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午後八時、ミルクホールで逢いましょう

#サクラミラージュ #ヒヨリミ #獄卒将校

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#サクラミラージュ
#ヒヨリミ
#獄卒将校


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●戀の残滓
 ――午後八時、何時ものミルクホールで。

 其れがふたりの合言葉だった。幸せだったあの頃から、一体幾年過ぎたのだろう。
 此の身は疾うに朽ち果てて仕舞ったが。其れでも猶、セピア色に褪せた記憶の中から、如何しても消えない女が居る。
 互いの小指を裁縫箱の中の赤い絲で結び、笑い合ったあの日々にはもう、二度と戻れないと云うのに――。

 思い出のミルクホール「ローズマリー」。
 赤い煉瓦を積み重ねた其の外壁は独逸風。太陽を模したステンドグラスの下で、楢造りのドアーを開けば、華やかに立ち込める仏蘭西の馨にご挨拶。
 流れるような曲線と植物を模した意匠が印象的な内装は、逢引に訪れたふたりの心を何時も浮かれさせて呉れた。

 我らが青春の地、ミルクホール。此処に曾て愛した女の子孫が居る。
 健康的な小麦色の肌は血色が大変よろしく、陽光を浴びて煌く髪は珈琲の如き琥珀色。愛らしく色づいた唇は桜めいて、人懐こく輝く金の瞳は扁桃のように丸い。
 遠巻きに見る彼女は、凍った此の胸を掻き乱す程、あの女によく似ていたから。
 ――今宵、約束のあの時間に、彼女を手に掛けなければと、そう思った。

 嗚呼、斯くも麗しき我が仇敵――あずま ゆかり!

 冷たくなったお前を此の腕に抱き、血の失せた互いの指先を恋人の如く絡め合い。ズンズンチャッチャ――と、独り善がりな三拍子を踏めたならば。
 我が魂を穢す黒い感情も、少しは晴れるだろうか。

 否、そんな事など有りはしない。
 此の身に降り積もった怨み辛みは、容易く拭えるほど軽い物では無いのだから。

 ――ごおん……ごおん……。

 嗚呼、何処かで鐘が鳴っている。刻は、来た。
 疾く行かなければ。――未だ此の胸で燻る愛に、終止符を打つ為に。

●妄執
「サクラミラージュで仕事だ。一般人が影朧に狙われている」
 グリモアベースに集った猟兵達を見廻して、ジャック・スペード(J♠️・f16475)は淡々と口を開いた。
 強い恨みを抱いた影朧が仇敵や、その子孫を狙うという噺は、この世界では特段珍しい事では無い。
 問題はその理由が、影朧の数だけ存在するということ――。

 機械の男曰く、狙われているのは『吾妻・縁(あずま・ゆかり)』という娘らしい。
 齢は十八、器量も良く不良に在らず、凡そ狙われる理由が見付からない人間だ。
 よくある逆恨みだろうか、と。私見を交えながら、男は言葉を続ける。
 最も優先すべき任務は、ターゲットを影朧から守る事だ。しかし、理性を繋いだ影朧は『転生』できる可能性を秘めている。
 もしも余力があれば、其の傷ついた魂を癒し、次の生へと繫げてほしい――と。男はぎこちない動きで頭を下げた。

「襲撃の場所は、ターゲットが務めるミルクホール。カフェーの亜種と云った所だな」

 ――ミルクホール。
 何を饗する店かと云えば、矢張り名前の通り……。
「温めたミルクとただの珈琲。それからカステラなどの洋菓子に、食パンも出てくる」
 品揃えは質素なものだが、どれも旨いと評判らしい。値段も庶民的らしく、学生たちには特に人気の店なのだとか。
 影朧の恨みの理由や、彼女との関係を探るなら、其処で聞き込みを行うのが一番だろう。

「調査の序に、暫く楽しんで来たら良い」
 そうして、転送の準備に取り掛かろうとした男は、ふと大事な事を思い出す。
「ああ、其のミルクホールの名前だが。『ローズマリー』と云うようだ」
 他に伝え忘れはないか、と。男が連絡事項を改めて確認したのち、グリモアがくるくる回る。
 向かう先は、櫻が咲き乱れる朧の世界――サクラミラージュ。


華房圓
 OPをご覧くださり、ありがとうございます。
 こんにちは、華房圓です。
 今回はサクラミラージュにて、戀奇譚をお送りします。

●一章 <日常>
 或る日の夕刻、ミルクホールで寛ぎのひと時を。
 飲み物は温めたミルクと珈琲のみ。
 軽食はカステラとクッキー、ふわふわの食パンから選べます。
 食パンを選んだお客様には、バターか苺ジャムが付いてきます。

 軽食や珈琲を楽しみながら、店員やターゲットに噺を聴いてみると、
 何かしらの情報を得ることが出来るでしょう。
 或いは、純粋にミルクホールでお腹を満たすのも有りでしょう。
 どう過ごすかは、皆さまのお気に召すまま。

 また本章のPOW、SPD、WIZはあくまで一例ですので、
 どうぞ自由な発想でお楽しみください。

●二章 <集団戦>
 手下の影朧たちとの戦闘です。

●三章 <ボス戦>
 ターゲットを狙う影朧とのボス戦です。
 説得しながら戦う事で彼の荒ぶる魂を鎮めて、転生させることが可能です。
 勿論、説得は必須ではありませんので、
 普通に倒しても問題なく事件は解決します。

 どの章からでもお気軽にご参加いただけますと幸いです。
 単章のみの参加もどうぞお気兼ねなく。
 一章のプレイングは、1月3日(金)の8時31分から。
 二章と三章のプレイングは断章追加後から、それぞれ受付いたします。

 またアドリブや連携の可否について、記号表記を導入しています。
 宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
 それでは、宜しくお願いします。
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第1章 日常 『大正浪漫の溢れるカフェーで』

POW   :    甘味や食事を楽しむ

SPD   :    珈琲や紅茶や飲み物を楽しむ

WIZ   :    人々との歓談を楽しむ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ミルクホール『ローズマリー』は、百年の歴史を誇る老舗である。
 店前の立て看板によると、営業時間は午前10時から午後7時まで。――しかし、よく観察すれば其処には、筆で塗りつぶされた痕がある。
 よく目を凝らせば、『正午カラ午後9時マデ』と綴られた文字が見えるだろう。

 赤い煉瓦を幾つも積み重ねた外観は、堅牢だが味わい深いロマネスク風。
 艶やかなオーク扉の上では、黄金の太陽を模したステンドグラスがきらきら。麗らかな陽光を反射して、鮮やかに煌めいている。
 重たい扉を開いて中へ一歩足を踏み入れれば、アール・ヌーヴォーの馨に包まれる。
 黄水仙が幾重も寄り添い、幾何学模様を象るクリーム色の壁紙。よく磨かれた床は、滑らかなブラックチェリー。
 花の意匠が刻まれた机や椅子は、猫のようにしなやかな脚で、流麗な其の身を支えていた。

「いらっしゃいませ」
 銀盆を片手に笑顔で出迎えてくれるのは、件の少女――吾妻縁。曲線を描く窓から差し込む橙の光は、彼女の髪を琥珀色に照らしていた。
 さいわい、席には余裕がある。さあ、どの席に座ろうか。
 ――そして、ささやかなひと時をどう過ごそうか。
カーバンクル・スカルン
◎珈琲とかすてらで優雅なおやつと洒落込みましょうか。

縁さんに特にこれといった影朧に関わるような問題が無いのなら、考えられるのは彼女によく似た方と間違えてるか、ローズマリーのメイドと何かしらの関わりがあるか……っていう線が濃厚かなぁ。百年も続く老舗ならなおのことね。

ということで、世間話として店員さんにかつてこのお店でトラブルを起こした客、または大恋愛を繰り広げた店員がいなかったどうか聞き込みと参りましょう。もし縁さんを捕まえられたら親や親戚がここに勤めていた経験が無いかも聞くとしますかね。



●琥珀色のマリアージュ
 艶やかなマホガニーのカウンター席からは、店の外観と同じくレトロな趣を纏う厨房の様子がよく見える。
 等間隔に並べられた猫足椅子のひとつに、カーバンクル・スカルン(クリスタリアンのスクラップビルダー?・f12355)はそれと無く腰を下ろし、目の前に置いてあるメニューへと視線を落とす。
 赤い瞳が質素な紙に綴られた達筆な文字をなぞったならば、其処には聞いていた通りの簡素な軽食が羅列されていた。
 折角、人気のミルクホールに来たのだから。優雅な秉燭のおやつと洒落込むことにしよう。
 そう思った少女は用聞きに来た女給へ、珈琲とカステラをオーダーする。注文を取りに来たのは、入店時に彼女を出迎えてくれた、琥珀色の髪を揺らした美しい女給――ターゲットの吾妻縁だった。
 いきなり質問攻めにするのも不審かと思い。注文を済ませた後はとりあえず、厨房へと去る背中を大人しく見送ったカーバンクル。
 厨房やホールで忙しなく働く女給たちを眺めながら、少女は静かに思考に耽る。ターゲットの“吾妻縁”に、特筆すべき問題が無いのなら、考えられる事はふたつ。
 ――彼女と似た方と間違えてるか。あるいは、ローズマリーのメイドと何かしらの関わりがあるか……っていう線が濃厚かなぁ。
 百年も続く老舗なら、彼女の親類縁者が過去に勤めていても可笑しくはない。他人の空似という線だって、有り得ない訳ではないのだ。
「お待たせしました」
 彼女の思考を現実へと引き戻すのは、鼻腔を擽る珈琲の芳しい香りと、縁の穏やかな科白。
 ついと視線を下ろした先には、白い丸皿に乗せられたカステラが饗されていた。百合を描いたカップに注がれた琥珀の珈琲は、まだ白い湯気が出ていて温かい。
「有難う。――美人に給仕して貰えたから、更に美味しそうね」
 まるで世間話のように、唇に桜色の紅を引いた女給――縁のことを煽てて見せる。目鼻立ちのハッキリとした美少女に褒められれば、縁の頬は僅かに朱へ染まった。
 誰が給仕しようと味は変わりませんよ、と。謙遜する響きからは、警戒の彩など微塵も感じられない。
「でも、男性は特にそう感じるものでしょう。貴女みたいに器量が良いと、困ることもあるんじゃない?」
 さばさばとした彼女の語り口は、聞く人に嫌味を感じさせぬもの。ゆえに、縁の心を容易に開かせる。
「まあ、執拗に声を掛けてくるお客様も稀にいらっしゃいますが……」
 本当に困ったときは官憲の力を借りるから大丈夫ですよ、と。彼女は眉を下げて笑った。嘘を吐いているようには見えないが、少女は念押しにと次の問いを投げかける。
「……そう。じゃあ、お客さんと大恋愛に発展する事も無いのね」
「そういうロマンスの話は偶に聞きますけど……。大恋愛という程では」
 アーモンドのように円い眸を夢見がちに煌めかせながら、縁はそっと肩を竦めて見せた。その様を赤い瞳で観察しながら、カーバンクルは白磁のカップへ口吻ける。
 苦くて熱い琥珀色で喉を潤しながら、ぐるぐる、ぐるぐる。迷宮を彷徨う思考を巡らせる。
 縁の様子から考察するに、客とのトラブルという線は薄いらしい。ならば矢張り、痴情の縺れが原因だろうか。
 それから――もうひとつ。カーバンクルには気になっている事があるのだ。金のフォークで小さくカステラを刻みながら、厨房を忙しなく動き回る熟年の女性を見る。
 琥珀色の髪、扁桃めいた灰色の眸、――その人は、眼前にいる女給と面影が似ていた。
「……貴女、もしかして親子で此処に務めていたりする?」
 だからこそ、聞かずには居れなかったのだ。いささか唐突な少女の問いに、縁はぱちぱちと瞬いて。それから、少女の視線を追うように、カウンターの奥に広がる厨房へと視線を向ける。その先に件の女性を見つければ、女給はにっこりと其の頬を緩ませた。
「やっぱり、わかりますよね。――此処は母が、祖母から譲り受けた店なんです」
 成程、と少女は心の裡で頷く。縁に心当たりがないのなら、今回の敵は彼女の母か祖母に因縁を持つ影朧なのだろう。
 口へと運んだカステラを、琥珀の珈琲でそっと流し込む。甘さと苦さのマリアージュは、思考で疲労した躰へと不思議なほどに染み渡った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

杼糸・絡新婦
ひとまずミルクホール、
店奥の席ででコーヒーと食パンをいただこうかな。
くつろぎながら、
店の様子見つつじゃまにならない程度に
吾妻さんか他の店員さん話しかけ【情報収集】

ええ雰囲気のお店やね、どれくらいからやってはるん?
長いんやったら色々な人が来てそうやね。
吾妻さんも器量良さそうやけど
気になる人とかおらんのやろうかなあ?

まあ、あとは物事が起こるまでのんびりさせてもらいましょか。



●蜘蛛絲を垂らす
 草履を履いた脚は物音ひとつ立てることなく、静かに進んでいく。軈て奥の席へと辿り着いた麗人――杼糸・絡新婦(繰るモノ・f01494)は、猫脚の椅子へ悠然と腰を下ろした。
 壁と同じく黄水仙を描いた背もたれへと躰を預けた彼は、品の良い微笑を其の貌に湛えながら。異国情緒漂うミルクホールを、緑の眸でゆるりと見回していた。
 ふと目が合った女給が注文を取りに来たので、絡新婦は品書きへと流し目を呉れる。彼の決断は早かった。
「コーヒーと食パン、いただこうかな」
 いちごジャムで、と付け足しながら。今度は女給へと流し目を呉れる麗人。厨房へと足早に去っていく彼女の頬が仄かに赤く染まっていたのは、恐らく気のせいではあるまい。
 緑の眸は愉し気に、ゆるり、ゆるりと左右へ動く。彼が抜け目なく観察するのは、店内の様子。
 出来ることなら店員へと話を聞きたいところだが、仕事の邪魔をするのは本意ではない。手の空いているものは居ないかと、壁に咲く水仙の幾何学模様を眺める振りして様子を窺っていれば――。
「お待たせしました」
 芳しい珈琲の馨とともに、遣って来た女給がいる。琥珀色の髪に金の眸、入店時に出迎えてくれた女給――吾妻縁だ。
 なんという僥倖。ターゲットの方から、蜘蛛の絲に引っ掛かってきたではないか。絡新婦の唇が、ゆるりと弧を描く。
 彼の眼下で饗されるのは、湯気を立てる琥珀の液体に、ふわふわと弾力溢れる食パンだ。傍らに置かれた小皿には、赤々とした彩の苺ジャムが入っていた。
 縁へと軽く礼を告げた麗人は、ついと彼女の顔を見上げて、にこりと笑みを咲かせて見せた。
「ええ雰囲気のお店やね。どれくらいからやってはるん?」
 世間話を気取って、当たり障りのないことを尋ねれば、対峙する少女は無邪気に指を折って見せた。
「ええと……かれこれ百年位でしょうか」
「百年、随分と長いこと……」
 壱百年。――絡新婦が肉体を得る迄に掛かった時間と同じである。此の店もきっと、様々な人の営みを見守ってきたのであろう。
「それなら、色々な人が来てそうやね」
 驚いたように着物の袖で口元を覆う麗人は、此の店の少し深い事情まで切り込んでいく。
「ええ。私の祖母も常連だったんですよ。祖父とよく珈琲を飲みに来たとか」
 へえ――と、静謐な相槌を返しながら、絡新婦は指先を白磁のカップに絡ませる。仮初の肉体に伝わるのは、仄かな温かさ。
 其の感覚に眸を細めながら、彼は悪戯に頬を緩ませた。零す問いに、揶揄うような彩を滲ませて――。
「吾妻さんは器量良さそうやけど。気になる人とかおらんのやろうか?」
 思わぬ言葉に、縁の頬が朱く染まる。きょろきょろ、扁桃めいた視線を左右に動かして。周囲に同僚がいないことを確認した少女は、指先で己の唇を封じながらそっと、窓際の席を指さした。
 絡新婦が釣られて視線を向けた先には、文庫本を読み耽る学生服の青年が居る。眉間に深く刻まれた皴、そして鋭い目つき。
 強面と表現しても差し支えない男だが、顔貌はまあ整っていた。それに――彼はどう見ても“生きている”。ゆえに、影朧とは関係ないだろう。
「そう、成就するとええね」
 悠然と微笑む彼に頷いた女給の少女は、盆で赤い貌を覆いながら走り去る。其の背中に相変わらず流し目を呉れた麗人は、そっと白磁のカップへ口吻を落とした。
 ――まあ、あとは物事が起こるまでのんびりさせてもらいましょか。
 喉奥に流れ込んでいく琥珀色は、香しくもほろ苦く。されど、苺ジャムを塗って食む食パンは、ふわふわと柔らかく蕩けるように甘かった。
 
 それは、まるで戀のよう――。

成功 🔵​🔵​🔴​

鎧坂・灯理

カフェオレが出来ればそれで。食パンはバターで頼む。

「ローズマリー」ねぇ。葬儀に使う花だな
花言葉が面白い
さて、話も聞こう……「百年の老舗」に
ステンドグラス……は目立つか
壁に手を触れ、【過去見】を発動
キーワードは「あずまゆかり」「午後八時」「吾妻縁に似た女性」
外に出て、外壁でも同じ事をする

人間には「営業時間が変わった理由」や「吾妻縁に似た女性の名前」を聞こう
年かさの、長く通っている客が居ればそいつをターゲットにする
店員などは他の猟兵が聞き込んでいそうだからな



●黄水仙はかく語りき
 かつり、かつり――。ミルクホールに響く靴音は、鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)が立てたもの。
 背筋を伸ばして胸を張り、艶やかな黒髪を揺らしながら歩く様は、まさしく威風堂々と。探偵らしく優秀な頭脳を巡らせ、此の店内で最も目立たぬ奥の席へと歩めども、彼女の凛とした立ち居振る舞いは、ホールを動き回る女給たちの目をよく引いたと見える。
 灯理が席に着くなり、おずおずと一人の女給が水を給仕して来た。――聊か緊張しているように見えるのは、彼女が時代の先端を行くモガにでも見えたからか。
「カフェオレが出来ればそれで。それから、食パンはバターで」
 軽くメニューに視線を落とせば、注文は早い。出来ますか――なんて。ついと横目で女給を見れば、こくこくと落ち着きに欠ける頷きが返って来る。
 憧れの眼差しを残して去って行く女給の背中を見送りながら、電脳探偵は思考に沈む。
 ――“ローズマリー”ねぇ。葬儀に使う花だな。花言葉が面白い。
 古代ギリシャにおける「復活」の象徴であり、今なお世界中で弔い花として愛される花。それが、――此の店が冠する花“ローズマリー”。そして、“それ”が抱く花言葉は様々だ。
 或る人は「追憶」であると云い、或る人は「貞節」であると云う。変わり種だと「あなたは私を蘇らせる」と云った詩的なメッセージを抱き、かと思えば「私を思って」なんて、感傷的な意味を孕む事もある。
 こうして羅列してみると、矢張り面白い。人は花へと其の想いを託す。「花言葉」なんて大義名分を隠れ蓑にして。
 ――さて、そろそろ話も聞こう。……先ずは「百年の老舗」に。
 思索から現世へと戻った探偵は、黒手袋をキュ、と引き締めながら、素早く周囲に視線を巡らせる。
 扉の上にあるステンドグラスは聊か目立つ。何より、そんな所で棒立ちしていると不自然だ。ならば、話を聞くに相応しいのは「内装」だろう。
 灯理はそっと壁に手を触れ、静かに瞼を閉ざして過去を見る。俗に云う“サイコメトリ”だ。――それは、感受性が人一倍豊かな彼女だからこそ出来ること。
 幾何学模様の黄水仙が灯理に見せた光景とは、果たして……。

 セピアに色褪せた映像が、彼女の脳内に流れ込んでくる。それは、いつかのミルクホールの光景。忙しなく働く給仕たちのなかに、吾妻縁の姿はない。随分と昔の記憶なのだろうか。
 やがて柱時計が8つの鐘を鳴らし、カランコロンと扉が開く。足取り軽く店へと入ってくるのは、灰色の眸をした軍人風の青年と――琥珀の髪に金の眸をした、吾妻縁に瓜二つの少女。
 手を取り合い仲睦まじい様子の二人は、どう見ても恋人同士。彼等は笑い合いながら歩みを進め、軈ては灯理が今座っている席へと至る――。

「お待たせしました」
 とめどなく脳裏に流れ込むセピアの映像を途切れさせるのは、遠慮がちに響いた女給の聲だ。眸を開けて机上を見れば、其処には焼き立ての食パンと、ミルクとよく混ざり合った珈琲が饗されていた。
「失礼、少し煙草を吸ってきても?」
 軽く礼を告げた後にジッポを取り出し、軽く火をつけて見せる。見慣れぬ道具に女給は戸惑いを見せたが、快く頷いてくれたので、厚意に甘えて席を立った。
 外の空気は矢張り冷たい。しかし、これ位の冷たさが集中するには丁度良いのだ。外壁と向き合った灯理は目を閉じて、再び壁の過去を見る。彼女の脳裏に流れ込む映像は、矢張りセピアに色褪せていた。

 カランコロンと、扉が開いた。店内から微かに聞こえる柱時計は、9つ鐘を鳴らしている。別れを惜しむかの如く、寄り添い合いながら出てくるのは、先ほど記憶の中で見た軍人風の男と、吾妻縁に似た少女。
 名残惜しそうに指先をきつく絡め合った儘。ガス灯に芒と照らされた夜道へと、ふたりは緩慢な足取りで消えて行く――。

「……ロマンス映画か」
 砂糖よりも甘ったるい映像に首を振り、そっと外壁から手を離す。今は砂糖の入っていないカフェオレが恋しかった。
 さっさと店へ戻ろうとした探偵の視界にふと、ミルクホールの立て看板を眺めている年老いた女の姿が映る。どこか懐かし気な眼差し――もしや常連客だろうか。
「その看板、塗り直した痕がありますね」
 探偵が後ろからよく通る聲で話しかければ、老女は驚いたように振り向いた。しかし、直ぐに人の好さそうな笑みを浮かべて、頷きを返してくれる。
「ええ、昔はもう少し遅くまで開いていたんですけれどねぇ」
「……なぜ、閉店時間を早めることに?」
 残念そうに目を伏せる老女へと、灯理は努めて穏やかに問うてみせる。常に纏う威厳も、今ばかりは裡に秘めて。
「余り遅くまで開いていると、若い人たちの逢引きの場になるでしょう。昔それで、ひと騒動在ったようでねぇ……」
 成程、風紀の観点から営業時間が短縮されたらしい。「ひと騒動」も気になるが、今はもっと気になることがある。
「此の店で一番の美人、確か吾妻縁さんでしたか。――以前、彼女に似た女性を見かけたことが有るのですが」
 姉妹などいらっしゃるのでしょうか、と。世間話を装い尋ねれば、老女は柔和に微笑んだ。
「それは、お母さまの芽衣子さんじゃないかしら。縁さんは、おばあ様の……そう、優香子さんにも、本当によく似ているのよ」
 美人揃いの家系で羨ましいわねぇ、などと。うっそり溜息を吐く老女に相槌を打ちながら、探偵は脳裏に過ったセピア色の映像を何度も反芻していた。
 色褪せたロマンスのヒロインは、果たして何方なのだろうか。
 謎は深まるばかりだが、そろそろ席に戻らなければなるまい。――あの香しいカフェオレが、冷めてしまう前に。

成功 🔵​🔵​🔴​

エルネスト・ポラリス


オブリビオンに狙われる理由……親の因果が子に報う、なんて言葉もありますし、視野を広く持って調査したいところですね。
店に入り、珈琲とクッキーを頼んでみましょう。あ、砂糖はいらないけど、珈琲用のミルクありますかね?

――オブリビオンは過去の存在、影朧でもそれは変わりません。
店員……なるべく年配の方が良いでしょうか? 珈琲を褒めながら、この店について『情報収集』をしてみましょう。現に良い香りですしね。

こんな味を出せるなんて、相応の苦労があったはず……と、店の昔話を聞き出したいです。
わざわざ人目の多い、ユーベルコード使いにも見つかりやすいカフェを襲撃する理由、何か手がかりが見つかれば良いのですが。



●説話『ミルクホール“ローズマリー”』
 エルネスト・ポラリス(誰もが夢見た月を越え・f00066)が歩みを進めるたびに、髪と同じ煉瓦色の狼耳が、軽やかにふわり、ふわりと揺れる。
 彼が選んだのは、陽当たりの良い窓際の席。いま此の時間は、斜陽の赤々とした光が射し込んで、椅子と机に温かみのある彩を加えていた。
 其処へと腰を下ろした青年は、仄かなおひさまの香りに包まれる。彼の故郷には無い香り。――されど、続いて漂ってきた香りは、彼にも馴染み深いものであった。
 それは、客に饗される焼き菓子の甘い馨と、淹れたての珈琲の香しさ。弾力のある背凭れに躰を預けながら、青年は此度の事件に潜む因縁を考察する。
 オブリビオン――影朧に、一般人が狙われる理由は様々だ。逆恨みもあれば、人違いというケースもある。仇敵の子孫に復讐を果たそうとした、と云う話も偶に聞く。
 ――親の因果が子に報う、なんて言葉もありますし。
 視野を広く持って調査した方が良いだろう、と。エルネストは心の裡で、そう結論付けながら、メニューへと視線を落とす。黒い眸が達筆な文字を追えば、丁度よく年配の女給が水を持って来た。
 すいません、と。伊達眼鏡越しに女給を見つめた青年は、紙に綴られた文字を指示す。芳ばしい馨を漂わせている珈琲に、チョコレェトの甘い馨が食欲をそそるクッキー。店に足を踏み入れてから、ずっと気になっていたのだ。
「あ、砂糖はいらないけど、珈琲用のミルクありますかね?」
 お持ちしますと、微笑みながら答えた女給へ軽く礼を告げたあと。青年は黒い瞳を左右に動かし、誰に話を聞くべきかと当たりをつける。
 ――オブリビオンは過去の存在、影朧でもそれは変わりません。
 重要なのは、「過去に何が起きたか」ということだ。もし、件の影朧が此の店とかかわりの深い人物であるならば、矢張り店員に聞いてみるのが確実だろう。
 そういえば、先ほど注文を取りに来た女給は年配の女性だった。彼女ならば、此の店の「過去」について何か知っているかも知れない。幸いなことに、彼女は再び彼のもとへチョコレェトのクッキーと琥珀色の珈琲を給仕しに来た。
 聞き込みをするならば、今しかチャンスは無い。情報を聞き出すために、人狼の青年はうまく猫を被って見せる――。
「此処の珈琲、とても良い香りですね」
 眼前に置かれた珈琲の湯気を自らの方へ手で扇ぎながら、エルネストはにこりと笑う。あくまで雑談を装うように、傍らに添えられたミルクポットを持ち上げながら、青年は言葉を続けた。
「こんな味を出せるように成るまで、相応の苦労があったはず。歴史の深いお店のようですし、昔のお話をぜひ伺いたいです」
 知的な雰囲気を醸し出す青年に、真摯に頼まれたものだから。彼に対峙する女給も、満更ではない。
 私の知っている範囲でよろしければ、と念を押す声に緩く頷いて。青年は彼女が語る噺に、じっくりと耳を傾ける。手掛かりを、ひとつも聞き逃さぬ為に。

 お喋りな女給曰く――。
 此のミルクホールが出来たのは、今から壱百年ほど前のこと。開店当初は温めたミルクがメインで、珈琲は殆どおまけのような物だった。しかし、それでは生き残れぬと判断した二代目の店主が、美味しい珈琲を追求するようになり、軈て今のような味わいに至る。
 結局このミルクホールが軌道に乗り始めたのは、開店から四十年ほど経ってからのこと。芳ばしい珈琲を追求した二代目の努力が功を奏したのである。
 ――そして、吾妻・縁の祖母である『吾妻・優香子』が此の店に通い始めたのも、ちょうど四十年ほど前のことだ。
 恋人との逢引きによく此の店を使っていた優香子が、二代目店主と顔馴染みになったのも自然なことだ。ふたりが結ばれたときは仲人を――などと、軽口を叩きあっていたが。その日が訪れることは、終ぞなかった。
 優香子の恋人が突然、命を落としたのだ。当然ながら、優香子はたいそう悲しんだ。なんと彼女の胎には、新しい命が宿っていたのだから、その悲しみは到底計り知れない。
 そんな優香子を気の毒に思った二代目店主は、彼女を『ローズマリー』の店員として雇うことにした。彼女は子を育てるために朝な夕な必死で働き、軈ては其の仕事ぶりが認められ、此の店を譲り受けることとなる。
 月日は巡り、優香子は娘夫婦と孫に見守られながら大往生。此の『ローズマリー』は彼女の娘、つまりは吾妻・縁の母、『吾妻・芽衣子』に譲られることとなった――。

「……当世風のラブロマンスと云うんでしょうか。なんだか、壮大なお話ですね」
 女給の噺を最後まで聞き終えて、エルネストは曖昧に笑う。こういう話は、得てして大袈裟に話されるものだ。一体何処まで信用していいのやら。
「奥様……芽衣子さんから聞いたお話ですから、大筋は信用できると思いますよ」
 そんな曖昧な反応に慣れっこなのか、女給はくすくすと笑声を零して一礼したのち、彼の席を後にする。
 銀の盆を抱えて仕事に戻る女給を見送りながら、残された青年はクッキーをひと齧り。
 窓から差し込む光は疾うに色を失せている。おひさまの香りの次は、チョコレェトの香りに包まれながら。此の店と深い縁で結ばれた女性の人生へ、エルネストは静かに想いを馳せるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャルロッテ・ヴェイロン
◎☆

・SPD

(まず入り口の看板を見て、不自然な修正の後に気づく)

(店内を見まわした後、カウンター席に腰を下ろし)
すいません、ホットミルク、蜂蜜多めで。
あと、クッキーは何がありますか?

(そして暫し雰囲気を満喫したところで)
ところで、表の看板ですが、なんであんな不自然な修正が加えられているんですか?もしよろしければ理由とか聞かせてもらいたいところですが。
(あとは訪れる客たちの噂話などに耳を傾けながら【情報収集】してる。で、集めた情報はまとめてほかの猟兵とも共有させるつもり)



●塗り潰す白
 ミルクホール『ローズマリー』の立て看板を、其の緑の双眸でじっと見つめる少女が居る。アリス適合者のシャルロッテ・ヴェイロン(お嬢様ゲーマーAliceCV・f22917)だ。
 店の前に転送されてから、彼女はずっとこの看板が気になって居た。土台は鐵、フォルムは曲線と優美なシルエットだが、肝心のデザイン自体は至極簡素だ。白い背景に只、店の名前と営業時間、それから青紫の花が描かれているだけ。
 しかし、彼女の目を引いたのは其のデザインの簡素さではなく――。
「……修正の痕が、ありますね」
 恐らくは筆で白色に塗潰された、過日の営業時間。長いこと外に置いてある所為で風化してしまったのだろうか、よくよく目を凝らせばうっすらと文字が浮き出て見えた。
『正午カラ午後9時マデ』
 綴られた言葉によると、昔は今よりも二時間長く営業していたらしい。
 営業時間が短縮された理由も気にはなるが。洒落た雰囲気の店であるだけに、修正の加え方が此れだけ雑なのが、シャルロッテには異質に思えた。
 ぎぃ、とオーク材の扉をゆっくり開けて、少女は店のなかへと足を踏み入れる。ターゲットの少女――吾妻・縁の出迎えを受けながら、シャルロッテは店内をぐるりと見まわす。
 あの看板について詳しい話を聞きたいところだ。店員と距離が近い席が良い。ちょうどカウンター席が空いていたので、迷わず其方へと真っ直ぐ進み腰を下ろした。
「すいません。ホットミルク、蜂蜜多めで」
 水を給仕しに来た縁に、メニューを指さしながら注文を告げる。とんでもない甘党であるシャルロッテにとって、蜂蜜の追加は外せない条件だ。
 畏まりました――と、頷く縁に少女は更に問いかける。これも、彼女にとっては大事なこと。
「あと、クッキーは何がありますか?」

 待つこと暫し。シャルロッテの前に運ばれて来たのは、温かなミルクと蜂蜜の入ったポット。――それから、甘い馨を漂わせるチョコレェトのクッキー。
 如何にも食欲をそそる其れらに、シャルロッテは眸をきらきらと煌めかせた。ミルクに蜂蜜をたっぷり注ぎ入れて、マドラーでゆらゆらと混ぜる。
 そうして、辺りに広がる甘さに新たな彩を加えれば、少女は甘いミルクを吐息で冷まして、ゆっくりと味わった。
「美味しい!」
 シャルロッテが明るく笑みを咲かせれば、カウンターの向こうにいる店員たちから、微笑まし気な視線が集う。
 小学生ほどの少女が、斯ういう店にひとりで来るのは珍しいのだろう。明らかに見守られている。――話しかけたら、相手をしてもらえそうな雰囲気だ。
「そういえば、表の看板。なんであんな不自然な修正が加えられているんですか?」
 好機と見たシャルロッテは無邪気な貌をして、カウンター越しに店員へと尋ねてみる。すると縁によく似た熟年の女性――おそらくは彼女の母親だろう――が、笑いながら真相を教えてくれた。
「よく気付かれましたねぇ。あれは、この店の二代目が塗潰したものなんですよ」
 だからあんなに乱雑なのだと、店主たる女性は眉を下げる。一方のシャルロッテは、不思議そうに小首を傾けた。
 彼女が語るには――。ある日いきなり営業時間を変えることになったので、二代目の店主が急いで書き換えたのが原因なのだとか。
 看板を塗りなおすにも費用が掛かる。少し美観は損ねるが、此れも積み重ねた歴史のひとつということで、結局は其の儘にしているらしい。
「どうして営業時間を縮めることになったんですか?」
 マグカップを両手で抱えながら、反対側に首を傾けるシャルロッテへ、店主は肩をすくめて見せた。
「遅くまで開いていると、風紀が乱れてしまうからですよ」
 そんなものだろうかと想いながら、少女はチョコクッキーを食む。さくさくとした食感、芳ばしい馨が口のなかへと広がり、優しい甘さが思考で疲れた躰に染み渡って行く。

「縁さんは本当に美人ねぇ」
「ええ、お母さまの芽衣子さんによく似ていて……」
 少女が蜂蜜馨るミルクで喉を潤していれば、近くに座った主婦たちの話声が耳に届いた。極力そちらを見ないようにしながら、彼女たちの噺へと意識を集中させる。
「でもほら、大奥様の優香子さん。彼女の若い頃に本当そっくりよね」
「ええ、写真で見たけれどよく似ていたわ」
「生き写しってあるのねぇ」
 しみじみと嘆息する彼女たちの言葉を、シャルロッテは記憶の隅に抜け目なく書き留めた。集めた情報はあとで他の猟兵にも伝えておこう。

 その前に――。芳しいクッキーを、もうひと口。

大成功 🔵​🔵​🔵​

清川・シャル
折角お洒落な場所に来たんですから、楽しまないと損ですね
ここは独自の文化がとても良いです
住みたいくらいに。

甘めの珈琲とクッキーを頂こうかな?
無邪気なお子様ぶって聞き込みしてみましょう
おいしーい!珈琲を煎れてくださった方と、クッキーを焼いてくださった方に御礼が言いたいです〜!
あ、それとお聞きしたいことがあるのですが、吾妻縁さんとおっしゃる方と、その周辺の事なんですが……
といった感じで、コミュ力と礼儀作法と情報収集を上手く使ってみましょうか
心から美味しいですよ、ほんとですから。



●過ぎた刻はほろ苦く
 ぽっくり、ぽっくり。桜色鼻緒の下駄を鳴らして、席る場所を探す清川・シャル(無銘・f01440)の姿は愛らしく、店員たちの目を惹いた。
 聞き込みをするならば矢張り厨房の傍が良いだろう、と当たりをつけて。羅刹の少女はカウンターへと腰を下ろす。
 ――折角お洒落な場所に来たんですから、楽しまないと損ですね。
 サクラミラージュの文化は、シャルにとって好ましいもの。いっそ住みたいくらいだ。UDCアースに恋人と暮らす家があるから、それは出来ないことだけれど。
「甘めの珈琲と、クッキーをお願いします!」
 メニューを白い指先でなぞりながら、水を運んできた女給に向かって、シャルは敢えて子供ぶって見せる。
 無邪気さを纏った元気の良い注文は、接客をしてくれる女給と、厨房にいる店員たちの心を存分に和ませた。――手ごたえは、十分だ。
 やがて彼女の元には、温かな珈琲とシュガーポット。そして、チョコレェトクッキーが運ばれてくる。
 芳しい馨と甘い馨に包まれて、シャルの蒼い眸がきらきらと煌めいた。もちろん演技などではない。
 先ずはサクサクとした食感が印象的なクッキーに舌鼓を打って。それから、角砂糖を幾つか落とした珈琲で喉を潤す。
「おいしーい!」
 零す言葉はこころから。甘いものと仄かに苦いもの、なんとも相性がいいのだ。――それに、斯うしていると少し大人になった気分。
 されど、今の彼女はお子様を演じる必要がある。だから、宝石みたいにきらきらと煌めかせた眸を、厨房から微笑まし気な視線を向ける店員へと向けて見せた。
「珈琲を煎れてくださった方と、クッキーを焼いてくださった方に御礼が言いたいです〜!」
「まあ、クッキーを焼いたのは私ですよ」
 厨房から彼女のもとへと寄って来るのは、入店時に出迎えてくれた少女――吾妻・縁と似た熟年の女性。
「とっても美味しいクッキーを、有難うございます!」
 満面の笑顔で明るく礼を告げたシャルは、ちらりとホールで給仕をするターゲットの少女へと視線を向ける。それから、眼前にいる女性の貌をじっと見て何かに感づいた振り。
「あ、あの奇麗なお姉さんって、もしかして……」
「ああ、縁のことですか。ええ、私の娘ですよ」
 縁の母が灰の眸を細めて笑うさまは大層品が良く、天真爛漫な縁の笑顔とは対照的だ。
「そうなんですか~。でも、美人さんだと心配ですよね。影朧とかいるし!」
 いかにも心配していますと云わんばかりに、幼い眉を下げて見せれば、縁の母は曖昧に笑った。――かと思えば、ふいに眸を伏せる。
「縁は大丈夫でしょう。恨まれるような子では有りませんから。でも……」
「でも?」
 シャルの蒼い眸が真っ直ぐに、女性の貌を見つめる。続きを促すような眼差しに、縁の母は暫し沈黙していたが。――やがて根負けしたように、ぽつりと言葉を零す。
「いえ、もし恨まれるとしたら。其れは縁じゃなくて、私の母……。あの子の祖母の方ではないかしらと、そう思って」
「縁ちゃんの、お祖母さん……」
「嗚呼。今の噺は気にしないで。お嬢ちゃんにこんな話をして御免なさいね」
 縁の母は眉を下げて笑い、どうぞごゆっくりと一礼をしたのち、彼女のもとから去って行く。
 先ほどの台詞を真に受けるならば、縁が狙われている理由は、彼女ではなく其の祖母にあるということ……。
 少しだけ熱を失った珈琲に口吻けながら、シャルは想う。
 ミルクホール『ローズマリー』は、此の琥珀色の液体のように、ほろ苦い過去を抱えているのかもしれない――と。

大成功 🔵​🔵​🔵​

的形・りょう
「なるほどな…」
この世界の影朧という奴は、どこか他人事と思えない境遇を持つものがほとんどです。
そして、復讐は何も生まないなどとのたまう輩は、復讐に駆られるもののことを何もわかってはいません。
まずは事情を探ることから始めなければ。

「となれば、まずあれだな。うん」
あの町並みを歩くなら、相応しい格好をしなければ。うん。海老茶の袴がいいかな…。
変な癖がついたものだと自分でも思います。ヒーローズアースのパーティに出てから、着飾ることが何だか楽しくて仕方ありません。

衣装は手配するとして、とりあえず当該人物に接触しましょう。何か背景がわかるかもしれませんし。
窓辺の席を選んで、珈琲を楽しみつつ。





●昏き炎
 楢造りの扉の上に飾られたステンドグラスの煌めきは、少しだけ月光に似ていた。ゆえに、楢造りの扉を押し開ける的形・りょう(感情の獣・f23502)の眸はついと細くなる。
 されど、店内へと進む彼女の足取りが軽いのは、其の身を包む装いが瀟洒な品だから。此の大正浪漫な街並みを歩くには、相応しい格好をと思い立って。彼女が選んだ着物は紅白矢絣の着物に、海老茶色の袴。まさに“ハイカラさん”な出で立ちだ。
 ――変な癖がついたものだ。
 自分らしくない、とりょうは内心で苦笑していた。普段と違う装いを纏うことに、乙女らしく胸が弾むように成ったのは、ヒーローズアースのパーティに出てからだ。着飾ることが兎に角、楽しくて仕方がない。
 もちろん、仕事のことを忘れたわけでもない。赤い眸で店内を素早く見渡した少女は、店員へと声を掛けやすい位置取りを探す。――あの、窓辺の席が良い。
 斜陽に赤く染まった窓辺の席へと腰を下ろし、りょうは此の世界のオブリビリオン――影朧へと想いを馳せた。
「復讐か……」
 影朧、――傷つき虐げられた者達の「過去」から生まれた、不安定な存在。其の身を焦がす衝動に駆られて人を傷つける、悲しい生き物。
 この世界の影朧たちはりょうにとって、他人事と思えない境遇を持つものが殆どだ。
 ――復讐は何も生まないなどと宣う輩は、復讐に駆られる者の事を何も分かってはいない。
 かつて育ての親を惨殺された少女は、復讐に生きる者の気持ちがよく分かった。ゆえに彼女の心には、憎しみの昏い炎が燃え上がる。
 衝動のままに水の入ったグラスをぎゅっと握りしめれば、彼女の上に繊細な影が差した。
「お客様、大丈夫ですか?」
 テーブルの傍で心配そうな眼差しを向けているのは、ターゲット――吾妻・縁だ。胸に湧き上がる炎を鎮めるように、水をぐいと飲み干せば心配ないと首を振る。
「それより、珈琲をお願いします」
 ぶっきらぼうに注文を伝えたものの、縁は何故かその場から動かずに、何か言いたげにりょうのことを見つめていた。
「……ええと」
 気まずそうに人狼の少女が視線を泳がせれば、縁は慌てた様子で頭を下げる。
「あっ、すみません。あの……さっき、復讐って聞こえた気がして」
 独り言は通りすがった彼女の耳にも届いていたらしい。りょうは眉間に皴を寄せながら、何でもないと否定しようとして。放ちかけた言葉は、続く彼女の科白に打ち消される。
「母は偶に……祖母は恨まれていたのかもって、私に云うんです」
 だから見当を違えた復讐をされないよう、真っ直ぐに生きて往きなさい――。
 母に常日頃からそう言い聞かされているのだと、金の眸を伏せながら語る縁の表情は、何とも言えない複雑そうな貌。
「だから、復讐って言葉につい敏感になってしまって……ごめんなさい!」
 感情を吐露するように、つらつらと言葉を連ねた後、頭を深々と下げて縁は厨房に駆けて行く。
 その後ろ姿を、人狼少女は赤い眸で静かに見つめていた。数分後、別の女給が湯気の立つ珈琲を銀盆に乗せてやって来る。ホールで給仕をつづける縁に眸を向けてみるが、再び互いの視線が絡むことは無かった。
 りょうは芳しい琥珀の液体を、喉奥に流し込みながら考える。
 果たして“復讐”は、何かを生み出すことが出来るのだろうか――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーチェ・ムート
【Lux】◎

みるくほーる、だって
初めて!新鮮できょろきょろ

ノエルと2人でこんな素敵な場所に来られて嬉しいな
あ、お仕事も忘れた訳じゃないからね!

ボクはみるくにしよう
ノエルは?
かすてら……聞いたことのあるお菓子だ
かすてらも頼んじゃおうかな

ふわふわ、優しくて甘い味
ノエルみたい
あ、少し違う
ノエルは優しくて甘いけど凛としてるから

この時間もボクたちの煌めく砂時計の一粒だね
大事にしよう
さくさくで美味しいね!
ノエル、かすてらもどうぞ!あーん!

ごちそうさま!
席を立ったらノエルの手を握っちゃおう
今はボクの騎士さま、なんてね

お会計の時に店員さんに少しだけ話を聞けるかな?
何か情報を得られるといいんだけど!


ノエル・マレット
【Lux】◎

ミルクホールは私も初めてですね。
このレトロというか少し落ち着くような感じ、私は好きです。
きょろきょろしている姿に目を細めて。そういうところが彼女らしいと思う。

私もミルクをいただきます。普段ならコーヒーなんですがせっかくなので。
それとクッキーをお願いします。

待つ時間でおしゃべりしながら想います。
お店の名前はローズマリー。花言葉は『思い出』
この時間も二人のきらきらした素敵な思い出だと感じて。

あ、サクサクですね。ルーチェさんも食べてみてください、美味しいですよ。

ごちそうさまでした。
ふふ、わかりました。今はルーチェさんの騎士です。
手をとって一緒にお会計へ。
何かお話が聞けるでしょうか。



●きらきらティータイム
 楢造りの扉をぎぃと開けば、芳しい珈琲の馨りに包まれる。愉しげに靴音を弾ませて、橙の光が差し込む窓辺へ向かうのはは、ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)とノエル・マレット(誰かの騎士・f20094)のふたり連れ。
「みるくほーる、だって」
 初めて訪れる場所が新鮮で、きょろきょろ。煌めく赤い眸を左右に巡らせるルーチェ。そんな友人を見守るノエルの眼差しは優しい。
 初めて訪れる場所に興味津々と云った様は、まさに好奇心旺盛な彼女らしくて。碧い眸はついつい緩んでしまうのだ。
「ミルクホールは私も初めてですね」
 丸みを帯びた優美な装飾に囲まれたアール・ヌーヴォーの趣は、此の大正浪漫の世界では珍しくない風情であるけれど。他の文明世界では、アンティークと化してしまった文化だ。――ゆえに、凛とした少女の胸に広がるのは一抹の懐かしさ。
「このレトロというか少し落ち着くような感じ、私は好きです」
 友人に倣うように碧い眸を巡らせれば、温かみのあるクリーム色の壁が視界に入る。描かれた黄水仙の幾何学模様は、訪れる者の寛ぎを妨げぬ品の良さ。
 肩の力を抜くように猫脚の椅子へと躰を預ける友人の姿に、ルーチェはふわりと笑みを咲かせた。
 いつも真面目で凛とした彼女が、少女らしい一面を見せてくれることが嬉しいのだ。
「ノエルと2人で、こんな素敵な場所に来られて嬉しいな」
 お仕事も忘れた訳じゃないからね――なんて。笑顔から一転、慌てて否定して見せるルーチェの表情は、ころころと豊かに移り変わる。
 その様が微笑ましくて、ノエルはくすくすと細やかな笑声を零した。

「ボクはみるくにしよう。ノエルは?」
 ひとつしかないメニューを、貌を寄せ合いふたりで覗き込む。聞いていた通り品揃えは少ないが、だからこそ選択は容易だ。
「私もミルクをいただきます。普段ならコーヒーなんですが」
 折角なので、今日は友人と同じものを。そんなノエルの想いが伝わったのか、お揃いだねとルーチェは無邪気に笑う。
「おやつはどうしようか。かすてら……聞いたことのあるお菓子だ」
「卵多めのパウンドケーキのようなお菓子ですね」
 ノエルの説明を受ければ、どんな味がするのか何となく想像できた。美味しそうと眸を煌めかせた吸血姫は、カステラも頼むことにする。
「私はクッキーをお願いしましょうか」
 そうと決まれば注文を。通り掛かった女給を呼び止め、ふたつのミルクと互いの茶請けを頼んだならば、窓際の席は再びふたりの世界へと移り変わる。
「おやつも、みるくも、楽しみだね」
「ええ。カステラ、きっとルーチェさんの口に合うと思います」
 他愛もない話をしながら、注文の品が到着するのを待つだけ。しかし、ノエルの碧い眸には、そんな光景もきらきらと煌めくものに映っている。
 ――このお店の名前はローズマリー。花言葉は『思い出』でしたか。
 この時間もきっと、二人のきらきらした素敵な思い出のひとつに成ると信じて。誰かの騎士たらんとする少女は、此の店が冠する花へと想いを馳せた。
 やがて、ふたりの席へ温かいミルクと甘いカステラ、チョコレェトのクッキーが饗されれば、話に大輪の花が咲く。
「かすてらは、ふわふわ、優しくて甘い味。ノエルみたい」
 白い丸皿に乗せられたカステラを、フォークで小さく切り分けて食んだ少女は、口のなかで蕩ける甘さに頬を抑えて、ふわふわと笑う。カステラに例えられたノエルといえば、気恥ずかし気にはにかんで居た。
「――あ、少し違う」
 ふと、眼前の少女が否定の言葉を零したので、不思議そうに首をかしげるノエル。ルーチェの赤い眸は、じっと彼女の貌をじっと見つめていた。
「ノエルは優しくて甘いけど、凛としてるから。かすてらとは、違うよね」
 少女騎士の耳朶に届いた其の言葉は、ともすればルーチェが食むカステラよりも甘いもの。ノエルは僅かに眸を円くして、直ぐにふわり、穏やかな笑みを零す。
 照れを逃がすように、クッキーをひとつ摘まめば、口のなかには甘さと芳ばしさが広がった。
「サクサクですね。ルーチェさんも食べてみてください、美味しいですよ」
 どうぞ、と。皿を彼女の方に寄せれば、元気な礼の言葉が降ってくる。友人の表情を見るに、こちらも気に入った様子。
 ルーチェの反応に安堵していれば、次は意外な科白と行動が返ってきた。
「さくさくで美味しいね! ノエル、かすてらもどうぞ!」
 お返しに「あーん!」と口元へ運ばれた、フォークに刺さったカステラのひと欠片。気恥ずかしいけれど、折角なのでノエルはぱくり。
 すると、ふたりの貌には笑みの花が咲き誇る。
 ふたりの間に流れる穏やかで楽しい時間は、ささやかではあるけれど。きっと掛け替えのないもの。ゆえに、ルーチェはその幸せを心の裡で確りと噛み締めていた。
 ――この時間も、ボクたちの煌めく砂時計の一粒だね。……大事にしよう。

「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
 マグカップと皿をあっという間に空にして、ふたりは仲良く席を立つ。会計へと向かおうとするノエルの手に、ルーチェの細い指先がそっと絡んだ。
「今はボクの騎士さま、――なんてね」
 吸血姫がそう悪戯に片眼を閉じて見せたものだから、ノエルの心もふわりと跳ねた。空いている方の手を胸に当てれば、そっと腰を折り騎士めいた礼をひとつ。
「ふふ、わかりました。今はルーチェさんの騎士です。」
 そうして、ふたりは手を取り合いながら会計へ。レジスターに控える女給は、仲睦まじい少女たちを見て、懐かしそうに眸を細めた。
「おふたりを拝見していると、数年前に亡くなられた大奥様を思い出しますわ」
 大奥様――此のミルクホールの先代店主、吾妻縁の祖母のことである。少女たちが理由を問えば、女給はにっこりと笑って其の訳を教えてくれる。
「大奥様もよく、恋人と手を繋いで此処に来たのだと。――そう仰っていましたから」
 ふたりの少女は貌を見合わせたのち、繋ぐ指先にぎゅっと力を籠めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・ディーツェ
◎☆

ローズマリー…花言葉は「変わらぬ愛」、「貴方は私を蘇らせる」だったかな、何だか随分恣意的に感じるな

学生を装い浮かない様に変装

注文はー…ううん、どれも美味しそうだ!温めたミルクとカステラ、ふわふわの食パンでお願いしていこうかな
注文を取りに来てくれた定員さんにさり気無く世間話を

あちらのお嬢さん、随分な別嬪さんだね
ただ、この前は随分変な男に後をつけ回されていてさ…大丈夫かなと心配になってね
気立ての良さそうな娘さんだけど、誰かに因縁を吹っ掛けられたりしていなかったかい?

あくまで心配している一般客を装い、誘惑で店員さんの指をするり撫ぜながら上目遣いに聞き出そう

早く聞き出して舌鼓を打ちたいんだよ、ね!



●花弔いに耽溺を
 黒い学生服の上に羽織ったマントを旗めかせ、黒い制帽で藍色の狼耳を隠したヴォルフガング・ディーツェ(花葬ラメント・f09192)の出で立ちは、造形のたいへん宜しい貌と相俟って――まるでポスタァモデルのよう。
 ちらり、ちらり。机の傍を通り過ぎて行く女給たちの視線が、先ほどからやけに熱い。遠巻きにこちらを見る女給たちへ人懐っこい狗の如く、にこりと笑みを呉れてやれば、ささやかな黄色い歓声が返って来る。
 乙女心を掴むのは、魔性にとって容易いこと。これで聞き込みもし易くなっただろう。ゆえに人狼の青年は視線を彼女たちから逸らし、幾多の時を刻んだ柱時計を見上げて物思う。
 ――ローズマリーの花言葉は「変わらぬ愛」、「貴方は私を蘇らせる」だったかな。
 其の永き生で培った知識の泉から、此の店が冠する花について掬い上げれば、運命の悪戯を感じずには居られない。なんとまあ、どちらの花言葉も此度の事件に、随分と御誂え向きではないか。
 心の裡で苦笑していれば、おずおずと年若い女給が彼のもとに遣って来た。注文を問う声に、ヴォルフガングはメニューを辿りつつ、敢えて明るく答えて見せる。
「ううん、どれも美味しそうだ!」
 甘いものは実際、嫌いではない。だから其の科白は、心からの嘆息だ。傍らの女給から向けられる視線が親しみに甘く緩むのを感じ乍ら、彼は幾つかのメニューを指さした。
「温めたミルクとカステラ、ふわふわの食パンをお願いしようかな」
「食パンにはバターか苺ジャムをお付け出来ますが」
「じゃあ、苺ジャムで」
 かしこまりました、と頭を下げて。女給は厨房へと急ぎ戻って行く。話を聞くならば、注文の品が配膳された後が良いだろうか。
 ヴォルフガングはそう思考しながら、ホールを忙しなく動き回るターゲットの少女――吾妻縁を赤い眸で見つめる。
 まさしく看板娘に相応しい、生き生きとした少女だ。この分だと彼女目当てで遣ってくる客も居そうである。
 ぼんやりと縁の姿を視線で追っていれば、人狼の青年の鼻腔を甘い馨が擽った。彼の席へと運ばれてきた軽食の匂い。
 ついと視線を上げれば、其処には注文を取りに来た女給が居る。これは僥倖、彼女の警戒はすでに解けている。世間話にもきっと、花が咲くと云うもの。
「あちらのお嬢さん、随分な別嬪さんだね」
 給仕の礼を告げたのち、ちらりと視線を縁へ向ける。対峙する女給は、嗚呼と吐息を零す。矢張りそうかと諦めたような、――其れでいて、少し残念そうな貌。
「縁さんのことですね。うちの看板娘なんですよ」
「そうなんだ。彼女、このまえ随分と変な男に後をつけ回されていてさ……」
 心配になってね、と。眉を下げる彼は、如何にも善良そうな好青年に見える。こころの裡に潜めた老獪さなど微塵も見せずに、ヴォルフガングは女給の手を優しく引いた。
「気立ての良さそうな娘さんだけど……。誰かに因縁を吹っ掛けられたりしていなかったかい?」
 眸を円くする女給を上目で見上げ乍ら、其の手をそうっと撫ぜたならば。彼女の頬に、ぽっと朱彩が差す。――こうなれば最早、女給は彼のとりこ。
 芒となる彼女と裏腹に、ヴォルフガングの意識はいま、眼前に並べられた菓子へ向いている。
 ――早く聞き出して舌鼓を打ちたいんだよ、ね!
 熱の籠った視線を向けて無言で言葉を促せば、慌てたような言葉が降って来た。
「あ、えっと。そういえば最近、誰かに見られてる気がするって……」
「ああ、それは物騒だね」
「あ、あと……奥様は縁さんが影朧に襲われないか、いつも心配してらっしゃいます」
 理由はわからないですけれど――、と。申し訳なさそうに眉を下げる女給に、ありがとうと微笑んで。青年は湯気を立てるミルクを眺めて、再び思考に沈んで行く。
 彼女を注視する視線の正体は、影朧だろうか。其れも気になるが、奥様――察するに縁の母だろう――が影朧を警戒しているのも不思議な話だ。
 此度の事件は彼女の血筋に関わるものなのだろうか。「血」の繋がりというものは、時に争いの種と成り得る。其れをよく知る青年は、自らの両掌を暫く見下ろして――。
 ヴォルフガングは軈て、左の手を静かに伸ばしてカトラリィを取る。ふんわりとしたカステラを、其れでひと欠片切り取れば、口のなかへとそっと運んだ。
 刹那、胸に染み渡るのは優しい甘さ。嗚呼、血族の話などいまは置いておくとしよう。
 いま暫くは、此の菓子に耽溺を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

草野・千秋

午後八時にいつものミルクホール、だなんて仲が良かったんでしょうか
午後9時までやってるとかまた頑張っていらっしゃる

ローズマリー、「海のしずく」を意味するハーブだと聞きました
また記憶や友情を意味するんだとか

この大正のサクラミラージュでも飲み物を庶民的な価格で提供すると聞きました
コーヒーとかカステラとかいいですね
それを頼みましょう、僕は甘いコーヒーが好きです

狙われているのは縁さんという方ですか
縁と書いてゆかり
僕ら猟兵と出会ったのも何かの縁でしょう
コーヒーとかを運んできてくれた店員さんと
情報収入+コミュ力でここ最近何か変わったことがなかったか
聞き出してみますね
縁さん、ここ最近困ったことはおありです?



●躯の海よりひとしずく
 かつり、静かな靴音を伴って草野・千秋(断罪戦士ダムナーティオー・f01504)は、カウンター席に着く。
 彼のよく知る世界にもレトロなカフェーは存在するけれど。大抵の場合において、それらの店の値段設定は高めである。しかし、この大正浪漫な世界においては、そうとばかりも言えない。
 ミルクホール。――それは、飲み物や軽食を庶民的な価格で提供する店。品揃えは質素であるけれど、寧ろ其れが素朴で良いのだと云う者もいる。
 ハーフリムの眼鏡越し、涼やかな緑色の眸でメニューを追ったなら、馴染みのある菓子の名前を見つけることが出来た。
「コーヒーとカステラ、いいですね。これをお願いします」
 注文を取りに来た女給は、入店時に出迎えてくれた看板娘――吾妻縁だ。注文に頷く彼女に、青年は穏やかに笑って見せる。
「僕は甘いコーヒーが好きなんです」
「そうでしたか。もし角砂糖で足りなければ、蜂蜜も用意しますから仰ってくださいね」
 そう明るく告げて、縁は厨房へと去っていく。其の背中を眺めながら、千秋は影朧に狙われている彼女へと想いを馳せた。
 ――「縁」と書いて「ゆかり」。僕ら猟兵と出会ったのも、何かの縁でしょう。
 スーパーヒーローとして、見殺しにする訳にはいかない。茶の時間を楽しむのも大切だが、何か影朧につながる手がかりを得ることも重要だ。千秋は気を引き締めるように、水の入ったグラスをぐいと仰いだ。
 十分ほど待った頃、縁が再び彼のもとへと遣って来た。銀の盆にカステラと、湯気を立てる珈琲を乗せて。
 給仕してくれる彼女に軽く礼を告げたのち、千秋は徐に彼女へと聲を掛ける。
「失礼ですが、少しお疲れのように見えます。困ったことでもおありです?」
 優し気な青年から心配そうに貌を覗き込まれたものだから、縁は思わずぱちぱちと瞬きを零した。
「今日は少し忙しくて……。だめですね、疲れていると敏感になってしまって」
「――と、いいますと」
 琥珀色の液体に、ぽとりぽとり。角砂糖を落としながら千秋が詳細を促せば、縁は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「最近、仕事中に厭な視線を感じることが有るんです。今日は平気なんですけど……」
 自意識過剰ですよね、と。眸を伏せてしまった少女に、千秋はそっと首を振る。視線の正体は影朧だろうか。
 不安げな彼女が気の毒に思えたので、千秋はそれとなく話を変える。
「素敵な名前のお店ですよね、ローズマリー。『海のしずく』を意味するハーブだとか」
 店を褒められた少女は、不安げな表情を一転させて笑みを咲かせた。よくご存じですね、なんて。感心したように頷く少女へと、千秋は穏やかに言葉を続ける。
「記憶や友情を意味する花、とも聞きました」
「そうですね……此処は色々な人の記憶を抱いた場所なんです」
 縁は此のミルクホールが好きなのだろう。彼の言葉に再び頷く様子は、何処か誇らしげに見えた。

「かつては、午後9時までやってらしたんですよね」
 表の看板を見ましたと青年が付け加えれば、眼前の少女は夢見るように笑った。
「ええ、遅くまで開いていたから。私の祖父と祖母は、逢引きに使っていたのですって」

 ――午後八時、何時ものミルクホールで。

 其れが「ふたりの合言葉」だったのだ、と。頬を抑えてうっとり語る少女に、千秋は微笑ましげに笑いかけた。
「仲が良かったんですね」
「ええ、祖父は母が生まれる前に亡くなったらしいんですけど……」
 残念そうに眉を下げる少女に相槌を打ちながら、千秋の視線は自然と壁の柱時計へ向いてしまう。もうそろそろ、日没も近い。
 迫る幽鬼の足音を感じながら、千秋は甘く染まった珈琲へと口吻けた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加。

ふむ、独逸風のミルクホール。仏蘭西の洒落たインテリア。娘時代はこういうインテリアに馴染んだねえ。件の縁という娘さんは、異国の血がはいっているのだろうか。日本人には珍しい容姿だからね。

多分、縁は色んな人に話しかけられてるだろうから、縁の姿を確認できる範囲を確保しながら、クッキーと珈琲を頂こうか。子供達と共に、何が起こってもいいように心の準備をしておくよ。・・・覚えのない理由で襲われる娘は覚えがある。襲う奴は執拗で、残酷だ。護れるのに越したことはない。


真宮・奏
【真宮家】で参加。

外国風のとても綺麗な建物!!(目をキラキラ)事件の調査でなければ心の底から楽しめたでしょうに(少ししょんぼり)少し年上のお姉さんの身を護る為です!!頑張ります。

多くの人に話しかけられてるだろう縁さんを見て、「綺麗なお姉さんだな」と食パンに齧り付きながら思います。いい所のお嬢さんということですかね。そういう娘さんが襲われた事件は覚えがあります。いつでも動けるように心構えしておきますね。


神城・瞬
【真宮家】で参加。

これは、洒落たミルクホールですね。心が躍ります。ええ、縁さんを護るという使命は忘れてませんよ。歳も近いことですし、未来がある娘さんは護らねば。

僕達が店に入るころは大分聞き込みも進んでるでしょうから、不審に思われないように、縁さんを視認出来る位置でカステラと珈琲を頂きます。ご自身が覚えの無い理由で襲われる娘さんの件は覚えがあります。そして襲う相手の性質も。何が起こってもいいように態勢を整えておきますね。



●手繰る因果と縁絲
 ――ごおん……ごおん……。
 柱時計の鐘が六つ鳴る。真宮・響(赫灼の炎・f00434)がふと、窓の外を見遣ったならば、辺りはもう既に暗かった。――だと云うのに、ミルクホールは相変わらず賑わっている。
 学校帰りの女生徒たちが談笑に耽る様を横目に見れば、響の紫の眸が懐かしげに弛む。独逸建築のミルクホールに、仏蘭西の洒落たインテリア。
「娘時代はこういうインテリアに馴染んだねえ……」
 かつては名家の令嬢であった彼女にとって、此の趣は郷愁を感じさせるもの。しみじみと零された呟きに、彼女の子供たちは揃って其の貌を上げた。
「響母さんは今でも、こういうインテリアが似合いますよ」
 珈琲を傾けながら穏やかに言葉を返すのは、彼女の義理の息子である神城・瞬(清光の月・f06558)だ。
「それにしても、此処は洒落たミルクホールですね。心が躍ります」
 色を違えた双眸で興味深げに瞬が内装を見回せば、響によく似た傍らの少女――真宮・奏(絢爛の星・f03210)も、こくこくと何度も頷いて見せる。
「外国風の、とても綺麗なお店で素敵!!」
 母譲りの紫水晶の眸を煌めかせながら相槌を打つさまが微笑ましくて、響と瞬は貌を見合わせて笑いあった。
「事件の調査でなければもっと、心の底から楽しめたでしょうに……」
 しゅん、と。少しだけ雰囲気に影を滲ませながら少女が肩を落とせば、響たちの間に流れていた和やかな空気は引き締まり、仄かな緊張感が漂った。
「ええ、使命も仕事も忘れてませんよ」
 悠然とカステラを切り分けながら、瞬は少女の言葉に頷いて見せる。彼の視線の先では、他の猟兵や常連客に呼び止められて忙しない様子のターゲット――吾妻縁の姿が在った。
「歳も近いことですし、未来がある娘さんは護らねば」
 そう決意を新たにする少年の傍ら。奏も首を縦に振り、頑張りますと気合を入れる。
「ええ、少し年上のお姉さんを、絶対に護りましょう!!」
 腹が減っては戦は出来ぬと、苺ジャムを塗った柔らかな食パンに齧りつけば、彼女の心は甘く満たされて行く。仕方ない、乙女盛りなのだから。
 だから、器量良しと説明されたターゲットのことが気になってしまうのも、やっぱり仕方のないことなのだ。
 ――綺麗なお姉さんだなあ……。
 生命力に溢れた可憐な少女、と云った印象の縁だが。細かい所作などを見ると、僅かに品を感じられる。ゆえに奏は彼女のことを、「良い所のお嬢さん」のようだと評した。
 静かに珈琲を傾ける響の意識もまた、縁へと集中していた。彼女が気になるのは、縁の養子である。
 琥珀色の髪に、金色の眸、改めてみると日本人には珍しい容姿だ。ゆえにこそ、人目を惹くのであろうが。
 ――縁という娘さん、異国の血がはいっているのだろうか。
 帝都のもとに全ての国が統一されているこの世界、異国の血が混ざった人間がいても珍しくはあるまい。
 寛ぐようにチョコレェトのクッキーを齧りながらも、響が縁に向ける視線はどうしても観察するような物に成ってしまう。――それは、彼女の子供たちとて同じこと。
 覚えのない理由で娘が襲われる事件には、三人とも覚えがあるのだ。ゆえに、彼らは識っていた。――無辜の少女を襲う奴は執拗で、何処までも残酷だと云うことを。
 影朧がいつ襲ってくるか分らぬ現在、何かあった時はすぐ彼女を庇えるよう、警戒しておくに越したことはない。
 そう考えを同じくした3人は、縁を視界の端に入れながら、暫しの談笑に勤しみ続けた。
 午後六時半を告げる鐘が、ごぉんとホールに響き渡る。

 影朧は未だ、現れない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ミリィ・マルガリテス
◎☆

あら、ご機嫌よう、マドモアゼル
素敵な場所ね
貴女が切り盛りなさっているの?

可憐な縁さんに微笑みを零して
折りたたんだ日傘をそっと脇に置くわ

ふふ、それではミルクとカステラを頂ける?
とてもハイカラなお店ね
名前に違わず雰囲気があって美しいわ

どこか懐かしい空気に一瞬目を閉じて
人々の想い出をあちらこちらに感じるよう

女学生の語らいに、物思いに耽る人
そして逢い引きなども行われた事でしょうね
……マドモアゼル、可憐な貴女に想い人はいらして?
うふふ、ごめんなさい
恋ってどんなものかしら、と思っているものだから

ローズマリー…花言葉は
「追憶」「誠実」ーー……「変わらぬ愛」
このミルクホールは
どんな戀を見守ってきたのかしら



●戀とはどんなモノかしら
 ミルクホールの扉が再び、ぎぃ――と音を立てて開く。ゆるり、店へと足を踏み入れて来たのは、令嬢然とした少女――ミリィ・マルガリテス(静謐の籠・f05912)だ。
 桃薔薇が咲くクロシェ帽を被り、淡桃色のバッスルドレスに身を包むさまは、まるで――絵本から抜け出して来たお姫様のよう。丁寧に折り畳んだ日傘を腕に提げたミリィは、出迎えてくれたターゲットの少女――吾妻縁に向けて悠然と微笑んだ。
「ご機嫌よう、マドモアゼル」
 華族の令嬢も斯くやと云った少女に品よく挨拶を返されたものだから、縁は金の眸を思わず円くする。
 そんな彼女の様子を微笑まし気に見つめながら、ミリィはゆったりと花の唇を開く。長らく籠の鳥だった少女は未だ、このような場所には慣れていない。ゆえに、導き手が必要だ。
「どちらに座ればいいかしら。案内してくださる?」
 愛らしく小首を傾けて問うて見せたなら。縁は聊か緊張した面持ちのまま、こくりと頷き彼女を空席へと案内した。
 辿り着いたのは、奥の方に在る比較的静かな席。日傘を壁に立掛けたミリィは、ドレスの裾を持ち上げながら席に着く。好奇心に満ちた眼差しが、きょろきょろと周囲を見回すさまは、お忍びで下界を訪れた姫君そのもの。
「素敵な場所ね。貴女が切り盛りなさっているの?」
 感嘆の吐息交じりに問えば、縁は首をぶんぶんと振って否定した。とんでもない、と言わんばかりの反応だ。
「此処の店長は母なんです。私はただの女給で……」
 そう語る縁がちらりと視線を向けた先――厨房では、彼女と似た熟年の女性が忙しなく働いていた。
「そうだったの。若いのにちゃんと家の手伝いをして、立派だわ」
 お姫様のような少女に嫌味なく褒められて、縁の頬が仄かに赤く染まる。そんな初心な反応が微笑ましくて、ミリィの笑みは益々深く成るばかり。
「い、いえ、当たり前のことですから……あっ、ご注文は何にしましょう?」
「ふふ、それではミルクとカステラを頂ける?」
 畏まりました、と。一礼をして其の場を後にする縁を横目で見送りながら、可憐なドールは再び店の中を観察する。
 クリーム色の壁に描かれた幾何学模様の黄水仙も、室内を彩る猫脚の椅子や机も、彼女の居城とは異なる趣だ。彼女にとって此の店は、少しだけ流行の先を行っている。
 ――とてもハイカラなお店ね。名前に違わぬ雰囲気で、美しいわ。
 されど、此の場所はどこか懐かしい空気を纏っているようにも思えた。少女は一瞬、煌めく眸を瞼に閉ざして、此の店が見守ってきた壱百年の歴史へ想いを馳せる。
 斯うしていると、人々の思い出が伝わってくるようだ。面白可笑しく鈴音で語らう女学生たち、難しい貌で物思いに耽る人。きっと、密やかな逢い引きなども行われたのだろう。
 そっと瞼を開いたならば、彼女の眸は此方へ軽食を運んで来ている縁の姿を映す。
「……マドモアゼル、可憐な貴女に想い人はいらして?」
 丁寧に給仕をする彼女の横顔を見ながら、ミリィが唐突な問いを零したならば。縁の貌は、みるみるうちに耳まで朱色に染まり往く。
「うふふ、ごめんなさい」
 初心な少女の反応に、ころころと、ドールの少女は鈴が鳴るような笑声を零した。温かなカップを両手で持ちながら、悪気はないのよ――なんて、優しくささやいて見せる。
「恋ってどんなものかしら、と思っているものだから」
 長い睫がドールのかんばせに影を落としたものだから。縁の瞳には彼女が、本当の恋を知らぬまま臨まぬ結婚を強いられている、薄幸の華族令嬢に見えたのやも知れぬ。
 扁桃めいた金の眸に同情の彩を僅か滲ませて、縁はこくりと頷いた。視線を左右に巡らせて、周囲に同僚がいないのを確認すれば、そっと声を潜ませ内緒話を。
「よくお店にいらっしゃる学生さんなんですけれど。本を読んでいる姿が好きなんです」
「まあ、本を読む姿が?」
 機械仕掛けの躰を持つ人形とはいえ、ミリィだってれっきとした乙女。桃色の眸がきらきらと煌めきを増すのも無理はないこと。
「ええ、真剣な貌が素敵なんです」
 縁は空になった銀盆を抱きしめて、ふわりと笑った。温かく幸せそうな微笑み。其の様子を見守るミリィのこころも、不思議と温かくなるようで。彼女の眸は優しく緩む。
「そうなの。聞かせてくれて有難う」
 恥ずかしそうに目礼して、吾妻縁は厨房へと去っていく。此の店が冠する『ローズマリー』の花言葉は「追憶」と「誠実」、それから――「変わらぬ愛」。

 ――このミルクホールは、どんな戀を見守ってきたのかしら。

 まだ知らぬ「感情」に思いを馳せながら、ミリィはミルクにそっと口吻ける。
 其の温盛が今ばかりは、戀の熱量のようにも思えて。少女人形はそっと、甘い溜息をひとつ零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ

席は隅っこ
珈琲と食パン、バターでお願いします

「ローズマリー」というお店の名の由来を尋ねつつ
営業時間が変わった時期をご存知か聞いてみます
変わった理由は……ひとまず聞いてみますが、
あまり良くないものでしょうね
言いづらそうであれば深追いはしません

とはいえ探らなければ解決の緒は掴めない
"耳"も使いましょうか
目立つのは嫌ですから、人目のつかぬ所……
足元近くの壁、机の裏も良さそうですね
複数箇所をひっそり小さく【Ainsel】で変換し
他のお客さんの話を聞きます
はい、盗み聞きです心の中でひっそり謝ります

――人間というのは噂話が好物な方が多い
他愛のない話の中、「ひと騒動」に関連するワードが聞けるかもしれません



●影人間の蒐集譚
 其の男はまるで傷痍軍人の如き出で立ちだった。痩身に巻き付けた黒包帯は彼の白い肌を覆い尽くし、唯一隠さぬ貌には酷い隈が刻まれている。
 まさに不健康を体現したような彼こそが「影人間」――スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)。 またの名を真境名・左右と云う。
 重傷人にでも見えたのだろうか、気の毒そうな眼差しとともに薦められたのは隅の席。包帯で包まれた指先で器用にメニューを捲れば、意外なほどに元気よくスキアファールは手を挙げて女給を呼んだ。
「珈琲と食パン、バターでお願いします」
 手短に注文を済ませれば、隈の目立つ瞳でぐるりと店の中を見回す。陽が落ちて暫く経つが、怪奇の香りは未だに漂って来ない。ならば、聞き込みに集中するのが良いだろう。丁度よく女給が注文の品を運んできたので、礼を告げる序に話しかけてみる。
「ローズマリーって、素敵な名前ですね。由来など有るんですか?」
 自由気ままに動く口が、芝居じみた響きを乗せながら問う。対峙する女給は、人の好さそうな笑みを浮かべて頷いた。
「ローズマリーの花言葉、『想い出』が由来だと聞いています」
「想い出?」
 かくり、重たげに首を傾ければ、女給は自ら噺の続きを語ってくれる。
「お客様にとって『大切な想い出の場所になるように』という願いを込めて。初代のオーナーがつけた名だそうですよ」
 成る程、ありがちな理由だが、其の志は素晴らしいものではないか。聞き込みのハードルをひとつ超えたと見て、彼は再び問いを編む。
「店の前にある看板を見たのですが、昔は九時まで開いていたんですね」
「ああ。大昔の噺ですよ。たしか……60年ほど前の噺だと奥様が」
 幾ら風情があるとはいえ、いい加減に塗り直したほうが良いと思うんですけどねえ――なんて。頬に手を当て溜息を吐く女給は、営業時間が変わった理由を知っているだろうか。
「どうして、短くなってしまったんでしょうね」
 何気ない風を装ってそんな科白を漏らしてみれば、女給は気まずそうに視線を泳がせる。あまり話したい様子ではないのは、その理由が「よくないこと」だからだろうか。
「さあ……最近なにかと物騒ですからねぇ」
 月並みな台詞でお茶を濁して、彼女は厨房へと戻っていく。警戒されたら動き辛くなるので、彼も深追いはしなかった。
 ――とはいえ、探らなければ解決の緒は掴めないか。
 ならば、"耳"も存分に使うとしよう。そう思い立ったスキアファールは、視線だけを巡らせて人目のつかぬポジションを探る。――机の裏が、ちょうど良さそうだ。
 伝染れ、伝染せ――と、彼が口中で囁けば。机の裏板が、無数の目と口を持つ耳聡い不定形の影に変換される。其の術は「影人間」たる彼だからこそ、なせる業。
 呼び出された影の怪奇は彼の「耳」となり、周囲の人間の話し声を集めていく。まるで収音装置のように。
 ――人間というのは噂話が好物な方が多い。
 そうは言っても、盗み聞きには違いがない。スキアファールは心の中でひっそり謝りながら、影が運んでくる話声に耳を傾けた。
 女学生たちの戀話、暇な老人の独り言、女給たちのお喋り――知りたい情報は、これだ。
「あの包帯のお客さんに、昔の営業時間について聞かれたんだけれど」
「ああ……大奥様の“好い人”が自殺したのが原因でしょ」
「まあ、縁さんのおばあさまの?」
 流石に話せないわ――なんて。ヒソヒソ声で紡がれる噂話は俄然、彼の興味を惹いた。熱い珈琲を傾けながら、彼は内心で続きを促す。
「逢引きの時間、大奥様が店に現れなかったから。絶望して川に身を投げたんですって」
「えっ、それだけで?」
 盗み聞きをする彼も、若手の女給と同じ感想を抱く。果たして其れだけで、身投げをしたりするだろうか。
「それがねぇ……」

 ――逢引きのあと、ふたりで心中をする約束だったらしいのよ。

「えっ」
 女給が代わりに驚かなければ、恐らくスキアファールの方が、より大きな挙動で驚いていただろう。人間に化けている時は、そういう事をしてしまう性分なので。
「可哀そうに。きっと捨てられたと思ったんだろうねぇ……」
 心中を約束するほど、彼は追い詰められて居たのだ。些細なことを切欠にして、命を絶ってしまうことは充分考えられる話である。
「でも、なんで心中なんて……」
「其の“好い人”は、将校風だったって話でしょ」
「出征を前に死に別れるよりも、来世を誓って心中を……ってこと?」
 彼女たちの話は、ともすればバターをたっぷり塗った食パンよりも上手い、極上の茶請けであった。
 しかし、彼の中にはひとつの疑問が残る。なぜ、縁の祖母は逢引きに現れなかったのだろうか。
 その疑問を抱いたのは彼だけでは無かったらしい。女給もまた、同じような疑問を零す。
「でも、どうして大奥様は逢引きに来なかったのかしら?」
 そんな彼らの疑問に答えたのは、思いもよらない人物だった。

「――私が、腹の中にいたからよ」
「お、奥様……」
 冷ややかで不機嫌な声が響き、女給たちが息を呑む音が聞こえる。話の流れ上、横入に現れたのは奥様、すなわち縁の母のようだ。
「父親は勿論、あなた達の話に出ていた男、竹葉永馬ですよ」
 余計な詮索をされる前に教えてあげますけれどね――と。淡々と告げる聲からは、確かな苛立ちが感じられた。
 自身の両親のことを面白可笑しく噂されては、気分を害するのも当たり前だろう。スキアファールはこっそりと、内心で彼女に謝罪をする。こんな話に聞き耳を立ててすみません――。
「まったく……。お客さんに聞かれたらどうするの。さあ、早く仕事に戻りなさい」
 溜息交じりに叱られて、すみませんと口々に謝る女給たち。以降、先ほどの噺が彼女たちの話題に上がることは無かった。

 心中を約束した相手に捨てられて、犬死した。

 影朧が復讐をしに来る動機としては充分だ。問題は、其の恨みの矛先を間違えていること。そして、そもそも“影朧”は捨てられた訳ではないと云うこと……。
「想いの擦れ違い、か」
 往々にしてよくある話だ。ゆえに、面白い話ではない。熱の失せた珈琲を傾ける青年は、蒐集した噺を脳内で何度も反芻する。他の猟兵にも、此の話を共有するために。

 夜の帳は完全に下りて、空には青白い月が昇る。営業終了を告げる柱時計の鐘が、きっちりと七つ鳴り響いた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『ヒヨリミ』

POW   :    ヒヨリミ台風
予め【二本の刀を掲げて空中でくるくると回転する】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
SPD   :    ヒヨリミボディ
自身の肉体を【刃のように触れるものを切り裂く布】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
WIZ   :    無縁火
レベル×1個の【血のように赤い色】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。

イラスト:RAW

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●或る女の一生
 午後七時の閉店時間が過ぎ、店の外で落合った猟兵たちは、其々が蒐集した情報を交換する。
 断片的な其れらを、パズルピースを嵌めるように重ね合わせて行ったなら。此のミルクホールと関わりの深い、或る女性の人生が浮き彫りにされて往く。

 ――吾妻・優香子(あづま・ゆかこ)。

 吾妻縁の祖母である彼女は六十年前、このミルクホールを逢引きの場としていた。恋人は将校風の青年、竹葉・永馬(ちくば・とおま)だ。
 小指を赤い絲で絡めて将来を誓いあうほど仲睦まじかったふたりの幸せは、永馬の出征が決まったことで終わりを告げた。生きて帰れる保証はない。寧ろ国のために名誉ある死を遂げるための出征――。
 此の帝都に永久の繁栄を齎すための「名誉ある死」と云えど、戀の炎に巻かれた若きふたりにとって、「死に別れ」はあまりにも辛い。そこでふたりは、心中することにしたのだ。
 今世では道ならぬ戀なれど、来世ではふたり、また赤い絲で結ばれるように――と。

 ――午後八時、何時ものミルクホールで。

 そんな風に交わす合言葉は、普段通り。冥途の土産に、此処でふたりの思い出を懐かしんだのち、黄泉の旅路へ共に出立する筈だった。
 されど、優香子は最後の逢引きに現れることが出来なかった。其の胎に娘――吾妻・芽衣子(あづま・めいこ)を宿していたから。
 愛しいひとが授けてくれた宝を、我が身の勝手でどうして壊すことが出来ようか。悩んだ末に、優香子は初めて逢引きを反故にする。
 彼がこんな愚かな自分に愛想を尽かしてくれることを願って。いっそ、「名誉ある死」よりも「屈辱に塗れた生」を選んでくれることを希って――。
 結果として、その日の晩に永馬は入水し、終ぞ帰らぬ人とになる。後悔と罪悪感に泣き濡れる日々を送る優香子に、救いの手を差し伸べたのはミルクホールの二代目だ。
 愛しいひとの忘れ形見を育むため、優香子は此の店で必死に働きはじめ、軈ては三代目のオーナーと成る。

 聞くところによると、彼女の容貌は孫の縁と瓜二つ。ゆえに、縁を一目見た影朧はきっと悟ったのだろう。縁が優香子の子孫であることを。
 そして悟りきれなかったのだ。彼女が自身の孫であることを――。
●刻限を告げる鐘
 店の外、物陰に身を潜めながら、そうやって情報を整理しているうちに。ひとり、またひとりと、従業員たちがミルクホールを後にする。
 その中には吾妻縁の母、吾妻芽衣子の姿もあった。気立ての良い縁のことだから、恐らく親孝行と戸締りを代わってやったのだろう。
 気が付けばミルクホールの中からは僅かに灯が漏れ出るのみ。カーテンの隙間から、ちらりと中を覗き込めば、店の掃除にいそしむ縁の姿のみ確認することが出来た。

 ――ごおん……ごおん……。

 何処かで午後八時を告げる鐘が鳴っている。集めた噂の通りなら、きっと、もうすぐ何かが起こる筈だ。
 ふと、周囲の温度が凍り付く。猟兵たちを撫ぜる風は冷たくなり、昏い夜道をぽつりぽつりと、赤い炎が照らし始めた。
 宵闇から軈て姿を現したのは、赤いてるてる坊主めいた影朧の群れ。愛らしい姿形とは裏腹に、彼らの傍らには二刀の日本刀が煌めいていた。
 それは、武器を持つ者のみを襲う影朧――ヒヨリミだ。恐らく件の影朧が露払いの目的で、彼らを嗾けたのだろう。
 愛嬌のある顔から、何の感情も読み取れないのは、彼らの理性が既に失せているからか。
 なんにせよ、辺りに人の姿が見当たらないこと、そして戦場となる道が拓けていることは、不幸中の幸いであった。
 青白い月光に照らされながら、ヒヨリミたちはくるくると回転し、猟兵たちの為に死の舞踊を舞う――。
清川・シャル
……悲しい、寂しいお話ですね。実話なんですものね。
私に出来る事は何か…
終わらせる事、でしょうか。
そしていつかまた巡り会う事が出来るなら、
その手伝いが出来れば。
祈りを込めて、戦いましょう。

視力と第六感と野生の勘での見極めにより、敵UCへの対策としましょう
敵攻撃には激痛耐性と見切り、カウンターで対応

攻撃はそーちゃんで行います
UCでバフをかけてのなぎ払いと鎧砕きを捨て身の一撃で
攻撃が入れば距離を取りざまに、櫻鬼の仕込み刃で切りつけます
退いて下さい、進まなきゃいけないんです。



●彼岸へ誘う朱き華
 辺りを赤々と照らしながら宙を舞うヒヨリミを前に、清川・シャルはそっと蒼い眸を伏せる。彼女が想いを馳せるのは、先ほど仲間達から聴かされた悲戀譚。
「……悲しい、寂しいお話ですね」
 そう、これは当世風の恋噺ではなく、救いのない実話なのだ。
 シャルにも愛しあう人は居る。ゆえに、擦れ違った儘で終わったふたりの戀を思えば、きゅっと胸が締め付けられた。
 ――私に出来る事は……終わらせる事、でしょうか。
 既に起こってしまった悲劇を、無かったことには出来ない。けれど、気丈な少女は自身がいま、彼らにしてやれることを精一杯考える。
 此の世界の「影朧」には未だ希望が有る。傷ついた魂が癒え、転生をすることが出来たなら。竹馬永馬はいつかまたきっと、愛しいひとと巡り会う事が出来る筈だ。
 その手伝いが出来るよう。願わくば彼らの赤い絲がまた結ばれますようにと、祈りを込めて。羅刹の少女は伏せた瞳を凛と開いて、未来を切り開くための戦いに挑む。

 くるくると宙を舞っていたヒヨリミたちは、少女が構えた桜色の金棒を見るなり、颯爽と風を切りながら彼女の方へと向かっていく。鈍く煌めく二本の刃を伴って。
 まるで鎌鼬のような、鋭い一閃。
 されど、シャルが怯むことは無い。彼女の躰に流れる羅刹の血と本能は、闘争に興じる程に、其の神経をぎりりと研ぎ澄まして呉れる。
 襲い掛かる数々の凶刃を、ぽっくり下駄で地を蹴り上げて、軽やかに跳ね避ける。それでも尚、食い下がってきたヒヨリミは、下駄に仕込んだ刃で切りつけ其の厚底で遠くへと蹴り飛ばした。
 繰り出されたカウンターに、ヒヨリミたちの攻撃が緩んだならば、次はシャルが戦場を赤く染め上げる番。まるで祈りを捧げるように、少女は静かに眸を閉じた。しかし静かに呼掛ける相手は、神ではなく――。
「父様母様、力を貸して下さい」
 羅刹の父に、吸血鬼の母に、少女はそっと助力を乞う。呼応するように彼女の躰に湧き上がるのは、狂おしい程の闘争と鮮血への渇望。

 そうして、曼殊沙華は艶やかに花開き、鬼子は目覚める――。

「退いて下さい、進まなきゃいけないんです」
 理性を疾うに失くした影朧たちへ、高らかな科白を告げて。桜色の金棒を振り被った少女は、ヒヨリミたちの群れへと駆ける。両親の血に覚醒した彼女に、もはや敵は無い。
 捨て身の勢いで敵陣へと飛び込んだシャルは、少女らしからぬ苛烈さで金棒を振り回し、赤きてるてる坊主たちを彼岸へと薙ぎ払った。
 ヒヨリミの躰から千切れた赤い布が、闇夜にひらひらと舞う様は、まるで花弁を零す彼岸花のよう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カーバンクル・スカルン
来ない時点で分かれ、って分かる訳ないじゃん。「あなたの子が出来たの、だから死にたくなくなった」の一言が言えなかったんかねぇ。それともそんな言葉で思いとどまってくれる訳がない、と思っていたのか。……はぁーあ。

まぁ、お孫さんには何の非も無いから護りはしますがね。

先鋒役の影朧さんが、そんなに回るのが好きなら思う存分回してあげるとしますか。

影朧の大振りな攻撃を避けた後に【通勤電車地獄】で影朧をくくりつけ、強化した車輪を一団の中に突っ込ませる。

轢かれた影朧は吹っ飛ぶけど、車輪に乗ってぐるぐる回れる影朧はご満悦じゃない?



●赤き炎の大車輪
 カーバンクル・スカルンは、漸く見えてきた事件の全体像に頬を膨らませていた。彼女を不機嫌にしたのは、恨む相手を違えている影朧ではない。
 むしろ全ての元凶となった吾妻縁の祖母――吾妻優香子に対して、カーバンクルは憤りに近い感情を抱いていた。
 ――来ない時点で分かれ、って分かる訳ないじゃん。
 人間、こころの距離が近づくにつれて、言葉にせずとも想いは伝わると勘違いしがちである。実際はどんなに仲睦まじかろうと、想いは口にしなければ伝わらないのだ。

『あなたの子が出来たの、だから死にたくなくなった』

 もしも、その一言が言えたのなら。ふたりには違う未来が待って居たのかも知れない。されど、現実は決してそう成らなかった。
 或いは――そんな言葉で思いとどまってくれる訳がない、と思っていたのかどうか。
 恋人ですら其の意図を察することが出来なかったのだ。真相を知っているのは、恐らく優香子本人のみであろう。
「……はぁーあ」
 カーバンクルの口から、深い溜息が零れ落ちる。
 さばさばとした性格の彼女には、伝えなければならない想いを裡に秘めた結果。愛しいひとを死に追いやってしまった、吾妻優香子の真意が分からなかった。
 けれど、分からなくとも問題は無い。彼女の目の前には今、くるくると回り続ける影朧の群れがいて。彼女の後ろには、何も知らずに平和な日常を送る少女がいる。
 ならば、やるべき事はたったひとつ――。
「まぁ、お孫さんには何の非も無いから護りはしますがね」
 再び零した溜息に僅か決意を滲ませて、少女は無数の針を纏った巨大車輪に手を掛けた。

 滲ませた戦意に呼応するように、宙を舞う影朧たちが一斉にカーバンクルへ向かって来る。月明りを浴びて鈍く煌めく二本の刀を振り回すさまは、物騒極まりない。
 されど、ヒヨリミたちの攻撃を躱すのは、そう難しいことではなかった。大ぶりな攻撃は、得てして隙も大きいものだ。
「そんなに回るのが好きなら、思う存分回してあげるとしますか」
 刀が振り下ろされた瞬間に、軽やかに横へステップを踏んで凶刃を躱した彼女は、手近な一体を強かに蹴り飛ばした。
 飛んでいくヒヨリミを待ち受けるのは、彼女が手繰る大車輪の車軸。其処に捕えられたら最後、もはや身動き一つ取れぬ。
「武器を引いてのご乗車にご協力くださーい!」
 まるで電車の車掌めいた決まり文句を紡いだのち。カーバンクルは、ヒヨリミを括り付けたカタリナの車輪を、影朧の群れへと全力で放り投げた。
 ヒヨリミ一体分の質量を得て、スピードと殺傷力を増した車輪はぐるぐると回転しながら、赤き影朧たちを勢いよく轢き飛ばしていく。
「車輪に乗ってぐるぐる回れる影朧は、ご満悦でしょ?」
 未だ車軸に張付けられたまま回転するヒヨリミを見ながら、少女はそう悪戯に笑う。

成功 🔵​🔵​🔴​

杼糸・絡新婦
起こってもたもんはしゃあないけど、
なんとか終わりにさせなあかんやろな。
恋路邪魔するやつはえらいめみるで。

真の姿開放。

錬成カミヤドリにて鋼糸・絡新婦をレベル分召喚。
どっちの切れ味がいいか、勝負と行きましょか。
自分によってくる敵を切断していく。
また【罠使い】で糸を張り巡らせるようにして、
敵に絡みつき拘束することで、他の攻撃から【敵を盾にする】



●因縁を断ち切る絲
 未だ数を減らさぬ影朧たちを前にして、杼糸・絡新婦は腕に抱く狐人の人形へ、そっと白い頬を寄せた。
「起こってもたもんはしゃあないけど、なんとか終わりにさせなあかんやろな」
 長い時を過ごしてきたヤドリガミだけあって、彼は有触れた悲劇に動じることなどない。ただ、為すべきことだけを見つめて、すぅと息を吸い――ゆるりと吐く。

 真の姿、開放――。

 其れは彼の名の通り、『女郎蜘蛛』に似た姿。頭を除いた上半身は、黄色と黒の縞模様に転じ、鋭い爪は如何にも獣じみていた。
 彼の中性的な貌はいま、緑の複眼に覆われている。涼し気な微笑を湛える口許など、其の面影を見失う程に裂けて居た。
 しかし異形の姿に転じても尚、何処か妖艶な魅力を纏う其の様は、矢張り『女郎蜘蛛』らしい。
 されど、動じないのはヒヨリミも同じ。理性を失った彼らは、眼前に現れた異形の青年に怖気付くことなく、傍にあったガス灯にぐるりと巻き付いた。
 ゴムのように其の躰を思い切り伸ばし、一気に絡新婦に向かって飛んでいく。空気を切り裂く音は、ただの布の其れでは無い。恐らく、影朧たちの躰はいま、刃のように鋭く成っているのだろう。
 果敢に此方へ向かってくるヒヨリミたちを、幾つもの眸に映した彼はにぃと嗤う。
「鋼糸【絡新婦】いざ、参るてな」
 そうして喚ぶのは、杼を包みこむ蜘蛛の巣にも似た鋼糸――『絡新婦』。彼の本体である其れを周囲に張り巡らせたならば、堅牢かつ物騒な蜘蛛の巣が完成する。
 勢いよく突っ込んできた多くのヒヨリミは、其の絲を避け切れずに蜘蛛の巣へと引っ掛かった。
 自由を求めて動く彼らに襲い掛かるのは、絡新婦が操る絲ではなく――。新しく飛んできたヒヨリミたちだ。
 蜘蛛の巣に捕えられた獲物たる彼らは、悉くが絡新婦の盾となり。仲間の凶刃に貫かれて、躯の海へと還って行った。
 しかし、運よく蜘蛛の巣を潜り抜けて絡新婦へと肉薄する個体もいる。相変わらず楽し気に口角を上げながら、女郎蜘蛛は鋼糸を念動力にてゆるりと操り嗾けた。
「どっちの切れ味がいいか、勝負と行きましょか」
 幾つもの絲がヒヨリミの躰に切り裂かれた。しかしそれでも尚、蜘蛛の絲は執念深く赤布の躰に絡みついて行く。
 軈て、ヒヨリミの躰は蜘蛛絲でぐるぐる巻きに成った。最早動けぬ敵へと襲い掛かるのは、絡新婦が手ずから操る鋭い絲。

「恋路邪魔するやつは、えらいめみるで」

 何処か艶やかに響いた科白とともに、ヒヨリミの躰はばらばらに切り裂かれた。
 宵闇にはらはらと、鮮やかな赤布が舞う――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

的形・りょう
ほかの方との交換で得た情報を頭の中で整理します。
それにしても優香子さんは、娘の芽衣子さんに悟られるほど深い恨みを受けていたのか…。
電気や熱と同じように、感情にもエネルギーがあります。怒りを露わにした人を目の前にすると足が竦んだりするのがその証拠です。
その負のエネルギーを長きにわたって受け続けたとあっては、この母娘はさぞお辛かったことでしょう。それにも終止符が打たれるわけですが。

そして、その怨念に呼応したものがやってきたようです。日和見とはよく言ったものですね。
漂う火の玉を見て、とりあえず手近にあった防火用の水を被りました。あ、きちんといつもの格好に着替えてきましたよ。
さあ、鍔迫り合いといこう。



●燃ゆる怨嗟
 ハイカラさんの如き華やかな装いから、いつもの学生服へと着替えた的形・りょうは、セーラー服の襟元を正しながらも、他の猟兵たちから得た情報を頭の中で整理していた。
 大体の事情は理解できたと、そう思う。
 その生い立ちから『復讐』には何方かと云うと肯定的な彼女だが。復讐の動機が影朧の勘違いによるものだと知れば、同情の気持ちは被害者たちの方にも向く。
 ――優香子さんは、娘の芽衣子さんに悟られるほど深い恨みを受けていたのか……。
 竹葉永馬と吾妻優香子の戀物語は、第三者が聞けば、すれ違ったふたりの悲戀譚に思えるだろう。
 しかし、ふたりの娘の芽衣子は、或る意味で此の悲戀譚の当事者だ。ゆえに、こころの何処かできっと、こう思っているのでは無いか。――父は母に殺されたも同然だ、と。
 電気や熱と同じように、感情にもエネルギーがあることを、『アンガーキネシス』の使い手たる少女はよく知っていた。
 例えば、――怒りを露わにした人を目の前にすると、つい足が竦んだりする。それこそが、感情にもエネルギーがある事の証左なのだ。
 特に負のエネルギーは、他者に影響を与えやすい。更に相手との距離が近くなるほど、その影響は大きくなりがちなのだ。
 ――あの母娘は、さぞ辛かったことだろう。
 長年に渡って己を責めてきた母、そんな母を心の何処かで責めずには居られない娘。彼らの心中を思うだけで、心優しい少女の胸はきゅ、と苦しくなる。
「それにも、終止符を打つ時だ」
 紅の瞳で凛と影朧の群れを見据えながら、人狼少女は静かに妖刀を構えた。青白い明りに照らされた刀身は、怪しげな煌めきを放つ――。

 ガス灯にぐるりと巻き付き、ゴムのようにみょんと伸びるヒヨリミは、鋭さを伴って勢い良く少女の方へと飛んでいく。一体だけではない、次から次へと襲い掛かって来るのだ。
「日和見とはよく言ったものだ」
 形勢の有利な方に便乗するのが、“それらしい”なんて、りょうは苦笑しながら息を吸う。
いま彼女の胸には、苦境に立たされてきた母娘への同情と悲しみが在る。
 ゆえに、其れを奴らへ思い切りぶつけてやろう。 

 咆哮。――まるで狼の遠吠えの如き其れは、ヒヨリミたちを凍らせる。其れは、深い悲しみとやるせなさが齎した相乗効果。
 ぼとり、ぼとりと地上へ墜落していくヒヨリミたち。しかし、総てを片付けられた訳ではない。
 彼女のもとには再び、躰を鋭い刃物と化したヒヨリミたちが飛んでくる。りょうはそれらの凶刃を、妖刀の白い刀身で受け止めた。ミシミシ、と衝撃に骨が軋む音がする。
「さあ、鍔迫り合いといこう」
 想い腕に鞭打ちながら、りょうは思い切り足を踏み込む。そうして前方へと全体重を掛けたならば、思い切り腕を振り払った。
 幾つもの赤い端切れが、はらり――、静かに地へ落ちる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミリィ・マルガリテス
まあ、ヒヨリミさんの可愛らしいこと!
でも、ごめんなさいね
わたしはーー守りたいひとがいるの
どうか許してね
Prism Waltzをそっと放って

知り合ったばかりでも関係ないわ
縁さん、どうかその想いと貴女を守らせてくださいましね
大切な戀路の邪魔はさせなくてよ

それにしてもーー悲しいことね
真実を知らずに生きる事を諦めた
その諦念、暗澹たるやどれだけの事か
考えただけで眩暈のする悲愴

それでも、わたしは貴方に同情しないわ
マドモアゼルの顔を曇らせて、殺すひとなんて、殿方ではなくてよ
それに、愛する人を喪った方も
とても…辛いでしょうから

今宵のダンスは少し冷えるわね
けれどその手を離さない
今はわたしだけを見てくださいましね



●桃薔薇円舞曲
 宙でくるくるとダンスを踊る影朧たちの姿を、其の眸に映したミリィ・マルガリテスは、両手の指先を組み合わせてふわりと頬を緩めた。
「まあ、可愛らしいこと!」
 赤いてるてる坊主のような影朧――ヒヨリミは、そのシルエットこそ愛くるしい。女学生向けの雑貨屋などに、飾られていそうな姿形である。
 ゆえに、ミリィの桃薔薇の眸がきらきらと輝きを放ってしまうのも、きっと仕方のないこと。
「でも、ごめんなさいね」
 されど、彼女とて仕事を忘れた訳ではない。困ったように眉を下げた少女人形は、愛らしい影朧たちに向かって、ほんの少し小首を傾げて見せる。
「わたしは――守りたいひとがいるの」
 理性に乏しいヒヨリミたちからは、当然ながら何の反応も帰ってこない。其れでも、ミリィは真摯に言葉を紡ぎ続けた。
 彼女だって、元をただせば無機物なのだ。だからこそ、ミリィは布の化身である彼らにも、慈愛を持って接さずには居られないのだ。
「どうか、許してね」
 長い睫を伏せたのは、ほんの一瞬だけ。少女はすぐに貌を上げて、真正面から影朧の群れを見据える。

 刹那、可憐で儚げなシンフォニックデバイスが、桃薔薇の花弁へと転じ往く――。
 其の鮮やかな花嵐は影朧の群れを包み込み、彼らの赤き躰をざくり、ざくりと切り裂いて行った。
 たまらずヒヨリミたちが血のように赤い炎を飛ばしてくるが、花嵐はそれらを容易く掻き消して、主たるミリィを守ってくれる。――まるで、亡き父の意思が宿っているかのように。

 数を減らし往く愛らしい影朧を眺めながら、ミリィは矢張り眉を下げた儘だ。けれど、彼女にだって譲れない想いは有る。
 ――縁さん、どうかその想いと貴女を守らせてくださいましね。
 知り合ったばかりでも関係ない。縁は頬を染めながら、ミリィに戀の噺を聞かせてくれた。
 人形である彼女にとって、それは眩しくて、同時にとても嬉しいことだったから。人形少女は確固たる意思を抱き、愛らしい彼らを躯の海へと送っていくのだ。

 ――悲しいことね。

 戀を知らぬ少女は、戀に散った男へと想いを馳せる。真実を知らずに生きる事を諦めた其の諦念、暗澹たるやどれだけの事か。
 当の男の気持ちを想う程、少女は眩暈にも似た感覚を覚えずには居られない。其れは、悲愴溢れる戀物語。
 縁の其れも、影朧の其れも、同じ戀の噺だというのに。何故、こんなにも違うのか。戀とは、もっと幸せなモノではないのかしら。――考えれば考えるほど、彼女の思考は迷宮に囚われていく。

「それでも、わたしは貴方に同情しないわ。大切な戀路の邪魔は、させなくてよ」
 迷走する思考を振り払うかのように、ミリィは誰にとも無く囁いた。
 吾妻縁だって、戀をしているのだ。そのささやかな幸せを守りたいと、少女人形はそう願う。
 ――マドモアゼルの顔を曇らせて、殺すひとなんて、殿方ではなくてよ。
 おまけに、彼女は影朧の孫でもある。もし彼の凶刃が縁を襲えば、彼は再び愛しいひとを失うことになるのだ。
 そんなこと、あまりにも悲しいではないか。

「今宵のダンスは、少し冷えるわね」
 ぎゅ、と両の腕で其の華奢な躰を抱きしめながら、ミリィは小さく呟いた。――けれど、花弁と円舞曲を踊る影朧たちの手は、決して離さない。
「今はわたしだけを見てくださいましね」
 せめてもの熱を乞うように微笑んで見せた少女は、最後の一体が地に堕ちるまで、自らが招いた花嵐を見つめ続けていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

草野・千秋
◎☆
小指を赤い絲で、ですか
その言い伝えはUDCアースにもありますね
戦時中に出征して国のために名誉ある死を遂げよ
という話も僕の生まれた世界にはありました
ですが人は命を繋ぎ、子孫を残すことができます
……それがまさかこんな形になろうとは

ヒヨリミ、かわいいナリして理性を失っているというのも怖い
こ、こんなシリアスな展開にいかがなものかとも思いますが
相手も結構な数いるようなので
相手の速度を下げましょうか
こんな時におかしいかもしれませんがお菓子だけに!
速度が弱まり始めたら早業でアサルトライフルを抜き勇気を出し
2回攻撃、スナイパー、範囲攻撃
敵攻撃は第六感と戦闘知識で避けて
盾受け、激痛耐性で耐える


シャルロッテ・ヴェイロン
◎☆#

おや、お客さんですか?あいにく今日の営業は終了しましたけど?
――まぁたいしたものは出せませんが、私たちで接客しましょうか!

とりあえず召喚した兵器群を、ミルクホールに至る通りを封鎖するように配置させましょう。
で、【一斉発射】&【2回攻撃】による【制圧射撃】で攻撃していきましょう。
私自身は敵の攻撃を【見切り】回避しつつ、光線銃による【援護射撃】といきましょうか。
――さて、縁さんの安全確保までの【時間稼ぎ】になったでしょうかね?



●機械兵器とお菓子な罠
 ガス灯の仄かな光に照らされて、ミルクホールに至る道程を四方八方、数多の機械兵器が列をなして歩いていく。
 彼らに与えられた使命は、この辺りの通りを封鎖すること。幸い今は人通りが無いとはいえ、いつ誰がやって来るか分からない。
 一般人が巻き込まれぬように、そして縁の安全確保をするために。彼らは主が命じた位置へと付き、敵の来襲をじっと待つのだ。
 彼らの主たる少女――シャルロッテ・ヴェイロンもまた、ミルクホールの玄関傍で敵襲に備えていた。
 まるで玩具の光線銃のような其れを掌で弄びながら、電力が確りとチャージされていることを確かめる。其の深緑の眸には今、子供らしからぬ鋭さが宿っていた。
 彼女に並び立つように息を潜めながら、同じく敵襲に備えているのは、鋼鐵の戦闘用スーツに身を包んだ青年――草野・千秋だ。
 蒼いバイザー越しに覗き見れる翠の眸は、何処か浮かない彩を纏っている。彼はそっと眸を伏せて、此のミルクホールに纏わる悲戀譚へと想いを馳せていた。
「国のために名誉ある死を遂げよ――という話は、僕の生まれた世界にも有りますが」
 まさか、こんな形になろうとは。数奇なる巡り合わせも有るものだ。尊い命を繋ぎ、子孫を残すことが出来る「人」だからこそ、起こってしまった悲劇。
 青年は其のことに、運命の皮肉を感じずには居られなかった。しかし、新たな悲劇を防ぐことは出来る。
 ヒーローたる自分が今やるべきことは、罪のない少女を守ることだと思い直し。千秋は胸に覚悟と勇気を宿して、白銀の重火器を握りしめた。

 軈て宵闇にぽつりぽつりと、赤い炎が浮かび上がる。それらを引き連れているのは、赤いてるてる坊主の影朧――ヒヨリミたちだ。
「おや、お客さんですか」
 招かれざる客の来訪に、シャルロッテの唇が不敵に緩む。ちら、と深緑の視線を周辺で待機する機械兵器の群れへ呉れたなら。
 兵器たちは主の意を得たりと云わんばかりに、宙に舞うヒヨリミたちへと其の銃口を一斉に向けた。
「あいにく今日の営業は終了しましたけど?」
 揶揄うように投げかけられた少女の科白に、返ってくる言葉は無い。何らかの反応すら望めない。理性に乏しい彼らが出来るのは、ただ人を傷つけることだけ――。
「ヒヨリミ、ですか」
 ふよふよと宙に浮く、愛らしい影朧たちを観察する千秋は、少女と違い複雑そうな貌。彼らはマスコットのような姿をしているのに、世界に滅びを齎すれっきとしたオブリビオンなのだ。
「かわいいナリして理性を失っているというのも、恐ろしいですね……」
 彼らが如何なる過去を持つのか、それは誰にも分からないが。そのギャップに不穏なものを感じてしまって、彼は僅かに眉を下げた。
 そんな千秋に釣られて、シャルロッテもまじまじと敵を観察する。暫しの間をおいて、彼女はぽんと手を打った。
「ああ、確かにホラーRPGに居そう。でも、ボスじゃなさそうだし大丈夫ですよ!」
 自身より幾分も年下に見える少女が明るく言うものだから、千秋もひとまず元気を取り戻す。 
 その様に満足気に頷いたシャルロッテは、再び機械兵器たちへと視線を呉れた。彼女が合図を出せば、彼らは直ぐにでもヒヨリミたちを蜂の巣にする筈だ。
「さあ、たいしたものは出せませんが、私たちで接客しましょうか!」
「――あ、出せるものありますよ」
 勢いよく号令を掛けようとする少女を、青年の聲がゆるりと制する。何事かとシャルロッテが其方を見れば、彼の掌には一口サイズのチョコや個包装の飴玉など、懐かしのお菓子たちが、山のように盛られていた。
「これ……食べて良いんですか?」
「ええ。こんな時におかしいかもしれませんが、お菓子だけに」
 当たりが出たら教えてくださいね、と。優しく語り掛けてくれる青年に頷きながら、少女は美味しそうにチョコを頬張る。口に広がる芳ばしさ――これは、麦チョコだ。
 瞳を輝かせる少女を微笑まし気に見守りながら、青年もまた飴玉を口に入れて転がした。此方は少し酸味のある梅の味。これから戦闘に挑む彼に、ぴったりのフレーバーである。
 そう、千秋は無為に駄菓子を振舞っている訳ではない。この駄菓子こそ、彼の術に必要なトリガーなのだ。
 現に駄菓子を貰えなかったヒヨリミたちは、其の術へと見事に嵌り、のろのろとガス灯に巻き付いては、ぐにゃん。なんて、やる気のない飛翔を披露していた。
「……そろそろ頃合いですね」
 バイザー越しに敵の様子を観察していた千秋は、『秩序の崩壊』の名を冠する愛銃へと指を掛ける。
 ガス灯に群がりなんとか伸びようとする影朧たちへと照準を合わせ、其の引き金を素早く引く。――鈍い銃声が二つ、夜空へ響いた。
 崩壊を齎す弾丸は、驚くべき正確さでヒヨリミたちを纏めて打ち抜き、彼らの躰をただの布切れへと変えて行く。
「こっちも、そろそろお仕事と行きましょう」
 苺味の飴玉を口へと放り込みながら、シャルロッテは天高く手を掲げた。そして、其れを勢いよく振り下ろす。――少女らしからぬ、勇ましい号令。
 すると主の命を受けた機械兵器たちが、一斉に轟音じみた銃声を響かせる。のろのろと線香花火のような炎を放っているヒヨリミたちは、鉛の雨に貫かれぼとり、ぼとりと地に落ちて行った。
 一斉掃射を掻い潜り、のろのろと飛んできた火の玉をふわりと、軽やかに少女は躱す。そうして流れるような動作で、光線銃を構えた彼女は、運よく墜落を免れた一体へと引き金を引いた。
 ぼとり、地面にまたひとつ何かが落ちる音が響く。しかし、少女の関心は疾うに失われ、夜の静寂を切り裂くのは機械兵器たちの無機質な銃声のみ。
「――あ、当たりました」
 シャルロッテの意識は既に、飴玉の包み紙に小さく書かれた「あたり」の文字へと向いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ
◎☆#
来世で結ばれる事を願い共に水へ沈もうとした
けど擦れ違い、結局死に別れた
ありきたりな悲戀
愛してる故に告げられず後悔が募り
愛してる故に身を滅ぼし怨みが募り
愛するが故に――悟れず

身を焦がす程の戀はさぞかし幸せで、辛いんでしょうね
こんな身ですから恋の経験が無くて疎いんです
私が"彼"だったら同じ道を辿るんでしょうか
……それも想像つかないな

"怪奇"の目と口を潰し裂く
舞踏が不得意な私の代わりに踊っておいで呪瘡包帯
私を縛り戒めるばかりでは退屈でしょう?
腕と脚と胴体と首――それくらい包帯解けば全方位行けますかね
くるり回る子もこちらへ来た子も
全て薙ぎ払い地に叩きつけてやります
"怪奇"に容赦なんてありませんよ


エルネスト・ポラリス
◎☆#

私は、基本的にオブリビオンって嫌いなんですけど。
確かに我々と同じ世界に生きていた誰かの姿で、歪んだ意思で悲劇を生む、その在り方が特に。
勿論、縁さんを守るという意思は最初から変わりませんし、竹葉氏は案外、正気を持って裏切り者の子孫を狙っているのかもしれませんが。
──ええ。やる気が出てきました。

剣を構えて、ヒヨリミの攻撃を『武器受け』して止めることを狙います。
回転攻撃という性質上、受け止められて勢いが死ねば、その身体は硬直し、隙を晒すはずです。
そこを叩きましょう……余裕が無ければ、味方に自分ごと攻撃してもらうのも手ですね。その為の【無敵城塞】です。

では、殺させない為に、頑張りましょうか!



●想い焦がれて幾星霜
 宵闇に彩を添えるかの如く、遠くで赤い炎が揺れる。どうせ影朧が引き連れている炎だろう。スキアファール・イリャルギは、“双つ”の黒い眸でその様を見つめていた。
 あれは怨念の炎と云うよりも、燃え盛る戀の炎だ。彼が脳内で反芻するのは、ミルクホールに纏わる、或る戀人たちの悲喜劇。
 愛し合うふたりは来世で結ばれる事を願い、共に水へ沈もうとした。けれども想いは擦れ違い、結局は死に別れた。――其れは、ありきたりな悲戀。
 死に別れぬための心中の筈が、結局は忌避していた結末を招いてしまったのだから、運命と云う奴は皮肉で残酷だ。
 愛していた故に告げられなかった言葉への後悔が募り、愛していた故に身を滅ぼして怨みが募り。愛するが故に――眼が眩み、真実を悟れぬ哀れな影朧。
 幾ら想いを馳せてみても、スキアファールには矢張り、彼の苦しみが他人事のようにしか思えない。『人間』に擬態している彼にとって、『戀』とは夢物語のようなもの。
「身を焦がす程の戀はさぞかし幸せで、辛いんでしょうね」
 ゆえに彼は、ほう、と羨望と興味が綯交ぜに成った吐息を零す。傍らに並び立つ人狼の青年が、怪訝そうに彼と揃いの黒い眸を向けてきたので、“影人間”は自身の腕を覆う包帯へ手を掛ける。
「こんな身ですから、恋の経験が無くて疎いんです」
 しゅるり、黒い覆いを解いたならば、腕に生えた無数の眸がこんばんは。彼らは一斉に、ぎょろり、青年を睨めつけた。
 件の青年――エルネスト・ポラリスは、其の様を見て納得したように首肯する。常宵の世界から遣って来た彼は、怪異の類に動じたりはしない。されど、幾つもの視線と見つめあうのは、聊か息が詰まるような心地だった。
 ゆえに、エルネストはついと彼の腕から視線を逸らして、宵闇に揺れる炎を見る。少しずつ近付いてくる其れは、人魂のようで何処となく気味が悪い。
 まるで、戀に溺れて命を絶った、竹葉永馬の帰還を示しているようにも見えて。青年は僅か、複雑そうに眉を寄せる。
「私は、基本的にオブリビオンって嫌いなんですけど」
 今度は“影人間”が彼へと双つの視線を向ける番。何故ですか、と無言で続きを促せば、人狼の青年は物憂げに眸を伏せた。
「確かに我々と同じ世界に生きていた誰かの姿で、歪んだ意思で悲劇を生む」
 其の在り方が特に気に入らないのだと、エルネストはそう語る。されど、気に入らない理由を語ることは無い。ゆえにこそ、スキアファールも其れ以上は詮索しなかった。
「勿論、縁さんを守るという意思は最初から変わりませんよ」
 片頬を上げてゆるりと笑う青年に、影人間は深く頷いた。先ほどから夜風が剣呑たる空気を運んでくる。――敵襲は、近い。
「竹葉氏は案外、正気を持って裏切り者の子孫を狙っているのかもしれません」
 エルネストがぽつりと零した科白を、果たして冗談だと捉えたのか。スキアファールが、はは、と乾いた笑いを零す。如何にも可笑しいとばかりに肩を震わせる様は、何処までも芝居じみていた。
「戀に溺れた人間に、正気など有りませんよ」
 深く刻まれた隈へと、柔らかく細めた眸が消えていく。影人間は、そうやって怪しく、それでいて美しく嗤うのだ。
 哲学めいた冗談に、次は人狼の青年が笑う番。くつくつと、音もなく喉を鳴らせば、スキアファールも満足げな貌をする。
「それもそうですね。――ええ、やる気が出てきました」

 悠々と言葉を交わすふたりの頭上、赤き炎を引き連れた影朧の群れが漸く姿を現した。静謐たる夜の空気は凍り付き、周囲にはビリビリとした殺気が漂い始める。
「では、殺させない為に、頑張りましょうか!」
 エルネストが銀の杖から、大振りな剣をずるりと抜けば、くるくる回っていたヒヨリミたちが動きを止めた。
 彼らは青年を敵と認識し、刀を鈍く煌めかせながら、一目散に彼の元へと突っ込んでくる。我が身を襲う凶刃を、エルネストは構えた剣で受け止める。
 鉄と鉄が擦れ合う衝撃に、両者の間で火花が散った。――つまり、ヒヨリミたちはいま、其の力を一点に集中させていると云うこと。確かに生まれた其の隙を、猟兵たちは見逃さない。
 スキアファールは躊躇なく、包帯に包まれた指先で腕に住み着いた“怪奇”の目と口を潰し裂く。厭な音が戦場に響き渡り、赤く染まった片腕からは止め処なく血が溢れるが、彼にとっては安いものだ。――なにせ、目と口は其の身に“無数”に在るのだから。
「私の代わりに踊っておいで、呪瘡包帯」
 其の身を包む包帯は、そうして一時の自由を手に入れる。彼の腕を、足を、首を、胴体を、それぞれ包んでいた黒き包帯は四方八方に伸びていき、軈て蠢く鞭のような影へと転じた。
「私を縛り戒めるばかりでは退屈でしょう?」
 人狼の青年が相手取る影朧たちへ、其の冒涜的な影を嗾けて鞭を振うように薙ぎ払う。其れを眺めるスキアファールの双眸は、氷のごとく冷たい。
「"怪奇"に容赦なんてありませんよ」
 勢い余って仲間ごと鞭打つ様は、まさに苛烈の一言に尽きた。然しそれも作戦の内。ヒヨリミと鍔迫り合いを繰り広げる間、エルネストは無敵の城塞と化していたのだ。
 彼が異形との鍔迫り合いに耐えられたのは、まさしく防御モードのお陰であった。機転を利かせて早めに発動させたので、さいわい彼の傷は浅い。
 未だやれると剣を握りしめ、人狼の青年は地を駆ける。擦れ違い様にヒヨリミを切りつければ、白い頬に赤い絲が伸びた。されど、より深く切り裂かれた異形は、花が散る如く其の躰を散らす。
 宵闇に舞い散る赤布が、矢張り戀の炎めいていたから。スキアファールは影を操りながら、戀に焦がれて身を投げた男のことを想う。
 
 ――私が“彼"だったら、同じ道を辿るんでしょうか。

「……それも想像つかないな」
 苦い笑みを零しながら、怪奇人間は容赦なく影の鞭で戦場を蹂躙して行く。
 宵闇にまたひとつ、鮮やかな『赤』が零れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加。

困ったね、家出して駆け落ちした身としては永馬の気持ちも分かるんだ。黄泉路を共にしたいと願った日に相手が現れず、絶望する気持ちは。

でも、アタシは、優香子に肩入れしたいね。アタシも子を産んだ身だ。我が身一つならいいが、胎に宿った命を親の勝手で無くす訳にはいかないだろう。

永馬の対応は後にして、まずはこいつらをなんとかしようか。【目立たない】【忍び足】【残像】を駆使して敵の背後に回り込み、敵の背後を取る。奏が正面を抑えてくれてる間に背後から【先制攻撃】【二回攻撃】【串刺し】【範囲攻撃】で竜牙を使う。さあ、どいたどいた!!アタシたちはアンタのボスに用があるんだ!!さっさと退場しな!!


真宮・奏
【真宮家】で参加。

今まさに恋をしているものとしては恋を貫く為に心中するのは余程の覚悟があってのこと。お二人だけだったら心中決行も在り得たかもしれませんが、愛の結晶が宿ったとなれば。気持ちのすれ違い、悲しいですね。

お爺様が実のお孫さんを殺すという悲劇を防ぐには。まずこの群れを倒さねば。

いかにも燃えているような敵ですので、トリニティ・エンハンスで防御力を高めてから【オーラ防御】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】で仲間を【かばう】。敵の炎攻撃に備えて【火炎耐性】も併用、攻撃は【属性攻撃】【二回攻撃】【衝撃波】【範囲攻撃】で行いますね。縁さんが外に出る前に、決めてしまいましょう!!


神城・瞬
【真宮家】で参加。

永馬さんのお気持ちも、優香子さんのお気持ちも良く分ります。せめて最後のすれ違いさえなければ。永馬さんが実のお孫さんの縁さんを殺すという悲劇を防ぐ為に。まずはこの赤い影朧を倒さねばですね。

いかにも燃えてるような様子ですので、氷属性で勝負します。【高速詠唱】【全力魔法】【二回攻撃】で氷晶の矢を【範囲攻撃】で撃ちます。【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】【武器落とし】も乗せます。1人に攻撃が集中するようなら【吹き飛ばし】で敵を吹き飛ばします。僕の方に攻撃が来る場合は【オーラ防御】でダメージを軽減します。



●寄せる想い
 ミルクホールでかつて育まれた戀の物語は、かつて自身が経験した戀と似ている気がして。真宮・響は其の眸にそっと、憂いの如き彩を滲ませた。
「……困ったね。永馬の気持ちも分かるんだ」
 名家の箱入り娘として育まれた彼女は或る日、放浪の戦士と戀に落ちた。身分違いの戀に若いふたりは身を焦がし、果てには駆け落ちをして今に至る。
 ゆえに、響は共感してしまうのだ。黄泉路を共にしたいと願った日、相手が現れなかった絶望は想像に難くない。
 彼女の子供たちも同じように、事件の裏に隠された戀物語を他人事と割り切ることなど出来なかった。
 彼らもまた、胸の裡に戀するこころを抱えて居るのだから。

 ――恋を貫く為に心中するのは、余程の覚悟があってのこと。
 響の娘、真宮・奏はちらり、義理の兄へと視線を向ける。今まさに戀をしているものとしては、悲しい結末を迎えてしまった戀人達の物語には感じ入る所があった。
「お二人だけだったら、心中決行も在り得たかもしれませんが……」
 ふたりの愛の結晶が宿ったとなれば、また話が違って来るというもの。
 
 ――せめて、吾妻優香子に真実を告げる意気地があれば。
 ――せめて、竹葉永馬に戀人を信じるこころがあれば。
 
 今更『たられば』の話をしたところで詮無いが、矢張りそう思わずには居られないのが乙女心だ。
「気持ちのすれ違い、悲しいですね」
 そんな科白を零して俯いてしまった少女の頭に、優しく触れる大きな手がある。彼女の義兄であり、こころ密かに想う人――神城・瞬の手だ。
 義妹を元気づけるように、其の髪を優しく撫でる彼もまた、儘ならぬ想いを胸に秘めていた。ゆえに、彼はかつて此処で愛を育んだ戀人達へと理解を示すのだ。
「永馬さんのお気持ちも、優香子さんのお気持ちも良く分ります」
 いかなる時も冷静沈着な瞬は、彩の其々違う双眸を傷まし気に伏せる。相手のことを思い遣るが故に、伝えられぬ想いもある。自制心の強い少年は、其のことを実感として分かっていた。
「せめて、最後のすれ違いさえなければ……」
 心中が救いだなんて思えないけれど、それでも想いを遂げられたなら幸せだっただろうと。彼はふたりを悼むように瞼を閉ざす。

「でも――アタシは、優香子に肩入れしたいね」

 一家の主たる響が凛と紡いだ科白が、家族の間に流れる重い空気を振り払う。彼女も愛する人と子供を為した身だ。優香子の苦悩は察するに余りある。
 ――我が身一つならいいが、胎に宿った命を親の勝手で無くす訳にはいかないだろう。
 それに、彼女もまた愛する人と死別しているのだ。忘れ形見たる娘を大切に育むために、優香子がしてきたのであろう苦労を想えば、矢張り他人事とは思えなかった。
 胸の奥を締め付けられるような心持に成ってしまったのは、亡き夫を思い出してしまった所以か。込み上げる感情を誤魔化すように、響はふたりの子供の肩を纏めて抱き寄せた。
 この子たちの戀路が如何なるかは神のみぞ知ることだけれど、せめて幸せな未来が広がっていればいいと、そう心から希う。

「さて、永馬の対応は後にして。――まずは、こいつらをなんとかしようか」
 暫し流れる家族の暖かなひと時。其れを邪魔する無粋者どもの存在にいち早く気付いた響が、ぽんと子供たちの背を叩く。
 宵の空には赤いてるてる坊主――ヒヨリミたちが、くるくる、くるくる、ダンスでも披露するかの如く回っている。
「はい! 先ずはこの群れを倒しましょう。永馬さんの企みを防ぐために」
「ええ、悲劇を防ぐ為に。まずはこの赤い影朧を倒さねばですね」
 彼女の愛情が籠った喝に元気を取り戻したふたりは、獲物を握る指先にぎゅっと力を込めた。
 彼らの戦意を受けてヒヨリミたちは一斉に、其の愛らしい躰から燃え盛る炎を放つ。そんな敵の行動に、真っ先に反応したのは奏だ。
 義兄と母の前に躍り出た少女は、腕に装着した白銀の盾を天へ翳す。炎と水と風の加護を、其の身に宿すことも忘れない。
 家族を守るため、果敢にも敵に立ち向かう彼女に降り注ぐは炎の雨。されど、其れは白銀の盾に飲み込まれ、少女の肌に傷ひとつ刻むことすら叶わなかった。 
 ならばと地上へ降りてきたヒヨリミの斬撃を、奏はふたたび盾で受け止める。重たい一撃だ。しかし、彼女が庇うことで繋げられるチャンスがある。
「さあ、どいたどいた!!」
 そんな豪快な聲を伴いながら、響は敵の背後へと急ぐ。娘が作ってくれた敵の隙を活かすために――。道中で降り注いだ刃の雨は、すべて残像が受け止めてくれた。
 やがて、奏と鍔迫り合いを繰り広げるヒヨリミの背後に回り込めば、布で出来た其の躰に赤く煌めく光の剣を振り下ろした。
 頭と胴体を泣き別れにされて、はらはらと散っていく影朧を後目に、彼女はもう一度剣を払う。――娘に近づこうとしている、狼藉者の影朧たちへ向けて、其れはもう豪快に。
「アタシたちはアンタのボスに用があるんだ!! さっさと退場しな!!」
 夜空に舞い散る赤布を増やしながら、竜の化身の如く吠える響はこれ以上ない程に頼もしい。
 母親のそんな勇ましい姿に感化されたか、奏も盾でヒヨリミの凶刃を往なしながら、水の精霊の加護を受けた剣を勇敢に振り回し、近付く敵を躯の海へと葬り去って行った。
「ええ、縁さんが外に出る前に、決めてしまいましょう!!」
 そんな天真爛漫な彼女へ、宙で踊る影朧たちが招いた炎の雨が降り注がんとする――。
「そうはさせませんよ」
 凛と響いた言葉とともに放たれたのは、玲瓏たる無数の氷晶の矢。冷気を放つ其れらは、影朧が降らす炎すら凌駕して、赤きてるてる坊主たちを次々に凍らせて墜落させて行った。
「ありがとう、瞬兄さん!」
 どういたしまして、と。片手を挙げる動作で妹に応えた少年は、再び夜空へと意識を向ける。炎を降らせるてるてる坊主は、まだまだ健在のようだ。
 ならば、総てを打ち落として仕舞う迄。大切な家族を守るために、少年は再び夜空に煌めく矢を放つ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

カプラ・メイラダイモン
◎☆
擦れ違いは悲しいけれど、だからこそ事実を届けないとね。
これ以上、悲しい噺にならないように。
……まずは、そこをどいてもらいましょうか。

【SPD】
「カプラエクスプレスサービス」で迎え撃ちます。
人通りがないとはいえ、ここは往来。
速達で終わらせますよ!

ダガーを抜いたら【存在感】【殺気】で攻撃を誘ったら、
上昇した反応速度に【ダッシュ】【逃げ足】【野生の勘】で攻撃を回避して
布を伸ばしてきた所を【2回攻撃】。
その攻撃、当たったら痛そうですけど……
伸びたところに傷を入れたら、
次伸ばした時、そこから裂けたりしちゃいません?

もし伸びた所への攻撃の効果が薄いようなら、
伸びてない部分への攻撃に切り替えましょうか。


ヴォルフガング・ディーツェ
◎☆

戦は老人が命じ、命を散らすは若者…とは良く言ったものだ
…ま、今回は不幸なすれ違いが原因の様だけれどね

ヒヨリミはどうも二次被害の様だが――君らも世界の敵だ、慈悲など望まぬ事だ

UCを使用
魔爪で自分の腕を斬り裂き、血を流して俺の呪いを具現化しよう
大神――即ち狼神の力、存分に味わうと良い

「範囲攻撃」でレンジ拡大し、影の牙で、爪で薙ぎ払う様に指示
無縁火が厄介だね、月の光を刃に変える獣の魔術で纏めて差し貫くとしよう
大嫌いな俺のカミサマ、奴らの魂を好きなだけ喰らって良いからちゃんと働いてくれよ?

相手の攻撃は自前の「ヘルメス」を用いた動作観察を行いつつ「ロープワーク」等を駆使した鞭の攻撃でいなし、逸らそう



●腹ぺこ大神と配達ヤギさん
 宙を舞う影朧がひとつ、またひとつと、猟兵たちの手により地に堕ちて。戦場に残る敵はもはや、未だ宙でくるくると回転しながら浮遊している壱拾体ほどの赤き群れのみ。
 そんな異形が闊歩する夜空を仰ぐ少女の背には、蝙蝠の如き羽が生えていた。されど頭に生えた角はヤギの其れ。キマイラの郵便配達屋――カプラ・メイラダイモン(お手紙だいすき・f18859)だ。
 円い金の眸に赤いてるてる坊主の姿を映しながらも、少女が想いを馳せるのは遥か彼方。先ほど仲間達から聴かされた悲戀譚の登場人物たち。
「擦れ違いは悲しいけれど、だからこそ事実を届けないとね」
 事実を知らぬままだと、影朧はきっと実の孫を手に掛けてしまう。そんな悲しい噺にはさせないと、決意を胸に秘めて。少女はポケットに入れた赤いペンをぎゅっと握りしめた。
 カプラの傍らに立つヴォルフガング・ディーツェも、柔らかな其の耳へ届いた彼女の言葉に深く首肯した。
 ――戦は老人が命じ、命を散らすは若者……とは、良く言ったものだ。
 ひとつの戦乱が引き裂く絆といのちの数は、決して少なく無いことを、長く生きてきた彼は実感を以て知っている。
「……ま、今回は不幸なすれ違いが原因の様だけれどね」
 彼らの仲を引き裂いた原因が何であれ。吾妻優香子の子孫たちも、そして影朧も、これ以上辛い思いをする必要はない筈だ。
 不幸は此処で断ち切って見せようと、花喰らう狼はヘルメスの双目鏡――万能の魔導・電子ゴーグルで其の赤い眸を覆い隠した。
「……まずは、彼らにどいてもらいましょうか」
「ああ、ヒヨリミはどうも二次被害の様だが――」
 少女へ相槌を打ちながら、青年は邪鞭を指先でつと撫ぜる。たった其れだけの動作。されど戦場の空気が冷ややかに凍り付いたのは、“其れ”に纏わりつく罪人の穢れと業苦が呼応したからか。
「君らも世界の敵だ、慈悲など望まぬ事だ」
 其れは、まるで刑の執行を告げるかの如く。ヴォルフガングの静謐なる声が、宵闇を凛と切り裂いた。
 其の場に満ちるふたつの戦意に、影朧たちは回転を止めて、地上の敵へと勢いよく突っ込んで行く――。

 静まり返った夜に、ひゅうと口笛ひとつ響かせたなら、『スニークヘル』の魔爪が目覚める。今宵、其の爪が吸うのは敵の血ではなく、其の主たるヴォルフガングの鮮血だ。
 ひとらしさを保っているもう片腕へと魔獣めいた爪を向け、その肌をつぅと斬り裂けば、流れた血は彼の中にある『呪い/神』への供物となる。
「大神――即ち狼神の力、存分に味わうと良い」
 彼が招いたのは、巨大な賢狼たる大神。両利きとはいえ、片腕を獣の爪で刻まれるのは痛いものだ。
 ゆえに彼は、大嫌いな“カミサマ”に向かって、軽口交じりに命じて見せた。
「奴らの魂を好きなだけ喰らって良いから、ちゃんと働いてくれよ?」
 捧げ物で僅かに飢えを満たしたとはいえ、大神は未だ空腹を満たしきれて居ないと見える。
 固い地面を後ろ足で蹴り、宙へと飛翔した大神は、巨大な影の牙でヒヨリミたちを喰い散らかして行く。
 獣がそうするように、咥えた獲物を左右に勢いよく振り回せば、儚い赤布は襤褸切れへと姿を変える。
 食事を邪魔するように寄って来る無粋な獲物は、鋭い爪で思い切り薙ぎ払ってやった。すると花弁が散るように、赤い布切れがはらはらと空に舞う。

 赤布が零れ落ちた先――地上でも、激戦が繰り広げられていた。赤いペンで白い小指にラインを引いて、速達の印を自身へと刻んだカプラはいま、神速と表現しても差し支えない速さを得ている。
 これぞ『カプラエクスプレスサービス』。想いが詰まった大事なお手紙を、素早く丁寧に届けるための技。
 人通りがないとはいえ、ここは往来。下手に戦闘が長引けば、運悪く一般人を巻き込んでしまうことも有り得る。
 そんなことは赦せないから、カプラは身を削りながら戦う道を選んだのだ。ダガーを引き抜き、華奢な体から殺気をじわりと滲ませる。
「さあ、速達で終わらせますよ!」
 そんな少女の頼もしい聲を聞いたヴォルフガングは、大神へと指示を出す傍ら、彼女のヤギ角を見てかくりと首を傾けた。何かを言わんとする前に、カプラは角を抑えてぶんぶんと頭を振る。
「自分のお手紙しか食べないからね!」
 別に疑ってないよ――なんて。愉快そうに笑う彼の様子に安堵したのも、束の間のこと。
 彼女が放つ剣呑たる気配に誘われたのか、一体のヒヨリミがガス灯に巻き付いてみょんと伸び、――かと思えば。スリングショットから放たれた玉のごとく、カプラへ向かって勢いよく飛んで来た。
 キマイラたる彼女に流れる野生の血は、こんな時に役に立つ。神速を誇る足で迫りくる刃の如きヒヨリミを避け、序に地面に当たって跳ね返ってきた敵も、軽やかなステップで躱して見せる。
「その攻撃、当たったら痛そうですけど……」
 地面にぶつかりながらバウンドするヒヨリミを観察しながら、少女は思考する。
 其の躰がゴムのように伸縮するならば、伸びたところで傷を入れたら、次の伸縮で裂けてしまうのでは無いか。
 試してみる価値はありそうだ。丁度、バウンドして遊んでいた影朧が、今まさに此方へ伸びんとしている。
 影朧のもとへと素早く滑り込んだ少女は伸びた其の躰へと、擦れ違い様にダガーによる斬撃を、ひとつ、ふたつ、プレゼント。
 手ごたえは浅いが問題は無い。壁へとぶつかるヒヨリミの躰に、僅かな切り込みが見えたのだから、作戦はきっと上手く行く筈だ。
 件のヒヨリミが再びバウンドしようと躰を伸ばした刹那、ビリ、と布が裂けるような音が周囲に響き渡る。
 頭と胴体が泣き別れとなり、勢い余って愛らしい貌を描いた首が、ヴォルフガングの方へと飛んで行く――。
「慈悲など望むなと、そう言っただろう」
 ゴーグルのレンズ越し、青年の紅眸は嗤っていた。
 彼の操る鞭がしなやかに宵闇に踊り、影朧を強かに打ち据えたならば。後にはもう、何も残らない。

 ようやく、夜に相応しい静寂が訪れる。
 されど、それもひと時のことであると、猟兵たちは知っていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『獄卒将校』

POW   :    獄卒刀斬り
【愛用の軍刀】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    影朧軍刀術
自身に【影朧の妖気】をまとい、高速移動と【影朧エンジンを装着した軍刀からの衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    同志諸君!
【かつて志を同じくした帝都軍人】の霊を召喚する。これは【軍刀】や【軍用拳銃】で攻撃する能力を持つ。

イラスト:藤本キシノ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●午後八時、ミルクホールで逢いましょう
 宵闇に紛れる影がこつこつと靴音を響かせて、無残に敗れた赤布の散る舞台を踏みしめて往く。これは二度目の死出の旅路。
 愛しい女を道連れにすることは叶わなかったが。ならば次こそ、其の面影を纏う娘を道連れにしてやるまで。

 ――嘗て、このミルクホールで我らは愛を育んだ。
 小指を絡めて未来を誓い合ったあの日々は、もう戻らないことなど識って居る。
 国の為にと決起した同志たちへと卑怯にも背を向けて、愛しい女との道ならぬ戀を選んだと云うのに。終ぞ彼女は待ち合わせの場所に現れ無かった。
 怖じ気づいたのか、それとも愛想を尽かされたのか。どちらにせよ、棄てられたことには変わりない。
 其の結果、此の身は傷心の末に土座衛門と成り果てたのだ。何とも哂える喜劇ではないか。
 あの日、昏い水底で誓ったのだ。
 喩え地獄に堕ちようと、此の屈辱を、此の身を焦がした戀を、決して忘れるものか――。

「嗚呼、諸君」
 ガス灯の淡い灯に照らされて、影はひとの輪郭を成す。豪奢な将校服で身を固め、霊気を纏う刀を撫ぜる美丈夫は、其の青白い唇から苦し気な息をひとつ零す。
「――後生だよ。どうか、邪魔をしないで呉れ」
 爪を食い込ませんばかりに己の胸を押さえながら、紡ぐ聲に懇願の彩を乗せる男の灰眸には、確かな怨嗟の炎が揺らめいて居た。
 当然ながら、猟兵たちから是の言葉が返って来る筈も無い。愁いを帯びた溜息がまたひとつ、宵闇に溶けていく。
「ならば、お前たちも道連れだ」
 ゆらりと男が霞に構える軍刀が、青白い月の光を浴びて鈍く煌めいた。

 此の影朧の生前の名は、竹葉永馬。――今世の名を、獄卒将校と云う。
的形・りょう
「こんばんは。今宵の月はどんな風ですか」
ここで成就を見届けても良いのですが、事情を知ってしまったからには…。
たとえ生き写しでも何でも、面影は面影でしかないのです。
「私には眩しくてね。代わりにしっかり見て頂けませんか」

剣戟を交えながら説得したいところですが、本物の将校に私のやくざ斬りでは勝てないので、搦め手を使わせてもらいます。
UCで動きを拘束しつつ恐怖感を与えれば、少しは頭も冷えるでしょうか。
「月はどんなですか。わかりませんか?誰かさんの面影が」
彼を輪廻に戻さねば、そう思うたびに、自分は、という霧雨のような邪念が降りかかります。
この月日は無駄ではなかった…彼にもそう思ってほしいものです。


草野・千秋
◎☆#
愛する人と添い遂げたかった気持ちはとてもよくわかります、永馬さん
捨てられしまったのではないかという気持ちも
僕が同じ立場だったとしたらそれは気が狂ってしまうでしょう

身を焦がした恋を忘れるのは難しいですよね
ですが、本当に愛する人なら
「生」を選んで欲しかったという気持ちはなかったんですか
優香子さんにも生き延びた上での葛藤と罪悪感はあったはず
そう、あなたを愛する故での
ましてや面影のある縁さんを犠牲にするなど
あなたの血は縁さんに脈々と受け継がれています

……一度怨嗟の炎に焼かれてしまった心は戻らないのでしょうか
道連れにだなんてしない、させない!

UCで邪心のみを攻撃
仲間が攻撃されたらひたすらかばう


カーバンクル・スカルン
◎☆#

邪魔はしないよー、私はただの案内人でさぁ。

影朧の後ろから車輪を追突させて拘束。そして【出発しんこー!】で全ての元凶である優香子さんが眠るお墓のある場所を指さして強制デリバリー。あんたが恨みを晴らすのは見たことがない孫じゃなくて一方的に捨てやがった恋人でしょうが、肝心なとこ思い違いしてんじゃないよバカタレ。

で、芽衣子さんと縁さんが望むなら拘束したまま親子孫の最初で最後の対面をさせてあげましょう。その間、私は影に隠れるといたしましょう、もちろんとち狂って殴りかかるようなら即座に迎撃をしっかりさせていただくがね。

……私だって殺すことだけが能じゃないからね。


スキアファール・イリャルギ
◎☆#
彼の得物を似せ作る
傷痍軍人っぽいですか?
生憎出征の経験は無いです

目で追わず音で位置を掴む
彼の放つ衝撃波をこちらも衝撃波を放ち相殺し続け
寿命を縮め疲弊してる所へ接近、刀を突き刺す

言葉だけでは信用されないのはわかってます
でも敢えて言います

縁さんの母親――芽衣子さんをご存知ですか
彼女の眸はあなたと同じ灰色です
父親は生まれる前に死んでいます
意味がわかります?
血は受け継がれてるんですよ
怨み辛みと共に、"あなたの子供"に
――そして"孫"にも

気づいてなかった?
それとも考えたことなかった?
人はそれを『恋は盲目』と言うんでしょうね

刺した刀ごと炎(属性攻撃)で焼却してやります
戀の炎とどちらが熱いでしょう?


杼糸・絡新婦
皆さん言うことあるやろけど、
自分も言うことは言わせてもらお。

あんたさんが狙った娘はあんたさんの恋人の孫や、
んで、あんたさんの孫や、
あんたらと同じ恋している子や、
邪魔するの当たり前やろ。
絶望の中で前向きな考えなんて思い浮かばんやろけどな、
そこまで焦がれたんなら、とっとと会いに行けや。
こんな所でウロウロしとる場合かい。

こちらへの攻撃や他の猟兵が攻撃されそうなら【かばう】
を利用しつつ【見切り】でタイミングを図り、
脱力して受け止め
オペラツィオン・マカブルで排出させる。
その思い、受け止めるのは自分ではないなあ。



●喝采なき凱旋を
 固い地面に無数に赤布が鏤められた様は、まるで祝いの紙吹雪を降り散らした後のよう。されど、憂き世の目出度さを祝うには少しばかり早い。
 此の花道を歩くのは、あの娘の亡骸を腕に抱き、独り善がりな勝利のステップを踏んだ後で無くては。
 そうでなくては、此の胸に燻る怨みはきっと、晴れない――。
 殺気を滲ませながら、一歩、また一歩とゆるり、猟兵たちと距離を詰め往く獄卒将校。彼の前にはいま、五人の獲物が居る。
 誰から黄泉に送ってくれようか、と。男が灰の眸を巡らせ値踏みするまでも無く、自ら彼の元へと近づいて来る獲物がひとり。――的形・りょうだ。
「こんばんは」
 影朧へと静かに聲をかける彼女の柔らかな耳が、夜風にふわりと揺れる。されど其の手に握られた妖刀は、相も変わらず怪しげな煌めきを放っていた。
「今宵の月は、如何ですか」
 されど刀を構えることすらせずに、りょうは紅い双眸で影朧の貌をじっと見つめるのみ。叶うことなら、彼を輪廻の輪の中へ戻したい。ゆえに少女は、真摯に言葉をぶつけるのだ。
 ここに転送されてきた当初、りょうは復讐の成就を見届けても良いと思っていた。しかし、事情を知ってしまったからには、影朧の企みを見過ごすことなど到底出来ない。だって彼女は、こころ優しい少女なのだから。
 ――たとえ生き写しでも何でも、面影は面影でしかない。
 其れが分かって居るからこそ、りょうは其の面影をもっとよく見て欲しいと願う。忌まわしい月明りも、今宵限りは真実を照らしてくれる優しい光だ。
「私には眩しくてね。代わりにしっかり見て頂けませんか」
「其れは気の毒に。今宵の月は御誂え向きだとも」
 そう返す影朧の言葉だけは優し気だ。しかし、言葉の端端に滲ませた敵意は、彼の纏う痛い程の殺気は、猫をなでる如き聲では取り繕えぬ。
 ――君のような娘の命を散らすにはね。
 少女の耳に残忍な宣告を送り、影朧は軍刀を彼女の脳天に向かって振り下ろす。――手応えは、無い。
「道連れにだなんて、させない!」
 戦闘用のスーツに身を包んだ草野・千秋が、其の凶刃を白羽取りで捉えて見せたのだ。ぎりり、と鋼鐵が軋む音を響かせながら、彼は渾身の力を込めて軍刀を影朧の方へと押し返す。
「愛する人と添い遂げたかった気持ちはとてもよくわかります、永馬さん」
 透き通る青のバイザー越し、男の灰眸と目が合った。怨嗟を纏うそれから視線を逸らさずに、千秋もまたこころからの言葉を紡いでいく。
 一度怨嗟の炎に焼かれてしまった心は、もう戻らないかも知れない。それでも、同じく戀をする者として、影朧に届けたい言葉があるのだ。
「僕が同じ立場だったとしたら、それは気が狂ってしまうでしょう」
 愛しいひとから、無残にも棄てられる。想像しただけで、其れは悲しくて切ないことで。千秋はそっと、物憂げに睫を伏せた。
「嗚呼、私は疾うに狂っているんだ。だから、邪魔をするな」
 影朧の怒りに呼応する如く、刀を押し込む力はより強くなる。諸手で白羽を受け止める青年のヘルメットに、ふと鈍く煌めく切っ先が触れた。じわりと広がる蜘蛛の巣状の罅。されど、其の切っ先は彼の貌まで届かない。
 ――なぜなら、影朧の方に向かって巨大な“カタリナの車輪”が、猛スピードで突っ込んで来たからだ。舌打ちを遺してひらり、其の凶暴な回転を躱す影朧。
 今のうちにとふたりの猟兵は影朧から距離を取る。代わりに敵の前へと躍り出たのは、クリスタリアンの少女――カーバンクル・スカルンだ。
 其の精巧で華奢な体に見合わぬ、堂々とした佇まいで影朧の前に立ちはだかる様は、まさしく勇猛で頼もしい。
「邪魔はしないよー、私はただの案内人でさぁ」
 ぐるりと地上で円周を描き、手元に戻ってきた車輪を手に収めた彼女は、不敵に笑って見せる。しかし、其の瞳は笑っていなかった。
 彼女は怒っているのだ。彼を捨ててしまった“吾妻優香子”のことを。そして、恨むべき対象を違えている、此の影朧のことも――。
「まあ、言いたいことは言わせて貰いますけどね」
「奇遇やねえ。自分も言うことは言わせてもらお」
 腕を組んで胸を張り追々の説教を宣言する少女の隣に並び立つのは、蜘蛛の巣模様の傘を傾ける麗人、杼糸・絡新婦。
「あの子は、あんたらと同じ恋している子や。邪魔するの当たり前やろ」
 腕に抱いた狐人の人形を撫ぜながら。くつり、微笑む彼の貌を青白い月が照らせば、其の妖美さは恐ろしいまでに際立った。
 されど、躯の海と云う名の地獄から蘇った男は怯まずに、再び其の軍刀に霊力を纏い怪しげに刀身を煌めかせる。
「生憎。念仏も説教も、聞き飽きたよ」
 殺意のまま、ふたりの元へと駆ける影朧を阻む、人にしては少しばかり昏く長い影――。“其れ”は怪異、『影人間』ことスキアファール・イリャルギの影であった。
「これでいいか。これでいいや」
 長身を誇る彼の腕には、影朧が構えているのと同じ軍刀が在る。どちらが本物なのか見分けがつかぬ程に精巧な其れは、彼が其の身に宿した怪奇から造られていた。
 幾つの“目”と“口”が犠牲となったのかは、恐らく彼のみぞ知る。されど、スキアファールにとって、それは些細なことゆえに、彼はどこか自慢げに、彼のシュキェレトルたる刀を細めた視線で撫ぜるのだ。
「はて、君は未だ見ぬ同士かな」
 自身の得物が模倣されたと云うのに、この影朧は軽口すら叩いて見せる余裕ぶり。言葉を受けた彼もまた、己の躰に纏わりつく黒包帯を見下ろして、ぽんとひとつ手を打った。
「ああ、傷痍軍人っぽいですか。生憎、出征の経験は無いですが」
 将校ぶって刀を構えれば、成る程。確かに、其れらしく見えるかも知れぬ。様に成るなら何よりと、其の不健康な見目と裏腹に機嫌よく笑う影人間へ、殺意の衝撃波が飛んで来る。
 おっと、なんて驚いて見せる様は何処までも軽い。戯れで構えた刀をスキアファールが振り下ろせば、影朧エンジン――刀身に纏う霊気すら再現した軍刀は衝撃波を打ち放って、敵の攻撃を相殺した。
「安心し給え。お前は初陣で、華々しく散るのだよ」
 冷たい眸をした影朧が、物騒な刀身を今一度つぅと撫ぜる。ただ其れだけで、彼の纏った死の気配がより濃厚に成った。
 スポットライトめいた月の光を浴びながら、影朧はいま独り善がりなワルツを踊る。

●受け継がれるもの
 きぃん、と金属の触れ合う音がする。出力を上げた影朧の軍刀と、贄に飢えたりょうの妖刀が鍔迫り合いをする音だ。双つの刀の間で何度も花開く火花は、其の斬り合いの苛烈さを物語っていた。
 作法に則った美しい太刀筋が宵の空気を切り裂けば、やくざ斬りに振う刀は其の切っ先を泳がせる。
 一瞬限りの隙を突くように、影朧の刀から衝撃の波が放たれた。其の前に果敢に躍り出るのは絡新婦だ。宵闇へと傘を投げ棄てれば、仮初の躰に満ちる力を抜いて、彼は苛烈な一撃を受け――それを人形へと流す。
「その思い、受け止めるのは自分ではないなあ」
 ゆるりと妖艶に唇を緩める絡新婦は、十指で操る狐の人形――サイギョウに、受け流した衝撃波を排出させる。
 サイギョウが纏う狩衣の袖から放たれた苛烈な波は、影朧の纏う将校服に無数の傷を刻みつけた。それでも、復讐に燃える影朧は怯まない。
 男が駆けだした次の瞬間、その躰は絡新婦へと既に肉薄している。麗人を刺し貫かんとする凶刃を受け止めるのは、月光を浴びて煌めく鋼鐵の両腕だ。
「身を焦がした恋を忘れるのは難しいですよね」
 絡新婦と影朧の間に割り入った千秋が、クロスさせた両の腕で凶刃を受け止めながら、戀に狂った男へと語りかける。紡ぐ言の葉には共感の音色を滲ませて。
「嗚呼、地獄に落ちても忘れられなかったさ。――此の屈辱は」
 打ち返される言葉に、男の怨みの深さを知る。されど千秋は、想いを伝えることを諦めない。彼はヒーローであるが故に、人を救うため、こころと言葉を尽くすのだ。
「ですが、本当に愛する人なら――」
 一歩、敵の方へと重たい足を踏み込む。出力の上がった刀の衝撃に、腕部パーツには罅が生じ、腕自身もびりびりと痺れるけれど。今はそんな事、どうでも良かった。
「“生”を選んで欲しかったという気持ちは、なかったんですか」
 全身の力を腕に集中させ、曲げていた膝を思い切り伸ばして、刀をどうにか敵の方へ押し返す。彼の問いかけに、影朧は答えなかった。
 ひらり、豪奢なマントを翻して千秋と距離を取る影朧に、間髪入れずに襲い掛かるのは――もうひとつの衝撃波。
「忌々しい怪奇め」
 舌打ち序に零された悪態と同じ技の返礼に、影人間はただ其の瞳を細めるのみ。表情こそ柔和であるけれど、スキアファールは再び模倣した刀を振るい、新たなる衝撃の波を繰り出していく。
 波と波がぶつかり合えば、後に残るは何もない。すなわち、影朧にとってこれは不毛な攻防だ。然しその余波は影人間の不健康な躰に、赤い絲の彩を加えていく。眼と口のひとつずつ位は奪えたろうか。
 次の一手に思いを巡らせる影朧に、思考する暇を与えぬよう襲い掛かる轟音は、カタリナの車輪が地を駆ける音。
 其の身に纏った妖気の加護による神速で、車輪の軌道を躱した男は、其の勢いのままに術者のカーバンクルへと突っ込んで行く。
 袈裟斬りに振った軍刀は咄嗟に躱した彼女の煌めく肌に、歪な疵を浅く刻む。次こそは其の煌めく躰を裂いてやらんと、男が再度軍刀を振りかぶった刹那。――ごおん。鈍い衝撃が男の背中に走る。
「肝心なとこ思い違いしてんじゃないよ、バカタレ」
 車輪に拘束されて藻掻く美丈夫を見上げる少女の眸は、苛立ちに僅か燃えていた。腕を上げたカーバンクルがびしりと指さすのは、彼らの戀の舞台であるミルクホール。
 ――私だって殺すことだけが、能じゃないからね。
 そもそもの元凶である吾妻優香子。彼女が眠る場所はきっと遠くの墓地だけれど、其の魂は此の場所に今もあるような気がするから。
 彼女は戀の舞台へと、車輪に影朧を運ばせるのだ。――聊か手荒な方法で。
「ぐっ……」
 車輪は影朧を宙へと放り出し、間髪入れずに勢いよく轢き飛ばす。哀れな男が強かにぶつかった先は、年季の入ったミルクホールの外壁だ。
 衝撃に立派な軍帽を落とし、湶を抑えながら立ち上がる男は、其れでもなお刀を手放そうとはしなかった。
 幾ら水を差されても消えぬ戦意を燃やして、猟兵たちに再び切りかかろうとする影朧の動きが止まった。空いた手で苦し気に喉を抑えて、細い吐息をしきりに漏らす。
「今宵の月は、如何ですか」
 邂逅の時と同じ調子で言葉を紡ぐりょうが仕掛けた術、アンガーキネシスが功を成した。やくざ斬りで正規の軍人に敵わぬことなど分かって居た。ゆえに、搦手を用いたのだ。

●言の葉を寄せて
 指先で喉を抑えながら此方を睨めつける影朧からは、相変わらず答えは返ってこないが。されど、今こそ其の荒ぶる魂に刃を、そして声を届ける好機。
 真っ先に動いたのは影人間、スキアファールだ。かつかつ、と早歩きで地面を踏み鳴らし、動けぬ影朧の腹に模倣した軍刀を差し込んでやる。
「さて、戀の炎とどちらが熱いでしょう?」
 灰は灰に還り給えと、突き刺した刀ごと炎で包めば、男の喉から苦悶の声が溢れる。たまらず影朧が膝を折れば、其の上には影が差した。ひとよりも長身の、昏い影が朗々と云う。
「縁さんの母親――芽衣子さんをご存知ですか」
 スキアファールは返って来る言葉を待たない。炎に包まれて燃え落ちた得物から手を放せば、蹲る男と視線を合わせる如く、自身もまた地面に膝をついて言の葉を紡ぎ続けた。
「彼女の眸はあなたと同じ灰色です。父親は生まれる前に死んでいます」
 深く刻んだ隈に縁取られた深淵を想わせる眸が、男の灰色の眸を見ている。一言一言を理解させるように、ゆっくりと口を動かしながら。
「この意味が、わかります?」
 かくり、大仰に首を傾げる影人間は、美丈夫の青白い貌を覗き込む。見開かれた灰の眸は僅かに震えていた。
「あんたさんが狙った娘は、あんたさんの恋人の孫や」
「嗚呼……穢らわしい。そんな話など聞かせるな……」
 狐の人形を抱えた絡新婦の静かな聲が、冷えた夜にやけに凛と染み渡る。影朧は奥歯を噛み締めながら頭を振るばかり。――まるで、其れ以上の言葉を拒絶するように。
 されど、絡新婦はそんな拒絶など気にも留めず、ただ真実のみを紡ぐ。戀する娘を守るため。そして、かつての戀人たちの想いを報わせるために。
「……んで、あんたさんの孫や」
「気づいてなかった? それとも、考えたことなかった?」
 青白い顔から更に彩を喪う男へと、スキアファールは好奇と興味の儘に問いかける。呆然とする男から明白な答えはきっと聞けないが、彼にもわかることがひとつ。
 ――人はそれを『恋は盲目』と言うんでしょうね。
 まさしく至言と感心しながら、影人間は立ち上がる。あとは「人」の機微を知る、仲間たちに任せるのが良いだろう。
 影朧が纏う殺気がほんの僅かに落ち着いたものだから。千秋は影人間の彼に代わって、男の上へと影を為す。
「優香子さんにもきっと、生き延びた上での葛藤と罪悪感はあった筈です」
 優し気な聲が影朧の頭上から降り注ぐ。愛ゆえに、彼女もまた苦しんだのだ。其れを此の影朧にも知って欲しいと、千秋は願う。
「あなたの血は縁さんに脈々と受け継がれているんですよ」
 そう――『竹葉永馬』と『吾妻優香子』の血は、恨み辛みと共に今なお此の地に健在なのだ。
「嘘だ、信じられるものか……」
 それでも尚、狂気に呑まれた魂は真実を受け入れることが出来ず、感情的な否定の言葉を吐く。せめて其の邪心が晴れるようにと願いを込めて、千秋は戀の歌――“Aubade”を紡いだ。

♪ 朝が来て、別れが来るのなら ♪
♪ 一日のはじまりの 朝なんていらない ♪

 彼らの逢瀬を思わせるような、そんな切ない歌詞は、影朧の歪んだ魂に優しく染み渡っていく。
 腕を組んで楢造りのドアーを開けて、ミルクホールから出て行く度に、時よ止まれと願ったものだ。もう帰らない日々が、今は無性に懐かしい。
 晴れ往く邪心とともに、影朧の纏う雰囲気も僅かに和らいだ。ゆえに、猟兵たちは更に言葉を紡いでいく。
「あんたが恨みを晴らすのは見たことがない孫じゃなくて、一方的に捨てやがった恋人でしょうが」
「まあ、絶望の中で前向きな考えなんて思い浮かばんやろけどな」
 カーバンクルが不機嫌に腕を組みながら正論を放てば、絡新婦は影朧に僅かな理解を示して見せる。
「そこまで焦がれたんなら、とっとと会いに行けや」
 紡ぐ言葉こそ厳しいが、それでも彼の科白には転生に向けて背を押すような、――そんな温かな響きが含まれていた。
「こんな所でウロウロしとる場合かい」
 影朧と叱咤を飛ばしていた絡新婦の視線が、ふと上の方を見上げる。同時に、影朧の上にまたひとつ影が差した。ただし、今度は背中の方から。
 次は誰だと獄卒将校が振り返った先、窓硝子越しに琥珀色の髪を揺らした少女が、金の眸に怯えの彩を滲ませながら、影朧のことを見つめていた――。
「わかりませんか。誰かさんの面影が」
 此の影朧を輪廻に戻さねば、と。その想いを胸に抱いて、りょうが静謐に聲を掛ける。其の反面、復讐の念が捨てられぬ我が身を想えば、霧雨のような邪念が降りかかるのもまた事実。
 ――それでも、愛し合った月日は無駄ではなかったと、彼にもそう思って欲しい。
 心優しい人狼少女はそう願いながら、事の顛末を見守った。
 見開いた灰の眸に縁の貌を映した影朧は、まるで時が止まったかのように、其の端正な貌を凍り付かせて居る。絞り出すような、掠れた聲が漸く男から漏れる。
「ゆ、かこ……」
 憎らしいほどに愛した女の名を呼ぶ男の眸は、様々な感情に揺れて居た。
 
 ――からん。

 男が握りしめていた軍刀がいま、力なく地へ堕ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加。

アンタが永馬か。優香子の恋人で、芽衣子の父親で、・・・縁の祖父だね。

信じられないかい?アンタが死出の道連れにしようとしている縁はアンタの孫だ。優香子はあの時、胎にアンタの娘・・・芽衣子を宿していた。親の勝手で娘ごと死出の旅路に旅立てるかい?そしてその事を聞いたとて・・・アンタが踏み止まれたかい?アタシはそうは思わない。

でもアタシは・・・アンタの転生を望む。恨みを抱いたまま、黄泉に行くなんて余りにも残酷だ。だから、【ダッシュ】で敵に近付いて【オーラ防御】【見切り】【残像】で敵の攻撃を凌いで、【二回攻撃】で炎の拳を叩きつける。この一撃が新しい道を拓くと信じて。


真宮・奏
【真宮家】で参加。

はじめまして、永馬さん。事情はお聞きしました。恋する方との出来事、心痛に余りあるとお察しします。

心中の場に優香子さんが現れなかったのはお腹に娘さんが居たからです。悩んで悩んで・・・死出の旅路に娘さんを巻き込むことを恐れて。でも確かに優香子さんは貴方を愛してました。貴方に新しい人生を歩んで欲しいと願って。…永馬さん。今でも優香子さんを愛しているんじゃ?違いますか?

私は貴方の転生を望みます。今のままでは余りにも痛ましいですし。【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】で防御を固め、【二回攻撃】で眩耀の一撃を使います。その心の闇、照らしてみせます!!


神城・瞬
【真宮家】で参加。

貴方が永馬さんですが。事情はお聞きしました。初めに言って置きますが・・貴方が狙っている縁さん、貴方のお孫さんです。貴方の娘さんの芽衣子さんの娘さんですね。

あの時、優香子さんは貴方の娘さんを宿していました。自分の事情に永馬さんを巻き込めない、そう思ったのでしょう。貴方の人生を歩んで欲しいと願って。確かに優香子さんは貴方を愛してた。

恨みを抱いたまま黄泉路に送るなんてそんな事は出来ません。私は貴方の転生を望みます。【オーラ防御】を展開して【高速詠唱】【全力魔法】【二回攻撃】で氷晶の矢を撃ち、召喚してくる軍人ごと攻撃します。【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】も乗せます。



●こころの在処
 ふらつく足取りで立ち上がりながら、落とした軍帽を取り上げて。土埃を払う影朧の前に今、3人の猟兵たちが立ちはだかる。
「アンタが永馬か。優香子の恋人で、芽衣子の父親で……縁の祖父だね」
 冷たい眸で睨めつける影朧の視線を意にも介さず、果敢にも口火を切ったのは、家族の長たる真宮・響だった。
「……先ほどの連中もそう言っていたな」
「信じられないかい?」
 対峙する影朧からはただ、重い沈黙が返って来るのみ。猟兵たちの言葉は真に迫るものが在った。されど、心に深く刻まれた傷と怨みが、男の信じるこころを鈍らせている。
 そのことが分かって居たから、響のこども達もまた、影朧へ向けてそっと声を掛けた。
「はじめまして、永馬さん」
「事情はお聞きしました」
 真宮・奏がぺこりと頭を下げる傍ら、彼女の義兄である神城・瞬は、影朧へと真摯な眼差しを向ける。
「恋する方との出来事、心痛に余りあるとお察しします」
「ですが、私達の話にも少しだけ、耳を傾けてくれませんか」
 秘めたる戀を胸に抱くふたりの科白には、影朧への深い同情が籠っていた。――されど、凍り付いたこころは、容易く溶けはしないのだ。
「生憎だが、もう何も聞きたくない」
 此れ以上その話をされると、男の決意はきっと揺れてしまう。恩讐を果たす為に地獄から舞い戻って来たというのに――。
「同志諸君!」
 話はもう終わりだ、と言わんばかりに影朧が聲を張り上げる。其の号令は嘗て背を向けた、同志たちの魂を招くもの。
 行き場のない荒ぶる魂たちが、青い人魂と化して此の場所に集い始める。軈て彼らはひとの容を成し、亡霊たちの軍団へと其の姿を転じた。
 響たちだって、敵が大人しく話に耳を傾けるとは思っていない。ゆえに彼らもまた、其々の得物に手を掛ける。
 其々の譲れない想いを胸に抱き、猟兵たちと影朧はぶつかり合うことと成った。

 宵闇に澄んだ軌跡を描くのは、瞬が放った氷晶の矢。冷気を纏った其の煌めく無数の雨は、見目にそぐわぬ苛烈さで亡霊将校たちを貫いて往く。
 氷矢の雨による露払いによって、影朧へと至る道は開けた。瞬が作ってくれた好機を無駄にはすまいと、母と娘は懸命に敵の元へと走る。
 永馬さん――と。かつて愛しいひとにも呼ばれたのであろう、影朧の名前を優しく呼ぶのは奏だ。
「心中の場に優香子さんが現れなかったのは、お腹に娘さんが居たからです」
 仕留め損ねた亡霊の凶刃を白銀の盾で受け止めながら、少女はただ影朧に事実を届けたい一心で言葉を紡ぐ。そして響もまた、娘の言葉の後を引き継いだ。
「優香子はあの時、胎にアンタの娘……芽衣子を宿していたんだ」
 芽衣子の名を告げれば、影朧の凛々しい眉間に苦々し気な皴が寄る。其の様から決して目を逸らさずに、響は諭すように男へと問いかける。
「親の勝手で娘ごと死出の旅路に旅立てると思うのかい?」
 其れ以上は聞きたくないとばかりに嗾けられた亡霊たちは、纏う残像に相手をさせてひらりと躱す。
 残像に向かわなかった亡霊の凶刃は、奏が盾で受け流した。次の恵み雨が降るまでの時間、母と此の身を護ることが彼女の役割。そして、こころを凍らせた男に声を届け続けることもまた――。
「死出の旅路に娘さんを巻き込むことを恐れて。悩んで悩んで、決めたことなんです」
 優香子の気持ちも、少しは汲んでやって欲しい。――そう願う少女の想いを後押しするように、戦場には再び冴えた氷晶の雨が降る。
「ええ。そして自分の事情に、永馬さんを巻き込めないと、そう思ったのでしょう」
 大事なひとだからこそ、私事に巻き込みたくないという想いは、誰にでもある普遍的な物だ。しかし、大事だからこそ全て曝け出して欲しいという想いもまた、普遍的な物。
 ゆえにこそ、戀をするひとは何時までも擦れ違い続けるのだろう――。
「嗚呼、莫迦な……。ならば、何故、教えてくれなかった」
 宵闇に溶かす聲を震わせながら、影朧は迫り来る響に向けて軍刀を振う。其の太刀筋を見事見切った響は、真っ直ぐ男の貌を見て静かに言葉を紡いだ。
「その事を聞いたとして……アンタは踏み止まれたかい?」
「……ッ!」
 対峙する男が、息を呑む聲が聞こえた。――嗚呼、矢張り彼は戀に身を焦がしていたのだ。嘗て愛するひとと駆け落ちをした、響のように。
「アタシは、そうは思わない」
 戀の炎に巻かれたことのある響には、男の気持ちが誰よりも分かって居た。だからこそ、確信めいた科白を言える。
 ――でもアタシは……アンタの転生を望む。
 其の胸に消えない恨みを抱いた儘、黄泉に行くなんて余りにも残酷だ。ゆえに、彼女は握りしめた其の拳を赤熱させて、思い切り男に二度叩きつけるのだ。
 まるで、戀に曇った彼の目を覚まさせるように。想いが籠ったこの一撃が、新しい道を拓くと信じて――。
「確かに優香子さんは、貴方を愛していた」
 もう何度目になるのだろうか。相変わらず凍り付く雨を降らせながら、瞬は男へとそう語りかける。
「だからこそ。恨みを抱いたままの貴方を黄泉路に送るなんて、そんな事は出来ませんね」
 影朧が歪んだ心のままに躯の海へ帰ったとして、其れを一番悲しむのはきっと、彼の戀人であった優香子だろう。
 其れに気づいている少年は、ゆえにこそ、彼の転生を願うのだ。想いを込めて打ち放った氷晶の矢が、軌道に澄んだ煌めきをばら蒔きながら、強かに影朧の躰を射抜く。
「優香子さんは、貴方に新しい人生を歩んで欲しいと願っていたんです」
 義兄が作った隙をつき、影朧の懐へと潜り込んだ奏は切なげに眸を伏せた。彼女が願った戀人の新しい人生が、まさか影朧としての生と成るなんて。今のままでは、余りにも痛ましい。
 だからこそ、この影朧を転生させてあげたかった。風の加護を宿した剣に、真っ直ぐで純粋な心を込めて。――少女は影朧の胸を、勢いよく貫いた。
 其れは肉体を傷つける一撃ではなく、彼の邪心のみを晴らす一撃。胸を押さえて息を荒げる男へと、奏は静かに聲を掛ける。
 今ならきっと、この言葉も届くだろうから。
「……永馬さん。今でも優香子さんを愛しているんじゃないですか」
 嗚呼――なんて。甘やかに響いた溜息は、男の口から零れたもの。
「優香子……」
 掠れた聲で呼ばれた其の名は、苦し気に。そして、ほんの僅かばかり愛おし気な残響を遺して、軈ては夜の静寂へ溶けて行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

カプラ・メイラダイモン
◎☆
お互いの想いが擦れ違って出来たこの現状。
当時の非がどこにあるかはさておいて、
まだ過ちは改めれますよ。さぁ、少し交流しましょうか。
あなたを止めます!

【POW】
「スタンプコレクター」の蒐集品から、
地獄まで此方の声が届くほどの良い切手を使いましょ。
防御力重視の強化に【野生の勘】で攻撃を捌き、
【コミュ力】【優しさ】【慰め】での話や
【フェイント】を混ぜつつ
隙をついてカウンター、【2回攻撃】。

愛する人が来なかった悲しみは良く理解できるんだけど、
すれ違ったからと自棄になるのは、尚早じゃないです?
ちょっと落ち着いて現状を把握してはどうでしょ。
私なら……あなたの恋路はまだ続いてるって受け取るけれど。


清川・シャル
……。言葉に詰まってしまうけれど。
今一度、今が何時で、貴方が狙っているのが誰なのか、確認して貰えませんか?
何故、貴方が求める女性と酷似しているのか。
聡い貴方なら、もう分かっているのでは?
何時かまた巡り会う日が来ると、私は信じています。
無駄な事なんてひとつも無いですよ。
だから、今はこんな手段しか取れなくてごめんなさい。

修羅櫻を抜刀、UC発動です
残像を使いつつ破魔を帯びさせ
2回攻撃、なぎ払い、串刺し
敵攻撃には見切り、カウンターで対応
少しでも傷は少ない方が良いと、思ったから……。


シャルロッテ・ヴェイロン
◎☆#

(前章に引き続き、レギオン展開中)

一応戦闘前に、永馬さんに伝えておきましょう。
確かに優香子さんは、あなたと最期を共にできなかったことをとても悔やんでいました。
当時の「ローズマリー」のオーナーが彼女を雇ったのも、営業時間を変更したのも、そんな彼女の苦しみを慮ってのことだったのでしょうね。
とはいえ、無関係の子孫に怨念をぶつけようなんて、お門違いもいいところですよ!

戦闘が始まったら、レギオンの【一斉発射】による【制圧射撃】で、現れた軍人の霊共々攻撃していきましょう。
で、本人の攻撃を【見切り】つつ接近し、【零距離射撃】による攻撃とかやってみましょうか。

せめて来世で、彼女に謝罪することですね。



●少女たちの寂寥遊戯
 猟兵たちの連携攻撃から逃れた獄卒将校は今、シャルロッテ・ヴェイロンの展開する機械兵器たちに捕捉されていた。
 数多の銃口を向けられても、堂々と胸を張り刀身を撫ぜて見せる様は、如何にも凛々しい将校然とした振舞だ。
 されど影朧の纏う将校服は彼の流した赤黒い血で無残にも穢されて、今や壮麗さの欠片も見当たらない。
「……今宵あの娘を、此の手で、始末しなければ」
 其の青白い貌に僅かな動揺の彩を滲ませながらも、竹葉永馬――獄卒将校は尚も猟兵たちへの、そして“獲物”への殺意を棄てられ切れずに居た。
 其れは恩讐というよりも、いっそ強迫観念染みていて。其の痛々しいさまを目の当たりにした羅刹の少女、清川・シャルは彼へと掛ける言葉を思わず見喪う。
「……」
 幾ら猟兵といえど、幕を下ろした物語の結末を変えることは出来ない。大人と子供の狭間に居るシャルにだって、其のことはよく分かって居る。ゆえにこそ、彼女は自身の無力さに押し潰されそうに成って仕舞うのだ。
 けれども、此れから訪れるであろう悲劇を防ぐことは出来る。其れはきっと、影朧のこころを救うことにも繋がると信じているから。シャルはせめて、彼が再び生を得ることが出来るようにと、懸命に言葉を探す。
「いま一度、今が何時で、貴方が狙っているのが誰なのか、確認して貰えませんか?」
「ええ。ちょっと落ち着いて、現状を把握してはどうでしょ」
 シャルの科白にこくりと宜うのは、郵便屋の少女――カプラ・メイラダイモン。お互いの想いの擦れ違いが、此の事件の根本なのだ。
 複雑に絡み合う真実はきっと、積年の恨みを募らせた影朧を混乱させているに違いない。
当時の非がどこにあるかは重要ではなかった。
 「まだ過ちは改めれますよ。さぁ、少し交流しましょうか」
 いま彼に必要なのは、真実を受け入れるこころの余裕だ。そう感じたカプラがポシェットから取り出すのは、とっておきの切手たち。絢爛に咲く菊花の切手は、亡き人へ想いを届けるに相応しく。地上を照らす太陽に金箔を鏤めた切手の煌めきは、きっと地獄まで届く筈。そして、著名な画家が描いた寄り添う戀人たちの絵をモデルにした一枚は、彼らの戀物語を締めくくるに誂え向きの物。
「これはまた、珍しそうなものが出てきましたね?」
 興味深そうに彼女のコレクションを覗き込むシャルロッテに、郵便屋の少女は嬉しそうに笑みを咲かせて。ヤギのキマイラらしく、其のうちのひとつ――菊の切手をぱくりと食んだ。
 甘い糊が塗られている筈の切手から、ほんの少しだけ涙の味がしたのは、弔事用の切手だからだろうか。――けれど、絵柄で味が変わる訳もないのだから。それは、きっと気のせいだ。
「うん。とても奇麗だし、切手は甘くて美味しいよ!」
「えっ。甘いんです、それ? いえ、切手の噺は置いておくとして――」
 仲間の想わぬ科白に甘党の好奇心が、盛大に揺さぶられて仕舞うけれど。確かめるのは後にしておこうと、シャルロッテは首を振って気を取り直す。
 彼女もまた、影朧へと伝えたいことが在るのだ。狂気に染まった彼が果たして、ちゃんと聞く耳を持つかは分からないけれど。
 それでも一応、告げておいたほうが良いだろう、とシャルロッテは判断した。影朧のこころを救うために言葉を尽くす者が多いなら、この真実もきっと仲間達の説得の後押しに成る筈だ。
「確かに優香子さんは、あなたと最期を共にできなかったことをとても悔やんでいました」
 逢引きを放り出した夜に戀人が自死したと聞いた優香子が、自分を責めなかった筈があるまい。愛しいひとを、そして腹に宿った子の父親を、――自分が殺してしまったのだから。其の時の優香子の壮絶な心境たるや、常人には察するに余りあるものであろう。
「当時のオーナーが彼女を雇ったのも、営業時間を変更したのも。彼女の苦しみを慮ってのことだったのでしょうね」
 影朧の表情をちらりと横目で伺いながら、シャルロッテは淡々と事実を語って往く。胸に咲いた鮮血の花をぎりりと掴み、肩を震わせる男の貌は軍帽に隠れて見えぬけれど。
 其れでも、影朧の感情を確かに震わせることが出来たのだと、数多の勝負を乗り越えてきた令嬢はそう確信する。
「道連れに出来ず、悔やんでいたのは私も同じだ。――だからこうして、蘇ったのだ!」
 影朧が咆える。其の激情に惹かれたように、彼の周囲には数多の霊魂が寄って集り、軈ては人の容を成して亡霊軍人の群れと化した。
「亡霊たちの相手は、わたしに任せて貰いましょう!」
 不敵に笑うシャルロッテは、間髪入れずに待機していたレギオンたちへと号令を出す。標的は寄る辺を喪い、嘗ての同志がまき散らす怨嗟に呼応する悲しき亡霊ども。
 数多の銃口から放たれた弾丸は、そんな彼らをいとも容易く制圧して、仲間が進むための道を切り開いて行く。
 降り注ぐ鉛の雨の中を掛けるのは、カプラとシャルのふたりだ。彼女たちの眸に映るのは、獄卒将校――竹葉永馬の姿のみ。
「あなたを止めます!」
「ええ。悲しいことなんて、もう起きなくて良いんです」
 先に影朧の懐へと潜り込んだのは、カプラのほうだ。彼女の爪には、二枚の切手がネイルスタンプの如く貼られている。其れは彼女に加護を齎し、神速の速さで世界を駆け巡ることすら可能にしていた。
「すれ違ったから自棄になるのは、尚早じゃないです?」
 諭すように語りかけながらも、郵便屋の少女はダガーを抜いて、影朧へと素早く切り掛かる。目指すは赤黒く染まった其の腹――ではなく、武器を振う其の右腕だ。
 敢えてハッキリとした動作で腹へと剣先を向ければ、相手の刀身が素早く其れをガードしてくる。其の刀身とぶつかる前に、急いで腕を振り上げれば、男の反応が一瞬だけ鈍る。
 其の隙をついて、カプラは勢いよくダガーを十字に振り下ろした。鋭い剣先に裂かれた腕を空いた手で抑える影朧は、苦々し気な眼差しをただ少女へと向けることしか出来ぬ。
 ――愛する人が来なかった悲しみは、良く理解できるんだけど。
 殺意に染まった影朧の灰眸を確りと見つめながら、カプラは聲に優しさを乗せて、慰めるように言の葉を紡いだ。菊花切手を取り込んだ彼女の聲は、きっと地獄まで届く筈――。
「私なら……あなたの恋路はまだ続いてるって受け取るけれど」
「戯言をッ……!」
 痛みを堪えて再び影朧が刀を振るう。然し其れが赤花を散らすことは無い。桜色の金棒に其の太刀筋を阻まれたから――。
「聡い貴方なら、もう分かっているのでは?」
 少女らしからぬ膂力で凶刃を押し返したシャルは、決して彼から目を逸らさない。真実を理解させる為、真摯に言葉を尽くすことを諦めていないのだ。
「――なぜ貴方が、そんなにも彼女に惹かれてしまうのか」
 男からは肯定も否定も、帰って来ない。きっと頭では分かって居るのだ。猟兵たちが語る言葉は正しいものなのだと。しかし、未だこころが追い付いていないのだろう。
「ねえ、無駄な事なんてひとつも無いですよ」
 努めて優しい声色でそんな言葉を告げながら、羅刹の少女は父母の形見である対の刀――“修羅櫻”を抜刀する。彼らの戀物語に幕を引くのは、愛しいひとから授けて貰った術がきっと相応しい。
「今はこんな手段しか取れなくて、ごめんなさい」
 小さな謝罪の科白を夜風が影朧の元へ浚えば、少女の下駄がぽくりと音を立て地を蹴った。
 残像すら纏う速さで影朧へと肉薄して、まずはひとつめの太刀を振う。深く、深く、憎しみに沸く腹へと修羅の刀を突き立てれば、男の躰にまた赤い花が咲いた。
 ずぶりと刀を引き抜いたのち、ふたつめの太刀で満身創痍の躰を勢いよく薙ぎ払えば、影朧はごろごろと地面の上を転がった。
 苛烈な攻撃ではあるけれど、貌には決して疵をつけなかったのは、彼女なりの乙女心が作用したから。此れから彼岸で愛しいひとと逢瀬をするなら、傷は少ない方がいい。
「無関係の子孫に怨念をぶつけようなんて、お門違いもいいところですよ!」
 亡霊軍人達を相手取っていたシャルロッテも、いま影朧の元へと辿り着いた。当の影朧といえば、荒い吐息を弾ませながら片膝をつき猟兵たちを睨め付けている。
 そんな視線に怖気付くシャルロッテでは無い。彼の至近距離で玩具のような光線銃を構えれば、其の引き金を躊躇なく引いた。刹那、影朧がせめてもの抵抗と、軍刀を令嬢に投げつける。
 結果は明白だった。満身創痍の男が至近距離からの光線を避けられる筈も無く、力なく地に倒れ伏す。
 一方シャルロッテへと投げつけられた軍刀は、彼女の細い腕を僅かに掠めつつ、在らぬ方へと飛んで行き戻って来ない。
「せめて来世で、彼女に謝罪することですね」
 愛らしいエプロンドレスに、痛々しい赤を滲ませながら、其れでも悠然と令嬢は笑う。地に転がりながら其の科白を聞く男も、青白い唇を朱に染めながら哂った
「きっと……赦して、呉れないな。もう、二度と逢えない」
 大人の癖に哭き出しそうな貌をして、男がそう語るものだから、シャルは静かに頭を振った。
 一度は来世を誓ったふたりだ。もしかしたら、また赤絲が繋がることも有るかも知れぬ。
「何時かまた巡り会う日が来ると、私は信じています」
 少女の言葉に喉を鳴らして、再び男が嗤う。涙の代わりに溢れるのは、赤くて黒い鮮血ばかり。
 影朧は未だ、怨嗟と愛情の狭間で揺れていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・ディーツェ
◎☆

憎悪に変わる愛…おめおめと永らえて来たこの身には馴染み深いものだ
けれど、故に伝えられる事もあるだろうよ

愛し、憎んだ女の面影宿す娘
その娘が且て愛を交わしたホールで働く――其処に何の符丁も感じ得ないか?
その娘の母も、そのまた母も此処で働いていたそうだ――あの娘の祖母は独りで、ずっと

裏切り、そう感じた心は否定しない
男は幼稚で――浪漫主義だからな

仲間を裏切った分、滾る愛に殉じたかったのだろうな
その思いは重なる事はなかったかも知れない、けれど結実し得たものも確かにあったのだよ

問おう、本当に後悔はしないか
今も尚、お前の心は血を流した儘か

その答えが是でも否でも、この手を汚そう
UCで精製した大鎌で薙ぎ払う


エルネスト・ポラリス
◎☆#
なるほど。
いえ、見境なく暴れるようでしたら、問答無用で倒そうかと思っていたのですが。
言葉での警告から入る程度には、《竹葉永馬》が残っているのでしょうか。
それなら、ええ。
──止めましょう、かつてこの世界で生きていた、人として。

狙うは彼の軍刀。ある程度は戦力を削いでおきたいところですからね。
まずはよく見て、威力か精度か手数か、彼の太刀筋を『見切り』ましょう。
敵の狙いに合わせて、『ロープワーク』でフック付きワイヤーを放ちます。ああ、拘束は不十分で構いませんよ。
この剣を、刀で受けさせる程度に動きを封じられれば、それで。

さあ、剣術勝負です。
殺すためのその奇跡。此処で、討ち取らせてもらいましょうか!



●戀獄より愛憎を籠めて
 ガス灯の仄かな光が、赤黒く染まった地面に映る影を照らす。躰中に浅くない疵を刻んだ影朧は、己の手から離れて地に落ちた軍刀を求めて、冷たい地面を這って居た。
 ずるり、ずるり。蜀の如き緩慢さで進む度、彼の躰が残した命の残滓が地面に赤絲を引く。
 痛々しい其の姿に視線を呉れた人狼の青年――ヴォルフガング・ディーツェは、紅の眸を物憂げに伏せた。
 仲間達が十分にこころと言葉を傾けたと云うのに、男は未だ妄執を棄て切れて居ないらしい。然し、あの満身創痍の躰で軍刀を手にした処で、何が出来ると云うのか。
 最早男の双眸には現実など映っては居なかった。きっと其れほど迄に、影朧の憎悪は深いのだろう。偏に其の愛の深さゆえ――。
「憎悪に変わる愛、か……」
 其の姿こそ人懐こい青年然として居るが、ヴォルフガングは壱百年もの時を刻んだ大神の愛し子なのだ。ゆえに、彼は其の眸で数多のひとが交わす愛憎を見つめて来た。
 ――おめおめと永らえて来たこの身には、馴染み深いものだ。
 時には其の愛憎の対象が、自身に向くことも在ったのだろう。苦笑のような頬笑を貌に滲ませ乍ら、ヴォルフガングは今一度地を這う男へと視線を向ける。
 ――故にこそ、伝えられる事もあるだろうよ。
 人狼、ヴォルフガング・ディーツェは、いわゆる魔性の類である。けれども、目の前で業に苦しむひとの子を看過出来るほど、冷酷には成れなかった。

 浅ましく地面に這い蹲り乍ら、漸く自身の軍刀を其の手に収めた影朧は、振える腕で其れを地面へと思い切り、――どすり。
 ガス灯の光を受けて橙に煌めく刀身を支えとして、彼はゆるりと立ち上がる。恐らくこれが、最後の交戰と成るだろう。
「嗚呼……なんと無様なことか」
 小娘ひとつ満足に殺せぬ我が身の情けなさを憂うように、影朧は白手袋に包まれた掌で其の貌を覆う。嘆きを零す青白い唇の端から垂れる赤絲は、男の貌に刻まれた死相をより鮮烈に彩って居た。
「後生だよ、君達。――其処を、退いて呉れ」
 光のない灰眸が、猟兵たちを鋭く見つめる。されど、彼の懇願に頷く者は誰も居ない。真実という名の光を、優しさという名の陽光をあれだけ浴びておきながら、今なお其の身を焦がす憎悪が、男の眸を曇らせて居るのだ。
「……なるほど」
 影朧の言葉に耳を傾けた眼鏡をかけた青年――エルネスト・ポラリスは、意外そうな瞬きをゆるりと、ひとつ。
 彼が零した言葉を疑問に思ったヴォルフガングが、言葉の真意を問うように首を傾げたならば、エルネストは穏やかに微笑みつつ首を振って見せた。彼にとってはきっと、何でもないことだ。
「いえ、見境なく暴れるようでしたら、問答無用で倒そうかと思っていたのですが」
 あの影朧は狂気に呑まれているが、確かに理性が有る。敵である猟兵たちに懇願すらしてみせたのが其の証左だろう。
 ――言葉での警告から入る程度には、『竹葉永馬』が残っているのでしょうか。
 其れならば、話は別だ。彼は誰かの“皮”を被った過去の亡霊などでは無いと、エルネストはそう結論付けた。彼がやるべきことは、ただひとつ。
「それなら、ええ。――止めましょう」
 嘗て此の世界で生きて居た“人”として、男の妄執に幕を下ろしてやろう。きっと其れが、情と云うものだ。
 エルネストが仕込み杖から、するりと銀の剣を抜けば、男の眸に再び殺意の彩が滲んだ。杖代わりにしていた地面から軍刀を引き抜いて、影朧は冷えた夜に咆える。
「今世こそ必ずや、我が本懐を遂げてやる!」
 霞に構えた刀身を影朧が指先で撫ぜれば、青白い月光を浴びた其れに不穏な気配が宿る。未だ誰の血も啜れて居ない軍刀が、今宵の贄を求めるようにぎらぎらと煌めいた。

 魔導機械の大鎌と血を求める軍刀が、がちり、がちり。ぶつかる度に、細やかな火花を散らす。影朧は既に満身創痍であったが、最後の気力を振り絞って繰り出される其の剣技は正しく苛烈。
 ――仲間を裏切った分、滾る愛に殉じたかったのだろうな。
 此れは訓練を受けた者にしか出来ぬ動きだ。大鎌で襲い来る凶刃を往なし乍ら、ヴォルフガングは物思う。きっと志を共にした仲間と培った太刀筋なのだろう。
 棄てた仲間と培った技で起死回生を図る此の現状が、まるで彼の人生への皮肉にも思えて、ヴォルフガングの胸には複雑な思いが込上がる。
「愛し、憎んだ女の面影宿す娘。その娘が且て愛を交わしたホールで働く――其処に何の符丁も感じ得ないか?」
 がちん――。再び刃と刃が衝突する音が響く。重たい一撃。されど、決定打には成り得ない。だから勢いよく大鎌を振い、力の儘に其の凶刃を突き返す。
「その娘の母も、そのまた母も、此処で働いていたそうだ」
 彼が諭すように語る言葉は、果たして影朧のこころにも響いているのだろうか。ぎりりと奥歯を噛みしめ乍ら人狼と距離を取る男は、苦し気に眉を寄せて刃を振う。
「――あの娘の祖母は独りで、ずっと」
 想い出のミルクホールを守ってきたのだ。其れは何より、ふたりの間に愛が在ったことの証なのではないか。
 言外にそう告げる響を掻き消すように、男の軍刀から溢れ出る衝撃の波。ヴォルフガングは大鎌を大きく振い、其の衝撃を風圧で相殺して見せた。
 衝撃波は敵の動きを眼鏡越しに観察しているエルネストの方にも襲い掛かって居た。さいわい軌道は読めていたので、ひらりと軽やかなステップで躱して敵本体へと向き直る。
 黒い双眸で見つめるのは、影朧が構える立派な軍刀だ。ヴォルフガングが堪え凌いでくれたから、其の太刀筋は既に見切っていた。
 満身創痍にも関わらず、火花を散らし合うような其の衝撃。恐らく威力を強化しているのだろう。無暗矢鱈に接近するのは命取りだが、其れなら策を弄する迄。
 エルネストは懐に忍ばせた、フック付きワイヤーへと指を這わせる。影朧が再び振り被った瞬間、其の時こそがきっと好機と成る――。

「裏切り、そう感じた心は否定しない。男は幼稚で――浪漫主義だからな」
 影朧の灰眸と視線をじっと絡ませて、ヴォルフガングは静謐に言葉を紡ぐ。彼の脆弱さすら受け止めて見せたのは、真実と向き合う余裕すら持てぬ其のこころを救うため。
「はは……救えないだろう」
 乾いた哂いを零しながら、影朧は真横に刀を一閃。されど、ヴォルフガングは軽やかな身の熟しでふわりと後方へ下がり、其の身に切っ先ひとつ触れさせぬ。
 ならばと男が軍刀を振りかざした刹那――。人狼青年の後ろから、勢いよく飛んでくる得物が有る。しゅるりと影朧の腕へと巻き付く其れは、戒めの絲だ。
「小賢しい真似を……ッ!」
 ぶちり、ぶちりと、力が籠った指先で千切られた絲は、無残にも地に堕ちて。されど男の意識が獲物へと向いた其の時にはもう、喉元には其の鋭牙が迫って居たのだ。
「さあ、真剣勝負です」
 エルネストが狙っていたのは完璧な戒めでは無く、接近の隙を造る為の時間稼ぎ。素早く影朧へと肉薄した彼は、凛と銀の剣を構える。其の双眸へとただ、狂気に沈んだ“人”の姿を映して――。
「殺すためのその奇跡。此処で、討ち取らせてもらいましょうか!」
「嗤わせる。我が愛刀の錆にしてくれよう!」
 咆えた影朧が振り上げた軍刀が、月の光を反射して鈍くぎらついた。有らん限りの力と殺意を絞り出して振り下ろされた軍刀が、ぶつりと青年の肩を穿つ。
 重たい手応えに勝利を確信し口端を歪める影朧が、彼の腕を地に落とさんと更に切り進めようとした処で――ぐらり。唐突に膝をついたのは、影朧の方だった。
 エルネストの剣は、既に男を“斬って”居た。彼が行ったのは『奇跡の不在証明』――其れは嘗て、凡庸なる英雄が辿り着いた軌跡を殺す技。
 命を斬らず、ただ奇跡のみを絶つ剣は、影朧――竹葉永馬に起きた黄泉還りの“奇跡”を否定して見せたのだ。
 肩に刺さった刀を抜きながら、エルネストは亡き母を想う。其の身に纏った人狼装束が、彼の凶刃を青年の代わりに受け止めて呉れたのだ。掌にべたりと付いた赤を見るに、無傷とはいかなかったようだが――。其れでも、死に別れた母から継いだ技術は、確かに彼の命を護ってくれて居た。
 膝ですら其の身を支えきれず力なく地に倒れ伏す男は、直に黄泉路へ着くことに成るだろう。
「その思いは、重なる事はなかったかも知れない」
 獄卒将校に最期が近づいて居ることを悟り、ヴォルフガングは静かに彼の元へと歩み寄る。いまこそ言葉を尽くし、密やかなる覚悟を決める時。
「……けれど、結実し得たものも確かにあったのだよ」
 青年がちらりと視線を向けたのは、影朧の思い出の地――ミルクホール。影朧が愛したひとが守り、影朧の血を引く娘たちへと受け継がれて行った大切な場所。虚ろな男の眼差しがヴォルフガングの視線を追えば、其の灰眸は仄かに揺れる。
 愛した女が其の一生を、ふたりの戀の為に捧げて呉れた。――傷心の果てに身を投げた此の身には、過ぎたる程の栄誉では無いか。
「問おう、本当に後悔はしないか。今も尚、お前の心は血を流した儘か」
 ヴォルフガングが振う大鎌の刃が、そっと男の胴体へと影を落とす。彼の答えが是であろうと、否であろうと、此の手を汚そうと青年はそう心に誓って居た。

「我らの戀は、此処に実った。――もう、充分だ」

 観念したように眸を閉ざす男の貌には邪気が無い。此の世界に舞い散る桜が、彼の魂を正しく導いてくれると信じて、ヴォルフガングは躊躇いなく大鎌を振り下ろした。

●いつか巡り合う日まで
 大鎌に裂かれた男の躰は、溢れる鮮血から櫻の花弁と化して往く。事の顛末を見守っていた猟兵たちからは、安堵の吐息が漏れた。
 哀れな男の為に言葉を尽くし、こころを砕いた猟兵たちの真心が、怨嗟の念に打ち勝ったのだ。
「……縁に怖がらせて済まなかったと、伝えて呉れないか」
 薄らと開いた唇が微かに震えて、穏やかな懇願を猟兵たちへ紡ぐ。其の様を見下ろしながら、エルネストはそっと頬笑した。
「娘さんには、何も言わなくて良いんですか?」
 嗚呼、と溜息を吐く男の胴体は既に、櫻の花弁へと転じて仕舞って居た。遺された時間はもう余りない。
「そうだな、苦労を掛けたと――私の代わりに謝っておいて呉れ」
「嫌だね。……転生したあと、自分で謝りに行けば良いじゃないか」
 揶揄するようにヴォルフガングが片頬を上げて見せれば、男はゆるりと眸を細めて笑う。其の貌は瞬く間に櫻の花弁へと転じて行き、軈て彼――竹葉永馬は、優しく吹いて来た夜風に攫われてしまった。

「行ってしまいましたね」
 長い旅路へ赴いた彼の残滓を見送りながら、エルネストが深く息を吐く。潜入捜査に戦闘に、今日はとても長い壱日だった。
「少し疲れたね。ミルクホール、寄ってく?」
 ヴォルフガングが冗談交じりに首を傾け乍らそんな誘いを向ければ、エルネストの眸が笑った。確かに、未だミルクホールに居る縁へと、事情を説明する必要はあるだろう。
「良いかも知れませんね。珈琲、出して貰えるでしょうか」
「今夜は冷えるから、温かいやつを飲みたいな」
 漸く緊張が解け、和やかな調子で語り合うふたりは、そうして大戀愛の舞台と成ったミルクホールへ戻る。
 男が桜の精の癒しを受けた先、今度こそ道を違えぬようにと密やかに願いながら。

 時は巡り、軈て夜が明けて、朝が来る。柱時計が午前壱〇時の鐘を鳴らせば、『ローズマリー』の開店時間。
 楢造りの扉を開ければ、琥珀の髪を揺らした金の眸の娘が、とびきりの笑顔で出迎えて呉れる。それが猟兵達が守った『ローズマリー』の日常だ。

 其の胸に大切な想い出を抱いて――いつかまた、ミルクホールで逢いましょう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年01月22日


挿絵イラスト