迷宮災厄戦⑱-4~ティータイム・テトラ
●花の紅茶と少女の時間
君達はいま現在、白く美しい花に満たされた不思議の国にいる。
花の世界の中心には数名が座ることができる円卓のティーテーブルがあった。
アンティークな雰囲気の机の傍にあるのは、人数分の愛らしい猫足の椅子。そして、繊細なレースのテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に硝子のティーポットと、白磁のカップとソーサーが置かれている。
今から、この世界でお茶会がはじまる。
その主催者は他でもないオウガ・オリジン。そして、招かれた客は君達。
猟兵は皆、既に席についている。
どうしてこうなったのか。どんな流れでお茶の席に座ることになったのかは、よく覚えていない。おそらくはオリジンの能力である現実改変ユーベルコードの所為だろう。
「このわたしが手ずから淹れる花紅茶だ。遠慮せずに飲むといい」
オウガ・オリジンはそれぞれの目の前にあるティーポットに湯を注いだ。透明硝子の中には花が入れられており、ポットの中でふわりと花弁がひらいていく。
深紫のトリカブト。
真紅のグロリオサ。
淡黄のジギタリス。
純白のスノーフレーク。
それぞれに違う彩を宿している綺麗な花ではあるが、どれもが毒を宿している。見た目に騙されて口にしてしまえば、ユーベルコードによって毒性を増したそれらの力が身体に巡り、動けなくなってしまうだろう。
「どうした? 飲まないのか、おまえたち」
表情の窺えない少女が問いかけてくる。
戦の首魁と対峙するという緊迫した状況ではあるが、気圧されてはいけない。
どうしてか、此処では激しい戦いは発生しない気がした。毒入り紅茶を何とかして飲む以外の方法で楽しみ、オウガ・オリジンが満足するまでお茶会を続ければ、この世界から無事に抜け出せる希望がある。
君達に課せられたミッションはただひとつ。
はじまりのアリスとのティータイムを、めいっぱいに楽しむこと。
――さあ、君はどうやってこの紅茶の時間を過ごす?
犬塚ひなこ
こちらはアリスラビリンスの戦争、『迷宮災厄戦』のシナリオです。
戦場は『オウガ・オリジンと紅茶の時間』となります。
今回は少数採用を予定しています。
先着順ではなく、プレイングボーナスの行動を行って頂けている方を採用予定です。少数採用の分だけ、早期のリプレイ返却を目指しています。
受付状況などはマスターページに記載する予定ですので、ご参加の際はお手数ですがご確認ください。どうぞよろしくお願いします。
●プレイングボーナス
『ユーベルコード「毒入り紅茶の時間」に対応する』
リプレイ開始時、皆様はお茶の席についています。
周囲は綺麗な花畑が広がる、ごく普通の不思議の国です。
オウガ・オリジンは、ユーベルコード『紅茶の時間』を最初に必ず使用し、『毒入りの紅茶』を支給してきます。誰がどの紅茶にあたるかはランダムとなり、どれも毒性がかなり強くなっています。
お茶会を楽しまないと行動速度が遅くなってしまい、みだりに紅茶を飲むと動けなくなってしまいます。
しかし紅茶を楽しむということは、何も飲むことだけを意味しません。飲む以外で楽しんだり、逆にオリジンに自分達から何かを振る舞ったり、会話を弾ませたりして、お茶会を楽しく過ごしましょう!
激しい戦闘は発生しない予定ですが、皆様の行動次第でもあります。
基本的に最後まで楽しみきれば勝利です。
実はお菓子を持ってきていた、こういうお茶やお話がある、といった行動をして頂いても大丈夫です。つまり『オリジンとお茶会を楽しむ』という気持ちや行動がプレイングに籠もっていれば万事解決です。
ご自由に、あなたらしく紅茶の時間をお過ごしください。
第1章 ボス戦
『『オウガ・オリジン』と紅茶の時間』
|
POW : 女王様のご命令
【クイーンのトランプ】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
SPD : 毒入り紅茶の時間
【毒入りの紅茶】を給仕している間、戦場にいる毒入りの紅茶を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ : 毒の上に君臨するもの
【ぶちまけた毒入りの紅茶】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【から毒を帯びたオウガを出現させ】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
ラビ・リンクス
懐かしい
要は口つけなきゃイイんだろう
女王の御前と思えばいい
彼女ではない
君じゃない
それでもこのゆっくり流れるお茶会の間
偽物の君に膝を折ろう
少し折れそうな心のままに
さァ楽しいお茶会の始まりだ
まずは主にご挨拶
今日はご機嫌いかがでしょうか
お腹が空いた?それは大変
パイはいかが、ケーキもどうぞ
砂糖はいかが、ミルクもどうぞ
返事が無くとも会話が成り立たずとも話し続ける
それがいつもの
それがかつての
楽しい、楽しい、愛しいお茶会
兎めはカップを持ち上げて揺らしたら
次はフォークを空の皿に滑らせるだけ
見るための花に
食べるための花
僕の分ゼンブ君だけのもの
カップに咲いた彼女へ至る志向の一滴
その口づけの誘惑に耐えながら
ジョン・フラワー
今日はお招きいただいてありがとう!
やっぱお茶会だよね! お茶とお菓子があればみんなハッピーさ!
僕ずっとアリスに会いたかったんだ!
アリスはアリスのアリスなんでしょ?
僕はアリスのためのおおかみだから、キミのためのおおかみなんだ
アリスのこともっとたくさん知りたいな
好きな色、好きな花、好きな場所……なにもかも!
ねえアリス、このお茶はいろんなお花が入ってるけどこれは何てお花なの?
僕お花大好きなんだけど名前はよくわかんないんだ
それにお茶にお花を入れるのは初めて!
飲んじゃうのがもったいないよ。もうちょっと眺めてていい?
だってアリスが僕のために淹れてくれた紅茶だもん
このままこの時間がずっと続けばいいのにな
フルラ・フィル
あまくて美味しい良い香り
軽やかに艶やかに
命をつみとり咲き誇る――うつくしい花の香りだ
お嬢さん
キミがお茶会の主かい?
私は花紅茶が大好きなんだ
咲き誇る命から抽出された茶に
そうだ……蜜をとかして飲むのがいい
とろり蕩ける花紅茶に微笑み問いかける
お嬢さん
キミはどんな蜜がお好きかな?
哀しみの蜜か喜びの蜜
それとも絶望がとけた蜜だろうか
茶請け菓子も見事だね
この子たちは可愛い声でうたうのかい?
サクサクのスコーンには悲哀の蜜がよく合う
焼きたてのクッキーには喜劇の蜜がいい
ほら恍惚とした幸せの味
シィがにゃあと鳴いて急かしてくる
毒を一口
じわりと痺れまわるそれさえも
楽しいね、嗚呼
愉しいよ
お嬢さん
キミも今、笑えているかい?
ラナ・スピラエア
お茶会は日常だけれど
こうして不思議な国でのお茶会は、なんだか特別で
例えそれが毒入りだと分かっていてもウキウキします
ポットの中で花開く紅茶はとても綺麗で
思わず見惚れてしまうほど
頂いたカップを顔に近づけて
口にはせず、色や香りを楽しみます
私は何のお花でしょう
お茶会は、お茶も勿論だけど
お菓子や会話を楽しむものですから
お茶のお供にはビスケットを焼いて持ってきました
よろしければ貴女もいかがですか?
おしゃべりしましょう
お茶のお供には何が好きですか?
私は季節の果実を使ったお菓子が一番好きです
…あとは、1人よりやっぱり誰かと一緒の時間が好きです
お花と紅茶の香りに包まれれば
まるで、お伽噺の登場人物になったよう
●花のお茶会
深紫に真紅、淡黄と純白。
それぞれに違う色を宿した花紅茶がテーブルの上に並んでいる。
ビスコッティにスコーン、クロテッドクリーム。クッキーにチョコレート、ギモーヴなどのお茶菓子に加えて、透明なポットの中でふわりと咲くように広がった花達はお茶会の席を彩っていた。
用意されていた客席は四つ。
そしてもうひとつは、はじまりのアリスの為の席。
ラビ・リンクス(女王の■■・f20888)の前には深紫のトリカブト。
ジョン・フラワー(まごころ・f19496)の席には真紅のグロリオサ。
フルラ・フィル(ミエルの柩・f28264)の前は淡黄のジギタリス。
ラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)には純白のスノーフレーク。
各自が違う紅茶を出されているが、そのどれもが毒入りの花紅茶だ。綺麗な薔薇には棘がある、と云うように美しい花にも毒がある。
オウガ・オリジン――否、此処ではアリスと表す方が良いだろう。アリスは表情の見えない影に塗り潰された顔で四人を見渡し、さあどうぞ、と紅茶を勧める。
そうして此処から、お茶会の時間は巡ってゆく。
●厭世と復讐の花
懐かしい。
お茶会のテーブルを前にして、ラビはいつかの時間を思い返していた。
毒の紅茶からふわりと湯気が立っている。あれを飲めばゲームーオーバー。ならば要は口をつけなければいいだけ。
そう、女王の御前と思えばいい。
彼女ではない。君じゃない。それでも、このゆっくりと流れていくお茶会の間だけは目の前の少女こそがアリスだ。
偽物のアリスに膝を折り、ラビは恭しく礼をした。
少し折れそうな心のままに、本当のこころは裡に沈めたまま。
――さァ楽しいお茶会の始まりだ。
「ああ、ゆっくりと楽しめ」
ラビが静かに顔をあげると、まるで女王のように椅子の上で足を組んだアリスが踏ん反り返っていた。
流石は自分がこの世界で最も尊いと宣う少女だ。
そんな思いは裡に秘め、ラビはまず此度の主役たるアリスに挨拶をする。招かれたのは此方だが、アリスはこの我儘なティーパーティーの主賓でもあるのだ。
お茶の前に、と告げたラビはアリスに問いかける。
「今日はご機嫌いかがでしょうか」
「そうだな、腹が減っている」
アリスは少し考え、肩を竦めてみせた。普段ならば怒り狂う程に何かを求めるのだろうが、お茶会という世界が彼女を少し大人しくさせているらしい。
「それは大変」
ラビは双眸を細め、アリスにお茶菓子を勧めていった。
パイはいかが、ケーキもどうぞ。
砂糖はいかが、ミルクもどうぞ。
まるで甲斐甲斐しい執事や召使いの如く、アリスに給仕するラビ。うむ、と頷くアリスは満更でもないらしくラビの言葉に頷いていった。
「血があればいいのだが」
「それなら赤い薔薇のジャムをどうぞ」
「肉が喰いたい」
「でしたらミートパイを」
それはあべこべなお茶会なのかもしれない。返事はあるが、会話は何となく噛み合っていない。それでもラビは話し続ける。
それがいつもの、これがかつてと同じもの。
これこそが――楽しい、楽しい、愛しいお茶会だったから。
兎めはカップを持ち上げて揺らしたら、次はフォークを空の皿に滑らせるだけ。
見るための花に、食べるための花。
お茶会は兎のためではなく、女王のためだけに開かれていた。
(僕の分はゼンブ、君だけのもの)
だからお茶はカップを持って香りを楽しむだけ。
それが今も、かつても、白兎がすべき正しい行動なのだから――。
ラビの目の前で、紫色の花紅茶がゆらりと揺らめいた。
●栄光と勇敢の花
「今日はお招きいただいてありがとう!」
ジョンはアリスを真っ直ぐに見つめ、花が咲くような笑顔でお礼を伝える。
そうすれば彼女は得意気に胸を張り、そうだろう、と尊大な態度を取った。ジョンはというと、そんな態度など少しも気にせずアリスに笑いかけた。
「やっぱお茶会だよね! お茶とお菓子があればみんなハッピーさ!」
「幸せ、か。そうだな、お茶会は悪いものではない」
うん、とアリスの声に答えたジョンが手に取ったのはビスコッティ。まだ紅茶には手を付けず、ジョンはアリスへの興味を言葉にしていく。
「僕ずっとアリスに会いたかったんだ!」
「わたしに?」
「アリスはアリスのアリスなんでしょ?」
「ああ、確かにわたしは最も尊い存在。はじまりのアリスだ」
ジョンがめいっぱいに喋るので、アリスは紅茶が飲まれないことよりも返答へと意識を向けざるをえない。
にこにこと笑みを湛え続けるジョンは更に話を続ける。
「僕はアリスのためのおおかみだから、キミのためのおおかみなんだ」
「オオカミは……そうだな、噛み付かないなら嫌いではない」
「よかった! じゃあ、アリスのこともっとたくさん知りたいな」
「いいだろう、何でも聞くといい。何が知りたい?」
自分を敬っているのだと感じたのか、アリスはジョンの声にしっかりと耳を傾けはじめた。掴みは上々と言ったところだ。
しかし、ジョンはそれを計算や打算で行っているのではない。
ただ純粋にこうしたいから、そう思うからこそ、こうやって話をしているだけ。
「好きな色、好きな花、好きな場所……なにもかも!」
「……」
「あれ、どうしたの?」
しかしアリスは黙り込んでしまった。機嫌を損ねただろうかと思ったが、どうやら違うらしい。ジョンが問うと、アリスは首を振る。
「わからない……。好きなもの、好きなこと、好きな……わたしは何が好きなのか。嫌いなものなら、たくさん、たくさんあるが――」
影の落ちた顔が浮かべる表情はよく分からず、ジョンはぱちぱちと瞼を瞬いた。
だが、すぐにそれなら問題ないと笑ってみせる。わからないのならそれでもいい。だったら違うことを話せばいいだけだ、と。
「ねえアリス、このお茶はいろんなお花が入ってるけどこれは何てお花なの?」
「グロリオサだ。美しいだろう」
「へえー! 僕、お花大好きなんだけど名前はよくわかんないんだ。グロリオサ、グロリオサ。うん、覚えたよ!」
それにお茶にお花を入れるのは初めてなのだとジョンが語れば、アリスの意識は毒入り紅茶に向けられる。
「好きなら飲めばいい」
「飲んじゃうのがもったいないよ。もうちょっと眺めてていい?」
「何故だ? 紅茶は飲むためのものだろう」
アリスが問うと、ジョンは首を横に振る。其処には変わらぬ笑顔が宿っていて――。
「だってアリスが僕のために淹れてくれた紅茶だもん」
すると、そうか、とアリスは頷いた。
表情は相変わらず見えないままだが、先程よりも僅かに穏やかに思えた。
そして、真紅の花紅茶はジョンの前でふわりと揺れる。
●不誠実と熱愛の花
注がれた花の紅茶はあまくて美味しい、上質な香りがした。
軽やかに艶やかに、命をつみとり咲き誇る――うつくしい花の香りだ。
フルラはティーカップを口許にまで運び、ジギタリスの香りだけを楽しんでいる。そして、カップをソーサーに置いた蜜の魔女は、アリスに視線を向ける。
「お嬢さん」
「何だ、おまえもまだ飲まないのか」
アリスは表情の見えない顔をフルラに向け、首を軽く傾げた。
その問いには敢えて答えなかったフルラは花が揺らめくティーポットに視線を下ろし、ふふ、と幽かに笑ってみせる。
「キミがお茶会の主かい? 私は花紅茶が大好きなんだ」
咲き誇る命から抽出された御茶。
それは実にフルラ好みのもの。アリスが淹れた毒紅茶を軽く揺らして、そっと見つめたフルラは甘やかな言葉を落とす。
「そうだ……蜜をとかして飲むのがいい」
とろり蕩ける花紅茶に微笑みを向け、フルラは茶会の主に問いかけた。
「そういえば、お嬢さん」
「その呼び方はくすぐったいな。まぁ、いいが」
「それは失礼。キミはどんな蜜がお好きかな?」
「……蜜?」
フルラの声に対して、アリスは不思議そうな声を落とす。砂糖のことかとアリスが呟くと、フルラはゆるりと語ってゆく。
「哀しみの蜜、喜びの蜜。それとも絶望がとけた蜜だろうか」
「ああ、それなら――絶望と悲哀がいい」
「そうかい、わたし達は気が合うかもしれないね」
敢えて演技がかった口調でフルラはそう語り、三段重ねのケーキスタンドからスコーンを手に取った。
「茶請け菓子も見事だね」
「愉快な仲間どもに用意させたのだ。悪くないものばかりだろう」
「この子たちは可愛い声でうたうのかい?」
「おまえは、奇妙なことをいうのだな。愉快なものどもは確かに苦しげに、愛らしく泣いてつくっていたが……」
フルラとアリスの会話の中から分かったのは、両者とも少なからず負の感情を好んでいるということ。アリスの方はこのお茶菓子を無理矢理に作らせたのかもしれないことまで窺い知れる。
されど、今はお茶菓子が此処にあるということの方が重要。
フルラは手に取ったスコーンに口をつける。さくりとした食感をたしかめながら、フルラは双眸を緩く細めた。
サクサクのスコーンには悲哀の蜜がよく合う。
焼きたてのクッキーには喜劇の蜜がいい。
ほら、恍惚とした幸せの味を彩るのは、悲しみと絶望が織り成す感情のいろ。
フルラの様子を気に入ったのか、アリスも倣ってクッキーを手に取る。影に塗り潰された口許に茶菓子が近付き、あっという間に消えてしまう。
すると、フルラの傍に居た宵闇を纏う黒猫が、にゃあ、と鳴いた。
未だだよ、と告げた蜜の魔女はティーカップを手に取り、ゆっくりと揺らす。
淡黄の花紅茶がくるりとちいさく回った。
●純粋と純潔の花
ラナにとって、お茶会は日常の中のもの。
けれど、こうして不思議な国でのお茶会のひとときは何だか特別に思える。
目の前に注がれた純白の花紅茶の中で、花弁がひらひらと揺れ動いていた。たとえそれが毒入りだと分かっていても、気持ちは自然に浮き立つ。
「綺麗ですね」
「スノーフレークの花紅茶だ。永遠にとけないミルクのようでいいだろう」
ラナがティーポットを見遣ると、アリスが得意気な声を紡ぐ。言われた通りにポットの中で花開く紅茶はとても美しく、思わず見惚れてしまうほどだ。
ラナはカップに手を伸ばし、そっと口許に近付ける。もちろんすぐに口にするようなことはせず、その色と香りを楽しむ。
その姿勢はきちんと作法に則っており、アリスも気分を害した様子はない。
ラナは三段重ねのケーキスタンドに乗せられたお茶菓子に目を向け、どれも美味しそうだと笑んでみせる。
そうだろう、そうだろうと満足気に踏ん反り返るアリス。
その表情は黒く塗り潰されているのでよく見えないが、機嫌が良くなっていることは分かった。何故なら、このお茶会では誰もアリスを貶めたりしない。
嫌なことなど誰も言わず、素直にお茶会を楽しもうとしている。きっと、誰かひとりでもアリスのことをオウガ・オリジンとして敵視したり、戦う雰囲気を見せれば違う展開が待っていただろう。
だが、今このひとときに満ちているのは穏やかな空気。
ラナをはじめてとして誰もお茶を飲んではいないが、楽しむという気持ちは十二分に巡っている。
「そうです、もしよろしければ」
「なんだ?」
ラナはお茶のお供にぴったりのものを持ってきたのだと伝えながら、ティーテーブルに或るものを置いた。
「ビスケットを焼いて持ってきました。貴女もいかがですか?」
「悪くないな、いただこう」
お茶会は、お茶も勿論だけれどお菓子や会話を楽しむもの。
美味しいお菓子を口にすれば自然と気持ちも甘やかに染まり、ビスケットのようにさくさくと言葉も弾んでいくはず。
ラナはビスケットを手に取ったアリスを見つめ、自分もギモーヴを頂く。
毒入りなのは紅茶だけ。ならばこうして、一緒に同じお菓子を食べる時間を楽しむことは大いに歓迎だ。
「お茶のお供には何が好きですか?」
「この中なら、スコーンにクロテッドクリームをたっぷり付けるのが好ましい」
「ふふ、美味しいですよね」
「それから……このビスケットも悪くはないな」
アリスはそう答え、ラナが持ってきたお菓子をもう一枚手に取った。気に入ってくれたのだと感じたラナは微笑み、自分のことも語っていく。
「私は季節の果実を使ったお菓子が一番好きです」
フルーツのタルトやコンフィチュール。摘みたて苺が乗ったケーキも良いとラナが話す言葉を、アリスは暫しじっと聞いていた。
此方の話が気になるのだろうと察したラナは、ふと浮かんだ思いを声にする。
「……あとは、一人よりやっぱり誰かと一緒の時間が好きです」
「そう、か。ひとりは寂しいからな」
そのとき、アリスが独り言めいた声を落とした。あの苛烈なオウガ・オリジンとしての言葉ではない気がして、ラナは不思議な感覚を抱く。
そうして、ラナのティーカップの中で純白の花紅茶がひらりと巡った。
●ティータイム・エンド
楽しい愉しい、お茶会の時間が廻る。
誰も未だ毒入りの花紅茶を飲んではいない。
けれども、誰もアリスを除け者になどしなかった。正しき姿勢でお茶会に挑み、ただのアリスとして――或いは、ひとりの少女として彼女を受け入れていた。
「このままこの時間がずっと続けばいいのにな」
ビスケットを手にしたジョンは笑顔を浮かべ、ねぇアリス、と呼び掛ける。
「そうだな、ずっと……永遠に続けばいい」
この穏やかな時間が、と告げたアリスも頷いた。
ラナはポットの中で揺れる花を眺める。お花と紅茶の香りに包まれている今はまるで、自分達がお伽噺の登場人物になったようにも思えた。
ラビはカップを手に取り、掌の上で紅茶を軽く揺らしてみる。
カップに咲いた花は毒。
ラビにとっての、唯一の彼女へ至る志向の一滴が此処にある。その口づけの誘惑に耐えながら、ラビはカップを見つめ続けた。
すると、アリスは首を振る。
「飲まなくていい」
「……え?」
その一言はラビだけではなく、誰にとっても意外な言葉だった。
少女の一言で花紅茶はくるくると渦を巻きながらポットに戻っていく。まるで時間が巻き戻ったかのようだが、これも彼女の現実改変の力なのだろう。
「永遠に続かせたいと願ってしまったからな。そんなもの、飲まぬ方がいい」
「それは残念だね」
「……飲んだら、終わってしまうからか」
フルラが本当に残念そうに肩を竦め、ラビは複雑な心境でアリスを見つめる。そっかあ、と頷いたジョンは知っている。
本当に永遠に続くお茶会などありえない、ということを。
ラナはちいさく頷き、この時間の終わりが訪れているのだと悟る。そして、フルラはアリスに向けて淡く笑む。
「楽しいね、嗚呼。愉しいよ」
「わたしもだ。楽しかった」
答えたアリスの言葉は過去形だった。ラビはそのことに気が付いたが、敢えて何も言わないまま少女達を見守る。
そうして、ジョンとラナはお茶会へのお礼を伝えていく。
「ありがとう、アリス!」
「とても素敵な時間をありがとうございました」
二人の声に対して少女は、ああ、と短く答えた。するとフルラがふと問いかける。
「お嬢さん、キミも今、笑えているかい?」
「…………」
その質問への返答はなかった。
それからアリスは静かに俯き、ぽつり、ぽつりと思いを零しはじめた。同時にお茶会のテーブルの上のお菓子や、ティーポットやカップまでもがゆっくりと消えていく。
「わたしは……こんな時間に憧れていたのかもしれないな」
何にも追われない。
誰にも責められない。何も憎まない。
そんなひとときに。
「猟兵どもよ。わたしの存在はおまえ達とは相容れない。おまえ達もわたしとは相容れぬ存在だろう。だが、一言だけ言っておこう」
顔をあげた少女の姿が薄れて消えていく。
おそらくこのお茶会の世界で楽しむことで精神的な何かが崩れ去ったのだろう。それは痛みや苦しみではなく、満足というものだったのかもしれない。
そして、少女は告げる。
「ひとときだけ、幸せなわたし《アリス》としての夢を見せてくれて……」
ありがとう。
最後の言葉は音としては紡がれなかった。
しかし、誰もが少女が伝えたかった言の葉を受け止めている。
やがて少女は紅茶に砂糖がとけていくかのように、この世界から消滅した。
この時間は幻のようなもの。哀しき少女の魂が苦しき悪夢に至る前の、ささやかな幻想に過ぎなかったのだろう。
それでも、此処に集った者達は識っている。
あの少女にも――たった一瞬でも、安らげるひとときがあったことを。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵