「秋本番! ――ということで、ひとつ紅葉でも見に行かない?」
臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は、両腕いっぱいに観光パンフレットを抱えて微笑んだ。本日は奇妙な予知も不気味な事件も一切なし、慰安旅行のお誘いである。
「夏報さんがご案内するのはこちら、『黒部峡谷鉄道』の旅」
色鮮やかな写真に、秋の光景が映し出されている。
一面燃えるような紅葉の山に、峡谷を流れるエメラルドグリーンの川。その景色の中をゆっくりと走る、レトロで可愛らしいオレンジ色のトロッコ車両。
「ちょっと珍しいだろ? トロッコ列車だよ。元々は昭和初頭、ダム開発のために作られた工業路線でね。近年は観光用に開放されてるんだ。紅葉も見頃だし、駅周辺にはところどころ温泉地もある。――派手じゃあないけど、日頃の疲れを癒すにはぴったりかなって」
戦争だの、南極だの、天空城だの、パワハラだの。日々激変する世界を戦う猟兵たちには、ほっと息抜きをする時間が必要ではなかろうか。
ちなみに、旅費は全額夏報さんが経費で落とすのでご安心を。
「見所は主に三つかな? まずはやっぱり『トロッコ列車』。ふもとの『宇奈月温泉駅』から、標高六百メートルの『欅平駅』まで。峡谷の川沿いをのぼる一時間ちょっとの電車旅だ。このあたりは自然のままの広葉樹林だから、ほんとに紅葉が綺麗だよ。デートなんかにぴったりじゃない?」
ちなみに実際には中高年に人気。
「終点『欅平駅』は、UDCアースの日本にしてはなかなかの秘境だよ。大自然と触れ合い、というやつだ。河原を散歩したり、露天風呂を楽しんだり……。あ、夏報さん的には川魚料理がお勧めだね。ちゃんと民宿もあるから、宿泊滞在もオッケー」
むろん、観光地として安全なように最低限の整備はされているので、気軽に大自然を満喫できるはずだ。
「あと、ふもとの『宇奈月温泉』も外せないね。こっちはインフラの整った、カジュアルな観光地って感じかな? お土産屋さんやお洒落なカフェとかも多いよ。あと、街のところどころに足湯がある。足湯っていいよね、脱がなくていいし。友達同士でも一緒に楽しめる」
体力に自信がない猟兵などは、ふもとの温泉街で小旅行を楽しむという選択肢もありだろう。
「……あ、あと、これは重要な注意事項なんだけど」
最後に一枚、夏報はどこからともなくポラロイド写真を取り出してみせる。――雄大な銀景色に抱かれた、巨大なコンクリート構造物。
「『黒部』で『ダム』って言われるとこっちを思い浮かべる人がいると思うんだけど、これは『黒部第四ダム』ね。トロッコ沿線にあるのは第三ダム。全く別の場所だ。――ここを間違えて残念な思いする人、一定数いるから……」
やけに身にしみた口ぶりであった。さては地元民か、お前。
八月一日正午
いつもお世話になっております! ほずみしょーごです。
遅ればせながら、UDCアースで小旅行です。ほずみにもわかる観光地が黒部峡谷鉄道しかありませんでした。ピンポイントすぎるのでは?
このシナリオは【日常】の章のみでオブリビオンとの戦闘が発生しないため、獲得EXP・WPが少なめとなります。
「ふもとの『宇奈月温泉駅』周辺でカジュアルにのんびり」
「『トロッコ列車』に揺られながら紅葉を眺めてほっこり」
「終点『欅平駅』周辺で大自然や秘湯をがっつり」
選択肢は主に上記3つと言うことでお願いします。もちろん全部ひととおり満喫したよ! という設定でも大丈夫ですが、描写できるのは1シーンのみになります。
実際には黒部峡谷鉄道沿線にはもうちょっと見所があって、鐘釣や黒薙もいいところなんですが……あんまり手を広げるとキリが無くなってしっちゃかめっちゃかしかねないので、ご理解をば。
実際の観光情報などを参考にしていただいてもある程度対応できます(実在企業や個人店舗の描写はぼかした形になります)。逆に全然わからないよーという方は、グリモア猟兵に申しつけてくださればお任せでご案内もできます。
それでは、ご縁がありましたら。
第1章 日常
『【Q】旅行とかどうでしょう』
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POW : とにかく気力体力の続く限り、旅行先を満喫する
SPD : 旅行先で目ざとく面白いものを見つけて楽しむ
WIZ : 事前に下調べを行い、綿密に計画を立てて楽しむ
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
オルハ・オランシュ
【花】
臙脂色のミモレ丈シャツワンピに、
黒のタイツと歩きやすいぺたんこパンプス
わぁ、みんなワンピースだ!
これぞデートコーデってやつかな?ふふっ
旅に甘いおやつは欠かせない
喉も潤してガールズトークに花を咲かせて
お腹も心も満たしながら、トロッコ列車にコトコト揺られる
絶景だね……!
黄色に紅色、この世界で秋を彩る鮮やかないろ
UDCアースの四季はこんなにも綺麗なんだ
シャッターチャンスは逃さずスマホでぱちり
ふふん、デートには写真撮影だって外せないんだから!
見て見てーふたりとも可愛い!
紅葉を背景に3人でも撮ろうよ
七結には印刷して渡すね
今日のデータフォルダにはきらきらの笑顔がたくさん
一枚一枚全てが思い出深い宝物!
蘭・七結
【花】
シフォンのブラウスに赤いベストワンピース
アーガイルのタイツに秋を取り入れて
ショートブーツの踵の音を鳴らす
目尻にほんのりと紅を乗せて
アースの雑誌にてお勉強をしたのよ
でーと。わくわく、ね
あまいお菓子をひと摘みすれば、やわく綻んで
紙パックの紅茶を啜れば、弾む心に耳を寄せて
列車も、揺られる感覚も
移ろう景色は、時の流れを早めたようだわ
未知なる出来事に胸は高鳴ってゆくばかり
キンシュウ。はじめてのうつくしい響き
とりどりのモミジも、とても愉しそう
ぱしゃりと響く音
これが、すまーとほん
撮ったお写真が見られるだなんて、不思議
カヨさん、オルハさん
ナユにも一枚、ちょうだいな
色褪せない思い出を、ずうと大切にしたいの
境・花世
【花】
深紅のニットワンピに焦茶のブーツ
くちびるも爪先もバーガンディに染めて
二人とデートだから張り切りました
弾む声で甘いお菓子を広げれば
楽しい旅の始まり始まり
つい景色そっちのけでお喋りに花咲かせれば
まるで普通の乙女になれたみたいで
ちょっぴりくすぐったい心地になる
――わあ、見て、峡谷だ
車窓に流れゆく黄葉に紅葉
深く華やいだ色合いはきっと、
わたしたちと揃いの秋のおめかし
ねえ七結、知っている?
この季節が錦秋と名付けられていること
やわらかく目を細めた瞬間、
ぱちりと鳴るシャッター音
ええ、ずるいオルハ、わたしも撮るっ
画面に閉じ込めた二人の笑顔は
秋晴れのひかりに彩られて
織りなす錦にも負けないほどに、あざやかで
●華は葉を想う
山際に向かって青が深まる、秋らしい快晴。昨晩の期待と不安の甲斐あって、今日は絶好の行楽日和だ。
待ち合わせは改札前。
お土産屋さんの連なりを、ゆるい坂を駆け抜けて、黒部峡谷鉄道・宇奈月駅。
「お待たせー!」
息も心も弾ませて、オルハ・オランシュ(アトリア・f00497)は友人たちの姿を探す。
――今日のコーデの要は、臙脂色のシャツワンピース。
ミモレ丈の裾からのぞく足元を、黒のタイツできゅっと締めて。靴は流行りのぺたんこパンプスをチョイス。見た目に反して、どんな道でもしっかり歩ける優れもの。
行き先が山ということで、動きやすさは意識した。けれど、可愛さだって捨てちゃあいけない。――なんてったって今日は、とびきり素敵なふたりと並んでお出かけだ。
目当ての姿は、すぐに見つかる。
「おはようオルハ。そんなに待ってないよ」
ひとりは、薄紅色の牡丹を眼窩に宿す、あざやかな笑顔の女性。――境・花世(*葬・f11024)。てきぱきとチケットを手配し終えて、パンフレットを厳選しているところのようで。
こちらは深紅のニットワンピースに、焦茶色のブーツ。くちびるも爪先もバーガンディのワイン色に染めて、同系色の濃淡でまとめた大人のスタイルだ。
「ええ。いま来たところ、というのよね」
その隣にちょこりと佇むのは、対照的に、細く繊細な印象の少女。――蘭・七結(戀一華・f00421)の姿である。はぐれないようぴったりと花世の背に続いて、電光掲示板を物珍しげに眺めている。
ふわりと広がるシフォンのブラウスに、冠する牡丹とお揃いの赤いベストワンピースを重ねて。アーガイル柄のタイツには、山の景色を意識した秋の色を取り入れてある。
目じりにほんのりと乗せた紅の化粧も、彼女本来の人形めいた愛らしさを損なわず、しかしこのUDCアースから浮くことのない匙加減。ショートブーツの軽やかなヒールの音が、ことことと鳴る。
「わぁ、みんなワンピースだ!」
出発前から嬉しくなって、オルハはスキップ混じりに二人へと駆け寄る。
「アースの雑誌にてお勉強をしたのよ」
「二人とデートだから張り切りました」
デート。
冗談交じりの花世の言葉が、今日の気分にぴったりとはまる。二輪の牡丹で、オルハからすれば文字通りの両手に花だ。……はにかんで、あらためて、自分のワンピースの裾をつまんでみる。
「これぞデートコーデってやつかな? ふふっ」
「でーと。わくわく、ね」
七結もまたその響きを気に入ったようで、ゆるりと笑んで口元を隠す。
――とびきりのお洒落を持ち寄るのは、女の子にとってはこの上ない仲良しの証だ。
さて、今日はどれだけ楽しもうか。
選んだ車両は、向かい合って座れるボックス席があるものだ。アナウンスを聴くのもそこそこに、三人は持ち寄った甘いお菓子を膝の上に並べていく。
最中、おまんじゅう、ちょっとお洒落な琥珀糖。
「可愛いー! 旅に甘いお菓子は欠かせないもんね」
「オルハのも綺麗だね、ひとついい?」
弾む声で、誉め言葉だけを重ねていく。乙女たちの楽しい旅の始まりに、出発の汽笛も楽しげだ。
「わたしも、ステキなものを見つけたの」
そう言って七結が取り出すのは、――三人分の、紙パック紅茶。この世界ではありふれた物かもしれないけれど、彼女にとっては物珍しい品である。一杯分のやさしい紅茶が、どんな場所でも味わえるなんて。
「気が利くなぁ。やっぱりお菓子にはお茶がなきゃ」
お互い喉が潤えば、ガールズトークにも花が咲く。お腹も心も満たしながら、三人はトロッコ電車にことことと揺られる。
「きれいなお菓子、ひとつくださいな」
紅茶と交換するように、七結は琥珀糖をひと摘み。さわやかな果実の味に、口元もやわく綻んで。紅茶を啜って喉を鳴らせば、弾む心に耳を寄せて。
――ふと、車窓の外へと視線を向ける。
列車は一度、にぎやかな温泉街の隣を抜けて、ずらりと並んだ看板があっという間に通り過ぎて。ふっとひらけて、景色のすべてが青空になった。
「まるで。――時の流れを早めたようだわ」
この列車という乗り物も。線路の上下に揺られる感覚も。移ろう、景色も。こんなに早く静かに動くものなんて、常夜の国にはなかったから。未知なる出来事に、胸は高鳴っていくばかりで。頬にわずかに乗った朱は、お化粧だけのものではない。
そんな七結の姿を見て、花世もつられて左目を細める。……つい、景色そっちのけでお喋りに興じてしまったけれど。
「そうだね。景色も、季節も、過ぎる前に精一杯楽しまなきゃ、だ」
世界の何もかもが、自分の上を通り過ぎていくようないのちのなかで。
こうして同じ列車に揺られる相手がいるなんて――まるで、普通の乙女になれたみたいで。花世には、それがちょっぴりくすぐったい心地であった。
ちょうど、列車は最初の見どころへと差し掛かる。自然の織り成す色の中に一際映える、真っ赤な鉄橋。『山彦橋』。温泉街から反対岸へ、本格的な大自然へと乗客を運ぶ。
「――わあ、見て、峡谷だ」
花世の声が示す先、はるか眼下には、澄んだ翠の急流がある。せせらぎの音が、揺れる車両まで届くようだ。
「絶景だね……!」
そして、オルハの淡いため息の先には、青空へと切り立つ、秋の山。黄色に紅色。――この世界で秋を彩る、鮮やかないろ。
「UDCアースの四季は、こんなにも綺麗なんだ」
「季節に、いくつも色があるなんて」
窓に頬を貼り付けんばかりのオルハと、紫の瞳をまあるく輝かせる七結。対する花世は、お姉さんらしく口元に指をあてて。
「今日は森もデートコーデだね」
そう、深く華やいだ色合いはきっと、わたしたちと揃いの秋のおめかしで。
「ねえ七結、知っている? ――この季節が『錦秋』と名付けられていること」
「キンシュウ」
「『にしき』の、秋って書いてね」
はじめてのうつくしい響きに、七結はあらためて紅葉を見る。黄色も、紅色も、どれひとつ同じ色はない。かれらも自分たちと同じように、この『錦秋』のために服を着替えて――。そう思うと、車窓を流れる色とりどりのモミジも、なんだかとても愉しそうに見えた。
「お、――シャッターチャンス!」
ふたりがやわらかく目を細めた瞬間、ぱちり、と音が鳴った。それをオルハは逃さない。
「ふふん、デートには写真撮影だって外せないんだから!」
おもちゃのようなシャッター音は、スマートフォンのカメラ機能だ。自慢げにかざした画面には、花世と七結の横顔が並んでいる。ゆるりとただ紅葉を眺める、自然な視線。それをオルハは逃さない。
「ええ、ずるいオルハ、わたしも撮るっ」
花世もすかさずハンドバックからスマートフォンを取り出し、ぱしゃりと一枚。からから笑うオルハと、楽し気に目を白黒させる七結。それぞれ、とても二人らしい一瞬。
「これが、すまーとほん」
画面をじっと覗き込んで、七結が小さな首を傾げる。
「撮ったお写真が見られるなんて、不思議」
「七結も、やってみる?」
オルハに手渡されたスマートフォンを両手で受け取って。細い指が画面を彷徨い出した、その時。
「――あ」
橋を渡り終えたトロッコ車両が、トンネルへと入った。
景色は一瞬でまっくらに落ちて、岩肌と、パイプの群れが車窓の外を流れていく。
「…………」
「大丈夫、すぐ外に出るからね」
少々、タイミングが悪かった。小さく肩を落とす七結の背を撫でて、オルハは横から画面を切り替えてみせる。
「ほら。見てみてー、ふたりとも可愛い!」
「ふふ、ありがとう」
「トンネルを出たら、紅葉を背景に三人でも撮ろうよ」
ナイスフォローを決めるオルハを微笑ましく見守って、花世は自分の手元に視線を落とす。
画面に閉じ込めた二人の笑顔は、秋晴れのひかりに彩られて――織りなす錦にも負けないほどに、あざやかで。
移ろう景色は時に暗闇にもなるけれど、思い出のなかには、かがやきがある。
「カヨさん、オルハさん。ナユにも一枚、ちょうだいな」
うすやみに光る画面を、七結はいとおしそうに撫でた。
「――色褪せない思い出を、ずうと大切にしたいの」
「そうだね、七結には印刷して……」
「ああ、そろそろトンネルを抜けるよ」
もう一度、景色が光に包まれる。
トンネルを抜けた先は、森のさなかだ。右にも、左にも、青空を切り取らんばかりの紅葉が並んで。眺めるのではなく、迫ってくるような、圧巻の色彩だ。
「――わあ」
感嘆の黄色い声が、車両を包む。
橋も、トンネルも、過ぎゆく全てが一瞬だ。思い出を大事にする算段は後でもいいか。――今はもっと思い出を作ろう。今日のデータフォルダには、きらきらの笑顔がたくさんになるはず。
その一枚一枚すべてが、思い出深い宝物になるように。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
鵜飼・章
トロッコに乗り終点の欅平までぼんやり
臥待さんに案内をお願いしたいな
地元の人と話すのも旅の醍醐味だしね
前に海育ちって言ってたけど富山だったの?
希望は『絵になりそうな場所』
できれば静かな川沿いがいい
たまに仕事で都会に行くとね
世界の果てまで飛びたくなるんだ
死体が浮いてそうな川があちこちにあるから
僕は蜻蛉が飛んでいる綺麗な川が
心地いいせせらぎの音が好き
きみは都会と故郷とどっちが好き?
僕、この世界では絵本作家なんだ
面白いでしょ
という訳で絵を…描かない
働きに来た訳じゃないもの
絶景を前に只々ぼんやりする
最高に贅沢だ
有難う臥待さん
きみは何する?
鴉達も勝手に遊んでるし
今日は僕、人間お休み
自由に羽根伸ばしちゃおう
●この先世界の果てにつき
トロッコ電車は峡谷を進む。
流れる景色を眺めて、アナウンスをぼんやりと聞き流していれば、――いつの間にやら、欅平駅。
鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は、長いようで短い旅の終点を見渡した。
……秘境、という触れ込みでも、やっぱり此処は観光地だ。
駅を出てみると、周辺にはそれなりの『賑わい』がある。お土産物屋に、記念撮影用のモニュメント。名物料理の看板が並ぶ飲食スペース。
やっぱり人間はいるんだなあ、なんてごく当たり前のことを思っていると、――その人間のなかに、知った顔をひとつ見つけた。
「臥待さん」
「おお、っと」
声を掛けると、臥待さんこと臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は紙カップから顔を上げた。ぐいと何か飲み干すと、すぐに澄まし顔を作って、章のほうへと歩み寄る。
「んーと。鵜飼くん、だったよね」
彼女はこちらの顔を見て、次に、上空を飛び回る鴉達の姿を見上げる。
「ここじゃ降りてこれないね。――案内、いるかな?」
「お願いしたいな。地元の人と話すのも、旅の醍醐味だしね」
「……あれえ、地元ってまだ言ってないんだけどな」
彼女は苦笑いで首を傾げるけれど、――こういう独特のチョイスをする人には、何かしら理由があるものだと思う。そもそも、最初に会ったときだってそうだった。
「前に海育ちって言ってたけど、富山だったの?」
「まあ、ね。ここも何度か来たことあるから、……リクエストとか、ある?」
そうだな、と考えながら、章は欅平の景色を見渡した。
どこまでも青い空に、山を覆い尽くす紅葉。周囲には飲食店の喧噪があって、はるか眼下に、V字谷の底を流れる深い緑色の川。
真ん中を飛ばして、空と川が一枚に繋がるとちょうど良いな、と思った。
「――『絵になる場所』。できれば静かな川沿いがいい」
「よしきた」
当てがあるというか、どうにも彼女の中では既に候補が決まっていたようだ。迷い無く進んでいく小さな背中を追って、曲がりくねった階段を降りていく。
――『落石注意』、『熊に注意』、『この先トイレありません』、『安全を保証するものではありません』。
剣呑な赤い文字の注意書きが、看板にずらりと並んでいる。その先に、川へと続く長い下り坂。
「いいだろ?」
何が『いい』のかは特に言わず、臥待さんは自信ありげににやりと笑った。
「ここ、『猿飛峡』って言うんだ。本当に猿が居るの?」
「居るらしいよ。夏報さんも会ったことはないけど……」
遊歩道――と名付けられた小道は、ほとんど最低限の整備だった。ところどころ岩が濡れて滑るし、かと思えば砂利道になるし、照明ひとつないトンネルが続いたりもする。
そこが『いい』、のかもしれない。
上りと下りを繰り返して、だんだんと川の高さへ近づいていく。谷を下っていくほどに、紅葉が高く空を覆い尽くす。
岩肌に、草よりもシダが多いのも印象的だ。これだけ山の奥に来ると、植生もここまで原始的になるのか。
空気が、しんと冷たい。冬の寒さとは全く違う、森にしかない冷たさだ。
――思わず、深呼吸をしたくなるような。
「たまに仕事で都会に行くとね、世界の果てまで飛びたくなるんだ」
「それはまた、随分と飛ぶね」
「死体が浮いてそうな川が、あちこちにあるから」
「ああ、うん、仕事でよく隠滅してるよ」
「やっぱり」
他愛もない会話ばかりが、秋空へ吸われて消えていく。
「僕は、蜻蛉が飛んでいる綺麗な川が、……こんな、心地いいせせらぎの音が好き」
「うん」
「きみは、都会と故郷、どっちが好き?」
臥待さんは振り返って、猫みたいな目を瞬かせた。聞かれる側に回った途端、無口になって考え込む。先を行く彼女を追い越さないように、章も歩く速度を緩めた。
「……夏報さんの故郷は、もうちょっと海沿いのほうだ。厳密にはここは故郷じゃない」
ふ、と表情から力を抜いて。
「『知ってる観光地』、ぐらいだから、それがちょうどいいのかも」
「都会も故郷も、嫌い?」
まるで、そう言っているみたいに聞こえた。けれど、臥待さんはからりと首を横に振る。
「そこまでじゃないさ。少なくとも、鵜飼くんのする故郷の話は嫌いじゃないもの」
そうしてまた、彼女は先を歩き出す。
「――さて、世界の果てだよ」
遊歩道の終わりの展望台は、けして派手な風景ではなかった。
白い石の河原に、手の届きそうな青い川。ほんの小さな滝と――いちめんの紅葉で塗りつぶされた、断崖絶壁。単純にこれ以上は道を造れなかった、ただそれだけの行き止まりにすら見える。
これは確かに、ちょっとした世界の果てだ。
「絵になる……と思うよ。写真とか撮るの?」
「写真はいいかな。僕、この世界では絵本作家なんだ」
「……ああー」
「面白いでしょ?」
臥待さんは返事を言葉にせずに、口元で笑った。悪い感じはしなかったので、章もそれ以上を訊くことはしない。そのまま、大きな岩にのんびりと腰を下ろして、両足を投げ出す。
「というわけで絵を……」
両手も投げ出す。
「描かない」
「描かないのかよ」
「働きに来た訳じゃないもの」
それなりに険しい道を歩いて小一時間。その先にやっと辿り着いた絶景を前に、何も残さず、残そうとせず、只々ぼんやりする。
――最高に、贅沢だ。
「今日は有難う、臥待さん。きみは何する?」
「ええ、そりゃ、夏報さんは一応グリモア猟兵の仕事で来てるからね。……『すること』といったら一つしかないよ」
臥待さんはそう言って、電波の悪いスマートフォンの電源を落としてみせる。晴れ晴れしい表情で、腰に手を当てて。
「『サボる』」
「最高だね」
「もう少し、きみの故郷の話でも聞こうかな」
――鴉達も、ここなら存分に降りてこられる。滝のまわりで水を浴びたり、渓谷鋭くを飛び回ったり。臥待さんのピアスを物欲しげに見つめたり。
ここでは、好き勝手に遊ばせてあげよう。彼らが休暇なら、僕も休暇だ。
「今日は僕、人間お休み」
「猿飛だけに? なんて」
「どうだろう。人間を辞めたとしても、猿にはなれない気がする」
「それは、そうかも」
峡谷の風はなだらかで、大量の紅葉が、一定の速度で、はらはらと降り注ぎ続けている。まるで、砂時計みたいに。
色彩をたっぷり蓄えた山々を見るに、葉が落ちきって冬になるまでは随分遠い。急かされる必要なんてどこにもない。
――時間なんて気にせずに、自由に羽を伸ばしちゃおうか。
成功
🔵🔵🔴
黒鵺・瑞樹
トロッコ列車、静岡の大井川の方ならのった事あるな。SLとセットで。
確かあっちのトロッコもダム建設の為にひかれたんだったか。長島ダム見学ついでにのったがダムも列車も面白かった。
今回あの有名な方のダムが見れないのは残念だけども。
確かこの路線でもダム見学できたようだが、日程が合えば見に行くとしよう。
個人的に、魔法とか抜きで普通に人の技術だけで大型建設っての好きなんだよ。なんつうか浪漫あると思う。
見学できないならトロッコのってのんびり過ごす。何往復もできるっていうならやる。
一往復だけじゃわからん、複数回乗る事で見えてくる物があったりするし(井川線での経験上)
走ってる最中でも連結部分から線路見たりな。
●きみのこころがひかれるままに
はらはら注ぐ紅葉に、かすかに聴こえる鳥の声。
秋の山奥の風景は――黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)にとって、珍しさよりも懐かしさが先に立つものだ。彼が人の身で過ごした神社は、さすがにもう少し人里寄りだったけれど。
瑞樹が心惹かれるのは、どちらかといえばUDCアース独特の人工物。
トロッコ列車の振動が、疲れた身体に心地よく響く。……以前訪れた、静岡県、大井川鐵道を思い出す。
「……確か、あっちのトロッコも、ダム建設のためにひかれたんだったか」
あの時見学した長島ダムも、湖面を渡るトロッコ列車も、セットで乗ったSLも、とても面白かった。
――大自然の中に佇む、コンクリート塊と鉄の橋。
それを自然破壊と呼ぶ人だっているのだろうけど。――『造る』営みだって、この上なく尊いと瑞樹は思う。そこには、人の想いが籠められている。
そうやって経験を思い返していると、ちょうど思い描いた通りの風景が目の前に現れた。
渓谷の急流を遮って、突然そびえたつ灰色の壁。
その上に――たっぷりと水を蓄えたダム湖が、静かなさざ波に揺れていた。この深い山の中で、まるで凪いだ海のように。緑の湖面に、赤や黄色をあざやかに映しこんで。
自然だけではありえない、建築あってこその絶景である。
芸能人の音声を使った、ほがらかな解説アナウンスが車内に響いた。
「――これが出し平ダムか。まだ一番大きいダムじゃないんだな……」
今回の慰安旅行では、一番有名な『黒四』を見ることはできないらしい。それは残念だけれども、その分、小さな見どころも見逃さないようにしなければ。
終点に着いたら、見学について聞いてみようか。
……しかして。
「ああ、すみませんね……」
欅平駅に着くなり駅員に尋ねてみたものの、得られた情報は芳しくなかった。
……この周辺のダムや電力施設には、危険な場所や、閉鎖された区画も多い。車窓や橋から姿を眺めることはできるものの、近付いて見学する、となると少々厳しいらしい。
職員立ち合いのもと内部に立ち入れるツアーもあるが、こちらも日程が固定、とのことで。
「……む。困ったな」
一応、適当に取ったパンフレットを眺めてみる。
大自然の遊歩道、奇岩、温泉、川魚料理。いろいろ他にも見どころはあるようだけれども、瑞樹の気分は既にすっかりダム一色なのであった。カレーを食べに来たつもりなのに、果たしてパンケーキが食べられようか。
しかし妥協も必要か、などと迷いながら駅をうろついていると――そんな瑞樹の耳に、ふと、重々しいナレーションが届く。
『そうして、摂氏百六十六度を超える岩盤を――』
目をやると、それは駅の一角の資料コーナー、ダム建設の実録映像だった。
この国が、列強と肩を並べようとやっきになっていた昭和初頭。黒部川の豊富な水を治め、電力とするために奮闘した人々の記録。
ダム建設のための坑道が、途中で灼熱の岩盤に突き当たる。あまりの熱に作業員は次々と倒れ、爆薬は自然発火を起こし、死亡事故も多発する。
苦境のなか、しかし、計画は続行。
掘削を進める作業員の後ろから、他の作業員が絶え間なく水を掛け続けて冷やす。それだけでは足りないので、その後ろからもう一人が、さらに水を掛けて冷やす。当時の技術ぎりぎりの、決死の工事だ。
「――ああ」
白黒の映像から熱が伝わってくるようで、思わず瑞樹は見入っていた。
やっぱり、自分が見たいのは、ものを造る人の想いだ。魔法も抜きで、ただ人の技術だけで成し遂げる大型建設。それに惹かれて、此処に来たのだ。
「なんつうか、浪漫あるよな」
となれば、妥協なんてしていられない。
と、いうわけで。
「次は上り線、えーと、九時半過ぎか」
終点に着いたばかりだとしてもも何のその、瑞樹は即座に宇奈月行きのチケットを購入し、Uターンを決行した。
トロッコと、その車窓から見える建築物をメインに据えて、今日は一日のんびり過ごそう。時刻表を見る限り、飽きるまで往復することも可能だろう。
ちなみに、先ほど山を登ったほうが、人里から離れるので『下り線』、これから乗る、山を降りるほうが『上り線』だ。こういうところも、面白い。
「一往復だけじゃわからんしな」
前回の静岡旅行の経験がそう告げていた。
まず、帰りは当然ながら左右が逆になる。同じ景色でも、見る角度が変われば随分違う。もう一度、ひとつひとつの要素を確かめよう。鐘釣駅でのスイッチバックもしっかり堪能したいし、途中駅で降りてみるのも楽しそうだ。走っている最中にも、連結部分から線路を見たりもできるだろうか。トンネルの中の配線もなかなか見応えがありそうだし――。
誰の言葉も気にしない、季節の合間の一人旅。
気の赴くまま、自分の好きだと思えるものと向き合う時間だって、悪くない。
成功
🔵🔵🔴
風見・ケイ
チーム【GN3】
カーディガン、ワイドパンツ、スニーカー。
旅行ですし、足湯もあるので、それなりの格好で。
皆で駅周辺をゆっくり散策。
そうそう、夏報さんも是非ご一緒に。
この辺りにお詳しいようですし……後で一杯奢りますから(こそっと)
私、旅行などにはあまり縁がなかったんですよね。
知らない街を歩いているだけでも楽しいな……変なお土産を買ってしまいそう。
他はとうふスイーツのお店、気になります。
最後は足湯のあるカフェへ。皆で並んでのんびりと。
私はアイスクリームにしようかな。
トロッコも見えるのかな?
ああ、事務所のある映画館のオーナーにお土産を買っていこうか。
……このどこかで見たような月のお菓子でいいか。
ヴァシリッサ・フロレスク
【チームGN3】アドリブ大歓迎!
メンバーと一緒にぶらりと散策。
いつもの服装にサングラス、オーバーサイズのMA-1を着崩して。
フフッ、タマにはこういうのもイイじゃないか?折角だから、夏報ちゃんにアテンドして貰おうかしら?さてさて、オススメスポットは何処なんだい?……てか、UDCエージェントって、ツアコンのスキルも必要なんだねェ?
にしても、キモチいい秋晴れだ。キレイな風景、旅情ある町並み、温泉まんじゅうにご当地グルメ、地酒に地ビール、最後は足湯でアイス。お土産もガッツリ買っとくとするか♪
うーん、まさしく“雲浄くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ”、って感じだねェ……って、どういう意味だっけ?
ミスティ・ミッドナイト
チーム【GN3】(計3名)
セーター、ラップスカート、レザーサンダルでカジュアルに。
皆様と駅周辺を散策します。よろしければ夏報さんにガイドをしていただけると幸いです。ともに澄んだ空気を全身に浴び、心も体もリラックスといきましょう。
この辺りにも紅葉が見られるのですか。それに、所々湯気が出ているとは…まさに『温泉街』ですね。
散策に疲れたら足湯のあるカフェへ。気軽に足先だけでも湯に浸かれるのは嬉しいですね。綺麗好きな方が多いとされる日本ならではの文化です。スキンケアにも良さそうですよ。
私も皆様と同じアイスを頼みながら、鮮やかな紅葉とゆったりと動くトロッコ列車をのんびり眺めます。これぞ紅葉ハンティング。
●生まれも育ちもこれからも
「えーと、ココで合ってんだよねえ?」
パンフレットの地図を広げて、ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)は首を傾げる。
「『宇奈月』って駅がフタツあってわかんないよ……」
「片方がトロッコで、もう片方は市街地へ行く普通電車みたいですね。こちらがトロッコ側で合っているかと」
並んで地図を覗き込み、交互に景色と見比べているのは風見・ケイ(サードアイ・f14457)だ。彼女の言う通り、ここは黒部峡谷鉄道・宇奈月駅の出入り口前。
「まあまあ。……ほら、いらっしゃいましたよ」
あれこれ言い合うふたりを他所に、涼しい顔で秋風に吹かれているのはミスティ・ミッドナイト(夜霧のヴィジランテ・f11987)の姿。
三者三様、現地集合の待ち合わせ。――そして、残るひとりも、ミスティが指し示す先から駆けてくるところで。
「お待たせ! みんな揃ってるね」
今回の引率者こと臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)。これで完全にいつもの飲み会……もとい、女子会の顔ぶれである。
「欅平での案内とか、宿の手配とか終わったから、この後は完全にフリーだよ」
ラフなTシャツにショートパンツ、黒のタイツとウィンドブレイカーで防寒対策。夏とも秋ともつかない季節のお出かけルックで夏報はくるりと回ってみせる。なんだかんだと仕切りに回りがちな彼女も、こうしていれば最年少らしい雰囲気だ。
「みんなカジュアルに決めてるな」
「旅行ですし、足湯もあるので」
いつもはスーツ姿のケイも、ワイドパンツにスニーカー、カーディガンを羽織った動きやすいスタイルだ。決してフェミニン寄りではないが、かえって女性らしさが際立つ。
一方のミスティは、セーターにラップスカートを合わせた大人らしい落ち着いた服装である。レザーサンダルで、色気と利便性の両立も欠かさない。
そしてヴァシリッサと言えば。
「マスターは大体いつものだな……」
「変わらない良さ、って言ってほしいねえ♪」
サングラスを上げて、にやりと笑う。……元々の服装が、いつも徹頭徹尾カジュアルであった。フライトジャケットを重ね着しているのが、ちゃんと秋らしいポイントである。
さて、いつもは裏通りのシューティング・レンジで顔を合わせる四人だけれど、今日の舞台は秋晴れの空、遠いながらに見事な紅葉。
「フフッ、タマにはこういうのもイイじゃないか? ――折角だから、夏報ちゃんにアテンドして貰おうかしら?」
「なんだか、それじゃまだ仕事みたいだな……」
「そう言わず、夏報さんも是非ご一緒に。この辺りにお詳しいようですし……」
やや肩を落とす夏報に、すかさずケイが顔を寄せた。……こういう場合の取り入り方は、おそらく自分が一番弁えている。そっと、声を落として。
「――後で一杯奢りますから」
「え、いいの? まじか。夜に釜メシ屋さんで良い?」
「意外と遠慮ないですよね……。では、そのように」
「よーし案内するぞ!」
安い女であった。
「ガイドをしていただけるなら幸いです。ともに澄んだ空気を全身に浴び、心も体もリラックスといきましょう」
そんな裏取引の詳細を聞いているのかいないのか、ミスティも穏やかにそれに続く。いつもの無表情も、今日はどことなく柔らかい。三人を暖かく見守っているようにも、単にとことんマイペースなだけにも見える。
「さてさて、オススメスポットは何処なんだい?」
「うーん、この顔ぶれなら、適当にぶらつくだけでも楽しいと思うけど。どーしよっかな」
「……てか、UDCエージェントって、ツアコンのスキルも必要なんだねェ?」
「普通はいらんと思う。んー、そうだな」
とは言っても女三人寄れば姦しく、四人も居れば船が山に登りかねない。専門外とはいえ、引率の役割は重要である。
しばし考え込んで、……夏報はちょうど駅の向かい側、小高い丘の上を指した。
森に半分埋もれるように、小洒落た建物が佇んでいた。淡い色合いの石レンガは西洋の城壁を思わせて、並んだ花壇は丁寧に整えられている。
「――じゃあとりあえず、美術館」
黒部市宇奈月国際会館。別称、セレネ美術館。
そのモダンな外観に違わず、内部には広々と静謐な展示室が広がっている。並ぶのは、地元ゆかりの画家による作品や、――この周辺を題材とした写真作品だ。
「ああ、これなら、麓に居ても山の上の景色が楽しめますね」
得心したように、ミスティが手を打った。今回は見送ったものの、トロッコの向こうの風景に後ろ髪を引かれる想いがないでもなかったことは確かで。
今まさに盛りであろう紅葉だけではなく、初夏の爽やかな風景、一般人は危険で立ち入ることのできない冬の積雪までもが、大判の写真に閉じ込められている。
「ごはん分は割り勘で」
「ええ……」
一方、ケイと共に今夜の酒盛りの算段に興じていた夏報は――ふと、ヴァシリッサの後ろ姿に目を留めた。
白いパネルに、びっしりと並んだ明朝体。……普通の来館者なら目を滑らせるような解説文を、彼女はじっと見つめている。
「熱心だね」
「あぁ、うん。この写真家サンの半生ってやつだ」
戦いとなれば悪人面で銃器を携え、自分の身体より大きい射突杭を振り回す。一見こういったものに興味のなさそうな人種に見えて、彼女は意外と博学な面があるのだ。普段から、こういった情報を見落とさないようにしているのだろう。
「マスターって、割といいとこの出っぽいよね。深くは聞かないけどさ」
「夏報ちゃんこそ。――旅先でまずミュージアムに行こうなんてコは、大体育ちがいいモンだよ」
「そうかな……」
もしかして、この案内はズレていただろうか。視線を落とす夏報の頭を、ヴァシリッサは軽く叩いて撫でる。
「楽しかったよ? さーて、英気も養ったし、そろそろ外に繰り出すかね」
美術館を後にして、四人はゆったりと坂道を下る。お土産屋さんが並ぶ通りは、観光地らしい賑わいだ。
「この辺りにも、紅葉が見られるのですか」
遠く川沿いの紅葉に、ミスティは目を細めた。紅、黄色、まだ健在の緑。人の手の入らない広葉樹林の織り成す風景は、――ところどころが、白く霞んで揺れている。
道沿いのところどころに、足湯を楽しめる施設や、温泉水の流れる水路があるのだ。
極めつけは、もう一つの駅、『宇奈月温泉』前。……世にも珍しい、熱くたぎる温泉水を使った噴水モニュメントがそこにある。
飛沫と湯気が一体となって、観光客を威圧せんばかりに出迎える姿は、壮観の一言だ。
「……まさに『温泉街』ですね。所々から温泉が湧いているのでしょうか」
「そう見えるだろ? 実は宇奈月の街に、温泉はひとつも湧いてないんだ」
え、と眉尻を落とすミスティに、夏報は人差し指を立て、自慢げに豆知識を披露する。
「温泉が湧いているのは、もっと山の上でね。……そこから水路をはるばる繋いで、こんな麓まで引っ張ってきてるんだ。水源と温泉街の間にある距離は、日本一だと言われている」
「成程」
ミスティは真顔で頷いて。
「うちの店にも引きますか、温泉」
「あの裏通りに!?」
「修練の疲れを温泉で癒し、バーカウンターで地ビールを一杯。これは受けますよ」
「あそこの地ビールって何!?」
「――冗談です」
ふ、とミステリアスに笑ってみせるミスティの横で、気付けばヴァシリッサも愉快そうに含み笑いをしている。
「ミスティに真顔で言われるとわかんないよ……。ねえ、風見くんもなんとか言って」
振り返るとそこには、もとい後方数メートル先には、お土産物屋の店先に釘付けになっているケイの姿が。
「……聞いてた?」
「あ、はい」
おそらく何も聞いていなかったケイが指差して示すのは、店先の看板娘。こと、両手で抱えるほどの巨大なぬいぐるみだ。
「これ、スズメですか?」
「ライチョウだよ」
「この大きさ。事務所に置いたら縁起がいいかな」
「しっかりして風見くん、ノリで変なお土産買うと絶対後悔するからね」
こちらはこちらで真顔でボケてくるようでいて本当に天然のときがある。夏報が軽く揺すると、流石にケイも冷静に戻ったようで。
「……このお菓子でいいか」
「そうそう無難無難。誰かに持ってくの?」
「事務所が映画館にあるんですけど、そこのオーナーに」
そう言って、どこかで見たような月のお菓子を一箱。……レジへと歩きながら、ケイは微笑む。
「私、旅行などにはあまり縁がなかったんですよね」
警察官時代は忙しかったし、それより前は――家族旅行なんて、望むべくもない家だった。口には出さないものの、遠くを見る目に滲むものはある。
「知らない街を歩いているだけでも、楽しいな……」
「……そっか」
自宅、職場、時々戦場。そんな猟兵たちの日々の中の、今回の旅行。
まったく世話が焼けるんだか、焼かせてくれているんだかわからない人たちだけれど、喜んでくれるなら幸いだ。そう思い直して、夏報は再び気合を入れる。
「他に気になるとこ、ある?」
「さっき見た、とうふスイーツの店とか」
「よし、とことん回ろうか!」
――そうして、楽しい旅行は続く。
妙なお土産物を見つけては笑って、試食の箱を四人で回して、陽気な地元の人々と話しこんだりして。
最後はやっぱり、一番の名物。
「にしても、キモチいい秋晴れだ」
線路沿い、足湯つきのお洒落なカフェで、ヴァシリッサは上機嫌に空を仰ぐ。細い足が、澄んだ湯を蹴ってたぷりと揺れる。
「キレイな風景、旅情ある町並み、温泉まんじゅうにご当地グルメ、地酒に地ビール、――最後は足湯でアイス!」
「マスター買ったお土産全部その場で食ってんな……」
すっかり空けられた箱という箱を呆れ顔で眺めつつ、夏報は並んだメンバーにアイスを配って回る。こだわりのコーヒーと、オリジナルのアイス、そして無料の足湯スペースがこの店の売りだ。
それと、欠かせないものがもう一つ。
「これも、全員にね」
トロッコの絵柄が描かれたハンドタオルを全員分。……最後に足を拭くものがないと、自然乾燥するまで靴を履けなくなる。足湯初心者にありがちなミスを先回り。
「……気軽に足先だけでも湯に浸かれるのは嬉しいですね。綺麗好きな方が多いとされる日本ならではの文化です」
歩き疲れて、ほっと一息。ミスティは静かに目を細める。
「スキンケアにも良さそうですよ」
「お肌が気になるお年頃だもんねェ」
「リサさん?」
軽口を叩きあう二人を他所に、ケイは線路を覗き込む。
「トロッコも見えるのかな?」
「こっちに座れば、たぶん橋を渡るのが……」
鮮やかな紅葉。
ゆったりと動くトロッコ列車。
皆で並んで、のんびりと。
「うーん、まさしく、“雲浄くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ”、って感じだねェ――」
楽しい一日を締めくくる、ヴァシリッサの意外な博識は。
「……って、どういう意味だっけ?」
果たして冗談なのか、天然なのか。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
桜雨・カイ
クロウさん(f04599)と
普通列車(窓無し)乗車。出発前からついつい身を乗り出す
駅弁のおかず迷いますね…じゃあ私からはこちらのおかずを
お酒、準備いいですね。はいっ飲みましょう、乾杯。
依頼…えっと魔法少女とか…わ、忘れて下さい
わぁすごい一面真っ赤…
あとカラオケで初めて人前で歌いました!…
クロウさんはどんな歌を?へぇ意外…
あっ下の川も綺麗ですよ!
(雑談と景色の感嘆入り交じり、とても楽しげ)
スマホでの撮影も覚え、景色をばしゃばしゃ。
あの…クロウさん、主と再会した時に見せたいので一緒に写真いいですか?(紅葉を背景に二人で自撮り)
動いてるけどうまく撮れるかな…ばっちりです画像送りますね(嬉しそうに)
杜鬼・クロウ
カイ◆f05712
アドリブ◎
カイを誘ってトロッコ列車に乗り込むぜ!
窓あると身乗り出しちまうもんなァーカイ君はよ(ニヤ
駅弁と沢山の酒用意
弁当を箸でつつく
甘い物があればカイへ(NO甘党
駅弁って種類豊富なのな
このおかず美味そうだなァ!
やっぱ酒ねェと
大人の特権ってヤツ?
旅の醍醐味だろ(片目瞑り酒の缶渡し乾杯
お、飲む気満々じゃねェか
じゃんじゃん行こうや(酔わす気満々
最近お前、面白ェ依頼とか行ってねェの?
魔法少女の格好?!マジか見てェ(吹き出し
歌は…からっきしだ
カイにスマホの使い方を教えた経緯有
紅葉や川の景色眺め感嘆の声
圧巻だなァ
写真?俺でイイのかよ
構わねェぜ、ほら
綺麗に撮れよ(キメ顔
あとで画像送ってくれ
●今日の自分も、思い出も
「わあ……!」
出発前の駅ホーム。
温泉街の賑わいの向こうに、高くそびえる紅葉の山が顔を覗かせていて――もう少しで鉄橋も見えそうだ。桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、ついつい柵を越えて車両から身を乗り出す。
「お客様、危険ですので……」
「あっ、は、ごめんなさい」
すごすごと身を縮めるカイの横で、豪快そうな男がニヤニヤと笑う。こちらは、杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)だ。
「窓あると身乗り出しちまうもんなァー、カイ君はよ」
「す、すみません」
彼らが選んだのは、壁も窓もなく視界の開けた普通車両。ずらりと並んだ座席には、肩を寄せ合うようにして、他の一般客たちの姿もある。
こんなところで悪目立ちして、隣のクロウまで変な目で見られやしないか。そんなカイの心配を余所に、彼はあくまでからりと笑う。
「ま、気にすンな」
……姿は青年でも、カイにはまだまだ世間知らずなところがある。そんな彼を今回の旅に誘ったのはクロウの方だ。
互いにヤドリガミ同士、不慣れなところも人の身を持つ楽しみのうち。今日は男の二人旅である。
『出発します――』
アナウンスと共に、トロッコは静かに動き出す。最初のうちは、温泉街の看板と線路が続く。
「っと、忘れちゃいけねェ」
絶景が本番となる前に、買ってきた弁当を広げなければ。
「駅弁って種類豊富なのな」
「おかず、迷いますね……」
ふたりが選んだ商品は、マス目状の仕切りに少量ずつの特産品が入ったタイプのものだ。沢山の味を、代わる代わるに楽しめる。
「このおかず美味そうだなァ! 何の魚だ?」
「ブリって書いてありましたよ」
照りがつややかな煮付けを、クロウは満足げに箸でつつく。
……見渡す景色は一面の山地なのだが、実は、地図で見ると湾に臨んだ漁港が近い。ここで地元の特産品となると、そのほとんどが海の幸だ。山奥で新鮮な魚介というのも、物珍しくてなかなかオツかもしれない。
「……ぐ。卵焼きが甘ェ」
「甘いの嫌いでしたっけ? じゃあ、私からはこちらのおかずを」
互いの箱の中身を融通しつつ、舌鼓を打つ。海沿いらしい、強めの塩味が身体にしみる。
――こういう味となれば。
「やっぱ酒ねェと」
「お酒、準備いいですね」
同じく地元の特産品、伏流水できりりと仕上げた吟醸辛口。瓶はのちのち買うとして、今は旅先でも呑みやすい缶のものを。
「大人の特権ってヤツ? 旅の醍醐味だろ」
「はいっ、飲みましょう」
「お、飲む気満々じゃねェか」
片目を瞑って一本渡し、鈍い金属音でカジュアルな乾杯。
無邪気で子供っぽく見えることもあるけれど、カイだってなかなか行ける口だ。澄んだ空気に心地いい風、悪酔いの心配もそうあるまい。
「よーし、じゃんじゃん行こうや」
酔わす気満々のクロウであった。
ほんのり酔いも回ってくれば、酒の肴は味だけでは足りなくなって来るもので。
「最近お前、面白ェ依頼とか行ってねェの?」
そう。戦いはいつだって真剣勝負だが、世界も事件も千差万別。グリモア猟兵たちの予知も、毎回が凄惨な悪夢というわけではない。
なんとも言い難い珍妙な依頼と、その顛末。……猟兵たちにとっては、格好の話の種である。
「依頼……」
見つかったばかりの新世界に、グリモアが次々告げる新しい予知。辛い事件も悲しい事件もあるけれど、――『面白い』と言われてカイが最初に思い浮かべたのは。
「えっと、魔法少女とか……」
「魔法少女? 魔法少女が敵ってコトか?」
「いやあの人は少女……少女? とにかく、こっちもそんな格好をさせられたり、して」
「お前が!? マジか見てェ」
思わず吹き出すクロウから、カイは恥ずかしげに視線を逸らす。
……見られるのはイヤだ、と思う。一応大の男のはずなのに、微妙に似合ってしまった感じがするのもやるせない。
「わ……忘れて下さい」
というか忘れたい。脳裏をちらつく、筋肉隆々の例の奴ごと。
まだ笑い続けているクロウから顔を背けて、外の景色に目をやると――トロッコはちょうど、見所のひとつにさしかかったところだった。
急流をせきとめる宇奈月ダム、その水を湛えた湖面が、対岸の紅葉を鏡のように映し込む。空の向こうから水面まで、視界いっぱいに色彩が広がる。
「わぁすごい、一面真っ赤……」
「圧巻だなァ」
クロウもようやく呼吸を整えて、素直に感嘆の声をこぼす。そうしていると、場の空気も綻んで。
「あ、あと、カラオケで、初めて人前で歌いました!」
「おー、そいつはいいな」
ちゃんと楽しい思い出もあった。猟兵の仲間達と出かけたカラオケ大会。流行の歌なんて知らないカイでも、聞き覚えたものを精一杯歌えば、みんな手を叩いて誉めてくれたものだ。今日の宿にもあるといいな、カラオケ。
「クロウさんはどんな歌を?」
「俺か? 歌は……からっきしだ」
「へぇ、意外……」
自分より遊び慣れていそうに見えるのに。そういう問題でもないのだろうか。
「あっ、下の川も綺麗ですよ!」
考え込むのもほどほどに、カイは再び谷の景色に声を弾ませる。
目の前の光景と、思い出話。話題は入り交じって、飛び跳ねるように行ったり来たり。そんなやや落ち着きのない様子さえ、――とても楽しげで、微笑ましい。
「なんつうか、誘って良かったよ」
「はい!」
カイが取り出すスマートフォンも、元々クロウが扱い方を教えたもの。ぱしゃぱしゃと景色を撮り溜める姿を見るに、もうすっかり使いこなしているようだ。
「それだけ使いこなせりゃあ、」
……使いこなせれば、なんだろうか。ちょっと上手い言い方が思いつかなくて、クロウは少し考えた。『人間らしい』なんてのは、たぶん違う。器物同士でそんなことを言っても仕方がないし。
「アレだ、スマホマスターだな」
「マスターですか!」
カイは嬉しそうに微笑んで、カメラロールを確認する。
できる限りの角度から、心行くまで風景を撮った。ここに、加える物があるとしたら。
「あの……クロウさん、一緒に写真いいですか?」
「写真? 俺でイイのかよ」
「主と再会したときに、クロウさんの姿も見せたいので」
新しい世界で覚えた技術。折角なら、教えてくれた本人の姿と一緒がいい。
「構わねェぜ、ほら」
矢印の丸いマークをタップして、自撮りモードに切り替える。一人だと照れくさい機能だけれど、二人ならこんなにも心が躍る。
「綺麗に撮れよ」
「動いてるけど、うまく撮れるかな……」
「最近のは性能イイし、いけるって」
――ぱちり。
ふたつの顔が並んで、綺麗に画面に収まった。口振りの割にしっかりキメ顔のクロウの姿が、なんだか可笑しくて、嬉しくて。
「ばっちりです」
「じゃ、あとで画像送ってくれ」
「はい!」
再会できる日が来たら、主はちゃんと見てくれるだろうか。
日々変わっていく自分を、誰かのお陰で変われる自分を。――いつか、きっと。
大成功
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