長いこと家で臥せっている子が可哀想で、少しでも快適に過ごせるようにと、先月、畳の表替えをしたばかりだった。
藺草の香り漂う部屋の真ん中には白い布団が敷かれ、そこに、小さな体が横になっている。
長く子宝に恵まれなくて、やっと授かった、目に入れても痛くない程に可愛い我が子だった。
布団の横に膝を付き、母は肩を揺らしてすすり泣く。ほとんど声を上げない泣き方は、しかし時を忘れたように途切れることがなく、彼女のどうしようもない程に深い悲しみを表しているようだ。
子の顔は、白い布で覆われている。
そっと、部屋に近づく物陰があった。
絶望に沈む母の肩を叩く白い手があった。
「もし……私がその子を、貴方の元へ還して、差し上げましょうか……?」
●グリモアベースにて
ざわめくグリモアベースに、一人のケットシーがやってくる。
彼は羽織を靡かせその場にあった椅子にぴょんと飛び乗ると、目前に集まった猟兵達へ説明を始めた。
「皆の衆、よく集まってくれた。それがしはケットシーの剣豪、久遠寺・篠だ。早速だが、皆の衆にはサムライエンパイア世界に向かってもらいたい」
そのケットシーの表情はいつにも増して剣呑で、今しがた何か苦々しいものを飲み込んだ後のようだ。
「ある小さな町に、悪行、というオブリビオンが顕れた。悪行と書いてあぎょう、と呼ぶ。オブリビオンとなる前も力のある陰陽師だったようで、異形と化した今に至ってはその力を増している」
篠は一度そこで一呼吸置くと、目の前の机の上に、一枚の絵姿を乗せた。黒い狩衣に身を包んだ男の姿。その髪は白く、長い尾と耳を持つ姿は、彼が明らに人ならざるものであることを表している。
「悪行の得意とする術は、己の姿を人の姿へ変え一般人の中に紛れること。そして……死者を、操ること」
いつもはゆらゆらと揺れている篠の長い尻尾が、今はだらんと垂れていた。
「悪行は子を亡くした親に、子を生き返らせてやると偽って近づき、なにか良からぬことをさせているようだ。悪行が町に居座っていることはわかっているのだが、どこに潜んでいるのかが分からない。そもそも猟兵であっても人にまぎれている悪行をオブリビオンだと見破ることが出来ないのだ」
そこで、と、篠は机の上に町の地図を広げた。
「ここに、町中の子どもが集まる大きな寺子屋がある。年の頃四つから十までの子どもたちが遊びに勉学に励んでいるようだ。皆の衆には急ぎこの寺子屋に向かい、子どもの中にいる……悪行によって生き返った…否、死体として操られている子どもを探して欲しい」
話を聞いていた猟兵の中に動揺が生まれるのを見て、篠は気持ちは分かるというように頷く。
「その子は、見た目上、振る舞いも含めて生前の子と変わらない。本人も己が死んだことなど自覚してはいないのだ。なので聞き込みをしても無駄だ。ただ、操られている子には体のどこかに悪行の蘇生符が貼り付けられている。子どもと遊ぶ中で、それとなく探って欲しい」
寺子屋には昼に子ども達が皆境内に出てきて遊ぶ時間がある。猟兵達はその時間に合わせて現場に向かえるようだ。
町人が子どもと遊んでやるのはそう珍しいことでもないので、寺子屋の者達にも、子ども達にも怪しまれることはないだろう。
「操られている子さえ見つけられれば、その子の家へ行き、関与している悪行に辿り着くことが出来る。悪行は恐らく己の身に危険が迫れば、己を守るために配下を呼び出すだろうが……皆の衆の敵ではないと、それがしは信じている」
篠は机の上に並べていた資料をすべてまとめると文にし、依頼状と認めた。
「子どもが死ぬのは悲劇だ。しかし、それ以上の悲劇を放置してはいけない、決して……皆の衆、よろしく頼んだぞ」
三橋成
皆様こんにちは、三橋成(みはし・せい)です。
今回は寺子屋で子ども達と遊びながらオブリビオンに操られている子を見つけ、その子の家へ行ってボスの配下を殲滅し、オブリビオン悪行を倒す依頼になります。
敵が敵、状況が状況になりますので、全体としてしんみりとした内容になるかなと思っております。その中で、猟兵の皆様の思いや葛藤などを描かせていただけますと幸いです。
第一章の操られている子探しは、何も衣服を剥いでいく必要はありませんので、自由にお過ごしいただけると良いかなと思います。子ども達との親しい触れ合いの中で自然と見つかります。
リプレイ返却は少数ずつのんびりとやらせていただく予定ですが、どうかお付き合いくださると嬉しいです。
皆様と共に格好良い物語を紡いで参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
第1章 日常
『子供達と過ごすひととき』
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POW : 肩車や相撲で力強さをアピール
SPD : 駆けっこや木登りで身軽さをアピール
WIZ : けん玉やお手玉でテクニックをアピール
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逢坂・理彦
子は宝って言うけれどね…特に子宝に恵まれなかった夫婦ならその思いも強いだろう。
ただの死体だってわかっても…目をそらしていたいのかもしれないけれど。
さてと…寺子屋の子達と遊んで例の子を見つけようか。
寺子屋の先生にも許可をもらわないとねじゃないとただの怪しいおじさんだから。
さぁ、おじさんと一緒に遊ぼうか?
蹴鞠に隠れ鬼にお手玉におじさんなんでも付き合うよー。
尻尾がきになるならもふもふしてみる。
1人1人に接しながら頭を撫でたりしながら接触。その時に【破魔】の力を込めてみよう。
何もない子ならちょっとしたおまじないみたいなものだよ。【優しさ】
もし何か違和感があるのならその子かもしれないね。
アドリブ連携歓迎
セシル・バーナード
寺子屋か。この国は読み書き算盤が出来る割合が本当に高いんだってね。
ぼくも寺子屋に通う歳だし、遊び時間になったら、聞き込みがてらそこに混ぜてもらう。
聞きたいのは、しばらく来なかったけど、久しぶりに通ってくるようになった子がいないか。
いつも通ってる皆なら分かるよね?
ぼくは、最近越してきてお試しで寺子屋を回ってる子って事にしておくよ。
そうそう、お近づきの印に歌なんかどう? 元気が出てくると思うよ。一杯遊んだ疲れも吹き飛ばすから。
楽しい時間はすぐに過ぎるね。ぼくはここでお別れだ。もし縁があればまた。
――情報は集めた。後はあの子をつけていけばいい。
しかし趣味が悪いね、その悪行とやら。確実に討滅しなきゃ。
ファン・ティンタン
【WIZ】子供にはささやかな夢を
アドリブ可
何年も生きていれば、ある程度の事にも妥協や諦めがつくけれど
年端も行かない子供に自身の死を納得させるのは、中々ね……
下地が必要だよ、物事には
この世界には奇抜な、サンタスタイルで登場
寺子屋には予め【天下自在符】込みで流れの傾奇者とでも言っておこう
【愉快な音楽隊】で召喚した絡繰チックな精霊をどんちゃん騒ぎさせて子供達の好感度を上げていこうか
さぁさ、此度ご覧頂きまするは異国の最先端、絡繰音楽隊の自動演奏に御座いまする
機を見て、子供達の様子を観察し【情報収集】
蘇生符が【呪詛】に依るなら、性質の近い【千呪鏡『イミナ』】が感知するはず
さぁて、狐の尻尾は見つかるかな?
寺子屋の主である師匠は、年の頃五十程と思われる、落ち着いた雰囲気の男性であった。彼は己を訪れてきた三人の姿に目を瞬かせた。
町人が子ども達と遊びたいとか、なにかを教えてやりたいと訪ねてくるのはそう珍しいことでもないので、いつもと変わりないのだが。彼が面食らっている一番の要因は、ファン・ティンタンの格好だろう。
猟兵はどのような種族や見た目をしていてもその世界の人々に違和感を与えない能力を有しているが、彼女が奇抜な赤い衣に身を包んでいることは伝わったようだ。
ファンは、全身をふわふわの赤い布地に白い縁取りのついた、所謂女サンタの格好をしていた。短いスカートから覗く太腿がどこかセクシーである。
「私達は流れの傾奇者よ」
ファンがそう説明しながら天下自在符を見せると、師匠はその紋を目にした途端に平伏した。この世界に生きる人々にとって、幕府の紋所はそれだけ強い意味を持つのだ。
「子ども達と遊ばせて欲しいだけなんだよ」
逢坂・理彦はフォローするように言葉を添え、師匠の平伏をやめさせるようにそっと手を取り立ち上がらせる。
「それはもちろん、構いませんとも。子ども達も喜ぶでしょう」
そう公に許可を得て、セシル・バーナードはその中性的な面立ちに笑顔を浮かべた。
「この国は読み書き算盤が出来る割合が本当に高いんだってね。それもこの寺子屋のおかげなんだろうな」
「そう言っていただけるのはありがたい事です。子ども達も皆一生懸命に勉学に励んでおります」
師匠の言葉に、セシルは頷きでもって応える。師匠が愛情を持って子どもたちに接していることは間違いないようだ。
「さぁ、おじさんと一緒に遊ぼうか?」
寺子屋の境内に出た理彦は、子どもたちにそう声をかけて遊びに興じる。
子どもたちが持っていたお手玉を見てやりながら、時折自分が投げてみてお手本を見せる。
「ほら、一個投げたら落ちてくる前にこっちで受け取るんだよ」
そうしてお手玉のやり方を教えていると、己のしっぽに違和感を感じて振り向いた。見れば、小さな二人の少女がそのフサフサとした尻尾に抱きついていた。
「尻尾が気になるのかい?」
くすりと小さく笑いながら、わざと尻尾を左右に揺らしてからかってみる。少女たちはころころと笑い声を漏らし、さらに尻尾にじゃれついていた。
そんな小さな頭へそっと手を伸ばし、軽く撫でてやる。
理彦は触れた手からなにか違和感を感じないかと密やかに探ってみたが、子どもからは健やかな気が宿るのみ。
「良い子達だ」
理彦の手には、優しさと、そしておまじないように破魔の力が籠もっていた。
そんな理彦の側で、セシルもまた子どもたちと遊んでいた。
随分と大人びた性格をしているが、セシルの年齢も十歳。彼は同じ歳の頃のように見える年長組に声をかける。
「ぼくは、最近この町に越して来たんだ。色々教えてくれないかな?」
子どもたちは素直に彼を受け入れ、共に遊戯の中へと受け入れてくれた。年長組の遊びは年少組よりも少しアクティブで、境内中を駆け回り、高鬼に興じた。そうして遊んで息が弾む頃、セシルは子どもたちに一つ提案をする。
「そうそう、お近づきの印に歌なんかどう? 元気が出てくると思うよ。一杯遊んだ疲れも吹き飛ばすから」
子どもたちは大喜びでセシルの前へと集まり、拍手をして迎えてくれる。お辞儀を一つ、歌い始めた彼の透き通るような高い歌声は、少年ならではの美しさを有している。境内に響き渡るその歌に耳を傾けたものは皆、体の疲れが取り除かれていくのを感じていた。
異国の歌が終わる頃、拍手喝采がセシルを包む。
すっかり子どもたちに馴染んだ彼は再び子ども達へ問いかける。
「ちょっと聞きたいんだけど、寺子屋にしばらく来なかったけど、久しぶりに通ってくるようになった子はいないかな?」
子どもたちは顔を見合わせ、しばらく考えてから。
「小さな子たちの間に病が流行っていたみたいだよ。そういう子は多いんじゃないかな」
そう、教えてくれたのだった。
「It's Showtime!!」
ファンの華やかな声が高らかと宣言した瞬間。
そこに顕れたのは、様々な楽器を持った小人達だった。小人達も皆、ファンに合わせてサンタのコスチュームに身を包んでいる。
「さぁさ、此度ご覧頂きまするは異国の最先端、絡繰音楽隊の自動演奏に御座いまする」
仰々しく口上を述べると、小人達はそれぞれに楽器をかき鳴らし、にぎやかな曲を奏で始める。
クリスマスはサムライエンパイアには存在しない。しかし、そのクリスマスらしいにぎやかな空気は存分に子どもたちを楽しませているようだ。
小人達の周りで踊るように遊ぶ子ども達の姿を、微笑ましげに、そして全て余す所なく観察するようにファンは眺める。
「何年も生きていれば、ある程度の事にも妥協や諦めがつくけれど」
子どもたちに聞かれぬよう、そっと漏れ出したのは、胸に抑えてこんでいた呟き。
「子は宝って言うけれどね……特に子宝に恵まれなかった夫婦ならその思いも強いだろう」
仲間の声を敏く聞きつけ、理彦もまた、言葉をあわせる。
爽やかに晴れた冬の境内に、子どもたちの楽しそうな笑い声が、響いていた。
大成功
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勘解由小路・津雲
ふむ。私とて、死んだ主の姿をそう偉そうなことは言えないのですが……何かたくらみがあるというのなら、捨ててはおけませんね。それに、同じ陰陽師としても、そのような術の使い方は許してはおけません(独り言のようなものなのでここだけ口調変化)
さて、子ども達と遊ぶ、か。それではひとつ、折紙でも披露しようか。いや、さほど器用ではないのでな、下手をすると子どもたちの方が上手いかもしれんが、おれのは特別性でな。こうして息を吹きかけると、(式神よ、ゆけ、とぼそり)、ほら、空を飛ぶ。
と、子どもたちが式神の方に夢中になっていれば、その間に観察するとしよう。はて、蘇生符とやらはどこに……?
死者を操る陰陽師。そう敵の説明をグリモアベースで聞いた時から、勘解由小路・津雲は他の仲間とは少々違う感情を抱いていた。
「ふむ。私とて、死んだ主の姿をして、そう偉そうなことは言えないのですが……」
彼はある退魔師の持っていた、代々伝わる呪具のヤドリガミである。彼の姿かたちは、己のかつての持ち主の姿をそのまま受け継いでいた。それは、主の死を受け入れていないことにはならないだろうかと、津雲は思う。
「しかし、何かたくらみがあるというのなら、捨ててはおけません。それに、同じ陰陽師としても、そのような術の使い方は許してはおけませんね」
いつもとは口調の違う独り言を切り上げ、津雲は気分を切り替えるように目の前で遊ぶ子どもたちを見る。
「さて、それではひとつ、折紙でも披露しようか」
そう声をかけ、集まってきた子ども達の前で、持参してきた紙を広げる。
「おじさん何つくるの?」
「さほど器用ではないのでな、下手をするとあんたたちの方が上手いかもしれんが」
欲しがる子どもには同じように紙を分けてやりそう語りつつ。問いかけてくる子に目を細めてやって、津雲は折った鶴を掌の上に乗せる。
「鶴はわたしも折れるよ」
「そうか、器用なんだな。しかし、おれのは特別性でな」
自慢げに声を上げた少女に微笑み、陰陽師は手の上に乗せた鶴にふっと息を吹きかけるような真似をした。しかしその実、折った鶴を式神として声をかけたのだ。
風に乗り、鶴は羽ばたきながら空を飛ぶ。
まるで魔法を見せられているかのような光景に、辺りを囲んでいた子どもたちが歓声を上げる。空を飛ぶ鶴に手を伸ばしぴょんぴょん飛び跳ねる子ども達を眺めながら、津雲の眼差しは静かに違和感を探っていた。
大成功
🔵🔵🔵
吉備・狐珀
子を思う親の気持ちを利用した上に死者の操るなんて許せません。
まずは操られている子を探さないと…。
子供達と鬼ごっこやだるまさんがころんだをしたり、体を動かすことをして遊びましょうか。
そうすれば袖が邪魔になるからとたすき掛けを手伝ったり汗を拭いたりしながら、さりげなく蘇生符を探せそうです。
それと病で伏せっていたことを知っている子がいたら、その子を気付かうかもしれないから見逃さないように。
こんなに元気に遊んでいる子達の中に操れている子がいるなんて…。
にわかに信じ難いですが、必ず見つけ出します。
御代・燕三
相棒の【犬憑転助】と参加
■転助との会話
死者の復活ですか。わたしも似たような式札を使えますが、死者の意志を操ることまでは出来ませんから
生者にとって良からぬことが起きそうですね
■子供と遊ぶ
そうですね、わたしは頭脳派ですから……あやとりなどいかがでしょうか。巧みな技術を披露したり、教えてあげたりしましょう。運動ばかりが遊びではありませんからね
UC『算術式:真実の章』を利用
あやとりを教えた後に子供たちが練習している様を見ながら、悪行と触れ合っている姿が無いか、または生前の親との会話で気になる言葉が無いか確認出来るか試します
言葉がわかるなら、それにそって子供との会話を進めます
アレンジ、他猟兵との絡みOK
犬憑・転助
相棒の【御代燕三】と参加
◆燕三と会話
子供を生きかえらせるっつーのは本当かね
お前はどう思うよ?
まぁ、どうにもキナ臭くっていけねぇ
◆子供と遊ぶ
どっからでもかかって来て良いぜ?
チャンバラごっこや鬼ごっこで遊ぶ
まぁ、俺ぁ浪人だからな……コレ(布で目隠し)でやってやるさ
さぁ……どっからでもかかって来な!
ユーベルコード≪超嗅覚≫で目に見えなくても匂いで相手がどこにいて何をしようとしているか察して行動
何かに本気の子供がいた場合は、本気で相手をする
悪くない目をしてるじゃねぇか……
札が貼られた蘇生した子供が分かったら、その子に将来の夢は目標が無いか聞く
またその為に何かやってるか聞く
苦労人ポジOK
アドリブ歓迎
「子供を生きかえらせるっつーのは本当かね……お前はどう思うよ?」
子ども達の元気な声を聞きながら、犬憑・転助は、寺子屋の壁に背を凭れさせて佇む相棒の御代・燕三へ振り向き問うた。
剣豪である転助に対し、燕三の本職は陰陽師である。物事はその筋に精通したものに問うのが近道だ。
「死者の復活ですか。わたしも似たような式札を使えますが、死者の意志を操ることまでは出来ませんから」
「燕三よりも力が強いってことか?」
転助の言葉に、明言はせず燕三は肩を竦めて応えた。
「生者にとって良からぬことが起きそうですね」
肯定も否定もしない様子に転助は僅か眉を上げたが、しかし、思考を振り払うように頭を振った。
「まぁ、どうにもキナ臭くっていけねぇ」
転助はそのまま、遊び回る子どもたちの方へと近寄ると、やや腰をかがめて声をかけた。そうして自分たちと目線を合わせてくれようとする大人の仕草は、子どもたちに安心感を与える。
「俺と遊ぼうか、どっからでもかかって来て良いぜ?」
彼の顔つきは、正直の所良いとは言えない。幾つもの戦場を越えた者の宿命か。しかし、そのおおらかな態度に、子どもたちは彼の心根を見破ったように懐いてきた。
始めはルールもなく始まった鬼ごっこは、いつしかチャンバラごっこへと発展する。そのにぎやかな遊びの最中に、吉備・狐珀もまた混じって一緒に遊んでいた。
彼女はアクティブな動きで子どもたちを引っ張り続ける転助をサポートするように、時折脱落する子ども達を気遣ってくれているようだ。
「まぁ、俺ぁ浪人だからな……コレでやってやるさ」
目隠しの布を己に巻きながら、転助は拾い上げた枝で子ども達と一戦に興ずる。目隠しの上に、複数戦。
しかし持ち前の嗅覚ですべてのものが手にとるように分かる彼は、さすがの身のこなしで子ども五人を同時に転ばせていた。
「怪我させないでくださいよ」
彼らと少し離れた所から、燕三がそう声をかける。
頭脳派の燕三は体を動かす遊びには混ざらない子ども達にあやとりを教えていた。
「次に小指でその手前の紐を取るんです、ほら……」
燕三の誘導のとおりに紐を操っていけば、今まで見たこともないほどに美しい文様が手の中に広がって。あやとりを教わっていた少女はその妙技に嬉しそうに笑い声を立てる。
そんな彼女の様子に目を細め応えながら、燕三は密かに放っていた式神で子ども達を探っていた。
放った無数の式神は、辺りに居る子ども達に付着すると、過去の出来事を映像として燕三に見せてくれる。様々送り込まれてくる映像を精査しながら、彼はあることに気づいていた。
悪行は決して、オブリビオンの姿かたちで子ども達の前に顕れたことはない、ということを。
「あらあら、転んじゃいましたね」
転助との激しい遊びの最中、狐珀は尻餅をついた幼い少年に駆け寄り、手を貸して立たせてやりながら声をかける。
その少年、やや長めの黒髪を後ろで一つに括っていた。年の頃は四歳くらいだろうか。寺子屋で遊ぶ子ども達の中でも体が小さな方だ。
幼くも利発そうな面立ちに、汗が伝っているのを見て、狐珀は懐から出した手ぬぐいで彼の体を拭ってやる。
と、その瞬間、狐珀の手が止まった。
「お姉ちゃん?」
少年に声をかけられ、狐珀は笑顔でなんでも無いと応える。しかしその笑顔は、どこかぎこちなく引きつってしまっていただろう。
少年の、着物の襟から覗き込んだ背に、札が貼り付けられていた。
「ぼく、お名前は?」
探そうと思って探していたのに、見つかってしまうと、そのショックは予想以上だった。
こんなに元気に遊んでいる子達の中に、死者が混じっているなど考えられない。そう、思いかけた所だったのだ。声が震え出さぬように気をつけて、狐珀は問いかける。
「麟太郎」
そう、と頷いて。狐珀は視線を上げる。
そこに、彼女の変化に気づいた転助が近づいてきていた。
「麟太郎。お前、将来の夢はあるか?」
唐突な問いかけ。麟太郎は不思議そうにしながら、しかし、彼はしっかりと応える。
「ぼく、薬師になりたいんだ。お薬飲むと、元気になるから」
確か亡くなった子は、長いこと病に臥せっていたはずだ。その事実が、猟兵達によって思い起こされる。
「その子の家に行きましょう」
燕三が静かな声で告げた。
それが目を反らせない現実だった。
大成功
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第2章 集団戦
『鬼百足』
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POW : 懊悩の苦鳴
【激しい苦鳴】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD : 蟲尾
【百足の尾】による素早い一撃を放つ。また、【脱皮】等で身軽になれば、更に加速する。
WIZ : 火炎鎖
【自身が繰り出した炎】が命中した対象を爆破し、更に互いを【炎が変化した溶岩色の鎖】で繋ぐ。
👑7
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寺子屋の師匠の了承を得て、猟兵達は麟太郎を連れて彼の家にやって来ていた。
少年を連れてきた理由は、歳幼い彼に道順を聞くわけにもいかなかったのが一つ。そして、もし遠隔地で悪行を倒した場合、子ども達の前で麟太郎が死体に戻ることを避けたかったのがもう一つだ。
麟太郎の家は、町の中でもかなり大きい部類のお屋敷だった。しかし外から見て、屋敷に怪しいところはない。立派な名家といった印象だ。
家人に呼びかけながら、猟兵はその屋敷の扉を開く。
外に比べれば、やや薄暗い、清潔そうな家の中。しかし玄関から見える廊下の奥に、巨大な百足の一部といった姿が一瞬横切ったのを、目ざとい猟兵の目は捉えていた。
耳をすませば、板張りの廊下を、硬質な何かがコツコツと叩いている微かな音がしている。
「すでに悪行は我々の到着を知っているようだ」
誰かがそう、呟いた。
慎重に進む必要がありそうだ。
セシル・バーナード
さて現れ出でたるは、悪行の式神か眷属か?
この様子じゃ家の人や奉公人が心配だよ。一刻も早く殲滅する。
先陣切って空間転移で百足の懐に転移し、空間断裂を纏った「暗殺」の手刀を相手の急所に突き刺し潰していくよ。
ぼくを取り囲んでくれるなら好都合。一斉撃破を狙って破壊律動を撒き散らす。
怯んだ相手を見つけてその懐へ転移し、空間断裂を打ち込んでは別の相手に転移。
消耗が激しいけど、一刻も早く突破しなきゃいけないからね。
百足たちの動きが鈍ってきたら、「範囲攻撃」「全力魔法」の空間裁断で敵群全体を撃破する。
これで最後!
家の人はどこに? 麟太郎、皆は普段どこにいるの?
と聞きはするけどこの子は操られた屍。用心しなきゃ。
逢坂・理彦
薬師になりたいなんて健気なものだよね。
それが本人の意思ならばどんなに嬉しくて悲しいか。
…操られているのならそれが本当じゃない可能性もあるからね…。
きっと親は悲しむだろうな。結果的に二回も失うようなもんだから。
屋敷の中は【忍び足】で静かに歩こう。
【聞き耳】でしっかり敵が動く音を聞き取ろう。
敵を発見次第【早業・なぎ払い】で攻撃。
【戦闘知識・第六感】で敵攻撃を【見切り】つつ【だまし討ち】で【カウンター】を狙う。
敵がUCを使用したらUC【狐火・椿】で敵UC打ち消しを狙う。
アドリブ連携歓迎。
屋敷の中は、しんと静まり返っていた。
麟太郎が先に家の中へ上がろうとするのを、セシル・バーナードが静かに手を出して制する。
「麟太郎、ぼくらの後ろにいてくれるかな?」
少年は一瞬目を瞬いたが、家の中の不穏な気配に気づいたのだろうか。頷くと静かにその指示に従った。
そんな麟太郎の様子を眺め、逢坂・理彦は無意識に深く息を吐き出していた。
「薬師になりたい」と、先程麟太郎が仲間に語っていた言葉を思い出す。健気なものだ、と思う。しかし、その言葉が本当に彼の意思から来ているのかどうか、理彦には判別できない。
いくら普通の幼子と変わらぬ見た目をしていても、彼がオブリビオンに操られている死体だということを、理彦は知ってしまっているのだ。疑わざるを得ないのは当然のことだろう。
屋敷の廊下を、ピンと両耳を立てながら忍び足で進む。
意識は主に廊下の前方へと注がれていたが、その何割かは後ろに控える麟太郎を警戒もしていた。
不意に袖を引かれて視線を向ければ、麟太郎が不安げに理彦の袖を握っていた。思わず、目を細める。
この存在が消えたら、きっと親は悲しむだろう。赤の他人である己とて、自身の袖を握るこの紅葉のような小さな手に、可愛らしさを感じずにはいられないのだ。
先程なにかの気配が見えた、廊下の曲がり角。すぐ近くで、カツ、と小さな音がした。
狭い屋敷内での取り回しを配慮して、理彦は蒼丸という打刀の柄を握る。
その一瞬前。
「さて現れ出でたるは、悪行の式神か眷属か?」
セシルは瞬時に、曲がり角の向こう側に移動していた。否、移動、という言葉は正しくない。彼は動いてはいないのだ。空間のひび割れを利用した、空間転移。テレポーテーションだ。
角に隠れていたのは、巨大な百足の体に人の上体、そして一つ目の異形、鬼百足だった。幾本もの足がばらばらに動き黒髪を振り乱す姿は見るものに恐怖を与えるものではあるが、セシルは怯まなかった。
鬼百足がその尾を振り回すよりも疾く、空間さえも斬り裂く研ぎ澄まされた手刀をその首元へと突き立てる。
セシルの華奢な手は、鬼百足の首を一撃で貫いていた。息絶えるまでの時間、百足の下肢がくねり、廊下の床を叩く。
物音に紛れ、壁際に縮こまった麟太郎の悲鳴が上がったのを聞く。当然の反応だろう。自宅でこんな異形が襲いかかってきたのだ。
同時に袖を開放された理彦が床を蹴る。
セシルの立つさらに奥に、二体目の鬼百足が控えていた。
未だ暴れている百足の下を潜り、一気に距離を詰めて踏み込んだ。理彦の抜き放った刃がその百足の肢体へ届く直前に、異形の鬼の手から炎が放たれる。
「ぽとり、ぽとりと椿の様に」
その炎が己の身に纏い付く前に、理彦も左手を差し伸べ椿のような狐火を生み出す。その炎同士はぶつかりあい、両者を燃やし尽くすようだ。
一瞬右に踏み込み、上から斬りつけるよう刀を振り上げて。それに対応するよう鬼百足が腕を振り上げたのを見て、理彦は体を反転させると左側から鬼百足の体を横薙ぎにした。
「隙だらけだ」
上下に分断された鬼百足は、どうっと床に倒れると動かなくなる。
「一体一体の強さは然程じゃないね。けど、この様子じゃ家の人や奉公人が心配だよ」
息絶えた鬼百足の首から手を引き抜き、セシルが声をかける。
「もしかしたら、もう、いないのかもしれない」
理彦はそう応えて、グリモアベースで聞いた、悪行が母に「なにか良からぬことをさせている」という情報を思い出していた。
「麟太郎、家の人はどこに? 皆は普段どこにいるの?」
セシルが振り向き問いかけると、麟太郎は怯えきりながらも、廊下の先を指差した。
「母様はいつも、一番奥の、僕のお部屋に」
二人は頷きあい、しゃがみこんでしまっていた麟太郎を呼ぶ。
「一人で居ると危ないよ。一緒に先に進もうか」
セシルは優しく声をかけながら、操られた屍の手を握ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
吉備・狐珀
【路地裏】5人
あ…皆さんも来ていたんですね。
皆がいるのは心強いけれど。
屋敷の中にオブリビオンが徘徊しているのは、あまり良い状況とは言えませんね。
猟兵が来るのもわかっていたようですし、奥の部屋にいるお母様が無事だといいですが…。
UC「青蓮蛍雪」使用。
氷(属性攻撃)を増した狐火を鬼百足に向かって(広範囲)に(一斉発射)し、狙うのは足元。
凍結させてその素早い動きを封じさせてもらいます。
此方に放たれた炎には狐火を複数合体させて作った(火炎耐性)の氷の壁で爆破と鎖を防ぎます。
そちらの炎は当たれば爆発して終わりかもしれませんが。
私の狐火で作った氷は溶かそうとしても溶けませんよ。
そのまま氷漬になるがいい。
ペイン・フィン
【路地裏】
コードを使用して、皆の側に移動
……ふむ
見知った皆の声、集まっていたから、何事かなって、思ったけど……
どうにも、厄介事のよう、だね
手伝おう
情報収集を中心に
第六感、暗視、視力、聞き耳で感覚強化
周囲の探索をして、人か敵か、判断していくよ
奇襲に対しても、備えよう
場合によっては、忍び足、目立たない、迷彩の隠密系技能で、先行探索
ある程度離れても、再度コード使えば皆の元に戻れるし
人が紛れていたら、回収もできるよ
……それにしても、蘇り、か……
願う気持ち、よく分かる反面、このままじゃダメだって言うのも、わかる
……せめて終わりが良いものでありますように
落浜・語
【路地裏】
こう、見知った顔がいるとやっぱり安心できるよ。
なんにせよ、気を付けて進んだ方がいだろうし、嫌な予感どころか、生き物がいないとか、最悪の事態も想定しておくべきかもなぁ…。
周囲の【情報収集】もしつつ進む。
百足と遭遇したならば、爆破してしまうのが楽なんだが、室内だからそうもいかないし、UC『人形神楽』で対応。
躱されてしまえば、それまでなんだがそうされないように、手元の糸でもある程度は制御。
狐珀のUCで動きは阻害されているだろうけれど、同時に仔龍に協力してもらって、雷【属性攻撃】でも百足の動きをある程度阻害する。
母親の願いは当然なんだけれど…。でも、それを本当にしてしまったら、ダメだよな…。
ファン・ティンタン
【WIZ】深い、親の愛/業
【路地裏】5名
(さらっと普段の白服に着替え済み)
ん、みんな居たんだ
身内がいると、連携も取りやすいよ
……最悪を想定すれば、この屋敷の者は母以外全て屍体の可能性がある
警戒と、(一応)子への配慮を、すべきかな
【哀怨鬼焔】にて、紫焔を起こし周囲に展開、死角からの奇襲に備える
同時に、子から呪術の産【物を隠す】目隠しにも
紫焔の一部を見えぬ通路の先へと機雷の如く漂わせることで、敵の探知に役立てる
【千呪鏡『イミナ』】は人の業から生まれた呪具、今回の類の敵には同族嫌悪からか気が立っているご様子だし、ね
イミナ、好かない相手の気配を感じたら、焼いて頂戴
焼くための魔力供給は、任されてあげるよ
勘解由小路・津雲
【路地裏】5名
おおペインに語、それに皆も来ていたのですね。……さて、敵は既に臨戦態勢か。十分な広さはありそうだが、それでも室内、戦い方は考えた方がよいかもしれんな。それにしても、こんなものがうろついているとは。家人はいったいどうしているのか、少々嫌な予感がするが……。
【戦闘】
蟲退治には、鳥に活躍してもらうとするか。【符術・鳥葬】を使用。先ほどの鳥型式神が、しかし今度は無数に敵を襲う。小さな鳥たちなら小回りもきくだろう。
敵の攻撃には、鳥を固めて火避けの呪い【火炎耐性】で防ごうか。こちらは一撃で消滅するが、食い止められればよし、それに命中するのが式神であれば、おれを鎖につなぐことは出来まい。
麟太郎を連れた仲間の猟兵達を後ろに庇うように、屋敷の廊下を進むのは四人のヤドリガミ達だった。
落浜・語はその中でも先頭を歩きながら、後ろに控える仲間達の存在に心強さを感じていた。彼の数多持つ情報収集や視力の良さは、こうした警戒を要する進行に効果を発揮する。
「こう、見知った顔がいるとやっぱり安心できるよ」
その半歩後ろをついて歩く吉備・狐珀もまた同意するように頷きながら、しかし、と屋敷の中の異様な空気に眉を寄せる。
「皆がいるのは心強いけれど、屋敷の中にオブリビオンが徘徊しているのは、あまり良い状況とは言えませんね。猟兵が来るのもわかっていたようですし、奥の部屋にいるお母様が無事だといいですが……」
敵に聞かれないようにと声を低めてそう懸念を口にする狐珀に、ファン・ティンタンもまた囁き声で言葉を返す。
「……最悪を想定すれば、この屋敷の者は母以外全て屍体の可能性がある」
彼女は子ども達を喜ばせるためにと着ていたサンタのコスチュームから、いつもの真っ白の服装へと着替えていた。
雪のように白い肌に白い髪。一房だけ垂れる黒の髪が目を引き、それはどこか不安げに揺れていた。
仲間達の殿を歩きながら、彼らの会話を聞き、勘解由小路・津雲もまたそっと視線を伏せる。胸の内に湧き上がるのは嫌な予感。その第六感とでも言うべき予感が、仲間達の言葉に裏付けされていくようだ。
津雲がまた一歩踏み出した時、不意に、空気が動いた。
「見知った皆の声、集まっていたから、何事かなって、思ったけど……」
突如廊下に顕れたのは敵ではなく、五人目のヤドリガミ、ペイン・フィンだった。彼は同じ世界にいる仲間の声を聞き、その元に駆けつける能力を身に着けていた。
「おお、ペイン。来てくれたのですか」
さらに集まった仲間の姿に津雲は僅かに肩の力を抜くと、手短に状況を説明する。
「どうにも、厄介事のよう、だね。手伝おう」
ペインは白地の面の奥の黒曜石のような瞳を一瞬だけ、後ろに控えている麟太郎に向けてから頷いた。
こうして集まったのは、五人の仲間達。気心の知れた者達の連携というものは、お互いに能力を把握していることから来る質の高さが違う。
「このまま廊下の先に一体、その先の曲がり角に遠距離攻撃が得意そうなのが二体。その前の部屋の中に廊下へ飛び出そうと待ち構えてるのが一体、部屋の中、天井に張り付いてるのがもう一体。合計五体だ」
持ち前の隠密行動で仲間より距離をあけ先行していたペインは、その空間移動能力で語の側へと戻ってくると、手短に収集してきた敵の位置状況を報告する。
「俺と狐珀で部屋の中の二体を相手にする」
語は状況を脳内でシミュレーションしながらそう分担を口にし、それを引き継ぐように津雲が続ける。
「では廊下の先の一体をペイン、抑えられるか? 奥の二体をおれとファンで叩く」
ペインとファンが同時に頷き、作戦は静かに始まった。
語が廊下を進み、右横に襖がある箇所へ差し掛かった瞬間。
この世のものならざる奇声を上げて、鬼百足が襖を引き裂き飛び出してくる。が、それよりも僅か早く、語は人形の絡繰を放っていた。
「これ以降は俺の手元じゃないんで、頑張って躱してくれ」
人形が一直線に鬼百足へ向かい刃となる扇を振るい、攻撃を繰り返す。同時に放たれたのは、語の背後に控えていた狐珀が放った狐火。その冷気を纏った炎は鬼百足の足元へ向けて。
「そのまま氷漬になるがいい」
無数に放ち続ける狐火は鬼百足の身を害するが、しかし、その無数の足を止めようとするのは難しい試みだったかもしれない。
だが語の絡繰は鬼百足を圧倒し続け、二人は隙をついて部屋の中へと入った。
同時にその横を抜け、ペイン、ファン、津雲の三人が廊下を進む。
行く手を塞ぐよう立ち塞がる一体の鬼百足に正面から向かい、振るわれる百足の尾をしゃがみこんで避けながら、ペインは焼き鏝で百足の腹部を強く、強く突く。
「道を、開けて」
渾身の力を籠め、異形を廊下の壁に押し付ける。それは身をくねらせ抵抗するが、鏝の纏う蒼き炎は肉を、魂までも焦がしてしまう。
手前の一体の動きが止められたのを見て、ファンと津雲は角を曲がる。
その先に、今まさにペインへと炎を放った鬼百足二体が待ち構えていた。
「バン・ウン・タラク・キリク・アク!」
津雲は朗と声を上げながら、二本の指で空中に素早く五芒星を描く。その紋から顕れ出るは無数の神で出来た小鳥の式神。式神は紙の音を立てながら壁になるように集団で飛び、鬼百足から放たれた炎を受け止める。
一瞬で燃えあがる炎が顔を照らす。
鬼の、異形。
「式神であれば、おれを鎖につなぐことは出来まい。食い止められればよし」
式神が焼かれて尚、津雲は満足そうだ。その横に立つ仲間の実力を、知っているからこその余裕だろう。
「イミナが不機嫌だよ、責任とって楽しませてあげてくれないかな」
ファンがイミナと呼んだそれは、手鏡である。小さな手鏡でありながら、人の業から生まれた呪具であり、数え切れぬ程の呪いを未だ持つ品。
其々形は違えど元々は物である彼らにとって、物はただの物に非ず。ファンは己の持つ手鏡が、今回の敵に同族嫌悪のように苛立っているのを敏感に感じ取っていた。
「焼いて頂戴」
翳した手鏡から放たれるはこちらも無数の紫色の鬼火。ファン本人から籠められた魔力をエネルギー元とするその火力は絶大で、二体の鬼百足を纏めて焼き尽くしていく。
と、同時に部屋の中からドスンと鈍い音が響いてきた。
天井に張り付いていたという鬼百足を、狐珀の狐火が引きずり落としたのだ。
身をくねらせ、部屋にいる二人を尾で薙ごうとする百足へ、語は指を引き糸をけしかけ動きを引き止める。
「言の葉のもとに魂等出で候」
重ね続けた狐珀の言の葉は、ついに鬼百足の生命さえも凍りつかせることに成功した。
屋敷の中に、再度、静寂が戻る。
「……それにしても、蘇り、か……」
動きを止めた鬼百足から焼き鏝を離しながら、ペインが呟く。
死した者の蘇りを願う気持ちを、ここにいるヤドリガミ達は皆理解している。それだけ長く、人と共にあり、人と共に過ごしてきた器物達なのだ。
「……せめて終わりが良いものでありますように」
そんな祈りを思わず口にしてしまいながら。
猟兵達は先へ進む。
大成功
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第3章 ボス戦
『陰陽師『悪行』』
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POW : 偽装符
自身の肉体を【変化させ、オブリビオンと看破されない状態】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
SPD : 式神符
自身からレベルm半径内の無機物を【自身と同程度の強さの無数の式神(姿自由)】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
WIZ : 蘇生符
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【死を忘れた状態で復活。合言葉で戦闘用人形】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
👑7
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麟太郎が示した部屋は、本当に屋敷の最奥にあった。
襖を開けた猟兵達は静かに息を飲む。部屋の中に、二人の人物がいた。
「おや、お客さんですか……おかえり、麟太郎」
こちらを向き、人好きのする笑顔を浮かべる男。どこからどう見ても一般人にしか見えない。その振る舞いはまるで、麟太郎の父親のようだ。
「おかえり、麟太郎」
その横に座り、こちらの同じように繰り返す女性。彼女が麟太郎の母親であろう。
彼女は両腕を広げ、駆け込んできた麟太郎を抱きしめる。しかし彼女の纏められた髪はほつれ、その目はどこか虚ろで、様子の可笑しさは明らかである。
「訪問に気づかずすみませんね……お茶でもお出ししましょう」
男は微笑み続けながら、立ち上がる。
鬼百足の徘徊する屋敷にあり、どう見ても正常な男。
その事自体が、異常だった。
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【業務連絡】
28日までリプレイ執筆が出来ませんので、28日にプレイングを送っていただけますと幸いです
セシル・バーナード
おや、おもてなし? ぼくらは招かれざる客だよ?
麟太郎、その人は誰? お父さんじゃないよね。いつからいるのかな?
麟太郎を追い詰めても仕方がない。ここまで来れば、陰陽師悪行の化けの皮は剥げたも同じ。討滅させてもらうよ。
黄金魔眼で、悪行の動きを封じよう。合わせて、麟太郎の動きも封じさせてもらう。奴の操る傀儡にされたくないものでね。
現れる式神には片っ端から視線を向けて動きを封じ、数の差を補う。
未来収束で式神がどこから湧いて出るかを掌握し、先手を打って金瞳の視線を放つよ。
人の情を弄ぶ外道はこの場で討滅する。
最後は「全力魔法」の空間断裂でとどめ。
さてと愁嘆場か。こういう場は年長者が仕切るもの。よろしくね。
逢坂・理彦
これは…ヘタをしたらご両親も…いや、戸惑っている場合じゃないな。麟太郎くんを操ってる奴がいるはずなんだそいつを倒さなくちゃ。
【聞き耳】をたて音を聞き【第六感】で気配をさぐる。
発見次第UC【狐火・穿ち曼珠沙華】で一斉攻撃。
室内なので武器を蒼丸に変更。
【破魔】を込めた攻撃で斬り込み。
【戦闘知識】【第六感】などで【見切り】つつ【カウンター】を狙う。
本当にタチの悪いオブリビオンだ。
親にとって子供の命がどれだけ大事かわかってやってるんだろうからね。
部屋には尋常ならざる緊張感が漂っていた。
お茶などという見え透いた台詞を口にしながら、男が部屋を抜け出そうとする行く手にセシル・バーナードが立ち塞がる。
「おや、おもてなし? ぼくらは招かれざる客だよ?」
中性的な面立ちに綺麗な笑みを浮かべる少年の言葉に、男は僅かに眉をひくりと動かす。しかし、その表情はまるで本性を覆い隠すように、再び人好きのする笑顔へと戻った。
「何をおっしゃいますか、麟太郎を送ってくださったのでしょう?」
その言葉に、セシルは母の腕に抱かれた麟太郎へ視線を向ける。
「麟太郎、その人は誰? お父さんじゃないよね。いつからいるのかな?」
問いかけられた麟太郎は不安げな表情を浮かべ、助けを求めるように母を見上げる。しかし、母は正気を失っているかのように、ただ麟太郎の背を優しく撫でるだけだ。
麟太郎を追い詰めても仕方がない。その様子を一瞥してから、セシルは再び男へと向き直る。
そんなセシルと男、そして母のやり取りを眺めていた逢坂・理彦は、知らずしらずのうちに深く息を漏らした。麟太郎が最早死人であることは、篠からの言葉で知れている。しかし、そうと言われなければ彼が死んでいることなど分からなかっただろう。であるならば、この母もまた、生きているのか死んでいるのかの判断がつかない。
理彦は黙したまま、立てた狐の耳を微かに左右に動かしながら辺りを探る。彼の第六感とでも言うべきものが、自分達が何か多くの気配に囲まれていることを感じていた。
「セシルちゃん、その奥の襖……」
理彦がそう声を上げかけた瞬間。
「死を求めよ」
目の前の男が呟き、奥の襖をぶち破りながら、大の男が三人、部屋に雪崩込んだ。
その格好から、彼らはこの屋敷の使用人ではなかろうかと思われる。しかし彼らの顔には一切の表情がなく、不気味な動きで二人へと襲いかかる。だが。
「そこで、止まれ!」
セシルの新緑の瞳が金色に輝く。予め理彦に警告されていた彼は咄嗟に時間を停滞させる視線を放ち、使用人たちの動きを止めた。
「これは、皆死んでいるのかな……?」
「操られているんだね、ここまで来れば、陰陽師悪行の化けの皮は剥げたも同じ。討滅させてもらうよ」
セシルの宣言を受け、男は……否、悪行は後ろに数歩後ずさりながらも笑みを崩さない。
「彼らを殺したのは私ではないよ」
悪行が手を振れば、天井を破り、また廊下からと続々と死人が這い出てくる。
「……本当にタチの悪いオブリビオンだ」
悪行の言葉の意味を考えれば、この屋敷に犇めく死人達を殺したのは、悪行ではない何者かということだ。では誰か、と考えれば、その答えは麟太郎を抱きしめ動かない母以外に思い当たらない。
理彦は地を撫でるように手のひらを横薙ぎに動かす。藺草の香り漂う畳敷きの床から、曼珠沙華の花が咲き誇る。一面に広がる朱き花は宙に浮かび、杭のように死人達へと突き刺さると燃え上がる。
「親にとって子供の命が、どれだけ大事かわかってやってるんだろうからね」
理彦は打刀の蒼丸を握り込むと、一歩踏み込み悪行へ斬り込んだ。
悪行は咄嗟に後ろに飛び退りながら刃を避ける、が、その切っ先が触れた頬が切れた。溢れ出てくる血は、ない。それが、彼が人ならざる者である何よりの証拠だった。
「りんたろ……」
「麟太郎、動くな!」
悪行が麟太郎へ声をかけかけた時、セシルがその命令をかき消すよう声を張り上げながら金の瞳を瞬かせる。
視線に射すくめられ、動きかけていた麟太郎が、ぴたりとその動きを止めた。
部屋に響くは、そんな麟太郎を抱きしめたまま、静かに啜り泣き始めていた母の泣き声。
「……人の情を弄ぶ外道は、この場で討滅する」
セシルの放つ、気迫の籠もった念動力による空間断裂が悪行の左腕を吹き飛ばした。
大成功
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ペイン・フィン
【路地裏】
津雲と、ファンが、術を止めてくれている
なら、自分は、ただひたすらに、戦うのみ
コードを使用
母親の、うつろになった心
その奥にある、正気が訴える、負の感情
子を失った苦しみからくる怨念を
企みに、手駒として扱われ、虐げられた憤怒を
そして、それらに対し、何もできないという悲哀と絶望を
喰らい、宿し、力に変える
……すぐには、効果は無いだろうけど
しばらくたてば、正気も戻るはず
それまでに、倒そうか
使用する拷問具は、猫鞭"キャット・バロニス"
範囲攻撃に、なぎ払い、それに蹂躙技能も使用
無数の敵が出るならば
何度でも振るい、式神ごと引っ掻き、切り裂き、たたき落とし、蹂躙するのみ、だよ
吉備・狐珀
【路地裏】
麟太郎殿が語った夢は薬師になって元気になること。元気になって心配をかけた母親を笑顔にしたかったのでしょう。
そんな優しい子を…。
今の母親の状態を見ても何とも思わない人ならざるものにした悪行の罪は重い。
UC【破邪顕正】を使用。
(高速詠唱)で祝詞を唱え(先制攻撃)をしかけ悪行が姿を変える前に(破魔)の(属性攻撃)を増した御神矢を(一斉に放つ)。
こちらの攻撃が命中した後に姿を変え体を伸ばして攻撃してきても(零距離)から追撃の矢を放ち攻撃の手を休めはしない。
もし、仲間や麟太郎殿、母親の方へ危害を加えようとするなら(フェイント)の矢を飛ばして(庇い)ます。
勘解由小路・津雲
【路地裏】
お気づかいなく。失礼ながら、あんたの出したお茶は、ちょっと飲みたいとは思えないのでね。
ついでに聞いておくが、あんた、何をするつもりだったんだ?
【戦闘】
【七星七縛符】を使用。いったい誰を戦闘用に変えるつもりかは知らないが、その試みが成功することは決してない。
死を司る北斗星君の名において、死者には安らぎを、私欲で命を弄ぶ輩には裁きをもたらそう。あんたの術はここに破れる。
――だが術をやぶると、同時に麟太郎も再び元の姿に戻るだろうか。……いや、ファンが対抗術式を用意しているようだ。
ところで母の様子はただごとではないが、無事なのだろうか、それとも?
落浜・語
【路地裏】
……。一般人にしか見えないけれど、きっとあれがオブリビオン、だよな?
母親の気持ちは何となく、わかるけれど、よみがえらせるとかは、やってはいけないことだから。
ましてや、こんな形でっていうのはあんまりにも子供がかわいそうだから。
津雲さんが止めてくれて、ティンタンさんが術の上書を終えてから、UC『白雪姫の贈り物』を使用。
何が目的かは知らないが、どこまでも悪趣味すぎて腹立たしいって感情すら起きやしねぇや。
【挑発】し意識を向けさせる。意識を向けたならこちらのもの。
今までやってきたことの報いだ。焼けた靴で骸の海に還るまで踊り続けろ。
ファン・ティンタン
【WIZ】摂理に従いて
【路地裏】
……
これが正しいとは、言わない
私に出来ることは、私が払えるだけの代償で為せる時間稼ぎでしかない
それでも……
敵の蘇生術へ【カウンター】スペルとして【転生尽期】を使用
麟太郎を含むその他操られる死者等がいれば、操作術の支配権を
上書きし、戦場から逃がす
死者を翻弄し戦場に立たせるようなことは、させない
戦闘に関しては、仲間に任せるよ
子を持つ母の気持ちを、私では真には理解出来ない
だから、子の甦りを願う母の行いを否定する権利もないのだろう
私に出来ることは、物事を摂理に則り整えることだけ
……それでも
願わくば、病に伏したる子に穏やかな最期を
痛苦の無い、泡沫の夢を、母の腕の中で過ごせ
「ごめんなさい……」
啜り泣きに混ざる、謝罪の声。それは涙とともにとめどなく、幾度も呟かれた。母は麟太郎を抱きしめたまま、小さな声で独白する。己の所業を誰かが罰しに来ると、母はそう思い続けていた。
その時が来ただけ。彼女にとって、猟兵達の来訪はどこか予期していたものだった。
「止めることが出来なかったの……麟太郎を生かし続けるために、御札を作るために、生きた人の血が、必要だったの」
左腕を失った悪行がその体勢を立て直す最中、部屋に響く、真実を語る母の言葉に、猟兵達は皆其々の反応をした。
落浜・語は、未だ人の姿にしか見えぬ悪行を警戒するように見つめ続ける。母の気持ちを理解することはできる。しかし、決して手を出してはいけない領域のことだと、心の中で断じていた。
「……ましてや、こんな形でっていうのはあんまりにも子供がかわいそうだから」
勘解由小路・津雲もまた、静かに瞠目していた。
悪行が何を企んでいたのか、その真実を聞こうとは思っていた。しかし、そこまでの惨劇が、すでに水面下で起こってしまっていたということは、想像していなかった。
「彼女が生きているということが、せめてもの救いか」
項垂れる母の姿を見つめ、津雲は呟く。最早この屋敷に、猟兵達が守るべき生者は、彼女しか存在していないのだ。
「全く……麟太郎は厄介な訪問者を連れ帰ってきたものですね」
悪行が声を上げた。喪われた右腕が蠢く。そこがまるで数多の紙が捲れあげるようにざわつき、次第に彼自身の姿が変わっていく。黒き狩衣に包まれた、白狐に取り憑かれたような陰陽師の姿。
悪行が手を振り上げ指に挟んだ札を放とうとした瞬間、同時に津雲が動いた。
「死を司る北斗星君の名において、死者には安らぎを、私欲で命を弄ぶ輩には裁きをもたらそう。あんたの術はここに破れる」
強力な呪力を封じ込めた護符を放ち、それを悪行に貼り付ける。その護符が悪行に触れた瞬間、彼が手にしていた札から印がかき消えた。津雲が悪行の術の一つを封じ込めたのだ。
「くっ……! か弱き物が陰陽師を名乗りますか」
「二度とあんたに死者を操らせない」
しかし、津雲の表情は決して勝ち誇ってはいない。己の体の内側から、何者かにじわじわと蝕まれているような感覚がするのだ。この術は、使役主の寿命を食らっていく。
部屋の中に居た死人の体から力が抜け床に倒れていく。それは同時に、麟太郎に貼られた蘇生符も効力を失うことを意味していた。
麟太郎の目から生気が喪われていく、その時。
「潰える前に、為すべきを成せ」
ファン・ティンタンの凛とした声が響いた。
「これが正しいとは、言わない。私に出来ることは、私が払えるだけの代償で為せる時間稼ぎでしかない。それでも……」
彼女の全身全霊の力を籠めて。両手を差し出せば、辺りに紅の花弁のような光が舞う。光は麟太郎を含め死人の体に吸い込まれていき、彼らは再び力を取り戻した。
死人達は、まるで長い眠りから覚めたかのように目を開き、辺りを見回す。
「この部屋から、出ていて……できるだけ遠くに、離れていて」
術の光に照らされたファンの表情から、はっきりとした感情は読み取れない。しかし、そこには確かに優しい祈りが宿っていた。
子を持つ母の気持ちを、その経験を持たないファンは真実理解することは出来ないのだろう。だから、彼女は母の行為を否定することも出来ないと思っている。
「……それでも」
ファンは紅の瞳を閉じる。
願わくば、病に伏したる子に穏やかな最期を。
痛苦の無い、泡沫の夢を。
「まって、麟太郎……」
ファンに命じられ、部屋を出ていく死人の姿を、息子の姿を目にし、母がまたはらはらと涙を流す。
彼女の声に、一歩前へと進み出たのは、ペイン・フィンだった。
「……それを、喰らうよ」
母の、虚ろになった心。
その奥にある、罪を犯してしまった後悔を、子を失った苦しみを。手駒とされ扱われた憤怒を。死という絶対的なものに対し、何も出来ぬ悲哀と絶望を。
「自分はそれを喰らい、宿し、力に変える」
ペインは手を差し出す。母の肩に優しい手が触れた瞬間、母は己を支える力を失ったかのように気を失い、床に倒れ込んだ。
そして、拷問具のヤドリガミは、力を得た。
手にしたのは先端に鉤爪をつけた猫鞭キャット・バロニス。
「お前たちの好きにさせてなるものか」
猟兵が得物を持ち出したのを見て、悪行が動く。新たな符を手にすると、部屋に置かれていた机や灯りにそれらを貼り付けた。それらは式神として姿を変え、死人の姿となって襲いかかってくる。
「それはこっちの台詞だ」
猫鞭を握りしめ、振り下ろす。ペインの力は強化され、今尋常ならざる怪力を誇っている。バラバラに動く鞭の先端は悪行の式神に襲いかかり、瞬く間に切り裂いていった。
「どこまでも悪趣味すぎて、腹立たしいって感情すら起きやしねぇや」
感情を抑え込んだ声で、語が呟く。
「なあ、化け狐」
そう侮蔑の感情を籠めて悪行に呼びかける。式神に守られていた悪行が、その奥で語を見た、その瞬間。
「こっちを見たな? じゃあ、今までやってきたことの報いだ。焼けた靴で骸の海に還るまで踊り続けろ」
「なっ……」
語は指を鳴らす。すると、悪行の足には焼けた鉄の靴が嵌っていた。決して高い攻撃力ではない、しかし、歩くごとに、否、いっそ立っているだけでじわじわと焼くような痛みを与えるその技は、語なりの、悪行への意趣返しのようなものであっただろうか。
周囲を猟兵に取り囲まれ、迫られて、悪行はこの場を切り抜けることを選択した。陰陽師の姿が次第にまたただの人のものへと変化しながら、彼は逃げ出すように踵を返す。が。
「一二三四五六七八九十 布留部 由良由良止 布留部 霊の祓」
素早く紡がれた、言霊は吉備・狐珀の薄い唇から紡がれたものだった。
光で出来た弓を引き、放つ。
「麟太郎殿が語った夢は薬師になって元気になること」
眉根を寄せ、そう凛と語る狐珀の万感の想いが、その一矢には籠められていた。
「元気になって心配をかけた母親を笑顔にしたかったのでしょう。そんな優しい子を……子を想う優しい、母を」
破邪の力を持つ御神矢が、悪行の背からその体を貫いた。
「あなたの罪は重い」
光の矢を番える狐珀の手は止まることがなかった。その身を幾度も、幾度も射抜いて。
最後の一矢が悪行の身を刺した瞬間、彼の身は無数の符となってばらばらに霧散し、消え果てた。
部屋を出た所にある、屋敷の庭。
光の降り注ぐその場所に、麟太郎の遺体は横になっていた。
気を取り戻した母は息子の亡骸を腕に抱き、ようやくその死を受け入れる。
ごめんなさいと幾度も繰り返しながら、しかし、彼女は生きていた。そして、悪行の企みは今、ここに潰えたのだ。
母の腕に抱かれ、たった今亡くなったばかりのように見える麟太郎の表情は、安らかに微笑んでいた。
大成功
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