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青い希望の先

#アックス&ウィザーズ

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#アックス&ウィザーズ


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●空翔ける希望
 少年ピートは森のなか。
 暗くて寒い森の奥、鳥のおしりを追いかける。
 青は希望のみちしるべ。羽根もきらきら呼んでいる。
 だからピートは気付かない。後ろに迫る、謎の霧。
 ふんわり香った青を追い、それでもピートは奥へ行く。

●グリモアベース
「ガララ村のピートくんが、裏森の奥……表森と呼ばれる場所へ向かったわ」
 グリモア猟兵のホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)はすぐ説明に入った。
 ガララ村の人たちが呼ぶ『裏森』は、村から近く山麓に広がる一帯。そこには豊かな自然――食用や薬にも使える木の実や草花、魚が活き活きと泳ぐ綺麗な川――もあり、村人たちも採取や食料調達のため日頃から出入りしている。
 兎やリスなどの小動物は多いが、熊や猪、狼といった襲ってくる可能性が高い獣は、今のところ生息していない。崖や急な傾斜も無く、女性や老人も気兼ねなく入れて、子どもたちにとっては遊び場でもあった。
 その『裏森』より更に奥地を、村人たちは『表森』と呼んでいる。
「彼が表森へ向かったあと、裏森に突然、不思議な霧が発生したの」
 その霧は幻惑の――迷い込んだ者に幻影を見せて惑わせ、心を痛めつける――霧だとホーラは告げる。
 猟兵も例外なく囚われるが、悔恨の念が無い者や、そういった出来事を経験していない者にとっては、ただの濃霧でしかない。
 また濃霧の中ではコンパスの類や動物の嗅覚も狂い、方向感覚が曖昧になるため、幻惑を抜きにしても何らかの対策が要る。
 そこまで話したホーラは、僅かな躊躇いの間を置いてから続きを口にする。
「幻惑の霧を抜けた先、表森のどこかにオブリビオンがいるの」
 居る、という事実は判明しているが、居場所まではわかっていない。
 そもそも一か所に留まる存在ではなく、何かに惹かれ移動する可能性もあった。
 霧を抜けたあとに、ピートはもちろんオブリビオンも探す必要が出てくる。
「幻を見せる霧も、オブリビオンの出現に因るものよ」
 つまり、オブリビオンを倒せば霧も消える。
「それでね、さすがに表森までは、村の人たちも普段入らないみたい」
 奥へ奥へと進むほど、木々は鬱蒼と茂り、地面も冷たく湿る。
 ピートもその表森にいるのだが――何故そんな奥地へ向かったのかと、猟兵の間でも疑問が湧いた。
「その子、青い鳥を追いかけてるわ。一生懸命に」
 どうやら、幼子に聞かせる物語のひとつに、幸運を呼ぶ青い鳥の話があるらしい。
 滅多に見かけないが、ガララ村近隣には実際に、輝く羽根をもつ青い鳥が生息している。その鳥や羽根を高値で引き取りたいと、遠方からわざわざ旅商人が訪れるほどだ。ピートも、商人が羽根を買い求める現場を目撃しているはず。だとしたら、話に聞いた青い鳥が本当にいるのだと理解して、追いかけてしまうのも無理はないだろう。
 話し終えると、ホーラが猟兵たちの顔を見回した。
 そして、どうかお願いね、と念を押して、彼女は転送の準備に取り掛かる。


棟方ろか
 お世話になります、棟方ろかと申します。
 シナリオの主目的は『少年ピートの捜索ならびにオブリビオンの撃破』です。
 第一章と第二章が冒険パート、第三章はボス戦となっております。

●一章について
 突如発生した幻惑の霧(裏森)を抜けましょう。
 霧が見せる幻は様々です。過去に亡くした人物や物、出来事などなど。
 物理的なダメージは受けませんが、精神を蝕んでいきます。
 囚われた者をその場で動けなくさせて徐々に弱らせたり、トラウマから逃れたくて歩き回っていたら森の入り口に戻されている……なんてこともあります。
 能力値による指針も表記されておりますが、あえて苦難の道を選ぶのも楽しいかと思います。思い思いに、どうぞ。

●少年ピート(10歳)
 ガララ村で生まれ育った、この村と裏森以外を知らない子ども。
 勇気があって心優しい少年ですが、それでもまだ子どもです。
 発見した後の皆様の言動で、彼の出方や心持ちも変わってくると思います。

 それでは、皆様のプレイングお待ちしております!
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第1章 冒険 『幻惑の霧を越えて』

POW   :    力に任せたり気合いで解決(自傷行為等)

SPD   :    見なければ惑わされない、かもしれない。ダッシュで走り抜ける等

WIZ   :    幻と現実の齟齬を見つける等

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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

イデア・ファンタジア
霧かぁ。……吹き飛ばせば関係ないよね?
「力を貸して、セプテントリオン!」
空想現界『空色の空』を発動。君の名は――スカイキャスター!
今日の空模様は……大嵐!七本の絵筆で臨場感たっぷり、躍動感あふれる渦を描くよ。
具現化した竜巻で霧だけを吸い上げちゃうね。
さ、霧が復活しない内に抜けちゃいましょ。


叶・雪月
行動:力に任せたり気合いで解決

青い鳥か、あれは結局幸せは身近なところにあったって話だったよな
うーん少年ピートに会った時の事を考えて干した果物とか金平糖を持っていくか
歩いてたら少しは腹もすいてるかもだしな

さて、俺にはどんな悪夢が、か
……俺のいやな記憶はさ、まだヤドリガミになる前に俺を祭っていた神社が襲われた時に助けられなくてな
動く体があればとどれほど願ったか
まあでも体があってもさ、傍にいれなければ守れないんだよな
あの時もしも俺が傍にいればあいつらは死なずに済んだのかな
なんてことはもう吹っ切ってんだよ!
地面に拳を打ち付けてその痛みか無理なら武器で傷でもつけるしかないよな
俺の思い出を汚すんじゃねぇ


フィリア・セイアッド
アインスさんも一緒、ね?わあい、やった(手をぽんと合わせて笑顔)。
よろしくお願いしますね。皆で一緒にいけるのなら、【SPD】で駆け抜けてもいけるかもと思いました。ううんと、あとはそうですね。先に村の人に森のこと、できるだけきいておこうかなと。霧で見えなくても、どんな風になってるのか知っておくといいと思って。
ふふ、じゃあレインに手をつないでもらおうかな。


毒島・火煉
【WIZ】
「嫌な霧。やな事ばっかり思い出す」
話を聞いて男の子助けに来たケド、本当にムカつくことばっか思い出させてくれるよね。
カレンちゃんが思い出したのは昔の事。痛かった実験とかそういうの。
でも、惑わされないよ。

「もうカレンちゃんを傷付ける奴らは居ない。だってカレンちゃんがみんな斬り裂いたもん。もう、みーんなカレンちゃんの恋人だもん。」

一瞥して戸惑うことなく歩くよ。
こんな趣味悪い霧に負けるわけ無いんだから。


レザリア・アドニス
WIZ

幾ら願ってっても
過ぎたことはもう変えられないね

親や家族の人の幻が出ても、真摯に呼びかけてきても、進む足を止めない
心の奥の願いだったかもしれないけど
それは絶対に叶えないものだと、はっきり分かっていますから
それにこんなところに現れるなど、絶対にないよね

汚いって言って追い出したのは貴方達でしょう
今更に親切な顔をして、哀れな顔をしてどうする?
もう信じれない、戻れない、戻りたくもないよ

と、最初は少し動揺したがすぐ立ち直り、
漠然と幻の声を聞き流して森の奥へ進む
途中に木に符号を刻み、小石を置きして目印を作る
あの子(少年)もそう騙されたのか
人々の心を、感情を踏みにじったやつ、絶対殺してやるわ


レイン・フォレスト
【SPD】
フィリアとアインスと一緒に森を抜けていこう
そうだね、この中で一番素早いのは僕かな?
わかった、じゃあフィリア手を繋いで行こう
アインスは遅れないでくれよ?

くすっと笑って走り出す

「第六感」を使って正しい方向を探りながら進み
何か出てきた時は「見切り」でまやかしなのを見破っていこう

僕自身はトラウマとかあまりないんだよな
過去のこと覚えてないし、覚えてるのはじーちゃんの事くらいだしなあ
仲間が惑わされそうならお互いに声を掛けて無事に切り抜けられるよう頑張ろう


アインス・ツヴェルフ
【SPD】
レインとフィリアも行くなら俺も行くよ!
それにしてもトラウマかぁ…俺にもないとは言えないけど…でも、そんなの走り抜けちゃえばきっとへっちゃらさ!
えっと先に村の人達に森の事聞いておくんだね
それには情報収集能力生かして聞いてみよう
そしてから森へレッツゴー!
レイン!フィリアの事宜しくだよ!

第六感と視力を生かして幻惑に惑わされないように走り抜けるよ
レインやフィリアが幻惑に苦しめられている様子なら
「大丈夫だよ!それは幻だ!何も怖い事はないよ!」と励ます。

自分が幻惑を見たら…これは幻惑だ…!と心を強く持って否定する
幻惑に負けるもんか!


モリオン・ヴァレー
幸運を追いかけてこんな事態になるとは、ね

幻惑の霧、か
正直嫌な予感しかしないんだけれど

<情報収集>この霧はつい最近まで無かった
ならば周囲の木に付いている苔から方角が大体判る筈ね

この木の様子から、こっちが入ってきた方向だから……
ん?向こうの木の陰に誰か……
っ!?お父、様……?

判っている
これは幻覚
あの時滅んだ故郷と共にお父様は……

だからあたしはここに居る
目の前の脅威に立ち向かえる力を得る為に
だから……その差し出された手は掴めないわ

【POW】
<医術><傷口をえぐる>あたしの右腕に針を刺し
痛みで沈みかけた意識を無理矢理呼び戻す荒療治を

っ……
こんな精神的に悪影響しか無い霧
さっさと消さないと
先へ進みましょう


シキ・ジルモント
アドリブ歓迎

方向感覚も道具も頼れないなら
ピートの足跡や青い鳥とやらの羽等、痕跡を探して『追跡』を試みる

幻影として現れるのは10代半ばを過ぎた年頃の一人の人間
過去に俺を裏切ったあの男が目の前にいる
…ああそうだ、これは霧が見せる幻だ
アイツがこんな所にいるわけがない
わかっていても足がすくむ
目の前のアイツは、人狼なんて信用できない、裏切られて当然だと言い放った時と同じ顔をしていて…

数歩後退りするが何とか踏み止まる
今は仕事の途中だ
人狼である俺を信じて任せてくれた仕事、投げ出すわけにはいかない
俺はその信用を裏切ったりしない、お前と違ってな

UCを使う事すら思い付かない程動揺していた事に
後で気付き思わず舌打ち



●ガララ村
 青々と煌めく樹海が傍に横たわり、山稜にたなびく雲を望む。ガララ村はそんな景色の中にあった。
 長閑な村――村を訪れたアインス・ツヴェルフ(サイキッカー・f00671)が抱いた所感だ。
 怪訝そうに猟兵たちへ向く視線が無いのは、旅商人の来訪にも慣れているからだろうか。旅人さんかい、冒険者かい、と村人たちは気さくに彼らへ声をかけてくる。
 先に森について聞いておきたいと提案したのは、フィリア・セイアッド(白花の翼・f05316)だった。旅団の仲間であるアインスとレイン・フォレスト(新月のような・f04730)と一緒に、村の中を歩いて回る。
 森のことを教えていただけますか、と丁寧にフィリアが尋ねる。すると、村では『裏森』と呼んでいること、子どもたちの遊び場であること、熊や猪といった獰猛な獣がおらず、女性や老人も安心して採集に入れる穏やかな森であることが、改めて聞けた。
 大まかに尋ねた段階で出てくるのは既知の情報ばかりだが、アインスがそこから更に踏み込む。
「万が一のときに身を隠せる場所……たとえば木の洞とかあるのかな?」
 アインスの問いに、そうさなあ、と記憶を辿るように村人の男性が顎を撫でて唸る。
「人が隠れられそうな穴は、裏森にゃあんま無ぇなあ」
 男性いわく、村人は樵でもあるため、木が腐りにくいよう配慮して伐採を行うという。裏森では陽も水も、過剰にならず不足せず適度な量が木々や植物に注がれている。それでも菌が入るなどして腐るときは腐るが、そうして出来た樹洞は、リスや鳥といった小動物の巣になる程度の大きさだ。
 人が隠れられそうな穴は、裏森にはあまり無い――男性のその言葉を疑問形でアインスが返すと、男性は迷わず頷く。
「表森なら、あるかもなあ。あー、表森ってのは裏森の更に奥のことでな」
「森の奥だと木に洞ができやすいんですか?」
 春空を映したような瞳をくるくる動かしてフィリアが重ねた質問に、そうとは限らんよ、と男性は前置きをして。
「俺らの世代は奥にゃ行かねぇが、ジイちゃんやご先祖様は表森でよく切ってたらしくてな」
 男性が祖父から聞いた話では、じめじめとした場所でもある『表森』には、老木が多いのだという。
 長生きするほど洞もできやすく、また巨木が目立つため大きな洞もあるはずだと、男性は付け加えた。
 そんな『表森』は鬱蒼と木が茂り、倒れた古木や大きな岩、土塊も多いため見通しがきかない。
 反対に『裏森』は、平坦で視界も開けていて、外部の人間が入っても日中なら迷いにくいと言う。
「だもんで、裏森を散策するぐらいなら好きに入ってもらって構わんよ」
 そう告げると男性は、薪割りがあるからと片手を振り、遠ざかってしまった。
「……散策するぐらいなら、ね」
 レインが思考を沈める。
「妙な霧に村人たちはまだ気付いてないのかな。時間の問題だろうけど」
 呟きながら肩をわずかに竦めたレインに、よし、とアインスが意気込みを吐く。
「村の人たちが霧に遭遇する前に、レッツゴー!」
 拳を掲げたアインスに続いて、やったぁ、とフィリアも拳を振り上げた。

●幻惑の霧
 滝のような陽光が降り注ぎ、木の葉たちがさんざめく。
 明るい森だな、と叶・雪月(六花舞う夜に煌めく月の刃・f03400)は眼を細めた。月明かりの冴えと違う陽の眩さに、眼の奥が痛む。この陽射しの下を翔ける青い鳥を想像して、いつか聞いた物語を記憶から呼び起こす。
 ――あれは、結局幸せは身近なところにあった……って話だったよな。
 暫し唸った雪月は、荷物に忍ばせた金平糖や干し果物を指先の感触で確かめる。歩いていたら腹も空こう。少年の口に合えば良いが、と考えつつ幻惑の霧へつま先を挿す。
 色鮮やかで穏やかな森だ。散策にも向いていると雪月は思う――この霧さえなければ。 
 幸運の青い鳥を、少年ピートは追いかけた。そうしてひとり、妙な霧の向こう、森の奥深くへ招かれたのだとしたら、幸運の象徴が引き起こした事態は重い。そう物思いに耽って、モリオン・ヴァレー(死に縛られし毒針・f05537)は濃霧の前に立つ。
 ――正直、嫌な予感しかしないんだけれど。
 人心を惑わす霧。そう耳にしたときからモリオンの胸はざわついていた。
 近くで毒島・火煉(アナタも愛しい恋人に・f04177)も、霧に感じた想いを呟く。
「嫌な霧ね」
 思うのは、ひとりのみならず。
 レザリア・アドニス(死者の花・f00096)もまた、深く吸い込んだ息の味を知る。澄んだ森の薫りは確かにあるのに、真白が先行きを覆い見通せない。しかもただの濃霧ではなく、紛れ込んだ人の心を覗き、幻影を見せる霧。
 おそらく自分の目には親や家族が映るのだろうと、レザリアは予想していた。否、予想ではなく純然たる事実だ。心の奥に秘めていた願いは、自分自身が一番よく知っている。それに。
 ――はっきりわかっていますから。
 こんなところに現れるはずが無い。だから彼女は勇んで歩き出す。
 他の猟兵たち同様に、シキ・ジルモント(人狼のアーチャー・f09107)も着実に霧のなかを行く。方向感覚を狂わす霧。ならば道具ではなく痕跡を頼ろうと、シキは屈んで進んでいた。ピートの足跡、青い鳥の羽根のひとかけらでも残っていやしないかと。
 霧で視界は不良だが、土の匂いさえ嗅げるほどの近さで、シキは黙々と跡を探す。
 こうして猟兵たちは各々霧を掻き分けていく。
 鳥のさえずりも、葉たちのお喋りも、大自然の薫りも受け取りながら、ただただ白の世界を。
 その幻惑の霧も、最近まではなかったものだ。モリオンは木肌に微かながらこびりつく苔を触って確かめる。
 ――この木の様子……こっちが入ってきた方向だから……ん?
 モリオンは気付く。木陰にぼんやりと浮かぶ人の輪郭を。
 誰かいると察した瞬間、森へ来ていた他の猟兵の顔を思い浮かべようとして、呼吸が止まった。
「っ、お父、様……?」
 呼びかけは、音にならず霧に消える。

 裏森の入り口で、ふんふんと確認するように森を満たす霧を眺め回して、イデア・ファンタジア(理想も空想も描き出す・f04404)が大きく頷く。
 溌剌とした二色の双眸が、たったひとつでしかない霧の色を前に腕を掲げた。
「力を貸して、セプテントリオン!」
 空に空想を、空想に空模様を、晴れ晴れとした笑顔でイデアは描く。
 森がどれだけ濃い霧に覆われようとも、空色は天高く在り続ける。イデアはその空をキャンバスに、いつも寄り添ってくれた絵筆を執る。七本の絵筆はイデアが望むまま、世界を塗りたくる。
「今日の空模様は……」

●霧のなか
 アインスとレイン、フィリアも、裏森へと足を踏み入れていた。
 ――トラウマかぁ。ないとは言えないけど。
 思い返してもぱたりと思考が止まってしまい、アインスは唸った。
 トラウマと呼べるものを記憶していないレインも、平時と変わらない様相だ。
 そんな二人が、うーん、と唸るフィリアに気付いて不思議そうに首を傾ぐ。するとフィリアは、真っ直ぐ奥を指差して。
「みんな一緒なら、駆け抜けるのもありかも、って」
「そうだね、こんな霧、走り抜けちゃえばへっちゃらさ!」
 すぐにアインスも首肯する。
 三人の意見が固まれば後は行動するのみだ。有事の際にも素早く動けるようレインが先頭に立ち、多少ふたりと距離が開いても持ち前の視力で追随できるアインスが、後ろを守る。
「レイン! フィリアのことよろしくだよっ」
 後ろについたアインスの声が霧に響く。
 笑いを吐息に含んだレインは、霧の白さにも負けない赤の瞳を細め、フィリアへそっと手を差し出す。つられたフィリアも小さく笑って、彼女の手を取る。
「アインス、遅れないでくれよ?」
 そう一言置いて、レインはフィリアの手を引き、駆けだした。

 霧が視界を、思考を濁らせていく。
 澱みの真っ只中に、モリオンはいた。
 お父様、と思わず呼んだ相手の影が、輪郭が、鮮明に。背丈だけでなく表情まで色付けば、そこにはモリオンがよく知る姿。認めてしまったが最後、気管が窄まったように苦しく、喉の渇きを覚える。
 ――判っている。これは、幻覚。
 幻を振り払いたくても、霧は容赦なくモリオンを包み動作を鈍らせる。
 徐に彼女へと差し伸べられた手の平は、重ねるように手を近づけてしまえば、感触も温度も伝わってきそうで。
 だから彼女は、針を取り出した。
 ――あのとき滅んだ故郷と共に……お父様は……。
 唾を呑み込み勘を取り戻すまでの刹那が、モリオンには長い時間に思えた。自らの右腕に針を刺し、痛覚に頼るまでの、ほんのわずかな時間が。
 突き刺した角度や深さも彼女にとって適切だ。自由を奪わぬ程度に、けれど痛みで意識が醒めるように。医術の心得と鍼灸師としての技術があったからこそ、荒療治も功を奏した。
 痛みに噛みしめた歯をギリと鳴らし、モリオンは意識を保つ。そして差しだされた手を辿って目線を上げ、父の顔を覗いた。
「その手は、掴めないわ」
 言葉で拒む。脅威に立ち向かうため、まだ戦わねばならない。力を得なければならなかった。
 彼女の意志の強さを察したのか、懐かしい姿は一瞬で霧散する。
 しかし身体は未だ霧のなか。モリオンは緩くかぶりを振り、霧を消すためにも歩を速めた。
 網膜に焼きついた光景をも、幻惑の霧は読み取り生み出す。
 雪月の前に広がるのは、霧の白さではなかった。神社が纏う深い白だ。奉納されていた場所から見る景色や人々が、今も色鮮やかに思い出せる。雪の冷たさと神社の匂いが宿れば、生々しいぐらい同じだ。
 だが目の前には、刃先まで凍えるほどの寒さも、建物の匂いも無い。
 雪月は伏せた瞼の裏に、記憶を呼び起こす。
 動く身体が、武器を振るえる腕があればと願ったのは、ヤドリガミになる以前の自分。肉体を持ち、飛び込んでいくことが叶っていたら、傍にいることができたなら。
 ――あいつらも、死なずに済んだのかもしれない。
 後悔の念に駆られたこともあった。
 しかし雪月は無闇に動こうとはせず、その場で静かに細く息を吸い込み、突然地面へ拳を打ち付けた。有り余る力が森を揺らす。漂う霧にも衝撃が伝い、幻影まで震えたのが雪月にもわかる。
 そして鋭い眼光で睨み付けたのは、まだ見ぬ霧の発生源。
 ――なんてことはもう吹っ切ってんだよッ!
 しつこく映そうとする幻ごと断ち切るべく、雪月の拳は痛みを得た。ひりつく痛みも、幻惑の霧に弄ばれるよりかずっと良い。
「……汚すんじゃねぇ」
 誰にでもなく落としたのは、霧への怒り。
「俺の思い出を、汚すんじゃねぇ」
 晴れる素振りの無い霧のなか、雪月は絞り出すような声で感情をぶつけた。
 一方、少し離れたところでは。
 ――ああそうだ、これは霧が見せる幻。
 ピートの足跡を追っていたシキが、思い出したように咥内でそう呟く。
 深い霧に浮かんだかたちは、見紛うはずもない男だ。十代半ばを過ぎた年頃、記憶に刻まれた背格好、すべてがシキを内側から掻きむしる。
 眉根を寄せて男の顔を瞥見しても、やはり姿は揺らがない。霧が見せているとは信じがたい緻密さで再現された、幻。
 同じ顔で唇を震わせた男から、聞こえるはずのない声が響いて耳朶を打つ。幻が実際に話しているのではなく、シキが覚えている声音が蘇っているだけだ。それでも、突き刺さる言葉には代わりない。
 ――いるわけがない。アイツがこんな所に、いるわけが。
 言い聞かせる心の声さえ覚束ないと自覚する。男の存在も無視をして進めばいいのに、足が竦んだ。
 貧民街での日々はシキを築き上げた。だからこそ逃れられずにいる――人狼なんて信用できないと言い放ち、裏切った男から、いつまでも。
 ぐわんぐわんと脳を揺すられる不快感が、シキを襲った。思わず数歩後退り、なんとか踏みとどまる。
 相も変わらずあのときの表情のまま佇む男へと、シキは青灰色の双眸で睥睨する。
 ――今は、仕事の途中だ。
 平静を顔に刷いて歩き出す。
 男に突きつけたい言葉も、霧が生んだ幻相手では意味を持たない。そう考えてシキは、ただ仕事を完遂するため思考を切り替えようとした。任せてくれた仕事だ。投げ出すわけにはいかないと、幻とすれ違う。
 ――俺はその信用を裏切ったりしない。……お前と違ってな。
 自らの足音を友に、シキは霧の向こう側を目指す。
 その頃。
 いくら願おうと、過ぎたことは変えられない。だからこそ後悔の念というものがあるのだろうと、レザリアは噛みしめた。幻影と出くわしても足を止めないと覚悟を決めたレザリアは、言葉通り弛まず突き進んでいる。
 家族の人影が揺らめき、レザリアを誘う。
「汚いって言って追い出したのは、貴方達でしょう」
 堪えきれずに言葉を発してみれば、幻の質感がより現実に近づいた。
「親切な顔をして、哀れな顔をして……今更」
 戻りたくないと心が訴え、戻れないと心が叫ぶ。それを聞き流して済ませるなどレザリアにできるはずもなく、ささやかな動揺をあふれさせた。しかしすぐさま我に返った彼女は、幻から目を逸らし、漠然と森の奥へ進む。
 道中、符号や小石で目印をつけながら歩むレザリアは、同じところを巡るといった迷い方もせず、少しずつ着実に表森との距離を縮めていく。
 そして小石をまたひとつ置いたところで、ふと感じた。
 脳裏をよぎったのは、青い鳥に導かれた少年ピートの話。もしかして、と疑念が底で沸く。
 ――あの子もそう騙されたのか。
 いちどは引いた血の気も一瞬で熱と化す。憤りが血となって全身を駆け巡る。
 人の心を、感情を、悠揚迫らず踏み躙る存在がいるのだとレザリアは実感した。
 そのとき。
「君の名は……スカイキャスター!」
 明朗そうな声が鳴る。
 発した主の位置を確かめるため周囲に目を凝らすと、暴風により霧が弾け飛んだ。
 開けた視界で、猟兵たちはそれぞれの姿を捉える。距離こそ疎らながら、辛うじて互いを視認できる距離にいたらしい。
 暴風を起こしたのはイデアだ。吹き飛ばしちゃえば早いよね、と彼女が招いた空模様は大嵐。躍動する渦が描かれ、霧を吸い上げていった。だが霧が晴れたのはほんの数秒ほどで、裏森は瞬く間に、幻惑の霧で再度覆い尽くされてしまう。
「んー。やっぱ長くはもたないかあ」
 景色をくるむ白に、絵筆の柄でとんとんと顎をつつきながらイデアが猟兵たちへ呼びかける。
「でも短時間なら吹き飛ばせるから、早いうちに抜けちゃいましょ」
 そう話しながら、イデアは七本の絵筆を用いて空模様を描いていく。
 火煉は一瞥のみ贈って、あとはひたすら霧のなかを歩いていた。靴先にぶつかった石を時おり蹴って。
 ――やな事ばっかり思い出した。
 苛立ちが胸中を渦巻く。
 白皙の肌に苦痛を覚えた実験は、時が過ぎゆこうと強く深く刻まれたままだ。離れはしない。忘れもしない。
 でも惑わされないよ、と火煉は前を見据える。
 ――もうカレンちゃんを傷付ける奴らは居ない。
 いないものは、どう足搔いても居ないのだ。かつては居たとしても。
 ――カレンちゃんが、みんな斬り裂いたもん。みーんなカレンちゃんの恋人だもん。
 死した者は少女のものだった。死霊を傍に置く火煉にとって、死に至った存在が生前の姿のまま眼前に現れるなど、有り得ないとよく知っている。
 負けるわけがなかった。こんなにも趣味の悪い霧に。
 不意にぴたりと、シキは足を止める。ユーベルコードにまで頭が回らなかった自分に気が付き、ほぞを噛んだ。漏れた舌打ちもシキに込み上げた情を示す。

 こうして心惑わす霧を越えた猟兵たちは、いつの間にか鬱蒼と茂る木立の間にいた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 冒険 『幸せの青い小鳥』

POW   :    そんなに遠くへは行っていないはず。森の中をしらみつぶしに探す

SPD   :    足跡や目撃情報を探し痕跡を追う

WIZ   :    子どもが通りそうな道を予想したり、森の動物に尋ねて後を追う

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

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●表森
 裏森に広がっていた明るさが、ここには無い。
 幾重もかかる葉の天蓋が濃緑を生み、風に揺れて心許ない木漏れ日が射す。
 苔むした木々や岩に咲く小さな花も、辛うじて降る陽光に頼るより、水を吸い上げ息をしているかのように繊細だ。
 水と緑の匂いが濃く、冷たい。大木の多さも相俟って、暗くて寒い。
 一歩進むだけで、久方ぶりの客人へ無邪気に纏わりつくように、湿った土や葉が靴裏に貼りついてくる。
 先ほどまでいた場所との違いから、ここがガララ村の人たちの言う『表森』だと猟兵たちにもわかった。
 そして、青い鳥を追いかけた少年ピートは、この表森のどこかにいる。
 また、村で情報収集をした猟兵によって、齎された話がある――『表森』には老木が多い。倒れた木や岩、土塊がそこかしこに転がり、大きな木の洞もたくさん存在するだろう、と。
 オブリビオンがいつどこから現れるのかも確定していない今、一刻も早くピートを見つける必要がある。
 猟兵たちは、誰からともなく動き出した。
叶・雪月
真の姿:ダイヤモンドダストのような煌めきを纏う

とにかく走り回るかな
子供って思った以上に遠くに行ったることもあるがまだそこまで遠くにはいないはず

おーい声が聞こえていたら返事をしてくれ

俺だったらどうするか
うーん寒いんなら暖かそうなところか
んじゃ風を凌げそうなところをしらみつぶしに探すか

もしも見つけても声は荒げないっと
俺は図体でっかいからな
警戒されないようにしないとな

ほらこれでも食べるか?ともしも会えたら用意しといてものを渡すか
疲れてるようなら背負うかな


シキ・ジルモント
◆SPD
アドリブ歓迎

…気を落ち着けて捜索を続行
先程まで追っていた足跡と青い鳥の羽を再び『追跡』する
暗い森でも地面の痕跡を追うのに都合の良い低い目線を楽に維持できる狼に変身して行動

先の幻を見た後で狼の姿になる事に一瞬躊躇するが
目標達成の為に効果的だと思う方法は全て実行するべきだと割り切る
…それに、あの幻のせいで仕事を失敗するような事になれば、それこそ一生の不覚だ

情報収集によって得られた情報もありがたく使わせてもらい、木の洞の中も一つ一つ確認する
子供ならこういう場所に身を隠している可能性もあるだろう

表森のどこかにオブリビオンがいると聞いている、念のため警戒しておこう
危険を感じたらUCで回避を試みる


アインス・ツヴェルフ
【SPD】【IBIS<アイビス>】の皆と行動
少年は鳥を追いかけて行ったんだよね。
鳥が飛んで行きそうな所はないか、あればそこにいるかもしれないからそういう場所を探してみようと思う。
…まぁその鳥がほんとの鳥ならいいんだけどね。
まさかその鳥がオブリビオンで少年を誘き出していた…なんて事じゃなければいいんだけど。
それならそれで早く見つけてオブリビオンを倒さないとね。

後は村で話を聞いた老木の洞かな
案外疲れて中で寝てるかもしれないし、見つけたら覗いてみるよ。
捜索中は逸れないように【影の追跡者の召喚】を使ってレインとフィリアを指定し五感を共有しておくよ
何か感じたらすぐに駆け付けらるようにしておく


フィリア・セイアッド
【WID】
【IBIS<アイビス>】の皆と
深い森ね 
何か叶えたい願いがあるのかしら?
でもご両親も心配している
早く見つけてあげないと

ピートくんを無事で見つけられますように
指を組んで「祈り」を
アインスさんの影に目をぱちぱち よろしくねとにっこり
動物を見つけたら「動物と話す」を使って
男の子を見なかった?と質問するわ
怖がられないよう 柔らかな声で
後は 鳥を探しているんですもの 
羽音や鳴き声 気配を追っているんじゃないかしら
レイン 何か聞こえる?

まだ子どもだもの 普通なら危ない場所は進まないと思う
昔使っていた道や獣道
そういう場所を進まないかしら?
道を逸れる時は 緊急事態だと思うの
「第六感」も使いながら捜索


レイン・フォレスト
【SPD】
【IBIS<アイビス>】の仲間と
暗い森だね
普通こういう所の方が「裏」になりそうだけど、こっちが「表」なのはどうしてなんだろう
まあ今はそんな事考えてる場合じゃないか
あまりにも暗いようなら「暗視」を使う
「聞き耳」で子供の足音や声、鳥の羽ばたきの音を探りながら
花や枝が折れてる場所、土塊が崩れてる場所を探す
見つけたら「第六感」も使いつつ、その辺りに足跡がないかも探してみよう
フィリア、動物達から何か聞けたかい?

鳥がオブリビオンか
アインスの言葉に頷いて
あり得る話だけどピート少年を誘い出してどうするんだろう
あの子が特別な何かを持っていたりするのかな


モリオン・ヴァレー
例の霧を抜けたら今度は薄暗い森
視界も悪くて足も取られやすい
それにこの湿度
正直言って長居する環境じゃないわね
さて、どうやって探すべきかしら

【SPD】
足下が泥濘んでいるという事は
足跡もまだ残されている可能性が高いわね
<情報収集>広い場所から探すのは大変だけれど
それでも何も指標が無いよりはましよね
それに相手は子供
ずっと走り続けているとは考えにくい
木の洞や岩陰で休んだ形跡もひょっとしたらあるかもしれないわ

そういう形跡を集めていけば
探す範囲も大体見当が付いてくる……筈
とはいえ、本当に見つけるまで油断は出来ないわね

捜索のついでに<医術>あたしの右腕の止血もしておくわ
いずれある戦闘に備えて、ね


レザリア・アドニス
子供の足はそう早くもないでしょうか、そして歩きにくい所には通過しにくいはず
それに、青い鳥はどこに生息してるか、重点に探さないとね
歩きながら周りをよく観察する
オブリビオンがいつ出てもおかしくないので警戒も怠けない

地面や低い所の茂みなどを重点に見て、足跡や擦り跡、青い鳥の羽などを探す
湿った土なら、跡を残しやすいはずですね
重複捜索しないように、他の猟兵と出会ったら情報交換
例の子を見つければ話しかけて、状況を説明して保護する
万一にオブリビオンが出たらすぐ庇って死霊騎士を呼び出し対抗する

オブリビオンが居なくても、このまま迷子になったら危険です
幸せを追って不幸に遭わないように、早くあの子を見つけないと


毒島・火煉
男の子は青い鳥を追ってここまで来たんだよね。と、なると。追いかけた先は鳥の行き着く先ってことのはず。
鳥がどこかへ向かうとしたら…食事か、もしくは巣だよね。
巣に向かっているならば、青い鳥の詳しい情報がわからないけど、老木や木の洞とかが多いならその中に作るような生体持ってそうだから、カレンちゃんはその辺を中心的に調べてみようかな。カレンちゃん足は早いから、多くあるものを確認する方が向いてると思うし!
「どこに行っちゃったかなぁ。この気温だと風邪ひきそう。」
早く見つけて、おうちに帰してあげなきゃね。



●表森にて
 闇を駆けていくのも、白む光を求めるのも、きっと同じぐらい大事なことなのだろうと、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)は暗い森のなか佇んでいた。
 見渡す森は昼間だというのに仄暗く、飛翔する青い輝きを追う少年の気持ちに共感を寄せようと、心傾ける。しかし真っ先にレザリアの胸を過ぎるのは、やはりその少年ピートに関する懸念だった。
 ――幸せを追っているのに、不幸に遭うのはだめ。はやくあの子を見つけないと。
 たとえ森にオブリビオンが居なかったとしても、彼女が急ぐ理由はきっと変わらないのだろう。
 レザリアは捜索対象が走る姿を思い浮かべしつつ、低い茂みを掻き分けていく。黒と白の狭間に染まった羽を風に遊ばせて、ふと、頭上高くに覆い被さる森の天蓋を見上げた。青い鳥は何処に生息しているのだろうと、レザリアの内に疑問が生じ、向かうべき方角を定めた。
 レザリアが居た場所から少し逸れて、毒島・火煉(アナタも愛しい恋人に・f04177)が歩んでいる。
 朽ちた樹木が多く、陽も大して注がれず、重たい湿り気に充たされた『表森』と呼ばれる森の奥地。
 ここが自然に住まう生物にとって安寧の地なのかどうか、火煉には皆目見当もつかない。
 しかし、そんな森を青い鳥が翔ける理由には心当たりがあった。
 ――普通、鳥がどこかへ向かうとしたら……食事をとるためか巣、だよね。
 少年ピートは、青い鳥を追ってここまで来た。ならば追いかけた先は鳥の行き着く先のはずだと、火煉は唸る。
 彼女は、表森には老木が多いという情報を受けて考えた。青い鳥の生態は不明でも、巣に向かっているなら、木の洞を探すのが早そうだ。そんな前向きさを保ったまま、火煉は木々を瞥見していく。
 幻惑の霧に満ちた『裏森』を抜けたとはいえ、山麓に横たわる『表森』も広い。
 行き先も不揃いに、猟兵たちは動いていた。
 シキ・ジルモント(人狼のアーチャー・f09107)も、霧に見せられた幻の余韻を振り払いながら、ピートの足跡を追っていた。青い鳥が羽根さえ落としていればとの願いも掠めたが、裏森でも未見だったことを思い出す。
 ――羽根をあまり落とさないからこそ、高値で取引されるのかもしれないな。
 やはり足跡を辿るべきだろうと身を屈めば、裏森よりも濃厚な土と緑の匂いが鼻につく。
 だが低い目線は、薄暗い森において足元の痕跡を追うのに都合が好かった。
 シキの足は朽ちた倒木も軽々と飛び越える。宙に一瞬浮いた彼の姿は、次に着地する頃にはもう狼の姿と化していた。ふるりと身を揺らし、全身の毛で森の空気を味わう。地面を間近に、一匹の狼は人煙なき色濃い奥地へと進んでいった。
 先行く狼の後方に、モリオン・ヴァレー(死に縛られし毒針・f05537)が佇む。どうやってピートを探そうか迷っていたモリオンの足取りは重い。霧の幻を望まず堪能した直後なのもあるが、とりわけ視界も悪く、泥濘や密生する苔に気が沈む。
 ――正直、長居する環境じゃないわ。子どもにとっても、ね。
 蒼然たる森に歓迎されていないと実感しつつ、モリオンは泥濘に少年らしき靴跡が残っていないかを探っていく。
 粘り強く辿る猟兵たちがいる中、足で稼ぐのは叶・雪月(六花舞う夜に煌めく月の刃・f03400)だ。縦横無尽に駆け回り、おーいと声を張る。深々と横臥する表森は、そんな雪月の声さえも浚うようにどよめく。
 相手は確かに子どもだが、多くの人を眺めてきた雪月には察せるところがある。子どもとは、想像以上に遠くへ行ってしまうことがあるのだと。それでも。
 ――まだそこまで、遠くにはいないはず。
 大人が思うよりかは距離があったとしても、足や体力は子どもだ。己の身軽さがあれば追いつけるだろうと、雪月は再び大口を開けて叫ぶ。
 聞こえていたら返事をしてくれ、と。自分の声がする方向を、聞き手が見失わないように。

 アインス・ツヴェルフ(サイキッカー・f00671)は空を隠す濃緑の幕を仰ぐ。紗幕と称するにはあまりに色が深く、地をゆく存在にとって、雨除けどころか陽射し除けでしかない樹冠だ。すんとアインスが鼻を鳴らしてみても、花や獣より、水分を過多に含んだ植物の匂いが強かった。
 鳥が飛んでいきそうな方角を見回すアインスの近くで、レイン・フォレスト(新月のような・f04730)は顎を撫でる。
 これまで通ってきた木漏れ日を湛える森が裏で、自分たちが今まさに立っている森が表。
 ガララ村でそう呼ばれている理由が、レインの胸中で引っかかっていた。
 ――普通、こういうところの方が『裏』扱いになりそうだけど。
 なぜ、ここが『表』なのか。
 村人に聞けば判るかもしれないが、今はそんなことを考えている場合じゃない、とレインはかぶりを振る。
「本当に深い森ね。迷ったら抜けられなくなりそう」
 フィリア・セイアッド(白花の翼・f05316)が、葉の覆いを仰ぎ見た。冷たい森を歩きながら想起するのは故郷の森だ。同じ森でも感覚が明らかに異なった。肌に受ける風も、纏わりつく湿り気も、緑の濃淡さえ。
 けれどフィリアの胸に芽生えたのは、森への恐れではなく興味。そして興味の矛先は、森を先に駆けたであろう少年ピートへ向く。青い鳥を追う少年は、胸に何を秘めていたのだろうかと。
 そして彼女はそっと掌を合わせ、細い指を折りたたんだ。
 ――ピートくんを無事なまま見つけられますように。
 森を知る少女の切なる祈りに、湿った風が微かに吹く。
 風は匂いを運ぶ。あまりに鮮烈な緑と水の匂いが入り混じり、ピートのいる方角も明確にならない。それは、少年がすぐ近くにいない事実を示した。
 フィリアは風の報せをアインスとレインに伝えた。奥を探ってみようと三人揃って前進する。寝転ぶ古木を越え、濡れて黒くなった土に足を滑らせないよう注意を払いながら。
 そこでアインスは影の追跡者を招いた。フィリアとレインに影を繋げておけば、不意の事態ではぐれてしまう可能性も潰せるだろうと、念には念を入れて。
 そうして彼が寄せた追跡者へと、フィリアがぱちりと瞬く。
「ふふ、何かあったら、よろしくね」
 微笑むフィリアに影は静かに身を潜めるのみだ。
 やりとりにレインは薄く笑みを浮かべ、聞き耳を立てて音を探る。子どもの足音でも、鳥の羽ばたきでも良い。些細な手がかりでも見つけたかった。聴覚へ集中させた意識はそのままに、道中の変化も逃さぬよう目視していく。枝や花が不自然に折れていないか、崩れた土塊に通過の証が残っているか。
 しかし動物の足跡はあっても、少年らしき靴の形は無い。はばたく音に視線をあげると、青くはない鳥が息衝いている。少年は離れたところを通ったのかもしれないと、レインが眺め回す。
 視界に飛び込んできたのは、しゃがみこんでいるフィリアの姿だ。
「男の子を見なかった? どこかにいるはずなの」
 フィリアはリスに話し掛けていた。鼻と頬をひくつかせて鳴くリスを前に、やわらかく相槌を打つ。
 レインは、リスが走り去ってから彼女へ近づいた。
「フィリア、何か聞けたかい?」
「うーん。男の子、見てないって……ただ」
 言い淀んだフィリアは、リスが去った方角とは逆の風景を一瞥する。
「向こうが騒がしくて怖いから、逃げてきたみたい。……『どっち』だと思う?」
 騒がしくて怖い――滅多に人の入らない森を少年が通ったためか、それとも。
「……オブリビオンとの戦いは願い下げたいな。今はまだ」
 レインが眉根を寄せる。
 立ち止まり話していたふたりの元へアインスが戻ってきた。
「木の中も覗いたけど、この辺にはいないみたいだよ」
 状況を伝え合った三人は、リスが示した方へ進もうと決める。

●跡
 躊躇いは狼の足を鈍らせた。
 ほんのひとときだ。シキに蘇った記憶が脳内を駆け、阻んだだけのこと。すでに狼として地に立ったシキの想いは、霧の悪意に決して劣らない。
 ――あれは幻。今は無き過去だ。
 言い聞かせるのではなく確かめるため、シキは喉の奥で呟く。
 ――仕事が失敗するようなことになれば、それこそ一生の不覚だ。
 仮に不測の事態が起きたとして、幻影の所為にしたくはない。あれに影響されたなどと、認めたくはなかった。
 振り払うように、シキは逆立つ毛にまで神経を尖らせて進む。低い目線で突きのけていく森はより鬱蒼としていて、普段の長身では気付きにくい心境をシキに知らせる――周りがよく見えない恐ろしさは、少年の背丈でも感じているはずだと。
 地面に残る跡だけではなく、低所の洞や穴倉にも鼻先を入れていく。水と緑の匂いのおかげで、人間臭さは感じない。だが本能ゆえにかシキが纏う艶やかな毛は、張り詰めた空気と緊張を嫌と言うほど察知していた。
 表森に入って間もない裡に見かけた兎やリスといった小動物の姿も、忽然と消えている。生き物の棲み処はあるが、退避した様子なのは一目瞭然だ。森には得体のしれない存在が、いる。
 警戒しつつ進む狼がいる一方。
 別の場所にいたモリオンは、大人ひとり身を隠せる巨石に乗り、鬱蒼とする森を一望する。霧が無いとはいえ視界は不良のままだ。それはきっと、少年にとっても同じはず。
 不安や体力の面から、ずっと走り続けているとは考えにくかった。休んだ形跡であれば、子どもらしく残しているかもしれない。青い鳥を捕まえるのに無我夢中だったとしても、体力には限界がある。
 ――無我夢中だったとしても。
 至った考えにモリオンが息を呑む。
 泥土や朽ち木に躓いて転んでもなお追いかけるほど、夢中なのだとしたら。
 たとえば希望の青を見失い、我に返ったところで、漸く足を止めてくれるかもしれない。モリオンはゆるりと首を振り、息を吐く。
 ――見つけるまで油断はできないわ。
 岩から飛び降り、歪んだ地面の遥か向こう側へと奔り出した。
 同じ頃、力が入った足で表森の奥地を踏んだ雪月は、息を整えるついでに思考を巡らせていた。脇腹に走る痛みと、重たくなった太腿。
 ――ここまで走った。で、俺だったらどうするか。
 眉間をぐっと人差し指で押し、少年の立場も慮り唸る。
 暗く寒い森だ。しかも木々の表面や土はまるで大量の雨が降ったあとのように濡れ、体温をますます奪っていく。もしこの環境で立ち止まっていたとしたら。想像は雪月の思考を明瞭にさせる。
 腕をさすって、暖を欲した。風を凌ぎたいと、身体が悲鳴をあげそうだと思った。
 近くに合った木の洞を覗き込んだところで、雪月は静かな気配を察して振り返る。
 茂みの先からレザリアが顔を出した。雪月は彼女が手にしているものに気付いて、目を瞠る。
「青い羽根!? いったいどこで……」
 驚きを隠さず尋ねた雪月に、レザリアの双眸が戸惑い揺れる。
 僅かに視線を地面へ落としたレザリアは、ゆっくり唇を動かした。
「生息地を探して……いたんです。先ほど、あの辺りで……」
 縦横無尽に飛びまわる鳥にも、生活範囲はあるはずだ。居住地を遠く離れなくても餌には困らないであろう、深い深い緑に守られた土地。棲み処さえ判れば少年も近いはずと判断したレザリアは、つい先ほど輝く瑞々しい羽根を拾い上げた。
 細かい光の粒を貼り付けたかのように、羽根は青に輝く。レザリアは顔を寄せ、青い光の薫りを吸った。言葉で喩えにくいため確かめてもらおうと、彼女は雪月の前へ羽根をそっと差し出す。
 つられて雪月が羽根を嗅ぐと、澄んだ薫りが鼻孔を抜ける。
 そのとき。
「カレンちゃんも手に入れたよ!」
 頭上から声が降る。
 木の上を仰いだ二人の前へ飛び降りたのは火煉だ。宣言通り、彼女が摘まんでいるのもレザリアのと同じ濃さの青い羽根で。
 鳥は餌場か巣へ飛んでいると考えていた火煉は、鳥が巣にしそうな空間がある木を中心に確認して回っていた。そしてここから近く、高木の洞に一枚、引っかかっている羽根を見つけたという。
 近場で二枚も青い羽根が発見できた事実に、雪月は顎を撫でて唸る。青い鳥を追ってきた少年だ。近辺にいるかもしれない、と。
 しかしレザリアも火煉も、少年の姿は見かけていない。情報を共有したあと、どこいっちゃったかなあ、と火煉が視線を巡らせた。
「この気温だと風邪ひきそう。早くおうちに帰してあげなきゃね」
 火煉の言葉に雪月とレザリアも頷き、歩き出す。
 おーい、と幾度となく発した呼びかけを、ふたたび雪月が響かせる。垂れ下がる葉の厚い幕に遮られた声は、それでも澄明な空気に伝って遥か先まで届いた。
 届いたのだ。
 三人のつま先が草木を引っかけてぴたりと止まる。
 見合わせた顔が物語る。微かに跳ね返った声は、雪月のものではなかった。
「……さらに奥だ、近いぞ」
 雪月が急き立てるように告げ、地を蹴る。

●少年
 表森の未開地は暗緑に染まっていた。人跡未踏の地と呼んでも過言ではないほど、空気は清澄なまま緑だけが濃い。
 けれど鳥の合唱も、リスや兎が互いを呼び合う鳴き声も、今まで通ってきた場所同様、ここにはなかった。鳴き声のみならず気配も、相変わらず窺えない。
 異様さを全身で浴びながらシキは走る。ぴんと立てた彼の耳にも聞こえていた。森をゆく狼は速い。野山や草原でなくても木々を避け突き進んだ彼は、湿った土塊を散らして制動し、止まる。狼耳をひくりと動かし手繰った先には、やはり今まで散々覗き込んできた洞のある老木群。幾度となく目にしてきた光景だ。
 だが、今までとは異なるものをシキは嗅ぎとる。姿なき失踪者を辿るシキはそこでひとの姿へと変化し、古木の洞を覗き込む。
「あっ」
 声を洩らしたのはシキではない。洞の内壁に身を預けて座っていた少年だ。薄暗くてわかりづらいが、シキから見ると随分衣服や顔が黒ずんで見える。
「ピート、なのか?」
 声量を控えてシキが確かめると、少年は目を丸くした。
「え、ど、どうして僕の名前……」
 掠れ声で尋ねながら、ピートは恐る恐る洞から出てくる。大きな瞳をぱちりと瞬かせた焦げ茶色の髪の少年は、血色が悪く、衣服だけでなく顔まで土で汚れていた。転倒でもしたのだろうかとシキは目を細める。
 そこへ、返すピートの声が届いていた雪月とレザリア、火煉も駆けつけた。
 自分たちがピートを捜索しにきたこと。この森に恐ろしい存在が居て危険なことを火煉が手短に説明する。はい、はいと小刻みに相槌を打つピートの様子を窺いながら、話しの間シキとレザリアは辺りを警戒した。
 そして、体躯の大きさから驚かせてしまわぬよう控えていた雪月が、頃合いを見計らいピートへ声をかける。
「ほら、これでも食べるか?」
 雪月が取り出したのは、金平糖と干した果物。甘い薫りを吸い込んだ途端ピートの腹が悲鳴をあげた。恥ずかしさのあまり赤面したピートに、猟兵たちも頬を緩める。
「腹が減ってはなんとやらだ。旨いぞ」
 柔らかい声で雪月が促せば、おずおずとピートは厚意を受ける。
「あ、ありがとう、ございます……っ」
 一礼したピートは最初に果物を口へ放り込み、噛みしめた。
 舌の根まで広がる風味に、込み上げる涙を堪えながら、ひとつずつ。

●青
 ピートが食べて心落ち着かせている短い時間に、モリオンや、アインスたちもこの場へ合流していた。
 捜索しているときから続く奇妙な静けさは未だあり、猟兵たちは抜かりなく警戒している。いっそ森の何処かが騒然となれば、オブリビオンの居場所もわかるのにと、モリオンは自らの腕を手当てしながら思い馳せる。
 高い老木の洞を火煉も見上げる。小動物の巣材らしき欠片は絡まっているのに、巣の主は一向に戻る気配がない。張り詰めた空気は、動物たちを遠ざけたままだ。
 黙々と干した果物にかぶりつくピートを眺めていたアインスは、ずっと胸に痞えていた考えを言葉に変える。
「噂の青い鳥、ほんとの鳥ならいいんだけどね」
 ピートの耳には届かない小さな声で呟き、広がる森を見遣った。
「……鳥がオブリビオン、か」
 アインスの消え入りそうな囁きを、レインが掬う。アインスは思わず肩を竦めた。
「少年を誘き出していた、なんてことじゃなければいいけど」
「あり得る話だ。けどピート少年を誘い出してどうするんだろう」
 餌にでもするのか、とレインも話声をか細くする。
 いずれにしてもオブリビオンを倒すことに変わりなく、アインスは再びピートたちの様子を窺う。
 そして、食べ終えたピートがふうと息を吐いたところで、雪月が声をかける。
「そろそろ移動するぞ。疲れてるなら、背に乗ってくか?」
 雪月の提案に、考えていたのか暫し固まるピートだが、やがて徐に首を横に振った。
「大丈夫、です。歩けます。あの……」
 ピートは土で汚れた頬をぐしぐしと手の甲でこする。
「やっぱり僕、すぐ帰らないとだめ、ですか?」
 唐突な質問に、モリオンが頷く。
「ここは危険だもの。なるべく早く戻るのが良いわ」
「そうね、きっとご両親も心配してる」
 フィリアもしゃがみこんで話す。
 その言葉にピートが俯いた。瞳が零れそうなぐらいに揺れている。
「青い羽根を、僕、おかあさんに……」
 声を震わせ言い淀むピートの続きを待たずして、シキの銀狼の耳がぴんと立った。人狼の直感が働き飛びのいたシキは、気配がする方向を睨む。
 他の猟兵たちも異変に感付き、シキと同じ方向を見つめた。レザリアは死霊騎士を召喚し、ピートを庇えるよう傍に立たせる。
 音もなく、それは姿を現した。
 暗い樹海の奥に溶け込みそうな色の生き物は、一見すると馬か犬か判断がつかない。
 表森の冷たさを孕んだ青に透く角を構え、じっと猟兵たちをねめつけている。まるで憎き者を前にしたかのような険しさで。
 ひっ、と息を呑む音が落ちた。ピートだ。少年は咄嗟に雪月の背に隠れ、そろりと顔をわずかに覗かせて獣を見る。少年にとって、静謐を湛えた不思議な獣は恐ろしいものだろう。日常で拝む機会のない獣だ。しかも野生の獣らしい仕草も匂いも無く、悠然と佇んでいる。
 だが猟兵たちは知っている。それがオブリビオンだということを。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『ヒューレイオン』

POW   :    ディープフォレスト・アベンジャー
【蹄の一撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【自在に伸びる角を突き立てて引き裂く攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    チャイルド・オブ・エコーズ
【木霊を返す半透明の妖精】を召喚する。それは極めて発見され難く、自身と五感を共有し、指定した対象を追跡する。
WIZ   :    サモン・グリーントループ
レベル×1体の、【葉っぱ】に1と刻印された戦闘用【植物人間】を召喚する。合体させると数字が合計され強くなる。
👑17
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ミレイユ・ダーエです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●青の幻獣
 連なる葉の幕紗が陽を遮り、『表森』と呼ばれる一帯はいまだに薄暗い。
 息を吸えばやはり濃い緑と占めた土や緑が匂う。息を吐けば微かに白んで昇りゆく。青い鳥を追う少年ピートを探しているうちに陽も傾き、冷え込んできていた。
 あっ、と猟兵の背に隠れていたピートが声をあげる。
 ピートが何を目撃したのか、猟兵たちも理解する――青い鳥が、オブリビオンの背に止まり、羽根を繕っていた。
 青く輝く羽根を探索中に手に入れていた猟兵が思わず、自らの持つ羽根を取り出して見遣る。心なしか色味と輝きが、背に止まった鳥より鮮明に見えた。しかし何度も見比べて確かめる余裕など訪れない。
 オブリビオンの背を止まり木にした青い鳥は突如霧散し、細かい水滴となってオブリビオンへ吸い込まれていく。
 猟兵たちは目を見開き、ピートは顔を青ざめた。
 オブリビオンが生んだ幻なのか、それともオブリビオンが鳥を糧として吸収したのかはわからない。
 ただ青い鳥が消えたという事実だけ、胸に突き刺さる。
 そんな、とピートの震えた声が土に転がり濡れる。青に光るオブリビオンは、芽吹いた蕾や泥濘ではなく、少年の希望を踏みしだき、森への侵入者をねめつけた。
 猟兵たちは武器を構え、オブリビオンと向かい合う。

 決戦のときだ。
毒島・火煉
苦しい思いをしてもお母さんの為に走ったピートくんの前で…マジ許せない。

「カレンちゃん達がアイツぶっ飛ばすからさ。それに何より…」

お母さんが今一番欲しいのは、君の笑顔だと思うから。

カレンちゃんにお母さんとか居ないし、知らないけど。大事に思う気持ちは分かるつもり。だから、

「此処でぶっ殺すっ!」

真っ黒な瞳に真っ白な髪。伸びた角と牙の真の姿になって先陣切って切り掛るよ。早業、見切り、おびき寄せ、全部使ってカレンちゃんに気を向けておくよ。チャイルドオブエコーズには第六感で対抗して、追いかけて来る妖精を察知しながら駆け巡る!

「カレンちゃんの事だけ見ときなよ!今からテメェを切り殺す、鬼の姿だけをさぁ!」


アインス・ツヴェルフ
【IBIS<アイビス>】で行動
ふむ…あの青い鳥はオブリビオンの一部か?
オブリビオンの行動の理由は一つだ
世界を滅亡に導く…染み出した過去で世界を埋め尽くす事
少年はそれに都合が合っていたのだろう

ともあれ少年が無事で良かった
さて、過去の染みはここで倒すよ

サイコソード二刀起動
レインとフィリアの前に立つ
戦闘用植物人間がオブリビオンへの攻撃を阻むのならサイコソードで薙ぎ払うまで
数が多く厄介だったらサイキックブラストで動きを一時的に封じる
その隙に【サイコランス】を作成しオブリビオンに浴びせる

少年は過去の幸運を求めたのだろうか
過去は取り戻せないけど今の幸運を望む事は出来る
きっと本物の青い鳥はいるはず


フィリア・セイアッド
IBIS<アイビス>】で行動
【WIZ】ピートくんの護衛と仲間の回復・支援
大丈夫 わたしたちが守るわ
皆とっても強いんだから
安心させるようピートくんに笑いかけた後 彼を守るように翼を広げる
綺麗な生き物…
だけど あなたにピートくんの希望は奪わせない
まっすぐに相手を見て告げ 皆を「鼓舞」する「歌」を
雪雫の円舞曲で仲間の攻撃力を上げる
アインスさんやレインの後ろで 「オーラ防御」も使いピートくんの盾に
状況をよくみて 敵の攻撃がきそうな時は皆に伝える
傷ついた仲間にはシンフォニック・キュアで回復を

青い鳥…本当にいないのかしら
ピートくんがお母さんのために頑張ったのなら 何かしてあげたい
戦闘後 帰り道に鳥を探す


レイン・フォレスト
【IBIS<アイビス>】の仲間と
【SPD】
前に出るアインスとピートを庇うフィリアの間に
「先制攻撃」「2回攻撃」を使って先手を
「見切り」も使うけど、攻撃を回避はしない
後ろに届いては困るし
「援護射撃」をして仲間が攻撃する隙を作ろう
仲間が攻撃してる間に弓で狙いを定める【千里眼撃ち】で「目潰し」
視界を奪わせて貰う

ずっと引っ掛かってた
何故こっちが『表』なのか
『表森』がこんな風になったのはこいつのせいじゃないんだろうか
こいつを倒せば森は元に戻るかもしれない
本物の青い鳥が見つかるかもしれないね

でも……ねえ、ピート
君の母親にとっての青い鳥って君自身じゃないのかな


レザリア・アドニス
こいつが、元凶なのですか…
少年に安全な場所に下がってじっとしてって言う
騎士と蛇竜を召喚し、騎士には前に立たせて、盾になりつつ攻撃と命じる
他の皆の攻勢に合わせて極力隙を与えないように
蛇竜は自分の周りに巡回させて、妖精を警戒
青の獣をしっかり観察し、妖精を召喚したと判断したら、騎士には獣の視線を遮らせて、同時に攻撃の強度を上げて獣の邪魔をさせる
蛇竜も自分の周りにとぐろ巻きさせて、防御をしっかりに

獣を倒したら、少年の無事を確認
そしてみんなで森を出る
もうこれしかないんだけど、少しだけでも幸せになれば…と、
青い羽を渡す
そして、今後、危ないことをしないように
君こそが…君のお母さんの、幸せの拠り所だから


シキ・ジルモント
◆SPD
アドリブ歓迎

家族がいるなら尚更、無事に連れ帰らなければな
ピートに一度言葉をかけてから戦闘を開始する
「いいかピート、今は生きて帰る事だけを考えろ
お前が無事に戻らなければ、母親は青い鳥を失ったお前以上に絶望する事になる」

真の姿を解放
(月光を纏っているように全身が淡く光る。犬歯が大きく伸びて尖り、夜の狼のように瞳が輝く)

敵がピートに向かわないよう、攻撃を続けて敵の注意を引いたり、『援護射撃』で行動妨害を試みる
UCを発動、命中して攻撃力が下がり隙ができたらあえて接近
回避されにくい『零距離射撃』で攻撃する
反撃は『見切り』、更に『カウンター』で『2回攻撃』を重ねて『逃げ足』で敵攻撃範囲から離脱する


モリオン・ヴァレー
ふぅん
あたし達にこの悪環境な森を歩き回らせて
散々嫌な事想起させて
トドメが青い鳥を取り上げてはい残念でした?

いい度胸と性格してるじゃない

【ナムネス・スティング】使用
周りの雑魚に攻撃されるのも合体されるのも厄介ね
まず雑魚を対象に
<誘導弾><鎧砕き><投擲>合体で強くなるというのなら
別々の木に1体ずつ文字通り針で縫い付けて封じてあげるわ
<毒使い><マヒ攻撃>これにも麻痺毒が効くか判らないけれど
手は抜かないわ
ある程度雑魚が減ったら本体にも【ナムネス・スティング】
<2回攻撃>楽に逝けると思わない事ね

希望を追いかけるのもいいけれど
親に心配をかけない範囲でね

……居なくなったら
そういう事も出来なくなるのだから


叶・雪月
真の姿:雪を思わせる白い煌めきを身に纏う

ピートの安全を意識する
もしもの場合はかばえるようにしておく

さて、【蹄の一撃】を食らわないようにすることが最重要だな
蹄ってことは絶対に足に前兆動作があるはずだ
そこを意識して動こう
過去の【戦闘知識】が役立つといいんだが
後食らいそうなときは【吹き飛ばし】で距離を離すのもありだな
他の奴が食らいそうなときも同様だ

さて、貴様に希望は失わせはしない
我が刃は氷のごとし、月の煌めきよ、切り刻め!

なあピート、俺が知ってる青い鳥、つまり幸せっていうのはさ
意外とも身近にあるもんだぞ
だから、戻ったらまず心配かけた人に誤って探すといい
身近にある幸せを




 深く薄暗い『表森』に、オブリビオンはいた。
 四つ足に黒のからだ、青く透いた線を宿した幻獣は、厳めしい角を誇示して猟兵たちを睨みつけている。
 レザリア・アドニス(死者の花・f00096)はすぐに少年ピートを振り向く。
「……安全な場所に下がって、じっとして」
 猟兵たちと何度も会話を交わしたためか、それとも気質ゆえにか、ピートは素直にうなずいた。
 どん、と毒島・火煉(アナタも愛しい恋人に・f04177)が自らの胸を叩く。
「任せて、カレンちゃん達がアイツぶっ飛ばすからさ。それに……」
 一度切った言葉の続きを呑み込んで、火煉はかぶりを振る。慌ただしい中で伝わるかはわからない。だが、いま火煉がやるべきことは、定まっていた。
 突然、火煉の容姿が変貌する。
 闇に融ける黒い双眸と、陽を浴びた無垢なる白の髪。羅刹としての彼女を強調する角が伸び、狂気を帯びて牙を剥き、駆けだす。
 先陣を切った火煉に続き、シキ・ジルモント(人狼のアーチャー・f09107)もピートに言葉を放る。
「いいかピート、今は生きて帰ることだけを考えろ。無事に戻るんだ」
 安全を期すために念を押すと、少年は強張った顔で、顎を引く。
「青い鳥を失ったお前以上の絶望を、母親に感じてほしくはないだろう?」
 紡ぐシキの話にピートが唇を引き結ぶ。そして彼は何も言わぬまま、じりじりと後退りする。
 理解したのかどうか確かめるとしても後だと、シキは少年を庇うべくハンドガンを手に構えた。張り詰めた緊張に、木々が沈黙を保っている。まるで月夜を想起させる静けさだ。
 シキもまた、秘めたる力と姿を解き放つ。
 まだ陽も眠らぬ時間帯。それでもシキの身が淡く帯びるのは、月の加護だ。仄かながらも冴えた月明かりが、底で疼く本能を掻き立てる。大きさを増し鋭利に尖った犬歯や、闇夜に浮かぶ狼の瞳の輝きも、そうさせる理由のひとつだろうか。
 一方、レイン・フォレスト(新月のような・f04730)は、形見のハンドガンで先制攻撃を仕掛けた。手入れの行き届いた銃は、誤らず幻獣の足元を叩く。気軽な射撃にも見えるレインの仕草は、射手の技術の高さを示していた。
 間髪入れず二発目を撃ちこむが、オブリビオンは軽い足取りで除けるだけで動じない。
 先手を獲った仲間たちを見回したあと、フィリア・セイアッド(白花の翼・f05316)は、大丈夫、と優しくピートに声をかけた。
「わたしたちが守るわ。心配しないで」
 猟兵という存在をよく知らないピートは、あどけなさの残る顔で首を傾ぐ。
「皆、とっても強いんだから」
 迷いも震えもせず当たり前のように話すフィリアに、ピートも思わず頷いた。怯えさせまいと笑を絶やさぬフィリアは、そんな彼を守るように白花の翼を広げる。翼が運んだ風は、ピートの瞳のみならず、彼女が大事にしている茉莉花のリボンをも揺らした。
 その傍では。
 ――オブリビオンの行動理由はひとつだ。
 伏せた瞼に考えを映して、アインス・ツヴェルフ(サイキッカー・f00671)がゆっくり目を開く。
 ――世界を滅亡に導く……染み出した過去で、世界を埋め尽くすこと。
 未来へ向かう者たちを付け狙う、過去の遺物。
 おそらくピートは、かの者にとって都合が好かったのだろうと、アインスは唸りながら二振りの剣を握った。
 同じ唸るのでも、猟兵によって抱くものは異なる。
 ふぅん、とモリオン・ヴァレー(死に縛られし毒針・f05537)は素気無く唸っていた。
 胸中に渦巻く情は複雑だ。悪趣味な幻惑の霧、足をとられかねない泥濘、老木や倒れた古木などが移動を妨げる森の奥地。散々歩き回らせた原因でもあるオブリビオンは、それだけで事足りず、青い鳥へと手を伸ばす少年の希望まで打ち砕いた。
「……いい度胸と性格してるじゃない」
 低く落ちた声を、放つ針に乗って幻獣へ飛ばす。
 すると彼女が予想した通り、幻獣の前へ複数の植物人間がまろび出た。数が数だ。幻獣への攻撃を邪魔される可能性が高いとふんで、モリオンの毒針は、取り囲む草木の人型に狙いを絞り、射出する。
 森に雪が降ったと見間違う白い煌めきは、叶・雪月(六花舞う夜に煌めく月の刃・f03400)が羽織るものだ。静寂を湛えた雪色が、彼の姿をより真に歩み寄らせている。
 雪月が注視するのは蹄による強撃だった。蹄で証を植えられてしまえば、深手も免れないであろう強打を喰らいやすくなる。なんとしてでも避けたい。自分はもちろん、仲間も。
 思考を巡らせ観察している裡に、黙したままの幻獣オブリビオンは顔を上げ、周囲にふたたび集まり始めた草木を眺める。
 しばらくは活発には動かないであろう、澄ました態度の幻獣に、レザリアは瞬きも忘れて見入った。
「こいつが、元凶なのですか……」
 誰にも届かない小ささで、ぽそりと呟く。
 そんなレザリアの盾は、死霊の騎士が担った。鎧の影に隠れつつ、彼女の腕が手招いたのは蛇竜。闇に潜みはしないものの、発見され難さが仇と成り得る妖精を警戒しての召喚だった。
 やがて、幻獣の前で蠢き生まれた植物人間たちが、猟兵たちを意識に捉える。草木や枝葉を組み合わせた人の型が、うぞうぞと猟兵たちを狙い始めた。
 植物人間の動きを阻害するためシキとレインが発砲し、その間にアインスはレインとフィリアを庇うべく、前に立つ。うーん、と唸り顎を撫でた彼は、普段遊ばせていた手をくるりと捻って。
「数が多いのって、厄介だよね。それ!」
 掛け声とともにアインスが掌から放ったのは、高圧電流だ。破裂音かと誤解しそうな衝撃と眩さで、植物人間の動きを鈍らせる。流れる電気の力に痺れた植物人間の群れの先で、幻獣は猟兵たちの様子を静かに窺っている。
 綺麗な生き物だと、視界に入れたときフィリアは感じた。
 闇色のからだ、透き通る青、気品があるようにも思える幻獣――オブリビオンの姿を。
 だが、紛うことなきオブリビオンだ。ピートの心を打ち砕く存在で。
「あなたに、ピートくんの希望は奪わせない」
 まっすぐに。ただまっすぐに相手を見据えて告げたフィリアは、光に満ちた世界を謡う。
 小型の竪琴に音を乗せる。小さな幸せを歌声で羽ばたかせて、仲間たちを鼓舞した。


 森を織りなす濃い緑に佇む、幻想的とも取れるオブリビオンの青黒い体躯。
 わかりやすい的でよかったと吐息だけで呟き、レインは銃口をわずかに下方へ向け撃った。オブリビオンの足元、泥濘を跳躍した弾が敵をやや後退りさせる。うろつく足取りを前にレインは口端を微かに上げて排莢し、新たに装填していく。
 こうしてレインは仲間が攻撃するための時間をつくった。
 家族の元へ、ピートを無事連れ帰らねば。
 そう考えながらちらりと後方のピートを一瞥し、シキはシロガネの名を冠するハンドガンを構えた。グリップを握る力は平時と変わらない。戦いともなればシキの感覚も意識も逸れず、ただ任務の完遂を想い手足が動く。
「大人しくしていてもらおうか」
 投げた一言は、オブリビオンの眼光をシキへ引き付ける。疑いようが無い敵の存在へシキが仕掛けたのは、各部位への射撃。月明かりを纏うシキの輪郭は幻獣の目を微かに晦ませた。隙を突いて撃った弾丸が四つ脚を抉り、頭の頂きを掠める。
 痛めた脚に目もくれず幻獣は、妖精を森に潜ませてシキを追尾した。夜をも射貫く狼の両目が妖精の辿った道を、帯びた月光と肌がその気配を察知する。奔って妖精から逃げ回る動きを目くらましに、シキの足は幻獣との間合いを詰めていく。
 幻獣が、受けた銃弾の違和感から足を揺り動かした瞬間、滑るように身を低め自身を追う妖精へと銃爪をひく。そして森に響いた音に紛れたシキの身体は、オブリビオンの脇腹に食らいついた。
「避けられるか、試すか?」
 囁いた直後、銃声を響かせて、押し付けた銃口による接射創を幻獣に刻み込む。
 その一方で。
 マジ許せない、と震える拳は火煉のものだ。
 彼女の脳裏をよぎるのは、苦しいながらも母のため走った少年ピートの姿。大事な母のためにピートが走ったという事実は、火煉を考えに沈ませた。
 ――カレンちゃんにお母さんとか居ないし、知らない。けど。
 大切なひとを想い、そのひとのために無茶をしてしまう強い気持ちは、わかるつもりでいる。
 だからこそ、青々とした空気を細長く吸い込んだ火煉は、オブリビオンへと告げる。めいっぱいの声量で。
「此処でぶっ殺すっ!」
 真なる姿は火煉の力を高みに昇らせ、弾ける。悠然と立つオブリビオンの周りを突っ走り輪を描く。そしてオブリビオンが召喚した妖精を瞬く間に切り裂いた。
 煌めく雪月の身を蹴り飛ばそうと、幻獣が仕掛ける。だが猛威を揮う蹄を、冬に舞う風花のように雪月は難無く躱した。その際に太刀の切っ先で蹄を掻けば、寸秒のあいだ幻獣の体勢を心許なくさせた――応酬の好機だ。
 刃紋に己が力を纏わせて、振るう。
 斬れぬものなしと雪月自身が誇る太刀は、切れ味も相応、幻獣の豊かな胸間に刀傷を刻む。
 傷はあれど怯えはせず堂々と構えながら、オブリビオンが忌々しげに鼻を鳴らし、透けた妖精を生み出した。
 妖精がレザリアへと木霊を返す。何度目になるのか、オブリビオンが呼びつけた妖精だ。招いた蛇竜が護りを固めていなかったら、死角から叩かれていただろう。
 レザリアがほんの少しほっとしたのも束の間、オブリビオンと五感を繋ぐ妖精は、軽やかに踊るばかりだ。まるで挑発とも取れる動きに、今度は眉根を僅かに寄せる。
 煽って戯れる妖精へと、レザリアは死霊の騎士を向かわせた。揺蕩う妖精は息を潜めるとなかなか尻尾を出さなかったが、ひとたび気配を露わにすれば騎士の一撃を受けて無事でいられるはずもなく。
 そうして妖精が消失した森に、木の葉が舞う。森の精たちが遊ぶだけなら微笑ましさもあっただろうが、モリオンは繰り広げられる微笑ましさに突き合うつもりなど更々無かった。
 そもそも木の枝や葉で構成された植物人間の悪意は、真っ直ぐ猟兵たちへ向けられている。微笑ましさからは程遠い。だからモリオンは袖を払うように軽く撫で、植物人間たちへ腕の先まで伸ばす。
「少し大人しくしていてくれない?」
 針がモリオンの袖から撃ちだされた。仕込まれた毒が、植物人間の身を内側から壊していく。麻痺に染める毒針は、投擲力と誘導する術に長けたモリオンの意志に沿い、草木絡みあう人型を一体ずつ樹木へ縫い付けた。森の息吹に溶けた植物人間は、やがてただの草木へと変わっていく。
 中には、身震いで針ごと跳ねのけた植物人間もいる。
 しかし一命をとりとめたその草木人も、見据えるアインスの柔い眼光からは逃れられなかった。
 アインスの二刀が森の濃緑を映して光り、植物人間の行く手を阻んだ。否、むしろ阻んできたのは植物人間の方だった。群がり蠢く葉の生き物は、オブリビオンを倒すうえで厄介極まりない。
「邪魔しないでほしいねっ」
 柄を握り緊めて一歩踏み出し、薙げば一閃、アインスの剣は唸る。そして草木が絡んだ見目の人の型を、サイキックエナジーの剣身で焼き切っていく。
 不意に、透けた妖精がレインを襲う。一瞬で間合いを詰めてきた妖精の一撃を、しかしレインは避けなかった。後方にはフィリアやピートがいる。防いだ腕に痛みを覚えながらも、レインは後退りせず、身を盾にして立ち続ける。
 彼女やアインスの後ろに、フィリアが立っていた。祈るようにフィリアが呼び起こしたのは、星が導く夜空のような、やさしいオーラの加護。守りの波動がそっとフィリアを包み込んだ拍子に、同じ煌めきを灯したペンダントが胸元で揺れる。
 フィリアは謡った。
 痛みを仲間から拭い去るため、表森の暗さを弾くほどの、明るくもやわらかい声で。


 ――過去の染みは、ここで倒すよ。
 宣言は念動力と化して、アインスの槍を模る。扇状に天へと掲げ、向ける矛先はただひとつ――幻獣のオブリビオンのみ。
「穿て……ッ!」
 アインスが振り下ろした腕を合図に、爛々とサイコランスが空気を切り裂く。蒼と黒の幻獣は数本を跳ねて回避するが、すべて避け切るのは不可能だった。串刺しにした槍が消えるまで、声にならない嘶きで大地を震わせる。
 痛みの反動ゆえにか青い獣が召喚した妖精の無邪気な誘いを、シキは取り回したハンドガンのバレルで払いのける。スピンで狂わせた妖精の軌道へ銃口を向け、今度はトリガーを引く。ひらりと躱しかけた半透明の妖精だったが、照準は誤らず、妖精の羽を貫く。
 蛇竜はレザリアの細身をとぐろ巻きにして、オブリビオンをねめつけていた。だが青き獣は歯牙にもかけず、地を踏み均す素振りをするだけだ。間違いなく素振りであったが、レザリアの目は誤魔化されない。重ねた観察が、彼女に明瞭な判断をもたらす。
 レザリアの傍を離れたのは死霊の騎士だ。兜の奥、死を知るまなこが捉えた妖精の気。潜んでもなお幻獣の視線を辿っていた妖精へ、すぐさま騎士が死の鉄槌を下した。
 仲間の猛攻と援護が止まぬ野の風景で、レインは瞼を伏せ、じっと集中していた。描きあげた道筋は見えている。
 彼女にはずっと引っかかっていることがあった。集中した意識を番う矢へ寄せ、一変したらしき表森の空気を肺に溜める。表森がこんな風になったのは、この幻獣が原因だろう。レインは常よりそう考えていた。ならば。
 ――こいつを倒せば、森は元に戻るかもしれない。そうしたら青い鳥も……。
 本物が見つかる希望は未だレインの内で拭えず、千里眼で感知した的へ矢を射る――オブリビオンの目玉に。
 潰された視界は幻獣に不安を抱かせた。がむしゃらに蹴り上げる蹄が猟兵たちを、また宙を蹴り上げ暴れる。
 すかさずフィリアが淡い唇で謡ったのは、森林をも奮わす春告げの唄。寒さを超える逞しさと喜びは、猟兵のみならず大自然にも共感を起こし、仄暗い表森がさざめく。
 唄による癒しが猟兵たちに注ぐ中、地面と平行に伸ばしたモリオンの腕は、確実にオブリビオンを狙う。袖口から放ったいくつもの毒針が、森然たる世界を突き抜け、敵の胴体を刺した。
「……楽に逝けると思わないことね」
 控えた声が憤りを含んだ。
 亡霊を穿つ手による針を再び飛ばし、別の部位を麻痺毒で侵す。
 神経の痺れに幻獣が喘ぎ、次の瞬間、火煉がつま先で泥濘を蹴った。持ち得る技を以ってすれば彼女の両脚は迸り、再び招かれた半透明の妖精ですら追いきれない。
「こっちこっち! カレンちゃんのことだけ見ときなよ!」
 葉擦れの音を置き土産に、火煉は戦場をめまぐるしく駆け回る。激情に駆られたのか否か、妖精は火煉の急追を続ける。
 暗い森に乱舞する妖精と白影をよそに、幻獣の前へ雪月が腰から身を踏み込んだ。
 ――希望を失わせはしない。……貴様になど。
 踵をしかと地につけた雪月の一歩は、深い。
 ――我が刃は氷のごとし。月の煌めきよ。
 腕を大きく動かしながらも、揮う太刀筋は正しく、そしてさりげなく。
「切り刻め」
 放ったのは一言。それで充分だった。
 銀の軌跡に己の姿が一瞬映る。真白の煌めきを乗せた刃は、迷いもせずオブリビオンの角と片耳を切断し、首元に切り傷をつくる。血錆に濡れる間もなしに、太刀は再び主に寄り添う。
 そこで突然、濃緑をゆく髪の白が、景色の中で残像となって尾を引いた。レザリアの死霊騎士が妖精を斬り伏せたことで、自身を追う存在から解放された火煉は、足跡を残す暇も地面に与えず、背をやや丸めた雪月の影から高く跳ねる。
「見ときなって言ったよ?」
 ふらつく幻獣の残っていた角を鷲掴めば、振り払おうと幻獣はこうべを揺らす。
 しかし火煉が角を手放すよりも一寸早く、ダガーが首の後ろをひと突きした。そして。
「今からテメェを切り殺す、鬼の姿をさぁ!」
 獣の背へ靴裏をくっつけて、勢いよくダガーを振り抜く。
 反動で火煉の身が宙を舞う間、幻獣は蹲った――腹這いになった獣に、もはや抗う術も無く。
 オブリビオンは首元から青黒く霧散して消えた。蹄の跡ひとつ残さずに。

●ガララ村
 陽は傾き、蒼茫とした森も眠りに近づいていく。
 暮れかけた森からは、オブリビオンの気配も濃霧も消えた。すっかり静まり返った森を通り、猟兵たちはガララ村への帰途につく。
 道すがらフィリアは秘める胸懐を束ねて、木々を仰いでいた。本当にいないのかしら、と見上げる樹木に青い鳥の姿はなく、かわりに日常を取り戻した巣へ戻る鳥や小動物の姿が拝める。オブリビオンによって脅かされていた生き物たちも、漸く家へ帰ることが叶ったのだ。紛れもなく猟兵たちが齎した現実を目の前にして、少しばかりフィリアは頬を緩める。
 アインスは、ピートが求めた幸運の在処を考えていた。透き通る青の瞳で足元を見下ろす。森に残る靴跡が既に過去となったように、過去にあった幸運は、もう取り戻せない。けれど。
 ――今の幸運は望める。きっといるはずだよね、本物も。
 今は少年の無事に胸を撫で下ろしつつ、アインスは澄んだ森の空気を存分に吸い込んだ。
 静けさが蘇った森を見渡して、火煉も想い馳せる。
 ――ピートくんのお母さん、きっと待ってるよね。ピートくんの笑顔を。
 幻惑の霧に翻弄されていたときとは打って変わり、猟兵たちは帰路を非常に短く感じていた。視界と精神を阻むものが無ければ、広いとはいえ迷う心配もない。ガララ村に着くのもそう時間はかからなかった。
 すると、猟兵たちが表森まで行ったなどとは露ほども思っていない村人の男性が、猟兵たちに気付き遠くから手を振っていた。アインスとレイン、フィリアは顔見知りのその村人へ、掲げた手の平で応じる。
 その間にレザリアはピートと向き合っていた。これしかないんだけど、と白皙の指がピートへ差し出したのは、表森で彼女が拾った青い羽根。その輝きはまさしく、少年ピートの探し求める希望の光だ。
 驚きのあまり言葉を失ったピートに、レザリアは淡々と言葉を紡ぐ。
「少しだけでも、幸せになれば……」
 光る粉末を塗したかのように、きらきらと笑う羽根。突き抜ける空の青を留めたような色に、ピートの視線も釘付けになる。
「その、い、いいんですか? 僕が、もらっても……」
 希望と戸惑いが入り混じり揺らいだ笑顔で、ピートがレザリアに尋ねる。こくん、とレザリアは小さく頷いた。
 ありがとうございます、と震えながらそろりと青い羽根を受け取った少年に、危ないことはしないよう念のためレザリアが付け加えて。
「君こそが……君のお母さんの、幸せの拠り所だから」
 呟きほどの声に、思いがけない言葉だったのかピートはきょとんと瞬く。
 そんな少年へ、モリオンも言の葉を投げかけた。
「希望を追いかけるのもいいわ。けれど、親に心配をかけない範囲でね」
 居なくなってしまえば、できなくなることがある。痛切さを音に乗せてモリオンが話すと、少年は極まりが悪そうに項垂れた。
 なあピート、と彼の表情を探りながら雪月が呼ぶ。
「俺が知ってる青い鳥……つまり幸せっていうのはさ、意外と身近にあるもんだぞ」
 近くにあると気付かず、青い鳥を探していく物語。
 それを雪月は思い起こしていた。
「だから、まず心配かけた人に謝って、それから探すといい」
 ――身近にある幸せを。
 囁きにも似た丁寧な言葉の運びが、連なる。
 続けたのはレインだ。
「ピート。君の母親にとっての青い鳥も、いるんだよ」
 レインが篭めた意味も、ピートはじっくり受け止め、沁み込ませていく。ピートと共に生きて帰ることが叶った安堵からか、シキは腹の内に温かさを覚えた。
 猟兵たちそれぞれの想いを綯い交ぜにして、ピートは噛みしめる。
 そんな猟兵たちへ応えるように煌めく羽根を抱き締めて、ひっくり返ってしまいそうな勢いで、ピートは深々と頭を下げた。
「っ、ありがとうございました、本当に、ありがとうございました……!」
 礼を重ねお辞儀をしたままの彼から、ぽろぽろと光の粒が零れる。
 滂沱する輝きの元も確かめずに、猟兵たちは少年に背を向けた。
 ふわりと、少年の手にあった青い羽根が薫る。
 青い希望の先を失わぬよう戦い、そして真っ直ぐ言葉を伝えてきた猟兵たち。
 彼らの立ち去る姿は、ピートの双眸に何よりも眩く映った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年01月11日


挿絵イラスト