迷宮災厄戦⑱-15〜現実の虚構、虚構の現実
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――とある、絶対零度の凍結世界の国の片隅にて。
「ふふ……力だ、力が漲ってくる……!」
少女の姿をした『彼女』は、全身を駆け巡るそれに歓喜の雄叫びを上げていた。
「所詮、何処の馬の骨とも知れぬわたしの能力を利用しようとした、お前達には土台無理な話だったのだ……! わたしの力を利用しよう等と言う大それた真似は……!」
この世界はわたしの無限の創造力により、生まれ落ちた世界。
それ以上でも、それ以下でも無い、『わたし』の世界。
――だからこそ。
「お前達が、わたしの編み出したユーベルコードの尻馬に乗って利用しようとするのであれば……その力をわたしが利用できても、何もおかしくはあるまいて!」
愚かな……本当に愚かな、猟書家共。
だが……お前達が、わたしの生み出したユーベルコードを利用するつもりであるのならば。
精々わたしも、貴奴等……猟兵達を倒すための力として、お前達の力を利用させて貰うとしよう。
「その光景を、指を咥えて見ているが良い、猟書家達よ……!」
――全ては、『わたし』が望む、世界のために。
そう、少女……オウガ・オリジンは……昏く、低く高らかな声で呟き、嘲笑をあげた。
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「成程。自分の力が奪われているのであれば、その自分の力を奪う源の能力を模倣すればそれが現実となり、自分の力となる……そう考えたか、オウガ・オリジンよ」
グリモアベースの片隅で。
じっと目を瞑り、その様子を見つめていた北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)が軽く溜息を一つ吐く。
溜息を吐いている優希斗が何気なく周囲を見回せば。
猟兵達の視線が一部自らに集まるのに気がつき、皆、と軽く優希斗は其れに答えた。
「オウガ・オリジンとの戦いが熾烈を極め始めている事は、多分知っていると思う」
そこまで告げたところで、優希斗が軽く頭を一つ振り、それから遠くを見る様な眼差しになる。
その、『此処では無い何処か』を見つめながら優希斗が言の葉を紡ぎ続けた。
「そんなオウガ・オリジンとの戦いのための戦場の一つを予知することが出来た。そこは……『絶対零度の凍結世界の国』と言う国だ。そこにオウガ・オリジンが模倣した、『ブックドミネーター』が現れる、と言う事件が予知出来た」
しかもそのオウガ・オリジンが模倣しているのは、何もブックドミネーターのユーベルコードだけではない。
外見は言わずもがな、口調や、思考をもオウガ・オリジンの想像力を持って作り上げ、正しくオリジナルの『ブックドミネーター』と何ら変わらない能力を保持している。
「ブックドミネーターが、猟書家達の中でも真の意味で最強の存在だと言う事は、皆も知っていると思う。そんなブックドミネーターすらも、オウガ・オリジンは模倣できた。彼女の力が計り知れないのは、想像に難くないだろう」
――だから。
「このまま放置しておけば、間違いなくアリスラビリンスは崩壊する。アリスラビリンスの崩壊を食い止める為にも……皆より遙かに格上であるブックドミネーターを模倣したオウガ・オリジンを止めて欲しい。皆の力ならば、出来るはずだ」
結論から言えば、猟兵達がユーベルコードの準備を整えるよりも先に、間違いなくブックドミネーターと化したオウガ・オリジンはユーベルコードを使用してくる。
これに対する対抗策が無ければ、勝算なき戦いに無駄に身を投じてしまうことになるだろう。
「厳しい戦いになるであろう事は、重々承知の上だ。それでも数多の戦いを潜り抜け様々な知識や経験を培ってきた皆なら、きっとこの、オウガ・オリジン=ブックドミネーターを倒すことが出来る、と俺は信じている。だから皆……どうかよろしく頼む」
優希斗の、その言葉と共に。
蒼穹の光が猟兵達を包み込み……気がつけば猟兵達は、グリモアベースから姿を消していた。
長野聖夜
――蒼氷に包まれしその国にて齎されるものは虚構か、それとも真実か。
いつも大変お世話になっております。
長野聖夜です。
オブリビオン・フォーミュラ『オウガ・オリジン』の『ブックドミネーター』化シナリオをお送り致します。
今回のプレイングボーナスは下記となります。
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プレイングボーナス……敵の先制攻撃ユーベルコードに対処する。
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プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
プレイング受付期間:8月20日(木)8時31分以降~8月21日(土)16:00頃迄。
リプレイ執筆期間:8月21日(土)夜~8月23日(月)一杯迄。
――それでは、良き『絶対零度の凍結世界の国』での戦いを。
第1章 ボス戦
『『オウガ・オリジン』ブックドミネーター』
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POW : 「……あれは使わない。素手でお相手しよう」
全身を【時間凍結氷結晶】で覆い、自身の【所有する知識】に比例した戦闘力増強と、最大でレベル×100km/hに達する飛翔能力を得る。
SPD : 蒼氷復活
いま戦っている対象に有効な【オブリビオン】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
WIZ : 時間凍結
【自分以外には聞き取れない「零時間詠唱」】を聞いて共感した対象全てを治療する。
👑11
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ソナタ・アーティライエ
はじまりのアリスである彼女が、如何様にしてこのようになり果ててしまったのか
安易な理解や同情は不遜と知りながら、それでも胸を痛めずにはいられません
ブックドミネーター……その存在は既に知られています
先制の力があろうとも、それに先んじる知識がわたしたちの助けになってくれるでしょう
白銀のバイオリンの奏でる音色に染め上げられ、現れたるは壮麗な歌劇場
この中ならば貴方の時間凍結に干渉できます
完全な無効化はできずとも零が零でなくなれば、それは明確な隙になるはずです
また直接聞こえずとも、詠唱を目にできれば理解し再現することも可能でしょう
猟兵向けにアレンジした歌にして、自身や仲間の治療に役立てさせて頂きますね
卜二一・クロノ
神罰の対象が増えたか
厄介な
六番目の猟兵。それでは五番目の猟兵の成れの果てが汝らオブリビオンか
語らぬか。まあよい。こちらで見定める
奴は我を害するために、奴は必ず我に近づくことになる
その一撃は【激痛耐性】【オーラ防御】で耐え凌ぐしかあるまい。しかし、我が髪より繰り出される【カウンター】および【捨て身の一撃】にユーベルコード【神罰・時間操作の代償】を載せる
【騙し討ち】、これ見よがしに軽機関銃を持っているので、髪の毛を武器として使うとは思うまい
ただの一撃、それだけで神罰は執行される
これまで当然のように使えていた、頼りとする時間操作が容易に使えなくなる中、どれほどの事ができるのか、見定めさせてもらおうぞ
キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎
猟書家の全てを模倣する力か…
まったく、ただでさえややこしい状況だというのに更に混沌としてきたな
デゼス・ポアを宙に浮かせて自分は銃器で対応
襲い来るオブリビオンを銃でデゼス・ポアの刃で喰らい、私はブックドミネーターを銃で牽制する
私を狙う牙が強大であるほど、お前を引き裂く爪も鋭さを増すと言う事を教えてやろう
オブリビオンを喰らったらUCを発動
この身に残滓を纏い、残ったオブリビオンを斬り倒したら、返す刃でブックドミネーターをも切り裂く
お前の力を奪わなければ何もできないような奴の姿を模倣しても、それは所詮お前の劣化したコピーでしかない
取るべき手段と能力を間違えたようだな…なぁ?「オリジン」
天星・零
自身の知識欲と普段の探究からある【戦闘知識+世界知識+情報収集+追跡】を活かし、戦況、地形、弱点死角を把握し、敵の行動を予測し柔軟に対応
防御は【オーラ防御】で霊力の壁を作って威力軽減、防御
先制は上記技能を駆使しいつ使われてもいい様に把握しておき、十の死の感電死、毒死、凍死の骸などで落雷、猛毒の雨や霧、吹雪や触ったところを凍らせたりなど、状態異常攻撃を狙う
万が一の為【第六感】も働かせる
遠距離は十の死とグレイヴ・ロウで戦況により対応
近接はØ
指定UCを発動し強化、回復効果のプラス効果を反転する霧を戦場全体に
零時間を使ってもダメージ、POWの効果が残っていれば弱体効果にもなる
カタリナ・エスペランサ
成程、書架の王を模してきたか
だけどその在り方はアタシと何より相容れないものでね
確実に葬らせてもらおう
敵の先制には《第六感+戦闘知識》、直感と理論を組み合わせ行動を《見切り》ダメージを抑え《継戦能力》を維持する
アタシの最大の強みは速度を活かす《空中戦》の機動力と《属性攻撃》の対応力。特に動きを封じられない事を重視して戦術を構築しよう
必要に応じ《早業・怪力》の強行突破も用いる
先制を凌げば【仮想回帰】発動
変異した右目は未来を見通し書き換える禁じ手だ
氷結晶は砕け、召喚された過去は敗れ、詠唱は意味を為さず崩れ去る
まだアタシ一人で事象確定を押し付けるには強度が足りないけどね
仲間の攻略を後押しするには十分さ
ウィリアム・バークリー
初めましてと言うのもおかしな気分です。
あなたのことはどう呼びましょうか? 『ブックドミネイター・イミテイション(BDI)』、とでも?
呼び名がどうでもいいのはこちらもですけどね。
それじゃ、行きますよ。
BDIが氷から生成したオブリビオンに、「高速詠唱」「全力魔法」重力の「属性攻撃」「範囲攻撃」「衝撃波」で、超重力の範囲攻撃を仕掛け動きを封じます。
とどめは皆さん、お願いします。
その間にぼくはActive Ice Wallを展開。「念動力」で細かく制御し、BDIや生み出されたオブリビオンの攻撃を「見切り」つつ「盾受け」します。
BDI。いや、オウガ・オリジン。他人の振りをするのはそんなに楽しいですか!?
司・千尋
連携、アドリブ可
完璧に模倣出来るのは凄いが
自分より弱い奴を模倣してどうするんだ?
敵の先制攻撃が治療ならそれを上回るくらい攻めるしかないよな
消失したモノも治療できるか試してみようか
敵の防御の固い部分や治療の邪魔が出来そうな部位を狙い攻撃
治療されても2回攻撃など手数で補う
攻防は基本的に『子虚烏有』を使う
範囲内に敵が入ったら即発動
範囲外なら位置調整
死角や敵の攻撃の隙をついたりフェイント等を駆使
確実に当てられるように工夫
敵の攻撃は細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
割れてもすぐ次を展開
オーラ防御も鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
回避や『子虚烏有』で迎撃する時間を稼ぐ
間に合わない時は双睛を使用
無理なら防御
荒谷・つかさ
再生怪人は負けフラグ、って知らないのかしら?
兎も角、今回も私らしくやらせてもらうわ。
そもそも私にできる事など「怪力」による力ずく以外に無い
鍛え上げた肉体と筋肉で以て真っ向から受け止め防御する
可能なら受け止める角度を調整して衝撃を逸らし、最低限のダメージで弾き飛ばす
発動可能になり次第【超★筋肉黙示録】発動
脳筋自己暗示にて自身を超強化し真っ向から殴り合う
奴は書架の王を名乗るだけに、相応以上の知識があるでしょう
でも私は負けない
何故ならば
「所有する」以上知識は有限、しかし私の筋肉への自信と信仰心は無限大だからよ!
たかだか「時間を凍結する」程度の氷で、私の最強無敵の筋肉の熱を阻めると思わないことね!
文月・統哉
対するオブリビオンは
『その、桜の闇の中で』の斬り裂きジャック
まさかここで会うなんてな
理由は分かる
君という刃は棘の様に
今も俺の中に突き刺さっているから
君は転生を望まない
救いであると知っていても
ずっと気になってたんだ
どうして君はその刃を
一般人ではなく雅人や猟兵に向けたのか
斬り裂き斬り裂かれる事で負の感情を昇華する
それが君の役割なのだとしたら
破魔の力持つナイフ型ガジェット召喚
攻撃見切りオーラ防御とナイフで武器受け
カウンターに刃で貫き殺意や悪意を吸収封印する
伝わる負の感情
肩代わりは出来ずとも
少しでも負担を減らせたら
俺は諦めないよ
いつか君が転生望むその日まで
負けはしないから
君の殺意にも
オリジンの悪意にも
館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
現実改変で己が敵の力すら利用する、か
…だからこそ、奪われたのだろうな
蒼氷復活で登場するオブリビオンを見て驚愕
貴様、マリー…!(※「滅亡と再生の輪の中へ」で登場した宿敵)
だが、傷痕は疼かない
つまり目の前のマリーは蒼氷から生み出された複製
本物そっくりでも、模倣されたことが明白な以上偽物?
…なら、大丈夫だ
誘惑されぬとの「覚悟」でマリーの甘い声を黙殺
もしヴァンパイアの僕が呼び出されたら「殺気、恐怖を与える」で一喝し動きを止め
「早業、2回攻撃、鎧無視攻撃」+指定UC(代償は寿命)でブックドミネーターもまとめて全て斬り刻む!
蘇るなら、使役するなら
何度でも骸の海に叩き込むだけだ!
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――絶対零度の凍結世界の国、か。
凍てつく様な吹雪の吹くその光景が、トニー・クロノに、自らの故郷である極寒の地を思い起こさせ、その胸中に郷愁が湧き上がってくるのに、目を細めていると。
「……何故、なのでしょうか?」
そんなトニーの様子を横目で確認する様にしながら、そっと胸の前で軽く左手をぎゅっ、と握りしめ、純真な光を宿す蒼き瞳に憂いを漂わせるソナタ・アーティライエがポツリと疑念を孕んだ其れを呟く。
そのソナタの呟きに、文月・統哉は軽く首を横に傾げた。
「何故が……って、何がだ、ソナタ?」
統哉のその問いかけに。
ソナタが統哉様、と軽く頷き返して鈴の鳴る様な声で訥々と続ける。
「はじまりのアリスである彼女が、如何して、この様な存在になり果ててしまったのかな、と思いまして」
「確かにそれはちょっと興味深い話ですね。気にならないと言えば、嘘になります」
そうソナタに同意の首肯をするは、天星・零。
「まあそれは……本人に直接聞くしかないでしょうね。教えて貰えるかどうかは分かりませんが」
零の其れに同意する様にウィリアム・バークリーがそう告げるのに、そうですね……とソナタがそっと胸の上に置いていた手を差し出すと、ギャオ、と可愛らしい鳴き声を上げて、銀竜アマデウスがトン、と彼女の腕に乗った。
(「猟書家の全てを模倣する力、か……」)
そんな零達の話を軽く聞き流しながら。
軽く髪を掻いたキリカ・リクサールがふう、と何とはなしに溜息を吐く。
「どう言う理屈か迄は分からないが……まったく。只でさえややこしい状況を更に混沌とさせてくるとはな」
「それがオウガ・オリジンのやり方なんだよ、きっとね♪」
キリカのその呟きに。
戯けた様に肩を竦め、軽快にカタリナ・エスペランサが呟くが、その目は笑っていない。
寧ろ、カタリナのその瞳の奥で燃える炎は、トニーの黒目に宿る光と何処か似通ったものである様に、淡々と黒剣と全身鎧の手入れをしていた館野・敬輔には思えた。
と、その時。
「おい。来た様だぜ」
話を聞き流す様にしながら、周囲の動きの気配に気を配っていた、司・千尋がそう呼びかける。
現れたブックドミネーターの姿を認めた荒谷・つかさがふん、と軽く鼻息を一つついた。
「現れたわね、ブックドミネーターの紛い物……再生怪人が」
「姿を現したか、『六番目の猟兵』達」
その口調も、その身に纏うその気配も。
「初めまして……と言うのも、おかしな気分ですね。あなたの気配は……最早、本物そのものですから」
それが、模倣であると言う事は分かっていても。
それでも尚、嘗て対峙したブックドミネーター達の様な威風を感じさせることには変わらない。
然れど目前のそれは、同時にオウガ・オリジンによる模倣でもあるのだ。
だから……。
「あなたのことはどう呼びましょうか? 『ブックドミネイター・イミテイション(BDI)』とでも?」
そう、ウィリアムが問いかけたのも、当然のことであろう。
「好きに呼ぶが良い。『六番目の猟兵』達。私を汝等がどう呼ぶのかを定義するのは、私にとってはあまりにも無意味だ」
声変わりするかどうかの年頃の少年の様なその声音で。
冷徹に告げるBDIにそうですね、とウィリアムが頷きながら溜息を吐く。
「まあ、此方もどうでも良いのですが。それでは、BDIと呼ばせて貰いますね」
「しかしお前……」
ウィリアムとBDIの会話が一段落したところで。
何処か呆れた様に千尋が息を吐きながら、軽く頭を掻きつつ尋ねていた。
「完璧に模倣できるのは凄いが……自分より弱い奴を模倣して如何するんだ?」
「戯言だな。私にその様な事を問うたところで、何の意味がある?」
「……確かにそうか」
BDIの問いかけに、軽く頷き軽機関銃を構え直しながらトニーが頷いた。
「なれば、敢えて問おう。汝は我等を『六番目の猟兵』達と呼ぶ。それでは五番目の猟兵の成れの果てが、汝等オブリビオンか?」
トニーのその問いかけに、BDIが小さく息を吐いた。
「『六番目の猟兵』達よ。仮に私が其れに答えたとて、其れが『真実』であると保証する術が何処にある? 情報とは受け手が何が真実で、何が虚偽であるのかを見定めるもの。言い換えれば、虚構と現実の狭間に存在する不安定なものだ。故に私は、その問いに対する解を、汝等に授ける必要性を感じぬな」
(「やはり、語らぬか」)
胸中でそう結論づけつつ、トニーはまあいい、と軽く頭を振った。
「ならば、我等で見定めるのみだな」
「ふん……当然と言えば、当然の話だろうな。お前の言う通り、私達がお前から其の情報を得たとして、それが『事実』である事を証明する術は、私達には無い」
キリカが軽く鼻を一つ鳴らしながら、銃身を黄金のラインで彩られた強化型魔導機関拳銃"シガールQ1210"と、クリムゾンガードのハンドガードに黄金のラインが走るVDz-C24神聖式自動小銃”シルコン・シジョン”の二丁を構えると。
『キャハハハハハハハハハッ!』
その傍で、少女とも、老婆ともつかぬ愉快そうな笑い声を、デゼス・ポアが上げていた。
(「興味が無い、と言えば嘘になるんだけれど……」)
「ですが……今はその時では無い、と言う事ですね」
好奇の光を瞳に宿しながらの零の呟きにソナタが祈る様にそっと両手を胸の前で組む。
胸が……心が、軋む様な音を立てた。
「ですが今、此処で私達は止まるわけにはいかないのですよね、つかさ様」
「ええ、そうね」
ソナタのその問いかけに。
腰を深く落とし込み、静かに深呼吸をしながらつかさが軽く頷き、その口の端に肉食獣の笑みを浮かべる。
「それに……BDIは知らないみたいだしね」
「知らない……何を……ですか?」
つかさの何気ない一言に。
キョトンとしてパチクリと瞬きをするソナタにつかさが笑みを浮かべたまま、はっきりと断言した。
「再生怪人は、負けフラグってことをよ!」
「ならば、その目でしかと見るが良い」
つかさのその断言に応じる様に。
その手に持つ時計を軽く握りしめる、BDI。
その全身を時間凍結氷結晶で覆っていき、加えて時計から2筋の光が迸る。
絶対零度の氷の国の、時そのものが凍てついていく様な感触に、カタリナが舌打ちを一つ。
其れは同時に、自らの裡に宿す“暁の主”の怒りでもあった。
「時を止める、その在り方なんだけれどね。正直アタシ達……『我』の在り方とは、何より相容れないんだよね……」
――だから。
「確実に葬らせて貰うよ。アンタの事は」
そのカタリナの言葉と、ほぼ同時に。
時計から零れ落ちた氷の色をした2本の光が、まるで螺旋の様に絡み合い……2体の新たな『影』を生み出す。
それは――。
「アハハッ♪ アンタ達皆、あたしの僕に変えてあ・げ・る♪」
黒いドレスを身に纏った銀髪の、何処かだらしなく着崩された衣服の襟元から、パタパタと手団扇で風を入れる女吸血鬼と。
「キキ、キキキキキッ……! さあ、全ての生きとし生けるものの惨殺を! 聞かせて貰おう、その惨たらしい断末魔の叫びを! そしてその肉を斬り裂き、骨を砕かれ死に至るまでの絶望を我に齎せ、超弩級戦力共……! キキ、キキキキキッ……!」
全身に禍々しい気配を絡みつかせた、愉快そうに全ての生きとし生けるものへの嘲笑を浮かべる、黒ずくめの男。
目前に生み落とされた『オブリビオン』に……身が凍り付きそうな程の悪寒を敬輔が覚えて驚愕のあまりに目を見開いた。
「貴様、マリー……! それと、そいつは……!」
「……あの時、俺達と戦った切り裂きジャックか」
まるで分かっていた、と言わんばかりに呟く統哉のそれに、ウィリアムが敬輔さん、統哉さん、と呼びかけた。
「彼女達は、敬輔さんと統哉さんから……?」
「……言わずもがなだろうウィリアム」
ウィリアムの、その問いかけに。
冷たく切って捨てる様に敬輔が呟き、黒剣を中段に構え直して、相手を真っ直ぐに見つめていた。
「正直、まさか此処で会うなんて……とは思ったが、まあ、俺の方も理由は分からないでも無いからな」
軽く拳を握りしめ、何かを堪える様な表情になりながら。
ウィリアムに優しく微笑んで返す統哉の様子を見て、キリカが、成程、と小さく呟いた。
(「詳しい事情は知らぬが……」)
「その2体は、どうやら余程私達に対して有効な『オブリビオン』らしいな?」
そう呟きながら、キリカが冷静に目を細めて目前のオブリビオンを見つめている。
「あたし達は呼ばれただけよ♪ アンタ達の心の中を、この方が読み取ってね」
マリーと呼ばれた女吸血鬼は、衣服に付いている血を名残惜しげに指で掬い取って舐めて、口元に嘲笑を浮かべ。
「キキッ……キキキキキッ……! 嗚呼、楽しみ、楽しみ、楽しみだぁ。貴様達の体をこの肉で引き裂き、絶望に打ちひしがれて死んでいく……その姿を見るその時がなぁ……!」
切り裂きジャックもまた、耳障りな笑い声を上げた。
「へぇ……これは驚いたね。人格の全て、とまではいかない筈だけれど、あの時戦ったキミがアタシ達の前に姿を現すんだ?」
その笑い声に顔を顰めながらも、カタリナが興味深そうに軽く眉を動かす。
その背の遊生夢死 ― Flirty-Feather ―は、目前の切り裂きジャックの漆黒を反射するかの様に、黒ずんだ輝きを発していた。
「そっちの切り裂きジャックの話は妹から聞いた事があるけれど……何処まで再生怪人に拘るつもりなのかしらね?」
「さあな。だが、俺達がやるべき事は変わらないだろう」
呆れた様に天を仰ぐつかさに、千尋が軽く頭を横に振りながら返し、その両手から無数の鳥威を展開する。
(「……どちらも彼が戦った相手でもある訳だ。ならば……」)
大切な家族の姿を脳裏に浮かべながら。
胸中で呟き、約束の四葉にそっと手を触れ、その上で宙に浮く、Determination -決意の魂-に蓄積されている世界知識と、零と夕夜……多重人格である自分達二人を繋ぐ深層心理、Enigmaにて、情報を収集し始める零。
――そして。
「BDI……いえ、はじまりのアリス様。私達が……そのBDIの存在と力……止めて見せます」
決然と、何処か労りすら籠められた誓いと共に。
静かに告げられたソナタの言の葉に応じる様に。
鋭く大気が振動し。
マリーと切り裂きジャックが、同時に動き出した。
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(「マリーはともかく、切り裂きジャックは、流石に早いですね
……!」)
「ですが、負けるつもりはありませんよ」
呟きながら、ルーンソード『スプラッシュ』を抜剣し、同時に其れを天に掲げるウィリアム。
その一方で、『スプラッシュ』を納剣していた鞘を腰から引き抜き地へと突きつけ、『スプラッシュ』とその鞘の位置が反転する様に、『スプラッシュ』を時計回りに、その鞘を反時計回りに回転させて巨大な黒と若葉色の輝きを伴った魔法陣を描き出していく。
その中央に描き出される紋様は、鎖によって二重に絡め取られた双翼の紋章。
「キキ、キキキキキッ……!」
――ギラリ。
その間にも切り裂きジャックの真紅の邪眼が怪しく輝き、同時に全身を纏われていた禍々しい気配……『死』そのものが具現化されているかの様な狂気を解放し、超々高速で、絶対零度の氷の大地をアイススケートの要領で滑る様に駆け抜ける。
一方でマリーは。
「さあ、あたしといいことしましょ? 大丈夫よ。貴方の全てをこのあたしが満足させてあ・げ・る♪」
油断すれば蕩けてしまいそうに妖艶で甘い声音で睦言の様にそう敬輔へと囁きかけていた。
(「洗脳……ですか」)
マリーの、ともすれば堕ちてしまいそうな程に蕩ける様な妖艶なその声を聞き取りながら……。
「アマデウス」
具にブックドミネーターにしか聞こえぬ音を紡ぎ出すその口の動きを観察しながら、自らの腕に乗っていた銀竜に呼びかけるソナタ。
ソナタのその呼びかけに応じる様に、ぎゃお、とアマデウスが一鳴きし、その姿を見事な白銀の美しきバイオリンと、まるで飾りの剣の様に美しい純銀の弓へと変え、ソナタがそれを手に取り、そっと目を瞑りヴァイオリンの4弦を力強く弾いた。
――キュゥゥゥゥゥゥアン!
それは、大気を切りつける様な、始まりの音。
鋭く鮮烈なソナタの音色に合わせる様に、ウィリアムの描き出した魔法陣が黒と茶色の明滅を開始。
詠唱の発動を確認したウィリアムが叫んだ。
「Gravity Chain!」
その叫びに応じる様に、全てを押し潰しかねない程の強烈な重力が、マリーと切り裂きジャックを押し潰さんと戦場の一部を圧迫する。
ウィリアムの作り出した重力の鎖に、絶対的に追いつけないマリーはそれに自らの体を圧され、蕩ける様な声による囁きを一時的に中断される。
その肩に付けられた傷痕が微かに熱を覚えていた様に感じられた敬輔は、ソナタの切り裂く様な鋭い音色を耳にすると同時に、その肩に感じていた灼熱感が幻覚にすぎぬものである事に気がついた。
(「と言うことは、このマリーは……」)
「偽物って事だろうよ、敬輔」
歯を食いしばって自我を保ち、己が標的であるマリーに向かおうとした敬輔の隣に姿を現した千尋が、諭す様に告げる。
(「……あのマリーってオブリビオンは偽物、か。となると、それ程大した相手とは思えない」)
千尋の呼びかけにそうだな、と頷き掛ける敬輔の様子をちらりと見やりながら。
零がEnigmaを通して夕夜に話しかけると、その通りだな、と夕夜が頷いている。
(「が、統哉だったか? あいつが追っていた切り裂きジャックと、何よりもブックドミネーターは如何だろうな?」)
そんな、夕夜の問いかけを裏付けるかの様に。
切り裂きジャックの方は重力の範囲を見切っていたか、その射程ギリギリを前傾姿勢になって飛び出す様に戦場を駆け抜け、音速を超えそうな勢いで、統哉に迫る。
そしてそれは……。
「『六番目の猟兵』達よ。如何に小細工をしようとも、私はお前達には後れを取らぬ……!」
上空から押し潰さんばかりに迫り来る重力の鎖を、自身の持つ無限に蓄えた知識によって生み出された時間凍結氷結晶の破片で重力の変化そのものを凍結させた、BDIも同様だった。
(「ふ~ん……やっぱりスピードで勝つのは、難しそうね」)
ウィリアムの重力の網を易々と抜けたBDIの様子を確認しながら、両腕に身に付けた鬼瓦を軽く調整しつつ、ふん、と身に付けた筋肉で、巫女服を弾き飛ばしながらつかさが胸中で独りごちる。
「つ……つかさ様!?」
サラシを巻いている、とは言え、肌を無闇に晒すつかさの様子に、音色を奏でる手を止めぬままに、頬を微かに赤らめるソナタ。
「えっ……ちょ、ちょっと、何しているんだよその格好……!」
ばさり、と遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を羽ばたかせて空中に浮かび上がり、軽やかに空中を舞う様に戦場を疾駆していたカタリナもつかさの霰も無い姿に、自分の臍出しルックを脇に置いて、微かにその狼の両耳の付根をほんのりと紅く染めながら、統哉に向かおうとする切り裂きジャックの頭上を舞う様に体を回転させ、その背後を取ろうとする。
「アンタのその戦い方、懐かしいね……! あの時は互いに超々高速での殴り合いだったけれど、今回はどうなるかな
……!?」
そのまま懐からダガーを取り出し、そこに『光』属性の破魔の力を乗せてその背にダガーを突き立てようとするカタリナの攻撃に応じる様に切り裂きジャックはカタリナに背を向けたまま、左手で鋭い手刀を突き出していた。
「キキ、キキキキキッ……! その心臓、鷲掴みに……」
「させるものか」
――バラバラバラバラバラバラッ……!
駆け抜ける、無数の銃声音。
大量に解き放たれた無限にも等しいフルオートモードでばら捲かれた光り輝く無数の黄金色に彩られた銃弾と聖書の箴言が溶け込んだ弾丸が切り裂きジャックを襲う。
『望みのあるうちに、自分の子を懲らしめよ』
そう箴言として刻み込まれた弾丸に切り裂きジャックは反射的な嫌悪を覚えて、銃弾の嵐を掻い潜る様にカタリナへの手刀を中断してそのまま大地に転がる様に倒れてグルグル回転、一定の距離を取ったところでたん、と片手で大地を叩いて、態勢を立て直し、素早く銃弾の嵐を撃ち出した相手を見る。
その場にいたのは、銃身を彩る黄金のラインが朧気に輝く『シガールQ1210』と、その黄金のラインが神々しく輝く『シルコン・シジョン』を構えて、不敵な笑みを称えたキリカと、冷たい一瞥をくれるトニーだった。
「デゼス……」
一見すると可愛らしいが、底の見えない闇のような眼孔が穿かれた不気味なオペラマスクと、棘のように全身から錆びた刃物を生やした、あの嘲笑による不気味さを醸し出す自らの契約人形、デゼス・ポアにキリカが号令を掛けようとした、刹那。
「読み通りだ」
呟きながら全身を時間凍結氷結晶で覆ったBDIが、キリカとトニーに迫る。
が……。
「バカめ」
その瞬間を、トニーは見逃さなかった。
自分とキリカの銃火器を迎撃しようとその手を開き、全てを凍てつかせる吹雪を吹き荒らさせようとしたBDIに向けて、自身の長い神の毛に、自らの裡に抱く神力を注ぎ込み神格化させた、髪をハリセンボンの如く解き放ったのだ。
「時を凍てつかせ、時を見出す罪人たる汝よ。この試練に耐えたら、赦されるだろう」
それは、正しく『神のお告げ』にして、『神罰』
即ち……トニーのユーベルコード。
――神罰・時間操作の代償。
「! 騙し討ちと来たか……!」
思わぬその一撃に時間凍結氷結晶を全面に展開、神罰の一撃たる神の髪を受け止め、そのまま弾き飛ばそうとするBDI。
だが……その時。
――キュォン、キュォン、キュォン!
ソナタの引く銀としか形容できぬバイオリンの旋律が、戦場全体に鳴り響いた。
(「……っ?!」)
その切り裂く様な鋭い銀の『聖』なる音色が、絶対零度のこの世界を、見る見るうちに書き換えていく。
――壮麗にして、華美なる歌劇場へと。
「この中であれば、貴方の時間凍結にも干渉できます。例え完全に無効化できずとも……!」
告げながら、白銀のバイオリンの音色を絶やすこと無く引き続け、その間に天上に存在する『神』からの賜り物たる声を震わせるソナタ。
――それは、サビに入ろうとしていたBDIの詠唱に絡みつく様に迫り来る、美しき天の歌。
(「……なんだ、これは
……!?」)
咄嗟に自分にしか聞こえぬ詠唱をダ・カーポさせてAメロへと行くと見せかけ、そのまま切り返す様にブリッジのリフへと繋ぎ、と、自らにのみ聞こえる歌の本来のテンポを崩して詠唱を奏でようとするが、ソナタの歌はBDIのそれにしがみつく様に歌い上げられ続け、同時に銀のバイオリンの奏でる音色も、次から次へと音階と音調を変えていく。
天上界を目指す書架の王の模倣体たるBDIの詠唱を、未完成オルゴールの歌がジャムセッションさせ、BDIが支配下に置いていた時の流れを、僅かに狂わせながら。
それがBDIが展開していた結界を揺らがせていく。
その隙間を縫う様に、トニーの髪が、BDIの胸に突き立ったのだ。
「さて……これで汝が当然の様に使えていた、頼りとする時間操作は容易に使えなくなる」
トニーの一矢を受けるや否や其れまで使用していた零時間詠唱が、今度は自らの体を苛む刃となって、BDIの体を容赦なく切り裂いていた。
「ぐ……ぐぅ
……!?」
「あの娘に時間操作を狂わされ、歌い続ければ汝はその斬撃を裁きとして受け続ける。さて……その様な状況の中、汝にどれ程の事が出来るのか、見定めさせて貰おうぞ」
正しく神の裁きの如く泰然と告げるトニーのそれに忌々しげに舌打ちを一つして、そのまま上空へと飛翔しようとするBDI。
其れに目聡く気がついた千尋が、敬輔の背を軽く押して、マリーの方へと向かわせつつ、後ろ手にBDIを指差している。
「逃がすわけが無いだろう。その状況下で、消失したモノを治療が出来るかどうか……試させて貰おうか」
そう告げて、千尋が後ろ手に差した指に収束する魔力に気がついたか。
両目を赤く光り輝かせ、一瞬敬輔の動きの自由を奪ったマリーが、千尋に向けて手を突き出す。
突き出された手から放たれるのは、漆黒の魔弾。
「そんな簡単に、やらせるわけには行かないわよ♪」
――だが。
「Active Ice Wall!」
朗々たるウィリアムの叫びに応じる様に無数の氷塊が漆黒から青と緑に彩られた魔法陣から放出され、千尋へと向かう漆黒の砲弾を受け止めた。
「敬輔さん!」
「……遅いっ!」
ウィリアムの呼びかけに応じた敬輔が一瞬食らった目眩から立ち直ると同時に、その場で大股に踏み込んで黒剣を大上段からマリーに向けて振り下ろす。
流石に顔を青ざめさせたマリーが、咄嗟に口に指を咥えてピュイッ、と口笛を吹き鳴らし、無数の吸血鬼達の幻影を呼び出し、マリーを庇う肉壁としようとするが。
「纏めて、貫いてやる!」
叫びと共に、左足で更に踏み込み自らの右の青の瞳を憎悪にギラつかせて黒剣で鋭い刺突を繰り出す敬輔。
それは、赤黒く光り輝く剣先と共に……人体で言う所の急所……鳩尾、人中、喉仏、左右こめかみ、両目、延髄、心臓にあたる9箇所を狙った必殺の刺突。
その敬輔の突きの猛打をマリーの肉壁となった吸血鬼達が受け止めようとするが。
「存分に喰らい尽くせ、デゼス・ポア」
トニーとソナタの連携により態勢を崩されたBDIの隙をついてその場を横っ飛びしながら離脱したキリカが、強化型魔導機関拳銃"シガールQ1210"を指切り撃ちの要領で乱射してウィリアムの氷塊の盾を駆使して戦う統哉とカタリナを援護するための牽制射撃を行ないつつ、シルコン・シジョンを携えていた筈の左手で、パチン、と指を一つ鳴らす。
その、キリカの呼びかけに応じる様に。
「キャハハハハハハハハハッ!」
肉壁となろうとしている吸血鬼達の横合いからデゼス・ポアが嘲笑しながら乱入し、敬輔の無数の突きを受け止めようとした吸血鬼達を全身の錆び付いた刃で微塵切りにし、その生命力と存在を纏めて喰らい、飲み干していく。
「ああああああっ!」
デゼス・ポアを擦り抜ける様に敬輔が更に大地を踏みしめて跳躍しながら、マリーの全身を、容赦なく貫いていた。
――その両目を。
――その人中を。
――その喉仏を。
――その両こめかみを。
――その鳩尾を。
――その延髄を。
――そして……その心臓さえも。
「よくやった、敬輔」
その様子を見つめながら、千尋が呟くと、ほぼ同時に。
千尋が後ろ手に差していた指から、770本の光剣を現出させる。
現出させられた770本の光剣の全てが、トニーの一矢を受けたBDIに向けて飛翔し、その全方位を包囲する方陣と化して、BDIを貫こうとしていた。
其れを振り切る様にBDIは尚も飛翔し、トニーのユーベルコードの射程圏外へと逃れようとするが……。
「筋肉は無敵! 筋肉こそ最強! たかだか時間を凍結する程度の氷で……私の最強無敵の筋肉の熱を阻めると思わない事ね!」
そんな雄叫びと共に。
ソナタの歌による凍結された時間の改変とBDIが解凍された時間を再び凍結させるべく力を振るう度に、トニーの神罰による負傷を重ねるその隙をついたつかさが、一冊の本を高々と掲げて踊る様にBDIへと飛びかかった。
つかさの上空に召喚されたのは、一冊の本。
――『超★筋肉黙示録』とでかでかと金箔で本の拍子に描かれた、やたら分厚くて巨大な大辞典。
「所有する以上知識は有限、しかし私の筋肉への自信と信仰心は……!」
(「筋肉は無敵! 筋肉は最強! 筋肉は――!」)
「――無限大よ!」
つかさが叫びながらがっしりとBDIを鷲掴みにする。
発達したが故に、ユーベルコードと変わらぬ……否、それ以上の高み……一つの極みに到達していた筋肉の抱く無限の可能性の獣を思わせる光を瞳に称え、鷲掴みにしたBDIの体を卍固めにして離さないつかさ。
「……ぐっ?!」
「今だな……消え失せろ」
つかさに鷲掴みにされて身動きの取れなくなったBDIの全方位から、千尋の770本の剣先に複雑な幾何学模様の描き出された光剣が突き刺さる。
それは、触れたモノの存在を拒否し、消失させる光剣。
容赦の無い無数の光剣に全身を貫かれその体を確実に分解されていくBDI。
――だが……。
「まだ……やられはせぬ……! やられはせぬぞ……『六番目の猟兵』達……! 私は、どれ程存在を否定されようとも、存在し続けてみせる……!」
鬼気迫る叫びと共に、全身から荒れ狂う時の奔流を爆発させ、自らにのみ聞き取ることの出来る詠唱を……『時間凍結』のLeadを歌い上げるBDI。
強引に詠唱をリフし、一度ファインさせた、と思いきやまた即座にフィルインして新たなメロディを奏でて自らが負った傷を強引に修復し、トニーの追撃を受けながらも尚、顕在で在り続けるBDI。
その暴走する停止した時の奔流を霊力の壁で凌ぎつつ、十の死とグレイヴ・ロウを構えた零が、ポツリと呟いた。
「そろそろ……潮時だね」
――と。
●
――キュァァァァァァン!
ソナタの奏でるヴァイオリンの音色が、戦場全体に響き渡る。
響き渡る音源により絶対零度の世界を構築する無機物を次々に時を統べる結界……壮麗な歌劇場へと塗り替えられたその戦場で、空中を舞う様に遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を羽ばたかせたカタリナが、切り裂きジャックとダガー捌きを競い合う。
飛翔からの滑空攻撃による空中戦では分があるとはいえ、その目で超高速モードと化している切り裂きジャックを追い詰めるのは、容易なことではない。
(「もう少し、なんだけれどね」)
けれども、切り裂きジャック相手にジョーカーを切るのは少々勿体ない。
そんなことを考え始めていた、正にその時。
「キキキキキッ! お遊びは此処までにしよう! さぁ、フィナーレを! その華奢な体と美しき羽を、欠片も残さず切り裂いてやろう!」
そう切り裂きジャックが告げながら、その瞳を輝かせ、その手の短剣を振りぬこうとした、その時。
「させるかよ!」
統哉がカタリナと切り裂きジャックの間に割って入る様に飛び込みながら、緋色のクロネコの刺繍入りの結界を編み上げて、その一撃を真正面から受け止める。
「統哉さん!? 何を
……?!」
「キキッ……キキキキキッ! どうやら先に切り刻まれたかったのは、汝だったか!」
統哉の緋色の結界に刺繍されたクロネコを貫通して。
急所を辛うじて見切りで逸らさせてその刀身をその身に受ける統哉の胸元から、ぱっ、と血飛沫が舞った。
その血飛沫が舞う様子を、何処か他人事の様に見つめながら。
統哉は……その赤い瞳で、自分と同じく赤い瞳を持つ切り裂きジャックを真正面から見据え、そして……。
「俺はあの時から、ずっと気になっていたんだ」
諭す様に、あやす様に。
ボタリ、ボタリと胸から流れ落ちた血の雫が、絶対零度下において瞬く間に凍てつき、この大地を金槌の様に叩いては砕ける音を耳にしながら、問いかけた。
「キキッ……何がだ……?」
口元に歪んだ哄笑と邪気を漂わせながらの、切り裂きジャックの問いに。
胸に灼熱感を覚えながら、統哉が続ける。
抑揚が無く、淡々と話している様にカタリナに聞こえるのは、統哉がそれだけの血を流しているその痛みを感じているからであろうか。
それとも……?
「此処にいる君が本当にあの時の君であるのかどうかさえ分からないけれども。俺の知る君は、それが『救済』であると知っていても……転生を望まない、その理由が」
「キキッ……何だ、そんな事か」
統哉の問いかけに、その口元に歪んだ微笑みを刻み込みながら、切り裂きジャックが叫ぶ。
「我は、『我思う、故に我ある』ことを知っている! そして我は『闇』であり、『破壊と理』を司るものの残滓なのだよ! 故に、我は貴奴の望みを果たす為に、貴奴の手足となって戦った! 『破壊と理』を司る『わたし』から生み落とされたが故になぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……! そうか。だから、あの時、アンタが雅人を……!」
切り裂きジャックの、その言の葉に。
カタリナが思わず息を飲み、統哉も驚愕からか、大きく目を見開いた。
紫苑に力を貸したのは、彼女の望みを……あの世界を歪に『破壊』するその願いを果たすため。
そして……雅人を襲ったのは、この惨たらしく残酷な『現実』を知らしめ、その先にあった超然たるそれと対峙するための『鍵』とするため。
その為に生み出されて自我を持ち……死に後れこそしたが、今も尚、『影朧』としての『生』を享受する、純然たる悪意の権化。
それがこの、切り裂きジャックと言う事なのだろう。
「それが、君の役割だったのか。だから君はあの時……俺達や雅人に、その刃を向けたのか」
「キキキッ……そうだ! その通りだ!」
重い溜息を、濁った血と共に口から吐き出しながら。
重苦しい表情で呻く統哉を切り裂くジャックが笑う。
――何処までも、愉快そうに。
(「それが……こいつの本当の正体……。純然たる悪意と、あの戦いの中で納得して転生した、『理想郷』を求めた人々のエゴの……悪意の塊だった、あの獣が遺していった残滓、と言う訳ですね」)
氷塊を念動力で操り、傷つきつつも尚健在でつかさ達と戦うBDIと、切り裂きジャックの間を遮る様に氷塊の盾を動かし、その行動を阻害しながら。
あの戦いの記憶を掘り起こし、ウィリアムが小さく息を一つ吐く。
「でもアンタを生み出したあの獣は、アタシ達がもう転生させた! あの輪廻の輪に還したんだ! それなのに、どうしてアンタはまだ、此処に存在している?!」
統哉の胸に突き立てたナイフを引き抜き、そのままその『瞳』を怪しく輝かせた切り裂きジャックに、上空から遊生夢死 ― Flirty-Feather ―の羽根の弾丸を叩きつけ、それ以上の追撃を牽制しながらの、カタリナの叫び。
上空から雨あられと降り注ぐ、ウィリアムの氷塊と周囲の氷を乱反射し、眩いプリズム色の輝きを発する羽根吹雪を切払い、或いは敢えて受けてその身を貫かれながらキヒヒッ! と切り裂きジャックが笑う。
「知れた事! あれを貴様達が転生した結果、我を縛る楔ともいえる契約は解除された! 故に漸く我は嘗てかの地で起きた事件と言う過去と融合し、『我』として存在することが出来る様になったのだ! これを痛快と言わずして、何というかぁぁぁぁぁぁ!!!」
心底愉快そうに、この死合いを楽しむ様に。
高らかな笑い声を上げながら、自らの纏った『死』……否、生きとし生けるものすべての『負』の感情を自らの身に抱きながら、切り裂きジャックが容赦のない九連撃を統哉へと解き放つ。
解き放たれた九連撃の内、致命傷になりうる攻撃は、ウィリアムの氷塊で、或いは、千尋の鳥威で被害を最小限に食い止めながら、数発の斬撃をまともに正面から受け、袈裟や逆袈裟……その両足や耳朶を切り裂かれその痛みも傷をも自らの身に刻みつけながら、統哉は遂に自らの懐に入れてあった、初めて自分で作ったガジェット……暁を握りしめた。
統哉のそれに、応じる様に。
そこから生まれ落ちるは、目前の切り裂きジャックが持つのと同じ、解体ナイフ。
されどその輝きは……光輝なる白。
(「あれが統哉様の想い……そして、あの方に与えられた宿命なのですね……」)
銀のバイオリンを奏でる手を止めず、高らかな声音でBDIの詠唱に必死に追いすがる様に歌を紡ぎ続けながら、ソナタは思う。
その歌声は、何かに震えていた。
(「そろそろ限界、だろうね」)
零が内心でそう呟きつつ。
十の死……その中でも感電死を準えた骸を鍵に、天からつかさに卍固めを受けつつも尚鬼の形相で彼女を睨みつけ、殺意を感じさせる視線でつかさを射抜くBDIに落雷を落とし、更に凍死に準えた骸を投擲する。
投擲された凍死に準えた骸がウィリアムの氷塊やこの世界の景色と感応して猛吹雪を起こして切り裂きジャックと、BDIの体を凍てつかせ、そこに毒死を準えた骸を振りかざして、猛毒の雨を叩きつけた。
降り注ぐ猛毒の雨を受け、切り裂きジャックがしゅうしゅうと音を立てて溶けつつある様子を冷静に見つめながら、キリカがウィリアムの氷塊を蹴って宙へと舞う様に飛び、上空から、朧気ながら黄金に輝く弾丸の嵐を、カタリナの羽根の嵐と共に切り裂きジャックに叩きつけながら、ピッ、と切り裂きジャックを指さしている。
「デゼス・ポア。奴の骸を喰らいに行け」
『キャハハハハハハハハッ!』
まるで、この先の未来が見えているかの様に。
口元に酷薄な笑みを刻みながらのキリカの命令に応じ、甲高い笑い声を上げながら、デゼス・ポアが空中に溶け込む様に姿を消す。
BDIがその動きの意図を悟ったか、キリカに向けて全身に纏った時間凍結氷結晶を纏った拳を叩きつけようとするが。
「我が神罰を未だ受け続けている汝が、あの場所に立つ資格はなし」
トニーが冷たく告げながら、今度はその軽機関銃の引金を引いて、BDIの周囲に弾幕をばらまきその体を撃ち抜き、切り裂きジャックと統哉、カタリナ達との戦いへの介入を妨害した。
「……さっさと決着を付けろよ、統哉」
やむを得ず、と言う様に此方へと注意を向けたBDIがひゅっ、と手を横に振り、無数の氷塊の塊を叩きつけてこようとするのを、千尋がソナタを守る様に、鳥威に緋色の結界を這わせて展開しながら呟く。
「……でないと、こいつを倒し切れないぜ?」
その千尋の皮肉気な呟きが、その耳に届いたのかどうかは、分からないけれど。
「お前から伝わってくる負の感情を……その悪意の全てを、肩代わりは出来ないけれども」
負の感情を受け止め、傷だらけになった統哉が、何処か覚悟を決めた表情で呟く。
「この一閃で……少しでも君の負担を減らせるならば」
呟きと共に放たれる、統哉の手の中のナイフ型ガジェット。
――それは、三日月形の一閃。
ナイフ型のガジェットによって描き出された、白銀の残影。
「俺は、諦めないよ」
――いつか、君が転生を望む、その日まで。
誓いと共に放たれたそれが虚空を断ち切る様に弧を描いて光となり。
「キキッ……キヒャアッ
……!?」
零の毒の雨にその身を蝕まれ、カタリナの羽根とキリカの"シガールQ1210"から放たれた弾丸の嵐に撃ち抜かれ瀕死となっていた切り裂きジャックを三日月形に切り裂いていた。
――その何時かが、いつ訪れるのかは分からないけれども。
もしかしたら、永遠に訪れることが無いのかもしれないけれど。
それでも……。
「負けはしないよ。君の殺意にも……」
――そして……この目前のBDI……否、オリジンの悪意にも。
「キャハハハハハハハハハハッ!」
傷だらけの統哉の目前で崩れ落ちた切り裂きジャックの幻に、デゼス・ポアが切りかかり、この場に残った残滓を喰らい、そして啜る。
「統哉……」
デゼス・ボアに喰らわれる切り裂きジャックの幻影にくるりと踵を向けて。
BDIへと向かおうとする統哉に、その瞳から血の涙を零す敬輔が呼び掛けた。
「……まあ、キミの覚悟はよく分かったけれどね? 無理して全部背負うのはダメだよ!」
務めてそんな役割を自らに課す様に。
からかい気味に告げるカタリナに、分かっている、と統哉が頷いた。
「後は……あいつだけですね」
そんな統哉の様子を見つめながら、氷塊による援護防御を行っていたウィリアムが呼び掛けると。
「そうだな。……ならば精々、奴に見せつけてやるとするか」
デゼス・ポアにオブリビオンの幻影達の残滓を喰らわせ……それに満足げに頷いたキリカが、口の端に鮫を思わせる凶悪な笑みを浮かべ、其方を見る。
トニー達と尚戦い続ける、既に半分以上体を損壊させつつも動きを止めぬ、BDIを。
「私達に対してこの様な手を打った……愚かな『オリジン』に、私達の力をな」
そう呟いたキリカの顔は、何時の間にかデゼス・ポアの不気味なオペラマスクに覆われて。
更にその身に纏われた漆黒のドレスの裾や胸元には、デゼス・ポアのドレスの様なフリルが纏われ……。
そしてその裾の中からは、全てを引き裂く鍵爪が凶悪な顔を覗かせていた。
●
「さて……そろそろ僕達も行きますよ」
ウィリアムの氷塊を渡る様にして、敬輔達が接近してくるのを背中だけで感じ取りながら。
零が十字架の墓石の形をしたグレイヴ・ロウを構えそれを投擲し、つかさの力であらぬ方向に左腕を捻じ曲げられているBDIの片目を貫きながら静かに呟く。
その、零の呟きと共に。
不意に壮麗な歌劇場の周囲を……暗雲の如き濃霧が包み込み始めた。
(「この、濃霧は
……?」)
長い、長い戦いの疲労が来たか、枯れかけている喉をブレスさせ、曲調を編成させようとしたソナタが、その濃霧にきょとん、と暫し目を瞬く。
「あの……零様、この濃霧は、一体何でございましょうか?」
「成程。これもまた、汝への神罰か」
神の髪の毛を解き放ち、その身に神罰を与え、それからは軽機関銃で援護を続けていたトニーの呟きの意味を、つかさが悟るよりも、一足早く。
ズシリ、と不意に全身全霊を掛けて掴み続けていたBDIの体が重くなり、けれどもその体の手ごたえが大きく損なわれていくのを感じ取った。
「……あら? 気張り過ぎて弱くなっちゃったのかしら?」
軽く首を傾げるつかさの耳元に聞こえたのは、微かな寝息。
(「……寝ている?」)
ソナタによって歌劇場と化していたその世界を包み込んだ濃霧。
その濃霧を吸い込むや否や、BDIはつかさの腕の中で思わず船を漕いでしまう。
同時に……つかさに掴まれたままのその体の彼方此方から、バシャリっ、と血飛沫が飛び散った。
「……ぐぅっ?!」
唐突に全身を苛んだその痛みにはっ、と意識を取り戻したBDIが何が起きたと言わんばかりに周囲を見回している。
気が付けば、先程迄自らを覆っていた筈の氷が融解を始め、水となって大地に零れ落ちるのと同じ様に、自分の体から力が奪われていく事に、動揺を押し殺せない。
「ぐうっ……そんな、バカな
……!?」
「効果覿面みたいですね。この霧は貴方の力を奪い、自らの傷を癒すその詠唱の力さえも、反転させます」
(「まあ……想定よりもずっと戦場が広かったし、つかささんが取り押さえてくれたとはいえ、漬け込む隙が無くて、使えずにいたんだけれども」)
そう内心で呟く零のそれに、ひゅう、と口笛を一つ吹く千尋。
「ふむ……これなら後数撃と言った所だな。続くぞ」
千尋が呟きながら、再び770本の光剣を解き放つ。
BDIの周囲を包囲する様に現れた770本の光剣が次々にBDIの体を串刺しにし、その度にその体を瞬く間に分解していく。
その様子を、唖然として見つめていたソナタだったが。
此方へと背後から近づいて来る馴染みのある気配に気が付き、咄嗟にバイオリンの音色を鋭く切り裂く様なものから、優しく包み込む様な重低音へと引き下げ、柔らかく、BDIが紡ぎ続けた詠唱にアドリブを加えて歌い始める。
暖かく力強い大樹の根元を思い起こさせるその歌が、何とかここまで来たは良いものの、立っているのもやっとと言った統哉の体の傷口を瞬く間に塞いでいった。
「ソナタ、ありがとう」
そう告げて自らの横を駆け抜ける様に去っていく統哉に、天使の様な柔和な笑みを浮かべ、慈愛の浄眼を優しく向けて、見送るソナタ。
その間に。
「さてと。本気で行くよ!」
その右目を、異形の神へと変じさせて。
この先の未来の全てを見通し、これから起こりうるであろう更なる未来そのものを書き換える未来の守護者であり、今は神狩る異端の魔神と化した、“暁の主”の全盛期の力をカタリナが解放した。
――それは……あの頃。
――まだ、“天の女王”の下で、世界の繁栄・発展を願い、その力を思う存分行使することの出来た、幸福な時代に振るう、“神”の力。
(「神罰による氷結晶の崩壊、己が呼び戻した過去たちの敗走、そして……詠唱は意味をなさずに崩れ落ちる」)
「今、皆が起こしてくれたこの事象……その事象はお前の中でお前の末路として、確定される」
その後押しと空間の固定……それこそが今、カタリナに出来る“禁じ手”の力。
そんなカタリナの中の“暁の主”により書き換えられた未来を具現化するかの様に。
死神の鎌の如く振り下ろされたキリカの巨大な鍵爪が、BDIを袈裟に薙ぎ。
「お前の力を奪わなければ、何もできない様な奴の姿を模倣したお前など……」
「俺達が何度でも、骸の海へと叩きこんでやる!」
敬輔の赤黒く光り輝く刀身が9つの閃撃となって、上下左右、両肩、両脇腹を纏めて八つ裂きに切り刻み、9発目の閃突が、その心臓を貫いたところで。
「負けられない……そう誓ったんだ!」
「さっさと終わりにするわよ!」
統哉が抜き放った『宵』が零の生み出した濃霧の中を駆け抜ける一筋の光明の如き淡い輝きを伴って一閃されてその身を薙ぎ、そこにつかさが最強の筋肉で力任せに抜き放った流星を唐竹割に振り下ろしてBDIをぐしゃりとひしゃげさせた。
「ま……まだ……!」
そう呻きながら、無詠唱のそれをBDIが行おうとした矢先。
放たれたトニーの髪がその両目を撃ち抜き、それによって、BDIは完全に視界を奪われ。
「汝、その報いを、今こそ受けよ」
更にトニーが突き刺した髪により今までの時間凍結の副作用がぶり返して全身の傷を加速度的に広げられ、意識を急速に薄れさせ。
「もう、貴方の体は限界ですよ。おやすみなさい、良い夢を」
零の濃霧が遠のきつつあるBDIの意識野の向こうで、自らの体を苛み、更にその身を細かく切り裂いていった。
「……BDI。いや、オウガ・オリジン」
消えゆく意識の中で聞こえたのは、ウィリアムのその問いかけ。
「他人の振りをしているだけでは、ぼく達には勝てません。……Icicle Lance!」
その叫びと共に。
指鉄砲を作ったウィリアムの左指から、一本の青い光線が解き放たれる。
解き放たれたその光線に、周囲を浮遊する無数の氷塊が集って一本の巨大なランスを象って。
BDI……否、オウガ・オリジンの体を、串刺しに貫いた。
●
「ば……かな……わたしが……わた……しが……!」
崩壊し崩れていく自らの体と、その死を直近に感じながら。
悔しげに呻くオウガ・オリジンに、申し訳ございません、とバイオリンの演奏を止め、ヒラリ、とソナタがピュア・ブルームの裾を謝罪するかの様に持ち上げた。
「オウガ・オリジン様……。わたしには、貴女様がこの様になってしまった理由も、何もかも……結局分かりませんでした。ですが、一つだけ、此度の戦いで分かったと思えることがございました」
それが、如何に不遜な事か、其れを重々承知の上で。
そう告げるソナタの言の葉に、BDIの肉体が消滅し、思念のみで怨嗟の声をオウガ・オリジンが上げている。
「何も……知らない……小娘……共が……!」
「はい……その通りです。ですが、それでもわたしには、貴女に纏わるある理由があの方の力を、心を理解し、此度の戦いで統哉様達をあれ程までに追い詰めることができたのではないか? そう……思えるのです」
――あの、切り裂きジャックと同じ様に。
オウガ・オリジンの欠片の一つである彼女が……その運命から逃れることが出来ないと分かっていたのだとしたら。
あの永遠の孤独と……『我思う、故に我あり』と自らを定義せぬ限り、自らが存在し続ける事すら出来ないのであったとすれば。
その孤独は、痛みは……どれ程のものであったのだろうか。
オウガ・オリジンの思念は、そのソナタの問いには答えず消え失せていく。
ただ……その消失していく魂を感じ取りながら、口元に残酷な笑みを刻み込んだキリカが冷たく、切り捨てる様に告げた。
「お前は私達相手に取るべき手段と能力を間違えた……そう言うことだ、『オリジン』」
『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ……!』
ただ、無念の絶叫を残して。
その思念すらも消え静けさを取り戻していく絶対零度のこの世界の様子を見て、ふう、とトニーが軽く汗を拭った。
「結局、答えは分からずじまい、ね。まあ……良いか」
「そうだね♪ ……少なくともアタシ達が決して相容れることの出来ない存在の未来を一つ断ち切る事が出来たのは間違いないから、ね♪」
トニーのその呟きにそう答えながら。
禁忌を使い、全身の力が抜け脱力してその場に頽れていたカタリナがごろん、とその場に大の字になって寝転がる。
そんなカタリナに苦笑した、千尋が彼女に手を貸して立たせてやったところで。
「一先ず、この地のオウガ・オリジンは討滅しました。ぼく達も撤退しましょう」
「ああ……そうだな」
ウィリアムの呼びかけに敬輔が応じ、零と統哉も其々の表情で其れに同意の意を示す。
「まあ……いつも通りにやらせて貰えたから、私も問題ないわ」
そんな、つかさの呟きを合図にするかの様に、蒼穹の光が猟兵達を包み込み……千尋達の姿は、何時の間にか、その場から掻き消えていた。
大成功
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