今宵は雪に賛美歌を
ダークセイヴァー。呪われし世界。
悲劇が連鎖するこの土地にも、聖なる光が降り注ぐ。
それは、闇の天蓋を覆わんばかりの白。枯れた大地を染め上げるほどの、白。
ひらひらと舞い降りる雪は、人々にとって、光の化身だった。
教会から、賛美歌が聞こえる。街にキャンドルの火が灯る。人々が、笑い合う。
誰もが祝いでいた。そうすることを許された、数少ない夜なのだ。
今宵は、今宵だけは、幸せになろう。口にしなくとも、皆、同じ思いだった。
今日は、この街のクリスマス。
人々が幸せになることを許し合う、暖かな雪の日。
◆
「私の地元できょーしゅくなんだけど!」
集まってくれた猟兵たちに、チェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)は興奮したように頬を上気させつつ言った。
「クリスマスを静かにゆっくり過ごしたい人に、とっておきの街があるのよ!」
グリモアベースに浮かぶ景色は、ダークセイヴァーの街だった。
しんしんと降り積もる雪の中、あちこちでキャンドルの火が揺れている。幻想的な雰囲気だ。
「辛気臭い世界だけど、まぁ静けさだけなら他の世界に負けないからね。しっとりしたクリスマスにはうってつけよ」
そう言って、チェリカは故郷らしい街について説明した。
曰く、吸血鬼共の襲撃が少ない街だとか。そのために街は比較的きれいな状態を保っており、教会などの神を称えるシンボルも破壊されていない。
「ま、食べ物は余所と同じで厳しいけどね。主食は痩せたお芋だし、収穫がきつい時はお湯のスープなんかも出るし」
しかし、今宵はクリスマス。家々で出し惜しみなしにご馳走が振る舞われているとか。
無論、猟兵たちが人様の家に上がり込む必要はない。
「街には空き家がいくつかあるから、好きに使って! 教会にも自由に出入りできるように頼んであるわ。名所ってほどでもないけど、よかったら見てって! なんなら結婚式だってやってあげるわよ!」
自分が所属する教会だけに、宣伝に熱が入るチェリカである。彼女にとって、街興しの意味もあるのかもしれない。
ちなみに、空き家は自然な人口減少により生まれたものだ。残忍な事件などは起きていないので、安心していい。
「街の中も、今晩だけはキャンドルライトでキラキラしてるわ。みんな気合い入れて作ってたから、とてもキレイよ!」
街の子供たちは、めったに見れない輝きにはしゃいでいる。大人もまた、少ない祭りの夜を堪能しているので、彼らと交流してもいいだろう。
あれもこれもと紹介したいらしいチェリカは、思いついたように手をポンと打った。
「なんなら、私が案内するわ。もし必要だったら、声をかけてね!」
貧しい街だが、彼女にとっては故郷である。もしかしたら、とっておきのスポットに案内してくれるかもしれない。
「みんなが楽しんでくれたなら、街の人たちも喜んでくれると思うわ。他の世界に比べたら、本当にささやかだけれど――」
きっと、素敵な夜になるから。チェリカは囁くようにそう言って、胸元のロザリオを掲げた。
「それじゃ、行来ましょう! メリークリスマス!」
グリモアが、導きの光を放つ。
七篠文
どうも、七篠文です。
今回はダークセイヴァーです。クリスマスシナリオです。
公開から即時プレイングを受け付けます。
フラグメントを参考にしてもいいですし、自由に遊んでも構いません。
思い出に残る聖夜を、心のままにお過ごしください。
ご案内するのは、チェリカ・ロンドの生まれ故郷。この暗く陰気な世界にしては、結構平和な街です。
人々は吸血鬼の襲撃を警戒しながらも、そこそこ楽しく暮らしています。余裕があるからか、クリスマスのお祝いも気合いを入れているようです。
とはいえ、食べ物や飲み物の味は期待できません。持ち込みましょう。
以下、名所案内です。
教会……この街一番の見どころ。古びていますが、ステンドグラスが綺麗です。少年少女で構成された聖歌隊が、この街に伝わる神への讃美歌を歌っています。
ささやかながら、結婚式も引き受けます。指輪や衣装は持参してくださいね。
街……雪が降り、うっすらと積もっています。キャンドルライトが灯されている中を、子供たちが砂糖をまぶした蒸かしイモを手にはしゃぎ、それを大人が温かく見守っています。プレゼントやお菓子でも配ろうものなら、あっという間にサンタクロース扱いでしょう。
空き家……五人家族がギリギリ住める程度の家です。家具は机とベッドくらいしか残されていませんが、暖炉があるので、酒盛りするにはうってつけです。二人で静かなクリスマスを楽しむのもいいかもしれません。
とっておきスポット……チェリカがご案内します。なんでも、街からちょっと離れたところにあるとか。しかも一つじゃないそうです。
街ではチェリカが蒸かしイモを食べながらうろうろしています。とっておきスポットへのご案内以外にも、ご用があればお声かけください。
七篠はアドリブをどんどん入れます。
「アドリブ少なく!」とご希望の方は、プレイングにその件を一言書いてください。
ステータスも参照しますが、見落とす可能性がありますので、どうしてもということは【必ず】プレイングにご記入ください。
ペアの場合は互いの名前を(ID不要)、チームの場合はチーム名をプレイングに入れてください。
それでは、よいクリスマスを。皆さんのプレイングをお待ちしています!
第1章 日常
『ダークセイヴァーでクリスマス』
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POW : 冴え冴えと輝く星空の下で、凍える体を互いに温めたり、温かい飲み物などを飲みます
SPD : 陰鬱な森や、寂れた廃墟をパーティー会場に作り変えてパーティーを楽しむ
WIZ : 静かな湖畔や、見捨てられた礼拝堂で祈りを捧げて、クリスマスを静かに過ごす
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テイラー・フィードラ
吸血鬼に怯える街に、私のような存在が出入りするのも、どうかと思うが……まぁ、ばれなければよいか。
さて、と。街中はフォルティから降りる事なく、蝋燭の明かりを見物でもさせてもらおうか。私がいた国でもこの時期に似たような催しがあったものだが、出歩けなかった以上一目見る事も叶わなかったが……なるほど、随分と幻想的、であるか。子らも、大人も未だ余裕がある様子であることも、この世界においては良い事なのだろうな。
……うん?あ奴は、確か。ここに転送してきた猟兵であったか。名は忘れたが……離したことを思い返せば、何か名所を知っているのならば案内を頼めるだろうか?このような場所を知れるのならば、もっと知りたい。
蹄が地面を叩く音に、街の人々が振り返る。頑丈そうな白馬は、雪の中にあっても注目を集めた。
雪に彩られた夕暮れの街は、キャンドルライトの明かりと子供たちの笑い声によって、華やいでいた。
吸血鬼に怯える街――。この世界において脅威に晒されない場などないのかもしれないが、それでも人々は、朗らかに生きようと努めている。
愛馬の上からその様子を眺め、テイラー・フィードラ(未だ戴冠されぬ者・f23928)は破顔しつつも、ふと思う。
このような街に、悪魔と契約し命の半身を魔に沈めた己が、出入りしてよいものか。
「……黙っていれば、分かるまい」
独りごちる。人々を騙すわけではないのだ。ただ、その明かりに触れることができればよかった。
街を行く白馬のフォルティも、街の雰囲気や「お馬さんだ」と声をかける子供たちに、機嫌が良さそうだ。もともと賢しい馬なので、人々の心の機微を察しているのかもしれない。
馬上からたてがみを撫でてやりつつ、キャンドルの小さな火に目をやる。小さな、儚げな炎の、なんと美しいことか。
思えば、かつて王になろうとした国でも、こうした催しはあった。しかし、王族という身であったため外出はできず、民の祭を見ることは、叶わなかったものだ。
「……なるほど、随分と幻想的、であるな」
思わず、口元が綻ぶほどに。クリスマスを祝い合う街の人々の間を抜けつつ、テイラーは肩に注ぐ雪を指で掬った。
「子らも、大人も未だ余裕がある様子であることも、この世界においては良い事なのだろうな」
ダークセイヴァーという残酷な大地の上にあって、それは非常に珍しいことといえた。山間の街ということも、関係しているのかもしれない。
いくつもの光の中を愛馬と共に歩いていると、見知った人影を見つけた。紫の髪を長いツインテールにした、少女だ。
「む、あやつは――確か」
砂糖を眩した蒸かしイモという、あまり贅沢ではない菓子を頬張る彼女は、テイラーを呼んだグリモア猟兵だ。
友達と思しき数人の少女と話をしている彼女に近づき、フォルティの上から声をかける。
「貴殿」
「あら、テイラー! 楽しんでるかしら?」
上機嫌に振り返ったグリモア猟兵に、テイラーは頷いた。
「うむ。貴殿……名はなんだったか」
「チェリカよ! 忘れないでよー」
怒るでもなくチェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)が笑いながら言った。
街の子供に「このおじさん、誰?」と聞かれて、チェリカは「友達」と答えた。思慮のない返答に思うところがなくはないが、黙っておくことにする。
ふと、テイラーは思い出した。確か彼女は、出発前に名所を知っているようなことを言っていた。
「貴殿、この街の名所案内を頼めるか?」
「とっておきスポットのこと? 街の名所って感じではないし、王族のテイラーにはつまらないかもだけど……」
「構わん。つまらぬかどうかは、私が決める」
少々威圧的な言葉だったが、チェリカは気にした様子もなく、イモを食べつつ頷いた。
「そりゃそうね。じゃ、行きましょう! ついてきて!」
街の子供らと手を取り合って、チェリカが走り出す。少しだけフォルティに急がせ、その後を追った。
チェリカと子供たちは家々の隙間を駆け抜けて、人気のない方へと向かっていった。狭い場所を通るのは辟易したが、まさか嫌がらせをされているわけではあるまい。
それに、先を行く子らの笑顔を見ているだけでも、テイラーの心は和んでいた。無垢な心とは、それだけで名所以上の価値があるのかもしれないと、そんなことを考える。
ドラゴンに滅ぼされたあの国も、民はこうして笑い合って暮らしていたのだろうか。望郷の念にも似た想いが心を過ぎった。
「……」
感傷的になりつつある自分に一人苦笑しつつ、街の外へと続く裏路地に出る。子供たちは、森の小道へと続く道を進んでいった。
ほどなくして、テイラーはチェリカたちに追いついた。そして、思わず空を見上げる。
「これは――」
森の木々が、丸く開けていた。空から注ぐわずかな陽光が舞い降りる雪に反射し、その一点に集まっている。
それはあたかも、天から祝福された空間のようだった。
「どう? 雪の日の夕方にしか見られない、『天使の舞台』よ!」
子供たちと手を繋ぐチェリカが、自慢げにテイラーを見上げた。そうしたい気持ちが、よくわかった。
大自然が作り出す光の空間は、聖者が纏う光とは違う、穏やかで雄大な世界を作り出していた。
夕日に輝く雪と共に、子らが踊る。その姿を見つめながら、テイラーは頷いていた。
「あぁ……なるほど。確かに、『天使の舞台』だ」
「でしょ? ダークセイヴァーも、なかなか捨てたもんじゃないんだから」
王族が見せた表情に、チェリカは満足そうに笑っていた。
フォルティが大人しい。雪と光の織り成す幻想的な空間は、愛馬をすらも魅了しているようだった。
「なぁ、貴殿」
並んで『天使の舞台』を眺めていたチェリカに、尋ねる。
「このような場所が、他にもあるのか?」
「あるわよ。私が知ってるだけでもいくつか。世界を探せば、きっと、もっとたくさん」
それを聞いて、テイラーは胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
闇に閉ざされた世界にも、光を見出すことができる。そのことを、子供たちは知っているのだ。
叶うなら、自分も。素直にそう思った。
「知りたいものだ。このような美しい景色を、もっと、知りたい」
「そうね。うん、私もそう思う」
明るく答えるチェリカへと、テイラーは雪と光のダンスに目を奪われたまま、静かに頷いた。
大成功
🔵🔵🔵
露木・鬼燈
自由気ままな独り身でしてー。
独り身は辛く寂しい…なんてことはないんだなぁ。
武の道を歩む日々は充実してるしね。
とは言っても、こんな日ばかりは隣に誰かいてもいい。
なんて思わなくもないよね。
まぁ、いないものは仕方ない。
一人でもそれなりに楽しむっぽい。
教会の壁を駆け上がり屋根の上にへ。
大切な魔剣を抱え、持ち込んだお酒とつまみで楽しむですよ。
見上げる星空は綺麗だしね。
それに下から響いてくる讃美歌も悪くない。
温度調節用の結界を張ればいい環境かも。
このひと時くらいはオルトリンデも自由になれれば、ね。
魔剣を撫でながら残りの時間をゆったりと過ごすのですよ。
これからもよろしく頼むですよー。
街中から、貧しいながらにクリスマスを祝う人々の朗らかな声が聞こえてくる。悪くないなと思いつつ、露木・鬼燈(竜喰・f01316)はキャンドルライトに照らされた広場を歩いていた。
巨大な魔剣を背負う姿に、人々は驚く様子もなかった。猟兵としての特質もあるだろうが、それ以上に街の人たちは、楽しむことに熱心なのだ。
砂糖をまぶしたイモを手にはしゃぐ子供たちを、親が見守っている。キャンドルライトの傍に腰かけ、恋人が語り合っている姿も見られた。
それらを横目に、ぶらりと歩く。自由気ままな独り身の特権だ。
世界によっては、クリスマスに独りでいることは、地獄の業火に焼かれるほどの苦痛だと思う者もいるらしい。鬼燈は、そうした価値観とは無縁だった。
武の道を歩む日々は、充実している。強さを追い求めるためには、一人の方が都合がいいことも多い。
とはいえ、寄り添う人々の笑顔を見ていると、こんな日ばかりは隣に誰かがいてもいいのかもしれないなと、思わなくもない。
「まぁ、いないものは仕方ないっぽい」
恰幅のいい女性から蒸かしイモを受け取って、砂糖の甘みが漂うそれを頬張りながら、自由に街を見て回る。一人なら、一人なりの楽しみ方があるものだ。
のんびり歩いていると、教会が見えた。大きな時計台がある、古いが立派な聖堂だ。
ダークセイヴァーの教会といえば、破壊されている印象が強い。聖なるものを嫌う吸血鬼が真っ先に手を出すからだ。
遠目に見る限り、この街ではその心配はないらしい。猟兵が住んでいるということも、理由としてあるのかもしれない。
平和なのは、いいことだ。戦えない人々が暮らしているのならば、なおさら。
教会についた。この街に案内してくれた猟兵は「名所だ」と言っていたが、近づいてみても絢爛な印象はなく、むしろ地味だった。
「まぁでも、嫌いじゃないよ」
誰にでもなく感想を言ってから、鬼燈は教会の壁を駆け上がった。キャンドルライトを配っていたシスターが「まぁ」と驚きの声を上げている。猟兵が来ることは伝えてあったのか、怖がられることはなかった。
屋根の上についた鬼燈は、なだらかな斜面に積もった雪を足で掃い、簡易的な結界を張った。冷たい空気が追い出され、適温となる。
相棒である魔剣「オルトリンデ」を抱えて座り、鞄から酒と干し肉を取り出す。一口煽ると、濃いアルコールが喉と胃袋を温めた。
「ふぅ……」
夢心地の感触に一息つきつつ、つまみの干し肉を齧る。
うまい。熟成された肉の風味と濃い塩味が、酒と相まって、これまた喉に心地いい。
「うん、いいねいいね」
知らず、鬼燈は笑みを浮かべていた。
見上げれば、宵闇の空で星々が瞬いている。教会から響く讃美歌も、なかなか悪くない。
「ダークセイヴァーも、捨てたもんじゃないっぽい」
この世界で剣を交えた強敵は、どいつもこいつも残忍で、救いのないような事件ばかり引き起こしていた。例外もないではないが、やはり起こることは、ろくなものではない。
まるで出来の悪い悲劇のような世界で、こんなにいい気分になれることなど、滅多にないのだ。満喫しておかなければ、もったいない。
とはいえ、そんなことを考えられるようになったのは、世界を渡り歩くようになったからこそだ。猟兵となってから、鬼燈の視野は確かに広がっていた。
思えば、激闘の日々だった。数えられるだけでも、何度死にかけたか分からない。今日案内してくれた猟兵から頼まれた仕事では、特に怪我が多かった。
そのたびに、鬼燈は高みに登れていた。新たな戦い方を編み出し、試し、向上させてきた。まだまだ強くなれそうな自分自身に、いつもワクワクしている。
鍛錬の日々。そう言うと渋い顔をする者もいるだろうが、こんなに楽しい人生はないと思う。
「こうして思い返せば……そこからまた学べるですし」
独りごちながら、酒を口に含む。火照ってきた体の感覚を楽しみながら、讃美歌と街の賑わいに耳を傾けた。
ふと思い出したように、抱える魔剣の刀身を撫でる。この相棒にもずいぶんと無茶を強いてきたものだと、ほろ酔いの頭で考える。
かつては聖剣と言われた竜殺しの魔剣は、その力を以て幾多もの敵を斬ってきた。鬼燈が今日まで生き抜いてこられたのは、この相棒のおかげだと言っても過言ではない。
命の恩人でもある剣に、鬼燈は目を細めた。
「今日くらいは、オルトリンデも自由になれれば、ね」
どれほどの血を吸ったか知れないこの刃も、鬼燈にとっては腕の延長と言ってもいいほどに、馴染んだ感触だった。
明日も明後日もその先も、それは変わらない。遥かなる高み――竜の次元のさらに先へ。鬼燈とオルトリンデは、終わらない武の道を共に歩いていくのだ。
実に楽しみな人生ではないか。いつ終わるかも知れないというのもまた、面白い。踊る心を伝えるように、鬼燈は魔剣に再び手を置いた。
「これからも、よろしく頼むですよ」
星空を見上げて、鬼燈は囁くように言ってから、酒をひと雫、魔剣に伝わせた。
漆黒の刃が想いに応えるように、リンと震えた気がした。
大成功
🔵🔵🔵
アニカ・エドフェルト
普段が、あんな、暗い世界だから、というのも、あるかも、しれません、が…
こんなに、神秘的で、きれいなのは、街の人の、努力が、あってこそ、ですね。
ひとまず、街を、一周、してみます。
讃美歌に、聴き入って、みたり、家の、屋根に座って、子供たちや、キャンドルに、照らされた街を、眺めてみたり、です。
チェリカさんにも、声を、かけてみます。
一通り、回ってみましたが、村の人たち、とても、楽しそう、ですね。
…そういえば、どこか、おすすめの場所、ありません、か?
チェリカさんの、生まれ育った街、もっと、見てみたい、ですっ
(アドリブ各種歓迎)
アニカ・エドフェルト(小さな小さな拳闘士見習い・f04762)にとって、その街は少々異質な雰囲気に思えた。
自身の故郷でもあるダークセイヴァーにおいて、これほど平和な街は珍しい。キャンドルの灯が白い雪に反射して、明るく見えるのも違和感の一因だろうか。
「普段が、あんな、暗い世界だから、というのも、あるかも、しれません、が……」
とても、美しいと思った。雪をさくさく踏む感触すらも、なんだかメルヘンなものに感じる。
あぁ、そうか、とアニカは独りごちた。
「わたし、今、心が、踊ってる」
気づけば緩んでいる頬に手を当てて、幻想的な広場に集う人々を眺める。誰もがアニカと同じように、笑みを湛えていた。
「こんなに、神秘的で、きれいなのは、街の人の、努力が、あってこそ、ですね」
ただただ生き辛いこの世界で、それでも明るく生きようとする彼らに、アニカは感動していた。
それでも、この灯りは一夜限りのものだ。消えてしまわないうちに、ひとまず街を見て回ることにした。
広場から教会への道を抜けようとすると、太った女性が砂糖をまぶしたイモをくれた。
一口頬張ってみると、痩せた土地のせいだろう、食感はいまいちだった。しかし、イモの味と砂糖の甘みが相まって、とてもおいしい。
「温まり、ます」
ほくほくとやりながら歩いていると、広場から北の方向に、街のシンボルであろう教会が見えた。
街に届く歌声は、あそこから聞こえている。大きな時計台が特徴的な、長い年月を無事に過ごしただろう教会に、アニカは誘われるように向かった。
二枚の大きな扉を開ける。途端に、体を包み込むような讃美歌が溢れ出した。
「わ、ぁ……!」
淡い光に包まれた教会に一歩踏み入った瞬間、アニカには分かった。
それは、彼女自身も身に宿す、聖なる光だった。
「この、礼拝堂は……祝福、されて、いるの、ですね」
街の人が希望を持って生きられる理由の一つは、これだ。聖歌隊が歌う讃美歌に酔いしれながら、アニカは確信した。
ずっと聞いていたかったが、聖歌隊が水で喉を潤すタイミングで、教会を離れる。まだまだ、見たいものがたくさんあるのだ。
扉を閉めると途端に遠ざかる歌声に後ろ髪を引かれながら、再び街に出る。雪に溶け込む白い翼を羽ばたかせて、アニカは空を飛んだ。
広場まで戻ってきたアニカは、民家の屋根に降り立った。水気の少ない雪を掃って、軒先に腰を下ろす。
見下ろす街もまた、美しかった。キャンドルライトに灯された町並みは、まるで雪の中に浮かび上がる絵本のようだ。
「きれい……」
うっとりと見とれていると、座っている屋根の下を幾人かの子供が駆け抜けた。ちょうど、アニカと同じくらいの年代だ。
彼らはこちらに「メリークリスマス」と叫んでから、返事を待たずに走っていった。もう聞こえないだろうけど、思わず微笑んだ。
「メリー、クリスマス」
目を細めて見送る。ここがダークセイヴァーであることを忘れてしまいそうなほどに、平和だ。
ずっとこの時が続けばいいのにと、ぼんやり思っていると、下から名を呼ぶ声が聞こえた。
「アニカ! そんなところで何してるの?」
見れば、グリモア猟兵のチェリカがいた。ポンチョを着て、蒸かしイモを手に白い息を吐いている。
手を振る紫髪の少女のもとへ、舞い降りる。半分に割ってくれたイモを受け取り、頬張った。
「美味しい、です。ありがとう、ございます」
「よかった、気に入ってもらえて」
「おイモは、街の、名物、なんですか?」
「名物というか、これしかないというか。痩せててシャリシャリしてるけど、栄養は結構あるみたいよ」
苦笑しながら、チェリカはそう教えてくれた。街の人々が健康的な体なのは、このイモのおかげらしい。
キャンドルの街を並んで歩きながら、アニカは甘い味を楽しみつつ、言った。
「一通り、回って、みましたが、村の人たち、とても、楽しそう、ですね」
「そうね。今日は一年に一度のクリスマスだもの」
「でも、皆さん、余裕が、あるようにも、見えます、ね」
「うちの街は祝福された教会があるし、聖女も私がいるから、吸血鬼避けになってるのかもね。もし襲ってきても、私がいればやっつけちゃうし!」
力こぶを作る仕草を見せるチェリカ。腕はポンチョに隠れて見えないが、アニカは「頼もしい、ですね」と笑った。
ふと、グリモアベースでのことを思い出す。とっておきの場所があると、チェリカは言っていた。
「……そういえば、どこか、おすすめの場所、ありません、か?」
「おすすめの場所?」
「はい。チェリカさんの、生まれ育った街、もっと、見てみたい、ですっ」
手を組んで目を輝かせるアニカ。チェリカはにこやかに頷いた。
「もちろん! とっておきのスポットがあるわよ!」
言うが早いか、チェリカは教会に向かって歩き出した。
さっきも見たとは言えず、礼拝堂の中を案内してくれるのかもしれないと期待しながら、後をついていく。
躊躇いなく扉を開けて、讃美歌の中を進むチェリカ。彼女にとって実家のようなものなのだろう、足取りに迷いがない。
礼拝堂の壁沿いを歩き、修道女が寝泊まりするであろう奥の部屋に入っていく。申し訳なさそうに後を追うアニカは、少し居心地が悪かった。
チェリカはシスターに何事かを注意されていたが、「彼女も聖女よ」の一言で黙らせていた。聖者の名にこんな使い道があるとは、思わなかった。
資材置き場に足を踏み入れ、さらに奥へ。壁に取り付けられた古いはしごを、チェリカは登りだした。
きしむ音が怖いので羽ばたいて続くと、天井の戸から外へ出た。
そこは、時計台の中だった。整備をするための空間だ。外を見るための覗き窓が、いくつか取り付けられている。
窓の一つに近づいて、チェリカが手招きをした。
「こっちこっち!」
興味深そうに大きな時計の部品を見ていたアニカは、チェリカの示す窓へと足を運ぶ。
促されるままに外を見て、目を丸くした。
「……!」
「すごいでしょ、ここのシスターしか知らない、特別な景色なの」
どうだと言わんばかりに笑うチェリカに返事ができず、アニカは眼前の景色に目を奪われた。
それは、湖だった。街の北、森を抜けた先に広がる大きな湖畔。静まり返った水面には、夜空の星が、そっくりそのまま映り込んでいる。
「冬の、空気の澄んだ風のない夜にだけ見られるのよ。ちょうど雪が止んでてよかったわ」
「すごく……きれい、です。でも、わたしが、見ても、よかったの、でしょう、か?」
あまりにも特別な秘密だと思ったアニカは、自然とそう尋ねていた。
チェリカは微笑んで、頷いた。
「もちろん! アニカも聖者でしょ。なら、私たちの仲間だもの」
「……ありがとう、ござい、ます」
それは、呟くような声だった。チェリカはそれ以上何も言わず、一緒に『星見の鏡』を眺めてくれていた。
今日のようなクリスマスに、聖者でいられてよかった。湖に輝く星々を見ながら、アニカは心からそう思って、頬を綻ばせた。
大成功
🔵🔵🔵
雛菊・璃奈
街へサンタ服を着たラン達メイド6人、仔竜3匹と共に(メイド達に着させられた)ミニスカサンタ衣装で参上…。
チェリカさんにも協力して貰って、事前にUDCアース等の他世界から食材やプレゼント等を仕入れて出発…。
ラン達は用意してきた食材でイベント等に使う様な巨大大鍋に具材たっぷりのシチューやチキン等を大量に用意して町の人達に配布…。
自身はチェリカさんにも(サンタ服も渡して)協力して貰い、子供達に洋服やぬいぐるみ、お菓子等のプレゼントを配るよ…。
折角のクリスマスだし、みんながもっと笑顔になってくれると嬉しいしね…。
終わったら残ったシチューやチキンでチェリカさんやラン達と簡単にクリスマスを祝おうかな…?
街の人口は大して多くないだろうに、まるで波に呑まれたかのような勢いだ。
子供の持つエネルギーというのは無尽蔵なのだなと、雛菊・璃奈(魔剣の巫女・f04218)は六人のメイドや三匹の仔竜ともどももみくちゃにされながら思った。
貧しい世界のクリスマス。普段は怖い思いをして暮らしているのだろう子供たちのためにと、璃奈とその家族はサンタに扮していた。
具材たっぷりのシチューや焼き立てのチキンを拵えて、広場にやってきたのだが。
「ごしゅじーん! おかわりがとまらないよぉ!」
「おさないでー! おーさーなーいーでー!」
ランたちの悲鳴が聞こえる。それもそうだろうと思う。璃奈だって、無限に伸ばされる子供の手から椀を受け取り、シチューを注ぐ作業を延々と繰り返しているのだから。
ミニスカートのサンタ服は少し寒いかとも思ったが、鍋を温める炎や子供たちの熱気で、まったくそんなことはなかった。むしろ動きやすくて、安堵したほどだ。
「大丈夫……。まだまだたくさんあるよ……」
我先にとご馳走に群がる子供に微笑み、一人ずつ丁寧に、シチューを配っていく。必死ながらも笑顔が消えない子供たちは、本当にこの瞬間を楽しんでいるのだなと感じた。
美味しそうなシチューに誘われて、見知った顔がやってきた。グリモア猟兵のチェリカだ。
彼女は幾人かの友達に混ざって列に並び、家から持ってきたらしいお椀を璃奈に突きつけた。
「くださいな!」
「どうぞ……」
素直にシチューを渡してやると、チェリカはなにやらニヤニヤしだした。何事かと、首を傾げる。
「どうしたの……?」
「んー、普段は大人しい璃奈が、今日はずいぶんと派手な格好をしてるなって思って。まぁいつもの服も露出度高めだけどね」
「……」
カチンときた。なぜなら、肌を見せる衣装で言えば、チェリカも大差ないからだ。
群がる子供を目で制し、おたまを置いて、白いプレゼント袋を漁る。中から真っ赤な衣装をワンセット取り出し、チェリカに押し付けた。
「ん……」
「え?」
「サンタの服……。チェリカさんも似合うと思うよ……」
「いや、私は別に」
「……」
「……」
「……分かるよね……?」
璃奈の表情は、ほとんど動いていない。しかしそこに何か凄みのようなものを感じ、チェリカはシチューを飲み干し、大人しく衣装を受け取った。
ほどなくして、チェリカサンタが登場した。街の子供の中では年長者に入るらしい彼女の変装に、子供たちが指さして笑い、喜んだ。
「よかったよかった……」
うんうんと頷く、璃奈とメイドたちである。
二人に増えたミニスカサンタによって、ご馳走は順次振舞われていく。
デザートのお菓子もそれはもう大層に喜ばれたが、中には地元の蒸かしイモを好む子供もいて、故郷の味はいいものなのだなと思った。
さすがに家事の一切を任せているだけに、ランたちメイドの順応は早い。手際よくケーキやチョコを配っていく。
一方、チェリカはひぃひぃ言いながら、群がる子供たちを裁いていた。彼女もまた現地の子供だけあって、どちらも容赦がない。
「並びなさいって! こら! 並べっつってんのよ! ちょっとスカートめくったの誰!? おおおおい髪を引っ張るな! 痛いでしょーが! 後で覚えときなさいよ! ほらそこ、人のもんを取らないの!」
凄惨な地獄絵図、と言うにはあまりにも楽しそうだったが、璃奈は手を貸すことにした。
「手伝うよ……」
璃奈が隣に立った瞬間、子供たちは暴走を止めて綺麗に整列し、にこやかに順番を待った。あまりの変貌ぶり、思わず目を丸くする。
どうやら、チェリカを襲撃していた子供たちは、この街でもいたずらっ子たちらしい。息を荒げるグリモア猟兵の肩に、璃奈はそっと手を置いた。
「お疲れ様……」
「ありがと……」
項垂れつつ頷く姿に、素直に同情した。
満腹になった子供たちへ、今度はプレゼントを渡すことにする。ここからは、仔竜たちの出番だ。
三匹の小さなドラゴンが、人が一人入れそうな白いプレゼント袋を持ち上げ、空へと昇る。子供たちが手を伸ばして歓声を送る中、五メートルほどの高さに到達した。
璃奈は投擲型の小さな魔剣を三本召喚し、仔竜が持ち上げたプレゼント袋へと投げた。刃が触れた途端、白い袋はくす玉のように割れ、中から赤と青のプレゼントボックスが溢れ出す。
子供たちの頭上へと注ぐそれらの中身は、おもちゃと洋服のセットだった。
実用性とデザイン性を重視した衣服は、メイドたちの手製だ。女の子にはぬいぐるみが、男の子には小さなゴム製の模型剣がついている。
「男の子は青……女の子は赤ね……」
「一人一個だからね! 開けるのは家に帰ってからよ!」
家に帰ってから開けるというのは、中身の違いでケンカをしないようにという配慮らしい。
二人の言うことに、子供たちは素直に従った。一つずつプレゼントの箱を受け取って、大はしゃぎだ。
プレゼントを受け取った子らは、両親や保護者に見せるため、散り散りになっていった。
一仕事終えた璃奈は、残ったシチューやチキンを皿に盛りつけた。メイドたちとチェリカに配る。
「お疲れ様……。それと、メリークリスマス……」
湯気の向こうで、家族と友人が笑う。その光景がなんだか愛おしくて、心の底から温かなものが湧き上がってきた。
子供たちがほとんど料理を食べてしまったため、あまり多くはなかったけれど、降り始めた雪の中で飲むシチューは、とても美味しく感じた。
香ばしいチキンを食べていたチェリカが、ふと顔を上げた。
「璃奈、今日はありがとうね。あの子たち、あんなに元気だけど……本当は、不安いっぱいで暮らしているのよ」
それはそうだろうなと思う。いつ吸血鬼や魔獣に襲われてもおかしくない世界だ。比較的平和な街とはいえ、外から伝え聞こえる話に怯える日々だろう。
家族と話し合い、精いっぱい楽しい時間を過ごしてもらえるようにとサンタに扮したのも、そうした環境から少しでも離れられるようにという想いがあってのことだった。
「折角のクリスマスだし、みんなが笑顔になってくれてよかったよ……」
璃奈自身も、子供たちから元気をもらえた。それに、友達と呼べるだろう仲間の役に立てたのなら、こんなに嬉しいことはない。
ここからは、後始末だ。メイドたちが忙しなく動き出す中、璃奈はチェリカに言った。
「また、遊びに来ていいかな……?」
「もちろんよ! いつでも連れてきてあげるわ!」
ウインクをしてみせるチェリカに笑みを見せてから、空を見上げる。
闇の世界に降る白い雪が、人々を祝福するために舞い降りた、天使のように思えた。
大成功
🔵🔵🔵
アルト・カントリック
ダークセイヴァーでクリスマス……。静かな方が僕には合ってるかも!
(服装は白と青のミニドレス。UDCアースから食べ物・飲み物持参)
※アイテムではありません
UDCアースで美味しかったジュースを、街の人に勧めて回ろうかな。(多めに購入済)
白ぶどう味の炭酸ジュースなんだけど……(版権的に不味かったら変更してください)
子供たちの方が喜ぶかな?
街の中でチェリカさんを見つけて、同じくジュースを渡して勧めます。
最後に教会でステンドグラスや聖歌隊を眺めていたいです。
■設定
UDCアース出身、物心つく前に両親がおらず天涯孤独、研究所育ち
華やぐクリスマスよりも、静かに過ごす聖夜の方が性に合っている。そう思ったアルト・カントリック(どこまでも竜オタク・f01356)は、この誘いを受けることにした。
いつもの男性のような服装を脱ぎ捨て、白と青のミニドレスに身を包む。あまり着なれているものではないが、今日という日は特別だ。
「ふふ、なにせ、クリスマスだからね」
多くの人が非日常に誘われる聖夜。今宵に着なければもったいないと思った。
ドレスと同じ色合いの手提げかばんに食べ物と飲み物を忍ばせ、上機嫌に街を見回す。キャンドルに灯された小さな火が、夜の街を夢物語のように浮かび上がらせていた。
聖夜の祝いは、まだ終わらない。いつもなら厳しく叱られ寝かされる子供たちも、まだまだ走り回っていた。
いつものように歩き出そうとして、ふと自分の恰好を思い出す。
「……」
そうだ。今日のアルトは、いつものアルトではないのだ。誰にでもなく咳ばらいをしてから、おしとやかに足を運ぶ。
教会から聞こえてくる讃美歌が、心地いい。目を閉じてその音色を味わっていると、ふとスカートの裾を引かれた。
振り返ると、女の子がいた。年のころ、七、八歳といったところか。膝を折って目線を合わせる。
「どうしたの?」
「おねーさんは、お姫様なの?」
思わず目を丸くしてしまった。なぜそんなことを聞くのと問おうとしたが、回りを見てハッとする。
例えクリスマスに華やぐ街といえど、ここはダークセイヴァーである。人々の服装は精一杯のおしゃれをしても質素なものだ。
つまり、その中にあって、アルトのドレスは、大変に目立つ。
「え……っと」
言葉に詰まった。一言「違うよ」と言えば済む話である。今日はちょっと気合いを入れすぎたと苦笑いすれば、この年の子ならそれなりに分かってくれるはずだ。
が、出来ない。少女はまるで、おとぎ話のお姫様を見るように、アルトを見上げているのだ。
「あ、はは。……そう! 僕は別の世界からやってきた、お姫様なんだ!」
「えー! すごいすごい、みんなこっちに来て!」
少女が叫び、子供たちがわらわらと集まってくる。男の子も女の子も、年齢すらもごちゃ混ぜだ。
気づけば、完全に囲まれていた。
「お姉さんは、どこの世界から来たの?」
「えっと、UDCアースっていうんだけど」
「ゆーでぃーしー?」
「あー、分からないか。遠い遠い星のことだよ」
はぐらかしつつ答えるも、彼らの興味は尽きなかった。やれ年齢だの生まれた土地の食べ物だの恋人はいるのかだのと、何でも聞いてくる。
だから、少年の質問にもきっと、悪気はなかったのだろう。
「お父さんとお母さんは、同じ星にいるの?」
「……いや、いないんだ」
物心つく前から、アルトは親を知らない。今更悲しむつもりもなかったが、答えることに一瞬躊躇してしまったのがいけなかった。
ダークセイヴァーの子供たちは、親を亡くすことに敏感だ。全員が、一気に表情を暗くする。
「お姫様……かわいそう……」
「わわ、泣かないで! 大丈夫、お父さんとお母さんはお星さまになってるだけだから! たぶん!」
優しい子供たちの同情が、胸に痛い。
慌てたアルトは、持ち込んだ飲み物を思い出した。UDCアースで気に入った、白ぶどう味の炭酸ドリンクだ。
「よ、よーし! 今日はクリスマスだから、よいこのみんなに甘くて美味しい飲み物をあげよう!」
途端に持ち直す少年少女である。子供が素直でよかったと、アルトは心底安堵した。
大人が持ってきてくれたコップに、飲料を注ぐ。細かな音と共に、水面が白く泡立った。
炭酸の音と泡に、子供たちが歓声を上げた。
「すごーい! シューシューだって!」
「甘くていい匂いがするぞ。なんだか、果物の匂いみたいだ!」
「よ、よし。俺が飲む! 一番は俺だ!」
最年長らしい黒髪の少年が、コップを手にし、意を決して中身を全て喉に流し込んだ。アルトが止める暇もなかった。
結果は、分かり切っていた。
「アブゥフェッ! オェァッ!」
中身を盛大に噴き出して、少年がのたうち回る。子供たちが悲鳴を上げて散り散りになり、アルトはむせる少年に駆け寄った。
「い、一気に飲むから……」
背中をさすってやっていると、周囲の子供たちがざわつき始めた。やれ毒だ悪魔だと、好き放題言っている。
言い訳をせねばと口を開きかけた瞬間、むせた少年が立ち上がった。
「……お前ら」
「……」
真剣に子供たちを見回した後、少年は拳を振り上げた。
「これ、めっちゃくちゃうまいぞおおおお!」
人だかりが一瞬でできたことは、言うまでもない。次々にコップを手にして、慎重に慎重に、炭酸飲料を飲んでいく。
初めて味わう甘露な風味と舌の感触に、子供たちはきゃあきゃあとはしゃいでいた。事なきを得て、アルトは何度目かの安堵の吐息をつく。
「よかった……」
「もう、何してるのよアルト」
呆れたような声にそちらを見ると、チェリカがいた。蒸かしたイモを頬張りつつ、こちらに半眼を向けている。
頭を掻きつつ、アルトは苦笑した。
「はは、喜んでもらえると思ったんだけど」
「いきなり炭酸じゃ、こうなるわよ。最初の犠牲者がジョンだったからよかったけど」
最年長の少年――ジョンは、街の子供のリーダー的な存在らしい。彼が音頭を取ってくれて、助かった。
チェリカには中サイズのペットボトルごと飲料を渡し、何気なく並んで歩き出す。その足は、自然と教会に向かっていた。
道すがら、チェリカは街のことを話してくれた。ダークセイヴァーにしては安全なこの街は、教会から溢れる聖なる力によって、吸血鬼や魔獣をある程度近づけないで済んでいるようだ。
もっとも、それも完全ではないようだが。
「こんな世界だもの。油断はできないわ」
「まぁ、そうだよね。オブリビオンが相手じゃ――」
仕事の話になりかけてきたところで、二人は教会の前についた。チェリカが遠慮なく二枚の大きな戸を押し開けて、アルトを招き入れる。
薄く淡い光――光源は分からない――に照らされた礼拝堂に、息を呑む。見上げれば聖女が描かれた大きなステンドグラスが輝き、讃美歌が反響して美しく満ち満ちている。
「これは――すごいな」
「でしょ? 今日は特に、聖なる力が強い日だもの」
祝福された教会。その言葉が脳裏を過ぎり、アルトはそれを、本当のことなのだと受け止めることができた。そう思わざるを得ないほどに、この空間は神聖さで溢れている。
まるで、ここにいるだけで浄化されていくようだ。
気づけば、アルトは礼拝堂の椅子に自然と腰を下ろしていた。チェリカもその隣に座る。彼女は、何も言わなかった。
「……」
光を讃える歌声に聞き入るアルトの頬に、一筋の雫が伝う。
もう、言葉はいらなかったのだ。人の作り出した言葉を凌駕するものが、包み込んでくれているようだった。
多くの人が非日常に誘われる聖夜。アルトはその只中で目を閉じ、天国があるとしたらこんな場所なのだろうなと、光の世界へ想いを馳せた。
大成功
🔵🔵🔵
エーカ・ライスフェルト
メリークリスマス!
私は10年以上シングルベルだけど(猟兵になる前は詐欺の被害者といたことも)
他世界から物資を持ち込むのはよくないと思うけど、こんな日くらいはね
ダークセイヴァーでも生産可能と思われる「芋から作った水飴」をトランク1つ分くらい購入して、教会の厨房に差し入れしようとする
私が持って行ったら怪しまれそうだから、チェリカさんに仲介してもらったりチェリカさんに運んで貰うのもいいかも
「今日も大変でしょうから、疲れを癒やすのに使ってちょうだい」
「独占が気になるなら近所に適当に振る舞えばいいと思うわ」
人口減少と聞いて眉をひそめる
「ダークセイヴァーでの反攻作戦が始まるなら、是非参加したいのだけどね」
「ふふ、いいものね」
愛車を雪の上で押しながら、エーカ・ライスフェルト(ウィザード・f06511)は笑った。
この暗い世界に灯った聖夜の輝きは、現地の人でなくとも心が躍る。エーカもまた、そうした空気を楽しんでいる一人だった。
とはいえ。雪の降る空を見上げて、誰にも聞こえないように独り言ちる
「私は十年以上シングルベルだけど」
寂しくないと言えば、嘘になる。それが原因で重大な失敗を犯したこともないので、あまり気にしてはいないが。
いや、一度だけ――男と過ごしたことがあった。思い出し、自分のことながらため息をつく。
「まぁ、あれはノーカンね」
なにせ、詐欺の被害者だったのだから。脅しに脅しているうちに、聖なる夜は終わりを告げていた。
どうしようもない思い出にため息をつきながらも、広場に向かう。
エーカのバイクには、大きなトランクが紐で縛り付けられていた。別の世界から購入してきたものだ。
「他世界から物資を持ち込むのはよくないと思うけど、こんな日くらいはね」
祭は、非日常だ。多少の変化が起こったところで、特別な今日が許してくれる。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に少女が見えた。紫の長いツインテールには、見覚えがある。この街に住むグリモア猟兵のチェリカ・ロンドだ。
「チェリカさん、いいところにいたわ」
「どうしたのエーカ。私に用事?」
エーカは荷台のトランクを手で叩き、「クリスマスプレゼントよ」と笑みを浮かべた。
「教会に差し入れしようと思ってるのだけれど、私が持って行ったら怪しまれそうだから、チェリカさんに仲介してもらおうと思って」
「あぁ、なるほどね。別に怪しみはしないと思うけど、いいわよ。一緒に行きましょ!」
連れだって、二人は教会へと向かう。
降り積もる白い雪には、人の足跡がいくつもついていた。聞けば、この時間に足跡があるのは、今日くらいなものだという。やはり、ダークセイヴァーの夜は人の領域ではないようだ。
バイクを教会まで押していき、チェリカが蒸かしイモを配っていたシスターに声をかける。
「ただいま! 友達を連れてきたわよ!」
それを受けてこちらを向くシスターへと、エーカは先に言った。
「こんばんは。メリークリスマス」
「素敵な聖夜を、レディ。チェリカのご友人かしら?」
さすがに、服装で外の人間だと分かるようだ。チェリカが日頃から、いろいろと喋っているのだろう。
ならば、話は早い。エーカは紐から解放したトランクを、シスターへと手渡した。
「お土産よ。良かったら使って」
「これは……?」
「芋から作った水飴。今日も大変でしょうから、疲れを癒やすのに使ってちょうだい」
蒸かして砂糖をまぶしたイモを見ながら言うと、シスターは目を細めて頷いた。
「ありがとうございます。街で取れるおイモは、なにせ質が悪いですから……こうしたものは、とても助かります。……街の方々と、分かち合っても?」
聞かれて、エーカは肩を竦めた。
「適当に振る舞えばいいと思うわ。品質は保証するわよ」
「あぁ、皆さんも喜びます。貴女の愛に感謝を。光の加護がありますように」
祈りの姿勢を取るシスターに、エーカはなんだかくすぐったい思いになった。愛だの加護だの言われると、どうにもたまらない。
「いいのよ。今日は聖夜なんだから、気にしないで」
「本当に、感謝いたします。レディ」
背中がむず痒い。どうしたものかと、つい顔をしかめてしまう。隣でチェリカがニヤニヤしている。
その後、エーカは教会に通された。聖なる魔力が含まれる光と讃美歌で溢れる礼拝堂は美しかったが、それ以上は何も感じなかったので、チェリカに案内されるままに、奥へと進む。
ついたのは、教会の居住区にあるキッチンだ。チェリカはシスターから受け取ったトランクを机に置いてから、暖炉に火を入れ湯を沸かし始めた。
古い椅子に腰かけて、やはり年季の入った室内を見渡しつつ待つ。しばらくして、チェリカが鍋を手に戻ってきた。
「本当にびっくりするくらい微妙な味のお茶とお湯、どっちがいい?」
「……お湯をいただくわ」
「私も」
笑いながら、チェリカは二つのカップにお湯を注ぎ、一つをエーカへと差し出した。
二人が面と向かって話をする機会は、そう多くはない。猟兵としての戦いが本格的に始まってから、ずいぶんと長い付き合いになるが、今日のような日は珍しかった。
エーカが戦闘や事件解決に専念している間、チェリカは常に転送に専念している。いわゆる、役割分担である。
だからこそ、こうして話す機会は欲しいと思っていた。それはチェリカも同じだったようだ。つい、猟兵としての仕事の話に花が咲く。
「新しい世界も見つかったし、忙しいったらないわね。やんなっちゃうわ」
「そうね。最近じゃ、三度の食事よりオブリビオンを殺しているわ。まぁ、おかげでずいぶんと鍛えられたけれど。念動力も、そこそこ器用に使えるようになったし」
カップを不可視の力で持ち上げて、お湯を飲んで見せる。少し唇が熱かったが、黙っておくことにした。
互いの戦闘スタイルについて話し出すと、それはもう止まらない。トリッキーなエーカと全力魔法で殴るタイプのチェリカでは方向性が真逆と言ってもいいほどなので、余計に盛り上がる。
そうして湯が冷めるほど話し込み、チェリカが温かい湯を注ぎ直した時、エーカはふと、街に点在する空き家のことを思い出した。
「そういえば、この街、空き家が多いと聞いたけど」
「えぇ、そうね。昔に比べて人が減ってるんだって」
世界をまたにかける猟兵とはいえ、チェリカは子供だ。実感は薄いようだった。
一方で、エーカは眉を寄せる。人口減少は、生産力の低下や文化の衰退に直結する大問題だ。この規模の街ならば、数十年と持たずに消滅しかねない。
それは、世界も同じことだ。この街はまだいい方だが、吸血鬼どもの非道な行ないを放置すれば、いつか必ず、人々は滅ぶ。
「……そろそろ、場当たり的な対処から脱しないといけないわね。ダークセイヴァーでの反攻作戦が始まるなら、是非参加したいのだけど」
「もちろん、その時には頼りにしてるわよ!」
重く呟いた言葉に、チェリカが嬉しそうに頷いた。
無邪気なだけではない、その笑顔には確かな信頼が込められている。そのことが嬉しくもあり、やはりどこか、落ち着かなくもあった。
だが、悪くない。猟兵と信じ合えることも、嫌いではない自分がいた。
だから、冗談のようにこんなことも言えるのだ。
「しっかりと予知しなさいよ。下手な外し方されると、たまったもんじゃないんだから」
「わ、分かってるわよ! ちゃんと立派にやってみせるから、見てなさい!」
ふんぞり返るチェリカに、小さく笑いを零す。
そうして話をしているうちに、ふと気づく。聖なる夜に人と話をしているのは、一体いつ以来だろうか。楽しいなと、心底感じていた。
その日の夜は、ただのお湯だけでとても長い時間を話し続けるという、エーカにとってあらゆる意味で、忘れられない夜となった。
大成功
🔵🔵🔵
佐伯・晶
生まれ故郷って何だかんだで愛着あるよね
この前はゆっくり挨拶する余裕も無かったし
お邪魔させて貰うよ
…本当に邪魔しない事を祈るしかないのが1柱いるけど
チェリカ様、お初にお目にかかりますの
本日はお招き頂き光栄ですわ
この街の素敵な所を見せて頂けると嬉しいですの
アースクライシスの戦いを通じ
猟兵「佐伯・晶」として有名になった事で
信仰に似た思いを受けて回復してきたのと
別存在として認識される事で封印を誤魔化しやすくなったのとで
分身を外に出せるようになったようだね
ちゃんと戦いには貢献していますし
皆様の言葉で言う所のギブアンドテイクですわ
教会で聖歌を聞いてみたいのと
とっておきスポットを紹介してほしいかな
アドリブ可
ダークセイヴァーは、誰の目から見ても暮らしやすいとは言い難い世界だ。しかし、住んでいる人たちにとっては、唯一無二の世界でもある。
それは、世界を股にかける猟兵であっても同じのようだ。子供たちと一緒に蒸かしイモを頬張っている知人を見つけて、佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)はそう思った。
「生まれ故郷って、何だかんだで愛着あるよね。あの子も、そうなんだ」
晶は、イモに追加の砂糖をまぶしてもらっているグリモア猟兵、この街に住むチェリカ・ロンドに声をかけた。
「メリークリスマス、チェリカさん」
「晶! メリークリスマス!」
振り返ったチェリカは、こちらを見るや目を輝かせた。仲間を招待できたことが、嬉しいようだ。
頷いてから、晶は頬を掻いた。
「お邪魔させてもらってるよ。……本当に邪魔しない事を祈るしかないのが、一柱いるけど」
キャンドルライトの光に揺られる昌の影が、不意に立ち上がった。目を丸くするチェリカの前で、影は色を帯びていく。
少女が、そこにいた。見目は昌と瓜二つ。ただその顔に浮かべる笑顔だけが、違う。圧倒的な余裕を滲ませる、それは強者の笑みだった。
「チェリカ様、お初にお目にかかりますの。本日はお招き頂き光栄ですわ」
「……あんたは招待した覚えはないわ」
突き放すように言うチェリカの目は、険しい。彼女は現れた分身の正体を、看破しているようだった。
影から現れた少女は、邪神であった。
晶と融合したはずの神は、ヒーローズアースでの戦争で昌が名声を得たことで、疑似的な信仰心を獲得。一部の力を取り戻した。
また、晶と邪神が別の存在であることを多くの人に認識されたことにより、封印を誤魔化すことまでできるようになったらしい。おかげで、彼女は分離が可能になったようだ。
正直、便利なのか厄介なのか。その性質が性質だけに、邪神とは対極の力を持つ聖女のチェリカには、全力で警戒されてしまっている。
ここで衝突など始まってはたまらないと、晶は彼女らの間に割って入った。
「……まぁ、僕がしっかり見ておくから」
「あら、あなた程度に私が抑えられて?」
邪神がからかうように目を細める。同じ顔で見下されると非常に腹立たしかったが、大人の男として、ぐっと堪える。
しかし、チェリカが見事に挑発に乗ってしまった。ふんと鼻を鳴らして、イモを飲み込み腕を組む。
「もしなんかやらかしても、私の聖なる光でぶっ飛ばすだけよ」
「傲慢だこと。人間如きの光で、私を消すことができると思っているなんて」
「チェリカ砲の威力、試してみる?」
「いつでもどうぞ?」
一触即発である。勘弁してくれとため息をつきつつ、晶はまたも二人の間に押し入った。
「ケンカしないでくれよ、せっかくのクリスマスなのに」
「そうですわ。あなた方の戦いには貢献していますし、ギブアンドテイクだと思いませんこと?」
自分のことを一瞬で棚に上げる邪神に半眼を向けるも、彼女はこちらを見もしなかった。
対抗するように邪神を見ないようにしながら、チェリカが晶にだけ笑いかける。
「……ま、出ちゃったもんはしょうがないわね。案内してあげるわ、晶」
「ありがとう」
苦笑し礼を言って、晶と邪神は紫のツインテールの後を歩いた。
クリスマスということで、聖歌を聞きたいとリクエストした。チェリカは快く頷いて、意気揚々と教会に向かう。
古い建物だった。高い屋根の下には大時計が鎮座していて、時間を刻んでいる。装飾が彫られた木製の二枚扉から、讃美歌が聞こえてきた。
邪神少女は気乗りがしないようだったが、晶とチェリカは並んで戸を押し開けた。聖歌が光と共に溢れ出し、圧倒されつつ中へと進む。
礼拝堂に満ちる光がどこから来るのか、晶には分からなかった。ただただ美しいと感じたが、邪神が居心地悪そうにしているのを見る限り、どうやら神聖なものらしい。
チェリカがシスターに「ただいま」と言った。どうやら、彼女はここに住んでいるようだ。
「おかえり、チェリカ。……あら、お友達? 双子なのね」
「まぁそんなもんかな」
適当に答えるチェリカである。説明が面倒なので、訂正する気にはなれなかった。
椅子に座り、温かな聖歌隊の声と神聖な空気に酔いしれる。ステンドグラスに描かれた聖女の微笑を見ていると、なんとも不思議な心地になった。
邪神は面白くないのか、無感動極まりない顔でじっとしていた。嘘でも楽しめと思ったが、余計な行動を起こさないだけでもありがたい。
三曲目が終わったところで、邪神がチェリカに耳打ちした。
「ねぇ、そろそろ飽きてしまいましたわ。この街の素敵な所を見せて頂けると、嬉しいですの」
「えぇ……。どうする晶?」
問われて、晶はステンドグラスを見上げつつ頷いた。
「そうだね。もう少し聞いていたいけど……彼女が暴れるようなことがあると大変だし、ここから出ようか」
「私をじゃじゃ馬みたいに言わないでくださる?」
ため息をつきながら、邪神が立ち上がった。チェリカがニヤニヤしながら「邪神の『じゃ』はじゃじゃ馬の『じゃ』なのね」などと言っているが、無視されていた。
揃って教会を出た三人は、「とっておきスポット」へと向かうことにした。教会から街の門へと続く道すがら、晶は夜空を見上げる人々が多いことに気づいた。
まるで星空が珍しいかのようだと考えていると、察したチェリカが前を行きながら言った。
「この世界だと、夜はほとんど出歩けないのよ」
「あぁ……それでか」
「うちの街で夜にぶらぶらするのは、守兵のおじさんたちと、聖女の務めで月の時間にお祈りする私くらいなものね」
晶はふと、違和感を覚えた。祈りを捧げるといえば、先ほどまでいた教会などで行なうイメージがある。
チェリカは教会に住んでいる。ということは、意味するところは一つだ。晶は尋ねた。
「外で祈るんだ?」
「そうよ。じゃないとお月さまが見えないもの」
そう言ってチェリカが指さす先には、美しい三日月が浮かんでいた。雪は、止んでいた。
街を出て街道を抜け、小高い丘に登る。その頂上に、小さな石段があった。
「ここは?」
「祈り場よ。夜は私以外危ないから、普段は誰も来ないの。……晶たちにだけ、『月の祈り』を見せてあげるわ。特別よ」
笑ってから、チェリカは月を見上げて目を閉じ、手を祈りの形に組んだ。長い二房の髪から、聖なる光が、輝きだす。
聖少女が何事かを呟いた瞬間、晶たちは優しい光に包まれた。宵闇の不安を一瞬にして消した輝きの正体は――。
「……月光だ」
晶は知らず、呟いていた。
月の明かりが、天から降り立つ光の柱の如く、チェリカを中心にして眩いばかりに注がれている。空を見上げて立っている自分までもが、絵画の一部になったかのようだ。
不快げに月を見上げて、邪神少女が晶に言った。
「晶。あなた、ここが今どうなっているか分かって?」
「うん……分かるよ。よく分かる」
頷いて、息を呑む。光の中だけ世界が違う。ここは、神域だ。聖女の祈りに光が答え、祝福された丘の頂は、神の領域となっていた。
確かに、とっておきの景色だと感じた。この世界に、二つとない場所だろう。
白とも透明ともつかない神秘的な光柱の中で、晶は目を細めて、ただただ立ち尽くしていた。
大成功
🔵🔵🔵
アンナ・フランツウェイ
教会に行こう。静かに過ごしたいし、空き家に行こうにも今はあいにく一人だし…。
教会で賛美歌を聞きながら、私の脳裏には色々な考えが浮かぶ。猟兵になってからのこの一年の事が。
私はとある実験施設に預けられ人体実験を受けた。その経験から神の存在を信じられなかったし、今でも信じていない。
でもこの一年を通し様々な出会いや出来事を通し、少しだけど人の優しさや善意を信じられるようになった。そして多くの仲間達や大切な人も得る事が出来た。
だから…祈りを捧げよう。来年も平穏な日々が続く事、新しい出会いと巡りあえる事、そして…私の内に住まう呪詛天使に負けず、私が私であれる事を。
・アドリブ、チェリカさんとの絡み等ご自由に
教会から流れ出る讃美歌に誘われるように、アンナ・フランツウェイ(断罪の御手・f03717)は聖夜の街を行く。
静かに過ごしたい、そんな夜だった。空き家を借りることも考えたが、今はあいにく一人なので、遠慮している。
キャンドルに揺れる火が、雪積もる街を神秘的に映し出す。子供たちが手を取って踊り歌い、その様子を両親が優しい笑顔で眺めている。
幸せが溢れている光景だった。闇に閉ざされ希望を奪われたこの世界においても、人々は明るく生きようとしている。
人々の邪魔をしないよう背後をひっそりと歩きながら、アンナは大時計が時を刻む教会へと向かっていった。
辿り着いたその古い聖堂は、呪われた世界にありながら、どこか悠然としていた。
「……」
数秒見上げてから、大きな二枚の扉を押し開く。
優しい光と讃美歌に包まれる。眩しそうに目を細めつつ中へと進み、アンナは並べられた椅子の一番後ろから、聖歌隊を眺めた。
美しいと思う。教会の中に余すことなく満ちている光も、微笑む聖女が描かれたステンドグラスも、聖歌隊が歌う慈愛に溢れた讃美歌も。
とても、美しい。その感想に嘘はない。しかし――。
「神、か」
誰にも聞こえないような声で、呟く。
いかに様々な情景が重なり美しい世界を作り上げているとて、それらが全て神を讃えるものであることが、アンナの心に影を落としていた。
実験施設に預けられ、気が狂うような人体実験をされ続けた日々。この世の地獄を全て詰め込んだようなあの場所で、アンナの中から「神」が消えた。
ダークセイヴァーやヒーローズアースなどに実在する神を、否定する気はない。アンナが信じられないでいる、そしてこれからも信じることはないであろう「神」とは、人々が救いを求め希望に縋る「神」のことだ。
生きている限り、アンナは「アンナの神」を信じることは、決してないだろう。
「……いてもいなくても、ね」
自嘲気味に笑って、目を閉じる。たくさん練習したのだろう聖歌隊の讃美歌は、一種の芸術にまで昇華されていた。
十人ほどの少年少女は、お互いの声を調和させ、一つの作品を作り上げている。一心同体の仲間なのだろうなとアンナは思った。
「仲間――」
この一年間を、思い出す。
猟兵となり、様々な出会いを経験した。少しだけれど、人の優しさや善意を受け止められるようになった。
今では、多くの仲間や大切だと思える人もいる。この身に宿す呪詛天使や、体に刻まれた悍ましい傷跡、血を飲まねば生きていけないことすらも、認めてくれる人たちだ。
ありがたいと思う。彼女らがいるおかげで、人のために生きようと思えるのだから。
アンナは、そうした人たちに生かされているのだ。少しずつでも、彼女たちの想いに応えたかった。
この恩を忘れることなど、絶対にあり得ない。
いつか心までもが呪詛天使となる日が来るとしても。
「――祈ろう」
大切な人々に、祈りを捧げよう。そう思って手を持ち合えたが、ふと止まる。
神を信じたことがない彼女は、当然神に祈ったこともない。形はなんとなくわかるが、どんな心で祈ればいいのか、分からなかった。
呆然と自分の手を眺めていると、声がかかった。
「アンナ、手をじっと見て、どうしたの?」
振り返ると、この街に招待してくれたグリモア猟兵のチェリカ・ロンドがいた。尋ねもせずに隣に座った紫髪の少女は、アンナの目を覗き込んで返答を待った。
ため息交じりに、答える。
「祈り方が、よく分からないんだ。チェリカさん、よければ教えてくれないかな?」
「あぁ、お祈りね。いいわよ。と言っても、複雑なことなんて何もないけれど」
そう言って、チェリカが胸の前で両手を組む。一度ステンドグラスを見てから、ゆっくりと俯き目を閉じた。おてんばな少女だが、さすがに本職だけあって、様になっている。
「この神殿は聖女を通して神様に繋がるから、聖女様に声をかけるイメージで、お祈りや願い事をするのよ」
「願い……。神様っていうのは、本当に私たちの願いを叶えたり救ったり、してくれるの?」
決して嫌味があったわけではない。過酷な少女期を過ごしたアンナにとって、それはあまりにも素朴な疑問だった。
チェリカは讃美歌の邪魔をしない程度に笑って、首を左右に振った。
「まさか。お祈りっていうのはね、自分に向けてするものなのよ」
「自分に?」
「そう。神様は力を貸してくれることもあるけど、全部は面倒見てくれないもの。結局、最後は自分よ。なんでもかんでも叶えられたら、吸血鬼なんてとっくに絶滅してるわ」
なるほど、確かにそうである。実際の教義がどうかは知らないが、少なくともチェリカはそうした考えなのだろう。
それならばできると、アンナは改めて手を組んだ。讃美歌を耳に、そっと目を閉じる。大切な人の姿が、脳裏に浮かんできた。
来年も平穏な日々が続くように、新しい出会いと巡りあわせがあるように。
そして、己の中に住まう呪詛天使に屈することなく、自分が自分でいられるように。
アンナは祈った。聖女を通して、神とやらに。神を通して、己自身に。強く強く、祈り、誓う。
閉じた瞼の向こうから、優しい光が差し込んでくる。これからも共に生きていたい人たちの、優しい笑顔が見える。
あの人たちと、これからも一緒にいたい。例え呪われた運命であろうとも――。その想いが、黒い片翼の少女の心を満たしていく。
聖歌隊の歌声に誘われ、アンナの心と体は、天を歩いているかのような浮遊感に包まれていった。
大成功
🔵🔵🔵
フランチェスカ・ヴァレンタイン
聖しこの夜、ですねえ…
高所に腰掛けて持ち込んだスパークリングワインなぞ傾け、この世界にしては至って平和な街の光景を眺めているでしょうか
(近くに他の方が居ればお裾分けなども
――まあ、せっかくの聖夜ですしね。子供たちには一時の夢を、ということで
高所から街を横切るように滑空し、雪に混じって降らせるような形で落下傘付きのお菓子をばら撒きましょう
最小限の羽ばたきでも羽毛は舞うでしょうから何かしらの勘違いは起きるかもしれませんが、まあそれはそれとして
人気のない街の片隅に着地したところでチェリカさんにばったりと?
余ったお菓子を差し上げつつ、街の騒ぎが落ち着くまでとっておきスポットに案内していただきましょうか
教会の屋根から見下ろす街は、決して賑やかとは言えないものの、クリスマスを楽しむ人々の笑顔で溢れている。
街に破壊の跡はない。この世界にしては、至って平和だ。猟兵が住んでいるということも、その一因だろうか。
グラスのスパークリングワインを揺らしながら、フランチェスカ・ヴァレンタイン(九天華めき舞い穿つもの・f04189)は独りごちる。
「聖しこの夜、ですねえ……」
華やかさはないが、清らかさがある。キャンドルの灯と讃美歌の調和が心地いい。
フランチェスカの頭上には、結晶体が浮かんでいた。白い雪が積もるそれを見上げて、明日は一面雪景色になるのだろうなと考える。
街から、子供たちの声が聞こえた。普段ならばオブリビオンの襲撃を警戒し、夜に外で遊ばせることなどないだろうに、今日はやはり、特別な日のようだ。
「――まあ、せっかくの聖夜ですしね。子供たちには一時の夢を、ということで」
ワインを一息に飲んで、座っていた結晶体にグラスを置く。立ち上がったフランチェスカは、純白の両翼を大きく広げた。
木編みの籠を手に、街の外れ目掛けて飛び立つ。雪舞う空を滑る白翼の淑女を、子供たちが一斉に指さした。
歓声が上がる中、籠の中身を空中へと放る。落下傘付きの様々な菓子が、街の中にゆらりゆらりと落ちていく。
天使と見紛う姿の女が、空からプレゼントを降らせたのだから、子供たちの喜びようときたら、それはもう大変なものだった。
落下傘に手を伸ばす子供たちを見て目を細めつつ、フランチェスカは街の西端に滑空し、羽ばたいて着地した。籠の中には、まだ少し菓子が残っている。
翼を収めて肩の雪を掃っていると、通りの向こうから見知った顔がやってきた。
グリモア猟兵の、チェリカだ。手に持っている布の袋には、落下傘がついたキャンディーがいくつか入っているようだった。
「……そういえば、あなたも街の子供の一人でしたねぇ」
「なによー。別にいいでしょ!」
恥ずかしそうに頬を膨らませながらも、チェリカは嬉しそうだった。日頃、猟兵としての付き合いがほとんどだったが、こうして見ると、心はまだまだ幼いのだなと思う。
フランチェスカは籠の中からクッキーが入った箱を取り出し、チェリカの袋に入れた。
きょとんとしている紫髪の少女に、ふわりと笑む。
「メリークリスマス、ということで」
途端、チェリカはパッと表情を明るくし、「ありがと!」と菓子の袋を抱きしめた。
街の方からは、子供たちの賑やかな声が今も聞こえてくる。どうやら、興奮が冷めやらないらしい。
広場の方を見るフランチェスカに、チェリカが言った。
「みんな、大騒ぎよ。神の御使いが現れたーなんて。おかげで、聖女も形無しだわ」
「今日は聖夜ですから、不思議な出来事の一つや二つ、起こるものですわ」
「起こした本人が言ってもねぇ」
二人して、笑い合う。
もう少し街を見て回りたかったが、今広場に戻ろうものなら、フランチェスカは子供たちに群がられること必至だ。
どうしたものかと考えていると、チェリカがこちらを見上げて言った。
「お礼をしなくっちゃね。といっても、蒸かしイモくらいしかあげるものないけど……」
「食べ物は間に合っていますわ。……では、『とっておきスポット』というものに、案内していただけます?」
この暗闇の世界に、目を奪われるような景色があるのなら、ぜひ見てみたいと思っていた。
唇に指を当てて、チェリカが何かを考える仕草をする。
「んー、そうねぇ……。空飛べる人が相手だと、ハードル高めね」
「期待していますわ」
「うーん」
腕組みをして唸り、数十秒経ってから、彼女は悩んだ末に呟いた。
「フラニィなら、いいかな? 神の御使いと間違われるくらいだもの」
「ハードルを上げてきますねぇ」
苦笑するフランチェスカを、チェリカは裏道を通って教会の方へと先導した。
内部の案内でもしてくれるのかと思ったが、向かう先は教会の裏手のようだった。だんだん景色が寂しくなっていく。
聖夜の賑わいが遠くなり、キャンドルの灯りも届かなくなる。チェリカが纏う聖なる光で周囲を照らしていなかったら、真っ暗だろう。
ほどなくして、大きな石室の前に着く。フランチェスカは、それがどういったものか、見てすぐに分かった。
「カタコンベ……」
「そうよ」
地下墓地へと続く扉を開ける。石が擦れる音と共に、宵闇より深い闇が口を開けた。
二人は躊躇なく、中へと進む。漆黒の闇においても迷いのないチェリカに、フランチェスカは冗談めかして言った。
「素敵な場所ですねぇ。ここから、天国にでも連れて行ってくださるのかしら?」
「まさか。……でも、近いかも」
悪戯っぽく笑い返すチェリカに、肩を竦めてついていく。
聖なる光に照らし出されたカタコンベには、石の棺が収まっていた。その数は多くないが、新しいものが目立つ。
聞けば、この街は人口減少が続いているそうで、空き家も多いとか。その一端を墓で見ることになるとは思わなかったが。
やがて二人は、地下墓地の最奥に辿り着いた。壁と見紛う巨大な岩戸が、目の前に立つ。
チェリカが手を触れると、にわかに岩戸が発光し、音を立てて開き始めた。隙間から、まばゆい光が迸る。
思わず目を手で覆ったフランチェスカは、眩しそうに眉を寄せつつ、その光の奥を見た。
何かがある。直径二メートルほどの、球体だ、目を凝らしていると、チェリカが隣で言った。
「ここの教会、ずっと聖なる光で満ちてるでしょ。要するに祝福されてるんだけど、その理由が、『彼女』よ」
フランチェスカは、言葉を失った。
植物の蔓で覆われた石室に、水晶にも似た宝石の球が浮いている。その中に、裸体の女性が蹲っていた。
まだ若い。白い肌と美しいブロンド。薄く開けられた目には、銀の瞳が輝いている。
「昔、この街を作る時に人々を導いた、初代聖女よ。吸血鬼から街を護るために光の結晶となって、このカタコンベから教会に光を注ぎ続けているの」
チェリカが見上げる。つられて上を見ると、そこは吹き抜けになっていた。その上は、教会だ。
柱の如く立ち上る光は、教会のパイプオルガンの裏へと続き、溢れた聖光がステンドグラスに注がれている。
街を脅威から遠ざける力の根源は、カタコンベで眠る「彼女」だったのだ。
「これは――なるほど。確かに、『とっておき』ですね……」
驚きをそのまま言葉にしたフランチェスカに、チェリカは満足したように笑った。
「でしょ? 聖女――つまり私と、神父様、あとは一部のシスターだけしか見られないのよ」
「……それ、わたしに見せてもよかったので?」
尋ねると、現役聖女の笑顔が苦笑に変わった。
「ダメでしょうね。バレたりしたら、しこたま叱られちゃうわ。だから、内緒にしといて」
「あらあら」
目を細めて破顔しつつも、頷いた。
聖しこの夜。想像していなかった素晴らしい出会いがあったことを、誰にも言うつもりはない。
眠れる初代聖女を見つめたまま、フランチェスカは微笑んだ。
「そうですねぇ……。このことは、わたしたちだけの秘密にしましょうか」
フランチェスカと二人の聖女――三人だけの、秘密。
なかなか素敵な秘め事だと、思った。
大成功
🔵🔵🔵
トリテレイア・ゼロナイン
チェリカ様の故郷のクリスマス
ご恩返しも兼ねて盛り上げたいところですが、あまりゆっくりは出来ませんね…
祝賀ムードのSSWからロシナンテⅡに積めるだけ積んだ甘味に食料、日持ちするドライフルーツをチェリカ様経由で教会に預けます
子供達に配るお仕事を押し付ける形となり心苦しいのですが…
その後は申し訳ありませんがグリモアベースに送還してもらいましょう
「平穏」をプレゼントする為アポカリプスヘルに向かうので
(この選択は騎士としての正義感か、戦闘兵器の性か…どちらにせよ稼働限界まで私は「こう」なのかもしれませんね【苦笑しつつ】)
とっておきスポットの案内というプレゼントに感謝しつつ、街を去ります
メリークリスマス!
トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)にとって、チェリカ・ロンドはよく顔を合わせる相手だった。猟兵として世界をまたにかけるようになった頃からの付き合いだ。
そんなチェリカの故郷を訪れることになるとは。なんとも不思議な想いで、トリテレイアはクリスマスの灯りに包まれた街を、機械白馬「ロシナンテⅡ」を引きながら進む。
広場に出たところで、チェリカを見つけた。今日何個目になるかも分からない蒸かしイモを、砂糖をたっぷりまぶして食べている。
トリテレイアとロシナンテⅡの巨体が近づけば、誰もがすぐに気づくものだ。彼女もまた、そうだった。こちらを見てパっと明るい笑顔を浮かべ、手を振る。
「トリテレイア! 遅かったわね!」
「少々、荷造りに手間取りまして」
愛馬の背にくくられたいくつもの布袋を示す。イモを食べ終えたチェリカが、首を傾げた。
「それは?」
「スペースシップワールドから、甘味や食料、ドライフルーツをお持ちしました。教会にお預けいただけるとありがたいのですが」
「いいの!? ありがとう! シスターたちも喜ぶわ!」
彼女の喜びぶりから、子供たちのおやつの調達すらもままならないのだろうことが分かった。街は綺麗な状態を保っているが、食糧事情は厳しいようだ。
役に立てて良かったと、トリテレイアは安堵と共に頷いた。
「喜んでいただけてなにより。教会までお運びしましょう」
ロシナンテⅡを連れて、二人は教会に向かった。
古いながらも立派な聖堂の前に、老いたシスターがいた。チェリカがトリテレイアから贈り物をもらった旨を説明すると、シスターは泣きそうな程に喜び、何度も礼を言いながら若い同志と荷物を中に運んでいった。
本当ならば、子供たちに配るところまで手伝いたいものだが。押し付けてしまったようんで、心苦しい。
「申し訳ありません、チェリカ様。少々急いでいるものでして」
「そうなの? ゆっくりしていけばいいのに」
振り返ったチェリカは、どこか寂しそうな顔をしていた。トリテレイアとしてもそうしたいのは山々だが、彼には使命があるのだ。
「アポカリプスヘルに向かわなければならないのです。新たな事件を予知したという知人から、連絡が入ったものですから」
「えぇっ、クリスマスにお仕事? 真面目ねぇ、トリテレイアは」
呆れたような感心したような、なんとも微妙な表情で、チェリカが肩を竦めた。
トリテレイア自身も、こうした選択をするときの根拠がどこにあるのか、見極め兼ねていた。苦笑しながら、首を左右に振る。
「正直、この選択が騎士としての正義感か、戦闘兵器の性からくるものなのか、分からないのです。……どちらにせよ、稼働限界まで私は『こう』なのかもしれませんね」
自虐的な言葉だった。ウォーマシンとしてのトリテレイア・ゼロナインと、騎士を志すトリテレイアは、いつも心で拮抗している。
そのことは、長い付き合いのチェリカも知っているだろう。彼女は友人である機械騎士の言葉を聞き、唇に指を当てて数秒考えた。
「んー……。トリテレイア、まだちょっと時間あるでしょ? 『とっておき』の場所に案内したいんだけど、どうかしら?」
「ほう。それはぜひ……あまり、のんびりはしていられませんが」
「大丈夫よ、すぐ近くだから。ついてきて!」
駆け出すチェリカを、トリテレイアはロシナンテⅡに跨って追いかけた。巨大な馬に巨体の騎士が乗れば否応にも目立つが、致し方ない。
確かに、その場所は近くにあった。教会に比べるといかにも小さく、作りももろそうな建物だ。中には暖炉のものだろう明かりが灯っていて、煙突からは煙が空へと伸びている。
狭い庭に入ったチェリカに手招きされて、トリテレイアは遠慮がちにその敷地に足を踏み入れた。
ドアをノックすると、中から何人もの声が聞こえてきた。子供の声だ。ドアが開けられ、数人の幼子が飛び出してくる。
「おねーちゃんだ!」
「聖女さまー、メリークリスマス!」
飛びつく子供たちを、チェリカは慣れた手つきであしらう。
「はいはいメリクリ。どう、お菓子は食べられた?」
「うん! お空から降ってきたの、トニーがたくさん取ったんだよ!」
はしゃぐ子供たちが次から次へと増えてくる中、チェリカはまた「こっちよ」と合図を出してきた。頷いて、子らの声で溢れる屋内へと進む。
暖かな暖炉の火で灯されたそこには、幾人もの子供がいた。皆、顔が似ていない。背格好もバラバラだ。
トリテレイアは気が付いた。ここは、孤児院だ。
子供たちに取り囲まれているチェリカが、こちらを指さした。屈託のない笑顔で、彼女は言った。
「みんな、今日はねぇ、素敵な騎士様を招待したのよ! トリテレイア様は、吸血鬼も魔獣もあっという間にやっつけちゃう、とても強いナイトなんだから!」
「む……」
一瞬で視線が集約したトリテレイアは、機械ながらに背筋を伸ばし、一礼した。
瞬間、子供がチェリカから鋼鉄の巨体へと群がった。
「騎士様、メリークリスマス!」
「その剣触ってみてもいい?」
「おっきいね! 騎士様はたくさん食べるの?」
「冒険のお話聞かせて!」
ボディパーツをペチペチとされながら、様々な声が一辺にかかる。戸惑いながらチェリカを見ると、彼女は破顔してその様子を見つめていた。
見守る者の微笑だ。どうやら、彼女が見せたかった「とっておき」というのは、子らの笑顔だったらしい。
確かに、かけがえのないものだ。こんなにも生きるのが過酷な世界にあって、彼らはあまりにも、あまりにも無垢だった。
子供たちを見ていると、自然と湧き上がってくる想いがある。小さな手を取り話していると、その想いはなおのこと強くなっていった。
「ね、トリテレイア」
チェリカが言った。そちらを向くと、彼女は子供たちの頭を撫でながら、目を細めた。
「護りたいと、思わない?」
「えぇ……思いますとも」
「その想いはさ、どっちかしら? 騎士か、機械か」
答えは、すぐに出た。そしてその意外さに、自分でも驚いた。
どちらでもないのだ。騎士道精神でも、戦闘兵器としての合理的な判断でもない。
それは、紛れもなく、トリテレイアの心だった。
「……そうでしたか。私は――」
一人納得したように頷く騎士を、子供たちが不思議そうに見上げている。その向こうで、チェリカが笑った。
「気分はどう?」
「えぇ。上々です」
とっておきのクリスマスプレゼントに感謝しつつ、頭を下げる。全ての答えが出たわけではない。また迷うこともあろうが、今は、これで十分だった。
目を合わせ、互いに頷き合ってから、チェリカが手を叩いた。子供たちが、そちらを向く。
「はい、騎士様はこれからまた悪い奴をぶっ飛ばしにいくから、今日はここまでね!」
即座に上がるブーイングをなだめつつ、トリテレイアは小さく笑った。
「また来ますよ。約束します」
「みんながいい子にしてたらだからね! 分かった?」
子供たちの「はーい」という返事を聞いて満足したのか、チェリカが胸元のロザリオを掲げた。グリモアの光が、孤児院に広がる。
「じゃ、騎士様が出発するから、見送りましょうね! みんな手を振ってー、またねー!」
光に包まれ薄れゆく視界で、子供たちが手を振っている。
トリテレイアは彼らが見えなくなるまで見つめ続け、一礼し、次なる戦場へと静かに向かっていった。
戦うために、護るために。
心の赴くままに――。
雪が止み、星降る空の下、聖夜が終わる。
街のキャンドルが役目を終えた頃、街は静寂に包まれた。
明日もきっと平穏でありますように。そう祈り、人々は安らぎの我が家で眠りにつく。
また来年、光と雪に遊ぶクリスマスが来ることを夢見て。
fin
大成功
🔵🔵🔵