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暗晦に芽吹く(作者 瀬ノ尾
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#アリスラビリンス 


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#アリスラビリンス


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 ――雨が、降っていた。

 あのおぞましい化け物たちから逃げ惑い、命からがらにたどり着いた一つの扉。
 それが、一体何なのかは分からない。ただ、「アリス」は漠然と知っていた。

 これを開けば、「アリス」は此の地獄より抜け出せる。
 これを開けば、「アリス」は此処ではないどこかに行ける。
 これを開けば、「アリス」は“わたしがいたところ”に帰る、ことが――。

「……わたしの、いたところ?」

 あと、少し。指の先を伸ばしさえすれば、「アリス」は扉に触れられる。
 何を躊躇う事があるだろう。此処にいれば殺される、あの化け物どもの餌になる。
 それが嫌で、「アリス」はここまで逃げて来たのだろう。
 化生を恐れて、帳を忌避して。あるやも分からぬ己の扉を必死に探して来たのだろう。

 なればこそ。「アリス」は一刻も早く、その扉を開くべきであった――はず、なのに。

「……ぁ、ぁぁ」

 ――雨が、降っていた。
 ノイズが走る。頭が痛む。チカチカと眩む瞼の裏に、いつかどこかの情景が映り込む。
 薄暗い部屋戸のスキマ風伸ばした掌揺れる視界灯の消えたランプだいすきな●●●●●「×め×なさ×」堅い床頬打つ雨伸ばされた腕ツキアカリ振翳された――つめたい、刃。

 知ってる。知っている。あの音も感触も冷たさも痛みもひかりも恐怖も、すべて。
 これは、紛れもない「アリス」の記憶だった。
 それは、だいすきなひとに裏切られた――「わたし」の記憶、だった。

「ぁぁあああぁああぁあぁあああああ!!!!」

 泣き伏せるように崩れ落ちる「アリス」の、その後ろで。
 鬼たるものの影が一つ、うそりと歪な笑みを浮かべていた。

●暗晦に芽吹く
「かの不思議な国に迷い込んだアリスは、いずれオウガへと変質する可能性を秘めているそうだね。最近では観測された事例も多いから、耳馴染みのある人も多いだろう」
 ぺらり。数多の報告書が挟まれたファイルを捲りながら、ハロルド・マクファーデン(捲る者・f15287)は猟兵たちへと語りかけていた。
 これより現地へ赴く彼等へ情報を伝えようとしてか、ハロルドの視線が紙面の上を滑っていく。
「だが、今回予知に捉えたアリスはまだ変質しきっていない少女だった。云わば種の状態だ……もっとも、このままでは芽吹くのも時間の問題だろうけどね」
 そう遠くない内に、「アリス」はオウガと化してしまうだろう。
 あなた方にはそれを阻止して欲しいのだ、とハロルドは言葉を続けていく。

「ただ、少女を助けるに当たって障害が幾つかあるようでね――順を追って述べよう」

 一。絶望しかけた「アリス」を“まるで護る様にして”寄り添うオウガの姿がある。
 二。オウガは「アリス」の絶望を深める為の「絶望の国」を作り上げ様としている。
 三。アリスの昏い感情を反映した「絶望の国」は、濃い狂気へと染まりつつある。

「このオウガというのがまた厄介でね、どうやら悪意の塊のような御仁らしい」
 曰く。凛々しい少女騎士のような姿をしたそのオウガは、絶望に暮れる「アリス」へ親身になって声を掛け、あたかも彼女の味方であるかのように振舞っているようだ。
 だが、その目的は救済とは真逆のもの。「アリス」の信頼を得た後に手酷く裏切り、より深い絶望へ落とす手段をこそ、そのオウガは好んでいるらしかった。

「現在、オウガはアリスを連れて扉から離れようとしている。アリスの方も、オウガに心を預けたわけではなさそうだが……元の世界には戻りたくないのだろうね。戸惑いこそすれ、大した抵抗もなく従っているみたいだ」
 もしも、彼女たちの前に邪魔者――猟兵たちが現れたなら。
 オウガはこれ幸いとこちらを悪者に仕立て上げ、「アリス」を護るという演出の材料とするだろう。「アリス」を確保した後の事を考えると、余計な手は打たせず早急に倒したいところである。

 そして、オウガが不思議の国を塗り替えて作ったとされる「絶望の国」。
 其処は「アリス」が取り戻した記憶に影響された世界になっているのだと言う。
 その詳細を告げようとするハロルドの眉間には、僅かに皺が寄っていた。
「……どうも、件のアリスは『信じていたものに裏切られた』記憶を甦らせてしまったみたいだね。おかげで、今の彼女は何かを信じる、信じ続けるという事に強い拒絶感を抱いている」
 そして、少女のその感情を源にした狂気が「絶望の国」全体に満ちている。
 その狂気は、「アリス」は元より――その場にいる猟兵たちにも、襲い掛かるだろう。

「その国に居れば居るほど、自分が信じている人やもの――己が重きを置いていればいるほどに、それらが『疑わしく』思えてしまう。強制的な猜疑心の芽生えだ」
 それは、大切な人に対してか。かけがえのないものに対してか。
 もしくは、自分自身にすら。その狂気は牙を剥いてくるやもしれない。
「外部からの精神汚染、とでも言うべきかな。影響の出方は人それぞれだろうが、放っておけば厄介なことになるだろう。アリスとの対話や、その後の戦闘にも差支えが出てしまう可能性もあるから、皆にはある程度の対策を考えておいてほしい」

 この狂気の源は「アリス」の感情だ。
 仮初めの疑心に惑わされず、無事に「アリス」の心を絶望より救うことが出来たなら。
 世界に満ちる狂気も薄れ、「アリス」を扉へ送り届ける事も楽になる筈だ。
 予知には例のオウガの他に、鋭い歯を持った植物のようなオウガたちが「アリス」の扉の前で群れている光景も見えていた。「アリス」を元の世界へ帰すためには、そちらとの戦闘も避けられないだろう。
「どうか、偽りの芽生えに惑わされないように。――アリスも、皆も、無事に帰れる事を祈っているよ」





第3章 集団戦 『ミミクリープラント』

POW ●噛み付く
【球根部分に存在する大きな顎】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【習性と味】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD ●突撃捕食
【根を高速で動かして、突進攻撃を放つ。それ】が命中した対象に対し、高威力高命中の【噛みつき攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ ●振り回す
【根や舌を伸ばして振り回しての攻撃】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ……雨が、降っていたの。

 つめたい風の吹く、夜だった。
 お空には大きなお月さま。もうすぐ『満月』になるのだと、村のだれかが言っていた。

 わたしたちの村は、ずっとずっと、リョウシュサマにまもられていて。
 十と三つ、お月さまが大きくなるころに。だれかがひとり、リョウシュサマのところにオツカイに行くの。

『これからも、どうか、村をよろしくおねがいします』
 もしもオツカイに選ばれたら、そうやってちゃんとおねがいするのよって。何度も何度も、言われてた。

 前にオツカイにいったのは、三つとなりの家に住んでたおねえちゃん。
 元気でねと手をふってから、また十と二つ、お月さまが『満月』になって。
 つぎは「わたし」の番なのだと。村の一番のおじいちゃんが、●●●●●に言っていた。

 「わたし」は、村の大きな人みたいに力もなくて。おねえちゃんたちみたいに、キヨウでもなかったから。
 だから。今度のオツカイは、ちゃんとやり切って見せようって思ったの。こんな「わたし」でも、できることがあるんだって。いつも優しい●●●●●のためにしてあげられることが、あるんだって。

 言ったの、「わたし」。
 ちゃんとがんばってくるね、って。オツカイが出来てイチニンマエになったら、●●●●●もよろこんでくれるよねって。

 ……よろこんで、ほしかったの。
 それだけ、だったのに。

「――め、――さい」

 あのひとの、ゆびが。

「――ごめ、――い」

 ずっと、ずっと。おんなじ言葉を繰り返しながら。
 あのひとが。だいすきな「わたし」の●●●●●が。
 「わたし」の首を、ぎゅううっと。すごい力で、しめつけて。

 いたかった。
 息ができなくて、くるしくて。やめて、やめてって、何度もいった。

 けれど、あのひとは。なにかをずっと、繰り返すだけのまま。
 最後は、机に置いてあったナイフを、もって。

 ……おぼえているのは、そこでおわり。


 ――ただ。
 だんだんとぼやけていく世界のなか。まぶしいお月さまの光に照らされて。
 ぽつり、ぽつりと。頬に落ちてきた『雨』のつめたさが、ふしぎと心にのこっていた。



 少しずつ、少しずつ。
 彼らに問われ、掛けたれた言葉に応えるようにして。

 己の感情を、己の意思を。何よりも己自身を見失っていた少女は、砕け散った欠片を拾い集めるようにしながら記憶を語る。

 それでもやはり、全てを思い出したわけではなく。
 名前も分からぬ“あのひと”との最後の記憶が、少女の胸を締め付ける。
 キュウと、喉の奥が締まったような心地がして。「アリス」の頬を、雫が一つ流れて言った。

 けれど。
 誰かが言った――それでも、大好きだったのだろうと。
 誰かは言った――こわくても、もう一度。ちゃんと、前を向いてみようと。

 ひとりで押し潰されてしまいそうなら、傍にいる。
 怖いと思う気持ちも、迷ってしまう心もわかる。それこそ、痛いほど。
 それでも、だとしても。このままでは、取り返しが付かなくなってしまうから。

 どうか――もう一度、信じて欲しいと。

「……わた、し」

 告げられた言葉は、とてもやさしくて、あたたかくて。
 ちょっぴりだけ。いつか、“あのひと”と過ごしていた時の気持ちを思い出す。

「まだ、こわくて。おぼえてることだって、少なくて。『わたし』の名前だって、思い出せなくて」

 けれど。もし、あの『扉』の向こうで、“あのひと”に、もう一度逢えたなら。

「……『わたし』の名前、呼んで、くれるかなぁ」


◆◇

 誰かが。ようやくに掬い上げた『願い』を、聞く。
 少女が望むのであればと、彼らはかの『扉』への道を往くだろう。

 ――しかし。

 未だ誰にも喰われていない「アリス」の気配に釣られてか。
 複数のオウガが、「アリス」を食らわんとして其の姿を表すだろう。

 『扉』に至る道に、また既に『扉』の周囲にも。
 森の植物に擬態していたオウガが、鋭い歯を剥き出しながら蔓延っている。
 腹を空かせたオウガ共は、隙あらば少女へと食いつくだろう。

 少女と共に道を往き、護るも良い。先んじて『扉』に群がる者共へ手を打つも良い。
 どうあれ、少女を『扉』に送り届ける事ができたなら。
 今の彼女であれば、きっと『願い』に準じた選択をする筈だ。


 ――夥しい数の敵意は。もう、すぐそこまで迫っている。
エンジ・カラカ
アァ……帰りたいなら早く行けばイイよのサ。
だーってだって、ココにいたら食われる食われる。

食われたい?
コレはどーっちでもイイ。

食われたくないなら助ける。
そうじゃ無いなら助けない。
全部ぜーんぶ、自分自身!自分の意思!
さァ、どうする?どうしよう?

アァ……賢い君、賢い君、君は食べられないようにしないとなァ……。
コッチ目掛けて来たヤツは、コレが殺そうそうしよう。
「わっ!」て叫んで一気に吹き飛ばす。

コレの咆哮はスゴイ咆哮なンだ。
耳を塞いでないと大変なコトになるなる。
アリス、アリス、早く行け。
行きたくないなら一緒にバイバイ。

さァさァ、大きな口の鬼さん鬼さん。
あーそーぼー。


エドガー・ブライトマン
思いだせたかい?アリス君。
キミがいま思いだしたその気持ちは、とても大切なもの。
忘れてはいけないよ。思いだせるって、たぶん幸せなコトだ。

キミの願いをいってごらん。

私はキミの願いを受け入れる者。王子様だから。
キミが願うのなら、私はそれを叶えてあげよう。
それじゃあ行こうか、キミは扉の向こうへ進むべきだ。

アリス君とともにゆこう。
彼女の邪魔をするオウガは私が相手をする。
彼女に攻撃が及びそうであれば《かばう》
私は痛みに鈍い体質だから、多少の傷は気にしない。

剣ではきっと対抗しきれない数だから
“Bの花茨”
これはレディの花じゃあないけれど、負けないくらい誇り高い花さ。

この花を振り返らずに、進みなさい。アリス君。


花剣・耀子
●*
――、それでも。きみがそれをのぞむなら。
行きたい場所があるのなら、行くと良いのよ。
その先に何があるかわからなくても、良いとも悪いとも言えなくても。
自分で考えて決めたことには、きっと価値があるのだもの。

そのための道をつくるのが、あたしのお仕事。
随分と禍々しい花だこと。
平らげるのに罪悪感がないわ。

守るより攻める方が得意なの。
オウガが群れているのなら、その只中へ駆け込みましょう。
見える限りの擬態した植物へ【《花剣》】
ひとつやふたつ学習されても、それを上回る分斬れば良い。
おまえたち、旅路を飾るには向かないのよ。
ここで全部薙がせて貰うわ。

道を空けて、ちゃんと見送りましょう。
きみの願いが叶うと良い。


 ぽろぽろ、ぽろぽろ。少女の眸から雫が落ちる。少女の口から、言葉が落ちる。
 居合わせた幾人かの猟兵が、その声を聞き届けた。
 小さく、か細く。けれども確りと言の葉の形をとって溢れ落ちた、「アリス」の声を。

 なればと、彼らは各々に行動を起こすだろう。
 『扉』までの道を作るべく駆ける者、オウガの気配がより濃くなった『扉』へといち早く向かう者。
 そして――「アリス」である少女を導き護るために、手を伸ばす者。

「思いたせたかい? アリス君」

 ぺたりと、力なく地面に座り込んでしまっていた少女と視線を合わせるようにして。
 エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は、片膝を付きながら「アリス」へと声を掛ける。
 真っ直ぐに少女を見つめる青は、快活さと慈愛の色。その瞳を柔らかく細めながら、エドガーは無垢な少女へと手を差し伸べる――御伽噺に出てくるような、王子様みたいに。

「キミがいま思いだしたその気持ちは、とても大切なもの。もう、忘れてはいけないよ」
 今度は、目線を逸らされることなく。青年のきらきらとした双眸を、少女はきちんと見つめ返すだろう。
 涙に濡れたまあるい瞳が、月に煌く金糸を映す。幾度も「アリス」に手を伸ばし、言葉を向けてくれた“王子様”。
 彼の姿は、いつかあのひとが寝物語に語り聞かせてくれたお話を想い起こさせた。未だうすぼんやりとした、けれども確かにあったであろう、あたたかな日々の記憶。

 こくり、と。青年の言葉に応えるようにして小さく頷いた少女に、エドガーもまた笑みを深めてみせる。
 いつだってみんなの夢と希望を映すその青に――ほんの少しの、羨望を滲ませて。

「それなら良かった。……思いだせるって、たぶん幸せなコトだ」
 小さく溢されたエドガーの言葉、そこに含まれた全てを理解出来たわけではないけれど。
 ようやくに取り戻した記憶の欠片を、確と己の内に抱きながら。少女はぽつりぽつりと言葉を続けていく。

「……ぜんぶ。ぜんぶは、わたしも思い出せなくて、でも」
 きゅっと、「アリス」は己の小さな手のひらを握りしめる。
 まだ、身体の震えは治まらなくて。こわいと思う気持ちだって、どうしようもなく根付いてしまっていて。

 でも、それでも。
 芽吹いた“想い”を、もう見て見ぬふりはできなくて。

「わたしのこと、ゆるしてもらえるかわからないけど、でも……もしもまた、会えたら。わたしのこと、呼んでくれるかなぁ」
 いつかみたいに、いつもみたいに。
 あたたかな笑顔で、柔らかな声で。少女の名前を、呼んでくれるだろうか。

 ――わからない。
 少女がつたなく紡ぐ言葉を聞きながら。花剣・耀子(Tempest・f12822)は、少女が語った記憶、その言葉を思い返していた。
 少女の大切なひと、だいすきな誰か。話を聞いた限りではあるけれど……きっと。その誰かもまた、「アリス」を大切にしていたのだろう。
 大切で、だいすきで。だからこそに、少女の命を奪おうとしたのではないだろうか。
 少女がリョウシュサマとやらの元へいってしまう前に。この幼気で無垢な命が、無残にも嬲られてしまう前に。

  ――わからない。わからないのだ。
 他者の心の内も、少女を待ち受ける運命の、その先も。
 仮に無事に元の世界へ戻れたとして、果たして少女の希望は叶うのだろうか。そも、少女の云う「あのひと」の無事すらも、定かではなくて。
 けれど――、それでも。

「……きみが、それをのぞむなら」
 傷だらけの指が、剣を握る。欠けた黒耀が前を向く。
 彼女のやるべきは、いつだって変わらない。手にした花散らしの剣を揮うに、躊躇う筈もなく。
 加えて――こうして願われたのであれば、尚更に。

「行きたい場所があるのなら、行くと良いのよ。その先に何があるかわからなくても、良いとも悪いとも言えなくても」
「……わたしの。いきたい、ばしょ」
 淡々とした調子で言葉を紡ぐ彼女の声は、けれど不思議と冷たくは感じられなくて。
 少女の瞳が、耀子のそれへと向けられる。硝子越しの青もまた、小さな「アリス」を見つめている。

「ええ、きみが行きたいと願う場所。――自分で考えて決めたことには、きっと価値があるのだもの」
 そう、価値がある。少なくとも、その声を聞き届けた彼女達の中では、絶対に。
 だからこそ、耀子は剣を握るのだ。俯向き翻弄されるばかりであった少女が、ようやく口にすることができた意思を、願いを。きちんと届かせるために。
 この小さな「アリス」のために道をつくる――それが、耀子の仕事。託された今の己が為すべき領分。

「わた、わたし、は……」
「アァ……帰りたいなら早く行けばイイよのサ」
 言い淀む少女の上から、被さるようにして。
 彼女の後ろに立ったエンジ・カラカ(六月・f06959)が、小さな「アリス」を見下ろしながら呟いた。
 突然に被さった影に驚いて、少女はパッと上を見る。そうすれば――うそりと弧を描いた三日月と、目があって。

「だーってだって、ココにいたら食われる食われる」
「え、ぁ」
「……アァ、それとも」
 どこか倦怠さを含ませた声音、緩く傾けられた首。
 少女を見下ろす双月が、スゥと、細まって。

「――食われたい?」
「っ!」
 びくりと、少女の肩が小さく跳ねる。
 “食われる”と聞いて想起したのは、あの『扉』に辿り着くまでのこと。「アリス」である少女を前にして、牙を剥き出しにしながら追いかけて来た数多の異形。あれらの本質こそ知らずとも、彼らの齎らした恐怖は少女の身に刻まれている。

「ち、ちが、わたし……!」
「アァ……うんうん、イイヨ。コレはどーっちでもイイ」
 否定するようにかぶりを振る少女を前にして、けれどもエンジは本当に、至極“どうでも良い”のだといった調子のまま。
 オオカミは、震えるばかりの少女へ言葉を落とす。交わす様で交わらぬ言の葉を、つらつらと。目前の相手を見ないまま、何が見える筈もない虚空へ向けて。

 何、難しいことなんて一つもない。話はとてもカンタンだ。
 彼女が、「アリス」が食われたくないというなら助けよう。
 もしもそうでは無いというならば。それならば、オオカミに助ける義理はない。
 力なき少女は、けれど“選択肢”を持っている。幸運にも、己の行く末を選択する権利を得ているのだから。

「決めるのは全部ぜーんぶ、自分自身! 自分の意思!」
 パッ、と。「アリス」の頭上に被さっていたエンジが背を伸ばす。
 急に明るくなった視界。上を見れば、月を背にしたオオカミが、貌を影に溶かし込んだまま。コテリと首をかしげては、口の端を吊り上げてわらっている。

「さァ、どうする? どうしよう?」
「ぁ、……」

 放たれた言葉が、少女の頭の中でぐるぐる回る。
 今に問われたもの、月の下で告げられたもの、あの道行きにて掛けられたもの。
 数多の声が、心の内を巡り巡って。未だあやふやな「アリス」の裡に落とし込まれていく。

「……アリス君」
 ふと。掛けられた声に導かれるようにして、少女は正面にいる青年を見る。
 先と変わらず、柔らかく細められた青の瞳。宝石のように輝くそれは、真っ直ぐに「アリス」を見つめている。

「キミが願うのなら、私はそれを叶えてあげよう」
 もしも、この無辜の民たる少女が願うのであれば。己は些かの躊躇いもなく手を貸そう。
 青年は少女の、みんなの願いを受け入れる者。そう在るべくして在る“王子様”なのだから。

 だから、ほら。

「――キミの願いをいってごらん」



  果たして。
 青年の差し出した手を取った少女、その後姿を横目に捉えながら。
 スン、とオオカミが鼻を鳴らす。夥しく悍ましい悪意の匂いが、すぐそこにまで迫っている。

「アァ……賢い君、賢い君。君は食べられないようにしないとなァ……」
 今も共に在る君を想って、エンジは揺れる赤をゆたりと撫ぜる。青白い指先に巻き付く赤は、オオカミの意図を汲んだかのようにして。『君』はその内に潜ませた獰猛な毒の気配を微塵も感じさせぬまま、ひそりと静謐を保っていた。

「アリス、アリス、早く行け」
 ちらり。己の腰の高さに届くか届かないかというほどの小さな存在に、エンジは今一度視線を向ける。
 見知った金色の青年と黒耀の娘、その間に佇む少女が振り返る。
 未だ不安そうな色を瞳に滲ませた「アリス」。けれども、既に彼女は立ち上がっていたから。

 だから、まあ。きっとダイジョウブなのだろう。

「行きたくないなら一緒にバイバイ。コレのやるコトはどっちでも変わらない」
 放った言葉は、いつもの嘯きの延長線。
 己の言を少女が受け取ったかどうかを確かめる間もなく――凡そ、その気すらなかったのだろうが――彼の月は『悪意』へと視線を移す。

 鋭利な牙を剝き出しにして、我先にと向かってくる鬼の群れ。
 己より強大なオウガの加護が消えた今、あれらが何事もなく“ご馳走”を見逃そう筈もない。

 「アリス」も「猟兵」も、諸共に食らわんとする牙を前にして。
 ――スゥ、と。オオカミは、深く息を吸う。

 その動きを察知して、猟兵の一人が咄嗟に「アリス」の手を引いた。
 弾かれたように駆け出していく気配を後ろに感じながら、エンジは数多の『牙』を視界に捉える。此方を目掛けて一目散に飛んでくる草の鬼、極上の獲物を前に涎を垂らすオウガたち。

 来るならこいこい。今日は賢い君はお留守番、アレらの牙には万が一にも触れさせない。
 だからアレらは――コレが殺そう、そうしよう。

 息を。更に吸う、冷えた空気が肺に満ちる。
 此方に向かってくるアレらが、一斉に根を伸ばして来るのが視界に見える。
 あの根に捕われてしまえば最後、鋭利な牙が身を抉る事だろう――嗚呼、だが。

 知ったことか、そんなもの。
 全て諸共に弾き飛ばしてしまえば問題ない。

「――――“わっ!!”」

 直後。
 鼓膜を破かんばかりの音が、かの黒狼の身より放たれる。
 ビリビリと音を立てて震える空気、質量すら伴った振動の全方位全力放出。

 常人が受ければ耳から血を流しかねぬ程の刺激。けれど、あらまあ。
 アレらには耳塞ぐ手もない様子。可哀そうに、のた打ち回って苦しんで。

 弾き飛ばされ転がり回るオウガたちの姿を眺めながら、エンジの口がうっそりと弧を描く。
 こちらまで届かぬ牙に、どうして恐れを抱く事が出来ようか。
 うすらと開いた唇の隙間から、己の牙を覗かせて。飄々としたままに、月下の黒狼が嗤っている。

「さァさァ、大きな口の鬼さん鬼さん。コレとあーそーぼー」

◆◇

「――随分と、禍々しい花だこと」
 迫り来る鬼の気配を感じ取りながら。ぽつりと言葉を零したのは、「アリス」と共に駆けていた一人、耀子だった。
 後方より聞こえた獣の如き咆哮によって、随分と数は減っていたが。かのオオカミの接敵範囲を避けて来たのであろう群れの幾つかが、今にも彼女たちを捕捉せんと迫っている。

 程なくして硝子に映ったのは、根の生えた球根のようなオウガの姿。
 蠢く根もとげとげしい牙も、心安らぐ緑彩りの其れらとは程遠く――平らげるのに、これっぽっちの罪悪感もない。

 ――タン、と。言葉のないままに、耀子は一つ踏み込んで踵を返す。
 射干玉を靡かせ、足先は後方へ。「アリス」に追いすがるように地を這うオウガの群れ、其の只中へと。黒耀の娘は、一切の躊躇も迷いもなく駆けていく。

 自分が「アリス」の傍を離れても、まだ彼女を護る者は多く居る。ならば、耀子は己の得意な領分にて役目を全うするまで。
 花散らしの嵐とも云われる彼女の得手――すなわち、攻めの一手を。

「おまえたち、旅路を飾るには向かないのよ」
 ヴン、と。鋭い歯を備えた彼女の剣が音を立てる。
 低い唸り声を響かせて、並んだ三つ目が『花』を映す。

 嵐の前に散らぬ花はなく、草はひと時にて薙がれるが世の道理。
 其が、多少生きているからと言って何だ。多少の牙を持ち得ているからと言って、何だ。
 見える限りの何もかも。この剣をもって、すべて平らげてみせればいい。

「ここで全部薙がせて貰うわ――散りなさい

 ――白刃。
 何かしらの術と云う訳ではない。種も仕掛けもない純粋な刃、其の斬撃。
 其の、ただ一薙ぎで。蠢く根が切断され、開いた顎が上下に別たれる。
 ≪花剣≫の名のもとに。オウガ“だったもの”が、瞬きの間に薙ぎ払われていく。

  そう、文字通りの根絶やしに。
 幸運にも刃を逃れた個体がいたとして、追い縋ってきた別の群れが来たとして。
 嵐は幾度も巻き起こる。剥き出しの牙にも悪意にも、硝子映しの青に怯えが滲むことはない。

 数が多かろうが如何した。仮にあれらがこの嵐に慣れ、此方にその牙が届く様な事があったとて。
 何度でも、何もかも。斬り果たして終えば、それで良い。

「……道を、」
 道を、空ける。あの少女が、迷い惑いながらもようやく見出せた“帰り道”。
 未だ失われてはいないそれを、みすみすと埋めさせてなるものか。
 此度、己に課した仕事の末。ちゃんと彼女を見送るのだと、そのための道をつくるのだと決めたのだ。

 そうして、「アリス」が無事に『扉』に行き着いたならば。希わくは、その先で――。

「――きみの願いが、叶うと良い」

 ちいさく。祝をねがう、言の葉ひとつ。
 唸る嵐の最中にて、音に紛れるように溶けていった。

◆◇◆
 
 ――駆ける。
 「アリス」を追うオウガの群れから逃れるように。
 けれども、あくまで“少女”の負担にならぬ程度に留めた速さで。

 繋いだ小さな掌の主の息遣いを第一に考えながら、エドガーは『扉』への道を駆けていた。
 如何に急ぎの道とはいえ、猟兵としての身体能力を基準にしては少女の体力などすぐに底を尽きてしまうだろう。
 かの騎士を模した鬼の轍を踏まぬように。何より「アリス」を無事に送り届けることを考えるならば、一段と気を配らねばならない――共に在る者が、あらゆる痛みに鈍い己なれば、ことさらに。

「――おっと!」
 ちらと横目で少女の様子を窺い見た、その瞬間に。
 茂みより飛び出してきた“根”を視界に捉え、エドガーは反射的に身を滑らせる。

 グンと。「アリス」を狙って振るわれたオウガの根。しなる鞭のようなその動きは、しかし既の所で阻まれる事となった。
 根が捕らえるは彼の腕。一見にして華奢なその左腕は、異形の膂力により瞬きの内にでも折られてしまうかと思われた……が、しかし。

『――!!』
 悪寒、とでも言うべきだろうか。名状し難い感覚に襲われて、根を伸ばしたオウガの動きが一瞬止まる。
 ただ少し力を込めれば、この人間の骨など容易く折って仕舞えるだろうに。苛烈な“情念”にも似た何かの圧が、その一瞬を生み出した。

 ――かの青年が剣を抜くには、十分なひと時を。

 次の、間に。
 鋭い針のような剣先が弧を描く。それは彼の腕を捕らえていた根を、その先にあるオウガの本体までをも切り裂いて。次いで此方へ飛び掛かろうとしていた異形の舌先を貫いて、横目に見えた別の群れへと放り捨てる。

「アリス君に手出しはさせないよ。キミたちは、私が相手をしよう」
 アリスを背に庇うように立ちながら、エドガーは湧き出てきたオウガたちの位置を把握する。
 一つ一つの個体は小さく、力も弱いと見えるが。其れ等を各個で対処するには、どうにも数が多い。根を蠢かせ、生えた蔦を威嚇のようにしならせるオウガの群。球根のようにも見えるそれらを『禍々しい花』と称した友人の、先の言葉が頭を過ぎる。

  嗚呼、ならば。
 此方は、色褪せることのない、誇り高き花を贈ろうか。

 パッと。手にしていた細剣を、エドガーが手放すと同時。
 はらはらと。その剣先が、紐解くように崩れて――否。崩れていくかのように見えながら、その刀身を“花びら”に変容させていく。

 ≪Bの花茨≫。儚くも愛しき王女に由縁する茨の園、かの彩りを形造る花弁の嵐。
 青年と共に在る“彼女”のものではないけれど、同じくらいに誇り高い薔薇の花。

 その、吹雪く花嵐を前にして。
 彼の背に居た「アリス」が、思わずと言った風に息を呑む。
 きれい、と。小さく溢された声を聞き留めて、エドガーは柔らかく微笑んだ。

「――この花を振り返らずに、進みなさい。アリス君」
 視線は、花嵐の向こうに在るオウガたちへと向けたまま。
 そっと、青年は後ろ手に「アリス」の背を押すだろう。

「え、ぁ」
 戸惑うような少女の視線、躊躇う息遣い。それを背中越しに感じて、青年は一瞬だけその青い眸を後方へと滑らせる。
 細められた瞳には、出会った時から変わらずに。ひどく優しげな色が滲んでいた。

「キミは、扉の向こうへ進むべきだ」

  それは、少女が先に取り戻した願い。
 この先、何があろうとも。
 己が、同胞が。「アリス」を必ず『扉』まで送り届ける。
 だから、キミはただ、願いを見失わずにいてくれれば良い。

 そう後押しの意を込めて言紡いだ――次の、瞬間に。
 巻き起こる紅の嵐が。煌く青も、怪異も、何もかもを埋め尽くすようにして。
 道行く「アリス」の旅路を祝福するかのように、咲き誇っていた。
成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴

鷲生・嵯泉
語られる其の片鱗は娘の身の上を測るには十分だろう
無理に思い出さずとも良い
唯、其の心に今宿る想いを大事にする事だ

往くならば途を開いて呉れよう
……振り返らずに行け

お前達の相手は此方だ
空腹ならば好きなだけ刃を喰らわせてやろう
――妖威現界、益を示せ
向きや姿勢等から攻撃の方向と起点を計り先読み躱し
衝撃波を飛ばして初動を潰す
なぎ払いのフェイント絡めて隙を作り
怪力乗せた斬撃で以って一気に叩き斬ってくれる

待つのは痛苦と知りながら送り出さねばならない痛みより
……己が手に掛ける咎を選ばざるを得なかった程の想い
行為を肯定する事は出来んが
――世界を敵に回す事も出来る程に……大切だったのだろう
其れだけは、解らんでもない


穂結・神楽耶
どれだけ怖くても。
どれだけ辛くても。
何が待っているか、わからなくても。
踏み出した足を止めないというのなら、背を押すだけです。
さあ、足を止めないで。
ここはわたくし達に任せて行ってください!

という訳で、道を開けてもらいますよオウガ達。
輝かしき未来を摘み取る愉悦は甘露でしょうけれど。
それを阻んでこその我々です。
その未来を守るからこそのわたくしです。
どいていただけますか?

───ええ、力尽くで。

開く道は最短最速の一直線。
たったひとりのための帰り路。
例え暗晦深くとも、明けない夜などどこにもない。
さあ、夜明けを始めましょう。
一番暗い時間は、もう終わったのですから。

薙ぎ払います────【神掃洗朱】!


 ――刃が、閃く。
 暗晦を切り開くように、二振りの刀が揮われる。

 ひとつ。其の刀は、災禍を絶ち切らんとして。
 ひとつ。其の刀は、己の在り方を違えぬ為に。

 刀を手にした一人が、迷いし少女を背にして前に立ち。
 刀である一柱が、少女に寄り添うが如く横に立つ。

 今にも飛び掛かからんとする、無数の怪異を前にしながら。
 得物たる刀を握り、鋭い視線を前方へと向けたまま。鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は、己の背にいる娘御が溢した言葉を思い返すだろう。
 語られた其の片鱗は、娘の身の上を測るに十分なものだった。
男が思うは、此の娘御と――彼女を手に掛けんとした、『扉』の先に居る誰かのこと。

 恐らくは。
 あの昏く、陽を隠されて久しい異界の地にて。
 此の娘御にも、彼女の云う「あのひと」にも。心の儘に生きる自由など、碌な“先”など与えられてはいなかったのだろう。領主と聞いて想起されるのは、今まで音に聞き、目にして来た非道の数々だ。
 力ある者によって戯れに生かされ、戯れに摘み取られる。あれはそう云った理が蔓延ってしまった世界だった。なれば、「御遣い」に選ばれた幼き命の行く末など、想像に難くない。

 決して。少女の身に起こった事柄は、肯定出来るような行為ではなかった。幼き心に深く傷を刻み、それ以上に「あのひと」自身の魂も疵付く事を避けられぬであろう行いだった。
だが、それでも。

 ――世界を敵に回す事すら、厭わぬ程に。

「……大切、だったのだろうな」
 其は、小さく。息に紛れるほど密やかに。
 独口の様にして零された言葉は、きっと少女の耳には届かなかっただろう。
 けれども、何かを感じ取ってだろうか。「アリス」が不思議そうに此方を見上げる気配に、嵯泉はちらと其方を見遣る。

 片の瞳が、娘を見る。煤けた頬、痩せぎすの身体。腰まで伸ばされた髪は、道行きにてだいぶ乱れてしまっていたけれど。それでも長さを整えられた毛先を見れば、此の娘は慎ましいながらに“愛されていた”のだと見て取れた。

 待つのは痛苦と知りながら、送り出さねばならない痛みより……己が手に掛ける咎を選ばざるを得なかった程の、其の想い。
 ――其れだけは、解らんでもない

 ひとつ、息を吐いて。嵯泉は少女へ言葉を向けようと口を開く。
 語る言葉を多くは持たぬ身なれども。だからこそ、その音には至心の響きが込められて。
「過去を、無理に思い出さずとも良い。唯、其の心に今宿る想いを大事にする事だ」
 低く、紡ぐ。言の葉を口にしながら、嵯泉は再び前を向く。
「往くならば途を開いて呉れよう。……振り返らずに行け」

 その、言葉を聞いて。
 ふ、と。穏やかな笑みを溢したのは、穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)だった。
 少女の傍らに寄り添った彼女もまた、其の手に刃を握りこそすれ。ひどく柔かな雰囲気を纏ったまま、己が心を贈らんと「アリス」に向けて語り掛ける。

「ええ。どれだけ怖くても、どれだけ辛くても。この先に――何が待っているか、わからなくても」
 神楽耶にもまた、少女の語る過去の経緯の凡そを察することが出来ていた。
 きっと。「アリス」の行く先は、ただ明るいものではないだろう。
 辛くて、苦しくて。いつか今日の日に“絶える”ことを良しとしてしまうような、そんな先が来てしまうかもしれない。
 それでも――今、この時の少女が。前を向くのだと、決めたのならば。
 神楽耶は、ただ。願いに応えるべく、己を揮うのみなのだから。

「踏み出した足を止めないというのなら、わたくしは背を押すだけです。貴女の行く先を、切り開いてみせましょう」
 さあ、と。明るい声音と共に、神楽耶は少女の背に手を添えた。
 彼女を見上げた「アリス」の瞳に、神楽耶の顔が映り込む。
 そのかんばせには、どこまでもひとを慈しむような笑みが、浮かべられていて。
「足を止めないで。ここは、わたくし達に任せて行ってください!」

 とん、と。優しく背を押し出された少女の、その後ろで。
 二つの影が、夥しい数の『悪意』と相対していた。



「――という訳で。道を開けてもらいますよ、オウガ達」
 駆け往く少女の足音を聞き留めながら、神楽耶は改めてオウガの群れへ向き直る。
 目を出した種子のような、根の生えた球根のような。植物を模しているのだろう怪異達は、未だ「アリス」を狙っているのだろう。彼女への道を遮るかのように、神楽耶はひとつ、前へと踏み出した。
 男と刀が並び立つ。互いに視線が交わることはなく、その視線も切っ先も、鋭いままに怪異へと向けて。
「輝かしき未来を摘み取る愉悦は、甘露でしょうけれど」
 焔を映す瞳が、其を見る。己の欲がままに、無垢な少女を餌とするオウガたち――人を脅かす『敵』の姿を、正面から見据えている。
「それを阻んでこその我々です。その未来を守るからこそのわたくしです。……どいていただけますか?」

 ───ええ、力尽くで。

 刹那。
 場の空気が変質する。暗く沈鬱なばかりだった気配が、まるで燃え焦がれたかのように、熱く揺らめいて。目前のオウガ共を圧倒させるほどの苛烈な気が、神楽耶の身より放たれる。

 其れを受けて、隣立つ男はチラと神楽耶の姿を一瞥する。
 彼女の根幹たる焔を思わせる気配、覚えのある其れ。刀の纏う気の変化を、嵯泉は直感的に理解していた。
 ビリビリと肌を撫ぜる“破滅”の予兆を感じ取りながら、男は薄く口を開く。
「――時間は」
「三十もあれば充分に」
「そうか」
 交わす言葉は、短く。そして、それ以上を必要とはしなかった。
 ザリ、と。男がさらに一歩、前に出る。
「お前達の相手は、此方だ」
 刀を向ける。切っ先を鬼の一つへ向ければ、相対するオウガもまた牙を剥き出しにして威嚇を返した。純然たる殺意が交錯する。
「空腹ならば、好きなだけ刃を喰らわせてやろう――妖威現界」

 相応の益を、示せ。

 ――ダン、と。
 一際大きく地を踏み締めて。先に動いたのは男の方であった。

 手にした一刀を振り抜く、其の間際。刃に添わせた左手の薄皮を裂いて血を“注ぎ”込む。
 血を喰らう刀は、人外の力を得るだろう。天魔鬼神を宿すした刃、其の一閃。その一振りは風すら巻き起こし、殺気を伴わせた圧がオウガ達へと叩きつけられる。
 グシャリ。響く鈍い音、手前に居た幾つかの鬼が潰れた。その牙に一欠片も肉を咥える事なく、無様にも顎を開いたままに絶えたオウガたち。其の上を飛び越えて、二陣目の個体達が飛び掛かってくる。だが。

「――弱いな」
 弱い。勢いも、殺気も、策も、何もかも。
 地の上なら機動力もあろうが、空中に飛んで仕舞えば其の利点も死ぬ。直線的な軌道、変化があるとすれば伸縮する根か蔦のみ。しなる其れ等に気を割きながら、まずは一つを叩き斬る。
 次。右斜め上に開いた顎門、左側面より鞭が如き蔦。
 左足を半歩下げ、直ぐ様に蔦へ刀を振り下ろす。勢いのまま屈み込めば、顎門は空を喰むに留まった。
 身を捻る。刃を翻す。間を置かぬ振り上げ、狙うは空中にて獲物を捉え損ねた其れ。
 手応え。肉斬りにも似た感触。真っ二つに裂かれた其れを一瞥だけして、男は直ぐに呼吸を整えた。
 気配。左斜め下――ちょうど、嵯泉の死角となる位置。剥かれた牙、同時に根が伸ばされる。死角を狙った其は、男の首を捕らえようとして……否、否。身をずらした男によって、根は他愛もなく避けられる。死角だからこそに問題はない、常に気を割いている。
 半ば反射的に、嵯泉は開かれた顎門に刃を突き刺さした。同時に理解する、是らは“死角”を突こうとするほどには知性があるらしい。なるほど、なれば遣り様もあると云うものだ。

 チラ、と。嵯泉は束の間に、後方にいる同胞へと視線を移す。
 今し方の攻防はひと時のものであったが。神楽耶は気の一切を此方に向ける事なく、ただ只管、己の詠唱に集中しているようだった。
 あれは恐らく、詠唱の長さに応じて力を増す種類の業だ。襲撃に動揺する事もなく、ともすれば警戒の気配すら見せずに。一心不乱に術を編む神楽耶の姿は、ある意味で嵯泉の予想通りのものでもあった。

 此方に一分の隙もなく信を置いておきながら。其の上で、息をするように覚悟を抱いている。
 あれは、そういう『娘』であったから。

 時は二十と一。三十まではあと少し。
 そう思考したと同時に――ふ、と。刀の持ち手である右腕の力が抜ける。
 否、力を抜いたのだ。遺憾なく膂力を発揮していた代償として、疲弊を表すかのように。
 そうすれば。あの腹を空かせた鬼共は、間違いなく『餌』に喰いつくのだから。

 案の定と云うべきか。未だ形を保っている個体のほとんどが、目の色を変えて嵯泉へと其の牙を向ける。本名である「アリス」でこそないものの、人の血肉は彼らにとって極上の馳走である故に。
 ……だから。あまりにも愚直な“欲”に支配された其れらは、己の終わりに気付けない。

「ええ、ええ。充分です」
 高く。鈴鳴るかの様な声が、響く。

 『其れ』はずっと、己の刃を研いでいた。
 『彼女』はずっと、内なる焔を燃やしていた。

 しかと見据える。いつかの焔を焼き付かせた瞳が、鬼を視る。
 悪意の一欠片とて、逃しはしない。あの少女の、愛しき子の行く末を、妨げさせてなどなるものか。

 開く道は、最短最速の一直線。
 たったひとりのための帰り路。
 例え暗晦深くとも。明けない夜など、どこにもない。

「さあ、夜明けを始めましょう」
 其の刀には、焔が宿る。何処までも追いかける破滅の朱。
 何もかもを燃やし尽くす災禍が、今ばかりは路を『創る』ために揮われる。
 この夜を切り裂く、暁の一刀を。明けの空を、道行く彼女に贈ってみせよう。

 あの少女にとっての一番暗い時間は。
 もう、終わったのだから。

「薙ぎ払います───神掃洗朱!」

 ――直後。
 森を、空を裂かんとするほどの斬撃が。
 群がるオウガの悉くを葬り去ったのだった。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴