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主人公になりたい

#サクラミラージュ


 きらきらと輝くシャンデリアに、優美な装飾品がいくつも据えられた広間。毛の長い深紅の絨毯は客人たちの足音をすべて飲み込み、交わされる甘い言葉や美しい誘いを際立たせていた。この部屋だけではない――屋敷中の部屋はすべて広間に負けず劣らず豪奢だ。
「それにしても、次期当主様はまだお見えにならないのでしょうか?」
「なんでも、隣町からの陸路の手配に少々手違いがあったようですよ」
 ざわつく客人たちは、パーティのホストが不在であることに動揺しながらも、優雅な表情は崩さない。それもそのはず、ここにいるのはすべて、名のある軍人や実業家、文豪に銀幕のスタア……社交界の常連たちなのだから。
「大変です、奥様!」
「まあ何ですの、騒々しい」
「旦那様が……エ、エレベエタアで……!」
 メイドから夫の突然の死を告げられ、へたりとその場に崩れ落ちる女性。流石に動揺が隠しきれない彼らは、口々に自室へ閉じこもることを宣言して――。

「……という具合に、君たちには上流階級の社交界、みたいなやつをやってほしいのだよ」
 ハテナでいっぱいの猟兵たちに、マカ・ブランシェ(真白き地を往け・f02899)はどこかうきうきと説明を続ける。
「このパーティはね、かつて存在していた有名なサロンを騙って影朧が開催したものなのだよ。ここで連続殺人を行うつもりでね。本来出席するはずの人たちには行かないように言ってあるから犠牲者が出ることはないだろうけれど、そうするとパーティは開かれず影朧を捕捉して転生、あるいは討伐することができないのだ。だから、君たち猟兵にはきらびやか~とかご~まん~とか、キレモノ~な感じの人物になり切って出席して欲しいのだ」
「パーティをしていれば、影朧が知らない間に参加しているってこと?」
 んー、とマカは首を傾げて唸った。
「どうやら影朧は、ギリギリまで姿を見せずに黒幕としてひとりずつ罠にかけて殺していくつもりみたいなのだよ。猟兵ならまあ痛くても死なないだろうから、罠を見つけたらわざと引っかかって殺されたフリをしていれば、影朧は姿を現すだろうね」
 ただ戦闘中に倒すだけじゃなく、黒幕は黒幕らしく論破してこそ解き放たれるようだから、バシッと殺人犯として糾弾するのだよ――なるべくドラマチックにね。マカは何故か猟兵たちに重く囁くと、転送の準備に取り掛かるのだった。


Mai
 サロンで盛りに盛った設定、あるいは素の振る舞いなどでパーティを盛り上げた後、フラグをビンビンに立てたり折ったりしながら死んで生き返って戦ってください。


●第一章
 上流階級っぽい癖の強そうな人物を演じて、パーティを盛り上げてください。元々貴族な人は素の自分でもいいかもしれません。影朧は癖の強い人を狙いやすいようです。

●第二章
 ベタでも奇想天外でも、自由に罠に引っかかって死んでください。生き別れや身代わりなど、ドラマチックであればあるほど、影朧は喜んで姿を現しやすくなるようです。

●第三章
 トリックをあばいたりしばいたりして解き放ってあげて下さい。
 
 章が変わるごとに短い状況説明のリプレイを挟みますので、それが出てからのプレイングをお勧めいたします。
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第1章 日常 『サロンデビュー』

POW   :    帝都を守護する軍人の方々と話してみる

SPD   :    文壇で活躍中の作家の方々と話してみる

WIZ   :    美麗なる銀幕のスタアの方々と話してみる

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 ところどころにコケの生えた灰色の塀に囲まれたその屋敷は、手入れの行き届いた植え込みと生い茂る木々に守られるようにそこに建っていた。左右対称の造形に抱かれた焦茶色の重厚な扉が見る者に威圧感を与える。全容を確認しようと猟兵たちが顔を上げれば、白い屋根はまるで広がった天使の翼のようにも見えた。
「いらっしゃいませ」
 いつから立っていたのか、メイドは一礼すると扉を開いて客人を招き入れる。深紅の絨毯の上を歩きながら、ふかふかすぎて足音がしないな、と誰かがひとり呟いた。
「客室は2階でございます。移動にはこちらのホール奥に備え付けておりますエレベエタアもしくはその横の階段をご利用ください」
 西洋甲冑や鹿の剥製と共に壁に掛けられていた見取り図を示しながら、メイドは淡々と説明する。
 曰く、1階北側には食堂や歓談室、遊技場や書庫があり、出入りは自由だそうだ。南側にはダンスホールとメイドたちの詰め所があるが、深夜以外はメイドは全員で払っているため、何か用がある時は各部屋に置いてあるベルを鳴らせば近くにいるメイドが駆けつけるという。
「旅の疲れを癒したい方は、客室へご案内しますのでお申し付けください」
 夫婦や血縁同士の参加でも、ひとりずつ個別に部屋が用意されているそうだ。全て同じ内装のため、部屋を選んだ後、扉にネームプレートがかけられるという。
「僕らの身元を確認しなくてもいいのかい?」
 猟兵がメイドの顔色を窺うように問う。彼女は表情ひとつ変えることなく答えた。
「ええ。皆様、生まれながらに天に愛されているのだと、纏われている雰囲気で分かりますから……」
弥久・銀花
ここは1つ、凄く高飛車なお嬢様を演じてみましょう。
ターゲットは軍人さん達です。【POW】


「おや、ここに来ている軍人さん達はあんまり強そうではなさそうですね」
「本当に帝都を守れるのか、甚だ疑問です」

「子供の戯言と笑うのなら、少しお手を拝借しても宜しいでしょうか?」

こう言って腕相撲を仕掛けます。
ちなみに私は【怪力42】を持ってるので猟兵の中でもそこそこ強い方ですよ。

さて、どんどん勝ち抜いて場を荒らしてみましょう。
一勝ごとに私はこれ見よがしに大喜びします、勝負を挑んでくる人が居なくなったら、私の身柄を勝者に与えましょう、と大見得を切ってみますね。(負ける展開も可ですので、その時はアドリブで)


鈴木・志乃
UC発動
演技、変装、歌唱、パフォーマンス、誘惑
アド連歓迎

男装の麗人に変装
切れ者かつ虚無的な言動を繰り返す軍人を装う
……こんなの役に成りきってなきゃ、絶対にお断りなんですけどね!!


『なんともまあ、寛容な屋敷だ。その警戒心の無さには恐れ入るよ。だから付け入られるんだ。』

『随分と有名な御仁ばかり揃えたものだ。帝の覚えもめでたい方々と席を並べることが出来るとは光栄だな。』

『――少し、ゲエムでもしないか。ここにコインが一枚有る。表か裏か、当てたら君の勝ち。外れたら……』

『失礼、レディ。君の女主人はいつもパーティを開いているのかい? あいにく私は今回が初めてでね。』
第六感見切り様子伺います


アリア・モーント
アナンシパパ(f17900)と

あら?パパはとっても素敵だから、サロンもきっと慣れてらっしゃるのよ!

影に揺らめく薔薇の棘
暗がりに溶け込むレースの端材
夜に墜ち行くシャンデリアの欠片
陰謀、密謀…死と殺戮の潜む館へ
行きましょう、パパ!

紫陽花のドレスに身を包んで
エスコートはパパにお任せ
礼儀作法は守りつつダンスするように軽やかに
蠱惑的な笑みを浮かべて誘惑する仕草はおびき寄せる為に

わたし、遊戯室が気になるのよ?気になるのだわ!
メイドさんも気になるけれど…
パパはお妾さんと遊んだりするのかしら?するのかしら?
…なんて
はしゃいで意識をわたしに向けてもらうのよ
パパの情報集めが上手くいきますように!


アナンシ・メイスフィールド
アリア君f19358と

サロンかね。記憶がないというのに懐かしい気持ちになるのが不思議だけれども…
ふふ、今日はレディのエスコートをさせて貰えるゆえ其方に集中させて貰うのだよと手を差し出そう
さて、レディ?陰謀渦巻く館へ向かう準備は良いかね?

アリア君をエスコートしつつインバネスコートにスーツ、ステッキを手に周囲を見回した後アリア君へ視線を
可愛いレディ、遊戯室が気になるかね?ならば行って見よう…と
ふふ、記憶にないけれども
居たならばアリア君とのデートも浮気になってしまうかもしれないねえと悪戯っぽく片目を閉じてみようか

後は人々の話を『聞き耳』を立て聞いて行く
推理の基本は情報というからね
さて…楽しみなのだよ


玉ノ井・狐狛
「思ったより居るんじゃん、こいつぁ暫く遊べそうだぜ」

 遊技場に入ってみれば、そこには少なからず先客がいた。特有の空気を全身で感じながら、悠々と部屋の中を歩く。
 狙い目は、丁度ゲヱムに勝ったばかりの相手だ。話にも乗ってきやすいし、脇が甘くなりがちでもある。

「なァなァ、景気よさそうじゃないか。アタシとも一本どうだい?」

 嬌笑を顔に浮かべ、いたずらっぽく笑いながら、そう挑発した。

行動:遊技場で賭け仕合に興じる
意図:大勝ちして耳目を集める(序盤にギャンブルでチョーシ乗ってる登場人物はいかにも殺されそう)
備考:アドリブ歓迎


木下・蜜柑
はいはいはいはい!私スタア!大スタア!
浅ましいくらい主張してくけどサクラミラージュでしか通用しない"国民的"スタアの称号をここで使わないでいつ使うのさ!
……って特に身元疑われてないの?
空回りじゃーん!

で、まぁ一応ホントにスタアだし商人でもあるわけだからこういうパーティでの立ち振る舞いや【パフォーマンス】は身に付いてるわけね。
【ダンス】に関しては出来ない人の手を取ってそれとなく教えながら振る舞うとかもイケるし
なんなら【歌唱】披露してもいいよ。
本当のパーティだったら金ヅル、もとい顧客の獲得に動いたりで忙しいし、ある意味真っ当にパーティ楽しむチャンスなのかも。
……後の事は忘れてないからね!?



「これが罠だとも知らないで……これだから高貴な人間って無防備で能天気なのよ」
 メイドたちの報告を受け、隠し部屋に潜んでいた影朧は声を忍ばせて笑う。部屋中に転がる刃物や洋弓銃、果ては睡眠薬から毒物、長い長い紐にいたるまで。物騒さの中で可憐な少女の姿をしたそれは、その場には似つかわしくないうっとりとした笑みを湛えていた。
「殺して、殺して、殺しまくっちゃうわ。連続殺人事件における主人公はね……最後まで生き残った者だけがなれるのよ」
 ひとつ、罠に使う道具を拾い上げて。
「そのためにも、キャラの濃い人には退場して貰わなくちゃ」
 影朧の少女は、真っ暗な隠し通路に進み出た。


「はいはいはいはい! 私スタア! 大スタア!」
 無表情を貫くメイドの前にぬっと仁王立ちをして、木下・蜜柑(値千金の笑顔・f22518)はこれでもかと胸を逸らして主張する。パーティのためにと惜しみなく資金を投入した彼女は、藍色のイブニングドレスを纏い、露出した肩を隠すように真っ白な毛皮のコートをラフにあわせていた。絹の手袋がオレンジの髪をはらりと払えば、意気込みに応じてきらきらと輝く後光の中に散り夜空に浮かぶ金星を思わせる。
 この館のあるサクラミラージュでしか通用しない称号“国民的”を今使わずにいつ使うのか。何なら身元を疑われそうになったらこの称号と後光で押し切ってしまおう、とまで腹を括ってみたものの、眉ひとつ動かさないメイドの「存じております」の一言
からはいまいち効果のほどが実感できなかった。
「空回りじゃーん!」
 なんだかちょっぴり損した気分になって、玄関ホールの中央で美声を轟かせてみる国民的スタア。くるりと表情を澄まし顔に戻すと、相変わらず表情の変わらないメイドは放っておいてダンスホールの扉を開いた。

「おや、ここに来ている軍人さんはあんまり強そうではなさそうですね。本当に帝都を守れるのか、甚だ疑問です」
 桜色を基調にアールデコ調の花柄をあしらった振袖と緋色の袴を身に纏った弥久・銀花(隻眼の人狼少女剣士・f00983)は、黒い手袋をした両の手を膝の上でぎゅっと握りしめながら周囲を見回し、ツンと鼻を上に向けて言い放つ。白い髪に咲く椿の飾りが、彼女の気の強さを――あるいは決意の強さを表しているようだった。
「はは、これはまた随分と有名な御仁ばかり揃えたものだ。帝の覚えもめでたい方々と席を並べることが出来るとは光栄だな」
 令嬢の言葉に込められた凄まじい挑発の力に、鈴木・志乃(ブラック・f12101)はユーベルコードで自らの演技力を底上げして、流されまいと皮肉で応える。ゆったりと椅子に背を預けた彼女は帯刀こそはしていないものの、儀礼用の軍服がしっくりとはまり、どこからどうみても骨のある軍人そのものだった。
「ふん。子供の戯言と笑うのなら、少しお手を拝借しても宜しいでしょうか?」
 軍人は軍帽の奥から振袖袴の高飛車な態度の令嬢をじっと見据え、熟考するように数秒沈黙した後、おもむろに口元を緩めた。
「――少し、ゲヱムでもしないか」
「……構わないわ」
「ここにコインが一枚有る。表か裏か、当てたら君の勝ち。外れたら……」
 がたっ。腕まくりをして立ち上がった令嬢に、思わず軍人の言葉が途切れる。ぽろりと手元からコインが零れ落ちた。
「さあやりましょう、腕相撲。私、多少腕に覚えはありますけど、軍人さんに勝てるかどうか……楽しみです。第一なんですか、コインって。それって戦うのに何か関係の有る事なんですか?」
「おおっと、お嬢さんがた。何も賭けずに勝負たぁ勿体ねぇぜ?」
 転がったコインを拾い上げて、玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)が一触即発の空気に割って入る。由緒正しい家の娘として忍び込んだ設定の狐狛は、ギャンブルで大目立ちしようという算段の賭博師でもあった。会場内を見回し、ターゲットを物色している最中にピンときた令嬢と軍人の“ゲヱム”にこれ幸いにと乗っかり、さっくりと両者から身ぐるみを剥いでしまおうと思ったのだが。
「いいでしょう。でしたら……私を負かした暁には、私の身柄を与えましょう」
 ころり。今度は詐欺師の手元からコインが零れ落ちる番だった。

「あら、コインだわ。ついてるわね」
 お金が大好きな蜜柑は、足元に転がり込んできたチャンス……金目のものを決して逃さない。誰にも見つからぬ間にさっと拾い上げ懐にしまうと、ダンスホール最奥の舞台へと歩み寄る。黒地に金の装飾が美しいピアノの前に立つと、会場全体が見渡せた。
(本当のパーティだったら金ヅル、もとい顧客の獲得に動いたりで忙しくて、ある意味真っ当にパーティ楽しむチャンスだったのかも)
 ここにいる参加者は皆、猟兵だ。彼らともコネクションを作っておけば今後いい取引が出来るかもしれないが、あまり大胆な商談は出来ないだろう。
(ま、それはそれとして……。今は国民的スタアらしく華やかに振る舞って、影朧が放っておかないくらいの輝きを放ってやろうじゃないの)
 本来の仕事も忘れてないんだから。誰にともなく呟くと、白い毛皮をぱさりと脱ぎ捨て、蜜柑は艶やかな真っ赤な唇を開いた。

「失礼、レディ。君の女主人はいつもパーティを開いているのかい? あいにく私は今回が初めてでね」
 スタアの歌声に令嬢がその腕を下ろしたのを見逃さず、軍人は歓談の席をすり抜けてダンスホールの隅に待機していたメイドに声をかける。
「はい、旦那様。わたくしどもの主人であります次期当主様は、屋敷に戻られる度にこのようなパーティを開いております」
「招待客はいつも違う顔ぶれなのかい?」
「はい。次期当主様がその時その時で興味のある方を招いていらっしゃるそうです」
「なんともまあ、寛容な屋敷だ。その警戒心の無さには恐れ入るよ」
「?」
 軍人はだから付け入れられるんだ、と続けようとして、きょとんとしたメイドの顔に、これはあまり通じなさそうだなと皮肉を引っ込めた。
(それにしても、流石にちょっと疲れてきたかな……こんなの役に成りきってなきゃ、絶対にお断りですしね!!)
 メイドの横に並び、壁にもたれて密かにため息をつく軍人……もとい、志乃。
「なァなァ、旦那ァ。アタシともう一本どうだい?」
 悪戯っぽく笑いながら突然にゅっと顔を突き出した賭博師に、志乃は咳き込みながらなんとか軍人の顔を取り戻す。
「どうして私と……」
「実はさ、最初アタシは遊技場に行こうって思ってたんだけど……アンタの姿を見た時に感じたんだよね。こいつぁ暫く遊べそうだって」
「……」
「あの令嬢、さっきアタシが“勝ち取った”んだ。もちろん腕相撲以外のゲヱムでね。……見捨てちまってもいいのかい、軍人さん?」
 肩越しに俯く令嬢を示して、艶っぽい笑みを浮かべた賭博師は、そう挑発した。


 一方その頃。他の猟兵たちに遅れること数十分。
 ふたつの影が敷地内に足を踏み入れた。大きな影はどこか懐かしそうに屋敷を見上げた後、手を引いていた小さな影に語りかける。
「さて、レディ? 陰謀渦巻くサロンへ向かう準備は良いかね?」
 問いを受けて、ええ、と小さな影が頷いた。
 影に揺らめく薔薇の棘。暗がりに溶け込むレースの端材。夜に墜ち行くシャンデリアの欠片――影たちの胸に広がるのは、ほんの少しの不安と緊張に、堪えきれない強さの好奇心。
「陰謀、密謀……死と殺戮の潜む館へ。行きましょう、パパ!」
 今にも走り出しそうな小さな影の手を離すまいと握りながら、大きな影が屋敷の扉を開いた。
「サロンかね。記憶がないというのに懐かしい気持ちになるのが不思議だけれども……」
「あら? パパはとっても素敵だから、サロンもきっと慣れてらっしゃるのよ!」
 スーツの上からインバネスコートを羽織り、ステッキを携えたアナンシ・メイスフィールド(記憶喪失のーーー・f17900)は、紫陽花のドレスに身を包んだアリア・モーント(四片の歌姫・f19358)を伴って、ホールへと踏み込んだ。まずは目についたものから、と装飾をひとつひとつ確認していく。特に仕掛けなどがある様子はなくごく普通に高価な年代物の物品ばかりのようだ。
 ふと、見取り図の前でふるりふるりと猫の尻尾のように揺れる赤毛が目に入り、インバネスコートの紳士は青い目を細める。
「可愛いレディ、遊戯場が気になるかね?」
「ええ、パパ。わたし、遊戯場が気になるのよ? 気になるのだわ!」
 けれどエスコートはパパにお任せしていたから、わたしここでがまんしていたのよ。小さなレディは両手で自らの頬を包んで滲む蜜のように笑った。
「それはすまなかったね。ふふ、今日はレディのエスコートをさせて貰えるゆえ、其方に集中させて貰うのだよ」
 紳士は床に片膝をつくと、レディにそっと手を差し出す。スカートの裾をつまんで一礼すると、レディはその手を取って遊技場へと向かう。メイドたちの話し声から何か情報が得られないかと集中する紳士の耳に、美しい歌声がふわりと触れた。
「パパはお妾さんと遊んだりするのかしら? するのかしら?」
 廊下の先にメイドふたりの姿を認めたレディが、声を潜ませて紳士に問う。
「ふふ、記憶にないけれども……居たならばアリア君とのデートも浮気になってしまうかもしれないねえ」
 その内緒話を持ちかけるような仕草が愛らしくて、少しからかいたくなってしまった紳士は、悪戯っぽく片目を瞑って笑った。
 わぁ、と両手で口を押えたレディは、廊下をたたたっとメイドの元へと駆け寄ると、両腕を大きく広げる。
「メイドさん、わたしとだけ遊ぶのだわ! パパとだけはぜったいに遊ばないで!」
 驚いたように首を傾げるメイドふたりの意識がレディに集中している間に、紳士は気配を殺して遊戯場へと忍び込んだ。
「推理の基本は情報というからね……さて、楽しみなのだよ」
 紳士改め探偵は、国民的スタアの歌声とレディとメイドの話す声をBGMに、屋敷内の施設をくまなくチェックしていくのだった。

 ざり……ざり……。
 屋敷のどこかから、固いものを削るような耳障りな音がする。
 何かが動きだしていると、この場に居る猟兵たちは悟り始めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『クローズドサークルへようこそ』

POW   :    全員が一ヶ所に集まっていれば何も起きないはずだ。

SPD   :    自分以外は信用できない。部屋に籠り外部からの助けを待つ。

WIZ   :    これまでの事件から犯人を推理し、惨劇を止めてやる。

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(あの屋敷中を嗅ぎまわっている探偵には、早く退場して貰わなければならないわ。隠し通路が見つかっては私の計画が台無しになってしまうもの。探偵と一緒に動いている小さい人間も、なんだか目の付け所がシャープだし……放っておくと厄介ね)
 ざりざり。影朧は屋敷の壁に小さな穴を開けながら考える。ここに透明な糸を通して小型の弓と繋げれば、扉を開けた瞬間に矢が胸に刺さって殺人成功!
(スタアの歌は人の足を止める力がある……良いか悪いかは判断が出来ないわ。けれどこの“連続殺人”を彩るにはうってつけだし、順番は後に回そうかしら?)
 ぽちょん。食堂の水差しに毒薬を数敵。毒は効きすぎると死体が美しくならないからほどほどにしなくっちゃ。死に方にインパクトは欲しいけれど、死体そのものにインパクトがあるのは困っちゃうもの。あとは誰かがコップ一杯水を一気に飲めば、毒が回って殺人成功!
(軍人は武器で殺すのは大変そうね……電流……いいえ、令嬢がいるわ……人質でも誰かが取ってくれれば……。だめよ、他力本願はだめ。この連続殺人事件は私の計画だもの!)
 密室、アリバイ、ジコクヒョウ……今まで色々勉強したけれど、トリックはシンプルな方が良い。つまり黒幕は身を潜めて、罠はひとりずつ確実に殺す規模で、平凡な道具を使って……。
(賭博師……どうしましょう……死相がまったく読めないわ……)
 ぴたり、影朧の手が止まる。
(だめだめ、そんなことで主人公に、一人前の黒幕になれると思ってるの?!)
 頭を振って気合を入れ直すと、罠を仕掛ける作業に戻った。

●マスターより
 上記で影朧がどこかに仕込んでいる罠を使っても構いませんし、オリジナリティあふれる感じにセルフ罠を仕掛けていただいても構いません。
 皆様のプレイング次第ですが、1~2名単位でのリプレイ執筆になる可能性もあります。ソロ描写は寂しいなという方は「グループ希望」など、どこかに書いてくださいますと有り難いです。
弥久・銀花
アドリブ、他の人との絡み、ピンチシーン歓迎です


ユーベルコードの不死身の人狼で、四肢切断、宇宙船間の主砲の直撃くらいの外傷、毒物や電気などによる脳を含む臓器の損傷も短時間で再生可能です
再生中は動けませんけどね(動けない内に犯人に何かされたり……)



「大丈夫ですって、そうそう罠に掛かるような間抜けな猟兵なんて居ませ、うっ!」(誰かと話しながらドアを開けたら胸にドス!っと矢が刺さる銀花)

「レンタルした私のドレスが血塗れに!」

「誰がこんな悪戯を……、犯人を捕まえて弁償させないと私のご飯が再来月まで家に常備してある土粥だけになってしまいます……!」

「犯人は何処ですか!」(血塗れの人狼が屋敷内を徘徊中です)


木下・蜜柑
フリとはいえ死んでこいって、なかなか酷い話だよね!
でも、その程度の演技が出来ないでスタア名乗れるもんですか!

で、罠にかかっていくわけだけど私いいもの見つけちゃった、この如何にもって感じの玄関ホールのシャンデリア!
探偵の話聞いてなかったけどこれ絶対落ちて来るやつでしょ、
いやあ演技とはいえ死ぬ時は金かけた大掛かりなものがいいよね!

で、下でわざとらしく絵画眺めたりしたけど落ちてこない!
というわけでめんどくさいし部屋帰るね!
その前にさっき歌ってたのもあって喉乾いた、食堂で水飲んでから寝る!

ところで私、死ぬにあたって痛いのも苦しいのも嫌とはいえ多少慣れてるからいいんだけど、毒だけは嫌"だった"なぁ……


玉ノ井・狐狛
 はっはァ、面白くなってきやがったぜ。
 集まったのがどいつもこいつも、クセのある傑物ときたもんだ。なるほど確かに、劇の配役として申し分ねェ。

 で、問題はどうやって“死ぬ”か――なァ、天井のアレさ、シャンデリアとかイイと思うんだよなァ。こういう機会でなきゃ経験できねェだろうし、見た目が派手な分だけ生死も分かりづらいだろうし。定番っちゃァ定番だけどよ、それだけにやっこさんもナニか仕込んでるだろ、多分。

罠:落下するシャンデリアによる圧死
経緯案:一章の流れからそのまま、会話等をして、衆人環視の中……など(あくまで案/他の方のプレイングの流れ次第?)
備考:アドリブ◎、絡み◎



 ダンスホールで見事に歌い上げた国民的スタアに、今後を憂いて俯いていた令嬢はいつしか顔を上げて、惜しみない拍手を送っていて。彼女の座る椅子に肘をついてもたれていた賭博師も、指笛を鳴らしてスタアの歌声を称賛した。

「…………」
 さあ今が山場、と天に向かって両手を広げた蜜柑が何かを――殺人トリックが炸裂する瞬間を――待つが、特に何も起きない。なかなか思うようにはならないわね、と小さく息をついた彼女は、床に脱ぎ捨てていた毛皮を拾い舞台から降りた。
「私も今のは結構いい感じだと思ったのですが」
「舞台で国民的スタアが殺される、なんて物語の華の中の華ってやつだろ?」
 あくまで役を崩さないように気を付けながら、銀花は首を傾げる。狐狛も隣で唸りながら、影朧をおびき出すために何が足りないのか考えていた。
「……シャンデリアよ! 玄関ホールにあった、如何にもって感じのシャンデリア、あれ絶対落ちて来るやつでしょ?!」
 蜜柑の目が光を受けた宝石のようにきらきらと青く輝く。演技とはいえ死ぬ時はお金をかけた大掛かりなものがいい、と望んでいた彼女は、飛んで火にいるなんとやらの勢いでダンスホールを飛び出し、玄関ホールへと走った。
「目撃者、あるいは第一発見者がいないと殺人事件になりませんよね?」
「それもそうだな。……はっはァ、面白くなってきやがったぜ」
 銀花と狐狛も急ぎ蜜柑の後を追う。“令嬢”と“賭博師”として、もし目の前で人が死んだらどう振る舞うだろうか。ふたりは頭の中で次の演技の準備をしながら、玄関ホールへと飛び出した。
 年季の入った調度品や装飾品に囲まれて、シャンデリアは変わらずそこに吊るされている。そのすぐ下に立つ蜜柑は、壁に掛けられた抽象画にじっと見入っていた。まるで運命の人に巡り合った乙女のような顔で――……。
「…………。ってここで落ちないでいつ落ちるのよ! 今でしょ?!」
 乙女の仮面をあっさりとかなぐり捨てて、蜜柑はシャンデリアに向かってツッコむ。息まく彼女に狐狛は近づいて肩にぽんと手を置いて慰めた。
「定番っちゃァ定番だけどよ、それだけにやっこさんも気合入れて仕込んでるんだろ、多分。集まったのがどいつもこいつも、クセのある傑物ときたもんだ、きっとターゲット選びに迷ってるんだろうよ」
「そうですよ、きっとここより素敵な死に方がありますよ」
 銀花からも物騒な励ましを受け、蜜柑はこほんと咳払いをして再びダンスホールへと戻ろうとする。途中、ぞくりと背筋になにか冷たくて鋭いものが当てられるような、強い殺意を感じた。
 刹那。 
 幾重にもガラスの割れる音が重なり、耳障りな鋭い音の波が玄関ホールの中を駆け抜けていく。まるで部屋の中に浮かぶ小さなガラスで出来た城のようだったシャンデリアは、斜めに傾いたまま床へと落下し見る影もなくバラバラに壊れていた。 
「何故……」
「こっちへ!」
 突然のことに目を見開く銀花の手を取り、蜜柑は玄関ホール中央の階段を一気に駆け上る。見た目は派手でインパクトは強いが、天井から吊るすものであるシャンデリアの構造上狐狛もそれほどダメージを負ってはいないだろう。
「おそらく、彼女の言動が黒幕っぽかったから狙われたんだわ。そうでなければ私がシャンデリアで死ねたかもしれないのに……」
「えっと……」
 2階の手近な客室へ転がり込み地団太を踏む勢いで悔しがる蜜柑に、銀花はどう声をかければ良いものかと両手の指をぐるぐると絡めて思案しながら、そろりと話題を変えた。
「さっき、一瞬だけど影朧が現れましたよね?」
「そうね! 私たちも気を取り直していい感じに殺されに行きましょ! そのためにも屋敷中を歩き回って罠を探して引っかからなくちゃ」
 ぴかぴかと後光を輝かせながら気合を入れ直す蜜柑に、銀花はほっと胸を撫で下ろす。

(痛い……けど、耐えられないほどじゃァねぇな……)
 砕けたガラスの欠片とひしゃげた銀のフレームの下に倒れたまま、狐狛は息を殺して周囲の気配を探っていた。
「ふうん、賭博師っていうのは頭も切れるのね」
 生きていると気付かれないようにうっすらと目を開いてみるが、その声の主の姿は見えない。
「あなたはもう少し後の予定だったけど、シャンデリアの上でじっと待ってたらあなたの言葉が聞こえたんだもの。それで私もあなたが黒幕の存在に気付いてるって気付いちゃった」
 これってきっと見せしめってやつよね、と笑う少女の声は次第に遠ざかっていった。

 動きにくいからとのことでドレス姿に着替えた銀花と合流した蜜柑は、ふたりでおしゃべりに見せかけた作戦会議をしようと歓談室へ向かっていた。玄関ホールには数人のメイドが集まっており、落下したシャンデリアを地道に片づけている姿が見える。後ろに控えた別のメイドが大きなタオルケットを持っているのは、死んだふりをしている狐狛にかけてとりあえずその場に置いておくつもりなのだろうか。怪しまれないようにそれとなく視線を逸らして、銀花は歓談室のドアノブに手をかけた。
「フリとはいえ死んでこいって、なかなか酷い話だよね! 死なないとはいえやっぱきついし、びっくりもするし」
「大丈夫ですって、そうそう罠に掛かるような間抜けな猟兵なんて居ませ……うっ」
 小声でぷんぷんしている蜜柑に笑って返す銀花の胸に、さくっと矢が突き刺さる。扉を開いた瞬間に小型の弓から矢が射出される罠のようだ。どんな罠がどこに仕込まれているか分からない以上、念には念を入れよと全身を無敵に等しい超再生状態に変えることが出来るユーベルコードを用意していた銀花は、瞬時に怪我の再生へと入る。排出された矢が胸に刺さっていないことがバレないように、さりげなく胸を押さえた姿勢で倒れる用意周到さだ。超再生状態中は身動きが取れないが、死体役なのだから問題はないだろう。
「きゃっ! や、やだ、嘘でしょ……?!」
 蜜柑は怯える演技をしながら数歩後ずさり、近くの食堂へと助けを求めて飛びこんだ。作戦会議をするより前に罠にかかってしまったが、やることに大きな違いはない――要するに殺人事件が起こったのだと大騒ぎをすればいいのだ。
「っと、その前に」
 その他の参加者を銀花の死体(仮)の前に集める前に、喉が渇いていることに気付いた蜜柑は水差しからコップに水を注ぐ。緩く波打つ小さな水面を見て、2度も罠にかかりそこねた自分は一体どんな死に方をするのだろうか、とふと考えてしまう。
「私、死ぬにあたって痛いのも苦しいのも嫌とはいえ多少慣れてるからいいんだけど、毒だけは嫌"だった"なぁ……」
 はぁ、とため息をついて冷えた水を口に含めば、ピリッとした苦みが喉を滑り落ちて行った。

 どさり、と誰かが体にのしかかってきたのと同時に、銀花は体の自由を取り戻す。
「はっ、レンタルした私のドレスが血塗れに!」
 誰がこんな悪戯を……と真っ赤に染まった手とドレスに震える銀花を、のしかかった姿勢のまま蜜柑は落ち着いて、と小声で囁き押さえようとする。
「犯人を捕まえて弁償させないと私のご飯が再来月まで家に常備してある土粥だけになってしまいます……!」
「土は食べ物じゃないし! じゃなくて、せっかく演出のための血糊をぶっかけに影朧が出たんだからもう少しじっとして……!」
「いいえ……どんな状況にも負けません。さあ、犯人は何処ですか!」
 血塗れのドレスを纏い髪を怒りに振り乱さんばかりの銀花は、蜜柑を振り払うと影朧をひっ捕まえてやろうと廊下の奥へと消えて行ってしまった。追いかけようにも無事死体役の仲間入りをした蜜柑は、さっきの水苦かったなぁと密かに絨毯を涙で濡らすのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

アリア・モーント
アナンシパパ(f17900)と

遊戯室のメイドさん沢山遊んでくださったのよ?

パパ、わたし喉が渇いたの
でもサロンですもの
飲み物はお水じゃなくて滴るような赤よ
メイドさん
パパには鳩よりも紅い葡萄酒を
わたしには蓮華躑蠋みたいに甘い葡萄のジュースをお願い!

ねぇパパ
とっても不思議なのよ?
この辺り足音も遊戯の音も歌声も
全ての響きが空虚で空洞で空白なのよ?
お部屋の音は蜜の詰まった林檎みたいなはずなのに

パパの忠告と目配せに微笑んで

ありがとうメイドさん!
パパと乾杯して一気に飲み干すのよ!
かんぱーい♪

舞台のように悲劇的にドラマティックね?

ん、美味しっ!?
く、ぅ…ぁ゛…ぱ、ぱ
(毒物で苦しむ演技をして倒れ込み死んだフリ)


アナンシ・メイスフィールド
アリア君f19358と

沢山話して来たようだね
何か面白い話でもあったかね?
笑みを向けつつアリア君の背にあわせる様に腰を折り顔を寄せる

ふふ、良い情報をありがとう可愛い子
主が居らぬ場にはメイド達の不満交じりの噂話が付き物というけれども
…ふふ、メイド達は良く『働いて』いるのかもしれないねえと含み交じりの小声をアリア君へ向けよう
その虚ろに飲み込まれぬ様気を付けるのだよ、レディ

飲み物が来たならアリア君に目くばせた後口に含もうか
アリア君が倒れたならば駆け寄り抱き上げんとした後、己も倒れようか
ああ、可愛いレディ…今、今助けを…ぐ…っ
ドラマティックに…と言う事だからねえ
誰か、誰か居ないのかね!と声を上げてみよう



 屋敷中をくまなくチェックし遊戯室に戻ってきたアナンシは、行儀よく椅子に座ってメイドたちと話すアリアの後姿を見つけ、柔和な笑みを浮かべる。扉が開いた気配に振り返ったアリアもまた、花がほころぶように笑んだ。
「おかえりなさい、パパ! メイドさん、沢山遊んでくださったのよ?」
 うさぎが跳ねるように駆け寄ってくる小さなレディを迎えるように、腰を折り目線を合わせた紳士は、ちらりと彼女の肩越しにメイドたちの様子を伺う。屋敷ですれ違った他のメイドたち同様に彼女らからも生気は感じられず、まるで機械仕掛けの人形か幻のようだとアナンシは思った。影朧の一部なのか操られているだけなのかは分からないが、この存在の曖昧さは障害物にも味方にもならなさそうだ。
「沢山話して来たようだね。何か面白い話でもあったかね?」
「んー……」
 頬に人差し指をあてて天井を見上げたアリアは、少し困った顔をしながら首を傾げて、メイドたちのと会話からは収穫が特になかったことをアナンシへ暗に伝える。彼女も、メイドたちの良くも悪くも透明な存在感に違和感を抱いているようだった。
「ねぇパパ、とっても不思議なのよ? この辺り足音も遊戯の音も歌声も、全ての響きが空虚で空洞で空白なのよ?」
「ふむ……確かに。ダンスホールはともかく、他の部屋や廊下から人の気配がしてもいいはずだね」
 まるで屋敷に私たちふたりだけになったようだ、と紳士は呟く。
「お部屋の音は蜜の詰まった林檎みたいなはずなのに」
 眉根を寄せて俯く少女は、言葉の裏に事件に対する手応えのなさを潜ませていた。無為に死んでは影朧には手が届かず、かといって肉薄して場のボルテージを上げようにも推理に必要な材料集めもままならない。杜撰な計画を反則紛いの影朧という存在が動かしているのだから無理もないのだが……。
「ふふ、良い情報をありがとう可愛い子。主が居らぬ場にはメイド達の不満交じりの噂話が付き物というけれども、……メイド達は良く『働いて』いるのかもしれないねえ」
 主の計画の杜撰さを支えているメイドたちの虚ろさと働きぶりに、紳士は改めてこの“連続殺人事件”の空虚さを指摘する。手がかりがないというのも立派な情報なのだ――今はまだ結論を場に出す時ではないのだろう、と彼は判断した。
「パパ、たくさんお話したから、わたし喉が渇いたの」
 そんな現状を動かそうと、アリアは顔を上げるところりと表情を変えて部屋の隅に待機していたメイドのひとりに呼びかける。
「パパには鳩の目よりも紅い葡萄酒を、わたしには蓮華躑蠋みたいに甘い葡萄のジュースをお願い!」
「かしこまりました」
 一礼し、部屋を出て行くメイドたちの淡々とした背中を見送りながら、水でもよかったんだよ、とアナンシはアリアに笑いかけた。だめよ、と赤い髪をふるりと揺らして少女は首を振る。
「サロンですもの。飲み物はお水じゃなくて、滴るような赤よ」
 椅子を引きながら悪戯っぽく目を細める少女に、そういうものなんだね、とテーブルについた紳士は感心したように頷いた。

 ほどなく運ばれてきた赤いグラスを受け取ると、レディはメイドにありがとう、と元気に礼を言う。同じく軽く頭を下げて礼を述べた紳士がグラスを目の高さに持ち上げると、少女もそれに応えるように「かんぱーい♪」とグラスを持ちあげた。
「ここに満ちている虚ろに飲み込まれぬ様気を付けるのだよ、レディ」
 青い瞳をアリアに向けるアナンシ。目配せを受けた少女は、葡萄ジュースを一気に飲み干す。彼女の喉が動くのを確認したアナンシも、グラスの中の葡萄酒をひとくち口に含んだ。
「ん、美味しっ!?」
 濡れた唇を指の腹で押さえた少女の笑顔は一転し、体内からこみ上げる苦痛に青白く歪む。ぱりん、とテーブルに置き損ねて落下したグラスが割れ、少女の華奢な体が椅子から零れて床に転がる。
「く、ぅ……ぁ゛……ぱ、ぱ」
 額に汗を滲ませながら、潤む青い瞳で駆け寄ってきた紳士の方を見上げる。この苦しみから私を助けてくれるのよね、と訴える瞳に、紳士は声を荒げた。
「誰か、誰か居ないのかね! ああ、一体どうしてしまったというんだい、可愛いレディ……」
 体を丸めてもだえ苦しむ少女の背に手を回して抱き起こそうとした紳士は、突如として胸に鋭い痛みを覚えその場に蹲る。胸を押さえて苦しみ悶えながらも少女を助けようと手を伸ばすが、声を発することも難しいほどの苦しみに、折れた膝は言うことをきかず、紳士もまた床に倒れ込んでしまった。
「レディ……今、今助けを……ぐ……っ」
「ぱ……ぱ……」
 伸ばされた小さな手を握ろうにも、全身を駆け巡った毒は視界すらも徐々に奪い。互いを求める手のひらが再び触れ合うことはなく、やがてふたりは力尽き――。
 遊戯室には静寂が満ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『振愛・弐号』

POW   :    ♪「小さなベティちゃん」
【自身の影】から、【獄炎】の術を操る悪魔「【ベティちゃん】」を召喚する。ただし命令に従わせるには、強さに応じた交渉が必要。
SPD   :    ♪「スカボロー・フェア」
【慈愛に満ちた抱擁の】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【愛】の協力があれば威力が倍増する。
WIZ   :    ♪「女の子は何でできているの?」
【砂糖】【スパイス】【素敵なものぜんぶ】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

「……仕込んだかしら、私」
 隠し通路から遊戯室へと侵入した影朧は、床に並んだ2つの死体を見下ろしながら、割れたグラスを片付けるメイドたちに問う。彼女らが答えを持っているはずもなく、ただ無表情のまま影朧をじっと見返すだけだった。
「いくつも仕掛けたから、忘れちゃったのかしら? まあいいわ、これで参加者は全滅。生き残った私がこの“物語”の主人公であることが証明されたわね!」
 影朧は両手を広げて天を仰ぎ、笑う。もう来訪者をもてなす必要も、殺人の処理をする必要もなくなったメイドたちは、ひとりまたひとりとその姿を消し、影朧の足元の影へと戻っていった。
「ああ、気持ちいい。主人公は誰からも愛されるし、死なないし、望みが全て叶うのよ。ああ、今度はどこで“主人公”になろうかしら……!」
 けたけたと笑いながら、影朧は玄関ホールへと向かう。屋敷の外で、この惨劇を繰り返すために――。
弥久・銀花
アドリブ、他の人との絡み、ピンチシーン歓迎です。



見つけました、犯人の人!
さあ、ここからは主人公交代で推理物から勧善懲悪の活劇の始まりです。

数々の罠によってボロボロのドレスを着たままの私は影朧に詰め寄ります。
手錠は持ってないので……、これでいいでしょう。(ドレスのスカートの裾を破いて長い布を作り影朧の手を後ろ手に縛ろうとします)


それにしても貴女の仕掛けた罠は、笑劇の小道具に最適でしたよ。
出来ればラストは屋敷ごと吹き飛ぶ様な落ちが出来れば合格です!

まあ、最後まで出てこないので活躍しないのでは主人公には成れませんね、文字通り裏方です。

今回の主人公は一番体を張ったこの私、弥久銀花です!


木下・蜜柑
ちょぉっと待ったァ──ッ!
私まだ生きてるし!毒のおかげで脂汗とか出ちゃいけないものすっごい出たけど生きてるし!
そして、主人公だから云々って甘い話は無いって事を教え込んであげる!

UCでお金の力を【早業】込みで物理的にバラ撒いて黙らせる、悪魔でも影朧でも覚悟がなきゃ耐え難いくらいの痛みだよ。

そんでもって何をしてでも主人公になってやろうって気概は褒めてあげる。
でもそうやってのし上がった人間の事を人は「悪」って言うのよ!
主人公でも悪は憎まれるし願いは叶わなかったりするしわりと死ぬの!
その覚悟があるなら転生してもっかい挑んで来なよ。
その頃には私もうオバさんだろーけど悪役の先輩として相手してあげる!


玉ノ井・狐狛
 おおぅ、痛ェ痛ェ。ま、その分だけリアルじゃある。ソイツで“主人公”サンが満足してくれるんなら、脇役としては上出来だろうさァ。

 つっても、もう一仕事だけしなきゃか。
 この手のお屋敷で連続殺人事件とくりゃァ、炎上するのもお約束、だよな?
 もちろん、モノホンの火事にしちまったら、周りに迷惑っつーか洒落にならんだろうし。“大火事に見せかける”くらいが良い塩梅かね。

 やっこさんも炎使いじゃァあるみたいだが、“交渉”が必要ってんだろ?
 なら、注意を逸して時間を稼ぐ程度の役にゃなるんじゃねェかな。

行動:UCによるニセ火で火災を演出
意図:注意を引きつける、移動や攻撃を牽制



「ちょぉっと待ったァ──ッ!」
 扉から外へ出ようとする影朧を指して、ホールへ転がり込んできた蜜柑が声を張り上げる。髪は乱れドレスも少しよれていて、青い顔に脂汗を浮かべてはいるものの、日々鍛錬を怠らないその声量は影朧――振愛・弐号とホールに集まりつつあった猟兵たちを驚かせるには十分だった。
「死体が動いた……?!」
「私まだ生きてるし! 毒のおかげで出ちゃいけないものすっごい出たけど生きてるし!」
 赤い目を見開いて驚く影朧から汗だくの顔を隠すように、蜜柑はハンカチを宙へ放って広げる。ひらりひらりと舞う真っ白なハンカチに周囲の視線が一斉に集まった隙をついて、蜜柑は霊力を籠めた小銭を目にもとまらぬ速さで影朧へと投擲する。悪魔でも影朧でも、よほどの覚悟がなければ耐え難いくらいの激しい痛みに、振愛・弐号は体を丸めてその場に蹲った。
「うっ……ぐ、……」
「何をしてでも主人公になってやろうって気概は褒めてあげる」
 最後に一枚取り出した小銭を親指で弾いて弄びながら、蜜柑は厳しい表情で続ける。
「……でも、そうやってのし上がった人間の事を人は「悪」って言うのよ! 主人公でも悪は憎まれるし願いは叶わなかったりするしわりと死ぬの!」
 くるくると光を反射しながら落下する小銭を掴み取った蜜柑の顔には、芸を売る商人としての誇りと、ほんの少し苦い感情が浮かんでいた。
「悪でも、いい……。私は、絶対に……主人公になるんだから……!」
 強い痛みに耐えながら影朧は自身の陰から巨大な少女を召喚する。人形のような見た目をしたその少女は、全身に強く邪悪な魔力を帯びているようだが、眠ったままのように見えた。影朧が手を蜜柑の方へと突き出し、その悪魔に攻撃するように命じようとした瞬間――。
「見つけました、犯人の人!」
 体中に傷を作り、血塗れでボロボロになってしまったドレスの銀花が俊敏な動きで影朧に飛びかかった。揉みあい、ふたりでゴロゴロと床を転がった末に無事影朧の両手を押さえることに成功した銀花は、手錠の代わりにとスカートの裾を長く裂いて影朧を後ろ手に拘束する。ここにたどり着くまでに館中を徘徊していた彼女は影朧が仕掛けた罠のほとんど全てに引っかかっていて、まるでゾンビのような見た目になっている。半ばやけっぱちというやつかもしれない、とドレスがそこそこの値のする貸衣装であることを知っている蜜柑はドレスの変わり果てた姿に密かに同情した。
「さあ、ここからは主人公交代で推理物から勧善懲悪の活劇の始まりです」
 すっくと立ちあがり、顔に付いていた血を汚れと共に手の甲で拭って、銀花は影朧に見せつけるように仁王立ちで腕を組む。背後では白い狼の尻尾が高く立ち上がり揺れていた。
「最後まで出てこないので活躍しないのでは主人公には成れませんね、文字通り裏方です」
「う、裏方……違う、私は主人公よ!」
「いいえ! 今回の主人公は一番体を張ったこの私、弥久銀花です!」
 びし、と人差し指をつきつけてくる銀花に、影朧は二の句が継げずに餌を求める魚のように口をぱくぱくとさせている。もうひと押しですね、と心の中で気合を入れた銀花はさらに言葉を続けた。
「それにしても貴女の仕掛けた罠は、笑劇の小道具に最適でしたよ。全く痛くもかゆくもありませんでしたし。出来ればラストは屋敷ごと吹き飛ぶ様な落ちが出来れば合格です!」
 両手を腰にあてて胸をそらし、自らの体がほぼ無傷であることをアピールする銀花を横目で見ながら、今なにかフラグが立ったような……と蜜柑は苦笑し頬に手を当てる。

 時は少し溯り。
 死体のふりをしてメイドの詰め所に安置されていた狐狛は、そろそろいい頃合いかとシーツの波間からひょこりと顔を出した。室内に他に人はいなさそうだ。
「おおぅ、痛ェ痛ェ。ま、その分だけリアルじゃある」
 猟兵である以上死ぬことはないにせよ、流石にシャンデリアの下敷きにされれば多少痛む個所は出てくる。これで影朧が満足してくれるなら脇役として殺された甲斐もあっただろうさァと笑って、狐狛は押し潰された拍子に打った額をさすりながら詰め所をそろりと抜け出し、他の猟兵たちの姿を探しはじめた。
「つっても、もう一仕事だけしなきゃか」
 殺されることですっかり終わった気になっていたが、肝心の影朧は主人公になるだけでは満足しなかったようだ。玄関ホールに差し掛かった時、ちょうど屋敷の外へ出ようとする彼女と、それを引きとめる猟兵たちの姿が目に入り、狐狛は咄嗟に柱の裏へと身を隠す。
(あの召喚されたお人形……目覚めさせっと面倒なことになりそうだなァ)
 影朧の影から現れた巨大な少女の人形を観察する狐狛。影朧の指示に反して動きの鈍い人形を見るに、どうやら使役するまでに交渉が必要なタイプの悪魔らしい。影朧自身の説得は仲間の猟兵たちが行っている……ならば影朧が悪魔と交渉するのを邪魔すれば、こちらの被害も抑えられ説得もスムーズにいくだろうと狐狛は判断した。
(この手のお屋敷で連続殺人事件とくりゃァ、炎上するのもお約束、だよな?)
 無論、本当に屋敷に火をつけてしまっては大惨事へと繋がりかねない。ここは猟兵らしくユーベルコードで火災を演出するのが良いだろう。銀花の主人公宣言を聞きながら、狐狛は懐から符を取り出し狐火を大量に作りだすと柱の影から飛び出した。

「ううっ、好き放題言ってくれるわね……ベティちゃん、こいつらみんな燃やしちゃって! あとで好きなだけ暴れさせてあげるからっ」
 渾身の殺人トリックをコントのようだと言われた影朧は、依然眠ったままの巨大な少女人形――ベティちゃんに指示を出す。交換条件に興味を示したのか、少女人形はうっすらと目を開くと目の前に立っていた銀花へと炎を吐きだした。
「……ッ!」
 銀花は両手をクロスして身を固くして、回避行動を代償に超再生状態に入る。蜜柑が魔力を籠めた小銭をベティちゃんに向かって放とうとした時だった。
「よくもやってくれたねェ、燃やされんのはそっちの方さァ!」
 狐狛の放った巨大な一塊の狐火が影朧と少女人形を襲う。後ろ手に縛られ防御の姿勢を取れない影朧を守るように覆いかぶさった少女人形が、狐火に飲まれて燃え上がった。
「どんなにその先に続く道が険しくても、主人公になるって覚悟があるなら。転生してもっかい挑んで来なよ」
 灰となって狐火の中に消えた悪魔の奥から、未だ闘志を抱いたまま見上げて来る振愛・弐号の赤い瞳を見つめながら、蜜柑は静かに語る。彼女の動機と目的は歪んでいて到底共存できるものではないが、その執着心だけはどこか自分に似ているような気がして。
「その頃には、私もうオバさんだろーけど。悪役の先輩として相手してあげる!」
 彼女が全力で猟兵たちとぶつかって思い残すことがなくなるように。蜜柑は人懐っこい笑顔に悪役の仮面を被って、影朧に向かって手を差し伸べるのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

鈴木・志乃
よりにもよってその歌か。まずいなあ、冷静に戦える自信ないや。(思いでの歌)
一体どんな主人公になろうって言うのさ。その歌の意味を知っているのなら尚更ね。

……駆けろ、希望の流れ星。
UC発動、敵攻撃を第六感で見切り対抗して天馬を激突させる。
その間に念動力で周囲の器物と鎖を操り罠を張り、用意に相手が突進できないようにしよう。罠使いとロープワークの技術が役に立ちそうだ。

敵が引っ掛かればそのまま鎖で締め上げる
接近されたら早業全力魔法衝撃波でなぎ払って対処
オーラ防御常時発動

その歌は恋人の為に無理難題をこなす歌だ
アンタのどれをとっても全く歌の主人公には似つかわしくないね!【精神攻撃】


ファンゴ・ネラロッサ(サポート)
●基本行動
本体は人形の中や外で人形を操っているブラックタール
明るく社交的で日常会話や噂話を装った情報収集も得意
NPCと接する時は大体「人形ムーブ」
敵しかいない時は「本体ムーブ」もあり
情報収集を【ベリッシモ/ベリッシマ】で、戦闘を【コンパーニョ】でと場面に応じて人形と本体を使い分ける
人形は戦闘時に中に入る事で盾にしたり、遠隔操作で囮にして不定形の本体は隙間や物陰を利用して潜入・奇襲したりと「本体」と「人形」が別々に動ける事を最大限に活かす

●口調
人形ムーブは僕、君、呼び捨て
本体ムーブはオレ、キミ、年上は~さん、年下は~くん



 影朧の仕掛けた殺人計画が動き出す少し前。屋敷に流れるスタアの歌声を聞きながら、志乃は役の仮面を脱いで書庫の奥へと姿を隠す。
(よりにもよってその歌か。まずいなあ、冷静に戦える自信ないや)
 それが彼女の思い出に深く刻まれた歌だと、誰も知らない。けれど偶然だからと流すには、その歌は重すぎた。
(この屋敷では、高名な者が殺される、つまり“名も無き者”が狙われることはない)
 だから今は、暗闇に身を潜め無名を演じよう。歌が止まって、再び冷静に振る舞えるようになるまで。
(ここなら誰にも見つからないと思ったんだけど……まあ猟兵みたいだし結果オーライだね)
 志乃が息を潜める本棚の裏側で、黒い布に包まれた美しい人形がため息をつくように小さく頷いた。布はもそもそと動いて外套に姿を変え、人形の体にぴたりと収まる。
(ここの美術品は全部フェイクみたいだし……交易商あたりを名乗ってベリッシモとしてサロンに加わってもよかったな)
 影朧が用意したという屋敷だ、美術品の出所が正規である可能性は低いだろう……そう推測して潜入していたファンゴ・ネラロッサ(『正体不明』のヒーロー・f17584)は、肩透かしを食らった気分だった。こうなったら外で活動している猟兵たちと合流して、もうひとつの任務でもある影朧の説得へと向かいたいところだが、ずっと人目を避けて潜んで行動していたため外の状況が分からない彼には、出るタイミングが掴めない。
(思い切って飛び出してみようか……正体不明の来訪者の謎の変死なんてのも趣があっていいかもしれないし)
 ひょこっとファンゴが本棚の裏から顔を覗かせたのと、外から誰かの高笑いが聞こえたのはほぼ同時だった。

 書庫を飛び出し影朧の声が聞こえる玄関ホールへと走りながら、志乃は念動力で廊下に飾られている花瓶やカーテンなどを引き寄せる。聖者の光を吸い込んだ長い鎖と併用して周囲に罠として張ることで、突進攻撃を使用してくるという影朧への対策になるだろうと考えたのだ。
「……新手!」
 狐火の向こうに新たな猟兵の姿を見つけ、影朧は両腕を広げて駆け出す。対象を愛していると強く思い込んで抱きしめようと突進することで、相手にダメージを与えて弾き飛ばす振愛・弐号の抱擁を第六感で見切って避け、志乃は祈りを詠唱に乗せて天馬の精霊に呼びかけた。
「……駆けろ、希望の流れ星」
 彼女の背で羽ばたく翼のように広がった光は急速に中心に向かって収束すると、弾けるように翼の生えた馬の姿へと変わる。光り輝く天馬は流れ星の名そのまま、一筋の光が走るように影朧の懐へと飛び込んだ。
「ぐっ……! ど、どうして……みんなみんな、死んでないのよ?!」
「オレたちは猟兵だからね」
 胸を押さえて蹲る影朧に、志乃と共に駆けつけたファンゴはさらりと応えると、移動に使用していた美しい人形からするりと離脱する。これより戦闘が始まると悟り、情報収集用の人形に傷をつけたくなかった彼は、キラキラと輝く大小の宝石を抱いて、まるで星空のように見えるブラックタールとしての身ひとつになると、その黒い粘性の体の奥底から戦闘用の人形【コンパーニョ】を取り出して、まるで鎧を纏うように中に納まった。特に構えを取るでもなく、だらりと両手を下げたままのファンゴだったが、影朧には彼が纏ったままでいる闘志は十分に伝わっていた。
「一体どんな主人公になろうって言うのさ」
 罠をホール中に張り巡らせた志乃が、鎖の末端を握りしめて問う。意識を切り替えようとしても、一度耳にふれたメロディはそう簡単に離れるものではなかった……ましてや、思い出深いものだ。影朧が主人公を標榜しこの殺人事件を彩るものとして選んだことは、志乃にとっては許しがたかった。
「わ、私は……この殺人事件の唯一の生き残り、主人公よ!」
「こそこそ隠れて動くだけで、人の心ひとつ動かさずになれると思っているの?」
 舞台役者としても活動している志乃の視線は、鋭く影朧を射抜く。
「もし本気で思ってるなら、見当違いも甚だしい。……歌の意味を知っているのなら尚更ね」
 救えない。ため息交じりに零れる志乃の言葉には、抑え切れない怒りが籠められていた。
「う、うるさあああい!」
 両手で耳を塞いだ影朧は、自暴自棄になったように首を左右に振ってファンゴに向かって突進する。脱力していた彼は突進の威力をすべて受け止めると、そのまま受け流すようにその力をコンパーニョへと注ぎ込んだ。抱擁するような姿勢で突進したコンパーニョに弾き飛ばされた影朧は、志乃が張っていた罠の中へまるで狙ったように落下する。
「あの歌は恋人の為に無理難題をこなす歌だ。アンタのどれをとっても、全く歌の主人公には似つかわしくないね!」
 鎖を強く引っ張る志乃に強く締め上げられ、自らの主人公観も否定された振愛・弐号は、戦う意欲をほとんど失ってさめざめと泣きだした。
「ちょっとやりすぎたかな……?」
 小さく呟くファンゴから顔を背けて、志乃は無言で影朧を見下ろしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アレクシア・アークライト
かくして影朧は魂を鎮め、転生することができました。めでたしめでたし。

――なんてことになったら、貴方に殺された人達の想いは何処に行けばいいのかしら。
貴方は考えを改めたのかもしれない。でも、今までしてきたことへの罪の意識なんて持ち合わせていない。
もしそうじゃないと言うのなら、今から私がすることも全て受け入れることができる筈よ。

・UCを用いて影朧が行ってきた殺人の方法を読み取り、被害者の名を挙げながら同じ目に合わせる(念動力を用いて、紐で縛る、弓矢で射る、毒を飲ませる、シャンデリアを落とすなど)。

間違いなく、貴方はこの物語の主人公よ。
だから責任をもって、読者の留飲が下がるように死になさい。



「もう、やだぁ……!」
 振愛・弐号が赤い目をさらに赤く泣き腫らして、扉の方へ逃げ出そうとした瞬間。ばん、と勢いよく扉が開いて、桜の花びらと共に何者かが突入してきた。
「かくして影朧は魂を鎮め、転生することができました。めでたしめでたし」
 ぱち、ぱち、ぱち、と感情のこもっていない淡泊な拍手をして、その人物――アレクシア・アークライト(UDCエージェント・f11308)は影朧の前に立ちはだかる。本能的に敵意を感じ取り後ずさる影朧に同情する様子などは一切見せず、その猟兵は赤い衣を翻してぐいと振愛・弐号との距離を縮めた。
「――なんてことになったら、貴方に殺された人達の想いは何処に行けばいいのかしら」
 外から吹き込む風に乗って、桜の花びらがまるで雪が積もるようにホールの床を覆っていく。憎悪や執念を脱ぎ捨てて桜の風に乗れたとして、影朧の犯した罪は何処へ行くのだろうか。
「貴方は考えを改めたのかもしれない。でも、今までしてきたことへの罪の意識なんて持ち合わせていない」
 殺人を繰り返したことも、今泣いていることも、本質的には自分の感情にしか従っていないのではないか、とアレクシアは影朧を分析する。これまで重ねてきた罪をどうしようかなどと考えていないだろうと。何も答える言葉を持たず、ただ逃げる隙を伺って小さく幾度も頷くだけの影朧の様子に、怒ることすら無駄なのかもしれないとアレクシアは小さくため息をついた。
「もしそうじゃないと言うのなら、今から私がすることも全て受け入れることができる筈よ」
 アレクシアは影朧の額に手を翳すと、対象の記憶や思念を読み取ることが出来るユーベルコードで振愛・弐号の頭の中を覗き込む。断片的に流れ込んでくる連続殺人の記憶を再現するように、アレクシアは身に纏っていた力場の質を念動力によって変えた。火炙り、首吊り、毒殺、転落、圧殺、刺殺――数えきれないほど多くの殺害手段で、いつでも影朧を処刑できるように力場を周囲に展開する。
「間違いなく、貴方はこの物語の主人公よ」
 記憶を読み取るユーベルコードですくいあげた数多の被害者たちの名をひとりひとり読み上げながら、過去の連続殺人を再現するようにアレクシアは影朧へ次々と攻撃を加えた。苦痛に呻く影朧の声は、おぞましい攻撃の数々に飲まれて少しずつ聞こえなくなる。
「だから責任をもって、読者の留飲が下がるように死になさい」
 全ての名を挙げ終わり、アレクシアは念動力による処刑を止めた。絨毯は焼け焦げ、磨き上げられていたはずの床は窪み、気化した毒が薄っすらと漂うホールには、ボロボロの雑巾のようになりながらもまだ逃げる意志を見せる振愛・弐号が倒れている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アナンシ・メイスフィールド
アリア君f19358と

ヒロインになりたいとは愚かな子だねえ
人生の舞台は各々が主役だというに
ふふ、可愛いレディは世界一愛らしいヒロインだけれども、ね?

戦闘と共にステッキから剣を引抜きアリア君の生じさせた迷宮を駆け敵へ間合いを詰めんと試みよう
その途中敵に視線を向ければ【贄への誘い】を発動
地から生じた蜘蛛の脚で退路を塞ぐ様攻撃しつつ『早業』にて剣を振るおうか
ああ、任せてくれ給え可愛いレディ
レディに攻撃は通さないのだよ

本当にアリア君の歌は美しいねえ…君も、そう思うだろう?
さて、これで素敵なもの全てで出来たうちのレディが一番だと解って頂けたかね?
…ならば諦め給え。この迷宮からは逃れられはしないのだからね


アリア・モーント
アナンシパパ(f17900)と

貴女…ヒロインになりたいのならちょっと間違っているわ?

まぁ!
だったらパパは世界一の素敵な探偵さんね?

可愛い女の子はなにで出来ているかご存知よね
お砂糖にスパイス…素敵なものすべて!
でも足りないのよ
それだけなら「ただの可愛い女の子」
舞台を彩る…独唱奏でる歌姫(ヒロイン)には及ばないわ
手荒なことはパパに任せて

艶やかな秘密は輝く宝石、可愛いアクセサリー
煌めく虚飾は身を守るお化粧、香水、行儀作法
密やかな決意は誘惑のヴェールとドレス

陰謀策略はコルセット、ペチコート…淫靡な夜のお作法よ
それだけしかない貴女は裏通りの客引き姉やよりも下品ね

迷宮の中で誰にも知られずに迷い果てなさいな



 正面玄関は猟兵に塞がれている。左右に伸びる通路にもそれぞれ猟兵と、猟兵によって張り巡らされた罠があり、今の状態で潜り抜けることは困難だろうと影朧は判断した。残るルートは屋敷の上へと続く大きな階段だけだ。
(階段を登りさえすれば、隠し通路を抜けて身を隠してやり過ごすことが出来るかもしれない……!)
 一か八か階段を目指して足を踏み出した影朧だったが――ふと、違和感に気付いて立ち止まった。
「硝子の床……変よ、私そんなの知らないわ」
「床だけじゃなくってよ。この迷宮はわたしのお庭、わたしのステージ……わたしの狩場!」
 その階段の上から、アリアの楽し気な声が降ってくる。周囲に反響するように幾重にも重なる歌声に気付いた振愛・弐号が顔を上げれば、いつの間にかホールはアリアの作りだした硝子の迷路で覆われていた。
「本当にアリア君の歌は美しいねえ……君も、そう思うだろう?」
 迷路に反響する歌声に耳を傾けながら、アナンシはうっとりと目を細める。共に手を取り階段を一歩ずつゆっくりと降りるアリアは、見る者にここが戦場であることを忘れさせるようにゆったりと構えて、迷路の中の影朧へと笑いかけた。
「貴女……ヒロインになりたいのならちょっと間違っているわ?」
「おやおや、ヒロインになりたいとは愚かな子だねえ。人生の舞台は各々が主役だというのに。……ふふ、可愛いレディは世界一愛らしいヒロインだけれども、ね?」
「まぁ! だったらパパは世界一の素敵な探偵さんね?」
 歌声に惑わされて方向感覚を失った振愛・弐号は、出口を探して硝子の壁にぶつかり尻もちをつく。そんな影朧の姿など目に入っていないかのようにころころと笑い合うアナンシとアリア。
「貴女には、足りないのよ。舞台を彩る……独唱奏でる歌姫(ヒロイン)には及ばないわ」
 アナンシから手を離し、ひとり踊り場に留まるアリアは、青い瞳を細めてアナンシの肩越しに影朧を見据える。迷路から逃げようと足掻く影朧には彼女の声に応える余裕はなさそうだが、アリアには大した問題ではなかった。
「可愛い女の子はなにで出来ているかご存知よね。お砂糖にスパイス……素敵なものすべて! けれどまだ足りないわ、それだけなら“ただの可愛い女の子”」
 アリアが右手をついと宙に滑らせれば、迷路中を自由に漂っていた彼女の歌声がぴたりと揃う。
 ――艶やかな秘密は輝く宝石に可愛いアクセサリー。
 ――煌めく虚飾は身を守る化粧や香水、行儀作法。
 ――密やかな決意は誘惑のヴェールとドレス。
 ――……陰謀策略は。
「コルセットにペチコート……それは淫靡な夜のお作法よ。それだけしかない貴女は裏通りの客引き姉やよりも下品ね」
 アナンシが美しい装飾が施された西洋風の仕込み杖から、すらりと剣を抜く。その黒い瞳は、アリアの冷たいレチタティーヴォに聞き入るように伏せられていた。
「パパ」
「ああ、任せてくれ給え可愛いレディ」
 アリアの呼びかけを合図に、アナンシが階段から飛び降りる。アリアの作りだした【硝子迷宮演目「Nigella」】は幾度となく踏破してきたのだ、壁が見えなくても彼にとっては何ら不便はなく……むしろ都合がいいとさえ言えた。アナンシはその黒い瞳で影朧の姿を捉えると、ユーベルコードによって地面から蜘蛛の脚を召喚する。
「諦め給え。この迷宮からは逃れられはしないのだからね」
「ひっ……いや……!」
 突如現れた蜘蛛の脚に退路を断たれ、見えない壁に挟まれて身動きの取れなくなった影朧は悲鳴を上げて己自身を抱きしめた。後ろに下がれない以上、前からくる猟兵を下がらせる以外に迷路から出る術はない。慈愛に満ちた抱擁を繰り出そうと体を丸めた影朧の目前へと辿りついたアナンシは、彼女が両手を広げるよりも早く剣を振り払う。
「ただの可愛い女の子だけじゃない。素敵なもの全てで出来たうちのレディが一番なのだからね」
 一筋の剣戟を受けて、ぱっと弾けるように空中に霧散する振愛・弐号。
「迷宮の中で誰にも知られずに迷い果てなさいな」
 アリアは屋敷内に吹き込んできた桜の花びらをひとつ捕まえて、そう呟いた。


 猟兵たちからの報せを受け、帝都桜學府は屋敷の調査へと動き出した。惨劇に利用されていた場所であるため、所有者不在の確認が取れ次第速やかに解体されるという。
 土地や建物、人と願いに欲望や痛み。すべていずれは生まれ変わる。
 舞い散る桜は今日も帝都を見守りながら、あらゆるものの転生を受け入れていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月20日


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#サクラミラージュ


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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
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👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は安寧・肆号です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト