【旅団】はぐれ者達の挽歌
『これは旅団シナリオです。旅団「S.S.F.M」の団員だけが採用される、EXPとWPが貰えない超ショートシナリオです』
●ようこそ、マーヴェリックへ
からん――、
古めかしいドアベルが鳴り、来客を告げる。
UDCアースの片隅に、『マーヴェリック』という名前の喫茶店がある。
知る人ぞ知る名店……というわけではない。ただ、普通の喫茶店というわけでもなかった。いつもだいたい閑古鳥の鳴いているその喫茶店には、どういうわけだか猟兵と厄介ごとが集まる。
厄介ごとと言っても、依頼になるほど大した話ではない。猫探し、犬探し、喧嘩の仲裁、郊外に湧いたゴブリンの駆除、下級の鬼退治、とある物資の奪還、etc……猟兵の力を以てすれば一人二人で充分に果たせるような仕事に金を払う人間は、それこそいくらでもいる。
店主はそれを知っていたから、いつの頃からか、店の片隅にメッセージボードを置いた。そこには、様々な世界から店主が仕入れた、依頼人達からのメッセージがピンで留められて並んでいる。
猟兵達は店に入るとそこから仕事を物色し、受ける仕事を決めて現場へと向かうのだ。完遂した暁には、手数料を差っ引いた報酬が仕事をした猟兵に渡り、マージン含めた手数料分が店主の懐に収まる――というシステムである。
「――おれに言わせれば、そのマージン分が高すぎるんだけどね」
最奥のカウンター席で、少年が呟く。
筋肉がバランスよく身につき、精悍な体躯をした、青年に変わりかけの少年だ。灰色の髪と目をしている。
カウンターの内側でグラスを磨く店主は、灰色の言葉もどこ吹く風、素知らぬ顔で作業を続ける。誰が来ようが一切口を開かず声も出さないこの店主の代弁をするのも、いつからか少年の仕事だった。彼は嘆息すると、店の戸口に向き直る。
「いらっしゃい。注文にする? それとも、仕事をこなしてくる? 案内が必要なら、現地までは飛ばそう」
少年の名は、壥・灰色(ゴーストノート・f00067)。この喫茶店の居候にして、喋らぬ店主の代弁者の一人である。
今日はオフだ、と応えるも、とりあえずコーヒーを、と応えるも、する仕事を決めるも、全てドアを開けた君の意思一つ。
ここははぐれもの達への互助基盤――Supporting Substrate For Maverick。君の止まり木にして、発着所なのだから。
煙
お世話になっております。
煙です。
今回は旅団シナリオということで、灰色が団長名義となっております『S.S.F.M』の皆様をご案内する箸休め的なシナリオになります。
本シナリオの参加のために旅団に一時参加したいなどは、別途旅団の入団フォームよりご用命ください。シナリオ参加後は、残留頂いても退団頂いても自由です。
以下の三つの番号より、一つを選んでご参加下さい。
1.喫茶店の中で雑談したり、食事を楽しむ:ごく普通に食事や甘味を注文し、お連れ様とおしゃべりなどをしたり出来ます。必要でしたら灰色も出ますので、語りかけるようなプレイングをいただけました場合は反応します。
食事のメニューとしては、普通の喫茶店にあるようなものならたいがいはあります。灰色におすすめを訊くと、気分でおすすめのメニューを紹介してくれるようです。
2.仕事を選び、現地へ向かう:仕事の内容は自由にプレイングされて構いません。規模としては、グリモア猟兵の予知に基づいて依頼になるほどには大きくない、小規模な事件が殆どです。仕事の導入、場合によっては経過、結末を軽く描くまでが描写範囲になります。
移動を灰色に任せる場合はお声がけ頂けますと灰色が転送をします。
3.その他・自由行動:上記二つに当てはまらない場合は、こちらを選んで自由に行動されてください。ただし、攻撃的な行動などは描写致しかねますのでご了承頂けましたら。
●お受けできる人数について
今回の描写範囲は『無理なく(日に三名様程度)』となります。
また、一気に返却する都合上、再送は頂かずにさっくり〆る予定です。目安としては来週中頃に完結の見込みとなります。
●受付期間
OP公開後、即受付開始しております。
それでは、よろしくお願い致します。
第1章 冒険
『ライブ!ライブ!ライブ!』
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POW : 肉体美、パワフルさを駆使したパフォーマンス!
SPD : 器用さ、テクニカルさを駆使したパフォーマンス!
WIZ : 知的さ、インテリジェンスを駆使したパフォーマンス!
👑1
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シャルロット・クリスティア
ルイ―ネさん、緋色君と
私は店内でのんびりとココアを頂いて一休み中。
普段は休みの時はアルダワの工房にいることが多いのですが、たまには気分転換に外に出ないと、代わり映えしないですからね。
……と言いつつ、行き先がいつもの店、というのもアレですが。
様子を観察しつつ、一休みしています。
にしても、緋色君小柄なのによくそんなに入りますね……。
……おや、ルイ―ネさん。どうしました?
ふむ、UDC組織のバイト、ですか。接点を作っておくのは私としても有り難いところですが……。
ふむ、そういうことなら。旗印……と言うと大仰ですが、そう言う広告塔も大事ですしね。
私は大丈夫ですよ。
緋色君に灰色さんは、どうします?
ルイーネ・フェアドラク
シャルロット、緋色と
いつもの喫茶店、いつもの席、いつもの珈琲
やっぱりここは落ち着きますね
君、健啖家ですねえ
灰色もよく食べますし……若いっていいですねえ
見ているだけで少々胸焼けが
ところで三人とも良いところに
投げかけた視線は灰色へも
ちょっと、バイトしませんか
UDC組織向けの、猟兵の広告モデルなんですが
開発された装備を身につけたり
体験談を語ったり……まあ、一般職員を鼓舞するための企画で
あなた方は見目も良いですし、経験も豊富だ
信頼できる相手でもある
いかがです?
わりと実入りはいいですよ
それに
組織の開発品に興味、ありませんか
助かります
断った手前、代理を紹介せねば肩身が狭い
めんど――いえ、柄じゃないですから
赤星・緋色
ルイ―ネさんとシャルロットさんと参加
目の前には5段重ねのパンケーキとストレートティ
キマイラフューチャーだと完全に同じものしか出て来ないけど、こっちの料理はオーダーでカスタムできていいよね
へいへーいマスター、じゃなくてもいいけどストレートティおかわり!
え、シャルロットさんもぱんけきほしいの?
しょーがないなー
(届いたばかりの5段パンケーキのうち4段を分けて渡そうとする)
ほーむほむほむ、組織の開発品?
おもしろそう。おっけーいいよ!
私とか普段はガジェットとかアルダワの装備使うことが多いから、こっちの装備ってなんか新鮮だしね
それと戦意高揚のプロパガンダ的ななんやかんやをすればいいんだね
ポケッティ・パフカニアン
1.仕事終わりの喫茶タイム
あー、疲れた。ひと仕事終えた後は、ゆっくり腹ごしらえしないとね!
ほらほら、可愛いフェアリーが来てあげたのよ。ちゃんと喜びなさいよね!
なんならハチミツティーぐらい出して、労ってくれてもいいのよ?
結構なマージン取ってるんだから、それぐらいサービスしてもバチは当たらないでしょ?
座るのは当然、いつものカウンター。そろそろフェアリー席も用意してくれてもいいんじゃない?
さてさて、今日は何にしようかしら。ちょっとがっつり食べたい気分なのよねー。
ところで、カイのオススメは何?…あ、また超辛口カレーとか食べさせようとしたら承知しないわよ!
あたしの気分に相応しいのを選んでよね!頼むわよ!
矢来・夕立
2
まずはひとつオーダーをするのが礼儀ですね。
アイスコーヒーをください。
マーヴェリック。
『様々な世界からの依頼が集まる、UDCアースの喫茶店』。
切っ掛けの集まる場所と縁を持っておくのは、悪いコトではありません。
名刺代わりにシゴトを引き受けます。
特にやりたいコトも避けたいコトもないですし、
古そうな依頼をひとつ片付けますよ。
えー…SSWでペット探し。
ギャラクシーニンジャオオシノビカメレオンのプリンちゃん(3)。
…ご本人が写ってないんですけど。写真載せた意味あるんですか?
いや。いや。ニンジャにシノビとつくからには負けていられない。
名無しさんに転送をお願いします。
――…勝って(狩って)、帰ってきます。
ユア・アラマート
◎
【1】
ただいま。この世界はまだまだ暑いな
ああ、今日はいたのかカイ
私はちょっと、仕事で昨日の夜から出ていたんだ
そう、例の猫探し
幸運を呼ぶ赤目の黒猫なんてただの噂だと思ってたんだがな
え?捕まえたのかって?いいや、逃げられた
素早いは狭い所に入るはぬるりと腕をすり抜けるは一声鳴いたらどこからともなく黒猫の群れが出てきて紛れるは…
ああもうっ、声出て無くても笑ってるのは分かるからなマスター!
お前が貼り付けた依頼だろう!?
…そういうわけで休憩に戻ってきたんだ。ああ、いつもの隅っこ席が落ち着く
いつものコーヒーと、あとは何かオススメがあったらそれも
あと、あの黒猫は諦めた。多分私じゃ捕まえられない
他の仕事にする
六波・サリカ
◎ 3.自由行動
ヨハン(f05367)と
マスター、いつもの。
はぁ、今日もジンジャーエールが美味しいですね。
おや灰色、食材を切らせてしまったのですか?
ならば私が買いに行ってあげましょう。
気にすることはありません。
いつもお世話になっているお礼です。
新しいユーベルコードも試したいですし。
ああ、ヨハンちょうど良い所に居ました。
相変わらず機嫌の悪そうな顔ですね。
今から買い出しに行くので荷物を持ってください。
それではしっかりと捕まってくださいね。
ソニック・スラスト!急急如律令!!
初めて使う技ですが良い感じに飛行できました。
さて、早く買って帰りましょう。
ヨハン・グレイン
◎ 3.自由行動
不本意ながらサリカさん(f01259)と
この店の珈琲と雰囲気は気に入っていますので
端の方の空いてる席でゆったりと本でも読んでいましょうか
ジンジャーエール狂いの子供がいるが、無視
関わるとロクな事にはならないだろう。知っている
……何もちょうど良くはないんですが
人の話を聞いてるか?
機嫌はたった今悪くなりましたよ。どうしてでしょうね。わからないだろうがな
……まぁ、灰色さんには転移で世話になりましたし……
渋々付き合うことにする。とても。渋々だ
はぁ? 捕まるって一体何をするつもりな……、お、お前……!!
馬鹿なのか? 飛ぶなら飛ぶ前に飛ぶと言え!
この調子で買出しに行くのかよ……
メドラ・メメポルド
2◎
おなかがすいたわ、ぺこぺこよ
だから、メニューをいただきに、あそびにいくわ
メドもちょっとした事件を見ることはできるけど、
自分で見たものは自分でたべにいけないんだもの
だからここで、マーヴェリックでメニューをいただくの
ねえねえ、かいさん
今、たくさん食べられそうなおしごとない?
おしごとの種類はかいさんにおまかせ
シェフの気まぐれメニューみたいね
ふふ、ならこのおしごとに行ってくるわ
ほかにもおしごと探しのひとが来るのでしょう?
メドは自分で行くから、かいさんはつぎのひとを送ってあげてね
じゃ、いってきまーす
デザートはまたここで食べるからってマスターに言っておいてね
チップに金平糖を置いて、お店を出ていくわ
三咲・織愛
◎
【1】
こーんにーちは!
オムライスを食べに来ましたー!
という訳でカウンターにそそっと向かって注文しますね!
あっ、灰色くんです。
先日はハイホーでした! お元気でしたか~?
おすすめのオムライスをお願いします!
飲み物もおまかせでー、食後のスイーツもおまかせしまーす!
灰色くんって普段猟兵の仕事以外の時はなにしているんですか?
雑談がてら色々聞いてみちゃいましょう!
コイバナとかないですかー? コイバナ!
偶に依頼でご一緒の姿を見掛ける方とか!
ぐいぐいぐぐいと色々聞きますよ!
あ、ついでにムーくんの可愛さについても語っておきましょう
ムーくん可愛いんですよ!(力っ)
霄・花雫
【はなうら】1
アウラちゃん甘い物好きー?
そっか、なら良かった!
ね、ね、灰くん灰くん!
アウラちゃんの復帰祝いってコトで、オススメの甘い物なんかあるかな?
お祝いだもん、今日はあたしがごちそーしたげる!ね?
あとアイスミルクティーくださーい!
アウラちゃん満身創痍だったみたいだしなぁ……無事に元気になって良かった。
アウラちゃんのコトまだほとんど知らないけど、今日をきっかけに少しは仲良くなれると良いなーなんてこっそり。
日中は学校だし、猟兵の知り合いあんまり多くないんだよねあたし。
折角知り合ったんだもん、今度は一緒に依頼行こーねっ。
……本人には言わないけど、結構無茶するみたいだしちょっと心配なんだよね……。
アウレリア・ウィスタリア
1.【はなうら】花雫(f00523)と
まだ左腕の動きが鈍いように感じますね
天使病質、ボク自身あそこまで酷い状態になるとは思ってませんでした
それでリハビリのつもりでここに来たのですけど
目の前には笑顔の花雫
甘いもの?
あまり食べる機会がなかったので、好きですよ
ミルクティ?あ、ボクにも同じものを
コロコロと笑う花雫
矢継ぎ早に奏でられる言葉
ボクはそれに圧倒されてしまう
えと、あの……
彼女に害意がないのはわかる
だからきっとボクも向かい合うことが出来ている
仮面越しだけど目を合わせられる
えぇ、そうですね
たまには一緒に出掛けるのも良いかもしれません
花雫、キミは不思議な人ですね
ボクの警戒心が薄れていきます
アドリブ歓迎
皐月・灯
【2】
……今日は仕事だ。
内容は……UDCアースで「噂話の調査」か。
犠牲者無し、不審者の目撃情報だけ、と。
邪教の連中が動き出してんのか、ただの空振りか……。
まあ、だいたい後者だけどな。
そりゃそうだろ。
マーヴェリックに集まるのは、グリモア持ちが予知しねーような情報だしよ。
ただ……今回は当たりらしい。
目撃証言と特徴が一致する連中が数人。
ターゲットはこいつらだ。
……運が悪かったな。オレは、鼻が利くんだよ。
――やれやれ、夜が明けちまう。
無駄に労力使った割にゃ、歯ごたえのねー相手だった。
さっきは当たりっつったけど、とんだハズレ籤だぜ。
ったく……あのマスター、どっからこういう情報仕入れてくるんだかな。
●ちょっと過激なくらげの食卓
「おなかがすいたわ、ぺこぺこよ。ねえねえ、かいさん、メニューをちょうだい」
その日最初の客は、波間に漂うくらげのような少女だった。放っておいたらどこへ歩いて行くかも分からない、ふわふわとした足取りの娘。名前は、メドラ・メメポルド(フロウ・f00731)。
灰色が応じて、手元からフードメニューを取り上げようとした矢先、少女はふるふると横に首を振った。そっちじゃないの、と言わんばかりだ。
「ちがうの、ちがうのよ。そうじゃなくって、たくさん食べられそうな、おしごとのおはなし」
「ああ――そっちか。……あんまり変なものを食べて、腹を下さないようにね、メド。きみは本当にいろんなものを食べるからなあ」
メドラ・メメポルドの仕事ぶりに関して、壥・灰色が知っていることと言えば、とかく綺麗に『食い尽くす』ということくらいだ。彼女は髪の一部に見えるその触腕で敵を捕食し、何も残さない。灰色は幾つもの仕事を彼女に紹介してきたが、そのいずれもで、メドラはその健啖ぶりを遺憾なく発揮してきた。相手を選ばずに。
灰色は右手に取り上げたフードメニューを元の位置に収めると、店の戸口にある掲示板に向かって歩いた。掲示板は比較的高く――それこそ、一六〇cmほどの背丈があるものの目線の高さを基準に据え付けられているので、メドラからは見づらかろう。
「だいじょうぶよ。メドは強いもの」
胸元でぎゅっとこぶしを作ってみせるメドラに、灰色はやれやれと息を吐いて肩をすくめる。
「きみの強さを疑うつもりはないけど、腹を下して寝込むと、ボスがさみしがる。きみはいつも旨そうに飯を食うから」
灰色は少し声のトーンを落として、カウンターの内側で料理の仕込みをする灰色髪の男を見やった。寡黙な男だ。
「きちんと帰ってきてくれないと、無言に加えて重い雰囲気までプラスされる。居心地が悪いったらない」
「気をつけるわ。……それで、何かおすすめのおしごとはあるかしら」
「頼むよ……ううん、そうだな」
灰色はしばらくメッセージボードとにらみ合い、やがて一枚の紙片を取った。
ひらり、と少女に紙片を手渡す。
「……これなんかいいかもしれないね。敵性外来種の駆除依頼。なんでも、川に流入した外来種が、在来種を食い荒らしているらしい。なので、その外来種を獲って獲って獲りまくってくれ――って話だ。きみ向きの依頼だと思うけど」
「おさかな、食べほうだいなの? ……ふふ、すてきね。なら、このおしごとに行ってくるわ」
メドラは表情を緩めて、広げたメッセージカードを矯めつ眇めつする。
「転送は必要かい?」
「ううん、だいじょうぶよ。他にもおしごとを探してるひとが来るのでしょう? メドは自分で行くから、かいさんは次のひとを送ってあげて」
メドラもまたグリモア猟兵である。その言葉は灰色にとっては全くありがたいものだった。他のグリモア猟兵のことは知らないが、彼はグリモアを使うたび、たいそう腹を空かすのだ。
「ああ、分かった。気をつけて」
「ええ、ありがとう。じゃあ、いってきまーす」
ぽてぽてと数歩歩いて、ドアに手をかけながら、くらげは後ろを一度振り返り、
「デザートはここで食べるって、マスターに伝えておいてね。……それと、これ、ふたりで食べてくれたらうれしいわ」
その小さな手のひらに隠れてしまうほどの瓶をことりとカウンターに置き、少女は出て行った。灰色が手に取り、ランプに透かした瓶の中には金平糖がコロコロと幾つも入っている。
「……ボス。そんなに睨まなくても、一人で全部食ったりしないよ」
灰色は嘆息しつつ、カウンターの内側から向かってくる視線に対し、肩をすくめてみせるのだった。
「さあ、悪いお魚さんをみんな食べちゃわなきゃね」
メドラは、水深も流れも強い川の中に、迷わずにその身を躍らせた。
くらげはくらげでも、彼女は漂うばかりではない。
――無垢にして、獰猛たる捕食者である。
彼女の仕事が済むまでには、一時間すら要さなかったという。
●今度は二人でご来店あれ
「こーんにーちはっ!」
にこにこぴかぴかの笑みを浮かべてドアベルを鳴らし、入ってきたのは三咲・織愛(綾綴・f01585)。カウンターにすちゃっと着席する少女のことを、店主はよく知らねども、灰色はよくよく知っていた。馴染みの宝石賢者と共に、灰色が依頼した数々の仕事を成し遂げてきた少女だ。
「いらっしゃい、三咲」
声をかけると、桃色の瞳がぱっと華やぐ。可憐で、可愛らしい印象の少女だ。もちろんただそればかりではないのだが――まあ、その辺はとある賢者に訊くとよく教えてくれることだろう。
「あ、灰色くん! 先日はハイホーでした! お元気でしたか~?」
「はいほー」
ああ、アレか。返事を合わせつつ、あのときの彼女は場酔いしててすごかったな、と灰色は思い起こした。今日はアルコールもないし、その心配も無いだろう。
「ああ、普通に元気に過ごしてるよ。そっちも変わりないようで何よりだ。ちょうどランチタイムだけど、何か食べていく?」
「はい! 今日はそれ目当てだったんです。じゃあ、オムライスをお願いします! 飲み物も食後のスイーツもお任せで!」
「かしこまりました」
気取った調子で灰色が礼をすると、注文を横目にしていたらしい店主が音もなく動き出していた。卵を三つ片手で割り入れたボウルを素早く攪拌、少量の塩を入れ蛋白質を融解させておく。生クリームをひとさじ足して、コクをプラス。
たっぷりのケチャップで、コーン、みじん切りのにんじん、ピーマン、タマネギ、ころころのベーコンを炒め、火が通ったら固めに炊いた米を足し、ケチャップの酸味が飛ぶやや強めの火で炒め合わせてチキンライスを作成。
素早い店主の手技をよそに、織愛の弁舌は止まらない。
「灰色くんって、普段猟兵のお仕事以外の時はなにしているんですか?」
「普通に学校に行ってるよ。これでも一応、ちゃんと授業に出てるし、成績もいい方だ」
「そうなんですね! じゃあじゃあ、学校も猟兵のお仕事もオフの時は?」
「うーん……寝てるか、飯を食ってるかな。ボスの作る飯は旨いから、食い飽きなくてね」
「ええ~っ。なにか恋バナとかないですかー、恋バナ! 偶に依頼でご一緒の姿を見掛ける方とか!」
「誰のことだろう……いとかな? あの娘のことは好ましいと思ってるけど、多分向こうは割合、誰と出かけるのでも楽しいタイプだと思うし、きみが思うようなことはないと思うなあ。……それに」
「それに?」
「言った通り、おれは飯を食えて、寝たいだけ眠れれば割とそれで満足な質だからね。……期待に添えないようで悪いけど」
「むー。何か進展があったら教えてくださいね。約束ですよっ」
「ないとは思うけど……ま、あったらね。それより、すぐオムライスが来そうだよ」
「わ、すっごく早い! どうしたらそんな風に出来るんでしょう……」
「これが仕事だからね、ボスも」
どこか誇らしげな灰色の言葉をバックに、店主はチキンライスを椀に詰め、それを皿の上に伏せて盛ってから、バターを溶かした鉄パンに卵液を流し入れた。箸で数度混ぜて揺さぶり、リズム良く一度、二度、三度と返す。瞬く間に鮮やかな黄色のオムレツが宙を舞う。
ぽんとオムレツをチキンライスの上に載せ、ナイフで一筋の切れ目を入れて左右に広げれば、とろり流れる半熟の卵と溢れる湯気がかぐわしい香りを放つ。デミグラスソースをたっぷりと回しかけて供されるオムライスに、織愛の目が輝く。
「わあ……! とってもおいしそうです!」
「おいしいよ。保証してもいい。飲み物は――アイスティーで。これはおれが淹れたやつ。ボスに教わったものだから、まずいことはないはずさ」
「ありがとうございますっ。……ところで灰色くん、」
「何?」
オムライスに舌鼓を打ちながら切り出す織愛。首を傾げる灰色。
「あのですね、これはわかってもらえるか分からない話なんですけれど」
織愛ははふはふとオムライスに取り組みつつ、嚥下の狭間に続ける。頷く灰色。
「ムーくんってすっごく可愛いんですよ!」
「あ、それはなんとなく分かる」
まさかの分かる発言。織愛の目がカッ!! と輝く。
「でしょうっ! 語ってもいいですか! ムーくんの可愛さについて!」
「いいよ。……今はどうせ暇だし、気が済むまで」
それから怒濤の如く語られる織愛のムルヘルベルトークに、灰色はしばらく楽しげに相槌を打っていたという。無表情だけど。
後日、その話を灰色に振られてムルヘルベルが表情をぐるぐるさせたかも知れないのは、別の話である。
●ニンジャ・ヴァーサス・ニンジャ・イン・ザ・スペースシップ
かららん、とまだ静かな店内に、ドアベルの音が響いた。目を向けてもそこには何もいない。気配が希薄。足音もない。風に押されてドアが開いたと言えば納得してしまえるほどだ。
しかし、灰色はカウンター席に冷水のグラスをことりと置いた。ドアを開けたのは風ではない。現世に生きる忍びだと知っていたためである。
「まずはオーダーをするのが礼儀ですね。アイスコーヒをください」
然り。出し抜けな声と共に、グラスの水滴を細い指先が撫でた。いつの間にやら、グラスの置かれた席には千代紙の忍びが座っている。名を、矢来・夕立(影・f14904)という。
「普通に入ってきなよ。……まあ、出すけどさあ」
「この方がインパクトがあるかと思いまして。どうも、名無しさん」
夕立は独特な呼び方で灰色を呼ばわる。灰色も最早訂正する気は無いようだった。もとより壥・灰色は名無しの灰色。ある意味真実なので、訂正する必要が無いとも言える。肩をすくめて、灰色は夕立にアイスコーヒーを給仕した。
「ああ。いらっしゃい、矢来。今日はどうしてまたこんな所まで?」
無表情な二人が顔を付き合わせると、険悪な仲なのではないかと思われがちだが、この二人に関してはそれは当てはまらない。両者ともに、単純に表情筋が死んでいるのだ。
「二つあります。『マーヴェリック』の話は前々から聞いていましたからね。様々な世界からの依頼が集まる、UDCアースの喫茶店。仕事柄、そういう切っ掛けの集まる場所と縁を持っておくのは悪くないコトで。それが一つ」
「なるほど――もう一つは?」
「単純にノド乾いたんです。外バチクソ暑くないですか? もう九月なのに」
「わかる」
フェーン現象が何たらかんたらとかあるらしいよ。みたいな学術的な話を二言三言したが、互いに別にそんな興味があるわけでもないのですぐに止める。
「まあ、フェーンなんとかはともかく。そういうわけで名刺代わりに仕事の一つも受けようと思いましてね。なにか古い、解決されずに久しいような依頼なんかはありますか、名無しさん。何でもやります。騙し欺き諜報護衛、夜襲急襲合戦暗殺、やりたいこともやりたくないこともありません。どれでもさらりと片付けてみせますよ」
「へえ。それはすごいな。……じゃあ多分、今一番古いのはこれだね」
灰色はメッセージボードへ歩くと、一枚の紙片を取り外して夕立に渡した。この喫茶店に集まる猛者たちが食い残した依頼など、よほどの貧乏籤に違いない。さてどのようなものか、と紙片を広げると、そこには――
「……名無しさん」
「なに?」
「ペット探しってこれ、何探すんですか。写真、おじさんがVサインしてるだけのやつしか載ってないんですけど」
「ああー、それね。アレだよ。スペースシップワールドでの仕事でさ。映ってないんじゃない。映ってるけど見えないんだよ」
「は?」
「下の方に書いてあるだろ。ギャラクシーニンジャオオシノビカメレオンのプリンちゃんだってさ」
ギャラクシーニンジャオオシノビカメレオンって。マジかよ。
夕立は依頼全文を再度精読する。マジだった。
「……大きさは?」
「現地で直接聞いた方がいいんじゃないかな。連絡しておくよ。まあでも、大きい種でもカメレオンってせいぜい三〇cmぐらいだって聞くよね。実際の所、そいつのサイズがどんなものかは分からないけど」
「三〇cm……ヒトがクソほど住める宇宙船の中で? 三〇cmのカメレオンを……?」
夕立はめまいを覚えた。しかし、『紙忍』夕立、いかんいかんと左右に首を振る。奮起の表情である。
「いや、いや。ニンジャにシノビとつくからには負けていられない。とりあえず現地に行ってなんとかします。転送をお願いできますか?」
「おお、やる気満々だね。了解、じゃあ転送を開始する。気をつけていっておいで、矢来」
灰色は立体パズル状の立体パズルをくるくると片手で廻し、六面を揃えて“門”を開いた。依頼の前説明では最早恒例の眺めだったが、開く門を見て、夕立は一息にアイスコーヒーを飲み干し、席を立つ。
「帰還ポイント、依頼人の居住地、その他諸々の必達事項はそのメモにある通りだ。幸運を、矢来」
「ええ――」
眼鏡の位置を片手で直し、夕立はきりり、と表情を引き締めた。
「――かって、帰ってきます」
『勝って』とも『狩って』とも取れるイントネーションで言うと、夕立は灰色の開いた極彩色の“門”の中に、迷い無く身を躍らせるのであった――
スペースシップワールド。
午後五時。大量の紙製の鴉がバッサカバッサカ乱れ飛び、あっちだクワー、こっちだクワー、とめまぐるしく伝えてくる情報を頼りに、一人のニンジャがカメレオンを探して飛び駆けるのが、とある宇宙船の片隅で見られたとか、なんとか。
「……売れ残ってた理由が痛いほど良く分かりましたよ。式紙代分、経費で落ちるのかこれ……?」
落ちないのだった。
合掌。
●キャッツ・クレイジー・ナイト
「ただいま。この世界はまだまだ暑いな……マスター、いつものコーヒーを」
続いて入店したのはユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)。狐耳をへしょりと垂れさせ、カウンターの隅の席に腰掛ける彼女の前に、注文するなり置かれるアイスコーヒー。酸味控えめの、ゴクゴクいけるブレンドだ。
「お疲れ様、ユア。随分疲れているみたいだけど、どうかしたの」
ぢうー、とストローでブラックのまま吸い上げるユアに灰色が歩み寄ると、ユアは萌葱色の目を気だるそうに灰色に向け、ああ、今日はいたのか、とばかりにひらひら手を振った。「どうもこうも、」とだるそうに一言紡いで、コーヒーをもう一口。
「昨日の夜から仕事でね、一晩働きづめさ」
「昨日の夜から……ああ、あの猫探しか。幸運を呼ぶ、赤目の黒猫だったっけ」
「そうだよ。その猫探しだ。眉唾物のただの噂だと思ってたんだがな。大体、幸運の猫を名乗るなら白猫が道理だろう。黒猫は不吉の象徴じゃなかったのか。黒猫じゃ第一見つけづらいだろう、主に夜に」
ユアはそのまま顎をカウンターにつける。冷えて心地いいのだろう。灰色もカウンターに手を置いてみる。ひんやり。
「愚痴が先に立つね。それで、捕まえられたの?」
「いいや。逃げられた。素早いわ狭いところに入るわ、ぬるりと腕を擦り抜けるわ、一声鳴くとどこからともなく黒猫の群れがやってきて紛れるわ――おい、マスター、声が出てなくても笑ってるのは分かるぞ!! お前が貼り付けた依頼だろう?! もう少し難易度が分かるようにしておくものじゃないのか、こういうのは!」
がばりと身を起こし、ふしゃー! と耳と尻尾を立てるユア。肩を震わせつつどこ吹く風の店主。なんとも言えずに口をチルダのようにする灰色。
「……とにかく。そういうわけで休憩に戻ってきたんだ」
店主に食って掛かれど猫が捕まるわけでなし、ユアは切り替えも鮮やかにはあ、と大きく溜息を吐き、スツールの上で脚を組み直した。
「カイ、何かおすすめのメニューはないか。あそこで忍び笑いしてるマスターに労働の尊さを教えてやってくれ」
「ボスが面倒くさがるメニューってことなら、作り置きの効かないホットサンドとかがおすすめだよ。このソテードオニオンチキンホットサンドとかオススメ」
「じゃあそれで」
売り込み上手の灰色。にやりと笑うユア。居候にすごい目を向ける店主。灰色は「働いてよ、ボス」とひらひら手を振るばかりだ。因果応報である。
ソテードオニオンチキンホットサンドとは。
両面に粉を叩いた輪切りタマネギを、鉄板でプレスしながら両面きっちり焼き、カリッとした食感と甘みを引き出して、これまたプレスして皮目から焼いたチキンと共に、特製ハニーマスタードを交えて、からしバターを塗ったパンに挟み、ホットサンドプレートに挟んで両面をきっちり焼き上げ、斜め切りにしたボリュームたっぷりのホットサンドだ。スープ付き九六〇円。手間が、かかる。わざわざタマネギもチキンも鉄板で焼くので。焼きたてを供するので。
あくせくと働き出す店主を見て溜飲を下げたらしいユアが、手を組んではあ、と溜息を吐くのを見て、灰色は手の内の小瓶から一粒、金平糖を取り出した。
「……おつかれさま。ま、うまく行く事ばかりでもないさ。どんな奴でもそれは同じことだ」
ユアの掌の上に、それを転がす。
「身に染みる言葉だね、まったく。……これは?」
「メドがくれた。今頃、あの娘も仕事をしてる頃さ」
「なるほど。……後で会えたら礼を言わないとね。――カイ、別の仕事を見繕ってくれないか? あの黒猫は他の誰かに任せる。多分、私じゃ捕まえられない」
「了解。――じゃあ、腹ごなしに丁度いいのを捜しておこう。――あのホットサンドを、きみが食べ終わる頃までに」
灰色が親指で店主を示せば、店主がホットサンドの仕上げに掛かるところだった。プレスされたパンが香ばしく焼き上がる香りが、カウンター奥から漂ってくる。
ああ、とユアは微笑んだ。
散々な仕事も時にはあるが、調子が底を突いた次の日は上り調子になるだけだ。一度どん底を極めているのだし。
ユアは金平糖を口に含み、転がす。
萌葱色の目が和み、狐の耳が二度跳ねた。
●夜明けのストライダー
店内が活気づいてきた頃、鳴るドアベルに灰色が目を向けると、オッドアイの少年が伏し目がちにドアを潜るところだった。
「灯。おつかれさま。今日はどっちだい?」
「仕事だ」
メッセージボードを流し見して、少年は一枚の紙片をピッと挟み取った。その内容はこの世界――つまりはUDCアースにおける『噂話の調査』。犠牲者は未だなし、あるのは不審者の目撃情報のみ。人が死んだでも、傷ついたでも、ましてや行方不明になったわけでもない。警察に言っても取り合って貰えない――そうした案件も、このマーヴェリックにはよく舞い込む。そしてそれを拾い上げる奇特な者も、この場末の喫茶店には何名かいた。
皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)もまた、その一人であった。
「またぞろ邪教の連中が動き出してんのか、それともただの空振りか――ま、大体後者だろうけどな」
ぶっきらぼうな調子で灯は呟く。メッセージボード際に灰色もまた歩み寄り、灯が手にした紙片に目を落とした。
「そうだなあ。おれも、十中八九なんてことのない話だとは思うけどね」
「そりゃそうだろ。ここに集まるのは、グリモア持ちが予知しねーような情報ばっかだからな」
「それでも行くあたり、きみも律儀だなあ」
「茶化すなよ」
じろ、と二十数センチ下から、睨み据える橙青の視線が刺さる。灰色は軽く両手を挙げて見せた。
「茶化してないよ。凄いな、と思うだけさ」
「ふん。どうだかな。……オレだってなにも別に、小さな悪でも見逃せませんなんて正義感で行くんじゃねー。今回は当たりって感じがすんだよ」 オレは鼻が利くんだ、と呟き一つ。灰色は手を下ろし、ひょいと肩を竦めてみせた。
「当たり、ね。……まあ、本当を言えば当たりなんてない方がいいんだけどね。世の中が平和で何よりってことでさ。……転送は要るかい?」
「いや、いい。どうせこの近くだし、準備運動がてら走って行くさ」
「了解。じゃあ、気を付けて、灯」
「おう」
軽いやりとりを経て灯は表に出ると、ほとんど間を置かずに雑居ビルの間を蹴り登り、空に身を躍らせた。ビルからビルを蹴り渡ってUDCアースの空を行く。地を駆けて誰かを跳ね飛ばす危険を避けるなら、こうするのが一番手っ取り早い。
――そうして、超高速のスカイ・ランニングを五分も続ければ灯は現場近くのビルの屋上に辿り着く。不審者が姿を現すのにはしばらくの時間を要するだろう。
実のところ、こうした仕事は人気がない。目撃情報しか情報がないし、倒すべき敵がいるのかどうか、まずそこが曖昧だからだ。幽霊の正体見たり枯れ尾花――という事も充分にあり得る。だから、それを知っている者ほど敬遠する。
だが、灯はそこから目を逸らさない。無駄足を踏むたび悪態を吐き、舌打ちを繰り返しながらも。
もし見落として誰かが死んだとき、後悔に圧し潰されないためか。救えたはずのものを救わなかったと、未来の自分に誹られぬためか。真意は彼自身にしか分からなかったが――
「さぁ、いつでも来やがれ」
ぶっきらぼうな正義の味方は、ビルの天辺から、来るかも分からぬ悪を見張っている。
車が停まり、その中から白尽くめの男達――『黄昏の信徒』が姿を現した。何れも屍蝋のような面で顔を覆っている。
時刻は深夜――いや、もう朝だ。四時二十分を回っている。
彼らは停めたバンの中から、『積み荷』を下ろすために車の後ろへ回った。バックドアに一人が手をかけた刹那――
「言ったろ。オレは鼻が利くんだってな」
どこか勝ち誇るような声がして、雷光が墜ちてきた。着地と同時に雷光は跳ね、手近な一人に襲いかかる。稲妻めいた正拳二発からのバックハンドブローが即座に一人目を昏倒させた。残敵二名。ユーベルコードを使うまでもない。
雷光――否、ビルから飛び降り来た灯は、バンのバックドアに三角飛び。まるで軸をぶらさずにコンパスが回るような、空中二転の飛び回し蹴りを延髄に叩き込み、残る二名をノックアウトする。
車の鍵を奪い取り、敵を拘束しつつ、車が停まった建物を見上げた。何らかの積み荷を運び込むつもりだったのなら、この奥にも数名、敵がいると見るべきだろう。
「……やれやれ、夜が明けちまう。さっきは当たりっつったけど、とんだハズレ籤だぜ」
車をロックし、灯は憮然とした調子で言った。
「こんな仕事をさせてくれたんだ。終わった後には、ココアの一つも奢ってくれるんだろうな、マスター?」
明ける前の空の下、不気味に佇む雑居ビルのドアに、第二ラウンドのゴングめいて、灯の拳が叩き込まれた。
●きみら本当は仲いいんじゃない? って言ったらすごい目で睨まれたのでもう二度と言わない
名店ではない、といつも灰色(と、喋らないが、灰色の言うところの店主の弁)は言うが、マーヴェリックの食事とコーヒーの味は悪くない。それを知っているので、積極的に仕事をこなさずとも、単にたまり場としてマーヴェリックを愛用する猟兵もまた数名いる。ヨハン・グレイン(闇揺・f05367)がその典型である。
カウンター席の片隅で、静かにコーヒーを傾けながら読書。本日の一冊は、『詳解魔術数理 その実践と応用』……時折挟まれる著者本人の経験談・体験談の類が読み物としても秀逸であり、読み返す都度発見のある良書だ。何度も読み返しすり切れかけたページを捲る、捲る。文字を茶請けにするようにブラックの珈琲を飲み、僅かに店内に流れていくジャズの中、知識の海に浸る。贅沢な時間だ――
カランカラーン。
「マスター、いつものをください。はい、いつものです」
年頃の少女の声だ。ヨハンはページを捲る手を止める。本を支える左手をズイ、と上げ、ページに顔を埋もれさせるようにして、ヨハンは身を縮めた。顔が見えれば絡んでくるに決まっている声だ。なので可能な限り目立たぬように己の存在を小さくする。
間。
「サリカ、ボスがなんだっけって」
灰色の声。
「ジンジャーエールです。覚えてください。この六波・サリカの名前と一緒に」
「うわボス、その味わい深い絶妙にイヤそうな顔、初めて見るなあ、おれ……」
ヨハンは絶対にそちらの方を見なかった。関わり合いになると碌な事にならないと、経験で知っている。あのジンジャーエール狂い――六波・サリカ(六波羅蜜・f01259)と一緒にいて、碌な事があった試しがないのだ。
「まあ、根気強く何度も注文してればそのうち覚えるんじゃないかな……っていうか、なんでそんなに『いつもの』の一言でジンジャーエールを出して欲しいんだ、きみは」
「分かっていませんね、灰色。その方が――」
「その方が?」
タメ。
「――特別感があるからです」
「へえー」
ヨハンはページを捲っていた手でカウンターを叩きかけた。何だあの一グラムも実のない会話は。何なら今の溜めた二秒と少しの時間、間違いなく上質の虚無だぞ。中身が何もない。ドーナツの穴ぐらいない。
「まあ特別感はよく分からないけど……こういう暑い日には炭酸ものは旨いよね。それはよく分かるよ。ジンジャーエール、お待ち」
「ありがとうございます、灰色」
喉を鳴らし旨そうにジンジャーエールを飲む音が聞こえる。こうなってしまうとページに目を落としていても、文字がさっぱり頭に入ってこない。今やヨハンは新しい発見どころの騒ぎではなかった。次にサリカの口から飛び出る虚無に備えていなければ、いつカウンターを音高く叩いてしまうか分からない。
「はあ……おっしゃる通り、暑い日のジンジャーエールは最高ですね。生き返ります。冬でも飲みますが。ところで灰色、すっかり給仕が板についていますが、あなたは本当にここの店員ではないのですか」
「未だにみんなによく言われる。まあ、仕方ないね。ボスは意地でも喋らないから、代わりに喋ろうと思うとどうしてもカウンターの内側に入らなきゃならないこともある。で、フードは何か食べていく?」
「ではそうですね。このスペシャルオムライスを一つお願いします」
「了解。ボス、オムライス一つ……え?」
灰色の問うような響きの声に、ヨハンは本から少しだけ目を上げ、カウンターの内側を覗いた。店主が空の卵パックを振っている。
「……もしかして卵がもう無い?」
店主、うなずき一つ。続けざまにびびびびび、とそこら中を指さす。サリカの目が左右に動く。灰色が気味の悪い速度で指された順に目を走らせた。
「えーと、トマトソースとピーマンとベーコン。よりによってソフリットも切らしてるって? 何でそんなことになるんだよ……おれは手伝わないよボス。店離れると仕事に行くやつを飛ばす発射台がいなくなるだろ」
「トラブルですか、灰色」
「……諸々足りないのでオムライスどころか、フード自体がここで打ち止めの可能性が出てきたところ」
灰色が自身こめかみに指を突き立て、ぐりぐりと揉みほぐすように押しつける。彼なりの頭痛の表現なのだろう。顔は相変わらずの無表情だったが。
「おや、食材を切らせてしまったのですか? ならば私が買いに行ってあげましょう」
「え? いいの、サリカ」
「もちろんです。気にすることはありません。いつもお世話になっていることですしね。それに新しいユーベルコードも試したかったところです。荷物持ちにはほら、ちょうど良くそこにヨハンもいますし」
気付いてんのかい。
いや、それどころか。
「何もちょうど良くないんだが?」
コース横で見てたらドリフトしてきた車両のテールに当て逃げされた気分だ。机を叩くのを辛抱したのを是非誰かに褒めて欲しい。オルハさんなら褒めてくれるだろうか。
灰色とサリカの視線がヨハンに注がれた。こうなっては本も閉じざるを得ない。海よりも深い嘆息と共にヨハンは本にしおりを挟んで閉じた。音高く。すぱーん。
「おや、ヨハン。聞いていたのですね。てっきり本に夢中になっているものかと」
「ええ、夢中になっていましたよ。お前が来るまではな」
敬語と雑タメ語がごっちゃになった調子で、こめかみの青筋も隠さずサリカに応じるヨハン。
対するサリカときたらいつもと同じ平坦な調子で、
「相変わらず機嫌の悪そうな顔ですね」
と返したものだから、ヨハンの怒りのボルテージは最早マックス通り越してオーバードライブだ。
「機嫌の悪そうな顔と来ましたか。ええ、そうでしょうとも。たった今悪くなった所ですから。どうしてでしょうね。分からないだろうがな、お前には」
「? ええ、まあ、全く分かりませんが。ところでヨハン、買い出しに行きますよ。荷物を持ってください」
「人の話を聞いてるか
?????????」
ヨハンは知っている。六波・サリカという女は、全部聞いた上でこれなのだと。含みを持たせた迂遠な怒りの表現は、どれだけ尽くそうとものれんに腕押しなのだと。直接的な怒りを叩きつけないことには、一切汲み取ってくれないのだと!
「聞いています。いいですかヨハン、灰色が困っているのです。あなたも灰色とは何度か縁があったでしょう。助けないのは薄情だと思いませんか?」
「むっ……」
そのくせ正論だけは要所要所で鋭く刺してくる。付き合いはそれなりの時間になるのだが、ヨハンは今だこの少女との接し方に悩んでいる。主に関わらずにすむ方法について。しかし、刺された正論が痛い。方便をこねて返そうとするが、うまい言葉が見当たらない……
「いやおれって言うか、困るのはボスなんだけど」
「静かに」
「はい」
「~~~……まぁ、灰色さんには転移で世話になりましたし……無碍にするわけにも……はぁ~……」
渋々、といった調子で席を立つヨハン。続いてサリカも椅子を蹴って立つ。
「では決まりですね。マスター、灰色、オムライスの準備をして待っていてください。すぐに戻ります」
「あ、ちょっとサリカ――」
「早く済め、早く済め、早く済め、早く済め、早く済め、早く済め……」
「ヨハン……」
ばたん。
灰色と店主は、意気揚々と表に出る少女と、それを呪うように二音節を繰り返しながら店を出る少年の二人を見送り、顔を見合わせた。
「……買い物メモ、渡してないんだけどな」
問一:ソフリットとはなんでしょうか?
「それではヨハン。しっかりと捕まっていてくださいね」
「はぁ? 捕まるって一体何をするつもりな」
「ソニック・スラスト!! 急急如律令!!」
紅い雷がサリカの身体を覆ってズゴバババズギャギャギャガガビビビッビバリバリバリー。
「はぁっ……?! ……、お、お前!! ちょっ――」
「それでは、いざ! スーパーまで!」
サリカの首っ玉に摑まったヨハンが次の言葉を継ぐ前に、サリカは急速度で空に飛び立った。ユーベルコード、『高速飛行』! 赤雷を纏い、音速を超える速度での高速航行を可能とする彼女の新技である! お前出すとこホントにここで良かったのか?
「お前ッ、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、糞馬鹿も休み休みにしろ!! 飛ぶなら飛ぶ前に飛ぶと言え!!」
「いや、初めて使う技ですがいい感じに飛行できましたね。ヨハンも今のところ落ちていませんし、おおよそ成功と言って差し支えないのではないでしょうか」
「差し支えしかないッ!!! 人の話を!!! 聞け
!!!!!!」
とんでもない速度で空をブッ飛びながら、ヨハンは死ぬほど後悔していた。やはり意地でも席を立たずに無視を決め込むべきだったのではないかと。今更ながらに思うのだった。この調子で買い出しに行くのかよ。帰りもこれかよ、と。
――だが甘かった。スーパーの前に降り立ち、フラフラになったヨハンの前で振り向いたサリカが、本日最大の爆弾を投下した。
「――はて、そういえば何を買い出しに行くのでしたか」
最低の底が抜けて二重底。
一往復プラスが確定した瞬間ほど、ヨハン・グレインがこの世を呪ったときは、他になかったと伝えられる。
●キミはおひさま
ヨハンとサリカが身体を張ったコントを繰り広げている頃、マーヴェリックでは小さな女子会が繰り広げられていた。
「ねぇ、アウラちゃんって甘い物好きー?」
「甘いもの、ですか? 今まではあまり食べる機会はなかったけれど、好きですよ」
「そっか、なら良かった! 何がいいかなぁ――」
メニューをあれこれと捲る、空と海の瞳の少女は霄・花雫(霄を凌ぐ花・f00523)。その横で、若干落ちつかなさげに身体を揺らす仮面の少女はアウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)という。
屈託なく笑う花雫の表情に対し、仮面の下に戸惑いを孕ませた無表情を揺らすアウレリアは、いかにも対照的な組み合わせであった。
「うーん、どれも美味しそー。ね、ね、灰くん灰くん! アウラちゃんの復帰祝いってコトで、オススメの甘い物なんかあるかな?」
「ん? アウレリア、なにか大きな怪我でもしたの?」
花雫がかいくん、と呼ばわれば、戸口に目を向けていた灰色が、花雫とアウレリアに視線を振り向けた。
「……ええ、無垢なる天使の棲むところで、少し。まだ左腕の動きが鈍いように感じますね」
「無垢なる天使?」
問い返す灰色に、アウレリアはことのあらましを掻い摘まんで語る。薬物により理性を奪った少女らを贄とし、邪神を召喚せんとした悪業の邪教徒共の話を。
作戦コード、『天使病質』。嘗てのサナトリウムにおける邪神召喚儀式を阻止するミッションに於いて、アウレリアは任務のためとはいえ薬物漬けになり、甚大な傷を負った、という。
灰色の無表情の眉間に皺が刻まれる。実のところ、彼は道理と仁義と人道に沿わぬことを非常に嫌うということは、この喫茶店の常連客にはよく知られた事だ。
「……ボク自身、あそこまで酷い状態になるとは思ってませんでした。それで、リハビリのつもりでここに来たのですけれど」
「それは――大変な仕事だったね。報告書を後で改めておく。その苦労が報われるような一皿をボスに頼んでくるよ。二人とも、暫く待ってて」
「はーい! あ、飲み物はアイスミルクティでよろしくね! 」
「あ、ボクにも同じものを……」
「了解」
軽い返事と共に灰色はカウンターの内側で背を向けた。足りなくなった材料の仕込みに追われる店主の方へ足を向ける。その背をなんとなしに目で追うアウレリアの視界に、花雫の笑顔が割り込んだ。
「っ、」
「快気祝いだもん、今日はあたしがごちそーしたげる! お代の事は気にしないで、たくさん食べて! ねっ?」
ころころとよく変わる表情に少女らしく華やいだ声で、花雫はアウレリアに語りかけた。爛漫に晴れ空を謳歌するような明るい声音。
月下美人のように、月夜をかそけくささやくようなアウレリアの声とは美しさのベクトルが異なる。
「そんな――そこまでしてもらうわけには」
「いーのいーの! いいったらいーの! ボロボロで満身創痍になって、それでも無事に帰ってきて、こうして元気になって――それが嬉しいから、あたしにごちそーさせて欲しいんだ。だめ?」
「えと……あの……だめ、ではないですが」
面映ゆい思いを隠せずに、目を泳がせるアウレリアに、相変わらず晴れ空のように笑って花雫は「じゃ決まりっ!」と畳みかける。
矢継ぎ早に奏でられる花雫の言葉に圧倒されつつも、アウレリアは何とか言葉を探す。
――どうしたらいいのか、分からない。けれど、決して不快ではなかった。それはきっと、花雫から害意の匂いがしないからだ。声から、敵意を感じないからだ。剣以て、血糸以て応報すべき相手ではないからだ。
だから、こうして向き合えている。拙くはあるけれど、話をする事が出来ている。
「……その。上手く言えないのですが。ありがとうございます、花雫」
「えー? まだスイーツも届いてないのにお礼なんて気が早いよ、アウラちゃん。それに、特別な事なんてしてないつもりだよ、あたし。友達が元気になったらうれしーし。お祝いするのも当たり前ってゆーか」
組んだ手の掌で空を押すように、花雫はんんー、と伸びを一つ。
「日中は学校だし、猟兵の友達、あんまり多くないんだよねあたし。折角知り合ったんだもん、今度は一緒に依頼行こーねっ。その時は大怪我しないよーに、あたしが横で助けてあげるから!」
「友達……」
アウレリアは、泳がせていた琥珀の瞳を瞬かせ、花雫の空色の双眸へ注いだ。注ぐ事が出来た。仮面越しとは言え、人と視線を重ねられた。
静かなアウレリアの視線に、頬を掻いて花雫は逡巡。
「え、えっと……なんか変な事言ってた? あたし」
「いいえっ」
アウレリアはそこだけは反射で強めに否定しつつ、歌を紡ぐ前のようにすう、とブレス。
空と琥珀を重ねたまま、
「……ええ、そうですね。たまには、一緒に出掛けるのも良いかもしれません。そのときには、よろしくお願いします、花雫」
「よかったー! 任せといて、その時は張り切って戦っちゃうから!」
華やぐ表情で言う花雫に、アウレリアは言葉を返す。
「花雫、キミは不思議な人ですね。ボクの警戒心が薄れていきます」
「ええー? そうかな、普通だと思うけど」
「……非凡な事です、それは」
本人すら意識しないほど、微かに笑みを浮かべ――アウレリアは、改めて花雫に礼の言葉を零すのだった。
――秘密が二つある。
ひとつ。彼女の事をまだほとんど知らないけれど、これをきっかけに仲良くなれたらいい、と思っていること。これはもしかしたら、少しは達成出来たのではないか、と思う。はじめより、アウレリアの表情が随分柔らかくなったし、レスポンスもスムーズになってきている。次に遊ぶ約束だって出来たし。
ふたつ。これは本人には絶対に言わないけど、彼女のことを、そうとうな無茶しいだと思ってるってこと。出自の事と関係があるのかも知れないけれど、まだそれは、深く訊く事が出来ない話。けれど心配するだけ、待っているだけは好きじゃないから、今できる事はきっと全部した、と思う。
次に彼女が傷つくときには、少しでも浅く。
もしかしたら、その疵を防げるように。
花雫は思う。蒼穹みたいな笑顔の下で。
ただのお天気娘というわけではない。これで色々考えているのだ。難しい事を考えるのは好きじゃないけど。
「お待ち遠様、スペシャルパンケーキセットだよ。メニューにないけど五段重ねにしてくれた。ボスが」
「やったーっ!! ホイップギガ盛り! マスター太っ腹ー!」
「これは、……凄いですね」
「すごいね、めっちゃ大っきい!」
「はちみつ、メープルシロップ、チョコシロップ、キャラメルシロップ、ベリーシロップと各種あるから、味を変えながら楽しんでくれたら」
「はーいっ! アウラちゃん、食べよっ!」
「はっ、はい」
どこから手を付けたものだかおろおろするアウレリアに、とりあえず○ンスタ向けに撮影を済ませた花雫が逐一教唆。
甘い甘いパンケーキとミルクティの間で、弾みだした二人の会話は、夕方まで止む事もなく続いたという。
●狐のお誘い
「はあ……涼しい……」
どこかぽんやりとした表情でアイスココアを嗜みつつ、活気満ちる店内のカウンター席で、周囲を見回すのはシャルロット・クリスティア(彷徨える弾の行方・f00330)。九月に入ったとは言え残暑厳しく、台風が吹いたかと思えば翌日は猛暑などという、完全に人を殺しに来ている天候も余所に、マーヴェリックの中は今日も快適な空調に守られている。
「普段の休みは大体アルダワの工房にいますし、たまにこうして気分転換をするのもいいものですね」
「その割には行き先がここだけど、それはいいの?」
横から突き刺さる突っ込み。カチャカチャとカトラリーを使う音。
ここ。めしが美味く、知った顔が店内のそこかしこに居並ぶ、実家めいた安心感を誇る喫茶店。マーヴェリック。
痛いところを衝かれた、とばかりシャルロットはストローから唇を離し、横手を見た。ココアの水面が少し吊り上がる。
シャルロットが見た先には、五段重ねのパンケーキを物ともせずにもりもりと平らげていく赤毛赤目の少年がいた。幼いながらに風刺の効いた物言いをするその少年は、名を赤星・緋色(サンプルキャラクター・f03675)という。
「……それについてはこの際、不問とします。いいんです、閉じこもってひたすら新装備の開発や銃の整備をしているよりは、きちんと太陽に当たっている分健康的です!」
「なるほどなー、そーいうものかー」
ちょっと言い訳混じりのシャルロットの言葉を余所に五段重ねパンケーキを着々と平らげていく緋色。生返事。箸休めにはストレートティ。食べるペースが全く落ちない。
「あからさまに興味を失った感じの返し、心が痛いんですが!」
「まーまー。興味がないなんてことないよー。それにしても、キマイラフューチャーだと完全に同じ物しか出てこないけど、UDCアースはカスタムオーダーができていいよね。へいへーいマスター! パンケーキとストレートティおかわり!」
緋色の高らかな宣言に、店主が応じてフライパンを振った。予期していたかのようにその中で丁度焼き上がった柴犬色のパンケーキが翻る。
「それは確かにそうですね。長い間向こうにいると、少し食傷してしまうのも分かる気が――って、まだ食べるんですか?!」
「よゆーよゆー」
緋色の声に切迫した響きはない。常人を遙かに超える健啖振りだ。一体その小柄な身体のどこにそんなに入るのだ、と問いたくなるほどである。
見れば一皿目は空になりつつあり、カウンターの内側では焼き上がったパンケーキwith堆いクリームの皿を、灰色が今当に手に取るところだった。甘い物が好きな女子でも、一瞬うっと顎を引いてしまうような量である。
「はい、お待ち。よく食べるね、赤星」
ストレートティと二皿目の五段パンケーキを緋色の手元に滑らせながら、特に驚くでも呆れるでもなく灰色が言った。
「そうかなー? ふつうじゃない?」
「断固として普通じゃないですっ! いくらここのパンケーキが美味しいからと言って――」
「え、シャルロットさんもぱんけきほしいの?
しょーがないなー」
もったいぶるような口調と裏腹に手つきは豪快に、緋色は届いたばかりの五段パンケーキ、うち四段をナイフとフォークでモリッと持ち上げた。分けてあげるねーとでも言わんばかりに。
「いやいやいやいや! 分けるにしても比率おかしくないですか?! 私は結構です! 結構ですからあっ!」
シャルロットと緋色がパンケーキを巡る攻防(?)を繰り広げる間に、ドアベルがまたカラカラと鳴り、来客を告げた。
「賑やかですね」
長身に白衣、眼鏡に怜悧な目つき、柔和な笑みを貼り付けた口元。腰から伸びた尻尾と頭頂の耳という身体特徴から、容易に妖狐と知れた。いかにも切れ者と言った風貌の青年の名は、ルイーネ・フェアドラク(糺の獣・f01038)。この喫茶店の常連の一人だ。
ルーティンを壊さず、ルイーネはいつもの席に腰掛ける。偶然にもシャルロットと緋色から、空席一つ開けて隣のカウンター席だ。
「ハイイロ、珈琲を。アイスで」
「分かった」
飛ばされた注文に灰色が応じたときには、既に店主が準備を始めている。濃いめに、熱い珈琲をゆっくりと落とし、それをたっぷりの氷にゆっくり注ぐ。熱気と氷気の混じった湯気と、ぴしぴしぱきぱきと歌う氷。すぐに出来上がったアイスコーヒーがコースターに載って提供される。
「ありがとうございます」
受け取った珈琲をスマートに一口。残暑に当てられた身体に嬉しい、黒く冷たい恵みが染み渡るようだ。
「……ふう。落ち着きますね。しかし、相変わらず提供が早いものだ」
ルイーネが店主の方を伺うと、彼は既に別の作業――恐らくはフードの下準備だろう――ニトリ掛かっている。灰色が彼の代わりに、説明するように答えた。
「ボスが言うには、大体いつもの注文をするメンツの事は憶えてるし、顔を見たら先に準備を始めるようにしてるらしい。おれには真似できなさそうだよ」
「成程。それは確かに思い切りと熟練が必要そうな話です。……ところで、そこの二人は何を?」
ルイーネが横合いの二人を示すと、
「パンケーキを巡る攻防を……かな?」
灰色が経緯を端的に説明する。それを聞いたか、シャルロットがひんひんと声を上げた。
「攻防じゃないです! これは一方的な侵略ですよっ! 緋色くん、置いて、そのパンケーキを置いて下さいぃっ!」
「なんだー、いらないのかー」
潮時と見たか、大人しくパンケーキを皿に戻して再度もくもくと食べ始める緋色。アイスコーヒーを飲みながらルイーネはそのサイズに軽く目を瞠る。
「……君、健啖家ですねえ。ハイイロもよく食べますし、若いっていいですねえ」
「ふつうだよー」
「普通じゃないっ! ルイーネさん、あれは若さじゃない気がします。私だってあんなに食べられませんもの……緋色君も灰色さんも多分別の枠ですよ……」
突っ込みがてらぐったりした風にシャルロットは言い、アイスココアをちゅーちゅー飲む。
「……まあ、確かに」
分からん事もない、とルイーネは頷いた。しかしそびえ立つクリームの塔みたいなパンケーキを見ていると、見ているだけで少しばかり胸焼けがこみ上げてくる。あれ相手には戦えそうにないな……と思いつつ、ルイーネはアイスコーヒーをもう一口。その冷たい珈琲が彼の頭をクリアにしたのか――
「あ」
三人の少年少女猟兵を前に、はた、と、ルイーネの脳裏に閃くものがあった。
「どうしました? ルイーネさん」
きょとんとした風にシャルロットが問うと、ルイーネは笑みを作り直して言う。
「ああ、いえ。少し思い出したことがありましてね。ところで、話は変わるのですが三人とも、バイトに興味はありませんか」
「バイト、ですか?」
シャルロットが首を傾げ、その影からひょこりと緋色が顔を出し、ルイーネを伺う。
「ええ、対UDC組織向けの猟兵の広告モデルなんですが。開発された装備を身につけたり、装備を使ってみるテストモニターになったり、あとはまあ、今までの体験談……主に戦闘経験なんかですね……を語ったり。まあ、有り体に言えば、一般職員を鼓舞したり、そのモチベーションを上げたりするための企画ですね」
ルイーネはつらつらと仕事の内容を語る。
「あなた方は見目も良いですし、経験も豊富だ。私としても信頼できる相手に託したい仕事ですし、その点でも申し分ない。いかがです?」
「報酬は?」
灰色が腕組みをして問う。
「わりと実入りはいいですよ。それに、モニターに使った開発品も反応が良ければ進呈するとの事ですし。興味、ありませんか?」
「ほーむほむほむ。組織の開発品、いいね! おもしろそう」
まず食い付くのは緋色。それに続いてシャルロットも顎元に指を添え、思案げに視線を宙に浮かべる。
「ふむ。対UDC組織のバイト――ですか」
数秒の沈黙。思考が纏まったのか、視線を落としてルイーネを見返しつつ、シャルロットは笑みを浮かべて言った。
「接点を作っておくのは私としても有り難いところですし……旗印と言うのも大仰ですが、猟兵として広告塔になるのも大事な事ですしね。私は大丈夫ですよ。新装備開発のヒントも貰えそうですし、ね」
「助かります、シャルロット。断った手前、代理を紹介せねば肩身が狭いのでね。緋色はどうですか?」
「私もおっけーだよ! 私は普段はガジェットとか、アルダワ産の装備を使う事が多いから、こっちの装備ってなんだか新鮮でおもしろいんだよね」
「ありがとうございます。……鼓舞の方も忘れずにお願いしますね」
ルイーネが一応刺した釘に緋色は分かっているとばかりに幾度か頷き、
「戦意高揚のプロパガンダ的ななんやかんやをすればいいんだよね、だいじょーぶだいじょーぶ」
「言い方……」
ルイーネは思わず額を押さえた。シャルロットも似たような表情だ。もっと他に言い方というものがあるやろ、みたいな顔。
「……灰色さんはどうします?」
「いい話だとは思う。なんでルイが自分で行かないのか気になってるけど」
「それはめんd……」
おっとつるっとなんか出かけた。灰色の目がしらっと細まる。
人当たりも良く美形で所作もスマートなこのルイーネ・フェアドラク、案外めんどくさがりである事を知るものは少ない。スフェラとユハナ、他少数くらいか。
咳払い一つ。
「……私はそういう柄じゃないのでね。それに、こうした企画には若い子が参加した方が、職員の士気も上がる事でしょう」
そらっと答えながらアイスコーヒーを啜るルイーネに、灰色は暫く透明な目を向けていたものの――やがてふ、と息を吐いて肩を竦めた。
「……ルイがにこやかにインタビューに答えてるところと、おれがにこやかにインタビューに答えてるところ、想像しやすいのどっち? って聞いて、後者って答える奴のが少ないと思うけども。……まあ、いいか。開発された装備にはおれも興味がないわけじゃないし。二人と一緒に行けるなら、退屈もしなさそうだしね」
「では、決まりということで」
ルイーネはにこやかに笑い、珈琲のおかわりを所望した。運ぶ灰色、日取りとスケジュールの確認をするシャルロット、再びパンケーキに取り組み出す緋色。午後の穏やかな、マーヴェリックでの一幕であった。
「私はちゃんとしてました! 私は!!」
「ふつうにしてたんだけどなー」
「ね」
「……」
後日、この奇矯な三人組がフィールドテストでエラい数値を叩き出したり、体験談がブッ飛びすぎてて参考にならなかったり、(灰色が)装備を壊したり、様々な事があり、結果として増えた仕事にルイーネが頭を抱えたというのは――また別の話である。人選ミスかな?
●今日からフェアリー専用席あります
かぱこん。ちりりん。
入口ドアに上部に併設された、ミニチュアサイズの小扉が開いた。猫鈴を流用したドアベルが揺れて来客を告げる。
「あー、疲れた。ひと仕事終えた後は、ゆっくり腹ごしらえしないとね!」
姿を現すのは光る翅持つ桃色髪のフェアリーだ。そう、ここはマーヴェリック、異世界から来た童話の住人も顔を出す喫茶店。妖精用の出入り口も完備なのである。
ポケッティ・パフカニアン(時織りエトランゼ・f00314)は小扉を後ろ手に閉め、妖精のイメージに違わぬ機敏さでひらりと飛んでカウンターに参じた。
「ほらほらカイ、可愛いフェアリーが来てあげたのよ。ちゃんと喜びなさいよね!」
「はいはいうれしいうれしい」
目を向けずに応える灰色。慣れたものである。
「真心が籠もってない! 棒読みじゃないの!! 何ならハチミツティーぐらい出して労ってくれてもいいのよ? 結構なマージン取ってるんだから、それぐらいサービスしたってバチは当たらないでしょ?」
「そういうのはマージン取ってるボスに言ってくれ。おれも取られる側なんだ。はい水」
灰色はにべもなく、フェアリー客専用のグラスに水を注いで出す。
「むむむむっ……マスター! サービス改善を要求するわ! あとカイの無愛想さをちょっとどうにかしなさいよ!」
「そんな家電みたいには直らないよ」
店主は聞こえないふりを通してフライパンを振り続けている。灰色はいつもの事と淡々と、ポケッティの席をカウンターの上に設えた。
「あら? これは?」
その様子にポケッティが目を丸くする。
「人形遊びのセットがリサイクルショップにあったから。人形不在で。使えるかなあ、と」
ナントカちゃんハウスみたいなサイズのテーブルと椅子に、ミニハンカチをテーブルクロス代わりに設え、椅子を引いてみせる。
「ハチミツティーは出ないけど、まあ、サービス向上ってことで」
そろそろフェアリー専用席も用意してくれていいんじゃない? などと訴えるつもりだったポケッティとしては渡りに船であった。
「へぇ、気が利くじゃない。じゃ、ありがたく使わせて貰うわ!」
ぽす、と腰掛けると、案外剛性感もあり、壊れるような様子はない。ふふん、と息を漏らすように笑うと、ポケッティは椅子にかけたまま脚をパタパタとばたつかせた。
「さてさて、今日は何にしようかしら! 仕事も終わったし、ちょっとがっつり食べたい気分なのよねー。ねぇ、カイのオススメってある? ――あ、こないだみたいに超辛口カレーとか食べさせようとしたら承知しないわよ!」
怒り再燃。こないだこの灰色というやつは、辛いのがそこまで得意ではないポケッティに甘口と偽って激辛のカレーを食わせたのである。まさに外道。
「しないよ。あのときは面白かったから仕方なく」
「仕方なくないわ! あたしをおもちゃにして遊ぶなってのよ! 宝石剣ブチ込むわよ?!」
「それは怖いな。勘弁して。……で、オススメね。仕事上がりだって?」
「そうよ、この後はもう自由時間! あたしの気分に相応しいのを選んでよね!」
「難しい注文するなあ」
がっつりで、開放的な気分にぴったりで、極端な味付けでもなく、……むうむう、と暫く悩んでから灰色は踵を返し、店主に耳打ち気味にオーダーを伝える。
聞くなり動き出す店主と、戻ってくる灰色。テーブルに肘を突いて組んだ手に顎を乗せ、その様子を眺めながらポケッティは問う。
「で、何を選んでくれたわけ?」
「ま、超激辛カレーみたいに極端な物でない事だけは確かだよ」
「期待してるわよ。今日、もうお腹ぺっこぺこなんだから!」
「そんなにか。どんな仕事してきたんだっけ、今日は」
「ふふん。聞いて驚きなさい、今日はね――」
弾み出す会話。食事が届くまで、今しばし。
――結局ポケッティの手元に届いたのは、極細パン粉で衣をつけた(人間サイズとしては)小さなポークカツのセットだった。二度揚げによりじっくりと火が通され、外カリ、中ジューシーなカツに、ふわふわのキャベツと米飯、スープが添えられたコンボメニューである。
注文通りがっつりのカツに三種のソースをつけて楽しめる逸品。ポケッティは心ゆくまで堪能し、仕事終わりの余韻を思う存分楽しんだのだという。
そんなこんなで、今日も慌ただしくカフェ『マーヴェリック』の時間は流れていく。
あなたも何か人に言えない困り事があれば、UDCアースの片隅の、この鄙びた喫茶店を訪れてみるといいだろう。――またはそれを解決する側に回りたい者がいても、同様だ。
そこでは今日も、ひっそりと――無口な店主と、無表情な少年が、あなたを待っているはずだから。
大成功
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