●人の恋路のけものみち
「ユリコ、僕はね、ユリコ。お前さえ居てくれればそれでいいんだ…」
宥めるように、あやすように、青年は震える声で少女に呼びかける。
「ああ、お兄さま…お止しになって」
少女――ユリコと呼ばれたその娘の声も、同じように震えていた。大きな目いっぱいに涙を湛え、目の前の男に縋るような瞳を向ける。
「これはもう、どうしようもないことなんだ…だから、ね」
呼びかける言葉の終わるか終わらぬかのそのうちに、二人の間で鈍く輝く銀光が、その胸元へと沈んで行った。
「ああ、ああ――」
取り返しのつかぬそれに、あふれ出す血潮に、かたや微笑み、かたや言葉を失って…。
「どうして、こんなことに」
立ち尽くしながら見下ろしながら、倒れたままに見上げながら、心の中にたられば語りを繰り返す。たとえば、こんな気持の無かりせば。あるいは、血の繋がりの無かりせば。両手に掬った砂粒のごと、それは無情に零れ落ち。
●人の恋路を妨ぐは
「連載モノの小説の、筋書き通りの殺人事件が起きてると。どォやらホトケさン、どれも胸を一突き、あッと言う間にやられてるよォでな」
頭を掻き掻きグリモア猟兵、我妻・惇が話し始める。一件だけならともかくも、どうやら連続して事件は起きているらしい。大まかなロケーション、犯行時刻、遺留品に至るまで、隙の無い再現性でもって模倣されているため、間違いではないだろう。しかも毎回掲載と同日の犯行で、出版に携わった者が下手人である線は濃厚である。
「ンでその作家ッてェのが金持ちのガキの若ェ学生でな、女と二人で暮らしてたンだと」
どこかしら投げやりな調子で、吐き捨てるような説明口調。学生の身分で作品を発表する才能や、道楽暮らしのできる家柄、そして恋人と二人暮らし…などと話していて、もしかしたら何か思うことがあったのかもしれないが、おそらく個人的な都合であろう。気にせず言葉尻が過去形であることに言及してやると、気を取り直した男が言葉を続ける。
「ン? あァ、どォもな、数か月の間、その青びょうたんの野郎ォを見た奴がいねェンだと。女の方は週一で町に出て来るンだが、揃って居所も分からねェと来てる。どォ考えても臭ェだろ? それで、だ」
町に出て来た同居人の女性を見つけて、居所を聞き出す、あるいは案内をしてもらいたい。幸いいつも決まった時に決まった場所で見かけられるので、見つけ出すのは容易である。
「もしもそいつが影朧を匿ッてンだとしたら、警戒するか、なンなら逃げよォとするかもな」
逃がさないように、刺激しないように、何とか説得する必要があるだろう。そしてそのためには、相容れぬ存在との恋の在り方を、見直させてやらねばならぬかもしれない。あまり気持ちの良い仕事ではないが――どうあれ、このまま思いを抱き続けても先はない。良しとするか悪しとするかは…まあ、思いはそれぞれあるだろうし、価値観も人それぞれであろうが、こちらを信じさせるのが無難であるのはとりあえず間違いないだろう。
「根城を突き止めたら、とりあえず正体の確認を…だな…あー、悪ィが、ボロを出すとかテメェで認めるとか、間違いねェとこまでブン殴るのは待ッてくれねェか」
少しばつが悪そうに目を泳がせるグリモア猟兵。実際の所、敵の正体は見えてはいない。人に擬態する影朧もおり、知りつつ隠す人間もある。操られ、自ら庇う人間でもあれば、間違って傷つけるなどということもあり得るだろう。惇は頭を下げつつも、いくらか無理な願いをそれと承知で押し付ける。
たとえば犯人しか知り得ないこととかアリバイとか状況証拠だとか、探偵や刑事の真似事なんかで、追い込むことはできるかもしれない。ただし尋問の相手は本職の文士、一筋縄ではいかないことは覚悟すべきだろう。
「最終的には殴ッて解決、だな。ま、作家センセの駆け落ちなンざァ、ロクでもねェのはザラだしな。今更新式を増やすこたァねェ、『若気の至り』と引き裂いてやンな」
ぶっきらぼうに言いつつも、転送の準備を始める男の表情は物憂げだ。かと思えば、思い出したように顔を向け、もう一言と付け加えた。
「馬車にだけは気をつけろよ」
相良飛蔓
お世話になっております、相良飛蔓です。今回もお読みいただきありがとうございます。
遅れ馳せながらの初サクラミラージュと相成りまして、ひとつ宜しくお願いします。
第1章では街中で参考人と接触し、影朧の住処の手懸り探しです。輝くばかりに目を惹く美人、近隣の人の噂にも頻繁に上るような具合ですので、遠からむ方は音に聴き、近くば寄ってその目で見せば、苦もなく難なく見つかります。
そんなわけで捜索パートはナシ、お話に集中して下さって結構です。思い人に危険が及ぶ可能性を考慮した上でなお、協力させるような話術、話法が求められるかと思います。
順当に行けば第2章では文士さんとの問答となります。影朧の犯行を裏付けるような発言内容を引き出せれば成功です。
そしてこちらのシナリオ、ささやかながら仕掛けをひとつご用意しますつもりです。筋立ての進行にいかばかりか絡んでくるものですので、ご興味ありましたら探してやっていただけると幸いです。
第3章はボス戦です。影朧ですので適切に処置できれば転生することはできるかと思います。救われるかどうか、許せるかどうかなどは猟兵の皆様のご判断にお任せしたいと思います。
それでは、ご参加の方よろしくご検討いただければ幸いです。
第1章 日常
『帝都純愛浪漫譚』
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POW : 力業で助ける
SPD : 搦め手で助ける
WIZ : 緻密な作戦で助ける
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猟兵たちの眼前には、まだあどけなさの残る美しい少女。白い肌に大きな鳶色の瞳は対照的に際立って輝き、小首を傾げてこちらをうかがっている。
柔らかな髪に華奢な体躯。ともすれば簡単に壊れてしまいそうな、だからこそ庇護欲を掻き立て、そして独占欲を煽り立てるような、そんな少女。
「あの…なにか…」
不意に呼びかけた猟兵に、不審より戸惑いを色濃く見せながら、彼女は用件を問う。
鈍・小太刀
※アドリブ連携歓迎
純愛小説?ミステリ事件?
別に興味ないけどさ
一応読んでおこうじゃないの(←興味津々な十代乙女
速攻読破し物語の背景や人物相関を把握
事件の資料も確認しておく
文豪先生の大ファン装い少女と接触
読んだ小説への愛を熱く語り(熱く語り!
弟子にして欲しいと頼み込む
掃除洗濯お料理も何でもお役に立ちますと
得意じゃないけど勢い大事
会話から心情と関係性を【見切り】【情報収集】
説得と言っても状況知らなきゃ
意味のある言葉を届けられる気がしないから
…不審より戸惑いか
少しは警戒しそうなものだけど
影朧関与の自覚はあるのかな
匿ってるのは文豪の方?
心配には共感を
恋心には応援を
『力になりたい』これは本当の気持ちだから
「弟子にしてください!」
だいぶ前のめりに、鈍・小太刀(ある雨の日の猟兵・f12224)が切り出した。対する少女は目を丸くして、少し引き気味である。もちろん少女が少女の弟子になりたいという話ではないし、彼女もそれを理解している。
「えっと…彼の、ですよね?」
戸惑いの色を濃くしつつ問いかけると、それに答えて、小太刀は大きく頷いてから話し出す。
「私、トダ先生の大ファンなんです、物語の展開や人物の描写、大胆かつ繊細で――」
青年――『トダ・レイゾウ』と号する作家の書いた小説について滔々と、かつ情熱的に話す猟兵の気に、少女は飲まれたように黙っている。自身が誰であるか知った上で話しかけられたことを確認し、表情を少し曇らせる。そんな様子から、熱心に話しているように見える小太刀はその実、冷静に心情を探ろうと試みていた。身振り手振りを交え、よく動く頭でごまかしながらも少女の様子を眈々と窺い続ける小太刀の語る内容は、全くのでたらめではない。それは彼女なりの誠意の賜物である。
(説得と言っても状況知らなきゃ、意味のある言葉を届けられる気がしないから)
考えた小太刀は説得にあたり、青年の書いた小説や事件の資料など、得られる情報を可能な限り取得した。純愛小説やミステリ事件、年頃の少女には少し刺激的で興味深いものであったらしく、詰まらなそうな表情に瞳の輝きを飾り付け、一息に目を通してしまったのだ。
小説の内容は残念ながら、彼女が想定していたものよりも探偵小説的で、そして少しだけ猟奇的なものであった。愛情の細やかな表現も多いには多いが、ほとんどが痛ましい場面への導入としての情動であり、その陰惨さは見聞の少ない学生が描き切るには詳細すぎるようにも思える。しかしそれでいて、読む者を引き込み、容易に感情をなぞることができる筆致。そういう意味では、小太刀が少女に語った文句は『大ファンである』ということ以外は全て事実と言っても良いだろう。
「掃除洗濯お料理も何でもお役に立ちます!」
そう言って食らいつく猟兵に、娘は困ったようにまた首を傾げ。
「だけど、彼は知らない人が苦手だし、おうちの事も私だけで間に合ってますから」
申し訳なさそうな笑顔を浮かべ小太刀の要請を断ろうとするその表情には、人を寄せ付けまいとする警戒や敵愾心は未だ見られず、平和な様子であった。
(影朧関与の自覚はあるのかな…それとも、匿ってるのは文豪の方…?)
ともあれ、きちんと断られてしまった小太刀だけでは、棲家にお邪魔するのは難しそうだ。
成功
🔵🔵🔴
ホール・マン
(おかしい……バレてるはずはねぇ、俺様は完全無欠なマンホールの蓋……!もしかしてあれか?一寸マンホールの蓋フワフワさせたの見ちまったか?いやほらこれはナウなモガもびっくり驚くUFOだから!マンホールの蓋じゃねぇから!それに俺様紳士なマンホールの蓋だから上を女子が通る時はちゃぁんと目ぇ瞑ってるしよ、ストーカー特有の如何わしい目線とかもセルフカット万全ってやつよグハハハハ!…馬車は痛ぇから嫌いだ。さぁて……今日は何しに怖い兄ちゃんが沢山居る町に出てきたのかな嬢ちゃんよぅ?俺様見守っててやろうじゃねぇのグヘヘヘヘ……独り言も逃さねぇぜぇ)
ドローンとUCでぬるぬるストーキングしながら情報収集。
(おかしい……バレてるはずはねぇ)
自身の擬態が看破された可能性を考えるホール・マン(マン・ホール・マン・f21731)の焦燥感は筆舌に尽くしがたいものであった。そう、彼の変装は完全無欠である。ヒーローマスクの彼の姿はどう見てもマンホールの蓋であり、路面に嵌っていれば誰にも見破られるはずがない。
(もしかしてあれか? 一寸マンホールの蓋フワフワさせたの見ちまったか?)
その瞬間を見たのであれば、誰だって不審に思う。近付いて検めすらするだろう。であれば、首を傾げるだけの少女は恐らく気付いてはいないのだろう。希望的観測、あるいは祈りを頭に浮かべるうちに、彼女は踵を返して人ごみの中へと消えようとする。安堵の息を吐きながらも、見失わないためにホールは素早く動く。
(さぁて……今日は何しに怖い兄ちゃんが沢山居る町に出てきたのかな嬢ちゃんよぅ?)
下卑た笑いを伴う思考を巡らせながら、蓋は伸展し別のマンホールへと。芋虫の這うように人の足元を抜けながら、確実に少女を追いかける。騒ぎになればそれ自体が警戒させる種にもなる。雑踏の中で目立たず迅速な行動を――とそんな中で時折ぴたっと足を止める。それは決まって女性が上を通過する時で。
(俺様紳士なマンホールの蓋だから、上を女子が通る時はちゃぁんと目ぇ瞑ってるしよ)
なおマンホールの目はどこにあるのかは目視が難しく、心の声の自己申告を信じるしかない。
そんな風にしてホールは少女を追い続け、他の猟兵に先んじる形で彼女の単独行動より手がかりを探していた。一定の期間ごとにしか外出しない彼女は、どうやら一般的な用事を済ませていたようだ。食材の買い出しや諸々の支払い、貸借品の受け渡しなど、特に違和感のある行動はしていない。それぞれの場所の店先や戸口での会話でもこれといった不審点もなく、ころころとよく笑っている様子であった。話す人話す人が親しげにユリコちゃんと呼び、その器量を褒め、そのたびに少し俯きはにかんで見せる。遠目で見てもわかる程度には、良好な関係性をうかがわせる光景。
と、身を乗り出して偵察を続けるホールの頭(?)を押さえるような衝撃が走る。またもフワフワと浮かんでいた彼は地面に勢いよく押し付けられ、やたらとよく反響する衝突音を発した。驚いた様子の少女――ユリコと呼ばれる娘がびくりとしてこちらを向くが、路面にきっちり嵌ったホールには気付くべくもなく。
(…馬車は痛ぇから嫌いだ)
少女の背中と、遠ざかる車輪の音を見送りながら、心の中で小さく呪った。
成功
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木元・刀
幼馴染の小太刀さんのフォローに来てみました。
接客は得意ですから。
さて、どうアプローチしましょうか。
まず作家さんの背景情報を収集。
そうですね……『彼』も学生だということですし。
学校での知り合いを装ってみましょうか。
ああ、戸惑わせてしまいましたか。
申し訳ありません、と礼儀正しく頭を下げて。
何度か、ご一緒のところをお見かけしたので。
彼とは、何度か教室で話したことがある程度ですが。
最近、お見掛けしていないのですが、お元気でしょうか。
お仕事で根を詰められて、体調を崩されたのではと心配で。
こちらは、僕も愛用している滋養強壮に良いと評判のお香です。
焚いて差し上げたいのですが、具合はいかがでしょうか。
「ああ、戸惑わせてしまいましたか。申し訳ありません」
恭しく詫びる白皙の青年に、少女はいくらか畏まって首を振る。勢い強く迫って彼女を戸惑わせてしまった、知己の猟兵・小太刀についてのことである。
「彼とは、何度か教室で話したことがある程度ですが、何度か、ご一緒のところをお見かけしたので」
示されたその情報はこの猟兵と作家とが同級生であることを示唆させるような発言ではあるが、そんな事実はありはしない。トダ・レイゾウなる人物について、事前に情報を収集した結果のアプローチである。彼は男性であり、学生である。どの学校に属するものかは調べて知ることは出来るのだが、それ以上を察することはできなかった。彼自身に名誉欲や自己顕示欲は薄いらしく、仕事における素性を外には話していないのだ。隠しているというよりは頓着していないということのようで、それと知ってみれば納得のいく仕草や発言もそれなりにあったようではあるのだが…
知人の知人が大好きな作家で、交流を求めて押し掛けた――といえば、思い余ったファン心理としては整合性が見えるだろう。木元・刀(端の多い障害・f24104)が懐に入り込むために行使した虚言ではあるが、日々の接客で培った爽やかな笑顔と礼儀正しさは、それを信じさせるに足るものであった。その上でしかし、彼女の表情には警戒の色が少し濃くなったようだ。
「それはどうも」
と短く曖昧に返事をし、その目は睨めつけるような上目遣いで、じっと青年の表情を見つめている。
「最近、お見掛けしていないのですが、お元気でしょうか。お仕事で根を詰められて、体調を崩されたのではと心配で」
本当に心配するような、眉尻を下げた気遣わしげな優しい表情は、それもまた信用を促すものとなった。迷うような瞳の揺れを見とめながら、刀はさらに、親切による追撃を畳みかける。
「こちらは、僕も愛用している滋養強壮に良いと評判のお香です。焚いて差し上げたいのですが」
受け取って帰る、という選択肢もあるにはあるのだろうが、どうやら少女はそういったものへの造詣が幸いにもあまり深くないようで、使用方法は分からないような様子だ。もうしばらくの躊躇いの後に、おずおずと
「じゃあ…帰ったら彼に聞いてみますから、駄目だったらごめんなさいね」
とりあえずはついてきても良い、ということらしい。その言い方から門前払いの可能性も示唆されており、まだまだ油断はできないが、ひとまず一歩前進、と言って良いだろう。
成功
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ヴィリヤ・カヤラ
説得って苦手だけど出たとこ勝負で頑張ってみよう!
出来たら町のお店で『情報収集』しておこう、
お店の人なら何か気になる情報があるかもしれないし。
どうやって案内してもらうかだよね。
話すのは接客の経験と『コミュ力』で大丈夫かな?
まずは自己紹介してから。
ファンの同級生から最近見なくて心配だから、
喫茶店のお茶とお菓子の配達を頼まれた…で通じるかなぁ。
体調が悪いって聞いてる体で話すから作家さんの体調の心配をしながら、
彼女も無理してないか心配してみるね。
あと、お茶は茶葉で持って行って、
冷めたのより温かい方が理由リラックス効果もあって良いからって、
家で淹れさせて貰えればラッキーなんだけど…どうかな。
「説得って苦手だけど」
ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)は、他人の感情の機微を読むことを得意とはしていない。もちろん知った仲なら話は違うが、今回の相手は友人でも知人でもない、正真正銘の赤の他人である。いくらか考え込みつつも
「出たとこ勝負で頑張ってみよう!」
考え続けて解決するわけでもなし、彼女は切り替えて採り得る手段を講じてみることにした。
そうして選択したのは、まず情報収集である。町で実際に事件が起きているのなら、人々に聞いて回ることは有効な手であろう。少女が買い物をしたり立ち話をしたりする店の人間を中心に、それとなく事件のことや彼女のことを訊ねてみる。
当該の人物のことをちらとも悪く言う者は一人もいなかった。美貌の少女に男性よりの評価が甘くなるのはありがちなことではあるが、鼻の下を伸ばした亭主の耳をも引き伸ばすその若妻からも、やれ甲斐甲斐しや可憐らしや。強いて挙がった好評ならざる声は、一か月ほど顔を見せなかった期間がある程度で、それも少女と青年の二人を心配してのことである。
そして事件の話となると、犠牲者が皆近辺の女性であること、下手人の姿は一度も目撃されていないことなど、ゴシップの域を出るような有力情報を得ることはできなかった。
それから少女の元へと合流した時には、先に交渉を始めていた青年猟兵の話が終わる所であった。体調を崩した同窓の作家への差し入れを目的とする彼は、ヴィリヤにとって好都合であった。
「最近見なくて心配だからって、配達を頼まれたんだけど」
名乗り、自己紹介を済ませ、持参した喫茶店のお茶とお菓子を少し掲げて要件を告げる。先に信用を勝ち取った青年が事情を察して話を合わせれば、それで彼女も『同級生』である。
「冷めたのより温かい方がリラックス効果もあって良いから、家で淹れさせて貰えればなんだけど…どうかな」
その理由は嘘ではない。知識も話術も、自ら営むカフェでの経験に裏打ちされたものであり、伴う説得力は不信を抱かせるようなものではない。それでも少女はやや警戒した目を向けはするものの、それは疑念によるものではなく、彼と近しい異性に対する棘であるようだ。かといって、ひとりは招いてひとりは断るというのもあまり据わりの良いことではないだろう。渋々といった様子を覗かせながら、少女は頷いたのだった。
「大丈夫? 彼もだけど、あなたも無理してない?」
道中、ヴィリヤは気遣わしげに問うた。影朧を知って匿っているのであれば、どこかに必ず歪みがあるはず。秘め続けるには負担が大きく、吐き出すとても勇気が要ろう。助けを求むに呼び水たりえるその言葉はしかし、少女から何らの答えを引き出すことはなかった。
成功
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ルリ・イクスピアリエンス
物語が現実を浸食したのか
現実が物語を歪めたのか
どちらだとしても――放っては、おけないでしょう
先に接触している皆さんの様子を伺いながら
ユリコさんに声をかけます
礼儀として先に名乗り、一礼
私は、ある事件について情報を得たくて
トダ先生を探している者です
直截な物言いでしょうが、私は不器用ですから
心当たりがあるなら、反応するでしょう
無ければ、差し障りない範囲で
事件の子細を語るしかありませんか
そこから先は…不慣れな偽りを
知人が巻き込まれた故に、この事件を放っておけないと
犯人が近くに居るのは間違いなく
最も危険なのは、先生です
皆さんも先生の味方のように見えたので
同行させて貰いたい、と
…【団体行動】も生かせますか
物語が現実を侵食したのか、現実が物語を歪めたのか――物語の作者は現実に生き、現実の人間は物語に感銘や影響を受ける。いずれ相関関係はあるのだろう。起点や閾値をどう定義するかによって、影響の有無も先後も変わってくるため、それに答えを出すことは至難であるとも言えよう。どちらだとしても。
「――放っては、おけないでしょう」
掛けたレンズに瞳を隠し、ルリ・イクスピアリエンス(人間の文豪・f24919)は靴音を響かせながら向かう。救うべき誰か、倒すべき何か、そして明かすべき真実の元へ。
声を掛けられた少女は、自身よりいくらか背の高い、凛とした姿の彼女を向き、返事をした。纏められた髪に皺ひとつないシャツ、清潔感や潔白さは感じられるものの、それゆえの得体の知れなさもある。人を騙そうとする者もまた、身だしなみに気を遣うものである。
立て続けに来る見知らぬ人たちに、鳶色の瞳はさすがに懐疑に濁り出していた。そんな気配に臆することなく姿勢を伸ばししっかりと見返し、ルリは丁寧に名乗り、一礼をする。慌てるように遅れて礼を返す少女へ、猟兵は切り出した。
「私は、ある事件について情報を得たくてトダ先生を探している者です」
その内容は、『切り出す』という表現に相応しく、鋭くまっすぐな内容であった。すでに接触を済ませた他の猟兵たちの中にも、表情に緊張を走らせる者がある。とはいえルリだって無策にその言葉を発したわけではない。自身の不器用さを考慮した上で、それが最良であると思える切り口だったのだ。
その瞳にこのうえ警戒の色を広げながら、噂の範囲でしか知らないと答える少女に対し、ルリが仔細を語って聞かせる。その中には一般に知られぬはずの情報が僅かに混ざりながらも、核心には近付こうとしない、いかにももどかしい調査の経緯を感じさせるような内容であった。
話しながら終始表情を窺い続けるも、少女の顔には大した感動は見られない。その中で一瞬だけ――すべての事件が小説の内容に忠実に見立てられていると聞いた瞬間だけ、彼女が口元をぴくりと動かした。それが何を意味するか、どのような表情が抑制されたものかまでは分からない。何しろ少女もまた、ルリへの疑惑からその表情を観察していたため、自然を装うことにも心を砕く必要があったのだ。
「どうして、それを、あなたが」
一通りの話を聞き終わると、少女は口を開いた。自身とそれほど年も変わらないであろうルリが、どうして事件の調査などを。あるいはこれが疑念の正体であったかもしれない。
「知人が巻き込まれた故に、この事件を放っておけないと」
そう思い調べ始めたのだと、猟兵は嘯いた。尋ねた少女は目を丸くし、小さく感嘆の声を上げた。本当に驚いたような、しかしどこか実感の湧かない絵空事のような、そういった風情を醸す。
「犯人が近くにいるのは間違いなく、最も危険なのは、先生です。皆さんも先生の味方のように見えたので、同行させて貰いたい、と」
その言葉に、やはり先のような落ち着いた表情で頷いて見せ、少女は同行を認めてくれた。少なくとも、興味本位や悪意の接触ではないということは、伝わったのだろう。
大成功
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第2章 冒険
『『小説殺人』』
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POW : 足を使って調査
SPD : 巧みな話術を用いて調査
WIZ : 魔術を用いて犯人の足取りを調査
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「それで、僕が危ないって?」
窓際の座卓に向かっていた青年は作業がひと段落したと見え、眼鏡をはずして丸まった背を伸ばすと、部屋に通された猟兵たちへと向き直り、予想していた人数より多い来客に大きな目を丸くしたが、すぐにそれは眠そうに半分ほど閉じられる。それなりに整った顔をしてはいるが、表情や顔色のせいで不健康な印象の方が強い。長いこと日に当たっておらず、肌も青白く、10代の少年にはとても見えず――彼こそが目標の人物、トダ・レイゾウ氏に間違いないのだろう。
「あぁ、すまないね、ユリコ。お客様を案内してくれてありがとう」
猟兵たちの背後より、荷物の整理を済ませた少女が入室し、声を掛けた青年の言葉ににっこりと笑い、戸を閉めて静かに座った。男は猟兵たちの顔を見比べながら誰から口を開くかを待っている。濁った瞳の、どう見ても疲れている彼の為に、口実の通りにお香やお茶を振舞ってみるも良いだろう。事件についてそれとなく、あるいは正面から訊ねて見るのも手段であろう。
しかし、気を付けなくてはならない。怪しむべき相手は、今この部屋の中にある。大きく下手を打てば一般人の身を危険に晒すことになるかもしれない。刺激し過ぎずに、その正体を明かすには――
「さあ、誰から話してくれるんだい?」
ルリ・イクスピアリエンス
背もたれに背は預けず、改めて名乗り挨拶を
まずは、トダ先生の立場を探らねばなりません
真と偽を交ぜて誘い
相手の言から虚と実を選り分ける
実に陰鬱な作業ですが
怪しまれるのは私だけにすれば良い
件の事件は、作品が世に出た当日に起きている
私がどんな手段でここまで調べたかは、言えません
誰に迷惑がかかるとも知れませんので
故にこれは――『物語』と思って下さっても結構です
私も、作家としての先生に伺いましょう
この犯行、作家本人がやるにはリスクが高すぎる
けれど、掲載前に原稿を目に出来る
近くの『誰か』が、関わっていると考えるのが自然です
故に先生が危険と申しました
一体誰がどうやって、何のために…と
先生なら推理なさいますか?
背筋をぴんと伸ばし、まずは一人、青年を見据えて口を開く。
「ルリ・イクスピアリエンスと申します」
改めて名乗る。その名に似合わしい藍の瞳で射抜くように真直ぐと、波濤に立つ岩のように真直ぐと。依らず立つその姿は、ある種の決意の感じられるものでありつつも。
「件の事件は、作品が世に出た当日に起きている。私がどんな手段でここまで調べたかは、言えません。誰に迷惑がかかるとも知れませんので」
事件の仔細を、少女に語ってやったのと同じようにルリが話すと、トダはうんうんと頷きながら耳を傾け、その終わりまでを了解すると、困ったように笑った。
「おいおい、ぞろぞろ押し掛けて来たんで手を止めてみれば、またなんともでたらめな話じゃないか。筋道は立たないけど信じろって言うのかい」
聞けば青年は執筆漬けで最近の新聞や何かも読んではいないらしく、ただ今伝え聞いた情報はいずれも初耳であったようだが、少し視線をうろつかせただけですぐに平静に戻ってしまった。仕事柄であるのか生来のものであるのか、すぐにその好奇心と理屈っぽさが頭をもたげてきたようだ。
対するルリは首を振り、問いを退ける――信じなくても良い、と。
「故にこれは――『物語』と思って下さっても結構です」
ほう、と声を上げる青年。膝に置く手が勢い付いて、軽い音を鳴らした。
「この犯行、作家本人がやるにはリスクが高すぎる。掲載前に原稿を目に出来る近くの『誰か』が、関わっていると考えるのが自然です」
確かに、模倣するにはその内容を知っている必要がある。当然の帰結であると言えるだろう。
「それで、僕が危ないってことだね。うーん、たとえば…紙面に載るわけだから、それまでに触れる人は…出版社さんと印刷所さんと…頑張れば販売者さんもだね。これだけ関わってれば確かに絞り込みは難しい、そういうことなら直接ここを守るのは正解かもしれないね」
青年は自身の顎先を撫で擦りつつ、早口に話しきった。その間も隈のある目は虚空をぐるぐると見回して、彼の思案するを物語っていた。その様子を見つめるルリの視線と彼の視線とは、その間中一度も合うことはなく。
「一体誰がどうやって、何のために…と、先生なら推理なさいますか?」
問う。やはり真直ぐに見つめながら。それは疚しくば責め立てるような、やはり強い視線。さにありつつも、そこには悲愴と孤独があり。
「さてね…どこかの男が僕の殺人鬼に共感でもしたんじゃないかな」
変わらず視線を僅かに逸らせながら、青年はそう答えた。
成功
🔵🔵🔴
ホール・マン
お花‥‥‥お話?
冗談じゃねぇ勘弁してくれ俺様ただのマンホーr‥‥‥いやオボン、お盆だから、おティーとオチャウケが乗ったお花柄のオボンにお違いない。
お机のお上がお嫌そうならお床でもいいシュバッと有無を言わせず背景に溶け込んでよぉ、ゲスイ探偵の本領発揮といこうじゃねぇか。マンホールの蓋なだけになグハハハ。
とりあえず、だ。俺様人の言葉なんざ信じねぇ性質でなぁ、確実に見えるものから詰めてこうじゃねぇの。
この青モヤシ「作業」してたな?しかも疲れてやがる、次回作の執筆中ってとこか……あれ?この情報売れるんじゃね?
机の上の資料、あわよくば原稿、にじり寄って洗いざらい記憶に焼き付けてやんぜぇぇ。
(お花……お話? 冗談じゃねぇ勘弁してくれ俺様ただのマンホーr……)
勿論マンホールは外にあるもので、間違っても物書きの部屋の床に嵌っているものではない。否もしかしたらすこぶる奇特な趣味を持つ作家や、資料として十全に観察する必要のある文人などであれば話は別だが――とにかくトダは、そういう男ではない。故に、マンホールはこの室内では異質なものである。
(いやオボン、お盆だから、おティーとオチャウケが乗ったお花柄のオボンにお違いない)
言い違えて――もとい、思い違えてそう心の中で呟くホール・マン、先と同じように擬態してはいるが、違うのは模様である。元々無骨な道路の蓋、踏まれ蹴られるが常の物。そうして擦れた彼にとっては、お花柄の丸盆など『柄ではない』ということだろう。例えば表情豊かによく動く顔を持っていたとすれば、きっと舌でも出して心底嫌そうな顔をしていたに違いない。
(とりあえず、だ)
家主が他の猟兵との会話に気を取られているうちに、お盆が音もなく這って行く。もちろん動いている所を見られただけで目論見は失敗となり、慎重に慎重を重ねる必要がある。その点、ホールはぬかりない。
(俺様人の言葉なんざ信じねぇ性質でなぁ…この青モヤシ『作業』してたな?しかも疲れてやがる)
意に沿って吐かれる言葉など、いくらでも取り繕うことはできる。そこに蓋された真意など、どれほど分かるものだろうか。蓋を溢れて出るものもあれば、蓋に隠され二度と日の目を見ないものだってある。確実に暴くには――やはりその手で抉じ開けるしかないだろう。
(ゲスイ探偵の本領発揮といこうじゃねぇか。マンホールの蓋なだけにな)
心の中で笑いながらも隙なく文机に忍び寄り、その原稿へと辿りつく。それは未発表の続稿。未だ推敲を繰り返され、未だ確定せざる架空の未来。そして、未だ誰もが…トダ・レイゾウ以外の誰もが知り得ぬ未開の未来。
(洗いざらい記憶に焼き付けてやんぜぇぇ……ってお?おいおい…)
読み始めようという所で、ホールは何者かに掴み上げられ、原稿から遠ざけられてしまった。成す術なく連れ去られ、次に着地した先は畳の上…他の猟兵たちとは違い、座布団もなく直に畳の上である。もちろんお盆に座布団がないのは当然のことではある。
彼を運び去ったのは、この家に住む少女であった。いつの間にか近付いていた彼女は、また静かに戸の側へと戻り、その丸盆を傍らに置き、静かに座った。この距離であれば目を掻い潜ることは至難である。それでなくても少女の視線は、なぜかホールへと度々向けられている。そこには疑念と、いくらかの苛立ちが見て取れるようだった。
成功
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鈍・小太刀
美人で社交的で献身的で非の打ち所がないユリコさん
一方の先生は一癖も二癖もありそうね
拘りも強そうだけど
自著の事なら饒舌に語ってくれるかな
大ファンとして作品を熱く誉め讃え
細部への拘りを自ら語るよう誘導する
自己顕示欲を満たす?白を切る?
模倣事件は知らないと言ったけど
小説未記載の細部はどこまで事実と重なるか
影朧は恐らくユリコさんの方だよね
猟奇作家の創作意欲を刺激するには恰好の存在
擬態もここまで巧妙なら隠れる必要も無い訳だ
密かに二人の関係を観察
彼女には嫉妬…彼への好意が見えた
彼はどうだろう
小説が彼の思考を反映してるなら
恋愛より猟奇的な興味が強い
影朧でも何でも自身の欲望のままに利用する
そんな感じ?それとも
急の客人のために設えられた卓上にて、繰り広げられる『空論』に釣り込まれて身を乗り出す作家。そこにつけて目を輝かせて前のめるのは鈍・小太刀だ。彼女は小説家のファンとしてここにいる。そしてこの場の話題は作品を基に行われているとされる連続殺人。とあっては興味を引かれない道理などない。
「先生の作品、素晴らしいです!」
ぐいぐいと圧を強めながら、かの男へと熱っぽい視線を送る。凄惨な殺害と絶命の描写、胸を打つ人々の慟哭や興奮、それらを支え補い、想像の中での再現性を高める筆致――まるで本当に
「人が死ぬところを見ているようで」
トダの瞳が、少し伏せられた。その笑顔は激賞に照れたようにも見え、過大な評価を受け入れることを躊躇うようにも見える。
「いや、作品なんてのは終わってみないと分からないもんさ。結末のたった一瞬で全部駄目にしてしまうことだってあるし、そもそも完成させなきゃそれは作品ですらないんだ。まあ、最後の時に同じ言葉を聞けるように頑張るけれどね」
筋は最後まで出来ているんだよ、と頭を掻き掻き話すその声は、畳に跳ね返り室内に拡散する。吐いた言葉が真実であれば、いかにも謙虚で、いかにも拘りの強い、何かの職人のような風情である。その表情は、熱狂を装った小太刀の目から隠され、真意の推察を困難にしていた。
(影朧は恐らく、ユリコさんの方だよね)
背後の気配に意識を向けると、その苛立ちは簡単に察することができた。原因はきっと、小太刀自身の態度であろう。明け透けに彼への好意を見せ、近付こうと、取り入ろうとする女――二人の関係に恋愛感情が絡むのであれば、そんな女の存在は望ましいものとは到底思えまい。小太刀の予想の通りなら、正体の粉飾は完璧であれども感情の隠匿はとてもお粗末なものと言わざるを得ない。あるいは、その制御しきれない感情も含めて、完全な擬態であると賞賛すべきか。
(彼はどうだろう)
そうだとしたら、なぜトダは。猟奇的な創作意欲を刺激するための材料としてか。それとも共に暮らす伴侶としてか。どのような欲望でもって、彼は彼女をその身の側に置いているのか。自身を透かした背後に向けて、労しげな、悲しそうな視線を向ける青年に向けて、小太刀は問うた。
「先生は――殺人犯がどうなると思いますか」
「そうだね…きっと、贖うことになると思うよ。彼は、必ず罰せられなければならない」
視線を表情を動かすことなく、トダ・レイゾウはやはり悲しそうな声で、そう言った。
大成功
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ヴィリヤ・カヤラ
殴って解決なら早いのに!でも、頑張るよ!
お茶とお菓子で持ってきたクッキーを持って行くね。
台所が借りられたらあまり触らずに
気になる所がないか見てみるね。
お茶はそんなに熱くはしてないけど火傷しないようにね。
レイゾウさんとユリコさんには大事な人っている?
私にも願いを叶えてあげたい大事な人がいるんだ(父様だけど)
大事な人がいるなら出来るだけ一緒にいられると良いね。
それが偽物でも一緒にいたいって思うなら長い方が良いしね。
っと、話の中で「彼は罰せられなければならない」って言ってたよね。
犯人は男性って知ってるって事かな?
レイゾウさんは犯人に心当たりがあったりする?
(殴って解決なら早いのに!)
台所をそれとなく見回しながら、ヴィリヤ・カヤラは心の中で不平を漏らす。それから仕込んだ花柄の盆に持参したクッキーとお茶を乗せ、少女と連れ立ち皆の通された書斎へと入室してから、卓上にそれらを配膳したのだった。残念ながら台所では不明不審な点も特別見とめることはできなかった。
「お茶はそんなに熱くはしてないけど、火傷しないようにね」
その後の問答の間に、持ち込んだ盆は鹵獲され、少女は怒気を帯びはしたが、そんな雰囲気を苦とするヴィリヤでもない。もし影朧が激昂して姿を見せるのであれば、彼女にとっては好都合、危険といえども回りくどいよりはよっぽど良い。そんなわけでもう少し、刺激を加えて揺さぶってみることにした。
「『彼は罰せられなければならない』って、犯人は男性って知ってるって事かな?」
問われた青年の口角が、一瞬吊り上がるように歪んだ。
「ああ、そうか、僕の小説では男性の意識で描いているから、そうだとばかり…あっ」
言ってすぐ、口が滑ったとばかりにファンを称する少女を一瞥し、ばつ悪そうに苦笑いをした。言葉を信じるのであれば、心当たりがあるわけではない、ということであろうが――
「レイゾウさんとユリコさんには大事な人っている?」
続いたヴィリヤの問いに、男は悲しげな顔、女は驚いた顔。ここまで事件のことや作品のことばかりを尋ねられていた彼にとって、そしてここまで質問の矛先を向けられなかった少女にとって、不意を突かれる形で心持ちが表情に直接現れてしまったのかもしれない。
「私にも願いを叶えてあげたい大事な人がいるんだ」
「いた…いや、いる、かな。大切な人。傷つけて、しまったけど」
柔らかな笑顔のヴィリヤに、饒舌だった青年は俯き、不器用に言葉を詰まらせながら返した。対して少女は、鈴のような音と夢見るような表情で、同居人を見つめながら
「はい」
とだけ。その対象はもはや誰が見ても明らかで、問うまでもないところであろう。
「大事な人がいるなら、出来るだけ一緒にいられると良いね。それが偽物でも」
たとえそうでも、それで苦しみから救われるのであれば、善悪などより、ともすれば生死よりも尊いものかもしれないのだから。
「そうかしら」
疑問を呈するのは少女、ユリコである。
「だって小説の中では、愛し求めるからこそ殺しているように見えますよ。そうして自分だけのものにしてしまえば、ずっと一緒にいるのと同じではないですか。二人ともで死ねば、ずうっとそのまま――」
あくまで本心からそれを素敵なことであると思っているような様子で、彼女はその大事な人を見つめている。愛情ゆえの殺意の存在は、その猟兵もよく知っていることだ。
「そうでしょう? レイゾウさん」
男も応じ、うっすらと笑った。
成功
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木元・刀
ああ、やはり。まるで、影朧にでも憑かれたような。
お香を焚かせていただきましょう。
何処か……あぁ、仕事机の傍が良い。
何気なく机に寄り香炉を設置、そのまま仕事場をさらりと確認。
資料の類は? 記念写真等は? 馬車の痕跡は?
作品も大切ですが、貴方が身体を壊されては。
お美しい妹御のためにもね?
そういえば、先ほど筋書きは全て出来ていると伺いました。
作品中の殺人鬼は、最終的に罪を贖う、でしたか?
僕には、この模倣殺人鬼の『動機』が気になるのです。
愛故の心中とは、美しい言葉だ。
だが、影朧の介在は世界を歪める。
貴方の原稿を、発表前に読むことが出来て。
貴方の後悔を知り、先回りすることが出来る。
それは、誰ですか?
「ああ、やはり。まるで、影朧にでも憑かれたような」
青年の疲れた表情を形容する語として、木元・刀は敢えてその語彙を採用した。関わりのあれば、後ろめたくば、きっと動きがあるだろうと。さりとて男は顔を撫でやり
「そんなにひどいかい? いつもこんなものだと思うけどね」
物々しい比喩への反応はするものの、不自然な瞳の揺れもない。自覚がないのか呵責がないのか、とかく穏やかなものである。持参した香を焚き、彼を気遣う刀の視線は、仕事机を見やり、手がかりを探す。その間にも不審に思われぬよう紡ぐ言葉は優しげで、他者の心を逆なでするようなこともない。
「作品も大切ですが、貴方が身体を壊されては。お美しい妹御のためにもね?」
だがその瞬間、室の空気が一層いびつに変容した。少女の目は見開かれ、怖気を呼ぶような形相となり、青年は――
「そこのユリコは、妹じゃないよ」
力なく、不気味に笑った。肩を揺すって、抑えた声を沸きださせ、待てども笑い続けるばかりで、一向に言葉を続けることもなく。
「先ほど筋書きは全て出来ていると伺いました。作品中の殺人鬼は、最終的に罪を贖う、でしたか?」
異様な停滞を無理やり動かそうと、刀は質問を投げかけた。笑顔を顔に貼り付けたまま、トダは答える。
「ああ、そうだね…実はもう、最後の部分に差し掛かっているんだ。罪を重ねた彼は、それはもう凄惨に、自らの行いを悔いながら、しかし一切の慈悲を受けることなく殺される」
すでにファンを気遣って言葉を濁す様子もない。実際にはそれで被害を受ける者はこの場にいないのが救いか。そして刀もそれには特段の興味はない。しかし実際の事件との関連性を見出せるのであれば、手がかりとしての価値も関心もある。
「僕には、この模倣殺人鬼の『動機』が気になるのです」
発表された連載の中でも未だ語られていない、構想を知る者にしか模倣し得ない要素。もし事件が快楽殺人鬼の手であれば、何の手掛かりにもならぬ要素ではあるが――
「知ってるかい。自ら命を絶った者と他から命を奪われた者とでは、死後に向かう先は違うんだ。愛する者の命を奪ってしまった者は、誰かに殺されなければ再び巡り会うことはできないんだ。だから、彼は――」
無惨に殺されるための犯行…血まみれの猟奇譚の背景には男の熱烈な慕情があると。なるほど愛ゆえのと言うことであれば、いくらか美化は出来なくもない。いかに血で汚れていようとも外側を包めば多少さまにはなるだろう。しかし事件があって被害者がいて、悲しむ者がいる現実であれば、小説の中とはわけが違う。そこに加えて
「影朧の介在は世界を歪める」
刀はそう言って警鐘を鳴らした。人間の起こした事件であれば、小説の完結に合わせて終息するのかもしれない。しかし荒ぶる影朧によるものならば。
「…だから、なんだい?」
青年は大儀そうに立ち上がり、やはり薄ら笑いを浮かべながら、皆を見下ろしそう言った。
成功
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「終わった世界が歪んだところで、今更何だと言うんだい?」
両手を広げて首を傾げ、口を限界まで吊り上げて笑っている。大きく剥かれた目はその中で、今にも泣き出しそうに揺らいでいる。
「ユリコはね、僕の全てだったんだ。何を失ったって何を捨てたって、名前だって命だって惜しくはなかった。僕にとっては世界そのものだったんだ。そばにいてくれるのなら、誰が生きようが死のうが構いやしなかった。今だってそうだ。殺したら会えるのなら何人だって、死んだら会えるのなら何度だって」
震える声に憎悪を乗せて、猟兵たちへ投げかける。広くはない室にそれは反響し、自らへも跳ね返り。
「だのに、どうして…どうして僕が、僕だけが生きているんだ!」
その怒りを我が身に受けながら悲痛に叫ぶ男の目より、一筋の涙が流れ落ち。
「君たちの話が本当だとしたら、小説の殺人鬼が死んだときに、模倣犯が殺すのは誰だろうね。自分自身か、小説家か…それともモデルになった人物か」
一息ついて可笑しげに、彼は言う。
「殺人鬼は、僕だ。僕が幾人もの女性を――ユリコを、ころした。」
第3章 ボス戦
『像華『面映』』
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POW : アナタの望むままに
全身を【相手の逢いたいと願うものの姿】で覆い、自身が敵から受けた【欲望】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
SPD : アイしてあげるから
自身が【慈しみや憐み】を感じると、レベル×1体の【肉体を侵食する綿胞子】が召喚される。肉体を侵食する綿胞子は慈しみや憐みを与えた対象を追跡し、攻撃する。
WIZ : 目蓋を閉じて、身を委ねて
【ハナミズキの花弁】【甘い芳香】【影の枝の揺籠】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
👑11
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トダの罪の告白と同時に、猟兵たちの背を擦り抜けて、白い光が散り飛んで、立ち上がっていた彼の身体へ取り付いた。綿のようなそれは、浸みこむように溶け消えるように、見る間にその肌を蝕んでいく。それを放っておけば彼は、死んでしまうだろう――彼自身の望んだとおりに。
ひとまずはそれを払い除け、向き直るとそこには変わらぬ少女の姿。而して身には銀の花弁と甘い香りを纏い、手には銀の短剣を携えている。恐らくはこの刃こそが連続殺人犯の凶器であろうか。
「どうして邪魔をするんだ、どうして、死なせてくれないんだ」
贖罪のためか再会のためか、とかくに身勝手な不平であるが、間違いなく言えるのは戦闘の邪魔であるということ。言いくるめるなり庇うなりして彼の身柄を確保せねば、みすみす敵に力を与えてしまうことになるだろう。
「どうして邪魔をするの? レイゾウさんが望んでいることなのに」
少女の影朧も不思議そうに、猟兵たちに問いかける。姿かたちは人なれど、思いは言葉は分からない。彼を思ってのものなのか、ただの模倣によるものか――言葉を投げかけてみる価値はあるかもしれない。
ホール・マン
お座布団くらいおくださってもおよろしいだろオラァ。
ぺろりぺろりと、この涙はなんだぁ?ただの無機物に違いねぇ。俺様血も涙もねぇただのマンホールの蓋だからよぉ、よくわかんねぇんだわ。闇も光も馬車の車輪も通さずただただ少しばかりの血と涙と雨を通す、そんな有様よぉ。
死にてぇとか逢いてぇとか殺してぇとかもよくわかんねぇけどなぁ、坊ちゃんよぉ、そんな死にてぇ逢いてぇなら自分でトリに行く気概ってもんを見せてみろやオイ。
嬢ちゃんはそうだなぁ‥‥‥とりあえず血袋んなったら通してやるぜぇ、もちろん中身だけなぁグハハハ!
俺様「から」は殴りゃしねぇ、愛とやらで越えてみせろや、叩き潰してやるからよ。
「お座布団くらいおくださってもおよろしいだろオラァ」
重々しく腰を上げ、軽々しい口を叩き、花柄のお盆は立ち上がった。影朧の扮した少女に引き寄せられ、傍らへぞんざいに置かれた配膳用品ことホール・マンは、今はその身に無骨な幾何学模様を刻み、鈍色の偉躯でもって彼女を見下ろした。怪しんでいたとはいえ注意を青年へと向けていた影朧は、不意を突かれる形となって小さな狼狽を見せる。
それを隙とし攻めるでもなく、ホールは悠然と歩み、トダとユリコの間へと割って立つ。面につたう雫を拭い口元へ。それは鋼を主成分とする者にとっては、おのずと忌避感を呼び起こす味がした。それは決して、断じて、自らの涙などではありえない。
「俺様血も涙もねぇただのマンホールの蓋だからよぉ、よくわかんねぇんだわ」
文士の、影朧の涙でないのなら、これは――そう。
(ただの無機物に違いねぇ)
探偵に、男に、そしてマンホールの蓋に、そんなものは必要ない。
立ちはだかるホールの背は、影朧の前に身を晒そうとするトダを確実に威圧していた。
「死にてぇとか逢いてぇとか殺してぇとかもよくわかんねぇけどなぁ、坊ちゃんよぉ、そんな死にてぇ逢いてぇなら自分でトリに行く気概ってもんを見せてみろやオイ」
責任を、仇を、何を取りに行くにしても、少なくとも猟兵の気迫に竦んでいる今の青年には叶うべくもないだろう。死を厭わぬという彼は、そのくせ自ら動く勇気も、大切な人を失ってなお生きる勇気も、薄弱なものであるらしく、再び俯き口を噤んでいる。あまり煽り立てて暴挙に出られても厄介なので、ホールは呆れたようにひとつ息を吐き、注意を正面へ。
「嬢ちゃんはそうだなぁ……とりあえず血袋んなったら通してやるぜぇ、もちろん中身だけなぁ!」
グハハハとやはり下卑たような笑い声を上げると、その身をもって囲うようにして影朧の進路を的確に阻む。魂とか感情とか、もしも乗っ取っているとかであればユリコという少女自身だけ、ということになるだろうか。少なくとも、人に害為す怪物を、素直に通す道理はない。光の下を歩くべき人を汚濁に満ちた闇へと落とさぬよう守るのがその蓋の役目であり、静穏の闇を騒乱より守ることもまたその蓋の役目である。彼を隔てて往来するは、少しばかりの血と涙と雨。先の滴も、あるいは誰かのそれであるのかもしれない。
少女の姿をした影朧は、視界を塞ぎ恋う人の姿を妨げる男を見上げて睨み、木枝を伸ばす。望みを受けて力となす彼女に、猟兵が望む姿はなく、期待する仕業もまたない。
「俺様『から』は殴りゃしねぇ、愛とやらで越えてみせろや、叩き潰してやるからよ」
即ち――やりたいようにやってみろと。お前はどうしたいのかと。少女から青年の表情は見えず、焦りと怒りで躍りかかる。青年から少女の姿は見えず、自問と自責を深くする。
「愛しているの、殺してあげなくちゃ」
「愛しているんだ、生きてなどいられない」
成功
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ヴィリヤ・カヤラ
少し気になる事があるんだよね。
ねえ、レイゾウさん。
最初に死んだユリコさんは最期に何も言葉を残さなかったの?
死んでほしいって言ってた?
もし死んでほしいって言ってても、影朧に殺させるわけにはいかないから敵は倒さないとね。
その後にどうするかはレイゾウさんにお任せだけどね。
ダークネスクロークの晦冥にレイゾウさんの
守りと行動阻止をお願いしておくね。
敵は影の月輪で包めたら内部に棘を生やして、
包めなくても蔦状で捕まえられそうなら棘で攻撃するね。
あとは行動阻害も狙って【氷晶】を使うね。
もし敵の姿が変わるなら父様かな?
こんなに桜が綺麗な所にいるとは思えないし
私の会いたい父様はあなたじゃないんだ。ごめんね。
それは、その娘の本領である。
説得や情報収集などでなく、荒立てぬよう刺激せぬようなどではない。既に起きたる事件の渦中、為すべきことは後始末。生ける屍、死せる影、何とて構わぬ後始末――それは、娘の本領である。
「少し気になる事があるんだよね」
それを為す前に、ヴィリヤ・カヤラは消沈する男へと振り返り、問うた。
「最初に死んだユリコさんは、最期に何も言葉を残さなかったの?」
目の前の影朧ではなく、トダが求め、求め続けた『ユリコ』は。訊ねられた言葉に顔を上げた青年は、笑みの形に頬を引きつらせ、凄絶な表情であった。まるで呼び覚まさんとした記憶によって責め苛まれるかのように、見開いた瞳を、薄く開いた唇を震わせる。
「ユリコは、僕に、やめろと言ったんだ。僕は、君さえいれば良いと、そう言ったのに」
「死んでほしいって、言ってた?」
「分からない。彼女は、笑って、それから――ユリコは、あのとき、何て言ってたんだろう」
頭の中でストップモーションの悪夢を反芻する青年を、ヴィリヤは視界より追い出してその敵へと向き直る。受け持ちを交代するようにして、守り、阻む形でダークネスクロークの晦冥が彼の前へと立ちはだかった。
「もし死んでほしいって言ってても、影朧に殺させるわけにはいかないからね」
この後に彼がどうするかまでは、彼女の関知するところではない。世界の終わりを嘯く彼に、もはや特段の興味などありはしない。誰が死のうと、それがいかに大切な人であろうと、世界は終わりなどしない。忌まわしくも、世界は終わらず続いていく。悲しくても苦しくても、生きている限りはずっと。
鋼の男が半身を退いて、ヴィリヤと敵とを対面させる。虚ろの少女は薄く笑うと、姿を男のそれへと変ず。青い髪、赤い瞳、猟兵によく似たその姿は、彼女の慕う父であった。それと見ているのはヴィリヤだけであり、それはヴィリヤの心を揺さぶるためにのみ用意された姿。しかし有り得ぬその光景に、意中に定めし猟兵は、眉を動かすこともなく。
「私の会いたい父様はあなたじゃないんだ。ごめんね」
血中に潜んだ神なる影が、蔦状に伸びては敵を捕らえる。偽物と知らば造作も無し、慈悲も無しに殺すのみである。さりとてそれが、もしも実の父であれば――
「氷よ射抜け」
やはり、彼女は殺すのだろう。しかしそこには慈悲があり、愛し慕うが故に、殺すのだろう。それが父の望みなら。続く世界に倦み苦しむ、死なぬ男の願いなら。
それが、その娘の本懐である。
「ああ、どうして――お止しになって」
自らの模した『逢いたいと願うもの』へと向けられた愛情は、殺意であった。その胸を貫くように突き立った氷刃を引き抜かんと、影朧が両手でそれを握った瞬間。
男は、絶叫した。
大成功
🔵🔵🔵
木元・刀
ふむ。そうですね。
では、僕は追い詰める方向で。
絶叫するトダさんには背を向け。
静かにユリコさんの手を押さえて、刺さる氷刃を竜巻に変えて消す。
貴女は、この人を殺したいのですか?
それなら何故、彼の世話をしたのでしょう。
僕たちを引き込んだのでしょう。
貴女は、彼の望みを叶えるという。
罪に圧し潰されようとしている男の望みを。
貴女は、この作品のプロットを、御終いを、知っていますか?
ある意味、彼をこうしてしまったのは、貴女だ。
愛故に刺さず。
刺さぬが故に、壊してしまった。
彼の本当の望みは、貴女が戻ってくることです。
そうでなければ。
僕が、彼を殺します。探偵の代わりにね?
さあ、本物の貴女は、一体どうしたいですか?
頭を抱えてたがが外れたように叫び続ける男を無視し、木元・刀が影朧に詰め寄り、その手を押さえた。行使されたユーベルコードにより、その胸に刺さった氷刃は一陣の旋風となり、虚空へと消える。
「貴女は、この人を殺したいのですか?」
問いも、虚空へ。答えもなく、虚ろな瞳で見返すユリコ。続ける。
「それなら何故、彼の世話をしたのでしょう。僕たちを引き込んだのでしょう」
「愛しているからお世話をするの。お客様を断る理由も、ないでしょう?」
不思議そうに小首を傾げる。胸の穴に虚ろを覗かせながらもなお可憐な表情のそれは、その身体が人でないことをうかがわせていた。
「貴女は、この作品のプロットを、御終いを、知っていますか?」
飽くまで愛する者の望みに沿っていると述べるそれに、刀は次なる問いを投げかけた。少女の姿はいくらか寂しそうに笑い、否を返す。先程話題に上った、殺人者は報いを受けて死を迎えるという内容、そしてそのモデルが作者自身であるということ。その結末の形は、最も近くにいた影朧ですらも知らないものであるらしい。
「私は、レイゾウさんの望みを叶えるだけ。彼が望みを書くのなら、それを叶えてあげるだけ」
小説家によって書かれた通り――否、愛する人の『望んだ』通りに。物語に沿って、殺す。その殺意の所在は、犯人は。
「ある意味、彼をこうしてしまったのは、貴女だ。愛故に刺さず。刺さぬが故に、壊してしまった」
猟兵は厳しい視線でもって睨みつけ、糾弾するも、涼しい顔でそれを受け流す少女の笑みはやはり、尋常のものではなく。
「ああ、ええ、かわいそうに。それが望みだったなんて、少しも気付いてあげられなくて――待っていてね、レイゾウさん、すぐに死なせてあげるから」
歯痒さすら覚える噛み合わない会話に、刀の語気はほんの少しだけ強まり、影朧の言葉へと真っ向よりの否定を返す。
「彼のほんとうの望みは、貴女が戻ってくることです。そうでなければ。僕が、彼を殺します」
自らの手により殺すことが彼女の望みであれば――他者の手により為されれば、永遠にその望みを阻むことができるだろう。ユリコの表情が、俄かに険しいものへと変わった。
「さあ、本物の貴女は、一体どうしたいですか?」
「嫌よ、嫌だわ。私がレイゾウさんを死なせてあげるの。他の誰にだってあげたりしない。たとえレイゾウさんにだって。愛するから殺すの。そうでしょう、レイゾウさん? すぐに、殺して、私のものにしてあげるから――」
琥珀の瞳の、金色の瞳の、鈍色の仮面のその向こうだけを見つめ、恍惚とした表情で、連続殺人の最後の標的に向けて、怪物は呼びかける。同時に、その障害を押し流すべく、甘い芳香が、銀の花弁が、怒涛の如くに乱れ躍り、猟兵たちの視界を埋め尽くした。
成功
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背に隠され、守られた男の表情を、誰も見てはいなかった。
俯き呻くその男の表情は、誰をも見てはいなかった。
「ユリコ…もうすぐ、逢いに行くからね」
鈍・小太刀
先生
死にたいだけなら他にも機会はあった筈
貴方は事件が暴かれる事を望んだ
だって先生の物語は
ただの悲恋でもホラーでもなく『探偵小説』なのだから
先生はユリコさんを殺した
動機は心中
でもユリコさんは先生を殺さなかった
影朧になった彼女を前に
今度こそ殺して貰えると思った?
でも問題があった
貴方に影朧は殺せない
だから小説を書いた
模倣犯に罰を与える『探偵』が現れる様に
愛してるから?
そんなの一方的過ぎだよ
ユリコさんは微笑んだのに
先生さえ生きてれば良いって
それが最後の願い
叶えられるのは先生だけ
結末なんて書き換えてしまえばいい
模倣犯は転生するって
愛する人とこの世で再び出会う為に
それが殺人犯…愛する人を殺した先生への罰よ
「先生」
鈍・小太刀が呼びかけると、伏せた目を僅かに上げたトダがぎょろりと見返した。
「死にたいだけなら他にも機会はあった筈。でも貴方は事件が暴かれることを望んだ」
「そんなこと、僕は。そんな筈」
ユリコの死を、誰かに知らせたいなどとは思っていない。影朧さえなければ、猟兵さえ来なければ、見つかる筈もない。これはどう考えても、突発的な露呈であって…
「だって先生の物語は、ただの悲恋でもホラーでもなく『探偵小説』なのだから」
その言葉に小説家は今度こそ顔をあげ、ぽかんとした表情で、小太刀の顔を見ている。猟奇的ではあれど、最後には必ず解決を見せる事件譚。我が分身の世界がそうであるのなら、もしかしたら自分も、解決をこそ望んでいたのか――
果たして無意識の告白であったのか、彼自身ですらも分からぬが。それでも顔を上げさせたのなら充分だ。聞き手がいてこそ、読み手がいてこそ、探偵は力を揮えるもの。
「先生はユリコさんを殺した。動機は心中。でもユリコさんは先生を殺さなかった…影朧になった彼女を前に、今度こそ殺して貰えると思った?」
手並みを確かめるかのように、少女の推理に耳を傾けていた彼は、訊ねられて首を横に振り、泣きそうな笑顔でもって応えた。
「違うよ」
「あの子は僕のことを兄と呼ぶ。僕の気持ちを知っていて、だから…だから、その影朧はレイゾウさんって呼ぶんだろうね。僕が、血の繋がりを厭うたから。そうあってほしいと、願ったから。親密そうに、健気に、ただの『筆名』をね」
守る者たちの背に隠れ、今は見えない少女に向けて、嗤った。
「僕の本名も知らないその子は、ユリコじゃない。ユリコの骸にも、ユリコはいないんだ。それは、僕の願望をなぞっただけの…代わりにもなりやしない。そう、水面の月みたいな」
「そんなの一方的すぎだよ」
堪えるような表情で、小太刀は男を睨みつけた。それは怒りか憐れみか、言葉にするは易くない。しかし彼女はマンホールの蓋でもなければ、死人を映せし鏡でもない、人間の少女だ。
「ユリコさんは微笑んだのに。先生さえ生きていれば良いって」
小太刀の言う『ユリコさん』は、息絶えながらも微笑んだ彼女であるか、それとも数多の命を奪いながらも男の願いに近づこうとし続けた彼女であるか。
「僕の作品のせいで多くの命を失わせてしまった。物書きとしての責任もある、きちんと筋書き通りに終わらせて、そうして僕も」
「結末なんて書き換えてしまえばいい!」
そう、物語もトダの世界も、未だ終わってはいないのだ。溢れる感情に抗いながら、それでも止まらぬ想いのままに、少女は白き刃を振るい、咲ける花へと斬り付ける。その身に傷は増えねども、裡より何かを抜け落ちさせた、斬られた娘がたじろいで、首を振り振り怯えて見せる。人ならざるに心のなきは、誰のどうして言わんとや。人を恋してそばにおり、どうして心のなかりしか。男の傷つけた誰かは、人間だけに留まらぬらしく。
「嫌…いや」
その声の聞こえぬかのように、もう一太刀を突き込んで、そのまま柱へ縫い付ける。
「模倣犯は、転生するって…愛する人とこの世で再び出会う為に」
「あ…」
抗し続けていた影朧の動きは、提示された再会の可能性に力を弱めた。
「それが殺人犯…愛する人を殺した先生への罰よ」
大成功
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クレア・フォースフェンサー
殴って解決と聞いていたのじゃが、面倒なことになっておるようじゃの。
まずは【能力無効】で影朧のユーベルコードを無効化し、光剣で斬る。
その想いが本物にせよ、仮初のものにせよ、おぬしのような殺人鬼は放置できぬな。
幾人もの命を殺めておきながら、よもや転生したいなどと甘いことは考えておるまい?
さて、作家殿。
かようなところで自分勝手に死なれたら、おぬしの物語に一方的に巻き込まれた者達、そして、その残された家族らの想いの行き場が無くなってしまうの。
法に基づく裁きを受けるか、家族らの私刑を受けるか。それとも――殺された者達が影朧となって復讐しに来るのを待つか。自らの罪に相応しい罰を選ぶのじゃな。
「殴って解決と聞いていたのじゃが、面倒なことになっておるようじゃの」
嘆息混じりに言いながら、その書斎に現れたクレア・フォースフェンサー(UDC執行人・f09175)。その手には光によって紡がれた破魔の刃が携えられ、その眼は既に影朧の姿を捉え、その鋒は既に影朧の胸を捕らえていた。
「その想いが本物にせよ、仮初のものにせよ、おぬしのような殺人鬼は放置できぬな」
執行者たる彼女は、人に害なす『UDC』を放置しておく道理はない。それは防がれるべき凶行ではなく、既に起きた惨劇なのだから尚更であろう。生ける血の流れぬ肉体に、感傷や躊躇など寸毫ほどもありはせず……否、人の心を魂を、宿すからこそ捨て置けぬか。
釘付けとされたその身を切り裂く光剣は、相手の力を不意にするユーベルコード。身に受けた少女は見る間にその擬態を暴かれ。
「嫌…いや…レイゾウさん、レイゾウさんっ」
先より激しく首を振り、泣きじゃくるようにする様はしかし、人間の少女のそれではない。美術彫刻のような美しい顔立ちではあるが、その肌は黒く、影に朧と溶け消えるような――まさしく、異形であった。
「幾人もの命を殺めておきながら、よもや転生したいなどと甘いことは考えておるまい?」
笑むこともなく、怒ることもなく。それが当然の帰結とばかりに、光は影を裂き、つい今しがた示され抱いた希望をも、絶った。
「いやよ、レイゾウさん…わたしが…わたしを…」
なお延べんとするその手の先には、名前を呼ばれた男の姿。阻む黒套を遮二無二のけて、庇い立てする背も避けて、今や暴かれ変わり果て、妹の顔など見る影もないその姿へと目を向けて。
「もう、良いんだよ。分かったろう、君は僕の名前すら知らないし、僕は君をちゃんと見てもいなかったんだよ。だから――」
「それでも――」
今際の影朧のその手より、銀の短剣が投げ放たれた。青年はそれを避けようともせず、しかし僅かに掠ったばかり、頬より僅かに血を流すばかり。それはもしかしたら、憎悪よりその身に牙を立てんとしたものか。それはもしかしたら、思慕よりその心に爪痕を残さんとしたものか。問うて確かめるべき女の姿は、もはや残されてはいなかった。
「さて、作家殿」
クレアは淡々と、影朧の消え失せた壁を見つめて佇む男に語り掛けた。もはや彼の身に危険はなく、自身で命を断つような気概もないのだからひと安心と言えるだろう。投げかけられた言葉に、トダは少しばかりの険を目に浮かべながら猟兵を見返した。彼女がすべきことを成したのは分かっているが、若い彼にはもう少しだけ、割り切るための時間が必要なようである。そしてそんなことを、わざわざクレアも構いはしない。
「かようなところで自分勝手に死なれたら、おぬしの物語に一方的に巻き込まれた者達、そして、その残された家族らの想いの行き場が無くなってしまうの」
彼女は彼に、あるべき形での贖罪を促す。法によるものか、被害者の家族によるものか、それとも怨霊による復讐か…いずれにしても、彼が先刻まで求めていたものではない。而してその選んだのは。
「そうだね…じゃあ、警察へでも洗い浚い話してくるとしようか。明らかにしたら書き手の僕がどんな記事に書かれるのか、少しは見ものだと思わないかい」
依然沈んだ声の調子ながらも皮肉げに笑うトダ。予想した答えであったか、あるいはいずれであっても特段の興味はなかったのか、クレアは短くそっけない返事をした。小さく一礼して、ついと書斎から廊下へ向かうと、そのまま玄関で靴を履き、がらりと引き戸を開けて出て。そこいら中に咲き誇り、陽光を透かす桜を見上げて眩そうに目を細め。
「やあ、ひさしぶりの外出だ」
青年は世界へと足を踏み出す。その背中を押すように、室より吹き抜けた風が、銀の花弁をひとつ空へと運んだ。
大成功
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後日、少年からの聴取を踏まえて現場の検証を行ったところ、ちょうど書斎の床下より少女の遺体が発見された。状態から見てそれはどうやら他殺体ではなく、自ら鋭利な刃物によって胸を突いたものであったらしい。
そして少年は実際に、ここしばらくの外での出来事――被害者の名前や顔を含む――の一切を知らず、事件の実行に際する関与はないものと結論付けられた。問われる罪は当然あるが、その作品が社会に与えた影響よりは、比較的軽度の罰で済むことになる。ただし肝心の作品自体は連載を打ち切られることとなり、彼の世界のひとつは期せずして終わってしまったのだった。
獄中の作家はそれに際し、飄々としたものであった。むしろ心なしか晴れやかに、笑っていた。
「何、顔も名もない何人よりも、知った一人の方がやっぱり大切でね。今度は安心して見せられるものを書いてやらないと」
彼はそこで、待つつもりらしかった。名も知らず、来るかどうかも分からない誰かを、いつまでも。再会の成否は、彼が筆名を名乗らず記す、その机上の世界の結末にて。