エンパイアウォー㉙~妖狐はまやかしの夢を見る
●逃げる妖狐
奥羽の森をひた走る妖狐のオブリビオンがいた。姿を見られてはいけない。深く、より深く。
「はあっ……はあっ……ここまで来れば、大丈夫かな……」
この世界の全ての目から逃げるため、施設から脱兎の如く逃げ出した。
自分は生きなければならない。何故なら――。
「……ふふっ、この子が無事に生まれれば、私はきっと、この世界を統べる存在になれる……それだけの力が、この子にはあるんだから……」
妖狐は太い木の幹に体を預けて座り込むと、そっと自分の腹を撫で回した。
そこにいるのは神の子。
これもまた、魔軍将・安倍晴明の非道な策略だった。
●追う猟兵
ロザリア・ムーンドロップ(薔薇十字と月夜の雫・f00270)はあまり浮かない顔をしていた。
「皆さん、まずは第二の脅威の完全阻止、お疲れ様でした。これで無事、全ての軍勢を送り届けることができますね」
魔軍将と徳川軍に降りかかる脅威。大きく見れば二方面へ展開された作戦にはより多くの猟兵達の協力が必要だったが、世界を救うためと決起し、見事に敵の目論見を打ち砕いた。
戦いはいよいよ佳境を迎えるが、そんな中で敵軍勢に関する貴重な情報も舞い込んでくる。
「脅威を早期に阻止できたことで、新たに情報を掴むことができました。安倍晴明が、新たなオブリビオンフォーミュラとなるべき『偽神』を降臨させる邪法を研究していた事が判明したんです」
オブリビオンフォーミュラは、世界にオブリビオンを生み出す存在。それが作り出せるとなれば、情勢は一変してしまう。
「その方法ですが……『有力なオブリビオンの胎内に、自身も含む魔軍将の力やコルテスが持ち込んだ神の力を宿らせ、その胎内で神を育て出産させる』というものでした……」
強制的に力をオブリビオンの中へ植え付け、育て、産ませる――。
利用されるのはオブリビオン、などというのは関係ない。
その所業こそが、連綿と命を繋ぎ続けてきた、この世界の全ての生物に対する冒涜。
決してその思想を許してはならない。後世に残してはならない。
「この陰謀……絶対に潰しましょう。私達の手で!」
ロザリアは曇った表情から一転、決意して猟兵達へと呼びかける。
「状況ですが、この邪法――『偽神降臨の邪法』は、すでに実行され、神の子を宿したオブリビオンが存在することがわかっています。安倍晴明に怒りをぶつけたいのは山々ですがこのオブリビオンを放置するわけにはいきませんので、皆さんには神の子を宿したオブリビオンの撃破をお願いしたいんです」
数は複数存在するようだが、そのうちの一体を、ここに集まった猟兵達で倒すことになる。
「倒して頂くオブリビオンの詳細ですが、名前は『山吹・牡丹』と言います。妖狐のオブリビオンですね。彼女は自分の中にいる神の子を無事に産むために、戦うよりも逃げることを優先するようなので、逃がさないよう何かしらの手を打つ必要がありますね。場所は山奥の森の中で、やや薄暗く、大きな木が立ち並ぶ場所ですから、ちょっと大変かもしれません」
遭遇までは問題ないが、そこから先、いかに逃がさないようにするかが重要となる。
「彼女も、ある意味被害者なのかもしれません……ですが、慈悲は無用と思ってください。私達には私達の守るべき世界があるんです。どうか、よろしくお願いします」
沙雪海都
●このシナリオについて
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
沙雪海都(さゆきかいと)です。
20日以降のことは他の方にお任せしまして、ボーナスシナリオやっていきましょう。
●戦闘について
『山吹・牡丹』とのボス戦です。
場所は森の中です。薄暗いですが光源がないと不利になるほどではないようです。葉っぱがもっさりして光を遮っている感じですかね。
木が立ち並んでいますが、一瞬視界から消えることはあっても、見失うまではいかないと思われます。
隙あらば逃げようとしますが、攻撃が必要となれば当然攻撃してきますので、その辺りもご注意を。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 ボス戦
『山吹・牡丹』
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POW : プリティーテイルスマッシュ
【もふもふしっぽ】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
SPD : ヘヴン&ヘルクラッシュ
【投げキッス】が命中した対象に対し、高威力高命中の【踵落とし】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ : あなたの秘密を教えてね♪
質問と共に【魅惑のウインク】を放ち、命中した対象が真実を言えば解除、それ以外はダメージ。簡単な質問ほど威力上昇。
👑11
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政木・朱鞠
これから生を受ける者に罪を問うのかと悩みはあるけど…混乱と血を求めるだけのために生み出されるのなら、私自身が咎を負う覚悟を決めてでも絶対に見逃すわけには行かないよね…。
行動の賛否は後回し…今は未来を喰い潰されないために、戦禍をもたらす魔神になる前に速やかに討たせて貰うよ…だって、狼狽えている時間が勿体ないじゃない。
戦闘【SPD】
『忍法・狐龍変化身』を使用して真の姿の足部分を再現して、仮初めだけど回避に特化した強化状態で迎え撃つよ。
武器は拷問具『荊野鎖』をチョイスして【鎧砕き】や【鎧無視攻撃】の技能を使い山吹・牡丹の体に鎖を絡めつつ【傷口をえぐる】で絞め潰すダメージを与えたいね。
アドリブ連帯歓迎
パティ・チャン
【WIZ】
■心証
これほど気分の悪い邪法も、ありませんね……
私も騎士である前に女性。まだその時ではないですが、何時かは良人を得てこの手に我が子を抱きたい、という願望はあります。
これはまるで、「品種改良」ではないですか……
(気分の悪さに手で口を覆う)
■戦闘
「逃げるのに有利なはずの、貴女の勝手知ったる森でしょうが、逃がしません!」
【百年の森】発動。【玻璃の森の枝葉】で、可能なら囲い込み。駄目でも行く先を封じます
私自身は【迷彩】で身を隠しつつ、【2回攻撃、なぎ払い、属性攻撃、衝撃波】で、脚を停めるのが最優先
胴への攻撃は躊躇しますが……目を塞いだ状態で、倒します!
※連携、アドリブ共に歓迎
●許されぬ神の子
しんと静まり返る森。このまま何事もなく、十月十日が経ってしまえば、神の子が産声を上げる。
牡丹は木の根元でうずくまっていた。だが、そこへパリパリと乾いた音が響き渡る。はっとして顔を上げると、目の前を透き通った枝葉が伸びていき、牡丹を取り囲もうとしていた。
「見つかった!?」
慌てて立ち上がったところに飛び込んでくる影。
「逃げるのに有利なはずの、貴女の勝手知ったる森でしょうが、逃がしません!」
パティ・チャン(月下の妖精騎士・f12424)と、パティと同じ姿をした妖精の幻影が、あたかも女王蜂とそれに仕える働き蜂のように群れをなして追跡してきた。【百年の森(ヒャクネンノモリ)】により生み出された幻影が玻璃の枝葉を生成し、牡丹の逃げ道を塞ぐ。
「――っ、こんなのっ!」
空中を埋め尽くし、完全に包囲される前に。牡丹はわずかな距離で助走をつけて跳んだ。神の子を宿しながらも身軽な跳躍。体を丸めて枝葉を越えようとする。
「妖精さん! 上を抜かせないで!」
パティの声に妖精の幻影が隊列を変え、牡丹の前を塞ぐように枝葉の網を張り巡らせた。
それでも捕らわれまいと、牡丹は腕を交差させて顔を守りながら網へと突っ込んでいく。
牡丹の体がバキバキと玻璃の枝葉を割っていく。砕け散った欠片はかすかに差し込む木漏れ日を浴びて輝き、その中をくぐる牡丹の体には幾つもの細かい裂傷が刻まれた。
「まだまだよ! 時間よりも遠く、宇宙よりも遠く!」
着地してから再び駆けだすまでの一瞬の隙に、妖精の幻影がまたも枝葉を伸ばし牡丹を閉じ込める。網を二重、三重と重ね、巨大な玻璃の檻を作り出した。
玻璃を通り歪んだ世界は、手を伸ばせばきっと牡丹を傷つける。牡丹は思わず奥歯をぎりと噛み締めていた。
「どう? 捕まえられた?」
出会い頭からの攻防を終えたパティの頭上に声が降ってきた。木を飛び移りながら追ってきた政木・朱鞠(狐龍の姫忍・f00521)が音無く枝から降りてくる。
「ひとまず逃走は阻止しましたよ」
「そう。……情報は正確。だけど未だに信じがたい部分もあるよ。どう見ても、ただのオブリビオンなのにね」
「ただのオブリビオンじゃない! 私は選ばれた! 神様に選ばれたの! あぁ、命の鼓動を感じるよ……神様がくれたこの子を、大切に、大切にしなきゃ……ふふ、ふふふ……」
「これほど気分の悪い邪法も、ありませんね……」
まだ全く変化のない腹部を撫で、胎内に宿る神の子を狂信的に愛おしむ牡丹の様子を、パティは苦々しく見ていた。
神の子の真実は、強制的に埋め込まれた神の力。それを、選ばれたと。捻じ曲がった真実を妄信しているのも、邪法の影響の一部だ。
「私も騎士である前に女性。まだその時ではないですが、何時かは良人を得てこの手に我が子を抱きたい、という願望はあります。ですが……」
オブリビオンとはいえ、相手も同じ女性。それが安倍晴明の邪法で血の繋がりの全くない神を宿され、狂わされて。
「これはまるで、『品種改良』ではないですか……」
自分の腹を覗く恍惚とした眼差しに吐き気を覚え、パティは口元を手で押さえていた。
「生まれてくる子に罪はない、ってよく言うよね……」
朱鞠は神妙な面持ちになる。子に貴賎なし。どんな境遇であれ、生を受ける子は皆、宝だ。
しかし、それはあくまで人の世の話。
「けど、その子が齎すのは混乱と血に塗れた世界。戦禍をもたらす魔神を生ませるくらいなら……私が咎を負ってでも、絶対に見逃すわけにはいかないよ」
牡丹が産もうとしている子は、必ず大いなる厄災を降らせる。
徳川が死に物狂いで立ち向かい、人々が必死に生きようとしている未来を。朱鞠には守る使命がある。
そしてそれは、パティも同じだ。
「朱鞠さんが咎を負う必要なんてないですよ。彼女が宿している子は……決してこの世に生を与えてはいけないのですから」
「……そうだよね、狼狽えている暇なんてない。今は未来を喰い潰されないために……速やかに討たせて貰うよ!」
牡丹をキッと睨みつけ、朱鞠が動き出す。
『抑えし我が狐龍の力……制御拘束術第壱式にて……強制解放!』
朱鞠は【忍法・狐龍変化身(ニンポウ・コリュウヘンゲシン)】を使い、自身の足のみを真の姿のそれに変えていく。一部ではあるが、真の姿の力を得る術だ。
「向かってくるなら……これでどう!?」
牡丹は人差し指と中指を揃えて指先を口元に当て、朱鞠へ届けるように投げキッスを飛ばす。ユーベルコードの力で具現化したハートがひらひらと朱鞠に向かっていくところへ、牡丹は追い打ちの踵落としを見舞うべく跳んでいた。
しかし、ここで朱鞠の真の姿の力が生きる。足を変えたのは敵の攻撃を確実に回避し、反撃に繋げるため。揺れ動くハートを右に出てかわし、牡丹の追撃の踵落としからも逃れた。地面にざくっと踵を突き刺す牡丹の背後を取り、『拷問具『荊野鎖』』を大きくしならせながら牡丹へと伸ばす。宙を泳ぐ鉄蛇は獲物にしゅるりと絡みつき、その身が持つ棘を突き立てた。
「うぐっ……ああっ……」
両腕ごと絡め捕られた牡丹は立ち上がり振り解こうとするが、棘が食い込み離れない。もがけばもがくほどに傷口が広がっていく。
「さすがです! あとは足を……確実に!」
迷彩で森に紛れながらパティが接近し、ふくらはぎを狙う。尻尾が揺れるその下をすり抜け様に二度、勢いよく斬りつけた。
「いったぁい!!」
小さな斬撃も、衝撃波を発するほどの高速で放てば猪の突進ほどの衝撃があった。牡丹の膝ががくんと折れ、鎖に縛られながら落ちていく。
「くうぅ……でも、こんなところで死ねない……私には、この子が……この子があああぁぁぁ!!!」
「……あっ、このっ――」
鎖の中で無理矢理力を加え、棘が肉を千切るのもお構いなしに腕を引き抜いた。一瞬緩んだ鎖を血の滴る手で掴み、引っ張りながら頭を抜いて束縛から逃れていく。
「まだ余力十分ですか……それなら、仕方ないですが……」
パティは木々の間を抜けながら牡丹の正面に回り、直進した。剣を握る手に力を込める。
その姿を視線で追っていた牡丹は、
「あなたの秘密を教えて! 誕生日はいつ!?」
パティに向き合い、ウインクしながら唐突に叫んだ。くん、とパティは何かに引っ張られるような、妙な抵抗を覚えた。
違和感の正体は不明だが、
「五月二十日ですよ。そんなことを聞いて、何をするつもりですか!」
素直に答えると、ふっ、と体が軽くなった。牡丹が仕掛けた何かが解けた。そう判断したパティは攻撃を確実に当てられるところまで近づくと、ぐっと目を閉じた。
(敵と言えど、お腹の子を裂かれる親の顔というものは見たくないですからね……)
狙うは胴。羽根を数度強く動かし加速して、牡丹の脇を抜けての一閃を狙っていた。
「…………!!」
ユーベルコードを外された牡丹の顔が青ざめる。突進するパティが自分のどこを狙っているのか気づいた時には、もう回避は間に合わない。痛々しく刻まれた右腕を払うようにパティへぶつけようとしたが、パティの速度が勝りさらに一筋斬りつけられた。
子を守れはしたが、まともに剣を受け、傷は大きい。押さえる左手が血糊でべたつく。
「敵ながら、殊勝ですね……」
ただひたすらに子を守り、生きようとする牡丹の姿が自分の信念を歪ませているようにも思えて、パティは心を鉛に変えられたような胸の苦しさを感じていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
マディソン・マクナマス
別に人狩りは初めてじゃねぇさ。痕跡を見つけて、追い詰めて、奇襲する。戦場じゃ何度もやった事だ、何度も……。
接敵前にパイプ椅子タレットを茂みに設置後、10mmサブマシンガンの掃射で【先制攻撃】だ。
銃撃で逃走する敵を誘導し足場の悪い場所や障害物の多い地点に追い立てて【時間稼ぎ】し、自身は射撃地点を移動しながらUC:【手軽で便利な殺害方法】のワイヤーを【罠使い】で設置。【早業】で簡易爆弾を仕掛け、敵の逃走経路を限定する。
爆弾で逃げ道を塞がれた相手の逃走経路に立ち、【おびき寄せ】てわざと攻撃を受ける。
そこはパイプ椅子タレットの射程内だ。攻撃後の隙を狙ってタレットを起動し、がら空きの背中を銃撃してやる。
●意地を通して敵を討つ
マディソン・マクナマス(アイリッシュソルジャー・f05244)は黙々と茂みの中に仕掛けを施す。パイプ椅子タレットを設置すると、10mmサブマシンガンを担いだ。
「……さて、人狩りといくか」
人を狩る――などとマディソンはあっさり口にする。戦場で生き延びるために、何度も平然とやってのけたこと。今更、女一人とその胎児、どうってことはない。
(殺らなきゃ殺られる。仕方ねぇんだ……なんて都合よく片付けちまって、焼きが回ってきたのかよ俺ぁ)
まだまだ現役だぜ? と自らを叱咤し、茂みを飛び出してサブマシンガンの銃口を牡丹へ突きつけた。
「歴戦の兵士の登場だぜ!」
足元を狙って弾薬尽きるまで掃射し、牡丹を追い回す。マディソン自身も位置を変えながら牡丹の逃げ道を操作し、足場の悪い方向へ追いやっていた。
「しつこいんだからっ……!」
地面に伸びる蔓草に足を取られそうになる。傷ついた体には、少々の障害でも堪えるものだ。何でもない平地ならまだどうにかやれるのに、と牡丹は歯噛みする。
逃げ出せば行く手を遮るように銃弾が撃ち込まれ、方向転換を余儀なくされる。右往左往の果てにこんなところまで来てしまっていたが銃弾は際どいところで牡丹の体を狙わない。
嫌な予感がした。
「何か、企んでるわね……!」
「おいおい、戦場じゃこう言うんだぜ? 『気づいた時にはもう遅い』ってな」
「……!!」
重なり合う枝葉の隙間を縫って漏れ出てきた日差しが、木々の間に存在する細糸を光らせた。髪を振り乱しながら牡丹は見回す。あちらこちらに張り巡らされていたのはワイヤーだ。
銃撃の傍ら、マディソンが仕掛けていた罠。ワイヤーには簡易爆弾が連動しており、切れば起爆してしまう。
「無暗に動かないほうがいいぜ。そいつには爆弾がセットしてある」
「そんな……っ!」
爆弾はどこか。目を見張り見つけ出そうとするが、巧妙に隠されていてわからない。
「さてと……ようやく真正面から撃ち込めるぜ」
動揺を見せる牡丹の前へ、マディソンはわざわざ歩み寄っていく。サブマシンガンに新たな銃弾を装填し、ゆっくりと。
牡丹を追い詰めたかに見えたが――そこは、爆弾とワイヤーに包囲された牡丹の、唯一の逃走経路でもあった。
一瞬の隙をついてマディソンをねじ伏せれば、そのまま逃げられる。牡丹は不用心に近づいてくるマディソンに向けて駆け出した。引き裂かれた体がズキズキと痛むがそんなことは言っていられない。この場を凌げば、また生きていられるのだから――。
「はあああっ!!」
土の感触が足裏に伝わってくる。踏みしめた右足を軸にぎゅるっとその場で回転を始めた。触ればもふもふな尻尾が回転の勢いで浮き上がる。身長の低いマディソンへ角度をつけて、強烈な尻尾ビンタをお見舞いした。
マディソンは牡丹の攻撃を待ち受け、ぐっと腰を落として両腕を顔の前に重ねる。
牡丹の攻撃は端から受けるつもりだった。ゴン、と尻尾は鉄の芯が入っているかのような硬さだった。地面にしっかりスパイクしていなければ、軽く吹っ飛ばされていたことだろう。
だが、尻尾の一撃を防がれてなお、牡丹は回転を続けていた。止まらない。止められないのだ。
道を見つけた。何としても押し通らなければならない。
でなければ、生き残れない。
「倒れなっ――さいよぉ!!!」
二度目はさらに勢いを増して、尻尾が襲い掛かってきた。ふわふわの毛並みが受ける空気抵抗を物ともせず、ぶうぅんと空気を震わせて。
まるで釘になった気分だった。マディソンは二度目の攻撃も足に力を入れ踏みとどまった。スパイクした地面ごと抉られ持っていかれるようだった。
ここは仕掛けたタレットの射程内。攻撃後の隙を狙って起動するはずだったが、攻撃行動が次の攻撃への布石になるとは。
(ちっ……このままじゃ身が持たねぇ。やるしかねぇか)
腕に打ち付けた尻尾が離れていくタイミングを見計らい、タレットを起動させた。ババババと森に響く銃声。射線は通してある。銃弾が一直線に牡丹を襲った。
「うあっ!! ……このぉっ!!」
回転する牡丹の背中へ命中し怯ませたかに見えたが、牡丹の意地が勝っていた。武器となる尻尾がいくらか銃弾を弾いていたのも大きかった。
三度目。牡丹の回転速度が足元の地面を削っていた。わずかに低くなった軌道で飛んだ尻尾が、マディソンの防御に突き刺さる。
衝突の瞬間、ベクトルが変化したのを感じた。足の踏ん張りが利かない。一瞬、無重力空間に放り出された感覚に囚われた。
「ぅぐぅっ!」
全身に響いてきた衝撃がマディソンを現実に戻す。ありとあらゆる骨が軋む。足が自由空間に放り出され、上下左右がごちゃ混ぜになった。どさっと地面に転がりながらもサブマシンガンは離さず、地面を擦りながら止まったところですぐさま起き上がり、牡丹へお返しとばかりにサブマシンガンから火を噴かせた。
「しくじったら死、ってのはこっちも同じだってんだ……逃がしゃしねぇぞ!!」
一つの失敗が致命的となる。それが戦場だ。尻尾に打たれたことで頭の靄が晴れたマディソンは何とか牡丹の足止めを続けていた。
苦戦
🔵🔴🔴
ジュリア・ホワイト
ボクはヒーローとしてどう在るべきだろうか
我が子をかばって逃げる女性を、ただ殺すのは悪の所業ではないだろうか
将来悪になるのが確実でも、まだ悪を成していないならそれはヒーローの討つべき相手ではないはず…
「…だけど。母親も子もオブリビオンであるなら話は別なんだよね。猟兵たるボクは、使命を果たすのに何の躊躇もないのさ」
「さあ、世界の敵を滅ぼそう。無慈悲な死がキミを迎えに来たよ」
敵が逃げようと構わず【そして、果てなき疾走の果てに】を発動
2本足で走る程度ではボクから―走る機関車からは逃れられない
せめて苦痛を感じること無いよう、腹の子諸共一撃で轢殺してあげるよ
「さようなら。よい旅を」
【アドリブ歓迎】
●討つべきは絶対悪の存在
命のやり取りが行われる戦場に、誰しもが迷いなく立っているわけではない。
(……ボクは、ヒーローとしてどう在るべきだろうか)
ジュリア・ホワイト(白い蒸気と黒い鋼・f17335)は自問する。
悪と戦う正義のヒーロー。何を悪と定義するかは時代や世界によって変わってくるが、少なくとも、子をかばい逃げる女性を追い詰め殺すのは――悪の所業ではないだろうか。
生まれれば必ず悪を為す。しかし、それは未来の話。今ここで討つべきと断じてしまうのは、いささか疑念が残る。
未来で悪となった時に、初めて討つべき相手となる。それがヒーローの矜持。これもまた正しき正義の道だ。
だが、目の前にいるのは。
(……未来の前に『今』を守る。それがヒーローだね)
ジュリアは肩で息をする牡丹を見据えた。
「君は、その子の母親である前にオブリビオン……そして、その子自身もね。だから、ボクは躊躇わない。使命を果たさせてもらうよ」
「あなたの……使命なんて、私には、関係ないわ……」
「……そうだね。ヒーローと悪というのは、そういうものだよ。……一つ、君にいいことを教えよう」
ジュリアは顔の横で指を一つパチンと鳴らす。
森の中に、場違いな鐘の音が聞こえてきた。
ただの鐘ではない。カン、カン、カン、カン――リズムを刻む警鐘だ。
「もうすぐ、君に迎えが来るよ」
「迎えって……これは……!」
森の異変にその場を離れようとした牡丹。しかし、ジュリアの召喚した踏切結界が牡丹を閉じ込める。四方に黄と黒が交互に並ぶ線が引かれ、その上空へと薄い半透明の壁が伸びていた。
「列車が通過するよ! 無慈悲な死へ一直線の特別急行さ!」
叫び、ジュリアは自らを蒸気機関車の姿に戻す。森の中に線路はないが、そんなことはお構いなしに、牡丹に向かって爆走を始めた。
「逃げっ……られないよね……ならっ!」
結界ごと轢き潰そうとするジュリアに、逃げ場を失った牡丹は真っ向から勝負を挑む。可能な限りの助走をつけて迫り来るジュリアへと跳躍し、空中でスピンして振り回した尻尾を思い切りぶつけにかかった。
ドン、と鈍い音がした。召喚した結界を用済みとばかりに破壊しながらの体当たりに、牡丹の体は打ち上げられたボールのように森の奥へ飛んでいく。
体格差とでも言うべきか。たかだか人並みの大きさのオブリビオンの尻尾の一振りは、何百という人を乗せる蒸気機関車の前には小さすぎた。ジュリアは正面から受け止め、弾き返した。直撃はしたが、大した傷にもならない。
「うぐ……ああっ……」
木の幹に体を受け止められ、牡丹は地面にずり落ちていく。
「死への旅路も、それだけだとつまらないよね? わずかばかりの停車駅を用意したから、最後の時を楽しむといいよ」
しかし、人の姿に返ったジュリアの目は告げる。途中下車は許さないと。
成功
🔵🔵🔴
鬼頭・黎
猟兵であれば時にこういうこともあるんですね。人体実験にはあまりいい思い出はないですし、今回は心を鬼にして振る舞いましょうか
戦闘に入る前に【クロックアップ・スピード】を使用して強化。
敵の気が一瞬でも緩んだ隙を狙って、忍び足やダッシュ、だまし討ちや暗殺も使って仕掛ける。その後は踏みつけやスライディング、グラップルやフェイントを使って脚を中心的に攻撃。他の猟兵の攻撃でついた傷があるなら傷口をえぐりにいく。とにかく逃げる隙は与えない
向こうが攻撃を仕掛けて来そうなら直ぐに回避。特に投げキッスには注意。可能であればカウンターを狙う
逃げられると思ったら大間違いだ。世界を守るためにもお前を逃がすつもりはない!
●追うも戦いのうち
疾駆する黒衣は深い色の森によく馴染んでいた。高速戦闘モードに変身した鬼頭・黎(薄明に羽ばたく黒翼・f16610)が、猟兵の攻撃を際どく捌く牡丹へと死角から迫る。短剣を手に足音を極力消して、間合いに入ると同時に首筋へと刃を走らせる。
決まれば一撃。しかし生にしがみつく牡丹の嗅覚が死の香りを感じ取ったか、目前で黎の存在を認識し、辛うじて半身ずらし直撃を免れた。そのまま横跳びで逃げようとするが、黎も踏み込んだ足を軸に方向転換し、着地を狙ってスライディングを放つ。
「はやっ――」
着地と同時にもう一度跳ぼうとした牡丹だったが、ここまで体に積み重なっていたダメージが大きく、足が悲鳴を上げた。激痛に一瞬動きが止まったことへ黎はスライディングから水面蹴りを繋ぎ、足を刈る。
牡丹の両足が浮いた。黎は腕の力を使って跳ね起き、すぐさま牡丹の右足を踏みつけた。足を抑え込まれ、背中から地面に叩きつけられる。
肌を露出した足にはここまでの壮絶な戦いの跡が残されていた。青黒く変色した脛を黎は続け様に、体重を乗せて踏みつけた。
「ああああぁぁっっ!!!」
神経をぐりぐりと潰されるような痛みに牡丹は喉が潰れんばかりに叫び、腕を振り回し身を捩ってもがいていた。
「逃げられると思ったら大間違いだ。世界を守るためにもお前を逃がすつもりはない!」
「ぐぅぅ……うるさいっ!!」
眉間に皺の寄った険しい表情で牡丹は投げキッスを飛ばす。胸元まで一直線に飛んできたハートのオブジェクトは不気味なほどに甘ったるいピンク色で、黎は危険を感じて飛び退き回避する。
足は離したが、牡丹も猟兵から逃げ切れるほどの余力は残していない。黎と対峙しつつも横目で周囲を確認し、少しでも逃げやすくなるほうへと摺り足で動いていく。
オブリビオンは猟兵を認識すれば、有無を言わさず襲い掛かる。そういうものだと思っていたが。
(神の子を身籠ったために、生きることを最優先する……。逃げようとする者をも、追い詰め、倒す。猟兵であれば、時にこういうこともあるんですね)
オブリビオンは、どんな境遇であろうと倒すべき敵なのだと、黎は悟る。
(人体実験にはあまりいい思い出はないですし、今回は心を鬼にして――)
黎は再びナイフを手に牡丹との間を詰める。速度差は十分過ぎるほどに身に染みていた。牡丹は逃げず、黎の動きを睨むように注視して攻撃の気配を感じ取ろうとしていた。
黎の右腕が動く、ナイフの先端が揺れた。
(――来る!)
ナイフを回避し、カウンターの一撃を放つ。真正面からのぶつかり合いでは勝てないと判断した牡丹の苦肉の策だった。体を傾け右方向へ飛び出そうとしたが、ナイフより先に黎の左手が牡丹へ伸び、その左腕を捕らえた。
「その動きは読んでいた」
ナイフでフェイントをかけ、腕を掴んだ黎はそのまま力任せに牡丹の体を投げ飛ばした。暴風に煽られた凧のように横倒しになった体は大木の幹に叩きつけられ、牡丹は濁った嗚咽を漏らしながら落ちていった。
成功
🔵🔵🔴
トリテレイア・ゼロナイン
水晶屍人を始め、清明の邪法は脅威
母子を逃がせば戦争で起こった悲劇が繰り返されることでしょう。絶対に阻止せねばなりません
騎士の所業でないのは百も承知
母無く、血も涙もない私が相対するのは皮肉ですが…
●暗視やセンサーでの●情報収集で足跡や血痕から妖狐を捜索
格納銃器での●なぎ払い掃射などで退路を断ちつつ接近
尻尾の反撃を●見切り、●盾受けで受け流し、ワイヤーアンカーを発射
●ロープワークで脚に絡ませ盾を捨てた●怪力で引き寄せ●手をつなぎで拘束
UCで刺し貫きます
……もう十分、あの妖狐は母として戦いました
眠るように骸の海に還る、それくらいは許される筈です
大きめの小石と小さな小石
密かに置いて次の戦場に向かいます
●還る場所
「どう……して……」
ぼろ雑巾のようにズタズタに傷ついた体ながら、牡丹はまだ意識を保っていた。体を支えていた左腕の筋がぶつんと切れて、肘から無様に落ちていく。
どうして逃がしてくれないのか。どうして子を産ませてくれないのか。自分を拒絶する世界が憎い。
「どうして……ですか」
がしゃり、がしゃり、と。枝を踏み折るよりもけたたましく、甲冑の騎士が現れる。センサーで光に乏しい森の中を鮮明に映し出して、痕跡をもとに戦場を追っていたのはトリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)だった。誰に投げかけたわけでもない牡丹の嘆きを聞き届け、ただ真っ直ぐに答えた。
「水晶屍人を始め、清明の邪法は脅威。それを受けた母子を逃がせば戦争で起こった悲劇が繰り返されることでしょう。絶対に阻止せねばなりません」
「そん、なの……知らないっ……必ず、生き、て……」
トリテレイアの意志は世界の大多数が望む正論。牡丹は否定し、己と子のために抗い続ける。もはや風前の灯火だろうが、逃がそうものなら必ず生き延び、世界に戦禍を齎すことになる。
(騎士の所業でないのは百も承知。母無く、血も涙もない私が相対するのは皮肉ですが……)
正々堂々、などという綺麗事は存在しない。血に塗れ、それでもなお身を挺して小さな命をかばう母親を、母子諸共踏み躙り、全て消し去る。それが此度の戦いだった。
トリテレイアは母子に寄り添わせる情を持ち合わせていない。己が使命を全うする。
肩と腕から格納銃器を出現させ、立ち上がろうとする牡丹へ掃射した。牡丹の周辺一帯が射程であることを悟らせ、安易な逃走を封じながら徐々に距離を縮める。
背を見せれば当然銃弾の雨に打たれる。生き残るには、トリテレイアの銃器を封じた後の逃走――それも可能性は低いということは牡丹自身も承知していたが、他の手段がない。立ち向かうしかない。
左腕は力なく肩から垂れ下がるだけ。足も踏み出す度にどろっと傷口から血が漏れた。
「ああ……ああああぁぁっっ!!!」
戦場に、最も高く牡丹の声が轟いた。刺し貫かんとする瞳。頬には水が流れた跡があった。
もう一歩、間が残るところから牡丹は反転し尻尾を振り回す。決死の一撃とでも言うべき薙ぎ払いに、トリテレイアは冷静に盾を持ち、重心を落として尻尾の軌道上に添えた。面を撫でるように直撃して盾全体にかかった重圧を、片足を引き沈み込ませた全身で受けて流していく。
尻尾はそのまま面を滑る。回転のままに尻尾を引き寄せて再びトリテレイアと相対しようとしていた牡丹へ、盾の陰からワイヤーアンカーを射出し足を取る。手首を軽く引いて操作し器用に足首へ絡ませると、盾を捨て強引に手繰り寄せた。
「うあっ――」
浮いた足に引きずられ、牡丹の体は大きく回る。ピンと張りつめたワイヤーを一度緩めて慣性のままに倒れ込んでくるところを手で支え、正面で止めた。
間近に迫る顔。よくよく見れば、まだ年端もいかぬ少女のようにも思えたが、トリテレイアは一切動じず。左手で肩を掴み、押さえたまま右手で胴体の格納スペースから短剣を取り出して。
「――ぁ」
牡丹の腹へと突き立てた。刃は根元まで埋まり、貫く。ガチガチと歯を鳴らしながら牡丹は項垂れるように自らの腹を見た。鍔が薄絹を通して肌に触れている。感触は本物だった。
「あぁぁ……ああ……ぁぁ
…………」
痛い。苦しい。喉の奥に血糊がせり上がり、吐く息に押し出されこぽりと口から溢れた。
力が、命が、消えゆくのを感じる。体が重くなる。全身が石化しているみたいに、もう手も足も動かない。
生への執着。牡丹の意識を現世に繋ぎとめていた糸が、ぷつんと切れた。消えた。
生きる意味が消えた。同時に牡丹の体は物言わぬ骸となった。
それもまた、消えていく。腹の傷はひとりでに拡大し、無が侵食を始めた。一度ずしっと重くなった体から質量が喪われていく。
「……もう十分、あなたは母として戦いました。眠るように骸の海に還る、それくらいは許される筈です」
トリテレイアの言葉はもはや独り言だ。しかし、互いに一つの戦いから解放された今、牡丹が世界に刻んだ過去に何か一つ、添えたかった。
見送る――よりは、ただ戦いの終焉を見守る意味合いが大きかったが。自分の手から完全に牡丹が消滅するのを見届けたトリテレイアは、大きさの違う石を二つ、地面に積み重ねる。
トリテレイアには次の戦場が待っている。行かねばならない。
騎士として安倍晴明の邪法を滅ぼす――叶わぬ夢の残滓は、意識の底に沈着する前に石と共にこの場に残し、すっと背を向けて去っていった。
成功
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