音色をソーダに溶かし唄う恋心
●コッペリア狂詩曲
鍵盤を弾く指は、まるで喜びに踊っているようだった。
カフェーのホールに響く、ピアノのメロウな調べ。
うっとりと耳を傾ける人々の手の中で揺れる硝子グラス。
しゅわり、泡沫がはじけて。
彩られたソーダ水に、アイスクリンが白を交わせた。
此処数日で劇的な変貌を遂げた音色。
演奏が終われば、自然と拍手が起こる。
けれども、ピアノを弾く青年の心はここにはない。
瞳の奥には、夜桜舞う館で金の髪を揺らし微笑む彼女の姿。
夜毎の逢瀬が、もう待ち遠しい。
今宵もピアノを捧げよう。
嗚呼。どうか唄って下さい。
そばにいてくれ僕のミューズ。
君が何者でも僕ァちっとも構わないんだ。
●グリモアベース
「ピアニストの青年が恋した娘、その正体は影朧――オブリビオンなのだ」
舞台はサクラミラージュ。
影朧が潜む場所は、青年しか知らない。
そのためまずは青年が雇われているカフェーへ向かって欲しいとクック・ルウは告げる。
今はまだ事件を起こさぬ影朧も放っておけば、いずれ人々を死に向かわせてしまう。
その前に止めねばならない。
「まずはカフェーで過ごし、ピアニストの様子を伺ったり情報を集めることになる」
勤務中にピアニストの青年と接触するのは、難しいかもしれない。
カフェーの客や他の給仕人ならば、話ができる機会がありそうだ。
客として過ごす事で多くの機会を得られるだろう。
「とはいえ、調査方法は皆それぞれのやり方があるだろうから、自由にしてほしい」
情報が少なくてすまないな、と謝りつつもその目には猟兵への信頼がある。
「ちなみに、この店の一番人気は、クリームソーダだ」
バニラアイスとチェリーを乗せた透明なソーダ水に。
ママレード、苺、すみれ、バラ、と、色とりどりのジャムやシロップを溶かして。
香りも味も好きに選んで染めるのが、この店流の楽しみ方。
薄紅色の桜のジャム、今の季節なら金木犀のジャムもお奨めらしい。
味を選ばないなら、好きな色で頼むのも楽しいかもしれない。
「他のメニューも豊富だ。クリームソーダと一緒に如何だろう」
甘い飲み物が苦手なら、珈琲や紅茶、緑茶も勿論ある。
スイーツは、淡白な味わいのワッフルから、ジャムを使ったケーキやクッキー、ジャムタルト、餡子が美味しいシベリア。軽食にはサンドイッチ、エビフライ、ナポリタン、コロッケ、ビーフシチュウなど。
喫茶店らしいメニューが揃っているらしい。
「……最後になるがサクラミラージュの影朧は、荒ぶる魂と肉体が鎮まると、桜の精の癒やしを受け転生できるとの事だ」
たとえ影朧が青年の想いに応えたのだとして。
その恋が今生で実ること決してない。
「討ち果たすか、転生を促すか、どちらにせよ決断を迫られるだろう。どうか、悔いのないように――それでは、よろしく頼む」
鍵森
ご覧いただき有難うございます。
舞台はサクラミラージュ、大正浪漫素敵ですね。
●シナリオについて
1章:カフェーで思い思いにお過ごしください。
食事にはサアビスチケットをお使い頂けます。
OPでのメニューは一例ですので、カフェーにありそうなメニューなら何でもどうぞ!
2章:日が暮れた頃、青年を追って影朧の居る場所へ向かいます。
3章:ボス戦です。
●登場人物
毛利・潤(もうり・じゅん)
青年ピアニスト、最近情熱的な演奏が増えた。
以前はぼさっとしていた身なりが、垢抜けてくるなど。
明らかな恋の気配にカフェーの店員達もソワソワしている。
●以上となります。御縁がありましたら宜しくお願いします。
第1章 日常
『彩る泡の傍らに』
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POW : 甘味も頼む
SPD : 軽食も頼む
WIZ : 今日のお勧めも頼む
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フィーナ・シェフィールド
アドリブ、一緒の行動歓迎です。
【WIZ】
長い髪を優雅になびかせながら、国民的スタァのオーラ全開でお店に入ります。
「素敵なお店ですね…ピアノがよく聴ける席はどちらでしょうか?」
にっこりと礼儀正しく店員さんに聞いて、席に案内していただきましょう。
まずはわたしの髪と同じ、スミレ色のソーダ水をお願いして、
「今日のお勧めは何でしょうか?」
どれも美味しそうですし、きっとお勧めも素敵な逸品でしょうね。
演奏を聴きながら、常連らしいお客さんにピアニストさんのことをお聞きします。
「情熱的な旋律がとても素敵ですね」
以前からこのような曲だったのか、いつ頃から?何かキッカケでも?と、少しずつお話を聞いていきますね。
彼女はすみれ色の髪をなびかせて、さっそうと店へ現れた。
天より降臨したエンゼルと紛うその姿。
ヤ、あのご令嬢は。
もしや、フィーナ・シェフィールド(天上の演奏家・f22932)ではあるまいか。
そうだそうだ。ちがいない。マアなんたる僥倖だろう。
国民的スタァの登場に、カフェーの空気はにわかに色めき立って、人は口々にその名を囁く。
当の本人はというと、そうした騒ぎを気にした様子もなく。
視線をさまよわせて、いま聴こえるピアノの音色を探すように首を傾いだ。
メイドの少女が案内をと進み出ると、フィーナは華やかな笑顔を向ける。
「素敵なお店ですね……ピアノがよく聴ける席はどちらでしょうか?」
どうぞこちらへ、と案内された席につき。
フィーナはメニュー表に指を滑らせて、お目当てを指し示す。
「スミレ色のクリームソーダを頂けますか」
髪の色と同じ色の花、ソーダにすればどんな味がするのでしょうと期待に瞳を輝かせて。
表に書かれている他のメニューにも興味を惹かれる。
――きっと素敵な逸品なんでしょうね。
「それから、今日のお勧めは何でしょう?」
フィーナの洗練された佇まいに、見惚れていたメイドの少女が慌てて頷く。
「オススメ! はい、おすすめですね……エート、あの、あ……おすすめ!」
けれども国民的スタアを目の前にして、緊張が極限に達してしまったのか。
メイド少女は頭の中が真っ白になってしまったようだった。
ぐるぐると目線を泳がせて、言葉に詰まった様子。
フィーナはやさしく見守りながら、何か言葉をかけようか迷う。
そこへ、
「ワッフルとジャムのセットだよ。あれはとても美味しいからね、お嬢さん」
近くの席に座った柔和な顔をした老紳士が、助け舟を出したようだ。
それではそれをお願いしますね。と注文を告げれば、メイドの少女は頭を下げて奥へ下がっていった。
フィーナは老紳士と会釈をしあい、幾つか言葉を交わした。
どうやら彼はこの店の常連らしい。
「ここの店主夫婦とは長い付き合いなものでしてね」
「そうだったんですね」
「音楽と食事が楽しめるから、ついつい足が向きまして」
ピアノがよく聴こえる席を選んだだけあって、フィーナの近くには演奏を楽しみにしている客が多いようだった。
やがてピアニストの青年が次の曲を始めた。
ハバネラだ。
フィーナは味わうように、耳を傾ける。
どうやらオペラに登場する曲であるから、おのずと頭に歌詞が浮かんでくる。
L'amour、L'amour。と繰り返すその実直なメロディー。
恋を歌う声なき声を求める、そんな男のまっすぐとした想いが伝わってくるようで。
ほう、と息を零す。
「情熱的な旋律がとても素敵ですね」
そっと感想を述べると、
「どうも最近はセレナーデが多くてね」
老紳士はいたずらっぽく片目を瞑ってみせた。
演奏家であるフィーナはその意味を理解して、かすかに頷いてみせた。
女性へ捧げる愛の歌が増えた、という訳だ。
事情を知る身からすれば、やはり、という気持ちも強い。
「それは、いつ頃からです?」
「さあ、かれこれ一ヶ月ぐらい前かな」
「なにかキッカケがあったんでしょうか」
フィーナの眼差しには、ただの興味本位ではなく、どこか真剣なものが混じる。
事件の謎を解くべく此処へ来た彼女の真意までは伝わるべくもないが、若き演奏家になにか感ずるものが合ったのだろうかと老紳士は解釈したらしい。
「出会いがあったのでしょうね。思うにお相手は、きっと見事な歌い手なのでしょう」
「歌手? どうしてそう思われるんです?」
「唄は上手くない彼が、歌詞のある曲ばかり選ぶようになったからですヨ」
やがてすみれ色のクリームソーダとワッフルが運ばれてきた。
白いアイスクリンに添えたチェリーと、小さなすみれの花。
ストローから冷たいソーダを喉に流し込むと、我知らず青年の情熱に充てられたか、火照ったような体に心地よかった。
「……うん、おいしいです」
すこし甘酸っぱくて、可憐な花の香をさせるソーダが。
パチリ、舌の上ではじける。
大成功
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真幌・縫
あの!桜のジャムのクリームソーダをください!ふふ、縫の大好きなピンク色だもんね♪
【コミュ力】で恋の気配にそわそわーな定員さんとお話をしてみるよ♪
縫はね「恋」って言うのが分からないの。
きっとまだ縫は恋をした事がないんだね。
「恋とはどんなものかしら?」
みんながそわそわしちゃうもの?
恋人さんのいるお友達はねとっても照れくさそうに話すけど…とっても幸せそうだから。
つまり…恋をするピアニストさんは幸せなのかな?
でも縫は…縫たちは…。
それを邪魔しなくちゃいけないんだね…。
アドリブ連携歓迎
花弁のように可憐なピンクのドレスに身を包んだその姿は、まるで可愛らしいお姫様のよう。
いつも一緒のぬいぐるみであるサジ太を膝の上に乗せ。
席に座ってメニュー表をじっくり眺めると。
真幌・縫(ぬいぐるみシンドローム・f10334)は手を上げた。
「あの! 桜のジャムのクリームソーダをください!」
元気の良い声にメイドの女性がにっこりと微笑んで、注文をとる。
「ふふ、縫の大好きなピンク色♪」
猫耳がぴょこり。そわり。期待に揺れ。
聴こえるピアノは、どこか心が浮き立つような旋律を響かせていて。
縫も音に合わせて頭を小さく揺らす。
カフェーの中には、心地よい時間が流れていた。
ふいに、彼女の耳は演奏に紛れた声を拾う。
ネ、ネ。潤さんてやっぱり恋人ができたんじゃないかしら。
アナタもそう思う? お相手はどんな方なのかしらね。
そっと目を向ければ、ひそひそ話をしているメイドさんの姿。
片方の女性は丁度メニューを運んでいるところで、やがて縫の桜ジャムのクリームソーダを運んできた。
「ピアニストさんは恋をしているの?」
口元に手を当てて、内緒話をささやきかける。
縫の問に「アラ、聞こえていました?」メイドは朗らかに笑んだ。
あのね。と縫はおずおずとした声を出し。
「縫はね『恋』って言うのが分からないの。だから、お話が聞けたらって思って」
「まあ々可愛いこと。じゃあチョットだけ、ね」
あどけないお願いに、メイドは片目を瞑ってみせた。
恋バナは、どの世界でも人気がある。
縫の言葉に偽りはなく、彼女は未知なる体験に純粋な興味を持っていた。
『恋とはどんなものかしら?』
歌にもあるように、ときには喜び、ときに苦しくなるものなのかしら。
それとも、……?
「恋はみんながそわそわしちゃうもの?」
「エエ、だってこんなに人の心が動くことって他にないわ」
「そうなの?」
年若いメイドの娘は、自信たっぷりに頷く。
「あなたは恋にどんなイメージを持っていらっしゃるの?」
その言葉に、縫の心には友達の面影が浮かんだ。
「縫の、恋人さんのいるお友達はね、とっても照れくさそうに話すけど……とっても幸せそうだから」
つい、ほわほわとした温かい気持ちになって、言葉を紡ぐ声にも気持ちがこもる。――ああ、でも、だからこそ。あの幸せそうな様子を思い出してしまえば、縫の心は重たく沈む。
「……恋をするピアニストさんは幸せなのかな?」
メイドが離れていった後、縫はポツリと呟いた。
――でも縫は……縫たちは、……。それを邪魔しなくちゃいけないんだね……。
わかってはいることだけれど、改めて向き合った時、自分はどうすればいいのだろう。
考えるだけで、キュッと胸が締め付けられるような気がした。
それは悲しい時の感情に似ている、心細さを埋めるようにサジ太を抱きしめて。
縫はピアノの音を聴く。
「……素敵な曲だね……」
グラスの底に沈んだ桜ジャムがトロリと溶け出して、長い銀匙でかき混ぜるとソーダの中に桜花を舞わせた。味や香りは桜餅に似ていて、バニラアイスにもよく合う。
この世界で桜は癒やしの象徴。
ストローに口つければ。
甘酸っぱくて華やかな、優しい味が広がった。
大成功
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ライラ・ネイサン
あおいの、ください。
なに味が好き、とか、自分のこと分かんないんだ
だけどね、あお、好きなの
そんな気がする
お星さまもあるとウルトラハッピー!
アイスにお星さま、飾れない?
そっかぁ。
ねぇ、メイドさん
ボクね、ボクの事なぁんにも知らないんだ!
記憶喪失、ってやつ?(気にして無いから、カラッと笑って)
だから教えて?
今の曲、なんて曲?
なんだかわからないけどね、知ってる気がして!
素敵な曲を奏でる彼のことも、知りたいの
…ふふふん、ボクね、歌うの上手なんだよ
あの素敵なピアノで歌えたらなって、思ったのさ!
ここのカフェー、歌手は募集してないの?
やってみたい、なー!
カフェーの店内にしっとりとしたピアノの曲が流れていた。
その音色はどこか謎めいて、神秘的な雰囲気がする。
まるで曇りのない、抜けるような空の色。
その瞳はどこまでも澄み切っていた。
「あおいの、ください」
ライラ・ネイサン(泡沫の夢・f22064)は屈託のない笑顔をみせる。
味には特にこだわりはない。
どんな味が好きかも、苦手なものも、ライラは自分のことがよくわからない。
だけど、あお、好きなの。と少女は明るい声で言う。
そんな気がする。のだと。
それからもう一つ、お星さまもあるとウルトラハッピー!
なんだけど、
「アイスにお星さま、飾れない? そっかぁ」
明るい昼の空の瞳を持つ少女は、夜空に浮かぶ輝きを思い、ちょっと肩を落とした。
それでも、その明るさに陰りはない。
やがて運ばれてきたクリームソーダは美しい色をしていた。
ライラは、喜んだ様子で顔を輝かせる。
「わあ、あおいの、だ」
底に近くなるにつれ深い色になるブルーグラデーションのソーダに、白いバニラアイスが浮かぶとまるで大きな雲のよう。チェリーの赤も彩を添えていて。
「綺麗でしょう。藍胡蝶て花のシロップを使ってあるんですヨ」
メイドはそう言うと、クリームソーダの横にもう一品、小皿を置いた。
「それからこちらもどうぞ」
「あ、お星さま!」
皿の上には星の形をしたバタークッキーが並んでいて。
どれも上に粉砂糖を纏って、白く彩られていた。
「本物は用意できないけど、勘弁して頂戴ね」
そう言って、メイドは茶目っぽく笑った。
ライラも口元をほころばせる。
「ねぇ、メイドさん」
聞きたいことが、あるんだけど。と彼女が立ち去る前に呼び止めて。
「ボクね、ボクの事なぁんにも知らないんだ!」
告白に「マア」とメイドの少女は驚いた顔をした。
けれども言った本人は気にした風もなく、実にさっぱりとしていて。
その顔には少しの曇りもない。
「だから教えて? 今の曲、なんて曲? なんだかわからないけどね、知ってる気がして!」
名前を聞いたら思い出せるかもしれない、この不思議な音色の正体を。
チラリ、とピアノの方へ視線を向けて。
「それから、素敵な曲を奏でる彼のことも、知りたいの」
「どうして?」
「……ふふふん、ボクね、歌うの上手なんだよ」
ライラは、得意げに胸を張ってみせた。
「あの素敵なピアノで歌えたらなって、思ったのさ!」
「マア。素敵だなんて、潤さんが聞いたらきっと喜ぶわね。あの人、ホントにピアノが好きだから」
ふむふむ。とライラは頷いて。
あのピアノで歌を唄う人がいないのか、確かめようと探りを入れる。
「ここのカフェー、歌手は募集してないの? やってみたい、なー!」
「そうねえ。この店は音楽好きが集まるから。歌手が唄うこともあるし、流しの人が来ることもあるわ。アナタ、本気なら一度飛び入りで唄ってみたらどう?」
ライラの言葉が本気か冗談か、それは計りかねたようだけれど。
メイドは面白がった様子で彼女を後押して去っていった。
その後姿を軽く手を振って見送りながら。
この曲、どんな歌詞、なんだろう?
声に出さずに口の中で旋律を転がして、ライラはピアノに耳を傾ける。
――あれはね、確か『スカボロー・フェア』よ。潤さん、時折弾くの。
そう、メイドは言っていた。
『スカボロー・フェア』。
果たしてその名は、何処かで聞いたことがあっただろうか……――。
大成功
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六条寺・瑠璃緒
名物のクリームソーダをお願い
ジャムを添えられるの?じゃ、菫の其れをくれるかい?
人の恋路を邪魔するやつは…と云うけれど、此のままだと其の他大勢が不幸に成るんだね
じゃあ、多少の邪魔は仕方がないね
「上手いね。あのピアニストは有名な人?」
クリームソーダを飲みながら手近な給仕に問い掛ける
余興がてら、メモに曲のリクエストでも書いて渡してみようか、駄賃を添えて
セレナードなんてどうだろう、嗚呼そう、白鳥の…
「嗚呼、良いね。此れほど情感を籠めるには、誰を想って弾くんだろうね?」
給仕あたりに投げかける
僕も表現者の端くれで、と尤もらしく嘯いて
…此のソーダ、美味しいな
此のピアノも聴けるなら、近くまた足を運ぼうか
「ジャムを添えられるの? じゃ、菫の其れをくれるかい?」
名物のクリームソーダを一つ。
注文を終えて、椅子の背にゆったりと凭れ掛かる。
席に座った彼は冴えとした美貌の持ち主だった。
漆黒の髪に透けるような白い肌、灰色の宝石のような瞳。
一度見れば忘れられないような、少年とも青年ともとれない、神秘的な佇まい。
どこかで彼を見たような気がしたと、客の一人は思った。
けれど、その正体を知るものは誰も居ないだろう。
六条寺・瑠璃緒(常夜に沈む・f22979)は、静かな眼差しでピアニストの背を見つめる。
――人の恋路を邪魔するやつは……と云うけれど、此のままだと其の他大勢が不幸に成るんだね。
で、あるならば天秤に掛けるまでもない。
必ず起きる未来の悲劇が防げるのなら、選ぶ道は決まっている。
――多少の邪魔は仕方がないね。
菫のクリームソーダは、ふっと花の香が掠めるような味わいがした。
長い銀の匙でアイスをひと掬いして口に運ぶ。
そうした仕草にも、どこか人の目を惹くものがあるようで。
ほう、と見惚れていたメイドに瑠璃緒は流し目を送った。
「上手いね。あのピアニストは有名な人?」
「――え。ああ、潤さんですか? 」
声を掛けられ瞳を瞬いたメイドは、瑠璃緒の質問に悩ましげな表情を浮かべる。
正直なところ、と声を潜めてメイドが言う。
「そこそこ仕事はあるみたいだけど、有名って程じゃないかもです……」
「ふうん。そうなんだね」
「でも最近メキメキ腕を上げてらっしゃるから、その内きっと活躍しますよ。良かったら応援してあげて下さいネ」
メイドの言葉に瑠璃緒は緩く頷いてみせた。
さて、彼はどのような曲を弾くのだろう。
持ち合わせたメモにサラサラとペンを滑らせ。
それをメイドに渡して、駄賃を握らせる。
「君、少し頼まれてくれるかい」
ええ、もちろん。と色良い返事があった。
メモに書いたのはセレナード。
詩人が遺した歌曲集のタイトルだ。
リクエストを受け取った青年は、瑠璃緒のメモを見て考え込むような素振を見せた。
やがて譜面をめくって、旋律を奏で始める。
第四曲。
真夜中の逢瀬、恋人への想いを持って呼びかける。
恋する者の震えるような切なさを、ピアニストは奏でる。
あまりにも純情な演奏は、なるほど人の胸を擽るものがあった。
「嗚呼、良いね。此れほど情感を籠めるには、誰を想って弾くんだろうね?」
そっと零した囁きに、周囲の人間が瑠璃緒を見る。
彼の声に、つい、見ずにはいられないような響きがあったからだ。
注目を集めた所で瑠璃緒は気にした様子もなく。
落ち着き払った態度で、肩を竦めてみせた。
「僕も表現者の端くれでね」
尤もらしい言葉を並べて嘯いた彼を疑うものは居ない。
セレナードのタイトルには、もう一つの意味がある。
死ぬ間際の白鳥は、美しい声で最後の歌を唄うのだという。
そうした意味まで伝わったか、それは解らないけれど。
「此のソーダ、美味しいな」
しゅわりと口の中で小さな泡沫がはじけて消える。
儚い感触を舌で転がして、ジャムから溶け出した菫の花を一輪、口に運んだ。
「此のピアノも聴けるなら、近くまた足を運ぼうか」
その時は、どんな演奏が聴こえるだろう。
きっと今は聴けないような音がする様な気がして。
瑠璃緒はそっと瞼を伏せた。
大成功
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安寧・肆号
POW
まぁ、まぁ!可愛らしいお店!
色とりどりのお菓子たちに、甘やかな香りね。
何を食べましょう、何がおすすめ?
苦いものや辛いものは嫌よ。とびっきり甘々なお菓子が食べたいの!
すごいわ、すごい。
頬っぺが落ちちゃいそう!
こんな素敵な世界、ずっと過ごしたくなっちゃう。
素敵な旋律も流れているのね。
楽団を呼び出したくなっちゃうくらい、綺麗な音だわ。
お菓子みたいに甘やかな音色。
あのヒト、ずいぶん甘い音色を奏でているのね。なぜかしら。
お菓子も、音も甘々で酔っちゃいそうね。
アドリブ連携お任せ
※三章不参加ですがご了承頂ければ
まぁ、まぁ! 可愛らしいお店!
まるで素敵な夢の中へ迷い込んでしまったようだと。
少女があどけなく笑う。
安寧・肆号(四体目・f18025)は、くるりとスカートの裾を翻して席についた。
カフェーの客人達がクリームソーダや菓子を楽しむ姿を見遣って瞳を輝かせる。
色とりどりのお菓子と、甘やかな香りが胸をくすぐって。
「何を食べましょう、何がおすすめ?」
ねえ? とメイドへ尋ねる。
メニュー表を辿る指はさまよい、なにが良いのか決められない。
「苦いものや辛いものは嫌よ。とびっきり甘々なお菓子が食べたいの!」
アラ々、まるでミルクをねだる仔猫みたいだわ。とメイドの女性は可愛らしい仕草を見て和やかな笑みを浮かべ。
そうして幾つか彼女が喜びそうなメニューを挙げていき、最後にこう尋ねた。
「クリームソーダは如何なさいます?」
肆号はすこし思案して、髪に付けたリボンへ手をやった。
「赤がいいわ、リボンとおそろいの色よ」
承りました。とメイドが下がる。
やがて赤い苺のクリームソーダと、焼き立てのワッフルが運ばれてきた。
この店ではワッフル鍋と呼ばれる鉄の焼き型に、卵を多めに配合した生地を流し入れて焼き。
きつね色に焼き上げた扇形のワッフルは、皮はさっくりと中はふんわりとしていて。
そこへジャムをたっぷり塗って食べるのだ。ジャムは数種類あって好きなものを選べる、陶器の小皿に盛ったジャムの鮮やかなこと。
ぱくり。と一口食べれば顔がほころぶ。
「すごいわ、すごい。頬っぺが落ちちゃいそう!」
素直な称賛の言葉を贈られ、メイド達も嬉しそうに笑っていた。
ナイフで切り分けたワッフルをフォークで突き刺し、桜のジャムが滴るそれを口に運ぶ。
次はどの味を選ぼうか。
甘く華やかな楽しみに心が浮き立つ。
心ゆくまで味わって、楽しんで、ここはそれが許される場所。
――こんな素敵な世界、ずっと過ごしたくなっちゃう。
肆号は夢心地のような表情を浮かべた。
それに、ずっと聴こえているピアノの演奏も素敵。
彼女の楽団を呼び出してしまいたくなる程に綺麗な音。
一緒に演奏すれば、さぞ楽しいでしょう。
「まるで、お菓子みたいに甘やかな音色」
この甘い香りに包まれた世界にその音色は溶け合うような響きを聴かせる。
ゆったりとしたリズムの心地よい調べに、肆号はそっと瞳を細める。
けれども何か、心に引っかかるような気がして――。
「あのヒト、ずいぶん甘い音色を奏でているのね。なぜかしら」
呟いた、その小さな声が聞こえでもしたのだろうか。
ピアニストの青年が不意に振り返った。そして、肆号を見て驚いたように目を見開く。
きょとんとして、肆号は瞬きを返す。
ハッと正気に戻ったように青年は首を振るって、会釈するとピアノへと向き直った。
周りの客たちは、いまの仕草を客への挨拶ぐらいに思ったようだ。
肆号だけが、あの瞳が自分を見ていた事に気がついている。
あの熱っぽい真っ直ぐな眼差し。
まるで誰かと見間違えでもしたかのよう。
肆号は、可笑しそうに不思議そうに首を傾げた。
どうして青年があんな風に甘い音を出せるのか。
きっとなにか訳があるのでしょうけれど。
けれどもそれは肆号の知る処ではないのかもしれない。
「お菓子も、音も、甘々で酔っちゃいそうね」
このままこの空気に身を委ねてしまったら。
本当にワインを飲んでしまったような、火照るような熱さを感じるだろうか。
肆号は想像して、くすくす笑った。
大成功
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空亡・柚希
幸せそうで、楽しげな音色。曲は変わっても、演奏者の心や手つきは音に出る。
……ピアノ、か。ちょっと懐かしいな
空いた席で、ピアノの聴こえるところを探そうかな
席に座れたら、金木犀のクリームソーダをお願いして。
雰囲気に紛れるように(《目立たない》)《情報収集》をしてみよう
切っ掛けは判明したみたいだから……様子を見たり、店員さんやお客さんから何か話を聞けたらいいな。
鍵盤を叩く感触が、不意に蘇ってくるような気がした。
ピアノが聴こえる席へ。
そう案内のメイドへ告げれば、人の多い一角へと案内される。
情報を拾うなら、賑やかな場所が良いだろう。
空亡・柚希(玩具修理者・f02700)はさり気なく店内の様子を見ながら席へと向かう。
「クリームソーダを一つ、金木犀のものを」
何気ない風景に溶け込んで、柚希は誰の気にも止まらないように、ただ穏やかに時を過ごしていると周りに思わせていた。
ピアノの演奏を聞きながら待っていると、注文の品が運ばれてくる。
「ああ、おいしそうだね」
鼻先にふわりと広がる、甘い花の薫りに顔もほころぶ。浮かべたバニラアイスの周りにジャムにした花が散っている。金木犀の花は、琥珀のような黄金色をしていて。
戯れにストローの先でつついてみると、花が沈んでソーダの中をくるりと舞う。
ピアノの音とその動きが妙に合わさっていて、まるで踊っているようにも見えた。
カフェーの中に響く、余韻をもたせたアウトロ。
曲が終わって、雨だれのような拍手が起きる。
「幸せそうで、楽しげな音色」
いくつか演奏を聞いて、柚希はそう思う。
曲は変わっても、演奏者の心や手つきは音に出るものだ。今、彼はこの世の春を謳歌しているのだろう。
自分の中に染みこんだ演奏者としての経験が、どんなに曲を変えたとて、青年は彼にしか出ない音色を奏でているということを教える。
「……ピアノ、か」
少しだけ懐かしい、と声に出さず口の中で呟く。
テーブルに置いた手の指が軋み。その瞳は僅かだけ揺らめくけれど、柚希は穏やかに凪いだ笑みを浮かべていた。
ピアニストが次の曲を始める。
演奏を楽しむような風体のまま、柚希は周りの声に耳を傾けた。
秋の空模様や、今流行りの舞台、飼っている犬の話。
他愛のない会話の内容は、殆どがただの雑談だ。
けれども辛抱強く、注意して聞き入る内に。
――潤の奴、近頃どこへ出掛けているんだろうな。
男の声が、ピアニストの名を出した。
横目でそっと確かめてみれば、年格好はピアニストの青年と同年代の男達がテーブルを囲んでいる。恐らく気のおけない友人達といったところだろうか。
「じつは最近、潤が夜道を一人、人気の無い寂しい方面へ向かっていくのが見えてさ」
「アイツのことだ、夜遊びじゃなかろう。どうせ噂の彼女に会いに行っているんだ、察しておやりよ」
「人目を忍ぶような間柄ってことかもしれないじゃないか」
声を潜めながら口々にそんな話をしている。
興味本位と、ほんの少し心配しているような調子が混ざる辺り、潤という青年の人柄はそう悪いものではないのだろう。
「それにしたって不気味なところだよ。旧い洋館があるだろう、そら下宿の角を右に曲がって往くところの先だ――」
と、くわしい地理を述べ立て始めた。これは重要な情報だろうと、柚希も道のりを頭に入れる。
「辺りは暗かったんだろう、見間違えたんじゃないか?」
「ウウン、そうかな。……よし、こんど本人に訊いてみるか」
話はそこで区切られ、話題はまた別の噂話へと移る。
「どうやらそこが目的の場所のようだね……」
青年が夜な夜な逢瀬に出掛けているというのならば、きっと今聞いた洋館が待ち合わせの場所にちがいない。
柚希は窓の外へ目をやった。
街が夕焼け色に染まり、どこからか吹かれてきた桜の花びらが風に流されていく。
もうすぐ、夜が来る。
大成功
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第2章 冒険
『よすがの跡』
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POW : 庭を調査
SPD : 地上階を調査
WIZ : 地下室を調査
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●
彼女は異国の童謡を好んで口ずさむ。
旧い唄は僕も好きだけれど。
だけどフレア、君のための曲を書いたと云ったら、唄ってくれるだろうか。
微笑んでくれるだろうか。
●
仕事を終えた青年は店を出ると足早にどこかへ出掛けた。
後を尾ける猟兵に気がつく様子もなく。
脇目も振らず、寂れた道を進み、奥へ奥へ。
やがて道の先に旧びた洋館があらわれる。
先に得た情報で先回りした者も、青年の後に続いた者もすぐに見えただろう。
踏み入れた前庭には、満開の花を咲かせる幻朧桜。
こぼれ散ちた花弁が地面に降り積もり、夜の中で白じらと仄めく。
古びた館に人の気配は感じられない。
人の手を離れて久しい証しがそこかしこにも見える。
かつての栄華は夢の跡、面影だけを残したがらんどうの廃墟。
この何処かに影朧がいる――。
青年に声を掛ければ、警戒はされるだろう。
けれど話掛ける者の声には耳を傾けるはずだ―彼も心の底では彼女の正体を予感しているのだから。
それとも、広い館の中を探索する事を選ぶだろうか。
恋人を迎えるための館には罠など無いだろう、どこかで唄う彼女の声が聞こえるかも知れない。
永夜清宵何所為。
影朧を探し、猟兵達は動き出す。
フィーナ・シェフィールド
アドリブ、連携OKです。
【WIZ】
恋心、成就させてあげたい気持ちはありますけれど。
叶ってはならない恋も、この世界にはあるのですね…。
せめて、転生させてあげられさえすれば。
何はともあれ、まずは彼女の居場所を突き止めなくてはいけませんね。
わたしも『歌唱』で名を馳せたスタァのはしくれ、歌声を求めて探索を行います。
もしかすると、こちらの歌声に応えて歌っていただけるかもしれません。
先ほどお店で聞いた、せつない恋の曲。
その男性パートを優しく歌い、答える歌声を耳をすまして探し求めます。
(お願い、応えて…!)
ショウ・マスト・ゴー・オン。
何があっても、貴女を見つけるまで歌い続けますっ!
真幌・縫
この館の何処かに影朧がいるんだね…。
まずは【動物と話す】で館にいる動物さんとお話してみようかな。こういう廃墟ならネズミさんとかなら居そうかな。あとここで休む鳥さん。
場所がわかる子が居るなら案内してもらえると嬉しいな。
縫も楽器を演奏したりお歌を歌ったりするけれど『恋』ってそう言うのにも影響するんだって知ったけれど…今の縫にはまだわからなくて。
でも、きっとそれは素敵なことなんだろうね。
恋する二人を離れ離れにしなくちゃいけないのは悲しいけれど。しなくちゃいけないんだよね…。
アドリブ連携歓迎
幻想めいた桜吹雪が翼を持つ少女たちを迎える。
月明かりに照らされた二つの影が、館への門をくぐった。
「この館の何処かに影朧がいるんだね……」
「ええ、まずは彼女の居場所を突き止めなくてはいけませんね」
隠しきれない悲しみを顔に浮かべた真幌・縫(ぬいぐるみシンドローム・f10334)の呟く声に、フィーナ・シェフィールド(天上の演奏家・f22932)も頷く。
二人はピアニストの青年とは接触せずに、直接影朧を探すため、そっと洋館の庭に足を踏み入れていた。
青年と言葉を交わさない理由は二人それぞれ違うのだろうけれども。
「恋心を、成就させてあげたい気持ちはありますけれど、叶ってはならない恋も、この世界にはあるのですね……」
風に零したさびしげなフィーナの声に、縫もハッと目を瞠る。
彼女が口に出さずにはいられなかった本心。それは縫も同じ……。
「せめて、転生させてあげられさえすれば」とフィーナが言う。
「二人はまた出会えるかな? その先で、もう一度」
先を引き取るように縫も声を発した、それだけが一縷の希望なのだろうかと。
どうでしょう。とフィーナは曖昧に首を振り、しかし優しく答える。
「そうであってほしいと、思います」
桜の木の下へと、フィーナが歩いていく。すみれ色の髪を揺らし、胸を張った堂々とした佇まいは、幕が上がる舞台へ向かう女優の姿。
「縫は、『恋』ってまだわからないけど」
館へと向かいながら、片方の手を上げて招くように呼びかける。
どこからか軽い羽音を立てて、縫の肩に一羽の鳥が止まった。
「これはしなくちゃいけないことなんだよね」
●
「今から始まること、どうか見守って下さいね」
桜の花へと願うように呟く。桜の木の下、ここが館を正面から見渡せる位置。
観客席へするように一礼をし、スウッと深く息を吸い込んで。
フィーナは歌い出した。
男女二重唱による恋の歌。
けれどアカペラで響くのはフィーナ一人の男性パート部分のみ。
これを聴けばやがて影朧も気づくだろう『自分は誘われているのだ』、と。
もしかすると、こちらの唄声に応えて唄ってくれるかも知れない。フィーナはそう考えていた。
しかしそれは影朧からすれば侵入者に姿を晒せと言われているのにも等しい行為、この世に存在を許されぬ影朧にとってそれは破滅を意味する。
フィーナとて、敵対する可能性がある相手に居所を報せることになる。
それでもやり遂げると、フィーナは覚悟を決めてこの方法を選んだ。
スタァとしての矜持と誇りを持って、この舞台に上がったのだ。
ユーベルコヲドを用いた、神秘の歌声。
一段と低くビブラートを利かせた膨らむような音、男性的な力強さと包み込むような空気が生まれる。
おそらく普段彼女が歌う鈴の音のように澄んだ歌声とは、雰囲気がまったく違うだろう。
――お願い、応えて……!
その一念を胸に、少しでも意識をと切らせぬよう、雑念を消し凄まじい集中力で声を張り上げる。
――聴こえているのでしょう? 私は何があっても、貴女を見つけるまで歌い続けますっ!
反応は無くとも確信があった。この歌声は確かに届いているのだと。
そして一度聞いてしまえばもう気を逸らすことは出来ない。させない。
影朧は屋敷の中で苦悩しているだろう、平穏は破られ、終わりが迫っていることに。
だからこそ、どの曲を歌うかで、結果は大きく変わった。
フィーナが選んだのはピアニストの青年が弾いていた曲だ。きっと影朧の彼女にとって何度も耳にした曲だろう。
カフェーで聞き今も耳の奥に響く、ピアニストが奏でた旋律に乗せて歌を送る。
●
縫は演奏を奏で、歌を唄う、だからこそ知っている。
音は変わる。嬉しい音、悲しい音、怒った音、沢山の気持ちから音が生まれることを。
『恋』もきっとそう、それはまだ縫の知らない音を生むのだろう。
館の外からフィーネの歌声が聞こえてくる。カフェーで聞いた曲だけれど、きっとあんな風に唄うことはできないと縫は思う。私だけを見てほしいと、狂おしい程に声を上げ、振り向いてくれと願う心の叫びの音。
そんな強すぎるような音を、気持ちを、いつか自分も持つのだろうか。
いずれ訪れるかもしれない変化が、今は少しだけ怖いかもしれない。
それでも。
「きっとそれは素敵なことなんだろうね」
指に止まらせた小鳥に囁きかけて、窓辺に離してやる。
この近くを寝床にしている鳥に話を聞いた縫は、手掛かりを求めて館内の生き物を探していた。
そこで、鳥から聞いた館の台所へ向かう。生き物は常に食べ物を探しているからだ。
台所は、意外にも人が使っていた形跡があった。
ガスや水道の類は止まっているが、火を起こしたり簡単な食事をしたような気配が残っている。
きっとピアニストの青年と影朧が、ここで一緒の時間を過ごした、その証しなのだ。
お茶を淹れたりお菓子を摘んでみたり、何気ない日常、親密なひととき。そんな光景を縫に想起させる。
それはきっと、穏やかな二人だけの空間。
チ、チ。 鳴き声と共に棚の奥から小さな影が顔を出した。
「ネズミさん、こんばんは」
チュ。と鳴くネズミは全く警戒心のない様子で縫の顔を見た。
カサコソとなにかを探すように、蓋のついたアルミ缶を鼻先でつつく。
縫が開けてみると、中にはクッキーが入っていた。カフェーにあったものと同じ物らしく、おそらく潤が持ってきたものだろうという事がわかる。
「これが欲しいの?」
ネズミは期待を込めたつぶらな瞳で縫を見上げる。お腹が空いているのかも知れない。
「でも……」
触れるのをためらう。人のものを勝手に取ってはいけない、というごく自然な思いと。
それ以上に胸にこみ上げるのは、この空間に踏み込まなくてはいけなかった罪悪感だろうか。
「……ごめんなさい。欠片だけ頂くね」
クッキーの欠片を掌に落として、ネズミに与えてあげると、
「ネズミさんお願い、教えてほしいの。この館にいる女の人を知らない?」
館内のことをよく知るであろうこの小さな生き物にそっと尋ねた。
●
そもそも、影朧は青年を愛しているのだろうか。
――聴かせて下さい。姿の見えぬ貴方。
男と女が恋を唄う曲、想いに応えてくれと訴えかけるその声――意図せずとしても、フィーナは歌に込めて問い掛けたことになる。
――今此処に、貴方に会いに尋ねてきている方がいます。
――情熱的にこの曲を弾いた人、彼は貴方を愛しているのでしょう。
――貴方は? 貴方は彼を愛しているのですか?
実際の歌詞はこのような言葉ではない。けれど、相手にはそのように聴こえるだろう。そこに恋心がなければ応える必要もない。これはそんな曲なのだから。
感情を揺さぶって、揺さぶって、本心を引き出そうとする力に満ちた歌声。
ネズミに案内されるまま、階段を登り廊下を歩く縫も窓からフィーナの姿を見る。
きっと声は返ってくると、縫には確信めいた思いを心の中で声援にして送った。
――恋する二人を離れ離れにしなくちゃいけないのは悲しいけれど。
しなくちゃいけないことなのだと、縫は迷う自分を奮い立たせる。
歌はいよいよ終わりに差し迫っていた。女役の声はなく片割れを欠いたまま、フィーナはひたすら歌い続ける。
ああそれはなんと素晴らしい歌声だっただろう。
世界中の者達が聞き惚れる彼女の歌は、今だけは唯一人の女のために捧げられているのだ。
フィーナという表現者を通して、潤という青年の心が響き渡る。
――君は、しあわせ、でしたか?
最後のパートを歌い上げたフィーナの頬を汗が伝う。最後に込めた思いはフィーナのものでなかったと感じる。あれは、ピアノの音から掬い上げた。潤の想い。
――ええ、ええ。 可愛い人、フレアはあなたに出会えて、幸せだったわ。
「今の声は……――?」
縫は耳を澄ませて足を止めた。
哀切に、か細く震える唄声が、たしかに廊下の先から聴こえた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ライラ・ネイサン
る・らら。る・りら♪
歌を携えて潤の後を追う
り・るる・るら♪
歌って、飛んで、跳ねて
彼の背中に何げなく言葉を投げるよ
これはね、おっきな独り言なんだけどさー
恋って何だろうね?
その人のことを想うこと?
じゃあ縛り付けちゃだめだよね
この世のものではないヒトに、ヒトならざる者に恋をする
それは別にいいと思うんだよね
だって、『好き』って思ったなら、仕方ないもんね
でもさー、それが影朧だったらどうする?
転生できるのに、今がいいからそれを拒んで
拒んでたらどんどん化物になって
『好き』な人を殺しちゃうかも
…それって『しあわせ』?
大きな独り言が終わったら
けんけんぱしながら館へ向かおう
らるる・りら
みんなが幸せになれればいいな
――る・らら る・りら。
口遊む歌は心の赴くままに。
優雅に羽ばたく蝶のように伸ばした腕はふわりと上下して。
とん。と、つま先が地面をつくと降り積もった桜花が舞った。
――り・るる・るら。
とん。とん。とーん。
ステップを踏むような足取りで、ライラ・ネイサン(泡沫の夢・f22064)が夜道を跳ねる。
行く手の先には、青年の背中。
「これはね、おっきな独り言なんだけどさー」
ライラの声にピアニストの青年は驚いた顔をして振り向いた。
「君、は……?」
吸い込まれるような青空のような瞳、一括にして揺れる黒髪、屈託のない笑みが漂う表情。
生き生きとして、しかしまるで幻想から舞い降りたような、得も言われぬ雰囲気をした少女。
たじろぐように後ずさった潤を気にせず、
「恋って何だろうね?」
投げかけた質問に答えない、軽い調子でライラは言葉を紡ぐ。
これはすべて独り言。それにしては大きな声になるけれど。
聞くも聴かないも相手の自由だと、打ち笑んで。
「その人のことを想うこと? じゃあ縛り付けちゃだめだよね」
自問自答のような内容だが、流石に潤も自分のことを言っているのだと悟ったようだ。
「この世のものではないヒトに、ヒトならざる者に恋をする。それは別にいいと思うんだよね」
ライラは大事なものを抱くように、両手を胸の上に置いた。
この恋を否定するつもりのない、偏見や嫌悪のない素直な気持ちで続ける。
「だって、『好き』って思ったなら、仕方ないもんね」
一度、言葉を切る。
互いに口を閉じ、逡巡するような間があいた。
でもさー、と。ライラは――不意に青年の顔を見据える。
「それが影朧だったらどうする?」
なにもかも見透かしたようなライラの言葉に、青年は呻き声を漏らした。
ぶつりと胸を刺すように、的確に不安を射抜いた質問。
答えは求めていない、ライラはくるりと身を翻して後ろ向きになって話を続ける。
「転生できるのに、今がいいからそれを拒んで。拒んでたらどんどん化物になって」
責めるでもない、肯定するでもない。
ただ疑問を述べているような、どこまでもてらいのない声が青年の耳を打つ。
「『好き』な人を殺しちゃうかも……それって『しあわせ』?」
ライラは、青年が目を逸らしていた事実を、突きつける。
傍に居てほしいと願いながら、心の底ではそれが彼女の為にならないと解っていたのではないか。
しあわせに。どうかしあわせに。
捧ぐようにピアノを奏でる度に願っていた密かな想い。
けれどその想いを裏切っていたのは他ならぬ青年自身であり、ライラが口にした結末は残酷で、抗いようのない真実だ。
「解っているんです。……解ってはいたのに」
やがて、掠れるような声で青年が呟いた。
これ以上、独り言を続けることもないだろう。
項垂れた青年の横をすり抜けるようにして、ライラは片足飛びに地面を蹴った。
館へ続く庭の小道を、童遊びに興じる子供のように飛び跳ねていく。
明けない夜はなく、醒めない夢もない。やがて終わりはくる。
全ては独り言。紡いだ言葉は誰宛のものではない。
けれど聞いた者全てに、問い掛けが向くのだとしたら。
口からこぼした言葉は自分にも跳ね返るのだろうか。
ライラは首をすくめて、願うように思う。
みんなが幸せになれればいいな。
――らるる・りら。
夜闇に鈴を転がすような少女の歌がまじりあう。
大成功
🔵🔵🔵
空亡・柚希
潤さんの恋が、叶ってはならないものだとしても。……惹かれたことが間違いじゃなかった、会うべきじゃなかった。というのは、違う気がする。
……僕は渦中を知らずに生きてきたから、この考えは理想論かもしれないけれど。
潤さんに会えたら考えを伝えてみたい
……絶望することなく、影朧の次の転生を待つのを促せたら。
……それと。演奏、素敵でした。
ピアニストの青年は、項垂れたまま足を止めていた。
一体自分は愛した女性に何がしてやれるのだろう。
衝動のまま彼女に行かないでくれと言ってしまいそうな、身勝手な自分への嫌悪で動けない。
さく、さく、敷き詰められたような桜花を歩く足音が近づく。
「すこし話をしませんか」
物柔らかな空亡・柚希(玩具修理者・f02700)の声を青年の耳が拾う。
二人は横に並んで立ち、館を眺めながら柚希は切り出した。穏やかな声には、ほんの少しだけ翳りが混じる。
「……僕は渦中を知らずに生きてきました。この考えは理想論かもしれない」
けれど。と言葉を続け、柚希は自身の考えを伝える。
迷いながらも丁重に言葉を選び紡ぐ、その誠実さは相手にも届く。
「まだ手遅れじゃない。出来ることは、あるはずだから」
告げる柚希の脳裏に、懇願するだれかの姿が過ぎる。
……――壊れた■■を直して。
……――お願い■■を生き返らせて。
震える喉を振り絞った、息をするのも苦しげな泣き声がすがる。
抱きしめられた『その子』は、頬からこぼれ落ちた涙に濡れていて。
ごめんね。そう返すことしか出来ない自分を見る目が、深い悲しみに染まっていく。
記憶から浮かび上がるイメージは、どこか青年と重なる気がした。
柚希は首をゆるく振って、その光景を頭の中から押しやる。
「彼女は、もう……この世に留まれない」
そう言って横にいる青年に顔を向ける。
青年はハッと面を上げた。その目には恐れがある。けれど思いの外、落ち着いていて取り乱しそうな気配はない。
相手の様子を見て、柚希は話を続ける。
「この恋が叶ってはならないものだとしても」
先に告げたようにあくまでもこれは理想論だと、反芻しながら。
「潤さんが彼女に惹かれたことが間違いだった、二人は会うべきじゃなかった。……というのは、違う気がするんです」
「……そう言ってもらえるとは思わなかった」
「それに、そういう出会をした二人だからこそ、選べる道もあると思います」
「選ぶ……?」
そうです、と柚希は頷く。
もはやどうしようもない別れなのだとしても。
その終わり方を選べるのなら、それは悲しいだけのものでなければと思わずにいられない。
「彼女に転生を促して。どうか、送り出してあげて欲しい」
青年はすぐには返事が出来ないようだった。言葉を詰まらせる様子を、柚希はジッと見守る。
決断せざる負えない彼の胸中を、苦悩を、思う。
もっと一緒にいたかっただろう。叶うならずっと、ずっと。
大事だったから、大好きだったから、失うのが悲しくて怖くて、必死にそばに留めておけるように手段を探そうとする。
皆、そうだった。その事を痛いほどに柚希は解っている。
やがて青年は大きく息を吸い、口を開いた。
「僕に、できるだろうか……」
「なにもしなければ、後悔すると思います」
確信を込めて柚希は答える。
「僕が言えるのはこれぐらいです」
そろそろ行かねばならない。館へ行く道を、踏み出して、
「……それと。演奏、素敵でした」
そっと告げたのは、カフェーで聴いたピアノへの感想だ。
青年は思わぬ言葉に目を丸くしてから、ほっとしたように微笑む。
「ありがとうございます」
その賛辞に背を押されたように。
遅れて一歩、彼も前に踏み出した。
大成功
🔵🔵🔵
安寧・肆号
良い音色が響いてるのね。
甘々な雰囲気に楽しくなっちゃう。
小さな声で【歌唱】
気配を探りつつ彼女を【おびき寄せ】るわ。
そうね、スカボロー・フェア。
甘々な彼女もよく歌っていたかしら。
あたしは、恋なんて分からないお人形だけど、お兄さん。
あなたが恋をしているのは、何かしらね。
…ロマンの無いこと言ったら、怒られちゃう。
お馬さんに蹴られるなんてまっぴらだもの!
居所は【第六感】で何となく探れたわ。
これ以上、近づかない方がお互いのためね。
さようなら、可愛らしいお兄さん。
女の子は、甘いものと、スパイスと、素敵なもの全部でできているの。
そこに恋が加わるなんて、とっても素敵なことね。
小さな声で歌う声がする。
わらべ唄のような節回しは、なにか呪文めいた不思議な響きを含む。
声の主である安寧・肆号(四体目・f18025)は、不意に歌の途中で口を閉じた。
しばらく館の玄関のあたりをうろうろとしながら、彼女は二階の方からなにか聞こえた気がして耳を澄ませる。
ここは歌と音で溢れているけれど、今のは他の猟兵の声ではない。
前にもどこかで聞いた声のような気がして、
「良い音色が響いてるのね。甘々な雰囲気に楽しくなっちゃう」
肆号は音に合わせるように首を傾いだ。
さきほど中断した歌をまた歌い出す。
肆号は昔のことを思い出して、ひっそりと笑んだ。
瞼の底に浮かぶ面影は、金の髪をした乙女の姿をしている。
――甘々な彼女も、よく歌っていたかしら。
この曲がお気に入りだったのかもしれない。
すっかり自分の耳にも残ってしまったと、胸の内で呟いた。
上階へ続く階段の上を眺める。声をそちらへ送るように、歌いながら。
私の声を聞いたらアナタ、そこから顔を出したりするかしら。
そうなったら、きっと困ったことになるわね。
と、そこへ足音がした。
「君が唄っていたのか……」
現れたのはピアニストの青年だ。
そばに猟兵の姿もある。これから二階へ向かうのだろう。
「こんばんは、お兄さん」
肆号は歌うのをやめて青年に向かって笑いかけた。
「スカボロー・フェアが好きだった子を私も知っていたの」
青年にそう言うと肆号は、階段の手摺に寄りかかり、道を譲るようにスペースを空けた。
肆号自身は、これ以上先へ進むわけには行かない。
ツ、と人差し指で気配のする方向を指し示す。
「この先で、待っているのね」
「ああ、そうだよ」
穏やかな声で青年は答え、肆号の前を通り過ぎる。
一段一段、踏みしめるように階段を登っていく背中に肆号は声を投げかけた。
「あたしは、恋なんて分からないお人形だけど、お兄さん」
あどけない少女は、その表情に翳りを忍ばせて、
「あなたが恋をしているのは、『何』かしらね」
まるで謎掛けのように、秘密を打ち明けるように、問いかける。
それともその言葉は、青年への警告だったのだろうか。
ああ。とため息のような声をだして、肆号は思い直したように頭を振る。
「……ロマンの無いこと言ったら、怒られちゃう。お馬さんに蹴られるなんてまっぴらだもの!」
恋路の邪魔者はなんとやら。冗談めかし、両手で口元を抑えてみせた。
「いいんだ」
立ち止まった青年が振り返って、肆号を見つめる。
その眼差しは優しく、静かな決意に満ちていた。ここへ来るまでに青年は覚悟を決めたらしかった。
「いいんだ。彼女が何者でも、僕にとっては可憐なミューズであることに変わりはない」
肆号はその真っ直ぐな純情さに大きく瞬きをして、思わずころころと笑い声を立てた。
なんてロマンチックで、甘々なこと。
「さようなら、可愛らしいお兄さん」
再び歩き出したその背中を見送って、肆号はくるりと踵を返す。
「女の子は、甘いものと、スパイスと、素敵なもの全部でできている――そこに恋が加わるなんて、とっても素敵なことね」
これ以上近づかない方がお互いのため。結末を見届けることはできないけれど。
「さようなら、……」
誰かの名前を呼ぼうとして、唇が動いた。
けれど吐息は声にならず空虚に消える。
肆号は玄関扉を開けて、人知れず館から立ち去るのだった。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『振愛・弐号』
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POW : ♪「小さなベティちゃん」
【自身の影】から、【獄炎】の術を操る悪魔「【ベティちゃん】」を召喚する。ただし命令に従わせるには、強さに応じた交渉が必要。
SPD : ♪「スカボロー・フェア」
【慈愛に満ちた抱擁の】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【愛】の協力があれば威力が倍増する。
WIZ : ♪「女の子は何でできているの?」
【砂糖】【スパイス】【素敵なものぜんぶ】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
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●終曲
硝子窓から月光が差し込む、館の二階に設えたサロンルーム。
部屋の中心に、グランドピアノが置かれている。
そこに佇む人影がある。
アラバスターのような滑らかな肌。紅玉のような瞳。豊かな金の髪。
生き人形の少女。
彼女こそがフレアだろう。
「いつか、こんな日が来ると解っていたわ」
やわらかな声で、フレアはそう言った。
その視線は猟兵達を見回してから、遅れてやって来たピアニストの青年へ向けられる。
「可愛らしいアナタ――潤さん、ピアノを弾いて頂戴」
「フレア」
「ネ、聴かせてほしいの。あなたの演奏を」
青年が息を呑む気配がする。
そして望まれるままに、青年はピアノへ向かった。
なぜなら、彼の望みもまた同じだったからだ。ピアノを弾き、彼女が歌う。
彼らの関係はそうして育まれたものだったから。
「影朧とユーベルコヲド使い、二つ揃えば戦うことは必然」
ピアノに背を向け猟兵達へ向き直り、頭を垂れて瞳を伏せて。
まるでステージの上で挨拶するように、少女人形はスカートの裾をつまんで、膝を折る。
「どうぞ、私の抵抗にお付き合いくださいまし」
その言葉で、フレアが戦いを覚悟していることが解る。
けれど戦い以外の道を選ぶこともできると考える者がいるならば。
掛ける言葉、向ける眼差し、その一つ一つが彼女の運命を変えるだろう。
やがて、演奏がはじまる。
フィーナ・シェフィールド
アドリブ、一緒の行動歓迎です。
【WIZ】
フレアさんと潤さん、二人のセッションに対して、わたしも歌で参加します。
「届けてみせます、わたしの歌!」
翼を広げて舞い上がると、<シュッツエンゲル>と<ツウィリングス・モーント>を展開して、ミュージック・スタート!
フレアさんの歌に寄りそうように、【歌声に舞う彼岸の桜】でわたしのオーラ<モーントシャイン>を花びらに変え、歌声と共に二人の元へ想いを届けます。
この広い世界で、巡りあった二人。
「また君に―」
でも、相手を想うなら、今の出会いはまだ早すぎる…
本当に運命で繋がっているなら、生まれ変わっても、きっとまた
「―めぐりあえるから」
―だからもう、戦うのはやめて―。
可憐な天使は決意を込めた表情で進み出た。
ピアノの音に合わせて、振愛が唇を開いて戦いの歌を唄おうとしている。
「届けてみせます、わたしの歌!」
背中から天使の翼を広げ、舞い上がったフィーナ・シェフィールド(天上の演奏家・f22932)は、両腕を広げた。
身につけていた武器は、はらりはらりと零れるように姿を変えて、淡く色づく花弁となり。
この広い世界で、巡りあった二人。彼等を祝福するかのように降り注ぐ。
「女の子は 何で できているの?」
「わたしの想い 舞い散る花となって 貴方に届け!」
振愛が歌うのに合わせて、フィーナは歌声を寄り合わせた。
ハッと驚いた顔を浮かべた振愛は、逃げるように音程やテンポを変えてフィーナに対抗してみせた。歌で挑まれては、負ける訳にはいかないと思っているのかも知れない。
少なくともピアノを弾く、彼の前でだけは。
けれど、フィーナには戦う意志はない。その歌声は自分を見上げる少女を、優しく包み込もうと腕を伸ばすような音色をしていて。
大丈夫だとささやくように、微笑みかけて安心させるように。
柔らかに、まるで水の流れに沿うように、振愛の歌声に声を重ねる。
願わくば、この出会いが悲しいだけのものにならないように。
「また君に――」
溢れる思いは詞になって、音に乗って紡がれる。
本当に運命で繋がっているなら、生まれ変わっても、きっとまた。
「――めぐりあえるから」
愛しさも悲しみも、すべて否定すること無く、受け止めて。
束の間と別れと未来での再会を約束する恋人が贈る言葉。
それは振愛と潤の歌だった。
想いが形を変えた彼岸桜は儚くも美しく咲き散って、早すぎた出会いの悲しさを嘆くように舞う。
「――だからもう、戦うのはやめて――」
その時、振愛の歌声がそっとフィーナの歌声に歩み寄った。
交わることのなかった音が、重なり合った時、そこには美しいユニゾンが生まれる。
けれどそれは一瞬のこと、
「ああっ……」
振愛は苦悶の表情を浮かべて細い悲鳴を上げた。
フィーナの攻撃が苦痛を与えたわけではない、振愛は歌うことで身を守り、肉体が傷つくことはなかった。それは、花弁を操るフィーナに相手を傷つける気持ちがない事も影響したからだろう。
痛んだのは心。
優しい想いが、閉じた心を暖かな光で照らすように貫いた。
胸を押さえて振愛はうなだれると、苦しそうに息を吐いて顔を上げる。
そして、宙に舞うフィーナの顔を見つめた。
「――さっき歌っていたのは、あなたね」
「そうです。私はフィーナ・シェフィールドと申します」
庭で歌った時のことを言っているのだと察して、フィーナは膝を折って小さく頭を下げてみせた。
「フィーナ、きっとあなたは優しい人なのね。だから、歌声が私の奥にまで響くんだわ」
「ええ、貴方に届くよう、心を込めて歌いました」
「……ねえ。フレアは、生まれ変われると思う? 本当に?」
「思っています。心の底から、私はそう願っているのです」
その言葉を聞いて、振愛は救われたような笑みを浮かべた。
しかし、まだ一歩を踏み出せない。伸ばされた手を跳ね除けてしまう。
「ごめんなさい。こわいの。……目を閉じれば、もう二度と目覚められなくなりそうで……!」
「フレアさん……」
どうか彼女が安らぎを得られるようにと、フィーナは祈る。
散り舞う彼岸桜の花弁が、影朧の頬を撫でていった。
大成功
🔵🔵🔵
真幌・縫
ぬいはまだ恋をした事はないけれど素敵なものなんだなって二人を見てたらそう思うんだ。
二人のお歌もピアノもとっても素敵。
けれど…世界のためには二人を離れ離れにしなくちゃいけなくて…。
もし、もしも次に生まれ変わってまた二人が出会えるならぬいはそれを願うよ。
ピアノのお兄さんは辛いかも知れない…。
けれどね明日から生まれてくる全てのものがフレアさんかもしれないんだよ。だから生きて。
少しだけ二人が長くいられるように縫は歌うね。
ごめんね恋ってやっぱりぬいにはまだ難しいな…。
アドリブ連携歓迎。
転生へ踏み出せず怯える影朧の姿を、少女は鎮痛な面持ちで見つめる。
真幌・縫(ぬいぐるみシンドローム・f10334)は翼を広げて声を上げた。
「もし、もしも次に生まれ変わってまた二人が出会えるならぬいはそれを願うよ」
縫は、一生懸命に考え続けていた。
この場所へ来る前から、恋とはどんなものだろうと向き合い続けていた。
ピアノの音もそれに合わせて歌う振愛の歌も素敵だった。互いの仕草だけで通じ合ったように息を合わせる二人の姿からは、縫のまだ知らない恋という感情が伝わってくるようだった。
けれど……世界のためには二人を離れ離れにしなくちゃいけなくて……。
人間と影朧でさえなければ、きっとずっと一緒に居られたのに。
「辛いよね。別れたくないよね……フレアさん」
縫は、ほんの少し泣き出しそうな表情を浮かべた。ぬれた瞳を揺らして、けれど気丈にそれを堪える。
恋心はわからない。けれど大事な人達との別れを想像するだけで、縫の心には悲しみがこみ上げてくる。
もしも、友達の誰かが、自分の前から突然消えたとしたら?
「ピアノのお兄さんも辛いかもしれないね……」
「潤さんが、つらい?」縫の言葉に振愛は驚いた顔をして目を見開いた。
「ぬいは、もし友達が消えてしまったら辛いよ。消える側になってもきっと同じ気持ちかもしれない」
大事な人を失って、それから……彼はどんな決断をするだろう。
転生する振愛と共に行きたいと願うのでは、ないだろうか。
「潤さんの気持ち……フレアは考えてなかったわ」
不安げに振愛が言って、ピアニストの青年に視線を投げる。
「でもね、フレアさん」
一歩一歩、近づいて縫はぎゅっと振愛の手を握った。
「フレアさんが転生の道に進んだら、明日から生まれてくる全てのものが、フレアさんかもしれない」
それはきっと希望になる。
だから生きて。とピアニストの青年へ訴える。
だから生まれ変わって。と振愛に願う。
「あなたにも――大事な人がいるの?」振愛が尋ねた。繋いだ手から震えが伝わってくる。
その質問は、自身の気持ちを整理させたいがゆえに問い掛けられたのかも知れない。
縫は一瞬声を詰まらせてから、
「ごめんね」
まだ恋をしらない少女は、その気持を理解できない事をそっと詫びた。
「恋ってやっぱりぬいにはまだ難しいものだから……」
「そう、そうなのね……それでも、考えてくれたのね。私達のことを」
振愛の口元には、笑みが浮かんでいた。
いつか、恋を知った時、縫は彼女達の痛みや悲しみ、そして喜びを思うのかもしれない。
今はただ、精一杯自分に出来ることを。
それが、縫の想い。
「ぬいの歌。聞いてね」
目を伏せて、歌い出す。
それはこの時間を少しでも長引かせるための優しさ。
ピアノの音も縫の歌に合わせるように曲調を変えた。
少しだけでもこの二人が長く共にいられるようにと、調べを紡ぐ。
幸せな未来を思い描けるようにと、願いを込めて。
振愛は、自身もなにか歌おうとしたのだろう。唇を開きかけ、けれど縫の瞳を見てやめる。
縫の歌声はやわらかくあたたかいもので振愛の心を満たしていく。
まるで、ぬいぐるみを抱えてベッドに眠る子供に贈るような、安心を与えていく。
「あなたの声。まるで、かわいい花のよう……ずっと聴いていたい」
振愛は目を閉じて微睡むように微笑んだ。
桜の花弁が舞い落ちるのを見守るような、おだやかな時間があった。
やがて手を離し、離れるまで彼女は桜色に染まる歌声を聴いていた。
大成功
🔵🔵🔵
ベッジ・トラッシュ(サポート)
◆戦闘時
戦うのは怖い!
なのでボス戦ではだいたい逃げ回っている。
(無意識に味方の手助けになる行動や、囮になるなどの功績を得ることはある)
「こ、ここ…怖いのではないゾ!ベッジさんは様子をうかがってイタのだ!!」
手の届かない相手にはパチンコで苦し紛れに絵の具弾を飛ばすこともある。
◆冒険時
基本的に好奇心が強く、アイディア値は低くない。
敵味方関係なく、言われたことには素直に従う。
怪しいような気がしても多少なら気にしない。
後先考えずに近づいて痛い目を見るタイプ。
◆他
口癖「ぎゃぴー?!」
お気に入りの帽子は絶対にとらない。
食べ物は目を離した隙に消えている系。
(口は存在しない)
性能に問題はないが濡れるのは嫌い。
大きな鍔広帽の下、頭の画面に映る金色の瞳をシパシパと点滅させて。
開いた扉の隙間から中を確認して、状況を確認する。
敵は怖いけれど、部屋の中にいるオブリビオンは襲いかかってこない様子。
おそるおそる、けれど勇気を出してベッジ・トラッシュ(深淵を覗く瞳・f18666)は部屋の中へ。
「お前、怖がっているんだな。さっきそう言っているのが、ベッジさんにも聞こえたぞ」
「あなたはだあれ?」振愛は現れた魔道士の姿を見て、不思議そうに瞳を瞬く。
「オレはベッジさんだ」
とことこ。足音をさせて近寄ると、ベッジは片手を上げてみせた。
「ベッジさんも、ちょびっとだけ怖いのは解るからな。話を聞くぞ」
気の弱さを影朧に悟られないように、あくまでもちょびっとだと強調し。
転生する勇気を出せない少女を見上げて気さくに話しかける。
戦おうとする気配を見せないベッジに、猟兵たちの説得で気を許しだしている振愛は、おずおずと自分が感じている恐怖を語った。
「ここに来る前に……フレアは暗い場所に居た気がするの」
「暗がりか、俺もそういう場所はよく知っているぞ」
「あなたも暗い場所にいたの?」
「うん」
頷いたベッジは話の先を促すように、手をパタパタと振った。
「転生に失敗したら、またそこに戻りそうな気がして、真っ暗な海の中へ落ちて沈んでしまいそうな、そんな想像をしてしまうの」
「なるほど。海で溺れるのはイヤだな」
オブリビオンである振愛が言っているのは、もしかしたら骸の海の事なのだろうか。
真相は解るべくもないが、その想像は彼女の歩もうとする足を止めてしまうほどの恐怖を与えるのだろう。
どうしたものか。とベッジは頭を悩ませる。
怖がりの気持ちがよく解るからこそ、簡単に答えは出てこない。
うーん。と唸って。ふいに思いつく。
「お前の怖くないものの反対はなんだ?」
「反対……?」
「そうだ。お前が思う怖いのの反対はなんだ」
楽しかったこととか、面白かったこととか、心が幸せを感じた瞬間はなかったのかと。
怖いものを想像してしまうより、もっと他のことを思い浮かべるのだとアドバイスを送る。
振愛は戸惑ったような様子で、しかしゆっくりと思い出すようにまぶたを閉じて、数えるように呟きだした。
「ええと……、お砂糖の掛かったクッキー、スパイスを効かせた紅茶……」
「おいしいものを良く知っているんだな。ベッジさんはな、オレンジを添えたメロンソーダが好きだぞ」
「ふふふ。フレアもソーダは好きよ。しゅわしゅわで甘いの」
「うんうん。それから?」
笑った振愛の顔を見て、ベッジもにっこりした。
それから振愛はこの世界で感じたのだろう、幸福を感じた瞬間を思い出して言葉にする。
すべてを言葉にしなくても、それは次々と思い浮かんできて彼女の心を満たしていく。
「唄が好きよ。……それから。……それから、潤さんのピアノ」
「そうか、お前の中には素敵なものがたくさんあるんだな」
ベッジの言葉に振愛は目を丸くした。
「そうね。フレアは素敵なもので一杯だったんだわ」
それから、嬉しくてたまらないような笑みを浮かべる。
「なあ、歌ってくれないか。オレもお前の唄を聴いてみたいぞ」
ベッジが言うと振愛は頷き背筋を正し、ピアニストは曲を弾き始めた。
パチパチと拍手を送るベッジが見守る中、歌が始まる。
成功
🔵🔵🔴
空亡・柚希
軋みを上げる前に手首を静かに抑えて、二人の歌と演奏に耳を傾けて
……考えをまとめてから、言葉を紡ぐ
弾けないし、歌も縁遠い僕は、曲に乗せて伝えることが出来ないけど。それでも。
……終わりが決まっているとしても、……後悔しない選択を、あなた達が出来たら。僕はそう思います。大事だからこそ、送り出すことも、またの再会を待つことも。……ひとつの選択だと、思います。
じっと、考えていた。
歌と演奏に耳を傾けて。
伝えたい言葉を探し、気持ちを落ち着けて。
軋み。錆た音立てそうな手首を静かに押さえた。
――今だけは、静かに。
その音を、別れが待つ二人の前では響かせたくはない。
部屋の壁の前で佇む、空亡・柚希(玩具修理者・f02700)は不意に歌っている振愛と目が合った。
その瞳は微笑むように細まり、歌う唇は弧を描いている。
これが最後の歌になるだろう。歌声にはもはや何の敵意もなく、猟兵たちを傷つけることもない。
そしてどこか彼女の歌には、感謝の念がこもっているように感じられた。
柚希はその様子を眺めながら、やさしい表情を浮かべてみせた。
――弾けないし、歌も縁遠い僕は、曲に乗せて伝えることが出来ないけど。それでも。
声を届けなければならない。
やがて、曲が終わった。
最後の一音は、ことさらに深く、長く、響いたような気がした。
余韻が晴れぬ内に、振愛は膝を折ってお辞儀をしてみせた。
「さいごまで聴いてくれてありがとう」と、囁くような声で言う。
彼女は決心したのだろう、それでも、その声に混じったわずかな震えを柚希は察した。
ピアニストの青年が立ち上がり、振愛の手を取る。
そっと歩み出て、柚希は二人へ声を掛けた。
「歌と演奏を聴いていて、考えていました。あなた達に掛ける言葉を」
「……終わりが決まっているとしても、……後悔しない選択を、あなた達が出来たらと。僕はそう思います」
選んでも良い。と柚希は言う。
なにが最良なのかは解らない。けれども今宵、この場に限っては、終わり方は一つではないのだ。
戦い果てる事も、此処から逃げ出すことも、選ぼうと思えばできたかもしれないけれど。
猟兵たちの言葉や行動によって、その可能性はもう無くなった。
二人が悲しみだけではない別れを望むのならば、
「大事だからこそ、送り出すことも、またの再会を待つことも。……ひとつの選択だと、思います」
柚希は考え続けた選択肢を示す。
決めるのはあなた達だと、決断を委ねて。
「……フレアは、あなた達が来た時、戦うしかないのだと思っていたわ」
「でもそうはならなかった。……僕達もあなたも自由なんですよ」
「自由……」
「そう、だから、自分が良いと思う選択をできるんです」
振愛は傍らに立つピアニストの青年と手を重ねて、しばらく見つめ合った。
柚希は口を閉じ、静かにその様子を見守る。
「ええ、決めたわ……フレアは選択するわ」
やがて彼女は、笑ってみせた。
そこにはもう恐れもない、怯えもない、晴れやかな顔をして。
「未来を願っても良いのだと、希望を抱かせてくれたから」
猟兵達の面々を見遣り、はっきりと答えを口にする。
「転生を望むわ」
繋いだ手をそっと離して、一歩を踏み出した。
ピアニストの青年は、微笑んで彼女を見送っている。
●
どこからか櫻の花が舞い込んで、部屋の中を彩った。
白々と清らかな花弁が、花吹雪となって猟兵たちの視界を一瞬、遮る。
その向こうに影朧が去っていく。
旅立つ彼女の姿は夢幻のように掻き消えて。
けれどもしかしたら、あなたは歌うような別れの声を聴いただろうか。
「可愛らしいアナタ、さようなら、また会える日まで」
大成功
🔵🔵🔵