●罪障
帝都によって、世界は統一された。
桜散る場にて、同じように血の雨も降っていたというのに――今此処にあるのは、平和という生ぬるい停滞である。
首につけた重々しい黒い輪はまるで己の切り取り線のようだと思った。
「――かまうもンかよ」
仁義無き世に、革命はない。
言葉と共に吐き出されたのは、憎悪であった。
手に握る拳銃と、腰にぶら下げる日本刀は鍔がない。いつでも素早く抜けるよう、人と確実に「遣りあう」ための装備は物々しいものであった。
しかし、彼が今日この日まで見つからなかったのは――その滾る情動を隠しながら、ずうっと影に潜んできたからである。
「のう、オジキ」
呟く声は、まだ若さのあるもので。
しかし、幾たびの地獄を見てきた瞳にはただただ、冷たいいろの焔が宿ってる。
絢爛華麗の世を見下ろすには、ちょうどいい場所である。食い倒れの街、商人が盛んで眠らぬ西の行き交いに光のない目がすうっと細まった。
「死ぬンやったら、せめて漢らしく死にたいもンやのう」
今ここに、一人の漢がまた大きな罪を背負ってつみびとへ堕ちる。
●Philosophia
「君たちは、『仁義』に詳しい?」
ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)の一つの脳に内在する四つの人格のうち、「マダム」と名乗るそれは猟兵たちに問うた。
グリモアベースの一角にて、予知をしたからと猟兵たちを呼びつけて淡々とした口調と手つきで資料を配る。
「私はあまり詳しくないな。ロマンチックなのは苦手でね」
くす、と小さく笑いつつ、小さな歩幅と細い足でのらりくらりと歩きながら猟兵たちの反応を見ているようだった。
「場所は、サクラミラージュ。『グラッジ弾』というのが世界に持ち込まれる」
――『グラッジ弾』というのは。
サクラミラージュに至るまで、帝都が世界を統一するまでに幾度かの大きな戦いがあったという。
頭に『影朧兵器』と名の付くいくさの道具である。戦乱のない今も禁止されている『グラッジ弾』というのはあまりに、非人道的な兵器だったとされた。
「要するに、テロ行為だ。それも、とびきり、迷惑な」
人の感情が凝縮した弾である。
言葉としてぶつけられるだけでも甚大な被害に至ることがある人間の感情、その中でもより攻撃的な『恨み』を何らかの手段で凝縮させた兵器は、人間に当たれば通常の負傷で済ませない。
まるで蝕むように、対象を恨みで彩るのだ。
根付いた恨みが花開く頃には、周囲に影朧を呼び寄せる存在へと変貌させてしまうという。
「感情で左右される人間の考えることは突飛なものだね」
――破滅的だ、と黒の女はひらり、マントを翻しながら笑う。
「もちろん、このグラッジ弾とやらはすべて廃棄されたはずなのだが。どうやら、どうにかして手に入れた誰かが持ち込んでしまうという」
その、誰か。
名も知れぬそれの存在を、数多の人間の中から探すのは困難である。
「君たちに行ってもらうのは、西。カンサイ、オオサカ? かな」
慣れない地名であるらしい。女は発音を確かめるように、何度か同じ四文字を繰り返しながら、時折イントネーションを変えつつ資料をまとめたA4用紙の次を捲った。
「私が予知したものだと、持ち込んだのは男だ。黒髪を短く切りそろえていて、質のいい黒のスーツ」
ちょっと古いデザインだけれどね、と微笑む。しゃれっ気など、この悪徳にはわからない。
それから、右の人差し指を立ててみせれば、己の左手ででコピー用紙にしわを作りながら手首を眼前で叩いた。
「刺青があった。鱗のものだったかな」
手首まで入った刺青のデザインは、数多くある。
錦鯉のものなのか、龍のものなのか。仔細は猟兵たち自身で確かめてみるのがよかろうと猫めいた顔で笑った女である。
「それから、首輪だ。真黒な首輪はチョーカーのようだけれど――まあ、『下っ端』は隠さなさそうなデザインだよ」
情報を洗うなら、『下っ端』から。
組織で動くらしい此度のテロリストたちを思い浮かべながら、ゆったりと右手で細い首を撫でて見せる。猫の様に小刻みには振動をしない喉で、小さく唸りながら声を紡いだ。
「ニンキョウ、ジンギ、色々考え方はあるだろうけど、放っておけば大惨事だ。一般人が巻き込まれる前に、君たちで特定して殲滅、もしくは――そうだな、説得してみてもいいのかもね」
――暴力的であり、反社会的。おいそれと話を聞いてくれるような存在でないのだ。
しかし、彼らとてまた『一般的な人間』だからと黒は付け加える。
「人間の武器は銃弾よりもずっと優れたものがあるしね。そして、君たちはそれの扱いがうまいはずだよ」
ふわり、蜘蛛の巣が浮いて、空間に伸びる。女は左手の人差し指で己の左側にあるこめかみを軽くノックしてみせて、ゆっくりと瞬きをした。
転送装置としての役割に至るころには、放射状に広がる巣の隙間で美しい夜の街が広がっていたことだろう。桜が舞い、春の陽気がする西の街はいつだってにぎやかだ。
アーケードの下で行き交う人々の笑い声、時折なまりのつよい喧嘩の声、酔っぱらった誰かの世迷言がひしめき合うのが聞こえただろうか。
「さて、それではいってらっしゃい。猟兵(Jaeger)」
救われる感情は、果たしてうつくしいものであれるだろうか。
今、めくるめく悪と義の世界にてひとつのありふれた事件が起ころうとしていた――。
さもえど
●
さもえどと申します。串カツが恋しい。
●構成
一章:日常。
調べものターン回です。『グラッジ弾』を持ち込んだ一般人を探しましょう。
二章:冒険。
自分達を「幻朧戦線」と名乗り、同士達と共に逃走します。幻朧戦線を名乗る一般人達を捕らえなければなりません。
三章:戦闘。
影朧の群れが現れ、乱戦となります!
プレイングの受け付けは断章の投稿後で各ページにてお知らせとなります。
今回はタイトな募集期間となりますので、ご確認のほどよろしくお願いいたします。
それでは、素敵なプレイングの数々、楽しみにお待ちしております!
第1章 日常
『怪奇な噂』
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POW : 歩いて情報収集したり、聞き込みをしたりする。
SPD : 事件に関係ありそうな場所へ行ったり、新聞などで情報を集める。
WIZ : 知恵や魔法を使い、推理する事で犯人を絞り込む。
👑5
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
男は行き交う人々の流れを見ていた。
商店街である。大きな橋があって、気分の上がった若者や調子づいた人間がよく飛び込むのを見た。
菓子のメーカーに買い占められる大きな広告がぬらりと真黒な皮に光を宿らせて、観光用の船などがゆるりと泳げば波打つ。
――変わらない。
黒いそれに、桜が浮かび上がり、波にもまれて消えてはまた新しい斑点を宿らされているのも、いつも通りの光景であった。
「アニキ」
短く切って整えた髪は染めたばかりで地毛が見えぬ。
あまり派手な格好をするなと言いつけてやったのだが、それがこの男のこだわりだというのなら容認するほかないのもあった。金色の短髪の下は喧嘩で作った肉体である。
「用意できやした。行きますか」
拾ったのは、少年院を出たところである。
「虎よォ、昨日買うた女はどうしてん。なんも言うてへンやろな」
行く当てもないのだといって、幼い彼は当時、男の作りつつあった集団に頭を下げて仲間に入れてくれと願ったのである。
それから、力試しなどといって己の配下にも満たぬ数名がいたぶるのを見ていた。これは、男を育てた『オジキ』の教えでもある。
――いいかァ、龍(たつ)。
お前、絶対に下のもンがやるみたいに。転がってるもンにてごすなよ。碌でもあらへンぞ。わざわざ道端のゴミ触ることもあらへん。触りたがるアホに触らせェ。
「殺しました。今は、もう橋の下で腐ってますわ」
もてあそぶための暴力と、殺すために働く暴力というのは質が違うのだ。
正式にこの金髪――『虎』を仲間に入れたのは、己の捨て駒をいともたやすくステゴロの喧嘩だけで病院送りにしてみせたからだ。
生まれつき一本線が足らンかったのです、と笑っていた幼い顔を忘れない。それももう十年前のちょうど今頃のことであり、この『虎』もずいぶんとその名にふさわしい漢へと育った。
振り返り、ヘアワックスで整えたオールバックの髪をゆっくり竜が撫でる。
『虎』は、己の敬愛すべき彼の動作を見て感動していた。
――長谷川 龍興という男である。
『虎』が初めて院に入ったあと、品行方正に心がけてあっけなく出たあたりから、家族というものは龍興をはじめ、彼を育てた組織に成り代わった。
桜吹雪の似合わぬ強面の下に、びっしりと背中から手首にかけて龍の刺青を持つ彼は、まだ十四にもならぬときから顔つきが変わらぬ。
「そォか」
龍興のヘアワックスも、香水も。
この世界には似合わぬほど、辛いにおいがするのだ。
ひりりとした感覚が鼻から喉に落ちて、『虎』は唾をのむ。初めて龍興を見た時と同じ感覚を、すでに何度も味わっていた。
「虎よォ」
「へェ、兄貴」
「俺のエモノ、取ってンか」
「へェ」
――長谷川 龍興という男に仕えられるのは、もはや、久保 虎鉄のみであった。
ぱりっとした黒スーツに袖を通し、きちりとネクタイを締めて真っさらなワイシャツを隠す龍興に、虎鉄は恭しく日本刀と銃をささげる。
限りなくフォーマルな龍興に対して、虎鉄は見てわかる通りの悪人の姿を保っていた。派手で真っ赤なワイシャツと、白いスーツは汚すたびに捨てている。
買い替えるための金を女からむしり取り、時に暴力にものを言わせながらも龍興のそばで右腕として在り続けて早何年かも数えていない。しかし、その甲斐甲斐しい献身の甲斐あって二人の間には無駄な言葉は要らないまでに至る。
龍興が手際よく拳銃をスーツの下、銅をめぐるホルスターに備えて、丁寧にボタンをつける。ごつごつとした両手は指先から甲の筋に至るまで繊細に動いていて、未だに虎鉄はその手のひらで繰り広げられる数々の悪行が夢のように感じられていた。
「アイツらにゃ、声かけたンか」
「へェ。もう準備に入らせてます」
「そォか」
「芸人も女も、文豪なンかは文字ばっかりかいとるからまともに聞いとるやわからンのですが」
「どいつも似たようなもンじゃ。――車は」
「目立たンよォ、狭いもンですが」
「阿保が」
虎鉄が、微笑む。
――龍興が「阿保」というときは、たいてい、褒める時だ。
「狭ァ無かったら、棺桶にもならンがな」
に、と笑っていた龍興の顔が、やかましいネオンに照らされているのがまるで、いっとう美人に見えてしまう。
虎徹が茶色い瞳にその表情をおさめてから、ゆっくりと瞬きをして――噛みしめていた。
「黒い車にゃ、しときました」
大義のために。
今宵、――漢たちは笑って、散る。
●
大阪、繁華街。ミナミと呼ばれるそこは輝かしい街である。
ずうっと真っ直ぐアーケードのある筋があれば、少し脇にそれると賑やかな飲み屋が数多い。
老若男女問わず金の巡りのためならば誰でも寄せるために、所狭しと店があったことであろう。
新作のコスメティックを売る、そこそこに小遣いを与えられる学生向けの店もあれば気品のあるブランドが少し奥まった角に潜んでいる。
飲み屋といえば悪いものから異質なもの、それから、高級すぎるものまで探せば至るはずである。
金さえあればこの世界にて苦労することもあるまいと――誰もが思うだろう。
豪華絢爛な地は確かにあでやかで、美しい。吹き荒れる桜はまさに紙吹雪のようで、極楽と言って差支えのない賑わいがあった。
しかし、通りをじいっと見てみればわかるだろう。
地面に手をつき、土下座をして己の頭の前に空き缶を置いている物乞いがいる。
薄汚い格好をして、顔にすすをつけたままどこから持ってきたのかわからぬ泥まみれの毛布で雑魚寝をする男がいる。
身なりのいい男相手に手を引いて、己の太ももや腰を触らせて金をねだる女の必死さは化粧でも隠せていない。
――地獄が、ほんの少し隣に在る。
天国と地獄がひしめきあう魔境にて猟兵たちは訪れることとなった。
治安と貧富の差はともかくとしても、あまりに人が多いのである。この中からテロ行為を働かんとする男を探せというのも――ひとりひとりを探していてはきりがなかろう。
かといって、変に騒ぎを起こしては計画を早めることになるやもしれぬし、猟兵によっては人の波に飲まれてしまうやもしれない。夜もよいころ合いであるというのに、街はいまだにぎやかなものであった。
しかし、猟兵たちには「天国」であろうと「地獄」であろうと「超弩級」という名分があるのである。高級な店には手ぶらでも通されるだろうし、きな臭いところに立ち入ったって、猟兵たちに手をつけたがる存在も少ないのだ。
猟兵たちが物騒な兵器を持ち運ぶ男たちの存在を「調べる」に至っての障害はどこにもないといえよう。
さぁ、猟兵たちよ――「刺青」と首輪を持つ男たちを探し出せ!
***
4/18 9:00~ 同日24:00までの募集予定です。
失効までに出来る限りのご案内になります。ご容赦くださいませ。
玉ノ井・狐狛
◎
反社会系のお兄サンか。
個人はわからなくても、だいたいの場所=シマがわかってりゃ、やりようはある。
適当な賭博場のたぐいを探す。
違法のヤツか、あるいは黒に近いグレーか。シマのなかでそういう店があったなら、そのバックに連中がいるのは間違いねぇ。
そこでたっぷり勝たせてもらおう。
――あァ、そうだ。きっとバックヤードやらに連れていかれるかもしれないが。
さて、お互いのために▻取引といこうぜ。
アタシの勝ち分は、ここでこっそり返してやる。
代わりに、ちょいと聞きたいコトがあるんだけどよ――
首輪をつけたヤツ。あるいは普段と違う行動をしているヤツ。
そんなヤツらに覚えがあったら、教えてくれると助かるぜ。
●
商店街の筋にある店には入らなかった。
あでやかな着物を着ていれば、軽い男に声をかけられるのもまた、美しい狐の定めともいえる。
むしろ己の色も香も今日は調子がいいのだと、玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は認識した。コンディションというのはどのような環境であっても賭博師の彼女に重要なものである。
派手な衣装は相手を時に油断させ、カードを裏返せば気圧せるだけの印象を与えるものである。しかし、いくら衣装が美しいからと言って着られているようでは運も味方にならない。
「さァ、こンなもんかい。西の野郎どもってのは」
ばらばらと小銭と紙幣が崩れ落ちて、机に叩きつけられた。
「なんだい、なンだい! こいつ、イカサマしてらァ! このアマ、お前ェ。どつきまわしたるど!」
「言いがかりじゃないかい、お兄さん。せめてつくなら運にしてくれよ」
点棒が転がって、狐狛は己の牌を机の中心へ押しやる。琥珀色で相席する他の客共に目を配らせれば、大損をしなかった彼らが頭をかいたり、顎を撫でたりしてから手持ちの牌を混ぜた。
麻雀である。狐狛が目を付けたのは、雀荘だ。
商店街の通りから見れば西側に直進、さらに二つの交差を超えて空き家なのか店なのかわからぬ老舗の跡を見た。廃ビルではないらしいが劣化のある建物の二階にあったこじんまりとしたところである。
向かいには女が春を売る簡易宿もあり、その二つの関係性を紐解くのはイカサマで役を組むよりも簡単であった。
立ち入るときには、狐狛も笑われたものである。
女が来るところじゃねェ、働きてェなら表の店にしな。服でも脱ぎに来たンやったら酒くらい奢ったるわ――なんて言っていた中年太りの連中も、今や賭博師の彼女に金を巻き上げられる存在に成ってしまった。
「おどれらも、何、素直にやっとンのじゃ! 女やぞ!」
「女言うたかて、超弩級やぞ。わてらがなンかてごしてみィ、お上にしょっぴかれるわい」
「あほだらァ、お前もう打てへンのやったら、外出とき」
狐狛に無礼にも怒鳴り散らした男が、坊主頭に脂汗を浮かべながら凄んでみても同じような年齢らしい狸に似た男と、よい時計をした愛想のいい男がそれを窘める。
「お上、お上て――そンなに上が怖いンか、ボケ! あァ、もうええわ!」
狐狛にこの男が負かされるのは、これで四度目である。
最初こそしおらしく狐狛も役をそろえていたものだが、まず一度目でわざと海底撈月を作り上げて見せた。
運がいいのだと場の空気をつかんだのならば、仕掛けは仕上がったも同然だ。たばこの匂いにも溶け込んで、美しい少女が賭博にいそしむ違和感が消えたころに狐のいかさまはあっという間に一人へ大損を畳みかける。
「ちょいと、ちょいと」
この流れこそ、――本当に欲しい「あたり」をわざとつかむための「大いかさま」であった。
熱くなりすぎた一人を、わざと選んだのである。大腹の狸は表情に乏しく、愛想のいい金持らしい時計の男はきっと癇癪を起さない。
だから、一番騒ぎそうな坊主頭をわざと大負けさせた。狐狛の方に、気配を殺したらしい静かな男の手が二度、優しく置かれる。
「お客さン、お上の回しもンや言うならおいらも黙って見とれまへん」
「ええ?」
狐狛が忙しなく金をかき集めて、紙幣を数える。手際よく指のスナップで捲ってから、机で整えて二つ折りにしてから胸元へしまいこんだ。
「勝負に文句つけるってのかい。西はマナーが悪いねェ」
「『マナー』がなってへンのは、あんたのほうでっしゃろ」
「関西弁かい? なまりがきつすぎる。聞き取りにくいぜ」
「――ほいたら、わかってもらうまでお話しましょか」
つまみだすのは、客の仕事ではない。
店員との接触を図るために、狐狛はわざと目立ってみせたのだ。
「姉ちゃん、もう行くンけ」
「さみしいのう」
「なァに、また生きてりゃ打てるさ。そン時まで、上達してておくれよ」
まわりをぐるり、立ち上がると同時に首を回して観察する。黒服の後ろをついていけば、店の内部は図形で言うところ、正方形だ。
狐狛が四隅の左下、玄関から立ち入ったところで打ち込んでいたのなら、対角線上に二つのテーブルと団体があり、空きの卓は一番暗がりに当たるところのみである。
黒服が非常階段扉に手をかけたのなら、開けばすぐ隣の壁が見えて、下には狭い路地があった。
「何しにきたンじゃ、ワレ」
――低く唸る男の凄みに、キツネ耳がひくりと動く。
「脅しにゃ慣れてるよ。なァに、アンタにゃ興味ないさね」
生ごみと廃棄ガス、鉄の階段は粗雑なつくりで、さびた手すりには桜がこびりついていた。腐り始めた桃色を一瞥して、琥珀色が従業員の男を見る。
「裏のことはちょっとばかし、知ってるンだよ。だから、余計にゃ触らんさ」
「何をごちゃごちゃと――」
「ヤクザだろ。ここの元締めは」
すっかり、世界は帝都によって統一されていたのだ。
反社会的な暴力組織であるその集団も、今やひっそりとした権威に成り下がったことであろう。
お上のお目こぼしがあるとはいえ、戦乱からしばらくたったこの平和的な世の中ではその暴力も「ただの」暴力に成り下がり価値もない。
「アタシが知りたいのは、たった一つ。それをうまく握れば、めぐりめぐってアンタらのためになることさ」
――取引といこうぜ。
胸元に隠して温まった札束を、凄む男の手を取り握らせる。ちらりと服の袖、ワイシャツの隙間から手首を見たものの、そこに刺青はなかった。
「アンタらにゃ、現ナマが一番信頼とれるだろ」
「金は嘘つかンよってにな。イカサマもあらへん」
「そりゃよかった。代わりに、ちょいと聞きたいコトがあるんだけどよ――お互いの生活のために、さ」
息を長く吐いて、男が金の数を目で数える。二十は軽く超えるそれを確かめるように触ってから、黒いスーツの尻ポケットにしまうのを見た。
「かなわンわ。アンタ、プロなんやろ」
「なァに、しがない博打好きさね。そんなことより、最近ちィと危ないやり取りって聞いてないか」
「金が動くことけ」
「そうさ。ここに、黒い輪ついてるやつらがどでかいことしようとしてる」
「――せやな」
思考に入る男の顔を見た。目線を狐拍が追う。嘘をつくための視線ではない、記憶を探るために男の眼球は下を見ていた。無意識の行動にこそ、真実は宿っている。
「おいらの元締めや。そいつらが、よォけ金要るから寄越せいうて、一週間前くらいに店怒鳴りこんできよった」
「んで、売り上げはどのくらいやったのかは覚えてるか」
「そら、せいだいよ。もう、根こそぎじゃ」
それから、背丈の小さい狐狛に合わせるようにして、雀荘の店員は屈む。
黒染したらしい髪の毛には白髪がうすく混じっていて、どうやらここの店主らしいゆえに落ち着いた振る舞いを狐狛も悟った。
「やくざ言うのは、やるときめたら、とことんやりよる。でかいコトやるンやったら、なんでも巻き込むよ。嬢ちゃん、おら悪いこと言わへん。手ェ引き」
――この男は。
『そちら』側の存在ではないらしいが、黒の輪を付けた組織の存在をよく知っているらしい。青ざめた初老の顔に浮かぶのは、こころのそこからの怯えだ。
狐狛が「そりゃ怖いね」と言ってから、鼻で笑い飛ばした。
「怖いもんに手ェ出さなきゃ、でかい儲けはないもんさ。さあ、言ってくれ。なぁに、アタシだけで解決しねぇさ。このあたりにゃ、もううようよと『超弩級』が来てる」
大きなことがおこれば、この雀荘ももたぬだろう。
違法が目こぼしされている社会において、猛威を振るってしまって勝てば大儲けだが負ければ大損どころか、正義に根こそぎ壊されるまで至る。
ことを起こす誰かしらはその均衡を脅かそうというのだ。当人たちはよかろうが、こうして影にしか居場所のない存在たちにとってはごめんこうむりたいことのはずであった。
商店街に、美しい金色を整えたままに狐狛が足を進めた。
「『玄竜会』ねえ」
ずいぶんレトロな名前だな、と。
狐狛が「この人に聴いたらええわ」と握らされた名刺は、シンプルだ。とある事務所のものである。
白い紙に刻まれた印刷から読み取るに、表向きは「建築業」なんて名乗っているらしい。
「三國サンか。たいそうな名前だこって」
『三國 剣一』。
構成員か、幹部か。それとも、離反者だろうか。統一された世の中でひっそりと身を隠す彼らの何につながるのか――。
予定以上の働きはしない。
ほかの猟兵たちに情報を共有したほうが、「安く」済むだろうと、人の波に従って筋に至る。狐狛がちらりと路地のほうをみたのならば、もう、先ほどの店がどこにあるのかもわからなくなってしまっていた。
成功
🔵🔵🔴
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
長躯に人相、タトゥーと見られる呪詛の刻印
そういう手合いに同業と取られる見目
こちらを警戒する眼差しの中に殺気があれば、それが「正解」だ
……うっかり喧嘩をせんようにせねばな
不愛想だった昔とは違うんだ
いつもの笑顔で対応して、適当な露店で一杯、酒でも奢ろう
酔えば口が軽くなるのは皆同じ
情報収集ついでに、口八丁で言いくるめておくか
ちと言葉遣いが荒くなるのはご愛敬だ
そこらの連中と一緒に酒が飲める世の中ってのは、そうそう多くねえ
ガキの頃から色々やったが、この歳になると平和が恋しくてよ
――本当の地獄なんざ見るもんじゃねえぜ
隣合わせの死線よりも血腥い地獄に苛まれる身
元より生きることは地獄だが
……物は言いようよな
●
うっかり喧嘩に至っては殺しかねぬ。
銀髪を後ろで結った男は、屈強な体をしていた。
真っ黒な上等の衣服をして、ごつりと体重に任せてヒールを鳴らし床を踏む。
目から漏れるような墨色に宿るのは信念ではなくて罪という呪詛なのだ。しかし、見ようによってはあまりに「悪人」らしい雰囲気を醸し出せるものでもある。
現に、何度か道行く人々から好奇めいた視線を寄せられるが、少しそちらに視線をやれば蜘蛛の子が散るように注視もあっという間に消えうせるというものである。
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、どこからどうみても、美しい顔に罪の証を刻んだ風変りな――危険な人物だと行き交う人々に波紋を広げていた。
「さて」
唸るようにつぶやいて、舌を口内で少しもてあそぶ。唇を手のひらで覆いながら、周囲に気を配った。
明らかに「悪人」もしくは、「侵略者」らしい己の外見と落ち着いた振る舞いに警戒の視線が集まっている。
――狐の少女が情報を仕入れた雀荘の向かいが遊郭であるのならば、遊郭の裏は飲み屋がぽつりぽつりと並んでいる。
ここに至るまでにニルズヘッグは歩きながら、大きなカニの模型を掲げていた店を見た。UDCアースのものとはよく似ているが、こちらのほうがレトロな街並みに目立つのが世界のギャップであろう。
そして、この街には様々な店があるのを知る。甘味処もあれば家族連れ目当てのものもあり、若い者にターゲットを絞った店もあれば、隠れ家をコンセプトにしたひっそりとする静かな飲み屋もある。
「食い倒れの街、か」
――食い物に在りつけず、倒れているだれかがいるというのに。
人間のその様がいとおしくて、内心すこしワクワクとしながらあたりを見ていたのだ。
とまれ、こうして無警戒な人間たちと警戒心の在り過ぎる人間たちが共存するこの街は混沌極まりない。ニルズヘッグにとっては、むしろ好ましい地であるといえよう。
無数の情念が渦巻く中に、攻撃的なこころというのはよく映える。警戒の視線が抱く持ち主を絞ることにした。
好奇心からのものや狂人ゆえの悪意のないものを省くために、路地にそれる。身長のせいもあるが、ニルズヘッグは歩幅を広く歩き続ける意識をした。
北欧に似たところの出自である。少なくとも、畳で暮らす日本人の足よりもずっと長く生まれてきたのだ。ふっと大通りから姿を消したニルズヘッグを探し、静かに後をつけてくる存在を悟る。
己の衣服の内側、黒いコートの下で「きゅい」と蛇竜が唸った。安否を心配するのではなく、その鳴き声は「大丈夫だよ」と言いたげな優しい音である。
「――あァ」
振り向くのは、大きなボタンが咲き誇る飲み屋の暖簾前でだ。タイミングを見計らってのことであったと獲物が判断したときにはもう遅い。
一人だけが己の後ろをついてきているのを、蛇竜も確認している。ゆえに、見逃すはずがないのだ。
「よォ、きょうだい」
「俺はてめェのツラに憶えなンておらんど」
犬のような顔だな、というのが第一印象であった。
下っ端らしい身なりである。派手な衣装を身に着けてはいないが、ちらりと首の横に見える刺青はどうやら炎を模したものらしい。腕まで伸びる迦楼羅炎の模様と、ウルフカットながらまだ若さの残る茶髪がニルズヘッグを追いかけていたのだ。
「ふは、そうか。じゃあ、今日から憶えてくれよ」
「あ――?どういうこっちゃ」
「コネだよ、コネ。こう見えて超弩級なんてえらいもンでね」
口調を合わせる。
ニルズヘッグは、若いころ――学園に属していたころは、今のように言葉を知らなかった。
どのようにものを言えばいいのかも、どう笑えばいいのかも、どうして面白くもないものに皆が笑うのかも、仕組みを理解できないまま生きていた名残で、人を真似るというのが上手くなったものである。
暖簾をくぐって、戸を開く。背丈のある体を猫の様に背を丸めながら、店に至る彼の隣を、逃がさんぞとにらみをかける若い男もまた不愛想な類らしかった。
まるで、幼いころの己の焼きまわしを見たような気分になる。
「あ? なにヘラヘラしとンじゃ、よそモン」
「まァまァ、これも何かの縁ということにしろって」
「おうコラ、俺はお前に出ていけ言うとンじゃぞ」
日本人らしい、平均的な背丈で凄む。
にらみを聞かせて額をニルズヘッグの鼻っ面に押し当てん勢いで怒りをあらわにする男に対して、ニルズヘッグは愛想のいい笑顔で笑っていた。侮蔑も、軽視もない。まるで、怯える幼子をあやすような屈託のない笑みである。
「なァに、今日は――シマ獲りにきたわけじゃァねェ。すまんね、二人通してもらえるか」
「テメ、コラ。勝手に何を言うとンや」
「『三國 剣一』」
ぴくり、と――。
ニルズヘッグに今にもかみつきかねない仏頂面の睨みが驚きに至って、少し緩む。
「なんで、お前」
「知ってるなら、聴かせてくれよ」
狐の少女曰く。
『玄竜会』の男であるらしい名刺の名であった。
大きなビジネスを動かして、裏の世界も表の世界も混ぜ繰りまわすようなテロ事件を起こそうとしている組織とかかわりがあるらしいこの人物の名は、大層強力な効果があるらしいのである。
ニルズヘッグは、店内一番角の座敷を指定した。静かな店内でもいっとう、誰の声も漏れないようなところである。
色違いの瞳と、店員の上品な黒い瞳が交差して「どうぞ」と短い返しとともに案内があった。
座敷に入れば、畳の匂いがふわりと湧く。上品なものである。クオリティの高い環境であるからもっと栄えてもいいはずだが、どうやら「カタギ」を入れるのはカウンターと、テーブルのみであるらしい。
「まァ、座れ」
正直なところ。
――誰彼構わずともに酒を楽しむなんてことは、ニルズヘッグにとって在り得ぬことだ。
これも仕事のうちである。人間は、動物は、たいてい食事中は気が緩む。ニルズヘッグの聞きたいことを酒に任せて吐かせるには、愛想と妥協と、容認と、もてなしが大事なのだ。
己が政府に託されたチケットをテーブルの上に置けば、「確かに」と給仕がそれを回収する。「熱燗を」といったニルズヘッグの一言で、茶髪の男を残して給仕が去った。
「――座れて、お前」
「せっかくいい席だろ。座っとけよ。そこらの連中と一緒に酒が飲める世の中ってのは、そうそう多くねえ」
「なんでお前がオジキの名前知っとンのや」
ニルズヘッグは、座敷の壁に備えられた窓から道頓堀の景色を見た。
ネオンがうるさく、人々はのんきに笑って、浮かれ、踊るように歩いて難波へと進んでいく。
回答をゆっくり、呼吸の長さだけ考えている。薄く反射する顔は、思案が読み取れぬほど無表情だ。
「嘘をつくのは、うまくないからよォ。単刀直入に話しようぜ」
観念したらしい茶髪も、座る。どかりと勢いよく尻肉を畳につけて、給仕が酒を運んでくるころには二人とも向かい合う形になっていた。奥に座るのがニルズヘッグで、いつでも「逃げられる」位置、手前側にあるのが茶髪である。
「まず、お前をなんと呼びゃァいい?」
「雅じゃ。」
「マサ、か。そしたら、まずだ。マサ、乾杯といこうぜ」
息を詰まらせる、雅と呼ばれた彼である。
「ガキの頃から色々やったが、この歳になると平和が恋しくてよ。――あンだよ、ビビってんのか?」
「何を――ボケたことを! 俺は雅や! 鬼の雅やぞ!」
「そうか、そうか! なら、乾杯だ。乾杯しようぜ、なぁ!」
平和に、乾杯。
なんだかんだと丸め込まれてしまうあたり、ニルズヘッグの見込み通りである。『雅』と自称するこの人物は、テロリスト側の存在ではない。
ぐいっと豪快に酒をあおる顔は、やはり表情に乏しいが先ほどよりは緊張がゆるんだようだった。
「にしても、雅は見回りか何かか?」
「そォじゃ。最近、観光客もおるし、お前らもおる。シマがやかましゅうてたまらん。分別つうもんが、ないんじゃ」
淡々とした口調ではあるが、ニルズヘッグの読み通りの思想で動いているらしいのは白状した。
酒が得意でないのかもしれない、やや顔を赤くした雅を見ながら、ニルズヘッグは追加で煮卵を願う。
「そりゃ、すまんかったなァ。でもよォ、雅。俺たちもお前らの邪魔がしたいわけじゃねェ。でかい事をしでかす野郎さえいなけりゃ、さっさと帰りてェもんさ」
「――お前、だから、オジキの名知らされとンか」
静寂。
ニルズヘッグが、次の質問を考えるよりも早くに、少し指先を震わせながら徳利を持つ雅が応える。
「オジキは、ええひとやった。なンで極道やっとンかわからんくらい、頭もいい。のう、知っとるか。文字が読めるアホは死ぬほどおるが、ほんまにえらいのは一握りじゃ」
「そりゃ、そンなもんだ。人間なんて、利口なほうが珍しいぜ」
「せやろ。やから、俺は、オジキについてきたンじゃ。――あの龍の阿呆に、ついてきたんと違う」
最後の一言は、聴きなれぬ人名であった。
「タツ?」
ニルズヘッグが繰り返すと、しばし雅はどう答えたものか悩んでいるようである。
「おい、マサ。いいンだ。どうせ、こっちも馬鹿なンだよ。わかるだろ」
「――俺はよ、お前のことどう呼ンだらええんかわからんわ」
「ニルでいい。それでいいぜ」
情報を、引きずり出すのは簡単だった。
ニルズヘッグにまるで告解でもするかのように、赦しを乞うかのように雅は言葉をこぼしていく。
雅は、それが何かを知らなかったのだとしきりに繰り返していた。
ある日のことである。雅がいつも通りの時間に起きるはずのところを、仲間が叩き起こしに来たのだ。
顔面を蒼白にした若い衆が、まるで地球が滅ぶといわれたような表情をしていたから、てっきりクスリをやり過ぎたのだと思って不機嫌な返しをして追い払おうとした時のことである。
「オジキが、死にました」
暗殺だったのだという。
実際の死体は、雅の地位では触れることも見ることもかなわなかった。
葬式に来たのは『玄竜会』すべての社員――構成員であり、一つの大きな長、己の実の親よりも頼りにしてきた頭領が死ぬということは、彼らの社会では大きな事件である。
当然、敵対組織の仕業でないかと踏んだが、当時の『玄竜会』はもはや西のこの地域では敵なしと言わんばかりの脅威があったのだ。
「味方殺しとちゃうかと、皆、思た」
――そこでようやく、名前が挙がったのが長谷川 龍興という男である。
次の会長として、彼はめきめき躍進して実権を握って見せたのだ。それも、いとも、たやすく。
普段の行いからしても、特に誰かを嫌うこともなければ、舎弟一人を除いては一匹狼でいたがるたちであった。ゆえに、前会長である三國 剣一も彼のことはよく案じていたのだという。
「もし、もしよォ、ニル。俺。思っとったンや。いつか、いつか龍やったら、やりかねンなって」
「何でだ? そいつも大事にされてたンだろ」
「――ちゃうよ、ニル。わかるやろ。目ェみたら、わかる」
酒気帯びた吐息とともに、首を振る雅の姿を見て、ニルズヘッグもまた同じような表情を作った。
「ひとごろしの目やった、あいつは、ずっと」
もとより、生きることは地獄である。
酒にあてられて、ニルズヘッグの前で事のあらましを話した雅に、水をもってくるよう店員に伝えてニルズヘッグは店を出た。
「万事任せとけ」なんて肩をたたいてやったのなら、仕事は終わりだ。ふう、と冷たい空気を吸っては長く吐いて、得た情報を仲間に共有するために頭の中で言葉にする。
「革命、か」
――家族の命を犠牲にしてでも、得たい世界があるとするなら。
それがどれほど粗末なものであれ、それが人間の為したいことであるというのなら、ニルズヘッグもまた否定できぬことである。
「夜はまだ冷えるなァ、蛇竜」
ぽん、ぽん、と己の上着。その胴回りを撫でてやれば、きゅうと返事が返ってきた。
「本当の地獄なんざ、見るもんじゃねェぜ」
誰に言うわけでもない。
しかし、この男は『本当の地獄』が何であるのかを知っている。
雅曰く、長谷川 龍興の首には首輪が見えなかったらしい。丁寧に服を着るたちであるというから、しっかりと襟を詰めていると思われる。白いワイシャツの下、首元を見るのはごく限られた人間のみだ。
が、――その舎弟である『虎』は、どうやら首輪を最近つけ始めたらしかった。
もとより派手な格好をしたがる陽気な男らしい存在だという。だから、奇抜なファッションの一環か、ブラックジョークか、いつもの「きちがい」めいた動きだと誰もが思っていたかったのだとも懺悔があった。
「家族、家族なァ」
――失うのは、何だろうか。
命だけで済めばいいのだが、とニルズヘッグが空を見上げれば、夜空に星は一つも見えなかっただろう。
成功
🔵🔵🔴
アルトリウス・セレスタイト
さっさと特定するに越したこともないな
絢爛を起動
起点は目の前の空気
全知と秩序の原理を以て該当区域全ての空間を支配
グラッジ弾を持ち込んだもの、及びその協力者を特定し
「誰も傷付けることなく」
「自ら積極的に、そして全面的に」
グラッジ弾の回収に協力させる
高速詠唱を『刻真』で無限加速し起動は現着後即座に
多重詠唱を『再帰』で無限循環させ多重起動で支配を確実に
出力が足りねば『励起』で必要なだけ上昇
魔力は『超克』で“外”から汲み上げる
経緯はどうあれ、犠牲なく済めば恨みつらみが募る者も少なくなろう
実行者達にも、思い直す余地もできるかもしれん
※アドリブ歓迎
ゼイル・パックルード
調べものは苦手だが、これも経験かね。
とはいえ回りくどいのは不得手だ。その筋に詳しそうなヤツ……
武器はこの世界じゃありふれてるし…表に出てこないクスリ売りでも探すとしよう。
組織に属してるにしろ属してないにしろ、なんらかの情報は持ってるだろ
見つけたら、嘘をつかないことを条件にUCを使う。痛みだけじゃなく、公的機関にバラしてもいいがね
刺青と首輪の持ち主を知っているかを尋ねる
ジンギとかそういうのを重んじてそうなヤツ。黒スーツのやつとセットなところを見たことがあるかとかね。
心当たりのある噂ならなんでもいい、後は足を使う
後は、グラッジ弾……とまではわからないだろうがヤバいモノが流れた噂があるかどうかだな
インディゴ・クロワッサン
UDCアースの任侠モノならちらっと見た事はあるけど、僕の好みじゃなかったなー
「とは言え、義理と人情を通そうとするその心意気だけは買えるんだけどね」
ふーむ、どうしようかなー
一旦アース系列世界用のサクミラでも着てる私服に【早着替え】したら、UC:集め集う藍薔薇の根 に【誘惑】も加えて探してみようかなー
「玄竜会、ねぇ」
絡まれたら…裏道みたいな所で迎え撃とうか
あくまでも此方は防御に徹しつつ【怪力】と【武器落とし】と【見切り】で攻撃は受け止めて【カウンター】の【精神攻撃】&【傷口をえぐる】で情報を吐いて貰おうか♪(【情報収集】
渋られたら睨むのもありだよ(【殺気】
被害は0の方が良いだろうから攻撃はしないよ
●
映像の中で見た任侠というのは、派手なBGMとともに金でもめたり、女でもめたりなんかして人間らしくもありながら浅ましさを感じさせられるものである。
はっきり言ってしまえば、インディゴ・クロワッサン(藍染め三日月・f07157)の好みではなかった。
映像の中で派手に舞う血は真っ赤だ。これがもしや、藍色だったら面白かったのだろうかとも思うが、――どうして「藍色」なんて発想が出るのかも不思議であるし、インディゴからすればどちらでも面白くはなかったのだろう。
見たいものは人間同士のやりとりで、武器を使ったアクションなんてもうとうに経験済みである。日頃から命を懸けて未来を守る猟兵である彼にとっては、こんなものを見て何が面白いのだろうと思わざるを得なかった。
UDCアースで借りたフィクションの映像は、所詮、フィクションなのである。借りただけ損をしたなと思って、ただ悔しくて最後まで流し見はしておいた知識を少しだけ参考に、彼は此度の捜索に踏み出ていた。
「ねえ、ねえ、アレ。何売ってるんだろう?」
「ヤクだ。目ェ合わすな」
「ヤク?」
インディゴが指差したのは、縮まるようにしてあぐらをかいた男が展開する露店ともいえぬものである。
新聞紙を茣蓙がわりにして、小さな袋包みがいくつも並んでいた。薬ばかりが並んでいれば、インディゴも違法薬物だと思えるのだが、袋が続いたかと思えば湿布薬なんかも並んでいる。
簡素な薬局のつもりであろうか――と思った彼に、「転売ってやつだよ」と付け加える声がある。
「詳しいんだねぇ、キミ。ゼイルくんだっけ」
「まぁな。つうか、どこでもこういうことやってるぜ。俺らが見てないだけでさ」
ゼイル・パックルード(囚焔・f02162)からすれば、UDCアースの治安の悪い場所と同じようなものだと思う。
彼がそういったところを己の居場所だと分別しているからこそ、逆に、毎日のルーチンの中で「見つける」のはうまいものだった。
調べることは苦手だが、ゼイルには「見つける」という己の勘を生かした動きは得意である。今も、迷いなく仲間を二人連れて三人で歩いているのは、理由があったのだ。
「薬など売って、どうする。ここは、病人ばかりか?」
アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)は、ゼイルに問う。
アルトリウスにとって、薬とは毒だ。人体によい影響を与えるものを、薬と人は呼んで信じているだけのものである。
規定以上飲めば体を脅かすものであるという点はどれも共通で、変わらない性質であるはずなのに、「薬」だけは人間がだれしも信用してしまうからこの全知全能の数式には理解がないのだった。
こてりと首を幼くかしげる仏頂面に、ゼイルが肩をすくめる。
「間違っちゃないね。どいつもこいつも、薬、クスリ。クスリ大好きって顔してる」
たばこのにおいが異質で、インディゴも愛らしい顔をしかめた。
己らに向けられる視線が好奇心と下品なものであるのはわかる。ゼイルが「三人」で行動したのには、理由があったのだ。
一人で少年と呼べそうな背丈のインディゴが歩けば、確実に「ナメられる」。その強さを見誤るのではなくて、きっと、印象から先入観でうまく会話が聞き出せない――「事故」が起きる可能性を踏まえた。
インディゴも、被害者も犠牲者も少ないほうがよいとして、人間には手を出さないつもりではいるが「最低限」の暴力でとどめておく方針は同じである。
「ひえー。廃人って動けるほうがタチ悪いんだろうねえ」
冷静だ。つめたい観点を持っているインディゴは、効率に生きている。ゼイルも、話が早ければ早いほうがいいと思うたちだ。
一方、「そうなのか」と納得したアルトリウスは、その超常の力を使ってこの場すべてを治癒しようとしたのだから、ゼイルも留めた。
「こいつら、好きでこうなってんだ。邪魔しちゃ悪い。そうだろ?」
「――そうなのか」
アルトリウスには、人間の感情が理解できていない。
感じている、と言われればそうなのかと納得することしかできないのだ。彼には、こころというものが理解できていない。
数式のような男には、命令が一番似合うのである。アルトリウスを連れたのも、社会のためであった。
「何でもかんでも、綺麗なままじゃあうまい事いかないもンなのさ」
「なるほど」
瞬きを何度かして、場の空気を【絢爛】で支配し始めているアルトリウスである。
何か問題があればすぐさま、洗い流せるように――洗浄がごとく、かき混ぜる気でいた。ゼイルにはその道理がわからぬが、とんでもないものを持っていることは分かった。
早くその力の発揮が見てみたいが、まだ早い。にいと笑って、インディゴを見た。
「俺たちがあたるのは、こういう安いのじゃねぇほうがいいと思うが、どうだい」
「んー。……確かに、映画とかだったらこう、お金払って聴いてた気がするんだよね。個人情報とかさ」
混血の証である整ったかんばせで、愛らしく口をすぼめながら考えている。【集め集う藍薔薇の根】を張り巡らせながら、確信が得てからの返事であった。
インディゴの事前知識は、フィクションだ。
しかし、フィクションというのは現実がないと成り立たないものである。「高級」を求めるゼイルの提案には、「そうだね」と明るく頷いた。
「それにしても、玄竜会、ねえ」インディゴが、仕入れた情報を二人に共有しつつ歩く。
三人が歩くのは、商店街より少し離れた地域だ。日雇い労働者が多く、治安も悪い。素っ裸で公園のトイレからホースで水を汲んで体を洗う年配の姿もあった。
自由だな、とインディゴが穏やかに笑えば、アルトリウスは物珍しそうにしていた。
ゼイルはというと、二人を一歩半置いていきながら目もくれず先を急いでいる。
「指定されてるなら、――事務所の場所は特定できてるだろうさ。だが、俺たち以外は騒いでねえ気がするな」
「調べてある。しかし、もぬけの殻だ。組織は解体した、とある」
全知全能である。
すぐさま、この世界の「外」から力をくみ上げているアルトリウスが、情報を精査した。無限の情報から取捨選択をして、ふたりに補足をする。
「解体。ってことは――ふーむ。ちなみに、それはどうして?」
「リーダーに当たる人物が、殺害される。そもそも、帝都が統一されてからというものの、勢力はすっかり落ちたらしい」
「な。言ったろ。きれいにしちまうとこうなるんだよ」
ゼイルが鼻で笑った。
「擁護するわけじゃねぇが、気に入らないね。上が白って言ったら全部白にしろって――その結果が、どうでもいいことにつながるんだ」
権威意識に強く反発を抱く彼は、社会に反する生き物だ。
我が強いともいえる。ゼイルの中にあるのは、己の規則と信念のみであった。思想や嗜好、こころを縛る法など、彼には無駄で、どうでもいいものである。
「まあ――上があるから下もあって社会が回るんだと思うけど。とは言え、義理と人情を通そうとするその心意気だけは買えるんだけどね」
「何故? 法律は規則だ。守るべきものではないか」
インディゴの中立寄りから応えられる肯定には、数式や規則そのものであるアルトリウスが疑問を投げかける。
「確かにそうだよ。でも、心って毎秒変わるものなんだよね。それを貫き通すって、そっちのほうが大変ですごいことだなーっていうのは、思うかなぁ」
座標で言うところの、規則的であれないシンギュラリティが心である。
アルトリウスが納得したような、不明確なままであるような実態に沈黙したところで、ゼイルが己の手袋を抜いた。
「オラ」
「――わっ、なんや」
軽く投げられた手袋は、上等なものだ。
相手が相手ならば身なりのいい格好をしたほうがいいと思って準備はしてきたが、今は報酬としても、代償としても使う。
「それ、やるよ。代わりに、嘘偽りなく応えな。おっさん」
【デュエリスト・ロウ】。
手袋を代償にした絶対の規則が、クスリだの生活雑貨だの、いつのかわからぬポルノ雑誌を売っていた幅広い闇市の男を縛る。
見えぬそれと圧力に、ひげをぼうぼうに生やした薄汚れの顔が、三人をしげしげと見た。
「なんだい。あんたら。よそもんけ」
「よそもなにも、土地は私有地を除いて皆のものだ」
アルトリウスが、ぴしゃりと男の戯言を封じる。
それから、二言目が飛び出す前にゼイルが男の露店の一部を蹴り飛ばした。ひいと悲鳴があがり、茣蓙が舞う。
「質問してェのは俺たちだぜ。おい、お前らの一番嫌がってることをしてやろうか」
こわいこわい、とインディゴが苦笑いをすれば、じりじりと周囲の視線も敵意を以て集まってくる。
仲間意識が強いのだ。どこにも行き場のない彼らが、己らの居場所を作り上げ、独自の社会を形成している。だから、「よそもの」にはどんな立場で在れ厳しい。
特に、ゼイルがふっかけた闇市の男は『品数の多さ』からみて、大手なのだ。だから、声をかけてやったというのもある。インディゴが美しい藍色の髪を振りまいてから、柔らかく笑んで周囲を見渡した。
「何もしないって、ほんとうだよ」
攻撃はしない。
駅らしきところから少し進んで、狭い路地である。割れた窓からも視線が投げかけられ、ごみのすきまからも誰かが見ているような気がした。
ぴりぴりとした緊張感が走り、――そして、ゼイルがしびれを切らす。
「刺青と首輪だ。見たことあるか、このあたりで」
「は、なぁにぬかしよる。そんなん、きょうびどこにでもおるわい」
「ふざけんな」
また、店の商品を蹴飛ばした。巻き上がった茣蓙を合図に、闇市の男を知るはぐれ者たちが三人へと襲い掛かる!!
ぶうんと大きな腕を振り下ろしたのは、日雇いの労働者であるらしい。汗ばみ据えた臭いをさせながら、どう猛にインディゴを襲った。
オブリビオンの動きに比べれば、止まっているようにも思える。薔薇の寵愛を受けているのもあって、たやすくインディゴは相手の力に手を添えるだけで、その体をすっ転がしてやった。
地面に男の巨体が転がって、周りも臆する。ぐっと空気をかみ殺す感覚に、「やめといたら?」と提案した。
「悪いようにはしないよぉ。寧ろ、皆のほうが危ないかも」
――自分ごとにさせる。これは、話術だ。
誰が見てもわかる通り、嘘をつく手段を知らぬアルトリウスがそこに追撃をかける。
「刺青と、首輪。刺青は龍のもので、手首まで入っている。そして、黒い首輪をした集団を見るようにはならなかったか。――彼らでは扱えぬ武器を手にして、テロ行為を働こうとしている」
「テロ!?」
「テロやて」
「なんで、いまさら――!?」
ざわつく。
日雇いの労働者たちが目を丸くして、暴力の緊張を解いた。お互いの顔を見合わせて、「かみさんに言うたらな」「いつ起きンねん」「おうはよ、逃げなあかンで」と笑い飛ばすのではなく、心配しだしたところから――予感はあったらしい。
ゼイルが周囲の反応を見ながら、闇市のあるじにもう一度、質問を繰り返す。
「しらねェか」
「――知っとるよ。最近、ちょくちょく、はやっとった。どっからもうたもんかは知らンが、遣い方知らンだらあんなもん」
己の衣服に付着した、包装紙とともに包まれる薬を握る。
「おらの売るクスリよりも、ずっと価値あらんわい」
「どこが買ってる」
「二代目よォ。いンや、元、じゃの」
「元?ああ、そっか。つぶれちゃったんだっけ、『玄竜会』」
また、ざわつく。
アルトリウスが、その反応を見て――周囲の空気を掌握した。
協力を根本的に促すための手の動きは、指先一つで十分だ。「話してくれ」とアルトリウスがいえば、周囲の緊張感とおそれはより高まっていく。
「龍、――龍ちゃうか、やんのは! 」
「ああ、ほいたら、あかンわ! あいつ、政治家にも、女優ともなかええで。あの辺もグルちゃうか」
「いやァ、そんなんお上が許さんやろ。そない緩いもんか?」
「緩いも何も、平和ボケしとる! 皆、隣でシャブ打ってたかて気づきよらんわ!」
口々に、労働者たちが語る。ゼイルが、一つ一つを精査してから「待て」と声をかけた。
「僕も気になるな、今なんて言ったの? 政治家、女優?」
インディゴが腕を組んで、問うてみる。
「せやよ。だいたい、お気に入りの客っつうもんやくざはもっとるもんや。忘年会とか、新年会に呼んだりしよる」
投げ飛ばされたゆえか、藍色の強さを見込んで汗ばんだ男も頭を抱えつつ応えた。ふむ、とインディゴも顎に手をやって考える。
「これ、結構規模がでかいんじゃない。テロ――というか、マインド方面のテロだと思うよ」
アルトリウスに目配せをすれば、情報の精査をまたし始めているらしい。一度、労働者の口をすべて閉じさせて沈黙を得る。
ゼイルが「邪魔したな」と言って――踵を返した。駅の方面に帰ろうとした少年と青年らに、「おうい」と野太い闇市の声がかかる。
「よう覚えときぃよ、一寸先は闇やどぉ」
それが、どこか。
『お前達もここなら居場所があるぞ』と言いたげな手招きに聞こえて、ゼイルが鼻で笑う。
「――大丈夫だ。あんがとよ」
振り向くことはない。手をひらりと頭の上で振って、三人で歩き出していた。
「政治家、女優、――あとこの世界で他人に影響与えそうっつったらなんだ」
「文豪、とかかな?」
「違いない。たいてい、どれも地位に上り詰めるまでは鬱屈した経験を得るものだ。協力者であっても、傾向的には理解できる」
天国と地獄がゆきかうこの街で、もし、本当に『自分の死』で革命を起こそうとしたものがいるというのなら。
「まったく、世も末だぜ」
ゼイルの一言には、「ほんとにね」とインディゴも笑って――アルトリウスがまた、首をかしげていた。
三人の影を、にぎやかな新世界のあかりが照らしている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
叢雲・源次
【煉鴉】
(服装:いつものスーツ上下。上着は脱いで同色のベストを着ている)
仁義か。誠意や誠実さとは違った、彼ら特有、独特の価値観と言える。『筋』とも聞くが
(…どうしたものか…任務と言えど歓楽街にグウェンドリンを連れて行くのは聊か気が引けるが、と思案していれば袖を引かれ)…是非もあるまい、か。グウェンドリン、離れてくれるなよ…何故と聞かれても説明に困るのだが。不必要な観察も控えろ
(グウェンドリンに続いて女性達へ)ぶしつけですまない…何か知っている事を教えて頂きたい。ここ数日で変わった様子が無いか、些細な事でも良い。…例えば、普段見ない者の往来が増えた、か…逆にここ数日姿を見ていない者がいる…とかな
グウェンドリン・グレンジャー
【煉鴉】
(服装:黒と瑠璃の地色にモルフォ蝶の飛ぶ着物)
仁義。ヤクザクラン、での、騎士道、の、ようなもの
私の故郷……中世の、騎士や貴族、も、実情、ヤクザクランめいた、もの、だった、けど
んー……
(第六感、聞き耳、読心術で鱗の刺青と首輪持つ男に繫がりそうな情報を持つ人に目星を付け、源次の袖を引っ張る)
あの人、多分、何か、知ってる
(目線を向けるのは夜働く女性達。こういう場所は初めてだ。興味深い)
……鱗の刺青の、人。もしくは、同じ組織……の、黒い首輪の、人。知らない?
昨日から、貴女たち……の、仲間が、帰ってきてない、とか
(口ごもるようなら、読心術で女性達が考えていることを言い当てて様子を見る)
ティオレンシア・シーディア
◎
極道かぁ…あたしのお店にも似たようなのは来るわねぇ。
まあそもそも世界が違うし、ならず者半歩手前どころか紙一重な奴なんて冒険者にはそう珍しくもないけど。
(あたしもジョンソン(仲介人)することあるし)
あたしは色町当たろうかしらねぇ。
この手の連中って、上が動かない分三下連中はそれこそ東奔西走しなきゃいけないもの。
ストレスたまってる連中が小金を持ったら何をするか、なんて。酒か、飯か、女か。古今東西そう変わりはないでしょぉ?そういう連中ほどボロを出しやすいのよねぇ。
こう言うトコの人たちって、外から見るよりずっと横のつながりが強いの。
舞うだけの蝶、愛でられるだけの花なんて思ってたら大ヤケドするのよぉ?
水衛・巽
◎△
私が知る関西とは様相が違う
地理はさほど大差ないでしょうか
礼儀として黒スーツは必要でしょうね
効いてくれる気がしませんがこの顔だと舐められるので黒手袋と眼鏡も
幸いブラフと酒には自信があります
いかにも空気の悪そうな、路地裏の店を選んで適当に注文します
…あァ、こないな場所やし言い方ちゃいますな、
ちょぉ、そこのオネーサン、こんな話聞いてんか
なんでも最近
ここらで趣味のええ首輪ひけらかす奴がいる聞いたんやけど何ぞ知らん?
狗の首輪みたいに
カシラが誰かわかっとるやろ、みたいなえごっつう趣味のええやつや
鉄砲玉頼みたいねん
鉄砲玉が何かって?
そんなん言わんでもわかるやろ
(カウンターに伏せた右手は銃の形に
ジェイ・バグショット
◎
人を見つける為に利用するもの
それはやはり『人』だった
情報屋から仕入れた情報を元にゴロツキの集まる地域と、そこで最近動いたデカい金の流れを追う
安い金で買える代物でもないはずだ
さて、当たりは出るかな?
人をバケモノへ変える物騒な弾をどこから仕入れたのか
それに金が支払われたのなら動きを抑えておくのは当然。
動き続ける人を追うよりも過去の形跡から追い詰める方がラクな時もある
同時に幾つか女を買える場所へ
なァ…男を探してるんだ。
金髪の、黒い首輪をした男だよ。
自分の首元で無い首輪を持つ仕草
記憶というのは曖昧だが、やはり一番頼りになる
噂好きの女どもと仲良くする
小さな噂から大きな噂を辿ればだいたい目的地へ着くのだ
●
身なりのいい黒服を身にまとう機械の男は、緑の光と美しい鴉の女を連れている。
確かな足取りは使命に準ずるものだ。
今は前を向いているつま先は、先ほどまではどこへ向けるかを悩んでしばらく立ち止まっていた。隣に連れる少女とは交流があるとはいえ、恐らく一番情報が眠っているであろう場所に連れ立つのはどうかと思ったのである。
叢雲・源次(DEAD SET・f14403)は、地獄を宿す男である。
鋼鉄の体は駆動すれば熱く燃え上がるゆえに、彼のこころはいつでも冷たい。
非人道的であるつめたさとは違った、けして熱くなりすぎぬよう努めた理性にとって、非効率な感情というのは興味深いデータでもあるのだ。
ゆえに、独特の価値観である『筋』というものには――認知のみがある。
「是非もあるまい、か。」
「ねえ、なに、ぶつぶつ、言ってるの?」
唸る源次の袖を引くのは、グウェンドリン・グレンジャー(冷たい海・f00712)だ。
アーケードが空を包むのは、中央区と呼ばれる場所である。しきりな客引きを交わしながら、マイペースなグウェンドリンは東側へと足を進めていったのだ。
「いいや。――グウェンドリン、離れてくれるなよ」
「うん。だいじょうぶ、だよ」
きっと、源次の視点とグウェンドリンの視点は違い過ぎるのである。
源次が心配するのは、さきほどよりグウェンドリンを見る男たちの目だ。
美しい鴉の少女は、どう見ても世間知らずなふるまいである。けして体が幼いわけではないが表情と所作にあどけなさがあり、無邪気なものだった。
さらに、服装と言えば高級であしらいのよいものである。その辺の娘が憧れるような仕立てをした彼女は、その筋にあるのならば誰がどうみても『上物』と判断するだろう。
手を出そうものなら紛れもなく『食われる』のは彼らであろうが、その行動の結果は源次が計測するのもあきらめるほど、最悪の数値だ。
そして、グウェンドリンが心配するのは源次がはぐれてしまうことである。
頼りない彼ではない。その強さを知ってもいるし、したたかな体は人に気圧されたところでどうなるわけでもあるまい。しかし、迷子というのはいつも立ち止まっていられないものなのだ。
お互いに、言葉がうまいたちではない。ゆえに、二人で行動しているのが此度の縁であった。
「なぜ、東へ?」源次が行き交う人々に揉まれながら、橋を渡り切る。
「なんとなく」グウェンドリンは、すかさずそう言った。
――正直なところ、大したものだと源次も目を見開く。
源次にはそもそも、供えられた機能がある。地形のマッピングから解析までなど、瞬きの間に行えるものだ。
ゆえに、東には人通りが多く「裏」に通じそうな場所があることは知っている。それを、グウェンドリンは己の勘だけで推察したのである。
否、――勘ではない。
「観察か」
「?」
小さな源次のつぶやきは拾い切れなかったらしい。不思議そうに、グウェンドリンが振り返ったがまたすぐに前を向いてずんずんと歩いていくのだ。
大阪、中央区。――その東にあるのは、やや「お手軽」な風俗店の集まりがある。
治安はこの金に飢えた集団よりもやや悪い。欲望が渦巻くエリアに足を踏み入れるのもお構いなしな鴉の少女に、源次の足が待ったをかけた。
立ち止まった鋼鉄に、躰を止められて、グウェンドリンが振り向く。
「どう、したの」
「何故と聞かれても説明に困るのだが――此処より先は、不必要な観察も控えろ」
「なぜ。逃げられ、ちゃうかも。人は、止まらない、し。鳥よりも、動く、よ。遅いけど」
踏み入れれば、街の様相はがらりとかわる。
先ほどまでは、多くの一般人たちがいたのだ。周りの店舗も見えないくらいに人があふれていたのに、今や客引きの女たちと、品定めをする男どもしか見当たらぬ。
ちらり、ちらりと欲のない顔ぶれを見れば――猟兵たちもどうやら、いるらしい。
春を売る女たちというのは、はっきり言って、詮索を嫌うのだ。
ゆえに猟兵たちもどのように「口車」に乗せるかのタイミングを見定めているようである。源次にとっては、グウェンドリンへの説明がつくよい理由である。
「周りの猟兵たちと合わせる。いいか」
「――ん。」
こくりと頷いた鴉の美しいかんばせに、スカウトの男たちが魅入っている。
隠すように、源次が視線の間側に立てば、商売と欲の色は失せた。代わりに、非難のものになる。
「よし」
守る必要がないとはわかっておれど、やはり、グウェンドリンは少女である。
それも売れば飛び切り価値がつくような、手にすれば店の順位がひっくり返されるような存在だ。何も男の味も痛みも知らぬような宝石めいているのは、源次も客観的な数値として理解できる。
「様子を見る。――屋台で何か食べるか」
「うん」
即座の返事から察する通り、グウェンドリンは色気より食い気であった。
●
「え、ウッソ。本当ぉ? それ、もうその店やめていーんじゃないのぉ」
「それがそぉもいかへんのよぉ、次滞納したらあたし、首さらされてまうか大阪湾に沈められてまうて!」
――色街というところは、ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)の経験上、情報の海だ。
インターネットと言って差支えがない。検索するのにやや手間がかかるが、必ずほしい情報はこういうところに入り浸れば手に入るものである。
ティオレンシアが普段経営する店にも、此度、事件と大きくかかわりがあるであろう人種と似た存在が、たまにやってくる。
そもそも世界は違うのだが、――ならず者にもならぬような『半グレ』の冒険者なんていうのは、彼女の世界では珍しくもない。
欲望で動く存在たちに足らないのが義ならば、この世界の『極道』には備わっているのだろう。しかし、根本的には人間の本質など変わらないのを、『仲介人』を行ったこともある商売人の視点からティオレンシアは知っている。
「さすがにコロシはしないでしょ。たかが女ひとり相手に、そこまでムキになるぅ?」
「せやろ!? アタシもそう思ってたんよ。そしたら、この前殴られてもーて。もう、こりごりやわぁ」
【絞殺】。ティオレンシアの話術を底上げして、交渉事を双方快く行うための技術は大きく効果が出ていた。
ティオレンシアと女が一人、裏路地にて煙草に火をつけながら会話をしている。ティオレンシアは背を壁に預け、女といえば仕事あがりで腰がだるいせいもあって、酒瓶入れに尻を預けていた。
店が目立つためにやかましい提灯の色とりどりな光が道に納まりきらなかったあかりと、たばこの火だねのみが光である。
お互いの顔がちょうど見えるか、見えないかあたりで交わされるなんでもない会話は、まず、目の前の女の――『みはな』という名前を聞き出した。
「ミハナちゃんはさぁ、やり返したいとか思わないわけぇ? あたし、なんかちょっと話聞いてたら許せなくなってきたわぁ」
「せやかて、自業自得よ。いまさら、家に帰られへんしなぁ」
「いやいや、でもさぁ。夢のためにお金かりて、体売って働いてんのに、ちょっと売上悪いくらいで女の子の体殴る? フツー」
話術は、肯定から始まる。
ミハナと名乗った女性は、顔は作られているものだとティオレンシアは見抜いた。
惚れた男がいたのだという。その男に似合う女になるために、彼女は己の顔を書き換えることにした。
簡単にいうなれば――少し、ミハナは弱い女なのだ。しかし、それをティオレンシアは窘めない。「言ってほしいこと」を的確に見抜いて、ミハナを赦して癒す。
「ミハナちゃん、綺麗なんだしさぁ。もったいないって。別のお店いったらぁ?」
「やんなぁ。京都とか、まだあいてたらええけど、なあ」
表情はうっすらとしか見えないが、明らかに声色が変わる。
ミハナの声と言えば、ティオレンシアが聞く限りでは少し『足らない』感じがしていたのだ。『お馬鹿さん』らしい声である。常に明るくあろうとして、前向きな空元気で働いていたのだろう彼女に、特段胸は痛まない。
「――どしたの?」
しかし、それを少しでも見せなかった。
あくまで、ゆっくり。心から己はこの女が心配なのだと、まず自分の心をだまして、ティオレンシアは問いかける。
「あたしな、こんなん、――言うてええんか、わからんねんけど」
「いいよぉ。別に、酒のんでるし。明日にゃ私も忘れてるわよぉ」
震えた声に合わせるように、口をすぼめて小さく促す。
ミハナが鼻をすすりながら告げた言葉は周りの客引きと男の声と窓から漏れる嬌声のほうがまだ、聞き取りやすいものだった。
「やくざの、全然、下っ端やけど。そいつに、金借りてもうてん」
ビンゴ。と、内心拳を握ったティオレンシアである。
極道の社会は、序列がある。一番上はたいてい動かず、下っ端が東奔西走して計画を進めるのが常だ。
下っ端の下っ端などは、蜥蜴の尾よりも簡単に切られるものである。だからこそ、明日の日を悪であるために必死で金を稼ぐ手段によく使うのが金貸しと女だ。
「殴ったのが、そのやくざってことねぇ」
「逃げられへんやろ、あたし、アホやった」
――そうだと思う。とは、言わずに。
ぐすぐすとしゃくりあげ始めたみはなの痛みに、ティオレンシアは何も言わず、彼女の煙を浅く吸って吐き出した。
「それってさぁ、『玄竜会』の人?」
「なんで、知っとん!?」
悲鳴めいた声に、しいっと息を吐いて己の唇に人差し指をティオレンシアが充てる。たちまち、ミハナは黙った。
しばし沈黙を置いて、誰かが悲鳴を聞きつけて走り寄ってこないかを確認してから、ティオレンシアが告げる。
「実は、あたし――そこ、潰す予定なのよぉ。今、仲間とその足取り、探してるの」
「え」
「ホント、ミハナちゃんと知り合ったのは偶然よぉ? でも、ラッキーだったわぁ。私も、ミハナちゃんも、ツイてる!」
小さく声に出しながら、ハイタッチの手を差し伸べれば、恐る恐る返事をしたミハナも、ゆっくりと手を合わせる。
それから、力強く握って「ほんまに!?」と顔を寄せてきた。煙臭くてむせそうになるのを、笑いでごまかす。
「え、ほな、どないしょ。あたしの店、そういう子いっぱいおンねん! 紹介しよか!?」
「そういう子って――」
「せやんか。皆、『玄竜会』の『荒稼ぎ』に使われとるンよ」
絶句したのは、馬鹿な少女の多さにか。それとも、悪徳共の容赦のなさにか。
肩をすくめてから、ティオレンシアが「最高!」と手を握り返せば、シリコンのたっぷり入った鼻を大きく膨らませて、ミハナも笑った。
●
己が知る『関西』とは、少々違う。
なまりがキツく、かつ、粗暴なところが目立つのだ。行き交う人々の酒に浮かれた具合たるや、どちらの世界が平和ボケを深刻にさせているかは判断がつかない。
「いーやぁ、すごいわぁ! おにいさん、京の人?」
「せやよ。大阪にええ女さん、ぎょうさん居てはるって聞いて遊びに来よった、軽い男やけど」
「こんなええ男やったら軽てもええわぁ!」
水衛・巽(鬼祓・f01428)の衣服は、普段の美しい着物とは異なる。
闇に溶けるような黒は、洋物だ。黒いスーツ姿と、指紋すら女の肌に残さぬための黒い手袋、それから、冷たい色をしたシルバーフレームの眼鏡はスクエアで、誠実そうな雰囲気を一瞬、彼の印象に付け加える。
化粧によっては大きく印象が変わる巽である。美しい女の顔をすることもあれば、勇ましい男らしくあることも、小手先ひとつくわえただけで変わるのだ。
ゆえに、振る舞いと表情には気を付けて演技を繰り返す。
「ここの店は、皆えぇ子ばっかそうやね。上がらしてもらってもかまへん?」
「いやーっ! みんな、嬉しいわぁ! もう、そんなん気ィつかわんで、入って入って!」
ティオレンシアが、すでに色街の一角を掌握し始めていた。
・・・・
「おおきに」
ゆえに、よそものはただでさえ受け入れられやすくなっているらしい。巽が選んだのは、空気の悪そうな――甘い香りがあふれかえる、女たちの巣である。
バーであった。女たちの体に触れながらそのぬくもりを楽しみ、時に躍らせ、謡わせ、それを肴に酒を飲む場所である。
「一番ええ酒、用意してくれん?」
空いた席には、ゆったりと腰掛ける。
――目の前に女に見定めたのは、理由があった。バーにて酒を造る女は、きらびやかなドレスを着ている代わりに、ひとつも軽い笑いをしていないのである。
雰囲気に酔わず、ヒトにもなびかず、照明によっては暗い印象を与えるだろう。一般的な客は、彼女に触れないのだ。
「飲めるんか」
「酒には自信あるよ。飲み比べはってもええ」
くすくすと柔らかく巽が笑えば、女はやはり仏頂面のままに酒を用意する動きに入る。
髪の分け方が特徴的なミディアムヘアは、黒髪だ。左耳にかけるようにして髪の毛を流し、うなじを隠しているが背骨がうっすら浮かび上がる背を隠さないドレスを着ている。
和のものであふれる街に、洋であることは意外性をもくろんだものであろう。彼女の店にある女たちは、みな、美しいドレスから色を放っていた。
「こんな話聞いてんか」
「しゃべるんやったら、他行き」
「――なんでも最近。ここらで趣味のええ首輪ひけらかす奴がいる聞いたんやけど何ぞ知らん?」
強くマドラーでかき混ぜられた、きつい度数の水割りが振り下ろされる。
店内がつかの間静まり返るほどの音であった。グラスが割れないあたり、この女は「しつけ」に慣れているらしい。
しかし、「しつけられている」巽が悠々とした表情であり、彼女のほうが明らかに余裕がなかった。
「ママ?」
「黙っとき。あんたら、仕事にもどり」
また、喧騒がよみがえる。
やはり、巽がにらんだ通りなのだ。若さは化粧でいくらでも作れる。巽が性別を偽れるように、この女だって金をかければいくらでも若々しくあれるのだ。
しかし、ふとした本性を表に出す時はどれほど粉をはたいても、栄養素を肌に注入してもぼろがでるものである。
だから――仏頂面でいたのだろうとも見た時から冷静に判断できていた。「化ける」のは巽のほうが精巧である。
「狗の首輪みたいに。カシラが誰かわかっとるやろ、みたいなえごっつう趣味のええやつや」
返答を待ちながら、辛い酒に唇を浸してから音もなく口に含み、一気に胃に送る。
「鉄砲玉頼みたいねん」
カウンターに伏せた右手を、巽はすうっと銃の形に組み替える。
ゆっくりと持ち上げたそれを、己のこめかみに充てた。グラッジ弾は、『犠牲』失くしてその効果を発揮しないのである。
「――言わんでもわかるやろ」
「やめとき、アンタ。戻ってこられへんなるよ」
「優しーなあ」
人の恨みのこもった弾だ。
常に持ち歩く人の恨みつらみを吸い上げて、誰かの犠牲とともに心を破裂させてあたりに災厄をまき散らす。
自爆テロとして使ってくれるならまだ巽としても、湧き出たものを殺す程度で済めばよいが、一般人に使われては町はパニックにいたると想像に容易い。
「戻ってこれへんかったモン、知ってはるんか」
「いっぱいおるよ、そんなん」
悔し気に、唇が戦慄いている。
崩さぬ美しさのために冷たい仮面をかぶり続けた店のあるじが、巽にこぼした。
「龍にかかわりな」
「タツ?――どの龍かわからんわァ。この世界、龍も虎も蛇も剣も、いっぱい居やぁるやろ」
「長谷川や。長谷川 龍興。そんで、虎鉄に触りな。あんた、若いんや。長生きせなあかん」
「何しでかしはったんか知らンが、そいつらがもっとるつうこっちゃな」
からり、と氷同士がぶつかり合って、グラスが汗をかく。
女主人の代わりのようだった。
「なにをそんなに、怖がってはるの」
「でかいこと、起こしよる。いーっぱい人が死ぬんやと」
「俺に話しはって、よろしいの?」
「かまへん。どうせ、明日あってもあらんでも、誰もしらん命や」
せやけどな、と。腕を組んで、戸棚に背を預ける体は美しいS字であった。
美しさを保つ努力と、その労力は巽もよく理解している。この女主人が、『逃げない』のは、この店をここまで賑やかにした――その歴史があるからだ。
「せやけど、店の子は逃がしたりたいねん。それ条件で、かまへんか」
――巽が、『超弩級』であることを見抜いている瞳だった。
込められた言葉には、色々な要求が乗せられている。口留め、庇護、隠蔽、すべてを承知で話を聞けというのだ。
「店の命を賭けて?」
巽が、熱い息をゆっくりと吐く。
「――アタシの命もや」
垂れた前髪をかきあげて、ようやく、女主人は自分のグラスに酒をそそぐ。
真っ赤なリキュールのカクテルがまるで血のようで、強気な彼女のためにあると巽も思った。赤は、縁起が良い。
「ミナミの女は、ええねえ」
ふたつのグラスが重なり合って、――ゆっくりと、話は紡がれる。
●
羽振りよく、惜しみなく金は使うものである。それこそ、良い男の条件には違いなかった。
札束を握らせた情報屋は、しばし黙考をしたあとに、持ち主の金色の瞳を見る。
まじまじと薄汚い体で、美しい男の顔を覗き込んでから、ゆっくりと紙幣を数えた。
「足らねェのか」
「もう、そンくらいで引き受けたりぃさぁ」
ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)の隣に、女がいる。染めた金髪と肉付きのよい体で彼の腕を抱いて、愛想よく笑うのだ。
ヘエ、ヘエ、とおどおど頷いたネズミがしばらく己のほほをかいて、弱ったな、と言いながらも地図を出した。観光地マップと書かれたそれに、慣れた手つきでマジックを走らせている。
「悪ィな、コマチ」
「かまへんよ。ジェイ。あんた、ええ男やしな」
――コマチ、という女は、風俗嬢である。
しかし、したたかで野心家だ。巽が話を聞き出す店にて働く彼女は、外で客引きにいそしもうとしたところでジェイと出会った。
「『ネズミ』は、ちょっとへんな男やけど、よぉミナミのこと知ってる。キタに兄貴もおるから、大阪は完璧なはずやで」
「そうか」
金髪の黒い首輪をした男を探すのだ、といつも通りの不健康そうな顔でジェイが言ってみれば、コマチは怒りを隠しもしないで協力的になったのである。
聴けば、その男は虎と呼ばれ、このミナミで1,2を争う乱暴な存在だというのだ。
売れない女も男も、売れないと判断すればその場で見せしめのようになぶり、痛めつけ、ひきずりまわしてゴミの様に捨てる。
金が集められない己の部下など、指ひとつも残せばいいほうで、腹が立ったからとゴミを集める車に叩き込んだともいわれるほどに、癇癪もちらしいのだ。
このコマチの、――仲の良かった女も、『虎』にひき肉へと変えられたらしい。
行政には届けられるような身分でもないのだ、風俗嬢たちは税金を払わない。警察――この世界に合わせれば、言い方としては憲兵のほうが近いが――行政というのは、税を給与に動く組織である。
「これが、これ、これっ、これがっ、ちず、ち、っちちずです」
吃音ながらに震えて、ジェイに書き込みを終えた地図を渡すネズミの手は、震えていて、左右の小指が第二関節より失われている。
数々の組織に属しては逃げ出していたらしい彼の経験は、決して馬鹿にできるような情報でもなかろう。チップとして、もう十枚金を渡せば小さな体を飛び上がらせて逃げて行った。
「何の地図なん?」コマチが、茶色の瞳で覗き込む。
「――宝の地図。つーのは、嘘。いや、あたりかもな」
ジェイがゆるりと笑みながら、片手でビール瓶をあけようとするのを、コマチが代わりに手に取った。
量はあまり要らないといえば、軽く頷いたコマチがいる。店の手前に置かれた外客用の小さなグラスをふたつ、簡易の冷蔵庫から取り出してきた。
注ぐ手つきの周到さに、彼女の心を読んだジェイである。この女は、意志が強く、そしてよく気が回った。裏の世界の女帝に、いつか君臨できるような器がある。
「俺が思うに、龍と虎なら、『四つ足』のほうがよく動くんじゃねェか」
「そら、そうや。だいたい、虎のほうがよう動きよる。龍は――どこにおんのかすら知らんわ」
秘密主義の頭脳役と、活発な手足があるということである。
ジェイが考えるそぶりをすると、コマチはいつでも質問に答えられるよう、空いたビール瓶の箱を持ってきた。椅子代わりに使ってよいらしいそれに、ジェイが尻を落ち着ける。
コマチも、目線を同じにするために座ったあたりでジェイがたずねた。
「いつから首輪がついてる?」
「ちょっと前よ。年が明けたら、もうつけとった。不吉やなー、新年早々っておもっとったもん」
「――なるほどな。去年から、金の巡りはあったか?」
「うちの店から売り上げ、今も巻き上げとる。目についた女からも、殴ってもっていきよるわ」
「二番手のすることじゃねェなあ」
「根性わるい、ケツの穴の小さい男で、ただのクズや。あんなん。やくざでも、なんでもあらへん。はよ、死んだらええ」
「言うねえ」
くつくつとジェイが笑って、虎の足取りを地図の上で追う。
指を這わせながら、建物の名前に目を細めた。
「これは?」
「劇場や。よう、漫才とかしとる」
「――へえ。女優とか、そういうのはいるか」
「おるよ。べっぴんからブスまでおるわ」
コマチが、酒に口をつけてから一気にあおる。飲み干して、己の怒りもしずめようとしたようだった。
ジェイも急かさずに、彼女の冷静を待つ。
「なんで、お前の友達は殺されたんだ。コマチ」
「――運び屋やった。知らんと、弾運ばされとったんよ。ママかて、もうずっと後悔しとる」
ぎゅう、と唇をかみしめる姿が、恐ろしい鬼のように浮かび上がる。憎悪を克服した結果に至った怒りは、女をただの女にしない。
ジェイがどこか嬉し気に――話の続きを聞いていた。
●
グウェンドリンが、女たちをじいっと見ていた。
目線を隠そうとどうにかして、食べ物でつりあげたりしていた源次だがてこでもその視線が動かなくなったので、もう何本目かになる竹串を置く。
「かわいいこやねぇ」
「お父さんといっしょなん?」
「ちがうよ」
「お父さんじゃないん!?」
「ほな、売られに来たん?うちの店紹介したろか」
「待て、待て、待ってくれ」
可愛いものには女たちも弱いのである。
見つめるグウェンドリンに手を振れば、小さく手を振り返してしまうのは当たり前だ。
一人が黄色い声でかわいいと言えば、もう二人が振り向いて、女が三人で姦しくなってやってきてしまったのである。
源次もこれを機にと三人分の酒を奢るついでに、彼女らを見た。肉付きは細く、裕福そうではない。
「――ぶしつけですまない。何か知っている事を教えて頂きたいのだが」
「かまへんよ。てか、二人も今、さがしてんの?」
「えっ!? 龍と虎のこと!? あかんで、やめときよぉ。あいつら、大っ嫌いや!うち」
一人が大げさに首を振って、苦い声を漏らす。ある程度猟兵たちが色街で動いたおかげもあって、今、誰が何を求めているかは知っているらしいのだ。
ならば話も早いかと、源次が唸った。
「単刀直入に、伺う。ここ数日で変わった様子は」
グウェンドリンは、反応をしなかった三人目をじいっと見ていた。
「――例えば、普段見ない者の往来が増えた、か。逆にここ数日姿を見ていない者がいる、とか。無いだろうか」
言葉を選びながら、春売りの女たちに尋ねてみる源次である。
真っ直ぐな男は、決して己らを裏切らないだろうと思わせる信念を瞳に宿していたように女たちも受け止めた。せやねえ、とお互いに目を合わせながら、話してもいいものかどうか視線だけで協議をしている。
「何か、知ってる」
グウェンドリンが、口を開く。
三人組のうち、まだひとつも言葉を交わさない黒髪のストレートロングをした女を見上げていた。
「鱗の刺青の、人。もしくは、同じ組織……の、黒い首輪の、人。知らない?」
「っ――」
「仲間が、帰ってきて、ないの?」
沈黙と、肯定。
空気の重さに、酒を持ってきた従業員が一度足を引いてしまうくらいに重々しいムードがあった。源次が「すまない」といいながら五人分の飲み物を両手で受け取り、テーブルに置く。
「きいちゃんが、戻ってへん」
「もうあかん、もうおそいよ。今頃、死んどる」
「なんでそんなこと、――なんで、あの子も虎についてったんやろか」
きいちゃん。とグウェンドリンが繰り返して、三人の心を読んでいる。言葉に乗せられた声色だけで、おおよその言いたいことは理解していた。
「きいちゃんは、虎のことが好きだったの?」
「知り過ぎたか」
――好意は、好奇心を動かすものである。
きいちゃん、と呼ばれる女がこのあと、川に沈められた死体となって発見されるまでもう間もなくのことだった。
●
『みいちゃん、ママによろしくね!』
『あたし、スタアに会ってしもた!どうしよ!あこがれててん!』
『ホッシーにサインしてもろた!いやあ、うれしいわぁ!』
『やっと、やっと、虎さんに買うてもらえるねん――』
●
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
朱酉・逢真
ひひ、こりゃあいいとこだ。熟れすぎた果物みてぇな町だ。お貴族様の社交場だなァ。こんなかの一体何人が、明日の朝まで生きているやらだ。
サテ仕事。安い酒をたっぷり買うだろ。それを手土産に、乞食に話を聞きに行こう。強い奴ほど道ばたの雑草を気にしねえが、雑草にも耳はあるってもんさ。それに草が根を張るように、乞食には乞食の情報網ってもんがある。稼げる場所も、危険な場所も、危険な相手も、共有してるもんさ。
『橋の下』なんていい物件だ、耳に入らんはずがねぇ。そんなとこに埋められちゃあ、そりゃあ未練も残ろうさ。かみさまにちょいと聞かせてみな。ぜんぶ吐き出してすっきりしたら、輪廻にもっかい乗せてやっからよぅ。
小糸・桃
【SPD】
調べるなら危ない方がおもしろいわ
ダイモンデバイスのベルをちりんと鳴らして、護衛を呼んだら出発よ
ミケ、あなたベルが鳴るより遅くきたわね
ゆるしてあげるから働きなさい
ミケが手で示す先に行けば、地面に手をつくおじさまがひとり
頭の前の空き缶にお金を入れておはなししましょう
ねえおじさま、いいかしら
ずうっとそうして頭を下げてらっしゃるの?首を痛めてしまうわよ
わたしね黒い首輪をつけて、鱗のいれずみを入れている男を探しているの
見た覚えはないかしら
それとね、ジンギってなにか教えてくださらない?
教えてくれるたびにぱらぱらお金を入れて
教えてくれないならもういいわ
さよならよ、消えて
(アドリブ・連携すべて歓迎)
鎧坂・灯理
怨恨の種付けとは趣味の悪いことだ
同意なしの行為は犯罪だぞ……ああ、元から犯罪者だったか
遠慮はいらないな
身なりを気にするヤクザ、ということは上層部
そういう奴ほど、こだわりが強いものさ
探すのは彫り物師、スーツを扱うアパレルショップ、美容室だ
適当なところに入って、「そういうの」を相手にしているところを聞き出し
そこに向かって、入れ墨の持ち主を聞き出す
金で解決できるなら払ってしまおう
そうでないなら、こっそり『朱雀』を当てるかして聞く
こちらも撃ちたくはないんだ、穏便にいこうじゃないか
私一人では手が足りないな 増やすか
出番だ、執事共 奴らは戦えないが、それ以外に関してはプロだ
口八丁でなんとかしてくれるだろう
ロニ・グィー
◎
【spd】
えーと、ここは何て言うんだっけ?
そうそうあの子は確かこう言ってたはず……
オーサカ・タコヤキ・クイダオレ州!
変な名前!
調べもの開始!…って言ってもけっこう広い街だねえ
じゃあ人海戦術で
UCで分身をわーっと増やして町中で情報集だ
おっといけない
みんなボクなんだからちゃんと集合場所日時を決めておかないと遊びに行っちゃう
調べものの方向性は…
ポンとポケットを叩いて湧いて出るキャンディーをドサッと空き缶に入れたり
雑魚寝の子にチョコレートをあげたり
女の人にこっちじゃ珍しい甘いお菓子をあげたり
そんな感じでギブアンドテイクで!
顔を反らし反らされてるようでいて、この子たちは街をよく見ているよ
……多分!
桜雨・カイ
いつもとは違う賑やかさですね
迷子にならないように道を覚えておかないと…
(油断はしない程度に周囲を興味深げに見渡す)
道に座っている人(物乞いの人)に声をかける
あの…ちょっと買いすぎてしまったので
良かったら一緒に食べませんか?
一人で食べるよりだれかと一緒の方がおいしいですから
そうだご飯食べてて本来の目的忘れるとこでした
実は人を捜してまして……
鱗の刺青と、真っ黒な首輪をした人だそうです。
あと上品なスーツを着た男性と。
どこでよく見かけるか聞いてみます
……いま口にした一食で、この人を救える訳ではないけれど…
だれか一人でも知り合いができれば
もっと頑張って守りたいと思うから
この街は守りますね、必ず
●
死体が出たならば、探偵の出所である。
「これは、――うん、土左衛門ではないな」
川辺から出てきたそれを、『猟奇探偵』の名のもとに観察することになったのは鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)だ。
「どうして分かったんだい? 俺ァもう、この町の好さにまいってさっぱりさ」
そして、その隣にて第一発見者である朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)が白と黒の瞳に宿した赤い月で笑う。
何が面白おかしいのかと言えば、逢真にとっては、この町に渦巻く情念だ。いいところで、いいものだと思ってならない神の根本は博愛のものである。
どうにか死体を見てどうじないように努める灯理の理性とはかけ離れた彼の感性は、しきりにあたりの浮浪者へむけられていた。
「まず、女の浮浪者というのは少ない。旦那とペアでないと、あの中では生き残れんよ」
灯理が、川の下から引きずり上げられた死体をじいっと見る。
恐怖の沸き立つ感情を一時的に遮断させてから、コップに水を灌ぐイメージを意識しながら、心に流し込むようにしていた。
「次に、死因が溺死じゃない。処刑だ。後頭部から膝をおってうつぶせにさせられたうえで、何かを噛まされたまま撃ち抜かれている。だから、ほら、顎がない」
「ひひっ、――いやあ、とんでもないね」
灯理の感じるとんでもない、と逢真の感じるとんでもない、は方向が正反対だ。
語感でお互いに気づいているし、いちいち詮索するほど無邪気でない。にやにやとする逢真が、灯理を残して茂みにしゃがみこんだり、すぐに立ち上がったりを繰り返すのを目で追うのはやめておいた。
「被害者の情報は、まだわからんか」
国の犬は、使い物にならない。
灯理の視線の先では、憲兵たちができる限りと情報をかき集めようとしているらしいが、灯理の見立てではきっと丸二日はかかると判断した。
国を脅かされるほどの危機と、下品な悪意の種付けにおいて無力な善意の弱さに、ただ己の経験値と今後の対策へのデータとして組み込んでいく。
ノン・コンバッタント
「【召喚:有能な侍従団】」
当たり前のように、息を吐くように、喚ぶ。
するりと出てきた無数の仮面執事たちは、恭しく整った呼吸で灯理へ一礼してみせた。右腕を緩く掲げて、姿勢を直らせる。
言葉にする指示は必要ない。
「行け」
灯理が端的にそういえば、ひとつの仮面を残して、無数が散る。
「何か見つけたものがあれば、これに声をかけてくれないか」
「んー?あい、あい」
逢真の適当な相槌は、彼の後頭部と手の甲の振りだけで確認できる。
目星はつけているから、無駄に時間を過ごす気のないらしい黒い姿の背に灯理も任せることにした。案山子の様に、黒い執事が一人事件現場に残る。
●
神々というのは、施したくなってしまうものである。
神はすべてを見ているぞと脅迫めいた声明を張り出す掲示板があって、それが電柱やらなにやらに紙に書かれれば張り付けられているのを見た。
桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、少し困ったような顔をしたのである。
「いやあ、これは――迷子になってしまいそうな」
どこかしこを見ても、彼がいる今の地区は異質だ。
治安がいいところではないらしい。しかし、ヤドリガミであるカイが恐れるような場所でもない。
ものを獲られたら追いかければいいだけだし、襲われたのなら組み敷けばいいのだ。まして、そういう気でいるということは所作の端々に彼が戦い慣れた人形であると態度に滲ませている。
しかし、この街に踏み入れてからというものの、空気が異質であった。
――どこからも、嘗め回すように見られている気がする。
「こんばんは」
すれ違う薄汚れた中年に、挨拶をする。返事はないどころか、じいっと歩きながらカイを見ていた。
よそ者が何の用じゃ、と今にも罵声を飛ばしそうなくらいに警戒心を高めた初老の男もいれば、飲んだくれでごうごうといびきを立てる存在もあって、息をしているかわからない体は、カイもさすがに見過ごせず、あたりに救急車を呼ばせたりもした。
きらびやかであるのに、ひどい街並みである。第一印象は、にぎやかなのにさみしくて、冷たい街だった。
UDCアースではあり得ない物価の安さをした町があり、ホテルと呼ばれたドヤはあまりに建物からして簡素すぎる。独房のような間取りをしているらしいそれの一泊は、五百円で買えるらしかった。
――貧しい。
貧しいということは、彼らに何を与えてやればいいだろうか、と人形は考えて――考えて、考えて、唸って。
それから、安いと名高い八百屋の前を通り過ぎて「そうだ」と思いつく。
「食べ物ですね!」
●
貧しさは、満たすことから始まるのだ。
調べるのなら、ずうっと危険なほうがおもしろい。
ちりりん、とあまりに美しすぎる音色を鳴らして見せたのなら、【三毛猫執事】が現れる。
「遅いわ」
お嬢様の叱咤に、執事はひげをふわりと広げてこうべを垂れるのみである。そうしていれば、飼い主の機嫌が直ると知っている動きだった。
「ミケ、あなたベルが鳴るより遅くきたわね」
弁解もしないらしい。薄い桃色の髪の毛を手のひらでもてあそび、それを肩に流してから小糸・桃(恋し糸・f26819)は鈴をしまう。
三毛猫はくるるんと喉を鳴らすばかりで、言葉を返さない。しかし、生粋の支配者気質である傲慢な少女は、その意味を決めつけてやるのだ。間違えたことがないというのもある。
「ゆるしてあげるから働きなさい」
桃は、ダンピールだ。
使役にも暴力にもよくなれた母親の血が流れる少女である。人外の血が流れる顔は人間のそれよりもずうっと価値ある美しいものだから、一人で歩いていては無意味な犠牲を増やしかねぬ。
おもちゃで遊んでもいいが、散らかしたのなら片づけるのが淑女というものであった。女王様だって、着ているドレスはきれいに飾る。
三毛猫を護衛に、美しすぎる少女が歩む。あまりに異質な光景に、美しいものを知らぬ貧しい男も、一生懸命に安く己を売る女も、息を呑んだようだった。
人の手があまり入っていないらしいそこは、汚らしいにおいがする。血と糞尿が混じって腐り始めているのだ。人間の感性ではとてもでないが耐えがたいものであろうが、桃にとっては動物の死骸が転がっているのと同じ光景に過ぎない。
日雇いの家無しが寝ころぶ地域など、彼女からすれば安全すぎる動物園と変わらないのだ。
「あら」
三毛猫が、止まる。己に寄り添って歩くようにしていた彼がとまれば、ゆっくりと手で指し示すものがある。
主に頭を垂れた猫のあたまを、ふかふかと撫ぜてやって、その方向へと訪れたのならば――そこには、地面に手をついてじいっと固まる男の姿があった。
空き缶を崇拝しているのかと思ったが、よくよく見れば中には少しの小銭が入っている。
頭を垂れるのは、服従の証だ。悪い気はしない桃が、にやりとわらってみせてから筒の様に丸めた札束を三毛猫に用意させて、ごそりと缶へ預けた。
「ねえ、おじさま。いいかしら」
ひくり、指先が動く。
爪は、けして悪い出来ではない。栄養状態がいいらしいことを、桃は知った。
「ずうっとそうして頭を下げていらっしゃるの? 首をいためてしまうわよ」
言い聞かせるように、桃が呼びかけるのならば、すうっと男は頭を持ち上げた。
ひげをたくわえ、眉毛もぼうぼうと生い茂っている。頭は禿げ上がってしまっているが、目の色は悪くない。
「なんのようでっしゃろ」
男の声は、枯れていた。
酒に焼けたものではない。酒気のにおいがしないから、桃は満足げに微笑んだ。
「マネー・ゲームをしたいだけよ」
「へェ」
「ご存じ?」
「丁か半かしか、しりゃァせンよ」
折った膝を見ながら、「痛くないの?」と言えば、胡坐の姿勢に変えた。男の背は曲がっているように見える。
桃はひとつひとつを確かめながら、謎を解き明かしていくのが楽しいのだ――靴下の色がすすけていないのを見てより、己の推理の精度を高めた。
「わたしね。黒い首輪をつけて、鱗のいれずみを入れている男を探しているの。見た覚えはないかしら」
じいっとはちみつ色で、男を見る。
「応えてくれたら、またお金をあげる。教えてくれないなら、おしまいよ」
無邪気な小悪魔の様に笑って、桃がちらちらと札束を振る。
どうして札束なのかは、理由があった。この男は浮浪者の割に、あまりに身なりが良すぎるのである。
「どうして、あてなンですか」
「聴いているのは、わたしよ。質問には、答えをかえさないといけないわ」
桃が、ぴしゃりとしつけのように回答を拒む。
男は少し視線を泳がせて、「知ってます、この辺じゃ、有名です」としどろもどろ返答をする。
「そんなん探して、どうしゃァりますの」
「べつに。わたしが知りたいことは、わたしが決めるのよ。有名って、どうして有名なの?」
「昔は、おっきい組織でした。今は、大したことあらへんのです。ずいぶん構成員も減ったか、間引きよったと聞きました」
「ふうん。ねえ、あともう少し」
かこん、と札束をまた丸めて缶に入れる。小さな指先は、うつくしい形だった。
「――どうして物乞いなんてしてるの? あなた、お金持ちだわ」
男の呼吸が、少しだけ止まる。やや遅れて、元の息のリズムに戻った。
「よう見てはる」
「そうよ。わたしは見方を知ってるの。いい靴下をはいてることも知ってるし、あなたがもし本当にお金に困ってるなら、物乞いなんてしないで、働いたほうが良いに決まってるものね」
「いやはや、かないませんわ。お嬢ちゃん。どっかの組の娘さんけ?」
「いいえ。おもしろいものがすきなだけよ」
金持の道楽、というよりも、性癖なのだ。
上の立場にいる彼らほど、誰かに叱られたり、哀れまれたりが恋しくなるのだという。だから、地面に手をついて羞恥心をあおり、哀れまれることで興奮するのだ。
缶に入ったのが金でなくても、金であっても得でしかないのである。重度の静かなる「かまってちゃん」を見抜いて見せた桃には、目の前の男も表情を砕いた。中年太りの腹をさすって、柔らかく笑う。
「あかん、負けやな。何話したらよろしいか」
「そうね――ああ、そう。大事なことをお伺いしたかったの」
少女らしからぬ観察眼は、少女ならではの好奇心より生み出されたものである。
両手でほほを支えながら、しゃがみ込んだ桃が愛らしく首をかしげて、問うた。
「ジンギって何か、教えてくださらない? 」
●
オーサカ・タコヤキ・クイダオレ州。
「変な名前!」
思い出したはいいが、ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)がぴょんぴょんと高い電波塔から見る限り、あまりにも拾い街である。
賑やかな夜の動きを見ながら、わくわくとしたものを胸に感じていた。
三大欲求には忠実な神である。彼の心と同じようにパーカーは跳ねて、首輪のアクセサリーは揺れた。
「広いねえ」
神は、まず探し物をするのならば上から探せばいいと思ったのだ。まして、知らぬところである。
でたらめであるようで意味のある名前は思いだせても、今のロニの任務はそれが目的ではない。
水死体が出て、男たちがどこかに逃げて行って、今もテロの計画をしているからタイトに動かねばならないのだが、こうも広いとどうしてやればいいやらわからぬ。
うーむと唸ってから、ロニが思いついたのはさまざまな方法だ。猟兵たちが試すように、目星をつけて話をきくのもよいだろうし、あてもなくさまよって掴んでみるのもいいやもしれない。
遣りたいことが多すぎて思考がまとまらないまま、いったん備え付けられた箱で地面へと降りていく。外の景色を眺めながら、どれにしよう、どうしようかなあと首をひねって考えるロニの前に、ある男の姿が映った。
様々なものを買い占めているらしい、カイの姿が目に入る。何をしているのだろう、と目を輝かせたのなら、飛び出すまでは早かった。
「配って歩いてるの?」
「はいっ。この街の皆さんは、みんなお腹を空かせていて……。だから、ピリピリとしてしまっているのではないか、と」
「へえー……なんだか、素敵だね! ボクも食べるのは大好きだし、みんなそうに決まってるや! ねえねえ、お手伝いしてもいい?」
「どうぞ! 是非是非、配ってあげてください」
施したがるのが、神々である。
両手を挙げてぴょんぴょんと喜んだロニが、【神の鏡像】で己の姿を増やした。
カイに驚いた様子はない。ヤドリガミであれば、己の模造品程度増やすことができる。その系列に似た力で在ろうと判断して、増えたロニたちにひとつひとつ、菓子を握らせていった。
菓子を受け取ったロニから蜘蛛の子が散るように桃色が桜とともに地区を支配する。きゃあっと湧き出した彼らが愛想よく配るのを、ぎょっとした顔で浮浪者たちが受け取っていた。
「なんや、祭りか?」
「いいやあ、なんも聞いてへんで」
「毒入ってへんか、大丈夫か」
「わからん。そんなすえ知ってるような子ちゃうかったけどなぁ」
一緒に食べませんか、とカイが和菓子を配ったのならば、半分酔いからさめつつある浮浪者はにこにこと笑顔で受け取る。
そこにおいといてくれぇ、とうめく人には、甲斐甲斐しく水といっしょに握り飯をおいてやった。カイのきびきびとしながらも、どこか人のために在れるゆえにイキイキとした姿が楽しそうで、ロニもついて回る。
「あっ、そうでした。本来の目的を、忘れるところでした」
「あは、だいじょうぶだよ」
ぽん、とロニがポケットをたたけば、カイから預かったたった一つのキャンディーが無限に湧き出る。どさりと空き缶の中にいれてやれば、先ほどより桃とかけひきをしていた似非浮浪者の彼の缶にキャンディが注がれた。
「顔を反らし反らされてるようでいて、街をよく見ている子たちばっかりだ」
多分!とカイに振り向いて、カイもまた、ポカンとしながらもロニの回答に「はい!」と明るく返事をする。
「あら、お菓子を配り歩いてるの?」
「そうだよ! いる? とびっきりのチョコレート!」
猫執事はネコであるから、要らぬらしい。ふるふると首を緩く振った彼に変わって、桃が受け取ることにした。
「あんたらも、龍と虎ァ探してンか」
目を丸くした男が、カイに問う。
「ええ! ご存知ですか? もし、ご存じならご協力願えませんか」
「かまへんけど、あてのことは黙っといてもらえまっか」
「名前も知らないから、大丈夫だよ!」
歩けば忘れちゃいそうだし、とも付け加えつつ、ロニの分身はきゃあきゃあと楽し気に遠くで毛布を浮浪者にかぶせている。
カイも、秘密は守るたちだ。真剣な顔で頷く彼に拍子抜けしつつも、ぽりぽりと毛むくじゃらの顔を掻いた男はうめく。
「龍についちゃ、探すだけ無駄やと思いますわ。あいつ、どこにおるんかあてでもようわかりまへん。代わりに、皆、龍に話通したいときは虎に行くンです」
「どうして?」また、札束を丸める。桃が不思議そうに尋ねた。
「そら、――虎は、よう目立つように動いとるんですわ。会いたかったら、せやなぁ。今時分やったら、あいつもよう行く場所がありますわ」
告げられる場所は、ここより少し離れたところであるという。歩いてでもいけない距離ではないが、できれば、交通機関を使ったほうが迷わないだろうと助言があった。
「花月劇場、いいますねん。よう、そこで舞台見とりますわ」
口ぶりからして、何度か会って仕事を持ち掛けたこともあるらしい男の笑顔は、きっと、桃だけが意味を理解していた。
「殺してほしいもんがおるとき、みィんな、夜の0時にあそこいくンでっせ」
●
「こんなかの一体何人が、明日の朝まで生きているやらだ。そォだろ」
安い酒をたっぷりと振る舞い、橋の下にて、逢真は花見なんかをしているのだ。
「どぉよ、明日の日にゃおいらも皆殺されてるやもわからんで」
ただで酒がもてなされるというのだから、これには浮浪者たちもすっかり逢真の味方である。人の心を何より愛し、認め、人口の帳尻合わせをする死神はむやみに仕事を増やされてはたまったものではない。
人間同士で殺しあっているのならば、それは逢真の仕事であるが、影朧絡みとなってくれば全く以て業務外なのだ。
しっかりと人間の数を管理する神は、規律違反を赦さなかった。
ゆえに、此度酒を交わす人間たちのみすぼらしさも、汚らしさも、すべて認めているのである。
「それにしても、災難だったんじゃァねェかい。橋の下なんざ、良い物件じゃァないか。雨はしのげるし、体は洗えるしなァ」
「いーや、あんたさん、東の人やろ。大阪じゃァ、やくざに殺されたやくざだか、その愛人が奈良まで流れていくなんて、よォあるよ」
「なんだってェ?見せしめかい」
「ちゃうちゃう、雑な仕事や。今回のは、見せしめやろけどな」
かちり、かちり、と箸の重なり合う音と、ぐびりぐびりと川の水で割った酒を飲みながら乞食たちは並びの悪い歯を見せて笑う。
「虎やろ。ここで殺したんとはちゃうけど、アイツ、最近よォ人殺しとると思うで」
「へェ、そりゃまた、何で?」逢真が、首をかしげる。楽し気に聴くものだから、話す乞食たちも楽しくなってくるのだ。どんどん声が大きくなるのを、手のひらで『おさえる』とこそこそとわざとらしく音量を絞る。
「はっきり言うて、龍の代に変わってからおかしなってンや。あの組なァ」
一人がそういうと、「せやせや」と肯定の温度が静かに上がる。頷きが波の様に繰り広げられるので、逢真は思わず吹き出しそうになった。
「わろてる場合やないんやで、あんちゃんよ」
「はは、ははッ、すまん、すまん。皆困ってるって、そういう事かい?」
むせながらもどうにか呼吸を持ち直す凶星に、神妙な顔で乞食たちは唸る。
「そんなに、――深刻なことかい。モノはついでさ、話してごらんよぅ」
逢真の言葉は、乞食だけに向けたものではない。未だ、川の下ですすりなく女の情念に向けたものだ。
それぞれに話し出して、取っ散らかり始める乞食たちの言葉に相槌を打ちながら――【十六の一番】に尋ねていた。
生が線なら、死は点だ。線は、点の集まりでしかない。目を細めて、逢真が女の痛みを聞き届けてて、――虎の行く末を、探る。
「すっきりしたら、輪廻にもっかい乗せてやっからよぅ」
独り言のようにつぶやいて、酒とともに飲み干す。あふれ出る呪詛を、腹の中にしまい込んでやった。
●
安楽椅子など御免である。
執事が様々な猟兵たちと言葉を交わし、情報を仕入れ、先ほど逢真から「被害者」の声を得た。
執事の伝聞が狂うことはない。だが、耳を疑いたくなるし、執事の調子が悪いのかと灯理も思ってしまうほどの内容だった。
「ざっくりいっちまうと、――弾もってるやつァ、いっぱいいるみてェだぜ」
それが、執事の聞いたことであった。
被害者の恋慕事情は灯理にとっては捜査の邪魔になるから、先入観を取り除くためにあえて聞かないことにしておく。しかし、正解であった。すでに無数、兵器はばらまかれているのだという。
「なるほどな、天国と地獄か」
運動会じゃないんだぞ、と舌打ちをひとつして、灯理は一つの店舗に至った。地下にあるというそれは、彫師の店である。
皆が雑草を掌握して、華を手に入れたのならば、灯理は隅々をかき集めるのが己に一番求められてることで、得意な手札であった。
アパレルショップ、理髪店と足を踏み入れて訪ねてみたが、どこも表向きの顔をするばかりで裏の顔は見せない。灯理のすべきことは摘発ではなく、ただの捜索であるからほどほどに茶を濁して帰ったが、この業界ならば別だ。
扉を開くのは乱暴な手つきでよい。礼節などを求めているような場所でもないのだ。
小さく、狭い土地にあるビル地下一階に構える「アトリエ」に立ち入れば、ぎょっとした顔をしてから、黙々とまた手元の図形にいそしむ職人に出会う。
「なんや。女の墨はいれんぞ」
――灯理を見て、女だと見抜ける手合いは少ない。
「骨盤の位置みたらわかる。やめとき。うちはファッションの店ちゃうど」
「構わない。それに、客で来たわけではないさ」
ごつ、ごつ、ごつ、と灯理の勇み足を、理性で押さえつける。しっかりと踏み込んで、しかし、穏やかな足取りとともに、『朱雀』を抜いた。
「玄龍会、そのトップ二名が、何をしでかすか知らないか」
男の広い背中と、その筋肉が動く。うっすらと白いTシャツから、鱗の紋様が見えた。
「なんや。タツとトラに用事か。もう、二度とうちには来よらへんわ。余所あたり」
「その口ぶりだと、親しかったように聞こえる。もう一度、聴き方を変えるぞ」
龍興が己の配下の体を手掛けるほどに信頼しているのである。腕のいい彫り師であるのも確かだが、なかなかに感情も出さねば思考も灯理の前に出してこない。
トリガーに指を合わせて、灯理は、しっかりとした発声で問うた。
・・・・・・ ・・・・・・
「テロは、何時に起こる。何人が、協力している」
湧き上がる怒りを、怯えを、すべて呼吸に変える。早くなる血のめぐりを収めるために、ゆっくりと声に出すのだ。
・・・・・ ・・・・・・ ・・・・
「マエストロ。応えないなら、お前を突き出さねばならんが、よろしいか?」
「せやから――アホの客は、もう来ンでええって、言うたのにのう」
灯理のほうを振り向いた男は、ようやく、視線を合わせた。
表情は読み取れない。冷たい顔をしている堀の深い顔である。頬骨が発達していて、刀傷らしいものがほほに走っていた。
ごつごつとする手からは、指の欠けは見られない。代わりに、手のひらから指の関節に至るまで、びっちりと刺青が彫られていた。
龍の鱗が走る手から、ごとりと重々しい弾が落ちる。
「俺は、こんなン要らんというた。置いていきよっただけや」
「何分前に」
「ほん、40分かそこらちゃうか。この図面書きはじめたんが、このちょうどあとやった」
単純に、爆破テロを起こすとしたら、一斉爆破が効果的である。
連続で爆破を起こしていては統率が取れない。誰かがその脅威に怖気づいて逃げてしまっては、計画は完全とは言えないのだ。
だから、――きっと、用意周到にやってきた彼らならば、きっと「そこ」は揃えるだろうというのが灯理の推理である。信じられるのは己だけ、というのが任侠の世界だ。いつ何時、部下や、協力者が寝返ってもいいように「約束」は事欠かない。
「人数は」
「知らん。聞いてない。俺がコレもってたかって、意味ないといっても聞きよらん。たぶん、誰にでも配っとる」
「目的は、なんだ――?」
●
「――革命か。青いねェ、まったく」
だからこそ、人間とはいとおしい。
自分の場所が見当たらないのならば、作ってしまえばいいという可能性が彼らなのだ。
それは、社会という枠に定まるのならばとがめられることであるし、自然という点で見れば普通のことである。
「かくめー……って、きもちいいこと?」
「気持ちいい、かはわかりませんが、達成感……はあるのでしょうか。しかし、無数の犠牲の上に作るものですよ」
「成功しちゃえば、いつかは英雄扱いね。失敗しても大悪党というわけなんだもの」
神々の問答に、半魔が混じって鼻で笑う。ロニが「じゃあだめだね! とめよう!」とスイッチが入れば、その通りですと立ち上がるカイなのだ。
影朧の大群がグラッジ弾をきっかけに起これば、間違いなくこの浮浪者たちは全滅する。彼らだけではない、にぎやかにあるこの町がすべて、一度、滅びつくすやもしれないのだ。
「そりゃあ、かみさまが決めることで、お前さんにゃちぃと荷が重すぎるんじゃないかい、龍興さんよ――」
あるいは、龍の名を背負う男は、――神など、信じていないだろうか。
大成功
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狭筵・桜人
質の良いスーツに刺青。それから仁義と来ましたか。
はあ成程、関わりたくないタイプの人。
金回りも良さそうだし高級クラブをあたってみます。
……まあいくら超弩級と言っても私みたいな未成年が
高級クラブの店内をうろつくのは目立ちますよね。
裏口から【鍵開け】てこっそり入ります。
従業員を拳銃で脅すなり、UDCで拘束するなりして捕まえたら
外に連れ出すか人目につかないとこ……最悪トイレの個室ですね。
お店の上客について訊ねてみますよ。
教授はなんて言ってましたっけ。
そうそう、黒髪を短く切りそろえていて、手首のこのへんに刺青がある男。
ああそれか、黒い首輪。知ってます?
情報を出し渋るなら金を握らせます。経費で落とすので。
ジャック・スペード
◎
金の匂いがする、治安の悪い場所
柄の悪い人間はそういう所に集うものだ
裏社会の元締めが片手間に経営しているような
酒と煙草が楽しめる――高級酒場へ往こう
客として、マスク外し酒と煙草を味わいながら
訪れる人々の会話に耳を傾けつつ
店内に首輪つけた者がいないか此の目で探ろう
該当者が居たら同じタイミングで店を出て
目立たないよう闇に紛れながら追跡を
居なければ……そうだな
一番いいボトルを開けて店内のヒト達に振舞おう
別に礼など求めないが、情報をくれたらもう一本開けても良い
龍とか、鯉とか、そういう刺青を刻んだ男を知らないか
或いは黒い首輪をつけた者達を見かけたことは?
情報を聞き出した後は、好きに騒いでくれると良い
バルディート・ラーガ
◎△
ニンキョウ、ニンジョウ。弱きを助けて恩義を返す。
ンー、良い言葉ですねエ。
あっしもよくヒト社会性を学ぶつー名目で任侠映画を観てございやす。
己の生き方は真逆も真逆、姑息なチンピラにございやすが。ヒヒ。
歓楽街と来りゃア、先ずはパーッと騒ぎやしょうか。
つーてもオンナは……竜派はそう居ねエでしょうし
酒も後を考えッと控えてエところ。
違法賭博だかスリだかの小悪党でもとッ捕まえて
一発喧嘩でもブチ上げッちまおうかしらン。
同じく映画より学んだエセのエド言葉で騒いでりゃア
浮きッぷりを見て向こうサンの筋も顔を出すハズ。
裏社会は裏なりに秩序を守らにゃならねエもんです。
そこをひとつ、「お話」さして頂けりゃアと。ヒヒ!
鷲生・嵯泉
さて……何時もの調子では此処で情報を得る事は難しいだろう
気は進まんが遣り方を変えるとするか
演じるのは得手ではないが、此処ではそうも云っていられまい
袖引く女の1人に水を向け、少し揺さぶるとしよう
此の辺りで「仕事」を始める為に見分している所だ、とでも云えば
此の手合いの元締めが見逃しはしないだろう
改めて其方と「取引」と行こう
仕事中ならば服の内を見る事も有ったろう
――首輪を着けた連中を探している。客の中に居た事は無いか
其れ等が根城にしている辺りを知りたい
情報を提供するなら此の辺りで仕事をするのは止めておこう
私の仕事相手はそいつ等だけだ
お前達とて要らん揉め事――超弩級の絡むものなぞ欲しくはあるまい
●
大阪、北区である。
UDCアースにおけるそこと大きく違うのは、電飾の発展と、交通の整備と、狂い咲いては舞い散る桜であった。
「てめェ、――なァにしやがンでィ!」
まず、考えたのはどのようにして『騒ぐか』だ。
バルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)は人にあこがれる蛇である。
正しくは、龍蛇であった。その両手は地獄に焼かれて失い、彼の体には無駄がない。しかし、欠損は蛇をより人間から外れた存在にしてみせたからこそ、この獣の好奇心をより湧かせたのだった。
人間社会を学ぶ上で、彼が情報として手に取ったのは映画である。
人間を学ぶのならば、見た通りに怪物である彼は、人間が作ったものから真似てみるしかないのだ。じいっと細い猫のような瞳孔を、時折発見と興奮に見開き、せわしなく喉の呼吸がはやるのを思い出せる。
任侠と人情を思う彼ら、「やくざもの」の映画も履修済みであった。己の生き方とは真逆で、華々しく生きては散っていくのが彼らの美徳としてよく描かれている。
そも、「やくざもの」の成り立ちが反社会的――苦労をして金をこつこつと稼ぐことを嫌い、派手に生きる者共のつどいである。うっすらと影に潜みながら、甘い汁をすすりたいだけのバルディートとは、人生観からして大きく違った。
しかし、違うからこそ興味深いというのもある。客観的に『やられては嫌』なことを起こせるのだ。
「あっしからスろうなンざ、ふてェ野郎だァ。アンタさん、どこのもんでィ、言ってみな!」
「何すンや、気色悪い! 触ンな!」
竜派の女は、色町には少ない。 ・・・ ・・・・
そもそも需要というところにもあるが、ニッチな妖怪通りなどにそうそう行きたがるバルディートでもないのだ。
ならば、華の根はあてにならぬ。酒の場に行くかどうかも悩んだが、この後のことを考えれば小悪党で在り続ける彼は体を素面で置いておくほうが優先された。
頭はずる賢いが、派手に動き回るのならばほかの猟兵にも任せてしまいたい。あくせくと地面を這いまわり、一番うまいところを必要なだけ呑んだら、ゆうっくり腹で溶かすために歩き続けるくらいの勢いでいたいところである。
――ゆえに、一番『悪目立ちする』方法をとることにしたのだ。
「口応えするってェのかい、漢じゃァないねェ、ええ!?」
火事と喧嘩は江戸の華というように、バルディートはこの世界の『わるもの』らしく、映画で知った似非の言葉でまくしたてる。
「なんやとォ、おどれ。上等じゃ、こらァ!」
しゅうううと鋭く息を吐いて威嚇するバルディートの顔が、みるみるこわばって蛇らしくなろうものなら、敢えて隙だらけにふるまっていた衣服、その尻ポケットにしまった財布を抜き取った男ともみ合いになる。
頭巾を掴まれるのならば、ごうごうと地獄の焔でコーティングした腕で胸倉をつかんだ。焼かないように気を付けながら、管を巻きあう。
「口ばっかり、やかましいったらありゃァしねェ! おしゃべりなもンじゃねィかい――」
ごち、と、鱗に覆われたバルディートの額を、男が頭突きで叩けば『先に手を出したほうの負け』が成立する。
ぺろりと長い舌で口元をなめたのならば、待ってましたと、ちんぴららしいだらしのない腹部を蹴ってやった。
●
「おやおや、喧嘩か」
「そのようだな」
北区の歓楽街と言えば、梅田である。
立地的に家賃も高い。あたりのテナントは、ミナミに比べれば老舗を除いて高級なものだ。
恭しく一礼をした店員のスーツは厭味ったらしく上等で、柔らかな笑みも完璧な位置に目と鼻と唇を置いたものである。
ジャック・スペード(J♠️・f16475)と鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は、高級なパブにいた。
ミナミの店と大きく異なるのは、女も安くないというところである。気品のある彼女らは、金持ちの男たちと酒を飲んでも騒ぐことはない。
体をまさぐられて甘い吐息を溢すことはあっても、うまく窘め、酒を進めてそのぶんの金をちょうだいする静かな強さがある。
ジャックと嵯泉も、それが女たちの仕事で、静かな空間をもてなすための金額には納得があった。止めいることもなく、仕事の邪魔をしないままにいっとう、梅田の景色が美しく見える窓際にて、座り心地のよいソファに尻を落ち着ける。
目の前には、氷が満ちた器の中に二つ、これまた、そうそう手に入らぬ酒を頼んだ二人である。
ジャックの機械の体に、嵯泉が気を遣うものの――かぱりと口部のマスク部を開いて見せた。トレンチコートを隣に座る女が、丁寧に畳む。
「ねえ、仮面。外さァらへンのね」
「ああ。秘密主義でな」
くすくすと女を笑わせながら、たばこを咥えた。机に置かれた銀色のジッポで、火種を渡す女である。
名を、花蓮という。名前の通りに、麗しい女であった。セットされた髪には乱れ一つもなければ、上等な黒い着物に身を包む点からしても、落ち着きのある接客からも、手練れであることがわかる。
一番よいボトルを、彼女を指名してからというもののジャックは店内に配った。静かな空間に拍手が満ちて、上品な静寂とともに、まず金で花蓮の信頼を得たのである。
「お兄さんは? 次の一本、手ェつけはるの」
「ああ。同じものでいい――いいや、もう一つ、上のものにしよう」
嵯泉の隣に座る女は、白い着物を着ている。
少々痩せ気味であるから、膨張色で体をごまかしているのだ。この商売であろうから、化粧をよくはたいているが本来の顔色は悪いのだろう。
「私が、飲む。――お前は、湯にしておけ」
嵯泉がこそりと耳打ちすれば、ぱっと顔を退ける女は驚いていた。名前を、神流という。
「なんで、わからはるの」
「商売柄だ。女を売り買いさせるには、好い女を作るところから始まる」
「あらあら、大きい夢やねぇ」
「――花蓮。俺の見立てでは、君は俺たちの目標だ」
嵯泉のグラスに、適した量だけの酒が注がれる。花蓮はゆっくりとそれを眺めていた。
「そんな大したもんやあらしまへん。ただの、女です」
「いい女は、ただの女の真似が上手い。そうだろう」ジャックが酒をあおる。
「上手に言わはる」くすくすと、花蓮が笑えば嵯泉が神流を見た。言い当てられてしまった不調を恥じているようで、困ったような顔をしている。
「気にしていない。――どこを悪くしてる?」からりと、氷を鳴らす。
答えるべきかどうかを悩んでいる神流に、花蓮がふわりと笑んだ。
肯定か、否定か、分からない。嵯泉の赤い瞳は、花蓮を見る。
――神流を指名したのは、彼女の体調不良を計算したうえでのことである。
決して姿かたちの悪くない女だ、店の中では美しさでいえば上位に入るのだろう。しかし、売れ残っているところから「何かがある」と嵯泉はにらんでいた。
それを、ジャックに席をとらせたあとで耳打ちすれば、神流を指名する。そのフォローに、恐らく店の「元締め」である、商品ではない女が釣れたのだ。それが、花蓮である。
「意地悪なこと、言わンといたって」
柔らかな笑みと、瞼で細まった瞳があって、よいかおりがある。ジャックにもし、人間の体があったのなら熱く煮えていたかもしれない。
顔の作りからしても、数値にすれば高得点だ。男を惑わせる華には、花蓮はあまりにふさわしいのである。
「かまへん。静かに、話したり」神流を促す言葉は、まるで母のようでもあった。
――嵯泉に向けられる花蓮の視線は、脅しのような刃めいたものもある。商売敵とは見ていないようだが、『取引』の体勢に出ているのだ。
「最初に言っておくが」
だましていてすまない、と低い声でわびた嵯泉である。
ジャックに目配せをすれば、続きは俺がと手のひらが語る。
「当機たちは、猟兵だ。『超弩級』で帝都と『友達』だが、――今日は、君たちを捕まえに来たわけでも、なんでもない」
「信じられへん。証拠は、あんの?ちゃうで、悪い事はしてへんけど、こういう業界やから」神流が少し噎せながら問えば、嵯泉が続く。
「――首輪を着けた連中を探している。客の中に居た事は無いか。特に、龍の鱗をしているほうだ」
自然と、皆の体が前のめりになりつつある。
外の喧騒を魅入っているように、周りからは見えていた。変に浮かないように、静かにやり取りは続く。
「逆に、言わしてもらうけど。この店に来るくらいやもん、おったかて、『でかい』よ」
「構わん。承知の上だ。お前たちとて、超弩級の絡むものなぞ欲しくあるまい」
最後の警告だぞ、と言いたがる神流を嵯泉は瞼を閉じることで振りほどく。
「議員さんや。どこの人やったかなぁ」
はんなりと笑って、ようやく、花蓮が楽し気に語りだすのだ。ジャックが、「議員」と繰り返す。
「汚職か」唸った嵯泉が、どこか合点の言ったような表情をする。「暴をもって暴を制す」というのがあるように、大正の時代にはUDCアースであっても、議員の後ろには暴力の影があったのだという。
票を集め、経済を作り、国を回すためには表の力だけでは足らない、裏からも誰かが歯車を回さねば、金が巡らないのだ。
「よう、この子を指名しはぁるんです。せやけど、議員さんに大事にされてからやねぇ、ちょっと、体がよわなってしもて」
「――外で遊んでへんよ。念のために、言っとくけど。アフターは、ない」
緩くパーマのあたったボブヘアが左右に首を揺らせば、舞う。ジャックがその言葉と共に、神流の体を内心ぶしつけであることを反省しながら、解析をした。
「触れられたりはあったか。すまない、お前の言葉を借りるのならば、念のためだ」
「そら、――そういう店やし、酒も入るから」嵯泉の静かな問いには、肯定が帰る。それから、「なんてことだ」とジャックが告げた。
「どないしはったん」
花蓮の声が、少し緊張をはらむ。
ジャックが己のバイザーに写る解析結果に、モニターのノイズで焦りを表していた。嵯泉が、うっすらと目を細める。
「呪詛に、侵されている」
●
「ヒヒ。どォも、すいやせンでした。かァっと頭に血ィ上っちまって、つい」
「全くですよ。いえ、でも。目立つにはちょうどよかったです」
高級な店の前で、暴れてもらうのは正解であった。
何せ、バルディートはどこからどうみても怪奇なものである。爬虫類の顔をした何かが大暴れで人間相手に喧嘩をしていたら、みんなそっちに集中してしまっていて、手元がおろそかなはずだ。
狭筵・桜人(不実の標・f15055)は、高級パブへの侵入を果たしていた。騒ぎを聞きつけた行政の犬に叱られる前に、とんずらを働いたバルディートとの合流は、店員の一人を捕まえてからのことである。
「おっと、動かないでくださいね」
「なァんで、トイレの個室なンです?店で聞いちゃァ、いけませンか」
「密室のほうが、心理的な効果が働きやすいんですよ」しぃ、と拳銃を男に突き付ける手とは逆の手で、バルディートに「お静かに」と告げた。
桜人に捕まえられた不運な店員は、いかにも気が弱そうで、しかし外見だけはチンピラらしくある男である。
「なん、な、な、な、んです、かっ」
震えるたびに、無数に耳にあけたピアスが揺れていた。トイレの証明を反射したそれが、やかましい。
「質問に応えてもらうだけで大丈夫ですよー。ただ、応えてくれないときは、ピアスをひとつずつ千切ります」
「おぉ、コワッ」
ぐつぐつと喉を鳴らして笑うバルディートの顔は元から青いが、男の顔はより青い。
叫びにならない悲鳴を飲み込んで、切れ切れの吐息にサディズムを刺激されそうになる桜人であった。
「まず、――そうですね。黒髪を短く切りそろえていて、手首のこのへんに刺青がある男。何処にいますか?」
「そ、っそれ、龍さん、でしょ!? おれ、おれなんかが、言っていいかどうかっ」
「あら? 私、まだ、名前は言ってませんよ。タツさん? 一言も、言ってませんねえ」
ぐりり、と肝臓の部分に拳銃を押し当ててやる。どてんと様式の蓋が閉じられた便器の上に、男の尻が乗った。
「ゲロっちまったほうが、楽ですよぅ。お兄サン。あっし、悪いこたァいいませン。こういうかわいー顔したひとって、やることエッグいモンで」
「黙らっしゃい」
ぴしゃりと桜人が言えば、楽し気に笑う蛇であった。何も楽しくないのは、脅迫され続ける彼だけだ。
「知ってるんでしょう?」
「きょ、きょう、たまたま、みっ、みかけっ――ひいっ」
「どこで?」
「ああ、ええ、ええと、ああ、朝ですっ、朝!スッ、スタアの、家の前に、いてっ」
「ははあ、なるほど。あなた、ストーカーですね?」
「違いますッッッ!!! ただの、ファンですっ!」
何が違うのか、桜人にはさっぱりである。バルディートは長い首を不思議そうに曲げたりなんかして、無意識に伸ばしていた舌などを引っ込めていた。
――名女優、神谷ハル。
大阪を代表する女優といえば数多い。スタアの彼らは地域の誇りで、トロフィーのように扱われることもあった。
数々の金星のうち一人のおっかけであるという男をたまたま捕まえられたのは、運がいいからではない。桜人は、この内向的な青年が『こんな店』で働くのは、『お近づきになりたい』という一線超えた衝動のせいだと見抜いていた。
「それで。その、神谷さん」
「オー、こりゃ、べっぴんサンってやつでさァ。ほれ、ほれ」慌てふためく男に、【俄仕立ての友誼】で呼び出した炎の蛇がしゅるりと忍び込む。胸元をちりちりと焦がされながら、まるでお守りのようにしょっちゅう連れているらしい一枚の紙を、桜人に蛇が見せた。
「ああっ、ブロマイド、かえしてっ」
「盗撮写真でしょうが。マナーのなってないファンは、品位を落としますよ」
はあ、とため息をつきながら、桜人が写真を眺める。
気の強そうなきりりとした眉が特徴的だ、神谷ハルと呼ばれるかの女優は、美しいという言葉で表すにはあまりにも言葉が足らない美貌をしていた。
盗撮写真であるというのに、気の抜けた顔がないのである。しかし、常に注意深く張りつめているようでもあった。
洗濯物を取り込むときも、丁寧に、注意深くある。家に帰るときも、変装をするどころか、家に入る瞬間まで完璧な所作であったらしい。
ちりちりといたずらに蛇に尻を焼かれたりなんてしながら、ひいひいと涙ぐむ男に、桜人が問うた。
一枚の写真を、彼に返す。
「このチョーカーは、いつからありましたか?」
「――えっ、と」
気まぐれに返されたそれには、細い首に黒い輪が備えられている。
「白い肌にゃァよく映える、美人はなにをつけても美人ってヤツってもンですなァ」
くつくつと笑いながら、バルディートも覗き込んだ。
「新年、年あけたら、してはった。なんかあったんかなって思ったんやけど――俺、ハルちゃんの力になれへんかなって、おもて」
「それで、こんな店でアルバイトを。ははあ、なるほど」
気持ち悪いですね、とは言わず。
桜人がうんうん、わかりますよ――なんて適当な返事をする間に、するりとバルディートはすっかり気弱な青年と肩を組んでいた。
「ねえ。じゃあ、ハルさんの」
「ハルちゃん」
「――ハルちゃんの」めんどくさいなぁ、とはちみつ色を細めた。「ためになることを、しませんか」と念を押す。
男は、ぐうっと喉をならして息を呑んでいた。どうしよう、と両手の爪を噛みだしている。
「お金もあげます、写真も返します」
「でェも、仲良くしゃべってくンねェなら――燃やしちまうしか、ありませンねェ!ヒヒ!」
ちろちろと地獄色の蛇が、男の首に輪っかを作る。ぱちぱちと火の粉が散るのを、目を見開いた派手な髪が「わかりました」と震えた声を絞り出した。
「は、ハルちゃんの、家、教えます」
はらはらと札束を散らせて、間もなく。
蛇龍と桜色の怪物が共に歩きながら、ええと、と二人で標識を見る。
「ハルちゃん、協力者でしょうね」
「まァ、十中八九、そうでしょうや。いろンな仲間に、弾を渡しちまってるかもしれませンねェ」
「でも、一般的な――それこそ、人生に『地獄』なんてない人たちには、ただの鉛のはずですよ」
桜人が、眉をひそめながら暗がりの標識に従い歩き出す。梅田は、どうして駅がたくさんあるのだろう、と思いながらため息をついた。
「なァに、『地獄』ならこれから、作っちまえばイイだけでしょうや――」
喉を鳴らしながら愉快に笑う蛇が、ちろちろと舌を空気にさらしながら、美しい女の行方を追っている。
異質な怪物ふたつ、人間にあこがれる化身が店から出たのならば、同時、ふたつの男も立ち上がっていた。
●
【暴食に狂いし機械竜】。
派手に召喚するには、いささか周囲に与える印象が悪い。
店の控え室と呼ばれる場所で、ハインリヒと名付けられた竜を呼び出したジャックは、そうっと神流の呪詛を食わせていた。
「次弾にされるところだったな」
嵯泉がコートを羽織って、唸る。すうっと顔色の戻る神流を見ながら、花蓮が初めて、驚きをあらわにした表情をしていた。口元を着物で隠しているが、目は正直だ。
「――なんてこと。あの議員さん、女好きで有名やわ」
「名前は」
「せいちゃん。多田 正一やから、せいちゃん」
ハインリヒが呪詛を食い、それをエネルギーに変えて、ジャックのバッテリーへと変換する。よくやったと頭を撫ぜてやれば、モーターの駆動音は機嫌よく静まり、コートに還って行った。
へたりこむ細い体を、ジャックが抱き上げてソファに寝かせてやる。
「此処からは、俺達の領域だ。協力、感謝する」
深々と頭を下げてから、口部パーツのマスクがかしゅりと嵌まる。疲弊しきった神流が、礼を言いたげに口を動かすのならば、ジャックは手を緩く振った。
「良い店だった」
「失礼する」
嵯泉も、迷いなく彼に続く。
颯爽と黒の男たちは、前に出るのだ。
人のいのちを食らい、心を食らい、自らの破滅のみで終わらせる計画ではないのだという。
――ひとのこころほどたちが悪く、美しいものもないな、と、修羅と剣が街灯に影を伸ばされていたのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
千桜・エリシャ
【蜜約】◎
クロウさんに合わせてチャイナドレス
なるほど、仁義という話に合わせてこの格好ですのね
…きゃっ!いきなりなんですの?
あら、お察しの通り
そう見えるような装いにしましたのよ
お気に召していただけたかしら
…また良からぬことを考えているでしょう?
ふぅん
あなたがそのやり方ならば
私にもとっておきのやり方がありましてよ
あら、ただ“お願い”をするだけですわ
探し人が女好きならば効果があると思いませんこと?
クロウさんの横でふわり色気を振り撒いて
さり気なく視線は刺青と首輪をしていないか確認を
見つけたら気があるようなふりをして
引っかかってくれたらお話を聴きましょうか
クロウさんが、ですけれども
あとは頼みましたわね?
杜鬼・クロウ
【蜜約】◎
服装は黒チャイニーズマフィア
黒丸グラサン
調査は形から
名呼ばず
羅刹女も乗っかってくれるとは
光栄だ(服見て腰引き寄せ
俺の愛人みてェじゃねェの、なァ?
…いずれ本当に俺の女にするケドな(欲。聞こえぬ声で手離し
敵サンの仁義にちぃっと興味あるンだわ
首輪ついた下っ端に教えてくれよ❤️って゛お願い゛してみっか
まァ見てろや
…お前の色気に引っ掛かる間抜け野郎はいるかねェ(口尖らし
風俗店や客引きがいる裏道で情報収集・聞き耳
未成年の羅刹女を寄せたくないのは自分が嫌だから
発見後は羅刹女の唇あて様子見
囲む様に下っ端の前髪掴んで股ドン
今、ゲロっちまった方が楽だぜ(恫喝
グラッジ弾、誰持ってンの~?
次行くぞ(棄て置き
●
傾国の美女とは、まさにこの女のことであろうと思うのだ。
「なるほど、仁義という話に合わせてこの格好ですのね」
ほう、とため息に似た吐息をこぼして、千桜・エリシャ(春宵・f02565)はより己の香を高めるための【傾国宵桜】を纏うのだ。
この世界に狂い咲く雑多な桜など、彼女に勝る美しさをもたない。ただただ咲き誇って散るだけの花には芸がないのだ。
このエリシャという羅刹女は、人を狂わせ惑わせ、時に滾らせる存在である。下品にならぬような色気を武器に、そして、凶悪に首を狩る鬼であることなど誰にも悟らせないような愛らしさを天性より持っていたともいえた。
中華のドレスに身を包む。丁寧な織りも、装飾も、一つ一つが彼女のためにあるようなのに、彼女にまるで歯が立たぬ。美しく着こなす鬼を、一人の男が見ていた。
感嘆がこぼれそうになって、唾と一緒に飲みこむ。咳払いをした杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)だった。
「――乗っかってくれるたァね、光栄だ」
「きゃっ!?」
細い腰に手を這わせ、引き寄せる。
二人の仕事は、潜入調査であった。エリシャに美しい服を着せるのならば、クロウは彼女より目立ってならない。
しかし、かといってみすぼらしい服装をしては、彼女の価値を下げてしまう。価値など与えられないほどに美しい美貌をあしらったエリシャの隣で、クロウもまた中華の服装を着こなしていた。上等な黒に身を包み、すっかり売人のふるまいである。
目立ってはならない。女に近づいた男に、売りつけて金を得るのが今のクロウの役目だ。しかし、エリシャの美しさを前には、手も出てしまうというものである。
「俺の愛人みてェじゃねェの、なァ?」
「あら、お察しの通り。そう見えるような装いにしましたのよ」
ふふん、と自慢げな少女の唇が。
その瞳が、震えるまつげが、紅潮するであるほほを想像する。
汗ばんだ色の香りを考えながら――それを、誰かに売るなどやはり御免だと思って口から出た言葉だった。
「お気に召していただけたかしら」
くすくすと上品に笑って、クロウを知らずに煽る鬼の妖艶さはまさに、国と男を滅ぼしただけある威力があって、クロウの理性が大きく揺らいだ。
――仕事中だ。
「いつか――」
「え?」
「いンや」
「また、よからぬことを考えているでしょう」
「お前の色気に引っ掛かる間抜け野郎はいるかねェって」
「まあ!」
見ていなさい、とエリシャが言ってから、一呼吸おいてクロウから完全に意識を反らすまで、湧き出た本能を沈め切る。
戯れもそこそこに二人で出来ることをせねばらなぬ。場所は、大阪。ミナミであるが、浮浪者にエリシャの色気はややキツすぎる。
そこで、クロウが選んだのは今風の若者――それも、盛りの付いた男が歩くであろう、アメ横と呼ばれる場所だ。
名前に恥じないくらいに、異国のものを扱う店舗が多い。ビアンバー、ゲイバーをはじめ、少数派に至る彼らの居場所でもある場所で、美しい桜を連れ歩く。
しゃなり、しゃなりと丁寧に歩くエリシャを、男たちがゆっくりと振り向いては顔をほんのり赤くして立ち止まる。
そこで立ち止まるのならば「カタギ」だ。クロウも、視線で追わない。今回の捜索においては何の役にも立ちそうにあるまい。
クロウとは数メートルの間をあけて歩いているエリシャである。男どもから求められる視線は嫌でない。しかし、弱い男に興味はないのだ。
いままでエリシャが求めて、首を狩ってきた命ほど苛烈に己を求めるものを知らないのである。悩まし気に息を吐いて、早々に飽きてきた「餌役」に眉根を寄せた時だった。
「ちょいと、――そこの姉ちゃんや」
「あら」
まず、声のする喉を見た。
首を見るのはエリシャの習慣でもあるが、此度のきっかけに至る「黒い首輪」のありかを探ったのだ。
派手なワイシャツは安っぽい。しわの入ったそれを見て、男のある程度の階級を知る。下っ端であろう。いなくなったところで、探されることもない存在だ。
「なんや、この辺で商売か?俺に挨拶せンなら、あかんよ」
「――」
言葉を返そうとして、己が今中華の女であることを思い出す。
もじ、と唇を少しとがらせながら、つま先同士をこすり合わせて、上目で男を見た。
「口きけへんのか、オイ、――そこの」
「へェ」
次に、エリシャは体を男に預ける。興奮したらしい男の熱を感じながら、その鼓動とともに、首に腕を回した。うなじに、鱗の刺青がある。文様からして龍ではなくて、恐らく、鯉だ。
体に魚なんて飼ってどうするのかしら、とは言わずに右のつま先をとん、とん、と地面に押し当てる。
男のひげがととのっていない顎にキスをして、エリシャがちらりとクロウを見た。黒い丸眼鏡の奥――色違いの瞳が、怒りと責務のはざまで燃えている。
クロウは、それを見とどけてから男に近づいた。
「いくらや、この女。俺ァ――お前やったらしっとろうが、龍にいの会員なもンでよ」
「売りもンじゃねェよ」
「あ?」
それで、男の短い赤毛をした前髪を掴み、エリシャから引きはがす。【魔除けの菫】の起動もあった。きらりと、ピアスが提灯の光に照らされる。
ひいっと周りの往来から悲鳴が上がるが、アウトローの小競り合いだと分かれば自然と散っていった。
「教えてくれや、おォ? お前、龍の子分だって言ったよなァ?」
「ぃ、ッぎ――」
がづん、と壁に押し当てた。落書きの騒々しさと、丁寧な技巧にエリシャが目を奪われている。
「クロウさん、殺さないように」
「あたり前ェよ、殺すよりひどい目にあわせてやったほうがよさそォだし?」
悪魔めいた様相で笑いながら、クロウが息を噛む。猛犬のように己の前髪を鋭い吐息で揺らしながら、男のすっかり萎えた股に、足を踏み込んだ。
「なァ、グラッジ弾、誰持ってンの~? 今ゲロッてくれたら、ゲロで済ましてやらァよ」
エリシャは、一つも男に話しかけはしない。最初で最後のあいさつになるであろう接吻ならくれてやった。
反抗しようとした男のみぞおちに、鋭い拳が入る。
びしゃびしゃと吐しゃ物が地面に落ちる音をバックに、エリシャはそれから、壁に貼り付けられたロマンス・グレイの男を見る。助平そうだなと思って、ぱちぱちと桃色の瞳がその名前を読んでいた。
「多田・正一さまは、此処ではよく支持をされているのかしら」
独り言のようにつぶやいたものを、クロウが拾う。
「ほォれ、ワン・モア・チャンスだ。多田・正一はどこにいる?」
「げへ、っ、え、ぐぇ、た、ただァ!? お前ら、どこまでッ」
「質問に応えろってェ」
――こめかみを、ヒールで押さえてやる。ゆっくりとした圧迫とともに、前に折れ曲がった男の体を横倒しにしてやった。
「どこにいる?」
間引いた経歴があるとするのならば、この下っ端であったって、おそらくクロウたちが来るまではこのエリアのヌシであったのだ。
ひい、ひい、と泣きじゃくりそうな悲鳴は、エリシャも興味を失せさせているらしい。鼻に乗った桜を、くしゃみとともに愛らしく吹き飛ばしていた。
「しっ、知らんっ、詳しいことはッ――けど、ラジオや! そう、ラジオに出るっていうて――」
「ありがとよ」
ラジオ局。
軽くヒールで押し込んだのなら、男は自分の勢いでしたたかに床へ転がった。
「あら、本当に殺しませんでしたの?」
「死ンどきゃよかったって思わせるほうが、イイんだよ。次、行くぞ」
すっかり、情けないところを己のエリアで披露させた。あの下っ端に居場所などあのエリアではもうあるまい。
何見てんだ!と叫んだ震える声など、誰が怯えようか。くるりと背を向けたふたつを追いかけることも、石を投げつけることもできない存在に、二人はすでに興味もうせていた。
「でも、ラジオを押さえてるってちょっと本格的ですのね」
「そりゃあ相手は本気だかンなァ。命かけての大舞台ってカンジだろ」
「なんだか、ワクワクしてきました。次は、どんな男をひっかけてみましょうか」
くすくすと楽し気に笑う鬼の瞳には、こびりついた老年の男の顔がある。
「ひとごろしの、ロマンス・グレイとか」
クロウが、「そう引っかかるかよ」とあきれたように笑いながら、壁に貼られた選挙のポスターを流し見ていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
百鳥・円
【あまい】
まるで宝探しですねえ
あは、もちろんワクワクしますとも
綺麗と汚いが隣り合わせで生きてるんですよ
おにーさんも感づいてますか?
さーて情報収集といきましょ
探偵みたいで楽しーですね
お偉いさんはお高い店に足を運ぶものです
いきましょーか
えー根拠を問うんです?
まどかちゃんの野生の勘ですよっと
おにーさんコミュ力あります?
おしゃべりは好きですし得意ですよ
唐突に話しかけても怪しさ増し増しですからね
料理を楽しみ何気ない会話をしましょ
聞き耳立てて周囲も探りますん
刺青に首輪。カッコイーですよね
憧れちゃうお年頃ですの
お話聞けます?
さて、狙いは言葉ではなく内側
どんな心が読めるんでしょーね
ちょっぴり覗かせてくださいな
ゼロ・クローフィ
【あまい】
天真爛漫に愉しげにしてる隣に溜息ひとつ
お前さん遊びじゃないんだからな
汚いで生きてきた俺には綺麗は居心地が悪い
高い店はいいが何でこの店なんだ?
勘ね、どちらかというと嗅覚ぽいが
俺がコミュ力あると思うか?
それはお前さんに任せるよ
料理と食べつつ彼女が愉しげに話すのを眺める
話しかけた奴と一緒にいた男が何処かへ行くのをチラリ
トイレに行く振りをして後へ
やっぱりな
こういう店には裏の奴らが使う隠し部屋があるだよ
さぁて懺悔の時間だ
魔猿秘
爪や牙が向く
一般人だからと容赦はしない
お前らも同じ事をしてるからな
ボスは何処にいる?
命が欲しかったら言いな
あぁ、あっちに助けを求めても無駄だぞ
向こうさんは俺より怖いからな
●
「まるで、宝さがしですねぇ」
混沌とした世界である。
二人で、よい席を取った。普段は予約でいっぱいであるというが、『超弩級』であることを明らかにすれば店は協力的である。
なにせ、飲み屋の中にずっと店長がいるわけでもあるまい。雇う人間がほとんど店をあくせくと回しているのだ。
あまりやかましいところだと会話も弾まないから、ほどほどに人の気配があるところを選ぼうとしたらまだ、女学生らしい客引きに呼び止められて、天真爛漫な少女が慎重そうな男を連れて行ったのである。
「お前さん、遊びじゃないんだからな」
「いいじゃないですか、楽しいことは、いつでもすぐそこにあるんですよ」
百鳥・円(華回帰・f10932)は、運ばれてきた料理を楽しんでいる。
すっかり洋風被れなものもあれば、和を重んじた料理もありつつ、どれもこれもが少量でクオリティの高いものだ。
あむあむとかわいらしい唇に肉巻きを放り込む姿を見て、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)はため息とも、休息ともとれぬ呼吸を繰り返した。
汚いところで生きてきたゼロには、この店の居心地があまりよろしくない。
高い建築物の最上階にて、窓から道頓堀を見下ろせる絶景を味わえる高級な店だ。
席によって価格が違っており、奥まったところやカウンターは少し裕福な学生だとか、母親のコミュニティが飲み会をするようなところである。
今、円とゼロが楽しんでいるのは、丁寧なもてなしがありながら、雑多な街こそ上から見れば美しいのだと思わされる光景が一望できるテーブル席であった。
「何で、この店なんだ」
「お偉いさんはお高い店に足を運ぶものです!」
「つまり、勘か」
「えー。それじゃあダメですか?」
「いいや」
――嗅覚だろうな、とゼロが判断した。
ゼロには、この空間の匂いがすでにまじりあってほとんど、口に運ぶ料理のにおいしかしていない。
胃を満たしたいほど、生命力にあふれているわけでもないのである。面倒そうに、食事を楽しんでいるふりをすることにした。
「探偵みたいで楽しーですね」
「さしずめ、俺は助手か?」
「そうです。頼りにしてますよ」
しかし――、円は別なのだ。
・・
同じマルでも意味が違うように、ゼロと非なる円は鼻がよく利く。
混ざり合った血を持つ女である。黒狐と夢魔の混ざりの特性といってもよい。渦巻く料理のにおいを嗅ぎ分けることもできれば、情念のきな臭さだってお手の物だ。
愚かなようでいて、この円という少女は野生の勘を無意識に観察へと遣ってみせているのである。
時折、提灯と電光板の点滅に輪郭の色を変えられながら、二人は店内に落ちる音から、まざりあう声までに集中していた。
「おにーさん」
「なんだ」
「感づいてますか?」
「お前さんの斜め後ろか」
料理に満足したわけではない円が、「はい」と笑う。にんまりとした顔にケチャップがついていて、紙ナプキンで拭くようにゼロが指摘した。
よくもまあ、こねて焼いただけの肉をおいしそうに食えるものだなと思いながら――ゼロは、視線を会話する円越しに合わせる。
「二人いる」
「首輪はどうです?」
「つけてる。だが、口は堅そうだな」
「柔らかくしてあげないといけませんねぇ。おにーさん、コミュ力はあります?」
「あると思うか」
「んー。いいえ」
任せるよ、とゼロが目線だけで言えば、がたりと円が立ち上がる。
それから、後ろにターンした。向かうべきは女子トイレであるという仕草で、けらけらとゼロに笑みを返しながら、千鳥足めいて足をもつれさせつつ酔いどれる。
「あれぇ?ねえねえ、おにいさんたち。かっこいいですねえ」
小芝居は、結論から言えば大成功であった。
トイレに寄ったはずの円が帰ってこないのは、男たちに気に入られたからである。
最初こそ、軽快をあらわにした片方が唸れば、やや年が上であるらしい黒服が「待ちぃ」と声をかけた。
「うちの娘と、よう似た年の子や。お前も、歳ようみて手ェ出しよ」
なまりが強いが――端的に言えば、円に親近感があるようだ。もし円に似ているのなら、奔放そうな娘で在ろうか。
こてりと首をかしげて、「その首輪、なんですかあ?」と世間知らずな娘のふりをした。人に己を魅せるのは得意な円である、ゆっくりと二人分の魂を堕落させるのが目的で――あさましく、わらった。
それからは、情報が聞き出せそうではぐらかされるのを繰り返しつつも時間を稼ぐ。その間に動くのが、ゼロだ。
円に好意的な男は、根が優しい気質であるらしい。男子トイレに行くふりをしながら、小便用のそれの隣、厳しい顔つきの男が勇み足で個室に入るのを見届ける。
どん、どん、と壁を叩いてから、――きぃ、と木の音がした。かんかんかん、と冷たい鉄と靴の底がぶつかり合う音がして、ゼロは個室の仕切りを飛び越える。
「おいっ、まだ、始まらんのか。はよせな、俺ら――探られとるんとちゃうか、龍」
電話をしているのと、『隠し扉』を使うのを目撃してから、矢張りとゼロが息をひそめた。
たいてい、こういう『きれいすぎる』店には金がかかり過ぎている。そして、『それ用』の部屋があるというものだ。
「懺悔の時間だ」
――【魔猿秘】が、ぬらり、焦る男の体に牙をむく。
「なんや、帰ってきょォらへんな。顔色悪ぅしとったし、見てこか」
「んー?んふふ、大丈夫ですよー。心配しなくても、強そうな大人の人って感じだしい」
「そないいうけど、案外あいつ、あがり症やで」
けらけらと笑いながら、円がじいっと色違いの瞳で男を見た。
父親らしい顔はやさしさにあふれている。いいや、溢れすぎていた。――まるで、今日を最後に娘に会えないのだと、心が語っている。
「ねえねえ、あのですね。ちょっと、おもしろいこと言いますよ」
「なんや?関西人は、笑いに厳しいで」
「んふ」
――酒気帯びた演技を、やめた。
艶やかな笑みに変えた少女の顔の動きを、驚愕した表情で男が見届ける。
「今日、死んじゃうんですか?」
容赦はしない。
一般人にも、彼らは同じように痛めつけて金を得ている。ゼロが静かに呼吸を繰り返しながら、己が扱う悪魔が逃げる男を血ダルマにしたのを見下ろしていた。
「命がほしかったら、言いな」
「――は、なにを、ぬかす」
血まみれの電話は、子機であろうか。
文明は発展しているが、レトロな街並みであることを守り続けるこの世界において、その通信機がやたらと違和感を感じさせた。
「今日、死ぬからどうでもいいって?死ぬときに成ったら、後悔するぜ」
諭すのは、『神父』でないからうまいものではない。
しかし、ゼロのままでもできることは暴力であった。煙草に火をつけて、くゆらせる。ゆっくりと息を吸えば、じりじりとフィルターが燃えた。
「後悔なんぞ、あらへん」
血を吐きながら笑う男は、額に脂汗が湧き出ている。
すっかり鉄臭くなった隠し通路で、ぼろ雑巾同然になりながらも命乞いをしないどころか、ひとつも彼は――組織について話さない。
ゼロが、また悪魔に爪を振るわせた。激痛で情けない悲鳴を上げない男に、強すぎる意志を感じながら――。
「なんで、死ぬと思った?」
「そういう目をしてますから」
「そォか、――そォか」
「死にたくないでしょう」
ロブスターを、真ん中で割る。
円が中身の詰まったエビをしげしげと眺めてから、乗せられたグラタンをこぼさないように、男に差し出した。
「そして、止めてほしいんですよね」
「――俺は」
「悪い人だと思います。だけど、悪いひとってみんな、自分勝手上等じゃないですか」
ぐ、と息を呑んだ彼が、鉛玉を二つ、テーブルに置いた。
「あべのに行き。そこで、『龍』は始めようとしとる。まだ――今やったら、橋におるンちゃうか」
血まみれの通信機は、まだつながっていたらしい。
ゼロが拾い上げた時に、ようやく途切れる。仲間が、黙したまま耐え忍ぶのを、すべて聞き届けた合図だった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花仰木・寧
十雉さん(f23050)と
私は彼の愛人役
まるで銀幕の女優さんになった気分ですわね
装いと化粧も変えて、香りだけはいつものまま
男の腕に身を預け、場に添える花となりましょう
振るまいは十雉さんに指導していただいたけれど
それらしく見えますかしら
あなたは流石プロですわね、別人のよう
話運びは彼に任せ、周囲の監視
彼の脅しへの反応を見逃さぬよう
ねえ、火を貸してくださる?
教えてくだされば、御礼はいたしますわ
この街のことなら、よくご存じでしょう?
煙草を寄せ、流し目ひとつ【誘惑】を
あまり喋るとボロが出るので
困った時は得意の笑顔で誤魔化しますわ
宵雛花・十雉
寧(f22642)と
ここは探偵のワザの見せ所かね
黒髪のヅラを被り、黒のスーツを着こなして
裏稼業の人間に変装する
寧の変装も手伝ってやろ
ん、なかなか似合うよ
ヤクザもんの愛人って言われりゃ誰もが信じちまうさ
そんじゃ行こうか、お嬢さん
寧と連れ立って酒場に潜入
こう見えて【演技】には自信あんだ
その筋の人間になりきってみせるぜ
なるべく一人で飲んでるヤクザやチンピラを狙い、さりげなく隣の席に座る
人を探してると伝えりゃ、上手く【言いくるめ】ながら交渉すんよ
目的の男の身なり、刺青、首輪の特徴を伝えて
詳しい情報や居場所を聞き出してやる
その男はよ、ウチの親父のシマを荒らしやがったんだ
大人しく話した方が身の為だぜ、兄弟
●
ホワイトムスクと煙管の残り香とともに、炭素の結晶を連れた女は男の権威に見えた。
美しい女である。
艶やかな黒髪と、怪物の金をした瞳。アジアン・ビューティと彼女を称するには、いささか色気のしどけなさが上品さをより演出して見せた。
その女が一歩足を踏み入れれば、豪奢な店内が余計に明るくなったものである。
悪側の業界では、女というのは、男の「ちから」を表すのだと――花仰木・寧(不凋花・f22642)からすれば、理解に最も遠いものである。
男と女とは、恋をしあい欲を織り交ぜ相手のいのちを愛するものだと思っていたが、今彼女はアクセサリーも同然なのだ。
「いい店だねェ、席は空いてるかい」
黒髪、黒スーツ、いつもとは違う目の形を化粧で作って、宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)はまず、長躯をたわませた。
美しい女、愛人であるらしいそれを連れたやくざ者は、上等なスーツに身を包んでいて、落ち着いているのである。
「へェ、どうぞ、お好きになさってください」
「どうも」
――寧は内心、胸をなでおろした。
演ずるのはうまい十雉によって、色気のある化粧を施された上に、衣装の着方から指先の動き、足の歩幅までをしっかりと指導されたモノを守っている。
知らないものには従う寧の従順さと、十雉への信頼がより彼女を女優にして、厳戒態勢らしい高級な店に立ち入らせたのだ。
しかし、余計な口だけはどうしてもきけない。
寧に預けられたのは、たった一つの「決め台詞」だ。どくどくと胸の下で心臓が高鳴るが、おくびにもそれを表情にはださない。
しどけない顔で、伏し目がちに腕を組んだ彼に体を預ける。
「流石プロですわね」小さくささやいた。
「寧こそ、なかなか似合ってる」表情をひとつも変えないで、代わりに、歩調を合わせながら十雉が言うものだから、なんだか気恥ずかしい。
長いまつ毛を震わせながら、寧が歩けば、上等な愛人を連れたやくざ者であろう十雉に視線が多数向いた。
それから、ひそひそと探りを入れているらしい会話が交わされる。だいたい、ならず者というのは横のつながりが強い。
たとえるのならば、今の十雉と寧は静かな水面に投げられた石だ。見知らぬよそ者を、このタイミングで見かけてしまったことの動揺は緊張した状況だからこそ読み取りやすい。
「酒を。とびきり、うまいものがいいねぇ」
寧をカウンターに備えられた丸椅子に座らせて、肘をつきながら十雉が微笑みかければ、「はい」と丁寧な返事ののちに、混ぜられる酒たちがあった。
周囲の流れを、寧が見ている。はたから見れば、八の字眉の女が居場所に困っているように見えるだろう。
十雉が寧を座らせたのは、獲物を見つけた合図だ。すっかり自分すらだまして「裏」に成りきる十雉の隣には、刺青をびっちりと指先まで入れた男がいる。
――内心、ぎょっとしてから、寧はまた視線を自分の指先に寄せた。
「今日は、騒がしいのう」
「おや、そうかい。そりゃあ、しょうがねぇよなぁ」
しゃがれた声は、元からのものらしい。
十雉は探偵だ。ゆえに、観察眼も優れている。男は、秘密主義ではあるが一匹狼のきらいがあるらしい。外に出るにも、好い服を着ていないのだ。
こんな店に入ろうものなら、つまみ出されるのが常であろうに、彼には誰も触れないかわりに存在が許されている。おそらく、誰もが彼にお世話になったことがあるのだろうと推測した。
刺青の多さから見て――腕のいい、彫り師だ。
それも、デザインタトゥーなどではなく、任侠に仏や龍を彫りこむ職人である。彼の体は、きっと足首までも和柄でいっぱいなのだ。
「人を探してるんだけどよ」
「さっきも、眼帯した女に聴かれたわ。俺は、かかわらんようにしとる」
「大人しく話した方が身の為だぜ、兄弟」
「――龍と虎なら、止めたかて無駄や。いっぺん死なな、わからンのじゃろ」
「死んでも治る阿呆なら、ウチの親父のシマを荒らしやがったりはしねェ。そいつらのことを知らねぇんなら、仲間のことはどうだい」
内向的で、自閉的であるのは話をすればわかる。
つまり、めったに人前に出てこない存在のはずだ。己の職場で丁寧に彫り仕事をしていれば、満足するたちの男がこうして人前に出てきている、ということは――何かを感じているのである。
「そいつらに、『弾』を横流ししやがったやつらを、さがしてんだ、俺ァ」
十雉の話術は、もはや寧にはついていけぬ境地まで至っている。
強面の刺青男に話しかけているのだ。それも、大嘘をついてのことである。
確かに、寧も十雉も猟兵であるから、もしここで己らが集団に襲われたとしても難なくいなしてしまうだろう。しかし、「波風を立てない」という選択肢がもっとも求められる状況ではあった。
寧が周囲を見ただけでも、ぴりぴりとしているのである。獣の血が混じっているから余計に感じ取れるのもあるが、人間同士の威嚇がせめぎあっていた。
隣に、男がやってくる。のっそりと座った男は、仕事と女のあとらしい。甘い匂いをさせた彼が「女好き」であるのならば、寧に求めているものは想像ができた。
――ここで、予定のセリフである。
「ねえ、火を貸してくださる?」
「お、――おお、なんや、えらいべっぴんさんやのう」
けだるそうに煙草に火をつけようとした男は、まだ若い。しかし、そこそこに稼いでいるのだ。腕時計は高級で、靴などもよい革を使っている。
十雉の会話と混じらないように気を付けながら、「退屈ですの」と寧が催促した。男は、おそるおそる顔を近づけて、シガーキスをを寧と交わす。
「なんや、観光け?」すう、とたばこの煙を吸って、ゆっくりと鼻から吐いた男が問う。
「ええ。――この街のこと、よくご存じでしょう?」
「『そっち』系か?」ちらり、男がやはり、十雉の背を見ていた。
勝てるか、勝てないかを探っている時点でこの男の負けである。くすくすと寧が笑って、「ええ」と頷いた。
「教えてくだされば、あとで御礼をいたしますわ。それが、仕事ですの」
「――へぇ」
艶やかな唇から、煙をたっぷり吐き出しながら、寧が視線で男を誘惑しきる。
「ちょぉどよかった。最近、死んだよォなやつらが、いまさらやかましゅうて」
「死んだような?」
「なぁに、『玄龍会』のやつらよ。もう、組織はあらへん。龍が間引いて、今は――幻朧戦線いうたかな」
十雉も、寧の会話を聞き逃していない。
「このあたりで、幻朧戦線つうのをやるんだって?聞き捨てならねぇな。勝手に金を動かされちゃあ、困るぜ」
裏付けだ。
なぜ、外のやくざが二人を探しているのかには理由が必要である。
見知らぬ兵器を使ったテロ行為を行うのを知っているぞという圧力は、悪でも善でも彼らを止めるべき材料に相応しいのだ。
十雉が空にしたグラスを、音を立てて机に置いたのならば、彫り師の横顔を見た。
「ガキの頃や。――龍に、墨いれたンは」
ほりの深い顔が、憧憬に滲む。
「身内か?」十雉が問うた。
「アホ。身内なんぞ、一番信用ならん。東は知らンけどな」低く唸って、男は続ける。「昔から、あいつは――生きるのに、苦労するたちやった」
刺青の男が言うには、長谷川 龍という男が、生まれつき「欠けている」という男である。
「せやから、住みやすいところを作るんやと」
「――だから、全部一度、きれいさっぱり壊すって?」
破滅的だ。
しかし、革命的なのである。
「確かに、この街は少し――騒々しいですわね」
「せやろ。でも、まぁ、しゃーないんよ。発展っつうのは、経済が回る。カネがめぐりええと、建物が増える。開発できたら、物が売れるやろ」
寧が、興味深く話を聞いていた。
職を転々として下宿暮らしを繰り返す彼女からすれば、カネの話などは縁が程遠い。
まるで夢物語でも聞いているような心地すら覚えて、めまいがしてきそうだった。この街の人々は、欲深く、そして、行動力がある。
ただそこにありたいだけの寧とは真逆の性質に、「洗い流したい」というかの革命家を目指す男の心情は、少しわかったような気がしたのだ。
誰にも脅かされることなく、己の身だけを守りたいだけである。
身というのも、命ではない。話を聞く限り、龍という男はプライドを守る男だ。
計画を露見しようとした若い衆を容赦なく殺し、かわりに、使い捨てられるのであれば情けないごろつきでも仲間にする。
効率的で、仁義などよりも「計画の成功」を目指す機械的なきらいがある。すべては、己の尊厳が「平穏」であるための行いに、不変の愛を願う華が重なるような気がした。
「なあ、なあ、俺、ぎょうさん話したやろ。この後、どこ行くねん。ついてってもええか?」
きらきらとした瞳で、寧の手を握る男に、苦笑いで返した寧がいて。
やや遅れて、「ちょいと」と寧の肩を抱いた十雉が耳打ちをする。
「弾を横流しした人物が分かった」
「え?」
「――政治家だ。それで、多分、ちょいとややこしいぜ」
足早に店内を歩き、扉に向かっていく寧を追いかける男を振りほどく。十雉が、ゆるりとかつらをとれば白があふれ出た。
「弾は、だいぶ配られてる。どういうことか、わかるかい」
「それって、ああ、なるほど。『彼らが死ぬ』のが、起爆なのですね」
やるなら徹底的にやる、がやくざものだ。
そういうことだよ、と十雉が頷いて、真っ先に止めるべき人物たちを他猟兵たちとすり合わせるため、中央区へ向かう。
寧には、やはり――龍という男が、ひっそりと咲いていたかった花のように見えて、ならば、『虎』はなんだったのだろうとその謎が浮かび上がっていた。
「大切な花なら、護りたいものでしょうに」
雑踏に飲み込まれて、ひそりと花弁のようなつぶやきは桜とともに消える。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
霧島・クロト
◎
【SPD】
【霧島家】で兄貴と。
まぁ、平穏を望む人も望まない人も『派閥』としては居るだろうなァ。
俺らがあくまで前者で、向こうは後者というだけの話。
なら、『正義』と言えなくとも被害に遭った『あちらさん』も推定としては居るだろうさ――
なにせ、動くには『元手』がいる。
残念な事に俺はそれっぽい見た目だしな。『親』の似たくもないとこだけ似たが。
『表向き』に品行よくしてる店程そーいうアテもありそうだが。
『悩み事』を代わりに聞いてみるのも仕事の内だろう。
望まない騒乱なら代わりに『収める』のも、役割だろーさ。きっと、な?
霧島・カイト
◎
【SPD】
【霧島家】でクロトと。
渡世や仁義など、俺は其処までは詳しくは無い、が。
『裏』で平穏を望む者程、表沙汰を酷く厭う。
その上だ。末端程それに理解が無い事も多い。
故に『片隅』に乗る騒ぎが手ががりに成ることも多い。
その周辺で妙な事をする『首輪』の者がいなかったらとか。
妙な物流が起きていないか――などな。
しかし、調べるのは俺も可能だが、表立っての交渉などは適役が居るだろうさ。
俺は、あくまで『合理』に基づくだけだからな。
……人情は、流石に今の俺よりは『弟』の方が分かりが良い。
御園・桜花
「実は私、こんなに西に来たのは初めてですの。ですから土地勘もなくて。餅は餅屋、と申しますでしょう?」
有無確認含め桜學府 の出張所、警察、大手新聞社の順で訪問
「背中に竜や鯉の刺青をした方を多数抱える一家や事務所。そういう方専門の刺青師。その居所をお知りでしたら教えて下さい。特に最近、そういう方々で鉄首輪をしたり首元を隠しがちな方が居れば優先で。私、渡世の仁義とやらにはとんと疎くて。…貴方が怪異でお困りの時は、優先的にお力添えいたしますから」
教えられた場所で首元隠した地回りヤクザを発見した場合、路地裏引き込みUC「桜の癒やし」で眠らせグラッジ弾の有無確認
得た情報は桜學府等使える手段で他の猟兵に連絡
●
「実は私、こんなに西に来たのは初めてですの。ですから土地勘もなくて。餅は餅屋、と申しますでしょう?」
たおやかに笑って見せる女の着物を、静かな顔で狼が追う。
まず、足を進ませたのは桜學府の出張所だ。あるにはあるが、ほとんど在中する学徒がいないらしい。救済機関であるそれは、ひっきりなしに出番があるようだった。鍵は開いていて、中をのぞくことはできても人の気配はなく、ただ、空気はまだ暖かい。
それから、次に警察をあたる。派出所も多いが、こちらなどはやはり、地域の小さなもめごとに忙しいらしい。二輪に跨って必死に現場へ駆けつける姿に、声をかけるのは躊躇われた。何せ、ミナミの地域である。
UDCアースでも言えることだが、大阪というのはキタとミナミで治安の質が大きく異なる。
「餅は、どこにでもある」
「いや、そういうことじゃァねえよ、兄貴」
霧島・カイト(氷獄喪心の凍護機人・f14899)が真面目に考えるのを、弟である霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)が肩を抱いて窘めていた。
がしゃりと機人同士が重なり合っているのも、無理はない。人通りが多すぎて、ぼうっとしているカイトが流されやしないかとクロトが掴んでいるのだ。
「と、なると――ここから距離が近いのは、新聞社でしょうか?」
鉄道に乗って、駅を乗り継ぎ、また箱に乗せられる。
発展するもののレトロな空気を守り続けた地下鉄に散る桜に視線を配りながら、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が二人に振り向いた。
「あァ――そうだ、兄貴。地図があるぜ」
「お前が見たほうがいいんじゃないか」
「俺ァ、難しいことはわかンねェよ」
兄の、社会勉強を兼ねている。
クロトがぐいぐいとカイトを押しやれば、板に描かれる平面の地形があった。
大きなビルを理性で探せば、バイザー越しに見つけたのはひとまわりどの建物よりも大きいことをしめす、直方体が見つかる。「七番出口だ」とつぶやけば「かしこまりました」と桜花が頷いた。
「渡世や仁義など、俺は其処までは詳しくは無い、が――『裏』で平穏を望む者程、表沙汰を酷く厭う」
「まあ、平穏を望む人も望まない人も『派閥』としては居るだろうなァ。俺らがあくまで前者で、向こうは後者というだけの話っつぅわけで」
「あら、あなた達も、『裏』のお人で?」
「腹減ってねェ限りは分別はつくほうの、な」
三人で、七番出口へ向かう通路をゆっくりと歩けば、丁寧なつくりの階段に吐しゃ物やら飲み水やら、誰の酒かもわからぬような様相が広がってきた。着物に付着しないようにたくし上げる桜花の姿は、したたかな女性らしい。臆しているのではなく、そういうものだと感じての行為にはずぶとさもまみえていた。
カイトは、クロトとの会話に頷きもしないで続ける。
「その上だ。――末端程それに理解が無い事も多い」
狙うべきは、上澄みではないかとした。
クロトもカイトも、そして桜花も同じ意見である。
「上、となると幹部やボス格ですね。ジャーナリズムとは切り離せない身分でありましょうから、きっと、知っている人は多いはずです」
彼らが訪れる新聞社は、階段を上り切れば右手にあった。
ややミナミよりであるといっていいだろう。しかし、海辺も近いらしい。外に流れるビルの隙間風が少し寒くて、桜花の桃色の髪がかき混ぜられる。それを見て、クロトが「レディファーストだ」と風の壁になるよう、背中で風を受け止めてやった。カイトも、真似をしてみて正反対の位置からエスコートの腕を伸ばす。白黒の機械が織りなす恭しさに、桜花は瞬きをしてからくすくすと笑った。
「――へェ、超弩級様が何の御用で?」
受付に桜花が自己紹介をすれば、普段は美しい案内役の女性が立つ場所に警備員がいたのである。彼らは、身分を聞けば驚いて内線をまわし、それから、「よろしいので?」と何度か繰り返してからオフィスへ三人を案内する。
何をあわてているのかわからないカイトは、ともかく、クロトはこの場にあるカネのにおいを嗅ぎ取っていた。
「兄貴。わかるか」
「いいや。ただ、周りが――少し、騒々しくなったのはわかる」
用紙をかき集める音、それから、新しいインクのにおい。明日の朝刊を作るには少し早すぎるのではないかとクロトが思うならば、カイトの合理的な観察が裏付ける。
カイトは、『合理』の獣だ。クロトは『情』の獣である。
『親』の似たくもないとこだけ似たのだとクロトは言うが、カイトはそれが少し遠すぎるような気もして、己の力不足を感じている。
「背中に竜や鯉の刺青をした方を多数抱える一家や事務所。そういう方専門の刺青師。その居所をお知りでしたら教えて下さい。特に最近、そういう方々で鉄首輪をしたり首元を隠しがちな方が居れば優先で」
三人が案内された詰め所めいたところには、一人の草臥れたジャーナリストが机に突っ伏していた。編集長、と書かれている札すら寝ていて、うだつのあがらないクマの張り付く顔が三人を眺めていた時である。
己らの目的を隠しもせずに、桜花は言ってのけた。
「私、渡世の仁義とやらにはとんと疎くて。――貴方が怪異でお困りの時は、優先的にお力添えいたしますから」
「正直で、美人ときたら。あンた、こんな夜中に歩いててえぇ女とちゃうやろ」
「ご心配なく。『超弩級』ですので」
クロトはぎょっと駆け引きの大胆さに目を丸くしたが、カイトは桜花の言葉を言葉通りに受け止めていた。
桜花は、恐らく三人の周りですでに『カネ』が動き出しているのを理解していない。こんな夜遅くまで残らされているこの編集長がいるということは、原稿を仕上げているということだ。それも、今の時間で印刷を回している。号外の新聞に違いない。――この編集長は、今から何が起きるかを理解してる。内通者なのは、クロトからすれば「顔を見ればわかる」のだ。
「教えて、なンか俺らに得あンのか。あのなァ、嬢ちゃん。そりゃ、怪異かていらンで。せやけどもっと、日ごろ要らんことはいっぱいある」
「と、申しますと」
「金や。俺らの仕事は、歩き回って金つこて金稼いどる。缶珈琲一本買うのに、なんぼするか知っとるか?ン?」
知っているか、知らないか、といえば――知らない寄りであるといっていい。
パーラーメイドなのだ。一般人が感じたことのないような地獄を味わった後で、桜花は今の職についてある。ゆえに、そんなことは「どうでもいい」ような悩みで、彼女に縁も遠い。働くことにやりがいを感じているのは両者も同じだが、桜花が感じるのは「奉仕すること」に対するもので、この男は「金を稼ぐこと」に向けている。
「つまり、売ってやるから金払えってことだろ。まどろっこしィな」
「話がはやいのォ。なんぼ出す? 号外ばらまけって言われとんねん」
「犯罪への加担だ。国家転覆、その共謀――」カイトが理性で話せば、男は遮った。
「おッと、いいがかりや。これは、ただの『内通者』からのリークやで。俺は、当社は、なァんも関係あらへンよ」
聴いただけ、の話は未来で起きれば確かに『予言』だ。
大きな事件の後に動くのは武器を買う金である。オオサカと呼ばれる西で花火が上がれば、次は東京まで広がるのだろう。たった一つの事件が成功すれば、誰もがこぞって同じものを起こしたくなる。それが、たった一つの銃弾がばらまかれて、まるでドミノ倒しのように世界を狂わせるための――滅んだあとの『復興』というバブルに、この社がおおもうけをするためのビジネスだ。
「なら、『同じ金額』を払うといえばどうだい」
クロトが、桜花の肩に手を置いて意地悪に笑った。
お金持ってましたっけ、と言いたげな視線を遮ったのはわざとだ。アイコンタクトすらないまま話を進む彼に、合図を見る。カイトは、「こちらへ」と桜花を己側へと寄せた。
「――あいつのほうが、はったりはうまい」
静かに、冷たく、冷静に。
カイトが言ったのならば、桜花も納得したようであった。ゆっくり――指先から桜が湧き出す。
「俺は、嬢ちゃんみたいに優しくねェぞ」
それから、己のバイザーに先ほどの映像を映し出す。同じ音声が繰り返されて、編集長の顔が醜くゆがんだ。
「盗撮や」
「いいや? ただの記録だぜ」
「コトが起きる前から準備をしていた、という事実の調査だ。こちらに不利はない」
「――わぁった、わあった。ああ、クソ。おい、おぉい!」
警備員を呼び出す内線越しに、大声で怒鳴る男のそばを、穏やかな桜の香りが舞う。
「チクショウ、号外はナシや。止めさせェ――せや、もう、なんもかもおじゃんじゃ! ヤクザと心中なんざ、売れへん! カネにならんわ! ボケッ!」
がちん、と鋭く受話器を置いたと同時に、苛立ちの混じった表情が消えて、瞼を閉じてごとりと机に転がる。
「お疲れでしょうと、思いまして」
「いい案だ。騒がれるほうが手を焼く」
「――たっぷり寝てもらおうぜ、朝まで。いや、昼までかもな」
【桜の癒やし】を乗せた花びらに寝かされる疲れ気味の顔が穏やかで、桜花もどこか呼吸が落ち着く。顔の横で翻る原稿を手に取れば、その文面を機人ふたりに任せた。
「なるほど、起こす場所は通天閣。政治家のやろゥが犯行声明ってとこだな」
「――このスタアの女は、業界に弾を回してるのか」
「芸能人っつーのは、だいたいハードなスケジュールなんだよ。クスリに手ェそめやすいように、こういうのに『あてられる』ようなやつらだって多いのかもな。特に、売れてねぇ若手とか、落ちた役者とか」
「脆いな」
「人間ってそんなもんだぜ」
二人が紙面を眺めている間に、桜花は編集長の手帳を行儀よく両手で抜いてから「失礼します」とわざわざ詫びて開く。ぱらぱらとゆっくり捲られるそれに、情報の裏付けや内通者がいるのではないか、と――。
「お二人とも。急いで、桜學府へ。ほかの猟兵に伝えるべきことがあります」
「お?」
「――承知した。内容は」
オフィスに用はない。高い階層から眺める黒い景色などもう見飽きたのだと、桜花はこわばった顔で二人に手帳の中身を見せた。
「内通者がいる、と言っていました」
「そうだな。あァ、誰から聴いたのかって、モトネタの話聞くの忘れたな」
「名前があったか」
「はい」こくり、と頷く桜花がいて、もう一度、間違いではないかとその名を声に出す。
「――長谷川 龍興。その右腕、久保 虎鉄。彼が、『内通者』でした」
仲間割れか、それとも、絡み合った人間の情か。
真意はまだ見えてこず。しかし、この場で『死ぬべき命』は誰であるか。三人の中で渦巻く嫌な予感は、的中しただろうか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
巫代居・門
グラッジ弾、恨みを込めた弾丸。そりゃなんとも【呪詛】が濃いだろうさ。
刺青か、同類かもな『禍羽』
UC『禍羽牙』で情報収集、下っぱから辿る。
勝手に食い荒らすな、て言うけどさ。まあ今回は良いだろ。
齧るくらいはいいさ、脅しになる。
暗い部屋にでも連れ込む、女の子じゃなくて悪いけどさ。
…大ッキライだ。仁義なんて。
どうせ、俺はどうやってもそれに殉じるなんて出来ない。そういうもんを、持って誇って胸張って。
そうだ、ヒガんでる。
だから、嫌いなんだよ。嫌だろ、自分が醜いなんて思うのは。
言いたくもない。
言えるはずも無い。
「なあ、教えてくれよ、先っちょから食い殺されたくないだろ?」
これが八つ当たりだって、理解されそうだ
ヴァシリッサ・フロレスク
◎
ヒト、ってのは全く、情(ココロ)でいきるもンさ。
理屈(キレイゴト)なンて、アトヅケで腹一杯だ。
繁華街をへらへら、ぶらぶらと。
同志の情報も元に、喰い歩きながら、殺気(ニオイ)を追跡。
兎角、極力警戒心を与えない様、只の任侠モノに憬れるユルいオンナを装って、目星いヤツに当たるまで、あちらコチラ引っ掛けながら情報収集する。
剛力と超弩級の代紋は奥の手にしときたいねェ。
まァ、あンだけのヤマをヤろうって覚悟の連中だ。
黙って眼ェ瞑ってたって、アタシのハナに誤魔化しゃ利かねェさ。
ジリジリするねェ?
あァ、血の匂いってやつァ。
どンなにキレイに飾ってみたトコで。
何処までも。最期まで。
消えっちまいなンかしねェンだよ。
毒島・林檎
……ニンキョウ? そういやそんなん教わった気がすンな。なんだっけ? ヤベーヤツだっけ?
……まあいいっ「ス」。ともかく、そういう«毒»をバラまいてそうなヤツを見つけるのは得意ッスよ。
元締め、幹部、そういった『劇毒』に手を出すのは『まだ』危険すぎる。そもそもああいった手合いはなかなかツラを出さねぇッスからね。
だからまずは下っ端っぽいやつを見つけられたらいいんスけど……こればかりは酒場とかで情報集めるしかないっスね。
それっぽいヤツ、および『詳しそうなヤツ』を見つけりゃ、酔いが回った無防備な女を気取って近づくッスよ。
相手が隙見せた時にアタシの『催眠毒』をちょっと混ぜて――口を軽くさせようかなって。
●
「ヒト、ってのは全く、情(ココロ)でいきるもンさ。理屈(キレイゴト)なンて、アトヅケで腹一杯だ」
「――そんなもん、っすかね」
血の匂いはどこにも付きまとう。
混血の『ワンエイス』は宿命通りに血の匂いに聡いのだ。隣にいる気弱そうにふるまう彼女が人混みに飲まれぬよう、くるくると足取り軽やかに、あてもなく二人で歩いていた。
己らの役割がなんであるべきかは知っている。ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)は下手な笑顔をとろけさせながら酒に浮かれたふりをして、毒島・林檎(蠱毒の魔女・f22258)の肩に腕を回す。林檎は、不安定な体を支えてやりながら友達を解放する気弱な友人を演じていた。
――任侠、人情。教わったような気がするが、己らが追っている対象にはどうやらそれですみそうにない情念が渦巻いているような気がする。
二人で歩き回るのは、飲み屋街だ。あたりを見渡せば提灯の灯りと、飲み放題と食べ放題のパレードが始まっている。時折声をかけられたのなら、ヴァシリッサが口の中を酒に浸しただけの濃度で、ぷはぁと息を吐いてクダを巻いた。
それを窘めながら、林檎が「すいません」なんて言ってやれば客引きは退散する。
「――どうだい、いいヤツはいそうかい」
剛力と超弩級の大門はいま使うべきではない。
ヴァシリッサのけだるく、それから、鼻にかかったハスキーな音に林檎は困った表情のまま応える。
「いいンや。どいつも、こいつも、チンケなもんッスね」
毒素が薄い、と林檎が言う。
同じく、ヴァシリッサも感じるのは血の匂いの薄さだ。
女に背中を掻かれた程度の血のにじみなど、ヴァシリッサの探す血の男でもなければ、林檎の求める『大当たり』ではない。最も、そういったものを避けたいと言い出したのは林檎のほうだった。
ヴァシリッサからすれば、早く首謀者を見出して拘束すれば話は早いのではないかと思えたのである。しかし、それは早すぎると林檎が言う。
「これだけ――人質がいるとみたほうがいいって?」
「はいッス。あ、で、でも!これは、アタシの勘っていうか――」
「いーや。アタシも、それはちょっと思っててねェ。今回は、ヤマがでかすぎる。アタシらと違って、奴らは体のてっぺんからつま先まで人間だ。つまり、『失敗はできない』ってェことだろ。違うかい?」
引っ込み思案な林檎に、意見をする余白を当たえるようにヴァシリッサが問う。
迫害と死線を超えても来たが、今を楽しむ猟兵でもあるのだ。バーと兼任する射撃場を営む証人となった今、顧客とのやり取りにおいて能力は得ていた。
「そう、なんッス。つまり、だいぶ念入りに、慎重にやってる。アタシたちが下手な鉄砲数うちゃで探しちまうと、――一人くらい、欠員すッかもしれねェ」
「スタートダッシュってやつかい。はは、上等と言いたいとこが、こっちの人質もほとんどが人間だからねェ」
街の様相を眼鏡に反射させながら、ヴァシリッサが息を吐く。
「浮かれた平和ボケの集まりだ。影朧の大群で革命なんて起こされちゃ、二日ももたないだろうねェ」
「アタシらは影朧の殲滅に力を遣えても、人の心までは自分で守ってもらうしかねぇッスから――どんなことでも、手間は少ないほうがいいッス。むこうも、こっちも」
林檎の紫の瞳は、思惑の色がよく似合う。色気すら含むであろう毒の渦巻きが彼女の中にあった。
ヴァシリッサも、ちらりと酒と笑いにあふれた街を見て、意識を集中させる。
「誰か、近づいてくるよ」
「はいッス――多分、これは」
こつ、こつ、こつ、と足早なヒールの音が響いてきた。
最初こそ血の匂いから、別の意味のものかと判断していたのだが、その血に女の体臭と温度を感じていない。ヴァシリッサが唸れば、ふらふらとしながら林檎も、彼女とともに気配へと振り向いた。
「女だ」
・・・・・・
程よく熟した毒を纏う女が、二人の前に現れる。
●
「女の子じゃなくて悪いけどさ」
のっそりと、暗い部屋にて主は言うのだ。
体中に泳ぐ鱗の化け物は、彼の心を蝕み、縛るためにある。同類かもな、とそれに言いかけて肩のあたりを撫でた。化け物の呼応はどこか楽し気で、腹を空かせているらしいのか主の鼓動を高めさせる。
林檎とヴァシリッサと並んで歩かなかった。
巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)は、言ってしまえば、華の価値を落としかねないのだ。
けして見目がいいという彼ではない。己の不健康さは、脂肪となって彼にある。どうしても細身ながらにしたたかな女たちと歩いては、彼女ら目当てに声をかけるだろう欲望の邪魔になってしまう。故に、陰に潜んでいた。一つ路地の向こうで歩きながら、彼女らに狙いを定めた人間がいれば後ろから近づいて、表に出る前に人のいるようでいない物置となったらしい非常口から、部屋に引きずり込む。
「ッ――なんや、なんやそれ、なァ!」
「うるさいよ」
大嫌いだ、仁義なんて。
大層で、あまりにも派手過ぎる。勝手に食い荒らすなと言われてしまうが、今は食わねば、門の自尊心が余計に削れてしまいそうだった。齧るくらいなら構わないだろうと、【真威・禍羽牙】にとある男を嬲らせていた。
「い゛ッ」
「黙れ」
悲鳴をあげさせない。
転がし、その頭を強く殴る。脳震盪を起こして、ぱちぱちと目の前に火花が散ったらしい視界には門が映っていない。どかりと床に尻を落ち着けて、門は己の脂ぎった額を撫でた。
――それに殉じることができない、これは、ひがみだ。
「なあ、教えてくれよ」
己をうつくしいものだなと、門は一つも思えない。
責務を果たすこともできず、逃げまわして、あさましい自己愛でどうにか守った心が自尊心ばかり膨れ上がらせた上に、張りつめた水風船のような強さしかなく、針で突かれるのを怖がっている。鋭く脆い弱い鉄すら恐ろしくて、目の前にしたらきっと、門はみじめでしょうがなくて逃げ出してしまうやもしれない。だから、これは準備運動なのだと――ぐるぐる、鱗が体に現れる。
「先っちょから、食い殺されたくないだろ」
喘鳴にも似たうめき声を聞きながら、優越感なんて感じてしまっていて。
――吊り上がる口角を太い指をしたむくむ手のひらで、護りながら問うた。
「あの女、どっち側なんだよ」
●
林檎とヴァシリッサの前に現れたのは、門も裏通りで見たことのある女の顔だ。
名を神谷ハルという。名女優で名だたるスタアの彼女は、どの広告を見ても憂いと厳しさのあるきりりとした眉であった。此度、二人の前に現れたのも美しいままである。
「ひぇ」
――林檎が情けない声を上げたのも無理はない。どう見ても、広告の写真そのままなのだ。
たいていああいったものは修正をくわえたりもするのだが、きめ細やかな肌にはどうやらその必要もないらしい。
「あなたたち、大丈夫?」
「まァ、けっこーきもちいいッつぅか、出来上がっちまってますネェ?」
「はは、はひ、センパイ」林檎の肩を抱くヴァシリッサの腕に力がこもれば、放心は解かれる。
――参考人のはずだ。
協力者であると、ヴァシリッサは聴いている。門もそうだ。男を拷問しながら、窓の割れた部分から鋭く女をにらんでいた。
「そう。気を付けて。夜は危ないから。終電もそろそろ出るわ、御堂筋ならまだ間に合うンちゃうかな」
赤い駅の看板を探しているらしい細身の長躯にはカモフラージュの眼鏡がかけられている。
それでも、美しさはやはり街とびきりであった。色んな若者がちらり、ちらり、と彼女を振り向いて「もしかして」と噂する。
「あっちに行けば、駅があるから。気をつけて帰ってよ」
「――おーきにぃ」
ヴァシリッサが似非の発音でひらり、腕を振れば、ハルはアンニュイな表情で微笑んだ。長いストレートロングの髪を今日はハットの中にしまい込んでいるらしい、美しい体の曲線と、真っ白いドレスが印象的だった。首には、黒いチョーカーがまかれている。
そのまま、人の流れに消えていくのを追うか追わないかを考えて――門が出てきたのだ。
「神谷ハルだ。間違いない」
のそのそと気だるげに出てきた彼であるが、仕事だけはきちんとこなす性分である。「劇場に行った」と店舗に入る瞬間まで抑えた門にも、何を言われたかを共有する。
「終電もそろそろ出るって、言ってたッスよね――」
表がやかましい。客引きの声にかき消されそうな声で、林檎はつぶやく。
ヴァシリッサの計らいで、往来の真ん中には立往生しなかった三人である。屋台の席を獲ったのならば、客を喚ぶ必要がないらしい老人のたこ焼き屋へと入った。
「言ってたねえ」
マヨネーズの上にショウガをのせて、ふわふわの生地を舌にのせてから、はふはふと食べるヴァシリッサが頷く。
「ご丁寧なもんだ。甘ちゃんだな」
門が、はくはくと蛸を噛みながら二人よりも少し量のあるたこ焼きを口に入れていった。林檎は、ちまちまと小さな口で一つ目をまだ食べている。
「――終電の時間までは、コトを起こさないってことッスね」
「ヨソモンは巻き込みたいくないってことだろォねェ」
「そりゃ、神谷ハルの案か? 慈悲深い女神様だけの気持ちなら、信用できねぇな。『龍』と『虎』も承知だったらいいが」
「少なくとも、『龍』は大丈夫でショ」ヴァシリッサが、己の鼻を突いた。「さっきまで、逢ってたみたいだしねェ」
どれほどきれいに飾り立てても、男と血の匂いというのは消えはしない。
美しい大女優の割には香水の匂いが負けていたのである。辛い、この世界には珍しい男物の匂いを連れていた。少し触れ合った程度でうつらないと思ったのだろうが、この半魔の前では無駄だ。
「二人の間には、『毒』があるとみて間違いないッス――それも、いっとう」
林檎には、「視え」ていた。
絡み合った呪詛ならば、それは門にも見えている。
「『混ざり合った』恋色の毒が」
「俺には、『呪詛』まで見えてたなぁ――あれほどきれいな女だ、誰にでも恨まれるだろうが」
さて、その『呪詛』がどこから伸びていたかと言えば、劇場よりである。
「男の嫉妬は、醜いな」
詰められた粉ものをすべて平らげたあとでも、心のどこかが満たされないのはなぜであろう。己の腹を撫でながら、門は自嘲めいて笑ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
さて…始めるか
"超弩級"を見てくる眼差しはもう慣れたが…変わらんな、この世界も
羨望、あるいは嫉妬が多いが…なるほど、妙な視線が混じってる
あれは…"利用してやる"って眼だ
なるほど、どうやら俺を篭絡したいらしい
これ見よがしに売女をけしかけて来るだろうな
敢えて引っかかってやろう
人気のないところに連れ込まれた段階で、クロスボウを向ける
悪ィけど、お前みたいな安いハニートラップは山ほど見てきた
きっちり喋ってもらおうか…誰の差し金だい?
あぁ、それと元締めはどこの誰だ?両方の問いの答えが同一人物を指すかもな?
ジューブだと思って舐め過ぎだ
この程度の戦略も、こんな場所も
生温いぜ
あぁ…後、俺は女買うの嫌いだから
花剣・耀子
◎
こういう所、UDCアースでは良く見るけれど。
ヒトが集まってつくられる場所は、どこも似通うものなのかしら。
こっそりねこの分霊を呼んでおくわ。
見つからないように付いてきて。
特徴は聞いたでしょう。周囲に該当するヒトが居たら後を付けて。
まだ仕掛けなくて良いから、可能な限り追跡をお願い。
止まったら教えて頂戴。
お刺身をお供えするから。宜しくね。
あたし自身は身なりを整えて、零落した娘あたりを装うわ。
薄暗い辺りの金融を訪ねましょう。
どうしてもお金が入り用なんです。
貸してくださる方か、働き口をご紹介頂けないでしょうか。
……ええ、できるだけ、大金が必要なんです。
きっとお返しいたします。動かせるお金はありますか?
●
ことを動かすのならば、いつ何時でも、カネは必要である。
金は天下の回りものというように、いくらでもたかが紙であれば刷ることのできるものだ。しかし、作り過ぎてもたちがわるく、使わなくても性根が腐るという厄介なものである。
それを求めるものは、老若男女も善も悪も変わらないのが乙というものだ。
――ヒトが織りなす文明というのは、いつどんな時も、似てしまうのだろうか。
花剣・耀子(Tempest・f12822)は、金を探す娘のふりをしていた。
ひっそりと彼女の後ろで、時折電柱に隠れ、車の下に潜り込み、あたりを見回してはまた、耀子の歩いたあとをたどる猫がいる。
【《花映》】にて呼び出した分霊は、報酬の刺身を求めて今は耀子に忠実だ。ふすふすとひげを揺らして、また命令通りの人間を探る。
まず、耀子は金のない女になりきって、飢えた声を演出するために小さく、喉を絞って枯れた声を出した。
「――どうしても、入り用なんです」
きゅう、と喉から愛らしい悲鳴を上げての発声は、うまくいったらしい。
「そンなら今、ちょうどええビジネスが盛り上がっとる」と笑った金歯の目立つ、オールバックを跳ねさせた男のあとで「ありがとう」と一礼してから、ふらふらと握らされた紙を見た。
明らかにチンピラであろう男の質は悪い。しかし、きっとこの彼も捨て駒なのだ。黒い首輪がまとわりついて、縛り上げるように龍のかたちをした呪詛がいた。――余計な干渉はせずに、そのまま放っておく。どうせ、明日には誰かに殺されることも承知の上でその道へと至っているはずなのだ。
「龍の兄貴に会ったら、急ぎの仕事、大金くれはるで――」
南部と北部に橋が渡る、テンノウジと呼ばれる区は、車の通りが多い。
びゅんびゅんとせわしなく貨物を乗せた自動車と軽トラの間かわからぬ外国製の車は、やはり帝都の精密なつくりであるから、本来あるべき対象の技術に上乗せて奔放に駆け巡っていた。大きな歩道橋があって、人の往来が途絶える中心、くぼみから空を見上げる男を見る。
「あなたが、長谷川 龍興さん――ですか」
気まぐれに猫がみちびくままに、耀子は出会う。
ゆっくりと男は振り向いた。漆黒の瞳に光はない。これほど、騒々しい建物に包まれてもなお、その黒に光がさすことはなかった。
「女は要らンぞ」
ひとごろしの顔である。
見ただけでわかるのは、耀子も今までにそういった手合いと会話したこともあれば、己自信が命を奪ったこともあるからかもしれぬ。相手も、耀子の素性は悟っていたようだった。龍興が投げかけた言葉は、ぶっきらぼうで中身がない。
にゃあんと彼の足元で猫の分霊が哭くのを見下ろす瞳は、無機質である。表情も、まったくかわらない。
「でしょうね」
耀子は、役をやめた。
「テロをやめて、と言ったら従ってくれるかしら」
「いいや」
噂に聞いた――派手な髪色をしたほうの男が見当たらない。
耀子の猫に何かするでもない彼の周りには、体が見えなくなるくらいの呪詛があった。
彼自身は何かを恨んでいるわけではないのが、耀子には不思議に思える。彼は、彼のまわりの何かに向けられる感情で呪われている。
「あまりにリスキーだわ。大人だったら、わかるんじゃないの」
「せやなア」
返事は、静かな相槌だ。二人の間を人が通らない。――終電の時間が、過ぎようとしているからだ。
「どうして、命をかけるの」
「阿保やから、とちゃうか」
「――そんな理由? まあ、否定はしないけれど」
たばこを咥えていた彼が、手のひらでそれをつぶす。じゅうと皮膚の焦げる音がして、耀子はまじまじと男の姿を見た。よく鍛えられた体が内側にあるのがわかる。上等なスーツと、上品な香水は、彼の何を隠したのだろうか。
「女には、わからンもんよ」
そして、ふっと、その体が橋から消えた時。
彼が飛び降りたのだと耀子が認識したときには、橋の下を通る車に受け止められた彼が、座席に乗って手を掲げていた。
「はよ、家に帰りや――」
ラジオの音が、耀子を置き去りにする世界で小さく流れて消えていく。
●
この世界は変わらない。
超弩級と名の付く己らを好意的に見たところで、世界が平和になり切るはずもないというのに相変わらず、どこに行っても羨望と嫉妬の視線は面倒なものであった。
端役であり続けるヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)は、居心地が悪そうに路地裏に入る。
「そりゃ、革命も起こしたくなるってか」
――似たような気分を思い返すのも、癪だ。
しかし、革命に失敗したことのあるヴィクティムだからこそ、この彼の計画も失敗するであろうことは理解している。
まず、統率の取れていないチンピラ連中だ。かつては権威のあった『玄龍会』なんぞにあやかって、つかの間の夢を楽しんでいる。おそらく、配分が非常によく、気分をあげてしまっているのだ。
彼らは鉄砲球にもならぬ、使い捨ての火薬といったところである。いざというときに力にもならなければ、騒ぐことしかできない癇癪玉だ。
「――妙だな」
冷静で、マシーンのようにこなす男だと聞いている。
ヴィクティムが街のひかりを受ければ、両手の義手がぎらりと煌めいた。ピアスとイヤーカフがきらきらと少年の輪郭を目立たせる。
「お兄さん、お兄さん。ここは初めてとちゃうのン」
――香水臭い売女が、ぬらりと影から出てきた。
「お。ウー、こいつァビビった。なンだ、オオサカって街は、女が生えてくるのか?」
「うふ! ちゃうちゃう、このへンは、うちの商売エリアなんよ。好きに買うてもろて、『ちょっと』で済ますの」
上機嫌に答えたヴィクティムが、組んだ両腕を解いて下品な女の腰に右手を這わせる。香水のくささに鼻が曲がりそうだった。まず、嗅覚信号をシャットし、脳へのダメージを防ぐ。
次に、内耳のサイバネをいじる。女の甘い声のボリュームが大きすぎた。瞬きの間にすべて済ませたのならば、女の腕に導かれるままに店と称された『ちょっとの間』に通される。
玄関すぐの畳の部屋にはおいでませと言いたげに敷布団があって、中は赤く薄暗い。興奮色をふんだんに使ったうえで、アロマの香りがこの女の匂いの正体だろう。トーンバランスを網膜でいじり、調整する。ヴィクティムは、この程度の演出など「見抜いてしまう」のだ。
「おいおい、汚いぜ」
立ち入れば、ヴィクティムのズボンに手をかけようとした女がいて、――その手を握った。
「義手なん?」
「怖がらせちまったか? 悪いね。この業界ももう長いもんで」
「んーん。かっこええなァ」
ズボンから離させて、そのまま壁に女を押し付ける。優しく圧迫するように、肩に胸部を押し当ててやりながら、――小ぶりな女でよかったと思いつつも、耳元でささやいた。
・・・・
「後ろからが好きなんだよ」
たっぷりと攻撃的な低い声で唸るヴィクティムに騙されたのは、女のほうである。
ぞくぞくと背筋を震わせて、一時の男である予定の彼に背を向けた。そのまま、布団に膝から落ちて四つん這いになるところをヴィクティムが――うなじにクロスボウを押し付けて、頭を枕に沈ませる。
「ッな、ァ」
「悪ィな。バレバレだぜ、ジューブだと思ってナメすぎだ」
ハニー・トラップは山ほど見てきた。
ヴィクティムにとっては、あの冷静である男が己に『こんな』罠を仕掛けてくる理論がわからない。
・・・・・
「きっちり喋ってもらおうか――誰の差し金だ、ン? ガーゴイル」
「あン、ッた」
「しゃべらねェと、窒息か」
ぐり、とうなじから後頭部に、クロスボウの位置を変える。ぎゅうっと顔を枕に押し込まれて、ばたばたともがく足は尻にヴィクティムを乗せたせいで派手に動けない。
・・・・
「デカイ穴がもうひとつ増えるぜ。どうする」
――女を買うのは嫌いだ。
脳のレベルを著しく落とす時間のある行為に没頭するほど、ヴィクティムは隙のある男ではない。息を荒くし、叫びを枕に殺されながら汗ばむ体で抵抗する女に向ける視線は冷ややかなものだった。
「ッは、い゛うっ、いうから」
「五秒で言え」
長い染めた茶色の髪を後頭部から掴み上げて、うなじをさらさせる。
「虎の、――とらちゃんや、アンタみたいな頭のええこ、やれッていうたの」
つまるところ、龍と虎の間には、連携がないのだ。
瞬きをして、思考を開始するよりも早くヴィクティムは女の頭を放して、その体から飛びのくようにして部屋を扉事ぶちやぶり表に転がる。
すると、枕の下に手を這わせた女事――部屋は、爆砕した。
「ワックド、――どうかしてるぜ、ジャパニーズ・ヤクザ」
これは、開始ののろしだ。
龍興の命を狙っているのは、敵対組織でも帝都でも、なんでもない。
――『虎』である。これは、すべて敬愛する漢を殺すためだけの計画だと、革命家のヴィクティムは理解してしまうのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
◎
他の猟兵からもたらされた情報から――そうだな
ひとまずは、首輪をつけたらしきその『虎』とやらを捜すか
派手な格好をしているって言うなら目立つだろう
街中を歩きながら、目星をつけた場所へ【無貌の輩】を落としていくよ
歓楽街なんかの人通りが特に多い――隠れやすい場所の他
誰も寄りたがらないような曰く付きの場所や
普通の人間がおいそれと近づけない特殊な場所
その辺りを重点的に探ってみよう
人間が寄り付けなくたって、影なんて何処にでもあるものだ
影の眼と耳で集めた情報を吟味しつつ
必要に応じて自分で足を運ぶ必要があれば、そうするよ
物騒な事態も慣れてはいるし
騒ぎにならない程度におさめて話を聞くくらいはできるだろう
●
「騒ぎを起こすつもりはないぜ、今は」
劇場にて、『虎』を見つけた。
見つけざるを得なかった、という――【無貌の輩】で呼び出した人形大の彼らは、猟兵たちの周囲にひそりと身を隠していた。ある時は、提灯の裏側に。時折、誰かの猫に追いかけられたりなんかしながらも、あくせくと眼と耳を働かせていたのである。
だから、そんな彼らのあるじである鳴宮・匡(凪の海・f01612)はここに居た。
最後の一体がぽてぽてと歩いて、彼の影に溶けるのを金髪の男が見ている。
「はっはァ、すごいなァ! 手品みたいや、にいちゃん!」
大声で話しかけて、距離が近いところなんかはまるで、知ったばかりの親友のような振る舞いであった。顎を撫でながらしげしげとそれを眺める背の高く、肩幅が広く、喧嘩で鍛えただろう肩を怒らせながら好奇心に満ちたおさない瞳をするのが久保 虎鉄である。
「おいにはこンなことできへんもんで。いやァ、すばらしいな!」
「今からお前らが起こすことほど、じゃないよ」
皮肉だ。滅亡とともに何を起こそうというのか、匡には目的すらわからない。
希望に満ちた瞳をして、いきいきとこの場にいるくせに長針と短針が重なり合って少しすぎたあたりで死ぬ予定なのだという。
説得のつもりはない。今は、話を聞く時間だ。匡は伏し目がちの瞳から、虎鉄の指を見ていた。人を殺し慣れた指は、色んな武器を扱っているらしい。
その拳で人を殴るのに慣れているのは、指のこぶと、つぶれた関節から理解できる。右手の人差し指が摩擦ですこし荒れているから、最近発砲した。銃の扱いも体から見てうまい。体幹はしっかりとしていて、全体的にごついのだ。余分な脂肪はなく、髪の毛も短くしていることからスキがない。瞳にかかる髪がないということは、「よく見ている」ということである。
二人が座るのは、誰もいない――本来、閉じるはずの劇場の中だった。
そこに、抜け道があるのだと知ったのは、先の猟兵がここに「スタア」が隠れたという発言からである。彼女が出てきていないから、きっと地下室があって、道を掘った跡があるはずだ。それがどこに向かっているのか、匡にはまず目の前の獣と交流を深めてからの調査になるだろう。
「なんや、もう全部調べよったン? 早いのォ」
「まぁな。内部で争ってるなら、無人島でやったほうが効率がいいぜ。男らしく、決闘なんてさ」
「言いよる。うはは! でも、ちゃうちゃう。にいちゃん、おいはのォ」
高級なシートの上で、足を組む。曲げた右膝が横を向いて、行儀よく座っている匡が首を傾ければ、ちょうど視線が絡み合った。色素の薄い瞳が、赤い座席によく映える。
「――生まれつき、線が一本たらンのや」
「線? ……悪いが、ジョークには疎いんだ。比喩も、あまり得意じゃない」
「脳の『しわ』のことよ。線。ほれ、しわの数が足らんと、きちがいやって言うやろ」
「ああ――」
もしかしたら、己の脳もそうなのだろうか。
匡がぱちぱちと瞬きを繰り返して、男の言葉を待った。
「それが、お前の――憧れてる男を殺すのと、どう関係がある?」
「おいはのゥ、気に入ったもンは、殺さな気ィすまんのや」
匡には、理解できない。
匡の周りは、護ると決めた。代わりに、彼らに守られることも許す予定で、今を生きている。
「そのためやったら、何でも使う。やりたいことは、ぜェンぶ、使えへんボケどもかて、雇ったる」笑う顔が、いやに冷静な虎鉄に匡は眉根を寄せた。
「利口な、サディストって言いたいのか?」
「ちゃうちゃう!そんなん、女の尻しばいてらァ満足できる連中や。いうたやろ、俺は――」
ずい、と顔が寄った。
ぎしりとシートが呻いて、『余計』なボルトが動いた気がする。匡が腰の銃に手を回せば、『虎が』その肘を掴んだ。ひねられて、鈍痛が走る。あまりにも力が強い。
・・・・
「きちがいなんや」
爆発。
――近くだ。大きなそれが生み出す衝撃で、二人の体が揺れる。
「あ、おい」
ホルスターから今度こそ拳銃を抜いた。
その一瞬、虎鉄が己の前でシートの座席を取り外し、盾にする。匡は考えた――ここで虎を射殺した場合と、けがをさせて計画をとん挫させた場合恐らく、虎鉄は何も口を割らないままに計画の全容を明らかにすることもないまま、処せられる。
「――くそ」
守りながら戦うのは、難関だ。腕で己の体をかばったのなら、シートが打ち付けられる。床に転がった匡を飛び越えて、虎は非常口にたどり着いた。
「にいちゃん! 楽しかったわ。御礼に、教えたる」
叫ぶ彼の腕には――鱗の刺青がない。代わりに、『虎のような』模様があって。
・・・
「アニキは、人を殺すつもりなんていうのは、あらへんよ!」
「――お前は、あるってことかよ」
今度こそ、白いスーツ姿の男が軽快に弾みながら消えていく。
『開始』の合図が劇場のサイレンとともに響く中、匡は体を起こして――前髪をかきあげて、獣の後に続いた。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『文豪やスタア達の自殺を止めろ!』
|
POW : タックル等の力ずくで止める。
SPD : 自殺に使う道具をピンポイントで破壊する。
WIZ : 説得や魔法を使って止める。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
水面に石を投げるのと同じことだった。
まだうまく歩けない弟を殺したのは、父親が消えて母親が寒い冬の布団で、眠るようにして死んだことがきっかけである。
腐っていく母親の体を眺めるより早く、頭の回転のまま早々に結論を出したのだ。がたんがたんと外の電車が、弟のすきな模様だったのを覚えていた。
あの列車に連れて行ってもらえばいいと願って、死体の隣で、大好きな模型で、頭を殴りつけて、首を絞め、頭を揺さぶって殺す。
生きて苦しい思いをするのは、殺した己だけでいいからとおめおめ生き延びて、地面にはいつくばっていた。
みじめなものではあったが、不思議と誰も恨まなかった。
己がそういう宿命を遅かれ早かれ背負うことになるのだろうと、背中から尻と上腕に彫られる、登り龍が物心ついたころより示している。
背の龍を見て目をぎょっとさせ、くぼんだ顔から瞳を飛び出させそうな三國剣一の顔は、今でも昨日のことのように脳裏にあった。
頭をしきりになぜながら、「すまんかった」と繰り返す声がどこか懐かしい。ただ、何も聞きはしなかった。彼が衰えて、床に臥せ、死にかけているのに健在だなんて言われ始めたころに、「また俺の仕事だ」と自然に思ったものである。
弟を殺した時と同じだ。
「よう、みい。わけのわからんチューブいっぱいになって」
――生きることにうそをつくのなら。
「オジキよう。あんた、こんなひととちゃうかったのに」
――魂を腐らせてしまうくらいなら。
「しんどいのう、つらいのゥ。かんにん、堪忍な」
――俺が。
気道を締める手つきに、何ら躊躇いはなかったのが自分でも、愚かに思う。
車を止めて、女を拾う。舞台となる通天閣まで大通りがあって、人は減らしておいた。この計画において余計な犠牲は作るつもりがない。今日死ぬのは、龍興のなかでは「龍興だけ」の予定である。
狭い路地をがたがたと四輪が走れば、尻の居心地が悪そうに助手席で神谷ハルは身をよじった。
「龍興さん」
「なんや」
「ホンマに、死ぬの」
「せや」
「――そう」
道端の段差にはねるたびに、ラジオの音は跳ぶ。しかし、確かに放送主の声が響いていた。
「で、あるから――やはり、帝都によって確かに世界は清らかで美しくなりました。統一されたものは、なンでもきれいなものです。しかし、気味が悪いとは思いませんか?――ええ、そうです。私は、『きれいすぎる』ことははっきり言って、人類の、そして、民意の停滞であると考える!」
「多田センセ、はりきってはんなァ」
「そら、そうやろ。カネが絡むモンど」
遊郭があるはずの新地では、女たちも客引きを早々に止めさせた。巻き込まれて死ぬのはあまりにもあっけない。美しく咲いた花を摘み取るなど、この男には意味のないことである。
「喧嘩になったら、カネが動く。ええか、ハル。金が一番動くのは、クスリでも、女でもないねん。それや」
胸ポケットから取り出した弾丸を見るのは、これで何度目になるだろう。
――ハルは、助手席の窓を少し開けた。どうにも、空気が悪くなりそうな気がする。
「でも、これ」
「せや。それは、使い方を知らンかったら意味あらへん。大したこともない。超弩級どもが来て、一件落着やろな」
「――そんなんばらまいて、どうするん」
ハルも与えられている。
来ていた春用のコートは新作だ。スポンサーから彼女に与えられたクリームベージュのトレンチ、その胸ポケットからお守りのように大事に扱っていた。
人肌にぬくもったなまりの重さを思い出して、また、胸ポケットにしまう。
「俺ら、やくざモンにはもう居場所がない。きれいにしよったからなァ、帝都が。――それは、かまへん。ええこっちゃ。要らんもンは、要らんほうがええ。でもな、いつでもだれもが、『人を殺せへん』なんて思ってもうたら、ひとは終わりじゃ。人が終わると、世界も終わる」
――双眸には、そびえたつ通天閣がある。
そして、殺した家族たちのことがよぎっていった。誰一人、忘れていない。龍興は、奪った命の名前がすべて暗唱できるような男だった。
・・・・
「平和ボケしとるのは、赦せン」
●
「おーおー。ようやるわ、多田センセ。金ほしいだけやのに、まるで、神父様か坊さんみたいやのォ」
劇場から抜け出して、地下鉄に乗る。
終電に間に合うようにして逃げた虎鉄が、己の耳から伸びるイヤホンコードをうっとうし気に手繰りながら、ラジオを楽しんでいた。
「――暴力です。暴力は、色んなものを動かす! 私は決して人間が、ひとが! ここで止まるのは良しとできない!」
「熱演やのォ」
くつくつと一人で笑う、どう見ても『その筋』の風貌をした虎鉄からは、自然と他人から目をそらされる――誰にも、マークされない。
「今! 今、人は、考えることを試されている! もう一度、考えてみるべきなのです。もう一度、思い出してほしい! ――人は、初めて命が脅かされないと、前に進めないのだと!!」
発砲。
きゃあっと悲鳴のあがった人の少ない地下鉄に、虎鉄が棒立ちになってでたらめな発砲を繰り返す。
「さァ、さァ、はじめるでェ――みんな、ちゃんと『弾』あるかァ?ないのは知らん、ここで死ねや。かは、ははははッッ! せや、せや! あるもンはつこてみィ、要らんもン皆吐き出して」
狂人の彼には、逃げ惑う一般人などどうでもよい。
肩をぶつけられたり、背を向ける彼らを追いかけなかった。難波の地下鉄には、ちらほらと立ち止まって、拳の中に何かを握った彼らがいる。
・・・・
「――変わろうや」
『使い方』を知っている皆の黒い首輪と、鱗の模様が脈打ったのだ。
***
呪詛に聡い者ならば、理解しただろう。
グラッジ弾の影響を受け始めた民衆が、自決をはじめようとしていた。
それは、確かに――見てわかるようなチンピラから、美しい女、細身の書生らしい青年まで幅広い。震える手で自決をせんとそれぞれ、与えられた拳銃に弾を込め始めていた。
一人が「実行」すれば、あふれ出たこころが無数の影朧の軍勢を呼び出してしまう――君たちは、止めねばならない!
しかし、ずしりとした感覚を体のどこかに感じたかもしれない。あまりにばらまかれた弾たちは、呪詛をあふれさせている。
見たことがある――そしてその治療をしてやった猟兵もいたであろう。空気中に満ちた呪詛を吸ってしまった一般人たちは地面に転がり、先ほどまでの笑顔などもうせさせて顔を真っ赤にし、泡を吹き出し始めていた。
嗚咽、噎せ、すすり泣く声。
――君たちにも、その影響を受けるものがいるだろうか。
さあ、猟兵たちよ。この狂った『国家転覆』を未然に防いで見せよ――!
***
猟兵たちの捜索により、テロ計画に加担しているキーパーソンをあぶりだしました。
しかし、内部分裂が起きているようです。
龍興に現場のことをつたえるのもよし、神谷ハルに情報をまわすのもよし、虎鉄に説得をするのもよし、多田議員に考えを改めるようにしていただいても構いません。
(皆様のプレイング次第で、三章の展開が大きく変わっていけばいいなあと思っております。)
民間人を助けるのもよし、呪詛の影響を受けてしまった人を正気に戻してもいいですし、ご自身の肉体ダメージを背負いながらでもかまいません。
ご自由に、のびのびと「阻止」のために動いていただければと存じます。
プレイングの募集は4/25 9:00~ 4/27 18:00までを予定しております。
出来る限り全採用でいきたいのですが、採用優先順位は一章参加者>二章からの参加者となっておりますので、ご了承ください。
それでは、素敵なプレイングを楽しみにお待ちしております!
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
役立てることがあるとすれば
――一目瞭然か
ちょっと手伝ってくれよ、姉さん
起動術式、【破滅の呪業】
通りを歩き出来る限りの呪詛を取り込む
ただ中てられただけの連中やそこらに転がってる奴らは
呪詛を抜いてやれば死には至らんであろう
なァに、この程度で死にたくなるほど落ちぶれちゃあいない
死にたいってのはもっと、切実なもんだ
希死念慮が顕在化したような奴がいれば
情念を拝借するついでに説得しておこうか
多少は成功率も上がっていよう
早まるもんじゃあないぞ
せめてあと数時間待て
そうしたら私が幾らでも聞いてやる
憎しみでも怒りでも懺悔でも……ああ、呪いでも構わん
何であっても私は貴様の味方をしてやるさ
……話を聞く間くらいはな
朱酉・逢真
こいつがただの弾丸だってェなら見届けてやるだけなんだが、《過去》を呼ぶのはうまくねぇ。恨み弾だけ壊さしてもらわぁ。死ぬなら普通の弾で死にな。こめかみは骨に滑って失敗しやすいぜ。
強い風に乗せて【特効厄】をばらまく。『グラッジ弾だけに格別効く毒』だ。止めンのは国家転覆で大量自決じゃァねえ。影朧呼ばれンだけ防ぎゃぁなんとかなるさ。この程度のことが前になかったたァ思えんし、ヤクザモンと関係者が消えたところで喜ばれるだけさ。呪詛が濃くって気持ちいいねえ。悪いが人を救うかみさまじゃねぇんで、そこいらはよそ様にお任せすンぜ。自分の意思で死のうとしてンだ。かわいい奴らが望んだ最期、お疲れさんと見送るだけさ。
ジェイ・バグショット
◎
コマチの情報で虎鉄へ辿り着く
……死にたいヤツに興味はねぇな。
影のUDC『テフルネプ』は縦横無尽へ伸びて自殺者を拘束
…俺は嫌がらせすんのが得意なんだ。
止めんのはお前らの為じゃない。
そのひん曲がった根性に腹が立つ。
正義や良心から来る行動ではない
ただムカつくから。行動理由はそれだけ
クソだと思うこの世界でこれからも生きていくんだな。
虎鉄へはどーも。と挨拶しつつ
復讐代行、それが俺の仕事だ。
説得には縁がない
俺の依頼人は友達想いのとびきり良い女でな。
器量も度胸も一級品。
そいつが『殺して欲しい』と願うなら、叶えてやるのが男だろう?
心当たりが合ってもなくてもいいさ。
俺はアイツに『良い報告』が出来ればそれで。
●
男たちが三人、地下の入り口から並んで降りていく。
満ちる呪詛に恐怖もなければ、彼らにとっては見慣れたものであり、聴きなれたものであるらしいのだ。紫の瞳と金の瞳が、すうっと吹き込む風に髪をかき混ぜられながら、ゆっくりと笑った。
「――一目瞭然か」
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、竜である。
その本質は、ひとのためで在ろうとする竜だ。人の脅威でありながら、その手足となって世界を滑車の様に回すのである。人が人らしくあるための機構として世界を取り巻く彼は、今の状況の中で出来る最善策を考えていた。
「悪いが人を救うかみさまじゃねぇんで、そこいらはよそ様にお任せすンぜ。いいかァ?」
朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は、神である。
並んだ男二人目であるかれは、気だるげに尋ねた。
低い屋根には案内の表示がぶら下がっていて、より一層濃いものをもとめ、彼らは奥へと進む。並べられたタイルが地面を支配し、うつくしいものであるというのに――今は、普段このあたりで毛布に包まれて寝ていたのだろう彼らが、口から泡をふかせたり、嗚咽するほど咳き込んだりして苦しんでいる。
しかし、それを助けるのは逢真という神ではないのだ。
「構わんよ。神が人程度を救っては、神話もありがたみがなかろう」
くつくつとニルズヘッグは笑って「それは、竜の仕事だ」と凶鳥へ返した。
「まァね――呪詛が濃くって気持ちいいもンで。これは、オフレコで頼むぜぇ」
「竜だなンだ、どうでもいいだろ」
それに、三人目の半魔が怒りを隠さぬ唸り声で割って入った。
「――ただ、ムカつく」
ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)は半魔である。
ぎらりと赤い瞳から眼光を連れながら、彼が思うのは依頼人のオーダーだ。
「殺してほしい」
ジェイが始末屋としての仕事も受けもつと聞いて、協力者――風俗嬢のコマチは、ジェイに「ちゃんとカタチは作らなあかンから」といって、紙幣を握らせたのである。ジェイは、それを呑んだ。虚弱の半魔は、かの『とびきりいい女』からの依頼を果たすのみだけに動いている。
「ふはは! すまん、すまん。そうだよなァ――気に入らないなら、潰してしまえばいいよなァ」
ニルズヘッグが、自分の姉色に染まった瞳を左手で撫ぜた。瞼を閉じながら、念ずる。――懇願であり、要請だ。
「この先にいるんだろうな、奴さんは」ジェイが唸れば、肯定は逢真から返る。
「まちがいねェだろうなァ。ジッとしてる性分じゃァねェらしい。ウロウロして、どんどん数増やして、連れ歩いてる。まさに、病ってカンジさね」
朱酉・逢真という神は、特に止めたいと思わないのだ。
人間が自分の意志で行ったことである。お互いでお互いを恨みあい、その人生を呪い、滅びの道を歩むというのならば、神としてそれを赦さねばならない。今回はその方法に『過去』という全世界、ひいてはこの凶鳥を脅かすような脅威を使用したから介入するまでのことだ。
「馬鹿正直に、追いかけるか?」
普段は店が出て、ヒトでにぎわっていたであろう駅の広さを見ながら、ジェイが唸る。
あたりでもんどりうって苦しむ人々に己の姿が重なった。体を蝕む得たいのしれないものを思い起こされて、半魔の機嫌がどんどん悪い。
「その言い方は、追いかけたくないということだなァ――」
ニルズヘッグが、炎のきらめきを輝かせながら一歩、前へ出る。
「万事任せろ、なんとかしてやる」
逢真は淘汰される命に感傷もなければ、それを助けてやる手段ももちえない。だから、ニルズヘッグという「悪徳」が何をするのかを見ていた。
悪の象徴たる呪いを背負う彼の背が、しろがねの火の粉がまとい、まるで羽のような形をつくって濃度を上げていく――。
「ちょっと手伝ってくれよ、姉さん」
●
「――ああ?」
虎鉄が、怪訝な顔をする。
黒い首輪に左手だけで触れながら、右手には銃を持っていた。
もとより、呪詛にはさといのだ。
虎鉄が小さいころより、『それ』が見えるようになっていたのを家族に言えば、『どうかしている』と母親が狂い、『あなたのせいよ』と父を責めた。父は、昔から人に恨みを買うたちだったのだと、母親から寝物語に恨みごとを聞かされていたゆえに、わかっていたのである。
ある日、人を殺してしまった。
とうとう耐えきれないで、父と母を手にかけてしまったのである。齢も十四にさしかかる息子の強さに、弱り切った二人は勝てなかったのだ。少し考えれば、二人を殺してしまえるほどの成長を手に入れたことなどわかったのに、虎鉄はそれを考えることができなかった。『生まれつき、線が一本足らない』。
「気分よォ、仕事してンのに」
己が作った呪詛の隊列も、なぜだか『減らされている』。
超弩級と呼ばれる彼らの仕業であることは理解した。――己が逆さになっても勝てぬ相手であることも知っている。
「帝都の犬になったンか、おどれら。えェ?」
目の前に、重々しい靴の音とともに一人の男がやってくる――。
● アンヴァラナウト
起動術式、【破滅の呪業】。
「ほお、こりゃァ――」
ニルズヘッグを渦の中心として、周囲の呪詛を巻き上げ、その胸の中へと吸わせていく。呪われし獣は、万の情念に包まれたところで涼しい顔をしていた。耳をかすめるのも、視界を奪う人の情念も慣れているのである。
真っ黒な竜巻を作るような光景に、逢真が拍手をしていた。
「圧巻だねェ! ははァ、そンじゃァ俺とお前さん、目的がちょうどかみ合うぜ」
「光栄だな。神と共演できるのは――」
声を張り上げて笑った鳥のさえずりに、竜が笑う。
まず、指揮者のように腕を広げて姉の焔を振りまきながら、ゆるりと導くように腕を振る。
「死にたいっていうのは、もっと、切実なもんだ」
渦巻く情念に何を説くかと言えば、『本当の地獄』である。
情念たちは、渦巻かれながら気づきだしていた。自分の痛みが、誰もと似ていて、それが一丸になってわめいているこの状況を作る竜は、どうやっても「ひと」の味方である。
まるで、オーケストラのようだ。逢真が呪詛の共鳴を心地よく利きながら、己の仕事に取り掛かる。
「そこの。そこの、お前さん」
「ひ、――」
震える女性がいた。
この時間まで駅にいたにしては、格好が華美でない。
不健康に細い腕と、青白い顔はまさか急に呪詛の影響をうけたわけではあるまい。逢真が歩幅を大きくしながら、まるで、踊りにさそうかのように女性に近づいた。
地下鉄を吹きぬく風を感じながら、にたりと鳥が笑う。
「死ぬなら普通の弾で死にな。こめかみは骨に滑って失敗しやすいぜ」
発動、【特効厄】。
ざあ、っと逢真の体からあふれた『厄毒』は、逢真が指差した先――女性の握っていた弾をとらえていた。情念を食らい、破壊し、ただの鉛に変えてやる。
まるで重いものを持つかのように、大事に胸元へ両手を使って抱えていた女性の力が抜けて、その場にへたり込んだ。
「ねらうなら、顎がいい。顎から脳まで、一直線さァ」
「なん、なんで、なんで――」
「そいじゃァ、お疲れさん」
神は、無責任であるのがあたりまえだ。
一人の人間に肩入れをしたら、すべてにそうしなくてはいけない。しかし、人は増え続ける。人間のためだけにあるのではない神は、この世全ての動物にこころを注いでやるほど、数も多くなければ暇ではない。
「こんなん、あたし」
「早まるもんじゃあないぞ。せめてあと数時間待て――そうしたら私が幾らでも聞いてやる」
告解を、神ではなく神父にするように。
死ぬことを止めるのもまた、神ではなく、この今という地獄を生きる悪徳の役目なのだ。
ニルズヘッグが大きく腕を振り、腰をひねりながらへたりこんだ女性のほうに呪詛を放つ。「きゃあ」と悲鳴が上がって、防衛したらしい女性の音をきいたのなら、衝突する前に黒は爆ぜた。
「憎しみでも怒りでも懺悔でも……ああ、呪いでも構わん」
身を護るのは、生きたいという本能のあらわれだ。
「――何であっても、私は貴様の味方をしてやるさ」
話を聞く間くらいは。
竜の手にまた、一つの女性が堕ちたのを見送って、逢真が満足げにうなずく。
「ほゥれ、次いこうかい」
「そうだな――そこのレディ、少し、物陰で休んでいろ」
ざああと流れていく黒の粒子を追いかけながら、竜がまた身勝手な救済のパレードを作り上げていく。神は、その音色を聞きながらすっかり気分を良くしていた。
「なァ、お前さん。どう思う? 俺ァ、こういったテロっつゥのが、この国家に前までなかったとは思えん。ヤクザモンと関係者が消えたところで喜ばれるだけさ」
「だろうな」二人で、広い地下の街を歩きながらニルズヘッグが頷く。聴覚は姉が保証しているのだ。『おともだちのはなしはちゃんときかないとね』なんて気まぐれな声で笑っていた。
「ありふれたコトさね。なンの意味がある? 長い歴史でみりゃァ、――教科書にも載らんだろうに」
「大義が目的ではないのだろうよ」
「ジンギにはうるさいってェのに?」
「はは! 礼儀は確かに、なってないかもしれンなァ!」
●
「どーも、礼儀知らずのクソ野郎」
「クソはないやろ、あんちゃん。礼儀知らずは、おどれとちゃうか」
『テフルネプ』と名付けられた得体のしれぬ怪物は、ジェイの要請通りに仕事をしている。【咎力封じ】の発動とともに、ほとんど無力同然だった自殺志願者どもを縛り上げていた。気を失うまで体を圧迫しているが、死ぬよりはずっとましだろうと――この、死から逃げ続ける半魔は唸る。
からんと銃が落ちる音が増えてきたところで、虎鉄は短く整えた金髪を撫でていた。ジェイの目には、切り取り線のように見える首の輪が映る。
「ファッションセンスもないらしいな」
「ひどいいわれようや。俺を怒らせたろォって思てンか?」
「まァね。嫌がらせすんのが得意でな。死にたがりには死なせてやらねェし、お前みたいなやつのやることは止める」
「根性悪ぅ」
「よく言われるよ」
切れる手札は無数にある。
しかし、どれも『復讐』のタイミングには少々早すぎるのだ。
ジェイが赤い瞳で男を見れば、喧嘩慣れしているらしい彼は、絶対の脅威である猟兵を前にして動揺している様子もない。
「俺の依頼人は、友達想いのとびきり良い女でな」
器量も、度胸も、一級品。
この『虎』を退治してくれと言った彼女に良い報告ができれば、それでこそ――男というものである。
「俺を殺せって言われとンか?はは! これやから、女は」
・・・・
「よく言うぜ、テメェの面倒見てもらってて」
ハ、と鼻で笑ってから、ジェイが唸る。
「――いずれ、殺す。だが、その前に聞かせろ」
「見逃してくれんかァ?甘ちゃンやのう。なんや、殺しあうもんやおもて」
「今お前に手ェ出してみろ。さらしの下に隠れてるのがカタナならかわいいもンだ。ここで自爆でもされたらそれこそ、仕事は失敗。俺の評判も落ちる」虎鉄の腹を指差しながら、先を読んだ警戒をしているのだとジェイがにやつく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そいつが『殺して欲しい』と願うなら、叶えてやるのが男だろう?」
「――へェ」
そこで初めて、『虎』が、『虎』らしい顔になった。
ジェイを警戒して、目を見開く。口からにやついた道化の表情が抜け落ちて、男は今にもぐるぐると唸りだしそうだった。
「俺は」
後ずさりをするように、昏い地下道に消えていく。ずる、ずる、と警戒を露わにして、薄い茶色の瞳だけが異様に煌め居っていた。
「あの人の、心が見てみたいンや」
虎が呻きながら、コンクリートの森に還っていくのを見送って、ジェイが煙草に火をつける。
ゆっくりと鎮静作用のある成分を肺に視たしながら、一度、鼻からゆっくりと紫苑を吐いた。
「――気色悪ィ」
人の心など、一番信用ならぬものであり、あるかどうかわからないものなのに――。
まだ金目当てか、権力目当てのほうがましだったな、と半魔が踵を返すころには、無数の弾がただの鉛へと変化していたころだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
ゼイル・パックルード
龍……龍興ってやつに会いに行くとするかね。
よぉ、ジェノサイダー。気分はどうだい?
自分の手で行わない虐殺、色々が自分の掌で踊るさまはどうだい?
ここまで調べて思ったんだよ。
任侠とか、仁義……聞こえがいいと思ったが、なるほど、罪悪感を消す魔法の言葉ってとこかな?
平和ボケ?オブリビオンが蔓延る中で、眼中になかっただけだろ?
注意喚起が目的なら、それこそ上を狙えばよかったんじゃないかい?そんな力がないから、弱者を食い物にした。なるほど、正しくヤクザだ
悪党風情が、悲劇のヒーロー気取ってるなよ
たとえ殺したヤツのことを思おうが、殺されたヤツには関係ないのさ
自分に酔って腹いせがしたかっただけにしか見えないな
ヴァシリッサ・フロレスク
◎◎◎
龍を追う。
全くシツケがなって無いねェ。
ノラ猫一匹手籠められ無いってンじゃ、アンタのクニの先も知れるね?
他のカワイイ仔猫チャンにくびったけ、てワケかい?
龍に問う。
アンタの義(まもるべきもの)は、なンだ?
アンタの覚悟は、なンだ?
何を成そうとしている?
して。
手前ェの大義を成さない革命(ひとごろし)に、一体何の価値が有る?
で、アンタの切る札はなンだ。
アタシも、暴力(ちから)しか知らンがね。
だからこそ、振り下ろす先は弁えてるツモリさ。
アタシに云わせりゃ。
今のアンタにゃ、正直“義”が見え無いね。
剰え、独りでおっ死ぬて?
そンなタマなら、興醒めだ。セカイの果てで独りで往ネや。
なァ、なンか言ったらどうだい
●
通天閣は、西の街といえば――ちょっとした土産物にもシンボルとして使われることのある建物だ。
そこに、龍興はいる。けして、奢るような男ではないのだ、そのために静かに、いままでじっと息を殺して彼は在った。
目立つのはすべて『虎』に任せ、ただただ、作った計画を丁寧に動かしていくことだけを影で遂行する。四つ足の獣が動き回って恐れられるのならば、龍は空を泳いで人々の動きをじっくりと見るだけの、遠い存在で在れたのだ。
「――何が起きとる」
だから、この『状態』は『おかしい』。手元に握るラジオからの声は、『龍興』が予定したものとは、大いに違うのだ。
「虎のしわざか」
眉根を寄せ、額にしわを刻んだ無骨な顔が、あたりの照明より照らされる展望台のガラスに映る。龍の顔とは別の顔ぶれも、後ろに在った。
「よぉ、ジェノサイダー。気分はどうだい?」
ゼイル・パックルード(囚焔・f02162)には、この男が自分の悪に酔って、己は正しいのだと腹いせをしているようにしか思えない。
「自分の手で行わない虐殺、色々が自分の掌で踊るさまはどうだい?」
繰り返して、問う。少年から大人になりつつある温度で、つかみかかろうとする右手を握りしめ、広い背中を見た。
上等なスーツはいっそ嫌味ったらしいほど高級だ。この目の前の男は、弱者の生き血をすすり、懐を豊かにする『ただしい』ヤクザそのものである。
「よそモンが、えらい――優しいこっちゃなァ」
低くとどろくような声は、まるで雷の予兆が如くゼイルの鼓膜を震わせた。それには、【殺気】で返す。
「仕事なもんでね。任侠とか、仁義……聞こえがいいと思ったが、なるほど、罪悪感を消す魔法の言葉ってとこかな? ん?」
「アホか。もう、そないなもンで銭は儲けられへン」
悪の美学なんてものを、持ち合わせていないのだと男が前髪をかきあげて、振り向けばゼイルのほかにも、二人を確認した。
「で――?おどれら、どういうこっちゃ。何をしよる」
「全くシツケがなって無いねェ。アンタ、自分のノラ猫一匹も手籠められ無いってンじゃァ、お先が知れる。他のカワイイ仔猫チャンに首ったけ、ッてワケかい?」
「虎か」
「ああ。わかってて、放っておいてンのかい」
「――せや」
静かな肯定を返す龍の体は、逆光で真っ黒に見える。ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)の腸はすっかり煮えくり返りそうであった。
【血統覚醒】の恩恵もある。あかあかとした瞳がぎらついて、悪魔らしい顔をさせていただろう。しかし、この龍を背負う人間は彼女を前に怖気づかない。度胸か、根性か、その両方が座り過ぎているのか――長くため息をついてから、赤色の頭を掻きむしった。
「アンタの義(まもるべきもの)は、なンだ?」
真っ黒な瞳には、ヴァシリッサのことは映っているのにどこか、真意が見えてこないのだ。
「アンタの覚悟は、なンだ? 何を成そうとしている?」
「集団自殺だっつーなら、鼻で笑ってやるけどな」
「して、――手前ェの大義を成さない革命(ひとごろし)に、一体何の価値が有る?」
アンタの義が見えてこないよ、とヴァシリッサが嘆くように言えば、ゼイルが同意見だと頷いていた。
ゼイルも、ヴァシリッサも、暴力しか知らないし、それが得意だ。
しかし、だからこそ振り下ろす先はわきまえている。彼らは、己よりも強いか、同等の手合いにしか力を振るわないのだ。
「剰え、独りでおっ死ぬて? そンなタマなら、興醒めだ。セカイの果てで独りで往ネや」
迫害と死線を受けながら育ってきて、地獄を知り尽くしながらも生きのびたヴァシリッサからすれば「死ねば」始まる叛逆など、全く以て未来のないことである。特攻癖があり、やみくもに戦うきらいのある彼女からすれば、龍の「犠牲」の意味が解らない。
ゼイルもまた、そうだ。これがチープなショーにしか思えない。
「あんた。今、何が起きてるかわかってんのか」
供えられたごみ箱を蹴り飛ばさなかっただけ、大人になったものだな、とゼイルが己を嗤いながら――男を嗤う。
龍興は、黙って聞いていた。
「何か言ったら、どうだい」
ヴァシリッサが、瞬きをひとつもせず、彼に唸る。
ゆっくりと息を吐きだした男の香水が、つんとした「辛さ」を伴なうものであるのを悟って丸眼鏡の向こうが細まった。
「お前らは、銃でガラスを撃つと、どうなるか知っとるか?」
龍興が問えば、ヴァシリッサがパイルバンカーを真横に向ければ展望台のガラスが一枚、吹き飛んだ。派手な音とともに砕け散って、破片が照明を反射してきらきらと光る。
「そらァ、ちょっとデカすぎるな。それが、お前らなンやろうな」
「まどろっこしいな。端的に言えよ」
「焦りな。大きい男に成れへンぞ」
「てめェ」
ゆらりと燃える心臓を右手で押し込めながら、ゼイルが凄む。『超弩級』を二人も前に、龍興が怯まない魂胆はヴァシリッサのほうが理解していた。
――彼自身が、弾である。
何か飛びかかったり、ここで彼の首を折ってやれば万事解決に至るだろうか? そうではない。『ガラス』の割れ方は、さまざまにあるからだ。
「そこの姉ちゃんが言うしや。俺は、護るものを隠してる」
「秘密主義ってことかい?ケツの穴がずいぶん小さいねェ」
「女がそないなクチ、きいたらあかんよ」
ヴァシリッサが聞き出そうとありとあらゆる方向から言葉のナイフを振るうのならば、ゼイルが感じたのは一方で違和感だ。
――二人がこれほど敵意を表しても、挑発しても、男は不快そうにもしないのである。楽しんでいるわけでもないのだろうが、どこか落ち着いていて「焦る」というものがない。通常、練った計画が破綻してしまうのならば、表面上は静かなものでも、もっと躍起になるはずなのだ。
「女だ男だ、関係あるかい? あんたが起こそうとしてるのは、――どんな意味があるのか言ってもらわないとね、その口から」
ぐるぐると唸りだす喉に唾を流しながら、なんとか衝動を抑えるヴァシリッサである。龍興のほうを見れば、少しも呼吸を乱さないで、展望台のスロープに尻を落ち着けていた。
「ここのガラスみたいに、割ったら派手に砕けるのもある。ただ、質のいいガラスってェのは、――放射の罅が入るやろ」
ゼイルが思い浮かべるのは、よく映画などでも見る。車の防弾ガラスに銃弾が直撃したときの割れ方だ。
「つまり、お前は、ただ罅をいれるだけだって?」つまんねぇな、とゼイルがいったのならば、龍興が「せやな」と返す。
「つまらんことや。しかし、大きなことや――この『きれいすぎる』世界にはな」
統一された、秩序による美がある。
龍興が二人から目を反らして、夜景を見ていた。華やかで、桜が舞い、こんな機会でなければヴァシリッサも気分がよかっただろうし、ゼイルももう少し話を聞く感情になれたものであろう。
「俺の犠牲なんぞ、どうでもええ。虎が何をしようが、あいつのやりたいことや。俺には、関係ない。俺の目的は、そんなことやあらへン」
「じゃあ、何さね。アンタは、大量虐殺をして、どうしたい」
「俺は、殺せとはいっとらん。殺すのは、――虎の趣味とちゃうか」
「無責任だな。部下だろ」
「だァっとき。お前、部下かて大人やぞ。脳味噌くらいあるわのゥ。それとも、部下ももったことあらン半グレけ?」
これが、やくざのやり口なのだ。
己の目的のために、己だけを守っている。もっと大きなものを護っているのだろうが――それを、二人の前には出さずに『虎』を『とかげのしっぽ』にしているのだ。
ゼイルが白い髪を逆立たせそうな勢いを隠せなかった。めらめらと燃える地獄が、彼の胸からあふれて火の粉になる。
「ぶち壊してやる」
「かまへん。やってみィ。俺が死んだところで、それこそ、万々歳や」
「やめときな。気持ちは、わかるけどね」
ヴァシリッサが唸る。
亀裂というのは、一度入ればあとはどんどん「広がる」ものだ。
「こいつの死が、起爆スイッチになる。そう言ってるンだよ」
「――わかってるよ」
窘められるのがたまらず、ゼイルは遮られたヴァシリッサの腕にふれることなく、踵を返した
「わかってる」
・・・・・・・・・
龍興は誰も殺さない。
この計画において、彼は明確な「犠牲者」になる予定だとは、ゼイルも理解していた。たとえば、計画が彼の思うがままに成功したとすれば、龍興の死で日常は少しだけ揺れるだろう。もし、その光景を目の当たりにしたら、彼が配らせた兵器たちはありとあらゆる『一般人』でも革命ができる可能性があるのだと教えてしまう。
それこそ、路頭に迷う愚か者から、金に飽きた馬鹿まで。
毎日、人はおびえなくてはならない。影朧に襲われるだけでも困るというのに、もっと「おそろしい」ものが増えてしまう。影朧だって、もとは命だ。どんなものよりも、命がいっとう――おそろしい。
「一生、酔ってろ。そのままおっ死ね、クソ」
「おい、坊主。それから、そこの姉ちゃん」
ゼイルは説得など、得意ではない。殺してはいけない、傷つけてもしょうがない相手に――何もできないのだ。ぐ、と唇を噛んで、展望台を降りようとエレベーターのボタンを押すのを、ヴァシリッサがついてきた。
「なにさ。こっちは、アンタと違って気分が悪いンだがね」
二人とも、振り向かない。
若い背中に向けて、初めて龍興がへらりと笑って見せた。
・・・・・
「かんにんな」
――愛想のいい声だった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ティオレンシア・シーディア
◎△
…こういう大規模な計画って、大抵複数の思惑が絡むからものすごぉく面倒なのよねぇ…
中途半端に経過や目的が一致してる場合なんかは特に。
厄介なモノ取り出した連中は○クイックドロウで○武器落としして○捕縛するとして。
あたしは〇呪詛耐性あるから多少はマシでしょうけど…周りはそうもいかないわよねぇ。
●酖殺の〇破魔の領域で呪詛ごと塗り潰しちゃいましょ。
後は…ミハナちゃんたちにもルーンを渡して協力してもらいましょうか。
刻まれたルーンはソーン・エオロー・ラグ――「破魔」の「結界」にて「浄化」する印。
このあたりの地理に関しては地元の人間のほうが詳しいでしょ?
手分けしてそこらじゅうにバラ撒いてきてもらいましょ。
桜雨・カイ
※呪詛を吸った一般人の救助へ
少し前まで一緒にお菓子を食べていた人達が…
理由がなんであれ、その命が踏みにじられていいはずがありません
【援の腕】発動。呪詛を浄化
範囲が広すぎる。
【念糸】で影朧を拘束して近づかないようにはできるが
浄化にUCを使っては、身体の回復まで手が回らない
このままでは浄化はできても……
――人間って、案外強いでしょ。
この前の依頼の言葉を思い出す
「私はここで瘴気を浄化します。なので手当はお願いします!」
猟兵にしかできないことを自分で、一般人にできることを頼む
一人では無理でも、協力すればきっと
人は「弾」でなくても変われるはずです
事態が収束するまで浄化を続けます。全力で、倒れるまで。
●
「どっ、――どうしました!?」
桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は叫ぶと同時に、術式の起動を試みる。人形である体を酷使することと、護るためならばとためらわず展開することはほぼ、この彼の性質であった。
からんと転がった食器と、首を抑えて喘鳴を繰り返し、もんどりうつ浮浪者の小汚い服装も、悪臭も踏み越えてカイは彼らの額に触れたり、脈をはかる。ためらわない仕草と機敏さは、形成されつつある地獄の中ではひときわよく目立った。
「すごい熱、――脈も」
浮浪者は、老人が多い。
このまま心臓が激しく動くようであれば、彼らの臓器へかかる負担も底知れぬ。【援の腕】がともった片腕に触れられた一人は、すうっと汗まみれになった顔から苦悶を消した。穏やかに寝息を立てるそれを見てからほっとして、次は両手を合わせる。神に祈るようなしぐさをして見せれば、手のひらどうしの間に光の球体が浮かび上がって、――爆ぜた。
浄化の光である。
人々を飲み込んでいくそれはカイが納得するまでの「答え」、すなわち、「完全に祓った」状態にまで持ち込むまで彼らを癒し続けるものだ。
しかし、欠点がある。カイも、それは理解していた。一度「祟られた」体は、邪気を祓ったとしても、刺されたナイフを体から抜いた状態と同じだ。
「どうしたら」
歯噛みをして、人形は絡繰りの頭と心で考える。
人のためになりたい、人のためにありたい、人が穏やかに過ごせるようでありたい、人が幸せであってほしい――「肩入れ」してしまう己が「神」らしくない、普通の人形である自覚ばかりのカイが、焦りだしていた。
「あらぁ?」
そこに、一人の女が現れる。
●
ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は、あくまで「人間」だ。
そこいらの「人間」相手に負けはしないが、「とんでも人間」相手となればあの手この手を考え、生き延びることに秀でた女である。
「――こういう大規模な計画って、大抵複数の思惑が絡むからものすごぉく面倒なのよねぇ」
ため息とともに、まず、真っ暗な街並みが混沌に満ちるのを見た。
「ミハナちゃん、ごめん。これ、使ってくれるぅ? みんなにまわしてくれていーから」
「えっ!?えっ、なにこれ、お守り?」
ティオレンシアは呪詛の耐性がある。「漏れ出た」くらいの濃度では、なんともならない。
手のひらにポケットから取り出した石を握り、ひとつひとつ、確認するようにミハナと数を数える。それぞれ刻まれた模様があって、緊張感のないミハナが目をぱちぱちとさせていた。
「これねぇ、バラまいてほしいのよ。できれば、誰にも踏まれないような。あ! でもドブはダメよぉ」
「えっ、えっえ――これ、すごい石なんちゃうん? こんなん。もろてええの……?」
「あー、心配ならあとで返してくれたらいーから。ていうか、そうしてくれたら助かっちゃうかも」
ソーン・エオロー・ラグ。
石に刻まれているのはルーンの文字であるが、その繰り手はティオレンシアではない。
がり、がりがり、と近くの酒屋からラジオの音が漏れ出していて、太い編み込みをした三つ編みを振り乱してから、ノールックで引き金を引いた。かぁん、と鉄と鉛のぶつかり合う音がして、地面に銃が転がる。
「ひぇっ!?っち、ちゃか――!!?」
「そう。銃。みんな、ちょっとおかしくなってるから。あたし、この石皆に配り歩いてくるわぁ。この辺のこと、任せていい? お願い」
うう、うう、とすすり泣きながら、転がった銃を回収しようとする腕をミハナがみたらしい。
知り合いだったのか――目を見開いて、「わかった!」とティオレンシアに返事をしたと思えば、はじき出されるようにしてその体を抱きとめていた。
「ちょぉ、ちょお! もう、どないしたん、あっちゃん! あかんよ――」
ティオレンシアは、それに振り向くことなく前へ進む。
周りの女たちの中でも、とびきり自我を保てていそうな彼女らに与えていくのだ。この色町で生きる彼女らである、金にならぬことでも、客のためになることでもあり彼らの未来に響くことであるのならば喜んで手伝ってくれることになった。
「うちら、あっちいくわ!」
「ほなあたしら、キタいく! あんたら気ィつけや!」
「いやもう、かなんわ。うちの息子、あした学校あンのに。たまらんな! やったる!」
「おねーさん、バイクいる!? おんぼろやけど、まだよう乗れるで!」
「ありがと。借りてくわあ」
【酖殺】、人海戦術。
安全地帯を作ることで、彼女らの行動範囲のぶんだけ重症化する前に助けてやれる人間の数は多い。ティオレンシアが型の古そうなバイクにのれば、細くて頼りない見た目とは裏腹に勢いよく運転することができた。急いでいる今はちょうどいい、と思いながら――夜の大阪を駆け巡ることになる。
あたりは、車もぶつかりあったあとがあって、人がその中で頭から血を流して気を失っている場面があったり、車道からそれてレールに突っ込んだ車があったりで――もはや、戦場と等しい沈黙がある。一つ一つにバイクを停めていられないから、わざとエンジン音をふかせて通り抜けていった。少しでも、「助けたい」と思った誰かの道しるべになることを祈って、それから――たどり着いたのが、新今宮と呼ばれた場所である。
●
「スラムとは聞いてたけど。ああ、なるほど。これは、死んでも届が出ない人たちねぇ」
「そんな」
死亡届が出ないということは、弔われることもない。医者にかかる権利も、恐らくない。
もういちどカイが「そんな」と言って――張りつめた顔を両手で押さえて、前髪をかきあげた。
いつ死んでも構わない、と思いながら生きていた「先のない」彼らのことを、ティオレンシアは哀れには思わない。彼らが死ぬのは野良猫が車に轢かれて死ぬのと同じ感覚だ。
「あたしは医者じゃないけどぉ。――やるだけは、やってみるわぁ。手伝ってくれる?」
「もちろん。私に、できることがあるのなら!」
「オーケー、結構、めちゃくちゃなこと言うわよぉ」
「構いません!!」
人間って、案外強いでしょ――。
人間の可能性を、見せてくれたのだ。人間は、護られるばかりではないのだと、カイが知ったのだ。
人を守り、人を保護し、人を愛し、人のために壊れ、人に恨まれるだけの存在であるのが、まるで己の生み出した呪いのようだったと知って彼は、己の世界を切り開いた。
ティオレンシアが何度か見たよりもずうっと、揺らがない蒼の瞳があって、ふ、と形のいい唇が笑う。
「よし。それじゃあ――あたしは、この人たちを運んでいくわぁ。あたしだけじゃなくて、人手の当てはあるの。荷車に乗せて、とりあえず一旦、ここからは離すことにする」
「なら、私は」
カイが、鋭く通天閣をにらむ。
敵意からではない、警戒からだ。『一番』呪詛の濃い場所を確認して自分の行動を考えた。
「ここで瘴気を浄化します。なので、手当などは――」
一泊置いた。口を結んで、ティオレンシアを見る。かの女も、じいっと細い目で見つめ返して、待った。
「お任せします」
「アイアイ。まあ、ちょっと手荒いと思うけどねぇ」
神が、「ひと」に任せるのも。人形が「ひと」に任せてしまうのも、ありえない。
だけれど、未来を切り開き守るためならば、――守り通すためならば、協力という手を取る必要があった! それこそ、「ヤドリガミ」という人の想いから生まれた存在であるカイと、人間ならではのしたたかさで生きてきたティオレンシアのやりかたである。
お互いに一度、右手でハイタッチを交わしてから、それぞれの仕事に移った。
「人は『弾』でなくても変われるはずです」
カイが生み出した光の『玉』たちが夜空に浮かび上がる。
呪詛を吸い上げ、美しい空気に変換していけば、粒子はまるで天の川のように空を彩った。ティオレンシアがバイクに乗せられるだけ、高熱の体を車体にくくりながら風を切って車道を走る。
「――くす玉みたい。めでたいわねぇ」
いいんじゃない、そういうの。と、どこか楽し気に笑ってから。
浮浪者たちを聖域に持ち運んで、店舗の中で寝転がせては女たちが氷嚢だの、咳止めだのを慌ただしく持ち込んでくる。
この街は、地獄であったって。――天国であったって。
「強い街だわ、ほんとに」
夜は、まだ長い。しかし、西の街には早くも美しい『ひとの手による』奇跡が繰り広げられ始めていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
加里生・煙
遅れて来て、わからないこともある、知らないこともある。
ただ、これが気にくわないということは、わかった。
◼️呪詛耐性
恐れに、恐怖に、絶望が渦巻いて、そんな空気に魅せられて。自分の正気を喰らいつつ。
違うと、言いたくなった。
死は、そんな恐ろしいものじゃない。
死は、祝福であるものだ。
そうでなければ、愛したものを殺したくなる俺は、……狂っているじゃないか。
認めたくないものに蓋をするように。人々の銃を掠めとり、ランダムに弾を込めたふりをする。
銃口を自らの頭に向けて、引き金を引けば、カチリ、と軽い音ひとつ。
ほうら、死にゃしない。
狂った幸運は、幸福な死以外は認めない。
抜き取った弾丸は、掌の中で握りつぶした。
ロニ・グィー
◎
大体話は分かったよ
じゃあまあ彼らの自殺を止めてあげないとね
ふと、影朧戦線の女のことを思い出す
戦うために戦い、死ぬために死んだ
不細工な甲冑ごと、カエルのように潰されて
片っ端から死なないよう全身骨折程度に球体をかっつけて吹き飛ばす
罰を受けなきゃ罪の重さは分からない、なんてつまらないことは言わないけれど
痛くしなきゃ分からない(止まらない)ことってあるよね
んもー
死は目的でも答えでもない
死は結果だ
あの子といい
そんなことも分からないなんて……本当に“平和ボケ”してるね
その点じゃ、君(虎鉄)の方がまだ道理ってものを弁えてるのかもしれないね
雁字搦めの美学なんてものじゃあなくて、それよりずっと素直で…
いい子だ
●
まるで、地震がおきたようだった。
ずうん、と大きく街が揺れて呪詛にもがきもだえる人々のほかが、己らの手に握る銃から意識を放す。その瞬間が、どれだけの命にもう一度考える時間を与えるだろうか。
「――大体話は分かったよ」
これは、ありふれた悲劇なのだ。
ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)という神にとっては、この「話」とてまた、かの影朧戦線の女のような結末があるのだと思う。
戦うために戦い、さだめのままに死んだ。カエルのように無残な潰され方をして、「どうしようもない」終わりを見届けたことがある。ロニには、どうしても理解をしてやれなかった。
この神が幼いからではないのだ。神は、人が「死」という事象に意味を見出すメカニズムが読み解けない。果てには人どうしでもそれを理解しあうことは難しく、死にあこがれ、意味のある死を求めだしたものは「病人」とされて丁寧にもてなされる。
どこの世界でも、そうだ。ロニも、脳が誤作動を起こした哀れな子供に見えている。だけれど、彼らはみんな口をそろえて「死を恐れない」というのだ。それは、生物としての欠陥に違いなかった。
「ねえ」
だから、そういう手合いにはどういう『罰』を与えるべきかと思うのである。
ロニの前には、たくさんの人がいた。それこそ、やせた女もいれば、『虎』に声をかけられただけのチンピラもいて、どれもこれもがロニという脅威におびえだしている。
「痛くしなきゃ、分からないんでしょ」
――そんな顔ができたのなら。
球を、人差し指だけで振り上げた。殺すつもりはない。それは、正しく慈悲なのだ。
いともたやすく、人間たちの骨を的確に球体が折っていく。生き延びようと逃げ出す彼らのことをいじめているのではない。これは、ロニという原始が巻き起こす『正しい意味での』天罰だ。
罰がなければ、人は罪を理解できない。罪を知らなければ、人は反省することができない。
「ほんと、――“平和ボケ”してるね」
死は、結果だ。
点が続くのが線であり、終着点が死である。
死を目的にしてしまった時点で、この計画は破綻するのだとロニはもう知っている。ため息交じりに、また暴威を振るった。台風のように風を巻き起こすほどの力で腰のひねりとともに突き出した指先の通りに球で大気をかき混ぜ、地を揺るがせて「怯え」を人に教えてやる。
「どうしようもないな」
――だから、『人』は尊いものなのだけれど。
●
遅れてきて、分からないことは多かった。
しかし、この状況が気に食わないことは――加里生・煙(だれそかれ・f18298)にとっては、動く理由として第一に優先すべきものである。
己の転送位置を確認すれば、中央市内であることは理解した。普段は書生や女学生が己の嗜好に酔いしれる、UDCアース、大阪においては日本橋と形容される場所である。
ここも、いいや――此処、だからこそ。
無数の鬱屈した精神と、苦しみと、愛を渦巻かせた老若男女が苦しんでいた。
「ここ、こ、ころ――す」
「ひぃ、い、いいいっ」
皆が、それぞれ『己』を殺そうと、がちがちと歯を震わせながら銃を額に突き立てていた。
そんな風にしては、うまく死ねぬと煙は知っている。恐れと恐怖が渦巻いて、絶望が彩り、吹き荒れる暴風に煙が黒髪をかき混ぜられながら首を振る。
「違う」
提灯が揺れた。
びりびりびり、と上空に走る電線からは火花が散り始めて、たそがれいろの瞳がゆらりと炎のようにくらやみへ立ち上る。
「 ――、 違 う ! ! ! 」
叫びは、咆哮に似ていたのである。
民衆の意識が、ばっと煙に向いた。ずかずかと歩く大股の姿勢は、クラシカルなメイド服で道端に座り込む女性の手を握る。「ひい」という悲鳴とともに、その体を押し倒して、組み敷いたのならば手から銃を取り上げた。地面を滑ったそれをどよめきとともに避けた男たちの靴に、にたりと煙が笑う。
「死は、そんな恐ろしいものじゃない」
興味がうせたのだと、女の体から自分をはがす。煙は、ゆらりと名前の通りに歩いて銃を手に取った。アニメのキャラクターが書かれた宣伝の板にもたれかかりながら、リボルバーを手際よく確認する。じゃらじゃらと手のひらに弾を落として、微笑んだ。
「死は、祝福であるものだ」
――そうでなければ。
愛したものを殺したくなる俺は、くるっているじゃないか。
穏やかに微笑みながら、確かに煙の鼓動ははやる。今や、皆が煙の手つきを見ていた。六つ込めれるうちの弾を、三つ手のひらに握る。弾倉をはめなおせば、かららとそれを一度回した。
煙が何をするのか、大体の顔ぶれが察したらしい。「あんちゃん、なにしてんや」と嘆く男の顔が面白おかしくて、煙は金網を揺らして笑った。初めて、背中を預けていたのが駐車場の金網だったのだと知る。
「何してるって? 教えてやるんだよ」
やたらと安い自販機の値段を見ながら、当たり前のように額に銃口を向けて、かちりと撃鉄を引く。あまりに躊躇いのない風景に、何をしたのか誰も一回では察知できなかった。
煙が、もう一度弾の数を確認して、かららと回す。そして、またこめかみに冷える鉄を感じながら、引き金を引いた。
今度こそ、「きゃあ!」と悲鳴が聞こえたが――煙は死んでいない。
三回目も同様だ。確認して、回して、またロシアンルーレットで煙は生き残る。
「ほうら、死にゃしない」
【狂った幸運】は。
煙に、『幸福な死』以外を認めない。
抜き取った弾丸を手のひらの中で握りつぶせば、あふれた呪詛は彼の地獄に焼かれて消える。狼が食らってしまったのだと理解して、己の腹が少し満ちた。
「――死は、美しい」
かいぶつは、微笑んでいる。死を恐れる愚かな人間どもから奪った「死」というものへの羨望を、己の尺度で辱めて、「そんなものはお前たちの救いにならない」とささやいたのだった。
●
「その点じゃ、――君の方がまだ道理ってものを弁えてるのかもしれないね」
「うははっ、褒めてくれンか」
ロニが虎鉄と出会ってしまったのは、あらかたの掃除を済ませた後だ。
暴風を巻き起こした余韻が残る中、どうどうと虎鉄は地下の駅から出てきたのである。向かう場所は、龍の在る展望台であろう。ここで止めるかどうか、と言われればロニは止めないのだ。
「雁字搦めの美学なんてものじゃあなくて、――ずっと素直でさ」
「そォですなァ。まァ、なんも許してもらおうとおもてませンさかい」
「君にとって、死とは何かって考えてみたんだ」
「ほぉ、当ててみます?」
それもまた、人のさだめなのだとロニが微笑む。
神は人を理解できない。人が神のことを悟れないように、この二つの間ではどうしても、『素直』であることが好まれるのだ。だから、ロニは『彼』という命と考えもまた、否定はしなかった。
「『ケジメ』、――『オトシマエ』ってとこじゃないかな。ピリオド、という意味のね」
殊勝な信者だ。
虎鉄がうっすらと笑みを浮かべて、肯定のジェスチャーは瞼の動きだけで行った。
この人間に宿るのは欲と使命だ。理性と本能のようにせめぎあいながら、己の罪と罰を理解して、本質の通りに動き続けている。
だから、ロニは――『平和ボケ』の民たちを救うために、また球体を連れて優しく微笑んですれ違った。
「いい子だ」
死なねばわからぬ、病がある。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御園・桜花
◎△
「即身仏を志す尊い方さえ心を残すことがある、というお話がありましたの。普通の方が躊躇われて当然です」
呪詛耐性あり
龍興に会いに行く道行き中、破魔と慰め乗せた子守唄歌いながらUC「桜の癒やし」使用
グラッジ弾で自決を試みる者
首元を隠した者
拳銃を振り上げる者
呪詛に苦しむ者
全てを眠らせ癒す
攻撃は第六感や見切りで躱す
一般人に当たる攻撃は盾受け
「貴方が龍興さん?随分忠犬をお飼いのようですね。貴方の望み通り人以外を殺すようですもの…貴方含め」
「人の死は世界の守護に関わらなくても、影朧の転生は関わりますもの。グラッジ弾使用はその踏み絵。全ては不死帝の掌の上。貴方は良い影朧になりそうです…そういうお話ですわ」
●
「即身仏を志す尊い方さえ心を残すことがある、というお話がありましたの。普通の方が躊躇われて当然です」
道すがら、迷い子たちを慰めるための音が響く。
女の桜花弁のような、かたちのよい唇からこぼれる音まで美しいものであった。呪詛に侵されぬ御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は、嫋やかな足取りと振る舞いで、この世の中に絶望した彼らを導いていく。
【桜の癒やし】を振りまくのだ。
対象は、彼女が癒したいと思った誰も彼もに至る。
広い駅の中をまず、歩いた。大きなデパートが作られ始め、百貨店と併設している。夢のような店内であったろうに、今溢れるのは「ありきたり」な嘆きばかりだ。はやりの桜コスメを求めてやってきた女学生同士が掴みあったり、ぜえぜえとよだれを垂らしながら泣きじゃくる店員は呪詛に弱いらしい。
人間は、窮地に追い込まれた時こそ本性ではなく、そのひと独自の本質が現れる。
追い詰められた命のとる手段など、二つだ。原始的なものしか残らない。「怒る」か「逃げる」かしかないのならば、桜花の前で銃を突きつけあう少女二人はきっと仲良く見えても根本的に反発しあってしまうのだろうと思う。
「ああ――」
かわいそうに。
役目があっただろうに忘れてしまった桜花と同様に、うらわかき乙女たちは「生きる意味」を見失っているのだ。そうっと「奉仕」として桜の花弁を散らしてやれば、たちまちまだ青い四肢が眠りに落ちて床になだれ込んだ。
それにしても、――学生まで配り歩いているとは。
あまたを眠らせてやりながら、桜花は内心、感心したものである。
用意周到であるとは踏んでいたが、「木の葉すべてを腐らせる」気でいるらしいのは確かなのだ。大きな木が我らが帝であれば、末端の一枚まで丁寧に侵しつくすのがかの龍である。
――しかし。
「おわかりだったはずでしょう」
人は、死という絶対的な事象に対して弱すぎる。
死ぬことに恐怖を抱いてしまったのならば、その「人」はきっと「死にきれない」のだ。
渦巻く呪詛の再濃度に至るまで、桜花は歩き続けていた。
整ったタイルの床から、雑にならされたコンクリートを歩き、今は――展望台にいる。ふかふかとした灰色のマットから、視線を上げればそこに『龍』はいた。
「貴方が龍興さん?随分忠犬をお飼いのようですね」
『人質』であり、『黒幕』の男を見た。
この男を高所から突き落とすのは簡単だ。桜花だって、ちょっと肩でも押してやればあっけなく超弩級の力の前にこの悪は潰えるだろう。
しかし、問題は――この男が与える影響のほうだ。
「貴方の望み通り人以外を殺すようですもの」
龍興は、桜花の言葉をすべて聞き出すのを待っている。
先の二人が言葉でねじ伏せようとして、「隠されてしまった」のを思い出していた。
「――貴方含め」
組織の頂点に立つものというのは、「隠す」ことが最大の武器であると知っている。余計なことは、口を開かない。
だから、桜花は一方的でありながら「くすぐる」ことにしたのだ。
真正面から問いただしたとてこの男が「実はですね」と話すようにも思えない。反社会的な生き物の長とは、その椅子を護るためならば何でもする。
――己の命を、犠牲にしてでも。
「人の死は世界の守護に関わらなくても、影朧の転生は関わりますもの。グラッジ弾使用はその踏み絵」
だから、桜花は推理する。
この流れが茶の間に流れるサスペンスな映像を焼きまわしたものだとは思わないが、そこに人の思惑があるのならば――理由があるということだ。
手のひらを二つ、上下に合わせて、上をどかせる。
「全ては不死帝の掌の上」
右手だけが残って、その指先を龍に向けた。
表情の読めない男だ。しかし、瞳の漆黒が印象的だった。
全身黒いわりに、顔は青白い。――呪詛の影響を少なからず受けている。
「貴方は良い影朧になりそうです――これは、きっとそういうお話ですわ」
人間は、弱い。
しかし、『影朧』は違う。
恨みを連れて、人に死んでなお影響を与え、不安定な存在でありながら桜に導かれれば転生を果たす。
「違います? 少し、考えてみたのですが」
――それが、逃走経路ではないですか?
桜花が穏やかな顔色のままに問うてみた。
「と、したら――せやな。止めるか?」
「いいえ。影朧になるもならないも、今ここで貴方をたとえ、手にかけてしまうよりも、『終わってから』のほうがこちらの『勝率』は高そうですから」
ほほに手を当てながら、桜花がふふふと上品に笑う。
「先を見て、の行動をなさると思っていました。あなたは『上』に座る立場ですもの。ただ、あなたの忠犬は、言うことを聞かなくなったようですね」
「虎のことか」
「ええ。考えがある大人だから、と放っておいているようですが――離反は許さないのが、『そちら』の道理では?」
ようやく、明確に問うてみた。
一方的に呼びかけるよりも、崩れそうなところから崩す。客をもてなすメイドならではの話術は、相手を「よくさせる」のに長けている。
知らないことは明確に、問う。「お客様」のことを決めつけては、的確なサービスに至らない。桜花は、仕事らしくしていた。
それを『龍』が悟ったかは分からない。ただ、納得して口を開いたらしかった。
「あいつの好きに、さしたりたいだけや。今まで、――よゥ我慢させてしもたからなァ」
「お話をなさるのなら、念のため。他のかたがたに共有してもよろしいでしょうか」
「かまへん。どうせ、調べたらわかるこっちゃ」
「かしこまりました」
たばこに火がともる。
紫苑とともに吐き出されるのは、男と男の、なんでもない「ありふれた」昔ばなしだ。
「灰皿は、あちらですよ」
――桜の花びらが、夜を眠らせていく。
大成功
🔵🔵🔵
巫代居・門
俺みたいなのに、舞台上は似合わないだろ
生き汚い奴らの相手がお似合いだ
『真威・蝕根鈴』で周囲の【呪詛】を束ねて、掌握
【恐怖を与え】【挑発】交えて、狙いを一点に
有象無象が普通に死ぬのが嫌で、凄い死に方したいだけか
震えた手で撃てんのか、試し撃ちでもしてみろよ
死にたい奴が一杯いるんだ、殺されたって文句は無いんじゃないの
毒にすらなれない人生、くそったれた人間性
笑えるぜ
つまりは、狙いを俺に
【カウンター】忌縫爪で弾丸を斬り捨てる
残骸が当たる?
知ったことか、効果さえ【破魔】で潰せればそれでいい
綺麗な人だった
あれだけ呪詛に塗れても尚だ
泥に汚れても綺麗なものは綺麗なまま
ライトに照らされるのそういう奴なんだろうさ
バルディート・ラーガ
◎△
ヒ、ヒ、ヒ。
こーして地獄をその場に顕現さしてやりゃア、コトも一気に進むと。
なるほど効率の宜しい、果たしてどちら様の絵図ですかしらン。
市井の方々の挙動は「マヒ攻撃」で無理矢理に止める位ですかねエ。
道行きで対処はしつつも、目的はあくまで先の写真の女。
情報を頂き、匂いを辿りながら後を追いやしょう。
チンピラならば炙っちまえば宜しいですが、今回ばかしは
もうちッと行儀の良いコミニケイションを目論んでやす故に
UCで少しばかしめかし込み、ヒトのフリをして参りやしょ。
かの女自身へ、危機が迫ってるつー旨をお伝えするコトと。
いざとなりゃア己の身と尾を呈して「かばう」コトも織り込ンで。
●
「ヒヒ、ヒ、――なるほど、なるほどでござィやす」
ちろり、ちろりと蛇竜の舌があたりの温度と呪詛の濃度を確かめる。
バルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)は本来、竜派のドラゴニアンである。
人間にあこがれる彼は人間の変装もお手の物だ。紺色のターバンに頭を巻いた、やや浅黒い肌をした外国人らしい風貌にいたる。【化け蛇の口伝】であったほうが、この混乱の事態は有象無象に紛れやすい。
「こーして地獄をその場に顕現さしてやりゃア、コトも一気に進むと。――なるほど効率の宜しい」
整った顔のパーツを黒く燃える手のひらでこねながら、鏡を見ている。
「果たしてどちら様の絵図ですかしらン」
バルディートがいるのは、ありふれた駅のトイレだ。
使用者の傾向がわかりやすいが、トイレットペーパーの数がまばらだったり、便器のしみを見つけるあたりあまり土地柄というのはよくないらしい。どこから仕入れたかわからぬホースが床に転がっていて、踏まないように気を付けてタイルを歩けば、隅には割れた注射器も見える。
「へェ」
ここは、悪を花開くにはあまりにも「条件がそろい過ぎている」のだ。
雑草でありたいバルディートからしても、ここはまぎれるにはちょうどよい。ごみごみしい街並みと、派手な場所がちょうど混ざり合って『狭いところ』で呼吸をするには容易いのだ。
陰になる場所を歩きながら、銃を取り出した誰かがいたのならば額を掴む。
しい、と息を鋭く吐いたら、かくかくと指先を震わせた名無しの権兵衛がその場に頽れた。治癒も説得もバルディートは得意ではないし、今回の目的は有象無象ではない。
写真の女を、思い出す。
「たいしたべっぴンさんでございやした、――すゥぐ見つかりやしょ」
宝石のような、美しい存在は此処では目立つ。
目撃情報を得ていた。先ほどまで龍興と同じ場所にいて途中、龍興を車から降ろして彼女は『所定』の位置に向かったらしい。
今日、彼女は――死ぬ予定ではないのだ。死ぬのは、『現段階』では龍興のみである。
「地獄にゃちっと、役不足でさァ。極楽の仙女でも提案しやしょう」
ぐつぐつと喉を鳴らしながら、緑の髪の毛をゆるりと結っていく。
『いい女』の前には、身なりを整えた男で在らねばと――これも、真似事だった。
●
舞台上は似合わない。
「『呪いってさ、伝播するんだよ。――ホント嫌なモンだよな』」
巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)は、卑屈でありながら頭の中では冷静だと自分に言い聞かせていた。これは、客観的な、門の自分に対する過度なプライドを押さえつけるものではないのだと唸る。
表に出てわざわざ「頭」を狙うような真似は、ほかの猟兵にやらせればいい。
たとえばこれが、仮に任侠映画だとすれば門の場面はカメラの数フレームで終わるはずだと確信があっての仕事だった。
「生き汚い奴らの相手がお似合いだ」
何様のつもりだろうな、と自分を嘲笑う。
【真威・蝕根鈴】。門に任されたのは、いわゆる下町の飲み屋街である。
ぎゅうっと右手を胸の前に出し、己の肥えた腹から少しだけはみ出る位置で握れば濃度の高い呪詛を束ねていく。手のひらで渦巻くそれがささやく幻聴に、少しだけ太い眉毛でハの字を作った。
「有象無象が普通に死ぬのが嫌で、凄い死に方したいだけか」
呪詛を吸い上げている最中の門が無防備に近いのは、当然だ。
己の左ほほめがけて、震えた男の銃口がある。ゼロ距離の射撃も今なら容易であろうに、男は、ただ震えた息をかみ殺しながら門を睨み付けていた。むき出しの犬歯を、門がちらりと見る。
「震えた手で撃てんのか、試し撃ちでもしてみろよ」
「なンっで――邪魔すんねん、どいつも、こいつも!!」
「邪魔してねェよ。お前が、邪魔なだけ」
「ふざけンなッ!!」
震える男の姿は、銃を握る手の細さと、指のペンだこからして売れない作家未満というところだろう。
怒りと怯えと、絶対的な力を持った門を前に絶望をした顔は痩せこけている。肥えた門とは大違いなのに、本質はきっと一緒だと思えば吐き気がした。
「死にたい奴が一杯いるんだ、殺されたって文句は無いんじゃないの」
「俺の自由を奪うなッッッ!!!!」
――耳障りだ。
門は、ただ、一人の女を護っているだけのことである。
仕事でのことだ。この鬱屈した彼が、『彼女』を見つけてしまったから、前に出ただけのことである。呪詛をひとつに束ねながら、無数の注目と恨みを浴びてようやく、『どうでもいい』誰彼が門に敵意を向けて『彼女』からの注意を逸らしていた。
「毒にすらなれない人生、くそったれた人間性。そんなお前じゃあ、どうせ書くようなことも『ありきたり』だったんだろ?」
「な、――」
「お前にはフィクションなんて向いてないんだよ。わかるか? 人には、向きと不向きがあって、お前は、『夢を見る』なんて向いてない。現実に向き合ってもないからな。自伝でも書いたほうがずうっと売れるんだ、そういうやつって」
言ってて、自分のこころをえぐるような感覚がしていた。
いまさら、夢など見たくない。起きたことは、過ぎたことで、執着してはそれこそ――。
「――笑えるぜ」
影朧と、一緒ではないか。
●
発砲音がして、神谷ハルは敏感に顔を上げた。
愛した男が死に至る。そんなことをいまさら、感傷的に思って落ち込んでしまう自分のこころにあきれていたさなかである。
「銃声――はじまったの?」
ラジオの続きを聞いていた。イヤホンを片耳だけに備えて、顔を真っ青にしていたころである。
ハルは、計画への関与を龍興に求められたとき『誰も殺さない』ということが大前提のものだと聞かされていた。龍興は、己に嘘をつくような男ではない。
決めたことは守り、ハルという女には真実しか話さないのが彼の信念だ。「せやから、お前は遠くに逃げろよ。何を聞かれても、知らんと言え。そうしたら、お前に何の罪もない。知らんまま、やらされてたと言え。俺の遺産も、俺の罪以外は全部やるよってに。お前は、逃げえよ」と両手を握りながらシーツの上で祈る顔を忘れていない。
「龍興さん」
――なのに。
銃声が聞こえた、ということはおかしいのだ。
もっと静かにことは進むはずだった。「誰も犠牲を出さない」静かな革命は、もっと安全なものだったのだ。
誰も彼もが、ビルの隙間で偉大な男が散るはずの通天閣を見上げたのならば、きっとみんなが「おそろしさ」を思い出すはずなのだと、確信があった。
「あいや、こりゃ失礼――神谷ハルさんでいらっしゃる?」
「きゃっ」
おかしい、と脳内の警笛で頭がいっぱいだったハルの後ろから、ぬうっと男の影が伸びて振り向く。高いヒールがかつかつと音を鳴らして後ずされば、明らかに『外』から来たであろう異邦の男がいた。
「助け舟でございます。なァに、――『今は』三途の川行きじゃァございませンよ」
「なンやの、あなた」
「美人の味方ってェとこですかね。どうしやす? 時間は限られてやす。こればっかりは、あっしでも巻き戻せないもンで」
「――おかしいの」
思慮深い女であると、バルディートは人の顔を作ったままに彼女と会話をしている。
行儀のいい状態で持ち掛けたのは正解だった。じいっと女の顔を見て、続きを促す。
「多田センセが、打ち合わせ通りにうごいてなくて」
「ふうむ」
「――こんな騒ぎになるはずでも、なかったの」
「あっしに話していいことですかい?」
「いい」
即答が帰って来て、目を丸くしたのは蛇竜のほうだ。
「龍興さんが考えたことを、めちゃくちゃにした――そんなことは、赦さない。なんでもいい。あなたが帝都の味方だっていうなら、こっちは都合がええの」
なるほど巨悪が好みそうな女である。
計画が破綻したところで、動揺はあっても次の一手を考えて「動こう」とする姿勢は「使える」証拠だ。バルディートがうむうむと唸って、かたちのいい顎から舌をのぞかせて笑った。
「なら――あっしらに協力していただきやしょ。それで、渡しの銭はチャラつぅことで、いかが?」
「乗ったわ。その、泥舟」
その行き先が、『いずれ』黄泉であっても。
●
弾丸は、切り伏せた。
近くでの発砲で肩が抜けたらしい。もんどりうったのは門ではなくて、鬱屈した男のほうだった。
――忌縫爪で弾いた鉛玉が砕けて、あっけなく転がっている。それが、この男と同じで「意味がない」ものだと知った有象無象も、握るには重すぎる鉄を落として、うずくまっていた。
門は、明らかにこの青年よりもありきたりの誰かよりも「恵まれている」のに、どこからそれを受け入れたくない自分がいるのもわかっている。
こんなことは――自傷行為とかわらないとも、知っていた。
「泥に汚れても綺麗なものは綺麗なまま」
きたないものは、どこにおいてもきたないままであるように。
「ライトに照らされるのそういう奴なんだろうさ」
路地より、蛇竜が女をひとり連れ出すのを視界の端で確認した。
座標は、中央区内――商店街のアーケード下での出来事である。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
玉ノ井・狐狛
◎
“やるな”っつわれるとやりたくなるよなァ。
いや、アタシがひねくれてるとかじゃなく、一般論としてな?
だから自殺は“止めない”。“やめてもらう”のさ。
――弾ァ使ってから死ぬまで、存外ながく苦痛がつづく。
――あるいは、溢れ出た影朧に生きながら喰われる。
そんな体験を、夢んなかでしてもらおう。
なァに、死んだコトのある生者なんざ居ねぇ。死因をグラッジ弾や影朧に限ればなおさら。現実味は十分だ。
よぅ、儲け話があるんだが、議員サンよ。
誰かさんのプランは、あまり上手くいってないらしいぜ。
転覆だか何だかがご破産になりゃ、来期も椅子が必要だろう。
ここらで鞍替えしといたほうがイイんじゃねぇか? 得意だろ、そういうの。
叢雲・源次
【煉鴉】
(冷徹と言っていい程に淡々と状況を確認する。こちらの兵装に彼らを解呪するものはない。自殺を試みようとする民衆に対しては当身、捕縛等、こちらが取れる最善を用い速やかに民衆を『無力化』すべく行動を開始する)
グウェンドリン、加減を誤るなよ…死なせてしまえば元も子もない
耳障りなこのラジオ…規格が合うか分からんが試みるか
>interceptor_active
>RDY_transmission
(インタセプターから音源へ情報を大量送信しラジオそのものをクラック、放送を止めようとする)
『大義に犠牲が付き物というのであれば、まずは貴様が死んでみせろ。それが出来ぬのであれば…所詮その程度だろうよ』
グウェンドリン・グレンジャー
【煉鴉】
うーむむ……
(きょろきょろと辺りを見回す。さて、己に出来ることはなんだろうか。ちょっと一発みぞおちに……とも考えるが、下手したら殺してしまいかねない。それはまずい。)
わかったー……腕力、には、頼らないー
ラジオは、源次に、任そー
私は、Glim of Anima……ランプの、破魔の光、強くして、皆に、呼びかける
自殺しようと、する、手、止めない人……は、拳銃を、念動力で、弾き飛ばす
……生きること、諦めないで
私の、故郷の、古き神々にも、生贄は、捧げられてた
でも、それは無関係な、普通の人……じゃなく、司祭、その人や、篤い信仰……をしている、人達
貴方、の『信仰』は、どこまで、本当、なの?
●
生物は、「抑制」が下手だ。
禁止されると触れたくなるし、閉じ込められると外に出たくなる。
いつでも、生物は自分本位で身勝手な生き物なのだと――この、スリルと賭博に生きる狐はよく知っている。
「いや、アタシがひねくれてるとかじゃなく。一般論として、な?」
玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は、己の足場にふさわしい『紗』を紡ぎながら、己が手ずから混ぜた香水を身に着けていた。
なんてことはない。『タネも仕掛けも知っている』狐狛には影響を与えぬ代物だ。猟兵たちにもさほど毒にもならない量を使っている。
足元がふわりと浮いた。
魔法のじゅうたん代わりだ。ラジオ局めがけて、狐は西の空を舞う。
神が起こした暴風にも逆らわず、その力を使ってスピードをあげながら上空から状況の把握を試みていた。手元ばかり見ていては相手のことは読めないが、盤上から眺めれば見えてくるものもあるに決まっている。
「――なるほどねぃ。いい塩梅じゃあないかい、ここまでは」
『女』の確保ができている。
王手とまではいかないが、ゲームとしては完全に猟兵のほうが優位だ。一番『龍』に効きそうな『女』を手中に収める動きが出ているのは、ターバンを巻いた竜――どういうわけだか、人に化けているのだ――が町中から彼女を牽引し始める姿が豆粒のような大きさで確認できた。
「と、なるとだ。次ぁビショップだと思ったんだが、こりゃあ、すごい」
猟兵たちは、全般的にみるとラジオ局へ向かう人数が多いようである。路地から抜けている仲間も見かければ、怒りに満ちて歩く姿もあった。
「デカイ祭りになりそうだ。ええ、議員さんよ。カメラを回しておいたほうが、儲かったんじゃァないかね――」
●
冷徹だった。
冷徹に在らねば、地獄の中では生き延びることができない。
「グウェンドリン、加減を誤るなよ。死なせてしまえば元も子もない」
何かを叫んでいたが、すべてを発する前にその頭から意識を奪う。酸欠にはさせないが、的確にみぞおちに掌底を打ち込んだ。悲鳴をあげれば、それは鴉が襲う。
「――うーんむむ、む」
彼の真似をして、同じようにみぞおちに一発と構えたが――己の力加減にまだ自信がない。
グウェンドリン・グレンジャー(冷たい海・f00712)は叢雲・源次(DEAD SET・f14403)の忠告に従い、彼女にしては「優しく」怯える民たちの額に指をはじいていった。
軽い脳震盪で派手に倒れられたものだから、ぴくっと黒い羽が持ち上がって緩やかに下がる。
「殺してないか」
淡々とした声が後ろから響いて、悪いことをしていないと弁明したがる子供のように、ぶんぶんと首を横に振る。「そうか」と確認した源次は、「念のため、どう黙らせた?」と尋ねた。
グウェンドリンが、おそるおそる指の形を作る。
「――デコピン」
牛をと殺するノック銃ほど力は出ていないようだが――源次は緩く息を吐いて「続けてくれ」と促す。
間違ったことはしていなかったのだ、とグウェンドリンが『みとめられた』ことに無表情のまま喜べば、テンポよく自殺志願者たちは眠らされていくのだ。
どさりどさりと人間の体が頽れていくのを見ながら、さて、と源次も手段を探す。
二人には、解呪や治癒にふさわしいすべがない。殺すことに秀で、駆逐することに優れ、捕食者であり、地獄の住人だ。
まして、源次は普段相棒に「説得」などの話術を任せている。こういう時に彼のありがたさを痛感させられるが、即興で真似ることも難しい。笑うことも少なければ、憂うこともない彼なのだ。
その分、グウェンドリンのほうがまだ「会話」というのはできるが、話術ではない。思ったことを素直に口にするばかりで、きっと病んだ人間の心は痛めつけてしまう。捕食者ゆえに、弱った獲物のことは痛めつけるのが当然だ。
「と、なると。これか」
よって、人を癒すことはできないが――二人には、『壊す』ことができる。
「グウェンドリン!」
声を張り上げた源次の姿が、振り向けばいつの間にか道路から消えている。
鴉の耳には、初老の男が先ほどからやかましく討論番組だかなんだかでまくしたてる音が届いていた。
「なーにー」
二人がいるのは、東大阪にあたる。
飲み屋街のスピーカーからは、有線のラジオ番組から最初は音楽を流し続けていたというのにいつの間にかこの音に変わってしまっているのだ。
グウェンドリンの耳はそれを「雑音」として排除していたが、源次は違う。
「この耳障りなラジオを止める」
グウェンドリンが見上げた先に、源次はいた。ひときわ大きなスピーカーに跨った彼が「後を頼めるか」と問えば、少しもごもごと口を動かしてから「うん」と返事をした。
まだ情緒の幼いグウェンドリンに、難しいことを頼んだ自覚はある。
殺すことは簡単だ。食らうことも容易い。しかし、それを――我慢する、というのはもっと難しい。
「頼む」
念押しの一言を告げてから、源次は電波の解析を始める。
――グウェンドリンは、「うん」と先ほどよりはやや、しっかりしたトーンで返した。
鴉の少女が、美しい着物で丁寧に歩きながら仕事に戻るのを確認して、源次は周波数の特定を急いでいた。
ヘルツを判断するのは直ぐである。
「規格が合うかは分らんが」
やらないよりは、「やったほうがいい」。
アナログな文明のまま前へと進む世界では、源次の技術は「発達しすぎている」のだ。
単純な数学公式をわざわざ難しい方程式で求めるのと似ている。体にそなわった叡智は憎むべきものだが優秀過ぎることもわかっていた。源次が、スピーカーにつながるコードを握る。ネズミにかじられないようにそこそこ頑丈ではあるが、さほど絶縁体は最新でもないらしい。
文明的に言えばさびれた街並みで助かったな、と内心思いながら――集中した。
>search... ... ...
>CODE:DEAD_SET interceptor_active_
>OK.\sdb[radio_hack:MP3:Alternative]
>RDY_trasnmission.
「大義に犠牲が付き物というのであれば、まずは貴様が死んでみせろ」
ひときわ大きな、ハウリングが響いた。
電波妨害である。きいいんと強く空気を震わせたそれを確かめたのならば、間もなく沈黙があった。誰にも聞きとられなくとも、源次は仕事を果たして見せたのだ。あらゆるところで響いていた演説が『打ち切り』になる。
「――それが出来ぬのであれば、所詮その程度だろうよ」
●
「生きること、諦めないで」
ふわり、と。
破魔の光を受けたランプが人魂のように少女の手で導かれる。ゆらゆらと歩くたびに揺れるそれを怯える誰かが口の中に拳銃を押し当てていた。
グウェンドリンにできるのは、破壊である。「そう作られた」存在だ。
「ねえ」
虚数を作ることはできる。だけれど、「あるもの」を「ある」ままにするのは難しい。
まだ少女の鴉は、おそるおそる怯える人間に声をかけた。怯えからではない、慎重でありたいのである。
今まで歩いてきた道では、デコピンでやりすごしてきたが――そろそろまだるっこしくなって、ランプをつかうことにした。すると、優しい光にすがるように、呪詛に飲まれそうな人々が地をはいずって光にあたりたがる。発熱しているらしい顔を照らしてやれば、すうっと顔色がよくなって眠りに落ちるのがほとんどだった。
しかし、――この、彼は違った。
口の中に拳銃を突っ込んで、鼻水と涙と汗でべたべたになった姿である。
どう見ても中年だ。しかし、やせている。うすよごれた体からは据えた臭いがするが、体にこびりついた垢とロクに手当てのされていない左足からだとグウェンドリンも理解した。
金がないから、医者にかかれていない。
ふうー、ふうー、と息を荒げてなかなか引き金を引くのをためらっている。
社会的に見れば淘汰された存在だ。彼の今まではきっと、左足のけがから始まっているのだろう。肩の形から見て、何らかのスポーツをやっていたことは明らかだ。
グウェンドリンは、そこまで悟ってはいないが――彼が、『何かに挫折した』ことがあるのは察する。
「私の、故郷の、古き神々にも、生贄は、捧げられてた」
これは、ひとりごとだ。
「でも、それは無関係な、普通の人……じゃなく、司祭、その人や、篤い信仰……をしている、人達」
思い返すのは、冷たい世界である。
グウェンドリンはいつも、秩序にあふれた狂気を見てきた。
「貴方、の『信仰』は、どこまで、本当、なの?」
助けるものを慕い、意味も解らずただ正しいのだと信じて崇め、抵抗しない人間たちの違和感を思い出す。
「たすけて、くれる、の?」
震える彼が、口の中に突っ込んだ鉄で死ぬというのならば。
それは、神の意志などではない。神を都合よく利用した愚か者の悪意だ。
「死んだあと、なんて、だれも、しらない、のに」
――生きている人間などが、死を救えない。
わかりきって、当たり前のことだ。誰もが少し考えればわかる常識は、緊急事態でねじ曲がった正義に挿げ替えられてしまうのである。
素直な感性で在り続けるグウェンドリンが、男の前に立った。ランプで顔を照らしてやる。一つも嫌な顔をしないで、目線を合わせるために背伸びまでしてやった。
「じぶんのこと、信じられるの、じぶんだけ、だよ」
――拳銃は、男の意識とともに滑り落ちる。
●
「なンや、おい、どうなっとる! まだ私の時間は終わりやあらへんでしょう!」
狐狛がラジオ局の窓――小窓だ――にたどりついたころには、あたりに満ちたやかましい演説は消えていた。
【千夜一夜の夢騙り】を奏でながらやってきた彼女である。その『往路』には悪夢にうなされて『生きる』と『死ぬ』を脳に叩き込まれる一般人たちがあった。
今宵の夢は何にしようと、狐が選んだのは『やめさせる』に一番ふさわしい『教育』というものである。
「よぅ、儲け話があるんだが、議員サンよ」
こん、こん、と窓をたたけば、ロマンス・グレイの壮年は振り向いた。
怒りに満ちたしわのある顔は、成程どうやら『悪意』のほうが上らしい。教祖的な傾向があるかと思っていたが、狐狛からすれば『悪』ガワのほうが話がしやすいというものだ。
「なんだ、貴様――」
「おっと。やめときな。ビジネスにきただけだぜぃ」
窓をがらりと開けた多田の前で、魔法のじゅうたんに尻を落ち着ける狐狛が夜の風に金色をあおられている。くすくすと笑った彼女がまるで魔女のように思えた顔をしたあたりで、多田の後ろにいたパーソナリティ含め、スタッフたちが皆、もんどりうった。
「な」
「――弾ァ使ってから死ぬまで、存外ながく苦痛がつづく」
多田の放送を受け入れているということは、どうせこの局も『虎』のお手付きだろう。
狐狛の賭けは『外れた』ことがない。傲慢に微笑んで、多田のうろたえる姿を見てにやついてやった。
「あるいは、溢れ出た影朧に生きながら喰われる。そんな体験を、夢ン中で、なんと! 無料でしてもらってるのさ。いやあ、我ながら大盤振る舞いだと思うね」
「貴様、民間人になんてことを」
カ タ ギ
「おっと――民間人? 嘘いっちゃァいけねェぜ、多田さんよぅ。あんた、誰かさんに肩入れしてんだって?」
ち、ち、ち、と舌を打って、くぎを刺す。
「あまり上手くいってないらしいぜ。転覆だか何だかがご破産になりゃ、来期も椅子が必要だろう。ここらで鞍替えしといたほうがイイんじゃねぇか?」
「馬鹿が! お前ら『よそもん』相手にこびへつらったほうが――損大きいわ!」
「ワオ。地域密着派かい? 外見通りにずいぶんアナログだ。いけねぇなァ、きょうびそんな『ビジネス』じゃ、アンタらが勝ったとこで利益もあがらンだろう」
悪夢に嗚咽を吐きながら、眠り続けるスタッフたちが床にもんどりうっている。
意識はない。ごく浅い睡眠状態で脳を働かせられているのだ。時折叫び声が聞こえて、すすり泣く声もあれば、地獄を恨む声もある。多田の名を呼びながら、地面に何度も頭を打ち付ける一人を見て、「ひい」と老人が娘のような悲鳴を上げたものだからとうとう狐狛も笑い声をあげてしまう。
「こいつぁ、ケッサクだ! いいもん見してもらったぜ」
「お、おい――」
解いていけ、と窓に手を伸ばした彼につかまらない。
紗に乗った狐が、大きな尻尾を上機嫌にゆらゆらと横に揺らしていた。
「得意なことで儲けたほうがいいぜ。これは、『狐』としての忠告だ」
地獄の箱庭で取り残された多田だけが、何も理解できないままに立ち尽くすこととなった。
――『狐』は、利口でなければ生きていけない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
インディゴ・クロワッサン
◎
説得は僕の得意な領分じゃないから、止められるかは怪しいんだけどねー
【呪詛耐性】を発動して、自決しようとしている人達に向かって歩きながら、[指定UC]を発動させつつ、語りかけるよ
「ねぇ、ソレを使って死んだら何が待ってるか分かるかい?」
「革命?刷新?否、何れでもない── ただの、破滅だ。」
「革命も刷新も何も為せず、ただただ、何もかもが無に帰り──
そして、キミ達の死すらも、無意味と化す。」
「─そんなの、嫌じゃないかい?」
妖艶な笑みを浮かべながら問いかけるよー
「嫌だろう?無意味な死なんて。なら、その弾を、拳銃を、捨てて── みっともなく己の命にすがり付けば良い」
「それが、ニンゲンってものでしょ?」
鎧坂・灯理
馬鹿どもが、組織を名乗るなら意思くらい統一しろ
腹心との間で齟齬が起きるとはどういう了見だ
言葉を尽くさず約束とは笑わせる、雰囲気で会話するんじゃない!
さあどうする鎧坂、お前に何が出来る?
この場には優秀な猟兵がたくさん居る、私に打てる最善の一手は……
実行――【千視卍甲】
対象、この場のすべての民衆!
これで防ぐのは攻撃だけだ 自殺や呪詛浸食は防ぐが、治療は妨げない
正直に言おう、かなりキツい 量が多すぎる
自分の分まで回しているから無防備だしな 長くはもたん
ウィル、カルラ、私を守れ お前たちなら出来るだろ
私ももちろん頑張るとも なにせ本番はこの後だ、動けなくなるまではやらんさ
●
「馬鹿どもが、組織を名乗るなら意思くらい統一しろ――こんな時まで争うとは、本当に、死んでも馬鹿だろうな!」
これは、『人間』としてのクレームだ。
鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)にとっては、こういった『抗争』というものを今まで遠くからでしか見たことがない。かかわりあうにはUDCアースのやくざもそうだが、あまりにもリスクが大きすぎるのだ。
扱うものはすべて悪しきもので、弱者の生き血をすすり生きていく彼らは、同じ人間の体をしているとはいえ、やはり恐怖の対象であった。
恐ろしいのは個々ではなく、集団となったときに出てくる暴力である。
彼らは彼らの中でのビジネスモデルを持ちながら、それで世界の裏側を動かしている。UDCアースのジャパニーズ・ヤクザは特に、かの米国よりわざわざ「関与をするな」と法が定められるほどの脅威となっているのだ。今や、本場イタリアのものに次いで二番手となる力があるとされる。
ここ、サクラミラージュのヤクザたちがそうとは限らない。が、『カネ』を動かすことには灯理よりもうまいのだと思い知らされた。彼らは、口座の情報をハッキングしたわけでも、札を刷る機械を改造したわけでもない。
人の心を『握る』ことに長けている。
――何ができる?
灯理が問うのは、己だ。
正直なところ、灯理が請け負うことになったのは、神谷ハルが天王寺区より通天閣まで向かうためのルートだ。どの通り方をするのかは引率の猟兵たちに任せているが、何せ、このあたりは霊亀でサーチをかけたところで不明瞭なのである。
「ッち――めちゃくちゃだ。九龍城砦のほうがまだ整ってる」
戸籍のない人間が多すぎる。
灯理が今から守護する必要のある場所をしらみつぶしに歩くには時間がない。かの土地は、有名な店をのぞいて『地図にない』街なみがあるのだ。
日陰者の住まう地に軽く舌打ちをして、しかし、冷静であれと己の脳を働かせる。
――考えろ、考えろ。鎧坂灯理、お前に、何ができる?
「おや」
唇を組んだ腕の左手で押さえながら、灯理が静かに唸る姿を見て、ひとりの青年が歩いてきた。
インディゴ・クロワッサン(藍染め三日月・f07157)である。穏やかな歩調は、彼の呪詛への抵抗を表しているものだ。
「ねえ、キミ」
「鎧坂です」すかさず、灯理が言う。
「鎧坂さん、ね。わかった。困ってる?」灯理の言葉の速さに、インディゴも手早く尋ねる。
「困ってる。ここの土地勘がないもので――ミスタ、あなたはご存知で?」
「うん。まあ、さっきこの辺を歩いたから。カンはいいほうだよ」
昔のことは思い出せないが、インディゴからすれば『さきほど』までの時間は思い出すに容易い。
「そうですか。でしたら、力を貸していただけると助かります」
「わかった。具体的なプランは?」
「私は、説得に向いていないでしょう。精神的に打ちひしがれた人間に、優しく声をかけてやるのは難しいかと」
「そっかぁ。僕も、得意じゃないんだけど――まあ、やってみようかな」
話術は得意でないが、インディゴにはそれを『塗り替える』ための手札がある。
のけものたちの住まう街に立ち入る藍色が、緩く手を振った。「いけそうかな?」ともう一度聞く彼の愛嬌に、灯理は不敵に笑って返す。
●
インディゴが動けば、地形の把握はできる。
灯理が得意とするのは『視えない力』だ。インディゴに断りを入れてから、彼の行動を『ありとあらゆる目』で追っている。ちょうど、見えない監視カメラが彼の後ろについて回っているといっていい。
「うまくやれてるかな、失敗したらごめんね」
――送信された音波は、灯理にテレパスとして伝わる。
「問題ありませんよ、ミスタ・クロワッサン。あなたは、あなたの思う通りに動いてくれればいい」
【技術:千視卍甲】。
灯理が地面に座り、右の指先をひたりと地に着けて集中すれば、頭の中に浮かび上がるのは場所だ。インディゴの歩みと、彼を把握するテレパスの能力で地形の掌握をしている。地図は一目見て頭に叩き込んである。問題は、『すべて救う』ための手順だけだった。
インディゴが視界に入れたものはすべて認知できる。彼の歩んだ後はすべて、灯理の脳の中であり、守護結界に完全防衛される形となった。見えぬバリアに、インディゴが――思念というものの強さを感じて振り向く。
「すごいなぁ」
それは、つぶやきだ。
インディゴが言葉を漏らすだけにしたのは、理由がある。どう見てもこの『処理』は情報量が多すぎるのだ。灯理が座り込んで、息を小さく、そして何度も長く吸って吐いてを繰り返しながら顎から汗を伝わせるのが思い浮かべる。
――きつい。
「長くはもちません、急いで」
加えて、この念話である。わかった、と頷いたインディゴの足取りは大きいものだった。
座り込んでいる灯理は無防備だ。その代わりに、彼女には優秀な助手がいる。太もものとなりで寝かせておいたアタッシュケースから、白い狼と炎の竜が飛び出した。
丸まった飼い主の背を護るために、ウィルと名付けられるオオカミは唸る。炎の竜は心配そうに、ちろちろと燃えながら飼い主を見た。
「大丈夫だ。――頑張るとも」
本番は、この後だ。
●
「ねぇ、ソレを使って死んだら何が待ってるか分かるかい?」
インディゴが、歩いた先には。
大きな教会があった。やや過激な原理主義であろう看板が毒々しい。
神との和解を迫る標語と、個人の存在をあがめるミスマッチが気になったのがきっかけだった。
そびえたつ大きな建物には、左右均等で美しい柱がふたつあり、そこには十字架が埋め込まれている。
半魔であるインディゴには立ち入る気が湧かなかったが――立ち止まってしまったのは、濃い呪詛を感じたからだ。
「きちがいどもめ! ああ、ちくしょう。もっと早くこうしとったらよかった!!」
叫ぶ男は、教会に乗り込んだインディゴの視界で灯理が解析する。
「元信者というわけでもない。しかし、落ちぶれた存在ではあるようです。死亡届が出ているので、おそらく、ホームレスかと」
「なるほどね」
「何を、一人でぶつぶつと――」
状況を整理する。
インディゴの立ち入った教会には、銃を己の顎に向ける男が一人と、怯えて隅に寄ったものの、呪詛に充てられてくるしみ悶える信者たちだ。
「俺は変わる!! この一発で、死んだらァ――一発逆転や! そうやろ、なァ! 変われるンやろ!?」
男の主張の『変われる』というのは、影朧に至るということである。
そんなことを望むのは、明らかに死んだとて何も変わらないだろうと灯理は音波越しに思うのだ。人間の本質は、己の意志でしか変えられない。しかし、インディゴはそれを『通す』力がある。
「自己革命? 刷新? 否、何れでもない── そんな弾で出来るのは、ただの、破滅だ。」
指を、男に向けた。彼にではない。正しくは、その顎に突き付ける鉄である。
「革命も刷新も何も為せず、ただただ、何もかもが無に帰り──そして、キミ達の死すらも、無意味と化す。それが、僕たちの仕事なんだよ。キミがいくら今の状況から変わった先が『そう』だったって、僕はこの立場である限り、絶対にそうする」
処刑人に等しい。
インディゴの重みある言葉だ。男とて馬鹿ではない、この状況で歩き回れる彼が『超弩級』であることは理解していた。
「―─そんなの、嫌じゃないかい?」
言い訳が思いつかないのか、口をもごもごさせていた。
灯理はもう、からくりを理解しているが――水を差さずにじいっとその時を待つ。
「嫌だろう? 無意味な死なんて。なら、その弾を、拳銃を、捨てて── みっともなく己の命にすがり付けば良い」
穏やかな声とともに、艶やかな笑みを浮かべた。
整った青年の顔からあふれ出るのは、絶対に『そう』思わせるための因子である。
「それが、ニンゲンってものでしょ?」
【馥郁たる藍薔薇の香】のように、狂乱する男の脳に染み渡る。
保証のないものだ。あとがない男に、チンピラが押し付けたのが始まりである。
――そんな話があるかい。と、その時はばかばかしく思えたのに、いつの間にか同じように『変わりたい』誰かがたくさん現れたころには、無意味に信じ切ってしまっていた。
「さあ」
ゆっくりと、インディゴが前に出る。
「人生を、謳歌しようよ」
ここから、始まるのだと――無責任な慰めは、まるで神が現れたように見えたことであろう。
灯理が俯瞰からその風景を見て、人間のおろかさで救われたのだと思い知る。
「ミスタ、次の場所へ行きましょう。ここにもう呪詛は侵入させません」
男の手から銃を受け取って、インディゴが弾を抜く。ことりと丁寧に椅子の上へ銃を置いてから、小さく「りょーかい」と返した。
「神谷ハルの輸送が――進みました。私も、出ます」
「うん。じゃあ、『集合場所』で」
インディゴが教会から出た時には、そびえたつ展望台が真黒な霧で包まれている。
オモイ
「思念って、怖いなぁ」
――とびっきりの『呪い』に、薄く笑んだ。暗闇に、藍色が溶ける。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
人が歩みを止める事を良しとしないのは良いだろう
停滞が腐らせてしまうものがある事も理解しよう
だが暴力を――命を脅かす事を解決手段にする事なぞ認められん
ラジオ局へ向かい、放送ブースへ
途中で止められるだろうが身分を明かして強行する
切り替えて音楽でも流しておけ
此の手の輩に言を費やした処で翻意をさせる事は難しい
況してや時間が無い……ならば手は限られる
他者に命を差し出す事を要求する位だ
自身が“そう”する事とて厭いはせんだろう?
生憎だが世界に於いては、お前の命も道端の貧者の命も重さは変わらんぞ
呪詛を用い、安全圏で煽るだけ煽って高みの見物
不要な犠牲を強いて重ねる辺りは――まるで影朧
違うと云うなら其の口を閉じろ
千桜・エリシャ
【蜜約】◎
多田議員のいるラジオ局へ参りましょう
素直に通してもらえるとも思えませんし
局員の方々へ桜を振り撒いて魅了して
彼のいる場所に案内してもらいましょうか
ふふ、私を連れてきて正解だったでしょう?
私は人間の仁義とかよくわかりませんし
お話はクロウさんにお任せしますわ
その間に私はこっそりとラジオの機材を弄って
お二人の会話を電波に載せてしまいましょうか
まあ!皆さん聴きまして?
多田議員はただお金欲しさに皆さんに熱弁を振るっていただけみたいですわ!
こんな安っぽい言葉に騙されて
死ぬなんて茶番もいいところだと思いませんこと?
と、ラジオから民間人が正気に戻るよう呼びかけますわ
言葉だって言霊
立派な呪詛ですもの
杜鬼・クロウ
【蜜約】◎
ラジオ局へ
途中、情報整理し溜息
ハ、不器用かよ
盛大に周り巻き込んだ”親子”喧嘩ってか
一刻と変化する時代に取り残された哀しい奴(とら)
行き場の無ェ…心とは難しい
本当におっかねェ女(魅了を間近に
先にコバエを潰す
手伝え羅刹女
嘗ての舞台で奴等に幕を下ろさせてヤる為に
熱い演説ご苦労サン
金に目ェ眩んだ多田サンよ
ネタは上がってンだ
我が身可愛さで動くゲス野郎と白日の下に晒す
言い逃れは無駄だぜ
銃の横流しでどれだけ私腹を肥やしたンだ?ァ?
心まで売っちまったらそれはもう”人”では無ェ
悪でも通すべき一道はあるンだろ
其れを真向から叩き斬るがなァ
適当に写真ばら撒くがブラフ
恫喝・威厳で物理説得
ラジオ越しに誰かへ宛て
ジャック・スペード
多田議員の元へ
ラジオ放送中に済まないが、邪魔をするぞ
『帝都』からの使いだ
心当たりはあるだろう?
ひとの成長が止まるのを見逃せないか
随分と立派なことを並べ立てているが
基本的な事を忘れているな
「争いは多くの者を傷つける」
得をするのは勝ち馬に乗った一部のみ
そうして虐げられた人々が
革命という大義名分を掲げ下克上を挑む
同じことの繰り返しだ
こんなもの理想論な筈が無い
それと、神流という名に聞き覚えがあるだろう
彼女の呪詛はこいつが戴いた
聴けば、お前からの贈り物らしいな
腕に宿した龍を見せながら
他に与えた者はいないか聞いておこう
何も知らぬ女性を傷つけるなど
理由はどうあれ卑怯者がやることだ
お前の演説に喝采は似合わない
●
金が一番動くのは、薬でもなければ、女でもなく、臓器でもない。
――武器だ。
戦争があれば、武器が飛ぶように売れる。しかし、それが帝都によって抑制されてしまったのだ。統一された世界では内乱程度の小競り合いは在れど、反社会勢力はめっきり息をひそめてしまっていた。彼らのビジネスは、とても限られている。
争いの世がバブルならば、今は崩壊してしまったに等しい。
「ああ、くそ、くそ――どうなっとる!」
多田・正一。
彼が議員に至ったのは、彼の家系ゆえのものであった。彼よりも二世代前から、多田の家系は国と暴力の間を行き来することになる。席がほしければ金で買い、御礼として日陰者たちのナワバリを広げてやったがゆえに、彼の世代になってもまだその人脈は広い。
政治と暴力は一体になって動くものである。帝都の時代になってからだ――彼らの立場が危うくなってしまったのは。そこに、鶴の一声になったのが『グラッジ弾』の存在である。
「なんで、つながらんねん。おい、起きィ――他に誰かおらんのか!」
新しい『兵器』のビジネスチャンスだ。
しかし、すでに同じサクラミラージュにて『グラッジ弾』によるテロは行われて阻止されている。上品なかおりのするワックスをたっぷり塗って固めた頭で、考えたのだ。『ひとりでもうける』方法を突き詰めた時に、『虎』からの持ちかけがあったのである。
●
『虎』こと虎鉄の所属する元・玄龍会というのは龍興が襲名してからというものの、すっかり衰えてしまったのだと聞いていた。最初は、その持ちかけに拒否の姿勢をしたものである。
「なんで、ウチが弱ったかしってンか――センセ。実はのう。みぃんな、アニキに従わん奴は殺してもうたんです」
聴き間違いかと思った。
「アニキはのゥ。俺達やくざもんが、これからずうっとやくざもんらしく生きて、死ぬ。それだけを考えてはるんですわ」
「何を。お前達など、今や帝都にもなんも抵抗できへんやろ」
「そうです。しかし、そうでなくなるのを、――アニキは己の命賭けて、為そうとしてはる。あの不死の帝さまは『完ぺきではない』という証明をしようっちゅう魂胆なんですわ」
「犬死にになるで」
「かまへんのです。『犬でも抜け道突ける』っちゅうことが世間のみなさんにわかっていただけたら、それでええンです」
多田からすれば、なんと愚かな計画だろうと思った。
同時に、画期的なものに見える。これは、超・長期的な計画なのだ。
不死の帝が組み立てた世界は、あまりに「きれいすぎる」。きれいな水では魚も住めないとは、歴史の中でも言及されたものだ。
「多田さん、多田さん。よろしいか」
思考にふける多田の肩に、虎鉄のごつい手のひらが置かれた。
「――世の中に、『完ぺき』なんてもん、あらしまへんえ」
●
「ハ、――不器用かよ」
「え?」
杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)が思考を整理しながら口からこぼれさせた感想に、千桜・エリシャ(春宵・f02565)は桜の花びらをあふれさせながら振り浮いた。
衣服からはらはらと生み出される桃色は、【傾世桜花】。二人が歩くラジオ局までの道のりで、多田の息がかかっていた職員やら警備員やらが、どさりどさりと彼女の前に膝をつき、こうべをたれていく。まるで、スタアの『レッドカーペット』のように展開される『歓迎』の光景には、眺めていたクロウも「本当に、おっかねェ女」とどこか嬉し気に笑った。
「どういうことですの? 私、人間の――仁義?とか、そういうの。さっぱり」
「お嬢さんにはまだ早ェかもな」
「なんですって?」む、と口を尖らせたエリシャの唇に、右の人差し指をクロウが横に並んで歩きながら当ててやる。
「俺が思うに、――盛大に周り巻き込んだ”親子”喧嘩ってとこじゃねェか」
「親子? ……やっぱり、意味がよくわかりませんわ。あの二人は親と子ではないでしょう?」
「羅刹女、こういうのはな、発想なんだ。頭使ってみたらすーぐわかるって」
「もう! まどろっこしいのは嫌いですの。おしゃべりなさるなら、早くしてくださいな」
エリシャの忠犬たちが、ラジオ局の扉を押して開く。ふかふかのマットで足裏の桜を落としたのなら、エリシャの美しい桃色が建物の中をさまよった。
「子が親を超えるとき、みたいなモンだ。親の目ェ盗んで、やりたいことやってる時みたいな――それをもっと、タチ悪くしたような感じの」
「大迷惑だこと」エリシャのあきれた声には、「だから、困ってんだよ」とクロウも笑う。
かたや、実行犯。かたや、計画者。
この二つの関係は、上下関係が必ず築かれる。それが破綻しているということは、要するに下剋上が始まっているという解釈ができるのだ。クロウがエリシャの隣で、彼女に従ってうなだれる職員たちと、それを呼ぶ男の声を聴く。
「うるせェな」
「この声のあるじが、――ロマンス・グレイの?」
「そんなとこ。俺が行くから、計画通りに頼むぜ」
「ええ。強そうな男でもなさそうですし、興味もありませんから。さあ、皆さん! お仕事の時間ですわ!」
両手を軽くたたきながらエリシャが魅了した彼らを連れて行く。ぞろぞろとした小さな人並みに、クロウが苦笑いした。自我を奪うほど、女のにおいがかぐわしいのは知っている。
「――俺のだ」
いつか、きっと。
●
「切り替えて音楽でも流しておけ」
「放送中に済まない。事故も起きているようだし、いまさらかもしれないが」
「うわ、わ――」
鷲生・嵯泉(烈志・f05845)が、エリシャの桜に魅せられた職員のあっけない頷きに鬼の香りを感じ取る。強行手段に出ることもやぶさかではなかったが、この酔い具合ならば嵯泉とて『暴力』に出る必要性はなさそうだった。どかりと、硬いパイプ椅子に座って多田を斜めからにらむ。長い足を組んで、ぎろりとねめつけていた。
その隣にて、机の上に両手を組み合わせたまま置いて多田を機械の瞳で見るのが、ジャック・スペード(J♠️・f16475)である。
「脅したいわけではない。スマートに、行こう」
ジャックの提案に、多田が食らいつく。
「なんや、お前ら。私に何の容疑がある!?」
「『帝都』からの使いだ。心当たりはあるだろう?」
「今のは、主張や。私は、私の思ったことを言っとるだけやぞ!」
『優しい刑事と、怖い刑事』の作戦だ。
確かに、多田には直接的な容疑はない。彼自身が人を殺したこともなければ、銃器の横流しだって『知らなかった』と言えば『そういうことになる』のだろう。
必要なのは『やりました』というこの男からの自供である。
「人が歩みを止める事を良しとしないのは良いだろう。停滞が腐らせてしまうものがある事も理解しよう」
そこに、机を蹴り飛ばす長い足があった。「ぐえ」とカエルが押し潰されたような音を鳴らして、多田が壁と机に挟まれる。
「だが暴力を――命を脅かす事を解決手段にする事なぞ認められん」
嵯泉が、殺意も敵意も隠さずにロマンス・グレイの男に唸る。
「時間がない。こちらとしても、手は限られるぞ」
「まあ、待て。それは『こちら』の手段としても最後にとっておこう」
優しい刑事役のジャックが、嵯泉の前に手をかざして静止させる。
情動とストレス値のカウンターがジャックのモニターに出ているが、明らかに嵯泉のそれは演技ではなく、本心だ。かなりの激情化でもあるらしいが、まだその自覚があるから理性で抑制できているらしい。ジャックがいなければ、斬り果たしていたやもしれないくらいの凄みに多田のほうは顔を真っ白にしていた。
「ぼっ――暴行罪やッ」
「神流という名に聞き覚えがあるはずだ」
とん、と右腕のアームを叩けば【暴食に狂いし機械竜】が呼び出される。ずるりとトレンチコートの袖から出てきた銀色の機械竜ハインリヒは、首をかしげながら四つ足を前へ、前へと進め、口の端から呪詛をあふれさせていた。
「し、知らんっ、そんな女」
「女? 俺はまだ、名前しか言っていない」
多田が口元を太った左手で抑えたのを、見逃さない。
「彼女の呪詛はこいつが戴いた。聴けば、お前からの贈り物らしいな」
「しょッ、――証拠がない!」
「他に誰に与えた? 卑怯者め」
「私は何もやってない!!」
問答の間に、きい、とブースの扉が開く。
「熱い討論、ご苦労サン――っと。どンなもんよ」
ジャックからの尋問に往生際の悪さを見せつける姿に、腕を組んで怒りをこらえていた嵯泉がとうとう耐えきれずに己の刀を手に取る。クロウには、その動きだけであらかたの状況を把握させた。
「おい、多田サンよ――ネタは悪いが、もう上がってンだ」
クロウが、画質の荒いが『誰』が映ってるかは判別できる程度の写真を机にばらまく。
その写真はすべて『ブラフ』だ。彼がエリシャに魅了された人々や、道すがらに尋ねた女に断ってから撮ったものや、――多田の行動範囲にあった店から仕入れた『弾』の画像である。
「この店主なんかは、これが得体のしれねェからって弾ごと塩漬けにしてたぜ。二度と来ンな、エロオヤジってな」
一枚一枚、多田がじっくり見る余裕はない。ジャックが一枚を手に取り、唸る。
「やはり広範囲だな。すぐ、仲間たちに共有しよう」
「――まて、待ってくれ」多田がジャックにすがろうとするのならば、それをクロウがとがめる。
「言い逃れは無駄だぜ。銃の横流しでどれだけ私腹を肥やしたンだ? ァ?」
「金なら在る! いくらでも、積んでやる!」
「悪でも通すべき一道はあるンだろ。それがお前は金、カネ、カネだって? ――叩き斬るぜ。そのへんにしとけよ」
放送は、復元しているらしい。
赤いパネルに太いゴシック体で『放送中』と書かれた表示がともっているのを、嵯泉が確認した。動く人影があって、ちらりと赤い瞳で追いかければ美しい羅刹が副調整室にてたたずんでいた。
時折、うつろな顔をしたヘッドホンをつけている誰かのほほをなでてやったり、桜を舞わせながら嫋やかに微笑んだりして、『裏』での工作を続けている。
嵯泉の視線の動きを察知したのなら、形のいい指で『巻きで』と合図をしていた。
「放送には時間があるようで。さあ、スピーディにいきましょう。テクニカルに、そしてスピーディーに、お願いしますわね」
エリシャがおねだりをすれば、手足となった職員たちは悪夢にうなされる仲間を踏み越えたままに動き出す。
それを見届けて、嵯泉は――ずん、ずん、ずん、と歩いていけば勢いよく、多田の眼前、机に美しい刀身を突き立ててやった。
「他者に命を差し出す事を要求する位だ。自身が“そう”する事とて厭いはせんだろう?」
びいい――……いん、と鋼が震えるほどの勢いである。多田が、ぱちくりと目をまるくした。
「――は?」
ハインリヒがただの首元に巻き付いて、ゆるく首輪ごと太った肉をしめる。
ひゅ、と息が詰まって、みるみる脂汗が噴き出していた。
「生憎だが世界に於いては、お前の命も道端の貧者の命も重さは変わらんぞ」
「な」
「呪詛を用い、安全圏で煽るだけ煽って高みの見物。不要な犠牲を強いて重ねる辺りは――まるで影朧」
「心まで売っちまったらそれはもう”人”では無ェ。確かに、影朧かもなァ」くつくつと笑うクロウは、嵯泉を支持する。
夜叉のような――いいや、もはや金色の鬣のように怒りで広がる嵯泉の質量は、いっそ明王に近いのだ。
「ち、ちが」
「違うと云うなら其の口を閉じろ」
圧倒的だった。
『こんなもの』とは、たとて影朧になったとて、太刀打ちができない。
本能からの理解で――先ほどまでの抵抗が嘘のように、多田は黙ることになる。
「『争いは多くの者を傷つける』。得をするのは勝ち馬に乗った一部のみ」
持ち掛けた男が、社会的に見れば『敗者』だったから錯覚をしたのだろうとは、ジャックも察しがつく。しかし、それが『おかしい』と思えなかったのは過失だ。
「そうして虐げられた人々が、革命という大義名分を掲げ下克上を挑む。同じことの繰り返しだ。――こんなもの理想論な筈が無い」
「しかし、――」
ジャックの教えに、凝り固まった六十年余りの脳は納得ができないらしい。
唸る男は頭を掻きむしりながら、「しかし、しかし」と繰り返す。
「そうしたら、私の手取りはどうなる!? こんな、下らん。つまらん街になってしまった。争いのない世界にあるのは停滞だと、あんたらもわかっとるはずや!」
「そこに暴力を持ち込む方法以外があるはずだろォに。考えりゃ、わかることだ」
クロウが仕切りガラスの向こうにいるエリシャへ目配せをする。
「だから、ヤクザにかかわるなって標語があるンだろ」
「――奴らが、好いビジネスがあると言うてきたんや。私が、私は、それに乗っただけで」
大義も何もない、小悪党にもならぬ亡者の計画は丸つぶれである。
興味をなくしたように嵯泉が刀を机から抜いて、鞘にしまった。金属の音とともに、別のマイクからナレーションの音が入る。
「まあ! 皆さん聴きまして? 多田議員はただお金欲しさに皆さんに熱弁を振るっていただけみたいですわ! しかも暴力団の受け売りですって! こんな安っぽい言葉に騙されて死ぬなんて茶番もいいところだと思いませんこと?」
街中に、それが響いてしまったのである。
多田が、茫然とした顔でエリシャを初めて見た。
いつのまにやら修復された放送室と、多田があれほど呼びかけても出てこなかった予備の職員たちが嬉々として『すべて』放送してしまっていたのを知ったのだ。
「言葉だって言霊。立派な呪詛ですもの」
マイクを切ってから、そうでしょ? と首を傾げたエリシャが止めだった。多田が、声にならぬ悲鳴を上げて震える。
「――だから、黙れと言ったのだ」立ち上がった嵯泉が、重いブーツの音を鳴らして外へ出る。
「お前の演説に喝采は似合わない」首を振ったジャックが、ハインリヒを腕に乗せる。ボディを拭いてやってから、油まみれのハンカチはゴミ箱に捨てた。
「そんじゃ、今度こそおつかれサン」
最後にクロウが、写真を一枚頭にのせてやって不敵に微笑む。ブースから出れば、エリシャと横並びになって歩いて行った。
――沈黙の放送室に残ったのは、今度こそ、亡者のみである。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
小糸・桃
【WIZ】
騒ぎのなかでもう一度ベルを鳴らす
ミケ、働きなさい
このあたり人が多くて、泣き声がうるさいの
対価は「働いている間の自由」よ
あなたの術、ほんとうは万民のために使いたいのでしょ
働いている間だけゆるしてあげる
執事の術は幸福をまねく
呪詛も運よく、なかったことになる
わたしは平気よこんなの、ママの娘だもの
平和な世界で革命なんてばかね
英雄にも大悪党にもなれずに小物で終わってしまえばいいわ、そっちの方がおもしろいから
それにしても
おじさまが教えてくださったジンギって、こんなものではなかったと思うのだけれど
(アドリブ・連携すべて歓迎)
アルトリウス・セレスタイト
何がどうなるにせよ
死者は出させてやらんぞ。望むなら俺を超えるんだな
絢爛を展開
起点は目の前の空気
秩序と否定の原理を以て作戦区域一帯を支配
呪詛の影響を否定して消し去り、誰かを害する動きも残らず否定し禁じる
呪いとなるほど蓄積した恨みは取り敢えず自身の元へ集積
一つづつ呪いから感情へ戻して取り出し、魂の残滓が正しく眠るよう導く
猟兵は概ね自力で対処できると見て保護対象からは除外
危険そうなものはその都度対象に
状況は『天光』で常時把握
必要魔力は『超克』で“外”から汲み上げる
※アドリブ歓迎
水衛・巽
◎△
貴重な情報おおきに、Ms.ルージュ
お代は言い値で払わさしてもらいますわ
店ごと全員守る
死人は出さない
コトが終われば全部忘れる
安いもんや
手元の酒に火をつけ、灯りにしてから天空魔境を発動
他の猟兵が付近にいることはわかっている
可能な限り範囲を広げ正気の一般人をグラッジ弾から遮断
時間を稼ぎつつ迷宮内の呪詛に侵された人間を処理
…まあ、処置言うても俺は厳密にはヒト治せへんし
霊符で縛って猿轡嚙ませるか
呪詛を断ちきる位しかできんのやけど
発狂したり舌噛み切るよりかはマシや思てほしい
天乙貴人さえ降ろせれば苦労せんけど無いモンねだりやな
革命には犠牲がつきもん言うけど
それは己が身を削るほうの犠牲や違いますのん
●
「貴重な情報おおきに、Ms.ルージュ。お代は言い値で払わさしてもらいますわ」
暴露の放送が流れた。
水衛・巽(鬼祓・f01428)の居る飲み屋でも、そのラジオは急に流れ出したのである。言霊という呪詛であり、レースでいうのならスタートの銃声だ。
この目の前に座る女の口紅が戦慄きながら巽に話したことのあらましを思い出す。
「――頼むで」
店を、従業員を、護ってほしい。この命に代えても。
巽に願う彼女の顔は、年の功と言えばいいのかもしれないが、悲壮なものだった。
立ち入ったからこそ理解できる。周りのものはすべて年季があって、なんども回収したり、時代に合わせて中身を変えたりしているのだ。この店を持つことがこの彼女にとってどれほど大変なことで、持ち続けるのはうつくしい努力だったことだろう。
巽は、ゆるりと立ち上がる。
あたりには呪詛が満ち始めていた。ラジオの暴言に驚いた店内がざわつきはじめている。
「ま、ママ――これ、大丈夫なん?」
「何しよるん、あいつら」
「センセ、何考えてはんの!? いや、いやや、どうしよ。あたし、この前接客したとこや」
「ほらみてみ! 案内相手せん時って言うたやんか!」
「そんなんいうたかて、この子にも金が――」
ざわめくのも無理はない。
巽が言葉を選びながら、この場すべてを護るために意識を集中させていた。
「黙りィっ!! あんたら、どしっと構えとかンかい!! それでもミナミの女か!」
ばん、と机をたたいた紅の女に叱咤された店の女たちが静かになる。
時間を稼ぐことが第一優先だ。他の猟兵たちが付近で活躍しだしているのもわかる。ラジオの音声が途切れたり、音楽に切り替わったりを雑に行い始めていることから理解していた。
――焦んな。
自分の呼吸がはやるのがわかる。
呪詛は特別、他人を傷つけるものだ。
狂った愛情が生み出す生暖かさとは違う。今回ばらまかれているのは、『他人を傷つけたい』、『傷つけてでものし上がりたい』と願った有象無象の暴威である。
猟兵であり、祓魔の心得がある巽ならば殆ど影響はないが――ドアの隙間からでも入ってこられれば、たちまちここは地獄になる。時間がないのだ。
――考えろ。
「店ごと全員守る。死人は出さない」
繰り返す。頭と魂に刻み付けるように、自分を奮い立たせる。
修羅場の数は多く、しかし、この他人の命がすべて巽にかかった状況はあまりにも両手では重すぎる。ならば、どこを使うかを丁寧に考えなくてはならない。無い者ねだりの『あったらいいな』は頼れないのだ。
「――コトが終われば全部忘れる」
なぜ、笑ってるのか自分でもわからなかった。最悪の可能性を考えているのに、手は『最善』のために動き出す。『未来』を繰る指は、ついっと空中に紋を書いた。
「ひと ふた み よ いつ む なな や」
己のほほを右手で押さえながら、震える指先から『久々』のものを織りなす。感覚は、忘れていない。
「ここの たり」
――呼び起こせ。
「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」
真っ黒に、染まる。
「『埋め尽くせ、天空』」
●
死者は出させない。
何がどうなるかは、アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)からすれば結果論でしかなかった。
たとえ世界を揺るがすとてつもない影朧が現れたとしても、死者がゼロ名ならばアルトリウスのなかでは正式な解である。
彼が女王空にて浮遊するのは、――中央区。
遥か空高くまで浮き上がれば、商店街の筋から的確に地形の把握ができた。
アルトリウスに与えられた区域は、彼の『規格外』の能力に応じて広大である。
中央区内は縦に長く、海岸沿いまでに手足は伸びないものの、ほぼ他の地域と密接した状態と言っていい。ここにある住民たちが四方八方に散って、誰かを傷つけたり、呪詛を振りまけば手の付けようがない。放送がとまって、『呪詛』を弱らせる言霊――暴露を聞き届けた。
「大仕事だ」
アルトリウスに任せられたのは、『花火』の役だ。
ここ一帯をもう『黙らせる』ことができるのは彼だけである。二重螺旋の青白い針金細工は、彼の周りで複数旋回を始めていた。
繰るのは『否定』と『秩序』の原理である。
混沌となったこの世界と中和させるにはちょうどいいものだ。
しかし、操る力が膨大である。『天光』で周囲の状態と、猟兵たちによる守護を確認した。色町はもはや巽が起動したなんらかの術式に囲まれていて、存在が不明瞭になっている。すべてを『遮断』してみせた技量に安心して、アルトリウスが彼の守護を除外した。
「――さて」
ちりりん、と鈴の音がする。
アルトリウスの足元では、猫が動き始めていた。膨大な術式の間に、『下地』の役目をしているのである。三毛猫の執事が呼びだされて、美しいひげをゆっくりと広げていた。
「ミケ、働きなさい。このあたり人が多くて、泣き声がうるさいの」
小糸・桃(恋と・f26819)が【三毛猫執事】に自由に働く時間を与える。
労働は義務であり、生きる喜びだ。「あなたの術、ほんとうは万民のために使いたいのでしょ」とお見通しなお嬢様が、猫をゆっくり解き放った。
「働いている間だけ、ゆるしてあげる」
支配者気質であるから、猫の気持ちも握っていたいのが本音である。
「わたしは平気よ、こんなの。ママの娘だもの」
しかし、万福招来の招き猫だ。何もかも『都合よく』術をもたらすことができるのである。
三毛猫が二足方向で歩くのも、燕尾服を揺らしながら走っていくのも、『都合がいい』だけだ。
石でできた橋の、ちょうどくぼんだ待ち合わせ場所がある。乞食のふりをした彼は早々にここから立ち去ったらしい。缶のかわりに、大当たりの馬券がおいてあった。地面に落ちたものなど汚らわしいから、桃は触らない。
「平和な世界で、革命なんてばかね」
夜空を見上げた。
――星は先ほどより見えない。
代わりに、アルトリウスが夜空に巡らせる青白い光だけが見えていた。猫を追いかけるようにして移動を始めた彼が、夜空をハニカム構造のプロテクトで覆っていく。幻想的なまでに立派な亀の甲羅のようだった。
「人間は平和が好きよ」
かの虎は、いまどこにいるのだろうか。
龍は、平和というものの重みを知っている。しかし、平和は『整った』場所で与えられてはありがたみがないのだという主張だった。
虎は、その龍の願いをかなえてやるのと――ただ、彼が大事だから、その心を見てみたいから『殺す』のだという。
秩序と混沌の争いだ。根本的に、二人は考えていることも見えていることも異なっている。それが、平和の果てにあるお互いへの尊重だというのなら、桃にとっては憐れでばかばかしい寝物語のようだった。
「英雄にも大悪党にもなれずに小物で終わってしまえばいいわ、そっちの方がおもしろいから」
――ジンギって、こんなものではなかったと思うのだけど。
人生に革命を起こす馬券を見おろす金色の瞳は、仔猫がちょうど眠たがるように、ゆっくり狭まっていった。
●
真っ暗闇に、灯がともっている。
「そっちの手首、押さえたって」
「わかった。こんでええか?」
「上出来や。かんにんね、舌噛み切るよりかはマシやろ。かんにん」
汗を垂れ流しながら、女たちに体を押さえつけられた『多田』に買われたことのある女に猿轡を咬ませる。祝詞とともに額に札を貼ってやって、腹に手を押し当てた。ぶわっと煙めいた呪詛があふれて、天空の腹の中にしまわれる。
これで、何人目になるやらわからない。「次!」と呼んだ巽の声で、女たちは動き出した。
「大丈夫か、無理か」
「無理せなあかんときや――せやろ」
「紅子や。そう呼んで」
「せやろ、紅子」
「せや。踏ん張り。男の子やろ」
巽から吹き出す汗を店に常駐していたおしぼりで拭く。女店主紅子は、呪詛の恩恵をさほど受けていなかった女たちに指示を出す。巽が色町を完全に『天空』で覆ったのだ。呪詛は彼に触れるたびに食われ、体内に宿り、強さを増す。ぐつぐつと笑う悪しきが久々の食事に機嫌がいいのが救いだった。
「革命には犠牲がつきもん言うけど、――それは己が身を削るほうの犠牲や違いますのん」
見習ってほしいわ、ほんまに。と苦笑いをこぼしながら、運ばれてきた浮浪者にまた札を貼ってやる。呪詛は振り払えても、それ以上はできない。体力の回復は本人の運しだいだ。
――頑張れ。
頑張ってくれ。
高熱にうなされながら泡を吹く高齢者もいれば、噎せながら血を吐く女もいる。小さな地獄の中で、唯一折れてはいけないのが巽のみだった。
そこに、ちりりんと『運よく』紛れ込んだ三毛猫が入る。
「――ねこ?」
『にゃあ』
巽が、顔を上げれば。三毛猫の執事はてきぱきと動き出した。己の役目を見つけた手足はいつもよりずっと機敏だ。
高熱の頭に『手当』をする。幸運を分け与える仕草に、巽は全身の緊張が解けた。
「よかった。猫の手も、借りたいと思っとった――」
『にゃあぅ』
猫の瞳孔が丸くなって、嬉し気に走り回る。執事が適切に治療に励み、幸福を分け与えたのならば忽ち人々の体力は癒されていくのだ。
都合がいい。都合がよすぎる、しかしこれで、誰も死なせない。その使命を果たせるだけでも、あふれ出る汗の意味も、こうしてここに『在った』意義も――。
●
夜空をヘキサゴンで埋め尽くすころには、アルトリウスが穏やかに地に降り立つ。人気のない道頓堀にて、猫の飼い主と目が合った。
「ジンギってご存知?」
「――人間の情動は、俺も勉強中だ」
存外帰ってきた答えはつたない。桃がくすくすと笑って、「そうよね」と頷いた。
「怪物にはわかんない?」
「人ではないから、わからんな」
「人には、分かると思う?」
「分かることと、わかるけれど、そうできないことがある――とは、聴く」
「へえ」
絶大な力を持つ怪物たちには、わからない。人間たちが何に怒り、何を想い、どうして破綻したのかも。だけれど、それに意味があると人間たちが言うのならば「そうか」と受け止めるのがアルトリウスだ。
「まだ、知る必要がある」
無機質な男のつぶやきに、桃は気まぐれな視線で返した。
夜空を覆うほどの力があるのに、『どこにもないような』こころのことは、かみさまでも、人間でも、怪物でも、きっと――理解しきれないのだろう。
夜は、すっかり沈黙が広がっていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ゼロ・クローフィ
【まる】
派手な事はお前さん好きそうだものな
煙草を吸い気紛れで助けていく彼女を眺め
空から黒鴉が肩へと止まり鳴く
嗚呼、見つけたか
いいんじゃねぇか?
たまにはそれもお前さんらしいさ
自問自答する彼女の頭を優しくぽんと撫でる
一つ貰うな、後は任せた
彼女が回収した弾を取りひらひらと手を振って目的へ
見つけた、ここだったか
黒鴉に場所を検索させた
本当の首謀者、多田だったか
まぁ名前はどうでもいいか
再び煙草を一服して
黒狼煙
この馬鹿げた遊び事を止めな
お前の命で
何だと思う?
チラリと見せる弾
狼に喰い殺されるかお前の駒と共にこの弾で死ぬか
それとも中止するか?
お前の様な高みの見物な奴はヘドが出る
死ぬのも気にしない
さぁどれか選べ
百鳥・円
【まる】
あーあー、派手に始まりそーですね
呪いの臭いに満ちてますよう
ここからが本番ですん
楽しくやりましょ
人間の命は重いよーで軽い
綺麗事は所詮綺麗事
平和で退屈な世界はつまらない
けれど、ねえ?
あの人の瞳が、心が
死にたくないと叫んでいたから
止めたいと思ってしまったんですよね
……ああ、らしくねーです
まあ。どうにかなれば、ですけど
優しーまどかちゃんの気まぐれですよ
お偉いさんの説得は得意な人にお任せです
一般人のお助けに行きましょーか
迷いのある人だけ、です
望むひとは止めません
全員を救えるだなんて甘っちょろい
死にたいなら前へとどーぞ
拳銃持つ手を狙い獄遊雀
目的は怯み。その隙に回収しましょ
はあ。なーにやってるんだか
●
「派手にはじまりそーですね」
「そうか? 鎮圧って感じだけどな」
「おにーさん。それ本心から言ってますぅ?」
「どうだろうな」
ビルのエレベーターは動かない。
異常事態におののいて止まってしまったらしい鉄の箱など、最初からあてにするつもりはなかった。
百鳥・円(華回帰・f10932)は、呪詛の『まとまり』つつある世界を見た。猟兵たちが行うのは防衛だ、解呪の術を持つものもいるが、やたらめたらにそれを使わせない。
これは、一つの悪が『悪』として目覚める――そういう話だ。
「派手な事はお前さん好きそうだものな」
「やだなぁ。平和で退屈な世界はつまらないだけですよぅ」
円が歩いていくのを、一歩下がって追いかけて眺めるのはゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)だ。アンニュイな声色は、決して彼女を面倒くさがっているわけではない。
むしろ、その行動が気まぐれながらに慈善的にまで見えて、少し興味深いのだった。
「人間の命は重いよーで軽いし」
編み上げたブーツをこつこつと鳴らしながら、彼女の軽やかなステップにはゼロがマイペースについていく。
「綺麗事は所詮綺麗事です。がんばったって、なにしたって、死ぬときは死ぬし。生きるときは生きるものじゃあないですか」
場所は、道頓堀より少し歩いて南、UDCアースであれば『大国町』と呼ばれる街並みである。
安い八百屋の看板が派手で、整えられているようで、暴力の痕跡が垣間見える場所であった。ならずものたちの街である。
「けれど――ねえ?」
円の脳裏に焼き付いているのは、先ほどの黒服だったのだ。ちょうど円に似た娘がいるのだという。かわいらしくて、進学を前にして、スタアのオーディションに合格したものの父親がヤクザであることを知られては困るからどうしようと悩ませていたらしかった。
だから、かの彼にとっては「死ぬ」というのは絶好のチャンスだったのである。
「けれど、俺なぁ。死にたないねん」
愛情だった。
夢魔の血をひくからこそ、円にはわかる。これが、純粋な『愛』なのだ。
エロスでも、ストルゲでも、アガペでもない。フィリアだ。純粋に父親から娘に注がれる愛情を見たのである。
「龍は、龍だけが死ぬといった。しかし、虎は――みんな、死ぬんやとわらっとった」
まだ、子供の花道を見ていない。一緒に酒も飲んでいないし、これからいよいよ舞台で活躍する娘の華々しい姿を見ていないのだ。あさましく、身勝手なことかもしれない。彼と娘を育ててきたのは、確かに汚い金なのだ。だけれど、それを見た時円の心は確かに、「止めたい」と叫んだ。
「――ああ、らしくねーです。おセンチすぎやしませんか?」
自分で、自分を嗤ってしまえるくらいに、どうして必死なのだろう。
心の整理をつけるために、呪詛の街を歩いている。道端で取っ組み合う男たちのことはそのままにして、銃を持って苦しむ母親と子供を眺めていた。公園の遊具に座って、小さな商店から流れるラジオの音を二人で聞いている。
「いいんじゃねぇか?」
「無責任なー」
「たまにはそれも、お前さんらしいさ」
ゼロには、『ゼロ』らしさというものがわからない。
優しく自問自答する円の頭を撫ぜてやる。頭に乗せられた黒の手袋が、存外大きいのを色違いの目が追った。
円の頭は常に考えるのをやめない。ゼロには足らないことだ。――ないものを、無いとしているから、徒然と刹那的に生きている。
【獄遊雀】で、母親の手から瞬時に鋭く鉄の塊をはじく。「ひ」と小さく悲鳴が上がって、つかつかと円が目の前で銃を押収した。
「無理心中なんて、ちょっとはやすぎません? ――もうちょっと、考えてくださいな。そうですね、あと、夜が明けるまで。子供と一緒に、考えて」
青白い母親の腕の中で、すうすうと寝息を立てる赤子がいる。
ばけものが穏やかに柔らかなほほに指先でくすぐれば、もごもごと口を動かしていた。
夜空を見上げれば、あっという間に他猟兵たちの結界がそこまで来ている。呪詛はみるみる浄化されているのだ。――この二人の夜も、穏やかになるだろう。
「まあ、これは。優しーまどかちゃんの気まぐれなので」
後のことは、勝手にどうぞ。
死にたい連中は死ねばいいと思っている。迷いのある誰かだけが生き残ればいい。
誰一人とて死なせないとする猟兵たちの想いが勝るなら、そうなるだろうし、最初から円だけで『甘っちょろい』ことなど手にかけない。
「はいこれ。何か、サンプルになりますかね?」
「ん」
ゼロが、弾を手のひらに転がされる。
満ちた呪詛だ。――精巧に作られた鉛をじいっと隻眼で眺めて、握りこむ。
「あとは任せた」
「はぁい。任されました」
黒鴉を肩に乗せて、くるくると喉を鳴らす音を聞き届けながらゼロが手を振れば、円は一度、大きく息を吸って胸を開き、一気に脱力する。
「はーあ、もう」
撫ぜられた頭に残る熱に、困った顔をした。
「なーにやってんだか」
●
たばこを、もう一度吸う。
口から吸って、鼻から吐く。肺に一番行き届いて脳に直ぐ響く方法だ。
ゼロの脳は、『多重人格者』に至るほど優秀な脳である。
解離性同一性障害という精神病と原理は似ている。度重なる改造に幼い彼の脳は、生き残るすべとして人格を複製することにした。大きなショックがバケツ一杯の水で、幼児の彼の心が小さなコップだったのなら、すべてを受け止めるためにコップを増やすだけのことである。
名前が無数にある中で、『ゼロ』は本当にこの体のあるじかどうかも知らない。『神父』が何番目であるかも興味がない。ただ、『在る』から『無い』なりに生きているだけだ。
「懺悔の時間だ」
「――ぎ」
【黒狼煙】。
魔犬が呼び出される。地獄からはい出た彼が、ゼロの体を乗せてラジオ局までたどり着くまで数歩というところだ。大きな跳躍が二、三あって広い壁をぶち破ることとなった。機材が吹っ飛び、デスクは宙を舞ってマイクをなぎ倒し、椅子に茫然と座っていた多田はすっころんで丸々とした体を床に転がす。
「この馬鹿げた遊び事を止めな。お前の命で」
「な、なな、な」
「止めるんだよ」
「私には、そ、そんな、そんな――」
鋭く舌打ちをして、めんどくさそうに頭を掻く。ゼロが己の手のひらをひらいて、多田に見せた。
「何だと思う?」
――グラッジ弾だ。
拳銃に収められるサイズで流通したものである。数々の怨嗟をはらみ、命という犠牲を伴って爆発的に影朧を生み出す負の遺産だ。多田が、わなわなとそれを見ている。
「狼に喰い殺されるかお前の駒と共にこの弾で死ぬか。こんなハイリスクなもの、『止める』手段もなく買ったとは思えねぇ」
「は、ぅうう」
「できるんだろ。――中止するか?」
うずくまる多田の顔横を足でがん、と叩き威圧する。屈むようにしてたばこの香りがまだ残る顔をぐっと近づけた。緑色の瞳が、怪物の色をする。
「俺は、お前の様な高みの見物気取る奴にヘドが出る」
「できないっ、できっ、できないんだっ、そんなの――」
「選べ。懺悔か、処刑か」
「っひ――」
「どっちにせよ、捕まりゃ極刑だ」
転がったマイクにまだ配線コードがある。
それを握って、ぐりぐりと頬に押し付けてやった。多田は口からよだれを垂らして、ひい、ひいとうめく。
「選べ」
震えた手で、それを握った。
もはや思考がないらしい。表情の抜けた顔で、マイクにおそるおそる、震えた声を多田が向ける。
「虎さん、――失敗しました。すいまへん」
狼が、ぐるると唸る。
多田の最後の声となった。『中止』ではなく、『失敗』の報告が最後の抵抗である。
長く息を吐いて、地獄の門番の頭を軽くゼロが撫ぜてやった。それから、しっかりと頭を叩き獲物へ意識を向けさせる。
「お前に聖書は要らねえ」
――マイクの音は、今度こそ切られた。キャッチーなポップが、場違いに流れ出していく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花仰木・寧
十雉さん(f23050)と
同じ女として、神谷ハルは気に掛かるところ
私ひとりでしたらそんなに大胆なこと、できませんけれど…
十雉さん、ついてきてくださる?
駄目、傍にいらして
煙草なら、あとでお付き合いたしますから
彼女が好いた男の為に在るというのなら
知らせるべきことが、ありますもの
……羨ましいですわね
自らのすべてを賭けても、共に在ろうと思える相手でしょう
私は屹度、それを失った
いいえ、自ら手放したのだと、思うから
――もう覚えても、いないけれど
悪魔との契約に差し出した記憶は、戻らない
貴女にはまだ、惚れた男の為にできることがある
どうなさるかは、貴女次第ですけれど
宵雛花・十雉
寧(f22642)と
ヤクザのお芝居は終わり
…何か気になってることがあんだろ、寧
お誘いとありゃあ、オレも付いてくさ
噂の神谷ハルって女に接触するぜ
成る程オレにも分かる、ありゃあ間違いなくいい女だ
龍興のやろうとしてること、これから起こるであろうこと、暗躍してる奴ら…
こっちから教えられる情報は隠さずに伝える
後の説得は寧に任せて、オレは必要な時だけ口出す程度
女同士でしか分かんねぇこともあんだろ、多分さ
男のオレにゃあちと難しい話だ
お邪魔なら少しだけ席外してもいいぜ?
向こうで一服してくる
…ん、分かった
ならここで聞いてるよ
お疲れ、寧
アンタにも惚れた男がいたのかい?
なんて聞くのは野暮ってヤツかな
さ、次行こうぜ
●
同じ女として、気になった。
「何か気になってることがあんだろ、寧」
優しく問う彼の音を拾いながら、耳穴を覆う羽がふるえる。
「ええ」
神谷ハル、という人物に親近感と、羨望を感じたのは花仰木・寧(不凋花・f22642)だ。
猟兵たちに守られ、今は徒歩で護送をされているのだという。どの道順でどうたどるのかは理解していたから、あとは待ち伏せるだけだ。バトン式である。何せ、大阪は広い。
猟兵たちをひとつに裂いているには時間が惜しい。解呪されつつあるエリアを、彼女とともに歩き龍興まで届けるのが作戦である。
目的は、神谷ハルを『こちらがわ』につけてしまうことだ。
「――そンじゃあ、女同士でしか分かんねぇこともあんだろ」
「駄目。傍にいらして」
「お誘いとありゃあ、付いていくともさ。しかし、男のオレにゃあちと難しい話だと思うんだが」
宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)の根は極度の小心者だ。
芝居がかった語調で語りながら己も周りも騙る彼である。面倒見のいいお人よしさも持ち合わせていて、それを寧がつつく形で作戦は組み立てられつつあった。
十雉からすれば、肌に書いたまじない言葉に触れながらでも「ない」ものに「成る」のは難しいと言える。『女性』になりきることは難しい。女性の苦労が十雉には「ない」のだ。
気楽に生きて、気ままに遊んで暮らす根無し草――でありたい彼には、たったひとりの命を愛す一途さも、健気さもいまいちよくわからない。
「お邪魔なら少しだけ席外してもいいんだぜ? なんなら、向こうで一服してくるし」
「煙草なら、あとでお付き合いたしますから」
さて、どの『役』であろうかと考えて、なんでもない雑踏の一人になろうとした十雉には寧がやや食い気味で連れ歩く。
「――わかったよ。ならここで、聴いてるよ」
くる、くる、と白いもみあげを指に巻きながら納得したのならば、寧がふわりと微笑んだ。
「よかった。ああ、来られました。こちらです」
一人では、大胆なことができないのだと寧は言う。十雉は実のところ、彼女のほうがよっぽど肝が据わっているようで不思議だったのだ。
●
「すみません、車だと目立つので」
「かまへんのです。――歩いたほうが、色々考えもはかどるから」
寧とハルがそろって歩く姿は、まるでハリウッド映画の試写会のようだ。
十雉が一歩後ろからそれを見ている。『邪魔になるから』ではなくて、『警備』のためとした。
男であり、小心者であり、そして自分を偽るのに秀でる十雉は支配的な男ではない。だから、かの龍とは大きく感覚が異なる。しかし、この根無し草の彼からしてもハルは間違いなく『いい女』だった。
見目麗しいのもある。一流スタアとして名高い彼女の姿は十雉の瞳が歩いた道に貼られたポスターから、万事屋に並べられる書籍からも彼女の顔を見て覚えている。
歩き方も整っていた。小さいころからバレエをやっていたらしいつま先歩きがくせなのだ。足を交差させてしゃなりしゃなりと足早に歩いても、ちっとも疲れた様子はない。
「何が起きてるのかは、ご存知かい」
「大方は。でも、――虎鉄のことは、知りません。先生のラジオのことも、あんなことになるなんて」
「計画外だったのですね」寧が言えば、「ええ」とハルはうなずく。
「予定では、今日死ぬのは龍興さんだけやった」
愛する男が死ぬというのに、苦しそうな顔を隠せる。
女はヒステリックな生き物だ。男がプライドで生きるのならば、彼女らの脳は情動が発達している。性格傾向としても、己の感情を整理してかみ砕き、飲み下せるのはなかなかいない。十雉がハルを『いい女』だと思うのは、この点からだ。
――心を隠すのが、うまい。決めたことは、かならず『やる』タイプの女である。
「……羨ましいですわね。自らのすべてを賭けても、共に在ろうと思える相手でしょう」
「ええ。――龍興さんは、そうとちゃうかったみたいやけど」
「でも、まだ生きている」
寧の顔は、十雉からはちょうど輪郭のラインしか見えなかった。
「私は屹度、それを失った」
その表情を見る必要があるような、見てはいけないような気がする。
『キレのいい探偵』ならば見なくてもわかるのだろうし、『気ままな男』ならきっと覗き込んだ。しかし、十雉はそのどちらもしないまま、言葉を待っている。
「いいえ、自ら手放したのだと、思うから」
「思うって言うのは――」
「覚えてもいないんです。少し、色々あって」
悪魔との契約で、記憶を差し出した。
契約は絶対だ。悪魔はそれを心臓にして寧の手足に至るのである。
いまさら、「やっぱりかえして」は通用しない。取り返しのつかないことを本当にしてしまったのかは、未だ定かではなかった。
「貴女にはまだ、惚れた男の為にできることがある。どうなさるかは、貴女次第ですけれど」
歩きながら、寧が下腹部で手を組みハルを見る。
「まだ、間に合うやろか」
「ええ。きっと」
「――龍興さんは、めちゃくちゃな人や。でも、私らみたいな、居場所を見つけられへん人に居場所を作ったれる人なんです」
ぽつ、ぽつと。
まるで雨のようだった。神谷ハルから語られるのは、二人のなれそめというにはあまりにしどけない流れである。
●
神谷ハルは、生まれながらにして機能不全家族で育った。
母親は鬱っぽく、華美でない。父親は美しく、奔放な人だったのだという。
ある日、母親とハルを残して父親は死んだ。酒に酔っぱらった事故だと聞いたが、ハルにはその時心から救われたものがある。
母は、父親に顔だけ似たハルによく、恨み言を言っていた。
「美しいお前にはわからないよ」と。
――わからないのが、悔しかった。
ハルから見ても母は立派なひとだった。悪いのは父親で、娘のハルにはなんの非もないことは知っていたのである。だけれど、時折、我慢がきかなくて――そう言ってしまっていた。
そんな母を解放したくて、どうしようと考えていた時に、龍興と出会ったのである。
腹を空かせている龍興に、学校で出されたものの食べにくいパンを与えた。
もっとないか、というから、一緒に弁当を買って食べたりした日もあった。その最中に、彼がハルを大層気に入ったのである。
「ハル、誰、殺してほしいんや」
「え?」
「言うてみぃ。誰、殺してほしいんや」
――何を言っているのかはわからなかった。
どういう意味かもわからないが、自分の顔にそんなものがあふれてるのかと父親似の顔を両手で覆えば、それをかき分けて龍興は微笑むのだ。
だから、その時に名前を挙げたのが――父だった。
「オレな、やくざやねん。人殺せるやくざて、少のうてな。仕事できますよーって、したかったんや。俺にもお前にも、ええ話やったやろ」
父親の葬儀は簡素に済ませて、あまりにあまった保険金を手に入れたばかりの時に母親は首をつって死んだ。
――意味が解らなかった。
龍興が知らせていないのに葬儀に来たことも。
頼んでいないけれど、己の名声と合理的に判断して結果、ハルを救ったことも。
だから、その時は思いっきり彼のことを殴ったり、叩いたりしたのだ。でも、まだ若かった彼は反撃一つしてこなかった。顔に青あざをいっぱい作って、「なんや、元気やんか」と笑う始末で、また殴った。
それからまた、性懲りもなく龍興はやってくる。
納骨の準備まで手を回して、「何をさせたいの」と問いだしたら「好きな女になんでもしたりたいだけや。あかんかったか?」と心底不思議そうに返すのだ。
存外あどけないにきびの残る顔を、今でも脳裏に描ける。
●
「正直な、ひとなんよ」
ハルは、思い出しながら噛みしめた。
「自分の気に入ったものは守りたいし、大事なもんにはなんでもさせてあげたい。そら、帝さんはすごいひとや。一つに世界をまとめてまうねんもん。でもな、でも――手のひらからこぼれたぶんは、お釈迦様かて救ってくれへんでしょう」
寧には理解できる。十雉は理解できなかったが――理解できるようにはなりたくないものだと思った。失うという痛みに向き合えるほど、まだ十雉の心は『しっかり』していない。
ハルの後ろ姿を眺めていた。
次の猟兵に連れられて、もうすぐそこまでの展望台で龍興を止めるための言葉を考え続けている。
「お疲れ、寧」
「ええ」
「――止められると、思うかい」
「きっと」
そうであってほしいと、思ってしまう。
許されない二人だ。社会からしても、淘汰されるだろう。だけれど、その瞬間まではどうか――二人であれないだろうか。
「アンタにも――」
「はい?」
「いいや。さ、次。行こうぜ。仕事はたくさん残ってるからな」
ともに、路地を曲がって雑踏にまぎれる。後ろ髪をひかれそうな寧を、十雉が導いてやった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リーオ・ヘクスマキナ
【剣/銃】
……命が脅かされないって、凄く貴重なんだ
只の自殺なら人それぞれの事情があるんだろうけど……
普通に日々を過ごしているだけの人を巻き込むのは許しちゃあいけないよ
UCを起動し、家一軒分だけのサイズで「町」と、分霊兵を召喚
分霊兵285体の内、5割を自殺阻止に
残り5割を呪詛を受けた一般人を、安全な場所へ避難運搬するよう指示
人命を第一に、自身も地上の自殺者をゴム弾での狙撃で制圧
……マズいな、自殺者の制圧が間に合わないかもしれない
けど呪詛に晒されてる普通の人達も危険だし……んー
……あ、転送前に見た覚えがある気がする人ッ
俺、リーオ・ヘクスマキナ。この辺俺だけじゃ間に合わないんだ。手を貸して!
霧島・クロト
◎
【霧島家】で兄貴と。
『七天の機械魔術師』――そう、俺達『きょうだい』はドン引きするぐらいに『数が多い』からな。
俺と兄貴を『中継地点』として扱いながら『きょうだい』全員で片端から『弾』による自殺を物量で阻止してくか。
手掛かりは現在進行形で更新しながら『最も近い』『きょうだい』が対応して、効率寄りに行くか。
……兄貴はそこら辺得意そうだが。
『自殺してはいけません』というが、悪い訳ではないさ。
ただ、『死んだ後にまで他人に迷惑かけちゃいけねぇんだ』。
それは誰も望まない筈だ。
霧島・カイト
◎
【霧島家】でクロトと。
『きょうだい』全員で行こうか。
……少し【ハッキング】で双連絡に都合が良いように調整させては貰うが、申し訳ない。
『きょうだい』によって広域に探査の手を拡げ、
一番近いものから効率的に行こう。
情報などの中継は俺達が担えばいい。
……言うのは簡単だが、心を推し量れないなら『資格』は無い。
それは、俺もだ。
佐々木・シャルロッテ
【剣/銃】
……ただの自殺でもとりあえず、引っ叩いてからの説教コースじゃが、さらに無関係の人まで巻き込んでに害が出るとか殊更見過ごせんのう。
少々手荒な手段になってでも止めんといかんな。
じゃが、この数相手に一人は荷が重いのぉ…ん?
お主はさっき転送前におったお仲間じゃな。
わしは佐々木・シャルロッテ。シャルロッテで構わん。
協力要請なら此方としても願ったり叶ったりじゃ、宜しく頼むぞ。
UCを発動させ、力づくでグラッジ弾が込められた銃、弾本体を手元に引き寄せて回収していくぞ。ギリギリでも間に合うのならば、たとえ放たれた銃弾すらも止めて見せよう。
邪魔をするならUCで地面に押し付けでも大人しくしてもらうのじゃ。
●
夜空を、無数の流星が駆けていく。
「流星群だな」
「――俺達『きょうだい』はドン引きするくらい、数が多いからなァ」
【氷戒装法『七天の機械魔術師』】、二重起動。
無数の『クロト』と『カイト』の『きょうだい』たちが夜空を彩っていた。
月の光を受けて、メタリックなボディが輝いている。背中からのロケットブーストが青白く光りながらその体たちを浮かせていた。
「『きょうだい』たちに告ぐ。座標は送った、――港だ」
「オオサカワンっていうらしいぜ。きれいだろ。でっかい観覧車が見えてきたら、俺達の出番だ。そこらのエリアはちょいとまばらに人がいるからな。高齢者に孤独死させるんじゃァねえぞ」
「中央市は制圧済みだ、北区、南区も問題ない。あとは俺達の範囲が主になる」
「つうことだ、成功させようぜ『きょうだい』」
霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)と霧島・カイト(氷獄喪心の凍護機人・f14899)が二人、最近建築されたばかりらしいモダンなビルの上にて夜空に輝く星たちへ合図を送る。
「うまくいってそうだな。兄貴、そっちはどうだ」
「問題ない。――解析は『俺』のほうでやる。お前は、説得をさせたほうがいいだろう」
びゅうう、と強い風が吹きながら桜が舞う。鋼鉄の二人には何ら影響はない。
「おい、遊ンでんなよ」
必要に応じて自我を植え付けられてある『きょうだい』の一機にくぎをさしながら、クロトはビルから彼らに信号を送り続けている。
「救助、今んとこ到着混込みで10分に5名だ」
「5分――いや、3分にはできないか」
「ああ? 兄貴にプランがあれば従うぜ」
「『おまえたち』にルートを送る。呪詛の解除があちらこちらで起こり始めている状況だ」
「なるほど、解呪はともかく防衛したのは外にあふれ出るって寸法か――は、めんどくせえな」
クロトが思うようなことは、カイトは思わない。
だけれど、この状況が『よい』方向に向かいつつあるのは事実だ。
数多の猟兵たちが動いて、可能性が数値として大きく変動している。青いバイザーに浮かび上がるのは、『成功値』の数字だ。絶望的だった数字がどんどん周囲の汚染率を下げて、大きくなっていく。
――いける。
カイトは、心を推し量れない。
それはきっと、かの龍か虎と同じ「欠落」だった。
そも、ほぼ機械である彼らにはそれが本当は必要ないのである。心のある機械よりも、命じられたシステム通りに動くマシーンのほうがずっと『戦う』には効率がいいのは明白だった。
しかし、目の前のクロトは『こころ』に聡い。
「救助、10名3分ジャストだ。他猟兵からのコンタクトもあった。連れて帰るぜ」
「了解、セーフティまでつれていけ」
「アイアイ。おっと――テンノウジはいっぱいだ。ナンバでもいいか?」
「そこはすでに制圧済みだ。構わない」
クロトはクロトで、この『自殺する』ものたちを含めたものを否定するつもりはなかった。
ずしん、と鉄の男がやってきたら、でたらめに銃を取り上げてひねりつぶす。ぞうきんを絞るようにぐちゃぐちゃにしてみせるから、すっかり落ちぶれた彼らはおののいてしまった。
「悪いわけではないさ。ただ、『死んだ後にまで他人に迷惑かけちゃいけねぇんだ』」
また、やせた体を運ぶ一機がある。
黒いボディと白銀のボディが交互に入れ違い、空を駆けていくのだ。
「――悪い事でないのか」
カイトが、不思議そうにクロトに言う。
「ああ。そいつがそうしたいって思うことはな。思想だけは自由だ、なんでも。ただ、社会っていうので生きていくなら他人様のことは排除できねえんだよ。たとえ、どれほど、人が嫌いでも」
――無知であっても。
カイトが目覚めるまでに、クロトはいったいどれほど人と交わってきたのだろうか。
数値としても、時間としても『経験値』がちがう。
「優秀だな」
「よせよ」
きっと、いつか二つの貪狼は並び立つ時が来る。
●
命が脅かされない、ということが貴重であることを忘れるのは、確かに了承できない。
リーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)は、さまざまな世界を渡り歩いてきた。
時には残酷そのものな世界を視たし、奪われる命を目の当たりにしたことだってある。
「マズいな――自殺者の制圧が間に合わないかもしれない」
この世界は、平穏な世界のはずだった。
どこの世界でも『悪』を背負う少数派たちはいる。異端の彼らは居場所を与えられないから、世界と法の隙間にはさまるようにして居場所を作ってしまうのだ。
それを悪いことだとは、リーオも思わない。
ただしそれは、『表』に影響を与えない範囲だけの話だ。『表』と『裏』には不文律がある。
お互いに干渉しないかぎりは決して交わることがないのだ。マフィアでもヤクザでもそうだが、一般人に手を出しつくしたところで全くもうけはない。そのメカニズムを知っていて今回、違反したのならば話は別だ。徹底的にリーオたちは防いで、抵抗する必要がある。
「けど呪詛に晒されてる普通の人達も危険だし……んー、ん、ん」
唸りながら、リーオはまだ猟兵たちが手つかずの地域にある大きなドーム・スタジアムのてっぺんで状況の把握を急いでいた。
空きっぱなしになった店の従業員を、鋼鉄の猟兵が安全地帯まで連れ去るのを確認してから拝借したラジオはすっかり落ち着いてしまっている。ならば、帝都からの音は何かないかと思えば、交通規制を行っているらしかった。この状況で確かに、大阪内部に入らせるのはよろしくない。
「段取りはいいんだけど、広すぎるなあ」
港である。うっすらと地平線に海が浮かぶのを見て、ため息をついたリーオが、ラジオを手にしてつるつるとドームの上から滑って行った。立ち止まっている時間のほうが惜しいのだ。
「――あ」
「む」
リーオの着地予定地点に、見たことのある人影があった。一瞬身構えたが、大きな狐耳とふさふさの尻尾が歩くたびに揺れている。紫色の髪にはっとして、声を上げた。
「転送前に見た覚えがある気がする人ッ!」
「――お主はさっき転送前におったお仲間じゃな」
佐々木・シャルロッテ(ロリ駄狐・f24969)である。
シャルロッテもまた、悩める猟兵であった。少々手荒な真似をしても、他人に迷惑をかけてまで死ぬ魂胆を止めねばならない。それは、一般人もだが――すべての黒幕であろうとされる龍興にしても、そうだ。
しかし、目先の課題は膨大な数の一般人である。区ごとで猟兵同士分け合ったとしても、港の誓この辺りは治安もよくて子供連れの家が多い。ちょうど人口を二で割れば、希死念慮と呪詛被害がちょうどわかれるだろうか、とまで頭のそろばんを弾いていた時にリーオからの声が届いたのだ。
「俺、リーオ・ヘクスマキナ。この辺俺だけじゃ間に合わないんだ。手を貸して!」
「わしは佐々木・シャルロッテ。シャルロッテで構わん。協力要請なら此方としても願ったり叶ったりじゃ、宜しく頼むぞ。して、何か計画はあるかえ」
「二人いるなら、プランは練り直せるよ! ていうか、今決めた!」
「話がはやいのは助かるのう! では――合わせて動くぞ」
ドームに向かうはずの階段、その手すりに着地したリーオがパルクールの要領で降りていくのを、シャルロッテは己の念動力でついていく。
「サイキックなの?」
「多少な。これで、自殺をはかるのを止めようとしていたのじゃ。して、お主は」
「俺は、ね、へへっ」
足踏みはすべて、ダンスのように軽やかに。
呪われたリーオの体から、金属音がする。シャルロッテがいぶかしむのも無理はない、展開されるのは彼の大迷宮だ。
発動、――【赤■の魔■の加護・「化身のロク:笛吹の子供達」】!
「今回はちょっと、コンパクト。この後のこともあるからね。とりあえず、俺は――分霊兵285体の内、5割を自殺阻止に。残り5割を呪詛を受けた一般人を、安全な場所へ避難運搬させるよ」
「なるほど。存外、お主、とても頭がきれるのう」
「でしょ。――できることを全部やるのは、シャルロッテさんと変わらないよ」握手を差し出すリーオの手のひらがあれば、それをしっかりとシャルロッテも細い指で握る。
「やろう」
「応とも」
●
「この、大馬鹿もんめ――ゆっくり寝て、意味をかんがえるんじゃな」
まず、銃を弾いたのはシャルロッテの【サイコキネシス】だ。
泣きじゃくる女が握っていてたそれは、あまりに細身の腕には重かったらしい。着物が垂れて除く手首には、凄惨な自傷跡が見えた。
「しなせ、てッ、しなせてェ」
「阿呆! なにが、死なせてじゃ。まったく、親の顔が見てみたいのう!」
――シャルロッテが入り浸る『ネット』でよくみかける『メンヘラ』と呼ばれる部類である。
ネットスラングだ。正しくは、メンタルヘルスの病院に通い、現状を改善する患者のことを指していた言葉は、『病んでいる』ことを盾に他人に迷惑をかけるようになってしまった患者を指す。
彼らの痛みというのは特殊だ。それこそ、人による。シャルロッテには想像もできないような脳のエラーで苦しむ人もいれば、『そんなことで』と思わされるようなことで絶望する人もいる。
しかし、それが人だ。人は脳が大きいから、余計なことも考えてしまう。
「もう少し、マシな阿保になったらどうじゃ!」
「同感。どうせ地獄なんだったら、踊らなきゃ損でしょって――ね!」
シャルロッテが嘆く体を抱き留めたら、それをリーオの分霊に渡す。
忠実なねずみたちに「ケガはしとらん。だが、腕のそれはいいようにしてくれ」とシャルロッテが手を合わせて懇願すると、ちいちいとせわしなく鳴いてすすり泣く声を連れて行った。
リーオはゴム弾での対抗だ。こちらに気づいて怯える前に、銃を取り出した瞬間から狙撃する。するどい弾けた音とともに鉄が転がったのなら、それを拾う前にシャルロッテがサイキックで引き寄せた。手に納まった弾ごと、分解する。
「命、なめるなよ。――死ぬなら、とびきり苦しむのがいいんだ」
「そうさな。若いうちにとびきり苦しんで、皆に看取られるがよい。その時に、好い人生だったなと思えるように苦しむもんじゃ」
片や、死線を越えた戦場傭兵。
片や、百年を超えて生きる狐。
「制圧まで、教えてやるぞ。リーオ。死ぬにはあまりにも『若すぎる』」
「アイ・アイ・サー!」
生も死も踏み越えた二つが、今、手を取り合う。
本当の死線を、本当の窮地を、本当の生きることを知らぬ弱者たちを鍛えるには充分すぎる勢いだった。
●
港エリア、制圧。
――ほぼグリーン色に染まったマップをバイザーに浮かべて、カイトが最後の一点を見た。
「あとは」
「ツウテンカク、か」
クロトが唸れば、きっと猟兵たちのほとんどが空を見ただろう。
どす黒い呪詛が、まるで蝙蝠の群れのようになって――空を大きな髑髏多い、展望台の上部を飲み込んでいた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
狭筵・桜人
◎△
成程なあ。仁義なんて暑苦しいと思っていましたが
はた迷惑なイカレ頭が騒動を起こすって話でしたか。
いいですね、こっちの方がしっくり来ます。
通天閣へ。神谷ハルさんを追います。
恐らくはタツさんも一緒でしょうけれど
私はハルさん……ハルちゃんのこと引き受けてしまったので
彼女に虎鉄さんの目的と地下鉄の現状をお伝えしましょう。
どうもこんにちは。あなたのファンです。
少しお耳に入れたいことがあるのですが。
彼女の持つグラッジ弾。
人の手には余る物ですが、渡してくれるかは賭けですね。
UCで呪詛のみを喰らっておきますよ。
ファンを泣かせたくないでしょう?
さあどうします?
このままだと、あなたの大切な人取られちゃいますよ。
鳴宮・匡
【存在証明】――“ゼロ”から生み出すのはひと振りの拳銃
殺傷能力はなく、呪詛だけを“殺す“武器”だ
自分のこころなんてものはうまく信じられやしないけど
培ってきた“殺し”の手段、それを見抜く眼、履行するために磨いてきた技術
そういうものなら、疑いなく信じられる
――それにずっと、命を預けてきたんだから
影から影へ移動しながら
“影響”を受けている民衆を狙って撃つよ
特に、自決を企てるやつを優先的に
“気に入ったものは、殺したくなる”
別に、それを否定するつもりなんてないけど
「勝手にやってろ」って話だ
こんなものまで使って、人を巻き込む必要はないだろ
そういうやり方は、気に入らないんだ
勝手で悪いが、止めさせてもらうぜ
●
【存在証明】。
無から作り出すのは、己が一番想像しやすい形だ。
鳴宮・匡(凪の海・f01612)がいつも手入れしてやる彼の仕事道具によく似ている。
匡は、コレクターの気質はない。慣れたものをずっと使い続けて、いよいよ本当に使えなくなるまで使いつぶす。物持ちのいいたちで、消極的だ。合理的であり、価値は彼の中に無意識に灯っている。
銃を生み出した。
手のひらに握るのは、精巧な銃である。
一発、いつも通り反動を逃がしながら、肩と肘が抜けないように両手で固定をして的確に射撃する。腰をひねらないようにしっかりと歩幅を作り、腰を落として足の裏で地面を踏んだ。
こころは信じられない。匡の中にあるそれは、きっと人魂なんかよりもあいまいだ。
だから――培ってきた“殺し”の手段、それを見抜く眼、履行するために磨いてきた技術の象徴を信じている。揺らがない。鉛玉はもはや絶対必中のかたまりとなる。
「すごいなぁ」
「しぃ。仕事の邪魔しちゃ、だめですよ」
『影響を受けた』彼らを殺さない。
「どうもこんばんは。あなたのファンです。――少しお耳に入れたいことがあるのですが」
「龍興さんと、虎鉄のこと?」
殺すための技術を、破魔の力で塗り替えた技である。静かに影から狙撃が行われているのを、すっかり騒ぎの静まり始めた道を歩きながら、神谷ハルは狭筵・桜人(不実の標・f15055)の後ろを歩きながら眺めていた。
「――薬莢の音もせぇへんのね」
「タネもしかけもないでしょうね」
ふわりふわりと桜色のくせ毛を夜風に揺らされながら、くすぐったそうに桜人は笑う。
「タツさんとずっと一緒だと思っていましたが、途中で逃がされました?」
「ええ」
「へえ。最期の瞬間は虎鉄さんと一緒にいたいってことでしょうか」
「どやろね――なあ、あんたはどう思う?」
「さあ。任侠なんて暑苦しいなあって思っちゃう、草食系なもので」
桜人が狙うのは、ハルのグラッジ弾だ。
この究極の状況においても彼女がまだ正気でいるのはひとえに、かの『龍』のためであろう。
だからこそ、人の心のもろさが恐ろしいのだ。桜人は、人がそこまで頑丈なつくりでないことを知っている。『ばけもの』の側面で、神谷・ハルという人間を推し量っていた。
「でも、はた迷惑なイカレ頭が騒動を起こすって話なら――いいですね、こっちの方がしっくり来ます」
覚悟も、主張も、食い違う主従も、すれ違う思いもすべて脳のエラーだ。
立ち止まった桜人が、振り向いて己の背よりも高いハルを見上げる。下から見上げる美貌は、いっそ威圧的に見えた。
「人の手には余る物です。それを、渡していただけませんか」
――おまもりのように、トレンチコートの胸に隠しておくようなものではない。
うずまく呪詛が確実に彼女の命を奪っているのがわかるのは、もはや呪詛そのものに近い桜人だけだ。ぢりぢりと美しい命が焼けていくのが見えている。美しいハルの体、その輪郭からも黒い靄があふれだしていた。
「――これは」
迷ってしまったのは、やはり想いのせいだ。
面倒なことになったとは思うが、急いても仕方ない。「ファンを泣かせる気ですか?」と白々しく泣きまねをしていたら、影から匡が出てきた。
「どうした」
「ハルさんが、言うこと聞いてくれないんですっ。ひどい! こんなにかわいい男の子がお願いしてるのに!」
「俺にはよくわかんないけど、そっか――弱ったな」
もはや、ほぼ鎮圧は終わりつつある状態だ。
匡が銃から出る弾をまるで鷹のように操れば、鉄の塊が堕ちて呪詛を食らわせる。希死念慮事食いつくして影に戻る銃弾は、地面にも残らず匡のもとへ帰ってきた。
「いや、違うねん。あんたらの、言う通りにはしてあげたいよ。ほんとうに」
「なら、くれてもよくないですか? そんなにあの男が好きなんですねっ!? ファンとしてショックです! でも、幸せならオッケーです」
「何か、理由があるのか」
匡には人の情動に自信がない。桜人には見越せることだが、人に擬態するひとでなしとしての時間が桜人よりも短い匡にはわからなくて当然だった。
色町を抜ける。
さすがに、もう女は茣蓙に座っていないらしい。客引きに勤しむ老婆たちの姿も見えないのが、なんだかこの世の終わりのようで、ハルは胸がきしんでいた。
「――“気に入ったものは、殺したくなる”って、俺は聴いたよ」
「サディストなんだと思ってましたが、それも飛び切り悪辣みたいですね。『台無し』にするのが目的のように私は思えますが、どうです?」
桜人がハルを横から眺めて、歩調を合わせながら聞いてみる。
マントがひらひらとするたびに、黒地に桜の花弁が触れてつるつると滑っていくのだ。
「虎鉄は、龍興さんが好きやから」
「――リスペクト、ってことか」
「それもあると思う。でも、色んな気持ちがあるンとちゃうかな」
匡には、ますますわからない。
ゆっくり首をかしげてから、どう尋ねようか考えている匡よりも早くにはちみつ色の瞳が好奇心旺盛にたずねた。
「それって、――あれじゃないですか。父親に新しい女ができた、みたいな。そういうかんじの」
「親子じゃない、と思うけど。年齢的にも」
「いろんな『親子』というのが、この世界にはあるんですよ。ほら、『親分』と『子分』というでしょう?」
「ああ――」
匡には、その形を否定できない。
それがそう在りたいというのなら、そうしたらいいというのが彼なりの対応だ。
どの命も、どんな瞬間も、何かを考えて生きていると知ったから――もう、忘れないから。
「でも、『勝手にやってろ』って話だ。こんなものまで使って、人を巻き込む必要はないだろ」
こげ茶色の瞳には、空を埋め尽くす髑髏の模様が見えた。
雲だとも煙だともつかぬそれが、呪詛であるとは肌でも感じられる。悪寒がして、全身の産毛が逆立った。
「それは同感ですね、私も気に入らない」
「私も、気に入らん」
ハルが二人に頷く。
「せやから、――この一発は、とっときたいだけなんよ」
瞳が語る。
匡には、その瞳に何度も見覚えがあった。
戦地で子供を撃たれて、血を流しながら死ぬそれを抱きかかえる母の瞳とそっくりだ。
匡では聞き取れないなまりの強い言葉だった。親しみのあるものではないから、雑音として聞き流して処分する。今と同じように、銃で行ったことだった。
――死んだその顔も、死んでなお、同じ瞳をしていたのを憶えている。
それがどれほど痛烈な感情だったのかは、今ならわかるような気がした。
「うーん。いいたいことは、わかりますけど。やりたいこともね。でも、だめです」
【愛なき隣人】が、ハルの体を後ろから抱きしめるようにしてからめとっていた。
「――は?」
ハルはおののく。当然だ。
超弩級の彼らは己に手を出さないと思っている。実際、呼び出した桜人に敵意はない。
「そのままじゃ、だめ」
呟いたのは『どちらの』桜人だったろうか。
どろどろの何かを目からあふれさせて、真っ白な人影が赤黒を連れて女を抱きしめてしまう。
その胸ポケットに入れた鉛玉を、黒の中にハルの体を沈めながら細い指で抜き取った。
「おい」匡が桜人に向く。
「殺しませんよ。無力化しただけです」桜人が白から弾を受け取れば、どろりとすべてが消えた。
「――は、ッ、は!? ッ、なに、いまの」
「体が軽くなったでしょう?」
桜人が微笑めば、地面によろけたハルの体を匡が支えてやった。冷や汗まみれになった顔をあげる美貌は、確かに先ほどよりも顔色がいい。
「刺し違えても、とか。復讐とか、すごく――エモいと思うんですがね。お返しします」
『何物でもなくなった』弾を、桜人が投げ渡した。ハルがあわてて手のひらにのせれば、ずっと軽く感じられる美しい金色がそこにあった。
●
「よかったのか、返して」
「んー? よかったと思いますよ。これで、あの弾で撃たれても人が一人死ぬだけですし」
「――そうかよ」
ハルの体で、まず、殺せるだろうか。
展望台のエレベーターで最上階まで上がっていく彼女を見送る。匡と桜人は途中で非常階段から上った。柱の陰に隠れて、仲間たちの説得を聞いている。
『虎』が『龍』を殺しに来るはずである。どちらかが死んで、どちらかが『のろい』を生み出すはずだ。そのリスクは限りなく『低いほうが良い』。
「報われない命も、少しは減りますしね」
「まあ、そうなんだろうな」
「わかりませんか?」
「あまり。でも」
これを望んでいいのかはわからない。
く、と唇を強く結んでから、ほかの誰にも聞こえないような声で『ひとでなし』は願った。
「――『いい終わり』なんかがあるなら、そうなってくれればいいと思ってる」
「素敵ですね」
そうならないと、わかっていても。
願わずにはいられないような『ひとでなし』の顔に、『かいぶつ』が穏やかにうなずいた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
──動き始めたか
さて、忙しくなるぜ…嫌になるくらいな
・・・まずはパンピーどもをある程度鎮静化させるか
生憎とスピリチュアルな方面には疎い
だが『過去』になった事象であるのなら、俺が干渉できる
──さぁ起きろ、人間性を生命を食い潰せ
民間人に虚無で触れ、『呪詛を受けたという過去を強奪する』
荒療治だが…これで根本は解決できるだろう
さて、龍興はどこかな
別に説得するつもりもないし、タレコミをしようとも思わんさ
だけどちょいとばかし気になってな
・・・アンタほどの男が『虎』の事に気づいてないのは違和感がある
ありゃ謀略向きの隠すのが上手い手合いにも見えない
わざとそのままにしてんじゃねえかと思うのさ
・・・ただの勘だよ
花剣・耀子
◎
そうまでする理由なんてわからない。
わからないけれど。
女だけど、子どもだけど、あたしにだって譲れないものはあるの。
死なせない。
ヒトを助けにゆくわ。
溢れる呪詛を斬って、祓って、正気に戻していきましょう。
自分を殺しそうなものはなんであれ取り上げて、
その行動は割って入ってでも留めるように。
……、あたしが呪詛を吸えるなら、それはそれで上々よ。
慣れているもの。今更上乗せされたところで、どうってことないわ。
実情はどうあれ、せいぜい平気だと笑いましょう。呪詛に心根で負ける訳にはいかないもの。
――長谷川龍興。
おまえ、無くすくらいなら死んだ方がマシなものはある?
背負ってきたものを、此処で降ろしていくつもりなの。
●
――漆黒の虚無が、街を『掃除』する。
人間性を食いつぶす津波のようだった。『呪詛を受けたという過去を強奪する』ためのコードは、あまりに暴威である。
「すごいわね」
「誰でもできるさ」
花剣・耀子(Tempest・f12822)は、【《黒耀》】を輝かせながら溢れる呪詛を断ち切っていった。空中に残る大蛇の様なそれを、ビルを蹴り、壁を蹴り、看板を蹴り、街を翔ける乙女がすべて細切れにしていく。
死に急ぐ有象無象に、「こんなもの、呪いなんてたいしたことないわ」と言いながら銃を跳ね飛ばして己で吸う。もう呪われている躰を使ってまで、かばう意義がある命だと思えた。
自死を間際にして、涙を流すならまだ救いようがある。
それは、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)の見解ともよく似ている。
死にたい、と思うときはたいてい希望に満ちているものだ。
呪縛からの解放、己で積んだ負からの逃避、無責任であり続けるための完全な自己肯定の末に皆、死に至る。だから、ヴィクティムは『死ぬ』だなんてことは避けたいのであった。
「自分を肯定できるなら、まだシャバでもやっていけるだろ――さぁ起きろ、人間性を生命を食い潰せ」
未来を生きる少年でありながら、【Forbidden Code『Void Sly』】は過去である限り過去を食らう。
猟兵であるのに、過去を従えて過去を見に宿す姿が似た二人だ。あっという間に展望台にたどり着いて、あたりを覆う黒いもやとも何とも言えぬそれからの胎動を感じていた。
「よう」
ヴィクティムのブーツがふかふかとしたマットの上を歩く。
ごつんと重々しい音がしたから、ぬらりと真黒な男が視線を向けた。
「――長谷川龍興」
「呼び捨てたァ、よう言うたもんや」
青白い顔だ。
呪詛の干渉を受けてなお、まだ死に至っていない。むしろ、生き延びているような気がして――耀子にあるのはまず、違和感だった。
「死んだと思ってた」
この呪詛の中である。
ヴィクティムがエリアをある程度解析して『除染』しているからこそ、まだ呼吸ができていた。耀子からすれば、見えないプロテクトがなければと思うとぞっとする濃度だ。
紫色の唇は死人のようであるのに、かの龍はまだ死を受け入れない。
「まだ、ちょい早くてな」
「そこだよ。俺の――疑問だ。死ぬ前に教えてくれ」
ち、ち、ち、と舌を打って、指を振る。ヴィクティムが龍興の前に歩けば、紫のホログラムが彼に従って空を泳いでいた。
「アンタほどの男が『虎』の事に気づいてないのは違和感がある。ありゃ謀略向きの隠すのが上手い手合いにも見えない」
耀子が、ヴィクティムの言葉で初めて、自分の感じていた違和感を可視化できたような気がするのだ。
「わざとそのままにしてんじゃねえかと思うのさ。――ただの勘だよ」
「はは、は。そうか、そうか」
「言っとくけど、別に死にたきゃ勝手に死ねばいい。お前からあふれ出た影朧だって、きれいにしてやるさ。タレコミするあてもないしな。ただ、ちょいと気になった」
ヴィクティムが大げさにあきれたポーズをとる。両手を持ち上げて、手のひらを水平にしてから肘を曲げて、肩をすくめる。
少年の動きに合わせてサイバネのモーター音がして、耀子は思考の海に沈みそうなのを引き留められていた。
「背負ってきたものを、此処で降ろしていくつもりなの」
「いいや。あの世までもっていくつもりや」
「じゃあ――、無くすくらいなら死んだ方がマシなものはある?」
耀子は、どうしてこの命がここまでするのかは理解できない。
死なせたくなかった。ヴィクティムは龍興の命なのだから、龍興の勝手にさせればいいと考えている。だけど、耀子は違う。
龍興は、ヒトだ。
反逆者であり、捕まえれば間違いなく極刑だろう。
ここで死ななくても、そう遠かれ早かれ、間違いなく処されて死ぬ。
だからといって、――世界単位で見れば、彼はただのヒトだ。いくら悪名高く、非道で、冷酷で、素直すぎるゆえに毒となった存在であっても『ひいき』はない。
「女だけど、子どもだけど、あたしにだって譲れないものはあるの」
ヴィクティムをちらりと見た。勝手にしていいと青い瞳が語っている。耀子のほうを見ないで、龍興を見て黙っていた。
「――死なせない」
「ええ女やなぁ、お嬢ちゃん。こうして、ここで見たらァ――えらいべっぴんなんが、ようわかるわ」
「龍興さん」
耀子の言葉に返す前に、龍興は膝から座り込む。そのまま床に転がってしまった彼に、一人の女が駆け寄った。神谷ハルだ。
ヴィクティムの目には――少し、眩しい。瞳を細めて、悪とその女の光景を見る。
「しっかりしぃ」きつめの声をあげながら、ハルがその頭を膝にのせてやった。汗だくの顔は、意識を失ってはいないらしい。前髪が垂れて、顔を覆うほどの黒い髪があった。
「すまんな、嬢ちゃん。ちゃんと、座って、話すさかい。おう、ハル。なんでお前、帰ってきたんや。逃げと、言うたぞ。俺は」
「あほ。何を、この状況で――」しっかりと、男を座らせてやる。ハルの手のひらで背を押されながら、ようやく背を丸めて龍興は座り込んだ。ゆっくり、耀子とヴィクティムを見る。
ボン
「そこの坊」
「俺か」ヴィクティムが返事をする。
「お前やったら、わかるんちゃうか。俺の、護ってるもんが」
耀子が、ヴィクティムに瞳だけで尋ねた。
「何を言ってるか、わかる?」
「まあ、嫌なくらいな」
――かつて、ヴィクティムは反逆者だった。
国家に逆らう存在である。小さなエリート組織を作り上げ、明日のために戦い続けた経歴があった。耀子には、無い感覚だ。野心も、征服も、支配も彼女からは程遠い。しかし、龍興の言っていることの全容を知りたがっている。
メインの役者が輝くためには、『根回し』が必要だ。ヴィクティムが己の心の傷を撫でながら、えぐるように声を絞った。
「――譲れないものは、『家族』だ」
「かぞく」
耀子には、遠いものだ。
だが、その重みはわかっている。家族と呼べるほど大事な存在を、多く喪った傷が疼いた。
「ここが、こいつらの巣なんだよ。それを、綺麗にされちまった。なんでもそうだろ。汚いところでしか住めないゴキブリが、綺麗なコンクリートの上に置かれたら焼かれて死ぬか、凍死の二択だ」
――ヴィクティムの仲間たちは、『凍死』したのだけれど。
耀子が、瞬きをゆっくりと繰り返しながら彼らの戦う理由を咀嚼した。
やり方が間違っていただけだ。だけれど、彼らはこれしかできない。『馬鹿は死なねば直らない』ように、彼らの世界には暴力の二文字がすべてなのだ。
残酷なまでに、一本筋が通っている。
「じゃあ、お前。――『虎』に殺されるのは」耀子が問えば、うなずきが返る。容認だった。
「あいつのやりたいように、やらしたっただけ、やな。はは、そこの坊が言うように、アホや。暴れん坊で、手ェつけられンて、皆言いよった」
たばこを吸いたいのか、ポケットを震える手でごそごそと探る龍興である。
「せやけど、俺にはずっと、素直なもンやった」
まるで、包丁を研いでいるように。
己の後ろについてくる『虎』は、己という獲物に見つからないように茂みに隠れる獣のようだった。
「ああいう性根なんや。あいつは、な――よういままで、耐えてきたこっちゃと思う」
「だからって、死なんでも」ハルが涙をこらえた声で言う。
「漢(おとこ)は、みぃんな、アホでのう」龍興は、愛した女をなだめるような声で言った。
足音が、近づいてくる。
ヴィクティムが振り向けば、耀子も同様だった。
本能に満ちて喘鳴が響く肺を抱えながら、『けだもの』はやってくる。銃を握る手は麻薬中毒者のように震え、手のひらは汗まみれだ。何度か顔を掻きむしったらしく、爪あとがみみずばれになってほほに走り生々しい。
「下がって」
耀子が前に出て、ヴィクティムが獣を見据えた。
――どちらにせよ、もう長くない。この計画は『大失敗』だ。
「情熱は認めるよ。ただ、イマイチだったな」
展望台、最上階にて。静まった街に最後の遠吠えがおころうとしている。
「アニキ」
――ずっと、アンタを殺したかった。
久保・虎鉄が姿を現す。呪詛に侵されてどろどろになりつつある屈強な体は、たった一人の崇拝する人へ向けて、銃を構えていた。
・・・・
「時間です」
深夜二時、――オオサカ、ナニワク、シンセカイにて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『名も忘却されし国防軍擲弾兵大隊』
|
POW : 戦車殺しは我らが誉れ
【StG44による足止め牽制射撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【パンツァーファウスト】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD : 弾はイワンの数だけ用意した
【MP40やMG42による掃討弾幕射撃】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
WIZ : コチラ防衛戦線、異常ナシ
戦場全体に、【十分な縦深を備えた武装塹壕線】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
生まれた時より、異端だった。
父も母も、暴力的な己に手を焼いたのを憶えている。背が高くなって、二人に対抗できるようになったあたりからの記憶はあいまいだ。二人の顔を思い出そうとすれば、血だまりの中でうつろな目をした肉を思い出す。
久保・虎鉄は生まれた時より、自閉的であった。
興味のあるものにはとことん触りたがり、愛し、大切にする反面、気に入らないものには徹底的な加害をくわえる傾向がある。
自分が常人と大きく価値観が異なるということに気づいたのは、両親を殺してしまったときに放り込まれた施設でのことだ。
――そんな子供も、そんな人生も、たくさんある。
己の宿命を呪わず、むしろ、開き直ってしまったのが更生を妨げる大きな原因だ。環境に適応するのがうまく、品行方正であればすぐに院からは出される。
しかし、もう行き場もない。里子の話も出たが自分から断った。もう、働くところも考えているからと言いながら齢十六での自立をもぎ取ったのである。
そんな中で、龍興と彼は出会い――今に至っていた。
ずうっと、龍興の背を見て育ってきた。幼いころからうまくしつけられなかった虎鉄は、龍興に人間社会を教わり、擬態するようになる。
手足でありたかった。
心のない手足だったらどれほどよかっただろうと、何度も思ったことがある。
龍興の冷徹で、あまり動かない表情筋のむこうにあるこころが本当に美しいものだった。
二人の親代わりであった会長を殺した時も、彼の心はあるときはサファイアのようだったし、愛した女との密会を果たした時は、家から出てくる彼のこころはダイヤのように見えていた。
――美しいものは、壊してしまいたくなる。
根からの捕食者であると理解していたから、自分はあえて『二番手』でいたのに。
「虎ァ」
唸る敬愛の象徴に、虎鉄は薄っすらと笑む。
「はい」
躊躇いなく、さわやかに笑った。
まるで、十六歳のあのときのように。
●
発砲があった。
「――え」
唐突なものである。
猟兵たちは、龍興が狙われるのだろうと思っていた。実際、『死ぬ』計画にあるのは『彼』だったのだ。
胸から真っ赤な花を咲かせて、茫然としたのは――神谷・ハルである。
虎の握るグラッジ弾で、間違いなく撃たれていた。龍興の背中を後ろから手で押すようにして支えていた彼女の体がぐらりと傾いて、地面に落ちる。
「ハル」
龍興も、意味が解らなかった。この舎弟は、己をずっと狙っていたはずである。
「俺ァね、正直、革命とかそーいうの、どうでもいいンですわ」
銃を落とした。虎鉄ももはや、体が弱って力が出ていない。皮膚はただれ始めて、顔の半分は溶け始めていた。『できたて』の呪詛が、ハルの肉体から外気へとあふれだす。
「お前」龍が戦慄く。
「アニキの夢追う姿が、好きやったンです」
虎は、心地よさそうに語るのだ。龍興はもはや、虎鉄のことは見れていなかった。ハルの体を抱いて、「おい、おい」と声をかけてゆすってやる。
「アニキのこころが、見えた気がして――好きやった」
ハルの命は、もはや潰えている。あっけない死に、本人も何が起きたのかわからないままだったのだろう。しかし、『弾』は彼女の魂を蝕むのだ。
美しい女の気高い魂が、真黒に染まる。
「アニキ、俺はね。ずっと、アンタの後ろにいて、色んなこころをみてきたンです。誉あることでした。アンタに褒められて、大事にされるのは」
外に待機していた猟兵たちは、見ただろうか。
展望台の上空で描かれた髑髏が、ぎゅうっと収束していく。
「けどね」
呪詛が渦を巻いて、中心に向かって一度、球体になるようにして集まった。
・・・
「――俺はいかれなんですわ」
「――お、ンどれェエエエエエエッッッッ!!!!!!」
爆発。
上空で放射状に散った『呪詛』は負の遺産を生み出していく。
「はははは!!! せや、せや!!! そういう『あんたのこころ』を見てみたかったッッッッ!!!!」
あふれだしたのは、戦乱の世にて散った男たちだ。
ざ、ざ、と無機質な行進が西の街にて行われる。銃器を構え、殺戮に秀でた彼らが『戦争』を再演し始めていた。
展望台にも表れる。コンバット・ブーツで床を踏み、規則正しく歩き出す軍隊が猟兵たちに銃を構える。
「革命も、帝都も、帝さまも、どォでもかまへん! 俺は、俺の大事な――アンタのそういう顔が見たかったンやッ!!」
龍興が刀を抜く。
この『虎鉄』に用意させたものだ。
怒りを全身からあふれさせ、冷たくなった女の体を抱いて、杖代わりに立ち上がる。
「おどれ」
長くはもたない。
すっかり龍興も呪詛に充てられていた。彼の魂が散らないのは、ただ目の前にある虎鉄への敵意で在り、殺意のおかげである。
「――ッブ チ 殺 し た る」
「ほんまに、綺麗なひとやなぁ」
軍隊の波がやってくる。虎鉄を押し出すようにして、非常階段から彼を逃がしていった。彼の心がこもった弾丸で生み出された存在である兵隊たちは、まるで胴上げでもするかのように虎を運ぶ。
立っているのがやっとの龍興がおいかける。ハルの死体を片腕で抱いたまま、前へずるずると鉛の様な体を引きずり、もはやほぼすり足のような状態で日本刀を突き立てながら叫んだ。
「待て、虎ァ! おどれ、待てェッ!!!」
「かはは! アニキ、ほならまた、地獄で――!」
「 待 て ェ エ エ エ゛ エ エ゛ェ エ エ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! 」
吹き抜けから聞こえる狂笑に、龍興がむなしく叫ぶ。
うつろな顔をした愛する女だけが、彼に寄り添っていた。
●
あふれだした負の遺産たちは、ここが戦場であると認識したのならば動き出すのは早い。
しかし、猟兵たちによる呪詛へのプロテクトが敷かれた状態だ。シンセカイから抜け出すのは時間がかかる。
「はは、なんや、お前らそんなんも壊せへんのんかい。地上が無理やったら、地下にいったらええ。地下鉄や。わかるか?」
兵隊たちに運ばれながら、虎鉄が笑う。
体に力は入らない。彼もまた、『終わり』が楽しみで死ねていないだけだ。
「そんで、出れそうなところから出たらええねん。無理やったら、地面から大穴あけたったらええ。派手にいこうや、なァ」
オオサカには、無数の地下鉄がある。
それぞれの地域の特色があり、線路は多くの色で分けられていた。今虎鉄が連れている軍隊たちならば、すべてを支配できそうな量がいる。
「線路歩いたらええ。もう電車も通ってこンからな。――はは、たまらん。たまらんわ」
きっと。
この戦いが終わって、虎鉄が死んだころには事件として取り上げられるだろう。
交通規制が解除されて、報道されるようになり、猟兵たちからの報告があれば『首謀者』として龍興の名前があげられることになる。
帝のもとに『重要国家反逆者』として、彼の名前が届くと思うと――虎鉄は、すっかりうれしくてたまらなかった。
「ええ悪党に、なりますさかい」
さあ、猟兵たちよ――。
西の街を踏み荒らすこの負の遺産たちを、『根絶やし』にせよ。
すべての心も、痛みも、渦巻いた時間を助けるかは、今、君たちに委ねられる。
***
・神谷・ハルの命を代償に、久保・虎鉄のグラッジ弾より、『名も忘却されし国防軍擲弾兵大隊』が召喚されました。猟兵たちはこれを夜が明けるまでに殲滅する必要があります。
・彼の想いの重さに比例して増えた軍隊の数は、ちょうどオオサカの地下鉄を埋めようと思えばできるくらいです。非常に多いので、大暴れしていただいてかまいません!
・長谷川・龍興に関しては放っておいても問題はありませんが、彼の魂が、もしくは神谷・ハルの魂が少しでも救われるようなアクションを起こされる方がいてもいいと思います。
(こちらから、特に行動の制限はございません。龍興を連れて行ってもいいですし、諸々OKです。)
・いつも通りに皆様の自由で、素敵なプレイングをこころよりお待ちしております!
・プレイング募集期間は5/3 9:00~ 5/5 20:00 となっております。
ゼイル・パックルード
あの龍興ってヤツに話しかけるかね
酔いから醒まされた気分は……やってきたこと、俺に言ったこと、全部がてめぇに返ってきた気分はどうだ?
巻き込まれた奴らからしたら、黒幕が同じ末路で留飲がちったぁ下がるかね?
てめぇの憎しみとか悲しみの色も知らなかったのか?
それであんなもん関係ないヤツに振りまいたっていうなら、やっぱ酔ってただけだろ
分かってたにしろ、分かってなかったにしろ
ほんと汚い奴だよ、あんた
さて、言いたいこと言ったし掃除を始めますか。
とはいえ有象無象をちまちま片付けるのも面倒だ。
刀を地面を斬って、地下鉄の通路ごと敵を燃やす。
その炎に紛れながら、刀で斬ったヤツを更に燃やしていきながら、先へと進んでいく
ヴァシリッサ・フロレスク
◎
始まったか。
結局、アタシにゃこっちのがお誂え向きだ。
ったく。
一等に「不義」をやらかそうってンだ。
手前ェで筋立てすンのが、極道ってヤツじゃないのかい?
責めて、アンタの口で落し前つけたらどうだ?
ハルも、浮ばれねェだろ。
どうして欲しい?
どう応えようが。
これはアンタの戦争で、アタシの戦争だ。
やる事は変らない。
地下鉄へ。
機関銃と散弾銃、射突杭を携えハティにて先行。拠点防御だ。鼠一匹通すかよ。
50口径の制圧射撃で蹂躙。攻撃は見切りスナイパーの如く迎撃。接敵時はカウンターで散弾銃をクイックドロウ。串刺しで敵を盾にする。
ある程度おびき寄せたらUC発動。捨て身の一撃、閉所でのサーモバリック弾頭で鏖殺。
却ンな。
●
魔たちが地下に蔓延っていく。黒い霧を吹き出しながら、地面に潜っていくさまはまるで津波のようだった。押し寄せた波たちは要所要所にあけられた穴に吸い込まれてあっという間に地面から消える。
展望台からそれを眺めていたゼイル・パックルード(囚焔・f02162)からすれば、ドミノ倒しよりももっとチープな、安っぽい模型に砂を子供がこぼしたようなものに見えていた。
「酔いから醒まされた気分は……やってきたこと、俺に言ったこと、全部がてめぇに返ってきた気分はどうだ?」
傷ついたものであることなど知ったことではない。ゼイルは、己に吹っ掛けられた言葉には反撃しないと納得できないたちなのだ。
「やめな」
ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)が、手すりにつかまって女の体重を支えながら小刻みに震える龍興の背に向けて啖呵を切るゼイルの肩に手を置いた。
「なんだよ」
「気持ちはわかるけどね。でも、今やりかえすのはやめときなって」
「掃除するのは俺達だぜ。じゃあ、綺麗にやりたいだろ。おい、聞こえてんだろ、――巻き込まれた奴らからしたら、黒幕が同じ末路で留飲がちったぁ下がるかね?」
叫ぶように声を発しても、龍興からの応答はない。
ゼイルには「大切な人」を亡くした経験などないのだ。今目の前でそうなった彼など、絶好の獲物にしか見えていない。むしろ、こうなってしまうくらいならばそんなものを作らなかったらよかったのだとすら思えていた。
「てめぇの憎しみとか悲しみの色も知らなかったのか? それであんなもん関係ないヤツに振りまいたっていうなら、やっぱ酔ってただけだろ」
ヴァシリッサも、責めたい気持ちはある。
正直のところ、己らの言い方は『説得』ではなかったのだ。どちらかというのならば、『くじく』のを目的とした問答を行ったことにある。だから、この戦意に満ちた彼が恥をかかされた恨みを晴らすように言葉で責めるのも無理はないのだ。もとより、友好的にはあれない。
それに、ゼイルの言うことは尤もであった。龍興という男の精神が未熟だというわけではなく、――「憎しみ」と「哀しみ」ばかりを見てきたから、隣にいる獣の正体に気づけなかったのだ。
それが、『素面だったら』わかっただろう。
ゼイルの半ば機関銃めいた言葉には、ヴァシリッサも理解がある。
「分かってたにしろ、分かってなかったにしろ――ほんと汚い奴だよ、あんた」
言いたいだけのことは言ったらしく、表情がすっきりとしている。
ゼイルが前髪をかきあげながら、龍興とハルだった肉を飛び越えて非常階段を足早に降りていくのが見えた。
龍興からの返事を期待していたわけではないらしい姿があっというまに足音と共に遠ざかっていく。
「ったく――」
がしがしと赤い髪の毛を混ぜた。
ヴァシリッサからすれば、目の前の男が言葉一つも発せないのもしょうがないと思う。これ以上死にかけの彼をどうこうしたいなどは思わなかった。女を抱く背に、しっかりと手を添えるようにして二度叩く。
「大丈夫か、まだ意識あるだろうね。奴さんもアンタも一等に「不義」をやらかそうってンだ。手前ェで筋立てすンのが、極道ってヤツじゃないのかい? ん?」
「――俺は」
掠れた喉からの声だった。
うまく唾も飲み込めていない。その力もないらしいのは、今にも倒れそうな巨躯からうかがえる。しかし、まだ死んではいないのだ。
「しっかりしな。ほら」
本当はほほの一つでも張り飛ばしたいところだ。
だが、余計な刺激であっという間に死ぬだろう彼の体に余計な刺激は与えたくない。抱きしめた女の死体を支える腕は、力強いままだった。
「せめて、アンタの口で落し前つけたらどうだ? ハルも、浮ばれねェだろ」
ちらりと、金色の目は真黒な瞳を見た。
ハルの瞳は、すっかり瞳孔を開いている。瞼を閉じさせてやりたいところだったが、彼女の黒色にこの男の生きた姿が映る限りはそのままにしてやりたいのだ。
「どうして欲しい?」
守るものも、何もなくなってしまった今。
――この男の革命も何もかも、めちゃくちゃに蹂躙されていく。今や、オオサカの地下には影朧がはびこっているのだ。殺すための武器を手にした影朧たちが、虎の情念のまま彼の願いをかなえるために動き出している。
「これは、アンタの戦争で、アタシの戦争だ。どっちにせよ、やる事は変わらない」
本当は、弔う時間くらいはやりたかった。
ヴァシリッサも、『家族』の重みはよくわかっている。出自として、彼女はその手で手にかけているのだ。割り切れるような痛みではないし、裏切られた痛みも、慣れたくない。
「あんたは、一般人だ。アタシらの中じゃね。アタシは猟兵で、アンタは一般人。ヤクザだろうが、カタギだろうが関係ない。倒すのは――あの虎に始末つけるのはアタシの仕事じゃない。そうだろ?」
刀が、震えた。
怒りに満ちているのだ。杖代わりに歩こうとしていた彼の鋼が戦慄きだして、地面とこすれて音が奏でられている。
「手ェ、貸してくれンか」
メーデー
「救援要請ってことでなら、了解」
ヴァシリッサが怪力で、二人分担ぐ。龍は己の足で歩きたがったから、肩を貸した。死体を引きずってはよろしくないから、それはヴァシリッサが担いでやる。固まり始めた体がいやに冷たくて、それでも、まだ生きているようなにおいがした。
――八分の一、のせいだろうか。
●
地下鉄の数は九つ。
色違いにされて区別される線路の中、ゼイルは赤――ミドウスジセンを選んだ。
目立ったからというのもあるし、どうやらこの街の『動脈』といっていいほど主要の土地を渡るものであるらしい。ならば、一番最初に押さえておきたいものだ。
階段を身軽に三段ずつ飛ばして降りて、炎を連れて着地する。広い駅構内まで走ったのなら、改札には切符の代わりに片手をついて飛び越えた。
ホームが二つにわかれていて、ゼイルが向かうのは左手側だ。線路の数は左右合わせて四つある。スロープに靴裏を滑らせながらホームに飛び出した体は、すっかり燃え上がっていた。
「さァて、掃除を始めますか」
【紅葉狩り】。
地形そのものを真っ赤な地獄で塗り替える焔獄の術式である。
愛剣を鍛えなおした大太刀、魔裂をぶうんと振った。有象無象があふれたホームに問答無用で炎を舞わせる。大ぶりの一撃は五体ほど焼いてみせ、彼らに銃を構えさせた。
発砲。しかし、すべて焼却!
鉛玉はゼイルに届くことなくあっという間に溶けていく。
「お前ら、影朧とはいえ――ヒトなんだろ」
悪鬼が笑った。
ぼうぼうぼうと勢いを増す炎を胸からあふれさせながら、炎に包まれた彼が地面ごと切り裂く。すれば、線路にたちまち炎が燃え広がった!
軍隊の行進達がおののき、それから逃げようと必死で駆けのぼるのを容赦なく蹴る。顎を強く土踏まずでけってやれば、のけぞった一体に押された後続がよろめき、炎から逃れられず飲まれて消えた。
「殺すのは、得意だ」
ああ、――すっきりする。
●
ギュルヴィ・モータース「XR17G/S HATI」は、新興メーカーによる、MHI製MN-017ベースのカスタムバイクだ。
どるどるどると強く唸ったバイクが、ターボの音を響かせて地下鉄を駆ける。
「うわァ――派手にやってンねぇ、あのボウヤ」
二輪のオオカミに背負わせた重火器は機関銃と散弾銃、射突杭。ヴァシリッサは、地下鉄に入る前。その入り口で、龍興を別の線へ向かわせた。
あてがある、と彼が言ったのだ。己と虎が出会うのならば、宿命づけられた場所があるのだと。
「と、なるとこっちも負けてられない、かァッ!」
まず一体を串刺しにした。勢い任せに狩られた一人の体を盾にして、前輪を持ち上げ威嚇しながらヴァシリッサと狼は翔ける。ぐおんぐおんと吠える体を撫でてやりながら、「やっちまいな!」と叫べば、爆速の突撃で杭に刺さる体は銃弾の前にばらばらになり、パンツァーファウストが発射されるころには肉片すら残っていなかった。
脇に抱えた散弾銃を構え、杭を投げる。ヴァシリッサの目には戸惑いもない。
なれたものだ。『呼ばれたばかり』の彼らとは精度も違う!
「らぁあああああッッッ!!!」
咆哮と共に、バイクが空を舞った。後輪の駆動を使ってターボが可能にしたのである。
ぼう、ぼう、と熱を放ちながら飛び出したヴァシリッサとその愛車を狙って、愚かな銃口が上を向く。
「雨がふるよ」
――すべて、頭を撃ち抜かれて破裂した。
宣言通りの血の雨が降る。真っ赤なそれが舞いながらもなお、後続の兵隊たちは引き下がることがない。迎え撃とうとする彼らを、バイクと共に着地したヴァシリッサが――足をしっかりと踏み込み、腰を落として機関銃を手にしていた。
「 却 ン な 」
【 九 六 式 爆 鳴 燼 滅 鎗 】 !!
この音が、そして騒ぎが、鎮魂歌になるとも思っていない。
さく裂した赤にほほを焼かれながら、ヴァシリッサが恍惚と笑んだ。もとより特攻癖のある性根ではあるが、やはり戦場だと己の痛みと在り方を取り戻すような感覚がするのだ。
――うまいこと、いくといいケド。
爆炎と爆風に包まれた駅内でこぼすヴァシリッサの慈悲めいた言葉はきっと、報われない命に届くだろう――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルトリウス・セレスタイト
テロの片棒を担ぐなど国防軍の名折れだろう
案内してやる故、眠れ
天楼で捕獲
対象は戦域のオブリビオン、及びその全行動
原理を編み「迷宮に囚われた」概念で縛る論理の牢獄に閉じ込める
内から外へは何もできず逆は自由な理不尽の檻だ
無論迷宮とは迷うもの。存分に憤れ
対象外へは行動の阻害含め影響は皆無故、遠慮なく最大規模で展開
迷宮へは『解放』を通じて全力の魔力を注ぎ強度と自壊速度を最大化
且つ、行使の瞬間を『再帰』で無限循環。無数の迷宮を重複させて展開し即時の殲滅を図る
出口は自身に設定
自身へ届く攻撃があれば『刻真』で異なる時間に自身を置き影響を回避
全行程通じ必要魔力は『超克』で“外”から汲み上げる
※アドリブ歓迎
水衛・巽
◎△
路線図が同じやとええなあ
今から確認する時間もないやろしまあ、腹の括りどころっちゅうことやな
そういうわけで天空
もう一働き頼むわ
ただ明確に戦場がわかっている分
範囲をきっちり指定できることは素直にありがたく喜んどきますわ
呪詛範囲を反転させる要領で大阪地下鉄全線を再指定
なんせ迷宮の出口はひとつきりやしな、これで地上への被害は防げるやろ
構内に閉じ込められた大隊にどこ向かわせるかは……
梅田は論外、近くの難波もあかんな、地上の一般人の数が多すぎる
大阪港あたりでどうや ちょうど件のテーマパークあるあたりやな
あそこなら派手な花火打ち上げて幕引きにするには丁度ええ
ぶん投げで悪いけどあとは、頼みますわ
玉ノ井・狐狛
◎
死ぬも殺すも、やくざ屋の内輪でなら、勝手にしろっちゅう話だわな
そこを請け負ったならともかく、今回はちがう……っつーか“殲滅”とか言ってた気がするぜ
けど、外野を巻き込む悪戯なら、そいつァ守備範囲内だ
猟兵の報告にまで口出しはしない。が、カタギ向けの報道に載るようじゃ、うまくない
千里眼と盗視を併用。塹壕全域を把捉
►白►冊▻見切り▻視力▻盗み
そうしてまばたきをひとつ――おっと、頑張って掘った塹壕は、夢だったかもしれないなァ
◈UC
こんな内輪もめは、“異状なし、報告すべき件なし”で終わってもらおう
だから塹壕やらが残ってちゃ困る
あァ、軍隊の“殲滅”は得意なヤツに任せたいところだ
歩きやすくはしておいたからよ
●
「路線図が同じやとええなあ」
水衛・巽(鬼祓・f01428)の生きてきた世界でのオオサカは、九つの路線で分かれている。
今、このサクラミラージュの地下に彫られた線路が同じ道をたどっているのかは確認する時間もなかった。腹のくくりどころに、青年は不敵に笑う。
「せやけど、――土地は一緒らしいな」
自分に確認しながら言葉にした。
もはや、奮い立たせるための暗示に似ている。巽の過ごしてきた平穏ながらの波乱と、超常がらみの万丈は規模が違うのだ。渦巻く呪詛を感じながら、地下鉄への足を進めていた。
彼が訪れたのは、大阪地下鉄のタニマチセン。ヒガシ・ウメダ駅。
狭い天井を見渡しながら考える。これは大仕事だ。
広いオオサカの地下を兵隊が所狭しと大行進を始めている。改札を抜ければざ、ざ、とコンバットブーツが線路の中を進む音がしていた。
呪われた住民たちの吐しゃ物や血反吐で饐えた臭いもする中で、巽は息をひそめる。ホームに降りる階段から、しゃがみ込んでその様子を見ていた。
歩くことばかりに集中しているようで、兵隊たちはホームに戻ってこない。ヒガシウメダ駅は、オオサカ駅と近くにあるウメダ駅にくらべて元から静かなものだ。しかし、中心部に変わりはない。
「上がって来ゃあらへんってことは、まだ行進は『途中』ってこっちゃな」
身震いした。
おびただしい数の軍隊がいる。これらは、巽の予想が当てはまるとしたら、オオサカを本当に埋め尽くすくらいの量で生まれていることになる。
「迷惑な人らや」
ひとのかたちをした悪夢が、地上の制圧に向けて所狭しと並ぼうとしていた。
●
死ぬも殺すも内論でのことであれば、勝手にしろという話だ。
玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は、今回のオーダーをもう一度頭の中で確認していた。殲滅である。
外野を巻き込む大きな悪戯は、猟兵たちの目に触れて当然だ。
「勝手にしていい」ことではあるが、殲滅からは守ってやれない。狐狛が歩けば、大きな狐耳がぴょこぴょこ揺れた。
「猟兵の報告にまで口出しはしない。が、カタギ向けの報道に載るようじゃ、うまくない」
「同感だな」
ぶっきらぼうに返事を返したのは、アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)だ。
彼こそ、狐狛が此度仕事を共にする虎である。
あまりにも膨大な力を保有する彼は、一人で爆弾級だ。神の焔すらも書き換えてしまうほどの原理をはらむアルトリウスは、世間知らずではあるがゆえに勤勉だった。
「解析は終わっている」
「仕事が早いねぇ」
戦域に展開する『原理』を定めるために、アルトリウスは線路の解析を行った。彼の周りに青い光が輪郭を保ち、くるくると回っている。狐狛もそれをちらりと見てから、続きを促した。
「俺達がいるのは、ミドウスジセン、ウメダ駅。オオサカでいうところの『心臓』といって差し支えない。この辺りには駅が乱立していて、ほぼほとんどの路線が枝葉になっている。ただ、地上に出るための距離は短い」
「地上に出られたら始まるのはジェノサイドってか。まァ、ご勘弁ねがいたいぜ」
祭りは派手なものだが、わざわざ内輪もめをここまで大きくできたのも浅ましい。狐狛が形の整う口元を手のひらで覆いながら、考えていた。
「こんな内輪もめは、“異状なし、報告すべき件なし”で終わってもらおう」
「同意する」
「だから塹壕やらが残ってちゃ困る。夢だったことにしねぇとな」
ここが地獄なら、脱獄はさせない。
にぃ、と意地悪く笑った狐が、駅にアルトリウスを置いた。
「他の猟兵にも、プランの共有してくらぁ――あっちだったよな?」
「ああ。入り乱れているから、迷子にならないようにしてくれ」
「わかってるって。ガキじゃねぇんだ」
ふりふり、ぴょこぴょこと獣の象徴が揺れながら歩いていくのを、アルトリウスが見送っていた。
●
「めっちゃくちゃやなぁ、もう」
「まあそう言うなって。な? オニーサン。賭けてみる価値はあるだろ?」
巽のもとに狐狛が迷いなくたどり着いたのは、ひとえに彼女の『強運』のおかげである。
入り乱れた駅もだが、オオサカあたりは非常に煩雑としていて人の流れに飲まれやすい。よく、迷宮と形容されることもあった。此度は人が一人もいないからというのも『幸運』である。
持つものを持っている賭博師が、陰陽師の青年の前でくつくつと笑った。
「いわゆる、重ね掛けだよ。アンタの力と、あっちに置いてきた――トンデモ級の人の力をな」
凶将、天空は。十二天将がうちの柱である。
損失、不実、計略、消耗などを象徴する彼は『よいこと』に働きかければ物事を無難にまとめられる存在だ。土神でもある。いくら広いとはいえ、オオサカ全域程度に根を張ることなど造作でもない。
巽の仕事は、天空の機嫌を取りながらその力を行使することだ。
いくら凶将とて神である。不遜にしてはならないもので、丁寧に巽はこの世との仲介人を果たさねばならなかった。
「わかった。わかりました。一回、やってみましょう」
考えている時間はない。
こうしている間にも、巽と狐狛の前では行進が行われている。整った歩き方はいっそ狂っているようにも見えた。
「ただ、出口は決めさせてください」
「いいぜ。ぶっちゃけ、アタシもこっちの土地にはなじみがない。別の世界もな。アンタのほうが詳しいってなら、そうしようや」
ウインクをきれいにして見せた狐狛の意味するところは、やや遅れて気づく。巽との会話を拾った数体の兵士たちが機関銃を構えていた。パンツァーファウストを視認して、思わず体を伏せる。
「大丈夫だ。どーんと、ぶちかませ」
【無手の狐は眼で戮す】。兵士たちがいくら引き金を引いても、銃撃が起きない。巽とおそらく同じ顔をマスクの下でしていただろう彼らに、狐がけらけらと笑った。まばたきはしない。
「頑張って掘った塹壕は、夢だったかもしれないなァ――?」
●
「始まったか」
改札を悠々と通って、アルトリウスは駅のホームに降り立つこともない。
求められたことを為すために、『超克』をまず展開する。
二重螺旋のゲノムめいた作りをした針金細工がふわりと彼の周りを浮いて、せわしなく動き始める。人間の体には収まりきらない力をその身に宿そうと、『外』からくみ上げて見せた。輪郭が青白く光りながら、モノトーンの怪物が瞼を伏せる。
長いまつ毛が震えて、うっすらと蒼がのぞいた。海色のアルトリウスのひとみが、首都たる場所を護るために開かれる。
「――『惑え』」
『再帰』の力がとどろく。
数が膨大であるというのならば、まず切り取ってしまえばいい。【天楼】が組みだされた!!
『解放』の原理を駆動する。アルトリウスに備わった力が、暴威を振るうためだ。
対象は戦域のオブリビオン、及びその全行動! 原理を編んだ彼の作る、内から外へは何もできず「自由で理不尽な迷宮に囚われた」概念で縛る論理の牢獄に閉じ込める!
「さあ、――存分に憤れ。迷宮は迷うものだ」
それを、無限に繰り返す。
テンノウジから発生したとみられる彼らの大行進を、オオサカ――ウメダの位置で刈り取っていくのだ。上へ、上へ、と向かう存在たちを何度でも迷宮送りにしてやる。
遠慮のない起動をさせながら、しかし、確実に数を減らす作戦を前にずいぶんと古い戦い方をする彼らは何が起きたのか理解できない。
「テロの片棒を担ぐなど国防軍の名折れだろう。案内してやる故、眠れ」
慈悲でもあった。
アルトリウスの迷宮は、彼らの体を自壊させる。あっという間に迷宮の中で砂になった彼らの魂を、辱めてやりたくはなかった。戦うという点においては彼らの生前もまた、アルトリウスらと変わらなかったはずである。
何度も、何度も、迷宮は繰り返し作られる。
――迷える気高き兵士たちを眠らせてやるために。
●
このままウメダからキタへは登れないと判断した兵士たちの逆流が始まる。
乱れた隊列を整えもしないで掛けめぐる黒らからあふれる呪詛を、巽は見逃していなかった。
目を閉じて集中する。――手を組み合わせた。
かち、かち、と引き金の音がするのに弾は飛んでこない。狐狛が視認しているおかげだ。しかし、これも『彼女』のせいだと分かれば確実に肉弾戦を仕掛けてくるだろう。
早く、早く――落ち着け。考えろ。
呪詛を手繰り、その範囲を知る。オオサカ全域に蔓延ったそれをちょうど、「ひっくりかえす」イメージを脳に描いた。地下鉄の数は変わらないと狐狛から聴いてある。ならば、より一層想像にたやすい。
階段にぺたりと手をつけた。うなだれるような姿に、兵士の一人が銃をハンマー代わりに打ち付けようと振りかぶる。
――梅田は論外、近くの難波もあかんな、地上の一般人の数が多すぎる。
「丁か、半か」
思考を巡らせる巽の耳に、狐のささやきが届いた。
「決めな」
「――幕引きにするには、ちょうどええ」
発動、【天空魔境】!!
真っ黒な迷路が作られた。漆黒の世界に閉じ込められた彼らが、あたりを見回している。巽を襲うはずだった存在も彼の姿が視界から消えて、頭ではなくその手前にある階段に銃を打ち付けることになった。
ざわつく世界ににやりと笑う顔も、今は誰にも見えていない。顎を伝う汗を服の袖で拭って、巽が体をこわばらせていた。強大な力を扱う人の身の軟弱さを恥じる。
「大丈夫か、肩持つぜ」
「すみません」 ・・・・
「でかした。大したモンだよ、アンタ。大当たりだ」
背中をたたかれて、意識をどうにか保っている。
天空に覆われたオオサカ地下鉄全域は、光を失った。歩む道は変わらないが、出口は一つに絞られている。猟兵たちには干渉をしない術式を保つのにも巽は一苦労だった。夜からずっと働きづめで、体は当然疲弊する。
階段をどうにか上って、座り込んだ。狐狛もとなりに座る。
「どこを出口にしたんだ。――アタシが共有してくる」
「大阪港です。テーマパークがあって、派手な花火しても、違和感もあらへんかとおもって、ああ、すみません。えらいもんで」
とてもとても、会話ができるような状態ではなかった。
起動する術式の範囲も広いうえ扱うものも大きい。腹の中に悪夢をしまった凶将だけが機嫌もよいのだ。
「ぶん投げで悪いけどあとは、頼みますわ」
――約束は果たしたとも。
必ず、すべてを護る。誰も死なせない。巽の藍色の瞳を暗がりの中で見た狐が頷いた。
「どうした」
そこに、アルトリウスも合流する。
ずっと「起動」させ続けているのだ。彼自信が定点から離れても何ら支障はない。それよりも、目の前で消耗している仲間が気になってやってきたのだろう。
「悪い、アンタ――見ててくれねぇか」
「わかった」
狐狛が走る。他の猟兵たちに伝えるために下駄を鳴らして走っていく。
青白い光に照らされながら、巽が体の疲れが軽くなるのを感じていた。目でそれを追えば、「邪魔だったか」とアルトリウスが首をかしげる。
「すまない。余計なことかもしれないが」
「――いいえ。そんな」
目の前の巽の『消耗』をなかったことにしている。
『刻真』の力だ。文字通りに時間を巻き戻して、『絶理』にて破棄する。巽の体は、すっかり『今日の昼頃』までの体調に戻り『続けて』いた。
「ありがとうございます」
礼を言われて、アルトリウスが瞬く。
「――、『どういたしまして』」
どこかぎこちないその言い方に、巽が思わず微笑んだのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
また厄介なことを
呪詛に変わる情念が煩くて敵わん
困るんだよなァ、こういうの
ま……気持ちは多少、分からんでもない
私が見たいのは心底の笑顔の方だがな
奴らに声を掛けたい者がいるなら時間は稼ぐ
私は仕事を熟させてもらおう
幻想展開、【冀求】
五匹を私の護衛へ
他は全て攻撃に回す
他の猟兵に飛んだ攻撃を庇わせ、奴らの動きを阻害
あァ――上から中央に向けて急襲させても良い
隊列を崩して掻き乱してやれば、足は止まるであろう
その死にそうな男らは間違っても殺すなよ
帝都を騒がせた事件は解決されて、男と女が死んだ
他に語るべきこともない
――死んだ悪なんざ誰にとっても他人事だ
日々の些事にさえ勝てない
……本人が満足したなら、構わんがな
朱酉・逢真
ひひっ、かわいい坊やだねぇ。純粋で無垢な執着だ。兄さんもきれいな怒りっぷりだ。美人は狂っても美人だねえ。そっちのお嬢さんも。腐っていく姿まで別嬪さんだったなあ。美人同士でお似合いだぜ。《次》も一緒になれるといいな。定命の心は想像もできんし長く覚えたりもしねぇから、俺はとんと退屈知らずさ。いつだって世界のすべてが新鮮で、心の底からいとおしいンだ。
だからこそ影朧だけは片付けねえとな。《獸》に乗って近場の地下鉄入り口へ。この《宿》は虚弱でね。追ったところで役にゃァ立たねえ。数には数さ。大量の《虫》と《鳥》を流し込む。地雷犬だっけェ? ひひ、人間はこわいこと考えるよなァ。
●
地上には人影がひとつとしてない。世界を覆った神の胎の中で、一匹の竜が歩いていた。閉められたシャッターも、街並みも、今は視認すらあやしい。
澄みすぎた結界の中で、呪詛にまみれた体も長くは置いておくつもりもなかった。美しすぎる世界というのが、確かに息苦しいというのも理解できる。
混沌と秩序の話だ。かの虎は混沌の生き物で、龍が秩序の生き物だっただけのことである。かみ合わなかった二つの歯車がようやくお互いの異常を理解しあった結果の騒ぎは、仕組みこそ見えてもニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)には一つとして『どうでもよい』ことだった。
「困るんだよなぁ、こういうの」
男と男の小競り合いの中で、男と女が死んだだけ。
事実を並べれば、何の悲劇にもならない。三流の映画よりも劣るようなものを、世界の危機としても思えなかった。ニルズヘッグは、地下鉄の階段を下りる。
耳元にかすめる情念がやかましい。
耳たぶに右手で触れながら、ため息を吐いた。呪詛そのものの竜故だが、情念らが呪詛に切り替わる瞬間の『断末魔』はいつ聞いても聞くに堪えないのだ。周りの音まで遮断されそうな聞こえぬ音波に眉を顰める。
「ま、――気持ちは多少、分からんでもない」
私が見たいのは心底からの笑顔の方だがなと付け加えながら、階段を下りていく。汚濁と聖域のはざまがちょうど呼吸をしやすくて、今のうちにと深呼吸をした。
「む」
「おや」
目の前に、黒い男が立っている。
「ひひ、――かわいい坊やだったねぇ」
「ふはは! 神からすると、そう見えるのか? 私にはどっちも屈強な割に、今にも死にかけな人間に見えたがなァ!」
朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)がくつくつと笑いながら、ニルズヘッグに振り向いた。
たまたま同じ駅に居合わせたらしい同胞の姿に、まず互いで笑いあう。喜ばしいことだ。
「ありゃ、純粋で無垢な執着だ。あの兄さんもきれいな怒りっぷりだったし、やっぱり美人は狂っても美人だねえ」
逢真は、凶星の神だ。
疫病を扱い、朱色の羽をもつかの存在は『足す』神の反対の位置にある。『減らす』役目をすることで世界を守り、人を守る存在はまぎれもなくどちらもを愛しているのだ。
人というのは、数があまりに多い。しかし、一人一人の輝きというものは本当に尊いものだ。うっとりとしたまま、逢真が思い返す。
「お嬢さんも。腐っていく姿まで別嬪さんだったなあ。美人同士でお似合いだぜ、あのふたり」
ニルズヘッグが、ちらりと駅の看板を見る。難しい漢字は世界の補助にて解読ができる。
「そうかァ。私にはよくわからんが、貴様がそういうのならば間違いではないのだろうなァ」
「《次》も一緒になれるといいな」
「求めあうのなら、そうなるだろうよ。人間の情念は時に奇跡を生むからなァ!」
逢真には、美しくもはかない人間の気持ちは想像ができない。
悠久を生きる神が人を知ってその形を保ちながらも、神であることを忘れないように。人の心を理解できないし、ひとつひとつを憶えていられない。だから、此度の争いだっていつか忘れてしまうだろう。それでも、また同じものを悠久の中で見つけて「あっ」と驚いてしまえる楽しさがあった。
「――いとおしいンだ」心の底から、ため息交じりにつぶやく。
「私もだよ」
ニルズヘッグが肯定した。彼もまた、世界を愛して、人を愛する竜である。
人と共にあるために『悪』というものは必要だ。善いものばかりではいずれ人は『狂いだす』。この悪どもは、――世界に必要とされる存在たちだった。
善と悪に渦巻く世界こそ、常に改変があるから輝き方も異なり始める。すると、どこの角度から見てもおもしろい完璧な球体に成る。それを、『美しい』と形容するのだ。
「ひひ、話が合うねェ」
「ふはは! 嬉しい事よなァ」
――とすれば、目的は合致する。
今、ニルズヘッグと逢真が在るのはオオサカ市営地下鉄、ナガホリツルミチョクチ線、ナガホリバシ駅である。
シンサイバシ駅に近く、地上にはオフィスが多い。販売店も多くあり、働き盛りを集めたい飲食店もある場所だ。
駅の内部は狭い。一つのホームに二つしか線路がないから、左右に分かれればちょうど二人で制圧できる計算だ。
「――死んだ悪なんざ誰にとっても他人事だ」
ぽつりと、ニルズヘッグが線路に降り立ち、告げる。
「日々の些事にさえ勝てない。無駄なことだったと、直ぐ気づくだろうよ。それでも……本人が満足したなら、構わんがな」
隊列の行進がすぐそこまで来ていた。ニルズヘッグに向かって銃口を向ける。すぐに発砲してこないあたり、元は人間らしい。虎の姿が見えないから、きっと彼は別の『路線』で行ったのだ。
「『頼むぞ、同胞』」
【冀求】にて、竜たちが召喚される。世界最悪の竜に協力するあらくれたちは、凍える痛みを翼に変えて咆哮をした。対のホームに、逢真の姿はない。かの神は、ホームに降りる階段で『獸』に座ってじいっと光景を見ていた。
「ああ、きれいだなァ」
上から中央に向かって、竜が飛翔する。
目先の脅威に向かって機関銃が乱射された。ぱらぱらと銃弾が激しく散るのを、竜たちは翼で受け止める。盾のようにして交錯させた翼ごと体をまとめ、ぎゅるりとひねりを加えれば即席の突撃槍だ。
降る槍に、なんなくひとがたは貫かれていく。
「死にそうな男らが居れば、間違っても殺すなよ」
ぐるるとのどを唸らせてニルズヘッグがどんどん奥へ奥へと降り注ぐ彼らに告げたのならば、名も知れぬ兵士の叫び声が虚無に震えた。
媒介の毛を撫でてやりながら、逢真も己の『宿』を気にして慎重に繰る。
「地雷犬だっけェ? ひひ、人間はこわいこと考えるよなァ」
これも、人間の知恵が一つだ。
【凶神の寵子】たちは、逢真の眷属である。躊躇いもなく飛び出した彼らは、主のためになるのならば喜んで犠牲を選んだ。
飛び出した大量の虫は、百足、蜘蛛、蛾、――体に爆炎を背負った彼らと、鳥どもが飛び出す。
命の価値はどれも等しい。ゆえに、『殲滅する数』には同じ量の命を用意する必要があった。
「ゆっくり、おやすみよ」
神からのねぎらいの言葉をきっかけに、爆炎は立ち上る。流し込まれた逢真の眷属たちは理性を失い、兵士に衝突、または踏みつぶされたのちに絶命すれば派手に爆発を起こした。
街の『血管』に沿って流し込んでいく。これもまた、『病』の仕事だ。
薬は毒で、毒は薬である。流し込まれた逢真の疫病が、赤い炎を瞬かせながらトンネルの中に続いた。
「港だっけか、行き先にしたってぇのは」
「そうだったな。――まあ、この線は通じていない」
ならば、余すことなく上下すべて蹂躙でよかろう。
ニルズヘッグが興味もなさげにあっけらかんと言えば、逢真は呵々と喉を震わせて笑った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
巫代居・門
◎△
聞いた、いや、最初街に放った禍羽牙から見ていたのか
両方か
舞台上なら、死ぬのはあんただよな
虎という演出家が彩るだもんな
頭が痛い
呪詛、いや自己嫌悪か
幕を引いたなら、破魔の刃を振るいに行っても構わないだろうに
暗い舞台に上がらずにいる
心地の良い有象無象と面をあわせている
『蝕根鈴』二章で増幅させた【呪詛】による【暗殺】
呪いに狂って混ざって捻れて融けて、消えてくれ
助けたかったか
そうだな、助けたかったさ
いや、違うか
助かって欲しかった、だな
俺は助けようとしなかったんだからさ
……
そうだな八つ当たりだ
相手になってくれよ、ガキみたいにみっともなく八つ当たりしてやるから
ロニ・グィー
◎
はーぁ、まあそうなるよねえ
あれだけ誰彼かまわず囮を揃えたんだから
止めるべきだったって?無駄無駄
“そういう流れ”ってやつだよ
じゃあボクは精々君たちの結末を見届けさせてもらおうか
じゃ、それはそれとして地下のお掃除もしちゃおう!
第六感と勘で“そこ”までの移動ルートを勘定してドリルボールやらを地下鉄線路の方々に放とう
サイズは……まあ逃げ場のないくらいの大きさにしとけば問題無いよね!
ほらほら、道を開けた開けた!まだ邪魔をするならUCでドーンッ!
まあ好きだったんだろうねえ、憎むほど……いや嫉妬するほどかな?
ああ、本当に、本当に、人間って……どうしようもない
でも…フフッどうしてかなあやっぱり放っておけない
●
止めるべきだった、というのは結果論だ。
「はーぁ、まあそうなるよねえ」
ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)からしても、この騒動のかなめになった虎鉄という人物はひとらしい獣だったと思える。
彼はロニとは似た傾向があるのだ。望むがままに歩き、そのようにことを為すことを生きがいとして辛抱強く堪えていたあたりはロニよりも我慢が効いたとすら思える。
――だから、きっと止めたって獣は止まらなかった。
「やっぱり君はお利口さんだったんだ」
機嫌よくつま先で体を跳ねさせながら、階段を下りる。
地下鉄に向かうための狭い通路は、風をびゅうっと吹かせていた。ロニの桜色を弄びながら、混乱してわめく兵士たちの声も届ける。
「これは、“そういう流れ”ってやつだった」
ロニは、神だ。
どんな神でも、平気で信者の上にミサイルだって落とす。
けして彼らを嫌ってのことでもなければ、サディストということでもない。神にとってはミサイルを押した手の持ち主すら等しくいとおしいというだけのことである。
ロニが虎に抱く感情は、まさにそれだった。
彼もまた、いとおしい。神からすれば、彼だけを妨害するなどそれこそ、神らしくないことであった。鼻歌を歌いながら、眼帯の位置を美しい指先で治して改札をスキップでくぐる。小さな暴威はくるり、くるりと面白おかしくつま先で回ってから、止まったエスカレーターを二段飛ばしで降りて行った。
●
鬱屈とした想いは胸に満ちて、ずしりと重い。
ずきずきと痛みだした頭が主にこめかみを刺激することから、ストレス性の片頭痛だと突き詰めるにそう時間はかからなかった。
「――っち」
巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)は、ロニの降りて行った地下鉄の入り口でしゃがみ込んでいた。
目の前を歩いていた彼が神であるからというのもあるが、見目麗しいのもある。暗い舞台にて引き立つのはロニのほうが賢明だ。こんなときまで、他人からの評価を気にして動けない自分に門は低く唸った。
ストレスに成り得るが、それが大きな原因ではない。ささいなことだ。
女の死に顔が、蔓延った禍羽牙から見た景色で脳裏より呼び起こされる。
死んでいても美人は美人だなと思ってしまったことが情けない。もっとも、それは己の傷を隠すための思考だった。もっともっと奥をたどれば、――その顔に『傷ついてしまった』自分が見えてくる。
「助けたかったか。そうだな、助けたかったさ」口角が吊り上がる。
息を深く吐いて、猟兵たちに守られた世界でゆっくり息を吸った。星の瞬きすら許さない暗闇が心地いい。
自分が今どこにいるかというのは重大なことでない。思考を整理するうちに、暗がりの中で見えた『タニマチ六丁目』の文字を理解できる冷静を得たころに、自分への評価も終結する。
「――いや、違うか」
門は、見ていただけだった。
助かってほしかったのだ。都合よく、誰かが、手を取ってかばったりしてほしかったし、できれば死に至らないくらいの痛みで終わってほしかった。
胸の奥がツンと痛む。
鼻をすすりそうになる己があまりにも白々しい。門は、手すりにもしがみつけないまま座っていた。胸に詰まったなまりの様な重さが、ゆっくりと熱をはらんでぐらぐらと煮える。
子供のように泣きじゃくってしまいたかった。混乱する情緒に顔を抑えながら、仕事だと言い訳をして感情に蓋をしそうになって――止まる。
先ほど増幅させた呪詛が門の周りで渦巻いているのだ。
門がそれを扱える限り、彼らは隠れるようにして体内やそばに潜んでいる。今か今かと敵意をむき出しにしたがる戯言に頷いて、青年は重々しく口を開いた。
口から、溶けた鉄でも吐き出してしまえそうなくらいの声色だった。
「そうだな」
――今から始まるのは、八つ当たりだ。
●
「ほらほら! 道を開けた開けたぁ!」
ロニが地下鉄のホームで手を叩く。場所は、オオサカ市営地下鉄、タニマチ線、テンマバシ駅。
キョウトとつながる地上の線路があるこのエリアの門番となったロニは、すっかり隊列の乱れた彼らを叱責するように地下鉄の線路にドリルボールを放った。
旋回する突起に体を貫かれながら致命には至らない。銃器を乱暴に撃っても、バランスの崩れた体ではいくら兵士とはいえまともに狙えたものではなかった。ロニの足元で鉛玉が跳ねて、あらぬ方向へ飛んでいく。
「ねえ、まだ邪魔するの? もういいよ」
はあ、とため息を吐いたロニが体の力を一度抜く。
うなだれるような姿勢のあと、その体は『消えた』。地面に大きな『足跡』をつけて、地下鉄の天井に細い体が舞っている。
「せーのッ」
【神撃】。
暴風が巻き起こった。隻眼の黄金が眼光を連れて、にいっとゆがむ。
純粋な神の鉄槌そのものだった。拳が振り下ろされた地点にいた兵士たちは跡形もなく消し飛び、線路は壊れてしまっている。壁すらも大きく陥没させた衝撃波を前に、兵士たちは絶対の力を思い知ってしまった。
二の足を踏んで、それから逃げるようにロニに背を向ける彼らに、それ以上はない。
――ロニの目的は、誘導だ。
ほぼ勘である。今、地上と地下鉄を断絶しているとある凶将の胎の中には出口があった。それがどこかなどは、ロニにはどうでもいい。ただ、導くべきだというのは理解できたから、風の流れにしたがって通しただけのことだ。
「まあ好きだったんだろうねえ、憎むほど……いや嫉妬するほどかな?」
唇に手を添えながら、考える。
そのほほをかすめるようにして、不浄の有象無象が飛んで行った。
鼓膜を振るわされた音に耳をひそめて、ロニがにらめば【蝕根鈴】は振り向くことなく兵士たちを追っていく。
「追い立てるだけじゃいやだって?」
返事はない。
代わりに、兵士たちの生々しい悲鳴が聞こえた。
恐怖に満ちたトンネルの中で、どんどん過去が消失していく。狂わされ、混ざり、ねじれて融けて跡形もなくみるみる減っていく彼らが哀れでありながら、あまりにも純粋な暴力の持ち主を悟った。
――消えてくれ。
どこから乗せられた呪詛かもわからない。
それどころか、人間の思考はつくづくわからない。どうしようもないほど神にとっては愚かだからだ。それでも、嗚呼、唇から吐息が漏れて穏やかに微笑んでしまうのが神である。
「――どうしてかなぁ、やっぱり、放っておけない」
どんな騒ぎであっても、どれほど歪んだ自己投影であってもいとおしい。
たとえ、その先にあるのが小さな終わりだったとしても。ロニにはそれこそ、人間らしくて抱きしめてしまいたいものに違いなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鎧坂・灯理
同情はしない 哀れとも思わない
貴様がしてきたことが返ってきただけだろう
他人事じゃないんでね……つい最近の自分を見るようだ
報いの矛先は 「実行者だけ」を狙う物じゃない
何度だって心に刻むさ
さて 敵は地下鉄に逃げ込んだ、と
さすがに地下鉄をふらふらしてる一般人は居ないだろう
居ても死んでるだろうし 遠慮はいらないか
「玄武」内部に『ORCA』を展開 地下鉄全域をハッキング
全電車を走らせろ ドローンを飛ばして運転を行え
過去の亡霊どもを轢き潰せ
その女も、貴様のような男を愛していたなら こうなることとて覚悟はしていただろうよ
自分の不注意で、最愛が死ぬ苦痛
私は知っている――知っている 二度と味わうものか
インディゴ・クロワッサン
◎
ささっと何時もの服に【早着替え】して『集合場所』に向かってたら、もう始まってて。
「あーっはっはっは!これは良いねぇ!」
予想外だったけど、ちょっとだけ気分が乗ったし…
【SPD】
「何もかも…って訳にはいかないけど───壊してしまおうか!」
UC:暴走覚醒・藍薔薇纏ウ吸血鬼 を使用して、オブリビオンの群れに突撃して大暴れだー☆
あ、理性が飛んでるから会話はしないけど、他の猟兵の邪魔は基本的に可能な限りしないよー
使用技能:大暴れ出来そうなのは大体使うよ☆
使用武器:愛用の黒剣を中心に色々(手刀も噛み付きも大歓迎☆)
あ、戦闘に夢中だから龍も虎もガン無視だよ
会話させたいなら、UC解除してからで宜しく~☆
宵雛花・十雉
寧(f22642)と
くそっ、何でこんなことに…
ハルの語った過去を思い出せば、やるせなさに奥歯を噛み締める
居場所を見つけられない奴に居場所を作ってやれる人間か…
神谷ハル、アンタも龍興に居場所を貰ったんだよな
あぁ分かってるぜ、寧
龍興を連れて行く
それがオレたちに出来るせめてもの弔いさ
寧の悪魔と協力しながら龍興とハルを運ぶ
ほら立てよ、龍興
動けねぇなら肩貸してやる
それでも駄目なら担いでやっから
敵が出てきたら赤鬼と青鬼を喚び出して、思う存分暴れさせる
龍でも虎でもねぇ
お前らにゃ鬼を見せてやるよ
鬼がやられちまったらオレが薙刀持って前に出るさ
こいつらの相手は任せな
龍興たちのこと…頼んだぜ、寧
花仰木・寧
十雉さん(f23050)と
……なんてこと
間に合わなかった手を、握り、下ろす
――他人ですわ
少し、言葉を交わしただけの
けれど
龍興さんの思いも、ハルさんの覚悟も、すべて無に帰した
気づけず思い至らず守ることもできず
容易く目の前で散らせた
それが、そう、口惜しいのです
潰えた命を取り戻すことできずとも
せめて龍興さんを、望む場所まで
彼女……ハルさんも
呼び出した悪魔に二人を抱えさせ
或いは手が足りていれば、悪魔に周囲の露払いを
私はか弱い只の女ですけれど
――女には、棘がございますのよ
途中でハイヒールを脱ぎ捨て、戦場を走る
碌に戦えない私にできることは、只それだけ
だったら死ぬ気で走ってみせるわ
●
同情はしないし、哀れとも思わない。
因果応報とはよくいったもので、悪いこともよいことも、あの人間に跳ね返ってきただけのことである。鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)には、身に覚えがある光景だった。
最近の自分にそっくりな背中だった。大きさの問題ではなく、考えの至らなさだ。懸命に革命と理想を世界に押し付けて前に進んでいた彼の背はあまりに脆い。己も、あんな体をしていたのだろう。
「さて――遠慮はいらないか」
こつ、こつ、と靴底を鳴らしながら駅のホームにて周りを見る。
場所は、オオサカ市営地下鉄ミドウスジ線、『ナンバ駅』。
マップで見れば、ちょうどオオサカで一番観光客が多く食い倒れる街であるという。しかし、ここに『住んでいる』人間はそれほど多くない。ほとんどが府外からの出稼ぎで出来ている。
それに、地上は灯理のうなじを焦がすようなかの力で覆われていた。
――まさか、とは思うが。
「ねえ、ねえ。どうするの?」
一声発したと思えば沈黙をした灯理に、インディゴ・クロワッサン(藍染め三日月・f07157)は何時もの戦闘服に着替えた姿で問う。几帳面にピンをとめなおし、しゃららと胸に鎖が鳴いた。
インディゴが答えを急くのも無理はない。灯理は、「そうですね、説明を」と返して頷いた。
この半魔が行うことは、『覚醒』である。理性を失う分、非常にコミュニケーション力が落ちてしまうが線路を走って逃げていく津波たちに会話は必要ない。
せめて、始める前に灯理とは丁寧に打ち合わせをしておきたかったのだ。
「ド派手なこと、ですよ。お好きですか? ミスタ」鬼よりも鬼らしく笑った灯理の顔に、インディゴもまた悪戯のすきそうな顔で凶悪に笑って見せた。
「――ははっ、うん! 大歓迎!」
明るい声の向こうには、どうもうな色が宿っている。
津波たちは、ただただ逃げまわしながら己らの身に何が起こるかなど考えていないようだった。彼らの頭上で胴上げのように運ばれていた虎の姿はない。
終着は、港。灯理が路線図を眼帯で解析するころには、彼のけだものの居場所もわかった。
●
その場に居合わせた時。
花仰木・寧(不凋花・f22642)は、手を伸ばしたのだ。
いけない、あぶない、ここで死んでは――何も、為せないと。
少し言葉を交わしただけの他人に、何を知った気で干渉をしているのだと自分でも思う。しかし、寧は聴いてしまっていた。
それは、宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)も同じことである。
意気地なしの己が性根をこれほど歯がゆく思ったことはない。
寧の隣で聞いていた。『覚悟』を決めた女の顔は、あまりにも美しくて、したたかである。自分ではどうやってもその横顔にはなれないし、真似もできないだろうと思っていたところであった。
「神谷ハル」
死体のほほに、指先で触れてやる。
「アンタも龍興に居場所を貰ったんだよな」
寧と十雉が、龍興を拾った。テンノウジ駅から送りだされてよたよたと歩く彼を二人で支えながら歩いている。死体をどうしても置いていきたがらない龍興が、唇を戦慄かせていたのを見ていた。
「悲しンだってくれるんか」
「――ええ」
自分の気持ちの問題だ。
寧が、頷き乍らじくりと胸に痛みを感じていた。
気づけなかった。どうやったって、「傷つけるなら」本人を狙うよりも、本人が大事にしているものを台無しにしてやる方がずっといいに決まっている。
守ることもできなかった。何もできない、という先入観は寧の腕も、十雉の勢いも殺してしまったのだ。
――容易く、目の前で散らせてしまったことの口惜しいこと。
「すまん。おおきに、おおきに――」
頭を垂れて、背中を丸めて死体に寄り添って歩き続けようとする彼の、痛ましさが見てられない。
寧は、【ヴィクトリアの檻】で二人を囲った。
契約に応じ、愛を吸った魔性花である大鬼蓮が姿を表せば、龍興はようやくひざを折ってごろりと横たわる。
「あまり喋るんじゃァねェよ。龍興。ほら、ちゃんと足、全部のっけな」
「かんにん、――ほんまに、すまん」
「安く謝んなって。ほら、早く」上等な革靴を履いている足が今にも融けそうで、真黒なスーツに血がにじんでいるのは匂いで理解した。
丁寧に十雉がふたりを寧の花に乗せてやったところで、龍興に尋ねる。
どこに向かっていたのかといえば、龍興が言うには地下鉄だ。
近くのナンバ駅に入り込んで、虎を追って線路を歩こうとしていたのだという。今は地下中に呪詛の化生が蔓延っていると伝えれば、ますます参った顔をした。
「だが、港に行くようにはしてあるみてぇだ。アンタ、港に何かゆかりでもあるんじゃあねえのかい?」
「――。虎と、出会うた場所や」
「宿命の地、でしょうか」
ちらりと寧が地下につながる階段を見やる。駅はずいぶん広いらしく、町中のどこからでも入れるようだった。
「他の猟兵が――いるといいのですが」
「いなくても、オレたちでなんとかしてやらぁ」
【神織双鬼】。
ぱしりと己の両ほほを張って、十雉が赤鬼と青鬼を呼び出す。どう猛な顔つきをした彼らは龍や虎には劣るかもしれないが、屈強で暴れさせれば右に出る怪異はまずない。まして、今や彼らの絶好の暴れ時だ。
――さまよう亡者を苛め抜くのが本来の仕事である。
「行くぜ。寧」
その背中が、いつもの優男めいただらしのないものではない。
寧が瞬きをして、じいっと見つめていたら十雉が振り向いた。
「――龍興たちのこと。頼んだ」
変わらねばならないときがある。
胡散臭いままでいられない。人情家だ。十雉の表情がらしくないことに驚いている寧だって、寧らしくあるのをやめねばならない時が来た。
――できないと思っていたから、助けられなかったのだろう。
ばしり、と強く己の両ほほを手のひらで叩いて、じっとした彼女に今度は十雉のほうが驚くことになった。
「はい」
静かで、少し震えた声でまっすぐ前を見た女は、『イイ女』に違いない。
●
【技術:電脳の鯱】は、『ORCA』という高性能の人工知能を背負ったシェルターだ。それは瞬く間に地下鉄のトンネルをすべて駆け巡っていった。一瞬、青白い五角形が壁や天井、線路を埋め尽くしたかと思いきや――ふつりと消えて暗闇が戻る。
銃器を鋭く構えて警戒した兵士たちが恐怖に染まったが、何も起こらない。じりじりとつま先を前に出して、すり足で歩いていく彼らの丸められた背中を、光が包んだ。
「あーっはっはっは! これは良いねぇ! 最高だぁっ!」
けらけらとインディゴが笑うのも無理はない。
まるで、残酷な処刑だった。灯理のハッキングした電車たちは無人のままに『ORCA』の導きのまま全速力で駆け巡る!! ごうっと風を切った鉄の処刑具が、肉片をミンチに変える音を聞き難そうにした灯理は、ポニーテールを乱れさせつつ後頭部を抑えていた。
「全線発進、全速前進、障害物轢殺。噫、――本日もご利用、有難うございます。か?」
灯理の派手な輸送は続く。
仲間たちに押されて跳ね上げられた彼らが、電車が通過した隙に一目散と駆け出して灯理に銃口を向けた。涼しい顔をした眼帯の視線は向けられない。
代わりに、とある兵士は――銃を握った腕ごと、喪失することになった。
「かはッ――」
笑う。
吐息交じりの微笑みだった。
かああああ、と威嚇の息が出る。喉から出しているにしてはあまりにもか細い。しかし、ぎらりと伸びた牙が語る獣性がすべてだった。兵士の首を掴み、握力だけで引きちぎる。胴体がごとりと落ちて、たまらずフラッシュバンを次の兵士は焚いた。
灯理は、一度瞼を閉じる。
――落ち着いたころに目を開けば、そこにあるのは殺戮だった。
「がぁあ、アアア、ああぁあああああああ―――ッッッ!!!!」
【暴走覚醒・藍薔薇纏ウ吸血鬼】がそこに顕現している。
藍薔薇を纏う三対六翼のヴァンパイアは、全速力の電車を避けることすら容易い。ホームにどうにかして這い上がって灯理を狙う兵士には、その頭を掴んで通行する列車とこすり合わせておろしてやる。あっという間に顔を失った兵士の体を投げて、茫然と見ていた次の犠牲者に衝突させた。ホームによろければ、次の瞬間には肉片になる。
翼をはためかせれば、血の海が広がるばかりだ。天井に兵士を投げ、まるでトマトをぶつけた勢いのように血肉を散らせる。吠えるインディゴの姿はまさに怪物で、先ほどまでの愛嬌も見られない。
血に悦んで己の宿命を感じるさまを見て、成程、先に説明をしておいてよかった――と、灯理は黙していた。
「なん、だ――?」
そこに、十雉と寧が半ば階段を転がり落ちるようにして二人と合流する。惨状に声を上げたのは十雉のほうだ。
「おや。重要参考人をお連れで。どこに?」
二人の体は、もはや泥だけといっていい。全速力で何度か通過をする電車に、しめたぞと十雉が立ち上がり灯理に詰め寄る。
「どこにもなにも、龍興を港に届けてやりたいんだ! アンタ、この電車は!?」
「なるほど。ああ、これは私の技術で――」
十雉の鬼気迫る様子に、灯理は眉を顰める。傷だらけだ。
もとより荒事は十雉も寧も得意でない。鬼たちが暴れ、兵隊からの銃弾をふせぎ、ねじ伏せる中で走る十雉の肩が撃ち抜かれた。宿主の集中が痛みで消えたばかりに、鬼たちは居場所を失って異界へ帰ってしまったのである。
ならばと、なぎなたを振り回して寧と共には知ってきたらしい。
寧の足は、素足だった。ちらりと灯理が見れば、傷だらけになっている。
ヒールを途中で投げ捨てて走り続けた彼女の美しい顔はすっかり汗ばんで、息も荒い。力不足を実感したらしい金色の瞳などは潤んでいた。
「すみません、私、私――」
「まだだ、ここまで来たら、いけるって――龍興! 起きろ、しっかりしろぉッ」
今も、上階から迫ってくる存在があった。十雉が龍興のほほをぺちぺちと叩けば、男の意識はゆるりと現実に戻っていく。
「おっと。次弾か」灯理が指笛を吹けば、インディゴも階段の上へ集中する。
「――寧!!」
立ちすくむ寧が、びくりと肩を震わせた。彼女の花には、まだ龍興と、――愛した死体がある。
十雉が、息を切らしながら微笑んだ。
「もういっぺん、頼んだぜ」
――ああ。
ただのかよわい女だとも。
寧の目の前で殺戮を始めたインディゴの様な直接的な強さはない。
己の役を捨ててまで必死になぎなたを振るう十雉のような臨機応変さもない。
灯理のように機械に強く、自分を律する覚悟もまだ足らない。
だけれど、寧は――ただ、美しいだけではいられない!!
「電車を!」
寧のその一言で、灯理は意図を汲んだ。
「――乗り換えは一回。所要時間十八分。お忘れなく」
「龍興さん、お乗りになって」
電車が一台。急停止する。進行方向より逆から流れに追いついた兵士たちはまだ四肢が健在だ。寧がその前に躍り出て、傷だらけの素足で嫋やかに降り立つ。
「私はか弱い只の女ですけれど」
鬼蓮から、龍興と死体が転がるように降ろされた。
ぐう、と立ち上がった彼が、死体を抱えたままに最後部の窓から寧を見る。
しなやかで、強かな背中だった。
「――女には、棘がございますのよ」
列車が、動き出す。
降り注いだ花弁が兵士たちを貫き、その場に固定する。
寧は、振り向かなかった。――ただ、『愛』の行方を信じて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ティオレンシア・シーディア
◎△
…憧れの相手に負の感情を向けてほしかった、のかしらぁ…?
まあ、あたしそのへんは正直興味ないし本気でどーでもいいんだけど。
…やり口が気に食わないわね。
ミッドナイトレースに○騎乗してエオロー(結界)のルーンで○オーラ防御の傾斜装甲を展開。牽制弾きつつグレネードバラ撒いて全速で○切り込みかけるわぁ。
パンツァーファウスト?あんな大きな的、狙ってくれって言ってるようなものじゃない。○カウンターで撃ち抜いてそのまま突貫。纏めて●轢殺してやるわぁ。
…「首謀者」、ねぇ。
あたしたちの報告にもよるだろうけど、「幻朧戦線の構成員とその手下」ってとこじゃない?
むしろ政治家センセイの汚職のが大きく扱われそうだけど。
鷲生・嵯泉
どう在ろうと他者の心を全て理解する事なんぞ出来ん
其れに思い至らなかった――否、気付かなかったが故の結末
悔いるならば其の始末、己の手で着ける事だ
穴倉に潜むならば、其の穴の内を隈なく叩いてしまえば良い
――破群領域
乱打を網目の如く巡らせ、弾とて叩き落してくれよう
フェイント絡めて死角から敵射手の首は刎ね飛ばす
1歩たりとも引きはせん、全て討ち果たすまで前へ出る
多少傷を受けようが激痛耐性で捻じ伏せ構いはしない
民に害為す兵なぞ赦し難いにも程がある
悉く、疾く潰えろ
己が命まで賭けた“革命”か
だが其れを阻むものの存在を軽んじた事が敗因だろうよ
猟兵の事だけではない――人の心
測らずに居た其れに足を掬われたという事だ
バルディート・ラーガ
◎△
フウム。やはしヒトの心の機微はむつかしいモンですねエ。
僅かな間だけ関わったかの女も……腹アくくってこそおられやしたが
ココで地獄に呑まれて終いッてエのは本意じゃアございやすまい。
さアて。この卑小なる蛇の身に出来るのは、ただ地獄を呼び出すのみ。
猟兵の皆々様へお断りはした上で、路線の終点の一端へ向かいやして
理性なき……すなわちヒトのフリをかなぐり捨てた、浅ましい姿へ。
この力の続く限りにトンネルを漸進し、間隙無く焼き尽くして
呪詛なるモノどもはチリも逃さず殲滅しに参りやしょう。ヒヒヒ!
……味方に牙ア向きそうでしたらば、遠慮なしに殴って止めて下さいまし。
●
いろいろなものは見てきたつもりだった。
それは、本やドラマ、映画、それから他人の会話の中で『事象』として知ってはいたが、実のところティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)にはその情動に覚えがない。
「憧れの相手に負の感情を向けてほしかった、のかしらぁ……?」
健全な人間であれば、まず思い浮かばない欲求だった。
ティオレンシアは人を殺す程度こそどうとも思わないほど人間性を訓練の中で殺してきたのものの、人に好かれるために嫌われたがるかの虎が抱いた性癖はよく理解できない。
「フウム。やはりヒトの心の機微はむつかしいモンですねエ」
唸りながら面長の顎に黒く燃え続ける手を添えたのはバルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)だ。
ティオレンシアと並ぶようにして歩きながら、うむうむと頷けばリズムに合わせて階段を下りていく。
「どう在ろうと他者の心を全て理解する事なんぞ出来ん。其れに思い至らなかった――否、気付かなかったが故の結末だろう」
二人を先導するのは、剣豪の鷲生・嵯泉(烈志・f05845)だ。
「違ェねえです、ハイ。ですが、ヒヒ。こうみえても、人間はお気に入りなもンで」
媚びるような声色は癖だ。バルディートがしゅるしゅると舌をしならせながら胸元に右手を当て、ゆるく会釈する。嵯泉はちろりと赤い瞳で振り向いて、気を遣わないようにと左手を小さく挙げた。
「まあ、あたしそのへんは正直興味ないし本気でどーでもいいんだけど。やり口が、ね」
「同感だ」
肩をすくめてティオレンシアが歩くたびに、みつあみが揺れた。嵯泉は壁の文字を目で追いながら、ときおり天井にぶら下がる案内を見る。
――オオサカ市営地下鉄、ニシナガホリ駅。
龍興を乗せた列車はミドウスジ線から走るものだ。向かう先はオオサカ港駅であるという。
地図通りの乗り換えで行けば、ナンバ駅から乗り換え一本で向かうことができる最短のルートはホンマチ駅で緑色の路線――チュウオウ線に乗り換える必要がある。
しかし、ここで問題が一つ。
「どう思う?」
「――おおむね、お前と同じだろうな」
嵯泉とティオレンシアが改札の前でじっくり路線図を眺めているのを、ひょいと長い首を持ち上げ、左右にゆらゆらとさせ瞬きもせずに瞳孔を狭めたり広げたりしていたバルディートが尋ねる。
「すいやせん、どうか、この三下にも教えていただきやせンか。お二人にまで恥をかかせるわけにはいけねェもンで――」
嵯泉と、ティオレンシアの読みは正しいと思えた。
オオサカ港にたどり着くには、まず中央線に乗り換える必要がある。しかし、中央線はその名の通りにほぼ真横に走る緑の色だ。
オオサカの動脈であるミドウスジから、ほとんどの色がすべて関与しているといっていい。『どの線からでも乗り換えができる』ことから、猟兵たちは自然と分散させられることになる――どこに虎鉄が隠れたかを探そうとすれば『くじ引き』になるだけなのだ。
「幸い、出口を一つに絞っているからな」嵯泉が口を開く。「待っていればそこに奴は来るだろう。しかし、――ほとんどの猟兵が望む結末には、遠い」
「たどり着いたところであらゆる方向からやってきた兵隊に、龍興サンがヤられて死んじまうってェ!? そりゃあ、ねェや。あンまりですぜ、旦那ァ」
芝居がかった口調で額――狭い頭を押さえた蛇が嘆く。
「違うわぁ。これ、アイツの願ったりかなったりってことよ」ティオレンシアが被せるように言葉を出せば、ぱちくりと蛇が目を見開いた。「どういうことですかい?」
つい、と指が路線図をなぞる。
「アイツの趣味嗜好は理解できないけど。悪意を考えるのはできるわぁ。あたしたちを分散させる。兵士たちだって、邪魔だからよ。二人の空間にねぇ」
ますますわからないらしいバルディードが、ゆったりと長い尾を振った。駅の床面が多少きれいになる。
「つまり、そのぉ――最初から、二人きりになるつもりだったってェ? なァンてロマンチックざましょ!」
「そも、二人きりになっていたはずだからな」
猟兵がいなければ。
あの場で、きっと虎鉄は龍興を殺す役目を全うした。
殺す時に心底惚れた己のあこがれに、きっと抱いてきた罪を告白して、台無しにしたことを詫びて、こころをめちゃくちゃにして――。
「影朧にしたいんだわ」
前髪をかきあげて、ティオレンシアが舌打ちをした。
「そうしたら、『首謀者』の復活祭ってコトですかい。いやァ、おっそろしいこと考えていらっしゃる! ヒヒ! ああ、失礼。あンまりにも、めちゃくちゃなモンで」
「笑い飛ばしてやるのが正解だ。――ばかげている」嵯泉の瞳が怒りに満ちて、ぞわりとバルディートの背筋が湧いた。激情が抑えられたらしい背中を見て、ほっと胸をなでおろす。
「『首謀者』、ねぇ。あたしたちの報告にもよるだろうけど、現時点じゃ「幻朧戦線の構成員とその手下」ってとこじゃない?」
「そうだ。だから、現時点で『終わらせる』」
すらりと、嵯泉が己の刀を抜いた。
「むしろ政治家センセイの汚職のが大きく扱われそうだけど。不死帝って、そういうのきれいにやってたつもりだろうし」
「ヒヒヒ! どうでしょうねェ。あっしには、お上の気持ちはよくわかりませンで。ただ――かの女は」
改札を抜けて、ゆらりと歩く嵯泉の後ろを銃器を構えたティオレンシアと、己の地獄を呼び起こすためにふと、記憶を手繰ることになったバルディートが唸る。
――僅かな間だけ関わっただけだ。
――なのに、覚悟に満ちた横顔が鮮明に思い出せた。
――うつくしいおんなだった。
「腹アくくってこそおられやしたが、ココで地獄に呑まれて終いッてエのは本意じゃアございやすまい」
愛想よく蛇が笑ったら、うぞりと体から黒い炎があふれだす。
「そいじゃァ、皆様。あっしはこのあたりで――終点にて、追い立てさせていただきやす」
「了解した。気をつけてな」嵯泉が振り向いて、頷く。
頼もしい頷きだ。ティオレンシアも「りょーかい」と返して、かの英雄の世界にて奪ったUFOを呼び出す。異次元から現れるそれが幾何学模様を失うころには、バイクの形をして主を待った。
「あア、もし。――もし、皆様にに牙ア向きそうでしたらば、遠慮なしに殴って止めて下さいまし」
「それも、任せろ」
得意だ、と笑った鷲生の口元に、初めて微笑みを見たものの。バルディートはそれが冗句には思えなくて、苦笑いをした。
一度、二人に恭しくお辞儀をした緑色が消えて、世界を黒く染める。いつの間にか天井を覆ったそれがたちまち消えて、――真黒な蛇が『あなぐら』に駆けていくのを見送った。
●
卑小なる蛇の身に出来るのは、ただ地獄を呼び出すのみ。
蛇は、竜だったころから人間が好きだった。
もちろん、今も好きだ。生家の変わらぬ暮らしを遠くから見届け、顔も姿も変わり果てた今でも、好きだとも。
――しゅる、しゅるるるる。
腕に住まう黒蛇を呼び起こす。
地獄はたちまちバルディートの意識を蝕んで、心を焼いていくのだ。
心配なことはたくさんある。「人間」の仲間を傷つけてしまわないか。「人間」の彼らを殺してしまわないか。――だって、好きなのだ。
浅ましいことである。
「泣けちまいやすねエ」
ひひ、ひひ、と口から声を漏らしながら笑う声が途切れた時が、【九つ頭の貪欲者】の権限を意味していた。
九つの頭を持った彼らが現れるのは、チュウオウ線、ナガタ駅。
オオサカ港からは真逆の位置にある。どちらも終点で、どちらも始点だ。
――ふしゅう、と息を吸って炎熱が吐き出される。
まるで火山の噴火、流れ落ちるマグマに等しい。真っ赤な洪水があふれだして、呪詛で出来た兵隊たちを皆焼いていくではないか!!
かあああ、と威嚇する一つの頭が長い首を使って、その中をかき分けて一隊を飲み込めば、ほかの首も同じように飛びかかっていく。
けだものの咆哮を聞いて、ティオレンシアがミッドナイトレースの調子を見てやった。
「大丈夫かしらぁ」
「心配はいらんだろう」
「根拠は?」
「人間が好きだ、という顔をしていた」
「そ。じゃあ、きっと大丈夫ね」
ティオレンシアが二輪に跨っているのは、オオサカ港からナガタ駅に向かう線路だ。
嵯泉が立つのは、ナガタ駅から向かってくる分である。
追い立てられた大群たちが駆けてきて、騒がしく銃器を構えながらの突進を繰り出してきた。
衣服を焦げさせたり、体の一部が消失しているのを見て――ティオレンシアが、まず石を投げる。
「だいぶ特訓したんだから」
弾幕が展開された。
銃器を持っているのならまず、その引き金を引くだろう。ティオレンシアのルーン石は防御壁を作り、主を護る。同時、片手だけでハンドルを握ってアクセルをひねれば、ぶううんと強く唸る二輪が駆けた。
壁が、斜めに倒れていく。ティオレンシアの『台』となるために兵士たちを威圧し、上から抑え込むような形になった。
風に髪の毛をまきあげられながら、三つ編みが暴れている。おかまいなしに、ティオレンシアは腰に備えた火器をまず、ばらまいた。グレネードが爆ぜる!
爆音で奥にいる兵士たちへプレッシャーをかけた。狙いは、――怯えた彼らの抵抗だ。
パンツァーファウストが構えられる。とてつもない破壊力で戦車殺しの有名な武器だ。
「――狙ってくれって言ってるようなものじゃない」
歩兵には、無意味。
騎射にも無意味である!!
続いて、腕にくくったホルスターから鋭く拳銃を抜いた。発射される前に、リボルバーを両手で押さえて、太ももでしっかりと二輪にしがみつきながら、放つ。
パンツァーファウストを構えた銃器に、鉛がかちあった。発射されない弾はつまりを起こしてその場で破裂する。目の前の悲劇に頭を抱えた兵士を――無慈悲な前輪が轢きつぶしたのならば、始まるのは【轢殺】による蹂躙だった。
「己が命まで賭けた“革命”か」
――隣で、地獄を作る女の姿を感じながら、嵯泉は説く。
「だが其れを阻むものの存在を軽んじた事が敗因だろうよ」
否定はしない。
美しい世界で生きていくには限界がある。人間は、善いものだけで生きていけるほど利口でない。だからこそ、『悪しき』だけは利口でいなくてはならないと、嵯泉は知っている。
周りをよく見るべきだった。『彼』がそうしているように。
――地獄の焔を吐く蛇も、そうしているように。
「測らずに居た其れに足を掬われたという事だ。来世の、教訓にするが善い」
悔いなく、逝けるよう。
猟兵としての嵯泉ができることは、ただ、龍興のこころを清めるための場をつくることだった。
【破群領域】。
蛇腹の剣が、嵯泉の一閃でふわりと浮く。
きん、きん、きん、――ひとつひとつが境目を作り、嵯泉の前でしゃららと簾のように広がった。網目が如く巡ったそれは、嵯泉の殺気あふれる隻眼に向けて放たれた弾幕をすべて撃ち落とす!!
操り人形を繰るよりも容易い。
く、と持ち手の指に力を籠めれば仰せのままにと剣鞭が敵射手の首をはねとばす。
散る赤は恐怖をあおるのにちょうどよい。何をされたのかわからなかった首が目を見開いて、地に弾んだころに黒く溶けて消えた。
――それを合図に、軽やかに地を蹴る。
前に出た。
将として、赦せぬことがある。
発砲はやまない。繰り出されたグレネードを蹴り、刀で弾けば部隊が爆ぜた。隙間をくぐった鉛玉が肩を貫いても、貫通したことに安堵する。踏み込みはまだ続く!
「民に害為す兵なぞ赦し難いにも程がある」
――かつて将だった。国を守れぬ無能だった。
それでも、この兵士たちへの辱めの因果は許せない。嵯泉が怒りを爆発させるのは、龍でも虎でも世界でもなんでもない――この縁という呪いだ。
「悉く、疾く潰えろ」
真っ赤な血しぶきが上がっては空気に溶けて消えていく。
ばらばらに散った手足を飲み込む大きな咢が、トンネルから出た。
理性を失ったバルディートの頭、その一つだ。そのまま、線路をえぐりながら嵯泉を呑まんと顎の関節をひらき、天井から下る。
「ちょっとぉ」
――こつん、と。
嵯泉はあえて彼に刀を向けなかった。かわりに、ホームに上ったティオレンシアがその額にルーンの石を投げて見事、命中させたのである。
「止めてあげるとは言ったけど、気をつけなきゃだめよぉ」
め! と人差し指を伸ばして、ちろりと舌を伸ばした蛇にしかりつけた。
――人間がすきだ。蛇は、しゅるるとどこから漏れたかわからぬか細い吐息と共にすごすごとひっこんでいく。
「ヘエ、どうも、すいやせん」震えた声は、本能をかき分けた理性であろう。
「気にするな――、次の線路へ往くぞ」
蛇からの応答はない。
代わりに、――その場には、静寂という名の安全が満ちていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
小糸・桃
【WIZ】◎
また騒がしくなったわね
ミケ、ついていらっしゃい
あなたの仕事はまだ終わりじゃないわ
わたしは好きじゃないけど、あなたは好きでしょう
「人助け」させてあげる
動くのは全部執事の仕事
そうね、重要そうな地下鉄に行きましょうか
革命家たちが英雄にも大悪党にもならないように工作するのよ、できるでしょう?
交戦は好きにしたらいいわ
ミケがいればわたしはなにもしなくていい
連れて歩くだけで幸運を招くのよ
それに構えなくても防御くらいできるもの
そういえば虎も地下にいるのよね
わたし、彼の最期を近くで見たいわ
会えるかしら
ね、けだものにもジンギはあって?
霧島・カイト
◎
【霧島家】でクロトと。
数だけ多くても――化け物ではない。
所詮は人間の形を以て、それ以上から『離れられない』者の集まり。
なら、そのまま『七天の機械魔術師』――
『きょうだい』たちを向かわせながら、潰しに掛かれば良い。
無論、指揮官であろうが直接『前』に出よう。
必要な決着を『龍』に付けさせるまでは、
『虎』を名乗るだけの『にんげん』は『逃さない』。
同じ条件下なら、『質』の問題になる。
勝手に地下鉄という分かりやすい道筋を選んでくれたのだから。
全て、合理的に、追い詰めて、『俺達』が潰す。
「けれども、お前のやり方は、分からなくて良いものなのだろう」
霧島・クロト
◎
【霧島家】で兄貴と。
ああ、もう知らねぇぜ。
暴走して『粋がってる』奴を食い殺すのは得意だ。
もう、こっからは『そういう』仕事だ。
俺だけじゃねぇ――『きょうだい』達もまとめて行ってやるよ。
人の形だけした『前時代的』な連中に、負けてやる道理なんてない。
ただただ、狩猟のように、片端から追い詰めて――潰してやる。
ま、『虎』は『龍』に噛まれてしまうべきだがなァ。
●
またずいぶん騒がしくなった。
人間というのはどうも、死に対して大げさだなと思うのだ。
捕食者からしても、半魔の身であってなお考えるのは死は結果であり、不変のものである。
「変わらないから、恐ろしいとおもうのかしら」
――ついていらっしゃい。
ミケ、と呼ばれた三毛猫頭の燕尾服は、恭しくお嬢様の前を歩きエスコートをする。
しなやかな体術の数々は、あっという間に軍隊の惨状を引き起こした。
運よくグレネードが転がった先に、お嬢様が居なかったり。頭を狙った機関銃が、詰まってしまった隙に重心を猫にすぱりと切られて、とがったパイプの切り口で胸を貫くこともできた。
小糸・桃(恋と・f26819)は、それにいちいち心を動かされはしない。
ますます理解に苦しむのは、魔族の母譲りの生来的な性質のせいでもある。桃は、はっきりいって傲慢なのだ。
三歳までについた思考の癖というのは、脳の発達に大きくかかわることである。そうそう直るものではないが、桃はこの気性を治したいとも当然、考えさせられたこともない。まだ九年しか生きていないのに、彼女は母親の力を継いで美しい美貌を手にしてしまっているからこそ、他人の気持ちなど考えなくてよかった。
「とても、ふしぎ」
――ゆえに、湧いたのは好奇心である。
こうなった桃というのは、行動力がずば抜ける。三毛猫執事を連れて歩いているのは、オオサカ市営地下鉄、タニマチ線、アワザ駅。
ビルの間にある、こじんまりとした入り口から地下に降りるまで迷いも恐怖もなかった。
生まれた時から強者であるから、そのような感情は母親の胎の中に置いてきたのかもしれない。わくわくとした顔で少女が先導をせがむのを、執事は猫らしく身軽に案内するのみである。
人助けが好きなこの【三毛猫執事】は桃への時間を犠牲にして人間を助けるために動く。
「ミケ」
路線図を眺めながら、豪速で過ぎていく地下鉄の勢いにピンク色の髪の毛が混ぜられた。
はたはたとはためくそれも、運よく口の中に入らなければ前髪で視界を邪魔されない。
「わたし、彼の最期を近くで見たいわ」
今、この世界は迷宮になったのだという。
出口のある迷宮だ。出口なんて作らなければいいのに、と一瞬考えもしたが、直ぐに桃の好奇心は別に写った。
「――会えるかしら」
駅の案内図を見て、道をなぞる。
プラスチックの板に小さく爪で傷をつけながら問うたお嬢様からのオーダーに、執事はゆるりと尻尾を振った。
●
【『七天の機械魔術師』】たちは、所定の位置についていた。
霧島・カイト(氷獄喪心の凍護機人・f14899)と霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)のきょうだいたちは、空を思うがままに飛び回っている。
それぞれが地下鉄への入り口、その階段を発見すれば低空飛行のまま降りて行った。
「わかりやすい道筋を選んでくれて助かった」
蒼いバイザーに地図を浮かべながら、カイトが隣に在る弟に同意を求める。
「そうだなァ、――森じゃなくてよかったぜ。あァ、森でも一緒だが」
やることは変わらないのだと、「きょうだいのうち一人」のクロトが返事をする。
「けれども、お前のやり方は、分からなくて良いものなのだろう」
カイトは、今回は己から前に出ることを志願した。
荒事はクロトのほうが得意であるし、冷静に物事を見て、合理的な計算に基づいて動けるカイトのほうが軍師に向いている。
しかし、前に出た。――弟がこれまで、そうしてきたように。
理解をしたいわけでなく、可能性を分析したいがための行動だ。欲求めいたものを兄が持つことに弟も少し目を見張ったが、止めることはなかった。
「敵の反応は」
「減ってきちゃァいるが、かわらず莫大だな」
「オオサカ府の人口は882.3万人だ。登録のあるデータだけでも、そうなる」
「つゥこたァ、呪詛の数は浮浪者含めて、戸籍のないならず者ども在って――ざっと900万近くってところかね」
弟機が肩をすくめる音をさせて、そっくりな横顔でどう猛な笑みをする。
「ああ、もう知らねぇぜ。暴走して『粋がってる』奴を食い殺すのは得意だ」
その情動は、カイトにはまだ実装されていないものだ。
カイトたちがホームに出れば、人の津波と表現するべきことが起きていた。
ホンマチ駅。それは、数々の線が交錯する場である。オオサカ港にたどり着くためには、龍興がミドウ筋線からチュウオウ線に乗り換えなくてはならない。
「駆り立ては成功だ」
霧島『きょうだい』たちは。
ありとあらゆる路線に飛んだ。該当する駅に忍び、獲物たちを走らせたのである。
氷の魔術で二人ほど凍らせたのなら、あっというまに人型の過去は喪失する。
人の形だけの『前時代』的な過去は、前衛的な彼らにとっては攻略にたやすい。兵士たちの戦い方も、『きょうだい』たちに叩き込まれたものよりもずっと古い。
走らされた彼らの集まる場所は、必然的に乗り換え駅になっていく。それが、このホンマチ駅の大混雑だ。多くを狩るにはちょうどいい、効率のいい処刑場である。
「了解。――『虎』は『龍』に噛まれてしまうべきだがなァ」
黒の両手に、紋が冷気を持って浮かび上がる。
駆動音と共に氷狼の弟が唸るなら、カイトもまた――それに従って、鋭く氷の粒子で腕から剣を精製した。
「反映する。必要な決着を『龍』に付けさせるまでは、『虎』を名乗るだけの『にんげん』は『逃さない』」
「Copy,――『必要な決着を『龍』に付けさせるまでは、『虎』を名乗るだけの『にんげん』は『逃さない』」無数のきょうだいたちが、復唱する。
「承認した。それでは」
トンネルから機人たちが出てきた。
天井を埋め尽くすほどの黒と白が空間を支配する。
兵士たちが悲鳴を上げながら銃器を構えたのを合図として、カイトも身を撓めて背のターボを温めた。『きょうだい』のすべてが、蹂躙のために牙をむく。
「狩りの時間だ、きょうだい」
氷の波紋が、駅に広がった。
重火器の火花すら凍らせるほどの勢いである。
鉛玉が飛べば、それはクロトの氷の魔術がすべて真っ白に塗り替えて落としてやった。
対戦車用の砲弾が飛べば、カイトが腕のサーベルで切り裂いてやる。二つに分かれた火薬が、きょうだいたちの手によって凍らされればもはや脅威は無い。
乱闘どころではなく、一方的な殺戮に近いものだった。
殴って、蹴って、引き裂き、踏みつぶし、恐怖に応える。
――これこそ、彼らの在り方であるべき姿なのだ。『蹂躙』することに適した機能をすべて使って、オオカミたちは狩りに吠えた。
●
「ねえ、けだものにもジンギはあって?」
シンプルな問いだ。
三毛猫執事の背に、それが投げかけられる。
「聞こえているのでしょう? ミケ」
耳がこっちを向いてるわ、と桃が笑えば、猫はふわりとひげを広げた。
虎の場所を探させてみれば、やはり幸運の招き猫は『運よく見つけてしまった』のである。
――夜明けまでは生きていまい。
地下鉄の始発はだいたい、路線にもよるが四時だ。騒ぎを静かに終わらせるためにも、社会的な乗り物であるこの場所は早々に『きれい』にしておかねばならないだろう。
「あなたにもあるの?」
猫は、にゃあ、と答えた。
「それって、契約の話じゃない」
お嬢様が「まあいいわ」と傲慢に、一方的な会話の切断をすればそれ以上、ミケが話すこともなかった。
二人の目の前には、小さくなった虎鉄の姿がある。
港の駅から出たところであるらしい姿は、こてりと寝ころんで空を見上げていた。
目は霞んで、何も見えていないようである。それでも、ゆっくりと上下する胸がまだ、彼の意識を確認させた。
『にんげん』を助けるために、幸運の猫は空気を緩くかき混ぜるように右手の人差し指を回して福を呼ぶ。
「他の猟兵を呼んだの?」
桃が猫の指先を動きを見て、不服そうに言った。
「まあ、わたしが助けてやるほどのことでもないわ」
所かまわず腰を落ち着けようと、桃が腰に両手を添えながらあたりを見回すので、ミケはそっと手を取って駅前のバス停、そのベンチにハンカチを敷いてやる。
「ねえ、ミケ。ここで見ていきましょう。さいごまで」
かたい椅子に文句は言わず、くすくすと微笑む美しさに幼さが備わった。
ハンカチの上に座って、衣服を汚すことない桃がゆるりと足を組む。
「――あなたも、気になるでしょう?」
問われた猫は、やはり「にゃあ」と鳴いて返事をしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ゼロ・クローフィ
【まる】
ああ、こりゃ沢山だな
軍隊なんて聞こえは良いが
馬鹿な奴らに殺しを許可された殺し屋集団だな
お前さんは何がしたい?
暴れられて生き生きしてるな
つぅか俺から離れるなよ
くたばったらお前さんに何言われるかわからないからな
最凶悪
手袋を外し甲に刻まれた紋様にキスをし
さぁ、お前は最強の悪魔だろ?
その力魅せてみろ
地獄の火、水、風、土と自然攻撃
次々に消滅させる
隣の悪魔は制御きかねぇからな
まぁな、だが今まで見た中でお前さんが一番面白い悪魔だよ
お前さん生きた者じゃなく死んだ魂の夢でも見られるか
ありがとさん
最凶魔の昇天と転生で二人の魂を
そこが地獄でも二人ならいいだろ
俺も焼きが回ったな
さてとまだまだ一気に掃除しようか
百鳥・円
【まる】
重要国家反逆者
最高の肩書きじゃあないですか
負の冠。ニッコリ案件ですよ、コレ
あーあーすんごい人数
余程の想いだったんですねえ
ね。アレ、根絶やしにしていーんですよね?
イイコちゃんムーヴは疲れましたん
暴れましょ。今度こそ派手に
あー、お掃除が正しいですかね
……はい?
誰にもの言ってるんですか
おにーさんこそ
知らないトコでくたばらないで下さいね
獄炎鳥。さあさお出でまし
その業火で燃やして喰らってどーぞ
はっ。制御出来る悪魔だなんて
そんなものが居るならお会いしたいものです
みられますとも
わたしは夢魔のまざりですのでね
行き着く先は、何処でしょーね
まあ。わたしには関係ないんですが
その夢らを刻むように瞳を伏せましょ
●
うぞうぞと津波があちこちに逃げ回る。
猟兵たちに追い立てられた末端から、中央の波紋でごった返すのはちょうど、どの路線も『真ん中』になりつつあった。
「あーあ、重要国家反逆者。最高の肩書きじゃあないですか」
二人で座るのは、茶色の線で描かれたサカイスジ線のニホンバシ駅と呼ばれる場所である。
どうしてここを選んだのかといえば、この筋はオオサカに駅を多く持ちながら、直接的に他県にまで伸びるところだ。端から追いやられて逃げてきた兵士たちが、案の定広すぎる範囲からの逃亡に喘いでオオサカの中心に近いこの駅で押し合いになっている。
「まさに負の冠。ニッコリ案件ですよ、コレ」
「へぇ」
「興味ないんですね?」
「まあな」
百鳥・円(華回帰・f10932)は色違いの宝石色でゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)のぶっきらぼうな返事に視線をやった。
彼の口元に咥えられたたばこはゆっくりと煙を登らせるばかりで、息から長く吐かないゼロの体内を侵し続けている。
「カラダに悪いですよ、おにーさん」
「仕方無ェな」口元だけが笑った。
「いやいや」円が――『よい子』らしいことを言おうとして、やめる。
日本橋駅は三つの路線が交錯する。
一つは、地上へ向かうキンテツ線。オオサカ市営地下鉄とは異なる鉄道会社が運営している。
もうひとつは、センニチマエ線。ピンク色の路線図が目印だ。そして、茶色のサカイスジ線である。
北と南にサカイスジ線の列車が動き、西と東でセンニチマエ線が動いている。上と下でちょうど交錯するようにして分かれているのだ。
「あーあーすんごい人数。余程の想いだったんですねえ」
円の言う通り、四方向から追い立てられた兵士たちはホームに上って階段を埋め尽くすことになっていた。止まったエスカレーターは動きがない。上下用関係なく走り出して、滅亡に抵抗する戦士たちがいる。
「ああ、こりゃ沢山だ。――軍隊なんて聞こえは良いが、馬鹿な奴らに殺しを許可された殺し屋集団だな」
「ね。アレ、根絶やしにしていーんですよね?」
「お前さんは何がしたい? やりたいことを、やるのがいいぜ。健康にもな」
くつくつと体を揺らして笑うゼロの姿に、円もにやりと意地悪な顔を作る。
「ご尤もです。じゃあ、今度こそ暴れましょ。――あー、お掃除が正しいですかね?」
「美化活動がお好きとは、殊勝なことで」
「意地悪言わないでくださいよぅ」
「つぅか俺から離れるなよ。くたばったらお前さんに何言われるかわからないからな」
これ以上夢見が悪くなるのはごめんだ、とゼロが冗談めかしてから手袋をゆっくりと外す。
甲に刻まれた紋様に、薄く形のいい唇を落とした。恭しいしぐさに、円がじいっと魅入る。
「――はい? 誰にもの言ってるんですか」
集中して見ていることが気付かれないように、と。
軽口をいつも通りに叩きながら、包帯で隠れた横顔を見ていた。長いまつ毛が、瞼が閉じられることを意味する。
「おにーさんこそ。知らないトコでくたばらないで下さいね」
生意気なことしか言えない。
甘さが得意でない彼の横顔だ。どうしても放っておけないから、円を構う彼の存在は楽しい。
――楽しいものを失うと、同等のものを探すことは困難だ。
「さあさお出でまし。その業火で燃やして喰らってどーぞ」
奔ってくる兵隊たちに向けて、まず円が振るった。【獄炎鳥】と呼ばれた彼らは、人間の体を『遊ぶ』。主人である円からの許可が下りたからだ。
そっけない言葉とは裏腹に、鳥たちの焔は燃えさかる。
『暴れる』というのは体を動かすだけでない。操る円の脳を働かせ、体内で練りあげた術式の発動は創造に等しいのだ。びゅうっと火の粉を空気に舞わせながら、どすり、どすり、と肩や胸にくちばしを刺してみせた鳥たちは、あっという間に燃え広がる。
火だるまになった人間が、どうにかして炎を消そうと転がり、のたうち回るのを――地面に在った影が手のひらの形を作って、握りつぶす。
「わお」
「――制御がきかねぇ悪魔だ」
「はっ。制御出来る悪魔だなんて、そんなものが居るならお会いしたいものです」
たちまち、地獄が出来上がる。
焔の海といっていい。人間の数だけ鳥は炎を増やし、食らう。それを消滅させてしまうのが明けの明星の名を持つ【最凶悪】だ。
照らされて小さくなった兵士の影から、うぞりと起き上がる地獄の手のひらはさまざまな元素を連れている。四つの元素から繰り出される攻撃は人体の『崩壊』を早めるのだ。
「人間の体、そのほとんどを占めるのが水分で――」
「あー、ダイジョーブです。家帰って自分で調べますから」
「そうか」
地を這い、体内に入り込み、すべて分解する。
有能な悪魔が元は天使であるという逸話もあるのだから、面白い。調べてみたらきっと退屈はしないだろうと、円に微笑むゼロがいた。二人とも、一歩も歩いていない。まるで紙飛行機を飛ばすように、鳥を作っては指先で放つ円の動きが舞のようだった。
「だが、今まで見た中でお前さんが一番面白い悪魔だよ」
「へえー。でも、一番面白いのは――いまのところ、おにーさんですけど」
高等な悪魔ほど、人間の姿をしているのだっけ。
思い出しながら、円がそう褒めたら「光栄だな」と肩をすくめるゼロだったのだ。
「お前さん生きた者じゃなく死んだ魂の夢でも見られるか」
「――ええ? みられますとも。やーん、何に使う気です?」
「あのなぁ」
夢魔の混ざりである。
円は、キマイラの名にふさわしい混血種だ。
人を拐かすにしては悪質で高等な黒狐と、夢魔の間に生まれた存在らしく、その能力を意のままに操ることはできる。
「わかってますって。おにーさんったら、やっさしいんですねえ」
・・・・・
「ありがとさん――夢見が悪いのはごめんだからな。言ったろ。健康にいい」
俺も焼きが回ったな、とは。
ゼロが地獄から目を離した。どうせ積みあがるだけのその様相にそれ以上集中する気もない。目を閉じた円が、刻むように目的通りの道を手繰る。
考えていたのは、円も。そして、ゼロも共通していることである。
「二人なら地獄でもどこでも、いいだろ」
「ええ。きっと」
――知ったことではないけれど、これは、ただの余計なサービスだ。
死んだ一人の魂を手繰る。気高い女のものは、まだ龍興のそばから離れたがらない。
電車に揺られる龍興の魂は今にも燃え尽きそうだが、まだ意志の力で生にしがみついているようだった。
虎鉄の目的が、「龍興の影朧化」というのなら、それを阻止するまでのことだ。
「さてと――まだまだ掃除しないとな」
「ええ。隅から隅まで、一気に」
円が目を開いたころには、ゼロの悪魔が魂ふたつぶんの道筋を作っている。
輪廻転生すら捻じ曲げる大罪だ。傲慢な悪魔ならではの暴威に、『強制的な』運命が決まる。
夢の最後が、――穏やかなものであることを見届けた円は微笑んだ。
「とんでもねーですね」
「ああ」
勝手な自己満足だとも。
――秘めやかな大罪人たちによる、因果の固定が為されたあと。
焔の津波は二人の影ごときれいに去って、『来た時よりもきれいになった』駅がぽつんと残されていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
※浄化後、聖域へ
◎
浄化された地にさらに【想撚糸】で物理的な結界を張り、軍隊を聖域内に侵入させません
あとは地道に【なぎ払い】と【2回攻撃】で兵の数を減らしていきます
…話は聞きました。どうして彼(虎)はどうしてそんな事を…?
いや事情は聞いたけれど…理解ができない
大切な人なら幸せになってほしいと思わないんでしょうか…
屋上から飛び降りたあの人(朱音さん)を思い出す
ふと、助けた人達が目に入り、言葉を交わし、我に返る
人を守ってるようで、守ってもらっている
理解できなくても…彼もあの人も大切な人がいて、思いがあった
せめて自分がしたい事は迷わないように。
私は、人に笑っていて欲しい。
だから全力でここを守るんです
毒島・林檎
◎
……あの色は。あの呪詛は。あの願いは。
――なるほど。実にわかりやすい『劇毒』だ。
だが、アタシに内包された、鬱屈とした毒……粘っこい猛毒とは少し違う。
実に鮮明で実に刺激的。そして、実に直情的だ。
……ハ、それにしても、まったく以て神経を逆撫でする毒性じゃねェか。
異端たる存在は、ある意味アタシもおんなじ。
この胸やけは、この不快感は、同族嫌悪ってヤツなのかな。
爆ぜた毒性は広域に散らばる分――単体は『そうでもない』だろう。
テメェの想いは全てを飲み込んでしまうほどの毒素を宿しているンだろうが、お生憎様、『ソレ』の使い方はアタシのほうが『慣れている』。
――【L.P.G】。激情っていうンは、こう使うんだよ。
●
地下へ至る鉄道の色を見た。
周囲は普段コリアタウンとしてせわしない店で多いらしい。
ツルハシ、と名前が付けられた看板に桃色の線があった。周りは焼肉屋の看板でいっぱいで、今も肉が焼けているようなにおいがする。煙っぽい空気の中だからこそ、より鮮明にその『色』が見えた。
「――なるほど。実に、わかりやすい劇毒だ」
毒島・林檎(蠱毒の魔女・f22258)からすれば、その一言につきる。
林檎は、『毒』の道であれば右に出るものはいないほどの腕を持つ魔女だ。
毒というものは、自然から発生するものだけに限らない。科学的に作られるものも毒であるし、人間同士の感情で生まれるものも、まぎれもなく『毒』である。とくに、情緒的なものから発生するものを分析させれば、林檎より詳しいものはいないだろう。
「実に鮮明で実に刺激的。そして、実に直情的だ」
なぜならば、林檎もまたその毒を使う。
空気の湿気を舐めるように唇を舌でなぞれば、ぴりりとした刺激を感じられた。
込められた情念はもはや呪詛になり、願いは破壊を為すために動いている。
世界を揺るがすほどの破滅を考えているのではない。この呪詛のあるじはとても自閉的で、世界には自分と自分のお気に入りしかないのだというのだ。
「――ハ、それにしても。まったく以て神経を逆撫でする毒性じゃねェか」
林檎の毒素とは、似ていて正反対だ。
だから、この胸の中に湧く不快感はまぎれもなく同族嫌悪なのだろう。似ていて、根本的に向いている方向が異なっている。どろどろとした林檎の扱う女らしい毒素とは大きく異なった味がして、顔をしかめた。
林檎に解析させる時間を得るために、桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は彼女の隣で待っていた。未だ、二人とも地下には立ち入っていない。
「――話は聞きました。どうして彼は、そんな事を」
カイには、理解ができない。
以前は理解できない人間と対峙したとき、立ち尽くしてしまった。
かけた言葉もひらりとかわされたような、逆に逆手にとってカイの視界を覆われたような感覚すらある。己の本体である人形を連れながら、――今回は、立ち止まらない。思考を巡らせ続けることにしたのだ。
「大切なら、幸せになってほしいと――思いませんか」
林檎に問う。
いつか、別の世界で美しく飛び降りた少女の、むごたらしい最期を知っている。
思い返しながら、自分の歯車がどこかできしんだような気すらした。反射的に胸を指で覆って、答えを待った。
「そうッスね――アタシが、人様に授業なんざしていいとは思えねェが。強いて言うなら、この虎鉄って男は、『自分が一番大切』なンスよ」
「自分が」
「建前ってやつじゃない、スかね。責任逃れともいえる」言っていて、林檎は自分を罰するような気持になる。「『誰かのせいでこうなった』って思えりゃ、自分のことを傷つけなくていいから」
カイは、――利己的な考えを持たない。
人のために尽くして、人に悦んでもらうのがからくり人形だ。
ますます理解ができないけれど、それがまた、虎鉄を作ってしまった人生なのだというのなら。
「――かわいそうに」
自然とこぼれた言葉は、哀れみだった。
林檎が、「そう思ってもらえる誰かがいるってなら、まだ三流ってとこッスね」と自虐めいた笑みで返した。
他人を思えない。他人を尊重して、物事を自分のこととして考えられないのは社会的な機能の喪失だ。人間として生きていく上で、意志疎通が難しいと判断されれば間違いなく病名がつくだろう。
――それを、生きていく言い訳にしてはならない。
それが社会で、人間という群れが作る秩序だ。
わかっているからこそ、林檎はわきまえていた。だから、誰からも「かわいそう」とは言われない。
「爆ぜた毒性、呪詛っスね。これは広域に散らばる分――単体は『そうでもない』かと」
「なるほど、では、解決も早いでしょうか」
「おそらくは。すでに蹂躙もはじまってるっぽいスからね。アタシたちにできるのは、ここに逃げてきたやつを、食い止めること。――結構重大っスよ。この辺、人が多い」
飲食店が並ぶ。
道に寝ころんだままの人がちらりと林檎が視線をやるだけでも三人はいた。
うち、一人が視線に気づいて起き上がる。ゆっくりとした動作ではあるが、林檎でなく、カイを見ての動きだったらしい。
「おい、にいちゃん! ああ、あんた、生きてたんか!」
「――あなたは」
救急車を呼んだ。ここにきて、行ったことの一つである。
道端で寝ころぶ人間が、明らかに酔い過ぎて呼吸を止めていたのに驚いた。おっちゃん、大丈夫か――と頬を叩いてやる同じ浮浪者の男に指示したのである。
その彼が、今ここに居る。もとより慈善的なきらいがあるらしい。今も、テンノウジ区からツルハシまで移動をし、縄張りを越えて同じ浮浪者の面倒をみてやっていたようだった。
毛布をかき集めて、ようやく自分の分も手に入った寝入りばなだったらしい。
「いやあ、えらいこっちゃや。どうなっとる? もう、終わりそうか」
カイの近くまでやってきた彼の体は、疲労の色が見えている。早く寝かせてやったほうがいいとは、林檎はおろか、カイも理解できた。
「――はい。もうすぐ。だから、どうか休んでください」
しっかりとした返事である。
「大丈夫です」
肩に手を添えてやる横顔が、先ほどまでの困惑の色を吹き飛ばしたものであった。
林檎が、その様子に驚いたようである。切り替え、ではなく――思考の整理だ。
「全力で私がここを守ります。ですから、お願いしてもいいですか」
向き合うようにして、林檎へカイが『お願い』をした。
まばゆい。林檎が少し目を細めて、「アタシにできることは、アタシでよければ」と挑戦的に笑う。
「ありがとうございます。――では、全力で!」
理解できないものがある。
それでも、知ってやる事はできた。
せめて自分がしたい事は迷わないように。『私』は、人に笑っていて欲しい。
空間に繰られるのは守護結界、【想撚糸】。カイの想いの強さだけ強靭になる絶対の術式だ。
「こりゃあ、すごい」
格子のように折り重なる糸にあるのは、美しい心である。
――『ひと』を助けることにつながるはずだと、カイのヤドリガミらしい思考の研磨の結果であった。いつもよりも精巧で、より美しく空間を護る。
「これなら、アタシも派手にやれそうっス。周囲に飛び散らねェだろうし」
「お任せください。――『プロ』の実力を、見せてやりましょう」
カイなりの冗句には、林檎も噴き出した。
「ははっ、そう、そうっスね。うん、そうだ」
嫌いだ。
こんな、『俺は正しい』という気持ちばかりで、他人を言い訳にする毒素なんて大嫌いだとも。
林檎が地下鉄の入り口に向き合う。隙間風を飲み込むそれには、すでに流れができていた。
「激情っていうンは、こう使うんだよ」
両手をかざした。
【L.P.G】。――発動と共に、林檎の情念が両手からあふれだす。超高熱の濁流が起きた。大雨の日が地下鉄内にやってくる!
この駅の中に、無数の呪詛があったというのにたちまちそれは林檎の色で塗り替えられてく。どろどろの感情は、勢いをつければもはや嵐だった。改札を飛び越えようとした兵士を皮切りに、ホームに押し込み、電車を腐らせることなく的確に『呪詛』だけを塗り替えてやる。
「お生憎様、『ソレ』の使い方はアタシのほうが『慣れている』」
あっという間だった。
シン、と地下鉄の濁流が終わったころには、呪詛の気配はひとつもない。
「結界外からの侵攻はありません。制圧ですか、ね?」
「――このエリアは、そうみたいっスね。あ、念のためにまだここには立ち入らないように、ってェしいたほうがいいっスかね!? だだ、だい、大丈夫だとは思うんスけど」
「なら、二人で朝焼けまで番をしましょう」
存分に感情を放出しきった林檎が、申し訳なさそうに頭を掻いてへこへこと腰を引かせるものだから。
カイがくすっと笑って、提案をする。
「いい、い、いいんスか。行かなくて」
「ええ。――きっと、皆さんに任せたほうが良いかと。私は、私たちは、ここを精一杯守り切ることを果たしましょう。終わりまで」
――真っ暗な空に、カイの糸がめぐらされている。
漏れた呪詛すらたちまちに消してしまえるようなこの空間で、少しだけ休むのもまた、林檎のためになるだろう。激情を動かした後のストレスはすさまじい。
肉体にだるさを感じていた林檎が、おずおずとスロープに腰を落ち着ける。
ゆっくり息を吐いて、――煙たい空気に、ひとのあたたかさが混じっていたのを感じていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御園・桜花
◎
龍興さん:以降Tと表記
虎鉄さん:以降Kと表記
「TよりKの方が強いですから。最後を決めるのはKです」
K追う
高速・多重詠唱使用
影朧に破魔乗せ制圧射撃や破魔乗せ鎮魂歌で呪詛押さえ力を削ぐ
KにUC「癒しの桜吹雪」
2人の決着までKを継続治癒
影朧やKの攻撃は第六感や見切りで躱すか盾受け
「イロを殺され面子を潰され、Tは必ずKを殺しに来ます。Kはそれだけの傷をTの魂につけました。この件は必ず不死帝に届くことでしょう。だからこの先は、Kが納得する決着をつけるべきです」
「KがTを殺せばTはKへの未練で影朧になる。もう1度Kと見える未来が生まれる。Kが殺されればKへの憎悪を胸にTは人として終わる…Kの望む決着を」
グウェンドリン・グレンジャー
【煉鴉】
(耳を澄ます。悲鳴や怒号に耳を澄ませ、心を読んで、自分の中の直感に聞いてみる。)
ミスター・タイガー、あっち……に、いる
(無表情のまま猛然と、宙に浮かんで進みだす)
通して。
(掲げるGlim of Anima。兵士達を、亡霊ラムプから現れた炎の聖女で焼き払う。討ち漏らしは虚数の羽根、Ebony Featherを投げて仕留めながら)
みつけた。
(観察するように久保を見下ろして)
ミスター・タイガー……もう、保たない、ね。なんで、こんなこと、した、とは、聞かない。
あなた……の、引き起こした、事件……きっと、明日、新聞、載って、おわり。
命の、終わりに、何か、言うこと、ある?
かわいそーな、人
叢雲・源次
【煉鴉】
了解した。
(グウェンドリンの直感を捕捉するように、インタセプターを起動させる。動体反応多数。オブリビオン多数。検知条件切り替え。オブリビオン除外…『人間』に該当する反応を検知)
邪魔だ、退け。
(七閃絶刀。群れ成す雑兵共を一刀毎に複数両断せんと、それを七閃放ち先を行く)
………。(久保虎鉄を発見することが出来たのならば、それに近づき、見下す。もはや満身創痍。放っておいてもいずれ朽ち果てるであろう)
今回の事件、お前の望むような結果にはならんだろうよ…精々、政府による情報規制が関の山だ。お前が成そうとした事は所詮その程度だ
狂犬に、玩具など必要無い
●
耳を澄ます。
怪物のものだ。グウェンドリン・グレンジャー(冷たい海・f00712)は、すっかり人のものとはかけ離れたものを手にしている。
使い方を教えられたわけでなく、生きていくうちに身に着けた技だ。第六感と人は言うし、グウェンドリンも他人にはできないことだと薄く勘づいてはいた。
「ミスター・タイガー、あっち……に、いる」
「了解した」
夢うつつな声色でふわりと浮いた彼女の姿を、叢雲・源次(DEAD SET・f14403)は肯定する。
一件、根拠のないグウェンドリンの動きにはちゃんと意味があるのだと、源次はともに仕事をする中で知っていた。
内蔵するインターセプターを起動すれば、すぐさま羽を広げて先行するグウェンドリンを起点に周囲の反応を探る。
動体反応多数、オブリビオン多数。当たり前の結果を切り替えるよう、源次が瞬きをした。
二人が歩くのは、トンネル内だ。ひき殺されないよう、電車は止めてもらってある。
――検知条件切り替え命令に従って、次に源次の網膜に出たのは、まぎれもなくグウェンドリンの結果が正しいことの裏付けだ。
「急ぐぞ。死にかかってる」
「勝手、ね」
悪党とは勝手なものだ。
源次が躊躇いなく走り出したと同時に、グウェンドリンも羽を広げた。大きく捕食器官でもあるそれをはばたかせたなら、掲げる亡霊ラムプより【Brigid of Kildare】を呼び出す。
「通して」
源次とグウェンドリンが走る路線は、―――水色のニュートラム路線ココスモスクエア。オオサカ港駅にたどり着く手前だ。
兵士たちは性懲りもなく湧き出して、追い立てられ、混乱のさなかである。
もはやほとんど戦意よりも脅威への防衛として構えられた重火器などは、グウェンドリンにとっては豆粒にもならない。ごうっと噴き出した光炎が第一波になって、まず襲う。おおざっぱに減らした数を打ち漏らさないように羽が襲った。どす、と頭に刺さってバランスを崩した兵士を、その後ろにいる有象無象ごと、容赦なく源次が【七閃絶刀】の居合でなぎ倒す。
「邪魔だ、――退け」
地獄を飼う源次の属性に、ちょうどよくグウェンドリンのコードが重なっているのだ。
焔を扱う彼の体はより一層俊敏に動き、激しい一撃を叩き込むことができる。踏み込みと同時でコンクリートを蹴り、地面に陥没を作って、盛り上げた線路がしなる。噴き出した炎におびえて足がすくんだところを、刀の踏み込みで炎ごと叩き斬った。
「あとすこし」
「左だ」
オオサカ港、の文字を見た。
ホームに降り立つグウェンドリンが、血のあとをみる。はいずっていったらしい体から、溶けた肉片がそこいらに転がっていた。待ちきれず、翼を使ってもう一度――階段を飛んだ。
執念のありさまを、源次も登ってから確認する。
グウェンドリンに追いつくまでさほど時間はかからない。三段飛ばしに走れば、すぐそこに男の姿は在った。
倒れている。
「みつけた」
久保・虎鉄は息もからがらで、ひゅう、ひゅう、と朝日を待ちわびた顔をしていた。
地下鉄の入り口だ。その前に転がって、空を見ている。顔などはほとんど原型をとどめておらず、ただれて、金色の髪の毛は血にまみれて浅黒く変色していた。
「ミスター・タイガー……もう、保たない、ね。なんで、こんなこと、した、とは、聞かない」
じいっと、覗き込むようにグウェンドリンが溶ける彼の顔を見た。
うつろな瞳にはおそらく、グウェンドリンの足すらも見えていない。しかし、笑っていた。聞こえてはいるらしい。力なく笑みを作る彼の唇から、よだれと混じって血が垂れた。
「あなた……の、引き起こした、事件……きっと、明日、新聞、載って、おわり」
「どうかな。せいぜい、情報規制が関の山だ。お前の成そうとした『長谷川・龍興』の影朧化も、――俺たちがいる限り、為させない」源次も、グウェンドリンのそばで見下ろす。
しゃがみ込むことはなかった。じき、朽ちる。――バイタルの低下は、見れば数値としてわかる。
「命の、終わりに、何か、言うこと、ある?」
かわいそうなひと。
ほほに触れてやろうとしたグウェンドリンの手の甲に、桜が乗った。
●
「龍興さんより、虎鉄さんのほうが強いですから。最後を決めるのは、虎鉄さんです」
グウェンドリンが顔を上げた。そこには、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)がいる。
「なにを」
鴉の子が目を見開く。
源次も、目を細めた。この桜の精が考える意図が読めない。
桜花は、肩を上下させ息もからがらだった。乱れた髪の毛を手櫛でどうにか人前に出れる程度に整えたものの、着物は多少乱れてしまっていた。大股で走ったせいもある。
「イロを殺され面子を潰され、龍興さんは必ず虎鉄さんを殺しに来ます。虎鉄さんはそれだけの傷を龍興さんの魂につけました。この件は必ず不死帝に届くことでしょう」
それは、源次が頷いた。猟兵がこの世界で大きく優遇されるのは、彼の協力あってなのだ。グウェンドリンはなぜいちいちすべてを報告をする必要があるのか、首をかしげている。
不死帝はサクラミラージュの在り方からすっかり離れたものだ。転生ありきの世界である。この狂った桜めいた桜花が、そこにこだわるのも――この「転生」というシステムから離れた彼への疑問もありきだ。己の種族が桜の精であることからも、因縁がある。
興奮と、己の思考で上がりつつある脈拍を深呼吸で押さえる。
目の前でみるみる『虎』の顔が復元されていくのを、じいっとグウェンドリンが眺めていた。見れば見るほど、人間らしい顔をしているように思える。
「今はもう、すっかり――定着化してしまいましたが、オブリビオンを転生させる仕組みなのですよ。ここは」
それからかけ離れた存在に成った不死帝を、桜花は正直なところ、『うたがっている』のだ。
かの帝こそ、オブリビオンではないか。彼がつくったこの世界は、ただの箱庭でないか。『生きている人間が意図的に他人を影朧にしようとした実例』がいったい、どう響いてしまうのかを考えれば、――今、人間とオブリビオンの融和で均衡を保っている世界はまた、戦乱の世を始めてしまうのではないか。
「だからこの先は、虎鉄さんが納得する決着をつけるべきだと考え、彼を治癒しました」
「どういう、こと? 死ぬまでの、苦しみが、長いだけ」
グウェンドリンが首をかしげて、やはり虎鉄をじいっと見ている。
代わりに、源次が思考をまとめて、かみ砕いた。
「虎鉄が龍興を殺せば、龍興は虎鉄への未練で影朧になる。もう一度、虎鉄と共に――今度は、生前の恨みで動くようになるのか」
「ええ。虎鉄さんがここで、たとえば私たちに殺されたとしましょう。そうすると、きっと虎鉄さんへの憎悪を胸に龍興さんは人として終わる」
システムだ。
おそらく、虎鉄はこのシステムにあやかっている。
『憧れた人を永遠の存在にし続ける』ための巡りを――悪用していた。
「悪人としては、あなたのほうが強かった。そうですよね。虎鉄さん」
けだものは、息を吐く。
笑い声だった。狂笑といっていい。ばん、ばん、ときれいにならされたコンクリートの上を叩いて、ひいひいもんどりうっている。グウェンドリンが驚いて目を丸くしたら、源次が自分の後ろへと彼女の手を引いた。
「ひひ、ははは、そォか、そぉか。ばれてもうた」
噎せながら、血を吐く。
「完全には治していません。――あなたの望む決着をつけていただかないと、あなた『も』影朧になる可能性がある」
「そうして、もらった、ほうが、ミスター・タイガー、かんたんよ」
グウェンドリンがすねたような顔をして、源次の背から顔をちらりと見せた。
虎鉄が、体をゆっくりと起き上がらせて胡坐をかく。額を抑えながら、ひひ、ひひ、と笑う彼の横顔には汗がじっとりと浮かんでいた。
「『ここできれいに死んでもらう』ため、か」
――源次が目を細めて、ならばと彼に民衆から取り上げた拳銃を地面に滑らせてやる。
「狂犬に、玩具など必要ない。一発だ」
入っている弾は、ひとつだけだという。
虎鉄がそれを、躊躇いなく手に取った。「ええんか、こないなことして」と笑った彼に、低く唸る源次だ。
「一対一の喧嘩で、男二人がまとめて死んだ。――そのほうが、『報告』にはいいだろう」
「おおきに」
時刻、午前三時。
幻朧桜は、まだ結界に入り込めないままでいた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リーオ・ヘクスマキナ
【剣/銃】
自分の計画を利用されちゃったらしい、のかな。例のヤクザさんは
色々と無念だろうけど、まだ「死んでない」らしいし……
こっちはこっちで、少しでも敵を倒して街や人の被害を抑えないとね
というかこっちも交戦中だから手一杯だってー!?
地下鉄内部の柱や壁等を遮蔽物に、短機関銃と散弾銃で応戦
必要に応じてシャルロットさんを●援護射撃しつつ、赤頭巾さんにはUC用弾頭への魔力充填をお願いする。うげぇ、相変わらず吐き気と痛みが……
後でこの場を修繕する人達に心中で謝罪しつつ、固まっていたり遮蔽物で隠れている敵に向けてUCを発動
ウッワRPGー?! ……おおぅ、サイキックってそんな事まで出来るのね。便利だなぁ……
佐々木・シャルロッテ
【剣/銃】
まさか最後の最後に裏切りが発生するとはのぅ…。
この落とし前はきっちりと付けさせねばならんな。
その為にも邪魔な兵隊どもは蹴散らしていくぞ。
兵隊共に対して地下鉄内部の柱や壁等を遮蔽物にしながらフォースセイバーで斬りこみながら、「無銘」で薙ぎ払っていく。
牽制射撃の銃弾に対してはサイコキネシスで弾道を曲げて回避、もしくは弾道を他の兵隊の方に向けて同士討ちさせたりして対処。
パンツァーファウストに対してはサイコキネシスを全力で使って弾頭を撃った兵隊側に返すつもりじゃ。
「今の我はちょっと機嫌が悪くてな…。銃弾や擲弾で止めらると思うなよ?」
●
仁義というのは、初心貫徹できる漢(おとこ)が背負う業である。
性別などは関係なく、礼節、礼儀、手順を守ることをひとつにして呼ぶ呼称を、仁義というのだ。よく極道などをモチーフにした作品で使われるのは、おそらく舎弟との関係にそれが徹底されるからであろう。彼らの世界は、縦社会である。
しかし、暴力は別だ。
裏切り、だまし、何度でも手のひらを返して、「お前には自分がないのか」と罵られても「勝つ」ことに拘ったものがかの世界ではより、強い存在に上り詰める。
「まさか最後の最後に裏切りが発生するとはのぅ」
気の毒なことだ。
佐々木・シャルロッテ(ロリ駄狐・f24969)が生きてきた年数からでも、龍興の様な目にあった人間は表の道も裏の道も少なくはない。
格式高い神社で生まれた狐は、ウェブに立ち入ることを知るまでずっと、人間たちの流れを見てきた。人間あっての神であるから、彼らとの関わり合いは免れるはずもない。
ぞろりと黒服の男たちがやって来て、礼儀正しくあいさつをし、沢山賽銭を投げ入れて帰っていくこともあった。人間の世界ではならず者だと名高い彼らは、「もしもの時」に神様に嫌われて死ぬのはごめんらしく、丁寧な参拝を見せてくれたものである。
同じ顔ぶれが続くこともあれば、入れ替わっていたこともあった。耳をひそめて立ち話を聞いていれば、派閥抗争の裏切りで多数が死んだという。
――裏切られて困るのなら、裏切られないように生きたらよいのに。
そう在れないのだな、と思ったのはメディアに触れる機会が増えた今だからこそ思うのだ。
しかし、かの龍は――そんな己らの住処を護るために反乱の一手を担ったのだという。
「この落とし前はきっちりと付けさせねばならんな」
「――自分の計画を利用されちゃったらしい、ね。しかも、影朧化計画が進んでて……うわぁ、俺だったら、ぞっとするよ」
まだ死んでいないことに安堵する。
リーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)こそ、死んでからも利用され続ける哀れな迷い人だ。彼の相棒である赤ずきんが種明かしをするまでは、知り用もない。
がしゃり、と短機関銃を散弾銃を抱えて建物の柱に背をつける彼は、息をゆっくり吐いた。
リーオとシャルロッテに任せられたのは、オレンジ色のラインである。
イマザトスジ線。イマザト駅は、テンノウジ駅からの距離が近く影朧たちも隠れるにはちょうどよかったらしい。どう瓦解したものか、すでに多数減った頭数で考える兵士たちと同様に、リーオもまた考えていた。
百から八十を取り上げるのは簡単だが、残り二十を取り上げるのが難しい。
柱、壁の間、死角――駅のホーム下に隠れた彼らをひとつひとつ滅していくのが役目であるが、効率的に抑え込む方法を考えて顔をこわばらせる。
「邪魔な兵隊どもはすべて蹴散らしていくぞ。ほうれ、付いてこい」
「わっ、ちょ、えっ」
無防備にシャルロッテが柱から体を出して、ふわりと着物を浮かせる。二刀流の手つきでくるくると二度ほど刀身を回せば、しかりと構えた。上下突きの威嚇である。
銃器が向けられる気配がして、まず一発放たれた。問答無用、一瞥鳴く音だけで叩き斬る。
「わ」
リーオが圧倒されるほどの剣技だ。
続いて、二、三、四、――連射!「わ、わ、わ!!」と壁に隠れたリーオまで狙われ、彼の頭の上――柱を貫くほどの威力で銃が放たれる!
それを、シャルロッテは小さな動きでかわしきるのだ。
歩みはすり足。右足だけを前に向け、左足は横を向けたまま。右ひざを折って、体高を低くする。
まず、右手で二つ目を斬りおとす。次に、三つ目は勢いのまま左で斬る。そのまま、遠心力を使って四つ目を右手の刀、その尻で叩き落とした。そのうえ、前身をやめない。
「ほれ、ほれ。はよう、着いてくるがよい!」
「こっちも交戦中だから手一杯だってー!?」
舞うように、相手の銃器の間合いに出たなら胸を串刺しにする。肉盾として使えば、シャルロッテの小さな体を隠すのに成人男性の体はちょうどよい。ハチの巣になる前に使いつぶして、刀を抜くために死体を投げた。仲間への衝突と共に、死んだほうは黒い煙になって消える。
リーオは、懸命に短機関銃で応戦していた。
「――うげえ」
吐き気だ。【赤■の魔■の加護・「化身のサン:魔法の終わる時」】にて使用する弾丸は、非常に今日利欲である。特殊ビーコン弾をまず放てば、敵が隠れる箇所に的確な狙撃を為すことができた。今、リーオの周りは膠着状態である。
「ほんと、相変わらずだなぁ、これ」
ずきずきと頭がきしむように、その『魔弾』は明らかにリーオの体力を蝕んでいるのだ。
そのうえ命中させるために集中をせねばならない。吐き気を飲み込んで、のどがぐうっと鳴った。
――駅員さん、明日の朝、ごめんなさい!
心の中で懸命に明日も働くであろう彼らに敬礼と共にお詫びを唱えたなら、引き金を引くだけだった。
柱からわずかに散弾銃を伸ばす。きらりと光ったそれが、鉄筒だと気づいた時にはもう遅い。ガラスの破片でリーオの様子をうかがっていた兵士が声を上げようとして――空間ごと消し飛ばされた。
「ぶはぁ」
音もなく消えた威力よろしく、リーオにも負担が戻ってくる。
膝をついて汗をだらだら流した彼に、容赦なく銃弾が飛んでくるのを――【サイコキネシス】でシャルロッテが捻じ曲げる。
「これこれ、やや子をいじめてくれるなよ」
「やや子って――」
「今の我はちょっと機嫌が悪くてな。銃弾や擲弾で止めらると思うなよ?」
ひきつる笑いを浮かべたリーオに、いたずらっぽい声でシャルロッテが返す。自分の持ち場ぶんは終わったようで、刀を両手にぶら下げたまま近づいてきた。
「ほれ、次の駅にいくぞ」
「りょーかい、行くけど、――まった」
「ん」
リーオの静止があって、シャルロッテが指示通りにとまる。
「パンツァーファウストだッッッ!!」
伏せたリーオの剣幕とは正反対に、シャルロッテがそれをにらみ返した。
二人に向けて放たれる効果力の銃弾を、まるで握るように手をかざして捕捉する。
「くだらん玩具じゃ、まったく」
手をひねれば。
――くん、と弾もUターンをする。
兵士たちも、リーオも呆気にとられた。線路内に飛び出たそれは、兵士たちめがけて勢いをそのままに衝突し、爆発する。轟音とともに駅が揺れてリーオの三半規管も震えた。くらくらとする視界で、どうにか断とうとした彼を小さな体で引っ張る。
「大事ないか?」
「う、うん。サイキックってそんな事まで出来るのね。便利だなぁ……」
「なぁに。この前見た動画の見様見真似じゃて」
二人は、人間同士の争いに介入するつもりもない。
ただ、せめてそのぶつかり合いがどちらも納得できる清々しい終わりであればいいと願うだけだ。シャルロッテが大きな尻尾を振りながら次の駅へと線路を歩いていくのを、リーオもついていく。
――ホンマチ駅に、長谷川・龍興が到着したころであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジェイ・バグショット
◎
結末には最早同情も無い
誰も虎の腹の内を見抜けなかった結果だ
理想の終わりか。羨ましいなァ…
全てを思い通りに進めた虎はまさに勝ち組
最後に死ぬとしてもその事実は変わらない
膨大な兵を前に臆することは無い
拷問具
『荊棘王ワポゼ』棘の鉄輪を複数空中に召喚、自動で敵を追尾
『神化せしクグーミカ』自立思考型
黒鳥姿の異形の女は奇怪な言語を吐きながら疾風の如く飛び、切り裂き、殺していく
多数を相手取ることは得意
夢が叶って満足か?
…お前が少し羨ましい
全てを叶えて死ぬ男は
まさに自分にとっての『理想』
満足して笑って死ねるなら、もう充分だろう。
次に笑うのは傷ついたヤツらであるべきだ。
お前の命で叶えられるなら、安いもんだろう?
鳴宮・匡
◎
“虎”を追う
放っておいたって死ぬだろうけど
兄貴分が落とし前をつけるならそれでいいし
そうでないなら――
……ともあれ“龍”が通るなら邪魔がないに限るだろう
先行して敵を蹴散らしておくよ
【無形の影】で生み出すのは自動小銃
“人間”を殺すなら一番手に慣れた道具がいい
地下を埋め尽くすほどの大集団?
――当ててくれと言ってるようなものだ
頭を潰して処理して道を開くよ
誰がどうなるにせよ、
最後まで見届けはするつもりだ
色んな“こころ”が見たい、か
それを、わからない、とは言えないよ
でもさ、虎鉄
俺はそれでも、その人が幸せそうに笑ってくれるなら
それ以外に何もいらない、と思うんだ
……俺とお前、どっちが“いかれ”なんだろうな
●
「龍興がホンマチ駅にたどり着いたらしい」
「そうか、それじゃあ、掃除を急がないとな」
結末にはもはや同情も何もない。
かの虎が考えていることを見抜けず、聞き出せなかった結果が今なのだ。
ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)にとっては、過ぎたことだった。
「理想の終わりか。羨ましいなァ――」
死ぬとしても。
己の望んだことをして死ねる彼の、いかに恵まれたことだろうか。
すべてを思い通りに進めて、この世で一等敬愛した男を苛め抜き、その魂を侵して、最愛の命を奪った。この瞬間のことしか考えずに生きていたからこそあの動きだったのだろう。一つも迷いなく生きれる彼が、うらやましい。
ジェイがそうつぶやくのを、鳴宮・匡(凪の海・f01612)は不思議そうに見ていた。
「そうかな」
「死に方ってェの、考えたことないか?」
「――ロクな死に方はしないかな、とは思うよ」
むしろ、そうあるべきだと匡は思う。
匡のこれも、ジェイからすれば贅沢な感想なのだろう。体が健康な匡とは大きく違った。ジェイからは、体をおかしくさせている気配がする。匡の目のせいだ。
戦場では弱ったものから狙うに限る。狙撃兵は特に、殲滅するときなどは足の遅い老人から狙って、子供、母親、護ろうとする父親から殺すためだ。
――どこか悪いのか、と言おうとして、やめた。
「穏やかに死にたいのか?」口から出たのは、問いかけだった。
「そりゃそうだ。誰だって、そうだと思うぜ」
毎日毎日、体が死んでいくのを感じるジェイだからこその感覚に、匡は新たな世界を知る。
彼の周りは、自分の体を削ってまで働きたがる人こそ多いが、死ぬことから逃れて、体につぎはぎを増やしていく人間は少ない。
――どちらが普通なのだろう。罰を受けたがるほうか、それとも、罰から逃げ続けるほうか。
「そうだといいな」
「ありがとよ」
二人の前に現れた兵士たちは、端的に言えば『溶けた』と言っていい。
まず、匡が【無形の影】で自動小銃を作る。人間を殺すのに秀でた武器は、一番なれたものが良いとした。服の袖――自身の影から作り出されたものが握られたのなら、まるでスイカを割ったように兵士たちの頭が崩れていく。
おののく暇も与えなかった。重ねるようにして、ジェイの拷問具は迷いなく兵士たちを蹂躙する。『荊棘王ワポゼ』は空中に舞って、自動で動き回る。電車が通るための線だけは残していたが、壁に無数の穴をあけながら回転し、所狭しと並んでいた小隊をひき肉に変えた。次に、『神化せしクグーミカ』は聴くに堪えない言葉をわめき散らしながら男たちを浚い、引き裂いて、殺す。
簡単なことだ。
――簡単なことなのに。
どうして、難しいことだと考えてしまうのだろう。匡が思考を頭の片隅で捨てられないように、また――ジェイも、かの虎を思っていた。
●
チュウオウ線から抜けて、駅の青い壁が続く。海をイメージしたものだろう、真っ暗な世界では足元の非常用照明だけが、色を教えてくれた。
そのまま、前に直進する。階段が長く在って、時折曲がるらしい。足元に気を付けようと思ったときには、男の背があった。白いスーツは赤がにじんでまだら模様になっている。表情は、伺えなかった。
「虎鉄」
――友達に話しかけるような温度で、匡が声を出す。
ゆっくりと男は振り向いた。口から血を流したのをぬぐわず、疲れこそあるものの人らしい姿は保っているらしい。桜の精より受けた「準備」で体は殆ど治っていたが、それでも、触れれば割れてしまいそうなくらい脆く見えた。ジェイにもそう見えて、金の瞳を細める。
「夢が叶って満足か?」
敵意、というよりは。
満足させてくれ、とジェイが言葉に熱を込める。
【この世の厄災は人の恐怖が生み出すものである】。影朧を使ったテロ行為も、それに準じた組織も、なんら存在が恐ろしいものではない。この世で最も恐れるべき災いは、人が思いつくことだ。
ハヌエから、夥しい数の黒燐虫が現れた。
ジェイの『ヨシ』があるまで、飛びかからない。代わりに、虎鉄を逃がすまいと彼らが足にまとわりつく。それを眺めている彼が穏やか過ぎて、ジェイは『おそろしさ』を感じたのだ。これが、『勝者』の姿勢である。
「――お前が少し、羨ましいよ」
「そォか。俺ァ、あんたみたいなベッピンやったらよかったなァ思うけどな」
愛想のいい声色だ。
質問に応えるために、虎鉄が唸る。匡は、手すりに尻を乗せて、腕を組んで聞いていた。
「満足とちゃうな。もうちょっと、やりたいことがある」
「もう充分だろう。アンタか、龍興か、――どっちかか、どっちもか、ってだけの話だ。お前の命で叶えられるなら、安いもんだろう?」
「そんなことない。アニキは、俺と違って人に大事にされる人や。多分、俺はどんでん返しで負けるンやろうなァ」
だって、あんたらがきてもうた。
呵々、と大笑いをして、噎せる。渡された拳銃を握って、虎は弾の数を確認した。
「あー! ほんまに、一発しかあらへん! ケチやのぉ」
次に笑うのは、傷ついた彼らであるべきだ。
コマチに頼まれている。ジェイは、依頼を全うする必要があった。ジェイと、猟兵たちの手を借りて――「虎鉄を殺す」というオーダーを為すために弱い体に鞭打ってここまで来たのである。
「もしお前が助かっても、俺が殺してやるよ」
「んな殺生な」
「仕事なんでな」ニヒルに笑ったジェイが、箱を閉じる。虫たちは虎を解放した。するすると足に絡まった彼らが、閉じるまでに箱へ素早く帰る。もういいのか、と匡が視線で問えば「負けたって言うやつに、これ以上なんもしねェよ」と返ってくる。
「あんちゃんは、俺に何の説教してくれる?」
虎が、明るく聴いた。
――今から死ぬし、もう、計画は破綻するというのに。
「色んな“こころ”が見たい、って言ってたよな」
匡は、自分の呼吸がわずかに乱れるのを感じた。
腕をほどいて、下げる。なぜだか見下ろす気にはなれなくて、しゃがみ込んだ。虎鉄は見上げる形になるが、匡との距離はずっと近くなる。
「それを、わからない、とは言えないよ。俺にも、覚えはある」
「そぉか。――せやろ。人間の心は、きれぇや」
「でもさ」
呼吸を置いて、瞬きをした。
垂れた両手を、匡は無意識にぎゅうっと握る。まるで、何かを護るように。
「俺はそれでも、その人が幸せそうに笑ってくれるなら、それ以外に何もいらない、と思うんだ」
こころがわからない。
自分の心だって、未だに不明瞭で。どこに何があるかわからないから、ずっと心の地図を作っている。
「――俺とお前、どっちが“いかれ”なんだろうな」
それが、『にんげん』であることをやめた罰だというのなら、せめてヒントがほしくて、心に囚われたこのけだものに聞いてみたのだ。
ジェイが、その問答を黙って聞いていて――虎が笑った。
「はは、なぁに弱気なこと言うとんや、あんちゃん。一つだけ、教えといたる。俺はな、長い事この世界で商売させてもろて、色んな人間と話してきたけど」
足音が増える。
虎が、匡から視線を外して、一人の男が別の入り口から出てくるのを見た。
怒りと決意と、悲しみを混ぜた彼の顔は暗闇で見えない。
――だけれど。
「“いかれ”てへん人間なんて、ずっと少ないわ」
美しい心のきらめきを見た虎鉄が、恍惚に満ちた声色で言ったのだ。
――銃声は、ふたつ響く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
【蜜約】◎△
ひとの想いは簡単に歪む
永遠に同じで居られる筈がねェのに(自嘲
羅刹女にはこの光景どう映る?
…俺は虎の気持ちも分かる
同時にそのヤり方が間違いであるコトも
一刻も早くこの場を鎮めなきゃァ、あの嬢サンの魂は救われねェ
斬るぞ
この連鎖を(怒り哀しみと言えぬ歯痒い表情
敵の攻撃を片腕で受け【蜜約の血桜】使用
(消せない痕
噎せ返る香
あァ、エリシャ
お前は何処までも俺を…)
どの首なら─
余所見してンな
想いが強さならば
俺の正義(つよさ)で迎え討つ迄(限界突破
敵が集う一箇所を桜吹雪で乱れ斬り
剣に鎮魂の炎宿し多くの敵を倒し魂を還す
羅刹女の死角を潰し2回攻撃
龍サンよ
決して妄執に囚われンな
止められなかった俺にも責がある
千桜・エリシャ
【蜜約】◎
クロウさんの語る言葉に首を傾げるばかり
どうしてこんなに縺れてしまったのでしょうね
私にはわかりませんわ
嗚呼、けれども
女性の命を無闇に散らしたことは許せない
…そうね
解けないなら
いっそ総て斬り刻んでしまいましょう
(クロウさんの激情が伝わってくるようで
…やはりあなたは正道を生きる方なのね
私とは違うわ…)
一箇所に敵を大勢集めるように
鬼火で追いかけ回し追い詰めて
あなた達の首なんていりませんわ
クロウさん、あとは任せましたわよ
…あら、この桜
大切にしてくださって嬉しいですわ
彼に見えないよう妖しくほくそ笑み
肉片一つ残さず斬り刻んで差し上げて
人の命とは儚いものね
せめて彼岸で
ハルさんと逢えるといいですわね
●
男の体は、もはや少しの刺激で壊れてしまいそうなほどに脆かった。
千桜・エリシャ(春宵・f02565)は、かの鯱が案内する列車の最前線に乗って考えるのである。目の前は【鬼桜遊女】が花開き、走行の邪魔にならないよう兵士たちを燃やし尽くしている。脱輪しては大損だから、とどこか冷静な自分と、人間の心の複雑さに首をかしげる自分がいた。
「どうしてこんなに縺れてしまったのでしょうね」
エリシャが力を貸す理由は、『女性の命を無闇に散らした』の一点である。そこに、情も何もない。事実として、死ななくていい命を――よりによって、気高い魂を摘んだ。
鬼であるエリシャがするのならばともかく、人間同士の争いで。それも、大義など何もなく、ただの願望でそうしたのだというのなら、不躾なものである。正義感などでなく、エリシャは「不快だ」という原初の感情で動いているからこそ、この複雑な人間模様は理解できていない。
「ひとの想いは簡単に歪む。永遠に同じで居られる筈がねェのに、忘れちまうンだよ」
「あら、なぜ? 人間だって成長すれば姿が変わるはずですのに。こころなんてもってのほかでしょう。そんなことも忘れてしまいますのね」
杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は、この羅刹女が人の心を理解できないのは致し方ないと思う。
なぜならば、エリシャは『ひとでない』からだ。人としての立場で生きたこともなければ、彼女は常に奪う側の人間になっている。すくなくとも、――クロウの知る範囲では。
弱者レベルの喧嘩に、エリシャが争いの気持ちを持たないのと同じだ。クロウもまた、人間のおろかさというのは今の現状そのものであると思える。
しかし、それが――いとおしくも尊いと思えるのは、クロウが人に愛され、人を愛したヤドリガミであるからだろうか。
「俺は虎の気持ちも分かる」
「あら。私には――ちっとも」少し含んで考えてみるものの、エリシャの琴線にはどうしても触れない。首を振って、赤い六人掛けの椅子に座っていた。ふかふかした心地に、足を乗せる。しなやかに延ばしてエリシャだけで三人分使った。
「同時にそのヤり方が間違いであるコトも、な」
クロウは、座らずにじいっと前を見ていた。
最後部に乗せられた龍興がいて、クロウとエリシャは最前部に乗っている。目の前で散っていく鬼火と、無数の兵士たちがいた。跳ね上げられた何人かは、どうやら真上に上ったらしい。ごん、ごん、と鉄の音が天井より響いた。
「一刻も早くこの場を鎮めなきゃァ、あの嬢サンの魂は救われねェ。――斬るぞ」
エリシャには、クロウが決意に満ちた顔をする理由がわからない。
「この連鎖を」
斬りたい首が増えるだけだ。
龍興にせよ、虎鉄にせよ、恨みがましく死ねばきっとエリシャの斬りたくなる強さを持つだろう。影朧になることをとめてやろうとは思わない。猟兵としての立場で「ケリ」を付けられるのなら、そちらの方が効率的だと思ったのだ。
しかし、クロウは――この目の前の男は、色違いの瞳を心の迷い事御すように細めるものだから。
「そうね。解けないなら――いっそ総て斬り刻んでしまいましょう」
噫、やはり。
自分とは全く違う方向を見る生き物なのだなと、実感が胸に湧き上がっていった。
●
鬼火が、兵士たちの背を焼く。
一つの個所に追い立てるためのものだ。焦げ目をつけた兵士たちが、天井の上をかけずりまわった。途中で、列車の溶接部に気づいてナイフでそれを割き、転がり落ちるように車両の中へ侵入する。
一人が車両内を素早く見回せば、ハンドサインと共になだれ込んできた。圧倒的な数の呪詛が、たちまち列車内に増える。
散らばらないように、鬼火が優雅に舞った。
背を一度焼かれた彼らはおののいて、左右にしか進めない閉鎖的な空間のうち、一つの車両に集められてしまう。――ちょうど、四号車だった。
「あら?どこを押すのでしょう。これ?」
車内放送が流れる。
マイクと衣擦れの音がして、とん、とんと二度ほど指先で叩いた音がした。
「あー、あー、お聞きの皆さま、ようこそおいでくださいました。この列車は、黄泉行きでございます」
鬼の戯れだ。
口角を上げて話している車掌は、美しい女の声をしていた。甘く、そして、声からでもむせ返りそうな色気をはらんでいる。
兵士たちには癒しよりも、――ずっと恐ろしい狂気を感じさせただろう。
「あなた達の首なんて私はいりませんわ。お優しい殿方にお送りいただきましょう。さ、それでは――」
一人の男が、連結部を踏み越えて兵士たちの前に現れる。
すし詰め状態になりつつある空間を見やる瞳は、揺れる車内で眼光を連れていた。きぃいい、と耳鳴りがして、兵士たちはすっかり男の気迫に飲まれているのを理解し始めている。銃を構えた。砲身が揺れている。
「はりきって、どうぞ♡」
桜が、散った。
エリシャが車掌室で指を組んで、退屈そうに目の前を焼きながら肘をパネルの上に乗せてぼんやり夢見る乙女の様な態勢をとっていたころである。
「あら」
地下鉄には、桜が入り込まない。
幻朧桜のものではない。とはいえ、エリシャの桜だ。――出した覚えはない。ぱち、ぱち、と桃色の瞳を瞬かせて、ゆっくりと唇で弧を描いた。
「大切にしてくださって、嬉しいわ」
羅刹のつみびとに惹かれたヤドリガミだ。
人にあだなす鬼を好いてしまった。鬼は、それを理解しているのか、そうでないのかまだ読めないが――つかず離れずの距離でいる。
震えた銃口からの一撃は、右手で食い止めた。ぱん、と手のひらが爆ぜる。直撃すれば中で炸裂するタイプの弾であったらしい。飛び散る五指を眺めて――クロウは、想起する。
消せない痕。
噎せ返る香。
――『そんなに私のことが忘れられないのかしら?――なんて。ふふふ』
「余所見してンな」
戦いの最中だ。
己の声で、クロウが現実に戻ったときに【蜜約の血桜】は満開に至った。
咲き誇る桜だ。猟奇的で、血を吸えば吸うほど強く、そして美しく生まれ変わる。どんな刃物よりも優れた花弁が、クロウの右手よりあふれた。
まるでクロウを誘うように戯れてから――兵士たちめがけて突き刺さっていく。
色香に惑わされなかったのは、クロウの中にある正義感のおかげだ。呼び起こされて、剣に鎮魂の焔を宿す。
乱れ斬られた彼らにこれ以上の苦痛は必要ない。踏み込みと共に、――導きのつるぎを穿った。
●
「おはやいおかえりで」
「おう」
エリシャが、そろそろホンマチに着くのだと車内放送を芝居かかったもので告げたのだ。クロウは、箱の中に敷き詰めた彼らをすべて送ってから先頭車両に戻ってきた。
「――見てたかよ」
「何がです?」
「いンや」
あまりにも予想通りの答えに微笑む。クロウが唇のチェーンを揺らしながら、マイクのボタンを押した。エリシャの車掌室に入って、その背中から抱きしめるようにして――。
「ちょっと」
圧されたエリシャの抗議を無視して、告げる。
「龍サンよ、生きてるか」
――車両の終わりで、男は女の亡骸と寝転がっている。
時間的にもそろそろ死後硬直がとける頃合いだろうか。目を伏せてやった顔を、今はじっくりと眺めていられるはずだ。
「決して妄執に囚われンな。止められなかった俺にも責がある」
エリシャが何をしているのか理解できないらしく、マイクとクロウを交互に見ていた。この男は、本当に変わっている。
「――御免」
つみびとに、頭を下げてしまうのだから。
列車が止まった。龍興の体を、次の猟兵たちが案内するだろう。
しゅう、と空気の漏れる音と共にすべてのドアが開いた。
「せめて彼岸で、ハルさんと逢えるといいですわね」
――鬼の目にも涙、とはいかないけれど。
「素敵な夜を」
きっと、愛した女が川を渡り切らずに待っているだろうから。
クロウとほほを寄せ合うようにして告げれば、車内放送は終わる。マイクのスイッチをオフにして、――朝日を待った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
あーあー、随分と滅茶苦茶な有様じゃねーか
なんだよ、失う覚悟はしてなかったのか?
大それたことやるんなら、自分の命程度じゃ賭けのテーブルは納得しない
甘いぜ…そんな程度で揺らいじゃ何もできやしない
んで、どうするよ
復讐でもするかい?したいならご自由に
俺ぁアンタの気が晴れる方法は知らないんでね
敵を殺して、勝って、終いさ
さて、またぞろ兵士が歩いてやがる
お前らの天敵は此処に居るぞ
『Weekness』──まともな行動はさせてやれないな
何も見えず、聞こえず、苦しみだけが永遠に続く
この戦場の支配権は俺のモンだ
・・・後悔しているのなら、とりあえず足掻いて生きてみなよ
その方がずっと辛いぜ
一生報われないけど、さ
花剣・耀子
◎△
因果応報。
よくある理不尽。
そうね。そうなのでしょう。
……それと、腹立たしくないかは別なのよ。
確りなさいな、長谷川龍興。
できればそのヒトを離さないで。
此処に溢れる過去を全部斬って祓ってしまえば、
只のヒト同士の、おまえたちのおはなしに戻せるもの。
殺すなとも死ぬなとも云わないわ。好きにすれば良い。
あたしは、あたしの生業を果たすだけよ。
ゆきましょう。
過去を外へ出すわけにはいかないの。
一体だって残さない。片っ端から斬っていきましょう。
只中へ踏み込んで【《花剣》】
弾丸ごと斬って散らして道を開けるわ。
足を止めるな。地獄まで持ち越しなんて、させないから。
腹立たしいけれど。
始末を付けるのは、あたしじゃない。
●
因果応報で、自業自得だ。
よくある理不尽の話で、人の頭が生んだだけのどうしようもない流れである。理解しているのに、――抗いたいと思うのはなぜだろうか。
男の体を引きずり出したのが、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)だ。
龍興の体はずいぶんと脆くなっていた。少しでも歩けば両足から崩れて融けてしまいそうなくらいに、黒い服がより黒くなって鉄の匂いが染みてる。
花剣・耀子(Tempest・f12822)は、神谷ハルの死体を抱いてやっていた。横抱きにして、車内から降ろす。不思議とこの死体がちっとも呪詛に侵されていない。それだけでも、耀子はどこか自分の心が救われるような気がする。
「ヘイ、ヘイ。ビッグ・ボス。起きろ」
「――、」
か細い返事だ。
「オーケー。いい返事だ。まだ死ぬなよ」
死ぬにはまだ生ぬるい。ヴィクティムが男の意識を保つために、己のプログラムから一つの薬を精製する。
「何をするの」
耀子が、ヴィクティムの手に握られた注射器を見た。
血液に直接注入するだけでも、おぞましい。しかし、ヴィクティムにためらった様子はない。龍興をうつぶせにさせて、うなじを見る。
「ドーピングだ。あー、違うな。人聞きが悪いか。エリクサーだよ」
「――副作用があるはずだわ。どんな薬も、必ず」
「そうさ。超回復をしすぎた細胞が、免疫を攻撃して、勝手に死ぬ」
やめて、と言いかけて――耀子は口をつぐんだ。
めちゃくちゃなありさまだ。この状況で、龍興がたとえ虎鉄と撃ち合っても勝ち目はないだろう。勝負にもならないかもしれない。
「乗り換えまであと六分だ。ダイジョーブ、二分後には走れるぜ」
頸椎に注入するための、長い針が侵入していく。
一度大きく龍興の体が震えたのを、ヴィクティムの義手が固定していた。手元は狂わず、最後まで薬を打ち込んでやる。
「大それたことやるんなら、自分の命程度じゃ賭けのテーブルは納得しない。甘かったんだよ、アンタ。――そんな程度で揺らいでちゃ、何もできやしない」
これも『仕事』だ。
ヴィクティムが針を抜けば、シャツで首を圧迫する。最新テクノロジーの違法施術だ。保障がないぶん、リターンも多い。
「確りなさいな、長谷川龍興」
うつろな顔をしていた龍興が瞬きを繰り返し始めている。
ぺちぺち、と横っ面を軽く耀子が指で叩いてやってから、意識のありかを呼び出した。しゃがみ込んで、ヴィクティムに座らされる彼に――ハルを返す。
「殺すなとも死ぬなとも云わないわ。好きにすれば良い。だけれど、――このヒトを離さないで」
ヴィクティムからしても、異様だった。
神谷ハルの体には呪詛がひとつもない。
今、ヴィクティムたちが浸食を受けていないのは他猟兵の活躍もあってこそだ。神が世界を覆ったから、呪詛も入り込まないのである。――それ以前より、神谷ハルは呪詛に触れていたし、殺されたときもきれいなまま死んでいた。
――ほかの猟兵に、護られていた。
サイバーアイでの分析はもはや無意識だったといっていい。
神谷ハルは、猟兵たちの因果で作られた『セーフティ』だ。ありとあらゆる呪詛を跳ねのけるだけの免疫がついている状態である。
「なるほど」だから、龍興が『今まで』もっていた。
「――なに?」
「いいや、俺もそう思う。ミスター・ドラゴン、離さないほうがいいぜ。そのひと」
●
龍興の意識が完全に覚醒してから、乗り換えを果たすまでがヴィクティムと耀子の仕事だ。
――【Deviant Code『Weakness』】はたちまち、空間を支配する。
支配権はヴィクティムの手にある。腕のサイバーデッキを動かしてやれば、ホログラムの地図が出た。その間に、龍興は何度かヴィクティムと耀子を見て何かを言いたそうにしている。
「謝らなくていいぜ、感謝もいらねえ。俺たちは、俺たちの仕事をしてる」
少年の歩幅に合わせて、龍興は導かれる。耀子は、ヴィクティムによって狂わされる兵士たちを撫で斬りするために動き出していた。
何も見えず、聞こえず、方向感覚が狂ってすっかり壊れた肉体たちを切り刻むのはたやすい。【《花剣》】の力にあやかって、舞う。
銃弾が飛んできても斬って落とし、さらにもう一歩踏み込んでその胴体を輪切りにしてやる。地面に落ちるまでに黒霧へと変わった兵士に哀れみの視線はやらない。
「あっちもそうだろうな。――そういう気持ちだと思うぜ」
耀子にできることは、斬ることだけだ。
頭を使い続けることは得意ではないし、わざわざ悪手を取ろうとも思わない。
「そうか」
低く唸った龍興が、血色を取り戻していた。
日本刀をベルトに挟んで、女を姫抱きにして歩いている。
二人の旅路を作ってやるのが耀子の任務で、――過去を斬ってすべて祓ったのならば、あとは『ヒト同士』の話に戻るのだ。
これ以上の詮索は、きっと『猟兵たちが話さなければ』誰にも漏れることがないだろうし、よくある悲劇の一つとして穏やかに終わるはずである。
明日も当たり前のように日が昇り、人々の生活が始まれば――世界に影響は少なく済むはずだ。
なのに。
――腹ただしい。
「足を止めるな、長谷川龍興」吠えるような叱咤が、空間を震わせる。
ヴィクティムほど割り切れるような器用さはない。
代わりに、耀子にあるのは――自我だった。
「始末を付けるのは、あたしじゃない」
腕に抱かれている女だって、きっと『そう』言っただろう。
黒耀色の鬼が、感情を殺しきれずに戦慄く唇で自分を殺していた。龍興は、階段を上る最中にその顔を見る。
「――、嬢ちゃん」
「ほれ、足止めんなって」
ヴィクティムが、その背をぐっと押して急かす。
励ましてやるつもりはないが――時間がないのは確かだった。
「後悔しているのなら、とりあえず足掻いて生きてみなよ」
階段を上り切って、渡り廊下を歩く。
兵士たちがどんどん黒霧に変わっていくのを眺めながら、最短経路で導き――止まっていたエスカレーターを動かしてやった。電力のハックに成功したら、真っ暗だった地下鉄に灯りが戻ってくる。
「そのほうがずっと辛いぜ。一生報われないけど、さ」
自分に言い聞かせるような言葉を、ずっと小さな少年が言うのだ。
龍興が「坊」と言ってヴィクティムにまた、口を開こうとする。
「いーから。はやく行けって。乗り遅れる」
エスカレーターに龍興が乗って、腕の中で眠るようにして丸くなっているハルと共に小さくなっていく。
「どうも、かんにん――ありがとうな」
ホームにたどり着いて、二本足で歩いていられる時間はきっと長くない。
『オオサカ港』駅にたどり着いてしばらくたてば、きっと彼はもう二度と動けないだろう。
「悪いことをした、とは思わないのね」
「俺か?」
「どっちも」
「そりゃそうだ。悪人だぜ」
――ただ、生きる。
『生きる』という罰を信じている。生まれながらにして人は罪人であり、生きることは罰であると誰が言ったのだろう。
「あたしもよ」
耀子が、回転鋸で出来たつるぎを肩に乗せてため息をつく。
ヴィクティムは肩をすくめて、ようやく瞬きをしたのだった。
大成功
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狭筵・桜人
◎
あーあ。
せっかく死から遠ざけても勝手に死んでしまうのだから。
ま、いいです。私のせいじゃないし。
エレクトロレギオンを引き連れ死体を連れた男のもとへ。
まだ生きてます?なら手貸してあげますよ、タツさん。
私そんなに体力ないのでおぶったり運んだりは難しそうですけど。
あなたが追ってる人なら今【追跡】中です。
道案内くらいは任せてください。
ハルさんは結局使わなかったんですね。
いやぁ惚れた男からの贈り物をね、
後生大事に懐に仕舞っておくモンですから。
ファンとしては少し妬けてしまいましたよ。
彼ら二人ももうじき死ぬのでしょう。
それが一分先でも、一秒先でも守ってあげますよ。生きてる間は。
だって私は人の味方ですから。
●
「本日は、オオサカ市営地下鉄、チュウオウ線――どこいきでしたっけ。ああ! そう、オオサカ港行き。をご利用いただき、誠にありがとうございます」
学生帽を被って、楽し気にマントを翻してのあいさつである。
死体を抱いた龍興が下りてきて、さあさこちらですよと手招きしたのは狭筵・桜人(不実の標・f15055)だ。
「あーあ。せっかく死から遠ざけても、勝手に死んでしまうのだから」
龍興が、死んだ女をそっと寝かせてやっているのを見る。
今日は電車が空いていてよかったですね、といいかけて――そういえばこの電車は猟兵が動かしていたのだったのを思い出した。桜人の恩恵を受けたかの女は、未だ呪詛を寄せ付けない。
「綺麗な死に顔じゃ」
「そうですね。病気とか、そういうのに侵されてないっていうか」
真っ白な肌だ。
生きていた時も神谷ハルは美しい肌をしていたものだが、きめ細やかなそれは死んでもなお美しい。胸に空いた穴さえなければ、眠っているだけに見える。
「ハル」
無骨な手で、そのほほを撫でる男の表情があった。
「ハルよう。じき、俺もそこに行くさかい。待っとれよ」
――わがままなことを、まだ言うのだなぁ。
だから人間は、護るべきだろう。桜人がその光景を見ながら微笑んで、うんうんと頷く。
桜人は生きている限り、生きている人間の味方だ。その姿勢は誰相手でも同じである。
「いやあ、よかったですよ。体力そんなにないので、おぶったり運んだりは無理かなぁって思ってたのですが。お元気そうで――本当に元気ですか?」
「わからん。さっき、そこで坊――男に、クスリをもうたらしい。まァ、多分、あかんやろな」
「落ち着いてるんですね。得体のしれない薬を与えられて、死ぬまでの時間が伸びても」
列車が規則正しく揺れている。
無人の運転だ。【エレクトロレギオン】は、残り少なくなった兵士たちを掃除し続けている。時折窓に飛び交う幾何学の光が、彼らの働きを表していた。
「そうか。腸煮えとる――ああ、いや、そうやな。もう、煮えたン通り越して、あきれとる」
「虎さんにですか?」手でポーズを作った。関節を曲げて指先を立てて、獣らしい手を作れば「がおー」と言ってみる。
「いンや。俺は、俺にな」
「真面目な人なんですね」
「生きることには真面目なつもりやったよ」
「だから、死ぬことにも?」
――頷きが返ってくる。
不思議な男だ。仏門に至ったわけではないだろうに、まるで悟りを開いてしまっている。
「素敵な人ですね。絶世の美女が惚れてしまうのもわかります」
手を、一度叩いた。拍手とも合掌ともいえぬ粗雑なそれに、空気は切り替わる。
それから、桜人は軽やかな足取りでハルの元へ来た。合わせた手をひらいて、彼女の服を「失礼」といって指先でつまむ。胸ポケットの位置にあったものを触るときは、一番慎重にまさぐった。体に触れないよう気を付けて、ころりとした感触を手のひらに握る。
「ハルさんは結局使わなかったんですね」
「――何をや」
龍興の問いかけが機嫌の悪いものでなくて、内心安心してから親指と人差し指で挟んだ。
「じゃん」
鉛玉だ。
――桜人が解呪したものである。
「いやぁ惚れた男からの贈り物をね、後生大事に懐に仕舞っておくモンですから。ファンとしては少し妬けてしまいましたよ」
もとはグラッジ弾だ。
今はただの鉛になってしまっている。人を殺すだけの道具を、龍興の前に持ってきた。
「解呪してあります」
「――あんたがそうしたんか」
「ええ、まあ。その道はちょっとかじってまして」
「ハルのことも」
「それは、どうでしょうね。彼女の意志だったのかもしれません。『ほかの男の色に染まらない』のは」
心までは、操れませんから。
そういって、手のひらに鉛玉を握らせる。――龍興が腰に忍ばせていた拳銃の弾を抜いた。グラッジ弾と、鉛玉を入れ替える。
「こちらは、廃棄でよろしいですか?」
「頼むわ」
――列車が、時間通りにとまる。
ふしゅうと空気が漏れて、扉は開いた。いつのまにやら地下から地上へ出ていた空は、白くなり始めている。
龍興が、ハルの体を抱いてやった。
「おつとめ、ごくろうさまです」
桜人が恭しく帽子を脱いで、一礼をする。龍興が「ごくろうさんです」と返して、ホームからゆっくり昇っていった。
●
朝焼けだ。
二人が迷宮から出たことを合図に、空が世界に返される。
忘れていた桜が散りだして、龍興は目を細めた。――美しすぎる世界は相変わらずだ。
「アニキ、お待ちしてました」
「――そうか」
対の出口で待ち構えた虎鉄は、その顔を見て本当にうれしく笑っていたのだ。
大きな水族館と、大観覧車がある。きらきらと朝焼けを受けながら笑った彼の顔が、無邪気な子供のままだった。
「虎よォ」
「はい」
――ああ、また、こういう因果だ。
介錯は、もはや自分の生業だと思った。つくづく自分は家族を殺すさだめである。
「この、アホンダラ――」
躊躇いなく、虎鉄に昨日用意させた日本刀を抜いた。
踏み込みは鋭い。女の体を抱きかかえても、その速度は衰えることはなかった。与えられた薬にある興奮剤の作用が働いている。
虎鉄は躊躇いなく引き金を引いた。鉛玉が射出されるが――それは、鋼が折れながら弾く。
火花が散って、虎鉄が目を見開いた。それでも口元は笑ったまま、眼球にあこがれの人を映す。
「やっぱり、アニキは――漢やったわ」
虎鉄の右眼球を、鉛玉が貫いた。ピンク色のゼリーめいた脳漿をぶちまけて、頭蓋を貫通して炸裂する。勢いよく倒れた獣の体は、朝やけに照らされていた。
血の水たまりができて、その上を歩く。足跡を作りながら、龍興は女を抱きかかえて空を見ていた。
「ここで、お前とも出会うたのう。虎。よう、遊んだ」
――仕事でだ。
大阪湾に沈めたる、というのが聞きなれたフレーズである。始末のできなかった仲間の『ケツ持ち』に、よく『失敗したこと』をコンクリートで固めて沈めに来た。
先代の代わりに若い身ながら現場のことを管理していた時である。観覧車が消灯していて、風情のなさを感じていたのを憶えていた。
――俺は、久保といいます。名は虎鉄、家無しの、どうしようもない男でございます。
今どきヤクザに入りたがる生き物など、ロクなものではないと思っていた。自分がそうであるように、こんなに恵まれた世界で悪を働きたがるのだから。
――同時に、同じく居場所がないものなのだろうと理解もあって。
「ハル」
ああ、そういえば。
「お前とも、よう来たなぁ」
――胸の中で眠る女は、海が好きだった。
龍のことを理解し、信じ、弁えて隣にいた彼女がほんの少し無邪気に遊んでいた昔を思い出す。
スタアになって、安易に来れなくなって――海の世界が遠くなったのだっけ。
「竜宮城が、あるやろか」
体が自壊をしだす。
龍興の体は、グズグズに壊れていた。組織は崩壊して、彼の夢の終わりのように――ひとつの男の世界が終わる。
魔法が溶けるさまに、抗うように歩く。
どろどろの体で、海がすぐそこにある場所までやって来た。
船はそろそろ朝の漁から帰ってくるだろうか。そして、きっと虎鉄の死体を見て驚くのだろう。ありきたりな一日の、ちょっとした事件として彼の名前が載る。
「――ハルよう」
海に落ちる。
小さな水しぶきだった。
「一緒に逝こな」
●
――オオサカを騒がせた小さな事件が幕を閉じる。
すべては、久保虎鉄の策略として描かれることになるだろう。
犠牲者は二名。犯人である久保虎鉄は『自殺』、被害者は『多田議員』という形で――『殺人事件』として捜査は表向き、終わる。
同時に、行方不明の人間が二人増えた。
スタア、神谷ハルの件は大きく取り上げられることになり、数々のファンが彼女の捜索やゴシップを読み漁ることになるだろう。
――しかし。
彼女と共に、海に沈んだ白骨だけは。
誰にもきっと、探されはしなかった。
――ありふれた世界で、ありふれた死のままで。
いつもの毎日が、また始まっている。にぎやかな街は、変わらず天国と地獄が混ざり合っていた。
大成功
🔵🔵🔵