楽曲で掻き回される。けれど彼の頭脳を守るように、激しいドラムとギターが奔りがちに叩き込まれる。今が真っ暗で良かったとさえ思った。
「――お陰で、よく聴こえる」
クラシックみたいな何かじゃなく、ソーシャルディーヴァの魂の叫ぶ声が。荒れ果て壊れたこんな世界で、足掻くように希望を与え続けようとする女の詞が。
「ああ、俺もうんざりだ。お前もだろコキュートス」
『すみません よく聞こえませんでした』
「ほらうるせえってよ」
無機質な音声とのやり取りにちいさく苦笑する匡の耳にも、音と音の殴り合いは届いている。脳裏に直接響く絶大なメロディーを防ぐすべはなく、聴かないという選択肢は与えられない。それは酷く不愉快で、
「(――だけど、それだけだ)」
音楽、なんていうものに揺さぶられるような“こころ”を。もう、とっくに喪くしてしまったから。隣で探偵が駆けだしたのを合図に、アサルトライフルの照準を合わせる。楽士が足場とする瓦礫に無数の弾薬を撃ち込む。その銃声は女が鳴らすロックに合わせたようで、連弾にも似た音を出した。
とはいえ、ツカサの曲にも匡の感情は動かない。ただテンポが速い曲で、楽器が鳴っていて、よく通る男の声がしていて。それだけだった。そういうものに感慨を懐けない、壊れた人間なのだと己を認めている。
「(……でも、今はそれを“悪いこと”だとは思わない)」
そういう自分だからこそ、できることがあると知っている。知ることができた。無言で何度も続けた狙撃によって、元々脆かった足場はがらりと音を立てて崩れ落ちる。
「何……ッ」
地に墜ちていく楽士の脚をすかさず拳銃で撃ち抜く。血が噴き出し削れる脚を庇うよりも先、探偵が口上を述べた。
「そろそろエピローグだぜ。理性も感情もない剣が、あんたの音楽をどう評価するかな」
最後にそう言い放ってすぐ、探偵の意識は自動的にシャットダウンされる。次に言葉を発したのは、魔剣に埋め込まれた人工知能だった。
『――《ホームズ》柊はとりが ログアウトしました これよりコキュートスに 全権限が 移譲されます――』
魔剣は自動的に敵性反応を感知、検出する。事件解決と生命維持の為だけに探偵の肉体は戦場を駆け抜け、絶対零度の刃が楽士に襲いかかる。ザァン、と氷の粒が飛び散って、硝子色と共に赤色が滲む。
『――それは チェロですか? ――』
「先程君は評価と言ったが、チェロとヴィオラの違いも理解できないただの機械に、私の音楽を評価できる情緒などないだろう!!」
楽士が言葉を返したのは、魔剣か、意識を手放したはとりか。そんなことは些細な問題でしかない。ぱん、と最小限の発砲音が彼の右腕を穿つ。傭兵が生きる為に得た死神の眼は、斬撃の嵐を繰り広げる探偵の動きに合わせ、確実に楽士の四肢を撃ち抜いていく。
意識を武器に明け渡した少年は、何も怖くないのだろうか。ふと頭に過ぎった疑問に、匡はいいや、とかぶりを振る。怖くなどないだろう――俺と同じではないだろうけど。立ち上がれずに居る楽士が支えにしているヴィオラが目につく。正確には、最初からこれが標的だった。
「それを壊せば、もうお前は何もできないよな」
傭兵が照準を合わせたと同時、魔剣が判定結果と音声を吐き出す。
『――精密採点AIによる 表現力評価は計測不能 直ちに演奏を中止してください 破壊します――』
「やめっ」
楽士が言い終わらぬうちに、銃撃と斬撃が、地獄の音楽を奏でていたヴィオラを大破させる。吹っ飛ぶ弦、表板から裏板までぽっかりと空いた穴。楽器として使える部位など、もう何処にもなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
霧島・絶奈
◆心情
Its rider was given the power to bring war on the earth,
so that people should kill each other.
『ヨハネ黙示録』
同じ闘争なれば、破滅への戦乱ではなく生存への再起であるべきです
◆行動
ツカサさんを護りつつ戦闘
『涅槃寂静』にて「死」属性の「劫火」を行使し【範囲攻撃】
其が花びらであるならば、貴方諸共焼き尽すまでです
加えて【範囲攻撃】する【マヒ攻撃】の【衝撃波】で【二回攻撃】
負傷は【各種耐性】と【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復
『赤』き狂騒に乗る第二の騎手よ
貴方の戦争は此処で終わりです
安らかに眠れ…
「あぁ、ああぁ……」
楽器としての役目を果たせなくなったヴィオラの残骸に、楽士は震える手で触れる。もはや持っていても意味のない弦を握りしめたまま、猟兵達へと振り向く。
「貴様等、貴様等よくも私の音楽を台無しにしてくれたなァ!? 誰一人生かしてなどおかない、殺してやる、皆殺しだ、この街の人間諸共!!」
激昂する男の姿を、ひたと見つめる女の眼差しは静かだった。霧島・絶奈の膚をぴりと伝う感覚を知る者は、この場には彼女自身しか居ないのだろう。
「Its rider was given the power to bring war on the earth,」
白い唇に乗せた黙示録の一節が、絶奈以外の耳に灯ることはない。蒼白の衣を翻し、獣の耳を模したフードが揺れる。
かつてかの人が解き放った七つの封印のうち、二つ目の赤い馬の騎士。同じ闘争なれば、破滅への戦乱ではなく生存への再起であるべきだ。それはスピーカーの主導権を奪い取ったツカサの流す、生を渇望する強さを歌うロックンロールのように。
あれほど大事にしていたヴィオラの残骸を、楽士は宙へと放り投げる。紳士然とした振舞いは消え失せ、けたけたと狂った笑い声をあげて叫ぶ。
「先程貴様が見せた屍の軍勢! 私が貴様ごと従えるのにちょうどいいじゃないか! 蹂躙し尽くして、虐殺の限りを繰り広げるがいい!!」
音の骸は濃厚な花の香りを撒き散らし、青空に焦げつくように鮮やかな罌粟の嵐と化す。辺り一帯に降り注ごうとする花弁の群れを前に、女は白銀の槍を振るう。
「其は始原にして終焉。永遠不変と千変万化――」
涅槃へと至るためのまじないを唇に乗せ、槍の穂先でくるりと宙に円を描く。瞬時に生み出された魔法陣から現れた極白の火の粉は、瞬く間に業火となって轟々と燃え盛る。
ツカサが立てこもったラジオ局を守るように展開した白焔の壁は、舞い散る花弁を香りごと焼き尽くすと、今度は意識を失った人々に降りかかる花弁の嵐を燃やす。死のまじないを付与された炎は、罌粟の花と楽士だけに狙いを定めていた。
なおも花弁を散らす楽士は焔の向こう、ちいさな背の聖女を見て、は、と吐息を洩らす。
「……き、さま、」
ああ、と何処か納得したように言葉を吐いて、ひどく歪に笑う。先程までの怒りと納得がない交ぜになった表情は、ひずんだ声として現れた。ざ、と惑花の香りが勢いを増して、処刑道具にも似た黒剣が音もなく花弁の群れを薙ぎ払う。
「私の音色を終わらせに来たか、病を連れて! それともこの地獄で生きる愚かな無辜の命に等しく死を与えに降りてきたか!?」
「いいえ、いいえ――私は彼らを殺しません。ちいさく美しい平穏を保つこの街に、戦乱を招く貴方を、この業火にくべるだけです」
第四の騎士は第二の騎手に答えて、ああ、でも、と言葉を紡ぐ。
「あなたを愛すことが出来たなら、共に獄炎に呑まれることもありえたかもしれない」
愛に焦がれる獣のしろがねの髪が、ちり、と自らが起こした火の粉でかがやく。耳に届く女の歌声は少女のように幼く、ギターをかき鳴らしては、ただひたすらに生きることへの衝動を追い求めている。
「この街にあるべき音色は、あなたの狂乱の曲ではない――彼女の愛と、人々の絆を表す歌です」
とん、とたった一度。足音も立てずにふわりと宙を踊った絶奈の身体が、黒剣と槍に白焔を纏わせた。焔の海が真っ二つに拓けて、楽士の元へと一直線の道をつくる。一気にその道を駆け抜けて、楽士の身体を黒剣が裂き、槍が貫く。
「ア、ァ……?」
「『赤』き狂騒に乗る第二の騎手よ――貴方の戦争は此処で終わりです」
安らかに眠れ、と呟いた聖女に抱き留められたまま、死の火焔に包まれた楽士のいのちは、その骸ごと燃え尽きる。
外へと飛び出したツカサが見た聖女の背に翼はなく、けれど骸を抱く絶奈の上で、白い炎がはらりと静かに消えていく様は羽根のようで、神様のように見えたから。
ソーシャルディーヴァの目には、不思議と涙がこぼれた。
お腹に響くベースの音、先走るほどのギター、正確なリズムを刻むドラム。ハスキーな女の歌声は、痛い痛いと泣きながら、生きていたいと唱える歌詞を紡いでいる。
あの一件があって、今日も僕は僕の音楽を流している。皆に求められる限り、僕が必要だと思う限り。
僕のナカにあるネットワークを通して、この音楽を、この街の至るところへ。皆に活力を、皆に希望を、皆に意地を。
――皆に、愛を。
大成功
🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2020年12月22日
宿敵
『『戦乱へと誘う者』エーリッヒ・ロート』
を撃破!
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