櫻印の日記屋にてお待ちして候
「いらっしゃいませぇ……」
カランコロンと店先のベルが鳴る。
笑顔を浮かべた店員は、しかし黒い外套で顔を隠した男の客を認めた途端に首を傾げた。ここは主に『日記』を取り扱った筆記具の専門店。最近流行りの交換日記を嗜む少女らや恋人たち、あるいは書き物を生業とする書生や文人などが主な客層である。
それが、見るからに怪しげで不愛想な男が暖簾をくぐって一冊の日記を所望した。
「どのようなものがよろしいでしょうか? 和綴、巻物、帳面。いろいろございますが」
「物が書ければ何でも構わん。そちらの席を借りるぞ」
「はぁ……」
男は店員の差し出した日記を奪うように購い、店の奥にいくつか並べてある丸テーブルの一つに陣取った。ここで購った日記に今日の出来事を綴るために用意されたスペースなのだが、彼はサービスの珈琲にも手をつけず、一心不乱に何事かを書き込んでいる。
恋仲との交換日記をしたためている……ようには見えないわよねえ。
店員は再び首を傾げ、あらと何かに気が付いた。
男が邪魔そうに外套を後ろへ払った際に露わになった首元に垣間見えた『黒い鉄の首輪』。
なんだかぞくりとしたものを覚え、店員は触らぬ神に祟りなしとばかりに男から意識を外した。
ふと窓の外を見れば、今日も相変わらず桜が舞っている。幻朧桜。サクラミラージュの街中に軒を連ねる、ある日記屋の一幕であった。
「影朧兵器、という名の存在を知っているか?」
今日も今日とて、事件は起こる。
いつものように集まってくれた猟兵たちに向けてサク・スミノエ(花屑・f02236)が口にしたのは、聞くからに物騒な兵器の名だった。
「いまはもう昔のことだ。このサクラミラージュで起こった大戦のおり、現在は禁止されている非人道的な影朧兵器が用いられていたという。今回、それを所有すると思われる男の所在が確認された――そう、この日記屋をおとずれた不気味な外套姿の男のことだ」
宙に再現される男の映像。
目深に被った外套のせいで年格好はわかりづらいが、声はしっかりしていてまだ若い。そして首には意味ありげな『黒い鉄の首輪』。彼は休憩スペースのテーブルにつき、脇目も振らずに何事かを日記に書き込み続けている。その勢いたるや鬼気迫るものがあり、しばらくは筆を休める気配すらない。
「この男が所持している影朧兵器は、人間の『恨み』を込めたグラッジ弾と呼ばれる弾丸だ。この銃弾を浴びた被害者が得るのは通常の負傷だけではない。強い『恨み』を浴びた体は周囲に影朧を呼び寄せる媒体と化し、辺り一帯を破壊する災禍の目となる。もしそれが彼等の手によって恣意的に用いられた場合には――地獄だな。そうなる前に、食い止めなければ」
男についての情報を伝え終えたサクは、次に現場となった日記屋についての説明を始めた。
曰く、男に動きがあるまでは自由にこの日記屋で時間を過ごしてもらって構わないと。
暖簾をくぐれば、そこにはありとあらゆる種類の日記が豊富な品揃えで出迎える。シンプルなものから香りや梳き模様のあるもの。淡色から濃色までお好みのままに。購入した日記にその場で書き綴るためのテーブルも用意されている。
「どうやら、複数人で一冊の日記を回す交換日記というものが巷で流行しているらしいな。友人、恋人、家族。その日あった出来事を共有できる親しい者がいるというのは喜ばしい。自分にはいない、という場合は――俺とでもやってみるか? まあ、それは冗談として」
サクは苦笑し、皆を送り出す準備を整える。
「櫻印の白い暖簾が日記屋の目印だ。相手が行動を始めれば否応なく気を引き締めるはめになる。だからそれまではゆっくりと時間を過ごすといい。さあ、用意はいいか?」
ツヅキ
●第1章 日常
日記屋で日記の購入、休憩スペースにて執筆や日記の交換など。サービスで珈琲が出ます。推奨行動は参考までに、ご自由なひと時をお楽しみいただければと。余裕がありましたら怪しい人物にも気配りをお願いします。
プレイング受付期間:1/15 8:31~1/16 8:30迄。
判定・執筆はできるだけまとめて行います。
共同プレイングをかけられる場合は相手のお名前とIDもしくは団体名を冒頭にご記載ください。
●第2章 冒険
店の近くには迷宮横丁と呼ばれる路地裏があるようで…?
迷い路の追走劇。
●第3章 集団戦
絶望する“花”たちの悲鳴。
叶わぬ望みに翻弄される彼女たちに二度めの終焉を。
第2章以降のプレイング受付期間は雑記をご確認ください(多少のフライングや遅れなら善処致しますので、駄目元での再送・追送はお気軽にどうぞ)。
第1章 日常
『交換日記をあなたと』
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POW : 今日あったことを短く書く
SPD : 今日あったことを事細かに書く
WIZ : 今日あったことを絵で書く
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ヴィネ・ルサルカ
ふむ、サクラミラージュ…初めて訪れるが、懐かしき空気を感じる世界じゃのぅ…
さて、此処が件の日記屋。どのような品を揃えておるか物色すると致すか。
小一時間吟味した末に選んだのは藤色の、微かに花の香りがする日記。
はて、日記なぞ書いたことも無いが…店の客でも観察しながらしたためてみるとするかのぅ。
無論、あの怪しい風体の男も観察対象じゃ。珈琲でも飲みながら、店の雰囲気を味わう素振りで、男に気取られぬようじっくり観察致そう。
しかし、ゆるりとした雰囲気で文をしたためるのも偶には悪くないのぅ。
逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と
いつも手を伸ばせば触れられる距離にいますので
言葉で気持ちを伝えることが多い分、こうして文字にして伝えるというのはなかなか恥ずかしい気がいたしますね
心細げな瞳を向けられたならその可愛らしさに微笑んで
特別なことではありませんよ
相手に会えていない間の自分の様子や 伝えたいこと、世間話など……
言いながら僕は買い物で買ってきたものや好物の野菜スープのこと
飼っている子猫と子犬のことなどを書きましょう
末尾には大好きですよと書き添えて
不思議と文字にしてみると形になりますから照れくさいですね
そうして彼に書いた日記を見せて
彼の書いた日記を見せてもらい笑いあいましょう
アンテロ・ヴィルスカ
日記か、悪くないね。定まった寿命のない種族がまめに書き続けたらすごい量になりそうだ。
店員に種類や材質を尋ねながら選ぶのは、シンプルで落ち着いた見た目の小さめな日記帳
決め手は桜色の和紙を使った頁…
外見まで可愛らしいのは不釣り合いだろう?だけど中は華やかに
桜は何処で咲くものも気に入っていてね。
万年筆は自前、贈り物を胸ポケットから取り出して。テーブルにはついたものの困ったな、書きたい事がまだない…
今はまだ開いた頁を前に、困ったように筆を回すだけ
今回の件が片付いたら改めて綴ってみようか、それまではまたこの世界の桜でも見て楽しむとしよう。
アドリブ等、ご自由に
イーサン・ライネリス
首輪はめてんの? そういうシュミなわけ?
ふつーに考えれば防具、またはなにかの道具よね。はめとく時間に応じて強くなるーみたいな。
んー、まいっか。どうせすぐ答え合わせできるでしょ。
っていうか恨み弾ってえっげつな……やだわー人間こわいわーマジで。
日記屋さんってすごいわね。けっこーニッチじゃない? 需要が。
せっかくだしアタシも冷やかしましょうか。
日記ねえ、かわいいの見つけると欲しくなっちゃうんだけど、長続きしたコトないのよねぇ……3日も続かなかったわ……。
アラ、見てアンジー! ハツカネズミがモチーフよこれ。かわいいわねー。
……買わないケド。
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
交換日記か
宵とは大半の時を共に過ごしている故文字で伝え合う機会は中々ないのでな。楽しみだ
宵色の日記帳を選びペンを手に取る…が
ペンを握り固まった侭ついぞ宵へ助けを求めるような瞳を向けてしまうやもしれん
…いざ宵へ向けた文をと考えると何を書けばよいのか迷ってな…?
アドバイスを受ければ顎に手を遣り今朝の鍛錬の様子や鍛錬中偶に挨拶を交わすびぁえるという物が好きな女生徒との会話
後、夕餉の希望を宵へと聞いてみよう
斯様な形で良いのだろうかと迷いながらも、最後に小さく愛しているの文字を
ああ、本当に。言葉に出すよりも恥ずかしく思えるのは何故だろうな
…後周囲の警戒は忘れておらんぞ
…本当だぞ?
ニーナ・アーベントロート
【morgen】の仲間達と
何を隠そう、あたしズボラでさ
こういう日記はなかなか続かなくって……
こうして誰かと一緒に選んだ一冊なら、違うかもって思ったんだ
おぉ、丈一さんの日記帳かっこいい。サムライって感じする
革表紙のほうも重厚感あって、砦の雰囲気とマッチしてるんじゃない?
怜悧さんのは不思議な形……。ほんとに種類豊富だねぇ
和紙っていう紙で出来てるんだ。綺麗だね
うんうん!ここはひとつ女子らしく、結希さんとお揃いのを選んじゃおー
菜の花と桜……すごい可愛いよ!えへへ、確かに仲良しっぽいよねぇ
なんて、珈琲片手にちょっと浮かれつつも
おぉっと、怪しい人にスキあり!?
ちょっとだけ見えた……かもしれない……?
ルイーネ・フェアドラク
日記屋とはまた趣がありますね
UDCアースに身を置いていると、昨今は触れる機会も乏しいですが
件の男を目の端に、店内を巡りつつ
この場で事を起こすとは思いたくないですが……
何かあれば即座に動けるよう
とはいえ、悟られても拙い
客の振りで、目についた日記を吟味していく
鉄紺に銀粉散る帳面
夜空を音もなく降る粉雪のようなそれに
ふと、先だって貰った手紙を思い出した
手書きの手紙など、貰ったのは何年ぶりだったか
贈り主は、親しい間柄の子どもだった
購入するつもりはなかったけれど、つい
――これを一冊、いただけますか
使い道も特に、思いつかないけれど
春乃・結希
【morgen】
うわぁ!可愛いのがいっぱいで迷う…
私も日記は毎年買ってて…それで満足して使わんのやけど…選ぶのが楽しいのです!
一駒さんは和服も着るんですよね?じゃあ和風なやつも似合うと思いますよっ
水鏡さんのは…何ですかそれ初めて見ました!意外と使いやすいのかな…?
私はニーナさんと柄違いでおそろの日記帳を選びます
仲良しみたいで嬉しいなー
ニーナさんは…菜の花?可愛いっ!じゃあ私も春っぽいやつ…この桜のにしようかな?
なるほど思いついた時だけでも…それなら使ってあげられそうっ
そうしてニーナさんと女子トークしつつ最初の日記を書きにテーブルへ向かう
…と見せかけて怪しい人が何書いてるかチラ見!
…見えました?
辻・莉桜
日記屋とは素敵なお店ね
お仕事のついで、と言うのはとても失礼だわ
いつまでもここにいたくなってしまう
そうね、和綴の帳面をいただこうかしら
サアビスの珈琲をいただきながら
今日のこのお店との出会いをしたためるの
とは言え、お仕事はお仕事
こんな素敵なお店を狙うなんて無粋な方だわ
時折書く手を休めてそれとなく男性を確認
何を書いているのかしら
恨み? だとしたら少し可哀想かも
こんな素敵なお店でそんなことしか書けないなんて
顔と姿はしっかりと覚えておきましょう
ああ、サクさんに一冊、お土産に日記帳を買っていきましょうか
絡み、アドリブなど歓迎です
音海・心結
【狼と桃蝶】アドリブ◎
ここが約束の場所なのでしょうか
ルーチェは一体どこに……ぁ
見つけたら一目散に走ってきて
交換日記、したことないのですよ
ルーチェはしたことあるのですか?
……一人の日記、どんなのか気になる
どうぞどうぞなのです
お手本を見せてくださいなのです♪
わざと背を向けてみないように
その後、日記を受け取って書き始める
***
特別な好きな人なのですか?
んー……んー
みゆはナイト(あだ名)にあげたいのです
いつもよくしてもらってる大事な人なのです
恋……とゆうものではないのですが
***
初めての交換日記に頬が緩むのです
書き終わったらルーチェに返して
続き、楽しみにしてるのですよ♪
ルーチェ・ムート
【狼と桃蝶】アドリブ◎
櫻印の白い暖簾、此処だね
心結ー!
軽く手を振って存在を示す
交換日記、だって
キミはやったことある?
ボクは初めて!
普通の日記を綴ってはいるけど
えへへ、早速ボクから書いていい?
うーんうーん
悩みながら丸っこい文字を並べる
心結、もうすぐばれんたいんって行事があるらしいよ
好きな人にちょこれーとをあげるんだって
この好きは特別な好きを指すみたい
特別な好きって難しい…みんなのことが大好きだから…
出逢った人全員にちょこれーとを配るにはお金と時間が…!
ねえねえ、キミは誰にあげるか決めてたりする?
交換こ!
キミはどんな日記を綴ってくれるのかな?
どんな内容でも、心結を知る事が出来るんだもん
大切に読むよ
水鏡・怜悧
【morgen】
呼び方:丈一さん、結希さん、ニーナさん
人格:ロキ
詠唱改変省略可
「日記は研究日誌しか経験がありませんが、随分と種類があるのですね」
3人について店内を周りつつ、珍しいものを探します
「蛇腹折りとは珍しい。和紙製で耐久もそれなり……これにしましょう」
会計しつつ店員さんに情報収集します
「この後服飾店などを巡る予定なのですが。周りの地図はありませんか?迷い路があると噂を聞いたので、心配で」
地図を貰い受け、3人と合流
「どの辺りを巡りましょうか」
雑談しつつUDCを動かして、男性の外套の裾に目立たないように盗聴器を貼り付けます。独り言など言っていないか、電気属性の触手で受信して聴いてみましょう
一駒・丈一
【morgen】で誘い合わせで来店。
俺は、自分用と旅団内で共有使用するものを購入予定。
皆の分も俺が買ってあげよう
色々あって迷うが…
ここは結希のアドバイスに乗っかり、和風の日記帳にするか。
色は、雅な紫色だ。
旅団用は、丈夫な革製のものかな
購入後は皆で休憩スペースで珈琲でも飲みながらゆっくりするか。
皆は…早速何か書く感じか?
俺は基本的には、最初に購入場所と過去の経歴を記載する。
仕事柄か…もし何かあった時用の痕跡を残す習慣があるのでね。
日記が続かないなら
毎日ではなく思い立った時に書くとか、そんな使い方もアリではないかな
休憩がてら…可能なら首輪男の様子を窺う
【地形の利用】で相手の死角になる箇所を陣取ろう
花型・朔
日記かぁ…実は書いた事ないんだよねぇ。
色んな品物を手にしたり、紙を触ったり、へぇ、ほぉと独り言を漏らしながら目についた物を手に取って。
漆黒に金の装飾の日記はあたしの刀の鞘とよく似てる。
あぁ、でもこんな高級な物。他愛ない日々を書きこむのは勿体ないような。
名残惜しく戻して手短な物を購入。
へへ、字を書くのは得意なんだよね、そうだなぁ、今日の任務の事でも記録してみる?
話した人の特徴とか、細かい情報も描きこみながら…
貰った珈琲はもう少し甘目にしていいかな、ミルクとか入れられる? 何て席を立ち、ちらりと怪しい人の日記を横目で覗く。
その表情、書いてある文章、何か少しでも掴める情報はないだろうか、なんてね。
菱川・彌三八
…
……
駄目だ、言葉にならねぇ
気持ちが浮ついちまって、如何にも
しかも此の本、だーれも書いちゃいねェんだらう
俺ァちいと、此処にあるもん全部見てえくれェさ
…否、見る
表紙も中も、はぁ…随分と手の込んだ…
俺ァ読み本みてえなのも好いがよ、やっぱし絵が描けねェと
手控えに向いたモンがありゃあ即決
して、よう
この紙ぁ随分と滑らかだが…墨は乗るのかね
その、ホレ、其処な御仁の様な筆サ、
何を書いちやるか知れねェが、其れも随分と滑らかな…
いざ受け取りゃドウデ、墨に付けずとも墨が出やがる…!
…今心からこの国に来て好かったと思うゼ
いやあこねェに楽しいなァ何時ぶりだろうな
新たな筆心地を、暫し
あゝ、今なら何だって描けそうだ
●第1章 『桜辺に記すらん』
「さて、此処が件の日記屋か……」
ふわりと鼻先を掠める花の香はどうしてかヴィネ・ルサルカ(暗黒世界の悪魔・f08694)に懐かしいような郷愁を呼び起こす。実際のところ、数々の日記帳を取り扱うこの店は長い年月を経た老舗らしく鄙びたノスタルジィを感じさせるのだった。
「いらっしゃいませぇ。ごゆっくりご覧になってくださいねぇ」
「あぁ。ここまで種類が揃うと圧巻じゃのぅ……できれば、花の香がする品を探しておるのじゃが」
「それでしたらこちらの棚ですね」
愛想のよい店員に案内されたヴィネは小一時間ほどを要し、あれやこれやと迷った仕舞いに上品な藤色に染まる表紙の日記を優雅な指使いで選び取った。
「ありがとうございましたぁ! 後ほど珈琲をお持ち致しますので、お席にかけてお待ちくださぁい」
会計を済ませ、ヴィネはテーブルについて筆を動かす男の脇を自然に通り過ぎる。
(「ふむ……見た目はこの世界の者にしか見えぬが……変装を疑うには堂に入っておるな。このような雰囲気の店にも慣れておるのか……?」
ふぅ、と運ばれたばかりの珈琲に息を吹きかけ、唇をつける。熱さと苦味が体に染み渡るようだ。
「ふふ」
思わず笑みがこぼれる。
藤色の表紙を繰り、最初の頁にペン先を当てた。偶には緩やかな時間を過ごすのも悪くはない。
「隣、いいかな?」
穏やかに尋ねたのは、特に飾りのないシンプルで小ぶりの日記帳を手にしたアンテロ・ヴィルスカ(黒錆・f03396)。
彼は音もなく引いた椅子に腰かけると黒手袋の指先で表紙を捲る。すると、目に飛び込んでくるのは可憐な桜色の和紙だ。表の印象を裏切る見事な差異はその本心を容易に見せぬアンテロという男の存在と符号の一致を果たしているかのように思えた。
「はい、珈琲をどうぞ」
湯気を立てるカップをテーブルに置いた店員が小首を傾げて微笑む。
「その品物、華やかで素敵ですよねえ。桜がお好きなんですか?」
「儚くて、いじらしい花だね。何処で咲くものも変わりなく気に入っているんだよ」
アンテロは胸ポケットから引き抜いた万年筆――年下の友人からの贈り物であるそれ――の蓋を取り、魔力によってインクの滲むペン先を宙に彷徨わせた。
さて、困ったな。
書きたい事がまだない――……。
初めて開かれたばかりである桜色の頁はほのかな光沢を帯び、その役目を果たせる時をいまかいまかと待ちわびているかのようでもある。主に三椏を用いたしなやかな触り心地が特徴の和紙であると店員が説明していたのを思い出す。
指先で撫でれば、微かにひんやりとした優しげな紙の感触。アンテロは結局、筆を置いて白紙の頁を前に窓の外を眺めた。あの空を舞う花片のように可憐な日記の最初に綴る出来事は今回の件が片付いてから考える、というのもひとつの手だろう。
(「虚ろなる桜吹雪、か。此度の一件には果たしてどんな連中が噛んでいるやら」)
もの思いに沈むアンテロから距離を置いた店の反対側では、イーサン・ライネリス(有閑ダンピ・f22250)がその鋭い眼差しを細めて男が首元に纏う“首輪”の造形を確かめている。
「シュミか、あるいはふつーに考えて防具か道具の一種? はめとく時間に応じて強くなるーみたいな」
「あの首輪は気になりますね。要注意、です」
密やかにルイーネ・フェアドラク(糺の獣・f01038)は肯ずる。視線を差し向けていた事実を男に悟られぬよう、さりげなく眼鏡の位置を直しつつ目に留まった日記を棚から引き出して中を開いた。
まるで捜査に勤しむ個人探偵にでも扮したかのような、さりげなき監視と観察。
ほどよい緊張感と指に触れるアナログな手触りはルイーネに淡く沸き立つような感慨を与えてくれる。なにしろ普段はUDCアースの組織に勤める身だ。あの世界ではもっとデジタルな媒体が日常化しているのだから。
一方のイーサンは物珍しげに軽く鼻歌など口ずさみつつ、店内に陳列された日記を片っ端から冷やかすつもりのようだ。
「ん? どうしたのアンジー? だって、日記屋なんてあんまり見ないじゃない。フツーこんなにたくさんの日記ばっかり売ってないわよ」
肩先に乗った相棒のハツカネズミに笑いかけ、イーサンは表紙を見せるように棚へ立てかけてあるる鮮やかな銀朱の組紐で括られた日記を眺めすがめつした。
「んー……せっかくだし欲しくなっちゃうけど、三日坊主になるのは目に見えてるのよねぇ」
値札と品物を交互に見つつ、ふと棚の端っこに忘れられたように置き去られたハツカネズミ柄の日記を見つける。
「アラ、見てアンジー!」
はしゃいだ声で相棒に呼びかけるイーサンの後ろで、ルイーネもまた惹き込まれたように一冊の日記の前で足を止めていた。
雅やかな鉄紺の地に繊細な銀粉を散らした薄手の帳面。
それはまるで、夜空に音もなく舞い降る粉雪の静謐さを封じ込めたかのような魅力ある品物だった。
つい、思わず。気づけば――フラッシュバックする子どもの姿と何年ぶりかにもらった手書きの手紙。贈り主と過ごした親しい記憶の甦りとともに、指先は購入するつもりのなかったそれへと伸びていた。
「ハツカネズミがモチーフなんて、探せばあるのねえ。かっわいー。なによ、アンジーあんたも気に入ったの? でも残念買いまセーン」
イーサンに鼻先を指で撫でられ、アンジーことアンジェラはくすぐったそうにヒゲを膨らませた。
「――これを一冊、いただけますか」
「はい、毎度ぉ。贈り物ですかぁ? ラッピングもできますよぉ」
「……いえ。使い道は特に思いついてはいないのですが、なんとなく」
「綺麗な表紙ですものねぇ。こちら、おまけの栞になりまぁす」
「どうも」
蝋引きの紙袋に入れてもらった日記帳を丁寧な手つきで脇に抱え、ルイーネは何かあれば即座に動けるよう身構える。
(「よもや、この場で事を起こすとは思いたくないですが――」)
ふと、それは相手も同じことなのではないかという考えが脳裏をよぎった。ならば、本番はおそらくこの店を出てから――?
「どうしました、ザッフィーロ君? 助けを求めるような上目遣いでこちらを見て……早くしないとペン先のインクが乾いてしまいますよ」
「ん、いや……いざ、となると何を書けばよいのか迷ってな……?」
「特別なことではありませんよ。相手に会えていない間の自分の様子や 伝えたいこと、世間話など……何を書いても構わないのです」
「ふむ……例えば、宵ならば何を書く?」
「そうですね。僕でしたら、買い物の記録や野菜スープの献立など。それに、飼い猫と子犬の愛らしい様子を書き連ねているだけでほら、この通りページが埋まってしまいます」
「いずれも宵の好きなものばかりだな」
「無論。なにしろ、大切な人に気持ちを伝えるための日記ですからね」
「――」
ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)と逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)は二人掛けのテーブルに真向い、宵色に染まる仕立てのよい装丁の日記帳を挟んで互いの額を突き合わせている。
真横から見た時、左側に腰かけるザッフィーロは戸惑いがちな横顔の顎に手を遣って一文ずつ刻むようにペンを走らせかけ――先ほど宵の書いたページの最後に付け加えられていた言葉に気づき、微かに耳の先を赤らめた。
「……どうしました?」
「いや、なにも」
軽く咳払い、ザッフィーロは隣のページに文章を綴ってゆく。そういえば、今朝の鍛錬では偶に顔を合わせる例の女生徒と会話を交わす機会があったのだ。確か『びぁえる』とやらが好きだと言っていた彼女。
「敢えて、言葉ではなく文字で伝えるというのが此度の趣旨なのであろう?」
「ええ、いかにも」
宵は照れくさげに微笑み、指先で彼の前髪に触れた。手を伸ばせば届く距離。慣れた言葉での囁きと違い、文字としてその想いを書き残すのは独特の気恥ずかしさがある。
ペンが紙の上を走る音。珈琲の香ばしい薫り。穏やかな彼の息遣い。あまりにも目の前の日記に没頭し過ぎていたことにふと気づいたザッフィーロは全てお見通しである宵の微笑を躱すが如く、少し離れたテーブルで一心不乱に筆を動かす男の方をちらりと確かめた。
「……周囲の警戒は忘れておらんぞ」
本当だぞ、と重ねて念を押すザッフィーロに宵はくすくすと笑みをこぼした。
「もちろん、わかっていますよ――」
だが、ぶっきらぼうに突き返された日記の内容に目を通した途端、今度は宵が目を瞠る番だった。
文章の最後に小さく記されていたのは、先ほど自分の書いたものと対になる言葉。
大好きですよ。
愛している。
「ふふ」
「……ははッ」
宵が小さく吹き出せば、ザッフィーロも相好を崩して笑い声をあげた。
「ああ、本当に。言葉に出すよりも恥ずかしく思えるのは何故だろうな」
「ええ……くすぐったいくらい気恥ずかしくて、けれどひどく新鮮でもありますね。それに文字は形に残りますから。ページを開けばいつでもこうして大切な人の気持ちに触れることができるというのは嬉しい限りですね、ザッフィーロ君?」
「心結ー!」
「ぁ、ルーチェ……!」
きょろきょろとレトロな街並みを見渡していた音海・心結(ゆるりふわふわ・f04636)は櫻印の映える雪のように白い暖簾を背に手を振るルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)に気づき、ぱっと弾けるような笑みを見せて駆けつけた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「ううん、全然!」
ふたりは軽く両手を打ち合わせ、肩を並べて暖簾をくぐる。
「わ、すごい。いっぱいある! えと、こっちのは交換日記にオススメでございます……だって。キミはやったことある?」
「ううん、したことないのですよ。ルーチェはしたことあるのですか?」
「ボクは初めて!」
頬を上気させて、ルーチェはまだ何も書かれていない日記を手に取った。自分用の日記なら綴ってはいるが、交換日記となればそれを心結に読んでもらうことになるのだ。それは少し気恥ずかしく、それ以上にわくわくする。
「…………」
「心結?」
ひとりで百面相しているルーチェをじっと見つめた心結は、少しねだるような声色でささやいた。
「……ひとりの日記、どんなのか気になるのです」
言外に“見たい”という意味を悟ったルーチェは慌てて首を振る。
「ふ、普通だもん! そんなことより、ね! これなんてどうかな?」
「かわいいですね♪」
「えへへ、早速ボクから書いていい?」
ふたりは会計を済ませてから、テーブルに移って日記のページを開いた。ルーチェにお手本を譲った心結が途中で見てしまわないように背を向けて待つなか、迷いながらも文章をしたためてゆく微かな音がゆるやかな時間を埋めてゆく。
心結、もうすぐばれんたいんって行事があるらしいよ
好きな人にちょこれーとをあげるんだって
この好きは特別な好きを指すみたい――――……
ルーチェが悩みながら連ねた丸くて可愛らしい文字は、“特別な好きって難しいね”という少女の戸惑いを浮き彫りにする。
だって、みんなのことが大好きだから……でも、出逢った人全員に“ちょこれーと”を配るのも難しくて。
ねえねえ、キミは誰にあげるか決めてたりする?
それはこの日記を交換して読むふたりだけの、内緒で秘密の話。「交換こ!」とルーチェの差し出した日記を読んだ心結は真剣な面持ちでペンを動かした。
特別な好きな人なのですか?
んー……んー
みゆはナイトにあげたいのです
あだ名を綴った時、胸の真ん中あたりがぽわんとあったかくなった。恋というものではないけれど、いつもよくしてくれる心結にとって大事な人。
「喜んでもらえるといいね」
「はい♪」
額を寄せ、ふたりはくすくすと楽しげに微笑んだ。
「続き、楽しみにしてるのですよ♪」
「ボクも! 大切に読むからね、心結――!」
「色々あって迷うな……」
一駒・丈一(金眼の・f01005)は軽く顎をさすり、店内をひと通り物色してまわる。専門店だと謳うだけあって望むものなら何でも出てきそうで頼もしい。
「う、っわあ……この日記可愛い鳥さんがついてる! こっちは海っぽくて深い色合いがすごく綺麗だし、花柄なんてこんなにいっぱいあるようっ! 見て下さい一駒さん、あっちの棚には和風なのもあるみたいですよ」
春乃・結希(寂しがり屋な旅人・f24164)が指差す先は、和紙の匂いと香が薫る大人っぽい雰囲気の場所。
「ふうん、わりといい雰囲気だな。色は……紫がいいか」
彼女のアドバイスに有難く乗った丈一はなかでもひと際落ち着いた雅な印象の日記を手にとり、満足そうに頷いた。
「これにするか」
「おぉ、かっこいい。サムライって感じする。渋くて趣があって、丈一さんにすごく似合ってると思うよー」
ニーナ・アーベントロート(埋火・f03448)が手放しで褒めれば、推薦した結希も嬉しそうに破顔する。
「きっと和服姿に合いますよね。水鏡さんは決まりました?」
「ん? ああ……」
3人の後を少し距離を空けてついていっていた水鏡・怜悧(ヒトを目指す者・f21278)は、同じく和風の品物が並ぶ棚で見つけた珍しい装丁の日記を物色している。
その手にある一風変わった形の日記帳を見て、結希は大きな瞳を輝かせた。
「何ですかそれ、初めて見ました!」
怜悧の手にあるのは、長い一枚の紙を折りたたんだような形。ページを捲るのではなく、巻物のように少しずつ右から左に折り開いて使うものらしい。
「意外と使いやすいのかな……?」
「うん、扇子みたいになってる不思議な形……蛇腹っていうの? へえ、ほんとに色んな種類があるんだねぇ。これも丈一さんのと同じ和紙で出来てるんだ。自然を感じさせる風合いで、とても綺麗だね」
好奇心旺盛に覗き込む結希とニーナに、怜悧はおっとりとした微笑を向けた。
「はい。日記といえば研究日誌しか経験がありませんでしたので、随分と種類があることに驚きました。和紙製で耐久もそれなりにあるようですし、私はこれにするとしましょう」
「よし、じゃあ決まったら俺に寄越してくれ。一緒に勘定するから。旅団用は――皆で使うから丈夫な方がよさそうだ。これで構わないか?」
丈一が掲げた革製の日記は長く使えそうな代物で、ニーナも絶賛だった。なにしろ重厚な革の見た目が砦の雰囲気に合っており、調度品とも調和して自然と溶け込んでくれそうだと思われたからだ。
「それで、ふたりはどうするんだ?」
丈一の問いに、結希とニーナは「せーの!」で選んだ日記を示し合わせたように差し出した。
「あたしはこれ! 結希さんとお揃いの菜の花だよ」
「私は春っぽい桜にしてみました! お揃いの日記、仲良しみたいで嬉しいなー」
「うんうん! ズボラなあたしでも、誰かと一緒に選んだ一冊なら続けられそうな気がするよ。だってこれなら、書く時はひとりでも繋がってるって感じがするもんね」
「私も! 毎年日記を買っただけで満足しちゃんだけど……これなら、ね?」
「そういうことか。続けて書くのが難しいのなら、毎日ではなく思い立った時に書くとかそんな使い方もアリではないかな」
「なるほど、それは名案なのですっ」
仲良く目配せし合うふたりを微笑ましく眺め、丈一はまとめて会計を済ませた。店員は人数分の紙袋とおまけの栞を添え、休憩スペースのテーブルへと一行を案内しようとする。
「ああ、そうだ」
それを呼び止め、怜悧は周辺の地図を所望した。
「この後服飾店などを巡る予定なのですが。周りの地図はありませんか? 迷い路があると噂を聞いたので、心配で」
「あぁ……すみませんねぇ、地図は置いてないんですよ。簡単なメモでよろしければお書きしますが……」
渡されたメモには、周辺の商店街と大通りの位置がわかるように簡素ではあるが丁寧な地図が書かれていた。
「ん……?」
怜悧は気がかりな点に気づき、目を細める。
商店街から見て北東に当たる一角が大きく空白となっている。おそらくこの部分が迷宮に当たるのだろう。だが、その中ほどを路面電車用の線路が南北に走っているのである。
「地図か?」
几帳面に過去の経歴と購入場所である店の名前を最初のページに記していた丈一が尋ねる。仕事柄、何かあった時のためにこうして痕跡を残しておくのが癖になっていた。
「ええ、どの辺りを巡りましょうか」
他愛もない雑談に紛れ、さりげなく男の元へと放たれた触手が床を這う。音もなく、椅子にかけられた外套の裏に盗聴器を仕込むことに成功。
『……いな、そろそろ約束の時間……だか――?』
微かな音声が受信用の触手を通して聞こえる。
「約束? 誰かと待ち合わせでもしているのか……」
丈一はちらりと肩越しに一瞥をやり、男の様子をうかがった。死角からの観察であるが故に相手はこちらの視線にはまるで気が付いていない。
そんな男の脇を、はしゃいだ会話を交わしながら通り過ぎてゆく結希とニーナ。
「可愛すぎて、書くのがなんだかもったいないくらいだね」
「ですねー。どきどきしちゃいます」
ちら、と動く視線。
盗み見ることができたのは、ほんの僅かな一瞬だった。
「結希さん、どこの席にする?」
「あの窓際にしましょう!」
そして、珈琲を運んできた店員が背を向けたタイミングでこそっと顔を寄せ合う。
「――見えた?」
「……見えました?」
尋ねたのは同時。
見事な重奏に吹き出してから、順番に語り始める。
「字……すっごくきたなかった……!」
「しかも、漢字ばっかりです。でも――」
ふたりは微かに喉を鳴らした。
「マル秘計画……って、赤文字で大きく書いてあったよ。それは確か」
「きっと、例の兵器を使った作戦計画に違いないのですよ。しかもその日付を見ました?」
うん、とニーナは神妙な顔つきで顎を引き、言を継ぐ。
「よりによって今日――! これは大変なことだよ。もしあいつを止めることができなければ、あのグラッジ弾とやらが今日にも使われちゃうんだ。なんとしても阻止しなきゃ……!」
「…………」
窓の外を舞う花色の髪を背に流し、静かに珈琲へと唇をつける辻・莉桜(花ぐはし・f23327)もまた、ほぼ同じ時刻に男の綴る日記の断片を知ることとなった。
「ふぅ……」
綴る手を休め、先ほど確かめた内容を反芻する。それは恐るべき影朧兵器を用いたテロの計画書であった。
(「なんて無粋な……」)
薄っすらと紙に焚き染められた香の漂う趣と情緒あふるる店のなか、血なまぐさい計略に腐心する男のことを莉桜はあわれとさえ思う。
「今度は是非、お仕事のついでではなく通いたいと願うほどに素敵な場所であるのに……此処で綴るにはあまりにもそぐわない内容ではなくて?」
「ほんとだよねぇ。……あ、また新しいページをめくった。あたし、ちょっと珈琲用のミルクをもらってくるね」
花型・朔(冒険に夢見る學徒兵・f23223)は席を立ち、店員を呼びながらカウンターに足を運んだ。
「あのー、貰った珈琲はもう少し甘目にしていいかな、ミルクとか入れられる?」
「もちろんですよぉ。はい、こちらの小瓶にたっぷりミルクを注いでおきましたので、遠慮なくお使いくださいな」
「へへ、ありがと!」
瀟洒な小瓶を受け取り、席に戻る合間に男の横顔と荒れた文字の乱舞する帳面をちらりと窺う。
鬼気迫る表情――まるで、己の命さえ厭わぬと覚悟しているかのような。
(「駅?」)
乱れた字の中にようやく読める漢字を見つけた朔は、椅子に腰を下ろしながら脳裏で繰り返す。駅、駅……汽車のそれだろうか? それとも、他にもそういう名前のついた場所がある?
「わかんないなぁ……」
背伸びして、手持無沙汰に買ったばかりの日記を開いた。ほどよく馴染む手触り。本当は刀の鞘に似た漆黒の地に金箔の装飾があしらわれたもっと豪奢なものが先に目に入ったのだが、こちらの方が普段使いにはふさわしかろうと名残惜しく諦めたのだ。
「随分と長い間悩まれていらっしゃったわね?」
綴ったばかりの文字を乾かすように和綴の帳面を繰る莉桜の指先は軽やかだ。つい、筆が走ってしまった。この店との出会いを嬉しむ気持ちをあてどもなくしたためていたら、思いのほか楽しくて。
「実は日記なんて書いた事なくてさぁ、初めてなんだよね。こういうの。他愛ない日々を書き込むのなら、やっぱり使いやすそうなデザインの方がしっくりくるかなって」
朔は「えへへ」と照れくさそうに笑う。
何冊も実際に手に取ってみて、最も手に馴染んだのがこれだったのだ。軽く組み合わせた両手を伸ばし、身体を解してからペンを取る。書き始めてしまえば、滑るようにスムーズだ。日付を記入した後で、さっき見たばかりの男の風貌と印象的だった文字をそのまま書き写す。こうして任務の記録をつけていると潜入捜査官にでもなったかのようでどきどきする。つい筆が進み、ページの隅に似顔絵なんて付け足してしまった。
そして、皆が日記を選び終えて雑談や調査及び執筆にいそしむなかでひとりだけまだ売り物の棚の前で悶える男がひとり――。
「…………」
菱川・彌三八(彌栄・f12195)はただゝ圧倒されていた。見渡すばかり“白紙”の本らはまるでこう誘っているかのようでさえある。
さぁ、疾く此の頁を埋めてくださいな――と。
ごくりと唾を呑み、彌三八は片っ端から日記を手に取りなかを検めていく。
「表紙も中も、はぁ……随分と手の込んだ……」
「お客さーん? ご気分でも悪かったりするんです?」
「……否、興奮で絶好調なくれえヨ。俺ァ読み本みてえなのも好いがよ、やっぱし絵が描けねェと」
疼く。
指が、心が。
この空間を埋め尽くす膨大な紙という紙にのべつ幕無しに筆を振るっていきたい――!
「お買い上げありがとうございましたぁ」
「ふゥ……」
柄にもなく勇んで即決してしまったことに僅かな照れを覚えつつ、彌三八は購入したばかりの日記帳を指先で繰った。手控えに丁度良いと思い求めた白地の帳面は見た目こそよく知る和綴のそれと変わらないのだが。
「随分と滑らかな紙面だが……こんなンで墨は乗るのかね」
「はい?」
「その、ホレ、其処な御仁の様な筆サ。何を書いちやるか知れねェが、其れも随分と滑らかな……」
「ああ、これのことですねぇ」
店員が見繕ってきた万年筆を早速試した彌三八は心からこの国に来て好かったと思うほどの衝撃を受けた。
墨に付けずとも墨が出やがる……だと……!?
「あら……?」
初めに気づいたのは、この事件を予知した猟兵のための土産を購入しようとしていた莉桜だった。
前触れなく開いた店のドア。おかしいわねと首を傾げる。この場に居合わせた猟兵はもはや忘我の領域で邂逅したばかりの新たな筆心地を楽しんでいる彌三八でおしまいのはずだ。
(「あれは、男と同じ首輪?」)
そう、新たに現れた男の首にもあの『黒い鉄の首輪』が嵌っている。彼は日記などには目もくれず、真っすぐに男の下へ歩み寄るなり彼の左肩をゆっくりと三度だけ叩いてみせた。
大成功
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第2章 冒険
『迷宮横丁』
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POW : 曲がるから迷うのだ!壁を壊してでも直進せよ
SPD : 止まっている暇はない!進み続ければいつか必ず出口に辿り着くはずだ
WIZ : 記録せよ!地図を作って迷宮の全景を暴くのだ
👑11
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●第2章 『いとをかし三千世界』
「怪しいものはいないようだ。発車して構わん」
警ら隊員が問題なしの旗を振る。ところは迷宮横丁からほど近い路面電車の駅である。彼等は“幻朧戦線”なる者たちの予告状を受け取っていた。
近々、この町で革命の烽火をあげる――と。具体的な方法は書いておらず、あとは長々と彼等のまるで共感できない主張が書き連ねてあった。
「おいちゃん、じゃあね!」
発車間際の窓から子どもが手を振った。
隊員は頬を緩め、「窓から手を出すなよ。ほら、危ないぞ」と走り出す電車を温かい気持ちで見送る。
「それにしても“幻朧戦線”ってなんなんです? なんでも黒いとげとげの首輪をしている奴等らしいですね」
「ここのいかれた奴等だろうさ」
自分のこめかみを指先で叩き、隊員は大きなため息をついた。
「なんでも、『大正の世を終わらせる』だとか、『戦乱こそが人を進化させる』だとか? 狂ってるんだよ。まともな考えなんてはなから持っちゃいないさ」
駅を出た電車はゆっくりと町を走る。
子どもはいつの時代も、どこの世界でも乗り物好きだ。少年は目を輝かせ、進路に待つ不思議な町並みを指さした。
「お父さん、変な町があるよ! 建物がみんな同じ形をしていて、どれも同じに見える――!」
「迷宮横丁?」
「ああ」
日記屋で待ち合わせていた2人の男はひそひそと声をひくめ、足早に裏路地を抜けた。頻繁に後ろを振り返り、誰かにつけられていないことを確かめる。
彼等は影朧ではなく普通の一般人であった。
ただし、その思想はその標準からはまるでかけ離れたものだ。幻朧戦線”に名を連ねる者たちはいずれもこの世界を壊したいと願っている。泰平の世など糞くらえ、だ。
「この横丁は全ての建築物が同じ設計で作られ、傍目にはどれがどれやらさっぱり見分けがつかん。しかも路という路が複雑な迷路となっている。一度迷い込めば半日は出られん。昔、この一帯を治めていた地主の趣味らしいが……とんだ道楽だな」
「人は住んでいるのか?」
「昔は栄えていたらしいがな。今じゃいたとしても数えるほどだ。故に都合がいい。まさか警ら隊の奴等もこんな場所で電車が襲われるとは思ってもいるまい
……!!」
派手に外套を翻し、男は敵を出し抜いてやった快感に身を震わせた。右手に握る銃にはグラッジ弾と呼ばれる禁制の影朧兵器が既に装填されている。
迷宮横丁の名の通り、この通りに足を踏み入れたものはまず辺り一面同じ景色が続くことで方向感覚を狂わされる。うっかり入り組んだ路地の奥へと誘い込まれてしまえば、あとはもう無常なる袋小路が待つばかりだ。
「仮に俺たちをつけている奴がいたとしても、この迷宮に入ってしまえば――」
だが、そこで男は足を止める。
「どうした?」
「み……道が分からなくなった」
「はあ!? お前、事前に調査していたのではなかったのか?」
「もちろん何度も足を運んで頭に叩き込んでいた! そ、それでもなお惑わすとは迷宮横丁恐るべし……!」
はっとして、男は顔を上げた。
「電車のベルの音だ。早く線路を見つけて先回りしなければ、計画が丸潰れだ!」
「急げ、なんとしても間に合わせるぞ!!」
彼等の走り去った後を茶色ぽい猫が通り過ぎる。まるで保護色のように周囲の景色に溶け込み、すぐに見えなくなる。
男たちの足音もすぐに遠ざかり、横丁は嵐の前の静けさの淵へと沈んでいった。
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
迷宮横丁か
当然すまぁとふぉんとやらも使えんのだろうな…と …。…否、アースは迷ったとて便利だとそう思って居ただけで、な
迷宮横丁では迷わぬ様宵と手を繋ぎながら行動
『聞き耳』と『第六感』を使いながら慌ただしい物音や列車の汽笛音等が聞こえる方へ向かって行こうと思う
だが…本当に同じような建物が並ぶと『地形の利用』をしようと思いつつも進んでいるのか心配になってくるな
まあ、俺の北極星…導きの星が隣にある故恐れはないがと繋いだ手に力を込めよう
ああ。互いに照らし合い進むならば進むべき道は違えまい
男達を見つけたならば【穢れの影】にて足払い捕獲を試みよう
列車に害を成す前に止められれば良いのだがな
逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と
まぁ、便利機器に頼ったものでは抜け出せぬことは確実でしょうねと首を傾げつつ
ザッフィーロ君と手を繋ぎながら進みましょう
「視力」「地形の利用」「第六感」「野生の勘」を駆使しつつ、ザッフィーロ君と相談しつつ進んでいきましょう
人の気配の如何なども考慮に入れつつ迷宮の全体像を頭の中にマッピング
ふふ、きみにそう言ってもらえるのはいつでも嬉しいですね
たとえどんな迷宮でしょうが僕の天狼星が傍らにいるので、進むべき道は照らされていますとも
くだんの男たちの姿を射程距離に捉えたならば
【ハイ・グラビティ】で押さえつけるようにして確保しましょう
困ったさんはお縄につくお時間ですよ
辻・莉桜
【SPD】【第六感】【追跡】使用
…私も方向音痴なんて言っている場合じゃないわ
なんとかして怪しい人たちに追いつかなくちゃ
まずは☆風遊びで速度を確保
それから☆空に前方に飛んでもらって
道の確認をお願いするわ
これで虱潰しに迷宮を攻略するしかない!
空、頼むわね、道案内をよろしくね
きゅいって鳴く可愛い子に従って全力で自転車を転がすの
あー、こっちじゃなければこっちかしら?
働け、私の第六感!
一応地図も記録するけれども
それよりも急いで追いかけなくちゃ
最後はたぶん地図と空のおかげで攻略できる、はず
アドリブ、絡み、歓迎です
花型・朔
へぇ、これはこれは……
辺りをぐるりと見渡して、これは困ったと腕を組む。
水鉄砲でも持ち込んで、撃ちあいして遊んだり、鬼ごっこなんかしたら面白いんだろうなぁ。まぁでも今日は仕事で来たんだし。
お仕事バージョン鬼ごっこでも堪能しましょうか!
あたしの【花型】で腕を刺す。
この刀であたしを刺しても傷跡はすぐ塞がるんだよね。
刀に血をたっぷり吸わせてUC
ほら、この血はあげる。それじゃあ大量の蝶達、道導をどうかお願いね。
いや、刺したら痛い事は痛いんだけど、いたたたた……
水鏡・怜悧
【morgen】
人格:ロキ
詠唱改変省略可
丈一さんの言に頷きUC『触手の怪力』で丈一さんを掴みます。服の上からなら理性への影響もありません
「少し揺れます、すみません」
UDCの空中浮遊で上空へ浮かび、光属性の触手で目立たないように光学迷彩を施します
「先ほど仕掛けた盗聴器、追ってみます」
店と電車の中間を起点として、電気属性の触手で盗聴器の電波を捜索。発信源の場所を、トランシーバーで結希さんとニーナさんにお伝えします。男達を目視出来たら、
「丈一さん、お願いします」
男達の向かう少し先へ、丈一さんを投げ飛ばします。結希さんから合図があった場合は急いでニーナさんを迎えに行き、結希さんの元へ向かいます
一駒・丈一
【morgen】
空と陸両面で敵を探す作戦だ。
用意したトランシーバで仲間と連絡を取り
敵を発見した人は音の大きい信号弾を撃ち位置を知らせる。
これは、味方を呼ぶ他、列車のベル音を掻き消し敵の方向感覚を狂わせる役割もある
俺は怜悧と空から。
敵発見時は、怜悧に敵付近に俺ごと投擲してもらう。
頼むから安全運航で且つ投げる時はちゃんと声掛けろよ?俺は足場が無い場所は苦手でな。
着地直前にUC『決して何事も為し得ぬ呪い』を使いダメージを無効化
その後は、「早業」と「罠使い」の技で、装備の鋼糸を景色に溶け込むよう茶色に塗り敵進行経路上にワイヤートラップを張る。敵が足を引っ掛け時間を稼ぐのが狙いだ。
信号弾で仲間も呼ぼう。
ニーナ・アーベントロート
【morgen】
足の速さにはさほど自信がないので……
空からの情報を参考に陸で頑張るね
【目立たない】【忍び足】
ついでに【第六感】も駆使して
物陰を移動しつつ待ち伏せちゃうよ
トランシーバーで連絡をとりながら
幻朧戦線の男達を見つけた時は信号弾をすぐ撃てるようにしとく
自分が一番最初に発見したら
打ち合わせ通りに信号弾を発射
奴らはここだよーっ、みんな来て!
その間に逃げられそうなら【怪力】で押さえつけて足止め
味方の誰かが発見した場合は
同じく現場に合流する仲間に途中で拾って貰い迅速に移動
……いやぁ、飛べるって便利だねー(ちょっとしみじみ)
妨害はUC『ユングフラウの戯言』
ついでに【恐怖を与える】ことで動きを封じる
アンテロ・ヴィルスカ
街一つ迷路のようにしてしまうなんて愉快なヒトもいたものだ。追いかけるものがあるなら尚更、楽しいゲームのようでいいね?
追跡は【念動力】で動かす『銀鎖』をメインに
首から外してエンドパーツを振り子にし、ダウジングで彼らの位置を把握する
追うのは匂いでも人相でもない、強い破壊の意思だ。
登れそうな高さならば鎖を綱代わりにして屋根まで飛び乗り追跡を…
彼らが進む方向から出口を割り出してお出迎えも悪くないねぇ。
途中、幾つかの道に面する建物を雪に変えて道を塞いでおこう…
積雪注意だ、安全な道を進んでおいで。
アレンジなど、ご自由に
春乃・結希
【morgen】
私こういう人探しとか苦手で…
で、でも、情報は足で稼げって言うし…とりあえず走ります!
トランシーバーと信号弾で連絡ですね、了解です!
UC発動し、追い風と共に、街中を手当たり次第にダッシュで走り回って探し
行き止まりになったら一旦飛んで他の路地に降りてまた探します
一駒さん達が対象を見つけたら、すぐに飛んで向かいます
そのときは先にニーナさんを迎えに行き、一緒に連れて行きます
でももし私が見つけたらどうしよう…とりあえずみんなに連絡してこっそり追跡しつつ誰か来てくれるのを待ちとうかな…
は、はやくきてー…っ
見つけたのが既に線路の近くだった場合は力尽くでも止めます
ここから先は通行止めですよー
イーサン・ライネリス
追っかけないといけないカンジよね、これ。
そりゃそうか。よーしまっかせなさーい!
シューターを撃ち込んで建物の上に上るわ!
道を通るから迷うんでしょ? だったら屋根の上から見ればいいのよ!
靴で足音消して、マントで姿も消して。
おっさんたちを上から見つけたら、そーっと降りて追跡しましょ
気配も全力で殺すわぁ。才能フル活用よ!人間相手なら通用すんでしょ。
アンジーもシィー……アタシよか賢いし、問題ないわね。
さーて、追跡開始ィ!
菱川・彌三八
長屋も云うなりゃあみな同じ形だが…
ちいとこいつぁ骨が折れそうだ
…誰でも考え得るだろうが、上から覗くなァ好くねえもんか
マ、叶わねェにしてもちいと塀や屋根を行けりゃ上々
行く前に、奴らの目的である線路とやらの位置くれえは検めておきてえもんだ
後はそちらの方を目指して、追うよりゃあ先回りが善さそうか
如何しても道を行かにゃならねえとすりゃ、そうさな
兎に角速く、飛ぶが如く駆けるまで
だが三度だ
三度行く先を阻まれたら、目の前をぶち破るしかあるめえよ
元来、考えんのもまだるっこしいのも苦手な性分
誰もいねえなあ確認するがよ
そも、こんなモン残しときゃあ何れ悪事に使われらあ
好い機会てなモンよ
…そういう事にしといつくんな
ルイーネ・フェアドラク
同規格の建物だけが並ぶ光景は、少々気味が悪い
まあ、整然とはしていますが……
これでは情緒に欠けるような
この町を造らせた輩とは、趣味も話も合わなさそうだ
持ち前の方向感覚と頭脳で歩き始めるも、すぐに飽いた
面倒くさいことは嫌いなんですよ
早々と諦め、文明人らしく利器に頼ることにした
眼鏡のサイバーアイ機能を使い、マッピングして出口を探っていく
全く、面倒な場所に誘い込んでくれたものだ
生活の痕跡は、どれほど見つけられるだろうか
想像するよすがは、どれほどあるだろう
……ひとが住んでいた頃であれば、もう少し違って見えたのかもしれませんね
「あー、こっちじゃなければこっちかしら?」
ぱふッ、と鳴る自転車のラッパ音が人気のない路地裏に淀む空気を爽やかに震わせる。全力で自転車を漕ぐ辻・莉桜(花ぐはし・f23327)の前を滑るように飛ぶのは淡い水色をしたちいさな竜だ。
「空、あなたの方はどう? 何か感じたりした?」
「きゅいっ、きゅきゅ!」
道案内を頼む空は、首を巡らせて何かを訴えるかのように莉桜を見る。
「よし! あなたを信じるわ。それに、私の第六感も捨てたもんじゃないはず。方向音痴だからって舐めないでよね……!」
にこっと微笑み、更に加速。
頬を桜の花びらが掠め飛び、長い髪がさらりと風に舞う。
――此処は迷宮横丁。
迷い込んだ物を惑わすようにひたすらに続く同じ景色と複雑に入り込んだ路地が織り成す帰らじの迷路である。
「へぇ、これはこれは……」
その偏執的なまでにこだわり抜かれた街並みに花型・朔(冒険に夢見る學徒兵・f23223)は困ったなと腕を組んで首を傾げた。
「水鉄砲でも持ち込んで、撃ちあいして遊んだり、鬼ごっこなんかしたら面白いんだろうけどなぁ」
「やだ、それ名案じゃない?」
悪戯っぽく唇の前に指を当て、楽しそうに笑ったイーサン・ライネリス(有閑ダンピ・f22250)は建物の屋根へと素早くワイヤーニードルが撃ち込んだ。リストバンドに細工された便利道具のひとつである。
「追いかけっこならまっかせなさーいってね! 先行くわよ」
「あっ、身軽ですねぇ。では、お仕事バージョン鬼ごっこ開始と参りましょうか!」
「ふふ、まるで楽しいゲームのようだね?」
朔は刀を鞘から引き抜き、アンテロ・ヴィルスカ(黒錆・f03396)は手袋越しの利き手に銀鎖を絡めて宙へと垂らした。ペンデュラム・ダウジングという古典的な手法である。
「それじゃ、あたしも――」
朔の傷つけた腕から滴り落ちる紅血へと、いつの間にか現れた蝶たちがまるで花の蜜を吸うかのように群がり始めた。
「ほら、この血はあげる。道導をどうかお願いね」
一羽、また一羽と彼等は朔を離れ、吹きすさぶ花片の隙間を縫いながら道を往く。それを追いかける朔の傷は既に塞がり、痛みもない。
一方、アンテロの指先から吊り下がるロザリオもまた、手を触れてもいないのに揺れ始めていた。
「他の猟兵や獣の放つ気配に惑わされるんじゃないよ? 追うのは匂いでも人相でもない。強い破壊の意思だ。何があろうとも計画を遂行しようと目論んでやまぬ、それは怒りか恨みか、果たして――?」
くん、とロザリオの揺れが増す。
その頃、屋根の上に降り立ったイーサンはマントのフードを引き上げ、その姿を完全に隠蔽してしまった。
「さぁて、例のおっさんたちは……と」
獲物を狙う好奇心旺盛な猫のように目を細め、辺り一面を見渡してみる。それにしても、飽くほどに同じ光景が続く場所だ。その徹底ぶりにルイーネ・フェアドラク(糺の獣・f01038)は軽く肩を竦めざるを得ない。
「正直なところ、少々気味が悪いですね。まあ、確かに整然とはしていますが……いくらなんでもこれでは情緒に欠けると思いませんか?」
話を振られた方の菱川・彌三八(彌栄・f12195)は指先で顎を擦り、「そうさなァ」と心底から深いため息を漏らしたようである。
「長屋も云うなりゃあみな同じ形だが……こいつはやたらと入り組んだ町並みをしてやがる。わざと、だよな?」
「でしょうね。この町を造らせた輩とは、趣味も話も合わなさそうだ」
それまでは己の頭脳と持ち前の方向感覚とで“それらしい”と思われる方向へと歩いていたはずのルイーネの足がぴたりと止まった。
「……やめましょう。やはり使うならば“足”よりは“目”ということで」
指先で軽く眼鏡を押し上げると、仕込まれているサイバーアイ機能が即時に起動。視界内の建物をオートでスキャン・分析して別途表示される立体地図に情報を書き込むと同時に行き止まりに続く道を次々と候補から外していく。
「まるで死んだ町、ですね」
これほど迄に機械的な分析が容易であるのは、この町に“動き”というものがないからだ。固く閉まったままの雨戸。がらんとした縁側。餌をさがして彷徨う猫の痩せた鳴声のみが、かつてのにぎわいを想像させる儚きよすが、か――。
「いよッと」
ルイーネが感慨に耽る傍ら、彌三八は手近にあった木の枝を踏み台にして屋根へと跳び移る。そこに見えた吃驚な光景に気づけば漏れる微かな口笛。
「在れが線路とやらかい? 随分と遠くまで続いちやる。え? 街中を? そら想像もつかねえよ」
軽い掛け声とともに彌三八は更に隣の屋根へと跳び移った。その後は手ごろな足場がなく、いったん路地に降りると風のように地を蹴る。
兎に角速く、飛ぶが如く。
「やはり、すまぁとふぉんとやらは使えぬか……」
ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)のため息を掬うように、逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)は優雅に彼の指先を取った。
「文明の利器が頼りにならざるのなら、後は言わずともわかりますよね?」
「足を使う、というわけだな。あとは耳と、それに勘」
「仰る通り。僕は“目”で探しますので、“音”の方はザッフィーロ君にお任せしますよ」
「承知した」
くすりと笑み、ザッフィーロは彼の指先を握り返す。さあ、手に手を取り合って追跡行のはじまりだ。
「――……」
ふと、ザッフィーロの瞳がさまようように町並みの表層を彷徨う。微かに聞こえたベルの音。大丈夫だ、まだ遠い。追いつく時間は十分にあるはずだ。
「だが……これほどまでに同じような建物が並んでいると、心配になってくるな。果たして本当に進んでいるのかどうか? 地形の利用については自負するが、それでも、な」
「大丈夫、来た道は僕がちゃんと覚えています。試しに次の分かれ道、どちらが正解か答え合わせをしてみましょうか」
では、とふたりで角にさしかかったタイミングで宵が拍子をとる。
「右か?」
「右ですね」
ほっとしたザッフィーロの横顔に安堵の微笑が浮かび、繋いだ手に自然と力が込められた。
「さすが、俺の北極星だ。導きの星が隣にある故、恐れはない」
「ふふ、たとえどんな迷宮でしょうが僕の天狼星が傍らにいるので、進むべき道は照らされていますとも」
その名の如く、宵に星々が瞬くかのような笑顔が応えてくる。互いに照らし合うふたつの星。頼もしく、愛おしく。その気持ちが高まるごと、先をゆく男たちまでの距離が縮まっていく。
「あー、あー。本日は晴天なり。――こちら丈一。いまところまだ敵を発見するに至らず。なにかあれば打ち合わせ通り、信号弾で知らせたし。以上」
トランシーバーを切った一駒・丈一(金眼の・f01005)の体は現在、空を飛ぶ水鏡・怜悧(ヒトを目指す者・f21278)の有能な触手たちによって抱えられている状態だ。
「少し揺れます、すみません」
「いや、大丈夫だ。それにしても便利だなこれは。足場がない場所は苦手なんだが、これならなんとかなりそうだ」
「はは、自慢の触手ちゃんですからね」
「頼むから安全運航且つ投げる時はちゃんと声掛けろよ?」
「はい。先ほど仕掛けた盗聴器、追ってみます」
見る間に光属性を持つ触手の特技であるところの光学迷彩に覆われ、不可視と化したふたりは速度を上げて上空から男たちを追った。
「こちらニーナ! 隠れるところならいっぱいあるから、敵に見つかる心配はなさそうだよ。でも、足の速さにはさほど自信がないので……合図があったらどこかで拾ってもらえると嬉しいな」
「はい、お任せあれです!」
ニーナ・アーベントロート(埋火・f03448)の要請を春乃・結希(寂しがり屋な旅人・f24164)は笑顔ひとつで請け負った。
「ダッシュなら得意なので遠慮なくどうぞ。人探しとかが苦手な分、足で稼ぎます!」
「結希さんってば、たのもしい……!」
「ニーナさんもあんまり無茶はしないでくださいね」
「うん! それじゃ、皆でがんばろー!」
敵に気取られないよう、小声で「えいえいおー」していると足元にすり寄ってきた猫が「にゃぁ」と鳴いた。ニーナは唇の前に指先を立てそれを嗜め、物音ひとつ立てることなく次の物陰へと軒下を渡り歩いた。
一方の結希は、弾丸の如き風と化して迷宮を駆け抜ける。
「! 行き止まりですか……なら!」
勢いをつけたまま壁に足をかけ、「ほっ」と軽い掛け声とともに空中で前転しながら塀を越える。
「あッ――」
着地する先を見た途端、結希は目をみはった。枕木がなく、細い2本のレールだけが敷かれている道。
「これは、路面電車用の線路!?」
気が付くと同時にトランシーバーから怜悧の声が届いた。
「見つけました。盗聴器の電波が生きていたため、詳細な位置を特定することが可能です。結希さんのいる方向から北東へ300メートル、いまも線路方向へ向けて移動中。すぐにニーナさんを拾って現場へお願いします」
『わかりました!』
結希との通話を終えるなり、怜悧は抱えている丈一に告げた。
「それじゃ、降ろしますよ。丈一さん、お願いします」
「ああ、いつでもやってくれ」
体に巻き付いていた拘束が解かれ、一瞬だけふわりと浮いた感覚の後――落下が始まる。
「――忌まわしき宿命よ、此処に顕われよ」
直地する寸前、丈一の全身に咎人の恨めしげな怨嗟が負の気となって纏わりついてゆく。反動を膝で殺し、すぐさま鋼糸を張り巡らせてトラップを敷設。周囲に溶け込む茶色に塗られたそれは、線路に出るための道のひとつを封鎖して獲物がかかるのを待ちわびるかのように鈍い光を放っていた。
「……?」
なにか、変だ――息をきらせて走りながら男は背筋を冷や汗が伝う感触を覚えていた。なにか嫌な予感がする。
「どうしたのだ?」
「いや、なんでもない」
何度後ろを振り返っても、そこには誰もいない。
――否、彼等の背後をつかず離れず追跡するイーサンの鋭い視線がひたと屋根の上から注がれていた。
(「フフ、完全に気配を殺してるもの。アタシの存在に気が付けるはずがないわ」)
フードの襟元にもぐりこんだアンジーがひくひくと鼻をひくつかせる。「シィー」と囁けば、賢くも身動きを止めて眠ったように動かない。
「イイコね、アンジー。さーて、このおっさんたちどうするつもりかしら? このまま行っても、“皆”が待ち構えてるわよォ……!」
イーサンの面白がるような呟きにまるで導かれたかのように、前方で男たちの悲鳴が派手に響き渡った。
「な、なんだこれは?! 雪が……どうしてここだけ道を塞ぐほどに積もっているのだ!!」
「くそ、もう線路は目の前だというのに! ――だめだ、こっちも先に進めない」
百面相して慌てふためく男たちの頭上から、くすりと含み嗤う男の声が舞い降りた。
「誰だ?!」
「ふむ……わざわざ名乗るほどの者でもないが。敢えて申し上げるならば、“正義の味方”――といったところかな?」
『絶対に嘘だ!』という彼の友人の鋭い突っ込みでも聞こえてきそうなまでの戯言をさらりと口にしたのは、綱代わりにした鎖を掌中に引き戻しながら微笑する屋上のアンテロである。
「なッ、なぜ我々より前に? この迷宮横丁は一度迷えば半日は出られないほどの全き迷路のはず
……!!」
「残念だけど、こちらの方が一枚上手だったようね」
軽快に響く自転車のラッパに男たちが振り返ると、息を弾ませた莉桜がにっこりと微笑んで彼等を見据えていた。
指の間に挟み込んだ地図には、何回も道を塗りつぶした後がある。
「虱潰しに駆けまわった甲斐があったわ。ありがとね、空。おかげで随分と楽ができたわ」
「きゅい!」
褒められた空が嬉しそうに後方へと宙返りした。
「ぐぬぬ……!」
「さぁ、お縄だお縄だー! 観念するならいまのうちですよ? あなたがたは既に包囲されてます!」
宣告するのは案内役の蝶を従える朔だ。
役目を終えた蝶は次第に消え去り、後には男たちに向けて突き出された刀の冴えた輝きが照るばかり。
「――まだだ」
往生際の悪い男は、吐き捨てるように言った。
「まだ、道は残っている――うあッ
……!?」
その時、頭上で丈一の打ち上げた信号弾が甲高い破裂音と共に眩い閃光で空を染め上げた。電車のベルの音が一瞬かき消され、距離感がわからなくなる。
「はッ……新たな足音、仲間か!! 急げ、そこの脇道に飛び込むのだ!!」
「お、おお!!」
男たちは、ただひとつ残った道めがけて駆け出した。電車はどれくらい近くまで来ている? まだ間に合うのか、それとも既に通り過ぎてしまったか? 脇目もふらず、建物の軒先をすり抜けて表通りを目指す。だが――その愚行を、眼鏡のサイバーアイ機能をフル稼働しているルイーネがひややかな眼差しで捉えていた。
鷹揚な足取りで迷宮から抜け出した銀の瞳は、彼等の失敗を雄弁に物語る。
「愚かですね。既に包囲されている、と言われませんでしたか?」
「あァ、俺もこの耳で聢と聞いたぜ。てめぇらはとっくの昔に袋の鼠だってな」
肌に浮かぶは、雲を翔けし鳳凰の双翼。着物の襟袖から雅なる刺青を覗かせる彌三八の肩を汚すのは微量の木屑であった。
「強行突破でいらっしゃった?」
目敏いルイーネの問いかけを受け、彌三八は軽くこめかみの辺りを小指の先でかいた。
「仏の顔も三度までと云うだろう? 勿論誰もいねえのを確認してな。そも、こんなモン残しときゃあ何れ悪事に使われらあ。好い機会てなモンよ」
「なるほど、そういう事にしておけばよいのですね」
「話の分かる奴は有難ェ」
「いえ、なんとなくその気持ちはわかりますから」
「な――なんだ、貴様らは!?」
思いがけぬ展開についていけない男が息を呑んだのは、僅か一瞬。
脚が――何か弾力のあるものに引っかかった。
「ワイヤー
……!?」
「かかったな」
低く、丈一がつぶやいた。
そこへ、追い風をまるで翼のように背に負った結希と彼女の手にしっかりと両手で掴まったニーナがかっ飛んでくる。
「間に合った!?」
「ここから先は力尽くでも止めてみせます。全身全霊で通行止めですよー、ニーナさんお願いしますっ」
結希は握り締めたニーナの手を起点にして、「そぉれ!」と風で反動をつけて男たちの下へと送り出す。
「でッ……!」
ワイヤーに脚をとられ、つんのめって地面を転がった男の背に伸し掛かったニーナは、思いもよらぬ怪力で彼の関節を締め上げた。
「くすッ。意外とかわいい声で鳴くじゃない……?」
「ひぁ、あッ」
怪力だけではない。甘い言葉に潜んだ棘のような毒が男たちの神経を恐ろしい侵度で蝕んでいく。
「た、頼む……お前だけでも、計画を……ッ!!」
もうひとりの男に計画の全てを記した日記帳とグラッジ弾を渡し、男は白目を剥いて意識を失った。
「くッ――」
意思を受け取った男は転んだ際の痛みを堪え、立ち上がる。そして一歩を踏み出すのだ。改革への一歩を――!
「それはよいが、足元がお留守だぞ」
「は……――?」
やけに耳障りのよい男の声がしたかと思った瞬間、彼は二度目の転倒をしていた。
「え?」
「こやつは『穢れの影』と言ってな、対象の動きを一時的に封じることができるのだ」
ザッフィーロは得意げに告げ、ひっくり返って仰向けに倒れている男をしげしげと見下ろした。
「ぐえッ――!」
更に上から見えない何かで押さえつけられた男の口から呻きが漏れる。杖を手に歩み出た宵がザッフィーロの言葉を継いだ。
「そして、此方は不可視の重力波をもって地面に押さえつける技です。いかがですか、普段は味わることのない星元来の重力に潰されるご気分は?」
「ぐあ、ああッ……!」
黄金の杖が抱く宵色の球体を中心として発生した重力によって周囲の空間が歪み、僅かな捻じれを生じさせる。
「電車が――」
ふと、怜悧が肩越しに振り返った。
ちんちん、ちんッ――どこかおどけたベルの音。はしゃぐ子供の笑い声。「まるで迷路みたいだね、お父さん!」何も知らず、無邪気な声は次第に遠ざかっていく――。
「どうやら、無事に守れたようですね」
怜悧の言う通り、男たちの計画は未然に防がれた。桜の花片を含んだ風が放り出された日記のページを繰り、禍々しき凶行の内容を猟兵たちの目に晒す。
――まずはひとりが電車を止め、運転手の注意を引いている間にもう一人が後ろから乗り込み乗客を人質にとる。そして何事もなかったかのように電車を走らせ、人の多い町中まで出てから人質目がけてグラッジ弾を撃ち込み、影朧たちを引き寄せるための生贄に捧げる――。
「くッ、我らが幻朧戦線に栄光あれ――ッ
……!!」
遂に計画の失敗を認めた男は自害しようと銃を握る手に力を籠めるも、毒と穢れと重力によってまるで腕が上がらない。
「うおぉッ――」
己のこめかみを狙ったはずの弾丸は僅かに逸れ、置き去りにされていた洗濯台の礎に当たって跳弾すると地面を穿ち、半ばまでめり込んで止まった。
大成功
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第3章 集団戦
『夢散り・夢見草の娘』
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POW : 私達ハ幸せモ夢モ破れサッタ…!
【レベル×1の失意や無念の中、死した娘】の霊を召喚する。これは【己の運命を嘆き悲しむ叫び声】や【生前の覚えた呪詛属性の踊りや歌や特技等】で攻撃する能力を持つ。
SPD : 私ハ憐れナンカジャナイ…!
【自身への哀れみ】を向けた対象に、【変色し散り尽くした呪詛を纏った桜の花びら】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ : ミテ…私ノ踊りヲ…ミテ…!
【黒く尖った呪詛の足で繰り出す踊り】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
👑11
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●第3章 『花ノ色ハ移リニケリナ悪戯ニ』
「くッ、我らが幻朧戦線に栄光あれ――ッ
……!!」
自死を目論んだ男の放つ弾丸は、しかし、猟兵たちが幾重にも浴びせた拘束によってその目的を果たすことなく暴発。周囲にあった障害物に当たって跳弾し、地面にめり込んだ弾丸の周囲が一瞬にして黒い靄のような穢れに包まれた。
「皆、下がって!」
「これが……グラッジ弾の威力、か。凄まじいな」
まるで漆黒の竜巻のような颶風が周囲を取り巻き、その中から怨嗟の泣き声が微かに漏れ聞こえた。
「ドコ……? 私達ヲ裏切ッタ奴ラ……絶対ニ探シ出シテ復讐シテヤル
……!!」
癖の強い長い髪が桜風をはらんでたなびいた。細い体にひらひらとした舞台衣装を纏う娘たちの群れ。
哀しき執愛に囚われたまま、血の涙を流し続ける。
抱いた夢を汚い大人たちに利用され、失意のままに夢も命も諦めた娘たちの怨念から生み出された影朧たちは視界に入るもの全てにその怒りを、怨みをぶつける。
「逃ガスモノデスカ!」
「……殺ス! 邪魔スル者ゴト……絶対ニ殺ス!」
怨嗟の声を次々に上げる娘たちの手には禍々しき薔薇が掴まれていた。細腕がそれをしならせるように振った途端に死の舞踏に添える武器――棘のついた赤いリボンと化す。
「美しい……」
取り押さえられたままの状態で、男が呟いた。
「これこそ、我らが望む革命の烽火……! ああ、舞台の幕開けに愚民共が泣き喚く断末魔の叫びを捧げられなかったことだけが心残りだ……!! さあ、まずは俺ごとこの猟兵たちを殺すがいい!! そしてこの迷宮横丁を抜けて帝都に血の雨を降らせるのだッ!!」
「こいつ……!」
男は影朧の攻撃に巻き込まれて死ぬことも厭わぬつもりだ。どうする、と猟兵たちの間に微かな緊張が走る。
別に助けてやる筋はない、が――無為に死なせるよりは影朧救済機関である帝都桜學府に生きたまま引き渡した方が今後に繋がる可能性もあるだろう。
「“正義の味方”は大変だねえ」
「なんとかやってみましょう。彼らの思い通りに死なせてなどやるものですか」
手短なやり取りによって決定された大成功条件は、幻朧戦線を名乗る首輪の男たちを生かしたまま影朧たちを討伐し、ひとりの犠牲者も出さないこと。幸い、この場所でなら無関係の一般人を巻き込む心配はない。
「! 何処ヘ逃ゲルツモリナノ!?」
だが、先に男たちを逃がそうとする猟兵たちの動きを悟った娘たちが烈火の如く怒って攻撃を始めた。
「サア、ミンナ! 今コソ私達ノ怨ミを晴ラシマショウ
……!!」
「晴ラシマショウ!」
「恨ミヲ、私達ノ怨ミヲ!!」
唱和するごと、猟兵たちの周囲に娘たちとはまた別の少女たちの幻影が姿を現した。その数は――あまりにも多くて、通りという通りが埋め尽くされてゆくほどだ。これらを突破し、大元の影朧である6人の娘を倒さねばならない。
まるで胸を搔きむしるような嗚咽と怒号をまき散らしながら、少女たちは一斉に猟兵たちへと襲いかかったのだった。
逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と
男の確保はザッフィーロ君にお任せして
僕は敵のけん制に回りましょう
「戦闘知識」「地形の利用」「第六感」にて敵をまとめて一掃するのに適した場所を捜索・探知・決定、
「衝撃波」と「吹き飛ばし」にて敵をあつめたその密集地帯に
「高速詠唱」「全力魔法」「属性攻撃」「範囲攻撃」「マヒ攻撃」をのせた
【天響アストロノミカル】を撃ち込みましょう
哀れなどとは思っていませんが
あなた方は死して影朧となるほどに想いが強かったのでしょう
自身へやザッフィーロ君、男への攻撃は「オーラ防御」で封じつつ
「カウンター」で「吹き飛ばし」ましょう
彼らには近づけさせませんよ
ええ、怪我はありませんとも
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
…幾多の人々の命を危機に晒した者と考えると複雑だが…情報を吐かせた方が元から絶てるやもしれんからな
宵の流星にて敵を薙ぎ払って貰いながら『早業』にて首輪の男の元に駆け寄れば敵の攻撃から『盾受け』にて『かば』いながらもメイスで男へ『気絶攻撃』を仕掛けよう
攻撃があたり気絶したならば素早く【赦しの秘跡】を男へ向け俺と宵の背後に隠れている様命令をしようと思う
…下手に動かれると面倒だからな
その後は宵の星でも仕留めきれなかった敵へ『怪力』を乗せたメイスを振るい確実に止めを刺して行こう
どの様な無念があったかは知らんが、やられる訳には行かんのでな…と
宵、本当に助かった。…お前こそ怪我は無いか?
ニーナ・アーベントロート
【morgen】
まずは気絶しちゃった幻朧戦線の人を遠ざけるのが最優先
丈一さんが時間を稼いでくれてる間に
【怪力】で男の人を担いだら
【ダッシュ】して怜悧さんの所まで引き渡す
バトンタッーチ! あとはお願いね
それが終わったらすぐに戦線へ合流
貴女達が目指してた踊り子さんっていうのは
少なくとも、嘆き悲しんで人を不幸にする存在じゃないよね?
……もう元に戻る手立てがないのなら
あたし達の手で、終わらせてあげようか
丈一さんが一ヶ所に集め
結希さんが構えるwithの切っ先を逃れた娘達を
UC『Unsterbliche Liebe』で攻撃
恨みも悲しみも、それから愛情も
感情って、相手を傷付ける武器にはもってこいなんだよねぇ
一駒・丈一
【morgen】
恨み辛みか。女性の愚痴を聞くのも男の甲斐性だが、聞く耳は二つまでなので手短にな
まずはニーナが確保した男を怜悧に渡るまで僅かでも隙を作る必要がある。
ならば、視界に入る敵に対し【早業】でUC『罪業罰下』を放ち
ニーナの周りに居る敵と、敵の持つ「棘のついた赤いリボン」を一閃。
敵に怜悧の行動を邪魔されない為の措置だ
後は、結希のwithによる掃討の効率性を上げるべく
先ほどの鋼糸を活用したワイヤートラップ…手元から伸びる装備の「煉獄への帰参路」を手繰り寄せ
相手への行動阻害に合わせ敵一団をある程度一纏めにする網とする。
討ち漏らしはニーナに任せれば安心だな。
此処は舞踏会に非ず。踊りはここまでだ。
水鏡・怜悧
【morgen】
人格:ロキ
詠唱改変省略可
上空から様子を窺い、少女が現れたら即座に行動します
「ニーナさん、男性はこちらで。皆さんは戦闘に集中を」
触手で男性を拘束し、液体金属で覆います。中の空気は風属性の触手で確保し、呪・火属性の触手で攻撃を凌いで男性を回収
「任されました」
音の攻撃は風属性の触手で空気の振動を操り遮断。もう1名は他の方が守るならお任せし、誰も対応しないなら1人目と同じように回収します。暴れるなら電気属性の触手でマヒ攻撃しておきましょう。触手が届くようであれば日記とグラッジ弾も回収。弾は呪属性の触手で包んでおきます
「丈一さん、ありがとうございます」
あとは攻撃の届かない上空へ退避します
春乃・結希
【morgen】
何があったのか分かりませんけど、影朧となって
恨みだけで動いてる貴方達は救いようもありません
せめて苦しませずに、一瞬で貫いてあげます
組織の2人は水鏡さん達に任せればきっと大丈夫
戦闘に集中します
UCで普通に振り回すには通りが狭すぎるので
withの切先を敵へ向けて構えて刀身を伸ばし
直線上の敵を串刺し
元に戻し再度伸ばす
これを繰り返し数を減らします
一駒さんの鋼糸のおかげで威力増し増しです
一駒さん素敵!with!お願いっ
貫き損ねても、ニーナさんが居るから安心です
そっちは任せましたっ
歌と踊りは、人を楽しませる為にあると思うのです
次に生まれた時は、喝采を浴びる舞台に立てると良いですね
菱川・彌三八
キリのねえ、その上姦しくて仕方がねェや
この数なら纏めっちまったほうが楽だな
辺りに誰もいねえとくりゃ、話ァ早え
俺が数斃して道を開く
大元叩くなァ任せた
ひょいと塀に跳び乗ったがどうで、あゝ道の果てまで好く見えやがる
さて、其方の蔓も劈く悲鳴も、全部波に呑ませちまおうか
阿呆共庇うなあ癪だがよ
マ、精々死ぬより惨めな目に合うんだな
ひとふりふたふり墨の跡
いざや大浪御覧じろ
押し流せ、圧し潰せ
対象は、俺の眼が映した娘のすべて
波ァ細けぇ動きに向かねえ、こんくれえの雑で丁度好いのよ
サ、初めの六人が見えたら波で道を割ってやるヨ
娘等に同情しねえ訳でもねェが
愚直なんてなァ厄介なモンさ
この阿呆共も、お前ェさん達もな
アンテロ・ヴィルスカ
へぇ、あれがグラッジ弾?ヒトも面白いものを考える。しかし革命の烽火が哀れなお嬢さん方の細腕頼みとはねぇ…
他の猟兵が革命家君を守ろうと動くなら、邪魔こそしないが一切を任せる。
仮に死んでも代わりを捕まえればいい、諸君らの同志は沢山いる。そうだろう?
道は幾つか塞いだし、お嬢さん方がこちらに集まってくれるなら好都合。
頭上から不規則に幾度も降らせるのは、墓標代わりの重たい十字。
この横丁に住人はいない、辺りには百戦錬磨の猟兵達…つまり手加減も無用と言う事だね。
醜い花弁は振るう黒剣に添えた『luck』の【呪詛耐性】で祓う
散り時を見失うと桜もこうなるか…好ましくないな、どうぞ消えてくれ。
アレンジなど、ご自由に
花型・朔
おっと死に逃げなんて罪深い!残念だけど、お前達は縄にかけて役人に引き渡す! 死神なんかに仕事はさせないよ! お迎えはさっさと帰った帰った! あの世行きはまた今度。帝都桜學府にご招待!
少女達の相手は皆に託そう。突破口を何とか切り開いて暴れた男達を確保する!
少女達がこちらに襲い掛かっても構うものか。あたしの相棒で受けて弾く【オーラ防御】に【パフォーマンス】戦いの中でも美しく、洗練された動きはあたしが培った舞踏とセンス!
ふふ、踊りはあたしも好きだよ、素敵な君達の踊りも見てあげる。
――今度の【UC】で出した蝶は目くらまし、舞台の花となってやれ!
…あの日記、まだ残ってるかな
帰り、お店を覗いてみよう
「へえ、あれがグラッジ弾? ヒトも面白いものを考える」
おかしげに掠れた笑みを喉の奥で鳴らす主――アンテロ・ヴィルスカ(黒錆・f03396)はつい先ほど雪へと変えた建物の残滓を吐息で散らしながら喚く男を煽り立てたものである。
「そこの革命家君。確か革命の烽火と言ったかな? それが哀れなお嬢さん方の細腕頼みとはねぇ……」
「な、なにがおかしい!?」
顔を真っ赤にした男が叫び返す間にも、横丁の通りという通りを嘆き悲しむ少女たちの幻影が埋め尽くしてゆく。
咽び泣く悲哀で、あるいは復讐に燃える瞳で。
「いや、別に」
だが、アンテロはそれらを軽く聞き流すと黒剣を体の正面へと翳し、すらりと真横に引き抜いた破邪の刀身で醜い花弁ごと彼女の武器を千々にして撒いた。
「ただ、俺はね。桜の散り際は美しくあってほしいと願っているのだよ。故に諸君たちの処遇は皆に任せた。仮に死んでも代わりを捕まえればいい、諸君らの同志は沢山いる。そうだろう?」
「ッ……」
冷酷な事実に男は息をするのも忘れ、醜く顔を歪めた。
それきり、アンテロは男のことなど忘れたかのように戦いの中へと身を投じる。それらのやり取りを菱川・彌三八(彌栄・f12195)は哀れな娘たちの群れごと塀の上から眺望していた。
「あゝ道の果てまで好く見えやがる……」
謡うような独り言。
地獄があるとしたらおそらくはこのような光景ではなかろうか。町を際限なく呑み込まんとする姦しい慟哭の渦ら。胸に溜まる息を吐き、彌三八はすっと筆を持った腕を上げた。
――道を開く。
其方の蔓も劈く悲鳴も、全部波に呑ませちまおうか。
「一体何を其れ程迄に嘆いていやがるンだい、娘さん。愚痴も過ぎりゃあ手前の耳も腐れちまうぜ」
ひゅぅおぉ――……宙を音もなく揺蕩った筆先がいつしか墨を含み、人々を散々に迷わせてきた妖しなる町並みを押し流せ、押し潰せ――……と、紡ぎ出すのは青海波の紋様。大浪を呼び、娘たちの全てを洗い流さんと荒れ狂う。
「や、やめろ……!! 邪魔をするなァ――!!」
足掻く男の叫び声すら、本人曰く“雑なる”波濤の果てにかき消されて。
「ん? 何か言ったかい? 悪ィが、楽に死なしてやらうなんざ誰も思っちやいねェようだぜ。マ、精々死ぬより惨めな目に合うんだな」
「は――?」
要領を得ない男に構わず、彌三八が哂う。
「大元叩くなァ任せた」
「はい。せめて苦しませずに、一瞬で貫いてあげます」
すっと胸の前へと差し伸べた指先に春乃・結希(寂しがり屋な旅人・f24164)が掴む剣の名を――with。さあ、共に戦おう。恨みのみを原動力として生かされている、救い難き影朧たちに終わりを与えるために。
「ああ。此処は舞踏会に非ず。――踊りはここまでだ。頼んだぞ、ニーナ」
泣き叫ぶ娘の、震えるほどに儚げな花弁たちの訴えを一駒・丈一(金眼の・f01005)は軽々と受け流して跳ね除けた。鋭い剣先で、輪舞する棘のリボンごと、瞬きの間に。まるでわざと目立ち、敵の注意を一身に引き付けるが如く。
「大丈夫、あたしやれるよ丈一さん! さ、ちょっと乱暴かもしれないけど我慢してね」
「なッ――」
少女の細腕とは思えない怪力で担がれた男が「離せ!」と叫ぶのも構わず、ニーナ・アーベントロート(埋火・f03448)は「よいしょ」と横向きにした彼の身体を肩の後ろに回してそれぞれひとつにまとめた腕と脚を両腕で抱えた。
「ニーナさん、男性はこちらで。皆さんは戦闘に集中を」
地面を蹴り、駆け出したニーナに声をかけたのは、大きく触手を広げながら降下してきた水鏡・怜悧(ヒトを目指す者・f21278)である。
「怜悧さん! あとはお願いッ」
だが、ニーナと怜悧の合流地点に向けて娘の踊る細脚が迫り来る。
「させるかよ!」
衝突よりも僅かに早く踏み込み、その身でもって庇うように割り込んだ丈一の剣が閃いた。色の無い血が飛び、呻いた娘は突き出した指先で花を操る。
「痛イ
……!!」
「丈一さん、ありがとうございます」
「気を付けろ、次が来るぞ」
「はい、問題ありません」
吹き荒れる花嵐から男の身を守ったのは、紙一重でニーナから男を受け取った怜悧の触手による液体金属の防護壁であった。
「息はできるのか?」
丈一の疑問に怜悧は微笑で返す。
「内側に風属性の触手を仕込んで空気を送っています。もし、狙われた際には――」
上空から降ってきた旋回する娘の蹴りを、先端から火を噴く触手の薙ぎ払いが跳ね除けた。少女たちの慟哭はまた別の触手が空気を振動させることで相殺する。
「このように反撃も可能です。さて、もう1名は――」
「こちらは聢と承った。複雑ではあるが、情報を吐かせた方が元から絶てるやもしれんからな。宵、敵の牽制を――」
頼めるか、と振り仰いだ先で思わず目をつむってしまう程の爆風が迸った。逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)の操る衝撃波が路上を一掃し、悲鳴を上げる娘たちをまるで狩りのように追い込んでいくではないか。
「ふッ、わざわざ頼むまでもなかったようだな」
「僕を誰だと思っているんです? さあ、いまのうちに。安心してください。指一本触れさせたりはしませんよ」
宵の気遣いに背を押され、ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)は颯爽と男の傍らに身を滑り込ませた。
「ぐッ――」
かくなるうえは、と男が舌を噛んで捕縛の辱めから逃れようとする胸倉を花型・朔(冒険に夢見る學徒兵・f23223)の両手ががっしと掴んで阻止する。
「おっと死に逃げなんて罪深い! 残念だけど、お前達は縄にかけて役人に引き渡す!」
「ふッ、ぐッ」
往生際悪くもがく男の腕を決め、朔はその身柄をザッフィーロに差し出した。
「さあ、どうぞ! 死神の鎌の代わりにそのメイスでがつんとやっちゃってください!」
「では、遠慮なく」
「な、なにを――ぎゃッ」
ザッフィーロはメイスで殴って男を気絶させると、己の背を盾に庇うような姿勢のまま口元へ軽く指を添え、詠唱を囁いた。
「よいか? 戦いが終わるまでの間、俺や宵の背に隠れていろ。下手に動くなよ、絶対にだぞ?」
「…………」
むくりと起き上がった男は妄信的な眼差しでザッフィーロを見上げると、おおきく頷いてその背の後ろへと回り込んだ。
「逃ガスモノデスカ! 大人ハ嫌イ、全部消エチャエ!!」
最初の獲物と見定めていた男達を奪われ、激高したのは影朧たる娘たちの方である。
「やれやれ、往生際が悪いのは果たしてどちらでしょうね」
襲い来る花の嵐を、しかし宵は涼しい顔で振り払ってみせた。
「ドウシテ当タラナイノ? 私ガ可哀ソウジャナイノ!?」
「哀れ? いえ、そうですね……むしろ尊敬しますよ。死して影朧となるほどに強い想いを抱き続けている、そのいじらしさに」
宵の広げた手のひらから幾度めかの衝撃波が轟音を上げて弾けた。
「クゥッ……!」
衝撃で少女たちの幻影はかき消え、本体の娘たちは互いに手を貸し合いながら立ち上がる。だが、そのうちの誰かが「アッ」と掠れた悲鳴で聞いた者の鼓膜を震わせた。
「コレハ――!?」
彼女たちの周囲を取り囲むように、細いワイヤーが幾重にも張り巡らせてある。
「『煉獄への帰参路』さ。どうやら、男たちに気をとられて籠の中へと囚われていたのに気づかなかったようだな」
この罠を仕掛けた丈一の指摘を受け、彼女たちは示し合わせたかのように狼狽の色を見せた。いつしか左右を雪で封鎖された十字路の交差する広場に集められていたのは、決して気のせいではなかったのだ。
「ここなら逃げにくいでしょう?」
知識と勘を武器にこの場所を選定した宵の唇が誇らしげに吊り上がった。
「ヒ……卑怯モノ!」
「ったく、恨み辛みもここまで来るとお手上げだな。女性の愚痴を聞くのも男の甲斐性だが、聞く耳は二つまでなので手短にな。結希、行けるか?」
「ええ――勿論です」
両手で顔の横に構えた結希の剣を見て、娘たちが強がるようにあざ笑う。
「ソンナ剣、コレダケノ距離ガアレバ――」
だが、結希はくすりと微笑した。
「と、思いますよね? せっかく一駒さんたちが素敵に整えてくれた舞台です。with! お願いっ」
結希の気合いを込めた掛け声と同時にその全長を増した剣先は裕に数十メートル以上は伸びて盾にされた少女もろとも娘たちを串刺した。
「アアッ!!」
「もう一度、いきます」
手元に戻した剣を、結希は勢いをつけながら再び解き放つ。
「イヤ! マタ死ヌノハ御免ダワ!!」
娘たちは次々と怨嗟の叫びを交わし、力の限りに少女たちの幻影を蘇らせる。交差路を中心に淡く輝く少女たちが路上を埋め尽くしてゆく様は、まるで灼光の十字架を地上へと顕現させた秘蹟のような。
「愚直なんてなァ厄介なモンさ」
袖を摘まみ、筆を取り。
眩いばかりの哀しき光景に彌三八はしなやかな吐息を漏らした。
「この阿呆共も、お前ェさん達もな。さァさ、祭りも佳境とくらァいざや大浪御覧じろ」
囃す声色に乗って格別に大きな波濤が少女らを屠る。
「いやああッ!」
波に呑まれ、助けを求めて伸ばされた先から降り注ぐものが少女たちの瞳孔を白銀に染め上げた。
「ぐッ、きゃあッ」
波間へと降り注ぐ、墓標代わりの重たい十字。
「どうぞ消えてくれ。願わくば、その妄執ごと永劫に」
波の飛沫に湿った前髪を指先でかき上げ、アンテロは手加減の欠片もなく言い捨てた。波が道を割り、十字架の審判が少女たちを裁いてゆくのを上空から見届けていた怜悧は思い出したように触手を放った。
「あの日記も一応回収しておきましょう。あと、他にグラッジ弾があるようでしたら確保しておいたほうがよさそうですね」
波に攫われる直前だったそれらを寸でのところですくい上げる。万が一にも暴発させないように、グラッジ弾を包み込む触手には呪に対抗する属性のものを選んだ。
「これで大丈夫です。男たちと一緒に引き渡せるようにしておくとして……ああ、暴れないでください」
電撃を受けた男が大人しくなったのを見計らい、怜悧は再び地上へ目を向けた。踊るように舞っている赤い着物の主は朔だろう。
「ふふ、踊りはあたしも好きだよ」
素手を白刃に添え、朔は滑るような足運びで娘たちの懐へともぐり込む。和の舞踊と洋のダンスが互いを引き立てるように競演し、刃と蹴撃が絡み合う度に凛とした火花を散らす。
「コノ……!」
「ッ――待ってたよ、この時を。今度は舞台の花となってやれ!」
つと刃に触れさせた指先に刻まれる一文字の傷。流れる血を求めて舞う蝶たちの群れが一斉に飛び立った。視界を覆われた娘たちはそれらを振り払おうと必死に手をかざす。
「――エ?」
だから、気が付かなかった。
空より飛来する巨大な流星群。あまりにも速く呪文を紡がれ、ありとあらゆる異常魔法を搭載された“天すら響かせる隕石”たちは蝶に目を奪われていた娘たちを無慈悲にも押し潰し、花屑へと変えていったのである。
「おや、可愛らしい蝶ですね」
己が葬った少女などには目もくれず、蝶の舞に目を細めていた宵はふと表情を和らげた。群れの中をザッフィーロが駆け付けてくる。
「宵、本当に助かった。……怪我は無いか?」
「ええ、勿論ありませんとも」
「ならよかった」
ほっとして相好を崩すザッフィーロにはまだ仕事がある。同時に幾度めかの突穿を繰り出した結希もまた、ニーナのために道を開けた。
「そっちは任せましたっ」
「おーけー!」
ニーナが持っていた弓の弦を鳴り響かせると、それは無数の黒薔薇となって残る娘たちめがけて美しく吹雪いた。
「……あたし達の手で、終わらせてあげようか」
それはほんの少しばかりの慈悲と、猟兵が背負うべき義務からこぼれ落ちた一片の言葉。
「だって、貴女達が目指してた踊り子さんはきっと、少なくとも……嘆き悲しんで人を不幸にする存在じゃないよね?」
「――」
ぴたりと、ふたりだけ残された娘たちの動きが止まったように見えたのはニーナとザッフィーロの気のせいではなかったに違いない。
「私、ハ……」
ニーナはにっこりと微笑み、濡れた大地を薔薇で埋め尽くすように大量のそれを放った。
「さよなら、哀しい踊り子さんたち」
「ではな。安らかに眠れ」
黒薔薇に彩られたザッフィーロのメイスが、ただ一度だけ振るわれる。渾身の力を込めて、無為な苦しみを与えることなく。
葬送の薔薇が娘たちを覆い隠していった。迷宮横丁を舞台とした戦いは終わりを告げ、拘束された男たちを叩き起こしながら朔が締めの拍手を打ち鳴らす。
「ほら、起きて! あの世行きは御破算で、帝都桜學府にご招待!」
悔しげに唸る男たちも、朔の満面の笑顔の前には黙りこくる他になかったようだ。
「感情って、相手を傷付ける武器にはもってこいなんだよねぇ。いい感情も悪い感情も等しく、さ」
「次に生まれた時は、喝采を浴びる舞台に立てるといいですよね。人を楽しませる為に踊って欲しいです」
ニーナと結希は顔を見合わせ、それぞれの両手を軽く打ち合わせる。
「とにかく、お疲れさまでした!」
そして、解散後。朔は帰り道に覗いた店の棚にあの愛刀を思わせるデザインの日記を見つけるなり、嬉しそうに目を輝かせた。
「すいませーん、これください」
「はーい」
明るい店員の変わらぬ声に、自然と顔が綻ぶ。こうして、桜降る帝都の片隅にて。起こりかけていたひとつの事件は未然に防がれたのだった。
大成功
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