迷宮災厄戦⑨〜気怠い永遠が終わる
●凍り付いた時を生きる
「――あァ――――……ァ」
寒々とした場内に、長い長い断末魔が響き渡る。
(……長すぎる。もっと早く死ねないのか?)
ライオネルはうんざりした顔で目の前の死体を見下ろした。
時間凍結城。永遠に子供でいたいかつてのアリス達の夢想から生まれた、「今をとどめおくこと」だけを目的にした建造物だ。
肉体も武器も、音も光も関係なく、この中にあっては全ての時間が酷くゆっくりと流れる。
広範囲に無数の斬撃をもたらすライオネルの魔剣はこの環境と相性がよく、侵入者は悉くが彼に触れることなく「時間をかけて」細切れになっていた。
(……忌々しい事だ)
この城をあてがわれて以来、ライオネルの端正な眉には皺が刻み付けられている。
指を鳴らすにも十数秒かかるこの城の中には、今も魔剣に引き裂かれた血肉が宙を舞い続け、血の匂いが薄まることもない。
(「悪い王子」には、似合いの領分という事か)
ライオネルは本来、「王位を狙う悪の王子」として創造されたという。
王位の前に城が手に入ってしまったものの、達成感などあろうはずもなかった。
「……まぁ……いいだろう」
紡ぐ言葉すらもどかしいほど遅く、口数もめっきり少なくなっている。
先程の悲鳴がようやく収まった頃、彼は無人の城の玉座に座ってわずかな静寂に浸る。
不自由ばかり多い場所だが、静かな時間も長くなることだけは気に入っていた。
●ISDNってしってる?
「畜生ッ!なんだよ今時ダウンロードに2時間って!」
駆け付けた猟兵達が見たのは、端末に向かってキレ散らかすガン・ヴァソレム(ちょっと前流行ったアレ・f06145)の姿だった。
何をダウンロードしていたのかは正直聞きたくない。
「おっ、お前等は速いな!いいぜ、戦争とエロ画像は速さが命だ」
だから聞きたくないっつったろうがよ!
「さて、まずはコイツな」
言葉をぐっと飲みこんだ猟兵達を無視して、戦場の画像がモニタへ展開される。
「進行ルートを塞ぐこの城の制圧が当座の目的なんだが、どうあっても速攻ができねえ」
モニタが先行部隊からと思われる動画に切り替わると、猟兵達は目を見張った。
城壁に向けて放たれた矢が、銃弾が、レーザーまでが、城の敷地内に入った瞬間、まるで寒天の中にでもいるようにゆっくりと進んでいるのだ。
「この中だけ、時間の流れがおかしくなってるんだとよ」
先行部隊の計測結果では、肉体の動き・ユーベルコードを問わず、全ての行動速度が10分の1程度になるという。
「のろくなるのは敵も味方も変わんねえらしいけどな、奴さんの方がちょっと厄介だ。
いわゆる「置き」の攻撃が得意技みたいでよ、かなりの確率で読み合いになる」
つまり、予め効果範囲を見せることで此方の行動範囲を絞ってくるやり方だ。闇雲な突撃や早くても単純な動きでは返り討ちになるだろう。
「ただし、ノロノロ空間にも1つだけ穴があるそうだ。頭の中だけはいつも通りだってよ」
雑な計算ではあるが、行動速度に対する思考時間は通常の10倍。
一瞬の判断が続く戦場にあって、今回に限っては常に綿密な対策を考える時間があるということだ。
「持つべきものは必殺のタクティクスだぜ、袖にエース仕込んだりな」
それイカサマじゃないか。
荒左腕
荒左腕(あれさわん)です。よろしくお願いします。
アリスラビリンスでの戦争となります。
まずは前哨戦、勢いをつけたいところで(物理的に)勢いをそぐ戦場ですね。
特殊な環境のため、プレイングボーナスの比重が高くなると思います。
●戦場について
OPの通り、様々な行動がとにかく遅くなります。会話なども声に出すと遅くなってしまうため、通常の会話は困難になることにご注意ください。
(心とか拳とかIEEE802.11acとか、通常でない会話であれば色々できるかもしれません)
●「プレイングボーナス」について
本シナリオでは以下の行動に基づく行動をとることで有利な結果を得ることができます。
プレイングボーナス……『思考時間を活かし、戦略的に戦う。』
敵の攻撃については、OP及びオブリビオンのデータをご確認ください。
※具体的には「どんなUC・技能を使って対処」より「どんな理屈(既存のルール・物理法則である必要は全くありません!)で対処」の方が活躍できると思います。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしています。
第1章 ボス戦
『悪の王子ライオネル』
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POW : 殺戮の魔剣
自身の【魔剣】が輝く間、【魔剣ダインスレイヴ】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
SPD : ワールド・エンド
レベル×5本の【切断】属性の【空間の断裂】を放つ。
WIZ : 魔鏡剣アンサラー
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【魔法を反射し、術者へと返す剣】で包囲攻撃する。
👑11
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ヤクモ・カンナビ
厄介な戦場じゃの
此方も十倍の思考を出来るやも知れんが、敵も条件は然程変わらんであろ――元より身体能力など無きに等しゅうて、精神能力に全てを振ったわらわで無ければの
用いるUCは、肉体の枷の一切を取り払う幽体離脱じゃ
幽体より放つサイキック攻撃こそ速度は落ちれども、幽体自体の反応速度は変わらん――詰まりは十倍速
ライオネルどののダインスレイヴも、此の城の中に在って殆ど速度の落ちん見事な技と申す他無いが……九倍と十倍で有れば、九回を相殺した上でわらわの最後の一手のみが届くと云う寸法じゃ
尤も……思考の十倍速化など、さしものわらわにも初体験じゃて
脳を酷使し過ぎて後々、酷い頭痛に見舞われねば佳いのじゃがの……
「これは……」
(……予想よりきついのぅ)
時間凍結城に降り立ってすぐにヤクモ・カンナビ(スペースノイドのサイキッカー・f00100)はその効果を思い知り、口をつぐんだ。
全身を泥に突っ込んだような抵抗感はもちろん、口をついた言葉までもが自分の意識から何秒も遅れて出てくる。障害だの高負荷だのとは別の次元で、「すぐ出来るはずのことが出来ない」感覚はかなりのストレスだ。
「猟……兵」
声のした方に努めて素早く視線を動かすと、部屋の奥で鎧姿の銀髪の男が玉座から立ち上がるところが見える。
(あれがライオネルどの、か)
この環境下で移動の手間がなかったことは有難いが、流石に会敵が突然すぎる。
相手は既に剣を抜き、構えを取っていた。最小限の動きは、この時間の枷に慣れた者のそれだ。
「……ダインスレイヴ」
魔剣が輝くとその姿がぶれるように分かれ、9つに分身してヤクモに襲い掛かった。
(……成程、落ち着く時間だけはたっぷり取れるものじゃの)
9つの刃が描く9通りの軌跡はこの時間の中でも尚速いが、しかし「認識可能」な速さだ。
得心したヤクモは目を閉じて、用意していた策を実行した。
「……?」
分身したライオネルの魔剣、その最初の一撃がヤクモに到達する寸前。
彼女の身体から力が抜け、糸が切れたように崩れ落ちていく。
予測を外れて空を切る刃に違和感を覚えるライオネルだが、直後驚愕に目……いや耳を疑う。
「左様、これでわらわだけ10倍速じゃ!」
幽体離脱(アストラル・プロジェクション)。
時間凍結城の環境に対し、「意識だけは通常と同じ感覚になる」点からヤクモが導き出した結論である。自分の意識を肉体から全て切り離し、精神体として行動することで時間のくびきから逃れたのだ。
サイキックエナジーの副次効果か、姿も声も丸わかりではあるが、この空間において数少ない抜け穴を突かれたライオネルに回避の術はない。
技の練られた9つの刃を次々かいくぐり、半透明の手を密着させて最大出力のサイコブラストを放つ。
「が……ッ!?」
衝撃と共にライオネルが吹き飛んだ。
弧を描いて壁に叩きつけられる、本来なら瞬間の衝撃が彼の臓腑を駆け回る。
「うまくやっ……あ」
対するヤクモは頭を床に打ち付ける前に肉体に戻ることに成功したが、ぶつけていないはずの頭――正確には耳の穴にぬるりとした感触と、血の匂いを感じた。
負荷の大きな精神体のまま、全力機動と全力攻撃の大盤振る舞いをしたツケだろうか?
(抜け穴はそう何度も使えん、ということかの?)
しかし、機転と覚悟で時間の枷を解き放てる事は、猟兵達に確かな希望の道筋となった。
成功
🔵🔵🔴
グルクトゥラ・ウォータンク
【アドリブ共闘歓迎】
10倍速の思考があっても、FPSのトップシューターに勝てる気はせん。あ奴らの動きは何なんじゃろう…。プロ怖い。
さて、10倍の思考速度のおかげでリアルボードゲームのような状態なわけじゃが。UCで召喚したガジェットボールズと電脳妖精で盤面を進めていこうかの。
複雑に飛ぶ魔法剣を使うようじゃが、ばっちし見える速度で飛ばれては先読みもさほど難しくないのう。ボールズで【弾幕】を張りキルポイントに【おびき寄せ】、【スナイパー】カスタムでホイ狙撃。
電脳妖精の【オーラ防御】も活かして防御を固め、徐々に攻撃を削りながら部隊を進め、【範囲攻撃】で逃げ場を奪い数による圧殺じゃ。
箒星・仄々
今を留め置く状況がお辛そう
王子様を解放して差し上げたいです
予め魔法の迷彩で消え忍び足
見つかる迄接近
UCで攻撃
炎や水の矢を囮に
不可視の風の矢で狙います
予め炎や水の楯を展開
反射の矢の軌道逸らし受け流し
剣の攻撃は同じく魔力の楯や残像で回避
風の矢が数本当たれば
これが狙いかと誤認下さるでしょうか
外れたり
楯で受け流した無数の矢の着弾地点が
燃え盛る炎
氷塊
渦巻く竜巻
となり王子様を囲んで行きます
魔力が生んだものですが
存在は既に魔法ではないです
魔鏡を放つなら同じこと
囲みが更に成長し
動きを封じ
燃やされるか潰されるか切り刻まれます
覚悟し魔鏡を放たないなら
苦痛が長引かぬ様
急所を矢が貫きます
事後に安らぎの歌曲を奏でます
(なんてお辛そうな顔の王子様)
ダメージを意に介さないかのように体勢を整えるライオネルを見て、箒星・仄々(ケットシーのシンフォニア・f07689)は敵であるより先に時間の牢獄に囚われた王子へ憐憫を感じていた。
(……早く解放して差し上げよう)
先んじて抜いておいた細剣・カッツェンナーゲルが精緻な軌跡を描くと、その切っ先に二種類の魔力の矢が現れた。
紅い炎の矢、透き通る水の矢が細剣から次々と放たれ、悪の王子に殺到する。
その数約300。とはいえ、緩慢に時間の流れる空間においては全てが視認可能だ。
ライオネルは冷静に矢の軌道を確認しながら、最小限の動きで全ての矢を躱し……
「……!?」
躱せたはずの太腿を切り裂くものがある。その肉をじっくり抉っていくものがある。
(最初の狙いは成功ですね)
ゆっくりと良く見えるからこそ、目に頼りすぎる。
それを見越して仄々が放った矢は、炎と水、そして不可視の風の矢であった。
だが、矢の正体を悟ったライオネルの反応もまた素早い。
「……アンサラー!」
全ての動きが鈍ったこの空間で尚素早く、無数の短剣がライオネルの身を覆う。
魔鏡剣アンサラー。魔力を反射する短剣の輝く刀身が丁寧に風の矢をひとつひとつ捉え、
その魔力をそっくり仄々へと跳ね返したのだ。
(しまった
……!?)
予測はしていたが、反撃までの動きが速すぎる。
当たる前から防御が間に合わない事が理解できてしまうのは皮肉であった。
「っし!」
(間に合ったわい!)
魔力の矢が仄々を貫く直前、グルクトゥラ・ウォータンク(サイバー×スチーム×ファンタジー・f07586)の展開したガジェットボールが身代わりとなって弾け飛ぶ。
ガジェットサーカス&フェアリージャイヴ。
戦闘用のガジェットボールと電脳妖精を無数に呼び出すグルクトゥラの準備が整ったのだ。
速度を頼れない戦場で面制圧を得意とする敵に対し、彼が最初にとった戦術は数による相殺。言ってしまえば正面突破である。
だが、戦術とはシンプルであるほど靭性が高い。ライオネルの魔剣による無数の斬撃のことごとくをガジェットボールが相殺し、その間隙を電脳妖精が刺す。
弾幕の張り合いにはグルクトゥラに一日の長があるのか、ライオネルは徐々に追い込まれていた。
(しっかし速度10分の1とは言え、流石にこの数は堪えるのう)
グルクトゥラは視界いっぱいに広がる爆発と、その中でフリーになっている空間を同時に視認しながら、急激に眼が痛むのを感じていた。普段入り浸っているFPSのプレイヤー達はつまり、この10倍の速度を日頃捌いているというわけだ。考えただけでまた眼が痛くなる。
「この程度……」
ライオネルの眉がさらに吊り上がる。
様々な機能を持つグルクトゥラのガジェット達に対して攻撃に特化した魔剣は、徐々にガジェットの群れを打ち崩しつつあった。
グルクトゥラの眼精疲労も限界に差し掛かり、魔剣とガジェットの均衡が崩れようとしていたその時。
(……ようやくそこまで動いてくれたかい)
残存ガジェットの一機がライオネルの背後にあったドアを撃ち抜き――直後、ドアから爆発が起きた。
「なッ
……!?」
(おう仄々さんよ、バックファイア作戦はドンピシャじゃな!)
玉座の間のすぐ隣には、明かり取りのための小さな穴が開いた小部屋が幾つかあった。
仄々は先程放った炎の矢のうち数本をこの小部屋に向けて放ち、調度品に火をつけていたのだ。
銃撃によって部屋に充満した熱気と炎が解き放たれた結果、ライオネルは突如業火に包まれることとなった。魔力によらない炎は効果こそ低いが、魔剣で弾くこともできず、鈍い時間の流れがじっくりとライオネルの精神を焼き焦がす。
(なんかわし、悪い事してるみたい……)
炎に包まれるライオネルを見て、助けを求めるように仄々へ視線を送るが、まっすぐ見返すその瞳ははっきりこう語っていた。
(……実際悪いと思います)
とはいえ共犯である。仄々の耳もしっとり垂れ下がっていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
樫倉・巽
考える時間が多いと言うことは
それだけ心を強く持ち続けなければいけないと言うことだろう
胆力が試されることになるはずだ
相手を圧し、自らを静めておく
覚悟と殺意で場を制す
覚悟と殺気の籠もった視線を向け相手に向かってゆるりと進む
初手は相手の攻撃を受けながら相手に向かい覚悟を決め真っ直ぐに向かい相手を威圧する
攻撃を受けたとしても痛みに耐え平気なふりをして相手を欺こうとする
予定が狂えば、予測が狂えば考えるだろう
考えれば考えるほど隙はできる
その時間は山のようにあるのだからな
綻びが大きくなるための時間が
後は相手の視線から攻撃を読み避けながら近づく
間合いに入れば一気に刀を抜き撃ち相手の首を狙う
我慢と覚悟で心を斬る
水心子・静柄
思考速度が十倍というのは厄介ね。先ずはどの程度肉体操作が遅くなってるか体感してからじゃないと戦いでは遅れを取りそうだわ。
さて攻撃回数が9回になっても攻撃してくる剣は1本だけよ。なら相手の斬撃に居合を合わせて剣の腹を狙って弾けば、剣を振るう体勢が崩れて連撃を放つどころじゃないわ。ただ剣を弾くだけじゃ勝てないけど、思考速度が十倍になってるなら精密に居合を放てるはずよね。なら剣の根元の腹を狙って、寸分たがわず斬撃を繰り返せば魔剣でも斬れるはずよ!私が斬られるのが先か魔剣ごと相手を斬るのが先か勝負ね!!
故無・屍
戦場の特性上、早まって動けば野郎の思う壺だな。
――なら、完全に足を止めてこっちが後の先を取るまでだ。
UC【暗黒剣・仇狩り】を発動。怪力、カウンター、2回攻撃、限界突破、早業を用いて
更に反撃の精度、威力を向上させる。
速度が低下しない思考を活かし、繰り出される全ての攻撃に対し最も有効な
反撃を見舞う。
思う速度は出せねェでも、思考と勘はそのままってのは悪いことばかりじゃねェもんだ。
1撃目、胴。
2撃目、右脇腹。
3撃目、左脚。
4撃目、鎖骨。
5撃目、右上腕…、と見せかけて右胸。
6撃目、左脇腹。
7撃目、水月。
8撃目、側頭部。
9撃目。――心臓。
――この状態なら、どんな態勢から攻めてこようが最適な反撃を狙えるぜ。
炎に巻かれたライオネルが三度立ち上がった。
高価な鎧は黒く煤け、美しかった顔は醜く焼け爛れている。
それでも尚戦う意思が失せないのはオブリビオンの性か、それとも。
「ダインスレイブ……」
腰の魔剣が輝き、満身創痍の身体を厭わぬ高速の斬撃が始動する。
(……迂闊!)
ライオネルの動きを察したその時、樫倉・巽(雪下の志・f04347)は歯噛みした。
覚悟と殺気が相手を制し、ひいては戦いを制することになる。
時間の流れが異なる戦場においても、その気迫は伝わるはず。
彼は自身の推論が正しい事を肌で感じていた。ただし、逆の立場で。
(出遅れが仇になったか……?)
全身を焼かれ、死に瀕した中で襲い掛かるライオネルの壮絶な姿に、ほんの一瞬呑まれる感覚。その一瞬は10倍に引き伸ばされ、致命的な隙となって魔剣の刃を受け入れようとしていた。
「……そこだァ!」
魔剣が巽の胴を薙ぐ寸前、割って入ったのは故無・屍(ロスト・エクウェス・f29031)だ。
暗黒剣・仇狩り。黒刃の曲剣アビス・チェルナムを両手で握り、前面に刃を押し出す防御の型である。
ライオネルの高速斬撃に対し、九撃全てを受け切った上でのカウンターを叩きこむのが屍の狙いだった。
(あと八撃、じっくり付き合ってやろうじゃねえか!)
屍は自身の経験と肌からの感覚を総動員して、鈍い身体に次の標的を捉えさせる。
二撃目は右の脇、三撃目は左脛、四撃目は左鎖骨。
(やべえ、追いつかなくなってきた……!)
この戦場に一日の長がある敵による、変幻自在の斬撃。文字通り死にもの狂いの敵は、鈍い時間の中にあって更に速度を上げてくる。
勝負勘と鍛錬が支えているとは言え、ひとつでも読み違えがあれば、ゆっくりとしか動かない腕は追いつけない。一撃受けるたびに、屍の中で張り詰めた集中の糸がきりきりと擦り切れるのを感じる。切れたその時には――。
「任……せて!」
少し遅れて聞こえた声と共に、ライオネルの斬撃がわずかに軌道を変える。
水心子・静柄(剣の舞姫・f05492)の居合一閃であった。
1回の斬撃に対して、ちょうど刀身の腹を叩くように居合を当て、軌道を変える。屍とは別のアプローチが二重の防御となり、続く攻撃を凌いでいく。
五撃目は右肩、六撃目は左脇、七撃目はみぞおち。
瀕死とは思えない程の威力で、ライオネルの魔剣はさらにその速度を増す。
左こめかみを狙った八撃目を受け切った頃には、二人の負荷も限界に達していた。
(あと……1回が……)
(足りねえ!)
遠のく意識を必至に繋ぐも、九撃目――心臓への攻撃を止めきれない。
「否ッ!!」
二人の身体を押しのけて、深々と突き刺さる魔剣の刃。
(遅くなってすまなかった。俺の覚悟を見せよう!)
全ての斬撃に追随できないと判断した巽は、最後の一撃が来るこの瞬間を待っていた。
左脇に刺さった魔剣をさらに押し込む。
(捉えたぞ……!)
相手が速かろうと、自分が遅かろうと、接触しているなら関係ない。
「無風……刃!」
残った右手に構えた剣を振ると、ライオネルは咄嗟に剣を引き抜いて構え――
(……間に合ったみたいね)
静柄の狙いは防御だけではなかった。全力の居合を魔剣の一か所へ叩き続け、
「……!?」
ついに、魔剣ダインスレイブを砕いて見せたのだ。
防御かなわず、右腕を犠牲に飛びのくライオネル。だが、その先には既に大振りを繰り出す屍の姿があった。
「仇狩り……獲ったァ!!」
横一閃。ゆっくりと切り裂かれた上半身と下半身が分かたれた時、遂にライオネルはその動きを止めた。
しばらくの静寂。戦闘の緊張状態が終わった頃、誰となくその違和感に気が付いた。
「……あれ?あ、声……」
ライオネルの敗北による効果か、戦場の時間が一時的に元に戻っていたのだ。
実時間としては10分にも過ぎないが、まるで数日ぶりに外に出たかのような深呼吸を味わう猟兵達。
その傍らで、無惨な死骸となったライオネルの口元にも、微かな安堵の表情が浮かんでいた。
大成功
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