アルダワ魔王戦争1-E〜喪失の先へ
●喪失の戦場
幸せだった過去があるからこそ、その時に人は立ち止まる。
失いたくない何かがあるからこそ、何時か訪れるであろうその時を想い、人は足を止める。
何かを失い、何かを失わせ……それでも人は再び歩き始めることができるのだろうか?
心に空いた穴を受け入れ、あるいは跳ね除け、あるいは別の何かで満たして。
もしくは……その場に立ち止まってしまうのだろうか?
じゅくじゅくと痛む心を大切に抱えて、その想いと添い遂げるのだろうか。
ここは人に喪失の感情を与える戦場。
静寂に包まれる通路の中を、微かな光を放つ胞子が漂う――皮肉なまでに美しき場所。
●その先へ
「みんなに向かってもらいたいのは、喪失の戦場と呼ばれる場所よ」
グリモアベースにたむろしていた猟兵たちに、八幡・茜は話しかける。
「この場所は、立ち入るもの全てに喪失感を与えてくる特殊な戦場よ」
アルダワ魔法学園の迷宮には様々な場所があるが、その場所は立ち入るものに喪失感をもたらすと、茜は言う。
「戦う相手は、『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウス。彼女は恐ろし敵だけれど、彼女も喪失の感情に支配されていて本調子ではなさそうね」
そしてそれはオブリビオンに対しても効果を発動しているらしい。
「けれども……もし、みんなが喪失の感情を乗り越えて、その先に何かを見出せるのならば、有利に戦えると思うわ!」
何に対して喪失感を覚えるのかは人次第だろう。
その感情は、過去に経験したものかもしれないし、未来に待ち受けるものかもしれない。
しかし、その感情を受け入れ、あるいは決意を固めてオブリビオンにぶつけることができるのならば、きっと有利に戦えるだろう。
一通りの説明を終えた茜は、猟兵たちを見つめて、
「それじゃ、辛い戦いになるかもしれないけれど、みんなら乗り越えられるって信じてるわ!」
祈るように両手を胸元に重ねると、あとのことを任せるのだった。
八幡
舞台はアルダワ魔法学園。
場所は迷宮の通路、ほわほわと漂う光る胞子で満たされる空間です。
●話の流れ
喪失感を感じたこと、またはこれからそうなりそうなことに思いを馳せます。
その感情を受け入れるか、乗り越えるか、あるいは別の何かで踏み出せれば有利に戦えます。
踏み出せなくても普通には戦えます。
合わせプレイングでない限り、個別で返したいと思います。
感情面の大きな依頼となりますので、感情面のアドリブなどがNGの場合は×とどこかに記載してください。
●傾向
頂いたプレイング次第ですが、心情系となるかと思います。
フラグメントの行動はあくまで参考ですので、やりたいことをご自由に指定されるのが良いかと思います。
●受付について
オープニング公開と同時に受付を開始します。
🔵の数が足り次第終了となります。
●その他
アドリブは基本入ります。
あまりに活躍させられないなと判断した場合、見送らせていただくことがあります。
それでは皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 ボス戦
『『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウス』
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POW : アストロジェム:ゾディアック・サイン
自身の身長の2倍の【天井に描かれた星座から黄道十二星獣の一種】を召喚し騎乗する。互いの戦闘力を強化し、生命力を共有する。
SPD : グラビティジェム:グランドモーション
【比重の重い宝石による宝石弾 】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に着弾した宝石弾が重力方向を書き換え】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
WIZ : カースドジェム:バースストーン
自身が装備する【敵のユーベルコードを封じる誕生石 】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
👑11
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御園・桜花
轟音と共に崩れ落ちた梁から覗く青い空
断続的な破壊音が途絶えてから瓦礫をよじ登り外に出た
噎せ返るほどの血臭も崩れ落ちた建物も
その意味すら知らず通りすぎた
足に食い込む石の痛みだけ感じながら
その意味を知るのは
言葉を知った後のこと
「あんな死に方を防ぐために私を育てたのか…想定外だったのか。言葉すら教えられなかった私には彼らの願いが分からない。きちんと言葉を交わし意図を伝えあったなら、喪われないものもあったかもしれないのに」
「ここは天井すら地下の領域」
UC【エントの召喚】
敵を上下左右から一気に刺し貫く
敵の攻撃は見切りや第六感で躱す
「完全に失わぬために言葉を交わし救いを願う。貴女を倒し願いを聞きましょう」
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
暗闇に慣れ過ぎた目に、その光は眩しすぎたのか、御園・桜花は目を細める。
だがそれも瞬きほどの時間のこと、すぐさま大きな緑色の瞳を見開いて、桜花は周囲を確認しようとする。
確認しようとしたのだが……彼女の目の前には、桜色の髪と白い肌を持つ少女がうずくまっていた。
こんなところに少女が? と、訝しみつつもどうしたのかと、桜花が少女に声をかけようとすれば……唐突に頭上で轟音が鳴り響き、この場所を支える梁が、土くれが、ぼろぼろと落ちてくる。
――嗚呼と、どこか懐かしい光景に桜花は胸元に手を当てる。
それから目の前の少女と同じように、崩れ落ちた梁から覗く青い空を見上げる。
見上げた空は高く高く。とても美しい空だ。見た事も無いような……そう、本当に見た事も無いような、澄んだ青色の空。
時折周囲から聞こえる轟音も、耳障りな甲高い音も、聞いたことも無いような鈍い音も、全ては他所の世界のできごとのように、少女と桜花は空を見上げる。
そうして空を見上げていると、いつの間にか周囲が静寂に包まれていることに気が付く。
静寂に気が付いたのは少女も同じか……少女は空に少しでも近づくようにと、崩れた壁を、瓦礫の山と化したそれをよじ登り、外の世界へと這い出す。
――嗚呼と、これから起こることを思い返して桜花は息を吐く。
外の世界は噎せ返るほどの血臭に満ちて、あらゆる建物が瓦礫と化していた。
そしてそこら中に壊れた人の姿があり、それらがこの匂いの元なのだと桜花には理解できたが……少女はそれらに目もくれずにどこかを目指して歩いて行く。
それらの中には幾つか見知ったものがあっただろうに、少女は覚束ない足取りで、けれども真直ぐに歩いて行く。
桜花は少女の後を追うように、ゆっくりと歩いて……少女と並んだところで目の前が桜吹雪に覆われた。
――嗚呼と、言葉を拾えぬ己の手を桜花は見つめる。
「あんな死に方を防ぐために私を育てたのか……想定外だったのか。言葉すら教えられなかった私には彼らの願いが分からない」
覚えている。あの日のできごとを。
覚えている。あの日足に食い込んだ石の痛みを。
覚えている。あの日の想いを……否、これは今だからこそ、感じられる思いだろう。あの日失ったものに気が付いたのは、言葉を知ってからだ。
「きちんと言葉を交わし意図を伝えあったなら、喪われないものもあったかもしれないのに」
だからこそ、今なら思える。
もしあの時、言葉を交わしあえていたのならば違う結末もあったのではないかと。
桜吹雪だったものは、真っ白な胞子に成り代わり、この空間を満たしていた。
「……あなたも喪失感に苛まれているようですね」
そしてその中央に佇む、『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスは桜花の姿を見るや否や、幾つかの宝石を放り投げてくる。
「ここは天井すら地下の領域」
自分に向かってくる宝石に、桜花は小さく息を吐きながら呟けば、唐突に上下左右全ての壁から現れた根が、その宝石全てを砕く。
「おいでませ我らが同胞。その偉大なる武と威をもちいて、我らが敵を討ち滅ぼさん」
そして桜花が右手を正面へ差し伸べると、それらの根全てが二コラに向かって伸びて――、
「完全に失わぬために言葉を交わし救いを願う。貴女を倒し願いを聞きましょう」
その体を貫いたのだった。
消えゆく二コラを背に、桜花は今一度目を閉じる。
あの日の喪失感を呼び起こせば、聞けなかった願いを聞けるのではないかと、そんな祈りにも似た願いを込めて――。
大成功
🔵🔵🔵
アララギ・イチイ
喪失感かぁ?
何を普通な事を言っているのかしらぁ?
そもそも永遠の物など存在はしない、形あるものを全ては消えてしまうのもだわぁ
人も、物も、星すらも、私自身すら逃れられない、故に私に出来るのは、今、存在するそれを有効活用し、今を楽しみ続けるだけ、そしてそれを失った時に喪失感ではなく、満足感を持てるようにするだけよぉ
喪失感が壁だとすれば、所詮は道の先に見えている壁、見えているなら、その壁に達するまで幾らでも対策は存在するわぁ
というわけで、そんな感じで喪失感対策よぉ
攻撃は装備品を用いた【選択UC】発動の射撃戦、敵の動きを【早業】で【見切り】、敵の移動先をカバーする面による【範囲攻撃】で攻撃するわぁ
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
真っ白な……何もかもが真っ白で埋め尽くされた空間に、アララギ・イチイは一人佇む。
虚無と言ってもいい、前後不覚になるような、足元が揺らぐような、本能的に人が受け付けない何かがその空間にはあった。
「喪失感かぁ?」
この感覚の正体は喪失感だろう。アララギは両腕を組んで、この真っ白な空間を眺めながら、口の端を吊り上げる。
「何を普通な事を言っているのかしらぁ?」
そして何かを失うことは普通のことだと、一蹴する。
そもそも永遠の物など存在はしない、形あるものを全ては消えてしまう。人も、物も、星すらも、アララギ自身すら消滅からは逃れられない。
それは存在する以上、絶対に逃れられない理の話だ……だが、存在するということは、それだけで価値のあることだ。
強き人と戦えるのは面白い。強くないのならば、強くなるようにいじくりまわすのも面白い。
珍しいものをばらすのも面白い。価値あるものを無価値にするのも面白い。星に細工するのも面白い。
そう、存在するあらゆるものを有効活用すれば、今を楽しみ続けることはできる。アララギにはそれができるのだ。
そして楽しんだ後に、例えそれを失ったとしても、その時にあるのは喪失感ではなく満足感だろう。
「簡単なことよねぇ?」
つまり心持一つ、考え方一つ、準備一つあれば喪失感など感じることすらない。
そしてそれは研究者であれば必ず持ち合わせる多視点にも通じる。
アララギはふふっと、肩をすくめて真っ白な空間の中に一歩を踏み出した。
アララギが踏み出すと、真っ白な空間に亀裂が入り――次の瞬間には空間そのものが砕け、無数の白い胞子となって降り注ぐ。
「あらあら、顔色が悪いわねぇ」
そして白い胞子の真ん中に佇む女性、『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスに話しかけてみれば、
「……あなたは元気そうですね」
二コラは荒い息を吐きながら応じる。
「喪失感が壁だとすれば、所詮は道の先に見えている壁、見えているなら、その壁に達するまで幾らでも対策は存在するわぁ」
そんな二コラの様子を見たアララギはちろりと唇を舐めてから、生徒に抗議する教授よろしく大仰に両手を広げて、喪失などいくらでも対策できると言い切る。
「その壁がこれから先、無数に存在したら?」
ふわりふわりと白衣を揺らして語るアララギを前に、二コラは大きく息を吸い込んで……呼吸を整えながら問いかける。
「この先に千の喪失が待っているのだとしたら、万の対策を立てれば良いのよぉ」
どこかしら冷たい二コラの声色に、アララギはさもおかしいと目を細め。
当たり前のようにすべてに対策を立てれば良いと断言した。
「そうですか。あなたならこの感情に支配されても、それすら楽しみそうですね」
そんなアララギに二コラは溜息をついて――言うや否や天井に描かれた星座から黄道十二星獣の一種を呼び出そうとするが、
「そうねぇ、それも良いかもしれないわぁ」
二コラが何かを呼び出すよりも早くに、アララギの白衣の下からビーム砲やらミサイルランチャーやら拳銃やらが一斉に放たれ、天井の星座を消しさる。
「ッ?!」
敵を前に悠長に講釈を垂れ流すほどアララギは親切なドラゴニアンではない。
二コラの動きを見切り、次の行動を予測し、完膚なきまでにねじ伏せるタイミングを見計らっていたのだ。
そしてもちろん行動を始めればアララギの方が早い。
「うふふぅ、乱れ撃つぜぇー♪」
驚いたように身を強張らせる二コラに、アララギは銃弾、レーザー、ランチャーなどのあらゆる射撃武器を打ち放って……その存在を消し去るのだった。
大成功
🔵🔵🔵
多々羅・赤銅
胸中を埋める空白、恐怖に似た焦燥、諦めに似た溜息
私根っからの寂しがりだから
喪失感とかむしろ、慣れてんじゃね?って思って来たけどさ
なあんで
あの、やたらデカい角の鹿女を思い出しちまうんかな
べそかいて慰めて貰おうと思ってたのに
なぁんでテメエの顔が出る!腹立つ!むしろ最近元気に忘れてたわ!
終わったことだろ
テメエはもう私を哀れむ事も無えし、私より弱いとこを見せる事も無えんだから!
ああ
いや、そーか
終わったから寂しい
そうだな
喪失だ、こりゃ
だあ
獣臭え
剣刃一閃、召喚された獣を屠るための刃
お前が獣臭いからこんなん思い出すんだ
しまえそれ
あいつ
王じゃなかったら
名前は何だったんだか
あー忘れよ!過去過去!あー酒飲も!!!
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
吹き荒れる吹雪の中に迷い込んだのかと錯覚するほどに、真っ白な胞子で埋め尽くされた、その場所に足を踏み入れた瞬間。
多々羅・赤銅の胸中もまた真っ白に塗りつぶされる。
否、それは真っ白などと言う生易しいものではなく――空白と言う方が正しいだろうか。
隣にあった温もりが唐突になくなったような、胸に穴が開いたかのような恐怖に似た焦燥、その穴を埋めねばならぬと、息も出来なくなるほど激しく湧き上がる渇望と、結局何をしても埋めることができないのだと頭の中で理解してしまう絶望。
それら全部を綯交ぜにしたものを趣味の悪いガラス球にぶち込んで、無理やり耳の穴から脳みそに押し込まれたような最悪な気分。
「私根っからの寂しがりだから」
よく知っている気分だと、赤銅は諦めに似た溜息を漏らす。
「喪失感とかむしろ、慣れてんじゃね? って思って来たけどさ」
それから吐き出した溜息の分だけ、空気を吸い込みながら赤銅は剣のんな眼差しを正面へ向ける。
「なあんで、テメエの姿が見えるんだろうな」
眼を向けた先には、やたらデカい角の鹿女がただ偉そうに佇んで……その緑色の瞳を赤銅へ向けていた。
はあと赤銅は再び息を吐く。
喪失感が得られる戦場と言うから、くるしい、さみしいと、べそかいて慰めて貰おうと思ってたのに……よりにもよって現れたのはテメエかと、深く息を吐く。
「なぁんでテメエの顔が出る! 腹立つ! むしろ最近元気に忘れてたわ!」
そして元気に忘れてたわなどと軽口を叩いてみるも、じくじくと何かが胸の中を這いまわるような感触を堪えるように、赤銅は奥歯を噛みしめる。
終わったことだ。
あの日、あの時に、決着はついたのだ。
腹に捻じ込まれた爪をとって、つかまえたと微笑んだあの時に。
つぎはぎだらけの腕の中に、その首を落としてやったあの時に。
だから、この偉そうなヘラジカが自分を哀れむことも無いし、自分よりも弱いところを見せることも、もうないのだ。
「ああ。いや、そーか」
そう、もういない。
その事実を今一度胸に刻み込むように、ゆっくりと呑み込むように赤銅は天を仰いで――からからと笑う。
ヘラジカとの因縁が終わってしまった。
終わったから寂しい。そうだな。喪失だ、こりゃ、と笑う。
笑いながら赤銅が一歩を踏み出せば、視界を覆うほどに舞っていた胞子が晴れて、佇んでいた偉そうなヘラジカの姿も見えなくなった。
「笑い過ぎて涙がでちまったよ。てゆか何? あの最後の顔、腹立つわ」
そして、代わりに姿を現した『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスに、パタパタと手を振りながら話しかけて見れば、
「そうですか」
二コラは赤銅の様子を訝しみながらも、天井に描かれた星座から黄道十二星獣の一種を呼び出し、その上に乗る。
「だあ、獣臭え」
呼び出された獣を見た赤銅は鼻白んだとでも言いたげに唇を尖らせて……卵雑炊に手をかけながら膝を曲げて右の爪先に体重を乗せる。
「お前が獣臭いからこんなん思い出すんだ。しまえそれ」
そして爪先で地面を思いっきり蹴ると同時に、卵雑炊を真下から鞘から引き抜けば、二コラと彼女が乗った獣を真下から真っ二つに切り裂いたのだった。
消えゆく二コラを背に、卵雑炊を鞘に納める赤銅はふと思い出す。
「あいつ」
王と呼ばれていた偉そうなヘラジカ。あのヘラジカは王じゃなかったら名前は何だったんだかと。
あの鹿女にも名前が在ったはずだ。そして、その名前を聞けばきっと――、
「あー忘れよ! 過去過去! あー酒飲も!!!」
きっと何だよと、赤銅は自分の頭をかいたあと、やめやめと頭の上で両腕を組んで――既に酔ったかのような足取りで戦場を後にするのだった。
大成功
🔵🔵🔵
水貝・雁之助
喪失、かあ
うん、此れでも長生きだしね
大切な人を喪うのも何度も有ったし・・・ああいう気持ちは極力若い子にさせたくないよ、ね
うん、惚れた女を喪うのも護ろうとした民に義娘を殺されるのもね
自身の友の娘で彼の死の間際に託され後に妻となり病で散った女性、自身の住まう渓に人柱として捧げられていた所を拾い育て、邪神の扇動により雁之助が助けようとした村人達に殺された義娘永久
二人を喪った時の記憶を思い出し喪失感の感情を高める
UCは事前に発動
敵UCは『地形を利用』し迷宮の壁等を盾にしたり石同士がぶつかって『敵が盾になる』様に誘導しながら戦う
瓦礫を投擲し此方に意識を向けさせて悉平太郎が攻撃する隙を作る等連携重視の戦闘
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
真っ白な胞子に包まれる空間に足を踏み入れた瞬間、その足元が崩れ去り、水貝・雁之助は落ちて行く。
否、実際のところ足元は崩れ去っていないし、体もその場にとどまっている……が、無限にどこまでも落ちて行くような感触は確かなものだ。
「喪失、かあ」
あまりにも強い喪失感。
膝から崩れ、その場に立っていられないほどに体の力を奪っていく、その感情。
雁之助には、その感覚に覚えがあった……ありすぎたと言っても過言ではない。
「うん、此れでも長生きだしね」
幾度となく経験したその感情を包み込むように両手を胸に当てながら、雁之助は優しい声で呟く。
そして願う。
大切な人を失う。何度も失うような経験は、世界が崩れ去るようなあんな想いは極力若い子にはさせたくないよ、ね。と。
無限に落ち続けるような感覚の中。まず初めに見えたのは、懐かしい友の顔。
交わした言葉の一つ一つ。他愛のない思い出。傍らにいた少女。そして、今際の約束と……託された友の娘。
続いて思い出すのは、その娘との……後に妻となったその娘との記憶。
妻の色々な表情を、幸福に満ちた日々を、今でもはっきり覚えている。けれども……幸福は長く続かなかった。
気が付いた時には遅かったのだ……妻が病に侵されていると知った時には何もかもが遅すぎた。
雁之助は、ただ両手から零れ落ちる幸福と妻の命を見ているしかなかった。
たとえ立ち上がれなくても、じゅくじゅくと燻る想いを抱えていても、人は生きていける。
妻を失った雁之助は、自身の住まう渓に人柱として捧げられていた娘を拾い上げる。
永久と名付けたその娘は、雁之助にとっては救いだったのかもしれない。心に穴をあける喪失感を埋められなくとも、誰かのためにと動いている間はほんの少しだけ喪失感を忘れられるのだから。
だがそれも長くは続かなかった。
邪神の扇動された村人たちが、雁之助の義娘を……永久を殺したのだ。しかも、その村人たちは雁之助が助けようと必死に足掻いていた者たちだった。
雁之助は両手を眺める。
この両手で救えなかった命を想い、眺める。
「うん、惚れた女を喪うのも。護ろうとした民に義娘を殺されるのもね」
そしてその両手を握りしめると、あんな気持ちは自分以外の何者も経験しないに越したことはないと呟く。
それから、落ちて落ちて落ちて、どこまでも落ちた先で、じゅくじゅくと腐り落ち続けるような腸の感触を抱えて、雁之助は立ち上がる。
「……あなたは、何です?」
それから声のした方へ目を向ければ、そこには眉を顰める『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスの姿があった。
「やぁ、僕は水貝・雁之助。旅人だよ。こちらは悉平太郎。よろしくね」
喪失感に苛まれているのか、顔色の悪い二コラに雁之助はよろしくねとおどけて見せる。
「そんなことは聞いていません」
おどけて見せる雁之助だが、二コラは首を横に振ると手にした宝石を放り投げてくる。二コラが投げた宝石は、弧を描き、あるいは真直ぐに雁之助へと近づいてくるが、
「そう簡単には当たらないんだなぁ」
雁之助は壁を背にして宝石を誘導し、ぶつかる直前で壁を蹴ると、唐突に目標を失った宝石は互いにぶつかり合って消滅する。
「さぁ、人々の涙を止めるために僕たちに力を貸して欲しいんだなー」
そして、二コラが自分に意識を向けている間に、走りこませた悉平太郎が牙をむいて――二コラを消滅させたのだった。
「それじゃ、行こうか」
二コラが消滅したことを確認すると、雁之助は穏やかな声で悉平太郎に話しかけてから歩きだす。
じゅくじゅくじゅくじゅくと、心の空洞で滴り続ける喪失感を呑み込んで。
大成功
🔵🔵🔵
不知火・イヅル
ボクをかばって、双子の弟が、イツカが死んだんだ。
ボクたち、二卵性だったけど……双子だったから、ずっと、研究施設で一緒にいたから……ボクは、すごく恨んだんだよ。「わたし」が、女だったこと。
――だって、女じゃなければ、男の人に襲われることなんてないでしょ。
わたしは、記憶の中のイツカを、自分とは別の人格としてもつことで、その喪失感を埋めてる。
ほら。だって、イツカはここにいる。
わたしの記憶で構築されたニセモノかもしれないけど、ここにいる。
だから、一緒だから、わたしは「ボク」として戦えるんだ。
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
真っ白な……影すらない真っ白な場所に、不知火・イヅルは立っていた。
そしてイヅルの目の前には、真っ白な髪の毛と、太陽にさらされたことが無いかのような白い肌を持つものが横たわっている。
その姿を見た瞬間、イヅルは小さく息をのみ――胸元に手を当てる。
「イツカ……」
手で押さえていなければ、胸の中から何かが零れだしてしまいそうだから、その何かが零れ落ちないように手で押さえる。
足が震え、まともに立っていることすらままならない……けれども、イヅルはイツカから目を離さなかった。離すことが、できなかった。
生まれてからずっと、同じ研究施設で一緒にいた存在。
同じ時を生き、同じように笑い、同じように泣いた存在。
同じような姿をしていて、けれども……決して同じではない、同じ中身を持ちえない存在。
そう、自分とイツカはよく似ていたし、同じように育ったけれど、決して同じではなかった。
それは二卵性だから……否、たとえ一卵性の双子だったとしても、個体として存在している以上、全く同じ存在にはなり得ない。
成長していくほどに、初めは小さな枝葉のような違いが現れ、やがて幹のように大きな違いとなってゆく。
ましてやそれが男と女であれば――。
「――女だから」
崩れそうになる脚の、その膝に手をついて、絞り出すように言葉を紡ぐ。
我知らずに荒くなる息を整えることもせずに、イヅルは言葉を紡ぎ続ける。
「……ボクは、すごく恨んだんだよ。わたしが、女だったこと」
――だって、女じゃなければ、男の人に襲われることなんてないでしょ。
最後の方はかすれてまともな言葉にならなかったけれど、イヅルが自らその言葉を口にしたときに……イツカが、双子の弟が姉である自分をかばって命を絶たれた場面が、目の前でよみがえった。
目の前に白い胞子が近づいてくる。
近づいてくる……と言うよりは落ちてきているらしい。
イヅルは自分が倒れていたことを認識すると、ゆっくりと身を起こしてから小さく頭を振る。
降り注ぐ胞子が体に全くついていないことを考えると、倒れたと言っても瞬きの時間ほどだったのだろう。
「……あなたも、何かを失ったのですか?」
そうでなければ、目の前にいる『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスの攻撃を食らっているだろうから。
喪失感にさいなまれているらしい二コラの顔色は悪く、とても苦しそうだ。
だからと言う訳でも無いが、イヅルは何時ものような笑顔を二コラへと向け、
「ううん。ボクは何も失ってなんかないよ」
そう答えた。
「ほら。だって、イツカはここにいる」
わたしは胸に手を当てて、ここから何も零れ落ちないでしょうと、目の前のオブリビオンに微笑む。
わたしは、記憶の中のイツカを、自分とは別の人格としてもつことで、その喪失感を埋めてる。
それは歪なもので……わたしの記憶で構築されたニセモノかもしれないけど、ここにいる。
そう、一緒だから、わたしは「ボク」として戦えるんだ。
「ねえ、イツカ。手伝ってよ」
ボクは何時ものように、隣のイツカにお願いすると――オブリビオンに向かって駆けだした。
大成功
🔵🔵🔵
白・ケルビン
うーん、うん……
例えばだけど、わたしだって実験の記録を全部、ぜーんぶ失くしちゃったりしたら……きっと落ち込むなぁ
もうね、すーっごい落ち込む!3日は寝込むもん!
……でもね
でも、わたしは研究者なんだ
きっと失うものより、見つけられるもののほうが輝いていると確信してる
……そもそもよく実験失敗して大爆発して色々消し飛ばしてるけどね!
――と、いうわけで!
わたしは進むよ、どこまでも
蹲っている子に構ってられないの、ごめんね!
契約石はルビー、力を貸してイフリタ!
この灼熱はわたしの情熱のよう
煌めき揺らいで、それでも決して消えることはない
そして強くつよく燃え盛る――!
とくとご覧あれ――”ケルビン反応”!!
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
その空間に踏み込んだ瞬間、足元からふわふわとした白い胞子が巻き上がり、目の前を白く染めていく。
「うーん、うん……」
白色に染まる視界と同時に訪れる、得も言われぬ感覚。
血の気が引いて、体中の力が入らないようなこの感覚に、白・ケルビンは何か身に覚えがあるなぁと唸る。
「これが喪失感だろうけど」
何だろう? とケルビンは小首を傾げる。身に覚えがあると思った喪失感だが、つい最近経験したようなと。
「あっ!」
そして、思い出した。
この間、何か色々調合しているときにちょっと手元が狂って、ちょっとだけ大爆発した時に、ちょっとだけ色々消し飛び、ちょっとだけ虚無感に襲われたのだ。
そうだそうだ、あの時の感覚に何か似てる! と、ケルビンは手を叩く。
それから、うんうんと頷きながらもう少し考えてみる。
「例えばだけど、わたしだって実験の記録を全部、ぜーんぶ失くしちゃったりしたら……きっと落ち込むなぁ」
ちょっと色々消し飛んだだけであれだったのだ。もしも全部消し飛んでしまっていたらと。
あんまり想像したくないなぁと腕を組みながらも考えてみて……きっと落ち込むなぁと、深くため息をついた。
「もうね、すーっごい落ち込む! 3日は寝込むもん!」
それから目をぎゅっとつむりながら、両手をぶんぶんと振り回して、3日も寝込んじゃうくらい落ち込んじゃうよと主張する。
はたと手を止めて、ケルビンは目をゆっくり開く。
「……でもね。でも、わたしは研究者なんだ」
瞼の下から現れた青色の瞳は、はるか遠くを見つめる。
明るい色を宿しつつも、強い意志を感じさせる眼差しで、正面を真っ直ぐに見つめる。
「きっと失うものより、見つけられるもののほうが輝いていると確信してる」
研究者である限り、これから幾千、幾万の失敗を繰り返すだろう。
実験失敗して、大爆発して色々消し飛ばすのも年がら年中だ。
けれど、何を失ったとしても、その先で、その過程で、見つけられるものの方が輝いている。
たとえ失敗しても、その失敗すらも一つの輝きに違いないのだから――。
「うん! きっとそう!」
ケルビンが元気いっぱいに頷いて見せれば、白に染まっていた視界と胸のあたりでよどんでいた何かが晴れて行く。
そして、真っ白な胞子が花吹雪のように舞う中に一人の女性が佇んでいるのが見えた。
「あなたは、元気そうですね」
その女性、『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスは、ケルビンの様子をみて小さく息を吐く。
喪失感にさいなまれる二コラとしては、元気そうなケルビンが……喪失の先に希望を見出したケルビンが本当に羨ましいのだろう。
「わたしにはやることがあるからね! ――と、いうわけで! わたしは進むよ、どこまでも。蹲っている子に構ってられないの、ごめんね!」
苦しそうな二コラにケルビンはにっこりと笑って答えながら、自分の腰の後ろに手を回し、
「それは残念です」
ケルビンが何かをするよりも早く、二コラは比重の重い宝石による宝石弾を放つ。
放たれた宝石は放物線を描きながらケルビンに迫るが……、
「契約石はルビー、力を貸してイフリタ!」
宝石が自分に届くよりも前に、大きく後ろに跳びつつケルビンは、左手を前に出して、その手に掴んでいたルビーを宙に放り投げる。
ルビーが宙を舞ったかと思った次の瞬間にはルビーがまばゆい光を放ち、ケルビンの手にイフリタが出現する。
そして地面に着地したケルビンは、今度は右手を前に出して、灼熱の魔法を閉じ込めた小瓶を正面に放り投げる。
「骨まで燃やし尽くしてあげる!」
イフリタの力を借りたケルビンの小瓶は、正面から迫って来ていた宝石とぶつかり合うと甲高い音と共に砕け――業火を撒き散らした。
燃え盛る炎は二コラの宝石を呑み込み、さらに燃え広がる。
その灼熱はケルビンの情熱そのもの。
時に強く煌めき、時に揺らいで、それでも決して消えることはない。
「とくとご覧あれ――”ケルビン反応”!!」
そしてその炎は強くつよく燃え盛り――あっという間に二コラを躯の海へと返したのだった。
大成功
🔵🔵🔵
エレアリーゼ・ローエンシュタイン
なくしたもの、戻らないもの
パパがいて、ママがいて
エルくん…お兄ちゃんがいた
もう朧げなくらい昔
普通の家族だった日々
手の届かない思い出は
代わりに…憎悪で塗り潰されるの
あの男は居なくなった
あの女は壊れて魔女になった
ずっとずっと虐げられた
それでエルくんは…
…いいえ
彼だけは喪ってない
だって名前を呼べば今もこうして
ぶっきらぼうに応えてくれる
隣で手を握ってくれる
私と同じ姿
仮初の身体
それでも魂だけは一つになれたの
彼だけは絶対喪わない
(今の俺は多分、君の中で生まれた紛い物で)
エルのたった一人の家族
(それでも俺が、君の心の最後の縁)
二人でなら戦える
合図を出し合って、重力だって利用して
地面に叩き付けてやるんだから!
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
ふわふわと漂う白い胞子の中、四つの影がテーブルを囲んでいる。
そこは全く見覚えのない場所のはずなのに、どこか懐かしいと感じてしまう。
四つの影は家族だろうか……エレアリーゼ・ローエンシュタインは、その様子をどこか遠くにを見るように眺める。
「なくしたもの、戻らないもの」
そして懐かしいはずだと小さく息を吐く。
「パパがいて、ママがいて」
エレアリーゼが言葉にすると、真っ黒だった影に灰色とも茶色とも言えない朧げな色がつき、あやふやな輪郭が現れ、
「エルくん……お兄ちゃんがいた」
最後に兄の名を口にすれば、その姿だけが鮮明に映し出された。
映し出された家族たちはいたって普通で……ありふれた幸せを謳歌するように、楽し気に食卓を囲んでいた。
けれども――。
「手の届かない思い出は。代わりに……憎悪で塗り潰されるの」
真っ赤な瞳で、その光景を見つめるエレアリーゼの目の前で、父親だった影が黒く塗りつぶされる。
「あの男は居なくなった」
何故と問おうにも、その男は既にいない。所詮これは記憶の中のできごと。喪失感が見せる幻なのだから。
「あの女は壊れて魔女になった」
塗りつぶされた男から染み出す黒色が、母親だったものも黒く変えていく。
「ずっとずっと虐げられた」
少しずつ黒くなっていくその女は周囲に黒色を飛び散らして……その姿は、毒をばら撒く魔女のようだった。
「それでエルくんは……」
様々な色で彩られた兄が、女がまき散らす黒色に染まっていく。
始めは小さかった黒い染みが、だんだんと広がり、やがて兄の姿は塗りつぶされて――。
「……いいえ。彼だけは喪ってない」
塗りつぶされたのは兄ではなく。世界の方だった。
世界が真っ黒になる寸前、あの女が何かを叫んでいた気がするけれど、その声は彼女には届かない。
「だって名前を呼べば今もこうして、ぶっきらぼうに応えてくれる」
真っ黒な世界の中で、たった一人残った兄の横に立ってエレアリーゼは微笑む。
そして横にちょっと手を伸ばせば、兄はその手を握り返してくれる。
エレアリーゼと同じ姿をした、兄が。
それは仮初の身体……それでも魂だけは一つになれた。
エレアリーゼは、エルに向き合うと、その体を抱きしめる。
「彼だけは絶対喪わない」
(「今の俺は多分、君の中で生まれた紛い物で」)
自分と同じ姿をしたエルはとても華奢で、壊れてしまいそうで……もう喪わないようにと、強く強く抱きしめる。
「エルのたった一人の家族」
(「それでも俺が、君の心の最後の縁」)
そうして温もりを求めるように、縋りつくように目を閉じれば、エルもまたエレアリーゼを抱きしめ返して――。
黒に染まっていた世界に、白い胞子が入り込んでくる。
胞子たちはあっという間に黒の世界を塗り替えて、胞子の溢れる白い世界へと変貌させた。
「あなたは、平気なようですね」
白い世界の中には、『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスが静かに佇んでいた。青ざめた顔をしているのは、喪失感に苛まれているせいだろう。
「だって、エルくんはここに居るもの」
そんな二コラを前に、エレアリーゼが右手を真横に差し出せば、そこには鏡で映したかのように左手を差し出すもう一人のエレアリーゼが出現する。
それを見た二コラは比重の重い宝石による宝石弾を放ってくるが、
「行くぞ」
「うん!」
二人のエルは互いの手を取り合うと、二コラに向かって走りこむ。お互いの体を引き合いくるくると回し合い、まるで踊るかのように降り注ぐ宝石弾を避けて、二コラの懐へ入り込む。
「エル、こっちだ」
そして、真後ろに着弾した宝石弾の重力が横に流れるのを感じ取ったエレアリーゼは、二コラの真横に回り込んで……二人で手にしたMaliceを突き刺したのだった。
消えゆく二コラを背に、二人は戦場を後にする。
楽しそうに、他愛のない話をしながら、今この一時を噛み締めるように。
大成功
🔵🔵🔵
メルティア・クレンセルト
私は感情を失った
オブリビオンによってドールハウスに幽閉され、ただ観察される毎日
救済も強要もなくただ時間だけが過ぎる
籠の鳥のように与えられた自由
私は誰とも関わらない2年の間に心をすり減らし失くしてしまった
「馬鹿らしい。底を見た後にこんなまやかし効きやしないわ」
作用がない訳じゃないわ
でも、あの時に比べたらなんてことないの
立ち直れない子がいるなら少しだけお節介
「貴方はここで立ち止まりたい? いいのよ、諦めても。貴方の意志を聞かせて」
『負の感情は他人に与えられるものだ』
大嫌いなアイツの言葉が脳裏に浮かぶ
でもそれは負の感情すら欠落した私のために選んでくれたやり方
猟兵なら少しの光があれば立ち直れるわよね?
長く長く、暗い道の先に光が見える。
暗闇を歩む者たちを洞窟の終わりに導くように、光は優しく瞬いて……その光を目指して、猟兵たちは歩みを進める。
歩みを進める猟兵たちは終ぞ、光の下へと足を踏み入れ――。
「嫌な景色」
はらはらと雪のように舞い落ちてくる白い胞子が溢れる空間を見た、メルティア・クレンセルトは眉をひそめる。
美しいとすらいえるこの景色を見て、嫌な景色と言うものは滅多にいないだろうが……美しいからこそ、メルティアの不信を買ったのだろう。
長い絹糸のような黒髪。見つめたものを魅了する紅玉のような瞳。まるでそうあって欲しいと願われ、作られたかのように整った顔立ちと体。
メルティアと言う少女の容姿を説明するのならば、多くのものは言うだろう「人形のようだ」と。
否、彼女はミレナリィドールなのだから、実際その通りなのだが、
「本当。こんなものを見ていても良いことは無いわね」
何者かに心臓を触られたような背筋の凍るような感触に襲われて、メルティアは己の胸に手を当て目をつむる。我知らず、身を守るように――。
――私は感情を失った。
メルティアがゆっくりと目を開けると、目の前に人形があった。
黒い髪。陶器のような肌。ルビーの瞳。物言わぬ口。表情の無い顔……それは間違いなく人形。
窓際の椅子に腰を掛けて、窓の外を眺め続ける人形に彼女は小さく息を吐く。
それから人形が見ているものを追いかけるように、その視線をたどれば、窓の外にはひらひらと白い胞子のようなものが待っていた。
――オブリビオンによってドールハウスに幽閉され、ただ観察される毎日。
はじめは……普通の子供のように感情をあらわにすることもあった。
けれども、救済も強要もなく、ただ穏やかに、ゆっくりと過ぎる日々に。
何ごともなく……本当に何ごともなく、ただ過ぎる日々に。
籠の鳥のように与えられた自由の中。ただ独り、波一つない海の真ん中で過ごし続けるような日々に、感情は揺れなくなっていった。
……感情を波立たせるには、栄養が必用だ。そして感情の栄養とは、誰かと関わること、世界と関わること、何かとのつながりに他ならない。
「私は誰とも関わらない2年の間に心をすり減らし失くしてしまった」
だからこそ、全てのつながりを断ち切られ、ただ生かされ続けることは、人形にされることと変わらない。
「馬鹿らしい。底を見た後にこんなまやかし効きやしないわ」
あの日々に再び戻るとしたら。そんな思考を巡らせてしまえば、胸の奥で何かがざわめくのが分かる。
けれど……それはまだ、自分の中に感情があると言う証明に他ならない。
ならば、あの時に比べたら、なんてことないとメルティアは大きく息を吸い込む。
「貴方はここで立ち止まりたい? いいのよ、諦めても。貴方の意志を聞かせて」
それから、目の前の人形の、ルビーの瞳をのぞき込んだ。
――負の感情は他人に与えられるものだ。
ルビーの瞳に映る自分を見た瞬間、大嫌いなアイツの言葉が脳裏に浮かぶ。
でもそれは負の感情すら欠落した私のために選んでくれたやり方。
猟兵なら少しの光があれば立ち直れるわよね? そう言葉を紡ごうとして――。
再び世界は白い胞子の空間に変わる。
「どうかしましたか?」
そして、その空間の様子にメルティアが深く息を吐いていると、白い胞子の空間の中央に佇んでいた『宝石天文魔術師』ニコラ・コペルウスが話しかけてきた。
「どうもしないわ。結局やられた通りにしかできないのよねって、呆れちゃっただけよ」
メルティアのぶっきらぼうな回答に、二コラはそうですかと頷き、そのまま比重の重い宝石による宝石弾を放り投げてくるが、
「あら、急ね」
メルティアは真横に跳びながら、炎の魔力、水の魔力、風の魔力を順番に身に纏う。
そして、宝石弾を避けたところで今度は一息に二コラの眼前まで迫ると、ノワール式兵装・弐型『貫徹』の銃口のような射出口を突き付けて――身に纏った魔力をまとめて放ったのだった。
消えゆく二コラを背に、メルティアは体にまとわりついた白い胞子を手で払う。
それからふと思い出したように、戦場の入口へ目を向けるが、そこには誰も居らず……メルティアは何でもないと言うように小さく頭を振ってから、その場を後にするのだった。
大成功
🔵🔵🔵