5
この、幻朧桜咲く『都忘れ』のその場所で

#サクラミラージュ #桜シリーズ

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#サクラミラージュ
#桜シリーズ


0





 帝都の外れにある下駄スケート場……通称、『都忘れ』
 そこは、幻朧桜の木の下で、いつでも下駄スケートを楽しめる様にと、帝都が運営する幻朧桜のある氷上の下駄スケート場。
 多くの人々が気分転換も兼ねて遊びに来るその場所は、その日、偶々休場日だった。
 ――ヒラ、ヒラヒラ……。
 都忘れを彩る幻朧桜から、一枚の桜の花弁が舞い落ちる。
 舞い落ちたそれは、氷の地面に触れると同時に淡い輝きを発し……程なくして少女の姿を形取った。
 その頭部に小さな愛らしい桜の花の枝……そして、一枚の羽根を胸に抱いた美しい少女の姿の桜の精は、紫色の長髪を軽く頭を振って振り払い、周囲を見やって、瞬きを一つ。
「此処は……何処? 私は、何をしているのかしら……?」
 勿論自分がどう言う存在で、何を為すべき存在なのかは理解している。
 けれどもどうしてこの場所に、この様な形で自分が生まれ落ち、姿を現したのか。
 それが、どうしても分からない。
 ――ズキン。
「……っ」
 不意に突き刺す様な鋭い頭痛を感じ、少女は思わず顔を顰めた。
「兎に角今は……現状を、把握しないと」
 そう思い、少女が行動をしようとした、その時。

 ――迎えに、行くわ。

『私』と同じく数奇な運命に翻弄された、貴女の事を。

『それ』は、一つの決意と共に、自分に気付かぬ少女に向けて、固く誓いの言葉を告げたのだった。


「……そう言う事、か」
 自らの瞳を蒼穹へと変え、その向こうの光景に小さく吐息を一つつきながら。
 北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)がグリモアベースの片隅で、誰に共無く小さく呟いている。
 その優希斗の姿が気になったのであろうか。
 何人かの猟兵達が優希斗の前に姿を現したのに気がつき、優希斗は皆か、と微笑んだ。
「サクラミラージュの世界に新しく生まれた桜の精……名を紫蘭さん、と言うらしいんだけれど……彼女が影朧達に自分達の仲間と認識され、影朧達に害されて無残に殺される事件が予知されたよ」
 事件現場の名は、『都忘れ』
 普段は帝都公認で開かれている下駄スケート場なのだが……その日、この場所は『偶々』休場日となっていた。
「勿論、この休場日が偶々、な訳がないんだけれどね」
 微苦笑を零す優希斗の言葉を要約するとこう言う事になる。
 帝都桜學府による綿密な調査の結果、その日、この都忘れにて新たな『桜の精』が生まれ落ちることが判明し、その『紫蘭』と言う名の桜の精を、自分達の仲間に引きずり込むべく、影朧が動く可能性が極めて高いと結論付けられ、一般人への影朧達による被害を避けるために、臨時休場日とさせた。
「逆に言えばこれは彼女……『紫蘭』さんを影朧の手から救える可能性は極めて低い、と帝都桜學府が判断した、と言う事でもある」
 けれどもその事件は、優希斗の予知に引っ掛かった。
 つまり、影朧達が『紫蘭』と巡りあうよりも前に猟兵達が先に『紫蘭』に接触することが出来ると言うことになる。
 それ即ち、『紫蘭』を護り通すことが出来る可能性があると言う事だ。
「『紫蘭』さんはまだサクラミラージュに生まれ落ちたばかりの桜の精だ。だから自我は極端に薄いし、自分の中の『何か』に戸惑っている様にも感じられる。皆には『紫蘭』さんと接触して彼女の自我を形成して貰い、且つ影朧達の手から彼女を護って欲しいんだ」
 尚、紫蘭は桜の精である以上の事は分からない。
 だが、この様な形で予知できると言う事は、何らかの繋がりがある可能性が推察される。
「それが何なのかまでは俺にもはっきりとは分からない。けれどこの事を念頭において皆が行動すれば、より良い結果を皆が掴み取ることが出来るだろうと俺は信じる。どうか皆、宜しく頼む」
 優希斗の言葉に背を押され。
 蒼穹の光に包み込まれた猟兵達が、グリモアベースを後にした。


長野聖夜
 ――其は、何を求めし者か。
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 と言う訳で、サクラミラージュシナリオ第2弾を皆様にお送りさせて頂きます。
 尚このシナリオは下記拙著と若干関わりのあるシナリオとなっておりますが、ご参加頂く分には、下記シナリオをお読み頂く必要は一切ございません。お気軽にご参加下さい。
 シナリオ名:『あの桜の木の下で誓約を』
 URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=14914
 尚、この『紫蘭』という桜の精はまだ生まれたての赤ん坊の様な存在ですので、自らに課せられた役割こそ認識していますが、自我が未発達であり、自分のユーベルコヲドの使い方もまだよく分かっておりません。
 その為、何も手を打たぬままですと、自衛は愚か、一般人よりも尚、護るのが難しい存在となります。
 この辺りは第1章の判定の結果次第となりますので、氷上スケートを楽しむのは問題ございませんが、この点、若干頭に入れて頂いてプレイングをして頂いた方が、よりよい結果を生み出す可能性が高いです。
 プレイング受付期間及び、リプレイ執筆期間は下記となります。
 プレイング受付期間:10月26日(土)8時31分以降~10月27日(日)12:00頃迄。
 リプレイ執筆期間:10月27日(日)13:00or14:00~10月29日(火)深夜。
 プレイング受付期間及び、リプレイ執筆期間が変更となった場合は、MSページにてお知らせさせて頂きますので、其方もご参照頂けます様、お願い申し上げます。

 ――それでは、良き結末を。
113




第1章 日常 『氷上の桜』

POW   :    運動神経こそが武器

SPD   :    慎重にコツを掴む

WIZ   :    友人や連れと手を取り合って滑る

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

白夜・紅閻
◆心情
気になるから
つい…来てしまった
でも明らかに…何か惹かれるものがあったのも事実

◆自我とは
僕も元は『指輪』だった…いや、指輪なんだが
この姿を得た時には既に自我があった…
あれ…自我ってなんだ?
そもそも…僕は何故…(指輪を見る…指輪は本来は二つで一つ)

◆紫蘭
召喚したルカとガイと一緒に滑りながら紫蘭に接触

ねぇ、君…
此処で、誰かを待っているの?(ふいに出た言葉)
だって、大事そうにその羽根を抱えているから
僕もね…(指輪を見ながら無意識に)待っているの…かも?
この指輪ってね、二つで一つなんだ…
(紫蘭の羽根を眺めながら…やはりふいに)
比翼の鳥ってさ…
一つの翼と一つの目しかなく
雄と雌が揃わないと跳べないんだ




 ――ザザァ……。
 アイススケート場と言う事も手伝ってか、微かに冷たさを感じさせる風が、少女型桜の精……紫蘭の体を撫でていく。
(「どうして……」)
 此処に私はいるのだろう。
 そもそも、『私』とは、何なんだろう?
 無論、桜の精として、幻朧桜から生まれ落ちたのは分かっている。
 けれども、それ以上のことは何も分からない。
 此処がどんな場所なのか。
 私は、一体誰なのか。
 何も分からぬままに覚束ない足取りで、闇雲にその地を紫蘭が歩き始めようとした、丁度その時。
 ――スルスルスル。
 誰かが近付いてくる様なそんな気がして、紫蘭は其方を振り返る。
 それは、赤い瞳に銀髪の青年。
 その背に一対の銀の双翼を持つ大鎌を持つ存在と、月の聖霊瑠華と共に、滑らかな足取りで氷上スケートを行なっている青年であった。
(「 つい……来てしまった」)
 理由は、正直に言えばよく分からない。
 誰かに問われたとしても、『気になるから』としか、青年……白夜・紅閻には答えられなかっただろう。
 ――ただ……。
 自分でも気付かない『何か』に惹かれて、この場所にて新たな生を得た紫蘭という桜の精に会いに行こう、と思ったのは確かだった。
(「一番最初に着いたのが……僕、か……」)
 突然目前に現れた二霊とそれを率いる紅閻にコトリ、と首を傾げる紫蘭。
「初めまして……かな」
「えっ、ええ……そう、ね……」
 ――サァァと風が、紫蘭と紅閻の間を駆け抜けていく。
「ねぇ、君……」
「はい……?」
 囁く様な紅閻の呼びかけに、紫蘭が瞬きを繰り返す。
 愛らしい菫色の瞳と、その薄紫色の髪が、何処か頼りなげに揺れた。
「君は……此処で、誰かを待っているの?」
 ――つ、と。
 紅閻の口から零れ落ちた言の葉の意味は、紫蘭には分からず、ただ首を傾げた。
「分からないの……。桜の精だから、私」
 でも、どうしてそうなのか。
 そして……自分がどんな存在なのか。
 そう言った何かを考え、判断する『自我』が、紫蘭には全く欠如している。
(「自我が無い……極端に薄い……か」)
 何処か、懐かしさを感じさせる紫蘭を目前にしながら、僕もね、と紅閻が囁いた。
「元は『指輪』だった……いや、指輪なんだが」
 言の葉と共に、無意識に左薬指に嵌められた色褪せてしまった指輪に触れる紅閻。
「は、はぁ……」
「この姿を得た時には、既に僕には自我があった……」
 怪訝そうな少女に小さく息を吐き、あれ、と口遊む紅閻。
「……自我って、なんだ?」
 ――辞書的に言えば、それは『自分』であり、他者と自らを区別するものの事。
 でも、そもそも……。
(「僕は、何故……?」)
 ――今、こうして存在しているのだろう?
 先程まで触れていた色褪せてしまった指輪へと目を落とす紅閻。
 白銀の双翼と金剛石の月華に彩られたそれは、本来は、二つで一つの物。
(「それは……」)
「……?」
 考え込む様な表情になり、無意識に自らの意識野の向こうに掛かる霞を見つめ、何処か遠くを見る眼差しになる紅閻を、紫蘭は見ている。
 否……視覚の中に納めている、と言う方が正しいだろう。
 紫蘭は、意識的に『見る』とは何かさえ、知らないのだから。
 ――ただ。
 ふと、脳裏を過ぎった言の葉を口に出してみる。
「待つって何なのかはよく分からないけれど……どうしてあなたは、私に誰かを待っているの? って声を掛けたの?」
 それは、初めて彼女の中で生まれた『疑念』
 それが自身の意志から生まれ落ちたものであり、自我を形成する片鱗である事を、紫蘭は知らない。
 そんな紫蘭に、だって、と小さく紅閻が囁いた。
「……君が、大事そうにその羽根を抱えているから」
「は……ね……?」
 怪訝そうに小首を傾げる紫蘭の胸元で風に揺られて蠢く一枚の羽根を見つめて、静かに頷く紅閻。
 くすみ煤けた様子の羽根が、頼りなく彼女の胸元で揺れ動いている。
「うん。その羽根。僕もね……」
 薬指に嵌めた、色褪せてしまった指輪を見つめながら、頷く紅閻。
「待っているの……かも?」
 その囁きは、風に乗って消えてしまったけれど。
 代わりに、紫蘭の聴覚が捉えたのは、紅閻の、この呼びかけ。
「この指輪ってね。二つで一つなんだ……」
「二つで……一つ……?」
 呟く紫蘭に軽く頷きながら。
 もう一度紫蘭の胸元で揺れる羽根に目を留めて、ポツリ、と呟く紅閻。
「比翼の鳥ってさ……一つの翼と一つの目しかなく……雄と雌が揃わないと、跳べないんだ……」
「おすと、めす……」
 純真無垢な表情で瞬く紫蘭に、そうだよ、と紅閻が返す。
「だからきっと、君は……」
 ――二つで一つとなるものを、待っているんじゃ無いだろうか?
 それが紫蘭の『自我』を占める欠片なのでは無いかと思いながら、紅閻はそれ以上を語らず、只静かに、頭上に咲く幻朧桜を見上げるのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

朱雀門・瑠香
連携、アドリブ可
この人が彼女の転生した姿かどうかはこの際気にしません。
そうだとしても覚えてないでしょうし。
礼儀正しく接しましょう。第一印象は大事です。
最初に挨拶と自己紹介をしてからスケートに誘いましょう。
まずは体を動かして慣らさないと、自分がここにある存在だと自覚させましょう。並行してどんなコヲドを使えるかの把握もしておきます。
貴方はこの地に生まれ落ちた以上生きなければならないんです。
それが命持つ者の義務、私はそれを可能な限り手助けするだけです。


御桜・八重
新しい桜の精が生まれる!
なんだろう、すごく嬉しい感じがする。
ぜひ駆け付けて、声をかけてあげたいな。
下駄スケートを引っかけて、いざ突撃ー!

「お誕生、おめでとう!
ようこそ、この桜咲く世界へ。
あなたに会えて嬉しいよ!」

生まれくる生命は、皆愛される権利を持っている。
愛し愛されて、幸せを掴むために。

あなたはこの世界で、どんな愛に巡り合うんだろうね。

…だから、それを邪魔する悪い影朧は、許さない!

紫蘭ちゃんは何か気になることがあるの?
はっきりわからなくても、それはきっと何か意味があるんだよ。
よーし、皆と一緒に考えよう!
ええっとまずは、周りをグルっと見回して、
なにか引っかかりを覚えるものって見当たらないかな?


荒谷・ひかる
生まれたばっかりでも、紫蘭さんは桜の精……この世界の住人なんだよっ!?
桜學府さん、いくらなんでも諦めるの早すぎじゃないかなあっ!?

(スケート下駄履いて氷上へ)
そーっと、そーっと……はぅあっ!?
(バランス崩してびたーん!と正面からこける)
(※ひかるの運動神経はとてもへっぽこです)

このままじゃマトモに動けないので【転身・精霊銃士】発動
以後大人の姿に変身しつつ、低空飛行して行動
そのまま紫蘭さんに接触する

こんにちわっ、と元気に挨拶、彼女の様子を気遣いつつ身なりを観察
そこから何かわたしたちと『縁』がありそうなものや人物を思い浮かべてみる

あの羽根飾り……まさか。
え、でも、幾らなんでも早すぎないかな……!?


吉柳・祥華
◆POW
運動神経ならぬ…神業こそが武器なのじゃ!
飛翔するように氷上を舞う

◆心情
…この桜の精に自分を重ねたのじゃ
妾は、素を辿れば自然界に漂う森羅万象のスピリットであったからのぉ
何が切っ掛けで自我を得たのか覚えておらぬが

だがこの娘には…かつて『ナニカ』で在ったのだろうな
確証はないが、その証拠に『一枚の羽根』を持ってこの世に生を受けたのじゃから
本来、『無』なるモノは何も無い状態で生まれるものじゃからな

娘迷子か?名を何というのじゃ

ほぅ…
知っておるか?実はおぬしと同じ名の花があるのじゃ

その花の意味は…確か…変らぬ愛・あなたを忘れない
おぬしも…実はそんなようなモノ(想い)があるのかもしれぬの

※アレンジ可




「生まれたばっかりでも、紫蘭さんは桜の精……この世界の住人なんだよっ!?
桜學府さん、いくらなんでも諦めるの早すぎじゃないかなあっ!?」
 天真爛漫、一寸だけ姦しさを感じさせる声で、あ~っ! と頭を抱える様に呻くのは、荒谷・ひかる。
 此処に居ない誰かに向けて吠えている様にも見えるひかるに、朱雀門・瑠香が思わず微苦笑を零す。
「帝都桜學府にも色々事情がありますし、そもそも帝都桜學府としては、皆様の実力は『超弩級戦力』であり、猟兵に覚醒した私達を除いた現地のユーベルコヲド使いとは比べものにならないのですから……」
 言っていく内に尻つぼみになっていく瑠香の様子を見てカラコロ、と鈴の鳴る様な声音で優しく微笑む吉柳・祥華。 
「新しい桜の精が生まれる瞬間に立ち会えるなんて、とっても素敵な事だよね!」
 明るい声音で笑顔で声を掛けたのは、御桜・八重。
「そうですね。確かにあまり積極的に見れる様な事は無い話ですね、八重さん」
 微かに肩の荷が下りた様な、そんな表情になりながら、瑠香が軽く頷き返した。
(「仮にその可能性があったとしても、本人にその記憶は無いでしょうしね」)
 こう言う時、八重の様に先入観を持つ事無く、新たな桜の精の誕生を純真に喜んでくれる仲間がいるのは救いですね、と胸中で瑠香が安堵の息を一つ吐く。
「さて、それでは会いに行くとしようかのう、その新たに生まれたという桜の精に」
 着物の裾で優雅に口元の微笑みを隠して呟く祥華の提案に静かに頷いた八重達は、幻朧桜を呆然とした表情で見上げてぼぅっとしている紫蘭の元へと向かっていった。


「よ~し、下駄スケートを引っ掛けていざ突撃~!」
 臨時休場日の『都忘れ』の下駄スケート置き場から、足にフィットする下駄スケートを身に付けて。
 八重がえい、と思いっきり良く氷上に飛び乗り、恵まれた身体能力でスイスイと氷上を滑る一方で、ひかるは下駄スケートを履いて恐る恐る氷上に上がる。
「そーっと、そーっと……はぅあっ?!」
 ――ビターン!
 鈍い音と共にその場ですってんころりん正面から転んでそのまま氷と接吻する事になったひかるを、氷上に乗った瑠香が慌てて引き上げようとした。
「ひ、ひかるさん、大丈夫ですか?!」
 ただ……これもあまり氷上スケートに慣れぬ性なのか。
 その瑠香もまた、思わず氷上で足を滑らせてしまい、危うくひかると一緒に倒けつ転びつ仕掛けた丁度その時。
 ――天に咲き誇る華にして、気紛れに舞う蝶(その姿)は月影に揺蕩う陽炎の如し。
 青白く輝く淡い光に包み込まれ、まるで水面に佇む鶴の様に優雅な足取りで優美な舞を舞う様に氷上を渡っていた祥華が、指に嵌め込んだ『白虎』の封印を解放。
 現れた白虎の幻影が瑠香とひかるを口に咥えて氷上で転んで大怪我、と言う大惨事を回避した。
「た、助かりました、祥華さん……」
「うっ……うう~。このままじゃまともに動けないよ~……」
「何、この位のことは対した事じゃ無いでありんすよ」
 カラコロと鈴の鳴る様な声音で囁きかける祥華に一礼しながら、軽く額を拭う瑠香と、巫女服がひんやり冷たく感じるので、裾の辺りを軽く絞る様な動作を行ないながら、俯き加減に呟くひかる。
 そんな瑠香達を穏やかな眼差しで祥華が見つめるその間に。
「って、皆大丈夫?!」
 後ろで起きている大惨事に気がついたか、とって返して、急ブレーキを掛けて立ち止まった八重が呼びかけた。
「大丈夫でありんすよ。妾にとっては運動神経ならぬ………神業こそが武器でありんししのう!」
「……うう、そうすれば良かったんだ……うん。このままじゃ話どころか、行動すらマトモに出来ないし……!」
 神々しい光に包まれている祥華の姿を見て、どうしてそれに気がつかなかったのだろうか、等とと言う考えを過ぎらせながら、精霊杖【絆】を振りかざすひかる。
『精霊さん達、お願い。わたしに、戦うための力を貸して……』
 高々と振りかざした精霊杖【絆】に嵌め込まれた緑色の精霊石に接吻を一つ落とすひかる。
 同時に一糸纏わぬ姿と化したひかるの体がプリズム色に包み込まれて見る見る内にその背が伸び、精霊杖【絆】から発した緑色の輝きが、ひかるの腰に帯びた強化精霊銃、Nine Numberに纏われて同時にその全身を淡いエメラルド色のカウボーイ衣装を纏った長身でスタイル抜群の女性体に転じさせる。
 そして、精霊杖【絆】の代わりに、Nine Numberを引き抜き、虚空で見切ってキラン、とポーズ。
 背景でキラキラ光る緑と青の輝きは、精霊さん達の演出か。
『……エレメンタル・アップ! 精霊銃士!』
「変身シーン、バンクじゃ……って、何を言っているのでしょうか、私?」
 自分でも訳の分からないことを呟いている瑠香にさてのぅ、とからかい気味の微笑を零す祥華。
「……ひかるちゃんなんだよね!? 何かすっかり変わっちゃっているけれど!」
「風の精霊さん達にお願いして、変身させて貰ったんだよ。これなら、氷上も安心、安心♪」
 やや得意げに変身で大きくなった胸を反らしながら、ふわりと氷上を水平に低空飛行を行なうひかる。
 青白い光に包まれた祥華もひかると併走する様に、月影の下を美しく舞う蝶の如き舞を舞いながら、紫蘭の元へ。
 桜吹雪の中で一際輝く青白く淡い光は、まるで蝶の鱗粉の様に美しく輝いていた。
 そんなてんやわんやな騒々しい気配を感じ取ったのであろうか。
 ただ、氷上を覆い尽くす様に咲き誇る美しき幻朧桜の木々をぼうっ、と見つめていた、紫蘭が八重達の方を振り返った。
「娘、迷子か?」
 その何処か無機質さを感じさせる菫色の瞳を所在なさげに向けてくる紫蘭の心に少しでも触れられる様、柔らかい声音で囁く様に問いかける祥華。
「まい……ご?」
 あどけない口調で分からない、とばかりに首を傾げる紫蘭の様子を見て、先程までの騒ぎは何処へやら、少しばかり気を取り直したひかると八重が、紫蘭ちゃん、と明るい声音で呼びかけた。
「こんにちはっ!」
「お誕生、おめでとう! ようこそ、この桜咲く世界へ。あなたに会えて嬉しいよ!」
 ひかると八重、其々の溌剌とした挨拶に、パチクリと目を瞬く紫蘭。
 その表情がこう言う時、どんな風に返事を返せば良いのだろうかと戸惑っている事を雄弁に物語っていた。
「お主、名は何というのじゃ?」
「……紫蘭。紫蘭よ」
 祥華の呼びかけに、漸く少し理解が追いついたか、小さく頷いて答える紫蘭。
 瑠香がそれに頷きを返して、丁寧な礼を一つ。
「初めまして、紫蘭さん。私は朱雀門・瑠香と申します。此方は……」
「ひかる! 荒谷・ひかるだよっ!」
「御桜・八重だよっ! 宜しくね、紫蘭さん!」
「……ええっと、宜しく……?」
 やはりよく分からない、と言う表情で呟く紫蘭にそうですね、と小さく瑠香が頷きを一つ。
「こういう時は宜しくお願いします、と申し上げれば良いのです」
「……ん。分かった」
 瑠香の補足に静かに首肯する紫蘭の様子を見ながら、祥華が小さく溜息を一つ。
 その胸に過ぎるのは、素を辿れば森羅万象のスピリットに過ぎなかった頃の自分が、不意に自我を得て、神としてこの世界に生まれ落ちた自分の姿。
(「……似ておる。似ておるのう」)
 ほぅ、と息を吐く祥華はそのまま思考の海にその身を委ね、それにしても、と小さく息を一つつく。
(「紫蘭、か」)
 それは、彼女の髪や瞳と同じ、紫色の花と同じ名だ。
(「そして、その花の花言葉は……」)
 そこまで祥華が想いを馳せた、丁度その時。
「ねぇ、紫蘭ちゃん」
 八重がその手を紫蘭へと差し出しながら呼びかける。
 意味が分からず、瞬きをする紫蘭へと八重が花の咲く様な笑顔を見せた。
「折角だからさ、私達と一緒に下駄スケートやろうよ! きっと楽しいよ!」
「そうですね。まだ貴女は生まれて間もありません。先ずは私達と一緒に体を慣らして行く事からやっていきましょう」
 八重に頷き下駄スケートに誘う瑠香に、紫蘭は静かに首肯した。


 ――生まれくる生命は、皆愛される権利を持っている。
 ――愛し愛されて、幸せを掴むために。
 他愛も無い話に花を咲かせ、下駄スケートは愚か、まだこの世界そのものの在り方や、自身と他者の線引きも曖昧な紫蘭に、手取り足取り氷上スケートを教えながら、八重は胸中でそう呟く。
(「わたし達と縁がありそうなものや、誰か……ねっ」)
 予知の内容を思い起こしながら一緒に下駄スケートを履いて、八重や瑠香に支えられながら氷上を何とか滑る紫蘭の姿を、何時転んでも直ぐに支えになれる様に、低空飛行していたひかるが観察していた。
 桜色の着物……恐らくそれが紫蘭の桜織衣なのだろう……を身に纏い、その頭には愛らしい桜の枝。
 けれども一際目立つのは、ややくすみ、煤けた様子ではあるが、それでも尚、大事そうに着物の上から胸に飾られた一枚の羽根。
 その羽根は、ひかると瑠香には、嘗てよく似た形のそれを見たことがある様な、そんな感覚を与えてくれる。
(「あの羽根飾り……まさか」)
 自分の胸中を掠めた想いと、その脳裏を過ぎったつい先日の戦いの光景を思い出したひかるが内心で漣立つその心を見逃すことが出来ず、無意識にギュッ、と自らの胸を手で抑えた。
 ちらりとひかるが瑠香に目配せすれば、瑠香も何かを感じ取っているのかひかるのアイコンタクトに対して小さく頷きを一つ。
 そのまま低空飛行をつづけるひかるに近づき、瑠香がその耳元で囁きかける。
「まあ、もしそうだとしても、彼女にはその時の記憶は無いでしょうから……恐らくその件については気にしない方が良さそうですね」
「と言うかさぁ、幾らなんでも早すぎないかな……!?」
 驚愕を押し隠せぬ表情で囁き返すひかるに、どうでしょうか、と瑠香が軽く頭を振った。
「転生出来ることは知られていますが、そのサイクルについては不明ですから、有り得ない話でも無いでしょうし」
「まっ、まあ、瑠香さんがそう言うって事はそうなのかも知れないけれど……」
 瑠香の解にひかるが応じているその間に。
 暫く下駄スケートを紫蘭と共に楽しんでいた八重がそう言えば、と紫蘭に話しかけた。
「紫蘭ちゃんは何か気になることがあるの?」
 八重のその思わぬ問いかけに、紫蘭が微かに目を開き、気になること? と反問。
(「ふむ。瑠香やひかるは気になることがある様じゃが……いずれにせよ、この娘は、嘗ては『ナニカ』だったのは確かな様じゃな」)
 八重が問いかけるその間に、祥華がある程度予測を付けて怪訝そうに首を傾げている紫蘭の姿に、そのナニカについてのヒントを得るべく自らの思考を整理していた。
 ――それは『想い』か。
 ――それとも……失われている『記憶』なのか。
「うん。そうはっきりわからなくても、それにはきっと何か意味があるんだよ。だから、ちょっと聞いてみたくて!」
「気になる……気になる……?」
 八重の呼びかけにつと、極自然な仕草で胸元へと視線を向かわせる紫蘭。
 彼女はこの時、自分の意志で初めて『見ていた』
 自分の胸に飾られた、一枚の羽根を。
「もしかして、それに引っかかりを覚えるの?!」
「……何だろうって感じることが引っ掛かる、気になると言うなら……多分、そうなんだろうと思う」
 八重の呼びかけに小さく首肯を返す紫蘭に、よ~し! と八重が腕捲りを一つ。
「それなら先ずそれが何なのか、皆と一緒に考えよう!」
 ――そうやって、自分の周りにある色々な物事に関心を持つ事。
 そう言った外への関心は自身の心を成長させ、自我を芽生えさせる事に大きく役立つから。
(「でも……この子の周りに居るって言われている悪い影朧は、それを邪魔するんだよね。……そんなの、絶対に許さないから!」)
 内心でそう誓いを立てる八重の瞳が光っている事を認めて、そうじゃのう、と祥華が口を開いた。
「実際、おぬしは、その『一枚の羽根』を持ってこの世に生を受けた訳じゃからのう……。それが、おぬしにとって気になるのは当然じゃろうな」
「……そうなの……?」
 祥華の呼びかけに首を傾げながら、胸元の羽根を弄り始める紫蘭。
 そんな紫蘭の様子にうむ、と祥華が首肯する。
「本来、『無』なるモノは何も無い状態で生まれるものじゃからな」
「そう……なんだ」
『……』
 祥華の静かな説明に紫蘭が首肯し、瑠香とひかるが思わず顔を見合わせた。
 ――つまり、彼女は……。
『無』では無く、『有』であったからこそ、これ程早くこの世界に生まれ落ちることが出来た可能性もある、と言う事か。
 ひかるが何処か合点がいったと言う様な表情をする間に、そう言えば、と主出した様に祥華が言の葉を紡いだ。
「知っておるか? おぬしの『紫蘭』と言う名じゃが……実はおぬしと同じ名前の花があるのじゃよ」
「……えっ?」
 祥華の問いかけに、微かに驚いた表情を浮かべる紫蘭。
 同じ名前の花、と言う言葉にひかるが微かにハッ、とした表情になる。
(「確か、あの人も……」)
 ――同じ様に、花の名が付けられていた少女では無かったか?
 そうひかるが想いを馳せたところで、祥華がその花にはのう、と諭す様に言の葉を紡いだ。
「確か……変らぬ愛・あなたを忘れない、と言う意味が籠められておった筈じゃ」
「変わらぬ愛……あなたを、忘れない……」
 まるで、歌う様に。
 必死になって反芻するかの様に。
 口の中で祥華から告げられた自らの名の『花言葉』を教えられた紫蘭は、自らの胸の中に、何かが灯る様な……そんな感覚を覚えた。
 紫蘭の胸の中で何かが燃え、弾けようとしている姿を見て取ったのであろうか。
 穏やかな微笑みを浮かべながら、そうじゃな、と祥華がそっと言葉を続けた。
「おぬしにも……実はそんなようなモノ(想い)があるのかもしれぬの」
「変わらぬ愛……。あなたを、忘れない……」
 何度も反駁する紫蘭に対して八重が微笑みかけ、そっとその背を手で優しく摩る様に叩く。
 八重の顔には、向日葵の花の様な明るい笑顔が浮かんでいた。
「あなたはこの世界で、どんな愛に巡り合うんだろうね。あなたが、幸せな愛を得るために、わたし達が、必ずあなたを守ってみせるから!」
 任せろ、と言う様に力強く自らの胸を叩く八重に、ありがとう、と初めての感謝の言葉を、紫蘭は告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天星・暁音
【雪白】で参加

…紫蘭さん…ね
自我の形成かぁ…お話したり音楽聞かせてあげたりも役にはたつかな?
戸惑いについてはきちんと聞いてみないとね
それに生まれてきたことを祝ってもあげないと…
お腹空いてるかもしれないしサンドイッチやおにぎり、飲み物とかも作ってておこう
固形物食べられなかもしれないから念の為、粉ミルクとお湯も用意しておこうかな
生まれたばかりの命だ…しっかり護ってあげないとね


紫蘭さん誕生をお祝いしつつ色々とお話します
呼び出したお人形さんたちと遊ばせてあげたり音楽を奏でたりとしながら、戸惑ってることや話せると判断できるなら狙われてる事など話て可能な限り猟兵たちの指示を聞いてくれるようにお願いします


藤崎・美雪
【雪白】の皆と
他者とのアドリブ連携大歓迎

下駄スケートで滑るのも楽しそうだが
その前に紫蘭さんと接触したいところだ

…おそらく、あの時の彼女が転生した可能性はあるが
それは一旦脳裏から払拭

幻朧桜の下にシートを敷き小さなテーブルを用意して
紅茶や珈琲、それに皆が持ち込んだ食べ物を並べよう
ま、臨時カフェー、といったところか

紫蘭さんを発見したらいったん保護
臨時カフェーまで連れて行って休ませよう
会話の場と護衛も兼ねてな

飲み物や食べ物を勧めながら話すぞ
貴女は何を為したいのかな?

皆が話している間、私は周囲の警戒も
【もふもふさん達の追跡行動】でネコの影を召喚し周囲へ散開
紫蘭さんを狙う影朧が来たらすぐわかるように


真宮・響
【雪白】で知り合いの仲間と。



紫蘭さんといったね。このお嬢さんについて何か思うことのある人もいるようだが、若い娘が訳も分からない状態で1人立ち尽くしてるとなると放って置けない。アタシも年頃の娘の親だからね。

仲間とカフェーの場を設えて紫蘭さんを招く。まずはおいしい物を食べてゆっくりするといい。紫蘭さんは勿論、仲間の皆の世話を細々とする。

紫蘭さんが辛そうなら肩を叩いて「無理しなくていい。アタシ達が傍にいるから何でもいいな」と励ます。何なら手作りのクッキー食べるかい?手作りだ。


真宮・奏
【雪白】の皆さんと。

何か事情があるようですね。詳しい事は知りませんが、若い娘さんが所在もなさげにしてるとなると放って置けませんね。

紫蘭さんを発見したら、【手をつなぐ】も使ってご挨拶。おいしい物食べながら考えましょう、と、臨時カフェーにご案内。

紫蘭さんの隣に座って事情を聞きます。今貴女は何をしたいですか?手作りマカロンでも食べながら考えましょう。どんな話でもお聞きしますよ。

話を聞きながら周りの警戒は怠りなく。いざとなれば紫蘭さんを身を挺して庇います。


神城・瞬
【雪白】の仲間と。

生まれたばかりの命、ですか。なら手厚く保護してあげねばですね。何か事情あるようですし。狙われているなら護ってあげないと。

雪白の仲間と臨時カフェーを作って紫蘭さんを招く。紫蘭さんが落ち着いて話せるように銀のフルートで清光のベネディクトゥスを奏でます。

皆さんとの会話は基本見守る感じで。その代わり周囲への警戒を。「僕たちに出来ることなら何でもしますので」の一言だけ添えます。


カタリナ・エスペランサ
そう……これが彼女の転生か

さて、やる事も考える事も多くて張り合いがあるね
UCは【天下無敵の八方美人】を発動するとして、だ
影朧の襲撃や紫蘭の心の準備を考えると、雅人に彼女の事を伝えるのは危険が去った後の方がいいかな?

襲撃してくる影朧についても《情報収集》の手配はしときたいな
転生の為に説得するにせよ戦うにせよ情報があるに越した事は無い
桜學府の調査結果を教えて貰うのが手っ取り早いだろうね

調査で駆け回って忙しいだろうけど紫蘭にも《コミュ力+礼儀作法》で話しかけておこう
大丈夫、無理に急いで思い出そうとしなくてもいい
ただ――キミの事を待ってる人が居るんだ
だからキミは生きないといけない。その人にまた逢う為に




「……紫蘭さん……ね」
 他の猟兵達が、氷上スケートを紫蘭と共に楽しんでいるその間に。
 幻朧桜の下にシートを敷き、小さなテーブルを用意した藤崎・美雪が自ずから入れた紅茶に軽く口を付けながら、天星・暁音がさりげなく溜息を一つつく。
「多分……これが彼女の……」
 ――転生、なんだよね。
 最後の方の言の葉を紡ごうとしたカタリナ・エスペランサの前に、音も無くさりげなく置かれた紅茶のカップ。
 コポコポ……と、そのカップに紅茶を注ぐ美雪の様子を見て、そうだね、と小さくカタリナが頷き、その紅茶を手に取り、コクリ、と一口含んでいる。
「……紫蘭さん、だったね。どうやらアンタ達はあの子に対して、色々と思う所があるみたいだけれども……何にせよ、他の猟兵達に外について教わっているとは言え、何処かまだ何が何だかよく分かっていない感じのする彼女を放っておく訳にはいかないね」
「そうですね。若い娘さんが所在なさげにしているのを、放っておくことは出来ませんね」
 珈琲の香りに鼻腔を擽られながらの真宮・響の呟きに同意の頷きを示すのは、真宮・奏。
「はい、放っておく訳にはいきません。生まれたばかりの命だというのでしたら、尚更の事です」
 奏の言葉に応じる様に珈琲を口に含み頷くのは神城・瞬。
「皆、疲れてきているみたいだね。これなら、此処で休んで貰うのは丁度良いかも」
 瞬のそれに束の間の沈黙を挟んだカタリナが、氷上ではしゃぎ、程良く疲れてきた感じになってきている猟兵達と紫蘭を見やる。
 それから視線を転じると響がそれに静かに頷き、紫蘭と猟兵達のいる氷上へと呼びかけた。
「紫蘭さん、それに皆。私達の仲間が折角だし、とカフェーの場を拵えてくれたよ。もし良かったら、こっちで一息入れると良い」
 響の言葉に応じる様に。
 ある猟兵に促された紫蘭が他の猟兵達と共に、美雪達の誂えた臨時カフェーへと足を運ぶ。
(「自我の形成、かぁ……」)
 そうして此方へとやって来る紫蘭達を見ながら、ふと、こんな考えが暁音の脳裏を過ぎっていった。
(「お話したり、音楽聞かせてあげたりも、役に立つのかな?」)
 それは、暁音の中にある、ある願いの籠められた祈りの具現化である様に、暁音には思えたのだった。


「紫蘭さん、ですね。この度は私達の所に来て頂いて、ありがとうございます」
「え、あっ……うん」
 恐る恐る、と言った様子で。
 他の猟兵達と共に姿を現わした紫蘭に対して、人好きのする柔和な微笑みを浮かべた奏が、そう告げながらそっと親愛を意味する握手の為に手を差し出した。
 差し出された奏の手を見た紫蘭が小さく頷きながら、奏の手を握り返す。
(「何というか……何かを教わったから、反射的にそう言うリアクションを取っている、そんな様子だな」)
 奏の手を取った紫蘭の様子を見ながら美雪が誰に共無く内心でそう呟き、さて珈琲と紅茶、どちらを提供した方が良いのだろうか、と喫茶店のマスターらしい事を考えながら様子を見ていた。
(「さて……この様子だと、紫蘭はまだ現実をきちんと受け入れられていないみたいだね」)
 あの子……紫苑の転生の結果、生まれ落ちたのがこの紫蘭である極めて高い可能性を、仮に関係ないと割り切ったとしても。
 まだこの世界に生まれ落ちたばかりの紫蘭が、世慣れていない様子を見せるのは当然である様に、カタリナには思えた。
(「まあ、情報収集はしておくに越したことは無いけれどね」)
 ――この紫蘭を狙っている影朧がどんな存在であるかどうか、その欠片を。
 そうカタリナが決意を固め、紅茶を飲み干して立ち上がった。
 そして、幻朧桜の隙間を縫って、氷面で反射した光を一杯に受けて白き太陽の如き輝きを放つ遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を羽ばたかせ、帝都桜學府の方に向かおうとした、丁度その時。

 ――ヒュールリ、ヒュールリ、ヒューララー……。
 
 幻朧桜の花弁が舞う美しきその光景の中で、キラリ、と銀色の輝きを発する澄んだ音色が、辺り一帯に染み入る様に広がっていく。
 光の波紋の様に広がっていくその音色は、瞬が銀製の精霊のフルートを奏でて生み出した美しき音。
 染み入る様な澄んだ音色が、紫蘭の耳に染み入る様に入っていき、不思議と何かが落ち着いてくる様なそんな気持ちを、紫蘭の胸中に育ませていた。
「お誕生日おめでとう、紫蘭さん」
 場が、瞬の澄んだフルートの音色で和やかになってきたのを感じながら。
 そう暁音が紫蘭に告げて、目の前にカフェーの準備の時に用意したサンドイッチとおにぎりを幾つか並べる。
 響が手作りのクッキーを、奏がマカロンを次々に並べていくその様子に、紫蘭が瞬きを繰り返した。
 そんな紫蘭の様子をうかがいながら、静かに美雪が問いかける。
「珈琲と紅茶、どちらが良いかな?」
「……こーひー? こうちゃ?」
(「まあ、この世界に生まれ落ちたばかりなのだから、どんな食べ物や飲み物があって、それがなんなのかなんて……分かる筈も無いか」)
 至極真面目な表情で疑問符を頭にいっぱい付けて問いかけてくる紫蘭の様子に苦笑を零し、美雪がカタリナの前に注いだ紅茶と、瞬のカップに注いだ珈琲……其々の液体を指差しながら、丁寧に説明をする。
「これが、紅茶。この黒い飲み物が、珈琲だ。基本的に紅茶の方が甘くて、珈琲の方が苦い」
「甘い……苦い……?」
 それがどういったものなのかがよく分からないのだろう。
 ぼんやりとした表情で呟く紫蘭に思わず美雪は微苦笑を漏らした。
(「まあ、こう言ったものを自分の意志で選んで貰う事も、自我を形成する上では必要だな……」)
 そんな事を美雪が考えているその間に。
 紫蘭が目前に並べられた何種類かの食べ物に目を留めて、キョトンとした表情のままに首を傾げている。
「えっと……これは、何?」
「あっ……これはサンドイッチ。こっちはおにぎりだね」
「それでアタシが用意したこれが、手作りのクッキーで……」
「私が用意したこちらが、マカロンですね」
 暁音、響、奏が其々に用意した食べ物について説明する間にも、瞬の奏でるフルートの調べは風に乗って、紫蘭の耳を心地よく擽っていく。
「どれも美味しそうだね、これ。少し貰っても良い?」
 ん、と、と考える様に首を傾げている紫蘭の背の後押しも兼ねて。
 遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を一旦閉じてその場に残ったカタリナが、響の用意したクッキーを指差しながら問いかけると、響が苦笑を零しながらも良いよ、と答えた。
 それに一礼し飛びつく様にカタリナがクッキーを何枚か手に取り、その内の一枚を左手で自分の口の中へ放り込みながら、右手でそれを紫蘭に差し出している。
「どういうものか分からないなら、食べてみなよ。大丈夫、とっても美味しいよ♪」
 一寸だけ、道化師めいた笑みを、悪戯っぽく口元に閃かせながら。
 サバサバとした調子で告げるカタリナに一つ頷き、カタリナから貰ったクッキーを口の中に放り込んで、カリカリカリ……と景気の良い音を立てて咀嚼し飲み込み、思わず、と言った様子で目を丸くする紫蘭。
「これが、クッキー……それと、この感覚が……?」
「ああ、そのサクサクした感触がクッキーで、今、紫蘭さんが感じているのが、『甘い』という味覚だ」
「『甘い』、これが『甘い』って言うのね……」
 本当に初めて、と言った様子で微かに嬉しそうに口元を綻ばせる紫蘭の様子を見て、微笑を零す美雪。
「因みに『苦い』、という味もある。試してみるか?」
「えっと、『珈琲』……の事、ね?」
 美雪の言葉に鸚鵡返しに問い返す紫蘭にそうだな、と美雪が頷く。
 紫蘭は微かに迷う様な表情を見せたが、程なくして珈琲、と小さく呟いた。
「分かった」
 紫蘭の答えに満足げに頷き、美雪が手慣れた手付きでコーヒーカップを紫蘭の前に用意してそこに黒い液体……珈琲を注ぐ。
 注がれたそれを手に取り、そっとカップに顔を近づける紫蘭だったが、湯気と共に珈琲から漂う香りに目を白黒させ、更にそれを口に含むや否や、目から星が飛び出しかねない程の勢いで驚愕した表情になった。
「?! あっ、熱っ……」
「そう言う時は、こうして、珈琲に息を掛けて冷ますんだよ」
 お代わりの珈琲に息を吹きかけて冷ましてコクン、とそれを飲み込む奏をちらりと見ながら、紫蘭の珈琲に息を吹きかけて、紫蘭の代わりに珈琲を冷ましてやる響。
 紫蘭がペコリと小さくお辞儀をした後に、それを含むと……忽ちの内に苦さが口の中に広がっていったか、その表情を瞬く間に渋面に変えていった。
「……これが、苦い?」
「そうですね。宜しければマカロンは如何ですか? 甘くて、とても珈琲に合いますよ」
 奏に勧められるままにマカロンを口の中に運び、咀嚼して飲み込む紫蘭。
 無意識に、であろう。
 口元が緩み、先程まで強張っていた肩から力が抜けていく様子が目に見えて明らかになり、成程ね、と響が唸る様に頷きを一つ。
「どうやらアンタは甘い方が好みみたいだね。クッキーを作ってきて良かった」
「ん……そう言うことに、なるのかな」
 響の呟きに一つ頷く紫蘭の様子に、良かった、と軽く安堵の息をついた暁音が自分で用意したサンドイッチを口に運びながら、紫蘭さん、と軽く呼びかけた。
「ある人から聞いた話なんだけれど。何か、戸惑う様な気持ちがあるんだって?」
 暁音の問いかけに、クッキーとマカロンと珈琲で人心地と言った様子を見せている紫蘭がコクリ、と首を縦に振る。
 その左手は、さりげなく自らの着物の胸元に挿された羽根に掛かっていた。
「うん……自分でもよく分からない、モヤモヤとした感じがするの。でも……」
 暁音の問いに頷いて答えながら、紫蘭は瞬へと視線を送る。
 否……正確には瞬が奏でている銀のフルートと、そのフルートが生み出す美しき音色に、だろう。
「これを聞いていると、ザワザワしていたそれが無くなっていく様な……そんな感じもするの」
(「言葉は通じるみたいだけれど……自分がどんな感情を抱いているのか、それがどんなものなのかとかは分からなくて、それを上手く表現できないとか……そんな感じだね」)
 そうか、と瞬の音色への紫蘭の率直な感想に相槌を打ちながら、暁音がさて、じゃあ次はどうしようか、と頭の中を巡らせていた。
 と……ふと、脳裏にある閃きの様なものを感じ、暁音が周囲に呼びかける。
『皆、力を貸して』
 暁音の呼びかけに応じる様に。
 次々にその姿を現したのは、合計で40を軽く越す多種多様なファンシーなぬいぐるみや人形達。
 鳥のぬいぐるみ達は、綺麗に縫われたその羽を広げて瞬の奏でるフルートの調べに合わせる様に桜吹雪舞うその場を飛び交い、その前足で喇叭を抱えた犬や猫達が瞬の澄んだ音色に合わせて音楽を奏でる。
 澄んだ優しい音色に力強い喇叭の音、人形達が鳴らし始めた打楽器の音などが重なって混ざり合い、一大旋律となって、勇ましくも柔らかい音で辺り一帯をヒタヒタと満たしていった。
「わぁ……!」
 美しき音の連なりに、感じ入る物があったのだろう。
 ぱっ、と表情を明るくした紫蘭が、感嘆の声音を上げていた。
 そのまま聞き入る様に目を瞑り、その音色に身を浸す様子の紫蘭を見て、響がおにぎりを摘まみながら微笑を零す。
「この位、素直に話を聞き入れてくれるのは嬉しいものだね」
「まだ生まれたばかりの子ですから……」
 響の言葉にサンドイッチを口に運びながら、奏が同意の頷きを一つ。
 そんな紫蘭の様子を見ていたカタリナの背後を、人影らしきものがすっと横切る。
 後ろから脇の辺りに差し伸ばされた手に気がつき、カタリナがそっと背後に手を回してその手を握った。
 人影は、そのまま何事も無かったかの様に、何時の間にか、姿を消している。
(「今のは……?」)
 美雪の中に微かな懸念が胸に兆すが、周囲の見回りをお願いしていた猫の影達から特に警戒する様に、等と言われていなかったこと、また先程の人物が、特に邪気などを纏っていなかった事から、大丈夫だ、と軽く頷きカタリナの方へと視線を向ける。
 カタリナは先程、偶々カタリナの背を横切っていった、それは、帝都桜學府の協力者の一人……から貰った一枚の白い紙をその場で開いてそれに目を通し……桜色の瞳を微かに細めた。
(「転生させるにせよ、戦うにせよ、情報が無いに越したことは無いだろうと思って、調査はしてみたけれど……」)
 そこにははっきりと黒幕は分からない、と書かれていた。
 ただ、最近得た情報の限りだと、黒幕の影朧は『女性』だと言う事、加えて『彼女』が操る配下は、誰の心にでも宿るちょっとした不安等が凝り集まって生まれた集団意識の様な存在だと言う事だけは知れた。
(「まあ、こう言う人々の小さな不安が影朧と化して紫蘭を狙っていると言う事ならば……帝都桜學府としても容易に手を出せないって事なんだろうね」)
 ましてやそれを操る黒幕の正体が、『女性』である事を除いてはっきりしないのであれば尚更だろう、とカタリナは思う。
 ――と、此処で。
「……ねぇ」
 それまで音楽に身を浸していた紫蘭が、瞬の奏でる音楽の音色が止まった瞬間に目を開き、か細い声でそっと尋ねた。
「どうして、貴女達は、私と一緒にいてくれるの?」
(「奏でられた音楽が、刺激になったのか?」)
 先程までの食事や飲み物に対する態度から一転、明確に問いかけてくる紫蘭の様子が、先日自らが歌った歌を思い出させる引金となり、美雪の表情に、微かに自己嫌悪の表情を過ぎらせる。
 だが、音楽が彼女の自我の形成の一助となったのであれば、これを見逃す手も無かった。
「そうだな。それは……」
「紫蘭さんが今、影朧に狙われていると言う事が分かったからだよ。俺達は、その影朧から紫蘭さんを守る為に、紫蘭さんに会いに来た」
 美雪の言葉を引き取る様に暁音がそう告げるのに、紫蘭がそうなんだ、と小さく頷きを一つ。
「そうなると……私を狙っている影朧を、私が転生させることになるのかしら?」
「それは……分からないね。でも、その可能性も0じゃない」
(「自分の役割は認識している、んだもんね」)
 震えながらも、はっきりと事実を確認する様に問いかけてくる紫蘭に、カタリナが予知の内容を思い出しながらはっきりと首を縦に振った。
「……不安かい?」
 響がそう問いかけると、紫蘭は多分、と小さく頷き、程なくして、もしかして……と小さく呟いていた。
「私が最初に感じたあの頭痛は……不安から来たもの、なのかしら……?」
「それは……」
 紫蘭の呟きに、暁音が何と声を掛けるべきかといった表情になって美雪と顔を合わせた。

 ――恐らく、そうではない。

 しかし美雪達の仮定が真実だったとしても、紫蘭にはその記憶は失われている。
 恐らくその失われた、何かに対する……。
 ――と、その時。
「……大丈夫。今は、無理にその痛みについては、考えなくて良いよ」
 桜色の瞳に紫蘭を映し出しながらカタリナが告げたそれに、紫蘭がえっ? と軽く首を傾げた。
「どう言う……事?」
「確かに、キミの事を……」
 ――待っている人は、いる。
 喉元まで出かけていたその言の葉をカタリナは頭を振って飲み込み、代わりにちらりと後方を伺ってから、ポソリ、と小さく呟いた。
「今は、キミは生きないといけないんだ。キミはまだ、生まれて間もない桜の精なんだから」
「……うん」
 カタリナの言葉に一つ頷く紫蘭に、あの、とやや控えめな口調ながらも奏が静かに問いかけた。
「一つだけ、聞いても良いですか?」
「……何?」
 奏の問いかけに、菫色の瞳を奏に向けて、問い返す紫蘭。
 その紫蘭に、奏が問いかける。
「今、貴女は何がしたいのですか?」
「そうだな。貴女が今、何をしたいのか……それは、紫蘭さん。貴女が貴女で居続けるためにも、とても大事な事だ」
 奏の呼びかけに同意する様に美雪が頷きながら、紫蘭の菫色の瞳を真っ直ぐに見つめて言の葉を紡ぐ。
 瞬と暁音の呼び出した動物と人形楽団の音楽もシン、と静まり、桜吹雪を乗せた風の音が、カタリナ達の間を駆け抜けていく。
 何処か痛みを伴う風の音を耳にしながら、紫蘭はゆっくりと口を開いた。
「『救いたい』、かしら。傷つき虐げられた結果、生まれてしまった不安定な影朧達に安心を与えて……また、輪廻の輪の中に戻って欲しい」
 ――何となく、あの子達は他人じゃ無い。
 その想いが心の何処かで燻り続けている事に、紫蘭は気がついていないけれども。
「無理をする必要は無いよ。何かあったら、アタシ達に何でも言いな。アタシ達は、アンタの味方だからね」
 静かだが、確固たる紫蘭のそれを聞いた響が吐息を漏らし、紫蘭を勇気づける様に肩を叩いて小さく頷き。
「それならば影朧との戦いの時、俺達の指示に出来る限り従ってね。きっとそれが、紫蘭さんにとっても、俺達にとっても、最良の結果になる筈だから」
 暁音が承ったと言わんばかりにした紫蘭への忠告に、一礼する紫蘭。
「ありがとうございます。どうか、宜しくお願いします」
「此方こそ。……僕達に出来ることでしたら、何でもしますからね」
 紫蘭のそのお願いに瞬達は静かに頷き、近いうちに来るであろう影朧達への警戒を、より一層強めるのであった。
 
 
 

 


 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ウィリアム・バークリー
下駄スケートですか……。異世界とはいえ、面妖な。
まあ、いいです。氷の上は、言わばぼくのホーム。寒さに負けず、紫蘭さんの手助けをしましょう。

(もし彼女が何も着ていないのなら、女性陣が用意をするまで待って)
初めまして、ですよね? ウィリアム・バークリーと申します。よろしくお願いしますね。

(胸の羽根にこのタイミング……やはり)
紫蘭さんでしたね。桜の精として顕現したときに胸に羽根を持っていたそうですけど、それが何かご存じですか?
ああ、すぐに答えが出なくてもいいんです。そんなに無理しないで。

それじゃあ、少しばかりスケートをするとしましょうか。
皆、紫蘭さんと仲良くしたい人ばかりですから、遠慮なさらず。


彩瑠・姫桜
優希斗さんの予知に引っかかったということは、紫蘭さんと私達は縁があるってことよね
紫蘭さんが紫苑さんの転生した姿だとしたら、雅人さんにも会わせてあげたい
護り切ることが大切なら、なおさら私達が頑張らなくてはね

叶うなら紫蘭さんと接触したいわ
影朧警戒のため【第六感】駆使
攻撃から【庇う】ことも意識しておくわね

当たり障りのない会話から、場合によっては一緒にスケートするとかして
緊張や不安をほぐしてあげたいわ

とはいえ、私、あまりスケートの経験ないのだけど…(少し不安そう)
…って、別に、運動音痴でもないんだし、
スケートすること自体が怖いわけじゃないんだからっ
(言いつつも戦いがなければ手すりから離れられない様子)


文月・統哉
雅人に「胸に羽を持つ桜の精の少女が生まれた」と連絡しておく
『都忘れ』の氷の上で紫の花の彼女はまだ何も知らない
それでも『紫蘭』の花言葉は『あなたを忘れない』なのだから

紫蘭に初めましての挨拶を
誕生お祝いもしないとだ
魔法瓶の温かな飲物で乾杯
話をするにも落ち着かないとだしね
それから状況説明を

これは一つの物語
紫の花の名を持つ少女が一人の少年と恋をした
少女は少年との死別が怖くて影朧となったけど
それでも少年と再び出会う未来を願い
転生の道を選んでくれたんだ

影朧を癒す力か…
君が桜の精になったのもまた運命なのかもしれないね(笑顔

この後影朧が来る
紫蘭を襲い仲間とする為に
だから俺達も来たんだ
紫蘭達の歩む未来を護る為に




「……優希斗さんの予知に引っかかったということは、紫蘭さんと私達は縁があるってことよね」
 カフェーでの休息で、少し退屈してきたのか。
 キョロキョロと周囲を見回している紫蘭の様子を見た彩瑠・姫桜が、一つ息を吐きながら呟いている。
 姫桜の隣では、雅人に『着物の胸の部分に羽根を身に付けた、桜の精の少女が生まれた』と、電報を打った文月・統哉が姫桜に頷きかけていた。
 その目は、その手にある紙に落とされていた。
「『都忘れ』の氷の上で、紫の花の彼女はまだ何も知らない……か」
 ――否、自分が影朧に狙われている事と、自分が桜の精である事は知っているのか。
 と、自分の考えを内心で纏めている統哉を横目に、それにしてもと呟いたのは、ウィリアム・バークリー。
「下駄スケートですか……。異世界とはいえ、面妖な話ですね」
 そう呟くウィリアムにいや、と軽く統哉が頭を振って口元に笑みを浮かべてた。
「サクラミラージュの文明レベル的に見ると、自然なんじゃ無いかな?」
「それはそうでしょうが……まあ、いいでしょう」
 統哉の言葉に軽く息を吐いて、頭を振るウィリアム。
「氷の上は、言わば、ぼくのホームです」
 そう告げながら、ウィリアムが指先で小さな青色の魔法陣を作り出す。
 周囲の幻朧桜に宿る精霊達の力を取り込み、桜色の輝きを交えたそれを。
「そう言えばウィリアムさんは、いつも氷の精霊魔法を使っていたわね」
 姫桜がそう問いかけると、ええ、とウィリアムが一つ頷いた。
「そう言うことです。ですので寒さに負けず、紫蘭さんの手助けをしましょうか」
「ああ、そうだな」
(「紫蘭は、恐らく彼女の……紫苑の転生体だろう」)
 その頃の記憶は、紫蘭には残っていない筈だ。
 それが、転生というものだから。
 彼……雅人も、その事はよく分かっている。

 ――けれども。

(「 それでもきっと、彼女が『紫蘭』と言う名と共に転生した事は……意味のあることだと思っている」)
 だって、『紫蘭』の花言葉は。
 他の猟兵の仲間が紫蘭に伝えたとおり……『あなたを忘れない』、なのだから。


「初めまして、ですよね?」
 カフェーで一息ついて回復したか、ち上がり、また下駄スケート場に足を踏み入れようかと思案を巡らせていた紫蘭を認めて。
 ウィリアムが紫蘭に一礼してそう尋ねると、紫蘭はそうね、と頷き返した。
「少なくとも、あなた達に私が会ったことは無いわね」
「はは、そうだな」
 紫蘭の頷きに、統哉が微笑を零す。
 少しだけ寂しい気もするが、転生した結果なのだから、それはきっと仕方の無いことだろう、とも思えた。
「改めて初めまして、だ。俺は文月・統哉。それから、紫蘭は誕生日おめでとうだぜ」
「私は彩瑠・姫桜よ。宜しくね」
(「出来ることなら、今すぐにでも雅人さんにも会わせてあげたいけれど……」)
 統哉が送った紫蘭についての情報を、雅人がどう思っているかは分からない。
 それに紫蘭の人格形成も、未完成なこの状況。
 雅人について話すのは、まだ少し早いかも知れないわね、とも姫桜には思える。
「それであなた達は、私とどうしたいの?」
「そうですね……。先ずは、今度は僕達と下駄スケートをしませんか? 皆さん、貴女と仲良くなりたい人達です。もし紫蘭さんが宜しければ、ですが」
 さりげなくそう提案するウィリアムに、紫蘭は良いわよ、と小さく頷きを一つ。
「さっき他の人にスケートのやり方は教わったから、下駄スケートは出来るわよ」
 他の猟兵達との会話に花を咲かせたのが功を奏したのだろうか。
 誘いに能動的に応じる程度には、自我を形成出来ている様だ。
「じゃあ、そうしましょうか」
 ウィリアムの提案に頷く姫桜のハキハキとした態度とは裏腹に、その腕の桜鏡は、鏡面が不安定な波形を取って、漣だっている。
(「実はあまりスケートの経験無いのよね、私……」)
 とは言えその様な胸中の不安を告げれば、今度は紫蘭に余計な気を遣わせてしまうだろうし、紫蘭を守るために来たのだから、格好はしっかり付けておきたい所。
 そう結論づけて一つ頷く姫桜の心中を察しているのか、口元に悪戯っぽい笑みを統哉が閃かせていた。
「ニャハハッ。それじゃあ、先ずは下駄スケートと行こうか!」
(「その方が魔法瓶に入れてきた紅茶も美味しく飲めるだろうし、気持ちも落ち着くだろうからね」)
 そう統哉が結論づけて頷くのに合わせる様に。
 ウィリアムを先頭に、下駄スケート場へと紫蘭達は足を踏み入れた。


「ニャハハッ。コツを掴めば、案外上手く行くものだね」
 下駄スケートの使い方を見切り、事前の情報収集を基に履いた下駄スケートでスイー、スイー、と氷上を駆けながら。
 ウィリアムに手を握られてエスコートされる様な形で氷上を走る紫蘭に併走する統哉の微笑にウィリアムが微苦笑を返す。
 紫蘭は首を傾げながら、スケート場の端っこの手すりから片時も手を放さない姫桜を見つめていた。
「……どうしたの?」
 さもあらん。
「……別に、運動音痴って訳じゃないし。けっ、決してスケートすること自体が怖いわけでも無いんだからねっ」
 意地の様に胸を張ってそう告げる姫桜の両膝が微かに笑っている。
「ああ、そうでしたか。姫桜さんは……」
(「確かに運動音痴というわけでは無さそうですが……スケート自体は慣れていないんですね」)
 訳知り顔で頷くウィリアムを、ちょっとだけ羨ましげに見つめる姫桜。
 氷の精霊達によるActice Ice Wallによる足場渡り等を何度も経験し、ついでに風の精霊達を操り姿勢制御も行なっているのか、スケートをする様に危なげが見えないのが、尚更悔しい。
 けれども。
「……フフッ」
 そんなウィリアムと姫桜の他愛の無いやり取りを見て、愉快そうに紫蘭が微笑みを浮かべる姿を見る事が出来たのであれば、それは十分以上の成果だろう。
「にゃふふっ! 紫蘭、自分の意志で、笑えたな?」
「……えっ?」
 正しく、花の咲いた様な微笑みを浮かべる紫蘭のそれが、楽しいという感情を知ることが出来た為なのだと気付いた統哉がそう問いかけると、紫蘭は目を丸くして、そっと、自分の口元に刻まれた笑窪を、自らの指先でなぞっていた。
「わらう。これが、笑うって言う事なのね……?」
「ええそうよ、紫蘭さん」
 紫蘭の問いかけに、相変わらず手すりから手を放せぬままに辛うじて下駄スケートで立っている姫桜が頷きを一つ。
 恐らく喜か、楽であろうその満開の桜を思わせる微笑みは、まだ生まれて間もない紫蘭の中に育まれた、大切な感情なのでは無いだろうか。
「そう言えば、ざわついていた何かとは少し違う何かが、さっきからずっと胸の中にあるのよね……」
 まるで、独り言の様に。
 そう呟く紫蘭に、転ばないかと言う不安を押し殺しながら立ち続ける姫桜が気丈に微笑みを一つ。
「それはきっと、楽しい、と言う感情よ」
「たのしい……これが、楽しい……」
「……姫桜さん、大丈夫なんですか?」
 嬉しそうにポツリ、ポツリ、と呟く紫蘭に目を配りながら、相変わらず手すりから手を放さないままでいる姫桜にウィリアムが呼びかけると。
「戦闘の時は、だ、大丈夫だからっ!」
「まあ、今はまだスケートを楽しめる状況……だしな」
 キッパリと告げた姫桜に微笑んだ統哉が頷き、ウィリアムが分かりました、とばかりに頷きを一つ。
 ――ブルリ。
 どの位、氷上でスケートを楽しんでいたのだろうか。
 少し寒そうに体を軽く震わせ、くしゅん、と可愛らしいくしゃみをする紫蘭の様子を見て、よし、と統哉が一つ頷いた。
「沢山遊んだし、少し上がって休憩しようか。……紅茶も用意してきたしね」
「紅茶、あるのね。どんな味、なのかしら」
 先程飲んだ珈琲のことを思い出したのだろう。
 不安と期待、両方を孕んだ声音で呟く紫蘭に、美味しいものだよと統哉が軽くウインクを一つ。
「それでは、一度上がってティータイムにしましょうか、皆さん」
 ウィリアムの呼びかけに姫桜と統哉が頷き、ゾロゾロと氷上から地上へと上がる。
 ……尚、手すりから手を放すや否や、何故か姫桜が転んだのは、別のお話。


「……あっ。本当に珈琲よりも甘いのね、紅茶って」
 統哉が魔法瓶からカップに注いだ程良い温度に温められた紅茶に口を付けながら。
 ほう、と気持を落ち着かせる様に深呼吸をした紫蘭にそうですね、とウィリアムが頷いた。
「これがよくサンドイッチとかに合うんですよ」
「ふ~ん……」
 ウィリアムの説明に、紅茶をコクンと飲んでから、紫蘭が相槌を打つ。
 紫蘭の隣では、霜焼けした両手を温める様に息を吐きかけ、手を擦り合わせてマッサージをして、自らの血流を良くする姫桜の姿。
(「むぅ……最後に運悪く転んで、霜焼けしちゃったわね……」)
 ダイス目が悪くて大変な目に遭った時の事がふと脳裏を過ぎり、姫桜は、何だか遠くを見る様な眼差しで、頭上で咲いている幻朧桜達を眺めていた。
「……姫桜、だっけ? 何があったの?」
「えっ、ああ、これ? さっき盛大に氷上に転んで……その影響もあってちょっと霜焼けしちゃっただけよ」
「しもやけ? ふ~ん……」
 姫桜の解に軽く首を傾げる紫蘭。
「……そう言うことに、興味がありますか?」
 ウィリアムの問いかけに、そうね、と頷く紫蘭。
「多分、知りたい……って言うのかな? 色んな事を聞いたりしてみたいの」
「知りたい、か」
 紫蘭の言葉に、頷く統哉。
 そうですか、とウィリアムもまた頷き、統哉から受け取った紅茶を一口啜ってから、紫蘭を見つめる。
 否。その胸元に挿されている、その羽根を。
 ――それは、煤けてくすんでこそいるけれど……以前見たことのあるそれによく似ていたから。
(「この胸の羽根に、このタイミング。やはり、彼女は……」)
 ほぼ確信に近いそれを念頭に置きながらウィリアムがそう言えば、と何気ない調子で語りかけた。
「紫蘭さん。貴女は、桜の精として顕現した時に、胸に羽根を持っていたそうですけど、それが何かご存じですか?」
「……分からない」
 ウィリアムの問いかけに、軽く頭を振る紫蘭。
(「やはり、記憶は……」)
 残っていないのだろうなと思いつつ、ああ、とウィリアムが軽く手を横に振る。
「すぐに、答えが出なくてもいいんです」
「そう……なのかな?」
 ウィリアムの気遣いに、戸惑う様に首を傾げる紫蘭。
 無意識に、であろうか。
 その手は、胸元のその羽根を撫でていた。
 まるで、愛おしいものに、触れるかの様に。
 何処か不安げにも見える紫蘭に、はい、と頷くウィリアム。
「どうか、そんなに無理はしないで下さい。今は先ず、貴女自身の安全を考えるのが最善です」
「私の安全、ね……」
 他の猟兵達からも、既に話はある程度聞いているのだろう。
 頷く紫蘭の表情には決意もあったが、同時に微かな狼狽……恐怖であろうか?
 そう言った感情が揺れ動いているのが見て取れ、姫桜が小さく息をついた。
(「紫蘭さんにとっては、自分が狙われているこの戦いが、初めての戦い。どんなに自分が何をするべきかを理解していたとしても……怖いと思うのは、無理の無い事なのよね」)
 ――だから、自分達が護り切ることが大切なのだろう。
 それならば、尚更私達が頑張らなくては、と血流が巡り、温かくなってきた両手を軽く握って、決意も新たに姫桜が頷きを一つ。
「そういう風に、色んな事に興味を持つんだったらさ。俺の物語を一つ聞いて貰えないかな? ……もしかしたらその羽根について、紫蘭が知る手がかりになるかも知れないしね」
 姫桜が決意をしたのと、統哉が紫蘭にそう呼びかけたのは、ほぼ同時。
 その統哉の言葉にも、やはり興味があるのだろうか。
 小さく頷く紫蘭に微笑み、統哉が蕩々と、子供に絵本を話して聞かせる父親の様にその物語を語り、紡ぐ。
 ――ある所に、紫の花の名を持つ女の子がいました。
 ――その女の子は、ある男の子と、恋をしました。
 ――けれども女の子は、影朧と戦う戦士、ユーベルコヲド使いとして、訓練を受けていました。
 ――訓練を終えた女の子は、影朧と戦うために、男の子の傍を離れました。
 ――けれども、女の子は……影朧に殺されてしまいました。
 ――女の子は、優しすぎたのです。
「優し……過ぎた?」
 鸚鵡返しに問いかけてきた紫蘭に、朗読口調を素に戻した統哉が一つ頷き告げる。
 紫蘭に会うよりも前に受け取り読んだある手紙の内容を思いだし、黒にゃんこ携帯に収録されたその戦いに至るまでの過程を確認しながら。
「そう。この女の子が、男の子を守りたいという想いは本物だった。けれども、影朧達がどう言う存在で、どんな気持ちで生まれ落ちたのか、影朧達と戦って知ってしまった。だから女の子は影朧を倒すことが、出来なかった」
「……」
 統哉の説明に、シン、と静まり無言で続きを促す紫蘭に頷き、また朗読口調に戻して、統哉が物語の続きを語り始めた。
 ――でも女の子は、男の子との死別が怖かったのでした。
 ――最も、女の子が本当に怖れていたのは死別、ではありませんでした。
 ――転生する事で、その男の子の事を、忘れてしまうことだったのです。
「……死別で、忘れる……そうね。そうなってしまうのよね」
 ポツリと呟いた紫蘭のそれは、果たして姫桜達の耳に届いたのかどうか。
 ちらりと統哉がそんな紫蘭の様子を見ながら、再び語る。
 ――だから、女の子は忘れないままでいたくて、影朧となってしまいました。
 ――ですが女の子は、最後には少年と再び出会う未来を願い、そして……。
「転生の道を、選んでくれたんだ」
(「その時、転生を選んだ女の子……紫苑としての記憶が、無くなったとしても」)
 それでも紫苑は来世でまた会えることを願い、白熱の光の中で消えていった。
「……不思議な話、ね」
 何処か、しみじみとしたものを感じさせる口調で。
 紫蘭がそう呟いたのに、そうですね、とウィリアムが相槌を打つ。
 統哉は、そんな紫蘭に微かに寂しげな微笑みを浮かべた。
「影朧を癒す力を、持っているんだよね」
「ええ。それが私達、桜の精の役割だから」
 統哉の問いかけに、小さく、けれども確固たる決意と共に首肯する紫蘭。
 そこにどうして、と言う疑問は彼女には無い。
 ただ……もし、前世とも言うべき魂が本当に望んでいたのが、影朧を倒す力ではなく、癒す力、だったのであれば……。
「君が桜の精になったのも、また運命なのかもしれないね」
「……この力を、記憶の無い前世の私が望んだ……ね」
 何処か意味ありげに呟く紫蘭に、そうね、と姫桜が吐息を漏らしながら応じる。
(「実際紫苑さんは、本当は影朧を倒すのでは無く、癒したかったかのかも知れないものね」)
 或いは、知識としては知っていた影朧と初めて直接相対した時に、そう言った情が生まれてそうなったのか。
 その辺りの真実は、定かでは無いけれども。
 姫桜の心の奥に湧いた疑念を象徴するかの様に、幻朧桜の花弁が、桜鏡に嵌め込まれた玻璃鏡の上にハラハラと舞い落ち、それに応じる様に真っ直ぐな淡い玻璃色の光を発している。
「……この後、影朧が来る」
 姫桜と、紫蘭の様子を交互に伺いながら。
 そう断じる統哉に、ええ、と紫蘭が頷いた。
「それは聞いているわ。その時に、貴方達猟兵の指示に従って欲しい、とも」
「そうか。じゃあ、これは聞いているかい? その影朧の目的は、紫蘭、君を襲い仲間にする事だと言う事を」
「……」
 荒唐無稽にも思える統哉の言葉に、紫蘭が束の間沈黙する。
 やや冷たい風に乗った桜の花弁が紫蘭と統哉達の間を舞うのを横目にしながら、そうだったのね、と紫蘭は頷き。
 その胸元にある羽根に目をやり、そっとそれを撫でながら、何となく、と言の葉を紡ぎ続ける。
「もし、私が影朧だったら……多分、さっきの女の子を仲間にしたい、と思うかも知れないわ。だって……影朧達は、傷つき虐げられた者達の『過去』から生まれた、不安定な存在だもの。そんな子達が、自分と似た存在を仲間に迎え入れたいと思うのは、おかしくない、と思うわ」
 それは、納得。
 欠けていたパズルのピースが見つかって、カチリと音を立てて嵌まった様な、そんな感じ。
 紫蘭の表情には恐怖や不安の他に、奇妙な落ち着きが綯い交ぜになっているが、それこそが紫蘭が影朧達と戦う……否、向き合う覚悟なのだろう、と統哉は思う。
「俺達は、そんな影朧達から君を護るためにやって来た。 ……紫蘭達の、歩む未来を、護る為に」
「私……『達』?」
 達の意味がまだ理解できていないのだろう。
 微かに怪訝そうに呟く紫蘭をそっとウィリアムが優しく手で制した。
「心配しないで下さい。ぼく達はあなたを護るために此処に来ています。ですので、貴女『達』と言う部分は、これからゆっくりと知っていけば良いところです」
「……ありがとうございます」
 ウィリアムの穏やかなそれに、静かに頭を垂れる紫蘭。
 その紫蘭の様子を見ながら、姫桜は、チリチリ……と首筋が痒くなる様な、そんな悪寒を覚えた。
 schwarzとWeißが威嚇する様にピリピリした気配を漂わせているのが、肌を通して感じ取れる。
「……そろそろ、来そうね」
 姫桜の呼びかけにウィリアムが小さく頷き、統哉が他の猟兵達に警戒を強める様に、と声を張り上げるのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

館野・敬輔
【WIZ】
アドリブ、却下可
スケートはしません(経験ナシ)

…どうして、ここに足が向いたのだろう
自分でもわからない

おそらく紫蘭さんは…あの時の彼女の可能性がある
本当に、転生なんてあり得るのか?

…信じられないけど、現実か?

以前僕は転生を認めなかった
だから僕に紫蘭さんの自我形成を手伝う資格はない

それでも、周囲の警戒くらいはできるだろ

氷上を見渡せ、かつ目立たない場で幻朧桜にもたれかかるように座り
「第六感、失せ物探し、追跡」+【魂魄剣舞・環境捜索】で紫蘭さんを狙う影朧を先に捜索

このUCは彼女らと意識も感覚も深く同調してしまうから
発動中僕は意識を失っているように見えるはず
…誰かに見られなければいいんだけどな




 ――どうして。
(「僕の足は……ここに向いたのだろう」)
 氷上を見渡せ、且つ目立たぬ場所にひっそりと何かを見守る様に咲いている幻朧桜の木の幹に、もたれかかるように背を預けながら。
 何時の間にか自分が『此処』にやってきていた事に、館野・敬輔は困惑を感じずにはいられない。
 死角になって他者から見る事が出来ないその場所から見つめる敬輔の瞳に映るのは、菫色の瞳と薄紫色の長髪を、惜しげも無く風に晒して、他の猟兵達との談笑を楽しんでいる生まれたての桜の精、紫蘭。
(「紫蘭と言う名前……それに、何よりもあの胸元に飾られた一枚の羽根。彼女は、恐らく……」)
 ……紫苑の、転生体。
(「……信じられないけれど……現実、なのか。これは……」)
 そんな敬輔の心情を読み取ったかの様に。
 黒剣の中に宿る少女達が、からかう様に笑っている。
 ――何でお兄ちゃんの方が、私達より順応するのが苦手なんだろうね?
(「あのさ、君達……」)
 UDCアースのあのダイスの神様なる謎の存在が支配した謎空間での戦いの時の少女達の適応ぶりを思いだし、少女達と混濁していく意識の中で、敬輔が額に皺を寄せ、微かに眉を顰めている。
 ……或いは、自らが『そうしよう』と言う意識だけが、動いているだけなのかも知れないけれど。
 金縛りの様な状況の敬輔の意識をからかう少女達に、苦笑の意志を示す敬輔。
(「あの時、僕は……」)
 彼女の転生を、認めなかった。
 その当時の事……何故か狙った様に自分の頭上に振ってきたタライが直撃したその箇所と、その時の自身の感情の揺れ、そして『彼女』からの問いかけ……様々な想いが脳裏を過ぎり、軽く頭を振ろうとする敬輔の目前に、一人の少女の幻影が姿を現した。
 少女達よりも強い自我を持つ、嘗ての戦いの中でオブリビオンへの憎悪に身を焦がし、自らの黒剣に宿った『その頭にイオノプシスの花冠を被る『彼女』の姿に、敬輔が溜息を一つ。
(「君、か……」)
「うん、『私』だよ」
 意識を共鳴させることで、流れ込んでくる感情の渦に飲み込まれながら、その思念の中にあるそれへと敬輔は視線を向ける。
「あの時、あなたはどうして、彼女が転生する事を頑なに拒んだの?」
『彼女』の問いかける意志は、糾弾か、それともただの確認か。
 敬輔が何でだろうね、と苦笑の思念で返した。
(「多分僕には彼女……紫苑さんが、オブリビオンの一方的な被害者には見えていなかったから、じゃないかな?」)
 微妙に言葉を濁すのは、或いは自らが感じたそれに、確信を持てなかったが故か。
「完全な被害者じゃ無ければその魂を救わなくて良い、と言う事なのかしら?」
(「……君は、紫蘭さんの事を、どう思っていたの?」)
 それには敢えて答えず問い返す敬輔に、『彼女』は懐かしそうな表情を見せた。
「羨ましいって思ったわ。だってあの子は私と違って、骸の海に戻らなければ、もう私が会うことが出来ないあの子達……私の大切な人達に、どんな姿であったとしても、また、会えたのだから」
 そんな時。
 例え、どんな姿になったとしても。
 それが、最終的に生きている最愛の人を不幸にする可能性が分かっていても。
 また会いたいと絶対に願わないと言える程、人は強い存在なのだろうか?
 そう、彼女は問いたいのだろう。
(「君は……僕に何を望んで欲しかったの? あの時、君は自分の思いは口にしなければ分からない、と僕に言った」)
 薄れゆく意識の中で問いかける敬輔に、『彼女』が頷きを一つ。
「ええ。あの時私達には、どうして、そこまで頑なにあなたが彼女の転生を拒むのか? それが、分からなかった」
(「……ハハッ」)
 もし意識を保てていれば、恐らく敬輔の口元は、微苦笑を形作っていただろう。
(「例え君が言ったことを分かっていても、どうして敢えてその道を進むのか、その理由を君達にさえも伝えなければ、口調も厳しくなるものか」)
「そうよ。現状、私達とあなたはこうして意識の共有を行っている。けれどもそれは、同時にお互いの思いを曝け出すことでもあるの。その糸口さえも塞がれた状態で力を貸すのは……とても、辛い事なのよ」
(「じゃあ、それが分かっていたならば……」)
 或いはもっと穏やかにすんだかも知れない、と言う事か。
(「因みに、もし『君』がこの世界に住んでいたのならば、『君』は転生する事を望んだのかな?」)
 消えゆく意識の片隅でそう問いかけた敬輔に、『彼女』は、そうかも知れないわね、と頷くが、程なくして頭を横に振った。
「と言うより、私がこの世界に影朧として存在できたのかどうかさえ分からないわ。だって、私達の住んでいた世界とこの世界では、『理』が、あまりにも違いすぎるもの」
『彼女』の思念に消えかける意識の中で、思わずハッ、となる敬輔。
 ――そうか。僕達の住む世界と、この世界では……。
『過去』から生まれた存在への認識や理解、価値観が全く異なってくる。
 多種多様な価値観の中で、自らが転生を拒むこと……それだけで、『輪』が乱れるとは限らない。
 あの媛宮を倒すことが『出来ない』と自分達に明言した彼女の言葉を、自分達が受け入れたのと、同様に。
 一つの『理』を認識しつつ、微睡みが敬輔の意識野を支配していく。
 程なくして、この世界を彩る桜色の靄と化した『少女』達が、それを捕らえた。
『紫蘭』を狙う、悪意の根源とも言うべき影朧達を。
 ――お兄ちゃん。
 ――そろそろだよ。
「うん……分かった」
 少女達の意識が見つけてきた影朧の存在を認めた敬輔が一つ頷いて五感を取り戻し、ゆっくりとその場で立ち上がり、そして駆け出す。

 ――紫蘭達と影朧のいる……『戦場』へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『人々の心に潜む小さな影朧』

POW   :    おともだち
自身からレベルm半径内の無機物を【不安を掻き立てる異形の人形】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
SPD   :    いないいない
見えない【エクトプラズム】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
WIZ   :    こんにちは
【みなさんの傍ら】から【無限に増殖する不安】を放ち、【圧倒的な絶望】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回更新予定は、11月2日(土)14:00頃~11月4日(月)の予定です。それに伴い、プレイング受付期間は、10月31日(木)8時31分~11月2日(土)13:00頃迄、とさせて頂きます。何卒、宜しくお願い申し上げます*

 ――パチン、パチン。
 それは、突然起こった。
 そよ風に乗って宙を舞っていた幻朧桜の花弁達が、不意に鋭い棘の様な形を取り、紫蘭達の胸中に不安感を無限に増殖させていく。
 突如として胸中に宿されていくその感情の渦に、紫蘭が表情を歪める様を見ながら、ゆっくりと『都忘れ』のスケート場を覆い尽くす様に、姿を現す無謬の金髪の娘達の群れ。
 その腕に抱く包帯を巻いた黒い縫いぐるみが、訳もなく更なる不安を掻き立てる。
「怖い、怖い、怖い……」
「影朧が怖い。人間が怖い。戦いが怖い。生きることが怖い。死ぬことが怖い……」
 それは、人間の負の側面であり、同時に、誰の心の中にもその首をもたげる『不安』と『恐怖』と言う、負の感情。
 その負の感情の塊が……娘達の、正体。
「迎えに来ましたよ、貴方様」
「私達と同じ、不安と苦痛にその身を苛まれ擦り切れてしまった悲しき魂」
「何を……言っているの……?」
 紫蘭が、娘達の呼びかけに微かに頭を横に振る。
 ただ、胸中に齎される『それ』だけが自分自身の心を蝕み、食い殺そうとしていることだけは、反射的に理解した。
(「これじゃあ、駄目」)
 ――何が駄目なのかは覚えていないし、今ではっきりとは分からないけれども。
 これを受け入れてしまえば……私は、桜の精として生まれた意味を失ってしまう。
 そんな確信だけが紫蘭の中で育まれ。
 紫蘭は、無意識の内にその胸元の羽根にその手を触れさせていた。
「辛かったよね……怖かったよね……」
 紫蘭は、彼女達にそう優しく呼びかける。
 その呼びかけに応じる様子も見せず、ただ睦言を紡ぎ続ける娘達。
「さあ、さあ、さあ。私達と一緒に来て」
「貴女を迎えに来てくれた、私達を遣わして下さったあの方の下へ、どうか一緒に帰りましょう。さぁ……さぁ……!」

 ――紫蘭を、彼女達に渡すわけにはいかない。

 紫蘭の周囲に展開していた猟兵達が、娘達と対峙する。

 ――其々の想いを、胸に抱いて。

*第1章の判定結果、紫蘭は下記の様な状況となっています。
1.彼女自身は、ユーベルコヲドを使用可能です。使用できるユーベルコヲドは、『桜の癒やし』です。尚、この『桜の癒やし』には、影朧達が望めば転生させる効果も同時に含んでいます。

2.紫蘭は、猟兵達の指示に従います。しかし、影朧のユーベルコヲドの効果により、その胸中に『不安』を宿させられているのは事実です。これが『絶望』へと転化してしまった場合、紫蘭は影朧に連れ去れてしまいます。

3.この戦場に紫蘭と影朧である少女達以外のNPCは存在しません。また、戦場は氷上スケート場全体となりますので、下駄スケートに拘るプレイングはしても、して頂かなくても構いません。

4.紫蘭は下駄スケートを猟兵の皆さんから教わりました。その為、それを上手く使うことが出来れば、或いは影朧達を攪乱し、プレイングボーナスを得られるかも知れません。

 ――それでは、良き戦いを。
ウィリアム・バークリー
来ましたね、影朧。紫蘭さんには指一本触れさせません。
氷の上でぼくに勝てると思わないでくださいよ。「盾受け」用のActive Ice Wall展開。
紫蘭さんは氷塊の陰に隠れていてくださいね。

影朧の足下にはSlipの術を打っておきましょう。まあ、嫌がらせです。転んでくれたらめっけもの。

無限に増殖する不安? 圧倒的な絶望? それが何だって言うんですか。
ぼくらはいつでもそんなものは乗り越えてきました。この経験に裏打ちされた絶対的な自信を、浸食できるとは思わないでください。

さあ、反撃です。トリニティエンハンスを使用してからの、氷の「属性攻撃」「全力魔法」を乗せたIcicle Edgeの「範囲攻撃」!


カタリナ・エスペランサ
お出ましだね
紫蘭は渡さないよ。還るのはキミたちの方だ

下駄スケート?コツは掴んでる、これくらい自由自在さ

紫蘭の傍に控えて《第六感+見切り》で不可視の攻撃を感知、《早業+カウンター+破魔》の斬撃で断ち斬って紫蘭を《庇う》よ
使うUCは【暁と共に歌う者】。
《慰め+祈り+歌唱》の聖歌を響かせる事で敵には《精神攻撃+催眠術+ハッキング+誘惑》で負の感情を和らげ鎮める効果を、紫蘭含む味方には《鼓舞》の効果を狙おう
炎の斬撃を使った直接的な攻撃は必要に応じて、だね
紫蘭が望むならこの影朧たちも転生させる事を念頭に置いてサポートするかな

望むまま、正しいと信じるままにやればいい
大丈夫だよ、アタシたちがついてるからね


荒谷・ひかる
(コード解除して元の姿に戻りつつ紫蘭の前に庇うように出て)
……大丈夫だよ。
わたしが……わたし達が、ぜったいに紫蘭さんを護るから。
(よく見ると震えている。不安に呑まれかけている)
(紫蘭を不安にさせまいと、精一杯の虚勢を張って立っている)



※ひかるは敵コードで行動不能状態につき、以下精霊さんの行動

ひかるや仲間、紫蘭の不安を祓い「鼓舞」すべく【精霊さん応援団】自動発動
風と草木の精霊が美しい桜吹雪を巻き起こし、氷と光の精霊が輝かしいダイヤモンドダストを生み出す
それらに目を奪われ僅かでも不安が薄れれば、炎と雷の精霊が勇ましく弾ける音を奏でて激励する
ひかるもそれに加わり、不安を抱えながらも懸命に皆を応援する


朱雀門・瑠香
【御桜・八重(f23090)】と共闘、他の方とも連携アドリブ可
紫蘭さんには威厳を込めて鼓舞しておきます。
紫蘭さん、大丈夫ですよ。私達が手出しさせませんので
でも可能ならば彼らの周囲をスケートで滑っておいてください。
要するに彼らをおちょくっておいてください、攪乱できれば上出来ですけど
無理はしないで。いきなりで酷ですけど生きるとはすなわち戦いです。
貴方は生きなければならないのです。
八重さんの方向転換が必要な時は手伝ってあげます。
人形たちの動きを見切りながら、人形たちが紫蘭に近づく前に纏めて
切り伏せましょう!彼女には指一本触れさせません!


真宮・響
【雪白】の皆と連携。

紫蘭の辿って来た過去について思い当たるフシがある人もいるが・・アタシ達家族は一緒にお茶した今の紫蘭しか知らない。今の自分を大切にするんだ。お菓子を美味しいと感じたその気持ちを大事にするんだ。大丈夫、アタシ達が傍にいるよ。

影朧達の心に少しでも響くように、そして紫蘭を励ます為に高らかに赫灼のグロリアを歌い上げる。攻撃は迎撃中心。【残像】【見切り】【オーラ防御】で攻撃の被害を減らしながら、【二回攻撃】【範囲攻撃】で攻撃するよ。


真宮・奏
【雪白】の皆さんと。

紫蘭さんの事を知っているようなそぶりですし、事情を知る人もいるようですが、私は今の紫蘭さんしか知りません。一緒に美味しいものを食べた紫蘭さんはお友達です。やりたい事あるっていってましたよね。それが成し遂げられるように力を尽くします。それが友としての役目です。

影朧に語り掛ける意味も含めて絢爛のスピリトーソで注目を引き付け、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で攻撃を受けることに専念します。紫蘭さんは優先して【かばう】場合によっては【狂気耐性】も併用し、盾となる事に特化し、攻撃は他の味方に一任します。


神城・瞬
【雪白】の皆さんと。

紫蘭さんの過去になにか深い事情があった事は察しますが、それを差し引いても生まれたばかりの命である紫蘭さんに不安にさせるような囁きをするのは許せません。紫蘭さん、貴方の人生はこれからです。色んな事を知って、この世界を楽しんで貰いたい。僕達がその手助けをします。

味方が攻撃をしやすいように、敵の邪悪な攻撃の脅威を少しでも削ぐ為に【全力魔法】【高速詠唱】【二回攻撃】【範囲攻撃】で裂帛の束縛を使います。少し大人しくしていて貰えませんか。紫蘭さんの未来を奪おうとする輩は許しません。


吉柳・祥華
※アドリブ連携アレンジ可

◆心情
ふむ、どうしたものか…
とりあえず、逃げるざんし!

【先制攻撃】【逃げ足】【手をつなぐ】で紫蘭の手を取って【ダッシュ】し【影霧】を使い氷上を【ダンス】しながら攪乱してみようざんしかね

◆紫蘭
のぉ紫蘭、この『白桜』はな
おぬしと同じ幻朧桜から生まれたのじゃ
もっとも幻朧桜の『枝』から妾が創ったのじゃがな
おぬしと違い『何も無い』状態でこの世界に誕生し今に至る
『何も無い』
それがどういうことかおぬしは知っておるじゃろ?

だが、今はどうじゃ?
此処で目覚めた時と違いおぬしは独りではない…
誰だって、此処に居る猟兵たちも…おぬしと同じ気持ちを感じている
それでも、おぬしを守ろうとしておるのじゃ


彩瑠・姫桜
紫蘭さんを守ることを意識して対応
必要なら敵の攻撃から【かばう】わね

【咎力封じ】で敵の動きを封じて【串刺し】で倒すようにするわ
対応は一体ずつ確実に

叶うなら彼女たちも助けてあげたいけれど
優先すべきは紫蘭さんだから
感情移入はしすぎないように気をつけるわ

紫蘭さん
怖いと思ったり、不安に思うのは当然よ
だって、貴女も、私も"ひと"なんだから

でも、それだけじゃないわよね
貴女にはやりたいことがあるでしょう?
今の貴女にその記憶はなくとも、貴女の心に想いは残ってる

不安に押しつぶされずに、自分が抱くその想いを信じてほしいの
私たちを信じてほしいの

私たちは貴女と共にあるわ
だから、安心していい
私たちが必ず守ってみせるから!


御桜・八重
【POW】
瑠香さん(f22718)と協力プレイ!

紫蘭ちゃん、その羽根はきっと大事なものなんだよね。
じゃあ絶対手を離しちゃダメだよ。
大丈夫、もう片方の手はわたしたちが握ってるから。

紫蘭ちゃんの手を引いて影朧から逃走!
腕を引き腰を抱えと攻撃を躱せば、あは氷上ダンスみたい♪

紫蘭ちゃんを仲間に託したらこっちの番!
下駄スケートで【スクワッド・パレヱド】を発動。
氷上を高速突撃だー!
氷が変換された不気味人形を次々弾き飛ばすけど、
「あれ?」
動きが直線すぎて影朧ちゃんには避けられちゃう!
その時現れる救いの手。
「瑠香さんっ」
彼女の手を取りグルっと回って方向転換。
砲丸投げの様に放り投げて貰います。
「てぇいやーっ!」


白夜・紅閻
●心情
もし、あの娘の(紫苑)の転生した姿が『紫蘭』なら
奴らに渡すわけには、いかないな
折角…理由はどうであれ、この世界に生まれたんだ
妄執の影朧如きに、紫蘭のこの先に『待って』いる未来を奪う権利は無い

●声掛け
紫蘭、聞こえるかい?
聞こえているね!
実はね、僕には過去の記憶が無いんだ
自分が何者でなんで存在しているか、分らないんだ

唯一つ、分っているのは
この『指輪』に魂が宿り『僕』となった
紫蘭、君が桜の精となったようにね

だけど僕はこの指輪が何で、何のために作られたのか…分からない。
分らないから…なおさら不安であり、そして恐怖でもある…
(魂を得て人となったとしても、いつ消えるか解らないしし何の為に生まれたかも


藤崎・美雪
【WIZ】
【雪白】で参加
他者とのアドリブ連携大歓迎

不安と恐怖は誰の心の中にもあるものさ
しかし、何に対する「不安と恐怖」かがわからぬまま
ただ増幅させて「絶望」を抱かせるのだけはご遠慮願いたい

私の仕事は紫蘭さんの護衛と歌による支援だ
「パフォーマンス、歌唱、鼓舞、祈り、優しさ」+【反旗翻せし戦意高揚のマーチ】を猟兵全員と紫蘭さんに聞かせよう
皆の心にある不安と恐怖に打ち克つため、心を絶望に喰われぬためにな
もし紫蘭さんが狙われたら「拠点防御」で守るぞ

ああ、私だって怖いさ
戦いに身を投じるなんて、この歌声の意味を知るまでは考えたことすらなかったからな

彼女たちの言葉の意味…気になるな
まさか、あの人とは…?


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携可

転生がこの世界の理であるなら…受け入れる
紫蘭さんを影朧に連れて行かせるものか!

影朧たちの背後から強襲を仕掛け、連携を崩そう

【魂魄解放】発動
彼女たちと深く同調、意を共にして行動
…皆、力を貸してくれ!

「早業、ダンス、ダッシュ」+高速移動で氷を蹴るように走って接近
影朧たちの背後から「2回攻撃、なぎ払い、範囲攻撃、吹き飛ばし」+衝撃波で強襲を仕掛け、連携を乱そう

他の猟兵達と合流した後は紫蘭さんの護衛優先だ
「かばう、武器受け、オーラ防御、呪詛耐性」で全力で防御
そのあと「カウンター、範囲攻撃」+衝撃波で怯ませよう

気になるのは「あの方」の存在だな
まさか…かつての紫苑さんの仲間か?


文月・統哉
迎えにとは
まるで影朧であった紫苑の過去を知っているかの様な口ぶりだ
紫苑と縁深い影朧
紫苑が共感の余り倒せなかった
紫苑の命を奪ってしまった
あの影朧なのかもしれない
紫蘭が桜の精として向き合う事も必然か
そしてこの娘達とも

祈りの刃で娘達の不安と絶望を取除きつつ説得
未来を望んでくれたなら
紫蘭に癒しを頼む

君達には紫蘭が自分と同じに見えるかい?
でも今の紫蘭は影朧じゃない
桜の精として確かに生きている
でもそれは紫蘭が君達と違うという事ではないよ
君達だって同じ様に転生し
未来への希望を胸に生きていける可能性を持っているんだ
生まれ変わるのは不安かい?
でもどうか勇気を出して
変化があるからこそ絶望だって希望に変えられるから


天星・暁音
【雪白】

紫蘭さん、何時でも誰かが庇えるように誰かの側にいて
向き合う覚悟が決まらないなら戦わなくて構わない
役目だからなんて理由で戦わないで、戦うというなら相手の全てを奪う覚悟を決めなさい
相手の痛みや悲しみを慮ることは大事なことだけど、相手の痛みや悲しみに呑み込まれないように、どうしたいのかを決めること、時に迷うことも大事だけど、戦場においては自分も仲間も危険に晒さすと覚えておいて、今回は良いよ
迷って戸惑っても、俺達はそんな君を護るためにいる
その為に全力を尽くすって約束する

優しいことはいいことだよ
でもただ優しいだけじゃ駄目なんだ


仲間を支援、援護、回復しつつ紫蘭の側で常に庇えるように立ち回ります




「来ましたね、影朧」
 周囲から迫る悪意を感じ取りながら、ウィリアム・バークリーがポツリと呟く。
「ああ、そうだな」
 ウィリアムに頷き返した文月・統哉は、眉間に皺を寄せ、表情を曇らせている。
 鋭く細めた統哉の視線と意識は、現れた影朧達の言の葉に向けられていた。
(「迎えに、とはね」)
「統哉さん、どうしたの?」
 その気配に気付いた彩瑠・姫桜の問いに、軽く頭を振る統哉。
「いや、まるで影朧であった紫苑の過去を知っているかの様な口ぶりだったからな」
「紫苑、でありんすか」
 影朧達の負の感情に身構えながら。
 統哉の呟きにその背後から姿を現した吉柳・祥華が意味ありげに呻きを一つ。
(「確か、紫苑の花言葉は……」)
 そう想いを馳せながら、胸中で大きく膨らんでくる不安に、押し潰されそうな紫蘭へと気遣わしげに目を配る祥華。
(「ふむ、どうしたものか……」)
 祥華がそう思案を巡らせていた、その時。
「祥華さん」
「紫蘭ちゃん!」
「影朧……やって来ましたか」
「……大丈夫だよ、紫蘭さん」
 祥華を追う様に御桜・八重と朱雀門・瑠香が姿を現し、更に紫蘭の隣に元気づける様に強張った笑みを浮かべたナイスバディな精霊銃士……それは大人の女性形態……を解除した荒谷・ひかるが、つるり、と氷上を滑って転んでベチンと打った鼻をさすりながら近付いてきた。
 姫桜が周囲に威嚇を続けていたschwarzとWeißを槍形態へと変形させて握り、静かに紫蘭の前に亡者達と紫蘭の間に割り込む様に立ち塞がり、二槍を前面で回転させながら、腰にある紐付き手枷と猿轡、そして拘束ロープを一斉射出。
「紫蘭さんはやらせないわよ!」
「き、姫桜……」
 心細げに呟く紫蘭と、その両隣にいる八重と祥華に目配せを行なう姫桜。
「……取り敢えず、此処から逃げるざんし!」
 そう言って、紫蘭の左手を優しく手に取る祥華。
「えっ……で、でも……」
「他の皆さんもまもなく到着するでしょう。ですから、今は」
 瑠香が物干竿・村正を抜刀し、その刀身に緋色の光を這わせながら呟き、ぽん、と何かを思い出したかの様な表情になる。
「あっ、そうでした。出来れば、彼女達の周囲をスケートで滑っておちょくって貰えませんか?」
「……えっ?」
 瑠香のそれに思わず、引き攣った表情を浮かべるひかる。
 一方で紫蘭は胸の中に兆した不安が膨らむのを感じながら、怪訝に尋ねた。
「……おちょくる……?」
「ああ、そう言うつもりでありんしたか」
 瑠香の提案に心得た、と頷くのは祥華。
 八重が向日葵の様に温かな笑みを浮かべて、祥華に手を握られた紫蘭を……正確にはその胸にある羽根を……見つめて優しくその胸を小突いた。
「紫蘭ちゃん。紫蘭ちゃんにとってその羽根は、きっととても大事なものなんだよね!」
「……うん」
 八重の言葉に静かに一つ首肯して、そっと自らの胸にある羽根に目を落とす紫蘭。
 無意識に、であろう煤けて何処かくすんでいる様にも見えるそれを大切そうに左手で弄ぶ様にしていた。
「これを触っていると……ずっと心がナニカに押し潰されそうになるのが……そうじゃなくなる様な、そんな気がして」
「だったら、絶対にその羽根を手放しちゃダメだよ! 大丈夫、わたし達が、あなたを守るから」
 八重がニッコリ笑ってそう告げて。
 祥華が右手と右手を繋ぎ、八重が紫蘭の左の二の腕を取る。
「祥華ちゃん、どっちに行けば良いの?!」
「そうでありんすのう……取り敢えず、こっちでありんすな。白桜。妾達と紫蘭であの者達を攪乱する為の道を作るのじゃ」
 八重の呼びかけにカラコロと鈴の鳴る様な声音で笑い、祥華が氷上を踊る様に舞い、紫蘭と八重を支えながら、自らの傍を飛ぶ四枚羽の妖精へと合図。
 祥華の呼びかけに応じ、パタパタと『白桜』が宙を舞う。
 『白桜』を追う様に八重達が影朧達の群れに向かってスケート場を滑り始めた。
「ちょ、ちょっ……!」
 誰にも分からない程度に膝を震わせ、八重達の様に上手く滑れぬひかるを見て、祥華が自らの指に嵌めた白虎の指輪にそっと息を吹きかけた。
「白虎よ、ひかるを助けるのじゃ」
 吹きかけられた息に応じた白虎の幻影が姿を現し、ひかるの巫女服の襟元を口に咥えて先行する八重達に追従する様に、影朧の群れへと突撃。
 当然影朧達の視線は、紫蘭達へと向けられていた。
「ああ、良かった、良かった」
「私達と共に、行く決心がついたのですね」
「さあ一緒にあの方の所に参りましょう」
 影朧達の労りさえ籠められたその呟き。
 それらの影朧達の言の葉が、紫蘭やひかるは勿論、祥華や八重達の心にさえ不安の因子を植え付け、それが胸の中で無限に増殖させていく。
 そんな時。
「Active Ice Wall! ……紫蘭さん、祥華さん、八重さん、ひかるさんどうかこれを盾にして下さい!」
 青と桜色の混ざり合った無数の魔法陣を左右に展開したウィリアムが、ルーンソード『スプラッシュ』を抜剣し振り下ろす。
 刃が空を切る音に応じて、その周囲に集っていた風の精霊達がウィリアムの体を覆い、ふわりと彼を空中へと舞い上がらせ。
 同時に左右に展開されていた無数の魔法陣から出鱈目に『都忘れ』の戦場を覆い尽くさんばかりの氷塊が解き放たれた。
 『スプラッシュ』で氷塊達を操作して、影朧達と戦場をスケートで駆け抜ける紫蘭達の間に割り込ませて影朧達の口撃を防ぐ盾とするウィリアム。
「痛いのは怖い、傷つくのは怖い、傷つけられるのは怖い……それが私達の性なのよ……」
 何人かの影朧達が舌打ちをしながら、左手を挙げ、一条の光を撃ち出した。
 撃ち出されたそれがウィリアムの呼び出した氷塊の一部をその手に持つ包帯を巻いた黒兎の縫いぐるみの様に、不安を掻き立てる異形の人形へと変化させ、ひかる達の心に込み上げてきていた『不安』を更に増大させていく。
 すると。
 ――ざぁ……ザザァ……。
 幻朧桜の無数の花弁が吹雪となって舞い踊り、美しい宝石の様な輝きを伴った氷の結晶が、チリチリと雪化粧の様に風に浚われて流れていく。
 その桜吹雪とダイヤモンドダストを反射して、暗闇の中で一際明るく光る宵闇が閃光となって駆け抜ける。
「カタリナ!」
「御免、少し遅くなった! お出ましだね! 『我在る限り汝等に滅びは在らず、即ち我等が宿願に果ては無し――来たれ我が眷属、焔の祝福受けし子等よ!』」
 閃光の主、統哉の呼びかけに応じる様に、ひかるを守るべく現れた光と氷の精霊達の作り出したダイヤモンドダストの輝きを反射して、美しく煌めく遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を羽ばたかせ。
 何時の間にか姿を現したカタリナ・エスペランサが、飛翔する様に『都忘れ』を身を屈めて疾走しながら朗々と聖歌を歌い上げ、白く煌めく遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を一閃。
 白く輝く灼熱の斬撃が、紫蘭の目前に現れた不安を掻き立てる異形の人形を断ち切り、同時にカタリナの周囲に、60体の劫火の身体を持ち、賛美歌を歌い上げる不死鳥達が生み出される。
 その不死鳥達が、一斉に合唱するは、人を守り、救う神々を讃える聖なる火を思い起こさせる聖歌。
 歌い上げられた聖歌に複数体の影朧が動きを止めた。
「お前達に、彼女を連れて行く邪魔はさせない」
 その金縛りを振り切る様に。
 影朧の内の一体が、エクトプラズムでカタリナの身を束縛させんと左手を挙げるが、その手には姫桜が解き放った手枷が嵌め込まれ。
 すかさず統哉が接近し、祈りを籠めて『宵』による一閃で、影朧の中の『邪心』を断ち切りながら問いかけた。
「お前達は、紫苑と縁深い影朧……なのか?」
 統哉のそれに、微かに影朧達の表情が歪む。
「何故、お前達がその名前を……?」
 影朧達がそう問いかけた、丁度その時。
 天空に、影が差した。
 怯えたひかるが天を見上げれば、その上空を駆け抜けていったのは、白銀の双翼持つ美しき鳥。
 同時に酸の雨が大地へと降り注ぎ、影朧達の体の一部を焼いていく。
「がっ……がぁぁ?!」
『全てを溶かして流せればどんなにいいか……考えたことはないか?』
 そう告げて現れたのは、深紅に彩られた瞳を白銀に染め、その髪を漆黒に染め上げ、金剛石の如く美しい黒き毛並みを揃えた獣を従えた青年、白夜・紅閻。
 指先を影朧の群れへと突きつけていた紅閻は、その柳眉な眉を僅かに顰め、その瞳を、影朧達を攪乱するべく祥華と八重と共に戦場を横断してきた紫蘭に向けている。
(「やはり『紫蘭』は……あの娘の転生した姿……なのか……?」)
 紫蘭の胸元で揺れる羽根、まだ数が減っている様に見えない影朧達が陣形を整えて再び向かってこようとしている様を見ながら、紅閻が内心で息をついた。
「紅閻さん、響さん、攻撃は任せたよ」
「……分かっている」
「ああ、勿論だ。その分、紫蘭の守りは任せたよ」
 紅閻の後ろから姿を現した天星・暁音が星屑の光明を掲げながら告げたそれに、紅閻がその左薬指に嵌め込まれた色褪せてしまった指輪を撫でつつ低く返し、真宮・響がその想いに呼応する様に青白く光る槍ブレイズブルーを上段に身構えた。
(「影朧達も、紫蘭さんの事を知っている様な素振りを見せていますし、紫蘭さんの事情を知る人もいる様ですが……」)
「私達が知っているのは、一緒に美味しいものを食べた紫蘭さんと言う『お友達』です」
「奏……」
 薄い青白い光を伴うブレイズセイバーを下段に、ひかるやウィリアムの呼び出した精霊達の加護に反応したか、青と緑色の綯い交ぜになった淡い輝きを発するエレメンタル・シールドを構えながら。
 紫蘭の隣に寄り添う様に真宮・奏が左隣に立って告げた言葉に、右隣で月虹の杖を構えて地面を突き、術の詠唱を始める、神城・瞬も静かに頷く。
(「紫蘭さんの過去には、何か深い事情があったのでしょう。ですがそれを差し引いたとしても、生まれたばかりの命である紫蘭さんを不安にさせる様な囁きを、僕達は、許しはしません」)
 内心でそう呟く瞬の月虹の杖の先端に光の魔力が収束していく。
「紫蘭さんは、何時でも庇って貰える様に誰かの傍にいて」
 共苦の痛みが紫蘭やひかる、そして人々の不安によって具現化された影朧達の心の瑕疵に共鳴し、その痛みに苛まれながらも、掲げた星屑の光明から祈りを籠めた星の光を注ぎ込み、紫蘭にそう告げる暁音。
「……う、うん……」
「妾達の守り、そう容易くあの者達に崩させるつもりはないでありんすよ」
 不安げに呻く紫蘭とは対照的に、優雅な微笑みを浮かべる祥華。
(「姫桜達も上手くやっておるようじゃしのう」)
 そんな祥華の笑みの意味を察したか、向日葵の様にニッコリ笑った八重が、パタパタと軽く手を振るう。
「皆! 紫蘭ちゃんの事は頼んだよ!」
 そして八重達に引き寄せられる様にして背を向け、統哉達に後方から強襲され乱戦状態となっている瑠香達の援護に回るべく紫蘭から手を放して身構えた。
(「祥華さん達の攪乱のお陰か、挟撃の形を取ることが出来たか。ただ、もう一押し欲しいところだな」)
 影朧達が此方に向かってくるのを見ながらも歌うのを止めずに、内心でそう思案を藤崎・美雪が巡らせていた、丁度その時。
 少し離れた幻朧桜の木の根の影から現れた館野・敬輔は、誰に共無くポツリ、と呟いていた。
「……始まった、か」
 ――ねぇ、あなた。
 ――お兄ちゃん。
(「うん。分かっている」)
 刀身を赤黒く光り輝かせる自らの愛剣から伝わってくる思念達に小さく頷く敬輔。
 その黒剣の周囲に漂う白い靄達も、心なしかいつも以上に輝いている様なそんな感覚を覚える。
(「転生がこの世界の理であるのならば、受け入れる」)
 ――受け入れられる。
 でも、その世界の『理』によって生まれ落ちたと思われる桜の精を……紫蘭さんを影朧に連れて行かせるのは……。
(「絶対に……やらせる訳にはいかないんだ!」)
 だから、その為にも。
 美雪達に挟撃されながらも、尚連携を崩す様子を見せない影朧達の群れへと白い靄を全身に纏い、その黒剣に赤黒い光を纏いながら敬輔は駆け出した。

 ――姫桜達と連携し、影朧達の連携を崩すために。


「おっと、あまり其方に行かせるつもりはありませんよ。……Slip!」
 統哉と姫桜、カタリナの連続攻撃に続いた紅閻からの酸の雨による波状攻撃。
 それらに対応するべく整然と陣形を組み直し、自分に向けて射出されたエクトプラズムを氷塊の盾で防ぎながら、右指先を突きつけてチョイチョイと回転させるウィリアム。
 すると、まるで命を持ったかの様にスケート場の氷がグラグラと地面を揺さぶる様に動き出し、それに巻き込まれた影朧達の何人かがすってんころりんとその場に転ぶ。
「今ですね!」
 瑠香が抜刀状態だった深紅のオーラを這わせた物干竿・村正を一閃。
 それによって生まれるは、緋色の衝撃波。
 斬撃を伴うその一閃がウィリアムによって転倒していた影朧達を斬り刻み、強かな一撃を加える。
「彼女には、指一本触れさせません!」
 力任せに一声をあげる瑠香に頷きながら、姫桜が力尽きた影朧達を見つめて、そっと溜息一つついた。
 桜鏡……その銀の腕輪に嵌め込まれた玻璃鏡が、ひかるを守るべく奮闘する精霊達が降り注がせた雪結晶と桜の花弁を受けて、鏡面を微かに泡立たせている。
(「叶うならば、彼女達も助けられれば良いのだけれど……」)
 感傷の波が胸に押し寄せてくるが、必要以上の感情移入は、美雪の歌声と、暁音の人々の心を勇気づける祈りの籠められた星光に微かに和らげられている不安を増大させてしまう恐れを招く可能性に思い当たり、軽く頭を横に振るい、紫蘭に視線を送る。
「大人しくしていて下さい」
 姫桜の視線の向こうでは、詠唱を完了させた瞬が、月虹の杖の先端に収束していた魔力を解放して生み出したアイヴィーと藤の蔓で、エクトプラズムによる行動の妨害及び束縛を行なおうとしていた影朧達を纏めて絡め取り。
「紫蘭。アタシ達家族は、さっき一緒にお茶した今の紫蘭しか知らない。だから、今の自分を、お菓子を美味しいと感じたその気持ちを大事にするんだ。大丈夫、アタシ達が傍にいるからね」
 絡め取られた影朧達を、紫蘭を叱咤激励した響が戦いの勲とも言える赫灼のグロリアを口遊みながら、その意志に呼応したブレイズブルーの青白い光の炎を煌々と輝かせて影朧達を貫き、或いは薙ぎ払う。
「妄執の影朧如きに、紫蘭のこの先に『待って』いる未来を奪う権利は無い」
 それに合わせる様に上空から酸の雨を紅閻が叩き付けて、その胸中に根ざす不安の元凶を葬りさろうとし。
「紫蘭さん、あなたは先程、やりたい事があるって言っていましたよね。ならばお友達として、私はそれが成し遂げられる様に力を尽くします!」
 奏が蒼く澄んだ結界を前面に張り、エレメンタル・シールドを叩き付けて不意にその傍に現れた影朧達を蹴散らしている。
 その光景を見ながら紫蘭がぎゅっ、と胸元の羽根を握りしめるのは、不安に押し潰されない様にか。それとも迷いからであろうか。
(「初めての戦い……何度か戦った私ですら、こうなのだから、無理も無いわね……」)
 その様子を目の端に捕らえた姫桜は、カタリナが呼び出した60体の不死鳥の歌によって酩酊したかの様な千鳥足となっている影朧達の1体をschwarzで貫き、統哉が宵を振るったその隙をついて、周囲の氷を見るだけで不安を掻き立てさせられる異形の人形へと変化させた影朧をWeißで貫き止めを刺しながら、紫蘭に向けて叫んだ。
「紫蘭さん! 怖いと思ったり、不安に思うのは当然よ! だって貴女も私も"ひと"なんだから!」
 SchwarzやWeißで肉を貫き、骨を突き崩すその感触も。
 その度に影朧達の『生命』を奪っているというその事実でさえも。
 姫桜の両肩に、生命を奪った責任として圧し掛かってくるのだから。
 誰が紫蘭を責めることが出来ようか。
「えっ……?!」
 思わぬ姫桜の呼びかけに、微かに息を呑む紫蘭。
「今なら、貴女をお連れすることが出来ますね。さぁ、どうか私達と共に……」
 響の青白く光る炎を放つ槍、ブレイズブルーの一閃を影朧の内の一体が受け、続けざまの撥ね上げによる斬撃を、別の影朧が受ける。
 彼女達の犠牲を踏み拉いた影朧の一体が紫蘭の心に微かに生まれた隙を更なる不安で埋め、紫蘭達を自分達の側へと引き込むべくエクトプラズムを放出。
「……味方を犠牲にしてまで、紫蘭さんを狙いますか……!」
 蒼穹の結界を張り、紫蘭の死角から彼女に接近、彼女の心を絶望に塗り替えようと更なる不安の呪詛を掛けようとしていた影朧を、ブレイズセイバーで斬り捨てていた奏の一瞬の隙をついて放たれたそれが、紫蘭を捕らえた様に見えた。
 だが……その紫蘭は、薄ぼんやりとした光と共に、幻の様に掻き消えていく。
 それは、何時の間にか不可思議な印を組んでいた祥華によって突如として現れた影の様な霧が、紫蘭を形取ったもの。
「『ファタモ・ルガナ・ブリュム・ドゥ・シャルール』。……残念じゃのう、おぬし達。それは、妾が生み出した残像じゃよ」
 驚く影朧達を瞬が月虹の杖の先端から解放したアイヴィーの蔓で纏めて締め上げてヤドリギの枝で貫き、藤の蔓でその全身を縛り上げ、そして……。
「Icicle Edge!」
 ウィリアムが『スプラッシュ』の先端を天空へと突きつけ、その場で描き出した青と桜色の混ざり合った魔法陣から200を優に越える氷柱の槍を驟雨の如く降り注がせ、身動きの取れなくなった影朧達を貫き、次々に滅していく。
 それらの戦いを紫蘭と、自らの心に闇の帳を敷いた無限に増殖する不安に苛まれるひかるが呆然と見つめていた、その時。
「ああ、そうだな」
 皆の心が不安と恐怖に押し潰され、心を絶望に喰らわれぬ様にするために。
 それまでずっと行進曲を歌い続けていた美雪が第一パートを歌い終えて、小さく呟く。
「私だって、怖いさ。戦いに身を投じるなんて、この歌声の意味を知るまでは、考えたことすら無かったのだから……」
 それは、当然のことかも知れない。
 その位、美雪にとって『戦い』は、非日常的なものだったのだから。
「……戦い、か」
 美雪や姫桜の言葉に、感じるものがあったのだろうか。
 紅閻の中の霞がかった様な脳裏の『それ』が微かにざわめき、何かを思い出させようとするかの様に浮かんできた情景に、紅閻が脳裏で手を差し伸べようとするが、掴むこと叶わず霞の様に消えていく。
(「……これは、やはり……」)
 自らの欠如した記憶への追求に没頭しかけた紅閻の意識を呼び覚ます様に、姫桜の更なる問いかけが紅閻の耳を打った。
「奏さんも言っていたけれど、貴女にはやりたいことがあるのでしょう?! 例えその記憶が貴女に無くとも、貴女の心に想いは残っている! 不安に押し潰されずに、自分が抱くその思いと、それを守る私達を信じて欲しいの!」
 叫びながらschwarzを突き出して影朧の内の一体を貫き、更にWeißでもう一体を薙ぎ払う姫桜。
 ――と、その時。
「姫桜!」
 漆黒の大鎌、続けて『宵』で影朧達の魂を斬るべきタイミングを見計らっていた統哉が、何処か焦りを帯びた声で呼びかけた。
「えっ……?!」
 紫蘭に呼びかけながら、目前の影朧に手枷を嵌め込んでいた姫桜の背後……そこは、運悪く統哉達からも見えていなかった死角……から影朧の一体が解き放ったエクトプラズムが姫桜を捕らえて締め上げんと襲いかかる。
「くっ……Active Ice Wall!」
 ウィリアムが近くの氷塊を姫桜の盾にするべく念動力で動かすが、すかさず別の影朧が自らの手にある兎型の縫いぐるみを翳す。
「無駄ですよ、それは……」
 翳された縫いぐるみから発された漆黒の光が、無機物である氷塊を瞬く間に不安を掻き立てる異形の人形へと変化させ、姫桜の心を浸食し……叫ぶことで何とか払っていたその心の中で首をもたげていた不安を増殖させた。
(「……っ!!」)
 無限に増殖された不安が姫桜の足を僅かに振るわせ、二槍による防御の構えの反応を鈍らせる。
「これで漸く一人、ですか。ですが、それでも構いません。これで紫蘭様があの方のところに来るのでしたら……!」
 そのままエクトプラズムによる一撃が姫桜に振り下ろされようとした、刹那。
「やらせるものか……!」
 側面から放たれた白い靄の中に薄らと紅色の光を纏った鋭い斬撃の衝撃波が、影朧の上半身を吹き飛ばした。
「な、何……っ?!」
「新手っ!?」
 ざわめき立つ影朧達を意に介さず、白い靄を全身に纏い、刀身を赤黒く光らせた青年はダン、と氷上を蹴る様に飛び、ウィリアムの氷塊を次々に渡って大上段に振り上げた黒剣を唐竹割りに振り下ろす。
「……皆、力を貸してくれ!」
 敬輔の叫びに応じる様に。
 振り下ろされた黒剣の先端から飛び出したのは、鋭い鏃の形をした白と赤の混じり合った衝撃波。
 連続して叩き込まれた衝撃波に影朧達が貫かれたのを確認しながら、敬輔は、すたり、と姫桜と影朧の間に割り込む様に立って入った。
 統哉が、思わずと言った様子でにゃははっ、と笑う。
「狙っていたのか、敬輔?」
「まあ……連携を崩すタイミング、はね」
 統哉の問いに、黒剣を正面に構え直した敬輔が口元に微苦笑を浮かべて頷いた。


 敬輔の連携を瓦解させるタイミングを狙った強襲に、影朧達の連携の輪が乱れを起こす。
 その乱れを見逃さず大地を疾駆し、自らの周囲に浮遊する60体の不死鳥達に聖歌を奏でさせたのはカタリナ。
「タイミングバッチリだね! 行くよ、皆!」
「よ~し、行っくぞ~!」
 畳みかけられた攻勢に乗じた八重が自らの闘志を纏って、氷上を高速突撃し、幾つも製作されていた不安を掻き立てる異形の人形を纏めて吹っ飛ばす。
 ただ、勢いが付きすぎたのだろう。
「わっ……わわわわわわわっ、どうしよう!?」
 あまりにも早く動きすぎた反動で、氷上で急ブレーキを掛けることも出来ぬ上、直線的すぎる動き故に、ひらり、とそれらの人形を作り上げていた影朧達には華麗に身を翻して躱されてそのまま憐れ幻朧桜の木に衝突し、そのまま幻朧桜の木の染みになりかける八重。
 ……と、そこで。
「何をしているんですか、八重さん」
 何処か呆れた様に、疲れた様に。
 溜息をついた瑠香が物干竿・村正を一閃して、再び緋色の衝撃波を放って影朧達を斬り刻むその間に、左手を八重に差し出し、その首根っこを掴んだ。
「ひゃっ……瑠香さんっ?!」
「それでは行きますよ、八重さん」
「はいっ!」
 瑠香の優しい呼びかけに、ハキハキと首を縦に振る八重。
 そんな八重に微笑んだ瑠香が、身を翻して攻撃を躱し、着地した瞬間を狙って唱えられたウィリアムのSlipに転ばされた影朧に向かって八重を放り投げた。
「そっちはお任せしますよ、八重さん」
「てぇいやー!」
 瑠香の言葉に強く頷き、そのまま闘気を陽刀・桜花爛漫に纏わせて刺突の構えを取った八重が、猪の如き速度で華麗に空中で一回転、影朧の喉仏を貫き止めを刺す。
「くっ……この……っ!」
 影朧がまた1人破れたことに怒りの形相を閃かせる影朧の群れに向かって、ウィリアムが叩き付ける様に『スプラッシュ』を振り下ろした。
「……Icicle Edge!」
 大地に突き立った『スプラッシュ』が生み出した青と桜色の魔法陣から飛び出す様に現れた氷の精霊達が、200を優に越える氷柱の槍となって大地で跳ね返り、そのまま鋭い刺突となって怒りの影朧達を貫いていく。
 そこにすかさず敬輔が黒剣を一閃させて斬撃の衝撃波を生み出して影朧達を斬り刻み、更にそこに響が高らかに赫灼のグロリアを歌い上げながらその歌と同じく、赫灼の青白い炎を纏ったブレイズブルーを横薙ぎに振るって纏めて影朧達を吹き飛ばす。
 そうして次々に影朧達が倒される光景を見る度に、胸が締め付けられる様になる紫蘭。
 ――ダメよ。それじゃあ、ダメ。
 ――このままだと、あの子達は……。
(「でも……?」)
 大分薄れてきてはいるものの、それでも尚、胸中に押し寄せてくる『黒』と形容するのが相応しいであろう負の感情。
 それは、決して途絶えることの無い、無限の不安。
(「私の役割は、桜の精。その役目は、あの子達を癒し、救う事。でも……」)
 怖い。
 戦いが。
 もし上手く行かなかければ、奏達がどうなるのかが。
 そして、あの影朧達を転生させることが出来るのか。
 様々な感情が胸の内に育まれ、益々その心を紫蘭が閉ざしかけたその時。
「のぉ、紫蘭」
 不意に染み入る様な声が、紫蘭の耳朶に響く。
 其方を振り向けば、そこには祥華と彼女の肩に寄り添う様にしている白桜の姿。
「あの……?」
「おぬしは、妾の精霊たるこの『白桜』がどの様な経緯で生まれたのか、知っておるかのぅ?」
「何を……!?」
「さぁ、貴女様、どうか此方に……!」
 指揮系統をズタズタにされてかなりの数を減らしながらも、尚健在の影朧達が呪詛にも似た声をあげ、無限とも思える無数の不安を呼び起こさせようとする。
 だが、それを打ち払う様に美雪が行進曲を歌いながらグリモア・ムジカ……箱形の自らのグリモアを拡大させて防音加工のされた箱庭を作り上げ、更に奏が蒼穹の結界を重ねて二重の防音結界を組み上げていた。
 無限の不安の沸き起こる力を封じられた影朧達が、ならば直接その結界を破壊するのみ、とばかりにエクトプラズムを呼び出し攻撃を仕掛けさせようとするが、その時には瞬が虹光の杖をクルクルと回転させて、トン、と地面を突いている。
「紫蘭さんを、あなた達に渡しはしませんよ」
 瞬の呟きと共に何度目であろうか、新たなアイヴィーと藤の蔓が大地から生えてきてエクトプラズムを絡め取り更にヤドリギの枝が、影朧達の呼び出したエクトプラズム達の胸を貫き、その動きを封じる。
 胸中に宿る不安は、暁音が高々と掲げる星屑の光明から生じた祈りの光によって緩和されていた。
「み、皆、頑張って……!」
 膝をガクガクと震わせながらも、炎と雷の精霊さん達の勇ましく弾ける歌にその体を支えられながら必死に激励をかけるひかるの姿を認めて流石じゃのぅ、と賞賛の笑いを浮かべた祥華が『白桜』と紫蘭を向き合わせ、訥々と語る。
「実はのぅ紫蘭、この『白桜』はおぬしと同じ幻朧桜から生まれたのじゃ」
「……えっ?」
 まるで今まで隠していた秘密をばらす子供の様に少々悪戯っぽくも、微かに寂しさを感じさせる微笑を浮かべた祥華の言の葉に思わず間の抜けた声を上げる紫蘭。
 それは、明らかに紫蘭の負の想念へと突き動かされ掛けていたその感情を上回る好奇心となって彼女の胸中を満たしている。
 目まぐるしく表情を変える紫蘭を見て優美な微笑を浮かべた祥華が、もっとも、と小さく息をついた。
「『白桜』は、幻朧桜の『枝』から妾が創った……即ち、おぬしと違い、『何も無い』状態でこの世界に誕生し今に至るもの、じゃがのぅ」
「……!」
(「そうだ、私も……」)
「ふむ、そうじゃ。『何も無い』というのがどういうことか、おぬしはよく知っておるじゃろ?」
 ――そう、生まれ落ちたばかりの私には……。
 本当に、何も無かった。
 胸に付けられた羽根と、桜の精としての使命、そして『何か』を失ったと言う感覚しか。
 空虚な自分を思い起こし、やや機械的に首肯する紫蘭に、だが、と祥華が問う。
「今は、どうじゃ?」
「それは……」
 祥華の問いに、言葉を詰まらせる紫蘭。
 ――そうだ、今の私は。
「……その通りじゃ。今のおぬしは此処で目覚めた時と違い独りでは無い……姫桜や奏達、沢山の猟兵がいる。そして、此処に居る猟兵達の誰もが……おぬしと同じ、不安や恐怖を感じているのじゃ」
 祥華の諭しに、ぎゅっ、と自らの桜織衣を強く握る感触に気がつき、其方を振り向く紫蘭。
 紫蘭が振り向いたそこでは、自らの恐怖を押し隠そうと必死になりながらも、それでも微かにその震えを伝えてくるひかるの姿。
「み、皆、紫蘭さん……まっ、負けないで……!」
 そう美雪の歌に重ね合わせる様にして、炎と雷の精霊さんと共に鼓舞の声を張り上げるひかるの姿が酷く胸に刻み込まれる。
(「そうよ……そうよね……」)
 現在は敬輔の援護を受けて立て直した姫桜は、怖いのは当然だと言った。
 それでも自分達を信じて欲しい、と言ってくれた。
 その真意は……。
「もう、気がついておるのじゃろう、紫蘭。そうじゃ。おぬしと同じ感情を抱きながらも尚、おぬしを守りたくて戦っているのじゃ。無論、妾もな」
『白桜』に踊る様に戦場を駆け抜ける最適なルートを調べさせ、戦場を奏達と共に転々と移動し、時には残像を作り、時には忍び足を駆使して退路を確保してくれていた『神』の女はカラコロ、と鈴の鳴る様な声音でおっとりと笑った。
 ひかるの手助けのために姿を現した風と草木の精霊達の桜吹雪、氷と光の精霊による輝かしいダイヤモンドダスト、そしてウィリアムの氷塊の盾の中に紛れ込ませる様に指先を影朧に突きつけて酸の雨を叩き付ける紅閻が紫蘭、と静かに呼びかける。
「実はね。僕には、過去の記憶が、無いんだ」
「えっ……それって……!?」
 はっとした表情になり、口元を覆い隠す様に息を呑む紫蘭にそうだよ、と静かに頷く紅閻。
「自分が何者で、何で存在しているかさえ、分からないんだ……」
 ――記憶が無いのは、一緒だね。
 流石にそれは、言の葉には出来なかったけれども。
 自らへと視線を向けた紫蘭に、『紫蘭』として初めて出会った時に彼女に見せた、白銀の双翼と、金剛石の月華に彩られた色褪せてしまった指輪を見せながら、微かに口元に閃かせたそれは自嘲、だろうか。
「唯、それでも一つ、分かっていることがあるんだ。それは、この『指輪』に魂が宿り、『僕』となったと言う事。そう……紫蘭。君が、桜の精となったのと、同じ様に……」
 しかもね、と何処か無機質さを感じさせる声音で呟いたのは、その心の内にもたげている不安と恐怖を紫蘭には見せない様に、と言う配慮からかも知れない。
「……僕はこの指輪が何で、何のために作られたのか……それが分からない」
 そのヒントになりそうな、あの光景にはいつも霞がかかっていて、幾らその手で掴もうとしても、掴むことが出来なくて。
 結局それがなんなのか分からずじまいのままでいる『知らない』事への恐怖と不安が、紅閻の心をより深く、深く蝕んでいく。
「でも……君はそうじゃない。君は、君が君である事を知っているのだから」
 ――桜の精としての役割を持つ自分のことを。
 大切な者達がいるという事を。
 祥華の言うとおり、初めは何も知らなかったのだろうけれど……今の彼女には、その自分が自分である事の意味を知ることの本当の意味が分かる筈。
(「でも、だとしたら、魂を得て人となったとしても、それはいつ消えるか解らないし、何の為に生まれたのかも分からない僕は……」)
 ――それでも此処に居たい、と思う理由はある。
 それは、理由はどうあれ自分よりも多くのものを知り、多くのものを持ってこの世界に生まれた未来ある紫蘭を、影朧達に渡すわけにはいかない、と言う想い。
(「今、感じている僕の想いは……きっと、本物の筈だから」)
 その想いが紫蘭に届いてくれるのかどうか、それは分からないけれども。
 それでも、少しでも……、と紅閻が願った、正しくその瞬間だった。
「紫蘭さん。もし向き合う覚悟が決まらないなら、役目だからなんて理由で戦わなくて構わない」
 僅かな一歩を踏み出すための勇気を奮い立たせる加護の祈りを籠めた光で、斬撃の衝撃波で影朧達を切り裂く敬輔達を照らしながら、暁音が諭す様に告げたのは。
「えっ……?」
 思わぬ暁音の言の葉に戸惑いの声を上げる紫蘭。
「君は知らなくちゃいけないんだ。戦うのであれば、相手の全てを奪う覚悟を決めなければならない、と言う事を」
 ――その悲しみ、痛み、苦しみを。
 ――その悦びや、楽しみや、存在する事の喜びを享受する、全てを。
「……」
「勿論、相手の痛みや悲しみを慮ることは大事な事だ」
 自らに刻み込まれた共苦の苦しみがひかるや姫桜の不安、自らの存在の有無についての恐怖を増幅されている紅閻達と、今、正に戦っている影朧達の抱く心の闇に苛まれる痛みを感じ取りながら。
 それでも尚、苦痛を表情に見せずに暁音はただ、紫蘭へとその教えを伝えるべく口を開いて言の葉を紡ぎ出す。
「でも、その相手の痛みや悲しみに呑み込まれたら、君は相手に全てを奪われてしまう。だから、自分がこの戦いを通してどうしたいのか、それを決めることが大事なんだ」
「相手の痛みや、悲しみに飲まれる……」
 その物語を、紫蘭は知っていた。
 それは統哉が聞かせてくれた、優しすぎた少女が影朧に殺され、そして影朧と化して大切な人に会いに行く物語。
 胸元の羽根がひかるの手助けをする風の精霊の息吹にふわりと揺れる。
 それが彼女の心の裡を端的に現わしているかの様に、暁音には思えた。
「時には迷うことも大事だよ。でも、戦場におけるその迷いは、自分も、俺達の様な仲間をも危険に晒す、と覚えておいて欲しい。今回は迷っても、戸惑っても良いけれど、ね」
「どうして?」
 暁音の言葉に、極自然に投げかけられた紫蘭の問い。
 紫蘭の問いに、それはね、と暁音が囁き返す。
「俺達は、そんな君を護るために、此処にいるから」
 その為に全力を尽くすとも、約束しているから。
「アタシ達が知っているアンタは、桜の精として生まれたとは言え、初めていきなり実戦に投げ出された、一緒にお茶をして、お菓子を食べるだけで美味しいと言う気持ちを漸く感じた、そんなアンタだ」
 赫灼のグロリアを歌うのを止め、目前の影朧達を迎撃する様に斬り捨てながら、響がそう事実を紡ぎ出す。
 奏と美雪の作り出した結界の外に敢えて出て、迫ってくる影朧達を赫灼の青白い光を発するブレイズブルーで貫き、薙ぎ倒すその様が響の想いを、言葉以上に雄弁に物語っていた。
「優しいことは良いことだよ。でも、ただ優しいだけじゃ、駄目なんだ」
 その優しさを支えられるだけの力が無ければ……何も守ることも、救うことも出来ないから。
 断言する暁音のそれにきゅっ、とキツく唇を噛み締める紫蘭。
 胸元の羽根を強く握りしめ、何かを思い起こすかの様に、ギュッ、と目を瞑る。
 胸中で絶え間なく生まれてくる不安は、決して途絶えることは無い。
(「でも……」)
 どの位の時間が経っただろうか。
 それは、1分にも満たないであろう短い時間ではあったが……じっと目を瞑り続ける紫蘭の後ろ姿を、まるで何十分も、何時間も見つめている様な……そんな感覚を、行進曲を歌う美雪は味わう。
 それは紫蘭が成長した事に気付かせた祥華や、宵を振るい続ける統哉や、本当は影朧達を転生させたいと望む姫桜、そして遊生夢死 ― Flirty-Feather ―によるプラズマを発した斬撃を放ちながらこの影朧達をどうしたいのか、それを紫蘭に問うことを望むカタリナにとっても同じであったろう。
 ――静寂。
 その静寂に、耐えきれなくて。
「紫蘭さん……あなたは……」
 どうするつもりなのだ、と美雪が問いかけようとした、その時。
「踏み出さなきゃ、何も守れないわよね」
 紫蘭が瞼を開き、じっと目前の戦場を見つめる。
 敬輔が姫桜と背中合わせになって黒剣を振るって影朧のエクトプラズムを斬り裂き、姫桜が二槍を振るって影朧達を屠り。
 カタリナが不死鳥たちに聖歌を歌わせ、ウィリアムがIcicle Edgeによる氷柱の槍で影朧を貫いて、物干竿・村正に這わせた緋色のオーラを衝撃波に変えて敵を斬り裂く瑠香と、突撃を繰り返す八重を援護しているその戦場を。
 紫蘭の空気の変化に一番最初に気がついたのは、カタリナだった。
 「紫蘭。キミは、今、何を望んでいるのかな?」
 その口元に、微笑を刻み込みながらのカタリナの問いに、美雪と奏の張ってくれていた結界から出た紫蘭が微笑んで静かな決意と共に、高らかに告げる。
「私は、この子達の魂を救いたいの。皆……お願い。私に力を貸して」
 真っ直ぐな瞳で戦場を見つめ、そう告げるカタリナの姿に、統哉が心底嬉しそうに、口元に笑みを綻ばせた。


「くっ……何故、何故拒むの?! 貴女は多くの悲劇を、私達の悲しみを、知っている筈なのに……!」
 既に数もまばらになっている影朧達。
 動揺も露わに悲壮な叫びを上げる影朧にウィリアムが告げる。
「無限に増殖する不安? 圧倒的な絶望? それが何だって言うんですか? ぼくらは、いつでもそんなものは乗り越えてきましたよ」
 Active Ice Wallを紫蘭と奏達への援護に回したウィリアムのそれは、彼自身が多くの戦いに裏打ちされた経験と、絶対的な自信から作り出された確固たる『自我』から紡ぎだした言葉。
 迷わぬウィリアムのその答えに、敬輔は苦笑を抑えきれない。
(「常に絶望的な状況を乗り越えてきた、か……」)
 自分はどうなのだろうとも思うが、多くの経験を積んで来たのは確かな話だ。
 故に、数多の戦場を乗り越えてきたウィリアムのそれを否定できる者が果たしてそれ程居るのかどうか、その答えは何となく分かっている。
「ありがとう、紫蘭。私達を信じてくれたのね」
 残り少ない影朧達に手枷を嵌め込み、拘束ロープで纏めて締め上げながら二槍を構え直した姫桜が安堵の息と共にそう呼びかけるのに、紫蘭が小さく頷きを一つ。
(「これなら、きっと……!」)
 姫桜の想いよりも先に行動を開始したのは統哉。
 宵を大上段に構え、さて、と微笑を零しつつ、残された影朧達へと問いかける。
「未来を望んでくれた紫蘭が、君達には自分達と同じに見えるのかい?」
「……いいえ、今の貴女は偽りの姿。本当の、貴女は……!」
 無限の不安を紫蘭達の心に齎すべく叫びを上げる影朧達。
 だがその時、紫蘭は影朧達の目前で、祈る様に両手を組んでいた。
「桜よ、桜。あの子達の想いを、此処に……」
 小さな祈りの囁きと共に、不意に紫蘭の周囲を桜吹雪が舞う。
 ひかると共に在った風と草木の精霊達が引き起こした桜吹雪の中、幻朧桜が淡い輝きを発してその咲かせている花々を散らせ、ウィリアム達の周囲を飛び交う嵐となって、影朧達へと向かっていった。
 不意に訪れた猛烈な眠気に、影朧達は戸惑いを隠せない。
「こ……これは……!」
「い、嫌、どうして、こんなに……?!」
 睡魔に襲われ、そのまま安らかな眠りに落ちそうになる影朧達を、何処か慈しむ様に統哉が語りかけている。
「君達の知っているその子は、影朧だったのかも知れない。でも、紫蘭は影朧じゃ無い。桜の精として、確かに生きている。それが彼女にとっての転生……命の輪廻に戻る、と言う事だったんだから」
「命の輪廻……この世界の理に戻る事が、影朧達にとっての『死』と言う事なんだよね……」
 統哉の呼びかけに、ポツリ、と独りごちる敬輔。
 この世界の理である以上その転生を受け入れているが、そう簡単に気持ちに整理が付けられるほど、人は単純な存在でも無いだろう、とちらりと思う。
 けれども、この影朧達を転生させる事を紫蘭が望むのであれば、それは狂った歯車を元に戻すことに繋がるのだから、手助けはするべきだろう。
 ――それでいいんだよ、お兄ちゃん。
 白い靄と化した少女達の言の葉に導かれ、敬輔が黒剣を大地に擦過させ、幾度目かの斬撃の衝撃波を解き放って影朧達を斬り刻み、同時に瑠香が物干竿・村正から緋色の衝撃波を、八重が闘気を纏った体当たりを、影朧達に叩き込む。
「どうか、お休みになって下さい……!」
「わたし達が、あなた達を輪廻の輪に戻してあげるんだから……! それが、わたし達帝都桜學府學徒兵の役割だよ!」
 瑠香と八重の連続攻撃が、眠気に誘われながらもそれに必死に抵抗し、尚、周囲の無機物を不安を掻き立てる異形の人形へと変貌させようとした影朧達を叩きのめす。
 その様子を見ながら、統哉が『宵』を振り下ろした。
 黒い柄についた漆黒の刃に、宵闇の中を流れる夜桜の様な輝きを伴いながら。
「桜の精として新しい命を得た紫蘭だけれど……だからと言って、君達と全く違う、と言う訳ではないんだ。君達が未来への希望を胸に生きていける可能性を持つことを望めば……」
 その願いと祈りを籠めた美しき宵闇を斬り裂く桜色の光を伴った刃を、統哉が美しい軌跡を描かせながら振り抜いた。
 影朧達の『邪心』のみを斬り裂く一閃が、紫蘭の桜吹雪に彩られて美しい弧を描いて踊り、生き残っていた影朧達を斬り倒していく。
 肉を切る感触は無い。
 ただ……その邪心を増幅させていたであろう事は疑いない、大事そうに抱えた包帯を巻いた黒兎の人形達は、音も無く崩れ落ちていった。
「あっ、ああ……」
「生まれ変わるのは、不安かい? いや……不安、だよな」
 人形を失い、紫蘭の桜吹雪による睡魔という名の愛撫にその身を委ね、静かな眠りへと向かいつつある影朧達を眠らせるために、カタリナが不死鳥達と共に一曲歌を歌い始めた。
 それは……安らかな眠りを齎すために歌われる小夜曲。
(「今、アタシに出来ることは、こうしてその魂を慰める祈りを歌うこと」)
 それが……紫蘭へのサポートとして最善である事を、カタリナは知っていたから。
 ――カタリナの小夜曲。
 ――美雪の行進曲。
 ――紫蘭の桜吹雪の子守歌。
 それらの歌が複雑に絡み合い、一つの『音楽』が生み出されたところに、響の赫灼のグロリアとひかるの周囲を取り巻く炎と雷の精霊による狂詩曲が絡み合って響き渡りその曲を新たな世界への旅路を祈る、勇ましく荘厳な五重奏させる。
 曲調の変化を耳にしながら、宵を構えた統哉が微笑み、影朧達に優しく告げた。
「大丈夫。君達もどうか勇気を出して。変化があるからこそ、絶望だって、希望に変えられるのだから」
 その統哉の言葉が手向けとなったか。
「ええ、そうね……これなら……あの方も、きっと……」
 安らかな眠りにつく様に崩れ落ちた影朧達の小さな囁き。
 程なくして彼女達は、既に倒されていた影朧達と共に桜の花弁と化して空を舞い、天空へと飛び去っていった。


「……終わった、のか?」
 あまりにも呆気ない幕切れに虚を衝かれつつも、敬輔が注意深く黒剣を構えて戦場を見渡す。
(「今の所、彼女達を操っていた者は姿を現していない、か」)
「そうですね。前哨戦はこれで終わりの様です」
「でも、これからが本番なのよね」
 自らの身を纏っていた風の精霊達を一度解除し、『スプラッシュ』を一度腰に納めたウィリアムの答えに軽く肩を竦めた姫桜が、長髪を軽く掻きながら溜息を一つ。
「ああ、そうだな」
 姫桜にそう答えながら、それにしても、と統哉は思う。
(「彼女達は、紫苑と紫蘭の関係性を知っていたんだろうな」)
 最初の問いに対する反応、そして影朧達の今際の言葉。
「統哉さん。彼女達の主であった『あの方』は……どう言う相手だと思っているんだ?」
 敬輔の問いかけに、俺は、と軽く息をつく統哉。
「紫苑の命を奪ってしまった、あの影朧なのかも知れないと思っているが……敬輔は違うのか?」
「……そうか。そう言う可能性もあるな。僕は……」
 そこまで告げたところで、敬輔がちらりと気遣わしげに影朧達の最期を見届け、深呼吸を行なう紫蘭へと視線を送る。
 その視線に美雪が気がついて一つ頷き、祥華達と共にさりげなく敬輔達から敵が来たら直ぐに駆けつけられる程度の距離を紫蘭に取らせた。
「……嘗ての紫苑さんの仲間じゃないか。そう思っている」
 敬輔の解にその可能性もあるな、と統哉が納得した様に頷いている。
 その眉が顰められている様に見えるのは、敬輔の気のせいでは無いだろう。
「どちらにせよ、紫蘭が桜の精として向き合う必然のある影朧が相手になるんだな」
「でも、きっともう大丈夫だよ」
 影朧達の存在が消え、心を押し潰さんばかりの不安から解放されたのか。
 何処か晴れ晴れとした表情を見せたひかるが精霊さん達と共に姿を現し、見て、と言う様に先程美雪に連れられて少し離れた所にいる紫蘭を指差す。
 響、奏、瞬、暁音、美雪、祥華に囲まれ、もう大丈夫、と胸を叩く紫蘭の微笑が、紫苑が最期に雅人に向けられた優しい微笑みによく似ている事に、果たして紫蘭は気がついているのだろうか。
「そうだね。もう紫蘭は、あんな風に笑うことが出来るんだもんね」
「……そうだな」
 ひかるの言葉に同意する様にカタリナが頷いたのに紅閻も同意し天を仰ぐ。
(「影朧……例え、お前達がどの様な存在であろうとも」)

 ――お前達に、『紫蘭』を奪わせはしない。

「さて、貴女にも安らかに転生して貰いましょう、影朧」
「そうだね! それがわたし達帝都桜學府學徒兵の戦いだから!」
 紅閻の静かな決意をちらりと横目に見やりながら瑠香と八重が互いに頷き、自分達の役割を確認した直後。

 ――周囲が、不安定で濃密な気配で覆い尽くされた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ダークプルティア『ダーク・グロル』』

POW   :    心を蝕みます。ダークネスファウルハイト
【恨みや憎しみの怨念】を籠めた【ギザギザとした形状の闇魔刀】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【精神の正常さ】のみを攻撃する。
SPD   :    果す為なら全力を。ダークネスノインシュナイデン
自身の【恨みや憎しみを籠めた闇魔刀の刀身】が輝く間、【闇魔刀】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    貴方は必ず殺します。ダークネスラッヘゾルダート
自身が【恨みや憎しみ】を感じると、レベル×1体の【刀や銃、マントを装備した仮面女学生兵士】が召喚される。刀や銃、マントを装備した仮面女学生兵士は恨みや憎しみを与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はシズホ・トヒソズマです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回更新予定は11月9日(土)夜~11月11日(月)一杯の予定です。そのため、プレイング受付期間は、11月8日(金)8時31分以降~11月9日(土)17:00頃迄となります。何卒、宜しくお願い申し上げます*

「……あの子達を、転生させたと言うの?」
 何処か、唖然とした表情で。
 そう問いかける彼女の視線は、ただ紫蘭に対してのみ向けられている。
「……桜の精として転生し、本来であればあるべき筈の記憶さえ、理不尽な理由で失わされ……その上、死後も貴女の事など何とも思っていない人達に見捨てられ、見捨てられずとも利用されるなんて……」
 呟く女の瞳からハラハラと零れ落ちるのは黒い涙。
「大切な先輩。私を守ってくれた恩人であり、親友でもある貴女。いつも、貴女はそうだった。自分を犠牲にして、他人のことばかり考えていた……そうよね、紫苑先輩」
『紫苑』と呼びかけられた紫蘭は、何をと言った表情で、彼女を見つめる。
「紫苑……? 貴女は、何を……?」
「そう……そうよね。それさえも貴女は忘れてしまっているのよね……転生してしまったからこそ、貴女はもう紫苑では無くなってしまった……」
 心底悲しそうに呟き、頭を振る『彼女』に、ねぇ、と紫蘭が問いかける。
「どうして、貴女はそこにいるの? いつまでもそこにいたままでは、貴女は……」
 ――戻れなく、なってしまう。
『人』として、この世界の輪廻に帰る事が、出来なくなってしまう。
「今の自分を失うのが怖いのは私もよく分かる。でも、だからと言ってその場に居続けてしまえば、貴女の苦しみや悲しみは、永劫に癒されないのよ? そんなの……とても悲しい話じゃない」
 優しく告げる紫蘭にそんな事無いわ、と頭を振る女。
「貴女が戻ってきてくれれば、この悲しみも、苦しみも、全てが喜びに変わる。だから、私は必ず貴女を連れ戻す。……私の力の全てを持って」
 そう呟き、刀を構える女に軽く頭を振る紫蘭。
「……貴女の気持は、分からないでも無いわ。でも……だからと言って、私は貴女を『そこ』にずっと置いたままには出来ない」
 ――人は死に、そして生まれ変わる。
 生命の輪廻は、そうやって回る。
 それは、人が人であるために必要な、心の瑕疵を癒す、大事な儀式。
 それを否定する彼女を『紫蘭』は救いたい、と切に願う。
「だから私は……貴女を癒すために、私の力と想いを籠めて貴女と戦う」
 ――でも、私だけでは彼女を癒すことは出来ない。
 だから……お願い。
 皆、力を貸して。
 彼女を、永劫の悲しみから、救うために。
 そんな紫蘭の声なき願いを聞き取ったかの様に。
 其々の想いを胸に秘め……猟兵達は、敢然と彼女に立ち向かった。

*紫蘭については下記のルールに従います。
1.第2章までの判定の結果、紫蘭は自分の意志で戦い、影朧を癒し、救いたいと願う様になりました。その為、猟兵達の指示に従います。
2.紫蘭のユーベルコヲドについては、第2章と同じく『桜の癒し』のみとなります。
3.紫蘭は、彼女を転生させ、彼女の傷ついた魂が癒されることを願っております。その為、基本的に彼女を『転生』させることを望む猟兵達の指示に従います。
4.敵は、当然ながら紫蘭を殺し、再び自分達の下へと取り戻したいと願っております。その為、紫蘭を殺害した段階で即座に撤退致します。

 ――それでは、良き戦いを。
ウィリアム・バークリー
紫苑さんの後輩だった影朧ですか。
今更勧誘しても無駄ですよ。だってあなた、影朧の紫苑さんにも見放されて、彼女は思い人のところに逃げ込まれたじゃないですか。
それで、そんな詞(コトバ)で、今の紫蘭さんの心を揺らせると思いますか?
さあ、大人しく、紫蘭さんの力で輪廻の輪に戻ってください。

Active Ice Wallを再展開。いつもの通り「盾受け」や足場に。
出来ればこれで攻撃を封殺したいんですが、女学生召喚が厄介です。
Icicle Edgeの「全力魔法」氷の「属性攻撃」「範囲攻撃」「衝撃波」で消滅させます。
こちらが押し込めるようになったら、踏み込んでルーンスラッシュ一閃。

さあ、紫苑さん。転生の術式を。


真宮・響
【雪白】の皆と。

紫蘭、アンタの願い、受け取った。確かにアンタを殺して手元に取り戻したって影朧の悲しみは消えない。確かにこのままじゃいけない。何とか敵を引きつけてみるよ。

あちらが精神の正常さを奪う事を狙うなら、その邪心ごと、断ち切らせて貰うよ。【目立たない】【忍び足】で敵の背後に回り込み、背後から【先制攻撃】【二回攻撃】で浄火の一撃を使う。当然閻魔刀で攻撃されるだろうから【残像】【見切り】【オーラ防御】を駆使して回避する。アタシが正気を失うか、アンタの邪心が浄化されるのが先か、勝負だ!!


真宮・奏
【雪白】で参加。

影朧を救いたい、それが紫蘭さんの願いならば。影朧がかつてのお友達なら尚更です。私は紫蘭さんのお友達ですから、友として願いを叶えるのは当然です。

紫蘭さんが確実に桜の癒しを使えるように護衛に専念します。【トリニティ・エンハンスで防御力を高めて【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で紫蘭さんを【かばう】。敵の心を蝕む攻撃は【呪詛耐性】【狂気耐性】を使った上で歯を食いしばって耐えます。紫蘭さんには手を出させません!!必要ならば【シールドバッシュ】で敵を吹き飛ばすことも考えます。


神城・瞬
【雪白】の皆さんと。

確かに影朧である限り、悲しみは永遠に癒されない・・・それが大切な人の命と引き替えであっても。その事実は影朧の彼女にとって余りにも惨い。せめて転生によってその悲しみが癒されるように。全力を尽くしましょう。

彼女の強烈な攻撃の勢いを少しでも削ぐ為に、【高速詠唱】【全力魔法】【二回攻撃】で裂帛の束縛を引き続き使います。彼女の動きを少しでも止める為に【誘導弾】【マヒ攻撃】【武器落とし】を追撃で撃って彼女がこちらに近付き過ぎた場合は【吹き飛ばし】で吹き飛ばします。僕の方に攻撃がくる場合は【オーラ防御】でダメージを軽減しますね。


カタリナ・エスペランサ
よく言ったね、紫蘭
ならアタシもキミに力を貸すとしよう!

UC【閃紅散華】に《2回攻撃》も重ねて18倍速、《第六感+戦闘知識+見切り》の併用で常に敵の動きを先読みして動くよ
紫蘭を《庇う》為にも基本は彼女の傍から離れずに紅雷で強化した羽弾の《属性攻撃+マヒ攻撃+誘導弾+乱れ撃ち+援護射撃》で遠距離攻撃かな
敵が剣の間合いに入ってきたら《早業+怪力+破魔》で剣技と体術を組み合わせて《カウンター》だね
ペンダントから放つ光にも《精神攻撃+催眠術+ハッキング+祈り+慰め》の性質を付与して少しずつ敵の妄執を鎮めていきたいな

未来を選んだのは紫蘭の意思だ
過去に囚われたままの影朧にそれを否定させはしないよ


天星・暁音
【雪白】で参加
紫蘭さん皆の側を離れないで
俺が離れたら追いかけては来ないようにね

確かに転生してしまえば全てを忘れてしまう
どれほどの想いがあろうと、魂が同じだろうと、前と今では別人だ
それはとても怖いよね
分かるよ
俺だってそうだから…
でも、怖いから嫌だからと逃げ続けたり縛りつけてしまうことを俺は絶対に良しとはしない…
辛くても悲しくても受け入れなければならない事というのはあるんだ
大切だというなら生まれ変わった彼女もまた受け入れてみせない
例え紫苑さんが戻って悲しくて苦しい気持ちを喜びにしても結局は悲しくて苦しい儘なのだから



紫蘭の側で護衛しますが声掛けでタゲ取りした場合のみ自分を囮にして離れるます
アドリブ可


荒谷・ひかる
戻ってきてくれれば、って言うけれど。
紫蘭さんを殺しても、紫苑さんは戻って来ないんだよ。
例え転生して同じ魂を持っていたとしても、紫蘭さんは紫苑さんじゃないの。
「紫苑さん」はもう、どこにもいないんだよ。

紫蘭さん、貴女は必ず護るんだよ。
紫苑さんの傍で護衛に付きつつ【本気の光の精霊さん】発動
杖にはめ込まれた精霊石の一つが輝き、光の花弁舞う花吹雪に変化しわたし達の周囲を吹き荒れる
味方と紫蘭さんが触れても何も起きないけど、影朧やその手下が触れるとレーザーが当たったように焼き焦がす、攻防一体の技なんだよ
名付けて「ロイステンデブルーメン」……なんちゃって。

紫蘭さんがコード使う時は、精霊さんに支援をお願いするね


館野・敬輔
【POW】
アドリブ連携可

…やはり、影朧は紫苑さんの仲間だったか

転生させることが紫蘭さんの意なら
僕はそれをお手伝いするだけだな

演出で【魂魄解放】使用、深く同調
…彼女たちと意は同じなのだろうか
可能なら彼女たちの意も伝えたいが…

基本は紫蘭さんの護衛
「第六感、早業、かばう、武器受け」で向かう攻撃全てを受ける構え
ダメージは「オーラ防御、激痛耐性、狂気耐性」で可能な限り軽減

むしろ攻撃を受けたらチャンスだ
「カウンター、早業、2回攻撃、殺気」+【魂魄剣・戦意両断】で
影朧の戦意を一気に断ち切り、皆の言葉を届きやすくしよう

戦闘後極度の疲労で膝をつくけど
心はなぜか穏やか
…これが、理に従うという事か


朱雀門・瑠香
八重さんを含めて他の方との連携、アドリブは可
私は、桜學府に属する者として使命を果たします。
【説得】
威厳を込めて彼女(の魂)を鼓舞しましょう。
貴方は間違っています。紫蘭を殺したところで紫苑さんにはなりません
紫蘭さんが影朧になるだけで意味がありません。彼女は転生を受け入れ新たな人生を歩むことを決めたのだから・・・・だから貴方も転生を受け入れるべきです。
それだけ強い思いを持っているのなら必ず紫蘭さんと出会えますよ。
敵の刃は厄介ですね。相手の武器の間合いと挙動から相手の攻撃を見切って躱し破魔の力を込めた一撃で切り捨てましょう。
後は紫蘭さんに転生をお願いします。殺されないように守りながらですが


御桜・八重
【POW】

あの子の言うことは正直わかる。
わたしも親友を失っているから。

迷いが動きを鈍らせる。
紫蘭ちゃんを庇ったわたしを閻魔刀の一撃が貫く。
刀身から流れ込む、黒い囁き。

アノ子ト、モヲ一度、会ウタメナラバ。

紫蘭ちゃんの、仲間の声が聞こえる。
「わた、しは、みらいを、しんじて、る…」
僅かに陽刀・桜花爛漫を握る手に力が戻り、強制改心刀、発動。
自分の胸に刃を突き立て、流し込まれた邪心を断つ!

過去は大事。
あなたが紫苑さんを大切に想う気持ちはきっと本物。
でも、未来も大事。
わたしは紫蘭ちゃんとの出会いを心から嬉しく思う。
どっちも大事だから、わたしはあなたに手を伸ばす。
「一緒に行こう!」
この一振りに願いを込めて。


藤崎・美雪
【WIZ】
【雪白】で参加
他者とのアドリブ連携大歓迎

これは後で櫻学府にチクっと釘を刺す案件かな
…とは思うが、それはひとまず横に置いとこうか

紫蘭さんの傍に付き従い
「鼓舞、祈り」+【シンフォニック・キュア】で回復
今回は護衛が多そうだが
それでも紫蘭さんに攻撃が届きそうなら「拠点防御」だ

影朧、あなたが求めているのは「生前の」紫苑さんだろう
だが、今のあなたの姿を、彼女は受け入れるかな?

紫苑さんの後輩であるあなたも理解しているはずだ
影朧と関わること自体が
関わった者を破滅させる危険性をはらむことを
だからこそ櫻学府で対処し、転生の流れに戻すのでは?

変わることは怖いだろう
だが、変わらなければ…前には進めまい


白夜・紅閻
●心情
僕は…ある意味、紫蘭(紫苑)が羨ましい、と思っているかもしれない…

紫蘭には、この先…『待って』いる人がいる(…雅人)
そしていずれ、何らかの形で必ず出逢うと思う…
それは、必然で。

そして、紫蘭を迎えに来た…(敵を見る)影朧達…

羨ましく思い、そして…妬ましとも、思う…(僕には、ナニもダレモ……)

「…でも、これとそれは、別だ…!」


あんたがどう思おうが、どんな想いでここに、(紫苑)紫蘭の前に来たのか、どーでもいいんだよ…そんなこと

何のために、そしてどんな思いで紫苑があんたを守ったのか、考えてみろよ?
(雅人が待っているのに、それでもこいつを守った…)

紫苑は、今のあんた見たら…悲しむだろうな…


吉柳・祥華
◆意義あり
本来であれば、おぬしも『今』此処に在るモノではないよな?

詳しいことは知らぬ

先輩とやらに助けられたのに、その先輩を殺した影朧とに呑まれたのかぇ?
なら、先輩の死は無駄じゃな…可哀想にのぅ

挙げ句に、助けた相手に殺されそうになるとは、なんとも理不尽じゃな…

さぁ、答えてみよ!
何故おぬしは此処に居るのじゃ?
妾が満足する答えを申してみよ!
出なければ、おぬしの先輩に対する『想い』を妾が全部喰ろうてしまうぞ?

記憶とは
常に上書きされるものじゃ
例え、記憶が失われようが
『魂』に刻まれた想いは消えぬ

故に、紫蘭がおぬしの言う紫苑でなくとも、紫蘭は紫苑で、紫苑は紫蘭なのじゃよ

だから
おぬしは此処へ迎えに来たのじゃよ


彩瑠・姫桜
必要なら【咎力封じ】で動きを封じる
転生に必要な声掛けを中心に、攻撃は補助として対応

同時に、紫蘭さんに影朧の攻撃が届かないよう意識
【武器受け】駆使して積極的に【庇う】わね

私は、できるなら
この世界の全ての影朧を転生させてあげたい
癒やし、救うという希望がここにはある
紫蘭さん望むのなら尚更、転生への力になりたい

貴女は転生を悲しいことだと捉えているのね
確かに、記憶を手放すのは怖いわね

でも、転生しても想いは残るのよ
今、紫蘭さんが持つ、羽根がその証拠
紫蘭さんは、紫苑さんの頃の記憶を手放しては居るけれど
紫苑さんだった時の想いは、ちゃんと持っている

だから、お願い
紫蘭さんと私たちを信じて
嘆かずに、どうか生き直して


文月・統哉
仲間と連携
オーラ防御展開し
紫蘭を庇い戦う
彼女の願いを叶える為に
少女の心を癒す為に

少女を観察し情報収集
体の動き心の動きを見切り武器受けし
カウンターに祈りの刃と説得を

君の名前を教えてよ
君として生きた証を
抱いた想いを
俺達に刻んでいくといい

素敵な出会いをしたんだね
君が君の人生を懸命に生きて得た宝物
そして前世からの願いでもあったかもしれない
繋がってきた輪廻の輪
もし過去のどこかで途切れていたら
君は生まれてすら来られなかった

紫蘭の癒しは終わりではなく始まりだよ
自分自身を信じて欲しい

袖触れ合うも多生の縁と言うけど
例え記憶を失くしても魂は繋がっている
何度だって出会えばいい
過去にも負けないぐらいの思い出を紡ぐ為に




「戻ってきてくれれば、って言うけれど」
 半身になって闇魔刀を構え、鋭いギザギザ刃の切っ先を紫蘭に向けている『彼女』を諭す様に。
「……紫蘭さんを殺しても、紫苑さんは戻って来ないんだよ」
『彼女』の言葉への反論の口火を切ったのは、荒谷・ひかる。
「そんな訳無いわ! 紫蘭……貴女を殺せば、紫苑は必ず戻ってくる! 影朧の転生体として、今度は……!」
 ギュッ、と闇魔刀を握りしめながら叫ぶ彼女に向けて、ひかるは違うよ、と軽く頭を横に振った。
「例え転生して、同じ魂を持っていたとしても、紫蘭さんは紫苑さんじゃないの。『紫苑さん』はもう、何処にもいないんだよ」
「そう、ひかるさんの言うとおりです。貴女が仮に紫蘭さんを殺したところで、紫苑さんにはなりません」
 ひかるの言葉に同意の表情を見せて首肯するは朱雀門・瑠香。
 物干竿・村正を青眼に構えながら威風堂々たる佇まいを見せて断じるその姿は、帝都桜學府に属する者としての使命の為にその刃を振るう覚悟を感じさせる。
 一方で『彼女』の悩み・苦しみをその言葉の端々に感じ取り、微かに動揺する様な表情を浮かべたのは御桜・八重。
 幻朧桜の隙間から差し込む陽光を受け、その刀身に桜の如き波紋を波立たせている陽刀・桜花爛漫の切っ先が微かに揺れている様にも見えるのは迷いか、それとも『彼女』への共感故か。
(「……この痛み……」)
 天星・暁音に刻み込まれた共苦の痛みが、喘ぐ様な『彼女』の感情を痛みに変えて、暁音の身を絶えず苛んでくる。
 それでも暁音は、決意と慈愛に満ちた表情で『彼女』を見つめている紫蘭に口元に微笑を作り上げて大丈夫、と激励した。
 暁音の激励を紫蘭がありがとうございます、と小さく礼を述べながら受け入れている。
(「初めて会った時より、ずっと柔和な表情を浮かべることが出来る様になったな」)
 そんな紫蘭の様子を見ながら、胸中でそう呟くは、藤崎・美雪。
 同時に美雪の眉は、微かに顰められた。
(「それにしても、この事件……後で桜學府にチクッ、と釘を刺す案件だろうな」)
 紫蘭……その嘗ての姿である紫苑の事、その紫苑が守った筈の『彼女』
 けれども、紫苑が死亡して影朧と化した後『彼女』は、自分を守ってくれると言う心の支えを失った後に死亡して影朧と化した。
 けれども帝都桜學府は、その事を隠し通そうとしたのだから、当然と言えば当然のことだろう、と美雪は思う。
「……やはり、影朧は紫苑さんの仲間だったんだな」
 美雪と同じ考えに辿り着いたのだろうか。
 館野・敬輔が黒剣を抜剣しながら誰に共無く呟いたそれに、『宵』を構えながらそうだな、と文月・統哉が頷き返す。
 紫蘭の壁になる様に前に立つ統哉と敬輔の中央で二槍を構えながら、そうね、と彩瑠・姫桜が息を吐いていた。
 桜鏡に嵌め込んだ玻璃鏡の鏡面が、澄んだ水を思わせる波紋を浮かべている。
 それは姫桜の想いが、紫蘭の想いと同調した証なのかも知れなかった。
(「後は、どうやって『彼女』に言葉を届かせれば良いか、かしら」)
 姫桜がそこに考えを張り巡らしているのに気がついているのだろうか。
 吉柳・祥華がふむ、と束の間思案げな表情をしていたが、程なくしてさて、と『彼女』に問いかけた。
「おぬしの言葉、異議ありじゃな」
「異議、ですって……?!」
 息を呑みながら闇魔刀の刀身を漆黒に塗り上げていく『彼女』に、そうじゃ、と祥華がはっきりと首を縦に振る。
 闇魔刀の刀身に集うのは、怨恨と憎悪。
 それらを肌で感じ取りながら、そも、と祥華が静かに問い質した。
「本来であれば、おぬしは既に『今』、此処に在るモノではないよな?」
「何ですって……?!」
 それは動揺か、それとも憤怒か。
 思わずと言った様子で眉を揺り動かして問いかける『彼女』に詳しいことは知らぬが、とちらりと紫蘭の様子を伺いながら言の葉を紡ぐ祥華。
「先ず、おぬしは『人』の頃、先輩とやらに助けられた筈じゃ。じゃが、今のお主はその先輩を殺した『影朧』に呑まれた、そうではないのかぇ? それとも……『影朧』という概念に呑まれたと言う方が良いのかのぅ?」
「……」
 やれやれ、と言う様に溜息を吐きながら呟く祥華に『彼女』は答えない。
 ただ、その闇魔刀に更なる恨みと憎しみを募らせ、その刃を研ぎ澄ませていつでも攻撃が出来る様にと紫蘭を見つめている。
 紫蘭を守る様に姫桜達が動き、更にActive Ice Wallを解き放つべく、自らの周囲に青と桜色の混ざった魔法陣を組み上げ、小さく詠唱を行なうウィリアム・バークリーの姿などからも、守りは万端になりそうじゃなと結論づけ、そのまま挙げ句の果てに、と祥華が続ける。
「助けた相手であるおぬしに殺されそうになっておる……これを理不尽と言わずして、何というのじゃ?」
「違う! そもそも紫苑先輩は死ぬ事なんて望んでいなかった……! また笑顔で帰ってくることを願っていた! 私の下に。だから……!」
「戻ってきて、とでも言うつもりですか。紫苑さんの後輩だった影朧であるあなたが」
『彼女』の言葉を斬り裂くように静かに告げるウィリアム。
 紫蘭は、胸の前で両手を組んで静謐なる祈りを捧げていた。
「今更勧誘しても無駄ですよ。だってあの時、あなたは影朧と化した紫苑さんに見放された。しかも、あの時の紫苑さんには、思い人の所に逃げ込まれたのですから」
「……そ、それは……」
 何かを言い返そうとする『彼女』に、ですが、とウィリアムが小さく頷く。
「紫苑さんは最期の時、此処に居る皆さんの多くの人々の思いを受け入れて、記憶に固執することを捨て、転生する事を望んで、ぼく達と新たな絆を育みました。そんな今の紫蘭さんの心を、あなたの『詞(コトバ)』で揺るがすことが出来ると、本当に思いますか?」
 ウィリアムの問いかけに、ギリリ、と唇を噛み締める『彼女』
 紫蘭はウィリアムの言葉の意味を諒解したか、何処か納得した様な表情で静かに頷き、影朧を見つめている。
 そんな紫蘭や影朧の様子を統哉はじっ、と目を凝らして観察していた。
(「俺達は、紫蘭の願いを叶えたい」)
 その為には、『彼女』……少女の心の傷を知り、それを癒す必要がある。
 何処かに突破口が無いかどうかを、統哉が姫桜と共に情報収集をするその間に。
 だん、と戦場を駆け抜ける少女。
 目指すは、紫蘭。
 唯、一途に放たれたその太刀の一太刀目を……。
「紫蘭、アンタの願い、受け取った」
 真宮・響が右側面から放たれたその刃を己が決意を意味する様に青白い炎を発する愛槍ブレイズブルーで受け流し。
「影朧を救いたい、それが紫蘭さんの願いならば。私達は必ずその願いを叶えます。私達はもう、友達なのですから」
 休む間もなく切り返された二撃目を、真宮・奏が周囲の炎・水・風の精霊達に呼びかけ、精霊達の力が集ったエレメンタル・シールドで受け止めた。
「! ……まだっ!」
 呻きながらも少女から繰り出される上段からの唐竹割りから始まる三連撃。
 だがその四撃目となる唐竹割りはアイヴィーの蔓が盾となってそれを受け止め、五撃目の弾ける様な斬り上げは、藤の蔓が巻き付き絡め取る。
 更に矢継ぎ早に繰り出されたヤドリギの枝が、加速を伴って少女を貫かんと飛来。
「確かに紫蘭さんの言うとおりですね。影朧である限り、その悲しみは永遠に癒されません……それが、大切な人の命と引き換えであっても」
 ヤドリギの枝を六撃目の拳で振り払われた為、ユーベルコヲドの封印は失敗したものの、僅かに少女に隙を作り出したのは、神城・瞬。
 咄嗟に後退した少女の懐に飛び込まんと、その動きを先読みして走り出したのは、桜色にその背の双翼遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を羽ばたかせながら桜色の線を曳いて駆け抜けた、カタリナ・エスペランサ。
 その手のダガーが90cm前後に伸びて紅雷の刃を纏い、彼女を貫かんと深紅の線を曳いて振るわれる。
「よく言ったね、紫蘭! ならアタシも、キミに力を貸すとしよう!」
「『イザーク、破壊しろ!』」
 カタリナのその動きに合わせる様に。
 その髪を漆黒に、瞳を銀に染め上げた白夜・紅閻が上空へと飛び出し袈裟に重力を纏った『イザーク』を振り下ろしている。
(「僕は……ある意味、紫蘭、いや、紫苑なのかも知れないけれど……彼女が羨ましい、と思っているのかも知れない……」)
 ――だって紫蘭にはこの先……『待って』いる人がいるから。
『雅人』と言う名の、『紫苑』の思い人が。
(「そして、紫蘭と雅人はきっと……」)
 いずれ、何らかの形で必ず出会うのだろう、と思う。
 それは、偶然では無く必然で。
(「しかも紫蘭は、彼が『待って』くれているだけじゃない」)
 影朧達が……『紫蘭』を『紫苑』として、連れ帰るべく……。
(「『迎えに来た』……」)
 そんな紅閻の胸の中を、瞬きの様に『火』が踊る。
 それは……。
(「僕は紫蘭が羨ましくもあり……妬ましくもあるんだな」)
 ――だって、僕には、ナニモ、ダレモ……。
 ……でも。
「これとそれは……!」
 別の話、だ。
「イザーク!」
 紅閻の紫蘭を守りたいという想いに弾かれた様にカボチャ型に変質したフォースオーラ『イザーク』が、少女を喰らわんとその口をパックリと開いてカタリナと共に襲いかかる。
 それはまるで……『イザーク』の声なき咆哮の様でもあった。
 

 カタリナが振るう紅雷の刃を断ち切るため、七撃目の薙ぎ払いを放つ少女。
 それに真っ向からぶつかり合い、すかさず膝蹴りを叩き込むカタリナ。
 不意打ちと言っても過言では無いその蹴りを受け流さんと左腕でそれを受け止めようとする少女だったが、ジャラリ、と左腕に重石を乗せられている様な感覚に気がつき、小さく呻く。
 それは、姫桜が咄嗟に投げつけた手枷。
「私は、出来るならば……」
 呟きながら、姫桜がウィリアムの呼び出した氷塊を足場にして、その口に猿轡を噛ませようとする。
「ちっ……!」
 咄嗟に足を撥ね上げる様にしてその猿轡を弾く少女のその足を、拘束ロープで締め上げながら囁く様に告げる姫桜。
「貴女達の様な、この世界の全ての影朧を、転生させてあげたいわ」
 ――それが、夢物語であろう事は分かっている。
 けれども不安定な過去の具現化、影朧と呼ばれる存在を、癒し、救うという希望が此処にあるのであれば、そうしたいと思い続ける事は、決して『悪』ではない。
 そう、思うから。
 姫桜の想いに寄り添う様に。
 小さく微笑みを浮かべた紫蘭を見つめた時、姫桜の胸中に、温かい何かが、潮の様に満ちていった……そんな気がした。


「紫蘭さん、貴女は必ずわたし達が守るんだよ」
「ひかる……」
 ギュッ、と拳を強く握り、射貫く様な眼差しで、少女の事を見つめながら。
 ひかるが祈る様に精霊杖【絆】を両手で握りしめる。
 すると、そこに嵌め込まれた『光』の精霊との絆の証である紋章が美しい煌めきを発した。
「『光の精霊さん……あなたの本気を、見せてあげてっ!』」
 ――光の花弁が、宙を舞う。
 それは恨みと憎しみに彩られた少女の周囲に、ポツリ、ポツリと姿を現した刀や銃、マントを装備した仮面女学生兵士達……紫蘭の守りの要となっている祥華や奏達を打ち倒して紫蘭を取り戻さんと襲いかかってくる彼女達に触れる度、閃光となって弾け、眩い光と共に彼女達を消失させていった。
 消失していく女学生達を肉壁にした少女が、一気に肉薄して闇魔刀の刀身を輝かせて振り切る。
「邪魔をしないで!」
 それは、八撃目、九撃目となる切り返し。
「させるものか……!」
 敬輔がその起こりを読み、『彼女』達へと呼びかけた。
 ――皆、力を貸して。
 敬輔の呼びかけに応じる様に、黒剣の刀身が赤黒い光を帯び、更にその周囲に白い靄達が舞う様に敬輔の周りを浮いていた。
 ――勿論だよ、お兄ちゃん。
 ――そうだね。紫蘭さんの望みは……私達と同じだから。
(「君達の思いは、伝えられるのかな……?」)
 さりげなく問いかけながら、鋭く目を細め最初の八撃目を黒剣で受け流し。
 続く九撃目は、その攻撃を読んでいたカタリナが片手半剣と化した紅雷の刃で受け止め、さらに遊生夢死 ― Flirty-Feather ―の羽根を弾丸へと変じさせて撃ち出し、容赦なく少女を撃ち抜いていく。
「ぐぅ……!」
 体の一部を羽根で撃ち抜かれた苦痛に呻き声を上げる少女が、その傷つけられた恨みと憎しみの怨念を込めて、漆黒に塗り潰されていた刀身を白銀色に輝かせながら、その鋸刃をカタリナに振るった。
「駄目だよ! やらせないから!」
 思わぬ攻撃方法の変化に即応し、その刀身に自らの身を曝け出したのは八重。
 不意打ちに近いその一撃が、銀閃と共に、八重の精神を斬り裂いた。
 ――グラリ。
 視界が暗転する様な、目眩。
 銀閃による一撃と同時に流れ込んでくるモノは……。
(「アナタモ、モウイチド、アノ子ニアイタイのヨネ?」)
 それは、誘惑。
 黒き誘惑の中で、八重に止め止め無く流れ込んでくるのは、あの時の記憶。
(「ええ……そう」)
『アノ子』……ワタシノ『親友』ハ、モウ、コノヨニイナイ。
 ケレドモ、カノジョトトモニイクコトデ、アノ子トモヲ一度、会エルノナラバ、ワタシハ……。
 そんな、八重の心を覆う闇を祓う様に、その耳に染み入るのは、美しく透明感のある歌声と……。
「八重さん!」
 同じ帝都桜學府の、同僚である瑠香の声。
 その声が美雪の美しい歌声と絡み合い、黒い何かに押し潰され、精神を破壊され掛けた八重の心に染み入ってくる。
「力を貸して、と願うだけじゃない。私は、貴女を救うために、私の思いを、力に変える」
 それは、美しき桜の花弁。
 心に育まれた闇を眠らせる為に、桜の花弁が八重の心を優しく撫で、八重の心を癒していき。
『祈りを此処に、妙なる光よ。命の新星を持ちて、立ち向かう者達に闇祓う祝福の抱擁を……傷ついた翼に再び力を!』
 高らかに暁音の祈りの詞が響き渡り、八重の体を神聖なる光が抱擁した。
 抱擁を受け入れた八重は、その心の闇を自らの意志で抑え込み、そして。
「わた、しは、みらいを、しんじて、る……」
 力なく握られていた陽刀・桜花爛漫を微かにぐっ、と握りしめ……そして、自らの胸にその刃を突き立てた。
「!?」
 闇魔刀による一撃を捌かれた少女が、八重の突拍子のつかない行動に息を呑んだ、その時。
 少女が闇魔刀を通して注ぎ込んだ筈の恨みや憎しみが微かに薄らいでいく。
 少女は、その光景に思わず目を見開いていた。
 そんな少女に、肌に掠り傷一つついている様子の無い八重が笑顔で告げる。
「過去は、大事だよ」
 でも、と微かに頭を横に振る、八重。
「未来も、大事なんだよ」
「そうですね。あの人は、転生を受け入れて新たな人生を歩むことを決めたのですから……」
 一瞬動きを止めた少女に向けて、物干竿・村正を刺突の型に構えた瑠香が、それを突き出す。
 神速の速さで放たれ、剣先を緋色に染めた一突きが、吸い寄せられる様に少女の背中から胸に掛けてを貫いた。
「ぐっ……?!」
 驚いた様に呻き声を上げる彼女に突き抜いた部分を起点に、容赦なく40の高速斬撃を繰り出す瑠香。
 それらの攻撃を闇魔刀で受け止めながらも、全てを捌ききれる筈も無く、体の彼方此方に切傷を作った彼女を捲って響が背後を取り、そのままブレイズブルーを振り下ろした。
「その邪心事、アンタを断ち切らせて貰うよ!」
 ――それは、燃える情熱。
 紫蘭の願いを、その影朧の悲しみを、自らの情熱に変えて受け止める響。
 その響の想いに応じる様にブレイズブルーに宿った青白い炎が眩い輝きを発した。
 その勢いを殺さず袈裟に振るわれた青白い炎とブレイズブルーの一太刀が、彼女の邪心を鋭く断ち切る。
「ぐっ……そんな……!」
 自らの裡に育まれている恨みや憎しみ、そして紫苑を独占したいと願う邪心が揺らぐのを感じ、それが響達への憎悪の炎を滾らせ、少女が叫ぶ。
 その叫びに応じる様に、先程ひかるの呼び出した本気の光の精霊さんの花弁によって消滅させられた筈の仮面女学生兵士達が姿を現わし、響に襲いかかろうとするが……。
「ぼくが、貴女の思い通りにさせると思いますか?」
 ルーンソード『スプラッシュ』の先端で青と桜色の入り混ざった魔法陣を描き出し、それが5つの魔法陣と化したのを確認しながらウィリアムが問いかけ、『スプラッシュ』を天へと掲げる。
「行けっ! Icicle Edge!」
 叫びと共に、生み出された魔法陣から200を優に超える無数の極低温の氷柱の槍が天空へと飛びそのまま怒濤の如く、響と八重を襲おうとしていた仮面女学生兵士達へと降り注いだ。
 それがひかるの光の精霊の花弁と重なり合い……煌めく光のシャワーとなって弾けて次々に彼女達を消滅させていく。
「これも駄目なの?! ……だけど!」
 次々に自らの呼び出した者達が消滅させられる様を見た彼女が、高速で再び闇魔刀に漆黒の光を這わせて無造作に連続斬りを放とうとする。
 だが……その刹那。
「イザーク!」
 紅閻の叫びに応じた重力を纏ったイザークが再び声なき咆哮を上げ、彼女の周囲の大地事、彼女を喰らう。
 サイキックエナジーを喰らわれ周囲の大地を陥没させられ、今度はその地形の変化を察した彼女が横っ飛びに飛んで紅閻に襲いかかりながら叫んだ。
「何で……どうして私の邪魔をするの!? 私がどんな想いで……!」
「あんたがどう思おうが、どんな想いでここに、紫蘭の前に来たのか、俺にはどーでもいいんだよ……そんなこと」
 恨みと憎しみを籠めた声音で叫ぶ少女に、静かに、けれども決して逃れられない何かを感じさせる声音でそう返す紅閻。
「くっ……ならば!」
 やむをえぬとばかりに大回りをしながら、紫蘭に向けて斬撃を振るう少女。
 振るわれた闇魔刀を覆った闇が、衝撃波となって紫蘭を斬り裂かんとするが。 
「紫蘭さんには、絶対に手を出させません!」
 エレメンタル・シールドを掲げて精霊達の力を得た奏が衝撃波を受け流しながら前進、衝撃波による一撃を囮に肉薄してきた彼女に叩き付ける様にエレメンタル・シールドを振るった。
「ちぃっ……!」
 盾による強打に蹈鞴を踏み、歯を食いしばって耐える彼女だったが……。
「そう何度も、同じ手を使わせるわけには行きません」
 瞬が精霊のフルートを取り出しリッププレートに唇を付けて曲を奏でる。
 紡がれた曲によって呼び出された風の精霊達が暴風となって少女を襲い、奏の一撃で蹈鞴を踏んでいた彼女を大きく吹き飛ばす。
「さて……今じゃな」
 瞬達の動きを見て一つ頷いた祥華が、自らの体内に封じ込めていた瘴気を解放し、荊棘に覆われた怨龍を呼び出した。
「さぁ、答えてみよ! 何故、本来で在れば在るべきモノではないおぬしが此処に居るのじゃ? 妾が満足する答えを申してみよ!」
 そう、問いかけながら。
 その問いかけに応じる様に、荊棘に覆われた怨龍が少女の周囲に荊棘で編まれた檻を作り出し、その全てを貪る漆黒の牙で、少女の身を喰らう。
「ぐっ……?! 私は、紫苑を取り戻すために此処に居るの! その為に……!」
「自ら影朧になる事を望んだ、とでもいうのかぇ? それで妾が本当に満足すると思うかのぅ?」
 鈴の鳴る様な声音で問いかける祥華の言の葉を体現する様に。
 荊棘に覆われた怨龍が、荊棘の檻に閉じ込めた少女を貪り食わんとその牙を突き立てる。
 がぁっ、と呻き声を上げる彼女に向かって、そのままじゃと、と祥華が続けた。
「おぬしの先輩に対する『想い』を、妾が、全部喰らうてしまうぞ?」
「がっ……がぁぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫し檻の中でもがきながらも、その闇魔刀の鋸状の刃を伸張し、紫蘭の精神の正常さを断ち切ろうとする少女。
 その少女の銀閃を……それまで少女を観察し続けていた統哉が、制服の裾から抜いたクロネコワイヤーで絡め取り、そのまま闇魔を斬り裂く一条の宵闇の一閃を放つ。
「君の名前を、教えてよ」
 祈りと願いを言の葉に乗せて、紡ぎ出しながら。


「私の……名前?」
 統哉に放たれた一閃で三度邪心を斬りつけられ、溢れでる感情のままに紫蘭に襲いかかっていた少女の問い。
 荊棘の檻に囚われ、その身を囓り取られながらも、尚、そう問い返す事が出来るのは、彼女が影朧たる所以であろうか。
「うん、そうだ。影朧としての名前じゃ無い。君自身の名前を。……君としての、生きた証を」
 統哉の呼びかけを脳裏から追い払う様に、少女が強く頭を振る。
「なんでそんな事を私が……!」
「話したくなければ、少し話したくなる様な、そんな想いにさせてあげるよ」
 白い靄を纏い、高速移動する敬輔が告げながら、黒剣に威圧と殺気を籠めて振り下ろす。
 赤黒き黒剣の刀身がまるで生き物の様に怪しく蠢いて輝き、そのまま彼女の心を斬り裂いた。
 それは……彼女の戦闘を続けようとする意志そのものを断ち切る一撃。
 八重に響、そして統哉によってその邪心を削り取られ、祥華の呼び出した荊棘に覆われた怨龍の咆哮と共に、少女を封じ込めるべく編み上げられた荊棘の檻に囲まれた彼女に……どうして、その刃が届かぬ事があるのだろうか。
「がっ……ぁぁ……」
「少しは、話を聞く気になっただろう?」
 自らの内側から、戦意が急速に失われつつあるのに気がついた少女への敬輔の問いかけに、鋭い憎悪の眼差しを向ける彼女だったが、その憎悪によって呼び出した女学生達は、紫蘭を狙う度、奏のエレメンタル・シールドや、ひかると共に在る光の精霊、ウィリアムの氷塊の盾、そして暁音の作り出した星の結界と、統哉の作り出したクロネコの刺繍入りの深紅の結界に悉く防がれていく。
 その隙を見逃さず、姫桜が少女の左手に嵌めていた手枷を嵌め直して両腕を拘束し、更にカタリナが一期一会 ― unknown ―から光を放ち、その妄執を撃ち抜き少しずつ和らげていく。
 紅雷で強化された羽弾による乱れ打ちと最初の数手、そして一期一会 ― unknown ―からの光線による無数の攻撃は、彼女の戦意を削ぐ勢いを加速させるのに十分以上の効果を発揮していた。
「未来を選んだのは、紫苑の意思だ。過去に囚われたままの影朧に、それを否定などさせはしないよ」
「後は、確実に動けなくさせてしまいましょう」
 瞬が呟きと共に大地に手を当て、アイヴィーの蔓と藤の蔓を生やさせて荊棘の檻に囚われた彼女の闇魔刀を絡め取り、更にヤドリギの枝でその身を貫き、その動きを完全に封殺する。
「くっ……これじゃぁ……」
「さて、問答を続けるとしようかのう。何度でも問おう。何故、おぬしは『此処』に居るのじゃ?」
 祥華の問いに呼応する様に、荊棘に覆われた怨龍がグルル……と唸りを一つ。
 荊棘の檻が怨龍の呻きに答える様に彼女への締め上げを強くし、再び怨龍の牙が彼女を喰らわんと襲いかかろうとする。
「……私は、紫苑を取り戻す。そうすれば昔の様にあの子と笑って、どんな目に遭ってもまた生き続けたい、と思える様になる。でもその為には、紫苑を私の所に連れて帰らなくちゃ……そうして、思い出させてあげなくちゃ……」
 それはまるで、呪詛の様に。
 ある種の妄想に囚われているのか、まるで壊れた機械人形の様に同じ答えを繰り返す彼女に、姫桜が微かに目を細めた。
 その瞳には憂いが宿り、その腕に嵌めた桜鏡に嵌め込まれた玻璃鏡の鏡面が、ひかるの呼び出した光の花弁と化した光の精霊さん達に触れ、静かに波だつ。
 ――まるで、泣くことの出来ぬ光の精霊の代わりに泣いているかの様に。
「……貴女は、転生を悲しいことだと捉えているのね」
「ええ、そうよ。だって私達にとって一番怖いのは……『忘れられる』事だもの」
(「忘れられるのが怖い……か……」)
 疲れたかの様にポツリ、と呟く少女の言の葉に、無意識に自らの指に嵌め込まれた色褪せてしまった指輪に触れる紅閻。
 その脳裏を過ぎるは、いつも霞がかっていて、気がつく度にその手で触れようとするのだけれど、触れることの出来ないあの記憶。
(「それでも俺は……僕はこう思うんだよ……」)
「何のために、そしてどんな思いで紫苑はあんたを守ったのか、それを考えてみたのかよ?」
(「雅人が待っているのに、それでも紫苑はこいつを……」)
 ――守ったのか、その意味を。
「それは……」
 紅閻の問いかけに答えが導き出せなかったか、俯く様に下を向く彼女。
「そうだね。君の言うとおりだ。忘れるのも、忘れられてしまうのも、とても怖い事だ」
 共苦の痛みから発される苦痛。
 それは恐らく今目前の彼女が、紫蘭の魂が、そして……世界が感じている痛みなのでは無いかと思いながら、少女の言葉に相槌を打つ暁音。
 暁音の同意に微かに目を輝かせる彼女を見つめながら、暁音は静かに首肯した。
「確かに転生してしまえば、全てを忘れてしまうんだよね。そこにどれ程の想いがあろうと、魂が同じだろうと……」
 ――その瞳に映し出すのは、家族に迫害され傷つき人間不信になりながらも、人に興味を持つという矛盾した自分の心。
「結局、前と今では別人なんだから。それがとても怖い、というのは俺にも分かる」
「それならば、どうして……!」
 私と戦うのだ、と問いかけようとする彼女にでも、と暁音が淡々と告げた。
「怖いから、嫌だから、と逃げ続けたり縛り付けてしまう事を、俺は絶対に良しとはしないから……」
「……っ?!」
 かっ、と顔に怒りを閃かせる少女。
 その怒りの根源である恨みと憎しみを力に変え、再び武装した女学生達を召喚するが……。
「必殺! ロイステンデブルーメン! ……なんちゃってね!」
 ひかるの呼び出した光の花弁による桜吹雪が吹き荒れ、更にウィリアムが足場兼盾として残していた周囲に浮遊する氷塊達を氷柱の槍へと変化させ、それらで次々に生み出された少女達を射貫き、それ以上の抵抗をさせようとしない。
(「まだ、転生の準備は出来ていない様ですね……」)
『スプラッシュ』を下段に構えて、少女と暁音達の会話を見守りながら内心で小さく頭を振るウィリアム。
(「ですが、これが紫蘭さんの願いでもあるのですから、待たなくてはいけませんね」)
 ウィリアムがそう思い直すその間に、それまで歌を歌い続けていた美雪が歌を止め、そう言えば、とさりげなく問いかけた。
「影朧、あなたが求めているのは『生前』の、紫苑さんなのでは無いかな?」
「……っ!」
 美雪の問いかけにぐっ、ときつく唇を噛み締める少女。
 その様子を見ながら、フム、と祥華が頷き、怨龍の鋭利な牙を見せつけながら問いかけた。
「どうなのじゃ? 答えなければ、この怨龍の牙が、再びおぬしに向くぞ」
「そ、それは……」
 祥華の問いに、少女は言葉を濁す。
 何時傷つけられてもおかしくない今の状況でも尚、彼女は答えないのか。
 それとも……答えられないのだろうか。
「記憶を手放し、忘れると言う事は確かに怖い事。私もそれはその通りだと思う」
 祥華の問いかけに答えぬ彼女の心を少しでも解きほぐそうと言う想いから、だろうか。
 姫桜の呟きに祥華が頷き、怨龍に喰らわせる攻撃を、一時的に中断させた。
「でもね、例え転生しても……大切な想いは、残るのよ」
 姫桜がそう告げながら横目で見たのは紫蘭。
 ――そして、その胸に着けられている一枚の羽根。
「想いは……残る? そんな筈……!」
「あるわ。今、紫蘭さんが持つ羽根が、何よりの証拠」
「私の持つ羽根が……想いの残る証拠……?」
 姫桜のその言葉に驚愕したのは、目前の少女だけでは無い。
 自らがずっと気にしていた、その羽根の意外な理由を知らされた紫蘭もであった。
 その様子を見ながら、瑠香がそうですと静かに頷く。
「それだけの強い思いがあるのならば、転生しても、必ず紫蘭さんと出会えます。何時か、きっと」
(「そう……何時か、紫蘭さんが雅人さんに出会えるのと、同じ様に」)
 内心のその言の葉を、口に出すことは無かったけれども。
「少なくとも、紫苑が、今のあんたを見たら……悲しむだろうな……」
 何処か遠くを見るような眼差しをした紅閻の呟きに、少女が眉間に眉を寄せた。
「紫苑が、悲しむ……?」
「そうだ。……紫苑さんの後輩であるあなたは、本当は理解しているのでは無いか? 今のあなたの姿を、『生前』の紫苑さんが見たら、どう思うのかを」
 美雪の呼びかけに、でも、と少女が呟く。
「私は、紫苑の事も、今までの事も忘れたくない……! だって、忘れたらもう私は、私で無くなる……誰も私の事なんて……!」
「刻んで、良いんだよ」
 尚も言い募る少女に向けて、そう優しく答えたのは統哉。
 統哉のその言葉に、えっ、と間の抜けた声を上げる少女に統哉は微笑んだ。
「君が、君として生きた証を。抱いた想いを、俺達に刻んで良いんだ。その為にも俺は、君の名前を知りたいんだ」
「そうだね。アタシ達は、君の妄執を鎮めてあげたい」
 胸に煌めくペンダント、一期一会 ― unknown ―に紅雷を纏わせ、その妄執のみを撃ち抜きながら。
 カタリナが、神に遣わされた天使の様に神々しき笑みを浮かべて、粛々と告げる。
 慰労交じりの、深紅の光条と、共に。
「のぅ、おぬし」
 統哉の呼びかけと、カタリナの光条にその身を撃ち抜かれて仰け反る彼女を、宥める神の様に。
 荊棘に覆われた怨龍に食らい付かせる準備をしながら、祥華が問答を掛けた。
「記憶とは、何じゃと思う?」
「それは……忘れたくないもの。ずっと思い続けることよ」
 少女の答えに、初めて自分なりの答えをまともに言えたのぅ、と口元に微笑を浮かべて祥華が頷いた。
「それは確かに一理あるのぅ。じゃが、それだけでは無い。何故なら記憶とは、常に上書きされるものじゃからな」
「……上書きされる?」
 少女の問いかけにそうじゃ、と頷く祥華。
「そして、例え、記憶が失われようとも、姫桜の言うとおり、『魂』に刻まれた想いは消えぬのじゃ」
「……」
 祥華の呟きに、じっとその耳を傾ける少女。
 自分を荊棘の檻に閉じ込めて紅雷の光に撃ち抜き、更にアイヴィーと藤の蔓に締め上げた上でヤドリギの枝を突き立て、加えて両腕に手枷で両足を拘束ロープで縛っている相手の言葉であっても、それは、彼女を捕らえて放さない。
 統哉が闇黒を斬り裂く宵闇の大鎌を構えながら、きっと、と囁きかけた。
「君にとって紫苑との出会いは、それだけ素敵だったんだ。それは、君が君の人生を懸命に生きて得た宝物。だったらその宝物をしまうために、俺達にその想いを刻みつけていけばいい。でも、俺達は君の名前すら知らない。だからこのままだと、君の記憶が薄れてしまう」
 だから……と統哉が告げた、その時。
「……絵梨佳。絵梨佳よ」
「エリカ、というのか。良い名じゃのう」
 そう言って目を細める祥華の脳裏に過ぎる、花言葉。
 ――その花言葉は謙遜と、孤独。
 そして……博愛。
「絵梨佳さん。もしあなたがずっと影朧のままであれば、あなたと誰かが関わってしまった時、その関わった者を破滅させる危険性を孕んでいることを、あなたは忘れたわけでは無いだろう。それでも、あなたは影朧であるあなたのままで良いのか?」
「……」
 美雪の呼びかけに、絵梨佳が体を震わせながら、俯き加減になって首を横に振る。
 先程までの勢いは何処へやら。
 自らの真の名を伝えた少女は、粛々と美雪の問いを正面から受け止めていた。
 ――まるで、罪人の様に。
「辛くても、悲しくても。受け入れなければならない事というのはあるんだよ、絵梨佳さん。君が紫苑さんを大切だというのならば生まれ変わった彼女……紫蘭さんの事も、受け入れなさい」
 それはさながら罪人に説く聖職者の如き佇まい。
 その様な佇まいの儘に断じる暁音に、絵梨佳がひゅっ、と息を一つ呑んだ。
「そうじゃな、絵梨佳よ。紫蘭がおぬしの言う紫苑でなくとも、紫蘭は紫苑で、紫苑は紫蘭なのじゃよ。だからおぬしは、此処へ紫蘭を迎えに来たのじゃ」
「そうよ、絵梨佳さん。確かに紫蘭さんは、紫苑さんの頃の記憶を手放してはいる。でも……紫苑さんだった時の想いは、ちゃんと持っているわ」
 祥華の呼びかけに同意した姫桜が頷きながら、一面の真実を、彼女に告げた時。
 絵梨佳は、それを静かに受け取っていた。
「絵梨佳。君が紫苑と素敵な出会いを果たせたのは、もしかしたら前世からの君の願いでもあったのかも知れない。それは、君が気付かぬ間に、繋がってきた輪廻の輪、なんだ」
 何処か厳かに、そう訥々と語る統哉。
「例え紫苑さんが戻って悲しくて苦しい気持ちを喜びにしても、結局は悲しくて苦しい儘だ。だから、君にも今を……そして、未来に続く道を、受け入れて欲しい」
 同様に、暁音が静かにそう告げる。
「……何故、桜學府があなた達影朧に対処し、転生の流れに戻しているのか。それはきっと影朧の危険性と、今まで人々が行なってきた転生の流れを途切れさせたらその変わりゆく未来を人々が知ることが出来なくなってしまうと分かっているからでは無いのかな?」
 紡がれたのは、統哉と暁音の問いかけに上乗せする様な、美雪の歌。
「……紫蘭ちゃんの事は勿論……絵梨佳ちゃんの事も、どっちも大事だよ」
 八重が先程の衝撃から持ち直し、瑠香に肩を支えられながらも、陽刀・桜花爛漫の切っ先を見せながら、静かに諳んじる。
「だから……紫蘭ちゃんとの出会いが心から嬉しいし、今、絵梨佳ちゃんの思いを聞けたことも、凄く嬉しい」
「だからこそ、私達桜學府の者達は、貴女をその場から救いたいのです」
 向日葵の様な明るい笑みを浮かべる八重の肩を支えながら、瑠香が穏やかな声音でそう告げる。
 ――ザァァァァァァァァ……。
 そんな、瑠香達の呼びかけを肯定するかの様に。
 周囲の幻朧桜達の間を風が駆け抜け、桜の花弁が、ヒラヒラと絵梨佳達の周りを踊る様に走り抜けていく。
 吹きすさぶ風に舞った桜の花弁の隙間から、陽光に煌めいた氷面の光を反射して煌めくカタリナの遊生夢死 ― Flirty-Feather ―の光を浴びて、キラキラと輝く笑顔を向けながら。
 八重が陽刀・桜花爛漫を地面に突き立て、刀を握っていた手を絵梨佳に差し出す。
「一緒に行こう! わたし達と一緒に、未来へ!」
「それがきっと、紫蘭と、キミの知る『紫苑』の願いだよ、絵梨佳」
 八重とカタリナの呼びかけに俯き加減になる絵梨佳。
「どうかお願いします、絵梨佳さん。もう貴女の中で、答えは出ているのでしょう?」
「変わる事が、怖いのだろう。だが……変わらなければ、あなたはこれ以上前に進むことが出来ない。絵梨佳さん、あなたは既にそれに気がついている筈だ」
 瑠香と美雪の、続けざまの説得。
 それらの言葉にそうねと頷いた姫桜が、自らの願いを口に出した。
「紫蘭さんと私達を信じて。嘆かずに、どうか生き直して」
「大丈夫。自分自身を信じれば良い。袖触れ合うも多生の縁と言うけれど、例え記憶を失くしても、魂は繋がっているのだから……何度でも出会えば良いんだ」
 ――転生した未来のその先で、過去に負けないぐらいの思い出を紡ぐ為にも。
 それは、姫桜の願いと統哉の祈り。
 それらを受け入れた絵梨佳が、静かに頷きを一つ。
「……終わらせましょう。その過去の妄執に囚われし因果を、断ち切れ! スプラッシュ!」
「その妄執からキミを救う。その目を以て焼き付けよ、その身を以て刻みつけよ。此処に披露仕るは無双の演武!」
 その頷きを見て取ったウィリアムが、下段に構えていた『スプラッシュ』を大上段に振り上げ、『スプラッシュ』に氷と桜の精霊達の力を這わせて袈裟に振り下ろし、更にカタリナが自らの寿命が削れていく感触を味わいながら、一期一会 ― unknown ―から紅雷を纏った光条と、ひかるの呼び出した光の精霊達と、陽光が差して煌めいた氷面の光を浴びた遊生夢死 ― Flirty-Feather ―の羽根を撃ちだし、影朧としての『死』を受け入れることを選んだ絵梨佳の身を貫いた。
 光溢れるそれらの力に撃ち抜かれた絵梨佳を……ギュッ、と軽く唇を噛み締めた表情で紅閻がイザークで大地事撃ち抜いている。
「『未来』では、今度こそ……」
「会えると、良いね……」
 甘やかな女性の様な響きを帯びた敬輔の声音が、紅閻の深き想いの籠められた囁きに重なり合って、幻朧桜の花弁達に覆われた赤黒く光る黒剣で、絵梨佳の身を薙ぎ払う。
 絵梨佳がその一撃に呻き声を上げ、祥華の呼び出した荊棘に覆われた怨龍と同じく荊棘の檻から解き放たれてぐらりと傾いで倒れていく。
「お願いします、紫蘭さん」
「私達の想いも籠めて、彼女を……絵梨佳さんを……」
「どうか、その悲しみの軛から、解放してあげて下さい」
 ウィリアムと、奏の祈りに合わせる様に、瞬が精霊のフルートをしまって紫蘭に告げ。
「大丈夫。あれだけの想いを持っていたアンタになら、きっと出来るさ。アタシ達もついているんだからね」
「絵梨佳さんが受け入れた悲しみと苦しみから、絵梨佳さんを解放してあげて」
 トン、とその背を響が叩き、暁音が精神の傷を浄化し癒す神聖なる光の抱擁を、星杖シュテルシアを掲げて生み出している。
 その光の抱擁に包み込まれ、少しずつ消えつつある絵梨佳の様子を見つめて紫蘭が頷き自らの両掌で、包み込む様に周囲を舞う幻朧桜の花弁を抱え、そっとそれに接吻を一つ。
「どうか、この者に安寧なる眠りと、新たなる命の輪廻の輪に戻る事への許しを与えよ。……桜の精たる我、紫蘭の名の下に」
 紫蘭のその呼びかけに応じる様に。
 紫蘭の胸に添えられた羽根が桜色に輝き、紫蘭が包み込んでいた幻朧桜の桜の花弁と共鳴を始めた、その時。
「光の精霊さん達、紫蘭さんに力を貸して!」
 自分達を守ってくれていた光の花弁と化した精霊さん達にひかるが呼びかけ、精霊さん達がそれに答えて、紫蘭が包み込んでいた幻朧桜の桜の花弁が宙に浮くと同時に、その桜の花弁と絡み合い、光り輝く桜吹雪で絵梨佳を覆う。
 ひかると紫蘭の力が重なり合い、美しき桜吹雪が絵梨佳の全身を覆い、美雪がそれに合わせて鎮魂曲の如き静かな歌を奏で上げた。
 その桜吹雪を毛布の様に覆い、安らかな子守歌を耳にしながら、静かに眠りに落ちていった絵梨佳の体もまた、桜の花弁と化していく。
 程なくしてそれは宙を妖精の様に舞い……そして、風に乗って遙か彼方へと姿を消えていった。


「これで……良かったんだよな……?」
 呼び出していたイザークに礼を述べてカボチャに戻し、その指に嵌め込まれた白銀の双翼と金剛石の月華に彩られた、色褪せてしまった指輪をに弄りながら呟く紅閻。
 紅閻の呟きには、単純ならざる様々な感情の粒子が刻み込まれている。
「ああ。これで絵梨佳はきっと……」
 ――輪廻の輪の中に戻り、いつか転生して、再び紫蘭に会いに来る。
 そんな確信を胸にしまい込んだ統哉が紅閻に対して強く頷き、姫桜も大丈夫よ、と静かに告げて、自らの長髪を軽く梳く。
 ふわり、と長髪が風に乗り、一本の金髪が風に吹かれて飛び去っていく。
 まるで、絵梨佳の後を追う様に。
(「痛みが……引いてきたか」)
 姫桜の髪が舞っていくのを見つめながら、共苦の痛みが次第に薄れていくのを感じ取った暁音が静かに息を吐き、そっと自らの額に浮かび上がっていた汗を拭った。
「大丈夫か、暁音さん」
「うん、俺は大丈夫だ。紫蘭さんは……?」
 気遣わしげに問いかける美雪にそう答えながら、転生の儀式を成功させた紫蘭へと視線を送る暁音。
 その視線の向こうでは。
「ふむ、よくやったのぅ、紫蘭」
「ありがとうございます。これも、皆のお陰よ」
「良かったぁ~、上手く行って! 流石だよ、紫蘭!」
 祥華の労りに一礼する紫蘭の肩をカタリナがぽんぽんと笑顔で叩き、ひかるが弾けた様な笑い声を上げている。
 そんな風に笑い合う少女達の姿を、うんうん、と笑顔で頷きながら見つめる響。
「やっぱり、子供はこうじゃ無いとね」
「ふふ……でも、良かったです。紫蘭さんの願いを無事に叶えることが出来て」
「そうですね」
 奏が微笑を口の端に乗せて呟くその姿を穏やかな表情で見つめて頷く瞬。
「瑠香ちゃん、さっきはありがとう! わたしの事を、紫蘭さんと一緒に呼んでくれて!」
「いえ、それは当然です、八重さん。貴女は私と同じく桜學府に属する者、なのですから」
 瑠香がそこまで告げたところで、そう言えば、とふと何かを思いついた表情で紫蘭に問いかける。
「紫蘭さんは、これから何処に向かう予定なのですか? もし貴女が望むのであれば、私達と共に、帝都桜學府に所属して頂ければ、と思うのですが」
 瑠香の問いかけに、軽く頭を振る紫蘭。
「私は、自分の目でこの世界を見てみたい。だから……その申し出は遠慮しておくわ」
「まあ、妥当な判断だろうな」
(「そもそも桜學府に紫蘭さんは見捨てられかけたわけだしな……」)
 紫蘭の当然と言えば当然であろう反応に納得した様に頷き、転生した絵梨佳へと祈りを捧げる美雪。
「そっか……。でも、また何かあったらいつでも呼んでね! わたし達が紫蘭ちゃんの事、守ってあげるから」
 八重がニッコリと笑ってそう約束するのに、微笑を零して頷く紫蘭。
 そんな八重達の様子を横目で見つめていた敬輔を不意に、鋭い目眩が襲う。
(「あっ……」)
 止めどなく溢れる滝の様に流れ込んできた極度の疲労が敬輔を蝕み、思わずその場に膝をつきかけるがそれに気がついた統哉が咄嗟に敬輔を支えた。
「大丈夫か、敬輔?」
「ああ……ありがとう、統哉さん」
 肩を貸して自分を支えてくれる統哉に小さく礼を述べながら、少女達が眠りに落ちていくのに合わせる様に、自らの心に浮いた波紋が穏やかに引いていくのを感じて、それがとても穏やかで心地よい。
(「……これが、理に従う、と言う事なんだね、皆」)
 そう思い、心地よい疲労にその身を委ねて軽い眠りに落ちていく敬輔。

 ――黒剣は、そんな敬輔の思いに呼応する様に、穏やかな赤光を発していた。

「さて、戻りましょうか、皆さん」
 ウィリアムの呼びかけに、其々の表情で頷きを返して。
 紅閻達は、紫蘭と共に、静かにその場を後にした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年11月11日


挿絵イラスト