●――某月、某日、某時刻。
月も天上から傾き始めた時分。
鴉の声をどこか遠くに聴きながら、頼りない提灯の光が照らすのを頼りに畦道を歩く。
「全くどうも、あいつは話が長くていけねぇやな」
ほぅと溜息を吐く様に一人ごちる男の心中は、のんびりとした口調とは裏腹に高揚感に溢れていた。
先日、馴染みの家の娘との縁談が纏まった。
両家はそれこそ祖父の代からの付き合いがあり、此度の縁談も漸く両家に異性の子が生まれた事で舞い上がった両親達が推し進めたものだ。
当人達より盛り上がって式の日取りはどうだこうだと交し合うのには苦笑いが漏れたが、男も娘も幼少の頃よりお互いを憎からず想っていたので否は無かった。
そうして事がとんとん拍子に運ぶ中、残り僅かな独身生活を仲間連中とはしゃぎ合う為に、この辺りでは一番の賑わいを誇る宿場町まで出向いたのだった。
男同士賑やかに語り合い、漸く店を出たのが四半時前。
この頃になると流石に行き交う人も居らず、響くのは自分の足音だけだ。
幸い、村から宿場町まではそう離れてはいない。
一刻も歩けば十分にお釣りが出る程だ。
『ごぉ…………ぉおん』
突如響いてきた音にびくりと身を竦ませる。
何事かと周囲を提灯で照らしながら逸る気持ちを抑えると、音の正体が解った。
向かって左手、それなりに大きな寺がある。
恐らく僧侶が寝ぼけて梵鐘を鳴らしたに違いない。
人騒がせな事だ、と一つ笑って歩き出し――直ぐに歩みは駆け足へと変わる。
幸か不幸か、男は思い出してしまった。
最近、人々の間で流れる或る噂。
とある寺にある梵鐘が夜な夜な人を攫うらしい。
出所も定かではなく、何処何処の誰某が姿を消しただのと面白おかしく吹聴されたそれは、一足早い納涼話として酒の肴にされている。
勿論男もそんな話は信じていない。
しかし、思い出したもう一つの事柄が男の足を前へ前へと動かしていた。
左手の寺は先の戦で戦火に飲まれて廃寺となり、復興が進んだ今となっても誰一人寄り付かない場所となっている。
そんな寺で、いったい誰が梵鐘を鳴らすと言うのか。
『ごおぉ…………ぉおおん』
先程より大きく梵鐘が響く。
からり、と提灯が音を立てて転がり、中の蝋燭が障子紙を燃やしていく。
男の姿は、もう何処にも無い。
●――怪異の半分は人の悪意
「と言う感じで人々が拉致されています!」
ふんすふんす、と鼻息も荒く両手を握る巫女。
相変わらず緊張感や緊迫感を削ぎ落としてくる望月・鼎の説明によれば、今回発生した事件は以下の様になる。
とある寺の梵鐘が夜な夜な人を攫う、と言う噂が流れる。
時を同じくして、幾人かの行方が解らなくなる。
消えた人は何れも夜までの目撃情報は有るが、夜からは誰もその姿を見ていない。
「予知した内容ですが、攫われた人は大きな梵鐘に閉じ込められてじっくり蒸し焼きにされてしまうんです!その前に助け出さないと!」
攫った理由も謎だが、攫われた人の最期も謎に満ちている。
何が悲しくて態々梵鐘に閉じ込め、その上で蒸し焼きにするのか。
その辺りに、もしかすると何らかの手掛かりが有るのかもしれない。
「まだ数日は余裕が有りそうですけど、解決が早いに越した事は有りません!なので積極的に動いてくださいね!」
そう纏めた鼎は、ふと思い付いた様に小さく口を開いた。
「鐘が人を攫うなんて……おっかねー」
言いやがったなコイツ。
一ノ瀬崇
一ノ瀬崇です。
今回は怪異の謎を追っていくシナリオとなっております。
色々なアプローチを仕掛け、解決へ導いてください。
プレイング合わせを行う場合は、相手方の名前と「共闘します」と一筆添えて頂ければ合わせリプレイを執筆します。
第1章 冒険
『業火の除夜の鐘』
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POW : 寺で梵鐘を見張る、梵鐘にわざと攫われる
SPD : 梵鐘にGPSを取り付けて囚われた人の居場所を見つける
WIZ : 攫われる人の特徴から次のターゲットを割り出す
👑11
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佑・盾
人を攫って蒸し焼きなんて酷いことするなぁ……
理由があるにせよ、見逃すわけにはいかないなぁ。
頑張って次の犠牲者が出る前に止めないとね!
まずは周囲の住人に廃寺について何か他に噂は無いか【情報収集】するよ
大体情報を集め終わったら【聞き耳】をして待機し、梵鐘の音が聞こえたら【BurstBinder/code:CHASER】で【追跡】していくよ。
「んー、噂以上の事はチトわからねぇなぁ」
「そっかー……うん、ありがとうございます!」
「悪いな、嬢ちゃん」
噂の廃寺の周辺で聞き込みを続けるのは佑・盾。
主要な街道に近く通り掛かる人も多い為、何かしらの情報を持っている人は少なくないと踏んでの調査だ。
そして太陽が中天へ昇った頃、遂に染物屋を営む男から有力な情報を得る事が出来た。
「そういや、一昨日だったか。たまたま夜中に出歩く用事が有って此処を通り掛かったんだが」
「用事?」
「そこは、ほれ、そんなに気にせんでくれよ」
どこか気恥ずかしそうに視線を逸らす男。
まぁ、その用事とやらは既に聞き込みによって大方予想は付いているのだが。
梵鐘の噂と同時期に流れ出したもう一つの噂。
大層別嬪な尼僧が、近頃宿場町へ出入りしているらしい。
旅の疲れを癒しているのか、宿は辿えずにいるが此処数日彼女の姿を見掛けた者は存外多い。
そしてその見目麗しい尼僧に熱を上げているのが、この染物屋の男、と言う訳だ。
どうにか尼僧とお近付きになりたい男は、目立たぬよう夜になってからこの寺の近くの茂みで千両の花を探していた、と言うのは近所に住む者達が皆知っている。
知らぬは本人ばかりなり、だ。
「その日の……子の刻を数えた辺りだ。不意に人の気配がしたもんで何かと思ってそこの茂みから顔を出してみれば、数人の男達が何やら大きなもの……ありゃ何だろうな……袋や俵みたいな柔いもんじゃなく、もっとしっかりした金物、みたいなものを抱えて走っていくのが見えたんだ」
「金物って?」
「薄明かりだったからはっきりとは見えなかったんだが、それこそ大の大人が数人掛りで運ぶ様な大きさのもんだ」
「例えば……梵鐘みたいな?」
「おぉ、そう言えばそんな形して……ん?」
「もしかしたらその人達、梵鐘が人を攫うって話と関わりが有るかもね」
まだ断定は出来ない。
出来ないが、極めて有力な情報を得られた事に盾はにんまりと口を歪める。
「ありがとね、おじさん!」
「俺はお兄さんだ!」
染物屋の男に手を振り通りを歩いていく盾。
面白い話を聴けた、とこの後の算段を付ける。
当初は梵鐘そのものを見張れば如何にかなると考え廃寺の中で見張る心算で居たが、男の情報を信じるのなら寧ろこの通りを見張っていた方が良い。
もし、廃寺の中で待ち構えていたなら梵鐘の音が聴こえていても現場を押さえる事は叶わなかっただろう。
逆に外から見張って居れば此処を通った人間が攫われる瞬間を目にする事が出来、どの方角へ立ち去るかも容易に見分ける事が出来る。
それこそ空を飛ぶだの透明になって消えるだのと言った夢物語の様な事でも起きない限りは。
近くの宿で時間を潰し、日も暮れて周囲を宵闇が包み込む時分。
宿の人に気取られぬ様静かに動き出し、件の廃寺を見張れる場所へと向かう。
昼間、男が隠れて見ていたと言う茂みの辺りだ。
着いてみれば周囲は低木に覆われ外から気付かれにくく、足元は腐葉土で音が吸収される御誂え向きの場所。
「さて、後は獲物が網に掛かるのを待つばかりだね♪」
スパイ映画の主人公になった様な高揚感を押し留めながら、暫し待つ。
今日は雲が多く、灯が無いとほんの一間先も見通せない程に暗い。
人通りも耐え鳥獣の声も届かなくなった頃、遂に事態が動き出す。
「……今日はもう少し分け入ってみるか。丁度良いのが有りゃあなぁ」
ゆらゆらと頼りない歩みでやって来たのは、昼間の男だった。
どうやら今日も千両の花を探しに来たらしい。
そこまでして花を摘み、尼僧の気を引きたいのだろうか。
年齢に似合わず純情な男の行動に微笑みを浮かべた盾は、直ぐ様意識を切り替えた。
道の反対側から、蠢く影が現れる。
同時に鳴り響く梵鐘の音。
『ごぉぉ……おおん』
「うおぉっ!?」
突然の音に驚き狼狽する男。
蠢く影は素早く男を取り囲み、あっと言う間に持っていた何かへと男を押し込んだ。
その時、ふと雲が途切れ僅かに月明かりが差し込む。
「……えぇ……?」
照らされたものを見て、盾は思わずたじろいだ。
黒い頭巾と装束に身を包んだ集団が大きな梵鐘を抱え、その中に男を放り込んで拉致していた。
余りに馬鹿馬鹿しい絵面となっている噂の真相を前に一瞬呆けるが、直ぐにロボットハンドを召喚して後を追わせる。
「ばすとばいーんだー!アレ!アレ!おっかけて!」
小声で鋭く指示を飛ばすと、ロボットハンドは音も無く怪しい集団を追い掛けた。
元々発見され難い上に、この闇だ。
何事も無く連中の本拠地へと辿り着けるだろう。
「人を攫って蒸し焼きなんて酷いことするなぁ……理由があるにせよ、見逃すわけにはいかないなぁ。頑張って次の犠牲者が出る前に止めないとね!」
ゆっくりと身体を起こし、十分に距離を取ってから後を追う。
分厚い雲の上で、月が猟兵を悠然と見詰めていた。
大成功
🔵🔵🔵
水心子・真峰
では廃寺の近くの宿場町を調べてゆこう
近くの飲み屋から順に赴き、周りの客に酒を奢りながら
怪談の話を訊いてみよう
そういえばこの近くの廃寺に梵鐘が吊ってあるのを見たぞ
確かに立派なものだが落ちたら危なそうだねぇ
該当する話が出れば更に
まぁ怖い話をしてすまなかったな
何か目出度い話をしよう
わたしは最近友人が結婚してな――と話題を振ってみるぞ
怪談と縁談、両方の話が出れば
その店に予知の男が出入りしている可能性が高いな
目を離さないでおこう
レヴィア・ストレイカー
梵鐘付近で闇に紛れ『暗視』を使いつつ背後はUA571セントリーガンに守らせながら警戒を行う。
「昔、梵鐘から八匹の大蛇が現れ人を食らう話を聞いたけど、攫った上で蒸し焼きとは・・・大蛇ではなさそうだ」
自分が攫われた場合に備え『撮影』を使い他の仲間に情報を渡せる様にしつつ行動する。
「ホラー映画だと自分の死に様が写るのが定番だけど・・・」
攫われた人を発見した場合は周囲へ通知しUA571セントリーガンに守らせつつ自分自身は民間人の退避路の確保に動く
神宮寺・絵里香
「猟兵商業組合連合・情報収集班」で参加タケノコみたいな下らねえ駄洒落言ってんじゃねーぞ、望月!!真面目な場面でふざけやがって…罰として商会ビルの周り30周な。ま、それは後で確実にやらせるとしてまずは情報収集からだ。酒の席での話題になってるらしいから、酒場での【情報収集】だな。梵鐘が人を焼き殺す怪談について酒場の連中から話を聞く。いつ、誰が、どんな時に攫われているのか。そこから被害者の共通点や属性をアマータとシャノンとで分析する。そして分析した状態を囮班に伝える。酒の席で絡んでく来たり、喧嘩をふっかけてくる馬鹿共には【グラップル】で腕を締め上げ、【恐怖を与える】で脅かしつつ【情報収集】をする。
ウィルトス・ユビキタス
『猟兵商業組合連合・監視チーム』
何やら怪しげな動きをしている輩がいるようだし、早めにケリを付けないとな。
情報収集チームからの報告を受けて襲撃が予想される場所を確認。それを見通せる場所に陣取る。
そして囮役となっている十六夜を監視。
【忍び足】【暗視】【目立たない】【迷彩】で気づかれないようにする。誰かに見つかりそうになったら【残像】を残して逃げる。
また、情報収集チームが狙われる可能性があるのならそちらを監視、尾行。
自身に危機が迫った時はねんじる。
「今……お前の……心に……呼びかけている」
アスカ・ユークレース
『猟兵商業組合連合・監視チーム』との協力プレイ。初めての
合同任務、緊張するのです……!
【迷彩】で隠密行動しつつ【視力】で監視と尾行。
UCを利用してドローンを上手く散らせて広範囲のカバー。何か発見があったら逐一他の監視チームメンバーに通信機にて連絡を入れる。
大体どの辺を監視すればいいかのあたりを【第六感】である程度絞っておく
月代・十六夜
「さーて鬼が出るか蛇が出るか。…いやホント頼むから何か出てくれよ、何も出てこなかったときが一番つらいぜコレ」
「ヒッこれがまさか噂の
…!?」(拐われる時ボイス)
【役割】自分は『猟兵商業組合連合・囮』だな。情報収集チームの皆が集めてくれた情報から、襲撃予想地点等を割り出し、拐われる条件に沿うような事を仄めかしながら提灯を持って一人で向かう。武器はしまって一般人の振りをし、襲撃された時も抵抗はあまりしないで、あくまで一般人がびっくりした程度の偽装をこなす。そのときに提灯を取り落とせば監視チームが仕事をしてくれると信じてるぜ。
立花・桜華
奇妙な事件のようだね
皆で事件を無事に解決しようね!
【役割】
わたしは『猟兵商業組合連合・監視チーム』だね
情報収集チームの皆が集めてくれた情報から、敵の行動を予測して襲撃予想地点等を割り出していこう
【監視及び尾行】
監視を行う際は、近くの建物や草木等の地形を利用しつつ囮役の人の周辺に潜伏し、聞き耳と暗視で敵が現れるか周囲を確認
同じ監視チームとは通信機を用いて連絡を取り合うことで連携を密にする
囮役に敵が引っ掛かったら、目立たないように忍び足で足音をたてずに敵を追跡する
追跡中は持ち前の視力を生かして敵の姿を見失わないようにする
また第六感で敵の行動を予測して、上手く敵の索敵や警戒網から逃れるようにする
御手洗・花子
『猟兵商業組合監視チーム』と共闘します。
「奇妙な格好と手段で殺人する集団とか邪教の信者にしか思えんのじゃが…邪神喚んだりせんよな?」
情報チームが情報を集めている間に『情報収集』『地形の利用』で周囲の地形、特に鐘を担いで歩ける道などを調べる。
情報チームの情報を元に囮が襲撃される地点を予測し周辺を監視チームで囲むように点在させ監視の網を張る。
監視チームは互いに連絡を取り合いターゲットの位置を知らせ合う『目立たない』『迷彩』などで気付かれぬよう監視し、ターゲットが来たら【影の追跡者の召喚】で追跡、本体は事前に調べた地形情報とターゲットの進行方向から目的地を予測し事件現場を割り出す。
アマータ・プリムス
猟兵商業組合連合・情報収集班として他の連合の方と協力します。
当機は絵里香様、シャノン様と一緒に酒場へ行き今までの犠牲者の情報を集めます。【礼儀作法】【世界知識】【情報収集】【目立たない】【変装】を使い酒場の客にお酌をしながら情報を集めます。
「なにか梵鐘について知っていることはございませんか?この一杯分でいいのでお教えください」
お客の隣に座ってお酌しながら話を聞きますがお触りは許しません。見るだけなら許しますが。
知り得た情報は一旦絵里香様、シャノン様と共有し【学習力】で必要な情報を洗い出し他のチームの方にも携帯秘書装置を使い伝えます。
シャノン・ヴァールハイト
【役割】『猟兵商業組合連合・情報収集班』
情報収集1を利用した酒場での情報収集を行う。同時に、デバイスによる情報のやり取りと、監視側の位置把握の為にアプリを起動する。
【情報収集】アマータ、神宮寺の二人と酒場で情報収集を行う。囮である十六夜の事を周囲に聞こえるように言って、婚約した…もしくは尼に気があると言った発言をし、周囲にソレを認識させる。そうする事で、友人の為ならばと言う人情を逆手にとり、酒場の者達の口を軽くした上で、情報収集を行う。【その他】関係無いかも知れぬが、美女二人と一緒の行動となるので、ナンパ等があれば可能な限り防ぐつもりだ。そうせねば、重傷者がでかねん
加賀・琴
梵鐘で蒸し焼き、ですか。
惨いことを……
でも、梵鐘で蒸し焼きなんて真似をするなら必ず焼け跡が残りますよね。
蒸し焼きにしただろう現場を探してみますか、これも一種の『失せ物探し』でしょうか?
蒸し焼きにするのは毎度同じ場所なのか、それとも違う場所なのかは探せば分かるはずです。
同じ場所ならそこを張っていればいいですし、毎度違う場所でも何かしら規則性を見出せれば次の現場を特定できるはずです。仮に規則性がなくても、人に目撃されずに梵鐘を蒸し焼きに出来る場所はそう多くあるとは思えませんし、それが出来そうな場所を幾つか巡回しますよ。
蒸し焼きの現場を見つけたらお祓いしておきますね。宗教違いですが成仏してください。
鴉が数羽ぎゃあぎゃあと鳴きながら塒へと飛び立っていく。
通りを行き交う人々も七分の疲れと三分の喜色を滲ませながら、皆足早に過ぎて行く。
日も傾いた夕暮れ時。
宿場町のあちらこちらから、楽しげな宴の喧騒が聴こえてくる。
偶に言い争う様な声も上がるが、そこは酒の場。
じゃあ飲み比べで勝負だと次々にお代わりを頼む男達と、それに答える店主との掛け合いがまた新たな賑わいを生む。
その様な場では人の口も軽くなり、奢りだと徳利を一つ差し出せば更に口が滑る。
「あぁ、あの古臭い寺だろ。何でも先の戦で焼かれて以来人も獣も寄り付かないって話だ」
「ここいらの奴は妖怪寺なんて呼んでよぅ。怪しい人影を見ただの夜な夜な狐狸の類が宴会をやってるだの、まぁ胡散臭い話にゃ事欠かねぇな」
「今までに聴いた中で一番おっかねぇのはかかぁ連中が集まって、何処の誰が夜遊びしてたってのを互いに告げ合うって奴だな」
「ひゃあ、おっかねぇや!」
「おっかあだけにな!」
うっひゃっひゃっひゃ、と馬鹿笑いをする男達。
その中に混ざって薄く笑みを湛えて楽しげに話を聴いている女が一人。
水心子・真峰は情報収集の為に幾つかの酒屋を練り歩き、こうして話を聞き出していた。
共通していたのは、皆廃寺の怪談話と数人行方が知れなくなった者が居ると聞いていると言う。
怪談話は然程差異が無かったのに対し、行方不明の者についての情報は伝聞が多く、借金取りから逃げる為に峠を越えたやら庄屋の娘と駆け落ちして江戸の町を目指したやら、余り有力な情報は持っていない様だった。
此処も外れか、と一息吐いて真峰はもう一つ話を振る。
「まぁ怖い話をしてすまなかったな。何か目出度い話をしよう――わたしは最近友人が結婚してな」
「おっ、そいつぁ目出度ぇじゃねぇか!」
「こりゃ飲まずにはいられねぇ!おぉい、こっちに燗をもう二合半付けてくれ!」
あいよー、と応える店主の声に気を良くして男達がまたやいのやいのと喋り出す。
その中に一つ気を引く話が有った。
赤鼻の男が思い出した様に呟く。
「そう言やぁうちの知り合いも式を挙げるとかで挨拶に来てたな」
「おや、そちらもかい。人の慶事を話すと回り回って幸福がやってくると言う、是非聴かせてもらえないか?」
「おっ、聴きたいかい?」
「女だてらに武芸者をやってるからどれ程勇ましいかと思えば、姉さんもこう言う話は興味津々か」
「ははは、まぁそう言う事にしておこう。ともあれ話を聞こうじゃないか、店主、煮しめと漬物を追加で頼む」
お調子者の男をするりと躱し、真峰は話を促す。
赤鼻の男はくいっとお猪口を傾けて唇を濡らし、すらすらと語り始めた。
「うちは乾物屋をやってんだけどよ、川向こうの石屋の旦那が昆布やら鰹節やらの縁起物を用立てて欲しいと、ありゃあ先月の頭だったかな。んで丁稚に数えさせる傍ら話を振ってみれば、なんと若大将が隣の家の娘さんと遂に祝言を挙げるって話じゃねぇか」
「あの若大将がねぇ。まぁ漸くと言うか何と言うか」
「小せぇ頃からずっと一緒だったものなぁ。俺等にしちゃやっとかよ、って感じだけどな」
「おっと、まだ内密にしておけよ?からかうのは婚儀を終えてからだ。日頃しっかりしてて隙の無さそうな若旦那がデレデレして骨抜きになった様を見ながら一杯やろうじゃねぇか!」
何とも気の良い弄りの算段に、思わず笑みを零す真峰。
同時に得られた情報を整理しつつ、気が逸らない様更に情報を聞き出す。
「祝いがてら当人に一杯奢りたい所だけど、そう言う事なら此処は我慢しておこうか。その若大将とやらはこの店によく来るのかい?」
「たまに見掛けるが、今日は確か二つ通りを過ぎた先の宿で、二階の一室を貸し切って仲間内でのどんちゃん騒ぎよ。独身最後の飲み明かしだってんで八助辺りがえらい張り切っててよぉ」
「それはまた、賑やかな話だね」
通りを二つ先の宿か、と頭に刻み付けた所で店の外が俄に騒がしくなる。
「お、喧嘩か?」
「酒に呑まれての喧嘩たぁ粋じゃねぇな」
「だからよーぉ、こっちへ来てチョイとお酌してくれってだけじゃねぇか」
「良いじゃねぇか、ちょっとくらい、なぁ?」
幻痛がする頭を右手で抑えながら、神宮寺・絵里香は酔っ払いを鬱陶しそうに払う。
猟兵商業組合連合として合同で事に当たっている絵里香はアマータ・プリムス、シャノン・ヴァールハイトを引き連れて情報収集班を結成し、酒場を回り怪談と行方不明者についての情報収集を行っていた。
が、平穏無事にとは行かなかった。
背中を大きく開いた派手な意匠の巫女服の女と、目立たないながらも整った顔立ちの女と、異国の服を着た赤髪の偉丈夫が一人。
それが話を聞かせて欲しいと来るのだ。
酔っ払った男達は我先にと殺到し、時には酔っ払い同士で喧嘩を始め、時にはこうして不埒を働こうと強引に迫ってくる。
確かに興味深い話は聴けるのだが、代わりに去ろうとすれば毎回男達が騒ぎ立て逃がすまいと囲み始める。
初めはけんもほろろにあしらっていた絵里香だが、こうも多いと流石に青筋を立てたくなる。
「フッ、美しいとは罪なものです」
「何か言ったか、アマータ」
「いえ、お気になさらず。しかし、時間帯は日によってまちまち。それも連日連夜では無く三日または一日置いて、時には二日続けてみたり四日間を空けてみたり。何の法則に従っているのでしょうね。被害者も年代や性別はばらばら、唯一の共通点は晴れ、若しくは曇りの夜に攫われたのではないか、とされている点ですね。ん、良い味です。やはりこの季節はおでんですね」
情報を整理しつつもマイペースに舌鼓を打ちながら料理を口に運ぶアマータ。
勿論お代は先に男達に支払わせてある。
しっかりしている、とアマータへ感心を覚えながらシャノンは酔っ払い達へ忠告を送る。
「余り調子に乗らない方が良い」
「んだぁ?」
「おいおい兄ちゃんよぉ、女の前だからって格好付けようってかぁ?」
「手を引け。今の内ならば怪我をする事も無いだろう」
ちらりと横目で様子を窺う。
絵里香の口許は怒りを堪えている為なのか小刻みにぷるぷると震え、額に走る青筋は二本に増えている。
(このままでは一般人に重傷者が出かねん……!)
絵里香は小柄だが、腕っ節は自分含めた三人の中で最も強い。
オブリビオン相手には頼もしいが、一般人を相手にするには幾ら手加減が上手くとも流石に拙い気がする。
そんな焦りを心奥底へ押し込め出来る限り穏当な声で酔っ払い達を宥める。
「家に帰るんだな。お前にも家族が居るだろう」
「やんのかてめェェェェー!!!」
「上等だコラァアアア!!!」
「何故だ
……!?」
真摯に向き合い礼儀を尽くした筈だ、とシャノンは困惑する。
喧嘩に巻き込まれぬ様にさっと小鉢を寄せて、アマータは良く通る声を発する。
「やるのでしたらなら店の外でお願いします」
「よぉーし、表へ出ろ!」
「へっへっへ、兄ちゃんをぶっ飛ばしたらお酌してくれよ?」
「巫女の姉ちゃんも良い思いさせてやるぜぇ?」
ぶぢり、と何かが切れた様な音がする。
「絵里香様、せめて怪我が残らない様にお願いします」
アマータの声に続いて、ゆらりと絵里香が立ち上がる。
幽鬼染みたその動きに呑まれ固まる男達へ、ぎらりと黒い瞳を向ける。
「黙って聞いてりゃ随分威勢が良いな?」
指をぼきりぼきりと鳴らしながら一歩前へ出る。
すると酔っ払い達は青褪めた顔で一歩下がった。
そうして一歩、また一歩。
互いが完全に店の外へ出た所で、絵里香は吼えた。
「お前等一人ずつそこへ直れ!根性叩き直してやる!」
「ひぃーっ!?」
「お助けぇーっ!?」
「鬼が出たぁーっ!!」
「踏んでください!」
おかしな事を言って神妙な顔で正座した男以外は散り散りになって逃げ出した。
腕を組み詰まらなさそうに鼻を鳴らす絵里香の後ろで、困惑を滲ませた視線で残った男を見るシャノン。
何故踏まれたいのか。
理解出来ない。
世界は広い。
妙な感心と感動を覚えている所へ、一人の女武芸者が正面の店から出て来た。
「これ、喧嘩はいけない……ん?」
「あん?」
鋭い目を向ける絵里香の顔が苛立ちからやや呆けたものへ変わる。
現れたのはヤドリガミの剣豪、真峰。
「おや、ご同業ですか。此処で会ったのも何かの縁、互いの情報を刷り合わせがてら呑み直しましょう」
残りの支払いと迷惑料を置いてきたアマータがささっと提案し、足早に通りを進んでいく。
その動きに呆気に取られていた真峰と絵里香だったが、互いに頷きを返すとその後に続く。
同じ様に呆気に取られていたシャノンは意識を戻すまで暫し時間が掛かった。
想定外の事が起こる中、あの三人の対応力には見習うものが有る。
「……女は強い、と聞くがこういう事か」
また一つ新たな知識を得て、急ぎ三人を追う。
後には正座した男が残されるばかりである。
加賀・琴は朝早くから山中を分け入り、此度の事件の手掛かりを追っていた。
梵鐘での蒸し焼きと言う惨たらしくも大掛かりな手段。
行き擦りの犯行ならいざ知らず、余りに特徴的な方法での殺害は同時に特徴的な痕跡を残す筈。
そう考え近隣の寺や山中の廃寺、修験道の祠等を回っていた。
結果、その様な大々的な事を成した痕跡は発見出来なかった。
これを別の場所で行われたと取るか、はたまた未だ蒸し焼きが行われていないと取るか。
「或いは……私に見せぬ様、痕跡を隠したか」
一つ気になっている事が有る。
途中立ち寄った数箇所の廃寺で出会った旅の僧侶達。
飛鳥寺の釈迦如来像へ参る途中で立ち寄った廃寺に心を痛め、修繕してから出立しようと決め掃除をしている、と言っていた。
平時であれば瓦版で天晴れな僧侶達と持て囃されそうなこの集団に、更に言うなら最後に訪れた廃寺で出会った頭目を名乗る尼僧に、琴は或る種の臭いを嗅いだ気がしていた。
「……訳も無く人を疑う事はしたく有りませんが……」
妙な胸の痞えが取れない。
こうした時、取る行動は二つに一つ。
違和感を切って捨て別の事に集中するか、直感を信じて突き進んでみるか。
彼女が選んだのは後者だった。
「違っていれば笑い話で済みますし、協力も得られるかもしれません」
気付けばもう日も暮れ、街道に人通りも無くなりつつあった。
宿場町に近い廃寺の様子を見たら、もう一度あの尼僧に会いに行ってみよう。
そんな風に考えた所で、廃寺の中に何者かの気配が有る事に気付く。
事件の関係者かと構えつつ中へ入ってみれば、本堂横の鐘楼付近で身を隠す影が見えた。
声を上げて誰何するより早く、声が届く。
「待って、あなたも猟兵でしょう?」
影から現れたのは金色のポニーテールが特徴的な、近未来的なアーマーに身を包んだ女性。
「レヴィア・ストレイカー。スペースノイドの猟兵よ」
「これは失礼しました。加賀・琴です」
相対するのがオブリビオンではなく味方の猟兵と知り安堵の息を吐く琴。
そんな様子にレヴィアは微笑みを返す。
「まだ気を張らなくても平気よ、予知によれば事件が起きるのは深夜。まぁそれより前にも誰か攫われる可能性は有るけど、少なくともこの時間に派手な動きは無いと思うわよ」
「それも……そうですね」
「それに仲間の猟兵の方が派手な動きをしているみたいよ。そうでしょ?」
ウィンクを送ったのは琴の背後。
釣られて振り返ると、髪を後ろで纏めたキマイラの男がふらふらっと歩いて来ていた。
男は右手を挙げて二人に応える。
「よぉ、お疲れさん。あんたらもぽんこつ巫女の予知で来たのか?」
「ぽんこつ……?」
「予知を聞いて来たのは間違いないわね。あなたの方は結構な大所帯で着たみたいだけど」
「お、解るか。こりゃあ頼もしい」
飄々と応える男、月代・十六夜。
彼は猟兵商業組合連合の囮として今回梵鐘に攫われる役目を負っている。
信頼出来る仲間達に加えて新たに二人荒事に向いていそうな猟兵と出会えた事で、囮を果たすと言う大役は何とか満足にやり遂げられそうだと気分が軽くなる。
とは言え、そんな事情を知らない二人は幾分訝しげな視線を向けてくる。
それに気付き、十六夜は頭を掻きながら軽く笑った。
「悪い悪い、色々と説明がまだだったな。俺は月代・十六夜だ。これからの作戦を練りがてら情報交換と行きたいんだが、どうだ?」
無論、否は無い。
琴とレヴィアは彼の後に続き、新たな猟兵達と顔合わせを行う事にした。
「んー……やっぱこの廃寺周辺で網を張るのが一番手っ取り早いか」
杉林の中、最も年月を重ねた一本杉の上で枝に腰掛け周囲を見渡すウィルトス・ユビキタス。
猟兵商業組合連合・監視チームとして活動するのは彼の他に三人。
UCでドローンを召喚し、広範囲を索敵・警戒しているアスカ・ユークレース。
十六夜の周囲に潜伏し、目視による警戒並びに警護を行う立花・桜華。
そして周囲の地形や情報収集班から得た情報を元に猟兵を配置し、情報を伝える司令塔の働きをする御手洗・花子だ。
緊密な連携と綿密な立案が求められる中、四人は気負う事も無く着実に下準備を終える。
「準備万端だ。改めて作戦概要を頼むぜ」
小型の無線機へ声を掛けると、数瞬遅れて花子の声が無線機から発せられる。
『あいわかった。では今一度皆で作戦を確認するのじゃ。先ず、宿場町から廃寺方面へ十六夜を動かす。この時桜華を十六夜の周囲に忍ばせ、攫われたら直ぐ様追跡出来る様にする。万一その場で十六夜が襲われる様なら飛び出して加勢じゃ』
『おっけー、任せてよ!』
『うむ、頼もしい限りじゃ。アスカは潜伏しつつドローンで索敵と警戒。高く飛ばしてドローンを気取られぬ様にな』
『はい、頑張ります!』
『張り切るのは良いが、気負い過ぎるでないぞ?わしはターゲットが来たらUCで追跡させつつ目的地の割り出しじゃ。琴の情報で山中に点在する拠点の位置が解ったからの、精度はかなり上がっている筈じゃ。そしてウィルトスは全体を俯瞰して何か有ったら対処して欲しいのじゃ。作戦立案はわしでも、現場の指揮までは手が回らぬ。任せたぞ』
「あぁ、任されたぜ」
『琴は廃寺の本殿周辺で警戒じゃ。恐らく街道からターゲットが来るとは思うのじゃが、廃寺から現れぬとも限らん』
『はい、お任せを』
『街道から現れて十六夜を攫って行ったら、そのまま距離を開けて尾行じゃ。桜華を追跡するイメージでやると良い距離を保てるぞ。レヴィアは鐘楼付近で待機じゃ。無いとは思うが……その梵鐘が動き出したら先手を打って攻撃じゃ。破壊はせぬ様にな』
『了解』
『動き出さなかった場合は琴と一緒じゃ。戦闘になった場合は期待しておる――』
「ちょい待ち」
言葉を遮り、目を凝らして街道を見る。
視線を向ける先は廃寺側ではなく、宿場村側。
「宿場村側、人影だ。一人、灯も持たずに移動している」
『何じゃと?』
『俺じゃねぇぞ!?』
『……そんな!?廃寺側街道、数人の人影が何か大きな物を担いでやってきます!』
俄に緊張が走る。
十六夜では無い何者かが宿場町側から現れ、呼応する様に廃寺側街道の奥から謎の集団が現れたと言う。
「各員、一先ず様子見だ。まだ動くな」
出来るだけ落ち着いた声色で話す。
「予知の内容とは違う。予知に出て来た筈の提灯が無い」
今一度一人の方を注視してみるが、腰や手元に提灯が有るようには見えない。
となると、恐らくあの男は予知に出た男ではない。
『だとしても、警戒しておいて損は無いのでは?』
アスカの言も最もだ。
それを後押しする様に、新たな声が無線機から届く。
『オレ達が行こう』
「神宮寺か。……そうだな、情報収集班。あの集団を追ってくれ。今確認出来た、奴等は梵鐘を持っている。ターゲットだ」
ウィルトスの声で緊張が走る。
続いて、アスカの報告が入る。
『此方でも確認しました!集団は計六人、黒の頭巾と装束に身を包んだ人が、大きな梵鐘を担いでいます!』
暗視技能で捉えた集団の姿、その中央に担がれた大きな梵鐘が映る。
間違いない。
奴等は予知で見た集団の【一味】だろう。
『ターゲットなら全員で追った方が良いのでは?』
当然の疑問をレヴィアが返す。
ほんの数秒前まで、ウィルトスも同じ考えだった。
しかし、とある事実が新たな可能性を眼前に放り込んで来ていた。
その可能性に、花子も至った。
『そうか――そう言う事じゃったか!』
『え、何?』
突然声を上げた花子に戸惑いで応える桜華。
大半は桜華と同じく動揺を抱えているだろう。
皆に伝える為、ウィルトスは再度口を開く。
「予知が示したのは月が天上から傾き始めた頃、つまりもう一、二時間は後だ」
『――――っ!?』
無線機の向こうで各々が空を見上げた気配がする。
雲に覆われてはっきりと視認するのは難しいが、それでもまだ月は天へ昇っている最中。
「つまり、今日起きた拉致事件は一つではない。予知の前に【もう一つ事件が起きていた】んだ」
丁度、眼下で梵鐘の音が鳴り響き男が攫われた。
そして更なる混乱が猟兵達を襲う。
数秒遅れて、街道近くの茂みから何者かが飛び出した。
『は!?』
『えぇっ!?』
「慌てるな、猟兵だ。何時からかは解らないが先に潜伏していたらしい。見事な腕前だ」
感嘆を滲ませた言葉に、無線機の向こうで落ち着きを取り戻す気配。
直ぐ様、絵里香の声が響いてくる。
『オレ達はアレを追う。この場は任せたぞ』
『通信は目的地に着いたら再開する』
『当機も張り切って仕事致しますよ』
『では行こうか』
情報収集班の三人と、新たに仲間となった真峰の声が届く。
また数秒後、先に行った猟兵を追い掛けて行く四人分の影が街道を走る。
やがて山道の入り口へと差し掛かり、右へ折れて消えて行った。
「情報処理班、右手へ向かった」
『此方も確認しました、ドローンで追尾しています!方向は北北東、尾根の方角へ向かって進んでいます!』
『ふむ……その方角には一つ、琴が会ったと言う僧侶達の居た廃寺があるのぅ。これは僧侶達が関わっていると見て良いかの?』
「断言は出来ないが可能性は高い。本命の時も注視してみよう。その前に情報収集班の通信も入るだろうからな」
そうして紆余曲折有りながら迎えた予定の時刻。
月が傾き始めたのを見計らって、十六夜が提灯片手に練り歩く。
予知で攫われる対象となっていた男は宿から数歩歩いた位置で気絶させてある。
今頃は呑み過ぎだとからかわれながら仲間達に介抱されている事だろう。
「さーて鬼が出るか蛇が出るか。……いやホント頼むから何か出てくれよ、何も出てこなかったときが一番つらいぜコレ」
呟きにふふっと小さな笑いが返る。
先程の事も有って緊張を強めていた桜華だったが、十六夜のお陰で幾分解れたらしい。
ゆっくりと街道を進み、愈々廃寺の塀が左手に見えてくる。
今は誰も住んでいないが昔は名の知れた寺だったのだろうか、等と思いを馳せていると前方から何かがやってくる気配が有る。
来たか、と周囲の気配が引き締まり、そのまますうっと溶けて行く。
最早感じられるのは自分の鼓動、体温、呼吸だけ。
大したもんだ、と薄く笑みを浮かべた十六夜の元へ梵鐘の音が届く。
『ごぉ……ぉおん』
「ヒッこれがまさか噂の
……!?」
会心と言って差し支えない演技力を見せる十六夜。
どこか遠くでブフォッと誰かが噴出した気がしたが気の所為だ。
それとは別に、気になる事が有った。
(音の出所が判別出来ねぇ……!)
耳は済ませていた筈だが、何処から音が響いてきたのかが解らない。
普通に考えるなら正面から、僧侶達と思しき集団が抱えている梵鐘からだろう。
だが右手の杉林と左手の廃寺とが音を拾い、まるでコンサートホールの様な特異な響き方をさせていた。
(成程、宿場町までこの音は届いてはいるだろうがはっきりと出所が解らない届き方をしてやがる。幾ら情報を集めても誰一人として【この廃寺の梵鐘が人を攫っている】と断言しなかった訳だ)
一人納得した所で、再び梵鐘が鳴る。
『ごおぉ…………ぉおおん』
先程より近い。
この距離まで来れば前からやってくる集団が鳴らしているのだと解る。
だが提灯の僅かな明かりで見据えた先、飛び込んできた新しい情報に十六夜は目を剥いた。
(何で鳴らす用の手提げの梵鐘持ってんだよ!?)
ぐっと堪えなければ突っ込んでいただろう。
幸いか如何かは兎も角、その理由は直ぐに知れた。
提灯を落としながら集団に担ぎ上げられ、抱えていた梵鐘の中に押し込まれる。
だが、想定していた衝撃は無く、柔らかな感触が十六夜を受け止める。
(最早、意味が解らん……っ!)
中には綿のようなものが敷き詰められており、騒いだとしても外に声や音は漏れず、例え漏れたとしてもほんの僅かな音量でしかないだろう。
確かに、静かに攫うと言う面では良いアイディアだと思う。
だがそれを梵鐘でやる意味とは何なのか。
(攫ってきたのをそのまま蒸し焼きにする為に、馬鹿が考え付いたとしか思えん)
一週回って落ち着きを取り戻した十六夜。
どうせ暫くはこのままなのだからと考える事を放棄したとも言う。
(この梵鐘使い回してんのか、妙に臭ぇ……早い所助けてくれねぇかなぁ……)
仲間達の救出を切に願う十六夜であった。
そうして数十分後。
猟兵達は山中奥深い寂れた廃寺へと辿り着いた。
別働隊――情報収集班からの通信も受け取っている。
やはり辿り着いた先は昼間に琴が訪問していた、僧侶達が居た廃寺。
飛び出したもう一人の猟兵とも合流し、攫われた人を確認、救出に成功したとの事だ。
此方でも救出に成功し、死傷者は一人も居ない。
上々の出来と言って良い。
「しかし……目的が解らんのぅ」
本殿の奥に鎮座していた梵鐘を割って閉じ込められていた人々を助け出しながら、花子が首を傾げる。
助け出した人々の警護にはレヴィアと琴が当り、周囲の警戒はアスカと桜華が当っている。
その為、その疑問に応えるのは十六夜とウィルトスの二人だ。
「俺を置いて行った後、直ぐに引き払ったんだって?」
「あぁ、一当てもせずに退いた。一人が松明を鐘楼に放ったが、それは陽動だった。救出を主眼に置いた此方の心理を読み切った見事な対応だったな」
「じゃが、指示を出しておる奴が居る様には見えんかったのぅ……」
ざっと探してみたが物を燃やした形跡も無く、中継拠点として使われていた可能性が出て来た。
つまり、敵の本拠地は別に有る。
「そう考えると、あやつらに与えられた指示は人を攫って此処に集めるだけかの?」
「そして接敵した場合は速やかに全員離脱、か。随分と指示を絞っているな……」
「……少なくとも、余裕は無ぇのかもなぁ」
どう言う事かと二人の視線が十六夜に向く。
肩を軽く竦め、十六夜は口を開く。
「応戦もせずこっちの人数や実力も測らずに逃げるってのは、しっかりした理由が無いと出来る事じゃねぇ。少なくとも、動いてる奴等が心から納得出来る理由が必要だ。取るに足らねぇ賊なんかはそれを持っていないから、有利と見るや大胆に攻め込んでくるもんだ。だが、奴等はそうじゃねぇ。現場で指示する人間が居ない状態でも、しっかりとそれを守った」
「ええい、回りくどいのは止さんか」
「おっと、そりゃ悪い。……つまりだ、奴等は一人足りとも人員を欠く事が出来なかったのさ」
「……立場か、物的総数か。或いはその両方」
ご名答、とウィルトスに笑い掛ける。
僅かに遅れて花子も言いたい事を理解した。
「少数精鋭なのか、はたまた奴等は人数を減らす事が許されない立場なのか。そう言う事じゃな?」
「あぁ、つっても俺の想像でしかねぇ。だがもし当ってるんなら厄介だぜ。どちらにせよこっちから追い掛けるには情報が少な過ぎる」
「奴等の動きを待つしか無いのじゃな……」
「だが此度の様な事を起こせば、直ぐに耳に入るだろう。予知で見てもらうのも良いかもしれん」
「どうだかなぁ……見た通りのぽんこつだしな」
小さく笑い合い、弛緩した空気が流れる。
そこへ、レヴィアがやってきた。
「廃寺内の民間人の救出が終わったわ」
「お疲れさん、全部で何人だ?」
「男性十二、女性八、計二十人よ」
「そりゃまた随分な大所帯だな。山を降りるには日の出を待った方が良さそうだ」
「あぁ、この時期の山道は滑り易い。囚われていた事も考えると無理はしない方が良いだろう。衰弱している人は?」
「空腹を訴えたものには携帯食料を。それ以外は皆問題無く自分の足で歩けるわね」
「それは重畳。おぉ、そう言えばレヴィア。確か撮影しておったの。どうじゃ、何か手掛かりになりそうなものは映っておったかの?」
「残念ながら何も」
その言葉に頷きを返す花子。
これ程証拠を残さずに立ち去った相手だ、見て解る様なものが映っている可能性は限り無く低かった。
まぁ当然か、と苦笑した所でレヴィアが軽く眉を顰めている事に気付く。
「うん?どうしたんじゃ、そんな顔して」
「いえ、臭いがキツイな、と」
言われてみれば確かに妙な臭いはしていた。
梵鐘から助け出した人からより強く臭っていたので、人の臭いだろうとは思っていたが。
「そういやあの梵鐘の中も臭かったな。変な綿みたいなのも付いてたし、こりゃ帰ったら風呂だな」
「…………綿?」
十六夜の言葉に、益々眉間の皺を深くするレヴィア。
流石に何かおかしい。
そう思い十六夜が口を開く。
「梵鐘の内側に付いてただろ?あれのお陰で梵鐘に放り込まれても録に声が届かねぇ。まぁ運ばれてる間衝撃で頭を打つ事は無かったけどな」
「…………」
「……いや、おい。何か言えって。綿付いてたろ?」
「十六夜さん」
先程よりも、幾分硬い声色でレヴィアが告げた。
「綿ではないのよ」
「なに?」
「内側にびっしりと付いていたのは綿なんかじゃないわ。……人の、髪の毛よ」
大成功
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第2章 冒険
『一向一揆騒動』
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POW : 気合と根性でしらみつぶしに声の主の出てきそうな場所を探す
SPD : 地元の村々を巡って声の主の出てきそうな場所を探す
WIZ : 地元の城下町の文献を調べて声の主の出てきそうな場所を探す
👑11
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梵鐘騒動から数日。
猟兵達の下へ届いたのは、新たな事件の招待状であった。
先の宿場町から山を一つ挟んだ先の藩で、一揆を促す謎の声が農民を惑わせていると言う。
男とも女とも付かない声が聞こえてくるが、何処を探しても声の主は見当たらない。
町の者は怪談染みているとして話の種にし、農民は恐れる者と次第に感化されていく者に分かれ、藩の役人はこれを取り締まるべく見回りと農民への監視を強めている。
このままでは何れ、本当に一揆が起きてしまうだろう。
それを防ぐべく猟兵達に事件を調べて欲しいとの事だ。
「余り有力な情報は有りませんが……予知で見た光景の中に、例の僧侶達が見えました!今回の事件は僧侶が仕組んでいる事だと思います!」
もし僧侶達が関わっているのなら本拠地を見付け一網打尽にする好機と成るかもしれない。
「皆さん、農民の方々に罪は有りません!一揆を起こさせない様、一気に片付けてください!」
佑・盾
捜査は足で稼げ、って刑事ドラマ好きのおじさんが言ってた!
まずは【情報収集】だねー。
その声を聞いた人に話を聞いて回って状況に共通点がないか調べてみるよー
『普通は声の主とは思わないような、なんでもないもの』が原因かもしれないしね。
終わったら皆が声を聞いた場所へ。何か痕跡が残っているかもしれないしね
その場所で【ストーカーハンド】を放ち、
【聞き耳】【撮影】も使って得た情報を【BB/MechanicGoggles】に表示、【第六感】も駆使して何か手掛かりがないか。うんうん、唸って考えるよ。
もし運良く声の主を見つけたら【BurstBinder/code:CHASER】で追っかけて本拠地を見つけさせるよー
神宮寺・絵里香
【猟兵商業組合連合・カチコミ班】で参加。取りあえず、情報が一番あるのは城だろっつーことで城行くぞ城。【天下自在符】を使って猟兵であることを証明。紋所パワーで城主たちの協力を得る。ここら一体の地図を貰いつつ、城の蔵書を読ませてもらう。この地域の仏教の宗派、廃棄された寺の宗派、仏教的な偉人の有無。。梵鐘に関わる伝説。有名な尼僧は居たのかなどを「世界知識」と照らし合わせて調査し「情報収集」する。調べ終えた情報については、予め決めていた時間に廃寺に集まり情報共有。オレは主に何度か依頼に入って知っている「世界知識」と「戦闘知識」の観点から情報の分析を行い、敵の本拠地の割り出しを行う。
月代・十六夜
「捜査の基本は足からってな」
「さて、頭脳労働は頭いい組に任せて、こっちはとりあえず虱潰しと行きますか。何もないならそれはそれ。情報が必要だって裏付けになるし」
【猟兵商業組合連合】として参加。地元の村々を巡って声の主を探す。虱潰しとはいえ、【野生の勘】があれば野山での捜索に関してはマシであろうし、【スカイステッパー】を使って普通ならば探せないような場所への捜査も可能だろう。ある程度探して空振りか、何か手がかりをゲットしたら深追いはせずに仲間との合流を優先する。
御手洗・花子
【猟兵商業組合連合・カチコミ班】に参加。
【天下自在符】を使用し城主から協力を取り付けつつこっそりと影の追跡者で城の者を監視する。
(一揆を起こすような事にかかわる情報じゃし、もし隠し立てがあるなら…)
発覚次第、武闘派メンバーに通達、情報は全て出してもらう。
文献は廃寺の宗派に関わる事を中心にUDCエージェントの経験と情報収集にて調べ上げ不審な情報を洗い出す。また前章と同様に味方とは常に連絡を取り合い、互いに有力な情報を得た場合はそれを通達しあい、各自のフィールドでの情報収集に役立てるように情報の集積、分析、伝達を行う。
シャノン・ヴァールハイト
【猟兵商業組合連合】として参加。
月代・十六夜と農村に赴き、十六夜の野生の勘で居るかもしれない場所が複数ある場合は、別々に探る。探りつつ【情報収集】【世界知識】を用いて、人の痕跡や地形に関して調べ、気になる事があったら、装備しているデバイスに入力し、情報共有に役立てる。
帰還する事も考慮して深追いはしないつもりだが、万が一僧侶達を見つけた場合は、連合メンバーに連絡を入れて近づき過ぎないように情報を収集しつつ、全員の判断に従う。最悪、戦闘になった場合はUCを盾にして逃げるが、使用中は装備9の所為で左腕が動かない。
見つけられなかった場合は、廃寺に向かい航空データや地図から考えられるデータ整理を手伝う
アマータ・プリムス
【猟兵商業組合連合】として参加します。
城に行かれる方々をお見送りしてから当機は農民の方々からお話を聞きます。
【世界知識】【礼儀作法】【目立たない】【変装】【学習力】を駆使して【情報収集】します。声を怖がっている方、感化された方双方の話を聞きます。
「最近よく聞く怪談の話について何か御存じありませんか?」
声の印象、何時頃聞こえたのか、どこで聞こえたのか聞き出しましょう。
情報を集めたら予定通りの時間に廃寺に集まり情報を共有します。情報処理が必要な場合は携帯秘書装置を使いサポートを。出そろった情報の纏めも当機が行います。必要であれば紙へのアウトプットも。
「さて、皆様の情報を纏めましょう」
アスカ・ユークレース
鼎……言うと思ってました…。
【猟兵商業組合連合】
先日撮ったドローンの画像を片っ端から漁り、そこから得られる地形情報、不審な点を紙に書き出していきます
廃寺が監視でき、かつ廃寺からは死角になるところがあったらそこで作業するのがベストなのです
「たとえわずかな情報でも、見落とさないように…!」
集中が必要な作業な分どうしても隙はできてしまいますし、【第六感】【迷彩】はフル稼働で。
定時になったら廃寺にて合流、情報の交換。
私は書記を担当しましょう。
………ずっと書き続けて手が腱鞘炎になりそうなのです。
ウィルトス・ユビキタス
【猟兵商業組合連合・カチコミ】
城下町で情報収集。
民間伝承とかを中心に文献を探す。
【世界知識】で精度を高める。
天下自在符を見せつけて、城下町の役人にも手伝ってもらおうか。
渋る素振りがあればUCを地面に叩きつける【パフォーマンス】。
「よく聞こえなかったのだが?」
情報収集完了後は廃寺にあつまり、情報を統合する。
レヴィア・ストレイカー
「梵鐘の件は拉致、今回の件は扇動と考えると敵の動きはまるで諜報部隊ね」
最初に農民から声を聞いた場所や聞いた状況などの情報収集を行い、活動中は「撮影」を使い他者との情報共有に使う。
「諜報活動は海兵隊には専門外・・・情報戦の訓練を受けいればもっと楽に情報を得られたのだろうけれど」
農民から声を聞いた地点を聞き出せたらその付近を調査を行う。
「工作跡が有れば・・・まぁ、無くとも敵がとった手段を判断する材料になるわ」
声を聞いた地点を複数聞けた場合は共通点をがある箇所を調査する
「情報を集約した場所が本命とは限らない・・・鬼が出るか蛇が出るか、はたまた坊主が出るか」
加賀・琴
一揆は信仰の危機に行われるものです。実際には一向宗の既得権益保護の為や農民の不満の爆発などが原因になるのでしょうが、建前はそうであるはずです。
しかし、今の治世は安定していますし、この藩も本来なら一揆が起こるような状態ではないはずですが。
とにかく例の僧侶達の本拠地を探すのが先決ですね。
寺社仏閣、既に廃寺になっていたり、そもそも何も無くなっていたり別の建物が立っているものも含めてどれだけこの藩にあるかをまずは調べますか。
その後、先日の廃寺を中継地点として人を攫って連れて行けそうな場所を幾つか見繕って、それらを回ってみますかね。それで当たりがあればいいですが、無ければ皆さんと情報のすり合わせですね。
先日の騒ぎから日を置かず、次なる事件が世間を賑わせていた。
何処からとも無く聴こえてくる一揆を促す声。
放って置いてもし一揆が起こる様なら、藩の一大事。
事と次第によっては家のみならず藩そのもののお取潰しにもなりかねない。
お上が揺るげばその皺寄せは下々の者へ。
平穏無事に済ませるには、此度の騒動の首謀者をひっ捕らえる事が肝要である。
「捜査は足で稼げ、って刑事ドラマ好きのおじさんが言ってた!」
「捜査の基本は足からってな」
「ハッ、おじさん!?」
「おじさんじゃねぇよ!?」
わいわいと騒ぎながら村々を周り、地道な情報収集を行うのは佑・盾と月代・十六夜。
その後ろを付いて行くのはレヴィア・ストレイカー、アマータ・プリムス、シャノン・ヴァールハイトの三人。
総勢五人の珍道中は朝早くから始まり、各村でちょっとした話のタネとなっている。
異国の風体をした美男美女の集まりとなれば、この長閑な田舎では紛れもない娯楽として扱われる事間違い無し。
とは言え物珍しさからか受けは良く、方々で情報は順調に集まっている。
「梵鐘の件は拉致、今回の件は扇動と考えると敵の動きはまるで諜報部隊ね」
レヴィアの揶揄する様な言い回しにアマータは頷いてみせる。
「効率的では有りませんが人心を惑わすと言う点においては効果的かと。電子媒体はなく精々が刷り版、一番多い伝達方法が人々の噂話ですからね。となれば話す側の心情をその場で添え易い様、多少の怪談染みた演出を取っているのは或る意味で王道かと」
「となれば次に相手が取る行動も見えてくるわね」
「蜂起の際に先頭に立つか、或いはそれとなく誘導して自身の目的と蜂起した人々の思いを合致させる、ですか。騒ぎに乗じて何か仕掛けてくるとも限りませんが、その辺も含めて探ってみましょう」
二人が考察する内容は、逐次シャノンが手元のデバイスに入力している。
即座に反映され、他の猟兵達に情報が届く。
シャノン自身頭の回転は早い方なのだが情報処理、それに伴う戦術・戦略予想の分野では二人の方が抜きん出ていた。
となれば、自分が更に得意とする方面で活躍する事を選ぶのが良い。
過去の経験からシャノンは生き延びる事に人一倍の努力してきた。
その時の経験が齎したのは、小さな違和感を拾い上げる能力。
気付かずに流してしまいそうな事柄を捉え精査する。
口で言うのは容易いが実践するには難く、脚光を浴びる程の派手さも無い。
だからこそ、気付くと言う事の大切さをシャノンは誰よりも知っている。
「…………、?」
そうしてまた一つ、生まれた疑問をデバイスに打ち込んでいく。
後々意見を交わす際に、この書き留められた疑問が答えを導く鍵となるかもしれない。
「さて、頭脳労働は頭いい組に任せて、こっちはとりあえず虱潰しと行きますか。何もないならそれはそれ。情報が必要だって裏付けになるし」
「だねー。おっ、早速第一村人発見!こーんにーちはっ!」
十六夜と盾は気負わず自然体で事に当っていた。
情報収集の上では身構えられると得られる情報に偏りが出てしまう為、無邪気に笑顔を浮かべている盾と人の良い世話役と言った雰囲気の十六夜は、聞き込みを行うには打って付けとも言える。
此方を見付けた農民らしき男も、盾を見て相好を崩し十六夜を見て得心した様な尚をしら。
お忍びで物見遊山をする良い所の娘さんと、御付の侍従とでも思ったらしい。
「おぉう、どうなすったね?」
「最近ちょっとした噂が広まってるって聞きまして!」
余りに明け透けな盾の言葉に、一瞬呆けた顔をする男。
直ぐに顔を苦いものに変える。
そこへ十六夜が声を掛けた。
「俺達は別にお役人って訳じゃねぇさ。諸国漫遊の道すがら、各地で怪談染みた噂を追ってるってだけだ。まぁ、お嬢が怪奇本でも出そうって気紛れを起こしたからなんだが」
「ていっ」
応じて盾が左肘で軽く十六夜の脇をつつく。
大げさに痛がりながら笑う姿に警戒は解けたのか、男は顔付きを弛めた。
「そうだったんかい。いやぁ、最近はお役人様もぴりぴりしちまって。あんまり大きな声じゃ言えねぇが、知り合いの村じゃ若い衆が勢い付いちまってそりゃあ大変らしいんだ」
「成程ねぇ。幾つか村を回ってはみたが、どこも同じ様な感じだったな。騒いでいるのは主に若いの、爺さん婆さんが声を上げてるのは見た事が無ぇ」
「お兄さんは何か見たり聞いたりしてない?」
盾の問い掛けに男は首を振る。
「いんや、俺んとこには来てねぇなぁ。実際に聞いたって奴はうちの村にも一人居るが、驚いた拍子に転んで足をやっちまってよ」
「気の毒な人だねー」
「全くよなぁ。今は家で養生してる筈だから、行ってみたらどうでぃ?あのでかい楠の向こうの、藁葺きの屋根んとこだ」
「おう、ありがとうな兄ちゃん」
礼を言って十六夜と盾は歩き出す。
後ろから付いて来ていたアマータとレヴィアの会釈を受け、男は呑気に鼻の下を伸ばしていた。
畦道を進み樹齢が六十は超えようかと言う楠を通り過ぎると件の家が見えてくる。
引き戸の前まで行き、盾が大きく声を上げる。
「ごめんくださいなー!」
「客人かい、悪いが裏へ回ってくれやー!」
中から若い男の声が届く。
足を怪我したとの事だから玄関まで出て来れないのだろう。
一行が裏へ回ると、縁側でうつ伏せに寝転んでいる男の姿が見えた。
「こんな格好で悪いな。ちょいと足を怪我しちまってよぉ」
よいっ、と言う掛け声と共に身体を起こし、左足を伸ばしたままくるりと回って縁側に腰掛ける男。
その左足には添え木が当てられている。
「突然押し掛けちまって悪いな。俺は貸本屋の手代で十六夜、こっちのお嬢の御付だ。後ろの三人は故有って一緒に旅をしている」
十六夜は人の良さそうな笑顔を浮かべて、先に取り決めていた設定の身分を名乗る。
此処では読書は身分の高い者の道楽とみられる事が多い。
故に貸本屋は、言わばお金持ち相手の商いとされる。
販路拡大と新たな原本入手の為に、主人の子が見聞を広める為に諸国を漫遊するのもそう珍しい事では無かった。
つまり、探り回る為の設定としては申し分無い身分でも合ったのだ。
「おぅ、こりゃご丁寧にどうも。俺は又兵衛ってんだ。しかしお前さん方、こんな辺鄙な所に何の用でぇ?」
「その足の怪我に纏わる事で来たのさ」
十六夜が顎でくいと示すと、又兵衛は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ってぇと、例の声か。色々な村で噂にはなっているが、俺もついこの間までは鼻で笑ってたもんよ。だけど実際に聞くと、これが如何にもおっかなくてよ。うろたえて一歩下がったのが大きな間違い、全く情けねぇ限りよ」
「怪我は大丈夫なの?」
「おう、折れてはいねぇみたいだから打ち身に良く効く薬草を当ててじっとしてりゃあ治ると言われてるぜ。有難うな、嬢ちゃん」
「早速で悪いが、あんたが聞いたその声について。聞かせちゃくれないか?途中色々と聞く事になるから、落語みたいにすらすらとは行かないと思うけどよ」
「なぁに、動けなくて暇してたんだ。それくらいお安い御用よ」
促すと又兵衛はわざとらしく咳払いをしてから語り始めた。
「ありゃあ四日も前の事だ。いつもの様に畑の手入れを終えて家に戻ろうとしたら、何処からとも無く声が聞こえてきてよ」
「場所はどの辺りだ?」
「丁度こっから見える、あの道の向こうの辺りでよ。見ての通り手前側は畑だから人影が有れば直ぐに解るし誰か居るなら作業中でも気付くってもんよ。奥側は林になってて隠れようと思えば隠れられなくも無い。だからてっきり林の中に誰かが居るもんだと思ったんだが、目を凝らしても誰も居ねぇ。随分と不気味だったぜ」
「声はなんて?」
「最初は聞き取れなかった。まぁ声と感じたのは気の所為で、ただの風が擦れる音だったのかも知れねぇ。そんぐらい小さなもんだったのよ。所が踵を返そうとした途端もう一度聴こえて来た。今度ははっきりと『立ち上がるは今ぞ』ってな」
――又兵衛の言を纏めるとこうなる。
何某かの声は静かに淡々と一揆を起こす様語り掛けるものだった。
戦乱が終わってなお、天下は混迷の中に有る。
年々作物の実りは悪くなり物の値段は上がるばかり。
しかしお上が年貢以外の作物も召し上げてしまう為に蓄えも不十分、このままでは凶作となったら飢え死にしてしまうだろう。
お上は召し上げたもので腹を満たし、我等は鳥獣に啄まれるばかり。
かくなる上は一揆にて城代家老へと申し立てをする他無い。
「……妙ね」
又兵衛に礼を言い、家を後にした一行は彼が声を聴いたと言う場所まで来ていた。
痕跡が無いか周囲を確認しながら、眉間に皺を寄せていたレヴィアが呟く。
それに反応を返すのはエノコログサを手に上機嫌な様子の盾。
「何か見付けた?」
「見付けたと言うよりは見受けられなかった、と言うべきね。道中でアマータさんが纏めてくれた、次に相手が取るだろう行動については覚えてる?」
「何だっけ、確か一揆に乗じて行動するー、みたいな?」
「半分正解ね。一揆の際に陣頭指揮を執るか、一揆そのものの方向性を示唆しておくか、と言う所よ。陣頭指揮を執るには農民達の行動を指示・制限出来る立場の者が現れる筈。けれど、今の所目立った動きをしている者は見当たらない。となれば考えられるのは事前に少しずつ情報を歪めて行って、一揆の目的を摩り替えてしまう事」
「ふむふむー」
「けれど今までの情報にもさっきの又兵衛って人の話にも、首謀者を思わせる様な語句は一切見当たらなかった。これはかなり厄介だわ。相手は十中八九前回の事件に関わっていたと思しき僧侶達。だけど、相手の正体が解っても今度はその目的が解らない」
「へむへむー」
「目的が解らなければ相手の行動が読めない。常に後手に回るのは戦略的にも避けたいわね。私達のみならず一般市民……農民や役人にも被害が出てしまうかもしれない。諜報活動は海兵隊には専門外……情報戦の訓練を受けていればもっと楽に情報を得られたのだろうけれど」
「ほむほむー」
適当極まりない相槌に、思わずレヴィアは半眼を向ける。
「ちょっと、真面目に聞いてる?」
「あはは、ゴメンゴメン!でもまぁ、情報はしっかり手に入ってるから大丈夫じゃない?」
「だから目的に辿り着けるものが無いって言ってるでしょ」
「それだよ」
くるりと身体を回してポーズを取る。
人に指を差してはいけないと教わっているので、代わりにエノコログサを向けてふりふりと揺らしながら盾は言った。
「一揆を起こすのは確かに目的だろうけど、そこが最終目的じゃないんだと思うよ?だからそこでは相手の目的が見えてこない……そんな可能性は無い?」
「……そう言う事でしたか。祐様、感謝致します」
それまでずっと沈黙を保っていたアマータが、不意に顔を上げて盾へと頭を下げる。
その顔はいつも通りの無表情だが、何処か高揚した様な雰囲気が有った。
デバイスから目を離してシャノンが訝しげに問い掛ける。
「如何言う事だ?」
「祐さまの言葉通り、相手はこの一揆が最終目的では無いのです。更に言えば、目的では無く手段」
「……一揆を起こす事では無く、一揆を起こした後に事を成す、と?」
その通りです、とアマータは皆を見回す。
「そもそも前提が間違っていました。僧侶が民草から『得ようとするもの』とは一体何かではなく、それらを得る為に民草へ『求めるもの』とは一体何かを考えるべきでした」
そこまで言って軽く息を整える。
それについて彼女は知識を持ってはいるが、共感と言う意味での理解は出来ていない。
故に、気付くのが多少遅れた。
怜悧な瞳を細め、アマータは静かに告げる。
「信仰。彼等が得ようとしているものの正体です」
「信仰……つまり、新たな信者か。つまり、前回の騒動も今回の事件も信者を集める為に行われた事だと、そう考えているのか」
「その通りです。前回は恐らく宗教に縋りそうな者、寄進させるだけの財産を有する者を攫い、入信しなかった者は見せしめとして殺害したのでしょう。攫われた対象が身寄りの無い少女や浪人、跡取り息子や隠居老人まで様々だった事も、正誤は兎も角説明が付きます。今回の事件は――」
「――今回の事件は各地で一揆を起こし治世が不安定となった所へ、一抹の救いとして入信を勧め信者を増やす、か。」
「一揆を起こした人々は捨石、いいえ。布教の為の、体の良い宣伝材料とする心算なのでしょうね。結果が凄惨なもので有れば有る程都合が良い」
理解し難い、とシャノンは頭を振った。
彼が知る者の中には宗教家も何人か居る。
だが、民草を害してまで信者を増やそうとする悪辣な輩は居ない。
思わず拳を握り締めたのは彼ばかりではない。
この場の全員が義憤に駆られつつあった。
所変わって此処は城下町。
藩の一大事に関わる事となれば役人方も捨て置く筈が無い。
そう考えたウィルトス・ユビキタス、御手洗・花子、そして神宮寺・絵里香の三人は『カチコミ班』を結成。
足早に城を目指していた。
道中での情報収集も欠かさない。
「最近お世継ぎを巡って城代家老と次席家老が対立しているらしい」
「最近お殿様の調子が優れないらしい」
「最近怪しげなやくざ者達が城下に出入りしているらしい」
流石は城下町と言うべきか、聴こえて来るのはきな臭い話ばかり。
一揆に関わる話は取るに足らない与太話とされている様だ。
最も、町人に不安を与えるからその手の話は余り言い触らさない様にとお触れが出ている為、村々から野菜や米を買い付けている問屋くらいしか話は聞けなかった。
そこでも大した情報は無かったので、やはり大本から行くのが一番だと結論が出た。
「取りあえず、情報が一番あるのは城だろっつーことで城行くぞ城」
「あぁ、手っ取り早いな」
「そうじゃな」
困った事に、この中にブレーキ役は居ない。
そうして辿り着いた城門前。
「おん?」
「無人か?」
「そうじゃな」
本来なら番が二人ないし三人は控えている筈だが、人影が無い。
それ所かなにやら門の中から言い争う様な声も聞こえてくる。
「何だ、討ち入りか?」
「俺達も入ってみるか」
「そうじゃな」
何故か妙にウキウキした様子で脇門を潜り抜ける二人の後ろを、そうじゃなロボと化した花子が付いて行く。
今回の道中、或る意味で一番の被害者は彼女だったのかもしれない。
洞察鋭く機転も利く絵里香はその見た目故か妙に絡まれる所為で喧嘩っ早くなり、行く先々で酔っ払いややくざ者を叩き伏せ情報を得た。
観察眼が有り閃きも的を得るウィルトスは難しい事柄は殴りながら考える性質で、行く先々で浪人や目付方の隠密を殴り倒し情報を得た。
花子は、その後始末を一手に引き受けていた。
一人常識的な感性を持ったままの彼女は次々に巻き起こる騒動に疲弊していく。
無論二人も悪気有っての事では無い。
ただ、偶々そう言う巡り合せの日だったのだ。
二人を止めても向こうから絡んで来るので手立てが無い。
いつしか花子は考えるのを止めた。
「取り敢えずブっ飛ばせば何かしらの情報は出るじゃろ」
目の光を失った花子達三人が進んで行くと、剣戟の音が聴こえてきた。
「お、荒事か。丁度良い、恩を売りがてらストレス発散と行こうぜ」
「そうだな。しかし何方が敵だ?」
「暴れ回ってみて、先にオレ等を斬れっつった方が悪者で良いんじゃねぇか?」
「名案だ、それで行こう」
良い訳無いんじゃよなぁ、と花子が再起動する。
流石に城内で訳も無く暴れ回るのは拙い。
一刻も早く城主に会い身分を明かし、事を収めて貰うのが最良だろう。
二人は本格的な争いを止める為に身を張って抑えてくれている、と言う事にしよう。
瞬時に判断を下し、花子は人知れず廊下を駆け抜ける。
それに二人が気付く前に、城内の御家人達が二人に気付いた。
「何奴!」
「怪しい奴等め!」
「出会え!出会えーっ!」
ぞろぞろと詰め寄せる御家人を前に、絵里香とウィルトスは好戦的に笑みを浮かべる。
「獲物は使えねぇから素手だな。何人倒すか勝負するか?」
「ふっ……乗った」
互いに無手を構え、刀を抜く御家人に駆け寄っていく。
まさか殴り掛かってくるとは思っても居なかった先頭の御家人が絵里香に殴り飛ばされ、床に倒れ伏す。
その横ではウィルトスに手刀を打ち込まれ悶絶する御家人の姿が。
「えぇい、何をしておる!斬れ!斬れぇーぃ!!」
刀を上段に構え迫る御家人を足払いで転がし、二人同時に腹へ拳を落とす。
「ぐへぇあ!?」
二度ぴくぴくと震え、御家人はガクリと力尽きる。
直ぐ様別の御家人が三人掛かりで絵里香を仕留めようとするが、動きを見切った絵里香は大きく前転する様に飛び込んだ。
動きを捉えられずに慌てふためく御家人を尻目に身体を捻りながら左手を床に付き、逆立ちする様に足を振り上げる。
回転の勢いを乗せた両足が円を描きながら振るわれ、周囲を等しく蹴散らしていく。
最後に右手を勢い良く付き、ひらりと跳ねて体勢を整え両足で着地する。
周りには倒れ伏せる御家人達の姿があった。
首をコキリと鳴らして、絵里香は笑う。
「さて、次はどいつだ?」
恐れ戦く御家人達。
しかし彼等は正面ばかりに気を取られている訳にも行かない。
「派手さは無いが……!」
ウィルトスは両の拳に力を込め、目の前の一人を着実に沈めていく。
上段から斬り掛かって来るのは内から払う様に刀の腹を打ち刀身を折り、中段に構えて突進してくるものは左右に躱して迎撃の掬い上げ。
切上で突っ込んでくるのは刃先を踏んで床に押し込み、動けなくなった所を裏拳で叩き伏せる。
自分で言った通り派手さは無いが、歩みを一度も止められずに前へ前へと進んでいく姿に御家人達は恐れ戦く。
次第に前へ出て来る者は後ろの者に突き飛ばされ、蹈鞴を踏みながら自棄になって斬り掛かる者だけとなった。
「ちっ、根性無ぇな」
「となればこっちから行くか?」
まだまだ暴れ足りなさそうな様子の二人に御家人の動揺は強まっていく。
そんな中一人気炎を吐くのは壮年の男。
「何をしておる!斬れ!斬らんか!」
「静まれぇい!」
しかしその声に被さる様に鋭い声が飛ぶ。
同時に御家人が左右に割れ、奥から淡い青の裃を着込んだ若い男が中年の男を伴って現れた。
御家人が口々に若、若、と呼んでいる。
恐らく城主であろう。
ふと視線を落とせば、後ろに花子が付いて来ているのが見えた。
「静まれ!此方に居わす方々を何と心得る!」
中年の男が声を張り、一堂を睥睨する。
「恐れ多くも上様より天下自在符を賜った猟兵なるぞ!」
「図が高いっ、控えおろう!」
何故か胸を張って決め台詞を言う花子。
余りに堂々とした立ち振る舞いに、気圧され平伏する御家人達。
その様子を見て、絵里香はポンと手を打った。
「夕方に放送してたの見てたな」
一悶着も二悶着も有った実働班からの情報を精査・処理しながらアスカ・ユークレースと加賀・琴は頭を突き合わせて敵方の本拠地を探していた。
アスカは地理を、琴は伝聞を主に順次確認する。
「南側、西側共に活動の痕跡を認めず。怪しいのは北ですけど、東側には拠点に出来そうな場所が多いんですよね。木々も多くて空撮だけでは確証に欠けます」
「信仰に関わる情報は農村で確認出来ず。町人や行商人から得られる情報はノイズが多過ぎて役に立ちそうも有りません」
かれこれ数時間以上はこうして情報とにらめっこしている。
本命はまだ見付かって居ないが、その分絞込みはかなり進んでいる。
例えるなら当り籤を引く為に、引いた外れ籤を片っ端から千切り捨てている様な作業。
「あー……ずっと書き続けて手が腱鞘炎になりそうなのです」
「私も目が充血してそうです……これが終わったらゆっくり温泉にでも浸かりたいです……」
「温泉良いですねー、私もお風呂に浸かって牛乳ソフト食べながらマッサージチェアでのんびりしたいです」
「お昼頃旅館に入って浸かって、観光して晩御飯を頂いて、もう一回入りに行きたいです……」
温泉ではなく楽しげな妄想に浸りながら二人は両手と頭を動かし続ける。
そんな二人の元へ届けられる新たな情報。
発信元はシャノンだ。
『此方シャノンだ。少し良いか?』
「おっ、通信とは珍しい。此方アスカです、どうされました?」
『少し気になった事が有ってな』
その通信にアスカは内心テンションが上がる。
時折気になった事が有ると言って通信してくるシャノンだが、毎回その小さな気付きが思考の突破口となる。
言うなればパズルゲームのボーナスタイムだ。
「是非お聞かせください!さぁ!ハリー!」
『あ、あぁ……』
長時間のデスクワークでテンションが不安定になっているアスカへ軽い戸惑いを覚えつつ、シャノンは小さな疑問を口にした。
『相手方は組織立った動きをするが、それにしては最近に目立った動きが集中している』
「そうですね。前回の事件より前に此処、もしくは近隣の地域で活動していたと思しき事件は無いみたいです」
『と言う事はつい最近、此処に現れて活動を始めたんだ。恐らく件の尼僧はオブリビオンだろう。だが手下全てがオブリビオンとは考え難い。魅了された人間も少なくない筈だ』
「幾人かは信者になっただろう事を考えると、当然ですね」
『だとすると一つ気になる。その人間達の食事……どう手配している?』
アスカの脳髄を電流が走り抜けた。
人が大勢で集まっていれば、比例して消費する食料は増える。
近隣の地域から略奪等の被害は出されていない。
移動した先でどんどん信者を増やしている事から元々十分な量の食料を運んでいたとも考え難い。
ならば、答えは一つ。
何処かから【合法的に調達していた】と言う事になる。
「琴さんっ、此処一月で大きな商いが行われた所が無いか調べてください!シャノンさん、有難う御座います!ナイスです!」
『そうか。役に立てた様で何より。通信を終えるぞ』
「出ました!大きな取引が有ったのは七件、内支払いを即金で行ったものが四件!これら取引の総額の内三件を合わせたものと、質屋・金物屋で売買された純金の仏具の代金が一致しました!」
「ビンゴ……!買った人の行方は追える?」
「………………っ、城下町東門で途切れました……!」
「十分っ、これで方角は絞れたわ!」
暗雲立ち込めていた何時終わるとも知れない作業。
そこに一筋の光が差し込んだ。
思わず顔を見合わせて笑い合うアスカと琴。
良い知らせはまだ続く。
今度は琴の通信端末に連絡が入った。
「はい、琴です!」
『ウィルトスだ。元気が良いな、何か進展でも有ったか?』
「僧侶達の本拠地が有る方角を割り出せました、特定に大きく前進です!」
『それは何より。此方の情報が役に立つかも知れないな』
「何か発見が有りましたか?」
あぁ、と通信機越しにウィルトスの楽しそうな声が聴こえる。
『城主達の協力を得て神宮寺が古い文献を片っ端から精査した。それにより例の尼僧の正体が解った。天台宗と言う宗派の或る寺で織田信長と言う武将率いる軍と戦った僧兵の一人だそうだ。本来この寺と言うのは女人禁制な場所らしいが……まぁ、深くは語るまい。その寺だが、先の戦で焼き討ちに遭い今もなお捨て置かれているらしい。為政者への叛旗を翻すには相応しい拠点だな』
そこで区切り、ウィルトスは一呼吸置いた。
『ただ、一つ問題が有る。寺の名前がどの文献にも載っていない。恐らく当時の天下人がこの世から名を抹消すべしとして書き記す事を禁じた可能性が有るな』
「そんな……!寺の名前が無かったら探せません……!」
落胆を滲ませた声を上げるアスカ。
対して琴は静かに瞑目し今の言葉を反芻していた。
名前が解らない寺をどうやって探すのか。
その時、琴の脳裏に漂っていた濃霧が晴れる。
(発想を逆転させるの……!)
「……いえ、時間は掛かりますが見付けられます」
「えっ!?」
驚いて目を見開くアスカに、琴はゆっくりと確かめる様に言葉を紡ぐ。
「名前が解らないから探せないのではなく、逆なんです」
「逆……ですか?」
「名前の解っている寺を弾いていけば良いんです。そうして行けば、最後に残るのは名前が解らない寺。幾つか有ったとしても、総当りするよりはずっと早く特定出来ます」
弾かれた様にアスカは地図と手に取る。
右手に持ったペンで名前の解っている寺に印を付け、左手に持ったリストで寺の名前と座標を確認していく。
数秒か数分か。
只管目を走らせていたアスカの動きが、ぴたりと止まる。
ごくり、と唾を飲み込んだのはどちらだったか。
震える声で、アスカはゆっくりと喋り出す。
「東側……琵琶湖の南西部に、名前の解らない廃寺が一つ……!」
『見付けたか。流石だな、二人共』
「琴さん……!」
「えぇ、アスカさん……!」
ぱぁん、と快音が響く。
打ち合わされた二人の手はペンのインクと長時間の運動で汚れ腫れ上がっていたが、この上無く美しく映えていた。
約半刻後。
それぞれの仕事を終えた十人が、集合場所――前回の事件の舞台と為った廃寺に集結する。
互いの顔には疲労の色が色濃く出ている。
「流石に今日は疲れたね」
「一日中歩き回ったからなぁ」
盾の呟きを十六夜が拾う。
情報収集の成功はこの二人無くしては有り得なかっただろう。
もしかしたら、今もまだ足りない情報を前に足踏みしていたかもしれない。
「何だかんだですっかり日も暮れ掛かってるな」
「もう世間は夕飯時だな」
「お腹も空いてきたのぅ」
絵里香、ウィルトス、花子の三人は当初の想定とはかなり違った道中となった。
しかしあの大立ち回りが有ったからこそ、その後の情報も上手く引き出せたのは間違いない。
加えて藩内の揉め事もいつの間にか解決していたのは特筆に価する。
「疲労が溜まった状況で行動するのは危険ね」
「休息を提案致します」
「無理をする事は無い、此処は態勢を整えよう」
レヴィア、アマータ、シャノンは必要な情報を上手く選別し、見事真実への道を切り開いた。
敵の目的を暴いた事で、敵の思考・判断の方向性が大幅に絞れる。
これは戦闘時に大きな助けとなるだろう。
「では一度戻りましょうか」
「えぇ、明日勝つ為に」
アスカと琴が静かに戦意を漲らせている。
地図への情報の落とし込みと、逆転の発想を用いた転換力。
本日の立役者は、文句無くこの二人だ。
「愈々ですね」
レヴィアの声に、皆が頷く。
視線の先、暗く聳える山々の向こうに待ち構える僧侶達。
「決戦は明日早朝……図らずも、先の戦で僧侶達が討ち取られた時刻と同じね」
大成功
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第3章 ボス戦
『一揆を指揮する女僧兵』
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POW : 仏罰降臨
自身が戦闘で瀕死になると【仏罰を降す御仏の幻影 】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
SPD : 仏罰代行者
自身に【信仰による法力 】をまとい、高速移動と【仏罰の雷】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 極楽一揆衆
【戦死して極楽に旅立った一揆衆 】の霊を召喚する。これは【槍】や【鍬】で攻撃する能力を持つ。
👑17
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「…………来ますか」
朝日が僅かに空を白く染める頃、一人の尼僧が座禅を組んでいた。
傍らには使い込まれた薙刀が一振り。
羅刹の身に宿した信仰と言う光。
信じ続けた信念は何時しか歪み、捩れて行く。
だが、何れ程捻くれたとしてもそれは紛れも無く信仰。
「であるなら、私の心に一点の曇りも無し」
狂信と言うには純粋過ぎる思い。
しかしそれは抜き身の刃の如く。
「さぁ、来なさい猟兵共。貴方達の信念で私達の信念穢すと言うのなら、容赦はしません」
尼僧は薙刀を手に取り、大きく深呼吸をした。
何処までも透明な瞳が今、暁を捉える。
レヴィア・ストレイカー
戦火で故郷や両親を失ったので敵の宗教を狂信するのに怒りを覚える
「戦火で逃げ惑う自分を救ってくれたのは心優しき人だった!神は何もせず傍観してただけだ!」
「人を殺めて得る信仰など断じて信仰などではない」
M56スマートガンの「援護射撃」で他者への支援を中心に動き、敵の高速移動で背後を急襲されぬ様にUA571セントリーガンに背後を守らせる。
「射撃支援開始、全力で行ってください!カバーします!」
積極的に「一斉射撃」や「ガンヘッドバラージ」で全力で攻撃する。
「やっと、海兵隊の本領発揮ができる」
召喚に対してプラズマジェットを使って急襲し「踏みつけ」を行った後、銃撃を行う
「歪んだ信仰力など自分が撃ち滅ぼす!」
御手洗・花子
【猟兵商業組合連合】として参加。
『コミュ力』『情報収集』で味方の行動を把握しつつ、『衝撃波』の面による攻撃でダメージよりも回避方向を埋め味方の連携がやりやすい位置に敵を追い込むように『援護射撃』を行う、味方の攻撃で足が止まったタイミングに狙い【御手洗の御技】を仕掛ける。
「仏教徒が迷い出て世迷いごとをほざくとは嘆かわしいのぉ」
尼僧がオブリビオンとなった事、そしてこれまでの行為が如何に不当かを理路整然と並び立てる、UDCエージェントならば嫌でも宗教には詳しくなる、信者ではない故の客観性で尼僧の矛盾点を指摘する。
「歪んだその信念流してやろう、安らかに入滅するが良い」
シャノン・ヴァールハイト
【猟兵商業組合連合】として前衛で参加。
主に【情報収集】を行いながらの戦闘を行う。
行動としては、【怪力】と【武器受け】を利用した防御を行い、そのまま【怪力】と【吹き飛ばし】を使用して仲間が戦い易いようにする。
誰かがUCを用いて攻撃しようとすれば、【怪力】を利用して腕を掴み動きを阻害等、徹底的に邪魔をする。
敵が焦って動きが雑になり、尚且つ動きの予測が少しは可能になったら装備9の効果で『左腕は血が出て使えなくなる』デメリット覚悟でUCを使用し、攻撃力を底上げした上で【力溜め】【怪力】【鎧砕き】【生命力吸収】を用いた攻撃で倒しに行く。仏罰降臨を使用された時を考え、倒しても油断せず動けるようにしておく
アスカ・ユークレース
【猟兵商業組合連合】私はいつも通り援護射撃といきましょう。というかそれくらいしかできませんから。
【迷彩】を使って後衛から【千里眼射ち】で【援護射撃】。【スナイパー】で命中率の補助を上げ、更に【地形の利用】で射線が通り、かつ尼僧からは見つけにくい場所から狙撃。更に居場所を悟られないよう数発ごとに移動。 【前中衛組の援護】【尼僧にダメージを与え続けること】【尼僧に見つからないこと】を重視して動く
鬼島・華月
【猟兵商業組合連合】の皆さんと連携して戦います
メインは弓矢での遠距離攻撃で戦うとするわ
【援護射撃】として風神弓(ユーベルコード)を用いて敵へ攻撃、味方をサポート、特に味方の不意を突こうとする敵を最優先に狙う
多少距離があったとしても【スナイパー】として攻撃を確実に当てていく
風を纏わせた【属性攻撃】は標的を射抜き、切り裂く
敵が高速移動していたとしても動きを【学習力】で【見切り】、私の出せる最速の速度で射抜いてあげる
敵が一揆衆を召喚してきたら、1体1体確実に倒す
「この一撃は外さないわ。射ち貫け!」
敵が私のところまで接近してきたら【残像】による【フェイント】で攻撃を回避、剣刃一閃での斬撃で戦う。
立花・桜華
【猟兵商業組合連合】の皆と参加
前衛としてスピードでの翻弄・撹乱メイン、連携重視
鍛えた【ダッシュ】力とシーブズ・ギャンビットで高速戦闘を行う
【残像】による【フェイント】を交えた移動をしつつ【毒使い】として毒を付与したナイフを【投擲】して攻撃
途中で上着を脱ぐ事で更なる加速を行う
敵の攻撃には【第六感】と【野生の感】を用いて敵の動きを予測し【見切り】、回避するかダメージを少しでも減らすように防御をする
回避が成功したら【カウンター】狙い、【怪力】による重い斬撃を叩き込み、返す刃で【2回攻撃】を狙う
敵の懐に飛び込めたら鬼震脚(ユーベルコード)で攻撃を仕掛け、周囲の敵ごと敵の足場を粉砕し足止め狙い
神宮寺・絵里香
【猟兵商業組合連合】として参加。同じ薙刀使いだ。【戦闘知識】で相手の流派やら危険な動きを【見切り】、指示を出すことで味方の致命傷回避を支援する。中衛に入り、白兵戦と魔法戦を臨機応変に切り替えて対応する。電撃耐性と武器受けを活かし後衛の護衛も兼ねる。叢雲の白兵戦は雷属性を付与。痺れる雷での【麻痺攻撃】の【薙ぎ払い】をメインに戦闘する。魔法については【力溜め】【高速詠唱】した【麻痺攻撃】のUCを【フェイント】を交えつつ尼僧にぶち込む。主に尼僧を痺れさせることを優先。仏罰降臨の仏さんには麻痺攻撃UCと力溜めした【雷属性】【麻痺攻撃】の痺れる雷を纏った雷槍を【投げ槍】して麻痺の痺れを狙っていく。
佑・盾
この人、信仰しか見えていない。視野が狭い。
世界には美味しい食べ物や面白い遊びがたくさんあるのに。
ボクには彼女みたいなすごい信念なんてないけども。
誰かが傷付くのを知っていて無視したらご飯が美味しく食べれないもんね!
猟兵さんが多いから後方から援護しようかな。
胸部を【BurstBlasterUnit】に換装、【BurstBinder/code:BLASTER】で攻撃だよ!
【スナイパー】【クイックドロウ】を使った【援護射撃】を行うよ。
高速移動されることも予想。折角この装備に砲は二門あるわけだし、【見切り】して【二回攻撃】、一発目で誘導して二発目が本命だ!
もしも敵に接近されたら迷わず【零距離射撃】だよ!
ウィルトス・ユビキタス
【猟兵商業組合連合】
前衛を張ろう。【トリニティ・エンハンス】で自身の防御力を強化。前衛として敵を抑えこもう。
味方からの援護射撃、魔法が来るだろうしそれらを確実に当てるために自分もギリギリまで抑え込む。
「構わん、俺ごとやれ」
【火炎耐性】【電撃耐性】【毒耐性】【呪詛耐性】【激痛耐性】で味方の攻撃を耐える。
月代・十六夜
「仏門が迷いでるとか世も末だぜ全く」
「こっちは引き受けるけど長くは持たねぇからな!」
【猟兵商業組合連合】として前衛で参加。
スピードでの翻弄・撹乱メイン。立花嬢と一緒に高速戦闘を行う。
スカイステッパーで空中を飛び回って相手の注意を頭上へ向けさせ、時々援護として小石を投げて、毒ナイフの投擲成功をアシストする。
仏罰降臨が使用された場合は幻影が中後衛へ行かないよう囮になって注意を引く。
アマータ・プリムス
【猟兵商業組合連合】で連携します。
基本は中衛で【目立たない】ように動きトランクを【武器改造】で重火器に変形させ前衛の皆様を支援します。【属性攻撃】も忘れずに使い焼き払います。
一揆衆が召喚されたら人形ネロを取り出し鎌を用いた【範囲攻撃】で一掃。仏罰降臨が使われたらそのままネロを使用し【フェイント】と【だまし討ち】を織り交ぜながら【範囲攻撃】で双方を巻き込むように攻撃します。
UCは当機か味方の誰かがピンチになったら使用。救助を最優先に動きます。
加賀・琴
信じる神も宗教も違えど、同じ羅刹の宗教家としてどうしてこのようなことをしたのか問いかけてみたいですね。
いえ、生前の彼女ならともかくオブリビオン、過去の亡霊になっている今の彼女に問いかけて答えはないのかもしれません、なら巫女として祓うまでです。
皆さんへの『援護射撃』で『破魔』の『祈り』を込めた【破魔幻想の矢】を放ちます。
例え破魔や聖属性の効果が薄くても、『怪力』で放たれる猟兵の使用が前提の強弓の和弓・蒼月の矢が分裂して襲いかかればそれだけで脅威になるはずです。
それに私、これでも弓に次の矢を番えるのは早いんですよ。ですから続けて『2回攻撃』の矢を放ちます。
あるいは接近されても薙刀で抵抗もできます。
『ごおぉぉ……ぉぉおん』
空が白み、山の裾根から銀白の輝きが覗こうかと言う頃。
山中深くに捨て置かれた廃寺で梵鐘の音が響き渡る。
時を同じくして、十二の人影が廃寺の本堂を目指し駆け上がっていく。
吐く息は白く、日陰には所々に雪も積もっている。
常人には身も凍る様な寒さだが、猟兵達は気にした風も無く突き進む。
迎え撃つは槍や鋤、鍬を手にし笠を深く被った僧衣の者達。
「流石に本拠だけ在って数は多いか」
銀剣とバスタードソードを巧みに振るい得物を弾き飛ばしていくシャノン・ヴァールハイトの横で、様々なガジェットツールを操りながらウィルトス・ユビキタスが突き進む。
「個々の力は大した事は無い……が、手応えが妙だな!」
銃で離れた場所の僧の弓を弾き、魔法剣で近場の僧を打ち払う。
普通、荒事に精通した人間で在っても自分より遥かに格上の力を持った相手を前にしたなら、多少なりとも警戒が滲むものだ。
しかしこの僧兵達からは警戒も覇気も、或る種の悲壮感さえ感じられない。
薙刀で打ち払い、柄尻で突き倒しながら進む神宮寺・絵里香が面倒臭げに眉を顰める。
「随分と旧い技を使ってくるもんだ。技量自体は大した事無いんだが」
僧兵達が使う技術は政の中心が江戸ではなく京の都に在った時代に隆盛した流派のもの。
現在では別の流派に取って代わられ時代の移り変わりと共に姿を消したものである。
昨日、城主に見せてもらった文献に記述が有ったものだ。
故に戦い方や技巧、足運びから間合いの取り方まで絵里香は熟知している。
「何か変だよっ、こいつら!」
強烈な違和感は立花・桜華も捉えていた。
軽快に木々や瓦礫を飛び越え得意の蹴撃で僧兵を吹き飛ばす。
「なんじゃ……?痛がる素振りも無ければ仲間を気に掛ける様子も無い……?」
赤と青の折り紙を飛ばし衝撃波で僧兵達を動かしながら、御手洗・花子は観察を続けていた。
吹き飛ばされた仲間を一瞥すらせず、手に持った鍬を振るう僧兵。
攻撃された者も直ぐに起き上がり迫ってくる。
まるでゾンビを相手にしている様な感覚。
不気味な僧兵達の攻勢に嫌な汗を掻き始めていた時、加賀・琴の声が届く。
「相手の正体、見破りました!人間では有りません、それらは【霊】です!」
それを証明する様に、琴は破魔幻想の矢を放つ。
喉元を射抜かれた僧兵は血を零す事無く朝焼けに煙り、消えていった。
「成程、先程から感じていたのはこれですか」
アマータ・プリムスは手にしたトランクを小銃、無反動ロケット砲、軽機関銃と次々に変化させながら僧兵を狙い撃っていく。
人間相手ならと手加減していたが、相手が霊なら容赦はしない。
「仏門が迷いでるとか世も末だぜ全く」
月代・十六夜は空を蹴りながら手にしたダガーを振るう。
恐れを知らぬ霊とは言え、生前に空を舞う者の相手はした事が無かったのだろう。
笠の上から刃を突き立てられ朝露と消えていく。
「やっと、海兵隊の本領発揮ができる」
レヴィア・ストレイカーは『M56スマートガン』を操り後方から的確に僧兵達を撃ち抜いていく。
狙うのは弓や弩と言った投射武器を手にした僧兵。
数は多くないとは言え、厄介な事には変わりない。
「よおっし、そこだぁー!今!必殺の!おっぱいびーむ!」
掛け声と共に祐・盾の胸部ビーム砲から粒子砲が放たれる。
傍から聴く分には想像も出来ない速度と威力で、遠方の僧兵が薙ぎ払われ宙へ消える。
「あの、もうちょっと掛け声をどうにか」
盾の後方で頬を赤らめながらクロスボウを構えるのはアスカ・ユークレース。
恥じらいつつも僧兵の脳天を一射で貫くのは流石と言える。
「この一撃は外さないわ。射ち貫け!」
その隣で出来る限り平常心を保ちつつ弓を射る鬼島・華月。
放たれた矢は吸い寄せられる様に僧兵の胸を貫き、後ろの杉に磔る。
僧兵は数度もがいて、ふっと掻き消えた。
「こうも多いと進むのも面倒だな」
「あぁ、そう易々とは進ませてもらえないな!」
槍衾の心算か横一列に並び槍を突き出してくる僧兵。
その槍の柄をシャノンがバスタードソードで打ち上げ、無防備になった腹へウィルトスと合わせて左右へ斬り抜ける。
掻き消えた霊を気に掛ける事も無く、僧兵が二人を挟み込む様に襲い掛かる。
右手からやってきた鍬の一撃を先ずウィルトスが魔法剣を掲げ背面で受け、シャノンが左手の『堕銀の剣』で僧兵の胸元を刺す。
身を翻しながら右手のバスタードソードで背後から迫る鋤を受け止め、動きを止めた僧兵をウィルトスの精霊銃『ラディウス・ナトゥーラ』が撃ち抜く。
「絵になるなぁオイ」
「ねー、映画の1シーンみたい」
ひゅー、と口笛を吹きながら空を翔る十六夜と桜華。
そうは言いながら木々の間を駆け抜け一閃と共に霊を斃して行く二人の姿は伝承に残る忍者そのものではあるが。
既に数多の戦場を潜り抜けてきた桜華の後に続きながら、十六夜は懸命にその技術を盗んでいく。
「成程なぁ、此処で、か」
力の抜き具合、呼吸のずらし方、間合いを錯覚させる挙動。
それらを身に付けながら僧兵達を練習台として駆け抜けていく。
「戦場でなおも成長するか……若いのぅ」
「言ってる場合か。とっとと潰して本丸を叩くぞ」
若き猟兵の成長にウンウンと頷いて温かい視線を送る花子を尻目に、絵里香は薙刀で周囲の僧兵達を手早く処理しながら駆け上がっていく。
数分も経たぬ内に僧兵達は皆送り還されて行った。
段々と張り出していた木の根が引っ込み、代わりに整備された石段が並び始める。
登り詰めた先、これまでに見た中で最も大きな廃寺が見えてきた。
鐘楼は崩れ周囲に瓦礫を撒き散らし、本堂が有ったで有ろう場所には四隅に柱の痕跡が有るばかりで、均された地面に所々青草が生えていた。
そして――その中央で、薙刀を立てて待つ尼僧が一人。
「来ましたか」
冷たく静かな声が響く。
何処までも透明な闇を宿した紅き瞳が、猟兵達を見据える。
「さぁ」
薙刀の切っ先を向け、言い放つ。
「我が信仰にて、一隅を照らさん」
「行くぜ!いざ尋常にってな!」
先陣を切ったのはウィルトス。
右手に持った魔法剣と左手に構えた精霊銃を巧みに操り、絶え間無い連撃を仕掛けていく。
左薙ぎ、射撃、逆風、射撃、いなし、突き込み、回避、射撃――。
舞う様に次々と攻撃を繰り出し、時には攻撃を回避するが尼僧は見事なまでに防ぎ切った。
初撃、右から迫る刃を切刃で受け首を捻り射撃を躱す。
股下から鋭く切り上げてくるのを石突で止め、腹を狙った弾丸を数珠で打ち払う。
逆に柄尻を跳ね上げてウィルトスの顎を狙うが、これは剣でいなされる。
その隙を突いた切っ先は左手の甲で剣の腹を打つ事で払い、逆に無防備となった所へ石突で貫く。
しかし寸での所で躱され、構え直す動作で次弾を切り捨てる。
「流石にあっさりとは行かせちゃくれないか……!」
「ならば手数を増やそう」
構え直すウィルトスの横へシャノンが並び立つ。
ちらりと横目で視線を交わし合い、同時に仕掛ける。
先に剣先が伸びるのはウィルトス。
尼僧が右利きと見るや、左側に回り込んでの右薙ぎ。
数瞬遅れて、シャノンの刺突が迫る。
右脇腹を狙っての一撃は身長差から生じる角度と加算される体重とで受けるには少々厳しい。
しかも二人の攻撃が同時では無く僅かにズレている事が対処を難しくしている。
同時ならば薙刀を回し構える事でどちらも弾く事が出来る。
だがこの場合、ウィルトスに合わせばシャノンの剣先を捉えられず、シャノンに合わせれば一手早くウィルトスの剣が届く。
凡庸相手ならば必殺。
「甘い」
しかし尼僧は、文字通りその上を行った。
薙刀を突き刺し棒高跳びの様に両足を天に向け、勢い良く跳ね上がった。
「何っ!」
刃が向かう先に有るのは薙刀の柄。
シャノンはつんのめる様に体勢を崩し、ウィルトスは柄を強か打ち付けた。
同時に薙刀が跳ねる。
空中で一回転しながら尼僧は薙刀を力任せに叩き付けた。
「ぐぅっ!」
狙われたのはシャノン。
咄嗟に堕銀の鞘で受け止めるも、体重と回転を合わせた威力に腕が痺れる。
「ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ!神々の王の裁きよここに!魔を滅ぼせ因達羅の矢よ!!」
力溜めを行っていた絵里香が右手の人差し指と中指を揃えて突き出し尼僧へ向ける。
同時に尼僧も、左手を薙刀から外し拝む様にして顔の前へと持ち上げた。
次の瞬間、天から青白い稲妻が奔る。
閃光と共に雷撃が打ち貫く。
しかし、稲妻が貫いたのは尼僧では無かった。
僅かに早く頭上へと召喚された僧兵――戦死して極楽に旅立った一揆衆 の霊が雷撃を一身に受け、空へと掻き消えていった。
その結果を見届ける事無く、絵里香は薙刀を地面に突き立て佩いていた短槍を手に走り駆ける。
直ぐ様シャノンとウィルトスが退き場を明け渡す。
「因達羅の矢よ!」
高速詠唱を駆使して再度天雷を放つ。
続いて左手の短槍を右手に持ち替え、前に出ていた尼僧の左膝を狙って振り降ろす。
「当りません」
今度は大きく飛び退いて攻撃を両方とも回避した尼僧。
無論、それを見逃す絵里香では無い。
「放て!」
叫ぶと同時に後方へと飛び退さる。
一拍遅れて、銃弾と矢の雨とビーム砲が飛んでいった。
琴の放った破魔の矢は、空中で分裂して面を制圧する厚みとなる。
その上使われている弓も普通の物ではない。
名を『和弓・蒼月』と言う。
猟兵の使用を前提とした常人には扱えない強弓だ。
例え一射で有っても石の柱くらいなら貫通する威力を持った矢が、面となって降り注ぐ。
華月が扱うのは一般的な長弓だが、放たれた矢は隔絶した疾さで飛ぶ。
ユーベルコード、風神弓。
風の霊気を纏わせた矢は十六分の一秒と言う間隔で放たれ、線となって尼僧を結び行く。
アスカはクロスボウを尼僧の脳天目掛けて放った後、潜伏をしていた。
仲間達が派手に立ち回るだけ、アスカは動き易くなる。
武器の特性も考えると一撃必殺を念頭に置いた動きがこの場では最善。
射線は通しながらも、尼僧の意識の盲点を突き続ける。
レヴィアは内に灯した小さな怒りの炎を原動力に集中を高めていた。
手にしたM56スマートガンは大型で取り回しが良いとは言えないが、その分精度も高く狙撃も十分にこなせる。
何より大口径の弾丸を銃口初速1000m/s以上で発射する事が出来る。
スペックは公示されていない為詳細は謎に包まれているが、少なくとも自由に扱えるのは猟兵くらいのものだろう。
アマータが手にしているのは『アルジェントム・エクス・アールカ』と言う銀色のトランクを模したガジェット。
それを武器改造の技能で重火器へと変貌させて扱っている。
今し方発射したのは着弾と同時に燃料を撒き散らす特殊な榴弾である。
本来それ自体に危険性は無いのだが、アマータは技能:属性攻撃を用いて尼僧を焼き尽くす心算で居る。
焼き討ちに遭った尼僧への攻撃としてはこれ以上無い選択と言える。
そして一人異彩を放つ攻撃を仕掛けるのは盾。
ビジュアルもさる事ながら、ビームと言う攻撃手段自体、尼僧は初めて見たに違いない。
迫り来る光線を咄嗟に避けるのは可能だとしても、果たして如何切り抜けるのか。
最も厄介な点は照射中に盾が動いたなら、それに合わせて光線も動くと言う事だ。 その様な攻撃が飛び向かい、尼僧を包み込んでいく。
流石に痛手は負った筈だと誰もが確信した瞬間、紫電が奔る。
「……成程、気は抜けない相手と言う訳ですか」
燃え盛る地面と立ち上る黒煙、土埃を吹き飛ばして現れたのは薄く輝く紫銀のオーラを纏った尼僧の姿。
頭巾は破れ額当ては解け、黒い髪を風にはためかせながらゆっくりと猟兵達を睥睨する。
「侮っていた心算は有りませんが、良いでしょう。全力で参ります」
「させるか!」
逸早く反応したのは絵里香だった。
短槍を正中に構え左へと打ち払う。
鈍い金属音と共に火花が散り、振るわれた薙刀の刃が短槍の穂先と噛み合っていた。
「神々の王の裁きよ!」
詠唱したと見るや即座に距離を開ける尼僧。
それを見て絵里香は短槍を構え突進する。
「虚動……!」
「フェイントって言うんだよ!」
天雷に備えていた尼僧への刺突。
胸元へ伸びてくるそれを薙刀の柄で打ち払い難を逃れる。
そこへ三度絵里香の右手二指が向けられる。
咄嗟に身構えようと一瞬硬直した隙を突いて短槍が遂に尼僧を捉える。
右肘に走る紅き一線。
だがまだ浅い、そう判断して返す刃で葬ろうとする尼僧へ、絵里香は楽しげに歪めた口元を向ける。
「何避け切ったって面してんだァ!」
そう言った絵里香の左手は、短槍を掴んでは居なかった。
戦闘開始直後からずっと力溜めを行っていた左腕での投擲。
吼え猛る雷と神経を縛る麻痺の力を宿した雷槍が、数珠の宝珠を幾つかと尼僧の左腰を抉って行った。
「ぐっ……!」
身を捻り直撃は躱したが身体が重く感じる。
数珠に当ったのは偶然だった。
宝珠を砕き割ったお陰で勢いが殺がれ軌道が変わり、僅かに肉を抉る程度で収まった。
初めて忌々しいと言わんばかりに感情を乗せた瞳が絵里香を射抜く。
だがその時には、絵里香は既に大きく後退し先程突き立てていた薙刀『叢雲』を手にしていた。
「ハッ。力溜めで十全に振るえずとも互角以下か。拍子抜けだな」
「巫風情が……!」
「おーおー、良い表情するじゃねぇか。信仰だ宗教だ何だと、薄っぺらい事を並べ立てるオブリビオンかと思ってたぜ」
「黙りなさい!我が信仰を愚弄する心算ですか!」
紫電を撒き散らしながら、尼僧はいきり立って薙刀を構える。
と、その時。
『ギィン!』
「うがぁっ!?」
獣染みた悲鳴を上げて尼僧が左手で頭を抑える。
鈍い音と共に地面に転がったのは尼僧の額に生えていた羅刹の証とクロスボウのボルト。
黒曜石の角が、無残な欠片となって散らばった。
「何者です……!我が、誇りを
……!!」
左側の木立へ目を向けるも、既に射手――アスカの姿は無い。
アスカにとっては不幸な事に、尼僧にとっては幸運な事に、一撃必殺の射撃は尼僧の左角を砕いて終わった。
再び潜伏する優秀な狩人に内心で賞賛の言葉を浴びせながら、絵里香は馬鹿にした様に嗤う。
「敵と交わしても良い会話は、相手の隙を作る会話だけだって教わらなかったのか?お嬢ちゃん」
「――ちっ!」
明らかに見下された事で再び意識が沸騰し掛けるも、尼僧は確りと飛来するダガーの気配を読み取っていた。
左に大きく薙刀を振り、前方上空を翔ぶ十六夜の放ったダガーを叩き落す。
(この程度で不意を突けるとでも――!)
否。
確かに不意は突かれていた。
「バーカ」
挑発する様に十六夜は笑う。
自身の錬度が桜華に及ばぬ事を、十六夜は知っている。
ならばその及ばぬ技量を磨き上げるのみ。
十六夜は敢えて自身が放てる全力の虚勢を載せてダガーを放っていた。
通常時であれば尼僧が取り立てて脅威とは思わぬ様な、そんな虚勢。
だが追い込まれ激昂し、冷静な判断力を失った今であれば別。
殺気でも覇気でもないただの虚勢が、尼僧には全力で警戒すべき脅威と映る。
虚を実と見せ掛ける技術。
この戦いで十六夜はその極意に触れた。
「ぐっ
……!?」
その結果、尼僧は右足の踵をもう一本のダガーで貫かれる。
限界まで気配を殺し放たれた、桜華の一撃。
刃に塗られた毒が僅かに取り込まれ尼僧の身体を巡っていく。
直ぐ様石突で弾き飛ばされたダガーを掴み取り、残像を置いて駆ける桜華。
「ふふっ、やるじゃん」
「これでもシーフの端くれなんでな」
的を絞らせない様に駆け抜けながら、そんな言葉を交し合う二人。
対して、尼僧は愈々堪忍袋の尾が切れたと見える。
「ふざけた猟兵共……!ならば一人ずつ葬ってあげましょう!」
「盾、来るぞ!」
乱雑に撒き散らされる紫電を衝撃波で打ち払いながら花子が注意を促す。
文字通り一瞬で距離を詰めた尼僧が首を刎ねようと右手に力を込めた瞬間、盾の胸部が輝く。
「おっぱいびーむ!」
幾分気の抜ける掛け声と共に左胸部から粒子砲が放たれる。
間一髪、刀身の腹でビームを逸らした尼僧だったが、同じ様に輝きを増していく右胸部に目を見開く。
「おかわりびーむ!」
そう。
胸部に設置された砲は二門。
一射目で動きを見切った盾は二射目で尼僧を捉えた。
粒子が皮膚を焼き、貫いていく。
寸での所で身を沈ませて躱した尼僧だったが、左肩の筋肉を半分持って行かれてしまった。
そこへ更なる追撃。
「御手洗の御技を以てその厄災を浄化せん……デザインはあれだが……」
花子が自身のルーツとなった怪異をユーベルコードとして放つ。
現れたのは骸の海へと繋がるトイレ――和式便器である。
横っ腹にぶち当てられ、尼僧は大きく吹き飛ばされる。
痛みの所為かややくぐもった声で、尼僧は叫んだ。
「何です!慎みの無い!」
「えぇ……」
まさかの真正面からの説教に、思わず花子は戸惑いの声を上げ、盾はぱちくりと目を開いた。
そこへ飛来する一迅の風と、風切り音。
華月の放った矢が左足の甲を貫き、レヴィアの放った弾丸が右太腿に風穴を開けた。
堪らず動きを止めた所へ、正面から桜華が飛び蹴りを放つ。
柄で受け止めたとは言え両足の踏ん張りが効かず、そのまま後方へと押し込まれる。
序と言わんばかりに顔面を右足で蹴り上げられた。
「小娘が調子に……!」
「おっそーい!なんてね」
薙刀を振るうが、既に桜華は離脱した後。
そこへ再び撃ち込まれる矢弾。
「人を殺めて得る信仰など断じて信仰などではない」
冷静に狙いを定めながら、レヴィアは尼僧を見据える。
レヴィアの心中には黒く鈍い光を放つ過去が渦巻いていた。
彼女は以前、戦火で故郷や両親を失っていた。
大切なものを失った彼女をに、宗教家はただ祈れと言うばかりで身銭を切る事も無く、遠巻きに眺めるだけだった。
その過去が、宗教を狂信する尼僧の姿に怒りを想起させていた。
「信心を持たぬ小娘に信仰を断ずる事等、出来はしない!信じる事が出来ぬものが救われる事は無い!」
「戦火で逃げ惑う自分を救ってくれたのは心優しき人だった!神は何もせず傍観してただけだ!」
「貴女に救うだけの価値が無かっただけでしょう!」
直後、スコープの先で尼僧が大きく仰け反った。
何事かと目をスコープから外したレヴィアが見たのは、キラキラと朝日を浴びて輝く黒曜石の欠片。
右角を打ち砕いたのは風を宿した矢だった。
「私が猟兵の皆さんと……レヴィアさんと出会ったのは此処最近。まだ互いの事を深くは知らないわ。知っているのは名前と得物くらい」
深き海の色をした角を持つ羅刹の少女、華月。
彼女は残心を保ったままその赤き瞳を尼僧に向けている。
「それでも、解る事が有る。彼女はご両親や助けてくれた人、その全てに望まれて生きている」
新たな矢を番え、彼女は大きく吼えた。
「貴女の様な矮小な者が彼女をどうこう言う資格なんて無いわ!」
一意専心。
疾風の矢が尼僧へと飛ぶ。
全くです、とアマータはトランクをガトリング砲へと変えた。
「当機には宗教と言うものについて、知識は御座いますが共感は一切しません。故に言える事は少ないですが」
クロスヘアを尼僧に合わせ、引き金を引く。
「仲間を侮辱されて黙っている様な腰抜けでもありません。控え目に言いますがブッ飛ばしますよ貴女」
直後、鬼の様な弾幕が形成される。
それを見て、レヴィアは小さく笑いながら照準を向けた。
「歪んだ信仰力など自分が撃ち滅ぼす!」
矢と銃弾の雨に堪らず尼僧は一揆衆を呼び出し身代わりとした。
一瞬の猶予を得て素早く離脱する尼僧の足元を、衝撃が襲う。
「足元がお留守じゃよ」
にやりと笑いながら声を掛ける花子。
尼僧の足元からは引きずり込もうと伸びる腕が地面から無数に生えていた。
「…………っ!?」
先程のユーベールコードの一部だが、それとは気付かず自身が葬ってきた亡者達の腕と勘違いしたのか、尼僧は青い顔で足元を薙ぎ払った。
その隙を見逃さず、琴と絵里香が薙刀を構えて前後を囲む。
「行けるか?」
「えぇ、巫女の嗜みですから」
ならば良し、と絵里香は一つ頷いて刃先を下ろし、軽く左足を引いて構える。
それは尼僧が会得した流派において、指導者が門下生に打ち込みの練習をさせる時の構え。
明らかに侮られている。
再び尼僧は頭に血を上らせる事となった。
「人を馬鹿にするのも大概になさい!」
「一合で相手の実力を見抜けない相手にはこれで十分だっつってんだよ、三下」
言葉の途中で逆袈裟に振るわれた刃を石突でつついていなす。
放たれた紫電は刃で打ち払い、背後の琴へ意識を向けようとしたなら二指を構え動きを封ずる。
その合間に琴が薙刀を振り、決定打は与えられずとも着実に両足へ傷を増やしていく。
此処に至り、尼僧の機動力はほぼ封じられていた。
「かくなる上は……!」
漸く自身が劣勢に追い込まれていると気付いてか、尼僧は強引に包囲を突破しようと試みた。
向かう先は背後の琴の方向。
毒と麻痺で感覚が遠のきつつある右足を叱咤して踏み抜き、右に捻りながら飛ぶ。
回転の挙動に一瞬虚を突かれ、琴は咄嗟に放たれる斬撃を防ごうと両腕に力を込め。
「下だ!」
声の導くまま、掬い上げる様に薙刀を右から左へ払う。
耳障りな金属の擦れる音が響き、火花が散る。
転がる様にして左脇を抜けて行った尼僧を目で追いながら呆けていると、激を飛ばされた。
「ボサっとすんな!」
「は、はいっ!」
慌てて薙刀を構え直す。
対する尼僧は驚愕に目を見開いていた。
回転の勢いを乗せた背中側から来る一撃、そう誤認させて着地と共に逆風で放たれる必殺の一撃。
この技を前に、全ての者はその命を散らしてきた。
なのに、何故。
「何故、秘伝の一撃を……!」
「秘伝、か」
詰まらなさそうに尼僧へ視線をやり、事も無げに絵里香は言った。
「此処じゃどれ程のモンかは知らねぇけどな。オレの居た所じゃその技術はとっくに苔生してんだよ」
「馬鹿な……!」
「さっきから言ってんだろ。馬鹿はてめぇだ」
その辛辣な言葉に、尼僧は動きを止める。
見る間に目が濁り出し、薄ら笑いを浮かべ始める。
「良いでしょう、貴女方は我が手には余る仏敵……ならば御仏にその裁きを委ねましょう!」
その言葉と共に、周囲を閃光が襲う。
一瞬で光は収まったが、先程とは明らかに違う異物が在る。
尼僧の傍らに全身が金色に光る六角棒を手にした【仏罰を降す御仏の幻影】が召喚されていた。
「成程、奥の手解禁ってか」
事前情報で強力な幻影を召喚する事は解っていた。
ならばその対処も組み上がっていて当然。
「出番だぜ、色男共」
おどけた風な口調で絵里香が声を掛ける。
並び立つのは新たなるガジェット『蒸気式魔法発生装置』を手にして蒸気を振り撒き【トリニティ・エンハンス】で自身の防御力を最大限まで高めたウィルトスと、魔法陣と剣に二対の翼の紋章型の聖痕――『戦場の真理』を解放して左腕から血を流し【招き、集いて力となれ:コール・エンチャント】で自身の攻撃力を最大限まで高めたシャノン。
両雄が、遂に動き出す。
狙うは一撃。
全てを決する最良の一手。
それを狙って、先ずウィルトスが動き出す。
杖から蒸気を吐き出して歩み寄ると、幻影が呼応して立ち塞がる。
「来いよ、紛い物」
『――――!』
幻影は唸る様にその顔を仁王の様に歪め、六角棒を振り下ろす。
杖で受け止め蒸気を撒き散らしながら、ウィルトスは指示を飛ばした。
「アマータ、御手洗!構わん、俺ごとやれ!」
「熱い漢になりそうですね」
「流されるでないぞ?」
言うが早いか、アマータはトランクを変化させた迫撃砲を構え炎の属性を宿した榴弾を放つ。
しかし先程と違い燃料は五倍程に増えているが。
花子はユーベルコード最後の一つ、過去を洗い流す水流を放つ。
何処までも透明な水が足を洗い、ウィルトスとその奥の幻影、尼僧へと襲い掛かる。
炎と水。
一見相反する属性に囲まれた状態で、ウィルトスは杖の力を解放した。
炎と水がぶつかり合い、蒸気となって辺り一帯を覆い尽くす。
一面の白。
濃過ぎる蒸気の中に取り残された幻影は突如バランスを崩す。
直前まで鍔迫り合いを続けていた筈の相手が居ない。
幻影が首を巡らせると、左前方にうっすらと人影が見える。
その人影は【右腕】から血を流している様だ。
手負いならば苦も無く葬れよう。
幻影は六角棒を振り上げ、一思いに振り下ろす。
が、手応えは無い。
地面を強か打ち付けた幻影に声が届く。
「外れだ」
背後から聞こえたその声に反応する暇も無く、堕銀の剣が差し込まれる。
最大限まで強化された攻撃力を耐える術は無い。
あっさりと、幻影はその姿を無へ返した。
ほぼ同時に花子の衝撃波で蒸気が打ち払われる。
蒸気を集めて作り出された即席の鏡像も露と消えた。
後に残るのは無様に座り込む尼僧のみ。
「なっ
……!?」
驚愕に目を見開いた尼僧の身体に、もう紫銀のオーラは無い。
先程命中した花子のユーベルコードが、尼僧の【仏罰代行者】を封じていた。
最早、逃げ場は無い。
「馬鹿な、このようなこっ」
何かを言い掛けていた尼僧は首を後ろに折り、それっきり何も喋らなくなった。
折れた両の角の間に刺さる、クロスボウのボルト。
空に溶ける様に消えて行った尼僧の身体から唯一消えなかったそれが、からんと音を立てて転がった。
「ふぅ、ミッションコンプリートですかね」
がさがさと音を立ててやってくるアスカ。
容赦の無い仕事人っぷりに幾人から笑い声が漏れた。
花子の横では、アマータに救出されたウィルトスが説教を受けていた。
「いかに作戦とは言え自分の身を危険に晒して戦うとは不合理です。当機が間に合ったから良かったものの、今後は無理をしないようにお願い致します」
「あぁ、その、すまん」
「全くじゃ。最初に作戦を聞かされた時は耳を疑ったわ。合図したら自分ごと撃て、等と」
あくまで真剣に諭すアマータに対し、花子は何処か楽しげに笑っている。
確かに最良の一手では有ったが見ている側はハラハラするもの。
なれば多少後で弄られたとしても仕方あるまい。
そんな風に考えながら、花子は勝利に安堵していた。
「さって、それじゃ帰ろうか」
笑顔で盾が促すと、皆は右手を挙げて応える。
唯一、絵里香だけは回収した短槍を佩きながら警戒を続けていた。
「お前等、帰るまでは気を抜くなよ」
「おぉっ、遠足と一緒だね!」
「言ってる傍から抜くなっつーの」
大成功
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