ある世界の終末。 One world's end.
●
――あまねく世界で、祝祭がひらかれているのだと聞いた。
――安息と平穏を願い、ひとびとが寄り集まり、憩いの時を過ごすのだと。
多くの猟兵が煌めくひかりの満ちた場へとおもむくなか、ヴォルフラム・ヴンダー(ダンピールの黒騎士・f01774)はグリモアを掲げ、常闇を目指した。
異端の神と絶望に支配された世界。
己の在るべき場所。
故郷、『ダークセイヴァー』へ。
●
重く垂れこめた雲が空を覆っている。
星が煌めくということは、おそらくここではもう何十年もなかったにちがいない。
冷たくふる雨は今にも雪へと変わりそうで。
しかし、情け容赦ない天候に悪態をつく者さえ、この土地にはひとりも居はしなかった。
――名も知らぬ廃都。
ヴォルフラムが立っていたのは、何十年も前にうち棄てられた、世界の果てだった。
この都を見つけたのは、もうずいぶんと前のことで。
男が到着した時には、惨劇はとっくに終わりをむかえていた。
都のあちこちに転がる白骨は、ひと知れずこの地にさらされ続けていたらしい。
ヴァンパイアにより蹂躙され、生けるものがいなくなり、異形の神にさえ見放された静寂の地。
いらい、ヴォルフラムは何度もこの土地を訪れ、うち捨てられた骸の数だけ墓穴を掘り、ただひとり弔いを続けてきた。
だれの骸とも知らぬ、それらを。
生まれ落ちたこの世界のいのちへと、のこらず還すために――。
どれだけ同じ作業を繰りかえしただろうか。
その日、ようやく弔うべき骸がなくなったことに、男は気づいた。
代わりに、都のまわりには数えきれないほどの墓標が立つことになったが、その情景を厭う者とて、この土地にはひとりも居はしないのだ。
「…………」
色褪せた街の石畳を歩き、灰髪灰眼の黒騎士が天をあおぐ。
吐いた息が白く染まり、風に流れていく。
己のまとった甲冑の音だけが耳につき、それ以外はどこまでも、静寂。
――あまねく世界で、祝祭がひらかれているのだと聞いた。
――安息と平穏を願い、ひとびとが寄り集まり、憩いの時を過ごすのだと。
ひかりに身を委ねる選択肢もあったろう。
仲間と賑やかに語りあい、飲み交わす選択肢も。
しかし、ヴォルフラムは己の在るべき場所で過ごすことを選んだ。
「今は絶望に支配された、この世界にも。……いずれ、祝福が満ちるように」
だれにともなくつぶやいて。
男は朽ち果てた廃都を、ふたたび、歩きはじめた。
西東西
あなたはなんのために、この地を訪れるのでしょうか。
あなたはなにを感じ、どんな想いをはせるのでしょうか。
こんにちは、西東西です。
『ダークセイヴァー世界』にて。
『名も知らぬ廃都』にて、ひそやかに祝祭の日を過ごすシナリオです。
28日以降から、年内完結をめざして執筆予定です。
●廃都の状況
うす曇りで時刻は判然とせず、空には星ひとつ見えません。
息が白くなるほどの寒さのなか、雨が雪へと変わろうとしています。
いずれ、朽ち果てた都は雪にのまれるでしょう。
石畳の街は経年によってどこもひどく朽ちており、廃墟と化しています。
連なる住宅、荒れ果てた商店、鐘の落ちた教会などがかろうじて形を残していますが、踏み込めばどこも崩れる危険があります。
街の周辺にはヴォルフラムのたてた墓標が林立しています。
どれも痩せ細った木の枝をさしただけの、簡単な墓です。
いきているものは、人も、動物さえもいません。
●プレイング
提示されている行動は一例です。
どうぞ思うまま、自由な発想でプレイングください。
ただし本シナリオでは、場の雰囲気にそぐわない行動、複数人での行動は採用率が低くなります。
また、全採用のお約束はできませんため、あらかじめご了承ください。
●備考
ヴォルフラム(f01774)は引き続き廃都を歩いてまわっています。
お声がけはどなたも可能ですが、もともと愛想のない性分ですので、その点はお含みおきください。
それでは、まいりましょう。
終わることのない、常闇の世界へ――。
第1章 日常
『ダークセイヴァーでクリスマス』
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POW : 冴え冴えと輝く星空の下で、凍える体を互いに温めたり、温かい飲み物などを飲みます
SPD : 陰鬱な森や、寂れた廃墟をパーティー会場に作り変えてパーティーを楽しむ
WIZ : 静かな湖畔や、見捨てられた礼拝堂で祈りを捧げて、クリスマスを静かに過ごす
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館野・敬輔
祝祭とは無関係に、ふとこの地に足が向いた
この都の境遇に惹かれるものがあったのかもしれない
墓標のひとつひとつに祈りを捧げつつ
廃都の中を巡って
…耳が痛いほどの静寂と生命の息吹のなさを感じ取って
拳をぐっと握り締める
生命がなくなれば、あとは朽ちていくだけなのか
ダークセイヴァーは僕にとっても故郷
故郷の隠れ里がヴァンパイアに襲撃されて壊滅し
それを機に猟兵に覚醒し、世界を駆け巡る今
僕の胸の裡にある想いは「ヴァンパイアへの復讐」
…いつか、果たしてみせる
ヴォルフラムさんに出会ったら、温かい香草茶を振る舞いつつ軽く会話
今はまだ夜は明けないけど
この世界がヴァンパイアの悪意から解放されることを願って
※アドリブ歓迎
●
墓標のひとつひとつに足をとめ、祈りを捧げるのは人間の黒騎士、館野・敬輔(人間の黒騎士・f14505)。
漆黒の鎧姿は、今にも薄闇に溶け消えそうではあったが。
彼の青と紅の双眸は強いひかりをたたえ、眼前の粗末な墓を見つめていた。
ほうと、白くけぶる息を吐き、顔をあげる。
凍えるほどの寒さは痛みとなり、無防備にさらされた肌の熱を奪っていく。
――耳がいたくなるほどの静寂と、生命の息吹のなさ。
どこまでも静謐でありながら、はてしなく、空虚。
ぐっと拳を握りしめ、
「生命がなくなれば、……あとは、朽ちていくだけなのか……」
奥歯を噛みしめ零した言葉はだれに届くこともなく、終わりを迎えた都の空にすいこまれていく。
敬輔はふたたび息を吐くと、次の墓標の前へと、足を向けた。
しばらくそうして廃都を巡っていると、視界の端に動くものが見えた。
よくよく目を凝らせば、灰髪のグリモア猟兵――ヴォルフラムであるとわかる。
かの黒騎士も敬輔に気づき、足を止めて。
「ヴォルフラムさん」
敬輔が手をあげて呼びかけ、持参していた水筒を掲げ見せる。
「一緒に、温かい香草茶はどうだろうか」
青白い顔の男は、しずかにひとつ、息を吐き。
「俺はいい。……彼らに、やってくれ」
あたりの墓標を示し。
そして、敬輔の方へと歩きだした。
「ダークセイヴァーは、僕にとっても故郷だ。暮らしていた隠れ里がヴァンパイアに襲撃されて、家族とはその時、離れ離れになってしまった」
墓のひとつひとつに香草茶を捧げれば、あたりにほんのりと香りがただよって。
ヴォルフラムは口を閉ざしたままだったが、敬輔と並び立ち、その様子を見守り耳を傾けていた。
「僕は猟兵に覚醒したけど、里は壊滅。今ではこうして、世界を駆け巡ってる」
「……そうか」
男の答えは、短く。
敬輔には己の所作を見やる灰の瞳も、胸の内も、どこか虚ろに感じられた。
まるで、この終わりを迎えた都のように――。
「僕はいつか必ず、果たしてみせる。ヴァンパイアへの復讐を。オブリビオンからの、完全なる解放を」
続けて、「貴方はなぜ戦っているんだ」、そう問おうとして。
敬輔は、ひらきかけた口を閉ざした。
男の瞳には、己ほど強いひかりはない。
そばに立っても、にじみ出るような感情や情動を感じることはない。
それでも。
――廃都ひとつを弔うため、ひとり、ここに通い続けた。
並ならぬ意志がなければ成し得ない弔いであったことは、敬輔にもわかる。
だから、不器用な男の代わりに、声をあげた。
「今はまだ、夜は明けないけど」
見上げた空は、その日も変わらず、灰色に染まっていて。
今日もどこかで、無慈悲に奪われる命がある。
連綿と続く、絶望の鎖。
敬輔は湯気のただよう杯を掲げ、言った。
「この世界が、ヴァンパイアの悪意から解放されることを願って――」
ヴォルフラムは、少年騎士の横顔を見やり。
林立する墓標を見やり。
そうして黙したまま、まぶたを閉ざした。
大成功
🔵🔵🔵
●
少年騎士の茶は、すぐに空になった。
一度も口をつけぬまま別れたが、その分、いくらかの墓に供えることはできた。
――気休めに過ぎない。
それは、わかっている。
墓とてそうだ。
『すべてが終わって』おり、何もできなかったと。
単なる己の罪滅ぼしであり、自己満足なのではないかと。
しかし、それでも。
営みのさなかに刈り取られたであろう命を想像すればこそ、ヴォルフラムはただ淡々と、弔いの作業に徹し続けたのだ。
かつては己も、茶をたしなむことがあった。
未熟だった己は、一杯の茶を愉しむということが、どれほど贅沢で豊かであるかを知りもせず。
たいして堪能せず空にして、供してくれた者たちを落胆させていた。
――その味も。彼らが喪われた今となっては、二度と味わうことができない。
灰髪の男は、ふたたびひとりで歩きはじめた。
バンリ・ガリャンテ
沈むような灰空の下
一歩一歩を踏みしめて行くよ。
俺はそう。確かめに来たんだ。
此処は街だった。人々がいた。営みがあった。
ある日一切が奪われ失せて
そしてそれから、ずっとこのまま。
けれどきっと、亡くしていない。
街は「街」であったことを。
かつてこの空のもと産まれ生きて死んだ全てを
その時間を奪うことは、何者にも出来ないんだ。
世界はきっと覚えていて
これからも忘れたりしないんだ。
この街で花が薫り星が巡って
あなたが笑っていたことを。
立てられた墓標の前でそっと膝をつく。
この街で、あなたは生まれ、死んでいった。
大地はそれを亡くさない。
俺はそれを、忘れない。
●
沈むような灰空の下。
ふたりの黒騎士(f14505、f01774)が佇む様子を横目に、ひそやかに廃都を訪れた者がいた。
「此処は街だった。人々がいた。営みがあった」
だれにともなく物語るように、バンリ・ガリャンテ(Remember Me・f10655)はつぶやいて。
白く染まる息を、そっと風に流す。
桃色の瞳は、モノクロームに沈んだ廃都にあって色鮮やかに映る。
しかし、それを見てたたえる者も、うらやむ者も、この街にはひとりとて存在しない。
「ある日、一切が奪われ」
一歩一歩、響く靴音をたしかめる。
踏みしめて歩く。
「失せて」
瓦礫と化した棲み家を覗けば、かろうじて形をとどめたままの食器や家具。
けれど持ち主の姿は、どこにもなく。
「そしてそれから、ずっとこのまま――」
ふわりスカートの裾をひるがえし、これまで歩いて来た往来を振りかえる。
だれもいない。
どこにもいない。
「けれどきっと、亡くしていない」
いのちの息吹は喪われてしまった。
しかしバンリには、予感がある。
街は『街』であったことを。
かつてこの空のもとに産まれ、生きて死んだすべてを。
「その時間を奪うことは、何者にもできないんだ」
――世界はきっと、覚えている。
これからも決して、忘れたりはしない。
この街で花が薫り、星が巡っていたことを。
あなたが、笑っていたことを――。
身を切るように、冷たい風が吹きすぎていく。
流れる髪を押さえながら街を横切って。
やがてバンリは、眼前に現れた墓標の前に立った。
かのグリモア猟兵が供えたのだろうか。
墓標の前には、ぼろぼろになった木彫りの人形がそえられていて。
唇の端に、思わず笑みがこぼれた。
「この街で、あなたは生まれ、死んでいった。大地はそれを亡くさない。俺はそれを、忘れない」
そっと膝をつき、白く長い手指で、慈しむように大地を撫でる。
そうして。
「うん」と、ちいさく頷いて。
「――俺はそう。確かめに来たんだ」
たとえ肉体が亡び、だれの眼に映ることがなくなっても。
ひとが生きた証は。
かならず、世界に在り続けるのだということを――。
大成功
🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
アァ……相変わらず寒くて薄暗い世界だなァ……。
他の世界とは大違い。
ケド、生まれ育った世界はやっぱり馴染み深いンだ。
相棒の拷問器具の賢い君を取り出して薬指の傷に結ぼう。
今日はクリスマスらしいヨ。
今年もまた君と一緒に過ごせて嬉しい嬉しい。
墓が沢山あるなァ。
アレを見てると色々と思い出す。
牢獄のクリスマスはお祭り騒ぎだったなァ……。
ご飯は無かったケドたーのしかった。
賢い君も思い出したカ?
君の主人も駄目だって言いながら
とってもとっても楽しそうにしてたもンな。
アァ……寒い寒い。
コレは誰の墓だと思う?
名前のない誰かの墓。
知らない誰かサンもメリークリスマス。
●
膝をつき祈る少女(f10655)の姿を横目に、
「アァ……、相変わらず寒くて薄暗い世界だなァ……。絶望的で最低で、賢くなければ生き延びれない。他の世界とは大違い!」
人狼の死霊術士エンジ・カラカ(六月・f06959)はそう言って、廃都の大通りを進む。
そびえる建物を見やり、「ハロゥ、ハロゥ」と手を振り仰ぐ。
吹きつける風にまぎれて降りそそぐ雨が、雪と混ざりながら容赦なく体温を奪っていく。
朽ち果てた都には火をおこすだけの資材は見当たらず、エンジは白い息を吐きながら、とぼとぼと歩くしかなかった。
――眼に映るなにもかもが、くすんだ灰のような世界。
「ケド、生まれ育った世界は、やっぱり馴染み深いンだ」
たとえ毎日が阿鼻叫喚の血祭であろうとも、ココには、自分たちの生きてきた証が在る。
それは、他の世界には存在しえないものだ。
「そうだ」
ふいに、良いことを思いついたとでもいうように、相棒の拷問器具――賢い君を取りだして。
白い、雪のような肌の薬指、その傷痕へと結びつけた。
相棒は、祝祭の日に似合いの血紅色をしていて。
エンジは金の眼を三日月のように細めると、
「賢い君、賢い君。今日はクリスマスらしいヨ。今年もまた、君と一緒に過ごせて嬉しい嬉しい」
ヒトへそうするように、次から次へと気さくに話しかける。
もし誰かがこの様子を垣間見たなら、いぶかる者もあったかもしれないが。
そう、ここには。
盗み聞きをする者も、陰口をたたく者も。
だれひとり、存在しやしないのだ。
「賢い君、見て見て。墓が沢山あるなァ。誰の墓かな。誰でもいいカ」
街の外周へ行けば、粗末な墓標は両の手指を使っても数えきれないほどあり、エンジは途中で数えるのをやめた。
――かつてはどこかに存在したけれど、もうどこにも居ない者たち。
そういったヒトビトが、ここにはたくさん眠っている。
それだけがわかっていれば、問題ない。
「アレを見てると、色々と思い出す。牢獄のクリスマスはお祭り騒ぎだったなァ……。ご飯は無かったから腹は減ってたケド、たーのしかった」
そうして、左手の薬指に視線を落とし、愉快そうに口を曲げる。
「賢い君も思い出したカ? 君の主人も駄目だって言いながら、とってもとっても楽しそうにしてたもンな」
応える声はなかったが、彼の脳裏にはその時の様子がまざまざと浮かんでいて。
エンジは懐かしさを感じながら、ふたたび故郷の空を仰いだ。
「アァ……、寒い寒い」
手をすりあわせ視線を落とせば、ひときわ小さな盛り土の墓が見えた。
ほかの墓が大人のものだとするならば、眼前にあるのはおそらく、幼子の墓であるのだろう。
「賢い君、賢い君。コレは誰の墓だと思う? きっと、とっても小さいヒトのだ」
細く、小さな枝がささっただけのその墓へ。
エンジは糸を使ってリボンを作った。
吹けば飛ぶような糸を、墓標となる枝へ結びつけて。
「名前のない誰かの墓。知らない誰かサンも、メリークリスマス」
狼はそうして、陽気に手を振って。
ふたたび相棒へと語りかけながら、廃都の中心へと消えていった。
大成功
🔵🔵🔵
イリーツァ・ウーツェ
廃都を歩く。車は使わん
墓標を眺める 其の下に死体が眠っている
墓標の数だけ死者が居ると理解しよう
其れでも、私は何も思えない
私の心は、此の廃都と変わらない
悲しいとすら
ああ、静かだ 静かは好きだ
私も打ち捨てられよう
廃墟に背を付け、座り込む
雪が降れば、身に積もるに任せよう
此の儘、昔の様に埋まってしまいたい
思い出すは昔 私が人の形を得る前
自我も持たず、土に埋もれ、大地の一部として私は在った
どうか今だけ休ませてほしい
今夜が終われば 此の雪が止んだなら
また“生き物らしく”振舞おう
今だけは呼吸も思考も捨て、只の石くれ “岩”に戻ろう――
●
――常であれば、愛車の黒いミニバンで移動するところだが。
ドラゴニアンのタクシードライバー、イリーツァ・ウーツェ(黒鎧竜・f14324)は、この日、廃都一帯を己の脚で歩いてまわっていた。
人間であれば吹きつける風の冷たさに辟易するところだが、黒鎧竜たる男にしてみれば、大した問題ではない。
歩いて、歩いて、街はずれに林立する墓標を見た。
そこからぐるり、廃都を囲むようにつくられた墓を、つぶさに見て回った。
途中、墓のなかに独り言を話す男(f06959)を見かけたが、祝祭の祝いの言葉を唱えると、ふらり都の中心へ消えていった。
――墓標の下に、死体が眠っている。
――墓標の数だけ、死者が居る。
それは理解できた。
できたのだが。
(「其れでも、私は何も思えない。私の心は、此の廃都と変わらない。『悲しい』とすら――」)
イリーツァには、グリモア猟兵がなぜ骸を土に埋め続けたのかも、理解ができなかった。
人間が手を施さずとも。
世に生まれおちたすべては、倒れ朽ち、やがて自然に世界へと還る。
在るがまま在れと思うからこそ、『墓』というモノの在りようが理解できない。
広大な都には、生命の気配は皆無だった。
しかし、グリモア猟兵の導きを得て訪れた猟兵の気配は、いくつか感じ取ることができた。
だから、それらの気配を避けて歩いた。
いのちの息吹が感じられない場所へと――。
やがてたどり着いたそこは、小さな民家のようだった。
経年によって天井は崩れ落ち、屋内はどこも吹きさらしになっている。
崩壊した暖炉にぬくもりが戻ることはなく、うち捨てられた木製の机や椅子も、触れればほどけるように崩れていった。
乾いた土に腰を落とし、廃墟の壁に背を預ける。
雨はすっかり雪へと変わり、冷えた身体に触れた雪は、とけることなくその身に残った。
イリーツァは積もるに任せ、息を吐いて。
「……ああ、静かだ。静かは好きだ」
つぶやいて、永遠に曇らぬ緋色の眼を閉ざした。
(「此の儘。昔のように、埋まってしまいたい――」)
――男が今のようにヒトの形を得る前。
それは自我を持たず、土に埋もれ、大地の一部として在った。
――思考することなく、煩うことなく。
在るがままに存在していた。
座り込み、身じろぎせず身を縮ませていたイリーツァの姿は、ともすれば骸のように見えたかもしれない。
けれど、口元を白く染めるたしかな呼気が、男がまだ命の灯火を抱いていることを、はっきりと示した。
しんと、空気の澄みきった世界に、己の呼吸音だけが聞こえる。
まとわりつく心臓の音も。
巡る、血潮の命脈も。
(「どうか今だけは、休ませてほしい」)
今夜が終われば。
此の雪が、やんだなら。
(「その時はまた、“生き物らしく”振舞おう。今だけは、呼吸も、思考も捨て、只の石くれ、“岩”に戻ろう――」)
訪れる者がナニモノかなど、朽ちた都は判じはしない。
それを気にかける住人も、もはやどこにも存在しない。
時だけがそこに在り。
廃墟も、竜も、わけ隔てることなく、雪はひとしく降り続けた。
大成功
🔵🔵🔵
オニバス・ビロウ
祈ることは大事だ
死せる者たちの為に、生ける者が行える唯一の事である故
なればこそ…この祝祭の日に墓へ花を手向けに行くとしよう
寒い土地では雨が雪へと変わるらしいが…生まれが南海の島であるので雪という現象ははじめて見る
…雪に埋もれたら日月も星も見えなくなりそうだ
空の明かりが見えぬとしたら、この地の時は一切合切が止まってしまうのだろうか
…どこへも戻れぬ、いずこへも進めぬというのは辛く悲しい
だからせめて、お前達の道を照らす花を贈ろう
これはアリスラビリンスに迷うアリスのために摘んだ花ではあるが…本質は道に迷う者のための花だ
自ら歩いて逝く者も、歩けずに迎えを待つ者にも
この花の光がその魂に届くように祈る
●
雪まじりの雨のほとんどが、淡雪へ変わったころ。
オニバス・ビロウ(花冠・f19687)は単身、廃都に足を踏み入れていた。
灰色の空を仰ぎ、「これが雪か」と感嘆の声をあげれば、白く染まった息が空へと消えていく。
街の外周を歩けば、かのグリモア猟兵が弔ったという数えきれないほどの墓標が林立している場所にたどり着いた。
遠くには、オニバスと同じく墓を眺める竜人の猟兵(f14324)が居り。
男は降りそそぐ雨雪を気にするでなく、そのまま背を向け、墓標の合間を歩いて行ってしまった。
(「――雪を知る者なら。なんということのない、当たり前の風景なのだろう」)
肌に触れるたび、一瞬にして水滴となってとける雪。
生まれ故郷である南海の島との違いを体感しながら、鬼狩りの証たる藍色の瞳を細める。
油断すると、雪が眼に舞いこみそうだ。
眼元をかばうよう腕を掲げ、
「……雪に埋もれたら。日月も星も、見えなくなりそうだ」
つぶやく男の髪は、金の色をしている。
まばゆい輝きは天の太陽を思わせたが、この世界の天上には常に厚い雲がひろがり、陽の光はかけらも地上に届きはしない。
「空の明かりが見えぬとしたら……。この地の時は、一切合切が、止まってしまうのだろうか」
その問いに答える声はなく。
ただ風がごうと唸り、金の髪を激しくかき乱していった。
それから、ひとしきり街を歩いて回ったが。
『終わりをむかえた都』には、猟兵以外のいのちの気配は皆無だった。
生気を喪った街は、そこかしこが色褪せたようで。
オニバスはふたたび墓場に戻り、その墓前のひとつに膝をついた。
「……どこへも戻れぬ、いずこへも進めぬというのは、辛く悲しい。だから俺は、せめてお前達の道を照らす花を贈ろう」
――ユーベルコード『いろは唄・天花照覧(ヤミヨテラスハナ)』。
オニバスが朗と唄えば、寒空に、ほのかにひかりをはなつ花が5輪、顕現した。
日属性・月属性・星属性をそなえたそれらは、アリスラビリンスに迷うアリスのためにと、かの地の愉快な仲間が摘んだものだった。
「『道に迷う者のための花』であるのだから、本質から外れはしないだろう」
言い訳のように、ぽつり零して。
一輪、一輪。
暗闇に明かりを灯しゆくように、墓標へと花を手向けていく。
花が尽きればまた朗々と唄い、次の墓前へ。
しかし、唄えども唄えども、墓はまだ延々とこの地を埋めつくしている。
幾度も吸いこんだ空気が、気管を、肺を冷たく満たしていく。
戦場で感じるのとは違う。
拭いようのない虚しさが、胸の奥底にのしかかる。
オニバスは改めて墓の多さを目の当たりにして、かつてこの地で起きた悲劇を想い、唇を引き結んだ。
「空の明かりが見えぬとしても……。この地の時は、止まるばかりではないはずだ」
終わりがあれば、始まりがあるように。
いつかこの地に『希望』が芽吹くこともあるはずだと、男は信じた。
(「なればこそ、祈ろう」)
供えた花よりもなお多く。
ひとりでも多くの死者に、安寧が訪れるように。
オニバスはまた別の墓前に膝をつき、こうべを垂れ、心から祈った。
「自ら歩いて逝く者も、歩けずに迎えを待つ者にも。この花の光が、その魂に届くように」
静寂がこの地を癒し。
やがて、平穏が訪れるよう。
――あきらけき目も呉竹の此の世より、迷はば如何に後の闇路は。
大成功
🔵🔵🔵
ヘルガ・リープフラウ
今は亡き廃都の人々の墓標に祈りをささげましょう
口ずさむは鎮魂歌(レクイエム)
この地に眠る人々の魂が安らかなれと願って
……助けられなくてごめんなさい
必ずやあなた方の無念を晴らし、この世界に光を取り戻すと誓いましょう
墓標の傍に、春に芽吹く花の種をまき、苗木と球根を植えましょう
生きるものとて無いこの地で、人々の魂が寂しくないように
春になれば溶けた根雪は大地を潤し、慈雨が緑を育てるでしょう
大地に花と緑が溢れ、木々に果実が実る時、豊穣の恵みを求めて新たな命が訪れる
輪廻と再生、祝福の連鎖を
だからそれまでは、雪の下の花のように耐え忍びましょう
いつかこの地に光が、命の喜びが戻ると信じて……
※アドリブ歓迎
●
太陽の髪色をもつ武家者(f19687)が、朗々と唄をうたっていたころ。
廃都のまた別の墓場では、オラトリオの聖者ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)が鎮魂歌(レクイエム)を口ずさんでいた。
雪のような白い髪には、蒼いミスミソウの花。
純白の両翼、白いドレスに身を包んだ姿を目の当たりにした者が居たなら、「この姫こそ、まさしく天使である!」と、誰もがため息をこぼしたことだろう。
しかし。
いかに天使が癒しの歌をうたおうと、内からあふれる光で場を照らそうと。
無垢な雛鳥の手をとる者は、だれひとり現れはしなかった。
どんな魔法も。
どんな奇跡も。
遠い昔に『終わってしまった』この地にあっては、なんの効力も成しはしないのだ。
(「どうか、この地に眠る人々の魂が、安らかにならんことを」)
華奢な胸いっぱいに、空気を吸いこんで。
広大な曇天に、常闇に呑まれぬようにと、澄んだ声音で鎮魂の祈りを歌いあげる。
最後の言葉を唱え終え、優雅に膝を折り辞儀を捧げる。
そうして天を仰げば、青の瞳を伏せ、己の無力を詫びた。
「……助けられなくてごめんなさい」
声は、しんしんと降り積む雪にすいこまれるように。
闇と静寂の合間に、はかなく消えていった。
ヘルガは、羽織っていた白い手編みレースの防寒着――少女は『マーガレットのボレロ』と呼ぶ――の襟元をたぐり寄せて。
顔の前に両の手を広げ、ほうと吐息を吹きかけた。
じわりと伝うぬくもりが、凍える手指をとかしていくのを感じながら、用意していた作業用の手袋を両の手にはめこむ。
そうして、携えた小物入れから小さく膨らんだ種袋を取りだして。
墓標の合間をぬい、春に芽吹く花の種をまきはじめた。
(「生きるものとて無いこの地で、人々の魂が寂しくないように」)
ひとしきり種まきが終われば、次は苗木と球根の用意を始める。
持参した庭具は、小さな円匙(スコップ)が1点のみ。
しかし少女は急くことなく、ひとつひとつ丁寧に、墓標のそばの土を掘り返していった。
長年、人の手の入らなかった大地はかたくなで。
虫の影ひとつ見えないその土が、どれほど応えてくれるかは、わからなかったが。
ヘルガはただ、大地に命を育む力が残っていることを信じ、手を動かし続けた。
どれだけ土を掘り返し、どれだけ苗木と球根を植えたのか。
降り続ける雪が、色褪せた大地を白く染めあげていく。
あらゆる音が雪にすいこまれていき、己の吐く息と、土を掘り返す円匙の無機質な音だけが、世界に響いていた。
(「今なら。墓標を立てたヴォルフラム様の苦労が、骨身に染みてわかります」)
寒冷地の寒さは、身体を芯から凍えさせ。
少女の指先は、すぐにかじかんでいった。
そのたびに、ヘルガは泥まみれになった手袋を外し、直に手指へと息を吹きかけた。
――つらい作業だ。
――決して、たやすい仕事ではない。
白くけぶる視界に、瞳を閉ざし、祈る。
まぶたの裏に思い描くのは、とけた根雪が大地をうるおす情景。
春が訪れれば、慈雨が緑を育て。
大地に花と緑があふれ、木々に果実が実りゆく。
やがて豊穣の恵みを求め、新たな命がこの地を訪れる。
――願うは、輪廻と再生。
――そして、祝福の連鎖。
いつしか、ヘルガの手指に留まらず、溶けた雪と泥が、純白のドレスをも土色に染めていった。
(「このていど、なにを厭うことがあるでしょう」)
この地で人々が受けた艱難辛苦(かんなんしんく)は、こんなものではなかっただろうから。
そうして、夢見た情景を想い、口をひらいた。
亡き人々へと、やわらかく語りかける。
「いずれこの地にも、祝福が満ちます。だから、それまでは」
告げるたびに、視界が白く染まる。
とけた雪が、頬を濡らしていく。
それでも、構いはしない。
「雪の下の花のように、耐え忍びましょう。ふたたびこの地に、光が。命の喜びが戻ると、信じて――」
己を称する、『雪割りの花』に誓う。
必ずや人々の無念を晴らし。
この世界に、光を取り戻さんことを――。
大成功
🔵🔵🔵
ラティファ・サイード
静かなところですわね
墓標ひとつひとつに祈りを手向けながら巡ります
本当は白百合でも捧げたいところですが
あまりに墓標が多すぎますわ
ヴォルフラム様にお声がけを
ご一緒しても宜しいかしら
邪魔にならぬようにいたしますから
…あらゆる世界で祝祭が執り行われているならば
ここでもいつかひらかれると
願うことは出来ましょう
こういう日だからこそ
生と死に向き合いとう存じますわ
わたくしが戦いに身を投じる原点を
思い返す時間が欲しかった
白い吐息は天へと昇る
願わくばその向こうのあなたに
嘗てこの地に在った誰かに
祈りが届けばいい
掻き抱くように五指を合わせ
ただ静かに瞼を閉じる
ヴォルフラム様のご案内に感謝を
淡雪が此処を清め鎮めますように
●
雨から変わった雪が、強く降りはじめた。
先ほどまでは淡雪だったものが、今は水を含んだ牡丹雪(ぼたんゆき)へと変わっている。
ドラゴニアンの女――ラティファ・サイード(まほろば・f12037)は、用意していた外套に身を包み、豊かな胸を抱くようにして身を縮めた。
そうして、
「静かなところですわね」
墓場の真中、眼前に見えた背中へ向け、呼びかける。
見間違いでなければ、かの男はダンピールの黒騎士――ヴォルフラム・ヴンダー。
しかし、灰髪の男は声を聞いたのか、聞いていないのか。
自身が手ずからたてたという墓標の前に立ち、降りそそぐ雪を一身に受け続けている。
「ヴォルフラム様」
ふたたび呼びかければ、男の顔が動いた。
光のない灰眼を動かし、もの言いたげに女を見つめる。
みたび口をひらこうとした、その時。
ラティファの耳に、かすかに歌声が届いた。
「これは……、鎮魂歌?」
時を同じくしてこの地を訪れた歌い手(f03378)が、廃都のどこかで、死者たちへと捧げているらしい。
ヴォルフラムはどうやら、その歌声に耳を傾けているようだ。
歌声が途切れるまで、墓前に佇んで。
あたりが静寂に包まれたことを確認すると、ようやくラティファへと向きなおった。
「素敵な歌声でしたわね」
「手向けには、ちょうど良い」
どこか的外れな男の答えに、ラティファは唇をもたげ、艶然と笑んで見せた。
「わたくしも、本当は白百合でも捧げたいところですが。ここはあまりに、墓標が多すぎますわ」
「そうだな」
男は灰眼を向け、真顔で続けた。
「街ごと死んでいた」
「花畑がなくなるだろう」と言い添え、ゆるりと歩きはじめる。
髪に積もりつつあった雪をはらい、ラティファが慌ててその背を追いかける。
「ご一緒しても宜しいかしら」
答えはない。
「邪魔にならぬようにいたしますから」
追いすがるように言葉を紡いで。
ようやく、男の口が動いた。
「……好きにしろ」
男は廃都の内外を、あてどなく歩き続けた。
しばらく墓場を彷徨ったかと思えば、おもむろに街の中心へ赴く。
そこでは、朽ちかけた家屋が倒壊しないかどうか。
もし危うい状態であるなら、先んじて剣を振り解体する等、淡々と、住む者のない街の手入れをしているようだった。
ラティファは約束した通り、男の邪魔をすることはなかった。
墓標の前に立つ時も。
剣を手に家屋を潰す時も。
心の動きを読みとるべく黒騎士の表情を見やったが、いついかなる時も、男は眉根ひとつ動かしはしなかった。
大輪の牡丹雪が降り続いていた。
ヴォルフラムも、ラティファも雪にまみれ、濡れながら街を歩いていた。
みっつ目の家を潰した時、ふいに男が振り返り、言った。
「ついて来い」
こちらの返事を聞こうともしない、強引な呼びかけ。
導かれるままに追いかけ、ラティファはようやく、その意図を理解した。
たどり着いた先は、堅牢な石材を用いて造られた教会。
今なおしっかりと元の面影を残しており、ここでなら、風と雪をしのぐことができそうだ。
――木造の家屋は劣化が激しく、風雪をしのぐには向かない。
そうと踏んで、男はこの場所まで、わざわざラティファを連れ出したらしい。
不器用な案内は困りものだが、冷えきった身体を休めるにはありがたい。
窓際に立ち、雪が世界が白く塗りかえていく様を見守る。
「なぜここへ来た」
男の唐突な問いにも、もはや驚くことはなかった。
祝祭の日に、なぜこんな寂れた土地にやってきたのかと、そう問いたいのだろう。
「こういう日だからこそ、生と死に向きあいとう存じますわ」
男は沈黙している。
ラティファは素直に、言葉を紡いだ。
「わたくしが戦いに身を投じる原点を、思い返す時間が欲しかった」
その言葉を聞いてはじめて、男は眉根を寄せた。
よく見なければわからないほどの、かすかな変化ではあったけれど――。
「煌びやかな舞台ばかりが、女の戦場ではありませんの」
いたずらっぽく笑む女を、灰の眼が見やる。
男は、やはり沈黙していた。
窓から天を仰げば、雪はふたたび、淡雪へと変わっていて。
「おさまったようです」
ラティファは男を振り返り、優雅に一礼してみせる。
「ご案内に感謝を。わたくしは、ここで失礼いたしますわ」
女を見おくる、という考えは、男の頭にはないのだろう。
教会の壁に背を預けたままの男へ、
「ヴォルフラム様」
背を向けたまま呼びかけて。
「あらゆる世界で祝祭が執り行われているならば、ここでもいつかひらかれると、願うことはできましょう」
願いに応えて、眼前の空が、わずかに明るくなったように見えた。
「……そうだな」
男の言葉は、あいかわらず簡潔だったけれど。
ラティファはそれで十分と、教会を後にした。
天華の舞いおりる空の下、掻き抱くように五指をあわせて。
ただ静かに、瞼を閉ざす。
風が髪をかき乱すのに構わず、唱える。
「雪が、この街を清め、鎮めますように」
白い吐息は、空へと昇っていく。
――願わくば、天上のあなたに。
かつて、この地に在っただれかに。
この祈りが、届きますように――。
大成功
🔵🔵🔵
●
ドラゴニアンの女は言った。
『戦いに身を投じる原点を、思い返す時間が欲しかった』
先に出会った少年騎士は、「復讐」のためだと言った。
女の答えはわからないが、かの金眼には強い光が宿っていた。
では、己は?
おまえが武器を振るうのは、一体、なんのためだ?
故郷を喪った無念か。
――いいや、ちがう。
ちかしい者たちを喪った恨みか。
――いいや、ちがう。
では、武器もつ者の正義感か。
――いいや、ちがう。
そこに正義はない。
憎しみもない。
なにも、ありはしないのだ。
かぶりを振り、石造りの教会を後にする。
灰髪の男はふたたび、『すべてが終わった都』を歩きはじめた。
鎹・たから
何処にも、生きているものの居ない
さみしい世界
雪にのまれることで終わりを迎える街
雪の街を歩いて、歩いて
今は何もないけれど、きっとみんな生きていた
そんな何かの証を捜します
並ぶ墓標ひとつひとつに、手を合わせましょう
きっと幼いこども達も居たことでしょう
泣くこともできない赤ん坊も居たでしょう
生まれることすら許されなかったいのちも、きっと
ヴォルフラム
あなたは、このいのち達を想ったのですか
あなたは優しい人だと、たからは思います
きっと、否定するのでしょうね
たからが涙を流しても
なんの意味もないけれど
彼らが生きていたことの証を
たから達は忘れずにいなくてはいけないと思うのです
だって今夜は、クリスマスなのですから
●
石造りの教会から、灰髪の黒騎士(f01774)が出ていくのが見えた。
見まごうはずもない。
当人から依頼を受け、言葉を交わしたこともある。
呼びかけることもできたが、スノーフレークオブシディアンの角を戴く羅刹の少女――鎹・たから(雪氣硝・f01148)はそうしなかった。
――何処にも生きているものの居ない、さみしい世界。
――雪にのまれることで、終わりを迎える街。
途方もない時間をかけてつくられた墓標の数を見れば、あの男が欲しているのは単純な言葉などではないだろうと。
そう、思われたのだ。
まるで、ここが己の在るべき場所だとでもいうように。
色褪せた世界に男がまぎれていくのを、たからは最後まで、見送った。
雪はいっとき激しく降り、今はほんのりとした淡雪へと変わっている。
しかし、冷えきった空気は雪の結晶をとかすことなく、着実に世界を白く塗りかえつつあった。
雪の街を歩いて、歩いて。
たからは人々の生活の痕跡をさがそうとしていた。
――今は何もないけれど、きっと、みんな生きていた。
そんな何かの証が、今もどこかに遺っているはずだ。
石畳の街を注意深く観察しながら巡っていると、たからはふと、今いる位置よりも低い場所に、別の道があることに気付いた。
階段は見当たらない。
えいやと身を躍らせ、飛び降りる。
一段、低い位置につくられたそれがかつての水路であったことに気づいたのは、進んでいった先の頭上に、いくつも橋がかかっていたからだ。
水は枯れ、干からびた大地に潤いの痕跡を見ることはできない。
それでも。
水路は都をぐるりと巡り、街の広場に大きな水場をたたえていた。
中央には、後光をいただいた聖女たちの石像。
水場を臨む正面には、ひときわ大きな石造りの建造物があり。
そこには、首や腕の落ちた騎士たちの像が、都を見守るように、整然とならび立っていた。
たからは、そこからも水路が伸びていることに気づいて。
石畳の街を、一直線に駆けだした。
聖女像と英雄像のある位置を北とするならば、まっすぐに南へ。
駆けて、駆けて、その先にあったのは。
他の墓所とは違う、あずまやのある墓地だった。
おそらく、この地が亡びを迎える前は、花咲き乱れる公園だったのだろう。
墓は他よりも盛り土の小さなものばかりで、多くは幼子のものであろうと思われた。
彼らは聖女と英雄たちに見守られるように、静かにねむりについている。
ふいに、瞬く瞳から涙があふれ、こぼれ落ちた。
言葉にならなかった吐息が嗚咽となって、あたりを白く染めていく。
――きっと、幼いこども達も居たことでしょう。
泣くこともできない、赤ん坊も居たでしょう。
生まれることすら許されなかったいのちも、きっと――。
「……ヴォルフラム。あなたは、このいのち達を想ったのですか」
応える声はなかったけれど。
たからは、確信に近い想いを抱いていた。
彼らが安心して眠りにつくことができるように。
不器用な男なりに考え、この地を選び、墓をたてたのだろう。
「あなたは優しい人だと、たからは思います。そう伝えれば、あなたはきっと、否定するのでしょうね」
『すべてが終わった場所』で己が涙を流したところで、なんの意味もないことだ。
けれど。
彼らが生きていたことの証を。
自分たちは、忘れずにいなくてはいけないのだと、思う。
流した涙をぬぐい、天を仰ぐ。
降りそそぐ雪はやさしい。
たからは、墓前のひとつひとつに手をあわせ、こどもたちを弔った。
だって今夜は、クリスマスなのだから。
彼らにも。
祝祭の日の祝福が、届きますように――。
大成功
🔵🔵🔵
エリシャ・パルティエル
ダークセイヴァーにはほとんど来たことがなかったけれど…
世界が祝福に包まれているこの時もこの世界では星すら見えないのね…
分厚い外套を重ねてきたけれど、この地の寒さはどこか情け容赦なくて
墓標のひとつひとつに手を合わせ、この地に眠る者に祈りを捧げる
ヴォルフラム?
見知った姿に声をかける
あなたが彼らをこの地に眠らせてあげたのね…
もしあたしの故郷が同じようになったら…あたしもあなたと同じことをすると思うわ
異世界の保温機能のある水筒に入れた温かい飲み物を差し出す
心まで凍えないように…
どうかこの世界にも自分の故郷と同じように満天の星が輝く日が来ますように
自分の力をちっぽけに感じながらもそう願わずにはいられない
●
ダークセイヴァーを訪れたことは、ほとんどない。
念のためにと分厚い外套を重ねてはきたものの、この地の寒さはだれかれお構いなしに、いきとしいけるものから熱を奪っていく。
人間の聖者であるエリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)は、降る雪にまみれながら墓標ひとつひとつに手をあわせ、この地に眠る者たちに祈りを捧げていた。
黙祷の後に顔をあげ、形の良い眉根を寄せる。
「世界が祝福に包まれているこの時も、この世界では、星すら見えないのね……」
――見渡す限りの墓標。
けれど空には、彼らを照らす『ひかりかがやくもの』がなにひとつない。
エリシャの髪も瞳も、星のように明るい金の色をしていて。
慈愛とともに光をもたらす聖者であればこそ、奇跡の届かない場所に、想いを寄せずにはいられなかった。
そのままいくつかの墓前に祈りをささげ、場所を変えるべく廃都の中心へと足を向ける。
どこに目を向けてもいのちの気配はひとつとして感じられなかったが、時おり、グリモア猟兵の導きを受けたであろう、猟兵たちの姿を見ることができた。
小柄な羅刹の少女(f01148)が、エリシャに気づかぬまま一目散に街路を駆けていく。
(「なにか見つけたのかしら」)
不思議に思い、少女の来た道をたどっていくと、街外れの墓地に灰髪の黒騎士の背が見えた。
以前、依頼で言葉を交わしたことがある。
今にも闇に溶け消えそうな、あの男だ。
「――ヴォルフラム?」
呼び声に、灰眼の男はしばし微動だにせず佇んでいたが。
近づくエリシャの気配を感じとって、ようやく顔見知りへと向きなおった。
こちらを認識してもらえたのだとわかり、続けて声をかける。
「あなたが、彼らをこの地に眠らせてあげたのね……。もしあたしの故郷が同じようになったら……。あたしも、あなたと同じことをすると思うわ」
男は、向けられた言葉に答えるでなく、
「なんの用だ」
と、短く問うた。
男の不愛想な態度については、承知のうえだ。
「飲み物を持ってきたのよ。これ、異世界の、保温機能のある水筒なの。飲めば身体があたたまるわ」
杯をさしだしたエリシャへ。
男は、わずかに眉根をひそめた。
「……二度目だ」
「えっ?」
同じことを言われたのは、少年騎士(f14505)に続いて今日で二度目だと言いたかったのだが。
眼前の娘が、それを知るはずもない。
「俺はいい。彼らに、やってくれ」
同じように返したが、エリシャは引き下がらなかった。
「わかったわ。彼らにも捧げましょう。でも、あなたも飲むのよ、ヴォルフラム」
娘の強い物言いに、男は口をつぐんで。
突きつけられた杯をしぶしぶ受けとると、まぶたを閉ざした後、口に含んだ。
――あの時と同じように。
――また、闇に消えてしまいそうに、見えたから。
おせっかいと言われようと、厭わしく思われようとも。
「心まで凍ることがないように」という、エリシャからのせめてもの気遣いだった。
戻った杯がきちんと空になっているのを確認し、微笑む。
持参した飲み物を、すべての墓前に捧げるには足りなかった。
けれど、ほんのりと、茶の香りがあたりを包む。
それだけで、男の横顔が、こころなしか和らいで見えて。
これで良かったのだと、エリシャは胸中でひとりごちた。
ヴォルフラムと並び立ち、白い息を吐きながら、雪の舞う天を仰ぐ。
――己が生きているうちに照らせる場所は、限られている。
それでも。
「どうかこの世界にも、あたしの故郷と同じように、満天の星が輝く日が来ますように」
エリシャは、自分の力をちっぽけに感じながらも。
そう、両の手を重ね、心から願った。
大成功
🔵🔵🔵
●
――己には、半魔半人の血が流れている。
ある豪族のヴァンパイアが、奴隷として飼っていた女に産ませた子。
それが己だと、ヴォルフラムは自覚している。
かつては父であるヴァンパイアの領土内で暮らしていたが、その扱いは奴隷にも等しく、ヴァンパイアからも人間からも、半端者として扱われてきた。
なかば放任されてきたから、食事を用意してくれる者もなかった。
この歳まで生き延びることができたのは、『生命力吸収』の力を自覚し、飢えをしのぐことができたからだ。
物心ついた頃からそうであったから、飲食にこだわりはなかった。
腹を満たせれば味はなんでも良く、ともすれば食事をとろうとも思わなかった。
動物でも植物でも、いのちあるものさえあれば、生命力を得て命を繋ぐことができる。
それで十分だったのだ。
猟兵として覚醒し、数多の異世界を巡るまでは――。
多くの猟兵と行動をともにするようになり、己の価値観は、少しづつ変化しているように思う。
それでも、今日のように向けられる杯は、今なお他人事のように感じて。
じわり、臓腑にひろがるぬくもりを自覚しながら、肺に満ちた空気を吐きだす。
白くけぶった呼気が、風に流れゆくのを見送って。
灰髪の男は振り返ることなく、延々と廃都を歩き続けた。
都槻・綾
嘗ては此の地にも
懸命ないのちが確かに在ったのだと
語り掛けてくる奥津城の証達
雨風避けに頭から被っていた外套の下
墓標へと差し出す手にふわりと乗ったのは
雪のひとひら
いつの間にか変わっていた天候に気付かぬ程
佇んでいたのだと
凍える身に漸く思い至って
幽かに笑う
誰の墓かは知らぬ
どんな生を終えたかは
此の世界のことだから推測は適うけれど
いのちは一つとして同じではないもの故に、
いつか私も骸海に辿り着いたとき
あなたの物語を聞かせてくださいますか
墓の主は勿論いらえることは無いけれど
降り積もり始めた真白が
やがて木の小さな枝に雪の花を咲かせたから
土に還りし魂が再び咲いたようで
柔く双眸を細める
あぁ、
いのちは何て、うつくしい
●
外套を冷風になびかせ、ヤドリガミの陰陽師、都槻・綾(夜宵の森・f01786)は街を一望できる墓所に身を置いていた。
廃都の外周にある墓は数多く、かのグリモア猟兵は街を見下ろせる場所として、数か所、高台に墓をつくったらしい。
――かつては此の地にも、懸命ないのちが確かに在ったのだと。
奥津城の証たちが、そう語り掛けてくるようで。
綾は数ある墓標を眺めては、また別の墓前へ。
聞こえぬ声に耳を傾けては、また別の墓前へ。
飽くことなく、その場に立ち続けていた。
ふいに、風が吹き過ぎた。
めくりあげられた外套を被り直そうと、手を伸べた時だ。
ふわり指先に乗ったのは、雪のひとひら。
その冷たさに、冬の草葉のごとき青磁の双眸を、かすかに見ひらいて。
改めて墓標へ手を伸べれば、次から次へと六華が舞い降り、綾の手を湿らせていく。
「さてはて……。雫が華に変わったことにも、気づかずにいたとは」
それほど長く、この場に佇んでいたのだと。
氷のように凍える身に思い至って、「さもあらん」と幽かに笑みを深める。
――さらさらと音をたて、外套に雪が降り積もっていく。
眼前にはひとつの盛り土があり。
綾は膝をつき、名も知らぬ墓にそっと手をつく。
どんな生を終えたかは、この世界の様相から、容易く推測は適うけれど。
「いのちは、一つとして同じではないもの故に」
ここに眠る者の生きざまが、いかなるものであったかを知ることは難しい。
たとえば、たおやかなる娘であったか。
雄々しき青年であったか。
それとも、逞しき母であったか。
頼もしき父であったか。
あるいは、智慧ふかき嫗(おうな)であったか。
信のある翁(おきな)であったか。
想像を巡らせ、終わってしまったいのちへと、想いを馳せる。
この墓の主でなかったとしても。
林立する墓標のいずれかには、思い描いたような者たちが眠っているのかもしれない。
「いつか私も骸海に辿り着いたとき、あなたの物語を、聞かせてくださいますか」
墓の主が、綾の言葉に応えることは無い。
けれど、世界を染めあげはじめた真白が、かぼそく立つ小さな枝に、雪の花を咲かせたのを目の当たりにして。
土に還りし魂が、ふたたび咲いたようだと、やわく双眸を細めた。
その時だ。
ふいに、綾のいる墓地とは反対側の墓地に、灯りがともった。
己以外にも猟兵が訪れているはずだから、誰かが弔いのために行っているのだろう。
一部の墓所一面をひかりで満たしたかと思うと、青く燃える両翼をもつ騎士(f10937)が飛びたち、また別の墓所に灯をともしていくのが見えた。
墓標ひとつに、灯がひとつ。
――ともったあかりの数だけ、この地にいのちの灯があったことを、物語る。
綾は、かつてこの地に生きた者たちが居たという証左を、いとおし気に見つめ続けた。
いろのない世界を。
ゆれる灯を。
飽くことなく。
此岸の世は、いかにまばゆい彩りに満ち満ちているのだろうと、笑みを湛えて。
吐いた息が、白く染まる。
天に昇っていく。
「あぁ……。いのちは何て、うつくしい――」
大成功
🔵🔵🔵
ルパート・ブラックスミス
墓標総てに飴玉とUC【燃ゆる貴き血鉛】の炎を灯したカンテラを供えて回り、配り終えたら、青く燃える鉛の翼で【空中浮遊】。空から廃都を見下す。
故郷諸共一度死に。鎧のヤドリガミとして蘇った己。
生前の記憶も肉体も喪いなお遺った「騎士」であらんとする衝動のもと、この約一年猟兵として戦い続けた。
数多の世で様々な経験と価値観を得てきたが…今は、絶望の世界からの始まりを思い返し独り感傷に浸る。
今日を迎えられた者の未来の為に。
今日を迎えられなかった者の存在を、灯した炎の数で感じながら。
【祈り】捧げ、最後は一斉に炎を消しそのまま都を去ろう。
我が騎士道は未だ果て無く。我が歩みも未だ止まることなく。
【アドリブ歓迎】
●
掻き抱くように五指をあわせ、ただ静かに、瞼を閉ざして。
巻き角を戴いたドラゴニアンの女(f12037)が、熱心に祈っているのが見えた。
あるいは、灰髪の男が、飽きもせず廃都を巡り歩く姿が――。
猟兵たちが、白雪に染まる街を後にしはじめた頃。
ヤドリガミのルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)は、ひとり、ユーベルコードで生みだした青炎を墓標に供えてまわっていた。
当初は個別にカンテラを用意する心算だったが、廃都を目の当たりにし、その考えは一変した。
墓地は都の外周にかけて、広大な敷地を使って何区画も作られていた。
区画ごとに、数えきれないほどの墓標が立っているのだ。
はじめのうちは、ひとつひとつカンテラに炎を収めていたが、やがて小さな瓦礫を燃やすことで、カンテラの代わりとすることにした。
数が足りなかったのだ。
寂れた地で簡単に手に入るものといえば、乾いた石や、崩れ落ちた家屋の瓦礫しかなく。
同じく、炎とともに供えようと持参した飴玉は途中でなくなり、こちらは一部の墓に供えて、残りは諦めた。
鎧の内から伝う青炎が、曇天の空の下に広がっていくのを見やりながら。
ルパートは、かつての己の『死』を思い返していた。
ルパートは、故郷もろとも、一度死に至り。
鎧のヤドリガミとして、二度目のいのちを得た。
――生前の記憶も肉体も喪い、なお遺った『騎士』であらんとする衝動。
突き動かされるようにオブリビオンとの邂逅を重ねながら、この約一年、猟兵として戦い続けてきた。
「数多の世で、様々な経験と価値観を得てきたが……」
眼前には、いまだ、地獄のごとき光景がひろがっている。
それは、絶望の淵から這いあがり、一心不乱に駆け続けてきた己の軌跡を振りかえるようでもあり。
降りそそぐ雪をあるがままに受けとめながら、ひとり、激動の『生』を想った。
作業は、一日では終わらなかった。
雪は何日も降り続け、あたりは一面、白一色に染まっていった。
やがて、時間の感覚がうしなわれ。
それでもルパートは休むことなく、廃都の墓地をまわり、その墓標ひとつひとつに青い灯をともし続けた。
彼の血潮とでもいうべき『燃える貴き血鉛(ブレイズブルーブラッド)』は、雪のなかにあって良く燃え続けた。
空は常に暗く。
何度、昼と夜をめぐったかもわからない。
それでも、彼は強い意志をもってこの仕事をやり遂げた。
廃都をぐるりと囲うように、青い光が揺れている。
眼下にまたたく炎群を見やり、青く燃える鉛の両翼をひろげる。
空から一望するひかりは、まるで天上にきらめく星々のようにも見えて。
――あかりの数だけ、ここに、いのちがあった。
今日を迎えられなかった者たちの存在を、灯した炎の数で感じながら。
ルパートは心から祈った。
そして、暗転。
夜の帳を降ろすように、一斉に青い炎を消し去ると。
『すべてが終わった都』に背を向けて、しずかに、その場を後にした。
我らは往かねばならない。
今日を迎えられた者たちの、未来のために。
歩みを止めることなく、どこまでも。
「我が騎士道は、未だ果て無く。我が歩みも、未だ止まることなく――」
●
重く垂れこめた雲が空を覆っている。
星が煌めくということは、おそらくここではもう何十年もなかったにちがいない。
冷たくふる雨は今にも雪へと変わりそうで。
しかし、情け容赦ない天候に悪態をつく者さえ、この土地にはひとりも居はしなかった。
『名も知らぬ廃都』は、今日も世界の果てに存在している。
覚めることのない、まどろみを抱いて。
いつか訪れる、『夜明け』を待ちながら――。
大成功
🔵🔵🔵