雲海のアリス -悪戯ショートケーキ-
●悪戯ショートケーキ
きみの名前は知らない。アリスと呼ぼう。
さあアリス、遊んでおいで。
たくさんの本と、お菓子を振る舞ってあげる。
めいっぱいの幸せをきみにあげる。
──だから、きみの最期はボクに頂戴?
●雲海の国
その国は、ふわふわで真っ白な、雲で出来ている──と、道端に咲く花々が言います。
その道は、たくさんの本の背表紙で出来ています。見たこともない文字──なのにアリスにはそれが読めるような気がしました。
『さあアリス、これをお食べ』
『いいえアリス、こちらをどうぞ』
気が付いたときには、そのアリスは本の道の上にへたり込んで、笑う花々にケーキや紅茶やクッキーやマフィンや……いろんなおもてなしを受けていました。
『ねえアリス、空から降って来る綿雲があるでしょう? あれを食べたらねずみくらいにだって小さくなれるよ』
『おやアリス、心配そうな顔をしないで。大丈夫。そこの泉に湧くレモネードを飲めば、元の大きさに戻ることができるよ。ただし飲み過ぎたら大きくなってしまうかもね』
「わ、わたし……」
おろおろとアリスは喋る花々へと視線をやって、それから本の道を外れ、ふかふかの雲を踏んで道なき道へと駆け出しました。
ふかふかの雲はたまに突き抜けてしまうくらい柔らかくて、アリスは何度も転びながらも必死に出口を探しました。『自分の扉』を探し出して逃げなくてはいけない──ということだけは判りました。『自分』が誰かも判らないけれど。
底が見えないくらい深い谷。真っ白でふわふわな森。時折思い出したように現れる本の道。
「だれか……」
小さな声は、ふかふかの雲に反響もせず、消えました。
●ご案内
初めまして、とロップイヤーの少女は眠そうな目で告げる。
「わたしトスカ。よろしく。……アリスラビリンスで、アリスがオウガに襲われる。助けてあげて欲しい」
そう少女──トスカ・ベリル(潮彩カランド・f20443)は告げ、ぱちりと瞬きした。
「まずはアリスを探して。アリスはひとり。協力して探してもいいし。ひとりで探してもいい。オウガの気配があるから、まずは護れる位置に行かなくちゃ」
ただし、トスカの予知ではまだ少し、オウガの気配は遠いらしい。
だから。
「ちょっとくらい大きくなったり小さくなったり、ふかふかの雲の世界の冒険を堪能したり、普通に花々が出してくれるお菓子を楽しんだりしても、だいじょうぶかなって思う」
今のうち。そう告げるトスカの表情はあくまで変わらぬまま。
行ってらっしゃいと、そう彼女は皆を送り出した。
朱凪
目に留めていただき、ありがとうございます。
雲の上には乗れると思っていたんだ。朱凪です。
※まずはマスターページをご一読下さい。
▼プレイングについて
当シナリオにおいてのみ、プレイング冒頭に『おまかせ!』と記載していただくと『アイテム≒技能』に特に注意を置いてリプレイを書きたいと思っています。
『おまかせ!』の記載がなくても大抵勝手にアドリブは入れる可能性が高いです。
▼アリスについて
10歳前後の少女。白髪ストレート、赤い目。白いワンピース。
所持ユーベルコードは『プログラムド・ジェノサイド(【予め脳にプログラムしていた連続攻撃】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。)』。
▼判定について
アリスが死んだら失敗です。
それでは、雲海の国での冒険を楽しむプレイング、お待ちしてます。
第1章 冒険
『ふしぎのこみち』
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POW : お菓子を食べると体の大きさが変わるそうだ。それを利用しよう
SPD : 草花に障害物を抜ける道を聞いてみた。とても細く危険だが…ダッシュすれば問題はないらしい。ほぉ?
WIZ : …足元の本に抜ける手がかりがあるかもしれない。調べてみよう
👑11
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ランガナ・ラマムリタ
WIZ
やぁやぁごきげんよう、可愛らしいお嬢さん。
私はランガナ、本の妖精さんと呼んでもいいよ。
よく頑張ったね、もう安心だよ。
……いやまぁ、私はあまり荒っぽいことは得意ではないのだけど。なに、安全な道を選んで送り届けるくらいはしてみせるさ。
とりあえずは――この本からヒントを探そうか。
書物は何かを伝えるためのもの。ここにあるのなら、その記述には必ず意味がある。
なに、時間は取らせないよ。言ったろう、私は本の妖精。ゆっくり読むのも至福の時間だけれど、その気になれば一瞬さ。
良ければ持ってくれるかい? 私の身体では、持ち上げるのが大変でね!
※
本を調べる以外の冒険を含めアドリブ歓迎
理知的で面倒見が良いお姉さん
夏目・晴夜
(おまかせ!)
少しくらい楽しんでも大丈夫ならば、楽しまねば大損ですよね
雲に腰掛け、時折お菓子を堪能しながら沢山の本を読んで楽しみたく
見た事なくて読めない文字だとしても、素敵な絵が載っていれば十分です
しかし私は読み書きを覚えたばかりなので、
どうせなら見知った文字を読みたい気持ちではありますがね
もしかしたら本に重要な情報が書かれているかもしれませんし
甘いお菓子は戦う際のエネルギーになりますし
全てこれからアリスを助け出したいが為の行動です
私の為す事に間違いなど微塵もありやしませんよ
はは、それにしても随分と馴れ馴れしい花ですねえ
このハレルヤを持て成しているのですから、もっと敬意を払って頂きたいものです
ジャスパー・ドゥルジー
おまかせ!
あー、懐かしいねこの感じ
不思議の国に似つかわしくない顔の男がひとり
これでも俺も「アリス組」だからサ
【かたわれ】で空を翔け周囲を探る
「白くて動くもの」を探せばいいんだろ?
…や、景色が全体的に白いな
ちゃちゃっと見つけてやんねーと
――なァ
俺アリスに怖がられたりしねえかな
驚いて咄嗟に攻撃されたり、とか
いや別に俺は喰らってやってもいーんだけど
オウガに狙われてる状況で派手な技使わせんのもな
必要だったら綿飴でちっちゃくなって無害アピール
見た目はどうにもならねえが
なるべく柔らかい喋り方を心掛け
なあ、お嬢さん迷子?
良かったら旅のお供に俺はどうだい
扉までご一緒するぜ
…これじゃナンパだな
どーすりゃいいんだ
都槻・綾
※おまかせ!
ふわふわ甘やかな雲は可愛らしいけれど
足元の本の道に
少しばかり眉を下げる
書は知識の塊だから
智慧を踏みつけるみたいで、悲しい
出来るだけ背表紙の上を歩かぬよう避けて
解読出来ないものか綴りを眺めてみよう
世界知識で知れるものなら幸運だけれど
不明であれば同型や繰り返しなど、文字の形に注視する
道の綻びや出口、
此の世界の成り立ちなど
示された手掛かりがあるかもしれない、と
取り出した帳面に記していく
手帳を覗き込む花々に微笑んで
アリスの向かった先を
雑談がてら問うてみようか
レモネードを飲めば大きくなって
世界を見渡せます?
興味津々に耀く瞳で躊躇わずに泉の許へ
さて
アリスは見つかるでしょうか
オルハ・オランシュ
おまかせ!
アリスはどこにいるんだろう
白髪に白いワンピース、赤い目……
白うさぎみたいな女の子を探せばいいんだ
耳のよさを活かして、僅かな物音も聞き逃さずに進もう
見通しが悪ければ空から探すこともできるしね
……それにしても、
楽しそうな場所だなって思うのも無理はないよね
ちょっとくらい楽しんでいいって言われてるし、
行きたい道を通って進んだっていいはず!
まず向かったのはふかふかの雲の上
わぁ、気持ちいいっ
これを持って帰ってベッドに敷き詰めたい!
今寝転がるのはさすがにまずいかな?
お花がくれるお菓子の誘惑にはやっぱり勝てなくて
とびきり美味しいけれど、少し怖い
ずっとここにいたいって思えてしまいそうで
早く見付けなきゃ
オズ・ケストナー
リュカ(f02586)と
おまかせ!
よーし、アリスをみつけなきゃねっ
その前にちょっとだけっ
手の中に落ちてきた綿雲をぱくり
わあ、ほんとにちいさくなった
リュカきこえるっ?
掬い上げられたらたのしくて
雲たべたらちいさくなっちゃった
ふふ、リュカがおおきい
おそろいのサイズになったら
今おりるね
花からダイブして雲にズボッ
ぷはっ
びっくりした、ありがとうっ
ふかふかだ、たのしい
リュカもやろやろ
同意を得たら手を引いて
泉でおおきくなったらしゃがみ込み
リュカどこ?
いたっ、よかった
帽子の前に手のひら差し出して
大きくなったら遠くまで見えるかなって思ったけど
アリス、見える?
自分も目を凝らし
うん、そうだね
それじゃあ、しゅっぱーつっ
リュカ・エンキアンサス
おまかせ!
オズお兄さん(f01136)と
うん。要救助者一名だね…って、え
あ。うん。聞える。急にいなくなったからびっくりした
(両手でお兄さんを掬い上げて花に乗せて自分も食べてみる
…うわ
本当だ、小さくなった
……っ、て、お兄さん、大丈夫
(ずぼっと埋まったのを引っ張り出す
え、痛くない……楽しいんだ?
そう。じゃあ…
もちろん、やる
…そうだ、ひと探しだ
大きくなったお兄さんの帽子の上に乗って
ここにいるよ
そのまま手に移動して、同じく遠くから人探し
視力はそれなりにいいけれど…
人影や痕跡が見つかれば、遠ければ大きくなったお兄さんに乗せてもらって。近ければ何かあっても悪いから、普通サイズに戻って追いかけようか
尾守・夜野
「ここがあの…!
シークレットシューズより背を伸ばしてくれる泉のあるという」
(…一部の人格は小さい方がいいらしいけど…
背高くなりてぇ
ここならその夢が…!)
遠くまでアリスを探す為だから
そう言い訳しつつ泉がぶ飲み
探すために人手が多い方がいいから二人になるが
どうも「私」は乗り気じゃない
「小さい方が可愛いのに」
スキットルにもいれて持ち歩こう
大きくなった事で重くなり
雲の床を突き抜けそうになり慌てて雲を口にして、当初より小さくなったり
小さくなったがスキットルそのままで潰れそうになったり
小さくなった俺にスレイが気づかず、踏まれそうになったりと騒がしくアリスを探そう
失敗ならトラブルから抜け出せないんじゃないかな
境・花世
おまかせ!
ふかふかの綿雲を手にして、
ふくふくと思い出し笑い
誰かさんの髪と似た感触だけど
こっちはちゃんと甘いかな
舌で蕩ける柔さは癖になりそで
ひとちぎり、もうひとちぎり
気付けば掌サイズのちまかよに
わあ、世界がとびきり広大だ!
なんだか楽しくなってきて、
ぴょいぴょいと雲の上を跳ねて渡る
と、と、踏んだらだめだよ
危ないときは誰かの力を借りてしまおう
御礼に美味しいお菓子を教えてあげるねと
口いっぱいにもぐもぐしながら
不思議の国ゆく楽しい冒険
けれどお裾分けをつかむのに、
この掌はちいさすぎてもどかしい
むしろおおきい方がいっぱい食べれ……?
真面目な顔でレモネードの泉へ目的地変更
おおきい方が戦闘に有利かと思って、ウン
クロム・ハクト
『おまかせ!』
巻き込まれ・アドリブOK
本当にこんな事していて大丈夫なのか。
そうは思うものの、予知を疑うわけではないからきっと良いのだろうけれど。
花々がアリスや近道の有益な情報を持っているかもしれない。
俺の場合、それを聞くついでと思って乗った方が良いな。
情報が聞けたらそれをもとに行動。
おいしい、な。
食べ慣れない菓子にそう漏らす。
自分に過去の記憶は無いけれど、この世界がどんな場所かと何が起こるか知っている、
それすらない、そんな状態でここに来たら今の比じゃないな、
ティータイム(orその後の行動中に)そんな風に思いつつ。
●真白の世界と本の道
「おっ、とぉ」
踏み込めばもふっ、と白に沈むヒール。
ぐらついた細い身体を危なげなく持ち直して、ジャスパー・ドゥルジー(Ephemera・f20695)が軽く舌を出すと、ピアスが歯に当たって小さな音を立てた。
現実感の薄い世界。
現実も虚構も曖昧にする気配。
「あー、懐かしいねこの感じ」
──これでも俺も『アリス組』だからサ。
喪った記憶。それでもどこか胸の内に燻ぶるなにかが夢になって現れる。『アリス』の望みが引き起こしたと。けれど打ち込まれた鎖はまだ『ジャスパー』の記憶に新しい。
ク、口角を上げて、抑え込む力の一部を解放する。腰から伸びた翼は紅く僅かに透け、彼の身体を中空へと運んだ。
他者を脅かす能力の代わりに己の痛みを誤魔化す力を得た翼は、その憑依する紅の血は、彼自身を確かに蝕んでいるのかもしれない。過去の痛みなど今の彼にはなにも齎しはしない。
ばさり、と羽ばたきの音が聴こえて振り返れば、白い光景の中にひと際目立つ黒い翼の少女が丁度同じように空に舞い上がったところだった。
「白髪に白いワンピース、赤い目……白うさぎみたいな女の子を探せばいいんだ」
それはオルハ・オランシュ(アトリア・f00497)。大きな耳を震わせ柔らかな色合いのスカートが風を孕み、彼女は空の先客に向けてこんにちはと微笑んだ。
「同じこと考えてたみたいだね。どう、アリスは見つかりそう?」
「とにかく、『白くて動くもの』を探せばいいんだろ?」
軽薄にも見える笑みでジャスパーは見下ろした。その笑顔がそのまま固まった。
「……や、景色が全体的に白いな」
白い雲、白い森。なかなか苦労しそうな景色だ。
あァ、と気の抜けたような声を零して、彼は長い爪で頭を掻く。
「……ちゃちゃっと見つけてやんねーと」
悪魔と謗られようと、聖者である彼から滲む光は本物だ。オルハも大きく肯いた。
「うん!」
──……それにしても、
空を探してしばらく。オルハは視界の下に広がる白の中に花々がゆらゆら揺れているのを見付けてちょっぴり口許を緩ませた。
あの花達もお喋りをして、お菓子にお茶を振る舞ってくれるのだろうか。
──楽しそうな場所だなって思うのも無理はないよね。
うずうずっ、と尾羽が揺れる。あのグリモア猟兵も、ちょっとくらい楽しんでいいって言って言ってたし。
「行きたい道を通って進んだっていいはず!」
手分けして探そうとジャスパーに告げ、オルハは風を切って滑空する。目指すのはもちろん、ふっかふかの雲の上!
「……ふふ」
ふわり、ふわり。舞い落ちて来る白くて柔らかな雲を掌に、境・花世(*葬・f11024)が思い出すのは夏の夜に咲いた花の下で触れた誰かさんの髪の感触。
「こっちはちゃんと甘いかな」
そう言ってそっと抓んで口に運べば、ふんわりと舌に蕩ける柔らかさと、さっと溶けてこびりつかない優しい甘さ。もう少し、あと少し。ひとちぎり、ひとちぎり。
病みつきになりそうな雲に止まらない早業。満喫していた花世の前に、
────ぽふんっ!
「わぁ、気持ちいいっ、持って帰ってベッドに敷き詰めたい!」
こどもみたいに瞳をきらきらさせ空からマシュマロみたいな綿雲へと滑り落ちてきたのは、
「……オルハ!」
「え、花世? どこ?」
思い掛けない知り合いの声に、ぱっ、とオルハは視線を巡らせた。だって降りる場所に誰もいないのは確認したはず──、
「「わ!」」
お互い顔を見合わせれば、いつもと違う姿に互いの声が揃った。正確に言うと、いつもと違うサイズに。しかも、サイズが違うのは実際のところ、花世だけだ。
「花世、小さい!」
「わあ、世界がとびきり広大だ!」
掌サイズのちまかよを文字通り掌の上に掬い上げて、オルハは目を瞬き、花世は目の上に手でひさしを作って世界を見渡す。
──ね、寝転がったりしなくて良かったあ……。
なんて、どきどきするオルハの気持ちなど知る由もなく。
「せっかくだ、一緒に行こうか」
ぴょい、と雲の上に飛び降りた花世が芝居がかって手を差し出せば、
「うん、道を教えてね、華の妖精さん」
その手にちょんと指先を触れて、オルハも笑った。
「よーし、アリスをみつけなきゃねっ」
それは自分の足で歩くことを選んだ人形の、ほんのちょっぴりの、けれど確かな覚悟が滲んだ服。腕まくりの動作をしてみせていつもどおりの笑みを浮かべるオズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)の言葉に、くいと帽子のつばを押し上げてリュカ・エンキアンサス(蒼炎の・f02586)も肯く。
「うん。要救助者一名だね、」
……って、え。
ひゅんっ、と。
隣に並んでいた姿が、視界の端で落とし穴にでも落ちたみたいに掻き消えたのを感じて、思わずリュカは即座に青い瞳に警戒を宿し視線を走らせた。すわトラップかと。
けれど、隣を見下ろせばそこに穴なんかはなくて。
「みてみて、リュカっ、ほんとにちいさくなった。きこえるっ?」
在ったのは、すっかり小さく縮んだオズの姿。アリスを助けに行く前にちょっとだけ、なんて。掌に舞い落ちてきた綿雲を口にしたのが原因だ。
「おお」感嘆の音を我知らず零しながら、すいと片膝を折って、リュカは両手で小さくなったオズを掬い上げる。
「うん、聞こえる。急に居なくなったからびっくりした」
「ふふ、リュカがおおきい」
「お兄さんはシュネーお姉さんより小さくなったね」
「ほんとだっ、ちょっと見てみたかったかも」
ブローチを撫で今はそこに居る姉へと思いを馳せ笑う彼を、大輪の花の上へと乗せてリュカもふよふよと舞う綿雲へと手を伸ばす。
「……ん。掴もうとすると結構難しいね」
「あ、おしいっ」
もっと形がしっかりしているものなら掴みやすいし、落下地点の予想も立てやすいのに。ほんの僅か口角を下げるリュカはようやく手にした雲をしげしげと眺めてから、口へとぽい。
「、……ぅわ」
高いところから落ちる感覚に似たそれが一瞬襲って、眩暈みたいに視界が回ったかと思ったら、見下ろしていたはずのオズの居る花が、めいっぱい見上げないと視野に入らないほど高くそびえ立ってた。
「本当だ、小さくなった」
「今おりるね」
「え、」
UDCアースならちょっとしたビルくらいもありそうな高さに見える。オズの緊迫感のない言葉に耳を疑うリュカだったけど、それよりも迅く「それっ」落下したオズが、
────ずぼっっ、
雲に埋もれて消えた。
「……、……っ、て、え、」
もしかしてこの雲海、下に突き抜けてしまったりしないだろうか。下がどうなっているのかも判らないけれど。
「ぷはっ」
「あ。お兄さん、大丈夫」
最悪を想定してちょっと指先が冷えたのに、オズは満面の笑みを浮かべて雲から顔を出した。助け出すように手を差し出せば、オズもその手を取る。
「びっくりした、ありがとうっ。ふかふかだよ、たのしいっ。リュカもやろやろ」
「え、痛くない……楽しいんだ?」
ふむ、と思案顔。でも答えは既に心の中で決まっていて。
「そう。じゃあ……もちろん、やる」
握られた手は手袋に包まれてその温度をオズには伝えないけれど。
オズは握る手にぎゅっと更に力を籠めて、
「いこう!」
花の上を指さした。
ふかり、と踏んだ沓の底で感じる柔さに下げた眦。
けれど同時に、ずらりと並んだ本の背表紙で出来上がった道に、都槻・綾(夜宵の森・f01786)の眉尻も共に少し下がった。
彼にとって本──書は知識の塊で、それを踏むということは、幾多と積み重ねられて来た智慧を踏むにも等しい。それはとても、悲しいことのように思えた。
だから路傍の雲に足首まで埋めて、綾はそぅっとその本の道の横に屈み込み、白い指先で背表紙に掛かった雲を払う。ぱらぱらっ、と世界の知識を詰め込んだ木簡の巻物を開き見比べて背表紙の文字をなぞる。
──此の世界の成り立ちや道の綻び、出口などが見付かれば好いのだけど。
「……これは……」
「そこの貴方。そこの文字をすべて読めるのですか?」
青磁の瞳を瞬いた綾に、少し離れた場所から声が掛かった。振り返れば、そこには白い雲のソファに腰かけて高く脚を組み、本を開きながら花々が差し出す紅茶を優雅に唇へと運ぶ白けた灰の髪と狼の耳の少年が居た。
その傍にはどこか居心地悪そうにする黒髪と狼耳の少年も居る。
彼らは夏目・晴夜(不夜狼・f00145)、そしてクロム・ハクト(黒と白・f16294)。
「……本当にこんな事していて大丈夫なのか」
「少しくらい楽しんでも大丈夫ならば、楽しまねば大損ですよね」
「まあ……予知を疑うわけじゃないし、良いんだろうが」
「もちろんです。それに、もしかしたら本に重要な情報が書かれているかもしれませんし甘いお菓子は戦う際のエネルギーになります。全てこれからアリスを助け出したいが為の行動です」
私の為す事に間違いなど微塵もありやしませんよ。
この上なく自信に満ち溢れた晴夜の傲慢を隠さぬ態度は、いっそ清々しい。
『ねえハレルヤ、こちらのマドレーヌもいかが?』
『いいえハレルヤ、こっちのケーキの方がお薦めよ』
「はは、それにしても随分と馴れ馴れしい花ですねえ。このハレルヤを持て成しているのですから、もっと敬意を払って頂きたいものです」
そそと傍らによって本を読んでいるにも関わらず晴夜にぐいぐいとお菓子を差し出してくる花達から遠慮なく受け取りながら、彼は小さな嘆息を零す。贅沢な男である。
『ほらクロム。きみもケーキをいかが?』
「あ、ああ。……いや、アリスと呼ばれる白い髪の女の子を知らないか?」
『アリス? たくさん来ていたわ』
『それよりクロム、お味はどう?』
「ん、……おいしい、な」
クロムにとってお菓子など滅多に口にするものでもない。食べ慣れないケーキは白くふわふわの生クリームがたっぷりと掛かっていて、口に弾ける苺の瑞々しい甘さと、少しの酸味が自然と彼の肩の力を抜いていく。
とにかく、綾が見たのはそんな光景だった。
晴夜の傍には数冊の本が積まれて、見れば確かに道の途中でごっそりと抜き取られた穴がある。綾は好奇心に駆られてその穴の底を覗いてみたけれど、同じように雲があるだけだった。
「ある程度は判読できそうですね。貴方の本にはどんなことが載っていましたか?」
「私は読み書きを覚えたばかりなので、あまり難しい内容は判りませんが。それでも本を開くこの姿勢を褒めて下さってもいいですよ」
綾の問いにくいと顎を上げて、晴夜は手にしていた本を彼へと向ける。そこには僅かの文字と、赤い髪の女の子がたくさんのお菓子に囲まれている絵。
「そこの花が言うことに嘘はないようですね。この世界には、確かにたくさんのアリスが迷い込んでいる。……これらは、その記録のようです」
「そうですね。私の方で確認した文字も、似たようなものです」
三十八番目のアリス。綾がなぞった背表紙にはそう刻まれていた。
「……」クロムの大きな黄金の瞳が、更に大きく丸くなる。だって、この道はどこまで続いているというのだろう。その本の数だけ、アリスが居たということだろうか。
「ただこの辺りの道が、そういう内容を集めているだけかもしれませんが」
クロムの表情に帳面に文字を書き写していた綾が微笑んで見せる。そうですよ、と晴夜も肯いた。
「それに、本の最後。化け物に食べられておしまい、という締めにはなっていません」
「……そうか」
それなら。衣服の胸の辺りを握り締めて、「!」クロムが聞こえた音に立ち上がると同時、「きゃっ」白い雲の茂みの向こうから顔を出したオルハと視線がかち合った。
「と、と、」
「わわ、ごめんね花世! 大丈夫?」
「あはは、平気!」
オルハの早業の足さばきに茂みの上を歩いていた花世の身体が揺れるのを、慌ててオルハが支えた。
新しく増えたお客さまに路傍の花々達は嬉しそうにそそそと彼女達へと寄っていく。
『カヨ。カヨというのね』
『カヨ、マフィンはいかが?』
『貴女はなんというのかね、黒い翼のお嬢さん』
「おや、花世。来てたんですか」
「綾! 偶然!」
『アヤ。アヤもこちらへどうぞ』
聞き慣れた音にひょいと顔を覗かせた綾が花世の小ささに目を見張るのも予想の範疇だし、綾とて考えてみればこの世界で花世が綿雲に舌鼓を打つだろうことはすぐに想像がついたから、ふふりと笑えばもらったマフィンを彼女へと千切って渡した。
礼を述べて千切られてなお両手にいっぱいの欠片を幸せいっぱいに頬張ってもぐもぐする花世だったが、しばらくもぐもぐして……気付いてしまった。
この掌は、お裾分けを掴むのにちいさすぎてもどかしいと。
──むしろ、おおきい方がいっぱい食べれ……?
彼女が青天の霹靂を受ける隣で、オルハも生クリームたっぷりのふわふわのケーキを口へと運んだ。多幸感にしびびと尾羽が震える。舌に溶ける柔いクリームのやさしい甘みが染み渡る。……けれど。
──少し、怖い。
ずっとここにいたいって思えてしまいそうで。
「食べたら先を急ごう、花世」
「さすがオルハ、わたしも賛成。次はレモネードの泉に行こう。え、ううん、おおきい方が戦闘に有利かと思って、ウン」
●レモネードの泉
「ここがあの……! シークレットシューズより背を伸ばしてくれる泉……!」
愛馬『スレイプニール』から降りて、赤い瞳を輝かせたのは尾守・夜野(墓守・f05352)。多重人格者である彼の中の一部の人格は乗り気ではないようだけれど、
──背高くなりてぇ。ここならその夢が……!
尾守・夜野、十六歳男子。現時点で一五四cmである。
覗き込んだ泉には、なみなみと淡く色付く水が満ちている。甘いレモンの香りが漂うのを手で掬って、彼はがむしゃらに飲んだ。甘く爽やかな味。それを感じる暇などない。
喉を通る度にどんどん掌が大きくなり、泉の水面が遠くなる。
「おお……!」
果たして彼の望みは叶ったと言えるのだろうか。それは彼のみぞ知るところではあるが、三mを優に超す体長となった彼はそれでも意気揚々とスキットルにまだレモネードを汲んだ。おそらくまだまだ大きくなることも可能だろう。
「遠くまで見渡してアリスを探す為だからな」
『……小さい方が可愛いのに』
オルタナティブ・ダブルで増やしたもうひとりの『私』がつまらなそうに告げるのを聞こえないふりをして、踏み出した一歩が、
「わっ?!」
柔い雲にずぶっ、と深く沈んだ。手にしていたスキットルが吹っ飛ぶ。
──突き抜ける?!
いけない、と慌てて口を開けて空を舞う綿雲を含めば途端に視界が回るような感覚と落下するようなそれ。
ぽふんっ、と雲の上に落ちた夜野の上に、超大なスキットルが落ちてくるのが見えて、
「おわ──っ?!」
咄嗟に雲の上を転がって間一髪のところで避けたところで、地面に落ちたスキットルは元のサイズに戻った。
「……っ」
どきどきどきどき。
さもそのスキットルがまた巨大化して襲い掛かって来ることを恐れるかのように夜野はしばらく胸を押さえながら言葉もなく凝視していたが。
悲劇はそれだけでは終らなかった。
彼の背後に迫った大樹──否。『スレイプニール』の逞しい脚!
「スレイ! オレだ! ここだ!」
主人を見失ったらしい愛騎に踏み潰されては堪らない。懸命に声を張り上げた腕を振り上げた彼を、結局は呆れ顔の『私』が救い出したのだった。
そんなどたばたが起きていたとは露知らず。
「……そうだ、ひと探しだ」
はたと気付いたリュカの言葉に、めいっぱい小さな身体で雲遊びを満喫していたふたりは泉のほとりへとようやく辿り着いた。
そこには綾達が既に居て、綾はリュカを見て小さく笑った。
「大きくなって、世界を見渡せないかと思いまして」
「考えることは同じだね」
さて、アリスは見つかるでしょうか──。躊躇いもせず綾がレモネードを口に含む傍で、オズもめいっぱいに手を伸ばして(彼が落ちないようにリュカもその服を精一杯引っ張って)レモネードの水面を掬い取った。
そしてひと口。
ぐんっ、と空に引っ張り上げられるような感覚と共に、一気に視界が高くなる。それだけで元の大きさに戻ったから、更にひと口、もうひと口。
「わあ……。あ、リュカどこ?」
足を動かさないように注意してしゃがみ込んだオズだったけれど、引っ張ったままの彼の燕尾にぶら下がっていたリュカはそれをよじ登って、ハットの上まで辿り着いた。
「ここにいるよ」
「あっいたっ、よかった」
思った以上に耳の傍から声が聞こえたが。安堵したオズが揃えた両手をつばの前へ差し出せばその掌の上へとリュカも移動する。
「アリス、見える?」
目頭に力を籠めてオズ自身も目を凝らしてみるけれど、隣の綾も同じく軽く肩を竦めるとおり、結果はいまひとつだ。遮蔽物が多過ぎる。
「視力はそれなりにいいけれど……」
それだけじゃだめだな、とリュカは『灯り木』のスコープを覗き込んだ。
「要救助者が向かった情報は、谷のある森だったっけ」
「そうだね」
「アリスは見えないけど、それらしい起伏は見えるよ。向かってみる?」
それが正しいかは、行ってみなくては判らないけれど。リュカの言葉に、けれどオズは大きく肯いた。
「うんっ、それじゃあ、しゅっぱーつっ」
●迷子のアリス
見付けた、と叫んだのは誰だっただろう。
白い森の中でふらふらと動く白い姿が更に遠ざかってしまわないようにまだ少し距離のあるその目的地まで全力で駆けながらクロムは思う。
──俺にも過去の記憶はないけれど。
それでも猟兵である彼は、この世界がどんな場所か、そしてなにが起こるのかを知っている。けれど今探している少女には、そんな情報すらない。
──そんな状態でここに来たら、確かに不安は比じゃないな。
「早く見付けてあげなきゃね」
ひょい、と白い樹の枝をくぐってオルハが身軽に進みながらクロムに言えば、クロムも小さく、けれど力強く肯く。
「──なァ、俺アリスに怖がられたりしねえかな」
その森の葉が柔らかく害を与えないことを身を以て知ったジャスパーが少ない羽ばたきで滑空するように突き進みながらぽつりと言う。枝は細く彼の身を裂くけれど、彼に気にした様子はない。
「驚いて咄嗟に攻撃されたり、とか。いや別に俺は喰らってやってもいーんだけど」
オウガに狙われてる状況で派手な技使わせんのもな、と。頬を軽く掻きながら告げる彼に、ふふ、とオルハは小さく笑った。
「大丈夫だよ、きっと」
「不安なら私サイズまで縮んでみるのはどうかな?」
くるくるっ、と慣れた様子で彼の傍を飛ぶのはランガナ・ラマムリタ(本の妖精・f21981)、フェアリーだ。悪戯っぽく眼鏡の奥の黒い瞳が笑うのに、
「まあそれも考えちゃいるが」
と、ジャスパーはふわふわ空から降り注ぎ続けている綿雲へと視線を走らせた。
「──居た」
『スレイプニール』の瞬足のお蔭で先に辿り着いていた夜野が、少女の傍らでその声に振り返る。
「っ、」
真っ白の少女は泣き腫らした目で猟兵達を見た。
だからジャスパーは極力やわらかな口調を心掛けて、雲の上に座り込むアリスの傍へとしゃがみ込んだ。
「なあ、お嬢さん迷子? 良かったら旅のお供に俺はどうだい。扉までご一緒するぜ」
周りの奴なんかどーだっていい──かつて笑ってそう言い放った男と同一であるとは思えない、精一杯の歩み寄りだったが、
「……これじゃナンパだな……。どーすりゃいいんだ」
がしがしと頭を掻いて心なしか翼を垂らす。彼自身なんだか居たたまれなかったらしい。ジャスパーからの視線を受けて、夜野も軽く首を傾げてアリスを見下ろす。
「あー、大丈夫。オレと同じであんたを探してたんだ」
「やぁやぁごきげんよう、可愛らしいお嬢さん」
ふより、と。宙を泳いで夜野のあとを引き継いだのは、
「私はランガナ、本の妖精さんと呼んでもいいよ。よく頑張ったね、もう安心だよ」
「……、あん、しん……?」
恐る恐る、アリスが顔を上げて視線を巡らせる。
ランガナはもちろんと力強く、どこか気まずげな表情を拭い切れぬままジャスパーも。軽く口角を上げて夜野も、少女の手を取ってオルハと花世も。真剣な表情でクロムも。
ふやりと笑ってオズも。そんな横顔を見上げるリュカも少女の視線に気付いて「まあ、そうだね」と。
「私が来たのですから」と晴夜は当然とばかりに言い、「本の妖精……」ランガナの台詞に興味を惹かれていた綾も、少女の視線に視線を合わせて淡く微笑んだ。
「……いやまぁ、私はあまり荒っぽいことは得意ではないのだけど。そこの彼が言ってたとおりだよ。なに、安全な道を選んで送り届けるくらいはしてみせるさ」
ランガナの小さな手がアリスの肩に添えられる。
そして積もった綿雲の傍に顔を覗かせていた本の道を示してくるりと飛んだ。
「とりあえずは──この本達からヒントを探そうか。書物は何かを伝えるためのもの。ここにあるのなら、その記述には必ず意味がある」
なに、時間は取らせないよ。言ったろう、私は本の妖精。ゆっくり読むのも至福の時間だけれど、その気になれば一瞬さ。
すらすらとそう言う彼女の言葉に応じて、本を引っ張り出す者、あるいはアリスの傍に寄り添ってその不安を和らげようとする者、または周囲の花々から話を聞き出す者など、めいめいに分かれる。
「アリス、良ければ持ってくれるかい? 私の身体では、持ち上げるのが大変でね!」
『あら、ランガナ。それならレモネードの泉はいかがかしら』
『そうともランガナ。あれを飲めば身体が大きく、』
「いや、あれは勧められねぇ」
「うん、やめた方がいい」
花々が告げる言葉に、即座に夜野と花世が遮る。夜野の恐怖はもはや言うまでもないが、大きくなった身では逆に得られるお菓子が小さくて物足りなかった花世の切なさもひと潮だったから。
「うん? そう言われると逆に興味が湧いてしまうね」
片眉を上げて軽い口調でランガナが肩を竦めれば、ふよ、とちいさくアリスの口許も緩んだのだった。
大成功
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第2章 集団戦
『こどくの国のアリス』
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POW : 【あなたの夢を教えて】
無敵の【対象が望む夢】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
SPD : 【わたしが叶えてあげる】
【強力な幻覚作用のあるごちそう】を給仕している間、戦場にいる強力な幻覚作用のあるごちそうを楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ : 【ねえ、どうして抗うの?】
自身が【不快や憤り】を感じると、レベル×1体の【バロックレギオン】が召喚される。バロックレギオンは不快や憤りを与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
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●おいしいおもてなし
結論から、告げるなら。
たくさんの本の中には、アリスがこの不思議の国を出るための方法は、記されてはいなかった。
「『ふわふわ綿雲菓子のつくり方』……」
「こっちは『美味しいアリスの食べ方』。巫山戯ていますね」
本の道の背表紙を確認した猟兵達がめいめいに告げる。
幼いアリスは不安気に近くにいる猟兵達の服の裾をそっと握ったりしながら、懸命に『自分の扉』を探していた、……けれど。
「さみしいの? アリス」
静やかな女性の声音が、そう言った。
猟兵の誰とも違う声。
「っ?!」
驚いて顔を跳ね上げるアリス。けれど猟兵達は皆一様に、既にその女の登場に気付いていて──ただ冷静に警戒の糸を張り巡らせる。
その糸を踏み抜いて、薄曇色の瞳の女は、手にしたケーキを差し出してみせる。怪しげな靄を纏った、そのケーキを。
「こわいの? アリス」
どうして、と。微笑むこともなく、抑揚を声に乗せることもなく。女は──こどくの国のアリスは告げる。
「判っているわ。あなたはきっと識っているの。『自分の扉』なんてここには無いことを」
でも大丈夫よ、と。
「わたしは──わたし達は、あなたと同じアリス。孤独のアリス。蠱毒のアリス。食って、喰らって、悔い合って──そしてひとつになるの。だから、アリス」
あなたの夢を教えて
わたしが叶えてあげる
──ねえ、どうして抗うの?
ぞろり、と。
同じカタチの女達が白い雲の茂みの中から現れる。
「、」
誰かが、アリスをその背に庇う。
『白のアリス』を守ることができなければこの戦いは、勝ったとしても負けになる。それが本能で判った。
「わたしの夢、か」
「そのケーキも、楽しそうなモノを見せてくれそうだよなァ?」
「靄のように見えるそれも、攻撃手段なんだろう?」
猟兵の言葉に、女は答えない。
ただその唇が、初めて笑みの形に歪んだ。
「たぁんと召し上がれ?」
夏目・晴夜
(おまかせ!)
さっさと倒して、早くアリスをお家に帰してあげましょうか
多数の敵は妖刀で直接【串刺し】にするか、
斬撃と共に【衝撃波】を放って【なぎ払い】
アリスへ近づかんとする輩や攻撃なんかも妖刀で斬り殺します
アリスの身に何かあっては褒められたものではないですからね
しかし敵の技は少々厄介ですねえ
まあ、いざという時は私の類稀なる才を利用させてあげますよ
敵がバロックレギオンを召喚した際は
『憑く夜身』でそのバロックレギオンや敵の影を片っ端から操り、
その影を足や身体にしがみ付かせる事で動きをしばし封じます
お手隙の方は歩いて近付いて敵を思うが儘にしたり、
このハレルヤの事を存分に褒めたりして下さってもいいですよ
ジャスパー・ドゥルジー
おまかせ!
判ってるだろーが耳を貸すなよアリス
ありゃ俺も遭った事がある
綺麗なのは見た目だけさ
手に持ったナイフが九つに増えている
そのうちのひとつを己に突き立て代償とする
そっちが動きを1/5にしてくんならこっちは9倍攻撃してやんぜ
さァて5と9はどっちが多いだろーなァ?
速度低下も厭わず積極的に斬り込んでいく
「動きのノロい格好の的が転がってる」という事実が一番大事
あいつらの狙いをアリスから俺に移せりゃそれでいい
勿論低下の作用が切れている時は積極的に奴らの数を減らしにいくぜ
懐に飛び込むように接近戦を仕掛ける
戦闘を愉しむように嗤いつつ
頭ン中はきちんと冷静さ
イザって時はアリスを庇えるように常に後方は気にしてる
尾守・夜野
お任せ
「夢?はっ!
てめぇに叶えて貰う夢なぞ!?」
鼻で笑うもアリスに攻撃来そうなら庇い間に入る
俺の夢、それは過去
記憶なくして拾われた村で平穏が続いていればのIF
あの時止められれば、そもそも自分がいなければ…と
だが。怨敵の姿は覚えていても
村の景色も、良くしてくれた人の事も既に霞んで思い出せない。
顔が欠け、色彩が欠け、声が欠け、場所が欠け、季節が欠け
宿敵と村の事がごっちゃになったようなのが襲ってくるだろうな
まぁ…俺自身、トラウマであれだけど夢幻…本物じゃないと気づければ壊せるだろう
見たくないものを見せられた恨みも込みで
「よくもやってくれたな…!
死にさらせ!」
剣を皆を記憶を夢を弄んだ敵に振り下ろそう
オルハ・オランシュ
おまかせ!
大丈夫だよ、アリス
諦めちゃ駄目!扉は後でじっくり探してみよう
君は下がってて
こんなところで散らせない
私達を信じてくれる?
花世だって、晴夜だって、空中で出会ったあの個性的なひとだって
ここには猟兵が沢山いる
なんとかなる!
私の夢か
先生が認めてくれて、お店が繁盛して
でも今はそれだけじゃない
ずっと一緒にいたいひとがいるし、
――弟と、あの頃みたいに……
でも知ってる
夢はそう簡単に叶うものじゃないんだって
常にアリスの様子を気に留めながら
彼女が傷を負わないように、危険が及びそうな時はこの身を盾にするよ
UCで高めるのは攻撃力
多段突きで攻める
……もういらない、お腹いっぱいだよ
喰われるのはあなたの方!
境・花世
わたしの夢!
あるなら見せて、わたしも見てみたいなあ
なんだか愉快そうにわらって、
徐に右目の花を千切り取れば
代わりにこの手脚は軽く軽くなっていく
それじゃあ、こっちからもらいにいくね
早業ダッシュで肉薄して、
裁曄――花鋏でケーキを皿ごと叩き割る
残念だけどティータイムは終えたところなんだ
アリスももうお腹いっぱいだよね、と
彼女に迫る魔の手を着実に断って
待てど待てど夢はかたちにならず、
つまらないなあとくちひるとがらせる
ようやくからんと落ちたのは、
空っぽのエンドマークにも似た、
――ああ、うん、きっとそれだ
ほんのりとやさしい笑みを浮かべながら、
迷いなく夢の隙間を縫って敵を突き刺す
まだ終われそうにない、物語
リュカ・エンキアンサス
オズお兄さん(f01136)と
…うん
なんでって、なんでわからないのかがわからない
「…俺たちは味方。あっちが敵。わかる?
わかったらあいつらがいなくなるまで動かないように」
そうアリスには声かけておく
優しい言葉はお兄さんに任せた
あとはアリスになるべく近い場所で
アリスに近付いてくる敵から狙い撃とう
他の誰かがアリスの近くにいるなら、それほど気にしないけれど
誰もいないなら、アリスの近付く敵から全力でUCで潰しにかかる
お兄さんとアリスが同時に危なそうだったら
反射的にお兄さんを助けようとして
とどまる
だめだ。これも仕事だ
迷うのはその一瞬だけ
あとは躊躇うことなくアリスに危害を加える敵を優先して
急所を撃ちぬいていく
オズ・ケストナー
リュカ(f02586)と
どうして、って
食べるなんていわれたらこわいに決まってるよ
ね、リュカ
わたしたちにまかせて
だいじょうぶ、リュカはつよいんだよっ
みんなできみをまもるからね
攻撃は武器受け
リュカやアリスに攻撃が届かないよう
前に出るけど、アリスが必ず誰かの傍にいるよう気にして
守るひとがいなくなるなら
駆けつけるよ
リュカが助けてくれようとしたのがわかったら頷いて
わたしはだいじょうぶ
アリスをおねがいねって目でリュカを見るね
そしたら安心して前に出られる
おいしいものは好きだけど
それはおいしくなさそう
給仕を始めようとするなら
その前に腕を狙って武器を振り下ろす
リュカと食べるのはおいしいものってきめてるんだからっ
都槻・綾
※おまかせ!
悪い夢は獏みたいに食べてしまいましょう
こう見えても大食らいなんですよ
怖いなら裾を掴んでいて、と
アリスの怯えを緩和し落ち着かせるよう頭を撫でて
微笑みをふわり咲かせる
研ぎ澄ました第六感で死角を補い
敵挙動を把握、見切り
オーラを纏って白のアリスの護衛を第一に
少女を狙いに来た敵は
馨遙の帛紗を翻して眠りに誘う
――あなたの夢を教えてください
帰りたかった?
ほんとうは今でも――帰りたい?
救助が無かったアリス達の末期の想いは
悔しさにも毒にも孤独にもなったのだろう
おやすみなさい
やさしい香りが満ちて
こどくのアリス達に『自分の扉』を、還るべき骸海を示すと良い
白のアリスは独りではない
大丈夫
私達が居るのですから
クロム・ハクト
『おまかせ!』
アドリブOK
そんなうすぼんやり淀んだようなのじゃ美味しくなさそうだな。
あんたの言う夢は叶える方の夢じゃないだろ。
儚く消える幻の方だ。
夢は手助けする事はあっても、最後には自分で掴まなきゃならない。
過去を、俺自身の夢を覚えていないなら、
誰かの夢を守りたいと、そう思っているから。
白のアリスを、その夢を守ると。
夢を理想と言うのならなら尚更あんたに叶えてもらう必要はない。
それは、より冷静に、より確実に任務を遂行する姿だから。
それを模した幻なら、もう既に識っている。
●白くやわく、不安定な
さみしい。
こわい。
────どうして?
「……っ、」
「判ってるだろーが耳を貸すなよ、アリス」
桃色と紫の入り交じった水晶のような目を眇め、ジャスパー・ドゥルジーがその背に庇った少女・白のアリスへと声を掛けた。
「ありゃ俺も遭った事がある。綺麗なのは見た目だけさ」
不思議の国に迷い込んだあの頃。耳に優しく目に誮しく、そして心を蝕んで壊す。
大きな赤い目がジャスパーを見上げるのに、彼はへらりと口角を上げてその尖った歯を覗かせた。
「大丈夫だ」
──ああ、ガラじゃねェなァ。
胸の奥底で苦笑交じりに呟いて、彼はわらわらと雲海の森の中へ現れた女達へと向き直り、幾多のナイフを構えた。その瞳がどこか愉し気に輝いて一体のこどくの国のアリスへと刃を繰り出すその背後で油断なく白のアリスを護りながら、オズ・ケストナーはぽつりと零す。
「どうして、って──食べるなんていわれたら、こわいに決まってるよ。ね、リュカ」
「……うん。なんでわからないのかがわからない」
リュカ・エンキアンサスも小さく細く息を吐いて肯く。ちらと見たオズの表情はいつもどおりの柔らかな微笑みだったけれど、そこに覗いた、かなしみ、のようなもの。
捕食。死。回避すべきもの。戦場で生き抜いてきたリュカにはまだ、オズの表情の意図は判らない。
ただ自分にできることは、敵を屠りこの戦いを終えることだけだ。
「……俺たちは味方。あっちが敵。わかる? わかったらあいつらがいなくなるまで動かないように」
だから白のアリスに敵を指さして見せ、夜空色の目を合わせもせずに『灯り木』のハンドルをきゅるりと回して弾丸を装填──照準を定めた。
優しい言葉など掛けられないから、そこはお兄さんに任せた。音もないリュカの信頼を受けてふふとオズは相好を崩し、アリスの傍にしゃがんで視界を揃えた。
「わたしたちにまかせて。だいじょうぶ、リュカはつよいんだよっ」
「う、うん、」
「……」なにか言いたげにリュカの眉間がほんの少しだけ動いたけれど。オズは気付かぬまま立ち上がり、身の丈ほどもある長柄の斧をひゅん、と回して──飛んできたケーキを叩き落とした。ぐぐ、と動きが急激に重くなるのを感じても、彼は笑う。
「みんなできみをまもるからね」
「ええ。怖いなら裾を掴んでいてください」
白のアリスの髪を撫でて、都槻・綾も少女の怯えを取り去らんとふぅわりと微笑む。
数を恃んだ集団を相手に、護る者を置いての防衛戦。楽な戦いではない。
けれど猟兵達に躊躇いはなかった。
「さて。さっさと倒して、早くアリスをお家に帰してあげましょうか」
白柴の人形から受け取った妖刀『悪食』をひょう、と振り払って、夏目・晴夜は不敵に口許に三日月を浮かべた。
わたしの夢!
「あるなら見せて、わたしも見てみたいなあ」
鮮やかに、大輪の花のように笑い舞うのは、境・花世。牡丹色の長い髪が泳ぐと共に、白い世界に薄紅の花弁がひぃらり、ひらり。
彼女の細指が千切るのは喪った右目に宿るUDC・絢爛たる百花の王。それは偽葬──マガイモノ。彼女が彼女であり化物である境界で、証。
過去は失くした。未来には期待しない。
彼女にあるのは、今だけ。
──そんなわたしの、望む夢?
「それじゃあ、こっちからもらいにいくね」
ぐるりと大きな花鋏『裁曄』を手首で回して軽くなった身体で瞬足に間合いを詰め、「ッ?!」白のアリスへと向けられようとしていた禍々しいケーキの皿を叩き落とした。
痛みがあるのか手首を押さえ、けれど感情を浮かべない薄曇色の瞳を見返して、花世は悪戯っぽくウィンクをひとつ。
「残念だけどティータイムは終えたところなんだ。アリスももうお腹いっぱいだよね」
「花世もたくさん食べたもんね」
きょとんと目を丸くする白のアリスの隣で、三叉の槍を腰に構えたオルハ・オランシュが花世の言葉にくすくすと笑う。そして踏み出す一歩は鋭くて。
繰り出した刃は、こどくの国のアリスの影を貫いた。
「っ?」
「君の力、分けてもらうね」
彼女のひと言で、がくん、とこどくの国のアリスは手にしていたマッチを取り落とす。
スカー・クレヴォ。攻撃が外れたのかと慢心した敵から力を奪い取るユーベルコード。攻撃力を増強したその槍で女の胸を衝けば、女はまるで砂糖菓子のようにざらざらと崩れて消えた。
「私の夢かぁ……。先生が認めてくれて、お店が繁盛して」
素早く次の敵へと視線を巡らせながら、オルハは想像する。
少し喧噪から離れた場所の、温かい店。お客さんが喜んでくれて笑顔が溢れていて──でも今は、それだけじゃない。
満面の笑みはまだ、浮かべてはくれないけれど。ずっと一緒にいたいひとがいるし、
──弟と、あの頃みたいに……。
そこに浮かんだ感情は、なんだっただろう。
ふるり、小さく彼女はかぶりを振った。
「でも、知ってる。夢はそう簡単に叶うものじゃないんだって」
「そうだな。あんたの言う夢は叶える方の夢じゃないだろ。儚く消える幻の方だ」
オルハの呟きを後押しするようにクロム・ハクトも肯き、こどくの国のアリスへ向けて枷を投げつけた。
「っ、」
拘束ロープが巻き付き、動きの鈍った敵へ向ける、齢に見合わぬ冴えた瞳。
「夢は手助けする事はあっても、最後には自分で掴まなきゃならない。お菓子に添えて、誰かに与えられるものじゃないだろう」
なんにせよそんなうすぼんやり淀んだようなのじゃ美味しくなさそうだけどな。そう片眉を軽く上げて、指先で繰る傷だらけの白黒熊。無二の相棒の鋭い牙がこどくの国のアリスへと喰らいつき、食い破った。
「夢を理想と言うのなら、尚更あんたに叶えてもらう必要はない」
──それを模した幻なら、もう既に識っている。
首の無い王と対峙したそのときに。ただひとつ、己が己であるため。咎人殺しとして、より冷静に、より確実に任務を遂行する己の姿を。
甲高い悲鳴が上がって、そして途切れた。
クロムの中には、これまで歩いてきた軌跡がない。軌跡に伴う願いがない。けれど。
──俺自身の夢を覚えていないなら誰かの夢を守りたいと、そう思っているから。
白のアリスを、その夢を守る。
今はただ、それだけでいい。
「あなたの夢を教えて」
「はっ! てめぇに叶えて貰う夢なぞ、」
己で斬り付けた傷から溢れ出した血に『怨剣村斬丸』を解放し、こどくの国のアリスを葬って尾守・夜野は嘲笑を浮かべた。
そんなことは必要ない、そんな隙も与えない──しかし視界の端に更に別の敵が白のアリスへと掌を伸ばすのを捉えた途端、身体が勝手に動いた。
「ッ!」
「! おにいちゃ、」
白のアリスを庇った夜野の頭上に掲げられた掌。
痛みは、無い。
ただ突き付けられる。己の夢が、『過去』であったことを。いや、正確に言うならば綴られなかった過去だ。
記憶を失くしてからっぽだった彼を、温かく迎え入れてくれた村の人々。邪神なんかの介入がなかった『もしも』の世界。
──あの時止められれば。
──そもそも自分がいなければ。
けれど想像から創造されるその夢は、村の景色も良くしてくれた村人の顔も霞がかったようにはっきりと思い出せない夜野の前で、ひどく歪な形を成した。
そこには顔が欠け。
色彩が欠け。
声が欠け。
場所が欠け。
季節が欠け。
脳裏にこびりついた『炎』の姿に呑まれた、誰とも判らぬ存在が呻き嘆いて夜野へと手を伸ばしてくる。
「っ……!」
勝て──ない。
脳裏に過った感覚に彼の瞳が揺れる。しかし。
「悪い夢は獏みたいに食べてしまいましょう。こう見えても大食らいなんですよ」
任せてください、と。
ふわりと漂ったのは花の香。綾の持つ帛紗から放たれる、馨遙──ユメジコウ。舞いのように澱みない衣の動きに泳ぐ香が敵を眠りへといざなう。
同時に浄化の効能が夜野の波立った精神を落ち着けた。
「──、」
手にした黒剣。忌まわしい怨恨の炎を以て生み出された剣。未だなお耳の奥に聴こえる気がする、生きろ、の声。
「……は、」
そうだ。あれは、本物じゃない。本物は──ここに在るのだから。
助かったぜと綾へと告げると、綾はただ薄く微笑んで瞼を伏せる。なんのことやらとでも言いたげなその横顔に夜野も口角を吊り上げて、彼は剣を振り上げた。
「よくもやってくれたな……! 死にさらせ!」
見たくもないものを見せられた。大切な存在達を、記憶を、夢を弄んだ。そんな恨みもすべて籠めて下ろしたその刃は、
「──!」
悲鳴を上げる隙すら与えず、敵を両断した。
高く飛ぶ。
女達の頭上から鎖鎌のように変形したガジェットを振り回せば、細身の女達は次々となぎ倒されていく。けれど、きりがない。
「ふうっ」
ジャララッ、と音を立ててガジェットを引き寄せる身体が重い。オズは軽く息を吐いて、まだまだ迫り来るこどくの国のアリス達を見据えた。
「さあ、まだまだどうぞ?」
「ふふ。いらないっ」
鎖が奔って皿が吹き飛ぶ。白のアリスの傍から離れず銃口を構えるリュカは前に躍り出て奮闘するオズの姿に、ただ黙々と引き金を引く。
跳ね上がる銃身、音速の銃弾はオズへと腕を振り上げる敵の額を射ち抜いた。
「ご──ごめんなさい……」
そんなリュカの横顔へ、白のアリスが消え入りそうな声でぽつりと告げた。
「!」
ぱっ、と。
咄嗟にそちらを見たのは、彼女の言葉に驚いたわけでもなんでもない。ただ彼女の背後に敵の気配を察知しただけ。
そしてそれを、オズの傍にも感じ取っただけ。
「、」
瞬時の逡巡。
走らせた視線。
けれど──オズはいつも通りの微笑みを浮かべたまま、小さく肯いた。
わたしはだいじょうぶ。
アリスをおねがいね。
「──」
キトンブルーの瞳が、そう言ったから。
これも仕事だと、そう切り替えるまでに時間は必要ない。
巡らせた銃口が火を噴いて、弾け飛んだ銃弾は白のアリスへ鋭い爪を振り下ろさんとしていた怪物・バロックレギオンの腹へと大きな風穴を開けた。
行動速度が五分の一になっているオズは敵からの攻撃を避け切れない。
勢いよく振り回されたバロックレギオンの強大な腕に叩き付けられ、白くやわい雲の上へと崩れ落ちた。
「さあ、しあわせな夢を見られるごちそうはいかが?」
ぐい、と彼の衣服を掴み上げてこどくの国のアリスが告げるのに、しかしオズはやはり笑う。
彼女の手にあるのは靄を放つ禍々しい色合いのケーキ。
「おいしいものは好きだけど、それはおいしくなさそうだからいらないっ」
「、」
「リュカと食べるのはおいしいものってきめてるんだからっ」
にこりと。はっきりと。
そう告げたオズへ、なにか続けようとした女の口から言葉が発せられることは、ついぞなかった。流星の弾丸が、敵の頭ごと吹き飛ばしたから。
「ね、リュカ?」
「まあ、まずいよりはおいしいほうがいいかな」
がちゃり。排莢して軽く顎をあげ、いつもどおりの表情でリュカも告げる。そして隣の少女へと彼は言うのだった。
「……そっちも。謝るより、いい言葉があると思うけど」
●雲海のアリス達
情け容赦なく刃を突き立てたのは己の腿。九死殺戮刃。己の身を代償に得る、九倍の攻撃速度。五分の一に動きを制限してくるのなら、九倍の回数で攻撃する。
「さァて五と九はどっちが多いだろーなァ?」
にやりとどちらが悪役かも判らないような笑みを浮かべて、ジャスパーは駆ける。行動速度が増えたわけではない、あくまで攻撃の回数が増えただけ。だからこそ速度は遅くとも、懐に入ってしまえば恐れることはない。
否。
そもそもこの男は、傷付くことなど最初から厭うていないのだ。それに、愉し気に戦いに身を投じ高らかに笑いながらも、芯は冷静に判断している。『動きのノロい格好の的が戦場に在る』という事実が一番大事である、と。
──あいつらの狙いをアリスから俺に移せりゃそれでいい。
「ねえ、どうして抗うの?」
「いやァ? 別にいいけどな」
聖痕も。角も。翼も。尾も。包帯も。彼を彩るなにもかもが痛みを忘れさせる。忘れさせた痛みを更に追い求める倒錯者たる彼は、バロックレギオンの爪に血を撒き散らしながらも、ニタリと笑った。
「残念、時間切れ」
ただでさえ幾多あるナイフ──『驟雨』が九倍の切っ先を向けて敵へと降りしきる。
その雨はこどくの国のアリス達をも巻き込んで叩き付けていく。
そんな中、『雨』を逃れていた女のひとりが抑揚のない声で告げた。
「アリス。あなたもアリスなのに、護られてばかりなの?」
「っ!」
びくり、と。白のアリスの肩が震える。素早く綾やリュカがその直線上に立ち、白のアリスを背に庇うが、こどくの国のアリスはただただ、言葉を紡ぐ。
「どうして? あなたもこの国に喚ばれたアリスなら食って、喰らって、悔い合って──そしてひとつになるために居るのではないの、っ!」
言葉の最後は、花世の花鋏が斬り取った。
けれどぞろりと、さすがに数えられるほどにまで減ったこどくのアリス達は、最後の力を振り絞るようにして立ち並び、バロックレギオンを喚び出した。
「この国のアリスは、ひとつになるの」
「アリス。あなたもひとつになるの」
「食って、喰らって、悔い合って──」
「だって、識っているの。『自分の扉』なんてここには無いのだから」
「ぅ、うぅうううっ……!」
頭を抱え、がくがくと震え始めた白のアリス。その肩をオルハが抱いた。
「大丈夫だよ、アリス! 諦めちゃ駄目! 扉は後でじっくり探してみよう」
そしてその赤い瞳が獣のように輝いているのに、更にオルハは肩を抱く指先に力を籠める。その眸の奥に押し込められた、プログラムされた虐殺の衝動。これが発動したなら、確かに彼女もこどくの国のアリス達と同じように、殺し尽くすのだろう。
「君は下がってて。私達を信じてくれる?」
──花世だって、晴夜だって、空中で出会ったあの個性的なひとだって。
──ここには猟兵が沢山いる。
「なんとかなるよ!」
「ええ。あなたは独りではない。大丈夫、私達が居るのですから」
オルハと綾の言葉に、次第に白のアリスの瞳が揺らいで、そして落ち着き始める。それを確認したオルハが肯くのを見て、晴夜はひとつ息を吐いた。
「そうですね。では、このハレルヤの類稀なる才を利用させてあげますよ」
すい、と伸ばした指先。
するとバロックレギオン達が次々と戸惑いに動きを止めた、──違う。
浮かび上がった影が、敵に巻き付いて動きを封じているのが見える。
憑く夜身──ツクヨミ。見えぬ糸で対象の影を操る、晴夜のユーベルコードだ。
「お手隙の方は歩いて近付いて敵を思うが儘にしたり、このハレルヤの事を存分に褒めたりして下さってもいいですよ」
そんな晴夜に「やるじゃねェか」とジャスパーが笑い、素直に「助かる」とクロムが声を掛けて怪物達を屠っていく。
「うん。偽物の夢も、妖しいお菓子ももういらない、お腹いっぱいだよ。喰われるのはあなたの方!」
多段に突き出したオルハの刃もバロックレギオンを生み出していたこどくの国のアリスを貫いていく。
徐々に減って終りの見えていくその戦闘の様相に、いつまで経っても己の夢を描き出すことのできなかった花世は少し唇を尖らせた。
「つまらないなあ」
けれど差し向ける鋏でぱちんと斬りつけて、ようやくからんと落ちたそれは、
──空っぽのエンドマークにも似た、
ぱちりと瞬いた左目。それからほろりと口許が綻んだ。
──ああ、うん、きっとそれだ。
ことんと心の中におちたもの。
それはまだ終れそうにない、彼女だけの物語。
彼女の肩にそっと手を触れて、視線を交わした綾も軽く肯いて、ふわりと帛紗から再び馨しい香を放つ。
「──あなたの夢を教えてください」
問い掛けるのは、最後のこどくの国のアリスに向けて。
「帰りたかった? ほんとうは今でも──帰りたい?」
彼女達の言葉を汲めば、その魂の奥に澱んだ悔しさにも毒にも孤独にもなった最期の想いが知れる気がした。
だから綾はいっとう優しい香りで、彼女達を送る。
彼女達の還るべき『自分の扉』。──還るべき、骸の海を示し連れ行くように。
「……おやすみなさい」
大成功
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第3章 ボス戦
『ロン』
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POW : 紺碧の稲光
【機械がショートするほどの電撃】を給仕している間、戦場にいる機械がショートするほどの電撃を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
SPD : 悪戯好きの怪物
【相手の武器を奪い取る】と共に、同じ世界にいる任意の味方の元に出現(テレポート)する。
WIZ : Are You Ready?
自身が【カッコよさや興味】を感じると、レベル×1体の【玩具の軍隊】が召喚される。玩具の軍隊はカッコよさや興味を与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
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●雲海の『ロン』
「台無しだなぁ」
静寂の訪れた戦場に、ぽふり、ぽふり、柔らかい雲を踏みながらそれは現れた。
「初めまして、アリス! そして他のひと! ボクはロン。ねえ、ところでさ」
大きな頭部にちょこんと乗ったハット、締めたタイ、血に濡れた牙。
猫のぬいぐるみ──のように見える、あれはオブリビオン。否、この世界ではオウガと呼ばれる存在であることを、猟兵の誰もが識っていた。
素早く白のアリスを庇う位置取りをする猟兵達に構わず、猫のぬいぐるみは言う。
「バトルロイヤルって格好いいと思わない?」
ちょい、と爪の生えた手を動かして同意を求める声色は、あくまで楽し気で。
「デス・マッチ! ラストマン・スタンディング! いいよね! ボク、格好いいものが大好きなんだ」
○と×になった目が白のアリスを捉える。
「だから喚んだんだよ。素質のあるアリスを。なのに、……ガッカリだなあ。どうして戦わないの? この世界について書いた本も、美味しいお菓子もあげたのに」
幸せだったでしょ?
此処は喪いたくないって思ったでしょ?
「だから戦おうって、どうして思わないかなあ」
「アリス達の戦いを見て愉しむのが──貴方の目的ですか、ロン」
誰かが問う。猫のぬいぐるみは首を傾げる。
「まさかあ。この雲海の国のボクは、そんなことじゃ満足できないよ。そうやって最後の最後まで戦って戦って勝ち抜いて──そうして満足したアリスを、ボクが食べてあげるんだ。美味しいものは最後に食べるでしょ? ということは、最後に残ったものは、美味しいんだよ」
ふくくく、と両手を口の前に当てて肩を震わせ、ロンは狂った笑みを溢れさせる。誰かの眉間が、不快さに寄った。
「大丈夫、まだ間に合うよアリス。向こうの方にね、きみと同じような腰抜けアリス達が集落を作ろうとしてるよ。行っておいで? そして、全部こわして来て」
「っ、」
「聞かなくていいよ、アリス!」
素早く猟兵の誰かが、白のアリスの耳を塞ぐ。他の誰かが、武器を構えた。
ロンは両手を広げる。ばちばちっ──と、爪と爪の間に蒼い稲光が奔った。
「邪魔するの? 仕方ないなあ、じゃあ先に殺そうか。ねえアリス。このひと達が居なくなれば、きみも観念するよね?」
「させねぇよ!」
誰かが吼えた。
オルハ・オランシュ
(おまかせ!)
駄目、アリス!
君は帰ることだけを考えて!
悪趣味なぬいぐるみだね……
壊してきてなんて、簡単に言ってくれちゃって
――あんたが壊れてよ
疾さを活かして自分への攻撃は【見切り】で対処
アリスへ危害が及びそうになったら【武器受け】
彼女にはかすり傷ひとつつけさせないんだから
初手は避けられたって構わない
むしろ、それが狙い!
力が漲ってきたよ
玩具の軍隊がいるうちは、その撃破を優先しよう
猟兵同士で声を掛け合って
攻撃のタイミングを合わせられる時は積極的に
多段突きでおしゃべりな口を封じてあげる
無事仕留められたら、アリスの扉探しを手伝いたいな
『アリス』じゃなくて本当の名前で君を呼べたら良かったんだけれどね
尾守・夜野
お任せ
人格は戦闘狂な人格と変わっておこうか
「…はは ははははは
滾るじゃねぇか!
良いねぇ雷
相手にとって不足なし!」
受けはしねぇ
避雷針代わりにスキットルをあちらこちらにばら蒔いて置こう
後武器が盗まれるのか?
なら使わなければ問題はないな
最も無事盗めるのか知らねぇが
健康的で人生謳歌してそうな奴なら妬みとかで攻撃してくるし
「おらどうした!
これで仕舞いか?」
攻撃すればするほど当たらなくても攻撃される程どんどんテンションは上がってくぜ
底が見えたらそこまでだが
「バトル・ロワイアルの勝者気取りが
出てねぇならそりゃ負けることもねぇ
だが勝つこともない
気分はどうだ?
カッコ悪い腰抜けの負け犬君よ
飽きた。仕舞いだ!」
ジャスパー・ドゥルジー
だァれが腰抜けだって?
奴らがやられてようやく顔を出したあんたの方が
よーっぽど腑抜けの腰抜け野郎だぜ
手にしたナイフで己を抉り切る
【ジャバウォックの歌】だ
あの性悪ネコを燃やしてやろうぜ、相棒
電撃での攻撃と速度低下?
相性良すぎてマジ笑っちまうんだけど?
俺は電撃「楽しめ」ちゃうからね?
なんなら自分から当たりに行ってやんし
こんくらいじゃ【激痛耐性】で往なせるしィ?
ここまで来たらただの「強めのバチバチ」じゃん
取るに足らねえな
電撃浴びながらナイフで交戦しているうちに
俺の相棒が火ィ噴くぜ
あーんな腰抜け野郎と違って
アリスはここまで頑張って来たんだ
扉のないアリスなんていねえよ
「先輩」が言うんだから間違いねえぜ
夏目・晴夜
(おまかせ!)
馬鹿ですねえ
本やお菓子が沢山ある世界なんかより
お家が一番幸せに決まっているではないですか
誘惑に負けず戦い続けているアリスは
腰抜けどころか超カッコいいですよ
ハレルヤと同じ位には
武器の妖刀は奪い取られる前に地面代わりの雲へ【投擲】して捨てます
UCを発動して怨念を纏ってしまえば妖刀なんて不要です
頭が高い無礼な輩は【踏みつけ】たり蹴りつけたりして戦えますし、
『喰う幸福』の呪詛を伴う衝撃波は念じるだけで放てます
海を割ったどこぞの偉人みたいでカッコいいでしょう
確かに美味しいものは最後に食べますよね
だからあなたは我々が残さず食べて差し上げます
……で、妖刀はどうやって取りに行けばいいんでしょうね
都槻・綾
※おまかせ!
第六感で敵挙動を見切り
オーラでアリスを防御
怯えることはありませんよ
沢山のアリス達が彼方に居るのでしょう
其れは
助けられるいのちが幾つも在る、ということ
白のアリスが
絶望の先に希望を見出せるよう
事も無げに笑んで
血気盛んな者
冷静な中に情熱を秘めた者
誰かを救いたいと願う心優しき者
頼もしい猟兵達を見渡して笑みを深めたら
高速詠唱で紡ぐ鳥葬
篠笛を取り出し
羽搏きを鼓舞するよう
戦庭を彩る追い風を編む
属性攻撃力を高めての二回攻撃
穏やかな入りから
弾む音律へと明るさを増していく様は
彼方のアリス達にも
励ましとして届くと良い
やがて訪れたのは静穏か喝采か
自分の扉の向こうに
どんな明日を描きますか、と
微笑んで見送ろう
リュカ・エンキアンサス
オズお兄さん(f01136)と
バトルロイヤルをかっこいいと思う女の子は、なかなかいないと思う
普通の人は戦いを忌み嫌うものらしいから
だから早めに終わらせようか
行こう、お兄さん
銃を構えて、撃ち込んでみるけど
消えるのか
わかった
銃が消えたら接近して、ナイフで攻撃
早業と暗殺で、的確に急所を抉れればいい
…何、お兄さんがすっごいキックしてるんだけど
いつの間にそんなの覚えたの
(ちょっとかっこいい
シュネーお姉さんが?
…ほんとだ
お姉さんもかっこいい
とか思わず感心してる間に、銃を取り戻してもらって
ありがとう、って、受け取る
そのまままた奪われる前に、速攻でUC
君の願いは、かなえられない
俺たちは、それを壊して先に行くよ
オズ・ケストナー
リュカ(f02586)と
だいじょうぶだよ
アリス同士、会えるならともだちになったほうがずっとたのしいよ
だからもうすこしまっててね
アリスに声をかけて
うん、リュカ
はやくおわらせようっ
接近して武器を振り下ろし
あっ
武器がなくなったら
蹴りを食らわせようと
ふふ
さいきんはね、シュネーみたいにキックもおぼえたんだよ
ねっ
ロンのテレポート先にシュネーを走らせ
シュネーのかかと落とし
まだシュネーの方がずっとじょうずだけどっ
武器を取り返せないかな
わたしはシュネーもいるし
他にも武器を出せる
だから、うばいかえすならリュカの銃
シュネーにお願いして
繋がる糸も全部使って
絡めて引き寄せる
取り返せたらリュカに渡して
さあ、はんげきだよっ
境・花世
それじゃあとびきりのデスマッチをしよう
わたしたちとおまえ、
誰がいちばん最後まで残るかな
言うや否や現れる鏡写しのもうひとり
片方はアリスを背に庇って、
片方は敵を引き付けるように駆けて、
双方ともに手にした銃で息もつかせぬ射撃の雨を
武器を奪われるのは計画のうち
至近の相手へと袖口から燔祭の種を捲けば
どこへ動いたってもう逃げられない
合図すればおまえを啜ってたちまち咲くよ、
その血が何色かは知らないけれど
片方の私が倒れたってだいじょうぶ
アリス守護を優先にスイッチしつつ
ほらアリス、わたしは消えない
きみの希望も消えたりしないから
アリス、きみに大事な仕事を任せよう
――信じてて、扉見つけるハッピーエンドを!
クロム・ハクト
『おまかせ!』
アドリブOK
最後まで残ったもの、他が失われてもそこにあるもの
それを特別と思うだけならわからないでもないが。
何か手放さなければならないとしても、きっとこれは手放さないだろう。
熊猫のからくり人形―あの時の俺がどんな気持ちでこれをこの手に持っていたかはわからないけれど。
あいにくこれ/それもアリスもお前のものじゃない。
お前に好き勝手させない。
お返しだ!
それと俺は食べたいものから先に食べる方なんでね。
そこも含めて意見は合わないな。
●綿雲と稲妻
鋭く蹴る度に、白く柔らかい雲が舞う。
「……はは、」
零れた笑み。猫のぬいぐるみへと肉迫した尾守・夜野の刀がひょう、と風を切った。
「おおっとぉ」
ぬいぐるみはハットを押さえて、おどけたようにぎりぎりのところでその斬撃を回避する。先程までの夜野の気配ではないことは理解していた。その赤い瞳が爛々と輝き、彼の口許は挑戦的な笑みに彩られている。
「ははははは! 滾るじゃねぇか! 良いねぇ雷、相手にとって不足なし!」
「ふうん? じゃあとくと召し上がれ!」
ロンが腕を振るう。稲光が中空にその根を張って戦場を更に白く染め、響く雷音に白のアリスが身を縮めた。
しかしその雷撃は、アリスはもちろんのこと、夜野にも届きはしない。雷が消し炭にしたのは、彼の放ったいくつもの金属製のスキットルだ。
「相手にとって不足はねぇ……だが、受けてやるとは言ってねぇよ」
顎を上げて喉を震わせた彼に、ロンも小さく首を振る。
「小賢しい、っていうのはきみのことを言うんだろうねえ。ああ、これは褒め言葉だよ? きみくらいにあの腰抜けアリスも好戦的だったら良かったんだけど」
「っ、」
「駄目、アリス!」
ぐら、と。大きな頭が傾ぐみたいに笑ったままのぬいぐるみが動いて白のアリスを見た。雷のときとは違う、底冷えするような恐怖に跳ねた白のアリスの小さな肩を、オルハ・オランシュは強く抱き締めた。
「君は帰ることだけを考えて!」
黒い翼で覆うように、彼女を庇うように。
これまでの幾多の戦いの中で、オルハが明確に憤りをその瞳に浮かべるのには一定の条件があった。彼女自身がそれに気付いているどうかは判りはしないが──その条件は、幼子が他者にその道を狂わされたとき。その人生を弄ばれたとき。
彼女の中の“彼”に面影を重ねてしまうとき。
己の“ ”が心を蝕むとき。
──もう、二度と。
きり、と奥歯を噛み締める彼女の前に、リュカ・エンキアンサスが立つ。
「バトルロイヤルをかっこいいと思う女の子は、なかなかいないと思う」
普通の人は戦いを忌み嫌うものらしいから。
そう零した言葉には、空虚な響きがあった。悲しみだとか、苦しさだとか、切なさだとか、そういうものが滲むことはない。硝煙のにおいと銃声に慣れ過ぎた彼にはまだ理解できないと、ただそう素直にそう思うだけ。
けれどそれを口にできるほどには──識り始めた感覚。
「だから早めに終わらせようか。行こう、お兄さん」
「……うん、リュカ。はやくおわらせようっ」
素っ気なく武器を構えるその横顔に、なにか感じるものがあっただろうか。にこっ、と破顔してオズ・ケストナーは応じ、それから震える白のアリスの顔を覗き込んだ。
「だいじょうぶだよ」
「……?」
困惑した瞳が揺らぐのに、オズはふやりと柔らかな笑みを浮かべる。
「アリス同士、会えるならともだちになったほうがずっとたのしいよ。だからもうすこしまっててね」
わたし達が、ぜんぶおわらせるから。
やくそく──そう小指を立てて。それからオズはリュカと目配せを交わし、敵の元へと駆け出していく。
彼らだけではない。他の猟兵達の攻撃が絶え間なくロンへと向けられ、敵の放つ稲妻が思い出したように時折戦場の空を駆け抜ける。
「怯えることはありませんよ」
けれど都槻・綾はそれらがまるで脅威でもなんでもないと示すように、見上げてくる白のアリスへ片目を瞑り、口許を綻ばせて見せた。
「沢山のアリス達が彼方に居るのでしょう。其れは、助けられるいのちが幾つも在る、ということに他なりませんから」
血気盛んな者。冷静な中に情熱を秘めた者。誰かを救いたいと願う心優しき者。
綾の視線は戦場を共にする猟兵達へと巡らされ、そして笑みを深める。それらはすべていのちを掬い、毀さぬためであるが故に。
二本の指をくちびるの前に立て、「時の歪みに彷徨いし御魂へ、」しめやかに紡ぎ上げるのは空へと舞い上がる幾多数多の鳥の羽搏き。鳥葬──ヨミシルベ。
二百をゆうに数える羽音の群れに綾は睫毛を伏せ、取り出すのは紅梅色の篠笛。その楽に乗ることで風の属性を纏い、流麗に舞う鳥群の翼が猫のぬいぐるみを斬り裂く。
「くっ! 邪魔だなあ!」
縦横無尽に叩きつけられる刃の如き翼をロンが振り払おうとすると、旋律は穏やかなものから一転、鳥達は明るく速いテンポに乗って敵へと弾丸となって降り注いだ。
その音色が、彼方のアリス達にも励ましとして届けばいいと。願いを籠めた音が長く尾を引いて雲海の世界へと渡っていく。
「まったく馬鹿ですねえ」
それは持前の第六感。目にも止まらぬはずのその爪があたかも見えていたかのように、夏目・晴夜は手にしていた妖刀を遠く投げた。『悪食』の名のとおり白い雲を深く食んで柄まで埋まるのがかろうじて見えた。
「本やお菓子が沢山ある世界なんかより、お家が一番幸せに決まっているではないですか」
くいと軍帽を上げる仕種。空振りした猫のぬいぐるみに向けるのは壮絶とも言える笑み。溢れ出る自信と威厳は晴夜を貫く揺れることのない芯だ。
そして、疾うに発動しその身に纏った暗色の怨念も既に慣れ親しんだ感覚。
「残念ですねえ。このハレルヤは武器など必要としないんです」
「っ!」
まずい、と。
ロンが感じたかどうかは、判らない。けれど差し向けられた白い手袋の掌に咄嗟に飛び退ろうとしたぬいぐるみへと、一歩で間合いを詰めた晴夜はにぃと笑った。
それは、喰う幸福──クウフク。大気を思い切り叩き付けるような衝撃が解き放たれ「が……ッ!」声を発することもできずにロンの身体が吹き飛んだ。
「どうです、海を割ったどこぞの偉人みたいでカッコいいでしょう。褒めて下さってもいいですよ?」
その命を削っていることなどおくびにも出さず、変わらぬ声音で告げる晴夜の台詞に牙を噛み締めたロンが起き上がろうと手をつく傍に、ブーツの爪先が雲を踏んだ。
「よォ。だァれが腰抜けだって?」
すとんとしゃがみ込み猫のぬいぐるみの顔を覗き込んだのはジャスパー・ドゥルジー。その口許をけらけらと彩る笑みは晴夜とは違えど似た類のそれだ。
「奴らがやられてようやく顔を出したあんたの方が、よーっぽど、腑抜けの腰抜け野郎だぜ」
台詞を強調して。やってみろよ、と煽って。敢えて攻撃もせずに敵に近付くのは、彼なりの意図があってのことだが、そんな機微がロンに読み取れていれば、こんな悪趣味なゲームは開催していない。
「ええ。誘惑に負けず戦い続けているアリスは腰抜けどころか超カッコいいですよ。ハレルヤと同じ位には」
「そうだねハレルヤ。きみのその技は興味深いよ。その力があれば──アリス達の戦いももっと憎しみに満ちたものになって加速するかな?」
「悪趣味なぬいぐるみだね……」
愛用の三叉槍を手にしたオルハが噛み締めた歯の奥で呟く。記憶を失くしてたったひとりで不安に戸惑う幼い少女に向けて、このぬいぐるみが言った言葉も、許せない。
仲間の存在をちらつかせて。
それをこわしてきてなんて、簡単に言ってくれちゃって。
「──あんたが壊れてよ」
そのいつになく強い語調に晴夜は軽く片眉を上げ。境・花世はちらと彼女の横顔を見て。それから右目の“王”をそっと撫でて口の端を持ち上げた。
「それじゃあ、とびきりのデス・マッチをしよう。わたしたちとおまえ、誰がいちばん最後まで残るかな」
挑むような澄んだ牡丹色の左目。それが瞬きをひとつ──「?!」表情の変化が判りにくいロンの動揺が確かに伝わった。
現れたのは、“王”の居ない自分。再葬──マチガイサガシ。ひとりは白のアリスを背に立ち塞がって。
もうひとりは、
「オルハ!」
「、うん!」
弾を充填する必要のない白銀の銃を携えて駆け出せば、オルハも花世に遅れを取ることなく強く地を、雲を蹴った。
ばさり。鳳の如き羽搏きが聞こえたと思ったときには三叉の槍が風を切る。初手が避けられる可能性は想定済、──むしろ、それが狙い!
刃が突き立った白雲の上に浮かび上がった魔法陣は、それに乗るオルハの力を増強して煌めく。
「力が漲ってきたよ!」
大きく肯いた彼女へと敵の腕が振るわれる、と知ったときにはオルハの背後からは花世の放つ弾丸の雨が叩き込まれていく。
目まぐるしいほどの攻撃は、アリスを護る“花世”からも。
「うっとうしいなあ!」
「っ、と。確かにこれは驚くね」
綿のような、あるいは雲のようなものを散らしそれでも花世の銃を奪ったロンへ、へらりと彼女は笑う。──その瞳は決して、わらわない。
いつもどおり、笑顔で楽し気に。舞い躍る花世だったけれど。ふつふつと胸の奥に感じる感覚を無いものとしてしまえるほど、彼女は達観も厭世もしていなかったから。
軽やかなステップで踏み込みその爪からの電撃が届く距離であることにも頓着せず、さらりと袖口から零したのは『燔祭』。いくつも穴の開いた敵の傷へ落とせば、どこか冷えた声音が告げた。
「どこへ動いたってもう逃げられない。合図すればおまえを啜ってたちまち咲くよ、」
その血が何色かは知らないけれど。
「な、なにを!」
「試してみるといい。〝食べられる〟感覚を」
それがUDCの媒介であることなど知らないロンはハッタリだとかなんだとか喚いていて。クロム・ハクトは微かに右目を眇めた。
「最後まで残ったもの、他が失われてもそこにあるもの。……それを特別と思うだけならわからないでもないが」
「そうですね」
クロムの繰る人形の牙を逃れたちょこまかと動き回る玩具の兵隊を、髪に結わう紅に宿る氣を練り防壁を成して白のアリスを護りながら、綾も微笑みを湛えたまま肯く。
「それと俺は食べたいものから先に食べる方なんでね。そこも含めて意見は合わないな」
「私はまあ、確かに美味しいものは最後に食べますね。……だからあなたは我々が残さず食べて差し上げますよ」
これで最初も最後も綺麗さっぱり跡形なく消えられますね、と晴夜もクロムに続いて無慈悲に紡ぐので、
「……成程、妙案ですね」
綾は小さく呟いたのだった。
更なる攻撃を繰り出すふたりの頭上に再び奔った、空を裂く雷鳴。
猟兵達の動きが一様に鈍るのに、壊れた玩具みたいに跳ねてロンが笑う。
「ふくくっ、ほら、また避雷針を投げたら? その分きみ達は遅くなるけどね!」
「っ、」
紺碧の稲光。戦場にいる、機械がショートするほどの電撃を楽しんでいない対象全ての行動速度を五分の一にするユーベルコード。
「今ならみんな黒焦げにできちゃうね。ほらアリス、よく見てて、」
「ッはは!」
しかし、ただひとり。
ジャスパーだけは耐え切れないとばかりに哄笑を弾けさせた。
「あー、電撃での攻撃と速度低下? 相性良すぎてマジ笑っちまうんだけど?」
さっくりと。
彼はナイフで以て己の身を斬り裂いた。
溢れ出す鮮血と、ほんの微かに唇の端が引き攣った程度の変わらぬジャスパーの笑顔。倒錯と言わずしてなんと呼ぼう。
「俺は電撃『楽しめ』ちゃうからね? 痛みなんか往なせるしィ?」
憑依する“カノジョ”へ捧げる、まるごとひとつの心臓をくり抜くよりもずっと多い、一ポンド。痛みを忘れたその身と己を知るためのナイスアイディア。そうだろう?
「あの性悪ネコを燃やしてやろうぜ、──相棒」
供物を受けてその血から溢れ出すのは『魔炎龍ジャバウォック』。
「な?!」苦し紛れにロンが放つ稲妻も、その傷口を灼きちょっとした衝撃と同時に皮膚筋肉を炭に変える、ジャスパーにとっては『その程度』だ。ぶすぶすと肉の焼けるにおいも気にならない。
「こんなんこただの『強めのバチバチ』じゃん。取るに足らねえな」
だらりと腕をぶら下げて、動かなくなったそれの代わりにナイフを歯に咥えて、悪魔は駆ける。跳ぶ。痩身を捻って、敵の大きな頭部へ刃を突き立て、
「っ調子に、あぁああああああ!」
……る、ことが叶わなくても。龍の咢が黒炎を吐き出して灼き尽くす。
「おらどうした! これで仕舞いか?」
ごきり、ぐしゃり、と。音を立てて獣の大きな爪を持つ腕へと己が身を変えて、ニィと夜野も笑った。
「遅かろーとなんだろーとこれだけ近けりゃ関係ねぇだろ。盗まれる武器もないしな」
柔らかいのかと思った、ロンの頭部は。
ちゃんと殴った感触を夜野の掌へと叩き返した。
糸はほつれ綿ははみ出し布は焦げて穴だらけだけれど──それでもロンの動きが止まることはないのを見て取って、リュカは小さく嘆息した。
「しぶとい」
つまらなそうにひと言。
けれど「、」くん、と引き金と銃床の感覚が無くなって軽くバランスを崩した。
「ふくくくくっ、どーこだっ」
「……消えるのか。わかった」
視界の端に玩具の兵隊に預けられた『灯り木』は確認できた。リュカはふ、と短く軽く息を吐く。腿のホルスターからナイフを抜いて何度か握り直して。そして瞼を開いて、地を蹴った。
当然警戒するロンの頭上に逆側から差し掛かった影ひとつ。
「こっちにもいるよっ」
それ、と両手で握った『Hermes』を振りかぶるオズを煽いで、「くっ、」ロンは焦りを隠さず手を伸ばした。
「あっ」
途端、オズの手許から消える斧。しかし人食いぬいぐるみはもうひとりのことを一瞬、意識から見失った。最後の一歩で敵の足許へと潜り込んだリュカは握り締めたナイフを沈めた膝から伸び上がる動きのままに突き上げた。
「うッ──?!」
ナイフの切っ先は咄嗟に躱そうと身を捻ったロンの顔を派手に斬り裂き。
たたらを踏んだ敵の不安定に大きな頭を、オズの蹴撃が横薙ぎに一閃した。
ごろんごろんと転がっていくぬいぐるみには最低限の警戒だけ残し、「え、なにそれ」リュカはオズへとその青い目を瞬く。
「いつの間にそんなの覚えたの」
ちょっとかっこいい、なんて。憧れを瞳孔の奥に秘めて呟いたリュカへ、ふふ、とオズも相好を崩す。
「さいきんはね、シュネーみたいにキックもおぼえたんだよ」
「シュネーお姉さんが?」
そうだよっ、ねっ。と視線を遣ると同時に素早く動く指先。彼の“姉”の雪のような長い髪が躍り、ドレスの裾をからげて上げられた踵。その細い脚からは想像もつかない圧が加わったのだろう、喰らった玩具の兵隊は、見るも無残な角度にひしゃげた。
「……ほんとだ」
「まだシュネーの方がずっとじょうずだけどっ」
お姉さんもかっこいい、と素直に感想を述べるリュカに照れた笑いを返しながらも、オズの指先は忙しなく動く──兵隊達がめいめいに仲間達から奪った武器を持って右往左往するためだ。
──わたしはシュネーもいるし、他にも武器を出せる……。
だから、うばいかえすならリュカの銃。そう決めていた。
「!」
他の猟兵達がロン自身へ更なる攻撃を繰り出し、リュカも再びナイフを振るっていたさ中、『シュネー』の腕が『灯り木』を抱え上げた。
「ありがとう、シュネー。リュカっ」
「!」
「さあ、はんげきだよっ」
勢いよく引いた糸。リュカの頭上に飛んだシュネーが抱えた銃を投下すれば、彼は危なげなく受け取って流れるようにトリガーに指をかけて照準を合わせた。
「ありがとう、お兄さん、お姉さん」
十字の中心はロンの広い眉間に据えて。
ひと差し指を曲げる重みは、慣れたもの。届け、願いの先へ──バレット・オブ・シリウス。ただ、届ける願いはオブリビオンのものではない。
「……君の願いは、かなえられない。俺たちは、それを壊して先に行くよ」
流星の軌跡は狙いを過たず撃ち抜いて、猫のぬいぐるみは白い綿雲の上に手足を広げて倒れ込んだ。
●雲海の国とアリス
「バトルロイヤルの勝者気取りが出てねぇなら、そりゃ負けることもねぇ。だが勝つこともない。気分はどうだ? カッコ悪い腰抜けの負け犬君よ」
リュカとオズ、綾とクロムに取り囲まれ、大の字になって動かないロンへ、夜野が口角を上げる。
「頭が高いんですよ、まったく」
ぐしゃり、と。その背中では晴夜が玩具の兵隊を踏み潰して。オルハも持前の身軽さを存分に発揮して、兵隊達が白のアリスに向けて撃つ豆鉄砲のような──しかし当たり所によっては指の一本も充分に吹き飛ばすことができる威力の──銃撃を『ウェイカトリアイナ』で弾き飛ばし、そのままの流れで兵隊達自体をも突き飛ばした。
「っ、花世、大丈夫っ?」
「だいじょうぶ!」
ぱん、と弾けて消えたのは“花世”のほう。
素早く“花世”の居た場所に陣取りアリスへの被害が及ばぬよう壁となった花世が見たのは、赤い瞳をまんまるにして唇を引き結び、懸命に耐えるアリスの顔。
なにを? 涙を? 恐怖を?
それとも、破壊衝動を?
だから花世はしゃんっと牡丹の扇を開き、飛び交う銃弾を叩き落としつつ「ほらアリス!」ようやくいつもどおりの声で笑った。
「わたしは消えない。きみの希望も消えたりしないから」
そして肩越しに振り返る。赤い瞳をひたと見据えて、花世は真摯に告げた。
「アリス、きみに大事な仕事を任せよう。──信じてて、扉見つけるハッピーエンドを!」
「!」
ぱっ、と白のアリスが顔を上げる。
ロンの力も弱まったのだろう、兵隊達は数を大きく減らし、それを文字通りに蹴散らしながらジャスパーもけらけらと笑った。
「あーんな腰抜け野郎と違って、アリスはここまで頑張って来たんだ」
きっと見つかる、と。軽薄にも聞こえる己の声を理解しながらも、それを特に変えることもなくジャスパーは続きを紡いだ。
「扉のないアリスなんていねえよ。『先輩』が言うんだから間違いねえぜ」
「……『アリス』じゃなくて本当の名前で君を呼べたら良かったんだけれどね」
白のアリスの傍にそっと膝をついて、オルハもその髪を撫でる。白いアリスが大きな瞳を瞬いて、
「ふくくくくっ!」
「なにが面白いんだよ」
突如、倒れたままのロンが笑った。
「本当にそれがアリスのさいわいかなあ?」
「……どういう意味です?」
柳眉を寄せて、綾が問う。ロンの口許はにやにやと歪んだまま「ねえ、赤い角のきみ」とジャスパーを呼ばわった。
「はン?」
「きみは扉を見付けたんだね! 帰ったの? すべてを取り戻したの? すごいね! 『さいわいのアリス』なんだね! でもそのアリスは違うよ」
だって最初から、『帰りたい』なんて彼女はひと言も言ってないよ。
彼女は死んじゃうから此処から出る『出口』を探して『逃げたかった』だけだよ。
ボク、言ったよね?
此処『は』喪いたくないって思ったでしょ? ──って。
素質のあるアリスを喚んだ、──って。
「アリス! 名前も知らないアリス! きみはこのひと達とは違うよ。希望なんてないんだから期待するだけ無駄だよ!」
「っきいちゃだめ、アリス」
素早く動いたのは、オズだけではなかった。
オルハの槍の切っ先と。リュカの銃口と。ジャスパーのナイフの先端と。夜野の爪と。花世は“王”への最後の合図を送るべくきつく拳を握り締め、晴夜はやれやれと隣の綾へ肩を竦めて見せた。
「武器が手許にないのはやはり不便です。どうやって取りに行けばいいんでしょうね」
白のアリスの頭を抱え込むみたいにして、きっ、とロンへ厳しい視線を送るオズの前に一歩を踏み出したのはクロムだった。
「喪ったアリスの想いは、アリスだけのものだろう」
決めつけられることじゃない。その指、糸の先に繋がるのは、彼自身が記憶を失った際にただ唯一手にしていた、熊猫のからくり人形。
──最後のひとつ。
──なにか手放さなければならないとしても、きっとこれは手放さないだろう。
あのときの自分が、どんな気持ちで、どんな想いでそれを手にしていたかは判らないけれど。ただひとつ、確かなことがある。
金色の瞳が、ぼろぼろになった猫のぬいぐるみを見た。
「あいにくこれもアリスも、お前のものじゃない。お前の好き勝手にはさせない」
「そうだね。そのおしゃべりな口を封じてあげる」
「ああ。もう飽きた。──仕舞いだ!」
ど、どん、と。
響いた銃声が最期の喧噪を掻き消した。
●雲海のアリスの選択
「扉探しを手伝ってあげられたらいいけど……」
すべてが終ってから。オルハは白のアリスを窺いながら小さく零す。白のアリスは彼女のスカートを掴みながらも、困り切ったようにジャスパーを見た。
扉はある。彼はそう言った。
けれど、あのこわいぬいぐるみが言ったことも『そう』なのかもしれないと思わせた。
『帰りたい』のかどうか、判らなくなっていた。
「……さて。貴女は『自分の扉』の向こうに、どんな明日を描きますか」
そんな白のアリスの前に膝をつき、綾はまっすぐにその瞳を見つめた。
アリスはおろおろと視線を彷徨わせていたけれど、膝に両手をついてオズもアリスの顔を覗き込む。
「だいじょうぶ。やりたいこと言っていいよっ」
「そうそう。このお兄さんが全部叶えてくれるから」なんてリュカが呟いたけれど、オズが、もう、と苦笑と共に一瞥すると何食わぬ顔でリュカも口を噤む。
だって、彼女が選ぶであろう道はリュカだけではなく全員が判っていたから。
だけど、彼女が選ばないと、意味がないから。
散々の逡巡のあと。
白のアリスは花世を見上げて、ジャスパーを見て、オルハを見て、そして綾へと視線を戻した。
「……ほかのアリスに、……会いにいきたい……」
彼女と同じように、戦うことを選択しなかったアリス達。
綾は──猟兵達のほとんどは、彼女の選択に眦を和らげ、肯いた。
「うん。お手伝いするよ、アリス」
成功
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