#UDCアース
タグの編集
現在は作者のみ編集可能です。
🔒公式タグは編集できません。
|
●
食事とは。
生物における必要な行為である。
私は人間ではない。正しくは、人間として生まれた割には頭が人間のそれではなかったのだ。
小さいころに、いろんなものを食べてみた。
道に在った死んだミミズを食べた。掌で転がるダンゴムシを食べた。
養母の宝石だって口にして、かみ砕けずに歯を砕いたりしたこともあった。
幸い、小さなころの一時的な異常行動として片付けられていたけれど、私はそれで私を片付けてほしくなかったのだと今になって思う。
誰にもこの行為に理解は求めていない。
今日も、誰にも理解されない行為にふける。
それは、そうなのだろう。きっと私たちが鳥や豚や牛にしてやるようなことと同じなのだ。
牛だって人間たちの食事が理解できまい。
――どうして私たちを食べるの。
なんて、誰でもどれでも思うことなのだ。
だから、言葉を話せる人間がそう言うのなら私は決まって、答えをこう返す。
「おなかが空いたからだよ。」
そして、ようやく理解してくれた「ともだち」に巡り合えたのだ。
一緒に食べる食事は、何年ぶりだろう。
かわいがってくれた養母を初めて食べたときのような胸の切なさを感じて、鼻の奥がツンとした。
ああ、いけない――泣いている。
この「ともだち」も、私を食べるときに泣いてくれるだろうか――。
●
「君たちは、食べるのは好き?」
私は美味しいものしか好きじゃないし、小食なのだよ。と付け加えたのは紅い蜘蛛の巣をもてあそぶ女だ。
今日もまた、先の戦争であわただしくもあったグリモアベースで――いつも通りに依頼の説明をするヘンリエッタ・モリアーティ(世界竜・f07026)のうちひとり、「マダム」が集まった仲間たちに問うている。
すっかり暑さも早々に消えてしまいそうながらに、まだ残暑である。水分補給を怠らないように気を付けているらしい彼女の足元にはステンレスの細い水筒があった。
「UDCアースで邪神復活にまつわる予知を見た。ので、集まってもらったわけだけれど」
この女がだいたい嬉しそうに笑うときは、邪神にまつわることと。
「――連続殺人事件、だ。」
にんげんの「おかしさ」を感じたときである。
「事件の概要を軽く説明しよう。君たちにやってもらうのは、シンプルなことだよ。いつも通り、邪神復活を目論むものを暴き、復活の阻止だ。」
だけれど、それだけで終われないのだよね?と楽し気にマントをたなびかせてやって皆を夜に浮いた月の瞳で見るのだ。
爛々としたそれは、好奇心に浮かれた猫にも見えたやもしれぬ。
「人をたべる、ひとがいるんだって。」
猟兵たちにまず、侵入してもらうのは「事件現場」とされる「人食いビル」だ。
「ここはさしずめ――キッチンなのだよ。君たちも肉屋で肉を買ったら、余分な脂を落としたりカッティングしたりするだろう?」
それと、同じ。
ここで包丁を滑らせ、ここで被害者を加工するのだと楽し気に女は手にしたタブレットの写真に建物を映す。
四階建ての、古びた田舎の廃ビルなのだ。これを壊すにも金が要るし、中にテナントを入れるにはどうやら交通の便も悪いらしかった。
「まあ詳しい事件のことは現場で聞いたらいいよ。私もそこまで予知できてないし。邪神とどう関わっているのかもまだわからない。」
今回は警察もUDC組織の息がかかっている、積極的に猟兵たちに助けを求めてくれるのは間違いない。
なにより――この悪徳は、解決までの過程が楽しみでしょうがないのだ。
くすくすと喉の息を詰まらせながら笑う悪徳教授の銀に映る愛すべき同僚たちの顔が真剣であることを確認して、うんうんと満足げにうなずいてみせた。
「ショッキングな現場を見るやもしれないから、協力してくれる子たちは――心しておいてね。ああ、いつでも恐ろしいのは幽霊や妖怪などではなくて」
くる、と紅い蜘蛛の巣を人差し指で回して見せてから、うっとりとするのだ。
「『にんげん』だよな。」
真っ赤な口内を晒して満足そうにする。
「さて、それでは邪神が完全復活してしまうまえに止めておくれ。どうやら大食いな邪神のようだ、暴れさせるのはよろしくない。そうだろ?」
いけしゃあしゃあと。
戸惑う誰かの背を押すように、恐れる誰かの頭を撫でてやるように、つっぱねるようにも聞こえたやもしれない言葉である。
細い足をわずかに開いて、紅い転送装置を起動して見せた。
「この事件のヒント?うーん、そうだなぁ――『隣人』かな。案外意外なところに異常と超常は潜んでいる、ということだよ。これ以上言ったら面白くないね。きっと」
同意を得るために猟兵たちに振り向くが、その後のリアクションは求めていないらしい。
「話は以上だ。――さあ、よきお食事会を。猟兵(Jaeger)」
招くように、赤い蜘蛛の巣が広がる。猟兵たちを、鉄さびたにおいのするビル前へと導いたのだった。
さもえど
十一度目まして! 焼き肉が大好き、さもえどです。
今回はなんちゃってサイコホラーチックにお送りいたします。
●第一章
事件現場となった人食いビルと噂される場所での生々しい調査から始まります。
犯人はこの場から「加工場」を変えたようで行方不明のようです。
お好きな方法で調査をしていただければ、如何様にも物語が進みますので本当にご自由にお考えくださいませ。
●第二章
導き出された回答から、在るビルに訪れることとなります。
グロテスク度は控えめにお送りいたしますが、サイコホラーが少し苦手な方は『×』とプレイングにお書きください。
控えめな描写でご案内させていただきますね。
●第三章
犯人『???』との対面・邪神との戦闘。
邪神は不完全ではありますがとても強く、食欲のとりこです。
●注意!
本シナリオにはやや過激な残酷描写が入る可能性が高いです。お気をつけください。
ちょっと怖いかも……という方はプレイングのどこかに『◆』をくださいませ。
マイルドな表現でご案内いたします。
内容は以上になります。
プレイング募集は『8/29(木) 8:30~』とさせて頂きます。
それでは皆さんの自由なプレイング、お待ちしております。
※フラグメントに記載されているPOW・SPD・WIZの行動は一例です。
第1章 冒険
『人喰いビルの真相』
|
POW : 無敵に吶喊。邪魔するものは踏み砕いて進みます。
SPD : 上手に身を躱し、罠を作動させず。或いは解除して進みます。
WIZ : 魔術的な罠を探知、解除しながら進みます。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
――パトランプがやかましく点滅を繰り返している。
いつも通りの、のどかな田舎町に似つかわしくないものだった。上空にはヘリが舞っているし、煩わしい。
電線の少ないこの場所で余計な黒があるのは喜ばしくない。
サイレンが鳴っていないのは、「異常であることを知らせたい」という威圧行為だ。
――ああ、なんてばかばかしいのだろう。
こんな平和ボケた夏休み終わりの街の中で、ふらふらと無防備な薄着で歩き回る女たちや、自分たちは襲われまいと胡坐をかいている男たちの無防備な顔を見てみるがいいのだ。
夏の終わりが今年はやけに早いからと、なにもそうやって――急いだところで誰もに危機感など与えられない。それが、明らかではないのか。
獣は、狩りをするときに草木に姿をひそめたり、己の知恵を使って身を隠す。
そして――仕留めた相手を満足いくまで食べたら、また数日、飢えるまで肉を食べない。
私はきっと、そういう生き方をこれからも繰り返すのだろうと思う。肉ばかりを食べるわけじゃない、腹の調子を悪くしてはいけないから、野菜だって食べている。
私にとって、危機感にあおられない人間たちというのは「狙いやすい」獲物だ。
弱ったガゼル、まだ幼いヌー、生まれてまもないうさぎ、群れからはぐれた小鹿。
仕事終わりの女性、スマートフォンに夢中な母親の視界に居ない幼児、歩き出したばかりで公園で遊ぶ赤ん坊、友達もいないのだろう孤独な青年。
――どれもこれも、変わらない。飢えたときに食べる、そういう対象に選びやすい彼らだ。
巷では、食人というタブーについてやかましいのだけれど、よくわからないままである。
ちゃんと働いているし、税金を納めているし、こうして――無かった戸籍を獲て社会に溶けこんでいるだけではないか。
何がおかしい?何が、違う?
どうして、「私たちは食べられない」なんて、「当たり前のように」すごしている。
パトカーが、私のそばを交通規則に正しい速度で通り過ぎていく。
人間の中に獣がいるのが、それほど許せないらしい。
にんげんだって、どうぶつなのに?
――わからないことを考えても無駄か。今は、ただ蒼を見上げるだけのおとなしい私だというのに。
少なくなったセミの鳴き声は、いやに遠くなったように思う。今日の具材をたくさん買ってきて歩いていても、さほど重さで汗もかかなかった。
開店は――何時ごろにしようか。
今日のメニューはどうしようか。少し視界を地面に向けてやりながら、うつむき加減で歩いていく。
――また、腹が空いてきた。
●
猟兵たちが送られたのは、「加工場」となった場所である。
田舎町のなんてことない、壊すにも金がかかるし、新しくテナントを入れたところで電気代も払えないようなすっかり老朽化したビルであった。
かつてはこのビルも、町の財政に貢献したというのだけれど、今やその真意すら疑われるほどである。
そして、ここで悍ましい行為が行われていたというのだからすっかり狭い田舎の交流網は戦々恐々としつつも好奇心に満ち溢れているらしい。
やれ、――ここには昔「いかれ」の女がいたのだ、とか。
やれ、――ここのビルの持ち主にいる親せき共は犯罪者の集団なのだ、とか。
根も葉も根拠もないような、尾びれ背びればかりのうわさが交錯しつつも、田舎の警官たちはこのような異常事態に慣れているはずもない。
現場に立ち入っては吐き戻すような惨状だったというからほぼ手付かずのまま、ゆっくりと事件の調査が一応は行われているようだった。
UDC組織に連絡が入り、ようやく最近になってまともな調査が行われたというのだからまた、この事件の解決には難航していたようである。
猟兵たちが調べたいと申し出てくれれば、喜んで誰もが快く返事をするだろう。
それほど――「食べられる」ということは、どんな動物であってもストレスなのだ。
そう、たとえ、人間であっても。
◆◆◆
プレイング募集は『8/29(木) 8:30~』とさせて頂きます。
参加人数によっては、大変ありがたくも多くのかたに来ていただいた場合は再送をお願いするやもしれません。
もし、そのようになりそうでしたらまた改めて告知をさせていただきます。
皆さんの自由な、PC様ならではなお好きな方法で調査などなど楽しみにお待ちしております!
フラグメントに記載されているPOW・SPD・WIZの行動は一例とさせていただきます。
◆◆◆
冴木・蜜
◎
…人間と怪物を隔てる境界は
一体何なのでしょうね
建物や犯人の調査はお任せして
私は食料にされた被害者を探ります
身元が判明しているのなら事前に調査
現場では遺体の痕跡を調べます
人食いとはいっても
流石に骨は残りますし
性別、加工の手法、魔術の痕跡…等々
遺体から分かる情報を収集
犯行の手口を特定します
もしかすると
柔らかい肉を好む等の食事の嗜好も
ある程度分かるでしょうか
肉が残っていれば更に分かるでしょう
骨の一本も見つからなければ
その処分法を探りましょう
ヒトの部位は処分するのも工夫が要りますし
場所を移したとはいえ
そうそう手口は変えられない
同じ手口が使える場所は多くない筈
情報を分析して都合のいい場所を搾りましょう
狭筵・桜人
◎
リスクを取ってまで食べたくなるほど美味しいんですかねえ、人間って。
牛豚鳥のどれに近いと思います?
なあんて、警察官に訊ねてみたって益もないですね。
せっかくだしビルの中を見て回りましょうか。
ほとんど手付かずって言ってたし
犯人の落とし物や忘れ物があるかもしれません。
見つけたら届けてあげないと。
やれる仕事があるなら現場を調べたい人を手伝いますので何なりと。
私の探し物はそう難しくなさそうなので。
さてさてこっちの探し物――遺体、血痕、骨のひとかけら。
扱いは丁寧に。媒介になればどれでもいいです。
被害者の【呪詛】を【追跡】します。
人が人に向けるものを辿りましょう。
怨まれてるでしょうね、人食い人間。
真守・有栖
◎
ふーむ?これは名(迷)探狼たる私の出番ね!えぇ、お任せあれっ
はらぺこぐーぐー。どんな事件もまるっとがぶりと解決してあげるわ!
とっっってもひどい現場だと聞いてはいたけれどーもー?
随分と散らかしてくれちゃって!お残しは良くないわっ
おおかみのおはなを摘まみ、匂いに顔をしかめつつ現場検狼
おおかみのおめめでじぃーっと見渡せばー……
何か手がかりが見つかるはずね。はずよ!はずだわ!!!たぶんっ
それにしても
食べるも狩るも本能(あにまる)ね
けれども狼ではないわ
ひとをたべたいのかしら?
なんでもたべたいのかしら??
はらぺこ。じゃしん。おおぐい。んーむ???
喚ばれた邪神も がぶり、と 食べてしまわないかしらね……?
伊能・龍己
食べるのは大好きですが、食べられるのは……考えたことないっすね。
まぁ、でも。人間、なんで「美味しく食えるものなら食っていい」てなったんすかね。(自分の行動をほんのり省み)(干物めっちゃ美味しかったなぁ)
……っと、探索探索。
縦に長い建物なら、入口とか運び込む所は1階しか無さげですかね?加工するとしたら上の階……と考えて、犯人の痕跡多そうな辺りを探りやしょう
犯人はどっか別のところに行ったんすよね
どこ行こうかなーってメモとか無いっすかね。すまほで見ちゃいそうですかね。
ああそう、途中で誰か先輩方に会えたら、できる範囲でお手伝いします。
●
――人間と、怪物。
隔てる境界は一体何だろう。
小動物は、人に「なつかない」。たとえば、甲斐甲斐しくハムスターの世話をしてやったとしよう。
毎日丁寧に撫でてやりながら、巣箱の掃除をして、餌を変えてきれいな水をそそいでやる。
人間からすれば、務めを果たしているにすぎないのだがハムスターから見てみると大きな齟齬があるのだ。
毎日巨人に体を押され、不快でないが抵抗もできないまま己の気に入ったにおいのする巣箱を根こそぎ新しくされて、なかったことにされてしまう。そして、せっせと非常食である餌を持ち帰っている間にも、巨人はやかましい音を立てながらなにやら大地震と地鳴りを起こしているのだ。
かたや当然、かたや異常。うまく「噛み合ってしまっているから」、「なれている」だけで、共存ができていた。
それがたぶん――。
この事件と、その登場人物である「人間と怪物」にも、あてはまってしまうのだろう。
「リスクを取ってまで食べたくなるほど美味しいんですかねえ、人間って。」
明るい声で、まるでからかうかのように。
「牛豚鳥のどれに近いと思います?」
狭筵・桜人(不実の標・f15055)はいつも通りの微笑みを絶やさずに、警察官たちにいたずらっぽく聞いていた。
それを見ていたのが――被害者の残骸を探そうとする冴木・蜜(天賦の薬・f15222)である。
蜜が「ばけもの」であるのなら、桜人は紛れもなく「悪魔っぽい人間」だ。
桜人本人は「そんなつもりはない」のだろうが――表情を曇らせたり、気味悪がったりするのを隠せない狗たちに満足そうにしてからビルに立ち入る桜色の彼である。
幸いにもほとんどビルの中は「荒らされて」いないらしい。ならば、さっそく立ち入ろうとわくわくする彼の背を――やはり蜜は、静かに見ていた。
建物や犯人の調査は、そういうものが得意である彼のような「にんげん」に任せたほうが良い。
怪物である己は、同じ「怪物」に共感できたとしても理解には至らないだろうとも思った。
――同族嫌悪とも言うやもしれないが。
ならば、蜜は。「怪物」などよりもその犠牲者のほうが心を寄り添わせるほうが気が進む。
桜色の彼の後ろに続く何名かが、やはりビルの中へと入っていくのを――横目で見送って、ああやはりこの手を取ってよかったと再認識したのだった。
「資料をいただけますか。」
【盲愛(オフィウクス)】――と名付けられたコードを乗せた一言である。
この現場に立ち入れぬと嘆く彼らだって、間違いなく被害者なのだ。正確に言うなら、噛みつかれて傷口をこじらせそうな存在である。
紛れもなく蜜が寄り添ってやりたい側であるし、彼らもまたそれに応えるようにして躊躇いなく蜜に資料を差し出したのだった。
蒼いファイルは、まだ薄い。
(「ああ――やはり」)
それが物語るのは、誰も「さほど調べられていない」ということ。
一枚捲ってみれば、事件概要と書かれた文字がある。
2019年8月●日――被害者が「発見」されたことによってこの異常事態が世に知らされた。
犠牲者の数は、不明とある。「引っ越した後」に、近所の不良グループらが肝試しとしてこのビルに立ち入った時には「すでに」こうだったのだという。
(「かわいそうに。」)
さぞかし、肝も冷えたろう。
ずるりと滴る蜜の黒が――ビルの中へ、排水管から侵入して往く。
加工したというのなら、何かしら痕跡があるはずである。人食いというのなら骨くらいはつぶしたとてどこかに付着するだろうし、隠しきれないであろうと踏んだ。
そして――やはり、ざらりとした感覚を蜜の一部が感じ取っていく。
(「随分細かくすりつぶしていますね」)
食ったやもしれぬが、たいていは砂になるまで丁寧にすりつぶして下水に流していたのを、蜜の黒たちが感じ取っていく。
何食わぬ顔でグロテスクな資料を、口から泥を垂らしながら見ている蜜も大層恐ろしいものではあるのだが。
この犯人を――恐ろしい、と警察官たちが怯えてしまうのも無理はないと思ってしまう。
「なんとも、むごい。」
ようやく――蜜が口を開いたころには。
彼の黒は、細い管の中を通って数々の白を体内に取り込んでいた。食っているわけではない、回収しただけのことである。
その白を、丁寧に黒の中で揉むようにして調べていると、よくわかるのは「健康状態」であった。
密度が高いものもあるが、そうでないものもある。発達途中のものもあった。
つまりは、骨密度の少ない老人。運動をする若い男性、または女性。少年少女。
「手あたり次第――いいえ、何か共通点があるのでしょうか。」
考えていることを口に出してやるのは、やはり「おそろしい」雰囲気を纏う蜜を警察官たちが注視していたためである。
せめて、味方である動きはしてやらねば。
弱きを救ってやりたいだけである、心優しい怪物が――「不特定多数」の被害者たちを洗い出していた。
さて、桜人は。
犯人の痕跡を追っていたのである。なにせ、相手も「ひとのかたち」をしている「脳」のある生き物であれば。
「――落とし物や忘れ物、ございませんか?」
何処かのアナウンスの真似事をしてやりながら、とっくに電気の止められたビルの中を歩く彼である。
やはり、過失(ミス)があるはずなのだ。
このようなことをするのは、人間の頭を持つ存在にしかありえない。
「頭がよすぎるから、人間はおろかなことをするのですよね」
そういう桜人も、人間である。
だから、――わかったような口ぶりになったやもしれない彼だった。さて、さて、と楽し気に歩いていく彼の探し物は、発見に難しいものではない。
「ふーむ?これは名(迷)探狼たる私の出番ね!どんな事件もまるっとがぶりと解決してあげるわ!」
おまかせあれ!
――どこからか聞こえてきた高らかな宣誓に。
「わあ」
気圧される桜人である。音の先に居たのは、この不可思議な状況にまったくもって恐れおののいたりしている様子のない真守・有栖(月喰の巫女・f15177)であった。
「随分と散らかしてくれちゃって!」
いや、警官は散らかしていませんけれど――。
なんて、言ってやるのは無粋だ。桜人はうんうん頷きながら、彼女のそばへやってくる。
「ええ、そうですよねえ。全くその通り」
他人の悪意を操ることに長けた彼である。よって、有栖からの悪意もこうしてうまくかわして接触――もとい、手伝いを試みるのだった。
有栖は、そうよそうよと頷いて桜人に快く返事をする。
「お残しは良くないわっ!!」
鼻をつまんだせいで鼻声になった彼女が吠えるのを。
「ああ、そっちですか」
肩透かしを食らったようなそうでないような――そんな感覚を覚えながら桜人がぎこちなく笑った。
それにしても、と鼻をつまんだままの有栖が言う。
「くさくないの?」少し顔をしかめて、「腐った血の匂いと、肉のにおいだわ。」
狗のような唸り声をあげて彼女がいうので、桜人も「どうでしょう」と鼻を鳴らしてみる。
「――人間にはわからないようです。だけれど、狼さんならわかっちゃうのかもしれませんね。」
狗の嗅覚は、人間の比でない。
ここに犯人の過失があったのだ。この事件を「人の手」だけでおこしていたのならよかったものの、「邪神」にかかわってしまったからいただけないのである。
「猟兵」という超常の因子については詳しくあるまい。桜人の「すぐ見つかるだろう」という予想は――やはり簡単に的中するのであった。
有栖と桜人が、ビルの空気の流れを読もうとしばし黙っている。
「匂いの流れはどちらからでしょうか。」というのなら「あっちよ!」と指さす有栖がいる。
指のさされた方向には、相変わらず広がる暗闇があった。
桜人が「本当に?」という念を込めて見つめてみると。
自信満々、いけしゃあしゃあ。快活な声で「そうよ!」と言う有栖の声がよくビルに響いたのなら、同じく同士が捜索をしていると聞いて具体的な情報を得た少年がやってきていたのだ。
「人間、なんで「美味しく食えるものなら食っていい」てなったんすかね。」
――なんでも口にしたくなる、というのは犬でも猫でも、人の子でもそうである。
まず食えるかどうか、を気にするのは「生命に貪欲である」からだ。
そういえば、己も昔「口に含んでみた」くだんの干物がおいしかったことを思い出していたのが、伊能・龍己(鳳雛・f21577)である。
背に恵まれながらも、彼はまだ弱いにして十三の子供であるから、先輩方――場慣れしていて年上の猟兵たちについて回るというのは善い手であった。
「ここ、縦に長い建物みたいっす。端からちょっとずつ探ってきました。」
「なるほど、となると――私たちが今いるここは、中央あたりですか。」
「っす。」
こく、と頷いて。
所作は幼いながらに、己より背の高い少年に笑みを深めて返してやる桜人である。
一つ咳払いをしてやりながら、人差し指を立てた桃色に、狼の剣豪と逆さ龍の少年が注視した。
「いいですか?」
ここはひとつ、――腕を見せてやろうと思ったのは、決して身長に関係はあるまい。
桜人が珍しく真剣に、そして眉をひそめた顔をして見せるのである。
ぱちぱち、と同じように瞬きをする有栖も龍己も、桜人の思うようにやはりどうやら情緒は幼いらしい。
ならばここで現場を仕切るのは、「元」正規UDCエージェントである彼が適任である。――こういうことは、あまりしたくないが致し方あるまい。楽をするのであれば、苦労もせねばならぬから。
「まず、血の匂いがする方向へ行きましょう。」
指示を出してやれば。
「まかせておきなさい!」
躊躇いなく鼻をひくつかせながら走っていく有栖だ。
その後ろを歩いていく桜人との間に、龍己を置いてやる。
「此処に来られるまでに、死体は見ましたか?」
「っす。だけれど――暗くてよくは見えなくって、踏んだくらいっすかね。」
怯えている様子もない。
龍己はどうやら子供の割には血に慣れているらしい。なるほど――そういうものを生業としているのやもしれないな。なんて、考えてみる桜人だ。
事実、その通り龍己はグールドラーバーでもある。
「うええ、ここだわ!ここよ!」
「わあ、警察犬だったら表彰ものですよ!」
強すぎる匂いに顔をしかめてから、暗闇に慣れた目で色トーンだけが違うのを頼りに扉の前で立ち止まって振り返れば褒められる。
えへん!と胸を張る有栖は――「って、狼よ!?」すぐさま訂正をしたのだけれど。
すいませんと桜人が手早く謝ってみせればやはり上機嫌に戻るのである。大人に近いやりとりを眺めている龍己にはいい社会勉強になっているのだろうか。
「これは――。」
それから、一転。
場の異常に、息をのんだ三人である。
そこに在ったのは、黒である蜜も床に染みこみながら彼らと同じように見ていた。
「解体所、ですね。」
蜜が見ているのは、見取り図である。
このビルにかつて設置されていたテナントからして、どうやらそこはファミリーレストランのようだった。
そこの無造作に置きっぱなしになった長机で――この犯人は何度か被害者を解体したらしい。
そして、三人と一人が見たのは「その途中」であるものだ。
アニマル
「食べるも狩るも本能ね」
有栖が、己の両腕で体を抱きながら言うように。
寝かせられた肉は、まだ人の形を保っているのである。――頭はない。
「どうして、頭が?」
「血抜きですよ。」
龍己が――スマートフォンの明かりをあててまじまじと断面図を見つめる桜人に尋ねれば、間髪入れず返事はあった。
「ほら、魚も鳥も牛も豚もそうですが。血を抜かないと鮮度が落ちてまずくなるっていうじゃないですか。」
「なるほど。」
「まあ、私もスーパーで『解体』されているのしか知らないのであくまで知識程度で話してますが。」
人の味など、知っていたくもないけれど。
桜人が笑って、どこかへやった首を探すことなく――次はその体へ照明をあててやる。
「動物もそうよ、最初に首を狙うでしょ。」
真剣な声で、有栖が言う。
「けれども――、『これ』は狼ではないわ。」
そして、双眸を嫌悪で細めてみせた。
有栖の声に唸るような狼の音を感じたのなら、龍己もまた、やや強すぎる局所的な光の方へと注視する。
「――ひらいてる。」
子供らしい、感想だったろうか。
その声を聴いた桜人が目も口も微笑んで見せたのが、少々この場では――おぞましいだろう。
「ええ、ひらいて、内臓をきれいにとっている。」
刃物を差し込んで行った割には、美しいものだった。どうやら、手慣れているらしい。
遺体の寝るテーブルのわきに、サバイバルナイフが置かれていた。
回収したところで――まあ、指紋はないだろう。だけれど、立派な証拠になるのだ。とりあえず、ハンカチを使ってつまんでみる桜人だった。
「立派な牙をお持ちのようです。ああ、怖い怖い。」
そんな風には、聞こえない龍己だ。
むしろ。そうであってよかったとすら――聞こえていた。
事実、桜人は己の確信が現実で在ってよかったと思う。やはり、このようなことをするのは「邪神」ではなく「人間」なのだ。
「人間」であることを、わきまえ切れていない――そういう、「人間」の仕業である。
「ひとをたべたいのかしら?……なんでもたべたいのかしら??」
内臓を抜く、なんて真似は狼ならばしない。
肉を食べるのであればそのまま腹を食い破って、多少の苦みも血の匂いで殺して呑み込むばかりである。
ただ、喰らう。生きるための糧となるのなら味などどうでもよいのだ。
――だけれど、この犯人ははらわたをちゃんと抜いていた。
傷をつけないように、それから中身である糞尿、胃の中身をこぼしてしまわないように丁寧な所作でやり遂げてみせたのだろう。
「まあ、それは犯人にしかわかりませんよ。」
そう言った桜人が、初めて骸全部に視線をやる。
――桜人は、呪詛そのものを宿しているといってもいい。
龍己が先ほどから彼に対しておぞましさと、ある種の親近感を感じるのは「のろい」という共通点でもあった。
彼ら二人の場所に導かれたのも、呪物封印の巫を家業とする血筋の直感であった。
つまるところ――桜人が、何をしようとしているのかはわかる。
「おや、ずいぶんと怨まれてるでしょう、人食い人間――っと思っていたのですが。」
桜人の視線の方向には、暗闇が広がっている。
きっとそれは龍己にも見えたに違いないのだが、有栖には見えない。
こて、と首をかしげて頭の上をハテナでいっぱいにする狼探偵には龍己が言葉を増やして解説をしてやった。
「呪詛の足取りが、うろうろしてるっす。――怖がってんのかな」
ああ、そういえば――ストレスだ。
その結果を見ていた蜜が、するりと彼らの視線の先へと一部である黒を滑らせていたのである。
確かに、どこかに向かって呪詛は動こうとしているのだけれど、どちらかというと逃げ回るような動きをしているらしい。
恨むよりも、恐れられる。
「それが、『ばけもの』の証明ですか。」
ならきっと、やはり蜜は。
――いいや、とかぶりを振って、次の場所を考え出す彼とは全く別の態度で、唇を人差し指でおさえながら桜人も呪詛のおそれるさまを見ていた。
「食べるのは大好きですが、食べられるのは……考えたことないっすね。」と思案して見せる龍己の視線はやはり死体を見ている。
「いい経験じゃないですか?ほら、社会見学ですっけ。」微笑んだままの桜人は声だけ返事をして、やはり死体を見ていた。呪詛に道順を示させるまで、少し時間がかかりそうである。
「……わぅう?」
食べる、食べられるなど。
日頃より誰も意識したことがないのは、首を傾げた有栖と彼らが「強者」であるからだ。
過去を狩り、未来を救う彼らである。死を恐れても、具体的な死というのはいつも身近になってみないと実感できない。
――そういう、脳の作りで在るのだけれど。
有栖にはどうしてもそれがよくわからないのだ。頭の中をぐるぐると食べる食べられるが廻っていく。
――はらぺこ。じゃしん。おおぐい。
そして、ふと。
「喚ばれた邪神も がぶり、と 食べてしまわないかしらね……?」
小さくこぼした、嫌な予感である。
確信などはない。だけれど、この犯人が本能的であるというのなら――考えられる、最悪の予想で在った。
「ははあ、なるほど。」
肯定七割、否定三割の意味を孕んで頷く桜人だ。
「食べ――ああ、そうか。」
同じく、頷く龍己である。
人間でなくなりたい、人間の仕業であるというのなら。
「やはり、人間ですねえ。」
その桜人のつぶやきを黒越しに感じ取ってますます、蜜は己の基準がうまく見えなかったのだった。
くらりとした脳すら、黒にとろけてしまいそうであった。辛うじて保たれた人間の頭蓋を片手で触れて、実感を得る蜜の瞳は少し濁ったやもしれぬ。
ああ――ばけものがおそろしいのか、にんげんがおそろしいのか!
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
霧島・絶奈
●心情
飢餓からでなく、この飽食の時代に其れを選ぶ…
其れは種の本能が齎すアポトーシスであるのかもしれませんね
…とはいえ、何故同族殺しや同族喰いが忌避されるのか?
其れは基本的に、種の繁栄の為には不要な手段だからです
●行動
そうですね…
①立地
②建物の何処を加工場にしていたのか
③どういった道具を使っていたのか
④どんな部位を好んで食べていたのか
⑤上記①~④の男女比と男女差
を中心に調査しましょう
自己顕示の為でなく、また其れを恥じる行為と認識していない…
家庭のキッチンから人となりを推測する様なものですが、傾向位は伺えるでしょう
この『キッチン』を使い易いと感じていたのだとしたら次も似た様な場所を選ぶでしょうしね
竜ヶ崎・をろち
POW ホラー・残酷描写歓迎!
調査は体力勝負!ということで虱潰しに探しまくります!
隠された部屋が無いか壁を壊してみたりします!
葛籠雄・九雀
SPD
食人自体はどうでも良いのである。まず興味がない。
オレはオレの好悪として死体喰らいは気に入らんが。それだけである。
ただ、こやつの、云々と小理屈を捻ろうとする姿勢が好かん。『好きだから』やっておるだけであろう。好悪は知性にとって立派な理屈である。そちらの方が潔い。
まあ…己が知性なき獣であるというならそれで構わんが。
害獣は駆除され、縄張りを侵した獣も同種に殺される。
それが道理であるぞ。
さて調査、調査であるか。オレはそれが苦手なのであるよなあ。
まあ良い。なけなしの【コミュ力】で他者に訊いて回ろう。話はどんなものでも良い。それから、それらを基にビル内を調べるか。何が出るであるかな。
アドリブ連携歓迎
テト・ポー
食べるのは好き。おいしいものも好き。
だから、ほんのちょっぴりだけ、理解できそうな気がした。
確かに人間だって肉の塊で……その味を確かめてみたくもある、けど、だからって人を食べるのは…… よくない、よな?
いや……そもそも何故人間を食べるのがよろしくないのか……家畜には言葉が通じないから? ならば使う言葉が違う人間を食べないのは何故?
んーんー、考えるのはやめよう。結論が出そうで出ない問題のような気がする。
まずは調査だね。
念のためにUC「食欲の主張(ハラヘッタ・モード)」で身体を強化しておいて、罠があるならゴリ押しで解除しながら調べるよ。
なにか行き先に繋がるようなものが出るといいな~。
●
娯楽というには、いささか――見過ごせぬ。
「飢餓からでなく、この飽食の時代に其れを選ぶ」
霧島・絶奈(暗き獣・f20096)は、神である。
正しく言うのならば、後天的なそれであった。
ゆえに、「ひと」の成り立ちというのはよくわかっている。
此れは――ある種、「ひと」によるアポトーシスかもしれないのではないかとも思った。
増えすぎたから、種として己らを減らしているのやもしれぬ。もしくは、その使命感かそうであらねばなるまいという価値観か。
絶奈なりの寄り添いともとれるこの思考は、やはりこの事件の犯人が「ひと」らしいからである。
「自己顕示の為でなく、また其れを恥じる行為と認識していない」
つぶやくように、ビルのまわりを歩く絶奈であった。
中はとてもでないが歩けたものではない。やはり――死の匂いと狂気に満ちているやもしれぬ。
けものか人間であればまだ正気で在れるかもしれないが、絶奈が立ち入るにはあまりにも穢れがすぎたのかもしれなかった。
彼女は――神でありながら、けものでもある。しかし均衡であらねばなるまい。なにせ、半分は神なのだ。
調べるものはあらかじめ脳内のリストに作成済みであり、あとはそれをくまなく探すだけのことである。
まだ――のどかな田舎の太陽が告げるには、夜まで時間もたっぷりあろう。
しかし、絶奈だけですべてを探しきるにはやはり時間も労力もかかる。日にちを使っていいとはいえ、早めに解決するのが好ましい。
「オレはオレの好悪として死体喰らいは気に入らん。」
それだけである。と、断ずる彼を協力者としたのは「ひとではない」からでもあった。
葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)は、手足となるのは人であるが、仮面である。
仮面である九雀は神の理論とは別の視点で在りながら、合理的であった。
神である絶奈いわく、――なぜ食人もとい同族殺しや同族食いが忌避されるのかといえば、種の繁栄の為には不要な手段だからであるという。
仮面である九雀いわく、――なぜ食人もとい同族殺しや同族食いが忌避されるのかといえば、害獣は駆除され、縄張りを侵した獣も同種に殺される。それが道理であるからだという。
この二人にとって。
「にんげん」というものは動物とカテゴライズがほぼ同じである。
「こやつの、云々と小理屈を捻ろうとする姿勢が好かん。『好きだから』やっておるだけであろう。」
後ろめたい気持ちがあろうものなら、わざわざ隠れて狩りを行い続けている理論にも九雀は納得がいかないという。
明らかに、人間らしい価値観ではない。極めて、合理的すぎて――人外めいた理論であるから、絶奈も彼を己の協力者にしたのだ。
この「にんげん」を理解する必要はないのである。
必要なのは、――狂わずに知ることができるかどうか、だ。
調査は苦手だと嘆く九雀に、ならばと同行できたのは幸いであった。
単独行動をする場合は均衡にばかり気をやらねばならぬ絶奈である。それに、九雀にとっても都合がよい。明らかに己よりは調査を得意とするような手合いとの同席で在った。
「やれ、嬉しや。嬉しや。オレは何を調べればよい?」
「そうですね、――まずここの立地を調べましょうか。」
そうして、絶奈が躊躇いなく警察官たちのところへと歩んでいくのを、つま先から地面に足をつけてひょいひょいとついていく九雀である。
そも、この場所を選んだことにすら「好悪」があったに違いない。まぎれもなく、この犯人の中では理屈があるではないか。
――ますます、好かん。
仮面の模様は変わらないから、九雀の想いを誰かに届かせるには至らない。絶奈が警察官から間もなく見取り図を受け取ってきたのである。
「先ほど、中に侵入した猟兵たちからは――ここが、解体している場所なのだと。」
「ほう、もとはファミリーレストラン、というやつであるな。」
「お気に入りの『キッチン』を自分で作っていたようですね。まだ、候補がいくつか。」
九雀と共に、仮設テントの下にある長机で絶奈が考え込みそうになって、やめた。
まずは、このビルの立地を探ることにしてある。
――当ビルは、交通量がそこそこに多い道にあったビルである。そも、どうしてこのかつて栄えたビルがこうなってしまったかというと、つい最近同じ街の中で、新しいショッピングモールができたらしい。
屋上と地下には広大な駐車場があるのに、表にはないのと、やはり道路に接しすぎて車の止めにくさというのもあったのだろう。
入っているテナントの時代も間に合っておらず、結果的に軍配はショッピングモールに早々と上がった。
「時代についていくのは、苦労するものよ。」
くつくつと笑う九雀が、うんうんと頷いて廃ビルに同情してやる。
人にかつて愛されよく利用され、――本望であったろうに。
それから、絶奈がかろうじて死体の状態を写せたのであろう写真を見ていく。
手振れがひどいのもこの際目を瞑ろう。先ほど九雀と意見を交わしたように、やはり「同族食い」というのは受け入れがたいものなのである。
「――私たちの調査は、家庭のキッチンから人となりを推測する様なものですが」
傾向くらいはわかるのではないか、と九雀を見てやる。
「世間ではそれをプロファイルというらしい。まあ、オレにはわからんものではあるが」
何せ、人のことを分析しようにも。
本当の化け物としての価値観でこき下ろしてやるほうが得意であろうとからから笑う仮面である。
「ゆえに、よう見てやらねばなるまいな。何せ、オレたちは人でない。恐れなどありはせぬぞ。」
同意を得るように絶奈に向けられた仮面の模様だった。然りと絶奈も頷いて返す。
「では――さっそく、傷口から見ましょう。」
一方、ビル内。
「はい、どーん!!」
元気のいい声と共に、ドアを蹴破る少女がいた。
角や尻尾や翼など、彼女の種族を象徴するものはないが――竜ヶ崎・をろち(聖剣に選ばさせし者・f19784)は立派なドラゴニアンである。
探索というのならばやはり体力勝負。しかしそこまで考えることは得意でないをろちなのだ。
ビルの外で懸命に観察を続けている猟兵二人のために、「何かできることはありませんか!」と明朗快活に訪ねてみたのならば、二人から依頼されたのは探索活動である。
隠された部屋はないだろうか。そこに眠るのはお宝ではなくて悍ましいものかもしれぬ。だけれど、そのようなことををろちが考えているはずもない。
とにかく、彼女は前向きで在った。
そして、彼女だけでこの危険と狂気の渦巻くビルを踏破させるには危なかろうと共に行動をすることにしたのがテト・ポー(腹ペコ野郎・f21150)である。
テトは、面倒くさがりである。これは生来のものなので改善するにも一苦労だ。
あまりにも生きることすら面倒で、食べることすら放り投げてただただぼんやりとしていたところに、友人らが食物を詰めてくれたから今彼は此処に在る。
――フードファイターであるから。
だから、ほんのちょっぴりだけ、理解できそうな気がしてしまうのである。
「確かに人間だって肉の塊で……その味を確かめてみたくもある、けど、だからって人を食べるのは……。」
「よくないよねー!」
また、破砕音。
動くのも破壊するのも面倒であるテトの代わりに、をろちは喜んで立て付けの悪いドアを破壊してくれるものだから助かっている。
「わ。」
その、明るく元気すぎる彼女が――無償の愛を持つ乙女が、止まってしまったのは。
仕方なかろうな、と後ろでテトも見ていた。
二人が目にしたのは、整えられたキッチンである。
先ほど二人の猟兵に、「この辺りを探ってほしい」とお願いされたように――赤茶の髪をなでながら今の場所を思い浮かべるテトだ。
「ここ、前まではビルの持ち主の親せきが陣取ってたカフェなんだってね。」
腐食の匂いが、この場にはない。いっそ恐ろしいほど清潔だった。
なのに、其処に並べられている調理器具というのは――。
「この傷痕は鋸のようです。」
「こちらは、――ああ、なんぞ。解体業でもしていたか。していたのであろうな」
写真を眺めながら、犯人の意図を「共感できない」ながらに探る仮面と神がいたように。
鋸、錐、――工具用品。
ここも『キッチン』の候補で在ったのだろうなと、テトも察する。
そして、それから。好奇心が働いたのか、静かなまま。をろちはカフェの中へと立ち入ってみる。
ほこりは積もっている個所は在れど、基本的にはきれいだ。だからいっそ、生々しい。本当にここに――食人鬼がいたという。
「どこにいっちゃったんだろう。」
肉と共に。
これだけの工具用品を集めるのはさぞ、時間もかかったろうがよくよくそれらを見てやると鉄さびた場所が多い。
血は、――鉄分だ。酸化するし錆びるものである。テトもをろちの後ろを歩いてやりながらそのさまを見ていた。
そして、同じく『腹ペコ』の身として想いを馳せる。
――そもそも何故人間を食べるのがよろしくないのか。
それは、縛られた固定観念ではないのか。ならば、なぜ人は牛や豚や鳥を食うのに、同じ言語を使わぬ人間を食わないのか。
言葉をつかえるから?言葉を使って「やめてください」と叫ばれたら解体には至らない?どうして?そんなもの、馬だって嘶くように動物だって意志表示をするではないか。
確か、解体されると察した牛はその場から動きたがらないという。――捕食される、というのは人間より動物のほうが察知に長けていよう。
ならば、やはりどうして「いけない」?
そこまで考えて――テトは一度目蓋をしっかり閉じた。
「大丈夫?」
心配そうな声がをろちからして、再び紅い瞳を現実へと返す。
「ん。大丈夫」
いつも通り、けだるげな声が出た。先ほどまで己の呼吸がはやっていたのを、――興奮していたのを、うなじにじんわりと湧いた汗が赤茶の髪に染みるので察する。
こんなことを考えても、――意味はあるまい。
もしくは、先ほどから【食欲の主張(ハラヘッタ・モード)】で己を念のために強化してあるからこのようなことに駆り立てられたやも知れないのだ。きっと、考えても無意味だ。
世界から疎まれる存在のことなど、理解してやったところで、共感してやったところで、きっと。
テトの様子がおかしくなっていることは、をろちには見て取れた。
あまり、長く居ないほうがよいかもしれぬ。
抜け出すのなら壁をぶち破って外にでも転がり込めばいい。そして、テトの焦点はまだ合ったままだ。ちょうど見上げるようにしてその顔色を薄暗い場所ながらに見てやれば、まだ歩けそうではある。
ならば、とやはり前を向いてずんずんとカフェの中を探索するをろちだった。カウンターに設置された誰も使わぬレジを、昔ながらの構造であるそれにいたずらに触れて視ながら、置きっぱなしの固定電話が外につながっていないことを確認する。
そして。
「――なんだろ、これ。」
埃のかぶった電話メモの下。
そちらはどうやら誰かが触れたらしいそれである。
証拠品は手で触らないこと、と口酸っぱく警察官に言われたから、ひとつ手袋を恵んでもらったをろちがテトに目配せをした。
「抜き出していたのは――主に臓器とあります。」
「臓器?……どのあたりを主にしておるのやら、気になるのう。腎臓かえ。」
「一番血のめぐりがよいですからね。腎臓と、肝臓と、腸がお好みのようですよ。」
けらけらと笑い始め、手を叩く九雀はいっそこの犯人が面白くてならないらしい。
絶奈にとっては興味深くてならなかった。表情筋ひとつ嫌悪に動かさず、それもまた人であると愛しているから――受け入れてしまっている。
この二人の光景とは、対照的であったのが。
「これ、レシピノートだ。」
テトの声で呼吸を止めた、内部の二人で在ったのだった。
ページの数が多い。捲るたびにレシピの内容は変わる。
おしゃれなものから、家庭的なものまで。己らが食べたことのあるような親しみある味噌汁だってなんだって――すべて、人肉で代用されている。完成予想のイラストまで描かれて、それから味の感想だってあったのだ。
もし。
もし、この犯人が。
「料理人、さん、とか?」
そうであったなら。
人を、「ただの肉」としか思っていない、敬意も何もあったものではない彼の所業であったのならば。
最悪の結末が待っているやもしれない。これは――大規模な事件であったが、ますますおぞましいものかもしれない。
「此処周辺のお店、どこにも入らないほうがいいかも。」
戦慄するをろちの予想は、外れていることを願うばかりのテトである。
――どうして、人をたべてはいけない!?
やはり、そういった叫び声が――このノートから感じ取れてしまったのだった。
この規模の解体を次はどこで行っているだろう。どこで――調理したものを「提供」しているだろう。
いったい何人が、被害者だ?
捲られたページの欄、「海鮮サラダと舌のソテー」がおいしそうにも思えてしまって、いよいよテトも、をろちとこのビルを後にしたのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エドガー・ブライトマン
◎
食物連鎖の上の方に在るのが当然と、人間は思うものさ
自分もその連鎖の中、「何者か」の下に在るのだと知れば、当然動揺するだろう
まあ、私は捕食される側の気分もすこしだけは解るのだけど
よく記憶を食べられているからね。今は満腹かい?レディ
そう、よかった
人食いビルとやら、その中身を拝見してみよう
その状況を眺め、見知らぬカニバリストに思いを馳せる
食後の「後始末」やら掃除やら、すこしは気を遣っていたのだろうか?
片付けもせず、そのままであるなら
食事の対象への敬意すらない、残念な人物なのだろうね
ビル近くに人がいれば、この付近でよく見かけた人物がいないか軽く聴き込み
レディ、事が済んだらさっきの記憶は食べてもいいぜ
カロン・アレウス
選択肢:POW
サイコ大歓迎です
ユーベルコード:オルタナティブ・ダブルで自分と同じ姿のアレウスと共に行動。
斧で手当たり次第に加工場を壊すアレウスを呆れながら
犯人の手がかり、例えば加工場にどう変えたのかその手口を探る。
うーん、アレウスはどう考えてるのか知らないけど、
私は本当にお腹減ったら「食べちゃう」側なんだろうな
でも生でむしゃむしゃよりなんかこー、すっごい料理法で!
とりあえず壊して加工場の地図とか秘密の部屋みつけてこー!
俺は…選択肢に選びたくない。
しかし「同族喰いに生理的嫌悪感を抱くこと」に嫌悪感は、覚える
…命あるもの、等しく価値はあるはずなのに
ああアレウス…俺もついていきます。…一人は怖い
皆城・白露
【POW】使用
(他猟兵との連携・アドリブ歓迎です)
…楽しんでやってるんなら、胸糞悪い話だ
(ひとを「食う」事について、思うところがないでもない
自分も、仲間の命を食って生き延び、ここにいるのだ
…好きでやったわけでは、ないけれど。)
(現場の惨状に動じる事は無いが、不快ではある)
【情報収集】【失せ物探し】等併用し、犯人を【追跡】
もう移動したとの事だが、一応【聞き耳】で周囲を警戒しておこう
…といっても、開かない扉・何か隠されていそうな場所・罠など、何かあれば力技で解決する気でいる
壊しちゃまずいもの以外は、ぶっ壊していいんだろ?
●
人間は。
自分たちこそ、食物連鎖の頂点であると思って当然である。
何せ、動物たちよりもヒトというのは意志表示に豊かだ。そして脳も大きい。
動物たちが人間の考えていることなど、実は表情やイントネーションなどで「考えている」ことなどはわかっておらず、「教えている」とすら思っている人間もいるらしいのだ。
だから、動物たちを平たく言えば「見下すことができる」。
何も考えていないだろう、本能のまま生きているだろう。動物たちは言語を扱わないから人間が都合よく解釈してもよいだろう。
動物たちの数を管理しよう、動物たちに餌を与えてやろう、住処を提供してやろう、あまつさえ、飼育してやろうなども思うような生き物なのだ。
これを頂点といわず、なんというだろう?紛れもなく頂点である。だが――それでは、「人食い」はどこにあてはまる?
自分もその連鎖の中、「何者か」の下に在るのだと知れば、当然動揺するだろう。そう判断したのがエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)であった。
彼は――。
体の中に「Ready」と呼ばれるオウガを飼っている。その住処は主に左腕。
おとぎ話の王子様のような美しいいでたち、空気に流れる美しい金髪は太陽光を浴びればその輪郭を隠してしまうし、線の細い体のパーツたちは非常につくりがよい。きらめく蒼を眼窩に宿して、あてもなく世界を旅して弱気を助け、悪しきを挫く存在でありながら――。
「今は満腹かい?レディ」
彼は、薔薇の形をとった左腕の狂気に語り掛けていた。
目を細めて、まるであやすかのように。そして、ご機嫌をうかがうように。
その薔薇の返事をどうかよいものであってくれと願うかのような切なさもはらんでいたやも知れぬ。
「そう、よかった。」
左腕から目を離して、代わりに右腕で撫でてやる。
――エドガーは、「喰らわれる」がわの人間であった。
よく、この「Ready」はエドガーの記憶を食べてしまうのだという。どうしてここにきてしまったのかも、どうして誰かを助けているのかも、何もかも「食べられてしまう」エドガーだからこそ、――こうして、事件現場において恐れを隠せない警察官たちの気持ちはよくわかった。
「中に入っても?」
恭しく尋ねる異国の様相をした彼に、警察官たちは驚いたような顔をして。
おおよそ、彼にこの異形の世界は似合わぬだろうとも思ったやも知れぬ。だけれど、猟兵であるならば通してやっていいはずなのだ。
少しお互いに顔を見合わせる彼らがちょっと面白おかしくて、くすりと微笑んでやったのがとどめになったらしい。
「ええ、どうぞ――どうぞ、中へ。ご協力感謝します。」
まるで貴族でも相手するかのように。慣れていない改めた態度はぎこちなく。それでも、この目の前の『王子様』が助けてくれるというのなら喜んで道を開ける狗たちであった。
「“No reason”!」
いつもどおりの決まり文句で。
道を開けた彼らをねぎらうように、気にしないでとでも言いたげにエドガーは己のために作られた人避けのじゅうたんを歩いていくのである。
さて、エドガーがビルの中に立ち入ったのならば。
たまたまそこに居たのは、白い狼の彼であった。年齢はほとんどエドガーと変わるまい。
皆城・白露(モノクローム・f00355)は、不健康そうな顔をしたまま――実際、人狼病である――立て付けの悪い防火扉を蹴破っていた。
「胸糞悪い話だ」
舌打ちの一つでもこぼしたいところではある。
――人を食う、ということについては白露にも経験があるのだ。
共食い、といってもいい。それは過失だったやもしれない、彼は生粋のカニバリストというわけでもないのだ。
だけれど、――ああ、だけれど。生きるためにそうした。友を食った。
思わず、口の中に記憶から感触が蘇って左手で口元を覆った。しかし、やはり発達した嗅覚が腐った血の匂いを拾って――彼の脳を、鼻を、記憶を冒す。
「クソくらえ」
この惨状に動揺をしているわけではない。だけれど、不快だ。
――まるでPTSDを呼び起こされてしまいそうな嫌悪感でいっぱいで、しょうがない。
薄暗いあたりにぎらぎらと灰の瞳を輝かせてやりながら、己のそばにやってきたエドガーにも容赦なくきつい眼光を向けてしまうが。
「――やあ」
エドガーは、笑顔のままだった。
「何か明かりになるものを持っていない?人狼のきみ、私には少々この空間が暗すぎる。ああ、入り口の彼らにもらってくればよかったよ。」
良ければ、手を貸してくれないかい?
なんて。――柔らかな態度に一度は警戒した白露であるが。
「……そういうのは、ないけど。」
でも、後ろを歩くことは許す。
長い尾っぽがひとつ空気を凪いで、真っ黒な空間で浮く白の彼をあかりの代わりにして歩いてよいのだと聞いたエドガーが、やはり輝かしい笑みを浮かべたのだった。
――その顔こそ、ランプにもなりそうなのにな。
暗闇に利く獣の目を持った白露にこそくっきりと見えただろう破顔であった。一瞥のち、蹴破った防火扉を踏みながら耳をひくひくさせつつ歩く白露の後ろをエドガーは歩いていく。
さて、狼の彼と王子様の彼が歩いてくるまでに。
「せぇー、の」
大きな音を立てて、すっかり老朽化していた壁は砕け散っていく。
何せ年季の入ったビルであるから、使われていた素材には人体に有害なものも含まれていたらしいが――げほごほと噎せながら、カロン・アレウス(賢者と荒ぶる者・f21670)のうち、『カロン』のほうが少々涙目になりつつ顔を進行方向から逸らしたのだった。
ああ、いやだ。
血の匂いばかりではなくて埃っぽい、かびくさいにおいまでしてしまうここである。
「アレウス、アレウス――ああ、どうか。事件現場を荒らすのは宜しくない。」
手あたり次第に斧で薙ぎ払い、それから気に入らないからと血痕ごと斧でたたき割るのは、『カロン』とそっくりな顔をした『アレウス』の仕業であった。
『アレウス』は、きょとんとしてから「だって気に入らないでしょ!」なんて言ってまた暴虐を働くのである。
――いっそ、頭も痛くなっていた。
額を両手で抑える『カロン』と、奇々怪々にいちいちリアクションをつけながらもさばさばと受け入れては破壊していく『アレウス』は、多重人格者だ。
多重人格者は――それこそ、その成り立ちが幾通りにもある。
発達しすぎた脳を分けた存在。受け止められなかったダメージの受け皿を作った存在。もとから魂が複数あるというスピリチュアルな存在。憑依されている、という関係から成り立つ存在。
『カロン』と『アレウス』は、――ふたりでひとつの存在だ。
戦場に赴くたびに、カロンは己が故郷を護れなかった守護者である自覚が深まるばかりである。緩やかに心を壊しながら――今だってそうだが――心の傷を増やしていくばかりの彼が意識してか、無意識に作ってしまったのがアレウスだ。
守護者のなり損ない、しかし、賢者であるカロン。
彼の抗いがたい破壊衝動の引き受け手であるアレウスは、彼の代弁者のように暴虐の限りを尽くすのである。
今こうやって、アレウスが斧を振り回してあたりを壊してやるのだって――彼のためであるやもしれないのだ。それがまた、カロンにとっては頭痛のタネでもある。
一人で歩くのは恐ろしいからと【オルタナティブ・ダブル】でアレウスを呼び出したのは間違いでないはずなのに。
「私はね、本当におなか減ったら『食べちゃう』側なんだと思うの。」
でもちゃんと、すっごい料理法で!なんて――悍ましいことを口走りながら笑う片割れにカロンはどう返事をしようかしばし悩んだ。
「俺は、……選択肢に選びたくない。」
それでも、己の口元を押さえているカロンである。何か考え込んでいるらしい彼をつつきまわすようなことはしてやらないがアレウスだ。
つつかずとも――彼の衝動は自動的に彼女に流れるのである。また斧を振るう手が鋭さを増したななんて思って、立ちふさがる防火扉を砕く彼女なのだった。
「あ、こんにちは!」
「……どうも。」
「おや。」
「あっ」
そして――、四人は巡り合う。
「……そっちから来たってことは、手掛かりはなかったってことかよ。」
無駄足だった――、と舌打ちする白露が己の鼻を二度ほどつまむ。優れすぎている嗅覚からはどこもかしこも血の匂いがしてしょうがないのに、手掛かりが一つもなかったとあってはどうにも「狂わされている」としか思えない。
「んー、でも直進しかしてこなかったからね!」
アレウスがけろっとした顔で返したものだから。
「防火扉が、俺たちの進行方向からはすべて施錠されていました。南門から入ったのですが」
急いでカロンが情報を補ってやる。けして、このアレウスの労力を無駄にしたわけではない。まずは障害物の破壊からやるべきだと思ったのだ。
「ああ――なるほど。ということは僕らが来たのは北だったから」
己の左腕に。
「食べていないよな、レディ?」
と確認を取ったエドガーがいた。そのまま、しゃがみこんで床をとんとんと叩いて見せる。
三人が、エドガーの手元に集中していた。床に敷き詰められた大理石調のすすけたタイルに、こんこんと美しい手の甲が音を立てていく。
耳をひくひくさせながら、白露が響き渡る音を聞き分けて――。
「そこ。」
指さす。
「一つだけ、音が違う。」
色白の顔を余計に白くさせながら険しい顔をした狼に対して、アレウスがうきうきとして斧を持ち出す。
「隠し扉ってこと!?」
「アレウス、ああ――ちょっと」
待って、という前に。エドガーが顔を上げて頷いたのなら間髪入れず、そこめがけた一撃が振るわれていた。
エドガーの美しい顔にけががなかったことだけが――カロンの救いだったやもしれぬ。
「はは、パワフルだなぁ」
それから――破壊された箇所に現れた大穴であった。
皆で、ちらりと黒をのぞき込む。思わず「う」と唸って白露が鼻を押さえていた。しかし、大穴から目は逸らせないまま。
「――これは、」
暗闇に目が慣れたエドガーも感じ取れるほどの腐臭と、血の匂いがする。同じく、鼻を押さえた。
大穴の中には。
「土?」
「いいえ、違いますよ。アレウス」
とろけるような茶色は、紛れもなく腐葉土だろう。
しかしそこから生えているものが木などではないのだ。
「これは、――埋葬でしょうか。」
カロンが目を細めていた。恐怖を抱いているわけではないのを、アレウスが顔色をうかがうようにして確認してからまた大穴へと視線を戻す。
エドガーがまるで芸術品でも見たかのように長く、それから感嘆のため息を漏らしながら見知らぬ食人鬼に想いを馳せていた。
「これは『敬意』なのだろうね。――獲物に対する、弔いかな」
「食べ残しを捨てっぱなしにした、三角コーナーの間違いだろ」
吐き捨てる白露がこの中で唯一「共感できない」ように。それが普通なのだろうとカロンも思う。
大穴の中に広がっていたのは、土だった。
腐葉土が撒かれ、おそらくそこには虫や微生物もたくさんいたことだろう。視認できる範囲ではキノコやらも生えている。
しかし――埋めても埋めてもきっと、土が足らなかったのだろう。「人」が生えていた。
いいや、もしかしたら、腐食具合を見ていたのかもしれぬ。本来ならばタイル一枚の小窓で、それを確認した食人鬼だったやもしれない。
腕、足の甲、鼻の頭、頭蓋。
見える範囲では、「一部」だけが土から姿を現していた。
「食物連鎖、ですね」
これぞまさしく、その通りであると。
カロンがいやに落ち着いた声だったのは――彼は、「同族喰いに生理的嫌悪感を抱くこと」に嫌悪感を覚えるような彼だったからである。
確かに、この惨状をたった一人の人間が、長い年月をかけて作り上げたというのならばおぞましい。
だけれど、それだけではないか。この食人鬼だって、「命あるもの」だ。
――人間だから、人間を食べてどうしていけない?
動物と人間は同じ命の価値がある。人間が動物を食べるように、動物が人を食べることもあるように、――人間だって、人間を食べることだってあるではないか。
ただ、それだけなのに。この犯人のほうが――「自然に帰す」この犯人のほうが、ずうっとその理屈をわかっているだけではないか。
「……報告に行こう、ずっとここに居たら“あてられる”」
今は、動物に近いから。
――白露はカロンの情緒が感じ取れた。このままでは引きずり込まれてしまうだろう、この大穴に、きっと己だって、誰もが魅せられてしまうだろう。
これは「力技」では解決できないことなのだ。だから、それにふさわしい誰かを呼んでやるべきである。
判断ができれば、行動は早かった。
「行くよ、カロン。」
「あ、……はい」
ぐい、とカロンの衣服を引っ張り上げて、琥珀色の「ひとり」が立ち上がる。アレウスは早々に興味をなくしたようで――壊してはいけないものであるし――白露の言葉に従った。
それから、エドガーも立ち上がる。
白露が皆の先頭に立って導いていく様は、狼の群れのようだな、とも思って微笑んでいた彼であった。
――ああ、やはり。
先ほどの光景はよくよく脳裏に焼き付いている。
弔いだった、敬意だった。共存する生き物への祈りがそこにはあった。
見知らぬカニバリストの、ナイフやフォーク使いがまるで聞こえてくるようである。
きっと、丁寧にさばいていたに違いないのだ。この「墓場」を置いて別のところにうつったのは、ならばどうしてだろう。
今は――それを考えるよりもずっと、先ほどの光景のほうがどうしても思考に上がってしまうものだから。
「レディ」
エドガーは己の左腕を撫ぜてやった。
「――事が済んだらさっきの記憶は食べてもいいぜ。」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
◎
ここが「加工場」なら、「加工」したものをどこで食べてるんだ?
中にそれらしい場所があるなら
そこが一番、次の行先を推測するのに易いだろう
ないなら、その場所を割り出すような情報を探るのがいいかな
物を運んだ形跡はあるだろうか
使用したと思しき物品があれば入手元を探るのもいいか
活動範囲が絞れるなら、潜伏先も調べやすそうだ
凄惨な現場を見ても、別に何も思わない
可哀想とも思わないし、許せないとも思えない
……ああ、でも
「人を食う」なんて
誰にも理解されないものを抱えて生きていくのは
どんな思いだったんだろうと
少しだけ、それには思いを馳せてしまう
これから殺すだろう相手のことを知ったとして
そんなの、どうにもならないのに
鎧坂・灯理
人食いか。
本能的な隔意は、共食いという概念に付属するもの。
個人的に何かいえる立場ではないな。
なにせ私自身、飢えて己の肉を食べた事があるんでね。
UDC組織と警察から情報を貰う。
己の脳をハックして共感能力を麻痺、嗅覚を鈍化させ、加工場を総調査。
獲物の年齢層、性別、重量。
どういう道具が使われている?
どう吊した?血の飛び方は?
切る道具は?切り方は?血や臓器の処理は?
皮剥は?保存場所は?調理法は?どういう器具を?
全てが情報だ。残さず調べる。
その上でUCを使い、犯人を特定する。
チープで杜撰な「お遊び」だ。敬意も何も感じない。
姑息な半端物が捕食者面をするな。
イリーツァ・ウーツェ
【POW】
食べ方が汚い。
食べ方が、汚い。
本当に知恵のある生き物が行ったのか?
血も内臓も骨も皮もある。残り物が多すぎる……。
一滴一欠片まで残さず、腸まで処理して食せよ。
もったいない精神を持っていないのか?
蟻を見習え。
調査。私はあまり、頭を使う事には向いていないのでな。
地道に追おう。
元々人間よりは鼻が利くから、血の匂いを追う。
工場を出てから「全力魔法」で体内魔力を操り、嗅覚を研ぎ澄ます。
ああ、臭気が目に見える様だ。
地面に染み込んだ血の匂いも、血に濡れた靴跡も、その向かう先まで。
後は追うだけ。
如何しても判別が付かない時には、勘(UC)に頼る。
ヒトがどれ程苦労して人間社会に紛れているかも知らずに……。
加里生・煙
……おぞましいと、そう。表現される ものなんだろうな。
人が人を喰らう なんて、フィクションの世界だけで十分さ。これは正しくないことだ。
そうだろう、アジュア。……これは、正すべきことなんだろう。
(それなのに、何故。こんなにも。……むなしさを感じてしまうのか。)
■調査
なるほど な。快く調査をさせてくれたなと思ったが。これは……まともなヤツは、あまり長いこと居れないかもな。
ここの死臭をアジュアに覚えさせれば、それを辿って犯人にたどりつけるかもしれねぇな。
これだけ何度も殺して、喰ったんだ。その身体に染み付いた匂いは、アジュアにとっては好ましいものだろう。俺にとっては……いや、今はそんな場合じゃねぇか。
●
人食いを恐れてしまうのは。
共食いという概念に対して抱くだけの、本能的な拒絶でしかない――と、思うのは彼女自身が「彼女」を食べたことにある。
それは、飢えだった。このままで人生を誰かにゆだねてはいられないと家を飛び出して少女の身ひとつで生きていくには金も要る。
それから力もいるし、心を切り捨てることだって必要だった。うまくいかない日だってあった、続くこともあった。
食べることは生きることにおいてどうしても切り離せないものである。だから――鎧坂・灯理(不退転・f14037)はかつて、コードで増やした自分の肉を喰らったことがあった。
何が飽食の時代か、と思いながらそのさまを思い出して。UDC組織と警察から快く渡された事件資料と手袋を手にしてビルへと乗り込んだ彼女である。
あたりに立ち込める腐った匂いも、鉄の匂いも不快でしかないから。まず、こめかみに右の指先たちを這わせてやった。
――共感能力、麻痺。
――嗅覚、鈍化。
鎧坂灯理は――。
一時的に「サイコパス」に成ることが可能である。
彼女は「普通の人間」だ。少々頭がよすぎるがゆえに、摂取した栄養素まで脳に吸い取られてしまうだけの女性である。
PSY能力が備わっているからこそ猟兵としても超常と渡り合えるだけのことで、その体も心も、この異常の前では正常なのだ。
だからこそ、今躊躇いなくビルの内部へと侵入出来て先に調査を始めていた猟兵たちに傲岸不遜の態度で合流することはたやすい。
「状況は。」
淡々とした声に返事をしたのは
「食べ方が汚い。」
険しい顔をしたイリーツァ・ウーツェ(盾の竜・f14324)の独り言だった。
イリーツァは、人を食う竜である。
といっても、今は「約定」があるので食べれる人間の種類が決まっていた。イリーツァを襲うもののみが彼の捕食対象となっている。
だけれど、それがばれてはならないのだ。人を食ったことを別の人に知られてしまったのなら、たとえそれに罪がなくとも喰らわねばならぬ。
だから――イリーツァは、この現場に対して憤りを隠せなかった。
先ほどの猟兵たち曰く、どうやら犯人は犠牲者の肉で墓場を造ったというのだけれどそれすらもイリーツァには理解がとんと出来ない。
なぜ、『残す』?
どうして、残す?
「食べ方が、汚い。」
この蔓延した血の匂いだってそうだ。
本当に知恵のある生き物が行ったそれとは思えないほど、あまりにもイリーツァには雑な仕事に見えてしまう。
血も、内臓も、骨も皮も残っているではないか。と怒るイリーツァの視線の先は、ちりちりと燃ゆる群青色の狼が放つ蒼と、準備の良い傭兵が借りてきたランプ型の明かりでよくよく照らされている。
灯理はその背に声をかけてやることはしないまま、惨状を見ていた。
ああ――確かに。
「これは、汚いな。」
それは共感ではなく、純粋な感想だったのだ。
然りと頷くイリーツァからすれば、一滴ひとかけら残さず、腸もよく洗って処理して食ってやれよと言いたくなるほどの――現場があった。
険しい顔をした灯理とイリーツァを眺めながら。
――先にこの光景にたどり着いていたのは、加里生・煙(だれそかれ・f18298)と鳴宮・匡(凪の海・f01612)である。
――ここが「加工場」なら、「加工」したものをどこで食べてるんだ?
匡は。
真っ先にそれを考えて行動していた。たまたま、煙も――元は己も所属していた組織であるから、まともな仲間たちでは長く此処に居れたものではないだろうと死臭を「アジュア」に嗅がせていたところ遭遇したのである。
かたや、一般人。もうかたや、犬連れの一般人。ここが赤いパトランプのくるくる回る反射のない場所であったなら、きっと日常のワンシーンのようにも見えたやもしれない二人である。
目的の一致と、人間である己以上のものを持った獣を扱う彼を見て――匡が提案したのは同行だった。
匡は極めて合理的だ。
この空間に恐怖を抱いたりはしていない、しょせん人間のしでかしたことだというのなら――そうでなくても、殺せるなら殺すだけの存在であるなら恐れたりする必要もない。
ただ、警戒を怠ることは慢心であるから。
気軽に訪ねてみれば煙もこくりと頷いた。煙だって――己の異常性がおぞましい生き物である。
異常であることを認められない、普通の人間でしかない煙は「第三者」がいてくれたほうが心強い。匡の手に握られた拳銃を見てから、いざとなったらそれで殺してくれたっていいだろう。なんて思いながら狂気に満ちた此処を歩いていたのである。
「死臭の匂いがきついところに行こう。アジュアにも覚えさせたい。」
そうしたほうが――捕まえやすいから。
異論はないのだと匡も快くそれに合わせる。「警察犬ってやつか。」なんて煙のそばでお利口とはいいがたいが、尻尾をぶんぶんと振る獣に微笑んでやれば元気な吠えが返ってきた。
煙がその能天気そうな獣にため息をついたころに導かれたのが、今四人のいる現場である。
そもそも、次の行く先を推測しやすい場所は、きっと加工場だろうと匡も踏んでいた。
また、――そこがいちばん「死臭」がするだろうと。
しかもこのビルは広い。例えば――まないたを変えるように、人間というものは気分がのらないことだってある。場所を変えたらうまくいくことがあるように、もしかすると「最善」の状態でさばきたいからとフロアを変えて捌いていたやも知れぬ。
そう踏んだ匡の予想通り、アジュアは二階に続く階段へと昇って行ったのだ。獣に「待てよ」と声をかけて足早に上る煙の後ろで、匡は階段を「視て」昇っていた。
ものを引きずった、黒いしみがある。
黒――酸化した鉄が取れなくなった色だ。ああ、これは死体を引きずったな。
犯人はきっと、調達した肉をひきずっていった。引きずるほどだから――もしかしたら、それほど鍛えた男ではないのかもしれない。
となると、犯人は女性か、老年の男女か、細身の男性ということになる。
ぼんやりと犯人が残した痕跡から情報を整理しつつ、煙とアジュアが――似ている――の後ろを歩きながら匡はここから先を考えていた。
そして、煙は。
この惨状にたどり着いたとき、「ああ、これをおぞましいというのだろうな」と口からこぼすことになる。
そこにあるのは、「加工場」らしいものだった。
もとはフードエリアだったらしい。円卓が何個も備え付けられて、次に入る予定のテナントもないまま閉鎖された店がほぼそのまま残っていた。
田舎だから、後処理はずさんになりがちなのだろうか――なんて思っていた煙がいたが、匡もほぼ同意見である。
フードエリアに誰も入れないように、緑のカーテンがかかっていたのを潜り抜けた先に在ったのは無数のつるされた肉たちである。
腕も、脚も、頭もない。
あるのは胸部と臀部ばかりの――いっそこれがマネキンで在ったほうが納得のいくような光景であった。
「とりあえず、少し待とうか。他の猟兵も来るだろうしな」
匡が穏やかな声で煙に言ってやったのは、煙の様子がおかしいからだ。
無理もないか――と煙の荒くなった呼吸を聞きながら、匡がこの光景をもう一度視界に居れる。殺された「肉」をみたところで、今更凪いだ心は動じない。
しかし――ああ、でも。
「人を食べねば生きていけぬ」という業を抱えて生きていくのは、どんな思いだったろうか。
それはきっと、匡のように「人を殺さねば生きていけぬ」のと同じくらい――今も悩まされるほど――葛藤があるのだろうか。
思いをはせたとて、この相手をこれから殺す因果は変わらない。邪神を呼び起こす恐れがあるのだとしたって、「邪神」になろうとしているのかもしれないけれど、そんなことを知ったって――どうにも、ならない。
匡のことだって救えないように、この犯人を「救い」はできないのに。
それでも、考えてしまうのは――無駄、だろうか。
また、煙に目を合わせてやる。
煙は、独り言のようにアジュアに話しかけていた。匡のことなど忘れてしまうほど、彼の「狂気」を煽られてしまうほど――この光景は鮮烈だったのだ。
「人が人を喰らう なんて、フィクションの世界だけで十分さ。これは正しくないことだ。」
そうだろう、アジュア。――そうだと、言ってくれ。これが正すべきことなんだろう。
そう、すがるように足元の獣に嘆いてしまったのは。
この光景が、煙にとってはむなしいものに感じられてしょうがないからだ。
つるされた遺体の数は目にできる範囲で5体ほど。
身長や体重、年齢はおそらく視認できる範囲で――まちまちだとも判断できる。ターゲットは幅広いようだった。乳房のついたものから、そうでないものも確認できた。
遺体の下に置かれた四角の何かに在ったのは、ドライアイスだったのだろうか。
ここが冷気に満ちた空間であったのは、遺体の鮮度から見て察しもついた。腐食が少ない。――そして、最近の被害者なのだろうとも思う。
ああ、なんとも。
他人の狂気を魅せられてしまうと、これほどまでむなしいものか。
ショッキングなものである、衝撃的だった。だけれど――ああ、もったいないとも思ってしまう。これを暴き切ってしまわねばならないのだ。煙が、そしてこの場にやってくる猟兵たちが、猟兵である限りは。
正すべきことである。そうすべきが、善いことであるというのなら煙はそうせねばなるまい。彼は、「正義の味方」なのだ。
そして、イリーツァと灯理がやってきた現在へと至る。
しゃがみこんだイリーツァが熱心に床をアジュアと嗅ぎまわっているのを、灯理が目を細めて見てやりながら。
「チープで杜撰な「お遊び」だ。敬意も何も感じない。」
ばさりと、この現場を一掃していく。
床を踏み鳴らす革靴には怒りも満ちたような鋭さがあって、煙が肩を震わせると同時に匡が隣で「ああいうやつだから」と愛想よく手を振ってやった。
事実、灯理の内心は静かに怒りで満ちていた。
彼女の――彼女も経験があるように――愛しき黒の女には「人食い」がいる。
しかし、「見つからない」女だったのだ。捕まってしまうその日まで、誰にも疑われなかった女だったのだ。
その彼女を知っているからこそ、灯理は余計にこの犯人が「遊んでいる」ように見えている。だから、イリーツァの意見にはおおむね同意で在った。
「蟻を見習え。」
イリーツァがどこのだれとも知れぬ食人鬼に毒を吐くのを、その通りだと無言で肯定する。
早足で歩く灯理の目の前に在った吊り下げられた肉に、紫の視線が這う。あたりのテーブルには小皿に取り分けられた臓器がある。
さすがに食えたものではないから――イリーツァは己の嗅覚を竜の力で研ぎ澄ましていたが、やはりアジュアと一緒に地面から顔を上げたときには顔をしかめていた。
「どうしました。」
端的に問う探偵に。
「――匂いが、多すぎます。」
はっきりと答えるイリーツァである。
血の匂いがしてしょうがないのだ。また、此処に犯人の匂いがないともいう。
ち、と舌打ちをした灯理が「ああ、貴方に苛立ったわけではないですよ」と手を振ればイリーツァは紅い瞳をぱちぱちさせていた。
まねして、アジュアも同じく瞬いていたやもしれぬ。また狼と一緒に臭気を追っていた。どうにかして――もう少し鮮明になればよいのだが。眉根を寄せて懸命に捜索するイリーツァのそばに、煙もアジュアを操りながら唸る。
「……これだけ派手にやらかしてくれちゃあな」
どれが血の匂いで、誰がどうだか。
ため息を吐いた煙の嘆きを獲て、アジュアの毛並みが少しよくなる。瞳の色が輝きを増してべしべしと煙の脚を尻尾ではたいていた。
「痛ぇよ。」
やはり。煙はこの狼にからかわれている気がしてならぬ。
「ヒトがどれ程苦労して人間社会に紛れているかも知らずに……。」
続く、イリーツァの嘆きには煙も煽られた。――煙も、そうである。
いいや、そうであってはならないのに己の居場所に悩み続ける存在なのだ。ちろりと――黄昏色の心が揺らいだ。
俺は、この竜と――ひとでないものと、同じ考えなのか?
猜疑心。己への疑い。葛藤。すべては――アジュアの餌となる。口の端から群青の焔を漏らしながら、アジュアが一声吠えた。
「――『わかった』」
イリーツァがそれと同時に、どうやら獣同士で通じ合う思いもあったらしい。急かされたように己のコードを使うこととする。
【不推不察・超直観(フスイフサツ・チョウチョッカン)】。
獣であるイリーツァの能力を、制限なしで解放する「絶対正解」の技である。
それが成就されるとほぼ同時に。
「――っ」
焼けるような、脳への情報の濁流を受けていたのは灯理だ。
【過去見(サイコメトリ)】。
『推理小説における禁じ手』だと本人も自負するように、この能力は――触れたものから記憶や情報を読み取ることができる。
だから、『死人に口なし』の法則をひっくり返すことだってできる。
「大丈夫か」
心配からの一言ではない。だけれど、その匡の言葉があって頷いて見せた灯理だ。事実、心にダメージを負ったわけではない。
調べたかった情報の量が、非常に多いのである。
先ほどから灯理がいろいろなものを触れているのを「視て」いた匡はその後ろを邪魔しないように、静かについて回っていた。
ああ、頼りになる狗が二匹――匹でいいのだろうか。いいのだろう、竜だし――もいると解決が楽そうだな、なんて思いながら。
彼女が触れるものからすべてを知るように、匡も彼女が触れたものに注視して、すべてを知るのである。
「殺した道具が多い。あとでリストにしましょう」
「わかった。」
頷く匡の返事を待たずに、また次は吊るされた死体に触れる。
――殺される光景が、よく見えた。
この死体は、女性のものだった。最初に灼け付くように脳にたどり着いたイメージは、細い線の男性のものである。
微笑み方が、ああ――目だけ笑っていないのだ。笑うのが下手な男がどうやら犯人らしい。
暗転、のち――首がないのは、的確に首を絞めて意識を落としていたからだ。此処で殺していない。
それから、また場所が変わる。
無機質な空間だった。冷えが灯理の脳に伝わってきて、さぶいぼが立つ。ああ、この場所はよく冷やされているらしい。
皮が床とくっついて、どうやら逃げられないのだ。前から扉を開いてやってきた男には、銃のような――筒のような何かが在る。
それが、こちらへ向いた。
衝撃が額に走って、――灯理もそこでサイコメトリを切る。そして、頭痛がした。――痛覚鈍化。
「倉庫。それも、おそらく大きな冷却施設の在る場所――本当に、本来の肉を加工してるようなところで一度被害者を冷やしている。逃げれないように、よく冷えた床と縫い付けてあるようです。冷気でね」
淡々とした情報に、驚く匡が「さすがだな」と素直に賞賛してから目を閉じる。
「こっちも、今――影の追跡者(シャドウチェイサー)に追わせてる。」
【影の追跡者の召喚】。このビルに立ち入ってから身動きが取れなくなる匡の代わりに這わせておいたそれらである。匡の代わりに周囲を捜索するいきものは、ゆったりと目星をつけていった。
それっぽい人物だといいんだけど。などと言って肩をすくめるこの傭兵の観察眼こそ、優れているのを知っている灯理である。
「さすがです。」
瞳を閉じて、一つ笑みをこぼしてみたのなら――イリーツァの動きが機敏になっていたところを視界に入れて、皆で集まったのだった。
「――ああ、臭気が目に見える様だ。」
赤い瞳を細めるイリーツァに、ばう、と近くでアジュアも吠えたのなら。
己の狂気性に負けないよう力強く拳を握る煙も、やってきた二人に目配せをする。そろそろ――出ないか、と。
「それでは、答え合わせと行きましょうか。」
不敵に笑って。
灯理が凪の彼に同意を得たならば。三人と二匹は現場を後にする。――振り返ることなく。
きっと、振り返ったらもう、戻れないから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィリヤ・カヤラ
◎△
ひとを食べるって意味では私も似てるんじゃないかな、
差といえば貰うのは血液だけなのと殺さないくらい?
食べない人から見たら犯人も私も同じかもね。
調べる時には『第六感』『情報収集』『追跡』を使うね。
犯人は加工には大きい機械は使ったりしてないのかな?
現場だった時の写真があったら見せて貰おう。
現場の部屋の事も詳しく調べないとね、
食材は鮮度が高い方が良いと思うし、
どのくらい冷やせる部屋だったのかと
普通の部屋と違う所があれば確認するね。
後はこの地域で似た部屋のある建物か、
直に冷蔵室に入れる建物があれば調べても良いかも?
強い血の匂いが辿れたら早いのにね。
ユエイン・リュンコイス
◎
人が人を食べない理由。協力が必要とされる習性、植え込まれた倫理や道徳、付随する罪の意識。
色々あるけれど…そも、人はそう『造られて』はいない。人を食えば、不可逆的な病を得る。牛豚鳥ではそんな事はないのにね。
だから人を食って平気でいられるのは…正しく人外だよ。
UCを起動しながら、ビルの内部へ。頭上より俯瞰しながら、不審な点を【情報収集】。電子機器があれば【ハッキング】で見取図等を取得しつつ探索。隠し部屋等が無いか確認しよう。
もし、死体や血痕があれば。
【料理、視力】で考察。味の好み、調理法等の趣味嗜好を読み取ろう。
胃に収まれば須らくタンパク質。腹は満たされる。
なら何故わざわざ、人を選ぶのだろうね?
霧島・クロト
アレだよな。
うまいもんの味覚えたら忘れられなくなるってのと一緒だ。
禁忌を知っちまったら逃げられなくなるのが――人間、だろ?
さてと、引き払った後っつーんなら、使用の痕跡から割り出すもんだな。
綺麗に痕跡を拭ってるなら逆にそれが違和感、になるだろうなァ。
【視力】【暗視】――注視を怠らず、必要なら【鍵開け】。
手数の為に手数を増やす術もこっちには有る。問題はねぇ。
そして肉の解体に困らない広さっつーと……
一緒に近所の新規店舗でも探しとくか。レストランとか、肉屋とか。
つまりは引き払ったんだから『違和感のない偽装箇所』が生えてる筈だ。
「まぁ、まな板をそのままにする料理人は想像しがてぇがな」
※アドリブ・連携可
鵜飼・章
僕も大概人間じゃないから
食欲とか性欲ないんだ
今日もたぶんご飯を食べ忘れてる
面倒だから三日に一回位纏めて食べる
するとご飯っておいしいと思うんだけど
またすぐ忘れちゃうんだ
人肉ってそんなに癖になるのかな
栄養価が低いらしいし
病気が怖いから僕はいいや
ただ『愛おしい』という想いは
時に『食べたい』へ変質するらしい
犯人に会ってみたいね
化物には化物をぶつける
そんな映画もあったね
という事で死体を探します
腐った肉や骨の欠片
僅かでもなんでも鴉達と【失せ物探し】を
見つけたらUCで被害者を疑似蘇生し
【コミュ力/言いくるめ/優しさ】等で直接話を聞く
外道でも何でも簡単で確実な方法だ
怖かったね
でも安心して
きみの仇は僕が討つから
神埜・常盤
◎
僕も肉は大好きだが――
人の癖して人を食べるなんて、趣味が悪いなァ
此処が噂の人喰いビルか
犠牲者へ祈りを捧げたら、中へと立ち入ろう
さて、僕は中に住まう住民から噺を聴こうか
野良猫とか居ないかなァ、蝙蝠でも良いンだが
もし居たら動物と話す技能を用いて彼等に聞き込みを
此処を使っていた人間の行方、君たちは知らないかね?
些細な事でも結構、心当たりが有れば教えて呉れ給え
後はビルの中を適当に探索してみよう
証拠探しは探偵の嗜みだとも
魔術で封じられた箇所が有れば封印を解き
鍵の掛かった扉があれば鍵開けで解錠を
任務には関係ないけれど、瘴気を感じる厭な場所には破魔の札を貼って行こうか
鎮魂もまた陰陽師の仕事だろうからねェ
●
――さて。捕食者として生まれた猟兵も多い。
猟兵は、幅広い適性がある。かつては人を殺しつくした罪人であっても、その力で未来を切り開けるものであるならば喜んで世界は受け入れてしまうのだ。
だから。
「食べない人から見たら犯人も私も同じかもね。」
ふう、と独り言ちて。
ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)はダンピールである。半分は、人を食べ物とする「吸血鬼」だ。
己と犯人は、きっと普通の人間――人間を食べない人間――から見ればさほどかわらぬだろうと思う彼女の理論は、自虐ではなく冷静な考えである。
しいて言うのなら、ヴィリヤが提供を求めるのは血液くらいで、肉も皮も、ましてや命などを取り上げたりはしない。
捕食者でありながら、食べるものは「最低限」でよいヴィリヤなのである。それこそ、たとえ最低限しか求めないと主張しても実際恐れる人間というのはいたのだから、これは根拠のある論証だ。
捕食者として見る世界が――捕食者を追い詰めるようなものになればよいのだけど、と彼女なりにとりあえず、先ほどの猟兵たちが手に入れた「倉庫」を探してみるヴィリヤである。
そんな彼女の耳元に、インカムが一つ。
「それは、君がそういう種族だからだよ。」
人形の声は、ヴィリヤのナビゲートとなっていた。そういうものかなぁ、と返事するヴィリヤに「そうだとも」とインカム越しで返すのはユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)である。
「人が人を食べない理由は――。」
本来ならば、無駄な話はすべきでないだろうけれど。
だけれど、この人外には説いておいてやらねばならない。そもそもの、人らしい考え方に付随する当たり前ながらに、皆が守っている「無意識」の話だ。
――人間は、集団で生きる生き物である。
人形であるユエインは、数多の書物を読んできた。この世界で生き抜くために必要な知識は、生物そのものの成り立ちを知ることから始まる。
だからこそ、このUDCアースにおいて一番コミュニケーションをとることがあるであろう「人間」への知識は欠かせなかった。
――協力が必要とされる習性が太古からある。
雄は狩り、雌は家を守るものであった。そういう成り立ちはまだ文明が栄えだすよりも前からうかがえるのである。
だから、この法則を乱す食人という行為は「植えこまれている論理や道徳に反する」として「罪」の印象を誰もが抱いてしまうのだ、とも。
「シンプルに言うなら、――人はそう『作られて』はいない。」
不思議なことに。
人が人を食うと感染症や不可逆な病を背負うことだってあるのだ。その可能性は平均的な病よりも高い。
もはや「そうであってはならない」と細胞すべてが否定するかのような構造になっているからこそ、本能的に脳から拒絶してしまうのだと――説くインカム越しの声に、ヴィリヤがなるほど、と頷いていた。
だから――、人を食って平気でいられるのは、ヴィリヤのような人外のみとなる。
「犯人は『人間でなくなりたい』のかもしれない。」
その思想を、ユエインは共感できない。だけれど、変身願望だというのなら理解はできる。
それとも、初めから。
人の体では収まらない命だったのやもしれないななんて思い出しながら、ユエインはビルの内部にあった中央の墓場を見た。
ぽっかりと穴の開いたそこは、ちょうどいい基盤になりそうでもある。
中の惨状をほかの猟兵たちや警察官が見て、気分を害して戦線離脱しては元も子もないだろうと判断して。
「『『我は遥かな塔の頂きより、世を眺むる者……さぁ、その素晴らしさを見せてくれ』」
穴を覆うように顕現させたのは、【塔の頂きより眺むる者(リュンコイス・デア・トゥルム)】!幻影の塔共がユエインの周りに現れ、穴を囲うようにそびえたったのだ。
現場の情報収集は、ユエインの塔どもがアンテナとなる。ならば、外に向かった――犯人が「殺害した」か「拉致」をした場所にて捜索をする皆からの情報はユエインが受け取るのみである。
「アレだよな。うまいもんの味覚えたら忘れられなくなるってのと一緒だ。」
人間は――禁忌の味を知ってしまえば逃げれなくなってしまうものであると。
それこそ、神話にだってなっているではないか――と、もとより手にしてあるインカムのチャンネルを合わせてやりながら二人に笑う霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)である。
彼がユエインの隣を通り過ぎる際に、暗視を有利にする赤のゴーグル越しに微笑んでやったのにはユエインも瞬きで応答した。
「つうか、肉の解体した後はどこにやってンだろな。結構な数殺してるじゃねぇか。」
さすがに、残暑とはいえ。
どうやら引っ越したのは最近らしい――この施設も最近までは入れっぱなしのクーラーがきいていて、ビルの持ち主が大目玉を喰らったという話はヴィリヤが拾っていた。
「私がいまから向かう倉庫にありそうかなぁって思ったけど。あー、でも、どうだろうねぇ。港近くだから、この場所からはだいぶ遠いみたいだよ。」
のどかな田舎風景を見ながら、ヴィリヤが自販機で冷えた麦茶を買う。
冷えた血液とか、売ってくれたらいいのになぁ。と独り言ちて己の歩く田んぼ道からなだらかに見下ろせる海を見た。うねって、今日は波が少し高いらしい。
「そこだよ。つまり食べたいときに肉を取りに行こうにも、冷蔵庫が遠すぎるってやつだ。じゃあどうするかっつーと、キッチンの近くにも置いときてぇだろ。」
「……おいおい、まさか。」
――冗談はよしてくれよ。なんてユエインの音声が響く。
「どうかね。わかってもらえないなら、わかってもらうだけのことじゃねぇの。」
「それってつまり、誰かに『食べさせてる』ってこと?その発想はなかったなぁ。」
からからと笑う音声と、少し長い吐息の音声を耳にしてクロトが笑う。
「まーな。まだこれは『妄想』だぜ。――まぁ、まな板をそのままにする料理人は想像しがてぇがな。」
この『想像』を『推理』とせず『妄想』といったあたり、クロトも嘘であってほしいと思うのであった。
しかしあり得ぬ話ではないとユエインも言葉を続ける。
「実際、自分の趣味嗜好を理解してほしいとはだれもが想うことらしいよ。」
その思いの強さ弱さはあれど。
己が何を考えているか、どう世の中を動かしているかを知ってほしい、という声はいつだって世界を動かしときに揺るがすものとなっている。
それは――世界の法則であり人間の宿命であるから、この「人でありたくない」食人鬼だとて例外でないだろう。
ユエインの言葉には。
「うん、私もおいしいお茶菓子とか見つけたときは、誰かに教えちゃうかも。」
身近なたとえでヴィリヤも笑う。
――それと変わらない、というところがこの犯人の異常そのものであるのだけれど。
「っつーわけで、俺は近所の新規店舗でも探しとくか。レストランとか、肉屋とか。そういうあたりだ。」
クロトと入れ違いになるようにして、琥珀色の髪をした彼と漆黒の彼がインカムを装着して人外たちの「食人鬼」会議とともにビルに立ち入ることとなる。
「僕も肉は大好きだが――人の癖して人を食べるなんて、趣味が悪いなァ。」
神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)は、探偵である。
おおよそ現代には似つかわしくないながらに非常に美しいつくりをした顔と、それから身にする大正浪漫の香。
そんな彼も――ヴィリヤと同じく「人外」であるダンピールだ。
まずは祈りの一礼を捧げていた陰陽に通ずる常盤を見習うようにして、「目を閉じる」だけはしていた鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)も一緒になってついていく。
「人肉ってそんなに癖になるのかな。」
先ほどユエインが言っていたように。
感染症のリスクを踏まえても得れる栄養価は低いと聞いているから、無駄でしか無かろうに。
章もまた、大概人間の価値観とは離れたところにいながら、人間の器を与えられた生き物である。
「さァてね。只、――己が人で非ずと証明するにはよかっただけではないかなァ。」
そもそも。
こんな大規模な施設を使っておいて、一つもつかまらなかった犯人である。おそらく、誰にも未だ疑われてはいないだろう。
ならば――随分と用意周到で、それこそ相手も「誰かに食われる」可能性を考えて息をひそめて生きる生き物で在るということだ。
「これは確かに、探すのも難儀というものだよ。」と常盤が章に薄い微笑みのまま様子をうかがってみれば。
章は――。
章は、もとより人とだいぶ異なる存在である。
紛れもなく人なのに、生きるために必要な欲を持っていない。性欲もなければ、食欲もないのだ。
今日も多分食事をとるのを忘れて、また思い出しただいたい三日後くらいに一回まとめて口にする。
その時体中が飢えに飢えているから、ああ美味しいと思うのにまた、生きるための食事をし損ねてしまうのだ。
どこまでも人という基本的なくくりに収まらない彼である。ああ、――だけれど。『愛おしい』という思いが『食べたい』に変質することもあるというのだから。
「犯人に会って、聞いて見たいね。」
弔い方を見るに、どうにも章には――この犯人が、あくまで己が人間であるわきまえ方はできているように思えてしまう。
化け物には化け物をぶつける、そんな映画もあったように。
この犯人と章は、きっと無事に出会うことが出来たらどちらかの人生に少しだけ答えが増える気がして。
章は、己の鴉たちを飛ばしてやるのだ。
陰陽師である常盤が破魔の札を貼る前であれば、まだ章の手には有り余るほど手掛かりがある。
「どこかに、夥しい血の後とかはないかな」
「あるよ、そこから左に直進。150m」ユエインが塔越しに周囲の状況を掌握してある。応答がインカムから伝わるのにラグがなかった。「ありがとう」と笑った章が上機嫌に歩いていく後ろを、常盤もまたついていく。
「彼の――味の好みや調理法、聞きたいかい?」
「いンやァ……遠慮しとくよ。しばらく肉が食えなくなってしまう。」
そんな小さな肝をしているわけではないのだが。
ユエインなりのプロファイルでは、犯人の趣味嗜好からして――塩でのアレンジが得意みたいだ、という情報だけでああ、やはり飲食に詳しい手合いの仕業なのだなとクロトの笑いが響く。
「塩とか、コショウ少々でうまい肉にしちまう料理人ほど、腕がいいもんだろ」
その通りであろうな、と――常盤が想っているうちに。ぴたりと章の背が止まって、その前に広がる血の跡へしゃがみこんでいた。
いっそ、そのさまは祈りのようである。
実際、常盤がそうやっていたのを見ていたから「そうするものだ」と章も認識して試しただけなのだろうが、同じように常盤も祈りをささげた。
「――話を聞けそうかな?」
常盤は、章のことはよく知らぬ。
だけれど、――彼を見ていれば、だいたい雰囲気を掴んでしまうだろう。彼こそ、真っ黒な死神を無数に連れた死そのものの体現者でありと。
「うん。」
鴉たちがその血だまりの痕跡の上へ、腐った肉をあるていど乗せていく。働き者の彼の御使いに微笑んでから。
――【閉じた時間的曲線の存在可能性(タイムマシーン)】。
この場で死亡した――被害者を疑似的によみがえらせる、悪の所業である。
これには少し常盤も顔をしかめたが、「簡単で、確実な方法だ」と微笑んだ章に悪意がないことを悟れば破魔の札をまだ指に挟む程度で済んでいた。
「怖かったね。」
肉の塊が、その場に現れる。
人の形など、していない。震えて、ただ紅い身をさらけ出し意志もあるやどうかわからない肉だ。
本来あるべき場所に目はなく、代わりに章の思念に響くのは泣き声ばかりだった。
「でも、安心して」
語り掛ける章の声にも顔にも恐れはない。
「きみの仇は、僕が討つから。」
――それは、結果論だ。
仇を討つ、という気持ちも二割、好奇心も八割ほどやもしれない。いいや、それ以上やもしれない章である。
誰にも章の気持などわかってもらえないから、身についたさみし気な笑みだって武器になる。こうして――肉の塊がささやくのを引き出せるように。
常盤も。
その状態になってもまだ思念を持つ肉塊が「被害者」であることを知れば真剣に読み解いていた。
呪詛まみれで常人なら聞けたものではなかろうが、常盤は【紅月遊戯(ファントム・リュネール)】の使い手である。
「些細な事でも結構、心当たりが有れば教えて呉れ給え」
紅い瞳が煌めく間、――それは魔眼となって対象の心をつかんで離さない。現に、先ほどから呻くばかりだった声がようやく常盤にも言語として聞こえてきた。
「最初は――こんな田舎に、おしゃれなお店があると思って立ち寄ったのだね。」
肉塊の言葉を、クロトとユエインと、外を歩くヴィリヤに届かせてやる。
ヴィリヤは、ようやくくだんの倉庫にたどり着いて気持ちの良い汗をかいていたところだった。
がこん、と重々しい音を立てて潮風を浴びながら、倉庫の扉を剣で壊してやったところである。
そのまま、押し開ける。
「なのに、連れてこられた場所はこんな寒い場所だったんだ。」
氷を主に扱うヴィリヤにとって、倉庫から襲い来る冷気などは――なんてことはない。そのまま、脚を進めてみる。
「立派な倉庫だね。トラックが三台くらいは入っちゃうかもしれない。」
インカムが凍り付いていないことを確認しながら、塔を伝って皆に共有する。
ユエインも顎に手をやって、「そこで殺したみたいだ、凶器はある?」と尋ねると、「ちょっと待って」とヴィリヤの回答があった。
何度か、店に立ち寄って食事を愉しんでいたのだという。
新鮮な肉で作られた料理はどれもおいしく、無口ながらに美しい顔をした店主が、ごつごつとした手で作るさまが愛おしいと思ったこともあったそうだ。
しかし――たまたま、少し体調の悪くなった週が来た日だったという。女性特有のそれだね、とユエインが通信越しに補足してやれば、クロトもまたこの周囲に新しく店を構えた飲食店を見た。
「肉料理専門、といえば――焼肉屋はちょっとちげぇな。イタリアンとかかい?」
「そこまでは、わからないか。」
正しく言うなら、恐怖で思い出せないようである。じゃあそこまで聞く必要もあるまいと章が肉塊に憂いを込めた顔をしてやった。
「つらかったね。」
ありがとう、もういいよ――と、章が瞼を伏せたのなら、すかさず常盤がそれに破魔札を貼ってやる。たちまち、肉塊は崩れて灰となった。人として、最後らしいものへとかえられる。
少しノイズ交じりの音がヴィリヤのインカムからの音だと知って、ユエインが「大丈夫かい」と声をかけたのなら。
「ああ、凍るかと思った。これ、高そうだから気を使ってしまったよ。――凶器かはわからないけれど、スタニング用なのかな。」
「スタニング――。ああ、畜生。もしかして、それ『エアスタナー』ってやつかよ」
“高圧の空気で杭を打ち出し、脳を破壊して即死または意識のない状態にさせる道具。”
それこそ、ヴィリヤがどうやら倉庫の奥で見つけたらしい霜を被った筒がクロトにはまざまざと想像できてしまう。
「そこ、もしかしたら所有主がきちんといるかもしれない。その人が犯人か、それか――共謀者だったりはしないかな」
灰となった肉塊のことなど、もう忘れてしまったかのように。
楽し気に笑う章がまるでいたずらのアイデアでも共有するかのように言って見せるのである。
「調べてみないとわからないねェ。ああ――できる限り動物に苦痛を与えない方法で意識の喪失状態にしたのちに、心機能又は肺機能を停止させる方法、もしくは社会的に容認されている通常の方法によること、だって?」
これの、どこが。
あきれたため息をつきながら、このままでは己の体まで血の匂いがしてしまうからと常盤が出口へ向かうのを、章も躊躇いなくついていく。
ユエインも外を回る二人に、一度切り上げるように伝えた。もう犯人までの足取りは近いやもしれないし、解決するならば二人もい合わせたいに違いなかろうと思ってだ。
幻影の塔が失せていく中で――。
「胃に収まれば須らくタンパク質。腹は満たされる。なら何故わざわざ、人を選ぶのだろうね?」
ぽつりと、呟いた問いには。
「知りてェからじゃないんかと、俺は思うがね」
自前の電波で話せるクロトが応答する。ヴィリヤは今から帰るよ、と涼し気な声で笑っていたから、きっと帰ることにもさわやかな顔をしているのだろうなと――ユエインが通信を切った。
「ほら、腹を割って話しましょ――ってな。」
そんなものだろうか。そんなものなのだろうな。
ぼんやりと――ユエインが納得したのは、やはり、「人間は頭が良い」から「理解不能」をたびたび起こす、という結論に納得がいったからだろう。
どうにも、この犯人は動物と人間の間に居る気がしてならない。何処までも、きっと――ユエインの考えたことは犯人だって考えていたはずなのである。けれども、それでも。どうしても、「半分は獣」だから。
ぽっかりと空いた、床の空洞をユエインはふたたび見る。
弔いのために、自然を自然に帰すために行われた知恵ある行動には獣と人間のはざまを見た気がしたのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヨシュカ・グナイゼナウ
◎★
雑食の動物はあまり美味ではないと、ならば人間もその範疇に入る筈
物語の怪物たちは好んで人間を食べている。彼らには美味なのだろう
人を美味と感じるのならそれは既に
怪物なのかもしれませんね
蝉が死んでいた
屠殺場となった現場をある程度見た後、ビルが作った陰でにゃあおと鳴いて猫を呼ぶ
人目のつき難いビルを選び解体現場は移動し。そこには理性を感じられ、人に紛れ未だ人として生きている
人目は避けても『猫目』を避けるものはいないだろう。彼らは何処にでもいて、その目は夜も見通す
集めた猫達に問いかけ、この辺りで沢山の血の、死の臭いをさせた人間見なかったかな
それか他にここの様な臭いのする所。ああ、おやつは後でね
ロク・ザイオン
◎
(森番はひとから遠く、森の理のもとで生きてきた)
("ひと"とは、あるべき正しき御旨を踏み越えてでも、こころのままに生きる獣であり。
互いに寄り添い、補い合い
また奪い合い、貪り合いもする。
それが、森番が知る"ひと"の現状。
……それが未来無き"病"では無いのだと、断じる術は未だ持たない)
(眼の前の惨憺たる有様は、ひとの未来を食い潰す病の所業のようでもあり
何よりも、ひとらしい痕跡にも見えた)
ひとの群れが拒んだなら、おれは、群れの秩序を守る。
…それだけだ。
(食事の痕には様々な情報が載るものだ。
【野生の勘】で、この食卓の主の寝屋を【追跡】する)
…おれの声、嫌じゃないなら。
誰か手伝うのも、構わない。
●
屠殺場のち、加工場となったらしい現場を堪能した。温い空気が余計に血を腐らせるのを速めていたようで、ああもう少しだけ空調が「つけっぱなし」になっていればよかったのにと思う。
琥珀色の彼が人間ではないから――人間の気持など、推測しかできないのだけれど。
きっと、ここを捨ててどこかに場所を移したという彼は汗だくになってまで床掃除なんてしたくなかったに違いなかろうとも思う。
雑食の動物は、あまり美味でないらしい。
熊だったか、なんだったかも食べようと思えば食べれるらしいが、だから流通しないのだとどこかで聞いた気もする。
食べたことがないからわからないけれど――人間もそうに違いないのに。
いつだって、物語の怪物たちは人を食べる。
人は――それほど昔から、食べられることを恐れていたのだろうか。
食物連鎖の頂点にいながら、恐れていたなんていっそ滑稽かもしれない。自分たちから弱点を晒しているようなものだ、「食べるのは好きだけれど食べられるのは嫌いです」と。
逆に言うなれば。
怪物たちは人を好んで食べている。恐怖の象徴たる怪物だからこそ、そう宿命づけられているのかもしれない。
もしこれが、おとぎ話だったなら何かしらテーマがあるはずなのだ。
モノガタリ
どういうメッセージが、この犯 人にある?
――ああ、すでにこの犯人は怪物なのやもしれないな、と。ぽつんと少し蒸した風に乳白色の絹糸をなびかせたのなら。
ヨシュカ・グナイゼナウ(一つ星・f10678)はただ、足元で死んでいた蝉をみていた。
折りたたまれた脚は固まってしまって、つま先で蹴ってやってもひくりともしない。
ならば、きっと彼に尋ねたところで無駄だろうと判断して――真っ赤な造形をした口部を開いた。
「にゃあお」
猫の、音である。
【廻猫(メグリネコ)】。
その地域の猫たちを呼び寄せる特殊な音波を乗せたコードだ。
猫一匹、害虫一匹すらここに――墓場以外は――出てこないというのだからまた面倒を極めさせている。
だから、呼び寄せてしまえばいいのだろうと彼がとった手段だった。
音波につられてやってくるのは太い猫たちである。ああ――ヴィルヘルムに似ているな、とヨシュカは思い出してながら、もしやそういう猫に好かれやすいのかもしれぬと微笑んだ。
それから。
その音波に乗せられて、耳をひくつかせてやってきたのは、一匹の森番である。
「こんにちは。」
穏やかに笑んだヨシュカに、一礼で返したのはロク・ザイオン(明滅する・f01377)だ。
ロクは――その声の特異もあって喋るのを苦手とする。ノイズ交じりの声はきっと、耳の良い生き物相手では不快にさせてしまうやもと人に嫌われたくない、許されたい生き物である彼女ならではの染みついた癖だった。
この森番も――この犯人に想うことは多い。
猫らに紛れて、ヨシュカのそばまでやってきてから立ち止まる。それから、しゃがみこんで、猫と彼と視線を合わせた。
喉元に、指先をやって。
「おれの声、嫌じゃないなら、手伝う」
ざらりとした声ののち、多少申し訳なさそうに口がきゅう、と一文字になるのを。
「大丈夫ですよ。」
柔らかな笑みで人形が応えてやった。ヨシュカにとっては、「ひと」が不快な音であっても周波数やらなにやらを合わせてやればいいことだからだ。
「ん」と頷いてからロクが地面に座り込んだのなら、ひょいと乗っかる猫たちもいる。
随分太ってるな、と重みを感じたロクが不思議そうにしていた。
「人を食べていないといいのですが」
――冗句ではないらしい。
やや、張り詰めたような音でヨシュカがいうものだから、すぐさま頷いて返したロクである。
「どう思いましたか?」
推理のすり合わせをしよう、と――ヨシュカとロクが顔を突き合わせるようにして見つめ合う。
かたや、まぜこぜ獣の森番は地面に座り、かたや星を目に宿したような人形はビルのわきにあった駐輪場とすっかり何も生えなくなった花壇の間で余剰として在り続けるコンクリートに座っていた。腰かけるためにあるわけではないだろうに、いつだってこういう余分なスペースというのは都合よく在ってくれるな、と折りたたんだ脚に猫を挟んでやる。にゃあんと抗議の声まで聞こえた。
さて、実際――ロクがどう思ったかというと。
ひと、というのは。
あるべき正しき道筋というものがありながらも、時にこころのままに秩序を乱すこともある獣である。
それは、間違っているともいえないし、半分は正しいときだってあるからロクに裁くのは難しい。
だけれど、お互いに寄り添い、補い合い不足を埋めることもできるし、そのための言語などは秀でている。
また、奪い合い、貪り合いもする。それはひと、というコミュニティならではの習性であるからロクに介入は許されない。
彼女こそ、森番なのだ。
森の理で生きるそれだからこそ、人に憧れ人をうらやんで生きてきたからこそ――ひとを客観的に見続けることができる。
ひとのすることを、間違っていると思うときもある。それこそ未来を奪う『病』でないかと思うときだってある。
それほど、ひとというのは知恵をもっていて獣にとってはたまらなくおそろしい。
瞬きをひとつ、思考の整理と共に行う。ロクのしなやかな太腿に乗った猫が、ごろごろと喉を振動させていた。
「おれは」
吐息と共に、――確かめるように思い出す。
ビルの中に立ち入ったロクがみたものは、ひどかった。
まず、血まみれの床を目にするまで少し時間がかかった。何もないはずもあるまいとロクが獣の目をしながら歩いていくのを、歓迎するかのように、其処はあったのである。
ふと、たまたまだ。
電化製品販売店――ロクには無数の箱が並んでるように見えたかもしれないその空間に、死臭が満ちているのを確認した。
宝探しなどであればよかったのに。ロクが箱に「取っ手」があることを確認したならば、開けるしかなかったのだ。
がば、とゴムの擦れる音がして開いたのなら。
「こども」
そこに在ったのは、封された透明なジッパー付きの袋である。
これを冷蔵庫だと判断できるほどの冷静さは、その時にはなかった。
袋の中を一目見て、ロクがわかってしまったのは――本能的な警告だったに違いない。
胎児がいた。
封された空間で、真空状態になって、すっかりその姿を形どられたそれがいた。
たまたま切り開いただれかに入っていたものであろう。丁寧にへその緒もついたままでとりあげられて、しまわれていた。
――これは脅威であろうと頭の中ですべてが警笛を鳴らした。この所業は許してならぬと思った。それでも、どこか――純粋に思えてしまう。
「ひとの群れが拒んだなら、おれは、群れの秩序を守る。」
まばたきのち、目の前に広がったのは現実のものだ。
血まみれの箱の中身ではなくて、ヨシュカが映る。蒼い瞳はようやく現実に帰ってこれたらしい。
ヨシュカも、くだんの場所で見た惨状はやはりおぞましくはあった。
視線を蒼に返しながらも、――思い出すのは、まずなんといっても余計な水分を飛ばされたどす黒い血がミキサーのなかに入れっぱなしで、入り込んだテナントにそなえられた冷蔵庫に入っていたことである。
そこのテナントが――もとはカフェだったらしいのだけれど、冷蔵庫にあったのはまだ消費期限に余裕のある卵と、それから痛み始めて先ばかりがくちゃくちゃになったレタスのパックだ。どろりとした液体がにじみ出ていて、ああ夏はこう腐るのだなとヨシュカに記憶させる。
そして、その後でこの血が何に使われたのかを考えたのなら。
「ソースだ。」
どろりとした鉄分はきっと、ソースになったことだろう。
まるでケチャップのように、適量をティースプーンにすくってスクランブルエッグにかけてやったに違いない。
朝ごはんは此処で食べていたのだろうか、なんて――やけに人間らしい犯人の想像をしてしまうのであった。
やはりそれほど、この犯人にはどうしても理性が感じられてしまうのである。
こうして朝食に手間暇をかけて――ああ、確かちゃんとレシピ本だって作っているのだった――、丁寧に仕込んでから朝を愉しんでいたり、わざわざ人目のつき難いビルを選び解体現場を移動させて、それから人に紛れる人として生きている。
――きっと、まだ人間なのだ。
半端でいることは、辛い。そういうにんげんの嘆きを、たびたび見ることもあったヨシュカである。
生憎――その感情をヨシュカは理解してはやれないのだけれど、なんとなく共感することはできたような気もした。
「じゃあ、捕まえてあげないと。」
意識はゆっくり、現実に戻される。
人目は人だから避けることができただろうが、『猫目』はそうもいくまい。
撫でてやった猫たちに問いかけるヨシュカの声には、ロクも耳を働かせて音を拾う。
「この辺りで沢山の血の、死の臭いをさせた人間見なかったかな。」
――それかほかに、此処のような嫌な臭いがするところ。
あやすようにふとった猫たちに言ってやれば、たちまち口々に、にゃーにゃー、にゃーと大合唱が始まっていた。
ロクはひとではなく、森番であるから。自然に生きる彼らのことはよく聞き取れる。
「……ここ以外に、加工場が、ある?」
「お店があると――。注文が多そうな料理店ですよね」
もはや笑えたものではない。やはり行きつく答えは「人肉を何も知らぬ一般人」に振舞っているし己も食べている、ということだ。
「ああ、おやつは後で。全部片付いてからですよ」
抗議のように鳴いて、立ち上がったヨシュカの脚にまとわりついた太った猫二匹を腕でよけながら人形が咎める。
「行く、か。」
「いいえ、今日は――此処で終わりにしようと思います。もう向かっている人たちもいると思いますが、立ち入りはしないでしょう」
だって、この証拠は「猟兵」でしかわからない。
『奇天烈軍団が押し寄せてきました』なんて通報は、間違いなく犯人が有利なのだ。余計な手間を取らせてしまうよりは、少し――泳がせておいたほうがいいだろうとも判断できる。
ならばロクもそれに従うべきだと判断できた。ヨシュカの隣を歩きながら、夕焼けのような髪色を照らされてすっかり暑くなった頭を撫ぜる。
ああ――にんげんとは、どうにもこうにも、難しい。
人形と森番の、人間を知る旅はまだまだ続く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桔川・庸介
◎、単独希望
シリアルキラーの事件には、わりと興味あるかもしんない。
「おれ」との差分を測るのに丁度いいから。
マスクを引っ張って、極力人の目のない方へ。
犯人がココを選んだ理由、それから出てった理由。
条件が分かれば、次の場所もある程度絞れんじゃないかな?
土地とか人の縁とか…そーいうのだと俺にはわかんないけど
実利の問題なら、多少は推理しやすい。
UCで作りの粗い偽物の「人間」を作成して
犯人の痕跡をなぞりながら一連の「加工」作業を真似てみる。
どっかから見られる隙はないか、手順を邪魔するものがないか
警戒を張りながら。
こんな感じにバレる危険を犯してでも、人を選んで食うんだから。
よっぽど必要に追われてんのかな。
●
シリアルキラーだというのなら。
ああ、なんとちょうどいい案件だろうと――ひっそり陰で喜んだ彼が居た。
もちろん、この犯人を突き止める必要だってある。それこそが「猟兵」である彼の務めだ、それは変わらない。
だけれど、この桔川・庸介(「臆病者」・f20172)は間違いなくシリアルキラーであった。
己の欲求のため、己の考えのまま、感じたままに世界を断じ人を断じ己を護れないから人を殺すことを動機とする。
誰にも知られたくない、誰にも見られたくない彼である。彼は「彼」であると「完全犯罪」を成しえないのだ。
誰にも共感されない、理解されない存在こそ――この庸介はここで生きたことを証明できる。
だから、そんな己との差分を測るにはちょうどよかろう。
深くかぶったマスクは加減に紛れてしまえば影と彼を同化させるのだ。もはやだれもが――猫も鴉も人も、きっと彼と影を同一視してしまえるほどに溶け込んでいることだろう。
庸介が事件の解明に選んだ手段は、再演だった。
そうすれば犯人の意図も――どうしてここを選んで、出ていったのかも「シリアルキラー」でありながら、無色透明である庸介ならば染まり切ることができるから把握できるはずである。
人の縁や、土地柄のことなどは庸介には理解できないが、己の身を使ったプロファイルならば彼の右に出るものはいないだろう。
だから――。
「【代わり映えのない日(ナニモオキテイナイ)】。」
小さな、つぶやきと共に物陰で呼び出したのは明らかに顔の作りすらもままならない不出来なマネキン――もとい、人間であった。
ちゃんと体温も一定、脈拍の数も機能していることを確認してから脳のないそれとマスク越しに見つめ合ってみる。
まず、どうやって獲物を手に入れた?
「きっとこうして――近くに居れるくらい、俺と、お前は仲良しだった。」
とん、とマネキンを小突いても顔色一つ変わりはしない。
それでも、衝撃に抵抗して後ろ脚でふんばったそれを今度は躊躇いなく壁にたたきつける。
意識を失った「動作」をした肉塊を見て呼吸が残っていることを背中からフード越しに聞き届けてやろうとした。
問題なく、心臓は動いている。肺も大丈夫そうだ。
なら、次は――ああ、倉庫は遠い。冷却する時間はなさそうである。脳を破壊するにはその備えもないし、ならばと庸介がとった手段は、肘打ちだった。
ぎゃ、と空気を裂いて放たれた一撃は、出来損ないの人形の額へ向ければあっけなくそこを陥没させる。
こと切れた肉は、ぐたりとのしかかる。
「おっも――。」
被害者の平均から割り出してざっと五十五キロ程度の重さであるが、それが無抵抗で、ただの肉塊であっても運ぶのはつらい。
確か、引きずったとあった。だから、庸介も――この様をほかの猟兵に見られないように、運ぼうとする。足も腕もひっかかってしまって、段差は面倒くさいことがわかった。
手ごろに在ったごみ箱の中身をひっくり返して、腐った残飯の匂いをまき散らしてから肉を袋の中に押し込んでやる。
ああ、これなら摩擦があっても引っかかるところも少ない。折り曲げた肉は体を横に倒させて、そのまま移動をさせてやった。
加工場所は、何処でもよかったに違いないのである。
しかし、必要なところだけを犯人は抜き去っていった。なぜか――。
「今日の気分だ。ああ――俺は、今日は手羽先がいいな」
手ごろなテナントの扉を、音もなく開けたのならば。
ずりずりと中に立ち入ってやれば、どこの店にも必ずあるのが「長机」だ。カウンターともいえる。
庸介が侵入したのは、少し内部に坐していたといわれる百円ショップのあとだった。
通常はレジを通った人間が、商品を袋に詰める其処に、袋ごと死体を引っ張り上げてのせてやる。
手際よくナイフで袋を裂いたのなら、ちょうど血が飛び散ってもいいようにシートの役割をさせる。
それから、喉にナイフを突き立てた。
嫌な音ののち、首が落ちる。おそらくこうなるまでに血は抜いていただろうが、余計な袋を捨てる大き目なごみ箱が設置されていたから、それを首の下にもっていってやれば鮮血がそこから垂れていった。
マネキンの腰に首を挟んで、少しため息をついていく。
――ここまでで、とてつもない疲労感に見舞われた庸介である。
面倒だった。とても。
「でも――よっぽど必要に追われてんのかな。」
この疲労感がやはり、食べたところで霧散するとは到底庸介には思えないのに。
犯人は然りときっと笑ったのだろうから、やはり相いれないのである。
「方向性の違いってやつ。」
ぱん、と手を叩いたのなら。
彼の存在を証明する音を合図に消えたマネキンである。
「ここでは、なにもおきていない。」
まじないのように唱えてから、犯行の手口を見事――再演して見せた彼である。
やはり、わかったことは相手と己のスタイルが違うということと。
存在を伏せたがる己の執着と、きっとこの犯人の執着はほぼイコールなのだということだった。それで、いい。
庸介にとって知りたかったのは、たったそれだけなのだから。
残った袋をくしゃりと丸めて、血の跡一つないそこに放り込んでやったのなら完全犯罪の完成だ。
何も起きていない。――此処では、何も。
大成功
🔵🔵🔵
ジャスパー・ドゥルジー
もしも「彼」が俺だったら、と仮定して
場所を変えたのはより集中してえからだ
噂されるのが煩わしかった、その程度
用済みの場所に未練はねえだろうな
どこまで情報が掴めるかは判らねえがまずは現場に
「加工」の残滓を見つけられたら
それが凄惨であればあるほど嬉しそうに眼を細める
――はは、イイね
彼が「喰いたい」人間ならば、俺は「喰われたい」人間
随分と利害が一致したもんだ
そう、利害は一致するもんなんだ
どんな気が狂った望みだろうがさ
だから一方的なこいつの方法は、俺は良しとしねえ
虱潰しに現場を調べ、何とか情報を得る
なあに、こいつに辿り着いてぶち壊してやりてえのさ
その前に俺を――俺なら、味見くらいはさせてやってもいい
●
もしも――犯罪者に共感できたとしたら。犯罪者の立場で、この事件を追えたらと思考にふける彼がもう一人。
「――はは、イイね。」
漂う血の匂いも、開きっぱなしになったドアのむこうに安易に立ち入らせてくれた惨状だってなんだって、ジャスパー・ドゥルジー(Ephemera・f20695)にとってはふさわしいものだった。
鬼だの、悪魔だの言われてきた彼である。
オウガブラッド――という特性状、ともに体内で燃ゆる思念があるのだ。
気まぐれで伸ばされた寿命のように、延び放題の長髪である。
にやにやと笑うのはいつからの癖だったろうか。彼が欲しいのは生きるための痛みである。
それがなければ、――悪魔のような角も、燃ゆる魔竜の焔に焼かれてきっと消えてしまうだろうから。
痛みがなければこうして己の身を焼く温度と「愛」を信じられなかったほどに、彼は人の在り方としてはどこまでもいびつでしかなかったのである。
ジャスパーは。
「喰われたい」人間なのだ。
目の前に広がった惨状を見る。先に訪れた猟兵たちが見たまま置いておかれてある、ひらかられた死体だ。
ウジ虫の湧き方からして、死後少し経っている。だけれどわざわざ弔いなんかを働いていた彼が、どうしてこの死体だけはおいていったのだろうかと――ジャスパーは空いたチャックの中身を見るように、恍惚めいた笑みを浮かべていた。
紫の瞳が鈍く暗闇の中でも輝いている。ああ、――同じ殺人鬼であるから、手に取るようにわかってしまうのだ。
「場所を変えたのはより集中してえからだ。」
殺人鬼たちは。
場所を転々とすることがある。それはこのビル内でもそうであったろう。さまざまな場所で解体――もとい、加工がおこなわれている。
食べるときは別なのだ、ここでDNAを残しておくわけにもいくまい。もっともほとんどの死体は腐って、指定の手順を踏んで始末しているはずだから誰のDNAがどう入り乱れていようが判別させるまでに時間がかかるだろう。
もしくは、それを諦めさせるためにわざと――仰々しい現場にもしているやもしれないのだ。
猟兵ではなく一般人相手を想定した犯人の手口は、ジャスパーも感嘆させられたのである。猟兵である己がこの現場に訪れることができたのも、また彼にとってはいいスパイスなのだ。
くりぬかれた内臓はどこだろうかと、遺体の中に手を差し入れる。つぶれないように腐った臓腑を撫でながら――ああ、肺を食ったようだと心地よくため息を吐いた。
まるで、愛撫でも受けているような切ないそれである。
「噂されるのは、煩わしいよなぁ。こんな場所に未練もねえよ」
慰めるように、被害者の腹の中を撫でていた腕をゆっくりと引き抜く。
ああ――死の匂いがまたここちよい。こんな痛みを与えられたのなら、ジャスパーはきっとその日で終わっていいほど悦んでしまう。
もっとも、そうはいかないのが――『彼女』のおさがりである悪魔のような角と尻尾が語るのだけれど。
「俺とあんた、随分気が合うぜ。――最高だ。」
首のない死体の胸に、音もしない心臓のあたりに己の耳をくっつけてやりながら微笑むジャスパーだ。
彼が語っているのは死体相手でない。
死体が最後まで接していただろう、食人鬼へである。
「そう、――利害は一致するもんなんだ。」
悦に彩られた笑いが、ざらりと口の端からあふれるように。
己の完成が狂っていると称されるのはわかっているジャスパーなのである。だけれど、誰もがそうであれと望んだからそうしただけのことなのだ。
この殺人鬼にも嗜好やこだわりがあるように、――同じ殺人鬼であるジャスパーにだってそれはある。
「だから一方的なこいつの方法は、俺は良しとしねえ。」
はっきりした拒絶の一声のち、弾かれたように立ち上がってジャスパーは先ほどの視線の先へと行く。
そこにあるのは、レジコーナーだ。
レジコーナーの向こうにある本来の「キッチン」へと容赦なく蹴破って突入した。
こんな――お互いの利害がかみ合わない方法だなんて、間違えているのである。
ジャスパーが「喰われたい」ならばよかった。この事件の被害者にだって喜び勇んで出ただろう。何度でも彼ならば食べてくれてよかったのだ。
だけれど、それを嫌がる誰かに働いた愛のない「痛み」などは――許せたものではなかった。
その思いと、己が犯人ならばどうしたかを考えて。
「ビンゴ。」
乱暴に黒髪をかきあげてやりながら、キッチンに立ち入った彼が見つけたのは。
まず、この犯人の特性から多少人間らしいことがうかがえた。どちらかというなら、常識的である。
常識をよくわかっているから己の非常識が自覚できているに違いない。ならば、常識であらねばならない癖というのはどこにだってあるのだ。
ジャスパーが大きなごみ箱を蹴飛ばしたのである。
中身がひっくり返って、そこからは肉だの骨だのが出てきた。
余分な脂でも切り落としていたのだろうなとわき目に視ながら、目的のそれらを見つけてかき集めたジャスパーである。色白の指先がたとえ汚れようとも、気にもしない。
それから、それを掌一杯に抱えてこぼさないように「きれい」な机の上に並べてやる。
ああ、――燃ゆる体があってよかった。少し指先を噛んだのなら、ぼうと燃え上がる炎が手元を照らす。
「実に効率的だ。」
己の仕業を誇るように。
輪郭を魔炎に照らされながら、嬉しそうなジャスパーがいたのである。
そして――その手元をせわしなくしばらく動かしたのなら、出来上がったのは無数に破かれた紙から出た「領収書」だった。
ここまで、だれもたどり着けまいと思ったのだろう。もしくは、ここに居たという証明にならないと思ったのだろう。
「残念ながら、此処までだ――だが、あんたをぶち壊す前に俺を――。」
悪魔が笑う。
にたりと、笑ったのだ。これから壊す予定の存在に恍惚として――嗤う。
「俺なら、味見くらいはさせてやってもいい。なあ、聞こえるか」
――岡本 慧。
それがきっと、この事件で「人間ではない」と叫ぶ犯人の名前だった。
大成功
🔵🔵🔵
巫代居・門
…はあ、マダムって言ったか。まるで人の目じゃねえな。
UDC目の前にして『他の猟兵がどう反応するか』に真っ先に興味起こすタイプだろ、ありゃ…、うえ、おっかねえ
隣人、隣人か。
…考えても、俺の頭じゃ分からねえだろ。何かねえか探ろう。
この現場なら【呪詛】も濃いだろうよ。UC禍羽牙で【情報収集】
そうだな、『調理』してたってんなら、食べねえ部位も出てくんだろ。
『三角コーナー』にぶちこんだ『生ゴミ』の処理を探る。
拠点変えても処理法を変えることも無さそうだ。『ゴミ捨て場』から逆探知も出来んじゃねえかな。
(残酷なものを見ても、引きはするが動転はしない
卑屈な性格ながらに、場馴れはある)
アドリブ歓迎
水衛・巽
【WIZ】◎△
第六感で罠や怪しい箇所がないか慎重に確認しつつ進もう
…いや、それ以前に血の匂いで悪酔いしそうだ
事件概要から「加工場」と言われて連想するのは
まあそのまんまな「食肉」加工場なんだけど…
その対象が家畜じゃなく人間とか、
いかにも邪神絡みの考えそうな事だと思う
…理解したいとも思わないけど
それにしても「隣人」が鍵ってどういう事だろうか
親切そうな人間を装って襲いかかるとか?
順番に顔見知りから初めて警戒心が薄れるのを待って…
そうだとしたら随分行儀が良いと言うか
手順にこだわるシリアルキラーという印象だけど
実際は食人鬼らしいし…
今はまだ推理のパーツが少なすぎる
●
――あの黒の女は、『隣人』が鍵となるといったのだ。
「隣人、隣人か。」
随分とあやふやで、それから面倒な題材を印象付けてくれたな、と額を撫でる巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)である。
――まるで人の目じゃねぇな。
送り出した黒の女も紛れもなく『反社会性人格』であろうが、この犯人との大きな違いはきっと『UDC目の前にして『他の猟兵がどう反応するか』に真っ先に興味起こすタイプ』という彼の総評すべてが物語るだろう。
そう思えば、まだこの犯人は『わかってほしい』というメッセージ性が顕著であるから。門にとっては人間とけもののはざまに居るよう感じられて、随分と気持ちが悪い。
「うえ、」
おっかない。
かたや狂気、かたやも狂気に挟まれて、どちらがよい狂気であるかなどわかったものではないのだ。
――己に自信がない門にとっては、この自己表現ともとれる犯人の主張も随分と哀れに感じられてしょうがない。
正常でない人間こそ、こんな惨劇を繰り返して自分を証明したいというのならいつまでも門は正常のままでよいとすら思えてしまう。
思想がかき乱されるような。そんなビルの中身だったのだ。
もしこれを――この門の頭をぐちゃぐちゃにしてやることが目的だったというのなら、生憎だが届かない。
すん、と鼻を鳴らしてから饐えたにおいにまた顔をしかめる門こそ、UDC職員であるのだ。
「場慣れ」していて良かった、と思いたくはないだろうが、しかし、この現場においては彼の頭脳をまともで在り続けさせる経験値がものを言うのだ。
だが。
「考えても、俺の頭じゃ分からねえだろ」
門は、『正常』だから。
異常の考えていることなどちっともわからない。考察はできても共感も理解もできないのである。いいや、したくもないというのが正しい。
これ以上窮屈な思いをさせてもらっては困るのだと、服の下から主張する筋肉と脂肪の塊を、その腕を撫でてやりながらあたりに居た猟兵を探す。
――一人で考えてもなにもわかるまい。わからないのなら、共に考える相手が必要であると判断した彼の目に留まった一人の青年なのだった。
「こんにちは。」
視線を感じて、柔和に少し微笑んでやったのが水衛・巽(鬼祓・f01428)である。
顔色が少し悪いのは――この血の匂いに満ちた空間のせいだった。悪酔いしてしまいそうだから、着物の端で己の鼻口を挨拶のち覆う。
すみません、と会釈する巽に門が「気にしないでくれ」とわたわた両手を振ったように。
――そうだよな、普通、そういう反応だよ。
と、門に現実を思い出させてくれるのである。どうやら、門も悪酔いしかけていたらしいのだ。
「どうですか、現場を見て。」
少しくぐもった声になった巽は――己の高い鼻を押さえているのである。整った顔が苦悶と不快に歪むのがまた美しい。
門も同じく、動きをトレースするかのようにして鼻を押さえてみたのはせめてもの「共感する」という無意識のはたらきだろう。
「あー、そうだな。罠とかそういうのがないっていうのは、怖いなって思う」
「怖い?お得ではなくて?」
「うん、怖い。――だって、ほら、マジで作業場にしてたってことだ。」
人をいじめる趣味嗜好の在る犯罪者が多い。
その起源は生まれたときから恵まれなかった生育環境や、度重なる虐待や、存在の否定や没収、ダブルバインドなど様々な要因がうかがえるのだけれど、この犯人にはどうにも人をいじめる気がないように感じてしまう門である。
確かに、と頷いた巽だ。
「事件概要から「加工場」と言われて連想するのは、まあそのまんまな「食肉」加工場なんですが――ああ、でも食人鬼のわりには行儀が良いんですよね。」
肉を、喰らう。
貪り食うようなイメージが先行してしまうのは、きっと巽が今まで見てきた「鬼」という存在がそうだからなのだ。
豚や牛で飽き足らず自らを悪としてほしいがために人間を喰らうのは、どうにも邪神に「あてられた」それの考えだとは思うのである。なぜならば、邪神は人を贄とするから。
しかし――ならばなぜ、人を貪り食わない?
「私は――敬意がないと思います。他人に対する、他人を「肉」としか認識できていないからこんなことをやってしまうとも。」
蒼い瞳が、ビル中央にまでやってきた。
巽の歩調と合わせて、じっくりとその話を聞いていた門である。二人の前に現れた「地下墓場」のそれは――巽の主張とは矛盾してしまう。
「そう、でも。ちゃんと生き物としては敬意を持っている。」
それは、生まれつきの価値観だったのだろうか。
生まれついて人の姿に『なってしまった』化け物どもを、巽はよくよく見てきているのである。
ああ、もしこの生き物が人の器でなくて、もう少し――獣であったのならきっと生きやすかったし誰も死なずに済んだはずなのだ。
「そういうのも考えられるのが――人間なんだと俺は思う、けど」
そう。
門が墓場をのぞき込みながら冷や汗を垂らすように。
こんなことを考えられるのは、人間でしかないのだ。大きな脳を持つ彼らにしか成しえない。これは、起こって当然のことだったのだ――と、思うほかないのだ。
なぜならば、門と巽は『正常』だから。
「そういえば、『隣人』が鍵ってどういう事でしょう。親切そうな人間を装って襲いかかるとか?」
場所を少し変えて、目の前で手ごろなテナントのごみ箱を蹴飛ばす門を見ながら巽がこぼす。
腐臭が漂って、整った眉毛をひそませていた。
「俺も考えてたけど――よくわかんねえな……。」
この怪奇を愉しめ、などという生き物の思想など、狂言にしか思えないし。
腐臭はやはり門にとっても心地が悪い。二人とも――幸いにも、神に愛されし共存する存在たちであるからこそ、この『穢れ』はどうしても本能的に毛嫌いしてしまう。
しかし、嫌い、わからない、では終われない。ええい、ままよ――と門が太い腕を突っ込んで生ごみをあさりだしていた。
「順番に顔見知りから初めて警戒心が薄れるのを待って……。」
「どうなんだろうな。顔見知りって、襲ったら真っ先に疑われそうじゃねえか」
「それも確かに。刑事ドラマとかでもよくありますよね。恋人や親友から洗うって」
そういうこと。と頷く門が探しているのは、ウジ虫でもなくなんでもなく、『生活』の痕跡だ。
「でもこんだけ殺したんだ、だいぶ人当たりがいいんじゃねえかなあ」
「――。お店を営んでいるとか。」
ぴたりと、門の腕が止まって。
「らしいぜ。ほら。」
人差し指と中指につままれたのは、一枚の長い紙きれだった。
「レシート?」
「調味料ばっか買ってる。まさかマニアってわけでもないだろうしな」
しかし――泥めいた赤で塗られてインクが掠れてしまっている。
「ああ畜生、肝心なところが見えねえ!」
店名が溶けてしまっていて、思わず舌打ち一つくれてやる門がいたなら「待ってください」と巽が瞬きもしないままそのレシートを見ていたのである。
「ここ。」
指さした場所にあったのは、数字の羅列だ。
門もしっとりとした巽の声色が、緊張にまみれたから――耳のような角のような髪の毛を撫でながら、一緒に覗き込む。
「ああ、これ、買った時間だな。えーと、朝一〇時三十四分か。」
「となると――その時間から逆算するに、仕込みの時間やこの解体の時間も含めて、きっとディナーメインのお店でしょうね。」
人の肉を調理して、自分だけで飽き足らず自分以外にも振舞って――『正常』を『異常』に叩き落すことを喜びとするだなんて。
「しばらく外でご飯はいただけなさそうです。」
疑心暗鬼、ここに極まれりなんて顔を巽がしたから、ははと卑屈めいた笑みを浮かべて門が言う。
「家の料理が一番って、昔から言うしな。」
門が目当てのものを探したのなら、「あとはこういう珍しい調味料を扱ってる店とかから逆探知もできそうだろ」と手柄を獲て歩いていくから巽もそれについていくのである。
その後ろで、巽が――思考にふけっていた。
先ほどどこかの猟兵が手に入れた「岡本・慧」という名前に、陰陽師である巽の第六感ともいうべきそれが言うに、「いまいちしっくりこない」のである。
名前、というのは。
生まれてからも誰かに与えられるものだし、死ぬときも誰かに与えられるその人を象徴するもので在りその人を世界に縛るものでもある。
また、神が人を救うときに参考にする文字列であり、見失わないためのものであるから――とても大事にされるべきものだ。
しかし、それが「しっくりこない」ということは。
――もしかしたら、この食人鬼は。
「どこにでもいて、どこにもいない――?」
そうだ、この大規模な殺人を犯しておいてどうして捕まらなかった?
どうして神が断罪できなかった。どうして人の力だけでとらえきれなかった!?なぜ誰も不思議にも不審にも思っていなかったのだろう!
――ああ、しまった。無駄足にならないといいな。
巽が後ろで頭を抱えていたものだから、振り向いた門が心配そうに声をかけてくれたのである。
「大丈夫か?気分悪いだろ。早く出よう」
「ええ、――まったく。」
急いで情報共有をしなくてはならない。きっとこの犯人は――探したところで、『不定形』なのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
千崎・環
◎連携アドリブ歓迎
日常に潜む殺人鬼、逃さない!
正義は必ず勝つんだぜ。
まずは現場のビルからだね。
うぅ…ん、いや流石にこれは、気分悪くなるよね…。
ほっぺを叩いて[気合い]を入れよう!
暫く犯人の根城になっていたこのビル、必ずヒントがあるはず。
LED懐中電灯を照らして隈なく調べてみよ。
んー、手掛かりはあるかな?
ビルで何か見つかるかどうかに関わらずパトカーを走らせて所管の警察署へいくよ。
警察の身内同士、何かヒントになりそうな情報をねだってみるのもありだよね。
事件に関わった刑事さんに当たってみよっかな?
何か情報が見つかったら他の猟兵にも共有しとこ!
待ってろよサイコパスめ!
必ずこの手で燻り出してやるぞ!
ファン・ティンタン
【WIZ】恐怖とは
私はニンゲンじゃないから、少し感覚は違うだろうけれど
恐怖は好奇心と同じく、未知への感情だと思うんだよ
理解出来ないモノを排斥すべく働く、防衛本能
人が、心が、壊れないために抱くモノ、だよ
現場は年季の入った廃ビルだったね
ニンゲンにとっての未知をもって、本件にメスを入れていこうか
【付喪神ねっとわーく】を廃ビルに使用
物同士の立場を利用した【コミュ力】による対話で【情報収集】を実施
静かに眠るあなたを騒がせた輩を叩っ斬ってくるよ
何か、輩を特定出来る情報は無いかな?
背格好とか、行動とか、覚えが有る事なら何でも教えて
あと、あなたを汚していった事に対する報復、どんな形がいい?
可能な範囲で頑張るよ
ペイン・フィン
ちゃんと後処理とかしてないなら、証拠も、いくらでも出てきそうだね
それに……。目撃者も、多数、いるだろうし、ね
コードを使用
オコジョの姿になって、周囲を駆け巡るよ
情報収集、世界知識を中心に
コミュ力、動物と話す、恫喝、パフォーマンスで、動物たちから聞き込み
それと、聞き耳、第六感、暗視、視力で、感覚を強化
追跡、失せ物探し、鍵開けを使いながら、動物でしかいけないところ、中心に、情報集め
これらを早業で素早くこなしていくよ
……悪食なのは、自分も一緒だけども
どちらかというと、向こうのあり方は、……うん、やっぱり、嫌い、かな
止める理由は、それで十分
情報を見つけて、さっさと捕まえに行こう
●
陽気な音楽を流しながら、これが夏のヒットだったのだと彼女は笑う。
「日常に潜む殺人鬼、逃さない!」
絶妙な替え歌をリズムに乗せて、ハンドルを握りながら安全運転で一台のパトカーが走りゆく。
「正義は必ず勝つんだぜ。――ってね!」
千崎・環(SAN値の危うい婦警さん・f20067)のテンションはいつだって高い。
それは――身に宿した狂気のいきものどもに抗う本能的な防衛からもしれないが、それでも彼女は『正義の味方』こと、婦警なのである。
行政の狗であり、時に巨悪と対峙することを良しとし、悪しきは罰する彼女が向かうのは『巣』だ。
シートベルトをしっかりと閉めて安全運転かつ、流したBGMは傍受する無線を阻害しない程度の音量で彼女を現実に結び付けている。
そのさまを――助手席で眺めていたのがファン・ティンタン(天津華・f07547)である。
無表情ながら、少しうとうととし始めている乳白色の護り刀は気まぐれなのだ。
追うと決めたらどうやっても追いたいし、そうでないなら早々に諦めてしまうように。
「起きてますー?着きますよ!」
前を見ながら道路交通法が許す限りの範囲とテクニックで、この刀を運んでやった環は。
ビルに立ち入ってからというものの、気分の悪さにまず己の両頬をひったたいたくらいなのである。
気合で乗り切ろうと探索もし、目立ったところは「視てきた」。だからこそ――こうして使命感にも燃えているし、己の感じた不快感をきっとこの少女も抱いていることだろうと踏んで今は笑顔を勤めているのである。
それが、警察官の役目であるから。
市民の笑顔と平和を守るのが彼女らの仕事であるから、彼女の運転をゆりかごのようにして心地よさそうにうとうとしていた刀のことはほほえましい。
ファンは――。
「ふあ、」あくびを一つこぼしてから、「ああ、着いた?どうも、ありがとう」とかりそめの体に伸びをさせてやる。白というよりは乳白の体を太陽に照らされながら、日焼け一つしないからだが女性としてはうらやましくもあった環であった。
運転席から降りた環が、エスコートするようにファンをおろしてやったのなら。
改めて――ファンが目的地を見上げる。立派な建物だ、といえば誇らしげにする環がいた。
「ようこそ、警察署へ!」
警察署。
都道府県の地域ごとに区画を分けて、その地域を担当する警察の本部または事務所のことを言う。
――地域の違う環のことは、「都会の人だ」なんて判断して目の色を変える警察官たちであったが、さわやかな彼女が「コンサルタント」と紹介してファンを連れ歩くのもあっさりと受けいられたのだ。
仲間に優しいんですよ!なんて言う環に対してファンは随分と身内に甘いとも思う。
しかし、人間とはふつう――そういうものなのだろうとも。人間らしくなったヤドリガミが、ぎこちなく「いいこと」として肯定した。
そして、環がここにファンを連れてきたのはファンが「ヤドリガミ」であるからだ。
立ち入れるところまでなんとか持ち帰った凶器があるというから、環も「凶器からこそ犯人のことがわかるよ!」ともいうように。
ファンは――ものであるから、「モノ同士」の会話というのができるのである。
環が遠くの仲間たちに手続きを軽くで済ませるようお願いしていたころに、ファンはぼんやりと虚空を眺めている。
呆けているわけではないと――環もボールペンを走らせながら、視界の端で見ていた。
【付喪神ねっとわーく】という、かわいらしい名前に反してヤドリガミならではの、「もの」と心を通わせることのできるファンがビルから「思念」を受け取っているのだという。
ファンの瞳がけだるげながら、真剣な顔つきをしているものだから。
信ずるしかあるまい――と、環が所定の書類手順を踏んだところで、お目当ての場所へと通されることになる。
さて、小さな会議室である。
あまりにも凶悪な現場に、フラッシュバックを起こしてしまう誰それもいたというものだから――必要な時だけ、ここに立ち入って調査を進めているというのが疲れた顔をした警察官の言い分だ。
まだ若いのに、面倒なことに巻き込まれて。いっそ哀れにも思えたのはファンが少女の外見とは不相応な年月を「モノ」として生きていたからである。
「ご苦労様ですっ」
びし、と敬礼を正しく行った環のまねを、ゆるりとするファンがしばしあって。
「さて、どれから調べてみましょうか!」
きらきらとした瞳で環が入っていくのを、ファンも少し遅れて後ろを歩き、それから並んだ。
人差し指を、薄い唇にあててみる。
「――ん?」
こてりと首をかしげてみせるファンの赤が、疑問の色に彩られたのを、「どうしました?」と環が訪ねてみたなら。
「そこで何をしているの、ペイン。」
ふかふかの尻尾が、隠しきれていない会議机の下から覗いていたのである。もしかしたら、見つけてほしかったのかもしれない。
ペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)は――ファンと同じくヤドリガミである。
ただ、ファンのように神聖なものではなく、拷問器具のヤドリガミだ。
善く人の指をつぶし、人の苦悶に悦びを感じ、生きがいとしてあって、誰も彼もの身近な恐れとしてあった彼である。
そんな彼はどういう因果か――【動物変身:オコジョ(?)(スガタカリルハトモノウツシミ)】を使用できるのだ。
最初は、このオコジョの姿になって町中を駆けまわっていた。どこかに、「目撃者」だっているはずなのだと――。
しかし。
「――だよねぇ。」
目撃者がいたのなら、とうの昔に仲間を再起不能にまで削られた警察たちが追いかけまわして捕まえているに違いないのである。
まして、走りまわしてコンクリートからの熱反射も耐えて、ダクトからお目当ての場所に入り込んで得た情報によれば。
「岡本・慧なんて人間はいないって――どういうことだろう。」
長い上体を起こして、そのまま腕組みをする彼である。ひくひくとひげが動いて、空気の流れを読みながら日陰で休んでいたなら。
愛しのファンが――環と一緒にたまたまここ、警察署に入っていくのが見えたのであった。
確かに、ペインはやはり情報ならば手際よく警察署にでも侵入して――見つかったのなら言いくるめてやればいいとも思って――情報を吟味しようと思っていたのである。
だから、もはやここまでくると運命的なのだと信じて疑わなかった。ペインは、ファンに対して想いが行き過ぎるところがある。普段は自制しているのだけれど彼女を見つめてしまうと、もう我慢できない。
考えるより、思うがままに走ってしまって待ち構えている己がなんだかちょっと幼稚に思えてテーブルの下に隠れていたのが今である。
「こっちに来てよ。」
ファンの穏やかなこえにすごすごと姿を現して、彼女がわざわざ視線を合わせようとしゃがみこみ、それから差し伸べられた手にしゅるんと絡まって見せたペインである。
「わぁ!オコジョ!」
「仲間。……ペインというよ」
「猟兵さんでしたか!」
失礼しました、と頭を下げる環が礼儀正しくて、ほっとしたペインである。
「――どうぞ、よろしく。」
「それで、何か情報は得てある?」
絡まった腕にある胴体を撫でてやりながら、ファンが問う。ちょうど今から「モノの声」を聴こうとしていた彼女なのだ。
情報のすり合わせにはちょうどいいかもしれない、と――環を見つめれば、もちろんその通り!と頷いて見せる婦警がある。
「それが――目撃者はいない、という情報なんだ。ああ、でも、『岡本・慧』という人はどこにもいなかった。それは、確かだよ。」
ペインがしっかりと声色を保ったまま言うものだから。
ファンが彼の腕を信頼して、なるほどとうなずく。環が「どうしてご存知なのですか?」と問うと、「役所に入り込んできたんだ」と少し得意げな瞳の色をさせたペインである。
ひくひくと動かす耳がかわいらしいなと思いながら。環が、うーんと唸る。
「となると、――偽名?でしょうか。」
「その可能性も高い。だけれど、『いる』存在なのは確かだよ。」
もうその姿は――人とも、邪神ともいえないくらい溶けてしまっているやもしれない。
「それか、もとから『いなかった』のかもしれない。」
そんな「人間」は最初からいなかったのだと。
生まれながらに、否定された存在がビルの中に住んでいたのだと、モノの声を共有するファンである。
これは『ビル』から聞いた話で、極めて主観的であることを二人に共有してから――。
「私はニンゲンじゃないから、少し感覚は違うだろうけれど、恐怖は好奇心と同じく、未知への感情だと思うんだよ。」
と、ファンが前置きを挟む。
それから、情報の正確さのために一度ペインのいない腕で机に並べられた器物たちに手をかざしたのならば。
――【天声魂歌(テンセイコンカ)】。
響いたコードに乗せられたファンの思念は、モノたちを揺り動かすものである。
「静かに眠るあなたたちを騒がせた輩を叩っ斬ってくるよ。何か、輩を特定出来る情報は無いかな?」
なんでもいいから教えてほしい、というのはきっとペインも環もそうなのだ。
ともに並んで、器物たちに向かって真剣なまなざしを注ぎ続けてやれば――ようやく、鉄さびた体になった彼らが嘆きの声を漏らし始めていた。
器物たちがいうには、『恐ろしい人間だった』という。
最初は、線の細い人間らしい恰好をしていたらしい。顔の出来がよく、微笑めばさぞ美男子になるだろうなというくらいの男性。
背格好は180cm弱あり、しかし細身である。食べる量は少ないのに、いつもいつも人を殺しては一人で彼らを使って調理していたというのだ。
その時に決まって、呟く言葉があった。
「ありがとう。」
――何への感謝なのかは、器物たちも悟れたらしい。
いのちに、感謝をしていた。
いのちをよろこんで、いのちをだいじに捌いて、いのちを閉じ込めて、いのちを調理して、食べる。
やけに行儀がよくておぞましかったのだと。
己らを扱う人間が、人間の肉を解体する感覚は本当に不気味で、気味が悪かったというのだ。
いつもよりも早く体が錆びるのに、その男は丁寧に己らの手入れをしていたという。
なのに――。
「突然、居なくなってしまったと。」
そして、どうやら、いなくなる数日前から『友達』がいたらしい。
その『友達』と一緒に肉を食べていたそうだ。最初は、その『友達』とやらも掌に乗る程度の小さななめくじのような生き物だったという。
それが、人の肉を与えてやるとどんどん大きくなっていく。どんどん体を肥えさせていくものだから――。
「邪神だ。」
すかさず、ペインが補足するならば。環は少し顔を蒼くしてそれを聞いていたのである。
サイコパスの発想であるならば、きっと――環が想像できないことをこの後成し遂げようとしているのだろうと悟ってしまった。
その感情は、否定しないのがファンである。凍り付いた表情に投げてやる言葉は優しいものだった。
「――理解出来ないモノを排斥すべく働く、防衛本能。人が、心が、壊れないために抱くモノ、だよ。」
だから、怖がっていいよと。
ここだけは、ファンとペインしかいない空間なのである。実際――ペインは、この犯人の在り方は受け入れられないものであるから、嫌悪感は体中の毛先で物語っていた。
「どこに行ったか、わかる?」と問うファンの声で帰ってくるのは、くだんのビルからの悲鳴である。
最近できたばかりの肉料理メインの、それから夜にオープンする店のリストは別の猟兵が持っていたのを環も思い出して、言葉を待った。
「……ああ、――ショッピングモール?」
聞き取れたファンが、ビルの悲鳴をおうむ返しする。
「まさか、次はテナントを構えてるってことですか?」
環がますます渋い顔をしたのなら、ペインがいいやと首を振る。
「いいや、多分近くに建ててるんだと思うよ。……買い物の帰りにくつろいだりする目的の客目当てかもしれないし、そこの従業員がほしいのかもしれないからね。」
何にせよ、大胆になった。――自分の行いに自信をつけてしまったのだ。
狙う獲物の数があえて多いところに潜むようになってしまったというのなら、即刻捕まえたほうがいい。
急いで報告しましょう、と部屋を出ていった環に続こうとしたファンとその腕に巻き付いたペインが振り返る。
並べられた物言わぬモノたちに――紅い瞳が問うた。
「あなたたちを汚していった事に対する報復、どんな形がいい?可能な範囲で頑張るよ。」
この会議室に、風などなければ振動などもない。
なのに、かちりと金属が机と小さく衝突して――音波を二つの耳に届けた。
人間だと、思い知らせてくれ。
その言葉には、瞬きのち、一つ頷いて返したヤドリガミ二つであった。
モノは、人に愛され人を愛し使い使われるモノであらねばならぬ。これは、モノに対する有難迷惑込みの侮辱なのだから――。
絶対に、許せまい。
それでも表情を変えないファンの胸中が、どのように燃えているのかを感じ取れはしないが――きっと、自分と同じようなものだろうなとペインには思えてならなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
黒鵺・瑞樹
【SPD】アドリブ可
なるべく単独行動。あんまり見られたくないな、とは思う。
自分の感情も殺し淡々と調査。表情が変わるのは食料となったのが子供だとわかった時ぐらい。こればっかりはしょうがない。
今回悪意が無いのがいいのか悪いのか。
害したいという悪意がある方がまだ可愛げがあるとは思う。本能なればしょうがないと思うのも事実。
結局生きてる人間が怖いのはいつだってそう。
【暗殺】稼業してた主譲りの【第六感】【野生の勘】で目星をつけ【情報収集】。
解体作業(【医術】)するならば必要な物は?そして【物(痕跡)を隠す】ならどうする?それはどこに隠す(【失せ物探し】)?
それらを【追跡】していく。
クラウン・アンダーウッド
同族食いに固執してるのかな?まぁ、食べる食べないはさておき栄養になるのかは気になるけどね。
さてさて、まずは現場の残留物から調べていこうかな♪
残留物から【第六感】を駆使しつつ犯人の【情報収集】を行い痕跡を探す。何かしろ痕跡を発見次第、UCを使用。
γ。アポリュオンのイナゴ。
γ(個体名)を通して絡繰蝗の大群に指示を与え、更なる犯人の痕跡やより詳細な情報を集めさせる。蝗はそのサイズを利用してどんな隙間からでも侵入でき、小さな異変も見逃さない。
収集した情報はγを介して掌握する。
●
結局、生きている人間が怖いのはいつだってそうなのだと、黒鵺・瑞樹(辰星月影写す・f17491)は銀色の髪を血なまぐさい空間に溶かすことなく、其処に在った。
自分を欺いて――何も、感じないように。
二度ほど瞬きをしてから、一歩前へ出たのならもうこの光景に動じてはやらなかったのである。
ああ、子供が食料になっていなければいいのだけれどとも瑞樹は思ったのだが、まあ狙われてしまうだろうとも思っていた。
しかし今のところ、瑞樹は運が良いのか子供の死体を見ていない。
「……ターゲット外、とか?」
少し長い息を吐いて、どうみても成人男性のそれらしいきれいに毛のそられた右脚が、どこから手にいれたやわからない電動のこぎりと共に長机の上に置いてあるのを見た。
大きな窓がいくつもある、そんな部屋である。さすがにカーテンは閉じてあるが、日常に溶け込むというのはこうも恐ろしいかと――瑞樹は思った。
今回は、一人で歩いている。誰にもできれば今の瑞樹を見てほしくはなかった。
「悪意が無いのがいいのか、悪いのか。」
犯人は。
瑞樹のいうように、悪意がないのだと何人もの猟兵たちも感じ取っていただろう。
悪意が無いからこそ質が悪いのである。こうすることが当たり前で、己はそういう生き物だからわかってくれと叫んでいるようだった。
そうでなければ――猪口才こともすまい。
やっと得た手掛かりである『岡本・慧』という名前はこの地域に存在しないが、間違いなくこの犯人からの特定してくれというメッセージではないかと瑞樹は思う。
結局、犯人は人間なのだ。これが、本能である人間なのだ。人外でありながら在り方に悩むのがこの彼、瑞樹であるように。
この犯人だって、人間の在り方がわからないだけではないかとすら思う。
――人間として、屠ることはもう難しいのかもしれないが。
長いため息のち、再び机の上を見た。
もし大腿骨近くから「抜いている」のならば、もう少し長いはずだとも思う。
「輪切りにして、骨付き肉として食べてたんだ」
膝までが随分近いそれを、観察しながら。しかし、その矛盾にも気づく瑞樹である。
「どうして――最後まで食べてない?口に合わなかったか」
瑞樹は、ヤドリガミである。
元はといえば暗殺者の主がいた存在だ。一本のナイフが自我を獲て、今ここにある。
だから、人が人を殺すことの多様性というのはよくよく理解しているし、それを悪としないところが彼ならではの感性であった。
――故に、人間とは恐ろしい生き物だと思わされるのだけれど。
とかく、人を殺すことという点にピントを合わせるならば「隠す気のない」この犯人の心理を暴くことなど簡単やもしれぬ。
「最後まで食べていないパーツがあるのは」
ほかにもまだ並んだ長机を見た。『食べ残し』のそれからは目を離して歩いていく。
「最後まで食べてくれない誰かがいたからか。」
例えば、人が失敗をしたのなら。
失敗をどう隠したがるだろう、と――瑞樹は思うわけである。
そも、失敗していないのなら。何らかのミスがなかったのならこの犯人はずっとここを城にしていてよいわけだ。
誰にも気づかれていないうちに、ひっそりと一人のレストランとしてずっと栄えていてもいいだろうに、わざわざ捨てた。
噂され始めたというのもあるやもしれない、それはこの作業に集中できない。
もう一つの理由は――失敗作が増えてしまったこと。
瑞樹の視界の先には、溶けた肉のような何かを乗せた皿があった。
それは長机を三つほど通り過ぎた先にあるレジカウンターの机の下にぽつんと置かれているのだ。
添え物のパセリ――だったのだろうか――なんかも腐って枯れているし、ニンジンだったようなそれなどぐずぐずに溶けている。
解体に必要なものはすべてどこかで購入して、人を腹の中に隠すのがうまい犯人が、どうしてこうもわかりやすい過失を繰り返したのかというのならば。
「邪神にもてなしてた。」
それにつきるのである。
小さな『友達』に一生懸命食べさせてやっていたのだろう。
たまたまそれがこの食事を気に入らなくて、嫌がってしまったから。捨てるにはリスクも高いし、数少ない己の「ミス」に動揺した犯人がいたことだろう。
――純粋な、隠し方だ。
まるで子供が親に悪いテストの点数を隠したがるかのような、そんな幼さがある痕跡を見て。
「若い?――若いだろうな。ただ、失敗の少ない優秀な人間だ」
瑞樹もまた、この食人鬼の観察を終えたのである。
さて、そんな瑞樹の様を見ていたのは――誰というわけでもない。
ひょん、と跳ねたイナゴが居た。
超極小の存在である彼らは――道化師の御使いである。
「なるほどね――まぁ、食べる食べないはさておき栄養になるのかは気になるけどね。」
イナゴたちの主は。
血なまぐさい現場には立ち入っていない。その手前の簡易テントの中で涼みながら、このビルを調べていた。
顔にシルクハットめいた帽子を乗せて、ふうーと長く息を吐きながらまどろんでいるようにも見える彼はクラウン・アンダーウッド(探求する道化師・f19033)だ。
彼もまた、ヤドリガミなのだ。
煤けて動かない、懐中時計の彼である。しかしどこかかみ合わせの悪い歯車のように時折、己というものがおかしくなってしまうときもあるけれどそれはご愛嬌と――明るく笑う、基本的には善良な彼だ。
現場の残留物から調べていこうとしたヤドリガミの彼は、このビルが想ったよりも広すぎることと、長時間侵入してしまえば心を穢されるであろうというリスクのはざまに居た。
ではどうするかというと――。
「γ。アポリュオンのイナゴ。」
【人形固有能力・タイプγ(ドールユニークアビリティ・タイプガンマ)】。
γ、と名付けられた少年人形がある。
それがクラウンの隣で穏やかに頷いてみせたのならば、現れたのは無数かつ小さな絡繰り仕掛けのイナゴどもなのだ。
無数の存在が空気にもまぎれて――飛び立っていくのを見送ったのがさっきまでである。
イナゴたちから得た内部の情報を獲るうちに、ああやはりこの身を中にいれてやらなくてよかったと思うクラウンなのだ。
彼の――主であったひとは、義手や義足を造るそれであった。
きっと、この惨状を立ち入ってしまってはまざまざと思い出されていたに違いない。
ごくまれに、それからふとした時に猟奇的になってしまう彼が小さく笑ったのを、γは反応しなかった。
それで、その機械の蝗が見たのが先ほどまでの彼の光景であり、これから聞くのがまた別の蝗からの話である。
ここまで出てきた一通り、猟兵たちの調査結果から得た情報を完全に掌握した彼なのだ。
γが主たる道化師に伝える限りでは、あのナイフの彼が最後である。
「なるほど?――なんだか、見つけてほしそうだよね♪」
それが、クラウンの感想である。
ここまで証拠が顕著に残るようなことがあるのだ。
人間の解体に手際のいい存在だった彼が、どうして今更隠れるのにへまをするのだろう。
確かに大規模な殺人だったはずである、だけれどこれほど殺したって――誰にも、わかられてはいなかったではないか。
今更、立ち入られてからミスをするとも思えなくて。それがなんだか、「はやく俺を止めてくれ」なんて言っているようで。
「頑張らなくっちゃねぇ、γ」
人形にささやいてやる、クラウンなのである。
彼が集めている情報はあくまで犯人のものであり、其処に至るまでの詳細は省いている――もっとも、瑞樹があの場にいたことなども蝗は瑞樹を知らないから、伝わっていない。
この道化師にとって大事なのは、ただの真実だ。
同族食いに固執するのは、己のアイデンティティであるためか。
それか、本当に「舌馬鹿」なのかもしれぬけれど――おそらく、違うのだろう。
「おいしそうなレシピブックは、お肉がおいしくないから作ったんだよね♪」
いびつな存在を、祝福するように。
――やはり、承認されたがるその感性が人間であるというのなら。
「邪神を食べたいのかな、食べられたいのかな?どっちだろう。」
その、『友達』とどう響きあっているのかが気になるところである。足を組み替えて、クラウンが少し体を起こした。
短い赤髪の毛先を指で弄びながら、ゆったりと考える彼である。
「まあ、それは会ってからのお楽しみでもいっか♪」
道化師は気ままに気まぐれに。場を盛り上げるための舞台装置であるのだから。
目立ちたがりながらに、今は出番の時でないから舞台の端で休む彼である。
ああ、決して誰も壊れてなどいない。――けして、けして。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
霑国・永一
◎
女将さん(f02565)と
現場に到着したら狂気の分身10体くらい出して他の階層や部屋など周囲の探索して貰おうかなぁ。『俺様達をこんな雑用に使いやがって!』ははは、キリキリ働く働く
俺と女将さんは今居る部屋を調べるかなぁ。怪しい物品があれば素早く盗んで回収して調べよう
おや、女将さんは食人に興味があるクチかな?首狩りが好きなの知ってるけど。もしかして実は食べたことあるとか?
おぉ怖い、このままでは目の前の食人鬼に食べられてしまう(笑)
でも女将さん、あまり我慢しすぎるとねぇ……今築き上げた大事なものを自ら壊すかもしれないよ?
あっはっは…っと、話はそこまで。《俺達》、他のところは何かいいものあったかな?
千桜・エリシャ
◎
永一さん(f01542)と
私自身は永一さんと部屋を調査
死霊の蝶には怪しいものがないかビル内を探してきてもらいますわ
今回も邪神絡みですし
特に呪詛の気配が濃いものや場所を見つけましょう
そうして集まったものを二人で検分しますわ
それにしても食人嗜好の犯人さんですの
ふーん…そう
別に興味なんて
鬼は人を食べるものですし
あら、食べたことがあると言ったらどうしますの?
…もちろん冗談ですけれども
人の世ではちゃんとお行儀よくしているつもりですわ
我慢なんて…
(本当は人の味が恋しいし
あなたの首を落として
その血肉を肚に収めたいなんて
言ったらこの男はどうするのかしら…)
話を切り上げられて安堵の息
ええ、続きを調査しましょう
●
「『俺様たちをこんな雑用に使いやがって!』」
「ははは、キリキリ働く働く。」
怒声と猛抗議と、それをいなす明るい青年の声。
おおよそこの狂気の現場に恐れることのない十人と二人がそこに居たのである。
一人は、この血なまぐささにいっそ好奇心とスリルすら感じている霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)だ。
彼の【盗み散る狂気の分身(スチールオルタナティブ)】によって生み出された『粗暴な狂気』側である彼らが無数にこの場所を捜索しだしている。
そろそろ――夕刻だな、とすすけた窓ガラスの明かりを見ながら「ねえ、明日もまた人が死ぬのかな。」と半分冗談半分本気の声色で問うてみた永一だ。
その彼の数歩後ろで、嫋やかな女が蝶を無数に放っていた。
夕焼けに照らされた蝶の鱗粉と、彼女の美しさがまた毎秒変わって――飽きることなどない。
【春夜ノ夢(エフェメラル・プシュケー)】にて己を無意識に彩りながらも容赦なくこの場を調べさせることにしたのは千桜・エリシャ(春宵・f02565)である。
「知らないうちに、人は死ぬものですわ。」
ふ、とひとつ小さく微笑んでやれば、永一もまた微笑んでエリシャの回答に「それもそうだ」と納得した。
とりあえず、この場において――怪しいものはありすぎるのである。
蝶があれやそれやに迷い込んで。
粗暴な彼らのグロテスクに対するクレームがどれやこれやと立ち上って。
あちらこちらでいろんなものを見ながら、それでもなおこの二人はこの血色を隠しきれぬビルにてまったりと会話も愉しんでしまえるほど、こういう場を「起こす」側である。
「ねえ、女将さん。俺が思うに、この犯人って――止めてほしいんだと思うんだよね。」
「あら、止めてほしい、と?私はうっかり、お間抜けなのだと思っていましたわ。」
談笑ながらに、二人が腰かけるのは猟兵たちがすでに調べ終わっていたフードコーナーである。
もとはといえば、其処でたくさんの家族連れやら学生やら子供たちやらが談笑と食事を愉しんでいたような場所で、今度はこの――ある種、鬼どもが座って笑いあっている。
天井からぶら下がる腕なし脚なし首なしの死体に微笑みながら、永一は目の前の『鬼』に語るのだ。
「こんなことまでしちゃうのに、わかりやすい証拠まで残してるでしょう?」
先ほど。
粗暴な顔をした永一たちのうち一人が手に入れてきた情報によるならば、邪神を『友達』として育てているのだという。
「大事な存在が出来たから、自信なくしちゃったのかな。」
――だけれど、犯行はどんどん大胆だ。
「為すことには自信がおありなのでしょう。だけれど、『己』というものには自信がないようにも見受けられますわ。」
エリシャが、人の肉塊を見ない。
白くもなく、赤黒いしみが所々に染みる丸テーブルの上を見ていた。己の影と永一の影ばかりがある。
それを見ていた永一は、面白いものを見たような顔をして金色の瞳を輝かせるのである。
「おや、女将さんは食人に興味があるクチかな?」
「別に興味なんて。」
――エリシャが、首狩りを好むのはこの永一もよくわかっているのである。
だけれど、果たして彼女に食人の好みがあったかどうかは聞いたことがそういえばなかった。ただの、好奇心ではある。
「鬼は人を食べるものですし――。」
「もしかして実は食べたことあるとか?」
応えるエリシャが永一を少しうらめしそうにして見る。
「あら、食べたことがあると言ったらどうしますの?」
少し、空間が凍り付いたような気もする。
呼吸の間だったろうに――その返事を待つエリシャにとっては、長い時間のようにも思えた。
「もちろん、冗談ですけれども。」
ほかの猟兵が得た情報を「盗んで」くる蝶や粗暴な彼のように、エリシャの在り方はいびつである。それを、慕ってくれるこの永一の返事が怖いと思ってしまうのは――どうしてだろうか。
これでは、己の在り方に自信がないのは、エリシャのほうではないか。
「おぉ怖い、このままでは目の前の食人鬼に食べられてしまう!」
からっと笑って見せた永一が、そこから軽く頬杖をついて身を乗り出す。エリシャとの距離を近くして――。
「でも女将さん、あまり我慢しすぎるとねぇ……今築き上げた大事なものを自ら壊すかもしれないよ?」
「我慢なんて。」
――している。
ずうっと、今この瞬間だって、エリシャはしている。
人の世に生きて未来のために戦う存在で在れと世界が言ったから、彼女はずっと人の味を我慢してきたのである。
さっきから余計な刺激になりそうなこの天井から吊り下げられた肉塊どもに視線を合わせてやらないのも、『あてられて』しまいそうだからなのだ。
本当は――ずっと、人の味が恋しい。
顔いっぱいに鮮血を浴びて、その命を感じたい。
口の周りを真っ赤に染めて滴る血と肉を貪りたい。
今目の前にいる永一のことだって、ふとしたはずみで首を狩り落としてやりたいくらい――そう、思っている。
もし、それを。
この悍ましい本心を知ったのなら、この永一はどう反応するだろうか。
その血肉を肚に収めて、ああ美味しかった。と歓喜する己のことだって、こうして笑ってくれるのだろうか。
目の前に在る金色の瞳が意地悪に笑っているように見えて、呼吸が止まったエリシャである。
永一は――それを悟ってか、悟らずか。
「あっはっは。――っと、話はここまで」
顔を離して、軋む錆びた椅子の背もたれに寄り掛かる。
ああ、――解放された、と心臓を掴まれた心地になったエリシャが思わず胸元に手をやる。
「《俺達》、他のところは何かいいものあったかな?」
蝶と共に帰ってきた粗暴な永一たちが、ぎゃあぎゃあと不平不満を漏らしながらもカーテンをくぐって来たのがいっそ救いだった。
「『岡本・慧ってやつが犯人だけど――そんな人間はどこにもいないんだってよ。どういうことだ、こりゃあ』」
「へえ。……戸籍がない、とかじゃない?」
あっさりと。
言い切って見せる永一にエリシャが目を点にする。
「だってね、女将さん。戸籍がない人間って実はこの世に無数にいるんだよ。」
出生届のない存在。――例えば、望まれずに生まれた子供だとか、生まれてこのかたどうしてか親がいない子供だとか。
そういう彼らは、国に存在できないまま毎日を生きている。身分を証明するものがないからかかる税がない代わりに後ろ盾もない。
「本人が『岡本・慧』だって主張している根拠があるなら、別の戸籍でテナントを契約したりしてるんじゃないかなぁ。」
たとえば。
「養子、などですか。」
エリシャの言葉には、そうそう。と頷いて見せる永一である。
――己本来の名前がない。どこにも、『岡本・慧』であることを証明してくれる世界がない。
それをできるのは自分だけであるから、この犯人はおそらくアイデンティティに苦しんでいる。
「そこを、邪神に好かれたとか――なんだか、ありがちな気がしない?」
「ええ――ええ、続きを調査しましょう。もう少しで、わかる気がしますの。」
エリシャの凶暴性がゆったりと波を落ち着かせてきたから、彼女もまたこの話題を続けなくていい糸口を手早く掴んで見せたように。
ああ。やはり人のことを知るというのは――隙を盗むというのは面白いなとも永一は思っていた。
とりあえず、いったん外に出ようかと囁いてやるそのときの顔などは、きっといたずらが成功した子供のようだったにちがいない。
いびつな『鬼』らの関係は、きっともう少し平穏に続く――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
死之宮・謡
アドリブ歓迎
人喰い…カニバリストか…気が合うかもな?私もヒトは大好きさ!(吸血鬼であり…食人鬼でもある)
でもねぇ…残念だ…
君は、君が喰われる危険性を考えたことがあるかい?
君もまた、獲物でしか無いんだよぉ?
▼
来い【七血人】…
………何を引いてるんだ?お前ら…
お前らのネクロフィリアとかの方が理解できないんだが?確か、手首切り取って集めてる奴もいただろう?何、然も自分は普通です。みたいな顔してるんだよ…抑が猟奇的殺人鬼の癖に図々しいぞ?
(ヤバい女がヤバい奴等を呼んでヤバい会話をしながら入っていく…)
(「呪詛」感知で実際に死んだ場所を特定)
ステラ・アルゲン
◎
この身に食事は不要です
ですが食事はおいしいということを知っている
だから私は食事をするのですが人は流石に食べたことはないです
……同じ人間が食らうほどに、人とはおいしいものなのでしょうか?
いえいえ。いくら私が物で剣として人の肉を切り裂いたことがあっても、食べることはしませんよ
とにかく私は人を守る剣
人に害為す人がいるなら止めるまでです
加工場の調査でしたか
【導きの星屑】を使い【流星の欠片】を周囲に飛ばし【情報収集】しましょう
人の足跡、犯人の持ち物、血痕など何かしら痕跡が残っているはずです
それを探してみます
たとえ見るに耐えないものを見たとしても見慣れていますので大丈夫です【狂気耐性】
リーオ・ヘクスマキナ
◎
怖いのは何時だって「にんげん」、かぁ
狂信者共も、とにかくやる事なす事タチが悪いしねぇ。分かる気がするよ
……けど。同じ生き物の「人間」にこんな事を出来ちゃう存在は……最早「にんげん」って呼べるものなのかな?
「実物」次第だけど……「生きたい」って慟哭しながら這いずっていた彼の方が、まだ人間らしい気もするかな
現場の調査見聞は程々に、このビルと共通点がある施設を割り出してみようか
人が寄り付かず、ある程度の広さがあって、けれど人が多く居る場所に近い。そんな場所
あとは……あり得るとしたら、貸倉庫とかかな。そういう場所なら大きな荷物を、動きやすく汚れても良いような服装で運び込んでも違和感がないし
●
怖いのはいつだって、人間というのに――共感できる彼がまた一人。
世の中には、狂信者と呼ばれる彼もあるくらいなのだ。やることなすことタチが悪く、己らの信ずるものなど決して間違っているはずもないと前のめりの姿勢で在り続ける存在たちもまた、このリーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)は見てきた。
――けれど。
同じ生き物の「人間」にこんなことができてしまう存在には、もはや「にんげん」と呼んでやってよいかもわからない彼である。
まだ、実物を見ていないからどうともいえないところは確かにあったが――人間と獣の中途半端なそこに居る彼を全否定するのも何か違っている気がして、残暑の夕暮れに黄昏る彼であった。
リーオは、ビルの内部には立ち入らなかった。多くの猟兵たちがそこを探っているし、先ほどなどは無数の蝗を侵入させたりもしていたような気もする。
猟兵がこれほど集まっているのだから、ビルの調査などもう必要があるまいとも思い――まだ犯人像は断片的な気もしてならなかった。
「戸籍のない、にんげんか。」
ますます人間らしくない。
狂おしいほど人間らしい所業を働く彼なのに、どうして――どうして、人には至れないのだろうか。
いっそ哀れに思える、リーオにとっては「生きたい」と這いずっていた人形の彼のほうがよほど人間味があるように思えた。
ばけものと人間の線引きが、たかがモラルというのならそれもむなしい話だなと――帽子を目深にかぶりながら、ビルから少し離れた倉庫へと向かっていた。
リーオと同じく、今日はもう日が暮れてしまうから此処までにしようと言う警察たちの言うことに少し「待った」を仕掛けながらも倉庫に向かったのはステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)である。
ステラは、ヤドリガミだ。
食事を必要としないが、楽しみとしてはたしなむこともある。人の形をしているのだから、できないというわけではない。
だけれど――さすがに、人を食べようという発想には至らなかった。
それが、『人を殺すこともあった』この彼女ですらやはり不思議なことであったのは、道具ながらに人と寄り添って生きてきたからである。
人を護るために、人と戦ってきたのだ。主と共に未来を切り開いてきた。
だからきっと、これからも。
「ヒトであろうと、なかろうと――人に害為すのならば、止めるまでです。」
それこそ、このけだものへの救いになろうと信じてならない蒼い星である。
【導きの星屑(ミチビキノホシクズ)】が、リーオの視線の端から黄昏に溶けることなく倉庫への足取りを示してくれていた。
すっかり、夕暮れは涼しい。
のどかな田舎の光景に、風の流れがいっそ目視できたようで「綺麗だね」と連れた赤頭巾の彼女に言ってやるリーオである。その彼女がどういうリアクションだったかは彼にしかわからないが、ステラはそれを喜ばしく思った。
「私は見慣れていますが――大丈夫ですか。」
「ん。うん、まあね。割と考えがはかどるくらいには」
それが――大丈夫の返答になっているかどうかは危ういけれど。
仕事をする上では問題ないよ、とリーオがへらりと笑ったのなら、ステラもそれ以上は追及しない。
「倉庫までは、随分遠い道のりですね。」
「うん。乗り物とか使ったのかなぁ、邪神に乗っていったとか?」
邪神に乗る。
ステラにはない考え方だった。蒼の瞳をぱちぱちとしながら「実は」とリーオに話してみることにするステラである。
「この道に、ずうっと――呪詛の痕跡があるのです。ほら」
ステラがひとつ人差し指を振ってやれば。
たちまち、青い光が湧いてそのどれもが地面に付着する。星々がまるでじゅうたんのように田舎の田んぼ道を美しく彩ったのなら、ああとリーオも美しさと納得に声を上げた。
「なんだろう……なめくじとか、大きい邪神なのかな。見て、這いずってるんだ、これ」
土が盛り上がって、それから何度も上から圧縮されているから。
ひび割れた個所がいっそ美しいまでのけもの道をより濃くしてしまっているのを、リーオが指摘する。
ステラも――リーオに頷いて「間違いないでしょう」と言葉を綴る。
「でも、なめくじって塩で溶けちゃうんだよね。」
「……では、――海に行くのは、自殺行為では?」
「そうなんだよ。だから、海にいてなめくじっぽい生き物なのかも。」
なんでしょうね、それ。とステラが肩をすくめてからまた歩き出す二人である。
この超距離を、邪神と共に歩んでいたとしたのならば。きっと、深夜にしかそれは行われなかったのだろう。
――街灯のない田んぼ道に、ステラはアキアカネを見ていた。
ああ、このような時でなければきっと、深いため息をついても許されたろうに。それでも、二人はなお狂気の空間へと歩き続けなければならぬ。
「おい、………何を引いてるんだ?お前ら」
さて。
このカニバリストたる人間を逆に好ましく思う存在がある。
彼女は、死之宮・謡(原初と終末の悪意・f13193)だ。
ダンピールであるから、吸血鬼でもある。それに、人の血肉を食べる食人行為だって行う彼女である。
それに対して罪の意識などはない。むしろ、この恐れられる食人鬼だって、謡の前では等しく「人間」だと彼女は断定していた。
人間であるのならば彼女の餌になりえるのである。それが、猟兵でない限りは――手を出してよいのだから!
喰われる可能性というものを、この人間だって考えているのだろう。
傲慢なようには思えない。礼儀正しく、行儀のよい――『子守り』が苦手なこのカニバリストにはいっそほほえましくも思う。
だから、【七血人】を呼んで冷気でいっぱいなこの倉庫を調べさせる謡なのだ。
何を調べさせたいか、というと実際に死んだ場所でどのように殺したか――である。
「何、然も自分は普通です。みたいな顔してるんだよ……猟奇的殺人鬼の癖に図々しいぞ?」
片眉を上げながら、不機嫌に黒い髪すらうっとうしく感じながら舌打ち一つくれてやる。
彼女が呼んだそれらは、彼女と同じ想いを持つ異界の友たちであった。
中には――ネクロフィリアや拷問趣味のものもいるし、言葉では語りつくせないほどの悪事の数々を行ってきた罪人どもである。
しかし、呼び出したものの彼らはどうやら乗り気ではないらしい。
なぜならば、美的センスが異なっているのだ。
「いいから、さっさと調べてこい。私の体に霜が降りるより前に、だ。」
人を殺すのにセンスがどうとかこうとかあるか、と謡が恫喝したならば――その通りではあるからとすごすご倉庫の中に入っていく彼らである。
まあ、彼らが本能的に拒絶したがるのも無理はないかとも思っていたのだけれど。
――人を殺すのは、人だ。人を殺すという意識をもって行うからこそ、「殺人」は成立する。
「確かに私にも、屠殺という趣味はないな。」
人を殺すということに快感はあれど、謡のそれはほとんどが趣味嗜好も占めている。必要なのは、人々の悲哀と叫びと憎悪のコンサートだったのだ。
それをバックにたしなむ血のワイン、レアの焼き加減で食べる人間の臀部など最高でしかないのである。
――あまり考えすぎると、腹が空くような気もしてきた。
実際、どれもこれもが謡にとっては随分と人間を美化したものだなと思わされてしょうがない。
タンパク質なのだ。栄養価がどうとかより、物質で考えるならば人間はほぼたんぱく質と水分で考えてやったほうが早い。
豚肉を炒めるように、人の肉も炒められるだけのことである。うまく調理してやれば、誰もその味の差などわかるまいのだ。
――まあ、それが彼女の友たちは恐ろしいのだけれど。
そうこうしているうちに、やってきたステラとリーオと会合を果たす謡であった。
「なんだそれ、なめくじだって?」
「うーん、正しくはなめくじっぽい生き物」
ますます、よくわからない。
ともかく、そんな邪神を育てて甲斐甲斐しく餌までやっているというのだから、いよいよ謡には考えが追い付かなかった。
ステラは、寒さに動じない。そのまま倉庫の中に躊躇いなく入っていく彼女を止めることなく、二人は見送る。
「なめくじって、何を食べるのでしょう。ああ、なめくじではなかったか。」
――人を食って、大きくなったというし。
ステラがしばらくして戻ってきたころには、彼女の服に霜が降りていた。ぱしぱしとはたき落としてやりながら、ほぼ溶けかけたそれである。ぞろぞろと謡の友たちも帰ってきたところで、リーオと謡への報告会が行われていた。
「私が見たものですので、主観がはいってしまいますが。」
蒼い星と、咎人たち曰く。
倉庫の内部は広かった。
満ちた冷気はとても人が長時間耐えきれるものではないだろうとも。
それから、と一言付け加えたステラが咎人たちに合図を出せば、彼らは一つの衣服を出す。
「……レインコート?」
謡が首をひねる。
「業務用の、ってつきそうだよね。」
赤頭巾の彼女のそれとはまた異なる、精肉加工用に使われるようなそれを見た。
殺害方法は、シンプルだ。ここに被害者たちを誘拐してきて、一思いに殺してやる。その時にもし目玉や血が噴き出してもよいように、己の痕跡――DNA――が一つも残らないよう、マスクと帽子、それから業務用のそれを着て犯行は行われていた。
手際が良すぎるあたり、やはりこの犯人には「精肉」に関する経験値が高いように思える。
「もしかしたら、職場がそうだった、とかかもしれない。」
あまりにも、慣れているから。根拠はそれだけだけれど、説得力はあった。ステラが頷いて見せる。
「ならば、精肉包丁が此処に在ったことも頷けます。ただ、やはり寒かったらしい。ここでの解体は行われていない。」
ですが、とそこで呼吸を一つ置いて。
「ここで、食わせてはいたようです。」
邪神に。
「確か、他の猟兵は『残飯』を見つけてたよねぇ」
謡が楽し気にステラに語り掛けてやる。
「熱かったんだ。」
それに、リーオがはたと思いついた顔で答えを返した。
「熱かったんだよ、だって、海にまつわる邪神なら――ほかほかのご飯なんて、食べれない!」
釣った魚を、手で触れるときに一度手を冷やすのがマナーなのは。
魚の体温は常に水の中を泳ぐために低い。また、人間は逆に「熱すぎる」からである。だから、体を冷やしてから触ってやったほうが魚を傷つけないというのをよく耳にしたこともあろう。
リーオが、ああようやく合点がいった、という顔をした。
ステラと謡が彼の言葉をよく己の頭でかみ砕いて、「ああ」「なるほど」と口々に声を上げたのなら。
「引っ越した理由がわかった。――海が遠かったからだよ。ここの倉庫が、遠すぎたんだ!」
◆
よくよく狂気を吟味した三人が集まる倉庫の近く。
――丘の上に新しく作られたとされるショッピングモールがある。
その丘から少し急な坂を下ったところに、こぎれいな店があったのだ。
きっと、今日も店主は客を待っている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
メドラ・メメポルド
まあ、まあ
ひとを食べちゃうビルなのね
いったいどれだけ食べたのかしら
【POW】
血のにおいのするほうへ、スキップで向かうわね
加工なんて、どんな風にしたかしら
メド、お料理とかできないからいつもそのままかぷっとしちゃうのよね
ちゃんと加工できるなら、どんな風にお料理するのかしら
楽しみだわ、楽しみだわ
血のにおいが濃いところを見つけたら
とにかく色々探してみるわ
食べられたひとのおとしもの、犯人の手がかり、食べ残し
見つかったなら拾って集めて
じょうほうきょうゆう?しにいくわね
ああ、ああ、おなかがすくわおなかがすくわ
でもだめね、我慢しないとね
きっとこのあと、とてもすてきなメインディッシュが待ってるもの
コノハ・ライゼ
◎
慢心か
次が待ちきれなかったか
何れにせよ片付けが出来ないのは宜しくないと思うワケ
残されたモノ、状況からどれだけ『情報収集』出来るかしらネ
『追跡』するのは為人
得物はナニ?どんな手順を踏んだの調理はしたの好んだ部位は
さあ拘りを見せて頂戴
片付けは大の男でも骨が折れるでしょうケド
綺麗にしないと衛生上よくないでしょうに
此処を使った年月も、思い入れの深浅も
痕跡が教えてくれる
とても興味深い、正直わくわくしてる
口に入れば、入らなくても方法はあるしナンだって食べてみたい
腹が減る、喰いたいから狩る
どうせなら美味しく頂きたいから手もかける
ああこのコに会うには、ドコへ行ったらいいんだろう
辿れば行方も見えてくるかしらネ
●
人を食べてしまうビルがあるというから。
ああ、ならばこの己こそそこに揺蕩うにちょうどよいと――肩に月を住まわせるメドラ・メメポルド(フロウ・f00731)は訪れていた。
彼女は、いつも空腹である。
こうして血の匂いが楽しくって、スキップをしてしまうほどに情緒も幼いながらに、欲求は誰よりも強く在った。
――でもだめね、我慢しないとね。
鼻歌まじりに、恐れおののく人々の間を潜り抜けるようにしてまた一つステップを刻んだのなら。
このメドラには料理の心得がないのを思い出す。
皆は物騒に、『加工』だなんていうけれど。
捕食者であるメドラにすれば――紛れもなく、『お料理』でしかないのだ。
人を料理するお店を営んでいるかもしれないなんて、なんて素敵な人間だろう。
「楽しみだわ、楽しみだわ。」
天使のようなからだに悪魔のような、けだものの心をかくせないままに。
小さな歩幅で飛び跳ねながら中に入るころには、同じく飢えを知る狐との出会いがあった。
――慢心か。次が待ちきれなかったか。
「何れにせよ片付けが出来ないのは宜しくないと思うワケ。」
足元にやってきた小さな捕食者に、同じ猟兵だと悟れば躊躇いなく微笑んでやるコノハ・ライゼ(空々・f03130)である。
自己紹介もほどほどに、二人は並んで歩いていく。行く場所が変わらないのは、とびきり血の匂いが満ちる場所がよいと思っているからだ。
ひび割れた床のタイルを見ながら、ライゼは眺めているわけでない。視ている。
夥しい血を拭き掃除した後もあるし、そうでない場所は――犯人は夜目が効かないということをあらわにしていた。
「片付けは大の男でも骨が折れるでしょうケド、綺麗にしないと衛生上よくないでしょうに。」
「お片づけは、メドも苦手だわ。」
じゃあ、できるようになればいいネ。なんて優しく言い聞かせてやるライゼなのだ。
この犯人は――『悪い例』なのだと、メドラに教えてやる必要がある。
彼女が血に飢えているのは、ライゼも一目見ればよくわかった。血に飢えた獣の色が瞳に在る。
――グールドライバー同士、つながる縁というのもあるのだろうか。
なんて、眼鏡越しの思惑などきっとメドラには届いちゃいないのだ。ふわふわと真っ白な体を跳ねさせて、暗闇に不気味にただよう緑の光は、いっそクラゲのそれのようにも見えていた。
「足元、気を付けてネ。」
引率の先生宜しく、穏やかな声で。
お気に入りのワンピースをよごしたくないメドラが微笑んで、もちろんよと元気良く返事をする。
――実際。
ライゼにとってこの空間は興味深いものだった。
おもしろい、とさえ思える。わくわくとしてしまうのは、同族のように思ったからか。それとも、此処に彼の答えがあると思わされたからだろうか。
メドラとふたりで、天井から吊り下げられる肉を見た。
きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃぐメドラに、ライゼも穏やかな所作ながら瞳をぎらぎらとさせて眺めている。
それから、ライゼがきれいに折りたたんでいた紙を懐から出したのなら、メドラと二人でそれをのぞき込む。
「すてきな、メニューだわ!」
「このコが考えた――レシピなんだって。」
すてきね。素敵だネ。
談笑のち、血みどろの世界をまるで――レプリカの食品が並んでいるのを見てどの店で今日は腹を満たそうかと笑う二人がいたのだ。
ライゼが持っていたのは先の猟兵たちが見つけたレシピノートの一部をコピーした数枚である。
「ねえ、これなんて、メドはとってもおいしそうだと思うの。」
小さな指が、その爪が指し示すのは一つの完成予想図。
「ああ、――人肉のハンバーグかぁ。」
本当に、と頷いたライゼにとってはこの犯人の動機が至ってシンプルにも思える。
腹が減る、喰いたいから狩る。どうせなら美味しく頂きたいから手もかける。
口に入ればなんだって食べてみたい。そんなメドラとライゼの目的地はきっと――ひとつなのだ。
「ああこのコに会うには、ドコへ行ったらいいんだろう。」
「お店にいったら、会えるかしら。」
きっとこのあと、とてもすてきなメインディッシュでもてなしてくれるのよ、と思いをはせるメドラに、そうだと良いねとライゼも頷く。
それにしても。
「ハンバーグなんて、随分家庭的だコト。」
人肉をうまく食べたいから。
いろんな調理法を考えていたらしい彼をどこかあやすような気持ちで、錆びた椅子の上に座ったライゼである。
メドラも、ライゼが隣に寄せてくれた椅子にちょこんと座って一緒に覗き見ているのだ。
「かていてき?」
メドラには、帰る家がない。
ただしくは、家庭がない。――廃れた水族館に一人漂うばかりで、そういったものに縁がなかった。
「お母さんが創りそうな料理だなって思ってたんだヨ」
けら、と笑って見せて次のページをめくる。ソースの作り方もあって、その字が震えていたのを見た。
泣きながら、書いたらしい。
水性のインキで描かれたハンバーグの完成図は、にじんだ個所を省いても随分年季が入っているようにも思える。
普通は、レシピを更新したりしそうなものだけれど――それを、していないということは相当思い入れがあるらしいのだ。
「おかあさん。」
無縁の言葉だ。こて、とメドラが首をかしげる。
「大好きな人だったんじゃないかナ。」
ああ、ますます――会いたくてたまらない。
ライゼが宙づりにされたトルソーよりもひどい出来の肉たちを見ながら、独り言ちる。
メドラも一緒に、吊るされている肉たちを見た。食べてはいけないといわれているから食べないだけで、今にもかぶりついてもいいくらい腐り始めてやわらかそうである。
「じゃあきっと、おかあさんはとっても美味しいのね。」
メドラのふとしたつぶやきである。
それに――子供らしい狂気的な感想だなと流しかけたところで、ライゼがはたとした。
「ああ、そうか。これはきっと」
甘えてるんだね。と狐が笑うのだ。
あまえる、というのもこれまたメドラには無縁だ。真似しちゃだめヨと、無知なる捕食者に教えてやるのである。
「人はね、噛むっていう行為で人を試すことがあるんだって。子供がお母さんを噛んだり、いたずらしたりするのは――どこまでやったら許してもらえるかを試しているそうだよ。」
その癖が抜けなくて、好きな人――つがいや、恋する誰かにだって――行うことだってあるという。
メドラには、知らぬ知識と知恵ばかりで驚いてしまう。だけれど、メドラは食べるのが好きだから。
「食べるのをゆるしてくれたら、だいすきになっちゃうのね。」
なんとなく理解してしまう。
この犯人は、人が好きだ。
人を食べることで、何処までも人を愛しているひとなのだ。
ライゼが――目を細める。大好きな母親を食べたときは、いったいどんな達成感があっただろうか。
「かなしい」をどこかに置き忘れて、今もなお己の姿かたちは「あの人」のままである。
知がなく家族もなく水族館をさまようメドラと、己の形がふていけいなライゼはきっと――よく似ていた。
この犯人だって、そうだ。きっと、あの人を殺めたときと同じ気持ちでいっぱいになってしまった己のように、あの味を忘れられないままでいる。
ふう、と息を吐いて軋む椅子にもたれかかる。そのまま尻を滑らせて、浅座りになった。
一緒にやってみようと真似するメドラがかわいらしくて、くすくすと笑うライゼである。
「早く会いたいネ。」
「ね。」
うっとりと目を細めるライゼとともに、赤黒い世界に穏やかな笑みを浮かべたメドラなのだった。
――捕食者二匹、食人鬼の元根城にて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
久澄・真
ジェイ(f01070)と
俺と仕事出来るのが嬉しいってか?
軽口混じりにビルの中へ
つーか臭っ汚っ
んなとこで捌いた肉なんぞ俺は金積まれても喰いたくねえな
潔癖の気がある自身にとって長居したくない場所
けれどこれも金の為と眉間に皺寄せ調べてく
UDCアースは庭同然
ビルの窓の数
中に入る前に確認した人通りの数や立地を
前もって調べておいた無人ビルの情報と照らし合わせ
ジェイの情報も加え目星を絞り込む
欲に忠実な野郎ってのは我慢が利かねぇ
そう遠くへは行ってないだろ
ニヤリ笑う相手に同じよう返し
残念ながらただの人間様の俺には
その気持ちなんざ微塵もわからねーが
美味いもの求めるのは最早本能
要は理性があるか無いか、それだけだろ?
ジェイ・バグショット
真(f13102)と
まさかお前と仕事することになるとはな。
互いに軽口を叩きあい現地で情報収集
加工場ねぇ
ここで人間カッ捌いてたわけか。
まぁ食い物の好みは人それぞれ。
人類の中に一人や二人は食人趣味のヤツがいても不思議じゃないだろうよ。
次も犯人は似たような場所を選ぶ可能性が高いとみて、ビル内の間取り写真を複数撮り事前にピックアップしておいた無人ビルや訳ありビルと照らし合わせる
人が獲物に見えるってんなら、俺にも気持ちは分かるぜ。ダンピだからな。
美味いものは何度でも食いたくなるのが人だろ?と真にニヤリ笑って
さて相手は理性のある獣か、ただの獣か。
馴染みの情報屋から不審者情報や事件の情報を仕入れ目星を絞る
●
ご丁寧に、チップを払う黒の手つきを見る。
信じられないものを見た気がした桃色の瞳だ。
しかし、その価値観は己にないから面白いのであって――今回仕事をするのを悪いと思わなかったのだが。
久澄・真(○●○・f13102)が吸うたばこの煙が、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)の鼻を覆うものだから、少し噎せる。
「まさかお前と仕事することになるとはな。」
尖った耳にきらめく銀が、ジェイの無表情の代わりにどこか不満を訴えるように、真の瞳を焼くものだから。
「ハ、――俺と仕事出来るのが嬉しいってか?」やや目を細めて肩をすくめる彼である。
イナカ
丁寧にこの地域の情報屋などへ礼をするジェイの、仕事に真面目なところをからかうように。ジェイもまた真に「気持ち悪いこと言うな」と軽口で返す。
訪れるビルは、まず最初の加工場だ。
「ここで人間カッ捌いてたわけか。」
「へぇ――つーか臭っ汚っ」
白黒の二人のうち、ジェイはビルを見上げて血なまぐさい匂いにリアクションはないが、真は少々潔癖のきらいがあるのだ。
この空間の衛生の悪さにさすがに長居はしたくない。こんな場所で捌いた肉などうまいはずもないし、金を愛する彼がわざわざそれを払ってやりたくないほどの嫌悪感が一面に出た顔である。
此れも金だ、金のためだと――己に言い聞かせながら歩いている商売相手と違って、ジェイは血の匂いがここちよい。
食い物の好みは、人それぞれである。とも納得していた。真が拒絶するのもまたその多様性であるのだと。
うぇええ、と床にしまわれた墓を見て大げさに――実際微生物が湧くくらいの腐りようなのだけれど――真が嘆く床下の墓をのぞき込んでいたジェイは、ダンピールだ。
人類が獲物に見えるというのは、深く共感できる。
なぜならばジェイもまた、そうしてきた。
知能の在る人から得る血液というのはまたこれが半分鬼である彼を癒すにちょうどよい。
いつやら、【虚弱のジェイ】と呼ばれ始めた彼は血液の使い手だ。
己の血液を代償に幕引きを齎す、咎人殺しである。その幕引いてやった咎人の中にだって、この犯人のような悪食の人間だってもちろんいた。
「人類の中に一人や二人は食人趣味のヤツがいても不思議じゃないだろうよ。」
「いやいや、庇うなよ。庇ってるわけじゃあねぇのはわかるが。」
そういうのがシュミってなら否定はしねぇけどな、だなんて。
丸眼鏡の奥はすっかり不快感で満ちている。
早々に出てしまいたいのがありありとうかがえるから、すでに情報を集めている猟兵たちと情報交換を主とすることにした二人の足取りは少し早い。
躊躇いなく二階に上がり、宙づりの死体を見ては今度はのけぞってしまった真である。
「たまんねぇよ、なぁ、そうだろ?」
「ああ、――食い方が汚いなって思う。」
「そうじゃねーよなぁ?」
ポーカーフェイスというわけでもないだろうに、この程度の狂気はしょせん人間の仕業だからとジェイは割り切っている。
「美味いものは何度でも食いたくなるのが人だろ?」
と、ニヤリと笑って見せる金の瞳をした半魔であった。
しかし、真はダンピールのジェイとはちがって人間だ。
「――残念ながらただの人間様の俺には、その気持ちなんざ微塵もわからねーが。」
汚い仕事だって見てきたし、金のために、それから生きるために頭脳を鍛えてきた真はずいぶんと頭がよすぎた。
この空間に漂う狂気のすべては手に取るように掌握できる。
「美味いもの求めるのは最早本能。要は理性があるか無いか、それだけだろ?」
だけれど、それをわかって――わかりつくしてしまう頃には「もう戻れない」のだ。
よって、きっとこの今、ここに居る真はそれでよいとしている。
半目にしてやりながら、この惨状を調べる気にもならないが――ただ、こういう「壊すのに手間がかかった」場所をどうやら犯人が好んでいることはよくよくわかった。
「田舎のやっすい賃貸だろ。ちょっとマジメに働いてりゃあ、施設そのまま借りれるんじゃねえの。」
なぜならば、まだキッチンは使える状態であるテナントが多かった。
ガスを使っているからだと真が判断するように、実質ここのオーナーはあきらめが悪く、ビルを売り払うのも取り壊すのも金が金がと言い訳していつまでも「かつての栄華」を大事にしていたらしい。
まだ蘇る、まだこの施設は使いようがある、誰かが買ってくれると聞いたからと――。その結果、とんでもない獣の巣穴にされてしまっていたわけだが。
なるほど、とジェイが顎に手をやる。
今回は目標の特定をやりきらねば、殺してはならない丁寧なミッションだ。
だから――夕暮れの今、そろそろ引き上げようと警察たちが言うのならば時間は惜しい。
「行くぞ。」
「おいおい、仕切んな。」
先ほど情報屋にわざわざ金を払って得た情報もある――ジェイにも真にも、此処を見るだけでは終われないほどの探すものがあったのだ。
「欲に忠実な野郎ってのは我慢が利かねぇ。そう遠くへは行ってないだろ。」
真にとって。
このUDCアースというのは庭当然である。
彼こそこのUDCアースの酸いも甘いも経験して生き延びてきたスカー・フェイスの男なのだ。
高い煙草に火をつけてから、ふう、といっぱい肺に吸って鼻からくゆらせる真である。
息抜きもかねて煙でわっかを造ったりなんてしながら、二人は先ほどのビルとはちがうビルの屋上へと移動していた。
「あそこ、最近建ったとこらしいが――。」とジェイがまず一つ指させば、「ありゃあだめだ、人通りが少なすぎる。獲物を殺すにはいいけど殺す獲物がいねぇよ。」と真が嗤う。
そういう、ものか。とジェイが頷いて、また別のビルを見た。
二人があるビルは、市町村選挙だかなんだかで調子よく勝ったお偉いさまが創ったと噂される病院入りのそれである。
はたはたと穏やかな風にたなびくベッドシーツでは、今日も誰か死んだのだろうかと真が思考の暇を持て余していた、これはジェイによると真による『あてっこゲーム』なのだ。
「じゃあ、アレはどうだ。」
何度目になろうか、この試合もそろそろ勝敗がついてほしいと思い始めていたころに。
ジェイが指さした先を真が振り返ってみてやれば、「ビンゴ」だったのだ。
「そー、そー。ああいうところ。」
ちょうど、丘の下にある小さなテナントがあるビルである。
ビルというにはいささか背が低いあたり、田舎の小ささもうかがえるだろう。二階建ての、老人が通うような針きゅうの店にアロマ店、アンティークの販売をしているところに――いささか、新しく作られたであろう店が見える。
このビルのちょうど上の位置に、加工場となったビルの怨敵であるショッピングモールが丘の主として陣取っているのだ。
そこから例えば、一人業務終わりの従業員が出てきたのなら、さらってしまうのはたやすい。
一時保存もしくは――邪神に捧げる場所として機能している海辺の倉庫にもえらく近いばしょにあった。
だから、間違いなく立地条件は良いのである。
ジェイが情報屋に聞いた目星の中に、間違いなく含まれていたそれであったのもすり合わせてふたりでニヤリと笑いあう。
「そんじゃまー、情報共有ってな。」
「ああ、――今日は肉でも食うか。」
「あ?イイね。」
悪魔のような、男どもが二人。
背中の広い男と、頭の良い男が笑いあって、屋上から姿を消したのだった。
夕日が――沈む。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
矢来・夕立
黒江さん/f04949
なまものは外に出してちゃダメって話。夏ですよ、いま。
何かから逃げたか、餌が減って狩場を変えたか。
状況的に逃走だと思うんですけど。どう思います?
狩場を変えるにしても、その前に鍋は洗いません?
洗い物を放置したり、調理中のものをそのままにしたりしませんよ。
…出掛けてる途中に騒ぎになって、戻れなくなった…とか?
考えるよりも動くか。
【紙技・渡硝子】。血痕や肉片や暴力の跡。『加工』の痕跡を探す。
で、調理の手順から逆算して、どこへどう運び出したか考えてみます。
考証は手伝ってもらいますよ、黒江さん。
辿って《追跡》まで出来そうなら御の字。
ダイニングの場所まで割るのは流石に難しいかな…
黒江・イサカ
夕立/f14904と
あーあ、きったねえなあ
キッチン汚いやつの料理が上手かった試し、ないんだよね
つまりはもうお察しってこと 気が滅入るな
餌が減って、はあり得るラインかな
僕の推しは…此処じゃ満足出来なくなって、だけど
こういう手合いはね、上手くいくと我慢出来なくなってくるんだ
もっと食べたい、見せびらかしたい、褒められたい、殺したい―――…
ま、強いて言うなら此処で食べてたわけじゃないんじゃないかな
疾うに“そう”じゃなくなってるかもしれないけど、
人間の理性ってやつは食事を綺麗なところでさせるもんさ
夕立だって、味噌汁を作ったあとの鍋は洗うでしょ?
さて
何処で飯、食ってたんだろね
誰かに振舞ってたりして
●
夜。
とっぷりと――先ほどまで暑さを穏やかに齎していた夕日も沈んで、加工場となったビルの屋上駐車場にて黒が二つあった。
「あーあ、きったなかったなあ。」
黒江・イサカ(詩人の海・f04949)は、この犯人よりもずうっと倫理観の破綻した存在である。
よくある犯罪者の壮絶な過去などは、このイサカにはない。
普通に生まれて、普通に育てられ、両親は平凡ながらに彼をよくよく愛して彼もまた、それに応えるようにして生きていた。
だけれど、生まれついて彼は「何かが違えていた」存在である。
それは決して、病理だとか――そういうものでは説明しきれないほどの、掛け違えであった。
サイコパス、などという言葉では語り切れないほどの『目覚め』を受けた彼である。
命を、平等に、すべて殺さなくてはならないと――天啓を受けた。
だから、それに従っている。だから、殺している。それだけの彼である。
どこまでも無垢で、純真なふりをするずるい少年のような彼は――紛れもなく、異常者ではあった。
きっと、それは誰よりも彼がよくよく知っているのである。イサカが田舎ならではの無数の星々をみあげながら、遠い海とその水平線を見つめる。
「なまものは外に出してちゃダメって話。夏ですよ、いま。」
何をセンチメンタルになっているのやら。
――そんな心があったんですか?とも聞きたくなってしまうのは矢来・夕立(影・f14904)である。
結論から言うのなら、夕立はイサカと違って異常ではないように思える。
異常のふりをした静かな正常とでも言ってやるべきかもしれない。彼は効率を求める生き物だから、道徳を捨てて血と暴力で生きてきた少年である。
天性の――天からの授かりものの悪であるイサカよりも、壮絶な宿命を背負った夕立はちょうど相反するような存在でもあった。
だけれど、そんな二人が今はこの加工場にいる。
「キッチン汚いやつの料理が上手かった試し、ないんだよね。」
それがとても、残念でならない――つまりはお察しであるとイサカがため息を吐いた理由など、夕立にはわからぬ。
わからないから、ちょうどいいのだろうとも思うのだ。だから、彼の狂言は無視する。
「何かから逃げたか、餌が減って狩場を変えたか。状況的に逃走だと思うんですけど。どう思います?」
実際、夕立とイサカは先ほどまでおどろどろしい雰囲気となったビルの中身を探索したのである。
夕立の――【紙技・渡硝子(カミワザ・ワタリガラス)】は考えるよりも先に動いたほうが性に合っている夕立のお供をしていた。
いまは腕で休んでいる紙のそれであるが、先ほどまでは血のかけらひとつ残さずイサカと夕立に案内していたのである。
加工の痕跡は、だいたい分かった。
――この膨大な被害者をどこから調達したのだろう、と『今はもう止まった』冷蔵庫を開けて、液状化を始めた人間の内臓をイサカに投げ渡すなどしていた夕立である。
イサカはそれを受け取って「うわ、」と声を漏らしてからちょっと眺めて勿体なさそうに地面に捨てていた。
それが、ついさっきまで。
「餌が減って、はあり得るラインかな。」
どこから得ていたにせよ。
邪神に食わせていたというのだから、それはまぁ――減ってしまうだろうなと思う。
人間を一人養うにも膨大な金と食糧がいるように、邪神一匹養うというのなら同じことだ。
夜空から目を離さないイサカは、思考の海へ飛び込んでいるようでもあった。夕立がその横顔を、少し離れた位置から黒の紙と共に眺めている。
「僕の推しは――此処じゃ満足出来なくなって、だけど。」
「ああ、それ。ほかの猟兵さんも言ってましたね。――そういうものですか。」
うん、と頷くイサカは少し唇の笑みを深める。
「こういう手合いはね、上手くいくと我慢出来なくなってくるんだ。」
――もっと食べたい。
――もっと見せびらかしたい。
――もっと褒められたい。
――殺したい。
なんで、知ってるんだろう。
夕立は問わないが、彼の底知れなさというのはやはり興味深いものである。
しかし、だからこそ、知りたいと思うのが人であるように。
「ま、強いて言うなら此処で食べてたわけじゃないんじゃないかな。」
――もう、己らが知っている人の形はしていないやもしれないけれど。
イサカがくすくすと笑って、黒の毛並みを夜風に撫でられている。
夕立もまた、後頭部からつむじを中心にかきまわす夜風に面倒くさそうに撫でられていた。
「人間の理性ってやつは食事を綺麗なところでさせるもんさ。夕立だって、味噌汁を作ったあとの鍋は洗うでしょ?」
「狩場を変えるにしても、その前に鍋は洗いません?」
だから。
「そんなことができたなら、――料理は上手いんだよ。」
からりと笑ってやったイサカの顔は、月のようだ。
メ
薄い三日月が、まるで手に届く位置にあるのが――どうにも、夕立の赤い空に浮かぶ。
「それも、そうですね。」
洗い物を放置したり、調理中のものをそのままにしたり。もしかしたら、出かけている最中になにか騒ぎを感じて飛び出してしまったのかとも思う。
なぜなら新しいキッチンを四六時中使っているわけでもあるまい。タイミングを見て戻ってきているはずなのだ。
鴉と共にこの加工場を見てきたように――この犯人は何度もここを使って、思い出の場所も無い名前も置いていったままだったのだから。
割るのは難しいかと思っていたダイニングも、ほかの猟兵たちが割ってしまったものだから随分楽ができるなと思っていた。
穏やかな、夜である。
「さて。何処で飯、食ってたんだろね」
鍋も洗わないまま、此処を出ていった彼は一体どこで食べていただろう。
イサカの言うように、――とてもここで食う飯は食えたものではなさそうだと、夕立も思う。
人間の下はもちろん味覚を感じさせるが、鼻が詰まれば味がわからないように、実は鼻でも味を愉しんでいるのだっけ――と、己の口元を覆う彼である。
夜に、溶けてしまいそうな二人の穏やかな会話だった。
「誰かに振舞ってたりして。」
「さっき、コンビニのチキン食べましたよ。オレ。」
「あは――さすがに、コンビニ定員が犯人じゃあつまらないでしょ。」
はたして。
二人が普段食べている肉が、本当に「食べてよい」肉かどうかがわからないように。
この犯人の食べているそれが、悪いものかどうかなどは二人にとってどうでもよいのである。
「あ、みてみて、此処にもあるよゆうちゃん座」
「だから、サイコロの五にしかみえませんって。」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
有栖川・夏介
◎
いくら飢えても人を食べるなんて、そんなこと考えたこともありませんでした。
……いえ、言い訳ですね。
自分が生きるためとはいえ、罪なき者も処刑していた私だって、きっとばけものに違いない。
人間は脆くて弱い。故に恐ろしい。
……犯人の痕跡を追いましょう。
場所を変えたのは危険を察知したからなのか、それともこのビルでできていたことが、できなくなったから、なのか。
食べることに執着しているのなら、この場所を捨てたことは対象にとって不都合だったのでは……?
移動した先も似たような場所かもしれない。
付近のビルで、この場所と特徴が似通っている場所がないでしょうか?
……邪神がひとを食べるのか、ひとを食べるから邪神なの
か
マレーク・グランシャール
◎俺には理解出来るぞ
食べるということは自分の中に取り込むこと
大切な何かを閉じ込め自分のものにしてしまうこと
たから美しいと感じるもの、愛しいと感じるもの、知りたいと願うものほど俺は喰いたい
さて、わざわざ解体して食べるという件の犯人は俺と同じであろうか
現場に入ったら失せ物探しに用いる【泉照焔】で照らしてみる
失せたもの、それはこのビルを人食いビルにした人物、立ち去った犯人
光の属性と相反する闇の痕跡を辿れないか試す
現場検証として【黒華外套】で情報収集、それを元に追跡も
気になるのは一度で食べきれないものはどうやって保存したか
内臓を抜くくらいなら保管にもこだわるはず
保管を試みた形跡も探してみよう
●
人殺しである。
有栖川・夏介(白兎の夢はみない・f06470)は、人殺しなのだ。
いくら飢えても人を食べることは無かった。だけれど、生きるためならばこの身で人を殺してきた。
一番最初に殺したのは『友達』のウサギだったのを、朝焼けを浴びているビルを見ながら思い出す。
――ああ、この思想は言い訳ですね。
所詮、己だって人から定義されたそれで言えば「ばけもの」なのだ。
一歩足を踏み出せば、止まってしまった自動ドアをこじ開けている男と現場を共にすることになる。
「おはようございます。」
「ああ、――おはよう。」
人間とは、会話を前提としたかかわり方をしてくるものだから。
正しく「ばけもの」であるマレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)は首だけ夏介のほうを向いて、それからまた前を見た。
ぐ、と竜の彼が自動ドアを左右に押し広げれば、すんなりとほぼ抵抗なく扉は開かれる。
狂気の空間が広がっていようと、それはマレークにとってはなんてことはないものだった。
泉照焔、とよばれた鉱石のようなそれを手に乗せれば、ぼんやりと蒼いきらめきがあって――ランプのように内側で燃やした炎を拡散させた。
周囲が照らされて、よりグロテスクが鮮明になる。しかし、マレークにとっては『人間の死』が明らかになっただけにすぎない。
事実――この夏介も少し驚きはしても、恐怖を抱いているわけではなかった。
「場所を変えたのは危険を察知したからなのか、それともこのビルでできていたことが、できなくなったから、なのか。」
歩きながら、昨日探索した場所以外のところにしようとさらにやや奥まったところに行く彼らである。
訪れたのは、スーパーの跡地だ。
とても広く、またいろいろなものを置いていただろうに――これも時代と共に必要となくなってしまったというのだから恐ろしい。
「どちらだと思いますか。」
と、――夏介が問う。
マレークが、彼に視線を返さないまま炎の明かりで周囲を見ていた。
「さてな。――ほかの猟兵の推理からすれば、邪神の育成に手間がかかったからとも言っていた。」
しかし、マレークにとっては少し違うようにも見えてくる。それはあくまで「理由の一つ」な気がするのだ。
マレークには、この食人鬼の行ってきたことが理解できている。
大切な何かを閉じ込めて、自分のものにするということ。それが、食べるということ。
肉を喰らえば血肉を作ってくれるように、愛しい誰かを、美しいものを、知りたいと願うから口にするのを、このマレークは実際に常日頃、感じているわけである。
親密になればなるほど、マレークは食いたくなってしまう。だから、誰とも深くは関わらないようにしながら生きている。
お互いのためでもあるし、そうであったほうが「猟兵らしい」というのもあるのだろうか。
「――わざわざ解体して食べるという件の犯人は俺と同じであろうか。」
ぽつり、とつぶやいたそれに。
夏介も紅い瞳を丸くして、ぱちぱちと瞬きをした。
男二人、どちらも無表情気味であるから、少しのつぶやきや所作に性格や人となりがありありと出る。
「気になるのは一度で食べきれないものはどうやって保存したか。――内臓を抜くくらいだ、保管にもこだわる。」
それが、マレークの好奇心の行方だった。
このマレークと同じ価値観だというのならば、きっと犯人は「そうした」のだろうと――まるで、同胞を見つけたかのような――推測に付き合う夏介である。
「移動した場所は、テナントだと言ってました。ここを丸々と捨てたのは――なぜ?」
「思い出が多いからだ。」
やや、歩いてから。やはり目的である「行方」を確かなものにするために、夏介が事実を追う。
その答えは、「犯人」を追うマレークが返す。
立ち止まった巨躯につられて、夏介もすぐに止まったのなら手早く隣に並んだ。
「思い出、――。」
これが?と言いたげな赤が、不快で狭められる。対するマレークは「ばけもの」同士の気持が通じ合ったようで薄く笑んだ。
電気は、この施設に通っていない。
正しくは、『最近切られた』。ここのオーナーがこのビルの不要さを訴えられ続けて観念したともいえる。
とかく、最近まで――電気の入りはあったのだ。だから、このスーパーのほぼそのまま、運び出すほうが金のかかる施設が放置されっぱなしにあった。
本来ならば、きっと整えられたサラダや総菜が並ぶ場所である。
ほどよい冷気で鮮度を保つそれらが――今や、袋に入った肉どもを並べる場所へとかわってしまっていた。
丁寧に、パックで包装してある。それから、本来ならば値段のシールを貼るような場所に、被害者の身分証明書のコピーがはりつけてあった。
運転免許証、保険証、診察券、パスポートまで。
「これは――これは。」
食べるときに、思い出せるように。
思わず首元の赤布を引っ張り口元を覆い隠す無表情の彼である。
マレークはやはり興味深そうに、パックをみていた。「これは肝臓だったらしい」という彼のそれは真空状態になってしまっていて、ラップが液状化をはじめそうな臓器にぴたりと張り付いている。
こんなことを、たった一人の人間が一体何年かけてやったというのだろう。
マレークの軍装の上から着ている黒が導くままに、二人は歩みながらそのさまを見ることになる。
免許証の失効日が五年前の者もあれば、猟兵たちが来るほんの一週間前までの日付になっていることもざらであった。
光だの闇だの、なんでもかんでも混在するこの様に――男二人がはたりと止まった。
「これだけ、無いな。」
つん、つん、とマレークが指で確かめるようにそれに触れる。
「装飾品ではないですか。悪趣味な飾りのようにも、見えますが。」
目を細める夏介の前に在るのは、女の頭蓋だった。
綺麗に塗装されて、白く塗られているあたり――これだけやけに鮮明に見える。
マレークが「いいや」と否定して、「奉っているように見える。」と続けた。
――奉る、だって?
そういえば、「母親」に対する執着がいろいろなところからありありとうかがえるなと――夏介が思い返す。
肉どもの上に、まるで「特別だよ」と言いたげに配置されたそれはいっそ神棚のようであもあるのだ。
こんな犯人が信じる神などがいたものか。
「……邪神がひとを食べるのか、ひとを食べるから邪神なのか。」
「鶏が先か、卵が先か、という気もするが。」
母親の痕跡をたどれないだろうか、とマレークがつぶやいたのならば、ではそのように情報を共有しましょうと夏介が言う。
――確かに、此処からはもう出たほうがいいやもしれぬ。
このマレークだって、飢えた獣なのだ。夏介も先ほどから話をかわしながら、この竜に「ひと」の観念は通用しないとよくよくわかっている。
「腹が減っているような顔を、していたか?」
己の顎を撫でてやりながら、マレークが問うたなら。
「――ええ。腐った肉でもよいと、言いたげでした。」
と、夏介が返す。
夏介は人間であるから――ばけものの行動には目ざとい。
マレークのそれが、罪だとは思わない。むしろ彼が『ばけもの』だというのならそれはそうあるべきだ。
化け物はいつだって人を食うし、竜だってそうだ。大切なお姫様のことは城で囲いたがり、拒絶されたとあらば「ならば共になれ」と喰らうではないか。
――この一連の事件が、おとぎ話のそれとは思えないけれど。
「母親の腹を食い破った心地を、知っているのだろうか。」
やはり、ぽつりとつぶやいたマレークの声は、紛れもなく恐ろしいばけもののそれだったのだ。
――さて、はたして「ひとごろし」は「ばけもの」か?
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鹿忍・由紀
◎
人間を食べる人間かぁ
まあそういうのもいるんじゃない
面白さとかどうでも良いから
答えを教えてもらいたかったな
恐怖も嫌悪も興味もなく
面倒なことは少ないほうが良い程度の軽さで
周辺で犠牲になったらしき人や
行方不明になった人のリストをもらって目を通しとく
分かりやすく弱い者、か
形はどうであれ弱肉強食なのは種族を問わず同じだね
ビルの中では経験と野生の勘で
隠したものを探すように証拠探し
隠し場所っていうのは大体決まってるものだ
途中で遺体などを見つけても
丁寧に捌いてるなぁくらいのもので
特に驚くことなく淡々と状況を確認する
遺体の持ち物などもあれば確認
他の猟兵とも情報共有
手掛かり教えてもらった方が楽そうだし
六道銭・千里
【六天】
こういう犯人ってたいがい証拠を隠すんが上手いっていうか
残ってることが少ないねんな…
警察ん皆さんもこういう調査大変やなぁ
お疲れさん、後は任せてもらおうか
調べるとしたら食材を保存してある冷蔵庫とかそういう場所
後はここで解体してるんやったら防音性の高い場所、地下室とかそういう場所もある可能性はあるなぁ
ホラー映画ってよりB級なゴア系やな…
地下室もあるならそっちは零任せたわ。
犯人自体の証拠は見つからんやろうけど
犠牲になった人の物は少し残っとるやろうか?
仏さんに手合わせて、ゴミとかそういうんも漁って
犠牲になった人達から繋ぎ合わせてなにか見つからんか探してみようか
天星・零
【六天】
『まるでホラー映画の舞台ですね。ふふ…取り敢えず僕達はやることをやるだけですね』
常に【世界知識+情報収集+追跡+第六感】で辺りを警戒しつつ、取りこぼしが内容に辺りを探索
現場にいる人間にもしくは状況を知ってる人間に情報収集ができるなら持ち前の【コミュ力】で話を聞き出す
建物内の構造をみつつ、罠なども警戒
地下室などの場所もあるなら六道銭さんと別れて地下室担当
別れたらUC【オルタナティブ・ダブル】別人格の夕夜と一緒に探索
なければまだ誰も調べてなさそうな場所を調査
遺体とかがあるならその損傷から何があったのか持ってる【世界知識】を元に推察
口調はステシ参照
夕夜と二人きりの時は零は素の口調(ステシ参照
穂結・神楽耶
◎
食べることは好きですけれど…
…ひとを食べる、ひとですか。
どうして、その方はひとでなくてはいけなかったのでしょうね。
調査、苦手なんですよね。
だから自分では調べず、【赤鉄蛺蝶】で他の猟兵様方の集めた情報を収集します。
重要そうなものは共有、解析が必要そうなものはUDC組織や得意な猟兵様にお願いしに行き。
また蝶の形ですので、人が見ることが難しい細かい場所まで侵入して調査致しましょう。
手にいれた全ての情報は皆様と共有。
…あ、あんまり刺激が強ければ表現はぼかさないといけませんね。
情報を行き渡らせるのも必要なポジションです。
がんばりましょうか。
●
「うーわ、こらぁ、アカン。ホラー映画っちゅうよりB級ゴア系やな。」
一面に広がる肉畑、もとい――スーパー内部を見て。
こういう犯人は証拠を残すことは少ないが、己の力を示したがるから『トロフィー』を残すことが多い。
たとえばそれは、被害者の一部で在ったりすることもあるし、今回のように『特定できる』ものになりやすくもあった。
被害者の身元が分かったところで、本当に――それかどうかは、証明できたとしても遺族が受け入れられるかどうかは別だ。
六道銭・千里(冥府への水先案内人・f05038)はしばらく、黙とうを捧げた。
かつて――代々UDCを妖怪と称して払ってきた陰陽師の一族たる彼である。苗字にもなった銭の名にも恥じぬよう、きっとこれからも彼は人を穢す妖怪どもを屠り、人に友好的なそれであれば共存しようとするだろう。
そのうえで、彼は無数の人間のこともよくよく知っておかねばならぬ。
この『犯人』とやらが――妖怪に憑かれているというのならば、これもまた祓ってやらねばならないし、鬼が人の皮を着ているのだというのならそのように滅してやるべきだ。
だがしかし、この犠牲は必要のないものであった。
せめて――、さすがに魂までは食われていまい。いつまでもこのような場所に縛り付けている何かがあるのなら、それをほどいてやるのもまた、千里の役目で在った。
「いや、それにしても警察さんもご苦労さんやわ、これは。」
一体、何人を殺したことやら。
犯人に至る証拠はすでにほかの猟兵たちも洗っていたし、次の潜伏場所は見つかっている。
だけれど、――現実的でない方法で探したものがほとんどだ。
唯一『岡本・慧』という名前がわかっているけれど、それも『存在しない人間』だというのだから、面倒くさいものである。
「もっと論理的で、もっと現実的に――解明せなあかん。」
いっそ、この手合いが人間でなければよかったのだ、と千里が合わせた手を放して頭を掻いた。
犠牲者たちの溶け始めた肉を見る。
「えらい綺麗に切ってくれはるやんか。前の仕事が、精肉とかかもしれんな。」
千里が一つ、拾い上げたそれは。
まだ――女子高生の肉だったらしい。彼女を証明するものとしてパックに張り付けられていたのは、生徒証をプリントしたものだ。
かわいそうに。
目を少し細めて、それは口にしなかった彼である。此処で同情し始めてしまうと、先に千里の心が折れてしまいそうな気もした。
血のにじんだそれは、うまく名前の一部を溶かしてしまっているが顔写真だけはきれいに残していた。
少し気恥しそうに微笑む少女の顔がまた、むなしい。
これからの人生を――これからの学校生活を楽しみだしたあたりだろうに。千里とさほど変わらぬであろう「ふつう」の名も知らぬ彼女に、かけてやる言葉は思いつかないけれど、祈りを捧げてやる。
「精肉で働いとったなら、確かにまァ――手際がいいのもわかるわ。」
無数に並べられる肉どもは、すべてが女子高生と同じようにそろえられている。
どうせ冷気が効いていたとしても――美しい光景では無かったろうに。切り取られている部位はどれも人それぞれだ。むしろ、一番「おいしい」所だったやもしれない。
千里が手にしたそれは、女子高生のきれいな右肺だった。まだ、酸いも甘いも苦いも知らぬそれはさぞかし美味であったことだろう。
「いや、でも――。」
肉を置く。それから、また無数の肉を見る。
「働いとったっつーことは、ちゃんと戸籍があるんちゃうか。」
実際のところ、社会保険にも入って、年金にも入って、社会の一員となるのがこの『UDCアース』のニホンにおけるそれである。
それこそが国民の義務であり、普通であるのだから、この人間に紛れる犯人がそうしていないことはまずありえない。
――何かが、つながる気がする。
眉間にしわを寄せて、凛々しい黒まゆを寄せる千里があった。
「なに、独り言を愉しんでるんです?怖くておかしくなっちゃいました?」
「ちゃうわ。」
「否定が早すぎるぜ、大人げねぇ!」
駆けられた声に、即座の否定。
あは、と笑った明るい声がふたつ、どちらも成熟しきらぬ蒼い声である。彼らは、天星・零(多重人格の霊園の管理人・f02413)とその半身である天星・夕夜だ。
「ちゃんと調べて来てくれたんやろなぁ。」
「失礼な。ちゃんと僕たちはやることをやってきましたよ。」
「そうだよ、ちゃあーんと調べてきたぜ。地下駐車場!」
からっと笑って見せた夕夜の笑顔がまぶしく、その隣にある零の笑顔はこの光景を前にしてもなお爽やかさが目立った。
ここに、千里が至る前のことである。
自分は上を探るから、二人には地下を託した指令に忠実であったのだ。
【オルタナティブ・ダブル】で二つに分かれた一つの彼らが、道中のグロテスクにひとつずつコメントをこぼしながらも警戒を解かずにしっかりと目的の場所にやってこれたのは幸いやもしれぬ。
がらんとした、そこである。
「ここは、お墓とつながってないんだね。」
「ああ――上でみたアレか。うええ、天井割れて落ちてこないだろうな」
恐ろしいわけではない。
夕夜と二人きりの時だけ、猫の皮を脱ぐ零の瞳は冷たいものであった。天井を見上げる目は冷静で、「大丈夫じゃない?」と人ごとのように言うものだから。
「大丈夫だろうけど、でもあれが上にあるっていうのは気味が悪ィよ。」
さっさと終わらせてしまいたい。此処に何もなければ早く帰れるのだから、と夕夜がいうように。
確かに――あの死体と土の質量が落ちてきたら生き埋めだろうなとも思う零である。色違いの瞳たちが銀色の半身がてきぱき動くのを視線で追っていた。
地下駐車場は、広かった。
がらんとしていて、もちろん灯もない。
二人の靴音がやけに響いて、この空間に孤独を齎しているばかりで、何も無いような気もする夕夜である。
あったとて――零ならばわかるのだろうか。銀髪の頭をがしがしと掻きながら、わかるのだろうなと地面に膝をついて床の固さを見る。
空洞でもない、コンクリートが敷き詰められているらしいのに少し安心した。
「なんだか、ワンちゃんみたいだよ。夕夜。」
「ちゃんと調べてるだけだぜ、俺は!」
その姿勢がおもしろおかしくって零が冷たいながらに言い放ったのなら、闇に強い目をした二人がお互いをからかいあう。
「いいんだよ、何もないならそれで――ん。」
何もないに越したことはないから、と言ってやろうとして。
視界の端に、違和感を感じた零である。
「ねえ――あれ、車かな。」
「お?調べるか。」
「夕夜がいってよ。」
「……しゃあねえなあ、人格遣いが荒いぜ。」
車とお互いを指さしたり、そうでなかったり。
未知なるものに触れるのは、確かに「表」ではない夕夜のほうが万が一に至った時都合がよい。
どこまでも零の中は――合理的で、冷えていたから。ためらいなく歩んでいく夕夜もそれを知っているに違いないのだ。
二人の視界には、車が坐していた。
一台の車が、ひっそりと広い駐車場の角で休んでいたのである。
こんな場所にまさか無断で車を駐車して、どこかで遊んでいるわけでもあるまい。
実際、夕夜がボンネットに手で触れたときは埃がいっぱいついてきた。――ずいぶん、放置されている。
しかし。
「――何か、音がする。」
夕夜が零に振り向く。少し遠くからそれを見守っていた片割れたる彼が、口元に手をやる。
「爆弾とか?」
「いいや――なんか、こぽこぽ言ってら。」
静かにしてみる二人である。
確かに――気泡が水の中で沸き立つような音があったのだ、爆弾でも忍ばせているのならガソリンのそれだろうかとも思ったが、油が沸き立つのならすでに二人は火だるまになっている。
「開けてみて?」
促した零のためらいない選択に。――夕夜が車のフロントガラスをぶち破ってやったのなら。
「ほんで、中に在ったんは水槽ってか。」
「ええ、水槽です。大型自動車のシートを丁寧にしまって、……本来はこういうところにみんなで雑魚寝したりするじゃないですか。」
人と寝る代わりに、邪神と寝ていたんじゃないかと。
丁寧に車のバッテリーから電気をつなげて、いつまでも己の愛しのそれを健やかなベッドに導いて?
――いかれの考えることはわからぬ。
はは、と少し笑いが漏れて、「笑えへん。」と首を振った千里の前には――戦友ふたりの撮った光景がまざまざと残っていたのだ。
そんな彼らの周りを、ずっとひらひらと飛ぶ紅い蝶がある。
「ああそう――俺はこのちょうちょさんにずーっと話とったわけ。」
「知ってますよ、大丈夫です。」
くすくすと笑う少年に、やはり何か勝てないようなものを感じた千里なのだった。
さて。
ビル外にて。少し日も昇って、くわりと欠伸をした美男子と大和撫子が一人。朝焼けに髪を照らされ、金髪が空気にとけそうだったし、黒髪はよりその輪郭を強くしていた。
――食べることは好きですけれど。
「ひとを食べる、ひとですか。」
「まあそういうのもいるんじゃない。」
朝焼けに輪郭を彩られながら、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)が、この人の子の心をわからぬと――想うように。
わからぬものの答えがわからないのは、面倒だなと朝焼けに瞳を細める鹿忍・由紀(余計者・f05760)であった。
このようなことに、由紀のほうは全く恐怖も嫌悪も興味もない。
だけれど、これは仕事なのだ。金になるし、生活であり、生きていく義務であるから面倒ながらにこなすだけのことである。
しかしちょっとは――面倒なことを少なくしたいから、生真面目そうな神楽耶と仕事を共にしてみることにした。
一方、神楽耶は探索を得意としない。
だから、【赤鉄蛺蝶】で他猟兵たちの探索結果をまとめ始めていたのである。
コピー用紙をバインダーに挟んで、ひとつひとつボールペンを何度か使いつぶしている彼女は、寝ることも食べることも必要としないヤドリガミだから。
苦手ながらにこれならば役に立てるかと――情報を精査していた彼女なのだった。
あまりにも。
「……表現はぼかさないといけませんね。」
少々、後続の猟兵たちには刺激の強いものが多い。
実際、神楽耶の知り合いにも『人を食べたことのある』人はいる。
しかもそれは、この犯人のように「そういうものだ」と思っていた人物であった。あれの遍歴もまた大層なものであったが――この食人鬼のそれは、もう少し衝動的にも見える。
由紀が支給された淹れたてのあたたかいコーヒーを、紙コップにちびちびと唇をつけて飲みながら神楽耶の手元を見ていた。
情報が書きだされ、被ったものは消され、必要のなさそうなものは省かれ、情報がどんどんとアップデートしていく。
ああこれは――楽でいい。
だから、由紀は思ったことをほつりほつりと口にする。
「丁寧に捌いてるなぁ。」
神楽耶が手元に置いていたのは、犯人の足取りを手に入れた猟兵たちがそれぞれのスマートフォンで撮ってきたものである。
「ええ、――解体の心得などもなく、お恥ずかしい限りなのですが。医者という線はないのでしょうか?解剖とか」
「どうだろうね。でも、医者なら肉なんて毎日見飽きてるんじゃない。」
――医者にとって、治すものだし。と由紀がいうのなら、確かにと頷く神楽耶である。
「でも、『食べる』っていう仕事なら別だとおもうけど。」
印象の違いである。
確かに、『食べるもの』と『治すもの』だと心構えも変わってくる。それに、医者ならばきっと解体したものは売ったりもするだろうし。
「こんな小分けには切りませんよねえ。なんだか、グラム単位で売ってそうなそれにも見えます。」
んー。と唸って写真を首を傾けつつも見てみる神楽耶である。
由紀はそのしぐさの真似はしないが、止めもしない。
「隠したかったものって、なんだろうね。」
思い出がこんなに、誰も彼もに暴かれているのに。
犯人は怒って出てきたりもしないのだ。きっと、誰にもわからないと思ってすねているのだろうとも思う由紀である。
「面白さなんてさ、どうでもいいから――答えを教えてもらいたいな。」
由紀のつぶやきには、神楽耶も少々思考を変えさせられた。
確かに。
これほどまで証拠があったところで、誰も『岡本・慧』の正体にはたどり着いていない。
いいや、確かに『岡本・慧』は『岡本・慧』だ。本人がそれを叫んでいる。だけれど、それは此処の世界にはいないというのだから。
「田舎で何を思い悩むのでしょうね。」
「田舎のほうが、何にもないから悩みやすいんじゃない。」
コーヒーの香りを感じつつ、朝焼けに赤を向ける神楽耶である。
隠したかったもの。本当に隠したかったものは、きっと――。
神楽耶はヤドリガミだ。その本体を折られぬ限りは人の体をいくら壊されたとて致命傷にはなりえない。
逆を返せば、本体を折られてしまえば二度と再生はできない。本体というのは弱点で在り、彼女自身である――刀のことである。
それは、味方が知っているならば心強いが敵が知っていたら面倒になってしまうさだめでもあった。
「彼が隠したいのは、彼自身ではないでしょうか。」
ほつりと由紀がつぶやくように。
神楽耶もまた、呟いてみた。由紀が少しだけ眠たげな瞼を上げたのが見えて、ちょっと嬉しくもなる非・女神なのである。
「どうして?」
これほどまでに、俺を見てくれ俺を知ってくれと――叫んでいるけだものがいるというのに。
また、黒をすする彼には神楽耶が「だって、弱かったころの自分を知ってほしいって思いますかね?」と微笑んでいる。
――まだ、牙も生えそろわぬ頃の自分が受けたであろう恥辱。
『母』という存在へのコンプレックス、愛執、変質した自己表現、歪んだ価値観、味覚を得るまでの過程など、分析されたくもあるまい。
「彼が知ってほしいのは、今の彼なんですよ。きっと。――こんなにも強くなったぞー!って言いたいんじゃないでしょうか。」
そう思うと。
なんだかこの人の子も愛らしく思えてしまうから、神様というのは少し変わっているのだ。
まあ、非・女神だと主張するのがこの神楽耶なので由紀は「なるほど」という程度にしか思っていないのだけれど。
「じゃあ、一番調べてほしくないのが、どれかわかったかも。」
なんとなく、と由紀が言う。
それから、紙コップを持っていないほうの手から伸ばされた人差し指が神楽耶の手元近くを歩いていった。
「母親。」
朝焼けに照らされながら。
二人が見下ろしたのは一枚の写真がある。
それは、――あのスーパーの肉畑にて、唯一崇めるように、他の犠牲者と別にあるよう塗装され飾られる『愛執』の親であった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
萬場・了
ああ、食っても腹に堪らないと思ったら
腹を空かせてるのはオマエ(首のUDC)の方か
そんじゃあ俺らも恐怖(ごちそう)探しに向かおうぜ
ふひひ、すげえな!
死体がそのままなのは逃げるために仕方無くか、それとも演出か?
ちょっと解体ショーにも見えなくねえけど
カミサマのための祭壇なら何かしらのアイテムがあっても良さそうだよな!
無けりゃ、やっぱここは元からただの加工場なのか
野次馬じゃねえよ、俺だって協力しようと思って来たんだぜ
ま、演者がそこそこ撮れたら「影の追跡者」を残して
俺は外で噂好きなお仲間相手に「情報収集」でもするか
適当な、中の情報を餌にしてな
移動も簡単じゃねえはずだ
どこかに跡が残ってるだろ、生き物なら。
ヌル・リリファ
◎
感染症のリスクがたかいし近縁種をたべるのはよくないとおもうんだけどなあ。(ドライ)(人形に倫理観はあまり備わっていなかった)
いや、もうそういうのがない存在になったりしてるのかな?
……まあいいか。空腹がなくて、食事がそんなにすきじゃないわたしがかんがえても多分相手のこと理解できるはずがないしね。
右眼であたりをしらべる。こっちの眼の性能はいいから、【視力】でなんらかの痕跡はみつけられるとおもう。
食事の趣味以外が一応普通のひとだったなら。むかったさきとかをかくしとおす技術はないとおもうしね。
……死体なんてみなれてるけど。
なにか、いやなことをおもいだしそうな場所。ここはあまり……すきじゃない、なあ。
祢岸・ねず
◎
ねずはねずみです、なので人の道理はよくわかりません
……ですが、人が減るのは
お話したり、美味しい料理を作ってくれる人が減るかもしれないのは、困るねずなのです
こんなに派手にやってしまっているんです
ここにいる、人を食べる生き物は
きっと一匹だけじゃなかったはず
犬や…猫、それにカラスやねずみ
ご飯を求めて、訪れてはいないでしょうか
ねずは《動物と話す》ことができますので
会うことさえ出来れば、きっと何か手がかりを得られるはずです
猫、は。まだちょっと怖いですが…
りんりんと、鈴の音鳴らして探しましょう
ちゅう、ここにいた人間のこと、それから何か気づいたことなどはありますか
わかる事があれば、ねずに教えてほしいのです
花剣・耀子
◎
祈りも願いも呪いも業も、こころに起因するのなら。
そうね。たしかにヒトが、いちばんこわい。
残されたものから、足取りを探しましょう。
加工するのはまんなかでしょう。
その前後には、捕獲と運搬の工程だってあるはずなのよ。
田舎で人目に付かないのは難しい。
おいしくたべたい、
ちゃんとたべたい、
にんげんらしくたべたい、――なんて拘りがあるのなら。
自動的にとまでは行かなくても、ある程度手法がシステム化されているのではないかしら。
足を洗った訳でなければ、ノウハウを手放すとは思えない。
最初の現場をよく観察し、同じくらいの規模、同じようなことの出来る立地を探すわ。
被害者の足取りや行動範囲も照らし合わせて考えましょう。
●
「ああ――食っても食っても、腹に溜まらないと思ったら。オマエのほうが腹空かせてたんだな!」
からからと笑いながら、好き放題に跳ねた髪の毛を揺らしてやって、己の頸に住まうそれを撫でてやる。
ネックウォーマーのようにも見えるそれには鋭利な牙があって、ちゃんと生きる超常――UDCであることを主張するように脈打っていた。
ゴチソウ
「そんじゃあ俺らも恐 怖探しに向かおうぜ。」
――萬場・了(トラッカーズハイ・f00664)は、高校生だ。
手にした呪われしハンディ・カメラは上限なく彼に恐怖というものを撮らせ続ける存在であり、また彼はそれを「作品」にするのを好んでいる。
始まりは、己の兄だったのだ。
失踪した兄を、誰もが、親ですら「知らない」などというから、じゃあ誰が存在証明してやればいいのだと思い悩んだ結果「彼」自身が、「兄」そっくりを演ずることになったのである。
アイデンティティの塗り替えは――、通常の人間のそれであれば、紛れもなく酷い精神状態になるものだが、それを補うのが首元の怪物というわけだ。
ぶれながら、ぶれないように。多感な年頃だから、気にさせないように。
その首元の怪物が彼の「恐怖」を喰らってくれるから、彼は無敵なのだ。己の「作品」がいかなるB級ホラーになってしまったって、それでよい。
「ふひひ、――すげえなぁっ!」
ビルに乗り込んだ彼が、黙とうを捧げるでもなく慎重になるでもなく、カメラ越しの視界に喜んだのは何もかもが「恐ろしいもの」だからだ。
首元の怪物は歯を重ね合わせてもぐもぐとしているし、了自身は呪いのカメラ越しに世界を見て、己と世界を引き離している。
そのまま――録画機能を続けたまま、己の呼吸音が入らないように。はやってしまうのは己の中に在る心臓だけでよいのだして、前のめりになりながらありとあらゆるものを映していく。
実際、写真よりも動画のほうが人は印象づくではないかとも思うし、これが彼の彼たる証明なのだ。――不謹慎などとは思いもしないようにしていた。
「死体がそのままなのは逃げるために仕方無くか、それとも演出か?」
彼とて、野次馬ではないのだ。
彼は、映画を作る――映画監督でもある。
しかし、同時に演出家でもあるしメイク・アーティストでもあるし、たった一人ですべてをこなす万能なそれであった。
だからこそ、考え方は「どうして人が、そうしたのか。」に注視される。この現場において、プロファイルという手段をとるにはうってつけの彼であった。
ピントをしぼられて、カメラに搭載されたフラッシュの機能を活かしながら――『母』であろうといわれる骨を画面に収めてやる彼らである。
被害者たちのことを思い知らされる、この全面精肉コーナーの人肉スーパーにて。
了の近くを歩く少女たちが、各々気になるものへ触れていた。
「感染症のリスクがたかいし近縁種をたべるのはよくないとおもうんだけどなあ。」
ひとつ、拾い上げてみる。
ヌル・リリファ(出来損ないの魔造人形・f05378)は人形だ。人間解体ショーのようだと了が楽し気に叫んでから、そういう風にしかみえなくなってきた彼女である。
彼女に、人間の倫理観も道徳も通用しない。しかし、これが――演出であるというのなら、ますます理解はできなさそうでもあった。
人形であるから、ヌルは腹が減らない。よって、食事がそれほど好きな行いではない。
「この犯人さんとは、趣味があわないかも。」
純粋な評価だった。もしこれが、演出なのだというのなら――趣味の悪い人間だなと思うばかりである。
そして、構造の違う右目でヌルはあたりを調べ始めていた。手にした溶けかけの肉がつまったパックに、若々しい男性の免許書写真があったのを一度とらえてから皆に言う。
「食事の趣味以外が一応普通のひとだったなら。むかったさきとかをかくしとおす技術はないとおもう。」
「まあ、そうだなぁ。人間の姿を少なくとも最近は保ってただろうしな。」
食べる必要があるのは。
やはり、人間の構造をしているから人間を食べたがるのではないかと了は笑う。
「どんな人間よりも、つよいぞーっていってるみたい。」
それを、どうかわかってくれよと嘆いているようで。
この『演出』は威嚇にも思えてしまうヌルなのだ。
なわばりの周りに恐ろしいものを置いておけば誰もそれ以上は入ってくるまいとしているように思えてしまう。
「でも、……わかってほしいのかな。」
わからないけれど。
残念ながらヌルではこの犯人に共感はしてやれないのだろうな、とガラスのような瞳を細める彼女なのだ。
「へえ、じゃあ――この犯人は、実はチキンってことか?」
そう語る、ヌルの横顔をカメラに収めている了である。
ヌルは気にしている様子もないから、撮りやすいし画になって楽しげであった。
「まあ、いい歳して『母親』になんて固執しているくらいだしね。」
と、花剣・耀子(Tempest・f12822)が神棚のように特別に配置された骸骨に向かって言う。
捕獲の過程も、運搬の過程も前の猟兵が洗い出した方法があった。それは間違いない方法であろうし、状況証拠から警察が鑑定を急いでいる。
DNA鑑定に一週間かかるところを、急ピッチで進めているというのだから――やればできるのなら最初からやっておけばいいのに、とも思う耀子だ。
「田舎で人目につかないのは難しいはずよ。この犯人、ここの地域でで生まれて育った気がする。」
黒髪が、ぬるい空気に漂うのを気にもしないで耀子がやはり骸骨を見ているものだから。
「へえ!その理由、聞かせてくれねぇか!」
やはりちょうどよいと了がカメラを向けて、その麗しの横顔をカメラに収めるのだ。
耀子が――ちらりと彼を見たのならば、了がUDCエージェントであることを思い出して、撮影を許す。
何度か報告として映像を上げている猟兵もいたな、などと思い出しつつも、口を開いた。
「田舎は、誰もいないように見えてふとしたところに誰かがいるのよ。」
誰もいない、というのは先入観である。
道を歩いているだけでも、実は遠くの田んぼで誰かが農業に励んでいたり窓の外からぼんやり黄昏ていたりするやもしれない。
しかし、気づかないのは「誰もいない」という先入観が強すぎるからだ。これは日頃からの刷り込みともいえる。
何気ないところに人の目というのはあるし、何か変わったことをすればすぐに噂となって触れ回ってしまうのだ。
ところが――この現場においては、それがない。怪談のような噂話はあったとて、やはりどれも事実無根なのだ。
ということは、「ばれない」ルートを日頃から知っている――刷り込みを超えるだけの年月を持っていた誰かに限る。
「実際、田舎のほうが隠れやすいしね。怪しい人や存在って」
「あー。」
日常ならではの、ちょっとしたホラーの存在。了にも何度か見たことがあっただろう。
たとえば、突然鎌をふりまわして歩き回る年寄りとか、時間になったらなぜか大声で歌いだす人とか。
「じゃあ、おかあさんも一緒にすんでたってこと?」
ヌルのシンプルな問いには、耀子も考えるそぶりをして少し時間を置く。
「普通なら、そうでしょうね。でも、母親にコンプレックスや執着を抱くっていうなら――。」
どうして、世話をしたがるのだろう。
例えば、母親に虐待されていたと仮定するのならば。ほとんどのシリアルキラーは女性嫌いになるし、ゲイ・セクシュアルになることが多い。
もしくはターゲットを母親に似た女性を選んで、母親を何度も殺すような感覚に倒錯し、それから涙するような破綻ぶりを見せることもあるのだけれど――この犯人は誰でもいいとばかりに殺している。
「この母親。もしかしたら、『母親ではない』のかも。」
「養母ってか?」
「それか、――戸籍がない子供を引き取った『義母』とか。」
身元引受人。
ならば、この骸骨の正体さえわかれば、犯人のすべてが暴けるだろうか。やはり了のカメラが骸骨から動かなくなった。
ごり、ごりと彼の首元が「恐怖」を食べる音だけが聞こえる。
「じゃあ、きっと――おかあさんが最初の犠牲者なんだね。」
ヌルのささやきのあと、足元をネズミが歩く。
「だって、作った人にいちばんさいしょに、報告したいとおもう。」
こんにちは、あなたのこどもは怪物なのです、と――。
『製造主』にこだわるというのなら、ヌルには理解も共感もできる。ヌルのこだわりは、それだからだ。
帰ってこないヌルにとっての「親」である製造主を迎えに行こうと探し出したのがこの人形が動くすべての理由である。
無邪気な構造ながらにスイッチを切り替えれば殺戮人形と化す己を造った誰かが、どんな人間かなんて考える暇もなく子供故の無垢で歩き続けてきた。
――この光景は、いやなことをおもいだしそうだけれど。
でも、もし今も連絡が取れたのなら、きっと満面の笑みでヌルは今日は誰をたおしたとか、どんな怪物を殺したとか、報告するに違いないのだ。
ではもし、それが――この犯人には可能だったとして。
この母親は、どうしただろうか。
「拒絶したのね。」
耀子の答えに、了のUDCがまたがじがじと歯を鳴らす。
足元に増えたネズミの行進がややあって、了が次はそれにピントを当てた。
「うは、丸々太ってら。」
動物ドキュメンタリーは得意でないが、人間も動物というのならば了の得意分野だからきっと、ネズミを撮るのだっていつも通りなのである。
りん、りん、と小さな鈴の音が皆の耳に届いて、――ねずみの主が訪れていた。
「ねずみたちに、聞きました。」
――祢岸・ねず(よみねずみ・f20037)は、鼠の神である。
もとはといえば鼠であるのは変わらないから、神であるかどうかよりも、人間の道理というのにはなかなか疎い。
だから――この光景を見て恐ろしいとは思わないし、不衛生だとも思わない。ただ、餌が多いなとは思っていた。
鼠は、雑食なのだ。
勘違いされがちであるが、実は鼠という生き物はそれこそ人間が食べるものはもちろん、草葉や木の実、虫やせっけんまで何でも食べてしまう。
一日の内に大量に食べるが燃費が悪く、動き回る習性もあって二、三日食糧に在りつけないと餓死をしてしまうような生き物なのだ。
よって、此処は「肉」が多い。ネズミにとっては食べても食べても肉の減らない天国だったろうなとしか、ねずには思えない。
しかし、――このままでは、人が余計に減ってしまうだろうなとも考えさせられていた。
話をしたり、どうせ食べる料理ならばおいしく食べたい。それを造れる人間という存在が減るのは、やはりこの神にとってもよろしくないことなのだった。
「こんなに派手にやってしまっているのです。ここにいる、人を食べる生き物はひとと、邪神だけではなかったとおもうのです。」
だから、彼女は――猫をほかの猟兵が集めてくれていたから、同胞を集めてやりやすかった。
彼女のそばでちいちいと鳴く大群は、すべて此処に居た鼠なのだという。
「お、――お?ちょっと待てよ、つまり。」
了が少し、顔をひくつかせた。
「ええ、人をたべています。」
耀子が顔をしかめて、ヌルは不思議そうにして、――ねずは、そういうこともあって然りという顔をする。
実際、肉であればなんでも食べねばならぬし、それが本当のあるべき「食物連鎖」であるから。この神は鼠たちに罰などは与えない。
「そいつぁ、なかなかホラーだぜ……。」
思わず、ずれた眼鏡を整えてみせて。やはり己の頸元がいつまでも楽し気に食事を愉しんでいるのを了はちょっと情けなくも思った。
「ここにいた人間のことを聞いてみました。――ねずみたちは文字がよくわかっていませんから、名前などは読み取れなかったようですが、ねずみたちには優しい人間だったようです。」
獣ならば。
獣たる己と仲良くやれるだろうと、この食人鬼も侵入を許していたらしい。
「ライオンが仕留めた肉を端から喰らうハイエナみたいな感覚でいたのかしらね。」
己こそがこの楽園の王者だと――想っていたのだろうか。耀子が少し長いため息をついて、それからねずが『神棚』を見る。
「しかし、信仰に厚い人間だったと、ねずは聞いています。よく、手を合わせて赦しを乞うていたのだと。」
おいしくたべたい。
ちゃんとたべたい。
にんげんらしくたべたい、――なんて拘りがあったうえで、赦してくれと母に祈る?
ますます、精神の異常だけが際立つ。
耀子が眉間に深くしわを刻んだところで、ヌルが想ったことを口にした。
「わかってもらえなかったから、わかってもらおうとしたんじゃないかな。」
おかあさん、僕は今日、これだけ殺しました。
おかあさん、僕は今日、これだけの人を食べました。
おかあさん、僕は今日、これだけの人を処理しました。
おかあさん、僕は今日、また――人であることをやめてしまいました。
好きな人に理解されないのは、どれほどつらいことだったろうか。
ヌルも――製造主に今の己を否定されたのなら、きっと今までを無駄に感じてしまうだろうなとも思う。
物言わぬ骸骨に、どうかわかってくれ、こんな己を許してくれと願うさまは、弱弱しい人間のそれだ。
これを――ずうっと隠していたかったというのなら、了にも通ずるものがある。
「そうだよな。こーんなすげぇ演出作ったのが、幽霊とか、邪神とかじゃなくて、ただの、ひょろっちい人間でした。なんてオチ――」
誰にも分られたくはない。
誰にも萬場・了という存在を確立されたくはない。
いつまでもいつまでも、彼という存在が実証されないまま彼はこうして――狂気の中で恐怖を食べていたいから。
「大コケだ。」
“わかってしまった”了は、切なげに笑う。
それはきっと、壮大な映画のオチがつまらなくて、惜しむようなそれだった。
ねずには、人間の感傷というのはわからぬ。
だけれど、ここにこれ以上人間たちを縛るわけにはいかぬと思った。
「でましょう。」
ねずは平気だけれど、人間たちには宜しくない場所であるのは確かなのである。
ちゅうちゅうと鳴いてこの場に住んでいたねずみたちと別離をしたのなら、最後にねずが『母』たる骸に視線を向ける。
「そのように、泣かずともよいのですよ。」
――神にはいったい、この場所がどう見えているのやら。
わからないほうが、精神的によいのでしょうね。と――頭の中で結論付けて、耀子も三人と共にこの『思い出』の地を後にした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
辻森・朝霏
◎
一番怖いのはにんげん?
そう、その通りよ
でもそれは普通のヒトにとっては、であって
私達は別
宇宙人や化物なら違う生き物だからとまだ納得もできる
けれど同じ形をして同じ言語を操る生き物が理解したくてもできない事をする、って
とっても、とっても、恐ろしいものよ
廃ビルとはいっても
浮浪者や怪しい取引をしてる人達はいるでしょう
拠点にしてるなら尚更色々聞けるはずだけど
記憶に残らぬ様
顔は隠して
私も彼も食人の趣味はないけれど
彼はそちら側の人間を沢山見てきてる
今回の犯人もきっと逃げられはしない
私だって大きな括りではあちら側――こちら側なのだから
同類にしか分からない様な事にも気付けるでしょう
誰も見てないなら
彼と共に探索を
ホロゥ・サファイア
◎
ヒトの血肉もおいしいんだろか。
おれは好きじゃないけど、きみ好みではあるんだっけ?
おれには外でびくびくしてるヒトたちのきもちの方が、おいしそうに見えるんだけどな。
影と語りつつ、覗きに行こう。
先輩猟兵のみなさんの、お手伝いならできるかも。
加工場だった場所なんだよね。
獲物の傾向や加工の仕方なんかから、狩りの手法とか好みの味調理法とかわかるかも。おれもやったことあるし、とは小声。
生きるだけなら狩りのいらないヒトが犯人なら、おいしいものが食べたくて食べてるんだろうから。調理法はわかんなくていい?そっかあ。
狩り方や食べたいモノがわかれば、潜む場所も絞れるかなってね。
水標・悠里
ああ、懐かしい
命を脅かされる、心臓に爪を立てられ破かれる寸前のひりつくような焦燥感と恐怖
久しい感覚です
忘れもしない、いつ殺されるのかと怯え続けた事を
さあ黒鴉、暴きに参りましょう
先導させまだ手付かずの場所があればそちらへ
遺体があればしばしの黙祷を
しかし、綺麗ですね
一つ一つ丁寧に刃を入れ、食事の為に支度をしている
生物としての姿を失い、食肉へと変わる加工場
より美味しく食べる為に人が手を加え、命を加工する
ここに死霊はいるのでしょうか
【黒翅蝶】を翳し気配を探り、そこにいれば話を伺います
あなたは何故ここで、死んだのですか
あなたを加工した方をご存知ですか
魂なら食べてもいいのですが、それは後々考えましょう
●
一番怖いのはにんげん――それは、この殺人鬼の少女とてかわらない。
辻森・朝霏(あさやけ・f19712)は行儀のよい笑顔を浮かべて、この犯人を確かに『普通』の観点から見れば恐ろしいものとする。
しかし、――彼女は、誰にも知られない殺人鬼だ。
極めて頭もよく、手際が良く、そして己の『本当』を隠すことに長ける朝霏の普段は、学び舎にある一人にすぎない。
美しいが、派手過ぎず、目立たないようにしているし、主張がこの犯人のように強いわけでもない朝霏である。
今日この場の仕事だって、彼女にとっては散歩のようなものだった。歩くコンクリートに血が染みていてもなんにも思いやしない。
誰も見ていない、誰もここには立ち入れないからこそ――彼女が予想しているような浮浪者などはいなかった。
「此処に立ち入ったから、このお肉のどれかになってしまったのかしら。」
被害者たちの証明が丁寧に貼られた、肉を見る。
このようなことをせずとも――。
『普通』の人間とは、己らのことを恐れてしょうがないものだ。
これを行っているのが、例えば邪神のみであったりとか、それから宇宙人だとか、おとぎ話の化け物なのだというのなら己も少しは納得したし、『普通』の彼らも納得したやも知れぬ。
だけれど――此処に在るのは、どうみても、ひとの痕跡ばかりだ。
頭を丸めてよく見ればそりこみなんかもしている写真のあった運転免許証と、その下でラップにくるまれた臀部の肉が、少し面白おかしく思えてしまう朝霏である。
実際――彼女のお目当てになりそうな人間は、一人も生き残っていなかった。
ただしくは、まるっと餌になったのだろう。社会的な弱者である浮浪者などはここを住処にする発想などなかったらしい。――それを聞いたのは、ビルの外に出てから少し歩いた田んぼ道でのことだった。
ぐてんと丘に寝そべっている、新聞紙と変わらない色の服を着た汗臭い彼にちょうど逆光になるよう立って訪ねていた彼女である。
まだ、暑い。
ふう、と息を吐いて白い肌を手の甲でぬぐう。異国が混じる美しい顔立ちと、この片田舎は少しギャップがあって――それは、画になったことであろう。
「興味深い話が聞けたわね。」
誰に話すわけでない。
ぽつりとつぶやいた一言は、朝霏の中にいる「彼」に向けられたものだ。
「彼」とは。
優しすぎる――その顔に染みついているのはアルカイック・スマイルというならば、適しているやもしれない。
朝霏の中に住まうもう一人の人格のことをそういうのだ。
不思議に満ちた優男もこの朝霏も、食人の趣味はないし、殺人犯であってもこの犯人のように同情を買うような経歴はないはずの彼らである。
まあ、人の同情なんて安いものではあるのだけれど――「彼」はとくに、人間観察にすぐれたそれであった。
たくさんそういう人を見てきた彼だからこそ、朝霏の内で世界を通して見ているのである。
先ほどの浮浪者にだって、ビルよりかは随分と離れた場所にいたから情報を掴んでいると思えなかったが「彼」が言うから尋ねてみたのだ。
――彼の「おともだち」が消えてしまったという。
浮浪者どうしのつながりは時に強い。なわばりを取り合うことはあれど、だからこそどこに誰が潜んでいるかはよくわかっている彼らである。
そして――そのうちだいたいは、この生活に満足していることも多いから『歴が長い。』
残暑の幻影でありたい朝霏が、彼に顔を見せないまま慎重に問うていたことはたった一つだ。
「昔、捨てられた子供がいませんでしたか。」
この『岡本・慧』には戸籍がない。今ある戸籍はおそらく「与えられた」ものだ。
ならば、『岡本・慧』であったはずの期間があっただろうと――「彼」と共に納得したものだから、尋ねてみれば。
「ああ、――すんげぇ昔の話だ。ちょっとしたヤマにもなったこと、あったっけかぁ。」
浅黒い肌の彼が、語る。
●
ホロゥ・サファイア(☓と踊る・f21706)は、彼の周りを飛ぶ紅い蝶には目もくれないで、己の影にうつむいて話しかけていた。
「ヒトの血肉もおいしいんだろか。」
喉を潤す血肉は好きだが、「影」である彼は――喉がなかった。
「おれは好きじゃないけど、きみ好みではあるんだっけ?」
魂を潤す感情が好きだった、だけれどそれでは生きれないからかつて「影」はホロゥと約束をした。
「おれには外でびくびくしてるヒトたちのきもちの方が、おいしそうに見えるんだけどな。」
ホロゥの好物は血肉ではなくて、「いのち」である。
もしその「いのち」に人間が換算されているのなら――飢えはもう少し、マシになっていたのだろうか。
いいや、それともホロゥのいう「いのち」とやらは、「こころ」のことを言うのだろうか――誰にも彼にも答えなどわからない彼と影の一方的にも思える問答に、紅い蝶は戸惑っていた。
ようやくホロゥが、蝶に意識を向けたのならだいたいのあらましをビルの中で受け取っておく。
「いのちのあとが、いっぱいだね。」
どこか、嬉しそうに。
長身を軽く弾ませながら、さあどれを探ってしまおうかと意気揚々と足を運んでいく彼なのである。
「獲物の傾向は、――あ、日付がある。」
ホロゥが訪れたのも、この人肉専門店となってしまったスーパーである。
よく視てみれば普段は知育玩具なんて起きそうな場所にも、指やら脚やらが丁寧にアイスノンと共に置かれていた。
ホロゥが手に取った一つなどは、まだ鮮度的には「ぎりぎり」だろうか。すんすんと嗅いでみて、己の影がうぞりと湧いたのを感じた。
「だめだよ、まだ。」
口元に人差し指を当てて、制するなら。
影は少し悔しそうに震えて――また、ホロゥの足元にておとなしくしていたのである。
「一番最初に殺したのは、養母だって言ってたかな。」
足取り軽く、その神棚の前にホロゥが歩んでいく。無数の「肉」たちの持ち主の顔を見ながら、この食人鬼の料理がうまそうには思えない、そうであってはならない。と言っていた猟兵何人かの顔が通り過ぎたような気もした。
潜む場所も大方絞れて、狩り方だって誰かが暴いて。それでは、残るなぞはその「構成」だ。
――ホロゥが目的にについたころには「神棚」の前に一人の少年が立っていた。
まるで、幽霊というやつではないかと少し内なる地獄がたぎったホロゥである。
ぼわりと湧いた心を隠して、疑念と戦意に表情を変えないまま身構えるホロゥに、蒼の瞳が嫋やかに向けられた。
「こんにちは。」
――水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は、どこかうつろな顔をした少年である。
ぼうっとしているように見えて、今この瞬間とてやってきたホロゥのことを一挙一動「視て」いるような彼だ。
「綺麗ですね。一つ一つ丁寧に刃を入れ、食事の為に支度をしている。」
悠里が声をかけたのなら、ホロゥは「ほんとだ。」とだけ返していた。
――見られているのは、わかっている。
ここに悠里が迷いなく訪れることができたのは、その右肩で休んでいる【鬼業『黒鴉』(キゴウコクア)】の賜物である。
鴉の頭を撫でてやりながら、悠里はまた、彼の前にある『神棚』の――その頭蓋へと注意を向けていた。
――この狂気の空間における印象は、懐かしい。の一言で始まった。
命を脅かされる、心臓に爪を立てられ破かれる寸前のひりつくような焦燥感と恐怖。
それは、忘れなどしない。忘れもできない。――いつ殺されるのだろうと怯えて生きていた日々は、今の彼をつくるものだ。
その世界をけして「振り返らない」ようにはしたいのに、意識すればするほどがんじがらめになっていて――きっとそう簡単には逃げきれない彼なのである。
先ほどホロゥに情報を与えた紅い蝶とは違って、自前の黒い蝶を連れている悠里にホロゥもまた丁寧にあいさつを一つ交わした。
「今から何をするの?」
「死霊がいるので、会話をしてみようかと。」
死霊術士ならではの、彼の考えである。
先ほど神たる彼女が――ここに嘆き苦しむいのちがあると言っていたから、ならばとはせ参じることにした悠里だ。
ホロゥにはない技術に、きらきらと好奇心が芽生える。
「やってみせてよ。それって、死んだ人のこころ――聞けるってことだよね。すごいなあ」
少し、言葉は選んだ。
食べれるってことだよね――とは確かに言おうとしたし、彼もまた、実は『人を調理したことのある』人である。
だけれど、目の前の悠里は明らかにこの空間に瞳が緊張していた。
瞳孔は少し震えているし、呼吸は一定なように見えて秒針よりも少し早い。少なくとも、『同業者』ではないから――けして、己と「影」では使わないような言葉を選んでみたのである。
「ええ。それでは――さっそく。」
これが少しでも、このすすり泣く魂を救えそうならば、それもよかろうと。
食べるかどうかは、この後に考えればいいのだからと悠里だってまた同じく、己の欲にふたをしていたのだった。
女がいた。
女はかつて、男に恋をした。
男と激しく愛し合い、未来を固く誓ってそのために必死に金を稼いだ。
二人の未来のためだからと汚い仕事もさせられたし、献身的に身体だって捧げてきた。
だけれど――ある日、男の子供を身ごもってしまう。
男に報告をしたのなら、男は「ばかなことを言うな」、「冗談じゃない」、と少し笑った後で彼女に札束を握らせるのである。
「どうすればいいか、わかるな?」
女は――、その金を使うことはできなかった。
だから、誰にも知られないように子供をひっそりと生んだ。
子供と己で生きていく金は、彼の未来のためにと思って溜めていた金でまかなえるはずだった。
だけれど、子供を産んだとて子供に割く愛ほどに誰も女に愛を注いではくれぬ。
ほかの男にまた愛を求めて、子供の顔を身に家に帰るような毎日でも、それでよいと思っていたのに。
子供はどんどん大きくなっていくから、女の「連れ」を引き受けたがる男もいなくなる。
――そして、女にはどんどん大きくなる「子供」という存在が厄介になっていって――そう思いたくはなくて、「逃げる」ことになってしまう。
酒を飲んだ。
薬も飲んだ。
時には合わせて飲んでいた。
頭がおかしくなれば、誰かが己を哀れんで、それから可哀想だからと誰かが愛してくれると思っていた。
そうすれば子供のこともまた愛せるし、子供だって親が二人そろって嬉しかろうといつまでも正当化して――いつか、女はあっけなく中毒で死んでしまう。
子供は、飢えた。
腐っていく母親の死体と一緒に毎日寝た。
ご飯をねだっても、泣いても、喚いても、母親は二度と目覚めないのにそれがこの時の子供には一つもわからなかった。
子供には、出生届が出されていない。
この子供には名前がなかった。だけれど、母親が呼んでいた『慧』という名前だけは己の名前だとわかっていた。
母親の名字が――『岡本』だったことを知ったのは、彼の背丈が大きくなってからのことである。
しかるべき情操教育もなく、文字を読むこともできず、唯一母親が教えていた発声だけは辛うじてできていたものだから。
なんだから様子がおかしいな、と近所の誰かが通報して、警察が立ち入ったころ。
子供は、母親の腐肉を食べて飢えをしのいでいた。
初めて見る他人に泣きわめいて、襲い掛かって、大の男に取り押さえられる。
わあわあと泣きわめいて、とりあげられる己の体の弱さに何度も泣いた。
しばらくして、指定のカリキュラムを受ける。
養護施設に入り、健やかな食事を得た。勉強をさせてもらえた。彼を哀れんで、愛してくれる養母のことは本当に好きだった。
――だけれど、いつまでたっても、忘れられないままだった。
大好きだった。
大好きな母親を、あの狭いアパートの中で貪り食ったあの日を忘れられないまま生きていた。
だから、大好きになった養母のことは泣きながらがむしゃらに貪ったのである。
ちゃんとそのために、精肉工場に就職して予習は積んできた。
人間の構造についても独学で一生懸命学んで、とりかかった作業だった。
ごめんなさい、ゆるして、ありがとう。
唱えながら食べる食事は――どうしてか、彼の飢えを満たせないまま終わっていく。
夏が終わるたびに、思い出す。
盆も過ぎて、アキアカネが魂を連れ帰るというのに――いつまでも、この彼だけは死に損なって「怪物」のまま生きている。
それを語る死霊は、間違いなく彼の『義母』のものだった。
悠里とホロゥがそれを静かに聞き届けていたのが、――この食人鬼の仕組みである。
●
「だから言ったじゃない。」
ねえ、と。
頂点まで登った夕日が、昼飯どきを告げる。
この辺りにおいしい料理屋さんって、ちゃんとあるのかしら――なんて朝霏は「彼」に愚痴りながら、共に笑っていたのだ。
「とっても、とっても――恐ろしいのよ。」
こんな片田舎でも、ちゃんとコンビニがあったことに感謝をして。
彼女が啜ったアイスコーヒーの入ったカップが、空を告げていたのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 冒険
『襲い来る怪奇現象』
|
POW : 物理的に押さえ込む
SPD : お札など呪術道具を使う
WIZ : 怪奇現象を起こしている存在へ説得をする
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
『猟兵』たちは、小さなビルともいえぬテナントの集合体にやってきていた。
――彼らが『猟兵』と呼ばれる存在だとわかってしまったのは、どうしてだろう。
頭に響く言葉だった。単語だった。おおよそ彼らを敵として判断するのは直感だった。
人間めいていない思考だと思う。
だけれど、此処に彼らがやってきたところで己はいつも通りに接客をすべきだ。
ほかの店から誰かを追い出さずともよかろうに――『わきまえている』つもりだから、襲うのは『人間』ではなくなった。
己はもう、人間ではないのだろうと思う。
辛うじて今は人の形を保っている。
案外人間の体とは丈夫なもので、生きようとするのが本質であるから死ににくくできているのだっけ。
――どうでもいいか。
いつも通り、もてなすだけなのだ。
薄いカーテンのむこうにそろった、おそらく指示がなされていて点滅していないパトランプを見ていた。
4、5台の白黒に、この場所は包囲されている。それでよかった。――そうすべきだと思う。
どろりと垂れる己の皮膚が水色めいて溶けていった。
小さな飲食店を構えたのは、ほんの数か月のことである。
夏が始まる前に、養母の遺産と人々の憐れみを受け、田舎特有の「横のつながり」で格安に与えられたこの土地が己に回ってくるまでえらく手の込んだことをしてしまった。
いつも通り、獲物を殺して、契約していた倉庫にて氷漬けにしてやっていたときに海に立ち寄ったのが転機だったろうか。
――いいや、きっとあの時に己は死んだのだ。そして、生まれ変わったといっていい。
己の命に適したかたちが、与えられたのだと思う。
静かな海辺に、これからの時期になれば人が増えて騒々しくなってしまうから、おのずと己の手口は巧妙になっていった。
獲物を狩るのが上手くなる。獲物の数は季節に伴ってどんどん増えていく。秋になれば獲物は少なくなってしまうから、――できれば、夏の内に多く食べていたい。
そんなことばかり考えて、砂浜に立ち尽くして月を見ていた己を撫でる潮風がやけに遠く思えた。
――現実味のない、感覚に涙を流していたらしい。
春の終わりと夏の始まりのはざまが、どうも「人間」と「怪物」の間にいる己のようで少々センチメンタルだったのを覚えている。
どうあるべくが、正しいか。
そればかりを、考えていたのだ。
どうして己と同じ境遇の誰かは、こうならないのかを考えて。精神の病だろうかとか、それとも味覚の異常だろうかとも己で顧みて眠れなかった日など何年も何十年もある。
だけれど、どこにも――「岡本・慧」が人間である証明も怪物である証明などなかった。
「斎藤・慧」は人間だった。
まぎれもなく、外面の己は物静かで礼儀正しくきっちりとしたひたむきな青年であると周囲が評価してくれている。
だけれど、「岡本・慧」はどう考えても怪物なのだと――悟ったのはきっと。
あの海で、「友達」と通じ合ってしまったからなのだろう。
ああ、とうとうこの縄張りに『猟兵』たちが立ち入ってしまう。
それで構わない。もう『怪物』になった己の獲物は人間であってはならない。
夜を選んでくれたのは、この店に――己の構える城の夜食が格別だと、どこかで評価を受けていたからだろうか。
ああそうか、昼は店を閉めていたな。そうだっけ――、と己の思考が消え始めているのもわかる。
もう、人間で在る必要がないというのならそれで構わなかった。
何もいらない。
ずっとずっと、欲しかったのは――。
「いらっしゃいませ、お客様。」
ぽつりとつぶやいた言葉は、溶けて皮膚とともに消えていった。
――さあ、とびきりのご馳走をしよう。
◆◆◆
邪神を「何らかの手段で」取り込んだ『岡本・慧』が、己の店に侵入してくるであろう猟兵たちを惑わせます。
そのすきに店からは逃げ出して、「海」に向かってしまうようです。
猟兵の皆様は、『好きな/大切な もの・人・存在』を『食べてしまう幻覚/食べたくてしょうがなくなる』精神干渉を受けることがあります。
独占欲・支配欲などが強い性格の人ほど顕著に表れてしまうやもしれませんが、お好きな反応をしていただければと存じます。
①幻惑に抗えない場合
→苦戦判定になります。その店にある『肉』か何かを口にしてしまうやもしれません。味方に襲い掛かることもあるでしょう。
ただし、ご一緒に行動されている方に助けられる/もしくは、他の方に助けられる場合は成功/大成功判定になります。
→ご希望される方は①とプレイングのどこかにご記入をお願いいたします。
②幻惑に抵抗して克服する場合
→成功判定になります。引き続き犯人を追っても構いませんし、誰かを助けてもOKです。
克服する場合は、何らかの方法で己に『痛み』を与える必要があります。頬を強くつねってもOK(加減はお任せします)。
→ご希望される方は②とプレイングのどこかにご記入お願いいたします。
③幻惑が効かない場合
→大成功判定になります。犯人を追っても構いませんし、逃げないように手段を封じてもOK、誰かを助けてもOKです。
また、唯一犯人との交渉・対話・説得などが可能ですが、攻撃という手段をとっても構いません。ご自由に行動なさってください。
→ご希望される方は③とプレイングのどこかにご記入お願いいたします。
こころの底で望んだ何かとの、異食のひと時をごゆっくりお楽しみくださいませ。
ぜひ、皆様のご自由なプレイングを楽しみにお待ちしております。
※幻惑から逃れるための行動が必要ですので、フラグメントの行動は一例とさせていただきます。
(※プレイング開始日時は、9/13(金曜日)8:30~です。これ以前に来てしまわれた場合は恐れ入りますが採用できかねますのでご承知ください。)
(※多数の方々に有難くも来ていただいた場合は、再送をお願いすることがございます。また、不採用になってしまうこともございます。なるべく、採用させていただけるように尽力致しますが、どうかご了承くださいませ。)
ジャスパー・ドゥルジー
③
幻惑が侵食してくるのをいち早く察知
腕にナイフを突き立て痛覚で遮断
効くわけねえだろ
たべたいのは、俺じゃない
「慧」を逃がさない範囲で仲間を引っぱたいてから
無防備に近寄る
なあ、俺半分ばけものみてえなモンなんだけど
ヒトとは味が違うのかな?
試してみたいとは思わねえ?
血の滴る腕を差し出し
言葉にUCを乗せて
踊り食いは嫌いかい
なら肉を斬り落としてやってもいいぜ
生が嫌いなら俺の炎で炙ってやろうか
極上のステーキを召し上がれってね
好き嫌いすんなよ
同じばけもの同士じゃねえか
ぺらぺら捲し立てる言葉
半分は他の奴が我に返るまでの時間稼ぎ
もう半分は……わかるだろ?
でも「ぜんぶ」はやらねえぜ
それをやるのはたったひとり
ヴィリヤ・カヤラ
◎△
①
猟兵になってから吸血は渇いてからが多くなったけど、
渇くと頭を過るのが大切な人の血は
格別に美味しかったりするのかなって思う事。
目の前に父様か、その肉と思う物があったら……
今も渇いているし口にしてみるかも。
何だか今になって不思議なくらい渇いているし。
本来は血液しか要らないけど肉しかないなら食べるかな、
血が滴ってたりレア状態なら文句無しだけど。
渇いていなくても美味しく感じられる味だと思う、
尊敬してて大好きな父様だし不味いなんて事は無いと思う。
止められたら、なんで止めるの?とは思うかも。
誰かに怪我をさせたら気付いた後に謝らないとね。
本当にごめんね!
吸血の処置用に持ち歩いてる絆創膏ならあるよ?
●
――岡本・慧にとっては。
これが初めて「ひとでない」姿になっての戦いとなる。
此れこそが己の本性で、己の中に在る醜いそれなのだと――わかってくれなくてはよかった。
だから、この場で正気を保てる猟兵たちを見ても「そういうもの」なのだとわかる。
もはや、自分の体はとうに液状化がすすんでぬめりはじめ、綺麗に整えてあったタイルの上を滑ってゆくばかり。
こんな己をすくいあげて、ひとつに戻すためにこねまわすなどはこの彼らにもできまいと、どこか諦めと達成感に満ちて――彼は、猟兵たちの様を見ていた。
「は、は」
そんな――ひとでない自分に酔いしれる彼の耳に、悪魔らしい男の笑い声が響く。
ジャスパー・ドゥルジー(Ephemera・f20695)は、腕からの流血に痛みを感じながらもこの「部屋中」に在る人でなしに想いを馳せていた。
――ジャスパーからすれば、こんな幻惑は『台無し』だ。
それは、例えば一流のフルコースに上から『ソース』をかけすぎてしまうかのような行為ともいえる。
――人を食べる人に、食べられたい。
そんな彼からすれば、この演出は不要でしかないのだ。
耳障りなノイズ、行儀の悪いマナーのなっていない客のように、――楽しみにしていたからこそ、彼はこの術式に敏感で在れた。
「効くわけねえだろ。」
それに、その食欲は彼のものではない。
彼の中に在る「彼女」のものかもしれない――少なくとも、彼のものであるわけがないのだ。
愛をもって、敬意をもって、彼が人間を食べるさまを感じていたい。全身すべての感覚器を、内臓の一つにだって痛みを感じて彼を歓迎してやりたい。誰が望むよりも、ジャスパーがそれを一番認めて、それから求めている。
あれほどまでに死体を大事に扱うこの男には、必ず人間への「愛」というものがあるに違いないのだ――。
誰よりもいち早く、幻惑から逃れてみせたいびつの有様を見て岡本・慧は床を這う広範囲の己の一部をシンクの排水管に逃がしてやろうとする。
しかし――それを、ジャスパーが見逃すはずがなかった。
「俺たちの間に、こんなのは要らねえよ」
イトシイヒト
投げかけられた声に静止したスライム状の食人鬼への目線は、執着と欲情に紛れもなく満ちて、濡れる。
ああ、己とこの食人鬼の間に――『ソースひとついらない』。
ぼたりぼたりと垂れる赤に、仲間のうち一人が反応するのは少し予想外でもあった。
予期せぬ『トッピング』を乗せられた子供のような顔をしていた悪魔の笑みが、ますます喜悦に満ちてゆく。
ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)は、ダンピールだ。
猟兵になってからもそれまでも、彼女は無理やり誰かの血を奪うようなことはしてこなかったのである。
それよりも、父親に放り出された命題と共に世界を駆け巡るのに一生懸命で、彼女なりのペースで歩き続けていることのほうに夢中であった。
しかし――、彼女の『吸血』というのは、逃れられないものでもある。
それは、生命維持に必要な行為だったのだ。
この食人鬼のように、本来ならばやらなくていい行為ではない。だからこそ、ヴィリヤは渇くまで耐えていた。
渇いて。
渇いて、乾いて。
いつか与えられる『それ』は、『父親』からの『ご褒美』であったにちがいない。
ぼんやりとヴィリヤは立ち尽くして、ジャスパーの動きを目の当たりにしていても、特に何ら顔色が変わったわけでもなく――いつも通りに、彼女は其処に在った。
ジャスパーの腕から舞う赤のにおいが、彼女の鼻腔をくすぐるまでは。
「父様」
うつろな声が響いて。
ジャスパーが次は、そちらに目をやった。ギラギラとした瞳でヴィリヤがジャスパーを見ている。
――本能的な欲に満ちた瞳というのは、いつだって誰のものだって、美しくて愛おしく思わされるものだ。
ヴィリヤの視線から感じ取れるものは、たとえジャスパーが他人に興味深くなくともわかるものだった。
いいや――『食われたい』彼だからこそ、わかったのやもしれない。
「俺が、食いたい?」
にたりと口角を吊り上げて笑うジャスパーの輪郭は、彼が左から日の光を浴び、右に在るヴィリヤを見つめているものだからすっかり黒で満ちて見えなくなってしまう。
――誰だか、誰にもわからない。
だけれど、ヴィリヤにとっては、『そう』見えていた。
不思議だな、と彼女が思う頃には足が一歩前へ出ていたのである。普段から扱う氷のように、冷静である己が頭のどこかで首を傾げた。
こんなところに父様はいない。
いない――はずなのに。
事実――彼が飲みたいのであれば。
すぐさま必要であるのなら、己の血だって『半分は』父親のそれが流れているのである。
理論上はきっと遺伝子に彼が刻まれたままのはずなのだ、毎日己の半分を愛する家族が支配しているではないか。
間違っている。この考えが間違っているのはよくわかるけれど、間違っていたところで――どうして止まる必要がある?
今になって、急に喉の奥が渇く。一つ唾を飲み込んでみた。
喉だけではない、よくよく思考を巡らせてみれば胸の奥も、瞳も、舌も、頭も――脳も!
「あ――」
ど こ も、 か し こ も 、 何 も か も が !
本来は血液しか要らない。だけれど、もういい。
その赤が滴る肉ごと牙を突き立てて、抉り取って口に含んでしまいたい。
腹が満たされるまで、脳が満たされるまで――愛おしい、敬愛する父の味であるならば間違いなどない!
満たされるに違いない、心の底から満ちるに違いない――そんなはずがないのに――と、どこかで冷静な己がつぶやいているのすら、今のヴィリヤには届かなかった。
ジャスパーは、ただただそれが愛らしいものに思える。喩えるのなら、きっと赤子のように思えていたやもしれないのだ。
見せびらかすように己の赤を見せながら、――にこりと優しく笑ってやる。いっそ、慈愛に満ちすぎているまでに。
そのさまが、この『ひとでなし』の心をつかんで離さなかった。
――どうして。
「なあ、俺半分ばけものみてえなモンなんだけど。」
自己紹介が遅れたな、と今更になってジャスパーがどこか照れ臭そうに話すものだから。
優しい声で、それこそ女を口説くように丁寧に語る彼の語調が、このキッチンにはふさわしいようでいて、――狂気とはどこまでも不釣り合いでいる。
「ヒトとは味が違うのかな?試してみたいとは思わねえ?」
ヴィリヤが、ジャスパーの腕に勢いよく齧りつくまでを『見てしまった』。
【ヴェリテの嘘(ウソ・ハ・ホント)】は、言葉の魔術である。
「ッ――!」
絶頂に届かなかったのは、ヴィリヤのそれはジャスパーに向けられたものではないからだ。
ヴィリヤが愛してやまない、飲みたくてたまらない血はジャスパーのものではない。
ふう、ふう、と荒い息を口からも鼻からも繰り返して、鋭い歯で彼の血管をぶち破り肉をえぐる。
滴る熱と赤に興奮するのは、飢えたヴィリヤでもあるが――ジャスパーもまた、そうであった。
しかし、その痛みはジャスパーにも好いものではあったのだけれど、このまま「おしゃぶり」になるつもりはなかった。
彼の意図は別にあったのだから。――魔術の流れがこの場に駆け付ける猟兵たちすべてにかかったのを悟っていた彼である。
けして、欲ばかりに濡れてはいない。ヴィリヤの頭を、指先でツン、とひとつ突いてやった。
「――わ、」
間の抜けた声を出して、ヴィリヤが二、三度瞬きを繰り返した。
「お味はいかが?」
口から赤と唾液の混じったにおいを漂わせ、己が何をしていたかをようやく気付いたヴィリヤである。
微笑むジャスパーに少し呆気にとられてから、「ごめんね」と粗相をしたことを詫びるような軽さで眉をひそめてみた。
「美味しかった――と思う、かな。」
「そ。ほぉら、美味しかったってよ。」
ヴィリヤが傷口を塞いでやれるかどうかもわからぬ絆創膏を取り出すよりもはやく、ジャスパーは腕を『彼女』の焔で焼いて見せる。
人間の肉が焼けるにおいとともに、塞がれる傷口を当たりにしてヴィリヤが目を丸くしていた。
よい匂いとは言えないはずなのに――まるで、喉の奥で赤が灼けるような感覚を受けて、思わず口の端が笑む。
「本当に、ごめんね。」
ああやはり、この仲間は「ヒト食い」なのだとジャスパーがわかったのなら、ヴィリヤへの言及は必要としなかった。
本来ならば「ごめんね」などは最も要らない行為である。このジャスパーにそのような言葉は必要がなさ過ぎた。むしろ、激昂したやもしれぬ。
しかし――狂気から晴れたばかりで微睡んでいるからか、ヴィリヤがちっとも「申し訳ない」と思っていないように見えたから許した。
ただ「食べるだけ」の生き物であるのなら、「そういうもの」なのだ。
しかし――「食べることに意味がある」生き物は、「そういうもの」でない。
「生が嫌いなら俺の炎で炙ってやろうか?――極上のステーキを召し上がれってね」
焦げた腕を振りながら、シンクから微動だにしなくなった人間のあとを追う。
一歩。
また一歩。
ずい、ずい、と期待と興奮に満ちた顔をしたジャスパーが歩いてくる理由すら。
その後ろのヴィリヤが、どこか満たされた顔でさも当然のように上唇を真っ赤な舌で舐めている様子すらも――意味が分からない。
どうして、それを『受け入れる』?それを受け入れることはこの食人鬼の周りでは『ありえない』ことだったのだ。
「好き嫌いすんなよ。」
――同じばけもの同士じゃねえか。
ばけもの二人が、ずい、とやってくる。
シンクの排水溝に流れられなかったなり損ないを、ジャスパーの焔が鈍く照らした。
「どうぞ、めしあがれ?」
――獲 物 で な い 。
このなり損ないが今、言葉の魔術で縫い付けられている場所で。
間抜けな顔をして――『受け入れていたことも知らない』人間たちに振舞ったおのれの獲物の肉を、捌いていた。
どれもこれもが食われることに躊躇して、どれもこれもが抵抗した。
それは間違いではないから、この鬼も全身全霊をもって殺し、解体し、友達と分け合って喰らったのである。
だというのに――。
こ の 、 ば け も の ど も は !
「殺さない程度だったら、いいんじゃないかな?」
とどめの一言は、ヴィリヤのそれだった。
ヴィリヤは先ほどの幻惑にかかった姿の通り、捕食者である。
それも、根からの――生まれからの捕食者だったのだ。
半魔の彼女は人間を餌とする生き物どもである。ただ、テーブルマナーのいい育ちであるから、虐殺などには至らないだけのことで――未来の使途でありながら、この食人鬼よりも立派な吸血『鬼』だ。
生命のことは尊いと思う、『鬼』なりに敬意を抱いている。
だけれど――この、しょせん人間として育ってきた彼とはそもそもの理論が違うのである。
だから、ヴィリヤの一言はどこまでも優しかった。優しくて、投げかけられたなり損ないが恥ずかしくなってしまうほどだったのだ。
「あ」
ばしゃ、と。
水しぶきをあげて、『彼』の意識が逃亡したことを悟る二人である。
潮めいたにおいに鼻を鳴らして、残念そうに肩をすくめたジャスパーが、己の腕を見た。
「ガーリックでもかけときゃあ、次は食ってくれるかね」
「どうだろう。シンプルな味付けが好きって見た気がするなあ」
排水溝に流れていくのは――現実を突きつけられた、『鬼』の涙だったろうか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
冴木・蜜
◎②
向かった先は海、ですか
…、……うみ?
初めに過ったのは蛸足のゆめまぼろし
どんなに底からも
私を掬い上げる艶やかな蛸足が
本心を曝け出す様に
誘うように撓る
ああ、そうか
私はあの人の傍に居たいのですね
わたしのあなた
与えられなくてもいい
ただ、貴方の傍に
それが叶わぬのなら いっそ――
…、いえ いえ
食べてしまったら
“それまで”になってしまう
私は…まだ
あの人に言いたいことがある
共にやりたいことがある
だから これを、口にするわけには
踏み止まる為に腕を切り落とします
それでも止まれなければ首を
大丈夫
私は…ヒトではないから
正気に戻ったら
周りの猟兵を助け回りましょう
致命傷を避け
効率的に痛みを与える方法は熟知してますから
神埜・常盤
◎②
あァ、嗚呼、喉が渇いて仕方がない
腹が減ってしょうがない
どうにか往なして来た、此の躰に流れる穢れた血が
美酒では最早足りないと、ひとの生き血を啜れと喚いている
脳内で反芻するのは吸血鬼たる父が
母を手に掛けた時の光景
あの日、確かに私は怒りを抱いた筈だ
けれど――敬愛する母の血を啜れた父に
羨望も抱いたのでは無かったか
半端者では無い、完全な吸血鬼で在ったなら
理性の檻に囚われず、此の飢えを満たせたなら
――そんな昏い希いも今なら、きっと
敬愛する白い首に牙を立てる寸前、唇を強く噛む
あんな憐れな男と一緒に成って堪るものか
私など自身の血を啜っているのがお似合いだ
さあ、異形を狩に征こう
次はお前が喰われる番だ、殺人鬼
巫代居・門
腹が鳴る。
食欲だ、飢餓だ。
浮かぶ人影は、親か妹か同僚か。いや。違うか。
俺か。
頭から足先まで、そのままの体を幻視する。
結局自分が一番好きか、くそだなお前。
抑えきれない空腹に剥き出しの肌の首を噛もうとして、唐突に激痛。
薙刀の忌縫爪に宿る怪異が門の体を使い【破魔】を纏う刃で腕を突く。
ぶっ刺しやがって、容赦なしか、くっそ。
助かったけどさあ…
はは。
そうだな、今の幻は行儀が悪い。そのまま丸齧りなんてコックが見れば、店を追い出されてたかもしれない。
それこそファストフードじゃなく、格式もった店なんだろうから。
ま、テーブルマナーなんざ元から知らねえけど。
簡単に止血して、コックを追おうか。
アドリブ歓迎
伊能・龍己
②
◎
(家族を、両親を、食べそうになる幻覚)
移動先、ここだったんすね。
またどこかに逃げられないうちに、追いかけねぇと……。
(幻覚)
あれ、なんでお父さんお母さんが……た、ただいま……。
お皿に乗って、それでも俺に話しかけてきて、おいしそうで……食べなきゃだめ?確かに、俺はお母さんのごはん好きだけど……。(泣きそうに)
……お母さんのごはんは好きだけれど、親を食べるのは違うっすよね。
お箸を置き、腕をつねって痛みで目を覚まします。……やべ、まだちょっと泣きそう。(ごしごし)
他の先輩、もしさっきの俺みたいに様子がおかしい人がいたら大変っすね。目を覚ましてくれるように、抓ったりして助けにいきたいっす。
●
向かう先は、海だという。
すでに流れ出した『体』の一部が、排水管を渡っていくだろうと――先の猟兵たちが言うものだから、急いで散り散りになって逃げぬよう猟兵たちが動き出そうとしたところで。
「…、……うみ?」
異変を悟るよりも早く――。
冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は、足を止めてしまう。
人間の足先に、ひたひたと水がしみていくのをぼんやりと見届けていた。
磯の香と、それから冷たい温度が革靴の間から足を浸していく。これがまぼろしか、現実のそれなのかを立証するすべを彼は持ち合わせていない。
そんな思考ごと、冷たい温度は押して引いてを繰り返してさらっていってしまう。
海は、広がっていく。彼の足先を冒した狂気が、次は彼の耳から脳を汚染した。
在りもしない海は、頭の中に湧いて出てくるのだ。空気を撫でる潮風の濃度も、その温度も――奪っていくばかりの現実味も。
そのまま、あの日のまま。いいや、きっと、どの日も。
蜜の脚を這う真っ黒じみた蛸足が、足首を舐るように撓る。
そんなに強く――縛られては、きっとしばらくは痕が残ってしまう。
困ったように蜜が見下ろしながら眉をひそめてみても、それが嬉しいのだろうと艶やかな黒が嗤うばかりなのだ。
――お前が、痕を残すのだろう。
誘うような黒がうごめいて、蜜と溶け合うようでいて、着かず離れず彼の擬態に成り切れぬ体を撫でていく。
――そう、だろうか。美しき異形である彼は、きっとそういったのだろうか。
時に『かみさま』であり、彼は『神様』よりも残酷かもしれない。
蜜のことを何もわかっていないようで、何もかもをわかっているような余裕のある態度と、それからモノクルの向こう側は読めないままの彼が、己にそう言ったのか?
薄紫の視線を落とす。
どれだけ蜜が底に沈んでも、いつだってこうして引きずり上げてくれる蛸足が居る。
どうしようもない自己嫌悪と、それから猜疑にさいなまれたところで、こうしてまた蜜を現実につなぎとめようとする黒の彼は――、『そうあってほしい』夢幻なのやもしれぬ。
だって――『かみさま』めいた彼は、存外ここまで『優しく』はないのだ。
「ああ、そうか」
蜜だからこそ、わかってしまう。
「私はあの人の傍に居たいのですね。」
これは、ゆめまぼろしであると。
己の欲でしかないのだ。――ただ、傍に居たいだけの自分の頭の底にあった虚妄である。
居たい、と思うということは。「まだその傍に居ない」ということを表している。
――与えられなくても構わない。
縛られているのに?
ふるりと蜜が黒髪とともに首を震わせる。飲まれた唾と同じで、すっかり蜜の頭は緊張しきっていた。
ほしいから、こうなっているのではないのか。
腹が減る。
いいや、――きっと、腹よりももっと奥が飢えているのだろうとも思われた。
もはやどこがおかしくなって、どこが黒なのかひとがたなのかも判別がつかぬ。外見はまだヒトのままだが、内側はとうに黒に溶けただろうか。
蛸足に、足首が呑まれていた。
「ただ、貴方の傍に」
それが、――これが夢だというのなら、叶わぬことである。
ならば、夢でなくせばいいではないか。
短絡的な思考にいよいよ口の中が黒でいっぱいになった。唾液ともいえぬ黒を口からあふれさせ、あごから滴らせる瞳からも黒油は漏れていたやもしれぬ。
――食えばいい。
この孤独を、この飢えを、この独りよがりを――満たしてくれたのならば、いっそ。
「……、いえ、――いえ。」
慌てて、己の異常を悟って蜜が両唇を手の甲で覆った。
ひとがたの手に滴る黒が蜜を現実に戻していく。擬態を保つ集中力が欠けはじめていて、すっかり顔すべてを黒く染めれそうなほどの油が口からは漏れ出していた。
流れていく。
海に黒が溶けていく。
彼の黒なのか、己の黒なのかすらもわからない。だけれど、それだけが――“それまで”だった。
きっと彼を取り込めば、間違いなく蜜は満足するだろう。しかし、『満足し続けられる』だろうか?
大きな欠けを埋めたところで、彼は流動体なのだ。かちりとはまった形もないのに、いたずらに大蛸を取り込んだところで消耗するだけであろう。
些か偏った論理と、それから気持ちを天秤にかけていく。
「あの人に言いたいことがある」
――まだ、共にやりたいことがある。
だから。
己の脚から太ももまで這いあがった蛸足を、ひどく悲しい目で見た。
――やはり、さみしくて、悲しいほどに優しすぎる。
長いまつげを震わせてから、ゆっくりと双眸を閉じる。この幻を拒絶するように、こう在れと願う己を罰するように。
「私は――ヒトではないから。」
言い聞かせるような一言は、心の否定でもある。
何も考えるな、感じるな、拒絶しろ――今は、何もかもを諦めていろ。
洗脳には、洗脳で塗り替えてしまうのが一番良い。蜜が己に言い聞かせながら、その証として真っ黒な腕を切り落とすころには、海の音もすっかり遠くなっていた。
●
渇きだった。
このビルに立ち入るまでは、彼はいつも通りだったのだ。
――いつも通りをつとめてきた。神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)は、半魔の男である。
しかし、そうであることを認めるのは彼の美学と生きざまが否定してきた。
美しい血こそ彼の血であれと今までだまして――だましてその香りと味に酔ってきたというのに。
こうして、半魔を改めて突きつけられると、視界がぐるぐると廻りだす。
常盤が瞬きを繰り返すたびに、どんどんと視界は血色を帯びていく。
立ち入ったビルは、昨日のそれとは違うにおいがしていた。海の匂いがすこしだけ漂っていたのを、覚えていたのに。
――次の瞬きで血色の瞳を満たしたのは。
月夜であった。
冷たい空気が常盤を撫でて、満月がいっそ憎らしいほど白い。
どこか遠くの森できっと獣どもが己らの夜を謳歌しているに違いない。
獲物を駆り立てて、獲物を捕まえて犯し貪り喰う彼らの夜を軽蔑しながらも、――こころのどこかでうらやましいと思っていたのは。
紛れもなく、常盤がひとではないからなのだ。
張り詰めた空気は、覚えがある。
どれほどの美酒と空気と食に満たされようと、飢えた本能は常盤の渇きを強調するだけだったのだ。
だから、視ないふりをしていた。
そうして――往なした気でいた。己は魔である己を従えたのだと絶対に信じて揺らがなければ、それは立証されると思って、思い続けている。
こうして、今ですらも。
突きつけられた光景は、紛れもなく『事実』であった。
緊張した赤の瞳孔は狭められ、小さくなってしまう。
興奮と、怒りと――嫉妬めいたそれがあった。
常盤は、半端物である。
完全な吸血鬼にはなりえない。敬愛する母の血が体に在るからだ。
しかし、それを――恥だとは思わぬ。むしろ、常盤が恥じるのは吸血鬼たる父のほうである。
人間を蹂躙し、弄び、時に人間同士で争わせ笑うこともあるような夜の王たちの代表たる吸血鬼であるかの父と、常盤は明らかに『理性』という点において異なりすぎていた。
口の周りを真っ赤にした父が、床に母を押し倒して首を貪っている。
夥しい赤が、大理石でできていただろうか――いいや、今はそれなどどうでもいい――床を染めていく。
隙間に染み込んだ赤が伝う。
伝って――常盤の革靴へとたどり着くのを、まじまじと見せつけられていた。
常盤の父は、常盤の母を手にかける。
それは――いっそ、そうあるべきだとさだめられていたものであろう。
半魔の成り立ちはそれぞれである。
無理やり吸血鬼に見初められて子を産まされた人間もいれば、己からそう望んだ人間もいたやもしれない。
だがしかし――この場で、『子』である常盤が抱いた感情こそ、彼にとっての両親の関係を表せていた。
ぎゅうと握りしめた手は、ほぼ反射のそれだ。手袋越しにも爪が掌に食い込んでいく。
これは、術式の仕業である――陰陽師たる常盤はそれがとうにわかっていた。
解除の方法がわかるまでこの悪夢に耐えればいいと思っている。己が動かずともこれだけの猟兵が集まっているのだから、誰かしらが触れた一つがうまくスイッチをいれてくれるのだろうと悠々としていればいい。
いつものように、何もかもを見ないふりをして。
助けてくれ、もう耐えられないと飢えに藻掻く己に知らんふりをして、ひび割れる土地を眺めても水をやろうと思わないように。
いつか『そういうこと』があればいいねだなんて傲慢に安楽椅子へ腰かけておればよいのだ。
そう思っていたのに――。
それは、見せつけられていたようだった。
「だから貴様は半端物なのだ」と、父が嗤ったやも知れないほどの沈黙である。
月光に照らされると、人の血とは黒く見えるのだなと――インクの染みがごとく現実めいた色を伴って、常盤の靴裏を浸した。
怒りばかりが、満ちる。
呼吸がはやって――これが幻想とわかっているのに、想起でしかないから、何を考えても無駄なのだと感じているのに、こころを止めるすべがない。
母は髪を床に広げて真っ黒に染められゆくばかりで、うつろな瞳で常盤のほうをみていた。
押し上げられた顎と、黒に頬を染められた母の顔はやはり美しい。
お い で 。
はくはく、と空気のない水槽に入れられた金魚のように、母が口を動かしていたものだから。
歩みは、自然であった。
父の血をすする音が聞くに堪える興奮に満ちている。ぐるると鳴る喉すら『本能』の差を見せられているようだった。
常盤は――半端物である。
ヒト
血をすすることにすら、こうして獲物である母の赦しを得ねば抵抗が出てしまう。
しかし、ああ、しかし――いっそこれが夢というのなら。
赦されてしまいたい。
この怒りが、父への嫉妬だったのだと思わされる。
ふたりを真上から見下ろす常盤に、父は間抜けにも後頭部を晒していて一切顔を見せなかった。
それほどまでに――この、母の血が美味いらしい。
愛する血袋をすするのは、どれほどの美酒よりも勝るのだと父の意志が行動となっていた。
理性の檻に囚われていた常盤が、片膝をついた。それから遅れて、もう片膝も地面につける。
父が貪るほうとは真逆の個所で、母の首に牙を立ててしまえば――この男の邪魔にはなるまい。
邪魔だと押しのけられることもなく、きっと己らで母を余すことなく貪り喰えるはずなのだ。
ならば、ああ――。
「ばかばかしい」
なんと、むなしい。
こんな時にまで、己はこの憐れな男の下にある。
口の中に鉄の味がいっぱいに広がったのは、悔しさのせいだけではない。
常盤が――己の唇に己の牙を立てていた。
「――私など」
――私など自身の血を啜っているのがお似合いだ。
いっそ、憐れな父親の子らしいだろうか。いいや、これこそ今を生きる常盤の精一杯な抵抗である。
真っ黒な鉄の香りが、ようやく現実の匂いとなって鼻腔を満たすころに――彼の唇を癒すものがいた。
●
飢餓であった。
紛れもなく、このどうしようもない焦燥感と染みるような衝動は、巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)の空腹を知らせる。
腹が鳴って、より現実味が増した。丸い腹を撫でてやって、軽蔑の目を向ける。
この狂気に触れる――局面において、えらく緊張感のない音だった。
さて、どうやらこれは立派な術式によるものらしい。体の中に潜んでいる異形がざわざわとしはじめるのを感じさせられる門は、怒りとも困惑ともいえぬ眉の形をさせて前を見続ける。
狂気の干渉であるというのならば、甘んじて受けるべきであった。
――解消のしかたも、どうせ俺じゃわかんねえよ。
卑屈めいて――いっそ、冷静な判断である。
精神に干渉するものを遮断するのは、紛れもなく『自信』が揺らがないものだけなのだ。
だからこの上なく己を受け入れすぎてきっとあきらめにも近い感情でいっぱいになっている生き物である門は、『そんなことはできない』。
――さあ、俺が食いたいものはなんだ。
浮かぶ人影は、親か妹か同僚か。どれをどうしろというのか。
この狂気が己の『大事なもの』を呼び起こすものであるのは、周りの反応を見ていればよくわかる。
劣等感、卑屈めいたものというのは周りと己を見比べることによって発生するものだ。
逆に言うのなら、彼は『周りをよく見ている』。
きっと彼よりも精神的に強いであろう仲間たちがどんどん狂気に囚われていくのを――察知するのはたやすかった。
逆に、そんな仲間たちが陥る術式なのだから己にも跳ねのけることが出来まい。
「ま、――テーブルマナーなんざ元から知らねえけど。」
鬼が出るか蛇が出るか。
なぎなたを構えて幻影を待つ彼の視界に現れたのは、数度の明滅のち――見慣れすぎたそれだった。
「俺か。」
門の大事なものというのは。
そこに顕現したのは、今の門と表情の種類すら変わらない門自身である。
――当たり前のことだ。
むしろ、この場に居るほとんどの猟兵たちが、善人過ぎるまである。そもそも、門が門を大事だと思うように、誰も彼もが本来は「己」を大事にすべきだ。
だというのに――この幻惑にかかった己以外のほとんどは、皆が「誰か」を見ている。
それがまた、彼の劣等感を煽ってばかりなのだ。誰も彼もができた人であるのに門だけはどこまでも――卑しいほどに利己的でしょうがない。
そのさまこそ、正しいはずで。
「最低だな、結局自分が一番好きか。」
そのさまこそ、効率の良いものであるはずなのに!
オ レ
「――、くそだなお前。」
どこまでも。
この門は、卑屈な生き物である。
どこかの華やかな誰かのように、彼は美しい生き物ではあれない。
どう、と駆け出した巨体は脂肪をゆらせていても、それを支える筋肉は力強い。
ずんずんと足音を響かせたところで今更気にもならなかった。己が醜悪であることなど、彼自身が一番よくよくわかっている。
――ちょうどいい、理にかなった自傷行為だと思えた。
どうせこれが幻惑であるというのなら、喰らったところでひとつも現実へのダメージにはなりえないだろう。
――自殺ごっこだ。こんな、茶番は!
ぐわりと口を開いて牙をむき出しにした門の表情は、まさに獣のそれであった。
存在への否定である。だけれど、大事なものが己で在ることは変わらない。
――彼は、己への自信がないだけで、結局のところ己が大事であるのだ。
しかし彼は同時に己と廻りを比較することをやめられない因果を背負う。生来のものであろうし、長く習慣づいたそれは今更急激に変えられない。
だから、正気を削られたいまは己に慄く己の頸に牙を立ててやろうと躊躇わなかった。
「い゛ッ―――!!?」
しかし。
それを許さないのは、『彼』ではないものである。
門の体に住まうのは、門だけではないのだ。
薙刀に眠る怪異は、門の破滅を許さない。それは――彼が、妹に席をとられた長兄であっても、彼が彼の一族である限り当然の結果と言えた。
「ってェ……。ぶっ刺しやがって、容赦なしか、くっそ」
腕に深々と、怪異の牙が――いいや、もしや爪かもしれぬが――勝手に門の手から離れて、宿る刃で彼の右腕を貫いていた。
滴る血と訪れる激痛に顔をしかめる門に、無機物は応えない。
――しかし、言いたいことはわかるのだ。
「はは。――そうだな、今の幻は行儀が悪い。」
お互いに食らいあわんと取っ組み合おうとした己の幻影は消えていた。
そこにあるのは、なんでもない静かな店内だけである。
ほかの皆がそれぞれ悲劇を美しくたしなんでいるのを見て、ああなるほど、これが――正しい食事会なのだと門も悟った。
「ファストフードじゃあるまいし、コックが見てたら追い出されてたかもしれない、だろ?」
己の腕を貫いていた刃を抜いて、己でも振るえるといわれた【忌縫爪(イヌイノヨヅメ)】に語り掛けてやる。
だくだくとあふれる赤を振りはらうこともなく、今はただ荒れた呼吸を落ち着けようと肘を太い手で握る門に続いて、目を覚ました誰かが居たのだ。
●
伊能・龍己(鳳雛・f21577)は、まだ少年である。
齢十三歳になる。ついこの前までは、ランドセルを背負っていてもおかしくないような幼い彼なのだ。
背が高いのは家系のものかはたまた『龍』のせいかはさだかでない。
しかし――いくら落ち着いていて、大人びていたとしても彼の世界はまだ十三年ばかりのそれでしかないのだ。
周りの先輩たちが苦しみ始めたのには、動揺した。
――『先輩』とは何も猟兵業だけのことでない。
この龍己にとっては、誰も彼もが『人生の先輩』であり、『大人』に見えていたのだ。
『大人』が苦しめられるようなものを、果たして己が逃れられるのだろうかと――考えていた思考回路は、純粋のそれである。
「またどこかに逃げられないうちに、追いかけねぇと……!」
切羽詰まった声色になったのは、あたりの『大人』たちの並々ならぬ業に苦しめられる狂気に敏感で在ったからだろう。
寡黙で表情に乏しいながら、龍己は明らかに『異常』を察知できていた。
だからこそ、――ある種、冷静のまま弾かれるようにしてビルの中を探索しはじめたのやもしれぬ。
誰かの情報によれば、それは確か排水溝だとか、隙間から逃げていくのだと聞いて。
水場の近い所ならキッチン以外にもトイレや洗濯を回すところだってそうだろうと――海に逃げる経路を彼なりに考えた瞬間である。
手あたり次第、それを探そうとした。
ほぼ当たり前のように、探索すべき部屋のドアノブに手をかけたとき――違和感がある。
「あ、れ――。」
家の、玄関に居た。
いつも通りの日常の音がする。
静かな夏の終わりの音色が耳をくすぐって、ああ、涼しくなったなぁ。と汗っかきざかりの働き者たる小さな世界の救世主が「普通の子供」であれる場所へと帰っていた。
さっきまで――物々しい場所に居たというのに。
すべて、残暑にあてられた夢だったのだろうか。いいや、そんなはずは――。
ぐるぐるとした思考が、彼の正常をどんどん奪っていく。考えなくていいのではない、考えさせないように日常の色を保ち続けているのだ。
この怪奇を、この純粋たる彼は疑うことすらできないまま、――慣れた手つきでドアノブをひねる。
「おかえり」
「おかえり、龍己」
靴を脱いで、行儀よく並べてスリッパに履き替えた彼である。
――両親は、かつては厳格なひとたちであった。
龍己には兄がいるのだけれど、その兄がこの両親たちに耐え切れずに遁走したか意志ある家出であったのかは幼い彼には理解が及ばぬが、その行動一つでころりと子供への接し方を改めていたのである。
両親にとって、初めての子供である兄には、両親も初めての子育てで在ったのだから不器用になってしまうのも――統計的に見てはしょうがないことなのだが、この龍己はそんなことまでは考えていないにしても、両親のことは変わらず愛おしくおもっていた。
まだ、思春期一つ訪れぬ未熟な彼なのである。
本来ならば学業に励むべき彼に、未来と世界の救世主である赤紙が届いたのなら、両親たちはこころよく「色々見ておいで」と宿命を受け入れてくれたのだ。
幼いながらに一生懸命に生きて、外で仕事をして帰る――雨龍を宿す彼が帰って来たのなら、出来立ての飯と柔らかな布団があって、必ず両親のどちらかは彼の帰りを知っているような、優しくもきちんとした『一般家庭』であってくれた。
そんな両親を、当たり前のように龍己は愛していたのである。
まだまだ甘えたい盛りの彼が――彼らを『大事』に想うのは、一般的な回答ともいえた。
「――なんで。」
声色が、動揺に満ちる。
ただいま、と声をかければ両親たちは笑っていた。
いつも通り、彼の帰りを喜んで。それから、手は洗ったの?と問う声色すら、いつも通りで。
なのに。
彼の両親は、――父親などは、生首をまるで器のようにされている。
どこで話しているのやら全く分からぬ。だけれど、顎が外れてその中に色とりどりの野菜と舌でできた――薄切りの肉が、美しく並べられていた。サニーレタスがみずみずしくて、父の鼻面を水で湿らせている。
母親の上半身は無事だった。しかし、下半身に――本来あるべく両脚がない。
縄でぎちりと締め上げられて、漬けられ焼かれてちょうど骨付きのまま仕上げられた母の目の前に在る燻製が、断面図を見る限りはレアに焼けている『母親の両脚』であることは、視ればわかった。
辛うじて普通なのは、香りだけはそれらしいコーンスープ程度だろうか。
明らかに異常な、家族の晩餐が出来上がっていた。
おかしい。
おかしいのに――理解が、把握が及ぶよりも早くに行動が先立ってしまう。
いつも通り自分の席について、いつも通り手を合わせるさまは日常そのものなのに。
滲む視界が日常をゆがませ始めて、鼻をすするころにようやく己が泣きそうになっていることを気づいた龍己だった。
「どうしたの、龍己」
母の心配する声に、ふるふると首を振る。
「嫌いなものでも入れてたのか。」
「いいえ、そんなことはないのだけど――」
動揺する両親の声は、心から心配をにじませている。
こんな残酷な形の家族が、当たり前のように龍己を慰めてくるものだから、いよいよ――こらえきれなくて、震えた声が出たのだ。
「……お母さんのご飯は好き」
だけれど。
「でも、親を食べるのは――違うっすよね」
それはきっと、どこかで龍己の様を見ているであろう犯人への否定だった。
愛している誰かに、己のことをわかってほしかったからそれを喰らったことのある犯人に、ちっとも龍己は純粋に共感ができない。
共感できないことは――彼なりに、間違えていることであるから。
いつも使っているはずの色をした箸をおいて、己の腕をためらいなくつねってみた。
なんてことはない、夢であってくれと願って行った素直な行為である。痛みはどんどん彼を妄想から現実へと戻し、幻を散らせていった。
「やべ、まだ、ちょっと――泣きそ」
ぐし、と双眸を伏せて腕で拭おうとする彼を、黒の彼――蜜がようやく【冒涜(エリクシール)】で包むころには、ほか三人の傷と同じようにきれいさっぱり赤みが引いていたのである。
「さあ、異形を狩りに征こう。」
常盤が紅い瞳を細めて、己の血にまみれたはずだった唇を撫でる。
真っ赤だったはずのそこは、すでに蜜のコードで綺麗に塞がれていた。痛みもなく、腫れもない。
「そうだな、コックを追おうか。」
門もまた、己の裂かれたはずの腕を見ながら常盤に返す。やはりその腕もきれいなものだった。
――痛みも、傷も、無いというのに。
どうしてか、皆の痛みは胸に在る。その胸の痛みを治せないのは、万薬たる蜜ならばよくよくわかっていた。
「ええ、――行きましょう。」
こころの傷に効くのは、――どんな薬であればよかっただろうか。
すっかり膿んですっかりひどくなったそれを抱えて、歩いていく大人たちの背を、鼻面を赤くして泣くのを耐える龍己が追ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
黒鵺・瑞樹
【SPD】アドリブ可
②か③、判断お任せ
傷つけてしまうぐらいなら自分が傷ついた方が数倍いい。
確かに独占欲はある。けどあいつを傷つけるのは俺自身であっても許さない。
本体でもあるナイフを躊躇いなく自分に突き立てる。
目が覚めたら犯人を追う。
聞きたい。知りたい。その心のありようを。
たぶんオブリビオンを狩る猟兵とそんなに変わらないんだろうな、とは思う。
「そういう存在だから」
実際死んだわけじゃないけど、主と共に一度は埋葬された。
なのに、今ここに俺はいる。
肯定できないけど否定もしきれないから。
会話ができないというのならしょうがないから戦闘もやむを得ないとはおもう。
ただどのありようで死にたいかを聞けたらいいな。
ホロゥ・サファイア
◎③
おなかがすいた。みんなおいしそうなんだ。たべてしまいたくなるくらい。
それはおれにとって、いつもと変わらない感覚だ。影のものかおれのものか、わからないけれど。
そうしていつも食べているのだから、ひととき堪えるくらいはしてみようかな。
彼のつくるごはんは興味はあるけど、食べてみたいのは彼の料理であって幻ではないし。
助けるのは得意じゃないから、みんな追いついてくるまで彼の足止めをしたいな。
【目立たない】【だまし討ち】と影の【範囲攻撃】が役立つだろか。足?を止めてくれるなら、別にいま戦いたいわけじゃない。
きいてみたかったんだよ。
おいしかった?って。
最初から今まで、ずっと。
●
海色を宿したできそこないの獣は、地面を這う。
せっかく流動体になっているのだから、壁でも天井でも伝ってやれば――きっと、この二人に一部を追い詰められることもなかっただろうに。
こと、捕食者として生きてきた彼には逃げるというすべは性に合わなかった。
体を散り散りにしてせめてどこかからどれかは逃がそうと海に向かう一つの塊は、手の薄くなったこの飲食店入口から出ていこうとしていたところをとらえられてしまう。
腕から血を滴らせた一人と、爛々と子猫のように瞳を光らせた一人には、――敵意よりも、好奇心の色のほうが強く在った。
黒鵺・瑞樹(界渡の宿り神・f17491)の腕からは、血が流れ続けている。
――彼の目の前に現れたのは、彼の独占欲が向けられる矛先であった。
その姿を一目見ただけで、躊躇いなく己の腕に己自身であるナイフを突き立てていたのである。
そうすることで解除ができるとは思っていなかった。しかし、「それ」を傷つけることは――瑞樹であっても許せない。
傷つけてしまうくらいなら、彼は自分自身を傷つけてしまうほうが良いと思えての咄嗟だった。
静止の念を込めて己の腕を断つ。ヤドリガミである限りは傷の修復も「ひとがた」のほうはいくらでも可能であるからその点を踏まえても躊躇いはなかった。
正気を得た瑞樹の眼光は、ナイフの輝きにも近いものがある。
鋭い、裂くような煌めきで――足元の流動体を釘付けにしていた。
その隣に居たホロゥ・サファイア(☓と踊る・f21706)は、悠々と流動体に近づく。
ホロゥがひとつ歩けば流動体はふるりと体を震わせて、たじろいでいるようにも見える。
そのさまがなんだか――とても愛おしいもののように思えてしまうホロゥなのだ。
ホロゥにとっては、この事件の犯人を捕まえるか殺すかなどはどうでもよい。
食人鬼――人を食うひとを、ただただ知りたいだけなのである。その心のありようが、果たして己と同じものであるか。
ホロゥが見た幻覚は、幻覚というよりも『確認』のようなものだった。
――彼にとって、空腹感というのは絶えずあるものである。
おなかがすいた。みんなおいしそうなんだ。たべてしまいたくなるくらい。
変わらない。
それは、この彼がホロゥ・サファイアである限り変わらない。
『影』と契約していないときだって、ホロゥは人というものが好きであった。
そしてその『こころ』のありようが――彼の食べ物となるように、『いのち』そのものを食い物にするようになったとしても。
常に、飢えている。
『いのち』ある限り、『いのち』を求めて、『いのち』を欲するのだ。
だから、ホロゥにとってこの場にいる仲間たちすらすべてやはり餌に見えた。
特に――猟兵である。皆がそれぞれ、意志を抱き、未来を視て、過去を引きずる同僚たちの『いのち』というのは格別によい。
あふれる食欲はいつもよりも沸き立っていたが、ホロゥはその感覚すら愉しむばかりだった。
――いつも食べているのだから、ひととき堪えるくらいはしてみようかな。
飢えている。
この食人鬼の料理には興味があった。どのようにして人を加工して、人だとわからないように綺麗に盛り付けていたのだろうか。
飢え続けているホロゥには、もはや――その好奇心と共に在る、喉の奥から唾液を溢れさせる己の衝動すらどちらのものかわかっていないのだけれど。
料理を食べることはできずとも、彼の『いのち』でひとまずの空腹をしのぐことは許されるはずである。
瞬きを数度繰り返した深い青の瞳を近づけてやるようにして、ホロゥはしゃがみこんでいた。
「きいてみたかったんだよ。」
さあ、どうか、応えてくれ。
「おいしかった?」
瑞樹がホロゥを見下ろす。
この流動体に――会話が通じるかどうかを見続ける、良い機会だと思えた。
もし会話が難しいというのなら戦闘もやむをえまい。握る己自身に込める力が増えるばかりだった。
「――最初から今まで、ずっと。」
こてりとホロゥが首を傾げれば、流動体は雨粒のように丸くなってしまう。
それは、うずくまって頭を抱えているひとのようにも思えた。
――やはり、まだこころが生きている。
ホロゥはそれに満足そうにして、瑞樹は己の戦意を少しでも失せさせていた。
――この犯人は、自分たちとそう変わらないのだと知る。
猟兵がオブリビオンを狩るように、捕食者は人間を狩る。
それが正当化されていいわけではない、それは――主と共に一度は埋葬されている瑞樹には共感ができるだけだ。
殺された側はたまったものではないだろうし、現に今まで主と共に殺してきた誰かと、その誰かにまつわる血族の終わりを見てきた。
誰かの未来を壊して、誰かの血で金をもらうのだから。
そこに――罪悪感がわずかでもないわけでない。冷酷無比で在らねばならないが、「そういう存在」であったことは変えたくとも変えられない。
人を殺す、ものである限りは。
己がその宿命を今更変えられないように。
この生き物だって、そうあったんだろう。それが彼にとって、現在望ましいものであるかどうかだけを聞いてやりたい。
――どのありようで、死にたいのか。
獣として死ぬのか、それとも人として死にたいのか。
「わからない。」
はじめて、食人鬼が言葉を使った。
誰とも会話が成り立たなかったどころか、幻惑で逃げ続けていたそれが――ようやく口を動かしていた。
ホロゥが首をかしげる。
「味がしなかった?」
塩コショウをいくら振ったところで、現実味のない味がしていたに違いない。
彼にとって人を食べるという行為は、彼そのものを表せていた。
せめて美味しく食べようと思うのは、常人がレシピを考えるようなもので、彼が彼として食べ物を愉しむための行為である。
だけれど、――『友達』が食べたがらなくなってからは、味がすっかりわからなくなってしまった。
流動体は震える。なにものにも成れない化け物はただただ震えて――水たまりとなって意識をそこからは逃がしていた。
「おれたち、もう少し早くに会えていたらよかったね。」
そうしたら――きっと。
このホロゥのように、未来から生きることを許されていたやもしれない。
捕食者でありながら、または人を食い物にするいのちでありながら、もう少し悠々と己の肯定してずっと生きていれたやもしれない。
水たまりに届かぬつぶやきをこぼす黒髪の彼に、瑞樹は双眸を伏せることで肯定としていた。
ああきっと、この――なり損ないの彼を、せめて人として殺してやったほうが地獄であるに違いない。
最後まで獣であることを望むのなら、瑞樹はきっと「彼の望むがまま」に殺してやるだろう。
助けられるのか、どうかよりも。
「命の在り方は、せめてお前で決めろ。」
主の体を真似する腕は、とうに血を止めていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
テト・ポー
③◎
……食べたい。と、明確に思ってしまったのは、あのレシピノートを見つけてからだった。だから、そんな幻惑は効かない。
それでもUC「食欲の主張」で念のために強化しておく。
僕にはもうわからないよ。ひとを食べることの善も悪も。
それよりも僕は、「この世に食べられないものがある」という事実が、なによりも悔しい……
だから、聞かせてほしいんだ。
あなたがどうして食べるのか。なぜ食べたのか。
人の話を聞くのは、わかるための第一歩だと思うから。
わかりあう必要も、そんな義理も義務もなにもないけれど、それでも意味だけはあるはずだ。
それが双方に意味があるかはわからないけれど。
……人の話を聞くのは、とても、おなかがすくね。
霧島・絶奈
③
●心情
そして身も心も怪物に成り果てる…ですか
古来より、飢餓を除いた食人は「相手を取り込む」という信仰に基くのだそうですね
命を食べた貴方は、別の命に食べられる…
貴方の愛が私にとって、美味しい事を祈ります
●行動
『暗キ獣』にて変異
あくまで対話の為にこの姿を取ります
惑う必要等ありません
私は愛しい者が個として生きる様を「閲覧」するのが好きですので…
…貴方にとっては違うのでしょうね
「愛される証明」が食べる事だったのでしょう?
愛を、抱擁を受けたい
そして愛を感じるからこそ食べて怪物と成り果てた
でも、証明してくれた者は居なくなる
だから貴方は満たされない
私が神の愛を以て貴方を抱擁しましょう
私の「中」で、永遠に…
●
【食欲の主張(ハラヘッタ・モード)】は、食欲に逆らった行動をする――つまり、我慢することで己の身体能力、精神面の機能をより正常とするものである。
テト・ポー(腹ペコ野郎・f21150)は、これを活かして、元来食べること以外に興味も湧かぬ怠惰な己の食欲を打ち消すことにする。
もとからある食欲が、この幻惑を打ち消して満たされていくのを送りながら――。
「僕にはもうわからないよ。ひとを食べることの善も悪も。」
わずかながらに、瞳に悲哀と疑念が混ざるようにも思える。
人を食べることに、善悪などそもそも必要だったろうか。
それよりもテトには、「この世に食べられないものがある」ということのほうが悲しくてしょうがない。
人を食べてはいけない。テトが生きることより好んでいたとしても、それは許されない。
テトが侵入したこのビル内でいまだに逃げ続ける犯人は、すっかり人の形を保てなくなっているという。
床を這いまわる液体が、きっと彼だというのなら――こうして、テトの視線の先にある今にも窓から逃げようとしていた流動体が動きを止めた。
「海に、いきたいの?」
紅い瞳を細めて、テトが問う。
流動体は動きを止めただけで、言葉を返さない。
「――そして身も心も怪物に成り果てる、ですか」
テトと流動体が張り詰めた空気に在る中に、霧島・絶奈(暗き獣・f20096)は立ち入った。
テトを見れば、どうやら正気で在るらしい。それに少し安堵の息を吐いてから、絶奈は海色の体を晒した流動体を見る。
大きさは、絶奈の掌程度だ。――何かの生き物を模しているようだが、それがなにかは絶奈にはわからない。
もう少し模した特徴が判然としていたなら、きっと絶奈には邪神の正体もわかったかもしれないが――それよりも、この生き物には同じばけものとして話してやったほうが心に響く気がしたのだ。
今の絶奈は、【暗キ獣(ソラト)】である。
蒼白い燐光の霧を連れたけもののすがたで、流動体と対峙していた。
獣のなり損ないになってまで――しがみつきたいというのなら、その話をよくよく聞いてやらねばならぬ。
殺意はなさそうであることを、テトも絶奈の光に見る。目的の一致はしているらしい。
――絶えず空腹ではあるのだけれど。
古来より、飢餓を除いて食人というのは「相手を取り込む」という信仰に基づいている。
元の語源は、西洋にある宗教の倫理から外れた蛮族がによる食人の風習であること、のほうが強く――謝肉祭とは全くの別物である。
文化ということであるのならば、「仲間」を食べる行為か、「敵」を食べる行為かに振り分けられるのだ。
死者への愛着から魂を受け継ぐ、という行為であるのならば――絶奈にも神であるゆえに理解が及ぶ。
「『愛される証明』が食べる事だったのでしょう?」
流動体は、応えない。
口が利けないわけではないようである。対話は可能だが、おそらく絶奈の言葉が続くのを待っているのだ。
「愛を、抱擁を受けたい。――そして、愛を感じるからこそ食べて怪物と成り果てた」
しかし、食べてしまうのなら。
愛し愛される証明として人を食べていたというのならば、向かった愛の矛先を食べてしまうだけである。
いつまでたっても堂々巡りで、きっとこの罪人は許されない。
人の在り方にはなるほど不適切で、窮屈なものに違いないのだ。
「だから貴方は満たされない。」
アパートにてたった一人きり。
腐って死んでいく母を喰らうのは、いったいどんな悲痛だったろうか。
子供時代の『ひとのこ』は本来ただしく愛し愛されなければ異常をきたして当然なのである。
しかし――一人で立てるようになっては、自分でコントロールしなくてはいけないのも確かだ。だが、この獣を果たして誰が抱擁できた?
絶奈は、できることなら抱擁してやりたいと思う。神である己ならばこの彼だって愛せる。
だが。
「違うんだね。」
テトが、微動だにしない流動体を見ていた。
「あなたがどうして食べるのか。なぜ食べたのか。聞かせてほしいんだ。」
テトは、食欲を美化しない。
『ひとのこ』を愛する絶奈の考え方には、もちろんこの食人鬼も例外なく含まれただろう。
途中からは誰かに認めてほしくて愛を見せつけるように食べていた衝動もあったに違いない。ならば、『逃げる必要なんてなかった』のだ。
獲物を定めて、下準備をして、丁寧に料理して、喰らい、埋葬する。
その行動理念は一貫し続けている、情緒の乱れがあったとしても惑いはなかった。
テトには、――この『ひとでなし』にある食欲が、どうしても『食欲』であることしかわからない。
だから、この問答はおそらく無意味にはならないのだ。
神である絶奈は「こうであろう」と人を俯瞰的に見れるが、人の声を聞いてはいない。それは、絶奈が神であるからだ。間違いでない。
テトは、ひとに近い立場に居る。ひとと心を通わせるための、対話というツールを持っている。
「人の話を聞くのは、わかるための第一歩だと思うから。」
分かり合う必要もない。
そんな義理も義務もないが――テトはおなじ食欲に囚われる未来の使途として、問うべきだと思った。
聞かれたのなら、『普通』は、応えるものだから。
「憎かった。」
ノイズ交じりの男の声がした。
憎かった、と二人に吐く流動体がいる。ふるふると震えて、まるで安物のスライムのようだ。
しかし――それこそが、この男の正体だったのだなと絶奈も目を細め、怪物の姿のまま聞いてやる。
「憎くて、憎くて。しょうがなかった」
彼にとって、人とは敵だ。
勝手に己を生んで勝手に悲劇に満ちる母も。
勝手に哀れむ人々も。
勝手に世話する人も。
勝手に拒絶する人も。
己の獣だとののしる世間も。
こうしてやってくる猟兵たちがどれだけ彼の理想であっても。
「敵だ。」
ぶるる、と――。
「 お 前 ら は 、 敵 だ ! ! 」
びゃ、と窓から飛び出していく流動体には、明らかに拒絶の意志ばかりがあった。
恐ろしいから――存在の否定をされるから、その証明に喰らっていたというあの生き物に、絶奈も獣の姿を解いて思いをはせる。
絶奈とはありようが違う。
人を愛して、愛してやまない彼女とは全く対局の獣であった。
「私の「中」で、永遠に――愛されれば、良いのに。」
敵を喰らえば、彼は生まれ落ちたことの復讐になるという。
テトが逃げていった流動体が、ついさきほどまでそこに居たドアの縁に触れていた。
――食べる、という行為に意味がある。
事実、彼の行動にあった最初の引き金は、彼を生んでしまった母親のものだった。
そこから倫理が歪んで、情緒を得て、どんどん食べることを正当化して一種のフェチズムになっていたのやもしれないし、――これこそ、アイデンティティを確立させる彼の「生きがい」になったのかもしれない。
テトには。
「……人の話を聞くのは、とても、おなかがすくね。」
彼が飢えて飢えて、狂って、――駄々をこねる子供の如く泣き叫んでいるようにしか見えなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
サン・ダイヤモンド
③【森】◎
僕は森で育った
森の動物は動物を食べる
僕らも動物を食べる
「どうして人を食べちゃいけないの?」
やろうとは思わないけど
何がいけないのか、実はよく分からない
でも、甚振る奴は、嫌い
ブラッド?
苦しいの?お腹が空いた?
僕は共に暮らしてきたブラッドの飢えの苦しみを知っている
幽霊も妖怪も人間も怖いかどうか分からない
僕が一番怖いのはブラッドが居なくなってしまう事
それだけが怖い
「いいよ、ブラッド
あなたになら、僕は食べられてもいい」
あなたの役に立ちたい
あなたの苦しみを除きたい
その為なら何だってする
血も肉も、命だって、あなたにあげる
どうして食べてくれないの?
孤独、でもいつものように笑顔で手を取った
僕は、必要?
ブラッド・ブラック
②【森】◎
「いつか自分を喰おうとする奴とまともな話は出来ないだろう
人間社会にはルールがある
ルールが守れないなら、人と共に暮らす事は出来ない」
敵から庇うようサンを自身の背に隠し淡々と説く
サンに悪意が無い事は解っている
自身も怪物だ
だから森の中に隠れ住んでいた
サンに出逢う迄は、独りで
本当は人等喰いたくはない
だのに、
嗚呼……、旨そうな匂いだ
お前の肉は甘くて蕩ける
好いた女と同じ味
全部、喰らってしまいたい
嗚呼嗚嗚呼ッ!!
叫び、大切なサンの首筋から牙を引き抜き全力で自身の顔を殴り飛ばす
「済まない、悪かった、……立てるか?」
敵の幻惑だと
ふざけるな、ふざけるな
俺に、大切な大切な俺のサンを傷付けさせた
…敵を追うぞ
●
すくすくと育ったひな鳥のような獣には、人間の道理などはわからぬ。
森で育った彼は、森の道理でしかまだ世界を考えられない。ほんの六年程度の無垢な頭では、この異常事件を『事件』などとは思わなかった。
物々しい雰囲気に不安さを煽られて、傍に居た黒の服の端をにぎる。
「ブラッド――」
ふるりと震えるさまが、ぬくもりを覚えてしまった獣の不安げな顔で在った。
サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)はどこまでも無垢な顔をした獣である。
彼は森で黒たる愛しの彼に拾われ、森の道理で健やかに生きていた。
もちろん、生きるためには命を食べることは必要不可欠である。神性めいた白の体とは対照的に、けものらしく腹も減る。
だから、森の動物が動物を食べるように、彼らも動物を食べてきた――。
からこそ。
この物々しい雰囲気のすべてがよくわかっていない。太くて短いながらに形のいい眉をひそめて、首をかしげてばかりだった。
――何がいけないのだろう。
甚振る行為は嫌いである。命を食べるのに必要以上の暴力は振るわれるべきではない。
シンプルな拒絶と、あいまいな価値観がぐるぐると彼のおさないあたまを支配したから――愛しの彼に聞いてみただけのことである。
「どうして人を食べちゃいけないの?」
せめてこそりと耳打ちするのは、内緒話をするような心持であったからかもしれぬ。
己が此処に居る皆と心のありようが違うのは、――見ていればよくわかった。
「いつか自分を喰おうとする奴とまともな話は出来ないだろう。」
何も知らぬ――愛しの白に、重々しい声ながら精一杯の優しさを込めて告げるのはブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)だ。
己らはあまりにもUDCアースにはそぐわない背格好であるから、無垢なるサンも森よりかは開発が進んだこの田舎から別の世界になじませるのはちょうどよかったやもしれない。現に、純粋ゆえに突拍子のないように見えるサンの行動だって、視ている「にんげん」のほうが少ないのだ。
だから、学ぶにはよい機会であり場所だと言えた。
「人間社会にはルールがある。ルールが守れないなら、人と共に暮らす事は出来ない」
このサンに悪意などない。
それはブラッドこそよくよくわかっていた。だから、言い聞かせるようにしながらも彼を背にやって周囲を警戒している。
二人がたどりついたのは、海へと逃げたがる犯人が抜け道に使いそうな勝手口であった。
音もなく丁寧に空けてみせて、ブラッドがすぐにサンだけでも逃がせるように己と出口に彼を挟む。
サンは――背中を焼く太陽が少し暑くて、音もなく翼を伸ばしていた。
ブラッドは振り返ることなく、サンに言い聞かせるようでいて実のところ、この犯人にも説いているようであった。
溶けてとろけて泥めいて。床を這う不定形はこの店中に蔓延っている。現にブラッドの視線の先には海色の何かがある。
――怪物らしい顔つきをしたブラックが、幾ら心優しくとも。
ブラックは、紛れもなく怪物だ。
己の身をわきまえて、この『ひとでなし』とは別に森へと潜んでいた。
この森に恐ろしいものが住んでいると知っていて訪れる誰かならば、襲われても仕方あるまいと思いながらも、誰のことも喰いたくない心優しき黒の魔物は孤独で在った。
種を増やすこともなく、誰かを荒らすこともなかろうと――人のルールに適応して、彼は彼なりに怪物として生きていたのである。
この、サンに出会うまでは。ずっと、彼は孤独な生き物を貫いてきた。
それは、心を乾かせる。
心を飢えさせ、怪物である己を許さず、――本当は、本当はすべて、すべて喰らってしまいたい。
「ブラッド?」
サンの声は、時に甘美であり艶やかになる。
まるでリンゴのようにてらてらと輝いているようであれば、芳醇な香りをさせてブラッドをくすぐることだってあった。
――もっとも、『唆し』のように見えてしまうだろうが。
天使のような羽を広げてやって、困ったような色を宿した瞳でいとしきひとに体をくっつけてやる。
うう、うう、と唸る彼の背が震えているのを、己の体から感じていた。
「苦しいの?お腹が空いた?」
サンは、ブラッドの飢えを。それから、それに対する苦しみを知っている。
――幽霊も妖怪も人間も怖いかどうか分からない。
しかし、サンにとって明確に怖いものは一つだけあった。それは、愛しき彼の喪失である。
サンは飢えることなどない。それは、今ブラッドが此処に在るからだ。
もしこの依頼にも、たった一人で来ていたのなら幻惑の中にある愛しき人を喰らっていたのはサンやもしれぬ。
しかし――ブラッドはサンよりも「おとな」であるから。どうしても、理性的で、どこまでも己に鎖を巻くのが彼であるのを知っていた。
だから、サンのささやきは確かに、救いのはずなのだ。この怪物である彼を、誰かに殺させるわけにも――こころを失わさせるわけにもいかぬ。
意図的なものか、無邪気なものか。はちみつ色のとろけた瞳に真意は見えぬままで、黒にささやいてやった。
「いいよ、ブラッド。あなたになら、僕は食べられてもいい」
それは、了承だった。
彼のためになら、彼の苦しみすらも己が取り除けるというのならなんだってしよう。
だって彼が居なければサンは成り立たないのだ。
うまれおちて六年ほどの世界のすべてが、ブラッドのためにしかない。
ああ、愛している――愛している!血も肉も命もすべてすべてすべてこの愛のためにあるというのなら!
すがるようにして彼の胸に抱き着くサンがいた。無防備な白に、逞しい黒の掌が力強く掴む。
嗚呼――空気から、体中の感覚器から目の前の愛を貪りたいと体が喚く。
ブラッドの瞳は、がたがたとわなないていた。もはや紫色の光などはぶれて、何処を見ているのやらもわからぬ。
「――全部、喰らってしまいたい」
髑髏の顔は牙をむく。
愛の匂いは何故かかつてあいした女のにおいまでして、髑髏の欲を受け入れた。
真っ白な肌に牙を突き立てる。かじりつく。このまま両顎に力を入れて引っ張ってやれば、あっけなくサンの柔らかな肌も肉も裂けてしまうことだろう。
空いた女を思い出させる、まったく同じ味にうっとりとする黒なのだ。
ああ、そうだ、そうだ。
――己 は や は り 怪 物 で 在 っ た で は な い か ! !
「 嗚 呼 、 嗚 嗚 呼 ッ ! ! 」
口の中を満たした赤を呑み込めないまま、拒絶の声色でさけんだブラックに驚かされたのはサンだ。
【ε?χαριστ?α(エウカリスティア)】――愛するものを無敵にする、まぜこぜの甘い果実である己の肉を代償に、真っ白な太陽の如く焔の加護を与えるユーベルコードである。
発動は意図的だったのか、それとも無意識だったのかはともかくとして――ブラックの体を焔が抱きしめたころにはいとしきひとは己を食べるのをやめていた。
これで満たされてはならぬと首を振り、ああ、ああ!と藻掻くブラックがいる。
しまいには己の顔を大きい片腕で殴り飛ばして、顎をひしゃげさせていた。
元が黒油だから――無敵の彼を無敵の彼が殴ったところで――あっけなくもとに戻るだろうが、揺れていた紫は落ち着きを取り戻している。
どうして?
「済まない、悪かった、……立てるか?」
突き飛ばされるようにして、勝手口の足場にしりもちをついてたサンである。
敵の幻惑とはいえ、――自分を赤で汚したことに低く唸るブラックを見上げていた。
「うん。」
「そうか――敵を追うぞ。」
さみしい。
いつも通りの笑顔で彼の手を取る。
はちみつ色の中身を見られないように、笑みをますます深くした。
――どうして、食べてくれないの?
問いたい。
彼が己を食べるときのあの興奮が忘れられない。
きっと彼は、『サン』を見ていなかった。いいや、視ていたかもしれないけれど――。
――僕は、必要?
それを聞いたところで。
きっと、今の孤独は埋まらない。二人の間を潜り抜けていつのまにやら消えていた海色の怪物を追う背中についていく。
いつも通り、きっと、――ふたりぼっちにはなれない空の下で。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ロク・ザイオン
◎①
零井戸と
(こどものいい匂いが誘う)
(眼の前には誰が)
…あねご
(永久にうつくしく幼い乙女
森に肉あるいのちを撒くお方
その御身は柔らかだろうか
口付ければ甘やかだろうか
舌で
牙で)
(今
貴女が森のものでなく
己だけのものなら、と)
(せめて怯えないように
「羨囮」で顔を変える
自分ではない、貴女の愛しい誰かの顔になるのだろう)
(だから)
…ゆるしてください
(甘くて芳しい
森で食べていた肉と同じ味がした)
(腕の中の体は電子の砂嵐に融け
現れたのは相棒
一撃殴り飛ばされて我に返る)
…ジャック。
何故ここに、
おれは
(口と手を汚す誰かの血
何を食べたのか思い出せない
吐き出せない)
…ごめん。
(こんな言葉しか、吐き出せない)
零井戸・寂
◎②
◆ロクと
建物ぶち壊したり……
よくもまぁ無茶な捜査を。コッチの苦労も知って欲しいよな
(猟兵らの捜査裏、UDC組織の記憶・情報操作班として暗躍してた。)
後は邪神だ
同行するけど今回僕は戦闘はしない、から…
(赤眼鏡、明るい茶髪。
僕を助け、骸の海に消えた少年の顔。)
ハル…、…ッ!
(唇を思い切り噛む。エージェントとして狂気耐性は有してる。)
ロク!!目を…、
(が、彼女は。ハルに化けた目は此方を見てない。)
…馬鹿だな、君は
(首肉が千切れ、骨が砕ける音)
赦すよ。
(命を捨てて、僕を
友を助けた君に少しでも倣えるだろうか、ハル。)
《心肺停止を確認。変身条件を達成しました》
*f02381のプレイングに続く
ジャガーノート・ジャック
◆ロクと/f02382のプレイングより継続
(――ザザッ)
再起動。
状況確認。
五体稼働正常。
武装状況:オールグリーン。
UDC-146γ
"Juggernaut: Jack"稼働完了――
――結局は戦闘か。
致し方ない。此より"本機"としてミッションを開始する――その前に。
起きろ。(ごちん)(結構本気の拳骨)
目は覚めたかロク。結構。
(『役を演じる』。
この鎧に相応しいモノらしく。"僕"でない、"本機"としての役を。)
(或いは、『友達を助ける者に相応しい役』を。…"心臓が止まる"程度の不利なぞ何を恐れる事があろう。)
――謝られる筋合はない。
"赦す"とはもう言った。
此処からはいつも通りだロク。
行くぞ。
(ザザッ)
●
猟兵らの捜査の傍らには、UDCアースであれば日常を護るUDC組織達が必要不可欠である。
「よくもまぁ無茶な捜査を。コッチの苦労も知って欲しいよな」
無茶苦茶なことが多いのだ。
それも――仕方ないことだとはわかっていても、毒づきたくなる零井戸・寂(PLAYER・f02382)である。
彼の仕事は、『日常』を護ることだ。
記憶と情報の捜査班として暗躍せねばならない立場である。猟兵たちが何処を壊そうが何をひっくり返そうが、それを隠しつづけることこそ彼の仕事だ。
わかってはいるけれど――数少ないほうが良いには決まっている。
「さ、あとは邪神か。」
立ち入る彼の眼鏡には、かの殺人鬼が『客人たち』に『人肉』を振舞っていたとされる。
己で食うには飽き足らず、誰かに食べさせてしまったのはなぜなのか。
――理解してほしいというよりは、人を馬鹿にしているようにも思えてしまう。
眉根を寄せて、理解をするには少々いびつすぎるさまをすべて暴こうなどは思っていない。
寂はこのミッションに所属する猟兵たちの同行は行うが、戦闘は彼らに任せてやったほうが良いとも思った。
出来ることなら早急に犯人を特定して、説得のち回収。それからあとは他の猟兵たちに暴れることを任せてスマートにミッションを終えるのが彼の計画である。
段取りよくことが進めばいいと思って――赤フレームの眼鏡に触れていた。
耳を塞ぐような大きなヘッドフォンからは、無線でUDC組織の情報を拾う。
海にまつわる邪神の候補から、いったいどれが『食』に関連深いだろうかと見当をつけ始めているらしい。
――人間に食われるような邪神なのだから、さぞ知能がないのだろうなとも思ったあたりで。
「――ハル」
人影を、視た。
このビルには、狂気がすでに蔓延っているとは聞いてある。
現に、今この耳に流れる『現実』がそうだと言っていた。立ち入ったものにある深層心理から、一番大切な――もしくは、心が執着するものに対する生物的な支配、同一化、欲求、本能、心の何かを体現化した――『食欲』で襲うようにする、という精神干渉を聞いていたから!
赤眼鏡があった。
寂とほぼ同じそれをした、少年があった。
明るい茶髪が隙間風より揺れていて、惑わせてくる。
――たまらず、唇を強く噛んだ。口の中に鉄っぽい味が染みて、どんどん『現実』に染みわたっていった。
止まった呼吸を取り戻すように、鼻から息を激しく吸って吐いてを繰り返しているのに、目の前の「彼」は変わらない。
ヘッドフォンから募っている情報によれば、この狂気は痛みを得れば解消されるはずである。
いわゆる――独自の洗脳術といっていい。規則的に漂う術式に触れてしまったから狂気に落ちてしまうというだけなのだ。
だから、不規則な痛みで目覚めることができるという絡繰りなのに。何故晴れていないのか。いいや――食欲はとうに収まっている。
唇に広がる己の味がうけつけない。顔をしかめる寂の前に居る「彼」は「誰」なのか。
ここに「彼」はいない。――もう、骸の海に消えてった。
「あねご」
ざらついた、声が在る。
ロク・ザイオン(明滅する・f01377)は、人間を知るけものである。
森番の彼女は、森を守る生き物だ。森の中のルールにのっとり、彼女は森のために生きていた。
そんな森に――美しい乙女がよくよく現れていたのである。
その女は、幼いように見えた。けものであるロクの価値観であるから、本当の年齢などはわかっていない。
だけれど、本当に美しいひとであることは確かなのだ。
その女は、うやうやしく地に膝をついて、――いつ思い出しても、地面にそっと肉ある命を撒いていく。
森に肉あるそれを置いていくということは、喰らっていいものであるということなのだ。
だからロクは、何のためらいもなくまだ歯も生えていないそれを食べた。
柔らかくて小さくて、骨をかみ砕くのすらなんてことはない。
ふやふやと喧しく泣くものだから真っ先に喉を掻き切ってやるのが常だった。
小さい体にまだ血潮はさほどないから、処理にも困らない。ただただロクの空腹を満たすには都合の良い存在だった。
これが彼女の――産んだ命であると知ったのは、いつごろからだろうか。
何がきっかけだったのかはわからないが、ロクはよくよくそれが今ならわかっていた。
――その御身は柔らかだろうか。
己が喰らうこのいのちの柔肌のように。
――口付ければ甘やかだろうか。
ああ、恋とも言い難い。
――舌で、牙で。
ロクが彼女をこの幻惑でもなかなか襲わなかったのは。
彼女が『森のもの』であったからだ。
しかし、今のロクがかつての森ばかりを護っているわけではないように、この幻惑の『あねご』だって森のものではない。
もはや――誰のものでもないというのなら。
「 ゆるしてください。」
懺悔するように。
せめて――ロクの想いなどには気づかれないように、【羨囮(センカ)】で彼女の理想になる。
怯えなくていい、己があなたを食いたくてしょうがないように、あなたの愛する誰かだってきっとそうに違いない。
あなたがうつくしいのが、いけないのだから。
どう、と飛びついた赤の彼が――その姿をしたロクが――寂を押し倒す。
ごちんと嫌な音がして、後頭部を床にぶつけてしまった寂が視界を明滅させていた。
「 ロ ク ッ ッ ッ ! ! ! 」
叫ぶ!
頭に虚が浮かんだところで、寂は彼女の名を叫んでやったのだ。
しかし――すっかり幻惑と欲を奮い立たされた獣には、寂のことなど映っていなかった。
赤色の髪の毛をした赤眼鏡の彼の姿を借りてまで、己を食いたいのだと寂が抵抗しないよう馬乗りになって両肩を獣の力で押さえつける彼女を見る。
――友達だ。
「馬鹿だな、君は。」
ロクと、この寂は、友達なのだ。
ロクの目には己が何に見えているのやらわからぬ。
だけれど、寂の目には、ロクはロクにしか見えていないのだ。
「――赦すよ。」
友達の接し方というのは、よくわからない。
飛んでいったヘッドフォンから漏れる声を聴きとれもしなかったのは、首筋に食らいついた友の牙が確実に己の命を削ったからであった。
首肉をえぐり、ちぎり――骨が砕ける音でいっぱいで、現実なんていうのは遠くに消えていく。
うるんだ瞳は悲しいからではない、反射の反応であるのはよくわかっている――ああでも、死にかけているときは皆こうなるのだろうかと、貪られるまま寂は思っていた。
――命を捨てて、僕を。
彼も、最期はこんな視界だったのだろうか。
――友を助けた君に少しでも倣えるだろうか、ハル。
赦してほしいのは、寂だって一緒だった。
ふつりと意識が切れて、幼い彼の手が冷たい地面を打つ。
絶命にも近いそれを感じて、ロクが一瞬気を緩ませたのは獲物を我がものにした達成感からだった。
>《心肺停止を確認。変身条件を達成しました》
>《――UDC-146γ起動、緊急変身シーケンスに移行します》
>承認:D-Command: Juggernaut(デスコマンド・ジャガーノート)...
>再起動。
●
「起きろ。」
森で食べたかつての肉と同じ味がするそれを、懸命に貪り喰うロクを、張り飛ばした機械があった。
転がっていくロクを見送りながら、彼の姿がそこに顕現される。
吹き飛ばされた相棒がようやく地面に爪を立てて勢いよく起き上がってこちらを見た。
――状況確認。
――五体稼働正常。武装状況:オールグリーン。
――UDC-146γ "Juggernaut: Jack" 稼働完了――
己の紅い視界に映る文章で。
この状況のダイアログを整理しながら相棒の様子をうかがう。
――この姿は、寂と手を組む『例外的』な彼のものである。
ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)。
この姿であるときの寂は、まるで別人のようにして誰とでも接し、また――弱弱しくも職務に忠実なエージェントらしい彼を捨てて勇猛果敢に戦う鉄の戦士と成る。
結局は闘争になってしまうのを少しあきれながらも、マシンスーツは相棒を吹っ飛ばしてやったのだった。
「――目は覚めたか、ロク」
ぶるぶると首を振っている獣らしい彼女を見てやる。
目を何度かしぱしぱとさせてから、己のずれた目の焦点を合わせて――ロクは『そこに居なかった』相棒を見た。
「ジャック。何故、ここに。」
躊躇いなく、雑音めいた声で問う獣である。
ロクもまた雑音のような声しか出せないように、このジャックもノイズがよく入り混じるから――ロクは彼と話すことにおいては、躊躇う必要がなかった。
尤も。
「おれは」
今は、口の中に広がって手を汚した誰かの赤で頭の中がいっぱいで――。
そんなことにこだわる余裕も、なかったやもしれない。
何も思い出せない。赤でぬれた手で額に触れれば、汚れが広がるばかりでちっともことの前後がつかめないままである。
何を食べていたのだろう、誰を食べていたのだろう?食べたことは、あきらかである。まだ歯の隙間に肉がはさまっているから。
唾を吐くようにそれを吐き出しても、嗚咽して腹部を押してみても胃からは胃液ひとつでやしない。
当たり前だ。
――ロクのからだは、一度体の中にいれた獣をそうそう逃がすような体でない。
相棒は、覚えているのだろうか。此処に誰かの肉がないということは、相棒が片付けたか逃がしたかしてくれたのだろうか。
「ごめん。」
こんな言葉しか。
口を吐いて出てくるのは誰かの肉ではなくて、何かではなくて、短くておぼつかない言葉である。
「――謝られる筋合はない。」
赦す、とはもう言ったではないか。
ノイズ交じりの声は拒絶ではなくて、許容で在った。
これは、【"ROLE PLAY"(ロールプレイ)】だ。
『友達を助ける者に相応しい役』を演ずる寂は、『寂』ではなく、『ジャガーノート・ジャック』である。
――"心臓が止まる"程度の不利なぞ何を恐れる事があろう。
友達を助けられないほうが、もっともっと恐ろしい。
だから、此処からはいつも通りだ。
「行くぞ。」
狂気にまみれて、己を失っている場合でない。
相棒の短くも鋭い言葉に、「ごめん」を飲み込んで頷いたロクである。
ぶんぶんと首を左右に振って、切り替えようと必死な獣が相棒の隣に並んでいた。
目指すは――もみ合う三人のすきに飛び出していった彼が求める海である。
――森の乙女のにおいは、夏の終わりに消えていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リル・ルリ
■櫻宵/f02768
アドリブ歓迎
③櫻宵を助ける
君の何か堪えるような異変
櫻の龍の瞳に状態を察し微笑む
邪神の干渉か
大丈夫だよ櫻
…ねえ
僕をたべたい?
君はお肉が好きだもん
苦しまないで
愛する君になら食べられたっていいんだよ
…彼は殺す事に愛を感じるという
僕にはそんな事しないけど
君の愛を独占する奴が羨ましい
妬ましい
櫻の愛は僕だけのものなのに
だから食べていい
その代わり君の心に疵を残す
かつて君が愛して殺した女の傷跡を塗り替えるように
僕だけを刻んでよ
っ!
差し出す腕に鈍い痛み
血には優しく破魔をとかす
君の全部を受け入れる
ヨル?!
飛び出したヨルのカウンターが櫻に直撃
正気に戻った?
謝らないで
泣かないで
いいこ
悪龍じゃないよ
誘名・櫻宵
🌸リル/f10762
アドリブ歓迎
①
殺す事も欲望のまま
殺す事は愛
八岐大蛇が生贄を喰うのは当然
ヒトを食べる事に抵抗もない
ただ愛してないヒトを食べたって不味いだけだと知った
私は愛を食べたいの
正さないと
リルの横にいる為に
愛しいあなたを失う前に
遺さず私だけのものにしてしまいたくて
そこらの肉などいらないわ
だめ
極上の愛(肉)が傍に
ダメ
甘く歌うリルの喉はさぞや甘くて美味
尾鰭も
艶やかな肌も
やめて
獣にも劣る悪龍から
人になると決めたのに
甘い、柔い、愛しい
差し出された腕に噛み付き飲み干す雫は極上の美酒
受け入れるなんて
馬鹿リル
逃げて
ヨルに突っ込まれた痛みにハッとする
傷を撫で涙が零れる
ごめんね
あなたの味を知ってしまった
●
かの龍は――愛に飢えうる生き物である。
悪しき龍であった。悪しき名で世界をとどろかせる八岐大蛇の血を引く龍たる彼は、美しく生きている。
誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)はさくらを纏う美しき木龍であった。
八つ首のそれの系譜に在る由緒正しく戦狂いでありながら、美しくも儚い桜のようでありたいと生き続けているけだものだ。
彼は――人と話すのが好きである。
それこそ、腹さえ減らねば人を襲うことなどはありえない。ただ、人を喰らうことに抵抗はない彼である。
龍たる彼への生贄なのだと老若男女問わず捧げられたのなら、喜んで喰らっていた。
それは、当然のことだ。当たり前でしかない。
――だけれど、ただただ人を食うことのなんと不味いことか。
こんな骨が多くて肉つきもまちまちで、食わないでくれと言葉すら話せてしまう癖にひどく、臭い。
龍であるからとこんなものを食べなくてはならないのがまた、この彼にとっては美しくないことでもあった。
桜が命を吸うて色を鮮やかにするように。
彼もまた、人間の命を吸うて咲き誇るのだけれど。
――ああ、きっと、桜は命を吸うているわけでないと色を見て思うのである。
淡い桃色はきっと、愛の色だと願っていた。
リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は、歌姫であった。
男でありながら誰も彼もを魅了する美しき旋律で、水没都市にあるかつての見世物劇場『享楽の匣舟』を鮮やかに彩ったものである。
黄金色のようなそれと、銀細工のような細やかで触れたくなるような歌声が――永遠に彼をガラスめいた存在へと変えていくように。
彼は、人魚なのだ。
ただ、愛を手に入れても泡にならないかわりに戀を覚えて愛に溺れて焦がれている。
だけれどそれが、このリルにとっては幸せで。――最愛のひとの異変程度はすぐにわかるほど、すっかり歌姫だけではいられなくなっていた。
この犯人は、人を食うのが性だという。
それは否定しない。リルだって肉を食うように、水草を食むように、人間を食べないと死んでしまうやもしれぬ彼のことをどうとは思わない。
彼よりも ――ずっと、櫻の龍にだけ夢中なのだ。
今この瞬間、かの愛しき櫻の心に触れた存在である邪神に向けた敵意は嫉妬の色が強い。
舌打ちをしなかっただけ、まだ愛しい人の前であることを意識できていた。犯人を追おうにも、すっかり桜色に余計な色が触れている。
――取り除いてやらなければならない。
その美しい色の瞳に、誰かが触れたというのなら。
殺すことは、欲望のままだった。
殺すことは愛だった。この龍はいつだって愛に飢えていたのである。
人間を食っても好き好んで食うわけではない。そうであらねばならないから喰っていただけのことであったように。
この龍が食べたいのは――桜色をした、愛だった。
「大丈夫だよ」
手を握る、愛しき人魚の声を聴いて鼓膜が震える。
歓喜にも近い温もりが、彼が触れる指先から染みわたって――櫻宵の芯を焦がしていった。
「正さないと」
震える声は、道理をわかっているはずだったそれである。
リルが彼の目を見つめて、視線を絡めてやる。櫻宵の瞳はとうにおかしくなっていた。
きっと瞳孔が狭まって、――龍らしくなっていたやもしれぬ。
愛しいこの人魚を、龍は逃したくないのだ。釣った魚は大きいどころでない、彼の欲しいものをすべて毎日食わせてくれる。
そのうち――彼そのものが、「愛」になってしまったのなら、きっと、彼を失うことが怖い今のことなんて忘れて、遺さずに喰らってしまうのだ。
「櫻、……ねえ」
甘い問いかけだった。
「僕を食べたい?」
――愛しき人を、獲物として見て居たくない。
ぎゅう、と目を瞑る櫻宵のそれが、すべてだった。
リルは満足そうにして、だけれどそのこらえる辛そうな顔が見ていられなくてしょうがない。
「君はお肉が好きだもん、苦しまないで」
そう思うことが、悪いことではない。
考えてしまうことを、考えないようにしようとしたところでその宿命からは逃れられないのだから、――リルは彼を責めたりはしないのだ。
ただ、そうあるべきだと微笑んでやる。
「愛する君になら食べられたっていいんだよ。」
うっとりと。
だってリルの目の前に在る愛おしい人は、殺すことに愛を感じる戦狂いでもあるのだ。
この彼が今、己を御するように。――リルに斬りかかるような真似はしないのだけれど、リルはいっそ、殺されることで彼の愛を独占できる誰かがうらやましくてしょうがなかった。
ここまでくると、美しい彼には似合わぬ醜い感情を形容する言葉がふさわしかろう。
――妬ましい。
愛は、この櫻の愛はリルだけのものだというのに。
そこらの肉よりも、きっとリルの肉が極上であることは分かっていた。
櫻宵の隣にあるこの人魚が、さあ食べてくれと手を差し伸べるのがまた愛おしくてしょうがなくて、頭がおかしくなりそうだった。
――駄目。
ダメ、いけない。だめ、やめて――!!
頭の中をかき回すのは龍たる己が、ずっとこらえていた衝動である。
かつて――食うたことがある。
愛おしい女の肉を我慢しきれずに食うたことが在ったのだ。だから、その喪失もすべて知っている。
それを、繰り返したいと思わない。悪龍であることをやめようとしたではないか。
彼の尾びれすら、艶やかな肌すら、ああ、ここが食事場だというのならいっそ喰らってしまえばよいのに。
いいや、いいやと首を振る。
獣より劣るいきものでありたくないのは――二度と、失いたくないからではないのか!
それでも、まだあがくこの櫻の龍がじれったい。
苦しみから解放されるというのなら――リルははやく、この龍をそうしてやりたい。
すべてすべて上書きしてしまいたいのだ。誰かに傷つけられた喪失の痛みすら、この己の愛ですべて塗り替えてしまいたい。
「僕だけを刻んでよ。」
――僕だけを、覚えていてよ。
泣き出しそうな声になってしまったのは、目の前に居た龍の顔が、いつもの美しい顔でなかったからだろうか。
「にげて」
絞り出した声と共に、上半身は思ったよりも鋭く動いていた。
大口をあけた櫻宵が、迎え舌も抑えられずにリルの腕にむしゃぶりつく。
リルは――嬉しくて、嬉しくて、いっそおかしくなってしまうのは自分のほうではないかと思ったころに、ぶつりと痛みが走ったのだ。
「ッ!!」
真っ赤な血が、きっと愛しき櫻に注がれている。
満足そうに血をすする龍の頬が、それこそ桜色に染められているのを見た。
――君の全部を、受け入れる。
それこそが、この人魚の「誰もの歌姫ではいられない」誓いであるというのならば証明せねばなるまい。
美酒のようにあふれる赤をこぼすまいと貪る龍のことだって、受け入れられるのだ。
――かつて、彼の愛した女がそうしたように。
甘くて、柔くて、愛おしい地獄の味がする。
真っ赤なそれが人魚の彼のものであるから、ああ、もしや龍の己は死ねぬ呪いがかかるやもしれないと思った。
しかし――やめられない。この愛の味から離れなられないのもは事実である。
飲み干してしまえば、きっと彼はいつまでも己の中に在るだろうかと思い始めたところで。
「ヨル!?」
どう、と弾丸のようなそれが木龍を突き飛ばしていた。
ヨル、は――櫻宵がよんだわんぱくなペンギンの雛である。
海の生まれである人魚の彼にはふさわしかろうと当てられた、まだ毛もおとなのそれでない式神は二人の間に立ち入ることを許された存在だ。
きゅうきゅうと抗議のように鳴くその彼が、ふわふわの体と確かな質量で櫻の腹の上に座っている。
正気に戻ったのを確認して、ヨルをどかしてくれながら微笑む愛しい人を櫻が潤む視界に収める。
「ごめんね」
――愛しい人の味を知ってしまった龍が、涙を流していた。
まだ、血の匂いがしてどうにかなってしまいそうだから、ぎゅうと目を瞑っていた。
美しい彼の苦悶すら、今は己でいっぱいであるのなら――リルは穏やかにため息をついて、ヨルを腕に抱く。
そのまま龍のそばに、脚のない尾びれを振るいながら寝そべるようにしてよりそってやった。
とうに――この術式を働いた悪しきのけだものはどこかに行ってしまったようであったから。ゆえに、無防備だった。
「謝らないで、泣かないで」
頭を抱くようにして、己の腕を撫でてはすんすんと泣く櫻を撫でてやる。
謝るべくは。
「いいこ。いいこ。悪龍じゃないよ」
本当に、『悪い子』は――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
久澄・真
ジェイ(f01070)と
③◎
好きな物も大切な物も無い
全ての事象に持つ関心は一定の域を出ぬまま平衡
生き死ににすら興味は無い
口を開けば金金とのたまうのも
あれば面倒が減るからとそれだけ
未だ捕まらぬ敵に煩わしげに舌打ち
人間味の無い自身が欲の化物と化す敵の心情等汲み取れる訳も無く
あ?俺がお前に遠慮する理由がねぇだろ
アホな事言ってねーでさっさと犯人探…
言葉の途中
異変見せ始める猟兵達見れば
即座に状況理解し連れを見て溜め息ひとつ
チッ、めんどくせーなぁ
迫りくるなら腕の一本でもしゃぶらせてやろうか
噛み付いた瞬間に五指から伸びる操り糸で両手を後ろ手に縛り
がら空きの鳩尾に容赦無しの一発を
─さっさと目ぇ覚ませ、クソガキ
ジェイ・バグショット
真(f13102)と
①
大切って言えるもんなら昔はあった
だがもう過去のことだ
オイ真、先に言っとくが俺に殺されそうになったら遠慮すんなよ?
目が覚めたら相棒喰い殺してました、じゃ寝覚めが悪い。
自分の弱点は自分が一番よく分かる
ダンピ故に吸血衝動に弱い
吸血衝動のきっかけになった少女の幻覚で
過去がフラッシュバック
…やっぱクィンティか…!
どうしようもない吸血衝動
興奮気味に瞳孔開き口角が上がる
何度でもあの初めての感覚を味わいたくなる
普段の慎重さや冷静さの欠如
目の前の幻覚を獲物としか捉えていない
思いっきり苦痛を受け
ぐはっ、ゴホッ…てめぇ…
文句の一つも言おうと思ったが
酷く疲れてやめた
口の端の血を舐め取り
…うま。
●
この彼には。
好きなものも大切なものも無い。
はっきり言うのなら――彼というものは、平行線だ。
守銭奴の如く金を求め、金のために毎日を生きているとしても、実のところ生き死ににもこだわりはしないが、生きる上で面倒がないから稼いでいるだけのことである。
久澄・真(○●○・f13102)の心はやはり静かである。
禁欲的というのではなくて、彼はきっと、生きるために執着を捨てた男であった。
効率を求めて合理的であり続けるには、心に波を立ててはならない。
一つ嬉しいことがあってはしゃぎまわして、その後にがたんと嫌なことが起きたら沈んでしまうようなことはあってはならぬ。
誰にもどれにも期待せず、ただ――生きるのには、静かすぎるほどで在らねばならない。
生きる、ということすら効率的にやり遂げる白の彼にはそれこそが常であった。
「――ッチ」
まだ、捕まらぬ。
敵は流動体になってこのビルの中を這いまわしているというのだ。
知恵をつけてか、どういう絡繰りでか、体を分離させていくつかは逃げ出してしまっているらしい。
その行く先が――海であるというのは、かの水槽の内部にあった液体の濃度から考察できたようだったが。
こんな人間味のない真には、欲の怪物であるこの食人鬼の事情もこころも理解が及ばないに決まっていた。
だから、最初から考えていない。考えていたのは――先ほどからこのビルに漂う呪いめいたそれである。
死霊術士でもある真には、やはり死というものには敏感で在れた。
この空間には死と、それを食う生きた魂がうろうろしているように感じられて不快でならない。
せめて――己らの前に現れるであろう化け物を食い止めてやろうと、ビルの内部で非常階段にて相棒と立ちふさがることにしたのだが。
「オイ真、先に言っとくが俺に殺されそうになったら遠慮すんなよ?」
「あ?」
珍しく――相棒の、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)が弱気なことを言った。
ジェイは、真ほど利己的ではないし、冷静な男でもない。
また、彼ほど自分に冷たく在れないのは彼自身がよくよくわかっているようだった。
大事なものがあったかといわれれば、「それは過去になら」と肯定する彼である。
――思い出すのは、いったいどれだろうかと考えて、口元を黒い掌で抑えていた。
「俺がお前に遠慮する理由がねぇだろ」
「そりゃそうだ。ただ、――目が覚めたら相棒喰い殺してました、じゃ寝覚めが悪い。」
なぜ、かかる前提で話すのだ。
真が不機嫌そうな顔をさらに険しくさせて、歯並びのいいそれをむき出しにして咥えた煙草をかみ砕きそうになる。
煙草の苦みが少し広がったところで、ああ――これも金だった。と思い出し表情の力を緩めていた。
そも、この効率の鬼である真が選んだ相棒がジェイなのである。
真ほどではないにせよ、彼にも冷静さや慎重さというのは人並み以上に在るに決まっていたのだから、このような術に早々引っかかるような男にも思えなかったのだが――。
「アホな事言ってねーでさっさと犯人探、っ」
周りの空気が変わる。
真が珍しく動揺を瞳に宿したのは一瞬だった。いいや――『一瞬も』あった。
同じ猟兵である周囲が、異常をきたしている。
お互いを食い合おうとする二人もいれば、片方を食うようにしてとびかかる誰かもいるし、泣き叫びそうな声まで聞こえてきて――いよいよこの魔術式が強力なものであることを悟っていた。
真に、異変はない。
だろうな、とも思えた。この己に欲深く在れる対象などはない。
しかし――。
「めんどくせーなぁ」
真っ白な髪をかき上げて、額を空気に一度晒してからはらはらと前髪が視界に落ちてくる。
そこの丸い眼鏡のむこうにあるのは、緊張して放心した相棒の横っ面だった。
「ァ――っ、う」
思わず、ジェイが己の瞼を――獲物を射抜くための視界を閉じてしまう。
訪れた暗闇の中で、己の息と鼓動が異常なまでに早くなっていくのを理解した。
もしこのまま、現実の光を幻想のそれと混同していたのなら、――すべてを食い殺していたやも知れない。
ジェイは、真の思った通りに冷静な男であるから、己の弱点というのがよくよくわかっていた。
――半魔、か。
ダンピールである。
真の相棒は、半分は吸血鬼なのだ。だからこそ、吸血衝動に弱い。
それは真以上にジェイも己を俯瞰的に見ていた。早々真が食われるような男であるとは思っていないが、念のためにくぎを刺していたのはこのことを危惧してである。
ジェイにあって、真にないもの。本能的にどうしようもない、あらがえない種族というもの。
こういうものの解消が一番面倒くさいのだ、と――はらはらと落ちてくる前髪ににらみながら真が見届けていた。
ジェイの視界には、すでに真はいない。
真っ暗な視界のはずなのに、気配だけは感じさせられてしまう。
「……やっぱクィンティ、か――!」
名詞なのか、それともそれは――吸血鬼用語というやつなのかどうなのかなどは、真にとってどうでもいい。
相棒の変容ぶりに、さてどうしたものかと冷静な瞳で見つめてやる。
相棒が瞳を見開いてしまうのを、両手で抑えている口すら笑い始めていた。
一瞬だけ様子の見えた瞳孔はすっかり開いていて、極限の興奮へと導かれているのがわかる。
喰わねば。
ああ――目の前に居る、『初めて』の少女を食わねばならぬと!
体全身でさけんでいる相棒がそこに居たから、「ハ、」と一度ジェイが笑い飛ばしてやるのだ。
「いつまで『ハジメテ』に酔ってんだ、チェリー・ボーイ?」
べ。と舌にのせた煙草を見せびらかすようにして、嘲笑う。
その声が――ジェイの注意を引いた。
衝動のままにジェイがとびかかってくるものだから、躊躇いなく片腕を顔面に突き刺すようにして彼にくれてやる。
吸血に目覚めた顎で、その真の腕を噛んだのなら――芳醇な赤が彼の口を少し汚していた。
そこに、優しさも。
恩も、情もない。
――そんなものは、この依頼の完遂には不要なのだ。
五指から伸びる操り糸で両手を後ろ手に縛りつけてやる。真の人形師たる几帳面さがなければ為せない早業で、早々に鬼の動きを止めてやった。
ならば。
「――さっさと目ぇ覚ませ、クソガキ。」
どう、と鈍い音が木霊する。
くの字に折れ曲がって、膝をつくジェイの姿がある。
みぞおちにきれいにはまった拳には、容赦なくいつも通りの手袋と護身用ともいえる指輪の数々があったままだ。
即ち――鋭く、鉄のそれらがジェイの腹筋ごと穿ったことになる。
「ぐ――ハッ、ァ、てめ」
「ハイハイ。さっさと起きてくれや。次いくぞ」
やはりこの何処までも理性的で、それから心の静寂を護る相棒は。
どこまでもだれかを馬鹿にした語調でありながらもジェイの仕事に役立つ存在である。
振り返ることなく、待つこともなく。逃がしてしまったであろう己らの獲物を追おうと非常階段を下りていく真の後ろ姿を恨めしそうに見ながら文句を飲み込んだ。
「――うま。」
口の端から垂れた、鮮血を味わって。
この何処までも冷ややかな相棒に、あきらめという評価を下されるのは困る。
ジェイとて、――冷静な男であるのだから、彼から与えられた血一つ無駄にはすまいとした。
【喰種行為(グラクト)】。金色の瞳の輝きが、ますます戦意に満ちていく。
海に帰るというのなら、還らせてやろうではないか――。
立ち上がる身体は、きっと痛みはすれどいつもより早く動けたはずなのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桔川・庸介
②◎△
大切なもの。
他の何よりもずっと大事で、一番に優先してきたもの。
俺を、自己保身の殺人鬼を突き動かしてきた動機。
自分自身が、目の前にある。
弱っちい心はあっけなく衝動に塗り潰される。
すぐにでも引き裂いて、食らいついてやりたいのに
この、マスクが邪魔で。剥がそうとする手が途中で震えて固まる。
……だって、「俺」の顔を晒すことだけは、できない。
向こうの狂気とこっちの狂気がせめぎ合って、
自分の舌を強く強く噛みしめる。
痛みと一緒に広がる鉄の匂いは、やっぱり俺自身の味で
自分がまだ正気かどうかなんて、全く分かんないけど。
先へ行こう。知るために。
どういう終わり方すんのか、見てみたいから。
●
この殺人鬼にとって。
大切なものというのは、――彼自身にほかならない。
彼は、「X」で在らねばならなかった。
誰にも存在を認められたくなく、また、誰にも存在を許されたくない。悟られたくもなければ、日常にある当たり前の役でいたい。
そうでなければ、「彼」の存在は瞬く間に淘汰されてしまうのだから。
だから――「自己保身の殺人鬼」である桔川・庸介(臆病者・f20172)に絶えず人を殺させる衝動で突き動かしてきた動機が、もし現れるとしたのなら。
この殺人鬼の根城にやって来た時から、ああ、暴かれる気がするなと思った。
この城は、彼の食卓である。
己らがそこに乗り込むということは、キッチンに立ち入るということで、まな板の上に並ぶ準備ができているということだ。
誰かは説き伏せようとしたし、話を聞こうとしたかもしれないが――そんなことが通じるのなら、邪神になんて手を出しただろうか。
それを考えてみたのなら、もう、手遅れではないだろうか。
この庸介が殺人鬼であることをやめられないように。
この犯人だって――もう化け物になってとまれないのではないだろうか。
庸介のようにまだ「ふたつ」に分離していないだけ、楽な地獄に居るように思えてしょうがなかったのだ。
さて、料理人たる彼の魔術によって現れたのは。
――まぎれもなく、やはり庸介の予想通り、そこに庸介がいた。
お互いにマスクをかぶったほうの。血を浴びるときに存在を理解されたくない庸介の姿をしている。
血色の匂いすらさせないように気を付けて、二人して緊張し合って見つめあうのがなんだか滑稽でしょうがなかった。
己の心は、こうも簡単に暴かれてしまう。
――弱っちいな。
完全に、目の前の庸介の幻影は今の庸介を真似ていた。
己は。こんな姿で、その立幅で、その姿勢で今まで獲物と向き合ってきたのかと思うと隠したくて隠したくてたまらなくなってきた。
マスクを掻く。
肌を掻きたいわけでない。
目の前の「庸介」を隠したくてしょうがないのだ。
喰いたい、食いたい、よく噛んですりつぶして腹の中におさめてしまいたい。
そうすれば、この「庸介」のことは誰にも悟られないはずであるから――目の前の庸介も同じようなことを考えているのか、マスク越しに己の輪郭をべたべたと掌で触っているようだった。
今すぐにでも引き裂いて、くらいついて、お互いにそう願っているに違いない。
しかし、そうできないのはやはりマスクのことを忘れられないのだ。
――だって、「俺」の顔を晒すことだけは、できない。
マスクをまくり上げようとした手が震えている。ああ、やはり己はこれ程にも弱いではないか。
この殺人鬼を止めることなどはできないやもしれない――従えるべき己のことすら満足に従えていないというのに、どうして、そんなことが、できるだろうか!
向こうからも同じ狂気の波長がして、お互いに限界がお互いの顔を知らぬまま訪れているのを悟る。
逃げ出してしまいたい。
こんな場所からはさっさと離れて、お互いに視なかったことにすればいいではないか。
鏡の中に映る自分に驚いたときとそう、変わるものか――そうだ、いちいち大げさなのだと、己を己で見やる。
【不定の痕跡(ハウ・ダニット)】。
・・・・・・・
どのようにしてこの場を逃げ出そうかと考えたのなら――結論は単純であった。
舌を、強く噛んだのである。
悪夢にうなされるときに舌を噛んだまま寝ていることがあるように。
たまたま、この場において一番適した『解決』の方法が痛みであったから、慣れたように緊張したまま柔らかなそれを食んだ。
骨の圧迫程度なら、おびえた体でも容易いと思ったから――ためらわずに赤の味を味わう。
ああ、やはり己に広がる鉄の味は、どうやっても鉄の匂いなのに己のものでしかないのである。
正気だ、正気だとも――いいや、もうわからないのだけれど。
この酩酊めいた感覚が果たして狂気であるのかも証明できないように、おぼつかない足取りで庸介が歩く頃には現実の世界がやけにクリアに見えた。
庸介が待ち構えていたのは、――ビルの中身で言うところの、死角である。
ここで庸介がようやく視界を取り戻したころには、猟兵たちが己らを喰らいあったり泣き叫んだりしていたものだから、誰も彼の異変を見ていないことに安心させられた。
仲間たちとはいえ、「人が知れぬ」ような存在たちである。
庸介はやはり、己が弱いことを知っているから――臆病者ならではの生き方でこの場も立ち回っていた。
音もたてず、誰のことも救わずにただ外に出る。ふらついた足取りのままに、先に行く。
――どういう終わり方すんのか、見てみたいから。
仲間外れの狼は、いったいどういう最期を迎えるのだろうか。
それがこの殺人鬼の『終わり』の参考になるかどうかを、見定めてやらねばならぬ。
己のために、どこまでも利己的に、好奇心を手掛かりに殺人鬼は海へ往く――。
大成功
🔵🔵🔵
霑国・永一
【花の涯】
③
お邪魔しまーす。…なんてねぇ。
おやおや妙な感覚だねぇ。でもま、こういう狂気は馴染み深くて、これの3倍くらいは干渉してくれないと。ああ、お金は食べたいほど大好きさぁ
では早速犯人にちょっかいを……おっと、女将さんは駄目かぁ。やっぱり根幹が鬼だねぇ
んん?いやぁ参ったなぁ。俺が標的か
これが何の関係も無い一般人ならさっさと殺して解決だけど、戦力的にも惜しいし、楽しい玩具を失うのもねぇ。俺にしては絆されたのか丸くなったものだ
女将さんには俺の首筋でも噛ませてやろう。その隙に頭の角でも弄ってやるかぁ(指先で擦る)
俺はA5ランク肉じゃないよ女将さん、ほいっ(デコピン)
やぁ、食人鬼、お目覚めかな?
千桜・エリシャ
◎
【花の涯】
①
私たちを客として迎えるなんて随分と余裕ですこと
…けれど
この妙な感覚は
…これは現実かしら?幻かしら?
嗚呼、けれどそんなことどうでもいいですわね
やっと、やっと彼をこの肚に収められるのですもの
さあ、どこからいただこうかしら
首を斬り落とすのは最後
私、好物は一番最後に取っておく主義ですの
ふふ、中々本心を見せてくださらない方ですから
お腹を割って開いて引きずり出してみたら
少しは理解できるかしら
あなたのお腹の中は何色?
(いつの間にか“本物”にも手が伸びていて
首をかぷり
血を生命力を吸い、そして――)
ひゃあ!?ちょ、ちょっとなんですの永一さん!?
あら…私ったら一体何を
そう、悪い夢を見ていたようですわ
●
「お邪魔しまーす。……なんてねぇ。」
身軽に、それから音もなく。
窓を割ることなく鍵のかかったそれから二階に侵入を果たしたのは千桜・エリシャ(春宵・f02565)と盗みのプロである霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)だ。
永一の日頃よりの技術によっては、一般的なセキュルティー程度しかないこのビルなどかいくぐるにはたやすいものである。
嫋やかな同行者である鬼の彼女を恭しく案内するように手を引いて、窓から着物を汚さないように立ち入らせたのならば、彼の仕事はまず一つ完遂された。
「私たちを客として迎えるなんて随分と余裕ですこと。」
エリシャが、一つため息交じりに空間を見る。
ここは――どうやら、倉庫として使っていたのだろうか。
寝台のような鉄色をした板に、まだ血の跡が新しい。やどる呪詛からするに、人間を解体した程度のものではあるまい。
「邪神を解体したのかな?妙な感覚だねぇ」
異常であるのは分かっているから。永一は『妙』とした。
実のところ、食べたいほどの欲望は永一にはない。金は好きだが、金は食べ物ではない。食べ物を買う道具である。
盗んだ後の珈琲もまた格別で甘美なものではあるが、残念ながらまだ何も盗めちゃいないのだ。
「でもま、こういう狂気は馴染み深くて、これの3倍くらいは干渉してくれないと。」
ちっとも――永一には効かない。
金色の瞳が余裕そうに笑むのに対して、鬼は返事すらできていなかった。
ああ、やはり。とも永一は思う。
エリシャの根幹は、やっぱり鬼なのだ。
エリシャは此処に立ち入った時から――すでに惑わされていた。
先ほどの加工場でもさんざん本能を刺激されたからやもしれぬが、すっかり「あてられやすく」なっている。
――これは現実かしら?幻かしら?
いつもは。
己をちゃんと律していたエリシャだ。
戦狂いで愛に狂い、それから人を喰らう衝動も引きずったまま彼女は『猟兵』として生きる存在である。
鬼であることよりも、そちらをとり続けていた。
常に柔らかな物腰と、それから微笑みを絶やさぬように張り詰めた理性の糸で己を必要以上に出すまいと狂気を縛り上げていたのである。
だから――この食人鬼からの「ごちそう」は、そんな彼女の糸を切るには「おいしい」ものだった。
ゆらりと、赤が永一を見た。
「いやぁ参ったなぁ。俺が標的か」
本当に、困ったものである。
これがエリシャでなくて、一般人であったのなら殺してしまえば解決した。
永一は己の興味の対象でないものに対しては冷徹そのもので極悪である。しかし、ことこのエリシャというのは――戦力として十分すぎれば、まだまだ遊べる愉しいおもちゃでもあった。
こうやって狂気に抗おうとしながら、まだ夢と現実をふらふらと耐えようとする姿すら、興味深い。
永一にしては――ほだされたのか、随分とこの鬼に対しての己は丸くなったものであった。
だから、敵意はない。
彼女を殺そうということなく、無警戒に目の前に立って対峙する。その金色に怯えなどは宿っていなかった。
対するエリシャは、思考の渦に居る。
やっと――やっと、この彼を己の肚に収めることができるのだ!
歓喜にあふれてから、どのようにしてを考えている頭はせわしない。
どこから食べようか――首は、やはり最後がいい。エリシャは一番最後に好物を愉しむたちなのだ。
だから、できるなら彼の血を抜いたりはせずに滴るままに食べてやりたいとも思う。
そういえば、この嘘つきで盗んでばかりの冷たいようで温かな男はエリシャでもなかなか腹の内が読めぬ存在であった。
赤の瞳が少し泳いで――彼の頭からつま先までを眺めている。
この隙に逃げ出せばいいものの、永一もまた一人で飢えを煽られて顔を赤らめ目を血走らせ始めたエリシャの様を上から下まで見ていた。
――お腹を割って開いて引きずり出してみたら、少しは理解できるかしら。
だから、エリシャは己の爪を隠しもしない。
この彼の腹を割くのに、刀などはいらぬ。
「あなたのお腹の中は何色?」
ぞぶりと腹に両腕を突き刺して、喰らってやればいいではないか。ああ、ならばまず抵抗できぬように首に噛みついてやらねば。
さあ、ならば急げ。と足を動かしたところで。
――やはり、習慣は強いなあ。
永一は、とびかかってはこないがこちらにもたれかかりそうなかたちで歩んでくるエリシャを見ていた。
理性なのだ。
このエリシャを、その衝動を。それから、本能を縛り付けて鈍らせているのは彼女の理性である。ここまでくると、意地やもしれぬのだけれど。
その姿がまた、永一には面白くてしょうがない。馬鹿にしているのではなくて、この永一が興味の湧いた存在なのだ。
「女将さん、ホルモンが好きなの?いいね。今度鍋でもしようよ」
ちゃあんと、――永一を食わないように努力した彼女に、ご褒美程度は用意せねばなるまい。
永一の間の抜けた声に、エリシャがうつろな顔のまま彼へと触れた。
接吻のようでありながら、もはや甘える子供のそれのようである。焦らせることもない、と永一が少し腰を折ってやれば、その首に確かな鬼の傷跡がついた。
灼けるような痛みを感じながら、血をすする彼女の吐息が聞こえる。
生命力を吸い上げられているらしい。長時間こうさせるのは――本来の目的と大きくそれてしまうから。
そのすきに、永一は彼女の額にある立派な漆の角を撫でてやった。頭をなでるより、こちらのほうがよかろうと――撫でてから。
「俺はA5ランク肉じゃないよ女将さん、――ほいっ」
「ひゃあ!!?」
ぺち、と指先が弾んでエリシャの額を打ったのである。
いわゆる――デコピンと呼ばれる動きで、にやりといたずらっぽく笑った永一だ。
確かに、この狂気の解消には痛みがよい。それは、どんな形でもよいのだ。永一が与えられた焼くような首の痛みに対する報復であってもよかった。
しかし、この優しい丁寧な狂気はそうしなかったのである。
「ちょ、ちょっとなんですの永一さん!?――あら」
口の周りに違和感を感じて、額を押さえながらエリシャが顔をしかめる。
飛びのかなかったのは、彼女がおおよそのことを把握するのに精いっぱいだったからだろう。
「やぁ、食人鬼、お目覚めかな?」
永一の白いワイシャツに、確かに赤の染みが広がっている。
なんてことない小さな傷だ、すぐに治るに違いない。十分程度強く圧迫すればほとんど血は出い程度のものだ。
だから、それはエリシャがやってやる。まぎれもなく、己の口元に在る鉄の味が彼女の失態を告げていたものだから。
小さくて、それでもかたちのいい掌で――己の着物の端を破いて、彼の傷に充てて強く押し続けた。
「あいてて、て」
「我慢なさって。」
――我慢も何も。
鬼であるエリシャの力が強いのだと言いたかったが、さすがにちょっと意地悪もすぎたかもしれぬ。
永一がしぶしぶされるがままになっているのを、「悪い夢を見ていたようですわ」と言ったエリシャの顔色は驚くほど白かったのだから。
「そうだね、夢かもしれないよ。」
これはいたずらの罰かなあ、なんて――やはり狂った価値観のままで思う。
己の笑みを隠し切れないまま、困り眉で目を伏せた永一なのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユエイン・リュンコイス
③◎
手がかりを元にやって来たけれど、一体何が待ち受けるのやら。
(ユエインの好きなもの。黒鉄の機甲人形に世界を彩る物語。あとG.Iジョーやブリキロボなどのイケメン【人形基準の美的感覚】。
ユエインは人形少女だ。故に好きなモノは物であって者でなく。食は嗜好であっても、本能でなく。なればこそ、この手の欲には良く耐え得る)
食べたいというより、同化願望だったら、少し危うかったかも知れないね?
UCと各種装備で痕跡を辿って追跡。
正直な話、快楽だの憎悪だのより、食欲で他者を弑する方が余程健全かも知れないけれどね?
食欲と愛情を等位に結びつけるのは如何なものか。
ーー愛を貪ったところで、愛される事など無いだろうにね?
●
少女人形が夢見るものは、――人間のそれとはおおよそ大きく異なっている。
このユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)の美的感覚というのは、とにもかくにも徹頭徹尾人形そのものである。
製造者に思いをはせるのではなくて、彼女ならではの「好きなもの」というのは、物であって者でない。
さらに、この場所に敷かれた呪詛は彼女に適応しようと形をゆがめてはくれるのだけれど――もとより、食欲というのは持ち合わせていない。
必要でない機能は『嗜好』であれど必須ではないのだ。
ユエインの目には、かの食人鬼のキッチンがすべてブリキの世界に見えている。
蒸気に満ちて、オイルの匂いが鼻をくすぐり何とも美しいボディには戦場の傷がついてあれど彼らの姿は逞しい。
尽きぬ戦意を抱きながら、この場に坐している機械たちはきっとユエインに「食べてほしい」などは思っていないだろう。
「食べたいというより、同化願望だったら、少し危うかったかも知れないね?」
たったボルト一本。されど、ボルト一本。
そのパーツが必要であるからそれはあるのであって、その形はよければよいほどクオリティが上がる。
小さな穴一つ。体を塗装するシンナーの香の質が語るは、彼らの使用用途であるし、宿るメインモニターの色は機械による殺戮の到来を示すためにも重要だ。
もし、この呪詛がユエインの本能をくすぐったのなら――『すべて』取り込んでしまうことだろう。
幻想の中に在る理想の部品に触れてみれば、それがフォークであることははっきりと見れた。
鉄仮面がごとく変容しない表情にも、いささか残念そうな色が映る。
「夢の終わり、か。」
この幻想の部品をすべて持ち帰れたらよかったのだけれど。
夢の中で「これは夢だ」と意識すると眼が覚めることが――人間には多いと本で見たように。ユエインの蒸気世界は一瞬で晴れていく。
周りの猟兵たちがぐうう、ぐうう、と唸っているのを見てやりながら、ユエインにはそもそも効かなかったこの呪詛の解決方法――主犯捜索を始めるのだ。
「正直な話、快楽だの憎悪だのより、食欲で他者を弑する方が余程健全かも知れないけれどね?」
【塔の頂きより眺むる者(リュンコイス・デア・トゥルム)】。
誰に言うわけでもなく、――いいや、むしろユエインは塔に言ったやも知れぬ。
人の子は確か、『噛む』という行為にも本能的な理由があるのだという。
乳を吸うときに口を使うように、あれは歯がないときだから母体にも痛みが出ていないが、明確に「噛んで」いたかとユエインも思いだしていた。
本の知識であるから、それが今や解釈が違うかもしれないが、「甘える」という手段の一つであることは確かである。
「食欲と愛情を等位に結びつけるのは如何なものか。」
しかし、それこそ知能ある獣の宿命なのか――。
小さな子供がなぜか親の腕を噛んだり、「どこまで許されるのか」を試してみるように、この犯人もきっと「何処まで許してもらえるか」を愛する人には試したのだろう。
まあ――。
「孤独の味しかしないだろうに。」
赦されるはずが、なかったのだ。
塔の幻影は何も言わぬ。彼らは塔でありながら世界を見下ろす眼なのだ。
しかし、何も言わないと言ことは――ユエインにとっては肯定である。
「おや、結構な数が逃げ出しているようだね。」
これも、誰に言っているわけでもない。塔には話しかけてやっている。
塔から帰ってくる応答は、無機質ながらに迅速であった。ユエインの頭に届く声は、彼らの警告色の光で告げられている。
眼球に装着された電脳の気管によってはじき出されるのは、彼らのメッセージだ。
「海。」
――なぜ、海?
海、という言葉に関連付けられるのは『生命の起源』だろうか。
もしや夏の終わりにゆだった頭を冷やしたいわけでもあるまい。ユエインがあごに手をやりつつも、犯人の考察を続ける。
母なる海、生命の起源――胎内回帰。
どれもこれもいちいち大げさな表現だとも思うが、己を正当化したい人間ならば壮大なテーマを背負いたがるものだ。
「愛を貪ったところで、愛される事など無いだろうにね」
たとえ。
その身で海を貪ってやったところで、なんの証明にもならぬというのに。
鯨と間違えられてせいぜい誰の記憶にも残るまいに、やはり人間はいささか大げさに感じられてならない。
だけれど――その思考で作られたのがユエインやユエインの美しいと思わされる機械なのだからまた、興味深いのだ。
だから、ユエインはきっとまだこの場に居る。考えられることが人形である彼女には多すぎるのだ。
夢見る機械のそれはなくても、此処には人の夢でいっぱいになっていたのだから――。
大成功
🔵🔵🔵
千崎・環
アドリブ、連携歓迎!
ここが犯人の根城か…。
サイコパスめ、この私がしょっ引いてやる!
パトカーで現場付近まで乗り付けたら装備を持ち出して待機!
ビルの裏口から突入、テナントを目指そう。
相手は連続猟奇殺人犯、盾と拳銃で武装していつでも対応してやる。
……?なに、この感じ?
幻惑に際しては近くにいる猟兵に対して、その肉を食べたいと思ってしまいます。
フラッシュバックするのは解体現場となったあのビルの光景。
吐き気を催し、心臓が破裂するような動悸を抑え自分を律しようとしつつも拳銃を猟兵に向けますが…。
くっそぉ!舐めるなぁ!
壁に手を当てて自分の手を拳銃で撃ち抜く!
犯人は?見失ったらパトカーまで後退、追跡を始めよう。
葛籠雄・九雀
SPD
②
いらっしゃいませ、であるか。
ふむ。飲食店か何かでもやっておるつもりであるかな。
…それで、出してくるものがこれとは。
『この肉体を食す』…であるか。
ふぅむ。…どうしてこうも、邪神は皆、オレのことをそのように見るのか。
オレはな。おそらく、「この肉体のために生きている」のであるよ。それを否定するオレなど、オレは許さんぞ。この肉体を失ったオレは最早『オレ』ではない。
故にオレは、これを否定するであるぞ。
では、カトラリーのナイフでもオレに突き刺してみれば、目も覚めるであるかな。
目が覚め次第これを見せた者でも追うか。追い付くかはわからんが。
くだらぬシェフ気取りに引導を渡してやらねばな。
アドリブ連携歓迎
●
さて、限りなく人間に近い感性である彼女は、人間の組織に属したまま正義を掲げる仕事人である。
「ここが犯人の根城か……。」
口に出してみても、パトカーから見上げるそれは正直なところ、日常そのものに見えていた。
千崎・環(SAN値の危うい婦警さん・f20067)はいつだって『正気』だ。
正気のままで体内の浸食されながらも、彼女は闇雲な正義であり続ける。それは、もしかすると本能的な抵抗やもしれぬが――彼女はどんな環境においても正義であることをやめない。
「サイコパスめ、この私がしょっ引いてやる!」
息まいている様はまさに無謀にも見えただろうが、やはり意志と目的がしっかりと合致しているのだ。
パトカーから飛び出したのなら、リア・ゲートを開いて荷を取り出す。
――これから侵入するビルの地図を見ながら、防護服を着る。防弾のそれであるが、邪神の干渉はともかく攻撃の勢いは緩和できそうであった。
ホルスターを手早く巻いて、拳銃の球数を見る。フルで装填されていたから問題はなさそうだ。
裏口からの突入をイメージできたのなら、彼女はシールドを手にする。
ほかの猟兵たちのように、生まれながらにして超常であるのならば――そんな準備もいらないのだろうが、環はどこまでも『人間』だ。
「よぉし!」
こうやって、口にしないと恐怖だって振り払って闇雲に在れない人間なのである。
しかし――、それを恥じるような彼女でもなかった。
下準備をきっちり済ませて、これができたのならあとは立ち入るのみであると足を進ませていく。
丁寧にドアを音なく開けて、己の頭を護るヘルメットに視界を少し狭められながらも裏口からの侵入に成功していた。
だが。
「――……?」
違和感がある。
彼女の周りにはまだ誰もいない。
だからこそ、この違和感の正体はわからないままにとりあえず前へ進まされる足が在ったのだ。
何を――怯えてるのか。一度かくりと笑った膝から足先をぶんぶん振ってやって、階段に足を乗せる。
「いらっしゃいませ、であるか。」
仮面の男は、そこに居た。
環が昇って来たのは音で拾えている。彼が寄生した人間の耳にそれは届いていた。
なるほど、此処が飲食店であるというのなら――『この演出』は正しかろうとも思わされる葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)なのだ。
「……それで、出してくるものがこれとは。」
いやはや、誤解だらけだと首を振る。
九雀の前に出されたのは、顔のない肉体だった。
正しくは、九雀の宿されていない肉体である。
その彼は、――幼い顔すらできないほど、ひどくただれたそれを幻惑とはいえ晒されていた。
「ふぅむ。……どうしてこうも、邪神は皆、オレのことをそのように見るのか。」
九雀は。
「オレはな。」
この体に「寄生」しておれど、この体を実のところ喰らっているわけではない。
「おそらく、『この肉体のために生きている』のであるよ。」
彼はすべてをもう思い出せぬやもしれないが、この体には壊れ切った子供の心が在った。
九雀は、無意識の海でその小さなかけらを大事に守っている。
「それを否定するオレなど、オレは許さんぞ。」
彼が本当は歩めるはずだったろう、未来の使途――ヒーロー――たる世界を、共に歩んでいる。
しかし、それを彼が知るすべは今のところないのだ。
仮面に宿るのはあいまいな使命感のみで、もはや執着めいた感情を無意味だとも思えなかった。
「この肉体を失ったオレは最早『オレ』ではない。」
そんな己の信念を守りたいとは思えど喰いたいなどは思うまい。
思えるはずがない。
思ってはならないというのに――何故か邪神というのは彼の心を決めつけてしまうばかりなのだ。
「――故にオレは、これを否定するであるぞ。」
それは、明確な拒絶で在った。
生き物として、せめて心だけでも彼の思うがままに彼は在る。
たとえその存在が支離滅裂で、めちゃくちゃで、あいまいで、線引きがうまくなくたって。
九雀は決して、――決してこの体を、そして彼を愚弄するような幻想は許せなかったのだ。これを見ている己に湧き上がる欲望も!
目を覚ませ、と己に言い聞かせるように。
それから、――料理が並ぶであろう長机に寝転がった己らの体を拒絶するように、備えられたカトラリーのナイフを足に突き刺す。
そのさまが、あまりにも環には鮮烈だった。
魅力的な生き物だった。
――守るべき生き物が、彼女には肉に見えてしまう。
口内にぬめる唾が、彼女の欲をすべてあらわしていて、どくどくと心臓が脈打っていた。
血を流す九雀の肉体に想起させられるのは、先ほどの赤ばかりである。解体現場となったあのビルの光景は、気にしないようにしていても只の人である環にはあまりにも残酷で痛烈で――興味深いものだったのだ。
「あ、――」
自然と拳銃を構えていた。
喰えると思っていた。
逃げぬように両脚を撃ち抜いて、それから頭を撃ち抜いてやればまず「肉体」は死ぬだろう。
仮面の彼が幻惑から解き放たれて、こちらに気づくまでのこの数秒だけが狩りの成功度を上げていくはずなのだ。
吐き気がする。緊張している。何に?――獲物を逃すことに。
「あ、あ、あ――――ッッッ!!」
緑の瞳がわなないて、そのまま上にグリンと向きそうになったところで――。
「―――ッッくっっっそぉ!!舐めるなぁッ!!」
おもむろに。
目の前の彼女が叫んで床に激しく掌を叩きつけて撃ち抜いているものだから。
オレンジの髪色がさすがに驚き、少々跳ねさせた九雀である。
「おお、いや、見事。」
褒めるべきか、慰めるべきかを考えて。
痛みなどわからぬ己に同情などされても余裕が無かろうと、ナイフを握ったまま拍手をした九雀だ。
ぎゅうう、と奥歯を噛みしめて痛みへの絶叫をかみ殺した環が、汗のにじむ頬を無事なほうの手で拭う。
「ありがとう、ござい、ます。――正義の、警官ですので」
犯人は。
「オレたちに幻惑を見せて逃げおおせたようであるな。」
痛みの走る脚を引きずりながら、よたよたとしつつもあたりを見回す九雀である。
いっそ道化師のように片足でぴょんぴょんと跳ねるさまには緊張感は感じられなかったが、彼なりにこの事態の緊急性は把握できていた。
彼の心は――今は、凪いでいる。
「追うか。追いつくかはわからんが。」
どうか。と環に振り向いてやれば、彼女もまた頷いた。先に傷の手当てを軽く済ませようと足を負傷した九雀に肩を貸す彼女である。
女性の肩を借りるのは――どうか、と思わされたが。
「追いつきます。」
使命にあふれた彼女のそれを、拒絶したほうがややこしくなりそうでもある。
「くだらぬシェフ気取りに引導を渡してやらねばな。」
「ムショ行きの、ですよ。」
ひょこひょこと、九雀に盾を渡して一応背後を警戒する環である。
九雀もこの正義の女に、熱血さはあれど冷静さを欠いていないのを悟ったのなら彼女の思うがままに付き合っていた。
二人でこの場を後にする。お互いの素性も知らない。だけれど、彼らには意志と目的がそれぞれあったから――。
その道には、お互いの痛みが痕を残していた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
カロン・アレウス
②アドリブ・絡み歓迎
(カロン:失った故郷の人々を食べたくてしょうがなくなる)
食べたい。
あの日、笑って送り出してくれた家族を。幼馴染を。
轡を並べた皆と食べよう。刻んで煮込んで英気を養おう。は、はは……!
既に存在しないものをどう食べればいいのか心の底では分かっており
狂う直前でUCを発動。アレウスに何とかしてもらう。
…俺は、卑怯者だから。
アレウス
カロンの持つドクサ・クリューソスを奪って全力で殴る
物理的治療が一番効くかなって
卑怯者でも何でもいいから、とにかく前に進む!犯人は…逃げたのかな
私の破壊したい欲でそのハラペコ欲埋めれば良くない?
ま、無理に答えなくてもいいよカロン
周りの状況確認と救助活動開始!
●
――そこに在ったのは、かつて失った故郷の人々だった。
戦っても、戦っても、彼の居場所は戻らない。砂時計のように時間がひっくり返ることは無く、ただただ彼の罪を世界が深めていくばかりであった。
守護者である。
ただしくは、カロン・アレウス(賢者と荒ぶる者・f21670)「たち」は守護者であった。
いつも通りに己らの居場所を護らねばならぬ彼らである。
――だから、いつも通りに笑って家族と幼馴染は彼を疑わずに送り出してくれた。
それを、彼らは宿命通りに失ったはずなのである。
此処に在るのは、その彼らだった。いつも通りの優しい笑顔でそこにある。
「あ、」
望んでいた。
「ああ、あは」
望んでいたのだ。
こうなることを、戻ってきてくれることを――もう話したくない、既に存在しない彼らを掴んでいたい。
「はは、は――はははッ」
琥珀色の瞳はすっかり食欲にまみれている。
もとにあった目的のことなど忘れていても無理はなかったのだ。ずっとカロンは後悔と己への罪の意識でいっぱいになっていた。
彼が大事にしていたものは、彼自身が消してしまうきっかけとなってしまう。
その精神にかかる負荷と言えば、あまりにも壮大で――もう片方の『アレウス』が生み出されてしまうようなものとなっていた。
アレウスに凄惨な現場を押し付けて、ひと時の享楽にふけってしまう己のことだって、こうして幻惑に在る皆を見ながら意識できている。
でも、でもまだ。
夢から醒めたら、いよいよおかしくなってしまうのではないかとも思えた。
――刻んで煮込んで、皆で皆を喰らって英気を養おう。
さあ宴だ、再会の宴なのだ。とカロンが泣きそうな顔で目を見開いて、幻惑の中に居る皆を見ていた。
嗚呼、頭の中ではよくよくわかっていたのである。
――すでに彼らは存在しない。
心というものが何処にあるやらわからないが、泣きそうな顔を絶望の色で染めたのは紛れもなく現実を知っているカロンのものだった。
存在しないものをどうやって食べればいい?
そんなことは不可能なのだ。
そんなことは出来はしないのだ。
そんなことは――あってはならないのだ。
「――俺は、卑怯者だから。」
夢から醒めるのだって、一人では起き上がれないから。
【鏡台に手を(パンテル・カロピスティリ)】。
紛れもなく、それは魔術よりももっとどす黒い術式のせいであった。
この幻惑を起こしたかのカニバリストの嗜好とも思えぬ。どちらかというならこれは、価値観の押し付けだ。
それを――絶対に嫌だと押しのける存在がカロンの中には居る。
鈍い音がした。
ごづんと体をつつかれて、タイルの床に背中をぶつけるカロンがいる。
手にしていた黄金杖は質量があり、鈍器としても優秀だ。それを奪って彼を攻撃したのは全く同じ顔をした「アレウス」である。
「――物理的治療が一番効くかなって。どう?効いた?」
「ええ――、かなり。」
吹っ飛んでいったカロンのほうを見ながら、立ち上がるまでを待とうとするアレウスである。
アレウスは――強靭なのだ。
強すぎて破壊の化身である彼女は間違いなくカロンの半分である。しかし、あまりにも心に抱く信念というものがカロンのそれとは異なっていた。
「卑怯者でも何でもいいから、とにかく前に進む!」
背面を強打してから頭をしたたかにも打って。
ひくひくと体を痙攣させながら「うう」とか「ああ」とか呻くカロンが起き上がるのを待っていたアレウスには、精神干渉は及ばない。
痛みによって――カロンを現実に引き戻してからも彼女は至って職務に忠実だ。
「犯人は……。いないね、逃げたのかな」
カロンが幻惑に囚われている間に。
流動体の体を散らしてどこかに消えたらしい犯人の一部の痕跡は見当たらない。
海色の怪物だと言っていたけれど、果たしてどんな色だろうか。――まあ、それよりも大事なのはこの己の半分である。
「私の破壊したい欲でそのハラペコ欲埋めれば良くない?」
カロンとアレウスはふたりで一つだ。
カロンの己を壊しかねない衝動を発散するのがアレウスで、アレウスにはない慎重さをカロンが補っている。
だから――未だにカロンの中にくすぶる狂気のそれは間違いなくアレウスが暴れてやれば発散できるはずなのだけど、カロンは頷かなかった。
何か言いたいようで口をはくはくさせてはいるが、喋るのは無理そうである。
「無理に応えなくてもいいよ。」とアレウスが穏やかな声で言って、戦意を失せさせていればカロンも落ち着いた。
ひとまずは――半分を失わずに済んだのである。
アレウスが深く息を吐いて、静かに。
己の中でめらめらと燃える破壊衝動の矛先をこの術者に定めていた。
そうあるべきだ。そうせねばならない――この悩める賢者を痛めつけたというのなら、破壊の担い手が壊すに限る。
それが、いつも通り。此処で行うのは、――それだけのことだ。
成功
🔵🔵🔴
有栖川・夏介
◎
ここに対象が……。
警戒しつつ【覚悟】をもって店内に侵入します。
②
異質な空気を感じとる。
気づかない間に敵の攻撃を受けたか…?
武器をとろうとするものの、うまく力が入らない。
…お腹がすいた。無性に食べたくて仕方がない。
たべたい…たべたい……。
あの日あの時俺が殺したトモダチは……あのウサギは一体どんな味がしただろう。
ああ、目の前に、あの日のウサギがいる。
ウサギを狩ろうと、「懐の匕首」に手をかけようとするも、
代わりに手に触れた「煤けたぬいぐるみ」に気づき我に返る。
……あの子がここにいるはずがない。私が殺したのだから。
改めて「懐の匕首」を手にし、自傷。
痛みに耐えつつ、対象を追います。
●
このこじんまりとしたビルの中に、小さなテナントが犯人の巣としてあるという。
さほど脅威に思えない外観を選んだのは、きっと獲物を油断させる意図が在ったのであろう。
――巧妙な擬態であるともいえた。だから、有栖川・夏介(白兎の夢はみない・f06470)は一切の油断をしていなかった。
これほどまでに人の目を気にする生き物が相手というのだから、おおよそこちらに対する何らかの措置は施してきているに違いない。
真正面から堂々と入るのは、この夏介には似合わないから――ビルとビルの間から、わずかなくぼみに靴先をひっかけてひらりと赤をたなびかせて空を舞った。
そして音を立てないよう、的確に窓をほんの少しだけ割る。
ぱきゅ、と潰れたひび割れの音ののち、カギの破壊を悟ったのならゆっくり開けさせた。
――人殺しの予行練習には、慣れたものである。
もはやこの犯人が人になっていないというのだから、ならば少しは殺すのに手間取ってしまうだろうか。
夏介が殺してきたのは、人が多い。
その場に応じて獲物は変わるが、彼がその血の運命にあるのは人殺しだ。
圧倒的に積んだ死体の数は人のものが多いに決まっていた。幼いころより何かを殺してきて、そのたびに己の心も殺してひたすらに武器を振るってきた彼である。
今更――この程度で揺らがない。
「……ッ?」
揺らがない、はずだったのに。
そこには、ウサギがいた。
愛らしい小さなウサギである。
いいや、さっきまでいなかったのに――居たのだ。
それは、夏介が一番最初に殺した『トモダチ』の姿そのものだった。
「あ」
言葉が出たのは、思ったより己の手に力が入らなかったからである。
先ほどまでピッキングに使っていた武器を落としてしまった。からんからんと沈黙に金属音がよく響いて、びくりと肩が緊張から跳ねる。
――おかしい。
こんなことは、今までなかった。いいや、あったけど『感じないように』していたのに。
集中しようとしたところで頭の中を塗り替えていくのはどうしようもない空腹感である。
優しい緑の色をした髪の毛を掻きむしりながら、瞬きを繰り返す。しぱしぱとさせてみても目の前のウサギは変わらない。
「――、ッッッ」
声にならない。
叫ぼうとしたわけではなかった。すっかり習慣づいていて、物を殺すときに声は出せない。
それでも体中が、このウサギに対して「食べたい」と叫んでいたのだ。
ちかちかと瞬く視界は極限の空腹を表し、彼の頭を支配する衝動は冷静さと正気を容赦なく削ってゆく。
――たべたい。
ウサギを、狩らねばならない。
このウサギは、このトモダチは――一体、どんな味がするのだろう。
目の前に居るこのトモダチを、今の夏介が食べたところで誰が責めるというのだ。
言葉も話せぬトモダチがまさか夏介を攻め立てまい。ああ、食べたい。どうしようもなく――このウサギを、狩ってしまいたい。
殺しの姿勢に入る。
狩りではない。これは、捕食なのだ。
低く腰を落として、夏介が己の獲物を手に取ろうと腰に手をやる。
すっかり鉄で体を何度も汚された懐の匕首に触れてやろうとしたのなら、いつものような冷静さがなかったからか己の手には別の感覚があった。
柔らかな、とは言い難い。
煤けたぬいぐるみの感覚に、息をのむ。
ああ――そうだ。
長いまつげを二度。三度。
振るわせてはようやく感覚が正気に近くなっていく。
狂気にどっぷりと浸かった夏介を「トモダチ」がまるで引っ張り上げているように、このぬいぐるみの感覚が手によく吸い付いた。
――あの子がここにいるはずがない。私が殺したのだから。
なんて。
なんて幻想を見ているのだ、と。
幻惑のウサギを切るはずだった懐のつるぎで、夏介は己の手首を切る。
一番真っ赤が目立つであろう個所にしたのは、これから対象を追うことを考えて「また」狂気に充てられないようにするためだ。
痛みを、思い出せ。
己の手で、初めて殺した痛みを思い出せ――!!
ぎゅう、と目を瞑って息を吐く。
滴る血を止めようとも思っていない。床に夏介の瞳のような赤が広がってもそれを甘んじて受け入れた。
人ごろしが――己の証拠を残すなど在ってはならないことである。
それでも、ああ、だけれど――。
「追います。」
誰に宣言したのでもない。
腰に在るうさぎのぬいぐるみに声をかけてやったのかもしれなかったが。
躊躇いなくもう、夏介は歩き出せていた。夏介を術に嵌めてまんまと海へと逃げおおせたカニバリストにいっぱい食わされたままではおれまい。
走り出した彼の足取りは、きっと――ウサギのそれよりも軽やかだった。
大成功
🔵🔵🔵
黒江・イサカ
夕立/f14904と
③
…ゆうちゃん、こういう匂いに中てられるような子じゃないし
すっかり妙なモンに憑かれてるみたいだな、彼
何てったっけ、君
名前訊いた? まあいいや
すぐ追いつくから先に行ってていいよ
また後で逢おうね
…避けちゃないよ
傷つけないって約束を守らせてやろうかなって、そんな気分なのさ
それに、食うなら腹ン中空っぽにしてからにしてよ
お腹の底まで撫でてもらえるんだぜ
爪先の隅々まで見てくれる感じもする
…でも君さあ 絶対後でめそめそするでしょ
ごめんなさいって泣くの、目に見えてるもんなあ
だからゆうちゃん
今日は味のお裾分けで我慢してね
…何って、まあ
熱烈な愛の告白、かな
正気に戻そうなんて思ってないよ ハハ
矢来・夕立
イサカさん/f04949
①
すごくお腹が空くと人間なんでもできるものでして口に入るものは食べてみるしそれで永らえたりするものですから今更道徳もへったくれもないワケですけどここ数年はそういう逼迫した飢餓とは無縁だったんですよこの世界では食べたいものを好きに選べるしそうですね食べちゃいたいくらい好きなものをなんで避けるんですか食器もお揃いですよイサカさん、
…?
口の中が鉄の味、てか、血の味…
なんつう正気の戻し方してるんですか。
何かやらかしました?愛の告白?
お腹が空いてた気はしますけど、
…ナイフ、開いてますね。
食べようとしたんですね。
…分かりました。追いかけましょう。
凹み通り越してムカついてきました。
●
「すごくお腹が空くと人間なんでもできるものでして口に入るものは食べてみるしそれで永らえたりするものですから今更道徳もへったくれもないワケですけどここ数年はそういう逼迫した飢餓とは無縁だったんですよこの世界では食べたいものを好きに選べるしそうですね食べちゃいたいくらい好きなものをなんで避けるんですか食器もお揃いですよイサカさん、――」
まくしたてるように。
それからそれには嘘がないのだと訴えるように黒が鋼を振るうものだから。
「わ、わ。」
素早い動きをひらひらとかわしながらも、己の帽子を落とさぬように気を付けるのは黒江・イサカ(詩人の海・f04949)である。
彼を果敢に攻め立てるのは矢来・夕立(影・f14904)だ。
イサカが知る限りでは――。
夕立は、自他ともに認める「嘘つき」である。素直でない、といってもいい。
それがまた生き物として、それから彼の年齢から考えるにジュブナイルらしくもありながら悪辣な技術であることも知っていた。
そんな彼が――この程度の『匂い』に中てられるような人物には思えなかったイサカである。
おそらく、妙な精神干渉に憑かれてしまっているようだとも悟った。振り下ろされる黒の一閃をよろけながらも避けて、地面を蹴って横に跳ぶ。
人殺しに慣れすぎた彼の一撃は、今やイサカへ向けた執念とめちゃくちゃな『正直』で狂いに狂って避けるのも精一杯のものとなっていた。
人の気持ちというのは、時に苛烈がすぎてしまう。
こうして理性の檻がなくなれば、影を自由に飛び回る蝙蝠の彼が真っ黒な虎となってしまうように。
ただただ気持ちだけを乗せて振り下ろされるナイフがまた、空を裂いてから回りさせられている。それがどうも、イサカには憐れでしょうがなかった。
「何てったっけ、君――名前訊いた?まあいいや」
二人が殺陣に興ずるのは、このビルに立ち入って数刻してからのことである。
真正面から堂々と行く猟兵たちに続かないで、彼らはまた屋上にいた。
下から攻めて上からせめて、あとは横に出たのを殺してしまえば早いもんですよ――だなんて言っていた夕立が、まさかこうなるとは本人も思っていなかっただろう。
イサカが視線を一寸だけくれてやった先には、彼らが斬り合う屋上から、貯水タンクに繋げられる排水管に忍び込んで逃げようとする海の獣がいる。
獣というには、憐れなほどに不定形であるが――は、と嗤ってイサカが言葉をつづけた。
「すぐ追いつくから先に行ってていいよ。」
た、と後ろに飛びのいたのなら、彼の髪の毛を二、三本断ち切る斬撃が遅れてそこへ奔ってくる。
「――また後で逢おうね。」
少しだけ、いつもの声色と別の色が混じったような音だったから。
夕立の真っ赤に燃えた瞳はイサカを放さない。今にも叫びだしそうな瞳に――イサカが見たのは孤独だった。
言いたいことが、わかってしまうのは。
「避けちゃないよ。」
漸く、遅れて返事を返し始めたイサカである。
――傷つけないって約束を守らせてやろうかなって、そんな気分なのさ。
二人で、あのビルの中。
星濫迷宮にて二人で星を見ながら語ったでないか。
夕立の言葉の魔術で諭されてくれないイサカに、子供のような彼に大人びた口調で語る夕立が一生懸命に囁いたように。
意味のない押し問答のようで、届いているのか。
どれが嘘でどれが真なのか、お互いに隠すように愛をささやいていたあの場所は、決して無意味なそれでないのだ。
どの瞬間も、どの言葉も、イサカはちゃんと覚えていて――今は、そんな気分だっただけのことだ。
「それに、食うなら腹ン中空っぽにしてからにしてよ。」
腹の底まで、たっぷりイサカで満たしてやってもいいのだ。
こんなに飢えてイサカにとびかかる影の彼は、きっと今はほんの一瞬も嘘がない。
本当はこんなにも直情的で――どうしようもなく、獣のようにイサカを襲うような男である。
でも、だけれど。
そんな孤独を抱いた彼を腹の底まで見たいしてやりたいように、この夕立だってイサカを撫でたいにきまっているのだ。
二人は似ているようで、相反する。
だけれど、性根はきっと――孤独なところは変わらないのだ。
つま先の隅々まできっと夕立はイサカを視る。いざ食い殺すとなれば丁寧な仕事ぶりでイサカを一流の料理にしてしまうだろう。
だけれど、――イサカの知る夕立は。
「でも、――君さあ。 絶対後でめそめそするでしょ」
はは、と笑うイサカの三つ編みが揺れる。
夕立の瞳孔は広がり切っていても、揺れてはいない。
奔る一閃にすらイサカは己の一閃をぶつけてやりはしない。ただただから回る夕立の一撃を受け入れるようにして躱し続けている。
まるで――真昼間から手を繋いで踊るカップルのようで、いっそ面白おかしいものが在った。
「ごめんなさいって泣くの、目に見えてるもんなあ。」
子供らしい顔で、大人のようなことを言うたのだ。
このイサカが、優しい表情で――己に突撃を繰り出す夕立を前に動きを止める。
「だから、ゆうちゃん。今日は」
――味のお裾分けで我慢してね。
聖者であるイサカの能力が、その体を起点として一度凝縮したのなら。
とびかかる夕立の口元に――己の掌を当てて、爆ぜる。
【奇跡(カガリビ)】。
輝くその光に夕立が赤を一度焼かれたのなら、彼の視界が激情のそれから現実の冷たさを取り戻していく。
「――、……?」
染みわたる、鉄の味がするのだ。
口の中に蔓延るこれは、紛れもなく暖かくぬめりがあって、本能的に拒絶したくなるにおいがしていた。
――血だ。
しかし、己の血ではないなと察せたのは、眼前にいつも通り飄々とする帽子姿の彼が居たからである。
「なんつう、正気の戻し方してるんですか。」
漸くちゃんと喋ってくれた。と笑ったイサカの顔は明るかった。
勢いをなくした夕立の体が、丁寧に地面に両足をつく。体からはすっかり先ほどまでの荒れる波が取り除かれていて、いっそ恐ろしいほど冷たい海があるような気がしていたのだ。
外は、まだ明るい。
夕立が見上げればそこに太陽がある。――やけにまぶしいのは、先ほどまではどうしようもなく腹が減ってしょうがなかった時間の記憶がないからだろうか。
「何かやらかしました?愛の告白?」
「……何って、まあ――熱烈な愛の告白、かな」
嘘をついてなかった彼に、イサカもまた嘘でない現実を教えてやる。
はあ、とため息をついていらだち交じりに己の握る獲物を見ていたのだ。
イサカのものと、同じ形をした人を殺せる武器である。それがこうして敵意をのぞかせているということは、紛れもなく己は――状況から判断するに、イサカを殺そうとしていた。
殺すだけならまだ――いいやそれでも、どうかと思うが――食おうと思っていたというのがまた情けない。
そういうことを、したいわけでないのに。
「分かりました。追いかけましょう。凹み通り越してムカついてきました。」
まくしたてるように、己を隠す皮肉の一つも吐けない夕立がイサカに振り向かない。
いつのまにやら屋上から姿を消していた海色の怪物に、夕立が眼鏡の底にある殺意を隠しきれていない。背中からも何処からも、怒りをあらわにしている彼にイサカは喜んでついていった。
――正気に戻そうなんて思ってないよ。
「ハハ」
きっと、その笑い声は。
いたずらに成功した子供のようにも、人付き合いに慣れた大人のようでもあったやもしれない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
イリーツァ・ウーツェ
鎧坂殿(f14037)と ②
組めて光栄です、探偵殿
私より、考える事が得意な方が居る
有難い事だ
さて、また此の手の幻覚か
三度目だ
兄弟達を喰らう幻は、此れで三度
どれも不意打ちではあったが
流石に慣れたという物
手袋を外す
己の口に爪を引っ掛け、裂く
痛みが足りなければ、もう片方も
どうせすぐ治る
よくも私の大切を愚弄したな
喰らう価値もない
三千世界から存在を消してやる
行きましょう、鎧坂殿
鎧坂・灯理
Mr.ウーツェ(f14324)と ②
力仕事を任せられる人材と組めたのは素直に喜ばしい
これも何かの縁か
よろしくお願いします、Mr.ウーツェ
ご馳走、か。確かに彼女たちは馳走だろうとも
世界中駆け回っても、彼女たち以上の素材などあるまい
だが、なあ伴侶だぞ?つがいなのだ食材じゃない同列に並べるなブチ殺すぞ
手を握りしめ、小指を折る
指一本とは言え、骨折の痛みは舐められたものじゃないぞ
すごく痛いんだからな
さぁて……岡本・慧と言ったな?
逃げたのか、そうか。ははは……ならば地の果てまで追って苦しめてやる
私の小指は高いぞ
奇遇ですねMr.ウーツェ。案外気が合いそうだ
行きましょう
追え、【犬】共
今度こそ逃がすものかよ
●
「組めて光栄です、探偵殿。」
「こちらこそ。――力仕事を任せられる人材と組めたのは素直に喜ばしい。これも何かの縁か」
固い握手が無骨な竜と細い女の手で行われる。
竜にも人間にも、互いに敵意はない。その意思を示すに一番手っ取り早い方法が、握手だったのだ。
「私より、考える事が得意な方が居る。有難い事だ。」
「よろしくお願いします、Mr.ウーツェ。」
一匹と一人のやり取りはシンプルだ。
そこに余計な身の上詮索もいらぬといわんばかりに、二人は職務に全うする。
これが――鎧坂・灯理(不退転・f14037)の仕事に打ち込む姿勢で在り、言葉に詳しくないイリーツァ・ウーツェ(盾の竜・f14324)に一番適した協力関係ともいえた。
イリーツァは、人でない。竜である。しかし、彼の瞳を視る限りには職務を全うしようという意志がある。
灯理は人の身であるから、彼のような『人外』のことは注意深く見ていたのだ。
彼女の審美眼――現実的に言えば、観察眼の出来は非常に良い。
この現場に立ち入った猟兵たちの異変を察して、己らの身にも何か起こるだろうと悟った二人であった。
少し前にジャックしてあるUDC組織からの考察によれば――『食欲』を掻き立てられるものなのだとか。
――この竜に襲われたのなら。
――この人間を襲ってしまったら。
お互いに、厄介である。
緊張が走った。立ち入った個所はビルの内部でありながら、階段に片足ずつ乗せた二人が立ち止まる。
「来ます。」
「ええ。」
いわれずとも。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか、竜が出るか人が出るか。
どうであっても灯理はただで折れてやる気はないし、イリーツァも盟約のために竜の矜持をもって報わねばなるまい。
じいいっと二人が体をこわばらせて異変を待っていたなら――階段から、人影が降りてきた。
「――はあ?」
最初に怒りと苛立ち交じりの声を上げたのは、灯理である。
電波を傍受し続けていたのは灯理のみだ。いいや、むしろ「そういう脳の構造である」のが灯理のみであった。
この探偵は電脳探偵であるから、そんなことは当たり前のように行える。
――その『電波』いわく、この呪術は精神干渉のもので、それから。
「ご馳走、か。」
いとしいひとを、食べたくてしょうがなくなるものであると。
目の前に現れた黒の悪華たちは、いつも通りの顔色だった。
四人互いにくせ毛を重ねたり離れさせたりしながら、いつも通りに灯理に銀色の月を八つ向けている。
ああ――。
「確かに彼女たちは馳走だろうとも。」
世界中を駆け巡ったとしても。
この悪華たちよりも勝る美しき素材などは存在しないとも思えた。
髪一本から、まつげ一本まで。てっぺんからつま先まで灯理は彼女らを愛している。その内臓だってきたないものだって、経歴だって罪だって――怪物めいた彼女らを、怪物のような愛で愛しつくしている。
しかし――。
「――なあ、伴侶だぞ?」
ぶちり、と己の毛細血管がどこでやら切れたらしい。
高性能な脳が即座にその個所を特定して、回復を図る。皮膚の下でよかった、内臓であったのならもう少し回復に時間がかかったやもしれぬ。
痛覚も鈍らせながら今一度、並んだ四人を見た。
どれもこれもが、そのままだ。灯理を見る目がそれぞれ違う。
信頼、愛情、好奇心、夢想――それから。
「つがいなのだ。」
肯定。
灯理がそれを吐き捨てたのなら、彼女の脳から抽出された幻影たちは微笑んで頷くだろう。
「いいか、食材じゃない同列に並べるなブチ殺すぞ――!!」
ぎり、と握りしめた両手にそれぞれあてがわれる銀と金が余計に輝いて見えた。
意志の怪物たる彼女にとって、この彼女らを『食う』という発想など無意味に等しい!
愛情は食い物ではない、愛とは加害ではない、愛とは――このように弄ばれていいものではないのだ!
ぼぎ、と鈍い音を合図に幻影たちは次の瞬間に消えうせる。
そこに立つのは怒りに満ちた紫で、興奮した息をかみ殺す女が痛みにこらえているだけだ。
そして。
その隣のイリーツァも、幻覚から解き放たれているようである。
己が右手の小指を腫らせるのと同じで、このイリーツァも口の端からだらだらと唾液まじりの血を垂らしていた。
イリーツァが見たものは、やはり――きょうだいたちであった。
もう、この手の幻覚は三度目になる。イリーツァは竜であるからか人間よりもずうっと純粋だ。
だからこそ――この手の呪いにはよく苦しめられたものだった。
「三度目だ。」
目の前に現れたきょうだいたちに、指を三本立てる。
その三本が己らに見えて、少しほほえましくもあった。
――イリーツァが大事に大事に守るものは、彼らである。
己が粗相をすれば紛れもなく彼らに被害が往く。己を殺すだけではすまずにきっと彼らのことだって世界は追いやってしまうに違いなかった。
イリーツァには、人の法律などはわからぬ。
だが、人と手を取り合って生きていかねば、竜というのは生き残れない時代になった。
竜の数よりも圧倒的に人の数は多く、竜よりも世界は価値が重くなる。
それをようやく――狐耳の彼に教えられて。
それから、己よりか弱い人間だったばけものを護るようになって。
彼はようやく、存在意義というものを手に入れたのである。
だから、それを喰らうなどは――どうやっても、赦されてはならない。
手袋を手早く外して、鋭い爪があらわになる。
それを己の口にひっかけたのなら強く口の端を引っ張って口を裂いた。
この兄弟たちを見て、食べたいなどと思う口など今は要らぬ。――どうせじきに治るのだ。
「よくも私の大切を愚弄したな。」
――このような、まやかしで。
赤の瞳が誰に告げているのかなどは、言葉を交わさずともわかる。
「岡本・慧と言ったな?逃げたか。そうか、はは――!!」
灯理も竜の瞳に劣らぬ憤怒でこの建物の中をにらみつけていた。笑い飛ばして、何処までも軽蔑してやる。
――地の果てまで追って苦しめてやる。私の小指は高いぞ。
獣のように真っ赤な歯肉を晒して奥歯を噛みしめている灯理の隣で、竜がやはり同じく怒りで喉をうならせる。
「喰らう価値もない。――、三 千 世 界 か ら 存 在 を 消 し て や る 。」
嗚呼、三十六の世界から居場所を奪うだけでは足らぬ。
どこに行ってもお前の居場所などない。人間の規則も竜の規則も守れぬこのひとでなしなど、何処に居てもいいはずがないのだ!
「奇遇ですねMr.ウーツェ。案外気が合いそうだ。」
竜の彼が怒り狂うさまは、きっと彼女の伴侶に少し似ていたことだろう。
やはり気高き生き物だ、竜というのは案外この灯理とも相性が良いのやもしれぬ。
悪の象徴、悪の権化――よろしい。この傲慢で在らねばならぬ灯理には相応しい指標だ。
「行きましょう、鎧坂殿。」
「ええ――追え、【犬】共」
此処にその怒りの対象がおらぬというのなら、早々に立ち去るべきである。
感傷にも痛みにも浸っている場合でないし、もう我慢などできやしないのだ。
竜の彼の歩幅が広くとも、灯理は彼の倍の速さを用いて勇み足を並べる。
【裏探偵七つ道具《手》(ネコノテハイシャク)】――海に向かったというあの海綿体風情をどうにかして見つけ出して殺しつくしてやらねば気が済まない。
放たれた狗型の機械たちは、一目散に呪術の源を追いかけんと逃げたルートを走っていく。
このビルの、どこからでも逃げられるように体を散らせて四方八方から逃げ出していたようだった。しかし、それでもたどり着く場所はきっとひとつなのだろう。
「逃がすものかよ。」
コートを翻した人と竜が、己らに術をかけただろうかの食人鬼を追いかける。
ひとでなしの気持などわからぬ。その理論など竜すら知らぬ。何故、知る必要がある?
ぎらつく赤と紫が、決してそのようなことを考える必要などありはしないのだ!
――人を馬鹿にするのも、大概にしろ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ステラ・アルゲン
【ヤド箱】◎①
ふと思うんだ
私の剣を突き刺して斬り裂いてやりたいと
愛しいものの肉を食らうように斬って、血を飲むように剣身を染まらせる
身体と魂に、消えぬ傷と痛みを激しく刻み付けてやりながら
剣が人を喰らうとはこういうことだろう?
私はそれほどまでに愛しきものを――――
…………悪い(助けられれば目が覚める)
手にした剣はすぐに鞘に仕舞う
【泉門坂鞘】なら今の衝動を抑えてくれるはずだから(呪詛耐性・狂気耐性)
代わりに【月光槍】を手に【天満月】
もし誰かを傷付けていたら治療しこの幻惑を祓おうか
ファン・ティンタン
◎③
【SPD】食を要せぬ身なれば
【ヤド箱】4名
…これは精神干渉?
食欲の希薄な、異物の摂取自体を忌避する私にはこの手の【精神攻撃】はあまり効き目が無いみたい
邪神と聞いていたから、【千呪鏡『イミナ』】の呪力相殺で【呪詛耐性】も考慮はしてたけれど
さて、犯人追うのもだけど…
身内の様子が気になるね
ペインにとって本来の食事が物質的なソレでない事は承知している
その上で、コレは…邪神の如く、だね
…ま、そんなこと瑣末な事
ほっぺた引っ叩けば治るかな
ホラ、眼を覚ましなよ
ステラは…ソレ、分からなくはないけれど
邪神より先に餓えた剣に食まれるのは勘弁願うよ【武器受け】
クラウンは…ん、その子、良い子だね
大切にしてあげなよ?
ペイン・フィン
【ヤド箱】
②
……酷い空腹を感じる
大切な人、仲間から
引き寄せられるような感じがする
……ああ、そうだね、そのために来たんだ
遠慮無く、いただきます
コードを使用
苦しみ、倒れ、死んでいき、喰われた人の
そして、周辺の仲間が感じている、全ての悪感情を、怨念を、食べる
苦しむ人の怨念と恐怖を
虐げられた人の憤怒と憎悪を
無力な人の悲哀と絶望を
喰らい、宿し、吸収する
幻覚や、耐えがたい精神干渉ごと、食べる
ファンに、正気を戻させてもらったら、食べるのを止めよう
……ん、自分は、大丈夫
悪感情食べた反動で、血が少し流れたけど、その程度
……さて、急いで追おうか
クラウン・アンダーウッド
【ヤド箱】
◎②
どうしてかな?食欲が湧いてきて、家族同然の仲間を食べてお腹を満たしたくなる...ふらふらとした足取りで手を伸ばそうとする所を、一緒に行動していたからくり人形に手をナイフで切られて正気に戻る。
フフッ..アハハハ!!大した精神干渉だ。お菓子等の嗜好品しか食べないボクが、こんな可笑しな思考をするとは!
切りつけた人形の頭をなで、傷口を癒す。
俄然相手に興味が沸いたよ。今すぐにでも追いかけたいけれど、他にもすべきことがありそうだ。
癒しの業火を展開して、心身を癒す浄化の炎で味方のサポートを行う。
●
優しき存在である。
ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)はその成り立ちこそ災厄そのものではあったが、今や未来に忠実でひとを愛し世界を愛する剣で在った。
だから――この建物に立ち入った時、彼女の感情は恐ろしいほど鋭利な刃となって彼らの前にあらわれる。
「――……これは、精神干渉?」
ヤドリガミの中でも。
食を要せぬ身で在るものは多い。その成り立ち、制作過程、宿主の傾向にもよるだろうが、少なくともこのファン・ティンタン(天津華・f07547)にとってはこの呪術など蚊の鳴くようなそれと同じような不快しかなかった。
もとより、食欲など不要な彼女である。
ヤドリガミでありながら確かに食べるのが好きだという存在は多い。
それを理解出来はしないが、「そういうものもあるのだろう」と思っているファンは異物の摂取自体を忌避するきらいがある。
だから――【千呪鏡『イミナ』】を常に意識してこの場に訪れていた。
己はけしてこういった邪神からの干渉を受けぬであろうとも思っていたのもあるが、己以外の仲間たちがどうなるやらは見当がついていない。
愛しい片割れたるペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)の身に何かが在ってはいけないし、――共に同じ箱庭に属するクラウン・アンダーウッド(探求する道化師・f19033)のことも気がかりではある。
信頼していないわけではない。フィンが懸念するのは、彼らのほうがずっとフィンよりも――。
「ステラ。」
案の定。
ステラは蒼の瞳から光を失っていた。
顔は血色が引いて青白くなっている。ファンが身構えたのは、流星の彼女が己にとびかかってくる可能性を考えたからだ。
この彼女は――その成り立ちが伝説めいた存在で、おそらくこの中では一番『破壊力』という点ではずば抜いている。
「ふと――思うんだ。」
唯一、まだこの場でファンが彼女とやり合えそうなのは。
「私の剣を突き刺して斬り裂いてやりたいと。」
彼女が、――このステラがとても正直であるという点に尽きる。
ステラの視界には、金髪の彼が血まみれで倒れていたのだ。
己の足元で豪奢な門を彩っていたのだろう金色が、夕焼けよりも紅い血液で染まっている。
二人の背後にいつのまにやら顕現していた巨大な門はすっかり壊れ果てていて、己の剣はどうやらそれを砕いていたらしかった。
彼の背に剣を突き刺して、独り言ちる。
剣たるステラは、紛れもなく愛おしい人を食っていた。
鍛えられた星の刀身で血を飲むように。身体と魂に消えぬ傷と痛みを斬りつけて、彼の視界に最期までステラという輝きでいっぱいにしてやった。
傷のついた顔にさらに傷をつけて、己のあとに満足してしまう。
――これが。
「こういうことだろう?」
喰らう、ということであると。そう語る蒼の瞳はすっかり『あてられて』いる。
ファンが困ったように片目を閉じたまま、眉根を寄せていた。
「ソレ、分からなくはないけれど。」
分からない、というわけでない。
ステラの衝動は、紛れもなく愛しの彼への愛情と、ほんの少しの独占欲が悪いように働いた例だ。
己に振るわれた剣を受け止めるファンがいる。受け止める――というよりは、掌で受け流していた。
ひたりとステラの剣に掌、――その薄皮一枚くれてやったのなら、掌底一撃を蒼のつるぎへ叩き込んでやる。
「邪神より先に餓えた剣に食まれるのは勘弁願うよ、ステラ。」
かみさまどうし喰らいあうなんて、ばかげた話だ。
ステラが己の掌からはたき落とされた刀身を視て――その色が普段と変わっていないことを理解したのなら、口からはすぐに謝辞が出る。
「…………悪い。」
は、と口を押えて。
『己』を拾うよりも先に、先ほどの光景が恐ろしくてしょうがない彼女だったのだ。
視界を白銀の髪が遮って、己の掌が小さく震えている。嗚呼――先ほどまで、何をしていた!?
己を隠すように、剣を拾い上げてすぐに鞘にしまった。この衝動をこの鞘ならすぐに抑えてくれるはずである。この焦りも、悪夢のような光景も!
剣の代わりに――槍を握る。
「『――夜の闇を照らし導く満月よ。どうか手を貸してくれ』!」
叫ぶように、【天満月(アマミツツキ)】は発動されていた。
蒼色の魔術がファンの掌を駆け巡ったのなら、見る見るうち赤く染まったそれがきれいさっぱり元通りになる。
そのようなことをせずともよいのに。――とは言わなかったファンだ。
「気にすることじゃないよ。」
少なくとも、もう『なかったことに』なっているのだから。
掌をひらひらとさせてやってから、次に異変を現した仲間のほうを向いた。
クラウンはいつもの笑みを浮かべられないままに、己の大事な仲間たちを視ていた。
――家族同然なのだ。彼らのことはとても、それこそ本当に血がつながっていないことを疑うくらいに愛している。
ふらふらとする脚は、やはり彼らをいつも通り求めているし、それを疑いもしなかった。
腹が減る。
――減る必要がないのに?
だというのに、腹にはまるでぽっかりと穴が開いていたようだったのだ。満たされないそこに風が吹き抜けるようで、クラウンの腹を冷やしていく。
寒い。寒い――孤独がせりあがってきて口から吐いてしまいそうになる。
「クラウン。」
そんな彼がこちらに向かってくるのを。
やはりファンはしっかりと見ていた。子供を叱る母のようでもあり、弟を叱る姉のそれのような語調であったやもしれない。
「ん、――その子、良い子だね。」
まるで、あやすような声色だった。
ファンの唇から出たそれに、クラウンが一瞬意識をもっていかれる。
――どの子?
「大切にしてあげなよ?」
己の掌に、必死にナイフを突き立てていたからくり人形がいる。
クラウンに孤独でないことを。それから、己らの存在教えるように一生懸命力を込めて振り下ろしたのだろう。
からくり人形がクラウンの命令外のことをしでかした驚きと――痛みで、彼は思わず笑いだしてしまう。
「ふふ、ははははははッッッ――!!大した精神干渉だ!!」
前髪をかき上げて、道化師は大笑いを繰り出した。
ファンの瞳に安堵が宿って、クラウンがそれを肯定するように彼女に頷き返してやる。
この道化師の彼は、嗜好品をたしなむ程度で――食などに執着などないというのに。
やはり、クラウンは。
孤独が恐ろしいのだ。
孤独であることに今までもこれからも敏感であり続ける彼である。大事に使われた人形師の彼女を殺されてしまったあの日から、彼女の真似をして人形を作って己の周りをにぎやかしていたクラウンである。
――こうなってしまうのも、致し方ないか。肩をすくめてみせてから、己の掌に一生懸命抵抗してくれた人形の頭を撫でてやった。
この掌は、大事なものの笑顔を作るためにあってそれを傷つけるものでない。
「俄然相手に興味が沸いたよ。」
にこりと微笑む彼は、いつものその表情をしていた。だから、ファンも――彼らと共に、最後の一人を連れ帰ってやろうとする。
「ペイン。」
愛しき彼女の声に。
ひどい空腹を満たそうと、一生懸命にこの場に在る『感情』を喰らう彼が居た。
ペインは、【出来ることは、ただ傷つけることのみに非ず(ギゼンデアッテモデキルコト)】によってこの場ある残留思念を喰らうことが可能である。
それは――ひどくどす黒くて、彼の空腹を埋めるだろうが感情というものを取り込む行為なのだ。
故に、際限なく行ってはきっと彼という存在に支障が出るやもしれぬ。何事にも無尽蔵というのはありえないように。
器には、器なりの容量しか入らない。
しかし――ペインは、大切な人であるファンも。仲間たちも喰いたくはなかった。
だから彼ができるのは、これしかなかったのである。
憎悪を吸い上げる。食われた人の無念を何も感じないままに喰らっていく。仲間たちが感じていた愛の狂いも、すべてすべて吸い上げていきたい。
血の色が戻ってきたステラが、ペインのコードに救われているように。
ファンもまた、彼が何をしているのかくらいはすぐに分かったのだ。
――苦しむ人の怨念と恐怖を。
――虐げられた人の憤怒と憎悪を。
――無力な人の悲哀と絶望を!!
ペインにとっての食事が、本来こうあるべきであることはファンとてよくわかっていた。
負の感情を吸い上げて、己のものにして強化される彼の様は――まさに、邪神の如くのそれである。
それが本来あるべき姿で、そうすることで強く在れるのだといえど。
このファンがそれを良しとするかどうかといわれれば、別の話なのだ。
「眼を覚ましなよ。」
するどいビンタだった。
ぱしんと音がして、それを合図にペインの周りを渦巻いていた猛烈な感情の嵐が消し飛ぶ。
ファンにはもとよりこんな感情の荒さは寄せ付けない。己の装備品によるものでもあるが――なにより、己の好いた相手を誰かの感情程度に好き勝手かき回されて嬉しいものがどこにいるというのか。
「もう一発、いる?」
「――……ん、自分は、大丈夫。」
感情を食べ過ぎて、案の定体にひびが入ってしまっている。
血が流れて、感情があふれていたのを知ったペインが――黒い瞳にそれを映していた。
「大丈夫だよ、――『ただ燃えるだけが炎じゃないのさ!』
ペインからあふれた血に、あきれた顔をしながらも心配の色をファンがやどしたのなら。
仲間の笑顔がないのはこの男が許せないといわんばかりに、クラウンが己の魔術を働かせる。
【癒しの業火(ヒーリング・ヘルファイア)】。
ぼう、と燃え上がった無数のあたたかなそれらが、ペインの傷をいやしていく。
それと同時に、ファンの体をすり抜けるようにして彼女の心を癒して温めては続いてステラへと通り抜けていった。
責任感があって、愛にひたむきなステラが見た光景はさぞつらかろうと――慈愛の色を込めてクラウンの焔がその心を明るくしてやるのだ。
ファンの心配の色を明るく照らして、もう大丈夫だよと目の前で好きな人――ペインの体からきれいさっぱりに傷をいやす。
「さ、盛り上がっていこうじゃないか!」
からっと道化師が笑ったのなら!
皆の顔色がたちまち元気な色になる。ステラが長いまつげを伏せて頷けば、その口元には笑みが在った。
「そうだね。――急いで向かおうか。」
強化された体にあった痛みだってもうそこにはない。
道化の彼に感謝するように、ペインがしかと視線を合わせて頷く。続いてファンもやはりクラウンに「助かったよ」と口元だけ微笑んで返していた。
これが、愛というものではないだろうか。
――食べて得れるものでもなければ、弱みでもない。
これが欲しかったというのなら、どうして誰かを笑顔にできなかったのだろうと。
人に愛され、人を愛し、誰かに愛され愛すこのものたちには、この食人鬼の葛藤がわからぬ。
だけれど、それでもひとを愛した彼らであるから、前へ進むのだ。
その身を錆びつかせるような潮風を受けながら、きっと彼らも答えを探して海へ行く――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
萬場・了
UDCは今もまだ食ってるってのに
どーにも腹が減ってきたような……
とうとう底なしにでもなっちまったか?
いや、口惜しいんだな、何かを口に……
自分が映り込む何かを見たら、自分の存在に気が付いたら
ああ、並んでるのよりも新鮮じゃねえか
幻惑に浮かされ、指に歯を立てる
興味は元よりあったし、口実が欲しかっただけかもしれねえけど
ただ、鉄の味は美味く感じられない
この程度の傷なら、今までのように消えちまうんだろう
このUDC漬けの体に痕は刻めねえ
歯形でも残りゃ笑い話にでもしてやるのに
ともあれ、先へは進めるか
誰が何であっても恐怖と痛みがありゃ夢じゃねえってな
消えない内に急ぐぜ
さあ、シェフの味は……どうだろうな。
➁
エドガー・ブライトマン
③◎
……ああ、これは幻覚の類かな?
悪いけど、私には効かないぜ
生まれの都合で、私には様々な耐性がつけられているのさ
これが結構大変だったんだよ
狂気のようなものにだって強いつもり
今だって狂気と一緒に暮らしてるようなものだしさ…
ねえ、レディ?
さて、カニバリストを追い詰めようか
――と思ったが、もし幻惑にやられている者がいれば助けよう
他人を目覚めさせることもまた、王子様の勤めだからさ
女性の場合、断ってから手の甲を抓る
男性は躊躇わずビンタする(ゴメン)
犯人を追って、海へ
食事は生物として当然の行いだ
生物が自分以外の生物を食らう。自然なことだ
だけど、人を食らうことは許されないんだよ
何故なら、ここは人の世だからさ
ヌル・リリファ
②◎△
(覚えてはいませんがトラウマ寄りの経験があるため、マスターへの食欲、というものを自覚するとその衝動より気分の悪さが強くなります)
マスター、……。(ひどく喉が渇くような。なにかが欲しくてたまらないような。不思議な感覚)
(でも、それが食欲だと気づいてしまえば。酷い不快感に襲われて蹲る)
っう“ぇ…やだ……。
(実際に吐きはしないが、気分的にはそれに似た感覚を覚える。だけど)
人形は、しゅじ、ん、の……。のぞま、な…、こと、を、……しな、からね……。
(わたしはマスターのものだけど、マスターはわたしのものじゃない。わたしがすきにしていい存在ではない。だから)
(震える体を抑えてルーンソードを振るった)
●
首元のUDCは絶えず食事を続けていて、明らかに『食べすぎ』である気もしていた。
――とうとう底なしにでもなっちまったか?
己の胃袋にも異変が起きていて、どうにも口の中が酸っぱい。萬場・了(トラッカーズハイ・f00664)はビルの中に侵入してからというものの、己の異変には静かに気付いていた。
歯のかみ合わせで決して良い音とはいいがたい音波を流しながら、水色の相棒は了の『恐怖』を貪っている。
何とかして――この己らを隠そうといつも通り口元をにやつかせていたのだけれど、了自身も言いようのない空腹感に襲われていた。
精神干渉を受ける、という情報が了自身には聞こえていない。
――いや、口惜しいんだな、何かを口に……。
掌を己の手にあてがいながら、右手にはいつものハンディ・カメラがあった。
異変を齎される猟兵たちの姿を収めようと。これも一種の演出で、パニックシーンらしくて善いから――いつも通り、構えていたのに。
かたかたと手が無意識で震えていて、飢餓を知らせている。
此れでは手振れがひどくて撮れたものではない。ああ、くそ――と舌打ち交じりにいったんカメラを下す。
――何か食べないと。
きっとこれは、低血糖という症状なのだ。
空腹感が高まり、己の摂取するものに偏りがあって血糖値に異常が出てしまうというのは、どこかのテレビが流していた医学だかなんだかの趣味の悪い啓蒙でやけに覚えていた気がする。
誰にでも起こりうるから、へえ、そうなんだ。という程度で覚えていたようなことだったが――まさか遭遇すると此処まで厄介とは。
此れでは撮影が続けられない。何かを口にしないと。
ぐるぐると廻りだす視界が、紛れもなく了の脳に異常があることを知らせていた。
彼の首に在るUDCすら食べる勢いを増すばかりで、了の恐怖が了の容量を超え始めていることを告げ続けている。
何か、何か、何か――!!
もはや、それは。
強迫観念にも似たなにかだったのかもしれない。
「ああ――。」
カメラを握っていないほうの手を、今一度見た。
己の手があるではないか。
食人というのに、きっと了はホラー要素として前々から興味が在ったのだ。
口実が欲しかっただけやもしれない。実際に体験してみたいなんて思う己は、もしかしたら生まれつき頭がおかしいのやもしれない。
だけれど、彼の日常には――実際に、人を食った女がいたではないか。
その女との同一願望があるわけではない、だけれど、『恐ろしい』ものには並べるのなら試してみたいのもあった。
こんなことを。――彼の兄は、するだろうか?
ぐるぐると焦点の合わない瞳には、すっかり濁った緑の光が宿ってしまっていた。
己の手を齧ったところで、もう了のからだは一般人のそれではないのである。
奇抜で不思議な高校生めいた言動をしたところで、彼の理性が及ぶ範囲であれば彼の反応は正常なのに――体はどこまでも不可思議に侵されて異常だ。
――今までのように消えちまうんだろう。
こうやって苦しんで悩んで、たとえ己の掌にかぶりついたとしても。
【不死鳥の尾(アンビリカルコード)】。この体は了に刻まれた傷をたちまちに治してしまう。そんなことは『萬場・了』に必要ないといわんばかりの速度で。
歯形でも残れば、きっと誰かに笑い話として紹介出来たやもしれないのに。この話が、ノン・フィクションなのだと――恐怖を語れるやもしれない、のに。
残らない傷をつけるか。
――己の心に傷を刻むか。
自分で自分を食うなんて、きっと彼の『あこがれ』は躊躇いなくやるのだ。
では、『萬場・了』もそれに倣わねばならない。だって、彼は――。
鋭くとがった鮫のような口を弱弱しく、大きく開けてから掌に這わせてやれば。
――ばちん、と頬に衝撃を感じた彼なのだった。
●
人形には、食欲というものは備わっていることもあればそうでないこともある。
それが、製作者によって「必要だ」と判断され部品として組み込まれているのなら正しく機能するだろう。
ミレナリィ・ドールたちは紛れもなく「そういうことができる」存在なのだ。
製作者が有能で、できることが多ければ多いほどドールたちに乗せられるものは多くなる。
快・不快。好き・嫌い。喜怒哀楽。それから、――欲望だって。
まるで赤ん坊の心を造るように、その心を細分化してやることができる職人だって、居たに違いなかった。
それで、――ヌル・リリファ(出来損ないの魔造人形・f05378)は。
この建物に立ち入って、周囲に異変が生じ始めた。
きっかけは、小さな海色の怪物を視界に入れてしまってからである。
てっきりこれが、邪神なのだと思っていたらどうやら彼は邪神を喰らってひとつになってしまったらしいのだ。
対話ができるということを、どこかの猟兵が猟兵伝いに言っていたらしいのだけれど――ヌルには、会話をするよりも早く術中が施されてしまっていた。
ヌルのあたまには。
「マスター、……。」
彼が居た。
その人は、ヌルを作ってしまった張本人である。
記憶を失い、メモリの損壊を治してくれないままヌルの眠っている間に何処かに行ってしまった製作者がいたのだ。
その顔は見えない。その姿は見えない。
――霧がかっているように、見えている。きっとこれは、アルダワの蒸気だろうか。
ここがUDCアースと呼ばれる世界で、この魔導から生み出される蒸気などは在りはしないはずなのに、ヌルの焦がれてやまないひとはすっかり煙に飲まれている。
待っても待っても、帰ってこない人が今、ようやく目の前にいる。
彼にひとめ会いたいと、飛び出した小さな少女人形がどうして殺りく兵器に成れるのかを。この命の理由を教えてほしいのに――。
喉が、渇いている気がするのだ。
何かが欲しくてたまらない。首のパーツに異常があるような気がしてしょうがない。
取り外してきれいな水でいったん洗ってやったほうがいい気すらしてしまう。どうしたらいい、どうしたら。
本能的な拒絶を己の内側に感じている。
ぽっかりと空いたような腹の中心を押さえて、人形は己の以上に戦慄いていた。
かたかたと笑いだした膝の球体関節がそのまま崩れ落ちて、己の脚を折れさせしたたかに床へ打つ。
「っう゛ぇ――。」
吐いたりはできない。
これが、嘔気であることなどヌルにはよくわかっていないのだ。こんな不快感は数少ない。
これは、欲望だ。愛されたいという気持ちでもなければ、焦がれるようないじらしさでもなんでもない――何を考えているのかすら、もうよくわからないほどに胃の中を何かが駆けまわっていた。
たべたい。
――食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい!!
「やだ……ッ、……!!」
ぶんぶんと首を横に振って、そんな感情が言語を持ち出したことを否定する。
人形なのだ。
この幻惑の中でだって、ヌルと向き合ってくれない彼の人形なのである。
だから、――だからヌルは、そんなことをしてはならない。
彼が望んだのなら、そうしてもいいかもしれない。だけれど、そうでないのならヌルはそんなことを考えることは許されないのだ。
「人形は、しゅじ、ん、の……。のぞま、な…、こと、を」
言い聞かせろ。
「ッ……しな、からね……。」
――否定し続けろ。
そうあらねばならないのだ。そうでなければ、ヌルはこの製作者の人形でいれない。
人形は制作者のものだ。だけれど、製作者は人形のものでないように――たとえ彼はヌルに肉を食わせて良いとしても、彼がヌルを喰らってしまっても構わないのだ。しかし、その反対はどうしてもヌルには許されない。
欲を持つな、持つな、持つな、持つな――――!!!
衝動を理性で縛り付けて身もだえる彼女の体はがくがくと激しく震えはじめる。
故障どころでない、大きな『障害』だ。
――どうしよう。
どうにかしなければ。
このままではヌル自身が壊れてしまう気がしてしょうがない。だから、彼女は己を敵性と認識したのだ。
剣を握る。己の魔がやどる剣を。その先端を空っぽだと主張する自分の腹へと向けて――。
手の甲に、痛みを感じていた。
からんからんと金属音がして、現実に聴覚から真っ先に戻る――。
●
「……ああ、これは幻覚の類かな?」
周りの異変を察知して、なおのこと冷静で在れたのはエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)だ。
彼には、こういった狂気は干渉できない。
生まれの都合で――というよりも、彼の中に宿る「レディ」の影響で彼自身にはまったく響かないのである。
「悪いけど、私には効かないぜ。ねえ、レディ?」
手首の華を見てやる。応答はない。
シーン
輝く金髪と瞳に大空を宿す彼は、まったくもってこの事態には適応できなかった。
――いいや、王子様が一心不乱に狂気にふけるのはどうも違うのだから、それでいいのである。
「食事は生物として当然の行いだ。」
この騒ぎの中で、彼の目の前には今迷える子羊が二頭いた。
己の掌を見つめて固まる奇抜な色をした彼と、蹲って震える少女人形がある。
「生物が自分以外の生物を食らう。自然なことだ。」
特別なことでない。
突きつけてやるのは、二人にではない。
その間にいた、小さな海綿体にである。――これが、もとは人間だというのだからいっそ愛らしくも嗤ってしまったのだけれど。
それは震えていた。ふるると震えるところを視るに、どうも会話は可能らしい。
「海へ行くんだろう。」
体を散り散りにして、どうやっても逃げおおせたい彼にもはや人間性などは認められない。
だけれど、エドガーはせめて「あたりまえ」のことは教えてやりたいのである。
どこに行っても、ルールというものはある。
海には海の法則があって、荒らすのならば彼がきっと海からも拒絶されるだろう。
そして、海にも居場所がなくなったのならまたきっと人間の世界に出戻ってしまうはずなのだ。
――だって、海で生きる時間よりもヒトとして生きる時間のほうが長かったはずなのだから。
「人を食らうことは許されないんだよ。何故なら、ここは人の世だからさ。」
運がなかったとしか、いいようがない。
海にもすでにこのUDCアースにおいては、ヒトと切り離せないものがある。
この怪物になってしまった彼が、ヒトを拒絶してヒトを食べ物として、ヒトを恨みヒトに愛されたい存在であっても。
彼がヒトを受け入れられないのであれば、何度だってきっと殺されてしまう。
ヒトの領域を穢してしまう生き物が、今までだってどんな世界だって――平等に殺されてきたように。
「覚えておいたほうがいい。」
哀れむような顔だった。
エドガーの懇々としたそれを聞き届けていたのは、やはりこの男もそれを――心のどこかで感じていたからだろうか。
ぱしゃりと海綿体が弾けて、液体になる。どうやらこの「意識」は此処で途切れたらしい。
一つだったものが複数にばらけたのだから、ひとつひとつが弾けていったのならきっと元に戻った時に何か支障が出るだろう。
ならば――、今エドガーがやるべきことは。
「ゴメン」
「――でッ!?」
勢いよく、眼鏡をかけた彼の頬を張る。
躊躇って目に指が入ってもいけない。鋭い一撃で了に痛みを与えた。
このエドガーの前で、愛すべき仲間たちがその体を自分で喰らうなどはあってはならない。
「い―――ッてぇ。」
「抓るよ。」
了があまりにも唐突な現実の痛みに頬をさすっているのを横目で見てから、次は手早くヌルに声をかけるエドガーである。
自害も許さない。それは、この王子様の手が届かなかったことになるのだ。
きゅ、と球体関節のわりに出来のいい手の甲に指先で圧を与えれば、ヌルの握っていたルーンソードは床へと落ちる。
「あれ、――?」
「お目覚めかな、お嬢さん。」
瞳孔の様子が異なる人形の瞳を視てから、ふ、と笑ってエドガーが二人へ告げる。
「海へ往こう。犯人が逃げ切ってしまうよ!」
はやく、と急かす無邪気な様はいっそ場違いなほど明るく見えたのだ。
ああ、画になりそうな光景だなと思って――了はすっかり下げっぱなしのカメラを握る腕を構える。
「そうだな。」
誰が何であっても恐怖と痛みがあれば、夢でない。
頬を張り飛ばされた痛みがじんじんとして、彼の皮膚組織が修復を始めていた。
赤みなど一瞬で消えただろうが、痛烈な一撃を受けたときの虚は、きっと脳によくよく刻まれている。
「さあ、シェフの味は……どうだろうな。」
にやりと笑った了が、エドガーが扉を開いている様をカメラに収めていた。
扉の向こう、少し丘を越えて――一面に広がる海に戦意を向ける。
だから、ヌルも。
この現実への切り替わりに、まだあたまは追いついていないようだった。
いまだに背中から蒸気を浴びているような気がしてならない。それでも、彼女は海を視る。これが現実だと、思い知っておきたかったから。
うだるような、夏の終わりにぶり返した湿度が――きっと、彼らを撫でていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
狭筵・桜人
③◎△
手の甲にナイフを突き立てる。
今お肉って気分じゃないんですよね。強いて言うなら寿司食いたい。
助けが必要そうな人には肩を叩いたり足りなければ抓ったり。
私は私で驚かさないように慎重に犯人を追いましょう。
あーあ溶けちゃってる。でもまあドブ浚い捜索とかカンベンなので。
呼びかけたら出てきてくれないかな。
岡本さーん。あーそびーましょー。
やぁこんにちは。この状況どう思います?
ここに来た奴ら全員喰ってやるぞーとか
食人鬼としての意気込みを聞きたかったんですけどねえ。
それどころではない感じ?ンッフフ、残念だなあ!
……そういえば狼さんが気になることを言ってましたっけ。
ひょっとして消化に悪いものでも食べました?
加里生・煙
◎②
――狂気を喰らう狼が、ご機嫌に尻尾を揺らしている。
ふいに何かが喰いたくなって、思わず自分の口を塞ぐように手を当てた。
ごくりとつばを飲み込む。まるで獣のように だらだらと 涎をたらすような真似をするなどと。
人間を 喰らいたい なんて。
その衝動に狂う前に、強かに、自身の腕へと食らいついた。血の味が口いっぱいに広がり 鉄臭い。
……あぁ、大丈夫 これは 不味い。
こんなものを喰らいたくなんて 無い。だから、大丈夫なんだ。
お前に共感なんて あってたまるかよ。
俺は まとも で。……いや、何がおかしいかなんて 俺にはわからないが。
少なくとも あんたとは違う。
俺は別の何者にもならずに 俺のまま、生きる…ッ!
●
躊躇いなどはなかった。
手の甲にナイフを突き立てる。きめ細やかな肌に鮮血が走って、狭筵・桜人(不実の標・f15055)の頬を一滴の返り血が濡らしていた。
痛みがないわけではない。だけれど、この衝動を抑えるにはちょうどいい気つけにも思えていた彼である。
「今お肉って気分じゃないんですよね。強いて言うなら寿司食いたい。」
食べたくないものを食べたところで、うまいとも感じないのだし。
これから行く場所が海であるというのなら――まあそれはそれで、都合がいい。
「岡本さーん。あーそびーましょー。」
ナイフを握る手で柱やシンク、それから手摺なんかもカンカン叩いてみた桜人だ。
驚かさないように慎重にとは思いながらも、存在を目立たせなければ向こうの意識を得まい。
あーあ、と嘆いたのは海綿体になったかの食人鬼がどうやら逃げおおせるに成功した報告をUDC組織が必死に外で行っている声で聞こえていた。
――ドブ浚い捜索とか、やだなぁ。
暑いのである。ただでさえこのビルの内部では狂気に煽られた猟兵たちの力が渦巻いて気分もよろしくない。
手ごろにビルの窓を開けて、空気を入れ替えたりなんかもしてみる桜人である。
「外のほうが涼しいって、屋内の意味ないって感じですよね。」
――そう思いません?
と、語り掛けてやる先には、彼の一部たる海綿体が廊下の真ん中にいた。
桜人に怯えているわけではないらしい。大きさは桜人の男の割には薄い掌に乗る程度のものである。
「やあ、こんにちは。この状況どう思います?」
攻撃をしかけたいわけではない。
――むやみに襲ったところで、返り討ちになっては笑えないのだ。
荒事をもとより得意としない彼は、対話で取り入るほうがよいのである。問いかけには応えしか返ってこないのが常であるし。
「ここに来た奴ら全員喰ってやるぞーとか、食人鬼としての意気込みを聞きたかったんですけどねえ。」
どうですか?と問いかけてみる。
なんなら、上から目線が気に入らぬというのならしゃがんでやってもよいとまで思えていた。
――海綿体は応えない。
「……というか、その姿。」
ここまで来た猟兵たちには、きっとかの姿の由来を知っていても、その姿が何を模しているのやらはわからなかっただろう。
シンプルに、ヘタクソなのだ。
怪物になりたいのであろうが、怪物になり切れないのは彼の生来ゆえなのか、それとも思念がそうであるからか。
「――ウミウシですよね?」
ウミウシは、貝だ。貝殻を退化させた存在であるといわれていた。
そういえばそんなタイトルの映画がはやったような気がしないでもない桜人である。
かの映画はここまでグロテスクなそれではなかったのだけれど。
「貝になりたかったんですか?」
はは――と笑ってやりながら海色の怪物をみてやる。
「なるならもうちょっとこう……驚異的な姿になればよかったでしょうに。『お友達』はえらくかわいい存在だったんですね」
ウミウシは、飼育が困難だ。
そもそも何を食べるのかというと、餌が種類によって限られている存在である。
人間に例えるというのなら、――とっても偏食で美食家とでもいうべきか。いやはや、育成には苦労したことだろうとも感心した。
あの加工場から海に行くまで、人ひとり乗せるくらいの大きさに例え邪神とは言えど従えて育てていたというのならこれもまた、驚きである。
「エージェントにでもなればよかったのに、重宝されますよ。」
からからと笑ってみる桜人が、そうであったように。
微動だにもしなければ、動かぬそれは――沈黙していた。
「沈黙は肯定、ですね?ンッフフ、残念だなあ!」
あなたの言葉で聞きたかったのだけれど。
にやりと笑ってみた桜人の前から、海色のそれは水となって意識を消す。少しつついた程度でこうしてはじけ飛ぶ精神なんて案外食人鬼ももろいものやもしれなかった。
――狼の彼女が言っていたことは、紛れもなく正解である。
「消化に悪そう。」
ウミウシを食べた経験が――たしか、海洋生物学者としてならこの国のかつてのトップが食べたことがあるというのだ。
大層気に入って、三度も食べたことがあるらしいが只人は「味が無いしこりこりして噛み切れない。」と感想を残している。
多分――桜人が口にしても、そうなのだろう。海よりも青い空をぼんやりと眺めていた。
「お仕事しますか。」
ふあ、と欠伸をひとつくれてやって。
呪詛そのものたる彼をくすぐる――狼の元へと足を進めてみる。
●
狼が居た。
機嫌よさそうに尻尾を振るさまが、いっそ加里生・煙(だれそかれ・f18298)はそれが憎らしくてしょうがない。
己の口元に手を当てて、壁にもたれてそのままずりずりと座り込んでしまう彼であった。
ふう、ふう、と吐息は荒い。――いっそ喧しい。口をきゅうっと結んで唾をのむ。
今度は鼻息まで荒くなってきて、もうどうしようもないのだと思わされていた。
――人間を、喰らいたい。
だらだらとよだれが口からあふれているのを隠したくてしょうがないのだ。
先ほどからどうにかして口元だけは隠そうと己の手を一生懸命に押し当てている。しかし、その指の間から粘液はずうっと垂れていくのだ。
まるで、餌を我慢させられている犬のように。
すっかり口の閉まりは悪い。ああ、――馬鹿め!馬鹿め!!
獣のようになってしまうなどと、人としてどうなのだ!
頭を掻きむしりたくなりながら、しかしこの衝動には抗いがたい。狼が嬉しそうに蒼の焔を食っている。
――己の狂気を、狼が喰らっているのがまた、どうしようもないのだ。
可視化できるこころのさまというのは本当に見たくないものである。この場には仲間たちが今も苦しんで身もだえているというのに。
この正義の使徒は、この煙は――!!
「大丈夫ですか?」
落ち着いた声が、届いた。
肩をとんとんと叩かれて、急いで己が『抵抗している』というモーションをとらねばならない気がして――。
「……あぁ、大丈夫。これは、不味い。」
躊躇わずに、己の腕をがぶりと噛んでいた。
己の隣へやってきた少年は、少女のような無邪気な顔色で煙を視ている。
桜人は、――この狼のようにあればいいのに、と先ほどの海綿体のことを考えていた。
貝より狼のほうがよっぽど人を食うとき様になるというのに、今どきの大人は映えというものを考えないのだろうか。
「よかった。ああ、血が出てますよ。そのへんで。」
けらりと笑って見せてやる。
狼。いいや、煙がはたとして口を腕から離した。
つう、と己の唾液と血液が脆い橋を造って崩れ落ちるさまを見る。
鼻をくすぐるのは鉄の匂い。血の味がぬめりを伴って口いっぱいにひろがり歯を真っ赤に染めていた。
その味を――まずい、と思えていたのだ。
ああよかった。とどこかで安堵している彼が居る。この味を不味いと思える限りは、彼はこの食人鬼に共感はできない。
まともなのだ。
まとものはずだ、いいや、まともで在らねばならない!!
何本か垂れた前髪をかき上げるようにして、ぎゅうっと双眸を力強く閉じてみせた。
「もう大丈夫ですよ。」
だから、桜人もそれを応援するように――背中を押すように、とんとんと叩いてやる。
長く狂気に抗っているのは、おそらく彼が『狂気』そのものを宿してしまっているからだ。
ちらりと『狂気』そのものである狼を視てやる。青白い炎を食いながら、にやりとする四つ足の獣がいた。
――やっぱり、ウミウシよりこっちのほうがいいと思うんですが。
獣にはならない。
煙は、獣であってはならない。次に瞳を見開いたときには、己の目の前にいないカニバリストの背を見た気がしたのだ。
少なくとも――人を愚弄し人をもてあそんで己への存在証明に使ったその罪人と煙は違う。
もう大丈夫だから、と桜人に頷いて、立ち上がろうとする彼である。
やはりぼたぼたと口の端から血と唾液をこぼすが、それでも――泥臭いように見えて、いっそらしかろうと思えていた。
俺は、俺のまま。俺は別の何者にもならずに 俺のまま、生きる――!!
【狂気を喰らう(マッド・イーター)】。
ごう、と煙の体を蒼が包んで、立ち上がる。彼を取り巻く呪詛を焼く群青色の狼が、その輝きが――桜人の輪郭を照らす。
「いきましょうか、海へ。」
その輝きが海よりも、ずっと――蒼かったから。
きっと、跡形もなく消してしまえるのだろうなと思って笑ってみた。
黄昏色の瞳でこちらを見つめた獣が、こくりと頷いたのならば桜人も足取りが軽くなる。
「夏ももう終わりますね。」
「――さっさと終わってほしいな。」
ばけものとばけものが、夕刻に差し掛かるであろう日の傾き受けながら、海をにらみつけていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
水標・悠里
③◎△
【竜鬼兵】
口調2固定
食べたかったのは足りないから
彼女の模倣していたけれど
僕の中で膨らんでいく知らないもの
心を知りたい
だからたべたい
心を覆う肉を食べれば手に入るのですか
あの人の肉を食べれば僕は人になれるのですか
『羅刹斬奸帳』を使用
【黒翅蝶】で呼び出した死霊の蝶をけしかけて
【朔】を抜きその人に飛びかかる
「マレーク、さん」
僕は彼に何をしようとした
咄嗟に【朔】の刀身を手で掴む
こうすれば死霊の鬼は消えるでしょう
大切な人?
それはあの時取り上げられて気がついた時には姉さんは居なかった
あの時見た卑しい目と口と手が、僕に重なって見える
僕は、本当に?
「もう、大丈夫です」
だから海へ、犯人のところへ行かなくては
マレーク・グランシャール
3◎【竜鬼兵】
喰いたい
愛したい
愛されたい
そんな事ばかり考えている俺に幻惑は通じない
ましてや今この場に俺が愛した者はいない
失われた愛は喰うことが出来ないのだから
だが年若き友が、悠里が惑うというのなら、止めてやらねばなるまい
鬼は人を喰うもの、だが喰らいたいほどの愛の咎を知るには早かろう
俺に攻撃が向くなら【泉照焔】で見切り、【白檀手套】でカウンター
武器や武器になりそうなものを叩き落とし攻撃手段を封じる
多少荒っぽくなるのは許せ
悠里よ
お前の大切な者は俺ではなかろう
お前の愛した者はここにはいない
悠里の目を覚ましたら犯人を追う
喰らうことは愛すること
偽の感情を与えて愛を冒涜した者を俺は許しはしない
●
振り返らないようにしていた。
閉鎖された場所から抜け出した彼は、今や自由であったのだ。
誰にもとらわれない、誰にも捕まえることのできない、ひらひらと舞う蝶のように在れる彼であった。
閉じ込められていたから、いつだって世界は――真新しく居て素敵だったのに。
そこに「水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)」の居場所はない。
どうして?
――まだ、足らない?
籠の中でしか生きてきた世界の意味を知らぬこの鬼がいた。
解き放たれたところで他人との付き合い方などよくわからぬ。それを育てるはずの幼い時代など穢されつくしてしまった。
だから、――『彼女』を真似たのである。
贄として育った悠里とは違う場所にいたかの姉の真似をすることにしたのは、彼女のほうが世界に認められていたからだ。
存在も、生きることも、未来もあったのにどういう因果か死んでしまった彼女の生き写しになる。
なり切れないとはわかっているのに。
あの日、あの時、あの場所で死んだのは悠里だったのだと己でどこまでも己に呪いをかける。
そうしないといけない気がしてしょうがなかった。そうでなければこの彼に居場所など与えられてよいはずがなかった。
――もう姿かたちもあやふやで、己の姿の整合性がわからない。でも、記憶の海に滲むあの人を。
まねし続けていたというのに、どんどん「悠里」の中で大きく膨らんでいくものがある。
真似しきれないことはよくわかっていた。
だって――悠里は男で、彼女は女だったから。
いずれ悠里の背は彼女のそれを越えて、身体だってきっと彼女に近い今と大きく異なってしまう。
それは、「彼女」ではない何よりの「物的証拠」であった。
――「証拠」は、その胸の中にもある。
「悠里。」
少年の異変を悟ったのは、一匹の黒竜である。
ビルに立ち入ったものの、早々に立ち止まってしまった猟兵たちは多いのだ。しかし、このマレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)にはまったくもって精神干渉が及ばなかった。
――喰いたい。
――愛したい。
――愛されたい。
そればかりを常日頃から、この鉄仮面の下で考えている。
燃え滾るような情の矛先は、彼がもう向けてはならない存在だ。
――この場に愛したものはいないし、それに愛されているものはいたってマレークは孤独ではない。
だから、この竜とて己の感情への整理はつけてある。
――失われた愛は喰うことが出来ない。
さらにいうのなら、喪われるのは愛だけではないのだ。
竜とて。プライドもあれば矜持もある。彼らは純粋であって馬鹿ではない。
「悠里よ。」
この目の前の年若き友が、幻惑の中に囚われて苦しんでいるのだって切り捨てるわけにはいかぬのだ。
彼の悠里の種族は、羅刹である。
鬼は人を食うものではあるが――いささか、人を喰らいたいほどの愛を抱くには若すぎるようにも思えて、眉をひそめたマレークだ。
気難しそうな顔がより一層深く影を落とす。彼もまた、長らく独りよがりな愛に飢えるけだものなのだ。
――うら若き友が、同じ咎を知る必要などない。
このむなしさこそ。
この竜にとっては、間違いなく罰である。
誰にも共有できない一人だけの痛みであるから、マレークは誰かにこの痛みを知ってほしいわけでもなければ認めてほしいわけでもなかった。
まさかこのカニバリストのように暴れ狂うようなことを、したいとしても行動には移すまい。
世界を知っている。この竜は大変世界に報いているものだから――。
「お前の大切な者は俺ではなかろう。」
【黄泉語り『羅刹斬奸帳』】。
ぶわりと湧いた蝶が、この羅刹の怨嗟を纏って空を舞う。
それから、彼らが連れてくるのは羅刹の剣豪と妖剣士だ。それぞれが悲哀と憎悪を隠しもしないで、マレークに刃を向けていた。
マレークがそれに対して瞳孔を狭めて対峙する。
友を恐れてなるものか。――この若き友は惑わされているに過ぎない。ならば、と。
彼の焔を呼び出して、戦闘態勢に臨んだ。
沈黙が一寸、――それから激突。
ぎゃいんと犬が鳴くよりも重い音がして、焔を乗せたマレークと怨霊共が討ちあっていた。
鉄を肘ではたき落とし、追撃の一撃をこれまたひらりと掌の受け身から躱して見せる黒の彼が――鬼の若者には、姉に見えている。
心が、知りたかった。
己の膨れ上がる――成長する――心だけではなにもわからない。
あの時。あの姉は、どんな気持ちで毎日を過ごしていたのか。
心を覆う姉の肉を喰らえば、己は姉になれるだろうか。
人らしく生きていけただろうか、太陽の下を何も考えずに歩けるのだろうか。当たり前に、なれた――のだろうか。
衝動だった。
もはや何も考えないで、ただただ――たすけてほしくて、己の武器を抜いてしまう。
鈍い光を放って、それが鬼の血を宿した短刀であることを思い出していたのなら。
「お前の愛した者はここにはいない――!!」
低い声で、吠えがあったのだ。
マレークは、共に叫ぶ。此処にマレークの愛したひとがいないように、孤独の痛みはよくよくわかっているつもりなのだ。
友がいる、仲間がいる――だけれど、マレークの激情を受け止めてくれる誰かはそこに居ない。
いつも地獄のような心を抱いて生きている。この竜が愛を振りまく竜でないから、その焔はきっと彼の身すらいつか焼くのだ。
だけれど――それでも。
求めたくなってしまう辛さがわかってしまうから、小さな友のこころへと叫んでいた。
「――マレーク、さん」
ふつり、と狂気が失せる。
こころを知りたいのは、変わらない。だけれどそれは――この友から得るものではない。
ぎらぎらとした瞳で己を受け止めて、それから肉薄した怨霊どもの連撃で血を流す彼が見えた。
――何を、していたのだ!!
「ッ――!!」
躊躇わず、彼めがけて突き刺そうとした己の刀を握る。
深く皮膚を裂いて肉を刻んだそれに、悠里が激痛をかみ殺していた。
たたっ、と小綺麗にされてあるタイルに血が滴って、彼の痛みを現実に知らせる。
マレークが――【不滅蒼薇(ソウル・オブ・ブルーローズ)】にてそれを癒すのは早いものだった。
「目が覚めたか。」
大事ないか――。
そう問う竜の息は少し上がっているが、やはり瞳に揺らぎはない。
一方の悠里は、まだ現実とうつろのはざまにいたようだった。
――大切な人?
――それはあの時取り上げられて。
――気がついた時には姉さんは居なかった。
下品な笑いと卑しい目と口と、柔肌を掴む手が――どうしても、想い返されているはずなのに。
それはなぜだか、己の姿に見えてしまう。
――あんな姿では、無かった気がするのに。
何度も思考の波が襲ってきてしまうのは、きっと無理やりに記憶を呼び起こされたとはわかっているのに、逃げ切れなかった。
――僕は、『本当に』?
「もう、大丈夫です」
心配をしているのか、竜が己の顔をじいっと見ている。
その証拠に蒼い火の粉が己の頬をかすめていって、いよいよ視界に己と姉と過去以外の色が戻ってきた。
――行かなくては。
本当の己を知らねばならない。この事件を終えて、黄昏色の海でも見ながら考えてみるやもいいかもしれぬ。
ばけものとは何だろうか。ばけものとはいつだって醜悪で、それは――悠里とよく似ているものだったのだろうか。
何もわからぬ。年若の身では何も――考えが至らなかった。
「そうか。行くぞ。」
短く言い放ったマレークの言葉には、怒りが滲んでいた。
この竜の――喰らうことは、愛することと同義である。
決してそこに、サディズムがあるわけではない。彼にとって、愛が燃える孤独というのは、彼の中に大きな喪失を与えていくばかりなのだ。
アイ
だから、其処に詰める肉が要る。
孤独は飢えだ、もう飢えに飢え切って満足など知らぬ。だからこそ、この食人鬼が押し付けがましい愛の冒涜を行ったことを許せない。
――愛とは、もっと丁寧に味わうべきものである。
「長い長い、夢を終わらせてやる。」
どこにも在って、何処にでもないものなのだから。
海を目指す竜と、その傍らに小さな彼が業を背負って歩いていく。黄昏にさしかかる陽がやけに赤かったのは、誰の愛のせいだろうか――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
皆城・白露
①
(他猟兵との絡み(による救助含む)・アドリブ歓迎です)
ご馳走…か。…オレは多分、「これ」を知ってる
(知っているから、口にすれば「それ」だとわかってしまう)
(大切なものはもうない。だけど周囲の猟兵や目の前の『肉』が
「かつて喰ってしまった仲間」に見えて
「食わなければ」という衝動に駆られる。生き延びる為か、一種の執着か
無理矢理振り払おうとはするが、何故抵抗するのかもわからなくなる)
食えようが食えまいが、我に返れば酷い気分になる事には変わりない
うっかり誰かにかじり付いてしまったなら、それは後で謝ろう…。うん。
霧島・クロト
◎△
②
培養槽の向こう側、或いは既に改造処置が為されて、
外で生を享受する『きょうだい』達。
『ひとつになりたい』と思ったことは無いのか?
どうせお前も『おなじ』なんだろう? 罪悪など無い筈さ。
お前達は『替え』の効く存在なんだから。
ひとりぐらい『とけあった』って、問題ないだろう?
だからこそ
「――いいかげんにしろよ」
俺は迷妄を振り払う。
熱を強制的に奪い取るような氷で振り払って。
俺は、そうは望まない。
だって、俺は。
どんなに失敗の烙印を押されていた過去があったとしても、
『きょうだい』を守ることを、助けることを選んだんだから。
……可能なら、近場の奴も正気に戻しとこうかァ。
んなモン共有財産にすら値しねェっての。
●
狼二匹、呪われたように見ているものはよく似ていた。
――ご馳走、か。
此処に入る前に精神干渉の説明を、隣にて固まっている霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)の電波傍受により共有を受けていた。
皆城・白露(モノクローム・f00355)は、「ご馳走」にあたるものが何かを知っていた。
間違いなく、彼の瞳にはもうクロトは映っていない。それはクロトも変わらないらしい、ああなんだ、じゃあお互いさまになるな――なんて場違いにも笑ってしまいそうになった白露なのだった。
仲間たちが、見えている。
それは、かつて白露たちをだましてうまく集めては、毎日命をもてあそばれていた施設のことであった。
白露は、――苦しむ彼らを食った。
喰わねばならぬという気になって、助けてやりたくて、もう苦しめたくはなくて一心不乱に貪っていたのだ。
きっとこれは間違っていたし、それでも白露が生きて彼らの分まで叫ぶには必要な行為でもある。
それでいても――彼は、悪ではないから毎日後悔ばかりを引きずっているのだ。
食べたところで吐き出せない。何度も夜中に起きてクマを作ってしまったところで、哀れんでくれる彼らの声は聞こえちゃいないし、――生き延びるために必要なことだった。
振り払いたい。こんな考えは、こんな想起はもうあり得ない。だってもう食ったのだ。この体に取り込んで、今この白露を生かせているではないか――!!
ぶんぶんと首を振る。
――なぜ?
どうして、抵抗するのか。わからない。
口の端から透明めいて粘っこい唾液を垂らしながら、それでも壊れてしまったかのように必死に頭を振っていた。
いけない、いけない――繰り返すな!!
これはきっと、一種の執着なのだ。
この事件がなければ白露はきっと運命に戦うことはなかったし、こうして未来のために生きることもなかった。
誰かを助けてやれれば、誰かを――護れれば。
この世界を、未来を、救うことができたのならこんな飢えだらけの人生だって、そのこころにだって居場所にだって。
きっと歩けば花が咲くように、意味が生まれると願っている。そうあってほしいという身勝手な気持ちで在るけれど、そう在りたい ――。
己が喰らった、この目の前に山積みされた仲間たちの視線が一斉にこちらを向いている。
どうして、食べないのだなんて言わないでくれ――!!
頭を抱えて、己の耳を塞ぐ。がんがんと頭痛がしてめまいが起こり、その場にうずくまってしまう。
唸り声を上げたところで声にもならない。か細く息を叫ぶ己の声だけがそこにあった。
クロトの視界には。
小綺麗な食人鬼の店内にふさわしくない――極めて文明の進んだ装置達が在った。
培養槽がある。その中に浮かんでいるのは、まだヒトの体と機械の体をくっつけきれないまま眠らされている不完全のそれだ。
足元には、大きな体が寝転がっている。――改造処置が完成したままで放置されている『きょうだい』がいた。
クロトそっくりの、『ボディ』がある。
生を受けることに成功したらしい足元のそれは、クロトのほうをうつろな瞳で見上げていた。
「『ひとつになりたい』と思ったことは無いのか?」
ノイズのない、声だった。
クロトの紅いゴーグルには、彼らの情報をスキャンしようと懸命にポインタが動いている。
[ERROR!] [情報の参照ができません] [ネットワークに接続されていません] [再試行] [/ERROR!]
繰り返される警告文に紛れて、その数が増えているのには気づかなかった。
ぎゅう、と己の下肢パーツがうめいたのは、決して空腹という機能のせいではないはずなのだ。
――どうせお前も『おなじ』なんだろう? 罪悪など無い筈さ。
無数にいる。
作れば作っただけ、クロトという存在は増えていく。
その心に宿るものの色は違うのに、どれもこれもそっくりな顔でクロトに食べてくれと縋りつく。
――お前達は『替え』の効く存在なんだから。
替えなどない。
それぞれが経験する痛みも苦しみも悲しみも。
きっと――この瞬間の恐怖だって、誰にもそうそう共有させてたまるものか。
ぐらりと背中が沿って、己の背面にも機械の重みがぶら下がったのがわかる。
――ひとりぐらい『とけあった』って、問題ないだろう?
ひとりぐらい。
たった、ひとりぐらいならば――。
「いいかげんにしろよ。」
凍てつくような声だった。
瞬間、青白い閃光がクロトを中心に放たれる。
「――寒、ッ」
寒さは、痛覚だ。
暑さを感じるのもまた痛覚であるのと同じで、その冷えがクロトとともにビルを探索し犯人を追っていた白露をも襲う。
鼻の先を赤くされる程度の冷えであったが、己の体を両腕で抱いたのなら耐え忍べる程度である。
「何、やってたんだ、くそ――!」
ひどい気分でいっぱいだった。
己の口元を両手で抑えて、ああ、と呻く白い狼を一瞥してから己が迷妄を振り払ったことを知るクロトである。
己の下肢を抱きしめていた熱の重みも、それもすべて冷やしてやった。
バイザーに映る限りでは、ボディの調子は上々である。もとより氷の狼だ、冷えには機械も強い。
――俺は、そうは望まない。
望んだり、するものか。
このクロトが今歩んでいる理由こそがすべてである。
どれほど失敗だといわれても、その烙印を与えられていたとしても。
決して未来を諦めない――『きょうだい』たちを護り、そして助けることを選んだ彼だからこそ此処に立っている。
「んなモン共有財産にすら値しねェっての。」
気色悪いもン押し付けやがって―――――!!
叫ぶように氷が窓へ向けて放たれたのなら、其処にいた狂気の一部が氷漬けになる。
小さなウミウシは、かの食人鬼の一部だ。それがこうして窓から落ちて砕け散ったということは、多少の弱体化に成功したということであろう。
「立てるかよ。」
「――立てる。」
立たねば、ならぬ。
目の前で凍てつく怒りを見せつけられて、白露も自責ばかりでもいられない。
じゃあついてこい、と背中を向けるクロトの鉄がやはり、『噛み応え』が在りそうに見えてしまってけだるげな眼に疲労を宿す白露だった。
――ああ、やはり飢えは収まらぬ。きっと、かの海のばけものを喰らうまでは。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鵜飼・章
③◎
好きなものはあるけど
『かっこいい』や『面白い』は
『大切』や『愛』じゃない
それ位僕にだって分かる
皆には悪いけど先に行く
【三千世界】を使い逃がさず追跡
鴉達に逃走妨害をさせ是が非でも追いつく
方針が合う仲間とは協力
殺害は阻止したい
彼は法で裁かれるべき『人間』だ
人って馬鹿だよ
食物連鎖の頂点に立ったつもりでさ
愚かで醜くて傲慢で
でもそこが可愛くて
けれど怪物には触れられないから
悲しくて食べてしまうしかない
違う?
きみは人としておかしい
僕もおかしい
でもそうなりたいと望んで生まれた訳じゃないでしょう
一人で『人間』から逃げるなよ
きみへの裁きは罰じゃない
人が人になる為の『救い』だ
出頭しよう
…きみも救われていいんだよ
ヨシュカ・グナイゼナウ
③◎
幻惑にかかるのも何度か経験が有るので、そろそろ耐性でもついてるかも
そもそも幻覚性の液体で体内が満たされてましたね、わたし。ははは、うける
閑話休題
危うそうな猟兵さんがいたら開闢の鞘で一閃
お早うございます、痛かったですか?ごめんなさい
今回はこれといった攻撃は行わず、そういうのは得意な猟兵さんにお任せして
逃げていく彼を追って、海へ
海は良い。命が生まれて、いつか還って行く場所だ
邪神の影響もあるのかもしれないけれど、あなたもそこにいきたかったんじゃないかな
名前は、祝福で有り、そして呪いだ
彼がひとであった頃の名前を呼ぼう。あなたが母(ひと)に貰った名前を
こんにちは「慧」さん。少し、話をしませんか
コノハ・ライゼ
③
腹が減るのはいつもの事だし、もう――食べてしまったからね
残念ながら記憶に無いケド
だから干渉には気付けど惑いはせず
海へ向け逃げた痕跡を追うヨ
確か邪神には『呪詛』の足跡があったという
ならばソレを追って……そう、結果として足止めになればイイかな
ずっと会いたかった
いいレシピだったね、特にハンバーグ
変わらず残せる味ナンて素敵じゃない
聞いてみたかったンだ
オレもね、喰わなきゃ生きていけないから
好きだから食べた?
味に違いはあったの
飢えに違いはあったの
同じ好きを貰いたくはなかった?
大好きを取り込んだ君は、どんな味がするんだろうネ
だからどうかヒトでいてくれないかな
だってバケモノになってしまっては、只の獲物だから
●
愛に疎い彼が思うに。
「好き」なものはある。しかしそれは、LoveではなくてLikeの意である「すき」なのだ。
『かっこいい』や『面白い』は、『大切』や『愛』でない。そんなことくらい、この人間としては欠陥のある鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)にだってわかっていた。
彼が【三千世界】の鴉を飛ばして、獣たちの行方を追っていたのである。
甲斐甲斐しくアスファルトの上を身を焼きながら歩くさまは、まさに――むなしくて切なくてしょうがなかった。
人から少し外れた程度で、この食人鬼の彼はこのような地獄を受けねばならぬ。
これ以上を、どうか――そうさせてはならない。せめて多くに散った彼を救ってやらねばと走り出す章は、どこかその姿に希望を見ていたのだ。
章が、彼を――人としての彼を諦められないように。
幻惑にかかるのも何度か経験が有るので、そろそろ耐性でもついてきたやもしれないな、と思うヨシュカ・グナイゼナウ(一つ星・f10678)である。
あてのない旅を続けていたら大抵の痛い目というのには遭遇するもので。
男の子だから泣かないのではなくて、そもそも――。
「そもそも幻覚性の液体で体内が満たされてましたね、わたし。」
ははは、うける。
――閑話休題。
ヨシュカは、今回は攻撃の一手に出なかったのだ。
そういうのは得意な誰かに任せてやったほうがいい。ヨシュカに得意なことは、このばけものになりゆく彼がまだ人間である場所をもつのならば――人形らしく寄り添ってやることである。
飛び出していく章の背を見送って、己の手に抱くようにして――彼の球体関節の手に海綿体を溶けさせているウミウシを視る。
隻眼の人形を恐れているわけではないようなのだ。どうにも、あきらめと疲れがその様子から感じられてしまった。
「ねえ、――海は良い。命が生まれて、いつか還って行く場所だ」
だから、なのか。
この人形であるヨシュカを拒絶しないのは、彼が人形であるからやもしれぬ。
人形を食わない獣は、人形のことをどうやら敵だと思っていない。ふるふるとヨシュカが歩くたびに震える体に、猟兵何人をも狂わせる呪詛が在るのをどこか納得してしまうヨシュカである。
――だって、それほどにまで。綺麗な海色をしていた。
「邪神の影響もあるのかもしれないけれど、あなたもそこにいきたかったんじゃないかな。どうですか」
尋ねるようにして見たのは。
決めつけ、というのは攻撃だからだ。ヨシュカは攻撃に出ない。
彼がやりたかったのは、――ただの、対話である。
思いをねじられ喰らわされ、早くそんなものなど殺してしまえと思ってしまう誰やらもいるかもしれないけれど。
ヨシュカにはそんなことが、できなかった。
「名前は、祝福で有り、そして呪いだ。」
そうですよね。と彼を見る。
ウミウシは、殻をもたぬ貝である。
人間というからだが殻であったのなら、この愛らしくも不可思議な存在が彼であったのだろう。
彼が人間の名前を――殻を抱いて、今まで生きていたのなら。
「『慧』さん。」
話を、しませんか。
きっと、ささやくような優しい音波だったに違いない。
ウミウシが一度、人形のほうを見たのなら――呪詛が少しだけ晴れて、きっと次には貝殻だけがそこにあった。
巻貝の貝殻で、とげとげとしたそれである。海色なのがいっそ神々しくて愛らしい。
なんとなく耳を寄せてみれば、波の音がして――ああ、これが彼の声なのだと知るヨシュカがいる。
――食人鬼の、彼、いわく。
コノハ・ライゼ(空々・f03130)にとって。
腹が減るのは毎度のことだ。生きていれば腹は減るし、呼吸をすればエネルギーを使うからまた腹が減る。
食べれば食べただけ動けるのに、動けば動くだけ体は飢えるというのだから、効率が悪いし――実際に、この呪詛に至りそうな題材のことはもう「食べてしまった」。
だから、彼は精神干渉を受けないまま――田んぼ道を歩けている。
邪神の足跡を追って、地面を必死に歩くそれの後ろ姿を見た。
小さな――驚くほど小さな、かのカニバリストの一部である。
「ネエ、ずっと会いたかった」
後ろから声をかけてやれば。それはぴたりと動きを止めた。
恐る恐るこちらを振り返るさまは、ライゼに敵性反応を見いだせないのだろう。戸惑うような触手に、両手を振ってやる。
「いいレシピだったね、特にハンバーグ。――変わらず残せる味ナンて素敵じゃない」
彼が、料理をほめたのは。
ライゼもまた、バルを経営するひとりである。
客に時間と席と酒と食事、それから――他愛もない話とひと時の孤独を埋める相手としても勤めるのが彼の常だ。
きっとこの食人鬼が、己の手に入れた肉を不特定多数にもてなしたのは、悪意からではない。
悍ましい所業ではあるが、彼の世界観はライゼのそれとよく似ていた。
「――美味しいっていってほしかったんだよネ。」
微笑むライゼのそれは、慈愛に満ちているようでもある。
それから、空を舞う鴉がようやく目標を見つけて――空っぽの狐と空色のウミウシの上で哭いていた。
遅れてたどり着いたのは、章である。
彼は、この食人鬼の殺害を阻止したい。
――なぜならば、この食人鬼を裁くべきは己らではないと彼は分かっていた。
この彼は、どうしようもないほど『人間』だ。
はあ、と荒く息を吐いてライゼに追いついた章に、「ダイジョーブ」と明るく返すライゼである。
ライゼもまた、まだ――この彼を殺す気には至っていなかった。彼のことが、人間に想えてしょうがなかったからだ。
誰かを思い出しながら食事をする。そんな彼の気持ちのどこに、血も涙もないなんて言えるだろうか。
――己でもあるまいし、と自嘲気味にも笑いつつ、ライゼは章にウミウシへの対話を一先ず譲ってやる。
「――人って馬鹿だよ。」
そうでしょう、と。
「食物連鎖の頂点に立ったつもりでさ。」
いつも。
彼は、人で在れない人だった。
「愚かで醜くて傲慢で。」
指折りながら、彼の知っている「人間」というものを思い出している。
「でもそこが可愛くて――。」
好き、とは違うかもしれないけれど。
目を細めて、残暑に蒸されるからだが汗を吹き出していても章は訴えるのをやめない。
「けれど怪物には触れられないから。」
己がそうであるように。
彼はけして、人とは交われない。
人になりたいのだ。人でありながら、人とは特別すぎる感性で生きている。
それが――生まれながらの欠陥なのか、恵まれすぎたそれなのかはわからないけれど、でも、孤独だった。
繊細な顔に見えて行うことは雑だし、温和で物静かそうに見えて、今のようにめちゃくちゃな――子供っぽいけれど、何もかもを見通しているような世界線で語る姿は孤独に泣きそうだった。
「悲しくて食べてしまうしかない。」
この男は、好奇心と想像力の獣である。
決して、彼は――サイコパスではない。
常人とは違う世界線で生きているから、どうしてもその中に交われなくて浮いてしまうのだ。
平面で見れば同じ位置にあるのに、横から見れば高低差があって、表に浮き出ているのが彼である。
誰とも交われているようで、きっとこの場でも交われていない。だからこそ、この殺人鬼には『共感』をしめしていた。
「きみは人としておかしい。僕も、おかしい」
人差し指を、ふるえるウミウシと交互にさししめす。
己に向けた指先は、どうしてか興奮と――いろんな勘定で震えていた。
「でもそうなりたいと望んで生まれた訳じゃないでしょう、違う?」
ウミウシは、小さな姿であった。
無数に散った一部であるとはいえ、今や章の靴底の半分もない大きさである。
きっと、この彼が捕まったところで極刑は免れない。あまりにも犯行は計画的で、長年行われ続けていた。
それでも――まだ、人間なのだ。こうして、章の問いかけに、ライゼの同情に、ヨシュカとの対話に心が揺れてしまう程度には!
「一人で『人間』から逃げるなよ。きみへの裁きは罰じゃない」
ふるりと弱弱しく章が首を振る。
どうか、そうであってくれと願っていてしょうがなかった。
「人が人になる為の『救い』だ。」
――きみも救われていいんだよ。
この、誰とも交われない章が。
孤独を感じながらも、未来を日々生きているように、救われたように――。
このウミウシのように殻を捨てた彼にだって、もう一度殻を与えてやれば生きていけるはずなのだ。
出頭しよう、と手を伸ばす章の手を触れる手はもうないけれど、気持ちさえ示してくれれば、間違いなく助けられるはずなのである。
――助けてくれという声がないままに助けては、有難迷惑だと知っているから。
章が問いかけたのを、さらに推すように微笑むライゼである。
ライゼもまた、この犯人には救われてほしい一人だ。
「好きだから食べた?味に違いはあったの?――飢えに違いはあったの?」
この狐は、たった一人を食べたときにすべてを知ってしまったのだ。
問いかけるひとでなしの体がぷるると震えている。怒っているわけじゃないヨと、手を差し出した。
「同じ好きを貰いたくはなかった?」
もらいたかった。
皆が己のようであればいいと思っていた。
誰かにうまく調理して、己の好きを食べさせるなんて言う行為は――彼が獣を行動の規範としていたのなら、人類への求愛だともとれる。
認めてくれ、わかってくれ、――異常だけれど、異常じゃないと言ってくれと叫んでいたから、実行したまでのことだ。
それを止められなかったのは、世界の責任でもある。
「どうかヒトでいてくれないかな。だってバケモノになってしまっては、只の獲物だから」
助けられないじゃない。
にか、と笑ってみた顔はきっと黄昏にはよく映えた。
美しいひとでなしどもが、食人鬼の周りを囲んでいる。
伸ばされた掌は、きっと熱い。この身を這う地面よりも人の体温というのは高いのだ。
――だから、触れられなかった。
その代わり、彼らにだけ聞こえる『音』で泣き叫んでみる。
触角がぷるると震えたのなら――この場にいる三人には、「慧」の声が聞こえていた。
「たすけて」
もう、友達は食べてしまったのだ。
人を食べる友達同士、分かり合えると思った彼のことも偏食を起こしたから――わかりあえない敵として、食べてしまったのである。
己を知った友達を食べるのは、苦労した。
こりこりとしていて噛み応えはあるのに、いつまでたっても呑み込めない。
泣いている己が鈍くさかっただけやもしれないが、それにしても――あの時の味はまずくてしょうがなかった。
一つになりたいわけではない。
ただ、――孤独が怖かったから二人ぼっちを一人にしただけのことである。
ぱしゃん、と。
三人それぞれの前にいたはずのウミウシが海水となって溶けたことだろう。
――その心はまだ、海に囚われている。いっそ、強すぎる呪いのまま縛られて海底に引きずられるように。
ライゼも、章も、ヨシュカも――この三人にだけささやかれた、食人鬼の本当の声であった。
訪れ始める夕暮れに、きっと彼ら三人の影はより黒く海への道に刻まれる。
――信じようと、信じまいと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎△②
──チームメンバー、従業員、悪友
あぁ、無性に食いたくなってくる
この際いいか
我慢は毒だしな
手を伸ば──
(ダメだ)
(我が物顔で他人を好きにする権利はない)
(お前は誰にも支配されない)
(そして誰も支配しない)
(誰のものにもならない/誰も自分のものにしない)
腕が凍りついて砕けた
脚も凍って先から壊れていく
(そんなおこがましい欲を抱くお前なんか)
(凍えて、沈め)
そして、俺は砕けた
…どうやら、足にボルトを撃ち込んで幻覚を終わらせたみてえだ
悪いね、俺の心はとっくに"凍える静寂"が支配してる
端役が主役を独占してどうこうなんざ、あっちゃいけねーんだよ
さて、追うか
端役は誰の心も侵さない
誰の心にも、残りたくない
●
一流の端役であることを徹底してきた。
ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は、英雄のために在る。
かつては英雄であることを夢見た――愚かなときだってあったのだ。
しかし、今の彼はまるで呪われたようにそれを使命として走り続けている。
昨日だって、この呪われた建物の解析をしてあまりのグロテスクに思わず顔を顰めたこともあった。しかし、それで叫んだり泣いたりするような彼ではない。
主役からスポットライトを奪わないのが、この名端役である。その活躍を讃えられても、肝心かなめの一撃はすべて英雄に在るべきだと思って今日もこの場に訪れている。
できるのなら地形のスキャンから――このテナントに在るカニバリストの食卓まで解析してみせて、呪詛の根源でも見つけてみせようとした彼が。
異常な、食欲に襲われていた。
口の端からあふれそうな唾液を何度呑み込んだのかわからない。
だけれど、呻いたりしなければ息を荒げもできない。――彼は、端役だ。
目立ってはならない、静かに。それでいて、クールに仕事をこなして舞台を作るのが仕事である。
のに、――。
――ああ、無性に喰いたくなってくる。
周りに在るのは、普通の肉なのだ。
それは此処に入る前からドローンを侵入させていたからよくわかっている。そのドローンも途中で電波妨害を受けて映像を遮られてしまったのだけれど。
冷静な頭があるのに、この呪詛は本能と人間の心において一番厄介なものを絡めてくるのである。
――見知った顔が、その首が転がっていた。
机に、床に、ショーケースに、冷蔵庫に、シンクに。
赤をまき散らすことのない彼らの顔が、真っ白でいっそ美しい。
チームメンバー、従業員、悪友、商売相手――。
彼らはみな、ヴィクティムが絶好の舞台を提供するに相応しい英雄だ。
毎日彼らは力をつけて、毎日彼らは戦果をあげて、勝利の一手に欠かせない存在へとなっていく。
彼らが世界に承認されるたびにヴィクティムも嬉しかったし、己の手で勝利を掴ませたときなどは心が躍った。
――だから。
この、無残な姿になった彼らが美しすぎて、口に入れたくなる。
――この際、いいか。
陶器のような色をした顔で、己の周りにて活躍を繰り返すスカーフェイスと凪の男がいたのだ。
哀れに思うより、むなしくなってしまうより先に、二人を体の中におさめたくなった。
このヴィクティムの血肉にしたなら。
――英雄は、次の英雄へのエネルギーになるのではないか?
我慢は、体に悪い。
にやりと口角を上げてしまう己が恐ろしかった。だけれど、狂い始めた脳はそれこそ正しいと信号を出していく。
ヴィクティムの視界がエラー通知でいっぱいになって――それを書き換えようとコマンドを頭で組みはじめようとして、彼の全身が「止まる」。
――ダメだ。
震える右手は、ふたりのどちらを最初に食べようかと決めかねるまま震えていた。
――我が物顔で他人を好きにする権利はない。
『演出』したとしても。その心を、誰かを、掴んでいいわけではない。
――お前は誰にも支配されない。
――そして誰も支配しない。
すがっても、すがられてもならない。
なぜなら彼は、名端役なのだ。例えばそれは、スポットライト自身で在ったり、音響で在ったり、彼自身が――彼が、世界の機構で在らねばならない。
――誰のものにもならない/誰も自分のものにしない。
彼が、世界に英雄として認められるなんて言うことは。
凍てつく呪いが、彼の指先を真っ白に染めていた。たちまち腕が凍り付いて、あっという間に砕け散る。
もとより「サイバネ」で組まれた体だ。今更、ヴィクティムには大きな痛みにもならない。
だけれど――どんどん真っ白な静寂が彼の体に降りていく。足が白くなれば、つま先が砕けて、関節である膝が割れたならそのままずしゃりとうつ伏せに倒れる。
凍る。
凍る――すべてが、白になる。
夏の終わりだったはずで、今日も気温はそこそこに在って。
ああ、田舎というのは家屋が少ないから涼める場所も中々ないものだなと思っていたのに。それが――それこそ、夢のようだった。
白が彼の視界を覆う。
――そんなおこがましい欲を抱くお前なんか。
誰かの。
誰かの「何か」になりたいお前なんて。
――凍えて、沈め。
まつげの先にまで、霜が降りていて。
じきに目のパーツまで砕けてしまうのだろうと意識を手放した。
珍しい鳴声がしたな、と思う。
ゆっくり意識が耳から戻っていくのを感じていた。――この声は、たしかヒグラシという蝉のものだったっけ。
「あいて、ッッ――。」
じきにヴィクティムの精神が世界に追いついてきたところで、思わず片足を上げてぴょんぴょんと跳ねる。
小さくバウンドを繰り返してから、痛みのする個所を視てやればどうやら『気付け』に右太ももへボルトを撃ち込んでいたらしい。
本来打たれるべきでないそこに貫通させられた小さな部品が、不服そうにねじ曲がっているのにもまた苦笑いさせられた。
「――悪いね、俺の心はとっくに"凍える静寂"が支配してる。」
ここに、居たであろう誰かに。
いいや、いまも思念だけは漂う誰かに宣言する。そして、自分にも言い聞かせてやるように太腿の杭を抜いて見せた。
――端役が主役を独占してどうこうなんざ、あっちゃいけねーんだよ。
端役は、端役であるから。
主役と並んではいけない。スタッフロールの中で何度も名前が挙がるのは良いが、いつだって一番最初は英雄たちであるべきだ。
自分は、読み飛ばされるような文章の一部で在ればいいし、最後まで見届けてもらえない無数の名前のうち一人で在ればいい。
そうでないと――いけない。
一種の強迫観念だった。そんな理論が今この環境で成立しないという意見のほうが正しかった。
死ぬな、と言ってくれるのも。
一緒に未来へ生きよう、と声をかけてくれるのも。
一人で無理しやがってと怒ってくれるのも――嬉しいなんて、思ってはいけない。だって彼は、端役なのだ。
――端役は誰の心も侵さない。
いつかはそんな彼らも、「ああ、居たなぁ」なんて言ってくれる日になるのを願わねばならない。
彼らの世界の隣に己はいていいはずがなかった。
そういう呪いだ、そういう宿命だ――そういうシステムなのだから。
嗚呼。誰の心にも、残りたくない。
「さて、追うか。」
来てみたところで逃げ出した後で在るらしい、海の獣に集中する。
感傷にいつまでもシーンを割いてはいられない。一分一秒たりとも端役に無駄は許されない。
きっと、今日も英雄が生まれると信じている。この怪物を人間に戻すのも、この怪物を倒すのも、英雄の仕事なのだと信じていた。
身軽に怪物のキッチンにある窓から飛び越えて、音もなく地面に現れたのなら戸惑うことなく海へ往く。
誰にも己の仕事を視られないように、ただ――英雄たちの為すがままがせめてうまくいくように頭はもうすでにプランを立てることでいっぱいになっていたのだ。
鼻歌を歌いながら、田んぼ道を歩いていく少年は。
――そうしないと、きっと救われなかった。
大成功
🔵🔵🔵
リーオ・ヘクスマキナ
◎△
③
(店内に入ってすぐ、幻惑の代わりに大量のノイズが目と耳を覆い尽くして)
え、何。何これ、一体何が起きて……痛ッ?!
……あれ、赤頭巾さん? あぁうん、大丈夫。意識はハッキリしてるよ。ビックリしただけ。あと頬が痛い……
え、好きな人を食べたくなる幻覚? なにそれ怖い……
案外、今回の犯人も「ソレ」にずっと囚われてるだけの人だったのかな……
いや、この仮定は横に置いておこう
兎に角、他の人達を起こさなきゃ。強烈に揺らしたら起き……え、ビンタ? 俺もそれで起こした? 分かった、それで行こう
ちょっと位噛まれてもギターケースの中に応急キットがあるし。それを勘定に入れて、スピード優先の荒療治と行こうか
祢岸・ねず
②◎
くらりくらりと滲む思考、思い浮かぶのは人が作った料理のこと
ふわふわの鈴かすてらに、ひんやり甘いかき氷。蕩けるようなシチューも良いものです
……そして、どうしてか。その中でも今いちばんねずが食べたいものは
そう、目の前にある肉なのです
……ですが、食べる訳にはいきません
ねずはねずみですが、飼いねずみではないのです
こんな風に、ただ餌を与えられるような事柄には。応じませんよ
連れているねずみたちに、ねずを齧るように頼みます
走る痛みで、この誘惑を誤魔化しましょう
少しだけ、まだ食べたい気持ちは残っていますが
このくらいなら無視できます
助けが必要そうな人がいればそちらの方へ
そうでなければ慧を追いましょう
●
砂嵐は、彼の視界と耳を覆いつくしてしまう。
あまりの雑音に思わず悲鳴を上げて一度体を小さくしてしまう彼がいたのだ。
「え、何。何これ、一体何が起きて……痛――ッ?!」
戦慄いた彼の顔に間髪入れずに赤の少女が一手を叩き込む。容赦のない一撃にリーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)は思わず吹っ飛ばされてしまいそうになる。
なんとか利き足で踏ん張って、ようやく明滅を繰り返す視界に現実を取り戻していた。
「……あれ、赤頭巾さん?――あぁ、うん、大丈夫。」
己の意識の有無を気遣う赤の怪物は、どちらかというならあきれているようにも見えてしまって苦笑いで返すリーオである。
頬がじんじんしてしょうがないからさすってみれば、その痛みの理由を赤頭巾の彼女がリーオにしか聞こえない声で説明して見せた。
「え、好きな人を食べたくなる幻覚?」
ぱちくり、と紅い目を驚かせてから。
「なにそれ怖い……。」
シンプルな感想である。
事実、恐ろしい。
今回の犯人も、「食べる」ということにおいて異常な執着を思わせられるリーオである。
本来ならば必要のない行為だ。人類同士が食い合うような事態にはいまだ陥っていないのがこのUDCアースであった。
これが、たとえばダークセイヴァーやアリスラビリンスならば「やや」考えやすいことではあるが、なにせ飽食の時代である。
食べるだけならば、そこらで廃棄されているあまりものでも食べていけば満たされよう。
しかし。
「いや、この仮定は横に置いておこう。」
己に課した、固定観念というのにも囚われているのではないだろうか、と思って――やめた彼である。
仮定は参考になるが、命中しなければただの妄想であるのをよくわかっていた。スナイパーらしくとても冷静な判断ができていたやもしれぬ。
「兎に角、他の人達を起こさなきゃ。」
己もこの赤頭巾の彼女にぶたれたように。
ひどく揺らせば起きるかなんて考えていたリーオに耳打つ彼女が、にやりと笑っているような気がしてしょうがないのだ。
「分かった。それで行こう」
しかし、――痛みがなければ目覚めない、というのなら。
どの程度の痛みで起きるのかを知っておくのも悪くはない。これも――また、経験で、相手を知るいい機会になるに違いない。
灰色の彼と赤頭巾の怪物が、共にこの狂気を踏みにじって歩いてゆく!
●
くらり、くらりと。
まるでインクをこぼしてしまったかのように、彼女の視界は夢色に染まっていくのだ。
祢岸・ねず(よみねずみ・f20037)は神である。
ただし、もとはといえば「ただの」鼠であったゆえ――彼女の食事というのは人間のそれに近かった。
掌に乗れるような大きさだった彼女は、毎日虫に在りつけていたわけでない。それこそ、人間たちが捨てるものこそご馳走であった。
まだ腐るには早い穀物も、濃い味が施された肉も、何もかも食べられるものはすべて食べて明日への糧とする。
そうしないと、生きていけないからだであったねずたちなのである。
だから――いまこの場にいる、神格を得た鼠の頭だって「人間」がつくる「ごちそう」が多かった。
ふわふわの鈴かすてらに、ひんやり甘いかき氷。蕩けるようなシチューもこれから涼しくなったらちょうど良い。
どれもこれも鼻をくすぐるような甘い香りと香ばしさがあるもので、ああ――とねずが目を細めていた。
彼女が訪れたのは、テナント内部にあるキッチンである。
厳密にいうなら、いくつかあったうちのシンクだ。一人でこの店を切り盛りしていたわけではないらしく、おそらく従業員には内緒で人肉を調理して提供していたのだろうと推測されている。
それで――ねずが、目をとられていたのは。
三角コーナーにほんのちょっぴり引っかかっている生ごみであった。
しかし、それはすっかり変色しているのだけれど――紛れもなく人の肉である。
おそらく此処に居る誰もがそれを一目で見抜けはしなかっただろうが、ねずは「ねずみ」であったから「充分」な大きさに見えていたのだ。
これが、食いたくてしょうがない。
愛らしい外見ながらに、やはりねずは鼠なのである。
食べれると知っているものは食べたいものだ。山などで遭遇できたであろう人間が投げ捨てた人間の肉は、少し放っておくと腐り始めて柔らかくなるから食べごろでもあった。
それをよくよく知っているのが――この『鼠』という生き物なのである。
しかし。
「食べる訳にはいきません。」
誰に言うでもなく、ぶんぶんと首を振る。
ねずは、確かにねずみだ。しかし、彼女は神である。
捧げられるならまだしも、「ヒトから与えられる」のは御免であった。神ゆえになにものでも平等で在らねばならないし、神ゆえに人間ごときに飼われてならない。
この食人鬼が、――もてなしとして用意したとしても、断るのが神としての礼儀で在った。
そんなねずを。
「えい!」
柔らかそうな耳をちょっと抓ってみたリーオである。
「きゃあ!」
「わっ」
思ったよりも虚を突いてしまったらしい。小さな神様の悲鳴が上がったのなら、ごめんよとリーオも頭を下げた。
恭しく帽子をとって礼をする彼に、ねずもまた――驚きはしたから耳がぴこぴこと動いても――彼に礼をする。
「なるほど。痛みがないと、目覚めないものでしたか。」
危うく――鼠たちに己を齧らせるところであった。
神様であるから再生を齎すのは簡単である。痛みなど多少は我慢すればいいものだが、なにせそれは想像するだけでいささかリーオにはグロテスクな江連に見えていた。
「うん。……超音波、とかそっちかなぁ。海の生き物を真似た邪神が手を貸してるって言ってたけど……。」
「手を?」
「えっ、と……食われてる、んだっけ?」
愚かな。
――神様を、食うなどと。
「追いましょう。」
そんなことは、できた気になっているだけです、とねずが首を振る。
だよねえ、とリーオもため息をひとつついて、頷いていた。
邪神を喰らうなんてことが本当に可能か、といえば。あまり考えられるものではない。
本人が「喰った」気になっていて、実際のところは中に巣食われていることが多いのだ。なぜならば――それは「超常」の存在であった。
人間がコントロールできるものではないことを、リーオもゆめゆめ理解している。このそばにある赤頭巾だって、そうなのだから。
しばし灰色の二人が視線を交差させてから、躊躇いなく海へと出る。
ねずの空腹はすっかりどこかに失せてしまっていた。食べたい気持ちは残っていても、――それは、今必要なことでない。
手あたり次第に食うのが邪神で、捧げられたものだけを食うのが神である。
施しはしても、施されはしない。そこまでこのねずも堕ちてはいないのだ。
「帰れるのかな。」
海へ。
――人間へ?
邪神に巣食われ続ける生き物の最期は、どうなってしまうだろうか。
それもまた、仮定であるのなら確かめるしかない。小さな神様を連れて、リーオもまた食人鬼の悲哀めいた海へと往く――!
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
死之宮・謡
アドリブ歓迎
ほう…最早ヒトであることを捨てたか…
良いんじゃないか?その心の持ちようでヒトであろうとするのは滑稽だからな…潔くて寧ろ好感が持てるぞ?
……まぁ他の連中は知らんが…
③
(片腕が内側から弾けるように傷付き、大量の血が流れる)
ん?如何した?嗚呼、此れ(腕の傷)か?
…気にするな…この程度直ぐに治る…
そんな事よりお腹が空いたんだ…何か出してくれたまえよ…
嗚呼、安心しろ…金はきちんと持っている代金は払うさ…
だから、あんたが一番自信のあるメニューを出して欲しい…
●
「ほう。最早ヒトであることを捨てたか」
死之宮・謡(原初と終末の悪意・f13193)は己の前髪をかき上げながら、目の前に在るウミウシを見る。
貝の幼生だったか、なりそこないだったか――なんだったか。
この謡にとって必要なことは、そこでない。この獣に意味を求めたりはしていないのだ。
極めて、謡は悪意の生き物である。
このなり損ないの獣をもてあそんでやろうとは思わないが、その行く末はつつきまわしてやってもいい気がするのだ。
彼女にとって――この世すべてはルーレットのようなものである。
「良いんじゃないか?」
――いっそ潔くて好感が持てる。
と、笑って見せる彼女の口は真っ赤で在った。
謡がいるのは、かの食人鬼が従業員に提供していたのであろう、狭い休憩室である。
丁寧にシフト表まで作られていて、その緻密さがまた愉快であった。
知らぬうちに此処に名前のある誰かは、――調理をさせられ物を運び、客に人肉と知らぬまま提供させられ、己も賄いとして食べていたのであろう。
新作、と書かれたチラシが磁石で止めてあるホワイトボードを視て、また謡は笑う。
「ほかの連中は知らんが、――その心の持ちようでヒトであろうとするのは滑稽だからな。」
ここまで。
ここまでやって見せる悪意の獣がヒトなどとは、どうしても謡には思えなかった。
呪詛たる彼女の心を冒そうと、ウミウシは彼女の眼の前――タイムカードを打刻する機械に乗るそれをじいっと見てやる。
「ばけもので在ろうとするほうも、愉快だが。」
この程度の呪詛で、謡を穢そうなどと!
嗤わせてくれる、と吐き捨てた赤目の悪意が笑ってやったのなら、一気に『爆ぜた』。
呪詛が、そして彼女の片腕が ――爆発して、部屋を真っ赤に染めていく。
ウミウシが体に赤を浴びながら驚いているのを、しばし何をどうリアクションしているのかわからなかった謡がいて。
「ん?如何した?嗚呼、此れか?」
それから、まるで物を知らぬ子に語るように己の腕を犠牲にした赤の噴水を見た。
いまだに激しく血が散るそれを「気にするな――この程度直ぐに治る。」と微笑んで見せる姿はいっそ狂いすぎていて理解が及ばない。
「そんなことより、お腹が空いたんだ。」
一歩、前へ。
片腕を失ったがゆえにバランスはとりづらい。少し待てばまた生えてくるのだけれど――【流血の支配者(ブラッド・ルーラー)】が使える限りは使い続けねばならぬ。
「これだけ血をなくしたんだぞ、何か出してくれたまえよ。」
金ならあるから、と。
ゆらりと歩いてくる女の姿は、まさしく女の姿をした何かである。
恐れが ――このウミウシの全身からにじんでいた。あまり刺激を与えると割れてしまいそうだなとも思わされる謡である。
「あんたが一番自信のあるメニューを出して欲しい。――たとえば」
それは、命とか。
言うが早いか、出るのが早いか。
謡の鮮血が鞭のようになって、ウミウシを逃がすまいと掴んでしまえば、彼女の口の中に血ごと放り込んでいた。
水になって溶ける前に食ってやろうとして、がりごりと海綿体を鉄ごと喰らってやる謡である。
謡は、この世すべての悪で出来ている生き物だ。
仮器のダンピールの体にはいささか毒であるが、発動しているコードのおかげでこの程度の呪詛は摂取して体を焼かれてもたちまち復元できていた。
「ん――。不味い。」
やはり。
二流、三流の悪意など食べれたものではない。
ぺ、と真っ赤になった肉片を吐き出してやれば、やや海水の味がして噎せてしまう。
「ああ、駄目だ。口直しが必要だな。」
水でも飲むか、血でも飲むか。
深くため息をついて、鉄臭さに少しだけ機嫌を持ち直したものの――金を払う価値もない、と断じて彼女もまた海へ往く。
「焼けば、少しはましだろうか。」
料理に興味などないが、手を出してもいいやもしれぬ、と――。
まるで、狂人は遊んでいるかのような気分で、黄昏の下で歩いていく。
大成功
🔵🔵🔵
六道銭・千里
【六天】
③◎
持ってる御縁玉と着ている六道銭羽織が精神干渉を弾いて無効化
元よりそういうんは強くてな
零も大丈夫そうやな
犯人は他の猟兵も追っとる
そんなら、俺は残って他の猟兵が精神干渉を受けた惨状をなんとかしようか
襲われた、痛みで回避した猟兵には御縁玉の癒しの力で怪我の手当て
精神干渉受けたのにも使うけど効果なさそうなら銭貫文棒でちょっと強めにどついて落ち着かせてから癒し&精神干渉の解除やな…
アッシュもほんなら手伝いよろしく頼むわ
回復中は無防備やからそん時とか頼むで
天星・零
【六天】
③◎
【呪詛耐性+第六感+戦闘知識】などにより他の苛まれてる方を見て事前に対策無効化
『僕の大切な人は一人だけ…そして、食べることは決してありえません。(装備Determination -決意の魂-参照)』
施設内を探索し発見があれば情報共有
『二手に分かれてやったほうが効率的でしょう。アッシュ、お手伝いしてあげて』
UC【生命を愛した赤い目の黒猫の魔法】のアッシュに六道銭さんの手伝いをするようにお願いし、自身は犯人を追う
『ふふ、逃がしませんよ…駄目じゃないですか。逃げては』
「人を殺しておいて逃げるなんて許さないぜ?」
可能なら指定UCも使いお互い連携し攻撃を仕掛ける
UC口調秘密の設定
キャラステシ
●
陰陽師であるから、もとよりこういった呪詛には強い。
軽く階段を駆けていって、己の羽織や装飾がより精神干渉を阻んでいるのを確認してから六道銭・千里(冥府への水先案内人・f05038)は己の相棒の姿を見る。
「零も大丈夫そうやな。」
我先に、周囲の安全確認からと駆けていった千里のあとを悠々と追うのは天星・零(多重人格の霊園の管理人・f02413)だ。
「ええ。対策は出来ています。」
柔らかく笑って見せた少年が、確かに只者でないことなどはよくよくわかっているのだけれど。
「そうか。ほな、――頼むで。」
少しだけ躊躇ったのは、やはり彼もまた誰かのために在る戦士だからである。
千里が戦士らしくあるのなら、悠里は魔術師のような存在でもあった。
勇猛果敢な陰陽師の彼と、冷静沈着な悠里はちょうど――静かながらに対局である。だからこそ、二人は効率がよい。
「ええ。」
いってらっしゃい。と微笑んで見せる悠里に頷いて、千里は振り向かずに走っていった。
彼はきっと、ほかの猟兵を回復して回るのだろう。悠里がすでに「何が起きているか」を把握しているからこそ、千里もまた躊躇いなく動けていた。
――僕の大切な人は一人だけ。そして、食べることは決してありえません。
命を、すくわれたことがある。
幼い彼に救われて、この孤独たる少年たちは家族を得た。
二人だけの世界ではなくて、一人だけの世界ではなくて――三人の世界へと広がっていったように。
それがずっと、この未来が続く限りは守っていかねばならぬ彼であるから。
それを穢すなど。
それを喰らうなど。
――そこに残るのは無のみではないか。
だいたいの猟兵たちは、痛みを克服して海へと行ったらしい。
しかし、そこかしこに在るのは猟兵たちの抵抗のあとばかりであった。
喰いたい、死にたい、生きたい、愛されたい、愛してた――。
痛みだらけの空間に、にこりと零が笑ったのならば「二手に分かれてやったほうが効率的でしょう。アッシュ、お手伝いしてあげて」と気まぐれに召喚されたのがこの黒猫、アッシュなのである。
【生命を愛した赤い目の黒猫の魔法】にて呼び出されし召使は、零の視線だけで意図をくみ取ったのならば素早く彼の後を紅い眼光を残して戦士の元へと駆けていった。
「大切な人は餌ではありませんよ。」
それがわからないから、あなたは獣なのでしょうね――。
猟兵たちの痛みのあとがあるこのキッチンで、其処に在るのはやはり小さなウミウシだ。
必要であればコードを使うことも考えていたが――掌にも満たないそれである。
余計な魔術を使うよりも、手早く終わらせてやったほうがよかろう。
ぱちん、と指同士の摩擦で呼び出されたのは――夕夜だ。
「やっちまっていんだよな?」
「ええ、どうぞ。」
やりい、と声を上げた彼が――瞬く間にウミウシにとびかかったのなら、あっけなく呪いの根源たるそれは晴れる。
もとは大きな邪神となっていたのだから、一匹や二匹削っておいて損はあるまい。これほどの人数の猟兵を呪った力も二度と使えないはずだ。
呪われたそれの気配が弱まったところで、零が耳を澄ませてみたのなら。
黒猫の彼が、負傷した猟兵たちを見つけては千里に知らせていた。
千里は、義に厚い生き物である。
もとより、人の想いや――それがねじ曲がって呪いとなったものを扱う一族の生まれであるからか、この呪詛の強度はよくわかっていた。
「せェ、やっ」
どん、と一つ突いたのなら。
銭貫文棒にある装飾がじゃらじゃらと揺れて破魔の勢いを増す。呪詛にて気分の悪くなった猟兵たちの背をまたついてやりながら、「こういうのは気から来よる」と言葉をかけてやりつつ千里が祓っていく。
己に呪詛が降りかからないところを見ると、元の耐性もあるやもしれないが、黒猫の彼が走り回っていてくれるおかげで在ろう。
鼠が猫を追うように、きっとウミウシのそれを追っているに違いない。
果たして何匹仕留めてくるやら――楽しみにしつつも、次は負傷した猟兵の手当てに回ることにする彼である。
どこの誰の傷にも、――やはり、想いが籠められすぎていた。
拒絶、憤怒、猜疑、理解、絶望――。
いろいろな痛みが混じった傷痕を視て、彼だからこそ感じ取れてしまうのは情念か、それとも呪いか。
――こんなんなってまで、ようやるわ。
【護法術・癒(ゴホウジュツ・イヤシ)】。
己に疲労を与えながらも相手を治療する医術である。
手早く符を貼ったのなら、軽いけがから深い傷まで綺麗さっぱり治して見せていた。
「おう、戻ったんか――どやった。」
「ウミウシがいました。」
「ウミウシて。」
汗を垂らしつつも、手早く服の袖で拭う千里の前にはあらかたの掃除を終えたらしい零が返ってくる。
「あと数名ほど、おそらくお世話になるかと。まだ――戦っていらっしゃるので。」
「起こしたらんかったんか?」
「ええ。――大事な戦いのようでしたから。」
一方的でない、心の抗いを視たから。
色違いの瞳で微笑む零に、そういう救いもあるのだろうか、と考えさせられる千里である。
じくじく痛む傷痕たちを何度も治療したものだから、やはり脳裏に焼き付いていて――目をゆっくりと閉じて、ぬるい風に吹かれて黒髪がゆれていた。
――まだ、ひぐらしの音はやまない。黄昏色が、二人の横っ面を焼いている。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
辻森・朝霏
①◎
――嗚呼、。
ふいに、出てきた彼を、
食べたくなって
ナイフで襲い掛かる
何故出てきてしまったのかしら
まさか食べられたいとでもいうの?
そう、ぎらぎらした目で笑いながら
嗚呼、でも
私は彼には敵わない
彼の方がずっと強くて、首を絞められ、
息ができない
彼は何時もの
何を考えているか解らない真っ赤な瞳で
口端に笑みを浮かべている
――そのめ、すきよ
喉を締め付けられる痛みで我に返り
欲が収まったなら
術にかかるなんて不覚だわ
そういうの、効かないと思っていたのにと
平然とした彼を横目に
犯人を探しにゆく
だってお話ししたいじゃない
彼がまだ人間のうちに
人と、人として
面白そうな仲間がいたら
観察するわ
暫くしたら今来たとばかりに助けるの
鹿忍・由紀
◎△
③
幻惑の影響を受けず行動
固執するものなんて何もないから
支配欲も独占欲も縁がない
敵の事情も興味が無い
あーあ、なんかみんな盛り上がってるね
周りを見渡して一帯が惑わされていることを悟る
効いてないってことは何か理由があるんだろうけど
まあそんなことはどうでもいいか
気にした様子も無く敵を逃さぬよう追躡で追う
自分は周りの猟兵を手助け
一人で追うよりは複数で対処する方が良いだろうし
とはいえどうしたら目が覚めるかな
虚ろな目をした猟兵を前に拳を握る
が、流石にグーは痛いかと思い直して
平手で頰を一発叩く
割と強めに
それで覚めたらOKだし
覚めないようだったら更に強めてもう一発
悪びれることなく
敵の向かった先を淡々と伝える
真守・有栖
◎△
②
えぇ、私はとっっっても注文の多い客狼よ!私のぺこぺこを満たすご馳走を出してもらえるかしら!?
まぁるく。
おっきく。
ぎんいろ。
ぴかぴか。
夜空にぽっかり浮かんだ、お月様。
それが食べたいわ!食べたいの!
お願いできるかしら!?
お月様。満月。銀月。
がぶり、と!噛みつき。
もぐもぐ、と!頬張り。
ごっくん、と!平らげて――
――月喰
己が忌名を銘とする、光刃握れば痛みに醒めて。
月は幻。夢醒めて。
残るは餓えた銀狼のみ。
月を求める、狂おしいまでの衝動。欲望。本性。
剥き出しの己に鞘は入らぬと。
抜き身の刃を片手に刃狼が往く。
偽りの月を。泡沫の夢を。
魅せて、堕とした相手を喰らう、と。
――嗚呼。なんて、月見の悪い夜。
花剣・耀子
②◎△
美味しいものはすきよ。
だけど、いっとうすきなのは、誰かと一緒にたべるごはんなの。
ここはあたしの食卓じゃない。
無理矢理食べさせられるのは御免だわ。
黒耀を握って、痛みを起点に幻惑を振り解くわ。
――嗚呼。たべちゃいたいくらいすき、って。ああいう感じなのかしら。
食べる側のきもちが判ったって、沿える訳ではないのだけれど。
それを良しとするときがあるとしたら、どうするか。
……いま考えても詮無いおはなしね。
追いかけたいのはやまやまなのだけれど、
助けが必要そうなひとが居たら其方を優先しましょう。
此処で怪我をされても本末転倒だから、頬を引っ張るなりひっぱたくなり。
いまのあたしを囓るとおなかを壊すわよ。
●
辻森・朝霏(あさやけ・f19712)は、男の上に跨ってナイフを握っていた。
振り下ろそうとした手首をつかまれて、彼女の体は一つも動かない。
――彼女自身も、不思議な感覚で満ちていた。
誰にも知られない、朝霏という少女は「多重人格者」で「殺人鬼」である。
「何故出てきてしまったのかしら。」
なぜ、己は彼をこうして襲おうとしているのだろう。
「彼」というのは、この朝霏の裏側で在る。
ただ、同一化した存在ではなくて――他人なのだ。脳裏に住む他人である「彼」は、朝霏とまったく別の顔をしている。
だけれど、秘密の人であった。
彼は誰の前にもでてきやしない。朝霏の耳を。その頭によく響く優しい声で朝霏と共に在るだけである。
目を閉じれば、なんとなく存在はわかるし意識すれば輪郭だってよく見えるやもしれなかった。
――何も知らない君がすきなんだ。
と、嘯くような彼の底知れなさもまた、朝霏には親愛を抱かせるものである。
もとはといえば、二人だった。一人になった「手段」など誰にも知られはしないだろう。
二人の世界は、二人だけのものである。誰もこの朝霏が人殺しなどしているようには思えないように、――誰も彼女に「彼」を感じていなかった。
「まさか食べられたいとでもいうの?」
そんな彼が。
たまに、勝手に出てきてしまうことがあった。
朝霏に支配されているわけでもないのだ。それは朝霏もそうである。多重人格者とはいえ、人格同士が支配する関係もあれば――真に隣人として接し合う成り立ちもあるように。
彼らには意志の自由が在ったのだから、「出てきた」ことを朝霏は責めない。
――しかし。
今の朝霏の前に出てきてしまったことは、ナイフがすべてを物語っている。
優しい顔をした彼に振り下ろそうとする手は力がめいいっぱい籠って固まっていた。
両手で押しても、押し込んでも――彼の頭から随分高い位置にある朝霏の腕は、たった一つの彼の手にナイフごとにぎられて動けなかった。
明らかに、体格差がある。
用意周到で、慎重で――それから、「待てる」朝霏では考えられないような致命的なミスだった。
衝動的な行動がやはり合わないことを感じていたのなら、その細い首に彼の空いた大きな手のひらが触れて、たちまち、締まる。
「か――、」
気道が的確に締め上げられた。
彼はよくわかっている。たった片手だけでは、彼が朝霏の首の骨を折るには至らない。
だけれど、苦しみあがく朝霏を視ていた。
真っ赤な瞳が、まるでさくらんぼのようだなんて思ってしまって、――朝霏も思わず締め上げられながら彼と同じような顔をする。
優しく、口の端に笑みを浮かべ合ってお互いを視ていた。
「――そのめ、すきよ。」
酸素の回らない頭から、どんどん語感が奪われていく。
「僕もだよ」と言ったような気がする彼の姿も見えないが、それはきっと――夢だっただろうか。
●
――まぁるく。
――おっきく。
――ぎんいろ。
――ぴかぴか。
「わぁ」
思わず、声が漏れてしまうほどに感動していた。
真守・有栖(月喰の巫女・f15177)は、人狼である。
正しくは、月を食うことを宿命づけられた狼なのだ。
――彼女こそ、月喰という忌名を名付けられて生きる四足の獣である。
人間を喰らう程度、なんてことはない。この狼が求めているのは、いつだって月であった。
だから、まだ昼であったというのに。
「お月様。満月。銀月。」
彼女の視界から世界が染まって、闇夜がうつくしくひろがっていた。
そこに、この田舎によく似た景色が在ったのである。みみずくが遠くでほうほうと哭いて、木々が彼女を邪魔せぬよう沈黙している。
そして、その世界の――夜空の中心に在るのは、満月であった。
「食べたいわ!食べたいの!!」
その光を浴びながら、踊るようにぴょんぴょんと跳ねる彼女はすっかり月に狂わされていた。
もはやここが現実であるかどうか、そんなことがどうでもよくなってしまっている。月の光が己の影を伸ばすのすら、嬉しくてしょうがない。
口の中にあふれる欲望を何度飲み干せばいいやらわからぬまま、誰に向けるわけでもない問いを続けていた。
「お願いできるかしら!?ご馳走なの、ちょうだい!」
月を、堕としてはならぬ。
――月を堕とせば、生態系に大きな支障が出るからだ。
月がなくなれば、地球からは引力がなくなる。潮の満ち引きはそれによって行われているし、かのカニバリストもさぞや困ることだろう。
引力が消えれば、地球は自転の速度を上げて――一日はたったの六時間になって、暴風にさらされてたちまち人は壊滅するのだ。
白夜と極夜に挟まれて、もはやいのちが生きることすらかなわぬ。
だから、月を欲しがるこの狼のそれは間違いなく、破壊者の発想で在ったのだ。
ああ、それでも、それでも――。
がぶり、と!噛みつき。
もぐもぐ、と!頬張り。
ごっくん、と!平らげて――しまいたい。
頭のどこかで、それをやめろと吠える誰かがいるのにわからない。至らない。思い至れないのだ――!!
銀月に手を伸ばせば、己の手は黒くなってしまうのだなとぼんやり欲の中で思ったのなら、きっと有栖はもう笑っていた。
それを、ただ見ている猟兵たちがいる。
「あーあ、なんかみんな盛り上がってるね。」
声を上げたのは、鹿忍・由紀(余計者・f05760)だ。
この由紀には、固執するものなんていうのが存在しない。己の存在すら彼にとっては、意義というものがよくわかっていない。
さらに、――支配欲も独占欲も縁がないものだから、この犯人の事情すらどうでもよかった。
いっそ、ここまで地獄を招いてしまうのなら、そんなものはなくてもよかったのやもしれないとすら思えてくる。
効いていないということも――まあ、どうでもいいのだ。この戦局においては彼の身は自由であった。
束縛されるよりは、ずっといい。
「遊んでおいで。」
【追躡(レプリカ)】。
小さな黒猫が彼の影から生まれたのなら、一度ぷるると体を振って――それから、気まぐれに走ってゆく。
海のいきものの匂いがするそうだから、猫の姿をしたそれなら少なくとも己らよりも感覚がよいに違いないのだ。
うまくやってくれるだろう、と――うまくいかなくてもいいのだけれど、それから意識を逸らしたのなら。
「――どうしたら目が覚めるかな。」
由紀の前には、狼の彼女がいた。
月が見えている有栖は機嫌よさそうに舞って、回って、吠えて、飛び上がって――子供のそれのようなふるまいである。
人は窮地に立たされると、本性をあらわにするというけれど。
自分ももしかかっていたのなら、どんなことをしていただろう。と思ってしばしじっくり見ていたのである。
「たべちゃいたいくらいすき、って。ああいう感じなのかしら。」
気がふれたように踊る狼を視ていた彼女がその隣にてぽつりとこぼした。
花剣・耀子(Tempest・f12822)は、すでに幻影を由紀によって振り払われている。
――彼女の頬が少し腫れているのが、何よりの証拠であった。
耀子にも、もちろん五感があれば味覚もある。
――美味しいものはすきよ。
けれど、それは耀子の前に映った友人たちではなかった。
友人たちの明るい顔も、悩んでいる顔も、立ち向かっていく顔もすきではある。
だけれど、――このテナントに立ち入った時に囚われた地獄のような光景は、すきではないのだ。
友人たちは、腹を割かれてそこにめいいっぱい野菜を詰められて穢されていた。
ホットドッグ――なんて、どういう悪い冗句であろう。
だけれど、それを視て疼いてしまう自分が居たのが一番信じられなかった。
「ここは、あたしの食卓じゃない。」
無理矢理だ。
こんな感情を、耀子は抱かない。黒曜のように確固とした自我があったというのに、この呪詛の主犯は全く持ってろくでもないことをしてくれた。
食べる側の気持ちがわかったところで、耀子にはどうしても寄り添えない。
例えば、この地獄の状況が創られたものではないとしても、耀子には拒絶の一択しか存在しなかったのだ。
友人は、気持ちは、こころは――食べるものではない。
けれど、もしそれを善しとするときがあったのなら、それはどういうときだろうか。
ふと、考えさせられてしまうのは耀子が羅刹であるからであろうか、それとも――誰かの犠牲の上に成ったのは、同じだからだろうか。
「いま考えても、詮無いおはなしね。」
そこまで口にして、左ほほにするどい打撃を受けて今に至る。
本来ならば、【《黒耀》(スパークル)】にて手を使いものにならなくしてやっても呪いから解かれようとしていた彼女である。
間違いなく、殴打の一撃で夢から醒めたのは損が少ない。ぼんやりとしているようで、狼を眺めている由紀の視線とは身長の関係からも中々躱すことができないがこの彼にも罪悪感などはないのだろう。
効率的に判断できる人がいると、助かるものなのだ。
特に、耀子や――この目の前にいる狼などは。
「起きて。」
「――ッッ!?」
ああ、また掌ひとつ。
べちんと強い音がしたのなら、狼は己の手を本能的な防衛からか――仕組まれた己への咎からか、打ち刀を握ってやろうとしていた。
月は、消える。
有栖の視界から世闇が晴れたのを確認したのなら、由紀がひとつため息をついていた。
「海に逃げたって。追うよ」
有栖は応えないが――確かに頷いていた。
ならば、心配はいらないだろうと由紀も背を向けて引率をする。
静かな心を引きずって、由紀がだるそうにほかの猟兵たちが散らかしてしまった現場を歩いていくのを耀子も追っていた。
有栖は――己を貫こうと握った刃を抜身のままで歩いていく。
偽りの月を。泡沫の夢を。魅せて、堕とした相手を喰らう、と――瞳を怒りで震わせながら、警戒していたからやもしれなかった。
「待って。」
ぴた、と動きを止めた狼の視線につられて、鬼とひとがそちらを見る。
「まあ――ごめんなさい、今来たばかりで。遅かったでしょうか。」
くす、くすと笑って困ったようにして「お嬢様」らしいふるまいの朝霏がやってくる。
ずっとずっと、彼女も「彼」との地獄には居たのだけれど。
「擬態」のプロである彼女の気配を呼んだのは、――やはり有栖が獣であったからであろう。だがしかし、この朝霏から敵性は感じられない。
抜身の刃を向けるかどうか悩んでいた有栖が、それが地面へと向けたのを視て朝霏も溜飲を下げた。
――術にかかってしまったのは、不覚だわ。
そういうものは効かないと思っていた。
現に、もう少し目覚めるのが遅ければ、この彼女も内に居る彼も「視られて」いたやもしれない。
のんびりと瞬きをしながら、由紀が「ついてくる?」と問うたなら。
「ええ、もちろん」
と、ちょっぴり不安げに「お役に立てるかどうかはわかりませんが」とつぶやいていた。
耀子はそれを疑う様子もない。――まあ、何かあれば斬ればいいと思っているのだから当然である。それは、彼女のふるまいから朝霏も読み取っていた。
だって、お話をしてみたいのだ。
喰えぬ人間と、強い羅刹と、怒り狂うけだものに囲まれていたって。
――彼がまだ、人間の内に。
「もとに戻せたら、いいですね。」
哀れな彼を、純粋に思っての一言で在った。
人が、人であるから――地獄というのがあるように、人であるべきだと思う。
紛れもなく悪意からの発想ではあるが、耀子は「そうね」と返していた。
――いつかのひともどきの彼女のように。
海へ往く。生命のはじまりへと猟兵たちも歩いていく。
「潮風って、髪の毛痛むよね。」
どうしてだろうね、と――由紀の他愛もない問を投げかけた海には、ゆっくりと満月が浮かび始めていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
◎△
②
浮かんだものを、棄てるのには慣れていた
浮かび上がった感情、だけじゃない
傷の痛みも、眠りも、……飢餓だって
それで足を止めれば、死ぬとわかっていたから
だから、“久しぶり”すぎる感覚に
思わず一瞬、引き込まれかけた
意識を引き戻すのに、引き抜いた拳銃を己へ向けて
躊躇わず、左腕を撃ち抜く
正気を取り戻したら周囲確認と、敵所在の確認
姿が見えた時点で【影の追跡者の召喚】をつけたつもりだけど
ちゃんと追いかけてくれてんのかな
追跡できているようなら、それを頼りに先を急ぐ
……ああ、弱くなったな
あんなもので足を止めるなんて
昔なら、とっくに死んでるところだ
……だから、
「ひと」になんて、近づくべきじゃないと思ってたのに
穂結・神楽耶
②◎
これだけの人数相手に精神干渉を仕掛けられるなんて……
干渉の強度も尋常ではありませんし、厄介ですね。
幻惑に対抗するのは現実の痛み。
掌を軽く切りましょうか。
稼働部位の傷は意識を向けやすいですし、出血も多くは流れない。
何より、このくらいならすぐ直せますからね。安い対価です。
それじゃあおいで、【赤鉄蛺蝶】。
数の力で岡本様を探索。
発見したらそのまま追跡致します。
逃走は阻めずとも、その終着点さえ分かれば追い付くことは可能です。
もちろん、追跡情報は他の猟兵様方にも共有しましょう。
たとえ、そうとしか生きられないのだとしても。
ひとの世に害を為した者は、ひとの世界に交じれません。
…哀れだと、思いますけれど。
水衛・巽
②負傷歓迎
◎△
外で素直にご飯が食べられなくなる所業をどうも、岡本さん
タブーとか過去とか今更議論する気はありません
貴方を理解したいとも思わない
精神干渉には刀に左手の指を押しつける等して抵抗
綺麗に斬れたほうが治りやすいので躊躇はありません
幻惑された猟兵がいたなら、適宜鞘で打ち正気に戻す
こちらとしても食べられたくありませんし
第一そういう趣味もないのに襲いかかったとか噛んだとか
ちょっとトラウマになりそうで嫌じゃないですか
逃げ出した標的は式神に追わせ見失わないように
【海】が彼にとってどんな存在だったのか
それについては多少興味がありますが
●
浮かんだものを――棄てるのには、慣れていた。
この彼は、生まれたときから空にミサイルを視ていた彼である。
足を止めれば、鉄の塊に殺されて死ぬだけだ。
そうして死んでいった女子供を、よく見てきた。子供が泣くと親もパニックになって、二人が余計におかしくなって絶好の的となる。
どうしよう、と迷っている間に二人を一直線に貫くのは、鉛玉だった。
シンプルで分かりやすい世界だと思っていた。心の痛みも、眠りも――飢餓すらも捨てて生きていけば、きっと何も「つらく」ない。
彼は、ずっと人を殺す道具が在る空しか知らぬ。だから、この場所に訪れたときから嫌な予感ばかりがしていた。
この世界の空には――穏やかな蒼ばかりであったから。
忘れてしまいそうで、忘れてはいけない感覚を思い出さないといけなくて。
それは、強迫観念であったかもしれない。
「――ッッ」
鳴宮・匡(凪の海・f01612)は、己の悲鳴をかみ殺していた。
ほぼ防衛のように引き抜いた拳銃は、彼の左腕に大きな穴を残している。
しかし、一発で――彼は「久しぶり」の感覚から戻されていたのだ。
この程度で済んだのは、上々なようにも思えるやもしれない。ほかの猟兵たちはお互いを食いあったり、殺し合わせられたり、さんざん心をえぐられていたのだ。
だから、『凪の海』である彼は無事である。――無事である、はずだった。
「――ああ。」
胸に赤が滲んでいる気がして、思わず手で押さえて確認してしまう。
脂汗や冷や汗の仕業なのかはわからないが、インナーは湿気ていてどうやらこれが、己の誤解を生んだらしい。
――弱くなったな。
凪の、海であったはずなのだ。
人の心を持たぬ、静かな海のような心で生きていた。
海の上を爆撃機が跳んだところで、海に沈んでいく爆弾は海中で爆ぜても表には出てこない。
よほど――強力な爆弾でない限りは、一度爆ぜて波が弾けたってすぐにいつも通りの海面に戻るだけだ。
その心がないと、彼はきっと今までを生きてこれなかった。
自分を殺して、歩き続けてきた。きっと、彼が手にかけた人の数よりも多いやもしれない。
人を殺して、人をだまして、人を踏みこえて、人を――人であることを、やめた気でいた。
――なのに、このざまはなんだ。
己がこのビルに気配を感じた時点で、【影の追跡者の召喚】による使徒はすでにカニバリストを追っている。
うまくいけばたどり着いているはずなのだが、どうにも今は気が散って――痛みで、集中ができなかった。
「鳴宮様――?」
そこに、聞きなれた声を拾う。
穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)は、己の手を赤く染めていた。
目の前の匡が、――彼女の手を見て、よけいにそうなったように見えるが――ただごとではなさそうな姿をしていたから、突き動かされるがままにやってきた彼女である。
「傷が!」
この『凪の海』たる彼が、血を流すほどのことであったのだ。
神楽耶はヤドリガミである。刀の女神でありながら、なりそこなったそれで――いまや、むしろ皮肉るように心のまま世界のために活動しているのだけれど。
だから、この呪詛に囚われたとき真っ先に心は冷静で在れた。
素直に、これだけの人数いっぺんに精神干渉を働かせられるかの罪人には恐れ入るところがある。
――なればこそ、できる限り一つに戻る前に削っておきたいですね。
厄介なものは、早々に摘んでおくに限る。そこまでわかっていながら彼女の心を読み解こうと呪詛が絡みつく前に――己の掌を『己』で薄く切った。
流れる赤の血は、『にせもの』である。
確かに痛みはあったが、この程度なら安い対価になる。出血量も多くない――稼働域にある痛みは彼女を現実に縛る一手となっていた。
それで、【赤鉄蛺蝶(アカガネタテハ)】にてウミウシのあとを追っていたところに、銃声を聞くこととなる。
「ちょっと待ってくださいね、ええと――。」
「いい。大丈夫だよ。」
この程度は――。
感じないように、意識すればいいのだから。
手早く止血して、それから冷やして傷痕など焼いてしまえば『ふさがった』ことになる。
何の問題もない、彼がいつもそうしてきたように同じことを繰り返せば『対応』できるのに、この非女神はどうしたものかと考えてみせた。
――かまわないのに。
そう、させてくれないのは。どうしようもないほどに、匡の体は「ひとのからだ」だからである。
神楽耶の体は、彼女がヤドリガミである限り虚構だ。
傷つけても「ひとのからだ」であるほうは、『本体』が無事である限りは直りも早い。
今は痛みが必要であるから放っておいているだけで、その気になればいつでも治せてしまうから――「ひと」である彼の痛みには慎重で在った。
「水衛様、こちらに来られますか?」
そんな念を込めて、蝶が一枚ひらりと飛んで――。
「はいはい、来ましたよ。」
水衛・巽(鬼祓・f01428)が悠々としてやってくるのである。
この食人鬼の所業には、シンプルに不快を抱いていた巽であった。
実際に、鬼でもなかったろうに――外で素直にご飯が食べられなくなる気がしてならない。
巽とて、大人ぶるように見えてやはり世界はいまだ子供のそれからは抜け出せていなかった。
だから、よけいに――食というのは彼に身近である。しばらくジャンクフードの類は避けてしまいたくなるほどに、「巧妙な」悪行にはただただ気分が悪い。
――タブーだとか、過去とか、そいうものを議論する気分にもなりはしない。理解する必要もない。
紛れもなく、狂人でしか考えつかないであろう発想がこの呪詛には込められていたのである。
それが術式となって展開するよりも早く――綺麗に己の左手、その親指に刀で切り傷をつけてみせた。
食べて食べられて、などは御免だ。
――殺し、殺されるやりとりですら、もう二度と味わいたくはないというのに。
「そういう趣味もないのに襲いかかったとか噛んだとか。ちょっとトラウマになりそうで嫌じゃないですか?」
「トラウマっていうか、世界が変わっちゃいそうですよね。」
【茜小路の帰り唄(アカネコミチノカエリウタ)】を謳いながら、匡の傷を撫でてやっていた神楽耶は無防備になってしまう。
いまだに「久しぶり」の感覚で脳が動揺と――忘れていた痛みに震える匡が、また術に囚われて襲い掛かってもいけないからこうして巽が彼ら二人を護るように蛇たちを呼び出していた。
【式神召喚・追(シキガミショウカン・ツイ)】にて呼び出されていた彼らは、どんどんと夜の帳が降りる海へと向かいだしている。
「やはり、海のようです。」
「外国にでも行きたいのでしょうか?」
――外に出たところで。
匡が、夜に顔を隠されていてよかったなと思ってしまう。
一瞬でも感情を表には出さないように努めている彼だから、やはり痛みも伴っていつもよりも『凪いで』いた。
――「ひと」になんて、近づくべきじゃないと思ってたのに。
こうして、仲間の脚を止めてしまうことは紛れもなく損でしかないと思えた。
仲間たちは、匡を置いてでもかの邪神を止めてやるべきだと思ってしまう。
しかし、匡が「ひと」である限りはそれが許されない。いくら、「ひとでなし」だという自覚があっても――その尺度は「ひと」にしか当てはまらないからだ。
「たとえ、そうとしか生きられないのだとしても。」
匡に言うたのではない。
だけれど、たまたま彼の思考と重なるように神楽耶の声が被る。すっかり傷の失せた匡の腕に微笑んで、それから悲哀にみちる顔をした。
人の子を、愛して、護ってやるべきである。
――しかし。
「ひとの世に害を為したものは、ひとの世界に交じれません。」
本当に、化け物になってしまったのならば。
「――哀れだと、思いますけれど。」
そうあることを、望んでしまって『成した』のならば終わりであるから。
目の前の『凪の彼』が日々、少しずつ変わっていくように。――どんどん、生きる苦しみを取り戻していることが少しうれしいのが、この非女神であろうか。
人が、人らしく生きることがこの出来損ないの望みであった。
だから、ウミウシになってまで海へと逃げる彼のことは、哀れである。海に潜めばもう海でしか生きれまい。
「結局、――海って何なのでしょうね。」
田舎が、水底に変わっただけの話なのだ。
巽が首をかしげて、それを考えている。
「戦術的に言うなら、海に力の源があるとか?有利だから、とかでしょうか。」
「それももちろんあると思いますよ、私は海が苦手ですし。」
苦笑いをして見せる刀の彼女と、まだ年若き陰陽師が真っ黒になった海を見る。
月夜の下の海は、黒いインクでいっぱいになったそれのようで――ああ、と匡がため息を吐く。
「何もかもを、受け入れてくれるから――じゃないか。」
荒れた心も、出来損ないのなにかも、ごみも、いのちも――。
人の世は制限が多いし、こうして触れ合って刺激し合うことも多い。
だけれど、海の中は静かだ。音はこもってほとんど聞こえないだろうし、むしろあんな体に聴覚が在るのかは疑わしい。
でも、――それが、この怪物にとってふさわしい居場所なのだというのなら。
「それでも、彼は『岡本さん』ですから。」
人間である心が在ったと、蝶が告げる。
それを聞いた巽がこだわるのは、彼がまた――『陰陽師』でもあるからだった。
人が、ひとであるかぎり。人である名を捨てては本当に、「どこにもいない」ことになってしまう。
「ええ、教えてあげないといけませんね。」
――それが本当に、救いとなるのならば。
三人がそれぞれの想いのままに歩いていく。
己のやるべきことを、その使命を、意義を――考えて、満月がゆっくりと昇る夜空と海を視界に入れていた。
匡が、潮風に黒髪を流されながらビルから出て夜空を見上げる。
――やはり、おそろしいほど夜空は澄んで美しいままだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『五六八『デビルズナンバーうみうし』』
|
POW : 悪魔の毒液(デビルポイズン)
【自身の巨体を活かした体当たり】が命中した対象に対し、高威力高命中の【対象をドロドロに溶かす毒液】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD : 悪魔の軟体(デビルソフトボディ)
自身の肉体を【毒々しい色の姿】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
WIZ : 悪魔の巨大化(デビルマキシマム)
戦闘中に食べた【ドロドロに溶かした何か】の量と質に応じて【更に身体が巨大化し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
イラスト:FMI
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「六六六・たかし」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
海が、腰までを浸していた。
真っ黒になった海は満月を浮かべたのなら、より黒さをまして――『慧』を黒の中へと隠していく。
にんげんとして、生きたいと。
思っていたしそうなりたいと思って生きたことだってあった。
同じように哀れにも世界から地獄を与えられた幼い命たちと生きていたときだって、自分の異質さを隠して極めて正常であろうとしていたのに。
どうしても――どうしても、彼らと自分は違うのを実感したくて、いろんなものを口にする。
息が詰まって死ねばいいと思っていた、もう人間であることなんて無理なのだと悟っていた。
与えられるご飯を嬉しそうに貪る同じ施設で育つ『にんげん』たちと、己の味覚は大きく異なっているから――その時間が地獄でしょうがない。
もう止まれない己の欲望と、それが本能で、きっと――与えられなかった体の末路なのだろうとはわかっていた。
海に体温を奪われて、夏の夜は海がこんなに冷たくなってしまうのだなと胸までつかりながら、彼が思う。
人里に降りてきたクマが殺されるのと同じことだ。
クマにとってはそれが、人間による因果であっても人間は己らの責任としてクマを狩る。
動物は臆病で、人間は傲慢だから。
怯えて襲い掛かり、それから鉛玉で殺されるのが常ではないか。
――好きで、こう生まれたわけではない。
殺してくれればよかった。自我がないうちに、知らないままに殺してくれればよかったのに。
何度出自を悔いたかもわからない。だけれど、己と似た境遇にある誰かは「そうならなかった」のに、どうして己は「そうなってしまった」のだろう。
何もわからない。
体の芯から冷えていくのを感じて、口からとろけた「友」が顔を出す。
『慧』の額に刻まれた赤の刻印が、きっと彼に終わりを教えていたに違いないのだ。
邪神を食った。
紛れもなく、食った。――つもりだった。
「ェ、ッう゛―――――ァ」
口からあふれ出る海綿体は、そのまま――どんどん彼の「なにか」を食べて大きくなった体を海へと吐き出させていた。
どろどろのなにかは、――きっと、彼が今まで食べていたにんげんの肉である。
彼に食われてからというものの、邪神はそのゼラチン質の体を体内でもう一度作り直して、ずっとずっと芽吹きを待っていた。
――寄生されていた。
友達だと、思っていた。
この邪神と出会ったのはこの海である。
ばけものである己を恐れずに、その狂気に惹かれてやってきたこの海綿体こそ「同族だ」と思わされるほど、理解を感じていた。
この化け物がなんでも溶かして食べてしまうように。
――『慧』だって人間をいつまでも食べ続けていたから。
人間を食べる生き物だったら、なんにでも共感できたかもしれなかった。
ばしゃばしゃと水面でもがく手は、悲しいほどに指が十本そろっている。
ああ――もし、たとえば。
指が一本でもかけていたのなら、彼は「ばけもの」として認められていただろうか。
●
猟兵たちが海にたどり着いて、きっと邪神の顕現を待っていたことだろう。
待つ間に戦闘準備を整えるよう、UDC組織からも知らせがあったやもしれない。
これから顕現するのは「不完全」とはいえ「超大型」の反応が感じられていた。
海面が、盛り上がる。
そこにまるで、山でもできたかのように徐々に徐々に、潮を被りながら浮かび上がる大きなけものがいた。
額に刻まれた死の刻印が見えるころには、きっと海の端から端までをその体で覆いつくしていたのである。
――ウミウシだ。
この邪神は、何もかもを溶かして食べてしまう習性をもっている。
しかし、――その額に、胎児のように丸くなった人をうずめていた。
観察眼に長けたものや、暗視が可能であるものならば見抜けたかもしれない。そこに眠らされているのは、この邪神の源となるヒト食いの――慧である。
少し筋肉質な体と、波打つ黒い短髪が濡れていて、その顔は見えないが。
まだ、生きている。
この邪神はどんどん『慧』の食べた肉の数だけ巨大化し、猟兵たちと対峙した。
しかし、『慧』の思念を持ったウミウシたちをいくつか破壊している猟兵たちの功績で幸いにも毒性は低い。
――時間がかかればかかるだけ、『慧』の命は危ういだろうが。
さあ、猟兵たちには選択ができる。
『慧』を人間として死なせてやるか。
――邪神からはぎ取って司法にかける。
心神喪失とも言い難いのだ。計画されすぎた残虐な犯行は彼の理性をきっと認めるだろう。
悪意あって人を何十人と喰った彼はきっと間もなく極刑になる。
『慧』をばけものとして死なせてやるか。
――邪神ごと討ち果たす。
彼がいかに哀れな生き物であっても、邪神の一部となった今はきっと一番「手っ取り早い」解決方法だ。
依り代となってしまった哀れな彼を「ばけもの」として倒してしまうのも致し方ない。
膨れ上がったウミウシはおどろどろしくも鮮やかな体を月光に浴びていた。
まるで、生まれたことを喜ぶように。その額にて眠らされる彼に感謝をするように――首をゆっくりと伸ばして。
おぉおおおおおぉお――――――――――――。
何十人の犠牲者の声で、哭いていたのだった。
――身も心も凍える狂気の海で、さようなら。
◆◆◆
【悪魔の巨大化(デビルマキシマム)】の使用にて、慧の食べた人肉の数だけ大きくなった邪神が海に顕現いたしました。
ただ、皆さまのご活躍によって、「不完全」ですので毒性は本来のものよりも弱くなっている、とさせていただきます。(もろに浴びるとしびれが出たりはしそうですが)
PC様には、『慧』を裁いていただいても構いません。
「『慧』を人間として死なせてやるか。」
「『慧』をばけものとして死なせてやるか。」
どの選択もそう選択したからと言って、必ずそうなるとは限りませんので、「こういう意気込みです」程度のお気持ちで問題ございません。
プレイングに盛り込んでいただいても、そうでなくても大丈夫です。
お連れ様同士で価値観を比べてもよいでしょうし、どちらの選択をとらないのも自由でございます。
ステキなPC様たちならではの発想や価値観でぜひお送りくださいませ。
皆様のご自由なプレイングを楽しみにお待ちしております!
(※プレイング開始日時は、9/21(土曜日)8:30~です。これ以前に来てしまわれた場合は恐れ入りますが採用できかねますのでご承知ください。)
(※多数の方々に有難くも来ていただいた場合は、再送をお願いすることがございます。また、不採用になってしまうこともございます。なるべく、採用させていただけるように尽力致しますが、どうかご了承くださいませ。)
テト・ポー
◎
僕は、君を否定しない。否定はしないが、殴りはする。
人喰いビルの腐った肉と野菜を忘れてはいないからな。そればかりは食材への冒涜だし。
その他のことは、どーでもいい。ひとを食べようが、なんだろうが。
みんなはよろしくないと思うやつが大多数ぽいけどさあ。
……一人くらいは、「無関心」でいたっていいだろ。
一人くらいはさ、無責任に、「お前はお前」って言ってやってもいいだろ!
もー、おなかがすいたよ。おなかがすいた。すいたんだ!
UC「暴食の飢餓」で飛び回って、みんなのサポートに回るから!
出来そうなら岡本さんも助けたいなあ!
あー、もー、面倒でおなかが減るっ!
全部全部終わったら、ごはん大盛り食べさせてもらうからな!
アルトリウス・セレスタイト
◎
始末するか
あれの悲哀を正しく理解できるのは、あれと同じモノだけだ
顕理輝光を運用し交戦
『超克』により世界の“外”から汲み上げた魔力を供給
『無現』『励起』『解放』で世界の理から脱し、自身の個体能力を極大化
目標の動きは『天光』で逃さず見切り対処する
その状態で破天で掃討
全力で魔力を注いだ高速詠唱による魔弾の生成を『刻真』で無限加速
瞬きに満たぬ間に275の魔弾を二度生み出すそれを『再帰』で無限循環
「275の魔弾を一つに統合した魔弾」を無数に生成し、驟雨の如く、文字通り間断なく叩き付ける
爆ぜる魔弾を周囲諸共巻き込んで放ち回避の余地を与えず、攻撃の速度密度で反撃の機を与えず
攻撃の物量と火力で圧殺する
エドガー・ブライトマン
◎
――やあ、ずいぶん大きくなったね
私はね。ひとが“ひと”であるか否かは見目で決まることではないと思っている
大事なのは心。正確には、理性だ
キミは、本当に運が悪かったね
望んで持った衝動ではないとは理解した上で、“私達”はキミを討つ
これまで多くの民を脅かしたね
キミにもはや正しい理性はない
私には、生まれつき民を守る義務があるんだよ
申し遅れたね、私の名はエドガー
通りすがりの、――民を守る責務を持った、王子様さ
すこしばかり《毒耐性》がある
彼の攻撃にも怯みやしない
“私達”の間合いまで詰められたなら、左手の手袋を外し
さあ、頼むよレディ!“Eの献身”
せめてもの手向けの花さ、キレイだろう?
そう思う心は、あるのかな
巫代居・門
生きてる、取り出せるってか。
たく、鈍る情報寄越してくんなっての……
……法で裁いたとして、あんたを人間だなんて思う声は届かねえだろうよ。
絞首台を待つ間に一度人でなくなった事を思い出すよりも前に、人間から異物として排除される前に、あんたが終わりを望む間に終わらせる。
たく、頭が痛くなる。勘弁してくれっての。
殺す。
そうだ。俺は、捕らわれた生きた人間を見捨てて、邪神を殺す。
は……ああ、下らねえ……悪人ぶらないと我も通せないのか。
もう知ったことか、ぜんぶ平らげちまえ。
ーー真威・禍羽牙
その方が、ここで終わった方が、あんたにとって幸せなんだって。
思わせてくれよ、なあ。
アドリブ歓迎
●
「始末するか。」
淡々とした男の声が響いた。
――額に眠らされている胎児のような男を視線で射抜くのは、アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)だ。
彼は、『原理』である。
世界ができる前から存在していた法則に従い、生み出されし白銀の出で立ちが知る限りでは、この獣の悲哀を理解しきれるとは思わなかった。
情報からの追体験をしたところで、個人個人によっての感じ方というのも異なるし――何より、彼が大事にする「人の繋がり」を脅かしてしまう限りはどうやっても根絶してやらねばならない。
この獣にも、「つながり」が在っただろうに。
「お前が捨てた。」
つながりを捨てたのは、この獣だったに違いなかった。
アルトリウスには、人の体で在りながら成り立ちが人ではないから――やはり、人というものがよくわかっていなかった。
原理の残骸で在りながらにして、やはり人以上に彼は動けてしまうものだから「学習」するしかない。
それこそ、日頃より交流のできる猟兵たちの情動や、事件の事例から地道ながらに大事に集めたものである。
その中でも、「相互に尊重し合う」間がらというのは彼にとって時間を割いてもよいくらいに尊くあった。
――導かれた結論であるからこそ。
彼は、それを護り、それが歩む未来を共に守るために今この場にいる。
海が彼の体を脚から冷やそうと波を寄せたところで、この彼の心は冷えはしないのだ。
――獣である前にも、彼にはちゃんとつながりというのがあったはずだ。
自分の痛みばかりを考えて、自分のことだけを考えて生きていたから誰も助けてくれやしなかったのだろう。
尊ぶべきは、己の存在ばかりでなかったろうに。蒼の瞳を細めて、『原理』を稼働しはじめていた。
この獣の悲哀がわからぬ。だから、下手な同情をしてやらない。――それこそ、情けになるはずだと信じてやまない光が在った。
「私はね。ひとが“ひと”であるか否かは見目で決まることではないと思っている」
そのアルトリウスに、おおむね同意を示したのはエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)だ。
隣で魔術を行使しようとした、淡青色の粒子が二人を照らしている。海は、荒れようと波を高くしてウミウシを冷やしてやってばかりだった。
――エドガーが思うに。
人は、『人』であることを証明できるのは『心』もとい、理性でないかと考える。
「キミは、本当に運が悪かったね。」
人よりも、この獣は理性がなかったのやもしれぬ。
それは、生まれのせいであるかもしれいないし、ひょっとするなら――取り上げられてしまったからかもしれない。
望んでそんな衝動を持ったわけでもないだろう。だけれど、その衝動を抑えようとして生きる命のほうが、この獣の数よりは多いのだ。
殺してやりたいくらい憎い相手がいたって、そうする人が少ないように。
――みんな、何かを我慢して生きているのだから。
どうしようもないそれを抱えて生きてきた獣を哀れむ心は在る。だからといってエドガーが救うのは、獣ではない。
「“私達”はキミを討つ。」
胎児のように眠るそれを見上げながら、エドガーは海へと足を進める。
ざぶ、ざぶと波を蹴っていく長い足をお構いなしに歩いていく『王子様』がいた。
この獣に正しい理性がないのならば、エドガーは彼を討たねばならないのだ。
――多くの民を脅かした怪物が、最後はどうなるかといえば『お決まり』通りに『王子様』が穿たねばならない。
「私には、生まれつき民を守る義務があるんだよ。」
恨んでくれるなとは言わない。
「申し遅れたね、私の名はエドガー。」
――代わりに、加減をしないのだから。
「通りすがりの、――民を守る責務を持った、王子様さ。」
恭しく一度、立ち止まって金髪の彼がお辞儀をひとつしてやったのなら、見上げた蒼には燃えるような戦意があった。
前を行く男二人が、戦意も敵意も隠しはしないのを、恨めしそうに見る彼が居る。
巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)は、――二人の背中を見てから、ウミウシの生き物を見てやった。
大きくて、どろどろとしていて。その額に宿った男のそれは、夢を見ているかのように穏やかな顔であるのだろう。
「生きてる、取り出せるってか。――たく、鈍る情報寄越してくんなっての……。」
知らないふりを、するべきか。
一瞬過ぎた思考に、自分でも嫌気がさしてやはり門は卑屈な笑みをしてしまうのだ。
この獣を、本当ならば人間に戻してやるべきだろうか?
――たとえ、法で裁いてみたとして。
門にイメージできるのは、最悪の可能性である。卑屈な彼は、現実の痛みというのに敏感で在った。
想像できるのは週刊誌の見出しで、きっと門だってこれから目にするやもしれない光景である。
――黒い縁取りに白抜きの文字で、彼を野次る好奇心の悪意たちが見えたに違いない。
まさか人間が人間を食わされていた、しかも人間に。なんて話のネタを広めたくない存在が何処に在ろうかとも思えてやはり、この獣は此処で討たれるべきだとも考えた。
どのみち、死刑である。
――絞首台に括られるのは、きっと遠い。彼が殺した人間の数はあまりにも多すぎたのだから。
それまでに、きっとこの彼は人間でなくなったことを思い出して深く絶望し、己の人生を無駄に悔いてしまうだろう。
きっと。
門が、求められる生まれができなかったことを思い知らされるように。
「――たく、頭が痛くなる。勘弁してくれっての」
頭を掻きむしるように右手で何度か短髪を掻いたのなら、深くため息を吐いた。
人間から、異物として排除されるくらいならば。
「殺す。」
門は、殺意を瞳に宿らせてやるしかない。
――そうだ。俺は、捕らわれた生きた人間を見捨てて、邪神を殺す。
悪人ぶらねば戦えない。我も通せない己にあきれた笑いまで出てきそうだった。
これは、己への言い聞かせでしかない。本当ならば哀れんで助けてやりたい。でも、門には「助ける」という方法がこれしか思い浮かばないものだったから――。
【真威・禍羽牙(シンイ・カゲワニノキバ)】は発動されていた。
影の中に潜んだ魚たちが、門の倦怠感と飢餓を食って――海の中へと飛び込んでいく。
しぶきを上げて、己自身で穿つわけでもないのに、まるで人を殺すためのボタンを押してしまったような気がしてしまうのは、門が善人だからだろうか?
「その方が、ここで終わった方が、あんたにとって幸せなんだって。」
――それとも。
「思わせてくれよ、なあ。」
さよならを恐れる、――無責任で在りたい、悪人だったからだろうか。
『禍羽牙』たちはまるでピラニアのように、海に根差した巨大なウミウシの体を貫いては喰らっていた。
けたたましい悲鳴を上げてのたうつウミウシが、己の生命に差し迫る脅威に刺激を受けて毒性を増していく。
『禍羽牙』が溶かされては喰らって、また喰らわれて――海の中が地獄となってきたのならば、とアルトリウスが超常の魔力を吸い上げていた。
個体能力を底上げする原理は、彼にしかわからない。世界に干渉できる存在であるからこそ人の言葉で説明するのは難しいものであろう。
――この獣となれば、余計にそうやもしれぬ。
暴れ狂うウミウシの末端に触れられもしない。かの目標の動きはすでに予測済みであった。
――準備が整ったのなら、たちまち体内の速度を上げる!!
確実に目標を殺すためだけに起動される原理たちが彼の中で確立されたのなら、あふれ出る彼の魔術がそこに形成されていた。
「ここで。――『行き止まり』だ。」
【破天(ハテン)】!!
脅威の数はたった一つ。しかしその範囲は広大。
喰らわれながらにしてもまだ喰らった数が無数にあるのだと――言わんばかりに再生を始めようとするそれを何としてでも穿たねばなるまい。
こんな獣に海を覆いつくされて、未来が終わられては困るのだ。攻撃の物量と火力で圧殺を測る無限の一撃は、容赦なく――巨大すぎるウミウシに降り注いでいた。
衝撃。
人智も叡智も超える一撃で、海が割れて地が揺れる!!
もはや海が哭いているのかウミウシが哭いているのかもわからぬ。だけれど、その弾を溶かそうと必死にあがく獣の姿が在った。
やはり、頭は急所であるからか――いまだ健在である。
ぐらりと大きく揺らいだウミウシと共に、無限の爆砕で立ち上ったしぶきが雨となってエドガーたちを隠していた。
毒には少しばかり心得があるからと容赦なく海に立ち入った彼は、服が少しばかり溶かされている。手袋などは脱ぐ必要もなかったものだから――好都合であった。
「さあ、頼むよレディ!!」
【Eの献身(マイ・フェア・レディ)】――。
彼の記憶を喰らう貴婦人が、その体を存分に使って戦う術式である。
たちまち緑の茨が姿を現したのなら、躊躇いなく左腕をウミウシに突き出してやった。切り裂くほどに鋭い棘で固定したのなら、ウミウシは藻掻くことすらできない!
ぎちり、とその感覚を確かめるかのように一度肩を引いて、強度を確認したのなら。
「手向けの花さ。」
無数の魔弾の射出に巻き込まれながらも――赤の花弁が舞う!
散りながらにして鋭くウミウシを割いていくそれは、怪物を絶叫させていた。
この光景を美しいと思えるような心が、獣にはあるまい。だけれど――それでも、人間だったというのならこの赤を覚えておけばいいとも思う。
「次に目覚めるときは、この赤のことだけは覚えていておくれ。」
もし、『次』があるのなら。
『次こそ』は幸せでいてくれよと――王子様たる彼が儚く笑んだのだった。
●
果敢な攻撃が始まって、テト・ポー(腹ペコ野郎・f21150)は戦場に飛び出していた。
【暴食の飢餓(ハラヘリィ・ハラヘルゥ)】にて高速移動を可能とした彼は、ウミウシの注意を逸らす格好の的となる。
術式の発動を受けて無数の攻撃と、内側を食われながらもなお回復せねばとするそれは生命体であるテトを追って当然であった。
テトは――。
この三人と、考え方が異なる。
テトは、この食人鬼を否定はしなかった。
しかし、人食いの加工場に在った腐った肉や野菜を忘れてはいない。それは食材への冒涜であるから、このテトは間違いなく殴る気でいた。
そのほかのことは、――どうでもいいのだ。
人を食べようが、それが倫理観としておかしいという議論になってしまっていても、そんなことはテトだけでは決められない。
そうなりたくなかったと本人が想って、思い続けていてこうなっていたのは誰のせいなのだ?
彼を生んだ母親のせいではないのか、それとも存在を認めもしなかった父親のせいではないのか。
異変を感じながらにして彼を食人鬼にするまでに助けなかった近隣の住民は?精神的に異常が見られたというのに己の愛ばかりでそれをしかるべき機関に見せなかった義母は――!?
「あー、もー、面倒でおなかが減るっ!」
考えることが。
テトだけでは、この食人鬼をやはり裁いてはやれなかった。
なんでもかんでも食べ物で解決すると思っていた。そうやって己は解決してきたものだから。
海面すれすれに低空飛行しながら、降り注ぐバラの花びらと、絶対的な魔弾たちを避けてウミウシの注意を惹き続ける。
次の猟兵たちがせめて彼と戦いやすいように、テトが誘導してやりながら頭をかきむしって毒に染められつつある波を受けないように気を付けてはいるけれど、皆のように果敢になれない。
だから、己をごまかすように必死でさけんでいた。
「もー、おなかがすいたよ。おなかがすいた。すいたんだ!」
皆のように、攻撃的になれなかったのはどうしてかなんて、――彼には、もうわからなかったのだ。
誰が悪いのか、誰がいけなかったのか。
何がおかしくて、いずれにせよ死ぬであろう命を生き永らえさせてやればいいのかも、ここで討てばいいのかも。
眼鏡にしぶきが跳ねて、視界を濡らされて――濡れたレンズの向こう側で、真っ赤な瞳が叫んでいた。
「一人くらいはさ、――無責任に、「お前はお前」って言ってやってもいいだろッッッ!」
轟音で、誰にも聞こえなかったやも知れぬ。
叫び続けるウミウシが助けてと喚いているようで彼を助けてやりたい誰かに、伝えてやりたかった。
食べることで救われたのは、テトも同じだ。
生きる意味なんて考えるのも面倒で、どうして生きねばいけないかなんてどうでもよくて。
生まれてからぼんやりとし続けて、己のことなんてわからないまま生きていた彼が友人たちに美味しいご飯を与えられて蘇った経験が在ったものだから――この獣にだって、そんな存在が居たのならこうはならなかったのかもしれないのに!
どうして、どうして裁かねばならないのだろう。
考えながら、波を蹴る。少ない衝撃でも運動エネルギーの働いた身体は簡単に大きく飛び上がって見せて、ウミウシの真上をとった。
そこから攻撃を仕掛けるわけでもなくて、ウミウシに天を仰がせる。
月に背中を照らされながら、夜色になったウミウシから爆炎が未だ立ち上っているのを見た顔は悲痛に染まっていた。
――裁けないくらい、どうしようもないことじゃないか!
「僕は、そう思うよ――岡本さん!!」
額に眠る、幼い顔をして穏やかにウミウシへ溶かされつつある彼に叫ぶ顔は、どこまでもどこまでも。
――無関心になりきれない飢えた少年の顔であったやも知れない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
ロク・ザイオン
◎
ジャックと
(ひとの血の匂いが凝って
幾重にも重なる「うた」が響く)
(自分は何をたべたのだっけ
自分は何をたべていたのだっけ
振り払っても振り払っても消えてくれない)
……ジャック。
あれは。
「病」か。
……そうか。
ひとか。
ひと、なら。
(わからないから、キミの言葉に縋る
キミは、正しく"ひと"だから
キミがひとだと断じるのなら)
……森番は、ひとを、
ひとの秩序を守る。
(【野生の勘】と【暗視】で標的を見定め
「烙禍」で膨れた肉を灰と炭に還し掘り進め、"ひと"を掘り出そう)
(今からきっと、ひとに拒まれ引き裂かれ
けれど貪っては貰えないお前は
きちんと、巡ることが出来るんだろうか)
…本当は。
灰に。
森に還してあげたかった。
ジャガーノート・ジャック
◆ロクと
(人を殺せば化物)
(その理屈が通るなら。"僕"はとうに化物だ。
以前ならそう言ったし
お前も化物として殺しただろう。だが)
("僕"は、人間だ。)
(そしてそう思うが故に)
(ザザッ)
人を最も多く殺すモノは何か。
答えは"人"だ。
身勝手な理由で、争いで命を摘む。
或いはやむにやまれず命を奪う。
そして。
"化物"は命を摘む事に悩みはしない。お前を呑むそれの様に。
――お前は。
どうしようもなく"人"だ。
そして、人であるからには
人として悩み
人として裁かれ
人として死ね。
望むと望まずとに関わらず、それがお前("僕")に科されるべき罰だ。
的確にUDCのみを狙い撃つ。
此処で死ぬ事など許しはしない。(ザザッ)
●
獣の耳には、――この戦火のなかでさけぶ海綿体の轟きが「うた」のように聞こえる。
苦しいとも、悲しい、ともそれは「声」にはなってないからこそ、ロク・ザイオン(明滅する・f01377)には「うた」として感じられていたのだった。
先ほどまで――何を貪っていたのかはまだわからない。口元一杯にこびりついた赤は指でこすれば垢となって落ちていくばかりだ。
あまり見目によろしいものではないが、それを気にするような獣ではない。もっと気にするべきは、別にあるのだ。
――何を食べていたのだっけ。
思い出せない。
思い出しそうで思い出せない。だけれど、そこ友達の匂いが蔓延していたことは覚えていたのだ。
考えてしまえば答えなんてすぐに出そうだった。この獣と一緒に「うたう」ことが出来そうなほどに、悍ましいことをしてしまった気がしてしょうがない。
こびりついた口の中に在る鉄の匂いを振り払おうと海水で口をゆすいで、口内を乾かして噎せたところで――やはり、変わらないのだと知る。
ぴりりと舌がしびれたところで、海に毒が蔓延し始めていたのを感じたのなら、ロクの足元には一匹の魚が流れ着いていた。
「……ジャック。あれは。」
魚は、穢された海に溶かされ始めて死んでいる。
オブリビオン
「『 病 』か――」
問われたのは、潮風程度で錆びつきやしない超常の体を手に入れた寂。もとい、ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)だ。
鉄のけものは、森の門番を見てやることは無く絶えず赤の視界にめいいっぱいウミウシをおさめていた。
その大きさを示す桁数が異常値であることによる真っ赤な文字でのエラー通知などは、どうでもいい。
今この場で友に問われた問いは避けられない問題ともいえた。
「人を最も多く殺すモノは何か――。」
がびがびとした言葉に紛れて、鉄戦士と成った臆病な少年は内側で瞳に孤独を宿す。
――人を殺せば、化け物だというのならすでに『寂』は化け物だ。
ジャガーノート
事実、こうして化 け 物と一緒になって毎日戦うなどしているように、その理屈で語られてしまうのならばほぼ間違いなく、自他ともに化け物だと思っていたことだろう。いいや、現についこの前までは思っていた。
だけれど、――。
「答えは"人"だ。」
ざりざりとした相棒の答えに、ぴくりと耳を跳ねさせて。
猫のように目を丸くした相棒に、言い聞かせるようでもありながら、きっと証明するようでもあった穏やかな声かもしれぬ。
「身勝手な理由で、争いで命を摘む。或いはやむにやまれず命を奪う。」
人間ほど、――無意味な殺生を好んでしまうものも無い。獣が人を殺したところで『安心』はしても『愉しい』は感じないように。
このウミウシのほかに、一人や二人程度を殺したがために『化け物』などと言われない誰かがもっと悪辣な手段をとっているように――『寂』だって、身に覚えがあるように。
「"化物"は命を摘む事に悩みはしない。お前を呑むそれの様に。」
視線は、やはり目標である彼を見ていた。
拡大表示される慧の顔はすっかり穏やかに眠っているようにも見える。
苦しむことなく、泡沫のまま――苦悩も忘れて死ぬことはきっと楽であろうとも思えた。それから、きっとそれはロクにも乗せられた思いが混じっていたに違いない。
「――お前は。どうしようもなく"人"だ。」
この、鉄戦士の中身たる己が、人であるように。
「……そうか。ひとか。」
ロクには、わからぬ。
わからないから、相棒の言葉に今はすがっていた。
誰を食ったやもわからないが、それは紛れもなく人の行いにふさわしくない。
誰に責められているでもないのに、「いけない」気がしていたロクの胸がざわざわとしていたのが、相棒の一言で鎮まっていた。これが、人の行いであると彼が決めてくれたのなら、ロクはそれでよいとも思えていた。
思考は依存しないが、意志は結局、相棒の彼のほうがしっかりとしているから――今この瞬間は、脚元に迫りくる海を避けることすら、どうしたらいいかわからないから、彼を頼ることとする。
「ひと、なら。」
――森番であるロクは。
「……森番は、ひとを、ひとの秩序を守る。」
【烙禍(ラッカ)】にて。
罪人を焼くための印を強く燃え滾らせる。
滴るロクの血のひとつすら、海に還ることは無い。唇を狭めて高らかに雄たけびをあげたのは、この海に潜む多くの命を焼いてやりたくはなかったからだ。毒に侵されて苦しかろうに、これ以上苦しめてやることもない。
神のけものが、高らかに吠えて戦をはじめようというのなら、素早く動き回る先の猟兵にすっかり気をとられていた愚鈍なウミウシがようやく二人を認識する。
「そして、人であるからには。」
きっと、この人は誰にもわかってもらえないのだろう。
今ここに居る猟兵たちにだって、彼と全く同じ経歴というのはきっとないのだ。
似た傾向は在れど――過去に魅入られた時点でもはや世界の見方が違ってしまっている。
「人として悩み」
多くの悪意にさらされることだろう。
生きているのが不思議なくらいに、研究されきっと脳みそだって保管されるやもしれない。
過去に、そういう食人鬼だかなんだかが、脳の一部を持っていかれたと聞いているしきっと彼だってそうなってしまうのだ。
「人として裁かれ」
裁かれたところで、正しくは死ねないのだろう。
行きつく先は絞首台に違いないが、いささかこの人は殺しすぎた。
すべての殺人を、それでいて食人を立証しきらなければこの獣はきっといつまでも死刑が成されない。それで、素直に答えてしまうのだろうなとも思う。
いろいろなところで異常であることを突き付けられて、人間であることをせっかく自覚できたのに、鬼だの畜生だのと言われてしまうのだ。
「人として死ね。」
だけれど、それこそ、理不尽ばかりが人の人生ではないか!
望むと望まずとにかかわらず、それが人殺しの――お前("僕")に科されるべき罰だ――。
けたたましい発砲音と共に、海が揺らぐ。ウミウシの大きな体に大穴がいくつも空いてそれを塞ごうと身もだえるかの怪物がいっそ悲痛だった。
だから、ロクは焼いてやる。
けれど――額で眠る「ひと」だけは焼かないように、衣服の金属を錆びつかせられながら潮をあびて、それでもなお炎を纏い悲しい色をしたこれを焼く。
悲壮を隠すように、体全部にウミウシが貫かれることによってあふれた毒を浴びながらも止まることは無いロクだった。
鼻からつう、と鼻血があふれてきたけれど、それすら燃やすための燃料にしてやらん勢いで果敢に攻め込んでいる。
――今からきっと、ひとに拒まれ引き裂かれ、けれど貪っては貰えないお前は。きちんと、巡ることが出来るんだろうか。
ロクには、人間の秩序は分からない。
だけれど、己の尺度であるのなら――この人は間違いなく、ロクには獣に見えていた。
「…本当は。灰に。」
ぎり、と噛みしめた乙女の口元はどこまでもどこまでも、獣じみた歯が美しく生えそろっていて。
その顔を火の粉がかすめて舞っていく。
「――森に還してあげたかった。」
自然の中でなら、自由に生きれただろうから。
せめて、次の世では『森』で生きれればよいのにと願う神獣の憂いは、きっと鉄の獣には届かないかなしみだったのである。
―――――おおおおぉおおおおおおおぉおおおおぉぉ……。
幾重にも誰かの肉の声が重なってかなでられる「うた」は、やはりどこまでも血の匂いがした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
サン・ダイヤモンド
【森】◎
【視力暗視聞き耳野生の勘】動物感覚を駆使し指差す
「あそこに人がいる」
慧を見詰め感じる想いは、悲しいの?
ブラッドが傷付きそうなら
🔴真の姿と【滅びの歌】
背中の傷痕から空間へ翼の様な亀裂が走る
猟兵になり様々な世界の人々・常識に触れた
そして知った
僕は無知で他より劣っていると
頑張っても出来ない事がたくさんあった
膨大な外の世界の情報に頭はパンク寸前で
本当は苦しかった
それでも笑っていられたのはブラッドが隣にいてくれたから
(亀裂の向こう=時空の狭間から幾つもの目玉がギョロリと覗く)
君を責めるつもりは無い
でも僕はブラッドが大事
ブラッドを傷付ける者は赦さない
氷の【属性・全力魔法】で敵を封殺、殺そうとする
ブラッド・ブラック
【森】◎
サンに促され見上げる先
泣き疲れた幼子の様な、何だその様は
己の運命を呪い、死を望み
死ぬ事も出来ず人を喰いおめおめと生き長らえた
惨めで愚かな己を見るようだ
サンを庇う、はずだった
何だその歌は、その姿は
畏れてしまいそうになる
違う、サンは俺を護ろうとしている
そこまでして俺を想ってくれるのか
サン、もういい
大丈夫だ
お前の手を汚したくは無い
己の腕を噛み切り
貪婪の腕を殺戮捕食態へ
邪神のみ喰らい尽くす
お前が得た光は光では無かった
憐れに思う
俺もサンに出逢わなければ心まで怪物に堕ちていた
人の心を持った怪物には悲劇でしかない世界
眠ったまま死ぬ方が楽に違いないが
辛かったのなら苦しかったのなら
最期は必ず人として死ね
●
「あそこに人がいる。」
ああ、そうかこの己の光は、あれを「人間」と定義するのだな、と――ブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)は焦点の合わぬ瞳で共に見上げていた。
ウミウシの額を指さそうとして、天に片腕を掲げるのはサン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)だ。
泣き疲れた幼子のように丸まって眠っている、うねる黒髪の男にあきれたような表情がきっと黒には宿っている。
「ブラッド?」
だから、サンは聞いてしまうのだ。
己がブラッドの考えていることがわからないのは、どうしても我慢が出来ない。
ブラッドのすべてを知っておきたいし、その痛みは共有したいし、そうあるべきだとも思っているこの幼子の頭をひと撫でしてやる掌が愛おしいというのに、やはり黒は語ってくれないのだ。
ブラッドには、己のように見えていた。
己の運命を呪い、死を望んできた。
生きることには抵抗しかなかった彼である。いっそ死ねたほうがずっと楽だったのではないかと思わされることが多かった。
きっとこの「人間」もそうだったのであろう。
次の生――なんていう、ほとんど夢物語でしかないような不確定なものを望んで死ぬのがおそろしくて生きることしか許されなかった。
死ぬ事も出来ず人を喰いおめおめと――。
「悲しいの?」
己の腕を握り、軽くゆするサンに出会えていなければ、きっとこの生に意味などなかったのだろうとも思わされていて。この慧にも光が在ったのならば救われていたのではないかと思う。
「いいや。」
守るべきものがあるから、人は戦うのだ。それは化け物だって同義である。守るために、という目的で己を覆って大義名分を得たのならあとは悪びれることなく生きていくことができたのだ。
今も、罪の意識というのは在る。どうして生まれてしまったのかを悔いることもある。
だけれど、もうそれどころではないのだ。この腕を握る細やかな細い手を護るために、生きていかねばならないから――。
「思い出していただけだ。」
戦わねば、ならない。
周囲を毒に満たしていくのは、穢れを知らぬサンならすぐに悟れていた。
海に浮かび始めてきたのは戦火のあとだけでない、溶かされた生き物たちの死骸である。
液体が個体となっているだけのブラッドに、もし潮が一つでもかかったのなら――海に溶けて消えていくやもしれない。それだけは、赦せなくてサンがウミウシを見上げたのなら、明確な意思が幼い金色の瞳に宿る。
「君を責めるつもりは無い。」
――でも、僕はブラッドが大事だから。
愛しい人を傷つけることだけは、赦せないのだと翼をめいいっぱい広げた彼がいたのなら、大きく膨らんで威嚇をしていた真っ白の翼が消え失せて、ずっと悍ましい何かが生える。
目覚め、というには、あまりにも。
「何だその歌は、――その姿は。」
隣で、羽化が始まったのだ。
ウミウシを見て懸命に口ずさみだした歌は、ブラッドの聞いたことのないそれである。【滅びの歌(アトーニア)】を口にするサンの瞳は、今はブラッドを見ていない。
無数の亀裂が空間に瞳を作り出していた。ブラッドがそちらを急いで振り向いて、それからまたサンを見る。
サンは、ブラッドが己に心の内をすべて語らないように、今は彼に何も言わないし、歌に集中して言えなかった。
本当は、頭がもう限界だった。
サンは、無知のままの雛ではいられなかったのだ。猟兵になっていろいろな世界へとブラッドに連れられながらも触れてきた。
その世界ならではの、そしてコミュニティならではの種族と常識と心に触れてきて――思い知らされたのは、己の無知である。
頑張ってもできないことがたくさんあった。ちょっとでも無理をしようものなら体は悲鳴をあげるし、ままならないことが多くて泣きそうな日だってあった。
だけれど、涙を呑めていたのは――この黒が、傍にいてくれたからなのだ。
帰る場所がある、慰めてくれる誰かがいる、受け入れてくれる穏やかな黒が隣にあるから、こうしてサンは『成長』しようと無茶もできる。
今この瞬間に、ブラッドを護ろうと謡う身体だって――多数の視線を背中に受けながら、破魔の歌を歌って大きすぎるウミウシを拘束できていた。
氷の魔術も追加で使おうとするのなら、サンの足元から海がブラッドを避けて凍てついていく。
だけれど、あまりにも対象が大きすぎる。サンの体に霜が降りて、彼の体を脅かそうとしていたのがブラッドにはよくよく見て取れた。
体の芯まで、サンこそ冷やされてしまう。
「サン、もういい。大丈夫だ。」
――お前の手を汚したくは無いという一言は、呑み込んだ。
己のために戦おうとしたひな鳥は、紛れもなくブラッドへの想いだけで今この戦場にて強くなろうと羽ばたきだしている。
ならば、その心を冷やかしてやることは無く、温めてやらねばならない。
躊躇いなく己の異常めいた腕をかみ切ったブラッドに気をとられて――破魔の歌声が止んだ。
「ブラッド――?」
どう、と走り出した黒泥の騎士が、サンの隣から瞬く間に消えて、ウミウシにへと突っ込んでいく。
嗚呼、やはりその背中が遠い。どこまでも、どこまでも遠いから、負けられない。
再び歌唱を始めたサンの瞳は、いつもよりも大人びた色をしていたやもしれぬ。
殺戮捕食形態へと変化を遂げた左腕はいつもよりも獰猛なそれであった。
ブラッドは、この人間を憐れに思う。
――お前が得た光は光では無かったのだな。
愛情、というのを光だとするのなら、この男がきっとそれを得たのは生まれ落ちたその時のみである。
誰にも存在を認められなかった出自から、身勝手な母親が身勝手に育てて死ぬまでの、淡い光で在ったのだ。
ウミウシの体を食い散らしながら、その体が固定されて抵抗できなくなっているのには気づいている。ああ、逞しくも鮮やかな光が、きっとブラッドを照らしながら応援してくれていた。
「人の心を持った怪物には悲劇でしかない世界、眠ったまま死ぬ方が楽に違いないが――」
海が哭く、邪神が身を食われながら海の命を吸い上げてまた体を修繕する。
それをたちまちブラッドが根こそぎ食い散らしてやりながら、己の身に毒が及ぶ前に黒油を海に流しつつウミウシの内部を喰らってやった。
深追いをしなかったのは、――そうあるべきだと、この人間に教えてやりたかったからだ。愛してくれる光を失ったのは、不運もあろうが。
狩りにも引き際があるように、生きるということは闘争で在りながらも押し引きのあるものである。
「次」があるのかもわからない。
己とサンが再び巡り合える保障がないように、この人間だって次生まれてくることがあるかどうかなんて、誰にもわからない。
でも、もし――次を許される「人間」であったのなら。眠る彼に、この黒の声が届いただろうか。
「辛かったのなら苦しかったのなら、最期は必ず人として死ね。」
たとえそれが、どんな結末で在ろうとも。
苦しみ悶えるウミウシの悲痛な叫びを背中にうけながら、撤退してきたブラッドが手早くサンの手を引いて海岸へと転がり込んでいく。
砂浜に高く打ちあがった毒の海が貝殻を溶かしたのを見て、サンもようやく――はっとして、謡うのをやめていた。
「よく頑張った。」
ぽん、ぽん、と頭を戦う黒に撫でられたのなら、汗の染みた顔に砂がこびりついていても不快でない。
無邪気に、嬉しそうに笑う――少年のような太陽が、きっとこの時にまた成長をしたのを、黒が喜ばしく思って。大きな満月に照らされる海色の怪物の行く末を、二人で見ていたのだった。
ひとつのいのちの終わりを、――見届けよう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
黒鵺・瑞樹
アドリブ可
基本右手に胡、左手に黒鵺の二刀流
俺は人で終わって欲しいと願う。
確かにエゴだ。
主の手で棘に憑かれた人々を殺してきた。哀しい思いのせいで憑かれた人も含めて。
主も割り切ってはいたけど良しとしてたわけじゃない。
戻れるならば、戻れないならせめて人の心でって願ってた。
心が望む方で。
可能な限りナイフ各々に奇襲・暗殺・マヒ攻撃を乗せたUC五月雨で慧がいる周辺を攻撃。
傷口をえぐることで少しでも慧を引っ張り出せるようにする。
敵の攻撃は【第六感】で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは黒鵺で武器受けから受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものは激痛耐性・オーラ防御・毒耐性で耐える。
葛籠雄・九雀
SPD
ハ、ハ!
心底くだらん。
人の傲慢?
動物も縄張りを侵されれば他の動物を殺すであろう。何が違う?
単なる道理であるぞ。そこに勝手な『常』を見出しているのは貴様だ。
責任を他者にばかり求めおって。悲劇を気取るな。
貴様は只、『自分の選択に自分で責任を持たなんだ』から、そうなっておるだけであろう。
愚かであるな。
さていっそ捨て置きたいが、そうもいかぬ。
伸縮か。【見切り、ジャンプ、ダッシュ、逃げ足】で避けられるか?
避けられたなら、【カウンター、串刺し、毒使い】でグロリオサを使う。毒は、ふむ。神経毒にするか。悶えて死ね。
人間も化物も関係なく、『他者の縄張りに入って暴れたから』貴様は死ぬのだ。
それだけである。
◎
有栖川・夏介
◎
アレのしたことを否定することはできない。しない。
理解することもしない、できない。
アレが『ばけもの』であれ『にんげん』であれ、私の…俺のすることは変わらない。
ただ『あなたという存在』を処刑する。
「……さよならの時間です」
処刑人の剣を右手にし【覚悟】
相手の動きをよく見つつ、間合いを詰めていく。
一定の距離まで近づいたら、処刑剣を振るって攻撃します。
相手の攻撃は【白騎士の導き】で予想し、回避する。
毒にも痛みにもある程度は耐性があるので、当たってしまっても動けない程ではないでしょう。
ホロゥ・サファイア
◎
クマはヒトの法に裁かれない。
人喰いのおれは、人喰いのきみをきみのまま殺してあげたい。
ヒトじゃただ首を絞めることしかできないもの。ヒトとしてきみを貶めることしかできないもの。
おれはばけものとしてきみと喰らいあいたいんだ。
『影華』をひらいて逢いに行こうね。
夜と影に紛れて【目立たない】よう【属性攻撃】【範囲攻撃】で【だまし討ち】。毒は影がたべて(焼いて)くれるだろうか。
叶うならナイフを手に、【部位破壊】で額の彼を狙いたいな。
ねえ、運が悪かったね。
出会ったものが違ったら、おれたち同じ結末だったのかも。
いっぱい辛かったのだし、旅路にいいことありますよーに。
●
食人鬼の言い訳には腹を抱えて笑わされたものである。
「ハ、ハ――!心底、くだらん!」
己のことを動物だというわりに、他人のことは人間と格上げしてそもそもの本質を見誤っているこの食人鬼はつくづくどうやら救えないらしい。
葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)が笑うように、そもそも、人間というのは動物なのだ。
人間という動物が自然に受け入れられないのならば、自然はあっという間に種を滅ぼしていただろう。これほどまでに文明が進化する前に。
だから、この獣の思うことはどうやったって、愚かだとしか思えない。
――動物を縄張りを侵されれば、護るためにほかの動物を殺す。それと、何が違う?所詮人間は、動物なのだ。
「単なる道理であるぞ。そこに勝手な『常』を見出しているのは貴様だ。」
やれやれ、と首を左右に振って、依り代となるオレンジの髪を揺らしてやる。
――無知とはここまで身を亡ぼすものであると知っている。しかし、ここまで愚かにも海を覆うとは。
「おれも、そう思うな。」
さて、と。
あまりにも大きすぎる目標を闇雲に削ったところで、この海獣はあっというまに海の生命を吸い上げて元通りになってしまうのだ。
消耗戦になるのは必至で在ろうが、できる限り――夜のうちに、ことを終わらせてやったほうがいい。時間がかかればかかるだけ、UDC組織が隠蔽するのも己らの帰りも遅くなろう。どうしたものかと考えている九雀の後ろから、穏やかな男の声がした。
ホロゥ・サファイア(?と踊る・f21706)は、口元を笑ませながら瞳は笑っていない。
ゆったりと歩いてくる彼の美しい衣服と宝石が、きらきらと月夜に反射をして――まるで彼自身が夜空になったかのように溶けていた。
「クマはヒトの法に裁かれない。」
そこでようやく、九雀に向いて微笑む彼なのである。
――ホロゥとて、人食いである。
人を食い、人の心を食い、利害の一致を果たす共犯者の「影」と共にひっそりと生きる怪物に違いなかった。
だけれど――こうして、どうしてか未来に魅入られてからは彼だってそれなりにマナーをわきまえているつもりである。
ヒトとして裁かれることはないとよくよくわかっているから、怪物としての立ち回りを生かして善の中に溶け込んでいる悪の宝石たる彼である。
それに、ホロゥの目的はもっともっと別にある。
九雀と同じく、この彼は妥当することを考えていた。しかし、それは「ばけもの同士」としてのことである。
ただただ首を絞める程度ではもったいない。ヒトとして彼と語り合うことのなんと貧相なことか。
この殺人鬼の考えることは、いっそすがすがしいほど我欲に満ちていて、正直である。だから、――九雀も彼に必要以上に問いかけはしなかった。
猟兵には、殺人鬼を職とするものも多い。
それが、認められていいものかどうかはヒーローズアースで人生の大半を生きた九雀には判断しかねることであったが、己だって人を殺めてきた存在でもあるから、今更攻めようともは思わなかった。
ただ、考え方が根本より違う生き物に同意をされたことは、やはり――彼の何かを、思い出させられる。
「責任を他者にばかり求めおって。悲劇を気取るな。」
雑念を振り払うように。
九雀は――苛立ちと共に吐き出した言葉を最後に、砂浜を飛び出していた。
足に砂が振ろうが構わない。いっそ捨て置いてやりたいくらいであるが――『無責任』であるこの獣には、それがおろかだと教えてやらねばならぬ!
どう、と飛び出した一度のジャンプで、これ以上の攻撃を、刺激を拒むように伸びた伸縮される足を躱したのなら、身軽さを生かしてそのままカウンターの一撃を己の腕に込める。
毒の生き物に、毒が通ずるとは思えないが――神経があるのなら、通ずるであろう。
【グロリオサ】!
展開された無数の針が、愉快になってしまうくらいに景気よくどすどすと海綿体を突き刺していった。
ぎゅう、だとか哭いたそれに痛みがあるようだったのがまた滑稽である。ははは、と笑ってやって色黒い彼が逃げ出していくのを、海獣も追おうと一生懸命に別の個所を伸ばす。
それを――九雀にたどり着く前に断ったのが有栖川・夏介(白兎の夢はみない・f06470)だった。
「ぬ、かたじけない。」
「いえ。」
短い応酬ののち、夏介は其処に留まる。
迫りくる海色の怪物の一撃を、軽快なステップで躱したのなら――物憂げな赤があった。
この海獣に愛されしそれが、行ったことは否定できない。それに、しない。なぜならば夏介だって同等に罪がある。
いつのまにやら姿を消しているホロゥのように、明らかに人を食ったわけではない。だけれど、人を殺すことと人を食うことは同義の罪ともいえるではないかと思わされていた。
だから、――理解することも、しないし、できない。今はそんなことに時間を使ってやれないし、殺すときに迷いがあると夏介の身が亡ぶのだ。
故に。己の使命を全うしようと彼の赤は一度だって揺らがなかった。
その海獣が、たとえ悲哀に哭いている誰かを頭に抱いていたとしても、そんなことは『業務外』だ。『ばけもの』であれ『にんげん』であれ、等しく『それ』の存在を処刑する!!
「――、さよならの時間です。」
剣を右手に握る彼の瞳は、きっと決別と決意で満ちていた。
咎人殺しである夏介にとって、対象を殺すことは確実で在らねばならない。
幸いにも毒性は弱く、触れれば溶けてしまうくらいのものではなくなっているらしいが――念には念を押しての警戒を怠らなかった。
【白騎士の導き(ホワイトナイトガイダンス)】に従って伸縮される粘液めいたそれを、曲芸よろしく柔軟にかわしながら処刑剣で薙ぐ!
ごう、と振るわれた剣には突く必要がないために刃しかない。切り裂く点においては何よりも優秀な剣で在った。
目指すは核であろうあの人間の破壊であるが ――どうにも頭の上であると狙いにくい。
その点、すぐに回復がしやすいのであろうおそらく末端である下肢は切っても切ってもたちまち回復を続けてくるばかりだ。
当たらない、が、向こうも減らない。
回復には限度もあろう、――痛みがないわけでもないらしい。
「っ、」
耳をつんざくほどの何人もの犠牲者の声でかなでる騒音に耳をやられながらも、夏介が猶も果敢に攻め込もうとするのなら。
「手を貸す。」
その肩に一度手を置いてから――隣を過ぎ去る白銀の存在が在った。
黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は、この彼に人として終わってほしいと思う。
それをエゴだとも理解はしている。何十人と殺して食っておいて人として扱ってください、なんて理論はおかしいに違いない。
獣として意志を投げられて死ぬのが誰ものためであろう、だけれど――瑞樹の「主」だって、そういうことに苦悩していたことがあった。
かつて、主の手で。
棘というものに憑かれた人々を殺してきたのだ。
それは、栄光とも何とも言えない血なまぐさい戦場の数々であった。
悪意からの者もいたが、悲しい思いに駆られて「棘」に憑かれた誰かだっていたけれど、まんべんなく平等に殺す主がそこにいた。
その手の中に握られながら、かつての瑞樹はかの主の苦悩を知っている。
――戻れるならば、戻れないのならば、せめて人の心で終わることを。
願っていたのだ。懇願でもあり、誓いでもあり、呪いのような想いだったかもしれない。きっとこの海獣なんかよりもずっといろんな命を悩みながらも奪うしかなかった、そんな優しい主を知っていて、その望みを知っているから――。
「心が、望むほうで。」
ナイフを握る瑞樹も、己の心に忠実に動くことにする。
右手に胡、左手に黒鵺を携えながら、『己』を複製する。その数は――今瑞樹が出せる最大出力で56本!
「――『喰らえ!』」
【五月雨】が此処に成就された!
空気を切り裂きながら、麻痺毒を纏う鋭い鉄の牙たちがウミウシめがけて突き刺さって、飲まれていく!
――呑まれるのはもちろん、想定内であった。瑞樹の攻撃が、その麻痺毒が先の九雀の神経毒と作用して一気に効果を増長させることとなる!
絶叫、のち、悶絶!!
高い波を作って海面でもんどりうつ海獣がいた。ばしゃりとけたたましく湧いた水面が、瑞樹の頬を焦がしたところで――所詮、器は器でしかないのだ。
痛みはあっても、彼を止めるには至らない!夏介が海獣がひるんだすきにと大ぶりの刀を振り回していて――。
「は、ぁああああッッッ!!!」
衝撃で、海を割ったのなら!
そのすきを駆けるのが、瑞樹の体で在った!手にしたふたつの武器で虚をつかれてからも抵抗を示し、彼の生命力を食おうと伸びる触手を斬り伏せ、叩き――見切り、そして躱す!
「おおお、おおおおおお!!!」
届け。
――、届 け ! !
その額めがけて駆け上がろうとしても、足場になるものは何もない。海綿体に足を焼かれながら、それを駆けあがるしかなかった。
額に在る彼が――ようやく近くに見えたところで、脚の感覚が消える。
「ッぐ―――!!!」
かみ殺す。悲鳴を殺して、せめて誰かが彼を助けやすいように、黒鵺で傷口を作っておいた。
頭からあふれだす海水に、獣がぐらりと揺れてうめいたのならば、瑞樹の体は投げ出される!それを――夏介が受け止めて、二人して砂浜に転がっていった。
「人間も化物も関係なく、『他者の縄張りに入って暴れたから』貴様は死ぬのだ。」
――暴れる海獣に、この仮面の声は届くまい。
今もなお、助けようとする猟兵と、殺そうとする猟兵の想いが渦巻いていて、どちらが届くのやらもわからぬ。
だけれど、どのみちこの生き物が死ぬことには変わりあるまい。べっとりとした海水が彼の体に砂をつけてくれたのを忌々し気に払ってやりつつ、追撃のきらめきを見たのである。
「それだけである。そうであろう?」
夜空色の彼が、――文字通り、夜空に溶けているのを、見逃さない九雀である。
ホロゥは、その問いには返さなかった。沈黙は肯定であるからだ。
それでいて、彼が居る場所はすっかり海綿体を駆けあがって額の彼の近くである。
「――ねえ、運が悪かったね。」
【影華(ブレイズブルーミング)】。
煌めく冷たい影色の焔は、ホロゥの脚を焼かないようにその脚場となってずっと海綿体を燃やし続けていた。
輪郭を影に照らされながら、確かな地獄の焔に内側を焼かれるホロゥが穏やかに笑んでいる。
毒素はすっかり焼かれて、ホロゥの影である彼が喰らっていた。ちっとも美味しくはないらしくて、ホロゥの中ですねているのだけれど、まあそれは――あとで、機嫌くらいとってやればいい。
手にしたのは、なんてことのないナイフだ。
いのちを殺すのはシンプルに、ナイフ一本でいい。わざわざ銃を使って感覚を殺してまで殺すなんて、勿体なくてしょうがなかった。
蒼のきらめきは狂気に歪んでいて、いっそ美しい。長いまつげが震えて、彼のことを愛おしげに見ていた。
しゃがみこんで、額の中で眠る彼に語り掛けてみる。まだ、彼を――焼かない。
「出会ったものが違ったら、おれたち同じ結末だったのかも。」
もし、彼が。
このウミウシではなくて、ホロゥのように彼の異常を肯定し、補える存在と出会ってお互いを利用できていたのなら。
きっと、ホロゥとは仲良く話せていたやもしれない。理解者が居て、友達というものを造れて、異常者だけの異常な世界で何でも一緒にものが見れて、孤独ではなかったのかもしれないのだ。
眠る彼の横顔が、本当にあどけなくて――ホロゥはますます、笑みを深くしていた。
「いっぱい辛かったのだし、旅路にいいことありますよーに。」
躊躇いなく、ナイフを振り下ろす。
助けたいなんて、そんなことを思えるほど彼は正常ではないし――これが、ホロゥなりの善意で在ったのだ。
だから。
「あれ?」
目覚めさせてしまった。
溶け往く意識を掴ませてしまったのは、ホロゥの持つ善意のためである。
かの獣は、孤独だった。
孤独ゆえに、善意に飢えてどこまでも誰かの善意を求めて――しょうがなかった。どうして、それがいけないというのだ!?誰も、誰もどれも己に善意などを与えてくれなかったし、教えてくれなかったではないか。
知らないものを知ることなんてできはしない、知らない言語を学ぼうという発想が思い浮かばないのと同じことなのだから!
がしりとホロゥのナイフを掴んだ『慧』が、ぬるぬると羊膜のような液体を被りながら、どぶのような色をした瞳でホロゥを見た。
「おはよう。」
――そう、こなくては!
挑戦的に笑ったホロゥをナイフ事投げすてる彼の姿は、上半身のみが露出していて自我があるかどうかもあやふやなものであった。
だけれど、きっと――邪神に理性なんて食われて、狂わされている。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
けたたましく鳴いた、海獣のそれに――。
「あははっ!あははははははははっ――!!」
ウミウシの顔を転がっていきながら、足場を見つけて砂浜に転がっていくホロゥが居たのだった。
ばけものらしくて、そのほうがずっといいよ。なんて、笑ったのは彼と彼の影だけの秘密に違いない――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エレニア・ファンタージェン
何かしらこれ…よく見えないけど気持ちが悪い
人を食べてここまで大きくなったのなら、怨嗟の塊のようなもの?嫌ね
「蹴散らすわ」
UCで愛馬を召喚
これは熱を嫌うのだったかしら?
蹄に呪詛と炎を纏い、蹴散らすわ
伸びる身体は第六感と見切りで躱し、
Adam&Eveで絡め取り、断頭台に変えたAurynで切り落とす
蛇にも刃にも炎属性攻撃を付与
大剣に変えたSikándaに武器を持ち替え、振り抜きながら馬を駆る
事情がどうあれ、我慢をすべきだったのよ
人間は皆、何かを我慢しているわ
元が普通の人間だって、我慢が出来ないと踏み外す…エリィの持主達みたいに
「貴方は化け物として生きる道を選んだ。
ゆえに化け物として死になさい」
ナターリャ・ラドゥロヴァ
何だこれは。ウミウシか?
よくまぁこんなに大きく醜く…
何にせよ人を喰ったなら相応に罰は要るよね
この世界を人が支配している以上はね
先制攻撃でUCを使用、自分と周りの味方を指定し攻撃回数を増やし、
繊月でウミウシを切り刻む
敵が体を伸ばすなら野生の勘でかわして部位破壊を狙う
動き回るなら愛銃に麻痺弾を装填して撃ち込む
そうそう、他の猟兵と連携するのもいいね
それにしても、どうして君はこうなったかなぁ
まともな友人の一人や二人でも居たなら、君も人で居られたかもしれないね
無論それが出来なかったのはわかるし、言っても仕方ないことだけど…
慧、だっけ、君は随分苦労をしたね
次は幸せに生きなよ、心からそう思うよ
リーオ・ヘクスマキナ
◎
……助けたとしても、彼がその後人間社会に戻れるとは思わない
狂信者と同じ……いや、狂気の度合いで言えばきっとソレ以上だ
なら、邪神諸共『処理』するしか無い。助けられた後も、今までと同じことを繰り返さない保証は無いんだから
ライフルはスリングに掛けたまま、短機関銃で後方から援護に専念
赤頭巾さんを顕現する魔力さえもライフルの中の弾丸に込め続け、ギリギリまでチャージ
自身の体を経由していく大量の彼女の魔力に痛みと吐き気を堪えつつ
引けばより多くの悲劇が生まれると分かっているが故に、銃を握り続ける
アナタが殺してきた人達だって、もっと生きたかったんだ
だから、これは多分報いだよ
……邪神、撃/討つべし!
●
「何かしらこれ――よく見えないけど気持ちが悪い。」
「何だこれは。ウミウシか?よくもまぁこんなに大きく醜く」
「ウミウシ?」
「ん?」
エレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)は、あまり目がよろしくない。
アルビノという体質をした器の生でもあるが、元来煙に包まれるような存在であるから余計に目が必要ではなかった。
暗闇というだけでもエレニアにとっては不利な戦闘環境ではあるし、なにせこの彼女は視力を補強するためにほかの感覚で頼って外を自由に歩いているのである。
音楽をたしなむくらいには耳もよろしい――のに、この場に劈くのは絹を裂いたような音から低い地鳴りのような音までを含めた慟哭で在った。
鼓膜を振るわせられ器の脳に響くそれが、まるでゴムまりのように彼女の中で弾いて跳んで、めちゃくちゃにかき回されるような感覚が在って、まさに「気持ち悪い」というにふさわしい。
目の前の存在を、『ウミウシ』と形容したナターリャ・ラドゥロヴァ(Moon Howler・f19517)の言葉を拾えたのは、不幸中の幸いだったやもしれなかった。
ナターリャは、世界をよく知る――というより、闇医者である。
医術にも富んで、人柄というのにもよく通ずる彼女はあっという間にエレニアの状況がわかった。だから、話を合わせるのはたやすい。
「巻貝の仲間だよ。甲羅のない貝が大暴れしてるって感じかな。」
「……貝?中身ということかしら。それってとっても……」
エレニアがその情報を拾って、ふむ――と考えるそぶりをしてから、ぶよぶよとした手触りを思い出して、「グロテスクね!」と指を鳴らして思いついたように言った。
ナターリャはその反応に少し目を丸くしてから、「まぁ、確かにね。」とやはりウミウシを見上げながら綺麗にまとめた髪にべたつく潮を感じて、不快そうにしていた。
何にせよ、この生き物は此処で罰してやるべきであると二人は思う。
事情が何にせよ、どんなことであれある程度の我慢は必要だったのだと、エレニアは己の主たちを思い返しながらこの獣の怨嗟を耳にしていた。
エレニアの主たちは、薬物中毒者である。
――だから、皆死んで、きっともういないのだ。
脳を溶かされる快感に、鼻から吸う煙に、その夢まぼろしに依存して、現実のことなどほとんど忘れていきながらに死んでいた彼らはエレニアからすればどうしようもなく、我慢のない人たちだった。
その結果が僵尸よろしくあのざまで在ったのならば、きっとこの生き物もそうなってしまっている。目覚めたらしい男の様子は、やはりそれと変わらないまま自我が虚ろであったから余計に――。
「貴方は化け物として生きる道を選んだ。ゆえに化け物として死になさい」
エレニアが【蹄音の小夜曲(ナイトメア・セレナーデ)】で駆けだすのに、そう時間は要らなかった。
愛馬に跨り、炎をまき散らしながら毒の海を走っていく白のお転婆さにナターリャは少し感心させられてから、ウミウシに語る。
「――それにしても、どうして君はこうなったかなぁ。」
その声は、ある種同情めいていたかもしれなかった。
――この人狼の闇医者いわく、人生は我慢しないことこそ肝要である。
だから、この彼が「それ」を我慢できなかったというのなら、ナターリャに攻めることはできないし気分も失せた。
短い人生に憐れなことに怪物のこころと人の体で組み合わされて生まれてきただけの彼のことは、不運であったと思う。
もしこの彼に、まともな友人が一人、ないしは二人いたとしたらきっとこの彼も間違いなく人でいられたのかもしれない。
変えられない過去を考えても、詮無いことだとはわかっているけれど。
もし――、この己が彼の傍にいてやれたのならば、と考えさせられたのは、きっと身寄りのない子供を拾ったせいやもしれなかった。
母として、時に姉として。情操教育をしてやる立場としても、傷ついた子供の世話を丁寧にできる身ではある。
この、嘆き悲しみ狂うウミウシは、子供の駄々のように見えて。それから、どうして責められているのかがわからない子供の懺悔のようにも見えて――むなしいものだなと思わされていた。
「慧、だっけ、君は随分苦労をしたね。」
だからこそ、心から願う。
「次は幸せに生きなよ、心からそう思うよ。」
ありのままに、我慢を仕切らずとも生きていける世界で。
そのために送り出してやる必要があるから――ナターリャも海の中へと駆け出していた。
「わっ、早いのね」
「まぁね」
走り出したナターリャは、あっという間に馬に跨るエレニアに追いついてしまう。
「ちょっと、失礼。」
「きゃ――!?」
それから、エレニアの額を独特の手つきで――いわゆる、デコピンの動きで弾いていく。
まだ、寿命を削るわけにはいかない。まだこのナターリャには、彼を立派にするまでただでさえ短命な命を削ってやるわけにはいかないのだ。
【月下の殺人鬼(ノクターナルウルフ)】によって召喚された上弦の月が、彼女の体を人智のそれから大きく変えたのならば、攻撃の一手に出るには味方の誰かを一度は攻撃しないと手を貸してくれないのである。
「すまないね。こっちの事情だ。」
ニヒルに笑って――エレニアを置き去りにする速さで!!
手にするのは愛用のメスである。肉を裂き内臓を開くことに特化したそれらを指の間に挟めるだけ挟んだのなら、迫りくるウミウシの末端たちを難なく切り刻んでいった!
動き回ることは――でかい図体を振り回すだけでも体力を使うのであろう。充分動きがゆったりとしているから、お構いなしにそのまま刻んでやる。
むう、と頬を膨らませてそのさまを「聞いて」いたエレニアも負けじと愛馬の腹を蹴ってやった。
嘶く悪夢の化身がたちまち駆け出したのならば、飛び出す海綿体を蹴り、焼き、駆ける!!
焼いていく数が発生する障害に追いつかないというのならば、禁忌の蛇にも、絶えず持つ杖を断頭台にしてでも絡めとって切り落としてやるのだ!
動きが鈍いと倒しやすくていいわね、なんて思いながら――幻惑の女王はあっという間にウミウシの周囲の海を怨嗟の焔で焼いていく。
ウミウシが熱を嫌って、唸りながら動けなくなっている所をナターリャが容赦なく切り刻んでやった。
――目標は、遠いか。
殺してやるべきは、真上にある。
舌打ちひとつくれてやりながら、さてどうしたものかとナターリャは消耗する体力と共に、決定打を探していたら――。
どう、と。
衝撃がウミウシ越しに伝わって、ナターリャが目を丸くした。「銃だわ!」とエレニアが嬉しそうに叫んでいて、ようやく事態を把握する!
「アナタが殺してきた人達だって、もっと生きたかったんだ。」
絞り出すような声で、リーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)は告げる。
この彼を助けたところで、そのあと人間社会に戻れるとは思えない。はっきり言って、無茶であろう。
捕まったところで「狂ったもの」はもう普通に戻れないのだ。狂ったことを自覚して冷静で在ろうとするのならともかくこの獣がやってきたことは紛れもなく間違えた自己肯定である。
――それを、見過ごして未来に無責任に託してやることなんて、リーオにはできないのだ。
今まで通りをやめる保証もなければ、たいてい「人間」というものはそう変われない。それは紛れもなく社会の苦さで在り、成人した生き物の常だ。
三歳までについた癖は死ぬまで治らぬと、――子供の性格というのが三歳までに決まってしまうことを嘆く喩えもあるように。
責任ある、未来を護る猟兵として、リーオはこの彼を穿ってやらねばならない。
赤頭巾の彼女は今、彼の隣に居なかった。
彼は海に入ることはせずに、砂浜にてしっかり座りこみ、短機関銃で風穴を開けていく。
女性二人があたりを燃やして動きを止め、切り刻んだ口をえぐるように鉛玉で貫いたのならば、突然の痛みがよくよく内部にも通ったであろう。
「あああ゛――――ッッッ!!!」
すっかり知性すら失って、だらだらとよだれを垂らして。ウミウシの額でもがくように暴れる彼の、なんとも痛ましいことか。
吐き気があふれるのは、この惨状にではない。軽蔑からでもない。
赤頭巾の彼女を顕現させないまま温存した魔力を、背負ったライフルの弾丸に込め続けてタイミングを見計らっていたからだ。
機関銃の弾を討ち尽くしたのならば、それを一度横においてライフルを手早く構える。
一撃で、何処を穿つ?
目標は、――上半身のみを露出させて暴れるあの男である。
ここで、退けば。明らかに、多くの悲劇がきっと生まれるのだ。
彼を助けてやったとて、首に縄が欠けられるのはすべての実況見分が終わってからに違いない。
何十人を食ってきたのだから、その分だけ執行の時間はかかるだろう。出自だって面白おかしくワイドショーで取り上げられて、きっと妙に美化され野次られ、うわさに尾びれ背びれまでついて、生きながらにして誰もから死を望まれる人間になるだけである。
そちらのほうが、地獄だ。まぎれもなく、地獄だ。
――だから。
「だから、これは多分報いだよ。」
【赤■の魔■の加護・「化身のサン:魔法の終わる時」(パラサイトアヴァターラ・オークロックベル)】の準備が整う。
ひっくり返ってねじ切れそうな胃の不快を感じながら――血走る赤の瞳でウミウシの彼を見た!!
「――邪 神 、 撃 / 討 つ べ し ! 」
がうん、と吠えて轟いた魔法の銃が―――彼を護ろうとしたウミウシの半分を、大きくえぐっていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
霧島・絶奈
◎
●心情
例えその身と心が化け物に成り果てようとも…
どれだけ自己を特別で、怪物だと嘯こうとも…
貴方自身は人間でしかありません
人として「そうなってしまった」貴方は、人の世に於いて自らの責を負うべきです
其れが貴方の存在証明である故に…
●行動
【暗キ獣】を使用
屍者の槍衾と屍獣の遊撃で【二回攻撃】
軍勢による【範囲攻撃】で敵を削ります
私は【目立たない】様に軍勢に紛れ行動
【罠使い】として持ち込んだ「接触起爆設定のサーメート」を浮遊物に括り付ける等して設置
水中でも燃える炎です、削るのにも役立つでしょう
設置後は【マヒ攻撃】を【範囲攻撃】で放つ【衝撃波】で【二回攻撃】
負傷は【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復
ジャスパー・ドゥルジー
みィつけた
もう逃がさねえよ
「慧」
――あんたは、今、幸せかい
UCで変化させるのは右腕
毒を以て毒を制するってね
懐に飛び込み殴りかかる――のはフェイント
どうせなら「溶かして」「食べて」みたいとは思わねえ?
心配すんなよ
どうせまた生えてくるから
利害の一致する瞬間
パズルのピースが嵌まったみたいだ
ああ、これはあんたに食べられた内に入るかな?
どう思う?
なあ、あんたは今幸せかい
俺は、さ
あんたが「どっち」だろうが興味はねえ
でも、理不尽の中で懸命に抗いもがく奴は
人間だろうが化け物だろうが美しい
そう思う
だからせめて
俺の遣れる幸せをあんたに
まやかしじゃねえよ
これはな、俺が感じてるもののおすそわけ
●
「みィつけた。」
絶叫するウミウシに揺らされて、体をぐらりとさせる男がそこに居たのだ。
それに会いたくて、逢いたくて、しょうがなかったのが――ジャスパー・ドゥルジー(Ephemera・f20695)である。
ずっとずっと、このウミウシに魅入られる彼に会いたかったジャスパーは一途な男であった。
「あんたは、」
問う声は、きっと愛おしげな色気を孕む。
「――今、幸せかい?」
もはや絶叫とも、悲哀のそれとも言い難い声でウミウシと共に哭く彼を見ていた。
海の命を吸い上げて、がむしゃらに藻掻く彼の様は、ジャスパーからすれば痛ましくてしょうがない。
誰でもいいから、愛してくれと言いたげな所業に、ただただ胸を痛めてしまうジャスパーは紛れもなく、この中で一番価値観が異なっていた。
アイ
彼は、ジャスパーは――誰かに、殺されたい生き物である。
しかしそれには、愛が伴っていないと認められないのだ。痛みには愛があるべきで、愛には痛みがあるべきである。
だから、この彼が無作法にも飢えて何もかもの愛を吸い上げて泣くさまは――痛みよりもずっと根深い棘を感じていたのだ。
「俺は、さ」
聞こえていてほしいほどの、ささやかな声で在ったのは、この『慧』への想いからだろうか。
――正直なところ、ジャスパーにとっては、この慧の存在なんてどっちでもいい。
人間であろうと化け物であろうと、どう死のうとそこに愛が在ったのなら生き物としてこの上ない幸せのはずであったからだ。
「でも、理不尽の中で懸命に抗いもがく奴は。」
【ヴェリテの嘘(ウソ・ハ・ホント)】。
変形した右腕で、ウミウシの彼と向かい合う。ジャスパーのことを見下ろしもしない、てっぺんの男はぐるぐると唸って理性がないようだった。
「人間だろうが化け物だろうが美しい。」
ああ――早く、食われたい。
ぞくりと震える紅い竜の角を隠しもしないで、ジャスパーが毒にまみれた海へとざぶざぶ躊躇いなく入っていく。
「そう思う。俺はね」
暗い海へ溶けていく、殺されたがりで食われたがりの化け物は――きっと、この中で誰よりも優しい気持ちで、このウミウシを穿とうとしていた。
ウミウシに、突撃する軍勢が在った!
どう、と走っていく質量たちが容赦なくウミウシを押し込んでいく。彼らは――屍者の槍衾と屍獣の遊撃であるから、毒の干渉などあっても術者である霧島・絶奈(暗き獣・f20096)にとっては何ら痛みにもなりはしなかった。
これこそ、【暗キ獣(ソラト)】の真髄である。
圧倒的な質量がウミウシを揺らしたのならば、痛みしらずの彼らは瞬く間にウミウシを海岸から遠ざけていく!
絶奈は――狙われるわけにはいかないのもあって、軍勢の中に紛れ込んで攻撃の一手を見出していた。
一撃必殺を今は持ち合わせていない。だからこそ、空間を支配しておく必要があった。彼女がこれから行うのは、罠である。ウミウシがまとう魔力にあった泡共に、それを巻き付けていったのなら――あとは起爆されるのを待つだけである。
水中でも燃える炎が在れば、此処で紛れもなくこのウミウシは爆ぜるだろうと思って、――あらかたの作業を終えてから、絶奈がそのさまを見上げた。
たとえ、その身と心が化け物になったといえど。
どれだけ己が特別で、怪物だと叫んで、哭いて、暴れたところで――その本質は人間のそれでしかない。
仲間外れに嘆くことが人間の感性そのものであるし、獣にしてはあまりにも情緒が豊かすぎるのだ。
神である絶奈にとってはそれが憐れでしょうがない。人外になりたくとも、しょせん人の頭で作られる怪物像というのは人の空想にしか及ばないのだ。
――なのに、まだ、それになりたいからと月を背に吠えるこの彼らの何たる憐れなことか。
邪神に夢を食われ、心を食われ、それでもなお人を食べて補完していたとしても、これほど報われないこともあるまい。
「人として「そうなってしまった」貴方は、――人の世に於いて自らの責を負うべきです。」
できることならば。
この彼は、人として裁かれるべきであろうと暗き獣は彼を見上げていた。
とても人と言い難いさまで、今も上半身を振り乱しながら喚いている彼が居る。悩んだ、苦しんだ、嘆いた、殺した――だからこそ、これからも人としての地獄で罰されねばならない。
それこそ、人のためで在り、彼のためで在り、彼という存在が人として認められ――存在証明という罰になるべきだから、絶奈は彼への攻撃をやめなかったのだ。
ウミウシが己の泡に吸い込まれた浮遊する生命を摂取しようと、触手を伸ばしたのが見える。
――絶奈が瞼を閉じると同時に、それは、『接触』を感じてけたたましく爆発した!
「ああああ゛ッ熱いっ!!!熱い――――ッッ!!!」
身を焦がされる。
己の罪まみれの体を焦がされて、慧が腕で己を抱いて身もだえていた。
ウミウシも彼と同じように体内を焦がされて、ああ、ああ、と情けない声を上げている。
殺して食った人間の声がすることの、なんと悍ましいことか――!!体の内側を神の焔で焼かれながら、なんとか消せないかと暴れ狂いだしたウミウシの体を昇る、一人の男がいたのだ。
「――慧。」
ジャスパーである。
ずっと、軍勢に揺らされながら――爆発の熱を浴びながら、この彼はウミウシの背を昇ってきていたというのだ。
もはや、執念といってもいいし、彼の意志といってもよかったのかもしれない。
毒をもって、毒を制するとはいうけれど。彼のそれは、毒というよりは猛毒だった。躊躇いなく上半身のみ露出した男に殴り掛かれば、生死の境でなおのこと本能的に暴れる彼に腕を掴まれる。
それでいい。
「心配すんなよ。――どうせまた生えてくるから。」
掴んでしまった腕が、溶けるのを見る。
喰っている。まぎれもなく、口づけていなくてもジャスパーの体を食わされている。「いいんだ」と笑う彼が異常であるのはわかる。獲物は元来、捕食者を怯えるものだ。これでは、どちらが獲物かわからない。
もし、己が獲物だとして喰わされたまま、離れられないのはどうしてだ――?慧が理性のない頭に沸いた疑問が、恐怖の色に染まったのをジャスパーは慈愛の顔で見ていた。
怖がることなんてない、と言いたげに、歩み寄る悪魔の様相で。
「ああ、これはあんたに食べられた内に入るかな?」
快感だけが、今のジャスパーの頭を占めていた。ようやく、この食人鬼に食われた。ようやく、あえて、ようやく、こうして。
「入るよな――?」
まるで、合意を求めるかのように。
これこそ愛であると認めさせたいがための、ジャスパーの行いは、紛れもなくこの彼との駆け引きで在り戦いである。
愛し合うというのは、時に苛烈な戦争と鳴るものだから――この程度の痛みは、なんてことないのだ。
「うまいか?うまいよな、たまんねェよ、俺は」
じゅるじゅると溶けだして、変形した腕が骨まで見えてくる。肉などは崩れて、理性のない顔をした獣の肌に色が戻る。
ああ、やっぱり――そのさまのほうが美しい気がして、うっとりと微笑んでしまうのだ。
「まやかしじゃねえよ。」
確かに、動きを止めて抵抗を失せさせるのはジャスパーの考えだった。
湧き上がる熱は神の焔である。間違いなく、足元では連鎖的に爆発が起こってウミウシを赤く焼いていた。逃げねばならないだろうが、逃げたくはない。
彼と共に心中してやる気はない、それはジャスパーにはできないことだ。
だけれど、この『食われたい』に潜む気持ちだけは――嘘ではない。
「これはな、俺が感じてるもののおすそわけ!」
から、と笑って見せたジャスパーごと――慧の体の側面が爆発で吹っ飛んでいった。
痛みを共有して、体を食って食われて、ああ、なんて愛おしい痛みだろう。丸焦げになったカラダはたちまち竜の血で癒されて、毒の海に沈んだって何もかもが甘美だった。
「――イっちまうなァ」
ごぼり、と口から気泡が浮かんだのなら、軍勢の一部によってジャスパーが砂浜に引き上げられていく。
かの悪魔のような少年の所業は、理解しがたい神なる絶奈であったが――この命を尊く、愛おしいと思うのは大まかに同意が出来たから。
「愛されて、どうでしたか?」
――しあわせ、ですか?
神の問いと共に、再び爆炎が上がり月夜が赤く照らされていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リル・ルリ
🐟櫻と人魚
◎
慧は人として裁かれるべきだと思ってた
行き着く先が罪人としての死だとしても
人として
罪を冒したら裁かれるのが道理
だけど
人を殺め食すのが人と違う事が罪なら
櫻も―
オーラ防御の水泡浮かべ包んで守る
君になんて僕の櫻は食べさせない
歌唱に込める櫻宵への鼓舞
蕩ける誘惑を込め誘うよう歌う【薇の歌】
全部《なかったこと》にする
もう穢させはしない
腕の傷は甘く痛む
僕の味を覚えてくれて嬉しいのも
食べられてもいいのも本当
櫻宵が罪人で化物でも
櫻は櫻
僕の大好きな人
殺すなど裁くなど許せない
僕が肯定する
認める
堕ちる時も一緒
君が僕を食べたいと思う時
僕は君の心を食べられる
僕は櫻が幸いならいい
慧の事は
僕の櫻を惑わした罪で裁く
誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚
◎
あたしは慧をこのまま殺すわ
それはきっと救い
人が人を食うことを人の世は受け入れない
愛の味をしった
知りたくなんて無かった
いえ
どこかで求めてた
美味しくて
絶望する程美味しくて
他では満ちない
悪龍は結局悪龍
有象無象に裁かれる位なら
愛しい人魚に殺されたい
浄めの破魔と怪力込めて思い切り巨体をなぎ払い
衝撃波には生命力吸収の呪詛を込め放つ
オーラ防御の桜花で攻撃防ぎ
見切り躱したなら咄嗟の一撃
幾度も傷抉り斬る
完全に溶けきる前に
せめて人の姿のうちに
首をはねて祓う
「絶華」
リルの存在は幸運
慧
慧も出逢えたらよかったのに
彼は道を違えた私にみえる
私は悪龍
けど人でありたい
リルの傍にいる為に
欲望と衝動を慧と一緒に葬るわ
●
半身をまるで恋慕にでも焼かれたように焦がせながら、男は必死に邪神の上でまだもがいている。
それは、生きようとしているのか――はたまた、もうほっといてくれ、と嘆いているのか。それを見上げる人魚と櫻の龍がいた。
リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は、紛れもなくこの慧は人として裁かれるべきだと思う。行きつく先が罪人としての死しか待ち受けていないとしても、人として人の手で裁かれて死ぬのが道理といえよう。それにきっと、此処まで徹底的に邪神諸共猟兵たちの超常で苦しめられているのなら、人の姿に戻っても逃げることなどもできまい。だから、人として裁かれるべきだと思っていた。
しかし、リルの隣で同じようにこれを見上げる櫻の龍だって、――この彼と同じく、人を殺めて食った存在である。
誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)が、口を開いた。
「あたしは慧をこのまま殺すわ。人が人を食うことを人の世は受け入れない。」
櫻は、先ほども――その前も、愛の味を知ってしまった龍である。故にそれがいかに甘美で魅力的であるかなどはとうにわかり切っていたのだ。
知りたくなどはなかった。わかりたくもなかったけれどどこかで求めてやまない己がいた。この世すべてに絶望してしまえるほど甘美で、おいしくて、他にでは満たせないほど「愛」というのは魅力的で、絶対的な質量がある。
所詮、己は悪龍なのだと自嘲じみた笑みが、月夜の海に照らされていた。それを、リルも見ている。リルは返事をしない。――どう返してやればいいか、わからなかった。
この愛しき龍も――罪人だというのなら、裁いてやるのが赦しであり、救いだというのか?
リルは、先ほど櫻に噛まれた傷口を撫でながらともに砂浜へと歩きだしていく。最も、リルに足はないのだけれど。ざらざらと砂浜に腹を伏せながらも、うねるようにして足跡を残しては毒された海を見る。
腕の傷の痛みは、恐ろしいほど甘い。この己の味を覚えてくれて嬉しいのも、独占欲からくるものだ。食べられていいという考えに嘘はなかったし、罪人でも化け物でも、この櫻はリルの櫻で愛すべきひとである。殺すも裁くもあってならない、そんなことは許せない――!
「僕が肯定する、認める。」
あまりにも、櫻が彼と自分を重ねてしまうようだったから、リルは彼の肩に手を添えてやる。
大丈夫だよ、と言いたげな瞳はどこまでも貪欲な愛に狂っていたし、傲慢な考えが透けていたのだ。この櫻が己を食べたいと思った時に、己は彼の心を食べているのだから、食いあって一つだねなんて言いそうな表情で――人魚の彼は笑む。
ああ、――こんな存在が、あの彼に会ったのなら、少しは救われたやもしれないな、と思わされたのはやはりこの存在に肯定されるからこそ櫻は美しく咲けるためであった。
彼の姿は、道をたがえた己に見えてしょうがない。せめて、その欲望と衝動と共に化け物に成り切ってしまう前に――まだ完全に邪神に成り切れぬ体を壊してやったほうが、きっと救いになるに違いないと、信じて目を伏せる。まつげに乗せられたのは、海のしぶきだけではあるまい。
儚い龍が小さくうなずいたのなら、もはやリルには迷いはなかったし、櫻だって己の在り方に――もう、惑うことは無かった。
リルは、この龍に気をもませて惑わせた罪で裁くことにする。
それはひどく盲目的だ。自覚はある。恋に狂い愛に焼かれているのだってよくわかる。だけれど、そんなことはどうでもいい。この人魚が生きる未来のためにはどこまでもこの櫻の存在が必要で、それがどれだけ世界に嫌われても、己だけはこの彼の味方でいてやらねばいけなかった。
――きっと、世界が二人を嫌ったって。
二人が二人を好きであり続けるのなら、其処に罪も罰もないのだ。
二人だけの世界は危ういと、櫻はきっとわかっていたかもしれない。彼が考えるのは、周りから見た己のことであるから、きっとリルよりももう少しだけ視野が広いのだ。
――そうであったって。
「【絶華(ヨミジマイリ)】」
己を食わせまいと、毒海の存在をどうにかして打ち消さんと人魚の【「薇の歌」(アントンポレル)】が響いたのなら、それが海に満ちて――かの邪神の毒をそっくりそのまま「なかったこと」にしてしまう!
己の生命力吸収がなくなったことに動揺した巨体が、ああ、ああ!と喚きはじめ、ようやく逃げるという手段を考慮し始めたのなら、躊躇いなく一閃が振るわれていた。
視界の役割はきっとてっぺんの慧がやっていたのだろう。あの存在は爆散した左半身をあっという間に再生させて、二人に向かってようやく威嚇を示し始めていた。――まだ、人の形であることを視認できた櫻の龍が瞳に安堵を宿す。
ユーベルコードを乗せたその体が、高く跳躍したのなら。
先ほど放った一閃でまず、海を割っていた。
現れた海の底を蹴って、一目散に翔る桜は、少しも振り向いたりはせず、躊躇いなく踏み込みをみせていたのである!
「行け―――櫻ッ!!」
歌を止めた人魚の最後の壱小節のロングトーンにのせて、持ち前の龍の一撃を振るい――櫻が斬り祓う!!!
爆 砕 ! !
海が割れて、爆ぜたのをどの猟兵たちも見ていただろう。歌が止んで舞い戻る毒素の海のしぶきも浴びてやらぬと、一撃の余韻のまま後方に飛びのいた彼が居た。
リルのほうを向けば、リルは砂浜の上で歌っているまま無傷で在ったし、砂浜まで撤退できた櫻と抱き合って撤退する。
「ぉおお、お、お――――お」
力なく、ぐらりとウミウシの体が揺れていた。切り裂かれた背中の傷口からは、無数の――泡を、吹きながら。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
加里生・煙
胸を貫かれるような感覚。じわじわと痺れるような感情が渦巻く。
言葉にするなら 辛い だろうか。それとも 羨ましい だろうか。
あいつは人間では無くなったんだな。と、哀しいような安堵が広がる。
……苦しいことも、辛いことも終わらせよう。
俺は今 お前を――殺して(終わらせて)やりたいから。
慈悲なんてものではないだろう。これはただの自己満足かもしれない。狂喜に狂った思考かもしれない。
けれども、俺が俺のまま望むことだと、胸を張って言える。
狂気だと喰らうなら食えばいい。その代わり、お前の力を寄越せ。アジュア。
お前の安寧はどこにある?海に 溶けるように眠るといい。
ソコは暗くて 静かで きっと 優しいだろうから。
皆城・白露
(連携・アドリブ歓迎です)
(こいつがバケモノのまま死ぬか、人として死ぬか
どっちがいいかなんて、オレが決める事じゃない
オレが決められるのは、オレがこいつをここで食うか、食わないかだけだ)
【群狼の記録】使用
…こいつら(狼の幻影)はオレを食って力を寄越す。
オレはその力で、お前を食う。…それだけだ。
「食われた奴の為に」とか「お前の為に」とか、そんなんじゃない。
お前にも、「許せ」なんて言わない
文句は、俺が逝ったらいくらでも聞いてやるよ
血を流しながら自己強化、相手の伸びる身体を駆けあがり
対の黒剣で全力の【2回攻撃】を叩き込む
反動や敵の攻撃は【激痛耐性】で耐える
死之宮・謡
アドリブ歓迎
ほう…ウミウシか…デカいな…
まぁ何だって良いさ…この私にとっては、な?
何にも成れなかった憐れな、愚かしい人間よ…これ以上生きていても、貴様の生涯に希望など無かろう?疾くと死ぬが良い…この私が気紛れに最期の慈悲を与えてやろう…
【大空を我が悪意で覆う】を発動し浸食…
次いで黒の呪炎(呪詛:浸食・属性攻撃:火炎・全力魔法)と猛毒(毒使い)で削る
最後はロードギアを「怪力」で振るい「2回攻撃」の「破魔」を叩き込む
次の生では理解者に出会えると良いな…まぁ無理だろうがね?
●
胸を、貫かれるような感覚がして。ぎゅう、とそこを左手で握ってから煙が泡を背から吐き出すウミウシを見る。
言葉にするのならば、この気持ちは「辛い」というものが当てはまっただろうか。それとも、羨望、「うらやましい」という言葉が適していただろうか。
人間ではなくなったその姿が、あまりにも壮絶で――哀しいのに、どこか安堵が在ったのは、彼が殺したって罪に問われないからだろうか?
加里生・煙(だれそかれ・f18298)はどこまでも、正義に憑りつかれるようにして自己を正当化して生きる人間である。人間という動物ではないかと、最近は自分のことを思いそうになりながら、いいやそれでも人間を捨ててたまるかと藻掻く彼であった。
その葛藤の日々は、苦しい。
ほかの誰かのせいにできるのならば、とうにそうしてやりたいし、この己のような葛藤を抱かない誰かのことは平和ボケしているようにも思えて暴れたくなってしまう。煙が勝手に思っているだけのことなのに、誰かが間違えているような気がして己のことを護ってしまうのだって嫌気がさしてどうしようもなかった。
きっと、この海にて哭く彼だって、そうなのだろう。
苦しいことも、辛いことも、終わりにしたい己のように――今、この彼を救うために何ができるだろう。
何を、正当化すればいい?
きっとこの考えは、煙の自己満足で正当化で、いつもの他人任せな責任の押し付けで、傲慢な考えかもしれない。だけれど、それをやめないのはそれこそ彼が彼として望んで考えた結果なのだから――胸を張る。
これが狂気だといわれれば、きっとそうなのだろう。
海でもだえ苦しむ彼に共感して、彼を救うための結論が今から彼の行う行為であるのだから。わう、と足元で哭いた狼がせせら笑っているような気がするけれど、だから何だというのだ。笑いたければ、いっそ笑い飛ばしてくれたらいいとさえ煙は思えていた。
「――狂気的か?そうだろうな。」
だから。
「狂気だと喰らうなら食えばいい。その代わり、お前の力を寄越せ。アジュア!」
――【正義の衝動(ミラーキラー)】!!
吠える彼だって、人間であることを護るように。
応ずるようにして黄昏色の瞳を見開いた彼にまとわりつく群青の狼が、彼の鎧と成る!!
コ ロ シ テ
「俺は今。お前を――終わらせてやりたいから。」
ウミウシのほうへ躰をひねって、そちらを振り向く焔の餓狼が居た。ウミウシはまだ彼に気づかないで、痛みに茫然としているようでもある。
じきに、波が戻る。そうしたら――きっとこの蒼が、暗い海を駆けたのだった。
蒼の狼が駆けて、海の上を焔の塊となって走っていくのを――。
少し離れた岩場にて、戦局の行方を見て攻め時を見計らっていた皆城・白露(モノクローム・f00355)がそこにいた。
化け物と接敵する蒼がひどく燃え上がって、けたたましく遠吠えを上げて開戦の合図としたのを見送りながら、彼もまた己のために戦おうとしている。
この化け物を、化け物として死なせるか。それとも、人として死なせるかなんて言うのは、どっちがいいなんて決めれるほどの権利は己にないと、白露は思えていた。
自分に許されるのは――これを此処で喰らうか、喰らわないかだけである。
白露の動機は複雑でない。考える胸中はとても複雑ではあった。【群狼の記録(エクスペリメンタル・リザルツ)】で己の体を強化させながら、参つの狼の幻影たちに体を食われていく。
「ぐ――――ッッッウ、ッ!!」
がるるぐるると鼻で息を噴いて、白露を貪るみっつの狼たちに苦悶の笑いを浮かべながらそれを許す彼だった。
紅いしみが真っ白な彼に広がっていっても、痛みもこらえてそれを力に変えてやる。やがてなじむように――その狼たちが彼の中へと宿っていった。絶えず血は流れているが、そんなことは気にしないふりをする。気にしてはいけない気もした。
――被害者のためにも、加害者のためにも、どちらでもない。
白露は己がこうして狼たちに食われて、『目標』を攻撃する必要があるからそうしているだけだ。そこに大義も正義も悪意も無ければ、等しく彼は闘争のために此処に在る。
難しいことを考えるのをやめたわけではない。彼がそうあるべきだから、そうしているだけなのだ。
「許せ、なんて言わない。」
絞り出した声と共に、血がごぶりとあふれて――海面を沈まないまま走っていく速度で突っ込んでいく白露である!
「文 句 は 、 俺 が 逝 っ た ら い く ら で も 聞 い て や る よ ッ ッ ッ ! ! !」
この闘争に、きっと意味はない。
きっと答えがないように、この己の一撃にだって誰かを助ける力はなかったかもしれない。だけれど、この一手で――誰かを救えば、守れば、自分にも意味が生まれるかもしれないから!!
海を割りながら、ウミウシの体に接敵して、黒剣で無残にも攻撃を叩き込む!
そのまま大きな体を駆けあがって、がむしゃらに白い狼が何度も何度も牙を刻んでいったのだった。
狼たちが、ウミウシを喰らおうと必死であぎとを動かすのを見ながら。
「――ほう。ウミウシか……デカいな。」
この様は死之宮・謡(原初と終末の悪意・f13193)にとってもさすがに未知の体験ではあったらしい。
とはいえ、憐れなことだとも思う。
人間とはやはり、常に心に振り回されて愚かな生き物になってしまうのをやめられないのだ。
これ以上生きていても、希望などないにしても、次の命と生き方なんかを望んでしまうように、このウミウシのてっぺんに坐する狂乱の彼だって抵抗をいっぱいにしている。
いじらしくもありながら、やはり――可哀想、だなんて謡が想ってしまうのはその行為が無駄にしか思えなかったからだ。この彼女は、秋の天気よりも気まぐれで、異常気象よりも暴虐的な存在である。
「――この私が気紛れに最期の慈悲を与えてやろう。」
仮の器で行える、最大出力で。
「喰らいやすかろうよ、狼どももな。」
はら、はら、と舞い上がる黒の粉を煙が見ていた。
――何だ?と思う前に、どんどんその粒子は数を増してどうやら煙たちではなくて、ウミウシを分解して塵芥にしてやっているらしい。
炎は満ちているから、いまさら無駄に火力を振るってやることもないし、生憎この場に猟兵たちも多い。むやみに振るうのではなくて、的確な一撃を放つべきであろうかと、砂浜から一歩も動かないまま蒼の焔と白の狼が懸命にウミウシの上で争うのを見て――手に取ったのは、漆黒の『砕滅戦斧ロードギア』であった。
「次の生では理解者に出会えると良いな。」
慈悲の一撃といっても、よかったやもしれない。
「――まぁ無理だろうがね?」
大きすぎる斧のそれを、軽々と持ち上げた謡が長い黒の長髪を置き去りにして切りかかったのならば――海も、その下にある海底ごと、ウミウシを「割った」。
ちょうど切れ込みを無数につける狼の二人が、左右から攻めていたから――そのラインに沿って刈り取ってやったといってもいい。
「無事か?無事だろうな。」
それでも、約四分の一程度はウミウシを黒塵に還ることに成功していた。割った海の勢いが引力に従って謡を黒に鎮めようとしたのなら、「炙んねぇ!!」と煙が彼女をさらうように走って抱え、白露とのアイコンタクトだけで、血まみれの彼と共に波に追われながら砂浜に転がっていく。
「あはは!はははッ――愉しい戦場だ、まったく。」
砂をいっぱい顔につけて黒を広げて笑う謡の隣で、深くため息をついて蒼を振り払った煙が、血まみれで真っ赤に染まりつつあった白露の状態を確かめてやる。
「おい、大丈夫か。」と声をかけてやれば、白露はぼんやりとした顔で、海に浮かんだ満月を見ていたようだった。
何か為せたのかを、心配そうに探っているようにも見えて煙が一先ず彼にもちゃんと意識があるようで安心する。
ウ タ
地鳴りのような、悲しい鳴き声が響いている。
「海に、溶けるように眠るといい。――ソコは暗くて静かできっと優しいだろうから。」
ざぶ、と音を立ててうちあがってきた毒の染みる海はきっと、孤独の色をしていて、ひどく優しい温度だったのだろう。
黄昏色の瞳をした狼が、孤独に泣いた海獣を見ていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クラウン・アンダーウッド
【ヤド箱】
ボクが倒したいのはあくまでオブリビオン。どれだけ「ばけもの」らしくあろうとも、人であることには変わりない。それに、纏めて殺して「はい、終わり」じゃ勿体無い♪なんならボクの炎で癒してあげたいくらいさ!
《真の姿》顔の左側がひび割れ崩れ落ち、激しく燃える地獄の炎が顔を出し、両手のガントレットが炎に包まれる。
唯唯、オブリビオンをぐちゃぐちゃにしたい欲求に支配される。
空中を駆ける様に移動しつつ、オーラ防御で全身を包み怪力をもって相手の体を引き千切る。傷口は炎で焼いて回復を許さない。
痛い?苦しい?まだまだ終わりじゃないんだよ!!
慧の体を範囲内に収めるようにUCを使用し空間断絶で大雑把に剥ぎ取る。
ファン・ティンタン
【SPD】悩める“人の子”よ
【ヤド箱】で
正直、私は彼に興味も無い
けれど、ステラは助けたいと言う
悩む事が出来た、至極、人らしい彼を
なら、結果はどうあれ、引き出すだけはしてみせようか
【白刃の矢】、【串刺し】貫くことの極致
相応の【力溜め】が必要だから、少しの間【時間稼ぎ】は任せるよ、ペイン
チャージ中も敵の行動から【情報収集】、予備動作の癖と動きの基点から攻撃を【見切り】つつ、脆弱【部位破壊】が狙えそうな箇所を探す
強い弾性に対しては、衝撃を極小点に集中するか剪断するかが一般的に有効だよ
私は前者、刺し穿ち貫くモノ
魔力ブーストによる【怪力】で【天華】を全力【投擲】
刺されば、内部で貯蔵魔力炸裂の【範囲攻撃】
ペイン・フィン
【ヤド箱】
……貴方は、諦めたんだね
……でも、分からなくはない
得るには、苦痛でしかなくて
得がたいものでも、無かったのだろうから
コードを使用
ただ、食べるものは、変える
つまり……
飢えに苦しんだ、怨念と恐怖を
その苦しみに気づいてもらえず、無理解に虐げられた、憤怒と憎悪を
衝動に任せ、本能のままにしか生きられない無力さの、悲哀と絶望を
喰らって、宿して、能力を強化する
……時間稼ぎ、了解
猫鞭を片手に、強化した存在感と時間稼ぎで、皆のコードを使うまでの時間を稼ごう
……仲間は、そんな貴方でも、人として、終わらせたいと思っている
それに、一時でも、悩めたのなら……
悩まないままの怪物よりは、ずっと……、人間らしい、よ
ステラ・アルゲン
【ヤド箱】◎
慧がどんな化け物であれ、人として生まれた以上は人によって裁かれるべきだ
人を沢山見てきたからどうしてもそう思うんだよ、ファン
剣は柄に仕舞ったまま、【月光槍】を使う
【ダッシュ】で敵の攻撃を避けよう
毒液は【オーラ防御】で防ごうか
【高速詠唱】【全力魔法】で聖なる雷【属性攻撃・マヒ攻撃】を槍に纏わせ【流星一閃】
この雷撃は【祈り】
けして仲間や慧を傷つけること無く、敵のみを斬り裂く雷だ
……昔はどうあれ今の私が斬るべきはひとでない
斬るのはオブリビオンのみだ
それ以外は……それ以外はない
●
理解をしてほしい、この己の宿命にどうか説明をつけてほしい。誰かに導かれたら、きっと、どんな形で在れこの命に納得ができる気がしていた。
死にたいわけではない、でも生きたいわけでもない。怪物にもなりきれなければ人間にしては持て余す狂気に。「ああ、あ――」と泣く小さな男がやはり消耗していく狂気の上に居た。
ファン・ティンタン(天津華・f07547)にとって、怪物めいた彼のことなどはどうでもいい。
と、いうよりも彼女の中では彼の命に理論も説明をついている。この彼がどうして嘆くのかも暴れるのかも、考えてやるよりも早くに「討伐」すべきことはわかっていたのだから、あとは不完全なそれを夜のうちに殺すだけのことであった。
しかし、ファンの隣に立つステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)――ヤドリガミとしてまだ歴の浅い彼女が、かの化け物をどうしたいかを真っ先に提案したから今は戦場を静観しているだけにしてある。
ステラ、曰く。「慧がどんな化け物であれ、人として生まれた以上は人によって裁かれるべきだ。」蒼の瞳にまるで燃ゆる使命を抱いたかのような星の彼女が言うものだから、ファンも「なんでもいいよ」と頷いてやったにすぎない。
事実、己よりもステラはそういう人をたくさん見てきたから、どうしても人は人で裁いてやるほうが道理が通っているというのだ。
そも、この獣を――人間と定義するあたりも、彼女らしい。これといって彼の命の在り方に言及しようとは思わないファンは、皆の動向に問題ないかどうかだけを伺い立てていく。
「クラウン、問題ないかい?」
問われたのは、クラウン・アンダーウッド(探求する道化師・f19033)だ。
からっと笑って見せた彼は、「問題ないよ!」と笑う。確かに、クラウンは討伐が目的だ。だがしかし、それはオブリビオン――この戦いにおける、邪神のみだけを狙った立ち回りにしたいのだという。
「どれだけ「ばけもの」らしくあろうとも、人であることには変わりない。それに、纏めて殺して「はい、終わり」じゃ勿体無い♪」
なんなら炎で癒してあげてもいいくらいさ!と笑っている語調こそおとぼけのそれではあるが、あとの始末まで計算に入れてあるあたり、やはりこの道化師は手練れで在った。
その周到さにファンが緩くうなずいたのなら、次はペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)へと視線が向けられる。
「時間稼ぎ、了解。」
同じような言葉のテンポをファンが吐き出す前に、わかっているよと彼は言う。ならば、問題はあるまいとファンが咳ばらいをひとつした。
「――なら、結果はどうあれ、引き出すだけはしてみせようか。」
ひとを、ひととして裁くために、人を助けるヤドリガミたちの戦いが今始まる。
最初に孤独に哭いた海獣の前に現れたのは、ペインである。
仲間たちを海岸に残して、海の中にざぶざぶと足をつけていく。海底でたくさんの命が殺されて、この海獣に吸い上げられているのを悟った。毒性が弱まっているとはいえ、やはり燕尾服めいたそれが溶けていくのはぬるりとした痛みが皮膚に這うことで実感させられる。
しかし、ヤドリガミである。器の痛みなどはどうでもよかった。問題は、――仲間たちの計画が頓挫するほうが大きい。
「貴方は、諦めたんだね……でも、分からなくはない。」
痛みを、想像する。
【出来ることは、ただ傷つけることのみに非ず(ギゼンデアッテモデキルコト)】によって、彼の痛みを吸い上げるペインは海に体を浸し始めていた。
腰まで暗い海が浸っても、彼はその発動をやめない。心に干渉されているのをわかって、きゅおおおと大きくウミウシが哭いても、哭いて緩く首を振って悶えるばかりだ。
知らなくていい、わからなくていい。透明なままでいいのに――と、海色の体の向こうに月を揺らがせながらそれが暴れている。
ペインが己の力にするのは、彼の痛みであり、恐怖で在り、飢えからの怨念である。誰にも苦しみを知ってもらえなかったかの化け物は、何処までも孤独な存在だった。無理解に虐げられて、己の存在に疑問しかなくて、この体は己のものではないはずなのにと泣いた彼の孤独をすべてペインの体に喰らう。
宿しながら、仮面の向こうで瞳が悲哀に満ちた。
衝動のままに、本能のままにしか生きられない無力さを、悲哀を。誰とも歩んでいけない唯一個体へとしての絶望も――すべて、すいあげて。ようやく、彼は猫鞭を手にしている。
「――仲間は、そんな貴方でも、人として、終わらせたいと思っている。」
体はすっかり冷えた。だけれど、強化されたペインの体はその場から流されることなくそこに在る。
彼の痛みは己の身でよくよく理解したつもりだ。しかし、本当の痛みまでは追体験できない。ペインと彼は別物だから、彼の痛みは彼のオリジナルで特別だ。この同情が、傷をえぐるような行為かもしれないけれど、それでも、己の後ろで準備する仲間たちの気配は感じていた。
最愛が魔術を充填し、道化師が己の仮面を片方はいで、蒼星は攻め時をみている。
「それに、一時でも、悩めたのなら。」
だから、この戦いは成功させたい。たとえ、自分たちの番で終わらなくても。
「悩まないままの怪物よりは、ずっと……、人間らしい、よ」
人間である彼が、彼のままで終われたほうが、ずっといいに違いないから。
【 白 刃 の 矢 ( シ ラ ハ ノ ヤ ) 】 ! !
安心させたいという念も込めて、困ったように笑ったペインの後ろから――最愛の攻撃がウミウシを穿った!
「よし、命中」
ファンが強かな視線で、その光景を見ていた。
ずっとペインが注目を集めている間に、彼女は的確にウミウシを撃ち抜く場所を探していた。ひらひらとしている足などは確かに破壊には楽そうであるが、末端であるからこそ一番傷つきやすいのは分かっているらしく、回復も早い傾向にある。
ならばあそこはやめておこうかと視線を次に向かわせたのは、先ほど綺麗に刈り取られた背面と対照的なそこである。片方が弱いならもう片方も同じような強度のはずだ、獣というのは平衡感覚で時に生死を決める生き物でもあるから――魔力が成就され放出されると同時に、其処を一点集中で穿って見せたのである。
愛しい彼の背中に、孤独を見たのもあるやもしれない。――みんないるよ、と声を乗せたつもりでもあった。
「天華」に乗せられた魔術が、どう、どう、と刺さった個所から爆発していく。
ぎいいいと劈く悲鳴を上げる海獣とともに嘆き苦しむのは慧も同じだ。絶叫をして痛みからか血の涙を垂らして一心不乱に逃げ出そうとするウミウシがいた。
「――痛い?苦しい? ま だ ま だ 終 わ り じ ゃ な い ん だ よ ! ! 」
そこに、追撃にやってきたのが道化師の彼である!
クラウンの顔は、左側が崩れ落ちていた。いつもの彼がピエロよろしく笑顔の面をしているというのなら、このクラウンの今の半分は、地獄の焔に燃え包まれている。
手甲二つを焔で焼きながら、ただただ目標討伐対象――オブリビオンを蹴散らし破壊しつくす衝動にかられた一撃は全力であった!
まず、ウミウシへ威嚇に海を割る一撃を放つ。身じろぎをしたのなら爆炎が上がる個所に一撃撃ち込み、すぐさまひじを敷いて反対の腕でまた撃ち込む。ラッシュだ!!激しい音を立ててうち込まれる両手の焔が、紛れもなく個所を焼いていくのなら後続の彼女の良い目印にも成ろうとも思うし、何よりもこの破壊の衝動をぶつけるのに――。
「大きすぎるのは、ちょうどいいねぇ!!」
刹那、衝撃――!!
横凪に倒されるウミウシの体があったのだ!
ばしゃあんとけたたましく海面にそれが寝たのなら、噴水のように立った海水がある!地獄の焔に身を守られながら――クラウンがペインをかばったのなら、ペインは横倒しになるウミウシの姿を見て、息をのんだ。
そして――ウミウシに切りかかる一つの蒼が流れ星のように海の中へ突っ込んでいく。
「はぁああああああああああああああああッッッッ――――――!!!!」
【 流 星 一 閃 ( リ ュ ウ セ イ イ ッ セ ン ) 】!!
槍を構えたステラが、文字通り彗星になったのなら!
願いをかなえるために在る星ではない、彼女はかつて災厄であった。だけれど――今はもう、人を救う星である!
纏う魔法が雷のそれであった。音よりも早い存在になって、彼女は沸き立った水の壁を打ち砕く!!躊躇いなく、それでいて絶対に、救うという意志を宿した瞳で!!
――彼女が斬るのは、オブリビオンのみ。
「 そ れ 以 外 は 、 な い ッ ッ ! ! ! 」
仲間や、邪神に魅入られた彼を傷つけない雷が無数に走った。
一か所集中のためであったから、かの邪神を仕留めるには至るまい。だがしかし、――二度の再生は許さない!!焼き切る、細胞を、復元しようものなら片っ端に、どれもこれもを無数に焼いて文字通り断つ!!
懸命な蒼が雷撃を成就させたのなら、己の足場となった『邪神』が揺らぐ。
「う ――ううう゛ッッ!!!?」
何が起きているのやら、慧にはわからなかった。「わからないままでいいよ」と道化の声が聞こえて――クラウンがその額に向けて指を向けていた。
彼のことを、【人形固有能力・タイプα(ドールユニークアビリティ・タイプアルファ)】でそのまま空間ごとはぎ取ってやる。
あとは海に落ちるだけの彼を、見送ろうとして――。
どっぷりと、海色の化身が彼を抱いて離さなかった。
そのまま体内に飲み込むようにして、まだ息のある彼が切り取られた空間事透明な腹の中に閉じ込めてしまう。
「ああくそ、やっかいだね!」
苦笑いだとも、悔しい笑みだともいえる笑みをクラウンが浮かべた。ステラがあれほど雷撃を放っていたとて、邪神は雷を纏ったままもだえ苦しみ、海の中へとどっぷり潜って――一度深い暗闇へと消えた。雷が届かないところまで失せていったらしい。
たちまち戻ってきたのなら――津波が起きる!
「撤退しましょう!一度、海岸へ!!」
さあ、と手を伸ばすステラが蒼星になって跳ぶ準備をする。潮に濡らされて皆が錆びをおそれていたし、これ以上の深追いは不要で在った。クラウンが口惜しそうにしながらも頷いて、そのさまをクラウンに抱えられながら、ペインが見ていた。
「ともだちの、つもり、なんだ。」
月光を受けながら、金色の輝く邪神の体内に、一人の男が閉じ込められていただけの光景に。
きっと痛みを共有した、ペインだけがひどく心打たれていたのだろう――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鵜飼・章
◎
救えるものを救わないのは僕の主義に反する
一番怖いのは人間
その常識覆してあげる
行け【ヘンペルのカラス】
慧さん
僕は人間じゃない人間
だから僕にはきみの声が届いた
今から大切な質問をするよ
嘘をついたらいけない
「助けてほしい?」
叫べ
道理が通せないなら心で
ここにいるひとへ
それでも僕らは人に産まれたんだって
本音が聞けたら敵の体を駆け上がり
【早業】で解剖してひとの彼を摘出する
なぜ僕は【動物と話】せるのか
なぜ解剖に夢中になったのか
答えはここにある筈なんだ
彼と怪物を切り離せたら戦線を離脱
人は人
猟兵は猟兵だ
人間はきみを許さないだろう
でもその中に必ず
きみの叫びが届くひとが
今も怯えて隠れてる
ひとになりたいひとでなし達が
鎧坂・灯理
【絶殺】
ああ、なんとなく事情はわかった
「あれ」を取り出せば、司法の下に送り出せると
なるほど、なるほど……いかがです、ミスタ・ウーツェ?
はは!わかりやすい方だ。これだから竜は好ましい
ですが同意見です。殺す理由もありますしね
奴は私の愛を侮辱した
焼尽滅相――司法に渡すは名ばかりと知れ
【念動奇術・壱ノ型『胡桃割人形』】
ドデカいウミウシなど他のものに任せればいい
適当に適切に念動力でいなすさ
それより「あれ」だ
念動力で空中へ移動。「あれ」を直接掴み、ミスタ・ウーツェの炎に当てる
手加減などしない、握り潰せるなら潰してやる
殺す。ここで、絶対に殺す
逃がさない、今度こそは逃がさない!!
イリーツァ・ウーツェ
【絶殺】
私は殺します
生かす理由がない
そして、私のきょうだいを愚弄した
他の理由など合切不要
殺すから死ね
毒液が直接触れない様、『竜宮』を水で覆う
巨体の体当たりを見切り、怪力でで受け流し
胴へ登り、竜宮を突き立てて体を固定
全力魔法で強化した【北焙咆】を犯人へ
サポート感謝します、鎧坂殿
意味も悲哀も狂気も無い
貴様は殺した だから殺される
貴様は嘲った だから殺される
死ね
只、当たり前に
穂結・神楽耶
◎△
それでも、「ひと」でしょう。
人を害して、人を喰らって、異質を抱えて生きるしかなくて。
邪神に共感して、同化して、こんな海まで辿り着いて。その果てに極刑しか待っていなくても。
邪神に取り込まれた「被害者」を、諸共殺害する?
──それこそ、願い下げです。
何もかも溶かして食べてしまう邪神相手に刃では不利。
とあれば、炎を遣わせましょう。
舞い上がれ、【焦羽挵蝶】。
素体がウミウシでしたら視覚はなさそうですが…
猟兵様方にとっては別でしょう。邪神を狙うための誘導灯としても機能します。
当然炎ですから当たれば焼けますしね。
いくら超巨大とはいえ不完全な邪神。
そしてこちらはこれだけの猟兵様方が揃っています。
勝ちますよ。
●
「ああ、なんとなく事情はわかった。」
眼鏡を――それこそ彼女の武器であるネットワーク端末を、くいと指で押し上げて今一度、濡れたそれでウミウシをみやる。
使い物にならなくなったらどうしてくれるんだ、なんて愚痴もつきたくなったが、ひとまず呑み込んでから状況の整理と向こうの出方を見ていたのは鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)だ。
「『あれ』を取り出せば、司法の下に送り出せると。なるほど、なるほど――いかがです?ミスタ・ウーツェ」
その隣にて、インバネスコートをはためかせながら潮風を背に受ける男がいる。竜種である彼の瞳はいっそすがすがしいほど真っすぐで、瞳の赤はわかりやすいほど冷静かつ、殺意に満ちている。応えなんてわかりきってはいるけれど、強制させてしまうのはこの灯理にとって、「竜に対する礼儀」に反するのだ。
「私は殺します。」
断言した。イリーツァ・ウーツェ(盾の竜・f14324)はかの罪人を己の尺度で裁くことを善しとする。「生かす理由がない。」と付け加えて、己の内に燃ゆる炎に魔術を静かに通し始めていた。
「はは!わかりやすい方だ。」
――これだから、竜は話が早く好ましい。
灯理は「怒れる竜」のつがいである。だからこそ、竜種というものの気高く、それでいて明確な思考というのは相いれやすいのをよくわかっていた。この電脳探偵が、己に意見できるものに是非を問うまい。この場において議論は無駄で、行うのは絶対殺害のみである。
「ですが同意見です。殺す理由もありますしね」
生かす理由はないが、殺す理由はある。
イリーツァにとって、彼のきょうだいを幻想の中で愚弄したことは最大の侮辱で在った。
彼は口数も少なく、愚直で在れどその本性は気高く、尊大で、人食いであれど秩序を意識できる心の広い竜である。殺す殺さずを理解し、何も知らないからこそ「教えておくれ」と弱い弟に頼って見せることもあれば、知らないことでの凶行を「悪いこと」だと理解できる頭だってある。
決して彼は馬鹿なのでない。どこまでも、無知で純粋ゆえ――彼の尺度は竜のままであるだけのことだ。人間のそれは彼にあてはまらないが、家族を侮辱された重みは人間の抱く嫌悪よりもずっと深い、まるで地獄の熱を孕んだ憎悪がある。
灯理にとって、彼女の愛である悪の華たちを幻想とはいえ「捕食対象」とさせたことは間違いなく最大の侮辱である。
彼女にとって、彼女らというのはこの世の何かにも代えれないほどの大きな存在だ。しかし、神格化しないし、依存対象ではあっても寄り掛かりすぎることがない。彼女らを個人として認め、その意志を尊重し、謎多き生き物である多面性を容認し、彼女らの命を『愛』とするから誰よりも何よりも、――己と同等に誇り高い存在であると認めていた。よって、彼女らを「そう」したことは、灯理にされたと同じことである。
「焼尽滅相――司法に渡すは名ばかりと知れ。」
月の光を受けぬとばかりに一度顔を伏せ、低く唸った女の喉は――きっと竜のそれとよく似ていた。
「ともだち」を肚に隠したウミウシが、ようやく攻撃という発想に至ったのは、二人を裂かれると理解したからであろうか。
大きなからだで灯理めがけて突っ込んでこようとする体の一部が在るなら、それはイリーツァが水を纏う『竜宮』で受け流す。すっかりあたりの海は毒に侵されているものだから、竜の己はともかく人間の身である灯理には深刻な被害になるだろうとして、背に隠すようにした。
灯理も、彼の判断は正直なところありがたい。適材適所と言えばよいのか、こういった大きすぎる攻撃をいなすだけに今は体力を使いたくはなかった。全神経を集中させてでもやりたいことがあるからだ。
「意味も悲哀も狂気も無い。」
巨体からの連撃ともいえる、やや動きの遅い毒海を纏ったそれらをいなしきったのなら――イリーツァが駆ける!
最後に弾いた触手ともいえる、突起めいたそれから駆けあがっていったのならば、ちょうどよいといわんばかりに慧が封じられる場所へと魔杖を突き立てた!!
じゅう、と己の鎧めいたうろこが焼かれようと、まったく彼の竜に止まる気配はない!ぞぶぞぶと柔らかな体には衝撃と勢いのぶんだけその牙がめり込んでいくではないか!!
「貴様は殺した。だから殺される。貴様は嘲った。だから殺される。」
その声は、怪物の中に閉じ込められる彼に響いたようであった。瞳を見開いてイリーツァを視る目は、明らかに恐怖が滲んでいる。
殺されることすら考えた事の無いようなそれが――殺すことだけを考えて動く赤の瞳と交錯したところで。
「死ね。只、当たり前に――」
【活火激発・北焙咆(カッカゲキハツ・ホクバイホウ)】が、爆ぜた。
灯理は、空中に浮いている。
サイキックであれば「ペテン師」でも必ずやって見せるのがこの空中浮遊なのだ。この程度、彼女にとっては「私は空を飛べる」と思えば造作もないことである。
その右手が、ゆらりと伸ばされて――何かを握るようにこわばっていた。
邪神を握っているのではない。彼女の手は確かに邪神へと向いているが、ずうっと意識しているのは「慧」にである!
「殺す。ここで、絶対に殺す。」
ぎりり、と。
・・・・・・・・
何も掴んでいないはずの彼女の手の甲に血管が浮いて、その骨すじがよく見えた――!!
【念動奇術・壱ノ型『胡桃割人形』(サイマジックオーワン・チャイコフスキー)】!!
イリーツァの業火から逃がすまいと、何ならそのまま握りつぶしてやってもいいと思えて――灯理が凶悪に笑む。
この灯理を愚弄して、おめおめと生き延びる罪人はかの「愛餐会」の女以外に作ってはならぬ!ああ、殺す。絶対に――逃がさない!!
「――灯理さんッッッ!!!」
灯理の意志は、強固だ。
それは、どんな場所でもどの時間でも変わらない。強固でなければならない理由が彼女にはあるし、そうでないと「生きていけない」ところがある。
だから、――揺らがないはずだったのだ。紫の視線が「そちらに向いてしまう」までは。
穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)は、友人の姿を空に視て――たちまち、いてもたってもいられなくてどうか声が届かないかとあたりの猟兵を見た。
このままでは、彼女の友人は紛れもなく大衆の眼の前で「殺人犯」になってしまう。そういう経歴が在ったことも、現にそういったことを必要であればしてきているのは分かる。それは、神楽耶とて黙認してきたし、そうしないと生きてこれなかったこともよくわかっていた。
だけれど、今。この神楽耶の前でのそれは――許せないのだ!!
彼女が意志の怪物がごとく、決めたことを曲げないように。神楽耶にだって非・女神であるとはいえ「ひと」を護る使命がある!どうか、どうか!あの邪神の中に閉じ込められた男を救うことと、「ともだち」を誰もが認める罪人にしないことを両立できないかと考えていたのなら、声をかけてくれる鴉のような男がいた。
「救えるものを救わないのは僕の主義に反する、――手伝うよ。」
鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)が、大きな鴉を呼び出して空にまで連れて行ってやるという。ああ、助かったと顔いっぱいに現れていたのだろう。神楽耶の様子を見て章がほほえましそうにしていた。
それで、現在に至る。
「神楽耶――?」
握る手の力が、わずかに緩む。
「ともだち」が、鴉に乗せられて己の前にやってきたからだ。それにも面食らったが、この彼女が顔いっぱいに悲哀に満ちていたことに驚かされていた。
「やめてください、今すぐ。それを。」
灯理の手を見て、真っ赤な瞳で神楽耶が言う。
相変わらず刀身のような美しい心なのだろうか、と灯理が想いつつもゆるく首を横に振った。
「やめない。」
「お願いします。」
「いいや、――やめない!!」
「やめてください!!!」
静寂。
平行線にも見えるやり取りに、章が口を挟むべきかどうか考えて――灯理が低い声で唸っていた。
「あれが、人間だと?」
今もなお。イリーツァが毒に身を焼かれながらかの罪人のみを燃やしている。暴れ狂う邪神は怒り、地獄の焔で焼かれる彼の修繕を懸命に行っているようだった。
暴れるたびに高く波は上がって、そのうち邪神を起点にひどい渦潮でも起こりそうである。これを起こしている、かの災厄を殺すな、とこの非女神は言うのだ。
「彼は、人を害して、人を喰らって、異質を抱えて生きるしかなくて。」
その罪は、神楽耶にだってよくわかっている。現に、彼が犠牲にした人の数は多い。
それでも、その葛藤の数は想像するに哀れだ。こうなりたくて、こうなったわけではないのに、それを受け入れる皿は世界のどこにもなかった。
「邪神に共感して、同化して、こんな海まで辿り着いて。その果てに極刑しか待っていなくても。」
どうしようもない命なのだと、穏やかながらに揺らがない口調で語る。
「――それでも、『ひと』なんです。」
・・・・ ・・ ・・
どうして、貴女にそれがわからないんですか?
灯理の紫が、とうとう戦慄いて「馬鹿なことを」と渋い顔をさせていた。
灯理だって知っている。そうしか生きれなかった悪の華を彼女だって知っていた。――彼女とこの犯人を同等に見なかったのは、まぎれもなく灯理の直情のせいである。だからこそ、神楽耶は冷静に比較できていた。確かに犯行の手口はそれが考えるよりも劣るだろうし、ずっと極端で雑やもしれぬ。だけれど、神楽耶にとっては、どっちも同じものだ。
「邪神に取り込まれた「被害者」を、諸共殺害する?──それこそ、願い下げです。」
いよいよ、赤の女神が震える声で、泣きそうな顔で友人に抵抗するものだから。
――紫の瞳は、視線を交錯させるのをやめて、瞼をゆるりと閉じていた。
【焦羽挵蝶(コガレバセセリ)】が、舞う。
「鎧坂殿――?」
これは、二人の作戦にはない。赤の蝶たちがイリーツァの周りを舞って、抵抗する邪神を燃やし始めていた。
「ミスタ・ウーツェ」
静かな声が、竜の彼をその場から『回収』するようにして己の傍へと引き戻す。
「撤退を。」
信じられない、という顔をイリーツァはしてしまっただろうが、灯理の様子を見てたちまち、何も言えなくなってしまった。
小さな体は震えていて、ぎゅう、と噛みしめる唇には、きっと悔しさもにじんでいたし血もにじむ。だけれど――友人たちの働きを、最後まで見届けようと紫だけはしっかりとそこにあった。
この世で一番怖いものは人間だというのなら、そんな常識は今ここで覆してやればよい。
章が邪神を焼く神楽耶の蝶とともに、ウミウシの周りを旋回する!目標は、その中で閉じ込められている彼だ。
身も心も焼かれて、しかし邪神の中にいる限りは生命力を共有しているらしくどんどん回復していくが――ああ、このままでは。とも思わされている。
邪神が果てれば、きっと彼もこのままでは死んでしまう。
「――、慧さん」
章が送り出したのは【ヘンペルのカラス】だ。
章とて、この慧と同じく――人間ではない人間である。
「今から大切な質問をするよ。」
どこまでも体は人間なのに、内包する己というのは世界で唯一の個体のように感じられていた。
嗚呼、これこそ百年の孤独なのだと思わされる日もあったし、きっと誰にも痛みもさみしさも理解してもらえない。虫を解剖して何か答えを探すように、その内部の美しさに芸術を感じるように、世界をそうやってでしか見れない章と、この彼は何も違わないのだ。
ここで助けても、きっと人間は彼を許さない。結局彼は極刑にかけられて、いっそ助からなかったほうがよかったとも思うかもしれない。
だけれど、――せめてその人生に、共感できる「ひとでなし」がいることはどうか伝えたかった。
「きみの叫びが届くひとが、今も怯えて隠れてるひとになりたいひとでなし達が、此処に居るんだ――」
嘘つきを拷問にかける白い鴉は、その嘴で章の声を届けにウミウシの内部へと容易く入る。
体を溶かされながらも、己の耳で語り掛ける穏やかな声色に――苦悶に満ちていた慧の顔が少し和らいでいた。
「助けてほしい?」
叫んでほしい。
道理が通せないというのなら、せめて心でどうか言ってくれ。
助けてくれともいえない誰かに、己らは手を貸せないのだ。かの電脳探偵のように、己の心のみで動くこともまた悪徳で在り美しいのだけれど、この章はそうはいられない。
――猟兵は、猟兵。人は、人なのだから!
メーデー
嗚呼、どうか救援を!
灰までウミウシの流動体で満ちた彼は、きっと声帯を震わせることは出来なかった。
だけれど、――人間の聴覚というのは死ぬ最期まで残っているものだという。
だからきっと、鴉越しに聞こえたその「叫び」はけして、妄想でも、幻聴でもなかったのだと、章が確信して――火の粉にまみれた邪神を視ながら、微笑んで叫んだ。
「救出しよう!!頼むよ、皆――!!」
燃ゆる蝶を放ちながら、大鴉に跨って凱旋のように触れ回る彼を見る。
章にしかわからないものがあっただろう。この彼を、彼でしかきっと心の底までは理解できなかった。
「ええ。」
――それが何処までも無邪気であるのは、酷だなと神楽耶も思う。
彼も、彼のほかに居る人でなしたちにもきっとひどく現実的な終わりになるだろう。それでも、それこそが世界のあるべき「正しい姿」であり。
タスケ
「勝ちますよ。」
ヒトとしての、――ただしい終わりのはずだから。
それを護るのが、猟兵で在り。それを果たすのが、非女神である神楽耶の想いである。
意志の怪物と、それからともに居た竜には謝らないといけないな、なんて思いつつ――鴉の上で、誇らしげに笑む彼女が居たのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桔川・庸介
◎△
持ち出した包丁じゃ、アレと渡り合える気はしない。
……投げてみる?あんま効きそうにないけど。
それでも、「終わり」は観たいから、
姿を隠して場に留まる。
普通でありたかった。
動機だけは痛いほどに分かるから、同情もしてしまう。
致命的に違うのは、気づいちゃいるけど。
もう「食事」はできない。
最後の晩餐の要求だって、きっと却下だろ。
自分を踏み躙られんのは、「人間として死ぬ」事と釣り合う?
少なくとも俺なら、そうはなりたくないな。
……だからさあ、ここで死のうぜ。
せめて最後の一片は、隠したまんまで死んでくれよ。
そんな幕引きが許されれば、救われる奴もいるってこと。
あんたにも他の奴等にも、理解されないだろうけど。
伊能・龍己
◎
分かって欲しかったから食って、その末がこれで。かなしいっすね。
俺はわかんねぇし、共感もできないし。あの幻も怖かったし。
……どっち側で死なせたらいいのか。それもわかんないっす。
もっと勉強したら、決められるのかもしれないっすけど。
だから、裁くって訳じゃなくて。……俺は。
ばけものを、止めます。
さあ、雨が降りますよ
注がれても海に還ることのない、鋭く冷たい一雨が
竜(刻印)に呼ばれて集まる雨雲を確認して、ウミウシさんに《神立》を使うっす
ちくちく痛む手を海へ向けて、出来るだけ雨の降る範囲を広げます
マレーク・グランシャール
◎
人にとっては、人を喰うことも、喰いたいと願うことさえ禁忌
人の手に渡せばおぞましき人喰いと詰られ傷つけられるだけだ
所詮、人喰いの気持ちは人喰いにしか分からない
理由は違えど喰いたいと願う心を俺は否定しない
だから同じ人喰いとして俺が送ってやろう
それが同じ人喰いとしての理解というもの
巨体の体当たりは【泉照焔】で見切り、【黒華軍靴】のジャンプとダッシュで回避
毒液を放たれる前に【金月藤門】の迷彩と残像でフェイントをかけて騙し討ち
初撃を当てたら【流星蒼槍】の召喚竜にウミウシを襲わせ、自分は【碧血竜槍】を額めがけて槍投げし部位破壊
最期は人喰いの手で逝くがいい
俺のことは誰が送ってくれるのだろうな
久澄・真
ジェイ(f01070)と
連れの反応にくつくつ笑いながら
違ぇねぇ、と
どうだと問われれば
片手を上げて右に同じくー
と呑気な口調で
そもそも
後ろ指刺されまくって生きてきた人食い人間が
今更こっちの世界に戻ってこれ以上何してぇんだ
おいジェイ
あそこ喰わせて穴開けろ
指したのは慧が埋まるウミウシの額
ジェイに戦わせ、自身が操るマネキン人形を躊躇なく盾にしながら
優雅に煙草燻らせ観察していたのはウミウシの“源”
弱体化のキーは其処だろうかとあたりをつけ
ジェイの攻撃に続く様に蛇竜と騎士が皮膚を抉りに
しかし敵が暴れるなら二匹はその抑制へと向かわせ
攻撃はジェイに任せて
よう、慧
今殺してやるからな
倒したらジェイの金で肉
吸血代だ
ヨシュカ・グナイゼナウ
◎
人を沢山殺して、食って。
あなたがまだ人であるならば、その報いを、裁きを人の手によって受けねばならない
その責任を放棄して、怪物を選ぶなら。怪物を倒すヒーローはここに沢山いる
ねえ、ひとであることから逃げるなよ
真っ暗な冷たい海面を蹴って、真っ直ぐにあなたのもとへ。暗闇だってこの眼は良く視えるから。毒の類はこの機体には効きにくい
海のように波打つ巨体も同様に、蹴って、登って
何かを斬ることは慣れている
あなたがさっき残した貝殻は、どこか遠くの、誰もあなたが怪物だったことを知るひとがいない。そんな海のそばに埋めてあげよう。
わたしは世界を旅して周ってるんだ。だからいつかそんなところも見つけられるよ
ジェイ・バグショット
真(f13102)と
いやどう見てもバケモンだろうが。
あれのどこが人間だ?
一服しながら冷淡に
どうせ死ぬなら今か後かの話だろうに、生かすなんてめんどくせぇ。
金にならないことはしない
殺る一択だろ。
さて真はどうだ?答えは目に見えてるが
バケモノの仲間探しとは、探す相手間違えたなァ?
邪神じゃなくとも人間の皮かぶったバケモノなんてそこら中にいたろうに。
ほら今目の前にも。
ウミウシ相手に噛み付く趣味はない
コイツに喰わせるとするか。
絶叫のザラドを殺戮形態へ
刀身が歪に変形し異形の牙が生える
耳障りな叫び声を響かせながら
巨体を刻み食い荒らす
人間らしく在りたかったなんて言うなよ。
皆違ってみんなイイ、だろ?
心にも無い諌め
●
助けたい、と画策する猟兵たちもいれば、その正義もまた美しいものではあった。
マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)にとって、彼らの正義もその心も美しいと思える。そして、「ひと」よりであることもよくわかっていた。
だからこそ、――「ばけもの」である彼に寄り添ってやる声が小さくなってしまったことには海よりも鮮やかな燃ゆる蒼の瞳を細めてしまう。
マレークもまた、竜である。彼はひとではない代わりに、人を良く知って、人の秩序というのはよくわかっているつもりであった。人が人を食いたいと思うことは、淘汰されるべき思想で在って認められてはいけないという。
この『慧』を、人として勘定したがる彼らがいるように、マレークは『獣』として勘定してやったほうがよっぽどためになろうと思っていた。事実、おそらくこの海の獣と同化させられる彼はこのままおめおめと捕まってしまえばたちまち意志を投げつけられる憐れな生き物へと変わるだろう。
今までも、そういう目にあっていたのに?
――これ以上、おぞましき人喰いと詰られ傷つけられるのは哀れであった。己の敵への防衛として「喰う」ことで抵抗していた彼に、なんてむごいことだろうとも思う。
己を他とは特別な異常だと思っていて、その己を理解できない敵は喰らう。当たり前のことだ。恐ろしいものは腹に入れれば糞になるだけである。
その脅威を見せつけることで、孤独である。しょうがないことなのだ。この彼がきっと、竜の体を得ていたのならそれこそ、マレークとはよく話ができてマレークは彼と食い合うことになっていたかもしれない。
つまるところ、潮風に揺られる前髪が火の粉に灼けそうになるのを、掌でかき上げて防いでいるマレークが想うには、「人喰いの気持ちは人喰いにしか分からない」ということなのだ。
人間でありながら人間になり切れない誰かと、それは違う。――分類が違うといっていい、食事というもっともっと根本的なところが異常だといわれる絶望はきっと同じ業を背負ういきものにしかわかるまい。
心を喰らうわけでもなく、その心を司る脳も、頭蓋も、頭も、それに血液を送る心臓も、血管も、筋肉も、脂肪も、包む皮も、真っ白な骨も喰らいつくしてしまいたくなるマレークでしか、きっとその心を認められなかった。
追体験や想像では追い付かぬ、確かな衝動は「持たざるだれか」にはわからない。
「恵まれたほうが、辛かろう。」
・・・
欠けているほうが、幸せだった。
海に映る満月は、すっかり荒れる波にもまれてめちゃくちゃになってしまっている。――ああ、まるで彼の心のようだと黒の竜が一瞥してやったのなら、砂浜から姿を消して、海で暴れる獣の上へと跳んでいた。
――だから同じ人喰いとして俺が送ってやろう。
――それが同じ人喰いとしての理解というもの。
この何処までも、崇高で、それでいて孤独である蒼の焔を纏った竜が――!!
哀れな人食いの化け物と、その化身と牙を交錯させる!!一度でも「かすれ」ば「当たった」のと同じだと、にやりと笑う竜の瞳は、すっかり捕食者であったに違いない。
【 流 星 蒼 槍 ( メ テ オ ・ ス ト ラ イ カ ー ) 】 ! !
蒼い稲妻を纏った碧眼の双頭竜が呼び出され、その雷がごとく――まさに高速で海獣へと放たれる!
ぎゃああ、と甲高い悲鳴を上げてもだえ苦しんだそれが毒を吐こうものなら、視界のないこの獣が考えるのは広範囲にまき散らすことのみだ。
電子を操り――己の近くにあるその体を竜どもに電圧をかけさせ、海水ごと爆発して盾とし、相殺して見せたマレークである!
今ここに、人食いと人食いの戦いが始まっていた――!!
「あーァ、盛り上がってら。」
「帰るか?」
「アホか。バレたら一銭も貰えねえどころか、損しかねえわ。」
海の風は心地が悪い。己の髪と肌を塩分でべたつかせていくし、なによりこの磯の香りというのが潔癖のきらいがある久澄・真(○●○・f13102)には一種の拷問のようである。
海岸に行くくらいなら、よく冷房の効いた部屋で己の好んだ設備と己の好んだものだけを呑んでいたいであろう彼には、この現場での想いの工作などは極めて乱雑な部屋のようで虫唾が走るに違いなかった。
チ、チ、チ、と舌を鳴らしつつ黒煙草をくわえながら、鼻からそれを吹き出す。煙の独特の匂いで、この不快をかき消して思考をクリアにしてやるほうがずっと必要だった。
「それにしても――。」
その真の隣で、多少気の抜けた声と顔をしながら言葉をつづけるのはジェイ・バグショット(幕引き・f01070)である。
「あれのどこが人間だ?――いやどう見てもバケモンだろうが。」
情けをかけてやる猟兵たちの感性には、極めて「豊かすぎる」としか思えない冷静な彼である。
海獣に取り込まれてなお、体の負傷をその呪いで治しながらここまで暴れておいて、「助けてくれ」なんて言っているというのだから救いようがない。煙草を一本取り出して、じりじりとフィルターが焼かれていく熱を整った鼻先と唇に感じながら黄金の目を細めていた。
相方のそのさまには、「違ェねえ」と真も思わず笑ってしまう。
――そうせ死ぬなら今か後かの話だろうに、生かそうとする面倒なことを望む仲間たちの酔狂なこと。
「金にならねえことはしねえ。――殺る一択だろ。どうだ?」
「右に同じくー。」
からからと笑って見せる相方の答えは分かり切っていた。だろうな、と短く返事をしたジェイの声は笑っている。
「そもそも、後ろ指刺されまくって生きてきた人食い人間が、今更こっちの世界に戻ってこれ以上何してぇんだ。」
襲撃の準備をかけようと、真がジェイと共に己らの魔術を体に宿らせていく。真がつぶやいた疑問には、「トモダチ探しじゃねえのか」と答えるジェイがおり、それには「ハ!」と鼻で嗤ってやる真である。
「邪神じゃなくとも人間の皮かぶったバケモノなんてそこら中にいたろうに。――今、目の前にもよ。」
わからないというのは、何よりも酷なことであるなとジェイもそこには少しだけ同情してやった。
わからぬ生き物に未来はないし、知るすべのない馬鹿には破滅のみが待ち受けるのが世の常である。
「そんなにヒマじゃねーのよ。俺たちも。」
――これから、この孤独の相手をしてやるのは「お仕事」だからだ。真がそう吐き捨てたのを合図に、ジェイが毒の海を突っ切っていく!
ブラック・バレット
真っ黒な弾丸となった彼が、海の表面を割りながら最低限の着水だけでウミウシへとたどり着いて大穴を開けるまでに取り残された絶叫を聞いて、真が耳を塞いでいびつに笑っていたのだった。
ジェイは、真の観察眼を買っている。
・・・
――あそこ、喰わせて穴開けろ。
意地の悪い彼の顔は、いっそ悪ガキのそれだな、なんて思いながらそれに従っているのは、やはり二人の信頼からだろうか。
この二人にはビジネスとしての絆が強い。情や勢いで動くようなコンビではなく、二人は「金」のために共同戦線を組んでいる。きっと、それはこれからも続く「極めて合理的」なやりとりだ。
先ほどまで慧が埋められていたあの額を、真が貫けと言ったのならジェイは貫くのみである!
【ブラッド・ガイスト】にて強化させ、牙をはやしてけたたましく泣き叫ぶ『絶叫のザラド』を躊躇いなく振るい――捕食させることに集中!
刹那、粉砕!!
まるでヘッドショットでも放たれたかのように、稲妻によってしびれさせられていたウミウシの動きが止まり――沈黙が訪れた。
「人間らしく在りたかったなんて言うなよ。皆違ってみんなイイ、だろ?」
ジェイが心にもない『正論』で話しかけてやったのなら、自我を取り戻し痛覚を得たウミウシが叫ぶ!
「――うるせえよ、ダァホ」
ぺ、と――潮風のせいで湿気りの早いそれを吐き捨てる真である。
降りかかる毒のそれを、躊躇いなく操るマネキン人形たちで凌いではいたがやはり不快であることはぬぐえない。さらに、叫ぶことしか能がないのか、誰かにそそのかされたのか。何にせよ、これだから本能的な生き物は苦手なのだ。
「よう、慧。」
ぎらりと鈍く光る薄紅の目は、けして怒りからではないだろう。
「今 、 殺 し て や る か ら な ――!!」
それはきっと、呪詛のせいであったのだ!!
【リザレクト・オブリビオン】!!刻印の刻まれたウミウシの額をジェイが食い漁るのなら、案の定ウミウシは再生をやめていた。
ああ、やっぱりアレが核だったのかと笑ってやったのなら、其処をめがけて彼のしもべどもが走っていくばかりである!!
「倒したらジェイの金で肉。覚えとけよ。」
流した血のぶんだけ、喰わねばならぬから。
にやりと笑ってやる真のその顔こそ、捕食者らしいそれであったであろう。
・・・
その光景を、見ているひとりの彼が居る。
――今は、一人である。桔川・庸介(臆病者・f20172)は己が手にする包丁では、あの強大すぎる敵とは戦えないことをよくよく踏まえていた。
むやみに突っ込んで足を引っ張るなんて、彼の存在を際立ててしまうだけだ。
誰にも己の存在など知られないことにこの上ない優越感と、『生きた心地』を感じる彼である。今はしっかりと顔を隠すようマスクをかぶりながら、そのさまを見ていた。
――それでも、終わりは見たい。
今この場に彼をとどめているのは、そればかりである。【不可視の圏(ウェア・ダニット)】で姿をうまく眩ませた彼は、場に留まりながらも誰にも認知されない存在となっていた。庸介の胸の内に沸いた感情を悟られたくなかったのもあったやもしれない。
同情していた。
――普通で在りたかった、という動機には非常に庸介も心当たりがある。
己だって、普通でありたい異常であるのだ。そうでなければ、「日常」に溶ける彼のことなど存在すら許しはしない。
だけれど、「庸介」を認知されないためには彼が必要だった。利き手も違うし、顔だってまるで違う。服装だって――何もかも、痕跡が何処にもない存在でありながら、日常で在りたい。
致命的に違うのはよくわかっている。彼と己では「主張」と「隠蔽」であるのだ。しかし、これもシリアルキラーの因果か――すべてはその病理的な精神異常にこそ由来が在るのは共通なのである。
自我崩壊、異食症、PTSD、サディズム、――。
きっと、この海獣になり損なう彼はもう『食事』を許されないのだろうな、と荒れる海を遠くのテトラポッドから視ながら思う。
蒼い稲妻に身を焼かれ、体を食われてもがき苦しむウミウシの体内で隠されている彼の存在は、庸介にとっては「いつかの己」のようにも見ていた。
誰かを例に、己の末路を想像するのは貴重な体験である。
死刑のその日に許される、「最後の晩餐」すら与えてもらうことなく、きっと異食の彼は殺されることだろう。
プライド
――自 分を踏み躙られんのは、「人間として死ぬ」事と釣り合う?
ぎゅう、と握りしめる拳が鈍い音を立てたのは、いらだちとも悔しさとも言い切れぬ。彼を通じて、まるで己が否定されているような気がして、胸が苦しくなった。
「……だからさあ、ここで死のうぜ。」
それは、応援ともいえぬ声だったかもしれない。
もはやだれにも認知されないのだ、音くらい振動させても荒れ狂う海がすべてかき消していくばかりである。
「せめて最後の一片は、隠したまんまで死んでくれよ。」
誰にも、その最後までをわかってもらえないままで――殺されてくれれば、救われる日陰者が居るのだ。
きっと月光を浴びながら戦う猟兵たちにはわかるまい。いつの間にか、否定されたがりの「X」は波に打たれるテトラポッドから姿を消していた。
●
「ひとであることから、逃げるなよ!」
――青い稲妻と黒い彼と、その彼の相棒が放ったしもべたちをかいくぐりながら叫ぶ一人の人形が居た。
それに宿っているのは、敵意ではない。彼が抱いているのは紛れもなく、「そうあるべきだ」という意志である。
星の如く、真っ暗な冷たい海面を蹴って真っすぐ突っ切ってきたのは――毒すら彼の体を脅かせぬ、人形であるヨシュカ・グナイゼナウ(一つ星・f10678)である!
まるで一等星のような輝きに、マレークが目を細めていた。
「分かって欲しかったから食って、その末がこれで。かなしいっすね。」
ヨシュカが戦局を見て居てもたってもいられなくなったから、海へと走っていく様を見て、見る限りでは年の近そうな彼に何かできることは無いかと飛び出してきたのは伊能・龍己(鳳雛・f21577)である。
毒の海が近くなったのなら、人間の身でしかない己は其処に立ち入ってはいけない。急ブレーキをかけた幼い齢のわりに大きすぎる手から放たれるのは、雨乞い龍の刻印からの奇跡であった!!
「さあ、――雨が降りますよ。」
「龍、か。」
竜ではなくて。
龍――神聖めいた存在からの奇跡に応じて、降り注ぐ雨の前にマレークの焔も苛烈さが鎮まっていた。
【神立】――己が悪辣の竜であるのなら、龍己の宿すその力は「かみさま」のそれである。恵みと癒しの雨が、ウミウシの体を駆けあがろうとするヨシュカの周りを硬度を増して降り注いでいったのなら、まるで障壁のように深々とウミウシの体に刺さり、彼の目的地へと――一本の道を作っているようだった。
龍己には、あまりにもこの「問題」は難しすぎる。
それは例えば、簡単な国語の問題だったはずなのに「作者はどうすべきだったでしょうか、50文字以内でこたえなさい。」なんて言われているようで、少しめまいもしてきそうなものだった。
赦していいかどうかなんて、わからない。
共感なんかもできない。龍己にはない衝動だ。
さらにいうのなら、――あの幻だって、恐ろしいものだった。
痛みが在るのは分かるのに、与えられた痛みも重くて、ちょうど天秤がつりあってしまって――こういう時にどうしたらいいかをまだ学んでいない。
もっと読書の時間に本でもよめば、百点満点の花丸がついたやもしれなかった。だけれど、わからないままでいるのは嫌だったし、裁くなんて大層なことは出来ない。
「だから、俺は――ばけものを、止めます。」
しっかりとした決意がこもった、まるで己の生きてきた年数の半分も満たない命の純真さに。
嗚呼――、そうだ、人間はこういうところが在ったのだ、と思わされるマレークがいる。
雨に熱した頭と心を冷やされていくような気がして、「ばけもの」の竜もまた、その攻撃を止めていた。
ちくちくと痛む腕を影の少し小さくなったウミウシに向けたまま二本足でしっかりと戦うかの幼き生き物を、「食べてもいい」なんて思えてしまう己がやはり悍ましいままだったのだけれど。
ヨシュカは、躊躇いなく毒で満ちるウミウシの中に己の両手を突っ込んでいた。
――まだ、引っ張り出してやることは出来そうにない。ならば少しでも中に在る粘液を掻きだして、誰かが助けやすいようにしてやらねばと急ぐ人形の腕が徐々に染みだらけになっていく。毒素の広がりが遅い。この腕が落ちるまでに、なんとか――できるところまで、やろう。
星の宿る片目が想うのは、――この生き物の叫びを、海の音で聞かされたことによる。
「あなたは、人を殺して、たくさん食って、その罪をわかっているのなら――報いを、裁きを、人の手によって受けなければならない!」
それが、人としての「慧」の終わりである。
その過程もないのに、「慧」が化け物になれるわけがないというヨシュカの理論は大人たちが笑うだろうか。それでも、人形はその軋む手に先ほどまでしっかりと握っていたのだ。
彼の心のひとかけらを、小さな巻貝の音を、そのかたさ、もろさをしっている――!!
「あなたがさっき残した貝殻は、どこか遠くの、誰もあなたが怪物だったことを知るひとがいない――。」
己の腕に、限界がき始めていた。
毒の沼めいた体内に鎮められる慧を、どうにかして助けやすく、と思って――衝撃にもしびれにも耐えながら一生懸命に内部を掻きだしていたヨシュカである。ようやく、慧の顔が数多の攻撃で再生能力を失せさせてしまったウミウシの体内にある「海」が減って――浮かび上がってきたのに、ほっとした。
「そんな海のそばに埋めてあげよう。」
ならば、もう痛みなども、これ以上の痛みも、『ちょっとだけ』感じないようにしてあげたい。
十字の刻まれる両手は、罪人を許す聖痕がまるで刻まれているようでもあって――奇跡を発動させようとするさまには、黒い竜も、弾丸も、金に飢えぬ守銭奴も、きっと視線を奪われたであろう。
「地獄に仏、ってかァ――?」
真が冷たく笑うように、まったくもって、世界とは都合がいいものである。
この罪人にもたらされてきた痛みを、救おうとする奇跡が此処にはたくさんあった。彼をひとでなしのままに終わらせてやろうという、皆の気持ちだって嘘ではないし、それを踏みにじりたいわけでない。
だけれど、もうこれ以上は――彼の心を割ってやりたくなかった。だって、彼の心はきっとヨシュカの知っているそれのようなものだったのだから。
「わたしは世界を旅して周ってるんだ。だからいつかそんなところも見つけられるよ。」
いつか、貴方のことを思って、祈って、あなただけの墓標を海につくってあげるから。
――さようならを込めて、【惑雨(マドイアメ)】は放たれる。ぼんやりとしていた慧の顔は、きっと色を少しだけ取り戻して穏やかな寝顔になっただろう。
神聖さが己の内に刻まれて、邪神の叫び声が聞こえたのなら――ヨシュカはすぐさま、その場から離脱しようと元の道へ走り出した。
「俺のことは」
救われていく。
目の前で、マレークと変わらぬ人食いの彼がどんどん、救われていく。
つくりのよい顔が、今だけは月に照らされながら、孤独の冷たさにうちのめされていたやもしれない。
「――誰が送ってくれるのだろうな。」
溶けだしたやさしい黄金が、みるみるうちに内部からウミウシを固めていくのを見やりながら――。
黒い竜は、「人喰い」の終わりを、最後まで見届けることになるのだろう。
毒の海から引き上げた彼はきっと、しばらくその場から動けなかったに違いない。竜の眼の前で、――海獣は別れを哭いていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
水標・悠里
僕はただ知りたかった
なのに一番知りたかったことはもうわからない
だから飢えていたんですね
今さらあなたが何を食べようと食欲自体を否定はしません
人が人を手に掛けることの是非を私は否定できない
傍観。それが出来れば、こんなに苦しくはないのでしょうね
僕が欲しいのはその人となり
魂と呼ぶもの
刃を入れて切り出して、口にすれば甘露の如く
いくら食べても飽き足らない
僕が犯したのは耐えがたい罪だった
彼女が犯したのは許されない罪だった
――贄餐
さあ開宴の時、邪神を喰らえ
岡本慧、人の身に異質な心
あなたは生きたいと願いますか?
願いを叶える代わりに
僕が化け物(わたし)であるために
他者を殺し傷つけ(たべ)た、その罪をくれませんか
狭筵・桜人
人を殺したとか、化け物を喰っただとか。
そんなことで人が怪物になれるとか思っちゃいました?
あーあ情けないなあ。もう自我も無いじゃないですか。
苗床って言うんですよ、そういうの。
助けるように動きます。私は人の味方なので。
――『怪異具現』。浮遊し、自律する槍状のUDCを召喚。
埋められた岡本さんを避けて額を刺突。
そのまま力任せに周囲の皮膚を切り裂いて
岡本さんを取り出せないか試してみます。
武器を手放すと本体がガラ空きになるのが難点ですよね。
ウミウシが手だか足だかを伸ばしてきたら【見切り】で回避を試みます。
もしもの話。岡本さんが、もしも本当に怪物になれてたのなら。
妬けて殺そうとしてしまったかもしれません。
鹿忍・由紀
へぇ、あれでも一応生きてるんだ
終わらせるのは手っ取り早い方が良いなぁ
どっちみち死ぬんだし、と罪悪感はゼロ
犯人が人殺しなんてことも
沢山の命が犯人によって消えたことも
犯人がどういう死に方をするのかだってどうでも良い
弱いものが強いものに殺されることは道理だ
この世界では、それが悪いことみたいだけど
裁くつもりなんて微塵もない
ただ目の前の仕事を終わらせるだけ
敵の動きに対応出来るように距離を取って影雨で応戦
直感と見切りで動きを予測、回避
依代付近を出来るだけ狙って影雨を叩き込む
人間を殺すからにんげんじゃない、ってわけでもないよなぁ
この世界が作ったルールは生きづらそうだ
なんて、ぼんやりと考えながら降り注ぐ刃の雨
冴木・蜜
◎
あれが今回の邪神ですか
随分と大きく育てられたのですね
ですが大きいだけ
私はもっとうつくしい海の魔物を知っています
産声を上げて間もないですが
ご退場願いましょう
体内毒を限界まで濃縮
他の猟兵に襲い掛かる毒液を
身体を広げて庇い
代わりに受けましょう
……貴方如きの毒が
死毒の私に効くとでも?
そのまま身体を液状化
浴びた毒さえも濃縮に利用して
ウミウシの体を這い上がり
攻撃力重視の捨て身の『毒血』
その柔肉を融かし落とし
飲み込まれた彼を引き摺り出しましょう
…ゆめまぼろしの返礼です
私の毒に溺れて下さい
彼には人間としての終わりを
――彼は人だ
ばけものではない
ならば人として社会に裁かれるべきでしょう
ヴィリヤ・カヤラ
◎△
人間を食べる人間はばけものかな?人間かな?
でも、捕まってまた飢えるのは可哀想だから
ここで終わらせるね。
大きいから効果があるか分からないけど、
出来るだけ一カ所に留まらずに動くようにして、
その時には【跳飛】も使いながら動くね。
空中は隙が出来やすいから『第六感』も使って気を付けるね。
【ジャッジメント・クルセイド】で少しの目眩ましにはなるかな?
目眩ましになったかどうか判断する前に
『高速詠唱』の『全力魔法』の【四精儀】で
炎の竜巻を作って敵にぶつけてみるね。
敵のサイズに合わせるなら『属性攻撃』での制御も必要だね。
もし次があったら好きな物が好きなだけ食べられると良いね
矢来・夕立
◎△
黒江さん/f04949
人間を食べたことのある猟兵もゼロではないと思いますけど。
第三者に異常さの理解を求めたんでしょうか。
ひととひとだって分かり合えやしないのに。
けど、よかったですね。
人と獣とどっちつかずの命はここで終わります。
ナイフで殺せるところまでオレが持って行きますよ。文字通り。
【紙技・真奇廊】
『幸守』『禍喰』を踏み台にして《忍び足》で上空まで。
『封泉』を幾つか投げてみます。
毒液の除去なり、蒸着なり…体表を「歩きやすく」するのが目的ですね。
箱に続けて黒江さん入りの【真奇廊】を落とすので。
背中はご心配なく。少し遅れて《だまし討ち》がてら傍へ行きます。
…ついでに小指でも取ってきましょうか?
黒江・イサカ
◎△
夕立/f14904と
“わかる”よ、君の気持ち
なんて、無責任に言われたくないのかな
僕も小さいときは、みんな食ってるものが全然受け付けなくてね
君みたいに初めて食べたとき、具合悪くなんなかったときはなんかな、
ああ、そっか って 思ったよ
でも僕嫌いなものは食べないんだ 人間だからね
ねえ君、どうせ死んでしまうなら僕が食べてあげるよ
僕が殺してあげるし、食べてあげる
それが君にとって生き物の摂理だって―――思ってるんだろ?
そう、言わば僕ってば霹靂なわけ
君に降ってきたんだ …少し乱暴に
だって【運命】なんだもの そうだろ?夕立
見張りがいるけどちょっとくらい無茶、許してくれるかしら
彼のひとかけでも手に入れなきゃ
●
「ねえ、夕立。君のお友達、ああいってるけど。」
どうする?と呑気に問うのは黒江・イサカ(青年・f04949)だ。いつも通りの目深にかぶる帽子を指で少し調整しながら問う彼の声に、呪縛はない。君のやりたいように、やっていいんだぜ。とでも言いたげなふるまいは、人間らしくあり、少年らしくあり、無責任で在り、いざなうようでもある。
この男こそ、罰されるべきであり――誰にも罰されないのだろうな、と思いながら、矢来・夕立(影・f14904)はともだちの赤を見てから、すぐにウミウシへと向き直った。
「あちらはあちら、こちらはこちらですよ。」
イサカのやりたいこと。夕立のやりたいこと。友達の女神がやりたいこと。
どれも違ってしょうがない。だけれど、それが間違いだとは思えない。田舎ならではの広大な空に、無数の星が在ってそれぞれの在り方を示しているようでもある。ロマンチックな場所を死場に選んだなと夕立が赤を細めたのなら、「“わかる”よ、君の気持ち――なんて、無責任に言われたくないのかな。」とイサカがつぶやくように口からこぼしていた。
やけに感受性が豊かですね――なんて、冷やかしてやろうとしながらも、夕立は黙する。
「僕も小さいときは、みんな食ってるものが全然受け付けなくてね。」
イサカもまた、「そう」である。
それは病理からか、――病理なのだろう。イサカが「人間」である限りは「精神的な」ものだ。
いろいろな原因が考えられる。そも、異食症というのは発病の起因が多すぎる病でもある。純粋な栄養失調からくるものでもあれば、ストレスからの併発であったり、「普通であろうとした」反動で在ったりもするのだ。
イサカがどれに当てはまるかは、彼にしかわからないだろうし、彼もまたわかってほしくはないだろう。あくまで、彼は彼の尺度で語るがこの殺人鬼が何度も行きついた結論には覚えが在るのだ。
「君みたいに初めて食べたとき、具合悪くなんなかったときはなんかな、――」
巨大化しただけのウミウシは、毒の液をまき散らしながらそれでも生きることをやめない。
透明化し始めた頭に、その毒液が減ったことを知らせるように「ウキ」よろしく浮かび上がっているかの食人鬼の安らかな寝顔を見ていた。
「ああ、そっか って、思ったよ」
それは。
「そう」である己へのあきらめでもあり、納得でもあり、絶望でもあり、希望でもあるような心情であったことだろう。
それを語るイサカの表情は、月光を遮る帽子によって夕立にも見えない。
横顔を見ていても、声の震えを聞いていても、口元だけじゃわからないのだ。目は口ほどにものを言う、とはいけれど――だから、夕立は言葉を選ぶ。
「人間を食べたことのある猟兵もゼロではないと思いますけど。」
「慰めが下手だね、夕立。でも僕嫌いなものは食べないんだ、人間だからね。」
行くよ、とイサカが誘うようにして、砂浜を歩いていこうとするのならば夕立はそれについていく。
赤の瞳は、ウミウシを視るのをやめて、目の前のひとを見ていた。
――第三者に異常さの理解を求めたんでしょうか。ひととひとだって分かり合えやしないのに。
それは、とても無駄だな、と思わされる。現に、夕立の「ストレート」な言葉はこの彼には刺さっているようには思えないし、きっと彼の言葉だって夕立の横をかすめてって掴ませてくれないように、他人との理解、ひいてはコミュニケーションなんて「普通」でも難しいのに、「異常」ならこのざまである。
理解し合えたら楽だろうとも思うし、理解し合えないからこそ言葉を交わすものであるから――やっぱりこのウミウシに愛されているかの「どっちつかず」は「どっちつかず」にしかなれないのだろうな、と思わされていた。
「ねえ、夕立。言わば僕ってば彼の霹靂なわけ……少し乱暴な」
皆が争う音を聞きながら、イサカがその方向へ視線を向けていた。
「あまりそういうことを言わないでくださいよ。妬きます。」
「妬くの?」
「嘘です。」
【紙技・真奇廊(カミワザ・シンキロウ)】によって黒の立方体へ納められた愛しき天啓を両方の手で抱く。
夕立は、きっと何が嘘で何が真なのか、この男の隣にいるときからきっとわからなかったやもしれない。「どっちかつかず」なんて笑ってやることができなくなるくらいに。
砂浜には、二人が歩いていた足跡があって――途中から、夕立のものだけが残る。それがまた、切なくて、直視したくなくて夕立も突き動かされるようにかのウミウシのところまで、己の式紙たちで空へと逃げ出していた。
●
「人を殺したとか、化け物を喰っただとか。そんなことで人が怪物になれるとか思っちゃいました?」
蒼い稲妻と、体に黄金を満たされ、今もなお体を焼かれ刻まれる海獣は、いたるところに体当たりを喰らわせてやろうともがくけれど、体が大きい分だけ動きがあまりに遅い。
漸く体を丸めるということを思い出したようで、ぎゅう、と人間を抱きながら海面を転がるさまは、多少知性があるように見えた。それは、「ともだち」の知恵だろうか。
狭筵・桜人(不実の標・f15055)は、かの存在を見てやりながら、ため息を一つつく。
「あーあ情けないなあ。もう自我も無いじゃないですか。苗床って言うんですよ、そういうの。」
潮風がうっとうしい。
痛みそうな桃色の髪の毛を掌で何度も払いながら、かき上げて――対象をにらんでいた。
化け物になりたがる彼は、いっそ哀れである。邪神というものを甘く見ていたのであろう。こういった超常の存在たちと、「共存」などは、お互いのことを認知できないときしかできないのをよくよく桜人は知っている。
彼こそ、「元」UDCエージェントであり、数多の捕獲したUDCの使い手であるのだ。この手の手合いの考えることも、観念もよく「視て」きた。
「へぇ、あれでも一応生きてるんだ。終わらせるのは手っ取り早い方が良いなぁ」
欠伸交じりに、暴れるウミウシを見あげていたのは鹿忍・由紀(余計者・f05760)だ。
いつでも満点を狙わない彼は、どっちみち死ぬような食人鬼の未来などは考慮してやらない。
死ぬのが早いのがいいのか、遅いのがいいのか――なんていうのは些細なことだし、どうせこれほどの猟兵たちの攻撃からは逃げ切れるはずもないだろうと見切りをつけていた。現に、猟兵たちがわへのダメージは極めて少ない。
この食人鬼が人殺しだなんていうけれど、もっと言うのなら「由紀のはんぶん」はそういうもので出来ている。
だからこそ、こんなことはどうでもいいことだった。彼の視界の端にいる桜人の声からも全身からも怒りが満ちているさまを見る限り、「あの行為」が「この世界では悪いこと」なだけで、由紀はもとより裁いてやる気もない。そこに発生する責任も面倒だし、――仕事が終われば、それでいいのだ。
みんな盛り上がってるな――なんて思ってしまうのは、彼こそ「余計者」だからであろうか。
そんな由紀に同調するように、「わあ、」と声を漏らして海獣を見上げたのはヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)である。
「おっきいねえ。――人間を食べる人間はばけものかな?人間かな?」
どっちだと思う?と聞かれれば、「さあ」とあいまいな返事を返しておく由紀なのだ。
ヴィリヤもまた、由紀と同じくダンピールの女である。「人間を殺すからにんげんじゃないっていうわけでも、ないよね。」と彼の思考の端に浮かんだフレーズが口から出たのなら、ヴィリヤも頷いていた。
「人間って、こだわっちゃうのかなぁ。」
己も半分は人間であるけれど、ヴィリヤは己という存在にこだわっているようには思えない。それはきっと、由紀だってそうだ。
「でも、捕まってまた飢えるのは可哀想だからここで終わらせてあげたいね。」
それには――。
普段サプリで栄養を取っているような由紀にこそ、空腹というのはよくわからない衝動ではあるが、「衣食住」なんて言う限りは取り上げられてはいけないものなのだろう。「そだね。」と短く返した由紀は、己に迫りそうで引き返していく勢いのある毒海からの波をぼんやり見ていた。
「いけません、――ちゃんと生きて死ぬまで地獄を味わってもらいます。」
触れてはいけないものに、触れてしまったのだから償わねばならない、というのは桜人である。
UDCエージェントである彼の言葉に、「そうなの?じゃあ、そうしよっか!」とからりと掌を返して見せるヴィリヤには、由紀も少し考えてから「じゃあ、そっちで。」と巻かれていた。
「私は人の味方ですからね。」
「それは、心強いです。」
月の光を受けながら、顔に影を落としていた桜人に声をかけたのは、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)だ。
「――随分と大きく育てられたのですね。」
かの海獣は、大きいだけである。
「たいしたことないと思いますよ、動いているの見てますけど、知恵はなさそうですから。」
あきれるような桜人に蜜もまた、然りと頷く。
蜜は、このウミウシよりももっと大きくて美しい海の魔物を知っている。
この知性のない生き物が、我こそ海の王であるといいたげに海を荒らすのは正直なところ不快極まりなかった。
「産声を上げて間もないですが、ご退場願いましょう。」
毒性の海に恐れも抱いてなさそうである黒油の彼が冷たく言うたのならば。
ヴィリヤも、由紀も、桜人も、各々の戦闘態勢でウミウシを待ち受ける。そこにある敵意に気づいたのか――邪神は、なりふり構わず突撃をしていた。
「来ます。」
小さく言い放った桜人の一声と共に、天井に展開されたのは――【ジャッジメント・クルセイド】だ!!
ヴィリヤから放たれた無数の十字は、視界のないウミウシの目くらましにはならないが、虚をつくことは出来る。動きにためらいが出たところに、ほかの猟兵たちが実証した事実である「炎に弱い」という点を脳内で組み込んだのならすぐさま【四精儀(シセイギ)】が彼女の突き出した手から放出されていた!!
ごう、と立ち上ったのは炎の竜巻である!!
「あれ、人がいる――?」
そのまま、炎の龍が――ウミウシを飲み込もうとして、「縛る」ように姿を変えていた。
続けざまに【影雨(シャドウレイン)】を展開した由紀も、驚いた様子もなく的確に己の牙を夥しくも複製したのなら、人影が見えたところ以外を突き刺していった。
「いるね。助けに行ったかな。」
「じゃあ、援護してあげたほうがいいね!」
冷静な視線のある由紀が言うたのなら、間違いあるまい。海岸から動かぬままヴィリヤもまた炎の龍に命を注いでいた!
ごうごうと燃え盛るウミウシが、悲鳴ともいえぬ鳴き声をあげて炎から逃れようと必死でのたうっている。火だるまにはなるまいと思いながらどうにか逃げようとすれば、たちまちダガーに貫かれてぶるぶると海綿体が揺れていた。
「もし次があったら好きな物が好きなだけ食べられると良いね。ほら、ケーキとかさ。」
そこ、人間じゃないんだ――と由紀がヴィリヤの哀れむ声を聴きながら思わされたのは、やはりこの食人鬼への僅かばかりの同情だった。
この世界が作ったルールは生きづらそうだ。命の数が多いのに、自由に在ってはいけないのが常だという。
「だる。」
夜空を今でも好きに輝く星たちを、美しいというのに――空を狭めてしまう生き物たちのいる世界には、由紀も生まれたくはない。
ナイフがすべて着弾していったのを確認して、彼もまた一つ大きく伸びをした。
●
ウミウシの上部にて。
「いや、障害物マラソンってどういうクソゲーなんでしょうねこれ。イサカさん、もしかしてこうなるってわかってました?」
数多の猟兵たちからの攻撃を避けながら、夕立が言う。
彼の両手に在る黒の箱からは、応答がない。【封泉】で爆風を起こして仲間たちの攻撃を防ぎながら、忍びの彼は走っていく。
飛び跳ねるしぶきが彼の服を焼いて、真っ白な手を焼くけれど――まあ気にしてもいられないのだ。傷つきたくなければ、この手の中にいる愛しき人を運びきってやればいい。
イサカは、彼に会いたいのだという。
「これ、俺が霹靂だと思うんですけど。」
夕立が愚痴りながらも成し遂げてくれるから、イサカは今もおとなしくその黒の中にいるのだ。
らくちんだねぇなんてとぼけているのか、はたまた応援してくれていたりするのかはわからないが――顔だけを浮かせて、ウミウシの頭頂部に手黄金に浸される彼を視認できたから、そこに黒い箱を投げてやったのである。
「いってらっしゃい。」
軽く投げられた黒はきっと、おそろしいほど美しく、てんてんとウミウシの額へ転がっていく。
黒の中で、青年が考えていた理論は、こうだ。
どうせ――かのカニバリストはすぐに殺される。ここで猟兵たちが未来のためになんて仰々しくやらなくたって、そうなるのが常だ。
では、かのカニバリストの「けもの」はどうやったら救われる?イサカの頭の中は彼を救うことでいっぱいだった。
「けもの」であることをわかってほしかったけれど、こうして「けもの」を善意で諦めさせられる彼が悲しい生き物に見えてしょうがない。ならば、どうしてやるかといえば――。
イサカは、巨大なウミウシの上へ降り立っていた。
月は高いところに来たって、大きく映ったりはしないなあと思いながら、すっかり高くなってイサカの影を伸ばしてばかりの光に目を細める。
それから、額の向こう。まるで硝子一面むこうのような厚みに、探していた「けもの」がいた。
「ねえ君、どうせ死んでしまうなら僕が食べてあげるよ。」
それこそ、彼が見出した彼への「救い」である。
イサカがまるで、ずうっとほしかったおもちゃを見つけたような声色で、それでいて顔はどこまでも慈悲ある表情で柔らかく笑みながら続ける。
「僕が殺してあげるし、食べてあげる。」
ささやく声は、まるでいとしいひとへのそれのように、ゆったりとしていて穏やかだ。
さざ波よりも心地いい音で、眠る彼の顔を見ていた。しっとりと毒でぬれた彼の顔は、荒れ始めている。ああ、――かわいそうに、だなんて思って。
「それが君にとって生き物の摂理だって―――思ってるんだろ?」
そういう【運命(イザナイ)】が欲しかったのだろう。
ナイフをそこにつきたてながら、イサカが恍惚めいて、達成感を得ながら語るのを――夕立も見ていた。彼に降り注がぬよう、その可能性がある味方の攻撃は届く前に払い落としておく。イサカに夢中で、己の体を針が貫いても、気にしないようにしながら。
――いいや、気にする暇がないのだ。彼に殺されるであろうカニバリストが、羨ましくもあったから。
●
ウミウシは、頭頂部での異変をよくよく悟っていた。
どうしよう、どうしようと喚くように首を振りながら、暴れて――高波をつくりながら桜人と蜜へと突進をかけてくる。
「任せていいですか。」
「ええ――もちろん。」
蜜は、不定形だ。
ぶわりと片腕が黒く広がった。本来黒油である彼の部位は、「ヒトの形を保つほうが」難しい。
波の形をした毒の塊どもを、まず蜜が盾となったのは「その点において」自身が在ったからでもある。
「……貴方如きの毒が、死毒の私に効くとでも?」
海よりもずっと、冷たい声を絞り出した蜜である!
【毒血(ギフト)】――彼こそ、毒でありながら薬で在るものであった。この邪神程度の毒程度彼の前では、赤子よりも幼く質が悪い。
未だ己の毒性を凝縮し高めながら、口からぼとぼとと黒を吐くさまを見せつけながら彼の「顔」は「溶けた」。
それから、黒の粘液たちは突撃を仕掛けるウミウシの顔へと飛びついていこうとする!!
――その瞬間に!
「【怪異具現(ストレンジ・コレクション)】」
桜人を護る黒壁が――蜜が、溶けてウミウシへと向かいはじめたときに、海へ先に飛び出したのは浮遊する槍であった。
これも、UDCであると桜人は云うだろう。自律するように動くそれは、桜人が命令する必要なくウミウシへと照準を合わせる。ならば、と毒の粘液になった蜜がそれに絡みついて、共に放たれていく!!
目指す個所は、やはり核であろう「額」の番号だった。
死の刻印が刻まれるそこを痛めつけられてからというものの、このウミウシはあっという間に勢いを衰えさせたものだからわかりやすい。
こうも、わかりやすい――邪神を「逃がしてしまった」彼には、軽蔑と安堵を抱く桜人がいる。
どう、と勢いのいい音がして。
ウミウシの体がこわばる。放り投げられる人影を見た。
――よく知った忍者がその人を受け止めて、また砂浜へと戻っていくだろう。
「…ゆめまぼろしの返礼です。私の毒に溺れて下さい」
槍が着弾した個所から、ウミウシの体内を溶かしていく蜜が居た。ドロドロに溶けていく体はもはや再生も追いつかないらしい。
しかし、死に至らしめることが蜜の目的でなかった。――粘液は狂気に囚われた一人の男だけを溶かさないまま、傷口から染みこんで彼をあらわにさせていく。
その顔が、やはり人間のままのそれであったから桜人は安心したのだ。
もし、この彼が――「何物にも成れない」どうしの、かのカニバリストが本当に「怪物」に成れていたのならば、桜人は嫉妬に狂って殺してしまうやもしれぬ。
人殺しなど不誠実なことを言われるには、まだ早い。憧れへの痛みを知るのも、まだ怖い。
「はは、――よかった。」
渇いた笑みは、きっと誰に向けたものでもなかったのだろう。
黒の流動体が、ウミウシから彼を――人間の体を形どった己で引き上げていたのを桜色が見守っていた。
ヒトとして、社会に裁かれるべきである。
ヒトの体で在る限り、ヒトはヒト以外にはなれない。この黒油の彼がいくら人間ぶったって、人間の体を保てないのと変わらないように。
蜜が――どろどろになりながら海を渡ろうとしたから、迎えに行ってやった猟兵が居た。
●
できることなら、傍観をしていたかった彼が居る。
ただ、知りたかった。
彼をこの戦場にとどめたのは、きっとその衝動だけだ。食欲と同等くらいに、彼を突き動かすのは知識欲である。
人を食べる彼のことを否定できるほど、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)はよくできてはいない。
――むしろ、一番知りたかったものすら、もうきっとわからない。彼の知識欲はきっと満たされなくて、胃がなくとも脳はいつだって飢えてしまうだろう。
それを、彼に置き換えれば同じことだ。
この彼だって、きっと誰かを知りたかったし、知ってほしかったのだと思う。
海から引きあげられた存在を受け取って、悠里は小さな体で黒油の彼と共に男を運んでいた。
両腕を握って、脱力した彼を海の力を借りながら砂浜へと寝転がせてやる。息もあるし、心臓ももちろん動いている。熱はだいぶ低いから、温めてやる必要があるだろうと――ほかの猟兵たちが動くのに、悠里はずっと、この眠る彼と向き合っていた。
悠里の脳が、何に飢えているかといえば、魂である。
この生き物の人となりを知りたくなってしまう己が、この期に及んで正直で嫌気がさしそうだった。自嘲めいた笑みになってしまうのも致し方なかろう。どこまでも――ああ、どこまでも己はきっと救えない生き物なのだと思い知らされていた。
この彼が、「救われようとしている」から、余計に。
悠里が犯したのは、このカニバリストよりもずっと耐えがたい罪である。
悠里の愛しい姉が犯したのも、同等のものである。
こんな時になってまで、己と己らのことばかりを考えてしまう頭の愚かさに、いっそ獣で在ったほうがよかったと思わされてしまうのだ。
海で踊り狂うように暴れる生き物のように、何もわからなくて、考えられないほうがいっそ――よかった。
「岡本慧、人の身に異質な心。あなたは生きたいと願いましたね」
助けてくれ、と願ったという。
死の間際に生を望むのは、生き物として当然のことだ。そこに人間であることも獣であることも関係ない。
――己は、姉をかたどる醜い己の本性は、死の間際にもそういうのだろうか。
生きたい、知りたい、もっと理解したいなんて傲慢なことを彼のように言えるだろうか。醜い鳴き声がでて終わりはしないだろうか。
魂の味が忘れられないのだと、この彼も助けたところで言いやしないだろうか――?
長い時間をかけるやもしれないし、いっそ首に縄がかかるまでにこの獣は食べれるものがなくて死ぬやもしれぬ。
それでも、――まだ、己よりは救われてくれるような気がして悠里がゆるりと双眸を細めたのだった。
どうして笑ってしまうのかもわからないけれど、それはきっと、「僕が化け物(わたし)であるため」の方法だったに違いない。
「――願いをかなえる代わりに、他者を殺し傷つけ(たべ)た、その罪をくれませんか。」
【鬼業『贄餐』(キゴウ・シサン)】。
夥しい量の黒蝶が舞う。その鱗粉をまき散らせながら、彼らは真っ先にウミウシを狙っていった。
ぎゃああと喚く醜い獣は、きっと――彼自身の獣性に違いないと信じて、その魂を貪り喰っていく。人を喰らい、ひとで生きて、ひとで出来たそれを食べさせて己の糧に変えてやる悠里が、恍惚としたため息をついて――眠る慧の頬を撫でてから。
「ごちそうさまでした。」
耳元で、そっと囁いた。きっと、海の音よりも――おそろしく、静かな声で。
●
「小指いっぽん、かぁ」
「文句言わないでください。何なら次は耳にでもしますか」
「何も言っちゃいないよ。」
貪り喰われるウミウシが、手にした彼の右の小指いっぽんと同じ大きさに見えるくらいまで、海から退いた彼らがふたり。
テトラポッドの上で、のんびりと座っていた。
イサカが手にした小指が、思ったより――人間のそれであったから。
やはり夕立は、心のざわつきを抑えられないままに、きっとウミウシの果てを視ただろう――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
霑国・永一
◎
【花の涯】
あれは人なのか化け物なのか、どっちでもいいさぁ
人であれ化け物であれ、どちらも『慧』という個
俺たちはその個を消す。それだけの話だよ(女将さんちらり。人と鬼の狭間に揺れてる此方もまた1つの個。なんで人に拘るやら)
あ~首が痛くて力が出ないなぁ(棒読み&笑)
狂気の速刃発動
伸縮してきた肉体を躱しつつ刃で切りつけ、その速度を盗み続ける
盗んだ速度を纏い、相対的に相手が大分遅くなったら斬る回数をどんどん増やして攻めに転じる。回避にも速度を上乗せしておく
せっかくなので女将さんの道を文字通り切り開こうということで、女将への攻撃の露払いして突破口を
いやぁ素直に褒めてくれてもいいのになぁ
女将さんらしいけど
千桜・エリシャ
◎
【花の涯】
私が欲しいのは御首だけ
どんな事情を抱えていようと関係ありませんわ
…なんて
それは表向き
本当は他人事とは思えなくて
人の味を憶えてしまった化け物は退治されるのが人の世の道理
いつか私も…
嗚呼、今だって先程の味が忘れられない
自然と視線は永一さんの首筋へ
…いけない
何にせよ、私は御首をいただくだけですわ
図体が大きいのなら解体して小さくして差し上げますわ
生命力吸収を載せた剣閃を更に2回攻撃で増やして
いくら力を増そうと動けないんじゃただの置物でしてよ
露払いだなんて
本当に戦闘に於いては殊勝ですこと
味方にしておけばこれ程心強いのですから
…褒めたわけではありませんからね?
頃合いを見て首を斬り落としましょう
ユエイン・リュンコイス
◎救い、人として裁く
自分はバケモノ? 人とは違う?
成る程、成る程…『ありふれている』ね?
相手は巨大だけど、今回は機械神ではなく普段通りに…人の形をしたモノとして挑もうか。
戦場は海だから【メカニック、武器改造】で機人の脚部へ手早くスクリューを増設。機人が【グラップル、カウンター】で打撃を叩き込みつつ、ボクは観月で支援射撃。相手の動きを【見切り】、【フェイント】混じりに避けよう。隙を見て、UCを叩き込む。
犬が自らを犬と呼ぶのかな。
鳥が己を鳥と言い聞かせるのかな。
否、だよ。自らをバケモノと呼ぶのは、バケモノ以外だけさ。
つまり君は…只の人間だ。
それ以外に成れはしない。
だから、人の法で終わるべきだよ。
霧島・クロト
◎
図体がでかくなってくれた方が……残念だがやりやすい。
【高速詠唱】から【指定UC】。
瞑目から向き合うのは蒼の瞳。
【残像】をばらまきながらの【空中戦】。
氷の波動を武器に纏わせながら【属性攻撃】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】を仕掛けて肉を削ぎとる様に。
……核は……いや、あいつは『生かす』か。
……ばけものと思い込んでる『人間』は。
「――お前は『ばけもの』かも知れないし、人もそう言うだろうかもな。でも」
「――その身体は人間のままなのさ、アンタは『ばけもの』になりきれちゃいない」
鳴宮・匡
◎
お前はきっと、人間だよ
「ひと」と違うものであることに
それなのにどこまでも「人間」でしかないことに
そんなにも、苦しんでしまうんだから
自己欺瞞かもしれない
そうであってほしいという願望かもしれない
彼が人間でないなら
俺は、――もっと、化け物に違いないんだから
海面には近づかずに戦いを運ぶ
伸縮速度、距離、放たれる毒の射程
波の高さや飛沫も計算に入れるべきか
意識的に庇う所はどこか
どこへの攻撃が有効か
味方の戦う様も眺めながら
観察し、分析していく
そうして捉えた急所を
【千篇万禍】の牙は、決して違えない
自分の全ては、殺すための最適解から外れることはない
俺には“救えない”――
解り切ったことだ
……痛くなんて、ないよ
ヌル・リリファ
◎
(意識を切り替える。
先程の体験は少女の心を消耗させていたが人形は戦闘中にそれを表に出しはない)
わたしは人間になりたいとおもわないから。ひととして死なせるほうがよいことなのかも慧さんがひとでありたいのかもわからない。
ただ、それでもどうするべきなのかは明確だから。
(たいあたりをUCのみがわりでうけそのまま爆破)
殺すよ。慧さんがどうおもっていたとしても。
どちらにしろ死ぬならたすけるのは必須ではないことで。
そんなことで、わたし自身にもどうしたいのかよくわからないような感傷で、てまどることはわたしがわたしにゆるさない
人形はマスターがきにしないなにかを理由にてをにぶらせることのないものであるべきだからね
花剣・耀子
◎△
あたしは、ヒトを喰うものが嫌いなの。
嫌いよ。
邪神のおまえは此処で殺すわ。
必要経費よ。腕の一本くらいくれてやる。
左腕に呪詛を籠めて籠めて籠めて籠めて、
体当たりをしてきた躰に突き刺しましょう。
ねえ、食べられる?
そう産まれて、そう在ったなら、仕方がない。
そんなふうに諦めたって、生きたかったから食べたのではないの。
おまえの善悪も罪罰もあたしが計れることじゃないけれど、
目を逸らそうとしているのだけは赦せない。
――なりたかったものになんて、ならせてあげない。
左腕を喰わせた隙を衝いて、慧の周囲の邪神を破壊するわ。
嫌いなものを一度殺しただけで赦すとでも思ったの?
ヒトのおまえは、ちゃんとヒトに殺されなさい。
●
小指一本喪って、毛布でくるまれてなお幸福の夢から目覚めない男を、一匹の鬼が見下ろしていた。
罪を食われて、己に寄生した邪神まで喰われて――なんだ、最後に幸せな目に合うたではないか。
「あたしは、ヒトを喰うものが嫌いなの。」
花剣・耀子(Tempest・f12822)は、絞り出すような声で繰り返す。
「嫌いよ。」
蘇りそうな暗い思い出をかき消しながら、彼女は海を見た。
もう、邪神は永くないだろう。すっかり小さくなり始めて、ぐちゃぐちゃになった頭部をあらわにしたまま海を彷徨う姿は――亡霊のようである。
哀れに思うのも馬鹿らしいし、そんな価値もあるまいと耀子が砂浜を蹴って攻めにいくのを、邪神への最後の攻撃を仕掛ける猟兵たちが見ていた。
ざぶざぶざぶと海を蹴りながら吠える黒曜石のような女が、夢から醒めない彼に背を向けたまま毒の海に足を焼かれている。
「そう産まれて、そう在ったなら、仕方がない。そんなふうに諦めたって、生きたかったから食べたのではないの。」
この耀子に、この罪人の善悪も罪罰も推し量れぬ。
犯した罪は大きかろう、殺した数は多かろう、しかしそれが彼にとっては生きることに必要なものであるとしたのなら、責めようにも耀子には攻めれなかった。
だからこそ、今。猟兵たちの善意でこの場においては苦しまぬように眠らされている彼に腹が立つ。
「――なりたかったものになんて、ならせてあげない。」
起きろ、起きろ、目を逸らすなと言いたげに。
絞り出すような耀子の声は、きっと悔しさと腹ただしさに満ちている。嫌悪は、目の前の邪神にだけ向けられていた。
耀子は猟兵だ。だから、誰かを裁くなんてことは出来やしない。――だからこの悔しさだって、別の形で晴らしてやる。
毒でじくじくと痛む両脚のことなんて、必要経費だと思えば苦にもならぬ。そのままウミウシめがけて、跳躍するころにはいつも通り花嵐の女の姿へと変わっていた。
自分は化け物で、ひととは違うと、この眠る青年は叫んでいた。
「成程、成程。――『ありふれている』ね?」
こういうものは、そういうのだろうと言いたげに、ユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)はのたまう。
「間違いねェよ、『ふつうの人』だ。」
それに同意を示すのは、霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)だ。機械パーツをむき出しにしている彼の体をまじまじとユエインが興味深そうに見るものだから、苦笑いをする。
そも、この眠る青年は大きな勘違いをしているのだと二人して同じようなことを思っていた。月光の下で、人形と機械が顔を合わせる。
「只の人間だ。それ以外に成れはしない。」
そう結論づけるユエインには、きわめて論理的な思考が在る。
犬が自らを犬と呼ばないで、どうやら意識の中ではヒトに飼育されている個体は「ヒト」だと己を認識したりもするように。
鳥が己を鳥と言い聞かせたりはしないで、どうやらヒトに飼育されている個体が「ヒト」を「鳥」だと思ったりするように。
――自らをバケモノと呼ぶのは、バケモノに寄生された人間だけがそういうのだ。
人間は、大変頭がいい。ユエインも知っているように、可能性が未知数だ。
このユエインを造ったのも、人間であるし、黒い体を月光に照らされる、気高き狼のようなクロトだって人間の手によって作られている。工程や作業はともかく「アイデア」は紛れもなく人間たちのものだ。
だからこそ、頭がよすぎる故に個体ごとの感性というものに多様すぎる幅が生まれてしまうのはいっそのこと弊害ともいえる。
機械のように情緒までコピーできるのなら、きっとこのようなカニバリストは生まれたときに「上書き保存」のコマンドを選択されていただろう。眠る彼の額にまとわりついている、長い前髪をそっと掌でかき分けてやるユエインだ。
ひとにつくられ、ひとから生まれ、――頭がよすぎて、いっそ呪われた彼の頭部をまじまじと見つめてやる人形の無機質な瞳が在ったことだろう。
「だから、人の法で終わるべきだよ。」
「あア、――そうだな。」
クロトもまた、ひとを見ていた。
穏やかに眠っている顔は、何処までも「無垢」にも思える。
無垢で純粋だからこそ、きっと悪意には弱かったのだろう。人間の心というのは、純粋であるほど脆くてエラーを吐きやすい。
「――お前は『ばけもの』かも知れないし、人もそう言うだろうかもな。でも」
己のように、機人でもないのだから。
「その身体は人間のままなのさ、アンタは『ばけもの』になりきれちゃいない」
己が、ユエインのように理論で彼を理解できないのはしょうがないと思っている。
どこまでも冷たい体は、機械だというのに――心に在るのは焼けこげそうなほど熱い感情ばかりなのだ。
なり切れない、というのは辛い。そんなことは、クロトだって今もわかっている。どうせ明日終わるかもしれない命だけれど、それでも未来と「きょうだい」のために彼はきっと熱い心を冷たい氷で隠しながら歩いていくだろう。その道は、きっと地獄だ。――だから、脆い「ひと」にはこれ以上を歩ませない。
「行こうぜ。」
「ん。」
ユエインが操る黒の機人が、潮風によるダメージを受けていないことを確認している。
今日もどうやら黒鉄の調子はよろしい。満足げな顔でユエインが頷いたのなら――クロトは、足裏に魔力を集めて、凍える空気を纏いながら飛んでいった。
そのさまを見ていながら、己の在り方を考えさせられそうになるのを「切り替える」ことで防ぐ少女人形がいる。
ヌル・リリファ(出来損ないの魔造人形・f05378)は、心を消耗させはしたが――「戦闘用」に切り替わることで、すっかり冷静さを取り戻していた。
じくじくと痛んでいた胸も、形容しがたい未知なる嫌悪感も、今は関係ない。
この人形は、人間になりたいなど思ったことは無いのだ。人間になってしまえば「マスター」の「人形」ではなくなってしまう。
まだ、親が在りながら行方の分からぬ物体で在ったほうがマシであるし、この殺人鬼の「ばけものになりたい」という根幹――変身願望というのはよくわからない。そも、ヌルは「マスター」を愛しているけれど、彼は愛していない時点できっと、分かり合えることは無かった。
それでも、そんな疑問に時間をさいてやるのはきっと無駄だろうなと思わされるのは、彼女が人形だからだろうか。
それとも。
「人形はマスターがきにしないなにかを理由にてをにぶらせることのないものであるべきだからね。」
「人形である」ことに、呪われているのだろうか。
自分に言い聞かせるようにして、――かの邪神へと向き直るヌルである。
「殺すよ、慧さんがどうおもっていたとしても。」
皆があの邪神を殺しに行く。慧のことは殺さないとした。
だから、ヌルもそうするだけだ。かの邪神が彼を寄生して大きくなったというのならば、間違いなく彼の「負」がすべてああなのだろう。
満月を隠せないほど縮み始めていたそれを、この慧は「ともだち」と認識していたらしかったが、もう関係あるまい。
目が覚めたときに誰も理解者が居ない孤独のことなど、ヌルには考えてやる余裕も、きっと、時間もなかった。
「図体がでかくなってくれた方が――残念だがやりやすい。」
まず真っ先に、彼へたどり着いたのはクロトだ!
放たれる【氷戒装法『破軍の執行者』(ヒョウカイソウホウハグンノシッコウシャ)】は、彼の瞳を真っ青にして――その体を白銀のものへと変えていく。氷を宿した瞳にはどこまでも冷たい力が宿っていて、掌から放たれる波動でたちまち毒の海は氷づいていた。
「ありがと。」
それを生かして、脚を焼かなくなったのは耀子である。
切りかかろうにも、どうにもこうにも深度が邪魔をしてしまう。攻撃をしようにも踏み込んでから飛び上がるまで――水から抜けるまでで余計に体力を消費してしまってばかりであったから、助かったのだ。
そのさまにサムズアップを一度、軽く返してから――クロトは連撃を放っていた。身体を凍り付かされてウミウシは動揺し、耀子へと一直線にむかっていく。
誘導させられているだなんて思いもしない、憐れな大きすぎるだけの海獣に同情はなかった。躊躇いなく耀子は己の左腕に呪詛を纏う。
「――ねえ、食べられる?」
おぞましい。
無数の彼女の悪意と、それから――殺意がその腕に込められた。
使用するコードは【《天羽々斬》(ナイトフォール)】だ。本来ならば刀の鞘を使ってやるべきだが、今の耀子は耀子自身の鞘である。
「ひと」を殺さずの一撃だった――。
呪詛を纏った左腕で、海面を割りながら――ウミウシを貫く!!
このウミウシが人食いの彼をつくる負のすべてだというのなら、それをすべて砕いてやろうという黒曜の決意が在った。
――化け物になんてしてやらない!
「ヒトのおまえは、ちゃんとヒトに殺されなさい。」
呪詛に腕を焼かれる。胎に大穴をあけられて、ウミウシは絶叫する。
ぼどぼどと体から毒を溢れさせてしまうのならば、それはクロトが氷で防いだ。ただでさえ耀子の左腕は目も当てられない。無茶をするな、と思わされたがその顔が冷静で在ったのを見て、これが彼女の意図であったのならば止めてやることもないと思った。
現に、己の体にはどんどん霜が降りていく。冷気で身を凍らせながらも戦う狼の己だって、そうかわらないか――と苦笑いをひとつした。
「そら、次だ――!!」
呆ける暇なく、ウミウシに氷を放つ。
まるで尻を蹴られた牛のように、海獣は暴れ狂った。直線に奔る先には、ヌルがいる――!!
「――【虚水鏡(ウツロミカガミ)】」
ささやくような、声で。
体当たりを仕掛けてきた巨体を、「みがわり」のヌルが受ける。
その「みがわり」はヌルに搭載された魔力を少しだけ削って顕現したから、不出来であっけなく散っていく。そして、――爆発!!
自爆させる、痛みを代わりに引き受けるものとしてもとより作る予定で在ったそれが、文字どおり爆散して見せたのだ!
ウミウシの顔面は、まるでイソギンチャクのように開いてしまった。煙を立ち昇らせながらくらりとするさまに、ヌルが微笑む。
「残念だったね。」
ああ、よかった――と安堵した顔で在ったのは。
・・・・・
こんなことで心を揺らされてしまうような、失敗作ではないと――想えたからだろうか。
それから、機人の脚部にスクリューを搭載させたユエインが彼を放つ。
躊躇いなく黒鉄が海よりもずっと深い黒で月光を纏いながら、その巨体に衝突した!!
ぱぁん、と大きく海面が弾けて、ウミウシとも言えなくなりつつあるそれを転覆させることに成功したのを、多用途支援蒸気機甲具『観月』から悟ったユエインが居ただろう。
「いくよ。」
合図一つ。
己の黒に合図をしたのなら、【絶対昇華の鉄拳(サブリメーション・インパクト)】は成就された!!
きゅいい、とガジェットがエラー警告を吐き出したのを、少しうれしそうに眺めているユエインである。
高熱反応、化学反応――赤文字での警告。いつだって、可能性とは人と機械が織りなす芸術だ。
「凍らせたうえで熱を加えると、――爆発するのだってね。」
爆 ぜ る――!!
きらきらと、氷の粒を降らせながら――海の上で水しぶきの柱がたったのだった。
●
アレが人なのか、それとも化け物かなんていうのは、どっちでもいい。
「私が欲しいのは御首だけ。どんな事情を抱えていようと関係ありませんわ」
「仰せのままに、女将さん。」
千桜・エリシャ(春宵・f02565)は、己の思うがままのことを言っているようなふりをする。
――本当は、他人事には思えていない。
人の味を憶えてしまった化け物は退治されるのが人の世の道理である。どんなおとぎ話だって寝物語だってそうしてきたし、それは教養のあるエリシャが実際読んできた本のどれにも書いてあったことだ。
いつか――己も、消されてしまうだろうか。
だって、隣にいる彼の味は忘れられない。
エリシャが今に至るまで狂わされたのは、後天的だ。この彼が狂わされたのも、紛れもなくそうである。
二人とも「被害者が加害者」になったパターンが適用されて、どうにも――己の行く先を見てしまったような気がしていた。
いつか、己がこうして未来を救うことに反した所業をしたのならば、今首を求める己のような誰かに、同じようなことを思わせて、そうされてしまうのだろうか。
思慮深い顔をしている――本人は無意識なのだろうから、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)は、この女将のその情緒はよくわからぬ。
「人であれ化け物であれ、どちらも『慧』という個。どんな形であれ、俺たちはその個を消す。それだけの話だよ」
つまり、目の前の邪神を殺すだけ。
とても事件の解決はシンプルで、やりやすくて、きっとわかりやすいはずだというのに。この女将は――どうにも「ひと」というのにこじれやすい。
ひとの情と鬼の情に挟まれて揺れ動くのも、また興味深いがそこまで悩まされるようなことだろうか、だなんて思ってしまうのは、紛れもなく永一が「ずっと」狂っているからで生まれながらにして「加害者」であるからだろう。
「あー、首が痛くて力が出ないなぁ」
「永一さん。」
なまけようとする己をぴしゃりと律する声に「そうそう、それそれ」なんて返してしまったのは。
――この女将がかき乱されるのは、きっと面白くなかっただけのことであろう。
「そんじゃあ、ご期待に添えようかぁー―」
【盗み斬る狂気の速刃(スチールスピード)】!!
氷漬けになった海面を滑るように走っていく永一の速度が、巨大なウミウシを刻んんでいく。一度刻むたびに速度を上げ、もとより遅い生き物であるこれの速度を奪っていくのである。
――盗み放題だ。
その代わり、得れる速度もさほどないのだけれど――永一には関係ない。
盗めるだけ盗んで、誰の目にも囚われないような速さになったのなら躊躇いなく刃を突き立てていく!!
氷に刃を這わせながら、滑りと己の加速を生かした一撃はまるで、道の塗装をしているようだった。つるつると滑りやすくなっていく海面に、すっかり固定されたウミウシが間抜けに存在する。
「露払いだなんて。本当に戦闘に於いては殊勝ですこと――褒めたわけではありませんからね?」
いまだに――。
永一の首を追ってしまう己が、そう在れないというのに。
「いやぁ素直に褒めてくれてもいいのになぁ。女将さんらしいけど」
永一はそれを指摘することなく、いつも通りひょうきんに、それでいて確かな腕前でエリシャの道を作って、切り開いていく。
彼女の一撃が必ず届くように。女王の前に罪人の頭を垂れさせるようにして――永一はどんどんウミウシの速度を奪い、削り、また切り刻んでいく!
エリシャが狙うのは、海獣の首だ。永一のそれでない、と己に言い聞かせてから――鬼の女将は桜花模す鍔の大太刀を握った。
そして、永一の作った道を駆けて、滑っていく速さに乗じて勢いを増した!!!
「 御 首 を 、 頂 戴 ――― ! ! 」
【散華繚乱(スカーレット・リッパー)】の華を纏いながら、紅色の混じる狂気が迫る――!!!!
●
「お前はきっと、人間だよ。」
言い聞かせるみたいに。
眠る彼の顔を見ながら、砂浜から戦うさまを見ている男がいる。鳴宮・匡(凪の海・f01612)は、己の瞳で「彼」を「視て」いた。
鈍いウミウシの動きはもう読んである、どこを撃ち抜けば的確に「殺せる」かなんていうのは、すでに済ませてあった。
だから、匡が見るのは――もうひとつの「敵性」だ。
ただ眠るだけの存在にだって、匡は気を抜いてやらなかった。
「ひと」と違うものであることに、それなのにどこまでも「人間」でしかないことに苦しんでしまう彼を、「人間」だと定義づける匡である。
冷静な目でもあったし、己の願望かもしれないなとも思わされるのだ。
実際のところ、彼の体を解剖して細胞の隅々まで検証したところで、「人間である」という結果しか出ないだろう。
脳を解剖したところで、たった一本筋が違うだけを面白おかしく取り上げられて、人間の恐ろしさを認めない社会に「ばけもの」と定義されるだけで、彼自身の衝動や、生まれながらの想いは捻じ曲げられてしまうことだろう。
だから、匡は。
今のうちに――彼を、「人間」だと定義してやるしかなかった。
それは、自己防衛かもしれない。
この彼を「人間でない」と認めてしまったのならば、きっと匡は――もう人間には戻れないと思わされてしまう。
この人食いは確かに残酷ではある。人を尊んでおらず、侮辱行為ともいえる損壊を働き、あまつさえ食った。
そこには性的な倒錯などもなくて、純粋な食欲だったというから――まだ、先の猟兵たちが同情をしたり助けてやろうとしただけのことで、匡とは違う。
匡は、もう人を殺した数なんて言うのは覚えていない。
このカニバリストは、己の戦利品を並べたりして――己が化け物である証明をしようとしていた。だからきっと、殺す数にもこだわっていただろう。殺す数が増えれば増えるほど、化け物に近づいていくのだから。
だけれど、匡は「人を殺す」ことにすら「何も感じない」ようにしていた。
――人を食うよりも、最大の侮辱かもしれない。殺される側のことを考えない、というのは。
だって、そんなことを考えていたら、きっともう頭がおかしくなっていた。
人を殺すのは、仕事だった。
そうしなくては戦いを生きていけなかった。必要である行為だった。――本当に?
ぐしゃりと己の前髪を、潮に濡らされて軋む黒を片手で握る。
目蓋は瞬き一つできないまま、「にんげん」の寝顔を見ていた。
「俺には“救えない”――解り切ったことだ。」
それでも。
救いたい、と心のどこかで思っているのは、傲慢な己のせいだろうか。
出来ることは人殺しだけだ。できることは殲滅だけだ、できることは「何処をどうしたら、人が死ぬか」を考えることだけだ――。
「……痛くなんて、ないよ。」
絞り出した匡の声は、彼らしくもなく、少し震えて上ずっていたやも知れない。
海になんて、入らなかった。心の海で、もういっぱいだったから。
毒の海が、彼の脚を浚えないままに――殺すための最適解の音を聞いた。
●
「――あら!」
エリシャが切りかかろうとしたその時に。
【 千 篇 万 禍 ( ゼ ロ ・ ミ リ オ ン ) 】!!無数の銃弾が――ウミウシへと降り注ぐ!
体を無数に穿たれながら、ウミウシが生命を失っていく。
喰った人間の数だけ、その業と絶望で膨れ上がった身体を的確に匡によって穿たれた決して違えぬ牙たちが砕いていった。
「好都合ですこと!!」
そして――。
意識を失い、くらりとしたウミウシの頭部を、エリシャの大太刀がうばう。
紅い花弁が奇跡に乗せられて、ひらひらと舞うのを――皆が見ていた。
「――大嫌いよ、やっぱり。」
沈んでいくかの海獣の体を、耀子が絶えず見送っていた。海岸に引き上げた彼女が、匡の足元でいまだ夢から醒めない彼の体を見て呟いてはUDC組織のもとへと帰っていく。
匡は――ようやく、まばたきをして、それからしばし目を閉じていた。
もう、ここに獣はいない。
大きな邪神の首は、しぶきを上げてあっけなく海に落ちていった。かの人食いの、獣性を孕んだままに。
さよならの声も、届かない。暗い暗い海の底へと沈んでいくだろう――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
◎
声を、聴いてしまったからネ
「生きる」本能が芽生えた時
ソレを繋いだのがヒトそのものだっただけ
なんてまるで自分への言い訳
どちらかでありたいともがく様は眩しくて
理不尽に散った魂よりもどうしようもなく惹かれてしまう
――喰いたいと
ケドばけものでは満たせず、人間としては世界に許されず、そして喰わなくても君は死ぬ
八方塞がりだ、切ないネ
空中戦の要領で額に張りつき【紅牙】発動
鉈状の刃で彗のすぐ近くを狙いマヒ攻撃乗せ削ぎ
削ぎながらその生命を吸う事でもう癒えぬと呪詛を籠める
毒液はオーラで防ぐケド多少なら気にせずその分吸収
今消えても
生まれた「彗」は消えてはくれない、何にもなれぬまま
今度は、この手に触れられるデショ?
千崎・環
◎
これが敵…?
連続殺人犯、生きてるなら何としても法の裁きを受けさせてやる!
どんな思考と精神性で人を食べてきたかは知らない、でも人として人の社会に身を置くなら最後まで人として裁かれろ!
岡本 慧、この千崎 環がしょっぴいてやる!
時間がない、先ずはUDCをどうにかしないと。
あいつの攻撃は多少喰らおうと盾を押し出して受けるしかない!
一気にウミウシの頭の近くまで潜り込んでUCを発動、残り4発の弾丸を至近距離から弱点に叩き込んでやる!
どういう在り方でも、どう言い繕おうとあなたは人間です。
UDCになって逃げようったってそうはいかない!
岡本…いや斎藤 慧、殺人及び死体損壊、遺棄の疑いで逮捕します!
祢岸・ねず
◎
ひとでありたいのか、ばけものでありたいのか
人同士でさえ、心を理解するのは難しいと聞きます
――ならばねずにはもっと、理解しがたいことであるのでしょうか
ねずはねずみですが、神様でもあるので
……慧は、神によって、ここまで連れてこられてしまったのです
最期はきっと、人によって決められるのがいいと。ねずはそう思いますよ
……そういう訳です、ねずは皆を助けることにします
ねずはねずみですが、普通のねずみよりは長生きなのです。少しの命ぐらい、くれてやりますよ
隙を見せたところを狙い、七星七縛符で足止めを
慧の行く末を見届けてあげましょう
助けられる限りの事はします、それからのことは――どうか頼みましたよ
●
「脈が弱い。」
かの眠れる食人鬼が――邪神が失せた今ですら、目覚めない。
幸福に眠らされてから、彼はずっとこうだ。さすがに様子がおかしいと思ってコノハ・ライゼ(空々・f03130)は彼の手首を握っていた。
シンプルな答えに、当然ながらの疑問を投げかけてしまったのは正義に生きる千崎・環(SAN値の危うい婦警さん・f20067)である。
「なぜ――!?UDCはさっき、皆で斃したじゃないですか!!」
首の飛ばされるウミウシのさまは、環もライゼもよく見ていた。
すっかり鎮まった海に毒があるかどうかなどはまだ検証できていない。ライゼも目を細めて、かの食人鬼の額を撫でてやっていた。
――声を、聴いてしまったというのに。
「八方塞がりだ、切ないネ。」
諦めよりも、同情と、もっと深い共感がその声色に乗せられている。だから、環も一先ず黙っていた。
ライゼは、この食人鬼のこころがよくわかる。彼もまた、「何物にもなってはいけないから愛する人の皮を被る」生き物であるのだ。
極限まで命と心を削られて、当たり前のように昇る太陽と月は神話のように彼を助けたりはしなかったし、――その最後に巡り合わされる神様というのは邪でしかなかった。ここまで追い詰められたこの命に、言い訳ばかりを与えてしまうのも無理はない。
「生きる」本能が芽生えた時、ソレを繋いだのがヒトそのものだっただけ。
まるで、ライゼのような彼である。
ライゼがたまたま世界に愛されたから、こうはならなかっただけやもしれない。
どちらかでありたい、どちらにもなれないけれど、と藻掻いて苦しんで、酸素のない海の中で空を望むような彼の人生はまぶしくてしょうがない。
どちらにも成れないことを許容したライゼと違う、希望に縋りつく姿は――どうしようもなく惹かれてしまう。
眠るように死のうとするこの彼を、喰ってしまっても構わない。
喰ってやりたい――。
ぎゅう、と手首をしかりと握ってやる。
けれど、この生き物はきっと満たされないまま死んでいく。ばけものでは孤独も癒せず。人間としては世界から認められず、赦されぬまま――ライゼが食ってやらなくても、この生き物は死んでしまうだろう。
わずかな心音と、手首の命がすべてを語ってしまうから。ライゼもまた切ない顔で彼を見送ろうとしていたのを!
「だぁ、あああっ!」
ヘルメットを脱いでがしがしと一度盛大に頭を掻きむしったのは環だった。ライゼがその乱れ様に思わず目を見開いてしまう。
「――生きてるなら何としても法の裁きを受けさせてやる!!連続殺人犯ですよ、この人は!!」
ああ。
ライゼが、――化け物としての視点でしか彼を視れていないのを思い出させるような、正義の恫喝であった。
「どんな思考と精神性で人を食べてきたかは知らない、でも人として人の社会に身を置くなら最後まで人として裁かれろ!」
だから起きてくれとゆする手は必至だ。力は籠っているのに、彼の頬を叩く手に殺意はない。
ライゼはそのさまを止めれないままに、環の意志を見ていた。己では立ち入っていけない――善性を見せつけられているようで、息をのむ。
「岡本 慧、この千崎 環がしょっぴいてやる!だから、起きて――起きなさい!!」
オイシソウ
嗚呼、ひととはやはり、美しい。
一生懸命に夢の淵からよみがえらせてやろうと声をかける正義の環は、横顔に汗を垂らしながら喚いている。
ライゼは――その彼女の心が、ふたたびかの生き物にある命を燃やしてくれないかと、期待してしまう。だってそれほどまでにまぶしくて、生き様というものが美しいではないか。
ライゼ
何者にも成れない彼を、「何か」にするのは――他人だと、教えられているようで。
「ねずには、わかりますよ。」
正義の吠えと、うつろの視線の間に――鈴のような声が転がり込んできた。
「ねずはねずみですが、神様でもあるので。」
祢岸・ねず(よみねずみ・f20037)は、その声と共に鈴の音もさせながら降臨する。
彼女は、神である。邪神の考えていることと価値観はきっと似ているだろう、と二人に言うてやる姿は小さいながらに尊大で、純真であった。
ねずには、人の心などというのはわからぬ。
ただ、人同士でさえ心を理解し合うというのは難しいと聞く。人間は鼠と違って、考えることが多すぎるから――大変であろうし、きっとねずにはもっと理解できないものがあるのだ。
どんな形で在れ、いのちはいのちだというのに。いのちはねずの前では等しく「いのち」でしかない、その姿かたちよりも、其処に在るということを護り、時に試練を見守るのが宿命で在らねばならない。だから、――救うというより、「星を巡らせてやる」のがきっとさだめであった。
「……慧は、神によって、ここまで連れてこられてしまったのです。だから、きっと神が連れて行ってしまいたいのでしょう。」
それは、神様らしくない意見やもしれないが。
空を仰ぐことは無く、黒い海を見てやりながらねずがいう。ねずの視線の先に、わずかに煌めく蒼の影が在った。
「まだ、いきています。あの邪は、慧の命を吸っている。」
「まだ――UDCがッ!!?」
ならば、と環が構えるのを、まあ待って、とライゼがその半袖の端を握ってやる。
「あれが生きてるってことは、毒だってまだ海にはあるヨ」
「だからって、ほっておけないじゃないですか!行かなくて後悔するのは、嫌だッ!」
「だから、連れてってあげル。」
ライゼの美しい顔が、次はねずに向けられたのならば、ねずも躊躇いなくうなずいた。
「慧の行く末を見届けてあげましょう。助けられる限りの事はします、それからのことは――どうか頼みましたよ。」
神が思うに。この彼は、きっと人によって最期を決められるのがよい。
人になれず、人にあらず、人として認められないまま己を抱いて生きてきた彼の宿命はいっそ、悲痛であった。
この神がもし彼を救ってやるのなら――最後は、人の体で死ぬことを巡らせてやるだろう。人の手に触れて、人と一緒に朽ちるのが命としてふさわしい。だから、どこまでもねずは人の味方であった。今目の前に在る二つのいのちに、彼の行方を託してやってもいいと――想えるくらいには。
海から、ゆらりと起き上がるのは「首」だ。
首狩りの鬼に狩られたそれが、水底から浮かび上がって――月を隠すように浮く。
どろどろとあふれる泥のような粘液は、きっと毒素だ。鼻をツンとつく香りが、あたりに漂っていたのを!!
「ねずはねずみですが、普通のねずみよりは長生きなのです。少しの命ぐらい、くれてやりますよ」
【 七 星 七 縛 符 】 ! !
壱拾四枚の護符たちが出現したのなら、たちまちウミウシの首に張り付いて――その動きを神性の輝きで止めていた!!
泣き喚くことも、よみがえったことを主張もできないままにウミウシの上を二つの影が跳ぶ。切り裂かれた額めがけて、一度蹴りが繰り出されてごこりと大穴が開いた。
「【紅牙(ベニキバ)】――」
環の腕を握って、軽々と海を越えてきたのはライゼだ!!
踵堕としを繰り出して、一度大穴をウミウシにあけてやったのなら、その遠心力で――鉈状の刃で呪詛を込めた一撃を刺す!!
ぐしゃりともなんとも聞こえがたい音をたてて、額が割れていく。二度と治癒してくれるなよ、と念を込めてぐりぐりと手首をひねって押し込んでいってやる彼の横顔は凶悪に笑んでいた。
「さァ――終わって頂戴!!」
海から這い出た、海魔のなり損ないへ。
ライゼが「さよなら」を告げたのならば、彼と共に空を『跳んで』きた環が――携行火器を構える。
「 叩 き こ ん で や る ッ ッ ッ ! ! ! ! 」
【火器操法その1(カキソウホウソノイチ)】。
ごう、と――額一面に刻まれていた死の番号は燃やされる。首一個まるごと燃えて、炭にならずに灰となって潮風に消えていくのを見送ることもなく、きっと二人は海に落ちた。
邪神は、潰えた。毒性の失せた海に落ちた二人がそれに気づいて、泳いで帰って来たのなら、呪われし生き物がうっすらと目を開いてねずの膝の上に頭を乗せられている。
「お前を裁こうとしたひとたちの姿を、よく見ておくのですよ。」
だなんて、――神様がいうものだから。
嗚呼、初めてこの世界に神がいたのだと思い知らされて、彼はぼんやりと「ともだち」が殺される様を見ていたのだ。
意識を取り戻した彼の瞳は、やはりまだ虚ろで――きっと、これからもずっとうつろになるのだろうが、ライゼが躊躇いなくそれをのぞき込んでやる。
「ねえ、今度は、この手に触れられるデショ?」
しゃがみこんだ彼が、握手を求めるように彼を見る。
差し出された手と、それから空っぽのライゼを交互に視て、おそるおそる対になる手を伸ばす慧がいる。「ああ、彼だったのか」と気づかされるのはもうしばらく後のことだった。
「改めて、初めましテ。」
――人のぬくもりを知ったのは、初めて「理解者」を得たからだろうか。
固く一度、握手をしたのならば。その寒さからか、低血糖からかで震える手首には、次に環の手が伸びる。
「岡本――いや、『斎藤 慧』。午前2時32分。」
びしょびしょになった腕時計が正確に動いているやどうかはわからぬが、それが示す時間を正確に読み上げる。
それから、正義の彼女は――鉄のわっかを取り出して、彼に見せた。彼にも、ライゼにも、それからねずにも、確認をするように視線を合わせる。
ねずは頷いたし、ライゼも微笑んだ。――慧自身は、抵抗をしなかった。
「殺人及び死体損壊、遺棄の疑いで逮捕します。」
正義は、執行される。
長い狂気の宴が、ようやく終わりを迎える音は――海よりも冷たくて、無機質だったことだろう。
●
岡本――改め、斎藤慧は黙秘を続けたまま死んだ。
前代未聞の、変哲もない過疎化の進んだ田舎での大事件に世間は大賑わいである。
彼の同級生などは面白おかしく、彼の過去を脚色して語るだろうし、彼を見たことのある近所の人は「そんな子には見えないのに……」だなんてお決まりを言うようになるのだ。
精神疾患を主張したところで犯行は至って冷静であり、獲物は「客」からも選びつつ、犯行を隠ぺいするために自分を知らない「外の人」を選んでいたという。
己に共感してほしいなどという身勝手で破綻した理由から不特定多数にカニバリズムをさせたことはさすがに秘匿されたが、そんなものはとうに噂として広まってしまっていた。生きている人間までも「私は被害者だ」と掲げてまた裁判を起こそうとしているという。
そして、彼は――死刑の日が決まるよりも先に、餓死をした。
何も食べないし、飲まなかった。与えられる水も栄養も受け付けないまま、三日ともたずに獄中死を果たしたという。
弁護士に食べるように言われても拒絶。罪を認めているのに何もしゃべりたがらないのを精神科医がどうにかしてほどいてやろうとしたのを、かたくなに拒否し続ける彼の真意は誰にもきっとわからない。
飲まず食わずでもしばらくは持つはずの人間は、たった三日で死んでしまった。きっとそれは、彼の「脳」がそう働きかけてしまったのではないかと――、一部ではささやかれている。
一体どういう因果で死んだのかはわからぬが、彼の命はきっとそこまでだったに違いない。
牢に入って三日目で死んで、二日目で彼は「父親」と出会う。
父親は、のちに自伝――彼の息子の悪行を彼の視点から語る――本である「獣仔」を発刊し、世間からの盛大な非難と富を手にすることになる存在だ。
その際に、一目息子を見てやって、己の前で罪を白状させてやろうとして面会にやってくる。お前をちゃんと育ててやれなくてすまなかったとわざとらしく悲しむ彼に出会って、初めて慧は口をきいたらしい。
「生まれてきて、ごめんなさい。」
後にも先にも、たったこれだけを口にして。彼は、もうそれ以上を話さなかった。
話す必要がなかったのかもしれぬ。
話したところで、話さなくても、もう話したから――猟兵たちがこれを知った時に、解釈はそれぞれであろう。
どのような形であれ、君たちの活躍で世界は救われた。邪神は不完全のまま滅ぼされ、一人の人間は在るべく因果で死んだ。
その最期が、救われたか――どうかは、きっと君たちの価値観にしか答えがない。
かの海辺では夏の音はきっともう掻き消えて、秋の音ばかりが響く夜が訪れるだろう。
――君たちの耳には、何が聞こえただろうか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2019年09月26日
宿敵
『五六八『デビルズナンバーうみうし』』
を撃破!
|