●境界
その鳥居をくぐると、懐かしいものに出会えるらしい。
ある者はかつての知人と再会し、ある者は無くしたものを再び手にした。またある者は、決してやり直せない過去を目の当たりにするという。
だがそれは所詮まぼろしに過ぎない。
刹那の幻。泡沫の夢。玉響の宴。
過去は変えられない。だがほんのしばしの間、夢を見ることくらいは許されてもいいんじゃないだろうか……?
夢と現、その境界が目前にあったら、ひとはどちらにより惹かれるだろう。その境界を忘れてしまえれば、ああ、どんなにか楽になれるだろうか──。
●おもいでほろほろ
「ちなみにみんなは、いい思い出と悪い思い出、どっちが多い?」
幸福なことに俺は前者、とエリオス・ダンヴィクトルなるグリモア猟兵はにやりと笑って見せる。
「悪いほうが多いやつには今回の依頼はあんまりオススメできない。まぁ、それでも行くってんなら俺は止めないが」
ふむ、とエリオスは改めて君たちを見渡す。断るのは説明を聞いてからでも遅くない。
「さて、今回の依頼は戦争も終わってちょっとだけスッキリしたアックス&ウィザーズからだ。群竜大陸とは別だが、戦後なのは変わりないからな。多少ごたついてるのは仕方ないと思ってくれ」
帝竜がいなくなったとはいえ、世界からモンスターがいなくなったわけでも、それに混ざってオブリビオンが出るのも変わりはない。冒険者たちは相変わらず酒場で依頼を受け、モンスター討伐にいそしんでいる。
だが、今回のそれはモンスターではなくオブリビオンであることが分かった──冒険者ではなく、猟兵の出番だ。
「酒場には話が通してある。なんでもねぇ冒険者っ面で討伐に向かってくれ」
行き先はとある森の奥に突然現れたという謎の鳥居。その鳥居に近付くと不思議な幻を見るという。それ自体もおそらくはオブリビオンの仕業だ。
「オブリビオンは人の夢を食いながら生命力を奪うっていう……そいつ自体は死ぬほど凶暴ってわけじゃないが厄介なやつだ。つっても、眠らされてても『これは夢だ』って強く思えれば目が覚めるはずだから」
まあ、各自気合で起きて対処してくれや、と雑に丸投げする。
「過去を振り返るのは別に悪いことじゃない。けど、絶対にそれに囚われないようにな」
言うまでもないことだが、一応釘を刺しておく。
……気をつけてな。それじゃ、
「Good Luck」
みみずね
こんにちは、はじめましてあるいはお久しぶりです。駆け出しMSみみずねです。
帝竜戦役の終わったアックス&ウィザーズより、戦争と全く関係ない雰囲気だけふんわり系シナリオ(?)をお届けします。
一章は噂の鳥居の前からスタートいたします。踏み込めばそこは別世界。あなたの記憶にある何かとの遭遇です。具体的に何を思い出し、何と出会ったのか、プレ文に書いていただければと思います。
●第一章(冒険)
前述の通り、不思議な鳥居とその向こうにある不思議な世界です。あなたの記憶をなぞる旅。いい思い出でも悪い思い出でも。
●第二章(集団戦)
鳥居をくぐって記憶を触発された皆さんには、しばし夢の世界へ旅立ってもらいます。思い出の続きです。頑張って現実に戻ってきてください。集団戦が発生しますが、夢から覚めさえすれば倒すのは容易です。
●第三章(日常)
夢の残滓、鳥居の向こうに見えた幻の都を散策できます。
オープニング公開直後よりプレイングの受付を開始いたします。執筆は基本的には平日昼〜夜になるかと思います。締切は期日を設定いたしませんが、書けるだけ書いたら終了します。
また、みみずねの体調は相変わらずブレブレですので書く速度はまちまち、文章量もまちまちなのはご容赦くださいませ。詳しくはマスターページまで。
第1章 冒険
『失われた都』
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POW : 何かを拾った
SPD : 何かが起きた
WIZ : 誰かに会った
👑7
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●鳥居
薄暗い森の中。
その異質な空間はしかし、まるで初めからそうであったかのように堂々とそこにある。
鳥居の周囲はこんなにも静かで、生命の気配すらないというのに。どういうことだろう、鳥居の向こう側はなにか明るく輝いているようにも見える。あの向こうに何があるのか、踏み込んで調べてみるしか方法はない。
リュヌ・ミミティック
・心情
ん、おー……不思議な、鳥居、だ、ねー?
………あの子に、会えるのかな……
・思い出
今よりさらに小さい頃、初めて出会った、”君”。
レシャねぇのために、戦い方を覚えなきゃならなかった僕に戦い方を教えてくれた、9尾の白い、巨大な狐の”君”
会いたかったんだ
まだ、知りたいことがたくさんあったんだ
君はいつも、行動で示してくれて…
そう、こうやって戦い方を教えてくれたね
ねぇ、今の僕は、ちゃんと君の教えを守れてる?強くなってる?
……どうして、いなくなってしまったの
どうして、……僕に召喚されてしまったの……
・捕捉
最初に、ん。ん、が付き、変なところで区切ってしゃべるのが癖
●九つの尾の夢
「ん、おー……」
リュヌ・ミミティック(狐薊の鳴き声・f02038)はそれを見上げる。鳥居。なるほど、事前情報通り。
「不思議な、鳥居、だ、ねー?」
鳥居のこちら側は生命の息吹を感じない枯れた森。だが鳥居が切り取った枠の向こう側は不思議と色鮮やかに見える。この境界を越えれば森ではない、なにかがある。
もしも噂通りなら、ここをくぐれば。
そした、ら
。…………あの子に、会えるのかな……。
心の底に小さな期待と不安を抱えたまま、リュヌはそっとその門をくぐる。思わず目をつぶってしまっていたが、特に何の衝撃も襲ってはこなかった。おそるおそる目を開く。
ぱちくりと、あかときんいろの目を瞬かせて周囲をぐるりと見回す。
さっきまでいた森ではない。足元には青々した下草が生えているし、空は晴れ渡って澄んでいる。
ん。おかし、いな。ここは、どこ……?
振り返るが、そこにたった今くぐったはずの鳥居も無い。
「…………ん、ん?」
あれ。なんで?
ぱちくり、ぱちくり。
歩数にして、わずか数歩。たったそれだけの距離に、いるのは。
あれは。いいや、“君”は。
あのとき、初めて出会ったあの日の──。
「ん、……お……?」
ぱちくり。もう一度目を瞬いて。ぐしぐし目をこすって。それでも目の前にいるのは、白いからだの大きな狐。美しい9尾。
どうして。
「お、おー……」
どうして、こんなに胸がいたいのだろう。どうして、言葉が出てこないのだろう。
もう一度、君に会いたかった。会いたかったんだ。
こんなにも望んでいたことが、いま叶ったというのに。
手を伸ばそうとしたけれど、届かない。小さなその手は、初めて会ったときのように小さく。今まだ13歳の誕生日を目前にしたリュヌが、今よりもっと小さかったときのように。
……そうだ。
戦い方を覚えなきゃならなかった。リシャねぇを守るために。ユトにぃみたいに、つよくなりたかった。戦い方を教えてくれたのは、“君”だった。
そう、こんなふうに見せてくれた。君はいつも、行動で示して教えてくれて……。
くるくる、目まぐるしく場面が流れていく。初めて出会ったとき。戦い方を教えてもらったとき。泣きたくなったとき。褒めてもらえたとき。
君はいつだって、いつまでもそうしていてくれると、疑わなかったちいさなリュヌ。
別れがくるなんて、ひとかけらも想像できなかった、あの頃。
……ねぇ。
知りたいことが、あったんだ。まだまだ、いろんなこと、教えてほしかったんだ。
「……ん。ねぇ、」
ようやく声が出て、9尾の背中に語りかける。
「今の、僕、は、ちゃんと、君の教え、を、守れて、る?」
あれから、何度も、戦ってきたけど。護ろうと、してきけど。
「強く、なっ、て、る?」
まだしっぽは二本しかないけど。必死で戦ってきた。
僕は、強くなれたんだろうか。君に、教えてもらったことは、まだ僕のなかに、ちゃんとある、つもりだけど。
ねぇ、おしえて。
教えてほしい。
「……どう、して」
どうして、いなくなってしまったの。
声に出すと、余計に苦しい。でも、聞きたかった。
どうして。
どうして、……僕に召喚されてしまったの……。
会いたかった。君に会いたかったんだ。一緒に戦いたかった。ずっとそう願ってた。だからきっと君はそれに応えて来てくれたんでしょう?
……だけど、どうして。
どうして
召喚なんていう形じゃなくて、肩を並べられなかったの。
その理由は本当はリュヌが誰より知っているはずで、それでも問わずにはいられなくて。
どうして?
その問いかけに答えるかわりに、九尾の狐はその身をリュヌに寄せた。愛おしそうに、元から細いその目をさらに細めて、頬を彼のちいさなからだにすりつける。ふわりとしたしっぽに巻かれると、あたたかかった。
夢なのに。夢だと知っていたはずなのに、あたたかかった。
成功
🔵🔵🔴
ロク・ザイオン
(鳥居。石の門。
……これを潜るとかみさまの世界なんだと、聞いたことがある)
(かみさまは、嫌だ。ひとが、ひと自身よりも大事な寄辺を持つのが、嫌いだ。
……だから、いのち無き場所の向こう、明るい門の奥へと
嫌悪混じりに踏み越える)
……。
(炭の匂い
空は青く
白い灰が花弁のように舞う)
……。
(ああ、病んだ村があったのだ
病は広がる前に灼かれなければ)
……。
(足元の病んだ肉に烙印を振り下ろす
うたがきこえる
死の間際に高らかに奏でる音
ととさまの御許へ還る悦びの声が)
……悪い、ゆめだ。
(これは、記憶)
(炭で引かれた道は、何処までも続いている)
●炭の道の夢
石で出来た冷たい門の前に、ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は立っていた。
……これを潜るとかみさまの世界なんだと、聞いたことがある。
誰から聞いたのだったか。鳥居はかみさまの世界とひとの世界を区切る境界線。この門のこちらはひとの世界、向こう側はかみさまの世界。
……だが、ロクは
(かみさまは、嫌だ)
“かみさま”が、嫌いだ。神様という概念が嫌いだ。
かみさまがいると、ひとは、それをひとより大事にする。ひとがひと自身より大事な寄る辺を持つようになる、それは。うまく言葉に出来ないけれど、
ひどくいびつで、むごいことだと、思えるから。
だから、枯れた森を切り取るその門の前。いのち無き暗い森にそびえ立つかみさまの象徴たる鳥居を、ロクは少々ならぬ嫌悪感とともにくぐった。枯れ草色だった森から、明るい門の奥へと足を踏み入れる。
その先は。
──森ではない。
先程までの曇天はどこへ消えたのか、空は青く晴れている。背後にあったはずの鳥居はなく、どこか懐かしい、見覚えのある景色へと変じていた。
音もなく静かなその場所は、しかし静謐とはかけ離れていて。
ロクは地を灼く。鼻をつく炭の臭い。白い花弁が風に舞うかのように、散っていくのは、花びらではなくただの灰。
……ただの?
いや。いいや、この灰は……。
──かつて。かつての話だ。
ああ、病んだ村があったのだ。かつて、ここには。
ロクは病を灼いた。広がる前にそうしなければ、病はあっという間に未来を食い尽くすから。だから、灼いた。
歩を進める。灰が散る。
そうしなければならない。ならなかった。
ロクは足元の病んだ肉にまた烙印を振り下ろす。病は灼かれなければ。おれはそれを灼かなければ。
灼いて灰になれば、ひとは還ることができる。土に、森に、還ることができるから。
ああ、うたがきこえる。綺麗な、きれいなうたがきこえるんだ。
ととさまの御許へ還る悦びの声。ロクにはそれが美しい旋律として響く。ひとが死の間際に奏でる音。高らかな歌声。
でもそれは。
灰が散る、灰が散る。
ああ、ここはなんて、
(……悪い、ゆめだ。)
ロクははがみする。
ゆめだと知っているのに。
喉の奥がいつもよりざらざらする。胸の中のいらいらがきえない。記憶のなかにあった灰と炭と炎の光景が灼き付いたまま、地の果てまでも続く道をつくっていた。
炭で引かれた道が、何処までも続く。
ねじれた記憶の炭色の道を、ロクは歩いていく。
どこまでも。何処までも。
成功
🔵🔵🔴
クロノ・ライム
「何でしょう、この鳥居を見ていると懐かしいような、寂しいような
そんな気持ちが湧いてきます」
そこはきっと、図書館です。
僕は小さい頃、自分のようなブラックタールを見たことがなかったので、
どこに行けば自分のような存在がいるのだろうと不思議に思っていました。
本を開けば、黒いインクで文字が書いてある。
これがもしかして僕の仲間だったのではないか……そんな事も考えました。
(でも、みんな、乾いてしまっている……)
そうして何時間も一人で本を読み続けました。
まだどこかに生きている仲間がいるんじゃないかと、いろいろな本を読み続けていたんです。
●本の館の夢
「……何でしょう」
ハッキリと言葉にすると、おかしなことを言っているとは思うのだけれど。
「この鳥居を見ていると懐かしいような、寂しいような」
そんな気持ちが湧いてきます。
ブラックタールの少年、クロノ・ライム(ブラックタールのクレリック・f15759)はそんなことを呟いて、首を傾げる。初めて見るはずの鳥居を見て、懐かしいと感じるのは何故だろう。
噂によると、ここに来るとなにか懐かしいものに会えるとか、懐かしいことに出会えるという。懐かしい場所といえば……どこだろう。
そうだ。きっと。
クロノはひとつの予感を覚えながら鳥居をくぐる。
果たしてそこは、クロノの思った通りの図書館。いや、思ったよりずっとずっと大きくて広い。空間を埋め尽くさんばかりの本棚が続く図書館。高い天井。そこかしこにかかるはしご……。
本の一冊一冊までもがやたらに大きいと感じるのは、クロノがこどもの頃の気持ちに少しだけ戻っているからだろうか。きょろきょろとあたりを見て回る。
ひとっこひとりいない。静かな図書館。あの頃の図書館もそうだったっけ。うまく思い出せない。
ただ、あの頃のクロノは仲間を探していた。クロノが育ったところでは、ブラックタールは身近にいなかったのだ。だから、ずっと不思議に思っていた。どこにいけば自分のような存在がいるのだろう、と。
真っ黒なからだ。気を抜くと溶けてしまいそうになる、頼りないからだ。こんな存在は、もしかして他にはいないのだろうか?
鳥居の前で感じた一抹の寂しさは、きっとここから生まれてきたのだろう。でも世界にひとりぼっちなんて、まさか。そんなことはないだろうとは思っていた。だから、探してみることにしたのだ。
そしてどこへ行っても、自分の同類を見つけることがなかったクロノはある日、本の中にそれを見出したのだった。
本を開けば、紙の上にのった黒いインク。これはひょっとしたら僕の仲間なんじゃないだろうか。今は動かないけれど、実は僕の仲間が乾いちゃって動かなくなっただけかもしれない。
クロノはページをめくる。
次のページにもやはり、黒くて乾いたインクが続いている。
(みんな乾いてしまっている……)
でも、次のページは違うかもしれない。本のなかでもにょるんと動いて、僕に「やあ、同胞よ!」って挨拶してくるかもしれない。
次のページはだめでも、その次のページなら。それでも見つからなかったら、次の本を持ってこよう。
何時間も、何時間も、そうしてクロノは本を読み続けた。次こそは。あるいはその次は。
ぺらり、ぺらり。ページをめくる音だけが続く。
成功
🔵🔵🔴
矢来・夕立
夢を食べるオブリビオン。駆除したことがあります。
幻に見るのも多分そのことですね。
暗い中に虹色の羊が浮いてる。
下から上へ、強い風が吹いてる。
いや。風が吹いてるんじゃなくて、自分の身体が落ちてる。
高いところから、夜空の中を、地上へ向かって。
…コレ、例の幻でしょう。他の二人がいないからすぐに分かります。
本命の敵は竜というか、島というか。
竜そのものが空を飛ぶ島でした。
だから転送先も当然ながら空中だったワケです。
実に難儀でした。
いきなり暗い空に放り出されるし。足場はほとんど羊だし。
思えば竜までも結構遠かった。
…だからって別に、悪い思い出ではありません。
夜空を落ちるのだって、まあ… 楽しかったです。
●空と虹色の夢
夢を食べるオブリビオン、と聞いて。鳥居の前に立ち、矢来・夕立(影・f14904)は振り返る。あれは戦争よりだいぶ前のことだったか。
何のことは無し、夢を食べるオブリビオンなら駆除したことがあります。この鳥居もまたあれの見せる幻ということでしょう。
そう考えながら、夕立は一歩、鳥居が仕切る世界の境界線をまたぐ。
──ああ、これは。
突然の浮遊感。
さっきまでの森も、鳥居も、薄暗い空ですらない。真っ暗な空。下から上へと強く吹き付ける風に、ふわふわと浮かぶ虹色の羊たち。
正確に言うならば、それは落下に他ならない。
ごくごく冷静に、夕立は現状を認識する。高所から落ちている。地上へ向かって、かなりの速度で落ちていっている。星も月も見えない夜空が足元に、地上が頭上に。
……これ、例の幻でしょう。すぐに分かりますよ、こんなの。
だって、あの時はいつもの二人が一緒だった。彼らがいないということは、自分の体験だけが切り取られた幻ということだろうか。
なんにせよ、あの日の記憶を辿っているようだということは容易に想像出来た。
あの時の本命は竜というか、島というか。竜そのものが空を飛ぶ島でしたからね。転送先が空中で、もちろん事前に知らされていたとはいえ、実に難儀でした。
いきなり暗い空に放り出されて。式神で足場を拵えて、虹色のもふもふ羊を踏んづけてなんとか上がっていって……。思えば竜までも結構遠かったですし。
夕立はあの日と同じように、姿勢を直して目に見える羊……今度のコレはどうやら幻なのだろうが……を足場にして、ひとり、空中を行く。羊を、式神を足場にして、とりあえず上へ向かってみようと記憶通りに道を辿る。
耳の奥に、親しい誰かの悲鳴が聞こえるような気すらする、不思議と懐かしい光景。
空を駆けながら、夕立は転送前に問われた言葉を思い出す。『いい思い出と悪い思い出、どっちが多い?』。
これは、どっちの思い出だろうか。
確かに、急に夜空に転送されたのは難儀ではあった。空の天井、島みたいな竜まで駆け上がったのもまあまあ大変だった。
……でも。
「……だからって別に、悪い思い出ではありません」
小さな声で、ひとりごちる。あれはあれで、悪くなかった。いつもの二人とも一緒だったし。だから、
「夜空を落ちるのだって、まあ……」
……楽しかったです。
最後までを言葉に出すのはなんだか躊躇われて、夕立は再び口を閉ざす。
幻の虹色の羊はまだまだいる。今度はどこまでのぼればいいのか分からないけれど、多分この先には本物もいるのだろう。
ぽふん、ぽふん。夕立はのぼっていく。カラフルな羊たちを足がかりに、遠く、まだ見ぬ高みへ。
大成功
🔵🔵🔵
水澤・怜
悪い思い出が多い者にはお勧めできん…か
まぁ少なくとも旨いケーキを…なんてことにはならんだろうな
苦笑しつつ鳥居へ
ケーキを前にカフェーで一息つく医学生時代の俺
ひらり飛んできた『影朧に襲われた町』の瓦版
…俺の故郷だった
急ぎ故郷へ戻るも町の中心の幻朧桜は燃え落ち至る所に怪我人が転がる
手当てしつつ町中探すも家族は一人も見つからず
「戦う力がなければ…医術だけでは人は守れん…!」
唇噛みしめて
月明かりの下無惨な姿の幻朧桜の枝に一輪、俺と同じ桜の花を見た気がした
よくよく考えれば非力な学生の俺がほんの僅かな訓練で戦場の第一線に立つなど普通ならあり得ない事だ
…力を貸してくれたのはお前だったか
ボロボロの幻朧桜を見上げ
●無力と桜の夢
思い出を二種類に分けるとする。いい思い出と、悪い思い出。どちらが多いと聞かれたら……難しいところだ。今回の依頼は思い出に関係する夢を見せられるという。悪い思い出が多いものにはお勧めできんときた。
自分で夢を選べるのなら、旨いケーキを山ほどカフェーで食べ放題……なんて、そう都合よくなならんだろうな。
想像してみて苦笑しつつ、水澤・怜(春宵花影・f27330)は鳥居へと向かう。
そんなことを考えていたからだろうか、気がつけばカフェーの椅子でケーキを前にしていた。鳥居をくぐったような記憶はあるのに、たった今どうしてここにいるのかがわからない。分からないがケーキは旨そうだ。
何気なくカップを取った手を目が追った。軍服も白衣も着ていない。これは……医学生だった頃の自分だ。
──ああ、これが幻ってやつか。
奇妙なものだな、と怜はどこか他人事のように思う。実際怜の身体は怜の意志とは関係なく、過去あった通りの思い出をなぞって動く。その日は少しばかり疲れていて、脳への糖分補給だという言い訳をしながらケーキを前にカフェーで一息ついていた。
そんな怜の目の前に、ひらり、舞い落ちてきたのが一枚の薄っぺらい紙。いわゆる瓦版というやつで、ニュース速報の紙バージョンといったところだ。なんとはなしにそれに目を通して愕然とした。
そのタイトルは『影朧に襲われた町』。見出しに大きく書かれた名前と大きく載った写真は怜の故郷だった。
いても立ってもいられず飛び出した。なんの為にだとかは覚えていない。いや、何のためでもなかったのかもしれない。とにかく行かなければ、という衝動に背を押されて駆け出していた。
たどり着いたときには故郷は惨憺たる有様だった。町の中心に咲き誇っていた幻朧桜は痛々しく燃え落ちていた。見覚えしかないはずの町の風景は様変わりし、至るところに怪我人が倒れていた。
影朧に襲われた人々はそこら中に転がり、あるいはうめき声をあげ、あるいは咳き込んでいる。医学生なりに怜はその一人ひとりに声をかけ、可能な限りの施療をしていった。顔見知りだって中にはいた。
どちらがついでだったとは思わないが、怜は自分の家族の所在を彼らに尋ねた。せめて安否だけでも知りたかった。町中を駆け回り、人々の手当をして尋ね歩いたが、結局何一つとして情報は得られなかった。
だが、影朧に襲われたところを見たものもいなければ、別の場所で元気でいるという話も誰からも聞けなかった。
残されたのは、怜ただひとり。
「……」
言葉が出なかった。
非力なただの学生でしかない己がそこにいた。
ほんの少し医学を学び、僅かな訓練を受けた。それだけの。
「医術だけでは……」
なにも、できなかった。
「戦う力がなければ……人は守れん……!」
気付けば血が出るほどに、唇を噛みしめていた。ただただ、悔しかった。故郷の町も、家族も、何一つ守れなかった。影朧と戦うことも、癒やすことも。なにひとつ、できなかった。
……今にして思えば。ただの学生であった怜が戦場の第一線に立つことなど普通はあり得ない事だ。それでも彼が故郷に駆けつけ、人々を癒やそうとし、戦えたのは──
淡い月明かりの下、無残に燃え残った幻朧桜の中に、わずか一輪咲いた怜と同じ色の花。ああ、今思えば。
(力を貸してくれたのは、お前だったか)
夢の中。今はもうない幻朧桜を見上げる。焼け焦げてボロボロで、それでも咲いていたあの一輪の花。記憶に強く残る、あの夜の光景。
思い出をいいか悪いかで分けるのは、やはり難しい。
あまりに苦い。そう、苦い思い出だ。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『虹色雲の獏羊』
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POW : 夢たっぷりでふわふわな毛
戦闘中に食べた【夢と生命力】の量と質に応じて【毛皮が光り輝き、攻撃速度が上昇することで】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD : 眠りに誘う七色の光
【相手を眠らせ、夢と生命力を吸収する光】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ : ふわふわ浮かぶ夢見る雲
空中をレベル回まで蹴ってジャンプできる。
👑11
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●夢→目覚め→めえめえ
いい思い出もあっただろう。悪い思い出もあっただろう。
懐かしく、苦く、楽しく、つらく。さまざまの夢を見ただろう。
──さあ、もう目覚めてもいい頃だ。
これは所詮は夢。
思い出とはしばしお別れだ。
……大丈夫、また会えるよ。今度はもっと、明るい場所で。
「めえ」
ひとまずこの羊を何とかしようか。
▼マスターより
おはようございます。
今回は夢の中から抜け出す作業&余裕があればオブリビオン討伐です。(何も言わなくても討伐は失敗しません)
どんな夢からどんなきっかけで夢から抜け出すのか、どんなふうに夢の世界に別れを告げるのか。プレ文にご記載いただければ幸いです。
リウ・シンフォリカ
「誰かに会った(WIZ)」
…不可思議な気配の、鳥居です
人形のリウには、思い出は記録でありますが、追体験する事に何か意味があるのでしょうか
検証、します
其処はまだ、破壊されてない頃の故郷
あの日、襲撃者に壊されてしまった人形の兄弟達も笑っていて
大きな図書館のように厳かで、けれど穏やかな時間の流れる街は、リウの生まれた時から変わらずに
書斎に向かえば、いつものように主様がいて、リウの髪を撫でてくれます
…もう、今は会えない存在が、何事もなかったように其処にいること
胸が、締め付けられるような、泣きたくなるような
これは現実じゃないって分かっていても、リウが守りたかったのは、確かにこの場所だったのです…
●過去の記録の夢
今より遡ること少し。ミレナリィドールの少年、リウ・シンフォリカ(No.6・f03404)は鳥居の前にいた。
「……不可思議な気配の、鳥居です」
リウは鳥居を観察した所見を述べる。
思い出を夢に見るのだと説明を受けたが、人形たるリウには“記録”がつまり“思い出”といっていいのだろうか。“夢”としてそれを追体験することにどのような意味があるのか、あるいは無いのか。
「検証、します」
リウは鳥居へと一歩を踏み出す。
くるり、世界が反転する心地がして。
気付けばそこは、リウの故郷。今はもう崩壊した古代都市。
けれど目の前に広がるそこは、大きな図書館のように厳かで、けれど穏やかな時間の流れる街だ。リウの人形の兄弟たちも誰一人欠けることなく、みな笑っている。書斎へ向かえば、いつものように主様がいて。
そっと寄ってみれば、優しく髪を撫でてくれる。
──まだ、破壊されていない頃の街だ。
確かにこれは記録の再現だとリウは再認識する。
リウはこの街がこれからどうなるのか知っている。リウのいない間に起きた襲撃。兄弟たちも、主様も。
……みんなみんな、もう、会えない。
分かっているのです。これはただの幻だと。
それでも。……今は、もう会えない存在が何事もなかったかのように其処にいる。目の前にいる。身動きのとれないでいるリウの髪を撫でてくれる。
きう、と胸が締め付けられるような、泣きたくなるような。きっとこれが、“思い出”と呼ばれるもの。人形に刻まれた記録ではない、リウの持つ記憶。
そうでないのなら、この痛みをなんと呼ぶのだろう。
現実ではない。現実ではないと分かっているのに、ただ目の前の光景が痛いのです。
「リウの守りたかったのは、確かに」
兄弟のいる、主様のいる、
「この場所だったのです……」
今はもうない、この場所。壊れてしまった。いなくなってしまった、みんなのいた場所。
リウの生まれた場所、リウのずっといたかった場所。何より、守りたかった場所。
痛む、いたむ、痛む。
守りたかった。守れなかった。悔やんでも悔やんでもやり直せない。取り戻せない過去が其処にある。
主様、主様。
「リウは……」
継ぐべき言葉が見つからず、また口をつぐむ。
追憶は遠く。けれど、夢幻は甘く優しい。
いつかは、この記憶/記録も過去になるのだろう──
成功
🔵🔵🔴
水澤・怜
時は1章の少し後、學徒兵となり一兵卒として戦場で影朧を狩り続ける悪夢
お前達が町を襲わなければ…
お前達さえいなければ…
故郷を、友を、家族を…返せ!
影朧への癒しなどない
怒りとやるせなさに任せ修羅のごとく軍刀をふるい続けるが
影朧は際限なくさらに力を増し襲ってくる
…痛い…助けて…
ふと耳に入る声
気づけばそばに負傷した少女が座り込んでいた
怒りに囚われて今の今まで気づかなかったのか、俺は…
戦う力がなければ人は守れない
だが武力では人を癒せない
「医」と「武」
どちらも俺には必要な力だった
どうして気づけなかったのか…
もう俺に迷いはない
悪夢を糧としていた夢喰いよ、残念だったな
…あるべき場所へ還れ
UCで獏羊を斬り捨てる
●憤怒、復讐……
奪われたものは数えきれない。
故郷は焼け、帰る場所を失った。結局家族は見つからなかった。
全て、すべて……影朧のせいだ。
無力感はそのまま自責となり、憤りの全ては影朧という存在へと向かった。お前達が。お前たちさえいなければ。
影朧。お前達が町を襲わなければ……。お前達さえいなければ。お前達がお前達がお前達がお前達が!!!
学徒兵となった水澤・怜(春宵花影・f27330)は刀を振るい続けた。憎い、憎い、影朧が憎い。恨めしい。
故郷を返せ。友を返せ。家族を……俺の大切なみんなを、返せ!!
悲鳴じみた咆哮をあげながら、怜は影朧を切り伏せていく。
だがしかし、影朧を倒せど倒せど、胸に空いた穴が埋まるはずもなく。ただ、やるせなさと怒りに突き動かされて戦い続けた。桜の精として本来あるべき癒やしも忘れ、その姿はさながら修羅の如く。
影朧との戦いに終わりはなかった。倒せば次の影朧が現れ、力をいや増して襲いかかってくるのだ。戦っても、戦っても。倒しても倒しても倒しても。
……いつまで。
いつまでこんなことを続ければいい?
怒りの熱とは全く反対に、怜の心は凍てついていた。ひたすらに影朧を倒し続ける兵器になってしまったのかと、自分でも思うくらいに。影朧を倒しても、故郷や、友が、家族が帰ってくるわけでもないというのに。
去来した虚しさの中で、ふと、我に返ったのは。
「痛いよう……」
ちいさな、こえ。
「……たすけて……」
泳いだ視線がようやく捉えたのは、影朧との戦闘に巻き込まれた一般人の姿。負傷した幼い少女だった。少女は怜のすぐそばに座り込んで、泣いていた。
ああ、なんてことだ。今の今まで気付かなかったなんて。怒りに囚われて何も見えていなかったなんて。
「何を、していたんだ。俺は……」
何のために戦おうと思ったのだったか。何故医学を志したのか?
俺は、そんなことも忘れてしまっていたのか!
確かにあの日、あのとき。戦う力がなければ何も守れないと痛感した。力が必要だった。だが、武力だけでは人を癒やすことはできない。そのための医学だったのでは、なかったのか。
“武”の力と、“医”の力。どちらともを必要としたから俺は今の道を進んできたのではなかったか。
それだけのことを、どうして忘れてしまっていられたのか。
──だが。
それを思い出した今、もう迷いはない。
為すべきことは、この手の内に。
「……残念だったな」
悪夢を糧とする夢喰いよ。俺の悪夢はここで終わる。
怜は軍刀を構える。あの日の夜の月明かりのような煌めきを持つそれを。
「……あるべき場所へ、還れ」
骸の海へ。
振り下ろした太刀は夢幻の空間ごと、虹色獏羊を切り裂いた。
……めえ。めえ……。
弱々しい断末魔の残響が遠ざかった頃には、怜はまた元の森へと戻って来ていた。
「目が覚めた……のか」
一瞬の短い夢だった気もするし、ずいぶんと長い夢を見ていたような気もする。何もかもが夢だったようにすら感じるが、手には確かにオブリビオンを切り捨てた手応えが残っていた。
怜は軍刀を鞘に収め、ふうと息をつく。
「夢……か」
確かに悪夢ではあった。苦い思い出は苦いまま。
だがそこから覚めてみれば。
──なんとなく、少しだけ。また前を向ける気がした。
大成功
🔵🔵🔵
リュヌ・ミミティック
・心情
あたたかい、あぁ、そうだった……君はとても、とてもあったかかった
・行動
ねぇ、君、僕はね、強くなるよ
強く、強くなって……そして、君にいつか胸を張って、こんなに強くなったんだよ!っていうよ
……だからね、今は
「ん、……おー……あり、が、と今は、その、時じゃ、ない、ねー?」
だって、僕はまだ敵を倒していない
そうでしょう?
君が初めに教えてくれた、狐火、さぁ……
「ん、燃え、ちゃ、えー!」
僕は、強くなるからね
・口調捕捉
「ん、」「ん。」「ん、おー」が最初につく
また、変な所で区切って喋るのが癖
●君に、いつか、また
……あたたかい。
あぁ、そうだった……。
リュヌ・ミミティック(狐薊の鳴き声・f02038)は思い出す。そうだったね。君はとても、とてもあたたかかった……。
額を押し付けると、あの頃と変わらないぬくもりを感じられた。
あったかい。とても、とてもあったかい、“夢”、だ、なぁ……。
「ん。ねぇ、君、僕はね、強くなるよ」
今より、もっと。もっと強く、強くなって……そして、君にいつか胸を張って、こんなに強くなったんだよ! って、いうよ。
リュヌはそっと、一歩を退く。ぬくもりが離れていく。頬に残る名残りを、思わず手で撫でた。ああ、あったい。
約束するよ。いつか、かならず。かならず、君にいうから。
……だからね、今は。
「ん、……おー……ありが、と」
夢でも、会えてよかった。会えて嬉しかった。だから、来てくれて、ありがとう。
だけど。だけれども。
「……ん。今は、その、時じゃない、ねー?」
幼いリュヌでも、それくらい分かっている。ちゃんと、分かるよ。君から教わったんだもの。たくさん、たくさんのことを。
もう一歩、離れる。分かっている。だって、
だって、僕はまだ敵を倒していない。
そうでしょう?
君は、“君”だけど、“君”じゃない。これは夢。ただの、夢。
だから。
リュヌは両手を広げる。
君が初めに教えてくれた、狐火、さぁ……。
僕が君から、一番最初に教わったもの。
ポツリ、ポツリ。火が灯る。小さな狐の形をした炎が揺れる。ひとつ、ふたつ、みっつ。もっと、もっと、もっと。
たくさん、出せるようになったんだ。ううん、これからもっと出せるようにも、きっとなるよ。
「ん、燃え、ちゃ、えー!」
僕は、強くなるから。今よりもっと。ずっと、ずっと、強くなるからね。
燃える、燃える。
幻が燃える。狐火はあちらへ、こちらへ、火は飛び移って、燃えて。幻想の幕が燃え落ちる。九尾の狐もまた、炎の向こうへと消えていく。
「めえ。めえ」
そして夢見せる獏羊も。
みんなみんなが、一緒くたに焼け落ちて。
最後には、元の森の中にいた。どこも燃えてなんかいない、静かな、生命の息吹を感じない暗い森。
「……ん。」
ぐ。ぱ。
リュヌは手のひらを閉じてはひらく。……手に残ったぬくもりは狐火のそれだっただろうか、それとも。
成功
🔵🔵🔴
ロク・ザイオン
(黒い道は、熾火を孕んで燻っている
今や煙が空を覆う、重い灰色の下
虹色の羊たちだけが、残った色彩だった)
(あれも、すべて、灼かなければ)
(ふわふわ飛び回る羊たちに刀は届かない
眠気、力を奪われ朦朧とした足元では、
己で脆く崩した燻る炭からは飛び立てない)
《――Activate.》
(銃爪を促す声がした)
(振り翳す。星を撃つように、羊を)
(羊を貫いた雷が吸い込まれた空が、青く裂ける
雨が降る
己の炎が、炭の奥の熾火が消える
振り返れば、歩んできた黒い道には、小さな緑が芽吹いていた)
(己のしたことは、それでも、
何かになりはしないだろうか?)
……ああ、夢だ。
都合のいい、夢だ。
(けれど。忘れたくないと、願う)
●燻り、灼けて、落ちて、
黒い道が続く。炭色の道を作り続けながら歩くのは、ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)当人だ。
足元の炭は熾火を孕んで燻っている。ちかちかと、赤く、黒く、前へ進むために踏めばまた紅く、灰を吐き出して。
灰は空へとのぼっていき、いつしか煙は空を覆う。青空が灰色に塗り変えられていく。足元の黒、空の灰色。今やロクの目に映る色彩は、空に浮かぶ虹色の羊たちだけだった。
(あれも)
そうだ、あれも。一歩、また足元を灼いたロクは空を見上げる。あれも、すべて、灼かなければ。
だって、あれも病だ。これと同じ。あれは病葉だろう。だから、あれも灼かなければ。
どうにも、思考が不安定な気がする。眠気。そう、眠気のせいだ。足元もふらついている。
(灼かなければ)
思いながら、腰に手をやるが、いや。刀ではだめだ。空のあれらには届かない。足元の炭。ロク自らが脆く崩した、燻るこの足場からは飛び立てない。
《──Activate, 》
その声は、ロクの意志とは全く関係なしに銃爪を促す。
無機質な声が、ロクを反射的に動かして、
ライカを手にとった。可変剣銃は銃の形状を成して。
《 対象に照準を合わせてください 》
言われるまでもなく、空にある色彩。ロクが“病”と──病葉と認識するそれへと向ける。
振り翳す。
一条の光を穿つように、空の星を撃つように、“病”を灼く為に。
ライカの放った雷光は羊を貫き、華のように空へ散る。灰色だった空が引き裂かれ、清浄の青を取り戻す。
……ああ、雨。
雲ひとつない空から、大粒の雨が降り注ぐ。それはロクへ、ロクの敷いてきた炭の道へと降る。燻っていた炭の奥の熾火が消えていく。ロクの中で燃え続けていた炎もまた、静かにその熱を冷ましていく。
振り返れば、歩んできた黒い道には、小さな緑が芽吹いていた。
小さな、本当にちいさな芽。
それでも。
(己のしたことは、それでも、何かになりはしないだろうか?)
病は灼かれるものだ。森で灼かれたものは灰になり、森へ、大地へ還る。地に還ったそれは、こうやって──
……ああ。
(夢だ。)
あまりに己に都合のいい、夢だ。
目を伏せる。こんなことは、こんなに都合のいいことは、夢だ。“ほんとう”は、こんな風にはいかない。おれのしたことは。
……けれど。
けれど、忘れたくないと、願う。
雨に濡れて閉じたまぶた。その裏に、この光景を焼き付けておこうと、思った。
成功
🔵🔵🔴
クロノ・ライム
図書館に閉じ込められてしまった、いや、閉じこもっていた僕。
外に出られたきっかけは、甘い香りです。
場所はよく行く喫茶店。
そこで、お茶と季節ごとのスイーツセットを、仲間たちと一緒に楽しく食べて話した思い出が蘇ります。
そうだ、僕の仲間たちって、今ここにいるじゃないか。
と、気づいた僕は一人じゃなくなったんです。
そのきっかけになった美味しいお菓子を羊さんたちにも味わってもらいましょう。
【お菓子の時間】を使用し、夢と生命力を吸収する光を放つ獏羊の動きを弱らせるのです。
●さがしていた、
ぺらり、ぺらり。本の頁をめくる音だけが響く。クロノ・ライム(ブラックタールのクレリック・f15759)は幼少の日々も、こうして図書館で本と向き合ってばかりいた。毎日毎日を、紙の上の仲間探しに明け暮れていた。
そんなふうに、クロノの心は図書館に閉じ込められていた。……いいや、僕は閉じこもっていたのだ、と今のクロノは思う。
あれは、いつのことだったか。
クロノを図書館という檻から誘い出したのは、結論を言えば、お菓子の甘い香りだった。
別段、その日がなにか特別な日だったわけではない。ただいつものように、よく行く喫茶店に行き、教会の仲間たちと過ごしただけだ。
でも、その時不意に気付いたのだ。クロノの探していた“仲間”とは、一体何を指していたのか。図書館の本の中にいるかもしれない黒いからだの生命体。それは、本当にクロノの仲間だろうか?
目の前には。
いい香りをたてている紅茶。季節のスイーツセット。そしてそれらを囲むのは、同じ教会で毎日を過ごしている友人たち。共にティータイムを過ごす彼らは。
(なあんだ)
あれだけ必死に探し回ったけれど。
(そうだ、僕の仲間たちって、今ここにいるじゃないか)
全然、ひとりぼっちなんかじゃなかった。こんなにもすぐそばに、仲間がいた。
そう気付いたら、クロノはもう一人ではなかった。図書館は確かに広かった。一人で仲間を探すにはあまりに大きくて広い文字の海だった。けれど、そこから踏み出した世界はもっと広かった。
そしてその広い広い世界には、ちゃんとクロノの仲間がいた。
もう、大丈夫。
クロノは一度ゆっくりと目を閉じて、それから正面を見据える。
「めえ」「めえ」
虹色の獏羊たちが見える。……彼らもお菓子が好きなんでしょうか? そう思ったらちょっと笑えてしまう。
いえいえ、いいでしょう。一人じゃないと気付けたそのきっかけ。この夢から目覚めるきっかけになった美味しいお菓子を、羊さんたちにも味わってもらいましょう。
さあ、召し上がれ!
美味しいですか?
「めえ」「めえめえ」「ぅめえ……」
今なにか聞こえた気もするけど、どうやら好評の様子。お菓子に夢中で夢を食べるのはやめちゃったみたい……?
好都合です!
えいっとメイスで軽くたたくと、羊たちはふわふわ消えてしまいます。
「……弱いんですね」
はい、よわいんです。
ぽこん、ぽこんと羊をたたいていくと、夢の景色は蜃気楼のように消えていってしまいます。最後の虹色羊をたたいたら、そこはもとの薄暗い森の中。
図書館も喫茶店も、跡形もなく。
……これはこれで、ちょっとだけ寂しいけれど。
だけど、自分が一人ぼっちじゃないということは、クロノの心の中にちゃんと刻まれている。
仲間に会いたければまた、会いにいけばいいのだから。
大成功
🔵🔵🔵
矢来・夕立
まあまあ楽しいけど、夢って分かってる。
まあまあ楽しいけど、現実のほうがいい。
てことで、殺します。
起床後の運動、いや起床前か。この場合はどうなんでしょう。
前は空を歩くことなんかできやしませんでした。
なのであの虹色を足場にしつつ殺さなきゃいけなかったんですが、
今は問題ありません。
光と羽織を利用して《闇に紛れる》。
にしても、相変わらずノンキな生き物ですね。
ほっといても勝手に死にそうですが、一応シゴトなので。
何かの間違いがあってもよくないし、しっかり刺しておきます。
…簡単に抜け出せそうなのは、これがポジティブな記憶だからでしょうね。
いい思い出ってヤツの強さを体感しました。
●そういうものかな、と
いい思い出とか悪い思い出とか、あんまり考えたことはなかったけれど。矢来・夕立(影・f14904)はなんとなく思う。
楽しい思い出というのは、どうしてなかなか悪くない。命の危険だってないし。爆発もしないし。これはそういう夢のようだから、それはそれで悪くない。
けど。
まあまあ楽しいけど、夢だって分かってる。
──夢ならいつか覚めなければ。
まあまあ楽しいけど、現実のほうがいい。
──ここには自分ひとりしかいない。
てことで、殺します。例の獏羊。
方針決定。
起床後の軽い運動だと思えば。……いや、これは夢の中だからまだ起床前ですかね。この場合はどうなんでしょう。昼寝のまっ最中と言えばそうとも言えますけど。
以前にあれを駆除したときは空を歩くことなんかできやしませんでした。なのであの虹色を足場にしつつ殺さなきゃいけなかったんですが、今は問題ありません。
夕立はユーベルコード【夜雲】で空を蹴って空を駆る。光と羽織を利用して、夜の暗闇に紛れる。
「め?」「めえ」「めえ」
獏羊たちはきょろきょろとしているが、どうやら夕立の姿を追えてはいないようだ。
……にしても。以前も思いましたが、相変わらずノンキな生き物ですね。ふわふわと浮かんでるばっかりで、攻撃らしい攻撃は夢を食べるくらい。生命力を一緒に食べるという話だったがそれも微々たるもののようで。
「ほっといても勝手に死にそうですが、一応シゴトなので」
このままだと何も知らない冒険者が夢喰いにあって死なないとも限らないので、念の為。ええ、『念の為』程度で殺されるなんて向こうとしてはたまったもんじゃないでしょうけれど。オブリビオンはオブリビオンですから。何かの間違いがあってはよくないし、しっかりトドメを刺していきましょう。
とん、と跳んではぽすり。とん、……ぽす。……とん。……ぽす。
宙を駆け、虹色のそれをひとつひとつ処理していく。
……これは、思った以上に楽な作業。夢が綻んでいくのが分かる。
こんなに簡単に抜け出せそうなのは、やはりこれがポジティブな記憶だからでしょうね。いいとか悪いとか、どうでもいいかと思っていましたが。
いい思い出ってヤツの強さを体感しましたね。
最後の羊を消して、ふと我に返ると夕立は再び薄暗い森に立っていた。薄暗いとは言っても、先程までいた月影すらない夜空と比べたらむしろ明るくすら感じる。
これが現実。
夕立は己の立つ大地を踏みしめてみる。ふかふかの羊とも、空の足場とも違う、硬い土と枯れ草の感触がした。
(……まあまあですね)
そう、これはこれでまあまあな心地だ。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 日常
『摩訶不思議な夜に』
|
POW : 竜の骨付き肉、大海蛇の串焼き。一風変わった料理を食べ歩く。
SPD : 揺蕩う星が浮かぶ街並みや川。幻想的な風景を見に行く。
WIZ : お喋りな本、勝手に動くペン。摩訶不思議な魔法具店に行ってみる。
|
鳥居はまもなくなくなるだろう。
だけれど、不思議なことにその向こうに見えていた、幻だとばかり思っていた街はまだ消えそうにない。
どうにも風変わりな町並み……、風変わりな店が立ち並んでいる。
この境界が消えるまでのわずかの時間、散策してみるのはあなたの自由だ。
買ったものは木の葉に化けたり、消えてしまったりしないだろうか?
……それは、おそらく、あなた次第だろう。
▼マスターより
表示の能力値はあくまで参考までに。街をお好きに散策してみてください。
あると思ったものはだいたいあります。ここはまだ夢の続きのようなものですから。
リュヌ・ミミティック
・心情
ダフィット、猫憑き季月、一緒に遊ぼうか
ん、……ね、ほら、懐かしい、あの子の思い出を語りながら
・行動
ダフィット、猫憑き季月、みて、すごくいっぱいお店があるね……
あ、あれとかお菓子がいっぱいでてくる絵本みたい…だけど、それだと僕もダフィットも猫憑き季月もお腹いっぱいで、怒られちゃう
あの子も、いっぱい食べものくれたよね
甘いお菓子はとってもおいしかった……
「ん、おー……きらきら、あまい」
甘い香りがする小さな硝子玉
あの子と同じ白色
そうだ、これを買って帰ろうか
ねぇ、君、君のくれたお菓子の味も、忘れていないよ
「ん、ん。ダフィット、猫憑き季月、素敵、素敵、だ、ねー」
掌に残るこれがあれば、きっと…
●それは白くて、きらきら
街明かりはきらきら。様々な店が立ち並ぶ大きな通りを、リュヌ・ミミティック(狐薊の鳴き声・f02038)は行く。あたりを見回せば、とりどりの店、色々の商品。
ダフィット、猫憑き季月、みて、すごくいっぱいお店があるね……。一緒に遊ぼうか。
どうやらまだ時間はありそうだ。店を見て回るだけの暇がある。……そうだ。
……ね。ほら、懐かしい、あの子の思い出を語りながら、さ。
リュヌはあちらこちらの店を覗いて歩く。あ、と目についたものがある。
あれ。
不思議な絵本が店頭に並んでいる。
どうやら……お菓子がいっぱい出てくる絵本みたい。ちょっと欲しい。……だけど、それだと僕もダフィットも猫憑き季月もお腹いっぱいたべちゃうね。
リュヌは絵本からどんどん出てくるお菓子を前に、自制が効かないだろうことは自覚している。きっとお夕飯の前なのにお腹いっぱいで、ご飯をちゃんと食べられないのを怒られちゃうだろう。
……ああ、でも。
あの子も、食べものいっぱいくれたよね。
懐かしいことをひとつ、ひとつ思い出しては語る。あの子と一緒にいたね。色々教わったね。
あの子がくれた甘いお菓子はとってもおいしかった……。
不思議なお店の前で、リュヌたちは立ち止まる。絵本から出てくるお菓子たち。その中に、
「ん、おー……きらきら、あまい」
甘い香りがする、小さな硝子玉を、みた。
あの子と同じ白色。
リュヌは目をきらきらさせてお店を覗き込む。きれいな飴玉。
「ん、おー……。ねぇ」
もしかして、これ。そうだよ、ね。きっとそう。
これを買って帰ろうか。この懐かしい夢のお土産に。
……ねぇ、君。君のくれたお菓子の味も、忘れていないよ。
「ん、ん。ダフィット、猫憑き季月、素敵、素敵、だ、ねー」
これ、くださいな。ちょっとだけ背伸びをしてお買い物した。小さな両手にぎゅっと握って。この夢が覚めるまで、掌に残っていてくれるだろうか。白くて、甘い、思い出のお菓子。
「……ん。」
きっと残る。残るよ。なんとなくだけど、そんな気がする。
そしたら。そしたら、ねぇ。
帰って、みんなで食べようね。
成功
🔵🔵🔴
水澤・怜
滅ぼされた故郷は漠羊を倒した影響か復興し、新たな町となっていた
まるで過去の惨劇を上書きするかのように
確かに場所は同じ
…だが、ここは俺の故郷とは違う
見知らぬ町だ…
複雑な思いを抱えつつ
遠くから少女が駆けてくる
「軍医のおじさん!みんなで作ったお団子、食べて!」
おじ…ッ!?
(驚きのあまり一瞬伸びた頭の枝をさりげなく戻し咳払い)
…俺はまだそのような齢ではない
眉間に皺を寄せつつも団子はちゃんと貰う
平和、だな…
ぼそり呟いて
人々の平穏を守る為、そして家族を探す為に立ち止まる訳にいかないのは、ここが幻でも現実でも同じ事
あんな思いをするのは…俺一人で十分だ
かつて幻朧桜のあった場所には小さな植物の芽が顔を出していた
●続く道
まだ、夢の続きにいるようだ。
鳥居の向こうにある景色を見て、水澤・怜(春宵花影・f27330)はそう思う。確かに現実に帰ってきたという実感もあるのに、目の前の光景はまだ続いている。
そう、あの町へ。
獏羊を倒したことで消えるのだろうと思っていた鳥居は消えなかった。代わりに鳥居の向こうに見えるのは、怜の故郷だった町。
あれから時は流れ、復興は進み、そこは新しい町となっていた。過去の惨劇を上書きするかのように、かつての襲撃など跡形もなく綺麗で整えられた町。
……確かに同じ名前の町だ。場所も変わっていない。ここまでの道程は学生だった頃のままだ。それでも、
(……ここは、俺の故郷とは違う)
拭えぬ違和感があった。かつてのように通りを歩き、かつてのように角を曲がっても、続くのは見慣れぬ景色。見慣れぬ町並み。
(見知らぬ町だ……)
奇妙な感覚に、怜は複雑な想いを抱える。
別に、滅ぼされる前の故郷が見たかったという訳ではない。そんな我儘を言いにわざわざ来たのではない。だからと言って、復興されないままの姿が見たいのでもない。あんな傷跡の残る町並みを見たら、いくら夢でも心が痛む。
だが、あの襲撃を忘れ去ったかのような町をみるのは……。それはそれで、少し、胸が痛い。
怜の胸中を知る由もない、一人の少女が遠くから掛けてくる。そしてその一言目、
「おじさん!」
お……おじッ──……?!
衝撃のあまりぴょっこり伸びた頭の若小枝を慌てて(それと気付かれぬようさり気なく)しまって、こほん。ひとつ、咳払い。
いいか、お嬢さん。俺はおじさんではない。まだそのような齢ではない。分かるね。
「あのね、軍医のおじさん」
うん、俺の話聞いてくれるかーーー????
「みんなで作ったお団子、食べて!」
少女は無垢な笑みを浮かべ、
団子を差し出している。
▷受け取る
受け取らない
……ありがたく、いただくとしよう。
つい眉間に皺が寄ったが、少女は怖がるそぶりは見せなかった。むしろワクワク顔で団子の味の感想を待っている。
「……うん」
美味しい。うなずいて見せると、少女は嬉しそうに笑って、またやってきたのと同じ唐突さでその場からいなくなる。
……。
なんというか。
「平和、だな……」
誰へともなく呟く。活気のある町、笑い合う人々。旨い甘味。なにもかも。これを平和と呼ばずなんと呼ぶのか。平和にして平穏な風景。
……何も悪いことじゃない。
俺が今見ているのは現実だろうか。それとも夢幻だろうか?
怜はいま一度こぶしを握る。夢か現か。どちらであれ、為すべきことはこの手の内にある。今見ているような人々の平穏を守る為。まだ行方不明のままの家族を探す為。
脳裏を過ぎった光景を、かぶりを振って振り払う。あんな思いをするのは……俺一人で十分だ。
記憶だけを頼りに歩き続けてたどり着いたそこ。自然と足の向いた先は、町の中心部だった。かつて幻朧桜のあったその場所には、小さな植物の芽が顔を出していた。
……そうだな。
この小さな芽も、これから育っていくのだろう。苦い過去を孕んで、それでも未来へ向かって生きていくのだ。
成功
🔵🔵🔴
ロク・ザイオン
(通りに満ちる煙は、お腹のすく、いい匂いがした。)
(知らない味の肉
聞いたことのない名前の料理
嗅ぎ慣れない匂いの果実)
……これは、
(こいつ動くぞ)
……まだ息があるのでは。
いいのか。
そう……
(名を確かめても、夢の中のように記憶に残らない)
……でも。おいしい。
(食べることは、生きることだ
己を、生きていいとゆるすことだ。
……できるなら、誰かと、ともに食べていたいと思った)
ん。
……さっきの、果物の種。
(吐き出した種は、なんだか捨て難くて
きれいに拭って、ポケットに仕舞った)
●ころり、果物
不思議な町並みを、赤髪を揺らしてロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)はゆく。食べ物の屋台が並んでいる。そこかしこから様々な匂いがしてくる。
なにかを焼いている煙が通りに満ちて、すん、とロクは鼻を鳴らす。お腹のすく、いい匂いがする。
あの串に刺さった肉はなんだろう。鳥でもないし、獣でもなさそうだ。こっちの野菜は……本当に野菜だろうか? 変な果物のようなのもある。
あれも、これも。知らない匂いがたくさんする。知らない味の肉。聞いたことのない名前の料理。それに……。
食べてみるかい、とふいに露店の店主から差し出したそれは。
なにかの果実。丸々として、つやつやしていて、……それでたぶん何かの果実であるということ以外は何も分からない。何かの果実。嗅ぎ慣れない匂いがする。
いや、匂いよりもっと気になることに。
……これは、
(こいつ動くぞ)
……まだ息があるのでは。
ロクはじっと果実を見る。
……生きてるのか、おまえ。
視線で問うてみても、果実は何も言わない。ただ奇妙にもぞりと動くだけ。
「……」
いいのか。そう……。
しばし果実と見つめ合ったロクは、その名前を確認しようとする。店先にはソレの名前を書いた看板もあるし、渡されたときにも名前を耳にしたはずなのに、ソレはするりと記憶を手繰ろうとするロクの手をすり抜ける。
それでも、ソレは今のところ確かにロクの手の中にある。
「。」
ぱくり。口の中に入れれば、初めての味覚。
名前は未だに分からない。分からない。けど、でも。……おいしい。
(食べるということは、生きることだ)
しゃくり、一口、果実を齧る。考えながら、果実をかじりながら、町を歩く。ゆるりと進む赤は、夜をほのかに照らす蝋燭の灯りのようにゆれ動く。
食べること。それは、
(己を、生きていいとゆるすこと)
また一口。生きるための栄養を口からからだへと送り込む。生きていいと、己で己をゆるしながら、色々の匂いに酔いそうになりながら、ロクは歩く。
(……できるなら、)
しゃぐ。しゃぐり。
できるなら、誰かとともに食べたい。
ふと、そんなことを思う。この果実を見て、食べたら。どんな顔をするだろう。例えば相棒……ともは。あるいは、あるいは……。何人かの顔を思い浮かべる。彼らとともに、食べる。誰かと一緒に、誰かの“生きる”を肯定する。そんな光景を思い浮かべる。
それは、きっとひとつの、なにかのあるべき姿なんじゃないだろうか。
「……ん」
食べ終わった果実から、舌触りの悪いころりとした粒が出てくる。
ころり、種。捨ててしまうべきものだろうか。そもそもこの町から出ても手元に残るものだろうか。……分からないけれど。
ロクは吐き出した種を見る。
種。それはなにかを連想させて。ロクとしてはなんとなく。なんとなくだが、なんだか捨て難く感じて、きれいに拭って、ポケットに仕舞った。
きっと持って帰れるだろう。この夢の果てへ。
大成功
🔵🔵🔵
クロノ・ライム
「せっかくですから、お菓子の売ってるお店でも探しましょうか」
僕はよく、別の世界に行くとその世界にしかないお菓子はないか探します。
今まで知っていたお菓子に似ているものもあれば、全然見たことがないものもあります。
「金平糖というお菓子を初めて見た時はワクワクしましたね」
見た目が変わったお菓子、美味しいお菓子、お菓子にも色々ある訳です。
幻の世界のお菓子が食べられるかちょっと自身がないですが、
食べることができそうなら挑戦してみたいですね。
「もし食べることができれば、この世界がなくなっても、似たお菓子を食べることで思い出せるかもしれませんから」
●不思議の街の、お菓子チャレンジ
眼前に広がるのは見知らぬ町並み。クロノ・ライム(ブラックタールのクレリック・f15759)はふむ、とひとつの決意を固める。
「せっかくですから」
こんな機会はそうそうないでしょうし。
「お菓子の売ってる店でも探しましょうか」
お菓子。そう、スイーツ。クロノは別の世界へ行くときよく、その世界にしかないお菓子がないか探す。どの世界にも訪れる度に探してみれば、少なくともひとつやふたつは初めて見るお菓子が存在する。
あるいは逆に、全く違う世界なのに、何故か別の世界でも見たような、よく似たお菓子を見つけることもある。食べてみると味は全然違ったりもして、面白いのだ。
「金平糖というお菓子を初めて見たときはワクワクしましたね」
カラフルで愛らしい見た目なのに触るとゴツゴツしていて、なのに口に含むと優しく甘くて。
見た目が変わったお菓子、美味しいお菓子、食べるとパチパチいうお菓子や、食べる直前に完成させるお菓子……お菓子にも色々ある訳ですから。だから、新しいお菓子探しはやめられない。
クロノはお菓子屋さんの立ち並ぶエリアへ足を向ける。定番の焼き菓子やチョコレート……と思しき菓子たちが並ぶ中、ひときわ目をひかれたものがあった。
(これは……)
ずらりと並んだ、色とりどりの三角帽子。見ただけでは硬いのか柔らかいのかも分からない。大きさは……右手の親指と同じくらいの高さだろうか?
ちょうど店にはイートインスペースがある。紅茶も頼んで、何種類か味見してみることにしよう。
(……幻の世界でも、ちゃんとお菓子は食べられるんでしょうか?)
ちょっと自信はないけれど、せっかくなので挑戦だ。
まずは赤っぽい三角帽子をひとつ、ぱくり。もしかして、いちご味だろうか。グミのような、キャンディのような、不思議な食感。それから空色のをひとつ。若草色のもひとつ。白いのも、夕焼け色のも、ひとつずつ、ぱくり。
それぞれ、色から連想するのとピッタリだったり、全然違ったり。
最後にとっておいたのは、真っ黒なひとつぶ。つやつやとして、まるでタールのような三角帽子。
……これは、どんな味がするのだろう。
えいやっと思い切って口に運ぶ。
「……美味しい」
なんだか覚えのある味なような、まるで初めての味なような。分からないけど、とにかくおいしい。
このことを、この不思議な街から出たあとも覚えているだろうか?
本当のところはクロノには分からないが、おいしかったことは覚えていられるだろう。そしていつか、どこかの世界で似たお菓子に巡り会えたときには、今のことをきっと思い出すだろう。
長い夢の先にたどり着いた、不思議なお菓子の記憶を。
大成功
🔵🔵🔵