アルダワ魔王戦争5-E〜眠れぬ君へ
●ミッドナイト・ミットライト
ふわふわのしっぽ。もふもふのおなか。
あまいかおりに包まれて、とろとろと瞼が閉じていく。
このまま眠れたら、なんて幸せなのだろう。
むにゃりと曲がった唇から光が漏れて、ネズミの大きなあくびといっしょにコウモリがころりと転がり落ちていく。
──ああ、こんなにも素敵な夜なのに。
ポットの中にぽちゃりと雫が落ちれば、青い夜が滲んで。
悲しきかな、今日もネズミは眠れない。
●アーキタイプ・ナイトメア
アルダワ魔法学園に眠る、地下迷宮の最深部。
ファーストダンジョンと呼ばれた最も古く、最も広大な迷宮の中にその施設はあった。
蒸気科学と大魔王の魔力を融合させ、より強力な災魔を産み出す実験が行われていた研究施設──造られた研究生物たちの終の住処だ。
「失敗作と呼ばれている所以は、どんな災魔であってもとても分かりやすいようだね」
やあ、親愛なる君。
軽い仕草で挨拶をひとつ、ダンジョンの資料を一瞥したクリス・ホワイト(妖精の運び手・f01880)はさっそくと今回の災魔について話しはじめる。
「この眠りネズミも見た目こそ変わらないけれど……どうやら、不眠症のようだよ」
朝が来ても、昼が来ても。夜が来たって眠れない。
うとうとしたかと思えばまた目が覚めるものだから、眠りネズミの目の下にはうっすらとクマが住んでいるようだ。大体は寝ているはずの災魔でありながら、その有り様では確かに失敗作なのかもしれない。
眠れないせいで体力も半減しているという悲しい現実も付け加えれば、本来ならふわふわなネズミのしっぽも少しだけ萎んで見えてクリスは僅かに眉尻を下げる。
「このままでは、ふらふらとダンジョンから出てきてしまうかもしれないからね。彼らがしっかり眠れるように、少しお手伝いをしてあげてほしいんだ」
幸い、眠りネズミが基本的に無害であるように彼らも危険性はあまり高くない。強いていえば、先へ進むには数が多すぎて、みっちりと道を塞いでしまっているぐらいだろう。
「どんなやり方でもいいんだ。僕だったら……そうだね、ホットミルクを作ってあげようかな」
子守唄を歌ってみたり、アロマオイルを焚いてみたり。
よく眠れるように、もふもふとマッサージをしてあげるのも良いかもしれない。
参考程度にと指折りに例を挙げて、クリスは猟兵を見上げながらそっと微笑みかける。
「──では、よろしく頼んだよ」
手にしていたステッキで床を小突けば、線を描くようにして花のグリモアが現れる。
くるりくるりと舞うような光が一際強く輝いたなら、拓かれた道はダンジョンへと繋がっているだろう。
猟兵が眩い光の中へと消えていく最後まで、クリスは静かにその背を見守っていた。
atten
お目に留めていただきありがとうございます。
attenと申します。
▼ご案内
舞台はアルダワ魔法学園、研究施設での戦争シナリオとなります。
特別強い敵ではありませんが、みっちり狭くなっております。
下記プレイングボーナスなどを上手く使っていただけると、有利に進むことが出来ます。
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プレイングボーナス…… 偏った特徴(上手く眠れない子)への対策
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皆さまの素敵なプレイングをお待ちしています。
よろしくお願いします。
第1章 集団戦
『眠りネズミ』
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POW : おやすみなさい、よいゆめを
全身を【ねむねむふわふわおやすみモード】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
SPD : みんないっしょに、ねむりましょ
【ふわふわのしっぽ】から【ふんわりとつつみこむもふもふのいちげき】を放ち、【今すぐこの場で眠りたい気持ち】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : きらきらひかる、こうもりさん
対象のユーベルコードに対し【吐息からキラキラ光る小さなコウモリたち】を放ち、相殺する。事前にそれを見ていれば成功率が上がる。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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青和・イチ
眠りたいのに、眠れないのは…きっと、すごく辛いね
その上、失敗作とか呼ばれるなんて…災魔とはいえ、可哀想だ
彼らの為にも、僕らの為にも…手伝ってあげよう
寝る時は、温かい方がよく眠れるよね
【迷星】で小さめの炎を喚ぶ
温度と明るさを抑えて…数ヶ所に、焚き火みたいに灯そう
ネズミ達が燃えないよう、適度な位置を選ぶよ
次に…おもちゃのピアノを弾こうかな(※ピアノは得意
鍵盤を、そっと柔らかく叩いて
眠りに誘うような、ゆっくりとした優しい曲を
ちょっと、オルゴールみたいかも
わ、くろ丸(相棒犬)、お前は寝ちゃダメだって
ネズミ達が眠ったら、起こさないようにそっと端に寄せて道を作る
ん、これで通れるかな
…お休みなさい、いい夢を
●グッドバイ・ララバイ
少しばかり近代的で、それでいて退廃的な空気を思わせる迷宮があった。
研究施設と銘打たれたその場所は、かつては蒸気科学と大魔王の魔力を融合させることで成し得る実験が行われていたらしい。けれど、いまそこに残っているのは失敗作と呼ばれた逸れの災魔のみだ。
どうにも既に捨てられた研究のようで、施設にも彼ら以外の人影はない。それ故に──終の住処が暴かれたとき、彼らは動き出すのだろう。
「眠りたいのに、眠れないのは
......きっと、すごく辛いね」
みっちりと。足の踏み場もないほどに詰め込まれたもふもふを掻き分けて、青和・イチ(藍色夜灯・f05526)はその目の下に住まうクマを見下ろす。
眠りネズミとよく似た、けれども眠りネズミにはなれなかった何か。
触れればほんのりと温もりが伝わって、確かにここにいるのだとよく分かる。それなのに失敗作と呼ばれてしまうのは災い魔とはいえ、可哀想でならなかった。
彼らのためにも、そして自分たちのためにも。彼らが眠りネズミらしく微睡みの中に行けるように手伝おうと、イチはそっと夜を映したような藍色の瞳を細めた。
「おいで──、」
そっと囁くように喚び出したのは、迷子の光。
空気が僅かに揺らめいて、イチが指先で宙をなぞればとつとつと青色の炎が生まれていく。普段よりも温度と明るさを抑えた控えめな光は、焚き火のように穏やかに夜を照らしていた。
青白い光が生まれれば、眠りネズミのポットも照らされてゆらゆらと寄る辺なく揺れていた小さな海は静かに凪いでいく。
「次は
......ああ、おもちゃのピアノを弾こうかな」
光に続くように、そっと取り出したのはいとけない作りをしたおもちゃのピアノだ。
まるで内緒話をするように密やかに、そして柔らかに鍵盤を叩いていけば、ゆっくりと眠りに誘う優しい曲が響きはじめる。オルゴールにも似たその響きは眠りネズミの瞼を重くさせるようで、気付けばピアノの音色に合わせて小さな寝息が溢れ落ちていた。
「......くろ丸。お前は寝ちゃダメだって」
くうくうと、しあわせな寝息がいたずらに眠気を誘う。
幼い頃から共に過してきた『くろ丸』が傍らで舟を漕ぐ仕草に待ったを掛けて、イチは小さく笑った。ほら、起きて。
もうピアノの音色が鳴り止んでも、眠りネズミたちは起きないだろう。きっとしあわせの夢の中で、優しい音楽が作り出す穏やかな波間に微睡んでいることだろうから。
そうして眠りネズミをそっと端に寄せて道を作れば、イチは足音を立てぬようにと静かに歩き出す。くろ丸と共に、夢の中の君へさよならを告げて。
「──お休みなさい、いい夢を」
大成功
🔵🔵🔵
クロヴィス・オリオール
へェ、不眠症のネズミ……ねェ。
あまり認めたかねェが、……ちっと、他人事にゃ思えねェかもな。
それも本来ならよーく眠れるハズだったンだろ、お前ら。
……わかるよ。
物凄ぇ眠いンだよな。
寝てねーんだから当たり前だ。
このままなら眠れるかもって気がするンだよな。
なのにずっと、意識を手放すことができないままで……。
はは、何ならこちとら、昨日の夜だってそうだったっつの。
……オレが眠れないときは、…それでも眠りたいときは。
(ユーベルコードを起動、6倍の身長へと姿を変え、辛そうにしている1匹をそっと抱きしめる)
……お前にも効くかどうかは、分かンねーけど。
※誰にも見られたくない姿のため、出来れば連携ナシだと嬉しいです
ふらりふらり、と。
どこか覚束無い仕草で揺れているのは眠気ゆえか、疲れゆえか。みっちりと詰め込まれたまま眠りネズミが小さく舟を漕いでいる様は宛ら漣のようで、既に廃れた研究施設へと足を踏み入れたクロヴィス・オリオール(GamblingRumbling・f11262)は僅かに眉を顰める。
「へェ、不眠症のネズミ……ねェ」
どこか歯切れの悪い呟きが溢れれば、浅い眠りからまた目覚めてしまった眠りネズミと目が合った。ぼんやりとしている様子から敵意は感じられなかったものの、ふらふらと空中を流れてきた眠りネズミのポットを体を使って差し止めてクロヴィスは溜息を吐く。
認めたくは、ない。しかし他人事とも思えない。
「きゅう
......」
「本来ならよーく眠れるハズだったンだろ、お前ら」
うっすらと目の下に住んでいるクマに触れれば、眠りネズミはその温もりを求めるようにそっと追い縋る。
眠りたいだろうに、上手く眠れない。それゆえに失敗作と呼ばれて放棄されてしまった彼らに安穏は訪れない。まるで永遠に続くかのような夜の、なんと息苦しいことか。
「このままなら、眠れるかもって気がするンだよな。なのにずっと、意識を手放すことができないままで
......、」
その夜を、よく知っていた。
だから静かに苦笑を浮かべて、クロヴィスは目を伏せる。
明けない夜ほど寂しいものもないだろう。例え朝日が昇ったとして、それはクロヴィスにとって救いにはならなかった。それはきっと昨日がそうであったように、今日も、明日も、その先も。──だから、せめて。
「......オレが眠れないときは、」
──それでも、眠りたいときは。
ゆらりと空気が揺らめいて、伏したままの瞳を再び開いたときには。既にクロヴィスの視界は高く、妖精らしい体躯であったはずのからだも人間の成人男性と変わらぬほどに移り変わっていた。
そうしてクロヴィスは、片手に収まるほど小さく見えるようになったポットの上で、うつらうつらと現実と夢のさなかで揺れる眠りネズミをそうっと抱きしめる。
「......お前にも効くかどうかは、分かンねーけど」
どうか、今だけは。少しだけでもいいから、優しい夢を見れるように。
そんな思いを込めて抱きしめた眠りネズミはほんのりと温かくて、夢のように甘やかな香りをしていた。
大成功
🔵🔵🔵
榎本・英
こんなにも素敵な夜は、眠らなくても良いと思うのだが
嗚呼。君の目の下は真っ黒ではないか。
眠れないだなんて可笑しいネズミだね。
すっかり萎れて可哀想に。
さて、冬の仲間たちの出番だ。
今回は針も糸も渡さないよ。
このネズミに寄り添って一緒に眠るだけ。
毛糸玉な君たちならネズミも落ち着くだろう。
ころころ、ふわふわ、小さな子たちが戯れる様子はとても癒やされるね。
時折、ネズミの頬を撫でてやり眠りを誘おうか。
今にも眠ってしまいそうな顔
眠っても良いのだよ。
ここには何もないだろう。
何かあっても私も毛玉たちもいるから安心して眠ると良い。
さあ、おやすみ。
私は眠らなくて良いのだよ
寝たら死んでしまうからね
だから君を見守るのさ
「こんなにも素敵な夜は、眠らなくても良いと思うのだが──、」
ふらふらと空中を流れるままに、傍らにそよいだ眠りネズミがいた。
その不安定な動きの、なんと心許ないことか。
「嗚呼。君の目の下は真っ黒ではないか」
手にしていた本を閉じた榎本・英(人である・f22898)が、暮れ泥む双眸で眠りネズミを覗き込む。
本来であれば愛らしいはずの面立ちも、目の下にクマが住んでいては萎れて見える。
きゅう、と小さく鳴いた声にその顎を擽って、英は小さく笑った。
「眠れないだなんて可笑しいネズミだね。すっかり萎れて可哀想に」
ふわふわの毛皮も、どこか元気がない。触れた温もりに追い縋るように目を伏せた眠りネズミを見下ろして、英は考える。こんなときにこそ役に立つ仲間がいたはずだろう。
少しずり落ちた眼鏡を押し上げれば、笑みは静かに深まっていた。
「──さて、冬の仲間たちの出番だ」
安心して良いのだと教えるように、指先が小さな額を撫ぜる。
喚び出されたのは毛糸玉じみた愉快な仲間たちであるが、今回は針も糸も通さない。しかし、変わらず頼もしい仲間たちだ。眠りネズミに寄り添うように毛糸玉が距離を詰めれば、ころころと団子のようにまとまっていく。
そう、毛糸玉な仲間たちにはただ寄り添って、眠りネズミと一緒に眠ってもらうだけでいい。そうしてみっちりと詰めれば、ふらふらしていたポットも安定することだろう。
ころころ、ふわふわと。小さな子たちが戯れる様は眺めている英の心も癒すようで、英は眠りネズミがよく眠れるようにその頬を包み込む。
「眠っても良いのだよ、ここには何もないだろう」
──何かあっても私も毛玉たちもいるから、安心して眠ると良い。
黒ずんだ目の下をそっと揉み込むように、よしよしと頬を撫でれば今にも眠ってしまいそうな顔がゆっくりと微睡んでいく。
暖かい毛糸玉、優しい手のひらと、そこからほんのりと伝わる熱。そのどれもが眠りネズミを脅かすことはなく、失敗作と詰ることもなく、穏やかな眠りへと誘うようで。そして、束の間の安らぎに眠りネズミは落ちていく。
「──さあ、おやすみ」
眠りにつく海は、決して冷たいものではないだろう。
訪れた眠気に誘われるまま目を閉じた眠りネズミの傍らで、英は再び本を開いた。
今は、しばらく。君の小さな寝息がこの耳を擽るまで、見守ろう。
「ああ、私は眠らないのだよ。寝たら死んでしまうからね」
ネズミには秘密にして呉れ、なんて言っては一緒くたにくっついてきた毛糸玉に微笑んで、英は慣れ親しんだ活字へと視線を落とすのだった。
大成功
🔵🔵🔵
黒鵺・瑞樹
アドリブOK
眠れないってのはつらいよなぁ。
俺も精神的にしんどくて眠れないときがあったからよくわかる。健康上は問題起きなくても、こうなんつーか。しんどいんだよな。
しかしまさか村でやってた子守りを使う事になるとは…。
俺ができる寝かしつけっていうと村で幼子にしてた方法なんだが。
しっかりと、でも締め付けるわけじゃなくて、包み込むように抱っこする。
あとは心拍数より少しゆっくり目に背中をトン…トン…ってするぐらいなんだが。
あと眠ったように見えてもすぐに降ろさない。しっかり寝入った呼吸って言うのかな、ちゃんと寝ちゃうとちょっと違う呼吸に変わるから。
ちゃんと寝てくれたら次の子の順番かな。
眠れないというのは、つらいものだ。
まるでいつまでも続くかのように長い夜に苛まれては、例え健康上は問題ないように見えたとして、心がつらいことには変わりない。
ゆっくりと、それでいてじわじわと確実に身体を蝕むような疲弊感には黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)にも覚えがあった。
「俺も精神的にしんどくて眠れないときがあったから、よくわかるよ」
そう、しんどいのだ。
ひともそうであるように、眠りネズミだってそれは同じだろう。
みっちりと詰めるような眠りネズミの中から、ふわりふわりと覚束無い様子で空中を流れてきた一匹の眠りネズミを捕まえて瑞樹は小さく息を吐く。
昔取った杵柄、といえばいいだろうか。しっかりと、それでいて締め付けるのではなく包み込むような慣れた仕草で眠りネズミを抱えた瑞樹は、ぼんやりとこちらを見上げる眠りネズミを見下ろした。
「しかし、まさか村でやってた子守りを使う事になるとは
…...」
息をするように、胸に刻む音よりも少しばかりゆっくりと眠りネズミの背を優しく叩く。
とんとんと叩けばふんわりとした毛に埋もれて、まるで赤ん坊のように少し高めな眠りネズミに体温に触れるようだった。
「──安心して寝ていいからな」
擦り寄るような温度に、そう言って囁きかける。
誰にも怯えなくていい。何も恐れなくていい。この腕の中が安全であることが伝わるように、染み込むように瑞樹は眠りネズミの背を一定の速さで優しく叩き続ける。
その眠たげな目が伏せられても、子守りによく慣れたその身にはまだ完全に眠ったわけではないということがよく分かっていたから。その微睡みが深い眠りへと変わるまで、瑞樹の手は止まらなかった。
そうして。
くうくうとようやく聞こえはじめた寝息に眠りネズミに、完全に眠ったことを察した瑞樹はそっと微笑む。
「さて、次の子もやるぞ」
せめて、みっちりと詰まった研究施設に道ができる程度には。
袖を捲るような仕草で肩を慣らして、瑞樹は空中を流れてきた別の眠りネズミを掴もうと手を伸ばすのだった。
大成功
🔵🔵🔵
旭・まどか
お前も眠ることが苦手なの?
奇遇だね。僕もなんだ
無防備である事を畏怖しているのか
それとも――、安寧が、程遠いせいか
真偽の程は定かでは無いけれど
僕もお前と同じ
この身に降る夜は酷く浅くて、短い
おいで
安眠のコツは他者のぬくもりだそうだよ
僕も最近知ったのだけれど
ひとりで悶々とするよりは良いでしょう?
他人よりも随分と冷えた僕の手
握っていてもお前のぬくもりを奪うばかりだから
腕に抱き抱えたら此奴と共に丸くなろうか
綿しか詰まっていないけれど
僕ひとりよりは幾分かましな筈だ
一定のリズムで上下する背をゆるく叩いて
それでも無理なら、――夜を、あげる
本当は使いたくは無いけれど
きっと静かな夜が、お前を迎えに来てくれる筈だよ
「お前も眠ることが苦手なの?」
──奇遇だね、僕もなんだ。
まるでそよ風に流される綿毛のように、ふわりふわりと空中を流れてきた眠りネズミを見上げた旭・まどか(MementoMori・f18469)は、その目の下に住むクマを覗き込んで問いかけた。
無防備であることを畏怖しているのか。それとも──安寧が、程遠いせいか。
眠りにつく夜は忌避するほどではないが、だからと言って諸手を挙げて歓迎できるものでもなかった。
けれど、まどかが手を伸ばしたとして、眠りネズミはうとうと揺らいだまま。
そこには敵意もなければ悪意も見えないようで、まどかは小さく首を傾ぐ。
「──おいで、」
真偽の程は定かではない。けれど、上手く眠れないという悩みは同じものだ。
眠りネズミが漕いだ舟が泥舟のように安定しないものであれば、まどかの身に降る夜もまた酷く浅くて、短い。
ポットと共に浮かんだ眠りネズミを手繰り寄せて、まどかはそっと息を吐く。
「......きゅ?」
「安眠のコツは他者のぬくもりだそうだよ。僕も最近知ったのだけれど、ひとりで悶々とするよりは良いでしょう?」
微睡みから覚めて飴色の瞳を瞬かせた眠りネズミの狭い額を、優しく撫ぜる。
その指先はきっと、他人よりも随分と冷えているのだろう。
例え眠りネズミの短い手を握っても、そのぬくもりと奪ってしまうくらいならと、まどかは腕に抱き抱えた眠りネズミといっしょに丸くなる。
その柔らかな毛に頬を寄せればほんのりと温かくて、どこか甘やかな香りがした。
「ほら、目を閉じて」
ぽすり、ぽすりとゆるい仕草で背を叩いて。
一定のリズムで上下するその背が、穏やかな眠りへと変わるようにまどかは囁きかける。
温もりだけでは眠れないのなら、夜をあげよう。
本当は使いたくないけれど、と目を伏せたまどかは小さく呟く。きっと再び目を開いたときには、そこに静かな夜が広がっていることだろう。
「大丈夫。きっと静かな夜が、お前を迎えに来てくれる筈だよ」
夜を恐れる必要はない。暗い闇は、冷たいばかりではない。
やがて響きはじめた小さな寝息に耳を傾けながら、まどかは朔日の夜を見上げていた。
大成功
🔵🔵🔵
シャルファ・ルイエ
以前に見た眠りネズミさんは、たくさんくっついてすやすや眠ってたんですけど……。
眠りたいのに眠れないのは辛いですよね。
かわいい子をもふもふ出来るのは嬉しいんですけど、今回はそれよりも目の下のクマが痛々しいです。
誰かの体温が傍にあると安心するって聞きますし、まずは何匹か膝に乗せて、目の下のクマを指先で優しくなぞってマッサージしましょうか。
他にご希望はありますかー?
耳の後ろでも背中でもご希望のままにです。
マッサージに手を動かしながら、【白花の海】を子守歌にして歌いますね。
膝に乗せた子以外にもなるべくたくさんに届くように。
夢見心地になって、そのままぐっすり眠ってくれるように。
おやすみなさい、良い夢を。
研究所に足を踏み入れてからすぐに、気付いてしまった。
そこに詰められた眠りネズミたちは、以前見たことのある眠りネズミたちとどこか違う。
本来であればたくさんくっついたまま、すやりすやりと眠っていたはずだ。
けれどこの場にいる眠りネズミといえば、みっちりとくっついてはいるものの──どの眠りネズミもその目の下にクマを抱えて、とても満足に眠れているようには見えない。
その違いこそが彼らが失敗作と呼ばれた所以なのであれば、それは酷というものだ。
「眠りたいのに眠れないのは、辛いですよね
......」
いたましげに眉を顰めて、シャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)はぽつりと呟いた。
空中を流れていた眠りネズミを手繰り寄せれば、その目の下の住むクマの存在がよく分かって、シャルファはそっと指先でなぞる。少しでも良くなるように、眠気を誘うように。
そうして指先から伝わるほのかな熱を追って眠りネズミが擦り寄れば、シャルファはそのまま応えるようにゆっくりと目元をマッサージしていく。
「痛くないですか?」
「きゅい」
「他にご希望はありますかー?」
「きゅーう」
くるくると喉を鳴らすような仕草にそっと微笑みながら、背中も優しく撫でていく。ポットの上で凝り固まった体をほぐすようにふわふわの毛並みに沿って毛を撫でていれば、釣られるようにもう一匹、一匹と。
やがて満員御礼となったシャルファの膝の上で、眠りネズミたちは気持ちの良いマッサージに身を任せながら、聞こえはじめた子守唄に耳を傾けた。
シャルファが歌う子守唄だ。それはまるで一面に広がる露草の花畑のように夢心地で、やがてリラックス出来た眠りネズミから穏やかな眠りへと落ちていく。
背を撫でる手のひらから伝わるぬくもりと、海のように穏やかな音色。すべてが眠りネズミたちを深い眠りへと誘うようで、気が付けばシャルファの膝の上では眠りネズミたちがすべて、くうくうと小さな寝息を立てていた。
「──おやすみなさい、良い夢を」
眠る夢は、白い花が咲き誇る海のように美しいものに違いない。
どこか晴れやかな寝顔をそっと撫ぜて、シャルファは優しく微笑んだ。
大成功
🔵🔵🔵
宇冠・龍
由(f01211)と参加
(不眠症……なんて随分と現代的な悩みをもつ災魔なんでしょう……)
目には目を、ふわふわにはふわふわを
【談天雕竜】で百頭のもふもふふわふわな羊の動物霊を召喚
動物のぬくもりは心安らぐセラピーにも使われます。取り囲んでもふもふさせましょう
雑食のネズミ相手でも、害の少ない羊なら精神面でもリラックス
肌触りの良い羊毛は、連綿と紡がれてきたふわふわの代名詞
押せば沈むふんわり感、顔を埋めればやる気が駄目になりそうなもこもこ感
天然百%の繊維に団体さんを安眠へご招待
(いえ、私がここで眠るわけにはいきません。ましてや娘の前でなんて……)
道が空いたなら、私も眠りたい欲をぐっと堪えて先に進みます
宇冠・由
お母様(f00173)と参加
もふもふならば私のバディペット「てぃーちゃん」だって負けません
お母様に対抗意識を燃やしてどちらが沢山眠らせられるか(個人的に)勝負
てぃーちゃんは3M。一度にもふもふできる量も質も桁違いですの
てぃーちゃんは体温も高めで、特に首回りの毛に包まれた次の瞬間には夢見心地
私もよくじゃれ合いながらついつい寝てしまいますの(少し恥ずかし気)
【智天使の抱擁】で温かな光で包み込んで不眠症自体も解消させます
失敗作だからと捨てられては可哀そうです。地上に出てこられてはいけませんが、せめて夢の中で楽しい思い出を作ってくださいな
不眠症とは。
それはとても現代的な悩みのようで、しかしだからこそ、その辛さも想像するに容易い。それ故に。
目には目を、ふわふわにはふわふわを。目の前に流れてきた眠りネズミを捕まえて大きく頷いた宇冠・龍(過去に生きる未亡人・f00173)が、もふもふふわふわな羊たちを召喚するのは瞬く間のことだった。
それは、本来であれば悪霊なれど。柔らかな毛皮で身を寄せた羊の動物霊に、今回ばかりは害意もないようだ。
召喚し仰せた龍の意思に従うように眠りネズミを取り囲んでしまえば、もふもふふわふわ包囲網の完成である。
「動物のぬくもりは心安らぐセラピーにも使われますし、大人しい羊であれば眠りネズミも恐れる必要はないですしね」
肌触りの良い羊毛は、連綿と紡がれてきたふわふわの代名詞。
押せば沈むふんわり感、顔を埋めればやる気が駄目になりそうなもこもこ感。
どんなものでも逆らえない安眠が、そこに待っていることだろう。
けれど。
「もふもふならば私のバディペットのてぃーちゃんだって負けません!」
対抗意識を燃やした宇冠・由(宙に浮く焔盾・f01211)の『てぃーちゃん』も黙ってはいなかった。
もふもふには、更なるもふもふを。春の綿毛のようにふらりふらりと空中を流れてきた眠りネズミを早速一匹捕まえて、てぃーちゃんの少し高めな温度で包み込む。
3Mであるてぃーちゃんに恐れるものなど無し。一度にもふもふできる量も質も桁違いとなれば、包み込まれた次の瞬間にはどんなものだって夢心地になるのである。
「それだけじゃないですよ!」
今ならなんと、智天使の抱擁付き。
温かな光に包み込まれば不眠症も解消間違いなし。
どやさ顔で由が母を振り返れば、そこには舟を漕ぐ母の姿があった。
「......お母様?」
「──はい! 大丈夫ですよ、私は眠ってなどいません!」
温かな光は春の日差しのようにぽかぽかと眠りに誘うけれど、娘の前で居眠りなど以ての外。頭を降った龍が眠りたい欲ぐっと堪えて、すやすやと眠りについた眠りネズミたちを端へと寄せれば細い道ができたようだ。これなら研究施設の先へも進めるだろう。
「さ、行きましょうね」
眠りネズミを地上へ出してあげることは、できないけれど。
せめて夢の中で楽しい思い出を作っていればいいと、願いを込めて。眠りについてふよふよと体を寄せあった眠りネズミに小さく手を振って、龍と由は先に進んでいく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
浅間・墨
ここへ来る前にとても可愛らしいクラゲさんに会いました。
今度はネズミさん…災魔さんは色々と可愛い方が豊富です。
…まあ…女の子が好きな変態さんとも会いましたけれど…。
とにかく。
敵意はないそうなので武器は置いてネズミさんのところへ。
警戒してしまうと考えて刀は全て身につけません。
モコモコです。触れると覚醒させてしますでしょうか?
触れないで眠りに導く方法…温もりや歌…でしょうか。
陽だまりがあると申し分ないのですが望めないので…う…歌で。
…こ、子守唄を。えっと…上手く歌えるか不安ですが…。
精一杯大きな声(蚊細い)を出して歌を紡いでいきます。あぅ…。
膝上や優しく撫でるともっといいのですが…ネズミさん次第で。
ふわりふわりと綿毛のように空中を流れてくる眠りネズミの姿に、ここへ来る前に出会ったクラゲを思い返す。
ぷにぷにとした姿かたちに、ゆらゆらと揺蕩うクラゲも可愛かったけれど、ふわふわもこもこと柔らかそうな眠りネズミもまた大変可愛らしく。思えば、ダンジョンで出会う災魔というものには可愛らしい見た目をしたものが多かった。
もちろん、災魔もオブリビオンなのだから可愛いだけではないけれど。
浅間・墨(沈黙ダンピール・f19200)はそのまま外へと流れてしまいそうな眠りネズミのポットに手を添えて、うとうととしている様子をそっと見下ろす。
その手にはよく使い馴染んだ武器はなく、墨は眠りネズミが警戒をしなくても良いようにと細心の注意を払ってその背に触れた。
「......もこもこ」
ふんわり、もふもふ。愚図るように身じろいだ背中へ温もりを伝えるようにゆっくりと撫ぜて、墨は小さく頬を緩める。
触れた温もり故か、すっかりと大人しくなった眠りネズミを膝の上に乗せれば準備は万端だ。
「陽だまりがあると申し分ないのですが
......、」
生憎と地下迷宮ではそれも望めない。だからいまは、少しでも眠りネズミが安らげるように歌を贈ろう。
きょろきょろと辺りを見回して、近くに人がいないことを確認してから墨は勇気を出すように大きな深呼吸をひとつ。眠りネズミの背中を撫でる手は止めずに、か細いながらも彼女なりに出した精一杯の声で──優しく、子守唄を紡ぎはじめた。
より善い睡眠に導くには程よい温もりと、それから心地よい音色が良いとされている。子守唄を歌うのは、眠りネズミが安心して睡魔に身を委ねるのにちょうど良い導入となったのだろう。
可愛らしい君へ、眠れなかった良い子へ。眠りネズミのためだけに紡がれた穏やかな子守唄に耳を擽られれば、うつらうつらとしていた瞳はゆっくりと閉じられて、やがて小さな寝息を立てはじめる。
「おやすみなさい」
怖い夢は、もうきっと見ない。誰も眠りネズミを脅かさない。
それは微睡むような束の間の、優しい時間。
くうくうと静かに上下する背中を撫ぜる手のひらは、眠りネズミが眠ってもしばらく止まることはなかった。
大成功
🔵🔵🔵
アリア・アクア
眠れない眠りネズミさんなんて、可哀想な……!
ええ、ええ、お任せください
よく眠る方の眠りネズミさんと今までたくさん戯れ……もとい、戦ってきましたから!
眠りネズミさんに近付いて、笑顔で声かけ
こんにちは、眠りネズミさん
はあ……目の下に隈が……お可愛らしいお顔が……なんてこと……
そっと指先で触れて警戒を解いてから、ふわり抱き締めて
立ち上がり、胸の中でゆらゆら揺らします
私は人形ですが、ひとりぼっちよりは暖かいはずです
心臓があれば鼓動も聞かせて安心させてあげられたのですが……
どうぞゆっくりお休みください
ふわふわ毛並みに顔を埋めるくらいは、私も恩恵を受けていいですよね?
はああ……なんて魅惑的かふかふか……
「眠れない眠りネズミさんなんて、可哀想な……!」
ふわふわに埋もれるように微睡んだ飴色の目。その下にすっかり懐いてしまった黒いクマを見てしまっては、どんなに可愛らしい眠りネズミも萎れて見えた。
きっと随分と長い間、眠れずにいたのだろう。覚束無い仕草で揺れるポットを見つめては、アリア・アクア(白花の鳥使い・f05129)はきゅっと小さな拳を握りしめる。
「ええ、ええ、お任せください。よく眠る方の眠りネズミさんと今までたくさん戯れ……もとい、戦ってきましたから!」
意気込む背中はなんとも頼もしく、そんなアリアを応援するように『お友達』もその翼を伸びやかにはためかせる。えいえいおー、と意気込むついでに勢いも付けたなら、そして軽やかな足取りで眠りネズミの元へ。
春の綿毛のようにそよいだポットを手繰り寄せて、うつらうつらと舟を漕いだ眠りネズミへとアリアは笑顔で声を掛ける。
「こんにちは、眠りネズミさん」
「......きゅー?」
重たげな瞼を持ち上げた飴色の目に、まずはご挨拶。
警戒する由もなく無防備なままの眠りネズミに断りを入れて、その目の下に住まうクマを白い指先で優しく触れればくっきりとその色が見えてしまった。
薄く色付いた柔らかな毛並みと黒ずんだクマのコントラストは強く、痛ましく、アリアは僅かに眉尻を下げる。
「お可愛らしいお顔が……なんてこと……」
ほんのりと伝わる熱をそっと引き寄せ、ふわりと抱き締める。ふわふわと擽る毛先に頬を寄せれば甘やかな香りが漂うようで 、微睡むばかりの小さなからだはあまりにも切なくて。
アリアは腕の中で目を伏せた眠りネズミを揺蕩う波間のように優しく揺らして、しっかりとその身に抱き寄せる。
例え人形の身であっても、ひとりぼっちよりは暖かいはずだろう。伝わる熱が少しずつ籠っていくうちに、気が付けばその温もりはまるで湯たんぽのように胸の裡も暖めるから、アリアは健やかに上下する眠りネズミの背中を見つめてそっと微笑んだ。
本当は、心臓があればその鼓動の音も聞かせてあげられたのだろう。
聞こえない音の代わりにと、鼓動の速さよりも少しだけゆっくりとその背中を優しく叩いて、アリアはやがて聞こえはじめた小さな寝息に耳を傾ける。
すっかりと寝入ってしまった眠りネズミは、穏やかな寝顔も愛らしかった。これならば眠れない夜は、きっともう来ないだろう。
「──どうぞ、ゆっくりとお休みください」
その甘やかな香りのように、優しい夢を見ているのでしょうか。
なんて、夢見るように囁いて。一緒に眠る代わりにふわふわもこもこの毛並みに顔を埋めれば、その毛並みのふわふわさ加減といったら干したての羽毛布団にも勝る柔らかさで、アリアはご満悦といった様子で溜息を溢すのだった。
大成功
🔵🔵🔵
都槻・綾
沢山のもふについ和めども
しんなりした尻尾はやはり悲しげだったから
身の温もりを分け合うよう
傍らに寄り添って
眠れない、眠りたい、と思えば思う程
目が冴えてしまうものなのですよねぇ
「失敗作」と呼ばれる寂しさも哀しさも
こころの重圧になってしまっているのかもしれない
こうして
手を繋いだり手を添えたりすることで
安らぎを覚えることもあるそうだから
例えば
子を撫でる母親の手
心細く丸まった背に寄り添う誰かの手
てのひらのちいさな温もりなのに
大丈夫、と思わせてくれるような
大きな安心感
私の手もまた数多を包むには小さすぎるけれど
馨遥の優しく仄かな香りも添えて
柔らかに穏やかに
毛並みを撫でながら
眠りに導けたら嬉しい
おやすみなさい
もふりもふりと視界を埋め尽くした柔らかな波。
春の綿毛のように空中を流れる様もまた愛らしいもので、ついつい和んでしまうけれど。
それでも青菜に塩といった様子でしんなりした尻尾は、やはり悲しげだった。
眠れないのならば、温もりを分け合おうと。上へ上へと彷徨う眠りネズミのポットを手繰り寄せて、その傍らに寄り添った都槻・綾(夜宵の森・f01786)は黒ずんでしまった目元を覗き込む。
愛らしい顔には似合わない、それでいて目の下にしっかりと懐いてしまったそのクマこそが眠りネズミが失敗作である証なのだろう。
「眠れない、眠りたい、と思えば思う程
......目が冴えてしまうものなのですよねぇ」
悲しい鼬ごっこは終わりも見えない。夜が明けても、朝を迎えてもそこに安穏はない。
失敗作と呼ばれる寂しさも哀しさも、そのこころの重圧になってしまっているのかと思えば、そのクマがより苦々しいものに見えた。
眠たげに瞬いた目の下をなぞった指先でいとけない頬を辿り、丸まった背を優しく撫でながら綾はそっと目を伏せる。
こうして手を添えたり、手を繋いだりすることで安らぎを覚えることもあると言っていたのは、誰だっただろうか。
例えば、子を撫でる母親の手。心細く丸まった背に寄り添う誰かの手。
てのひらのちいさな温もりなのに、大丈夫、と思わせてくれるような大きな安心感がそこにはある。それ故に。
「温かいですね
......」
数多を包むには小さすぎる手のひらもまた、眠りネズミに確かな安らぎを与えているのだろう。
温もりに合わせるように馨遙の優しく仄かな香りも添えたなら、微睡むようにゆっくり飴色の瞳を閉じた眠りネズミが綾の身に寄り添うようにもたれかかる。
あたたかな手のひら、優しい香り、柔らかで穏やかな──そんな束の間の、安らぎのひと時がそこには確かにあった。
「──おやすみなさい」
水底に沈むように、眠りの中に落ちていく。
けれど不思議と、眠りネズミは少しも怖くはなかった。
何故なら、穏やかな声が優しくその背を撫でるから。眠りネズミはくうくうと小さな寝息を立てて、 誰も脅かすことのない安穏に身を任せるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
エドガー・ブライトマン
眠れないのかい?それは大変だ
私なんて目をつむれば羊を数える前に寝てしまうのに
早起きはニガテなんだけど
ヒトって眠っている間に記憶を整理するんだって
子供の頃、母上が眠る前に物語をきかせてくれたよ
私はすぐに寝るから、ほぼ聞けなかったけど…
だから物語を聞かせてあげる
ジャーン。これは私の手記
色ガラスがカラフルな光をキラめかす国の話
幸せになれなかった少女が炎で国を燃やし尽くそうとしたけれど
勇気あるひとびとがそれを止めたのさ
そのあと、国を祝う祭で灯火を空へ送ったんだ
あれは小さくても強く優しい光で
同じ炎でも、こんなに違うんだなあっておもったよ
瞼を閉じて灯火を想像してごらん、ネズミ君
キミが深い眠りにつければいい
うとうとと眠たげに舟を漕いだ眠りネズミの、不安定なポットが揺れている。
重たげな瞼に今にも隠されそうな飴色の瞳はぼんやりとしていて、萎れてしまった尻尾と交互に見やればやはり元気がない。それが思うように眠れないせいだということは、目の下に住んでいるクマの存在で一目瞭然だろう。
「......眠れないのかい?」
それは大変だ、と小さく呟いたエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は、そのままころんとポットから落ちてしまいそうな眠りネズミを手繰り寄せて、その手の温もりを奪おうと手のひらに懐いた眠りネズミを余所に首を傾げる。
「私なんて目をつむれば羊を数える前に寝てしまうのに」
眠りネズミと呼ばれながら、難儀なものだ。
声を聞くように見上げた飴色の瞳を覗き込めば、より黒ずんだ色も見えるようでその苦労が伺える。それは早起きは苦手ながら、寝入りの良すぎるエドガーにはまだ体験したことのない色だった。
この様子ではろくに夢も見れていないのだろう。擦り寄る眠りネズミの頬を撫でながら、エドガーは考える。
ひとは、寝くっている間に記憶を整理するのだと聞いたことがある。
それは今よりもずっと昔のこと。子供の頃、眠る前に母が優しい声で読み聞かせてくれた寝物語だ。もちろん、すぐに寝入ってしまうエドガーには最後まで聞けた試しがなかったけれど──それでも、その優しい声はまだ覚えている。だから。
「物語を聞かせてあげる。ジャーン、これは私の手記!」
ぱちりと瞬いた眠りネズミの瞳の前に差し出されたのは、一冊の本だった。
片腕で眠りネズミを抱き寄せたエドガーは膝の上で手記を開くと、とある頁で手を止める。
まだ新しい頁に書き記された文字を指先でなぞりながら、そうしてエドガーは歌うように眠りネズミに語りかけた。
「これはね、色ガラスがカラフルな光をキラめかす国の話──、」
幸せになれなかった少女がいた。天高くまで伸びるほどの炎があった。
少女は自らを燃やしてなお、国銃を燃やし尽くそうとしたけれど──勇気あるひとびとが、それを止めた。そんな不思議の国の物語。
うつらうつらと身を寄せた眠りネズミの温もりを感じながら、エドガーは思い返すようにその目を伏せる。
「そのあと、国を祝う祭で灯火を空へ送ったんだ」
瞼の裏に映るのは、幾千もの灯火たちだ。
あれは小さくても強く優しい光で、同じ炎でも、こんなに違うんだなあっておもったものだと微笑む。
「──瞼を閉じて灯火を想像してごらん、ネズミ君」
ゆっくりと見えなくなった飴色の瞳に、エドガーは囁きかけた。
もしかすれば、キミにはその灯火がポットの中に浮かんだ星のように見えるかもしれないね。なんて優しい声が笑うから。眠りネズミはあたたかな温もりに包まれながら、気が付けばすっかりと微睡んでいた。
すやりすやり、と小さな寝息に合わせてその背は健やかに上下している。
腕の中からゆっくりとポットの上へと眠りネズミを下ろして、エドガーは最後にもう一度だけ、その背を撫でた。
「おやすみなさい、ネズミ君」
きっともう、恐ろしい夢は見ない。眠れぬ夜に悩むこともない。
穏やかに揺蕩うような水の底、眠りネズミを迎える海も冷たいばかりではないだろう。
だから、そう。例え束の間であっても、キミが深い眠りにつければいい──そんな祈りを込めて、エドガーは廃れてしまった研究施設を後にするのだった。
大成功
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