迷宮災厄戦⑱-19〜鮮血自傷のコシュマール
「あ、ああ、……ああああ、あ」
黒く染まった手首から、とめどなく溢れる悪夢が獣へと変わる。涙を流すことも出来ないまま、ただ声が枯れるほどに叫んで、叫んで――悪夢を振り払おうと伸ばされた腕は、けれど何を捉えることも無く虚しく宙を掻いていった。
「あ、うぅぅ……嫌、だぁ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌」
そうして――噴きあがる鮮血の如き悪夢が、次々に陰鬱な病院のなかへとひしめいていけば。身を引き裂かれるような少女の悲鳴に混じって、楽しそうな獣たちの鳴き声が聞こえてくるのだ。
「来るな、来ないで助けてやめてやめろ!! う、ぁあ、あああぁぁあ――……!」
――群れ成す狼たちの遠吠えに、軽やかな馬の蹄の音が重なって。先頭を往く血染めの兎が哀れなアリスを誘おうと飛び跳ねていくが、鉄格子の嵌められた窓からはもう二度と出られない。
「……っ、うぅ……う、っ……ぅ!!」
この迷宮のあるじである筈の、オウガ・オリジンまでもが悪夢に囚われて、ただ泣き叫ぶことしか出来ずにいるなかで。溢れ出して、膨れ上がり――数を増していく悪夢の獣は、いつしか灰色の世界を鮮血で染め上げて、紅いあかい絶望の牢獄へと変えていくのだろう。
(「ああ、もう逃げられない」)
――あなたを決して、逃がさない。
アリスラビリンスにおける迷宮攻略戦が、その激しさを増していくなかで、『オウガ・オリジン』は更なる力を取り戻していった――そう前置きしつつ、今回の戦場についての説明を行うアストリット・クロイゼルング(幻想ローレライ・f11071)の表情は、何処か浮かない様子だった。
「……その所為、なのでしょうか。彼女の中に眠っていた『無意識の悪夢』が、具現化してしまったようなのです」
――現実改変ユーベルコードが生み出した不思議の国は、悪夢のアサイラムと呼べるもの。其処は全ての窓に鉄格子が嵌められた、暗く陰鬱な病院らしい。
「其処でオウガ・オリジンは、自らの生む悪夢に苦しみ続けていて……もう、まともに戦えない状態のようです」
しかし――その手首から噴出する、鮮血の如き色の『悪夢獣』が、彼女の代わりに猟兵たちへ襲い掛かってくるのだとアストリットは続けた。これらの獣を殺し尽くせばオウガ・オリジンは消滅するのだと言うが、狂気めいた戦いを繰り広げなければ勝利は掴めぬだろう。
「……鮮血にまみれて、戦うこと」
――彼らの返り血を浴び、陰鬱な世界を鮮血の赤で染め上げていく。それが、相手よりも有利に戦える手段なのだとアストリットは言った。
「悪夢を、更なる悪夢で彩っていくように。ですが、皆さんは悪夢に呑まれないように……どうか無事に、帰ってきてください」
怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない、と。泡のように弾ける声が、悪夢のアサイラムへと猟兵たちを誘っていく。
「……其処は蠱毒めいた戦いが繰り広げられる、孤独な世界なのですから」
柚烏
柚烏と申します。こちらは『迷宮災厄戦』のシナリオとなります。戦場は⑱-19で、オウガ・オリジンの具現化した悪夢獣との集団戦になります。
●シナリオについて
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、戦況に影響を及ぼす特殊なシナリオとなります。なお、下記の内容に基づく行動をすると、ボーナスがついて有利になります。
※プレイングボーナス……鮮血にまみれながら、悪夢獣と戦う。
●プレイングにつきまして
シナリオ公開がされたと同時に、プレイングを送って頂いて大丈夫です。大体【8名様】のプレイングが集まった時点で、受付を締め切って順次リプレイを公開していこうと思います。
以降のプレイングは、不採用の確率が高くなると思います。余力があれば頑張りますが、戦争シナリオと言う特性上、シナリオの完結優先で執筆を致しますね。
難易度は「やや難」、狂気がのぞく猟奇っぽい雰囲気を意識したいと思いますが、血飛沫はあまりグロテスクにならないよう、耽美寄りでの描写が出来たらなと思っております。それではよろしくお願いします。
第1章 集団戦
『『オウガ・オリジン』と悪夢のアサイラム』
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POW : ナイトメア・パレード
【巨大な馬型悪夢獣の】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【一角獣型悪夢獣】の協力があれば威力が倍増する。
SPD : 悪夢の群狼
【狼型悪夢獣の群れ】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 忠実なる兎は血を求む
【オウガ・オリジンに敵意】を向けた対象に、【鋭い前歯と刃の耳を持つ兎型悪夢獣】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
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揺・かくり
僅かに思い出したよ
そうだ、思い出したとも
私は不完全な魂なれど殭屍だ
紅いあかい雨は――鮮血は好物なのさ
呉れよ。此の私に寄越せよ
足りないのさ。渇いて仕方が無い
此の喉を、胸裡を満たしてくれよ
呪符を貼り付けぬ四肢は不自由だ
儘ならぬ身でも構わないさ
念力を纏わせた祟り縄で引き摺ってしまおう
染み込んだ呪詛をたんと食らうが良いよ
一匹ずつ確実に引き寄せて――喰らう
鋭牙を秘めてゐることを何故忘れていたのか
獣の頸に喰らい付いて牙を沈めよう
あァ、なんと不味い
所詮は悪夢の内の獣と云う事か
儘ならぬ筈の指先が、腕が、脚が動く
――成程。良い事を得たよ
己の顔なぞ見えぬけれども
ああ、今の私はとても醜くて
歪む唇で笑んでゐるのだろう
――ひかり届かぬ鉄格子の窓に囲まれて、淀んだ闇が溜息のように漂う院内は、死にゆくものを閉じこめていく棺桶を思わせて。
(「僅かに思い出したよ」)
悪夢の獣が無数にひしめく暗い廊下を、長い衣を引きずり歩んでいく揺・かくり(うつり・f28103)は、ぎこちなく首を巡らせて、虚空に向かい吐息を漏らす。
(「……そうだ、思い出したとも」)
屍者のそれを思わせる、彼女の濁った眸に映し出されたのは――此方へと迫りくる、巨大な一角獣の群れのようであったが。その姿かたちより何よりも、かくりの心を捉えて離さぬのは、彼らの色彩、すなわち鮮血の如き赤なのだった。
「私は、不完全な魂なれど――殭屍だ。故に、」
――異国のあやかし。怨念と執着に塗れ、硬直した四肢を這わせて、闇夜を往くもの。
白い喉を仰け反らせ、ごくりと唾をのむその仕草はひどく艶めかしくて、微かに覗いた彼女の舌が、蛇のように獲物を見定めながらつづく言葉を音に変える。
「紅いあかい雨は――鮮血は好物なのさ」
地面を抉るような蹄の音にも恐怖すること無く、かくりの念が祟り縄を操って、突進を仕掛ける巨大馬を一気に引き摺り寄せた。染み込んだ呪詛によって身動きのとれぬまま、首を振っていななく悪夢獣――その脈打つ頸へ、屍の乙女は躊躇なくその牙を突き立てていく。
「呉れよ。此の私に寄越せよ」
――ああ、噴き上がる獣の鮮血は、蒼褪めたかくりの肌にぬくもりを与えていくよう。呪符を貼り付けぬ四肢は不自由で、歩むことさえ儘ならないけれど。赤子のように獲物にむしゃぶりつく彼女は、更に引き寄せた獣へも喰らいつき、其の空っぽの胸裡を満たそうとちいさく身震いをした。
「足りないのさ。渇いて仕方が無い。……なのに、嗚呼」
――鋭牙を秘めてゐることを何故、忘れていたのか。殭屍としての本能の赴くままに喰らい、喰らい、喰らい尽くせば。儘ならぬ筈の指先が、腕が、脚がぬくもりを取り戻して、いつしか滑らかに動いていく。
「――あァ、なんと不味い」
所詮は悪夢の内の獣と云う事か、と。たおやかな手がそっと、悪夢獣の皮膚をなぞっていけば――捻じ切られた首から噴水のように噴き上がった赤が、かくりの肌を鮮血で艶めかしく彩って、彼女に更なる力を与えていったのだった。
(「己の顔なぞ見えぬけれども」)
――ああ、きっと。今の私はとても醜くて。
(「歪む唇で、笑んでゐるのだろう」)
大成功
🔵🔵🔵
ラビ・リンクス
赤い鎌を手に悪夢の中へ
眸に焼き付いて離れない
真っ赤な君を追いかけて
振り慣れた鎌で影を裂く
斬る程赤くなる己の体を見て
ドコの国もおんなじだなァ、と自重に笑う
そうさ、兎は忠実なんだ
君に誓った赤い約束
在りし日在りし国でそうしたように
赤い薔薇咲く女王の大鎌で
馬を狼を
幼き少女の愉快な仲間達を斬り
世界を赤く染めていく
猫も兎も
――そして君も
色が変わるくらい何でもない
紙になり果てた兵を呼びつけて
そうして何度も繰り返そう
僕の女王
俺のアリス
君に何度でも手をかけて
君の代わりに手を染めるから
なのに魔法が終わらない
遠い日の魔法が今また始まる
――還れない
誰が赦してくれるんだろうか
君すらどこにもいないのに
とうに白くもない俺を
不思議の国へ続くウサギ穴を、何処までも落下していくような浮遊感を抱いて、ラビ・リンクス(女王の■■・f20888)は赤き鎌を手に、悪夢の中を鼻歌まじりに駆け抜けていく。
(「眸に焼き付いて、離れない――」)
真っ赤な、真っ赤な――まっかな君を追いかけて、数段飛ばしで階段を飛び越えていけば、血染めの兎と目が合った。
(「ああ、ご同輩」)
その刃と化した長い耳が己の首を狙うよりも早く、ラビは振り慣れた大鎌を器用に操って。迫りくる悪夢の影を纏めて斬り裂いていけば、その溢れんばかりの血潮に笑みが零れる。
「――
……!!」
悲鳴すら上げず、次々に刎ねられていく兎の首から飛び散る血飛沫は、陰鬱な世界のそこかしこを彩っていき――其処でふと、己の身体に視線を落としてみると、白の髪がたっぷりの赤を啜って、熟れた果実のように雫を滴らせていた。
(「ドコの国もおんなじだなァ」)
――愛しいアリスに、敵意を向けたものへは容赦せず。歯牙と刃で以ってその血を求め、命を捧げる。
「そうさ、兎は忠実なんだ」
懐中時計を片手に少女を誘い、不思議の国を跳び刎ねていく。チーズみたいに穴だらけの記憶でも、君に誓った赤い約束だけは憶えているから。
(「在りし日、在りし国でそうしたように」)
ほら――赤い薔薇咲く女王の大鎌をこうして振るえば、世界が綺麗な赤に染まる。馬を狼を、幼き少女の愉快な仲間達を斬り裂いて、三月ウサギのように狂ってみせれば。君は――アリスは、もう寂しくないだろうか。
(「斬れば斬る程に、赤くなる」)
猫も兎も――そして君も。悪夢の獣を次々と手に掛けていくラビの眸がその時、妙な既視感を覚えて細められると、歪なトランプ兵の成れの果てが現れ出でて、悪夢のはじまり目指して吹き荒れていく。
(「色が変わるくらい何でもない、だから」)
――だから、僕の女王。俺のアリス。何度でも繰り返そうと呟き、彼は拭えぬ赤を纏っていく。
(「君に何度でも手をかけて、君の代わりに手を染めるから」)
なのにどうして、魔法が終わらないのだろう。首輪を手に取り、軽く爪を立ててみても。いつかの既視感は消えてくれなくて、遠い日の魔法が今また始まる――ああ。
「――還れない」
君すらどこにもいないのに、誰が赦してくれるのか。
「とうに、白くもない俺を」
――彼は、兎の役だったものの成れの果て。女王の■■だった。
成功
🔵🔵🔴
エドガー・ブライトマン
悪夢みたいな世界は、存在しているべきじゃない
誰も笑顔になれないのなら、尚更だ
私が終わりにしてあげよう。――王子様として
闇に閉ざされた世界にひかりを差し込むことも、
王子様の仕事のひとつだから
臆することなく剣を抜こう。かかってきたまえ
相手の数が多いのなら、時間をかけていられない
《早業》で悪夢獣と間合いを詰め、一匹ずつ仕留める
剣を刺し、薙ぎ、可能であれば首を狙う
構造がそのへんの動物と同じかわからないけれど、
そうであれば太い血管がありそうじゃない
私は生まれつき痛覚が鈍いんだ《激痛耐性》
傷を負ったって、気にしないし、気づかないかも
血にまみれたって、平和のためなら仕方ない
ああ、後でしっかり洗濯しなくっちゃ
シャルファ・ルイエ
いくら相手が倒さないといけない相手でも、戦えないくらいの悪夢にずっと苛まれるのは辛いでしょうから。
夢を終わらせますね。
血に特殊な効果が無いのなら、戦う事に支障は出ませんもの。
自分がいつもしている事と変わらないのに、血を浴びるからって躊躇うのはおかしいでしょう?
全然平気とは言えませんけど、我慢は出来ます。
でも出来るならせめて。
赤い血には染まらない花をあなたの夢に添えられたら、少しは悪夢も和らぐでしょうか。
噎せ返る匂いも、赤に染まる視界も振り切って、穏やかな眠りが泣いているあなたに届きますように。
……割り切っていても、少し、なんて弱音は、全部終わってからにしますから。
この悪夢の世界を生み出したのは、倒すべき相手であるオウガ・オリジンだ。けれど彼女もまた、己の生み出した悪夢に苛まれ――まともに戦うことも、まともでいることも出来ずに、手首から噴き出すそれに溺れてただ藻掻いている。
「……悪夢みたいな世界は、存在しているべきじゃない。誰も笑顔になれないのなら、尚更だ」
陰鬱な病院のなかで煌々とした輝きを放つのは、金糸の髪を靡かせる、エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)の姿だった。輝く者に相応しい、白と青の清廉な装束を身に纏い、その手が掲げるうつくしき細剣は、革命の意志に呼応して暁のひかりを弾いている。
「私が終わりにしてあげよう。――王子様として」
「そう……ですね。戦えないくらいの悪夢にずっと苛まれるのは、辛いでしょうから」
――きっとそれは、自分で自分を傷つけていくような、終わりのない苦しみなのだろうと。澱んだ世界に澄み切った風を届けていくように、シャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)の空色の髪が踊って、かすみ草の花びらがひらひらと彼方へ吹き荒れていった。
「……夢を終わらせますね」
「臆することなく、剣を。かかってきたまえ」
悪夢のなかでは余りにも眩い、そんなふたり目掛けて羽虫のように群がってくる獣たちへ、まず果敢に斬り込んでいったのはエドガーだ。
(「数が多い、なら――時間をかけていられない」)
――群れ成す狼が津波の如く押し寄せて、辺りのものを見境なく喰らい、呑み込んでいくよりも早く。鮮やかなマントを脱ぎ捨てて身軽になった彼は、一瞬で狼との間合いを詰めて、神速の刺突を次々に見舞っていった。
(「そのへんの獣と、造りが同じであるのなら」)
迫る牙を躱し、すれ違い様に刺して――数が多ければ薙いで、首の近くにある太い血管に狙いを定める。そうして面白いほどに噴き上がる彼らの鮮血が、病院の壁や床を瞬く間に深紅で彩っていくと、エドガーも無事では済まされなかったけれど。
(「大丈夫、気にしない――」)
生まれつき痛覚は鈍かったし、例え戦いのなかで傷を負ったとしても、彼が気づくことは無かったかも知れない。前線で戦い、真正面から敵の返り血を浴び続けて、既に王家の装束は血塗られた赤に染まっていた。
――だが、ノブレス・オブリージュを為すならば、その痛みになど構ってはいられない。そうして勇ましく戦うエドガーの近くでは、シャルファも返り血を厭う素振りを見せずに、ウィルベルの杖を無数の花びらに変えて悪夢の獣を押し止めていた。
(「……血に特殊な効果が無いのなら、戦う事に支障は出ませんもの」)
あるじに敵意を向けるものを狙い、鋭い歯と刃を以て忍び寄る兎たちへ、硝子の欠片が燈花となって淡い光を放っていけば――次々に弾け飛ぶ鮮血がシャルファを穢し、踏み出した足がびちゃりと血だまりを跳ねて、空色のワンピースを斑に染める。
「それに――自分がいつもしている事と変わらないのに、血を浴びるからって躊躇うのはおかしいでしょう?」
そんな悪夢のような光景のなかでも、彼女の瞳は澄んだ輝きを宿したまま。全然平気とは言えないまでも、我慢は出来るのだと頷くと、苦しむこと無く獣たちを骸の海へと還すべく、シャルファの伸ばした手が淡い花びらをそっと送り出していった。
(「でも、出来るならせめて」)
――赤い血には染まらない花を、あなたの夢に添えられたら。少しは悪夢も和らぐでしょうか。
(「……割り切っていても、少し、なんて弱音は、全部終わってからにしますから」)
噎せ返る匂いも、赤に染まる視界も振り切って、穏やかな眠りが泣いているあなたに届きますように。そんなシャルファの願いを受けて、エドガーも運命の切っ先を狼へと向けると、その頸椎を砕いて一気に生命を断ち切っていく。
そう――闇に閉ざされた世界にひかりを差し込むことも、王子様の仕事のひとつだから。だから、
「……血にまみれたって、平和のためなら仕方ない」
でも――ああ、後でしっかり洗濯しなくっちゃ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ロキ・バロックヒート
ああ、可哀想に
相手はオブリビオンだけど今この時だけ憐れんであげる
狂った『私』のこえにとっても似てるんだ
辛いよねぇ苦しいよねぇ
そのうち慣れて狂気を狂気だと思わないようになってさ
でもその先はもうお仕舞い
狂うって、壊れるってことだもの
慰めにうたでもうたってあげようか?
影の刃で獣の首でも刎ねて躊躇いなく血を浴びる
でも足りない、足りないなぁ
狂気も絶望も悪夢も全然足りない
甘えて強請る声で
この歌声を聞いて
もしくは影の刃に触れて
【終幕】は瞬く間に伝播していく
共食いでも始めたりするんじゃないかな
血がけぶる中でそれを嘲笑って見守って
でも私も君もまだ狂ってないよね
大丈夫
痛みも苦しみもわからないところへ導いてあげるよ
――陰鬱なアサイラムに渦巻く悪夢に混ざって、少女の泣き叫ぶ聲が、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)の耳朶をくすぐっていく。
(「ああ、可哀想に」)
相手は、世界を破滅に導くオブリビオンではあるけれど、今この時だけは憐れんであげようか、と彼は笑う。ぎしぎし軋む廊下をゆっくり歩いて、壁に散った艶めく赤に優しく手を伸ばして。
(「だって――狂った『私』のこえに、とっても似てるんだ」)
そうして指先を濡らす血の雫を、戯れにちろりと舌で舐め取ってみれば――口腔に溢れるその紛い物の味に、くすくすと甘い笑みが零れていった。
「辛いよねぇ苦しいよねぇ。……そのうち慣れて、狂気を狂気だと思わないようになってさ」
――細い廊下を抜ければやがて、開けた空間に行き着いて。ほんの僅かに闇が薄まった其処で、待ち受けていた悪夢獣がロキに牙を剥いたが、黄昏色の瞳はすでに彼の存在を捉えていたらしい。
「でも、――その先はもうお仕舞い」
影の刃と化した光の残滓を振るい、襲い掛かる兎の首を刎ねて、躊躇いなくその血を浴びる。蜜の甘さを失くし、終わりを齎すものと化した今のロキは、退廃の美貌を歪ませながら、溢れる血にまで狂気を注ぎ込んでいく。
「狂うって、壊れるってことだもの」
――破滅や堕落に、惹かれ焦がれて。魂や自我まで手放してしまったら、もう戻れない。空っぽの器を満たすあかが全て流れ落ちてしまうまで、慰めのうたをうたってあげてもいいけれど。
「……でも足りない、足りないなぁ」
黒ずんだ肌や髪を染める、鮮やかなあかも――狂気も絶望も悪夢も、全然足りない。乾いた血がこびりつく頬へ、甘えて強請る声と同時に爪を立てれば、微かな痛みが走ってじわりと己の血が混ざっていった。
「あぁ――この歌声を聞いて。もしくは、影の刃に触れて」
悪夢の渦へと飛び込んでいった、更なる悪夢の化身であるロキによって、終幕の狂気は瞬く間に獣たちのあいだに伝播していき――血がけぶる視界のなか、愛らしい兎たちが牙を剥き出しにして、無我夢中で互いの喉元に喰らいついていく。
「あ、はは、はは――……ははは、でも私も君も、まだ狂ってないよね」
――未だもがく聲は聞こえてくる。それが自分のものか彼女のものか、分からなくなりつつあったけれど。全部ぜんぶ掻き出して、全てを閉ざして終わらせてあげる。
「大丈夫。……痛みも苦しみもわからないところへ、導いてあげるよ」
大成功
🔵🔵🔵
ユーノ・エスメラルダ
汚いとか怖いとか思わずに振る舞います
オブリビオンである以上は倒さなければなりません
ですが苦しむ姿を知れば、何か出来ないかと思わずにはいられないのです
せめてこの戦いが苦しみを縮める一助となることを【祈り】ます
もし叶うのなら【手をつなぐ】ことによる【慰め】を
●戦闘
攻撃と回復はUCによる、【祈り】と【浄化】の聖なる光で行います
回復は『聖痕』による癒しも加えます
悪夢獣には反撃もされるでしょう
ですがこの悪夢は苦しみから発せられたもの
であれば、ユーノはこの苦しみと痛みも受け入れます
そのための【覚悟】も【激痛耐性】もあります
それに、猟兵は簡単には死にませんから…
草野・千秋
そろそろこの戦争も終わるでしょうか
……終わらせなければ、いけない僕達が
これ以上アリスの方達も
ここに住む愉快な仲間さんも悲しませたりしない
起きてる間も悪夢とかまっぴらですからね!
それが僕達猟兵の存在意義ですから
敵攻撃は激痛耐性で耐えます、血に塗れてもなお戦場に立ち続け
痛みに耐えてこそヒーロー、そう何度も言い続けて戦ってきました
本当にヒーローらしくあれるかは僕次第ですけどね
UC【Parousia】を使用
ヒーローソードを真・ダムナーティオーへと変化
このUCは血に塗れれば塗れるほど強くなるはずです
怪力で押し斬るように敵を攻撃
この力が人ではないものの力でも
僕は『ヒト』で在ることを辞めないッ!
――そろそろ、この戦争も終わるでしょうか、と。悪夢の世界を彷徨い続ける草野・千秋(断罪戦士ダムナーティオー・f01504)が、蒼銀の刃を手にそんな思いを巡らせていくと。
「……いえ。終わらせなければ、いけない僕達が」
激しい鼓動を思わせる、悪夢馬の蹄が微かに乱れた隙を狙って、そのまま彼は突進してくる敵目掛けて断罪剣を振り下ろしていた。
(「そう、これ以上悲しませたりしない」)
不思議の国へ迷い込んだアリスも、この世界に住む愉快な仲間たちも――幾度となく獣を屠った千秋の全身は、既に返り血に塗れ、その罪の重さに眩暈を覚えるほどだったけれど。
「それが、僕達猟兵の存在意義ですから――」
「ええ、……オブリビオンである以上は、倒さなければなりません」
陰鬱な闇が忍び寄る院内で、優しい笑みを絶やさぬユーノ・エスメラルダ(深窓のお日様・f10751)も、とうに覚悟を決めた様子で祈りの光を辺りに届けているようだった。
(「相手が苦しみ続けていたとしても、それでも」)
――聖なる光を呼ぶ奇跡の祈りは、それでも血生臭い赤を拭い去ることは無い。光に灼かれ、沸騰して弾け飛んでいく悪夢の兎を見据えたまま、彼女は血に塗れた聖痕をぎゅっと握りしめた。
汚いとか怖いとか、そんな当たり前の感情を抱かないように、努めて明るく振る舞いながらも。嘗てひとびとの救い手として囚われてきたユーノは、己の戦う相手に対してさえ、何か出来ないかと思わずにはいられない。
「――……ッ!」
襲い掛かる牙と、迫る獣の角を躱していきながら、千秋の剣が馬の首を断ち切っていけば――熱い血だまりがばしゃりと跳ねて、悪夢の赤が更に色濃くなっていく。しかしその赤は、悪夢に立ち向かう彼らへと力を与えてくれるものだ。
「血に塗れれば塗れるほど、強くなる……!」
柔和な相貌に壮絶な意志の輝きを宿しながら、千秋は自身の血も代償にして断罪剣の封印を解いていった。真・ダムナーティオーとでも呼ぶべきその剣が、全ての邪悪を斃そうと蒼銀の軌跡を描いていくなかで、ユーノも聖なる光を駆使して、裁きと癒しを双方に齎していく。
(「この悪夢が、苦しみから発せられたものであるなら」)
数の多さ故に、此方も無傷ではいられない――しかしユーノも千秋も、傷を負いながらも戦場に立ち続けると決めていたのだから。
「……ユーノは、この苦しみと痛みも受け入れます」
「痛みに耐えてこそヒーロー、僕だってそう何度も言い続けて戦ってきましたからね」
本当にヒーローらしくあれるかは、自分次第なのだと微笑みながら。怪力を活かした千秋が一角獣の突進を受け止めて、そのまま押し切るように断罪剣の刃を滑らせていくと――ユーノも痛む左手をそっと伸ばして、息絶えようとする獣の躰へ最期の祝福を与えていった。
(「せめて、この戦いが苦しみを縮める一助となることを……」)
――猟兵とは簡単には死なない存在で、だからこそ起きている間も悪夢なんてまっぴらだけど。この力が人ではないものの力で、戦うたびに人とはかけ離れていくのだとしても、千秋はヒーローの誓いを忘れたりはしない。
「――僕は『ヒト』で在ることを辞めないッ!」
大成功
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フルラ・フィル
ここは悲鳴と悪夢に満ちたよいところだね
甘くておいしい真っ赤な蜜がたくさんたくさん採れそうだ
シィ、はぐれないように私の帽子の中にでも隠れていなさい
悪夢、魔女は悪夢などみないんだよ
だって、この世こそが悪夢なのだから
魔女を狩るかい?
ならば狩ってあげようね
鬼さんこちら
手の鳴る方へ
あは!
兎に狼、馬かい?
いいよ、皆とかして蜜にしてしまおうね
「蜜の柩」
私をキミの蜜(血)で染めてくれるのか
キミは随分と可愛らしい
さぁおいで
甘い毒をとかして誘う
命を吸う魔法を放って
とかしてとかしてとかしてあげる
ほらほらまだ足らない
悪夢をとかした美味しい蜜になっておくれ
地獄のように美味しい菓子をこさえてやろう
化け物?違うよ
私は魔女だ
――其処はお伽の国の昏い森が、哀れな子どもを呑み込んでいくような不気味な世界。けれど背筋を震わせる獣たちの遠吠えも、陰鬱な闇も甘い血のにおいも、フルラ・フィル(ミエルの柩・f28264)にとっては馴染み深く、己の庭のような愛しさを抱いてしまう。
「ここは、悲鳴と悪夢に満ちたよいところだね」
病んだ気配を引き連れて、何処からか現れ出でた獣たちを見て取った花蜜の魔女は、とろける笑みに甘いことばを乗せて、みずみずしい新緑の瞳をうっとりと細めていた。
「……甘くておいしい真っ赤な蜜が、たくさんたくさん採れそうだ」
シィ、とお供の黒猫にそっと声を掛けて、はぐれないよう帽子のなかへそろりと身を潜めていくのを見届けると――フルラは硝子の小瓶を取り出し、とろり揺蕩う蜜に指を這わせる。
「悪夢――、魔女は悪夢などみないんだよ。だって、」
狼の群れが雪崩の如く押し寄せてくる、そんな悪夢に相応しい光景も、戯れに過ぎぬと言うように。フルラの魔眼が妖しい輝きを放って、すべてを蕩かそうと花の嵐を呼んだ。
「この世こそが、悪夢なのだから」
――魔法に絡め取られた狼たちが、次々に輪郭を失って、どろどろにとけて、ぐずぐずと焦がしたような甘い匂いを放つ蜜へと変わっていって。その後ろから尚も迫る獣たちの影を認めると、フルラは「あは!」と無邪気な声をあげて、うたうような囀りと共に手を叩いた。
「魔女を狩るかい? ……ならば、狩ってあげようね」
兎に狼、それに馬も――みぃんな纏めて、手の鳴る方へ。鬼を呼び込む少女は魔女で、すべてをとかして溢れる蜜は、彼女の肌を甘く彩っていくように、とろりと滴る赤を散らす。
「ああ、私をキミの蜜(血)で染めてくれるのか」
花蜜に蝶が誘われるように、鼻をひくつかせて牙を剥く狼を、その手で抱きしめて毒を注げば。命を吸う魔法が、悪夢をとかしてとかして、何処までもとかして――悪夢のアサイラムを、お菓子のヘクセンハウスへと変えていった。
「……キミは随分と可愛らしい、さぁおいで」
――ほらほらまだ足らない。悪夢をとかした美味しい蜜が、コンフィチュールみたいに柩をたっぷり満たしていったら、地獄のように美味しいお菓子をこさえてあげるから。
「――……ぁ、ぁぁ……ッ!!」
病室の片隅で、声も出ないほど憔悴しきった少女を優しく見下ろしながら、フルラは消えゆく彼女へ向かってうっとりと手を伸ばしていた。
「……化け物? 違うよ」
――そうして最後にまた一雫、蜜が咲いて、悪夢が終わる。
「私は、魔女だ」
大成功
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