#サクラミラージュ
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●花に嵐の
風光明媚を歌う宿には、四季を封じた部屋があるという。春夏秋冬、その景色を閉じ込めたという部屋から全て違う景色を見ることが出来る。
春の桜を。
夏の百合を。
秋の紅葉を。
冬の椿を。
季節をひとつ、閉じ込めるように花を咲かす小さな庭はこのホテルの代名詞であり、その美しさ故に、隠れ宿として多くの者達に愛されてきた。
「それ故に、皆々様、夢見心地で書かれるのです」
ひとり部屋で伏した。真っ白な原稿用紙が血に濡れる。ひとりは食堂で倒れた。見えぬ終わりに掲げた杯は、己の生への終わりを告げた。
「……ッぁ、ぁあ、あ、ぐ、ガ」
「おや、まだお疲れの方がいらっしゃいましたか。■■先生」
カコン、と靴が鳴る。長身の薬師はやれやれと息をつく。
「新しい薬が、ご所望で?」
「すり……っぁ、何を、混ぜて。さっきの、薬に」
「おやおや、書ける薬が欲しいと、皆様そう仰ったではありませんか。皆様は『それは病のようなもの』だと言っていたでしょう?」
ですから、薬をお出ししただけのこと。
「生まれ変わった自分になられるのでしょう? ーーあぁ、それに、その薬を飲まれたのも、皆様でしょう」
廊下を這う男を、薬師は見下ろす。伸びる筈の腕が、ぼとりと落ちた。赤く変じて崩れていく。
「ぁあ、ぁああああああああああ……っひ、いやだ。そうだ、助かる薬を、俺が、生きていられる薬、を……」
半狂乱の果てに、起こした身体さえ崩れ落ちた。薬を飲み干す口だけ、絶叫の果てに開いたまま。
●花逍遥
四季の館、とその地は呼ばれているのだと猟兵達に告げたのは黒髪の男であった。両眼を布で隠しながらも、不都合は無いのか。クロード・クロワール(朱絽・f19419)は、桜のひと枝を置いて、猟兵達に告げた。
「その宿で、影朧による殺人事件が起きることが分かった。殺されると予知があったのはその時泊まっていた作家たちでな」
締め切りを守れない作家達で、締め切りを伸ばしてくれと言う手紙では饒舌だという作家たちだったのだという。
「この世に〆切さえ無ければ、あと一週間、いや一ヶ月アレバという心には共感はするがな。生まれ変わったように書けるようになれる、の果てが生まれ変わるために殺される訳だったという話だ」
ーーが、殺人事件が起きる、ということが分かった。
「本来の宿泊客たちには全員キャンセルさせてある。だが、影朧を放置も出来ない。だから、キミたちには作家としてホテルに向かって欲しい。それで殺されてきてくれ」
役どころは〆切が守れない作家、だ。付き添いの編集が数人いても大丈夫だろう。
「ことの始まりがどこぞの編集の嘆きか、影朧の気まぐれかは不明だが。書けぬ作家に薬が届くという」
茶に混ぜられるか、菓子に混ざるか。
触れ込みは、すごく書ける(描ける)薬らしい。めっちゃ書ける。それはもう〆切とかきっちりしっかり守れる作家に生まれ変われるーーと。
「三文小説もびっくりな万全のサァビスだ。まァ、怪しさが溢れかえるがな。影朧も放置はできない。連続殺人さえ無事に起きれば、影朧も出てくるだろうさ」
猟兵であれば、普通の者が死ぬようなトリックも最期には生きて帰れるだろう。どんな薬だろうかどんな飲み物だろうが。
「まぁ、最初は普通にホテルを楽しんで居れば良い。花も良い季節だからな」
今は、春の棟が見頃だろう。垂れの桜が特に美しいーーという。
ゆっくりと、まずは花見を楽しむのも良いだろう。グリモアの光が灯り、はたはたと、案内役の衣が揺れる。
「それじゃぁ、良き旅路を綴ってくれ」
秋月諒
秋月諒です。
だいたいポップに締め切りへの悲哀を嘆くリプレイになるんじゃ無いかと思います。
ポップに全力で悲哀を嘆いたり締め切りと戯れたりしていただければと。
●各章について
各章導入を追加後、プレイング受付を開始致します。
マスターページ、告知ツイッターでご案内致します。
受付前のプレイングに関しましては採用致しません。
第1章:うたう花の園……お花見。締め切り前のひとときの安らぎ。
第2章:よすがの跡……缶詰先の棟へ。書け(描け)という圧力と共に罠が色々きます。
第3章:『殺人者』薬師……ボス戦。
作家さんか編集さん設定ご参加ください。
設定の詳細はご自由にどうぞ。
●四季の館について
元はとある伯爵の別荘。四季の庭は当時の造りのまま。
貸し切り宿です。
●第1章について
春の棟にてお花見ができます。1章だけのご参加もどうぞ。
まったり楽しむも、締め切りを恐れながら楽しむも逃避するのもどうぞ。
●第2章について
冬の棟にて缶詰ライフが始まります。締め切りから逃避したり、書けぬ書けぬをやったりしていると不思議なお薬やお茶が届くようです。
薬やお茶への対処はご自由に。連続殺人事件が発生すれば、三章にて影朧が出現します。
詳細は、2章開始時にて。
●第3章
ボス戦です。
●プレイングについて
お連れ様がいる場合は、最初の参加時のみ「合い言葉+ID」「名前+ID」をお願い致します。プレイングは同じ日に頂けると締め切り的にハッピーです。
また、全ての方の採用は出来ない場合もございます。予めご了承ください。
大体ポップな雰囲気になるかと思います。
それでは皆様、ご武運を。
第1章 日常
『うたう花の園』
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POW : 花々が生い茂る場所へと散策する。
SPD : 花弁や春風につられ、花見を楽しむ。
WIZ : 春が訪れゆく景色を静かに見守る。
イラスト:菱伊
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●春の棟
ーーえ、先生。締め切りが無ければ書けるんですか? いやだなぁ。最初っからそう言ってくだされば。では、此処で書き上げてください。隠れ宿で執筆、なんて先生の作風にぴったりじゃないですか? 原稿、お待ちしていますね。
そう、彼が言った時、僕はでかした、と思ったのだ。なにせ、締め切りがのびるのだ。彼にはああは言ったが、一文字も書けてはいない。
旧伯爵邸を故あって貰い受けたという宿は美しいものだった。四季の庭は創作意欲をかき立てる。美しい、美しい、という僕に女中達は喜んだ。その笑顔を見ると、僕も良い気分になったものだ。ーー最初の……月くらいまでは。如何に美しい場所であれ、如何に良い場所であれ、此処は宿であって僕の部屋ではない。快適かもしれないが、僕の場所ではないのだ。ーーだが、書かなければでれない。今、僕は明確な締め切りが無い中、これを綴っている。書き終わらなければでれないのだ。アァ、これが最初カラ分かっていればーー……。
斯くして彼は、無事に大作を書き上げたというーーという。編集Aくんによるパンフレット(実録)が、無人の宿には置かれていた。パンフという割に鈍器のような厚さがあるあたり、真実味を増すーーのかもしれない。
力強く拳を握る編集Aくんの成功が、ただの一度であったかは分からない。だが実際の所、四季の館は外界から隔絶された世界であり、その性質上、あまり多くの客を迎えることができない宿は長期の客というものを好んだのだ。
今は桜の時季。春の棟よりお入りください。
達筆な文字に出迎えられ、足を踏み入れたその場所には枝垂れ桜の美しい庭園があった。缶詰前の一時、今は、桜を見て愉しむのも良いだろう。締め切りへの嘆きを綴るのも怒りを綴るのも、え、書ける書ける大丈夫大丈夫、と余裕ぶってみるのも良いだろう。
ーーそんな作家たちに、ため息をつく編集なんていうのも良いだろう。
春の棟、桜花の園は息を飲む程に美しい。
華折・黒羽
ロカジさん/f04128
「けい」くん…?
語る様な言の葉を受けて
散り降る花弁に眸を向ける
例えば
一分咲きの枝背に隠れた一輪に
蕾の中己が先にと顔見せる五分咲きの一輪に
負けじと花弁纏い開く八分咲きの一輪に
その全てに名を与えたいと?
…途方も無いお考えで
咲いたと思えばすぐに散る
瞬きの様な美しさに出会う先から手を伸ばすなんて
あなたらしいと言えば、あなたらしいですね
でも名を与えるばかりじゃ
支え育むべき幹(おもい)は
満たされないままにはなりませんか
先生?
…なんて、こう返せばさらに「っぽく」はなりますか?
はいはい、二言目にはそれですね
駄目に決まって──…
…本当に少しだけ、ですよ。
今日のおつまみって、なんですか?
ロカジ・ミナイ
黒羽/f10471
僕はね、桜を見るたびに常々思う事があるんだ
満開だなんだと一纏めに愛でられる桜の花だけど
僕は一輪一輪のうつくしさに名をつけてやりたいってさ
…そう思わないかい?編集のKくん
君だよ、Kくん
嗚呼、桜と愛し合えば
締切り(しがらみ)を超えた先に
すばらしい言葉たちが紡がれるに違いない
そう思わないかい?編集のKくん
花の名だけでは幹は満たされぬ――
君は僕を突き動かすのが上手いねぇ
ククク、どうだい黒羽
作家っぽかったでしょう?
先生だなんて照れちゃうな
それっぽく言っただけで本当にそう思ってるんだ
ついでに言えば、一献やりたいんだけど…
いい?ありがとう編集のKくん
おつまみを分けてあげよう
硬い煎餅と道明寺
●桜と愛し合えば、と作家は言う
枝垂れ桜の美しい庭園であった。
四季の館のひとつ、春の棟が出迎えに使われたのはこの桜が見頃だったことにある。樹齢はどれ程か。枝振りも立派な枝垂れ桜は、薄紅の影を淡く水面に映す。この光景の為だけに作られた池には、鯉の姿は無くただ花弁だけが揺れた。
「僕はね、桜を見るたびに常々思う事があるんだ」
縁側の壁に背を預け、男は青の瞳に薄紅を映していた。頬に触れた髪がゆるり、と細めた瞳を隠す。
「満開だなんだと一纏めに愛でられる桜の花だけど、僕は一輪一輪のうつくしさに名をつけてやりたいってさ」
吐息一つ零して、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)はその視線を傍らへと向けた。
「……そう思わないかい? 編集のKくん」
「「けい」くん……?」
「君だよ、Kくん」
二度、三度とした瞬きに届く応えはそんなもので。語るようなロカジの言の葉を受けて、華折・黒羽(掬折・f10471)は散り降る花弁に眸を向けた。
「例えば、一分咲きの枝背に隠れた一輪に、蕾の中己が先にと顔見せる五分咲きの一輪に。負けじと花弁纏い開く八分咲きの一輪に」
ひらひら、と舞い落ちる花弁は薄紅に染まり。重なり合えば、僅か、頬を染めるように紅をひく。桜という花に目をやり、黒羽はひっそりと息をついた。
「その全てに名を与えたいと? ……途方も無いお考えで」
ため息交じりの声であったか。春先の風に黒髪を揺らし、桜花の園を眺めるひとを黒羽を見る。ひたり、と視線が合えば、ロカジはゆるく笑った。
「嗚呼、桜と愛し合えば、しがらみを超えた先に
すばらしい言葉たちが紡がれるに違いない」
締切りと書いてしがらみ、と読む。この心を、手を、足を、薄紅に微睡む時をーー正しく手に入れれば。取り戻せば素晴らしい言葉が其処に生まれるだろう。
「そう思わないかい? 編集のKくん」
「咲いたと思えばすぐに散る。瞬きの様な美しさに出会う先から手を伸ばすなんて」
ほう、と黒羽は息をついた。
「あなたらしいと言えば、あなたらしいですね。でも名を与えるばかりじゃ、支え育むべき幹(おもい)は満たされないままにはなりませんか」
先生?
緩く首を傾ぐことなく、ただただ、静かに告げた黒羽にロカジは、青の瞳を細めた。
「花の名だけでは幹は満たされぬ――君は僕を突き動かすのが上手いねぇ」
そこまで言ってーーふ、と男は息を吐いた。吐息には似ず。吹き出すような息と共に、ロカジは喉奥でククク、と笑った。
「どうだい黒羽。作家っぽかったでしょう?」
からり、と男は笑う。さっきまでの雰囲気からはがらり、と変わりーーこれこそが、いつものロカジの顔だ。殺人館に必要なのは作家。編集までは出入りが許されれば、纏う役の衣も決まった。
「先生だなんて照れちゃうな。それっぽく言っただけで本当にそう思ってるんだ」
ふ、と吐息ひとつ零すように笑って、ロカジはゆるり、と黒羽を見た。
「ついでに言えば、一献やりたいんだけど……」
「はいはい、二言目にはそれですね」
やれ、と黒羽が息をつく。まだ真っ昼間だ。しかも此処は、影朧が巣くう宿だ。
「駄目に決まって──……」
「おつまみを分けてあげよう」
「……本当に少しだけ、ですよ」
おつまみに心動かされたか、枝垂れ桜の美しさが故か。
「今日のおつまみって、なんですか?」
縁側の壁から身を起こした人が、さっと用意したお猪口から視線を上げれば『先生』は笑みを浮かべて朱塗りの盆を見せた。
「硬い煎餅と道明寺」
ひらり、と舞う花びらが、色彩を添えた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
宵雛花・十雉
寥さん(f22508)と
オレが担当役で寥さんが小説家役
「センセ」とわざとらしく呼んでやろ
いやぁ、随分といいホテルを見つけたモンだねぇ
こりゃあ執筆活動も捗るってモンじゃねぇですかい、ねぇセンセ?
その前にまずは花見ってか
しゃあねぇな
アンタにゃいい本書いて貰わなきゃなんねぇんだ、酒は無しだぜ
その代わり煙草なら付き合うからよ
取り出した紙巻き煙草を相手の隣で吸い、ぼんやり桜を眺める
風情ねぇなァ、なんて笑いながら
そうだ、桜の話なんて書いてみちゃどうだい
桜って聞いてアンタがどんな物語を想像するか、興味あるよ
…はは、どんだけ女に飢えてんだいアンタ
残念だがこれから野郎2人でホテルに缶詰さ
書くまで逃がさねぇからな
鏑木・寥
探偵さん(十雉/f23050)と
あー。探偵さんって言ったら今は不味いのか
じゃあ宵雛花。馬車馬の如く働けよ
センセの声には露骨に「こいつ…」って顔
重い文体と重い腰の怪奇小説家
良いものを書くには良い種がいるんだよと嘯く
これで担当が艶っぽい姉さんなら筆を持つ気も起こるだろうが
宵雛花相手じゃな……
まあいいや、これも種の一つと思って付き合えよ
花見といえば、だろう?
なんだ冷たいこと言うなよ、一杯二杯程度じゃ頭も鈍らんよ
……全く、つれねえなあ
確かに風情も何もねえと、不機嫌そうに火を入れる
桜の話なんてこの世界に百二百とあんだろ
定番は桜の木の下に
俺なら? 桜の袂の美女の話にするね、今なら
あー……帰りたい
●定番は桜の下にと作家は紡ぐ
袖振り桜、と春の棟を訪れたとある作家は告げたという。多少の縁と、笑い、宿を出る頃には随分と痩せていたというがーーあれは桜の化生に誑かされた訳でも無く、ただ締め切りに泣いたのだろう。
「いやぁ、随分といいホテルを見つけたモンだねぇ」
縁側からは桜が見える。
慣れた様子で廊下を進み、暖簾を上げた長身がゆるり、笑みを敷く。庭園にある池は、枝垂れ桜を映す為だけにあるのか。子細を語る宿の者は無く、宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)が戯れに手にしたパンフレットだけが、四季の館について語る。隠れ宿らしく、麓に降りるのはそれは大変だという。
「あー」
先を行く背に声をかけようとして、ふと鏑木・寥(しあわせの売人・f22508)は足を止める。
(「探偵さんって言ったら今は不味いのか」)
宿に泊まっているのは作家と編集ばかりーーという触れ込みだ。影朧の狙いが連続殺人事件となれば、先に探偵がいるというのは物語には似合いだが、現実には少々難がある。
「じゃあ宵雛花。馬車馬の如く働けよ」
ならば向ける声はひとつ。何せ宿の人間はいないのだ。食事は出てくるらしいが、作家の世話と言えば編集の仕事。煙管を手に、縁側に見つけた椅子を目指せば、笑うような声がひとつ届いた。
「こりゃあ執筆活動も捗るってモンじゃねぇですかい、ねぇセンセ?」
それはもうわざとらしく。それはもうしっかりと。扇で口元を隠し。笑みを敷いた編集殿に、こいつ……っと寥は露骨な顔をして、椅子を取った。
曰く、作家・鏑木寥は怪奇小説家である。
文壇からの評価も高い本格派であり、その文体は重くーー腰も重い。
「いまどのくらいです? センセ」
「良いものを書くには良い種がいるんだよ」
舌の上転がすように、センセと笑う連れに眉を寄せて、息をつく。そう、世の中には準備というものが必要なのだ。何事も零からは生まれはしない。
「これで担当が艶っぽい姉さんなら筆を持つ気も起こるだろうが。宵雛花相手じゃな……」
まあいいや、と寥は淡く染まった瞳を、庭園へと向ける。ゆったりと椅子に身を沈めてしまえば、仄かに甘い花の香りがした。
桜の香り。
「これも種の一つと思って付き合えよ。花見といえば、だろう?」
ゆるり、と伸ばした手。つい、と傾けて見せれば、十雉は肩を竦めて見せた。
「その前にまずは花見ってか。しゃあねぇな」
「ーーなら」
ぱ、とほどけた指先を見送って、十雉はどっしりと座ったセンセを見下ろす。
「アンタにゃいい本書いて貰わなきゃなんねぇんだ、酒は無しだぜ」
禁酒、だ。禁酒。
伯爵様の別荘だったというに相応しい酒がそれはもうたんまりと揃っているのだが。
「なんだ冷たいこと言うなよ、一杯二杯程度じゃ頭も鈍らんよ」
「その代わり煙草なら付き合うからよ」
ーーが。
吐息ひとつ零すように笑って、十雉が紙巻きの煙草を取り出せば、肩を竦めた寥が椅子に身を沈めた。
「……全く、つれねえなあ」
そうして眺めた枝垂れ桜には、袖振りの名があるーーという話であった。さわさわと、吹く風に袖を振るように枝が揺れ、花が揺れる。仄かに甘い香りと共に花びらが一枚、ひらり、と十雉に届く。煙草を手に、飛び立つ姿を見送ってーー目の端に映るのは黒。
「風情ねぇなァ」
「確かに風情も何もねえ」
クツクツ、と喉奥で笑う十雉を横に、寥は煙管に不機嫌そうに火を入れる。ほう、と落とす息と共にくゆる煙を見送れば、そうだ、と一つ声がした。
「桜の話なんて書いてみちゃどうだい」
ひらり、はらはら。舞う花弁は、手を伸ばせば逃げていく。つれねぇコト、と飄々として見せた十雉に、寥は息をついた。
「桜の話なんてこの世界に百二百とあんだろ」
定番は桜の木の下に。
使い古された話でも、数多作品が残りーー皆々、異なる理由で桜の下に埋めて行く。
「桜って聞いてアンタがどんな物語を想像するか、興味あるよ」。
「俺なら?」
紫煙を燻らせ、首を傾ぐようにして笑った十雉に寥は煙管をふかした。
「桜の袂の美女の話にするね、今なら」
年月を重ねた桜は化生になるんだったか。
どうせなら美人が良い。ついでに酒もあるといい。
「……はは、どんだけ女に飢えてんだいアンタ」
肩をふるわせるようにして小さく笑って、十雉は煙草を手にした。
「残念だがこれから野郎2人で宿に缶詰さ。書くまで逃がさねぇからな」
ゆるり笑う十雉の顔は、常の飄々としたものに似てーー圧がある。センセ、と最後に寄せられた言葉あたりにとどめを感じて。
「あー……帰りたい」
零れ落ちた言葉に、ふわり、と桜が舞った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
南雲・海莉
(新星の戯曲作家の設定で一芝居
実年齢だと缶詰できなそうなので、童顔の大人で押し通す)
この時期の桜はまた見事
散る花弁で真実を覆い隠してしまいそうね
そう、いくつもの哀しい真実を闇に葬ってきた桜の精とか
(つと足を止め、ネタ帳に書き加え)
ここは着想の泉だわっ
(感嘆してから、はっとネタ帳の凶器的な分厚さを見
無駄にネタばかり増やして組み立てるのが苦手という設定)
いえ、今度こそ書き上げなければならないわ
(万年筆を強く握りしめ)
文壇では童顔ばかり囃され
ラヂオの年下趣味ディレクターには専属なれと言われ……って私の方が年上なのよ!?
絶対に文学としての戯曲を書き上げて彼らを見返してみせるわ(ぎっ)
アドリブ・絡み歓迎
●今度こそ、と戯曲作家は告げた
枝垂れ桜の美しい庭園であった。見上げる程に巨大な桜は、長くこの地にあったのだろう。伯爵家の別荘であった頃には、幼い桜であったのかーー若しくは、別荘の方が桜に惹かれて建てられたのではないかと思う程に。
「……綺麗ね」
艶やかな黒髪が暖かな風に揺れていた。春の風は桜の香りがする。山間にある宿にあっても、それは変わらなかった。靡く髪をそ、と抑え、南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は池にかけられた小さな橋から枝垂れ桜を見上げた。
「この時期の桜はまた見事。散る花弁で真実を覆い隠してしまいそうね」
ひらり、はらりと落ちる花弁だけが、池を染める。鯉などいない。ただ桜を映す為だけにある池が春の棟、その庭園に作られていた。
「そう、いくつもの哀しい真実を闇に葬ってきた桜の精とか……」
小さな散歩道に入り、桜を眺めていた海莉は、ふと足を止める。
「そう、桜の精が」
薄く開いた唇。脳裏に描かれた柔らかな桜の色。立つ姿。背を向ける『桜の精』は哀しげに一度笑ってーー……。
「ここは着想の泉だわっ」
心の赴く儘にネタ帳に書き加える。走り書きだがーーまぁ大丈夫だ。読めなくなったことは無い。桜、と書き込んだ文字に丸をつけて、そう、付けたところで海莉は気がつく。
ーー否、我に返る。
その瞳に映ったネタ帳のサイズに。分厚さに。気がついてしまえばやたらめったら重く感じられてきたそれに。
「……」
狂気的な分厚さあるっすよね。
笑うように告げたのは誰だったか。感嘆の笑みを零した新星の戯曲作家は、唇を引き結んだ。
「いえ、今度こそ書き上げなければならないわ」
万年筆を強く握りしめ、海莉は顔を上げる。
「文壇では童顔ばかり囃され。ラヂオの年下趣味ディレクターには専属なれと言われ……って私の方が年上なのよ!?」
評価されるべきは見目じゃない。可愛がって珍しがられるのを望んでいるわけでは無いのだ。
南雲・海莉は戯曲作家である。
評価されるべきは、戯曲で在るべきなのだから。
その為には、まず戯曲だ。作品を仕上げれば、このネタ帳さえあればーーいける。
「絶対に文学としての戯曲を書き上げて彼らを見返してみせるわ」
いける。絶対行ける。ーー行ける筈だ、うん。
ぎ、と桜を見上げた海莉は戯曲作家の魂を写し込むようにして告げた。
大成功
🔵🔵🔵
神樹・桜花
WIZ行動
役柄?:筆が激遅の女流作家
客室の窓から、酒杯を傾けつつ花見。
筆の進まない(進める気もいまいち向かない)原稿が気にならない訳ではないですが、気にしていては折角の花見が台無しになってしまうので、今は割り切って楽しむのみです。
(心境:〆切を守り、めっちゃ書けるようになる薬……。胡散臭いどころか怪しさ満点の代物ですが……、〆切の窮地とあれば、縋りたくなるのが作家の性……。いえ、どんな事象であれ、窮地を救う一発逆転的なモノがあれば縋りたくなるのが人間の性なんでしょうね……。私には到底分かりかねる心理ですが。)
●折角の花見が台無しになってしまうから、と女流作家は息をつく
春の棟の造りは、日本家屋らしいものであった。畳の香りに、ピン、と張られた障子はこの棟でのみ見ることが出来るという。枝垂れ桜に合わせての造りか、仕切りの障子に淡く薄紅が映っていた。
「……」
ほう、と客室の窓から桜を眺めながら、神樹・桜花(神桜の一振り・f01584)は息をつく。吐息が盃に波紋を描き、ひら、ひらと舞う花弁に寄り添うように盃を掲げた。
「筆の進まない原稿が気にならない訳ではないですが……」
正しく言えば、進める気も無いと言うか。いまいち気が向かないというか。向かい合うまでは書く気はあるのだ。だがいまひとつ、興が乗らない。書き上げる気があるのかと言えば、ありますよ、と返すのだが。
「気にしていては折角の花見が台無しになってしまうので、今は割り切って楽しむのみです」
桜花は盃に唇を付ける。伏せたままの瞳が開かれる事は無くーーだが、それが常である桜花にとっては舞う花の姿は知れたもの。口元に微笑を乗せ、硝子窓越しに見た枝垂れ桜がーー揺れる。
「……」
しかし、と筆の遅い女流作家の顔をしたままに、息をつく。
(「〆切を守り、めっちゃ書けるようになる薬……。胡散臭いどころか怪しさ満点の代物ですが……、〆切の窮地とあれば、縋りたくなるのが作家の性……」)
いえ、どんな事象であれ、とヤドリガミたる女は盃を傾けた。
(「窮地を救う一発逆転的なモノがあれば縋りたくなるのが人間の性なんでしょうね……」)
私には到底分かりかねる心理ですが。
大成功
🔵🔵🔵
姫城・京杜
與儀(f16671)と
俺は、天才少年作家の編集役!
與儀が執筆に集中できるよう気を配って世話するぞ
いつもと変わんねェって?
だから俺に任せとけって!(どや
春の棟を事前に見て回って、桜が一等綺麗な場所は調査済!
俺ってできる編集だよな、な!
何か思い浮かぶかもだから行ってみよーぜ(うきうき
お、次回作は桜の話か、楽しみだな!
桜見て色々考えてる與儀の邪魔はしない、編集だからな!
でも、事前に用意しておいた與儀好みのあったかい飲み物渡したり、寒そうなら上着とか貸すぞ
風邪引いたら大変……って、ぶかぶかだな
おう、作家先生の為にいい部屋用意して貰ったぞ
與儀の身の回りの事は全部俺に任せて、いい作品書いてくれよな、先生!
英比良・與儀
ヒメ(f17071)と
俺が編集するって、見た目的に難しいもんな
作家…新進気鋭の少年作家とかか?
そんなノリでいこう
けど、ヒメが編集かー…っていつもとかわんねーよな
枝垂桜が見事だな
散歩も贅沢だな
一等綺麗な場所?おう、連れてけ
創作のネタでもそのうち浮かびそうだ
そうだな、次のネタは桜の話にするか…まだ描いたことが無いような話がいいよな
何にすっかなー、なんて景色をみつつも書くものについてを考えてしまうのはきっと職業病…という感じで思案しつつ歩み、時折桜を見て
甲斐甲斐しい世話も当たり前で、されるがまま
さて、こんな佳い散歩の後に詰める部屋も期待していいんだよな
いい作品? 俺を誰だと思ってる、天才少年作家だぞ
●天才少年作家様とできる編集
四季の館が隠れ宿となったのは、そも、別荘地の周辺が館を手放した伯爵家の持ち物であったからだという。山間の地に見た美しい枝垂れ桜に惚れ込んだのが始まりであったかーーただ、目が離せぬだけであったか。別荘は造られ、四季を封じる四つの棟を持つに至った。
「酔狂な話だな」
花浅葱の瞳を細め、英比良・與儀(ラディカロジカ・f16671)は息をつく。ひとつ、ふたつと転々と紙灯籠の置かれた廊下を行けば、硝子戸に薄紅が見えた。
「へぇ、桜か」
淡く落ちた影に、ひとつ笑みを浮かべた與儀に、先を歩いていた姫城・京杜(紅い焔神・f17071)が、ぱっと笑みを見せた。
「おう、枝垂れ桜だぜ。作家先生!」
與儀、と言いかけた言葉を必死に飲み込んだ辺りはーーひとまず、褒めておくポイントだろうか。
今日の與儀と京杜は、天才少年作家様とできる編集という関係だった。作家ばかりが殺される殺人館。書けない作家がどうとか、というあたりは與儀の知った話では無かったのだが、いざ潜入となれば、編集だけは與儀には厳しかったのだ。
『俺が編集するって、見た目的に難しいもんな。作家……新進気鋭の少年作家とかか?』
『俺は、天才少年作家の編集役! 與儀が執筆に集中できるよう気を配って世話するぞ』
ぐ、と拳を握った京杜に、まぁ、確かにやれんだろうな、と思う。思うのだが、それはつまりーー……。
『ヒメが編集かー……っていつもとかわんねーよな』
『だから俺に任せとけって!』
ドヤ、としてみせたヒメをとりあえず一発蹴ったのだが。
「桜が一等綺麗な場所は調査済だぜ!」
「一等綺麗な場所?」
此処じゃなくてか? と縁側に用意されていた椅子に腰掛けていた與儀に頷く。そう、なにせ、春の棟を先に見て回って調べておいたのだ。
「俺ってできる編集だよな、な! 何か思い浮かぶかもだから行ってみよーぜ」
「おう、連れてけ。創作のネタでもそのうち浮かびそうだ」
ゆるり、と與儀は口元に笑みを浮かべると、椅子から身を起こした。
「そうだな、次のネタは桜の話にするか……まだ描いたことが無いような話がいいよな」
「お、次回作は桜の話か、楽しみだな!」
うきうきとする心を隠すことなく、京杜は廊下の先を行く。硝子戸越しに見る薄紅がその色彩を濃くすれば、渡り廊下へとたどり着いた。庭園の池を渡るように作られたその場所には、桜の花びらが先にたどり着く。
「……」
さわさわと揺れる髪をそのままに、與儀が桜香る風を追う。何にするか景色を見ながらも考えているのだろうーーと、京杜は思った。邪魔はしない。何せ、今日の京杜は編集なのだ。できる編集はちゃんとタイミングを読む。飲み物は事前に與儀の好みのものを用意しておいた。こういう宿であるからか、持ち歩くのに必要な品は無人の受付で借りることができたのだ。
「風邪引いたら大変……って、ぶかぶかだな」
「……あのな」
桜舞わす風に、寒いかと思って自分の上着を貸したのだがーー流石に大きすぎたか。眉を寄せたきり、吐息ひとつ落として話が終わればーーひとまず、着たままでは居てくれるらしい。
(「一気に風も冷えるかもしれないしな」)
袖は結ばずに使えそうだし、雨が降るような雰囲気も無い。
「さて、こんな佳い散歩の後に詰める部屋も期待していいんだよな」
ひらり舞い落ちる花びらを手に取ると、與儀は笑みを結ぶ。吐息一つ、こぼすように笑ってこちらを見る。
「おう、作家先生の為にいい部屋用意して貰ったぞ」
「いい作品? 俺を誰だと思ってる、天才少年作家だぞ」
良い話に決まっている、と少年作家は悠然と告げた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
琴音・創
作家役を本業の作家が演じるというのも可笑しな話だが――。
ま、うっかり同業者が罠に嵌るのも後味悪いし、気分転換も兼ねて行って来るか。
●役割
作家、筆名は寝言屋騒々。
少女探偵、琴ヶ峰・戀(レン)を主人公にした長編連載が代表作。
他短編を何本か――つまりは普段の私そのままだけど、変に嘘吐く理由はないしな。
●花見
案内のまま、春の棟に。
咨嗟、執筆ばかりしてたせいか、自宅の窓辺以外から観る桜は目の覚めるばかりに妍麗に観える。
ここならば筆も滑らかに運びそうだとも。
うんうん、〆切まであと幾日とも無いけれどきっとそうだ。
何だか今ならパッと書き上げて残りの時間ゆったりできそうな気がするぞ。はっはっはっ。
●ここならば筆も滑らかに運びそうだと少女作家は笑う
春の棟は、枝垂れ桜に合わせて造られたという。伯爵家の別荘であった頃からの話だ。桜を眺めに作られた屋敷は、やがて、四季を封じるに至り、周辺の地域まで影響力を持っていたというさる伯爵がこの世を去るまで屋敷の改築は続いていたという。
四季の館。
現在は隠れ宿としてあるこの場所は、隠れ宿に相応しい山間の地にあった。
「綺麗な桜……」
枝垂れ桜が、風にゆっくりとその枝を揺らしていた。花散る季節にはまだ遠いのか、はらはらと落ちるだけの淡い花弁がよく晴れた空に映える。靡く髪を押さえると、縁側に腰掛けていた琴音・創(寝言屋・f22581)は、ああ、と息を零した。執筆ばかりしてたせいか、自宅の窓辺以外から観る桜は目の覚めるばかりに妍麗に観える。
「ここならば筆も滑らかに運びそうだとも」
庭園に見える人影は、同じように宿を訪れた者たちだろう。枝垂れ桜の花弁が落ちる池には小さな橋が架かり、水面を薄紅が染めていく。鯉はいないのか。桜の為だけに造られた池の姿に、創は笑みを浮かべた。
あぁ、確かに此処ならば良さそうだ、と。
「うんうん、〆切まであと幾日とも無いけれど。きっとそうだ」
それはもうすっぱーんと最高な傑作が。新しい長編連載だってこの際なら、番外編だって綺麗に書き上げられそうな気がする。手をつないできている〆切なんて怖くない。ーーなんで手をつないで来てたのかは思い出したくないけれど。
「いける気がするとも」
琴音・創は作家である。
四季の館に潜入用に作った設定ではなく、元より『寝言屋騒々』という筆名の作家なのだ。だからこそ、この地の来るときの自分を、普段の自分として用意した。
少女探偵、琴ヶ峰・戀(レン)を主人公にした長編連載が代表作という女作家。
(「普段の私そのままだけど、変に嘘吐く理由はないしな」)
残るのは見事な程の臨場感だ。
『作家役を本業の作家が演じるというのも可笑しな話だが――ま、うっかり同業者が罠に嵌るのも後味悪いし』
気分転換として、とお出かけした寝言屋騒々先生がこうして四季の館にいる、ということであった。宿の者が残っていれば、創の名前を知る者も居たかもしれないが、今日の四季の館は従業員たちも姿を消していた。
「何だか今ならパッと書き上げて残りの時間ゆったりできそうな気がするぞ」
はっはっはっ。
笑みを浮かべて桜花に手を伸ばす。ふわり、触れた香りは爽やかな春の香りをしていた。
大成功
🔵🔵🔵
阿夜訶志・サイカ
ハッハッハッ、バカめ、阿呆め、場所を変えたくらいで俺様が書くかバカめ。
だが花見はいい。酒が格段に美味いからな。
遊んで食って飲んで、〆切が延びるならば最高じゃねえか。
何の監視もないところで、のんびり羽を伸ばすぜ。
つーことで、〆切とは執筆とはなんぞやという態度で花見酒をやる。
お高く澄ました作家が焦ってるのはマジで良い肴だな。笑えてくる。
アァ、サァビス別料金だ?
金はアイツにつけとくわ。じゃんじゃん持って来い。
書ける薬、ねぇ。
神の俺に作れねぇもんが存在するのか――
そいつを拝めば、なんか書けるかもしれねえな?
書く気になりゃな。
それよか、〆切を無くしてくれって話だ。
きっと世界平和ほどの価値があるぜ。
●花見はいい、と文豪は言う
枝垂れ桜の咲く庭には、池があるという。桜の為だけにある池には鯉の姿もなければ、鳥も来ない。ただただ、気まぐれの山中の蝶が訪れ、二度目は無いーーと綴られていたのは、必殺☆編集ハンドブックなる鈍器めいた本だった。受付口にあった本が、部屋にも置かれていたのはあれか、呪いか。奴が来たのか。
「ハッ、俺様くらいになれば捨てるけどな」
一応は祟られないようにゴミ箱には上から蓋もしておいた。
阿夜訶志・サイカ(ひとでなし・f25924)は神である。神であり文豪である男の〆切りへの言い分はことのつまりこうだ。
「ハッハッハッ、バカめ、阿呆め、場所を変えたくらいで俺様が書くかバカめ」
書かない。
書けないとかではないのだ。書かないのだ。
誇らしき自由意志などと言うつもりはない。書かないから書かないのだ。まぁ、最後は書くのだが。原稿は狩るものだと告げる男は、そも、狩る材料を用意するのだから。アレが来るからではあるのだが。うん。
「……」
その意味では作家が放り込まれる宿というのはひとつの平穏は確保されている。硝子戸を開け放った先、春をのぞむ庭は枝垂れ桜を主とする。さわ、さわと袖を振るように枝は揺れ、薄紅は淡く晴れ渡った空を染めた。
「だが花見はいい」
サイカは口の端に笑みをしく。酒が格段に美味いのだから。
「遊んで食って飲んで、〆切が延びるならば最高じゃねえか」
ひらり、ふわり、舞い降りた花弁に手を伸ばし男は美しく笑った。
「何の監視もないところで、のんびり羽を伸ばすぜ」
言っていることは、実に作家らしい逃避であったが。
春の棟にて用意された部屋は、花見の為だけにあるという。板張りの縁側にはひとつ、ふたつと紙灯籠が置かれ、淡い光は夜であれば幽玄を招くのだろう。ーー最も、夜が来る頃には移動だという。忙しねぇ話だな、と息をついたサイカは酒で盃に口をつけた。
「お高く澄ました作家が焦ってるのはマジで良い肴だな。笑えてくる」
やれ文壇の新鋭だとか、花だとか。
新進気鋭に重鎮と、連ねるだけ名を連ねた者とて〆切りを前に焦る様は変わらないということか。喉を潤す酒はとうに消え、もう一本と求めればご自由にどうぞ、とあった文字がぱたりと変わる。
「アァ、サァビス別料金だ? 金はアイツにつけとくわ。じゃんじゃん持って来い」
走り書きされた名前の先は、どうせ遠い海の先だ。届いた頃には、あーだこーだと言いながらも支払うのだろう。問題はどちらかと言えば宿で出回るという怪しげな薬の方だ。
「書ける薬、ねぇ。神の俺に作れねぇもんが存在するのか――」
神は己が創造物に生命力を与えることができる。その神たるサイカに手から零れ落ちるものが存在しえるのか。
「そいつを拝めば、なんか書けるかもしれねえな?」
書く気になりゃな。
口の端に笑みを浮かべ、サイカは縁側の柱に背を預ける。
「それよか、〆切を無くしてくれって話だ。きっと世界平和ほどの価値があるぜ」
だが、この世に蔓延る〆切りがひとつ滅びようとも、第二、第三の〆切りが文豪に襲いかかるのだ。たとえ世界が滅びてもーー否、書けば、終わるのだが。
大成功
🔵🔵🔵
冴島・類
ライラックさん(f01246)と編集役
彼の綴る文を楽しみにする
いちふぁんとして
これから生まれる話を
急かすと言うよりも見たいから
できる手伝いはしますとも!
綺麗な宿ですねえ
指先で回るペンを見て笑いながらも
枝垂れる春に見惚れる
おや、先生
桜の下に…は定番過ぎやしませんか?
眠らすのが真白の紙となら
少し違う始まりかもしれないけれど
含む切実さに、ならばと盃を2つ手に腰掛け
肴にひとつ、奇なる話をしましょうか
広大な海に乱立する幾多の島
新しい世界で見た
海賊船上で乱れ咲く桜の話でも
飛ぶ砲弾
破れた中から桜や海産物が溢れ出て
まるで、吃驚箱の様相…!
怪談より、楽しい話をと選んだのは
折角の春の間、墨詰まりを温めれるように
ライラック・エアルオウルズ
類さん(f13398)と、作家として
締切追われる作家の姿を、
演じる迄もないのは幸か否か
心強い編集が共とあるのは、
間違いなく僥倖であるけども
真白の原稿用紙を傍に、
万年筆をくるりと手遊び
宿に桜を眺め見れば、
筆より酒の進みそうな光景で
屍以前に生まれてもいないが、
いっそ原稿を桜下にと埋めたいな
呟く言葉は冗談混じり、
――な様で切実な響きもあり
定番に縋りたくもなるさ、
考える程に洋墨が詰まる様だもの
編集さん、何か小噺でもないかい
思わずと筆の進みそうな物が良い
詫び兼ねて、一杯奢るから
何て口実で、唯の好奇を誤魔化し
知らぬ世界の噺に耳傾ければ、
自ずと想像も綻び咲く心地
氷も融けた様なペン先を、
メモ綴るべく踊らせよう
●桜下にと埋めるのは、と作家は息をつく
春の棟の一室は、枝垂れ桜を見る為にあるのだという。袖振りの君、と名の残る桜を伯爵が見初めたのか、別荘よりも桜の方が長くこの地を知っていたという。
ーー見初めていたのはどちらであったか。
滑るような文字が、部屋に残されていた交流ノートに書き込まれていた。宿の従業員が居た折に誰かから聞いた話か、将又、作家の興味心か。走り書きよりダイニングメッセージじみた『〆切り』の文字にライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は小さく頬を引きつらせた。締切追われる作家の姿を、演じる迄もないのは幸か否か。
(「心強い編集が共とあるのは、間違いなく僥倖であるけども」)
ほう、と息をつくライラックの前、硝子戸を明け切った冴島・類(公孫樹・f13398)が笑みを見せた。
「桜ですよ、先生」
「ーーあぁ」
走り書きの〆切りの頁は閉じて、ライラックは視線を上げた。春の棟から眺める桜は、美しい枝垂れ桜であった。庭にある広大は池は、縁側の下にも入り込んでいるのか。部屋によっては、足をつく場も無いまま池と桜を眺めることが出来るのだろう。袂に、遠くに、ほど近くに。枝垂れ桜の淡い影が触れればーー……、と色彩を辿り、やがてライラックの瞳は手元のそれに辿りつく。
「……」
白。
真白の原稿用紙を傍に、宿に桜にと眺め見れば筆より酒の進みそうな光景だった。満開の枝垂れ桜は、ひら、ひらと花弁を揺らし、水面に映った逆さ桜に薄紅を添えていく。
「屍以前に生まれてもいないが、いっそ原稿を桜下にと埋めたいな」
呟く言葉は冗談混じり――な様で切実な響きを残していた。座椅子に背を預け、落ちた息は何度目であったか。真白の紙を撫でる視線は苦笑じみて、類は指先で回るペンに笑いながら視線を上げた。
枝垂れる春。
袖振りの君と呼ばれた枝垂れ桜に、話が添えられていたのはやはりこの地が作家の缶詰に使われているからか。
「おや、先生、桜の下に……は定番過ぎやしませんか?」
眠らすのが真白の紙となら、少し違う始まりかもしれないけれど。
薄紅の所以。白き花弁が頬を染める理由は、数多語られ、綴られてきた。
「定番に縋りたくもなるさ、考える程に洋墨が詰まる様だもの」
ライラックは軽く肩を竦める。真白の原稿用紙をひと撫でしてーー万年筆は、一応持ったままに。
「編集さん、何か小噺でもないかい。思わずと筆の進みそうな物が良い」
詫び兼ねて、一杯奢るから。
隠しきれぬ切実はーー凡そ、隠すつもりも無いものであったか。彼の綴る文を楽しみにするいちふぁんとして、これから生まれる話を急かすというよりは見たいから。
「ならば」
盃を二つ手に腰掛け、類は唇に開く。桜に似合いの冷酒は発砲冷酒。盃に注げば、泡が浮かぶ。
「肴にひとつ、奇なる話をしましょうか」
語り紡ぐは広大な海に乱立する幾多の島。新しい世界で見た、海賊船上で乱れ咲く桜の話でも。
「飛ぶ砲弾。破れた中から桜や海産物が溢れ出て」
盃には小さな海。口をつけ、かかげて語るは弁士よりは語り部に似て。ぱち、と瞬き、ふ、と笑うライラックに類は笑みを零した。
怪談より、楽しい話をと選んだのは、折角の春の間、墨詰まりを温めれるように。
「まるで、吃驚箱の様相……!」
その世界には、世界が島としておちて在るという。大海は文化を繋げたか。あぁそれより、今は知らぬ世界の冒険がライラックの心を揺さぶる。
「……あぁ」
知らぬ世界の噺に耳傾ければ、自ずと想像も綻び咲く。氷も融けた様なペン先を、メモ綴るべく踊らせた。
大海にて、踊る桜花は袖振りの君も知るまい。ひらり、はらり、相伴に預かるように舞い踊る薄紅が二人の盃に触れていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
筧・清史郎
伊織/f03578と
作家先生のお目付け役の編集
…鬼編集?先生を少々突く程度だぞ(微笑み
作家先生に着想を得て貰うべく、今は共に楽しく花見を
見張りも兼ねてな(微笑み
奇遇だな、俺も断然追う方が好きだ
よくご存じだろうが(いい笑顔
余り作風の選り好みはしないが
人の感情の機微が秀逸な作品は、箱で在った俺にとって興味深い
あとは美味しそうに食が描かれている作品も良いな(何気に食いしん坊
この世界は何時も桜が咲いているが、春の桜は特別な気がするな
…この世界の桜に作家先生、か
最近視る、俺の姿に似たあの人の事が浮かぶも
まぁ俺も好きにする、と呟いた後
楽しい時をいつも共に彩ってくれる友に笑み
友…いや、作家先生にお酌しようか
呉羽・伊織
清史郎f00502と
余裕に見えて現実逃避中な作家役
見事な桜だな~
つられて創作意欲が咲き溢れるよネ
ウン、英気養う為にも今は気楽に花見に耽ろ!
ソレにオレは(締切に)追われるより(花を)追う方がスキってか追われると逃げ…こほん
(笑顔から目背け、酒や甘味をぱぁっと広げ誤魔化し)
嗚呼…逃避行モノも良いな(遠い目)
そーいや清史郎はどんな作品が好み?
あぁ、確かに――琴線に触れるよーな作品は良い刺激になるな
と、やっぱソレもか!
(芝居中であれ共に花愛でる時間は楽しいもので――桜も友も、本当に良い物語を彩ってくれるなと密かに感謝しつつ、ふと顔見て)
――ウン、清史郎は清史郎だしな?
(深く触れず、唯笑って酌み交わし)
●逃避行モノも良いな、と作家は呟いた
ひとつ、ふたつと紙灯籠の置かれた廊下を行けば、縁側の向こう揺れる薄紅に出会う。迷い込んできたのか。板張りの縁側を滑った花弁は、仄かに甘い香りを残してはひらり、手を伸ばすより先に舞い上がる。
「振られたな」
「そうらしい」
扇で口元を隠し、軽く、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は肩を竦めて見せた。
「桜の姫君も、楽しみにしていると告げに来たのかもしれんな」
ゆるり、弧を描いた唇は隠したまま色彩混じる瞳が連れを見る。
「先生」
「ーー」
え、オレ? と知らぬ振りをしてみせるには、うん、舞う桜を背にしたお目付役殿は呉羽・伊織(翳・f03578)には恐ろしかったのだ。
鬼編集ーーさん、に連れられてやってきたのはそれはもう綺麗な宿で。いやぁ、すごいな〜、景色を眺めるようにして、作家は現実から逃避していた。余裕層に見えても、危機なのである。危機的事態というか、絶体絶命的なあれなのである。
「見事な桜だな~。つられて創作意欲が咲き溢れるよネ」
何せ原稿用紙は真っ白。創作意欲様を発見するところからスタートなのだから。
「ウン、英気養う為にも今は気楽に花見に耽ろ!」
花は綺麗だ。庭にただひとりで咲く枝垂れ桜を見初めて、この地は作られたという。伯爵が花を愛したのか、将又、長きに生きる桜が化生となったのか。子細は知れずーーだが、伯爵亡き後、別荘は手放され四季の館となった。
四季を封じた宿。隠れ宿の名に相応しく、宿の敷地内へと足を踏み入れれば外の景色は見える事は無かった。
ーーそう、逃げられないのである。
「ソレにオレは追われるより追う方がスキってか追われると逃げ……」
こほん、とひとつ。そぉっと視線を逸らした伊織の横、端座した清史郎は静かに微笑んだ。
「そうだな。作家先生に着想を得て貰うべく、今は共に楽しく花見を」
見張りも兼ねてな、と微笑んだ清史郎に、ひくり、と伊織は身をひく。それはそれは美しい笑顔で告げたということは、それはもう嫌な予感がする訳で。
「ーーあぁ、そういえば。奇遇だな、俺も断然追う方が好きだ」
にっこりと笑い、編集殿は告げた。
よくご存じだろうが、と。それはもう、いい笑顔で。
「嗚呼……逃避行モノも良いな」
そんなことを、ふと、伊織は思った。
ーーことのつまり、殺人館に合わせて、配役を練った、ということであった。作家を伊織が、編集をーー基、鬼編集が清史郎と相成ったのだ。
「そーいや清史郎はどんな作品が好み?」
盃を片手に伊織が首を傾げた。ゆるり、向けられた視線に清史郎は微笑んだ。
「余り作風の選り好みはしないが、人の感情の機微が秀逸な作品は、箱で在った俺にとって興味深い」
「あぁ、確かに――琴線に触れるよーな作品は良い刺激になるな」
その感覚は、伊織にも分かるのか。頷いた男から盃を受け取り、あとは、と清史郎は記憶を辿る。
「美味しそうに食が描かれている作品も良いな」
「やっぱソレもか! この地で」
からり笑う伊織に、ほんの少しばかり悪戯っぽく清史郎は笑って見せた。
「編集は食いしん坊でな」
「美味い店も知ってそうで」
笑うように告げた伊織に清史郎は肩を竦めて見せた。
「そうだと良いが」
舌を清酒で濡らし、その香りにふ、と笑みを零す。甘味は伊織の持ち込んだものであった。桜餅に、きりっと冷えた清酒。盃を軽くかかげれば、遠く、枝垂れ桜が花を揺らしていた。
「……」
花弁は届かないか。ひら、ひら、と遠く揺れる桜を受けるように盃を傾けて清史郎は息をついた。
「この世界は何時も桜が咲いているが、春の桜は特別な気がするな」
……この世界の桜に作家先生、か。
思い当たる存在が、清史郎にはあった。最近視る、自分の姿に似た人。
「……、まぁ俺も好きにする」
「――ウン、清史郎は清史郎だしな?」
深くは触れずに、ただ、そう言った伊織に吐息を零すようにして清史郎は身を起こした。
「友……いや、作家先生にお酌しようか」
楽しい時をいつも共に彩ってくれる友にーー今は先生と呼ぶ彼の盃を招いた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルバ・アルフライラ
やれ、作家殺人事件なぞ
本の中のみに留めておけば良いものを
と云うかすごく書ける薬なぞあまりにも怪しかろう
作家とは、其れ程迄に追い詰めらるものなのか?
作家に扮するならば、先ず服装から
和装ならばそれっぽく見えようか
…うむ、流石私
中々に様になっておるではないか
束の間の息抜きとばかりに桜花を仰ぐ
首を垂れる姿のたおやかさたるや
これは確かに、愛でたくなる気持ちも分るというもの
…庭園にも桜の一つや二つ
生やせば見栄えが良くなるのでは?
美しくも儚げな御姿を仰いでは
帝都で流行りの小説を開き、読書に耽る
ふふん、実に贅沢なひとときであるに違いない
何、この後一仕事待っておるのだ
暫しこの平穏に身を置いても文句は言われまいよ
●愛でたくなる気持ちも分かる、と作家は言う
春の棟は、袖振る桜の為のあるという。
四季を封じた三つの棟は、春より始まった。枝垂れ桜の美しさに目を奪われたか、長くを生きる桜は化生の類いであったか。詳細など何処にも残らずーーただ、当主を失った伯爵家はこの別荘を手放したという事実だけが残り、四季の館は隠れ宿としてその身を立てることになったのだ。
ーーもっとも、最近は作家の缶詰にも使われているのだが。
「やれ、作家殺人事件なぞ、本の中のみに留めておけば良いものを」
頁に指をかけ、アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は息をついた。
(「と云うかすごく書ける薬なぞあまりにも怪しかろう。作家とは、其れ程迄に追い詰めらるものなのか?」)
書けぬ。どうしても書けぬとか。
未だ一文字も無い真っ新な原稿用紙を誰にも告げられない、だとか。
書けない書けないと騒ぎ立てるのであれば、まず書き出すことを始めれば良いものを。言い訳の手紙の枚数ばかりを増やすものなのか。
「解せんな」
やれ、と息をついた先、後ろで軽く揺った髪が桜舞う風に触れた。
「……」
作家に扮するのならばーーと。まずは服装から整えたのだ。今日の装いは和装だ。春先の着物に、羽織をひとつ。袖を通さぬままに縁側の柱に背を預けていれば、水面に映り込んだ姿も見える。
「……うむ、流石私。中々に様になっておるではないか」
悠然と笑みを浮かべ、縁側を滑る薄紅を辿る。ふわり、と迷い込んできた花弁は池に触れぬままやってきたのか。はたはたと、春先の風が羽織を揺らし、淡く桜の香りが届く。
縁側の下へと入り込んだ池は、枝垂れ桜を映すただその為だけに作られたという。地上の桜は水には触れず。枝も、花もあと一歩が届かない。届かないからこそ、水面の桜はその枝を伸ばすのか。
「首を垂れる姿のたおやかさたるや。これは確かに、愛でたくなる気持ちも分るというもの」
束の間の息抜きとばかりに、アルバは桜を仰ぎ見る。部屋は、枝垂れ桜のほど近い。薄紅の淡い影には届かぬとも、染まる地を見ることができた。
「……庭園にも桜の一つや二つ、生やせば見栄えが良くなるのでは?」
この地には桜はひとつ。春の棟が此処だとすれば、他の季節を持つ棟には桜は無いのだろう。そも、四季を封じたというのが季節を再現したとして、それは庭師の技法の範囲か。それとも、何か魔術的なーー……。
「ーーいや、無粋か」
くるり、回りかけた思考に息をつく。ひらり、舞い降りた薄紅の花弁を恭しく取る。姫君の手を取るようにして、再び舞い上がっていく姿を見送れば近くあったクッションを背にあてて、アルバは帝都で流行りの小説を手にした。
「……」
美しくも儚げな姿を仰ぎ、その花弁と時折、語り合いながら読書に耽る。頁に指をかけ、揺れる衣に桜花の影が触れた。
実に贅沢な一時でだ。
「何、この後一仕事待っておるのだ。暫しこの平穏に身を置いても文句は言われまいよ」
ひらり、はらり舞う桜と揺れる枝。
袖振の君の囁きを耳に、ゆったりとアルバはこの時間を楽しんだ。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『よすがの跡』
|
POW : 庭を調査
SPD : 地上階を調査
WIZ : 地下室を調査
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●花に問う
さぁ、さぁさてさて。
今宵の先生方はどうなさるのか。逃げ出すには向かぬつくり。ーーまぁ、そう言う方が居ても面白い。
「書けぬ書けぬとそればかり。ならば、私の薬を試すのも良いでしょうや」
求める声があれば、届けるだけのこと。その為にこの宿があり、流れた血が、この地に化生の噺を増やすことでしょう。
「どうぞご用命を。作家が望んでも、供が望んでも皆同じ事。最後には揃いの骸を並べましょうや」
笑う薬師は冬の棟に入った作家達を眺め、再び闇に紛れていく。
「私の薬はよく効きますよ?」
どれ程愚かしくとも、どれ程信じられなくともーー手を出してしまう者がいる以上。
「骸を並べましょう。禁忌に手を染め、自ら崩れゆく先生方の為に」
さすればいずれ又、この地にも新たな噺が生まれましょうや。
●冬の棟
四季を封じた庭のひとつ、枝垂れ桜の美しい春の棟を抜ければ、冬の棟へと辿りつく。紙灯籠がぽつり、ぽつりと灯る廊下を抜けた先であった。別荘と言うには、随分と入り組んだ作りをしているのは、元々、この地にあったのが春の棟ーー枝垂れ桜を見るための別荘だけであったからだという。桜を見初めたか、桜に見初められたか。化生であったと言う話は、交流ノートに残りーーだが、同じようにその逸話を示した分厚い鈍器ーー基、必殺☆編集ハンドブック2〜歴戦の編集たちが今語る、真実の原稿の請求方法〜には「どんな先生も絶対逃げ出さない」という文字が躍る。
ことのつまり、ひどく入り組んでいるのだ。
部屋は程ほどに広く、従業員がいない関係で既に布団だけが引かれている。さぁ、寝ようと思えば眠れてしまうのだが、寝室に続く襖の前には編集らしき者が事前に用意していた「モノ」が置いてあった。
「……」
白い封筒。白い便箋。
中には、綺麗な文字でこう綴られていた。
『先生、原稿は如何ですか?』
ーーと。
息を飲む者も居ただろう。
今更何をと思った者も居ただろう。
差出人が不明な手紙とは言え、不明となれば思いつく先は数多とある。だが、そんな君たちの目にもう一枚、紙が見えた。宿のサービスーー従業員がいない代わりに用意されている品のリストであった。
甘味各種。集中力の高まるお茶あります。薬草茶の類いであろう。若しくは合法阿片混じりか。
「これで、貴方も書ける作家になれます……?」
ーーめっちゃ、怪しかったが。
▷----------------------------------------------------
ご参加ありがとうございます。秋月です。
プレイング受付期間:《4月18日(日)〜》
第2章情報の補足です。
作家さんや、お疲れの編集さんにお茶やお菓子が届きます。
書けないとか書きたくないとか言っている所には、言わずとも届くそうです。説明書付きです。
どんな殺され方をするかは自由ですが、茶や菓子で殺されます(毒殺)
全員殺された後に影朧は出現するので、2章では出現しません。
*2章での薬のダメージはフレーバー程度なので、3章開始時での取り扱いはご自由にどうぞ。
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琴音・創
かけら(f23047)とかいう作家仲間がいつの間にかいやがる。
書き置きって屋敷に「旅に出ます」とだけしか残してないぞ。
なんで特定できたんだよ!
くっ、デビュウ作以来、何の仕事も受けていない高等遊民が偉そうに。
さておき私は私の仕事に取り掛かろう。
北欧の地で旅人を惑わし惨殺する怪奇村の民たちを投げ斧を駆使したゲリラ戦と放火で追い込みつつ、燃え盛る集会場に閉じ込めて謎解きするところまでは書いたが肝心のトリックが思い浮かばない。
……よし、頃合だろう。
何でもいいけど美味しい奴で死のう。
って私の茶菓子! 毒入りだけど!
このやろ返せと揉み合う内に、湯呑の茶を被り毒が皮膚から吸収され死。
熱いし苦しいし最悪だよ!
金碧・かけら
ねごと(f22581)にちょっかいだしに来ました。
文士の友、ねごと先生との音信が途絶えたのでこれは一大事と書き置きに残されたホテルに来たのだ。ま、アタシも文豪の端くれだし心配してやるか。
缶詰になってればいい作品が描けるのかい?それなら今頃アタシは文壇でもスタア街道まっしぐらだナ。
いつも〆切に間に合わせていたのに書けないとは情けないなぁ!お前さんの菓子もついでに貰ってやろう。忙しくて食う暇もないだろう?とか言いながら食べようとして取っ組み合い。
●合縁奇縁、又来て
辿りついた冬の棟には編集を名乗る手紙ーーと、作家仲間の姿があった。
「なに、文士の友、ねごと先生との音信が途絶えたのでこれは一大事と書き置きに残された宿に来たのだ」
布団のふかふか度とか、座布団の座り心地とか確かめたりーー、ついでに文机の感じとかも一応見てはいたが。
「書き置きって屋敷に「旅に出ます」とだけしか残してないぞ」
すぱーんと開けた扉の先、なんだ居たのか、とばかりに告げた金碧・かけら(人間の文豪・f23047)に琴音・創は声を上げた。
「なんで特定できたんだよ!」
かけらさんの脅威の能力である。
ーー多分。
冬の棟は、春の棟に比べて華やかさは感じぬ場所であった。落ち着いた、と言えば聞こえは良いが、寂れたとも言える。部屋にある柱は美しいもので、襖を開ければ椿が見えた。
年を重ねた椿は、化けるという。
赤々と美しく咲く花に寄り添う噺は、作家たる二人にとって然程物珍しいものでは無かった。
「春の棟の桜といい、やたらとこの手の話が好きな者が造ったのか?」
やれ、と息をついた先、ひょい、とかけらが宿の案内を手にしていた。
曰く、缶詰にぴったりの宿。
効果抜群を謳う薬草茶。
「書けるようになります……?」
「おい」
勝手に読むなと手を伸ばした先、奪い取ることにだけ成功した創の前、かけらはため息交じりに告げた。
「缶詰になってればいい作品が描けるのかい? それなら今頃アタシは文壇でもスタア街道まっしぐらだナ」
「くっ、デビュウ作以来、何の仕事も受けていない高等遊民が偉そうに」
缶詰にだって相応の価値はあるのだ。多分。結果に結びつくだけの何かがーーまぁあるから、ほいほい放り込まれる文豪たちがいるのだろう。
「落ち着いているというだけダ」
「はいはい」
さらり、と返すかけらに息をつき、創は机に原稿用紙を広げた。文机は少しばかり使いにくいしーーかけらが謎の折り紙をしているし。
(「あれ原稿用紙じゃないのか?」)
それとも、メモか何かか。
気になりはするがーーつっこんんだところで、話は進まない。原稿用紙もだ。真っ白なままの紙を眺めながら、創はトン、とペン先で升目に触れた。
「……」
始まりは、怪奇だ。
手紙が届いた。メモでもいい。差出人が不明のーーだが、数年前に死んだと思っていた友人か、父親からのもの。
「北欧の地で旅人を惑わし惨殺する怪奇村の民たちを投げ斧を駆使したゲリラ戦と放火で追い込みつつ、燃え盛る集会場に閉じ込めて謎解きするところまでは書いたが……」
肝心のトリックが思い浮かばない。
謎解きには謎が必要なのである。何せ前提が壊れる。そもそも本職が作家である創にとって、この執筆作業は別に偽の物でも無いのだ。
「……」
心の裡から溢れたものを綴る。浮かび上がるまま、思い浮かぶが儘に。ーーだが、まぁ、思いつかない時は思いつかないのだ。うん。
(「……よし、頃合だろう。何でもいいけど美味しい奴で死のう」)
死ねば件の影朧は出てくるという。書けない作家が茶を呷れば満足なのかーー否、余程、〆切りをぶった切る作家の話を編集から聞いて、興が乗ったのかは知らないが。
「まぁ、喉も渇いたし……」
猟兵ならば、この程度で死ぬことは無い。さて、と湯飲みへと視線を移したそこで、机の茶菓子へとずい、と手が伸びた。
「いつも〆切に間に合わせていたのに書けないとは情けないなぁ!」
伸びた手はいつの間にか来ていたかけらのもので。むんずと捕まれたのは創に出されていた饅頭だ。
「お前さんの菓子もついでに貰ってやろう」
「って私の茶菓子!」
毒入りだけど!
ひょい、と口の中、放り込もうとしたかけらに手を伸ばす。なんとか掴んだ手からころり、と落ちた饅頭をなんとかキャッチすればーー今度はかけらの空いた手が来た。
「忙しくて食う暇もないだろう?」
「このやろ返せ! それとこれとは話が別で……!」
ばたばたと、腕を伸ばし手を伸ばし。掴んだところでガシャン、と派手な音がした。転がった茶器。中身が零れた先、届いたのは原稿用紙にでは無くーー創にだ。
「ーー」
ひゅ、と一度小さく息を飲む。先にどさりと倒れた音を聞く。かけらは饅頭にやられたのか。こっちはお茶だけど、と創は浅く息を落とす。
「熱いし苦しいし最悪だよ!」
その言葉を最後に、創は崩れ落ちる。どさり、と重なり落ちた音は、宿の中を観察する不気味な影にも届いていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ロカジ・ミナイ
黒羽/f10471
煎餅と道明寺で腹いっぱい
……になったのは、何時間前だったけねぇ
あれからなんやかやと
執筆のために頭と、爪への恐怖に緊張感を使ったから
そろそろまたおやつがさ、恋しくない?
編集の……黒羽くん
だってほら完全に誘ってるお品書きがあるじゃない
僕おしるこが食べたいなー
餅じゃなくて白玉のやつね、満腹は眠気を誘うからさ
あ、三人前ね、これ僕の分ね
だってほら、書ける作家になるって書いてあるよ
三人前食べたら三倍書けるんじゃない?
美味いなぁ!とても、うま、うま、
君は大福?いいね、後で頂戴
10分で平らげるなど余裕余裕
ああ…腹が膨れ過ぎたのか、視界が明滅し
ダメだ、僕は、もう、起きていられない
グッナイ…黒羽
華折・黒羽
ロカジさん/f04128
あなたと布団の間、白い封筒が置かれていた場所に鎮座し
隙無く見張って早数時間
ぐるり視線向けたロカジさんに見える様にすっと出す爪
しっかりと編集役を演じなければいけませんから
影朧に気取られない為です
大丈夫です本気で引っ掻いたりしませんよ
本当ですよ
なんて視線で訴えて
食べて書けるようになるなんてあるわけがない
と思いつつも小腹が減ってきたのは頷けて
……10分で食べてくださいね
お汁粉がっつく姿横目にこしあん大福ぱくりと
緑茶を飲んでさて、と視線あげれば
…ロカジさん!?
倒れ込んだあなたに慌て駆け寄ろうと立ち上がるも
ぐるり暗転する視界
…ぁ、れ…
どさり、頬にあたる床の感触最後に
意識は沈む
●一瀉千里を目指して行けば
春の棟、枝垂れ桜の美しさを思えば春の棟はひっそりとしたものだった。過ごしやすいといえば確かにそうではあったがーーやるべきことを思うと、ひくり、と頬も引きつる。
机に尖った鉛筆。
万年筆にインク瓶。
帝都に流行の硝子ペンも並べば、真っ白な原稿用紙ーー何度書き直しても大丈夫★ の文字と共にやたら在庫があったーーがロカジ・ミナイに圧を与えていた。ひとまず、前方からは。後方からはーー……。
「……」
「……」
じぃいいいいい、と。
向けられた視線。見据える瞳。
ロカジと布団の間、白い封筒の置かれていた場所に彼は座っていた。
「……」
隙無く見張って早数時間。
華折・黒羽。編集さんの鏡であった。
ぐるり、と視線を向けたロカジに見えるように、すっと出す爪。しゃきん、と輝く爪に、ロカジはわぁ、と乾いた笑みを浮かべた。
「煎餅と道明寺で腹いっぱい。……になったのは、何時間前だったけねぇ」
執筆の為に使う頭と、爪への恐怖に緊張感を使ったから。どうにも甘いものを欲している気がする。そう、甘い物は危機を救うのだ。いろんな危機的なやつを。
「そろそろまたおやつがさ、恋しくない?」
書き置きのようなメモと、ひとつ、ふたつと進めた文章にペンを置いて、ロカジはしゃきん、と煌めく爪ーーを見せる彼を見た。
「編集の……黒羽くん」
「……」
返る視線は冷たかった。ーー否、ある意味熱くもあるのだ。真剣という意味では。
(「しっかりと編集役を演じなければいけませんから。影朧に気取られない為です」)
大丈夫です本気で引っ掻いたりしませんよ。
(「本当ですよ」)
ーーと、視線で黒羽が訴えた先、そのじいいいという瞳を受けたロカジ先生は、ひくり、と頬を引きつらせーー頷いた。なんかとりあえず頷いた。
「だってほら完全に誘ってるお品書きがあるじゃない」
これこれ此処此処、とロカジはお品書きをぱーんと広げる。宿に似合いのお品書きと一緒にある『これで貴方も集中力抜群』の文字。書ける作家になれるだとか、〆切りに間に合うだとか。それはもう、溢れんばかりのアイデアが出てくるとか。
「これで、貴方も書ける作家になれます、だなんて。ほら」
「……」
「あ、黒羽くん信じてないね?」
「お品書きの方は。はい」
それはもう、と黒羽は思った。食べて書けるようになるなんてあるわけがない。だいたい、〆切とかきっちりしっかり守れる作家に生まれ変われる、という売り文句が既に怪しい。過大広告も良い所で挙げ句具体性も無い。
ーーだが、小腹が減ってきたのには頷けた。
「……10分で食べてくださいね」
ため息交じりに出たお許しに、ロカジは笑みを見せた。くぅっと背を伸ばし、広げたお品書きを辿っていく。
「僕おしるこが食べたいなー。餅じゃなくて白玉のやつね、満腹は眠気を誘うからさ」
あ、三人前ね。と注文の紙に認めていく。
「……三人前、ですか?」
「だってほら、書ける作家になるって書いてあるよ。三人前食べたら三倍書けるんじゃない?」
眉を寄せた黒羽に笑みを見せて。注文の紙を三つ折りにして扉の向こうへと届ければ、妙な気配ひとつ蠢いた先でそれはーー届いた。
「流石、老舗の宿だねぇ」
和菓子と茶のセットだ。あからさまな煽り文句だったというのに、物は存外にしっかりしている。それは四季の館の持てなしの心であったか。効果を謳う『何か』が影朧の手製であったとしても、春の和菓子セットは心躍る品であった。
「美味いなぁ! とても、うま、うま」
椿一輪添えられて出てきた菓子は、白玉の汁粉に、大福であった。茶は緑茶に見える。水の色に変化は無くーーだが、此処を気にしても最後は影朧を引きずり出す為に必要となるものだ。
お汁粉をがっつくロカジの姿を見ながら、黒羽は大福に手を伸ばす。後で頂戴、と笑みを見せていた人が不意にーー止まった。
「10分で平らげるなど余裕余裕ーー……」
「……ロカジさん!?」
「ダメだ、僕は、もう、起きていられない」
緑茶を飲んで視線を上げれば、ぐらり、倒れ込むロカジに、黒羽は慌てて駆け寄った。
「……ぁ、れ……」
ーー筈だった。
ぐるり、回る視界。グッナイ、と届いた声。どさり、頬に当たる床の感触を最後に黒羽の意識もまた闇に沈んでいった。
その姿を見たのは、宿に潜む影ひとつ。恭しい一礼と共に、薬師はゆるりと笑った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
南雲・海莉
さて
(ネタ帳広げて草稿として登場人物を書き出し)
……こほん
(30人を超えた時点でワザとらしく咳をし)
さ、さて、今回は群集劇……
(ギャグ、猟奇、メルヘンと方向性ばらばらな一覧に)
では無いのだから、当然候補なわけで
主役級を選ぶとして……まずは桜の精
淡紅桜の似合う黒の長髪のゲルマン人で
甘味好きで得意はタイ料理
幼馴染が猟奇犯で自分は耽美な骸フェチで…
(以下、過載積どころか迷走する設定を口ずさみ)
はっ、また主役の説明だけで100枚超えるっ!?
(口元を抑える振りで小さくしたちり紙を含み)
い、いえ大丈夫よ、ここは
(茶をチリ紙に少量吸わせ、噎せる芝居で他は零し、袖口にちり紙を隠しつつ倒れる)
……ま、まだ、私は
●孜孜不倦
万全に整えられた布団を一度見て、二度見てーーそうして、南雲・海莉は机に向き直った。冬の棟、海莉の部屋に用意されていたのは何も布団だけでは無い。原稿用紙に万年筆。鉛筆に帝都で流行のペンに硝子ペン。インクの瓶も様々にーー、書く道具というものが揃えられていた。
(「これ多分どの部屋にも用意されているものね」)
元々、四季の館は文豪、作家の缶詰に向いていると言われていた場所だ。となれば、この手の文具品の準備もある。随分と書き心地の良い原稿用紙に息をつき、海莉はネタ帳を見た。
「ーー」
総勢30人を超えようという登場人物の皆様の名前が、其処にはあった。
「……こほん」
咳を、ひとつ。
態とらしかろうが何だろうが、区切りという物は必要なのである。深呼吸も。そう、30人いようが何だろうが、必要な30人ということもあるのだ。うん、多分。
「さ、さて、今回は群集劇……」
ぺらり、とネタ帳をめくる。ギャグ、猟奇、メルヘンと方向性ばらばらな一覧に、海莉のペンが止まりーーもう一枚ページをめくった。
「では無いのだから、当然候補なわけで」
うん。切り替えは大切だ。
「主役級を選ぶとして……まずは桜の精。淡紅桜の似合う黒の長髪のゲルマン人で、甘味好きで得意はタイ料理。幼馴染が猟奇犯で自分は耽美な骸フェチで……」
ある日、雨の夜に……と過載積どころか、迷走する設定を口ずさみながら海莉はペンを滑らせていく。書き出せば止まらないのだ。そう、想像力の翼はどこまでも高くたかく飛び上がってーー……。
「はっ、また主役の説明だけで100枚超えるっ!?」
飛びすぎた。
口元を抑えーーその隙に、小さくしたチリ紙を含む。目の前には用意されていたセットでいれたお茶。件の書けるようになる茶は頼んでおいた。
(「いつの間にか届いて居るってあたり、怪しさがすごいけど」)
これが『そう』だってことは、嫌でも分かる。
「い、いえ大丈夫よ、ここは」
湯飲みを取る。飲み干すようにぐ、と傾けてーーゴホ、と海莉は噎せる。手にしていた湯飲みが零れ落ち、ゆらり、と倒れ込んだ。
「……ま、まだ、私は」
だが、茶を実際に飲んだ訳では無い。あの時吹くんだチリ紙に茶を吸わせたのだ。それでも、僅かに視界が歪むのは揮発性か。
(「このまま倒れて死んでしまうって訳でもないけれど……」)
ただ、それを確認するような気配がある。伺うのではない。ただじっと、それを見ている気配の主はーー間違いなく、影朧だ。
(「……なら」)
この視界の歪みに、今は従おう。実際に飲む程の威力は無くーー何より飲み干したとて猟兵であれば本当に殺されることはない。
「……」
崩れ落ちた海莉の手からペンが落ちる。その姿を確認して、頷くように笑う影がそっと、消えた。
大成功
🔵🔵🔵
終夜・嵐吾
ユルグ君(f09129)と
花見と酒を楽しみご機嫌の作家を演じる
何、大丈夫じゃ
書いた事ないからの、書けるわけがない
演技など必要なく
机の前に座り、真っ白な原稿と向き合う
……なんも思いつかん
いや、ここに座った途端真っ白に…とんだというんじゃろか…
真面目な顔?こうかの(きりっ)
うむ、気分転換に散歩にでも参ろう
……だめかの? …ばれとる…!
気分転換にるーむさぁびすとやらをとろう
集中力の高まる茶とは…酒はないのか
仕方ない、茶でいこう。あと甘味も忘れずの
編集殿も一杯やらんか?
お、そこそこ美味し
変な味も…ごふっげふっ
こ、これは……毒……!(棒読み、芝居へた)
(笑っているとは知らず、演技うまいの…と感心しつつ)
ユルグ・オルド
f05366/嵐吾と
花見も酒も任せろだケドも、編集なァ
伊達眼鏡でもかけてくりゃ良かった
いやンな自信満々に書けないッていわれても
きれいな原稿と嵐吾を見遣り欠伸一つかみ殺し
センセ、手ェ進んでねェわよ
ちょっと真面目な顔してみて
……んふふ、そのまま戻ってこねェでしょ
勿論、だぁめ。甘やかさない姿勢でいこ
ええ、絶対嘘じゃんそんなの…
胡散臭いルームサービス眺めて
まァ、酒がないのは残念だなンてそんな
お好きね、俺は茶だけでイイわ
目は醒めそうだけどと一口
噎せそうになったのは毒のせいじゃなくて
せんせいって呼ぶ声が震えたのも
駆けつける半ばで蹲るのも
棒読み過ぎんでしょってツッコミをぐっと飲みこむ笑いの所為
●嘯風弄月
春の棟に比べれば、冬の名を持つこの棟は幾分か落ち着いた雰囲気のある部屋であった。美しき桜を見るのが始まりであったと、謡うような言葉で綴られていたハンドブックは鈍器に替わり、ドン、と机の上に置いてあったそれを物珍しそうに見た後に、終夜・嵐吾(灰青・f05366)は床に下ろした。
「見るに堪えないってかねェ」
「迫力はあるしの」
くつくつと喉奥で笑うユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)にころころと笑い、嵐吾は機嫌良く笑みを浮かべて見せた。
「何、大丈夫じゃ。書いた事ないからの、書けるわけがない」
「いやンな自信満々に書けないッていわれても」
伊達眼鏡でもかけてくりゃ良かった、という呟きは何処に行けば良いのか。ひとまず、軽く肩を竦めてユルグは部屋の中を見た。紙灯籠は春の棟と変わらないのか。文机の他に大きめの机がひとつ。その上には、硝子ペンにインク、鉛筆に帝都で流行のペンまでが綺麗に並んでいた。
「多過ぎじゃないノ?」
書き心地で選んでどうぞ、ということなのか。綺麗に並んだインク瓶のひとつを手に持って、ユルグ君に似てるの? と笑う狐殿は、書けるわけがないと豪語しているのだが。
「ひとまず、向かい合ってどうゾ?」
「ユルグ君は敏腕編集殿じゃのう……」
眼鏡があったら、パワーも上がっていた気がするの。と息をついた嵐吾の耳がぺしゃり、と垂れた。
「……」
とはいえ、とはいえだ。
素直に机の前に座り、たんまりと用意されている原稿用紙をひとつ取っては見たのだがーーさっぱりしっかり文字は出て来ない。
「……なんも思いつかん。いや、ここに座った途端真っ白に……とんだというんじゃろか……」
後ろにあるふかふかの布団の魔力か、将又真っ白な原稿用紙の呪いか。鉛筆を手にしたまま、緩く首を傾げてみせた嵐吾にユルグは欠伸一つかみ殺す。
「センセ、手ェ進んでねェわよ。ちょっと真面目な顔してみて」
ゆるり、と一つ向けられた視線に嵐吾は、ぴん、と狐の耳を立ててーーきり、っと顔を作る。
「真面目な顔? こうかの」
きりっとしてみたのーーだが。
「うむ、気分転換に散歩にでも参ろう」
持続はしなかったのである。いや、尻尾と瞳にはきりっとした何かが残ってはいたのだが。
「……だめかの?」
「……んふふ、そのまま戻ってこねェでしょ」
ころり、ころころ。
花見も酒もたぁんと楽しんだ作家先生を掌で転がして、編集殿は笑みを見せた。
ーーそれはもう、美しい笑みで。
「……ばれとる……!」
ぴぴん、と立った耳も垂れて、ついでにふさふさの尻尾もぺたんとさせて。視線が机を撫でて行けば、出会うのは部屋に置かれていた案内であった。桜餅や饅頭、羊羹。菓子は花見で少し手はつけたがーー……。
「集中力の高まる茶とは……酒はないのか。仕方ない、茶でいこう。あと甘味も忘れずの」
注文は紙で受け付けているらしい。ぺらり、と零れ落ちた紙を手にした嵐吾にユルグは眉を寄せた。
「ええ、絶対嘘じゃんそんなの……」
これで、貴方も書ける作家になれます! という煽り文句の怪しさは何なのか。開き直った品なのかーーそれとも、其処まで作家というものは追い詰められ、集中できるって言うなら試してみようかな、とか思ってしまうのか。
(「周りに誰かひとりでも、それで書けたと聞けば頼んじゃうのかね?」)
ユルグは赤の瞳を細めーー息をつく。
「まァ、酒がないのは残念だな」
ウヰスキー羊羹なる品も、今日は品切れらしい。
「編集殿も一杯やらんか?」
「お好きね、俺は茶だけでイイわ」
嵐吾の誘いにひらり、手を振って注文票にさらさらと書き込まれていく文字を見る。三つ折りにすれば、何処からとも無く迷い込んだ花の香りが、紙を攫っていった。
「お、そこそこ美味し。変な味も……ごふっげふっ」
斯くして届いた茶菓子とお茶。
綺麗な水色は、共に届いた湯飲みによく似合い、く、と飲み干したところで嵐吾は噎せた。手にした湯飲みは落とすことも無いまま、くらり、と身を前に倒すようにして呟く。
「こ、これは……毒……!」
「せんせい」
口元、抑えるようにしてユルグが一度息を飲む。呼ぶ声が掠れていた。駆けつけようとした彼が、半ばで蹲る。
(「演技うまいの……」)
そんな姿に妙に関心しながら、ぱたり、と倒れて見せた嵐吾の横、ユルグはーー堪えていた。そう、それはもうめちゃくちゃ堪えていたのだ。
『こ、これは……毒……!』
めっちゃくちゃ棒読みだったのだ。どうだってくらいにもう棒読みだった。
(「棒読み過ぎんでしょ」)
ツッコミをぐっと飲み込み笑う。肩を震わせ、膝をついたユルグもまた、ゆるりと身を倒せば遠く伺うようにあった何者かの視線が満足げな笑みに変わった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
阿夜訶志・サイカ
ほー、無言で脅してきやがるか。
クソみたいなマニュアルなんぞ役に立たねぇって教えてやる。
――脱出だ。
取り出したるは一枚の原稿用紙。これを適当に折って命を与える。
形は脚がある奴がいいな。馬か?
よしよし、イイコだ。出口を探してこい。
知性フルにしてやったから解るだろう。
後は菓子を食いつつ報告を待つだけだ。
旅館の菓子は財布を緩ませるための策略だと思ってたが(無論一度も買ったことなどない)
意外と美味いな。
おお戻って来たか。なんだしょげて。
あークソ、迷子になっただと?
中に設定書いてくれればもっと賢くなる?
阿呆か。
……む、この茶は(ぐびりと既に飲んでいる)
死に近づく感覚は、いつか参考になるか?
……どうだかな。
●郢書燕説
「ほー、無言で脅してきやがるか」
それが、布団の前で無ければまだ味があっただろうか。否、扉の下に挟まっていたというパターンでも許せはしなかっただろう。隙間さえあれば何処からでもあいつらは入る込んでくるのか。
「ーー……いや、来るか」
それが阿夜訶志・サイカの経験から来る言葉であったか、作家知り合いが引きずられて行く様を見たことがあったからは定かではなく。ーーだが、奴らであれば、編集であればそれくらいはする、と現役作家である神は思った。
編集からの手紙はそっと摘まんで布団のある部屋に放り込んでおいた。
「……」
ポトリ、と落ちた庭の椿を見送り、サイカは、ざ、と髪をかきあげた。
「クソみたいなマニュアルなんぞ役に立たねぇって教えてやる」
何が必殺☆編集ハンドブックだ。必殺とか言いながら続刊がある時点で信じられるものか。あんなもの、2冊も3冊も積み上げられた日には世界が呪われる。間違いない、とサイカは思った。
「――脱出だ」
呪うなら勝手にすれば良いだけの話だ。誰が書くか、とぶった切るだけの話だ。書けと言われて書ければ、だいたい、締め切りなんぞ必要無い。さっさと書いてさっさと編集からの連絡からはおさらばしている。
取り出したるは一枚の原稿用紙。机の上に滑らせ、ぴ、と一線を指で描く。適当に折り、ふ、と息を吹きかければ、パタ、パタと原稿用紙が動き出す。
「形は脚がある奴がいいな。馬か?」
手慣れた様子で紙を折っていけば、カツン、と机の上で蹄をならす紙の馬が出来上がった。
「よしよし、イイコだ。出口を探してこい」
『!』
ゆるり、と揺れた尻尾は任せておけの心か。薄く開いた扉から一気に飛び出していった『馬』を見送りながらサイカは、どかり、と座布団の上に座った。
「知性フルにしてやったから解るだろう」
いくら、缶詰に向いているとは言え、春の棟から冬の棟へと移動した廊下はあった。妙に入り組んではいたが通路として存在していた以上、閉鎖まではしていないだろう。
「そこまでしてたら、宿の前にただの監獄だからな」
仕事にならねぇだろ、普通に。
もてなしの心ってやつは死んだか。否、此処だと死んでたかもしれねぇけどな、と思いながらサイカは朱塗りの皿にのっていた菓子に手を伸ばしていた。
「旅館の菓子は財布を緩ませるための策略だと思ってたが、意外と美味いな」
無論一度も買ったことなどないが。
口元を緩め、ふ、と笑ったサイカの耳に、カツンと足音が届く。さっき放った紙の馬だ。
『……』
「おお戻って来たか。なんだしょげて。あークソ、迷子になっただと?」
へたり、へたり。頭を下げて、あっちに行ったら行き止まりで、向こうもなんか似ていたからとぱたぱたと動きながら告げた後に『馬』くんは告げた。
「中に設定書いてくれればもっと賢くなる?」
『……』
ーーこくり。
「阿呆か」
『!』
なら知らないもんね、と尻尾を向けたのか。それとも探し回って疲れたのか。ぱたりと倒れた紙を視界に、サイカは息をついた。ざ、と手を伸ばした先にあった湯飲みを掴む。
「……む、この茶は」
ぐびり、と喉を通る感覚が『茶』とは違う。ピリ、と痺れるような感覚。一瞬、冴えた思考が、そのまま泥のように沈んでいく。
(「死に近づく感覚は、いつか参考になるか?」)
ぐらり倒れていく体を、何処かひとごとのように思いながら災禍の神は息をついた。
「……どうだかな」
やがて、倒れ込んだ金の髪が畳に触れれば遠く、伺うように見ていた気配がひとつ、静かに笑った。
大成功
🔵🔵🔵
鏑木・寥
宵雛花サン(f23050)と
怪奇小説作家の腰は今日も変わらず重い
……いまいち筆が乗らねえなあ
世話してやってるってなら面白い話のひとつふたつしてくれよ
あ、腹踊りとかでもいいぜ、ネタにはならないが気は紛れる
はーー帰りてえな……
んで、何が届いたって?
届いたお茶には胡散臭えなあと一言
宵雛花サン、菓子いる?
要ると言っても要らないと言っても押し付ける
阿呆なこと言ってないで此処から先をお祈りしてな
お茶を先ずは一口
本業は薬屋さんなもので、薬の成分が気になる
正直ただの毒なんだろうなァとは思いつつ
何か新しいものがあれば持って帰りたいが
もう一口
なるほど
あー、これ、は
……じゃあ宵雛花サン、お先に失礼
宵雛花・十雉
寥さん(f22508)と
オレが担当役で寥さんが小説家役
ほらほら、締め切りは待っちゃくれねぇぜ
折角オレが世話してやってんだ、キリキリ書いてくんな
面白い話ねぇ…
この部屋ん中にいる幽霊が今何やってるか事細かに教えてやろうか?
なんてやってたら毒入りの茶が差し入れられた
菓子…そうだな、折角だから食うか
毒、飲まなきゃなんねぇんだよな…
てっきり作家だけが飲むもんだと思ってたぜ
痛えのは嫌だなぁと思いながらも言葉には出さない(かっこつけだから)
しっかし、毒と知りながら飲むなんてさ
心中みてぇだなと楽しげに寥さんに囁く
ええい、男は度胸だ
やってやらぁ
飲む時は目を瞑って一気に飲む
っておい、ちょっと待…先に逝くなよ…!
●悠悠閑閑
枝垂れ桜の美しい、幽玄の春から辿りついた先は季節を戻った冬であった。春の棟の内装に比べれば、品は良いが温かな風合いの残る家具で纏められていた。
冬の棟。
覗く庭に見えるのは立派な椿であった。松に触れた花弁が、ほんの一瞬串刺しになっているように見えて鏑木・寥は息をついた。
「……いまいち筆が乗らねえなあ」
ネタになる、というよりは、何処かでまた作家が死んでるんじゃ無いかーーという気がしたからだ。命では無く締め切り的な意味で。
「ほらほら、締め切りは待っちゃくれねぇぜ」
机に広げられた原稿用紙は、部屋に備え付けであったものだ。ペンに鉛筆、硝子ペンと揃いに揃った品がもたらす圧と一緒に、寥の横に正面に来た男も又、どうだと言わんばかりの圧を見せていた。
「折角オレが世話してやってんだ、キリキリ書いてくんな」
くるり、と宵雛花・十雉の手の中、遊ばれていた硝子ペンがトン、と原稿用紙を刺した。
「……」
真っ白、と落ちた声と共に笑っている筈の切れ長の瞳が欠片も笑っていない事は寥にもよく分かっていた。
「世話してやってるってなら面白い話のひとつふたつしてくれよ」
真っ白な原稿用紙というのは、右から見ようが左から見ようが真っ白は真っ白なのだ。書き出しというのが結局重要で、最初の一文字が決まるまでが一番時間がかかる。
ーーそう、怪奇小説作家の腰は今日も変わらず重いのだ。
「あ、腹踊りとかでもいいぜ、ネタにはならないが気は紛れる」
「面白い話ねぇ……。この部屋ん中にいる幽霊が今何やってるか事細かに教えてやろうか?」
例えば部屋の隅に、寝室の枕元に。
すい、と視線を流して十雉が微笑めば、はーー、と寥は息をついた。
「帰りてえな……」
缶詰先に、先客付きとなれば一度寝れば永遠が待っているのか、将又、眠れぬほどの刺激が待っているのか。薄く靄のように一度見えた「それ」が去って行くのに瞳を細め、十雉は籐籠に入った菓子と茶のセットを眺めた。
「……」
ーー作業のお供にどうぞ。
宿のサービスのように綴られた文字が全うなサービスであれば、あれこれと話しているうちに勝手にやっては来ないだろう。
(「名札付きの秘密の差出人なぁ?」)
そいつはほぼほぼ、名乗りに近いんじゃないのか。
綺麗な水色を眺め、湯飲みの縁をつ、となぞった十雉の耳に、寥の声が届いた。
「んで、何が届いたって?」
「これで、貴方も書ける作家になれますってお茶」
カードに書かれたままの文字をなぞった十雉に寥は胡散臭えなあ、と息をついた。
「宵雛花サン、菓子いる?」
甘味に罪はない。寥の置いた鉛筆を見送って十雉は吐息を零すようにして頷いた。
「菓子……そうだな、折角だから食うか」
季節の菓子は抹茶の大福であった。望めば桜餅も出たという。舌に残る感触は甘味そのものでこれに何かが仕込まれているという事は無さそうだった。
「毒、飲まなきゃなんねぇんだよな……」
てっきり作家だけが飲むもんだと思ってたぜ、と十雉は息をつく。作家を狙って起こる殺人事件だ。編集者や担当は、先生の無事を確認しようとして巻き込まれていくーーという影朧の筋書きなのか。
(「痛えのは嫌だなぁ」)
ついた息は心の中だけに。
宵雛花・十雉は存外にかっこつけなのである。
「こいつが噂の茶、ねぇ」
ひょい、と湯飲みを手にした寥が眉を寄せる。見目は綺麗な水色をした緑茶であった。澄んだ色が美しくーーだが、確かに此処まで持って来られた、という事実を思えば少し綺麗過ぎたか。
「しっかし、毒と知りながら飲むなんてさ、心中みてぇだな」
眉を寄せる寥へと、十雉は楽しげに囁く。ゆるり、と流す視線の先、仮初めの心中相手殿は息を吐き、眉さえ寄せずに言い切る。
「阿呆なこと言ってないで此処から先をお祈りしてな」
からからうと笑う十雉が浮かべた笑みに乗ることもないままに、ゆるり、湯飲みを回して寥は茶の色を確認する。
「……」
変化はない。空気を含んでも変化はない野は、もう既に溶けたということか。香りに変化は無くーーだが湯飲みへと口を近づけて行けば、僅かな違和感があった。
(「正直ただの毒なんだろうなァ」)
薬屋としての興味心を隠さぬまま、まずは一口。普通のお茶の中、僅かに鼻に抜けるような感覚に気がついたのは寥が薬というものを知っているからか。
(「何か新しいものがあれば持って帰りたいが」)
さて、これにそれほどの価値があるか。
一瞬、頭が冴え渡るような感覚が届き、視界が晴れる。同時に、四肢の感覚が薄くなる。
「なるほど」
ひとり、何か納得するように息をつく寥の横、十雉は湯飲みを取っていた。
「ええい、男は度胸だ。やってやらぁ」
目を瞑り、ぐいっと一気に飲み干した十雉の耳に、ガシャン、と破砕の音が響く。ゆるり、視線を開ける。自分の湯飲みは手の中にある。ということはこれはーー……。
「あー、これ、は。……じゃあ宵雛花サン、お先に失礼」
「っておい、ちょっと待……先に逝くなよ……!」
心中の約束はどうなったんだと思わず詰め寄った先、十雉の視界も歪みぐらり、と体が倒れていく。膝をついた男がやがて倒れていくのを見届ければ、部屋の気配を伺う黒い影が頷いてーー笑った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
冴島・類
ライラックさん(f01246)と
冬の棟で待つのは
名知らぬ君からの催促
無粋だなぁ
うちの先生がやる気になったのに
脅しで削がれたらどうしてくれるのか
白い便箋は折り紙にしてしまおう
ええ、茶の方で腹を温めるのは良い
甘味はあなたの好物だし
集中も高まるかも
渡して自分もいただこうかな
見張り?ふふ
先人の鈍器読んでますから
肩凝りでもあれば声をどうぞ
口にすれば、溢れる鉄の味に混じって
噛み締めれば甘く苦く
周りが遅く過ぎて見える
こいつは…貴方に駆け寄り
先生っ!
耐えるのに気付かぬはずもなく
戯けた様に、悔しげに血を拭う
ペン持つ手取り
毒を吐かせれないか考えるのに
痺れる喉は自然絞り出す
貴方以外の何かになって
綴る続きなんて
やです
ライラック・エアルオウルズ
類さん(f13398)と
封筒に身凍る事想えば、
冬の棟とされるのも頷ける
然し、今や筆先踊る様だし
僕の編集は紙折る彼だもの
謎の催促、畏れる事勿れ
あ、茶菓子は頼みたいねえ
茶の効果は兎角、
甘味は励みとなるだろう
編集さんも読書の共に、是非
何、僕は見張らずとも大丈夫
肩凝る程に筆進めてみせよう
背向け机に向かい、
茶菓子を好奇の侭に一口
薬が身に巡れば、ぽたり
真白を染める赤に瞬いて
眩む視界を、痛む身体を
《激痛耐性/毒耐性》で堪え
恒振る舞えど、彼も気付くか
締切、延ばして頂いても?
戯けた先、血拭い乍ら
尽くす懸命さが痛ましく
大丈夫、僕が責任持って綴るよ
紡げずとも、口角上げて
――ああ、けれど
“ファン”に看取られるも存外、
●粒粒辛苦
複雑な宿の作りを実感しながら春の棟から冬の棟へとやってくれば季節というものを感じた。逆戻りをする形ではあったが、華やかさを感じた春の棟に比べ、冬の棟は幾分か落ち着いた雰囲気を纏っていた。部屋の柱ひとつとってもそうだ。春の棟、花見をしたあのは部屋で見たものとは随分と違う。家具も温かみのある色合いで揃えられ、庭を眺める為に開ける場所も大きくは無かった。ーーだが、椿ひとつ、眺めるには丁度良い丸窓の障子。趣のある部屋にたったひとつその「封筒」だけが異様な存在感を放っていた。
ーー先生、原稿は如何ですか? と綴られた手紙だ。
「……」
封筒に身凍る事想えば、冬の棟とされるのも頷ける。一拍、綺麗に止まって見せたライラック・エアルオウルズの横、名知らぬ君からの催促をひょい、と冴島・類は拾い上げた。
「無粋だなぁ。うちの先生がやる気になったのに」
作家のやる気というものは、時に水物である。さっきまではやる気だったのに、いざ原稿用紙の前に立ったら書けないだとか。ペンを手にしたら書きたい言葉が出て来ずーーそうして、積み重なったやる気が霧散すると言うことなど、然程珍しくはないのだ
「脅しで削がれたらどうしてくれるのか」
白い便箋は折り紙にしてしまおう。ぴ、と綺麗に二つ折りにして、ひとまず二足歩行で立つ鶴がちょこん、と机の上に生まれた。
「足がついているのかい?」
「ええ。折角なので」
此処から、もう一つ変えられもしますよ? と脅しの白い手紙を見事折った類の姿は、この宿に泊まったことがある多くの文豪達の魂を救ったことだろう。ーー彼が、必殺☆編集ハンドブック2を読み切って3にかかろうとしているのを見なければ、の話だが。
(「しかし、あの分厚さで続刊があるとは」)
余程筆が止まらなくなったのか。
ふ、と小さく笑ったライラックとて、今はあの便箋に心を乱される作家では無い。
(「然し、今や筆先踊る様だし。僕の編集は紙折る彼だもの」)
謎の催促、畏れる事勿れ。
足のついた鶴が謎の威嚇ポーズを取って、一頻り笑い合った所で机の上、原稿用紙と向かい合う。ペンに鉛筆、帝都で流行の万年筆に色彩も美しい硝子ペンと文具類の揃いも良い。並んだインク瓶の華やかさに笑いーー結局、いつもの馴染みの羽ペンを取る。インクだけはこちらの品を借りるか。見慣れぬ名が描かれたインクは、こちらの言葉ですね、と類が瞳を緩めた。
「黒緑に褐返、これは烏羽色に濡羽色」
「へぇ。色々あるんだねえ」
それじゃぁひとまずは、と濡羽の艶やかな色彩を選び、ふと、机の先客を見る。宿からの案内状宜しく置かれていたそれには、菓子や茶のサービスについて書き込まれていた。抹茶の大福に最中、一口羊羹と菓子の種類も少なくはない。
「あ、茶菓子は頼みたいねえ」
ライラックはそう行って笑みを見せた。
茶の効果は兎角、甘味は励みとなるだろう。甘いものは、頭を回すのだから。
「ええ、茶の方で腹を温めるのは良い。甘味はあなたの好物だし、集中も高まるかも」
ふ、と類は笑みを見せた。それこそ、これで、貴方も書ける作家になれます、など怪しげな文字が踊る茶よりはいっそ役立つかもしれなかった。
斯くして届いたのは竹籠に入った菓子のセットであった。茶は水色も美しく、茶こしを取った急須にはたっぷりと茶も用意されていた。
「編集さんも読書の共に、是非。何、僕は見張らずとも大丈夫。肩凝る程に筆進めてみせよう」
類の用意した盆から茶と菓子を受け取って、ライラックは笑みを見せた。何せ今は絶好調ーーの予感があるのだ。パチ、と瞬いた類は、ふ、とやわらかな笑みを見せた。
「見張り? ふふ。先人の鈍器読んでますから」
鈍器とはあれだ。必殺☆編集ハンドブックだ。3に至っては必ず書かせる付録付きとか言う物品だ。
「……」
「肩凝りでもあれば声をどうぞ」
にっこり、と笑う類はそれはもう、催促の封筒なんかより心強いーーとライラックは思った。
背を向けて机に向かえば、座り心地の良い座布団に笑みが漏れる。和風の執筆環境、というのも悪くは無いのかも知れない。原稿用紙に羽ペンを滑らせ、好奇の侭にライラックは茶菓子へと手を伸ばした。ぱくり、と一口。抹茶の大福は苺ものぞく。甘さに思わず笑みを零した先で、コホ、と軽い咳が出た。
「ーー」
手が、赤く染まる。指先から零れ落ちた赤が真白を染めていく。眩む視界を、痛む身体を己が体ひとつでライラックは堪えていく。何も知らぬ訳では無い。毒の盃を飲み干して趣味がある訳では無くーーだが、耐えることも知っている。
(「彼も気づくか」)
いつもと変わらぬ様子で振る舞えど、羽ペンを持つ手が、文字が揺れた。は、と浅く落とした息はやがて、は、と顔を上げる気配に出会う。
「こいつは……」
類もまた、菓子を口にしていたのだ。噛み締めれば甘く苦く。周りが遅く過ぎて見える。だというのに、僅か、頭の冴えるような感覚があるのだ。意識まで落ちていこうとしているのに。
「先生っ!」
ばっと、類は振り返る。耐えるライラックに気がつかずにいられるものか。傾ぐ体に手を伸ばせば、ゆるり、と視線が上がる。紫が煙っている。
「締切、延ばして頂いても?」
「ーーっ」
戯れた様に、悔しげに類は血を拭った。羽ペンをそっと起き、白い腕を取る。
「毒を……」
吐かせられないか、とそう思うのに、痺れる喉が自然と絞り出す。類から言葉を奪っていく。
「貴方以外の何かになって、綴る続きなんて」
震える喉が、掠れる声で告げた。
「やです」
やわくやわく、降り注ぐ言葉にライラックは薄く唇を開く。声は、もうまともには出なかった。耐え抜く痛みが意識を奪おうとしていく。
(「大丈夫、僕が責任持って綴るよ」)
紡げずとも口角を上げて、ライラックは笑った。
「――ああ、けれど」
“ファン”に看取られるも存外、
言葉の先は音となったか知れぬまま。ぱたりと落ちた作家の腕に、息を飲んだ編集もまた倒れていく。その様に、部屋を見据えていた気配は上機嫌に一礼をして闇にーー消える。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
英比良・與儀
ヒメ(f17071)と
はー、なかなかいい部屋だな
どやるな、っていつものことか
んじゃあ仕事するかァ
目の前には真っ白の原稿用紙
が、実際は頭の中に全て書き綴り終わっている体
編集のチラ見に気付いて、悪戯を思いついたように笑いかけ
あとは紙に落とすだけなんだけどよ
簡単にお前に原稿渡すのもなんかなァと思ってな
あとふつーに書くのめんどくさい
俺が書く気になるように上手に持ち上げてみろよ
編集の腕の見せ所だぜ?
と、なんか頼んだのか?
茶に菓子?宿からの振る舞いか…
……なんか変な味しねぇ?
え、おい。お前大丈夫、か?
…しんで、る?
ああ、俺もなんか…ダメかも
(説き伏せて演技させたが、まァ頑張ってやったなと倒れて小さく笑い)
姫城・京杜
與儀(f16671)と
だろ?作家先生の為にいい部屋お願いしたんだぞ!
俺ってやっぱ、できる編集!(どや
原稿用紙に向かう先生の邪魔はしない
でもその間も抜かりなく身の回りの世話を
てかなんか筆進んでないなぁってチラ見すれば
…え、上手に?
えっと…先生ならできる!才能の塊!(下手
うーん…
んじゃ、気分転換にお茶と甘いもんでもどうだ?って誘う
宿が用意してくれたもんだけどよ、食おうぜ!
一緒に嬉し気に休憩
いただきまーすとはむり口にすれば
…ん?妙な味だな
!!
うっと苦しんで、ぱたりと先に倒れる
うう、無理…演技でも、與儀が死ぬのとか耐えられねェけど…
俺は守護者、これは演技、って
死んだフリしつつ必死に自分に言い聞かせてる
●随感随筆
長い廊下を抜けて、春から冬に向かう。季節をひとつ前に戻れば冬の棟は春の棟よりは落ち着いた雰囲気があるように思えた。華やかで美しい枝垂れ桜を眺める部屋に比べれば、冬の棟の部屋は温かみのある家具で統一されていた。丸窓障子から見える庭には美しい椿の姿があった。
「はー、なかなかいい部屋だな」
椿の美しい庭に、ほう、と英比良・與儀は息をついた。春の棟が枝垂れ桜の為にあったのであれば、この部屋はあの椿の為にあるのだろう。桜に比べれば、幾分か年若いのか。美しい赤を見送り、振り返った與儀の瞳に、ぱ、と明るい笑みが見えた。
「だろ? 作家先生の為にいい部屋お願いしたんだぞ!」
「……」
犬か。やっぱり犬か。
嬉しそうに告げる長身に、犬の耳よりぶんぶんと揺れる尻尾を見た気がして、與儀は軽く息をつく。
「俺ってやっぱ、できる編集!」
どやっとして見せた姫城・京杜は、犬というよりはいつものヒメであったが。
「どやるな、っていつものことか」
できる編集のアピールは、ひとまず放置することにして。與儀、と聞こえてくる声を耳に仕事するかァ、と机を見る。
「……」
原稿用紙は無駄に積み上げられ、文具類はペンに鉛筆、帝都で流行の硝子ペンも姿を見せる。万年筆は二種。鉛筆削りにまで拘って見せるのは、この宿がそもそも文豪たちの常宿であるからか。ーー結果的に缶詰にされるだけの常宿なのだが。
座布団の座り心地だけはーーまぁ、良かった。冬の棟と言っても、室温は一定に保たれているのだろう。あの時借りた京杜の上着は返したまま、放り投げた先を受け取った京杜は一度目をぱちくりとさせた後、するり、と袖を通していたが。
「……」
さて問題は目の前の原稿用紙だ。真っ白な原稿用紙。升目も綺麗なままーーだが、與儀の頭の中では全ての物語が組み上がっていた。ーーそういう作家なのだ。うん。
(「世の中には、ま、そういうやつも居るだろ。それより、今は……」)
できる編集殿、だ。
せっせと世話を焼くのは良いのだが、明らかに視線がこちらを伺っていた。心配、というよりは真っ白な原稿用紙に気がついた、というあたりだろう。
「あー……、そうだ。與儀、肩でも揉むか?」
「ーーお前、分かりやすすぎだろ」
ふは、と吹き出して笑って、與儀は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「あとは紙に落とすだけなんだけどよ。簡単にお前に原稿渡すのもなんかなァと思ってな」
あとふつーに書くのめんどくさい。
は、と息をついて見せる。少しばかり態とらしいがーーまぁ、良い。
「俺が書く気になるように上手に持ち上げてみろよ」
机に肘をつくと、與儀は見上げるようにして京杜を見た。
「編集の腕の見せ所だぜ?」
「……え、上手に?」
焦ったのは京杜だ。腕の見せ所と言われれば頑張りたい所ではあるのだが。ーー上手く、上手く持ち上げるのだ。それはもう與儀のめんどくさいを吹き飛ばす程に。
「えっと……先生ならできる! 才能の塊!」
「……」
下手だった。いっそ吹き出して笑ってくれればまだ、與儀の楽しみになりそうなんだけどな、と思いながら京杜は顔を上げる。
「うーん……。んじゃ、気分転換にお茶と甘いもんでもどうだ?」
缶詰用の宿だ。菓子の用意もある。饅頭に一口羊羹、桜餅はーー季節柄か。抹茶を使った最中と、部屋に入った時に机にあった紙に事前に書き込んでおいたのだ。
「茶に菓子? 宿からの振る舞いか……」
身を起こした與儀に、京杜は頷いた。
「宿が用意してくれたもんだけどよ、食おうぜ!」
竹籠に入った菓子に、湯飲みを並べる。茶の用意もあるのは、さすがは宿、ということか。一緒に休憩となれば、嬉しそうに京杜は菓子を取った。
「いただきまーす」
はむり、と一口。抹茶の最中を口にすればーー違和感があった。
「……ん? 妙な味だな」
独特の味付け、というものだろうか。少し考えるように眉を寄せ、ふいに京杜は歪む視界に気がつく。喉奥がひりつくように痛くーーだが、意識がひとつハッキリするような、冴えるような妙な感覚がある。
「ーー!」
う、と苦しむように拳を握り、ぱたり、と京杜が倒れた。長身が突っ伏すように机に伏せれば、驚いたのは與儀の方だ。
「え、おい。お前大丈夫、か?」
変な味がしないかと、声をかけた瞬間だった。手を伸ばす。首に触れて、ひゅ、と小さく息を飲んだ。
「……しんで、る?」
ぱち、と瞬く。瞳が、色彩が歪んでいく。
「ああ、俺もなんか……ダメかも」
ゆらり、と倒れるようにして膝をつく。ドサリ、と聞こえた音はしん、と静まりかえった部屋によく響く。
「ーー」
響けば、届くのだ。
ひゅ、と喉が鳴るのを京杜は耐えていた。その気配は與儀にもよく分かる。
(「説き伏せて演技させたが、まァ頑張ってやったな」)
小さく倒れたままに主は笑う。零れた吐息は畳に触れて、衣の裾を眺める。
(「うう、無理……演技でも、與儀が死ぬのとか耐えられねェけど……」)
その肩が震えずに、拳を握らずにいられたのはーーただ、京杜の中で言い聞かせていたからだ。俺は守護者、これは演技だーーと。
斯くして倒れた二人に、部屋を伺っていた黒い気配がひとつ、ゆるり、と笑った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
呉羽・伊織
清史郎と
嗚呼…真白な原稿より綺麗な花と見つめ合いたい…その方が捗…コホン
いや~オレとか見てても楽しくないだろ、ソレよかこれまた趣深い棟だな~(話も目も逸らし)
折角だしこの風情を肴にまたまったりしない?
明日から本気出すから!(逃腰)
あとムリに書いても良作は生まれないし
ココは心の赴く侭
あの魅惑のお布団に誘われる侭
夢の世界で羽伸ばすのも…ダメ?
(凄い笑顔に起きたまま魘されかけ、また目を逸らせば謎の菓子)
あっ清史郎の好物が!
こりゃやっぱ一息つくしかないな!
…ウン、夜は地獄だからネ
ほら、軽く食レポで下馴らしを!
…?妙に…眠…
コレが…寝たら死ぬぞってヤツ…?
清史郎…ちが、コレは寝落ちなんかじゃ…(ぱたり)
筧・清史郎
伊織と
存分に花見も楽しんだ事だ
これで、作家先生の筆もさぞ進むだろう(微笑み
綺麗な花とでも結構だが
このままだと、俺が終始、先生を見つめる事になるが?(見張り
冬の棟か、随分とこの宿は入り組んだ造りの様だが
今回は願ったり叶ったりというもの
なので、少々まったりするのもまぁ良いだろう(しかし逃がさない構え
布団に先生が誘われそうになれば、一等いい笑顔ですかさず
先生、とだけ声を
おお、甘味か
一息つくのも良いか、長い夜になりそうだからな(微笑み
先生の書く食レポ、それは興味がある
ではいただこうか(ぱくり
先生、眠るのは原稿を仕上げてから……
そう言いかけた瞬間、妙な眠気に襲われ
そして先生の傍に、ぱたり倒れよう
●哀矜懲創
世の中には向き、不向きというものがあると思うのだ。
春の棟、そのうららかな陽気は今や遠い。季節を一つ戻ったように、冬の棟、その部屋から望む庭は静けさを湛えていた。静謐の言葉が、よく似合う。丸窓障子の向こう、庭の椿を眺めていた呉羽・伊織の耳に、ゆったりとした編集殿の声が届いた。
「存分に花見も楽しんだ事だ。これで、作家先生の筆もさぞ進むだろう」
「……」
振り返れば、其処にあったのは編集殿ーー基、筧・清史郎の微笑みだった。微笑は圧になる。美形だと余計に。ひくり、と頬を引きつらせ、伊織は机を見た。文机の他に、茶器が用意された工芸座卓にはどっさりと原稿用紙が積み上げられていた。曰く、宿の好意、だという。
四季の館は、文豪たちの常宿だ。ーー結果的な。どちらかと言えば編集達が使うという意味合いでの常宿ではあるのだが、その分、文具品の揃いは良い。最近復刻して帝都で人気だという万年筆もあれば、ペンや鉛筆、硝子ペンもある。至れり尽くせり。尽くしまくって逃げ場なく。
「嗚呼……真白な原稿より綺麗な花と見つめ合いたい……その方が捗……」
コホン、と咳き込んでそっと視線を逸らしながらもーー座らずにはいられなかった。執筆用にだろう、座椅子の座り心地も良い。ちょっと哀しくなりそうな程に。
「綺麗な花とでも結構だが」
見張り宜しく、伊織の前に座った清史郎が涼やかな笑みを浮かべる。
「このままだと、俺が終始、先生を見つめる事になるが?」
「いや~オレとか見てても楽しくないだろ、ソレよかこれまた趣深い棟だな~」
話も目も綺麗に逸らし、さっきも見ていた庭を見る。春の棟が枝垂れ桜を愛でる為にあったのであれば、この部屋はあの椿の為にあるのだろう。
「折角だしこの風情を肴にまたまったりしない? 明日から本気出すから!」
逃げ腰の伊織に、返るのはゆったりとした清史郎の微笑であった。
「冬の棟か、随分とこの宿は入り組んだ造りの様だが」
今回は願ったり叶ったりというもの。
「なので、少々まったりするのもまぁ良いだろう」
「なので」
「なので、だな」
逃がさない構えで浮かべられた微笑に、あ、これやばいやつだな、と伊織は思った。主に、明日から本気出すなら、本気出すまでやらされる系だと。ーーだが、だが、思うのだ。やらされる、ということで果たして傑作が生まれるのか、と作家的には思うのだ。
「あとムリに書いても良作は生まれないし。ココは心の赴く侭、あの魅惑のお布団に誘われる侭ーー夢の世界で羽伸ばすのも……ダメ?」
此処で駄目なら他の世界で。すやすやすよすよできる夢の世界でーーそれはもう思いっきり、羽も心も伸ばしてみればーー……。
「先生」
ぎぎぎぎ、と振り返れば、一等いい笑顔で清史郎がこちらを向いていた。それはもう、キラキラとか効果音がつきそうな程の良い笑顔で。けれど瞳の奥はしっかりがっちり伊織を見据えていて。
「ーー」
凄い笑顔に起きたまま魘されるかと思った。
「あっ清史郎の好物が! こりゃやっぱ一息つくしかないな!」
話こそ唐突ではあったが、甘味は実際部屋に届いていた。桜餅に、抹茶の最中。一口羊羹、と軽くつまめるものも多い。とはいえ、作家先生たちは、皆、ゆっくりとお茶の時間にするのだろう。品の良い器たちが並ぶ盆に清史郎は瞳を細めて笑った。
「おお、甘味か。一息つくのも良いか、長い夜になりそうだからな」
先生が書き上がるまでを見守るーー基、見張る必要がある。ここでひとつ小休止で、癒やしを得るのも良いだろう。ーーそも、清史郎は甘いものが好きだ。籐籠から顔を見せた菓子の中には、綺麗に包まれた抹茶の饅頭もあった。
「……ウン、夜は地獄だからネ ほら、軽く食レポで下馴らしを!」
ひとつ、ふたつと甘味を重ね、器に並べた伊織に清史郎は笑みを見せた。
「先生の書く食レポ、それは興味がある。ーーではいただこうか」
ぱくり、と抹茶の饅頭をもらう。仄かな甘みの中、感じたのは抹茶特有の味だろうか。
(「少し、変わった味だが……」)
やはり、隠れ宿となれば出すものも違うのか。僅かな違和感を抱えたまま清史郎は湯飲みへと手を伸ばす。ーーその時だった。
「……? 妙に……眠……」
ゆらり、と伊織が揺れた。薄く零れた言葉に清史郎は顔を上げる。
「先生、眠るのは原稿を仕上げてから……」
続く言葉は歪む視界に奪われた。妙な眠気。眠いというのに一瞬、ひどく目が冴えたような感覚が生まれーーだが歪むように溶けていく。
「清史郎……ちが、コレは寝落ちなんかじゃ……」
作家の言葉は編集に届くより先に、落ちる闇に飲み込まれ伊織は崩れ落ちる。その傍に、ぱたり、と清史郎は倒れた。ーーその姿を、闇から覗いていた影朧は満足げな笑みを浮かべ、その場を去って行った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルバ・アルフライラ
迷宮よりも優れた檻は然う然う無い
やれ碌でもない場所に閉じ込められてしまった
真の牢でなかっただけ良しとすべきか
物語を紡ぐよりも読む方を好む故
疾く続きを読みたいのだが
あれだ、良き着想を得る為には
様々な書を解き、造詣を深める事も必須であろう
…む、斯様な展開になるとは思わなんだ
となると黒幕が消えて…否、待てよ
先程殺された筈の男――
彼奴は真に死んだのだろうか…?(熟読)
……はっ、つい読み耽ってしまった
むむ、いかんな
此処は茶と菓子でも頂いて仕切り直
――そうして毒を頂く
苦しそうに転がり死んだ振り
ふん、影朧の毒薬は如何なるものかと期待したが
毒耐性で凌げる程度とはとんだ肩透かしよな
…等と謎の薬師マウントも忘れず
●神色自若
春の棟の華やかさを思えば、冬の棟は幾分か落ち着いた雰囲気があった。紙灯籠がぽつ、ぽつと置かれた廊下を抜けた先、思えば柱の色も違っていた。行き来の不自由さなど、最初の持ち主であった伯爵には関係無かったのか。
「ーー故に、囲ったなどと言われましたか。伯爵」
丸窓障子を開けた先、椿の庭から滑り込む風に髪を揺らし、アルバ・アルフライラは息をついた。庭は美しい。それは確かだ。部屋に入れば妙な手紙こそ置かれていたがーー何らかの魔術の痕跡は無かった。となれば、影朧は地道にこれを置いていったのかーー将又、宿が前日から準備でもしていたのか。
どちらにしろ、この宿に精通した者で無ければ難しいだろう。唯一の幸いは、道中の景色が良かったことだろう。
ーー迷宮よりも優れた檻は然う然う無い。
「やれ碌でもない場所に閉じ込められてしまった。真の牢でなかっただけ良しとすべきか」
ほう、とアルバは息をつく。道中の紙灯籠が、パンくず宜しく道を案内するようであったと思えば、少しばかりの愉快さだけはあった。
「ーーさて」
工芸座卓には、多種多様な文具品が揃えてあった。鉛筆にペン、万年筆のインクは4種。帝都で最近流行という硝子ペンもあった。あったのだがーー……。
「……」
ふむ、と思う。硝子ペンは良い品のようだがーー元より、アルバは物語を紡ぐよりも読む方を好む。
「疾く続きを読みたいのだが
帝都で流行りの小説は、丁度、終盤に差し掛かろうというところだった。ーー書け、と言われているのは、無駄に積み上げられた原稿用紙でよく分かるが。
「あれだ、良き着想を得る為には、様々な書を解き、造詣を深める事も必須であろう」
それが次なる創作につながるというもの。
ーー斯くして、読書の時間が始まる。座布団の座り心地も悪くは無い。指先がページを辿り、少しずつ残る重さが手の中で変わってくる。
「……む、斯様な展開になるとは思わなんだ。となると黒幕が消えて……否、待てよ」
ページをめくる手を止め、アルバは眉を寄せた。
「先程殺された筈の男――彼奴は真に死んだのだろうか……?」
ーーのから見れば「そう」であっただけで、実際は死んでいないのか。死んだのは「あの男」以外ではないかと、そう思わせることすら、殺された男の仕組んだ罠だとすれば。
「……やはり。いや、だが……」
ならば、この第四の殺人は……、と声は知らずこぼれ落ち、ページをめくる手は止まらぬまま。熟読するアルバが、ふと、我に返ったのはぽとり、と椿がひとつ庭で落ちたからであった。
「……はっ、つい読み耽ってしまった。むむ、いかんな」
此所は茶と菓子で、仕切り直しだ。書かぬつもり、というわけでは無いのだ。そう、少しばかり読みふけってしまっただけのこと。
「ーーほう。抹茶の最中か」
さくり、と一口。仄かな甘みが、今は丁度良い。湯飲みへと手を伸ばせば、ほんの少し視界が、歪んだ。
「ーーん?」
浅く息を吐く。喉をすすぐように茶を呷れば、違和感があった。ケホ、とアルバは噎せる。ひゅ、と喉が鳴り、言葉が空を切っていく。
「これ、は……」
かすれるように落とした声は、それより先を続けられぬまま、ぐらり、と膝をつくようにしてアルバは畳に倒れ込んだ。
(「ーー視界の歪みと、感覚を強制的に引き上げているのか」)
歪む視界の中、頭がやけに冴えている感覚がある。高揚感に似た何かは、さてどれを利用したものか。四肢の感覚を奪うように広がる痺れと、痛みーーだが、その程度だった。
(「ふん、影朧の毒薬は如何なるものかと期待したが」)
ひとつふたつ、アルバにも思いつく品はある。この不可解な感覚も、四肢を奪い、意識ばかりを取り残そうとする「もの」にも恐怖など感じる必要は無い。ーー事実、動かそうと思えば動ける程度だ。
(「毒耐性で凌げる程度とはとんだ肩透かしよな」)
瞳を寄せる様も、口の端、緩やかに上げてつく息も今はすべて隠して。部屋を伺う気配にひとつ、アルバは瞳を伏せて見せた。
何も知らず、ひどく満足げな様子で笑って去って行く影の、その衣を見送るように。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『『殺人者』薬師』
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POW : 無病息災の薬丸
【自身も含めて、服用した対象を強化する薬丸】が命中した対象を治療し、肉体改造によって一時的に戦闘力を増強する。
SPD : 天壌無窮の霊薬
自身が戦闘で瀕死になると【薬効で全回復する。又、自身の分身(式神)】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
WIZ : 輪廻転生の秘薬
自身の【薬を飲んだ人々の肉体が変質し、その瞳】が輝く間、【変質した人々の強力な肉体を利用した攻撃】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
イラスト:ekm
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「アララギ・イチイ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●薬師
ーーただ一つに通じる薬があれば、誰もがそれを手に取る。
『えぇ、構わぬのです。私の手、ひとつで出来ることなど、高が知れておりましょうや。ですから、どうぞ、お試しください。広めてくださればーーえぇ、それこそ私の望みが適うというもの』
ある時は病を治す薬であった。またある時は、味に悩む料理人へ美味しくなる薬と告げた。そう、薬草の取り扱いにも長けているのだからといえば誰一人疑うことも無かった。
「紅茶が美味しくなる薬と、そう告げた時さえ。あの頃は薬眼でございましたが……、あぁ、此度も皆様よく飲み干してくれました。これで、良い作家となりましょうや」
始まりは夜の通りに出会った作家であった。カフェーを追い出された男は作家であり、書けぬと嘆く男であった。
「己は病のようなものだと。書けるようになる薬が欲しいと。そう仰ったのはあちら様。私が差し出した薬を手にさえ飲み干されたのも、あちら様」
一度は薄く、二度目は濃く。
三度目で死に果てれば噂ばかりが残った。
「あれから、何度と私の薬をお望みになる方と出会いましたが……些か此度は呆気ないことでございましたね」
四季の館ーー冬の棟から、四方へと通じる廊下の全てが封じられていた。コツ、コツ、と足音さえ殺さぬ薬師の術であった。どこか釈然としないまま、薬師は息をつく。
「効果のほどを聞けぬのは残念ですが……、今宵の効果も、悪くはーー……」
やがて、薬師は駆けつける足音を聞く。集まってきた猟兵たちに小さく目を見張った。
「まさか、死んでもいなければ、書いてもいないとは……!」
死を偽装された、という事実の他に、書いていないことも入ってくるのか。
「これはやはり、カフェーで出会った編集殿も嘆くというもの。書けぬ書かぬと皆そればかり、とーーこのように、邪魔も入れば困るというものでしょうや」
ですが、と薬師は笑う。番傘を開く。冬の棟の一角、他の棟へと通じる道にあったラウンジに影朧の紡ぐ空間へと変じていく。
「私の薬はよく効きますよ。その効果、一度で足らぬのならば、二度でも、三度でも。その身でどうかご確認あれ」
背負う箱から、紫煙が零れる。ゆるりと笑う薬師が番傘を開けば、紫煙からひとつ、ふたつと影が立った。
「皆々様、私の薬のご愛用者様にございます。書ける作家に生まれ変わられた皆様であれば、我が薬の為、尽力していただけましょう」
亡霊たちに顔はなく、だが、声だけが響く。締め切りがーーと、喘ぐようなその声に、あ、結局締め切りの方に囚われているのでは? と思ったがーー兎にも角にも、此処で倒れる訳にはいかない。すべてはこの時、影朧を引きずり出す為にあったこと。
「さぁ、骸を並べましょうや。私の薬の為に」
『殺人者』薬師との戦いが、今、始まろうとしていた。
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ご参加ありがとうございます。
秋月諒です。
プレイング受付期間:《4月28日(火)〜》
●第三章戦場について
冬の棟の一角、影朧さんの作った不思議空間
戦闘により宿が破壊されることはないので、ご自由に戦っていただければ。
●二章で飲んだ毒について
フレーバーの扱いです。効果の持続などについては、それぞれご自由にどうぞー。
●影朧 『殺人者』薬師
嘗て自分の薬を飲んで死んだ作家たちの亡霊を引き連れています。
POW、WIZ選択時に強化、変質の対象となります。影朧を倒せば消えます。
それでは皆様、ご武運を。
阿夜訶志・サイカ
はは、ミリもナノもわかってねーのな。
きちんと書く作家はこんなとこに遊びに来ねぇっつーの(偏見)
なあ、ハニー。
薬ひとつで人間が無様に動かせるのが楽しいか?
おっと、俺様がピンとくる台詞を頼むぜ。
追い詰められた犯人の自白っつー、滑稽な場面なんだ。
そんな月並みな台詞じゃ納得出来ねえ。
覚悟しておけよ。
なんせ災厄の神が呼び出す情念の獣だ。
世界を滅ぼすまで追いかけるぜ。
回復したって繰り返すだけだ。
式神如きが神と張り合う気か?
ま、適当に遊んでやるよ(殺戮刃物をくるり回し)
俺様に関わると、大概台無しになるけどな。
おらおら、愚かな作家どもより優れたところを見せてみろよ、薬屋。
気取った辞世の句くらい聴かせてみろよ。
●書く作家、書かぬ作家、そもそもーー……
「はは、ミリもナノもわかってねーのな」
影朧によって変質させられた空間に、カン、と足音が響いた。冬の棟、その一角が歪められ、押し広げられようが男の歩みは変わらない。め面倒くさそうにーーだが、は、と落とす息と共に金色の髪をかき上げて阿夜訶志・サイカは笑った。
「きちんと書く作家はこんなとこに遊びに来ねぇっつーの」
偏見である。
きちんと書く作家でも、余暇を楽しむ為に宿に来ることもあるだろう。四季の館は、隠れ宿であり、所謂高級旅館であるのだからーーと、宿のものがいれば力説でもしただろう展開に、だが、頷いて見せたのはサイカの前に立つ男であった。
「ーーえぇ。きちんと書かない作家がいるからこそ、隠れ宿など、このような場所が生まれたのでしょうや」
偏見である。もの凄い偏見である。
肯定しやがったと宿の者が居れば突っ込んだだろうがーー哀しいかな、この地に宿の者はいない。正論は不在であった。
「ですからこそ、書けぬ先生方の為に私自ら、望みを叶える品を用意したのです。死なずとも、えぇ、万に一つ死なずとも頭が冴えて書けるようになり」
そうして、と薬師は薄く笑う。柔らかなーー人受けのする笑みを浮かべ、赤い舌を覗かせる。
「また、と望まれるほどの品を」
饒舌に、語り継げる薬師に、は、とサイカは息をつく。柔く、甘やかに言葉を紡ぐ。
「なあ、ハニー」
その口元は緩やかに弧を描き、問いかけをひとつ、口にした。
「薬ひとつで人間が無様に動かせるのが楽しいか?」
ぴくり、と薬師の眉が動く。図星か。僅かに変じた表情は緩やかに描く笑みに飲み込まれ、薬師の顔を見せる。
「おや、貴方であればどう……」
「おっと、俺様がピンとくる台詞を頼むぜ。追い詰められた犯人の自白っつー、滑稽な場面なんだ」
果たして、犯人が饒舌に語るのは開き直った時かーーそれとも、これで終わりと思わぬが故か。謀られたと知りながら、尚、書かぬ上に死ななかったとは、と猟兵達に息をついて見せた薬師は今度こそ、目を瞠った。
「貴方は真実、作家でしたか。私を、貴方の物語として綴るつもりですか?」
ふふ、と薬師は笑う。くふ、くふ、と零れ落ちる笑みに滲むのは喜悦であった。そうやって笑うものをサイカは知っている。己が作風の中で『どう扱うか』という意味合いではあったが。
「えぇ、えぇ、お答えしましょう。皆様、私の薬を重用してくださるようでありがたいことです。ですから、私の答えはひとつ『喜ばしい』ですよ」
薬を望まれるのも。求められるのも。
「這いずりながらも求める姿を見られるのですから、これ以上に喜ばしいことなどありましょうか!」
その声を、合図とするように薬師が手を伸ばす。誘いに似たそれに、亡霊達が蠢き出す。顔の無いそれが、薬を追い求めた先の者か。
「ァア、ァアアアアアアアアア!」
亡者の嘆きを一瞥して、サイカは、口の端を上げる。
「そんな月並みな台詞じゃ納得出来ねえ」
緩く首を傾ぎ、笑うように神は告げた。金色の神が揺れ、僅か、サイカの瞳を隠す。緩く、双眸が細められればーー瞬間、空間が歪んだ。
「ーーな」
息を飲んだのは薬師の方だ。波紋をひとつ、描くように。零したインクが滲むように、影朧の作り上げた空間が歪みーーそれは、姿を見せる。前足を伸ばす仕草は獅子に似たかーーだが、どろり、闇に溶ける角は悪魔か鬼か。人の持つ言葉では現しきれぬそれに、薬師は引き結ぶ。
「禍々しい獣、先の問いはこの為でしたか」
「さぁな。ま、今ならサービスで答えてやってもいいぜ? ハニー。俺様が満足するような姿を見せるってんならな」
指先ひとつ動かさぬまま、サイカはその獣へと目をやる。爪を見せた獣に、薬師が足を引く。警戒する心だけは、ちょっとばかし使えるネタとして評価してやるべきか。
「覚悟しておけよ。なんせ災厄の神が呼び出す情念の獣だ。世界を滅ぼすまで追いかけるぜ」
ゴォオオオオ、と風の唸るような音と共に情念の獣は駆けた。高い跳躍に、薬師が嗾けた亡者が吹き飛ばされる。
「ァアア、ァアアアアア!」
絶叫と共に四散した黒い煙の中を、情念の獣が行く。た、と身を逸らした薬師の肩に、その爪が突き立てられた。ーーザン、と肩口から一気に、その身が引き裂かれる。
「ーーあぁ、これはまた。恐ろしき獣を綴られることだ」
衝撃に蹈鞴を踏み、薬師はサイカを見た。だらり、と垂れた腕を押さえながら、だが、口元に浮かべられているのは笑みだ。
「痛み、痛み痛み痛み! えぇ、久しぶりでございます。天壌無窮の霊薬を此処に」
ひらり、返した掌にのせた薬を飲み干せば、傷を癒やした薬師の影からもうひとつ、同じ姿が立ち上がる。
「式神か」
サイカの問いに、薬師はただ笑う。そこにあったのは最早取り繕った笑みではない。剥き出しの殺人鬼の顔だ。
「神さえ私の薬で溶かして見せましょうや」
蕩けるような笑みを浮かべ、薬師の指先から液体が零れ落ちる。床に触れれば亡霊達が湧き上がりーーその中を、式神が駆けた。
「式神如きが神と張り合う気か?」
ひゅ、と突き出された拳に、サイカは軽く後ろに飛ぶ。壁までの距離はある。続けざまに飛び込んできた式神の足を払うと、サイカはくるり、と殺戮刃物を回した。
「ま、適当に遊んでやるよ」
俺様に関わると、大概台無しになるけどな。
それは、災厄の神たる所以か。体勢を崩し、倒れ駆けていた式神が跳ねるように身を起こす。首を捉えるように伸びてきた腕をなぎ払い、足癖悪く蹴り飛ばすと、サイカは一気に前に出た。
「おらおら、愚かな作家どもより優れたところを見せてみろよ、薬屋」
身を低め、飛ぶように距離を詰める。接近に、薬師が亡霊達の密度を上げた。ーーだが、僅かに数名身を逸らすのは災厄を恐れたか。
「先生方……!」
咎めるような声と共に、薬師が番傘で一撃を受け止める。ギン、と鋼めいた音が響き、散る火花を見送ってサイカは笑った。
「気取った辞世の句くらい聴かせてみろよ」
囁くように、けれど口の端を上げて煽るように。作家は獣と共に戦場に立つ。
大成功
🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
f05366/嵐吾と
ふは、え、初めてじゃねェの
いつもああなの、とは言外に
八面六臂の大活躍、心躍る活劇かしら
期待してるわ、センセ
もっかい飲んでもだめそう?
それダメじゃん、転がす声は楽し気に
そうネ、筆にも負ける気はしねェかなァ
腰のシャシュカ一振り、抜いたなら
そんじゃア一曲、一作、か
ご一緒、願おうかしら
読んでみたかったのに、なンて冗談めかして駆け出して
紙ならよく燃えそうネ
亡霊ごと綺麗に目論見ごとばっさり切り捨てて
出来ないコト考え続けるよりゃ諦めンのも肝心よ
いっそ書くのから忘れてみたら
……嵐吾センセを見習ってサ
終夜・嵐吾
ユルグ君(f09129)と
死んだフリも初めてではないんじゃけど、ずっと動かんというは苦手じゃあ
尻尾が勝手に動きそうになるのをこらえるので必死よ
編集殿、あやしい薬師退治の話のネタならできそうじゃよ
と、作家のフリを続けて笑う
薬飲んでも書けるようにはならんかったな
はは、どれほど飲んでも無理じゃろ~!
わしは書くより燃やすが得意
ユルグ君はやはり腰のそれかの?
奮い立つ一閃も話のネタになりそじゃね
それと一緒に踊るも楽しかろうよ
虚、爪貸しておくれ
作家ごっこもそろそろ飽いた
締切なんて燃やしてしまえばええんじゃよ、原稿は破りつつの
そそ、わしを見習っての!
亡霊たちも葬ってあげよ
あの世でも締切に追われそうじゃが
●効果効能誰ぞ知る
耐えに耐えたと言うのはこの事か。
腹が捩れるとこだった、とユルグ・オルドはひっそりと息をつく。辿りついた先に出会った影朧は饒舌に語る薬師であった。
「殺意、ねェ。そこはそこ、ちゃんとしてるってことかしら」
やれ、と息をついたユルグの隣、ぺたり、と灰青の耳を垂らすと、ふるりと終夜・嵐吾は頭を振るった。
「死んだフリも初めてではないんじゃけど、ずっと動かんというは苦手じゃあ」
「ふは、え、初めてじゃねェの」
ぱち、と小さく瞬き、いつもああなの、とユルグは言外に問う。
「尻尾が勝手に動きそうになるのをこらえるので必死よ」
そう、一応は死んでいることになっているのだから、尻尾だけ別ですと元気にしている訳にもいかず。漸く自由を得た尻尾を揺らし、嵐吾は向かってくる亡霊たちと、笑みを敷く影朧を見た。
「編集殿、あやしい薬師退治の話のネタならできそうじゃよ」
口の端、小さく上げてゆるり、と笑う。柔い笑みは灰青の妖狐に似合いの笑みであった。へらりと柔い笑みとは僅かに違うーー戦場にあって尚、変わらぬ笑みに、傍らに立つ青年は口元を緩める。
「八面六臂の大活躍、心躍る活劇かしら」
芝居の続きは此処に。幕を引くのは、見事舞台に上げた犯人をお縄に付けてから。
「期待してるわ、センセ」
ゆらり、ゆらり。蠢いていた亡者の群れが、ユルグと嵐吾を見据え、一度足を止める。は、と落ちた声は薬師のものであった。
「退治されるのは困るというもの。お二人とも、もう一度私の薬を飲み干してもらいましょう」
さぁ、先生方。と薬師が誘うように告げる。
「無病息災の薬丸を此処に。さぁ、さぁ。引き入れましょうや。お二人とも。私の薬を飲み干してくださいませ」
そうして、そうして、と謡うように薬師は告げた。
「死んで、いただきましょう?」
その言葉を合図とするように、ぴたり、と足を止めていた亡者たちが一気に、床を蹴った。
「ァアアアア」
「ァアアアアアアアアアアア!」
絶叫とも、怒号とも聞こえる声を響かせながら、歪む人の腕が来た。獣のように、ひゅん、と振り下ろされる一撃に、トン、とユルグが後ろに飛び、嵐吾は身を逸らす。トン、と落ちた足音はどちらも軽やかに。飛び越していった亡者を見送って、ユルグは嵐吾へと視線を向けた。
「もっかい飲んでもだめそう?」
「薬飲んでも書けるようにはならんかったな。はは、どれほど飲んでも無理じゃろ~!」
ゆるく笑って返した嵐吾に、ふは、とユルグは笑った。
「それダメじゃん」
軽く肩を竦め、わしは書くより燃やすが得意だと告げた嵐吾が、掌を翳す。
「ユルグ君はやはり腰のそれかの?」
「そうネ、筆にも負ける気はしねェかなァ」
腰のシャシュカに指で触れて、口の端を上げて見せたユルグに嵐吾は笑った。奮い立つ一閃も話のネタになりそじゃね、と軽やかに響く声は、迫る亡霊に構わず響き、飛び込む青白い腕は衣を掴むより先に炎に崩れ落ちた。
「それと一緒に踊るも楽しかろうよ」
ゆるり、と流す視線にひとつ、笑って答えたユルグがシャシュカを一振り抜く。
「そんじゃア一曲、一作、か。ご一緒、願おうかしら」
返す、言葉と共にたん、と床を蹴った。高速の踏み込み。一気に距離を詰める姿に、反応したのは亡霊たちだ。
「ァアアアアア……」
「ァアアアアアア!」
声は咆吼に似たか。波のように襲いかかって売る亡者を一閃、なぎ払う。霞のように消えた先、すぐに取り戻される形に、3歩目の加速は上に入れる。
「センセ」
「ーーあぁ」
戯れに響いた言葉に、ゆるりと笑って嵐吾は己が手をすい、と伸ばす。
「虚、爪貸しておくれ」
囁くように柔く、告げれば、嵐吾の指先が色彩を変えた。僅かに黒く、這うようにそれは白い肌に影を落としていく。己の身の上這うを許された嵐吾に住まう黒き茨の獣が、眼帯の奥から蠢き出す。
「戯れに、喰らえよ」
言葉は、誘いであった。
音も無く、黒き茨の獣が爪を振り上げる。亡者が引き裂かれ、四散した先でーー戻らない。
「作家ごっこもそろそろ飽いた」
「ーー!」
ひゅ、と息を飲んだのは薬師だ。僅かに、足を引いた影朧へと、嵐吾は身を飛ばす。た、と短い踏み込み。間合いは足らずとも、誘いに似た腕が持ち上がれば虚の爪がーー届く。
「締切なんて燃やしてしまえばええんじゃよ、原稿は破りつつの」
「ーーっぐ、ぁあ」
衝撃に、薬師が蹈鞴を踏んだ。唇を噛みーーだが、顔を上げる。
「面白きものを、お持ちだ。貴方様ごと、私の薬に沈めればーー……」
「なぁに、センセに手ェ出してんの?」
声は、頭上から響く。先の一撃、亡霊を前に上に抜けていた男が跳躍と共に一気に、真っ直ぐに飛び込んできたのだ。
「――王手」
上段から振り下ろす斬撃が、薬師の身に沈んだ。ぐらり、傾ぐ薬師の体から紫の蝶が舞う。最早、血すら流れないか。く、と息を詰めた薬師が、とん、と間合いを取るように身を飛ばす。
「先生方!」
「……その出し方、用心棒みたいじゃのう」
「ま、そうねェ」
嵐吾の苦笑に、ユルグは軽く肩を竦めた。用心棒宜しく引きずり出されて、それでも響く声は、締め切りへのそれだ。
「ァア、アア……ッグ、ルァア、あ、め、きりが」
「締メ、切リ、ガ、ァア、ァアアアア……!」
「出来ないコト考え続けるよりゃ諦めンのも肝心よ」
すぱん、と亡霊達の首を落としながら、ユルグは息をつく。
「いっそ書くのから忘れてみたら。……嵐吾センセを見習ってサ」
「そそ、わしを見習っての!」
ゆるり、と笑みを浮かべて、凪ぐように手を振る。ひらりと舞った骸の爪が亡者を散らした。
あの世でも締切に追われてそうだがーーまぁ、うん。あの世のことはあの世がなんとか為るのだろう、と思いながら。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
琴音・創
かけら(f23047)と。
おぉ……哀れな先達諸兄。ああはなりたくないものだ。
いや私は書けない訳ではないんだ。今までも瀬戸際では間に合ってきたし。
●戦闘
強化された亡霊たちとなんて、まともに打ち合えば二発目までには沈んでるだろうけど。
【蜃の夢】にて、わざと自分の足元に紙飛行機を投擲。
一時だけ繰り広げられるのは原稿用紙がどっさりあるカフェー、自宅、編集室脇の小部屋!
後は瞳をギラつかせる担当編集たちの幻影もおまけで付けておこう。
さ、先生たち。どれくらい亡霊になって逃げ回ってたか知らんがそろそろ書け。
かけらよ、君の場合はまず自分の作品を仕上げなさいよ。〆切が無いとはいえ……。
金碧・かけら
ねごと(f22581)と。
まったく、ちょっかいだしにきたはずがこんな事件に巻き込まれるなんて……。
まぁ、文豪らしいやり方で解決しようじゃないか。
●戦闘
概ねそこのねごとや、ほかの迷い込んだ文豪やら猟兵はご自慢の特製ユウベルコオドを披露なさってるだろうが、アタシにはそんな用意はないからナ。
文豪十八番、ご存知突進だッ!!
ハァ、アタシもお洒落に戦いたいな……今度考えとくか。
●夢かうつつか現か夢か
「あぁ、これは。これは、皆々様、余程、私の薬をご所望のようで」
その身に受けた傷から、煙めいた何かが零れ落ちていた。紫は蝶へと変わりーーだが、受けた傷は事実であろう。己の薬を飲み干しながら、薬師は亡霊達を引き寄せる。
「さぁ、先生方も。さぁ、さぁ。死なぬ方々を、こちらに呼びましょうや」
「ァアアアア……」
「ァアァ、ガ、ァア、ァアアア——……」
呻き声を零す亡霊に、顔は無い。顔に当たるその場所が真っ黒に塗りつぶされていた。それでも、低く響く声が耳に届くのは亡霊だからか。それとも、元となった「者」が理由か。
「ァア、ァアアアアアアアアア……、め、切り、ガ……」
「朝ダ……駄目ダ……違う、まだ、まだ、書いていなイダケ、ァア、ァアアアアア」
「……」
作家である。
書けなかった上に、書かなかった作家達である。最後には薬師の薬を望み、飲み干した末がこの姿であった。
「おぉ……哀れな先達諸兄。ああはなりたくないものだ」
呻き声の狭間、聞き取れぬ言葉の意味も琴音・創には分かる。判ってしまう。
終わらない。進まない。
いや、書き上がらない訳じゃないのだと。出来上がって無い訳でも無いのだと。
「書き上がっていないダケ、デァア、ァアア……ッ」
ならば書け、という言葉がワンセットでやってくる事も知っている。世の中では正論というらしい。うん。
「いや私は書けない訳ではないんだ。今までも瀬戸際では間に合ってきたし」
「ふぅん」
気だるげな様子のまま、金碧・かけらが言葉を返す。
「……聞いてるのか、君」
その、何だ絶妙に聞こえているけど聞いていないみたいな返し方は。
思わず眉を寄せた創の横、かけらは、ぼう、と煙る瞳をやれ、と細める。
「まったく、ちょっかいだしにきたはずがこんな事件に巻き込まれるなんて……」
「勝手に来たのはそっちだろう」
思わず上げた声の先、右から左へと創の言葉をかけらは流したか——然程、気にもしていないのか。あれ、と白い指先が蠢く亡霊達を示す。
「近づいてきてるけど」
「——確かに。君の言い分は一理ある」
専ら放っておかれたままの薬師は、別段この状況に積極的に関わる気は無いのか——否、最後は自分の薬で『こちら側』なる場所へ呼ぶ気なのだろう。
「さあ、さあ。無病息災の薬丸を此処に、輪廻転生の秘薬を此処に。お二人をお招き致しましょう」
薬師の掌から、紫の煙が零れ落ち亡霊たちが瞳の色彩を変えていく。塗りつぶされた顔に獣の面が掛かる。
「ァアア、ァアアアアアアアア」
「ァアア、ルァ、ァアアアアアアア!」
声は獣の咆吼へと変じたか。両の腕から長い爪が伸び、床に爪を立てる。ギィイイイ、とひっかく音が、そのまま悲鳴に変じるのは此処が影朧が作り上げた空間の中であるからか。
「まぁ、文豪らしいやり方で解決しようじゃないか」
悠然とかけらは告げる。変じた亡霊の嘆きは、相変わらず締め切りへの悲哀を混ぜながらーーだが、獣のそれへと変貌している。殺意を零すそれは、己の作風で使う獣か否か。
「——あぁ、そうだね。文豪らしいやり方で、解決してやろうじゃないか」
ぴん、と創は袖から紙を零す。
(「強化された亡霊たちとなんて、まともに打ち合えば二発目までには沈んでるだろうけど」)
文豪には文豪の戦い方というものがある。
創の掌で、くるり、と折りたたまれていった紙飛行機を、足元に飛ばす。コツン、と硬い音だけが一つ戦場に響く。
「あぁ、手がお疲れでしたか。先生。それでしたら、私の薬が——……」
ありますと、そう続けようとした薬師が、ひゅ、と息を飲む。遅い、と創は小さく笑った。
「夢を見ているのか、夢から醒めたのか――所詮、世界は絡繰り人形」
そうして、世界は書き換えられる。外れた紙飛行機は、その事象を以て綴られたままの空間を作り上げる。
「ァア、ァア——!」
ヒュ、と亡霊達が息を飲む。足を止める。獣の面を被っている筈なのに、青ざめていくのが何故か判る。そう、出来上がった空間は原稿用紙がどっさりあるカフェー、自宅、編集室脇の小部屋。ーーそう、此処は書かねばならない場所。
「後は瞳をギラつかせる担当編集たちの幻影もおまけで付けておこう」
バサバサと紙が舞う。解けた紙飛行機は空間に溶け込み、影朧の結界を文章によって書き換えた創は微笑んで告げた。
「さ、先生たち。どれくらい亡霊になって逃げ回ってたか知らんがそろそろ書け」
「——あぁあ、ぁああああああああああああ、すみません。すみません」
「いや、いや書けて無い訳では、い、いや、い、今すぐ出来るか、いや、あ、……あ、書きます」
獣じみた亡霊たちが、その声を戻していく。面は変わらず、だが足を止め、幻影の編集たちが立ってしまえば此方になど、構ってはいられない。
「……うん、よし」
阿鼻叫喚である。
——否、完璧である。
「先生方……ッまさか、そんな。猟兵の描く幻が私の結界を……!」
ギリ、と唇を噛んだ薬師が番傘を開く。零れ落ちる紫の煙が、蝶へと変じていく。その姿を視界に、かけらはひとつ、息を吐きーー床を、蹴った。
「おや、飛び込んで来られるとは!」
「ねごとや、ほかの猟兵はご自慢の特製ユウベルコオドを披露なさってるだろうが、アタシにはそんな用意はないからナ」
身を前に倒す。傾ぐ。たん、と踏み込んでかけらは一気に身を飛ばした。
「文豪十八番、ご存知突進だッ!!」
「——はい?」
きょとん、と目を瞠った薬師へと、かけらは飛び込んだ。創の描いた空間によって、道は開いた。真っ直ぐに向かい、叩き込まれたかけらの一撃に薬師が吹き飛ぶ。
「——っぐ、ァア。な、こんな、ことで……!?」
「文豪の十八番だからね」
パンパン、と手を払い、かけらは、ハァ、と息をついた。
「アタシもお洒落に戦いたいな……今度考えとくか」
「かけらよ、君の場合はまず自分の作品を仕上げなさいよ。〆切が無いとはいえ……」
突っ込んでいった後ろ姿を見送って、創は息をつく。綴る幻想の中で、ぱたり、と亡霊が机に突っ伏していた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
宵雛花・十雉
寥さん(f22508)と
人様にあんな毒飲ませやがって
よくもやりやがったな
覚悟しろよ
(涙目で)
はいはい、行けばいいんだろ
アンタはそこで高みの見物でもしてろよ
とはいえ、オレもまだ毒のせいで本調子じゃねぇんだよな
回復までの時間稼ぎに赤鬼と青鬼を喚び出して戦わせる
片方を寥さんの盾にして
もう片方を敵にけしかけよ
自慢の腕で薙ぎ倒してやんな
…ん、そうかい?
なら二体一緒に前に出な
鬼がやられちまったら自分で戦う
薙刀振り回しながら、霊符はっつけて破魔の霊力を流し込んでやる
どうだ、なかなか頑張ってんだろ
褒めてくれてもいいんだぜ
ま、まさか本当に褒めて貰えると思ってなかった…ずりぃ
にやける顔を霊符で隠して誤魔化す
鏑木・寥
宵雛花サン(f23050)と
もうちょっとこう、良いお薬を期待したんだけどな…
効きすぎて死んじまうって訳でもなく、
他の効能として事も出してるあるただの毒物とは笑えない
もしそうなら高値で売ってたのに…
じゃ、あと頼んだ「探偵サン」
もう俺疲れた、一歩たりとも動けない
毒がまだ効いてる気がする
虚言を吐いて後ろで煙管に火を入れ
ほー、これ実体あるんだ
鬼サンもあっちいっていーよ、視界の邪魔
俺守るよか戦力として出すべきだろ、ほら、いけいけ
こっちに亡霊の一人二人来たら煙を一吹き
良い夢どうぞ
夢の中では書き放題
……ん?あー、毒で視界が悪くて…
ンな顔すんなって。ハイハイ、お疲れ様
かっこよかったよ、十雉
●双信双鬼
一体、また一体と崩れ落ちては亡霊たちは湧き上がる。それがこの空間が齎す力であるのか。四季の館の一角、冬の棟を変貌させた薬師は、その身から煙りめいた何かを零しながら、ほう、と息をつく。
「やれやれ、皆々様、私の薬がそんなにお気に召さないと仰る」
書けるようになるものだというのに。
頭がひとつ、冴えていくというのに。
「その後は幾分か乾きましょうが——なに、またひとつ、私の薬を飲み込めば良いだけのこと」
だというのに、と薬師は眉を寄せた。
「皆様方は、死なぬ上に書かぬとは。蕩けるように願いを叶える、私の薬を……」
饒舌に語る薬師の言葉を止めたのは、ひとつのため息であった。
「もうちょっとこう、良いお薬を期待したんだけどな……」
鏑木・寥だ。
吐息ひとつ、零すように紡いだ言葉と共に視線だけがゆるり、と上がる。
「効きすぎて死んじまうって訳でもなく、他の効能として事も出してるあるただの毒物とは笑えない」
結局のところ、死なず書かずの結果はそれなのだ。死ぬような事も無かったし、書けるようになるような事も無かった。薬師であるが故に、寥はその『薬』の中身が想像もつく。——つくようなものだったのだ。寥の知らぬ、未知の何かでは無く。
「もしそうなら高値で売ってたのに……」
緩く、細められた瞳がゆっくりと薬師を捉えた。街でひとつ、ふたつと。薬を売り捌く男は、分かりやすく一度眉をつり上げた薬師に気がつく。
「只の、毒とは……、ふふ、ふふふふふふふふ。私の薬を、ただの毒とは! えぇ、えぇ、これは困ったことです。ご期待頂いていたというのであれば余計に!」
跳ね上がった殺意の向こう、は、と落とす息が笑みを滲ませるのを寥は見る。
「賑やかなことだな」
「……どう見ても、火を付けた感じあるんだけど」
煙管を燻らせる連れに宵雛花・十雉は眉を寄せた。放っておいても饒舌に語る薬師の周り、亡霊たちは相変わらず締め切りがとか、間に合うとか間に合わないとか嘆き続けている。
「人様にあんな毒飲ませやがって。よくもやりやがったな、覚悟しろよ」
涙目で言った十雉は、唇を引き結ぶ。
変わったのは、敵の纏う気配、だ。
(「——殺気」)
来るだろう、と十雉は思った。くふ、くふふふ、と笑みを零す薬師が両の手を広げる。
「さぁ、さぁ。先生方。私と共にあの方々を招きましょうや! 輪廻転生の秘薬を此処に」
指の隙間から、零れ落ちた薬が空間に波紋を描いた。次の瞬間、顔の無い亡霊たちが獣の面を付ける。四肢が歪み、長い爪が床にギィ、と音を立てた。
「じゃ、あと頼んだ「探偵サン」」
た、と亡霊が床を蹴った。ヒュン、と空を切り裂く音を耳に、寥が常と変わらぬ気配で告げる。
「もう俺疲れた、一歩たりとも動けない」
毒がまだ効いてる気がする、と吐いた虚言はとうに連れの届いていたか。煙管に火を入れた寥の言葉に、十雉が息を落とした。
「はいはい、行けばいいんだろ。アンタはそこで高みの見物でもしてろよ」
一度ああなってしまえば、いやちょっとは仕事しろよ、と言ったところで上手くもいかない。探偵とは修羅場の処理にも出会うもの。——多分。
(「とはいえ、オレもまだ毒のせいで本調子じゃねぇんだよな」)
ばさり、と十雉は衣を揺らした。指先、挟んだ千代紙がピン、と空に放たれる。
「紙折れば神降りるってなァ」
赤と青。
2色の千代紙で折られた鬼が、床に触れると同時に形を得た。——『赤鬼』と『青鬼』して。
「ほう、鬼を持たれるとは!」
十雉とて、先の毒で本調子では無い。だからこそ、これは時間稼ぎだ。だが、時間稼ぎであったとしてもそれを、今、晒す程、鎧えぬ訳では無い。
「自慢の腕で薙ぎ倒してやんな」
「さぁ、先生方!」
「ァア、ァアアアアアアアアア!」
亡霊の咆吼に、赤鬼が前に出た。踏み込みに空間が震える。獣めいた亡霊の飛び込みを払い、跳ね上げられた腕が一体を散らす。残るもう一体——青鬼はと言えば、寥の護衛に立っていた。
「ほー、これ実体あるんだ」
物珍しげに一度、長身を眺めた寥は煙管を燻らせた。
「鬼サンもあっちいっていーよ、視界の邪魔。俺守るよか戦力として出すべきだろ、ほら、いけいけ」
「……ん、そうかい?」
ひらひら、と払われてしまえば、右に、左にと迷った青鬼に十雉が行き先を示す。言葉ひとつ、影朧の描いた結界の中、別の者を招いた男は笑みを敷く。
「なら二体一緒に前に出な」
二体の鬼に、亡霊達がその踏み込みを重ねた。身を前に倒し、獣めいた跳躍と共に爪が来る。
「——ル、ァア、ァアアアアア!」
「よ、と」
ひゅん、と振り下ろされる一撃に、十雉は足を引いた。軽く、躱した先、空いた亡霊の背を鬼が掴む。投げ飛ばすようにしてその身を散らせば、赤鬼が薬師へと迫っていた。
「あぁ、紙たる神にて私に迫るとは。お二人とも、ひどく、あぁ、ひどく浸したくなる!」
パン、と開いた番傘が鬼を散らす。舞い上がった紫の蝶が残る青鬼へと迫り、軋ませる。紙の破れるような音に十雉は、床を蹴った。踏み込みは早く、手にした薙刀に舞い上がった霊符が触れた。
「破魔を此処に」
「あぁ、私を払うと!」
「随分と賑やかだからな」
お喋りは、と振り下ろされる番傘を受け止める。足を引き、舞うように十雉は一撃を払い上げた。
「此処で終わり、ってな」
「——ほぅ」
叩き込まれた破魔の霊力が、薬師の奥、その核に軋みを落とす。バキ、という音を寥は聞く。
「良い夢どうぞ。夢の中では書き放題」
迫っていた亡霊たちは、まじないの篭った紫煙に巻かれて足を止めた。獣の面は変わらぬまま、アア、ァアア、と呻く声に、締め切りが、と言葉が混じる。
「締め切りが、やっと、これで……終わ——……!」
くしゃり、と崩れるようにして消えた亡霊たちを見送っていれば、笑うような声が一つ、耳に届く。
「どうだ、なかなか頑張ってんだろ。褒めてくれてもいいんだぜ」
「……ん? あー、毒で視界が悪くて……。ンな顔すんなって。ハイハイ、お疲れ様」
影朧を前に、飄々とした男を演じきった連れに、煙管ひとつ燻らせて寥は言った。
「かっこよかったよ、十雉」
「——」
今度こそ、その顔が歪む。にやける。にやけてしまう。まさか、本当に褒めて貰えるとは思ってもいなかったのだ。
「……ずりぃ」
霊符で顔を隠し、誤魔化すように息をつく。隠しきれぬ心が、ほんの少し逸らした視線に乗った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ロカジ・ミナイ
黒羽/f10471
だーれの前で口きいてんだろうね全く!
こちとらホンモノの薬師よホンモノの!生の!
書ける作家も書けぬ作家も書かねばならぬは同じこと
邪魔なのは強迫観念
それを取り除いたらどうなるか?
書ける作家だけが書くようになるのさ
最高効率だろう?
なんてーのは僕の考え方のひとつに過ぎない
客人ひとりひとりに寄り添った処方をしてやらにゃあ
それが僕の薬師としてのやり方よ
効率は最悪、客単価はドカンと上がる、時給換算したら泣いちまう
しかしそれでいい
――毒も薬もおなじこと
薬師の真髄を見せてやるよ
すまないね、黒羽
カッコいいとこ見せちゃって
ケケケ!
刀に塗り込めた軟膏は生きるか死ぬかの劇薬
瀕死なんて苦痛は負わせねぇさ
華折・黒羽
ロカジさん/f04128
熱弁するロカジさんの背を見て
ふむ、と
甘言で繕い面と向かいもせず
効くのだという口上のみで薬に手を加えもしない薬師など
薮以外の何者でもない
俺は薬師であるロカジさんを直接見た事はありませんが
面と向かい話をしていれば
この人が半端な薬売りでない事はわかります
相手の話を聴き
その裡を引き出し
掬い上げる事に長けている人だ
ロカジさんは本物の薬師ですよ
在り方も含めてね
見直しましたと言いかけたのですが
今の一言で台無しになりました
嘘ですよ
ロカジさんがかっこいい事等
とうに知っています
…なんですか
俺だって褒める時は褒めます
ほら、さっさと偽物倒しますよ
足止めするので
後は頼みます
ヘマしないで下さいね
●至るべきは
戦場に、血の匂いだけが薄かった。亡霊たちに死の気配はあれど腐臭は無く、薬師の傷口からは、ただ、紫の蝶が舞う。——そこに生の気配は無く、だが、呻き声が、笑う薬師が己が薬で溶かした者たちをこの地につなぎ止めているのは確かであった。
「さあ、さあ。先生方。私の薬にて、皆様もこちらに招きましょうや」
全てご用意致しましょう。何度でもご用意致しましょう。
「全て、全て、先生方のお役に立ちましょうや」
「だーれの前で口きいてんだろうね全く! こちとらホンモノの薬師よホンモノの! 生の!」
謳うように告げる薬師の前、ロカジ・ミナイは声を上げた。
「書ける作家も書けぬ作家も書かねばならぬは同じこと」
邪魔なのは強迫観念だ。
「それを取り除いたらどうなるか? 書ける作家だけが書くようになるのさ」
口の端を上げ、ロカジは笑うように告げた。
「最高効率だろう?」
ぴくり、と薬師の眉が動いた。
「おや、おやおやおやおや。薬師であられたとは。ですがそれを、貴方に出来ましょうか。それは、あまりに——」
「手間がかかるって?」
は、と息を吐き笑う。ゆるり、と薬師は笑う。悠然と笑い、頷いた殺人鬼が告げたのは「その成果の意味があれば」という言葉であった。
「えぇ、えぇ。ひどく嬉しく思いましょうが。面白く、ありましょうが」
薬一つで、人々を動かし、死へと自ら選ばせていった薬師は隠しきれぬ喜悦で笑みを結ぶ。浮かべる笑みこそ人受けの良いそれを纏いながら、滲ませるのは凡そロクでも無い喜悦だと華折・黒羽は思った。
「なんてーのは僕の考え方のひとつに過ぎない。客人ひとりひとりに寄り添った処方をしてやらにゃあ」
息を落とす。静かにロカジは笑う。吐息ひとつ、零すようにして——美しく。
「それが僕の薬師としてのやり方よ」
「……」
その姿を、薬師であるロカジの姿を黒羽は直接見た事は無い。だが、面と向かい話をしていれば、この人が半端な薬売りでない事はわかる。
「効率は最悪、客単価はドカンと上がる、時給換算したら泣いちまう」
ふ、とロカジは笑った。作家先生の仮面はとうに脱ぎ捨てて。今日で卒業と笑うようにして、薬師・ロカジは告げた。
「しかしそれでいい」
それは、穏やかな笑みでいて——同時に、ひどく挑戦的な顔でもあった。挑む男の顔に、熱弁する姿に、ふむ、と黒羽は顔を上げる。
「甘言で繕い面と向かいもせず、効くのだという口上のみで薬に手を加えもしない薬師など薮以外の何者でもない」
影朧・薬師が唇を結ぶ。饒舌がなりを潜める。変じていく気配に構わず、黒羽は唇を開く。言葉を、紡ぐ。
「この人は、 相手の話を聴き、その裡を引き出し、掬い上げる事に長けている人だ」
亡霊を引き連れる薬師などとはあまりに違う。
「ロカジさんは本物の薬師ですよ。在り方も含めてね」
真っ直ぐに見据えた先、影朧の纏う気配が変わった。跳ね上がった殺意と共に、くふ、くふふふふ、と歪んだ笑みが耳に届く。
「あぁ、ならば、ならばならば。その本物とやらも私の薬に沈んで頂きましょうや。貴方様と一緒に、えぇ、先生方と同じこちら側へと」
招きましょう、と告げる。指の隙間からどろり、と何かが零れ落ちる。
「さあさ、先生方。薬を此処に」
「——来ますよ」
黒羽が先に告げる。息を落とす連れの横顔に、ロカジは喉奥で笑った。
「すまないね、黒羽。カッコいいとこ見せちゃって」
たっぷりと、黒羽が眉を寄せる。烏の羽翼がぴくり、と揺れた。
「見直しましたと言いかけたのですが、今の一言で台無しになりました」
「ケケケ!」
カラカラと変わらず笑う人が、刀を抜く。肩に担いで見せた姿は相変わらずの長身で。見上げる先にあった。
「嘘ですよ。ロカジさんがかっこいい事等、とうに知っています」
「——黒羽?」
パチ、とロカジが瞬く。どうかしたのかと——いっそ、熱でもあるのかと言いたげな顔に、む、と黒羽は眉を寄せた。
「……なんですか。俺だって褒める時は褒めます」
ほら、と迫る亡霊を前に、黒羽は霊符を躍らせる。バサバサ、と舞い上がった『縹』の符が、氷結を纏っていく。
「さっさと偽物倒しますよ」
『屠』が齎すのは氷点下の冷気。咆吼と共に踏み込んできた亡霊たちの動きが——止まる。
「ル、ァア、ァアアアアアア!」
踏み込みが、跳躍が。縫い付けられたように動けない。動かない。獣の面を被らされ、四肢を異形に変じた亡霊たちが、その叫び声さえ凍り付いていく。
「先生方、動きなさい。薬であれば、まだだ……! 輪廻転生の秘薬よ、天壌無窮の霊薬よ!」
「――毒も薬もおなじこと。薬師の真髄を見せてやるよ」
指先から、零れ落ちる薬師の力が空間を変えようとしていく。だが、構わずロカジは駆けた。亡霊達の間を駆け抜け、追いすがる手は、爪は黒羽の紡ぎ冷気が凍り付かせた。
「足止めするので、後は頼みます。ヘマしないで下さいね」
冷気から生まれた氷の花群が、亡霊たちを縫い付けていく。
背に届く声に、ありがとう、は全て終わった後に。今はただ、一足、加速する。
「このお医者の薬はね、よーく効くんだよ」
刀に塗り込めた軟膏は生きるか死ぬかの劇薬。
接近に、ぶん、と振り下ろされた番傘を払い上げ、返す刃を薬師へとロカジは沈めた。
「瀕死なんて苦痛は負わせねぇさ」
「ッグ、ァア、ァアアア!? な、これ、は、あ」
キン、と刃が影朧の奥——その核に届く。薬を、と呻く声が、だが身を結ばない。この一撃で崩れ落ちる程、影朧とて柔くは無く——だが、瀕死に至れぬ以上、薬も使えまい。ただ、この傷を負いながら、切り結ぶのだ。
「さぁ、続きと行こうか」
あんたの為に時間なら、たっぷり取ってやるからと。ロカジは静かに告げた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
英比良・與儀
ヒメ(f17071)と
薬程度で死ぬわけねェだろ、生きてる
しかし、まずい薬だったな
良薬は口に苦しというが
今なら甘いもんでも食べれそうだ
ああ、珈琲楽しみにさっさとやるか
ところでヒメ、あんな作家の亡霊つれた薬師をどう思う
俺にはまっとうな薬師には見えねェなァ
数ひきつれても、能が無けりゃ意味もない
ま、俺には優秀な編集、もとい従者がついてるがな
……そこでドヤんな(まったく、といつもの調子に笑って)
亡霊相手もめんどくせェなァ
あの薬師をどうにかしねェとってことか
ヒメ、前は任せる
攻撃する隙を見つければ水を放って援護
妖しい薬飲まされた分、やりかえしてやれ
あいつ倒すまでに何食いたいか考えとく
美味いもん作ってくれよ
姫城・京杜
與儀(f16671)と
與儀、生きてるよな!?(真っ先に
よかった…死なないの分かってるけどっ(ほっ
あぁ、見た目美味しそうだったから尚、不味く感じるぞ…
後で口直しの珈琲淹れるからな!
俺、あまり薬の世話とかなんねェからなぁ(丈夫
この薬師が胡散臭いってのは分かるけどな
おう、超優秀な編集の俺に任せとけ!(ドヤる脳筋編集
有象無象の作家も、できる編集の俺が燃やしまくるぞ!
怪しい薬丸ごと纏めて敵燃やしつつ、近くの敵は焔連ね握る拳でぶん殴る
けど俺が担当して世話焼くのは與儀だけ
與儀に近づく敵は最優先で焔紅葉放ち妨害し斬り刻む
うう、演技でも、與儀が死ぬのは何度やっても慣れねェ…
さっさと終わらせて美味い飯作るからな!
●黄泉比良坂 にはまだ遠く
冷気と剣戟が、戦場を彩っていた。番傘を古い、打ち合った薬師の身には既に少なくは無い傷が見える。それでも、流れるのは赤い血ではなく紫の蝶であった。煙めいたそれに、部屋で感じた毒と同じ気配を感じて姫城・京杜は唇を引き結ぶ。
「與儀、生きてるよな!?」
「薬程度で死ぬわけねェだろ、生きてる」
真っ先に聞いた先、與儀はため息交じりにそう言った。そう簡単に死ぬわけも無い。それは、與儀の守護者たる京杜にも分かってはいることだ。だが、分かっていることと、納得はどうしたって違ってくる。
「よかった……死なないの分かってるけどっ」
ほ、と息をついた京杜に、僅か瞳を細めた主は、何度目か知れぬ息を落とした。
「しかし、まずい薬だったな。良薬は口に苦しというが、今なら甘いもんでも食べれそうだ」
細めた瞳の所以は知られぬまま。
思い出した味に眉を寄せる。実際、なんとも言えない味をしていたのだ。毒だと言われれば確かに、と納得できるような品ではあったのだが——饒舌に薬師が語るのであれば、あと少し改良の余地は無かったのか。
「あぁ、見た目美味しそうだったから尚、不味く感じるぞ……。後で口直しの珈琲淹れるからな!」
ぱ、と顔を上げた京杜に、その常と変わらぬ様子に、ふ、と吐息一つ零すようにして與儀は笑った。
「ああ、珈琲楽しみにさっさとやるか」
迫る気配が、強くなってきている。ふふ、ふふふ、と笑みを零す薬師の周り、空間が歪み再び亡霊達が姿を見せているのだ。あれは、薬師が中心となって己の因果で呼び寄せたものだろう。顔の無い亡霊達は、アァアア、ァアアア、と声を歪ませ、ゆらり、ゆらりと体を揺らす。
「ァア、アアア」
「リ、ァア、ァアアア……リガ、締め切リ、ガ、ァアアア……」
「……」
いまひとつ、と與儀は思うのだ。いまひとつ、緊張感というものが足りないと。亡霊に殺気は十分。敵意も間違い無く感じる。傍らの京杜は拳を握り、いつでも踏み込めるように構えは取っている。
(「間違いねぇだろうな。アレは、そういう類いの亡霊だ」)
倒しきれるタイプでは無い、沸く因果を持つ者。——なのだが、要所要所、聞こえて来るのがあれだ。
「締め切リ、ガ……」
「ァアア、ア、マダ、ダ、……ァア、終わっテ、ァア……」
締め切り。締め切り。
いや、まぁ先生方と言っている時点で、あの薬師の薬が理由で死んだ作家達ではあるのだろうが。
「ところでヒメ、あんな作家の亡霊つれた薬師をどう思う。俺にはまっとうな薬師には見えねェなァ」
「俺、あまり薬の世話とかなんねェからなぁ」
與儀の言葉に、京杜は少し考えるようにしてから言った。何せ、丈夫なのだ。まっとうな薬師、と言われると悩ましいが、間違い無く分かることはある。
「この薬師が胡散臭いってのは分かるけどな」
気配、だ。笑う声も、浮かべる笑みも中身が無い。滲むような殺意だけを感じる。——そう、敵意では無く、殺意だけを。
(「例えば、殺すということだけを——……」)
その先へと、辿りつきそうだった思考に與儀の声が届く。
「数ひきつれても、能が無けりゃ意味もない。ま、俺には優秀な編集、もとい従者がついてるがな」
「おう、超優秀な編集の俺に任せとけ!」
その言葉に、京杜は笑みを見せた。そう、天才少年作家先生の編集殿はやや脳筋なのである。
「……そこでドヤんな」
まったく、と息をついた與儀の耳に、ォオオオ、と亡霊たちの声が届く。ふ、と息を零す薬師が笑う。
「真っ当ではないとは、ふふ、ふふふふふふ。これはこれは、困ったこと。それでは、私の薬に浸り、信じて頂かなくては」
蕩ける程に私の薬に。
笑うように告げた薬師の指先から、薬液が零れ落ちる。空間が歪み、亡霊たちが獣の面を被っていく。
「さあ、さあ先生方。参りましょうや。参りましょうや!」
「ルァア、ァアアアアア!」
咆吼と共に、四肢を獣に変じた亡霊が駆けた。たん、と強い跳躍にいち早く動いたのは京杜だ。ゴォオオ、と唸る焔が與儀へと届く前に亡霊を焼き尽くす。伸ばした腕が消え落ちるのを見送れば、馴染みのある炎が與儀の頬に熱を添えた。
「……」
ひら、と紅葉が舞う。
「亡霊相手もめんどくせェなァ。あの薬師をどうにかしねェとってことか」
一体、二体で済めば良い話ではあったが——如何せん、数が多い。息をひとつ吐いて、與儀はゆるりと手で空を撫でた。
「ヒメ、前は任せる」
舞い踊るは水。雨に似た水滴は、與儀の掌、寄り添うように形を得て放たれた。
「ルァア、ァアアアアア……!」
亡霊が押し流されれば、向かうべき道が出来る。
「——おう」
声はひとつ。今は、その顔を見ること無く声を道標に京杜は一気に前に出る。踏み込めば、その分、亡霊達が来た。獣じみた跳躍に、打ち上げた拳が焔を喚ぶ。
「舞い踊れ紅葉、我が神の猛火に」
炎熱と共にひら、と紅葉が舞った。床に触れるより先に、打ち破った亡霊を置いて一気に薬師の間合いへと京杜は行った。
「は! 私をその焔で燃やし尽くすと!」
バン、と番傘が派手な音を立てて開く。生ぬるい空気と共に亡霊が湧き上がり——だが、京杜を掴むより先に、水が届いた。
「妖しい薬飲まされた分、やりかえしてやれ」
「あぁ!」
演技でも與儀が死ぬのは何度やっても慣れなかった。その痛みを、胸の奥に残る思いに今は拳を強く握り——叩き込む。
「っく、ぁああ!?」
番傘を焔で跳ね上げ、払う拳から一発、至近から叩き込んだ一撃に薬師が吹き飛ぶ。紫の蝶が舞い上がり、姿を見せていた亡霊達が消えていく。
「さっさと終わらせて美味い飯作るからな!」
は、と息を吐き、次の構えを取りながら京杜は告げた。
「あいつ倒すまでに何食いたいか考えとく。美味いもん作ってくれよ」
その姿に、小さく笑うようにして柔く、與儀は頷いた。京杜の背を、見守るように。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
南雲・海莉
未完の原稿を抱えて死ねるほど作家としての業は浅く無くてよ?
(演技と毒耐性で無効化)
茶に不純物を混ぜるなど
主人公が聞いたら怒るところ
そう、
「一服の煎茶、ただそれだけが導く
沈黙の後の一言こそ全てを詳らかにせん」
(朗々と謳い上げ、亡霊を威圧しつつペンを突きつけ薬師に歩み寄る
歌唱の肺活力+演技+存在感+パフォーマンス+おびき寄せ)
「故に茶を汚す者は去ね!」
(距離を詰め、ペンを顔に突き付ける『フェイント』
逆手でUCを発動して薬丸を渡す手を封じるのが本命)
(早着替えの要領でペンを刀に持ち替え)
描く作品以上に作家が過載積なの
(舞い、かわし、敵を打ち払う
自身で戯曲を紡ぐように
ダンス+見切り+残像+薙ぎ払い)
●綴る道行きその先に
剣戟の狭間、焔が舞った。熱を帯びた戦場に、亡霊達が崩れ落ちる。アァア、ァアア、と獣じみた呻き声を零し、その形を失いながらも薬師の指先ひとつでまた姿を見せる。——湧き上がる、という方が言葉としては正しいのか。
「さぁ、先生方。皆々様をこちらへとお招き致しましょう。一度で足りぬのならば、もう一度。飲み干して頂くだけのこと」
饒舌に告げる薬師の体からは、紫の蝶が零れ落ちていた。肩口に、腹。腕の残る傷はそのままに血さえ流さないのは薬師の妙技か、その身故か。白い指先を踊らせ、私の薬をと微笑む薬師に南雲・海莉は口にした毒を振り払う。
「未完の原稿を抱えて死ねるほど作家としての業は浅く無くてよ?」
痺れも無ければ、苦痛も無い。
相変わらず嘆く亡霊達を真っ直ぐに見据えた。(「茶に不純物を混ぜるなど、主人公が聞いたら怒るところ」)
そう、と薄く唇を開く。言の葉は迷い無く生まれた。
「一服の煎茶、ただそれだけが導く。沈黙の後の一言こそ全てを詳らかにせん」
朗々と謳い上げ、海莉は前に出た。ァアア、ァアアア、と呻く亡霊たちへと、ピン、とペンを突きつけ威嚇する。
「ァアア、ァアアアアアアア」
「ル、ァア、ァアアアアアアアアアア!」
ゆらり、ゆらりと蠢いていた亡霊たちが、踏み込みに反応するように手を伸ばしてきた。ひゅん、と振り下ろされる指先は獣のそれに似ていた。一撃に海莉は、タン、と床を蹴る。突き立てたペンに構わず来る亡霊に、身を逸らす。狙いは別に亡霊達では無いのだ。その奥に居る本命。犯人。
「おや、来られますか。それだけを手に!」
「故に茶を汚す者は去ね!」
最後の間合いは、踏み込みで一気に詰めた。ヒュン、とペンを顔に向ければ、は、と笑う薬師が番傘を開く。パン、と硬い音共に、ペンが海莉の手から浮く。
「軽いですね」
「——そうね」
薬師の言葉に海莉は頷く。肯定する。
吐息ひとつ、零すようにして微笑み薬師の手を——取った。
「は……?」
「汝、生けるものを聖別し、祝福するものよ。彼の者を炎にて清め、我と繋げ」
逆手にて掴んだ理由はただひとつ。相手が薬師であり、己が薬丸を使うというのであればそれを使う「手」を封じれば良いだけのこと。手にしたヤドリギの種が薬師に触れ、爆煙と共に薬師が蹈鞴を踏む。
「この程度で、私の薬を封じたつもりですか。甘いでしょうや、この程度私には……っ枝、が!?」
ただ、手を繋いだだけではない。その程度で、安心はしない。絡みついたのはヤドリギの枝。祝福を紡いだ娘は、指先から零れ落ちたペンの代わりに刀を抜く。
「描く作品以上に作家が過載積なの」
深く、深く刃は沈む。避けることも出来ぬまま薬師の手から丸薬が零れ落ちた。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
清史郎と
はい口直し!と解毒剤入団子分けて一口
全て済めば、今度こそまったり美食求めて羽伸ばしたいな――鬼ごっこに魘される事なく!
そしたら作家になりきる迄もなく、自然と良い思い出も綴れる筈(笑って)
ああ清史郎、一気に転結と畳もう
変眩で霊も薬師も纏めて牽制
闇で輝き奪う目潰し
毒や水で薬効相殺し阻害
更に早業や2回攻撃で手を重ねつつ清史郎と連携
多重攻撃にも共に残像散らし撹乱
霊を斬り払ったり見切りで掻い潜り、薬師の隙狙い合わせて一撃
刃には意趣返しの毒仕込――アンタも味わえ
生憎と俺は、人気作家サンのよーな雅趣に富んだ物語は紡げない
が、悪夢にさくっと終止符打つぐらいは成そう
そんで生み出すなら楽しい話を何編でも!
筧・清史郎
伊織と
有難う、と解毒団子口にし
ああ、早く済ませて、甘味を心行くまま食べたいものだな
作家先生の食レポも俺的には興味があったのだが(くすりと
物語は終わらせてなんぼだと言うが
この茶番の結びを共に綴ろうか、伊織
扇開き解かせ桜花弁に
桜吹雪で範囲攻撃と共に敵の目眩ませ
伊織と連携し敵の隙をつき、抜いた刀で斬撃を
敵の瞳には注視、輝けば警戒
手数増えようとも、当たらなければ何ら問題はない
敵の攻撃は確り見切り躱し、残像駆使、扇で受け流す
鬼編集としては、この薬師の筋書きは三流、没だな
雅趣も良いが、俺達は俺達の物語を綴ろう
甘味が沢山味わえる、愉快で美味なものが良いな(微笑み
その為にまずは、この茶番を完結させようか、伊織
●辿りつく為の物語
その地を、戦場と只言うにはあまりに異常であった。剣戟の狭間、火花が散り、炎が舞う。凍り付いた空気が次の瞬間、パリン、と消える頃には亡霊たちはかき消え——だが、またすぐに姿を見せる。
(「引き寄せられているのか。この地と、薬師なる男に」)
因果が其処にある。
細い、糸のような何かを感じながら筧・清史郎は息を落とした。
「ァア、ァアアアアア」
「メり、が……切りが、ァア、ァアアアア」
「……ふむ」
途切れ途切れに聞こえる言葉は、締め切り、で間違い無いだろう。書けるようになるという薬でも、結局、其処には至れぬまま『先生方』は留められたか。
「苦しむ侭に、か。まぁ、書けてないのだろうな」
「——う、そこになる……なるよなぁ。ひとまず、はい口直し!」
解毒剤入りの団子を清史郎へと分けると、呉羽・伊織は、戦場を、亡霊たちとその向こうに立つ薬師を見据えた。笑みを浮かべたままの薬師からは、紫の蝶が零れ落ちていた。あれは血の代わりか。
「全て済めば、今度こそまったり美食求めて羽伸ばしたいな――鬼ごっこに魘される事なく!」
「ああ、早く済ませて、甘味を心行くまま食べたいものだな」
何せ、最後に口にしたのは見事毒入りの菓子に茶だ。四季の館ほどの地で、それだけで終わるのは勿体ない。
「そしたら作家になりきる迄もなく、自然と良い思い出も綴れる筈」
笑って告げた伊織に、清史郎はくすり、と笑みを見せた。
「作家先生の食レポも俺的には興味があったのだが」
「そう?」
「——あぁ」
笑い交わす言葉は軽やかに。狭間に聞こえてくる亡霊の声が、忘れてくれるなと響く。ふ、と落とした息は二人重なって、なに、と清史郎は緩く笑みを結んだ。
「忘れてはおらんさ」
「そ。ちょっと、締め切り以外の話をしていただだけでさ」
アア、ァアアア、と呻くように聞こえていた声は、獣じみたそれに変わっていく。
「ァア、アア」
「ルァアアアアアアアアア!」
ァア、と最後、濁った声を響かせると同時に亡霊達が、床を蹴った。一足、踏み込みは加速する。ひゅん、と突き出された手に、二人は身を飛ばした。
「物語は終わらせてなんぼだと言うが。この茶番の結びを共に綴ろうか、伊織」
「ああ清史郎、一気に転結と畳もう」
長く囚われたままの亡霊達も、皆、此処で全てを終わりとする為に。
トン、と床を叩く。ひらりと躍らせた指先に、伊織は暗器を落とした。
「自由気儘が取り柄でな」
指先に落ちたのは濃い、影。
闇を飛び込んできた亡霊へと、伊織が放てば清史郎は、ひらり、と扇を開いた。
「舞い吹雪け、乱れ桜」
謳うようにひとつ、告げる。手にした扇が解け、ひらり、ひらりと舞い踊るは桜花。乱れ舞う花びらが、伊織の招いた闇の中を踊る。飛び込んできた亡霊たちが一瞬、その足を止めた。闇と桜花の中、行き先を——獲物たる相手を見失ったのだ。
「伊織」
「——あぁ!」
その一瞬を二人が逃しはしない。タ、と踏み込みが重なる。怯む亡霊達を切り払い、その煙の向こうへと一気に踏み込む。
「あぁ、あぁ……! 来られましたが。ならば、輪廻転生の秘薬を此処に。さぁ、先生方……!」
薬師の指の隙間から、とろり、と薬が零れ落ちる。床に触れるその前に、湧き上がった亡霊たちが声を上げた。
「ァア、ルァアアアアアアアアア!」
キィイイン、と絶叫が高く跳ね上がる。元より塗りつぶされた侭の黒い顔が、瞳の瞬きを得て変質していく。長く伸びた爪が床を滑り、獣の跳躍が叩き込まれた。
「ルァアアアアアア!」
「グルァアアアア!」
ヒュン、と来た爪に、清史郎が足を引く。続けざまに二度、重ねてきた一撃が浅く腕に届き、チリ、と鈍い軋みに似た痛みが届く。
「ルァアアアアア!」
「味を占めた、か。だが——……」
穿つ腕からそのまま、払うように届いた亡霊の爪が切り裂いた筈の清史郎が、桜の花びらとなって消える。——残像、その言葉を口にしたのは薬師であった。
「手数増えようとも、当たらなければ何ら問題はない」
「そういうこと」
ヒュン、と肩口に残る傷を置いて、伊織も残像を散らす。清史郎より僅かに傷が多いのは、亡霊達の輝きを奪うように動いていたからだ。——だが今、牽制はなった。
「ァア、ァアアアア——?」
亡霊の動きが止まる。薬師までの道筋が出来る。ならば、行くだけだ。
「刃には意趣返しの毒仕込――アンタも味わえ」
迷わず伊織は薬師へと刃を沈めた。グラ、と身を倒し、そのまま逃げるように足を引いた影朧へと清史郎の一刀が届く。
「これ以上……!」
受け止めるように来た番傘に、刃を返す。滑らせるようにして肩口を払った。
「ッグ、ァアアアア……!」
バサバサ、と傷口から蝶が舞った。血の匂いは遠く——だが、ひどく甘ったるい。毒に似た香りがする。実害は無いがこれは、先に飲まされた毒と同じ。
「鬼編集としては、この薬師の筋書きは三流、没だな」
切っ先から逃げるように身を飛ばした薬師を清史郎は見据える。ギリ、と唇を噛んだまま、答えの無い影朧を伊織は見据えた。
「生憎と俺は、人気作家サンのよーな雅趣に富んだ物語は紡げない。が、悪夢にさくっと終止符打つぐらいは成そう」
「雅趣も良いが、俺達は俺達の物語を綴ろう。甘味が沢山味わえる、愉快で美味なものが良いな」
微笑んで告げる清史郎に、伊織は笑った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ライラック・エアルオウルズ
類さん(f13398)と
良く書ける様でもなければ、
輪廻の手前に縛られている
やれ、とんだ粗悪品だな
貴方こそと問い返すのは、
心強くある姿には野暮かと笑い
なに、毒なぞ気付け薬の様な物さ
“取材”の手伝い宜しくね、類さん
さて、と――
飲む方が悪い何て口振りだが、
副作用を語ってはいないだろう?
薬師なら、人の為、とすべきでは?
懐から手帳を出し、
取材の如くに問い掛けて
煙散る隙突く様に獣仕向け、
手足狙い喰らう行動妨害
妨害叶えば、手帳の頁上
筆写した魔法の詞なぞり、
《属性攻撃:氷刃》放ち
不意討つべく鏡面跳ねさせ、
背から薬箱諸共突き刺しに
彼に得た春を分ける訳も無い
薬師に綴る終章は花奪う冬嵐
終の時、左様なら、と結びゆこう
冴島・類
ライラックさん(f01246)と
喘ぐ作家さんの霊の姿に思わず嘆息
生まれ変わるとは、随分な口八丁
ライラックさんにおはようを告げて
毒…大丈夫ですか?
背の防御と亡霊さん達の相手はお任せを
様子に安堵し、僕も目覚めは良い方で
あなたの筆も脚も、阻ませませんから
彼の取材を邪魔されぬよう
薬師の紫煙は、薙ぎ払いの風で散らし
また、写し喚び操り
対作家さん達へは破魔の力乗せ
攻撃を反射、光に転じたい
脱稿明けの朝日には負けるかな…
もう眠って良いんですよ
残りは、ライラックさんが魔法放つ氷刃が
狙う先に邪魔されず届くよに
跳ねさせる手段に使い
大事に背負うた其れへ
紡がれた冬が、到る
骸積み上げた薬師の幕引き
ペン先が綴る終わりを、側で
アルバ・アルフライラ
ほう、私相手に良く効くと嘯くか
ふふん、面白い
ならば私をその毒で殺してみせよ
…貴様に出来るならば、だがな
大人げない薬師マウントはさて置き
まあ油断の出来ぬ相手に相違なかろう
ならばと用意したトランクを投げ
中より解放した【刻薄たる獣】を嗾ける
ええい序でに邪魔な亡霊共も蹴散らしてしまえ
締切が守れぬからと謎の薬に頼るでないわ、阿呆!
攻撃され、獣がかき消されようとも
トランクを石突で突いて高速詠唱を施せば
幾らでも召喚可能故
ふふん、我が憎悪に従順な下僕共だ
貴様の従える亡霊より幾分もマシな働きをしてくれよう
私は泰然自若
何人たりとも私を侵す事は出来ぬ
貴様の毒なぞ私には薬にもならぬ
一度骸の海に落ち、出直してくるが良い
●良薬妙薬口に溶けて
どろり、と舞い上がった蝶が崩れ落ちた。紫のそれは、紫煙に似ていた。薬師の肩口、腕、胸からと零れ落ちるのは血の変わりか。最早、血も流れぬのか。二度、三度と身を揺らし、それでも、アァ、と薬師は笑みを浮かべていた。
「それほどに、皆々様、私の薬が足りぬと。気に入らぬと仰るとは。あぁ、ならば、なればならば、ひとつと言わず二つ三つ、全てご用意致しましょう」
ゆらり、と起こす身を一つ。傾ぐ首は常人ではあり得ぬ位置まで一度曲がり——、鈍い音と共に戻る。あぁ、と零す吐息が笑みを滲ませる。
「蕩ける程に、良く効きましょうや」
「ほう、私相手に良く効くと嘯くか」
甘く、囁くように響いた薬師の声に、アルバ・アルフライラは顔を上げた。薬師の瞳が緩やかに弧を描く。滲む喜悦は、最早隠す気も無いのか。薄く開いた唇の中、赤い舌が獲物を見つけた蛇のように動く。
「——えぇ、それはもう。よく」
「ふふん、面白い」
狡猾を見据えたか。その程度、と笑うようにしてアルバは微笑む。吐息ひとつ、零すようにしてひどく美しい笑みを浮かべて魔術師は告げた。
「ならば私をその毒で殺してみせよ」
「——」
ひゅ、と薬師が息を飲む。小さく目を瞠った様をアルバは見る。こちらの言葉を提案と見たからでは無い。正しく、挑発と受け取ったからこそ、影朧・薬師はその顔に笑みを被り直す。柔い、人受けのする笑みを。
「殺してみせよとは。また、これはまた! 面白いことでしょうや」
「……貴様に出来るならば、だがな」
ふ、と息を落とし、肩を竦めたアルバの視界で、空間が歪んだ。軋むようなそれに、薬師が素早く腕を振るった。
「さぁ、先生方!」
ふわり躍るのは紫の煙。歪む空間が、影を落とし人の形を得ていく。
「ァアアアアァアアア」
「ァアアアアアアアアアアア、リ、ガ……!」
亡霊たちだ。
黒塗りにされた顔で、呻き声を上げる亡霊たちへと薬師は手を伸ばす。誘いを告げる。
「あの方も、さあさこちらへ招きましょうや」
「ァアアアアア!」
咆吼は、応えか。
ゆらり、と一度、身を揺らした亡者たちが一足に加速する。亡者の波にでもなる気か。そのまま、一気に飛びかかろうとする屍たちに構わず、アルバは用意したトランクを投げた。、
「喰ろうて良いぞ、私が許す」
告げる言葉はひとつ。只それだけがあれば——トランクは、ひとりでに開いた。ゆるり、ゆらり影のように匣の中に封ずる災厄が身を起こす。
『 』
その咆吼は声であったか、空間さえ散らす『何か』であったか。凡そ常人には理解出来ぬ音を響かせ、刻薄たる獣は戦場へと駆けだした。
「は。これはこれは、感情の獣を有するとは! ですが、えぇ、先生方がおりましょうや」
先生、と薬師が告げる。囁くようなその声と共に、一撃、払われた筈の亡霊たちが起き上がる。
「リガ、ァアアアア、シメ、締め切リ、ガ……!」
「……」
その呼び方は大体なんだ、とか。どこぞの小説で悪役が用心棒なり何なりを呼ぶようなものではないか、と言いたいことは山のようにあった。——そう、いっそありすぎる程に。
「アァアア、ァアアアア、ま、ダ、仕上がッテ無イダけで……」
「か、書けナイ訳デハ、ァア、ァアアア、朝ガ、締め切リガァアアアア」
五月蠅い。有り体に言ってしまえば、なんかもう叫ぶのか嘆くのか、獣なのか亡霊なのかいい加減にしろ、という奴なのだ。
「ええい序でに邪魔な亡霊共も蹴散らしてしまえ。締切が守れぬからと謎の薬に頼るでないわ、阿呆!」
「アァアアアアアアア!」
その叫びは、匣の中に封ずる災厄に引き裂かれた故か、それともアルバの正論の前に崩れ落ちたのか。煙のように消えていく亡霊たちに、は、と薬師が口の端を上げた。
「困ります。困ってしまいましょうや。あぁ、先生方、まだにございましょう? さぁ、輪廻転生の秘薬を此処に。——終わってはいらっしゃらないのでしょう?」
さあさ、さあさ、と薬師が笑う。指の隙間から零れ落ちた薬が空間さえ歪ませる何かを有していた。ふつふつと、煮え立つ鍋のように亡霊達が湧き上がる。ぬるり、と立ち上がったその時から、塗りつぶされた顔に瞬く瞳が見えた。
「ァアアアアアアア!」
ギ、と床をひっかくように伸びた爪が、重なり合うようにして刻薄たる獣に届いた。ずぷり、沈み込むようにして獣が解ける。キン、と爪で床を叩くようにして亡霊が立ち上がった。
「ァア、ァアアアァアアアアア!」
「ふふ、くふふふふ。あぁ、如何でしょうや! 私の薬、これにて貴方様を蕩ける程に溶かし尽くしてこちらに招きましょう——……!?」
饒舌に告げる薬師の言葉が、ひくり、と止まった。亡霊が引き裂かれたのだ。ひゅ、と息を飲む薬師の視界に映ったのは、先に一度、倒した筈の刻薄たる獣の姿。
「ふふん、我が憎悪に従順な下僕共だ」
トランクを石突で突き、施した高速詠唱は空間さえ歪ませる。多重展開した魔方陣を薬師程度に見せる気も無く——見えることも無かったか。
「貴様の従える亡霊より幾分もマシな働きをしてくれよう」
「な……!?」
反射的に薬師が身を引く。避けるように亡霊達を前に出す。だが、獣は追う。高い跳躍は薬師が描いた結界の中、天井さえを書き足してアルバが憎悪を抱いた対象を——追う。
『 』
音なき咆吼が空間を震わせた。振り下ろされる爪が、食らいつく牙が薬師に届いた。
「ッグ、ァアアアアア!? こん、な、こと。私は……ッツ」
「私は泰然自若。何人たりとも私を侵す事は出来ぬ」
身を傾ぐ薬師を前に、アルバは悠然と告げた。
「貴様の毒なぞ私には薬にもならぬ。一度骸の海に落ち、出直してくるが良い」
「——っ、そんなもの、そんなこと。そのようなものに、私が従う、理由など——!」
我が薬さえあれば、と薬師が叫ぶ。床を足で叩く。鳴動する空間から湧き上がった亡霊たちが呻き声を上げる。
「ァアア、ァアアアアアアアア!」
長く尾を引くような咆吼と共に、薬師は背の箱を開く。認めない、と低く告げる。
「私の薬を以て、全てを覆して見せましょう矢。えぇ、えぇ。皆々様とて、逃れられぬ程の薬にて」
乾き、漬し、そうしてそうして。
「こちらでお役に立ちましょう」
だが、その饒舌を押しとどめる声がひとつ、響いた。
「良く書ける様でもなければ、輪廻の手前に縛られている」
声は静かに。決して荒げられる事は無く——だがそれ故に、よく響いた。
「やれ、とんだ粗悪品だな」
●花に嵐の
「粗悪品とは……、これは、これはこれは。私の薬を粗悪品と!」
眉をつり上げた薬師の肩口から、ぼろり、と蝶が落ちた。紫の煙が零れ落ち、舞い上がる蝶は血の変わりだろう。ぼろ、ぼろ。ばたばたと落ち——だが、床に触れるより先に舞い上がる。その行き先を見送ることなく、ただライラック・エアルオウルズは薬師を真っ直ぐに見据えた。
「何か、齟齬でも?」
「……」
静かな問いかけであった。声は冴島・類の知る声であり、だが、どこか彼の綴る物語に触れているような気分になる。——なるのだが。
「ァアアアアアアアア」
「ァアア、アア、アア、ヤバい、駄目ダ、ぁあ、あ、まだ、ま、ァアアアア」
「……」
亡霊たちが、こう、なんというか絶妙に五月蠅い。彼らは此処に囚われているのだろう。薬師を基点に、起因に呼び起こされる怪異に近い。締め切りが守れずに、薬師の薬に手を出し、そうして噂の書ける作家になることも出来ずに繋がれている。——結局、書ける作家になるイメージを自分に持つ事は出来ないまま。
「締め切り、ガ、ァアア、ァアアア」
「生まれ変わるとは、随分な口八丁」
ため息ひとつ。顔の無い亡霊たちは、それでもひどく饒舌であった。
「おはようございます。毒……大丈夫ですか?」
そっと類は傍らを見る。
「背の防御と亡霊さん達の相手はお任せを」
出会う瞳の紫は、ふ、と緩められ笑みを結んだ。
「なに、毒なぞ気付け薬の様な物さ。“取材”の手伝い宜しくね、類さん」
柔らかに細められた瞳に、ほ、と小さく息をつく。毒が響いている様子は無い。吐息一つ零すようにして、類は微笑んだ。
「僕も目覚めは良い方で。あなたの筆も脚も、阻ませませんから」
さぁ、では。と先んじて刀を短刀を抜く。立ちこめる紫煙を、類は抜刀にて払う。短刀とて侮ってくれるな。ヒュン、と空を切り裂けばなぎ払う風が戦場を駆けた。舞う蝶が散る。
「——あぁ、これは。これは。困りますねぇ」
「困る、か」
薬師の瞳が、その意識が完全に類に映るその前にライラックは声を投げた。
「さて、と――。飲む方が悪い何て口振りだが、副作用を語ってはいないだろう?」
それはひとつの、問いであった。薬師がぴくり、と眉を上げる。
「薬師なら、人の為、とすべきでは?」
懐から取り出した手帳を手に、取材のように問いかければ、二度、三度と瞬いた後に薬師は——笑った。
「くふ、ふふふふ、ははは! えぇ、えぇ。人の為ですとも! 私が愉しみ、皆々様も一縷を得る。副作用は……エェ、ほんの少し伝えるのが遅れただけのこと」
さぁ、先生方。と薬師が告げる。喜悦を舌に載せ、飲み干すようにして笑う。
「今こそ参りましょうや。招きましょうや! 全て、全て、私の手の——!」
中に、と。そう、傲慢に告げる気であったか。だが、言葉は返された。——そう、 ライラックの言葉は問いかけであり、文豪というものは、言の葉を操る。支配され、引き寄せられ、それでも言の葉というものと、共にある。
「飽くなき好奇に、空く間は永遠に」
手帳の上を指が滑った。空間が歪み、舞い上がる紙と共に『好奇心』なる怪物が姿を見せた。
「な……!?」
獣は迷うことなく、薬師へと向けて駆けた。跳躍は亡霊たちの間を縫い、行く。この地に、外界の獣が二種もあれば、凡そ、薬師に起因する亡霊だけでは押さえ込めはしない。
『 』
声は無かった。ただ、その空白を知覚する。ライラックは理解する。だからこそ、小さな笑みを持って『好奇心』なる怪物を送り出した。
「ッグ、ァアアアア!? 私の腕、が。く、離せ!」
片腕に食らいつき、余った腕を押さえ込むように獣の一撃が届いた。だらり、と薬師の腕が落ちる。紫の蝶たちが舞う。
「先生方! 早く、早く、出番にございましょうや! 私の薬を失っても良いと?」
タン、と薬師が靴で床を叩いた。とぷり、と何か液体が落ちるような音と共に亡霊達が湧き上がる。薬を使えた訳では無い。ならばあれは、亡霊たちを沈み込ませている何か、か。
「ァアア、ァアアアアアアアアアア!」
「締め切りァアアアアアア」
一斉に湧き上がった亡霊たちが、獣のように地を蹴った。波のように一斉にライラックへと向かう。だが、その前に類が飛び込んだ。
「此処に、現れ給へ」
軸線へと手を伸ばす。キン、と小さな音と共に『それ』は姿を見せた。
——鏡、だ。
類の本体。己が軸。
攻撃には役に立たないが、鏡であるが故の因果を持つ。即ち、反射だ。
「ァアア!?」
伸ばす腕が、爪が、転じて亡霊に届いた。弾かれるようにして亡霊が地に落ちる。続く筈の亡者達が咆吼を上げる。
「ァアアアアア!」
ピシリ、と本体が震える感覚があった。傷がついた訳では無い。ただ、その声さえ攻撃だと知る。反射する力はそのままに、類は手を伸ばした。鏡面が光を帯びていく。
「脱稿明けの朝日には負けるかな……。もう眠って良いんですよ」
返す一撃は、目映き光へと変わった。ァアア、ア、と落ちる声が揺れる。亡霊達が足を止める。
「ァアア、アアアア、ノ、光ハ」
「ァアアアアア、終わッタ——……!」
「な、先生方!?」
膝から崩れ落ちるようにして亡霊達が消えていく。焦ったのは薬師の方だ。なんかあれ、絶妙に浄化されていなかっただろうか、と思ったのは類であったか。共に戦場にいるアルバであったか。少しだけ分かるかもしれないな、とこの場にある本業たる作家は、小さく笑う。
「朝が来ただけのこと」
一節、綴るようにライラックは告げる。跳ねたように顔を上げた薬師に、手帳の頁上に手を翳す。ふわり、と空気が揺れ、髪が揺れる。亡霊と呻きに満ちた空気が一瞬、冷気に包まれる。
——ひゅん、と氷刃が飛んだ。
「は、この程度、私が素直に受けると思われては困りましょうや」
パン、と薬師が番傘を開く。身を後ろに飛ばし、喜悦を滲ませ笑う。その瞳に、構わずライラックは静かに微笑んだ。放った氷刃は筆写した魔法の詞。謳い紡ぐより綴り、放つ力は受ける先を知っている。
「大事に背負うた其れへ。紡がれた冬が、到る」
外れたように弧を描いた氷刃が、顕現した類の鏡に出会う。鏡面を跳ねた氷刃が、薬師の背に——届いた。
「——ガ、ァア。ァアアアアア!? なぜ、こんな。ァ……ッ」
薬箱諸突き刺しに、深く深く沈めれば影朧・薬師の核が砕けていく。
(「彼に得た春を分ける訳も無い」)
指先は手帳をなぞる。淡くあった冷気が、薬師を中心に一気に解き放たれる。
薬師に綴る終章は花奪う冬嵐。
「ッグ、ァア、ァアアアアアア」
「左様なら」
ライラックは終の言葉をそう綴り、結びゆく。
砕け散った箱と共にぐらり、と身を倒すようにして『殺人者』薬師は崩れていった。
——ふいに、空間の歪みが消えた。薬師の紡いだ結界が効果を失ったのだろう。見慣れた宿の雰囲気は、冬の棟。客人を迎え持てなす、本来の四季の館の姿。——時々、作家たちの缶詰に使われたりもするが、そこはそこ。骸を積み上げる者はもういない。庭から覗く花が一輪、お疲れ様、と淡く、薫った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵