汝は誰の救い手なりや?
茫と光る海月に包まれた少女が揺蕩う。親を流行り病で亡くしてからこの方、彼女はずっと地獄に居た。残飯を犬と取り合い、幼い身で春を鬻いで生きてきた。
生きる事は実に辛く、悲しい。それでも何故人は生きるのか。それは死ぬ事が怖いから。ならば、怖くなければ?
この海月は取り込んだ者に幸せな夢を見せる。そこから抜け出そうと願わない限り、ずっと夢の世界を漂っていられる。幸せな夢を見続けて、そしていつの間にか死ぬのなら。それは、決して怖くない。
「よくがんばったわ。もう、いいの」
かつて非業の死を遂げた女は微笑む。見上げた先、地獄から開放された少女は安らいだ顔で笑う。何の夢を見ているのだろう?
幸せな夢に浸って、浸り続けて、そのままお終い。なんて素晴らしい救済か。
少女の他にも、多くの人が海月に包まれて眠る。皆、幸せそうだ。
「辛くて、悲しくて、苦しくて。もう、そんな思いをする必要はないの。さぁ、幸せな夢を見ましょう」
私が連れて行ってあげる。浮遊する海月に囲まれた死霊女主人『髑髏彼岸』が誘う。此方に向かって手が伸ばされた。
猟兵たちがグリモアベースに集まった時、グリモア猟兵の望月・秀(沈着冷静な仕事人間・f14780)は腕を組み、難しい顔で宙を睨んでいた。彼は腕を解くと猟兵たちを見回し、予知した死霊女主人『髑髏彼岸』について話し出す。
「人を死に誘うオブリビオン、死霊女主人『髑髏彼岸』が予知された」
彼女は『生きる』事を苦行と考えている。そのため『死』によって人を救済しようとするのだ。
確かに、生きていれば辛い事も多々ある。と秀は言う。
「しかし、それだけではないはずだ。……いや。私は、それだけではない、と思いたい」
死は可能性の断絶だ。この先起こり得た全てが其処で終わりと成る。
彼は目を伏せる。しかし、気遣わしげな表情を見せる猟兵に気付き一言詫びると、静かに説明を再開した。
死霊女主人『髑髏彼岸』は、海月火の玉とも呼ばれる『水晶宮からの使者』を使い、人々を幸せな夢に誘う。生きる事が辛い者程、夢のもたらす幸福からは逃れられない。幸せな夢に浸って、ゆっくりと衰弱する。
「その髑髏彼岸だが、現在所在不明だ。おそらく『水晶宮からの使者』と共に行動していると思われる。そしてこの海月は、とある村に現れる事が予知されている。折しも、生者が死者に扮する『肝試し』の日だ」
彼岸と此岸が近くなり境界が霞むこの日、髑髏彼岸は人々に死の救済を与える為にやって来る。
「そこで、君たち猟兵の出番だ。まず『水晶宮からの使者』を倒しに掛かってくれ。この水母は髑髏彼岸にとって大切な救済装置だ。必ず止めに現れるだろう。」
猟兵たちに今までの情報が共有されたのを確認した秀は、普段無表情な顔に陰鬱な影を落とした。彼は、海月に囚われているであろう人々を助けるかどうかの判断を、猟兵に任せる言う。
「本来ならば救出を依頼する所だ。だが、『生きて欲しい』。それは私のエゴだ。囚われた人々の望みでは無い。……この世には、想像を絶する地獄が在る」
地獄を生きてきた者が、例え夢であろうと『幸せ』を見てしまったのならば――。秀は最後まで言い切らずに口を噤む。そして、殊更感情を消した顔で『水晶宮からの使者』を待つ間、『肝試し』に参加すると良いと告げた。
「死者に扮して、大いに楽しんでくれ」
そして彼は、肝試しの会場へと猟兵たちを送り出す。任務成功の報告を待っていると告げた声はとても乾いていた。
こふ
●マスターより
マスターのこふです。よろしくお願いします。今回はサムライエンパイアのシリアスです。死は救済であると嘯くオブリビオンを退治するシナリオです。
一般人に死傷者が出る可能性を秘めています。
●補足
第1章 死者の扮装をします。『水晶宮からの使者』が現れるまでお楽しみください。そんな気分でない猟兵は、見学しても構いません。
第2章 『水晶宮からの使者』は、ただ其処に在ります。猟兵が行動を起こさない限り、彼らは何もしません。人を内包する海月と、しない海月が居り、等しくぷかぷか浮いています。攻撃対象をご指定ください。中に人が居る場合、彼らの結末はサイコロ次第です。もしも、救いたいと望む場合はがんばってください。加味します。
第3章 彼女にとって、この行動は慈悲です。辛いのならば、逃げてもいい。確かに正論では在ります。己を正しいと確信する者は非常に厄介ですね。The road to hell is paved with good intentions(地獄への道は善意で舗装されている)。
第1章 日常
『百鬼夜行の肝試し』
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POW : お祭りはノリが命。周りを脅かして回るぞ。
SPD : 見た目が重要。こだわりの衣装を作り込む。
WIZ : 実は仮装じゃないけれど、猟兵だから大丈夫。
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この村の『肝試し』は少し変わっている。
本来の肝試しは、夜も更けた時間に恐れを覚える場所へ行き、恐怖心に対する強さを試す催しだ。しかし、この村では誰も彼もが『死者』に扮し、百鬼夜行の如く練り歩く催しであった。
夕暮れ時。誰そ彼時。向こうに居る者が判別できない時分。其処では生者と死者の境界が非常に薄くなる。
目の前を何者かが横切る。首を二つ持つ彼は、果たして生者か、死者か。
連なる異型たちは何処に向かうのか。この世の物とは思われない景色が続く。
降り立った猟兵たちは、死者に扮してその行列に加わった。
天星・雲雀
「生きる事は、愚かでこの世は地獄で、自分は道化でパレードの波から抜け出せない。・・・わかる気がする。けど!賢い選択って、命を終わらせることじゃないと思う。そういうのは最終手段に取っとかないと。今は仮初の死を楽死身舞ショー(たのしみましょう)」
未婚の女性は、死装束の代わりに白無垢を着せて御棺に寝かせられると言う風習があったそうなので、自分は白無垢姿の幽霊に扮して、生前の想い人の名残香を探しながら練り歩くとしましょう。
それと、海月が来たときの為に、中の人が傷つかない程度の爆弾を街中に仕掛けて置きます。
無事に助け出せたとして、結果的に救助者に恨まれたとしても、それはそれです。
(アドリブ・連携・歓迎)
生きる事は愚かで、この世は地獄。自分は道化で、果ての見えないパレードは何処までも続く。流されて、流されて。溺れそうになりながらも必死で泳ぐ。必死で探す。助けの手を。流れ着く岸辺を。……何も見えやしない。
「わかる気がする。けど!」
天星・雲雀は天を仰ぐ。空には星を掻き消す程の満月。けれど、星は消えた訳ではない。輝きが褪せた訳でもない。目に映らないだけ。彼女は視線を地上に戻した。目の前では、死者に扮した生者が列を成す。死者の振りをしても、彼らは死者ではない。生きている。
「賢い選択って、命を終わらせることじゃない」
そういうのは最終手段に取っとかないと。雲雀は毅然として立つ。
死装束の代わりに白無垢を着せられた未婚の女性が、御棺に寝かせられると言う風習があると聞く。雲雀も白無垢姿の幽霊に扮して百鬼夜行に加わった。生前の想い人の名残香を探しながら村中を練り歩く。道中、海月が来たときの為、あちこちに小型の爆弾を仕掛けておいた。
海月の中の人を無事に助け出せたとして。……結果的に恨まれたとて、それはそれ。
「今は仮初の死を楽死身舞ショー(たのしみましょう)」
雲雀はにっこりと笑った。
大成功
🔵🔵🔵
氏神・鹿糸
生きているのに、死んだフリをするなんて愉快ね。
薄紫の頭巾に、白の着物で[変装]。人に馴染むように髪の色も暗くしておきましょうか。
肝試しの祭りに、本当の妖怪が現れるなんて皮肉。
彼らが現れるのに時間があるなら、大いに楽しんだほうが得ね。
―落し物をしてしまったの。一緒に探してくださる?
人間を暗がりへ[誘惑]。
誘い込んだところで、過去の亡霊『残滓』の姿を見せて驚かすわ。
―アナタ、人に攻撃はしちゃダメよ。
肝試しの日に、亡霊に化かされるなんて可哀想な人。
驚いた顔みた?とっても楽しかったわ。
鹿村・トーゴ
はあ…(グリモア猟兵から聞く話に哀しげにため息をつく)エンパイアでの戦国時代が戦争が終わっても信長を倒したあの戦争が終わっても
そういっぺんに民草の暮らしなんてラクになるワケじゃねーんだよなぁ…
オレんとこのド田舎じゃ何にも変わってなかったし
肝試しにはそーっと参加してみよう
格好は定番のユーレイてヤツだ
普段の服の上に白装束を緩く羽織り掛け
UCで呼び出す鳥はとらつぐみ(鳴き声が気味悪い)とカラス(肝試しのルートに並んで止まらせ人が来るとびっくりさせるように羽音を立て飛び立つ)
オレは相棒のユキエと一緒にカラスのいる場所に座って村の地形とか村人の様子を観察するかな…【情報収集/地形の利用】
アドリブ可
幸せな夢を見ているだろう少女を思い、鹿村・トーゴは哀しげな溜息をつく。信長を倒したあの戦争を経て戦国時代が終わったとしても、民草の暮らしが一変する訳ではないのだ。貧しい村は貧しいまま、何も変わらないという所が大半だろう。彼の故郷もそうだった。今日も何処かで人が飢え、病で死ぬ。
「はあ……」
「生きているのに、死んだフリをするなんて愉快ね」
ねぇ、そう思わない? 落ち込むトーゴを元気付けるかのように氏神・鹿糸が悠然と微笑む。彼女は日傘を下ろすと、髪の色を村人に馴染むよう暗く変えた。そうしてその上に薄紫の頭巾を被り、白の着物で死者に変装する。
「肝試しの祭りに本当の妖怪が現れるなんて皮肉ね。彼らが現れるまで時間があるのなら、大いに楽しんだほうが得よ」
鹿糸の楽しそうな振る舞いと弾む声に、強張っていたトーゴの顔も優しく緩む。彼女はその場で優雅に回った。
「どうかしら?」
「いーんじゃねー? 俺も定番のユーレイになるかなー」
トーゴも普段の服の上に白装束を緩く羽織り掛けて死者に扮すると、大量の鳥を呼び出す。彼の声に応じて、トラツグミとカラスが空に舞った。
「――落し物をしてしまったの。一緒に探してくださる?」
美しい女に引き寄せられ、ふらふらと暗がりに進む男が一人。気味の悪い鳴き声が響き、何処かで何かが羽音を立てて飛び立った。頭上で誰かが見ている、気がする。男は怯えながらも、誘われるがままに女の元へ歩を進めた。
その時、女の隣に亡霊が浮かび上がる。女に瓜二つのその姿。突如冷え渡る空気。男は悲鳴を上げ、倒けつ転びつ逃げ出した。
「アナタ、人に攻撃はしちゃダメよ」
なおも冷気を発する過去の亡霊『残滓』を鹿糸が止める。その隣に、相棒のユキエを肩に乗せたトーゴが飛び降りた。村の地形や男の様子を観察していた彼は首を捻る。
「うーん、やっぱり普通の村、普通の人にしか見えねーなぁ……」
「肝試しの日に、亡霊に化かされるなんて可哀想な人」
「そういや、あの人仮装してなかったな」
「あら、そうだった? ね、驚いた顔見た?」
とても楽しそうに笑う鹿糸に、トーゴもまぁいっか、と笑った。
闇は刻一刻と深まっていく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御園・桜花
「未練と信念の確認、でしょうか。自分でもどう言うべきなのか、少し決めかねているのですけれど」
武装はそのままで白装束羽織り三角頭巾つける
UC「蜜蜂の召喚」使用
遥か先や後方等自分の視界外を見に行かせる
村人が小声で話しているようならゆっくり近付いて話に耳を傾ける
少しでもこの変則的な祭りの情報を集めたいため
「水晶宮からの使者に乗るものを選別する、それが死に装束を着るか否か、のような気がします。オブリビオンの誘いに僅かでも乗る意思があるかの確認を、人とオブリビオン双方がするために」
「西方浄土を求めるのは構いませんが、西方浄土を与えるのはただの傲慢でしょう?空腹なき死だけでその傲慢は覆せないと思うのです」
「未練と信念の確認、でしょうか」
御園・桜花は悩ましげに息を吐く。どう言うべきなのか……。逡巡しながらも彼女は白装束を羽織り、頭に三角頭巾を付けた。そして百鬼夜行に加わると、そっと蜜蜂を喚び出す。蜜蜂は何処までも続く行列の果てを目指して飛んで行った。
百鬼夜行を練り歩きながら、桜花は耳を傾ける。どうして、この村の『肝試し』はこうも変則的なのか。必ず理由がある筈だ。
「もうすぐお迎えが来る」
驚く程誰も声を発しないからこそ、その声は良く聞こえた。
桜花の予想通りだった。この『肝試し』は『水晶宮からの使者』の誘いに乗る者の選別。それが、生きているのに死者に扮する意味。生を否定する意味。
無意識にエプロンを握り締めた彼女は、それに気づくと慌てて皺を伸ばしながら果ての見えない行列を思った。彼らは皆、オブリビオンの誘いに応える者たちだ。オブリビオンを望む者たちだ。皆、西方浄土を求めている。
人が救いを求めるのは自然な事だ。誰もが苦痛から逃れたいと望む。
「だからと言って、ただ西方浄土を与えるのは傲慢でしょう?」
空腹なき死だけで、その傲慢は覆せない。桜花は口を引き結んだ。
大成功
🔵🔵🔵
勘解由小路・津雲
死をある種の救済ととらえるのは、個人的にはわからなくもない。が、穏やかな死と、苛烈な生を比べるのは、間違っている気がするぜ。
まあ何にせよ、オブリビオンの干渉は止める。それが俺の仕事だ。生も死も、不幸も幸せも、この世の理のうちの出来事だ。だがやつらは理の外にある。いかな理由があろうとも、干渉してはならんのだ。
【行動】
さて、死者の扮装か。去年のハロウィンに着た衣装があるが、これは死者と言えるかな……? まあ、ボロボロだし、それっぽければいいか。
そもそも、私のこの仮初の姿そのものが、かつての主、「死者の扮装」そのものですしね……。(ここだけ口調変化)
死はある種の救済である。分からなくもない。だが、穏やかな死と苛烈な生。両者は天秤に乗り得るか? ……否。
「比べるのは、間違っている気がするぜ」
勘解由小路・津雲は天を仰ぎ、煌々と輝く月を見詰めた。望月とて、いずれ欠ける。それがこの世の理だ。永遠の望月は幻に過ぎない。
生も死も、幸も不幸も、全てはこの世の理の内。だが、オブリビオンはその外側に在る。如何な理由があろうと、理に手を加え歪めてはならない。
「まあ何にせよ、オブリビオンの干渉は止める。それが俺の仕事だ」
瞬き一つで気持ちを切り替えた津雲は、去年のハロウィンに着た衣装を取り出した。彼はボロボロの衣装を手に暫し悩む。『死者』と言えるか微妙だ。まぁ、それっぽければいいだろう。
「そもそも、私のこの仮初の姿そのものが、かつての主、『死者の扮装』そのものですしね……」
思いがけずヤドリガミの声が溢れる。誰に聞かれた訳でもないのだが、津雲は咳払いをして背筋を正した。そうして、『死者』として百鬼夜行に加わる。
果ての見えない行列は粛々と進んだ。まもなく、迎えが来るだろう。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『水晶宮からの使者』
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POW : サヨナラ。
自身に【望みを吸い増殖した怪火】をまとい、高速移動と【檻を出た者のトラウマ投影と夢の欠片】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 夢占い
小さな【浮遊する幻影の怪火】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【鍵の無い檻。望みを何でも投影する幻影空間】で、いつでも外に出られる。
WIZ : 海火垂る
【細波の記憶を染めた青の怪火】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
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「お迎えが来た」
百鬼夜行が止まり、連なる人々は天を仰いだ。
満月を背負い、使者が降りて来る。まるで姫を迎えに来たかの様に、茫と光る海月はふわりふわりと舞い降りた。海月の中には、誰かの輪郭が浮かぶ。夢の世界を漂う人。地獄から逃れ得た人。
女の声が誘う。生世の地獄から逃れて、幸せな夢を見ましょう。
救いを求める者は手を伸ばす。それは蜘蛛の糸か、それとも虫篝か。
御園・桜花
「もう死を選んだ方々は救えませんが…今から死を選ぼうとする方を止めることはできます」
UC「桜吹雪」使用
人がいない海月のみ全て再生できなくなるまで切り刻む
敵や住人の攻撃は第六感や見切りで躱す
「私は傲慢ですから。今を生きる方が1番大事です」
ほぼ安土桃山時代、大量に人が増えてその食料を村で賄えるか
目端が利いて行商人になれるほど胆力がある者はまず海月に乗らない
人も物も、世話する余剰がこの村にあるとも思えない
村人を襲って野盗紛いが出来る者でない限り、彼等は村に混乱を招いた挙げ句数日中に死ぬことになる
見かけの生者を助け墓を作らせる、村をそんな混乱に落とすことはしたくない
「それは優しさではないでしょう?」
鹿村・トーゴ
あれが…夢に逃避させてくれるヤツか
(戦闘範囲外の木に相棒を待機させ先程の白装束を掛け)…待っててなユキエ
生き地獄からやっとの思いで解放された人をオレは呼び戻すなんざ出来ないよ
辛い思いする為にまた生きろなんて…
そりゃ生きてりゃ良い事あるかもだし、本当ならこんな事言うのダメな立場なんだろーけど
でも被害は増やせねーな
せめて穏やかな死を願ってた人には悪りーがまだ人を飲み込んでないくらげは消させて貰うぜ
UC使用
【念動力】でクナイと手裏剣をを掌の上で回転させ
手裏剣を【投擲】
クナイで斬り付け【暗殺】
村人へ怪我等させぬようどちらもくらげに接近し実行
オレも死ぬならラクに逝きたいがね
まだお迎えは早いよな
アドリブ可
氏神・鹿糸
―夢の中にいたいなら、無理強いはしないわ。
自ら海月の中に入る勇気を褒めてあげようかしら。
意識のある人間、逡巡している人間には声をかけて[誘惑]。
―もっと素敵な、極楽へいらっしゃい。
私の中の、花の檻。
中ではきっと、お間抜けな人の子が案内してくれるから。
回答が遅い人間、海月に向かっている人間には[気絶攻撃]。気絶した人間は丁寧にUCで回収するわ。
ふわふわ浮かんで、腹立たしい。
夢は結局、紛い物よ。
日傘から氷[全力魔法]を放って、凍らせて。雷[属性攻撃]を落としてトドメをさすわ。
終わりを望むなら、その通りに。
自分の選択に責任は持つわ。
「あれが……夢に逃避させてくれるヤツか」
鹿村・トーゴは村外れの木に相棒を止まらせ、先程使った白装束を掛ける。……待っててな、ユキエ。一言告げ、跳躍した。彼は木から木へ跳びながら考えた。考えて考えて、やはり、眠る人を呼び戻す事は出来ない、と結論付ける。やっとの事で解放されたのに、「再び地獄を生きろ」とはとても言えない。
「そりゃ生きてりゃ良い事あるかもだし、本当ならこんな事言うのダメな立場なんだろーけど」
「そうね」
思考に沈み、思わず溢れた言葉に応えが返った。傘をくるりと回した氏神・鹿糸は薄く笑う。
「夢の中にいたいなら、無理強いはしないわ。むしろ自ら海月の中に入る勇気を褒めてあげようかしら」
「私は、今を生きる方が一番大事です」
私は傲慢ですから。御園・桜花は、対照的に口を引き結んだ。
眠る人を助け出せたとして。その後、彼らはどうなるのか。逃避を望む者が、今更新しく生き直せるとは思えない。例えば、これから行商人と成れる程目端が利いて胆力がある者ならば、最初から海月に乗らないだろう。かと言って、開き直って野盗紛いが出来るとも思えない。
猟兵は助け出した人の世話をしない。出来ない。私たちには役割が在る。ならば彼らはどうなる?
質素な村に突如大量の人が現れる。しかも、辛うじて死んでいないだけ、という有様だ。食事や住まいなど、この村に彼らの面倒を見る余剰が有るとは思えない。――つまり、彼らは村に混乱を招いた挙げ句、生きる事をせず数日中に死ぬ。
この村の者は、猟兵に望まれるがまま上辺の生者を助け、最期には墓を作るのか?
「生きている方を蔑ろにする事は、優しさでは無いでしょう?」
「……そーだな。今生きてる人の為にもなるんだよな……」
胸の内、『助けない』罪悪感に苛まれていたトーゴはそっと息を吐く。彼は頬を叩いて気合を入れると、念動力で掌のクナイと手裏剣を回転させた。
「よし! これ以上被害者は増やせねーな。穏やかな死を願ってた人には悪りーが、まだ人を飲み込んでない海月は消させて貰うぜ」
「ええ、もう死を選んだ方々は救えませんが……今から死を選ぼうとする方を止める事は出来ます」
ほころび届け、桜よ桜。桜花もまた意気込みを示し、自身の装備武器を無数の花弁に変えた。月の光を受けて桜が輝く中、鹿糸が二人に歩み寄る。彼女は優しく微笑んだ。
「まだ海月に触れていない人間の事は、私に任せて」
「そっか。それじゃあ、頼む」
「お願いします」
桜の花弁が海月に殺到する。青い怪火が全身を覆い、傷を再生しようとするが、追い付かない。切り刻まれた海月はゆっくりと地に墜ちた。敵の攻撃を躱しながら、桜花は次の海月に視線を移す。桜が舞った。
花弁を掻い潜って走ったトーゴはクナイを構え、余人に攻撃の余波が及ばないよう海月に目一杯近寄る。赤い怪火を纏った海月は、素早く移動しながら誰かの夢の欠片を放射した。地に伏せて避けたトーゴはそのまま手裏剣を投擲する。威力を増した一撃は呆気無く海月を墜した。
一方、鹿糸は救いを求める人の群れに向かう。彼女は蠱惑的な笑みで唆す。――もっと素敵な、極楽へいらっしゃい。魅了された人々は覚束無い足取りで近付き、手を伸ばす。しかし、その手が小さな花瓶に触れた途端、吸い込まれる様に消えた。
既に声が届かない者も居る。鹿糸は彼らを優しく気絶させると、丁寧に花の檻へと迎い入れていった。中は月夜の花畑。きっと、お間抜けな人の子が案内してくれるから――。
「花が咲くまで微睡んで」
愛おしそうに花瓶を撫でた鹿糸は表情を一変させ、天高く浮かぶ海月を睨んだ。彼女は傘を振るう。氷が放たれ、海月が凍る。そのまま墜ちるより先に雷が落ち、氷を粉々に砕いた。
「ふわふわ浮かんで、腹立たしい。夢は結局、紛い物よ」
終わりを望むなら、その通りに。鹿糸は消え行く海月を一瞥する。
「自分の選択に責任は持つわ」
「オレも、死ぬならラクに逝きたいがね。まだお迎えは早いよな」
「ええ、私たちは『生きて』いますから」
天を仰ぐトーゴに釣られ、桜花と鹿糸も空を見上げた。視線の先には未だ多くの海月が浮かぶ。中には幸せな夢を見る人の影。
人の一生とは、重荷を背負い遠き道を行くが如し。三人の道行は未だ果てが見えない。苦しくても、悲しくても、それでも彼らは歩みを止めない。
煌々と照る月灯かりの中、桜吹雪が三人を優しく包んだ。
大成功
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天星・雲雀
「望みを何でも投影する幻影空間の海月ベッドは寝心地良さそうですが、永眠保証付きだと使いたくないですね」
「中の人達も少し寝過ぎなので、爆風と爆音の目覚ましで起こしてあげます」
「オトモ!威嚇しつつ、海月の表面だけ焼いて、予定の場所まで追い込んで!」
【行動】UC狐火(見た目を派手にして火力抑えめ)で、中身入りの海月を爆弾設置地点まで追い込んで、
起爆。海月部分だけ剥ぎ取って、中の人を救出します。
中の人の衰弱が激しいようなら、回復系のUCもしくは技能を持つ他の猟兵を呼んで来て、治療にあたってもらいます。「ぜったいに死なせません!」
(必要に応じて、アドリブ・絡み・連携・サポートをよろしくおねがいします。)
相沢・友子
百鬼夜行の列の中に、全身を包帯で巻いて、額にキョンシーの御札を着けて、ぴょんぴょん跳ねてる人魚が一匹。
「ここに集まってる人みんな、生きる義務からの開放を望んでるの?だとしたら、みんな疲れ過ぎだよ~」
「そらとぶ海月に連れて行かれたら、帰れないよね・・・」
「歌いたいかも・・」
(迷わず海月に向かっていく人には、レクイエムを、今からでも気が変わって生きる道を選ぶ人には、第二の人生の子守唄に成れば・・・)
「私の歌は、人間の可聴域から外れてるけど、癒やしの一助になれば良し。大気中の水分を震わせ遠くの人の心や体にも届きますように」
【行動】UCシンフォシック・キュアを使います。
勘解由小路・津雲
おいでなすったか。望月殿の意をくんで、ここは救出を試みるとしようか。……救出、になるのかどうか、わからんがな。
【行動】
【白帝招来】を使用。水晶宮からの使者に突っ込み、誰もいなければそのまま引き裂き、人がいるならば、有無を言わせず襟を加えて引きずり出す。
説得しようかとも思ったが、この数ではな。
……この世は陰と陽で出来ている。敵が「悪」と呼べぬなら、その役をおれが引き受けよう。幸福な救済を奪った相手、憎むべき対象があれば、それを糧に生きることもできよう。
例えば家族を殺された人間が、復讐を夢見て絶望せず生き長らえるように。それが今必要な役割なら、それを演じるのに躊躇はせん。
崩壊した百鬼夜行の列の中。全身を包帯で覆い、額にキョンシーの御札を着けた人魚が一匹飛び跳ねる。相沢・友子は不思議そうに周囲を見回した。
「ここに集まってる人みんな、生きる義務からの開放を望んでるの? だとしたら、みんな疲れ過ぎだよ~」
彼女はぴょんぴょん跳ねて、行列から離れると空を見上げた。漂う海月に連れて行かれたら、帰れないのだろう。あの人たちもきっと。
友子は歌いたい、と思った。
それと時を同じくして、勘解由小路・津雲と天星・雲雀も天を仰いでいた。
「おいでなすったか」
「望みを何でも投影する海月ベッド。寝心地良さそうですが、永眠保証付きだと使いたくないですね」
「全くだ」
二人は薄く笑うと、互いに臨戦態勢を取る。津雲は真の姿と成る為の憑代を取り出し、雲雀は周囲に狐火の『オトモ』を浮かべた。
「望月殿の意を汲んで、救出を試みるとしようか。……『救出』かどうか、わからんがな」
「……でも、中の人たちも少し寝過ぎですし、爆風と爆音の目覚ましで起こしてあげますよ」
雲雀は仕掛けた爆弾の事を話した。彼女は中身入りの海月を選んで、狐火で追い込むと言う。津雲は頷いた。
「ならば、おれはそれから漏れた奴を相手にしよう」
「お願いします。……オトモ!」
飛び出した雲雀は、予定の場所まで走りながら狐火に命ずる。
狐火は人影を映す海月を選んで近付くと、激しく燃え上がって威嚇した。派手な見た目とは裏腹に、実際は表面を焼くに留めておく。青い怪火で傷を修復する海月は、誘導されるがまま爆弾の元に流れ付いた。起爆。
墜ちる海月に飛び付いた雲雀は、ぶよぶよした肉の中から眠る少女を救出する。彼女は後方に下がると茫然自失の少女をそっと横たえた。そして、再び走り出す。
「オトモ! 次!」
一方、雲雀を見送った津雲は海月の動きに目を凝らした。爆音は絶え間なく響く。しかし救出に時間を割く分、敵の数は一向に減らない。
「……西方司る天の四神が一柱、ここに顕現せん」
埒が明かぬと見た津雲は白虎に変身すると、音とは反対に走る。そして海月が視界に入る度、手当り次第突っ込んで行った。
海月の中は心地良く、非常に眠気を誘う。津雲の脳裏を見慣れた顔が通り過ぎた。しかし、彼はそれを振り払うと檻を引き裂いて飛び出す。そして、直様次の海月に突っ込んだ。中には穏やかな顔で眠る男が一人。彼は男の襟を咥えて無理矢理引き摺り出した。説得する事も考えたが、未だ多くの海月が浮いている。時を費やす訳にはいかない。
咥えたままの男の扱いを逡巡する間もなく、雲雀が手招いた。駆け寄った津雲は男を下ろす。周囲には助け出された人々が集められていた。皆著しく弱り、大多数が突然の目覚めを理解できず、虚脱状態にある。
戦いに戻るか、それともここで手伝うか。迷いを見せた津雲に、雲雀は力強く断言した。
「ぜったいに死なせません!」
「任せた!」
津雲は再び海月に飛び掛かって行く。繰り返される救出劇。増えてゆく衰弱した人々。雲雀は『オトモ』に叫ぶ。
「他の猟兵を呼んで来て! 誰か、治療が出来る人!」
狐火が四方に散った瞬間、何かが空気を震わせた。
助けを求める声に応え、衝動のまま友子は歌う。響き渡るのは人間の可聴域から外れた音。しかし、その声は大気中の水分を震わせ、聞き入る者の身体に染み渡る。それは死者の為の鎮魂歌であり、生者の為の子守唄であり、そして第二の人生を言祝ぐ詩であった。
多くの人に届きますように。彼女の望み通り、その歌声は集められた人々の身体を癒やす。
そして、皆、夢から醒めた。現実が追い付く。絶望の怒声が、怨嗟の絶叫が、救いを求める慟哭が響いた。
怯み、思わず歌を止める友子。雲雀も顔を強張らせる。そこに津雲が戻り、矢面に立った。
「……この世は陰と陽で出来ている。敵が『悪』と呼べぬなら、その役、おれが引き受けよう」
家族を殺された人間が復讐を糧に生き長らえるように、彼らも憎むべき対象が居れば良いのだ。幸福な救済を奪った相手として、津雲を憎んで、その憎しみを糧として生きれば良い。
津雲は不遜な態度で嘲笑う。演じる事に躊躇は無かった。今、それこそが必要な役割だ。
「あんたたちの夢を終わらせ、地獄に引き戻したのはおれだ」
身震いする程膨れ上がる敵意。駆け寄ろうとした雲雀は、弾かれたように振り返った。色濃い影が滲み出る。
「どうして?」
闇の中から女の声がした。
大成功
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第3章 ボス戦
『死霊女主人『髑髏彼岸』』
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POW : この子達と遊んであげて?
【記憶】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【妖怪がしゃどくろ】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD : 希望というのはよく燃えるわ
対象の攻撃を軽減する【紅く燃える人魂】に変身しつつ、【心を焼く呪いの炎】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ : 思い出して……
【優しい言葉】を向けた対象に、【悲しい記憶】でダメージを与える。命中率が高い。
👑7
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「どうして? 貴方は助けたいと思わないの?」
死霊女主人『髑髏彼岸』は心底不思議そうに呟く。彼女には理解できない。彼女は救おうとしただけだ。辛さから、悲しみから、苦しみから。生き続ける地獄から。
どうして猟兵はこの手を拒むのか? 気付いた髑髏彼岸の顔が憂いを帯びたものに変わった。
「……そうね、『猟兵』は『世界』を救う者」
世界の為には、多少の犠牲は仕方ない。そうね。それじゃあ、『人』は救わないのかしら?
心を壊し、呆然と座り込む少女が居る。もう一度を望み、両手を天に伸ばす男が居る。もはや起き上がる事すらできぬ老女が居る。溢れ出す憎悪と共に血の涙を流す幼子が居る。救いを求める『人』が居る。彼らを救うのは誰か?
かつて確かに『人』であった女は、今『世界』の敵であるオブリビオンは、悲哀に満ちた眼差しで微笑んだ。彼女は両手を広げる。招き入れる為に。抱き締める為に。否応なく『世界』を選ばされる、可哀想な『猟兵』を救う為に。
「そんなの、悲しいわ。……ねぇ、貴方もいらっしゃい。救いをあげる」
御園・桜花
「畑を増やしてもすぐの増収はなく、隣村と水利抗争の危険がある。備蓄は有無不明なうえ代官の許しなくひらくのは難しい。棄民予定でなかった老人、売られる予定のなかった子供、争う予定がなかった隣村、全てに迷惑をかける可能性がある選択を、私達はしてしまった。今生きる努力している生者より大事な者などなかったのに」
「貴女に付き合う余裕がないだけです」
高速・多重詠唱で銃弾に破魔と炎の属性のせ射撃
威力不足ならそのまま術使用
「ご迷惑をかけ誠に申し訳ありません」
戦闘後名主の家で土下座
死を望む者は墓作り埋め
名主が指示した場所をUC「ノームの召喚」で掘り返し畑化手伝い
村民にかける迷惑を少しでも軽減するよう働いてから帰還
鹿村・トーゴ
髑髏の姐さんの言う事も解るよ
もう生きるのに耐えられない人も居る…
怖い思いして自死するよりあんたに連れてかれた方がいいよな
こんな事する姐さんも世界に見限られて絶望した事あんのかね
まー
猟兵なんて結局その場限りの化け物退治しか出来ねー事も多いさ
黒、白…潰し合いの駒に選ばれただけで
人助けは二の次…情けないもんだ
結局人を救うのは人同士だろーよ
UCの花弁を【念動力/暗殺】髑髏彼岸に集中
花に紛れて戦線に近い村人を退避
接近できればUC解除しクナイで攻撃
教え込まれてるけど
話せる奴とか敵って解っても殺すの実はヤなんだ
まして人やあの子を、なんてさぁ…
その救いには乗れないや
ユキエ迎えに行かなきゃ駄目だからな
アドリブ可
勘解由小路・津雲
さて、悪役をまっとうするとしようか。髑髏彼岸とかいったか、あんたは優しいのだろう。別に間違っているともいわない。だが、それでも、あんたの思いを遂げさせるわけにはいかない!
【戦闘】
【白帝招来】を継続使用。接近戦のこの技はあまり相性がよくない気がするが、いたしかたない。【属性攻撃】で爪や牙を強化しつつ攻撃。
相手が人魂に変身したら、反撃は覚悟せねばなるまい。【オーラ防御】などでなるべく軽減するが。仮初の体ゆえ、物理攻撃なら困らぬが、心を焼くとは、つくづく相性の悪い!
そしてもし、望む村人がいるなら、戦闘後攻撃を受けて死んだふりでもしようか。役をまっとうするために。器物を誰か回収してもらえると助かる。
氏神・鹿糸
UCを解いて花瓶(本体)から眠っている人間を出しましょう。
私の世界を楽しんだなら、働いてもらうわ。
―存分に咲き誇れ。
海月の中で死んだ人間も含めて、UCで植物に変化。
蔦や根を操り、彼女の動きを制限していくわ。
救ってくれるの?優しいのね。
私にとっての悲しい記憶。
かつて栄え、炎に呑まれた藩主―元の主の記憶かしら。
道が違えば救いもあったのでしょうけど。
その記憶も、今は私を構成する一部でしかないわ。
縛霊手『華鹿』で[怪力]を込めて彼女を拘束。
私は土と火から生まれた器物。[火炎耐性]は完璧よ。
そのまま零距離で炎[全力魔法]を放出。
優しい私が、救ってあげる。
さようなら―優しいアナタ。
言い分が解るからこそ戦いにくいと鹿村・トーゴは思った。生世に耐えられない人は確かに居る。そして、怖いと泣きながら自死するより、幸せな夢へと連れ去って貰った方が良い。髑髏彼岸はそれを知っている。彼女も世界に見限られて絶望したのだろうか?
「情けないもんだ……。結局、人を救うのは人で、猟兵じゃないんだろーよ」
猟兵は人助けよりもその場限りの化け物退治を優先せざるを得ない。結局の所、白黒付ける潰し合いの駒にしか過ぎないのだろうか。
トーゴは俯いた。そこに御園・桜花の硬い声が重なる。
「救う事は出来なくても、私たちはせめて村人に迷惑をかけない様にすべきでした」
畑を増やしても直に作物は実らないうえ、隣村と水利抗争の危険が在る。村の備蓄は有無不明なうえ、代官の許し無く蔵を開く事は難しい。結果どうなるか。老人は棄てられ、子は売られ、隣村とは争いに成る。……全ては推測に過ぎないが、可能性は十分だろう。
桜花はこの先村を襲うかもしれない苦難を思い、胸を痛めた。
「生きる努力をしている生者より、大事な者など無かったのに」
「いや、生も死も道理の内に在る。そこに差は無い。道理の外からの干渉こそ防ぐべきだ」
「この村にとっては道理の内外なんて関係ありません。等しく村の外からの望まぬ干渉です」
嘆き悲しむ桜花は勘解由小路・津雲を睨んだ。かつての主の意思を継ぐ陰陽師にとっては、オブリビオン排除こそが命題だ。その結果『悪』と断じられても構わない。彼は役割を全うすべく殊更冷徹に振る舞った。そこに、自身の装備武器を無数の花弁に変えたトーゴが割って入る。彼は花弁を髑髏彼岸に差し向けながら叫んだ。
「仲間割れは後! まずは髑髏の姐さん!」
そして、舞い踊る花弁が目眩ましと成っている間に海月から助け出した人々を担ぎ上げて走った。その横を破魔の力が込められた銃弾が炎を纏って飛ぶ。救助を援護する桜花の射撃だ。彼女とて彼らを助けたくない訳では無い。ただ、優先順位が違うだけなのだ。
「貴女に付き合う余裕はありません」
桜花は銃越しに髑髏彼岸を見据えた。
助力を受けて避難を終えたトーゴは、花弁を消すと髑髏彼岸に斬り掛かる。敵は攻撃を避けながら語り掛けた。
「優しい貴方。彼らは助けるのね」
その声はトーゴの心に波紋を呼んだ。猟兵は敵を倒さねばならない。しかし、彼は話が通じる者を殺すのは嫌だった。人を殺すのは嫌だった。脳裏であの子が笑う。悲しい。悲しい。……その悲しみを癒やすのは、終わらせるのは死だろうか? 髑髏彼岸が招く。
「その救いには乗れないや」
ユキエを迎えに行かなきゃ駄目だから。トーゴは哀しく微笑み、クナイを振り上げた。
「陰陽の道って難儀なものね」
不協和音響く中、氏神・鹿糸は傘を傾けて悠然と微笑んだ。彼女は花瓶から眠る人間を出す。そして、その全てを植物へと変えた。存分に花の檻を楽しんだ分、彼らには働いてもらわねば。
「『在るがままを愛でるべき』と言う考えは理解できるわ。でも、花は刈り取られ、もう大地には戻れない。だったら、花瓶に活けましょう?」
「そして、枯れるまで咲けば良い、か。……どうにも、分が悪いな」
既にオブリビオンからの干渉があり、果たして道理は適っていない。そして、一度道理の外に出た者はもう戻れない。津雲は苦笑して頷くと、白虎の姿のまま羅刹の少年の元へ加勢に走る。
髑髏彼岸。人を救おうとするオブリビオン。それは優しさで、別に間違ってもいないのだろう。だが、それでも。
「あんたの思いを遂げさせるわけにはいかない!」
飛び掛かる津雲を隠れ蓑に、幾本もの蔦や根が地を這った。白虎の鋭い爪や牙が襲い掛かる。素早く躱し続ける髑髏彼岸だったが、気付いた時には生い茂る植物に動きを阻まれていた。身を貫く一撃が当たる直前、敵は紅く燃える人魂へと変じた。
津雲は人魂に飲み込まれ、燃え上がる。彼は全身をオーラで覆うが、耐え難い苦痛に身を捩った。仮初の身体は物理攻撃に強い。しかし、器物に宿る心を焼く炎には為す術も無かった。
「つくづく相性の悪い!」
津雲は飛び退り距離を取る。再び人の形に戻った髑髏彼岸を、いつの間にか接近していた鹿糸の縛霊手が拘束した。敵は身動ぎ一つ出来ぬまま、彼女に視線を向け口を開く。
「もう叶わない思い出に囚われるのは辛いでしょう? 私が救ってあげるわ」
かつて栄え、炎に呑まれた藩主が居た。鹿糸の元の主。道が違えば救いが在ったかもしれない、と思う。しかし、今となってはその悲しい記憶も彼女を構成する一部でしかない。
「優しいのね」
微笑む鹿糸は顔色一つ変えず、力も緩めず、そのまま零距離から炎を放った。彼女は土と火から生まれた器物。炎では傷一つ付けられない。
「ああああ、熱い、熱い! 助けて! どうして、どうしてぇ!」
「優しい私が、救ってあげる。さようなら、優しいアナタ」
天を焦がす弔いの炎は赤々と燃え盛り、立ち上る煙は満月を隠した。
「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。私に手伝える事が在りましたら何なりとお申し付けください」
翌朝、桜花は村の名主の元に赴き、土下座で侘びた。猟兵様に指図など出来ないと渋る名主だったが、結局説き伏せられた。彼女は土小人を召喚し、土地の開墾に励む。少しでも、将来の悲劇を防がなければ。
懸命に働くその姿を遠くに望む津雲は、敢えて人気の無い建物の影に居た。彼は背後から襲い掛かる気配を無視した。振り下ろされる鍬。悪役を成し遂げた陰陽師の姿は掻き消え、古い鏡が落ちる。拾おうと伸ばされた手より早く、横から現れた鸚鵡が咥えて飛び去って行った。
ユキエは相棒の肩に舞い戻る。木の上から見守っていたトーゴは受け取った鏡を丁寧に仕舞うと、桜花を手伝う為に飛び降りた。
鹿糸は生い茂る蔦を撫でる。幸福な死を望んだ人々。植物に変じているが、生物である事に変わりはない。このまま地中深くに埋めてしまえば、意識の無いまま死ねるだろうか?
「でも、自分の最期は自分で決めないとね」
彼女は傘を回すと、皆の元に悠々と歩を進めた。
猟兵が耕した畑は毎年見事な麦を実らせ、村を飢餓から救ったそうだ。
大成功
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